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大祓百鬼夜行⑧〜かなしき罪の橋

#カクリヨファンタズム #大祓百鬼夜行 #プレイング受付停止中


 ああ、かなしきは届かぬこの手よ。
 お前と同じ罪の色に染まる事は出来ず。
 どれ程に思えど、同じ場所へと沈む事も出来ぬ身。

 同じ黄泉に逝く事さえ出来ぬのなら。
 お前と同じ場所に、辿り着けぬというのならば。

 我が身の代わりにと、この橋より地獄へと投げてやろう。
 墜ちて果てるべき世界の端、骸の海へと首を切り落としてやろう。
 それで伴にあれるというのならば。
 刃が泣いている。遂げられぬ思いにて鳴いている。
 焦がして燻る焔の太刀が、赤々と。
 悲しき、愛しきと。

「ただ、伴にある為に、さ」

 お前の後を負う為に、罪を重ねて、命を奪おう。
 この世の果ての駄賃にと魂を幾つも捧げれば、鬼も悪魔も押し通せると。
 信じて、願い、祈るが為に、狂いし切っ先を閉ざされた橋にて瞬かせる。
 瞳の裡に、愛しい存在を。喪ってしまったモノを浮かべながら。
 この狭き橋を鮮血で塗り潰し、楽土へと至る筋とすべく。


●グリモアベース


「大祓百鬼夜行も中程でしょうか。それとも、これより加速していくものでしょうか」
 ふんわりとした調子で口にするのは秋穂・紗織(木花吐息・f18825)。
 争いの常である炎のような激しさなど知らないのだと。
 何時とて穏やかな調子を崩さない。とはいえ、戦の道理も激しさも知るが為に、この度の事件を説明していく。
 ひとつの凶行を、止めるが為に。
 またひとつと、幸せが水底へと沈む事がないように。
「カクリヨファンタズムには、渡った者を黄泉へと渡すと言われる『まぼろしの橋』というものがあります。そこを、骸魂に支配された妖怪――太刀を携えたオブリビオンが占拠してしまい、そこで命を殺めようとしているのです」
 そこで『死んだ想い人の幻影』を漂わせて、妖怪を誘い、哀しみに濡れた者を斬り殺そうとしているのだ。
 自らは黄泉へと渡ろうとしても、愛しき人の元へは辿り着けぬ罪の身ならば。
 地獄へと落ちる変わり身として橋から落とし、自分は辿り着こうと。
 それが出来る、出来ないできなく。
 あくまでそうするのだと、願いと思いを固められた狂気は強く、鋭く、激しい。
「ええ。それが出来るまで幾らでも、幾人でも、殺すのでしょう。橋が真っ赤に染まるまで」
 一度と踏み込めば、閉ざされた超空間へと変じるが『まぼろしの橋』。
 狭いその場所より出る為には、そのまま黄泉へと渡るか、それとも、オブリビオンを斃すしかないのだ。
 斃す事さえできたのならば、骸魂に呑み込まれた妖怪も助ける事ができて。
「罪も、血も、橋を濡らして川の水底へと落ちることはないでしょうから」
 そう告げて、ふわりと微笑む秋穂。
 ただ、相手は相応の剣客。
 剛剣を振るうその技は確かであり、狭くて逃げる場所や避ける場所がないというのは不利かもしれない。
 加えて振るう斬撃の重さはいうに及ばず。真っ向から受けるなど、危険に過ぎる相手なのだと。
「とはいえ、狭い橋の上というのを活かせるのならば、こちらに有利に働くかもしれません。剛の剣とは、速さや精密さの代わりに得たものであれば」
 太刀と共に炎をも操る業は、確かに驚異ではあるけれど。
 一方的に恐れるものではない筈だと、緩やかに告げて。
「では、いってらしゃいませ。――愛しき想い人の幻影が、亡くした哀しき思い出が、誘うように漂うその場所へ」
 或いは。
 剣を振るう男もまた、その幻影に魅せられているのかもしれない。
 まるで水面に映った月の美しさに惑わされて、指先を伸ばし、底にまで沈もうとしているかのように。
 決して、浮かぶ幻影に、手は届かず。
 愛しくも、喪いし者の傍へと渡れる筈もないというのに。

――ああ、悲(かな)しき、愛(かな)しき、逢い橋の。

 詠うように口ずさむ声が、猟兵たちの背へと届けられる。


 


遙月
 何時もお世話になっております、遥月です。
 この度は『大祓百鬼夜行』のひとつを出させて頂きますね。
 カクリヨファンタズムという世界はとても好きですので、何かしらを出したくと。

 何処までいっても戦闘×心情ものとしてお送り致します。
 戦う最中で、『死んだ想い人』の影を見る事とてあるかもしれませんね。
 全てはプレイングと心情次第。
 判定は甘めで、リプレイの比重もかなり心情よりになるかと。
 それでは、皆様のご参加をお待ちしております。

 とはいえ、現在、執筆環境をかなり変えたばかりで、何時ものような速度と人数は不可能です。
 ごく少数採用で少しずつ慣らしていくつもりです。
 先着順ではなく、活躍させやすいもの、書きやすいものから、定数や日付を決めずに出来る時にと執筆させて頂くつもりです。
 加えて戦争シナリオという性質上、不採用がかなりあるかもしれませんが、そこはご容赦くださいませ。

 ご無理をお願いする事となっておりますが。
 それでは、どうぞ宜しくお願い致します。


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プレイングボーナス……狭い橋の上でうまく戦う。
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第1章 ボス戦 『燻ぶる灰の『火我美』』

POW   :    焦がし尽くす刃
【触れた者を灰にする呪炎纏う刀】が命中した対象を切断する。
SPD   :    零れ落ちた炎
【狛犬の妖『朱虎』】が現れ、協力してくれる。それは、自身からレベルの二乗m半径の範囲を移動できる。
WIZ   :    縋りつく呪灰
攻撃が命中した対象に【纏わりつく呪いの灰】を付与し、レベルm半径内に対象がいる間、【焦熱】による追加攻撃を与え続ける。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​
シル・ウィンディア
戦いつつも…
あれ?なんだか懐かしい気配?

あれは…
お母さん?

大丈夫だよ。ちゃんと、笑顔を忘れないでっていう言葉は覚えているから
だから、目の前の人にも笑顔を届けなきゃね

…悲しみを知っているなら
それを生み出さないようにすることはできるはずだよっ!
血にぬれた手だとしても、取り合うことはできるよっ!!

攻撃は光刃剣と精霊剣の二刀流で斬るよ
小刻みだけど、手数で勝負っ!

回避は【残像】を生み出しての攪乱回避
上下左右を使って回避

相手がじれたら…
【高速詠唱】でのエレメンタル・ファランクスっ!
狭いなら、これもよけれないでしょっ!


お母さん、会えたらうれしくて泣いちゃうよ
ごめん、今だけは泣いてもいいかな…



 
 するりと流れた剣呑なる風の前にては。
 橋の上で対峙する、血に飢えた炎刃を構える男になど。
 問答など不要。
 語り合う事などできないのだ。
 故にとシル・ウィンディア(青き閃光の精霊術士・f03964)は疾風の如く、一直線に橋の上を駆け抜ける。
 今はただ、漂う幻影を斬り払うように美しき光の刃と伴に。
 橋の上にて響き渡るは、剣戟とも到底思えぬ程に澄んだ音色。
 シルが携える光刃剣と精霊剣が連続して振るわれ、精神と霊力で紡がれた刃が男の太刀を弾き返せば、太刀の纏う呪焔が虚空へと散っていく。
 だが、僅かな隙も与えない。
 一瞬も止まる事なく、乱舞の如く奔るのがシルの剣。
 力で叶わぬのなら手数勝負と、左右にもった光刃が流星のように瞬いて奔る。
 どれ程に綺麗でも。
 触れれば命を奪うが剣というものであれ。
 それだけに在るのではないと、シルは知っているからこそ強く、強く、光刃剣と精霊剣の柄を握り絞めて。
 青く澄んだ眸を、今もなお切り結ぶ剣戟の先。
 霞むように浮かぶ、幻影へと向けるのだ。
――ああ、懐かし気配。
 あれは、と。
 僅かに息を呑み、後方へと跳んで退くシル。
「あれは……お母さん?」
 唇より零れた声は、切なさと、優しさが混じったもの。
 喪ってしまった人の影を見て揺らがぬ程に強くはない。
大切なものだと、胸に強く抱き締めるからこそ、心はより揺れるのだ。
 けれど、シルの貌に浮かぶのはあくまで明るい笑顔。
「大丈夫だよ」
 焔を纏う太刀を構える男よりも。
 その遥か遠く、橋の向こうへと消え逝こうとする『お母さん』へと、笑いかけるシル。
 戦うよりも。
 その理由のほうが大事だから。
 憶えている記憶と感情が、シルの強さになるから。
「ちゃんと、笑顔を忘れないでっていう言葉は覚えているから」
 結んだ約束を己が信念として、光刃へと宿して。
 綺麗な輝きを、未来を斬り拓く技として担うのだから。
「だから、目の前の人にも笑顔を届けなきゃね」
 するりと、青い眸を泳がせ、焔を纏う太刀を構える男を見つめるシル。
 燻るような熱を秘めた男の顔は決意に固まり。
 狂気で澱んで、このままでは決して笑顔なんかになれはしない。
 それこそ、闇を抱え込むような姿。
 決して、誰かは求めていないだろうから。
「俺を笑顔にするなんざ、できやしないさ。この世に在る者では」
「出来る、出来ないで、するかしないかを決めたくないんだ」
「そうかい、物好きに。が、なら剣で押し通るのみさ」
 それこそ燻る炎を瞳と太刀に宿して、橋の上を踏み出す男。
 内側から灼かれる程の思いの熱量と共に、何処までも進み続ける骸魂へと、シルは静かに語りかける。
 この人は、確かに狂気に取り憑かれているのかもしれないけれど。
「……悲しみを知っているなら」
 大切な人を、喪う痛みが判るというのならば。
 決して、誰かの命を奪うなんてこと、出来ない筈なのに。
 してはいけないのにと、左右の剣の柄を握り絞めるシルは語る。
「それを生み出さないようにすることはできるはずだよっ!」
 多くのひとが、悲しみより幸せを求め、探し続けるように。
 終わらない旅路の果てに、笑顔を求めるように。
「血にぬれた手だとしても、取り合うことはできるよっ!!」
 例え戦いに身を投じる者だとしても。
 その先に、光がある。
 誰かと生きる未来がある筈なのだ。
「だとしても……そいつは俺には、もう遅いんだよ」
「遅くなんかいなって、わたしがあなたに届けてみせる」
 故に再び、青き疾風と化して突き進むシル。
 優しげな水色の髪を靡かせ。
 左右上下へと残像を作り出せば、橋の上に溢れるのは清らかな水のような色彩。
 男が如何に苛烈なる斬撃を振るおうとも、流水を斬る事など出来る筈もなく。
 シルを捉えられず、空を滑る赤き切っ先。
「あなたに、笑顔を」
 そうして、連続して放たれる二つの光刃。
 シルの姿は、さながら精霊の円舞。
 川の流れが止まる事がないように。
 数え切れない程の剣閃が翻れば、綺麗な輝きの軌跡をなぞるように鮮血が零れる。
「燻る悲しみの灰で汚れたものではなくて……笑顔を、思い出してよ」
 きっと、それが。
「愛しいと思う、大切な人も望むことだから」
「……っ!!」
 黙れと言葉に成せぬ口の代わり、吼え猛るは烈火の太刀。
 繰り出されたのは当たれば鋼とて両断するだろう剛剣だ。
 だが、どれ程の剣威を秘めようとも、流水が如く揺れて踊るシルを捉える事など出来る筈もなく。
 大振りとなった隙にと、シルが高速で紡ぐは魔力による砲撃。
 ひとつではなく、無数の光と属性を撃ち出すべく、魔法陣が浮かび上がる。
『我が手に集いて、全てを撃ち抜きし光となれっ!!』
 放たれるは火、水、風、土の四属性の魔力。
 四彩をもって描かれる流星群の如く、逃げ場のない狭い橋の上を奔り抜ける密集した魔力砲撃。
 阻む手はなく、幾つかは太刀で斬り伏せようとも。
 シルの放つ魔砲の全てを防ぐなど叶わない。
 着弾と共に属性を帯びた魔力に橋の遠くまで弾き飛ばされる男。
 更にと追撃をかけることを、けれどシルは出来ずに。
 橋の間で揺らめくように動いて、そして微笑む母の幻影にと、僅かに表情を崩す。
「お母さん、会えたらうれしく泣いちゃうよ」
 会えたのなら。
 もしも、声を聞けたのなら。
 その優しい手で触れて、腕で抱き締めてくれるなら。

 叶わないと理解するからこそ、切望は鼓動として疼くのだ。

 もう一度と、願う気持ちは痛い程に判るから。
 心臓が動き続ける限り、想いは尽きないから。
「ごめん、今だけは……泣いても、いいかな……」
 きっとこの『まぼろしの橋』を濡らすのは。
 赤い血ではなく、悲しくて、嬉しくて、切ないばかりの涙なのだ。
 決して叶わぬ夢を、揺蕩う幻影として浮かばせて。
 この橋は、ただ、ただ、追憶の想いに濡れてゆく。

大成功 🔵​🔵​🔵​

トリテレイア・ゼロナイン
『貴方を選んだ理由。貴方の罪を教えてあげましょうか?』
(紫髪の宿敵)

…!

…いえ、あれは私の思考演算の投影
只の幻

死者の想いは死者の物
想い人は非道を望まぬ筈…等と戯言は申しません

だからこそ、騎士として
喪失の哀しみを僅かでも知る者の愚挙を
生者の為に許す訳にはいかぬのです

元より軽業より受けが得手
退かず切り結び

黄泉や地獄を信じ赴ける貴方は果報者です
この鋼と電子の身に『次』や『禊』など有るかどうか
(幻朧桜の祝福は我が身無しと凝り固まって)

なればこそ
何故、蜘蛛糸垂らす徳を積む覚悟持てぬのです(世界知識)
何故、地獄の禊を終え昇る覚悟持てぬのです

その惰弱、想い人に恥ずべきと思わぬのですか!

UC
火達磨となりて戦闘



 戦機たる鋼に魂など宿らぬが故に。
 頑なにそう信じるからこそ。
 そこに宿った理想へと、幻影は爪を立てる。
 希いし思いなどと、冷たい痛みを憶えさせて。

『貴方を選んだ理由。貴方の罪を教えてあげましょうか?』

 艶やかな紫の長髪がさらりと靡いて。
 此処ではない何処か。
 果てしない虚空と闇と、星雲の浮かぶ果てで、女は虚ろに笑う。
 悲しくて。
 遣る瀬なくて。
 それでもと、縋る思いこそ人のそれだと。

『貴方を選んだのは――』

 そう、その女は絶望に染まった声で、何かを告げようとして。
 ばちっ、と電子と電流が弾ける。
 思考回路が機能制限を発動させ、目の前にあった幻影を振り払う。
 少なくとも、そう。
 全てを夢だと言い聞かせられる程に、トリテレイア・ゼロナイン(紛い物の機械騎士・f04141)は愚かでも、また、賢くもなかったから。
 ただ懊悩を憶えるだけの、聡さを翠玉のようなセンサーアイに浮かばせて。
「……いえ、あれは私の思考演算の投影」
あくまで戦機が扱うが為の儀礼剣と、大盾を構え直すトリテレイア。
 余りにも重く、そして鈍く。
 強度と耐久性を重視したそれらは、護る為に在りし物の筈なのだけれど。
 では、己はどうなのだと、軋む己が鋼に問いかけるトリテレイア。
 幾ら自問しても応えなど、出ず。
 今まで通り、思考には空白が広がるのみ。
「……只の、幻」 
 実体など何も持たず、真実に辿り着けぬのだと。
 ならばこそ、進むしかないのだと。
 橋を己が自重で軋ませながら、進むトリテイレアは何処までも、騎士であろうとして。
 そうありたいと、求めるのだけは確かだから。
 清廉なる身たれと、灼熱の太刀を構える男へと語りかける。
「死者の想いは、死者の物」
 なれど、と続く言葉は戦場とは思えぬ程に静かで穏やか。
 確かに、これこそが騎士たる姿をなぞっているとも言えるだろう。
 とてもらしく、似ているといえるだろう。
「想い人は非道を望まぬ筈……等と戯言は申しません」
 それこそ太陽に近づいて、その熱で焼かれて溶けてしまうまで。
 トリテレイアは騎士としての道を、愚直なほど真っ直ぐに進むのだ。
「だからこそ、騎士として」
 剣を構え、盾を前へと押し出し。
 幾ら傷つけどと、戦へとその身を投じる。
「喪失の哀しみを僅かでも知る者の愚挙を」
 ああ、気持ちだけならば判るから。
 止めるが為に、この剣と盾を振るおう。
 災禍を撃ち砕き、明日を生きる者の世界を守るが為に。
「生者の為に許す訳にはいかぬのです」
 平穏なる世界を、笑って生きていく。
 ただそれだけの為に、トリテレイアは剣を握り絞め続ける。
「その手の問答は、通り過ぎてこの橋にいる筈だろう」
 故に炎のような熱量をもった男の言葉を、真っ向から受けるトリテレイア。
「誘われ、惑わされ。けれど、それは捨てきれない思いがあるから」
「そうして生きていくのです。生き続けるのです。強い思いも、弱い悩みも、癒えぬ傷の痛みも抱えて」
 故に平行線。
 橋の上で衝突するのは、当然のことなのだと、過去を生きる者と、未来へと歩むトリテレイアは切り結ぶのだ。
 機先を制したのは男の斬撃。
 機敏に踏み込むや否や、剛の一閃をトリテレイアへと繰り出す。
 肉であれ、鋼であれ、触れれば断つと唸りをあげる切っ先。
 受け手にこそ技量を求められるが刀術。だが、その理など知らぬと、やはりトリテレイアも、正面より切り結ぶ。
 鋼の轟音を響かせるは二つの剣。
 互いに退く事など在りはしないと、火花を散らしてなお前へ。
 トリテレイアと男の斬撃は、握る刀身が砕けるまで続けるかのような猛攻ばかり。
 意地でも退かぬと火花を散らし、円を描きながら橋の上で剣撃の応酬を繰り広げる。
 ともすれば、互いに捨て身とさえ見えるのは仕方なき事。
 騎士たる誇りにかけて、この愚かしく悲しき凶行を止めるのだと。
 愛する想いに従い、何処までも突き進ものだと決めたのだと。
 剣に通した信念の元、決して譲らぬと気勢をぶつけ合う。
 それこそ、紙一重で相手を切り伏せるのだとる
 己が血を流しても、進む路は譲らぬと戦機と剣客が戦意を燃やし、刃に吼えさせる。
 その中で、なお芯は確かであれ、静かに語るトリテレイア。
「黄泉や地獄を信じ赴ける貴方は果報者です」
 僅かな羨望は、凝り固まる程の思考と演算の果てのせい。
 聡いが故に、己を破滅へと近づける因子。
 いいや――故にこそ、我が身を厭わぬ果敢にして清冽なる騎士なのか。
「この鋼と電子の身に『次』や『禊』など有るかどうか」
「…………」
 目に見えるもの。確かめれるもの。
 尋常ならざる程に事象を鋭敏に捉えるセンサーを持つトリテレイアだからこそ。
 魂に救いはない。
 例え、幻朧桜が慰めと救済の花びらを注いだとしても。
 トリテレイアに、次が為の輪廻などありはしない。

 故に不退転。
 誓いが元、この命にて突き進むのみ。
 退くなど、言葉を覆すなど、あってはならない。

「なればこそ」
 敵手たる男にも等しき覚悟と決意を見るが故に。
 翠玉に浮かぶ意思は切っ先より鋭く、その心へと突き刺さる。
「何故、蜘蛛糸垂らす徳を積む覚悟持てぬのです」
 別の世界から在りし物語。
 例え地獄に墜ちる程の大罪人でも、蜘蛛の命ひとつを助けただけで。
 ただそれだけで救いの糸は一筋、浄土より伸ばされるのだ。
「何故、地獄の禊を終え、昇る覚悟持てぬのです!」
 神仏にも慈悲はあり。
 何百年かかれど、地獄で罪を濯げば、天上への道は拓かれるのだ。
 救いがないなど。
 どうして言えるのだ。
 いいや、この他者を殺めるという易き道を往く事、それ自体が。
「その惰弱、想い人に恥ずべきと思わぬのですか!」
 想いし人の魂に、胸を張って誇れるというのだろうか。
 血と死で穢れた腕で、抱き留めようと想うのか。
 笑って欲しい。
 ただそれだけを、今のお前は告げられるのかと。
 より一層、苛烈なる一閃にて斬り込むトリテレイア。
 足場たる橋をも踏み崩したとしても、その先へと切っ先を届けるのだと、剣風が爆裂の如き激音をたてる。
 戦機の怪力を受けて弾き切ること叶わず、肩口を深く斬り裂かれる男。それでもなお、後ろには退かぬと炎纏う刃と言葉を返す。
「目に見えず、肌で触れられず、匂いも嗅げないのなら、信じるを往くまでだ」
 それこそ、幻朧桜の救いを信じられぬトリテレイアが斯くあるように。
 男もまた凝り固まった狂信をもって、進むが故に。
「ならば、その凶行を止めさて頂きます。この剣、いいえ、この身を以て!」
 奔る太刀筋を見切り、掠るに留めて胸部で受けるトリテレイア。
 削れて跡を刻む装甲。熱を帯びた太刀はトリテレイアの戦機の身体とは相性が悪いとも言え。
 更には男の太刀が纏う灰の呪いが、灼熱をもってトリテレイアの身を包み、その身を火達磨へと化す。
 鋼鉄であれど燃やすのだという妄念の産物。
 そして、幾ら硬い身体を持てど、熱には弱いというそれをもって。
「どんなに強固で頑丈だとしても、灼いて溶かせばいいだけの話」
 故に追撃をと切っ先を翻した男に、けれど、炎に包まれた戦機が迫る。
 燃え上がる姿はさながら鋼の人形。
 されど、何時とて理想に希い、焦がれるのがトリテレイア。
 この程度の炎に包まれたとしても、何だという。
 我が身を薪とせよ。炉心を燃やし、更に唸りて輝け。

――御伽が騎士の如く、在れぬ身など不要なればこそ。

 凄絶な剣威をもって、男を貫くトリテレイアの刺突一閃。
 音速の壁を幾重にも突き破り、烈風と共に鮮血を後方へと、橋の遥か先へと舞い散らせる騎士の剣。
 守るが為に。それは、己が身が焼け落ちても。
 恒星よりなお熱を持つ、ひとの想いと魂を知るからこそ。
「灼いて、溶けるほど、貴方の恋慕は易いものなのですか」
 抉り抜き、翻す前にと問いかけるトリテレイア。
 まだ間に合うのならば。
 想いを濁らせた儘に、消えぬように。
 己にはない、輪廻の救いを男の先へともたせるように。
「違うのならば、立ちなさい。立って、正しきを遂げなさい」
 告げるトリテレイアは、燃え盛る我が身など意に介さずに儀礼剣を翻す。
 振るう動きで鮮血を払い、そこに宿す騎士の誇りを見せるようにと掲げるのだ。
 例え、それが御伽のものであれ。
 橋の周囲に渦巻く幻影のように。
 実体と真実のないものであったとしても。
 
――まずは、想い人の言葉を思い出してください。

 生きる者の輝きと、先が為に。
 これ以上が喪われ、橋を涙で濡らさぬが為に。

「あなたの思い人は、何を望んでいましたか」

 例え黄泉へといっても。
 幾度の転生を経たとしても。
 叶わぬ願い、想いがあった筈。
 それこそが魂というのだと、トリテレイアは想うから。

 色褪せぬそれを男の瞳に取り戻させるべく、騎士の剣は光を宿す。 
 
  

大成功 🔵​🔵​🔵​

月舘・夜彦
【華禱】
伴に在れずとも辿り着く先に交わらなくとも
奪う理由にはならない……理屈は、です

ですが、心は理屈では成り立たぬもの
それ故に私達は刃を交えて戦う
――倫太郎、参ります

接近戦を重視
2回攻撃を基本とし、同じ構えからなぎ払いや刃を振った際に衝撃波
織り交ぜて攻撃手段を分かり難くする

敵と刃を交えた際に力量を確認
押し負けそうならば残像にて回避
互角ならば武器受けにて受け止める防御
凌いだ後に反撃

敵が倫太郎の術を受ける
または攻撃で怯んだ際に早業の抜刀術『静風』

見えた影は我が主
ぬばたまの髪の美しい御姿
彼女の見つめる先は私が模した彼の姿

私も同じ場所へは行けぬ者
それでも先を歩いた末に、得られたからこそ
影を恐れはしない


篝・倫太郎
【華禱】
永遠に共に在れたら良かっただろうさ
でも、共に在れずとも……
そこにあった縁も絆もなかったことにはなんねぇ

あんたがそれを忘れたなら
思い出させてやるさ
往けるよな、夜彦――

拘束術使用
射程内なのを確認したら鎖での先制攻撃と同時に拘束
太刀を扱う利き腕を重点的に
部位破壊も乗せて狙って動きを阻害してく

敵の攻撃は見切りつつオーラ防御と
武器受けを乗せた華焔刀で受けて凌ぐ

俺の仕事は夜彦が確実な一撃を入れる好機を成すこと
その為の礎になる、それだけだ

死別した想い人、ってのがどの範囲までかは知らねぇ
でも、今、この場に出てきて
俺のやらなきゃならない事を邪魔する野暮天は居ねぇからな

距離を詰められたら暁想も使って対処



 重なりし大切な日々に、永遠なんてなくて。
 過ぎ去った記憶を眺めれば、愛しさで胸は痛み続ける。
 決して理屈などで、心が成り立つ筈がなく。
 不条理なまでの想いが、ひとを成すのだから。
「伴に在れずとも、辿り着く先に交わらなくとも」
 呟くのは月舘・夜彦(宵待ノ簪・f01521)。
 夜空のような藍色の髪をするりと流しながら踏み込むは、まぼろしの橋。
 幾つもの幻影が踊り、思い出を揺らすこの場所にて。
 常に傍に。そんな幻想を、理想は確かにと認めながらも。
 そこに狂刃が在る理由にはならないと、穏やかなる志士として首を振るう。
「奪う理由にはならない……理屈は、です」
が、夜彦にも判るから。
 例えば恋慕もそう。
 戦いとてそう。
 道理や理屈など、ひとの心の上に立つ筈がない。
 それらをねじ伏せるのが、想いというものなのだから。
「ですが、心は理屈では成り立たぬもの」
 それ故に譲れぬのだと、刃を交えて戦うのだから。
 決して退けぬと、ひとつの道しかない橋の上で相対する。
「だから、こうして切っ先を向き合うしかないのでしょう。互いに、自分の思いを大事だと思うが為に」
 翠色の双眸に浮かぶのは、果たして白刃の鋭さか。
 それとも、遥か遠くに離別を告げた想い人の影なのか。
 誓いにして結ばれた篝・倫太郎(災禍狩り・f07291)にも、それは判らないものだけれど。
「永遠に共に在れたら良かっただろうさ」
 そう、永久にふたりでいられたのなら。
 この華禱の元に、時間など無為と伴にあり続けられたのなら。
 生きる寿命の長さが違う倫太郎と夜彦だから、そのもしも、に切なさを感じるけれど。
「でも、共に在れずとも……」
 違うよな、倫太郎は琥珀色の眸を細める。
ずっと傍にという、思い描く幸福の理想ではなくとも。
 時よ止まれと、祈る事などなくとも。
 あなたは美しく愛しいのだと、魂にて思い続ける事は出来るのだから。
「そこにあった縁も絆もなかったことにはなんねぇ」
 これは決して色褪せぬ想いにして、信じるもの。
 触れられずに、言葉を交わせずに、忘れてしまったのだろうか。
 きっと、黄泉の果てで魂は囁く筈だから。
 ずっと傍に。常に同じ所に。
 そうでなくても、いいのだ。想いは届くのだ。
「あんたがそれを忘れたのなら」
 黒塗りの柄に朱の焔が舞い踊る薙刀、華焔刀 [ 凪 ]を肩に担ぐように構える倫太郎。
 その美しい刃にて、全てを映し出そうと。
 幻も、現実も。
 過去にありて、忘れ去られた思いもまた。
「思い出させてやるさ」
 先制するが為に姿勢を低く、身を撓める倫太郎。
 その後に、きっと続いてくれる筈だと傍らの夜彦へと視線を送り。
「往けるよな、夜彦――」
 呟けば、橋の上を冷ややかな風が流れて。
 暖かな声が続く。
「――倫太郎、参ります」
 それは刃が鳴き散らす、苛烈なる一時の前の凪ぎとして。
 ああ、と。
 そんな絆が欲しかったのだと。
 男は呪焔を纏う太刀をゆらりと泳がせる。
 今や災いをもたらすばかりの刃となった男へと、倫太郎が身に見えぬ霊力を走らせる。
『縛めをくれてやる』
 見えぬからと、容易いものではない。
 じゃらりと鎖の鳴る音を響かせ、太刀を構える男の腕に絡み付くは災いを縛る鎖。
 撃ち据える衝撃と共に動きを拘束して、男の太刀捌きを鈍らせる。
 少なくとも動揺を誘えたのは確かであり、強引に鎖を千切ろうとする男の腕力と、倫太郎の羅刹の怪力が鬩ぎ合う、僅かな間隙に。
 疾風の如く切り込むのは烈士たる夜彦。
 鋭く、怜悧に。そして美しい歩法は、そのまま一息に間合いへと踏み込む。
 ちりんっ、と。
 藍色の数珠が連なる雫珠が、珠が触れ合う微かな音色を響かせて。
 蒼銀の刃を瞬かせ、赤き色彩を散らせるのだ。
「橋の先が如何なる場所であろうとも――黄泉から辿り着ける場所もありましょう」
 居合の構えより放たれたのは静謐なる剣閃。
 一切の音も立てず流れた切っ先が翻り、続けて繰り出す神速の斬撃。
 脇構えへと戻ったかと思えば、そのまま連続して振るわれる霞瑞刀 [ 嵐 ]は、まさに流水の如く。
 清らかな蒼銀の輝きは同じ構え、同じ起点、同じ呼吸から繰り出されるというのに、太刀筋が移ろいて変じる。
 切っ先が描く一閃、一閃を読み取る事など叶わず。
 それこそ流れる水を掌で汲み取ろうとするように、夜彦の剣技に幻惑された男の身に走る裂傷と鮮血。
 斬り込むか、斬り上げるか。それともなぎ払い、後ろへと下がって刀身より斬撃波を放つのか。
 純粋な剣技の冴えをもって、焔刀構える男を凌駕する夜彦。
「強いな、アンタ」
 だが、それをもって男は笑い、上段から振り下ろすは燃え盛るが如き剛刀の一閃。
 この受けてはならぬと夜彦が残像を残してするりと後ろに下がれば、橋の観覧を斬り砕く男の太刀。
 尋常ならざる怪力は、まさに鬼が振るう太刀。
 倫太郎の縛めの鎖がなければ、完全に躱すなどできず、力と技で削り合う事となっただろう。

――男は、今やひとり、橋に立つ。

 それを悲しいなどと、思う余裕はなく。
 いいや、そんな雑念の入り込む余地など、倫太郎にはないからこそ、跳躍と共に華焔刀を振るうのだ。
 研ぎ澄まされた刃は美しく、微かな曇りもありはしない。
「夜彦、俺がこいつを崩す!」
 確かな一撃を入れる好機を成す礎となる。
 ただそれだけが、倫太郎が夜彦の為にすべき事だと判っているのだから。
 ふたつの苛烈な炎の如き斬撃が激突し、激しき鋼の音色を橋の上に響き渡らせる。
 例え押し返されようとも、拘束術にて紡いだ鎖で利き腕を縛り上げ、僅かな隙を作り出そうとする倫太郎。
 ああ、そうだ。
 倫太郎は離別の痛みなど判らない。
 死に別れた想い人。このまぼろしの橋が見せる範疇に、倫太郎の知る人は含まれない。
 少なくとも、この瞬間。
 倫太郎が、想い人が為に成すべき事を邪魔する野暮天などいないのだから。
 幻影を浮かべ、追憶に浸ることなどありはしないのだと。
「今を見て生きろよ。なぁ。命を、誰かの日常を奪って、辿り着ける幸せなんてねぇんだ。目を覚ませよ!!」
 それこそ、男の想い人たるものがこの瞬間を見て。
 この橋に現れ、止める筈なのだから。
 何も見ていないのか、それとも、見ても視線を逸らしているのか。
 真っ向より切り結び、刀身より無数の火花を渦巻くように散らして橋の上を踊る倫太郎と男。
 その間も、僅かな呼吸を漏らすは夜彦。
 霞瑞刀を清流描かれた黒塗りの鞘へと納め、剣気を練り上げる。
 同時に、橋の上に現れたその影を。
 過去の面影たる姿を、翠色の眸から心へと焼き付けるように。

――幸せそうに笑っていますね。

 あくまで見えた影は、幻なのだろう。
 竜胆の簪が本体たる夜彦にとっては、主にあたる彼女。
 けれど、美しきぬばぬまの髪を揺らす御仁を見間違える筈などない。
 まるで童女のように無垢に笑って。
 幸せへと駆け寄るように、軽やかな足音を響かせる。
 橋の向こうへ、向こうへ。
 黄泉たる国へと。
 想い人のいるその先へと。
 涙で濡れた瞳で、彼女が見つめるのは倫太郎が模した彼の姿。
 ああ。
 ああ、と。
 また夜彦は見送る事になるのだと、過去だけではなく、未来の影を思い浮かばせて。
 幻ではなく、必ず訪れる別れに胸が痛む。
 恋慕に濡れて、絡み付いて。
 幻影でもいいからと、夢の泡でも構わないからと。
 ひとは、喪った愛しさを求めるのだ。
 この指は決して届かず、そして、結び続けることできなくとも。
 それでも想いだけは抱き締め続けたいのだと、願う気持ちが止まる筈はなく。
「私も同じ場所へは行けぬ者」
 同時に練り上げた精神で、迷妄を払いて現のみを見つめる夜彦。
 全身全霊をもって斬り懸かった倫太郎の一撃で、体勢を崩した男の隙を見逃さず。
 瞬足をもって間合いに踏み込み、鞘走りの音色を奏でる。
「それでも先を歩いた末に、得られたからこそ」
 影を恐れはしない。
 決して、辿り着かぬ身を。
 叶わぬ願いに、またいずれ来たる死別に。
 恐れを抱く事はないのだと。
 流れるは静かにして、清冽なる剣風。
 迷いも、妄執も、狂気の焔をも鎮める綺麗な蒼銀の刃が、清冽なる光を描く。
 まるで流れる星のように。
 橋の向こうへと、消え逝くべきものと想いを、届けるように。
 男の芯を捉えて、斬り裂いた夜彦の霞瑞刀が翻り。
 倫太郎の振るう華焔刀と共に、男へと突き刺さる。
 二振りの刀身より滲む破魔の気配は。
 罪を清め、次なる命へと進む事を祈るように。
 例え地獄の底からでも。
 想い続ける声は届くのだと伝えるのだ。
 かなしき橋の向こうへと、留まってしまった魂を渡すように。


 死に別れるという痛みを知る、心にて振るわれる刃だから。
 その予感を憶えて、それでも笑い合うふたりの想いだからこそ。
 狂気の炎に燻る男の瞳が、僅かに揺れて、光を取り戻す。
 
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ラルス・エア
「身代わりを探しているならば
…恐らく私が最適となるだろう」
戦闘と同時に
拳に覇気を
相手の刀を引きつけながら
橋の欄杆を背後に立つ

…目の端に浮かんだものは
幼き頃に出会った一人の女性
私はまだ歳若く恋慕だという感情すら知らず
其は親友と同じ黒髪の、美しい女性だった

今でも思い出す
―己の人狼病の発作により
私が、只でさえ命短かった
その親友の母を殺した事を

幻影を見て、微笑みを浮かべる貴女
「今でも…『あの時』と同じ微笑を浮かべられるのですね」

多少の怪我は覚悟の上
敵の刃を肉薄で躱し欄杆に刺さるよう狙い
出来たその隙に、指定UC発動

己の手を見る
この拳を、貴女の血に染めた私も
―恐らく。同じく貴女の元へは行けぬのであろう、と



 悲しさと、愛しさと。
 それは、どちらも胸に憶える同じ痛み。
 誰かを想い、心を向けて。
 鼓動と共に切なる痛みとして疼き続ける。
 だからこそ、この『まぼろしの橋』は幻影を漂わせる。
 消しきれない感情を。
 拭いきれない追憶を。
 泡のように浮かび上がる、離別のかなしさを、ゆらり、ゆらりと。
 自らより大切なものがあったのだと、世界を渡りて黄泉の向こうへと至る橋として。
 ひとの心と魂の掛け橋として、此処に在る。
 ならば、その紫の眸は何を映すのだろう。
 ラルス・エア(唯一無二の為だけの・f32652)という、正しきを往こうとする人狼の、その心には何が浮かぶのか。
 多くを救えぬ手にて。
 儚く、短き命に抱くものとして。
「身代わりを探しているならば」
 橋を一歩、一歩と歩み寄り。
 ひんやりとした風を、青紫の毛並みで受け。
 黄泉の向こうへと近づいていると感じながら。
「……恐らく私が最適となるだろう」
紡ぐ声は確かなるもの。
 短命だというのならば、関われる幸いの数とて少ない筈。
 誰かの為に死ぬというのならば。
 それもまた、ラルスの生き方として正しい筈だと。
 諦念の色を帯びたラルスの心が、囁くのはあるけれども。
「だが、お前のそれは人道に反するだろう」
 それでも戦いを選ぶのは。
 この橋を、続く道を鮮血で染めない為に。
 殺めた命の先に。
 転がる屍を踏みしめて。
 辿り着ける果てが、幸福の光であるなど、どうして信じられよう。
 故に握り絞める拳に覇気を纏い、彼岸花の刻印の浮かぶ腕を持ち上げて、構える。
 呪焔纏う太刀を、制するのだと。
 どちらも呪いのような、決して癒える事のない病のような。
 複雑に絡まる想いを、そこに秘めて。
「それでもやるというのならば、止めるまで」
「止まるのなら、此処に、黄泉へと渡る橋などに立ちはしないさ」
 灼熱を宿す刀身を同じく構えて呟く男。
 切っ先から溢れんばかり熱は、男の狂気を顕すようで。
「互いに、この橋に、この場所に。黄泉に近い此処にと、誘われる事などないさ」
「それも、また当然、か」
 戦場として、死別した想い人を見せる橋を選んだのは。
 どうしようもない想いを。
 消し去る事のできない情念を。
 それこそ花は散り、水は流れて、海へと至れど。
 そして、何れは風と共に、空へと舞い上がれど。
「拭いがたい過去に、囚われている。抜け出すなど、出来はしない」
 いいや、その思い出から。
 逃げ出す事を選べないのかと、橋の欄干を背にするラルス。
 ふと。
 戦の始まりを予感させる熱から視線を逸らせば。
 橋の向こう。
 流れる川の水面の上に、ひとりの女性の影が浮かんでいる。
 忘れる筈もない、親友と同じ長くて艶やかな黒髪。
 繊細で美しい貌は、在りし日の儘で。
 恋慕を抱いているのだと判らぬ程に、ラルスが若く、幼かったあの時のまま。
 遥か遠き記憶の姿として。
「ああ」
 貴女は赦してくれるだろうか。
 うっすらと微笑む貌は、優しさを見せてくれるだろうか。
 決して有り得ないと断じながらも、ラルスの心は赤い追憶に濡れていく。
 そう、今でも思い出す。
 ありありと、鮮明な程に。
――ラルスが自らの人狼病の発作によって、その儚き命を奪った瞬間を。
 只でさえ短った。
 それでも母として、もっと幸福を知れただろう命を殺めたことを。
 真っ赤に染まる、その貌と身体。
 誓いを立てた親友の、母だったその女性は。
 ラルスが無惨に刻んだ傷から、止め処なく鮮血を零して川を悲しき紅に染めながらも。

「今でも……『あの時』と同じ微笑を浮かべられるのですね」


 変わらず。変わらぬ。
 過去の姿として、微笑む女性。
 まるで今の自らと同じように、血を流せとラルスに囁くように。
 いいや、そんなひとではないのだと。
 贖罪に血を流す事を、ラルスが自ら求めているのだと。
 優しく、咎めるように。
 罪の幻影として、すぅ、と川の向こうへと消えて逝く。
 橋の上にラルスを残したまま。
 何も応える事のない、微笑むばかりの影として。
「……ならば」
 過去は余りにも長く、心に結び付いて。
 今という瞬間は、あまりにも短く、瞬きひとつで過ぎ去るもの。
「まだ、死ねないのだ」
 逢いたいと、約束を交わした親友が此処にいるから。
 残しては逝けぬと、ラルスの紫の眸が鋭き覚悟をもって男を見据える。
 ならばと。
 男は構えた太刀を滑らせる。
「俺もまた、逢いたいのだ」
 烈火の如く切っ先がラルスの心臓を狙って奔る。
 何処までも純粋な殺技。
 殺めて終わらせる以外を知らぬ刃。
 元より無傷で勝てるなどラルスは思わず、ゆらりと上半身を揺らすのみ。
 呪焔伴う苛烈なる刺突。
 されどラルスは切っ先を紙一重で躱す。
 無傷とはいかず、胸板を刃で裂かれ、纏う灼熱で血肉を焦がされども、命には至らない。
 むしろ、渾身にて放った太刀は欄干へと突き刺さり、男の動きを一瞬だけ止める。
 そう、ほんの僅かな瞬間だけ。
 今が過去へと過ぎ去る、瞬きひとつの間に。
「……灼かれた傷では、贖いにと血さえ流せないのか」
 悲しみに濡れた声を零すラルスが、一気に男の懐へと飛び込む。
 燃え上がる刀身の上を交差するように、彼岸花を浮かばせる剛腕が奔り抜け、男の胸を撃ち据える。
 吹き飛ぶ男の喉から零れるのは真っ赤な血の塊。
 のみならず、人狼の爪が男の肉を切り刻み、抉って、掌へと欠片を残す。
 僅かに眉を潜めるラルス。
 己が掌を見れば、それは殺す為のものだと。
 呪焔を纏った太刀と同じく、殺める為のあるモノなのだと。
 そんな咎を宿す掌は赤々と、罪の色に濡れている。
 過去も、今も、変わることなく。
「この拳を、貴女の血で染めた私も」
――恐らく。同じ所へとは逝けぬのだろう。
 安らかに笑い合う楽園など、余りにも遠いのだと。
 血肉と、死で穢れた手のひらを見つめて。
 罪咎を重ねる、己が身と道を感じ取って。
 ふと、女の消えた川の先を眺める。
 幾ら贖いを重ねても、決して同じ場所には辿り着けないと知るからこそ、幻影はゆらゆらとその輪郭を揺らすのだ。
 求めても、願っても、叶わぬ泡沫の夢として。
 どれほどの悲しさと、愛しさの、痛みを憶えたとしても。
 川が溢れる程の血と、涙に濡れたとしても。
 
 まぼろしの橋が見せるは、遂げられぬ想い。
 生きている限りは、辿り着けない道であり。


 そしてラルスの魂は――橋を渡ることなく、水底に沈むだけ。

 
 きっと、そうだ。
 罪の重さに、病と呪いの昏さに、沈むばかり。
 だから、せめて。
 せめて、伴に生きるという傲慢な約束を。
 もう少しだけ、続けるべく、ラルスは呼吸を続ける。
 息をする理由と意味は、ただそこにあるのだと。
 
 
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ニルズヘッグ・ニヴルヘイム
――姉さん
まだ血色の良いおまえが片目で笑う
久しぶりだね、アッシュ、ってさ
でも、分かってるよ
姉さんは絶対、私を肯定したりはしないってことも
笑って私を引き摺ろうとするのだって
――ごめんな。そっちには行けないよ

橋の上ならば戦うには易い
何しろ私は防御が得意な術師よ
元から動く戦い方は下手だ
呪いの灰、か。まるで私みたいだな、貴様
あまり嬉しくはないが、好都合だ
――な、姉さん
呪いは全部、おまえの餌だろ
食ってこっちの火を増して
幻影ごと全部、燃やしちまおうよ

愚かなものよな
――伴に在りたいと願うより
例え傍に在れずとも
その身に報いることが出来ずとも
どこにあっても幸福であり続けるようにと願を掛ける方が、先であろうに



 ゆらり、ゆらりと。
 誘い、思い出させるように。
 水底のない川より、幻影が浮かび上がる。
 死を経ても別れる事の出来ない記憶を。
 決して解き放たれる事のない想い続ける姿を。
 さながら、それは呪いのように。
 断ち切れぬ糸として、目の前に浮かび上がる。

――姉さん、

 唇が零したその声を濡らす感情は何なのか。
 笑うように、悲しむように。
 或いは過去に苦しみながら、今という幸福を噛み締めるように。
 ニルズヘッグ・ニヴルヘイム(伐竜・f01811)は、小さく笑ってみながら、その幻の姿と対峙する。
 まだ血色のいい肌で。
 生きていると想わせるような貌で。
 久しぶりだねと片目を瞑って笑い、アッシュと呼びかける。
 紫の眸は何処までも澄んでいて。
 金色の髪の毛は、ふわりと常世の風に靡いていく。
 綺麗であり、無垢であり。だからこそ、この世ならざる者だと、すぐに判ってしまう。
 美しき悪魔の貌なのだ。
 白き翼と尾を持つ片割れは、離れる事の出来ない絆を口ずさんでいて。
ああ、と喉の奥で何か。
 言葉に出来ない感情を鳴らすニルズヘッグ。
「でも、判っているよ」
 認めて、抱き締め、肯定するようなその表情。
 姉というのはこういうものだろうか。
 世間、一般。普通というのは、きっとこんなもの。
 けれど、それは表面だけのもの。
「姉さんは絶対、私を肯定したりはしないってことも」
 決してニルズヘッグに向けられる筈のない、その眸の輝き。
 今はそれを向けてくれる相手がいるからこそ。
 真実、その奥に宿る温度差に。
 温もりと優しさが、緩やかに波打つ幻に。
 低く、小さく、笑ってニルズヘッグは視線を伏せる。
 黄泉へと続く橋の上で。
 きっと墜ちれば戻れない、死者の川の上で。

――ごめんな。そっちには行けないよ

 まだなのか。
 それとも、ずっとなのか。
 今、傍にはいないけれど。
 伴にあると願いて求める限り、腕を掴んでくれる存在を思い浮かべて。
 離別より。届かぬ想いより。
 現実を見据える為に、金色の眸が現を捉える。
 意思のひとつで掻き消えるような、淡いものが想いといえるのか。
 幻影と浮かぶほどの、死者への情念を簡単に振り解けるものなのか。
 今も、寄り添うように。
 ニルズヘッグに笑いかけながら、引き摺ろうとする姉の気配を感じながら。
 この橋を渡り終える事など出来ないのだと、橋の中央に佇む男へと、冷たい視線を送る。
「代わりに、こいつを渡して、あの世へと引き摺り降ろすから」
 死者の妄執と、生者の情念が渦巻く橋の上で。
 灰燼色の呪いの忌み子たるニルズヘッグは腕を広げる。
 この場はなんとも、自分に相応しいのだろうかと。
 編み上げる為のモノは周囲に溢れ帰り。
 操るべき呪詛は、そこかしこに隠れて潜んでいる。
 なんとも戦うに易き場所なのか。
 動き回るのが不得手なニルズヘッグ。元より防御の得意な術師なのだから。
 呪いの焔を纏った太刀が、男の疾走と共に放たれど。
 即座に呪詛にて編んだ氷壁をもって受け止めとみせる。
 じりじりと空気が焦がされ、氷が溶けていく。
 狂気の焔は刀身から灰を零し、触れたものを灼熱で焼き続けるのだ。
 さながら、地獄の責め苦のようなそれに、ニルズヘッグは目を細めて。
「呪いの灰、か。まるで私みたいだな、貴様」
 だが、男と違って最早ニルズヘッグは彷徨う者ではない。
 ただ黄泉へと突き進み、鮮血で周囲を染め上げるものではないのだから。
 灰という共通点に、苦く頬を歪める。
「あまり嬉しくはないが、好都合だ」
 伸ばした指を、ぱちんっと鳴らせば。
 そこにある玩具の指輪から、朧気な光が揺らめいてく。
 ゆらゆら、ゆらゆらと、しろがねの呪詛焔が染み出すように、現実へと溢れていく。
 それを操る悪魔へと、ニルズヘッグは小さく声をかけて。

――な、姉さん

 その意思を汲んだかのように、周囲へと駆け巡るしろがねの呪詛焔。
 眩い程の光は、ひとに非ざる者なのだと。
 周囲に満ちる妄執も、男の太刀が纏う呪いをも喰らって、膨らみ上がる悪魔がもたらす白き輝き。
「呪いは全部、おまえの餌だろ」
 歌うように、囁くように。
 共に炎で呑み込もうと、悪魔たる姉へと言葉を送るニルズヘッグ。
「食ってこっちの火を増して」
 何もかもを灼き尽くすのは自分たちなのだと。
 煌めいた後に、ただ、ただ灰ばかりを残そうと。
「幻影ごと全部、燃やしちまおうよ」
 形ある全てを。
 形など在りはしない、幻さえも。
 悪魔の腕たる白金の炎で抱いてしまおう。
 美しくとも、禍々しく。
 恐ろしくも、人の心を魅入らせる輝きで。
 橋の上の全てを呑み込むように、しろがねの呪詛焔が波打ち、一斉に襲いかかる。
 静けさはそのままに。
 あらゆるものを、否定するような悪魔の呪詛焔が舞い踊る。
 何もかも燃やし、灼いて、呑み込んで灰と化しながら。
 ニルズヘッグの姉さんが、くすくすと笑う気配だけを残して。
「愚かなものよな」
 するりと指先を泳がせ、煙草をひとつ摘まみ上げるニルズヘッグ。
 それさえ灼き尽くそうとするしろがねの呪詛焔を振り払い、手に馴染んだライターで火をつける。
 伴に在る事を知らしむ、暖かなその炎。
 石榴のように、赤くも穏やかなそれが波打つのを眺めながら。
「――伴に在りたいと願うより」
 それは、ニルズヘッグの諧謔なのか。
 紫煙を吸い込み、その匂いがもたらす感情と記憶に浸りながら。
「例え傍に在れずとも」
 そう、伴に在りたいと願う想いは判るからこそ。
 なんと愚かなのだと、笑ってしまう。
 侮蔑にも、憐憫にも似て。けれど、形容すべき言葉の浮かばない笑みをその貌に浮かべるニルズヘッグ。
「その身に報いることが出来ずとも」
 しろがねの呪詛焔に包まれる男を見て、踵を返し。
 幻影も、漂う情念をも焼きながら、橋から戻っていくニルズヘッグ。
 そう、この先になど行けはしない。
 今はまだ。そして、それが何時なのかなど判らずとも。
「どこにあっても幸福であり続けるようにと願を掛ける方が、先であろうに」
 ただ幸せをと、祈りを歌って。
 ひとすじの紫煙を漂わせ、黄泉に背を向ける。
 何処に居ても。
 どんな時であれと。
 その人の幸福を願い続けることが、大切なのだから。
 それさえ忘れてしまった亡者と魂など。

 悪魔の焔に包まれ、灰と化すのが相応なのだ。

 此処は地獄。
 全ての悪意が溢れ、それでもと足掻いて生きる世界なればこそ。 
独りならず歩む足音は未来へと刻まれる。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鳴宮・匡
黄泉へ続くとされる橋
大切な人の姿を、その傍らに見る
俺に生きる為の術を……戦いを教えてくれた人

ずっとそこへ辿り着きたかった
だから同じように戦場に生きていた
同じようにその中で死んだなら
きっと“頑張ったね”“もういいんだよ”って
言ってくれると思って

……でも、今はそうじゃない
歩いていく道の先に、見たい景色ができたから

欄干や柱を使って、相手より高い位置を取るように立ち回るよ
上を狙うとなれば大きく振りかぶらざるを得ないし
足元も疎かになるだろう
その足元を重点的に狙って、バランスを崩させる
僅かでも動きに綻びが出来れば
見逃さずに追撃を重ねていくよ

――俺は、前を向いて生きる
こんなところで、止まってはいられないんだ



 ずっと、ずっと。
 そこへと辿り着きたかった。
 繰り返した願いは、感情が擦り切れる程に想い続けて。
 魂に刻まれて、消えはしない。
 叶わなかった思い出が、幻影となって橋の上へと浮かび上がる。
 黄泉へと続くとされる、この橋の上で。
 鳴宮・匡(凪の海・f01612)は焦げ茶色の眸に、大切な人を映し出す。
 ほんとうにいるかなんて、判らなくとも。
 切なる程に疼く鼓動ばかりは、現実なのだ。
その人の傍らに佇みたいと、祈り続けた過去もまた真実なのだから。
「俺は、戦ったよ。生きて、戦い続けた」
 ぽつりと零れた言葉は。
 まるで恩師へと報告する生徒のように。
 戦い方を、生きる為の術を教えてくれた人に。
 鳴宮は、何かを言って欲しくて。
 ああ、言って欲しい言葉はとても分かりやすくて、痛い程に、悲しい程に、その声が欲しいから。
「ずっと、そこへ辿り着きたかった」
 だから同じように戦場で生きていた。
 それが正しかったのか、間違っているかなんて判らない。
 いいや、そんな事は知らないのだと、凪いだ表情のまま、穏やかな口調のまま。
 まるで情動を表す術を知らぬ子供のように。
 或いは、それを喪ってしまった孤児のように。
「同じように」
 もしも戦場で死んだのならば。
 その時は魂だけで巡り会い、求めた言葉をくれると思ったのだ。
 きっと、“頑張ったね”って。
 ただ、ただ、“もういいんだよ”と。
 優しく、静かに、抱き締めるような声をかけてくれると信じていたから。
 身も心も摩耗して、砕け散る程に。
 夥しい程の死を積み上げて。
 鳴宮は自らの心をも屍の山にと捨てて、踏み砕いて。
 ただ戦う為に研ぎ澄まして、駆け抜けて越えた死線の数々。

――頑張ったね。
――もう、いいんだよ。

 そう言って欲しい。それだけの願いの元に。
 もしも違う言葉を言われたらなんて。
 考える事も出来ない程に、愚かに、真っ直ぐ、危うい程の想いを抱えて。
「……でも、今はそうじゃない」
 そう告げて、傍らに佇むあの人の幻影の傍を、通り過ぎる。
 過去とすれ違い、その先へと進むかのように。
 振り切るは難しいけれど。
 忘れ去るなんてこと、出来る筈がないのだけれど。
「歩いていく道の先に、見たい景色ができたから」
 今は、それだけを伝えたくて。
 この橋を渡りきる事なんてありはしない。
 生き続ける道の先を、今の鳴宮は求めるからこそ。
 前を見よう。訪れる明日を、この眸で見つけよう。
 もう死と戦ばかりを見つめるのではなく。
 人ならぬ身と心であれ、“ひと”と歩む道を開く為に。
過去と違う自分を見て欲しくて、黄泉から眺めているだろう師より贈られた愛銃を携える。
 託された祈りは、受け継がれ、育まれ、更なる理想を求める祈りとして。
 生きるという事への渇望を、銃声として響かせるのだ。
「だから悪いけれど、殺されてはやれない」
 連続して放たれる銃弾はどれも研ぎ澄まされた殺意の塊。
 急所を穿たれる事は避け、焔纏う太刀で斬り払い、一気に迫る男の身体。けれど、流れる血は鳴宮の銃撃の全てを防ぐ事など叶わないと告げている。
 故に疾走。間合いを詰めて、斬り捨てる。
 飛び道具相手に剣士が取る手としては常にして最良。
 負傷厭わず一息で飛び込み、切っ先で捉えなければ勝利も生存もありはしないのだと、修羅場を知る男は一気に駆け抜ける。
 だが、鉄火場で生き抜いた数で鳴宮が劣る筈などない。
 橋の欄干の上へと飛び乗り、男より高い位置を取る。当然、銃撃は男の頭上から降り注ぎ、より防ぎづらいものへとなる。
 のみならず、攻める太刀筋は上へと斬り上げる物へと限定され、振りかぶる動きもまた大きくなる。
 となれば、鳴宮の鋭い動体視力がそれを見逃す筈はなく。
 流れる刃の筋を捉え、傍の欄干へと跳躍して避けながら銃撃の雨を降り注がせる。
「足下が疎かだ」
 橋の上を軽業の如く飛び跳ね。
 猛る斬撃をひらりと躱すは、まるで百の刀を狩らんとする荒法師を制する牛若丸。
 男がどれ程の怪力にて太刀を振るおうとも、鳴宮には掠りもせず。
 反撃にと放たれる銃弾が男の脚を撃ち抜き、動きのバランスを崩していく。
 隙あれば即座に追撃を重ね、轟きを上げる銃口。
 黒々とした鋼鉄は、生きる為の鼓動のように音と熱をあげ、鮮血を舞い散らせる。
 耐えるのは流石は剣客というべきもの。
 それでも僅かでも綻びがあれば、鳴宮はそれを見逃さず、次々に銃弾を見舞い、その体勢を崩していく。
 一瞬でも止まり、転びかければそれで終わり。
 死神の顎は静かに、男へと迫っていて。
『そこ、貰っていくぜ』
 死神の眼は狙いを違えず、振るう牙は逃しなどしない。
 ついに足の甲を撃ち抜き、男に膝を付かせる鳴宮。それでは止まらないのだと、より致命的な場所へと連続して放たれる弾丸たち。

――俺は、前を向いて生きる。
 
 生き続けるのだと、絶叫する銃声の中に祈りを宿しながら。
 欄干の上を飛び跳ね、黄泉へと至る橋の上を駆け巡る。
 まだこの先になどいけない。
 こんな所で、何かを成すなどまだ早い。
 微かに、小さく。
 それでも成したい夢を、今の鳴宮は胸に抱くから。
 過去の未練を、振り返りそうになる追憶を、この橋の上に置いていくように。
 前へ、前へと飛び越える鳴宮は小さく呟く。
 
――こんなところで、止まってはいられないんだ。

この先に、未来に。
 見たい明日と、日常があるのだから。
 黄泉への橋を渡らずに戻るのだと、何時もそこへと帰るのだと。
 死を捉える為の、因果さえ見通す魔眼が如き。
 鳴宮の凪いだ双眸が、星屑のような小さな輝きを宿す。
 戦いと死以外の何かをを、今は映して見つめ続ける為に。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鷲生・嵯泉
同じ場所へと辿り着く事の叶わぬ哀惜と痛苦
――何処かで聞いた様な話だ

幻と揺れる愛おしい影――既に君の元へなぞ逝けはしまい
伴に在ると誓った友とすら、逝き着く場所を同じには出来ぬだろう
だが、そんな事は承知の上、否――それがどうした
傍に渡れぬ程度で腐らせる程、私の誓いは易くはない

左右には躱し難かろう橋の上、前後をも封じて逃げ場を塞ぐ
――蹂刀鏖末、意を以って散じよ
五感に第六感加え、得る情報の全てを計って動きを先読みし
攻撃の起点を潰しての斬撃を加えてくれよう
些少の傷に構いはせん……我が魂を灼き続ける焔には及ばない
此の程度の呪いに膝を付くなぞ己に赦さん

過去が覆せる未来など無い
身代わりで叶う望みなど無いと知れ



 まるで遠い昔に詠まれた歌のように。
 別たれた想いに、手繰り寄せようと願う。
 同じ場所へと辿り着く事の叶わぬ。
 哀惜と痛苦の痛みに濡れたその噺。
 掌から零れて、それでもと追い求めるように手繰り寄せて。
 結果として周囲を血の赤さで染めていく。
「――何処かで聞いた様な話だ」
ああ、或いは産まれて育った国でもあったのかもしれない。
 思い出せない何処かで。
 或いは、とも近くで繰り返される、かなしい夢。
 それでもと石榴のような赤い隻眼にと鋭い決意を秘めたまま、まぼろしを浮かばせる橋へと踏み込むのは鷲生・嵯泉(烈志・f05845)。
 手に携えるは美しくも、冷たき鋭さを宿せし凍牙の一振り、晶龍。
 周囲の悲しみを凍て付かせるように。
 在りし咎の流れを止めるが為に。
 鷲生の周囲を漂う幻を、払うかのように。

 どれ程に愛しくとも、この雪晶の刃を握る手では。
 君の元に駆け寄り、抱き締める事は出来ないのだと。

 痛みを憶える程に、強く柄を握り絞める鷲生。
 笑いかけて、橋の先の黄泉へと誘う愛しき影。
 それは最後に見た、過去の姿のまま。
 流れ過ぎた時など想いの前では無意味だと、涙を誘う程に優しくて。
「――既に、この身は君の元になぞ逝けはしまい」
 己が想いを、未練を。
 断ち斬るように、鷲生は氷のように冷たい切っ先をするりと泳がせる。
 此方と彼方を分けるように。
 辿り着けもかもしれないという、己が甘さを戒めるが如く。
 そう、どれ程に大切に想おうとも。
 伴に在ると誓った友とすら、逝き着く場所を同じには出来ないだろう。
「だが」
 それがどうしたというのだ。
 元より承知の上の事。身を埋める場も、流れ逝く先も、選びはしない。
 叶えたい願いを懐き、往く途の果てまで辿り着けるというのならば。
「同じ所で、傍で眠りたい。想いは理解できれど、否――それがどうした」
 それで揺らぐ心ではないのだと、紅の眸が敵手の姿を捉える。
 妄執に取り憑かれ、狂気の焔を刀に纏わせて橋に立つその剣客。
 感じ取れる腕の程は、つまるところ、志の強さということでありながら。
 どうして、此処で留まり澱むのか。
 灰として燻るまま、先へと進まぬのか。
 己は違うのだと、氷刃を向ける鷲生。
「傍に渡れぬ程度で腐らせる程、私の誓いは易くはない」
今、傍にありし友も、それでよいと微笑むのだから。
 過去に手を結びし愛しき君も、それでこそと嬉しそうに微笑むから。
 もはや見えぬ筈の、眼帯と闇に覆われた視界で、確かにその姿を捉えるから。
 真っ向より向かいし烈士たる鷲生。
 狭き橋の上。だからどうしたのだと、刀の交わる間合いの寸前で止まり、するりと構える。
 これより鷲生が齎すは氷雪の伴いし斬禍。
 どうしても未練にて燻る残滓というならば。
 この繚乱と瞬く刃にて葬りて呉れよう。
「右も左もないと、途を定まってよう」
「互いにな。橋に臨んだ者は、俺もお前も、逃げようとなどしないさ」
 ただ進みたい。
 ただ辿り着きたい。
 或いは、一瞬でも袖触れ合うならばと。
「そのような甘い願い、既に捨て去っている」
 鋭く研ぎ澄まされた五感に、戦場を斬り抜けた剣士の第六感。
 視るは眼のみにあらず。聞くは耳のみにあらず。
 呼吸のひとつ、指と爪先の揺れさえ見切りて。
 瞬き一つの差で機先を制して切り込むは鷲生。
 男の振るう焔刀の起点を斬り崩し、切っ先を後方へと弾き飛ばす。
 刀身より撒き散らされる灰が鷲生の脇腹に触れ、灼熱をもって肉を灼こうとも。
 この程度の傷と痛みなど、意に介さぬ。
 我が魂を灼き続ける焔には及ばぬのだと。
 この程度の呪いに膝を付くのだと、己に赦さぬと鷲生の眸が剣先の鋭さを宿して。
 振るわれるは烈刃にして、凍て付くように冴え渡る剣閃。
 命を奪う冷ややかさを、刃にて伝えるべく。
 これがお前のしようとした事だと、氷雪の刀身が鏡の如き輝きで見せる。
「――蹂刀鏖末、意を以って散じよ」
 刀身より織り成すは、前後をも包む斬撃の檻。
 さながら氷を纏いし吹雪の如く荒ぶる凄絶なる氷刃が男を包み、その身体を斬り裂く。
 どれ程に美しくとも、これは触れれば最後、命を絶つ白刃。
 それを携える剣士ならばこそ、斯く在ると知れと。
「過去が覆せる未来など無い」
 自分達が斬り伏せ、零してきた命と血が戻る事などありはしない。
 喪い、喪わせ続けた今までを、どうやっても贖い、取り戻すことなど出来る筈がないのだから。
 いいや、あってはならぬと。
 衝天の勢いで舞い乱れる斬刃と鮮血へと、冷徹なる視線を流す鷲生。
「身代わりで叶う望みなど無いと知れ」
 そう、何かを捧げれば。
 己以外の何かをとする、その身勝手さで叶う夢などありはしないのだと。
 流す血潮で、憶え続ける痛みで。
 未来に事を成すが、剣士の志だと告げて。

 愛しき君の幻に、背を見せる。

 こんな不器用で愚直な己でも。
 見放さずに、最期まで見ていて欲しいのだと。
 せめて、そう願うのは身勝手だろうか。
 もう一度、この腕で抱き締められない男が、せめて、せめてとこの背を見て欲しいと、想うなど。
 罪咎でしかないのだと、晶龍の透き通るような冷たい刀身が告げている。
 それでこそ、人であるのだとも。
「これより往くこの途を、君が祈ってくれれば」
 二度と振り返りなどしないのだと。
 深緋の隻眼が、悲しみの色を振り払う。
 離別の想いに浸るなど、まだ先なのだと。
 進む男の芯の強さを知るからこそ。

「すまない。有難う」

 囁く幻の声に、鷲生は呟いた。
 苦痛といえど。
 その痛みが、愛しく。
 過ぎた時間が、悲しく。
 橋を渡らぬと決めたものは、想いにて橋を濡らす。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

アリエ・イヴ
【⚓】アドリブ◎
金髪→アリエ父(ガイの本体がついてる船の前船長/顔知らない)
じじい→育ての親(前副船長)

さぁて、誰が橋に誘ってくれるのか
ああ、やっぱりアンタかじじい…と、誰だ?
光の加減次第では赤銅もああ見えるかという濃い色合いの金の髪
それと…自分によく似た面差し
見た事がない筈なのにどこか懐かしい男に
何か呟くガイを見る
大丈夫…なら、背中は任せた!

ただ微笑み『往け』と前を指し示す男達に背を向けて
ああ、言われなくても
これは、俺たちの航海《人生》だ!

揺れはしねぇが水の上
船みたいなもんだろ
狭い甲板での戦闘なら得意だぜ
敵の攻撃を誘い
欄干ギリギリで回避
『運が良ければ』橋に当たる
その隙をつき覇気をのせた一撃を


ガイ・アンカー
【⚓️】
アドリブ◎
現れる人:海賊船の前船長と前副船長

久しいな、じいさん
その隣に目を見開く
…船長…
(錨から人の身となった後も
多くの船乗りや海賊を見てきたが
あの船長は人や海を惹きつける何かがあった
だが船長はコンキスタドールとの戦で…)
(俺は…その最中で本体共に深傷を負い
気付けばじいさん…副船長と
傷ついた船の上にいたから)
聞いてはいたが…本当に“そっちの海”に逝っちまったんだな
…大丈夫だ。アリエ
もう錆びつかねえよ

―正直あんたらとはもう一度酒を呑みたかったが!生憎航海の途中なんだ
この船長…アリエの海賊団と共に往く航海のな!
その微笑みに拳を掲げよう

狛犬は任せな
動きを見切ってかわし
水属性の拳でその隙を穿つ



 これが黄泉へと渡る橋だとしても。
 あの世の掛け橋として、ある路だとしても。
 榛色の眸を輝かせる海賊にとっては、海を旅する冒険と変わらない。
 どのような場所であれ。
 何があるのか。何を眺められるのか。
 待ち受けるのは宝か、それとも呪いか。
 期待に胸は弾み、恐れなど欠片もない。
「さぁて、誰が橋に誘ってくれるのか」
 快活に歌い上げるように。
 それでいて、子供のような無邪気な傲慢さを伴わせて。
 まぼろしの橋へと一歩を踏み出すのはアリエ・イヴ(Le miel est sucré・f26383)。
 冷たい風が、赤銅色の髪をさらさらと靡かせる。
 懐かしさでアリエは頬を僅かに緩ませて。
 まるで影のように浮かび上がり、確かな輪郭と色彩を得ていく、想いし人の幻影。
 ああ、やはりと。
「やっぱりアンタか、じじい……」
 ひとつは老人の形を取るのだけれど。
 確かにアリエが想いを向けながらも死別したひとなど、前副船長ぐらしか思い浮かばず。
 ならば、その傍で笑っている男は。
「……と、誰だ?」 
 朧気な灯りのもとでは確かには判らない。
 けれど、光の加減次第では赤銅もああ見えるのかと。
 夕焼けのように濃い色合いの金の髪。
 そして、なんともよく知る。
 なんともよくアリエに似る、全てを楽しむようなあの眼差し。
 貌の作りからして、そこに浮かべる表情さえも、何処か人を引きつけてやまない魅力に溢れている。
 見た事はない。
 けれど、何処かひどく懐かしくて、胸が掻きむしられるような感情を懐いて。
「久しいな、じいさん」
 隣で静かに佇んでいたガイ・アンカー(Weigh Anchor!・f26515)が、前へと歩み出る。
 さながら不覚を取ってしまった船長を庇うように。
 まだこんな姿だけれど、必ず貴方達に追いつき、越える存在になるのだと。
 胸を張って、鉄のような黒い髪を揺らす。
 海より離れれど潮風の匂いを滲ませて。
 その眸は、皆が生きた海の色を宿して。
 けれど、前副船長の傍らで笑うその男の姿に、身体も、心も、全てが揺れてしまう。
 必死に取り繕うとしても。
 きっと、胸を張り続けろと笑っているのが分かっていても。
「……船長」
零れる言葉と、見開いた目をどうすればいいのか判らない。
 錨より人となったガイ。
 長い月日を海で過ごし、数多の船乗りや海賊を見て来た。
 だが、あの船長だけは違っている。何かが決定的なほどに人と異なるのだ。
 人間を惹き付けるどころか、海からも愛されるような。
 カリスマといえば単純だが、まるで海の女神から祝福されたような男。
 けれど、その船長もコンキスタドールとの戦いで。
「……ああ、認めたくはないが。どうやら、そちらに逝ったらしい」
 呟くガイは、現実を認めて、噛み締めるように。
 苦く、苦く。頬を歪めていく。
 今も思い出す、あの苛烈な船上での戦い。
 どれ程に勇猛で、力あろうとも津波の如き数に勝る者などいる筈がなく。
 ガイも本体と船に深い傷を負い、気付けば副船長と伴に傷ついた船の上にいたから。
 最期を知る事などなかった。
 それでも、あれ程の男が海に消え逝くなど、ありはしないと今まで、胸の何処かで信じていたから。
「聞いてはいたが……本当に“そっちの海”に逝っちまったんだな」
 いい船は、操縦士とは巡り会えたか。
 どうせ船長の事だから、“そっちの海”でもまた旅を続けているんだろう。
 違うなんて言わせない。
 また逢おうと楽しげに笑っている貌は、巡り会い、別れる海で何度も見たものなのだから。
 その全ての言葉を、ガイは胸に秘めて。
 今は、今の船長はただひとり。
 背にいるアリエ・イヴただ独りなのだと。
 我らが船長に、かつてを思い姿など見せられないのだから。
 だからきっと前に出て。
「……大丈夫だ。アリエ」
 海を渡り続ける男として、無様な姿など見せはしない。
 ああ、そうだ。
 前にも後ろにも。
 過去にも未来にも、輝かしき己が思いを見せるのみ。
「もう錆びつかねえよ」
 
――正直あんたらとはもう一度酒を呑みたかったが!

 胸の奥底で叫ぶガイ。 
叶わぬ想いと、届かぬ言葉。
 いいや、いずれそれを直接、伝える為に。

「生憎も航海の途中なんだ」

――この船長…アリエの海賊団と共に往く航海のな!

 僅かにも退屈などさせない、このアリエの海賊団。
 輝かしい思い出を宝として、何時か、そちらの海へと渡って逝くだろう。
 その時に、誇りの歌を響かせる為に。

「その微笑みに拳を掲げよう」

 前へと踏み出すガイ。
 大丈夫と告げた男の背は、何時もの如く頼り甲斐のある、大きくて広いそれ。
「大丈夫……なら、後は任せた!」
 余計な心配は不要と微笑んでガイの横へと並ぶアリエ。
 後悔はなるだろう。
 未練や心残りを、海の中に零してきたかもしれない。
「だが、それがどうした。それを全て乗り越えて、海を渡りきるのが海賊だぜ」
 ひとつひとつ、亡くしてしまったものを悼むより。
 先へ、前へ。未来へと進むのがアリエの在り方なのだと、笑って輝く榛の眸が告げている。

 そう、橋の上で佇む男たちの幻も。
 ただ微笑み、『往け』と前を指し示すのだから。
 
 ああ、言われなくとも。
 いいや、言われて求められたのならば、それ以上に。
 予想を超え、常識の海を渡り、更なる先へと往くのがアリエとその海賊団。
「これは、俺たちの航海《人生》だ!」
 喪ったものの悲しさや、痛みを否定する気などありはしない。
 だが、レーシュと名付けられたカトラスの切っ先を空へと掲げるアリエは、ひとつに留まるような存在ではないのだから。
 全てを微笑むままに越えていこう。
 かつての前船長であった男の辿った道筋さえも。
 これは、アリエとガイが歩む人生なのだから。
 人を、そして海を。
 或いは運命さえをも惹き付け続けるアリエの姿に、ガイが小さく笑う。
「狛犬は任せな」
 言うや否や、敵手の前へと飛び出すガイの姿。
 男の刀身から零れ落ちた呪焔が狛犬の形となり、行く手を阻もうとするが。
「――俺達、この海賊団の海路を阻むなんてさせはしねぇ!」
 狛犬が襲いかかる俊敏な動きを見切って避けるガイ。
 それは海で生き続けた者だからこその経験と観測眼からの予知めいた察知。海流は此処になくとも、風は呼吸とともにある。
 流れるのは熱風であれ、荒れて動く者があればその先を捉えるのがガイなのだから。
 狛犬の着地の寸前の隙を狙い、水の属性を宿した拳が放たれ、その胴体を穿つガイの豪腕。
 炎と水が互いを消し合うように激しい白煙をあげる中で。
「さあ、決闘をもって決着といこうか」
 軽やかにステップを踏み、剣客の前へと躍り出るアリエ。
 送るウィンクは、追憶と悲しみに濡れるばかりの罪の橋に終わりを告げるように。
「一途なのもいいけれどさ」
 溢れる自信は、過去の色彩を拭い去り。
 今に在りし輝きをと、この橋の上で瞬かせる。
「目の前の俺もちゃんと見てくれないと、悲しさってのはあるぜ」
「目移りするばかりの男など、何も叶わぬ不埒だろう」
 言葉と共に刃を交え、火花を散らすレーシュと焔刀。
 決して劣らぬと、二度、三度と翻って鋭く美しき軌跡を描く二振り。
 狭い橋は、水の上。ならば甲板上となんら変わりはしない己が舞台だと。
 踊るように前へ、前へと踏み込むアリエは、やはり笑みを浮かべたままで。
「いいや。全てを手に入れようとする、男だ。欲しいモノは何もかもを得るのが、男だろう。その方が魅力的だろう」
「……ほう」
 言い切るアリエへと、苛烈なる斬撃を放つ男。
 黙れとは言わない。
 欲しいと望むもの全てを。
 橋の上を進み、殺める刃を携える男もまた似た性質があるから。
 ひとつの星をと祈り、狂うのか。
 無数の宝石をと手を伸ばし、進み続けるのか。
 どちらも求める心に違いはなく。
 ならばその鮮烈さと、熾烈さで競うのだと舞い踊る剣戟が響き渡る。
「落とした水底ばかりを見ていると」
 そして、そうやって競うのならば。
 人も、海も、そして女神さえも惹き付けるアリエならばこそ。
 いいや、アリエのそんな言動こそが、幸運さえ引き寄せ、事を成すのだ。
「足下も疎かで、目の前にある宝物の光も、果物の色さえも判らないままだぜ」
 そんな人生でいいのかよと。
 暗がりの中、物悲しい顔を浮かべる事こそ。
「哀しいだろう? 俺は、真っ向から斬り結ぶ俺が、そう想うぐらいだ」
 語るアリエへと、烈火の剣閃が襲いかかる。
 ある意味にて男は不退転。
 既にその覚悟を決めているからこそ、踏み込に躊躇いはなく。
 何もかもを投げ捨てるような、たったひとつへの捨て身への一太刀。
 だが、そんなものに微笑みと祝福を与える女神などいないのだ。
 まるで幸運という輝きが傾いて。
 偶然を必然として、アリエが引き寄せる。
 欄干ぎりぎりを背にしたアリエが身を翻し、紙一重で焔刀の剣閃を避ければ、その刀身が橋へと深く食い込み、男の動きを止める。
 僅か一瞬。
 呼吸ひとつの間であれ、出来た隙に。
 ガイの水を纏う拳がついに狛犬を穿ち抜いて、周囲へと炎を四散させ。
 覇気を纏うアリエのレーシュが、神の祝福を受けたかのような、流れ星に似た美しさで。
 愛しさと、悲しさを斬りて、別つように。
「もしも次があるなら。辿り着いた場所が地獄だとしても」
呪焔を斬り裂き、男の心臓を捉えるレーシュの切っ先。
「幸せと未来を見て進むんだな。……笑ってみせろよ。お前が愛した奴の為にも」
 ずっと見てくれている筈だぜ。
 想い人は、微笑んで、先へ、先へと願っている筈だから。
 アリエとガイの後ろで佇む、かつての船長と副船長がそうであるように。
「俺の、俺たちの航海、人生だ。誰かの用意した橋なんて、渡る必要ないぜ。自分たちで、路は決めて、掛けて、進む」
 アリエの海賊団、その船が進んだ路こそ、運命の海路だと。
 だから迷わないし、躊躇わない。
 あらゆる嵐や災厄があれど、ガイという操縦士がいるのだから。
 信頼の元に、進んでいこう。
 独りでは、ないのだから。
 ふたつの幻影はそれを確かめて、それぞれの笑みを浮かべて。
「――お前も、自分の橋を作ればよかっただけさ。今からでも、そうしな。地獄からでも、想い人へと至れる路を、海路を、船と路を」
 作り、切り拓けよと。
 吐息が終わる男へと告げるアリエ。
 狂気の焔に燻る男の瞳が、澄み切ったアリエの榛の眸に見つめられて。
 ああ、と吐息を零す。
 諦めるなど、遥かに遠いなのだと。
 誰かを殺して、血濡れの路を往く必要を選んだ自分など。
 
 哀しく、つまらなく、罪ばかりなのだと。

 悲しみに濡れた橋より、落ちる男。
 骸の海へと辿り着けば、そこからどんな航海をするのか。
 きっと離別の悲しみに。
 辿り着けぬ想い人への恋慕を懐く者は数え切れないから。
「そうやって、男は夢を抱いて船に乗るのさ」
「我らが船長のような、人を惹き付ける輝きのある人はそういないがな」
 だからこそとガイは思いを募らせる。
 もしかすれば、終わりの瞬間に見た輝きにて。
 あちらの海にいる前船長にと従い、あの男は船に乗るのかもしれない。
 地獄など狭いのだと。
 まだまだ、果てなどないのだと。
 きっとこの世では狭すぎた、死した人を思いながら。
「次は何処に行くんだい、アリエ」
 ガイは共にこの世界を進み続けよう。
 二度と錆び付く事のない思いと輝きのもと。
 振り上げた拳と、謳い挙げる歌と共に。
 その輝きと笑みがある限り、アリエとガイの船が沈むこなど、ありはしないのだと。
 振り返る赤銅の美貌が、曇りなき眸と表情で告げる。
 生きる者だけが許される。
 最果てを越えるという、夢と。
 心と魂に掲げた旗の元で。
 可能性という海路を進み続けるのだ。

 悲しみと罪に濡れて。
 涙を受け止め続けた橋が、すぅと。
 その役目を果たしたように。
 数多の愛しき幻影と、悲しき思いと共に。
 今を生きる者が為に消えていく。
 引き留め、絡め取り、足を進める事を阻まぬ為に。
 
 送り出す為の笑みと、囁きは。
 ほんのすこしだけでも、届けられたのだから。
 残ったのは幸せか、悲しみか。
 流れる時のように、川がゆらゆらと波打つ。

 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2021年05月19日


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#カクリヨファンタズム
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#大祓百鬼夜行
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種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は御鏡・十兵衛です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


挿絵イラスト