満開の花枝を潜って歩き、崖の下の洞穴を抜けたその先には、この世のものとは思えぬほどの美しい世界が広がっている――。
そんな噂に誘われて、村を出たのはもう何日前になるだろう。空腹に息を切らし、力の抜けた手足を引きずって、男は一人歩いていた。どちらを向いても草木ばかりの変わり映えのしない景色は方向感覚を鈍らせ、自分がどこから歩いてきたのかも分からない。季節外れの花が薫ることを除いては、光のどけき桃園におかしなところなどなかったはずなのに。
乾いた唇を噛んだその時、白昼夢は音もなくやってきた。
「もう――やめてくれ」
ここから、出してくれ。
祈るように声を震わせ、しかし男は瞠目する。
はたと気づいた時にはもう、そこは花咲く野ではない。立ち込める白い霞の向こうには、もう戻れないはずの故郷の景色が広がっていた。どこからか名を呼ばれ振り返れば、亡くしたはずの愛しい人々が笑顔で手を振っている。
あり得ないことだと理解っていた。
夢から醒めるたびに深くなる喪失の痛みも識っていた。
なのに、何度でも惑わされる。音も、匂いも、触覚さえも鮮明な幻の前では、正常な判断など不可能だった。
「父さん、母さん」
会いたかったと涙を浮かべ、亡き父母の声が呼ぶ方へ。迷い人は誘われるまま、桃園の奥へ吸い込まれていく。
いつかこの野を抜けたならば、旅人は斯く語るだろう。
これなるは千変万化の夢幻の野。
訪れる者を捕らえて離さぬ格子なき檻。
決して近づくこと能わぬ、不帰の園なりと。
●空の蒼よりなお碧き
「みんな、ちょっといいかな? よかったら力を借りたいんだけど」
グリモアベースの一角で、リンシャオ・ファ(蒼空凌ぐ花の牙・f03052)が呼び掛ける。数名の猟兵達がぽつぽつと顔を上げれば、その一人一人に視線を合わせて少年は続けた。
「封神武侠界をさ、このところずっと見て回ってたんだけど。そこでちょっと、変な噂を聞いたんだ」
人界の片隅にある名もなき村。そこからそう遠くない場所に、季節外れの桃の花が咲く一帯があるという。仙界に通じているとも言われるその桃園の先には『碧の楽園』なるものがあるとまことしやかに囁かれ、そこを目指す者が後を断たないのだが――。
「『楽園』を一目見ようと出かけてった人達が、ほとんど戻ってこないらしいんだ。何日かして帰ってきた人もいなくはないんだけど、その人達が言うには桃園に一歩入った瞬間、幻に囚われちゃって先に進めないし、引き返すのも難しくなるんだって」
「幻?」
どんな、とひとりの猟兵が尋ねると、リンシャオは少し困ったように白金の髪を掻いた。
「それが、よくは分かんないんだ。死んだ家族に逢ったっていう人もいるし、化け物に追いかけられて食われたって人もいる。ただ共通してるのはそれがあくまで幻で、桃園の外に出てしまえばなんでもないってこと。多分だけど、結界系の宝貝の影響なんじゃないかな」
桃園に立ち入り、戻ってきたという人々の話が事実ならば、幻の世界で何があろうと現実の身体に影響はない。しかし長期間飲まず食わずで桃園の中に囚われていれば、やがては飢えと渇きで衰弱死してしまうだろう。既に何人もの行方不明者が出ている以上、のんびりと構えてはいられない。
「もし誰かが近くで悪さをしてるんなら、やめさせないと。だから、手伝ってくれないかな? それにもし本当に、桃園の向こう側に『碧の楽園』なんてものがあるんなら――」
見てみたいとは思わない?
瞳の奥に好奇心を輝かせて、少年は笑った。
其は、碧落へ到る物語。色鮮やかな幻に彩られた仙界紀行が、ここに幕を開けようとしている。
月夜野サクラ
ご無沙汰しております、月夜野サクラと申します。
封神武侠界の冒険をお届けに上がりました。
●第一章:冒険
舞台となる桃園は結界系宝貝の影響下にあり、領域内に迷い込んだ旅人に様々な幻を見せます。
どんな幻を見るかは人によって異なり、甘い誘惑、優しい思い出の場合もあれば、恐怖の記憶や悪夢の場合もあります。
過去との決別、抗い難い誘惑との対決など、幻を振り払って進む様を演出して下さい。
●第二章:ボス戦
オブリビオンとの戦闘になりますが、詳細は現時点では不明です。
●第三章:日常
『碧の楽園』と呼ばれる場所で過ごします。美しい景色の中で、ゆったりと過ごすシーンになる予定です。
●プレイングの受付期間について
新章の開始ごとにタグとマスターページにてご連絡いたしますので、お手数ですが都度ご確認下さい。
フライングや締切後に送付頂いたプレイングは、申し訳ありませんがお返しさせていただきます。
●諸注意
・しっとりシリアス心情系のシナリオです。性質上、お一人様ないし少人数グループでのご参加を推奨いたします。
・複数名でご参加の場合は、同行する方のIDやグループ名を明記ください。
・採用人数は少なめを想定しています。想定より多くのプレイングを頂いてしまった場合、内容に問題がない場合でもプレイングをお返しさせていただく場合がございます。
・シナリオの雰囲気にそぐわない行為、合意のない確定プレイングやその他の迷惑行為、未成年の飲酒喫煙など公序良俗に反する行動は描写いたしません。
以上、ご了承頂けますと幸いです。
それでは、皆様のご参加を心よりお待ちしております!
第1章 冒険
『夢遊仙境』
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POW : 肉体に関する夢の一時/悪夢の体験を過ごす
SPD : 技量に関する夢の一時/悪夢の体験を過ごす
WIZ : 精神に関する夢の一時/悪夢の体験を過ごす
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人里を離れ山野を駆けることしばらく、猟兵達は花盛りの桃園へと辿り着く。
夢遊仙境とでも呼ぶべきそこは、もはや現世にあって現世にあらず。過去と未来、憧憬に願望、後悔、そして恐怖。ありとあらゆる幻が、猟兵達に襲いかかる。
けれどどれほど愛しい記憶も、忌まわしき過去も振り切って、彼らは前に進むのだ――ただ罪なき人々を救い出し、この道の先に待つものをその目で見定めるために。
鏑木・桜子
物心つく前に怪力を恐れて養父に自分を預けた親のことを思い出します。
お養父様は本当の両親から自分を預かったといっていましたがこの悪夢では怪力を恐れた両親が忌み子と罵った上に捨てた…という曲解ですが心の奥底では実はそうでないかと恐れてる悪夢を見せてきます。
一瞬惑わされそうになりますがそれはまだわたしが未熟な証拠。
最初は鉄の塊である刀さえ触れるだけでバラバラにする始末でしたが今のわたしは力を制御した上で悪しきものだけを斬る技も身につけました。
あとは心の強さだけなのです。
「序の太刀…桜花一閃。我が剣は自分の弱き心に住う邪念すら切り裂く万物必断の太刀なのです」
居合抜きとともに雑念を振り払います。
狂い咲きの桃園を、駆ける。駆ける。
身の丈ほどもある太刀を重たげもなく携えて、狼の仔は疾駆する。地を走る風のように姿勢を低くして、鏑木・桜子(キマイラの力持ち・f33029)はただ前を見据えていた。目指すはこの桃園の出口のみだ。
しかし白金の髪を靡かせる風が、桃の花の甘い香りを運んだ刹那のことである。
「!」
鉄塊の軋む、重く唸るような音がした。草に足を取られたように立ち止まり、少女はその場に立ち尽くす。
「――お養父、様?」
白い霞の中にぼんやりと浮かび上がったのは、親しみ深い養父の横顔だった。年端も行かぬ子どもだった自分を実の両親に代って育ててくれた大恩ある剣豪は、桜子には気づかぬ様子で、ただ無感情に遠くを見つめている。その視線の先に、顔のない一組の男女の姿があった。
「……あれ、は」
もしかして。
円く大きな菫色の瞳が見開かれる。物心つく前に別れたためにその輪郭は覚束ないけれど、なぜだか『そう』だと確信できる――それは、彼女の実の両親だった。
胸に抱く太刀が、みしりと鳴った。
『こんな、こんなはずじゃなかったのよ!』
半狂乱に叫ぶ女の声が、鼓膜を震わせる。女の声に呼応して、男の声が言った
『あれは忌み子だ。化け物の子だったんだよ』
みし、みし。バキッ。
握り締める指先が、太刀の鞘へと食い込んでいく。ほんの少し力を加えればたちまち砕けてしまいそうな細腕の中で、太刀はみるみる形を喪い、やがて鉄屑となって地に落ちる。
それはあの日と同じように。
「……違う」
養父は彼女を実の両親から『預かった』と言ったが、果たして本当にそうなのか。
人外の怪力を恐れた両親が、彼女を忌み嫌い捨てたのではないのか? まさかそうでなければいいと、願った最悪の想像がもし、真実だとしたら?
「そんなはず、ない……!」
目を瞑り、握り込もうとした拳の中にひやりと硬い感触があった。確かめるようにその表面へ手を滑らせて、桜子は唇を引き結ぶ。
大丈夫、全部ちゃんと、ここにある。
すうと大きく息を吸い込みながら腰を落とし、身構えると。
「序の太刀……」
そこにあるはずのない太刀の鯉口が、かちゃりと鳴った。
「桜花一閃!」
鋭い鞘走りとともに、緋色の剣閃が空を裂く。罅が入った透明な壁はそこから崩れ、幻が塵と消えゆく中で、少女の手の中には先程砕いたはずの太刀だけがそのままの姿を留めていた。
「我が剣は弱き心に住まう邪念すら切り裂く、万物必断の太刀なのです」
どうだというように胸を張り、けれど桜子は知っている。真に強き心があれば、形なきものに惑わされることもない――つまり自分は、まだまだ未熟者ということだ。
「まだまだですね」
お養父様、と消えた幻に呼び掛けて、少女は再び走り出す。その瞳にもう、迷いはない。
大成功
🔵🔵🔵
夜鳥・藍
WIZ
碧の楽園ってどんな場所かしら?
桃園を散策がてら進みましょう。
進むその先には人影が待っていて、近づけばそれは私よりほんの少し背が高く色彩は淡い人。
困ったような笑顔を少し浮かべているその人は、無言のままそっと手を差し出してくれて。
あなたは……転生前の私ね。
そう気づけば躊躇いなくその手を取り共に進む。
だってあなたの未練は小さくとも心の奥底にあって今も私を縛るけど、でも同時に人を信じられない私の最後の良心でもある。信じて愛して死んだ人だから。
ふふ、おかしいわ。先の戦争で私達は一つにと言えるようになったのに、こうして姿を見るなんて。
ううん、思えるようになったからこそ姿を見れるようになったのかもね。
(碧の楽園ってどんな場所かしら?)
目深に被った灰色のフードの下で、夜鳥・藍(宙の瞳・f32891)はカイヤナイトの瞳を細める。
先行する猟兵達の姿はもう見えなくなっていたが、さりとて急ぐ必要もあるまい。昼下がりに散策をするようにゆったりと、けれど僅かの異変も見逃さぬよう注意深く、娘は歩みを進めていく。
桃園を包む空気はどちらかといえば穏やかで、凡そ何らかの結界領域の中とは思えない景色が続いていた。しかし歩み続けること程なく、行く手に待ち受ける人の姿が目に入る。
「……あなたは」
少し、肩透かしを食らったような気分だった。人を捕らえて離さない幻と言うからにはもっと、世界の景色をがらりと変えるような幻術なのだと思っていた。しかしそれは、ありふれた桃園の風景に――もっとも今目に見えているものが現実かどうかは、知るべくもないところなのだが――溶け込むように存在している。
ざあ、と花の擦れる音がした。吹き抜ける風に一瞬、目を瞑れば、落ちたフードの下から蒼銀の髪が零れ落ちる。風に舞う銀糸の向こうに立つ人影を、不思議なことに彼女は知っていた。淡い色合いを纏う顔立ちは花影に紛れ曖昧で、なのにそれが何者かはすぐに分かる。
「あなたは、私ね」
今の自分に生まれ変わる前の、いつかの私。
困ったように眉を下げ、微笑みとともに延べる手のひらを躊躇うことなく受け取って、藍は白い指先を絡める。
いつかの自分が抱いた未練は、多分、消えることはないのだろう。けれど今もなお彼女を縛り続けるそれは、未練であると同時に良心でもある。
信じて、愛して、そして命を落とした彼女の記録。それは今を生きる彼女にとって、なくてはならない身体の一部だった。
「ふふ、おかしいわ。もう『一つ』になったはずなのに、もう一度あなたに逢うなんて――いえ」
一つになったと思えてこそ、その姿を幻の中に見られるのかもしれない。
「大丈夫――行きましょう」
ゆっくりと前へ歩き出せば、つないだ手の主は微かな笑みを浮かべ、桃の花弁に姿を変えて散っていった。
大成功
🔵🔵🔵
ラファエラ・エヴァンジェリスタ
…碧の楽園
きっと美しいのだろうね
テネブレ、お前も見てみたいだろう?
騎乗した愛馬の首を撫でながら、往く
甘い過去など目にしても私の心は揺らぐまいよ
しかし予想に反して目にする幻は己の死
…嫌な記憶だ
「どうか痛くはしないでおくれ」
断頭台に上る折、処刑人の優男に告げた矢先、私は結局暴漢に滅多刺しにされ殺された
それだけだ
この身に捻り込まれた刃が熱くて痛くて
泣きながら刃を振り下ろす男が、怖くて、理解出来なくて
…ふと、私の騎士もこんなにも痛い思いをしただろうかと考え、意識は消えた
愛馬の嘶きで引き戻される
手綱を引きながら、今ここにいる己を確かめて、深く息を吐く
…大丈夫
自己暗示の様な一言の後は毅然と顔を上げて進む
苔むした土の地面に蹄が沈み、規則的な跡を残していく。桃園の一角を愛馬の背に揺られながら、ラファエラ・エヴァンジェリスタ(貴腐の薔薇・f32871)は淡い天を仰いだ。
「碧の楽園か――」
それは、どんな所だろうか。この空よりも碧い世界なのだろうか。取り留めのない空想は風のように、一所に留まることなく飛び去っていく。
「きっと美しいのだろうね。テネブレ、お前も見てみたいだろう?」
見下ろす黒馬の首に乳白色の手を添えて、寵姫は微かな笑みを浮かべた。挑むようでいて自重にも似たかたちの唇を彩るルージュだけが、色のないドレスと肌の中で鮮やかに赤い。
甘い過去など目にした所で、この心は揺らぐまい。そう思っていた。
風の運んだ微かな桃の香を吸い込んだそのあと、予期せぬものを視るまでは。
「…………!」
白い光に包まれる感覚があった。そして意識が覚醒した時にはもう、彼女はあの日の広場にいた。
彼女はデッドマン。ひとたび死して蘇った、黒衣の寵姫。けれど手枷をはめられた腕には血色が戻り、身につけた質素な衣服は普段のそれではない。
即ち彼女は今、生きていた。正確に言えば、生きていたあの日の只中にいた。たかが一つの国のため、忌み嫌われた血族の末裔として、娘は断頭台に上がる。齢十八、人を狂わす魔眼と呼ばれた両の瞳はぼろ布に隠されろくに周囲も見えないが、自身を導く処刑人の手は男の手ながらほっそりとして、きっと華奢な身体つきをしているのだろうと想像した。
「どうか、痛くはしないでおくれ」
細く風の鳴るような声で、右手の先にいる人物に告げた――その矢先。
真横からの衝撃を受けて、娘は弾き飛ばされる。石畳に投げ出され、強か打ちつけた背が軋んだ。目隠しの布が外れてまず飛び込んできたものは燃えるような世界と、刃を振り翳す見知らぬ男の泣き顔だった。
怖かった。
なぜ彼がこんなことをするのか、自分がこんな目に遭うのか、分からなかった。その場で理解できたのは、何度も、何度も、繰り返し捻り込まれる刃の熱と痛みだけ。ほどなく男が取り押さえられても、流れ出る血は止まらない。
やがて痛みすら感じなくなった頃、ふと思った。
(あの人も――)
私の騎士も、こんなに痛い思いをしたのだろうか?
意識が途絶える瞬間、どこからか馬の嘶く声がした。
「っ……!」
気づけば周囲には、長閑な桃園が広がっていた。身動きを止めた主を案じてか、黒い馬は足を止め、しきりに背中を気にしているように見えた。
「……お前が醒ましてくれたのか」
豊かな鬣に指を通し、愛馬の体温をなぞることで、今ここにいる己を確かめる。深く吐息し、手の中から滑り落ちかけていた手綱をしっかりと握り直す。
「……大丈夫」
自らに言い聞かせるように口にして、ラファエラは毅然と顔を上げた。黒いヴェールの下、道の先を見据える両の眼は、もう惑わされることはないだろう。
大成功
🔵🔵🔵
羅・虎云
【羅胡】
楽園から人戻らず
世間から楽園と言われようと、人を惑わす結界の類いで間違いないだろう
胡姉、頼もしいと言いたい所だが私もこの世界を護る仙士の一人
互いに油断せず、参ろう
足を踏み入れ、見えるは見慣れた光景
虎云、お前は先人に倣い、修行の為に山奥へと往くのだ
一人前の仙士になるまで戻ることを禁ず
父母恋しくとも決して戻ってはならぬ
幼い頃に言われた言葉
それが己が使命、物心付く前から言い聞かされていた
疑問に思うこともなかったが、古くからの仕来りを重んじる家なのか
それとも、先人達の「それ」に縛られている家なのか
今は如何思うべきなのか分からずとも、己が眼で見極めていかねばならぬ
……胡姉か
此方も問題ない
胡・蘭芳
【羅胡】
若様、此処が『そう』のようですけれど
何が見えるのでしょうね
大丈夫ですよ、若様
若様の恐ろしいものは私が祓って差し上げますから
蘭芳さま!
そう慌てるのは私の世話係の下女
幼い私は風に乗ってふわふわと
すぐに何処かに飛ばされてしまうから
いつも慌てて捕まえてくれる
優しくて温かな手
けれどそれは私の成長より早く老いていく
蘭芳様、■■は幸せでございましたよ
皺だらけの手で私の頬を撫でて……
あぁ、これは私の思い出
命の長さの違い
それを重ねて、重ねて……
『人』とは距離を置こうと決めた
決めたけれど、それでも尚、愛おしい『人』という種
だからこそ、この力は『人』の為に
若様、大丈夫でいらっしゃいます?
私?私は大丈夫ですよ
「此処が『そう』のようですけれど、いったい何が見えるのでしょうね」
白虎の尾を靡かせた半人半獣の仙士が一人と、咲き乱れる紫花に似た姿の仙女が一人。無数にひしめく花枝の下を、二つの影が駆けていく。あえかなる薄衣を風に膨らませ、胡・蘭芳(花護人・f32667)は前を行く男に呼び掛けた。すると一瞬、夕焼け色の眼差しを投げて、羅・虎云(雪峰虎・f32672)が応じる。
「さて、想像もつかないな。だが……人を惑わす結界とは」
厄介だなと、男は白黒の耳をそばだてた。最も忌避すべきもので桃園の奥深くへ追い立てたかと思えば、最も離れ難いものによってその場につなぎ留める――楽園をめざす人々を捉えて離さぬ幻は、一つとして同じではないという。誰がいつ、どのようにして敷いた結界かは定かでないが、心の間隙を的確に突いて旅人を惑わすその手口は、巧妙と言わざるを得ないだろう。
「大丈夫ですよ、若様。若様の恐ろしいものは私が祓って差し上げますから」
知らず知らず眉間に穿った溝を見てか否か、仙女は浮雲に似た声色で微笑んだ。幼子を慈しむようなその口ぶりに思わず硬い表情を緩めて、虎云もまた苦笑する。
「胡姉、頼もしいと言いたい所だが、私もこの世界を護る仙士の一人だ。互いに油断せず、参ろう――」
不意に、違和感が胸を刺す。
いつの間にか足元を浸した白煙は隣を行く人の姿を何処かへと掻き消して、後にはなんでもない桃園の風景が残る。
「胡姉?
…………!」
そこは今しがたまで、友と並び奔った桃園――ではなかった。
林立する桃の木は見覚えのある路に変わっていた。路の真中に一人立ち、続く石段の先を見上げる虎云を一組の男女が見下ろしている。それが誰であるかを理解して、仙士は瞠目した。思わず口を開きかけて留まったのは、石段の上に立つ男の方が先に口を開いたからだ。
「虎云。お前は先人に倣い、修行の為に山奥へと往くのだ」
それはまだ彼が年端も行かぬ子どもであった頃、言い聞かされていた言葉だった。
一人前の仙士になるまで戻ることを禁ず。
父母恋しくとも、決して戻ってはならぬ。
それが己の使命なのだと言われれば疑問に思うことはなかったが、それでも微かな寂寥が胸を浸した。踵を返す両親の背に向けて伸ばした手はひどく幼くて、虎云は思わず息を呑む。途方に暮れたように佇むその姿は、あの日の幼子のものであった。
一方、同時刻。
「蘭芳さま!」
初夏の陽射しのさんざめく、長閑な午後だった。これといった宛もなく、風に任せて空を彷徨っていた蘭芳は、慌てふためく声に呼ばれて首を傾げる。何事だろうと視線を落とすと、白く疎らな雲の下にどこか洞府の庭先が見えた。
「蘭芳さま、いけません!」
繰り返しこの名を呼びながら走る女は、けれども空の上から見下ろす彼女にはまったく気づいていないようだった。何かを追いかけているのだろうか、衣の裾を引きずりながら女は必死に手を伸ばしていた。そしてやっとのことで、何かをはっしと掴み取る。
いったい、何を?
上空遥かからその光景を見下ろして、蘭芳はぱちりと瞳を瞬かせる。見れば女の長い袖の中に、一人の幼子の姿があった。
白磁の肌に紫水晶の瞳。銀色の髪に、花を飾った幼い少女。柔らかそうな頬をいっそう緩めて、幼子は女の手を握り返す。
「■■」
嬉しそうに頬を緩めて呼んだ名は、聞き取ることができなかった。なのに、それゆえはっきりと理解する。銀の睫毛を半ば伏せて、仙女は儚い笑みを浮かべた。
(あぁ、これは)
これは彼女の、遠い記憶。
風に吹かれてすぐにどこかへと飛ばされてしまう彼女を、いつも慌てて捕まえてくれるあの娘の記憶。
けれどその優しく温かな手は、彼女が成長するよりも早く老いていく。
すっかり皺だらけになった手で変わらぬ少女の頭を撫で、あの娘はこう言ったのだ。
「蘭芳様、■■は幸せでございましたよ――」
命の長さの違い。それゆえに別れを重ね、重ねて、『人』とは距離を置こうと決めた。
しかしそれでもなお愛おしい、『人』という種。
(だからこそ、私は――)
この力を、『人』のために使うと決めたのだ。
胸に呼び覚まされた決意とともに、いつかの光景が霞んでいく。
「……は」
次に目に入ってきたのは、なんでもない桃園の風景だった。弾かれたように肩を跳ね上げて、蘭芳は隣に立つ男の背を揺する。
「若様、若様!」
声を掛ければ程なくして、虎云がゆっくりと顔を上げた。
「大丈夫でいらっしゃいます?」
「ああ……胡姉か。……大丈夫だ」
此方も問題ない、と答えて、男は白い前髪を掻く。
幻の中、父母を飲み込んで閉じた門の色やかたちが、今も瞼の裏に焼き付いているようだった。いつかの自分が呆然とその背を見送った父母が、果たして何を想ったのか――それはきっと、己が眼で見極めていかねばならないのだろう。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
村崎・ゆかり
『過去』との邂逅……。となると、出てくるのはやっぱりあなたよね。銀河帝国を支えし、過去司る『黒騎士』アンヘル!
だけどあたしは、もうあの時とは違う。あなたを超えてみせる!
「全力魔法」の「オーラ防御」で、呪剣を受ける。今度は受けきれるか?
初撃を凌いだら、「全力魔法」炎の「属性攻撃」「破魔」「浄化」の不動明王火界咒を投げつけるわ。
ただの幻影のはずなのに、何よ、この強さ。呪剣を薙刀で弾きながら、隙を見て相打ち覚悟の「串刺し」狙い。
……ん、消えてくれた? また勝ち逃げされたような気分が消えないわ。実力で勝った気がしない。
たちの悪い結界だわ、これ。
「道術」「仙術」「竜脈使い」「失せ物探し」で、宝貝を探す。
「このぉ……!」
握り締めた拳に守りのオーラを纏わせて、村崎・ゆかり(《紫蘭(パープリッシュ・オーキッド)》/黒鴉遣い・f01658)は眼前の敵を睨みつける。
それはいつかの戦場に似て非なる星の海。かつて相見え、そして辛酸を舐めた因縁の敵――銀河帝国を支えし、過去司る『黒騎士』アンヘル。過去の記憶や願望が十人十色の幻影を見せるのがこの地の特性であるならば、自身の前に立ち塞がるものはそれ以外にないと思っていた。禍々しい呪力を帯びた突き刺すような視線に相対すれば、黒髪にいっそう引き立つ白い額を珠の汗が滑り落ちる――けれど。
「あたしは、もうあの時とは違う……!」
絶対に、あなたを超えてみせる。
決意とともに真一文字に唇を結び、ゆかりは身体の前で薙刀を構えた。刹那、深紅の呪剣が昏い光を放ち、掲げた刃と激突する。
(今度こそ、きっと)
同じ轍は踏まない。だからきっと、受け切って見せる。
ぶつかり合う二色のオーラがせめぎ合い、視界が目まぐるしく明滅した。そして呪剣の力がほんの僅かに後退したその一瞬、勝負に出る。
「不動明王、火界咒!」
バーガンディの懐から取り出した白紙のトランプが焔の矢となって、一条の軌跡を描く。それは確かに敵の中心を捉えたかに見えたが、燃え上がる炎に包まれてなお、騎士は涼しげにゆかりを見据えている。
「ただの幻影のはずなのに――何よ」
この強さ。
紛れもない本物の強さに小さく舌を打ち、ゆかりは薙刀を握り直した。こちらも相手を本物と思って掛からなければ、多分、永遠にこの場所で戦い続けることになる。斯くなる上はと胸いっぱいに息を吸い込んで、
「――もらった」
紅き呪剣が肩に食い込み、激痛が走る。しかしこれでもう外さない。外せない。
無意識に口角を上げて、ゆかりは叫ぶ。
「これで、終わりよ!」
渾身の力で押し返した薙刀を、その勢いのまま一閃する。黒い鎧はみしみしと軋み、そしてその中身ごと霧消した。途端、星の海は色褪せて、代わりに何の変哲もない桃園の風景が戻ってくる。
「……たちの悪い結界だわ、これ」
深く吐息した身体に傷はなく、痛みもない。なのに心臓だけが、まだ早鐘を打っていた。実力で勝った気がしない――また勝ち逃げされたような気分が消えない。胸にわだかまる感情まで計算の上で幻を見せているのだとしたら、この結界の陰湿さも相当と言えよう。
一刻も早く、なんとかしなければ。宝貝の在り処を突き止めるべく、紫蘭の瞳は真っ直ぐに前を見つめている。
大成功
🔵🔵🔵
木槻・莉奈
シノ(f04537)と
※幻自体は個別、振り払った後合流の為1章は別行動
まだ子供だった頃
自分とシノと親友(※シノの妹)と、その両親とで過ごした幸せな日々
ずっと一緒にいられる、幸せな日々が続くと思ってた
みんな笑顔で幸せで…それだけでよかった
…不安も何もなかったものね
一緒にいれるなら、“幼馴染”“妹”の立ち位置で十分で…
あの頃はまだ、今みたいにシノがずっと後悔を抱える事もなかった
(懐かしいと、しばらくは足を止めるも、差し出される手は拒み、ユーベルコードを発動させ
それでも…私はもう、戻りたくないの
隣に立てる今の立ち位置を、失いたくない
大切な人の幸せだけを願えなくなった我儘は、これからで補ってみせるから
シノ・グラジオラス
リナ(f04394)とだが、別行動で
リナが人狼の短命を治す、補う術を探しているのを実は知っている
俺もこの命が続く限りは彼女の傍に居ると約束した
その気持ちに嘘偽りはない。だから死に場所を探すことも止めた
けれど、この人狼の短命の呪いが消えたら…俺はセスを忘れずに生きれるのだろうか
きっとこの桃園に居る限りは解呪は見つからない
今一番大事な存在は目の前にある
なら、ずっとこのままでいれば
(セスの遺した黒剣の刃に手が当たり剣が血を吸う)
遺ったモノは一つじゃない
頭を振り、【襲咲き】を発動して誘惑を払い除けると先へ歩を進める
彼女の未来まで俺が摘み取ってしまってはダメだ。共に生きると決めたのだから
だから、先へ
気づけば見覚えがあるようでない、不思議な街角に立っていた。
時計の針が十七時を示す頃。家に帰るところだろうか、道の向こうから白く光る子ども達の輪郭が、じゃれ合いながら駆けてくる。あっという間に過ぎ去るその姿を見送って、木槻・莉奈(シュバルツ カッツェ・f04394)は無意識にスカートの端を握り込んだ。輪郭だけのあやふやな姿をしてはいたが、走り去った子ども達のシルエットは、彼女と彼女の幼馴染達によく似ていた気がする。
彼女がまだほんの子どもだった頃。彼女と彼女の親友と、その兄と、その両親とで過ごした幸せな日々。これからずっと、誰一人として欠けることなく一緒にいられるのだと信じていた。否、信じていたというよりも、疑わなかったと言う方が正しいのかもしれない。
(……不安も何も、なかったものね)
一緒にいられるのなら、『幼馴染』、『妹』で十分で、それ以上は望まなかった。彼もまた、あの頃は心の底から笑っていた。貪欲な自分に気づくことも、拭えぬ後悔を抱えることもなく、ただ側にいた。それだけで、他に何も要らなかった。
純粋で、無欲で、余計なことなど知らずにいた、あの頃。懐かしい、と、ぽつり口にすれば、唇が無意識に弧を描く。
けれど。
(これは、幻)
踏み入ったという自覚はないが、理解していた。なぜならこの温かく、拍子抜けするほど凡庸な風景は、本来もうどこにも存在しないものなのだから。
どうしたの、と尋ねる声がする。視線を下げれば先程駆け去った子ども達が戻ってきて、道の先で手を伸べていた。この手を取ればもしかすると、今は亡いあの日に戻れるだろうか?
「……ごめんね」
緩く首を振れば切り揃えた美しい黒髪が、風をはらんでふわりと浮いた。
「私はもう、戻りたくないの」
隣に立てる今の立ち位置を、失いたくない。
たとえ過去がどんなに愛しく、耀いていたとしても。
「過去は、過去へ還りなさい」
何も持たない掌から溢れだした白い花が子ども達を包むと同時に、見せかけの世界が崩れ出す。砂の城に水を注ぐよう、崩落していく景色の向こうにはありふれた桃の花園が見えた。
(大切な人の幸せだけを願えなくなった我儘は、これからで補ってみせるから)
だから今は、ただ前へ。右手に光る剣を提げて、少女は土の地面を踏んで行く。
一方、その頃。
シノ・グラジオラス(火燼・f04537)は、暗く出口のない場所にいた。桃園を覆う結界が見せる幻は十人十色と聞いてはいたが、それにしても殺風景な空間は、人狼病に侵された自身の閉塞した現状を反映しているかのようだ。化け物が襲い掛かってくるわけでもなく、悲しい出来事で追い詰めてくるわけでもない。これが今のシノにとって最も堪えることだと見抜いているのなら、この結界の主も大したものだと思ってしまう。
右も左も、上下すらない空間に胡坐をかき、腕を組んで、シノは目を閉じた。
(人狼の寿命は、短い)
莉奈は今、人狼の短命を治す、或いは補う術を探している。表立っては言わないが、側にいれば分かることだ。
シノ自身、この命が続く限りは彼女の傍に居ると約束した。だからこそ、死に場所を探すのもやめた。その気持ちに嘘偽りはない。
しかし一つだけ、胸にわだかまる想いがあった。
もしも二人の努力が実を結び、この身に刻まれた呪いが消えたなら――自分は、過去【セス】を忘れずに生きることができるだろうか?
(……いや)
やめよう、と頭を振って、青年は赤茶色の短髪を無造作に掻いた。
この桃園に居る限り解呪の方法は見つからず、時は停まって動かないのかもしれない。けれど――今、目の前にある大事なものを、このまま凍てつかせるわけにはいかないから。
(彼女の未来まで、俺が摘み取ってしまってはダメだ)
遺ったものは、何も一つではない。
出口を求めて伸ばした手に、痛みが走る。触れた刃は黒い剣――持ち主の血を吸い光を放つ、『彼女』の遺した忘れ形見。
(これで――突き破る!)
行き止まりの壁を打ち抜いて、その先の道を共に歩む。そう決めたのだから。
煌々と輝く剣に渾身の力を込めて突き立てれば、一面の闇に亀裂が走る。そして次の瞬間、幻の檻は薄氷のように砕け散った。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
終夜・凛是
視界が、真っ白だ
吹雪いている、寒い
けど懐かしい。故郷の寒さだ
前から風が吹いて進むのも難しい
故郷…いい思い出はない
兄ちゃんは吹雪の夜に姿を消したって、死んだって言われた
でもそんなことないって俺は思ってる
…兄ちゃんは、一等大きな雪狼を仕留めて消えたって聞いた
俺も、倒せるかな
雪の中進んでいれば、遠吠え
俺の方に向かってくる気配が沢山ある
群れだ
俺もにぃちゃんみたいに、できるかな
幻の中だからこそ、絶対負けられない
群れに囲まれても突っ切って、進んでいく
ここなら、にぃちゃんみたいに上手じゃないけど狐火使ってもいいか
全部、燃やして、燃やし尽くして
そしたら、ちょっとだけ近づける気がする
俺はにぃちゃんの横に立ちたい
ひらり、舞い降りた桃色の花弁が、色を失っていく。
ひらり、ひらり。
一枚が二枚、二枚が三枚。落ちた花が無数の雪の礫に変わり、やがて視界を白く埋め尽くしていく。
(――真っ白だ)
汗ばむほどの初夏の陽気はどこへやら、薄く開いた唇から喉奥を刺す空気は冷えて、溢れる息までも白く煙る。
いつの間にか踝ほどにまで積もった雪の原は、見渡す限りどこまでも続いていた。足を踏み出すのにも難儀するような向かい風の中、終夜・凛是(無二・f10319)は襟巻きを口元まで引き上げて、一歩一歩、雪を踏み締め進んでいく。
取り立てて寒いのが好きなわけではない。ただ、慣れているというのが正しいのだろう。そして同時にその冷たさは、少年の郷愁を呼び覚ます。
(――にぃちゃん)
大好きだった兄は、吹雪の夜に姿を消した。この目で兄が去るのを見たわけではないが、少なくともそう聞かされていた。吹きつける雪が痛いほどの冬嵐の中、兄は何も言わずに集落を出て、誰に気づかれることもなく死んだのだと。
もっとも、凛是はそうは思っていない。兄が理由も告げず集落を出たならば、そこにはきっと何かの訳がある。そして訳があるならば、誰よりも強かった兄がその目的を果たさぬままに死ぬとは考えられないのだ。
(……いない、だろうな)
雪の積もった睫毛を伏せて、ほんの少し落胆する。此処は幻――兄が消えたあの日の雪夜。なればこの冷たい夜の中にも、兄はいないというのが妥当だろう。
遠く、獣の吠ゆる声がした。風の音に紛れて、雪を蹴散らす無数の足音が近づいてくる。赤毛の耳をぴこぴこと動かして、少年は雪原の只中に足を止めた。
(にぃちゃんは、一等大きな雪狼を仕留めて消えたって聞いた)
殺気立った気配が複数、こちらに向かってくる。まるで少年が狩場に足を踏み入れるのを待ち構えていたかのように、十は下らぬ狼の群れが姿を現した。
「俺も、倒せるかな」
強く誇り高かった、兄のように。
囲まれたままでは勝てる戦いにも勝てるまい。ぐるりと周囲を一瞥すると、凛是は包囲の薄い一点を目掛けて走り出す。曇天に向けた手のひらには、狐火が踊っていた。
(にぃちゃんみたいに、上手じゃないけど――)
此処で何が起きようとも、すべては幻。凍てつく雪もそこに住まう獣達も、燃やして燃やして燃やし尽くしたら、遥かな兄の背中に少しは近づけるだろうか?
「俺は、」
幻の中、だからこそ絶対に負けられない。
「にぃちゃんの横に、立ちたい……!」
掲げた手の上に燃え上がる巨大な狐火が、雪原を緋に染め上げる。吹きつける雪にも、獣の群れにも邪魔はさせない――ただ一つの夢のために、少年は現の世界を目指し、雪夜を突き進んでいく。
大成功
🔵🔵🔵
都槻・綾
桃花の蜜めく香りに包まれて
何処までも昏い夜の底
進んでいるのか
游いでいるのか
堕ちているのか
一向に暗闇に慣れぬ眼差しは
感覚さえも曖昧にする
不意に
きらきらと降り来たるは
色とりどりの花びら
海辺の硝子
和紙の栞
まろい小石
そんな様々な『うつくしき色』達
あぁ、此処は
香炉の
私の
中なのねぇ
綺麗なもの達が降り積もり
いっとき華やかに耀いても
底に沈めば
また、闇の中
虚ろで何にもない、こころ
残酷な幻に
あえかな笑みが溢れる
だけど
抜け出す路は識っているから
欠けた翼の孔ひとつ
失われた細工紋の痕は何処と
眼を凝らせば、ほら
今度こそ見つかる、迷宮の出口
途端に
拓けた視界は眩き真白
薫る花風
確かな地面
胸の裡の幽かな痛みは
きっと
幻の、置き土産
深く昏い夜の淵へ、沈んでいくような感覚があった。
游いでいるのか、ただ堕ちているだけなのかは判然としない。ただ水の中にいるような浮遊感に相反して空気はさらさらと乾き、甘く蜜めく桃の香を運んでくる。
未だ暗闇に慣れぬ目を瞑って深呼吸し、都槻・綾(絲遊・f01786)はゆっくりと瞼を上げた。すると右に左にゆらゆらと漂う桃色の花びらが、一斉にとりどりの彩を帯びて輝き出す。
それは砂浜に打ち寄せられた硝子や小石、あるいは和紙を重ねた栞のような、複雑で、一つとして同じものがない無数の色彩。その只中で、綾は悟る。
ここは、瑕ついた香炉の中。綾の、己の内側だ。
人のかたちを得て幾星霜、移ろう季節は宿り神に多くのものを見せてくれた。色鮮やかな花群に、夏雲の峰、紅染まる山野に月夜の蛍雪。
降り積もる煌めきに触れるその間だけは、虚ろな香炉の内側が華やかな耀きを照り返す。けれど――過ぎ去ればまた、闇の中だ。
どうやらこの空間には底というものがないらしい。ほんの一時、綾を包んだ輝石の如き光彩は遥か上方へ遠ざかり、やがて何も見えなくなる。後に残るのは一面の闇と、空の心のみである。
(此処は、本当に――)
自分の中、なのだ。
そんなはずはと思う以上に、これが真実だと理解っている。容赦のない幻に、思わずあえかな笑みが溢れた。
けれど、綾は識っている。
ここが自身の内側ならば、迷宮の出口は一つしかない。花鳥紋の香炉の細工の痕、鳥の片翼を穿った小さな孔。暗闇に手を伸ばし、目を凝らせば、針穴のように小さな光が膨らんで――そして暗がりを呑み込んだ。
「…………」
真白に眩んだ世界の中で、黒い砂嵐が飛び去っていく。
足元を見下ろせば袴の裾から覗く脚は、苔むした地面をしっかりと踏み締めていた。視線を上げれば満開の枝の向こう側に、淡い蒼穹が垣間見える。
あるべき世界に戻れたことに安堵しつつ、美しい青年はほんの少し、困ったような笑みを浮かべた。胸の裡に残る幽かな痛みはきっと、幻の置き土産なのだろう。
どこまでも深く、沈んでいくような感触はもうない。甘く匂い立つ花風に長い黒髪の尾を揺らしながら、青年は再び、桃園の果てを目指して歩き出した。
大成功
🔵🔵🔵
リグ・アシュリーズ
【陽翼】
碧の楽園。名の指す碧が木々か空か、訪ねてみなきゃわからない。
こんなワクワクする事ってないじゃない!
でも、まずは超えてかなきゃ、ね?
桃園の景色を前に、隣へと呼びかけるわ。
……ツェリりん?
返事がないのを疑問に思って振り返ると、かわりに見えたのは自分の姿。
幼い頃の私や今の私。
そして未来、ずっと年を重ねた妙齢の私が笑っていて。
手にしてるのは――仙人さんが食べる、特別な桃。
んーん。嫌よ、そういうの!
桃は美味しそうだけど、それで寿命延ばしても逃げてるだけだもの。
私は私の力で生きるの。それが矜持。
私もツェリりんも、こんな誘惑で落ちるほど安くないわ!
口説き落としたかったら、百倍は甘いの持って来なさい!
ツェリスカ・ディートリッヒ
【陽翼】
この世のものとは思えぬ美とは心惹かれるな。
本当にあるなら一度は目にしたいものだ。
楽しげなリグの姿に微笑むうち、幻の中へ。
自分の名を呼ぶ、懐かしい声。
優しかった母と自分の両足を失った爆発事故から何年経つか。
孤立無援となった余はひたすら強さと美しさを磨き、己の価値を証明してきた。
だがあの頃の母が目の前で微笑んでいて、
「もう休んでもいいのですよ」と語りかけてきたら……。
母上は相変わらずお美しい。今の私では及ばぬでしょう。
ですが貴女をも越えてみせねば、血反吐を吐いて生きてきた甲斐がない。
私の戦いは続きます。次は自慢話をお聞かせしましょう。
遠くでリグの声が聞こえた。余も生きよう、己の矜持と共に。
「碧の楽園、かあ」
それは幻の園の先にあるという、美しい世界。
話に聞いたその名を反芻して、リグ・アシュリーズ(風舞う道行き・f10093)は隣を行く人を振り返った。
「どんなところなんだろうね?」
「さて、想像もつかぬが」
好奇心にきらきらと輝く瞳に釣られるように、ツェリスカ・ディートリッヒ(熔熱界の主・f06873)もまた、口元を緩める。
「しかし、この世のものとは思えぬほどの美とは。本当にあるなら、一度は目にしたいものだ」
美の追求に余念のない彼女が、些か興味を惹かれるのも無理はない。広がる空が碧いのか、生い茂る樹々が碧いのか。訪ねてみるまで分からないなど、こんなに胸が躍ることもそうはない。
閑散とした山道を歩くことしばらくして、二人はその場に足を止めた。
「でも、まずは超えてかなきゃ――ね?」
ああと短く応じたツェリスカの瞳が見据える先には、初夏には少し遅すぎる桃の花。変幻自在の誘惑が、人々を誘う桃園の入り口。無言のうちに頷き合って、二人はその花の影に踏み込んだ。
「…………あれ」
取り立てて、変化らしきものはなかった。周囲の景色はそのままで、あるはずのないものが見えることもない。手足はちゃんとついているし、身体が縮んだわけでもなさそうだ。
「なんだか拍子抜けしちゃったね」
ほっとしたような、ある意味ではがっかりしたような奇妙な気分で、リグは笑う――けれど。
「……ツェリりん?」
いつもならば間を置かず返ってくるはずの声がない。
まさかと隣へ目をやって、リグは扁桃型の大きな瞳を見開いた。
「……きみは……」
人工物のように真っ直ぐに、等間隔に生え揃った桃の木の間。そこに、誰よりも見知った顔が並んでいた。
「私?」
歩き方もまだたどたどしい、子どもの頃の自分。
それより少し大きくなった自分。
今の自分に、ほんの少し未来の自分。
並んだ顔を順番に覗いていった最後に、ずっと年を重ねた自分が笑っていた。妙齢、というのだろうか。瑞々しく弾けるような若さが少し落ち着く代わりに、苦さと甘さを増す歳頃。一瞬、どきりとするほどの艶やかな笑みで、両の手のひらに包み込むように携えるのは――仙道達が口にするという、『特別な』桃だ。
お一つどうぞというように差し出す手を拒み、リグは顔をしかめた。
「んーん。嫌よ、そういうの! その桃は美味しそうだけど……」
人狼は、なべて短命という。しかし、神秘の果実で生き長らえたとしても、それはただの逃げだと彼女は思う。何かに頼って細く命をつなぐより、自分らしく生き抜く方がよほどいい。それが、満月の呪いをその身に受けてなお失われることのない彼女の矜持だ。
「私は私の力で生きるの。私もツェリりんも、こんな誘惑で落ちるほど安くないわ!」
口説き落としたかったら、百倍は甘いの持って来なさい?
唇の端をにっと上げ、狼の娘は幻の自分を振り払う。突き放したその瞬間、居並ぶ幻は氷像が昇華するかのように、白い煙となり消えていった。
「!」
誰かに呼ばれたような気がして、ツェリスカはその場に足を止める。はぐれた友の声だろうかと辺りを見回してみても、どうやらそうではないらしい。花の梢を賑わしていた小鳥達さえどこかへ消えてしまったのか、無風の桃林は耳が痛くなるほどの静寂の中にあった。それなのに――やはり、どこかから誰かの声がする。
「ツェリスカ」
この名前を呼ぶ、懐かしい声。
なぜか胸の奥から熱いものが込み上げてきて、金色の瞳が俄かに揺れる。そして白銀に輝く尾の先を振り返ると、ようやくその正体に気づいた。
「……母上」
桃の花に縁どられた道の先には、あの日失われた母の笑顔があった。
優しかった母。自らの両足とともにその母を失った事故から、もう何年になるだろう。天涯孤独の身となりながらも、ツェリスカはひたすらに強さと美しさを磨き、己の価値を証明しようとした。そして実際に、証明してきた。地に落ちた竜が今この場所へ這い上がるまでには、ひとかたならぬ努力と血の滲むような苦労があった。――けれど。
「ツェリスカ。もう、休んでもいいのですよ」
あの頃と変わらない笑顔で、母が囁く。
もう一人で頑張る必要はないのだと、そう言って幼子をあやすように、長い髪に触れようとする。差し伸べる手は優しく細く、一陣の風が吹き渡るように心に波紋が広がっていく。
しかし。
「母上は相変わらずお美しいですね。今の私では、とても及ばぬことでしょう」
伸べられた手を静かに辞して、ツェリスカは言った。
どうしたの、と言うように美しい女は首を傾げたが、竜の娘は視線を僅かに下へ逸らしたまま、続ける。
「ですが貴女をも越えてみせねば、血反吐を吐いて今日まで生きてきた甲斐がない。……私の戦いは、まだ続いているのです」
次にお会いするときには、とっておきの自慢話でも。お聞かせしましょうと微笑むと、幻は少しだけ、寂しそうに笑み返す。けれどもその輪郭は、やがて白い霞に飲み込まれ、風とともに散っていった。
(矜持か)
いつか友の語った言葉を胸に呼び起こし、止まることなくツェリスカは歩む。
折れない矜持を胸に抱き、自らに恥じることなく生きるために。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
クロト・ラトキエ
楽園――
パライソ、ティル・ナ・ノーグ、エリュシオン…
この世界なら仙界、桃源郷ってとこでしょうか。
…正直。
戦場にばかり在った身としては、何処であっても平和こそ楽園に見えますが。
さて置き。
それでは解決しませんので、進みますかー。
幻、ねぇ。
見知った、存命中の顔に囲まれるってのは、
あまりゾッとしないといいますか…
正直イヤですね、この状況!
だって皆、僕の事恨んでるの明白ですし。
何たって…
俺の、
俺達の団長を、俺が殺したわけで。
その件に、後悔も、感慨すら無い。
降り掛かる火の粉を払っただけ。
けれどそれは言いはしなかったから…
元同僚。腕の立つ連中相手…面倒…
取り敢えず。
三十六計逃げるに如かず!
先に進まねばですし
「楽園――ですか」
パライソ。ティル・ナ・ノーグ。或いはエリュシオン。楽園を語る言葉は数あれど、この世界ならばさしずめ仙界、桃源郷といったところだろうか。
どこからか届く鳥の声に顔を上げて、クロト・ラトキエ(TTX・f00472)は眩さに目を細める。山間に広がる桃園は驚くほど長閑で、風の匂いも柔らかな陽の光も、まるで平和そのものだ。長らく戦場に身を置き続けた男にとっては、それだけで十分に楽園たり得るように思われるが――ことここに限っては、この安穏とした空気に甘んじていたのでは事が解決しないのだろう。
「では、進みますか……」
この先に広がる楽園とやらがどんなものかを、確かめるためにも。
墨染の爪先を一歩前に踏み出した瞬間、それは音もなくやってくる。
「……?」
異界に入り込んだような奇妙な感覚だった。されど見渡す景色には変わりがなく、クロトは小さく首を捻る。鳥の声も、草花の匂いも、先程から何も変わった気配はない。確かに、何かに足を踏み入れたと思ったのに。
奇妙な感覚に眉を寄せたその時、ひたりと忍び寄る気配に気づいた。その正体を悟って、男は丸眼鏡のブリッジを押さえる。
「…………これが幻、ねぇ」
こういうパターンもありですか、と、苦笑いした口元が微かに引き攣る。
一人や二人ではない。岩陰から、桃の木陰から、此処にいるはずのない人々が半身を覗かせクロトを見つめていた。彼らは記憶の淵に沈めた亡者でもなければ、空想の産物でもない。いずれもよく見知った顔の持ち主達はみな此処にいるはずはないが、少なくとも今を生きる人間だ。
ならばなぜ、彼らが幻となり姿を現したのか。特筆すべきはただ一点。
彼ら全員がクロトのことを、酷く恨んでいるに違いない――ということである。
「なんて陰湿な宝貝なんですかね、これ」
冗談めかした物言いで、けれど正直なところいい気はしない。というより、まずい気しかしない。見知った人々は光のない目で瞬きもせずクロトを見つめていたが、彼らが言いたいことは分かっている。
「殺したな」
誰が発したのかも分からない声に、背筋がざわついた。じりじりと後退りすればブーツの踵が土を削る。
(言われなくても、分かってますよ)
忘れるわけもなく、白を切るつもりもない。何せ、この手で殺したのだ――彼らと同じ立場にありながら、彼らが長と呼んだ人を。
勿論、やりたくてやったわけではない。ただ降り掛かる火の粉を払っただけで、そこには後悔も感慨もない。けれどわざわざそんな内幕を語る口は持ち合わせていなかったから。
敵意はない、と示すように胸の前に両手を構え、クロトは微かに口角を上げた。
「とりあえず――三十六計逃げるに如かず!」
腕の立つ元同僚が相手だ。幻とはいえまともに構ってはいられない。今はただ過去からの追跡者達を振り切って、桃園の先へ走るのだ。
大成功
🔵🔵🔵
水鏡・多摘
桃源郷…にしては不穏すぎるのう。
罠に誘う食虫植物のような…それは穿ち過ぎか。
何の幻影が来るかは分からぬが、それでも往かねばならぬなら進むのみ。
…この風景が我への幻か。
一昔前のUDCアースの田舎、我がかつて奉られていたあの村の日々。
ささやかな社に穏やかな村人、豊かな山川の自然…どれも今は水底に失われたもの。
時折村人と語り遊び過ごしたあの美しい日々は確かに我の足を止めるには十分じゃろう。
ああ、あの頃のように誘ってくれるのか。
だがすまぬ。我は所用があってな、この先へと進まねばならぬ。
足を止めるのは…皆が大切だったからこそ、我はやり遂げねば。
だから、またいつかな。と手を振り先へ進む。
※アドリブ等お任せ
「桃源郷……にしては不穏すぎると思うたが」
ほう、と知らず知らず息を吐き、旧き龍は口をつぐむ。
甘い匂いで罠に誘う食虫植物のような――と言っては穿ち過ぎかもしれないが――花枝の間を縫い進むうちに平凡な桃園の風景は一変した。翠眼の下に載った小さな丸眼鏡は、彼にとって極めて親しみ深い風景を映し出す。
それは一昔前、UDCアースの片田舎。今は水鏡・多摘(今は何もなく・f28349)と云う名の竜神が祀られていたささやかな社。緑豊かな山と川に囲まれた村で、村人達の慎ましくも安らかな営みを見守りながら、時折人の輪に交わり遊んだ美しい日々は、ある日冷たい水底へと沈んだ。
「……これが我への幻か」
幻によって訪れる者を籠絡する宝貝が、いかな幻を見せるものかとは思っていたが、なるほどあの日々の景色ならば、この足を止めるには十分だろう。なかなかやりおると呟いて、多摘は大きな口の端を上げた。幾重にも連なる木々の葉を抜けて、紅い夕日が剥き出しの土の上に点々と落ちている。がやがやと話す声に顔を上げると、道の向こうから村人達がやってくるのが見えた。
「やあ■■■■。また降りてきたのかい」
「今からみんなで飲むんだが、■■■■も一緒にどうだい?」
寄り合いの帰りだろうか。まとめ役の老人に、酒瓶を掲げた陽気な男。喧嘩早いが気のいい若者達。朗らかに笑う彼らの表情には、後に彼らを染め上げる邪教の影は微塵もない。
「――ああ」
あの頃のように、誘ってくれるのか。
白く長い眉の下で、翡翠の瞳は無意識に柔らかな弧を描く。
日々のよしなしごとを語りながら、飲んで笑い、潰れては笑ったなんでもない夜。そんな時間を、彼は愛していた。彼が人々を慈しめば、人々は彼を親しみ、敬った。けれど――。
「すまぬ。我は所用があってな、この先へと進まねばならぬ」
それらがもう決して戻らぬことを、彼は知っている。
ええ、と不服そうに声を上げて、村人達が言った。
「なんだよ、付き合い悪いなあ」
「大した用事じゃないんだろう? ちょっとくらい、いいじゃないか」
「まあまあ、■■■■にだって都合があるさ。なあ■■■■、今度はきっと来てくれよ」
残念がる若者達を宥めすかして、年嵩の男が振り返る。眼鏡の奥に光る瞳で、多摘は少し、寂しげに微笑った。
「ああ、またいつかな」
着物の袖から伸びる手をひらひらと振って、龍は村人達に背を向ける。約束の『いつか』が訪れることなどないと知りながら、それでも一時足を止めたのは、あの日に帰れたらという想いが心のどこかに残っているからだろうか。
(それでも、我は)
やり遂げねばならぬ。
水底に沈んだ過去を無にせぬため。いつかまた見える日に、誇り高き神であるために。
懐かしい気配が遠ざかるほどに見慣れた景色は色を喪い、やがて霧の晴れるように消えていった。
大成功
🔵🔵🔵
第2章 ボス戦
『蘭芳公主』
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POW : 厄災
自身の【生命力】を代償に、1〜12体の【凶事を運ぶ災厄の獣】を召喚する。戦闘力は高いが、召喚数に応じた量の代償が必要。
SPD : 凶兆
【幻惑の蝶々】を解放し、戦場の敵全員の【吉兆】を奪って不幸を与え、自身に「奪った総量に応じた幸運」を付与する。
WIZ : 禍殃
【嘗て友と呼んだ幻獣たち】で攻撃する。また、攻撃が命中した敵の【纏う幻獣にしか見えぬ人の闘気】を覚え、同じ敵に攻撃する際の命中力と威力を増強する。
👑11
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再び出逢えば立ち止まらずにはいられない、愛しき日々に、愛しき人。
相見えればその場に立ち竦まずにはおれない、忌まわしき敵、忌まわしき記憶。
しかしそのすべてを振り払い、猟兵達は夢幻の桃園を踏破する。
「――あそこだ!」
道の先を示して、誰かが叫んだ。青い草叢を掻き分けた先に天を衝いて聳え立つ断崖には、大きな横穴がぽっかりと口を開けている。
『崖の下の洞穴を抜けたその先には、この世のものとは思えぬほどの美しい世界が広がっている――』
噂に聞いた話が事実なら、楽園は恐らく、あの横穴の先にある。しかし加速する猟兵達の行く手を阻むように、それは音もなくやって来た。
「なんだ
……!?」
一頭、二頭。光る蝶の姿をした凶兆は、寄り集まってやがて人の形を成す。しかし勿論、それは人ではない。
かつて虚ろの海に沈み、その波間から舞い戻った亡霊にして混ざりもの。誰かに愛され、そして憎まれたとある仙女の成れの果て。光り輝く幻獣達を伴って、女はたおやかに微笑っている。
「あの桃園で、幻を見せていたのはあんたか……?」
尋ねども、返る答えはない。けれど成すべきことは明白だ。
彼女がオブリビオンである限り、捨ておくわけにはいかないのだから。
鏑木・桜子
過去に囚われた人たちが永遠に閉じ込められる牢獄…それがここの正体だったんですね。
過去とは人を縛るものではなくより良き未来に進むための礎。
過去がなくして未来はなく未来なくして過去はありえないのです。
それを歪めるオブリビオンという存在を…わたし達は必ず倒します!そしてあなた自身も未来に歩めるように…この太刀を奮います!
時間をかけるとどんどん幸運を吸い取られ…全ての攻撃が「強運」により避けられかねない、厄介な敵ですね。
ならば取るべきは一つ!
幸運を盗られる前に穿つ速攻の攻撃!
幸運などでは避けようのない全方位からの飽和斬撃!
音をも置き去りにする我が縮地の如き踏み込み、そして雷の如き一閃!
とくとご覧あれ!
夜鳥・藍
あの先が目的の場所なのね。
でもこの方が幻を見せていたとして、どうしてそんなことをしたのかしら?
この人もずっと浸りたい永遠があったのかしら?それとも忌避する嫌な思い出があったのかしら?
……いえ、今考えてもしょうがない事ね。
神器鳴神を投擲し竜王の召喚を。
投擲の攻撃を避けられても念動力での操作があるので避けられるままの事は無いでしょう。
相手の攻撃は第六感で回避します。攻撃手段を竜王に委ねているのである程度回避に専念できると思いますから。
友と呼んだ存在……。
影朧になったかもしれないけれど、結果的にこうして転生の道を歩めた私はとても幸福なのね。誰かを置き去りにしてきたのかもしれないけれど。
村崎・ゆかり
どうにも、見かけと裏腹に禍々しい気配を纏ってるわね、あなた。
生来のものか、オブリビオンとなってから染まったか。
まあいいわ。生前のことを詮索しても始まらない。オブリビオンは、須く討滅する。
視たところ、あなたは災厄を振りまくのが本質と見た。
それなら、あたしにも当てがあるのよ。
「降霊」で太歳星君降臨。
ご降臨誠にありがとうございます。この度は、かの厄災の仙女を討滅すべく、そのお力をお貸しください。
これであなたの運気も最悪になったわ。五分と五分。後はどちらが素で不幸なのか不運自慢と行きましょう!
薙刀の「なぎ払い」で幻獣の群を退け、駆け込んで公主に紫に煌めく穂先で「串刺し」狙い。
さあ、吉凶は何と出る!
「過去に囚われた人たちを永遠に閉じ込める牢獄……それがここの正体だったんですね」
両眉をキッと吊り上げて、鏑木・桜子(キマイラの力持ち・f33029)は太刀の柄に手を掛ける。
過去なくして未来はなく、また、未来がなくば過去に意味はない。過去とは人を縛るものではなく、より良き未来に進むための礎となるものだ。
「あなたは、わたし達が倒します」
昨日と変わらない今日だったからと言って、明日も同じとは限らない。未来はいつだって不確かで、だからこそそれをより良いものにするために人はもがく。
少なくとも、桜子はそうやって生きてきたのだ。明日の可能性を奪う仙女の行いは、決して容認できるものではない。
「二の太刀」
大太刀の鯉口が涼やかに鳴った。小さな身体から立ち上る気魄は花色の雷電となり、毛先に行くに連れくるくると巻いた豊かな髪が、敵に飛び掛からんとする猫のように膨張する。
過去を過去に帰す秘剣を、さあ――その目でとくとご覧あれ。
「桜花、春雷!」
花をあしらうぽっくり下駄が、かつんと鳴った。地面をひと蹴りしたかと思えば、そこに桜子の姿はない。音をも置き去りにする縮地の踏み込みから縦横無尽に畳み掛ける斬撃が、麗しき仙女に襲いかかる。その剣閃はまるで、冬を切り裂く春雷の如く。
「っ、やった
……!?」
確かな手応えがあった。しかし次の瞬間、桜子は瞠目する。
振り下ろした刃は女の頸に触れる寸前でぴたりと止まっていた。そして何もないはずの空中で、透明な結界が硝子の剥がれ落ちるように崩れていく。
「また結界を……」
そう簡単に首を取らせてくれるとは思っていないが、なるほど一筋縄ではいかない相手らしい。
身体を丸めてくるりと宙返りし、間合いを取って着地する。けれど心は前を向いたまま、キマイラの少女は刀の柄を握り直した。一度でだめなら二度、二度でだめなら三度。この刃が届くまで、何度でも向かっていくだけだ。
しかし鬼気迫る少女の気迫を警戒したものか、宙を舞う仙女は大きく後退した。そして自身と猟兵達との間に、無数の幻獣を割り込ませる。く、と小さく歯噛みして、桜子は言った。
「これでは、近づけないのです……!」
仙女を守るように飛び回る光の蝶は、一匹一匹は風に舞う木の葉のように力を持たないが、一方では触れたものから幸運を吸い取るという。時間を掛ければ掛けるほど幸運を吸い取られた猟兵達が不利になる、厄介な妖術だ。なんとしても長期戦は避けたいところだが――。
「あたしに任せて」
巫女服の肩をぽんと叩いて、村崎・ゆかり(《紫蘭(パープリッシュ・オーキッド)》/黒鴉遣い・f01658)が言った。紫蘭の瞳はまっすぐに、仙女のそれを見据えている。
「あなたは災厄を振りまくのが本質と視た。それなら、あたしにも当てがあるのよ」
目を閉じ、胸の前に真白の霊符を構えて、少女はここにない何かへと呼び掛ける。
「地の底巡る大いなる厄災の神よ、我が願いに応え、怨敵を調伏せしめんがためこの地へと出でまし給え」
疾、と結んだ呪言に応えるように、ブーツの足元から白い光が立ち上る。辺り一面に風を巻き起こしながら、それは姿を現した。
「かの厄災の仙女を討滅すべく、そのお力をお貸しください」
美髯を蓄え、官服を纏った男。その名を太歳星君と云う悪魔は少女の呼びかけに応えるように、手にした羽扇を掲げた。ひと振りすればありとあらゆる運気を下げる呪詛が風となって仙女の身体に纏わりつく。
「これであなたの運気も最悪になったわ。後はどちらが素で不幸なのか、不運自慢と行きましょう!」
少なくともこれで、猟兵達が一方的に運気を奪われることはない。してやったりと拳を握って、ゆかりは高らかに告げた。しかし仙女は自嘲をはらんだ曖昧な笑顔のまま、猟兵達を見つめている。底の知れない表情がなんとも不気味で、少女は眉をひそめた。
「……どうにも、見かけより禍々しい気配を纏ってるわね、あなた」
その気質は生来のものか、それともオブリビオンと化して染まったものか。高く結った翡翠の御髪は長く、紫金の薄衣に透ける肌は雪のように白くあえやかで、そのくせ氷のように冷たい仙女。彼女が本当は何者で、かつて何を想って生きたのかは知る由もないが――ただ一つ言えることは、彼女がひどく孤独だということだ。
「まあいいわ。生前のことを詮索しても始まらない」
さあ、吉凶は何と出る?
紫に煌めく薙刀を一振り身構えて、少女は幻獣達の群れに飛び込んでいく。
(……始まらない、か)
何気なく零れた一言を耳に留め、夜鳥・藍(宙の瞳・f32891)は物憂げに宙色の瞳を細めた。
オブリビオンは討滅すべきものだ。そこにどんな想いがあれ、過去があれ、今を生きる人々に害を成す以上、猟兵はそれを排除しなければならない。
けれど、どうしても考えてしまうのだ――桃園を訪れる人々に幻を見せていたのが彼女であるならば、それはなぜなのか。
(どうしてそんなことをしたのかしら)
彼女自身、浸りたい永遠があったから?
それとも耐え難い痛みや屈辱の記憶を、他の誰かにも味わわせたかった?
彼女を守るように立ち塞がる幻獣達は、彼女にとって何だったのだろうか?
(……今考えても、しょうがないことね)
ゆるりと首を振り、銀色の娘は神器を取り出した。
どうせ混ざりもの、考えても詮なきことと頭では分かっていてもつい想い馳せてしまうのは、一つ間違えれば藍自身、影朧となって骸の海に沈んでいたかもしれないからか。
(私はとても幸福なのね)
誰かを置き去りにして、それでもここにいられるということ。再び与えられたチャンスを、生きているということ。
目の前の彼女が望んでも得られなかったかもしれないものを、自分は確かに持っている。だからこそ今を生きる者として、この道の先をめざすのだ。
神器を翳す手の向こう側に、崖下の横穴が口を開けているのが見えた。しかしそれは一瞬のことで、世界はすぐさま無数の光蝶と、幻獣達に覆われる。その一群を目掛けて、放つのは嵐の王――竜王。自在に宙を裂くその雷に撃たれ、一匹、また一匹と、幻獣達が光の粒に変わっていく。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
木槻・莉奈
シノ(f04537)と
ようやく元凶のご登場?
てっきり怖くて隠れて震えてるのかと思ってたわ
『高速詠唱』『全力魔法』で【トリニティ・エンハンス】
選ぶのは【炎の魔力】で攻撃力強化
ほらシノ、心配しないで大丈夫だってば
獣だからって、全員まるっと友人認定するわけじゃないわ、心配いらない
…弱点はよく分かるけどね
『戦闘知識』『地形の利用』『足場習熟』『マヒ攻撃』等駆使し、敵の機動力を削ぐ事を前提に行動
攻撃が『見切り』を基本、間に合わない場合『武器受け』
相手が悪かったわね
ビーストマスター相手に、獣を使って勝てると思わないでちょうだい
友人であり戦友でもある彼らは、稽古相手でもあるんだから
立ち回り方はよく知ってるわ
シノ・グラジオラス
リナ(f04394)への攻撃はすべて『かばう』
楽園に誘い込んだ人間を餌にしてたのか、それとも戯れか
どっちにしろ悪趣味なのは変わらんな
本体はともかく、取り巻きは獣
リナにとっては酷かと思ったが…余計な心配だったみたいだな
【洞映し】の炎を燎牙に纏わせ、蝶には『範囲攻撃』で延焼し易いようにする
災厄の獣の動きは『マヒ攻撃』で制限し、極力各個撃破するようにするが
同時に囲まれないようにも留意
『聞き耳』で音を主軸に『見切り』『野生の勘』で極力避けて『武器受け』で止める
手に馴染む黒剣も青白い炎も、もう自分の体の一部のよう
この戦い方も遺されたものなのかもしれない
それなら、今を守るために存分に活用させてもおうか
クロト・ラトキエ
幻では無く、『もしも』があったなら。
対峙する他に無い――
…いやはや。
あんなの相手にするより気楽で失礼を!
楽園への興味はそこそこ。
彼女の思惑も、まぁ気にはなりますが。
己は猟兵で、傭兵。
かの少年が『手伝ってくれないかな?』と…
そのオーダー、承った以上、其方が優先ですので?
白兵より術式、召喚が得手か。
数は多過ぎはしない…が、一つ一つが当たれば厄介。
攻撃時の彼女の位置取り。視線や術前の挙動。
呼ばれたモノの行動パターン…
視る。
得た全てを以て、躱し、斃す機を見切るべく。
木々や岩場へ鋼糸のアンカーを。
張り巡らすのは足場、且つ触れる敵を斬り断つ罠。
地も空も己が領域。
守りを突破し、彼女に届いたなら。放つ
――肆式
人と幻獣、敵と味方。断崖へと続く原野の乱戦を、少し離れて見つめる目があった。
(白兵より術式、召喚が得手か)
樹上から戦場を見渡して、クロト・ラトキエ(TTX・f00472)はふむふむと頷いた。獣達の数はそこそこ、といっても十余名の猟兵達を相手取って、易々とは突破されないだけの力と頭がある。あれが仙術であるならば、これだけの獣達を同時に操る仙女の力も相応のものだろう。
決して侮れることのできない相手。しかし、それは確かであるにもかかわらず、不思議と心は落ち着いていた。そこで先程の幻が脳裏を過り、いやいやと男は首を振る。
「いやはや。あんなの相手にするより気楽ですからね!」
生きた人間以上に恐ろしいものなど何もない、というのは、使い古された冗談のようでありながら、この世の真理だ。幻相手ならどうにでもなれど、もしいつか、どこかで本物の彼らと鉢合わせたなら、逃げは通用しないだろう。対峙するより他にない――そんな状況を想像すれば、世の中の大体のことはそれよりマシに思えてくるというものである。
(彼女の思惑も、まぁ気にはなりますが)
なぜ彼女がこの場所に存在しているのか。この道の果てにあるという『楽園』とは、なんなのか。そういった事柄にまるで興味がないとは言わないけれど、彼は猟兵であり、傭兵だ。依頼人のオーダーは、個人的な興味よりも優先される。
よろしく、と頼もしげに笑った少年の顔を思い浮かべて、クロトは眼鏡の奥の黒い瞳を光らせる。
(承った以上、其方が優先ですので?)
だからすべては、この場を収めたその後で。
確実な勝ち筋を見いだすために、クロトは視る。仙女の位置取りからその瞳が何を視て、考えているのかを予測する。彼女を守る獣達がそれぞれどんな姿で、何を基準に動いているのかを、頭の中に叩き込む。そうやって得たすべてを以て、身を躱し、敵を斃し、彼は今日まで命を繋いできた。今日とて同じ――やるべきことを、いつも通りにこなすだけだ。
黒い手袋を手首の先までしっかりと引き上げて、クロトは言った。
「さあて、行くとしますか」
軽妙な口ぶりで、けれど戦場を見据える眼差しは鋭く。ぱしゅ、と風を切る音を伴って、男の手から鋼糸が伸びる。木々に、岩場に、ぴんと張り巡らせた糸は足場であると同時に、己が身を護る鎧でもある。
糸から糸へ軽やかに渡る男に触れようとして、翅を裂かれた光の蝶が花弁のように崩れ落ちた。地を蹴り、空をわたり、獣達の頭上を飛び越えて――これならば、届く。
「肆式【フィーア】」
黒い外套の内側から放たれた鋼糸と刃が、空に浮かぶ仙女へと襲い掛かる。そのうちのいくつかは見えない壁に阻まれて地に落ちたが、それぐらいは予想の範疇だ。狙い澄ました一矢は獣達の守りをすり抜けて、女の肩を確かに射貫いたけれど――。
「……思いの外に気丈な人ですね、あなた」
おどけたように口にしながら、クロトは一旦距離を取る。白い肩から黒ずんだ塵を立ち上らせながらそれでもなお曖昧に、女は儚い笑みを浮かべていた。
どう転ぶやらと肩を竦めて、黒ずくめの影は再び、中空へと跳躍する。戦いの決着は、まだしばらく先になりそうだ。
「ようやく元凶のご登場?」
青い光芒の剣で地面を突き、木槻・莉奈(シュバルツ カッツェ・f04394)は言った。
「てっきり怖くて隠れて震えてるのかと思ってたわ」
自分は姿を見せることなく幻で人々を捕らえて囲い込むなど、小心者のオブリビオンが居たものだ。挑むような口ぶりに少し意外そうな顔をして、シノ・グラジオラス(火燼・f04537)が応じる。
「意外と大丈夫そうだな」
莉奈はビーストマスターだ。あらゆる動物と心を通わせることのできる彼女には、獣との戦いは酷なのではないかと思っていた。けれどそんなシノの心配をよそに、莉奈は強気に笑ってみせる。
「大丈夫だって言ったじゃない。獣だからって、全員まるっと友人認定するわけじゃないのよ」
それに、獣と言っても彼らは今を生きる命ではない。既にこの世ならざるものの内より生まれた、亡者も同じ存在だ。ならば遠慮は無用というものだろう。
「全然、戦いづらいことなんかないわ――相手の弱点は、よく分かるけどね?」
二人を取り囲む獣達が、じりじりと距離を詰めてくる。しかし所詮は幻に過ぎない獣など、恐るるに足らずだ。ローファーの足でしっかりと大地を踏み締めて、莉奈は不敵な笑みを浮かべた。
「ビーストマスター相手に、獣を使って勝てると思わないでちょうだい!」
獣達が一斉に地を蹴り動き出す。角のある獣、鋭い爪の獣、巨体の獣に、空を飛ぶ獣。しかしそれらが実在の獣の形をしている以上、彼らの動きを知り尽くした莉奈の敵ではない。獣は彼女にとって友であり、仲間であると共に、戦いの技を磨く稽古の相手でもあるのだ。炎を纏う光剣でばっさばっさと幻獣達を切り捨てていく幼馴染の逞しさに、シノは思わず眉を下げ、笑った。
「本当に、余計な心配だったみたいだな」
万一の時はいつでも代わりに攻撃を受けるつもりでいたが、今のところその必要すらないらしい。それはそれで、こちらも好きに動けるというものだけれど。
(しかし……悪趣味だな)
『楽園』の噂に誘い寄せられた人々を、仙女はどうするつもりだったのだろう。いずれ彼らの餌にするつもりだったのか、それともすべてはただの戯れか。どちらにしろ、いい趣味とは言い難い。彼女の根っこがどこにあれ、今この場で屠るしかあるまい。
黒剣の刃に手を添え力を籠めると、流れ出た血が蒼白く燃え上がる。蒼い炎は夥しい数の蝶達へ次々と燃え広がり、その翅を焼き落としていく。
「リナ!」
これでもう、彼らに触れられても運気を吸われることはない。呼び掛けに素早く頷いて、莉奈は跳躍する。空中にぽっかりと空いた戦場の隙間を捉えたら、後はそこから『落ちる』だけだ。真下に向けて握り締めた光剣に体重を乗せ突き下ろすと、光る獣の一体が弾けるように飛び散り、消えた。
「相手が悪かったわね」
土をも貫いた剣を片手に持ち替えて、莉奈は笑う。しかしそれも束の間、新たな獣達が次々と彼女に向って押し寄せてくる。
「あ……」
まずったかも?
敵を屠った直後、動きと動きの狭間に生じるほんの僅かな間隙。獣達は本能的に、そこを突くのが上手いのだ。しかし彼女の喉笛に噛みつこうと跳躍した幻獣は、真横から飛んできた黒剣の一撃によって薙ぎ払われる。きょとんとして見つめる幼馴染の視線に、黒剣の主は少しばつが悪そうに頬を掻いた。
「ま――少しは俺も役に立たないとな?」
彼女がいかに獣相手の戦いに長けていようとも、彼女は彼の、守るべき人なのだから。体勢を立て直した幼馴染の隣に並び、シノは黒剣を握り直す。譲り受けたばかりの頃は振り回すのにも難儀した剣は、今はまるで身体の一部のように手に馴染んだ。
(……剣だけじゃ、ないか)
それは血を流さずにはおれぬような、不器用な戦い方かもしれないけれど。
それさえあの日、恩人が彼のために遺したものであるならば――存分に振るおう。ここにある大切なものを、二度とは喪わないために。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ラファエラ・エヴァンジェリスタ
貴公、嫌な幻を見せてくれたね
だがしかし、今の気分はそう悪くない
過去は所詮過
命も彼ももう一度手にした今の私には、取るに足らぬことだと折り合いをつけられるがゆえに
UCを使用し騎士を喚ぶ
自身は愛馬Tenebrarumに騎乗し、彼の後ろへ控える位置へ
幻獣たちは多いだろうか
攻撃にはオーラ防御を
顔を背けて「黒孔雀」を開き、追い払う様にして煽ぐ
寄るな、私は我が愛馬以外の獣は好かぬ
…獣くさい
なお近寄るなら嫌悪を隠しもせずに愛馬に踏み付けさせる
さて、獣にばかり構ってもおれぬな…我が騎士よ
扇で仙女を指し示し、彼女の足元の影から「茨の抱擁」を顕現させて、吸血
畳みかける様にして騎士からは光属性攻撃を纏う斬撃を
終夜・凛是
幻を超えた先にいるのは、倒さなきゃいけない相手だけど
あの幻を見せてくれて、ありがとって気持ちがちょっとある
今の俺がどれだけやれるか、わかったから
倒すことは、できた
けど、やっぱりすんなりとはいかなかったから
俺はまだまだ、なんだ
強くならなきゃ、って拳握る力も強まる
自分の力を知ることができたのは意味あることだけど
お前を放っておけるかは、別
獣とはさっきも戦ってきた
身を低くして、その懐踏み込んで拳向けるだけ
獣の牙も爪も、急所にくらわなければいい
強い相手なら、俺自身の研鑽にもなるから引きはしない
傷を負っても、あとで治るから気にせずただ前に進む
あんたがなんでそうなったか知らないけど、還ったほうがいいよ
都槻・綾
優しい幻
悲しい幻
あなたならどんな幻を見るのかしら
此の世界を憎んでいらっしゃる?
其れとも
愛していらっしゃる?
問いに応える声は無くとも
例え
世界を慈しんで海から還ったのだとしても
或いは
滅ぼさんと舞い戻ったのだとしたら、尚更
災いは祓わなくてはならないから
霊符を掲げる指先にも
高速で紡ぐ鳥葬の詠いにも
一切の迷いはない
飛び交う蝶も
向かってくる獣たちもまた
幻のように美しくて
薄紗の如きオーラで身を護り
ひらり、戦庭を駆けながら
ふわり、笑みが零れる
あなたが現し世でまみえた彩りの記憶は
斯様に鮮やかだったのねぇ
友と呼ばう幻獣達と翔ける野は
もはや此処には無いけれど
彼方の海までを餞の鳥で彩るから
どうぞ違えずに航って行ってね
「――寄るな」
手綱を引けば高々と前脚を上げた黒い馬が、角持つ幻獣を踏みつける。あえなく霧散する光の粒子に一瞥をくれ、ラファエラ・エヴァンジェリスタ(貴腐の薔薇・f32871)は冷やかに告げた。
「私は我が愛馬以外の獣は好かぬ」
一匹、また一匹。飛び掛かってくる獣達は、数は多いが個々の力はそれほど強くないらしい。精緻な透かし織りの美しい洋扇を一閃、獣の群れを退けると、ラファエラは開いた扇の端で口許を覆う。焚き染めた香の匂いは血生臭い戦場にあって、ほんの一瞬、どこか違う場所にいるかのような安らぎを与えてくれる。
獣のにおいは嫌いだ。ただでさえ耐え難いのに、この幻獣達はそのうえ強烈な死臭を纏っている。彼らもまたその主と同様に、骸の海より出でし亡者なのだろう。
獣の群れの向こう側、空高くから猟兵達を見下ろす仙女の姿を仰ぎ、寵姫はぽつりと言った。
「実に、嫌な幻を見せてくれたね」
しかし言葉とは裏腹に、紅を引いた唇は緩やかな弧を描く。あんな幻を見た後だと言うのに、心は妙に凪いでいた。胸の前で両手を組み合わせ強く念じれば、彼女を包み込むように白い光が輝き出す。
光の中から現れたのは、白馬に跨る一人の騎士だった。その表情は仮面に覆われて見えず、言葉も発せられることはないけれど、いずれも今の二人には必要のないものだ。彼女が彼を必要とするとき、彼は必ずそこにいてくれる。
「獣にばかり構ってもおれぬな……我が騎士よ」
みなまで言わずとも、騎士はすべてを理解しているようだった。光の魔力を帯びた剣を右手に固く握り締め、踵で騎馬の腹を蹴って走り出す。
銀の鎧に目の覚めるような群青の外衣を引いた背は、今も昔も変わらない――かつて彼女を逃がそうとして命を散らした、彼女だけの騎士の背中だ。
かつて喪った命と騎士が、今は再び彼女と共にある。その力強きことに比べれば、悪辣な幻など取るに足らぬものだ。けれど。
「テネブレ」
穏やかに愛馬の名を呼んで、ラファエラもまた騎士の背を追い走り出す。取り戻した今だからこそ、同じ過ちは繰り返すまい。
(貴公ひとりでは行かせぬよ)
今度は彼女が、彼の行く道を開く番だ。輝く剣で、或いは黒き茨の抱擁で、主従は戦場を突き抜けていく。
目指すのは、宙に浮かぶ仙女の喉元。しかしひとたび肉薄しても、彼女はすぐにまた新たな獣達を生み出し、自身は後方へ退いてしまう。悠然と漂う仙女と立ち向かう猟兵達の攻防は、まさに一進一退の様相を呈していた。
「あなたなら――」
ひらり、ひらり、向かってくる幻獣達を流水の如くいなしながら、都槻・綾(絲遊・f01786)は空を仰ぐ。翡翠の瞳のその先では、美しい仙女が何を語ることもなく、幻獣と猟兵達との戦いを見つめていた。
「どんな幻を見るのかしら」
思わず足を止めずにいられるような優しい幻を彼女は求めたのか。
それとも目を覆いたくなるような、悲しい幻に苛まれてきたのか。
黙して語らぬ仙女が、明かすことはないのだろう。それでも問わずにはおれなくて、綾は続ける。
「此の世界を憎んでいらっしゃる? 其れとも――愛していらっしゃる?」
答える声はなかった。
無視しているというよりは、もしかしたら彼女自身が、自分が何者であるかを量りかねているのかもしれない。
自分が何者かも分らぬまま、耐え難い悲嘆に暮れ、或いは憤怒に駆られて、罪なき人々を篭絡した女。ただ飛び交う光蝶と幻獣達の美しさがその内側から生まれたものであるならば、生前の彼女は決して悪い人間ではなかったのだろうと思う。
けれど。
(災いは祓わなくてはならないから)
彼女は祓わなければならぬ厄災だ。
たとえ世界を慈しんで海から還ったのだとしても、そして滅ぼさんとして舞い戻ったのだとしたら尚更に、野放しにしてよいものではない。底抜けに慈しい微笑みを浮かべて、けれど一切の迷いはなく、綾は右手を天に翳した。
「あなたの航り逝く路を、ここに標そう」
彼女がこの世を愛しむならば、次はもう、道を違えることがないように。
詠うように紡ぐ呪言は、指先の霊符を無数の鳥に変える。次々に指先を飛び立っていく鳥達を見送って、香炉の宿り神は目を細めた。
蒼穹と花を背に錦の獣達が織りなす世界は、あまりにも眩しい。
「あなたが現し世でまみえた記憶は、斯様に鮮やかだったのねぇ」
いつか彼女が友と呼ばわった獣達も、今は幻。並んで翔ける野はもはやこの世にはなかろうけれど、忘却の海へと還るその道を、彩るくらいは許されよう?
(倒さなきゃいけない、相手だけど――)
羽搏きに縁どられた道に並んで、赤い毛並みの狐が駆けていく。終夜・凛是(無二・f10319)の胸には、桃園の中で迷い込んだあの日の夜の景色が去来していた。変なのかな、と首を傾げて、少年は右手を握り締める。
(ありがとって気持ちが、ちょっとあるんだ)
空に漂う名も知らぬ仙女。あの幻を見せたのが彼女であるならば、そのおかげで気づけたことがいくつかある。
(今の俺がどれだけやれるか、ってこと)
雪の夜に一人投げ出されても、狼の群れに囲まれても、立ち向かえたということ。
(でも、まだまだなんだ……ってこと)
記憶の中の兄の姿には、遠く及ばない、ということ。
窮地を切り抜けるだけの力を身に着けても、その度にぼろぼろになっていたのでは兄の隣には並べない。夕焼け色の双眸は敵を見据えているようで、その遥か彼方にいる人を見つめている。
(強くなりたい)
己の力を理解したからこそ、渇望は強まる。そしてその渇望こそが、人を高みへ押し上げる。そういう意味では、彼女には感謝をしてもいいのかもしれないが――放っておけるかどうかは、また別の問題だ。
正面から駆けてくる獣達を一瞥して数えると、凛是は前傾した。
(獣とならさっきも戦った)
立っていたのでは的になるだけだ。彼らと同じくらいまで身体を低くして、懐に飛び込んだら拳を叩きつけるだけ。鋭い爪や牙がいくら皮膚を裂いたとて、致命傷でないなら同じことだ。
獣達の相手はそこそこに切り抜けながら、少年はただ前をめざす。そして居並ぶ獣達が視界から消えた、その瞬間。
「あんたがなんでそうなったか知らないけど」
肉を斬らせて、骨を断つ。力いっぱい地面を蹴って、凛是は跳躍する。羽搏く鳥の一群とともに、空に揺蕩う仙女の眼前へ飛び込んで――抑揚に乏しい声音で、少年は言った。
「還ったほうがいいよ」
逃れようと身を引こうとした女を、鳥達の翼が覆い、黒い茨の鞭が捕らえる。好機だった。真後ろに引いた腕を凛是が一気に突き込むと、女は大きく身体をのけ反らせ、そして緩やかに落ちていく。
――しかし。
(……まだだ)
それでもまだ、終わってはいない。その命が尽きぬ限り、彼女は体力を削りながら何度でも光る獣を生み落とす。
浮力を失い地に落ちながら、名もなき仙女はなおも哀しく微笑っていた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
リグ・アシュリーズ
【陽翼】
あれがさっきの幻を見せてた人ね?
ツェリりん!
短く名を呼んで、黒剣を手に駆け出すわ。
敵が災厄の獣を呼ぶなら、私の役目は時間稼ぎ。
一体一体相手取るんじゃなく、まとめて惹きつけるように立ち回るわ!
黒剣に奪命の刃を生やして、生命力を啜り。
それを横一閃、流水を薙ぐように見舞えば、
傷ついたって幾らかは持ち堪えられるはずだもの。
さ、そろそろ頃合いね。
私の友達の焔は、半端ないわよ?
笑って飛びずさる、向こうには――全てを焼く、黄金の炎。
討ち漏らしは引き受けたわ!
大地を砕き、打ち上げ、回転斬りで振りまく溶岩まじりの砂礫の雨。
桃源郷で悪さをするなら蟻一匹だって逃さないわ。
このまま、一気に押し切るわよ!
ツェリスカ・ディートリッヒ
【陽翼】
真実を覆う幻など無用だ、夢から醒ましてくれる。
敵が操るのは運気の流れか。厄介だが対処のしようはある。
友の呼びかけには視線で応える。言葉無しでも意図は通じるはずだ。
敵が召喚する獣の相手はリグに任せ、余は高速詠唱に集中しよう。
煌斧ルビンロートを構え、地獄の炎を魔力に変換しエネルギー充填。
リグにつられて微笑みつつ、退避に合わせてUCを発動する。
これが我が魔導の窮極、『覇界断章・煌炎葬歌』!
実体無きものすら燃やす黄金の炎で、運気の流れもろとも敵を範囲攻撃で焼き尽くす。
これで凶事を運ぶことも出来まい。後は討ち漏らしを仕留めるだけだ。
もっとも余は炎を使い果たして動けんがな……残りは頼んだぞ、リグ。
水鏡・多摘
ああ、汝が元凶か。
一時の夢を見せてくれた事には礼を言ってもいいのかもしれぬな。
だが倒さねばならぬ。
汝がこの先に執着を抱いているのかそうでないのかはどうでもいい。
滅ぼしてくれようぞ。
基本は支援中心。
空中浮遊と空中機動、空中戦で空から攻撃を仕掛ける。
向こうの攻撃も足場のない空中では数が多くとも読み易くなるじゃろう。
防御はオーラ防御で結界を形成しつつ念動力でサポートし逸らす。
攻撃は全力の魔力を込めたUCの氷属性のブレスを吹き付け黒き荊で捕縛、抵抗力を奪う。
凶事を運ぶなら近づけさせないのもまた一つの手段。
狙えるなら仙女本人を狙い、代償で減った生命力を根こそぎ吸い上げてくれようぞ。
※アドリブ絡み等お任せ
主たる仙女が生きている限り、何度でも蘇る幻獣達。しかしここへ来てようやく、その勢いには衰えが見え始めた。
地に落ちた女を守るように群れを成す獣達を上空から見下ろして、水鏡・多摘(今は何もなく・f28349)は長い髭を撫でる。
(この先にあるものを守ろうとでもしているのか、偶々この地へ流れ着いたのか――)
そんなことはどうでもいい。
彼女がなぜここにいて、なぜ人々に幻を見せ捕らえていたのかなど、人の事情に取り立てて興味もない。ただ。
(一時の夢を見せてくれたことには、礼を言ってもいいのやもしれぬな)
多摘は龍神だ。
人より遥かに長い時を生きる中で、時に記憶は滲んでいく。どんなに愛しく思った人々も、十年、数十年の時を経ればその声や顔は曖昧な輪郭に変わっていく。
だから――鮮やか過ぎる幻が、正直に言って少し、眩しかった。
もう還らない穏やかな日々。あの日の暖かい木漏れ日の道で出逢った懐かしい人々の姿は、確かにこの心を慰めてくれた。それがオブリビオンの見せる幻だと理解していても、それでも、再び彼らの顔が見られたことを、嬉しくなかったと言えば嘘になる。
なる、けれど。
(それでも、倒さねばならぬ)
もう一度、などと願うほどには若くない。それで取り戻せる程度の過去ならば、彼は今ここにいない。眼鏡の奥の瞳に龍の智慧を光らせて、多摘は息を吸い込んだ。
「滅ぼしてくれようぞ」
人々を惑わす幻影は、その根元から断つのみ。地上に向けて吹き降ろす龍の息吹は凍てつく烈風となり、幻獣達に与えられた仮初の命をあるべき場所へと還していく。
「ツェリりん!」
敵の勢いが衰えて見えたのは、どうやら錯覚ではないらしい。
短く友の名を呼んで、リグ・アシュリーズ(風舞う道行き・f10093)は黒剣を手に走り出した。送った視線に一瞥を返し、ツェリスカ・ディートリッヒ(熔熱界の主・f06873)が何事か唱え始めるのを確かめてから、居並ぶ幻獣達に向き直る。
「よーし、君達の相手は私だよ!」
斬っても倒しても次々と現れていた幻獣達は、明らかにその出現のペースを減らしていた。空に浮いていた仙女は地に落ちて、恐らく余力が少ないのだろう。恐らく今いる獣達が、最後の一陣になる。とはいえその数は依然として多く、その壁の向こうにいる敵を直接狙うのは難しそうに見えた。
ならば、彼女が今すべきことは一つだ。
一匹の獣が戦線を抜け、詠唱中のツェリスカへ向かおうとするのを見咎めて、リグは声を張り上げる。
「そこのオオカミさん! こっちよ、こっち!」
それでも其方へ向かおうというのならば、仕方ない。触れる者の生命を奪う黒い剣を握り締め、少女は高々と跳躍する。後背から一息に切りつければ、獣は呆気なく空へと還った。すると危険分子と見なされたのか、周囲の獣達が一斉にリグに向かって殺到する。
「くっ」
何本もの鋭い牙が腕や足に喰い込んで、少女は一瞬顔をしかめた。けれど痛みに耐えながらも、その表情には確かな笑みが浮かんでいる。
(これでいいんだ)
群がる獣達を黒剣で横一閃に斬り払えば、奪い取った命が手足の傷を癒していく。少しぐらい傷ついたところで、どうということはない――ただ時間を稼げれば、それでいいのだ。
わざと派手に立ち回って敵の注意を惹きつけながら、リグはその時の訪れを待つ。そしてとうとうその背中で、ツェリスカが伏した瞳を開いた。
「煌めくは神火の栞、終末にして原初の炎」
両の手で捧げた煌斧ルビンロートの真紅の刃を取り巻いて、金色の炎が燃え上がる。そのさまを横目に確かめて、リグは言った。
「さ、そろそろ頃合いね」
デニムの表面についた土埃を無造作に払い、その場から飛びすさる。点在する岩から岩へ身のこなしも軽く飛び移り、退避して、人狼の少女は悪戯っぽく片目を瞑った。
「ツェリりんの焔は、半端ないわよ?」
それは虚勢ではなく、誇張でもない。真紅の穂先に灯る火が敵対者達を焼き尽くす光景を、隣で何度も見てきたのだ。ちらりと視線をやればツェリスカは小麦色の肌に珠の汗を浮かべながら、問題ないというように頷いた。
「これが我が魔導の窮極――」
そして焔が、迸る。
「覇界断章・煌炎葬歌【ヴェルトツァウバー・レイヴニル】!」
それは実体なきものすらも燃やし尽くす黄金の炎。空を舞う蝶も地を駆る獣も、かなりの数が渦巻く焔に呑み込まれ、立ち上る気流に乗ってその残滓が空へ舞い上がっていく。
「余にできるのは、ここまでだな」
半ば放心したように獣達の行方を追って、ツェリスカは深く吐息した。これは極めて強力な魔術だが、身体に宿る地獄の炎のすべてを代償として捧げるため、使用後しばらくは指を動かすのも億劫になるのが玉に疵だ。
「後は討ち漏らしを仕留めるだけだ。……残りは頼んだぞ」
長柄の斧を支えに気だるげに立ち、ツェリスカは告げる。すると少し離れた岩場の上で、リグが任せてと胸を叩いた。
「引き受けたわ!」
幻獣達の数も疎らとなった今ならば、確実に仕留めていくことも難くない。鉄塊にも似た無骨な剣を両手で振り被り、リグは唇を引き結ぶ。これで終わりにする、それぐらいの気概を以て振り下ろせば、足元の岩が砕け散り、重く鋭い礫となって、残る獣達の頭上に降り注ぐ。
「このまま、一気に押し切るわよ!」
甘く残酷な幻の時間は、もう終わり。鼓舞するような呼びかけに猟兵達が呼応する。獣達の大部分を喪った女は、戦場の中心で再び彼らを呼び出そうと試みるのだが――。
「そうはさせぬ」
胸の前で祈るように手を組んだ女の遥か頭上から、重々しい声が降る。多摘だった。上空から吹き降ろす氷の息吹は仙女の白い肌に薄氷を飾り、その手足の自由を奪っていく。
「これでもう、獣どもは喚べるまい?」
絶えず曖昧な微笑みを浮かべていた女の顔が、初めて翳った。
『どうして、先へ進みたいの』
やっと綻んだ開かずの唇は、迫りくる猟兵達にそう尋ねているかのようだった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
羅・虎云
【羅胡】
原因は、あの仙女で間違いは無いだろう
奴がオブリビオンであるのならば、私達の為すべき事は一つ
奴を討つ、のみ
召喚された獣は旋刃にて仕掛ける
刃に破魔を宿し、なぎ払いにて厄災を祓う
胡姉に向けて呼び出された幻獣も纏めて狙う
彼女の援護もあれば、片付けるには時間は掛からぬだろう
敵からの攻撃は武器受けにて防御して対処
その後は残りの召喚された獣達は胡姉に任せ、私は敵を目指そう
何度も呼び出されてはキリが無い、元を断つのみ
私には恨みも憎しみも無い、幻を見せる理由も分からぬ
それでも如何なる理由であれ、人を脅かす仙人を見逃す事は出来ぬ
……胡姉も蝶を扱うが、片や凶兆か
扱う者が違えば、力も違うものか
胡・蘭芳
【羅胡】
彼女が良くないものなのは、判りますもの
私達は私達に出来る事をしましょう、若様
敵と敵が召喚した獣や幻獣達に
白花を向けて花蝶繚乱を使用しましょう
花弁と光蝶で敵の視界を遮るように
敵の攻撃を阻害するように
若様の助けになれば良いのです
煩わしいものは私が引き受けましょう
けれど……私とて
それしか出来ぬわけではないのですからね?
白花を揮って若様の援護を
白花の雷は、少し痛いですよ?
あぁ、言い忘れておりましたわ
あの、懐かしい幻に感謝しておりますの
今、ここに私の居る意味を思い出させて下さって
これは私からのお礼です
この白花の一撃を土産にお還りなさいな
ふふ、私の光蝶は……
人が人を慕う情を糧にしておりますから……
ひらり、ひらり、何に触れることもなく落ちた光の蝶が、終わりの時の近いことを告げていた。
もう何体目とも分からぬ幻獣の一匹を空へ還して、羅・虎云(雪峰虎・f32672)は偃月刀を一閃、破魔の刃でその残滓を振り払う。既に数えるほどしかない幻獣達を身の回りに呼び寄せて、けれど逃げるわけでもなく、仙女は猟兵達を見つめていた。その姿はどこか儚く寂しげで、哀れを誘うようにも見えるけれど。
「桃園の幻も、原因はあの仙女で間違いないのだろうな」
「ええ、彼女が良くないものなのは判りますもの」
物憂げに眉を下げ、胡・蘭芳(花護人・f32667)が応じた。一見すると人と変わりのない姿であっても、彼女は過去より来たる亡霊だ。そこにどんな想いがあれ、オブリビオンは討たねばならない。
「奴を討つ」
手中の刃をくるりと回して握り直し、瑞獣は友を振り返った。
「力を貸してくれるか、胡姉」
「勿論です、若様」
にっこりと笑って、蘭芳は頷いた。そうかと短く返せば、唇の端には自然と頼もしげな笑みが滲む。多くの仲間達が力を合わせ、敵の力を削いだのだ――今ならばきっと、この刃が届くはず。
合わせた視線を合図にして、二人は動き出した。四本の脚で地を蹴り駆け出した虎云の後ろで、蘭芳は淡紫の袖を広げ、白花の名を冠する鞭を掲げる。瞳に映す虎云の背中の向こうには、彼に向かって殺到する幻獣達の姿もまた映り込んでいた。
「煩わしいものは、すべて私が引き受けましょう」
前を行く男の道が、遮られることのないように。
多節の鞭の先端に灯った白い光が無数の蝶と花弁に変じ、空を舞う様はまさに花蝶繚乱。視界を遮られて惑う獣達の隙間を縫って、虎云は突き進む。時折襲い来る獣の爪牙を偃月刀で斬り払い、受け流して、ただ前へ――前へ。蘭芳と仲間達が作り出したこの好機を、逃すわけには行かないのだ。
獣の群れをとうとう切り抜けて、白虎の牙は虚ろな仙女の喉元へと迫っていた。
「私には、恨みも憎しみも無い。君が旅人に幻を見せる理由も分からぬが」
この地に生を受けた仙士の一人として、人を脅かす妖仙を見逃すことはできないのだ。
きっぱりと告げて、虎云は偃月刀を振り上げた。刹那、轟音と共に掲げた刃が紫電を帯びる。ちらりと背後を顧みれば、蘭芳のたおやかな笑みがそこにあった。
「ふふ、白花の雷は、少し痛いですよ?」
「……胡姉」
ありがとう、と声には出さず呟いて、虎云は掲げた腕を力の限りに振り下ろす。雷を纏う斬撃は見事、仙女の身体を切り裂いた。傷口からは流れる紅い血の代わりに黒い塵がとめどなく溢れ出し、美しい女は見る間にその形を喪っていく。
「あぁ――言い忘れておりましたわ」
崩れていくその姿をほんの少し、憐れむような眼差しで見つめて、蘭芳が言った。
「私、あの懐かしい幻に感謝しておりますの。今、ここに私の居る意味を、思い出させて下さって」
だからこれは、ささやかな御礼。
手にした鞭を一振りすれば、再びその姿を現した光の蝶と花びらが、消えゆく黒い塵と共に空の彼方へ昇っていく。
「これを土産に、お還りなさいな」
忘却の海へと至る道を飾る、せめてもの餞を貴女に。
清々しいほどの晴天を渡っていく光の蝶達を仰ぎ見て、虎云は言った。
「……扱う者が違えば、力も違うものだな」
「ふふ。私の光蝶は、人が人を慕う情を糧にしておりますから」
少しだけ誇らしげに微笑んで、蘭芳もまた空を見上げた。凶兆を運ぶ光の蝶は仙女ともども姿を消し、ふわり、風の運んだ桃花の香を吸い込んでも、かの幻を視ることは二度とない。桃園に捕らわれた旅人達も、これで解放されることだろう。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
第3章 日常
『貴方だけの物語』
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POW : 天から降る雫を掬う
SPD : 水の地を歩む
WIZ : 水晶の樹に触れてみる
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満開の花枝を潜って歩き、崖の下の洞穴を抜けたその先には、この世のものとは思えぬほどの美しい世界が広がっている。
それは碧落に似てなお碧い、刹那の世界であるという。
そんな噂に魅せられて、楽園を目指した人々がいた。
けれどもその道中は、時に険しい悪路であり、大半の者は目的の場所に辿り着くことなく命を落とした。『彼女』の愛した人もまた、そんな無謀な旅人の一人だった。
だから、引き止めたいと願った。
これ以上、無為に命が散らされることのないように。
けれど彼女が何を言っても、人々は耳を貸さなかったから――だから、彼女は言ったのだ。
『そんなに楽園が見たいのなら、それよりもっと素敵なものを、私がここで見せてあげる――』
それは今から何百年もの昔。
この世界のどこかに在った、少し怖くて、そして寂しい物語。
●碧落に恋ふ
訪れる者に幻を見せる桃園の先、聳え立つ断崖の横腹に空いた穴は、大方の予想通り仙界へと通じていた。
緑豊かな高い山々と咲き乱れる花に象られた仙界は確かに絶景と言えなくもないが、この封神武侠界においては取り立てて珍しいほどのものでもない。『楽園』など所詮はこんなものかと拍子抜けしたような気分で、猟兵達はその場に立ち尽くす。
そこへ、ぽつりと降る雫があった。
「うん?」
――雨?
反射的に差し出した掌に、透明な水の粒が降る。その出どころを探して天を仰ぎ、そして、猟兵達は息を呑んだ。
白紙に絵の具を溶いた色水を流し込むように、空が、雲が、鮮やかな群青に染まっていく。
真昼のように明るくはなく、夜ほどには暗くもない青の世界。広がる彩に触れた草木は蒼白い水晶へと姿を変え、降り注ぐ雨はそれほど強くもないにもかかわらず、見る間に足元を浸していく。踝ほどの高さまで満ちた鏡のような水面は、深い青色の空と煌めく星辰を映して煌々と輝いていた。
(ああ、これは――)
これは、これこそは、旅人達がめざした碧の楽園。
戦いに疲れた猟兵達を包み込むように、目の覚めるような青と静謐の世界がどこまでも広がっていく。
羅・虎云
【羅胡】
あぁ、美しい場所だな
洞窟の先にこのような所があったとは……
見えた景色を端から端へ見渡して観察する
天地が青に染まる世界
水だけでなく、視覚からも何処か冷気を感じるようで
その不思議な感覚を味わいながら胡姉と兎の様子を眺める
藍包子が落ちてしまわぬよう背に乗せながら
胡姉が奏でるようで、近くへと向かう
私か?……楽器は、笛を少しだけ
嗜む程度、笛も普段は持ち歩いていない
合奏は構わない、あまり期待はしない方が良い
人前で奏でることがない、本当に期待するな
胡姉が弦に弓を当てた所で口を閉じる
青の世界に響く音色はこの世界を表し、より景色を引き立たせる
心地良さそうに背の上で伏せる藍包子に目を細め、静かに耳を傾けた
胡・蘭芳
【羅胡】
あらあらまぁまぁ……
これは素敵な風景ですわね、若様
踝までが浸るような碧い足元はなんだか不思議……
無邪気に水を跳ねさせてくるりと回って
ふふ、おじいちゃんは濡れ……兎、ですわね?
いらっしゃいな、と老師へと腕を伸ばして抱き上げて
一曲、奏じましょうか
そう言えば……若様
若様は何か楽器を嗜んでらっしゃいます?
あら、残念ですわ
次に機会がありましたら、合奏しましょう
約束、ですよ?
判り難いような判り易いような
若様の困惑した様子に楽しくなってしまって笑ったら
益々困惑した様子で念押しするものだから
余り虐めてはダメだよ、とおじいちゃんに窘められる
蘭奏の弦に弓を当て
この色に、この情景に合った音色を奏でましょう
「あら。あらあら」
天球を仰いだ瞳の中で、空が目まぐるしく色を変えていく。頬に手を添え、首を傾げて、胡・蘭芳は思わず感嘆の吐息を零した。
「まぁ……これは素敵な風景ですわね」
若様、と水を向けられた瑞獣――羅・虎云はああと短く頷いて、仙女の視線を先を辿る。
「美しい場所だな。よもやあの洞窟の先に、このような所があったとは……」
右から左へ、地平線をなぞるように視線を走らせて、なお尽きることのない碧の世界。空色よりも深い青に染まった天と、それをそのまま映し取ったどこまでも平坦な水の畔。無風の鏡面から伸びる草木の枝は透けるように色を喪って、涼気さえ運んでくるかのようだ。
水の撥ねる音に目を向けると、蘭芳が羽翼の兎を伴って薄く張った水の中へと歩いていくのが見えた。
「冷たくて気持ちいい。ねえ、おじいちゃ……」
ぼちゃん。
羽根が攣ったのかどうしたのか、後ろを振り返った蘭芳の目と鼻の先で、老師は垂直落下した。幸い足元を浸す水は溺れるほどの深さではないが、すっかり濡れ鼠――ならぬ、濡れ兎になった老師はいつもより二回りは小さくなって俯いている。
「ふふ、こっちへいらっしゃいな」
淡紫の薄衣が濡れるのも構わずに、仙女は碧い水面に手を差し入れると灰色の兎を抱き上げた。そして水際に佇む男を見やり、花の咲くような笑みを浮かべる。
「一曲、奏じましょうか」
半透明の砂に覆われた碧の岸辺、石英の大岩に腰を下ろして取り出したるは一挺の二胡。白い花を持ち手にあしらった弓を二本の弦にあてがって、蘭芳は問うた。
「若様は、何か楽器を嗜んでらっしゃいます?」
「私か? いや……」
突然の質問に虚を突かれて、虎云は瞳を瞬かせる。
「笛を少し、嗜む程度だ。普段、持って歩いてはいない」
「あら、残念ですわ」
わざとらしく唇を尖らせ、仙女は言った。特に意外というわけでもなかろうにと虎云が苦笑すると、そんなことはありませんと微笑む声が鈴の転がるように響く。
「次に機会がありましたら、ぜひ合奏したいものですわね」
「それは別に、構わないが……人前で奏でることはまずないからな」
あまり期待はしない方がいいと、男はほんの少し困ったように髪を掻いた。その表情は眼光鋭い白虎をいくらか幼く見せて、つい、揶揄いたくなってしまう。
「約束、ですよ?」
悪戯っぽく視線を向ければますます困ったような顔が、可愛らしいと言ったら叱られてしまうだろうか。くん、と袖を引いた兎の老師の嗜めるような仕草に思わず眉を下げて、蘭芳は弓持つその手に視線を落とした。
「それではこの色に、この情景に。相応しい音色を奏でましょう」
深呼吸一つ。白い指に導かれて、花纏う弓が踊り出す。
紡ぎ出される調は、揺蕩う河の流れによく似ていた。子守歌のように穏やかな旋律に耳を傾け、誘われるように歩み寄ると、虎の背に揺られた藍色の兎――名を、藍包子と称す――が飛び起きて、振り落とされまいとしがみつく。
「……いい、音色だ」
白昼の星空の下、柔らかな音が碧の世界を渡っていく。瞬きさえも惜しまれるほどの色彩の中、優しい調べに包まれて、跳ね起きた兎は再び主の背中で眠ってしまった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
夜鳥・藍
WIZ
すごい。みるみる青に染められていく。
星空が足元に広がって、まるで宇宙みたい。
動いたら水面が揺らいで星空が消えちゃうみたいでいやだわ。ゆっくり歩かないと。
でも不思議ね、どういう仕組みで草木が水晶に変わったのかしら?
それともこちらが本来の姿で先までの姿が幻なのかしら?
そっと近づいて指先でそっとつついてみるけど……やっぱりわからないわ。
わかるのはこの場所がとても素敵だって事。
そっと空を仰ぎ見て思わずため息が出る。
青に藍を重ねて。
懐かしい感じ。どこかで似た様な事があったような……気のせいかしら?
少なくとも私自身が経験した事はないはずだけども。
瞬きの間にも色を変えていく空に、夜鳥・藍は目を瞠る。
すごい、と一言零すだけで、やっとだった。
すべてが青に染められた世界。振り仰げば空に星が瞬き、見下ろせば水面に星が泳ぐ光景は、まるで天球儀の中心に閉じ込められたかのようだ。
(まるで、宇宙みたい)
一歩、水の中へと足を踏み出せば鏡のような水面に波紋が広がって、娘は一瞬、びくりとして動きを止めた。地に降った星々のさざめきも悪くはなかろうが、今は、一つ一つの射抜くような煌めきを見つめていたい。
できるだけ足元を波立てないよう慎重に、藍は冷たい水を分けていく。
(でも不思議ね)
どういう仕組みで、草木が水晶に変わるのかしら?
湖面――と、言っていいものかは分からないが、便宜上、そう呼ぶことにする――から突き立つ透明な木々の傍らまで歩き、藍は足元に視線を落とす。立ち止まれば音もなく静まり返る水面には、見慣れた顔が微かに揺らぎながら映り込んでいる。
(それともこちらが本来の姿で、さっきまでの姿が幻なのかしら?)
指先でそっと触れてみると、少し冷やかで、けれど思ったよりも温度がない水晶の硬質な感触が返ってくる。それで分かるのはただ、ここが巷で語られるよりもなお美しく、厳かな場所だということだけだ。
青に藍に、藍に縹に、少しずつ異なる色彩を重ねる空を仰げば、思わず溜息が零れる。いつかどこかで似たような景色を見たような、懐かしい感覚が胸に過った。
(誰の記憶なのかしらね)
蒼い世界の中心で、微かに、ほんの微かに笑みを刷いて、娘は一人立ち尽くす。
大成功
🔵🔵🔵
村崎・ゆかり
これはまた、絶景ね。
青の世界がどこまでも広がってる。
アヤメ、羅睺。あなたたちも見てご覧なさい。
これほどの景色は、そうそう拝めないわ。これは宝貝の効果? それとも誰かの術式?
すと、水晶の木の幹を撫で、幻でないことを確かめる。枝を折って持ち帰るのは駄目でしょうね。幻想は留めておくことが出来ないから、儚くも美しい。
二人とも、いらっしゃい。口づけを交わしましょう。この景色の中で愛し合えば、より深く思い出として記憶に残される。
ふふ、人気のない方へ行ってみようかしら? あたしたち以外に誰も来ないところ。
水晶の林はそんな所を探すのが難しそうね。
黒鴉の式を打って、いい場所を探すわ。じゃ、行きましょ、二人とも。
「これはまた、絶景ね……」
洞穴の先に広がっていたのは、なんでもない風景のはずだった。
それが、どうだ――ありふれた空は濃い青色に染まり、海の底から見上げたような世界の中で、煌めく星が蒼褪めた光を投げかけている。そんな風景が、どこまでも続いていた。話に聞いて思い描いていたよりもずっと美しい景色に思わず詠嘆して、村崎・ゆかりは傍らに立つ者を振り返る。
「アヤメ、羅睺。あなたたちも見てご覧なさい」
隣に控えるのは、式神の少女が一人と神霊が一柱。空を仰ぐべしと視線で促して、ゆかりは言った。
「これほどの景色は、そうそう拝めないわよ」
結晶化した木の幹をひと撫でして、それが幻でないことを確かめる。
何かの宝貝の効果なのか、それともどこかの気まぐれな仙人の仕業か――まあ、この際どちらでも、どちらでもなくとも構うまい。広がる蒼の空間からは、少なくとも危険な匂いは感じないのだから。
触れた水晶の小枝からそっと手を引いて、少女は言った。
「枝を折って持ち帰るのは、駄目でしょうね」
幻想は、留めておくことができないからこそ美しい。
紫色の瞳にどこか妖艶な色を浮かべて、ゆかりは微笑った。
「さ、二人ともいらっしゃい」
ここではない、どこかへ――もっと静かで、誰もいない場所へ。
足元を浸す水の道を辿って、少女たちは青の世界を渡っていく。
大成功
🔵🔵🔵
木槻・莉奈
シノ(f04537)と
鮮烈なまでの青に、すごいと目を輝かせ
あまりにも鮮やかな景色にふと思うのは、挑発にも乗らなかった敵の姿
この場所を独り占めしたかったのか、守りたかったのか、あるいは…
考えてもしょうがない事だと僅かに頭を振り
不意に抱き寄せられ見上げれば、どこか沈んだ様子に手を伸ばし両手でシノの頬を包んで
忘れる必要もないし、忘れたくないんでしょ
いいじゃない、それも含めてシノなんだもの
貴方が選んだように、私も今を選んで此処にいるの
心配しなくたって、おいていこうとしたって無駄なくらいよ
だから何も心配いらない、私がついてるわ
昔のシノの瞳の色も、今の受け継いだ色も私からはよく見える
一緒にいれば、大丈夫よ
シノ・グラジオラス
リナ(f04394)と
綺麗なもんだ
零れ落ちた感想は、ごく普通なもので
綺麗な物を見たと感動する一方で、腑に淀むような重い物を感じた
目の前の風景に雪狼を重ねて、隣にいる彼女の存在が一瞬遠くに感じたからだろうか
隣で目を輝かせるリナを見下ろして、必要以上に雨に濡れないように肩を抱き寄せる
すごく綺麗だけど、少し寒いかなと思って?
と誤魔化すが…まあ、バレてるんだろうなと心の中で苦笑するしかない
綺麗過ぎる物を直視できずに寒さを感じるのは自分だけなのだろう
彼女の言葉に何度救われた事だろう
本当にリナの方が万倍カッコいいわ
泣きそうになるのを堪えて笑うが、上手く笑えたかは分からない
俺の命ある限り、彼女と共に。必ず
「……すごい」
鮮烈なまでの青、蒼――碧。
翠玉の瞳を見開いて、木槻・莉奈は感嘆した。ダイヤモンドを散りばめたような星穹は近く、煌々として、今にも落ちてきそうなほどだ。
「綺麗なもんだな」
立ち尽くす少女の隣に歩み寄り、シノ・グラジオラスが言った。絶景に臨んで口にするには余りにも凡庸な感想だ、と、自分でも思うけれど、実際にこの景色を前にしたとして一体どれほどの人間が、その美しさを言葉にできるだろう。
「……あの人は」
吸い寄せられるように一歩前へ踏み出して、莉奈が言った。
「この場所を独り占めしたかったのかしら。……それとも、」
深い碧に染まった天球に、先刻刃を交えた仙女の姿が重なり、そして消える。彼女がなぜ旅人達を桃園に捕らえ、猟兵達の行く手を阻んだのか――その真相は結局分からずじまいだが、想像をすることはできるような気がした。
とはいえ――それは考えても詮ないこと。ゆるゆると首を振り、再び空を仰いだ少女の頬に透明な雫が降りかかる。碧落の雨は降っては止み、降っては止みを繰り返しながら、大地を水に浸していく。
「……濡れるぞ」
親しみ深い匂いと共に、視界が翳る。
雨除けの代わりに被せられた黒い外套のフードの下から、莉奈は隣に立つ男の顔を覗き込んだ。水晶の木々と冴えた星彩に彩られた空の下、その瞳が何を見つめているのかは想像に難くない。
「……シノ」
肩を抱く腕にそっと手を重ねると、男は驚いたように瞬きした。半ば無意識の行動だったのだろう――寒いかと思って、とおどける表情は笑顔であるにもかかわらず、どこか寂しい。
右肩の手をそっと除け、莉奈は両手を差し出して幼馴染の頬を包み込んだ。
「忘れる必要もないし、忘れたくないんでしょ」
「…………」
僅かに見開いた男の目が、『バレていたか』と言っていた。整った眉根を微かに寄せて、シノは碧の地平に視線を移す。
綺麗過ぎるものを視る時は、いつもそうだ。素直に感動を覚える一方で、冷たいものが胸のどこかに淀んでいる――そしてその度、すぐ隣にいるはずの彼女の存在が、遥かに遠ざかってしまったような錯覚に陥るのだ。
けれどそんなシノの想いとは裏腹に、莉奈は柔らかく微笑んだ。
「忘れなくても、いいじゃない。それも含めてシノなんだもの」
過去は変えられない。けれど、今を選ぶ権利は誰にでもある。
シノが自ら今の在り方を選び取ったのと同じように、莉奈もまた、彼女の意思で彼の隣にいるのだから。
「置いていこうとしたって無駄なくらいよ。だから、何も心配いらない」
私がついてるわ、と力強く告げて、少女は男の手を握り締める。見つめ返す碧の瞳はもう昔と同じ色ではないけれど、昔と同じぐらいに綺麗だと想う。
余りにも真っすぐな視線にくしゃりと笑って、シノは言った。
「あー、もう……俺の立場がなくなるだろ。リナの方が万倍カッコいいわ」
少し勝気で、どこまでも前向き。そんな彼女の言葉に、今日まで何度救われたか分からない。
泣きそうになるのをどうにか堪えて、シノは輝くばかりの星天を仰いだ。この命ある限り、彼女と共に――そんな、ささやかな誓いを胸に秘めながら。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
鏑木・桜子
わたしは絵画とかアートを作ったり詩句を書いたりする創作系のアーティストさんじゃないのでこの光景を巧く表現することはできないですが…命を散らすほどの険しい路を越えてでもこようって思う人たちの気持ちがなんとなくわかるような気がします。
ですが…同時に…この言葉にできないほどの美しさに恐怖すら感じてしまいます。
人を惹きつけ命を奪っていく魔性のような魅力。
オブリビオンになる前の公主様が惹きつけられる人たちを止めようと必死になったのも同時にわかる気がします。
……はぅ、なんか色々物思いにふけてたら頭が痛くなってきました。
慣れないことはすべきじゃないですね!
今はただ、この美しい景色に心を奪われていましょう。
「ふぉ……おおお……」
白金毛の大きな耳が、ぴーん、とそばだつ。身の丈ほどの太刀を胸に抱き、鏑木・桜子は碧い世界の淵に立ち尽くしていた。見渡す限り一面の青、蒼、碧――ともすれば彼女がこれまでに目にしてきたすべての碧が、そこにあるのではないかと思われるほどの色彩が折り重なる世界。吹く風にふわりと浮いた花の小紋の外套さえも、今は星辰の光の中で微かに白く、蒼褪めて見える。
(これは……なんとなく、分かるような気がします)
桜子は別に、アーティストではない。美しいものを見て美しいと想うだけの感性はあるつもりだが、自ら絵を描いたり、詩や歌をしたためるような創作家でないことは確かだ。
だから彼女には、今、目の前に広がる光景をなんと形容するべきかは分からない。ただはっきりと分かるのは、この凄絶な碧色の空間が、多くの人を魅了してきたのだろうということだ。ともすれば命を落とすかもしれない険しい道に、かつてどれだけの人間が挑んだのかは定かでないが、それでも一目とこの地を目指した人々の気持ちは、今ならば分からなくもないと思ってしまう。
「でも……」
星の瞬く空を仰いで、少女はわずかに瞳を翳らせた。
(綺麗――だけど。少し、怖いくらい)
言葉にならないほどの美しさで人を惹きつけ、命をも脅かす魔性にも似た魅力。人々の道行きを阻もうとしたかの仙女は、ともすればかつては、旅行く人々を危険に曝すまいと尽力していたのかもしれない。尤もオブリビオンとして黄泉返った今となっては、その慈しき心も過去の残滓に過ぎなかったのだろうけれど。
「……はぅ」
取り留めのない物想いにしばし耽って、桜子は大きく息をついた。あれこれ考えるのは、どうにも性に合わないらしい。本格的に頭が痛くなる前に思考を切り上げて、少女は自らの頬をぺちぺちと叩いた。
「慣れないことはすべきじゃないですね!」
いつかの誰かが残した想いに寄り添うのも悪くはないが、今はただ、この美しい景色に心奪われていよう。見上げる空は高く青く、一面の星が今にも零れ落ちそうなほどに輝いている。
大成功
🔵🔵🔵
ラファエラ・エヴァンジェリスタ
わぁ…
テネブレ、ご覧、こんな景色をみたことがある?
サファイアより、ブルーダイヤより…嗚呼、なんて綺麗な碧だろう
下馬し、愛馬の傍らを歩く
足元を満たす水に触れぬようドレスの裾を持ち上げてすぐに諦めて
裾が濡れるのを気にも留めずに碧の中を行く
伺うように振り向いた先の騎士は、行儀の悪さを咎めることもない
…が、エスコートくらいはしてくれよう
この景色を求めて、辿り着けなかった者も多いと言うね
あの仙女は悪い人ではなかったのだろうかね
愛するものが命を賭して危険に挑むとき、どうするのが正解なのだろう
(…大きな声では言えないけれど、彼女の答えは、誤っていない様に思ってしまう)
…私は
この景色を共に見られて嬉しいよ
「わぁ……」
紅い唇を割って思わず零れた感嘆は、黒衣の寵姫をいつもより少し、幼く見せる。細波の一つもなく静まり返った水の畔に立ち、見上げる空は大粒のサファイアよりも輝いて、奇跡と謳われたブルーダイヤよりも透明な――碧の世界だ。
「テネブレ、ご覧。こんな景色をみたことがある?」
漆黒のドレスをふわりと膨らませ、ラファエラ・エヴァンジェリスタは身のこなしも軽やかに馬の背を降りる。足元を満たす水に触れそうになって咄嗟にドレスの裾を摘んだが、構うものかと思い直した。
玻璃玉に似た雫を散らして歩んだ先から振り返ると、愛馬の少し後ろに控えた騎士がじっと彼女を見詰めている。黙して語らぬ男はいつかのように、彼女の行儀の悪さを咎めてはくれないけれど――。
ひたひたと浅瀬を歩いて戻り、ラファエラは言った。
「エスコートくらいはしてくれよう?」
尋ねればそっと差し伸べられる掌は、懐かしく、そして大きい。緩慢にその手に手を重ねて、娘は導かれるまま歩き出す。
見上げる空には、ほんの一つとて同じ色がない。
逆巻く波のバレル、白い月を浮かべた夜明けに、デルフィニウムの花の色。ありとあらゆる碧の色彩がそこにあった。立ち止まれば当たり前のように歩みを止める騎士の傍らで、ラファエラは言った。
「この景色を求めて、辿り着けなかった者も多いと言うね」
迷いの花野に険しい道、野獣の牙。一体これまで何人の人間がこの景色を夢見て、けれどその彩を知ることなくその命を閉じたのか。かの仙女の思惑ははっきりとは分からずじまいだけれど、あの幻が本来、旅人を危険な道から遠ざけるために見せるものだったなら。
「あの仙女は悪い人ではなかったのだろうかね」
それにしては悪辣な白昼夢だったけれどと一笑して、ふと、ラファエラは眼前の騎士を見上げた。
愛するものが命を賭して危険に挑むとき、人は何をすべきなのか。
その手を引いて引き止めるべきか、或いは背中を押すべきなのか?
そう、問い質されたような気分だった。もしもあの日に戻れたなら、彼のために、自分に何ができるだろうか。
(彼女の答えは、決して誤ってはいないように思う――などとは)
大きな声では言えないな、と心密かに自嘲して、寵姫はするりと騎士の指先を撫で、鏡のような水面へと滑りだす。踊るようなその足取りを、物言わぬ騎士がいつまでも見つめていた。
大成功
🔵🔵🔵
都槻・綾
斯様に佇んでいるだけで
透明な青に染まり行くよな心地がする
リンシャオさんは北辰みたいねぇ
宵空に耀く目当て星
夕陽色の花飾りへと
双眸を細めて笑み掛ければ
あなたも笑い返してくださるかしら
案内の礼を告げ
此の世界を見て回っていたという理由を尋ねてみよう
何かを
誰かを
探していらっしゃるの?
帰れる場所
還れる場所
かえりたい場所は、ありますか?
碧落は余りに壮麗で
夢のように儚く
花の一つも手折ったならば
穢してしまいそうで少し畏れもあるけれど
此の得難き光景を
瞳に焼き付けるくらいは
許されるでしょうか
そっと両手を天へと広げる
仙女の悲しみも
恋路が叶わなかった嘗ての冒険者達の想いも
涯てなる青へと解放し
昇華することが出来たら良いな
海よりも深い碧の空に向かって、石英の枝が伸びる。
その幹に背中を預けて、都槻・綾は広大な水面を見つめていた。落ちては来たる雫の音色に耳を傾け、ただその場に佇むだけで、この空を覆う透き通った青に染まっていくような心地がする。
ぱしゃん、と水の跳ねる音がした。
出所を辿って顔を上げると、星降る空と水鏡の境界で一人の少年が空を見上げていた。浅黒い肌に道着を纏った小柄な少年は、何をするでもなく水の鏡に爪先を浸して、蒼い天球を見つめている。
「リンシャオさんは北辰みたいねぇ」
「え?」
誰かに声を掛けられるとは思いも寄らなかったのだろう。不意を打たれたように振り返り、少年は琥珀色の瞳を見開いた。
「ホクシン?」
「おや――ご存知ない?」
北の宵空に耀く目当て星。夜を渡る旅人達を導く、真白の光。
猟兵達をこの地へと導いたのは元はと言えば彼であるから、なるほどそういう見方もあるやもしれない。
そんな大したもんじゃないよ、と眉を下げて笑う少年に釣られるように、綾は翠の双眸を細めた。白金の髪を結った夕陽色の花飾りは、深い青色の世界の中でわずかにくすんで見える。
「此の世界を見て回っていた――と、言っていらしたけれども」
探していらっしゃるの、と、綾は問う。
何かを、誰かを、人と仙道が混じり合うこの広い世界の中で?
すると少し考え込む素振りで、少年は応じた。
「うん、まあ――そんなところ。別に、なんにも見つからなかったけど」
少年には、幼い頃の記憶がない。だから、家族の顔も分からない。覚えている限り一番古い記憶は、赤々と燃える焔と煤けた匂いだけだ。
「でも、ここじゃないかなって思ったんだ」
芸と技とで日々をつなぎ、流れ流れて違う世界にまろび出て。けれど始まりは、きっとこの空の下だった。
この髪に花を飾ってくれた人がどこにいるのか、生きているのかも分からないけれど、かつて確かに、自分はこの世界の一部だったのだと思う。
そんなことをぽつぽつと語って、少年は笑った。
「帰りたい場所はまだないけど、いつか、そういう『何処か』が見つけられたらいいなって――そう思うよ」
夏の花によく似た笑顔がほんの少し、寂寞として見えたのは、多分この青さの所為。
そうですか、と柔らかに笑み返して、綾は空を仰いだ。
視界一面に広がる碧落は壮麗で、一時の夢のように儚い。繊細な硝子細工にも似た草花を手折るのはあまりに無粋であろうとも、得難き景色をせめて瞳に焼き付けんとして、宿り神は狩衣の袖を天に捧ぐ。
「いつか、あなたが目指す場所へ辿り着けますように」
悲しみの仙女も、楽園に焦がれたかつての旅人達も。いつか誰もが、涯てなる青のその先へ。
吹き抜ける風は涼やかに、真っ直ぐに、水面に一条の軌跡を描いていく。
大成功
🔵🔵🔵
終夜・凛是
鼻先にぽつりとなんか落ちた
雫……あ、すごい
あおだ
俺には無い色だ
こんなとこ初めて
世界にはいろんなとこがある…俺の知らない事だらけだ
歩きながら見るもの、全部珍しくて面白い
ここに来る機会くれたやつに感謝だな
…もしいるなら、話してみたいかも
同じくらいの年かな、俺より小さかったから年下かも
気の向くままに歩いて、姿見つけたら…ちょっと、迷う
声かけていいかな、って迷う
人にかかわるのは苦手だ
何考えてるかわかんない事が多い…それが当たり前だけど、こいつわかりやすそう
声かけて
この場所、教えてくれてありがと
って礼を言う
小さいけどしっかりしてそう
…弟っていたらこんな感じだろうかと、思う
なあ、いくつなんだ?
…ん?年上?
ぽつぽつと降る雫が鼻先を濡らしていく。
「……あおだ」
ただ『すごい』としか言えない景色の中で、終夜・凛是は立ち尽くしていた。幻かそれともそういう存在なのかは定かでないが、落ちる水の向こう側には文字通り無数の星々がきらきらと蒼白く輝いている。
(俺にはない色だ)
これまでにもさまざまな土地を訪れてきたけれど、こんな景色は見たことがない。燃えるような赤い毛並みの妖狐は右も左も、天も地も、一面に広がる青の世界の中に一人取り残されたかのようだった。
世界は美しく、彼がまだ知らないもので溢れている。蹴散らして歩く水の冷たさも、半透明に凍りついたような木々が立てるしゃらしゃらという軽やかな葉ずれの音も、ここで目にし耳にするすべてが新しく、そして面白い。
跳ねて落ちて波紋を広げる水の礫にひとしきり見入って、凛是は顔を上げる。すると水鏡を取り巻く白砂の浜の向こう側に、見覚えのあるシルエットが歩いていくのが見えた。
(……ここに来る機会くれたやつ)
歳は同じくらいだろうか? 来ていたのか、と夕陽の瞳を円くして、けれどどう声を掛けたものかと迷っていると、どうやらあちらの方が凛是の存在に気づいたらしい。
やあ、とひらひら手を振って、少年――確か、リンシャオと名乗っていたはずだ――は、屈託のない笑顔で話しかけてくる。
「オブリビオン退治、お疲れ様! おかげで助かったよ。えーと……」
「凛是。……終夜、凛是」
ぽそり、呟くように名を告げて、臆面もなく見上げる琥珀の瞳をまじまじと視る。
人に関わるのは、正直苦手だ。当たり前のことだけれど、相手が何を考えているのか分からないから。でもこの少年は、どちらかというと――。
「おれの顔、なんかついてる?」
「ううん、別に」
なんとなく、分かりやすそうなやつだ、と思う。ふるふると赤毛の頭を振って、凛是は続けた。
「この場所、教えてくれてありがと」
「へへ、おれは何にもしてないけどね! なんならこんなとこだったなんて、来てみるまで知らなかったんだし」
楽園、なんてどうせ眉唾物だろうと思ってた、と、少年は笑う。幼さの色濃く残る見た目に反し、意外としっかり者なのかもしれない。凛是は『にぃちゃん』の弟だが、もし凛是自身にも弟がいたとしたら、こんな感じなのだろうか。
「お前、歳いくつ?」
「? だいたい十九くらいだと思うけど」
「十九くらい? くらいって……ん?」
そんなことより――年上?
沈黙を経て、訝るように寄った眉の意味を理解したのか。リンシャオは苦笑した。
「今、ちっちゃいって思っただろ」
「…………思ってない」
歳のことは、とりあえず気にしないでおくことにしよう。ふい、と徐に視線を逸らして、心にもないことを言う凛是であった。
大成功
🔵🔵🔵
ツェリスカ・ディートリッヒ
【陽翼】
なんという絶景……聞きしに勝るとはこのことか。
世界にはこんなにも心揺さぶる美が隠されているのだな。
さて、せっかくの景色だ。青の世界を、リグと二人でゆるりと探索しようか。
こうして雨に打たれながら風景を楽しむのも良いものだ。
眺めの良さそうな場所を見つけたら、寝転がって天を仰いでみる。
降り注ぐ雨の中、鮮やかに染まった空を目に焼き付けよう。
……思えば、時間を忘れてゆったりと過ごすのは久々だな。
ひたすらに走り続けてきたが、たまには立ち止まるのも悪くないのかも知れぬ。
そう思えるのは幻の中で懐かしい人に会ったからか、隣の気のおけない友人のおかげか。
あるいはこの青い雨が、心を洗ってくれているのかもな。
リグ・アシュリーズ
【陽翼】
ほんとね……!
水晶の草木、空にも地にも群青。
こんなの、おとぎ話にも聞いた事ないわ!
二人で辺りを散策するわ!
見晴らしのいい場所へ出たら、ツェリりんの前へ出て。
ね、私ね、やってみたい事があるの。
言うが早いか、濡れるのも構わず地面に寝転がって天を仰ぎみるの。
降り注ぐ雨粒も、青を湛える空の色も。
ぜんぶが紙芝居みたく、ゆっくりと映って。
そうね。たまには腰を下ろしたって、バチは当たらないわ。
貴女は立ち上がれる人だって、皆知ってるもの。
さっきの幻に何を見たのか、私は分からないけれど。
いつもと違う友達の様子に、落ち着いた声でこう伝えるわ。
きっと、今この時間も。
必要だったから、誰かが授けてくれたのよ。
「聞きしに勝るとはこのことか……」
なんという、絶景。
星を散りばめた天球の下、それを映し取る水鏡の畔で、ツェリスカ・ディートリッヒは半ば呆然と口にする。
千差万別の碧に埋め尽くされた世界は美しいというよりも凄絶だ。こんなものを目の当たりにしてしまったら、誰だって思わず唸らずにはいられないだろう。美の極致を目指さんとするツェリスカにすれば、それは尚のこと。
「世界にはこんなにも心揺さぶる美が隠されているのだな」
ほんとね、と溜息交じりに同意して、リグ・アシュリーズが応じた。
「こんなの、おとぎ話にも聞いたことないわ!」
石英の木立を抜けたその先には、群青の空と大地がどこまでも平行に続いている。見上げる空は泣いているはずなのに、一点の曇りもない透き通った青だ。
夢の中でさえ見たことのない光景が今、二人の目の前に広がっていた。
「ね、ツェリりん。私ね、やってみたいことがあるの」
「やってみたいこと? 何を」
するつもりだと問う暇は、なかった。
言うが早いか濡れるのも構わずに、リグは白砂の地面に寝転がる。突然の行動に一瞬呆気に取られつつ、ツェリスカは思わず笑み零した。
「……まったく、しようのない奴だな」
ほら、と傍らの地面を叩いて示すリグに応えて腰を下ろし、濡れた大地に身体を横たえる。するとどうか? ただ両の目を開いているだけで、視界は星の煌めきに染まっていく。
「本当に――素敵なところ」
チョコレート色の瞳を星の瞬きに輝かせて、リグが言った。
降り注ぐ雨粒も、青を湛える空の色も。深い静謐の中では目に映るすべてが、紙芝居のようにゆっくりと移ろっていく。
目元にかかる銀髪を掻き上げて、ツェリスカは呟くように言った。
「……思えば、こんな風に時間を忘れて過ごすのは久々だな」
両脚を喪ったあの日から今日まで、彼女は自らの価値を示すため、ひたすらに走り続けてきた。それを辛いと思ったことはないが――こんな風に立ち止まらなければ、見えなかった景色もあるのかもしれない。
そうよと笑って、リグは応じた。
「たまには腰を下ろしたって、バチは当たらないわ。それにね、」
貴女は立ち上がれる人だって、皆知ってるもの。
地面に零した互いの髪が触れるほどの距離で隣り合い、人狼の娘は友の顔を覗き込んだ。
「ツェリりんがさっきの幻に何を見たのか、私は分からないけれど――きっと今この時間も、『必要だったから』、誰かが授けてくれたのよ」
「……そういうものか」
「そう。そういうもの」
特に根拠はないにも関わらず、なぜか納得させられてしまうだけの力がリグの言葉にはある。また適当な、と冗談めかして笑いながら、ツェリスカは再び星天に目を戻した。
立ち止まったっていい。そんな風に思えるのが、懐かしい人の幻に出逢ったからなのか、隣で四肢を投げ出した気のおけぬ友人のお陰なのか――はたまたその両方なのかは、定かでないけれど。
(あるいはこの青い雨が、心を洗ってくれているのかもな)
戦いの高揚が僅かに残る頬に、慈雨の冷たさが心地よい。力を抜いて目を閉じれば、弛緩していく身体がこの碧落に融けていくかのようだ。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
クロト・ラトキエ
男は、連れては往かなかったのだろうか。
彼女の片恋か。それとも男も彼女を想った故か。
なら、彼女は…
愛したのなら最後まで、共に歩みたいと思いはしなかったのだろうか。
…結果的に。
死人は減ったのか増えたのか。
幸いはそこに在ったのか。
まぁ、物語の結末を知る由も無し。
――人非人的には、然して知る気も無し。
あぁ、でも。
リンシャオは、どう思います?
物語に限らず…この光景を、とか。
聞いてみたい。
天も地も無く。
何処までも続く、青、蒼、碧――
それを『美しい』と思う機微はあれど、
言い換えれば“それだけ”だ。
うつくしきもの。
きっと僕一人には、身に余る。
それならば…
喜んでくれる誰かと共に見たい、と。
僕は、そう思いますかね
『なあ■■、聞いてくれよ。あの桃の林を抜けた先にな、それは美しい楽園があるんだそうだ』
子どものようにきらきらとした笑顔で、彼は語る。
危ないことはしないでと彼女がどんなに頼んでも、心配ないと笑うだけ。そして最後には決まってこう言った。
『本当に楽園を見つけたら、その時は――』
「クロト?」
「!!」
果てなく続く水鏡の畔。突然背後から声を掛けられて、クロト・ラトキエは黒衣の肩を跳ね上げた。そんなに驚かれるとは思わなかったのか、弾かれたように顧みたその先では、顔見知りのグリモア猟兵がきょとんとしてこちらを見つめている。
「リンシャオ――」
「ごめん。別に驚かすつもりじゃなかったんだけど」
びっくりさせちゃった? と、気持ち申し訳なさそうに少年は尋ねる。いえいえと困ったように笑って見せ、クロトはほっと息を吐いた。
「少し、考えごとをしていました」
戦場を後にする間際に触れた、誰のものかも分からぬ白昼夢。あれがもし、『彼女』の記憶だったとしたら――。
(男は、連れては往かなかったのだろうか)
最初から、彼女の片恋だったのか。
それとも危険な旅と知っていて、彼が彼女を置き去りにした?
いずれにしても、彼女は――最後まで共に歩みたいと、思ったのではないのだろうか。
(……結果的に。死人は減ったのか、増えたのか)
幸いは、果たしてそこに在ったのか?
途切れた物語の先は知る由もなく、人非人的と自認する身としては、然して知る気もないけれど――。
「考えごとって、何か難しいこと?」
どうやら、意図せず眉間に皺が寄っていたらしい。心配そうに首を傾げた少年に向けて、クロトはぱたぱたと手を振った。
「いえ、ちっとも。簡単に言えば、そうですね――この景色を一人で見るか、誰かと見るかという話ですよ」
天も地の境界さえも曖昧な、何処までも続く青、蒼、碧。
それを『美しい』と思うだけの心の機微は持ち合わせているはずだけれども、言い換えれば、クロトにとっては「それだけ」だ。美しい、けれど決してそれ以上でもそれ以下でもないから、命を賭けてこの地を目指そうとした旅人達の気持ちには、率直に言って理解の及ばぬ部分もある。
でも――だからこそ、心からこの景色を喜び、楽しんでくれる誰かが隣にいてくれたら。
「リンシャオは、どう思います?」
「んー……おれも、誰かと一緒に見る方がいいかなって思うけど」
水を向ければ白金の髪に飾られた花を弄りながら、少年は応じる。それはなぜ、と尋ねてみると――。
「おれがいつか、今日見た景色のことを忘れても。誰かが同じものを見ててくれたら、今日あったことはなくならないと思うから」
そう言って少しだけ、困ったように笑った。
音もなく降り頻る雨粒は、碧い水面に無数の波紋を広げていく。
大成功
🔵🔵🔵
水鏡・多摘
…ああ、これが絶景というものか。
旅人が目指す程の光景と言われても納得できる。
どれ、つかの間の休息として楽しむとするかのう。
蒼の世界を空中浮遊で空を飛び巡ってみる。
この風景で天地の間を飛べば上下感覚が狂いそうになるが…悪くはない。
海を泳いでいるような、空を泳いでいるような。
水の粒も吹き過ぎる風も心地よく、景色は絶景。
そんな不思議な感覚に任せつつ背にあの子らを乗せて来ることができたなら、と僅かばかり考える。
…刹那の世界、きっとこの光景は終わるものなのじゃろう。
終わりはまた別の始まり。この風景は記憶に留め、また新たな旅に我ら猟兵は向かわねばならぬ。
だが、今はこの瞬間を楽しもう。
※アドリブ絡み等お任せ
星明りを照り返す鏡面に、黒く長い影が落ちる。
「嗚呼――これが、絶景というものか」
きらりと光る丸眼鏡に、映り込むのは一面の青。輝く水晶の柱と化した草木が突き立つ水面を遥かに見下ろしながら、水鏡・多摘は穹の只中を泳ぐ。
そう――正に『泳ぐ』という感覚だった。白昼の星天とそれをそっくり映し取った遠浅の海、いずれ劣らぬ鮮やかな碧の狭間に漂えば、上下の感覚さえ覚束なくなってくる。なのに、決してそれが不快ではないのが不思議な場所だ。
(成程、旅人が目指す程の光景と言われても納得できる)
ぱらり、翡翠の鱗を滑る水滴。
銀の鬣を撫でて行き過ぎる涼やかな風。
真昼の空ほどに明るくはないが、闇夜の暗さとも違う――深い碧の世界。
美しい場所だ。そして何より、心地よい場所だ。かつて旅人達が楽園と呼んだ場所は、確かに存在したのだろう。
ただ一つ――此処に足りないものがあるとするならば、それは。
(あの子らを乗せて来ることができたなら……)
遊ぼうよ、■■■■。
背中に乗せてよ、いいでしょう?
閉じた瞼の裏側に、あの日の畦道が蘇る。
村の大人達と同じように、龍を恐れることのなかった子ども達。喪われて久しいその呼び声は、今も多摘の中で木霊している。
懐かしい面影をそっと胸の淵にしまいこみ、龍はゆっくりと目を開けた。再び見上げた空は、深い碧から微かに白み始めている。
(――どうやら、終わりが近いのじゃな)
音もなく、雨が上がる。
大地を浸した水が引き、水底から見上げるような太陽が天球の彼方に輝き出す。
刹那の碧落が消えゆくさまを、けれども、惜しいとは思わなかった。
(終わりはまた、別の始まり)
桃園の果てに視た色彩は、猟兵達の記憶に深く刻まれることだろう。束の間の休息であったとしても、重ねた想い出はいつか彼らが道に迷い、躓く時に、行くべき道を示す標となる。
大きな口の端を微かに笑みの形にして、龍は眩しげに目を細めた。
(だが、今は――)
この碧が真昼の空に融けてしまう最後の瞬間まで、楽しむとしよう。
新たな冒険と旅立ちの予感を胸に抱きながら、猟兵達は去り行く楽園を見送るのだった。
大成功
🔵🔵🔵