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殲神封神大戦⑭〜儚む私を越えて~

#封神武侠界 #殲神封神大戦 #殲神封神大戦⑭ #封神仙女『妲己』




 かつてが無為ならば。
 全ては無常に流れるべきなのです。
 背負った罪咎は消えることなく。
 染めた罪悪の色が雪がれることはない。
 
 もう過去には戻れないと、あの桃花の園に儚き夢を見て。



 今、美しく輝く罪に囲まれる。
 妲己より無尽に湧き上がる香はひとのみならず、大地をも浸食するのだ。
 無骨なる砦の玄室である筈の地面には玻璃の花が咲き誇る。
 岩でしかなかった壁は燦爛たる宝石のような輝きを放ち。
「ああ」
 欲望の色彩をこれでもかと見せるのだ。
 誰かが奏でる笛と鼓の調べ。
 旋律に合わせて羽衣人が美麗なる舞踏を見せれば、陶酔した吐息が何処からでも。
 誰もが甘い香に誘われ、幸せな夢に溺れている。
 誰もが欲望のままに生き、そして妲己の為にとひれ伏す。

――妲己が求めるものも知らぬまま。
 だって、彼らは欲情に酔い知れた者達なのだから――

 全ては身勝手な夢を見る。
 あらゆるものが妲己という傾城の姫を中心に、罪を犯す快楽に溺れていく。
 美しい花を踏み躙るのは心地良い。
 輝く壁を砕いて、宝石を掲げよう。
 それらを全て、全て、妲己の為に。そうすれば、更に甘露な夢を授かれるから。

「私は……ただ、死にたいのです」

 そんな女の願いなど。
 誰も聞いてなどくれはしない。
 流星胡蝶剣が酔いから醒めかけた者の首を斬り飛ばす。
 真っ赤な血が迸り、さながら落ちる花のよう。
 と、誰かが唄って笑っている。
 事実、無機物にも効果を現す香は流れる血と屍を蝕み、気付けば美しい花へと変じさせた。 
 これでは足りませんかと、自らの胸に懐刀を突き刺す少女。
 いいや、自らになどと他人へと切り付ける男。欲望のままに、美しさと瑞々しい欲望を浴びながら。
 殺生狐理精は殺戮と欲情を呼び立てるのだ。
 誰がこんなことを望んだというのか。
 誰がこんな場所から明日を得られるというのか。
 停滞した残滓。過去の存在たる妲己は視線を伏して、待ち続ける。
 この傾世の宴を止める、誰かを。 
 己を殺めて、明日へと続く雄たるものを。

「儚む私を越えて、明日へと辿り着いてください……」

 決して自在に操れず。
 自動で発動する妲己の三つの力と香気。
 止めることはできず。自害さえ出来ず。
 そして、訪れる希望さえ侵すそれを、どうか越えて欲しいのだと。
 昔日の仙翁たちでは救えなかった、この世界を託して。







「一度、穢れたものは戻らない」
 それはどうなのでしょうか。
 本当に罪に穢れた者に救済とはないのだろうか。
 いいや、きっとある筈だと信じて、信じて、信じ抜いたとしても。
「けれど――それはきっと生きる者の特権。過去に既に死んだ妲己には、もはや『変わる』事は出来ないのですね」
 故に死を求めるのでしょう。
 そうふわりと首を振るったのは秋穂・紗織(木花吐息・f18825)。
 潔さといえばそうだし。
 なんという身勝手といえば確かにそうかもしれない。
「けれど、人を魅了する香気を常に発し、更には三つの自動発動型のユーベルコードを組み込まれた妲己は、もうその力が外に漏れないようにと玄室に籠もるしかなかったのです」
 外に助けを求めれば、風に乗って世界を侵すその力。
 自害も妨げ、害する者を殺める妲己のユーベルコードはその身体に埋め込まれたものなればこそ、自分のものとして扱えない。
「まずは妲己の放つ香気による魅了。生物、無機物、あるいは自然現象さえも虜としてしまうそれを防ぎ抗わねばば、近づくことさえ叶いません」
 神魔さえにもその力は及ぶのだ。
 加えて、害意に反応して必ず先んじて発動する妲己のユーベルコード。
「殺戮と欲情を煽る『殺生狐理精』――自らの命を消耗させて増した力で、自らか仲間を討たせる悪逆の業」
 強引な力任せなど出来ず、かりに魅了と殺戮衝動の二重の精神浸食を退けても、そこにあるのは自滅までのカウントダウン。
「二振りの『流星胡蝶剣』は自在に空を飛び、魅了に抗う隙を付いて殺める美しい鬼の爪」
 香気と共に迫る刃の鋭さ、強烈さは言葉に尽くせぬほど。
 魅了に抗いながらも、武林の秘宝を捌くのは至難の技。単純だからこそ、対策の難しいといえるもので。
「そして妲己が纏う『傾世元禳』。万物を魅了する香気を二重に振りまいて、死さえも許さない僕と化す、反魂の香」
 あるだけで世が傾く程の魅惑の香気。
 それが常時放たれるものに加え、より濃密なものが放たれるのだ。
 抵抗は可能といっても、出来るとは限らない。
「心技体と、それぞれに求められる対応は難しいものです」
 だが、それを越えて妲己を殺めねば。
 先へと続く道は辿れない。
 このまま香気を外の世界に漏らすような事があれば、世は荒れに荒れる。それこそ、誰も望んでいなかった方向に。
「故に、香気と三つの力を越え、どうか妲己に触れてあげてくださいね」
 たとえもたらすものが、最終的に死であったとしても。


「魅了されて心を喪った者……人形のような存在だけに囲まれ続けた妲己は、きっと――寂しいのでしょうから」

 終わりにこそ優しさを。
 ぬくもりを忘れた美姫に、誠なる夢を懐かせて。
「そうして、どうぞ、悲しき過去の香りに、幕引きを」
 そういって秋穂はふわりと見送るのだ。
 


遙月
 何時もお世話になっております。
 マスターの遥月です。


 この度は『殲神封神大戦』の一幕、お届けさせて頂きますね。
 いずれは何処かでこの戦争でシナリオを出したいと思っておりましたので。
 心情と戦闘。両方をと思いつつ……恐らくは心情の比重が重くなり、魅了対策次第ともなりますが。
 
 さて。
 妲己との戦いでは、まず常時放たれる『魅了の香気』に対抗する必要があります。
 種族など問わず全てを魅了するその力に抗ってください。
 その上で、ユーベルコードに反応して確実に先制攻撃を放ってくる妲己の攻撃を凌いで反撃へと映る必要があります。
(先制攻撃にはユーベルコード以外での対応が必要となります。キャラクター側では発動の暇さえありません)
 三種の中でも『傾世元禳』は妲己の香気をより強くするものですので、より一層強い対策が必要になるかと。

 何かと難しい対応となりますが、どうぞ宜しくお願い致しますね。


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プレイングボーナス……「酒池肉林の宴」の魅了に耐えつつ、妲己の先制攻撃に対処する。
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(先制攻撃対策はユーベルコード以外でとお願いします。)


 また、プレイングの受付は19日( 水)から20日終日までを予定しています。
 採用数もかなり少ないと思います(成功が見込まれるもののみの上、場合によっては最低数)。
 それでもという方はとなりますが、どうぞ宜しくお願い致しますね。
 オーバーロードに関しては、どうかマスターページをご覧くださいませ。
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第1章 ボス戦 『封神仙女『妲己』』

POW   :    殺生狐理精(せっしょうこりせい)
対象に【殺戮と欲情を煽る「殺生狐理精」】を憑依させる。対象は攻撃力が5倍になる代わり、攻撃の度に生命力を30%失うようになる。
SPD   :    流星胡蝶剣(りゅうせいこちょうけん)
レベル×5km/hで飛翔しながら、【武林の秘宝「流星胡蝶剣」】で「🔵取得数+2回」攻撃する。
WIZ   :    傾世元禳(けいせいげんじょう)
【万物を魅了する妲己の香気】が命中した生命体・無機物・自然現象は、レベル秒間、無意識に友好的な行動を行う(抵抗は可能)。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​
栗花落・澪
心の底から死を望むなら
出来る限りをもって叶えてあげるだけ

僕自身が元々持つ【誘惑】を香気への耐性代わりに
【高速詠唱、多重詠唱】で【オーラ防御】に【浄化】の光と風魔法
そして【狂気耐性】を混ぜ込んで一時的でも香気を遮断したい

敵側の攻撃は翼の【空中戦】で回避を重視しつつ
防ぎきれなかった分も風の反発とオーラ防御で緩和狙い

貴方の為に僕がしてあげられるのは
祈る事、そして…許す事だけ
犠牲者達の代理人にはなれないけれど
せめて僕だけでも、貴方の味方として送り出したいから

救いに敵も味方も関係無いよ

【祈り】で【指定UC】発動
罪人である事実は変えられないから
罪無き一般人には害の無い
悪を【浄化】する【破魔】の光で攻撃



 ほんの少しだけ、判る気がするのだ。
 ふたりの人生に自分というものはなかったから。
 奴隷として。
 或いは、生け贄として。
 囚われた身に当然の幸せと祝福なんてなかった。
 友愛もなければ、誠実なるこころも傍にはない。
 あるのは欲望と罪ばかり。
 そんな中で、自らが選ぶ道と生来の夢なんてなかったのだ。
 けれど、違いはひとつ。
 差し伸ばされる手が、栗花落・澪(泡沫の花・f03165)にはあったから。
 それが澪と妲己との、どうしようもない程の違い。
 過去と今がこれほどまでに違うのかと、澪の眸をうっすらと揺れさせる。
「――だから」
 彼が助けてくれなかったら、こうなっていたのだろうかと。
 悲嘆に沈み、哀惜に染まる妲己に小さく、澪は笑いかける。
 だって、せめて最後はその心に語りかけてあげたくて。
「心の底から死を望むなら」
 もはや救われることのない妲己。
 生きる限り、他人の人生を蝕む香気を放つ存在。
 だから――澪は、澪の心をもって、その魂を救ってみせよう。
「出来る限りをもって叶えてあげるだけ」
 死を与える事になっても。
 これ以上の不幸せを与えない為にと、緩やかに瞼を瞑る。
 故に、まずは心で勝たなければいけない。
 澪の持つ光で、照らさなくてはいけないから。
「出来るでしょうか。此れほどに毒と罪の染みついた、この身の願いなど。祈りなど、届くというのでしょうか」
 妲己の悲しげな囁きに。
「出来るよ。……出来るって、信じてくれるみんながいるから」
 琥珀色の眸で見開き、澪は万物を虜とする香気に抗おうと、自らの魅了の気で中和する。
 妲己の魔性の誘惑は大海の如きもの。量の過多で勝てる見込みなどない。
 が、心に触れて寄り添うとは量にて語るのみあらず。
 質こそが心を引きつけるものの本質。百万人を虜にするフレーズより、ひとりの為の愛の唄が魂にさえ響くものだから。
 そう。澪の手に触れてくれた、引っ張ってくれた、ひとりひとりがそれを教えてくれたから。
「忘れないよ、今までを。それをもって、叶えてあげる――あなたが願った以上の終わりを」 
 色付いた唇で囁くのは、多重の高速詠唱。
 澪のオーラを含んだ、浄化の風を渦巻かせて妲己の放つ香気を遮断する。
 きらきらと。
 風の裡で優しく光るのは、橙のいろ。
 絢爛でも優美でもない澪の心のいろ。
 火のように暖かく、花のように柔らかな。
「孤独な貴方の知らない、強さと手を……差し伸べてみせる」
 澪が手を伸ばした瞬間。
 飛来するのは、流星の如き双剣の閃き。
 空を飛ぼうとも避けきれず、澪の身体を裂いて赤を散らす。
 風とオーラで飛翔する剣の勢いを緩めれば、そのぶん、香気への対応が薄くなり、精神が一瞬でも揺らげば乱舞する胡蝶剣にて澪は刻まれる。
 舞うのは血か、それとも金蓮花か。
 地面に付く前には美しい宝石と化して、魔性の魅惑を飾るだけ。
 それでも。
「貴方の為に僕がしてあげられるのは」
 痛みを堪えて、か細い喉から澪は歌い上げる。
 憎しみと欲望に染まらない。
 何処までも澄んだ心で。
 そう、妲己の周囲にはもうずっと昔から消えてしまった、ひとの心の美しさをもって。
「祈る事、そして……許す事だけ」
澪は語る。詠う。祝福を謳い挙げる。
 浄化のと破魔の光を白い翼に湛えながら。
「犠牲者達の代理人にはなれないけれど……せめて僕だけでも、貴方の味方として送り出したいから」
「あなたを、傷付けた。こうして傷付けているというのに?」
 どうしても信じられないように、視線を伏せた妲己に。
 揺れる小さな火の優しさで、澪は微笑む。
「救いに敵も味方も関係無いよ。僕を傷付けたとしても、それが何」
 傷付けたからと許せないわけがない。
「ましてや、これは貴方の意思じゃないんでしょう。妲己」
 傷付けたものが救われないわけがない。
「過ちと罪があっても、それを贖えば、もう自由だよ」
 今、澪が自由に飛ぶように。
 過去に縛られて、永遠に救われないなんてない。
 罪を犯したしても、不変な罰と地獄があるわけじゃない。

「――不滅なるものは、そんな悲しいものじゃないから」

 血を流し、痛みを堪えながら。
 美しい歌声と共に広がるのは優しい、月のような優しい光。
「何があっても許すことを、愛、と呼ぶんだから。きっと、あなたが見失ったひとつを、どうか」
 届けさせて欲しいのだと。
 たとえ拭いがたき罪人だとしても。
 死と解放へ。次なる命と人生へと旅立つとき、忘れないでと。
 澪の全身から放たれた光が、妲己の魔を祓う。
 澪の風は魔性の香をひととき沈ませて。
 罪と悪の汚泥を清き光で焼き払い。
 刹那の一時であれ、妲己の胸の奥に、儚くも優しい夢を花開かせる。

大成功 🔵​🔵​🔵​

月守・ユエ
死を望みながら
明日を祈る彼女の罪をこのまま悲しいままでは終わらせたくない
死を以ってしか救えないのが切ない
死を祈りながらその先を願う妲己にせめて
優しく安らかな眠りを送りたい

【歌唱】【浄化】のオーラ防御で魅了を耐える
宴に唄はいかがですか?
【狂気耐性】を織り月灯の如く清らかな歌を響かす

UC:高速詠唱
死を望み
切なる想いを乗せる者を導くのが僕の力の本領
ココからは終焉が為の唱を手繰る

悲しみに希望を燈そう
貴女の寂しき手を握って慰め
眠りへ誘う唄をあげる

寂しく悲しき宴の夢、全て優しく溶かす
赦されぬ罪など
浄められぬ罪などない
時が過去に戻れずとも流れゆく時は魂を浄めてくれる

祈りと浄化を込め
彼女へ優しき終焉を与えます



 胸にて疼く切なさは、涙を誘う痛みに似て。
 鼓動の度に揺れるのだ。
 もしかして。そんな可能性を、夢を見たくて。
 でも、漂う香気がそんなもしもを許してくれない。
 甘く、甘く。ひとを罪なる方へと誘う蜜の香り。
 これがある限り。
 妲己という女は、誰かと心をもって触れ合うことは出来ないのだと。
「夢さえ望めず、けれど、己が死を望みながら」
 悲しさに濡れながらも、玲瓏と響くは幽歌の聲。
 命と魂の運ばれる先を、その路を憂う巫女が清らかな祈れを奏でる。
「それでもと、明日を祈る彼女の罪を」
 このまま、悲しいままに終わらせたくはなくて。
 ふるふると満月の双眸揺らし、願うは月守・ユエ(皓月・f05601)。
 たとえ、聞き届ける神がいないとしても。
 その思いは途切れることなどない。
 この祈歌が、途絶えることなんてありはしないのだ。
「死を以てしか救えないのが、切ない」
 どうしてこの手は届かないのかと、合わせた両の掌を握り締めて。
 か細い指先で、きゅっ、と誰かの背を引くように。
 或いは。
 奇跡をとその艶やかな指先で、捉えようとするユエ。
 そんな事は叶わないと、ほんとうは心の底で判っているからこそ。
 夜のような漆黒の髪を、するりと踊らせ、その一歩を踏み出す。
 願うものは、ただひとつだけ。
 叶えようと、胸に秘めるのはひとつだけ。
 欲張ることはないから、ねぇ、どうかと聲にならぬ想いを乗せて。
「死を祈りながら、その先を願う妲己にせめて」
 儚む私の背を、路を越えて欲しいなど。
 そんな切ない痛みを、拭う優しさをユエは求める。
「優しく安らかな眠りを送りたい」
 ただひとりきり。
 罪に塗れて、孤独に終らせるのは嫌だから。
 浄化の福音を喉から謳いあげ、ユエは自らを包もうとする魅了の香気を退けていく。
「……宴に唄はいかがですか?」
狂ったように踊る羽衣人にも、目覚めて欲しいのだと狂気耐性をその歌にと織り上げ、周囲に響かせる。
 響き渡るその音色の、なんという艶やかさ。
 溶けて消え去る雪のようにふと消えながらも。
 余韻は心にと染み渡り、優美なる旋律と聲を印していく。
 そうして、リズムを一転し。
 速く、速くと転調と共に高鳴るユエの歌声。
『悲しみに希望を燈そう』
 それこそが願い。
 無明の闇であれ、いつかは晴れるのだと、光の翼を心に携えて。
『いつか君のその手を握る為に、永遠の唄を紡ぐよ』
 そうして顕れるは歌巫女の楔月歌。
 死を望み、けれど棄て去れぬ、切なる想いを乗せる者を導くことこそ、ユエの本領。
 殺生狐理精が殺戮と欲情を幾ら煽れど、祈歌に想いを澄ますユエに届く事はない。
 いいや、響き渡る歌声に、邪なる霊はおのずと退いて。
 気付けば、誰かが鳴らした笛と鼓は静まりかえっている。

――ココからは終焉が為の唱を手繰る

「悲しみに希望を燈そう」
 この香を払う、優しい風を呼ぼう。
 躊躇わぬ清らかなる巫女は、ついに奥底で嘆くばかりの妲己の手を捉え。
 細やかなる指で、その両手をそっと包み、握る。
 ひとのぬくもりを忘れた妲己の悲しき手を、ユエの繊手で暖めて。
眠りへ誘う、優しく、ただ優しい唄をと、そっと妲己の耳元で囁くのだ。
 妲己があまりにもその眸を悲嘆で曇らせるならば、まずそれを晴らして。
「寂しく悲しき宴の夢、全て優しく溶かす」
 ひとりはいやだと。
 そう嘆くのがひとであり、夢の筈なのだと。
 詠うユエに終わりはまだこない。
「赦されぬ罪など」
 ありはしないのだと。
 涙を零して悔いるものに。
「浄められぬ罪などない」
 そう詠う、なんと優しく甘い夢の歌。
 心は蕩けるように震え、妲己の閉じた瞼から零れる透き通る雫がひとつ。
 ユエの満月色の眸は、確かにそれを見届けて。
「時が過去に戻れずとも、流れゆく時は魂を浄めてくれる」
彷徨う命灯を慈しむ祈りは、歌で放つ音の刃を奏でて走らせる。
 すぐ傍で。
 囁きさえも聞こえる距離で。
 罪に嘆く、妲己の為のユエの歌。
 祈りと浄化の込められた、精緻なる音の刃は。
 妲己の肉体に疵ひとつつけず。
昏き過去の思念と記憶、罪の意識を断ち斬り。
 遙かな遠く。
 此処にはない奇跡ある場所へと、妲己の魂を運ぶべく。
 優しき終焉を与え、緩やかに過ぎ去っていく。
 

 



 

大成功 🔵​🔵​🔵​

リーヴァルディ・カーライル
…貴女の犯した罪は、世の安寧の礎になる罰でそそがれるはずだった

…その罰が無為に終わった以上、罪の意識に苛まれるのも無理はない

…ならばこそ。望み通り貴女の罪に罰を与えてあげるわ

脳に精神安定物質を投与し強化した狂気耐性で魅了を浄化する肉体改造術式を施し、
敵UCの空中機動を見切り大鎌をなぎ払い迎撃を試み傷は気合いで耐えUCを発動

…ッ。流石に、全てを防ぐ事は無理か。ならば…

…来たれ、数多の可能性を呼び寄せるⅨの剣

大鎌を時間分岐の神剣化して自身に時間流の魔力を溜め、
攻撃を受け流し防御をすり抜け首を切断する極小の可能性を降霊し、
傷を負った自身は残像化して消え、無傷の本体が敵の懐に切り込む時属性攻撃を行う



 美しき銀糸の髪の奥。
 秘めやかなる紫の眸が揺れる。
 ああ、此処まで。
 ひとは毒と欲望を煮詰めて、ひとつの存在に注ぎ込めるのかと。
 悲しげにリーヴァルディ・カーライル(ダンピールの黒騎士・f01841)は瞼を伏せた。
「……貴女の犯した罪は、世の安寧の礎になる罰でそそがれるはずだった」
 充満した香気は、身も心も、魂さえも侵すような魔性のもの。
 常夜の世界でも此処まで罪と欲望へと走らせる毒は早々ありはしまい。
 甘い誘惑の香りなれど。
 本質として、地獄に誘う魔に他ならない。
 こうまで成っても、為そうとしたという祈りの残滓へと、リーヴァルディはそっと囁く。
 たとえ人造の煉獄となろうとも。
 それは次なる世の平穏の為に。
 この身を蠱毒に蝕ませても、命を捧げても。
 妲己が身を賭したのはそんな祈りだったのだ。
「……その罰が無為に終わった以上、罪の意識に苛まれるのも無理はない」
 あまつさえ、世を乱す為に蘇ったなど。
 何故。どうして。
 祈りは届かなかったのかと、絶叫する喉が潰れんばかりの悲哀。
「…………」
 妲己の胸を満たすのはそればかりで、だから言葉さえもはや上手く紡げない。
「……ならばこそ」
 故に静かに、静かに。
 香気がより満ち溢れる場へと、リーヴァルディは足を踏み入れ。
 死者の想念を吸い上げる大鎌、『過去を刻むもの』を掲げてみせる。
「……望み通り貴女の罪に罰を与えてあげるわ……」
その刃は黒くて、昏い。
 全てを無に帰す死神の指先として、静かに佇む切っ先が、するりと流れて。
 待機が色付く程に濃密な妲己の香気へと、触れる。
 自らの肉体を改造し、精神安定剤を投与したリーヴァルディ。
 香気を防いで届かせないのではなく、受けた上で耐性で堪えつつ、浄化して限界が来るのを耐え凌ぐ。
 それは肉体と精神に激しい負荷をかけるものの、その限界が訪れるまでは動き、戦うという意思に他ならず。
 空を跳び、漆黒の大鎌を振るうリーヴァルディの曇らぬ戦意に応じて、流星胡蝶剣が飛翔する。
 まるで流星の瞬き、鋭くも速き刃。
 そして、夢幻の胡蝶のような動きの読めない太刀筋。
 リーヴァルディの迎撃の鎌刃をすり抜け、肉体を切り裂く切っ先。
 これが武林の秘宝。道士、仙人たち磨き上げた武の技を宿すのだと、静かなる軌跡が告げている。
「……ッ。流石に、全てを防ぐ事は無理か」
 身体の各所から噴き出す血液は、リーヴァルディの受けた傷の深さを物語る。
 だが結構。元より、楽な相手などと思ってはいない。
「ならば……」
 傷も痛みも、常時襲い来る香気の魅了もすべて耐え――リーヴァルディが発動するのは時さえも操る御技。
 神秘的な紫の左の眸が、溢れる魔力で妖しくも艶やかな光に染まる。
「……来たれ、数多の可能性を呼び寄せるⅨの剣」
 手にした過去を刻むものが、その言霊に従い変貌する。
 顕れるは時間分岐の神剣。細やかな指で握り締め、時間の魔力をその身に溜めるリーヴァルディ。
 求めるのは先。未来にありうる可能性。
 それこそ時の三姉妹が紡ぐ、運命の糸を手繰り寄せるが如く。
 流星胡蝶剣の攻撃を避け、受けて捌き、守るならば悉くをすり抜けて妲己の首を切断すべく、皆無といっていい極小の可能性を身に宿す。
「……知りなさい。過去ではなく、今を生きるものは……何とて越えられる。進むことができる」
 故にと残像と化して妲己の懐に飛び込むリーヴァルディ。
 刀身に込めるは時間の属性を得た魔力。一瞬にして、得た可能性を遂げようと。
「……無理と判っていても、万にひとつでも……いいえ、それ以下であろうと」
 時を止めて、時を超えて。
 リーヴァルディの握る神剣が翻る。
「……遂げようとする意思の強さ。……生きていた貴女も、また持っていた可能性を、受け取りなさい」
 今は屠るが為に。
 死を求めるものに、静かなる安息を届けんが為に。
 時の神剣は、妲己の身体に赤い薔薇を咲かせる。
 美しくも、麗しく。
 断罪と共に散り逝く、赤き花。
無常たれ。必衰たれ。時と共に、あらゆる美と罪も。
 いずれ、いずれ。
 柔らかなる眠りを、時はもたらすのだから。
 妲己は小さく、届けられた赤い薔薇に微笑み、微睡むように瞼を閉じた。 
 その先にあるのが死だとしても、もう、怖れることはなく。

大成功 🔵​🔵​🔵​

夜刀神・鏡介
倒さねば道は拓けない。殺してくれと彼女は言う。なら、俺がやるべき事は明白だ
どんな困難が待っていても、妲己の元に辿り着いて殺すさ

破魔の宝貝たる利剣を手に前へ。雑念を払う訓練は幾らでもしてきた。ユーベルコードによる強制力がなければ十分に耐えられる
だが、流石に拙いか――刀を取り落とそうとする手に力を込め、銀羽根を取り出して無理矢理、右腕に突き刺す
痛みと、羽根の持つ魔除けの力、そして心に秘めた熱量が思考を明確にしてくれる
――大丈夫だ。とにかく、前に進もう

妲己を前に、奥義【無極】――彼女を殺すための一刀を
封神台をどうにかする事は出来ないかもしれないが。それでもこの世界の平穏はどうにか取り戻してみせるさ



 誠に求められるものが何であれ。
 剣を携えるものに出来ることは、ただひとつ。
 いいや、剣をもって万象に対するが剣士なればこそ。
「倒さねば道は拓かない」
 妲己の香気満ちる玄室は、もはや空気に色付くほど。
 清浄とは程遠い、甘く、甘く、意識を奪う罪への誘い。
 それでもと。
 意思を研ぎ澄まし、己が道を踏み外さぬように。
 夜刀神・鏡介(道を探す者・f28122)はゆっくりと歩き出す。
「殺してくれと彼女は言う」
 それを叶えないのがこの香気。 
 生半可な雄では虜とされて傾城の魔性に囚われるか、その双剣にて断たれるのみ。
 だが、怯む必要などあるだろうか。
 歩み続ける夜刀神の心は凪いでいる。
「なら、俺がやるべき事は明白だ」
 その手に破魔の宝貝たる利剣【清祓】があるというのならばなおのこと。
 無銘の鉄刀だった器に、夜刀神の魂と仙界の桃花を込めて造られた淡紅色に輝く刀身。
 その刃は美麗なれど、鋭利なり。
 夜刀神の雑念に対する集中力と同じく、研ぎ澄まされたそれが鈍ることなどあるだろうか。
 故に進める。強制力さえないのであれば、惑うことはありはしないのだから。
 どんな困難辛苦が待ち受けようとも、妲己の元に辿り着き、必ずや願いの通りに殺してみせるのだと。
 だが――。
「流石に、拙いか……」
 近寄れば近寄る程に密度を増す魔性の香気。
 防ぐことはできず、たとえ息を止めても無駄だろう。
 呼吸をせず、嗅覚持たない岩をも輝かせるのだ。ならば必然、必要となるのは精神の集中。
 判っていても、霞んで微睡む意識。
 安らかに眠れと香気が誘い、夜刀神は寸での所で刀を取り落とそうとしてしまう。
「くっ」
 戦場で魂ともいえる刀を取り落とすなど、恥ずべきこと。
 堪えると同時に、魔除けである一片の銀羽根を取り出し、自らの腕に突き刺す。感じるのは痛みと、そして熱。
 純銀という魔祓いの力が香気を退け、夜刀神の意識を、そして胸の奥で高く、強くと脈打つ存在を感じさせる。
 それは心か、誇りか。
 或いは矜持として斯くたる何かか。
 夜刀神が語ることは決してなくとも。
「――大丈夫だ、先に進もう」
 銀羽根を突き刺した腕から流れる血をしたらせながら。
 歩き続ける先で、嘆くように視線を伏せるは傾城たる妲己。
何処までも悲しげに。
 世を憂い、生きる事を投げ棄てる姿に。
「…………」
 何か、胸の奥がざわめく夜刀神。
 悲しみか。いいや、違う。それだけではない。
 では魅了されたのか。いいや、美しいや喜びとはまち違う。

 強いていうならば、痛み。
 介錯してやらねばならぬのだと。
 もはや致命傷を負った存在へと、黒い眸で見つめる。

 故に放つは、ただ妲己ひとりを殺めるためだけの剣閃。
 最適な構えとは言えない。呼吸も、腕の振りも、手弱女を斬るだけのもの。
 けれど、何処までも何処までも――痛みなく、優しく終わりを届ける為に刃は詠い、紅の鮮血を舞い散らす。
「妲己。貴女がしたように、同じようにと封神台で、とはいかない」
 穏やかなる安寧は約束出来ないだろう。
 けれど、それは同じ路を辿らぬ。
 故に同じ轍を踏まぬということ。
「それでも、この世界の平穏はどうにか取り戻してみせるさ」
 だから眠れ。
 静かに、もはやひとつの香も嘆きの吐息も零さずに。
 妲己の標として、新たなる平穏を誓う淡紅の刃が、もう一度、鮮やかに翻る。
 
  
 
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

月白・雪音
…過去より世界を守らんが為に業と罪を背負い、
身を贄と捧げた自らが過去の残滓と成り果て世界を冒すに囚われるとは、
なんと皮肉で残酷な定めであることか。


落ち着き技能の限界突破、武の研鑽の境地たる無念無想の至りにて心を凪に保ち魅了を押し留め、
魔性染みた野生の勘にて飛翔する刃を感知しカウンターで白刃取り
初撃を凌げばUC発動、精神を集中し魅了を完全に打ち払い怪力、グラップルで
止めた刃を抑え可能であれば部位破壊にてへし折る
妲己に手が届けば、残像の速度、殺人鬼としての技巧を以て
苦痛を感じさせる事なく止めを



…貴女は世界が為に、大罪と理解した上で覚悟を持って手を汚したのでしょう。

故にこそ、私は貴女の罪を許す事は致しません。
貴女にとって、『自らの罪が赦されてしまう』事こそが最も救われないのだと。
私はそう考えているからです。

貴女の手は汚れ、過去は返らず、死した命は戻らない。
…されど、貴女のその覚悟に。私は敬意を表します。

ただ罪人として。
――『罪』を以て世界を守らんとした『人』として。貴女の名を覚え置きましょう。



 清き風、月の灯りなど此処にはなく。
 甘い香気が全てを包み、誘い、罪へと落としていく。
 流れるは易き、抗うは難しきの言葉通りに。
 妲己がどれ程に絶望と悲哀を抱こうとも、この魔性は途絶えない。
 ならばこそ。
 此処で踏みしめねばならないのだと鼓動が脈打つ。
 志というには静か過ぎて。
 矜持というには、切なすぎながらも。
「……過去より世界を守らんが為に業と罪を背負い」
ひっそりと降りしきる雪のような。
 物静かな声色で、己が想いを紡ぐは月白・雪音(月輪氷華・f29413)。
 その身にあるは虎の因子なれど、吼えるという事がついぞ判らぬ。表すべき情動を、表情を、眸の動かし方を知らぬ儘。
 それでも求む心にただ実直に、氷の華として佇むその美しき姿とかんばせ。
 故に語るは、まるで諳んじた詩のように清らかなのだ。
 何処までも感情の揺らぎ乗らずとも。
 烈士の如き澄んだ声色となる。
「……身を贄と捧げた自らが過去の残滓と成り果て世界を冒すに囚われるとは」
 なんと、と赤い眸を瞼で覆い隠し。
 僅かに吐息を零して、嘆きの揺らぎとする。
 こうも世は無常たるものなのか。
 天は全てを見ていないのか。
 いいや、ならばこそ磨き上げた武も威を為すのだろう。
「なんと、皮肉で残酷な定めであることか」
 雪音の修めた武さえも、振るわれぬ平穏なる世にこそ本懐たる静寂を売るというのに。
 誰かと世の為に身を捧げた姫も、また罪咎の魔香に包まれた儘など。
 ああ、皮肉にして残酷。
 悲劇を求めて天と地を回す指先さえ感じるから、こそ。
 雪音の踏みした一歩は、玄室に激震をもたらす。
「ならば、天の道理も地の理も、人が路を阻めず、運命と天命の路は己かが手で紡がせて頂きましょう」
 希望は、この手のひらの中にと。
 雪音はぎゅっと握り締めた拳を、ゆっくりと突き出す。
 傾世の香気は満ち溢れるものなれど。
 心と精神を落ち着かせる雪音。
 ひと、というものには情動の揺れる幅が必ずあれど、その限界を超えて辿り着くは凍て付いた明鏡止水。
 武の研鑽にて辿り着く無念無想へと至りて、凪いだ精神で香気の魅了に抗ってみせる。
 それこそ夜天にありし、氷輪の如き月のように。
 冴え冴えと。
 ひとならざる冷たさを湛えて。
「…………」
 漏れ零れる吐息さえ、霜降る風のようであれ。
「――来ますか」
 赤い双眸にて捉えるは、流星の如き双剣の瞬き。
 だが独りでに飛翔する剣の太刀筋は雪音をして読めない。重力、遠心力、推進力。悉くを無視して踊るは夢にてひらりと舞う胡蝶そのもの。
 ならばこそ、信じるは己が命が感じるもの。
 生命に迫った危機にこそ、雪音の魔性じみた野生の勘は脈動するのだ。恐らく、命の遣り取りの際にこそ、その獣の本能とひとの武の理性は至高の域まで研ぎ澄まされ。
「そこ」
 白い残像を伴って振るわれる両の掌。
 間に挟まれたのは神速にして翻った胡蝶剣の一振り。
 白羽取りを決め、捉えた雪音は冷たい声を落とす。
「武林の秘宝。確かに、まるで千年の研鑽を積んだ道士の技……」
 が、その胡蝶剣の切っ先は雪音の喉に届き、雪のように白い肌に茎遺恨で、赤い血の雫を滴らせている。
 あと一瞬、微かでも遅れていてば雪音の首は、胴を離れて空を飛んでいただろう。
「……されど、想いと信念なき刃が、私を断つ事はありません」
 故に怖れることあらず。
 明鏡の心は曇ることなく、意思のままに身体を動かさせる。
 此処にて雪音は、その拳武という舞いを見せるのだ。
 さながら雪のように静かに、はらはらと。
 されど、気付けば消える月の如く、玲瓏と。
 そのま身を翻し、迫るもう一振りの胡蝶剣を肘擊で叩き落とす。
 砕けるならばと怪力を込めるが、否。我は武林の秘宝なのだと、抗うは金剛よりなお堅剛。ならばと止めた切っ先を流して地面へと向け、虎の猛威を宿す蹴擊で岩盤まで埋める。
 稼げる時間は僅か。また流星胡蝶剣は踊れども。
「これにて、貴女へと至れます。……妲己」
 これで十分と、紅玉のような雪音の双眸が。
 真白き残像と化したその身が、踊り、跳ね、縮地が如き様で妲己の懐へと至らんとする。
 雪音の精神集中も更に深く、深く。何処までも、雑音の一切届かぬ領域へ。もはや香気で揺れるような状態ではない、無我の一歩手前。
「そう、この手が」
 手さえ、指ひとつさえ届けば雪音には十分。
 吹雪の如き強襲を以て、静かなる儘に、痛みの一切を感じさせず。
 忌んで律すべき殺人鬼の技巧を以てしても、妲己を殺めてみせる。
 眠りに誘う、安らかなる梅花の香のように。
 妲己の纏う、罪なる桃花の魔香を雪音は掻き消すのだ。
 それは刹那、血の臭いを湧き上がらせたとしても……。
「届けば十分。そう、これで……十分です」
 そう、冷たい雪音の手が、更に冷たい妲己の手を握り。
 静謐なる紅い眸が、罪に嘆き悲しみに濡れた瞳を見据える。
「…貴女は世界が為に、大罪と理解した上で覚悟を持って手を汚したのでしょう」
 この手は血塗られているというのならば。
 それは大差なきこと。
 私もそうなのだと、雪音は刹那の間に、妲己へと意思を響かせて。
 言葉で幾ら慰めても無意味。
 魔性の香気さえ引き継がずに、此処に在ったのなら。
 転生として祝福を妲己に届けられたのだろうか。
 雪音が獣と殺しの鬼としての衝動を持たずにあれば。
 ただの少女として、笑って、泣いて、救いの手を差し伸べられたのだろうか。
 いいや、それはただのもしも。
 意味のない過程でしかないのだと、雪音の胸より落ちて。
 これほどに心を動かす術を知らぬことに、言葉にして動かす力がなきことにと、憤るように雪音は唇を引き締めた。
「故にこそ、私は貴女の罪を許す事は致しません」
 慈悲たる拳擊で、妲己の脛骨を撃ち砕く。
さらに抜き手は肋骨を滑り抜けて心臓へ。振り上げた膝は水月を撃ち抜き、更に上昇する足。絡めた太股で妲己の首を掴むように絡ませ、宙を飛び交える勢い乗せて地面へと投げて追突させる。
 響き渡る轟音。
 血肉が爆ぜ、紅い色に雪音が染まる。
 トドメと上から振り下ろした手刀さえ、確実に急所を捉えながら。
 ようやく、雪音は緩やかな声を妲己に向けた。
「……貴女にとって、『自らの罪が赦されてしまう』事こそが最も救われないのだと」
 それこそ、糾弾され、断罪され。
 どうして今もなお、この世は荒れているのか。
 殺められたひとびとの心と魂は、今もなお哀惜と憎悪をわき上がらせているから。
「……私はそう考えているからです」
 或いは。
 獣だった雪音の過去もまた、赦されることが救われぬというのか。
 それは判らず、告げず、ただ雪音はしずしずと言葉を重ねる。
「貴女の手は汚れ、過去は返らず、死した命は戻らない」
 それが殺めるということ。
 深く理解し、その贄たろうと悪逆を尽くした意思にも、尊重を抱いて。
「……されど、貴女のその覚悟に。私は敬意を表します」
 確実に、されど、苦痛のひとすじなく。
 妲己が後ろ髪引かれて、また現世に嘆きに出てこないように。
「ただ罪人として」
 屠らせて貰うと、引き戻した掌を握り締めて。
 ひしりと。
 想いを込めて。
「――『罪』を以て世界を守らんとした『人』として。貴女の名を覚え置きましょう」
 記憶のみならず。
 魂にも刻むのだと、雪音は妲己の貌を見る。
 赦されざる罪人のような。
 世界の為に身を捧げた聖女のような。
 妲己の美しく、憂いて悲しむが故により麗しきその貌。
 けれど、確かに。
 彼女はただのひと、であった女の心を、永劫に忘れぬ為に。
 氷輪の月が落ちるような一撃が、雪音より妲己へと贈られる。
 慈悲深き眠りへと、導くが為に。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鷲生・嵯泉
【相照】
……いや、其れは違う
此の戦いは嘗て為された全てを無駄にしない為のもの
意味は在った――在るのだと知らしめるとしよう
ああ、そう思えるようにするのだよ

初撃の対処は氷壁に任せ
此方は剣の迎撃準備を整える
――弩炮峩芥、悉くを的と定めよ
任された……此の刃に掛けて道を拓く
其れくらい幾らでも。迎えに行くと約束しよう

香の魅了なぞに囚われてやる程、私の心に隙間は無い
為すべきに集中し、死を望む虜囚を解き放つ為に前へ
切っ先の数や向き等から飛翔する方向と速度を見極め
カウンターで斬撃を当て、弾き巻き込む様にして一度に数を捌き
灰の竜が最短を往ける様、可能な限り集中して穴を開けてくれる

……帰っておいで、ニルズヘッグ


ニルズヘッグ・ニヴルヘイム
【相照】
やったことに意味はなくて、全部無駄だった
その気持ちは痛いくらい分かるんだ
だから、容赦はしないよ
――そっか
おまえがそう言うんなら
そう思ってくれると、良いな

嵯泉に怪我はさせない、気力で耐えてやる
氷の障壁で全部防ぐから
嵯泉、頼むよ
一瞬あれば良いんだ
それから
……終わったら、手、引っ張って

ひとを辞めれば何でも捨てられる
慈悲も、何かに惹かれる心も
香気の元が何だか知らないが、少しは餌になるものもあろう
好きなだけ喰らうが良い、蛇竜ども
その小娘ごと引き裂いてやれ

私には壊すくらいしか能もない
だから死にたいと言うのなら、構わん
貴様の存在も、苦しみも、悲しみも、絶望も
お望み通り、跡形もなく
全部、ぶっ壊してやる



 理想が為に積み上げた全てが無為と崩れ去る。
いいや、胸には罪咎、身には魔香が残っている。
 悪行と血で染め上げた手はもう元に戻らず。
 万象を魅了する香は、ひとのこころと触れ合うことさえ赦さない。
 もはや自分こそが悪で、無為で、朽ち果てるべきなのだと。
 繰り返す後悔の念に染まった女、妲己を見つめる金色の眸。
「やったことに意味はなくて、全部無駄だった」
 残っているのは忌むべき過去と、己のみ。
 いっそ心というものが消えればいいのに。
 本当の邪悪になれれば、どれだけ救いとなるのか。
「その気持ちは痛いくらい分かるんだ」
 だが、と。
 空気さえ色付くような満ち溢れる香気に抗うように。
 懐より煙草を取り出し、火をつけようとするのはニルズヘッグ・ニヴルヘイム(伐竜・f01811)。
 灰燼の忌み子は、自らを縛り続ける過去の痛みを知るのだ。
 それを感じるからこそ、ひとであるということも。
 悪逆の化け物へと、本当の意味で墜ちることも叶わないということも。
「だから、容赦はしないよ」
 目を細めるニルズヘッグに差し出されたのは、穏やかなる火と男の声。
 けっして揺るがない熱量を秘めながら。
 お前を傷付けることはないのだと、示すように。
「……いや、其れは違う」
 ニルズヘッグが違えれば、鷲生・嵯泉(烈志・f05845)は必ずそれを正す。
 手を握ってくれといったのはお前なのだから。
 ならば、道を迷いて踏み外そうとするならば、幾らでも引き戻そう。
「此の戦いは嘗て為された全てを無駄にしない為のもの」
 混濁した世界なれど、此処は闇に覆われていない。
 泥沼に染まったものだけではないのだ。
 たとえ妲己そのものが悲嘆に染まりきったとしても。
「意味は在った――在るのだと知らしめるとしよう」
 ニルズヘッグの煙草に火をつけると共に、鷲生は石榴のように赤い隻眼をゆっくりと、笑みに揺らす。
「――そっか」
 だからこそ。
 視線を合わせることもなくとも、ニルズヘッグは咥えた煙草をそっと近づける。
 鷲生が求めた気がしたから。
 そこにきっとあると思ったものにと。
 与えられた火種を、鷲生の煙草へと触れさせて。
 じわりと、熱と火を伴にする。
 互いに吸い込む紫煙の芳しさに、ゆるゆると笑ってみせるニルズヘッグ。
「おまえがそう言うんなら」
 きっとそう。絶対だ。
 鷲生は間違わないのだと、幼子のような純粋さで想い、信じて。
「そう思ってくれると、良いな」
 届けてみせようと、周囲に漂う情念を手繰るニルズヘッグ。
 ぱきりと。氷が産まれる冷たくも澄んだ音がして。
「ああ、そう思えるようにするのだよ」
 するりと。露払いて災禍断ち斬る鋭刀、秋水を鞘から抜き放つは鷲生。
 言葉には成した。ならば、後は事を為すだけ。
 そこに淀みなどある訳はないのだと、香気を祓うは清浄なる鷲生の剣気。
 竜の黄金の瞳と、烈士の切っ先を向けられ。
「ああ」
 その絆の誠を知り、嘆くように、憂うように。
 或いは懐かしみ、嬉しく笑うように。
 妲己が微笑んだ瞬間、流星胡蝶剣が閃く。
 あらゆる軛を越えて夢幻を羽ばたくが如き切っ先が迫る。
 意を読んでの絶対先制。故に、応じるのは剣士たる鷲生では困難だからこそ。
「嵯泉に、傷一つ、怪我はさせない」
 ニルズヘッグが編み上げた氷壁が双剣の刃を受け止め、斬り砕かれながも初擊を凌ぐ。
 だが、それで止まらぬ瞬刃の乱舞。
 鷲生とニルズヘッグが虜とならぬなら、屍と化すまで。
 砕かれると同時にまた編み上げ、砕かれるニルズヘッグの氷壁。香気の魅了と二重で気力を削られれど。
「嵯泉、頼むよ」
 全て、全てを受け止め、防いでみせるから。
 一瞬あれば必ずや成し遂げる男に信頼を向けて。
「それから」
 柔らかな声でニルズヘッグは懇願する。
 きっと叶うと信じるから、その先を願えるのだと。
「……終わったら、手、引っ張って」
「任された……此の刃に掛けて道を拓く」
 故にと、僅かな間隙を見出して振るわれるは鷲生の秋水。
 
――弩炮峩芥、悉くを的と定めよ

 声を越えて奔るは秋水の白刃。
 胡蝶剣の切っ先、動き、方向と速度。
 全てを見極めて放たれるは逃れる事を赦さぬ峻烈なる斬擊だ。
 刃金が噛み合う絶叫を響かせ、胡蝶剣を弾き飛ばし、退ける。
 鷲生の心に香気が入り込む程の隙間などありはしないのだから。
 囚われるような甘い夢など見ない。
 ただ為すべきに集中し、意識を研ぎ澄まし、死を望む虜囚を解き放つ為に前へ、前へ。
 如何に武林の秘宝といえど。
「振るう者のいない、心の通わぬ剣に遅れなど取らんと知れ」
 告げるとと共にカウンターで放つ凄絶なる剣閃。
 胡蝶剣の動きを乱し、狂わし、竜が走り抜ける隙間を紡ぐ。
 そうだ。鷲生の振るう剣とは、今を生きる者の歩む道を斬り拓くものなのだから。
 過去に囚われ、道を喪ったものにどうして止められよう。
 ましてや、ニルズヘッグの為にと、握られたその剣を。
「そして……其れくらい幾らでも。迎えに行くと約束しよう。また、何時ものように、手を引こう」
「……っ。ああ」
 成り散らさせれる剣戟を潜り、鷲生の声に背を押され。
 進むニルズヘッグが唱えるのは、怒りと暴虐の詞。
 ひとたる理性。その箍を外せば、顕れるのは巨大にして邪悪なる黒蛇竜だ。
 ひとを辞めれば何でも捨てられるのだから。
 慈悲も、優しさも、夢や何かに惹かれる心も。
 つまりは、魅了されるという現象は起こりえず。
「香気の元が何だか知らないが、少しは餌になるものもあろう」
 爛々と輝く黄金の瞳は、忌むべき光を宿している。
 『ひと』として生きるための理性を代償とした、ニルズヘッグが成すこことはただひとつ。
「好きなだけ喰らうが良い、蛇竜ども」
 破壊だ。怒りで打ち壊し、残骸さえも踏み砕くのみ。
 香気の元が呪詛であれ毒であれ。力あるのならば黒蛇竜たちの贄となるのだと、猛り吼える咆哮が告げている。
「その小娘ごと引き裂いてやれ」
 そうだ。悲しい程に純粋に、ニルズヘッグは壊すことぐらいしか能がない。
 たとえ後付けで日常、生活の術を得たとしても、その理性という鍍金を剥がせば、奥から出てくるのは焼け爛れた呪詛。
 こんなものでしかないのだと、深く噛み締めるながら。
 妲己という女も、またそうなのだと。ひとたる理性を持っていた頃に抱いた思いも、消え失せて。
「だから――死にたいと言うのなら、構わん」
 黒蛇竜がのたうち、牙を突き立て、呪詛の吐息を吹きかける。
「貴様の存在も、苦しみも、悲しみも、絶望も」
 せせら笑う、昏い情念。
 我を取り戻した時、それがまたニルズヘッグを苛む傷となったとしても。
 今はただ、止められない。
「お望み通り、跡形もなく――全部、ぶっ壊してやる」
 破壊と蹂躙を。
 望まれた死を、黒蛇竜が叶えるのだ。
 轟くは破滅の音。けれど、暴虐には終わりはないのだと、吼える竜が荒れ狂って。


 ………………
…………
 ……


 ふいに。手を。
 引かれたから。
「……帰っておいで、ニルズヘッグ」
どれほどの時間がたったか判らず、けれど、強く握られた掌に、ニルズヘッグは己を取り戻す。
 ひととして生きる理性を。
 ひととして感じる心を。
 壊すだけが能ではないと、願いたい心へと。
「火をくれないか」
「……ああ、大丈夫だよ。有難う、嵯泉」
 鷲生の声と、硬い手が引き戻してくれるから。
 また始まりのように。
 火をつけた煙草を咥え、火を与える。
 温もりと日常を、そうして共にするように。
  
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

アンリ・ボードリエ
貴女の罪も、穢れも、貴女の悪行より生じたものだけれど...貴女が背負った罪は、ここまで貴女を苦しめて良いものなのでしょうか
そもそも貴女だけの罪なのでしょうか
だって、こんなのあんまりじゃないですか...

La décadenceに《祈り》を捧げて加護を得る
ボクの魂は...La décadence、貴方の元にある
彼女の魅力に誘われないように...ボクを離さないでいてください

更に強力な香気もLa décadencに《浄化》して頂きつつ、《覚悟》を決めて、舌に歯を突き立て、手に爪を立て《気合い》で乗り切りましょう
舌が裂けても、肉が抉れても構わない
きっと彼女の抱える苦痛はそれを遥かに上回るのだから

本当に、貴女は死でしか救えないのでしょうか...?
悲しいものですね、他に手段がないなんて
こうなる前に貴女を救ってあげたかった...それが出来ず、申し訳ありません

精一杯の《祈り》と《優しさ》を込めてUCを発動
...痛みを感じることなく死ねるはずです
さようなら、貴女が安らかに眠れる事をボクは心より祈っています



 悲しいことなのだと。
 辛く、切ないことなのだと。
 それだけは痛い程に胸に迫り、判るのだから。
 満ち溢れる香気は、それこそ、拭い去れぬ過去のよう。
 消し去れぬものに今も苛まれているのだと、乳白色の眸を僅かに伏せて。 
「貴女の罪も、穢れも」
 悼むようにと囁くは、アンリ・ボードリエ(幸福な王子・f29255)。
「貴女の悪行より生じたものだけれど……」
 それは誠に欲から手を伸ばしたものではなく。
 他人の幸せと平穏を願い、身を捧げたものだというのに。
 次の世を生きるひとが、過去に苦しめられないようにと。
 そう祈った者の先が、自らの過去に苛まれるなど。
「……貴女が背負った罪は、ここまで貴女を苦しめて良いものなのでしょうか」
 きっと違う筈と、陽光のような金の髪を靡かせ首を振るうアンリ。
 成した事は罪、悪行。
 流させた血は、それこそ池を作るほどだったとしても。
「そもそも貴女だけの罪なのでしょうか」
 姿を見せぬ仙翁たちはどうなのか。
実行したのは妲己であっても、企んだのは彼ら。
 ただひとりに罪と罰を背負わせるなど、あまりにも世と理が歪んでいる。
「だって、こんなのあんまりじゃないですか……」
 そう。生きて悪行に身を浸す蠱毒の贄の頃から。
 香気に包まれて、逃げ隠れるように玄室に閉じこもる今も。
 妲己の心に、悲しみと苦しみに寄り添うものはいない。
 その名は悪逆の代名詞として、世に響いている。妲己の優しさに、思いに、情に。汲むものはひとりとしていないのだ。
 ただ、ひとりぼっち。
 それが妲己に課せられた今の罰。
 全てを虜にしてしまう妲己は、もはや、ひとの触れ合いさえ叶わぬ身。
 アンリの手さえ届かないのかもしれないのだと。
 ただ、ただ、震える指先を握り締めるのだ。
 けれど。
 ただ立つだけでは、何処に辿り着けないから。 
「せめて」
 一歩、一歩と踏み出すアンリの歩みは確かなるもの。
 決して惑ってのものではない。
 この思いは、真実、幸福を願うアンリのもの。
 妲己という悲しきそのひとを見捨てるなどできはしない。
「せめて。妲己、貴女の傍に寄りましょう。足音が聞こえる距離で。吐息さえ判るほどの近さで」
「それで惑わないでくださいませ。――心を失った人形は、あまりにも」
 悲しいのだと。
 もう見たくないのだと、視線を伏せる妲己に、アンリは言葉で続けるより、確かなる歩みで応えてみせる。
「その悲しみに濡れた言葉も、ボクが止めてみせましょう」
 アンリが祈りを捧げるは、La décadence。
 祝福を授けるUDCは、アンリの魂と思いを感じて緩やかなる響きをもたらす。
 決して魅了などさせはしない。
 アンリはアンリの儘、La décadenceの傍にあるのだから。
 離れることなどありはしないのだと、幸福にして悲劇的な福音が流れ続ける。
 そう、記憶を対価に。
 幸せも不幸せも、アンリの全てはLa décadenceの裡に。
 けれど、それでいい。
 共に涙し、共に笑ってあげたい。
 それが叶わないなら、アンリは妲己が悲嘆を止めるまで、声を紡ごう。あなたはひとりではいのだと、届け続けよう。
 そんなアンリの意思を阻むかのように密度を増す魔性の香気。
 傾世元禳は万象にひれ伏せと、傲慢なほどに甘美な匂いを放つからこそ。
 アンリはLa décadencに浄化を託し、それでも漏れ出すものには覚悟を決め、舌に歯を突き立てる。
 激痛と共に感じるさび鉄のような血の味。
 それでも足りないならばと、手のひらに爪を立てて抗い、気合いで越えて見せる。
 舌が避けても。
 手の肉が抉れても。
 アンリは構わない。優しく微笑み続ける。
 きっと妲己の抱える苦痛はこんなものではないのだから。
 ここで歩みを止めるようでは、決して幸せには辿り着けない。
 妲己の人生は悲劇でも。
 結末だけは、救いがあって欲しいと祈るから。
「ちいさな幸福が、貴女にありますように」
 そう、ちいさく、ちいさく、アンリは笑ってみせて。
 けれど。
 一方で、悲しさに乳白色の眸を揺らす。
「本当に、貴女は死でしか救えないのでしょうか……?」
「ないのよ、ええ。……世を救う為の蠱毒の法、世を傾ける香の力、世に染み渡る程の願い――それを今更、覆そうだなんて」
 とても都合のよすぎる話。
 たとえ、慈悲深い神様だって聞き届けてくれいわと。
 憂う微笑みを浮かべる妲己。
「悲しいものですね、他に手段がないなんて」
 だからそう。
 ようやく、物憂うよでも笑みを浮かべた妲己に。
 もっとアンリは笑って欲しくて、笑顔で返す。
 声色は悲痛さで、揺れに揺れたとしても。
「こうなる前に貴女を救ってあげたかった……」
 もしも、という過去への問いは意味がなく。
 全ては儚く消え逝くものだと、アンリも判っていても。
「それが出来ず、申し訳ありません」
 謝らずにはいられない。
 もう少し何か出来れば。
 もっと笑って、泣いて、幸せな結末を迎えられたらいいのにと。
「あなたの喜びを聞いて、ともに笑ってあげたかった。辛かったと、悲しい思い出を思い返して、振り切るように共に泣いてあげたかった」
 せめての一時を飾るように、近づきながら。
 出来ないのならばと、精一杯の祈りと優しさを込めて、アンリはその御技を顕現させる。
 La décadencより飛び立つのは無数のツバメ。
 生き物のそれを模倣しながら、幸せを届ける為に翼を広げる小鳥たち。
 アンリの記憶を代償にした光を纏い、痛みのない慈悲深い終幕を届けるように。
 神の加護を受けた聖なる力で、妲己の今生を看取ろうとする。
 その魂に新たな旅立ちをと、懸命に羽ばたくツバメたちの翼。
「さようなら」
 痛みなく眠るように死ねるはず。
「貴女が安らかに眠れる事をボクは心より祈っています」
 そして叶うならば。
 今度、その眠りから目覚める時は忌まわしき呪いから解き放たれていることを祈って。
 確かに、この瞬間。
 アンリの幸せを願う笑みが、妲己の眸へと映った。
 きらりと零れたのは、光か、涙か、それとも救いの糸か。
 それが判る事などありはしないけれど。
「そう、あればいい」
 ツバメの羽ばたきが静まると共に。 
 訪れた静寂にと、アンリは囁く。
 誰だって幸福になる権利はあるのだから。
 その光を掴む手はあるのだから。
 ひとつの記憶の欠落を、もはやに埋まらぬ何かを抱えて。
 いいや、捧げた記憶の大切ささえ、もはや影も感じられずとも。
 もはや何をしても埋められず、取り戻せぬ日常のひとひらに、未練さえ抱かず。
 アンリはただ祈る。
代わりに。
 この世界に生きる誰かに、あの日常の幸せが届と。
 アンリはその日常の嬉しさを、思い出すことさえできないけれど。
 大切だと、思うから。

大成功 🔵​🔵​🔵​

スージー・ブラックアイド
アドリブ等歓迎

■心情
内心がどうであれ、妲己が悪逆を為したことに間違いはない。
そこを履き違えて同情するような真似は主義に反する。
ならばただのオブリビオンとして討ち滅ぼすべきなのか?
俺の中には迷いがある。
だがその迷いは決して見せない。それは奴の気高さに泥を上塗りすることだから。
そうだ。お前が自分自身を許されざる悪だと定義するのなら、いいだろう。
俺は正義の味方として、その勇気と決断に敬意を払い、迅速に撃滅してくれる。

■行動
向けられた香気に狂気耐性を振り絞り。
歯を食い縛り、目を逸らさずに耐え抜いてみせる。
いや、仮に耐えられなかったとしても。
惚れた相手なればこそ、悪には刃を振り下ろさなくちゃあな。
桃色に眩む視界の中、一歩また一歩と足を進め。
滅弾が宝石になって砕け、轟砲が花束と化して落ちる。
天脚が桃の煙を吐いたなら、残った断爪を自分に突き立ててでも意識の覚醒を。

眼前に到達する頃には血まみれだが構うまい。
頽れるように抱擁し、その首に刃を当て。痛みなく、一撃で終止符を打つ。

じゃあな。俺たちは先に進むよ。



 心の中に渦巻くは、迷い。
 本当にこれは真実として正しいのだろうか。
 行うべき正義とは。
 甘い香気が更なる惑いとして揺れ動かさせど。
「……はっ」
 その黒い瞳に強い意志を宿して。
 一歩と歩みを見せるは、スージー・ブラックアイド(その正義について・f29739)。
 その姿は迷うことなど何もないように。
 正義を示し、執り行い、必ずや成すのだと。
 誇り高きもののように、ただ真っ直ぐに歩み続ける。
 だが、確かに。
 スージーの心の奥に滲むのは、揺れる迷い。
 妲己の内心は、真意はどうあれども。
 悪逆を成したことに間違いはない。史実として、事実として、世に刻まれ残っている。
 それに同情して憐れみをみせるのはどうなのだ。
 殺された者達の怨念は、嘆きは、怒りと苦しみは投げ棄てておけと。
 屍は黙って眠れというのならば。
 今、こうして蘇り、悲哀にて嘆く妲己をも無視して討つが道理ではないのだろうか。
 目の前にある思いに、真実を履き違えて同情するような真似はスージーの主義に反するのだから。
 ならばただのオブリビオンとして討ち滅ぼすべきなのだろうか。
 いいや、きっと……。
 そう迷うのは、より精神に影響を与える香が、深く悩ませるけれど。
「いいだろう」
 決してそれを、僅かにも表に出すことのないスージー。
 それはかつて蠱毒の贄として酒池肉林と望まぬ悪逆を尽くした妲己の気高さに泥を塗ることだから。
 たとえ、身に毒を。名に汚泥を。
 消えることのない魔香を持つことになったとしても、妲己は世の平穏を思い、貫き通したのだ。
 それが叶わず、夢のように無常に、無為に消え果てたとしても。
 あった思い、矜持と意思をスージーは蔑ろなどできはしない。
いいさ。と口の中だけで呟いて。
 そうだ。と胸の奥で頷いてみせる。
 お前が自分自身を赦されざる悪だと定義するのならば、いいだろう。
 スージーは正義の味方として、その勇気と決断に敬意を払い、全身と全霊を以て、迅速に撃滅してみせよう。
 それが望みだろう。
 本望というのだろう。
 ならば、スージーも満ち溢れた香気。万象を虜とするそれを越えてみせよう。
 どれほどの困難だとしても。
 妲己の進んだ汚濁の道。その歩みに負けぬように。
 その戦意に応じて向けられる、妲己の魔香。
 狂気耐性を振り絞り、それでもと視線を逸らさず、真っ向から妲己を見据えて。
 耐えて、耐えて。
 いいや堪えて、越えてみせる。
 それが借りに出来なかったとしても。
 惚れた相手ならばこそ、悪には刃を振り下ろさなければならないのだ。
 鼓動が脈打ち、熱い血が巡る。
 視界は桃色の香気に満ち溢れ、僅かでも息を吸い込めば爛れるように甘い匂いで肺が満ちる。
 なれど。
 一歩、一歩と前に進み続けるスージー。
 妲己へと向ける言葉などなくとも。
 思いと刃、弾丸をもって伝えるのだと。
 お前の矜持に、心に、理想に。
 スージーの正義の心は、劣っていない。

――お前の繋いだ明日は、更なる正義の心を産んだんだよ。

 そんな言葉。
 胸の中にだけ、仕舞い込んで。
 けれど、万象を魅了する妲己の香は無機物にも及ぶのだ。
 見よ。スージーの腰に装着された強い意志にして残像を生み、更なる強い意志にて撃ち放つ滅弾。それが輝かしき貴石となって砕け、ぼろぼろと地面に零れ落ちていく。
 邪悪を穿つ銃声、正義の咆哮を告げる筈の轟砲が花たばと化して落ちる。
 魅了され、虜となり。
 彼女を傷付けるならば自害しろと、命じられる儘に美しく散っていく武装たち。
 見ていないだけで、スージーの身体の一部もまた、自ら傷を産むように弾け、血肉を花びらとしているのかもしれない。
 両足に装着した義足たる天脚は、焔を吹くことなく桃色の煙を吐いて、スージーの歩みを止めようとする。
「……かっ……はっ」
 赤い、赤い。
 血がスージーの喉の奥から零れたのは、内臓が虜となったからか。
 それでも歩みを止めぬスージーは、身体は魅了されても、この正義の心と思いはと、離さぬが故か。
 残った右手に装着した鉤爪型メガリス、断爪を自分に突き立てて、痛みでの覚醒を促し。
 悪を逃がさないのだろうと、自らの心に響かせる。
「悪、だと。お前が言うなら、俺は……」
 逃さない。見逃さない。
 死にたいのならば、疾く遂げてやろう。
 ずるり、ずるりと引き摺る足の、いいや、身体の重さ。
 それさえも越えて。思考しろ、疑問しろ。苦悩せよ。
 そのにある正義こそ、スージーの為すべきことなれば。
 決して。
 決して、易きに流されることなどないように。
 このまま倒れるなど。
 魅了され、何も出来ぬ人形と化すなど。
 数多のこの世界の英雄が、出来ずに妲己の前で虜囚となれども。
 己ならば成せるのだと、スージーは咆哮するように進む。
 そうして。
「やっと、辿り着いた、ぜ……」
 ようやく辿り着いた頃には血塗れ。
 傷口から零れた血と肉が花となり、武装は今も貴石となってぱらぱらと零れ落ちる。メガリスだからと逃れる所以は、この万象を平伏させる香気の元にはなく。
 ずるりと。
 頽れるように。
 それでも前へと踏み出すスージーは、妲己へと腕を伸ばす。
「…………」
 此処まで辿り着き。
 己を殺めんとする正義の雄を、妲己が避ける筈も無く。
 抱擁されるように触れ合うふたり。
「じゃあ、な」
 あとはただ、痛みなく。
 己が鼓動を加速させて超振動させる刃を、妲己の柔肌にあてて。
 一撃のもとに終止符を。
 ここに正義あらんと、儚む姿を越えるべく。
「じゃあな」
 赤い鮮血が花のように舞い散る。
 それは妲己の求めた終わりか。真実は別にあったのか。
 スージーにすることはできずとも。
「俺たちは先に進むよ」
 明日へと進むのは、スージーたち今を生きるものに出来ることだから。
 スージーはその骸を、過去の残滓を越えていく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

杜鬼・クロウ
惑わせる香が赦さぬのか
此の酒宴(せかい)はまるで牢獄

UC使用
魅了を炎花で相殺
義侠心で耐え進む
攻撃倍増した敵に対し、玄夜叉に焔を出力させ対峙
倒す力は揮わず
一進一退の長期戦持ち込む

…真にお前を映し視て
その聲に耳を傾けた者は居なかったンだな
妲己
お前は、本当に死にたいのか?
要らぬ力を得てしまい
総て諦めた末に出した答えなら
俺の剣(ちから)で力任せに薙ぐコトはしたくねェ

せめてお前が変われずとも
俺は゛少女゛のようなお前を
溺れず、歪みなく
憶えていたい

虚空に充ちて
現世に希望すらない
真の温もりも知らずに骸の海には還すのは…何か嫌だ
救済、だなンて烏滸がましいコトは言えねェ
コレは俺のエゴ
俺の正義

真の姿になる
黒髪長髪
服は真の姿イラに近い
中身は普段の俺(真の姿二段階目
器物の神鏡の能力解放
鬼の爪の攻撃はカウンター

もう憑依させンな!

無意味に消えかける命の灯火を視て叫ぶ
血花が涙のよう
看取るなら只の少女を
頬に触れ
心に触れ
優しく暖かなる最期を

俺、お前に魅了されてンのかなァ
別嬪には甘いしよ(笑う
お前の分まで
何度でも
朝日を拝むわ



 死してなお囚われるは魂。
 それほどの罪咎を犯したというのか。
 穢れたものは戻らぬと、死者の怨嗟が嗤うように。
 或いは。
 惑わす香が赦さぬのか。
 変わることの一切、認めぬこの場所。
 此の酒宴(せかい)はまるで牢獄――想いの寄る辺などありはしない。
 
 いいや、だからこそ漢は往くのだ。
 閉ざされ、繋がれたというのならば、呪詛を断ち斬るが為に。

 空気が色付く程の魔性の香気の只中で。
 夕赤と青浅葱。金銀妖瞳が、強い意思の光を見せる。
 秘めたるは義の心ひとつだけ。
 ならば惑うことはありはしないのだと。
「こんなもンに囚われるなンざ」
 小さくも軽く。
 大したことではないさ。
 当たり前のことなりのだと。
「そんなの、俺じゃねぇンだよ」
 余裕さえ滲ませ、笑ってみせるのは杜鬼・クロウ(風雲児・f04599)。
 道を間違えことも、譲ることも認めぬ漢ならばこそ。
 クロウの身に降りかかる魅惑の香気にも、義侠心で耐えきり、ただ真っ直ぐに歩み続ける。
 こつ、こつと岩の道を踏みしめ。
 憂う貌に、悲しみ浮かべる妲己の傍へと迫るクロウ。
 いいや、そんな正しき道を往く雄にこそ、妲己の身に寄り添う影は迫り、牙を剥く。
 殺生狐理精――それは、漢に取り憑きて破滅を呼ぶもの。
 妲己が自らに降ろすのではなく、クロウへと取り憑いたそれが邪しまなる情念を掻き立てる。
 殺せ。殺せ、血を浴びろと。
 甘美な情欲のままに、果実を貪れ。
 爛々と輝く狐狸の妖気にクロウは蝕まれながら、それでも歩みを止めず。
「けど、たかがこんなもンにくれてやれるほど、俺の魂は安かァねンんだよ」
 苦く笑うと共に、振るうは漆黒の大魔剣。
 銘を玄夜叉。五行思想に応じて、五つの色彩を流転さながら燦めかせる刀身より紡がれるは焔。
 クロウの胸の宿る熱量そのままに。
 咲き誇るは無数の炎花たち。
 さながら赤い花嵐の如く洞穴を埋め、美しき色彩で飾り立てながら、妲己の伴う魔性の香気を灼いていく。
 ああ。
 全てが炎に呑まれれば、確かに。
「灰となって、風に消えれば――世界にも触れられるでしょうか」
 クロウの炎花が舞い踊る姿に見惚れて、囁く妲己。
 炎が断罪してくれるのならば。
 二度と蘇らず、抱える罪咎と悪逆の記憶ごと消してくれるならば。
 悔いはないのだと、儚げな微笑みを強めた。
 だからこそ、クロウは真っ向から否定してみせる。
「させねェよ。そンな悲しいこと、俺の目の前でさせて溜まるかよ」
 予想外して、倍増したのはクロウの力。
 だが故にと破魔の光たらんと、玄夜叉を用いて力を制しながら妲己と対峙する。
 殺生狐理精がもたらす昏い情念は消え去らずとも、炎のもたらす熱がクロウの覚悟をより一層、燃え上がらせるから。
 一歩、一歩と。
 風に揺れる炎の花びらを挟んで、近づいていく。
「本当の意味で罪のない女が目の前で泣いて儚むなンざ、ご免でね。それが道理ってンなら、狂ったそれを正してやンのさ」
 その事を疑わないように。
 どれほどの苦しみを抱いても、クロウは笑みを崩さない。
 妲己にこれ以上、ひとつの心配も悩みも与えない為にと。
 けれど。
「いいえ、それでも――炎を振るう度に、貴方の命は消え逝く。殺生狐狸精を、祓うまで出来ない以上」
 倒す力は一切奮わず。
 そのクロウの精神は見事に成されている。
 だが、それは余計なことに力を振るう余裕などないということ。
 あと二度も力を行使すればクロウは立ち続けることさえ儘ならないだろう。
 長期戦を狙った所で、全ては無為に、無常に、儚く消えるだけだ。
 妲己の傍に寄った今までの存在と同じように。
「傾城とはそういうもの。……雄たる者をおのずと自滅へと、死へと誘う魔性の香」
 今回もまたそうだったと。
 儚く微笑む貌は、切なく悲しげで。
 涙を零すことさえ、満足に出来ない。
「ああ。だから、なンだよ」
 故にこそクロウは、そんな事はありはしないのだと再び炎花の嵐を呼び起こす。
 破滅へと近づく歩みだ。
 死神の囁きさえ聞こえてくるだろう。
 この短時間で本来、保有する生命力の六割以上を消耗した筈のクロウは、それでも揺らぐことなく歩み続ける。
「今までの奴らと、俺は違うンだよ。――真っ直ぐ、視線を逸らさずみな」
 何処まで真剣に。
 倒すべき悪、敵と妲己を見做さずに、クロウは続ける。
「……真にお前を、映し視て」
 悪逆の限りを尽くし、血と屍に笑った美姫。
 そんなものではないだろう。
 目の前で泣くことさえ出来ない女は、そんなものじゃない。
 クロウという神鏡に映る存在は、まったく違うのだ。
「その聲に耳を傾けた者は居なかったンだな」
 心に、想いに。
 感情と願いに触れるものはいなかったのだな。
「妲己」
 その名を、誠なる意味で呼ぶものも、ついぞいなったのだろう。
 可哀想な女なのだと。
 それでも一度は貫き通した強い心。
 いいや、だからこそ全てが無為となった現実を直視できない。
 クロウの眸を真っ直ぐ見つめて、そこにある希望をもう一度掴もうと出来ないのだ。

「お前は、本当に死にたいのか?」
 それは悲しみに曇ったこころのようにクロウは感じるから。
 何度でも声を呼びかけよう。
 魔香と邪精に心を侵されても、決して曲げぬ信念を持って、漢は声を向ける。
「要らぬ力を得てしまい、総て諦めた末に出した答えなら」
 絶望と悲しみに、ただ佇み。
 断崖から海へと身を投げるように、そこにいるのならば。
「俺の剣(ちから)で力任せに薙ぐコトはしたくねェよ」
 だって。
 クロウの金銀妖瞳。
 真実を移す疵なき心が映すのは、血に濡れた邪悪な女などではないのだから。
「俺にはお前が、゛少女゛のように見えンだよ。泣きたいのに、泣く術さえ知らない、弱くて儚い」
 誰かを頼るという事さえ知らず。
 なんとか背筋を伸ばし、両足で立つだけの。
「まるで悲しみに咲く花のようじゃねェか。それを力任せに薙いで、払って、散らす馬鹿が何処にいンだよ」
「……っ。それが、それこそが傾城の姿。憐れみを誘い、付け入る邪しまさではないですかっ!!」
「そこに悪意があンのなら、な? 違うだろう。違うンだと俺がこの手で示すから、もう少し、傍に寄ってやるぜ」
 命と心を蝕む狐狸精に憑かれたことにも。
 炎花の嵐でも消し去れぬ香気に、怖れることもなく。
「この匂い、この精。――お前の意思と心に、全く関係ねェんだからよ」
 お前は悪くないのだと。
 ただ実直に、誠実に、クロウは妲己を見つめる。
 出来るのならばその頬を撫でてやりたい。
 憂いを失い、涙が濡らすまでその艶やかな肌を。
 もうそんな少女に戻れないのだとしても。
「せめてお前が変われずとも」
 クロウは知っている。映している。
 心で触れ合うことを、感情で綾なす想いと絆を。
 尊び、求めている妲己という少女を。
「俺は゛少女゛のようなお前を」
 香気も邪精も関係ない。
 これは酔ったからではなく、クロウの意思なのだと。
「溺れず、歪みなく――憶えていたい」
 クロウは肩を竦めて、冗談のように口にしてみせる。
「少し思い込みが激しくて、厄介だって所まで、な? ダメかよ。そんな酔狂な奴がひとりでもいたら、お前の目指した理想の世界じゃねェってか」
「それは……それは……っ!!」
 妲己が少女という花というのならば。
 せめて寄り添う男がひとりいてもいいだろう。
 もはや心の温もりさえ失い、忘れてしまった妲己の為に。
「絶望は虚空に充ちて、現世に希望すらない」
妲己の代わりに、その胸に浮かんだものを口にするクロウ。
 泣き方はこうだろう。感じた儘に口にすればいいのだと、幼い少女に心の表し方を教えるように。
「そして俺は――真の温もりも知らずに骸の海には還すのは……何か嫌
なンだよ」
「だから、この熱い花の嵐を。弔いの花束に?」
「そんなンじゃねェよ。けど、けどよ」
 ならば何だというのだ。
 妲己は殺さねば解き放たれぬ呪縛に絡まれている。
 いいや、死んでも解放されなかった香気という縛鎖がそこにある。
 間違った道理だろう。誰がどのように踏み外した道なのか。
 いずれ、クロウは正してみせると誓いながら、今は目の前にいる妲己、ひとりの為に。
「救済、だなンて烏滸がましいコトは言えねェ」
 コレはクロウのエゴ。
「俺ひとりの傲慢――それでも俺にとっての、俺の正義」

 故に今、一度の超克を。
 己を越えて世界を変える存在に。
 神が作った道さえ、クロウはまた作り直してみせよう。 

 もう一度、赤き花嵐を纏いて顕れるはクロウの真の姿。
 夜の安寧のいろを纏うが如き、黒い髪と双眸。
 妲己という少女に安らかな眠りと、己でさえ見えなくなった真実をと、神鏡を携えて。
 殺生狐狸精の憑依と呪詛で失われた生命力も、満ち溢れさせたその姿に、妲己は微かな希望を抱くから。
 確かめさせて欲しいのだと。
「触れさせて頂けますか」
 今度こそ、壊れない夢であるのかと。
 全身全霊、或いは、この魂を託すに足りるものなのかと、クロウにその繊手で問うのだ。

「私に憑け、殺生狐狸精。私の手にあれ、流星胡蝶剣」
 
 妲己は自動発動型の能力を、己が意思を持って脈動させる。
 止めることは出来ずとも、振るうことならば。
 この邪なる罪の女、ただの少女がどうか。
「確かめさせて――いいえ、確かめて」
 振るわれるは美しき鬼姫の爪。
 黄昏の空のように、命を燃やして放たれるそれは悲痛さと、真実を伴っている。
 確かめる為に、全力で触れなければ信じられない。
 傷付けて、傷付けられるほどに触らないと信じられない。
 全ては硝子のように儚いのではないのだと、確かめさせてと、愚かなる少女の剣舞が流れる。
 けれど。
 万象、あらゆるものを反射する黄金鏡が、その刃さえも反射させてしまう。 
 クロウには扱いこなせないから。
 受け止めて、抱き締めたいものだけは返さずに。そんな優しい手繰り方を出来なくて。
 例えば殺生狐狸精の邪悪さのみを反射して払うだとか。
 流星胡蝶剣の斬擊で、その刀身を斬り砕くだとか。
 そんな夢のようなこと、出来ないから。
「もう憑依させンな!」
 ただ反射する神鏡の前で、無為と消えかける妲己の命の灯火。
 それを見て、ただクロウは叫ぶことしか出来はしない。
 噴き上がる血は花のようで。
 そして確かに、妲己の香気という呪いを受けて花と化す。
 ただ、今はそれがどうしても涙のように思えて仕方ないのだ。
 泣き方をついぞ思い出せなかった少女が、泣き叫ぶように剣を奮ったのだと。
 黄金の神鏡を前に、唯の少女として、儚い身を晒したのだと。
「ああ――私は、あなたのいう通りに」
 唯の少女。そう、あれたのだろうか。
 もはや戻れずとも、ひととき、そのようにあれたのだろうか。
 いいや、男の前で散るは。破滅と死に誘わず、儚みて散るは少女のはず。傾城の悪夢は此処に尽きるのだと妲己は確信して。

――そうだとしたら、優しい夢を有難う。

 そう囁く妲己を抱き留め、頬に触れるクロウ。
 耳元から首筋をと優しく撫でて。
 血の痕など、魔香などと払おうとする。
「俺の名、呼んでくれねェか」
 心に触れる為に。
 何処までも愚かで、真っ直ぐで。
 だから罪を背負い、蠱毒の贄となることを善しとした少女に、自らの名を告げたくて。
「俺は、杜鬼・クロウ」
「ああ……」
 優しく、暖かい最期をとクロウは願うから。
「あたたかい、てのひら……」
 囁いて笑う妲己が、ついにその心の姿を見せた。
「でも、あなたの名は呼んであげません――後悔せせて、悩ませて、私という妲己のことを憶えていて」
 永劫に、自らの名を呼ばなかった少女を忘れないでと。
 名も知らぬ花として。
 その美しさばかりを残して、散ろうとする妲己。
「俺、お前に魅了されてンのかなァ……」
 その頬を、手の甲でゆっくりと何度も撫でて。
 そのまま顎を、耳元を、首筋をとうっすらと触れて。
 指先は、触れ合わぬ儘だとしても。
「別嬪には甘いしよ」
 そうして、クロウもまた自らの心のままに笑う。
その姿は何処か、約束を結ぶ少年と少女のようで。
 或いは、幼き約束を違えてしまった男と女が寄り添うようで。
 でも、妲己は誰かのモノではなくて。
 またクロウは誰かの男でもあれないから。
「お前の分まで、何度でも」
 もう一度、クロウは炎花の嵐を渦巻かせる。
 けれど、それは決して鮮烈に過ぎる赤ではない。
 全てが終わり往く夕焼けのそれではなくて。
 渦巻いて、瞬くは真白き炎。新しい始まりを迎える、朝日のいろ。
 太陽はこんなに静かで美しく、優しいのだと。
 クロウ洞穴の空に描いて、妲己に見せるのだ。
「こんな綺麗な朝日を拝むわ」
 儚み消えるその姿を越えて、表れる朝焼けに。
 いずれクロウは、新たに寄り添う花を見つけるだろう。
 その時まで、忘れない。
 名を呼ばなかった、悲しくも愚かで、美しく一途な少女を。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鞍馬・景正
解語の花よ、死に候え。
ただしせめて悲嘆に沈む事なく。


首巻にて口と鼻を塞ぎ、何より抗う覚悟を胸に一歩。
香気の只中は酔夢に誘われるようですが――その都度、己が何かを心に問い掛けましょう。

猟兵、武士。
武士とは何か。
武芸を業とする家柄に生まれた――即ち、戦う者。

それが戦場に立った以上、敗れる事はあっても堕ちるなど、恥の最たるもの。
初一念は貫き通す――即ち妲己の元へ。

そして眼前まで辿り着き、殺生狐理精を受ければ抜刀。
溢れる情念のまま屠腹を披露せんと。
刃を臍下に突き立て――その清澄な鋼の持つ【破魔】の力で深手負う前に覚醒し、【神変鬼毒剣】を。

我が身への魅了を散らし、翻す剣で妲己を斬り――その香気放つ特性を無効化。
一時的となりましょうが、その間に伝えたき事を。

この梁山泊、異なる世界の後代ではさる好漢たちが集い、世を正す為の根城となり申す。
無論この世界で如何なるか分かりませんが、同じ未来はありえると。
あなたの献身は無駄ではない。

どうぞ誇りを抱いてのご最期を。

終わりにはもう一閃、鎮魂として捧げましょう。



 万象を虜とし、平伏させる香気。
 吸えば爛れる程に甘く。
 けれど、誰もが逃れられない程に切ない。
 だが、吹き抜けた一陣の風はそれらを祓うかのように清浄。
 凛烈なる剣気が、まるで道を斬り拓くように場の空気を別つ。
 中央、正しきを往くのだと妲己までの最短を、こつり、こつりと足音響かせ歩むは、竜胆が武者。
 青紫の眸に、鋭き矜持を乗せ。
 唇より紡ぐは、詠うが如き言ノ葉。
「解語の花よ、死に候え」
 此処は此れより戦場。
 なればこそ、ひとつの違えもなし。
 風雅なれど命の線引き越える事に躊躇わぬ清々しさを以て。
「ただしせめて悲嘆に沈む事なく」
 告げるは鞍馬・景正(言ヲ成ス・f02972)。
 言を成す。故に二言もなければ、違う結末もあり得ぬのだと。
 竜胆の色と風にて場を制し、また一歩、と歩み往く。
 だが、ああと。
 妲己の唇は嘆きを響かせる。
「雄なれば。戦場を制した雄なればこそ――この香と精より逃れるは能わぬのです」
「それは、かつての事。今は違うとご覧に入れましょう」
 鞍馬は妲己と言葉を交わしながら。
 糾纏にて口と鼻を塞ぎ、更に一歩と道を進む。
 風に靡くは糾えるが如く。凶の巡りを躱すがこの白黒二面の首巻なれど。
 真実、香気の魅了に抗うは己が覚悟と静かなる鼓動と意思を制する。
 なれど完全にとは行かないのが愚直なる男であり、雄たるものの所以だ。情あり、思いあり、信念あり。付け入る隙を完全に断つなど、ひとを棄てる事に他ならない。
 或いは、鞍馬が剣鬼として赴けばそのように在れたかもしれずとも、それは彼が剣にて切り拓き、得るものではないのだから。
 香気の只中、誘い来る酔夢に心を揺らされながらも、その度に鞍馬は己に問い掛ける。
 そう、鞍馬は一振りの刀だから。
 迷う度に問い掛け、精神を答え無き問答に惑わせ、或いはひとときの答えで己を磨き。
 けれど、何処までも研ぎ澄ませて、望むは無謬の刃に至らんこと。
 故にこれは鞍馬の常だ。
 魔香の匂いあれど、狂いて間違えるなどありはしない。

――猟兵、武士。

 武士と言葉にすれば、此れとは何か。
 鞍馬の瞑想は、静かなる答えを囁く。
 それは武芸を業とする家に生まれたもの――即ち、戦う者。
 妲己の問い掛けた雄たる者もそれに含まれよう。
 ましてや、鞍馬の身体に巡り、鼓動に応える血は受け継がれ続けた志そのものに他ならない。
「それが」
 そういう者が。
 戦場に立った以上、破れることはあれども墜ちるなど、恥の最もたるもの。
 時と共に育まれた血脈に、祖に、師に詫びる言葉もない。
 ましてや。
「私は鞍馬の名を持つもの。家の名を汚すなど、断じて」
 教え、継がれ、鞍馬自らも掲げる矜持のもの。
 魅了された万象が阻もうとも、初一念は貫き通すのだ――即ち妲己の元へ。
「断じて、歩を止めることなかれ」
 こうしてまた磨かれた想いを刃に、鞍馬は妲己の元へと辿り着く。
「いざ」
「揺れ動くが、儚き命の定めならば」
「されど、崩れ去ることなきものを覚悟と謂うからこそ」
 眼前、互いの眸の色さえ判る距離にして。
 結ばれる言葉を辿るように、妲己の見より走るは殺生狐理精。
 瞬間、鞍馬の胸に沸き立つは殺戮と欲情。恥じるべき思いと、血への渇きが、美酒のもたらす陶酔にように思えてしまう。
 不器用な程に真っ直ぐだからこそ、よりその効果を受けてしまうのだ。
 何もかもを斜めに流す。など、断じて己に認めぬ武士の誇り。
「成る程、雄ならばこそ――血と戦の熱を知るから、越えられぬと」
 殺生狐理精。その悪辣なる凶悪に、鞍馬が低く唸り、刀へと手を伸ばして瞬時に抜刀。
 されど、鞘から表れたのは鬼包丁。
 片切刃造にして肉厚な刃は、さながら鬼の大鉈。
 操剣に羅刹の怪力を求めるものなれど、それは脇差。
 眼前の相手に斬り付けるものではなく。
「溢れる情念、確かに私の未熟なれば」
 明鏡止水に至れるならば越えられるものなれどと。
 清すぎる鞍馬は、僅かでも情念に濁った己の心の水面を赦すことなどなく。
「――屠腹を披露せん」
 逆手にて執りし鬼包丁の刃、躊躇いの一切なく、渾身を以て己が臍下に突き立てる。
 嘘、偽り。欺く駆け引きなど正剣を遣いし鞍馬にき出来ぬこと。
 なれど、ならばこそ。
 此れは為せると己を信じたが故のことなのだ。
 切っ先が臓腑を抉り斬る寸前、清澄な鋼が響かせるは破魔の力。
 精神を乱す殺生狐理精の力を祓い、鞍馬が自らの命を貫き通す前に覚醒させる。
 重ね、これは計ったのではない。
 狂言にて刀を奮うものに、刃金の霊気は決して応えないのだから。
 曰く、酔って墜ちるものは恥の最もたるもの。
 そんな痴れ者に武士の魂たる刀が応じる筈もない。
 これはひとえに、鞍馬の引き寄せた刃の術。
『人は神に、鬼は塵に――酒呑が首奪いし秘術、太刀にて示さん』
 そうして顕現するは神変鬼毒剣。肉体の一切を傷付けず、されど、その状態を反転させ霧散させる刀剣の術法だ。
 血肉はすり抜け、鞍馬の身と心を苛み続けた魅了の香気、狐理精を凜然とした剣気の元に散らして、更にと翻る切っ先。
「ご免」
 あくまで。
 鞍馬は身を護る武器も術も持たぬ女に、剣を奮うことに謝りを添えて。
 妲己へと奔る霊気の刃。
 肉体に疵ひとつ残さず、けれど、妲己の心魂に染みついた蠱毒の法の特性を斬り裂いた。
「……ああ」
 霧散する魔性の香。
 ひとを惑わし、誠なる心を遠ざけた呪いより、妲己が解き放たれる。
「これは、一時的なものでしょうが――」
 故に涙する妲己。その場に崩れ墜ち、嘆きのままに涙する。
 ああ、一時的なものだろう。
 拭いがたきは死んでもこの身に宿り続けたことが証左。
 それでも僅かな一時であれ呪法から逃れた事実に、夢のような現実に、彼女は泣き叫ぶ。
「涙する、その間に伝えたき事を」
 残心整え、吐息を付くと共に鬼包丁を鞘に納める鞍馬。
 本来ならば女が泣くというのならば、存分に枯れ果てるまでさせてやりたいものの。
 これは猶予された短き赦し。
 完全に全てが解き放たれた訳ではない。
 だが――香気に囚われた女が、それに一切侵されていないこころにと、触れることができる僅かな奇跡だから。
 鞍馬は静かに、泣き崩れた妲己へと語りかける。
「この梁山泊、異なる世界の後代ではさる好漢たちが集い、世を正す為の根城となり申す」
 それは誇らしげに。
 貴女は私達の英雄なのだと告げるように。
 真実と未来は、さて、遠き陽炎のようなもの。掴めぬ、届かぬ、それど追い求めるものなればこそ。
「無論、この世界で如何なるか分かりませんが、同じ未来はありえると」
 異なる世界で叶ったものが、此処で叶わぬ道理はありますまい。
 そう静かに諭す鞍馬の貌を、妲己は見上げることなくとも。
 清冽なる竜胆の眸がそこにあるのだと確信するから、言葉にならぬ涙ばかりを続けるのだ。
 まるで幼い少女のように。
 恋慕の願い叶わず、思い続けた時間のぶんだけ泣くように。
 傾城の美姫などそこにはありはしない。
 夢を見続けた少女が、尽きせぬ涙に暮れるだけ。
 悲しみと、苦しみと。
 ようやく訪れた、ひとひらの幸せに。
「あなたの献身は無駄ではない」
 だから前を向いて欲しいのだと鞍馬は囁く。
 下を向いては、貴女を越えてゆく人々の背は見えないのだから。
「どうぞ誇りを抱いてのご最期を」
 そうして、出来るのならば。
 抱いた誇りを、私達や次の世代に。
 叶えきれなかった未練もまた、そうして託していって欲しい。

 貴女の願いならば、きっと矜持として受け継げるから。
 いずれこの梁山泊に、きっとあなたの想いが榜と掲げられる。
 そうして貴女の名ではなく、願いが風のように世界を巡るのだ。

 そんな素晴らしい夢を妲己は見て。
 涙の奥底に、鞍馬も眩しくも、届くべき未来なのだと見届けて。
 終わりにはもう一閃。
 鞍切正宗の豪壮としながら光彩伴う、静謐なる刃が妲己へと贈られる。
 鞍馬が鎮魂として捧げる、静かなる剣の調べ。
 終わりなどないと思われた涙の途切れとなった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

トリテレイア・ゼロナイン
電脳禁忌剣、義護剣ブリッジェシー
二刀携え

義護剣秘めるは破魔の力
香気祓い、己が胸に突き立て
コアユニットに憑く殺生狐理精を貫き封じ

私は知っているのです
嘗ての貴女のような志持たず、血に耽った者を
今の貴女の諦念に瞋恚を混ぜ、再びの死を願った者を

生者にしか、私の手は届きませんでした

生命体の埒外!
大層な存在です、涙一つ止められぬ癖に!

剣に刻まれし言葉
御伽の騎士を標とする戦機は、そうでなきが故
仙女に、その手に掛かった者に、世の摂理その物に
結論出ぬ演算に兵器の竜と成りて咆哮し

…己を赦せずとも
再びの死の理由は、嘗ての罪であってはなりません

香気故、外へ赴けなかった貴女に
胸張って死するに足る理由を此処に示しましょう

禁忌剣で振るうは天衝く光刃
仙界貫き人界に至る光条に微細機械の中継衛星放ち

戦う兵士
秘境飛ぶ仙人
香港租界の喧騒
長閑な農村
死する老人
生まれ出る赤子

仙界、人界…封神武侠界
封神台建立より至る汚くも美しき“今”を見せ

過負荷で思考演算停止
事前プログラムに従い剣振り下ろし

仙女が何を見出したか
戦機は生涯知る事能わず



 戦の鋼人形が何を謳う。
 理想を語れど魂なく。
 魂ないが故に、香気の虜囚と同じがらんどう。
 そう、電子の理性は自らを制しながら。
 けれど、と。自らの裡に築き上げられた思いが彼を動かす。
「臆す訳にはいかないのです」
 それは魂と呼べるのか。
 心とさえ満足に呼べるのかと、現実主義たる冷たさが苛めど。
「私は知ってしまった。見てきた。動いて旅し、戦い、語りあって、此処にいる」
 答えなど出せる筈もない。
 悟りを開いた仙翁たちもそうならば、ああ、なんと遠い身であるか。
「ですが、幸いな事にこの身は頑丈ですので」
 そう戦機の存在は笑って。
 トリテレイア・ゼロナイン(「誰かの為」の機械騎士・f04141)は、大盾を地面に投げ棄て、その白鋼の騎士姿を晒す。
瞬間、香気に蝕まれた盾が花と化して、地を覆う。
 一瞬でも気を抜けば、万象を魅了する妲己の香気は全てを蝕むのだと、深く理解しながら。
 盾など不要。死さえ求める悲哀と絶望の女を前に、どうして身を隠すのだと、騎士たろうとする心が清冽なる駆動を響かせる。
「私は知っているのです」
 引き抜くは義護剣ブリッジェシー。
 純白の騎士剣は薄紫の装飾が凝らされた、彼が追い求めた理想。
 御伽の夢噺なれど、今や愛しの姫となった漆黒の淑女より授かった一振り。
 神殺しが込めた破魔の力は、トリテレイアの心を奮わせる。
 今でも、何時でも、遙かなる未来でさえも。
「嘗ての貴女のような志持たず、血に耽った者を」
 鮮血を注がれて花開いた、闇色の淑女の姿を。
 けれど。
 今は違うのだと、片手に握り締めたそれで漂う香気を断つ。
 そうしてもう片方の手で鞘より引き摺り出すのは、重く、重く。
 トリテレイアの罪咎そのものでもある、不壊の刀身の電脳禁忌剣。
 主に託されたからといって、自らの出自を赦せるほどにこの騎士は器用ではなく。
「今の貴女の諦念に瞋恚を混ぜ、再びの死を願った者を」
 そうだ。
 トリテレイアはこの原罪を抱えて、生きて、生きて、生き抜いてみせめる。
 多くを救い、願いを叶え、幻想と知る御伽に手を伸ばし続けるが故に。
 この剣は託されたのだと、知るから。 
 弾ける電流と共に、一閃した禁忌剣が香気を灼き斬る。
 構える二剣。
「生者にしか、私の手は届きませんでした」
 左右のどちらも恐ろしい程の力を秘めているが、逆に言えばトリテレイアを守るものは何もない。
 それでいい。
 妲己という憐れな存在から、害される事などないのだと知るが為に。
 あなたはもう、誰かを害する罪など犯さないのだと、知らしめる為に。
「ですが、この心という不確かなものを十全に判らぬ鋼の身でも告げましょう。――心には、届けらたのだと」
 故にもう一度。もう一度。
 死してなお、絶望に呑まれた女に寄り添う為に。
「生命体の埒外!」
 一歩、一歩と近づくトリテレイアに迷いはない。
 香気のもたらす魅了は、機能の低下をもたらす一方で、『魅了』されている事にさえ気付かせない。トリテイレアの演算を上書きし、機能を奪い、心を濁らせる。
 加えての殺生狐理精の憑依。コアユニットのメモリも設定も、デバイスも殺戮の為のものへと切り替わり初めて。
 そうであると、最初から判っているが故に、トリテイレアは止まらない。
「大層な存在です、涙一つ止められぬ癖に!」
 故に躊躇なく、全力で。
 殺生狐理精にて激増している威力のまま、トリテレイアは義護剣ブリッジェシーを自らの胸、コアユニットへと突き刺す。
「……なっ」
 流石の妲己も驚愕に息を詰まらせる。
 魅了されての自害ならば判る。
 狐狸の衝動が自分に向いたかとも。
 だが、これで終わりではないのだ。義護剣が秘めたる破魔の力が渦巻き、清冽なる風を吹かせて香気を祓い、殺生狐理精を物理的にも霊的にも貫き、封じ込める。
 結果として受けたダメージは深刻。長くは持たないのだと、電流の火花が飛び散るけれども。
 トリテレイアは止まらない。その歩みは、もう止めてはならないのだと知るのだ。
 慟哭を体験したものだからこそ。
 かつてより今は、妲己という存在に寄り添える。
「――“汝、心の儘に振る舞え”」
 義護剣に刻まれた言葉の意味も、昔より深く、鮮明にトリテレイアには浮かぶからこそ。
 心の儘に振る舞い、愚かなれど貫いた道を知る。
 御伽の騎士を標とする戦機。だが、そうではないのだと、どれほど“心の儘に”進めども理解するばかり。
 それは我が身を挺して、憂う国を救わんと贄となった姫。
 妲己という存在も同じこと。御伽のような優しい幻想は、ひとが求める夢は何処にいったというのだ。
 仙女に、その手にかかった者に、世の摂理そのものに。
 この世界を妲己を贄として平穏とした筈の仙翁たちは何処に。何をしている。
 いいや、姿も影も見えぬという事は、叶わなかったというのか。
 それほどに悲劇を求めるが世界だというのか。
 そうして巡る戦の世に、鋼と血が巡る世界という理に。
「――――!」
 機械の騎士は咆哮する。


 このまま、妲己を殺して世界を保ったとしても。
 それはまた嘗てと同じように、妲己を殺して繰り返すだけだということに。


「そのような謂われ、罪は不要……!!」
 故に、故に。
 その鋼鉄の身は機竜へと変貌する。
 戦乱と破壊をもたらすものとして相応しいものへ。
 けれど。
 その心は、誠なる平穏を求めて。
「……己を赦せずとも」
 姿など無意味。
 力はどのように用いるか。
 姿はどうあれ今もなお、トリテレイアは優しい御伽の幻想を、幸せな結末を求める騎士だから。
 そうありたいと、願い続けるから。
「再びの死の理由は、嘗ての罪であってはなりません」
「それは……」
 嘗ての罪など、もはや纏う必要などない。
 傾世たる魔性の香気。それは世界を脅かすものだとしても。
 トリテレイアの機竜の姿の如く、そう産まれたからと、ただ死すべきものではないのだ。
 そんなものはないのだと、トリテレイアの御伽の幻想は語る。
そうだ、心の儘に振る舞えと――コアユニットを貫く騎士剣が、淑女の声をもった囁きかける。
 間違いなどない。ただ真っ直ぐに己が正道を歩めと。
 恥じることなど、ありはしない。
「胸張って死するに足る理由を此処に示しましょう」
 そうしてトリテレイアが罪と継承の象徴たる禁忌剣で振るうは、玄室をも貫いて天衝く光刃。
 さながらそれは天と地を繋ぐ光の道のように。
 いいや、仙界を貫いて人界に至る光条は、更に無数の枝葉のように微細機械の中継衛星を放っていく。
 仙界、人界を網羅し、周囲に投影するは『今を生きるその姿』。

 戦う兵士は自らの志にて、命より尊きものを叫び。
 秘境飛ぶ仙人は、悟りの道にて辿るべき未来を模索している。
 香港租界の喧騒はひとの愚かさの象徴なのに、どうして眩いのか。
 長閑な農村はただ広い空と大地が続く、ひとの命の営みのように。
 死する老人は、安らかな最後の吐息を終え。
 生まれ出る赤子は、泣き叫ぶ声を何処までも張り上げる。

「これが、貴女の、妲己というひとりの女性が、確かに繋いだものです」

 全てを、完全に善いものとは出来ないけれど。 
 出来ずにお伽噺になってしまったけれど。
 無為ではない。このひとりひとりは、貴女の罪と死で繋がっている。
 
「あなたの過去たる懸命な人生と魂で――今は繋がっている」

 けっして。
 貴女の思いは途絶えていない。
 妲己の生きた過去がどうだったかは知らない。
 それでも封神台建立より至る、混濁した汚れと精白たる美しき命が、綾を織り成す“今”。
 妲己が目指したのは桃源郷という御伽だったかもしれないけれど。
 幻想を目指す心は、トリテレイアがあるから。
 叶えてみせるまで、この鋼の身は動き続けると誓おう。
「それだけはご理解ください。儚む貴女へ、過去に戻られる貴女へと……今を生きるものから感謝させてください」
 生きるということを、有難うと。
「…………」
 故に沈黙を保っていた女が、妲己が唇を震わせる。
 しかし。
 トリテレイアは事前に発動させていた電子と鋼の御伽噺により、もはや意思はなく。
 事前ブログラムに従い、ただ剣を振り下ろす人形と化す。
 いいや、違う。妲己にとって、全てが自分の意のままに踊るものが人形で、虜となったモノたちはひとではなくて。
 トリテレイアの行いに。
 語る言葉と見せるものに、確かに心があったから。
「――――」
 本当の願いを囁いて、トリテレイアの剣に身を晒す。
 けれど。
 それを叶える戦機は、仙女がどのようなものを見出したのか。
 希望か。理想か。そして、投げ駆られたら最後の言葉さえも、知ること叶わず。 
 ある意味。
 トリテレイアは無常にも妲己の最後の願いを聞き届けず、その剣で罪と悲しみと、妲己の儚き命を絶つのだった。
 それを知ることさえ。
 機械の騎士にはありはしない。
 悲しくとも、これは続く物語なのだから。
 妲己の死と、封神台という犠牲ではなく。
 本当の希望を、この封神武侠世界に結ぶ為に。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

柊・はとり
俺の嫌いなタイプ教えてやるよ
すぐ死にたがる女
探偵に殺しを依頼してくる女
私がこの世で一番不幸って面の女
お前マジで全く好みじゃねえ
諦めな

香気対策にマスクを着けるが
この女に魅了されるとかほんと無理
死ぬ程嫌
殺気と威圧感を放ちバチクソに拒絶
本来息してる必要もないんで
苦しいが一時的に呼吸機能を凍結してもいい

ここまで拒否られんの初めてか
女は苦手だよ
すぐ死ぬ
特にお前みたいなのはな
可能な限り関わりたくないね

それでも来たのは
この事件を正しく解決する為だ
ムカつく

UC使用
具体的に何かは俺には判らないが
妲己の過去から証拠品を創造する
『死にたい』という願いは聞かない
腐っても探偵なんで

絶望が死にたいと悲鳴を吐かせるんだ
くたばる前に考え直せよ

妲己が死のうとしていた証拠を使い
奴を刺すなり何なりしてやる
俺が本当に『探偵』なら
その行為に苦痛は伴わない

罪を暴く事が探偵の罪なら
赦し助ける事が探偵の償いだ
だから信じろ
『助けて』とだけ願え
俺はそれなら叶えられる

俺はお前に靡かないし
お前の死も背負いたかないわ
何も心配ないから
安心して逝け



 氷のように冷たく、色素の薄い眸より。
 鋭く、鋭く、投げかけられるその視線。
 それこそ柊・はとり(死に損ないのニケ・f25213)の何か、逆鱗に触れられたかのように、真っ向から睨む視線は妲己に突き刺さる。
 ああ、と。
 逆に此処まで敵意を向けられたのは何時ぶりだろう。
 誰も彼もが妲己に魅了され、望むままにと従うばかりならばこそ。
 ああ、と。
 最期の刻と同じなのだなと、死を希う妲己の悲嘆が揺れた。
 だからこそ、はとりの視線がより細く、鋭くなるのだ。
「俺の嫌いなタイプ教えてやるよ」
 開幕に告げるには余りにもな言葉なれども。
「すぐ死にたがる女」
 お前のような奴は嫌いなのだと。
「探偵に殺しを依頼してくる女」
 俺は僅かでも救う側なのに、勘違いをする女。
 繋がっている首筋の傷跡が痛むろう。
 痛くて、痛くて、誰かたちを思い出すだろう。
「私がこの世で一番不幸って面の女」
 どうしてくれるんだよ。
 忘れられないから、ひとつずつ後悔が湧き上がるだろうが。

――この後悔に、お前も加えろというのか。

「お前マジで全く好みじゃねえ」
 妲己の魅了に対して僅かな情も見せないはとり。 
 それに僅かに唖然とする妲己だが、それは更に深まる。
 マスクをして香気を遮断したのはまだいい。
 そんなもの無為とすり抜けるからこその魔性の香。
 それこそ息をしない死体だって虜にするのだが、ようは心の持ちようであり。
「……諦めな」
 絶対にお前に魅了などされてなるものかと。
 過去の痛みにて疼く首筋に『コキュートスの水槽』の刀身を触れさせたはとりは、そのま自らの喉を凍て付かせる。
 生きる死人ならばこそ。
 呼吸器官を完全に凍らせ、嗅覚を受け取る感覚部位も氷で覆い尽くして。
「死ぬ程に嫌に決まっているだろう。おまえなんかに魅了されるなんて、ほんとに無理」
 自らの一部を凍結させながら、殺意と威圧感を刃のように向けるはとり。
 息苦しさはある。だが、その程度。
 妲己への完全な拒絶であり、同上などしてやるものかと、冷たい眸を向けるのだ。
 そこにあるのは殺意、嫌悪、敵意と、ひとひらの何か。
 ここまで嫌っているならば、向き合う必要などないというのに。
 言葉を届ける意味なんて、はとりにはないだろうに。
「愚かなひと……死人に利くというのなら、香は吸い込むことに意味があるのではありませんよ」
「お前の匂いも嫌なんだよ」
 それだの意思がある。
 感じて、決めて、行動に表さなければ。
 きっと、この妲己という女は届かず、響かないのだろうから。
 ただ言い放っただけでは、虜となった人形に甘やかされた存在には、真心というものを理解させられないだろうから。
 まるで氷で突き刺すように、見せて、告げて、続けるはとり。
「ここまで拒否られんの初めてか」
 絶世の美姫。
 世を乱す程の魔性。
 傾城たる妲己を、此れほどに真っ正面から拒絶する存在など、いるわけがなく。
「ええ……そのようなフリをして、気を引こうとした殿方はおられれど。本心からは」
「だろうな」
 皮肉のように笑ってみせるはとりが、くるりとコキュートスの切っ先を翻して、妲己へと向ける。
「女は苦手だよ……すぐ死ぬ」
 情が絡んで、すぐに転んでしまうのか。
 それとも起き上がる方法を見つけられないのか。
 過去を引き摺る女は、どうしようもなく、死に近づいていく。
「特にお前みたいなのはな。正直、本音を言えば可能な限り関わりたくないね」
 それでも、無視すれば。
 疼く首筋の傷跡が、『ねぇ、どうして』と五月蠅く囀るだろう。
 何も考えないような純粋さと、子供っぽさで。
 物語の中にある善意ばかりを信じるような、現実と虚構の違いも判らない純情さで。
 それを裏切ることを、はとりはしたくなくて。
「それでも来たのは、この事件を正しく解決する為だ」
「事件……?」
「死のうとしているだろう。死人が出れば、全部事件だろう」
 たとえそれが他殺であれ、自殺であれ。
 或いは、他人を唆して殺させた事件であれ。
「……ムカつくだろう。何も、正しく思いを理解されずに閉じられた事件は。永遠に紐解かれない、名残りの感情は」
 それは、はとりに願われた探偵として見過ごせないもの。
 死が訪れる前に必ず謎は解いてみせる。
 それでこそ名探偵で、出歩けば殺人事件に出くわすという特異体質への解答。
 だからこの妲己がまた、死ぬ前に。
『この武侠世界の営みが……お前の本当の願いだとしたら』
 具体的に何かは判らない。
 それでも妲己の過去から証拠を捏造するのだ。
 はとりの前で、死にたいと叫んで消えるものなど許すものか。
 死にたくないと、本当の願いを口にして、叫んで、助けてと泣き叫ばせてやる。

 そうしないと、手を差し伸べることだって出来ないだろう?

 悲痛な貌で『死にたい』と言われても。
 それが真実でない以上。いいや、腐っても死んでも探偵なのだからはとりは聴けはしない。
「そう。お前は自ら『蠱毒の法』に手を出した。その時、『死にたい』じゃなかっただろう。……『身を挺しても、擲っても、助けたい』だろう」
 例え酒池肉林の罪悪に染まっても。
 それで後の世に悪名のみを残しても。
 オブリビオンの蔓延らぬ平穏なる世界に、確かな何かを願った筈。
 例えば。
「子供の……小さな微笑みだとか」
 小鳥のさえずりが、優しく聞こえる春のこと。
 桜花爛漫と広がったその先にある、空の澄んだ美しい青。
 誰かと手を結んで歩んだ、子供のちいさな歩み。
「先に進む、子供達の夢だとか」
 過去に蝕まれないようにと願った。
 自分が、妲己が、そのような幼き幸せを蝕まれて失ったから――と。
「自分が失った幸せを、他人に味わせたくなくて、その身を堕とし」
 けれど、今もなお幼子の悲鳴が響き渡る。
 鉄火の叫びは日常を打ち壊し。
 戦の轍が草花を枯らしてを荒野にする。
 瑞々しいまでの倖せは、ああ、願ったあれは。
「我が身を捧げてまで、叶えたかったあの花の日々は」
 弱く、優しく、脆いものの為に。
 妲己は人生と命、魂さえ捧げたのに。
 それこそが彼女が夢、未来へと。
 封神の榜に刻んだもの。個人の名などどうでもいいから。
「――――」
 故に、絶望と悲嘆が混じり合う妲己。
 けれど、求めるものをもう一度見つめた女の眸は、僅かな雫を落としている。
 そうして。
 はとりの手が。
 武器であるコキュートスではなく、何かを握り締めた手が差し伸ばされる。
「絶望が死にたいと悲鳴を吐かせるんだ」
妲己の魂に刻まれたトラウマを。
 過ちたる証拠を。
 はとりはその手に掴んでいる。
「ああ」
 それが妲己が死のうとしていた証拠。
 身を儚み、露と消え果ててしまいたいと願ったもの。
 これの為ならば死んでいいのだと。


 願ったものは、小さな蕾をつけた枝。
 未だ遠い春を、頑ななる蕾と希望で待ち続ける、幼き桃花。

 
 純粋に。
 迷うことも、汚れることなく。
 あの空を見つめる子供たちの為に。
 争いを止めて、過去から蝕まれる今を守るのだと。
 全ての罪と穢れを引き受け、蠱毒の贄となろう。
 それが妲己の死のうとした理由なのだから。 
「ああっ……!」
 その証拠を。
 嘗て誓った日に見たものと同じ枝を見て、妲己は泣き崩れる。
 まだ、あるのだ。
 守ろうとしたものは、戦火に怯えながらも、尽きることはなく。
「お前がやったことが全て無為なら、こんな脆い枝なんかこの世に残っていないだろう」
 ならばこそ、はとりは冷たく鋭い眸で妲己を見つめる。
 吐息を感じる程の距離。
 万象を魅了する香気は、満ち満ち溢れるほどに。
 だから何だ。
 こんな嫌いな女の為に心を揺らすのじゃない。
 優しさや情などではなく、これは探偵の務めだ。
 罪を暴くという事が、傲慢な探偵の罪だというのなら。
 赦して、助ける事が探偵の償いなのだから。
 隠された想いにこそ、寄り添えず探偵など名乗れない。
 散った心の欠片を掻き集めて、その先を共に目指したいと思うから。
「だから信じろ」
 はとりは小さな桃の枝を、崩れた妲己の手に握らせる。
 泣いている童を、あやすように。
 約束を交わす純粋な子供が、枝の花に願いをかけるように。

 そんなものにはもはや遠いのだと、互いに知っていても。
 それでも続けよう。
 続いていくのだと信じたい。

「お前は殺してなんていうな」
 冷たく薄い、氷のような蒼い眸に。
 ひとひらの優しさを乗せて、はとりは妲己に差し出す。
「『助けて』とだけ願え」
 たとえ万象を虜とする香気が満ち溢れ、心と体を蝕んだとしても、最後まで探偵である為に。
 この大嫌いな犯人を、罪だけで残さないように。
 魅了されて、虜となり、お前を褒め立てる人形になんてならないのだと。
「俺はそれなら叶えられる。『助けて』と言ってくれれば、『助けて』やれるんだよ……!」
 絶対にお前になんか靡かない。
 虚ろな人形劇など、はとりにも妲己に似合わないのだと。
「けれど」
 冷たい、冷たい。
 偽神の氷獄たるコキュートスの切っ先をそっと、妲己の喉元に突きつけるはとり。
「お前の死も、涙も、背負いたかないわ」
 だからただ安心して逝け。
 もうお前が泣いて悲しみ、苦しんで揺れる世界ではなくなるのだから。
 それだけは約束してやるのだと、はとりは小さな桃の枝を押しつけて。
 絡む指は熱く、冷たく。
 万象を蝕む妲己の香気がついに、はとりのマスクさおも浸しきる。
 顔を覆い、魔香を阻むものが花びらとなって崩れ落ちながらも、はとりの視線は揺るがない。
「何も心配ない。昔の仙翁の様を繰り返すほど、愚かじゃないと信じてくれ――お前が願った、子供たちの未来が花開くんだってな」
 だから安らかに。
 甘いばかりの香気を棄てて。
 眠るように、優しい匂いに包まれるようにと。
「助けて」
 妲己の唇が懇願する。


 そうだ。
 死にたいのじゃない。
 助けて、欲しいのだと魂の奥底で叫びながら。
 殺して欲しいんじゃない。出来れば生きたい。倖せになりたい。
 自分では叶わないから、その手で――助けて。


 コキュートスの切っ先の鋭さを、喉の薄い肌で感じながら。
「助けて。――あの春を待ちし冬空の、薄き青の眸のひと」
 遠い春を待って仰いだ、薄く儚き青の色。
「花咲きて、麗らかなる風の匂いを待つ、希望のいろ」
 そっと妲己は微笑んで。
「そんな美しい眸の殿方に嫌われる終わりとは、なんとも……言葉にし辛いからこそ」
 助けて。
 もう一度囁いた妲己に。
 はとりは、その刃を差し出す。
 誠心と、真実と。
 自らの意思を持って、偽神の剣は罪を断つ。 
 罪と罰を見続けてきた冷艶なる眸は、そこに眠る願いを見届けて。
 叶った最期を、その魂の奥底に刻み付けた。

 





ただ、死にたいと。
 そう口にして願うのは簡単で。
 けれど、それは真実の想いではない。
 自らの心さえも、虚ろに忘れていた妲己は、己が求めることさえ忘れていた。
 愛することも。
 泣くことも。
 自らの求めた世界の先も。
 ただ無為に消えたと、絶望と悲哀に濡れた人形のようだった。
 悲劇に踊るだけの操り糸から抜け出せたのはただひとつ。
 その唇が、その魂が求めることを囁かせたから。
 口にして、言葉にして。
 そうして初めて叶うのだ。求めるものは与えられる。
 それを示されて彼女はいう。
 助けて。
 愛されるより。
 罰せられるより。
 共に泣いて、笑うより。
 いいや、それらを全て共にしたいから。

 この絶望から、助けて。
 蠱毒の贄に、ひとりにしないで。

ただ殺めるだけならば、封神台という過去をなぞるだけだったかもしれないものが。
 寄り添った星彩のような心のもとに、解き放たれる。

――助けて。

 そう願った魂は、もう。
 呪詛と過去に囚われることはない。
 数多の手と指が、彼女を助けるものと差し出されてたのだから。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2022年01月22日


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#封神武侠界
🔒
#殲神封神大戦
🔒
#殲神封神大戦⑭
🔒
#封神仙女『妲己』


30




種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠山田・二十五郎です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


挿絵イラスト