●仙界・石兵の産地
羽衣のような薄く長い雲が、紺碧の空を漂っている。
たなびく雲のすぐ真下、兵隊の形をした石が群れる特異な地に、染みるような黒が滲んでゆく。
魂を失った無数の僵尸。そこかしこから滲み出た群れは、ゆるやかに結びつき、散り散りに広がって、仙界を染み進む。
その只中。無数の黒に紛れて、一際黒い剣を携えた、白髪の仙がひとり。
口元の笑みは喜びよりも傲岸を。足取りは軽く、その気紛れと戯れで、思うさま僵尸を動かす。
「先の人界の祭りは終わったようだな。なれど、こうして目覚めたならば、それが機よ」
背後に控える僵尸、およそ数十万。
暴力的な大軍勢が、仙界を蹂躙しようとしていた。
●グリモアベース
「封神武侠界で、数十万規模の軍勢が動こうとしているわ」
グリモアベースにて。コルネリア・ツィヌア(人間の竜騎士・f00948)が、結論から切り出した。
「軍勢を構成するのは、オブリビオン化した僵尸の兵士。どうやら、軍を率いるオブリビオンによって、護符を奪われたみたいね」
自我を喪失しオブリビオンとなった今は、ただ命令に従うままに生命を襲う存在になり果てた。
「ネックになるのは数よ。元々集団戦闘に強いタイプだけど、さっきも言ったとおり、数十万。頭を先に叩こうにも、難しい」
そこで、現地の地形を利用して欲しい、と、コルネリアは説明を始めた。
「軍勢が展開している周囲は、『石兵』と呼ばれる、兵隊の形をした不思議な石の産地でね」
その特性は、3体以上の石兵に囲まれた者は、『道に迷い』目の前にすら到達できなくなる、というもの。
「自分の立ち位置には常に気をつけて。その上で、特性を利用して大軍勢から数の優位を奪うのをお勧めするわ」
もちろんあちらの頭も、土地を利用して押し込めようとするだろう。
あちら側が数を持て余すか、こちら側が数に圧されるか。
僵尸に比べて猟兵は少数精鋭であり、行動パターンも単純ではない。個々の工夫や臨機応変な対応力は、猟兵の方が上だ。
「頭を叩くのが一番だけど、際限なく乱入されると厄介よ。優位性の確保や、援軍阻止の意味でも、巧く立ち回ってね」
そして、今回の頭目は、ひとりの剣仙だという。
「名は玄素真君。長い白髪と、墨のように黒い剣から、そう呼ばれているわ」
性質は傲岸不遜。気の向くままに腕を振るい、あくまで自分の気持ちだけに従う。
「単純な剣技以外にも、剣の複製と操作、不可視の剣気や氣の爆発といった技も使うわ」
その意思は定かではない。まさに気の向くまま。蘇ったからには、オブリビオンとしての気の向くままに動くだけとばかりに。
「どうあれ、放っておけば大変なことになるわ。オブリビオン『玄素真君』、速やかに討伐して頂戴」
武運を祈ります、と締めくくり。コルネリアはただちに転送の準備に入った。
越行通
こんにちは。越行通(えつぎょう・とおる)です。
今回は封神武侠界の戦後シナリオとなります。
第一章は集団戦。
数十万からなる軍団を、石兵を用いたり戦闘で叩いたりしつつ、将軍を探します。
ここで『猟兵が有利になる』『敵を逃さず永遠に閉じ込める』『将軍の元に援軍が来ないようにする』の三点のうち一つでも達成されていれば、第二章が有利になります。
三点揃えばパーフェクトです。おひとりさまで全部とは限らず、第一章全体で達成されていればかなり猟兵有利になります。
サポートの方の場合、ルール上、上記のうち一つ、相性次第では二つ程『成功した』とカウントする予定です。
第二章はボス戦。
敵の将軍オブリビオン、『玄素真君』との決戦になります。
一章での成果次第で、開始時および戦闘中の状況が変動します。
自分らしい方法と思いで、状況を打開して下さい。
皆様のプレイングをお待ちしております。
第1章 集団戦
『僵尸兵士』
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POW : 僵尸兵器
【生前に愛用していた武器】で対象を攻撃する。攻撃力、命中率、攻撃回数のどれを重視するか選べる。
SPD : 僵尸鏡体
【硬質化した肉体】で受け止めたユーベルコードをコピーし、レベル秒後まで、硬質化した肉体から何度でも発動できる。
WIZ : 僵尸連携陣
敵より【仲間の数が多い】場合、敵に対する命中率・回避率・ダメージが3倍になる。
👑11
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●兵の石に貌を見よ
この世界の歴史に曰く。『石兵』は、かつて諸葛孔明も用いたという、不思議な特質を備えている。
兵隊のかたちをした、等身大の石兵。精巧に彫られたわけではなく、それでも何故かそこに、面差しを見てとれる。
此の地の『石兵』には顔があり、向きがあった。
元よりそうであったのか、長い歴史の中で誰かが仕込んだものか。それを語るものはない。
ただ、顔と向きにより、視線が生じ。その視線の交錯は不可視の檻となり、二度と帰らぬ迷宮を織り成す。
――もしも、このまま。かの剣仙がこの地を完全に掌握すれば。
そこは、オブリビオンが蔓延り、討伐者を迷わせる、仙界の脅威となるだろう――
斯波・嵩矩
※アドリブ連携大歓迎
ココどこ?
なんかさっきも通った気する
わあなんかいっぱい来た
うーん
軍勢は地上を歩いてるんだよね
じゃ上からビリビリしちゃえばどう?
イグニッションカードをぐわしと掴んでバキ折る
どろどろ湧き出す水の如き闇に包まれながらUC使用
アバター斯波・嵩矩を一部破却して疑似神格に接続
出番だよ『終焉の黒竜』
ごめん猟兵のみんな
ちょっと濡れるよ
ビリビリあーんどしとしと
93分あれば他の猟兵さんも色々できるよね
銀雨をこんな風に使うなんて
昔の俺が観たらなんて言うかなあ
まあ良いや
俺は手近な石兵二体を手に取り
顔の位置を変えてみる
右向けたり左向けたりで法則性を見つけよう
外に誰も出さぬ向きを見つけられれば御の字だ
東天・三千六
少数で多を処理するために、この石兵を…ですか
ぜひ協力してもらいましょうか
ちょろり戦場を歩き回って石兵の位置と視線の向きを把握しつつ
敵兵士を罠にかけるため石兵のいる場に誘導します
そっぽを向いている石兵の側へ、敵兵士から逃げ隠れ盾にするよう
後ろからそうっと
見つめ、囁き
ねえ静かでお堅い貴方、あちらからやって来るひとたち酷いんです
僕を苛めるんです
どうか僕を助けて下さいな
そう、あっちを向いて……
UCを掛け終われば次の石兵の元へ行き、またお願いをして
敵兵士を閉じ込めるよう視線を導きます
ほらこれで檻のできあがり
取り逃がしてしまった兵士は僕の呪雷で黒焦げにでもして、この地の一部になってもらいましょう
ふふ、あは
●
仙界の空は、穏やかなうつくしい青色をしている。
何処までも広がりながらも、柔らかに世を包む。桃源郷の世界と呼ばれる理由のひとつであるだろう。
そのうつくしい蒼天の下――斯波・嵩矩(永劫回帰・f36437)は、ゆるりと首をかしげていた。
「ココどこ?」
立ち並ぶ無数の『石兵』の只中。右を見て、左を見て、前を見る。
「なんかさっきも通った気する」
その呟きも眼差しも、実に緩い。実際のところ、事実関係がどうであるのかは、この場合あまり問題ではない。
何しろ。
「わあなんかいっぱい来た」
地平線の其処彼処から、染み出すような黒い群れが、じわじわと近づいてきている。
明らかにこちらの方が大問題であるのだが、仙界の空に似た目はさして揺るがず、うーん、と嵩矩なりのペースで考え込んでいる。
のどかな声音に反して無駄のない視線の動きで軍勢を把握、間を置かずに言葉を続けた。
「見る限り、あれ……軍勢は地上を歩いてるんだよね」
言いながら、常に携帯しているカードを取り出し、一度手に取り直してから、ぐわし、と掴む。
「じゃ上からビリビリしちゃえばどう?」
言葉と共に力を込め、片手で音を立ててカードを折った。飲み終わった紙パックでももう少し手心を加えてもらえるだろう。それほど見事なバキ折りだった。
どろり、と、折れたカードから、黒い闇が流れ出る。
波打ち、空に浮かび、たなびくように漂いながら、僅かに立てる音は水のそれ。
封から放たれた闇色の水が、ゆっくりと嵩矩を包んでゆく。
「アバター斯波・嵩矩を一部破却して疑似神格に接続」
呼ばう声に、神秘が応えて、広がり、満ちる。
「出番だよ『終焉の黒竜』」
同じ頃、同じ戦場の、けれども視認出来ないほどに離れた場所で、東天・三千六(霹靂霊・f33681)がやはり無数の石兵を前に、思案げにしていた。
「少数で多を処理するために、この石兵を……ですか。ぜひ協力してもらいましょうか」
赤い傘をくるりと回し、たなびく飾りを楽しむ。その稚い笑みに、ちらちらと含まれる色は、彼が持つ傘の深紅と何処か似ている。
ふわふわとした雲のように戦場を移動して、鮮やかな傘を手に遊ぶように位置を変える。
少しずつ近づく黒々とした染みのような群れ――個の区別をなくした僵尸たちの注意が、どれほど己に向いているか。
周囲にある石兵、その向きが作る『道』の形はどうなっているか。
そんなことを冷静に考え、把握と誘導に努める。浮かんだ笑みはいよいよ子供のそれではない――
「おや、おや?」
ぽつり、ぽつり、と傘を叩く音に、ふわりと動きを止めて、軽く傘を傾ける。
慈雨だ、と、本能が理解するような、雨が降っている。
広く、広く。この戦場を覆うように。
「ごめん猟兵のみんな。ちょっと濡れるよ」
優しく降る雨が、嵩矩の黒髪をしっとりと濡らしてゆく。
一方で、戦場のそこかしこから、眩く万色に輝く奔雷が地に落ちる。
「ビリビリあーんどしとしと。俺の実力で大体、93分。それだけあれば他の猟兵さんも色々できるよね」
敵味方を区別する雨と雷。かつてのような詠唱銀のそれではなく、それを享けたものたちが継いでいった技。
それを嵩矩は恵みの雨と呼び、世界を晴らせと命じる。
「銀雨をこんな風に使うなんて、昔の俺が観たらなんて言うかなあ」
まあ良いや、と、嵩矩は身を翻す。
見たところ、多数を削る効果は相応に発揮されているようだ。雷でなく、倒れた仲間の下敷きになった姿も見える。
それでも、頑丈さを誇る僵尸たちの中には、雷に耐え抜いて反射を撒いているものもちらほら居る。
応用して嵩矩を集中攻撃、とはいかないようだが、何処かに居るという将軍が特性を理解して命じれば、立て直す隙を与えることになる。
「今のうちに、こっちを先取りっと」
轟音と光に紛れ、嵩矩は、手近な石兵へと、その手を伸ばした。
「ふっ、ふふっ。あはは、いいですねぇ、これ」
楽しげに傘をくるりくるりと回し、三千六は大層ご機嫌であった。
雨は好きだ。この雨からは慈雨の気配がする。
翻って、僵尸たちを打ち据える雷の、容赦なく清廉なことといったら。
多くが三千六どころではなくなっているその隙に、そっぽを向いた石兵に、背中側から滑り寄る。
ぱちぱちと瞬けば、睫を濡らした慈雨の名残が解ける。
じ、と見つめる。その瞳を縁取る白目が、徐々に黒ずんで。
「ねえ静かでお堅い貴方、あちらからやって来るひとたち酷いんです」
柔く、震えるような囁きを投げかける。濡れそぼった、哀れで愛らしい姿は、石兵の視界の範囲内にはない。
「僕を苛めるんです」
言葉を継ぐごとに、石兵がひとときの不思議な意思を帯びる。
「どうか僕を助けて下さいな」
睫を震わせ囁きくごとに、精密さに乏しい筈の石兵が、三千六という風景の一部となってゆく。
「そう、あっちを向いて……」
石兵自身の意思で。意を汲んで、動きだす。
三千六が遠ざかる。その歩みに充分な時間、石兵が三千六を見ることはない。三千六にとって、思うままである為に。
ひとつずつ、――と言うべきであろうか。
自発的に視線を動かした石兵の視線で、三千六は檻を編んでゆく。
遠目に、狩衣の青年と思しき影――嵩矩が、石兵の顔へと手を添え、試行錯誤を重ねてゆくのを見た。
向こうにも、こちらがわかったようだ。
戦場であっても、へにゃりと笑っていた。のんびりと、ようく見る。そんな目だと感じた。
その手が、再び動き出す。僵尸たちを決して出さぬ向きへと、石兵を組み替えていく。
かれや己が囚われぬよう、慎重に。
仲間を取りこぼした僵尸たちを誘い寄せるのは、とても楽しい。徐々に数を減らし、雷に撃たれて倒れる数も増して。
「ふふ、あは」
たまたま将棋倒しに倒れ、結果的に最後のひとりとなった僵尸へと、くるりと傘を回す。
慈雨と裏返しの奔雷に倒れるか、三千六の呪わしき雷に倒れるか。その程度の違いでしか、ないのだけれど。
●
――初手から、やられたな。
雷に撃たれ、耐え抜き、同士討ちや混乱混じりの回復が飛び交う中。皮肉げに口の端を吊り上げた者があった。
――いまひとたびは、潜ろう。
せめて、雨の術が解けるまでは。
大成功
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アト・タウィル(サポート)
『どうも、アトです。』
『ふふ、それはどうも。』
『私にできることなら、なんなりと。』
ねじくれた魔笛≪Guardian of the Gate≫を携え、ふらっと現れる女性。性質は大人しく、いつも笑顔を浮かべているが、その眼は深く開いた穴のように光を写さない。大体平常心で、驚くということがあまりない。その代わり、空気は読むので、必要に応じて驚いたふりなどはする。
戦闘では、魔笛を用いてUCを使う。音楽系はもちろん演奏で、サモニングガイストもそれに合わせて現れる形。ミレナリオ・リフレクションでは、相手のUCが剣などを使う場合は必要に応じて武器としても使う。
後はお任せします、自由に使ってください
ニケ・ブレジニィ(サポート)
技能を、フル活用します。
仲間を守りつつサポートし、敵を倒すという戦闘スタイルです。
また、このシナリオ内で戦闘不能になったオブリビオンの肉体と魂を、ユーベルコードの『桜の癒やし』で鎮め、転生できるように祈ります。
「…もう鎮まりたまえ、あなたの名を忘れないように私は憶えておいてあげるから…」
リプレイのために、このキャラクターを自由に扱っていただいて、全く問題ありません。
リカルド・マスケラス(サポート)
『正義のヒーローの登場っすよ~』
装着者の外見 オレンジの瞳 藍色の髪
基本は宇宙バイクに乗ったお面だが、現地のNPCから身体を借りることもある
NPCに憑依(ダメージはリカルドが請け負う)して戦わせたりも可能
接近戦で戦う場合は鎖鎌の【薙ぎ払い】と鎖分銅の【ロープワーク】による【2回攻撃】がメイン。
遠距離戦では宇宙バイク内臓の武装で【薙ぎ払い】や【一斉発射】
その他状況によって魔術的な【属性攻撃】や【破魔】等使用
猟兵や戦闘力のあるNPCには【跳梁白狐】で無敵状態を付与できる。
また、無力なNPCが大人数いる場所での戦闘も彼らを【仮面憑きの舞闘会】で強化して戦わせつつ身を守らせることも可能。
●
天に満ち満ちた雲から注ぐ雷と雨は、未だにその勢いに衰えを見せずにいた。
「この機を逃す手は無いんスけど、この石兵って奴には、自分の分身かぶせられないんスよね~」
それが出来れば、デメリットなしでこちらの数を増やせたのだが、と、リカルド・マスケラス(ちょこっとチャラいお助けヒーロー・f12160)は残念そうに言った。
「『死亡している』対象を操る術ならあるのですが、効果的かどうか」
「あ、自分もそういうのあるッス。ただ、数が多すぎッスね」
アト・タウィル(廃墟に響く音・f00114)の言葉に、リカルドが再び残念そうにして、もうひとりを見る。
視線を向けられたニケ・ブレジニィ(桜の精の王子様・f34154)が、未だに石兵の隙間を縫うように動く僵尸たちをいたましげに見て、ひとつ頷く。
「あれだけの人数となれば、お二人とも全神経を集中することになるわ。その間に襲撃があれば……」
「この雨の援護を数に入れても、現実的ではないですね」
今、彼らを包み、作戦を立てる時間を許している雨が、他の猟兵の支援であることは明白だった。
この状況だからこそ出来ること、しておいた方が良いことを突き詰め、互いの手札を交換して、彼らは大目標を定める。
「なるべく多くを、石兵に閉じ込める為、私が迷宮を作ります」
「一箇所だけには収まりきらない。移動しながら、これと思う場所へと迷宮を拡張。それで大丈夫ね?」
迷宮の基点となるアトと、周辺を把握し、アトの護衛も兼ねるのがニケ。
「出口は自分が請け負うッス。ああいう相手に特効の技も使えるんで、小出しにして貰えれば対処出来るッスよ」
アトの迷宮作成は、出口は一つだけとなる。だが、石兵の並びに応じて迷宮を拡張し、ひとつしかない出口を誘導先とすれば、相手取る数をコントロール出来る。
「何より、件の仙人も見逃さずに済みます」
「眠らせることが出来れば、迷路を塞ぐ壁となる――その間に戦闘を終わらせることが出来れば、彼らを本当に眠らせてあげられる」
なるべく多くのオブリビオンに転生を。
――私情ともいえるニケ自身の願いをも尊重して貰えた。ならば、自分も、持ちうる限りの力を振るおう。
祈りの形に組み合わせた手は、ニケ自身への誓いだった。
「さぁ、彷徨いましょう……」
アトの魔笛からまろびでた、何処か不安を誘う音色が、雨や雷を超えて広がってゆく。
ねじれたフルートの、調律された不安定さ、曇天より深い黒を感じる音が『壁』を形成する。
壁にぶつかった僵尸へと、剣を持っていない方の手を突き出す。と、その掌から、無数の桜の花びらが溢れ、雨と絡み合うように宙を舞う。
「……もう鎮まりたまえ」
武器を振り上げ、壁を破らんとする僵尸たちへと、花びらが降る。
一体ずつ膝をつき、地に伏すのを見届けながら、ニケはなおも語りかける。
「私は憶えておいてあげるから……」
護符なき今、最早彼らの安らぎは、指示する将が倒れた時となるだろう。
「かの仙の人となりはわかりませんが」
フルートから口を離したアトが、静かに笑んでいる。
深い穴のような瞳は、今はただ穏やかに、ニケを見つめている。
「援軍の可能性を示唆されたなら、その援軍において、盾にされることもありえるでしょう」
「出来るだけ防ぎたい事態ね」
アトの示した許しに、ニケは、微笑みを返すことで応えた。
「急ぎましょう。そうすればそれだけ、リカルドさんの負担が減るものね」
突然、自由になった足元に、もつれて、重心が揺らぐ。
その隙を狙って振るわれた鎖鎌が僵尸たちを纏めてなぎ倒し、破魔を宿した鎖が彼らの存在を焼く。
宙を滑った鎖は武器を取り落とした一体の首元に巻きつき、それを引いたリカルドの手で、後続の先頭めがけて投げつけられる。
「お代わりは、ちょいと待った! とっときの忍法、お披露目ッスからね!」
声をあげたリカルドへと、僵尸たちの視線が集まる。知性を失っても判る、猟兵という天敵――
「その敵意。ちゃんと全部見えてるっすよ。ほら」
仮面を深く被ったリカルドの『目』から、目に見えぬ力が放たれる。
その目が受け止めた全ての敵意が、あふれ出ようとしていた僵尸たちを撫でる。
と、呪いのように、彼ら自身の武器が、互いを傷つけはじめる。
最初は偶然。後退の失敗や転倒、持ち替えた武器がぶつかった、その程度のこと。
些細な苛立ち。一刻も早くこの敵意を、殺意を、振り下ろしたいのに。どうしてかうまくいかない。邪魔だ。自分自身すら邪魔だ。
区別なく振り下ろせば、あの猟兵に届く――!
「あー、やっぱこの策と布陣で良かった。多い、めっちゃ多い。とんだわんこそばっすよ」
鎖を回収してぼやきながらも、リカルドは出口から視線を外さない。
自滅を繰り返す僵尸たちが、次第に数を減らしてゆく。一方、敵将は恐らく、閉じ込められることを良しとしない。
迷宮自体を破壊するという手もあるが、それでは今まで隠密していた意味が薄い。そして、今、ここの守りは、リカルド一人だ。
「幸い、今は疲れ知らずっすからね。良心に悖るわんこそばも、さばいてやるっすよ」
その言葉に気負いや見栄はない。彼の動きのキレも目の強さも、仮面へと落ちる雨が滴るごとに、安定した強さを見せるのだから。
そうして、優しい慈雨がさすがに小雨になるほどの時間。
「この群れが恐らく最後です。追い込みましょう」
アトがフルートを口元に当て、ニケが輝く剣を手に、注意深く辺りを見る。
明らかな数の減少を、リカルドもまた感じていた。
その分、より注意深く、慎重に、対処してゆく。本命の目的のために。
鎖鎌を手元に戻し、投げ放つ。そのまま二度目を振るおうとしたタイミングで、『それ』は来た。
「――!」
恐らく、しばらく前から狙われていた。
迷宮の出口から、鋭い軌跡で黒い人影が飛来するのを見るよりも早く、リカルドは己自身を毟り取って投げる。
動かしていた体が倒れる。通り過ぎる光は、人影の首より上。リカルドの本体そのものを狙っていた。
「仕損じたか」
「――リカルドさん!」
最後の群れを閉じ込め、迷宮を閉ざしたアトとニケが、駆け寄って来る。
急ぎリカルドを拾い上げるニケを庇うようにして、アトが人影の前に立つ。
「あなたが出てくるのを、待っていました」
「そのようだな。まったく――いろいろと知恵を回すものだ」
雲間の覗く空の下、翻した衣は黒。
人影――玄素真君は、傲岸な笑みを浮かべて、猟兵たちを見回した。
成功
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第2章 ボス戦
『玄素真君』
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POW : 玄玄剣法
自身が装備する【玄鉄剣 】をレベル×1個複製し、念力で全てばらばらに操作する。
SPD : 素心剣訣
【剣指 】を向けた対象に、【不可視の剣気】でダメージを与える。命中率が高い。
WIZ : 陰陽帰一
【爆発的な氣 】を放ち、自身からレベルm半径内の全員を高威力で無差別攻撃する。
👑11
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●敵に喜び、戦に踊る
いまや降り止もうとする雨の中、玄素真君は皮肉げに周囲を眺める。
引き連れた軍勢は、石兵の中で彷徨い、或いは物理的な出口に隔てられた。多少何かを命じたところで、どうにもなるまい。
雨はいまや小降りとなり、雷こそ落ちないが――僵尸による物量で猟兵たちを消耗させられた、ということもない。
「猟兵とは、単純な力を恃みにするものと思っていたが」
駒運びも得手とは。と。手の中で扇を遊ばせ、玄素真君は傲慢に笑う。
その笑みに、愉快さはない。さりとて、不愉快というには、苛立ちや嫌悪が感じられない。
たなびく雲とは似ても似つかず。ただ、掴みどころのなさだけが、黒い雨雲を彷彿とさせる。
「僵尸たちと生き埋めになる所だっただけでも僥倖か。そのように下らぬ、退屈な結末を迎えずに済んだ」
ぱちん、と音を立てて、扇が閉じられる。
笑みが深まる。――鞘から抜かれた刃の如く。と、と。わざと立てた足音が、拍子を刻む。
「少なくとも、この手でおぬしらを、殺してやれる」
それが、不幸中の幸い――それも至上の幸いだとでも言うように。
一瞬で抜かれた玄鉄剣の黒を、猟兵たちへと突きつけた。
クネウス・ウィギンシティ(サポート)
※アドリブ&絡み歓迎
●特徴
サイボーグ(四肢機械化済み)の技術者&狙撃手。SSW出身の鎧装騎兵。
民間人互助や義侠心に厚い。
口調 通常(私、あなた、~さん、です、ます、でしょう、ですか?)
メイン武器 アームドフォート、マシンガン、パイルバンカー
●台詞例
『敵影捕捉、これより戦闘行動に入ります』
『索敵完了、狙撃開始』
『一対一なら勝機はあるはず』
『膝を屈する前にやるべきことをやりましょうか』
●行動
狙撃手としての『狙撃・援護射撃』や技術者として『(技術)支援』がメイン。
遠距離狙撃や砲撃メインで援護に徹します。
主な技能:スナイパー・メカニック・武器改造・情報収集
河崎・統治(サポート)
絡み、アドリブ歓迎
戦闘前にイグニッションカードから装備を展開し装着。
味方と連携しつつ周囲を警戒、索敵して進む。暗所では暗視ゴーグルを使用する。
敵と遭遇したらアサルトウェポン、21式複合兵装ユニット2型で攻撃しつつ接近し、白兵戦の間合いまで接近した所で武器を水月に持ち替えて攻撃する。
使用UCは状況に合わせて変更。
水心子・真峰(サポート)
水心子真峰、推参
さて、真剣勝負といこうか
太刀のヤドリガミだ
本体は佩いているが抜刀することはない
戦うときは錬成カミヤドリの一振りか
脇差静柄(抜かない/鞘が超硬質)や茶室刀を使うぞ
正面きっての勝負が好みだが、試合ではないからな
乱舞させた複製刀で撹乱、目や足を斬り付け隙ができたところを死角から貫く、束にしたものを周囲で高速回転させ近付いてきた者から殴りつける
相手の頭上や後ろに密かに回り込ませた複製刀で奇襲、残像やフェイントで目眩まし背後から斬る、なんて手を使う
まあ最後は大体直接斬るがな
それと外来語が苦手だ
氏名や猟兵用語以外は大体平仮名表記になってしまうらしい
なうでやんぐな最近の文化も勉強中だ
●
「水心子真峰、推参。――さて、真剣勝負といこうか」
猟兵たちを睥睨する玄素真君の前へ立ち、水心子・真峰(ヤドリガミの剣豪・f05970)が宣言する。
その瞬間、彼女の周辺に同じ拵えの太刀が、次々と浮かび上がる。
1が10に、10が100に。分かたれてゆく太刀を従え、利き手には重みを感じる脇差を携え、走る。
剣仙が口元の笑みを深め、構えた剣を、傾ける。
視線が合った。真峰が太刀を前方に集中させるのと、玄素真君がだしぬけに剣指を向けたのは、ほぼ同時。
「そのまま、前だけ受けろ!」
新たに割って入った声と共に、真峰と剣仙の間を塞ぐようにして、同時に二の砲撃が奔り、凄まじい威力で空間を灼く。
「2と、8……否」
だまし討ちを仕損じた玄素真君が、そのまま大きく跳ねるようにして斜め後方へ、跳躍を二度。
そこを通過したのは、目に見えぬレーザー砲、二種。
「助かった!」
「お互い様だ!」
山と積んだ遠距離兵装の他、近距離装備の準備をしながら、力強く返したのは河崎・統治(帰って来た能力者・f03854)だった。
白兵戦の間合いまで、優に十歩はある。真峰が先ほど防御に複製刀を用いた際、空中に留まらせた何本かが立て続けに地に突き立ち、その進路を助ける。
防御に用いられた複製もまた、散るように舞い、集いながらくるくると回る。
「――邪魔だ」
その、傲岸な一声。
奇しくも、真峰が見せたように。かの名の由来たる玄鉄剣が、数を増やしながら、使い手と共に空を舞い、抉るように地を滑る。
剣が、刀を、叩き落さんとしてゆく。ひやりと背筋を伝うものを、真峰は完璧に隠し通す。
「自分の得物以外には、興味がないのかな」
統治が接近を試み、真峰はひたすらに時間を稼ぐ。――その意義を、知っている。
玄素真君が何かを言いかけた、その時。
「CODE:BULLET RAIN。接近確認、削り取る」
弾幕が、空間を覆う。
一帯に広がっていた『剣』の複製に命中した弾丸が、小さく、しかし確実に弾痕と切創を付与してゆく。
軽機関銃の音は響き続け、弾幕は晴れることなく、すべてを覆ってゆく。
剣仙が離脱するも、それは続く。
「複製はお任せください。音との分析の複合で、接敵ルートを維持します」
「頼む」
支援に適した場所に伏し、いま最も対処すべきものを見据えて、対処してのけたクネウス・ウィギンシティ(鋼鉄のエンジニア・f02209)に短く礼を告げ、刀を抜いた統治が走る。
「すぐに追う。行って」
笑みを浮かべて統治を送り出し、真峰は複製を短く、適切に布陣してゆく。
統治を接敵させる為の一手に、後退した剣仙が一手、二手と手を取られる。――そして、統治の得物が、辿り着く。
「――焼き斬れ!」
振り上げた刃に滑る炎を、玄素真君の剣が受け止める。
その腕に、たちまちにして、炎が這う。自然ならざる不死鳥の炎は、あまりにたやすく早く、仙の腕を覆う。
炎はたなびく衣へ次々と燃え移り、肌へ深い火傷を残す。そうでありながら、玄素真君は振るう刃に力を載せ、翻弄する足取りの速度で、炎を消しにかかる。
楽しげに、見える。
「これはいい。ただ灰にするなどつまらぬ」
炎に包まれた手が、黒く、黒く染まってゆくのに、仙が笑う。
そこに、クネウスの支援を受けて、真峰が駆け寄る。囮と気を散じるのに複製刀を操作。一払いでかわされることも想定済みで、鞘に収めたままの脇差を振りかぶる。
確かに鈍い音がした。だが、二撃目は、かつん、という音に阻まれる。
剣仙は口元を吊り上げ、深く静かに、息を吸う。吐く。……。
その目が見開かれるより早く、クネウスが強化外骨格へとリソースを投げ打ち、叫ぶ。
「無差別大規模攻撃! 来ます!」
切迫した声と接近に、統治が思考より早く動力甲冑で防御の構えを取り、真峰が最低限の高さの剣の壁を築き上げる。
――それだけの備えをして尚、三人を襲う氣は、凄まじいものだった。
敢えて飛ばされるままに距離を取った真峰が、どうにか着地する。
銃器を放さずフォローに入ったクネウスが、辛うじて座り、いつでも射撃行動を取れるよう構え。
ただ耐え抜いた統治は、未だに刀を構えて、玄素真君を見る。
意を受けた炎は益々燃え上がる。
燃える炎に白髪は照り映え、黒く染まる肌の表面が陶器のように割れても。
跳躍ひとつ。追いすがる炎に、傲岸な笑みを崩さない。
「耐えたか。準備を許せば、そうもなるか」
あの連中さえ居ればな、と。独白する。
その言葉に、猟兵たちは悟る。
――もしも僵尸兵士が援軍に居たならば。この仙は、間違いなく、猟兵の足止めと巻き添えに『使った』だろう、と。
成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴
東天・三千六
ふふ、親玉のお出ましですね
どうやら武技に熟達したひとのよう……
ここは御主人様の力をお借りしましょう
御主人様を背に迎え戦場を駆けます【空中機動】
さあさ、そこな男
我が主人の至高の武をとくと味わってくださいな
まあ貴方にとって最期の手合わせになるかも、ですが【蹂躙】【斬撃波】
未だ降る雨を介し、雷でも御主人様の補佐をします【天候操作】【マヒ攻撃】
どうぞ御覧あれ
敵の斬撃に当たらないよう適宜距離もとりましょう
斯波・嵩矩
※アドリブ連携大歓迎
※苦戦流血厭わず戦う
速い!
なるほど剣仙とは言い得て妙
気合いを入れ直す
ひと、ふた、み、よ、いつ、む、ななほし
数え歌の如き【高速詠唱】にて
空に指で七ツ星を描き
UC【七星七縛符】発動
我が心は『終焉の黒竜』(河の妖から転じた竜神)
我が身は『波夷羅大将』(武を窮める神将)
詠唱も指示も必要となくなって幾久しいが
慣れ親しんだ手順こそが良い場もある
正体を明かして術効果を高めよう
相対するのがつわものなら
ヒトとしてのおれが打倒したい
UCか他猟兵援護で
剣仙に間隙を『観』たならば
重ねた両手で胎内より『刀』を抜こう
銀色の刀身、漆黒の鍔の太刀
鍛えた力と祈りで以ってカタチを成す『銀誓七星刀』よ
我が敵を絶て
剣戟の合間も繰り出し続ける白字乃黒符による【情報収集】で得た剣仙データを
【学習力】にて刃に載せ返していくよ
格上相手には進化を続けるしかない
おれは己が受け継ぐ戦闘経験で知っているんだ
七星の輝きよ、おれを導け
我は陰陽の理を越えて境界を観測する者
おまえの運命ではないただびとが
おまえに届く様を観せようぞ
●
炎を身に受けながら、滑らかな動きで玄素真君が天地を舞う。
構えた剣と、呼吸、軽い歩み。破れた衣も、それが当たり前のように纏われる。豪奢な意匠、飾り帯をなくしても、尚。
「我は興が乗るばかりだ、猟兵」
お前はどうだ、と。
嗤うような剣の動き。線を引く、円を描く、点を突き、自在に繰り出される。
――ッ速い!
近接の雷公鞭では間に合わぬと踏んだ斯波・嵩矩(永劫回帰・f36437)が撒く霊符が、剣にひとたび張り付き、散る。
「なるほど剣仙とは言い得て妙」
攻撃の多くを防ぎ切り、それでも切り傷が残される。その意味に気づきながら、嵩矩はむしろ気合を漲らせ、引く姿勢を見せない。
玄素真君が、嗤っている。獲物を甚振る愉快さはない。――剣仙にとって、格下がこうなるのは当然であり、格別愉快なことではないからだ。
彼にとっての当然が、為されようとする。
その鼻先を、輝く瑞雲が掠める。
それは、先触れだった。
●
「ふふ、親玉のお出ましですね。どうやら武技に熟達したひとのよう……」
縦横に仙が暴れるため、戦場は石兵の群れから随分離れていた。
辿り着いた先、存分に技と力を見せ付ける剣仙をひとめ目にして、東天・三千六(霹靂霊・f33681)は稚く見える微笑に、熱を浮かべる。
「ここは御主人様の力をお借りしましょう」
瑞獣たる本領を果たすべく、ふわ、と姿を変じ、衣が解けて貴人のための鞍を結ぶ。
ああ、御主人様、御主人様。
「僕だって、ちゃあんとお役目果たせます。お役に立ちますから、ね」
背中の上に編み上げられる『御主人様』の存在に、高揚する。
とても上手に自分を乗りこなす、とてもとてもつよいご主人様。
「さあ、参りましょう、御主人様――!」
●
先触れに反応すると同時、鋭い針のような速度で急降下した影が、剣仙の意識のすべてを浚った。
振るわれた剣は、甲高い音を立てて受け流される。舌打ちひとつの間に、武将を乗せた瑞獣――三千六が、『御主人様』に代わって口上を述べる。
「さあさ、そこな男。我が主人の至高の武をとくと味わってくださいな」
それだけで充分とばかりに、青龍偃月刀が構えられ、将と獣が一体となった猛攻が、剣仙を襲う。
それらを捌き、交わし、抉られながら。玄素真君は目を細めて、『将』を見る。
一言も口を利かぬ、恐らくは霊魂の類。侮れる者ではない。ただ、その在り様は――
「まあ貴方にとって最期の手合わせになるかも、ですが」
物騒な瑞獣が、将の刃に合わせて飛翔する。
一体となり、凄まじい勢いで迫り来る斬撃波に対し剣を立て、気で以って受け止める。
機を逃さず、畳み掛けるのを助け、剣からは逃れてみせる。活き活きとした喜びさえ感じる、その容赦のなさ。
「――さしあたって。その将、何人斬りに値するかな」
「ふふ。当然のようなお顔で、勝つ気でいらっしゃる?」
剣撃と気のぶつかり合いが更に速度を増す。殺気が、闘気が、膨れ上がる。嵐のように、立ち込める。……。
●
三千六の乱入した隙に死角へ逃れた嵩矩は、一秒たりとも無駄にしなかった。
「ひと、ふた、み、よ、いつ、む、ななほし」
数え、歌うたびごとに、空に指で七ツ星を描く。
見上げた空は、暗雲に覆われつつある。先ほど割って入ってくれた味方のそれだと、わかる。
閃く雷光と、剣の交わり。
それらの隙間を正確に縫って、符を投げる。
瑞獣の雷に対応しようと振り上げた、剣を握るその腕に、符が当たる。それが、見るまでもなく理解出来た。
「――掴んだ」
封じる。その一心で編み上げた術が発動した瞬間、ぶわりと全身が泡立った気がした。
その存在が一振りの剣であるような。龍のごとき氣を身の内で飼いながら、それを簡単に、自在に操ってみせる。これを封じるなら、寿命くらい差し出さねば割に合うまい。
それでも、玄素真君は、動揺している。それが、苛烈さを増した武器のぶつかり合いで、わかる。
――縮こまっているわけにはいかない。
「我が心は『終焉の黒竜』。河の妖から転じたるもの」
名乗りを上げる。かの仙にだけではなく、術そのものへ、告げる。
「我が身は『波夷羅大将』。武を窮める神将」
明かされた存在の輪郭に、術が応え、仙を縛るはたらきへと力が流し込まれる。
――詠唱も指示も必要となくなって幾久しいが、慣れ親しんだ手順こそが良い場もある。
術の効果を上げる名乗りであると共に、それは、嵩矩の芯に根付いたものの発露であった。
「相対するのがつわものなら。ヒトとしてのおれが打倒したい」
仙が、こちらを認識している。今の働きで、三千六とその主とは拮抗したように見える。
そして、嵩矩は、まだ、やりきったとは思っていない。
重ねた両手を、己へ向ける。迷わず差し入れた胎内、そこより顕れる、銀色の刀身、漆黒の鍔――
「鍛えた力と祈りで以ってカタチを成す『銀誓七星刀』よ」
その両手に収まった刀を構え、嵩矩が激戦の中へと、躍り込む。
「我が敵を絶て」
下から、上へ。
軌道のまま繰り出された剣撃は、精確に『観』た間隙へと、吸い込まれてゆく。
――仙の胸元に、血しぶき、ひとつ。
「ふふっ。これはこれは、負けてられませんね、御主人様!」
一旦大きく弧を描いて飛びながら、三千六は新たな剣戟を見る。
強さなら己の御主人様を信じている。だが、あの狩衣のおかたの刃は、剣仙のような剣のつわものが振るうそれとは、少し違う。
「さきほどの雨、すこぉしお借りしますね……!」
雨を伝い、呼んだ雲へと、意思を込めて願う。
――あのひとへの祝いの雷よ。転じて、あの男へと、呪いを落とせ。
刃が交わる。幾度も幾度も。変幻自在なその軌跡、足の運びや身のこなし。ひとつずつ符が読み、嵩矩が学び、追いすがる。
その進化の速度に、何処か皮肉げな笑みのまま、玄素真君は応える。……それが、本当に少しずつ、遅れてゆく。
縛りの術をかけたまま、剣をぶつけ合う。常ほどに剣指からの気が巧く操れない己を追いかけ、追いついてくる。
「先ほどとは別人のようだな」
「そりゃそうだよ。格上相手には進化を続けるしかない。おれは己が受け継ぐ戦闘経験で知っているんだ」
「そして、己が格下であることも知っている」
ひときわ強く力の乗った剣、腹部を狙って放たれた蹴り。
そこに、呪いの雷が割り込む。――この妨害の精度も、上がっている。玄素真君の疲弊と、嵩矩が示す撃ちやすい隙が、増えているのだ。
「わかるよ。今だって、まだ、楽しそうだ」
「は。これを楽しいと思えなくなるのは、死ぬときであろうよ」
「――!」
呪いの雷、能力の疲弊。それを前提に、仙の刻む軌跡が変わる。リズムとして感じ取り、食らいつく。
術を抑え込んで、確実に刻まれた傷にも退かず。七つの星へと、呼びかける。
「七星の輝きよ、おれを導け」
その輝きに手を伸ばす。遠き『格上』に並び立ち、超えた場所へと。
「我は陰陽の理を越えて境界を観測する者」
雷と符に囲まれて。切り結んで、離れかけて、追いすがり、斬られ、返す刀で斬り返す。
「おまえの運命ではないただびとが、おまえに届く様を観せようぞ」
「は、は」
剣のような仙は、嗤いを絶やさない。
「謙虚にしてもつまらん戯言だ。あの軍勢を、一雨の間に薙ぎ払ったものが、己をただびとと吼えるか」
がきり、と。噛み合った。
「ああ、おかしいな。おかしい。まるで、ただびとであることを誇るような顔をするものだ」
天秤は釣り合った。――あとは落ちるだけ。
そして、切り結び続けて。飛来する三千六の主も一振り、二振りと加える余裕が生まれる。
ここに至って手加減はなく。余裕など全くなく必死な刃と、苛烈な蹂躙の刃が玄素真君を襲う。
致命的な傷、――七つを数えたところで。
剣仙の剣気が、膨れ、抑えられ、傷口から流血と一緒に流れ落ちる。
目が見開かれたその瞬間。二つの刃の交錯で、『玄鉄剣』が、へし折られた。
瞬間、衣の黒が深みを喪う。
わずか残されたなびく飾りの金までもが、くすんで、崩れる。
名前の証を失って。くずれながら、堕ちてゆく。
遺す言葉もなく。黒雲の消え際のように、何処かへと消えて、見えなくなるのはすぐだった。
満身創痍の様でそれを見送った嵩矩が、ふと、空を見上げる。
瑞獣に伴われた瑞雲と、黒雲の狭間から漏れる光。
その向こうに、桃源の柔い青空を見た。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵