殲神封神大戦⑭~死こそが求める希望(ミライ)ならば
●『蠱毒』が見た悪夢
仙界・山岳武侠要塞『梁山泊(りょうざんぱく)』の最奥にある玄室にて……。
「うふ、うふふ……」
「あはは、ははは……」
笑みを浮かべながら、部屋の中央で踊り狂う羽衣人たち。踊り、ぶつかり、衣服が乱れても気にする様子はなく、肌をさらしている。
「あんっ……」
「んっ、はぁ……イイ……」
そして部屋の隅では、もたらされる悦楽に身を震わせている羽衣人たちもいて。自分がいかなる姿を見せているかなど気にする様子もない。
「食べましょ」
「呑みましょ」
「どちらもよ」
反対側の壁際ではこれでもかと並べられた肉を、魚を食らい、瓢箪から直接酒を飲む羽衣人たち。食べているようで飲んでいるようで、ただただ散らかしているだけ。食べ残しが床に模様を作り、口からこぼれた酒が足元で池を作る。
これらのいずれもがおよそ正気とは思えない。いや、正気などとうの昔に失っているのだ。その原因はこの玄室に満ちた、むせかえる程の香気。それは仙界で最も清らかであったモノが『酒池肉林』という穢れと交わったことで生まれた、オブリビオンすら虜にする魔性。無骨な要塞の壁さえもが、魅了されて輝く宝石と化すほどの。
「……ぁぁ……私は何の為に……誰か……私を……」
玄室の主が座る椅子の上で。
封神仙女『妲己』は静かにむせび泣くのであった。
●グリモアベースにて
「美女の涙ってとってもそそられるシチュだけど、今回はちょっとダメなヤツね?」
緋薙・冬香(針入り水晶・f05538)は猟兵たちの前で苦笑する。
「封神武侠界の『殲神封神大戦』の戦況は皆の方が詳しいかもだけど……封神仙女『妲己』との戦いが始まっているわ」
いかなる敵か、と思っていた矢先、猟兵たちの脳裏に飛び込んできた予兆が告げたのは、妲己が望まぬ戦いを強いられているという事であった。
「とはいえ、妲己が張角の【異門同胞】に縛られている以上、戦いを避けるわけにはいかないわ」
【異門同胞】に縛られている=張角を守る結界の要を担わされている、ということだから。
だからこそ、冬香は猟兵たちに告げる。
「人助け、お願いできる?」
そう言って冬香は微笑を浮かべるのであった。
●酒池肉林を突破せよ
「今、妲己は仙界の『梁山泊』という山城の玄室に引き篭もっているわ」
そこから動かず、自分を殺してくれる者をひたすら待ち侘びている。そこまで辿り着いて妲己を倒してほしい。
しかし、妲己自身が死を望んでいても、それを阻む要素がいくつかある。
まず、この梁山泊。
その昔、仙人たちがいずれ人界が宿星武侠を必要とした時に、人界にて彼ら彼女らの拠点とするために作成された山城であるが、その実質は踏み込めば最後、幾千幾万もの武器が湧き出ていかなる侵入者とて殺す、脅威の城。
「とはいっても、皆ならたぶん玄室まで問題なく突破できるはずよ」
伊達に猟兵じゃないんです。持ち前の生命の埒外パワーで玄室までは問題なく辿り着けるはずだ。
問題は辿り着いてからだ。
「玄室に踏み入れたら、その瞬間に妲己のユーベルコードが襲い掛かってくるわ」
念押しするが、妲己に戦いの意志はない。すぐにでも殺してほしいと思っているのだから。
それを邪魔するのは彼女に埋め込まれた自動発動型のユーベルコードたち。妲己の香気を散布する『傾世元禳(けいせいげんじょう)』、武林の秘宝『流星胡蝶剣(りゅうせいこちょうけん)』、殺戮と欲情を煽る『殺生狐理精(せっしょうこりせい)』。
「この3つのユーベルコードは妲己の意志とは関係なく、妲己への危機に対して自動発動するの」
それは妲己の自死すら阻むほど。つまり、『妲己を殺しに来た』あるいは『オブリビオンの絶対的な敵である』猟兵たちに対しては、玄室に踏み入れた瞬間、必ず発動して先制攻撃を仕掛けてくる。
「とはいえ、見えないわけじゃないし、反応できない速度でもないから」
この先制攻撃に対して、冷静に対処すればしのげる。後は通常の戦闘に持ち込んで倒すだけ……なのだが。
「ちょーっと邪魔な人たちがいてね」
冬香は『困ったものだ』という顔をしながら話を続ける。
「玄室の中には、妲己の香気にあてられた羽衣人たちがたくさんいるのよ」
とはいっても警戒する必要はない。羽衣人たちは猟兵たちには目もくれないだろう。ただただ、正気を失いながら宴に興じている。踊り狂ったり、食べ狂ったり。攻撃を受けるわけでもないから、特に対処が必要……というわけではないのだが、猟兵たちはもちろんのこと、妲己のことすら目に入ってないので玄室内を自由気ままに移動する。つまり、単純に戦闘の邪魔になる可能性がある。
「なんだけど、羽衣人たちは巻き込まないようにしてほしいの」
完全にとばっちりを受けている状態なので、ここで巻き込むとかなり可哀想な展開になる。避けてあげて欲しい。ちなみに妲己のユーベルコードもダメージを与えるようなモノは王女を避ける。羽衣人が多ければ多いほど、猟兵の手が鈍ることを感じているのだろう。なんとイヤラシイユーベルコードなのか。
「最後に。香気に当てられないように注意してね」
妲己の香気と『酒池肉林の宴』による魅了。万が一にでも虜にされればその中に取り込まれ、正気を失って玄室の中で宴に興じることになる。
「物理的に遮るのが最善手だけど、精神論で反抗しても抵抗しきれば問題ないわよ?」
魅了に耐えるか、何か(情熱とか趣味とか)をぶつけて相殺するか。
どうにか魅了に耐えつつ、羽衣人たちを避けつつ、妲己を倒す。
「これが今回の任務。それじゃ……よろしくね」
そう言って冬香はグリモアを取り出して、猟兵たちを戦地へと送り出すのであった。
るちる
まいどです。いつもありがとうございます、るちるです。
『殲神封神大戦』妲己戦です!
●全体
1章構成の戦闘シナリオです。
オープニングの雰囲気はガチめですが、リプレイの雰囲気はプレイング準拠で参ります。
純戦というよりは、妲己のユーベルコードや羽衣人たちの動きをどうかわして迫るか、がポイントになります。場合によってはトリッキーな方がいい結果を生むかもしれません。
戦闘場所は玄室の中。宴会できそうな広間だと思ってください。床は石畳だけど。本来障害物の無い部屋なのですが、今は香気にあてられた羽衣人たちが闊歩しています。破壊・攻撃NGの障害物扱いです。攻撃は絶対当てないように!
当シナリオには以下のプレイングボーナスがあります。活用してください。
(=============================)
プレイングボーナス……『酒池肉林の宴』の魅了に耐えつつ、妲己の先制攻撃に対処する。
(=============================)
魅了対策+先制攻撃対策の両方を取っていただく必要があります。
玄室内は香気が満ちているため、踏み入れた瞬間、魅了が降りかかってきます。香気そのものを遮るか、あるいは魅了に抵抗する何かを仕込んでおいてください。
先制攻撃はオープニングの通り。発動そのものを妨害は出来ないので、発動したユーベルコードをどうしのぐかがポイントになります。回避・防御などなど。POWの場合、強化が必ずかかります。
●1章
ボス戦『封神仙女『妲己』』
妲己自身は椅子から動きません。猟兵の攻撃を回避または防御するつもりはないようです。
しかし、ユーベルコードが自動発動するので、皆さんには(指定UCに対応した)攻撃が絶え間なく襲い掛かります。あと、羽衣人という障害物があるので、まとめてなぎ倒す系は上手く狙わないと羽衣人にガード(あるいは肉盾)となって妲己に攻撃が届かない可能性があります。
●
オープニング承認後、プレ受付開始。冒頭説明とか断章とかはありません。採用人数は最低限+0~2名。プラスアルファは気分で変わります。執筆速度は出ません、たぶん。ある程度はタグでご案内します。
それでは皆さんの参加をお待ちしていまーす!
第1章 ボス戦
『封神仙女『妲己』』
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POW : 殺生狐理精(せっしょうこりせい)
対象に【殺戮と欲情を煽る「殺生狐理精」】を憑依させる。対象は攻撃力が5倍になる代わり、攻撃の度に生命力を30%失うようになる。
SPD : 流星胡蝶剣(りゅうせいこちょうけん)
レベル×5km/hで飛翔しながら、【武林の秘宝「流星胡蝶剣」】で「🔵取得数+2回」攻撃する。
WIZ : 傾世元禳(けいせいげんじょう)
【万物を魅了する妲己の香気】が命中した生命体・無機物・自然現象は、レベル秒間、無意識に友好的な行動を行う(抵抗は可能)。
👑11
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梁山泊の幾千幾万もの武器をかわし、弾き返して、猟兵たちは玄室の前に辿り着く。この中に……封神仙女『妲己』がいる。
玄室の扉は今、閉ざされているものの、中から宴に興じる笑い声が響く。穏やかでもなく、朗らかでもなく……甲高く狂ったような笑い声。
扉を開けて一歩でも踏み入れれば、妲己が猟兵たちに呼びかけるよりも早く、妲己のユーベルコードが自動発動して襲い掛かってくるだろう。それをしのぎつつ、玄室の中で踊り狂っている羽衣人を避けて、妲己に攻撃を仕掛ける。
その覚悟が決まった者から扉を開けて玄室へ飛び込んでいく。
踏み込んだその瞬間。部屋の様子を一瞬探る猟兵と、入り口を注視した妲己の視線が絡み合う。
――私を、殺してください。
妲己の嘆願するような視線を感じ取ると同時に。彼女の意志とは関係なく、ユーベルコードが襲い掛かってきたのである!
※シナリオ補足※
すみません。POW『殺生狐理精』の能力について、読み間違いをしていました。
殺生狐理精の説明にある『対象』は基本的に猟兵を指すものとして、マスターよりのコメントにある『POWの場合、強化が必ずかかります。』は撤回します。
殺生狐理精にも抵抗可能です。また受け入れて活用することも可能です。
狐の気まぐれで対象が妲己となった場合は、妲己が憑依され、その強化された身体を使って攻撃してくるものとします。
夜刀神・鏡介
色々と気になる話を小耳に挟んだが……
今はとにかく、妲己を倒すしかないんだろう。道を切り開くためにも、彼女の為にも
突入前に桃源郷にて作り上げた宝貝の刀を引き抜いて、大きく深呼吸
今は余計な事を考えずに、刀だけに精神を集中させる事で破魔の力を静かに引き出して突入だ
道中はただ前だけを見て、彼女の元まで一直線に駆け抜けよう
先制攻撃の狐狸製対策――いや、それも考えるのは抜きだ。余計な事に思考を回せばそこから集中が途切れて魅了されかねない
憑依によって煽られた殺戮への衝動も、ただ妲己の為だけに燃やす
辿り着いたならば、振るうのは参の型【天火】
空から降り注ぐ火の如く。渾身の一撃、一刀で勝負を決めにかかる
●
梁山泊の罠のごとき幾千幾万の武器をしのいで、夜刀神・鏡介(道を探す者・f28122)は梁山泊の最奥・玄室まで辿り着く。どうやら他の仲間よりも先行して到着したようだ。
(色々と気になる話を小耳に挟んだが……)
それを気にしていては話が進まない。今はとにかく、『封神仙女『妲己』』を倒すしかない。道を切り開くためにも、彼女の為にも。
玄室の扉を前にして、態勢を整える鏡介。すらりと引き抜くのは桃源郷で作り上げた宝貝の刀。その刀身を確認した後、鏡介は大きく深呼吸をする。
(今は余計な事を考えずに)
刀を握る手に精神を集中する。鏡介の呼びかけに応じて刀身が破魔の力を纏う。
「……よし」
そして鏡介は玄室へと突入した。
直後、鏡介に襲い掛かるのは妲己の殺生狐理精。
「……ッ」
先制攻撃のユーベルコード対策はあえて考えていない。余計な事に思考を回せばそこから集中が途切れて魅了されかねない、と考えたからだ。
『道中はただ前だけを見て、彼女の元まで一直線に駆け抜けよう』と構えていた鏡介であるが、殺生狐理精の憑依によって身の内から湧き起こる殺戮衝動と欲情は生半可ではない。単純な衝動であるがゆえに、すぐ側……手を振れば刀が届く位置にいる羽衣人に向けられかける。
(……違う!)
目の前で踊り狂っている羽衣人を殺しかけて、鏡介の理性が歯止めをかける。体ごと強引にブレーキをかけて制止する。だが、煽られた衝動は治まる気配を見せない。
ならば、と。
鏡介はその矛先を玄室の奥――妲己へと強引に向ける。殺戮への衝動を、ただ妲己の為だけに燃やす。
その一点に向けて、玄室の中を駆け抜ける鏡介。鏡介の心と矛先を狂わせるべく再び放たれた殺生狐理精、しかしそれらを変えることは叶わない。何よりも鏡介の踏み込みが速い。
一撃が届く位置まで肉薄した鏡介が宝貝の刀を振り上げる。
「剛刃一閃――参の型【天火】」
空から降り注ぐ火の如く。力強く振り下ろす渾身の一撃が放たれて。
妲己の体を大きく斬り裂くのであった。
成功
🔵🔵🔴
上野・修介
※アドリブ、連携歓迎
元より出来ることは、この拳を振るうことだけだ。
――為すべきを定め、心を水鏡に
『自己の最速を以て間合いを殺し対象に拳を叩き込む』
心身から余分なモノを排し、己をただそれだけの機構と化す。
調息し、視野を遠い山を見るように妲己を中心に置きつつも広く。
蹴りだす為に左足をやや後方に引き、その踵を微かに浮かせ、初動からトップギアへ。
重心を下げ過ぎず、小回り重視し障害を回避。
防御は最小限。端から受ける覚悟で、急所のみ左腕を盾にする。
渾身の捨て身にて放つはただ一撃。
されど込めるは敵意でなく、殺意でなく、祈り一つ。
――どうか、もう苦しみと共に還ってくることが無いように
この一時の因果を絶つ。
篁・綾
アドリブ歓迎。
そう。ではそのように。
自身に【催眠術】をかけ自意識を強化。同時に深層意識へ、保険で魅了された相手の殺害を伴う狂おしい独占愛を抱くよう仕込みを。
まぁ、実際彼女は外道の手の内にあるし。
範囲を【見切り】、【残像】で飛んでくる剣と羽衣人をかわしつつ進むわ。
効きそうなら、羽衣人には舞い散る桜による【マヒ攻撃】を駄賃代わりにかけて行きましょう。
間合いに入れたら指定UCを発動。
剣を片っ端から侵食し、攻撃を妨害。更に本体も桜水晶に取り込み、【鎧無視攻撃】を駆使し【捕食】し侵食しましょう。
…鎖に縛られたかわいそうな貴女。優しい夢の中で、睡るように死んで行きなさい。
優しく優しく、殺してあげるから。
大崎・玉恵
狐狸精、か……他人の気がせぬのう。
悠久を過ごし、死を待つ姿。わしにも覚えがある……わしは堕ちきる前に持ち直したが、あの身は既に堕ちておる。ならば、引導を渡すのがあやつの為かのう。
自動で迎え撃たれるならば、そこを利用してやろうかのう。
【結界術】で魅了の香を遮り接近する。己は【目立たない】状態となりつつ、最初は【形代】を変化させ向かわせて奴の技を見切る。一応、こやつには【焼却】の【霊符】をつけてある。何か役に立つかものう。
どう出るか見えたところでわし自身が接近、【偽・太陽鏡】で奴の攻撃を跳ね返す。絶え間なく降り注ぐ攻撃ならばそれでよし、威力に乏しければ手持ちの【霊符】や【薙刀】を使う。
●
幾千幾万と降り注ぐ致死の刃をくぐりぬけて、猟兵たちは目的地へと辿り着く。梁山泊の最奥・玄室。ここにいる『封神仙女『妲己』』を倒すことが今回の目標。
扉の向こうから聞こえる狂騒の様子からして、いまだ妲己は健在。されど、妲己に『侵攻』の意志はなく、玄室に踏み込まねば戦闘はおろか、香気の影響も出ない。
その扉の前で。
篁・綾(幽世の門に咲く桜・f02755)がすらりと鞘から『明月』を引き抜いて、その白銀の刃を見つめる。やっているのは自身への催眠術による自意識の強化。魅了とて意識を持っていかれなければただの芳香である。念のため、もうひとつ『保険』をかけて。
上野・修介(吾が拳に名は要らず・f13887)は自然体を構えとして。まずは腹の底から息を吐く。ついで吸い込む酸素とともに力を、気を全身に巡らせて。
呼吸を調える。脳裏で状況を整理する。
(元より出来ることは、この拳を振るうことだけだ)
だからこそ、それを十全に行うための下準備は怠らない。
――為すべきを定め、心を水鏡に
決して静かではない、玄室の前で。心のさざ波をおさえ、些細な変化すら見逃さない心を調える。
そんな二人の様子を視界の端に収めつつ、少し落ち着かないのは大崎・玉恵(白面金毛・艶美空狐・f18343)であった。
(狐狸精、か……他人の気がせぬのう)
グリモア猟兵から妲己の聞いた能力。それに玉恵は親近感を抱く。今は月夜の誓いの元、どこでもいちゃこらするような若い狐娘であるが、その実は決して見た目通りではない。
(悠久を過ごし、死を待つ姿。わしにも覚えがある……)
扉を挟んで中と外。この薄い隔たりこそが玉恵と妲己の違い。
(わしは堕ちきる前に持ち直したが、あの身は既に堕ちておる。ならば、引導を渡すのがあやつの為かのう)
ならばこそ。気を確りと持つ。
扉に手をかけて、綾と修介を振り返る玉恵。
「……いくぞ?」
一拍、間を置くように溜めて。玉恵が玄室の扉を押し開いた。
●
ばんっ、と派手な音を立てて解放される玄室。3人の視界に飛び込んでくる狂騒の宴。しかし、宴に興じている多数の羽衣人たちは振り向くでもなく、特に反応しない。一瞬で位置関係を把握しようとする猟兵たちに。
妲己のユーベルコードは発動して、猟兵たちに襲い掛かってくる。
羽衣人たちを避けるように弧を描いて飛翔する2本の流星胡蝶剣が綾を狙う。ただ真っ直ぐ飛翔するだけではない。至近距離になれば刀身を真横に回転させて綾を一刀両断すべく突撃してくる。
「……っ」
一瞬、動きが鈍った小さく息を飲む綾を流星胡蝶剣が切断する……!
「なんてね」
切断された綾が掻き消える。それは綾の残像。既に刃の範囲は見切り、綾の身も羽衣人たちの中へ飛び込んでいる。ふわりと舞い散る桜が羽衣人たちを麻痺させて、その突破を容易とさせる。
玄室を駆ける修介に殺生狐理精が襲い掛かる。いかな強靭な意志を持つ修介とて殺生狐理精の憑依を弾き返すことは出来ない。だがその強靭な心で衝動に指向性を持たせることは可能だ。
――自己の最速を以て間合いを殺し対象に拳を叩き込む。
調息。そして視野を……遠い山を見るように妲己を中心に置きつつも広く持ちつつ。心身から余分なモノを排し、己をただそれだけの機構と化す。
玄室に踏み込むその瞬間から修介はその意志を体現している。床を蹴り出すその一歩。初動からトップギアへ持っていくために、左足をやや後方に引き、その踵を微かに浮かせて、玉恵の合図に間髪を入れず突入したのだ。
「――」
無言で疾走する修介。重心を下げ過ぎず、小回りを重視して羽衣人たちを回避して。妲己へと迫る。
『其れ』はもしかしたら彼女を同類と認めたのかもしれない。いや、同じと見ながらも堕ちていない玉恵を引きずり込もうとしたのかもしれない。
万物を魅了する妲己の香気が蛇のように、あるいはとぐろを巻くようにして玉恵に降り注ぐ。傾世元禳――敵対者を魅了して虜にするユーベルコードは寸分違いなく玉恵を捉える。
……がその中心にあって、玉恵は平気であった。傾世元禳の香気は全て結界によって遮断されている。それが視界が物理的に霞むほど、濃密で絡みつくような香気であってもだ。
結界で自身の身を守りながら、玉恵は『ふむ』とひとつ頷いて。
(自動で迎え撃たれるならば、そこを利用してやろうかのう)
玉恵のたおやかな指先が印を結ぶ。
傍目から見れば玉恵の周辺は強烈に密集する香気によって景色すら歪んで見えたであろう。しかし、それをしのぎ切った玉恵の結界。そして一瞬、結界が弾けて香気を弾き飛ばし。その中から玉恵は一直線に妲己に向けて駆けだすのであった。
●
各々の方法で妲己の先制攻撃をしのいだ猟兵たち。
しのいだ後は3人とも奇しくも妲己への接近と動きを変えている。
すれ違う羽衣人たちを無力化しながら接近する綾に再度襲い来る流星胡蝶剣。それを回避しながらちらりと視線を妲己にやる。もちろん標的としてだ。
「――ッ!」
思わず息を飲む綾。視線が絡み合うと同時に、香気がもっている魅了を叩き込まれたらしい。自意識を強く持っていた綾ですら揺らぐ。傾世元禳の香気が綾に纏わりつき。
「……そう。ではそのように」
綾が妲己を見据えた。視線から彼女の意図をくみ取ったと言わんばかりに、一直線に妲己へ駆ける。
これこそが綾の『保険』。深層意識へ仕込んだソレは、『魅了された相手に殺害を伴うほどの狂おしい独占愛を抱く』というもの。殺してほしいという妲己の視線と相まって、その保険は想像以上の効果を発揮する。
本来であれば、そのような策は外道とも言えるのだが。
(まぁ、実際彼女は外道の手の内にあるし)
とは綾の談。
だが、強烈な感情に突き動かされる体は動きが単調になる。それを狙って複雑な軌道を描く流星胡蝶剣が回転しながら飛翔してくる! その間に割り込むのは玉恵。
「……っ?!」
その様子には妲己に心奪われていたとしても刮目せざるを得ない。目を見開く綾の前で、流星胡蝶剣の攻撃を受けてその身を切断される玉恵……直後、流星胡蝶剣が玉恵ごと燃え上がる!
「一応、じゃったが、役に立つものじゃのう」
その声は部屋の端から。声の主は玉恵であった。流星胡蝶剣を炎で失墜させた玉恵は、実は彼女の形代を変化させたもの。焼却の霊符が仕込まれた形代は防御と同時に流星胡蝶剣を封じたのである。そして当の本人は目立たないスキルを使って羽衣人たちに紛れ込んでいたのだ。
姿を現わした玉恵に対して殺生狐理精が襲い掛かるが、玉恵はこれを結界で押し留める。同じ『狐』同士、手の内はよくわかっている。
「……頃合いか」
ちらりと玉恵が視線を送った先は妲己……ではなく。
妲己のユーベルコードが玉恵と綾に集中したその隙に肉薄していた修介であった。
●
「……!」
完全に注意が綾と玉恵に行っていたせいか、妲己すら目を見開く次第。しかし、すぐさま修介の拳に『期待』を寄せて。
「――」
その視線を受けて、修介もまた躊躇することなく攻撃態勢に。懐へ踏み込み……そこへ流星胡蝶剣が下から抉るようにして飛んできた。どうやらその一刀だけ、玉恵(形代)の焼却の呪い(まじない)から脱却してきたらしい。
「……ッ」
流星胡蝶剣の強襲に小さくバックステップ。修介は最小限の動きで切先をかわす。流れるように連撃を繰り出してくる流星胡蝶剣を、修介は一歩踏み込んで左腕で叩き落す! 一歩間違えれば左腕が斬り飛ぶ展開。しかし修介は冷静にその一点を観極め、流星胡蝶剣の無力化に成功する。
「己が力、その身を以て味わうがよい」
玉恵の声が響く。その声は詠唱にして妲己に対する宣告。【偽・太陽鏡】によって三種の神器『八咫鏡』をかたどった鏡が玉恵の前に生成され、殺生狐理精を飲み込む。直後、妲己に向けて放たれる殺生狐理精。
「あ……あ……」
殺生狐理精に衝動を掌握された妲己は立ち上がり、すぐ側にいた修介に殴りかかる。それはとても拙い、とても戦いとは呼べない、握り拳。ただただ、殺生狐理精が体を突き動かしているに過ぎない攻撃。妲己が『戦う者』であればその攻撃は鋭い狂気と化したであろう。
しかし彼女は仙女であり、戦うためにこの場にいる者ではない。
ゆえにその攻撃は子供よりも拙く、隙を晒すだけ。その攻撃の度に殺生狐理精が生命力を奪っていくだけである。
「……」
少し俯き加減に表情を伏せて玉恵が霊符を放つ。隙だらけの妲己に纏わりついた霊符は力を解放して妲己の動きを封じる。
「――!」
妲己の動きが止まったその瞬間、修介も動きを止めてその場を踏みしめる。同時に腰に構えた拳を握りしめ、体の動きの流れを意識する。足から順番に螺旋を描いて拳に力が辿り着くイメージ。
「――ただ一撃、仕る」
小さく、呟くように。修介が言葉を紡ぐ。直後、鋭い踏み込みと同時に拳が、【――祈りを拳にて】妲己に叩き込まれる。
渾身の捨て身にて放つ一撃は、されど敵意ではなく、殺意ではなく、祈り一つにて。慈愛と祈りを籠めた明鏡止水の、この一時の因果を絶つ一撃である。
「……う、ぁ……」
小さく呻いて崩れ落ちる妲己。妲己の命を刈り取らんとする猟兵たちの攻撃に反応したのは、妲己に移植されたユーベルコードたちであった。このままでは消失してしまう。それを悟ったユーベルコードたちが妲己の命を代償に再生する。
「う、ぁぁぁっ!」
叫ぶ妲己をよそに、弱いながらも復活した3種のユーベルコードが再び修介と玉恵に襲い掛かる。
「侵せ、侵せ 煌きの花で 闇の帳の只中に光る希望を喰らいて 滅びの夢へと誘い招け」
それを遮るように言葉を差し込んできたのは綾であった。
ユーベルコード【煌桜侵晶】――それは現象を喰らい、侵食する。流星胡蝶剣を、殺生狐理精を、傾世元禳を、無数の桜色の結晶が侵食していき、その内に取り込んでいく。同化するようにして消滅していくユーベルコードたち。
桜色の結晶が妲己の体に纏わりつく。ゆっくりと結晶が侵食していき、そこに妲己を取り込んだ桜色の水晶柱が作られた。
玄室内に静寂が戻る。
妲己のユーベルコードが消失したことで羽衣人たちも気を失ったかのようにその場に倒れ込んでいる。動いているのは猟兵たち3人……と結晶の中の妲己。もちろん身動きは取れないが、それでも意識は、命はまだ生きている。
涙に濡れた妲己の顔に浮かぶ、その表情は猟兵たちに対する感謝であった。事がここに至って、この未来にあるのは『死』しかない。それこそが妲己の望んだものなのだから。
「……鎖に縛られたかわいそうな貴女。優しい夢の中で、睡るように死んで行きなさい」
綾が水晶柱を触れながら告げる。
――優しく優しく、殺してあげるから。
修介が水晶柱を触れる。
――どうか、もう苦しみと共に還ってくることが無いように。
そう祈りを込めて。
玉恵が少し離れた位置から妲己と相対していた。もしかしたら、自身が至っていたかもしれない未来。そんなifを感じながら。だが、彼女は『生きていく』し、妲己はここで終わる。
「……さらばじゃ」
玉恵の声をきっかけとするように、水晶柱の中で妲己が瞳を閉じる。それに合わせてゆっくりと水晶柱が曇っていく。それは中にいる妲己を二度と外に出さない、そんな意志を感じる力。スモーキークォーツのように中が不透明になった【煌桜侵晶】の中で、妲己は眠るように死んでいくのだろう。
もはや梁山泊に陣取っていたオブリビオン『封神仙女『妲己』』はこの場にはいない。
猟兵たちの活躍によって、妲己は望む未来を手に入れたのである。
大成功
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