大祓百鬼夜行⑮〜心ひとつ、残ればそれで
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「泣かないで、ツバメさん」
王子は、そっとツバメに微笑み掛けた。
しかし、ぽろぽろと涙を零しながら、ツバメは訴える。
『でも、こんなの、あんまりじゃないですか。このままでは、あなたはあなたでなくなってしまう』と。
「……いいんだ。
確かに、この剥がれた黄金の分だけ、今は抑え込んでいる骸魂が目を覚ます。けれども」
――同時に、この黄金を世界に施さなければ、大祓骸魂に通じる「雲の道」は作れないから、と。
施す対象が、すこし人間からカクリヨファンタズムに変わっただけなのかも知れないね、そんなことを、冗談めいて言いながら王子は小さく笑ってみせた。
「……ツバメさん、音が聞こえる。
そろそろ、猟兵がやってくる」
王子はまだ剥がれていない金の瞼を、ゆっくりとひとつ瞬かせた。
「僕が、全力で相手を殺すつもりで力を奮って見せつけて。それで倒されれば『ああ、配下がこれなら、大祓骸魂もたいしたことはないのだ』と、その虞を和らげることができる。
配下が負けて、その主の畏怖を、虞を少しでも克服する――そうしなければ、新しい雲の道は作れない。あれは希望の架け橋であるのだから」
ツバメに語り掛ける王子の微笑みが、口許から消える様子はない。不思議と、少し明るめな口調も変わることはない。
本心はどこにあるのか、一見では分からないままに王子は続ける。
「だから、ツバメさんは戦闘中でも隙あらば、僕の黄金を運んでいって欲しいんだ。戦場では『大盤振る舞い』になる予定だからね。
――うん、もちろん。君の身の安全を第一にだよ?
……前にも話したけれども、僕が死んだら道を繋ぐ役目は、君にお願いしたいと思っているのだから」
さらにツバメが泣き出した。
『あんまりじゃ、あんまりじゃないですか。
しあわせな王子さまなのに、このあなたのどこにも幸せがあるんですか』と。
その言葉に。王子は一瞬、眉を顰めて目を閉じて。それから、本当に申し訳なさそうに小声で告げた。
「……ごめんね。君にこのような事を手伝わせてしまって。本当に申し訳なく思っているよ。
僕が同じ立場だったら、君の方がきっともっとつらいに決まっている」
――自己犠牲で一番傷付くものは、自分などではない。それは『最後まで、自分の我儘に付き合わせ。尚親身になってくれる存在である』ことを、王子はよく知っている。
「だからね、僕は皆が思うほど、さほど不幸では無いと思うんだ。
今だって泣いてくれている君がいる。だから、僕は『しあわせ』な方だと思えるんだよ。
さあ――だから、行っておくれ。気をつけて」
泣きやまないままにツバメが飛び立ち、そして王子は自分の剣に手を伸ばす。
「……助けてくれる相手を、全力で殺そうなんて――自我など、なくなってから来てくれた方が楽だったのかもしれないけれども」
ぽつりと、微笑みを消し。王子は真顔で呟いた。
いや、それは無責任か。そう続けながら、王子は視線を猟兵の現れる方へと向ける。
「でも……これが、皆の幸福に繋がるんだ。
だったら、やはり僕は『しあわせな王子さま』なのだろうね」
王子は静かに、目を細めてうっすら微笑む。
「それにもし、僕本人が死んだとしても。
最後には――この心一つ、思い一つ。
……誰かに残れば、それはもう十分すぎることなんだ」
言葉にしてから、ふと思い直して王子は小さく苦笑した。
『それは、願ってはならないくらいに。少し自分の身の丈には合わないな』と――。
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「……西洋親分『しあわせな王子さま』への、道が繋がった」
予知内容と共に、レスティア・ヴァーユはそう告げた。
「『しあわせな王子さま』は、己の骸魂の影響を完全に抑えきっている。自我もある。
しかし、それでも尚。大祓骸魂の虞を克服するために、己に溜め込んでいた虞を全解放した状態で、猟兵と戦うべく待ち構えている状態だ」
言葉は続けられる。併せて、その膨大な虞は存在しているだけで、猟兵達に影響を及ぼし、窮地でなくとも皆本来の――『真の姿』で戦闘を行う事も可能であろうと。
「相手は、複数の特殊な攻撃を得意としている。
戦う以上、行動に何かしらの対策が取れなければ、まず攻撃が届くかも分からない。
かなりの難敵だ。……健闘を祈る」
そう告げて、予知をしたグリモア猟兵は静かに頭を下げた。
春待ち猫
こんにちは、春待ち猫と申します。この度は、ご閲覧いただき誠に有難うございました。どうか宜しくお願い致します。
●シナリオ内容につきまして
大祓百鬼夜行の一章編成による【戦争シナリオ】となります。
敵は『西洋親分『しあわせな王子さま』』の黄金形態となります。
使用ユーベルコードにクセがある、かなりの強敵です。
武器は剣ですが、使えるものは何でも使い【本格的に、容赦なく猟兵を殺しに来ます】ので、ユーベルコードには何かしらの対策があれば、少し優位に戦えるものと思われます。
※今回は、リプレイ内の演出として、猟兵側にも軽度~中度の負傷を想定しております。こちら、予めご了承いただきました上でのご参加をお願い致します。
●プレイングボーナスにつきまして
プレイングボーナス……真の姿を晒して戦う(🔴は不要)
※真の姿のイラストがある場合はお伝えください。参照させていただきます。なくともプレイングにて軽くご記載いただければ幸いです(キャラシに記載があれば不要です)
また、真の姿についてリプレイに反映希望のもの(キャラシにない性格変更など)は、行動を圧迫しない範囲にて、是非リプレイ内にてご記載いただければ幸いです。
●進行につきまして
今回は、プレイングの受付開始時間を【05/14 08:31~】からとさせていただいております。
それより前のプレイングは返却となりますので予めご了承ください。
※今回は、再送予定無しにて【書けるものから、書けるだけ書いてお返しする】方針となります。
作業上の関係により、内容に一切問題の無いプレイングであっても、執筆出来ずに返却となる可能性がございます。大変申し訳ございませんが、予めご容赦の程をいただければ幸いです。
それでは、どうか何とぞ宜しくお願い致します。
第1章 ボス戦
『西洋親分『しあわせな王子さま』黄金形態』
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POW : あたたかな光
【黄金の光】が命中した部位に【「理性を破壊する程の幸福」】を流し込み、部位を爆破、もしくはレベル秒間操作する(抵抗は可能)。
SPD : しあわせな光
【黄金の輝き】を解放し、戦場の敵全員の【「不幸を感じる心」】を奪って不幸を与え、自身に「奪った総量に応じた幸運」を付与する。
WIZ : 黄金をささげる
自身の装備武器を無数の【黄金】の花びらに変え、自身からレベルm半径内の指定した全ての対象を攻撃する。
👑11
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地籠・凌牙
【アドリブ連携歓迎】
本当に真の姿になれたな。
俺みたいな不運の塊が幸運の権化にぶつかりにいくってのも相当な皮肉だが、これもあんたの意を汲み取ってのことだ。
悪く思わないでくれよ。
真っ向から攻撃を受け止めて【激痛耐性・継戦能力】で踏ん張る。
理性を破壊する程の幸福は狂気と似たようなもんだ、【狂気耐性】の応用で最後の一線を保つ。
この幸福感には覚えがある。先生やちびたちがまだ生きてた頃のだ。
――だが、もうその頃には戻れねえんだ……!
【カウンター】で【指定UC】!
代償には今感じている幸運も使うぜ。
黒竜で【グラップル】して【重量攻撃・貫通攻撃】、そこから追撃で【鎧砕き】の要領で【傷口をえぐる】ようにぶん殴る!
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足音が近づいてくる。
ここは『忘れられたものたちの終着駅』――西洋親分『しあわせな王子さま』が、傭兵達を待ち受ける最果ての地の一つ。
ふと、目の前で激しい音を立てて立ち止まった足音一つ。王子は、静かに閉じていたサファイアの収まる瞳を開き、真っ先に辿り着いた一人の猟兵の姿を焼きつけるようにその目に映した。
「会えてとても嬉しく思うよ、猟兵。噂は沢山妖怪達から聞いていたんだ。
だから、少しだけ……自分の選んだ道だけれども、もう少し……早く違う形で、会えていたらとも思ったよ」
困ったようにそう告げて。王子が、目の前に立つ猟兵――地籠・凌牙(黒き竜の報讐者・f26317)に笑い掛けた。
その言葉には、他意も悪意も無いのであろう。故に凌牙の胸中はより複雑なものとなる。
凌牙は、覚悟を決めてここに来たのだ。
そして、同時に。そのような事を口にしながら、目の前の相手も『もう覚悟は決まっているのだ』と――雰囲気から、そしてこちらを見つめる瞳からも、その決意が伝わってくる。
「もしそんなこと話してたら……。これ多分、互いにつらくなってただけだろ。
――始めようぜ。西洋親分『しあわせな王子さま』」
「そうだね」
王子は、苦渋に満ちた凌牙の言葉を、あまりにも柔らかく、そしてあっさりと肯定した。
「先程から、どうも……。虞は、常に全解放しているはずなのに。まだ意識を向ければ、この胸の底から、まるで泉のように湧き上がってくるんだ。
もしかしたら、僕は、まだ無意識で何かを躊躇っているのかも知れないね。
だからこそ――戦おう。全力で戦い続けていれば、その憂いも消えるはずだから」
その言葉を最後に。不意に王子から、噴き上がるように溢れた虞が、風のようでありながら、恐ろしい威を以て、凌牙の身体を吹き抜けた。
――冥い、紫闇の瞳がそこにはあった。
虞の吹き抜けた先。
今――ここにある存在は。人型でありながら漆黒の竜尾と羽根と身に宿す。そして、無数の。光を吸い込む鱗に覆われた腕には、竜化した爪を剥き出しにさせていた。
そして……最も目につくものは。
目にした者が『相手が、本当に人なのか』を疑わせるまでに沸き起こる、禍々しいまでの『穢れ』の概念を背負う闇。
「……本当に真の姿になれたな」
――既に、先程までその身に宿していた翠玉を思わせる緑は、何処にも存在してはいなかった。
ただ一つの『穢れ』という概念を全身に従えた凌牙は、異形と化した己の手を目に留めて、小さく呟く。
ただ、それでも。己の心だけは、そのままに。
「まるで――その姿は『悲しみ』の体現のようだね」
相対する王子の蒼玉で作られた瞳が、凌牙を見つめて、憐憫にも近い言葉を残す。
「俺みたいな不運の塊が幸運の権化にぶつかりにいくってのも相当な皮肉だが、これもあんたの意を汲み取ってのことだ。
……悪く思わないでくれよ」
相手は『幸福を自在に繰る者』。それに対峙するのは己しかないと、凌牙はここに来ることを疑わず、そして、自ら率先して名乗りを上げたのだ。
「僕は……ある時、存在する全ての悲しみを、この身に背負ったつもりでいたのだけれども」
王子は凌牙の姿を目に、改めて呟いた。――まだまだ、遠い。と。
「せめて。君が背負うその不幸を、悲しみを、僕の幸福で塗り替えよう。
お互いの未来の為に――『存在を懸けて、殺し合おう』」
目の前に居るのは、幸福の体現。しかし、同時にオブリビオンという怪異でもある。
その王子の瞳に、己の敗色を思わせる様子は一切無い。
「ああ、その為に来たんだ……! 負けてたまるかよ!」
そして、王子の言葉に応えるように、凌牙は吼えた。その声に、静けさと覚悟を伴って。
戦闘の先制は王子が取った。その輝く左腕が掲げられ、同時に生まれた殺意ある幸福の光が、不規則に湾曲し凌牙を狙う。
軌道が理解できない。逃げれば、予測外の不意打ちを食らう気配を察し。しかし、凌牙はその危険な攻撃を真っ向から受け止めた。
鋭い矢にも似た閃光が、容赦なく顔面前に庇おうとした腕を貫通し、凌牙の額から後頭部までを瞬時に貫いた。
「そのように、戦いに手を抜くのだったら。早々に退場を願おうかな。
僕が全力を尽くすのに、猟兵にも何人かには犠牲になってもらわなくてはこの力の強さを示せない。……お互いに、時間は無いはずなのだから」
「ぐっ、アッ!!」
凌牙に、言葉を紡ぐ王子の声が聞こえなくなる。脳髄から破裂しそうな衝撃が迫り暴れ襲い狂う。
そして――その衝撃の後に訪れたものは、思考も理性も、全てを壊し奪い取られそうな程の『幸福』だった。
「ぁ――がぁッ!!」
凌牙の言葉にならない叫びが響く。そこに幻視されたものは、正気が真っ先に失われそうになる程の、多大なる幸福感に満ち溢れた光の洪水。
凌牙はその光の波の中で、遠い過去の幻影を見た。
「……」
笑い声が聞こえて来た。誰かが元気に走り回る足音を聞いた。賑やかなはしゃぎ声が、凌牙のすぐ近くまで響いてくる。
それは、過去の幻影。幸福だった、凌牙の記憶。
――今となっては、楽園にも近しい夢のようだった過去のこと――。
(先生と、ちびたちがまだ生きてたころの、か――)
だが、現実には。それはある日突然、打ち砕かれた。何者かにより、自分と兄以外、愛すべき存在全てを皆殺しにされたことで。
凌牙は今でも、心に憎悪と復讐を伴って覚えている。あの幸せだった者達が、冷たく、二度と笑うことのない惨劇を。その光景を。
「――だが……もう……」
そう、一度その極限を目にした精神は。
この映し出される『狂気にも似た幸福』に、耐え切るだけの耐性を得ていることを、凌牙は己で確信していた。
「……」
視線を逸らしかけていた王子が、無言で目つきを僅か強めて凌牙を見返す。
「もう――その頃には戻れねえんだ
……!!」
猟兵が、自分のユーベルコードを耐え切った。それを理解した王子は、即座に鞘に刃を滑らせ己の剣を抜くと、躊躇いなく凌牙へ向けて走り始める。
今、まだ無防備なその心臓を狙い、剣の柄に手を掛けえ、王子が光る鋒を突き立てようとした刹那。
「どんな幸せがあろうとな! あの時には、戻れねえんだよ――!!」
響き渡る魂の叫び。凌牙は迫る剣の刀身を、己の手で掴み逸らした。
鋭い刃の行き先が逸れ、狙われた心臓への貫通は免れる。
しかし、剣はその脇――凌牙の胸板を確かに貫いた。
激しい激痛――だが、凌牙は先の行動を留めようとは一切しなかった。
『だからこそ、
今ある大事なモノを護る為なら――この先平穏に生きられないとしても構わない!!』
全身全霊、血を吐きながら凌牙が叫ぶ。
――そして力は、猛る心に呼応した。
凌牙は、己の脳から弾いて、尚残る『王子の幸福』を代価とすることで。その眼前に、己の特性『穢れを貪り喰らう竜性を実体化させた黒竜』を具現化させた。
「――!?」
表情に緊迫を露わにした王子が、凌牙から血が染まり散る剣を引き抜き、構え直そうとする。
しかし、その分だけ。王子の動きは黒竜よりも後れを取った。
巨躯を露わにした黒竜の爪が、身動きが取れない程の力で王子を掴み上げると、加重を込めて、全力で壁に向かいその身を叩き付けた。鉛と黄金で出来た王子の身体は、その衝撃で壁に激しい罅割れを生みながら、全身をその中へとめり込ませた。
「ガ、は――ッ!」
身体に血液の流れていない王子は、その代わりに金属の中にある空洞から、激しく吐息を詰まらせ吐き出した。
その隙に、黒竜は動きを止め、代わりに凌牙が滑り込むように王子の懐へと潜り込む。
そして――衝撃に身動きの取れない王子の身体に、凌牙の闇色に滲む瞳が微かに罅の入った鉛部分を見出して――凌牙は、その罅割れを更に広げるように、鉄すらも割る拳を全力でその場に揮い王子へと叩き付けた。
大成功
🔵🔵🔵
エィミー・ロストリンク
【POW】
あなたとツバメさんの絆、見せてもらったよー。
わたし達を気遣ってくれるのは嬉しいけど、その絆を断つのはわたしが許さないよ!
真の姿:セイレーンの力が溢れ、大人の姿に
メガリス海嘯拳で津波を引き起こして、セイレーンの変化で人魚の姿になって泳ぐ
黄金の光はUC「消失せし姫君の財宝、その報いを受けよ」発動で、消費型メガリスに異常を転移させるオーラを纏い、幸福感をオーシャンオーブ内に封印
そして消失したメガリス分だけ拳を叩き込む。その際に水も乗せて水圧で威力を増す
その異常のある骸魂の部分だけ、ぶっ壊す!
津波による水の感知で骸魂の部分を探り当て、そこを削り取るように攻撃して、解放を目指す
アドリブ絡みOK
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『王子さま! 王子さま!』
壁に叩き付けられた王子が、その金属の身体で出来た自重により、かろうじて崩壊しなかった壁から、ずり落ちるように地面へと座り込む。
その光景を、離れた所からずっと目にしていたツバメが、悲鳴を上げるように滑空し飛び込んで来た。
先の猟兵の一撃により、辺りには、決して固い金属ではない黄金が無数の煌めきをもって散乱している。それはまるで、黄金で出来た血のようだった。
「これは……。
――ああ、よかった……ツバメさん、これなら君に僕を啄ませるような、つらい真似はもうさせなくて済みそうだよ」
王子が、その名を体現するように、その瞳に幸福を滲ませて微笑んだ。
自分の親友であるツバメを悲しませなくて済む。
それこそが、己における至上の幸福だと言わんばかりに。
「うん、だいじょうぶ――この身体でも、怪我をしたら少し、痛む……けれども。大丈夫……これでいいんだ。
さあ、行っておくれ。ツバメさん。
そこに散らばる黄金は、この世界の為にある。お願いだ、急いで。今――僕と戦ってくれる猟兵達の為にも」
王子の言葉に。涙に濡れたツバメが、散った黄金の一欠片をくわえて空へと飛び立つ。
そこに、ふと。王子は自分達が見つめられていたという気配に、今気付いたとばかりに。
ゆっくりと顔を上げて、王子はその相手に申し訳なさそうな笑みを浮かべた。
「ごめんね――お待たせしてしまったね。
……本当は、隙として襲ってきてくれても良かったくらいなのだけれども。
でも。おかげで――ツバメさんを、怖がらせなくて済んだ。
君ら猟兵は、噂通り、優しいんだね」
王子がゆっくりと立ち上がる。その視線の先に――仁王立ちに近く立つ、エィミー・ロストリンク(再臨せし絆の乙女・f26184)の姿を見つめて。
「……あなたとツバメさんの絆、見せてもらったよー。
わたし達を気遣ってくれるのは嬉しいけど――でも、その絆を断つのはわたしが許さないよ!」
骸魂を押さえ込みながら戦い、死して消える事を望むのだと。その王子の願いと相反し、エィミーは、ただ『死なせない、助けたい』と――その強い意志と、心からの熱を以て、王子に向かって訴え掛けた。
その美しき銀の髪を煌めかせる絆の乙女。語り掛けてくるその姿に、絆、という言葉を受けた王子は一瞬だけ瞳を揺らし。そして、力強く輝くサファイアの瞳を、改めて射抜くようにエィミーに向けた。
「この、世界の為に。僕は一度倒されなくてはならない。
全ての虞を和らげて、大祓骸魂を倒す為――これは、絶対のことなんだ」
王子の心に決められていた、その覚悟――だが、幽か。王子はその先を小さく続けた。
「でも……もしその先の未来に、続く僕らの絆があるのなら……。
僕らのこの絆を、一度……君らに預けてみたい――。
その意味が、価値があるか。全力で来るといい! 猟兵!」
そして――高らかに声を上げた王子から、更なる虞が爆発するように噴き上がる。
猟兵達の身が、窮地と錯覚する程の、その虞という概念を目に。
心を決めて、エィミーは迫り来る虞の中に呑み込まれた。
「……絶対、負けないんだから。――助けて、みせる!」
そして、駆け抜けるように虞の靄が消えた時。
セイレーンとしての真の姿――失絆号の船首『銀の乙女』の姿を相違なく成すエィミーがそこにいた。
今はただ……その鮮明な赤の瞳に、目を逸らす事なく王子を見据えて。
エィミーの身に着ける、メガリスの一つ。何色にも染まらない純白ミニワンピースの裾が、風も無いのに微かに揺れた。
その様子に、瞬間までなかった巨大な魔力反応の揺れを感じ、王子は咄嗟に身構える。
だが、その矢先に生まれた光景に向けて――身構えることにどれだけの意味があっただろう。
エィミーは己の片手を大きく上げると、その場にメガリスによる、場全体を海水で包み込む程の大海嘯を引き起こしたのだ。
「――!?」
何も無い空間から生まれた爆発的な海水による環境転化――王子は一時の海底に沈み。同時に、そこに現れた美しく大きな鰭が海面を打つと、弾け散った雫と共に、窓から零れた月光がそれを銀細工のように照らし出す。
セイレーンとして、人魚に姿を変えたエィミーが、自由に操る海水により己の移動力を跳ね上げたのだ。
――それとは対照的に。通常の手段では浮かぶことが侭ならず、王子はその自らの重みで海水へと沈み込む。
しかし、海底と化した地面より、王子はそこから冷徹なまでの冷静さで状況を判断すると、上方に浮かんでいるエィミーの影を射抜かんと、幸福という概念により相手の精神を破壊する、黄金に輝く光弾を水面に向けて引き放った。
「見えたっ!」
互いの姿はほぼ見えない。だがエィミーは、揺らめく海面が突如輝きを見せることで、王子のユーベルコードの発動を察知した。
エィミーはそれを即座に、ほぼ全ての異常を消費型メガリスへ転移させる、ユーベルコードのオーラを張って防ぎ切る。オーラで受け止めた、精神崩壊を引き起こす『幸福』は、全て消費型のメガリスへと宿り、封印の光を放ち始めた。
――エィミーのユーベルコードの一旦となるこれは、次の攻撃の為の布石ともなる。
併せて先の攻撃で、姿の見えない海底からでも、王子がこちらを狙い撃てることを理解した。
今ならば、光が知らせてくれる以上、その攻撃を避け続ける事は容易だが。
エィミーの攻撃手段は主に拳である。ラクチェの要石があるとはいえ、人魚の鰭のままの水中では、己の拳に威力が乗らない――。
「よしっ」
膨大過ぎる『幸福』の概念を、メガリスが光と共に吸収している間に。
エィミーは直接攻撃に転じる為、姿を人へと戻して海水を引き戻す。
刹那、
「光は――互いの目印になり得るんだね」
潮の引き――それと同時にエィミーのメガリスに灯っていた光を目印にして。
その目に映ったものは、金属の身体とは思えない強靱な脚力で、まだ海水が腰まで残るこの場を、飛び掛かるようにエィミーへと駆け込んでくる王子の姿だった。
「うそ――っ!?」
水を引くのは早すぎたか。否、未だ水場の残る不安定な足場でこの脚力ならば、水中からでもどのような行動を取られていたか分からない。
「――っ!」
反射的に後ろに跳ね退くエィミーに、引き抜いた王子の剣先が奔る。
その軌跡に沿い、エィミーのワンピースの一部とドレスグローブの腕は、大きく斬り裂かれ、そこに鮮烈な赤が飛び散った。
「痛ッ!」
咄嗟に、エィミーは斬り裂かれたワンピースより、正面に両手一抱えある海水の塊を三つほど生み出し、王子の前に停滞させて水圧の壁を作り出す。流石に王子と言えど、露骨な水圧の中に飛び込むわけにはいかず、一瞬その場で踏鞴を踏んだ。
「痛いじゃないのっ!!」
怒りながら――それでもエィミーは目的と我を忘れることはない。
エィミーは浮かぶ海水玉の一つを自分から割り、王子に浴びせて降り注がせる。
伝わる体感から、骸魂の存在を感知する――傷付けたくない、その願いの元、攻撃は骸魂の部分だけと、エィミーは決めていたのだ。
だが、その骸魂の反応は――『黄金の剥げていく、鉛の全部位』。
これら全てを壊せば、王子の身体は原形を留めなくなってしまう――。
「……っ、だったら!
だったら、せめて削るだけでも――!」
ただ、王子とツバメを、助けたいだけなのに。その泣きそうな思い一心で、エィミーは全ての水塊を一挙に割ると、それを目眩ましに王子の懐へ飛び込んだ。
先の消費したメガリスの分、拳はユーベルコードの影響により、威力をそのままに非常に軽く感じられる。
反応の遅れた王子の身体に、エィミーは降り注ぐ海水を操作し拳に乗せて。水圧により威力を増したまま、複数回にわたり力一杯、王子の身体から鉛の部位を狙い澄まして殴り付けた。
同時に、怪我したもう片方の腕も、その代わりに水を操作し、鋭い円錐状にして拳の代わりに全力で叩き付けていく――。
「――っ!!」
エィミーのユーベルコードによる攻撃の乱打。
鉛の一部が削れ、へしゃげ、王子はぬかるみの中を激しく吹き飛ばされた。
――エィミーはただ願う。この想いが、目の前にいるかなしい王子と、ツバメを救う力になる事を、ただ信じて。
大成功
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有州院・こりす
こりすとわたくし
2つのハートが激しく高鳴り共鳴を止めないのです
この心優しき王子さまにしあわせ齎してこそのお姫さま
UC行使
詠唱省略
あなたのハート、受け賜わりに参りましたのと優雅に一礼
うっとりと花びらを浴びながら治癒再生と改造増強を繰り返し
情熱のまま闇の手を差し伸べる
愛おしい王子さま死なないで下さいましと青い花弁の涙流しながら全力で握り潰し
※補足
真の姿『コリス姫』をこりす本人は全く感知せず記憶も残らない
愛深き狂乱の姫君
漆黒の蔓いばらを縒り合わせたような禍々しい闇
装備リボンブローチ&トランプ束は青薔薇に似たUDCに
ステータス絵参照
覚醒時口調
プリンセスハートもピンクのそれから脈打つ青いリアル心臓型に
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「まだ――だ、よ。
皆の力は、この程度じゃ無いはずだ。……僕には、決してまだこんな余力があってはならないのだから……」
他の猟兵の攻撃により、激しい音と共に地面に弾き飛ばされた王子が、ゆっくりとその身を起こす。
今やそれだけでも、黄金の破片がパラパラと地面に向けて落ちていく。
その姿と、今までの戦闘を目の当たりにしていた、桃色の髪をふわりと揺らした有州院・こりす(まいごのまいごの・f24077)は、その薄緑の瞳に痛ましさを隠すこと無く、ただ王子を見つめていた――。
「……こりすちゃんなー? 見たくないと思うんよ」
「――?」
いつも明るい声で、眩しい言葉を放つこりすの声は、今はまるで重しを付けたかのように、あまりにも重く響いていく。
その様子に、ふと不思議そうに王子が首を傾げた中、今ならば安全だと判断したツバメが心配そうに王子の肩に寄り添い泣いた。
『王子さま! 黄金なんて、黄金なんて、もうこんなに落ちた分で十分じゃないですか。
王子さまがこれ以上戦わなくたって、こんなに強い人たちならきっと大丈夫ですよ!』
「ツバメさんも言うとるやん――……こりすちゃん、誰かの、自己犠牲なんて、見たくないんよ」
こりすはそう告げると、ずいっと距離感なく王子の至近まで足を進めて、改めて王子の姿を目に留めた。
輝かしかった金のマントも、今までの戦闘で黄金が剥がれ落ち、鉛が斑に露わとなっている。その貌も、髪も、あまりにも自然に動くのに、ただ落ち行く黄金と剥き出しになっていく鉛の対比が、あまりにも痛ましく思われた。
「ほら――こりすちゃん、皆しあわせにしてこその……お姫様、やし……」
その瞳が、もう見ているのもつらいとばかりに伏せられる。
しかし、
「うん――でも、ね」
こりすのその様子を見た王子は、そっと相手を宥めるような微笑を浮かべて静かに告げた。
「僕は――『これで、いい』んだ。
むしろ、君らはそれでも、僕を倒す為に、全力で戦ってくれないとだめなんだ。
大丈夫――それが、最後にこれが皆の笑顔に繋がるのなら、僕はきっとどこまでも幸せだから」
「せやから……なんで、そんなに笑ろうてられんの……? キミ、そのままやと、死ぬやん……。
王子が笑顔で、ボロボロになりながら、死ぬのが幸せとか言うて――そんなん誰も見とうない!」
訴え掛けるこりすの瞳の光が、月を反射して弾け散る。
「……ごめんね。……でも。その心だけでも、僕は十分幸せになれるんだ。
――皆に優しくなれる。その『心の想いで生まれた世界』を救う為なら――この身を捧げることは、僕には一層何も恐れることは無いと思えるんだよ。
だから、どうか泣かないで――とても、優しいプリンセス」
悲しげに、それでもその心の至福を確かに感じて。胸に刻むように手を当て、王子は蒼玉の瞳を閉じる。
「さあ……話はここまで。戦おう、プリンセス。
ここにいるのならば、君も猟兵のはずだ――それなら」
王子の目が見開かれる。話はおしまいにしようと、告げて。
その矢先、虞の圧がこりすの真上から叩き付けるように吹き付けた。
そして――王子はまるで、その姿を知っていたかのように。驚き一つなく、その場に立つ『こりすであった存在』を見つめていた。
「――……こりすとわたくし」
そこに響いたのは、先とは異なる、静寂と狂気を孕んだ鈴の声。
あの、可愛らしかった、柔らかなピンク色の髪はどこだろう。
――今は、夜の黒さえ逃げ惑うほどの、宇宙に広がる闇色が流れるように広がっている。
きらきらと悲しみに濡れながらも、それはまるで遊色が入ったスフェーンのように柔らかな色をした緑の瞳はどこに行ってしまったのだろう。
――代わりに収まる瞳の箇所には、光すら全てを呑み込む玄が、撓み蟠るように存在している。
先まであった手足はどこか――今は、代わりに闇の茨を編み込んだような細い軸が、ぎこちない形と共に伸びている。
ドレススカートのように広がる、やはりそれも身体の一部なのであろう漆黒の膨らみが、針金のような足と共に、地面へ茨を這い伸ばしてその上半身を支えているのが目に入る。
その姿は――かろうじて人を保つ上半身をおいて尚、人と形容することが叶わないものだった。
今まで飾られたリボンブローチは、UDCへと変化し己の存在を高らかに謳い出す。
そして、その天頂背後に咲き誇る青薔薇が、花弁を静かにそして豪奢に舞い散らしていく――この人ならざる存在、それを誇張するかのように。
「この2つのハートが、激しく高鳴り共鳴を止めないのです」
そして、その正気すらも光と共に食らい尽くしたかのような瞳が王子を捉える。
こりすであったもの――否、猟兵としての真の姿『コリス姫』が、美しくも歪にひずめられた口許と共に微笑んだ。
――『わたくし達』は、この心優しき王子さまに、しあわせ齎してこそのお姫さまである、と。
「あなたのハート、受け賜わりに参りましたの」
コリス姫が優雅に下半身の黒に手を添え、王子に向かい整った姫としてのお辞儀をしてみせる。
王子はその変化に一切驚くこと無く、胸元に手を当て恭しくプリンセスへと一礼した。
「ようこそ――さあ、戦おう。互いの姿に加減なく」
相手への畏怖と共に、王子の目配せにツバメが離れた。
そして、王子は一度、まだ黄金残る己のマントを大きく翻す。
既にそれだけで爆ぜ飛ぶ黄金。しかし、それら全ては一瞬にして鋭い刃を持つ美しい花びらへと変わると、嵐のようにコリス姫へと襲い掛かった。
黄金の花びらという、刃の雨。
しかし、それをコリス姫は避ける事なく、全身に受ける恵みの雨とばかりに浴び受けた。
「ああ、ああ……!
これが、王子さま『やさしい王子さま』の想いの形……!」
噴き上がる血に戸惑いはなく、その痛みさえもコリス姫には愛おしく。
陶酔に浸るコリス姫から、本来はプリンセスハートという概念であった桃色のハートオーラが、今青く生々しい無数の心臓の形で沸き起こり、その身を包み込んでいく。
削り受けた血肉の分だけ、コリス姫は発動したユーベルコードで治癒していく――否、今、それは治癒などではない。それは己の肉体の『復元再生』と、その身の内部へより苛烈に向けられた『強化改造』だ。
ずり、ずり、と。コリス姫が黄金であつらえられた花びらの雨の中を、王子に向かって蠢き進む。
「ああ、愛しい、やさしく愛しい王子さま――このままでは、骸魂にこの想いすら奪い取られる王子さま」
それら総てを覚悟の上で黄金を刻む王子の想いを、その身全身に溢れるように受けながら、コリス姫は悦に浸る表情そのままに手を伸ばす。
「――!!」
王子の花びらが烈を増す。しかし、コリス姫は躊躇うことなく、先まで黄金だったマントともに差し示されていた王子の腕を、茨のような手で取った。
「どうか、ああ、愛おしい王子さま。どうか死なないで下さいまし」
「――ッ!」
無の闇を映していたコリス姫の瞳が、舞い堕ちる美しい青の花弁の涙を流し。濡れぬはずの瞳が瞬間、鋭い黒曜石の光を放つ。
王子の腕を取ったコリス姫の手に力が籠もる――そして、激しい金属の砕ける音がして。
王子の左肘から下が、大きな音と共に地面に落ちた。
大成功
🔵🔵🔵
杜鬼・クロウ
ア○連×
倖せの形は…一つじゃねェケドよ(歯軋り
(創造主…”俺”は手ェ貸してくれっかなァ)
俺はちゃんと見届ける
お前の心の往く先を
真の姿解放
イラ参照
「創造主の命を使い、余を此度喚ぶとは何と不敬な
尚又下らぬ余興を魅せられたものよ
幽世は創造主が居た世界に近しい
故に(彼の為に)
憂いを晴らそうぞ」
剣使わず本体を使う(真の姿の俺は全能力使える
回避せず敵のあらゆる攻撃全てカウンター
敵の黄金剥がす
人の身に疵がついたら不機嫌に
UC使用
1枚の鏡に座り上空へ
何枚か敵へ放り割れた鏡の破片を四方八方から攻撃
少し手遊ぶ性格の悪さ
「戯言を
おのれ…余に仇為す者は万死に値する
汝の同情を惹く行いの数々、少しは愉しめたわ
疾く失せよ」
●
「流石に……腕ごと持って行かれたのは……つらいね」
杜鬼・クロウ(風雲児・f04599)を前に、ツバメにも聞こえないよう呟かれた王子のかすかな弱音にも似た言葉は、この胸に深く突き刺さるかのようだった。
無意識に奥歯がギチリと音を立てる――斃すべきではない意志を持った相手を斃す。それは、何と無力感を駆り立てるものだろう。
だが、これは何より、その王子の願いそのものでもある。
「倖せの形は……一つじゃねェケドよ」
その声に、王子が目線のみを向けた先、クロウは心の中で静かに想う。
(創造主……『俺』は手ェ貸してくれっかなァ)
分からない。だが、今はその手助けが無ければ、勝てない相手だという事だけは肌で感じ取れる。
「俺はちゃんと見届ける……。
――お前の心の往く先を」
せめて、せめて一声――クロウから掛けられた言葉に、王子は、とても意外そうに。
そして驚いた様子で瞬きを一つして、心から柔らかく笑って応えた。
「猟兵は、どんな存在でも……本当に、心が優しいね。
……ごめんね――そして、ありがとう」
深い想いの籠もった謝罪と感謝――同時に、それは『自己犠牲』という王子の意志が、歪みようもない証明でもあった。
虞の風が、吹き抜ける。
そして、そこにあったクロウの姿は、もはや別の存在のものだった。
麗しく、絹のように長い黄金色の髪。眼の色は先と全く同じであるのに、その艶は先の状に満ちた瞳とは異なる、ひやりと澄み渡る鉱石のよう。
幾重もの和の衣装を身に纏い、威圧に溢れた大剣の代わり現れ手にする黄金鏡は、まさに神の威を閉じ込めたかのような、見る者に畏怖の感情をもたらす威厳を漂わせていた。
「創造主の命を使い、余を此度喚ぶとは何と不敬な。
尚又下らぬ余興を魅せられたものよ」
姿だけではない、発せられたその言葉に、場の一同が、その変わりように目を見張る。
なまじ、人の姿をしているだけに。その驚きは異形のそれより遥かに大きい。
「……幽世は創造主が居た世界に近しい。
故に――憂いを晴らそうぞ」
真の姿のクロウは告げた。それは、ただ創造主たる、主の為だと。それ以外の一切は、ここには無いと云う宣言。
――否、それは、この場全ての存在に対する『宣告』だった。
「異形の汝。我に一撃入れてみよ。
この場の先手、くれてやろうぞ」
「……そんな余裕は、要らないと言ったはずなのだけれども」
口ではそう告げながら、しかし王子は躊躇わずクロウへ一歩踏み込んだ。
鋭い剣を狙い澄ました先は、的確なまでの心の臓。だが、その一撃が届く前に、真の姿のクロウから離れた鏡が狭間に入り、激しい衝撃で鋒を弾き返した。
王子はそれに怯まず、その衝撃を利用し翻した己の剣の柄による打突をクロウに叩き込む。しかし、それも同じように弾かれる。腕を後ろに持って行かれるほどの反動、王子はそのまま金属で出来ているとは思えない程の動きで、身を回転させてクロウに上段の回し蹴りを叩き込もうとする。が、
「無礼な」
一言。それだけで王子は、まるで神の宣託を思わせる響きと共に身体ごと大きく吹き飛ばされた。
全身の黄金が削れる音と共に、王子の身体が地面を滑る。
――それはあまりにも一方的なものだった。クロウの真の姿が、存在するヤドリガミとしての概念が、あまりにも『返すもの』として特化されているが故に、王子の攻撃の全ての一切を、ものともせずに弾き返し続けているのだ。
「くッ、きりが無い
……!!」
叫ぶように呟いた王子が、地面で体勢を立て直すように見せかけての刹那、その身から、相手に不幸を翳す力を持った黄金の光を放った。
王子の放つユーベルコード――対象となった今のクロウにどれだけ、その力が剥奪すべき感情『不幸を感じる心』があったかは分からない。むしろ、今のクロウには、それは殆ど無為ですらあったことだろう。
しかし――少なくとも、今いる『場の猟兵全て』から奪い取った相対的な幸運は、確かに王子へと付与された。
王子の放った一撃が、初めて鏡をすり抜けクロウの口許の薄絹を裂き。その頬に鋭い傷をつけた。
「……余を愚弄するか」
クロウの頬に血が伝う。
響き渡る、凍り付くような言葉――その意に沿うクロウによるユーベルコードの呼応と共に、瞬間、百枚以上にわたる黄金鏡本体からの模倣品が現れた。
クロウは、それら一枚の上に座すると、上空の高みへ移動する。併せて、相手を小馬鹿にするように目を眇め、その手でまがい物の数枚を王子の周辺に放り投げる。
鏡が割れ、大小の破片を伴い王子を囲むように散り爆ぜた。
「――!」
王子が、ただ雰囲気という直感のみでその場を離れようとする。
しかし、間に合わない――クロウの口許が、僅かに引き上げられた。
その矢先、破片全てが王子を場に捕らえるように漂い浮遊すると、死角のない全方位からの鋭い刃となって、王子に向かい雨のように襲い掛かった。
「……ッ、――!?」
それが一斉攻撃であるならば、その一時を防げば良い――だが、止まない攻撃の手に王子はその違和感に即座に気付く。
それらはどれもが、迫るタイミングの異なる時間差攻撃であることを。
――防ぎきれない。永続にも近く迫り来る鏡の破片により、硬度として柔らかい王子の黄金が次々に削られていく。
その様は、まるで獣をなぶり殺しにするのにも似ていた。
「これは――少し趣味が悪いかもしれないよね……」
さらに駄目押しとして浮かび上がろうとする煌めく鏡の破片に、王子の声が、ぽつりと響いた。
今まで誰も聞いたことのない、低い声――それと共に、王子の身を更に削らんと浮かび上がりかけたガラスの破片に。不意に動いた王子の鉛の足が力強く振り下ろされた。
踏み躙られる。足の下で鏡の破片が更に砕けた。
「汝」
「気付いた……君には。今敵とする虞と、同じ類の、神威(おそれ)を感じる」
王子が己を傷付け続ける破片には、既に見向きもせずに、自らの剣をクロウに向けて投げ放つ。
幸運の補正が掛かった剣は、またも真の本体の防御をすり抜けて、クロウの座る鏡を突き割った。
「おのれ……余に仇為す者は万死に値する。
だが汝の同情を惹く行いの数々、少しは愉しめたわ。
せめて、この手で手向けてやろう。疾く失せよ」
そこに、再び相対する二人の姿は、あまりにも対照的なものだった。
クロウは頬に受けた傷一つ、傍らの王子には最早傷のついていない箇所が無い。
しかし、みずほらしく、それでも遥か昔から『やさしい』と、そう評され続けていた王子が、初めて――まるで『王族が、物を見定める目』でクロウを見据えた。
「――」
露骨な不快を浮かべるクロウに、声が届く。
「……鏡」
「!?」
「確かに、今僕はあまりに西洋親分でありながら、自分の弱さを自覚した……これならば、猟兵、君は確かに僕には勝つのだろうね。
だけれども……この世界を守るのに。自己犠牲なんて『人の綺麗事だけを集めた』僕が言う――綺麗事を、言えるだけの『まだ人の心を持つ』僕が……君に言う。
――人ではない存在。
最初に会った存在(とき)のように――人の心も、情すら持とうともしない。
ただの『モノ』。
この世界は――『愛しい人達の心』のお陰で生まれた世界だというのに。
……その心ない『側』の君が、救おうなんて」
王子が、その場にいる他の猟兵達に向け申し訳なさそうな顔をして告げる。その中に――真の姿のクロウは、含まれていない。
「心はすごく痛んだのだけれども……猟兵は、何人か道連れになってもらうつもりでいたんだ。この虞の威を示す象徴として、虞を和らげる為の礎をして。
なのに、僕は――」
蒼の瞳が、クロウを見つめる。
「僕は――『君を、消えゆく僕の道連れに【すら】出来ない』ことが、今とても口惜しくてならないよ」
クロウにとって、否――客観視した全てにおいて。
これは圧倒的な敗北を期した、弱者の負け惜しみでしかないだろう。
気に留めることはなく、既に話す価値も無い。
そう判断した無言のクロウが、王子へ向かい神鏡を掲げる。
だが、王子はそれを正面から目にして『避けようともしなかった』――それは『己には、避けるにも値しない』と言わんばかりに。
「……」
そして、クロウの放つ『神罰』の閃光は――激しく王子を打ち据えた。
大成功
🔵🔵🔵
曲輪・流生
西洋親分…しあわせの王子さま。
僕は貴方を尊敬します。貴方のその献身を…。
そして最後まで他の人のしあわせを願い続ける姿は…うらやましいとさえ。
僕もそんな風になれればいいのに
…貴方とツバメさんの信頼に応えるために僕は戦いましょう。
真の姿:真白き東洋龍
一度は消えかけた僕ですがこれくらいなら。
UC【竜の誓願】
僕の幸せを奪っても大丈夫ですよ。
僕は願いを叶える竜神。
貴方達の願いを叶えます…!
僕の血よ、竜の血よ、しあわせの王子さまの願いを叶えて…!【祈り】を込めて。
大丈夫ですきっとまた再び楽園〈カクリヨ〉に戻ってくる事ができますから。
僕は貴方にこそ幸せになってもらいたい。
●
王子はしばし、その閉じた両の眼を開こうとはしなかった。
他の猟兵により受けたダメージが酷いのか、それとも他に思うところがあったのか。
まるでその姿は、決して休むことを赦されなかった存在が、そこに僅かに見出した休息のようであり。また追い詰められた存在が、そこに落としたほんの少しのため息のようであり。
沈黙が支配していた――そこにある王子の姿は、本当に、何かに祈りを捧げる彫像のようだった。
瞳がゆっくりと開かれる。戻って来たツバメに、先程まで纏っていた雰囲気を誤魔化すように、困り顔で苦笑してみせる王子が目に映った。
「西洋親分……しあわせの王子さま。
それでも、僕は貴方を尊敬します。貴方のその献身を……」
その姿に。今、正面に向かい合う曲輪・流生(廓の竜・f30714)の声を聞いて――改めて流生を見た王子は、ツバメに見せていたその表情のままにゆっくりと首を横へと振ってみせた。
「……ううん。
この想いは――きっと、献身なんかじゃないと思うんだ」
そう、情けなさそうに微笑んで。王子は、少し離れた場所に落ち残されていた剣を取る。
「僕は、ただきっと……。
皆の心のために『皆に、幸せであってほしい』という、自分の願いを叶えたかっただけなんだ」
腕についていた黄金が、また一片、硬質の音を立てて地面に落ちる。剣はほぼ鉛が剥き出しとなり、骸魂の影響でより禍々しい空気を滲み出している。
その身体は既にぼろぼろで。しかし、それでも骸魂の影響が見て分かる己の剣を、敢えて力強く握り直すその姿。
「……」
流生は思う。その様は、王子が最後まで他の人の幸せを願い続ける、祈りの形。
このまま王子は、己が身を破壊されるまで戦い続けるのであろう。
しかし。最後までそうあろうとする姿は、流生の心に、うらやましいという想いを抱かせた。
「でもね、それでも僕は嬉しいんだ」
王子は、愛しい想いを語るように、瞳を細めて言葉を続ける。
「たった『この身一つ捧げるだけで』この僕も、世界で心ある皆が幸せに笑うための、希望の架け橋となれるのならば。
もし、これで消えるとしても……その先に、希望があるのなら。僕は、それで本望なんだ」
そう、微笑む王子に映されるものは、優しい面差しの中にある、どこまでも強い意志。
「(――僕もそんな風になれればいいのに――)」
流生から、言葉にならない想いが零れた。
自分も――そのように、生きられたならば。
このまま……『忘れ去られ掛けたまま、為す術も無く消えゆくしかない自分』ではなく。
この王子のように『求められ、本心より願い願われ、その願いを叶えることが許されたならば』。
――今一度、たった一度で構わない。
今、目にする王子の存在は。流生がどこまでも……ただ切なるまでに、この胸に焦がれ抱き続けてきた、かなしいまでの『羨望』の形――。
「ぁ……」
流生が、何かを告げるべく口を開く。
その矢先、流生の声を掻き消すかのように、王子の手から力なく鉛の剣が零れ落ちた。
「――――――」
驚き、流生が王子を見つめる。
まるで黄金の一部が砂のように剥がれ落ちていく。流生の目に、微かに濁ったサファイアの瞳が目に入る。
『王子さま、もうやめて、王子さま!』
泣き続け、擦れて潰れかけたツバメの泣き声が聞こえてきた。
その声に我に返った王子が、深いため息と共に、剣を取り直して流生へ向ける。
「……始めようか、猟兵。君が、いくら夢のように優しくても、全力で。
僕にも、あまり時間は残されていないようだから」
「……ええ。
……貴方と、ツバメさんの信頼に応えるために、僕は戦いましょう」
噴き上がる虞の風が流生の傍を吹き抜ける――そこにあった流生の姿は、身を中空に揺蕩わせる純白の龍だった。
その鱗は一枚一枚が穏やかに艶めく真珠の輝き。その角はまさに濁りなき白珊瑚のよう。
「東洋龍――猟兵には、本当に少し驚かされるね」
王子がその存在感に、虞の滲む己の剣を構え直す。
「一度は消えかけた僕ですがこれくらいなら」
王子が一度、頷いた。
それを合図とするように、王子は剣を片手に地面を蹴ると、そこに抉り込む激しい足跡を残して大きく空へと跳躍した。
流生よりも、高く。早く。
しかし、その身を包み込むように。
流生の呼気からの、神聖を纏う龍の歌声が響き渡った。
――歌唱に祈りを、祈りに浄化の心を込めて。
そのエネルギーの直撃を受けた王子は、流生の頭部に突き立てようとしていた剣の軌道を変えて、代わりにその胴へと深く斬り込み傷を付ける。
「――ッ!!」
流生が激しい痛みに声にならない悲鳴を上げた。
王子は、更に流生の胴の一部を蹴り付け大きく距離を取ると、轟音と共に地面に着地する。
見目軽やかに動くが、その王子の金属で出来た重量を思えば、何もかもが、とてつもない重い一撃。
「……!!」
純白の鱗が真赤の血に染まる。
流生はそれでも、痛みと共に覚悟を決めた様子で再び王子を華やかな藤の色した瞳に映した。
目の前には、王子が苦渋に満ちた表情で立っている。
「この身の骸魂の影響が、大きくなりすぎてるんだね……そんなに綺麗な歌声さえ、今の僕には突き刺さるように痛い、でも――! 今度は外さない!」
叫びと共に、王子が身に纏う面積の少なくなった黄金が、眩しいまでの輝きを放つ。
――それは先に見せた、場の猟兵達全員に不幸を与え、自身に奪った幸運を付与するユーベルコード。
「……僕の、幸せを奪っても大丈夫ですよ……。
僕は――願いを叶える龍神」
囁くように呟く流生の声と共に、その身が輝く乳白色の光を放つ。
「僕は、貴方達の願いを叶えます……!」
宣言――それは、全ての行動を成功に導くユーベルコード。
その意に気付いた一人が、そこに一つの願いを掛けた。
これからの戦いに絶対的に必要なもの――王子のユーベルコードのひとつ、致命的な影響となり得る『場にいた猟兵の不幸と、王子の幸運の付与』が、それにより解除されていく。
しかし――その代償は、龍神の、流生自らに流れる血潮。
まずは、胸元より流れ落ちていく血が、見る間に透き通るように消えていく。
それでも、流生はその力の行使を止めようとしない。
「僕の血よ、竜の血よ、しあわせの王子さまの願いを叶えて……!」
人の願いを聞き続けた龍神であった存在は、王子の願いをその心に確かに捉えた。
それは『この世界の、心持つ人々の幸福を守ること』。
それはずっと、王子により強く願われ、乞われてきたもの。だが、代償となる流生の血は、願いに対して明らかに足りず、その一助のみを叶えるのみに留まった。
願いは結果として、今の王子の力を弱め、相対的に猟兵の力を大きく強める。
その結果に到ったことに気づいた流生が、急ぎ逃さぬように心に深く願い歌声を上げる。
――歌唱に祈りを。祈りに浄化を。浄化に破魔の、願いを込めて。
「!!」
響き渡る、美しくも力強い龍神による神秘の音色。
王子に侵食する骸魂の受けたダメージが、その身体の鉛ごと王子の身体に亀裂を入れた。
王子がその場に膝をつく。左腕は既に無く、黄金も既に半分以上が剥がれ落ち。鉛の部分には無数の罅を入れながら。
「ぁ……」
瞳は虚ろ。恐らく長くはもたないだろう、誰もがそれを確信した。勝利は近く。その中で、朦朧と王子が小さく声を零す。
「大丈夫です……きっとまた再び楽園〈カクリヨ〉に戻ってくる事ができますから。
僕は――『貴方にこそ幸せになってもらいたい』」
人の姿に戻り、一見血が見えないだけで、深い傷を負う流生が優しく語り掛ける。
流生の声に自我を取り戻した王子が、その口許に笑みを取り戻す。
ゆっくりと、地に着いていた膝を上げて立ちあがり。
そして王子は、何かを思うように。伝えるように。流生に向かって微笑み掛けた。
「なら……猟兵、君は――僕に向けた……その願いと同じだけ、
君も『幸せになるべき』だと思うんだ」
王子は流生の姿に何を思ったのか。それは王子が親友のツバメに見せていたものと同じもの――優しすぎるほどの相手の幸福を願う微笑だった。
大成功
🔵🔵🔵
黒雨・リュカ
アドリブ◎
願い、身を供物を捧げるのなら
それを叶えるのが竜神《俺》の本分だ
…まあ、誰彼構わず助けるほどお人好しじゃないし
既に忘れられた神ではあるが
それでも――応えを
竜の姿へと転化、本性を曝して闘おう
空高く飛び天候操作
風を吹かせ雨を降らせ嵐を起こして
向かってくる花弁を押し返そう
加減をしている余裕はない
…飛べるように、後で晴れを読んでやるから
今は、見えるところで心に寄り添ってやれ
天を操りながら多重詠唱で石榴の花を浮かべていく
耐えられるギリギリまで堪えたら
畏れを押し流すように【龍流祓】を全力で
想いを食べて生きるものが
これだけ想われていれば
遥か遠く繋がる縁もあるかもしれない
何時か、何処かで廻り合うことを
●
それは、あまりにも自然な、不自然なまでに自然な様子で。
――王子の胸元にあった、一際大きな黄金が音を立てて地面に剥がれ落ちた。
「ガ……ぐ、ガァ――ッ!?」
『王子さま? 王子さま!』
既に黄金の半分以上が地に落ちた。王子がよろめき、今この瞬間も、残りの黄金が何もしていないのに鱗片のように落ちていく。骸魂が、黄金の削れた分だけその身を乗っ取ろうと、勢いを増してその存在を侵し始めている。
「離れて、ツバメ、さ――。
ち、が――まだ、ガがガ――だ……ッ!」
ふらつく足取りで、離れた所に落ちた剣を取る。鉛が完全に剥き出しとなった剣先を、激しい音と共に地面へと突き立てた。
そして王子は、濁り始めたサファイアの瞳になお閃光を宿し、正面でじっとそのありのままの姿を見つめ続けていた黒雨・リュカ(信仰ヤクザ・f28378)の姿を目に留めた。
「……黄金は、まだ、この身に残っている……。
僕は、骸魂などに身を委ねなくても、西洋親分の、虞を、最後まで……露わにして、見せる……!
猟兵、僕と、勝負を――! この世界の為に、全力で……『殺し切って』」
王子の自我が弱まり、呼吸する音すら獣のうなり声のように響く。骸魂を制御出来ず、己の意志すら朦朧としているのであろう、リュカは今まで聞いた王子の言葉である『殺し合い』の中に、確かに『殺し切って』という願いが露わになったのを耳にしては思い出す。
ああ、これはくだらない一族に囲われる前――叶える何かの願いの代価として、躊躇わず己の身を差し出して来た人間の覚悟そのものではないか――。
「願い、その身を供物を捧げるというのなら――それを叶えるのが竜神《俺》の本分だ」
荒い息をつきながら、王子が剣を構えるのを目に留める。
「……まあ、誰彼構わず助けるほどお人好しじゃないし。
既に忘れられた神ではあるが――」
その言葉を耳に『神』と聞き。霞み掛けた瞳で、先の猟兵との戦闘に受けた負担を思ったのか王子は大きく眉を顰める。
リュカはそれでも、気にする事なく言葉を続けた。
「それでも――応えを。
すでに――当てなく彷徨い始めた願いに、応えを」
王子に既に余裕は無く。既に限界まで奮い、尚も溢れるのかとばかりに吹き付ける虞の風がこちらを駆け抜ける――次の瞬間、リュカの姿は、月光に反射する美しい紫と闇色の鱗を纏う真の姿、巨大な竜へと姿を変えていた。
「――!」
そして大きく、王子の意に沿うように。リュカは竜として戦闘の意を示す一声を高らかに夜空へと鳴き上げた。
巨大な身に沿う、雄大な夜色の羽根。それを広げて見せたリュカに、王子は泣きそうなまでに嬉しそうな瞳を向けて、改めてそちらに剣を突きつけた。
まるで夜の闇に溶け込みそうなリュカの姿を、月明かりが漆黒の鱗が反射し燦めくことで邪魔をしているかのようだった。巨大な黒の翼竜と化したリュカは、その羽根で叩き付けるように空気を打つと、空へ向かい高く跳ね上がる。
一気に間合いが引き離された王子がそれを察すると、追撃するようにユーベルコードにより、己の主武器となる剣を鋭い刃にも似た黄金の花びらへと変えて、リュカへ一斉に差し向けた。
風に乗り、吹き上げるように月光に光っては舞い迫る黄金の花びら。それを目にしたリュカの喉が何かを呼ぶようにコォウと鳴る。すると、一瞬で空に巻き起こった雨雲が月を覆い隠し、嵐となってその風雨を黄金の花びらへと叩き付けた。
「――っ!」
王子の目つきが鋭くなり、花びらの勢いと数が一気に増す。少しでも触れれば八つ裂きにされるであろう。王子自身の身を削る攻撃だが、それを知り、尚リュカに加減する余裕は無い。
――そもそも、加減などしない事が、この戦いの『約束』なのだから。
激しい嵐の中を、動く事も侭ならない小さなツバメが、更に黄金を刻む王子を目に、少し離れたところから声にならない叫びを上げて、嘴を動かしているのが目に入る。
王子には聞こえたのであろう、ちらりとツバメに目をやって、愛しそうな瞳で、その唇だけが『ごめんね』とだけ動くのを、上空のリュカは確かにその石榴の実を思わせる瞳に映す。
(……飛べるように、後で晴れを呼んでやるから)
今は――せめて姿の見えるところで、その心に寄り添っていてやってほしいと。リュカは強く、願う。
こちらの手を止めることは、許されない。リュカは天候と風向きを巧みに操り、敵のユーベルコードを防ぎ続ける。そして、上空留まる自分の正面に、複合する詠唱開始と共に、魔力塊で出来た石榴の花蕾を形取らせて始めた。
それらは、リュカの最大魔力解放へと到る布石となるもの――しかし、その詠唱を始めた瞬間、王子のユーベルコードによる花びらが一斉に地に掻き消えた。
「――!?」
一瞬、王子の姿を見失う――刹那。声は、真下から届いた。
「跳んだ方が、早い!!」
相手は本当に金属で出来ているのだろうか。それに飛翔能力があるわけではない、しかしその尋常では無い鉛の脚で跳躍した王子は、残された己の片手で、ずっと足元に巡らせていた棘付きの薔薇の蔓を掴み真上へと引き上げた。鉛で出来た薔薇の蔦が、弾けるようにしなり持ち上げられる。
(まさかそれも武器とか言うつもりか!?)
王子の掴んだ薔薇の蔦が、鞭のように真上へと打ち上げられる。それは、よりにもよって飛行を維持するリュカの片翼を絡め取ると、王子は自重を重ねて一気に地面へ引き落とした。
(何だ――! こいつバケモノか、冗談じゃ無い!)
穏やかで真摯な表情、柔らかな笑顔、王子と呼ばれるその呼称――自身は龍神であり、人間の願いを叶える上位種であると認識していたリュカは、無意識のうちにそれらを目に心の何処かで油断していたのかもしれない。鉛で出来た薔薇のトゲが翼へと無数に食い込み、激痛でリュカの視界が赤くなる。羽根がもげなかっただけ幸いではあったが、リュカはそのまま大きくバランスを崩し、地面へと一直線に落下した。
――しかし、その合間も詠唱を止めることはない。これは『願いを叶える盟約』であるが故に。
こうしている間にも、椿の花蕾は増えていく。しかし、リュカは致命打となり得る体勢だけは避けつつも、ついに王子もろとも地面へと墜落した。王子の立ち上がりざまに、更なる黄金が剥げて、まるで人間が地面にまき散らす血のように広がっていく。
「グァ……!! ガ、ガ――これ、で――!」
正面に立つ王子の瞳は、完全にこちらを映していなかった――故に気付かない。リュカの石榴の花蕾が完全に王子を捉えていた事に。
そして、リュカはその詠唱を停止した。
――『一から零へ、零から一へ
清らより生まれし祓い龍 廻り、廻らせ 応えを示せ』――
唱えられた発動詠唱。一斉に咲き誇る石榴の花々、そしてそこから形成された魔方陣より放たれたユーベルコードは、爆発するような豪流と共に巨大な水龍の形を成し、王子の虞もろともその身体を押し流し、背後の壁へと叩き付けた。その勢いに壁が崩れる。王子は瓦礫と水龍の中に巻き込まれるように姿を消した。
水が引き、しばしの沈黙の後――瓦礫の中から、王子が立ち上がる。
骸魂に侵食された鬼の形相。既に見えているのかも分からない、ひび割れ欠けたサファイアの瞳。
しかし、それでも――駆け寄るように傍に寄ろうとしたツバメを、気配で察知し。肘から消えた手で制すると、ただでさえ小さくて上手く見えていないのであろう友へと、己の表情を取り戻すように微笑んだ。
「う、ん……。だいじょう、ぶ。
ま――だ……僕は、大丈夫だから――ね……?」
その王子がツバメに向ける微笑みは、どこまで骸魂に侵食されていようとも――それは見ている側が言葉に詰まる程に、あまりに変わることがない。
人の姿に戻ったリュカがそれを見やる。全力で力を行使した上に、羽根のあった背中は無惨にも裂けており、こちらも軽傷とは到底遠い。だが、目に映るその一体と一匹の姿は、場違いなまでに静かに心に溶け込んだ。
(……想いを食べて生きるものが……これだけ想われていれば。
遥か遠く繋がる縁もあるかもしれない)
それらの姿に、リュカは、ただ瞑目し思わずにはいられなかった。
今ある総てが終わった時に、
これらの存在がまた――何時か、何処かでまた廻り合うことを。
大成功
🔵🔵🔵
アレクシス・ミラ
ア○
真の姿あり
攻撃は盾の『閃壁』で防ぎ
黄金の光は盾に水属性のオーラ…水鏡で防ぐ
回避に見切って上空へ翔ぼう
…殺されるつもりはないが
誰も死なせたくはない
それが理想でも…
覚悟には覚悟だ
君が皆のしあわせの為に世界を救う覚悟なら
僕は…その君を救う覚悟で
黄金の光を【理想の騎士】で断つ
王子、君の想いは確かに残るだろう
だけど
“君が”最後に見る大切な友の姿は
悲しそうに泣く姿で…本当にいいのかい…?
君達の本当のさいわいは、物語の結末は
決めるにはまだ早いと思うんだ
それを伝える為
光を光で断ちながら
限界突破の疾さで彼の元へ翔ぶ
そして彼にとっても害するもの…骸魂を狙って
想いと浄化を込めた光の一撃を
僕は…最後まで諦めない!
●
そこにあるものは、もはや執念にも近かった。
「……猟兵、そこにいるね?」
王子が静かに声を掛けた。身体中が罅入り、白濁に近く濁って輝きをなくしたサファイアの瞳が、ほぼその気配だけでアレクシス・ミラ(赤暁の盾・f14882)へと向けられる。
「……ああ、ここに」
「強そうな、歴戦の手練れの気配がする。そうか、いつかの僕が生きていた頃、お城にいた『騎士』の気配……。
僕は……僕の眼は、この有り様だけれども。君の、その眩しい太陽のような気配なら追える」
王子のその言葉が、戦闘続行の意であることにアレクシスは気が付いた。既に王子は戦える状態ではない。かと言って、今彼が抑え込んでいる骸魂にその身を明け渡せば、王子の身体は完全に崩壊するだろう。
だが、そのような状態で尚、王子は完全に黄金が消えた右腕に剣を手にして、アレクシスの方へと向けた。
「手加減は不要だよ。もう僕には、どんな時間も余裕も残ってはいないんだ。
『騎士』――僕を……戦い殺す覚悟は、そこにはあるかい?」
既に、一切見えなくとも何も変わらないのであろう。その瞳を閉じて、静かに王子がアレクシスへと問い掛ける。
「――……」
今、アレクシスの胸には――ひとつの想いがあった。
王子を救いたいのだと。誰も、死なせたくはないのだと。
だが。今の王子にそれを告げれば、きっと王子はアレクシスの存在など無視をして、他の猟兵へと矛先を向けるに違いない。
――させは、しない。
自分には、その想いに、己の存在を懸けるだけの、覚悟があるのだから。
「……僕には、君と戦う、覚悟がある。
心に、宿す――理想がある。
それを、君に証明してみせるよ。どうか僕と戦って欲しい」
倒すとも、壊すとも言わない。アレクシスに嘘は吐けない。
しかし、王子はその意を察した様子で、尚も小さく頷いた。
「もし、それが……弱くて甘いものなら、即座に潰す――君を殺し『今、残る僕』の、道連れになってもらうよ。
他は、骸魂に身を預けてでも、世界の為に虞を示す」
既に己の心優しさを示す余裕すらもなく、心が朽ちる間際の王子は告げた。
「代わりに……この僕の心の、僅かに残された時間を……君に預ける。
だから――勝負だ、猟兵!!」
王子の全身から、振り絞るように虞が噴き出し、場全体を包み込む。誰もが理解した。どのような形でも、次はない。これが西洋親分による最後の力だと。
虞の駆け抜けた先――浮かび上がるアレクシスの真の姿は、日常と共にあまりにも自然に生まれた存在を包むニ対四翼。その様は、まるで天の道筋を掲げる御使いを思わせた。
そこに現れた、暁光と、その先にある蒼穹を宿す羽根色。
それらの纏う輝きは、未来の輝きを指し示す、まさしく太陽のそれだった。
――ここに現れたるものは、
『夜明け』という名の希望の概念――
硬質の身体とは思えない埒外の速さで、王子が己の剣の間合いに飛び込んでくる。
「展開『閃壁』――!」
その一撃を防ぐ為に、アレクシスが手にする盾・蒼天から、光の防御壁である閃壁が広げられる。
王子の鉛の刀身による一撃は、それに大きく弾かれた――が、王子はその衝撃に動きを預けると、その刀身の向きを逆手にした上で、向けた柄を全力で閃壁へと叩き付けた。
悲鳴を上げるように奔る光。閃壁に、一瞬にして大きな亀裂が刻まれる。
「――ッ!?」
閃壁は、アレクシスの意志により硬度強化される絶対の防御壁――これはアレクシスの意志が弱かったのではない。今、ここに総てを懸けて、柄に心を乗せて防御壁を打ち据えた王子の意志が、既に正気の範囲を超えて強いのだ。
飛び退くアレクシスに、王子が追い打ちを掛ける。手首なき左手から、閃光弾に近い輝きを持つ黄金の光を放たれた。
受ければ正気を失うであろう黄金の一撃、それに対しアレクシスは即座に蒼天に属性魔法によって水の魔力を張り巡らせる。それを鏡のように反射する水鏡へと変えて受けると、光を四方へと散り散りに拡散させた。
その隙にアレクシスに追い縋る王子が、手にした剣を一閃させる。鉛であろうが風を切る程の速さで振るわれれば脅威でしかない。それを辛うじて回避すると、アレクシスは一度状況を立て直すために、翼を打ち据え高所上空へと飛び立った。
「く……っ!」
攻め切れなかった王子の張り詰めた声が耳を打つ。これまで戦いより、王子は跳躍こそ出来るが、飛翔は出来ないことを知っていた。それさえ気をつければ、状況を見る僅かな時間は稼げるはずだ。
逆に今、鬼神のような動きを見せる王子から、僅かでも一度離れて距離を取るにはこれしかない。
「……」
地上から優しさ以上の感情を表に出した王子がこちらを睨み付けている。
王子もアレクシスも、剣を合わせ続けないこの状況が『甘さ』から生まれていることが分かっている。
だが、アレクシスのその胸には理想があったのだ。
……むざむざ、殺されるつもりはないが『誰も死なせたくはない』
――分かっていた。それが理想論であることくらい。
それでも今、目の前にはいるではないか。
破滅に向かう世界の中で、皆の幸せという理想の為に、自分を捨てても世界を救う『覚悟』を持った存在が。
アレクシスは、それすらもを救いたいと願うのだ。
それだけの想いはある。『覚悟』もある。
――覚悟には覚悟しかない。愚直であれど、誰がそれを笑うことが出来ようか。
地上から、爆破を狙う二度目の黄金の光が放たれる。それは相手を追尾するユーベルコード。逃げる事は出来ないと、アレクシスは、己のユーベルコードを乗せた剣・赤星によって光を斬り伏せる。
だが、終わりではない――その閃光の最中、今までの猟兵としての経験が告げる。
咄嗟に防御体制に構えた剣。そこに、一撃を受ければ胴が泣き別れになっていたかも知れない、黄金の光を隠れ蓑に迫り、振るわれた王子の剣が叩き付けられていた。
「――仕留め、損ねた!」
王子の剣が業物であれば、赤星もただでは済まなかったかも知れない。地上に落ちた王子が、大地を抉り再びアレクシスを睨む。
天上のアレクシスは、一度息を心落ち着かせるように、王子に告げた。
アレクシスには、伝えたい言葉があった――彼が、彼で在れる、願いを込めて。
「王子、君の想いは確かに残るだろう。
だけど、
――『君が』最後に見る大切な友の姿は――悲しそうに泣く姿で……本当にいいのかい……?」
「……っ!」
もう、眼が見えずに気配のみで戦っていたとしても――だからこそ、余計に、心に残る『ツバメの姿は』それで良いのか、と。
「……」
王子が一時、沈黙を宿す。
アレクシスは思うのだ。――もしも自分がそうであったなら、友の泣き顔を見て、なお『己の為、それは仕方のない事なのだ』と、その信念を貫けるだろうか、と。
きっと……自分ならば、友にそのような姿をさせてしまうのは心苦しいに違いない。
「それでも! 僕には、もう他に道はないんだ!!」
王子の叫びが木霊する。
……自分ならば友にはずっと、笑っていて欲しいから。
道があるなら、きっと他を選びたい。
もし、そこに選択肢が無かったとしとも……
――『希望があるなら、作ってみせる』――
「君達の本当のさいわいは……物語の結末は決めるには、まだ早いと思うんだ」
王子がこちらを撃ち落とそうと、黄金の光を連続で放ち撃つ。アレクシスは、それを先の力が残る赤星で切り伏せながら、四翼の翼を打つと一気に滑空し、瞬きの間も与えることなく王子の元まで飛び込んだ。
「――!!」
その気配に、王子が剣だけでは抑えきれないと判断し、剣を構え迎え撃つと同時に再びユーベルコードを放とうとする。
重ねるように、アレクシスは呟いた。
それはいつも聞く友の歌、悲しませたくはないと願う友の声。
――崖縁にすらも道があること、あなたは私に教えてくれた。
この世界にも、光があること、救いはあること。どうかあなたも誰かに教えてあげて――
それは、いつか謳われた友の願い。
浮かび上がる声に呼応し、赤星が光り輝く。
「受けて立つよ――!!」
王子が、信念のみで一時完全に骸魂を抑え込んだ己の剣と、黄金の光を携え迎え撃つ。
アレクシスが、狙うはただ一つ。この想いと浄化を携えた剣と共に――王子に宿る骸魂のみを、斬る。
「僕は…最後まで諦めない!」
互いの光が、閃撃と共に交叉した。
――再び、空に雲で隠れていた月が現れる。
そこには。足元を、甲冑の隙間から流れる血で染め上げたアレクシスの傍らで――完全に倒れ伏している王子の姿があった。
アレクシスは己の傷が広がるのも気にせず、王子の身体を側の瓦礫に半身を起こすように座らせる。
戦いは終わった。
それを理解し、泣き続けて声の潰れたツバメが、王子に飛び込み寄り添った。
王子に新たな怪我はなく、骸魂の気配は消えて。ただ、その身体を月が照らしている。
「……これで、いい……ああ、まだ。
全力を出したのに、僕が、いる――すこし、諦めていたのに」
真の姿より立ち返ったアレクシスの気配を感じたのか、黄金は殆ど剥がれても、骸魂のみを砕き倒すことに成功した王子は、最初と変わらぬ笑顔で微笑んだ。
「ごめん……すこし疲れたから、後は、任せた。よ、猟兵――」
王子がこれから、目を覚ますかまでの確証は、まだない。
「……ああ、少しだけ――休んでおくといい」
「ふ、ふ……。こんな……想いを、託せるって……素敵、だよね。
――いつかの、僕達には……お互いしか、なかった、のに。
ツバメさ――また、ごめんね?
でも……彼らは僕に希望をくれた――彼らを導く、後を、お願……」
そして、それを最後に王子は完全に動かなくなった。
ツバメが、泣くのをやめて。よろよろと立ち上がり動き出した。
そして、その囀れなくなった声で。アレクシスへ向けて、まるでお礼を言うように嘴を数度動かしてから。
今までの戦いで地に落ちた黄金をくわえ、夜の空へと飛び立った。
王子が動くことは無い。また、動くかどうかも分からない。
だが、こうして最後まで残った心は、この世界に残された想いと共に決して無駄になることはないだろう。
同時に、こうして残された王子の姿に、猟兵たちは思うのだ。
この二つの世界を、救う事が叶うのならば。
今は目を閉じている彼を助けられるだけの希望が、そこには確かに残されているのだということを――。
大成功
🔵🔵🔵