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祝いし日に、湖面に映るは夢

#サムライエンパイア #お祭り2021 #クリスマス


●サムライエンパイアの湖畔にて


 その静かな水面に映るのは、未来なのだという。
 望んだ理想が見えるのか、それとも違うのか。
 お伽噺なのだろうか。
 それは判らずとも。
 夜空より映る月と星が浮かんでいる。
 祝うに相応しい美しさが、寒い風の中で揺れている。
 まるで夢のように。
 叶えたい一時を、水面に願いながら。

 
 
 サムライエンパイアの、冬の祭り。
 クリスマスという祝いの概念は薄くとも、それは確かにあった。
 湖の上に建てられた水上の宮。
 まるで湖の中央に行こうとするかのように、幾つもの橋が回路のように巡らされた場所。
 そこで年末の少し前。
 この時期に祝いの祭りが行われるのだいう。
 元々は水神を奉る場所なのだという。
 穢れや災いを洗い流すように、祓いて浄めるが水の神。
 故に年末に近づけば人はそこに集うのだ。
 そして、清き心と瞳で水面を眺めれば、そこには来年の自分が浮かぶのだと。
 水はあらゆるものを洗い流すものだけれど。
 絆を喪わせるものではないのだから。
 水面が夜空にある輝きの先を求めて映すように。
 静謐なるその場で、ひとは視線を落とす。

――叶えたい夢が、そこにあるのだと。

 その水上の宮は、神秘的で、不思議な場所。
 張り巡らされた橋と橋で作られた回廊は、水面の傍をゆっくりと歩き続けられる、ちょっとした迷路のような場所。
 何処からでも身を乗り出せば、手で水を掬えるぐらいに。
 欄干には気をつけて。
 美しい水面は澄み切った月と星屑を映すから。
 寒い風に凍えないで。
 どんなに暖かい心が傍にあっても、抱き締める腕があっても。
 決して、決して、その温もりを手放さないように。
 冷たい水の上だからこそ、その大切さはより判るだろうから。
 ああ。
 きっと大切なものを思い浮かべれば。
 水面はそれに続く未来を、緩やかに映すのだろうから。




● グリモアベース


「メリークリスマスですね。皆さん」
 ふわりと微笑んでみせるのは秋穂・紗織(木花吐息・f18825)。
 聖なる夜にと今回、彼女が紹介するのは水上に立つ神宮と、それを取り囲む迷路のような回路たち。
 湖畔の上に立つそれは、寒さの中で神秘的に見えるだろう。
 そして、寒さ故にと澄み渡る満開の星空はとても美しい。
 水面に浮かぶそれを眺めるか。
 それとも、静かにその回廊を巡り歩くか。
「過ごし方は人それぞれです。あまり騒ぎすぎないように、とするならばきっと大丈夫ですよ」
 湖のほとりには出店が立ち並び、暖かな提灯の光と共に穏やかな声が揺れる。
 少し離れれば、並ぶ机と椅子。そこで暖かな飲み物や食べ物と共に過ごす事もできるだろう。
 更に離れれば、きっと、ふたりきりの場所で。
 そして、この湖は『未来』を映すという曰くがあって。
「幸せな記憶として残ることを、願っています」
 もう一度、ふわりと微笑んで見せる秋穂。
 どのような一夜を過ごすかは、きっとあなた次第。


遙月
 何時もお世話になっています。
 マスターの遥月です。
 気付けばクリスマスと時間が立ってしまいましたが、やはり記念のものは出したいもので、シナリオをお送り致します。

 先に注意点として、オーバーロードに関しては雑記をご覧くださいませ。
 また同時に、オーバーロード実装後の初シナリオとなりますので、試行錯誤がある事はどうぞご容赦ください。


 採用に関しては出来る限りをと思っておりますが、参加人数の次第では書き切れず、不採用となる事も御座いますので、その点もどうかお許し頂ければ幸いです。


 取れる行動としましては、選択肢は気になさらないでください。


・水上の宮を散策する
・湖畔と夜空を眺める
・少し離れた場所で、暖かな飲み物などと共に談話
・離れた場所でふたりきり


 などを想定しておりますが、これはいけるかも、と思ったものはどうぞプレイングにしてくださいませ。
 騒がしすぎない、場の雰囲気を壊さないものであれば、出来る限り採用していきたいと思います。
 同時に和風の雰囲気ですが、洋風のアイテム、道具の持ち込みなども大丈夫です。気楽に、楽しく、美しい雰囲気を楽しんで頂ければと。
 

 また、遥月のグリモア猟兵につきましては。
 したい事や御呼びかけが御座いましたら。
 案内役の秋穂もお祭りに出ますので、どうぞ宜しくお願い致します。
  
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第1章 日常 『祭を楽しもう』

POW   :    屋台の料理を食べ歩きます。

SPD   :    射的や輪投げ等の遊戯で遊びます。

WIZ   :    一旦腰を落ち着けて休憩します。同行者と語らう、祭の喧騒を眺める等

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​
逢坂・理彦
煙ちゃんと(f10765)
煙ちゃんとこの日を一緒に過ごすのは三回目だね。
くりすます…サムライエンパイアだとあんまり関係ないけど俺としては煙ちゃんとゆっくり過ごせる日って感じで好きだな。
水上の宮。確かに神秘的な場所だね。
迷路みたいになってるし逸れないように手を繋ごうか。…この方があったかいしね。

どうしたの煙ちゃん何か気になるものでも映ってる?ほら、未来が見えるって言ってたから…。
おっと、煙ちゃん気をつけて。あまり身を乗り出すと
(慌てて落ちそうになるのを支えて)
ん、落ちなくてよかった。
(水面には何十年後かも変わらず二人でいる姿)

うん、これからもよろしくね。


吉瀬・煙之助
理彦くん(f01492)と
水神様のお祭りなんだね
前は水の中を散歩したけれど、水の上を歩くのも楽しそう
水の近くだから少し肌寒いね…
寒いのは苦手だけど、理彦くんと楽しみたいから

あれ、いま何か水面に映った…?
(欄干に近づいて覗き込もうとして少しバランスを崩し)
わ…っ、こ、理彦くんありがとう…
あはは、落ちそうでちょっとびっくりしちゃった

も、もう大丈夫だから離してもいいよ…?
ええと、その…、あ…水面に僕たちが映ってるね
鏡みたいに……ん?ちょっと理彦くんが今と違う…?

そういえば、この湖は未来が見えるって言ってたね
なら、未来でもずっと一緒ってことかな
来年もその先も…よろしくね



 ふたりの吐息が、ゆるりと重なる瞬間。
 そこに幸せはあるのだろう。
 近すぎて、見えなくなることもなく。
 遠すぎて、見失うこともなく。
 歩き続けるふたりに、きっと幸せの温もりはあるのだ。 
 どんなに冷たい冬の夜でも。
 凍えるような風が吹いても、伴に在れば祝福の日なのだと感じられる。
 確かな証など、ひとつとてなくとも。
「煙ちゃんとこの日を一緒に過ごすのは三回目だね」
 呟く柔らかな声は、逢坂・理彦(守護者たる狐・f01492)のもの。
 静寂を湛える水の宮にて、優しく染み渡る言葉。
 クリスマス。その意味は、この世界には余り馴染みのないものだけれど。
「幸せを、誰かと過ごす日。それなら、煙ちゃん以外にこの日を過ごす相相手はいないからね」
 そういって笑って、金色の瞳を揺らす逢坂。
 首元にかかる若草のマフラーに、暖かな息を零して。
「俺としては煙ちゃんとゆっくり過ごせる日って感じで好きだな」
「理彦くん。それはふたりだから言っているのかな。それとも、今日だから言っているのかな?」
 首を傾げて、微笑みと共に返すのは吉瀬・煙之助(煙管忍者・f10765)。
 本心を掴ませない、ゆらりくらりとしたその雰囲気。
 言葉の調子も緩やかに揺蕩う煙のようで。
 飄々とした吉瀬は、何時ものまま。
 そう、何時ものまま変わらないからこそ。
「さあ、どうでしょう。煙ちゃんはどちらがいい?」
 応える逢坂にだけは、判るのだ。
 心の底。感情の端まで。
 逢坂にだけは、判るから。
 他の誰にも、判って欲しくないから。
 吉瀬は緑色の眸をするりと流す。
 どちらが良いかなんて、判っているだろう。
 どちらでもない。
 何時もふたりがいいのだから。
 なにも隠すことなく、ただ、感じるものを分かち合いたい。
 言葉にすることなく、吉瀬はふるりと身を震わせる。
「水の近くだから少し肌寒いね……」
 湖面の上を滑り、ふたりを撫でる冷たい風。
 前は水の中を散歩したけれど。
 趣変わって、水の上を歩くのもきっと楽しい。
 寒いのは、どうしても苦手だけれど。
 吉瀬は、逢坂と共に過ごしていきたいのだから。
 嬉しさを、喜びを、記憶を重ねて、幸せに。
 そう願う心が、静かに脈打つ。
「水上の宮。確かに神秘的な場所だね」
 まるで迷路のように張り巡らされた橋たち。
 なら、決して離れたくないひとがいるのだと。
 この寒さの中で、暖めたいひとの手を取り、握り締める。
「迷路みたいになってるし逸れないように、手を繋ごうか」
 寒さが苦手なのも、知っているから。
「……この方が、あったかいしね」
「寒くても、煙ちゃんの隣ならそれでいいよ。……それがいいよ」
 くすりと笑う逢坂に、綻ぶような声色を揺らす吉瀬。
 そうして、静かな水上の橋を歩くふたり。
 聞こえるのは、お互いの足音と、呼吸ばかり。
 もう少し傍によれば、鼓動さえ判りそうな。
 いいや、それさえも一緒にと繋げられそうな。
 場の不思議な雰囲気に呑まれて、綻ぶふたりの頬。
 気付けばふたりの指は絡む。
 離れる事のない、連理の枝のように。
 異なるものであっても、常に伴にある事は出来るのだと示すように。
 そんな時間に、ふと過ぎる影。
 水面の上にて揺れる、ひかり。
 月よりなお澄んで、星よりなお鮮やかな。
「あれ、いま何か水面に映った……?」
「どうしたの煙ちゃん何か気になるものでも映ってる?」
 けれど、あくまで影。
 確かな正体を掴めずに、欄干へと手を伸ばす吉瀬。
 その指に嵌められた、琥珀の指輪が。
 その色彩に似た眸を、湖面へと導いて。
「ほら、未来が見えるって言ってたから……」
 吉瀬は、それこそ未来を求めるように身を欄干へと。
 湖面へと向けるから。
 それだけ、吉瀬にとって、未来とは。
 そこに逢坂がいるかということが、無視できない疑問だから。
 揺れる感情のままに、身を乗り出して。
「おっと、煙ちゃん気をつけて。あまり身を乗り出すと」
「あっ」
 僅かに体重を崩した吉瀬の腰へと手を回し、湖に落ちそうになった引き戻す逢坂。
 そんな寒い場所ではなくて。
 この暖かな懐が、吉瀬の居場所だと告げるように。
「わ……っ、こ、理彦くんありがとう……」
 白い頬を僅かに赤く染めて、応じる吉瀬。
 けれど、すぐ傍に逢坂がいる。
 耳元にかかる吐息で。
 触れる、贈った枯草色のマフラーの色で。
 ああ。今年も傍にいれたのだと、小さな幸せに笑顔になってしまう。
「あはは、落ちそうでちょっとびっくりしちゃった」
 びっくりしただけではないけれど。
 嬉しさも、もう少し、こうしていたい気持ちもあるけれど。
「も、もう大丈夫だから離してもいいよ……?」
 両手を自分の為だけに使って欲しいと、吉瀬は思わない。
 自分の為に。ふたりの未来の為に。
 互いを握って結びながら、もう片方で幸せを掴む為にありたい。
 そんな願いは、傲慢だろうか。
 そんな事はない筈だと、金と緑の眸が水面に映る姿を追う。
「ん、落ちなくてよかった。冷たい水で、風邪を引いたら大変だ。暖めるのも、ね」
「ええと、その……。あ……水面に僕たちが映ってるね」
 けれど、それはほんの少しだけ違うのだ。
「鏡みたいに……ん? ちょっと理彦くんが今と違う……?」
水面に映るのは。
 幸せと、記憶を、時間の数だけその貌に刻んだふたりの笑顔。
 十年、二十年。あるいはもっと、同じ時を過ごして。
 想いを結んできた、ふたりの姿。
 寒さでも、暑さでも。
 雨の日も、雪の日も。
 長い時の流れでも変わらず、ふたりでいる姿。
「そういえば、この湖は未来が見えるって言ってたね」
 静かな、けれど、奥底に祈りのような。
 切実なものを秘めた、吉瀬の声色。
 透き通るような冬の空気を震わせて、夜天にまで響く。
「なら、未来でもずっと一緒ってことかな」
 小さくとも。
 それは大切なるものだから。
 消えたりしない。例え、月まで昇る距離と時間を経ても。
「来年もその先も……よろしくね」
 吉瀬はどうしようもなく嬉しくて。
 指輪の嵌まった指で逢坂の頬を撫でる。
 琥珀色の宝石と、逢坂の眸が零すいろが、小さく重なって。
「うん、これからもよろしくね」
 愛しい人への微笑みとして。
 そして、頬を撫でる吉瀬へのお返しとして、逢坂もまたその頬を撫で。
 緑と金。
 銀と琥珀。
 その彩が、愛のいろを帯びて。
 静かな水の上で、きらりと輝いた。
これが返事で約束。
 悠久の時が流れる水のように、あらゆるものを洗い流し、過ぎ去らせても。
 決して変わることのない、不変のもの。
 愛しさという名の絆。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

栗花落・澪
【狼兎】
こういう場所はとっても好きだけど
表向きはどんなに明るく前向きでも
やっぱり心に抱えたネガティブはそう簡単には拭えなくて

いいの、怖いから
景色の一つとして目に焼き付けられれば、それで充分

水上の宮を紫崎君と並んでゆっくり歩き
楽しんでる事には変わりはない
それでも視線は水面を直視する事は無く
星空を見上げたり
欄干から身を乗り出しながらも遠くの水面を見ていたり

すごくロマンチックだね
浴衣で写真撮ったら凄く映えそう
結婚式とかも、和装スタイルなら
ぼっ、僕の話はしてませんー

未来はわからないままでいい
今は隣を歩いてくれる大事な人と、思い出を作っていければそれでいい

じゃあ何かあったかいもの買って
奢りだやったー♪


紫崎・宗田
【狼兎】
ここに来たいと言い出したのは澪だが
水面は頑なに見ようとしないのが気になり

おい
いいのか、下見なくて

聞いてはみたものの、理由はなんとなく察しがついている
最近は体調も安定しているとはいえ、コイツは元々心臓が悪く、いつまで生きれるかもわからない体だった
そのうえこれまでの人生経験の反動か
あらゆる事を後ろ向きに捉える癖がついているらしい
表向きは強がっているが

なんだ、お前結婚したいのか
貰い手なら用意しといてやるよ

からかいつつこっそりと自分だけ
欄干越しに澪も映る水面を覗く
本当に未来が映るというのなら
なんでもいい、こいつが笑顔でさえあってくれれば

ほら、そろそろ戻るぞ
あんま体冷やすなよ
はいはい、好きにしろ



 静まりかえった水面の上に、並びて伸びる回廊。
 まるで湖面の上を歩くかのようで。
 何処までも進めてしまいそうな。
 時間を忘れて、ただ雰囲気に漂ってしまいそうな。
 美しくも神秘的。
 誰かの零した夢の景色のよう。
 時間さえ止まってしまいそうなこの夜。 
 それでも確かに流れゆくものはあるのだと。
 冷たい風と、軽やかな足音が告げている。
 ふたりの足音が交互に響いて、寒いだけの空気を何処かに打ち払いながら。
 優しい音色と音楽のように、静寂の裡で響く。
「さあ、もっと行こう。もっと」
 湖の中央へ。
 この橋と回廊の続く限り。
 きっと、それはふたりの道のように、途切れる事のないものだから。
 そう楽しげに声を震わせるのは栗花落・澪(泡沫の花・f03165)。
 琥珀色の眸をきらきらと、星のように煌めかせながら。
 何処までもと、ゆったりとしながらも、迷うことのない確かなその軽やかな足取り。
「ふたりなら、きっと夜も飛び越えていけるよ。この橋に、終わりなんてきっとなくて」
 そんな夢のような話。
 ただ路に迷うだけでは。
 橋のあちらとこちらをいったりきたり。
 そう。子供が迷いながらも、笑うような姿に。
「クリスマスに浮かれすぎるなよ、澪」
 澪の小さな背を追いかけながら、優しくかけられる声は紫崎・宗田(孤高の獣・f03527)のもの。
 とても楽しげな姿に、紫崎も頬が緩む。
 けれど、笑顔になりきれないのは、すこしの不安があるから。
 柔らかな髪と、金蓮花の花を揺らしながらも、ゆったりとこの一時を楽しむ澪の足取り。
 次々と先へと進む澪に、けれど、紫崎は憂いの眼差しを向けた。
 どんなに純粋で無垢に。ただ一途にこの場と雰囲気を楽しむようでも。
 喜んでいるように見えたとしても、紫崎には判ってしまうのだ。
 澪のその視線が、ただの一度も水面へと移ることはないという事を。
 どんなに表向きは明るく振る舞おうとも。
 その心の底に落ちた影を拭うことは出来はしないのだ。
 滲む不安。抱くネガティブ。
 どこからともなく湧き上がる恐怖は、冷たい風に似て、気付けばそぐ傍にある。
 そんなものをどうして、自分ひとりで拭い去ることが出来るだろうか。
 でも澪はひとりきりじゃなくて。
 今もこうして、傍に紫崎がいるのだから。
「おい。いいのか、水面を見なくて」
 声を掛けるのは、何かの導となりたくて。
 澪の為に何もできない存在ではなく、紫崎は頼れるひとでありたいから。
「いいの」
 歌うように澄んだ声色で応える澪。
 風の冷たさを忘れようとするように。
「いいの、怖いから」
 続けて紡がれた言葉に、紫崎は静かに瞼を瞑る。
 声をかける前から判っていること。
「景色の一つとして目に焼き付けられれば、それで充分」
 澪の理由なんて、紫崎には察しがついてしまう。
 他ならぬ澪のことであれば、どんなに鈍感であっても気づけるから。
 気づいて、いったから。
「なら、せめて寒さ対策だけはしてくれよ」
 そういって紫崎は、自分のしていたマフラーを澪の首元へと。
 細く、儚げなその身体に。
 今は落ち着いて安定していても、病弱だった澪。
 元々、心臓が悪くて、何時まで生きられるか判らない体だった。 
 だから自棄のように、自分を省みなくて。
 己を犠牲にしたとしても、誰かの為にと。
 それこそ花たちが自らを燃やして、暖かさと夢を散らすように。
 脆く、危うく、自滅を姫ながら進んできたのが澪だから。
 もうそれはないことだとしても、
「はは。紫崎君は心配してくれるんだね」
 一度、身についた癖は簡単に抜けて、消えてくれたりしない。
 たとえ、全ての穢れを、不安を、恐怖を。
 この宮で奉る水神が洗い流せるとしても。
「大丈夫、それだけで嬉しいから」
 そう口にして優しく、暖かく笑う澪の今までをも。
 なかったことには出来ないのだ。
 紫崎と出逢った事や、それからの路も。
 まるで迷路のようだった、それでも幸せに近づいた毎日を。
 なかったことには、出来ないから。
「ただ――明日が怖いから。時間の止まった様に静かなこの場所に、もう少しだけ紫崎君といたいかな」
 時が止まれば、きっと永遠で。
 今日が続けば、明日がなくたっていい。
 夜の中で願われた、静かで儚い祈りは、揺れる小さな火のようで。
「でも、とてもロマンチックだね」
 夜空の星空を眺める澪。
 澄んだ空気は月と星々の煌めきを地上にまで零して。
 遠い湖面に、まるで煌めく宝石が眠るように映し出す。
 湖の中心へとゆったりと、ゆっくりと、迷いながらも進むその道筋は、まるで夢へと至るかのようで。
 優しく揺れる幻の中にいるような心地が、澪を包む。
「浴衣で写真撮ったら凄く映えそう」
 寒さの厳しい冬ではなく。
 ここが夏の夜ならば、きっと華やかで、また別の美しさがあるだろうと。
 澪の語る言葉に、ふたりの瞼が、そっと伏せられる。
「結婚式とかも、和装スタイルなら」
 きっと似合う筈。
 誰かの祝福へと続く、その幻を思い描きながら。
 抱いた自分だけの鼓動を。
 澪も、紫崎も、深く、深く感じていく。
 何を願って、求めるのか。
 祝福された、聖なるこの夜に。
「……なんだ」
 だから紫崎はぶっきらぼうに。
 不器用ながらの優しさを、声色に出すのだ。
「お前結婚したいのか」
「なっ……ちがっ」
「貰い手なら用意しといてやるよ」
 驚く澪に、からかうように笑ってみせる紫崎。
 そうだ。
 先のこと。明日のこと。
 思い描く夢のことに、思いを馳せる事は、ひとつも罪なんてない。
 優しい日常が続くようにと願うだけ。
「ぼっ、僕の話はしてませんー」
「そうか。そうか。なら、誰の話だったんだ?」
 言いよどむ澪の髪を撫でながら。
 そっと、紫崎は欄干より先の、『未来』の映るという水面を覗き込む。
 大層なことを願うつもりはない。
 ただ未来も、何時かの明日も。
 澪の浮かべるこの笑顔があるようにと、願うばかりで。
 水面はそれに応えるように、澪と紫崎の浮かべる笑顔を浮かべて。

 ふと。
 揺れる水面が、まるで数年の時を経て。
 時間と、幸せと、喜びで。
 さらに美しくなった澪の笑顔を浮かべた。

 優しくて、暖かい。
 もう小さいとは言えない、灯火のようなそれに。
紫崎は瞼を閉じる。
 だって眩いから。いずれまた見たいから。
 今のがただの夢幻。心の見せた幻覚だなんて想いたくなくて。
「ほら、そろそろ戻るぞ。あんま体冷やすなよ」
 少しだけ楽しげに言葉を投げかける紫崎。
 ただ彼が楽しそうというだけで、同じように浮かれた声を返す澪。
「じゃあ何かあったかいもの買って」
 叶えば良いと。
 すぐそこ傍にある願いを口にする澪。
「はいはい、好きにしろ」
 それをひとつずつ、紫崎が叶えていけば。
 水面に浮かんだ瞬間に、辿り着けるのだろうか。
「奢りだやったー♪」
 ただ今は。
 この瞬間に浮かんだ澪の笑顔を守りたくて。
 大切にしたくて。
 その手を握り締める。
 決して、離さないのだと。
 寒さの中で、大事なひとの温もりと絆を感じながら。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

キリカ・リクサール
アドリブ歓迎

紫闇

この季節になると、日に日に寒さが募って来るな…
魅夜、寒くはないかい?

魅夜と一緒に未来を映す湖を見に行こう
その前に、まずは身体を温めるために二人で長椅子に座って飲み物でも頂こうか

ふぅ…こうしてると落ち着くね
こんな時間は一番のんびりできるよ

歩いていく人々を横目に見ながら、甘酒を飲んで温まる
人々のはしゃぐ声を背中で聞きながら、湖へと足を進めよう

これは…美しいな
とても、言葉に出来ない程だ

穏やかな水面に映る月が美しい
手を伸ばしたら儚く消えて行くような…そんな朧気で、神秘的な光景だ
二人で水面を見れば、どんな未来が見えるだろうね

あれは、魅夜の姿だな
フフッ…黒いウェディングドレスか

魅夜の黒髪と白い肌に良く似合うドレスだな
しかし…ウェディングドレスか
その横にいるのは、一体誰だろうな?
よく見ようと覗き込んだら不意に冷たい風が吹いてきて思わず身を竦める
横にいた魅夜も同じようで目が合って笑い合ってしまった

きっと、来年も変わらず二人でいられるだろう
フフッ…未来を映す湖か、来て良かったと心から思うよ


黒城・魅夜
【紫闇】

雪の聖夜もいいでしょうが
こうして凍てつく闇に冴えわたる月光の夜を楽しむのもいいものですね
特にそのお相手がかけがえのない親友であるならなおさらです
あら、甘酒ですか
二十歳になって初めてのクリスマス
あなたと一緒に少しだけお酒を味わうことができるのも素敵です

少し遠くまで行ってみましょう
お祭りの喧噪も楽しいですが
今は静かで深い二人だけの孤独という秘めやかな贅沢を堪能したい気分です

湖面がまるで鏡のよう
本来は鏡に映らぬダンピールの私ですが
そんな私でさえも映し出してくれるこの湖面の
神秘の伝説というのは本当なのかも
未来を映すとやらの…
未来は己の手でつかむものと決めている意地っ張りの私でも
少し気になってしまいます

おや、これは……
……漆黒の……ウェディングドレス、とはね
「未来の私」も、なかなか洒落たセンスを持っているようです
そのドレスを着た私の隣に立っているのは……
ああ、もう消えてしまいました
ふふ、気になるところですが、それが誰かは自分の目で確かめるとしましょう
……いつか、あなたと一緒にね、キリカさん



 冷たく、寒い夜だとしても。
 傍にある愛しい温もりを感じられるのならば。
 きっとそれは、夢のような幸せの筈だから。
「魅夜、寒くはないかい?」
 季節は冬の最中。
 吹き抜ける風は日に日に冷たくなっていくから。
 その身を案じて、キリカ・リクサール(人間の戦場傭兵・f03333)は問い掛ける。
 その美貌は男装の麗人の如き、美しさと鋭さがありながらも。
 見るものを安堵させ、落ち着かせる品格がある。
 私がいれば大丈夫。
 傍にいるのだから、決して不安になどさせないのだと。
 ただ、隣にいるだけで安心させてくれるひと。
 そんなキリカだからこそ、応じるのは緩やかな微笑み。
 そうやって心配してくれる事こそ。
 冬の夜に、心を温めてくれることなのだと黒城・魅夜(悪夢の滴・f03522)は知っているから。
 きっと独りきりなら凍えてしまうけれど。
 そうやって声をかけくれるから大丈夫。
 ああ、だからこそ。
 私の笑みで、どうか貴女の感じる冷たさも拭い去れたらと。
 夜に溶け込むような漆黒の髪をするりと流し、小首を傾げる魅夜。
「ええ、大丈夫ですよ」
 少しだけ下の方から。
 キリカの黒曜石のような黒い眸を、覗き込みながら。
「雪の降る聖夜もいいですが」
 真白き色彩に飾られた夜。
 しんしんと積もる、雪の世界に思いを寄せる。
 この日は特別で、全てが夜闇の色に包まれる訳ではないと知らしめるような。
 冷たさもまた、幸せな記憶の欠片なのだと歌うような。
 そんな日も、確かにいいけれど。
「こうして凍てつく闇に」
 魅城が吐息をひとつ零せば、それは白い。
 だが、夜の裡に溶けて消えれば、残るのは澄んだ月灯りの色だけ。
 全てを静かに。
 愛おしむように、照らし出す。
「冴えわたる月光の夜を楽しむのもいいものですね」
 その月は、しんっ、と静まりかえりながら。
 湖面の上にもまた、夜空と同じ形で浮かんでいる。
 月とて、今宵はひとりきりではないというように。
 だから、こそ。
「特にそのお相手が、かけがえのない親友であるならなおさらです」
 信頼の温もりを寄せて、魅夜はキリカに声をかける。
 座る長椅子の、ふたりの距離は。
 親友だからこそ近く。
 親友だからこそ、遠く。
 寒さと温もりと、静けさと声が交わる距離。
 かけがえのない相手の全てを、感じ取れるように。
 そうキリカが思うのはただ、夢心地の景色に酔ってしまったのだろうか。
 或いは元からロマンチストなのか。
 判らないからこそ微笑み、唇の間から甘い液体を滑り込ませる。
「あら、甘酒ですか?」
 問い掛ける魅夜に、応じるキリカ。
「ええ、身体はしっかり暖めないと。それに、この世界だからこそのお酒というのもいいものだからね」
 言葉を交わすふたりの前を、ゆらり、ふわりと。
 沢山の人が行き交い、足音を残していく。
 まるで時計の針のように、時間は流れていると。
 止まる事はないのだと、ふたりに教えるように。
 そう、魅夜とて何時までも出逢った頃の少女ではなくて。
「二十歳になって初めてのクリスマス」
 魅夜はほっそりとした指で、甘酒の入った杯を手繰り寄せて。
少しだけ、その中身を唇で啄むように呑んでいく。
「あなたと一緒に少しだけお酒を味わうことができるのも素敵です」
 それはなんと嬉しいことだろうか。
 ただ時は過ぎて。
 けれど、一緒にと望む相手が出来て。
 今、こうして静かに聖なる夜を伴に過ごせるのならば。
 それは奇跡のようでありながら。
 通り過ぎる人々も抱くものなのだろう。
それぞれに掛け替えのない記憶を共に抱いて、ここに来ている。
 笑い合い、話し合い。
 はしゃぐ声は、子供のように純粋で。
 或いは、恋人同士のように甘くて。
 親友という名の、断たれぬ絆としてあるもの。
 ああ。
 月が、星が、湖が。
 誰かと共にある事を祝福しているのだと、キリカは瞼を閉じた。
 どんなに冷たい風も。
 誰かと一緒ならば、震えることなんてない。
 ただ傍にある温もりをより一層、感じられるのだから。
「ふぅ……」
 キリカの零した吐息は、安堵の白に染まる。
 続くのは穏やかで、柔らかな声色。
「こうしていると落ち着くね」
 ただ隣に座って言葉を交わしているだけでも。
 この夜にいるという事に意味はあるのだから。
「こんな時間は、一番のんびりできるよ」
 そう囁くキリカに、魅夜はくすりと微笑んでみせる。
「なら、少し遠くまでいってみましょう」
 キリカの手を軽やかに引いて。
 魅夜は何処かへ。
 此処ではない、少し遠く、という何処かへと足を進めるのだ。
 時が止まることはないのだから。
 この記念すべき美しき夜も、いずれは終わってしまうから。
 後悔など残さない為に。
 漆黒と紫の髪が冷たい風に靡いて、流れ。
 人々のはしゃぐ声。
 止まらない喧騒から離れて、先はへ、先へと。
「お祭りの喧噪も楽しいですが」
 先導する魅夜が、ゆるりと声を紡ぐ。
「今は静かで深い二人だけの孤独という秘めやかな贅沢を堪能したい気分です」
ダメですか。と視線を流されれば。
 キリカが断れる筈もない。
「ああ。そんな贅沢を、ロマンスを堪能しよう。忘れられない聖夜の一時として。……落ち着くだけではなく、楽しむ夜として」
 引かれる手に、追い付くように。
 軽やかな足取りで後を追うキリカ。
 気付けばいつの間にか、魅夜の隣にと並んでいる。
 どちらが導いて誘ったのか、判らなくなるほど。
 それほどに静かな林を進んだ先に。
 誰もいない、秘密と静寂が満ちる湖はある。
「これは……美しいな」
 ほっそりと、感嘆の息を零すキリカ。
 ただ、月夜の湖に視線を奪われる。
「とても、言葉に出来ない程だ」
 穏やかな水面に映る月が美しい。
 冷たく、ひんやりと感じるけれど、それさえガラスのような儚い印象を抱いてしまう。
 或いは、氷で紡がれた月なのか。
 手を伸ばして、触れてしまったら。
 ただ指が触れ合っただけで儚く消えてしまいそうな。
 夢のように朧気で、神秘的な光景。
 だからこそ、キリカは魅夜と繋いだ手を、よりしっかりと握り締める。
 離れないで。
 消えないで。
 これ自体が夢。ふと、次の瞬間に醒めて消えてしまうなんて、あって欲しくないのだと。
 それを知ってから知らずか、握り返した魅夜が声を揺らす。
「湖面がまるで鏡のよう」
 冷たい風が吹いても、揺れる事のない水面。
 そこには鏡に映る筈のないダンピールである魅夜がしっかりと映っている。
 キリカの隣に佇む、魅夜の姿。
 種族という産まれで差などつけないと。
 優しい魔法の鏡のように、そこにある姿。
 確かにふたり。
 ふたりきり。
 美しく、幻想的な湖の前にたつ。
「この湖面の神秘の伝説というのは」
 半人半魔。夜闇に生きるダンピールである自分も映し出してくれるというのならば。
 何もかもを赦して、受け止めるのであれば。
「本当なのかも……」
 高鳴る鼓動は、目の前にある神秘と奇跡に。
 どうしても気にはなるのだ。
「未来を映す、とやらの……」
 未来は自分の手でつかむものと決めている、意地っ張りな魅夜でも。
 少し気になってしまうのだ。
 寒い夜に、暖かな親友を傍にして。
 夢は、理想は、幸せは掴めているだろうか。
 繋がっているだろうか。
 気になる想いが脈打ち、一瞬、瞼を閉じれば。

 開いた眼に映るのは、魅夜の姿。
 漆黒のウェディングドレスに身を包んだ花嫁が、水面に映っている。
 幸福に笑い、幸せに微かな涙の痕を見せる。
 夢が叶った、その瞬間のように。
 花開いた、漆黒の薔薇のように。


「あれは、魅夜の姿だな」
 キリカ同じものが見えているのか。
 ならば伝説は本当なのか。
 呟いたキリカが続ける楽しげな声が、静寂を震わす。
「フフッ……黒いウェディングドレスか」
 誰にも、何にも染まらない。
 既にあなたの色に染まった、この身、この心、この魂。
 そう誓う、麗しき黒の花嫁衣装。
「魅夜の黒髪と白い肌によく似合うドレスだな」
「ええ、本当に。『未来の私』も、なかなか洒落たセンスを持っているようです」
 或いは、そんな幸せに囲まれ続けるのか。
 泡沫のような、儚い夢に浸りながら。
 本当かどうかは、魅夜にはどちらでもいい。
 こういう未来を自分で勝ち取るのだと。
 意地っ張りだけれりど、強い思いの力を抱く魅夜は信じるから。
「その横にいるのは、一体誰だろうな?」
 黒いドレスに身を包んだ魅夜の隣に立つのは。
 さあ、誰だろう。
 予想と期待に胸を膨らませて視線を凝らそうとした瞬間。
 吹き抜けるは、強くて冷たい風。
 意地を張るのならば最後まで。
 信じ抜いて、手に入れて見せてと。
 この湖に宿る神秘が、笑うように。
 思わず風に身を竦めたキリカと魅夜。
 その僅かな間に優しい夢幻は水面から消え果てて、今映るのはキリカと魅夜のふたりだけ。
 未来に、明日に、期待を膨らませるふたりだけ。
「ああ、もう消えてしまいました」
 横にいたキリカも同じく、見つけられなかったのだと視線があって、くすりと笑う。
 それでもいいだろう。
 だとしても、これからの道に変わりなんてない。
「ふふ、気になるところですが、それが誰かは自分の目で確かめるとしましょう」
 ね。と優しく、暖かく。
 吐息をキリカの肌にと吹きかける魅夜。
 させるがままのキリカは、むしろ、優しく抱き締めるような抱擁感を覚えさせるから。
 魅夜は安心して、言葉を紡げるのだ。
「……いつか、あなたと一緒にね、キリカさん」
 信頼の温もりに満ちた声に、キリカも緩やかに笑ってみせる。
 大丈夫なのだと。
 魅夜が何をしても、必ず一緒についていくのだと。
「きっと、来年も変わらず二人でいられるだろう」
 冷たい風が、冬が過ぎて。
 春になっても、何もこのふたりは変わらない。
 魅夜の漆黒の花嫁姿など。
 ああ、確かに。なんとも彼女らしい。
 自分の全てを捧げるのならば。
 白無垢よりも、黒に染め抜いて。
「フフッ……未来を映す湖か」
 例え幻のようなものであっても。
 これからの道標として。
 辿り着ける筈の、幸せの形として。
 もはや影もなくとも、確かに心に残ったものだから。
「来て良かったと心から思うよ」
 儚くも美しく。
 冴え冴えとした月が、優しい光を零して。
 水面がそれを受け止め、そっと照らし返す。
 水の裡に星と月の輝きが、ひとの辿る未来と宿命が眠るように。
 今はただ、キリカと魅夜はふたりで佇む。
 愛しい程に大切な、静かなるひとときを。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

レスティア・ヴァーユ
夜に浮かび上がる神宮と回路の、静謐ながらも荘厳にも近しい雰囲気に感銘のため息ひとつ
親友と共に過ごす誘いを断り此処へ一人でやってきた
…時折、無性に独りでありたいと思う時がある
静寂と沈黙を供としたい時がある

出店を一人歩き抜けた
食べ歩きは楽しく悪くないと、親友は教えてくれた
カクリヨで初めて食べた屋台料理が食するに値するものだと教えてくれたのも親友だった
猟兵となり逃げるように兄から離れ、出逢った親友は私の知らない事を何でも教えてくれる、今でも

だが、
兄でもなく、親友でもなく
独り、誰もおらずに立ち尽くす瞬間が
何より愛しい瞬間が、自分にはある

回路を歩き静かに静寂の中に立つ
水面に映し出された星々に誘われ、夜空を見てその輝きに目を奪われる
伝わる冬の水面の冷たさが愛しく、いっそ独り沈んでしまえば永劫この愛しい虚無と心中できるかと想い馳せ

ふと、水面に浮かんだのは
表情豊かに笑う親友の顔

「…戻る、か」
何処に行ったのかも伝えていなかった
これ以上の心配を掛けるのも忍びない
足を帰途に

……口許には、僅か微笑を浮かべながら



 静けさを愛する蒼い眸が。
 冷たい夜の裡を泳ぎ、月を見上げる。
 手の届かぬものへと、想いを馳せるように。
 叶わぬ夢と知りながら、ひとときでもと求めるように。

――今宵はただ独り。誰の温もりも知らずとも。

 月明かりに似た金の長髪をゆらりと流して、歩く影はレスティア・ヴァーユ(約束に瞑目する歌声・f16853)。
 ひっそりとした足取りは、足音の欠片も残さぬまま。
 誰かを伴う事もなく。
 宮の近くに並ぶ出店の灯りの間を抜けていく。
 暖かな気配や、香ばしい臭いはするけれど。
 今はそれを求めるていないのだと、冷たい蒼の眸を僅かに傾けるだけ。流れる視線は、僅かにも止まりはしない。
 ただ、過去を思い出して、浮かぶ言葉にレスティアは瞼を閉じる。
 食べ歩きも悪くはないのだと。
 楽しさとてあるのだと、笑う貌は親友のそれ。
 初めて屋台料理を食べたのはカクリヨの世界だっただろうか。
けれど、それを褒めるに値する喜びなのだと教えてくれたのもやはり親友。
 どうしても、どうしても、忘れられない。
 大切だからか。それとも、繋がる縁があるからか。
 風が冷たく、寒いから。もっとも暖かなものを、レスティアの情動が求めるのか。
 何もかもを教えてくれる彼の事が、まるで水底から湧き上がる泡のように浮かび続ける。
 猟兵となり、兄から逃げるように離れたレスティアは何も知らなかった。
 ひとつ、ひとつ。
 その内側にある心の動きまでを、彼は教えてくれるから。
 今でもなお。
 これからも、きっと。
 そうレスティアが思えば、ほっそりとした美しい眉が自然と緩んでしまう。
 日常にある幸せを、まだまだ知れるというのならば。
 彼とならば味わえるというのなら。

――きっと、彼と食べる料理だから、屋台のそれは美味しかったのだ。
 今、食べたとしてもきっと味気ないのだと、冷たく笑うしかなくて――


「だが、それでも」
 レスティアは求めてしまう。
 兄でもなく、親友でもなく。
 しんっと静まりかえった場で、独り立ち尽くす瞬間を。
 たとえ孤独を感じたとしても、それが何より愛しいと懐くのだ。
 独りで立ちすくむのではなく。 
 たった独り、立ち続けることができる。
 静寂と、自分と、美しい世界だけがある場所。
 水の中で揺蕩うような、静かなるひととき。
「どうしてかと聞かれれば、応えることは出来ないが」
 求めるレスティアの心は変わらない。
 だからこの日、この時、レスティアはこの水上の宮を選んだのかもしれない。
 親友の傍ではなく。
 兄の隣でもなく。
 足を運んだその先にあるのは。
 静謐さのあまり凍て付いたような、水上の神宮。
 レスティアの薄い唇から零れるは吐息がひとつ。
 けれど、何かが変わることはない。
 ただ湖面に立つ宮と回廊は、しんっと静まりかえるばかり。

――此処は、ひとの立ち入るべき場所ではないのでは。

 神秘的な美しさと荘厳さ。
 ゆるりと流れる湖面の水。
 どちらも人の営みから掛け離れている。
 いいや、だからこそ、レスティアの心はどうしようもない程に惹かれるのかもしれない。
 一歩、一歩と。
 湖の上に建てられた橋を、レスティアは緩やかに歩いて行く。
 静寂の中を歩き、水面の上に立つように。
 さざなみのひとつ立たない湖の上を、冷たい風と共に。
「ああ」
 零れた呟きは、愛しさの余り。
 水面の浮かぶ星々の煌めきは、まるで水底に宝石が眠るよう。
 けれど、本当は夜空にあるのだと仰ぎ眺めれば。
 見上げれば輝くは澄んだ月と、無数の星たち。
 凍て付くように寒く、冷たいから、空気は何処までも透明で。
 空の海にある色彩をくすませることなく、地上に届けている。
 音は、ない。
 ただ綺麗な景色が、幻のように浮かぶだけ。
 水面と夜空が、レスティアを挟んであるだけ。
 目を奪われるとはこのことなのだろう。
 心を攫われるとは、このようなことなのだろう。
 レスティアに伝わる冬の水面の冷たささえ、愛おしい。
 いっそこのまま、独り湖へと沈んでしまえば。
 永劫に愛しい、独りきりの虚無へと共に心中出来るのだろう。
 変わらず、果てず。
 朽ちず、色褪せず、この想いとあれるのだろうか。
 水面に映り、水底に沈んだ星の色彩のように。
 夜空の果てに登れず、届かずとも、レスティアの足は湖面へと触れられて……。


――ちゃんぷん、


 と、足先の触れた水面が揺らめく。
 鏡のように静まりかえった水面が、レスティアを引き留めるように波打ち遊び。
 蒼い眸に、ひとつの幻を見せるのだ。 
 レスティアのような、冷淡なる美貌ではなく。
表情豊かに笑う親友の顔を。
 音は、ない。
 声も、ない。
 けれど、その愛しい静寂の中から確かにレスティアは何かに、誰かに引き戻されて。
「……戻る、か」
 そういえば何処に行くのか。
 それさえも伝えていなかった。
 こんなに冷え込む夜に、これ以上の心配をかけるのは忍びない。
 探させて風邪を引かせては、どうすればいいのか判らないから。

――独りでいるべきか。傍にいるべきか。それが判らずとも、今は帰ろう。
 
湖の冷たい水で濡れた靴を、帰りの路に。
 親友の待つ、暖かで賑やかな日常に。
 神秘と静謐は、此処において。
 けれど。
 揺れる水面に映る、レスティアの鋭くも美しい貌。
 そこに微かな微笑みが浮かんでいる。
 これから辿り着く相手もまた。
 静かなる孤独と同様に、愛しき相手だから。
 星よりも多くの記憶と、幸せに思いを馳せ。
 或いは、彼へと月のように願いをかけ。
 レスティアは水の宮より帰る。
 夜空の輝きを秘めた湖を離れて。
 少なくとも今宵は、ひとの傍へと帰るのだ。
 
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

鷲生・嵯泉
未来を映す、か――
先が知れてしまう事を些か詰まらないと思うと同時
其処には知りたくないという、何処か後ろ向きな感情も潜む
何れにせよ……禊と為そう

回廊を渡り歩く
こんな時、傍らに気配の無い事に僅かばかりの違和を抱く辺り
すっかり“馴染んで”しまったのだろうな……全く、不思議なものだ

――嘗て。此の身を動かすのは遺された祈りだった
生きて欲しいと零された声に応えながら、戦う事だけを己に課し
そうやって生き続けた末に果ててしまえるなら、其れで良いと思っていた
あの桜の下、終わる事も在り得た筈だった
だが――此の身は今も託された祈りで生き長らえている
唯伴にと願う、ささやかな望みを果たす事を誓い
其の幸いを護る為に、己が意志で自ら生きるを選んだ

もし場が在るなら
水垢離で以って身を清め、目を塞ぎ続けた過去を雪ぐ
凍る様な水で芯まで洗い流した末
そうして水面に映るのが――伴に在り、幸せに満ちた月輪の姿で在ればと願おう



静謐なる夜にひとり立ち。
 風の冷たさに震える事なく、凜然と佇むその姿。 
 纏うのは約定か、矜持か。
 ただ足音を緩やかに響かせる。
 止まることなどありはしないのだと。
 この鼓動と伴にある者が、果てぬ限りは歩き続けるのだと。
 石榴のような赤い隻眼で月を見上げて、鷲生・嵯泉(烈志・f05845)は胸の裡に誓いを浮かび上がらせる。
 色褪せる事のない記憶と共に。
 これから続く果ても判らぬ世界を見て。
「未来を映す、か――」
 瞼を瞑り、鷲生が思案するのは僅かな間。
 先が知れれば些か詰まらないと思う気持ちはある。
 御神籤のような吉兆の兆しならば、遊ぶ気持ちとて出るのだろうが。
 この眸で見るというのならば、まだいい。 
 その瞬間に懐く想いを尊びたいのだ。もう先に知っていたのだと、鷲生は鮮明な気持ちを燻らせたくない。
 生きる故に、憶える刹那の情動。
 ひとつ、ひとつ、全てを尊びたいのだ。
 春に開く花は、麗らかな日差しの裡で見つめたい。
「だが、そう潔いものだけではないな」
 ぽつりと呟いたのは、鷲生の心にある僅かばかりに暗く滲む感情。
 ただ知りたくない。判りたくない。
 何かしら後ろ向きな思いと予想が脳裏を過ぎ、もしかして、と不吉の冷たさが首筋を撫でる。
 何とも情けないものだ。
 だが、強く在るとは、己の弱さを知り、それを克服して初めて成るもの。
 ならば、新たな年と未来の為に、此処で鷲生がすべきことは、ひとつ。
「何れにしても……禊と為そう」
 多くを経たのであれば、鷲生の身と心に残るものはある。
 全てが善いと言えるものではないからこそ。
 いいや、己の全てを善いなどと、決して言えないからこそ。
「洗いて浄める。それも必要なのだ」
 過去は過去と、流して終える。
 そのけじめとしても、必ずや要るのだから。
 からん、からんと冷たく、静かな回廊を歩きながら、教えられた禊ぎの場へと歩く鷲生。
 なんとも静かで、傍に温もりはない。
 常にあると肌と心が憶えてしまっていたのだろうか。
 傍らにある筈の気配がない。
 柔らかく笑う声と、あの貌がない。
 ただそれだけの事に、空虚さに似た違和を抱いてしまう。
「すっかり、“馴染んで”しまったのだろうな……」
 ただ生きて、生き続けるだけの鷲生だった頃では想像できない感情。
 灰となった都で護るべき全てを喪ったというのに。
 またこの掌に、何か尊く大切なるものを握り締めている。
 ひととき、それがないというだけで違和感を憶えるなど。
「全く、不思議なものだ」
 また護るものが、この手にあるのだと。
 握り締めた己が手を、幾度となく繋ぎ、抱き締めたその腕を見つめる鷲生。
 それでも。
 考え、時に迷う事はあっても。
 鷲生は歩む事を辞めないように、教えられた水垢離の為の場へと辿り着く。
 誰も居ない。
 神秘と荘厳。
 誓約を立てるに相応しい、水上の宮にて、鷲生は言葉を浮かべる。
「――嘗て。此の身を動かすのは遺された祈りだった」
 鼓動が脈打つことさえ、苦しかった。
 それでも、遺された祈りがあるのならばと鷲生は戦い続けた。
 生きて欲しい。零されたその声を抱き締め、応じ続けるように、戦いにを己に課し、身を投じ続けた。
 いいや、刀光剣影の場でのみ鷲生は呼吸が赦された気がした。
 刃と死が隣合わせ。そんな場所でのみ、胸に在る苦しさと灰から逃れられる気がしたのだ。
 遺された祈りは鷲生に傷ついて欲しくないと、判っているのに。
 胸の奥を何時までも、何度でも。鮮やかなる痛みで掻きむしり続けてしまうから。
 鷲生の情動と心臓は、そう続けてしまう。
 そうした果てに、この命が果ててしまえるなら、鷲生は其れで良いとさえ思ったのだ。
 懸命に、必死に、戦って生きたから。
 この剣は護る事は出来ずとも――確かに抗い続けたのだと。
 祈りを聞き届け続けた。
 遺された名残を、掻き集めながら。
 そんな生き様、どんな者でも長くは続かない筈なのに。
 全ては血と鋼に磨り潰され、摩耗していく。何時か見た花の美しさも、消え果てて。
 けれど。
「あの桜の下、終わる事も在り得た筈だった」
 ああ、けれど、そうはならなかった。
 己だけであったのならば、あの場で共に果てる事とてあっただろう。
「だが――」
 続いた者が、繋げた者が、いたからの差があった。
 それを倖せなのだと言い切れず、鷲生の声は割り切れぬ苦しみで震える。
 想いと信念に迷いはなくとも。
 心というものは簡単で、単純ではないのだ。
 誰の前でも揺れることのない鷲生であっても。
 ひとりきりの場でならば、ようやく心の底の蟠りを滲ませられる。

 それは、過去を洗い流す為に。
 決別と為して、次へと繋ぐ為に。

 だって。
「此の身は、今も託された祈りで生き長らえている」
 それは余りにも柔らかく、暖かいもの。
 この両腕で護りたいと、願い続ける儚きもの。
 されど。
 桜と共に散ってはやれぬのだと、鷲生の眦を決したもの。
「唯伴にと願う、ささやかな望みを果たす事を誓い」
 言葉と共に水垢離の為の水桶を手に取り。
 凍えるような水を被り、鷲生は心身を洗いて浄める。
 罪も穢れも。
 迷いも後悔も。
 水は果てへと流して消し去るのだから。
 余りにも冷たい水は、けれど、鷲生の声の暖かさまでは消し去れぬ。
「其の幸いを護る為に、己が意志で自ら生きるを選んだ」
 そう。鷲生は確かに選んだ。
 故にこれからの路往きは必ず違うものとなる。
 目を塞ぎ続けた過去を雪ごう。
 ひとつ、ひとつ。幸いを見守り、共に過ごす為に。
 違えられぬ約束を、今度こそ。
 凍るような水は、そう誓う鷲生の心の芯までを洗い流す。
 或いは、魂までをも。
 清められたその眼は、赤い隻眼はもう迷わない。
 苦しげな声色など、もはやひとつも立てるものか。
 引き摺り続けたそれは、この夜に全て洗い流したのだから。
 もはや、鷲生の心と想いに絡み付く過去はない。
 澄んだ眸は、緩やかに月を浮かばせる水面をようやく見つめて。
 何処かにあった、後ろ向きな感情など。
 知りたくはないという思いと共に、消え果てるから。
 ただひとつの願いをもって、神秘の湖を見つめる。
 願うと共に、叶えるのだと。
 この未来を映す水面へと、強き意思を込めて視線を落とす。
「伴に在り――」
 独りではなく。
 あの心と伴に。
「幸せに満ちた月輪の姿で在ればと願おう」
 ひとつたりとも欠けることのない姿を、未来を、希う。
 静まりかえっていた湖面が、ゆるりと震えて。
 浮かぶ月影の輪郭を、ゆるゆると揺らす。
 まるで、彼の幸福なる笑みのように。
 その横で、微かに笑う鷲生の姿。

 これが続くというのならば。
 どのような路往きも厭はない。
 
 幸いあれと、願いが唇より水の裡へと零れた。
 
 
 
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

杜鬼・クロウ
【赫月】和装
※自旅団の罅ぜた燿RP後
祝に怪我させた事と敵のUCで一度でも祝を忘れた事を猛省
祝が寂しがる原因に気付かず(普段なら察しがいいも視えてない
強引に前を向き体裁を整えるフリ
内心気まずい

水上の宮を散策

お誘い感謝だ
社から出て平気だったか
お前の番が心配しねェ?(揶揄う

距離を置く様に自然と足早に

あ…悪ィ
ココ、迷路みてェだな
…手ェ繋ぐ?

景色見た後、二人きりの場所へ

前に一度、水鏡で祝の本来の姿を見たよな
未来のお前は、アイツの隣に居られる祝になってる(確信

…なァ
怪我、もうイイのか(気遣いと遠慮がちに呟く
蟲?…(俺の所為か
結果的に良い転機なら不幸中の幸いだけどよ
ホントに体大丈夫か?

はふり…
ごめん
頭では分かってるンだ
避けてた、訳じゃねェケド…
俺が俺を赦せなくて
でも
お前にンな顔させるのは、オニーサン失格だわ(微苦笑

頬触れて”真っ直ぐ”視る
通常より小さく見えた姿

(水面に映る今と来年の己の貌は
俺らの未来は
如何様か)

祝って俺に視られるの好き?
愛されてンなァ(撫で

言い忘れてたが
メリークリスマス、祝

最後は元通り


葬・祝
【赫月】
怪我も痛みも慣れている
忘れられたのは、……我慢する
でも、視線が合わない
敵意や殺意は当たり前の人生だ
でも、それもなく真っ直ぐ見て来る眼差しはあの子以外では初めてで
あの日の視線は操られたが故の敵意と殺意
今は、視線が合わない
さみしい
上記の結果、無自覚に不安で悲しい
しょんぼり中

相手の傍ら置いて行かれがち
もう元気ですし、あの子は気にしませんよ
……クロウ、身長差の歩幅を考えてくださいな

手を繋いで二人きりの場所へ

当たり前です
そうなる為にこれからを生きるんですから
……ふふ、死者ですのに、ね

大丈夫、もうとっくに治りました
白燐蟲との縁に恵まれたので、魂の保護までばっちりですよ
この子たちが私を選んで共生関係になっただけです
其処に君は関係ないですよ、クロウ
もう大丈夫ですから謝らないで
……謝るくらいなら、今まで通りに
繋いだ手に縋るような力が篭もる

やっと視線が合った事に酷く安堵する
手を伸ばして、ぽす、と幼子のようにくっついた
……駄目ですよ、クロウ
君は、目を逸らしちゃいやです

……はい
メリークリスマス、クロウ



 こんなにも寒いのは、吐息が触れ合わないからなのか。
それとも、擦れ違う心のせいなのか。
 想いは離れに離れて。
 冷たたい風と共に、からん、からんとふたりの下駄が足音を響かせる。
 視線も、離れに離れて。
 巡り逢わないふたりの眸から、心へと冬の寒さは滲み込む。
 ふたりならば、暖かくとも。
 ふたりでいる、はずなのに。
――どうして。
 そんな呟きを、うっすらとした唇に乗せることは出来ずに。
 怜悧な白銀の眸を少し傾けて、歩き続けるのは葬・祝(   ・f27942)。
 真っ直ぐに向ければ、彼のと交わる筈なのに、そうできないし、そうならない。
 どうすればいいか判らないまま、祝は想いに刺さった棘を玩ぶ。
 怪我も、痛みも、慣れている。
 けれど、これは何だろう。
 傷ならば触れずに無視すれば、いい筈だけなのに。
 それでも胸の奥から抜けない何かを、祝は持て余して揺らすのだ。
 忘れられたのも、我慢しよう。
 ……ああ、出来るかどうかは置いても、大丈夫だと言い着せる。
 けれど、視線が合わない。
 真っ直ぐに向けられる、あの眼差しがないことに。
 さびしいのだと、祝は心に懐いて。
 揺れる不安に、冷たい悲しみに、影を宿しながら歩いている。
 祝の真白い繊手は、ほっそりとしたその指は、誰とも繋がらないまま、夜をふらりと泳いでしまう。 
 何時もならば、合わせてくれる筈の歩幅も、気付けば祝が急ぎ足にならなければ離れていくばかり。
 それでも、自ら声を、言葉を、向ける事は祝には出来ない儘で。
「……なァ、よ」
 ようやくかけられた、その男の声に。
 杜鬼・クロウ(風雲児・f04599)という義に篤く、信頼と安堵を向ける筈の存在の言葉に。
 祝は嬉しさを半分、悲しさを半分、抱くのだった。
 ああ。
 やはり何時もと違うのだと、少し視線を落としてしまって。
何時ものクロウなら、気付いてくれる筈なのにと。
 真っ直ぐに、想いを向けてくれるからクロウなのに。
 水上の宮に漂う風はひんやりと、ふたりの足下を撫でていく。
 さびしさを。かなしさを。
 何時ものクロウならば、気付いて、気遣っている筈なのに。
 こんな祝福の夜にもそれはない。
 やはりそんなものは自分に似合わないのかと、祝のしろがねの眸が微かに揺れて、揺れて。
「お誘い感謝だ」
 クロウの言葉は、半ば強引に前を向いたような強い声。
 でも、何時もの芯の確かさはないのだ。
 嘘のつけない男であるからこそ、自分の想いに反した事は出来はしない。
「社から出て平気だったか」
 内心の気まずさを誤魔化す空元気。
 そんなクロウは見たくないし、聴きたくないから。
「もう元気ですし、あの子は気にしませんよ」
 冷たくあしらうように語る祝。
 自分の口調に元気がないことが、余計に気まずさを呼んだとしても、どうすればいいのだろう。
 教えてくれるひとはいない。
 いいや、教えてくれるのがクロウの筈なのに。
 変わっていく、怖さを。
 それでも、嬉しさがあるということを。
 教えてくれたのは、クロウなのに。
「お前の番が心配しねェ?」
 揶揄うような声色を聴きたい訳じゃない。
 向けられたいのはもっと確かで、嬉しいものの筈なのだ。
 何時も真っ直ぐに、祝のこの胸にクロウから届けられたのは、とても暖かいだったから。
 答えを避けるように、早足になるクロウ。
 からん、からんと水面のしじまを蹴るその足音に、はふりは声をかける。
 そうしなければ、始まらないから。
「……クロウ、身長差の歩幅を考えてくださいな」
 こうしなければ、戻らないから。
 小さな悲鳴のような。
 或いは、か細い子供の願いのような声に、ようやくクロウは立ち止まる。
 はっとしたような。
 或いは、恐がるような。
 自分でも驚いたように揺れる、クロウの夕赤と青浅黄の双眸。
 それでも視線は絡み合わず、何処か逸らされた儘で。
 けれど、ようやくクロウの唇から、心の籠もった言葉が零れる。
 暖かな吐息をひとつ、挟んで。
「あ……悪ぃ」
 左右で色彩の異なるクロウの眸に浮かぶのは、痛みのいろ。
 どうしようもない傷を見てしまったかのように。
 自分が傷つくことは、決して怖れない筈なのに。
 そういう意味では、祝とクロウは似たもの同士。

――大切なひとが傷つくことを、とても怖れてしまっている。
 大切なひとが、自分の手で傷つくことを、とても畏れている――

 もう味わいたくないのだと。
 痛みに、怪我に、耐えることは簡単でも、傷付ける事はそうではない。
 寂しがるのは祝だけではなく、クロウもまた同じくだったのかもしれない。
「ココ、迷路みてェだな」
或いは、ひとのこころこそ、迷路なのかもしれない。
 祝にとって、ようやく本当の意味で学べた。けれど、確かな出口など判らないもの。
 だから。
「……手ェ繋ぐ?」
「ええ。……ええ」
 祝はこれからもクロウに手を差し伸ばして欲しい。
 繋いで、導いて、教えて欲しい。
 薄い声と共に、きゅっと差し出された手を握り締め、祝はそっと瞼を閉じた。
 さみしい、ままだけれど。
 変わり始めた気配を感じるから。
 きゅっ、ともう一度、強くクロウの手を握りしめる。
「迷ってしまっては、大変、ですから」
 もう一度、迷って擦れ違い、離れるなど嫌なのだと。
 からん、からんと。
 祝とクロウ。二人の下駄の音が並び往く。
 もう離れないと、速さも歩幅も合わせて。
 からん、からんと。
 水の宮を巡り往く。
 静かなる気配と、水面に浮かぶ月と星。
 見上げれば夜空にあるその輝きも美しくて。
 ほっと零れた吐息は、祝のものか、クロウのものか。
 静謐なまでに美しい夜を、歩き往きながら、自らの鼓動へと向き直る。
 そして、誰もいない場所へ。
 ふたりだけの場所へと、進んでいく。
 秘めたる想いを、水面に映すように。
 相手への想いは、確かにあるのだと伝える為に。
「前に一度、水鏡で祝の本来の姿を見たよな」
 昔を想い浮かべて、未来を映すという水面を眺めるクロウ。
 小さな祝の手を、ぎゅっと強く握り締めながら言葉を紡ぐ。
「未来のお前は、アイツの隣に居られる祝になってる」
 それだけは信じているのだと、夕赤と青浅黄の眸が揺れるのを止めて、声に出した。
 夜の静寂は優しく、クロウの言葉を受け止めて。
 それよりなお静かに、柔らかな声で祝は応じる。
「当たり前です」
 ゆるりと水面に近づいて。
 そこにある月へと、白い繊手を伸ばす祝。
「そうなる為にこれからを生きるんですから」
 そうやって望みに手を伸ばすようにしながら。
 緩やかな旋律で、鈴が鳴るような笑みを零していく。
「……ふふ、死者ですのに、ね」
「可笑しい事じゃねェよ。それこそ、はふりなら当たり前だ」
 強い口調で言い切るクロウに、おやと首を傾げてみせる祝。
「言いましたね。確かめて貰わなければいけません、ね。まずは、歩幅を合わせて頂く所から、でしょうか」
 ようやく楽しげな声色で、寂しさと不安を拭い去る祝。
 もう大丈夫だというように。
 きっと、全てはこれから元のように、上手くなるのだと。
「信じて、いますよ」
 その硝子めいた儚げな貌を見て、きゅっと瞼を瞑ったクロウが、苦しげに声を落とした。
「…なァ」
 気遣いと遠慮と。
 そして、それを混ぜるしかできない自分への苦さを含めて。
「怪我、もうイイのか」
 返ってくるのは揺れるクロウの声色を撫でてなだめるような、祝の優しい声。
「大丈夫、もうとっくに治りました」
 祝はひらり、ゆらりと掲げた手のひらを月光に透かしてみせながら。
 今、この身にある新しい絆を囁く。
「白燐蟲との縁に恵まれたので、魂の保護までばっちりですよ」
「……蟲?」
 自分のせいかと、言葉を詰まらせてしまうクロウに、やはり穏やかに声をかける祝。
「この子たちが私を選んで共生関係になっただけです」
 ある意味では、神とそれに連なる眷属のように。
 祝と共に白燐蟲はあるだけ。
「其処に君は関係ないですよ、クロウ」
「結果的に良い転機なら不幸中の幸いだけどよ」
 祝のほっそりとした身体を。
 触れれば折れてしまいそうな、その儚げな容姿を。
 透けるほどに白い肌を、クロウは見つめて。
「ホントに体、大丈夫か?」
 気遣うつもりで言ったクロウの言葉は、あまりにも重かった。
 クロウ自身が自分でも驚く程に静寂に響き渡る、切実さと罪悪感。
 どう隠そうとしても、出来はしないもの。
 ふと。
 胸の奥から湧き上がるのは、その身体が血の赤さで染まり、横たわる祝の姿。
 クロウが、傷付けたのだ。
 たとえ操られていたとしても、その事実は変わらない。
「はふり……」
 だって、手を握る祝という存在は大切だから。
 喪いたくないのだと、儚いその姿を見れば思ってしまうから。
 でも、傷付けた。
 クロウはその手で、傷付けてしまったのだ。
 それは自らの意思ではなかったとしても。
 今まで祝を害し、その心に疵と翳りを作った者たち。
 祝に疵を刻んだ事を、武勇伝として騙る者たちの影を感じて。
 そんな者達と同じように見られるのが、とても怖くて。
「ごめん。頭では分かってるンだ」
 そんな事はないと祝はいってくれるだろう。
 クロウにとっての災厄ではありたくないのだと、笑ってくれる。
 苦しまなくていいのだと、赦してくれたとしても。
「避けてた、訳じゃねェケド……俺が、俺を赦せなくて」
 災厄なら矢を射かけ、切っ先で斬り裂いていいのか。
 赦されるならば、傷付ける事を躊躇わずにしていいというのだろうか。
 いいや、違う。違う筈なのだ。
 胸から湧き上がる、熱くてどす黒い何か。
 それを堪える事が出来ず、けれど、言葉に出来ず。
 何かを言おうとしたクロウの唇に、そっと、祝の細い指が当てられる。
「もう大丈夫ですから謝らないで」
 そんな事は求めていないから。
 クロウに願うものは、もっと大事なことだから。
 ふわりと。
 祝は触れれば溶ける粉雪のような、微笑みを浮かべて。
「……謝るくらいなら、今まで通りに」
だというのに、繋いだ祝の手には縋るような力が籠もる。
 これを叶えて欲しい。
 今まで通りに、幸せとこころを教えて欲しい。
 視線を、合わせて。
 吐息と言葉を、織りなして。
 知らない明日を、未来を、綾なして欲しいのだ。

 この名も知らぬ水神の湖にではなく。
 クロウの双眸にこそ、未来は映して欲しい。

 そんな願いをかけられたクロウは言葉に詰まりながも。
「ああ、でも」
 それでも確かに、続けるのだ。
「お前にンな顔させるのは、オニーサン失格だわ」
「……? 私、笑って、いませんか?」
「寂しそうに笑ってンだよ。儚げに笑っても、そりャ違うだろ。泣いてンのを我慢してる顔だ」
「そう、ですか」
 でも泣いてもいいのかもしれない。
 泣かせたというのなら、確かにクロウはお兄さんとして失格だとしても。
 間違いぐらい、一度や二度あって当然だから。
 それを取り返して、それ以上の幸せをくれる人が、クロウという男だから。
 伸びた男の手は祝の白い頬に触れて撫で。
 ゆっくりと上を向かせる。
 何時もより小さく見えたその姿。
 何時もより儚く、そして、確かに泣きそうなその白銀の寂しげな眸。
 傷付けられたと、嘆いている訳ではない。
 その事実と過去を、クロウは背負っていくだろうけれど。
 今は夕赤と、青浅黄。異なる色彩と、確かな気持ちを込めた双眸で、しっかりと見つめるのだ。
 災厄だった存在に、今はそうではないのだと。
 神鏡たるものとして、確かに映し出す。
 此処にいるのはこれから幸せになるべき、ひとなのだと。
「悪ィな。もう、目を逸らさねェって約束するからよ」
 そうして、ほろりと。
 祝の白銀の眸から、雪が溶けて揺れるように何かが零れた。
 ようやく視線があったのだと、祝の心は酷い安堵に満たされるのだ。
 身を任せてしまいたい。
「はふり。これからは、お前が傷つくことが『普通』じゃねェって。この眸に映すから。それを見てくれ。俺の眸を、信じてくれねェか?」
 そうまで言われたのなら、どうしようもない。
「信じる、為に。……視線を、もう、逸らさないで、くださいね」
 緩やかに祝の手が伸びて、クロウを掴む。
 ぽすっと軽い幼子が抱きつくように、傍に寄り添って。
 擦れ違うことは、もうないのだと。
 こうして触れ合っているのだと、肌で感じながら。
「……駄目ですよ、クロウ」
 震える、小さな声で。
 祈るように言葉を重ねる祝。
「君は、目を逸らしちゃいやです」
 その願いばかりは、どうか、どうか。
 クロウの心臓にまで結びたいと、祝は彼の左胸に吐息を零す。
「はふりって俺に視られるの好き?」
 そんな祝の艶やかな黒髪を撫でながら、優しく、それでいて揶揄うように。
 泣かないでいいように、笑ってくれとクロウは告げるから、祝も震える声で返す。
「目を逸らしてはダメなだけです。……そうしない、ひとでした。そうし続けて欲しいというのは……すき、という事、でしょうか?」
「愛されてンなァ」
 くつくつと喉の奥で笑いながら、祝の髪を優しく、柔らかく撫でるクロウ。
 そんなふたりの姿は水面に映る。
 水神の祝福を受けたこの湖。浮かびしは今なれど。
 来年もその貌で、その表情でいられるのか。
 伴にあれる未来が、映っているのか。
 如何様かと、問い掛けたくなっても。
「……目、逸らたらダメなンだろ?」
 未来という幻を映す水面ではなく。
 今、自らの懐にいる祝だけに視線を注ぐクロウ。
 不確かな水鏡に願うことはない。
 全てを選び、掴み、握って進むだけなのだから。
 道を譲らぬと決めた以上、ただ、より強い覚悟を鼓動に落とし込んで。
 懐いて背負うのは自分だけではないと、クロウはより想いを定めて。
「言い忘れてたが……メリークリスマス、祝」
 笑いかければ、雪解けのように。
 優しく、ふわりとした祝の声と眸が応える。
「……はい。メリークリスマス、クロウ」
 全ては元通り。
 こうして、次なる道へと続く筈。
 こんなに寒いのに、雪が降らないのはどうしてだろう。
 それは、夜空が月と星の光彩ででふたりを照らす為なのかしもれない。
迷路のような想いを抜けて。
 静かなるときに、鼓動を感じて。
 風が冷たいからこそ、暖かなものに縋り付くように伸びていく。


 けれど。
 願うものに、その心はもう触れているのだから。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

アネット・レインフォール
▽御旗に集いし果てぬ友―幕間―

▼軌
ああ、呼び出して悪いな。
件の勇者達の件、おかげで順調なんだが
まだ量が残っていてな。
…来れるか?何かスイーツぐらいは奢るぞ。

――ふと、考える時がある。

やりたい事、やるべき事、出来る事は誰もが違う。
考え過ぎる俺の悪い癖だが…
彼らはどう折り合いを付けたのだろうと。

…まあ、何だ。
文字に収められない所も出てきそうだな

▼跡
カフェか談話室にて群竜大陸の勇者達の足跡を
リゼに手伝って貰いつつ纏めよう

―剣士はこんな所か。
次は長槍を持つ女性の話だな。彼女曰く―

会話や執筆速度に注意しつつ
彼女の集中・疲労度にも配慮しよう

(外を一瞥し)
…いや、クリスマスに何しているんだとは俺も思うが(苦笑
『信を尽くす』と言う程でも無いが
やれる時に少しでも多く残しておきたいからな。

一応、ロマンチックな夜ではある…のか?
意味合いが伝承や冒険なのは申し訳ないが(笑

とは言え、根を詰め過ぎるのもな?
趣のある場だし、適当な所で休憩を入れよう。
手伝って貰ってるしリクエストは自由にな

PC・採用・試行錯誤等は自由に



 語られる物語には意味がある。
 いいや、願いが込められているというべきなのだろう。
 色褪せることもなければ、終わるということもない。 
 伝わり、響き、読んだ者の胸の中にこそ浮かび上がるから。

――冒険に、終わりはないのだ。

「ああ、呼び出して悪いな」
 呼びかけるのは黒い姿の青年。
 寒さなど気にしないような真っ直ぐに伸びる姿と、声。
 アネット・レインフォール(剣の異邦人・f01254)が語りかける。
「件の勇者の件、おかげで順調なんだが……まだ量があってな」
 それでもひとりで出来ることには限りが有る。
 ましてや何時も事件へと出かけて、戦うアネットであるのならばなおのこと。
 ひとりの剣では出来る事が限られている。
 それを痛感する身だからこそ、誰かを頼れるのだ。
「……手伝ってくれるか? スイーツぐらいは、奢るぞ」
 そう呼びかける相手は、リゼ。
 鮮やかな赤を纏う少女は、ひとつ息を零す。
「それなら、世界を間違えたのかしら。群竜大陸の勇者の話なら、きっとあちらの世界でやるべきよね」
「それでも、来てくれたという事は異論はない。だろ?」
「さて、どうかしら」
 他愛のない言葉を交わしながら、アネットの向かい合わせの長椅子に座るリゼ。
「……義、瑠璃の旗。ね、それだけ言えば、まるでルーツはサムライエンパイヤよね」
「ほう?」
 リゼの言葉に興味を抱いたように、漆黒の瞳を瞬かせるアネット。
「信頼に、義。仁と義は隣あわせで、己を顧みず忠を尽くす……五徳の考えに、とても近い気がするわ。あるいは、八徳の八犬士」
「つまり、あの義勇団にはサムライエンパイアとの繋がりが、他の世界との何かしらの縁があったかもしれないと?」
「かもしれないわね。アネットが、そうであるように」
 微かに笑うリゼに、アネットは深く頷いて考え込む。
 そうしてふと、浮かぶのは迷い事。
 考えても仕方ないと判りつつも、どうしても明確な終わりが見えず、アネットは悩んで、考えてしまう。

――ふと、考える時がある。

 それは明確な解答などありはしないと判っているのに。
 アネットの心をゆっくりと掻き乱すものだった。
 やりたい事、やるべき事、出来る事は誰もが違う。
 為したいと思い描く夢がある。
 それは冒険の果てにある栄光か。
 闘争の先にある強さか。
だからこそ、やるべき事はどうしようもなく路の先に転がっていて。
 それを越えられるかどうかも、また違うのだ。 
 ひとりで全てを越えて往く天才がいる。
 どうしようもなく、やるべき事を果たせない者も。
 或いは。
 誰かと共になら、翼を得たように空を翔るものだって。
「彼らはどう折り合いを付けたのだろう」
 そう呟くアネット。
 勇者として。或いは、義勇軍として。
 自らが持つ個性。或いは才能と。
 自分には出来ず、けれど、誰かの為にと殉じた彼らは。
 誰かの為にと、最期まで戦い続けた彼らは、その生き方としてどう織り合いをつけられのだろうと。
 言葉にしてしまうのだ。
 しなければ、胸の中で渦巻き続けてしまうから。
「……まあ、何だ」
両手を広げて肩を竦めてみせるアネット。
 敵がいて、それを斬ればいいという単純なだけの世界ではないから。
 長く続く、冒険とはそういうものだから。
「文字に収められない所も出てきそうだな、ってな」
「それもそうね……或いは、収めないからこそ、ぼかすからこそ、どうして……と考えてくれるかもしれないわね」
 考えてくれる限り。 
 その心に、あの義勇軍のひとりひとりがいる限り。
 義の瑠璃の御旗が消え果てる事など、ないのだろう。
「――剣士はこんな所か」
 雪はないとはいえ、寒い夜。
 筆だけではなく、談笑も耐えることがないようにとアネットは気を配りながら。
「次は長槍を持つ女性の話だな。彼女曰く――」
途切れる事のないように。
 物語として装飾して綴るリゼが疲れ過ぎないように。
 教師としてもアネットは、様子を伺いながら。
「ああ」
 けれど、外を一瞥して溜息を零してしまう。
 クリスマスという文化、意識の薄いこの国。この世界だとしても。
 祝いの祭り。
 水神を奉る湖では、明るい声が行き交っている。
「……いや、クリスマスに何しているんだとは俺も思うが」
「…………」
 苦笑するアネットに、するりと流し目を寄越すリゼ。
 それでも理由があるのでしょうと、伺うようだったからこそ、アネットは静かに続けた。
「『信を尽くす』と言う程でも無いが」
 だとしても、今を生きるのがアネットなのだから。
 これから先を旅して、物語を綴っていくのがアネットだからこそ。
「やれる時に少しでも多く残しておきたいからな。怠慢や、誤魔化しはしたくないんだ。彼らの事を」
 そう、と短く答えるリゼに。
 暖かな飲み物をそっと差し出して、続けるアネット。
「一応、ロマンチックな夜ではある……のか?」
 意味合いが伝承や冒険なのは申し訳ないがと笑うアネットに、リゼは穏やかな声を向けた。
「さて、どうかしら。敬虔な信者ほど、その信仰が篤いほど、ロマンスよりも祈ることに重点をおくと思うわ」
 くすりと微笑むリゼに、アネット困ったように応じる。
 ならば、今のアネットはロマンスや信仰よりも、過去の物語を大事にしているのだから。
 いいや。
「大事に……したいのか。俺は」
 折り合いをつけて。
 出来ることを、懸命に、必死に果たした彼らの事を。
 これから先も必ずと、応えてみせたいのだ。
 それが、聖なる夜にアネットの願うこと。
 彼らの信念と想いが、優しく強い心が、途絶えることなどないのだと。
「とは言え、根を詰め過ぎるのもな?」
「それもそうね。綺麗な夜景を眺められないのは、残念だもの」 
「趣のある場だし、適当な所で休憩を入れよう」
 背伸びをするアネットが周囲を見渡せば、だいぶ夜も深い。
「手伝って貰ってるしリクエストは自由にな」
 人々の行き交う、賑やかな出店へとアネットは歩き出す。
 そこにある温もりと声と。
 終わらない人々の営みを共なって。
「ああ」
 こういう、他愛のないものの為に。
 アネットも、あの瑠璃色の旗の下に集った義勇たちも。
 命をかけ、矜持を通して、戦ったのだと。
 それだけは迷うことも、考えることも、必要なく信じられた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

月白・雪音
…来年の己を映す水面。水神の加護を宿す霊験灼かな湖とあらば、
そのような謂れを有するも頷けるというものです。
聖夜の祝いとはまた違った趣の祭事、暫し興じると致しましょう。

そうですね、1人でも十分に楽しむことは叶いましょうが…、
平素よりグリモアの予知、戦地への案内で世話になるばかりの秋穂様に同行を願わせて頂きましょう。

…グリモアを有する猟兵は戦へ赴くのみならず、その地で起こる事象の予知を担う。
通常の猟兵以上に「死」を目の当たりにする立場です。
予知の内にて『観る』負担は小さなものでは無いでしょう。
…常々、感謝しております。貴女がたが居て下さるが故に、私共は守るべき命に手を伸ばす事が叶いますれば。


回廊を練り歩くも一興ですが、見れば湖畔には出店が並んでいる様子。
此度の祭りに因んだ甘味など売られているやもしれません。
平素の礼も兼ねて費用は私が出しましょう。
えぇ、私の方が少しばかりお姉さんですゆえ。

私の姿は、水面にはどう映るでしょうか。
鬼が気兼ねなく涙を浮かべ笑えるような、そんな年を願いたいものですね。



 冷たい静けさでこそ、美しき真白の姿。
 雪のように白い髪。透き通るような肌。
 粉雪の精と呼ばれれば、納得してしまいそうな。
 けれど、凜と佇む姿は余りにも真っ直ぐで。
 何処か夜空に浮かぶ、凍て付いた月を思われるのだ。
「……来年の己を映す水面」
 流れる声もまた氷で紡がれた鈴の音のよう。
 情動乏しく。されど、落ち着いた雅さを匂わせる。
 それが月白・雪音(月輪氷華・f29413)。
 何処であれ、何時であれ、揺るがぬ少女の姿。
 それは確かに、とても月に似ている。
 紅い双眸をするりと流して、言葉を続ける。
「水神の加護を宿す霊験灼かな湖とあらば」
 視線の先にあるのは、神秘的でさえある静謐なる湖面。
 確かに神が眠ると言われれば納得してしまう。
 ましてや雪音の唇から紡がれるならば、なおのこと。
「未来を映す――そのような謂れを有するも頷けるというものです」
 いわば時を映す水鏡。
 何ら不思議ではないのだと、雪音は続けて。
 この日、この時。聖夜の祝いとはまた違った趣の祭事に、暫し興じよう。
 磨き上げた武も拳も、今はほどいて。
 冬の夜にて舞う、ただの雪花として。
 微笑むことは上手くできず、感情のいろを眸に映すことも出来ないけれど。
 確かに心は此処に在るのだから。
「そうですね、ひとりでも十分に楽しむことは叶いましょうが……」
 ただひとりの静けさより、折角ならばと。
 雪音が呼び立てたのは、秋穂・紗織。
 平時では戦地の予兆にて世話になるばかり。
 ならば、折角のこの夜に幾つか言の葉を交わしてみよう。
「同行、感謝致します」
 冬の夜に相応しい、静かなる雪音の声に。 
「いえいえ、私とて楽しみたいものですから」
 季節が置き忘れた秋風のように、透明でふわりとした声色で応える秋穂。
 情緒の表れの乏しい雪音と違い、柔らかな微笑みを浮かべて。
 冬の雪月と、秋の風花。
 伴いて、からんからんと、下駄を鳴らして先へと、先へと進む。
 数多の提灯を釣るす暖かな出店の賑わいと、灯りの通りへと。
 ならばと。
 雪音はひっそりとに、言葉を紡いだ。
「何時か、お礼をと思っていたのです」
 喧騒の中に入れば、掻き消えてしまいそうな雪音の声。
 だが、確かに秋穂へと届いて、その小首を傾げさせる。
「………グリモアを有する猟兵は戦へ赴くのみならず、その地で起こる事象の予知を担う」
それは戦を、引き起こされる悲劇と惨劇を見つ続けるということ。
 せめてをと救おうとして流れる血を見つめ、響く悲鳴を聞き届ける。
 或いは、もはや救えぬと判りきった存在を。
 これより先を、過去に蝕まれぬ為に。
「通常の猟兵以上に『死』を目の当たりにする立場です」
 その心と精神にかかる負担は如何に。
 戦場ならば律する意思と、矜持があろう。
 せめての道理もまたあるだろう。
 だが、『観る』ということは、苦痛と共にあるということ。
「予知の内にて『観る』負担は小さなものでは無いでしょう」
 自らの拳で、それを阻止するわけでもなく。
 ただ信じて、送り出す為に、ひとつ余さず『観て』、『告げる』。
 そうやって祈りのように託され、戦うのが雪音だからこそ。
「それでも、続けられることに……常々、感謝しております」
しずしずと頭を下げる。
 胸の裡にある感情を、雪音は声色で伝えにくく、表情は動かし方さえ判らないから。
 せめて、せめて言葉だけは惜しむことなく尽くそうと。
「貴女がたが居て下さるが故に、私共は守るべき命に手を伸ばす事が叶いますれば」
 かえってくるのは、柔らかな微笑み。
 雪音とは正反対な優しげな声色で、けれど、同じく礼節と今までの感情を込めて。
「それは私こそです。私では届かぬ命に、心に。触れて、救って。そして、もはや終わった存在にも慈しむように」
 けれど、との言葉と共に踵を返して振り返り、雪音を真っ正面から見つめる秋穂。
「けれど凜然と、果断を下していく。そういう姿には憧れもするのですから。感謝が尽きず、信頼があるから、私もまた『観る』ということが出来るのです。――これは起きぬ悲劇であると」
「左様に信じて頂けるなせば」
「ええ。私の言葉を信じて頂けるならば」
 雪音が見上げるは、凍えたように冷たく白い月。
「かの月も。また別の世界の月も。曇ることも、蝕まれることもないのでしょう」
「そのようにしてくださると、信じておりますから」
 柔らかな視線を雪音の紅い眸に向けて。
 ぺこりとお辞儀をする秋穂。
 どちらも自らの戦の事を告げながら。
 そこに在る翳りを匂わせることなく、ただ共に感謝を。
 立つ戦場こそ違えど、戦友のように。
 雪と花。在る季節は違えれど。
「さて、ならばこそ――今宵は楽しみましょう。どれ、漂う甘い匂いが素晴らしく、これに胸躍らせるは乙女というもの」
「そうですね。この国の甘味は、優しいものですから」
「ましてや、この祭事にまつわるものなれば、記憶に一際、素晴らしく感じ入るものでしょう」
 ふわふわと笑う秋穂に対して、何処までも真っ直ぐに告げる雪音。
 少し浮かれたような調子に、自ら手を引くように前へと出て。
「平素の礼も兼ねて費用は私が出しましょう」
 からん、と静かに下駄を鳴らして進む。
「本当ですか? それはとても嬉しいですが」
 からんっ、と軽やかな下駄の音が続いて。
「えぇ、私の方が少しばかりお姉さんですゆえ」
 少し胸を張って告げる雪音に、そうでしたね、と目を細めて応える秋穂。
 静かで穏やかに、流れるひととき。
 あちらの出店は甘いか。
 こちらの飴はもっと甘いよ。
 まるで蛍を誘うように、右から左に、鮮やかな菓子のいろがある。
 白い雪のような綿飴。
 林檎のように紅く、濡れた艶を見せる林檎飴。
 どれがいいでしょうと呟く秋穂は、何処か子犬のように軽やな足取り。
 そうやって秋穂が選びに選び、迷っている最中に。
 雪音の紅の眸は、つぅ、と湖へと向かう。
 さて。どのようなものが映るというのだろうか。
 興味がないとはいえず、僅かに心が引き寄せられて。
「私の姿は――」
 来年を映すという、その湖にて。
「――水面にはどう映るでしょうか」
 水鏡。或いは、水みくじに問い掛けるように。
「鬼が気兼ねなく涙を浮かべ、笑えるような」
 願いをかける、雪音。
 小さく、小さく。
 傍にいなければ気付かぬほど、微笑んで。
「そんな年を願いたいものですね」
 きっと。
 泣いたぶんだけ、幸せになれる。
 涙の数より、微笑みがある。そんな年になる。
 誰かの柔らかな声がそう応えた気がして。
 雪音はゆるやかに、瞼を瞑る。
 夢を思い描き、胸に描いた夜景の湖面に、それを浮かべるように。
 この聖なる祝いの夜ならば。
 誰もそれを責めはしないのだから。
 冷たい風もまた、想いを祝福するようにするりと流れていった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

トリテレイア・ゼロナイン
【古城】

「全ての毒と棘のご用意を。黒薔薇を摘みに参ります」

離れた場所へ呼び出し
OLで電脳剣を無理矢理掌握
剣に眠る設計図
未完の兵器
御伽愛した創造主の憎悪の形
騎士に討たれるべき邪竜型大型兵器に

私の到達点にして真の姿
結局、私は騎士を模倣する戦闘機械なのでしょう

ですが、貴女に並び立つ証明の為に
参ります!

毒液をEPDから放つ素粒子干渉光線で無害な花びらに変換
剣、盾、爪牙に尾
あらゆる手段で激突

戦闘中
融解構わず
黒竜の毒吐く唇奪い不意を突き

…私の勝ちですね

騎士に焦がれた狂った機械故
「口」あらば真似をしたかったのです
愛伝えるヒトの仕草を


騎士は邪竜を討たねばなりませんが
同じ竜ならば
その力を抑え、善き方へ導き
番として共に在れます

その罪を生涯許しません
善と悪為せる貴女の全てと、好奇に輝くその瞳を愛しています

私の伴侶となって頂きたい 
『フォルター』

9つの竜の首に口づけし…



いえ…見惚れてしまいました
…敵いませんね、貴女には

御伽噺で攫った姫君に竜が為す事はお判りですね
ええ、至宝を愛でますとも

さあ、掴まって

六枚翼広げ


フォルター・ユングフラウ
【古城】

“摘まれに来てやった”が…何をするかと思えば、そういう事か
相変わらずやる事が回りくどいが、その心意気や良し
我等らしく過ごそうではないか

白銀の機竜とは、我の真の姿と対照的よな
毒を打ち消し、あまつさえ花弁に変えるとは…ふふっ、粋とは何たるかを理解したか
では、心置き無く暴れ─

──ッ!?
な、なにを……、正気か?
いや、狂っているとは散々聞いていたが、まさかこれ程とは…
…くくっ、はははっ!
9つの唇を、しかも邪竜のそれを奪うとは強欲にも程があるぞ?
しかし、我の─いや、私の伴侶であれば
その強欲も相応しい、のかもしれぬな?

…どうした、何を驚く?
奇天烈な攻撃で私を揺さぶり、鱗を剥いだのは汝であろう?
人に戻れば服は当然失っているのでな、魔力でこれを─この、白いドレスを繕ってみたという事よ
知っているか、9本の白薔薇の花言葉を
至宝を愛でながら、考えてみると良い

空舞う白銀と、寄り添う白薔薇
水面に映る姿が御伽噺だとしても、構うものか
御伽噺の騎士を目指す者がいるならば、御伽噺の姫を目指してみても罰は当たるまい?



 白き御伽の騎士は、歌劇の如く告げる。
 今だけは。
 今宵だけは、本物の騎士であろうとして。
 戦機たる鋼の身は、冬の寒さを理解できずとも。

「全ての毒と棘のご用意を。黒薔薇を摘みに参ります」

 麗しの黒薔薇を。
 その温もりを求める心はあるのだと、示すが為に。
こうも愚直。何かを模さねば確かなるものと伝えられない。
 だが、故に清冽。これこそがトリテレイア・ゼロナイン(「誰かの為」の機械騎士・f04141)。
 模倣なれど、そこに宿る想いは確か。
 むしろ、真贋を問うより純度は高い。
「ああ、成る程な。今宵か」
 だが、摘むと言われてそうかと応えないのが漆黒の淑女たる、フォルター・ユングフラウ(嗜虐の女帝・f07891)。
 求められて、はい、どうぞ。
 そんな純情な娘ではないのだ。
 欲しいのならば、棘に傷つきながらも奪ってみせよ。
傷の痛みにも、毒の苦しみも、貴女の為なら。
 それでこそ、捧げられる恋慕として正しいのだから。

――ああ、その方が夢見がちな乙女かもしれないが。

 胸にひっそりと、それは秘めるフォルター。
 夢見がちなのは、お前に影響されたせいだと、更なる棘を増やしながら。
「“摘まれに来てやった”ぞ」
 誰もいない、静寂と冷たいが満ちる湖畔の傍にて。
 フォルターとトリテレイアは白銀の月を証人として、伴に並ぶ。
 元よりフォルターも真っ当な事にはならないと判っている。
 黒薔薇を摘むという、求愛の仕草になどなりはしない。
 おおよそ常人では判らず理解できぬ、交わらず並び立たぬ白と黒の関係性。
 だが、トリテレイアはついに奪うといっているのだ。
 彼なりの応えを用意して。
 棘と毒を奪い、光へと導いてみせるのだと。
 故に。
「ええ、フォルター様。騎士としてではなく、ひとりの男として」
 恥ずべき行為かもしれない。
 誰かの為という誇りを捨てることかれしない。
 それでもと超克の力を奮わせ、手にした電脳剣を地面へと突き刺すトリテレイア。
 薔薇を奪うかのように、無理にその剣に眠る力を掌握して。
「貴女に、私を殺させはしません」
 かつの約束を反故に。
 いいや、この夜にて越えるのだと、眠る設計図を呼び覚ます。
 まずは、かつての。
 あの約束をした己を越えねば。
どのように道を示すかも出来ないだろうから。

――貴女が闇に墜ちるならば、殺めてでも。
 その時に討たれたとしても、相打とうとも悔いなどないと――

 今なら違う。
 そんな悲劇はご免だと、トリテレイアの純白の装甲に罅が入る。
 呼び起こす貌は、未完の兵器。
 御伽愛した創造主の憎悪を注ぐ器。
 誠の騎士に討たれるべき、巨大なる邪竜の姿へと。
 けれど。
 彼は変わる。
 彼は変わったのだから。
 今ならば違うものになれる筈だと、押しつけられたトリカブトの毒と呪いを押し返す。
「何をするかと思えば……そういう事か」
 全く、風邪でも引いたらどうすのだと。
 月を背に傲然と立つフォルターを中心に、呪詛の毒が脈打つ。 
「相変わらずやる事が回りくどいが、その心意気や良し」
 これは彼女が抱くもの。
 過去より引き摺り、分かてぬ血脈の業。
「ああ、そうだ。我等らしく過ごそうではないか」
 熱を帯びた声は、漆黒の闇にいた淑女が零す変貌への福音。
 白銀の機竜へと転ずるトリテレイアに、フォルターが愛しいのだと叫ぶ。
 なんとも。真の姿さえこうも対照的なのかと。
「私の到達点にして真の姿」
 例え、その機竜の姿が憎悪の器であったとしても。
今、ここで注がれるのは誠実なるトリテレイアという存在なのだから。
「結局、私は騎士を模倣する戦闘機械なのでしょう」
 愛しく、哀しく、滲む心の底より。
 互いに感じ入るからこそ、踏み越えねばならないのだと。
「ですが、貴女に並び立つ証明の為に」
 鋼鉄の鼓動。激震の予感。
 それを携え、白銀の機竜が翼を広げる。
「参ります!」
 真っ直ぐに突き進む姿は、灯りの乏しい夜闇でなお眩しく。
 だからこそ、これを憶えるのだとフォルターの瞳が爛々と紅く輝いて。
 フォルターの懐く愛憎とはかくやと、ヒュドラが九つの首で叫ぶ。
「過去に縛られ続けた貴様では、私の棘を奪うには足りん」
 だが、私の愛は毒でもある。
 知っていよう。私の故郷がどうなったか。
 鮮血を注がれた花は、未だに呪詛を纏い続ける故に。
 フォルターもまた、毒血のヒュドラへと変じながら想念を言葉に紡ぎ直すのだ。
「足りなくば、壊れて果てよ。あの時の約定通り」
 加減などしてやるものか。
 それに耐えるお前だと、越える騎士であると信じるからこそ。
「愛故に擦れ違い、誤りて」
 吼え猛るて舞い散るはヒュドラの呪詛の毒。
 呪血を迸らせる姿は、けれど、何処か嘆く少女のようで。
「殺めて繰り返す悲劇の世界が叫ぶ呪詛、今、此処で越えて往け!」
 どうしてだろう。
 私はその術を知らないから、助けてと叫ぶように見えたのは。
 そういう魂を、トリテレイアの存在しない眸が捉えた気がしたのは、ただの傲慢だろうか。
「無論。かつて、に縛られたまま――貴女の横に並び立てるとは思っておりません。繰り返す悲劇の叫びへの応え、ご覧にいれましょう!」
 トリテレイアのみならず、周囲へと撒き散らされる毒血たち。
 それが落ちれば、この美しい湖を穢すだろう。
 清き水鏡は濁りて、未来を映すことを奪うだろう。

 そうやって、悲劇は巡る。
 ならばこそ。

 トリテレイアの六つの翼がはためき、儚き光を流す。
 周囲一帯へと巡らせるは素粒子に干渉するレーザー。触れた邪血を無害な花びらに変えながら、周囲へはまるでまるで流星雨が降り注いだような美しさを漂わせる。
「ほう」
「憎悪で濁った心に、美しい花を」
 トリテレイアという機竜が空を舞い、続けて光と花が踊る。
「迷い嘆く魂に、導きの光を」
「くっ…くくっ」
 毒を打ち消し、あまつさえ花びらに変えるとは。
「粋というものを理解したか――情を知るがゆえに、心の求むものを得たか」
 少なくとも、フォルターの瞳は瞬間、憎悪と殺戮を忘れて花と流れ星の如き光に見惚れたのだと、確かに認めて。
「ならばこそ、存分に暴れさせて貰おう!」
 それでも尽きせぬ嗜虐の愉悦。
 お前ならば傷つきながらも越えるだろう。
 美しい湖が乱れて汚れて悲しんでも、それをなんとかするだろう。
 それを見せて欲しいのだと、ヒュドラの首が、牙が、爪が尾が乱れ狂おうとする。
 そうい形でしか情動を現せないのがフォルターという鮮血の乙女なのだから。
 だが、そんな過ちをもはやトリテレイアはさせはない。
 擦れ違いて殺め、悲劇を繰り返す世界の嘆き。
 自らの周囲を壊して続けてしまう、呪いと憎悪を背負う負の連鎖。
 この身を賭して止めるのだと、自らフォルターの爪に、牙に激突して止めてみせる。
 周囲の地面。樹木の一本、倒させはしない。
「フォルター様。あなたに、何かを壊させ、殺めさなどもはやさせません」
 その為の力があるのだと、幾度となく装甲の破損と自己再生を繰り返すトリテレイア。
 ただ自滅に向かうのではない。
 希望があり、伴にそこへと行こうとするから。
 かつてのように、壊れた身の欠片を捧げるなどトリテレイアはしないのだ。
 涙で黒薔薇を濡らしてなるものかと。
「そして、これが応えです。フォルター様」
 さらに越えて、かつての誓いを越えねばならないから。
 トリテレイアは口より零れる毒血を怖れることなく、身と装甲が融解してなお。
 戦いの最中、フォルターの唇に己のそれを触れ合わせる。
「──ッ!? な、なにを……、正気か?」
 溶けて泡立つトリテレイアの装甲。
 腐り落ちながら、同時に素粒子に干渉して再び疵などなき身へ。
「勿論、私の正気とやらは信じられませんが――酔狂や迷いではありません」
 故に、戦闘の最中に毒を吐くヒュドラの九つの首に、その唇に。
 ひとつずつ。
 傷つけど、癒やしながら。
 フォルターの毒も、呪詛も、昏い愉悦も受け止めて、光に導くように。
 自らの唇を重ねていくのだ。
「……私の勝ちですね?」
 とても正気とは思えない。
 ああ、そのような謂われはフォルターは幾度となく聴いたし、傍にいた。だが、それを向けられるとなれば。
 愛するものに正気などない。
 そんな言葉を、突き刺すように。
「騎士に焦がれた狂った機械が故に」
 トリテレアはその翼を広げて、淡い光でフォルターを照らして囁く。
「『口』あらば真似をしたかったのです」
 それすらなかったからこそ。
「愛伝えるヒトの仕草を」
 もう一度、毒血をも受け入れるように重ねて。
「愛求めるヒトの仕草を」
 したかったのだと、フォルターは全身をもって響かせて。
「………くくっ、はははっ!」
 故にフォルターは笑う。
 これほどに面白い事は、いいや、愛しい事はないのだと。
「9つの唇を、しかも邪竜のそれを奪うとは強欲にも程があるぞ?」
 いつからこの騎士は、いいや男はそうなったのか。
 彼は変わる。
 変わっていくのだから。
「しかし、我の――いや、私の伴侶であれば」
 私も変わらねばならないのかと。
「その強欲も相応しい、のかもしれぬな?」
 そうでなくば彼の伴侶に相応しくないと、貴種と乙女としての誇りがフォルターに湧き上がる。
 悩む乙女が言葉へと形作る前に、トリテレイアが続けた。
「騎士は邪竜を討たねばなりませんが……同じ竜ならば」
 この身は機械。戦の器。
 変わることはない真実なれど。
「その力を抑え、善き方へ導き――番として共に在れます」
 貴女の為に。
 フォルターという黒薔薇の為に、どうか変わらせて欲しい。
 もっと、貴女の為に。貴女の傍に相応しく。
 けれど。
「このが都を血で染め上げたその罪。生涯許しません」
 けれど、と。
 それは伴う影。過去でしかない。
 それこそ悲劇の紡いだ戦機の人形がトリテレイア。
「善と悪為せる貴女の全てと、好奇に輝くその瞳を愛しています」
 だが、もはや人形と彼を評するものがいないように。
 フォルターもまた、悪と罪の妖花と謂うものがいない未来のために。
 紡ぐ言葉は、トリテレイアの生涯でもっとも尊く、大切なフレーズ。
「私の伴侶となって頂きたい――『フォルター』」
そのたった一言の為に。
 世界を越えてきたかのように。
 ならば応じようと、フォルターが変貌したヒュドラから黒い霧が立ち上る。
 澄み渡る冬の風に溶けて、消える儚い黒。
 その奥に佇むのは、ひとの形に戻ったフォルターであり。
「!」
 その姿に驚き、機竜のままのトリテレイアが視線を逸らす。
「……どうした、何を驚く?」
 くすりと微笑むのは、淑女たるフォルター。
 けれど、纏う色彩が、雰囲気がもはや過去とは別。
「奇天烈な攻撃で私を揺さぶり、鱗を剥いだのは汝であろう?」
 そういう彼女が纏うのは純白のドレス。
 毒も棘も。
 摘むといったのはお前ではないかと。
「人に戻れば服は当然失っているのでな、魔力でこれを――この、白いドレスを繕ってみたという事よ」
 甘い囁きは、まるで美酒のように甘い。
 それは勝利とは決していえないものだけれど。
 愛するということに勝ち負けなんてないのだから。
「知っているか、9本の白薔薇の花言葉を」
 トリテレイアの奮戦故に、静謐と美しさを保った湖畔にて。
 白き淑女。雪のように真白き薔薇となったフォルターが囁いてみせる。
 その指先はトリテレイアを、何時かのように傷付けることはなく。
 ただ愛しさを伝えるように、なぞるだけ。
 唇ではなくとも、愛は届けられるのだと。
「至宝を愛でながら、考えてみると良い」
 言葉を贈り、流し目を送るフォルター。
「いえ……見惚れてしまいました。……敵いませんね、貴女には」
 鼓動があれば、狂いに狂って早鐘のようだっただろう。
 そういう楽しみがないことを悲しみつつも。
 フォルターも変わるという事を、トリテレイアは感じる。
 彼女は変わる。
 強く、美しく、気高いままに。
 優しさや、温もりや、ちょっとしたお茶目に光と色が。
 きっと変わる。
 もっと素敵になる――この伴侶は、トリテレイアの人生における至宝は。
「御伽噺で攫った姫君に竜が為す事はお判りですね」
 ならばと翼を広げるトリテレイア。
 この空に。
 夜空にふたりきりでいる為に。
「ええ、至宝を愛でますとも」
 静けさを取り戻した水面に映るのは。
 空舞う白銀と、寄り添う白薔薇。
 まるでお伽噺か、歌劇のような一枚の姿。
光があり、花が舞い、湖面にはゆらゆらと夢のような姿が映る。
 だが、それでいい。構うものか。
「さあ、掴まって」
「ああ、離れられると思うなよ」
 六枚の翼を広げ、淡い燐光を伴いながら。
 流れ星のように、空へ、月へ。
 星渡る彼らと彼女の物語へ。
「御伽噺の騎士を目指す者がいるならば」
 愛しさを、密やかに口にして。
 水面の神秘に託すより、自ら掴み取るのだと月に指を伸ばすフォルターが囁いた。
「御伽噺の姫を目指してみても罰は当たるまい?」
 血は、穢れは、罪は。
 その重さだけは、湖の神が洗い流したように。
 ふたりは、ふたりだけの軽さで舞い上がる。
 ただ互いへの愛を謳いながら。

 
 貴女の未来を奪うこと、赦して欲しい。
 お前の傍を目指して変わる事、どうか助けて欲しい。

 雪が降らないかわりに、澄んだ夜空は。
 数多の流れ星を降り注がせる。
 映すは湖か、瞳か、それとも機械の心か。
 それとも――愛という絆こそに星は祝福を贈ったのだろうか。

 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

夜刀神・鏡介
……流石にこの時期、しかも夜になると寒さもひとしおだな
少し離れた場所で、1人でぼんやりと湖畔を眺める

未来を映す水面か――俺の未来はどうなるんだろうな

周囲に誰もいない事を確かめて刀を抜く
この一年を振り返るように。精神統一をしながら刀を振るう
演舞なんて大層なものじゃないが。この夜空に見てもらえるというのなら、そう悪いものじゃないかな

水面に映っただけが少しずつ歪み、真の姿(3種それぞれ)に変わっていくが、それに気付く事もなく
刀を振り終えて鞘に収めれば、水面の姿も元に戻っている

ああ、未来がどうなるかは俺の意思次第だな
どんな事が待っていても――この手で道を切り開いてみせるさ
何があっても、それは変わらない



 どれ程に寒い夜であれ。
 その黒き瞳に宿る意思は凍て付くことはない。
 周囲に誰もいないからこそ静寂は際立たのだろう。
 夜刀神・鏡介(道を探す者・f28122)は己が吐息と鼓動を深く感じる。
「……流石にこの時期、しかも夜になると寒さもひとしおだな」
ぼんやりとしながらも、この静けさは刀剣が帯びる鋭さに似ている。
 だから、ふと、思うのだ。
「未来を映す水面か――」
 湖畔から離れた場所で、夜刀神はひとり佇みながら。
 磨き上げられた刀身のように全てを映し出す、冷たく、美しい水面のことへと思いを馳せる。
 そこにある、神秘へと。
「俺の未来はどうなるんだろうな」
 周囲には誰もいないからこそ。
 呟く声は夜闇に響き渡る。
 決して弱音を言ったつもりはない。
 求めるもの。目指すもの。つまり、視線を向ける事は決してぶれない。
 迷うこともなければ、切っ先が揺れることもありはしない。
 そうだと判っていても、気になるのはひとの心というもの。
 だからこそ、この一年を振り返って。
 辿った道。戦った相手。振り抜いた太刀筋を想い浮かべるように。
 するりと、緩やかに鉄刀を鞘から抜き放つ。
 覗いた白刃の鋭さのように、精神を研ぎ澄まして。
 ゆっくりと振るった一閃が風を斬る。
 演舞のように大層なものではない。
 何か敵を定め、隙なく斬り掛かるわけでも技を披露するのでもない。
 それこそ、湖にて崇められる水神に奉納するなんて出来る筈もないものであれ。
「この夜空に見てもらえるというのなら、そう悪いものじゃないかな」
 剣心一如。夜刀神が領域まで辿り着くのに、時間はかからない。
 寒い風も気にならず。
 ただ無心に振るう刃は音さえ立てないからこそ。
 誰も湖面に浮かぶ夜刀神の姿が変わっている事に気付かない。
 ゆらりと揺れて遊ぶように変わる水面に浮かぶ影。
 少しずつ歪みながら映ろうのは夜刀神の姿。
 黒髪のままなれど、神器の気を纏う凛烈なる烈士の貌。
 何かに殉ずるような眼差し。強く、けれど、気高さを漂わせるそれ。
 けれど、ふとした瞬間に色を変える。
 色彩さえも変わり、銀の髪に紅い眸をした姿に。
 それは何処か荒ぶる武神のようで、音も無いというのに稲妻を伴うような圧と武威を漂わせる。
 が、それも幻。ひとときのみというかのように、三つ目の姿に。
 それはまるで焔を纏うかのよう。
 灰に似た髪は、劫火を伴うからこそ。
 金の眸は灼熱を帯びた刃金のようで。
 何より、その片腕がひとのそれではない。
 異形めいた、けれど、何処か神気の如き気配を滲ませるもの。
 その三つを夜刀神は、これからの一年で巡らせるのだろうか。
 判るもの、応えるものはいない。
 風斬る刃さえも、しじまを保つのだから。
 誰も気付くことさえなく、夜刀神は一息と共に鉄刀を鞘へと納める。
「ああ……」
 零した吐息が夜に溶け込む時には、もう湖も元の通り。
 鏡のように澄んだ水面を見せるばかりだ。
 そこに浮かぶ、自らの姿に夜刀神は声をかけた。
「未来がどうなるかは俺の意思次第、だな」
 そう。全ては、どう移ろいて変わるか。
 そして、どんな道を辿るかは、自らの意思で決められることだから。
 いいや、自らの想いのみが、それを定める。
「どんな事が待っていても――この手で道を切り開いてみせるさ」
 天の定めた宿命さえ、きっと夜刀神は自らの手で変えてみせる。
 目の前にあるのが、道無き道だとしても。
「何があっても、それは変わらない」
 夢や幻で変わらぬ信念を。
 如何なる寒さでも凍て付かぬ信念の熱を。
 その黒い瞳に宿して、夜刀神は夜空を見上げた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

セリオス・アリス
【双星】
アドリブ◎

お参りか…そういやしたことなかったな
おういいぞと応えてアレスと散策
ダークセイヴァーじゃ見たことないような造りだからすっげー新鮮だ
橋ともなんか違うし…楽しいな
辿り着いたらアレスを横目で見て動作を真似る
しかし…かってぇなぁ!
クスクス笑い揶揄って
俺のいちばんの幸せは
俺が祈っておこう

ん、冒険を断る理由はねえな
子供のような純粋な笑み浮かべ
アレスの手を握り返す
逸れないようにしっかりと
ひとつの灯りで進んでいく

おー!見ろよアレス、水が星を反射してる
星の中にいるみたいだ
揺れる水面を指差せば
水にうつる俺達が
ん…?なんか…
そのままの姿のようで
何か違うような?
んー…こんな、くっついて座ってたっけか?
こてりと首を傾げたら
同じようにしてたアレスの頭とぶつかった
反射でそっちを見ればアレスの朝空の瞳がすごく近くて
ドキドキを隠すように目をそらし
また、覗き見る

ああ、今目があった

照れもあるけど
それよりずっと嬉しくなって
ふたり一緒に微笑み合う
来年も…その先もずっと一緒だといいな
―アレス
俺のいちばんに寄り添った


アレクシス・ミラ
【双星】アドリブ◎

元々水神を奉る場所ならお参りをする所もあるのかな
行ってみないかいとセリオスと水上の宮を散策
見つけられたら…この世界の祈りは確か
手を合わせ、目を閉じる
…皆に、そして僕のいちばんに
輝く朝と優しい夜が巡る事を祈って
祓え給え、清め給え、守り給え、幸へ給え
…え、堅い?

回廊を歩いていると
ふと、湖のほとりに目が留まる
灯りや屋根のない場所から見たらどんな景色だろう
ねえ、セリオス
ちょっと冒険をしに行かないかい?
遊びに誘うように手を差し出そう

光の魔力を灯りに
ふたりでほとりを歩いた先には
まるでひみつの場所のようで
水面を覗けば変わらぬ僕達の姿が…いや、
何処か違う
…僕達はこんなに近かったっけ?
首を傾げばセリオスの頭とぶつかった
彼の夜色の瞳がとても近くて
心臓が跳ね、頬も熱を帯び
…鼓動もざわめくよう
これは、何だろう
それでもこの手は君の手を離そうとはしなくて
再び彼と目が合えば…ああ
なんだかくすぐったくて
ふたりで微笑い合う
来年も…その先も
ずっと君と一緒にいられますように
ーセリオス
僕のいちばんに寄り添った



 夜の寒さを知るからこそ、手を繋ごう。
 暗い闇の裡を見たきたからこそ、決して離さずに。
 この幸せな日常は神様や誰かに祈るのではなくて。
 ただ握り締め続けるのが大事だから。
 そう、誰かに心を寄せるのならば。
 傍にある一等星に。
 赤と青の輝きにこそ。
 或いは。
 ふたつの青い双眸は、互いを見つめ合う。
 そうして限りなく、終わりなく続けていくだけ。   
暖かな手の感触に、頬を緩めながら。
「ね」
 少しだけ楽しそうに声色を揺らしながら。
 白い吐息とともに言葉を零すのはアレクシス・ミラ(赤暁の盾・f14882)。
 見つめるのは湖の上に建てられた回廊で。
「元々、水神を奉る場所ならお参りをする所もあるのかな」
 ふと優しげな視線を傍を歩く片割れへとおくるアレクシス。
 常夜の世界に産まれて育った彼らに。
 特にひとりきりで籠の鳥だった彼に、神に祈るなんて意味は感じられないかもしれないけれど。
 ふたりでなら、きっと意味があるのだとアレクシスの蒼穹のような青い眸が訴えている。
「行ってみないかい、セリオス」
 ダメとは言わないよねと片方の瞼を詰むってみせれば。
 冷たい風に美しい夜色の髪を靡かせて、小さな鳥は嬉しそうに囀る。
 他の誰でもない。
 アレクシスの誘いであるというのならば、と。
 セリオス・アリス(青宵の剣・f09573)もまた、美しき貌に笑みを浮かべるのだ。
「お参りか……そういやしたことなかったな」
 いいかもしれない。
 素敵なことかもしれない。
 過去の決別でもあり、来年をどう過ごすのかと願える喜び。
 何より、アレクシスのその凜とて整った美貌に、甘やかな笑みが浮かぶというのならば。
 セリオスが断ることなんてありはしない。
 もっとアレクシスが笑う姿を見たいのだと、そっと目を細めながら。
「おう、いいぞ。アレクシスが行くなら、勿論だ」
 何処か自信満々に語れば、幼げの残る貌と重ねって可愛らしく。
 アレクシスはくすりと笑ってしまう。
 いいや、愛しいから、なのだろうか。
 水上の宮。その回廊を緩やかに、ふりきりの旋律で散策すれば。
 ともに冷たい風にふるふると身を震わせるのも、何処か楽しい。
 寒いねと言えば、寒いねと返してくれる暖かさに。
 どんなに凍えそうでも、変わることのないふたりの笑顔に。
 ああ、幸せとは。
 きっとこんなものなのだろうと、夜空に浮かぶ月に想うふたり。
「この水上の宮」
 楽しげな足音と、言葉を紡ぐはセリオス。
 夜に似た色彩を纏いつつ、静寂に高く澄んだ声を響かせて。
「ダークセイヴァーじゃ見たことないような造りだから、すっげー新鮮だ」
 きょろきょろと橋の床や天井。欄干に施された装飾に視線を奪われるセリオス。
「橋ともなんか違うし……楽しいな」
 響く足音が、セリオスのそれとアレクシスのそれが、ぴったりと重なることもまた楽しく。
 緩やかに、水の上で思いを馳せる。
 ふたりとも、多くは知らないのだ。
世界はあまりにも広く、知らない事ばかり。
 もっと楽しいこと、嬉しいこと、美しいことがあるということ。
 それだけを知って、数多の世を黒と白の翼で渡りゆく。
 この一夜も。
 互いの心と記憶に刻み、絆となることと信じて。
 握り合う手は、いつの間にか指を絡めて。
 触れるセリオス指が凍えないようにと、アレクシスは重ねた掌に吐息をひとつ。
 そうしてうまれた微笑みを伴いながら、辿り着いた宮の奥。
 神を奉る祭壇の前で、アレクシスは思い出そうと首を傾げた。
 神秘さを伴う荘厳さ。
 それより滲み出す美しさに相応しいようにと。
「……この世界の祈りは確か」
 物腰柔らかく、穏やかなアレクシスの貌に誠実さが宿る。
 過ぎるほどに生真面目なのか。
 それとも、片割れたるセリオスと重ねる祈りだからなのか。
 静かに手を合わせ、瞼を閉じる。
 唇が紡ぐのは、小さな願い。
「……皆に、そして僕のいちばんに」
 少しだけ力を貸して欲しいのだと。
 自分の力だけでも必ずしてみせるけれど。
 もっと上手くできるように。
 幸せはまたひとつ、来年は大きくなるように。
 この湖に眠る水神の祝福が欲しいのだと。
「輝く朝と優しい夜が巡る事を祈って」
 陽光のようなアレクシスの金の髪を、風が攫う。
 優しい夜色のセリオスの長髪と触れさせ、巡る空の模様を作り上げながら。
 セリオスもまた、静かにアレクシスに倣って瞼を瞑り、手をあわせて。
 しずしずと、その祈りを捧げるのだ。
「祓え給え、清め給え、守り給え、幸へ給え……」
 けれど。
 そのあまりに誠実さ、実直さに。
 くすりとセリオスの美しい唇が、笑う音を響かせる。
「しかし……アレスはかってぇなぁ!」
 煌めく星のように、曇り無く笑うセリオス。
 そんな純粋な姿に、神がバチをあてる筈はなく。
「……え、堅い?」
 きょとん、と驚いたような仕草を見せるアレクシスに。
 そうだぞ。と、セリオスは甘えるように脇腹を突いてみせる。
 クスクス笑い、揶揄って。
 そこまでしなくても、アレクシスなら大丈夫。
 ふたりならば、きっとだからと宵の青さを秘める眸で見上げるのだ。
「俺のいちばんの幸せは」
 けれど、セリオスがその続きを口にすることはない。
 ただ自分で祈っておこう。
 誰かに託すことも、重ねることもなく。
 胸の鼓動とともに、あるだけだと。
「さ、じゃあ、帰ろうか」
「ああ。寒いのもふたりならっていうけれど、水の上は冷えるもんな」
 そうして、帰り道。
 訪れるものを迷わせるような回廊を巡っていけば。
 ふと、アレクシスの視界に映るのは、湖のほとり。
 何もないけれど、だから違う場所。
 灯りや屋根がない場所では、その湖と夜空はどんな景色を見せてくれるののだろうと、好奇心が揺れる。
「ねえ、セリオス」
 祈るために離した手を。
 もう一度、差し伸ばして。
「ちょっと冒険をしに行かないかい?」
 これからもまた、幾度となく。
 ふたりは手を離しても、また結び、繋いで夜を越えていくように。
「ん、冒険を断る理由はねえな」
 しっかりと手を繋ぐのだ。
 子供のように純粋な。
 それこそアレクシスの前でしか見せない笑みを湛えて、セリオスは手をぎゅっ、と握り返す。
「アレスとの冒険なら、何処にだって。夜の果て、空の向こう、月の裏――何処へでもだ。アレスと、ならな」
 その朝焼けの空のような、青い眸でみてくれるのなら。
 何処にだってセリオスは羽ばたける。
 アレクシスが宵の眸にて、果てることのない勇気を貰うように。
「それなら、ね」
 アレクシスはもう片方の手を前へと翳し。
 長い指の先に魔法の光を灯して、先へと進む。
 躓くことがないように。
 セリオスが転ぶことなんてないように。
 そんな事は決してさせないのだと、優しく穏やかな気持ちでアレクシスは思いながら。
 そうして歩き続けた先では。
 不思議なほどに静かで、誰もいない場所。
 まるで、ひみつの場所。
 ふたりのだけの、密やかなる湖の、いいや世界の隅っこのようで。
「おー!」
 ゆったりとした心持ちのアレクシスと、はしゃいでみせるセリオス。
 どらちも。
 自分らしい喜びの姿を顕して。
 寒ささえ、ふたりきり、だから忘れて果てて。
「見ろよアレス、水が星を反射してる」
 水の底に星がおちて、眠っているように。
 秘められた輝きが、宝石のような色彩を放っている。
「星の中にいるみたいだ」
 うっとりと紡がれたセリオスの声。
 ああ、確かに。
 静けさを湛えるが故に、天も水面も、満開に花開くような星たちばかり。
 こんな美しさのために。
 雪はなく。雲もなく。
 夜空はただ、しんっとあるのだろう。
 これがこの世界なりの、聖夜の祝福だというかのように。
 夢のような夜景。
 優しく、そして儚い姿。
 そして、星に劣る事のない笑顔を浮かべたセリオスが、揺れる水面を指差せば、映るのは星に囲まれたふたりの姿。
 あれ、可笑しいなと。
 ふと、セリオスの首が傾げられる。
「ん……? なんか……」
 そのままの姿のようで。
 何かが違うような? 
 水面に浮かぶ姿に確かな差をみつけせられず、首を傾げるセリオスに。
 アレクシスがそっと近寄り、同じく水面の影を見つめる。
「何処か、違う」
 それこそ未来を映すという湖の神秘に。
 魅入られて、心惹かれるように。
 そっと呟く。
「……僕達はこんなに近かったっけ?」
「んー……こんな、くっついて座ってたっけか?」
そんな筈はないのだと。
 互いに首を傾げるから。
 同時に、同じ仕草を向けてしまうから。
 こつん、と触れてぶつかるセリオスとアレクシスの頭。
 痛みは僅か。だけれど、驚いて互いを見つめるふたり。
 セリオスが反射で見つめた、アレクシスの朝空の眸はあまりに近くて。 その美しさに、思わずセリオスの鼓動が跳ねる。
 アレクシスも、またセリオスの夜色の眸の近さに。
 鼓動は跳ねて、頬は紅く染まり。
 零れた吐息が重なるのを感じる。
 唇から落とした吐息が、互いの頬にかかる。
 あかく、あかく。
 何処か夕焼けめいた、優しい赤に。
 染まりきるふたりの頬。
 ざわめくのは鼓動か、それとも、こころなのか。
 絡み合う恋慕は驚きにこそ、切なく疼いて。

 これは、何だろう。

 そう思えど、アレクシスはセリオスの手を離さない。
 離せる筈なんて、ないから。
 より強く、強く、けれど痛まないように。
 甘い痺れを憶えさせるように、細やかなセリオスの手を握り締める。
「~~っ」
 だからこそ、セリオスは恥ずかしがるように視線を逸らした。
 けれど、その先は湖面。吐息が交わる距離のふたりを映す、いたずらが好きな水神の眠る水の上。
 逃げる場所なんてなくて。
 逃げようだなんて、思えなくて。
 アレクシスが握る手の強さに、愛しい痺れを感じるから。
 ゆっくりと、また視線を戻せば。
 微かにも逸らすことのない、アレクシスの眸とまたあった。
 もう、逃げられない。
 逸らしたいとも、思えない。

 ああ。
 今、目があった。
 どうしようもなく。
 離れる事のできない眸と眸が重なり、互いを映す。


 照れもあるけれど。
 それよりくすぐったくて。
 ずっと、ずっと、暖かい嬉しさず込み上げて。
 ふたり一緒に笑い合う。
 その笑みで、ふたりとも揺れてしまうから。
 頬が触れ合い、すり合うのも。
 愛しく、愛しい、偶然だから。
「来年も……その先もずっと一緒だといいな」
 微笑み合うセリオスが零すひとことに。 
 冷たい冬の風が、間に入り込むことなどできはせず。
「ずっと君と一緒にいられますように」
 応えたアレクシスが、そっと瞼を閉じた。
「――セリオス」
 僕のいちばんに寄り添った。
 青い炎の一等星。アレクシスが巡り、還る夜のいろ。
「――アレス」
 俺のいちばんに寄り添った。
 赤い一等星。セリオスが眠りて身を託す、朝焼けのいろ。
 
 誰にも渡さない。
 この湖の湖面にも、その星のいろと輝きは。
 僕と、俺だけのものだと。
 ひそやかな、いとしげな。
 ふたりの吐息をひらりと、重ね合わせた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2021年12月30日


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種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


挿絵イラスト