13
愛されたがりのシュガー・ベイビー

#サクラミラージュ #マイ宿敵

タグの編集

 現在は作者のみ編集可能です。
 🔒公式タグは編集できません。

🔒
#サクラミラージュ
#マイ宿敵


0




●みて、みて
 
 くる、くるり。黒いサテンの蕾の様なトゥシューズが、大理石の床の上でポワントの儘回る。
 虚空へと伸ばす自らの指先から、ふうわり広がる黒いチュールの裾へと満足そうに紅の瞳でなぞり、少女はやがて傍らのソファで彼女を見守るたった一人の観客を見遣るのだ。そうして、華やいだ声で訊く。

「ねぇ、ねぇ、似合う? きれい?」
「勿論、とっても綺麗だよ。君は何を着ても本当に似合うから」

 尋ねられた紳士が眦を下げて答える。似たようなやり取りは今日七回目。軽やかな麻のギンガムチェックのサマードレスに始まって、タフタの微かな光沢を纏うビリジアンのカクテルドレスに、モダンなツイードのツーピースからエトセトラ、勿論全て靴も小物も変えてのファッションショー。この黒いロマンティックチュチュは今日七着目の服なのだ。
 男とは娘ほどにも歳の離れた少女はころころ笑い、くるり、もう一度回ってみせてから駆け寄って、まるで飛びつくようにして彼の首へと腕を投げかけた。
「ありがとう。私、早くこれを着ておでかけしたいわ」
「そうかそうか」
「前におっしゃったダンスパーティーにはいつ連れて行ってくださるの?」
「うーん、もう少し先になるかもしれないね」
 幸せそうに頬を寄せる彼女の髪を撫でながら、男の声には何処か浮かない色がある。けれど知ってか知らずか少女は笑うのだ。
「良い子に待つから、少し経ったら、絶対ね?」
「嗚呼、そうだね。わかっているとも」
 安請け合いをしたつもりなどない。彼は彼女の悲しむ顔を見たくなかった、それだけだ。

 果たして約束の結末はどうであろうか。

 彼はそれから暫くの後、自らの血の海に沈むことになる。

●同じ名前の女の子

「わるい女にひっかかる男のひとって、いるわよね」
 エレニア・ファンタージェン(幻想パヴァーヌ・f11289)は集まった猟兵たちに実に微妙な表情で言う。心底興醒めだといわんばかりに、その声は低かった。
「貢がせるとか、尽くさせるとかそういう手合いの女の子……いえ、まぁ、男性主導で女性をお姫様扱いしたい例もあるからそれは構わないけれど……んん、あのね、そうじゃないのよ。ええとね」
 別にわざわざ皆を呼びつけて、どこかの誰かの女の趣味など論いたい訳ではない。べつに予知した影朧の言動が若干パパ活臭いだなんて……いや実はちょっと思ったけれど言わないのだ。無理やり綺麗に言うのなら、思えば耽美主義の小説でも何だかそんなのあった気がするし。
 白いヤドリガミは咳払いをして、仕切り直す。
「サクラミラージュで影朧の犯行を予知したわ。佐久良・英二郎(さくら・えいじろう)氏という男性が囲っ……匿っている影朧にじきに殺されてしまうの。彼は帝都でそれなりに地位を築いた実業家なのだけれども、妻子を亡くして今はひとり身ね」
 机の上に差し出す写真に写るのは、少し癖のある黒髪を小粋に撫で付けた、品の良い面差しの紳士である。歳は四十絡みだろうか。
 頬杖をつきながら、エレニアは集った面々をそれっぽく眺め渡す。ふりをした。この至近なのに眇めた瞳はいかにも実はよく見えていないことを物語る。それはさておき。
「影朧が、佐久良氏が亡くした娘さんに顔や名前と愛称が似ていたのが切欠のようよ。勿論、全くの別人だし、今や親子どころじゃなしにご執心のようだけれども……」
 まぁ、ありきたりな展開である。
「皆にお願いをしたいのは、まず佐久良氏に接触をして、影朧の居場所を吐かせること」
 この場所で、と広げるのはオーダーサロンも兼ねるらしい洋品店のカタログだ。この手の四季は早いもので、特集はもう夏を過ぎてこの秋冬のものである。
 頁を捲ればオーダー用の生地やプレタポルテのコレクションから、服飾小物に宝飾品、靴や鞄に傘等までも一通り揃う充実ぶり。
「外に出たがるのに出してやれない影朧への罪滅ぼしに彼はここで色々買い込んでは与えているみたい。とは言え色々ジレンマもあるみたいだし、少し揺さぶればすぐに情報は吐くでしょう」
 影朧はそこに在るだけで周囲を狂わせ、破滅に向かわせるという。ゆえに佐久良・英二郎の精神も実はぎりぎりなのだろうと、エレニアは言い添えた。
「だからお仕事はそんなに難しくないのよ。皆さんはゆっくりお買い物を楽しんでいらっしゃい。それで、影朧をやっつけるだけよ。嗚呼、エリィへのお土産は夏用のお帽子とかで構わないから」
 しれっと我儘を付け加え、エレニアは微笑む。真鍮の蛇の絡んだ杖を揺らせば、蛇が煙を吐き出した。転送の時間である。

 煙の向こうに、賑わう帝都の雑踏が揺らぐ。

 足を踏み入れようとして、そういえば、と猟兵の一人が振り向いた。ちらと耳にした佐久良の娘の名と影朧の愛称を未だ聞けていない。
「それは……」
 どこか決まり悪げに視線を逸らすエレニアである。
「亡くなった娘さんの名前が絵里。影朧が男性に自身を呼ばせている名は……エリィよ」
 あざとくって嫌になるわね。同じ愛称のグリモア猟兵は唇を尖らせて、そっぽを向いた。


lulu
ごきげんよう。luluです。
予定外に一作だけ、ほそぼそと運営させていただければと存じます。
もしご縁ありましてご参加をいただけましたら幸いです。

各章は断章の投稿後に受付を開始します。

【登場人物】
●佐久良・英二郎(さくら・えいじろう)
実業家。銀座でモテそうなジェントルマン。女に甘い。
普通に振舞っていますが影朧の傍にいる為か精神はギリギリの様子です。

●影朧
佐久良にはエリィと呼ばせている少女。

●一章 日常
洋品店でお買い物。
軍服も制服もスーツもドレスもワンピースもシャツもパジャマもベビードールも。
既製のものからイージーオーダー、フルオーダーまで。
あとは靴に鞄に服飾小物にエトセトラ。
悩んだら女店主に相談すると何か見立ててくれるでしょう。

佐久良に直接話しかけても貢がせても、店員や女店主に何か聞いても、無視してひたすらお買い物をしていても構いません。

●第二章 冒険
「あなたはだあれ?」
影朧の匿われている屋敷にて、無限回廊が猟兵を待ち受けます。
影朧の知らない人は回廊を抜けられませんが、影朧は猟兵たちを知りたがります。
知りたがりの影朧に、皆さまは、答えるなり問いかけるなり。

●第三章 ボス戦
そして影朧は言うのです。
「転生なんて、死んでも嫌よ」

それでは、宜しくお願い申し上げます。
69




第1章 日常 『ハイカラコーデ・ショッピング』

POW   :    ここはやっぱり王道に! 礼服や制服、軍服風や、モダンカジュアルな洋服まで取り揃えております。

SPD   :    あなたはきっと隠れた主役! 豪奢なアクセサリーや、縁の下の力持ちなワンポイントを。

WIZ   :    お洒落は下着までも! 格好いい可愛い、から大人な雰囲気まで。秘する自信をお探しでしょう?

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 かつて小さなオーダーサロンから始まったという帝都外れのその店は、今は殊に洋装品にかけては小ぶりな百貨店さえ名乗れる程の品揃えを誇っていた。
 更にその成り立ち故にオーダーメイドの幅広さでは比類ない。たとえば店内にある品ならば、マネキンが纏う衣服は無論、棚に畳んで平置きされた品でさえ、サイズも生地も色柄も「貴方好み」が叶うのだ。
 無論、この店内にはないものも然り。言葉を意匠を紡ぎ型紙に起こして切り出せば、全ては貴方の望むままに。

「どのような装いをなさりたいのかさえ言葉に出してくだされば、およそご期待に答えましょう」

 ハスキーボイスの女店主は来客を「値踏み」しながら告げるのだ。鋭く細めたその瞳は実に良い意味で、訪れた者のサイズも嗜好も懐具合も誤たないとの噂である。
 ちなみにドレスやスーツが要らぬなら装身具を眺めているのも一興だ。ネックレスもブレスレットも指輪もカフスもタイピンも、一日を此処で過ごす者達は大概なにかは気に入る品に出会うのだという。
 仕立てた衣服に名前の刺繍を入れること然り、そうしたアクセサリーに名を刻むこともまた一興だ。



「……?」
 今日は常より店内が賑やかだ。佐久良・英二郎はそちらを見渡してから、疲れた様に目を伏せる。
 嗚呼、それにしても何を買おうか。若者の流行りというのはわからぬし、彼女には既にドレスなら次の初冬まで日替わりで着られる程に与えている。そうして今しがた見繕ったばかりのいかにも夏らしいバテンレースが縁取る日傘もサマードレスも、それを着てなお、お出かけがしたいだ等と言われればどう応えれば良いものか。そうして外に出してやる予定もその気もないと伝えたならば、彼女はどんな顔をするのだろう。
(ーー嗚呼、)
 ろくに先などないというのに、終わらせなければ終わりもない。たとえばそれは傷つくか、傷つけるかだけのババ抜きのよう。
 山積みにした贈り物の箱の傍らで、佐久良は深く溜息をつく。
黒川・文子
本日の潜入捜査は淑女になりきって行います。
うら若き恋する乙女を演じるのです。
清楚な身なりで世間知らず。此の様な場所では目立つかもしれませんね。

わたくしめの視界にあの男も入れておきましょう。
すみません。先日知り合った方と、その……お食事をするのですが
それに合う服を選んで頂いてもよろしいでしょうか?
わたくし、お洋服はいつもじいやに任せておりましたの。
男性の好まれる服なんて分かりませんわ。
小物もお任せしてもよろしいでしょうか?

彼は軍人ですの。
軍人さんはやはり露出を控えたほうがよろしいかしら?
彼が動くようでしたらわたくしめも一緒に動きます。
こちらの衣装なんてどうかしら?
派手すぎるかしら。



 その職務は毎日幾十、幾百の客と擦れ違う。
 けれども店のドアマンはとある淑女の後ろ姿を思わず瞳で追っていた。
 手を加えぬのによく手入れされた艶やかな黒髪を靡かせて、襟付きのサックスブルーのミモレ丈のワンピースは肌をほとんど出さぬくせしてスタイルの良さを隠し切れない。遠ざかってゆく濃紺のヒールは一歩一歩の運びかたさえ淑やかだ。
 派手でないのに華がある、清楚というのは斯くあるものか。嗚呼、多少不躾にでももっとしっかり眺めておけばよかった。入店の際に間近で眺めた彼女の顔は白いカクテルハットから垂れたヴェールで右目を隠していた様さえもミステリアスな魅力があった。

 ……さて。その淑女こと黒川・文子(メイドの土産・f24138)は今はパーラーメイドの顔を隠してただ淑やかに店を歩く。今日ばかりは力持ちの逞しさも封印だ。

 佐久良・英二郎は店の奥のテーブルにいるようだ。買い物途中のひと休みか、店員に何か確認をさせているのか。商品や伝票が並ぶ机の上に白磁のティーカップ。なるほど、何か買い込んだのかお得意様か、あるいはその両方か。
 文子は視界の隅に彼を捉える位置取りで、洋服を探すふりをする。狙うのは女主人が他の客にかかりきりになるタイミング。
「すみません。先日知り合った方と、その……お食事をするのですが、それに合う服を選んで頂いてもよろしいでしょうか?」
 声をかけるのはいかにも頼りない若い女の店員だ。他に比べて垢抜けず、おそらく新人だろうと踏んだ。ファイルと巻尺を持っているから採寸くらいはするかもしれない。しかしおそらくコーディネートは未だ勉強中だろう。そして文子は畳み掛ける。
「わたくし、お洋服はいつもじいやに任せておりましたの。男性の好まれる服も、知りたいわ」
 而して店員は戸惑った。尋ねる文子の装いがもしもう少し野暮ったいものであったならこの新人もまだ幾らかは対応が出来ていたかもしれない。切れ長の紅い左目に間近で覗き込まれたなら、そばかすだらけのこの娘など巻尺を片手にもじもじと視線を伏せるしかないのだ。そうして見下ろす先にある磨き上げられたネイビーのオープントゥのパンプスにも、そこから覗く瑞々しい桜色のペディキュアにも尚一層に気後れをする。嗚呼この人は、どこまでも清楚に、隙がない。自分が何かを見立てられるような気がしない。
「あぁ、あのう、女店主(マダム)があちらのお客様の接客を終わられたらお呼びして参りますので……」
「それは随分とかかるのでしょうか? 屋敷を抜け出して来たもので、あまり時間がないのです」
 文子はこのやり取りをしっかりと英二郎の視界に入る場で行った。手持ち無沙汰な男の視線がこちらを向いていることを肌で感じ取りながら、殊更に困った顔をしてそちらを向いてやるなら当然、目が合った。
「失礼、もし男性の目線ということで宜しければ、お手伝いをさせていただいても?」
 英二郎は控えめに、しかし自然の流れのように切り出した。文子に対しては無論、縋る様な目をした若い店員にさえも彼女の顔を潰さぬようににこやかに伺いをたてる様は、成程、慣れているらしい。
「あら、ありがとうございます」
 そして、嗚呼、実に上手く釣れてくれた。文子はとっておきの微笑をくれてやる。

「彼は軍人ですの」
 色とりどりのドレスを眺め歩きながら、文子は予め決めた設定を口にする。
「軍人さんはやはり露出を控えたほうがよろしいかしら?」
「さて、そこは個人の好みだろうね。私は、婦人がせっかく選んでくれた装いに男が口を出すものではないと思ってしまうかな」
 なんという模範解答。それは年の功であろうか。文子は彼を横目で眺めやり、強いて一着のドレスを示すのだ。
「こちらの衣装なんてどうかしら?」
 それはデコルテと背中を大きく開けたオフショルダーのイブニングドレス。手に取ればバーガンディのサテンはまるで液体の様に文子の白い手を滑り落ちてゆく。
「派手すぎるかしら」
「いや。今とは随分雰囲気が変わるけれども、貴女の瞳と肌に映えるだろう。ドレスの主張が強いから、アクセサリーは……そうだな」
 やはり否定はないのである。英二郎は顎に手をやって、傍らにあるショーケースを見下ろした。指先が示すのはレースの様に張り巡らせたダイヤが煌めく首飾り。
「このくらい華やかでも良いかもしれない。ときに、御髪はどのように?」
「未だ、決めていないのです」
「せっかく綺麗な御髪だから、髪飾りさえ要らぬかも。このドレスに合わせるのならすっきりと夜会に巻いて上げてしまうのはどうだろう?」
「それも良いかもしれません」
 それならこれも、とオーバルカットの大粒のダイヤが揺れる金のイヤリングを英二郎は指さした。
 文子の後ろでメモを取る若い店員がいる。
 
「あら佐久良さん、そちらのかた……」
 やがて他の接客を終えた女店主が、英二郎と文子を見遣り、それから新人の店員を見遣って眉を吊り上げた。そこに無言の圧がある。おまえは何をしていたの。
「マダムがあんまりつれないからね。お美しいお嬢さんについつい靡いてしまったよ」
 軽口を叩きながら英二郎は笑うのだ。その目の下に病的に隈を貼り付けたくせをして。
 会計を全て済まされた荷物が後日文子の元に届くのはまた別の話なのである。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ジュジュ・ブランロジエ
アドリブ歓迎
依頼はしっかりやるけど、折角こんなに素敵なお店に来たんだもん
お買い物もしなきゃ!

女店主にオーダー
コートを新調したいんだけど私にピッタリな物を一緒に探してもらえるかな?
どんな色やデザインが似合うのか自分ではわからなくって
それからメボンゴにはお揃いの生地でケープを
『可愛いのがいい!』
ヒラヒラした軽めの生地がいいかな
シルエットが綺麗で、品の良いデザインがいい
裏地にも拘りたいよね
(デザインお任せ)
出来上がるの楽しみ!

佐久良さんに
ねえ、おじさま、誰かへのプレゼントを探してるの?
一緒に選んであげる!
どんな雰囲気の子?
その子の好きなものって何?
どこに住んでるの?

質問に混ぜさりげなく居場所を聞く



「お買い物しよう!」
『わーい!お買い物!メボンゴ、ケープが欲しいなぁ』
 ジュジュ・ブランロジエ(白薔薇の人形遣い・f01079)は広い店内を見渡してその瞳を煌めかせた。傍らで無邪気に万歳しつつ、ピュアな願望を打ち明けるのは兎頭のフランス人形、メボンゴだ。
 ひとりと一匹は浮き足立ちつつも無論依頼はしっかりこなすつもりでいる。だがしかし、折角こんなお店に来たのならお買い物も楽しまなければ損である。

 さて、目的は最短距離で遂げるのが良いだろう。ジュジュは店内を見守る女店主にまず駆け寄って告げるのだ。
「コートを新調したいんだけど、私にピッタリな物を一緒に探してもらえるかな? どんな色やデザインが似合うのか自分ではわからなくって」
 女主人はジュジュの髪を見、頬を額を見てから、瞳を見遣る。おいでなさいと手招き彼女を鏡の前に導いて当て布を何枚かその首元に当ててから、やがて頷いた。店員に運ばせたのは、布地を綴じた分厚いサンプルブックである。
「お好きなものをどうぞ。この中から選んでいただく限りは外しませんから」
「どれでも良いの?」 
『可愛いのがいい!』
 手触りを楽しみながら生地を捲れば、重たいものより軽やかなものに心躍る様な気がする。そうだ、ヒラヒラとした軽めの生地が望ましい。そうして選ぶ一枚はやや青みを帯びた白、ミルクや石膏の白というよりも冴えた水鳥の羽根のそれに似た。
「これならば顔映りも良いでしょう」
 生地の品番を書き留めてマダムは満足げに微笑んだ。そうしてジュジュが布地を選んだ間に彼女がノートに鉛筆で描いて見せたのはノーカラーに上品なプリンセスライン。ボタンを見せぬ比翼仕立てに、裾はさながらフリルが覗く様にもみえる控えめなティアードだ。ウエストマークにベルトを記して。
「この生地で共布のベルトも仕立てます。それでたとえば、そうね、ベルトにはこのレース地を重ねるというのはどうかしら?すこし、引き締まるわ」
 サンプルの生地に蒼灰の薔薇のレースを重ねたならばジュジュもメボンゴも声が弾む。
「わぁ、素敵!」
『きれい!きれい!』
 ベルトに薔薇を足した後、ノーカラーの首元にマダムが描き足してみせるのは光沢のある毛並みである。
「襟がないから毛皮のティペットをつけても良いし、レースのそれでも悪くありません。お持ちのものを使って良いわ」
 それから余白に兎を一羽描き足して、ふんわりとしたケープを着せる。こちらには件のレースはケープの縁取りとして採用された。

「裏地にも拘りたいよね」
 ジュジュが希望を口にしたなら、別のサンプルブックが差し出される。待ち構えたようにして開かれているのはアール・ヌーヴォー調の薔薇柄のロイヤルブルーの裏地であった。
「綺麗だけど……派手過ぎない?」
「これだけを見るとね。裏地にして着るとさほどでもありません」
 ノートの白黒の絵の裏地にマダムがクレヨンで青を足す。
「いずれにしても、今日採寸をして発注をした後に、仮縫いで一度来店いただきます。嗚呼そうだ、お名前の刺繍をサービスで入れてあげるわ。ターコイズブルーはどうかしら?」
「やった!」
「そうしたら貴女たちのお名前……綴りをこちらに」
 乞われるままにジュジュは綴る。戸惑ったのはマダムの方だ。
「ジュジュと、メボ……ンゴ」
 ……で、合っているのよね?と、伺う様に兎を見遣る。
『うん、メボンゴはメボンゴだよ!』
 無邪気に頷く兎である。どこの言語圏の名前だろうかと疑問を残しつ、とりあえずマダムは頷いた。

 マダムが注文を手配しに行った間に、ジュジュは仕事を忘れない。
「ねえ、おじさま、誰かへのプレゼントを探してるの?」
 それは手持ち無沙汰に棚を眺める男への言葉である。英二郎はすこし驚いた顔をして、それから穏やかに頷いた。
「嗚呼、そう……なのかな?」
「一緒に選んであげる!」
 彼の買い物がひと段落していることを実は知っていて、ジュジュは心の中で詫びながら。
「誰にあげるの?どんなひと?」
 無邪気な顔をして尋ねるのだ。
「ありがとう。君くらいの歳の子だよ」
「離れて暮らしてらっしゃるの?」
「いいや」
 はい、これにてお仕事完了。
 ジュジュの背中でメボンゴがガッツポーズを決めているのと、それを遠目に見つけたマダムが怪訝な顔をしているのは此処だけの話。後は英二郎の帰宅をつけるなり何なりで猟兵たちは目的を遂げられる。

大成功 🔵​🔵​🔵​

シャト・フランチェスカ
黒いレヱスをあしらった和装に
帯代わりのコルセット
ブーツの踵を鳴らせば大振りのピアスが揺れる

普通の格好じゃ退屈だ
見繕う側も
これくらい奇抜な方が面白いんじゃない?

少しばかり傲慢に
小柄ではあるが睥睨するように
値踏みしたいなら、さあどうぞ

可憐な乙女が彼のお気に入りなのかな
ふふ、僕とは大違い
毒持つ花もあるっていうのにね

ねえ、店員さん
僕は『中間』で在りたいの

和でも洋でもなく
女でも男でもあり
甘くて苦い
誰とも違う唯一の花に成りたいの

こんな荒唐無稽な注文にも
応えてくれる腕利きがいるそうだけど
それはきみ?
それとも彼女、或いは彼?

自由な服って良いよね
籠の鳥なんて僕は御免
たとえそれが愛情でも

ふふ、失礼
作家の戯言だよ



 さながらここが彼女専用のランウェイででもあるかの様だ。ヒールの音も高らかにシャト・フランチェスカ(侘桜のハイパーグラフィア・f24181)が闊歩すれば、買い物客が道を譲る。若干盗み見るようにして、好機の視線を投げかけながら。
 黒いレヱスをあしらった和装に、帯代わりのコルセット。歩く度、細い首の傍らで大振りのピアスが揺れる。
 普通の格好なんて退屈だとシャトは考える。見繕う側にしたってこれくらい奇抜な方が面白いだろう。少しばかり傲慢に睥睨するようにして店内を見渡してやる。
「ねえ、店員さん。僕は『中間』で在りたいの」
 シャトは店員に告げた。
「和でも洋でもなく、女でも男でもあり、甘くて苦い……誰とも違う唯一の花に成りたいの。こんな荒唐無稽な注文にも応えてくれる腕利きがいるそうだけど」
 それは君?それとも彼女?挑む様な視線を受けて、顔を伏せる店員たちの中にあり悠然と微笑む年嵩の女がこの店の店主だろうか。
(「値踏みしたいなら、さあどうぞ」)
 而して女店主はこの来客を見遣る。
 奇を衒う様でいてその服装は、髪色と頭部の桜の花との調和を見ても派手な傾奇者を衒うところまでは望まぬだろう。見たところ無駄なく均整の取れた体の線を本人は自覚していて、それを出すのに躊躇いはないタイプ。もっと言うなら自分に自信があるがゆえに多少の遊びは許してくれる類の着道楽と伺える。――さて、帝都では女学生も下ろした御髪にリボンを結わえて袴姿に編み上げたブーツなど履くのであるから、和洋の折衷には慣れている。しかし和洋のどちらも好まぬ客だとしたら、どうだろう。
 そうして一頻り眺めた後で、この毒持つ花に彩りを添えることに頷いた。
「承りましょう。シノワズリで……と思いましたが、嗚呼でも、洋をもお気に召さぬならロココの趣はいけませんね」
 鉛筆を手に取り、描き始める。
 立襟の上衣は右前も左前も前立てさえもなく、左右対称で対等な合わせを組紐で留める形にて。袖は長く、けれども双肩の布地を深く削れば、立襟から脇にかけてはアメリカンスリーブの趣が華奢な肩に映えるだろう。丈は短めが良いかもしれない、臍の出る位置で上衣の丈を切る。
「苦く……とのことですから、素材は黒の皮革はいかがでしょうか。艶は消さぬが良いでしょう」
 ホットパンツとでも称されそうな丈の短いボトムも同じ皮革で、けれどそのままではつまらない。だから、「甘く」。黒く張りのあるタフタと、オパール加工で紫陽花を咲かせた灰がかる淡い紫のオーガンジーとをたっぷりと幾重にか重ねて襞を折り、立体感を持たせたラッフルにして腰の左にだけ留める。その丈の先を膝下までも垂らしたならば、シルエットは見る側面を変えるなら男にも女にもなり得るだろう。脚元にガーターベルトとサイハイブーツを足してゆく。
 さらりさらりと描き上げて、最後に簡単に色を乗せたそれと、店員に持って来させた各サンプルの布地を女店主はシャトに差し出す。
「この様なイメージで宜しければ採寸を」
「ふぅん、悪くはないんじゃない」
 ではこちらへ、とフィッティングルームへと案内をするマダムの後を追いながら、シャトは英二郎の傍らを通り過ぎ様に呟くのだ。
「自由な服って良いよね。籠の鳥なんて僕は御免」
 たとえそれが愛情でも、と。聞こえよがしに言ってやる。
「ふふ、失礼。作家の戯言だよ」
 不思議そうに振り向いたマダムにシャトは笑ってみせた。
 マダムが『嗣洲沙熔』の著書を全巻読破した熱狂的なフアンであることが知れるのはもう少し先の話。

成功 🔵​🔵​🔴​

ヴィルジール・エグマリヌ
此の世界の装いはシックで綺麗だよね
仕事の序に楽しませて貰おうかな

ご機嫌よう、マダム
日傘が欲しいんだ
私は陽射しに弱くてね
何か見繕っておくれ

尤も、飾り気の無い紳士物を
運んでくるような無粋はしないだろう
なるべく華美なものが良い
幾重もレースを重ねたような――

ところで、彼方の紳士は常連客かな
随分と憔悴しているようだけれど
贈物で愛人を繋ぎ留めようとしているとか?
女性のこころは、もので釣れないのにね

……嗚呼、無粋な話をした
折角だから、指輪も見せて貰える
桜色のトルマリンがあれば
其れを買い求めよう

誰の為に、なんて
他でも無い
――自分の為さ

私は宝石を愛でるのも好きなんだ
ただの石がこんなに光るなんて
ねえ、面白いだろう



 纏う衣服も立ち居振る舞いも華族もかくやといういで立ちのその男の来訪に、女店主は思わずカレンダーを見た。男爵に頼まれたフロックコートと奥方様のドレスのご試着は未だ来週の筈だった。
 無論店員たちも似たような有様だ。藍の髪を揺らしたその男は初見の客であるにも関わらず、店員のひとりは何故だか思わず椅子を引く。そして男――ヴィルジール・エグマリヌ(アルデバランの死神・f13490)もごく当たり前の顔をして、慣れた風で座るのだ。
「ご機嫌よう、マダム。日傘が欲しいんだ。何か見繕っておくれ」
 陽射しに弱い為だと告げる男の肌はなるほど、陽を知らぬほどの白である。藍に透く髪の艶やかさとて、強い日差しに晒すは惜しい。
「そうだな、なるべく華美なものが良い。幾重もレースを重ねたような――」
 マダムが視線を遣ったなら、棚ごと運んで来る勢いで店員が幾本もの日傘を持って来る。その儘机に並べようとする無粋をマダムが制し、一本、二本と選び取る。
「お望みであれば追って全てをお目にかけられればと存じますが、まず私からのお勧めは二本ございます。例えば、今のお召し物に合わせるのであれば、こちらなど」
 マダムがそろりと傘を開けば、濃紺の絹紬は夜空の色に似た。縁取ると言うにはあまりにも存在感のある、五寸にも迫ろうかという幅広のトーションレースは金色で、繊細な花と唐草を躍らせる。手元の飴色の寒竹に紺のタッセルが揺れている。
「こちらは現在店にある中で一番幅の広いレースを用いた傘です。足元に落ちる影絵さえお楽しみ頂けるでしょう」
 くるり、傘を回して見せながら、このように、とマダムが示す。
「なるほど、これなら陽射しも楽しめそうだ」
 微笑んでマダムが頷き、傘を開いたままにして店員に渡す。そうして自ら開くもう一本は、黒い日傘だ。
「もう一本はこちら、是非内側から御覧くださいませ。かわず張りと言いまして、傘の骨を見せない造りでございます」
 表は黒い綿の布地にごく控えめな花柄の透かし刺繍。裏側のラッセルレースは薔薇の総柄だ。表の生地がわずかに短く、縁から裏のレースを覗かせると共に、日に透かしたら二層の生地が合わさって表情を変える。此方の手元は落ち着いた色の塗り藤で、金の房飾り。
「レースを重ねた……と仰せた際に思いついたのはこちらです。お好みであれば職人に言って縁取りにでももう一枚、二枚と重ねることも出来ましょう」
「では、そのどちらも貰おうか。何も今日の服ばかりを着ている訳ではないのでね」
「あら、これはこれは……では、新しいお品をご用意させて頂きます」
 マダムが指示をする前に、傘を持参した店員が何処かへ向かう。それを確かめてヴィルジールは、マダムを指先で手招いた。顎で示すのは少し離れた席にて店員と何かを話す英二郎だ。
「ところで、彼方の紳士は常連客かな」
「さて、お得意様のことににつきまして私どもには守秘義務がございますので……」
「随分と憔悴している様だけれど」
「……お解りになります?」
 一度は流そうとしながらも、少しつついてやったなら問い返すのは慇懃な微笑みが消えた真顔である。結局のところマダムも気にしていたらしい。
「贈物で愛人を繋ぎ留めようとしているとか? 女性のこころは、もので釣れないのにね」
「ええ、ええ、お相手が何方か等存じませんよ。でもちょっと異常なのです」
 ひそめた声で語るのだ。
「と、言うと?」
「意中の方への贈り物だけなら構いませんけれど、」
 死期を悟って唐突に慈善なり施しなりに走る人と言うのはいるものだ。まるでそれに似て、彼も何かに思い悩んで、ふらりと居なくなってしまうのではないだろうか。マダムの不安を要約するとそういうことだった。
「さて、どうだろうね。案外大丈夫なものかもしれないよ」
 何と言ってもそれを阻止する為にこうして此処にいる猟兵たちである。さらりと言ってのけたのはヴィルジール自身がさしてそこには興味を持たぬ為でもあるが。
「……嗚呼、無粋な話をした。折角だから、指輪も見せて貰える?」
 マダムが頷き、店員へと合図を送る。運ばれて来たケースの内には無数の貴石が煌めいた。
 指輪の中からやがてヴィルジールは桜色のトルマリンを所望する。
「贈り物でしょうか?」 
 店員の問いかけに心底愉しげに、形の良い唇が微笑んだ。

「他でも無い――自分の為さ」

成功 🔵​🔵​🔴​

キリジ・グッドウィン
メルメっち(f29929)と

潜入捜査つってもオレが入れるような雰囲気じゃねェからメルメっちがいて助かったぜ
買い物?いや合わねぇだろこういうの。オレは荷物持ちって体で一応ターゲットを見てるから好きなの選びな


ふと目に入ったのはクリップも兼ねたハットコサージュ
帽子に付けてチェーンを襟に留めても、クリップの方をプリムに付けて胸元に華でも
なんなら付けなくても良い。メルメっちの好きなように
チェーンも細工の物で造形もなかなかだし……それに白と薄桃の花(名前は知らん)が合う…かもな
付き合わせたし、これ… アァ?!
こうなったら梃子でも動かないって顔してるわ…
…女主人と一瞬目が合った気がするが気のせいだろ、多分


メルメッテ・アインクラング
キリジ様(f31149)と

キリジ様と共に依頼で参りました
「私は、お帽子を買おうかと。これからの季節の日射しに負けずに出歩ける物を。キリジ様は……」
実はキリジ様がご自身のセンスでどのような一品を探されるのかが密かに楽しみでもありました。少々残念ではございますが、無理強いはいけませんからね

お店の方と相談させて頂きながらお買い物です
「つばが広く、落ち着いた印象のハットを探しております。『女優帽』と言うのでしょうか。できれば白色が良いのですが、ございますか?」
あら、キリジ様?そちらは……まあ、素敵。
「ありがとうございます。折角キリジ様が選んで下さった品物ですもの。こちらも合わせて購入させて頂きますね」



「いらっしゃいませ」
 すれ違う店員たちが愛想の良い微笑みで恭しく頭を下げるのを曖昧な笑みで眺めつつ、キリジ・グッドウィン(proscenium alexis・f31149)は思うのだ。慣れた風情で少しだけ先を行くメルメッテ・アインクラング(Erstelltes Herz・f29929)が居て心底助かった。この店はキリジ一人ではまず来ない類の店である。
「私はお帽子を買おうかと思うのです。これからの季節の日射しに負けずに出歩ける物を」
 小首を傾げる様にして振り向いて、メルメッテの声は弾んでいる。女子と言うのは得てして買物が好きな生き物だ。
「おお、良いんじゃないの。好きなだけ見て来ると良いさ。荷物持ちならしてやるから」
 ターゲットの監視も、とそちらは言外に留めてこの面倒見の良い傭兵は微笑んで応える。
「キリジ様は……」
「んー……いや似合わねぇだろこういうの」
 苦笑する視線の先にあるこういうの、は気取ったポージングのマネキンが纏う燕尾服。ジャケットスタイルはおろか襟付きのシャツさえも、そういえば最後に来たのはいつだろうか。それらはいずれもキリジが生き抜いて来た戦場に無用の長物であったがゆえに。
「そうですか……」
 メルメッテの声には少し気落ちした色がある。本当は常に飄々としたこの彼が何を好んで、自身のセンスでどのような品を選ぶのかゆかしく思っていたのだった。けれども、無理強いはいけないことだ。この健気なメイドの少女は聞き分けよく笑顔を取り戻したなら、はしゃいだ声で言う。
「わかりました。それでは私、お言葉に甘えてお買い物を楽しみます」

「つばが広く、落ち着いた印象のハットを探しております」
 帽子売り場でメルメッテは女性店員に希望を伝える。
「『女優帽』と言うのでしょうか。できれば白色が良いのですが、ございますか?」
「もちろんです」
 店員が微笑んで、やがて幾つか商品を持って来てくれる。
 つばに張り付けたレースがうっすらと透くストローハット調の素材のもの、共布の白い大きなリボンが彩るもの、真っ赤な羽飾りと同色の切りっぱなしの網目の様なレースが飾るもの。どれも華やかで悪くない、が。
「どれもとても素敵です。でも、そうですね……もっとシンプルなものがあれば……」
「ではこちら等いかがでしょうか」
 後ろから声をかけたのはこの店の女主人である。その手にあるのは白い布地が眩いだけの、飾り気のない女優帽だ。
「いっとうシンプルなデザインですが、縁にワイヤーが入っておりまして、つばの確度やニュアンスも自由自在でございます。ご気分でハットコサージュ等を合わせられても良いでしょう」
 
 キリジは買い物をするメルメッテとターゲットとに目が届く範囲で店をぶらついていた。他の猟兵の話によると、ターゲットの監視も既にそんなに重要な任務でもなくなっているらしいから、今日の仕事は残すところはメルメッテの荷物持ちだけである。それさえも、買うのは帽子だという話だったから、箱は嵩張れど大した仕事ではないだろう。
 いかにも動きづらそうなこの店の服にキリジはさほど興味を抱けない。必然と目を引いたのは服飾雑貨のコーナーで、殊に視線を釘付けにしたのは薄桃と白の花である。
 思わず造花を手に取れば、華奢なピンクゴールドのチェーンが煌めきながら連なっていた。どうやらこれはハットコサージュらしい。クリーム色が縁取る淡い桃色のその花がコットンキャンディと呼ばれる花色のカーネーションであることをキリジはつゆ知らず、ただ、メルメッテの髪に映えるだろうと思い描いた。細く連ねた小ぶりなパールが雫の様に花を彩る。
 キリジはこの品をよく眺める。なかなか悪くない作りのチェーンの端にクリップがある。この花をを帽子に付けてチェーンを襟に留めたなら、悪戯な風が吹いてもメルメッテが帽子を攫われることはない。装いによっては逆に、クリップをプリムにつけて、胸元に花を飾っても良いだろう。それに、そうだ。何なら別につけなくたって構わない。全て、キリジがメルメっちと呼ぶ彼女こそが好きなように選ぶのが良い。
 依頼に付き合わせてしまったこともあるし、そうと決まれば早々に会計を済ませて来よう。レジはどこかと見渡したキリジに声を掛ける者がある。
「あら、キリジ様?」
 振り向けば、メルメッテ。傍らの女店主が抱えた帽子はきっと彼女がお買い上げする品だろう。嗚呼、何というタイミング。
「そちらは……まぁ、素敵」
 ばっちりとキリジの手の中にあるコサージュを見とめて、メルメッテが蒼い瞳を蕩かした。
「ちょうどハットコサージュをお探ししようとしていたのですよ」
 女店主が告げる傍ら、見つめ合う蒼と褐色の間に無言の攻防が1、2秒。
「あァー……メルメっち、これは俺が」
「ありがとうございます。折角キリジ様が選んで下さった品物ですもの。こちらも合わせて購入させて頂きますね」
 嫋やかなこのメイドが淀みなく言って微笑めば、キリジは引き下がるしかない。こうなるともう梃子でも動かないと知っているがゆえ。
「あらあら、仲睦まじくていらっしゃいますこと」
 店員に会計の指示をしながら、女店主がにっこりとキリジに微笑んだ。若人たちのやり取りに実に微笑ましげに――嗚呼いや、こいつ、実際心底楽しんでいる。
「ところで当店では各種記念日のお贈り物のご用命も承っておりますので……」
 しかも商魂逞しい。
「今後ともどうぞごひいきに」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

百鳥・円
【MAD】

お洋服でい〜〜っぱい!
折角ですし夏服を買おうかなあなんて!

おねーさんってスタイリッシュですよね
ふんわり可憐な服も大好きですが
クールで格好いいものだって大好きですの

ねね、
おねーさんに似合う服を探してもいいですか?
美人さんは何だって似合うのですが
こーんな黒いサマードレスは如何でしょう!
差し色の青もいいカンジ
真夏の海辺を歩むにはぴったりじゃあないです?

――ふふ、もちろん!
わたしはこっちの白い方を

うーん、目につく衣装ばかりで悩ましいです
欲しいものは購入するつもりですが
ちょっぴり第三者の意見が欲しいですね

そちらのステキなおじさま!
このワンピースとこのセットアップ
どちらの方が似合いそーですかね?


ハイドラ・モリアーティ
【MAD】
ひゃあ~~最高!いいねェ夏服!
俺も新しい服買っちゃお

そういうお前はいつも煌びやかでフリフリねぇ、円
ああでも、浮かれすぎてない感じがセンスいい
かわいいだけじゃ甘ったるいし
――いやまぁ可愛らしいのは好きなんだけど、ほら
仕事の都合ってやつでさ
ナメられちゃうんだわ、ファンシーだとね

いいけど、って――あー、いいね
こーいうの着て見たかったんだ
俺にとってファッションって鎧みたいなもんで
威圧とか、威嚇とか
――もう、今は必要ないことかもね
円、じゃあ俺これ買うから
お前はこれの色違い買ってよ
どうせ一緒に遊びに行くでしょ。海辺

ねェおじさま
この子にどっちのドレスが似合うと思う?
教えてよ。「あんたの好み」



「お洋服でい~~っぱい!」
 両の頬に手を添えて、百鳥・円(華回帰・f10932)が瞳を輝かす。
「折角ですし夏服を買おうかなあなんて!」
「最高!いいねェ夏服!俺も新しい服買っちゃお」
 同じテンションで返すのはハイドラ・モリアーティ(冥海より・f19307)である。
 吊るされた服の列から目ぼしいものを選び出す。試着室に行かずともハンガーにかけたまま鏡の前で当ててみるだけで、無限に遊べそうである。
「おねーさんってスタイリッシュですよね」
 ハイドラが選ぶ服を暫し眺めて、円がまじまじと呟いた。ハイドラがもう何枚目になるだろうか、クールな系統のカットソーを棚に戻してビッグサイズのコートを手にしていた時だ。ここまで主に黒か青。時々、白い。そうしてデザインは言うなれば硬派なものが中心だ。
「そういうお前はいつも煌びやかでフリフリねぇ、円」
 ハイドラが見やる円の手には今も、裾にデコルテにフリルをあしらうAラインのワンピースがある。
 実際、よく行動を共にする二人ではあるが、ファッションの好みや系統は全く真逆と言って良いほどだ。だからこそまぁ、色々便利なところがあるのも確かだが。
「ふんわり可憐な服も大好きですが、クールで格好いいものだって大好きですの」
「ああわかる、浮かれすぎてない感じがセンスいい。かわいいだけじゃ甘ったるいし」
 流石に円が花柄にフリルにレースてんこもりの甘ったるいだけの装いの女ならこうして隣を歩くだろうかとハイドラは考えてみれば、答えは否だ。その辺りも含めて二人は互いに『ちょうど良い』。
 翻って、自身の装いはどうであろうか。
「――いやまぁ可愛らしいのは好きなんだけど、ほら、仕事の都合ってやつでさ。ナメられちゃうんだわ、ファンシーだとね」
 へぇ…と頷く円は手にした服を見て、ハイドラを見て、閃いたというように指を立てた。
「ねね、おねーさんに似合う服を探してもいいですか?」
 言いながらもう、先ほどの服は戻して違うものに手を伸ばしている。寧ろ、それを見つけていたからこその提案であったかもしれない。
「いいけど、って――」
「こーんな黒いサマードレスは如何でしょう!」
 美人さんは何だって似合うのですが、と言い添えて円が選んで見せたのは黒いホルターネックのドレスである。
 前から見れば膝丈で後ろはくるぶしまでも届くその裾は魚の鰭になぞらえてフィッシュテールとも呼ばれるデザインだ。長く引く裾の内側は鮮やかなウルトラマリン・ブルー。横や後ろから見たならば、歩く度青が翻ることになるだろう。
「真夏の海辺を歩むにはぴったりじゃあないです?」
「あー、いいね。こーいうの着て見たかったんだ」
 円からドレスを受け取って、ハイドラはそのあまりにも柔な手触りとデザインとを吟味する。弾も刃も防がない、見た目のいかつさで身を守ってくれることもない、布である。
「俺にとってファッションって鎧みたいなもんで、威圧とか、威嚇とか――もう、今は必要ないことかもね」
 何故その威圧や威嚇を手放したのか、円は尋ねず、ハイドラもまた語らない。必要がないのだ、双方にとって。
「円、じゃあ俺これ買うから、お前はこれの色違い買ってよ。どうせ一緒に遊びに行くでしょ。海辺」
「――ふふ、もちろん!わたしはこっちの白い方を」
 色違いのそれは青みも黄みもない乳白色に、差し色は鮮やかなオーキッド・ピンクである。
 買うことが確定したドレスを手近な店員に押し付けて、次の品物を探しだす。否、探さなくともありすぎて困るのだ。目につくものをあれもこれもとキープをすればすぐに両手が埋まってしまう。
「うーん、目につく衣装ばかりで悩ましいです。欲しいものは購入するつもりですが、ちょっぴり第三者の意見が欲しいですね」
 円が悩んだ様子を見せれば、ハイドラが目くばせをする。視線の先にいるのは無論、
「そちらのステキなおじさま!」
 テーブルでティーカップ片手に手持無沙汰な風の英二郎だ。彼にしてみれば、今日はやたらと話しかけられる一日だ。けれどいちいち相手をしてしまう程度に人が良いのが不憫である。
「このワンピースとこのセットアップ、どちらの方が似合いそーですかね?」
「この子にどっちが似合うと思う?」
 とは言え、話しかけて来たのがタイプの違うこの美女二人なら世の中的には僥倖なのかもしれないが。
 まどかとハイドラが示すのはリゾートテイストの二点。白地に濃淡を違えたピンクを主としたマルチストライプのワンピースはノースリーブにマキシ丈。オールインワンにも見えるセットアップは、とろみのあるパールグレーの生地が描くドレープが美く、スリットスリーブから白い腕が覗いたならばさぞかし映えるだろう。
「ワンピースは貴女に。セットアップは黒髪のお嬢さんに似合いそうだね。後者はそこのビッグフレームのサングラスなんかを……」
「佐久良さん?」
 伝票を持って戻って来たマダムが笑顔で睨みをきかせて阻む。
「プレタポルテはすべて在庫がございますので今日中にはお届けします。それで、貴方、またナンパを」
「ええ、違うんだけどなぁ……」
 目くじらを立てたマダムが何か説教をすれば、英二郎が眉を下げて笑う。
 それはさておき、美女二人にしてみればとんだ邪魔が入ったものだ。頬を膨らませる円の背をハイドラがつつく。その手にあるのは――サアビスチケット。
「ああっ!すっかり忘れてました」
「欲しいのとりあえず全部買おうぜ」
 夏のドレスは無論、海辺に行くならミュールもビーチサンダルも水着も帽子も欠かせぬし、パラソルだって要るだろう。店を端から端まで遊びつくせば、買いものはまだまだ終わらない。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ミルラ・フラン
シュガー・ダディか
ま、あたしも人のこと言えん仕事は幾つか覚えがあるけど

洋品店では着物でも一着仕立てようか
白大島で一つ頼むよ。柄はアール・デコめいた幾何学模様がいい
帯と帯留も一緒にさ、帯は昼夜帯で裏を黒繻子にしたいな
帯留の石は孔雀石。銀の台座で
……と、色々とオーダーしつつ、それとなく佐久良の横に

(存在感で注意をこっちに向けつつ、誘惑発動)
シニョール、娘さんのお買い物ですの?
ああ、わたくしは伊太利亜から。帝都暮らしも長くて
(嘘をしれっと吐き出す。様々な世界でこうしてきた。もう慣れたものだ)
素敵なお父様ですのね。ええ、今日の出会いに感謝を

ああ!もしよろしければ、わたくしに何か一つ見立てて下さる?



 その女を一言で表すならば、美女である。そうして彼女自身がこの今どう振る舞うのかを決めていない今、確定しているのはそれだけだ。
 ミルラ・フラン(Incantata・f01082)は細いヒールを響かせて店内を歩きながら、ターゲットの姿を探していた。
(「シュガー・ベイビーにシュガー・ダディか」)
 それは若さと美しさを持つ女に、金と地位のある男が投資をする関係。
(「ま、あたしも人のこと言えん仕事は幾つか覚えがあるけど」)
ゆえに批判もしないけれども、しかしまぁ何とも露骨で人間くさいオブリビオンもいたものだ。いっそ清々しささえ覚えるほどであるが。
 ……さて、仕事だ。
「着物をお願い出来る?」
 ミルラの顔に見蕩れていた二十も半ばほどの店員に声を掛けたなら、いささか慌てた気配の後にどのような、とやや頼りない問いがある。
「白大島で一つ頼むよ」
 柄はアール・デコめいた幾何学模様がいいだろう。帯と帯留も一緒にお願い。帯は昼夜帯で裏を黒繻子に。
 あわあわとメモを取ろうとして追いつけずにいるこの青年を押しやって、微笑むのは女店主であった。
「洋品店ゆえあまり品揃えが多くはございませんが、どうかご覧になってください」
 洋布以外のサンプルブックがないがゆえにやがて傍らの机に並べられるのは丸のままの反物だ。聞けば、たまに注文のあるいささか前衛的な装いに使うため用意していた生地だという。ミルラは気に入るひとつを選び、マダムに告げる。
「生地はこちらでお願い」
「畏まりました。帯留はどのように?」
「そうだね。石は孔雀石。銀の台座で」
「嗚呼!それなら寒色で帯も着物もぐっと締まって……なるほど……」
 手早くメモを取りながらマダムが素直に頷いた。心の声が漏れているのは突っ込まないでおいてやろうか。この女店主もさすがに和装にはさほど造詣が深くはないらしい。
 マダムの仕事を微笑んで見守りながら、ミルラは自身の仕事も忘れた訳ではない。今しがた店員たちに付き添われて店を出ようとする佐久良・英二郎が傍らを通り過ぎるのを、この場所を選び、待っていたのだ。
 この美女が、明確に視線を集める意図を持ちその紅い髪をかきあげたなら、何気ないその仕草がまるで魔法を帯びる。
 店員も、メモに夢中の女店主も、今まさに擦れ違おうとしていた英二郎も、視線を吸い寄せられて離せない。殊に、最も近い位置で目にしたなら彼は尚更だ。釘付けられた視線をミルラは見上げてやった。
「シニョール、娘さんのお買い物ですの?」
 いわゆるひとつの系統としてミルラはこの手の男を知っている。高い社会的地位があり、人の良さから推し量るに育ちもきっと悪くない。どこぞから漏れ聞いた女への甘さからすると、女兄弟がいるかもしれない。分析しつつ、否、そうでなくとも実際さして作戦は変わらぬのだが。あくまで礼儀は弁えつ、艶と品のある声で話してやったなら、その手応えが悪かろう筈もないのだ。
「嗚呼、娘ーーで良いのかな。女性への贈り物というのは頭を悩ませるもののだね。……貴女は何をお求めに?」
「ああ、わたくしは伊太利亜から。帝都暮らしも長くて」
 だから着物を探しているのです。赤く艶やかな唇は嘘をしれっと吐き出した。様々な世界でこうしてきたのだ。嘘の故郷も暮らしの長い地も、もうどれだけあるだろう。嘘。嘘。嘘。それでいて彼女の唇が紡ぐ声も言葉も、上目遣いの瞳も、誘惑をたっぷりと乗せたなら誰が今更抗えようか。
「それにしても、素敵なお父様ですのね」
「どうだろう?  貴女の様な方にその様に言っていただけるなら望外だけど」
 ありがとう、と瞳を細めて笑う英二郎に、ミルラは言葉を重ねるのだ。
「この出会いに感謝を。もしよろしければ、わたくしに何か一つ見立てて下さる?」
「構わないよ。ただ、私は浅学にして婦人の和装がわからないから……貴女の御髪を飾る宝飾でも良いだろうか?」
「あら嬉しい。勿論でしてよ」
 並び立って踵を返し、宝飾品の売り場へと歩を向けたなら、ミルラの肩の向こうで怖い顔をして首を横に振るマダムがいる。英二郎は肩を竦めてみせた。ミルラはそのどちらにも気づいて全くどこ吹く風だ。

 それから暫く後のこと、やや不機嫌な顔をして追加の請求の伝票を女店主が切っていたという。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 冒険 『無限回帰の遊歩道』

POW   :    怪奇の元凶を叩く!

SPD   :    要求に従い、解放される!

WIZ   :    唯一の出口を探し、脱出する!

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●知りたがりのシュガー・ベイビー

 捜査をしたのが馬鹿らしいほど、全く以て不用心な程に、影朧の居場所は易く割れた。それが結局佐久良・英二郎の自宅だと言うものだから、猟兵たちは買い物を済ませた彼の後をつけるだけなのだから、ご愛嬌。
 そこは帝都の中心地から円タクを拾ってほんの少しの距離の、整備された住宅街の一角だ。庭に新緑を茂らせて、左右対称の煉瓦造りに白い窓枠を目立たせたジョージアン様式の邸宅がそこにある。男の一人暮らしゆえにかさしたる施錠もされないままの門扉を開けて、右手に噴水を眺めて歩いた先が玄関だ。

 そして玄関を潜るなら、
 一歩、足を踏み入れて気づくのだ。英二郎も、猟兵たちも。

「君たち、はーー……」

 英二郎は猟兵たちに。猟兵たちは、あまりに歪んだその空間に。
 そこにあるのは長い廊下だ。今の今までたった数歩の距離だったのに、猟兵たちは廊下の入口に、英二郎は長い廊下の突き当たりにいて次の扉に手をかけている。
 どうやらいかに憔悴した英二郎とて、この影朧の居場所について丸きり無防備でいたというわけでもないらしい。つまり、この屋敷の存在などは別にばれても構わぬのだ。
 果たしてそれは英二郎の狂気か、影朧の妄執か。無限に続く回廊が訪れたものを阻むのだから。

『ねぇ、パパ、それは誰?』
 英二郎の、猟兵たちの、鼓膜を介さず語りかけるのは少女の声だ。
『知らない人を入れてはダメだとパパは言ったわね』
「嗚呼、そう、そうだよエリィ」
 疲れた顔をしていながら、安堵したように英二郎が返す。ゆえに彼女がまるで知らないこの超弩級戦力たちは、幾ら追い掛けて来ようともこの無限の回廊を抜けられず、やがて引き返すほかにない。この二人だけの歪んだ世界はこの期に及んで、誰に侵されることもなく磐石なのだ、ーー

 だがしかし、少女の声が裏切った。

『じゃあ、私が、この人たちを知れば良いのね?』
「……うん、何で?」

 英二郎と猟兵の心の声がシンクロした瞬間である。猟兵たちからしてみるとまるで後ろから刺されつついっそ素直に声に出した分だけこの苦労人が痛ましい。

『貴方は誰? どんなひと? どこで生まれて、どこで育って、誰が好きなの? 嫌いなの? どうして今この場所にいるの?』
 歌うように楽しげに少女の声が問いかける。
『貴方のことを教えてよ。知らない人でなくなれば貴方は此処に来られるでしょう? 』

 まるで名案といわんばかりに、声がころころと笑ってみせれば、英二郎が額に手を当てて首を横に振っている。
 猟兵たちが揺らぐ廊下に足を踏み出せばその声が呼びかけるだろう。

『貴方はだぁれ?』

●マスターより

 知りたがりの影朧に「貴方」を教えてあげてください。「貴方」を知らしめるか、興味を持たせることが出来たなら招かれて無限回廊を抜けられます。
 影朧は一通りの質問をしてくれるので、何を聞かれても、何を語っても構いません。
 なかなかどうして聞き上手な相槌と返事をくれる予感。
 また、3章に備えてなにか質問をしておくと答えてくれるかもしれません。

(初の試みのため内容によってはリプレイの文字数自体は常より短くなるかもしれません。が。完全に未知な状況です)
ジュジュ・ブランロジエ
アドリブ歓迎

随分と無邪気なお嬢さんみたいだね
意外すぎて驚いたけど嫌いじゃないよ

私はジュジュ
『メボンゴはメボンゴだよ!』
メボンゴは私の相棒なの
『路上でショーをやってるよ!』
ふたりで一緒に
『仲良し!』

生まれはダークセイヴァー
こことは別の世界だけどお仕事で世界をまわってるの
『お仕事は猟兵で奇術師だよ!』

好きなものは甘いものかな
『可愛いものも好き〜』
お友達も大好き
貴女の好きなものは?

嫌いなのは苦いもの
ブラック珈琲とか
貴女は飲める?

ここにいる理由は、お仕事だよ
後で貴女にもショーを見せてあげるね

貴女のこともっと知りたいな
貴女はどうしてここにいるの?
やりたいことはある?
これから先の、未来の話ね
なにがしたい?



《貴方はだぁれ?》
 回廊の入口でジュジュ・ブランロジエ(白薔薇の人形遣い・f01079)はその質問に目を瞬いた。話を聞いた限りではそれは影朧本人に不利となる質問の筈である。
 敷かれた絨毯の下が液体の様に揺れる廊下に躊躇いつつも足を踏み出しながら、考える。どうやら相手は想像よりも随分と無邪気な存在であるらしい。影朧という存在のイメージからしてみるとその無策さと無邪気さは、何と言うべきかまぁ意外さに驚くが、正直嫌いにもなれぬのだ。

「こんにちは!私はジュジュ」
『メボンゴはメボンゴだよ!』
 ショーの開幕に観客に告げるのと同じようにして、二人で廊下の彼方へと告げてやる。
《こんにちは。私はエリィ。ジュジュと、メボ……ンゴ?》
 聞きなれぬ音に不思議そうに聞き返す声がある。ジュジュは胸を張り、ここぞとばかりに返すのだ。
「メボンゴは私の相棒なの」
《あら、そうなの》
『路上でショーをやってるよ!それにね、』
 メボンゴも得意げに胸を張り、そうして二人で視線を交わして、せーの!
「『仲良し!』」
 声を揃えて言ったなら、そうなのね!と影朧の声が無邪気に返す。どうやら掴みは悪くない。

「私たちの生まれはダークセイヴァーなんだ」
 無限に続く回廊を歩きながらジュジュが告げれば、だーく?と、要領を得ない声が訊く。
「ええとね、こことは別の世界だけど、お仕事で世界をまわってるの」
《世界がたくさんある……ってコト!?》
「話すと長いよ。話そうか?」
《ううん! 聞かない》
 何だか難しそうだもの、と姿なき声はころころ笑う。同じテンションで居るメボンゴが話を変えた。
『お仕事は猟兵で奇術師だよ!』
《それって、超弩級戦力というものかしら?》
『そうだよ!超弩級メボンゴ!』
「そんなのあったっけ……?」
 首を傾げるジュジュである。ジュジュの腹話術で喋る筈のメボンゴも、たまにノリノリで不思議なことを口にする。
《超弩級メボンゴ……は、何が好き?》
「超弩級メボンゴはあんまり関係ないんだけど、私の好きなものはね、甘いものかな」
『可愛いものも好き〜』
「それにお友達も大好き!」
 幾人かの顔を脳裏に浮かべつつ、貴女の好きなものは?と、すかさず尋ねるジュジュである。
《踊り……が、私、大好きよ》
『メボンゴも!メボンゴも踊るの、好き!』
 更にジュジュさえも同意を重ねてみせたなら、満場一致というものだ。それじゃあ、とその次に暫し語るのは嫌いなもの。ブラックコーヒーは飲めないと伝えたジュジュに、『エリィ』も強く同意して、メボンゴもヘドバンをする勢いで頷いてみせた。

 やがて変わり映えのない廊下の、もう何度目かになる変わらぬ曲がり角で、ジュジュは静かに切り出した。
「貴女のことをもっと知りたいな」
《私?》
「どうしてここにいるのかとか、やりたいことはあるのかとか……これから先の未来の話ね」
 何がしたい?ジュジュが訊く。
《貴女たちに会ってみたいし、奇術も見てみたいと思ったわ。それにね、ジュジュ、あのね私ね……》
 言い淀むのは一瞬だ。姿なき声は、ほう、と薔薇色の溜息のようにして零すのだ。
《貴女に殺されたいと思ってしまったわ》
 ……はい?……何て?
 廊下を強い風が吹き抜けて行く心地がした。
 無為に歩いていたジュジュの爪先が何かにぶつかった。目の前に、回廊の彼方にあった筈のあの扉がある。頭の中に語りかける声は鈴を転がすようにして至極無邪気に笑うのだ。
《ジュジュ、メボンゴ、ようこそ》

成功 🔵​🔵​🔴​

黒川・文子
引き続き変装をしたままで参加を致します。

わたくしの名前は薫子と申します。
わたくしはとある軍人の男性に恋をしているのです。
ですがわたくしは彼に声をかけるのも精一杯なのです。
先程あなたのお父様にデェト服を選んで頂きました。
素敵なドレスですね。

質問には淑女の薫子として答えます。
わたくしめの情報は一切与えないのです。
これもまたスパイの基本です。
影朧にそれが通用するのかわかりません。
ですがわたくしめを悟られる訳にはいきません。
薫子は恋する乙女。奥手で世間知らずで軍人に惚れた女。
…わたくしはあなたの事も知りたいのですが。
あなたのお名前をお聞きしてもよろしいですか?
好きな物はありますか?



 黒川・文子(メイドの土産・f24138)は今、愛刀を携えつつも、その装いは引き続きメイド服も眼帯も纏わない。昼間の淑女の変装のままに先の見えない歪んだ廊下を歩くのだ。
 手の内等決して敵に明かしてやることはない。文子が実に優秀なスパイであればこそ。
《貴方はだぁれ?》
 脳髄に少女の声が問うたなら、答えは既に用意している。
「わたくしの名前は薫子と申します」
 咄嗟に、という訳ではない。用意周到に騙ったそれは、かつて文子が救ったとある舞台女優の名前であった。声を失い、籠絡ラムプを得て、失って。銀幕に移った後にその短い人生の全てを舞台に、演技に捧げた女の名前。ゆえに只管演ずべき今日この時に騙る名として最適だ。
「わたくしはとある軍人の男性に恋をしているのです」
《あら、そうなの?》
「ですがわたくしは彼に声をかけるのも精一杯なのです」
 設定は二手三手、どこまでも先を見通して予め用意してあるものだ。相手に自身の情報を何一つ与えぬのはスパイの基本。影朧に斯様な偽装が通用するのか、半ば不安を残しつ、文子は回廊を往く。
《……もう諦めてしまったの?》
 オープントゥのパンプスがヒールの音だけ鳴らし続ける僅かな沈黙を経たあとで、沈黙に耐えかねたかのようにして控えめに尋ねるのは影朧のほうである。
「先程貴女のお父様にデェトの服を見立てていただきました」
《そう?パパに?》
「ええ、素敵なドレスです」
 教えてやれば、ふふ、と笑う声にどこか得意げな色がある。
《ええ、そうだわ。パパはそうしたことが得意だわ。 ねえねえ、どんなドレスかしら。初恋のドレスを、私も見たい》
「……内緒なのです」
《どうして?》
「恋とは秘めるものでしょうから」
 ほぅ、と小さく息を飲んだ気配がする。
 それなら仕方がないことね、と少女の声は聞き分け良く引き下がる。

「わたくしはあなたの事も知りたいのです」
 回廊を暫し歩いた後で、文子は本題を切り出した。もう、同じ廊下の同じ肖像画の前を、七度も八度も通り過ぎたような心地がする。
《そう?》
「好きなものはありますか? 名前をお聞きして宜しいでしょうか?」
《あら、私、未だ名乗って居なかったのね。ごめんなさい。薫子はもう知っているひとだから》
 特別に教えてあげるわ。声が喜色を孕んだならば、
 ーーコツン。
 歪み歪んだ回廊で波打つ絨毯を歩み続けたヒールが突然、硬い地を踏んだ。
《エリザヴェータ。でも薫子が好むならエリィと呼んでも構わない。それが私の今の名前なの》
 影朧の声と共に、文子は……今は薫子と名乗る女は、目指した扉の前にいた。

《ねえ、薫子。私に会いに来てくれたのね? 》
 私、貴方を好きになりそう。だから待ちます。
 さっき答え損ねた、「好きなもの」の回答を今更思い出したかのように継ぎながら、影朧は幸せそうに謡うのだ。

 薫子ーー文子は、重いドアノブに手をかける。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ヴィルジール・エグマリヌ
面白い子だね
いいよ、少し話をしよう

私はヴィルジール
遠い異国で、賭博場の元締めをして居る
自然の少ない場所で育ったから
花や動物が好きだな
趣味で宝石を蒐集して居るよ
君も其処の彼に買って貰ったことがあるのかな

君を見て居ると
亡くした妻を想いだすよ
自由奔放で、華やかで、うつくしくて
懐かしさに心が騒つく

実は私は男寡でね
妻を喪った理由、聞きたい?
私が手を下したんだ
――君と同じ存在だったから
其れを差し引いても
不仲だったのだけれどね

詰まらない男の噺は此処まで
私も君のことが知りたいな

どうして、彼を選んだの
お金があるから?
何でも買ってくれそうだから?

君にとって、彼はどんな存在なのだろう
少しは大切に思っているのかな



 足元が揺れ続けている様な感覚がある。壁も天井も捻くれて、気づけば歩いている場所は床でなく天井であるかもしれない。そんな錯覚に陥る回廊だ。
《貴方はだぁれ?》
 興味津々に尋ねる少女に、少し話をしてやるのも悪くないとヴィルジール・エグマリヌ(アルデバランの死神・f13490)は考える。
「私はヴィルジール。遠い異国で、賭博場の元締めをして居る」
 賭博艦、と言ってもこの世界ではおそらく伝わらぬだろうから、わかりの良さそうな言葉を選ぶ。
《嗚呼、だからそんなに華やかなの》
 その職の金回りの良さのイメージはこの世界でも共通らしい。納得したような声音が返る。
「自然の少ない場所で育ったから花や動物が好きだな」
《都会育ち?》
「そう……とも言うのかな。趣味で宝石を蒐集して居るよ。君も其処の彼に買って貰ったことがあるのかな」 
《ええ、私はルビィが大好きよ。お気に入りが幾つかあるわ》
 世間話の様に歩けど歩けど廊下が続く。先ほども見かけた燭台がまた壁にかかっている。
「それは是非拝見したいところだね。ただの石があんなに光るなんて、面白いよね」
《ええ、そう!そうなの。今一番のお気に入りはね……》
 聞かれても居ないコレクションについて語り始める影朧である。
 この自由さに覚えがあった。微かな心の騒つきを、懐かしさだと理解したなら、脳裡に浮かぶ面影がある。
「君を見て居ると。亡くした妻を想いだすよ」
《奥様?》
 自由奔放で、華やかで、何より美しい女性であった。
 カジノ艦『Coup de Coeur』の艦長夫妻は似合いの美男美女である、と星海でよく噂をされたものだが、殊に彼女の美貌は名を馳せた。船の名前は彼女の為につけたものかと冗談めかして聞かれたことも一度や二度ではない。
 そんな彼女もまた、宝石がよく似合った。
「実は私は男寡でね。妻を喪った理由、聞きたい?」
《聞いても良いの?》
「私が手を下したんだ。――君と同じ存在だったから」
 息を呑む様な気配があった。流石に衝撃が強かったかとフォローを考えるヴィルジールに、返事は黄色い声である。
《なんて素敵!》
「素敵?」
《それって、殺したいほど愛していたということでしょう?》
 恋物語の続きをねだる様な調子で少女が問えば、ヴィルジールは苦笑する。
「不仲だったのだけれどね」
《……ええー……》
 どこか不満そうな影朧の声。
 不仲……少なくとも仲睦まじくはなかっただろう。ゆえに心を強く揺さぶられることもなくただ淡々と、夫として、猟兵としての責務と割り切って彼は妻の命を終わらせた。寂しさが全くなかったと言えば嘘にもなるが、さて。
「詰まらない男の噺は此処まで」
《詰まらなくないわ。もうおしまい?》
「私も君のことが知りたいな」
 気づけば空間の歪みが消えている。
 今ヴィルジールが歩く回廊はただの現実のそれであり、目指す扉へ向かうのに遮るものとて何もない。扉を前に、足を止めた。
 会う前に聞いておきたいことがある。
「どうして、彼を選んだの」
《好きだからよ?》
 息をする様に口にするのは宝石を語った時と同じ温度の「好き」である。
「お金があるから? 何でも買ってくれそうだから?」
《どうかしら。私、贅沢にはもう満足しているし、たとえばお金のない画家と四畳半のアパルトマンなんかに住んだりもしてみたいと思うのよ》
「なかなかロマンチストだね。君にとって、彼はどんな存在なのだろう」
 少しは大切に思っているとしたならば、この後、影朧を失うかの男の心も多少は救われるだろうか。
 ふふ、と少女の声が笑う。
《可愛いなぁ、と、思っているわ》
「可愛い?」
 少女の声が四十がらみの男を評するには些か意外な言葉である。
《あんな風して、大事なところで嘘が下手でしょ? 放っておいたら悪い女に引っかかりそうじゃない》
 自分は違うと言わんばかりの口ぶりだ。
《ね、貴方はどうかしら?》
「さて、ね」
 実に縁遠い話である。男寡の黒手袋が扉に触れる。

大成功 🔵​🔵​🔵​


「わぁ、すごいです!廊下がこんなに、ゆらゆらと」
 目の前の異空間に、メルメッテ・アインクラング(Erstelltes Herz・f29929)はまるで絶景でも目にしたかの様にはしゃぐ。
 臆さず……どころかどこか嬉々としてその空間に足を踏み出すのだ。彼女に遅れぬ様にキリジ・グッドウィン(proscenium alexis・f31149)も歩を進める。
《貴方たち、だぁれ?》
 尋ねるのは少女の声である。
「私はメルメッテ・アインクラング。クロムキャバリアという世界で生まれ育ったしがないメイドです」
「キリジ・グッドウィン、同じくクロムキャバリア出身の傭兵だ。……懐は、まぁ、ひとところに留まらずとも困らない程度に」
 素直に答えるメルメッテと、面倒くささを隠しきれないキリジである。
《そう、お二人は同郷なのね》
 世界が幾つかあるらしいということをこの影朧は先ほど知った。「クロムキャバリア」もその一つだと理解したらしい。
《私はエリィ。どんなものが好き? 嫌い? 私、貴方たちのことを知りたいわ》
 うーん、とメルメッテが顎に指をあてて首を傾げる。強いて言うなら何であろうか。
「嫌いなものは恥ずかしながら注射で、好きなものは……ラーメン!ラーメンをご存知ですか?」
《ええ、わかるわ。私はお醤油の味が好き!》
「さっぱり派ですね!ラーメンと名がつくものはきっとどれも捨て難いのです」
 きゃいきゃいとはしゃぐ女子二人の会話に、なんか女子会みたいになってねェか、とキリジは地味に肩身が狭い。
 それにしてもメルメッテの第一印象と、好きなものとのギャップが思ったよりも大きかった。意外……とまでは言わないが、嗚呼、やはり意外な気がする。これだけ愛らしいビジュアルで、挙げるのがスイーツだとかじゃなくてまずラーメン。しかしその飾らなさ自体はイメージ通りかもしれない。
《キリジは?》
 呼び捨てかよ、と思いつ、突っ込むのも面倒だ。
「俺?嫌いなのは共感を求められる事」
 明確にそれだけは好まないから教えてやった。他人の事なんて与り知らず、勝手にしろというスタンスはきっとこの先も変わらぬだろう。そうでなければ傭兵なんてやってられない。
「あァ、"女"は嫌いじゃない。毎日のように違う"女"に乗ってる」
 付け加えてやるそれはキリジの持ちネタである。酒場で披露したならば結構な確率でウケる定番のネタなのだ。
「『クララ』に『オデット』とか。明日は『オーロラ』かもなァ?」
《え……それって、……》
 ガキにウケるかさして期待はしていなかったが、言葉を選んで口ごもる様子からして、何かを想像したらしい。
「キャバリア…大きな機械の呼び名だよ。それに乗って戦ってるだけな」
《あ……そう、そうなのね!》
 説明を添えてやったなら、慌てたような同意が返る。ガキだなぁ、とキリジは笑う。
 傍らを歩くメルメッテはずっとニコニコと聴いていた。
 相変わらず二人は回廊を歩き続けて、けれども蜃気楼の様に揺らいだ景色が今は徐々にだがその輪郭が固まって来ている様な気がする。
「実は私、外の世界に出たばかりで。もっと沢山の景色を、色を、知りたくて」
 この景色さえ楽しみながらメルメッテが語り掛ける。
《そうなの? お気に入りになるような景色や色はあった?》
「ええ!そうしてまだまだ探しているのです。こちらに参りましたのも、胸の奥底の惹かれる様な感情からで。近頃は心が震えて高鳴ってと忙しいのでございます」
《あら、なんて素敵な忙しさ……》
「ふふ。今度の休日には新しい帽子を被ってハットクリップを着け、自分なりのお洒落を試みて再びお外を歩きたく!」
 買ったばかりの女優帽と、キリジが選んでくれたハットクリップとコサージュを思い出したならメルメッテは頬が緩むのを自覚する。素敵だわ、と影朧もとても楽しげだ。
「貴方様が今一番されたい事は何ですか?」
《私はね、……ううん、悩むのよ。ありすぎて。恋がしたいとも思うけど、それとは別のデートも良いわね。お買い物をしたり、舞台を観たり、ダンスホールで踊ったり……嗚呼、一番ってどれかしら!》
 誤魔化すという訳でもなしに、真剣に悩んでいるようだ。欲張りの裏返しでもある。問いを重ねるのはキリジだ。
「んじゃ、手前ェが今一番されたくない事は?」
《そうね、私……》
 思料する様な間が開いた。
《もし貴方たちに無視されたらすごく嫌だったかも。だから私、今、けっこう満足しているの》
 貴方たち、良いひとたちね。満足そうな少女の声に、覚えとくわ、とキリジは返す。根掘り葉掘りの仕返しに一寸嫌がらせしてやろうかと思ったのである。
 いつ異空間を抜けていたのかはわからない。気づけば二人はごく当たり前に廊下の突き当たりにいた。

「ゴールでしょうか?」
「みたいだな」
 そこにある扉を開ければ、きっと戦闘の始まりだ。
メルメッテ・アインクラング
キリジ様(f31149)と

自己紹介ですね。臆さず進み出ます
「私はメルメッテ・アインクラング
クロムキャバリアという世界で生まれ育ったしがないメイドです
嫌いな物は恥ずかしながら注射で、好きな物は……ラーメン!ラーメンをご存知ですか?
実は私、外の世界に出たばかりで。もっと沢山の景色を、色を、知りたくて
こちらに参りましたのも、胸の奥底の惹かれる様な感情からで。近頃は心が震えて高鳴ってと忙しいのでございます
今度の休日には新しい帽子を被ってハットクリップを着け、自分なりのお洒落を試みて再びお外を歩きたく!
貴方様が今一番されたい事は何ですか?」

キリジ様がされるお話はどれもみんな新鮮です。にこにこと拝聴します


キリジ・グッドウィン
メルメっち(f29929)と

自己紹介?仕方ねぇ、何かひり出すか

キリジ・グッドウィン
クロムキャバリア出身の傭兵。懐はひとところに留まらずとも困らない程度に

嫌いなのは共感を求められる事。他人の事なんか知るかよ勝手にしろ


あと毎日のように違う"女"に乗ってる
『』に『』とか。明日は『』かもなァ?
(酒場で時々ウケる定番ネタ。ガキに受けるかは知らん)
キャバリア…大きな機械の呼び名、それに乗って戦ってるだけな


…もうこれでいいか?
聞きたい事?手前ェが今一番されたくない事

メルメっちの話は耳にはちゃんと入れてる
最初の印象より大分アクティブというか、遠慮が無くなったっつーか
ラーメン好きだったのか…意外じゃねぇけど意外



「わぁ、すごいです!廊下がこんなに、ゆらゆらと」
 目の前の異空間に、メルメッテ・アインクラング(Erstelltes Herz・f29929)はまるで絶景でも目にしたかの様にはしゃぐ。
 臆さず……どころかどこか嬉々としてその空間に足を踏み出すのだ。彼女に遅れぬ様にキリジ・グッドウィン(proscenium alexis・f31149)も歩を進める。
《貴方たち、だぁれ?》
 尋ねるのは少女の声である。
「私はメルメッテ・アインクラング。クロムキャバリアという世界で生まれ育ったしがないメイドです」
「キリジ・グッドウィン、同じくクロムキャバリア出身の傭兵だ。……懐は、まぁ、ひとところに留まらずとも困らない程度に」
 素直に答えるメルメッテと、面倒くささを隠しきれないキリジである。
《そう、お二人は同郷なのね》
 世界が幾つかあるらしいということをこの影朧は先ほど知った。「クロムキャバリア」もその一つだと理解したらしい。
《私はエリィ。どんなものが好き? 嫌い? 私、貴方たちのことを知りたいわ》
 うーん、とメルメッテが顎に指をあてて首を傾げる。強いて言うなら何であろうか。
「嫌いなものは恥ずかしながら注射で、好きなものは……ラーメン!ラーメンをご存知ですか?」
《ええ、わかるわ。私はお醤油の味が好き!》
「さっぱり派ですね!ラーメンと名がつくものはきっとどれも捨て難いのです」
 きゃいきゃいとはしゃぐ女子二人の会話に、なんか女子会みたいになってねェか、とキリジは地味に肩身が狭い。
 それにしてもメルメッテの第一印象と、好きなものとのギャップが思ったよりも大きかった。意外……とまでは言わないが、否、やはり意外なのである。これだけ愛らしいビジュアルで、挙げるのがスイーツだとかじゃなくてまずラーメン。当初のイメージよりもだいぶアクティブというか、遠慮がなくなったというか……しかしその飾らなさ自体はイメージ通りかもしれない。
《キリジは?》
 呼び捨てかよ、と思いつ、突っ込むのも面倒だ。
「俺?嫌いなのは共感を求められる事」
 明確にそれだけは好まないから教えてやった。他人の事なんて与り知らず、勝手にしろというスタンスはきっとこの先も変わらぬだろう。そうでなければ傭兵なんてやってられない。
「あァ、"女"は嫌いじゃない。毎日のように違う"女"に乗ってる」
 付け加えてやるそれはキリジの持ちネタである。酒場で披露したならば結構な確率でウケる定番のネタなのだ。
「『クララ』に『オデット』とか。明日は『オーロラ』かもなァ?」
《え……それって、……》
 ガキにウケるかさして期待はしていなかったが、言葉を選んで口ごもる様子からして、何かを想像したらしい。
「キャバリア…大きな機械の呼び名だよ。それに乗って戦ってるだけな」
《あ……そう、そうなのね!》
 説明を添えてやったなら、慌てたような同意が返る。ガキだなぁ、とキリジは笑う。
 傍らを歩くメルメッテはずっとニコニコと聴いていた。
 相変わらず二人は回廊を歩き続けて、けれども蜃気楼の様に揺らいだ景色が今は徐々にだがその輪郭が固まって来ている様な気がする。
「実は私、外の世界に出たばかりで。もっと沢山の景色を、色を、知りたくて」
 この景色さえ楽しみながらメルメッテが語り掛ける。
《そうなの? お気に入りになるような景色や色はあった?》
「ええ!そうしてまだまだ探しているのです。こちらに参りましたのも、胸の奥底の惹かれる様な感情からで。近頃は心が震えて高鳴ってと忙しいのでございます」
《あら、なんて素敵な忙しさ……》
「ふふ。今度の休日には新しい帽子を被ってハットクリップを着け、自分なりのお洒落を試みて再びお外を歩きたく!」
 買ったばかりの女優帽と、キリジが選んでくれたハットクリップとコサージュを思い出したならメルメッテは頬が緩むのを自覚する。素敵だわ、と影朧もとても楽しげだ。
「貴方様が今一番されたい事は何ですか?」
《私はね、……ううん、悩むのよ。ありすぎて。恋がしたいとも思うけど、それとは別のデートも良いわね。お買い物をしたり、舞台を観たり、ダンスホールで踊ったり……嗚呼、一番ってどれかしら!》
 誤魔化すという訳でもなしに、真剣に悩んでいるようだ。欲張りの裏返しでもある。問いを重ねるのはキリジだ。
「んじゃ、手前ェが今一番されたくない事は?」
《そうね、私……》
 思料する様な間が開いた。
《もし貴方たちに無視されたらすごく嫌だったかも。だから私、今、けっこう満足しているの》
 貴方たち、良いひとたちね。満足そうな少女の声に、覚えとくわ、とキリジは返す。根掘り葉掘りの仕返しに一寸嫌がらせしてやろうかと思ったのである。
 いつ異空間を抜けていたのかはわからない。気づけば二人はごく当たり前に廊下の突き当たりにいた。

「ゴールでしょうか?」
「みたいだな」
 そこにある扉を開ければ、きっと戦闘の始まりだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ハイドラ・モリアーティ
【MAD】
――いいよ、円
下がって。綺麗な宝石瓶はまた、後でじっくり見せてもらうからさ

よォ
ハイドラ・モリアーティだ
人間の世界に溶け込む何でも屋
生まれはビーカーの中。
もっと言うなら天才の――「お母様」の目玉。そんでもって、そっくりさん
世界はアリスラビリンス。……あんたは知らないな。
「ものがたり」で出来た世界の
オーダーメイドなかみさまとして育ってきたよ
寝てる間に友達も殺しちまうような
クソみたいな力を持った、「メアリー・スー」かもね

好きな女は死んでる海賊
嫌いな奴はいないが、――「根掘り葉掘り」を茶菓子もなく聞いちゃう女は好きじゃない

こっちの質問だ。
ひとつでいい。

ダンスの準備は出来たか?“ベイビー”


百鳥・円
【MAD】

あなたはだあれ、だなんて

からりと揺れる小瓶
好きなものは何でしょう
わたしの、すきなーー
浮かび上げたものが流されてゆく
わたしの中の欠片が
妹が、“個”を許さないとでも言うように

こういう時だけ干渉してくるんだから
ーー分かってますって。
未練なく、ちゃあんとしますから


……おっと、失礼。お話の途中でしたね
ちょーっと眩んだだけですよう

そっと、一歩分を後退る
今日は早めに休みましょ

わたしは、まどか
帝都の可愛い相談屋さんです
装飾をあしらった名刺でも見せましょうか

趣味は宝石集め
見つけたいものを探してる最中ですの
あなたは好きですか?こういうの

おねーさんにお見せをするのははじめてですね
ちょっとした蒐集癖、ですの



「あなたはだあれ、だなんて」
 捩れて歪んだ無限回廊を歩きながら、地味に悪趣味な質問だと百鳥・円(華回帰・f10932)は思う。
《好きなものはある?》
「わたしの、すきな――」
 手の中にからりと揺れる小瓶がある。
 常ならば何も悩む様な問いではない。けれど今、思考に浮かびかけたものが言葉になる前に、唇へと上る前に流されてゆく。
 それは円の中に残る欠片が……妹が、まるで円に“わたし”を“個”を許さないとでも言うように、思考を阻害する為だ。聞こえるはずもないというのに、くすくすと笑う九十九の少女たちの声を聴いた、気がした。
 こういう時だけ干渉してくるんだから、と円は内心に溜め息をつく。
(「――分かってますって。未練なく、ちゃあんとしますから」) 
 語り掛けてやれば、さざめく様な笑い声はやがて波が引くようにして消えてゆく。
《聞いたらダメなことだったかしら……?》 
 嗚呼、黙り込んでしまっていたか。
「……おっと、失礼。お話の途中でしたね。ちょーっと眩んだだけですよう」
 でもまぁ仕方ないでしょう、足元だって景色だってこーんなに揺れるんですからね、と努めて明るい調子で返してやれば、ごめんなさい、と素直に影朧は謝った。
 けれど傍らを歩く友人――ハイドラ・モリアーティ(冥海より・f19307)からそっと一歩分を後退る。眩暈なんてしていない、けれど正直今日は早めに休みたい。
「自己紹介がまだでしたね。わたしは、まどか。帝都の可愛い相談屋さんです」
 どうせ何処かから見ているのだろう。ラインストーンとレースの装飾をあしらった名刺を掲げてやれば、まぁ、と感嘆の声が降る。
《素敵だわ!相談屋さん?》 
「ですよう。それから趣味は宝石集めです。見つけたいものを探してる最中ですの」
 次に掲げてやるのは宝石を詰めた小瓶だ。閉じ込められた透明な極彩色が、光を受けて気ままに煌めいている。
「あなたは好きですか?こういうの」
《ええ、ええ!綺麗ね、とっても大好きよ》
 ちら、と振り向きざまの横目でそれを見るハイドラにも円は笑顔を向けてやる。
「おねーさんにお見せをするのははじめてですね」
 ちょっとした蒐集癖ですの、と告げてやれば、一拍、ハイドラが黙る。
「――いいよ、円。下がって。綺麗な宝石瓶はまた、後でじっくり見せてもらうからさ」
 常と変わらぬ口調の中に、宥める様な趣がある。余計なことは言わずに弧を描く口元が、優しい。
 そうまで顔に出ていただろうか。円はおとなしくこの場は彼女に甘えることにして頷いた。

「よォ。ハイドラ・モリアーティだ」
 影朧の興味を円から自身に向けるようにしてハイドラは声を張り上げてやる。
《はじめまして》
「人間の世界に溶け込む何でも屋、生まれはビーカーの中。もっと言うなら天才の――『お母様』の目玉。そんでもって、そっくりさん」
《ビーカー……から? 錬金術の様なものなのかしら》
「生まれた世界はアリスラビリンス。……あんたは知らないな」
《ええ、知らないわ。ねえ、貴女は、人間なの?》
「『ものがたり』で出来た世界のオーダーメイドなかみさまとして育ってきたよ。寝てる間に友達も殺しちまうような、クソみたいな力を持った、『メアリー・スー』かもね」
 痛烈なまでの自虐である。
 厳密にはその友達は殺した後に友達になって、殺していたという事実さえ知ったのはつい最近だ。『メアリー・ス―』ならもう少し作者の贔屓で救いがあっても良いものを。
《ええと、安易に言って良いのかわからないけれど……きっと大変だったのね》
 そうでもないさ、と肩を竦める。同情されるいわれもなければその気もない。
「好きな女は死んでる海賊」
 どうせ聞きたいだろうから、聞かれる前に言ってやる。
「死んではいるけど良い女だぜ。ちなみにもうじき誕生日」
《あら、おめでとう!嫌いなひとは?》
「嫌いな奴はいないが、――『根掘り葉掘り』を茶菓子もなく聞いちゃう女は好きじゃない」
 語気の微かな苛立ちはハイドラ自身の好悪より、傍らの友達を代弁してやる節もある。
《あら、ごめんなさい!嫌わないでね。……ねぇパパ、何かお菓子があるかしら?》
 そこに英二郎がいるらしい。「そういう話じゃないと思うんだけどな……」。朧なやり取りは電話向こうの会話が漏れ聞こえて来るのにも似ている。(「お菓子、あちらにお届け出来る?」「ちょっと難しい気がするね」。)
 嗚呼、あの港区おじさん其処にいるのね、なんて感想はさておいて、まともに付き合うとまだまだ長くなりそうだ。ハイドラは小さく舌打ちをする。
「こっちの質問だ。ひとつでいい」
《何かしら?》
 
「ダンスの準備は出来たか?“ベイビー”」
 
《ええ、もちろん!》
 ご機嫌な声で少女が答えれば、一瞬の、自由落下の浮遊感。捩じれが解ける様にして周辺の異空間が現実のあるべき姿へと戻る。
 降りたつ様にブーツの踵が床を鳴らせば、そこは扉の目の前だ。
 気遣う様に振り向けば、色違いの瞳が気丈に笑う。
「大丈夫ですよう。――行きましょう」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

シャト・フランチェスカ
エリィには僕が何に見える?

御免ね
答えを持っていないの
僕も識りたくて、生きてるの

覚醒めて背中を預けていた桜の樹は母
珈琲を飲んだり猫を愛でたりし乍ら
小説を書いている桜の妖精

きみは本を読むかい
僕は幸せな結末が書けない
何が幸せか解らないから
でも書き続けて
思索/詩作に浸っている間は
自分は何者かって
答えを探している気分になれるの

答えじゃないけど仮説はあるよ

僕は違う世界で一度死んだ
生まれ変わりを選び
此処に居る

生前の自我と、僕としての心
歪な贋作のお人形
花は散るから惜しまれるのに
死に損なった徒花は
焔に灼かれど灰/胚になれない

僕は誰?

転生などしなければよかった
なあんて言うと思った?

これは僕の躰
もう誰にも渡さない。



《貴方はだぁれ?》
「エリィには僕が何に見える?」
 終わりの見えない回廊でシャト・フランチェスカ(侘桜のハイパーグラフィア・f24181)は姿見せぬ声へと逆に問うてやる。往けど往けど変わらぬ歪んだ景色の逍遥の、退屈しのぎにはちょうど良い。
《……僕? 綺麗だから女のひとかと思っていたわ》
 不思議がる声。確かにシャトを遠目に見ているのなら、中性的なその顔からも装いからも確信までは得られぬだろう。
《でも、その額の枝があるからきっと貴方は、桜の精よね。 答えはなぁに?》
「御免ね。答えを持っていないの。僕も識りたくて、生きてるの」
《んん……そういうこともあるのね?》
 上手く飲み込めない口ぶりである。シャトは与り知らぬことだが、今日此処を訪れた皆が皆、確信があってもなくても自虐をしてでも取り繕ってでも、己について問うこの影朧に何かしらの答えをくれていた。
《じゃあ……知っていることを教えてくれる?》
 謎めいた言葉が興味をひいたのか、何処か弾んだ声である。シャトは小さく頷いた。
「桜の精、は合っているかも。それから普段はね、珈琲を飲んだり猫を愛でたりし乍ら小説を書いている」
《あら、作家さん!》
 正解だ。だから続きを教えてやろう。
「きみは本を読むかい」
《昔は読んだような気がするわ》
「ハッピーエンドは好き?」
《大好きよ!》
 無邪気な返事と共に、ぐらり、揺れる景色のピントが一瞬だけは合った気がした。そうまで好ましかっただろうか。すぐに揺れて崩れて元通りなのだけれども。
 シャトの唇を彩るのは冷笑めいた笑みである。嗚呼、羨ましい。疎ましい。
「僕は幸せな結末が書けない。何が幸せか解らないから」
 我ながらなんて惨めな独白だろう。
 だがけして筆を折ることもなく『書ける』のは、何が不幸せか、は深く理解していればこそ。ゆえにシャトがひとりの作家として自らの作品に納得感を求めれば、結末はいつも誰もが不幸せになるものだった。
 たった一つの幸せの形すらも解らぬままでいるのに、不幸の形は無数に思いつく。
「でも書き続けて思索/詩作に浸っている間は、自分は何者かって答えを探している気分になれるの」
《それでも答えは見つからない?》
 気遣わしげに影朧が訊く。
 二歩、三歩。答えられない。単純な肯定を返そうとして、胸の奥につかえたようなそれが邪魔をした。
「……答えじゃないけど仮説はあるよ」
《仮説?》
「僕は違う世界で一度死んだ。そして生まれ変わりを選び、此処に居る」
《望んだならば、それは幸せなことではないかしら?》
「どうだろう。生前の自我と、僕としての心が作ったもの。所詮、歪な贋作の人形の域を出ない」
 それは常にシャトが抱いた自嘲である。
「花は散るから惜しまれるのに、死に損なった徒花は焔に灼かれど灰/胚になれない」
《散らず、灼かれることもなかった、強い花、ではダメかしら……?》
 シャトは黙して首を振り否を伝える。その筋書きは違うのだ。元来いちど散る筈であり、灼かれる筈であったのだから。
「僕は誰だろうね」
 最初の問いを、返してやる。
 影朧は答えない。
「転生などしなければよかった」
 沈んだ声音で訴える。息を呑んだ影朧が掛ける言葉を探す気配を感じ取り、シャトは殊更に意地悪い声音で言ってやるのだ。
「……なあんて言うと思った? これは僕の躰。もう誰にも渡さない」
 だからこそこの身を好きに着飾り、好きに刻んで、今此処に在る自らを咲かせ、謳歌する。『生来の』自分の躰であればなし得ぬ様な狼藉は、『今は』自分の躰であればこそ。
《……なんて素敵なのかしら》
 シャトの意識は、影朧の夢見るような溜め息よりも、足元のある一点から崩れ落ちて行く異空間へと向けられていた。
《そんなふうに生きられるなら、転生も悪くないとも思ってしまうほど》
 床が抜け落ちる様な感覚で、異空間が壊れて消える。
《貴方のお話、もっと聞きたいわ》

大成功 🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『無垢なる舞姫・エリザヴェータ』

POW   :    どうぞ、お手柔らかに
【恭しいレヴェランス】を披露した指定の全対象に【エリザヴェータの願い全てを叶えたいという】感情を与える。対象の心を強く震わせる程、効果時間は伸びる。
SPD   :    ご覧あそばせ
自身が【優雅にグラン・フェッテを続けて】いる間、レベルm半径内の対象全てに【魅了や錯乱により誘発した同士討ち】によるダメージか【自身に対し、踊ることによる昂揚と恍惚】による治癒を与え続ける。
WIZ   :    踊りましょう
自身が装備する【義足に仕込んだ刃】から【舞うようにして繰り出す斬撃による衝撃波】を放ち、レベルm半径内の敵全員にダメージと【流血】の状態異常を与える。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠エレニア・ファンタージェンです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●殺されたがりのシュガー・ベイビー
 
 猟兵たちが抜けた回廊の先、扉を開けばそこは英国式の応接間だ。
 ペルシャ絨毯の上で澄ました調度の脚は概ねボール&クロー。木目調のグランドピアノを照らして、高い折り上げ天井にシャンデリアが煌めいた。
「……すまないね。君たちには随分と手間も足労もかけてしまった」
 華やかな調度に溶け込む様にしてソファで悠然と脚を組むのは佐久良・英二郎だ。いっそ死相めいて顔色が悪いくせ、猟兵たちを迎える態度は落ち着き払ったものだった。
「エリィ、お客さんだよ」
「ええ。ちょっとだけ待って頂戴」
 傍らで彼の肩に頭を預けつつ、手鏡片手に片耳のルビーのピアスを直す影朧がいる。
 彼女の前の机の上はなかなか賑やかだ。ジュエリーで遊んでいたのか、ちょっとした売り場でも開けそうな程に宝飾品を散らかしている。端に追いやられるようにして最近帝都で流行りの店のクッキー缶と、それからアンティークピンクの香水瓶。仄甘く部屋の空気に混じるローズとジャスミンの香りはこれの仕業だろうか。
「初めまして、ではないものね。皆様、ご機嫌よう」
 やがて手鏡を机に置きながら懐っこく影朧は笑うのだ。
「私も落とし前をつけるから、君は転生させてもらいなさい」
「死んでも嫌よ」
 対照的に押し殺す様な英二郎の言葉もからりと笑い飛ばして、姿勢よく立ち上がれば、チュールの裾を摘んで猟兵たちへカーテシー。黒いロマンティックチュチュから覗く甲冑の様な片の義足に、トウシューズの踵に爪先に、音もなく滑り出た刃が光る。

「ねぇ、私ね。愛した人から、殺したいほどに愛されて、それで殺されて此処に居るわ」

 猟兵たちを見回すのは、熱に浮かされた赤い瞳だ。
「だから今度も、終わりはそうでなくては嫌なのよ。本当はまだ終わらせたくなんてなかったけれど」
 ーー虐げられて傷ついた過去が影朧になるという。
 であれば彼女の語る愛など、果たして其処に在ったのか、そも彼女自身が本当にそうと信じているならば何故この過去は此処に居るのか。
「私、何度でも骸の海に還って、また何度でも違う私になって……繰り返すの。決めているわ。だから、殺しに来てちょうだい」
 殺すことこそ愛である。その莫迦げた妄念を仮に否定してしまったならば、あの時殺された自分(オンナ)があまりに不憫であろう。ゆえに否定もせずに出来ずに、ずっとずっと、繰り返す。
 聞くに耐えぬと言わんばかりに、影朧の肩を掴むのは英二郎だ。
「もうやめよう」
「パパ……私ね」
 振り向いて、視線を交わす。小首を傾げて影朧は目元で笑って見せてから、囁く様に男の耳元に手と唇を寄せる……かに見せかけて。
 手刀でしたたかに彼の頸を打つのだ。
「追いすがられたら千年の恋も冷めてしまうと思うのよ。だから、後追いはお断り」
 所詮人の身。易く意識を絶たれて崩れ落ちる男の身体を、まるで受け流す様にしてソファに横たえてやりながら、その頬を一度撫でて彼女は睫毛を伏せる。
 猟兵たちを見やる時にはご機嫌な笑顔を貼り付けて。
「ねえ、皆様。私たち、知らない仲ではないでしょう。どうかひとつだけ私のワガママを聞いてくださらない?」

 そして影朧は告げるのだ。

「転生なんて死んでも嫌よ」



●マスターからのコメント
 ボス戦です。武器は主に仕込み刃と黒い羽根。
 強くないのですぐに倒せると思います。
 最終的に転生させるか倒すかの判定基準は通常と同様です。
メルメッテ・アインクラング
キリジ様(f31149)と

「かしこまりました、キリジ様」
過去にはあまり拘らず今と未来を見つめる私にはこのようなお言葉しか掛けられませんが……

「貴方様がされたいと仰っていた、お出かけもお買い物も、観劇、ダンス……恋も。どれだけ同じ自分であろうと、骸の海へと沈む度、胸に響いた想いがリセットされてしまうのは勿体無い気が致します
改めて個の存在として確立し、全てを一つの己・一つの心に刻んで歩む道は、悪いものではないと存じますが」

転生をお勧めしながら、敵の攻撃を腕輪のバリアによる【オーラ防御】で【受け流し】、思念銃で【マヒ攻撃】を載せた『等除却』です
どのような結末であろうと幕が下りるまでお付き合い致します


キリジ・グッドウィン
メルメっち(f29929)と
(愛憎も憐憫も緞帳を隔てた向こう側のようだ。故に一思いもせずに倒す事も出来るが……
ま、互いに好き勝手生きてるだけの仲だ。メルメっちも好きにするだろうさ)

手前ェの、誰かの、往く先なんか知らねェよ。ソイツの好きにしろ
ただ?転生したくないだなんだと喚いてたのを"全部聞かなかった"事にして無視するのがいいんじゃねぇかと考えてはみた。というワケだからメルメっち、好きにしな

拳銃カラゴズでの【クイックドロウ】間合いを保ち足元を狙って【威嚇射撃】メルメっちのバリア、プロセニアムの向こう側からの攻撃。生憎花束は用意がねぇ
オレ等は踊れねェからアンタが踊りな。終わりまで見届けてやるからよ



「あら、キリジと、メルメッテよね!お会い出来て嬉しいわ!」
 影朧ーーエリザヴェータはご機嫌だ。思いがけず旧友に出会ったかの様に声を弾ませて、笑顔を向ける。
「……そりゃどうも」
 キリジには何の感慨もない。この影朧や被害者となる筈だった人間の愛憎も憐憫もまるで緞帳を隔てた向こう側のことのようだ。それはまさしく舞台でも眺めているかのように、どこまでも他人事である。
 故に一思いさえもせずに倒す事も出来るが、……傍らのメルメッテを見遣れば、少し困った様な笑顔で律儀にこんにちは、だなんてこの影朧に返している。
 この傭兵とメイドの二人は、互いに好き勝手に生きているだけの仲である。別段の深い仲でもなければ、力関係も貸し借りも無い。
「貴方達が私を殺してくれるのかしら」
「手前ェの、誰かの、往く先なんか知らねェよ。好きにしろ」
 吐き捨てる様にキリジが告げれば、
「ありがとう、好きにさせてもらうわ!」
否定ではないと取ったのか嬉しげな影朧が、揃えた指先をふわりと差し向ける。導かれる様にして黒い羽根が二人を狙って降り注ぐ。
「というワケだからメルメっちも好きにしな」
「かしこまりました、キリジ様」
 心得ていた様にキリジの前に出るメルメッテ。彼女の腕輪から一瞬、淡い青色の光条が走り、黒い羽根たちは弾かれた。二人と影朧の間に築かれたのは不可視のバリアだ。追撃のつもりだったろう、距離を詰めていたエリザヴェータの流れる様なミドルキックも、文字通りに流してしまう。
「少しだけ考え直してみませんか」
 メルメッテは過去にさほど拘らない。淡い瞳が見詰めるのはいつも今この瞬間と未来であった。実験体であった彼女の過去が好ましいものではない為……というのも否めない。けれど『主様』に救われてから、外の世界に出てからは、日々新しい情報に触れ、お気に入りの品や友人も出来た。そうしている内、過去を振り返ることよりも、気のおけない知人と戦場に共に立つ今この瞬間のことだとか、来週のおでかけの予定だとか、忙しく胸の高鳴る今と未来に目が向くのは当然のことだった。
「貴方様がされたいと仰っていた、お出かけもお買い物も、観劇、ダンス……恋も。どれだけ同じ自分であろうと、骸の海へと沈む度、胸に響いた想いがリセットされてしまうのは勿体無い気が致します」
「そう、そうね。でもそれさえ忘れてしまったなら、勿体ないと思うこともないでしょう」
 体勢を整えたエリザヴェータがバックステップで距離を取ったその先で、キリジの拳銃・カラゴズの銃口が彼女の頭蓋を狙っていた。
(「転生は死んでも嫌……か」)
 銃口が火を噴く。
「きゃっ……」
 足元を穿つ銃弾に、エリザヴェータが後ずさる。キリジが銃口を大きく下ろして威嚇射撃に切り替えたのは、別に情けを掛けたわけでもない。
「生憎花束は用意がねぇ」
 言って聞かせて、二発目、三発目と重い威嚇射撃を重ねてやる。
 影朧の末路に興味はないものの、メルメッテがどの様な選択をするのかは正直少し興味があった。そして彼女は転生を勧めている。ゆえにキリジもこの影朧が転生したくないだなんだと喚いてたのさえ"全部聞かなかった"事にして無視することにしただけだ。どの道、義理もないのに頼みを聞いてやる理由もない。
 メルメッテのバリアはさながら舞台と客席を隔てたプロセニアム。この影朧の願いも思惑もどうせその向こう側のことであれば、この場をいっそ彼女ひとりの為の舞台としてやろう。
「オレ等は踊れねェからアンタが踊りな。終わりまで見届けてやるからよ」
「改めて個の存在として確立し、全てを一つの己・一つの心に刻んで歩む道は、悪いものではないと存じますが」
 キリジは投げやりなようでいて面倒見の良さを隠し切れていないし、ふんわりおっとりしている様に見えるのにメルメッテは譲らない。影朧はきょとんとした表情でそれを見て、聞いた。
「んん、思ったよりも優しすぎて困っちゃう。私……」
 目を逸らし、悩んだ返事の続きは言葉の代わりに、義足を軸にしたピルエット。低い位置で緩く唸ったトウシューズの仕込み刃から放たれた衝撃波は、けれど二人に届かない。メルメッテの思念銃から放たれた『等除却』……同じ熱量で放たれたサイキックパワーは衝撃波など易く相殺してしまう。思念の余波が空気を震わせ、エリザヴェータの元へと伝わればその片脚に痺れを齎した。
「……あ、れ?」
 が、それだけと言えばそれだけだ。戸惑いの声が漏れるのも無理はない。影朧は曲がりなりにも彼らを傷付けようとしたと言うのに、反撃に何処までも害意がない。
「どのような結末であろうと幕が下りるまでお付き合い致します」
 メルメッテの真摯な言葉を受けて、影朧は今度は言葉で返すしかない。
「ありがとう。確かに、貴方たちのことは覚えていたいかも」
 でも……と続く声が沈む。黒い羽根がぶわり、と宙に舞う。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

百鳥・円
【MAD】

殺されたがりの愛されたがり
いいですねえ、未練の欠片も感じない
宝石に換えたら曇りひとつもなさそうです
紅玉のようなお目目とお揃いだったりして

死にたいなら最期をあげましょう
愛されたいならアイをあげましょう
そう、欲しいなら与えてあげますよ
あくまでも代替品ですがね
惚れた腫れたの恋に巻き込まないでくださいな

【獄操刃】
ああ、やっぱり結構です
紅い宝玉だったとしても、いらない
その願いごと硬い刃で砕きましょうか

先ほどはちょっぴり惑ってしまいましたが
お別れくらい、ちゃあんと挨拶しましょうか
わたしは百鳥円。人でなしの模倣品です

本当の愛を知ったのなら
来世で聴かせてくださいな
わたしがあなたを憶えていたら、ですが


ハイドラ・モリアーティ
【MAD】
死ねるやつはどーして皆ポジティブなんだ?
俺にちょっと恵んでほしいね
まあ、世間知らずなおバカちゃんレベルは要らないが

死にたいなら死なせてもいい
ぶっちゃけ、俺にゃ関係ない
お前のみみっちぃ恋愛観も
メンヘラちゃんのこじらせ妄想だってことで
まともに取り合っちゃやらねえってだけ
お前の思う通りってのが癪なくらいかな
円は?

【IRONY】
いいんじゃね
何回でも殺されたいなら
転生だろーがそのまんまだろーが
どっちでも叶えられる
だが、言ったろ――癪に障るんだ
お前を呪う。この俺が呪ってやるよ
お前の願いは果たされない
神罰だからね
来世で本当の愛ってやつをよおく学んできな
出直してきな。『甘ちゃん(シュガーベイビー)』



 『死ねる』やつというのはどうしてこうも皆ポジティブなんだろう。『死ねぬ』存在であるハイドラ・モリアーティは心底不思議で仕方ない。その無駄な前向きさがいっそ胃もたれしそうなほどで、少し恵んで欲しいとさえ思えるのだ。
まぁ、この世間知らずなおバカさ加減も伝染るとしたらそこは遠慮しておくが。
「死にたいなら死なせてもいい。ぶっちゃけ俺にゃ関係ない」
 この不死の美少女が黒髪をかき上げながら進み出れば、不満げに頬を膨らませる影朧である。
「別に、生きられるなら生きたかったわ。貴女たちがパパを追いかけて来なかったら良かったじゃない?」
「あ、それは仕事だから話は別ね」
 そうして今こうして向き合うことさえ仕事である。ゆえにこの討伐対象の背景や思惑だなんてハイドラにしてみればどこまでもどうでも良い。この影朧の矮小な恋愛観も、いわゆるメンヘラちゃんのこじらせ妄想なのだ。まともに取り合うつもりもない。
「仕事だとかで人の人生に干渉するなんてめいわくよ」
「そう?このまま殺してやるのもお前の思い通りってのが癪なくらいかな」
「あら、私、貴女がいうからお茶菓子もご用意したのに、ご挨拶だわ」
 拗ねた様な影朧の指さす先に、机の上のクッキー缶がある。
「もはやそんな気分でもねェし……円、どうする?」
「殺されたがりの愛されたがり。いいですねえ、未練の欠片も感じない。宝石に換えたら曇りひとつもなさそうです」
 百鳥・円は白い指先を合わせて、色違いの瞳をそれこそ宝石の様に爛々と輝かせている。
 この影朧のみた夢はどんな宝石になるだろう。その瞳と同じ紅玉の様な宝石となるのだろうか。値踏みする混じりの夢魔の瞳に気おされて気まずげな影朧に笑いかけてやる。
「死にたいなら最期をあげましょう。愛されたいならアイをあげましょう」
「あら、本当?」
「そう、欲しいなら与えてあげますよ。――あくまでも代替品ですがね」 
「んん、それはあんまり欲しくないかも」
 真剣に引き気味の影朧である。円は笑顔を崩さない。
「でも、私たちを惚れた腫れたの恋に巻き込まないでくださいね。……あ、と。やっぱり結構です。紅い宝玉だったとしても、いらない」
 突然だが、気が変わった。よくよく思えば、つまらないのだ。その曇りのなさ、すなわち浅さも。気に入りの宝石だけを収集した瓶の底を埋めるには値しない。
 ゆえにその願いごと硬い刃で砕いてしまおうと、円はその背の黒い翼を広げる。
【獄操刃(オブシディアン)】。
 殺気に慌てた影朧が差し向けた黒い羽根たち等紙の様に引き裂いて、鋭い爪先の一閃は影朧を袈裟懸けに切り裂いた。
「あ……痛……っ」
 驚愕した様に開かれる瞳。血を流すのだから当然なのに、そんな当たり前のことさえも忘れてこのおバカな少女は死にたいだ等と宣っただろうか。それを半目で眺めつつ、花の唇に咥えた黒い紙巻き煙草に火をつけるのはハイドラだ。
「いいんじゃね。何回でも殺されたいなら、転生だろーがそのまんまだろーがどっちでも叶えられる」
 細く吐き出す煙に毒が混じるのは、彼女のユーベルコード【IRONY】の権能だ。主に敏捷性を強化しながら、変異した体質は紡ぐ言葉に呪詛を乗せ、毒素を生み出した。
「だが、言ったろ――癪に障るんだ。お前を呪う。この俺が呪ってやるよ。お前の願いは果たされない」
「嫌だわ、意地悪!」
 ハイドラがこの垂れ流す毒の代償に寿命を削ってやっている慈悲深さ等、この影朧にはわからぬだろう。無論、削る寿命が尽きたところでハイドラが死ぬに死ねぬことも然り。咳き込みながら口元を押さえて息を潜めようとも、この毒は海中にあって水がその肌に染み入る様にして生命を侵すことさえも。
「先ほどはちょっぴり惑ってしまいましたが、お別れくらい、ちゃあんと挨拶しましょうか」
 常の調子を取り戻してにっこりと円が微笑む。
「わたしは百鳥円。人でなしの模倣品です」
 己を保っていればこそ、そんな自虐も易く嘯ける。それを知っているハイドラは瞳を細めて彼女を見やり、それから影朧に視線を移す。
「来世で本当の愛ってやつをよおく学んできな。……出直してきな、『甘ちゃん(シュガーベイビー)』」
「本当の愛を知ったのなら、来世で聴かせてくださいな。……わたしがあなたを憶えていたら、ですが」
「嫌よ」
 苦し紛れに宙を掻いた影朧の指先が、黒い羽根を彼女らへと嗾けた。二人は顔色ひとつ変えずして、すべてを易く防いで落としてしまうのだが。
 その隙に逃れる様に僅かばかりに距離をおいて影朧は振り向いた。
「嫌よ。本当の愛だなんて、知っても、教えてあげないわ」
 指先で右の下瞼を引き下げて、小さく舌を出す。
「でも、貴女たちのことは絶対忘れてあげないわ」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ヴィルジール・エグマリヌ
真の姿で
白眼は黒く染まり
鴉の嘴めいたマスクで口許を隠す

そう――
ならば私は、君の意思を尊重しよう
転生したからって
幸せに成れるとは限らないしね

ダンスは好きかな、マドモワゼル
ワルツ位なら御相手できるけれど
バレェは生憎からきしでね

代わりに――
この子たちと踊っておくれ
戦場に招くのは瀟洒な鋸たち
彼らにはエリィの脚以外を狙わせよう

いのち尽きるまで踊り狂う舞姫の姿
最期まで見ていてあげる
何なら、喝采を送っても良い

隙が出来たら鋸に紛れつつ彼女へ肉薄
Canopusで急所に切りつけよう

骸の海でひと眠りして
其れからまた戻っておいで
何度でも、心を籠めて殺してあげる
君が誰かを殺す前に、必ずね

次は似合いの舞台に立てますように



 傷ついた影朧が、くるりくるりとフェッテを披露する。零れる血を、黒い羽根を舞い散らして、グランドピアノの傍で回る。回を重ねるごとに流れる血の量を減らして、傷を塞いで。ゆえに猟兵がそれを許そうはずもない。
 その近くへと今歩み寄る影がある。
「あら、貴方は……」
 男は、その奢侈な装いと冷然たる佇まいはそのままに、常は悠然と笑みを湛える口元が今は鴉の嘴にも似た黒いマスクに覆われている。白目は黒く染まり、けれども翡翠の瞳と、肩に背に艶やかに流れる藍の髪とはそのままだ。
 それがヴィルジール・エグマリヌの処刑人としての本来の姿であるとこの影朧が理解したかは解らない。それでも、それが彼であることは解るらしい。
「ヴィルジール! みて、みて、さっき話したお気に入りのピアスなの」
 血のついた手で、耳朶を飾る数カラットのピジョンブラッドを示すのだ。
「宝石がお好きなのでしょう。あとで形見分けとして貴方にあげてもかまわないわ」
「そう――」
 口元の淡い微笑みはマスクに隠されながら、ヴィルジールは翠の瞳を細めた。
 転生を望まぬ等と啖呵を切ったこの影朧の希望を叶えてやろう、と男は決めていた。ここで転生をさせたなら手をくだす者たちは確かに一時の罪悪感を逃れるやもしれぬ。しかしこの彼女にしてみれば、転生をしたからと言ってその先で幸せに成れるとは限らない。
「ダンスは好きかな、マドモワゼル」
「ええ、ええ!大好きよ。パ・ド・ドゥをご一緒いただける?」
「ワルツ位なら御相手できるけれど、バレェは生憎からきしでね」
 差し出された手に首を横に振るヴィルジール。
「代わりに――」
 エスコートするようにして優美な仕草で差し出し返す手に影朧が応える前に、虚空に呼ばれ出づるのはアンティークな鋸たちだ。
「この子たちと踊っておくれ」
「あら、貴方はいっしょに踊ってくださらないの?」
エリザヴェータが唇を尖らせる。
「最期まで見ていてあげる」
 答えず、はぐらかす様でいて、この粋な男寡は彼女の期待を裏切らぬ。
 ワルツですらない、音のない旋律は子守歌。数多の血を吸った鋸たちは、舞い続ける影朧の脚だけは決して狙わない。彼女が満足するまで終わりはまだまだ先なのだ。傷を癒すべくグランフェッテを続ける彼女の肩に腕に、治すより早く鋸が抉る様にして新たな傷を描いて行く。
 きっと放っておいたならこのままいのち尽きるまでもこの少女は踊り狂うだろう。なれば、ヴィルジールはその終幕には喝采さえもくれてやるつもりでいた。
 ゆえに、その刀身に鮮やかに竜骨座を煌めかせた処刑刀――Canopusの刃を振り下ろしたのはほんの慈悲であり、些細な好奇心である。
「骸の海でひと眠りして其れからまた戻っておいで」
 処刑人の一閃は決して狙いを過たない。
切れた頸動脈から血を噴き上げる傷口を影朧は手で押さえつつ、惰性で一度、二度とフェッテを披露した。結果的にはそれが死期を遠ざけることになっただ等と、失血に蒼褪めた今の彼女にはわかるまい。
 足元をふらつかせたエリザヴェータの背を支えてやりながら、うつくしい貌をした死神は囁いた。
「何度でも、心を籠めて殺してあげる。君が誰かを殺す前に、必ずね」
「……なんて優しくて残酷なひとかしら」
 蒼い頬をほんの僅か上気させて、影朧が零す。
「ありがとう。やはり貴方の奥様が羨ましいと思ってしまったわ」
 潤む瞳を閉じながら、でも、と影朧が継いだなら、ヴィルジールはその答えを断ることはしなかった。
「あのね、もう少しだけ時間をちょうだい」
 情に絆された筈もなく、唯、この刻限つきの躰を引きずるばかりの影朧ならば、いつでも仕留められるがゆえに。

大成功 🔵​🔵​🔵​

シャト・フランチェスカ
ねえエリィ
きみは言ったね
繰り返すことを決めている、と

『今』のきみの人生は
初めから報われない前提ってこと?

僕の目の前に居るエリィが
きみとして在ることに満たされたなら
もう殺される必要も
生まれ変わる必要も
きっとなくなる

ハッピーエンドが好きなのでしょう
なのに
死に収束する物語を
きみは自分で選び取っている

ふふ
偉そうに言える僕じゃないんだけれど
少しだけ、きみに親近感を覚えたから

殺したいほどの激情は
愛の熱量にきっと似てる

踊りはよく解らないんだ
この手を取って
僕に教えて?
軽やかな足取りと愛しい痛み
きみの瞳のように紅く染めて

どうだい
その心は癒えるかい

エリィの存在はエリィだけのもの
決めるのはきみ
物語の結末を僕に魅せて



「シャト、会いたかったのよ」
「ねえエリィ、きみは言ったね。繰り返すことを決めている、と」
 シャト・フランチェスカは、自らの姿を認めるや覚束ない足取りで歩み寄って来る影朧へと静かに言葉をかけてやる。無限回廊での不躾な問答をも真面目に返したこの文豪は、ゆえにこの影朧の発言もようく覚えていた。
「言ったわ。私ね、そうすると思うの」
「『今』のきみの人生は初めから報われない前提ってこと?」
「ええと……そんなの嫌だけど、でも、それがね、なんだかそんな気がしてしまうのよ」
 回廊とまるで同じ風情で無防備な距離で立ち話をするエリザヴェータに、シャトは細い首を傾げるのだ。
「僕の目の前に居るエリィがきみとして在ることに満たされたなら、もう殺される必 要も生まれ変わる必要もきっとなくなる」
 殺害であれ転生であれ変わらない。満たされているならば『次』に何を求めるだろう。
「ハッピーエンドが好きなのでしょう。なのに死に収束する物語をきみは自分で選び取っている」
「ええ、そう。私はそれを認めたくないけど、でもそうなの」
 困ったように眉を下げて、影朧は拍子抜けするほどに素直に不安を口にした。それはこの問答に最初からシャトの異能――【Don't Lay Down Your 《✕✕》(キミシニタマフコトナカレ)】が織り込まれていた為であろうか。
「ふふ。偉そうに言える僕じゃないんだけれど……少しだけ、きみに親近感を覚えたから」
「私に? 私たち、お揃いかしら。そしたらそれは……私、好きよ!」
 軽々しくこの影朧は言う。けれど、シャトは、沙熔は、思うのだ。殺したいほどの激情は愛の熱量にきっと似ていると。腕に幾度も刻んだアイも、これまでに散々それを求めたものだというのに、けれど未だに『それ』に至らない。ゆえにそれを知る『シャト』をシャトは羨んでいる。
 その感慨は推敲をせぬ言葉で語るにはもう足りぬがゆえに、
「踊りはよく解らないんだ」
 ――この手を取って 僕に教えて?
 シャトは影朧に手を差し伸べる。
「そう、では、お手を拝借」
 差し出された白い手をふらつく影朧は半ば縋る様にして取ってみせ、満面の笑みを見せてから控えめに導くようにして引いた。
 シャトの逆の手には、刃を短く出したカッターナイフ。エリザヴェータの靴の踵に爪先には仕込み刃。軽やかな足取りでこの二人が舞うならば、音無きパ・ドゥ・ドゥのスタッカートでクレッシェンドで互いに愛しい痛みが傷が咲く。
 陽を嫌うその雪膚に傷を刻まれようが、シャトは赦して受け入れてやる。この弱い影朧がどう足掻いてもシャトという猟兵を殺せぬほどに力を持たないことは明白だ。それでも、その心が癒えることを僅かばかり願ってしまっていることを、露悪的なこの猟兵は見せることはないけれど。
「エリィの存在はエリィだけのもの。決めるのはきみだ。――物語の結末を僕に魅せて」
 憐れむ様にして見下ろしたこの麗しの文豪の眸を、影朧の両の紅玉が、数度瞬いて受け止める。零す溜め息は、もはや他意さえないものだ。
「シャト、ありがとう。……あのね、貴方の存在も貴方だけのものだと、私、願って……いいえ、信じているわ」
 舞踏へ誘う為に引いていたシャトの片手を、血に濡れたもう一方の手で包み込んでエリザヴェータが笑う。その指先に、力をこめて。

「私、とっても救われたのよ。ハッピーエンドになっても、そうでなくても、貴方だけは、笑って赦してくれるのでしょう」

大成功 🔵​🔵​🔵​

黒川・文子
貴女は死んでしまいたいのですか?

演技は最後まで続けます。
本日のわたくしはメイドではありませんから。

わたくしも転生はしたくありませんもの。
お気持ちは分からないでもありませんわ。
ですがこのまま殺してくださいなんて言葉は初めて言われましたの。
わたくしに出来るかしら。

貴女の思うような激しい愛を向ける事が出来るかしら。
この刀は大切なあの御方から頂いた物です。
あの御方のお力を貴女に向けるなんて。
あの御方のお力はわたくしの物ですわ。
激しい愛はわたくしに向けられるもの。
貴女になんて差し上げませんわ。
心に決めた御方がいる以上、貴女の望みも叶える事は出来ませんの。

そのままお好きなようになさいな。



「あぁ、薫子!会いたかったわ」
 血を垂れ流しながらもきゃいきゃいと笑う影朧に、清楚な令嬢は度し難いものを見る様に、困った様に柳眉を下げる。傷と血にまみれたこの影朧と、涼やかなワンピースに皺ひとつないこの令嬢は姿からして相容れぬほどに対照的だ。
「貴女は死んでしまいたいのですか?」
 黒川・文子はやや戸惑うそぶりを見せながら、しかし冷静に問うてやる。
洋品店然り、回廊然り、今の文子はメイドではない。スパイでもない。薫子という名前の恋する令嬢である。ゆえに、『らしく』振舞い続けている。
「わたくしも転生はしたくありませんもの。お気持ちは分からないでもありませんわ」
「本当?」
「ですがこのまま殺してくださいなんて言葉は初めて言われましたの。わたくしに出来るかしら。
……貴女の思うような激しい愛を向ける事が出来るかしら」
 慈しむ様にして触れるのは愛刀、『九』。虫も殺さぬ顔をした可憐清楚なこの令嬢におよそ似つかわしくない獲物だが、けれど今日はこの刀にさえも常と違う物語がある。
「この刀は大切なあの御方から頂いた物です」
「貴女が恋しているひとね」
 頷く。――これは軍人である彼が、本来であれば片時離れず傍らで彼女を護りたいと願って、けれどそれが叶わぬがゆえに代わりに贈った愛刀である。貴女のか細い腕には重かろうかと気遣いながらあの人がくれた、あの人が佩いていた刀。
「あの御方のお力を貴女に向けるなんて。あの御方のお力はわたくしの物ですわ。激しい愛はわたくしに向けられるもの」
 白い手には重たすぎる刀を、慣れぬ手つきで支えてそっと鯉口を切る。けれど、それより刀身を晒すことはない。互いに紅い瞳同士が見つめ合う。薫子は、ふ、と微笑んで結局刀を完全に納めてしまうのだ。
 そうして見せつける様にして、愛する人がくれた刀を抱きしめた。この刃の輝きを見せてやることさえも勿体ない。これはわたくしだけのものだから、
「貴女になんて差し上げませんわ。心に決めた御方がいる以上、貴女の望みも叶える事は出来ませんの」
「嗚呼、そう……そうよね。好きなひとがいるんだものね」
 影朧が呟く。目から鱗が落ちたと言わんばかりに、納得顔で頷いていた。
「そうだわ。貴女たちが私を愛してくれるかもって、私、どうしてそう思ったのかしら?」
「そのままお好きなようになさいな」
 薫子が穏やかな声音に愛を知る者の優越を滲ませて突き放してやったなら、影朧は少し寂し気に微笑んだ。
「ええ、そうね。デェト、上手く行きますように!」
 人の恋路の邪魔はしないで、影朧は踵を返してしまう。また別の見知った姿を見つけたらしい。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ジュジュ・ブランロジエ
アドリブ歓迎

真の姿を解放
外見変化衣装のみ
約束通りとっておきのショーを見せてあげるね

殺したい程の愛か
そういう形もあるのかもね
でも他にもあるんだよ
決して離れず地獄まででも共にいく愛
徹底的に相手を守り抜く愛
私は寄り添い支え合う陽だまりみたいな愛が良いな
(否定はせず他の可能性を例示)

貴女には転生してほしい
そして他の愛し方、愛され方も知ってほしい
だって私、エリザヴェータさんのことちょっと好きになっちゃったから
私のエゴだけど考えてみてくれると嬉しいな

白薔薇舞刃に光属性付与し2回攻撃
一緒に踊ろう!

脚の動きなど攻撃への予備動作を見切り、早業で光属性付与したオーラ防御で対処

攻撃も防御も光溢れる綺麗なショーにする



 ジュジュ・ブランロジエは装いを変えていた。裾に白薔薇をあしらう白いスカートに、若葉色のブラウス。さながら装いそのものが五月の薔薇のようなその姿。
身体的な変化はないが、それは猟兵としての彼女の真の姿だ。影朧と同じ舞台に立つに際して披露してやる正装に、無論、影朧は黄色い声で食いついた。
「ジュジュ、お召し替えをした?その装いも素敵だわ!」
「ありがとう。お気に入りなんだ」
『メボンゴも!メボンゴも真の姿!』
 はにかむようにジュジュが頷けば、メボンゴが手を挙げる。その様が可愛いとはしゃぐ影朧に、ジュジュは歩み寄って微笑んだ。
「約束通りとっておきのショーを見せてあげるね。一緒に踊ろう!」
 【白薔薇舞刃】。ジュジュが手にしたナイフが溶ける様にほどける様に、無数の白薔薇の花弁に姿を変える。その花弁に光を纏わせて辺りに舞わせてやったなら、白薔薇の幻想舞台の完成だ。
「わぁ、綺麗!」
 自らその舞台に飛び込んで気ままに踊り始めるエリザヴェータに、ジュジュも付き合ってやる。
 仕込み刃も黒い羽根もどこへやら。唯踊るだけの影朧に、ジュジュの白薔薇の刃も失せて、花弁は肌に触れる度光の粒子となって霧散した。その光さえも彩りとして、二人は踊る。
「ねえ、ジュジュ、私、自分がどうしたいのかよく解らなくなってきたのよ」
 親しい友達に相談をする女学生の様な顔をしてエリザヴェータが打ち明ければ、ジュジュも同じ温度で応えてやる。
「殺したい程の愛、だっけ……そういう形もあるのかもね」
「そう、そんな感じが良いような気がしていたのだけれど、意外とそうでもないのかしら? なんだか、思っていたよりもとっても痛いし、疲れたわ」
 拗ねた様な口ぶりの影朧に、ふわり、白いスカートを咲かせながらジュジュは笑う。黒いブーツは軽快にシソンヌに似たステップを踏んだ。
「じゃあ、他の形にしようよ。決して離れず地獄まででも共にいく愛、徹底的に相手を守り抜く愛」
「んん……ジュジュのお勧めはそのどちら?」
「私は寄り添い支え合う陽だまりみたいな愛が良いな」
「あら、それも素敵ね!」
 今はご機嫌にアラベスクを披露する影朧の手を取って、ジュジュは真直ぐに彼女と向き合った。口元に讃えた微笑みも、翠の眸も何処までも穏やかで、真剣だ。
「貴女には転生してほしい。そして他の愛し方、愛され方も知ってほしい。だって私、エリザヴェータさんのことちょっと好きになっちゃったから」
 考えてみて欲しいと伝えるジュジュに、真っ赤に染めた頬に手を当てるエリザヴェータである。
「……告白されちゃった」
 踊ることも忘れて立ち尽くして、やがて影朧は頷いた。
「ありがとう。私、そうするわ。なんだか、皆勧めるものね。それに、そんな風にお願いされたら断れないし」
「転生したエリザヴェータさんに、もっと素敵なショーを見せられるように練習しておくね」
「本当?楽しみ――」 
 ふと、小さく呻く声が二人の耳に触れた。見やれば、意識を取り戻した英二郎が、頸を押さえつつ身体を起こすところだった。戦いの跡と、手負いの影朧の姿を眺めて、概ね状況を察したらしい。
「嗚呼……結局こうなってしまったんだね」
「パパ、今までありがとう」
 もの言いたげな彼を遮る様にエリザヴェータは笑ってみせて、優雅なレヴェランスをひとつ。

「もう一度、少しだけおやすみなさい。そうして次に目覚めたら私のことは全部忘れて、幸せに生きるのよ」

 ユーベルコードであるそれは元々一般人には抗い難い『お願い』だ。殊に、相手がこの男なのだ。シュガー・ベイビーの最期のワガママひとつ叶えてくれぬ筈もない。――ゆえにそのお願いはいっそ呪詛めいた威力を持った。
 彼が眠りに落ちるのを見届けてから、転生を受け入れることにした影朧は遊び疲れた子どもの様に笑う。

「あぁ、楽しかった」



 やがて目覚めた英二郎に、猟兵たちは口裏を合わせて、戦闘で荒れた邸宅の有様を強盗が入ったのだと説明をした。多少困惑した様子ながらも彼は多くを尋ねることもなく、丁寧な礼と労いを猟兵たちに述べて、それだけだ。
 その彼のジャケットの肩にひとひらの黒い羽根がついていた。去り際に気付いた白兎が手に取って差し出してやる。

『ねえ、おじさま!これは幸せのお守りだよ』

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2021年05月23日
宿敵 『無垢なる舞姫・エリザヴェータ』 を撃破!


挿絵イラスト