●雨だれのレクイエム
頭上には今にも泣き出しそうな曇天が広がっていた。
墓地の傍らの小さくも三廊式のバシリカ様式の聖堂は、雲間に稲妻が光る度、黒い影として浮かび上がる。
片手に花束、片手に黒い蝙蝠傘を差し、覚束無い足取りで墓地を歩くのはひとりの若い男性である。
新しくも古くもない墓石の前に、雨に濡れた花束を置く。濡れた地面を気にも止めずに跪き、敬虔に胸の前で指先を組む。頭を垂れて目を伏せれば、ぽつり、ぽつりと雨が降り出す。
「……ーーごめんなさい」
彼女の終わりが近いと知りながら、最期まで傍に添い遂げることが叶わなかった。日々弱って行く彼女を見つめて、どうしても、見届けるだけの勇気がなかったのだ。
伏せた顔。頬を伝うのは涙か、雨か。
『汝の罪は何か?』
雷鳴を伴って、頭上から声が降る。
その声は現実のものではないと、男にも理解出来る。空気の振動も伴わず、脳内だとか思考だとかに直接語る声だった。
「私は……彼女に最期まで向き合うことが出来ませんでした」
『汝が彼女を死に至らしめた?』
「私はーー……」
……私が?
そうだろうか。……そうかもしれない。
私が……そうだすべて私が、私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が……。
『戻りたいだろう?その頃に』
男が跪く墓石の向こう、稲妻を背に黒い影が浮き上がる。
顔を伏せた彼は気づかない。
影から漂い出した瘴気が男の意識を奪い、ぬかるむ地面にその身が沈む。呪わしい記憶を塗り替える様に、戻れない筈のあの頃の淡く幸せな夢を見る。曖昧な眠りは徐々に深まって二度とその目が開くことはない。
●汝の罪は
「懺悔をしたい罪、ってある?」
指先で豊かな白い毛先を弄びながら、エレニア・ファンタージェン(幻想パヴァーヌ・f11289)の口振りは問いとも独白ともつかぬ。
返事がないのを確かめてから、頬杖をつきつつ、こてり、首を傾げた。
「UDCアースのとある教会墓地で、民間人が消えているそうよ」
呪詛型UDCというのかしら、と少女の形をしたヤドリガミは事も無げに云う。
「観光地でもないような、廃墟にも近い教会の墓地だそう。彼らは、深く誰かの死を悼む者の前に現れる。知人でなくとも構わないかしら、誰かを想って墓前に手を合わせるならば、おびき寄せることが出来るそうよ」
大した仕事ではない、と、彼女曰く。
墓地には碑文が削り取られた罪人墓地も、身寄りのないものたちの眠る共同墓地もある。猟兵たちが誰かを思い起こすのを妨げることはないだろう。
「問題はその後で、懺悔を求められるのよ。懺悔を、告解を、したいような罪はある?」
何故、どうして、彼らは死んだ。おまえはどうしてそれをした。それは諸君のせいであったろう。……いやらしく古傷を抉る様なその問いこそはUDCの策略だ。
「誰だって快いものではないでしょう。思い出したくないことだって、あるでしょう」
頬を膨らませ、エレニアは云う。そうして懺悔をさせておいて、心が折れた者から、UDCは狩ると云う。
「囮をして、抵抗して、そのまま彼らを倒して頂戴。気をつけてね」
申し訳程度に一言添えれば、あとは何とかなるとでも言わんばかりにエレニアは微笑んだ。 傍らに携えていた蛇頭の杖を抱き寄せれば、真鍮の蛇が煙を吐き出す。
「行ってらっしゃい」
螺旋状に広がる煙の向こう、今にも降り出しそうな不機嫌な空がある。
lulu
こんばんは。luluと申します。2度目です。
オープニングをご覧いただき、本当にありがとうございます。
本作は、プレイングをいただけました場合には、ゆっくり少数ご案内をしてまいります。
GWがだいたいの目安です。
●1章
断章なし、OP記載〜募集開始
ひとけのない墓地。
二度と会えない大切な誰かへと哀悼を捧げてください。
もしそうしたひとがいない場合には、適当なお墓の誰かの安寧を祈ってあげてくださいませ。
●2章
断章掲載〜募集開始
あたりに瘴気がただよい出し、猟兵は深い喪失感に襲われると共に、懺悔ないし告解を求められます。
皆さまの罪をどうかたくさんお話しください。中身は殺人からささいなものまでなんでも構いません。
聞くのは所詮UDCだけです。(同行者に聞かせたい場合、その限りではありません)
●3章
断章掲載〜募集開始
集団戦となります。
すべての元凶となるUDCの群れを思い切りぶちのめしましょう。
第1章 日常
『墓前にて』
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POW : 手を合わせる
SPD : お花を供える
WIZ : 思い出語りをする
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百舌鳥・寿々彦
WIZ
思い浮かべるのは唯一人
僕の双子の姉、鈴子
珈琲が好きで、しっかり者で、優しくて、綺麗な黒髪が自慢のあの子
どうしてこうなったんだろう
母さんが家を出てって
父さんがおかしくなっちゃって
いつの間にか邪神教団に入団してて
手の中の水仙の花束を握りしめる
父さんに連れて行かれた邪神教団が僕と鈴子を引き裂いた
僕は…鈴子を守れなかった
嫌、違う
鈴子は見抜いてたんだ
僕が逃げ出したかったのを
だから、あの子は進んで生贄になった
だけど
その先が思い出せないんだ
気付いたら僕しかいなくて
周りは真っ赤に染まってて
鈴子はいなくて
ねぇ、鈴子
今…どこにいるの
僕を置いて行かないで
独りにしないでよ
僕は…君がいないと駄目なんだ
助けて、鈴子
開きっぱなしでギィギィと風に鳴く錆びた門扉を潜ったならば、そこは死者たちの領域だ。冷たい墓標、立ち枯れた木々、教会の黒い影までも陰鬱だ。
俯き加減に歩く百舌鳥・寿々彦(lost・f29624)の姿は、不思議とそんな景色によく馴染む。白い髪に黒衣の彼が灰色の墓地を背にすればモノクロ映画の一コマのよう。片手の水仙の花束だけが辛うじて色を持っていた。
誰のものとも知れない墓を前にして、思い浮かべるのは唯一人。
思い出すのは、珈琲の香り。彼女のいるどの場面にもそれはあるけれど、たとえば一緒に歩いた学校帰り。寿々彦がスイーツを買えば、帰宅するなり彼女が珈琲を淹れるのだ。和菓子なのにと苦笑する寿々彦に、だって好きだからとあどけなく笑う彼女ーー鈴子は、寿々彦の双子の姉だった。
嫌なこと悲しいことがあった時、寿々彦が何も言わずとも彼女だけは気付いてしまう。決して無理強いはせずに話を聞いて、一緒に解決してくれる、優しくてしっかり者の鈴子。彼女の自慢の長く艶やかな黒髪は、寿々彦の目から見ても美しかった。
「どうしてこうなっちゃったんだろう」
他人の墓へ、ぽつり、呟く。
歯車が狂い出したのは母が家を出てからだ。精神を病んだ父親は、いつしか邪神教団に入団していて、父が二人を連れて行った邪神教団が、双子たちを引き裂いた。
我知らず、手の中の水仙の花束を握りしめる。
「僕は……鈴子を守れなかった」
後悔を声に出して、……嗚呼、でも、本当は違うと知っている。思えば鈴子はいつもの様に見抜いてたのに違いない。あの時寿々彦が声に出さないだけで、逃げ出したくてたまらなかったことなんて。
だから、鈴子が進んで生贄になった。寿々彦を心配させぬ様、震えを隠して、気丈な顔をしてみせて。
そうしてその先を寿々彦はどうしても思い出せぬのだ。頁が抜け落ちたかの様に次の記憶はいきなり血の赤だ。教団の大人も父も、鈴子の姿もそこにない。ひたすら赤に塗れた景色の中に寿々彦はただひとり取り残されていた。
「ねぇ、鈴子。今……どこにいるの」
水仙の花束が足元に落ちた。
縋る様にして、石の墓標に寿々彦は頬を寄せる。ひやりとした冷たさは、寿々彦と同じ、死の温度。
此処に鈴子がいないこと等わかっているのに、そうせずには居られなかった。
「僕を置いていかないで。独りにしないでよ。僕は……君がいないと駄目なんだ」
堰を切った様に感情が溢れ、止まらない。無駄と知りながら寿々彦はその名を呼ばう。
「助けて、鈴子」
答える様に、空が泣き出す。
大成功
🔵🔵🔵
黒川・文子
メイドが誰かへ祈ることは許されますか?
わたくしめにももう二度と会えない方々はおります。
一緒に仕事をした仲間や一緒に寝泊まりをしていた方。
わたくしめの先輩や後輩。
メイドとしてのわたくしめも沢山の者たちを見送ってきました。
あなた方へ祈ることは許されるのでしょうか。
わたくしめがあなた方の前にいることは許されるのでしょうか。
わたくしめはまだあなた方へと哀悼を捧げる覚悟が出来ません。
今は顔も知らない誰かへと祈りを捧げる事を許してください。
今のわたくしめはメイドの黒川文子。
どうか土の下で眠る皆様が安らかでありますように。
誰かの代わりに祈ることを許してください。
ぽつりぽつりと降り出した雨が、さして間をおかず本降りになる。
黒川・文子(メイドの土産・f24138)は傘も持たずに佇んでいた。雨に打たれた濡れ羽色の御髪が頬に額に纏わりついて端正な顔を縁取って、それに構う素振りもなしに、伏せた瞳で墓碑を見下ろす。
「メイドが誰かへ祈ることは許されますか?」
尋ねる相手は墓の主か、祈りの相手たる「誰か」だろうか。
強さを増した雨音以外に問いに答えるものはない。
文子にももう二度と会えない人々は居る。たとえば一緒に仕事をした仲間。たとえば寝食を共にしていた人物。たとえば先輩だとか後輩だとか言う様な間柄の者たちにしたってそうだし、たとえば、たとえば……。指を折れど足りない。けれど指折り数えずとも、その面影のどれひとつ決して忘れたことはない。
ーー文子の正体はスパイである。危険と隣り合わせのその稼業では、見知った者の死など珍しいものもでない。誰もがその道を選んだ時から、畳の上で死ねる事など夢のまた夢だと知っている。
そして不思議とメイドとしての文子もまた多くの者を見送って来た。
誰も彼も、在りし日の笑顔も最期の時見せた表情も節操もなく綯い交ぜに、等しくどれも忘れられずに今も文子の胸の裡にある。もしも幸せな顔だけを選んで思い出せたなら幾らか気楽な筈なのに、自責の念が許さない。そも、そうまで割り切ることが出来たならこの今の逡巡さえもないだろう。
「あなた方へ祈ることは許されるのでしょうか」
後ろめたさがあればこそ、彼らの安寧を祈ることは元より、彼らの前に立つことさえも文子は躊躇してしまうのだ。
ゆえに目の前の墓碑にはどうしても彼らを重ねることが出来ない。思い悩んで、細い身体から雨が体温を奪い続ける中でずっと此処にいる。彼らに祈りを捧げることと、知らぬ誰かをこの場限りの祈りの為の偶像とする非礼とを秤にかけて、それでも、
「わたくしめはまだあなた方へと哀悼を捧げる覚悟が出来ません」
誰が咎める訳でない。文子の覚悟だけの問題で、ゆえにこそ未だこうして折り合いがつけらない。
「でも……」
いつも清潔に整えられたメイド服の裾が泥水に浸かるのも厭わずに、文子は知らぬ誰かの墓の前に膝を折る。
苔生した墓碑に刻まれた名は、ごくありふれた、何処かの知らぬ誰かの名前。今の文子にはそれが救いだ。文子が決して忘れ得ぬ、どの面影を呼んだ名前ともそれは異なるものだから。
「今のわたくしめはメイドの黒川文子」
濡れた墓碑の名を白い指先でなぞりながら文子はゆっくりと、噛んで含める様にして告げるのだ。誰かの代わりに祈ることをお許しくださいーーと。
「どうか土の下で眠る皆様が安らかでありますように」
いつか、違う墓前で違う名で同じ祈りを捧げることは叶うだろうか。
雨が降る。
大成功
🔵🔵🔵
シャト・フランチェスカ
僕の名が
此の中のひとつに刻まれていないのが変なんだ
手を合わせる相手はいない
本当の『シャト』は桜の樹の下
生きたかった少女は死んだ
死んで漂っていた『僕』は
彼女の座と入れ替わり
僕になった
名が記されていない石がある
長い間忘れ去られていたような
誰からも逢いに来てもらえない墓
冷たい表面に触れて
知らぬ誰かに黙祷した
僕はきみだったかもしれない
紛い物としてでも生きて
不確かな自我を暴かんと
筆を走らせ続けなければならない
それでも
生きていたほうがいいって、きみは思う?
噫、
生きている癖に土の中に焦がれる僕が
きみの睡りが穏やかであるようにと願うなんて
可笑しな噺だね
命は廻る
きみに来世が訪れた時
僕みたいにはなってはいけないよ
シャト・フランチェスカ(侘桜のハイパーグラフィア・f24181)は手向けの花のひとつ持たぬのに、その在り様は陰気な墓地に花が咲いた様だった。頭部を飾る一対の桜の枝の話ではない。彼女の白い肌を紫陽花色の髪を濡らして滴れば、雷を引き連れた今日の嫌な雨さえも慈雨とでも呼び表したくなる様な、そうして周りをも巻き込むまでに嫋やかな風情を持っている。
手を合わせる相手など持たないシャトは墓の群れの中を彷徨い歩く。
立ち並ぶ墓、墓、墓。その生前が如何なるものであろうと、死は平等に訪れる。如何に生きて如何に死んでも誰もが今は静かに此処に眠り、土に抱かれて、土に還る。せめてもの足跡の様に名前だけをその墓碑に遺して。
灰色の石たちに桜色の瞳を彷徨わせながら、シャトには不思議で仕方ない。
(「僕の名が此の中のひとつに刻まれていないのが変なんだ」)
シャト・フランチェスカ――探しても探してもその名が見つかることがないのが。
無理もない。祈りを捧ぐべき本当の『シャト』は桜の樹の下で眠って居る。
生きたかった少女は死んだ。死んで漂っていた『僕』が彼女の座と入れ替わり、そうして彼女と彼とは今のシャトへと至るのだ。
シャトの瞳を捉えたひとつの石がある。誰の名も記されていない、石だ。周りに立ち並ぶそれよりもひときわ古びて、風化して、周りより濃く深い草の中に沈む。それは長い間忘れ去られていたような、誰からも逢いに来てもらえない墓だった。
シャトのか細い指先がその冷たい表面を慈しむ様に撫ぜた。睫毛を伏して、知らぬ誰かに黙祷をする。
「――僕はきみだったかもしれない」
それは願望であったかもしれない。
シャトはシャトである限り、紛い物としてでも生きねばならぬ。自己が曖昧に揺らぐ不安に怯え、叫び出しそうになる狂気に追われ、それらから逃れる為には不確かな自我を暴かんと筆を走らせ続けなければならない。
「それでも、生きていたほうがいいって、きみは思う?」
胸元に小さく十字を切りながら、可憐な唇が弧を描く。噫、我ながら可笑しな話だ。生きながら土の中に焦がれる自分自身が今、誰かの睡りが穏やかであれと願っている。生きろだなんて呪いだと、シャトは誰よりも知っている。ゆえに誰に弔われず願われずとも、土の下に眠るこの知らぬ誰かの方がシャトよりもずっと穏やかでいるのかもしれないのだ。実に羨ましいことに。
「きみに来世が訪れた時、僕みたいにはなってはいけないよ」
シャトの頭の桜の一枝から、薄紅の花弁がひらりと舞って、名も無い墓の上に落ちた。
雨が、降り続いている。
大成功
🔵🔵🔵
丸越・梓
アドリブ、マスタリング歓迎
_
──教会
頭では判っている。異邦の故郷が奉ずる神の御膝ではないと
そも俺は信仰していたわけではない
唯、この『黒色』を以て生まれたが故にその神と民の敵だった、俺への繰り返される拷問。恐れられ何度だって向けられた殺意
嫌でも蘇るその記憶に瞳の影は濃く
然し爪先が立ち止まったのは一瞬。すぐに歩き出す背中
懺悔など数えきれぬ程あった
俺の力がなかったせいで大切な人たちを護れず喪い続けた
孤児院の弟妹。そして部下達
──全て俺のせいだ。だからこそ歩みを止めるわけにはいかない。己の為に流す涙は無い。その資格もない
彼らの無念も願いも、何もかも背負って明日へ連れて行く。
それが俺の責任で──使命だ。
遠く近く、雷が鳴く。
雷光を背に黒く横たわる聖堂の影を仰いで、歩みを止める男があった。
照らし出された怜悧な横顔の、漆黒の瞳が信仰の家を凝視する。肩から羽織る黒い外套は今は雨に濡れ、まるで畳んだ羽根の様。黒を纏った彼こそは丸越・梓(月焔・f31127)、吸血鬼の血を半ば引くダークヒーローだ。
(「――教会」)
苦々しく眺めながら、梓は頭では理解している。これは異邦の彼の故郷が奉ずる神を祀った場所ではないことなど。
そもそも梓はその神を信仰していたわけではない。唯、この『黒色』を以て生まれたが故にその神と民の敵だった。
弱き者たちは群れて、怯えればこそ、どこまでも残虐になれることを梓は身をもって知っている。繰り返される拷問。何度だって向けられた殺意。生爪を剥がれ、肉を切られ抉られ、灼けた鏝や煮えた油で止血を施されたなら失血で死ぬことさえも許されない。いっそ殺してくれと願う程の地獄を生き永らえながら尚も悲鳴を噛み殺してみせたなら、その強靭さに慄いた弱き者たちが「悪魔の力だ」などと騒いでなお一層の責め苦を齎すのだ。
嫌でも蘇る昏い記憶に、梓の瞳に影が差す。然し立ち止まるのは一瞬だ。梓は猟兵としてダークヒーローとして仕事の為に此処に居る。墓に祈って懺悔をしろとグリモア猟兵が告げたのだから、その簡単な依頼をこなしてやるだけだ。
梓が目を止めたのは、墓地の片隅に鎮座した碑だ。それが他の墓標より目立って大きいのは、雑多な無数の誰かを鎮めるものであるがゆえ。その実、その正体は個の名前さえ奪われた、弱き者たちの墓碑なのだ。――弱き者たちに虐げられた過去がありながら、梓は彼らを今もなお見捨てることが出来ず居る。
子どもに視線を合わせてやるように、腰をかがめて、梓は手を合わせ頭を垂れる。
今でこそ刑事としてダークヒーローとして人々を救う梓だが、懺悔など数えきれぬ程にある。孤児院で梓を兄と慕ってくれた弟妹たち。きらきらと憧憬の眼差しで梓を見上げ、その背を追って来てくれた部下達。どれ一つ喪いたくない大切な笑顔を、けれど力がなかったばかりに、梓は守り切れなかった。この手を、指を零れ落ちて行った命たちを、梓は今でも惜しみ、今も諦められないで居る。それでも、
(「──全て俺のせいだ。だからこそ歩みを止めるわけにはいかない」)
決して誰を責めるでもない。全ては己の咎だと折り合いをつけた梓は、ゆえに、己の為に流す涙などは無く、その資格もないと決めている。償いとして、守れなかった彼らの無念も願いも、何もかも背負って明日へ連れて行く。それが自身の責任で、使命でもある。
だから暫く悼んだ後に彼は必ず真っすぐに顔を上げるのだ。
稲妻が閃いた。
数拍をおいて、雷鳴。――まだ遠い。
大成功
🔵🔵🔵
ハイドラ・モリアーティ
【SAD】
気にしなさんな
俺だって――何でも屋だぜ
墓参りに付き合えってならお供させていただくよ
だァらお礼なんてやめときな
祈る、ねぇ
ウーン。大切な人つったって
俺の彼女死体だし。死体だけど歩いて頑張ってるし
オイ、言っとくけどそういう趣味とかじゃないからな
……だから、次に祈るならお前にだ、雫
大切な友達でお客様
肉体と魂ってのは精神で繋がってるんだと
三位一体論って言うんだってさ
死んだお前の体が
羨ましがって今のお前を縛っちまわないように
手を合わせとくよ
満足するまでロスタイムを楽しめるようにさ
望んで死ぬやつの気持ちなんてわからん
でも、それで良かったってなら
――そうだろうなって頷いてやる
それが友達だからさ
岩元・雫
【SAD】
此様な事、頼める相手を考えたら
如何してか、ハイドラしか思い付かなかったんだ
来てくれて有難う
ふふ、そしたら今度お仕事頼も
お給金弾まなくちゃ
おれ、此方では失踪扱いなのだって
けれど、もう
生前の知人にも、……親にも
会える躯じゃないからさ
一度来たかったんだよ、可笑しな話だけど
自分の墓参り
骸は此処に在って、己の墓は無くて
だから墓石は皆のを借りる
共同墓地で手を合わせたなら
嘗ての『俺』に、――『静久』に
眠ってくれと、唯其れだけを願おう
死して尚動くおれが、崩れて終る其の時まで
先に、地獄を満喫しててよ
ハイドラは、誰か祈りたいひとって居る?
……そっか
やっぱりお礼、言わせてよ
其様な友達、俺には居なかったから
大粒の雨の中をゆるり銀白の鰭が掻いた。人の仔を辞めて深海に馴染むこの怪異には、こんな雨ほんの丁度良い御湿りだ。
「来てくれてありがとう」
金の瞳を向けぬまま、傍らを並び歩くハイドラ・モリアーティ(冥海より・f19307)へと岩元・雫(亡の月・f31282)は呟いた。
「此様な事、頼める相手を考えたら……如何してか、ハイドラしか思い付かなかったんだ」
ん、とハイドラが頷いた。この彼の魔性の聲の甘やかさも、纏わりつく様な腐臭さえ、歯牙にもかけない彼女である。何と言っても友達なのだ。ゆえに今回も、気にしなさんな、と唇の端を吊り上げる。
「俺だって――何でも屋だぜ。墓参りに付き合えってならお供させていただくよ」
だァらお礼なんてやめときな。雫の言葉が常よりも改まっていればこそ、強いて軽い調子でハイドラは言う。その気遣いが判るから、雫も冗談で返すのだ。
「ふふ、そしたら今度お仕事頼も」
お給金弾まなくちゃ、だなんて笑ってみせながら、雨の中を往く。
足を止めたのは共同墓地の前である。ひとりの「誰か」を選ぶよりはと雫がそれを望んだ。
「おれ、此方では失踪扱いなのだって」
他人事の様に雫は言う。誰もその足取りを知らない。死んだことさえ知られていない。
「けれど、もう生前の知人にも、……親にも会える躯じゃないからさ」
継ぎ接ぎの躯は身内の前に姿を現したところで「無事で良かった」だなんて喜んで貰える有様ではない。かの昔話さえそうだった様に、深き海の底に、竜宮に馴染んだ者は人の世に戻ることは叶わない。
「一度来たかったんだよ、可笑しな話だけど……自分の墓参り」
あの頃、しずくは、逃げ出したかった。
何からと問われたならば自分を利用する全てであって、それはかつての彼にとって世の中がそうだった。夕焼けを求め、叶わずに、底の知れない夜の海にさえ救いを見出してしまうほど、あの日の絶望は深かった。
覚悟を決めた筈なのに水に侵された肺は身体はそれでも生きようと苦痛を脳に伝えるのだ。朦朧とする意識のなかで、痙攣し出した指先を伸ばしても水面に遥か届かない。ごぽり、吐き出した呼気が歪な真珠のかたちをして水面へ昇って行くさまを、沈みながら見届ける。
ただ、その瞬間にあってさえ、解放された、と思っていた。
――そうして「静久」は死んだのだ。
継ぎ接ぎをした骸は此処に在って、己の墓は何処にもない。だから墓石はこうして誰かのものを借りて見立てる。
共同墓地で手を合わせたなら、嘗ての『俺』に、――『静久』に。眠ってくれと、雫は唯其れだけを願う。
(「死して尚動くおれが、崩れて終る其の時まで、先に、地獄を満喫しててよ」)
目を閉じて黙祷を捧げる雫の横顔をハイドラは色違いの瞳でただ見詰めていた。この友の過去をハイドラは知っている。墓参りの供をと彼が願った時に、どう応えて良いか解らずに、極力いつもの顔をした。いつもの様に、応諾をした。ゆえに顔を上げた彼の表情が心なしか穏やかであることには酷く安堵した。
「ハイドラは、誰か祈りたいひとって居る?」
祈る、ねぇ。雫の問いに、こてりとハイドラは首を傾げる。
「ウーン。大切な人つったって俺の彼女死体だし。死体だけど歩いて頑張ってるし」
肌の白さと冷たさについてはまともに死体をしてると言えるのかもしれない。関係ないけど顔も良い。けれど、それ以外は下手をすればそこらの生者よりも凶悪な生粋の略奪者なのである。
「ふぅん……」
「オイ、言っとくけどそういう趣味とかじゃないからな」
念の為にと低い声で伝えればわかってるよと雫が笑う。
「……だから、次に祈るならお前にだ、雫。大切な友達でお客様」
雫が祈りを捧げた墓碑にハイドラも歩み寄る。
「肉体と魂ってのは精神で繋がってるんだと」
三位一体論等と言うらしい。教えてくれたのは御姉様の内の誰かだったか。
「死んだお前の体が羨ましがって今のお前を縛っちまわないように手を合わせとくよ。満足するまでロスタイムを楽しめるようにさ」
手を合わせて、目を伏せて、気持ちばかり頭を下げる。長たらしい祈り等捧げないのは彼女の流儀。この友に、雫にするのと同じ様にして、静久にも接するのだ。
(「望んで死ぬやつの気持ちなんてわからん」)
正直きっと、この先も解ることはない。解ろうとする気さえない。けれど、唯、他ならぬこの彼がそれで良かったと言うのなら、――そうだろうなと頷いてやる。それが友達だと思うから。
「……そっか」
金古美の瞳を瞬いて、雫が零す。
「やっぱりお礼、言わせてよ」
其様な友達、俺には居なかったから。
雨脚が強まる。繕う言葉も照れ隠しの軽口も洗い流して、どちらからともなく友が笑う。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
旭・まどか
深く誰かの死を悼む、ね……
そも、向けるべき相手すら見い出せないのに
赤の他人の死を悼むなんて、無責任な事
出来ないし、したくも無い
想いがある事で初めて意味を成す行為を
想い失き者がする事こそ、死者への冒涜じゃない
墓地から一定の距離を置き
手を合わせる他の猟兵の姿を眺める
両手を合わせ、祈れる事の、なんてしあわせな事
それを理解出来ている者は果たして、此処に何人いるだろう
周囲の墓を見渡し
手入れされた跡や献花の花弁が風に揺れる様が
――羨ましくて、仕方が無い
浅く噛んだ唇の痛みに気も留めず
この場に不釣り合いな羨望の言葉が音に為らない事にこそ、気を遣って
――祈りを捧げられる場所くらい、用意してくれたって良いのに
墓前に手を合わせる猟兵たちを旭・まどか(MementoMori・f18469)は遠巻きにして眺めていた。
「深く誰かの死を悼む、ね……」
麗しのかんばせの表情は晴れない。嫌な天気に辛気臭い舞台のせいという訳でなく、単に辟易しているのだ。――なんて悪趣味な依頼だろうかと。
そも、向けるべき相手すら見い出せないのに赤の他人の死を悼むだなんて、そんな無責任な事はまどかには出来ないし、したいとも思わない。
想いがある事で初めて意味を成す行為を想い失き者がする事こそ、死者への冒涜だ。
死者の園を取り囲む、槍の様に先を尖らせた黒い鉄柵にまどかはその背を預けて腕を組む。
……冒涜などと強い言葉で批判をしたくなるのは、強がりだ。自らそれが解るからこそ苦々しい思いで柳眉を寄せる。
(「両手を合わせ、祈れる事の、なんてしあわせな事だろう」)
それを理解出来ている者は果たして、此処に何人いるのだろうか。
贅沢なのだ。蓋し墓前に手を合わせることなど、そこに眠る者を思って涙を流すことなど、誰もたいてい厭いこそすれ自ら願うことはない。それすらも許されない身の上のことなんて、思いもしないだろうから。
まどかが目を伏せれば、憂いを帯びた薔薇色の瞳を煙る睫毛が半ば隠す。落とした視線の先にはひとつの墓がある。その周りだけ他に比べて背の低い下草に、時間は経てど確かに誰かが手を入れていた跡が見て取れる。墓前には今は枯れて朽ちても確かに誰かによって献花がなされ、茶色の花弁が雨に打たれて震えていた。
――羨ましくて、仕方が無い。
浅く噛んだ唇が淡く血色を増す。その痛み等気にも留めず、まどかはこの場に不釣り合いな羨望の言葉が音に為らない事にこそ気を遣う。
死ぬ必要などなかった彼をまどかは想うのだ。
姿形を彼に似せ、彼の生を背負いながら、その死の形を未だどこにも見い出せない。だからこそもう逢えぬ面影を追いかけて、今も諦めがつけられぬ。
たとえ磨かれた墓石でなくとも、そこに愛おしい名が刻まれずとも、「おまえ」が眠る場所ならばまどかは喜んで手を合わせるだろう。だのにその「おまえ」がどこにも居ない。
(「――祈りを捧げられる場所くらい、用意してくれたって良いのに」)
白い頬を伝い落ちて行く雫は雨だ。泣き出したいのはやまやまだけど。
鼓膜を打ち付ける様に、雷鳴。
ずいぶん近い。近づいて来る。教会の影から滲み出す様に瘴気が墓地に広がり出していた。
大成功
🔵🔵🔵
第2章 冒険
『狂気空間へようこそ』
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POW : 自我を見失いながらも、強靭な精神力を全力で発揮することで狂気を振り払う
SPD : 正気を損ないながらも、現実を感知し冷静さを取り戻すことで狂気から抜け出す
WIZ : 理性を削られながらも、自らの術や智慧を駆使することで狂気を拭い去る
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
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●懺悔せよ
雨に煙る墓地に瘴気がたなびく。
その出処は、今や廃墟へと向かいつつある旧い教会の一角だ。もしも尚仔細にその出処を辿るものが居たならば、告解室に行き着くだろう。獲物を狩る為出払ったUDCどもの姿はその場にはもうないのだけれども。
告解室の残留思念に、墓地に眠るものの未練と怨嗟、UDCの意思が混ざり合い。斯くしてそれは呪詛となる。
その呪詛を肺に吸い込んだなら、ぽっかりと胸に穴が空く心地。覗き込みたくもない深い淵からいちばんの嫌な記憶が蘇り、泣けど喚けど、伝えたい筈の貴方にだけは決して届かない。
どうして、どうして、あのとき私は。
ーー自責をすれば頭の中に声が響く。
『懺 悔 せ よ』
尋問めいた懺悔の時間の始まりだ。
▪️マスターコメント▪️
ひたすら懺悔をいたしましょう。以上です。
UDCからの心の傷を抉る様な呪詛(問答)に備えて頂くと間違いがないのですけれど、
もしもどこかで心が折れてしまっても誰かが何とかするでしょう。
こうした内容ですから2章からの参加も歓迎させていただきます。
学文路・花束
罪なのだろうと、思っている
(小休止、アート
風景画のクロッキー)
廃墟の屋上から先輩が転落した
即死ではなく、僕が着いた時には息があった
どう見ても助からない姿で
僕? 助けは呼ばず描いていた
花火を空に手向け
翌日も赴いて描いていた
翌々日も
毎日、朽ちるまで
捕まるまで
描きたかった
今まで見たことがない先輩の姿
皮も肉も骨も朽ち様も
筆を取らずに、如何する?
(能面の顔、がらんどうは黒鉛を動かす)
……ああ。
花や果実みたいだったよ。
今でも思い出せる、
とても美しかった。
(好きだった)
(確かあの人も微笑んで、
それで、)
UDC、
(落ち着き
動じず顔を上げる)
お前には形があるのか
(声の方を見、瞳だけで笑う)
描ける存在かい
世の善悪の概念に照らし合わせたのならば、あれは罪なのだろうと、思っている。
茫洋とした朴念仁たる学文路・花束(九相図懸想・f10821)にもその位はわかるのだ。
瘴気に追い立てられながら、懺悔しろとの声ならぬ声が脳裏に喚き立てて来た。それでも花束は、藍の髪の毛と川蝉の羽の先を彩る線香花火の煌めきを出来ることなら風雨に晒したくはなく、ゆえに白いペンキの塗りも剥がれかけたガゼボの下に逃げ込んだ。雨を凌げる屋根の下へと腰を据え、瘴気に巻かれながらに彼はスケッチブックのページを捲る。いくつものクロッキーを経て辿り着いた白紙の頁。目の前に広がる昏い景色、その中で、祈りを捧げる猟兵たちを描きたいと思うのだ。
ーー懺悔せよ。
ーー汝の罪を懺悔せよ。
「廃墟の屋上から先輩が転落した」
昏い景色と、遠く、墓碑の前に跪く女を速写しながら花束はUDCの呪詛に事も無げに返してみせた。
「即死ではなく、僕が着いた時には息があった。どう見ても助からない姿で」
人の訪れもないその場所で、地面に叩きつけられて血も臓物もぶち撒けて出鱈目に痙攣を続ける先輩を見下ろしたのは花束唯ひとりだった。
「僕? 助けは呼ばず描いていた」
髪を羽根を彩る花火を空に手向けて、翌日も赴いて描いていた。その翌日も。翌々日も。毎日毎日、先輩のその身体が朽ちるまで。花束が、捕まるまで。
ーー懺悔せよ。
「描きたかった」
返す言葉は簡潔だ。スケッチブックを見つめる瞳に光はない。花束は顔の造形は整っていながら趣は能面にも似た。がらんどうはただ黙々と黒鉛を動かすのだ。
今でも答えは変わらない。あの時の、今まで見たことがない先輩の姿。皮も肉も骨も朽ち様も、
「筆を取らずに、如何する?」
ーー懺悔せよ。
「……ああ。花や果実みたいだったよ。」
噛み合わない。噛み合うはずもない。このUDCが美を解さぬ限り。
たとえば咲いた儘朽ちてゆく薔薇の様に。たとえば熟れすぎた柘榴の様に。
元々美しいひとだった。しかし生前の美など所詮は皮一枚の話。けれど、アスファルトに叩きつけられて散らばった肉も臓腑も、肉を突き抜けて結晶の様に咲いた骨片も、垂れ流された脳漿も、その色合いは生前の滑らかな肌の単調な美しさなどまるで遠く及ばぬほどに鮮やかで、それはどこまでも本質なのだ。そうしてそれが時を経て微生物に侵され、爛れ、腐汁を垂れ流して行く様は実に芳醇で、胸の奥が締め付けられるほどに花束を惹き付けて止まぬのだ。
「とても美しかった」
好きだった。
それは恋にも似た衝動だ。角度を変えて時間を変えて、何枚も何十枚も花束は夢中でその姿をスケッチブックに収め続けたのだ。
(「確かあの人も微笑んで、
それで、」)
ーー懺「なぁ、UDC」
馬鹿のひとつ覚えの様に、UDCが懺悔を強いようとした折に、花束は落ち着いて顔を上げた。スケッチブックに向き合いながらも、背後から濃さを増す瘴気に気づかぬはずがない。
「お前には形があるのか」
振り向きながら、瞳だけで笑うのだ。
ーー震え上がるのは誰であったか。
「描ける存在かい」
大成功
🔵🔵🔵
シャト・フランチェスカ
どうして『私』を横取りしたの
其処に居るのは私だったはず
其処に要るのは貴女じゃない
かえして
金絲の長髪に海色の眸
僕はきみを識っている
死んだ女の子
生きたかった女の子
膝を折り指を組む
ごめんね、本当のシャト
本来の登場人物
懺悔なんてのもエゴだと思うよ
後悔してる
悪いと思ってる
それを口にすることで
己に赦しを与える為の
ごめんね、だってさ
瘴気を肺に満たす
自死した方がマシな気分
言葉の裏で僕は嗤ってる
この躰は僕のだ
無数の自傷痕も可視化された免罪符
痛みは罰で悼みは罪
僕が目覚めたら
きみは桜の亡霊になる
解ってたよ
解ってて、きみを散らした
きみは生きてる間に
愛が何か
自分が誰か
知った癖にまだ望むの
僕はまたきみを殺すよ
ごめんね。
灰色の瘴気があたりに満ちるほど、夢と現の境が曖昧になる心地がした。シャト・フランチェスカ(侘桜のハイパーグラフィア・f24181)は僅かに痛む頭を押さえながら、瘴気の向こうに影を見る。
「どうして『私』を横取りしたの」
先刻シャトが手を合わせていた墓石を挟んだ向こう側、いつの間にかひとりの少女が佇んでいる。柔らかな金絲の長髪に、海色の眸。誰からも愛されるであろう可憐な顔に、およそ似つかわしくない程の沈痛な表情を浮かべて少女は問うた。
「其処に居るのは私だったはず。其処に要るのは貴女じゃない」
かえして、と、絞り出す様に訴える。
(「僕はきみを識っている」)
シャトは彼女から目を逸らさない。
識らぬ筈がない。彼女は死んだ女の子。生きたかった女の子。ーーそうしてシャトのせいで死んだ女の子。
生前に停滞した儘の彼女の姿は、あの日と何ひとつ変わらない。
「ごめんね、本当のシャト」
彼女こそが本来の登場人物なのだ。本来であればシャトと彼女の立つ位置は逆であったに違いない。
改めて彼女の為の祈りを捧ぐべくシャトが白い指を組んだなら、少女が泣き出しそうに顔を歪めて、シャトは明確に理解する。
ーーそもそもがこの懺悔さえエゴなのだ。
後悔している。申し訳ないとも思っている。しかしそれを口にすること自体が保身のようなものである。それはひとたび悔い改めて許しを乞うたなら後は相手の胸三寸と、己に赦しを与える為の行為に過ぎぬものである。
何よりそもそも、シャトにその気がないのだから。
(「ごめんね、だってさ」)
自嘲してから、深呼吸。瘴気を敢えて肺の奥深く導いたなら、酷く乱暴に揺さぶる様な眩暈がして、ぐらぐらと視界が揺れて気持ち悪い。でも、嗚呼、ゆえに噛み締めるのだ。シャトは、今、生きている。
「自死した方がマシな気分だ」
敢えて声に出してやって、けれども言葉の裏でシャトは嗤う。
ーーこの躰は僕のだ。
そうでなければ希死念慮さえ抱きたくても抱けまい。この躰の、白い肌を汚す無数の自傷痕さえも、その実は可視化された免罪符に過ぎぬのだ。僕はこんなにも思い悩んだ、こんなにも自らを責め苛んで断罪をした。だから許しておくれと言わんばかりに。
そうしてしおらしく元の持ち主を慮る様でいて、皮肉なことにこの肉体に傷をつけたという事実自体が何よりも克明にシャトの所有を裏付けるのだ。ざまあみろ。
「僕が目覚めたらきみは桜の亡霊になる。解ってたよ。ーー解ってて、きみを散らした」
痛みは罰で悼みは罪だ。確信犯であるシャトに悼む資格はない。
「きみは生きてる間に、愛が何か、自分が誰か、知った癖にまだ望むの」
シャトはまだそれを知らない。『シャト』という枷に縛られて、その代わりであることを強いられ続けるこの今も、自分が誰か解らない。ゆえに、
「僕はまたきみを殺すよ。ごめんね」
何度でも、何度でも。己が『シャト』の贋作である限りシャトは同じ答えを出すだろう。
『きみ』を指すシャトの指先は白い霧を呼び、『きみ』と嘗て縁を結んだ筈の亡霊を嗾ける。それは瘴気と共に『本来のシャト』の幻を薙いで、散らしてしまうのだ。
薔薇色の瞳を閉ざし、せめて安らかにと囁いた。それすらもシャトのエゴである。
大成功
🔵🔵🔵
リインルイン・ミュール
──「私」は。故郷の船を滅ぼした
ヒトの為に造られた生命。心を持たぬよう設計したからと、彼らは私をモノとして扱った
自由はなく、ただ船や人々に必要な力ある歌を紡ぐだけ
そして唯一の友達まで奪われて
悲しくて、怒って、憎くて。だから、──
でも、気付いたのです
果てなき過酷な宙で、命繋ぐ未来を願って私を造った彼らに罪はない
友達の事だって、本当に罪ある者は僅かだったのに
私が未熟な自我を得てしまったが為に……
──これが、私の罪。忘れて生きてきた事も、また
ですが。例え亡き彼らの声が死を願ったとしても、ワタシは受け入れまセン
赦す者もなく贖えもしない、過去なのデス
そして今のワタシは、今を生きるヒトの為のケモノですから
灰色の墓地に溶け込む様にして、行儀良く前肢を揃えて座る黒い獣の姿がある。雨がその肢体を伝って行く様だけが、それが影でなく黒く実体のある存在であると示していた。
何処からか流れてきた灰色の瘴気が、獣頭を象った仮面の鼻先を掠めれば、リインルイン・ミュール(紡黒のケモノ・f03536)は、すん、と仮面の下で鼻を鳴らす様な素振りを見せて、背筋を伸ばして其方を向いた。姿の見えぬUDCも、匂いからして遠からぬ場所に居るだろう。
ーー懺悔せよ。
予知の通りに、ひとつ覚えの様に命じる声がする。リインルインは端からそれに応えるつもりで此処にいた。
「──「私」は。故郷の船を滅ぼした」
見渡す限りの星の海にかつて浮かんだひとつの船が、リインルインの故郷である。
リインルインはその船でヒトの為に造られた。使い勝手が良い様に心を持たぬように設計をしたからと、人々は彼女を無遠慮にモノとして扱った。
「自由はなく、ただ船や人々に必要な力ある歌を紡ぐだけ」
それに疑問を抱かなかったし抱けなかった。心を持たぬ最初の内は。
ーーそう望まれて造られながら、何故抗った?
姿なき声が咎める。リインルインは考える。
心が宿ったのはいつからだろう。代わり映えのない日々の中、ひとつだけ出来た友達と呼べる存在をそうと認識した時には、既に宿っていたのだろうか。或いはその友達こそが心を与えてくれたとも言える。
自由のない日々にありながら、その存在に救われていた。相変わらず人間たちが彼女に人格を認めなくても、昼夜歌い続けさせられる喉が酷く痛んでも、この船からずっと何処にも行けなくても、それはそれとして不完全な心の中でもある程度折り合いをつけて生きて行けるような気がし始めていた。
なのに、それは突然に終わるのだ。
「唯一の友達まで奪われて、悲しくて、怒って、憎くて。だから、──」
ケモノは牙を剥いたのだ。心を持たぬと侮ればこそ、誰もこの展開を予期しなかった。ヒトが自らを利する為に造り与えた歌の権能は強すぎて、それが荒れ狂い天災めいて船を襲えば、逃げ惑うだけの人の子らなど風の前の塵にも等しい。
「でも、気付いたのです。果てなき過酷な宙で、命繋ぐ未来を願って私を造った彼らに罪はない」
友達の事だって、本当に罪ある者は僅かだったと理解していた。理解して尚、許せなかった。
「私が未熟な自我を得てしまったが為に……」
ゆえに悲哀と激昂の情動は、一度は自ら凍結をした。記憶と共に。今は解凍されかけて居るが、あの時の様に荒ぶることはないだろう。友達を失うことはもうないのだから。
「──これが、私の罪。忘れて生きてきた事も、また」
ーーだが思い出した。どう償う?
「例え亡き彼らの声が死を願ったとしても、ワタシは受け入れまセン」
リインルインは空を見上げる。そこにあるのは雷影を孕んだ分厚い雲ばかりだ。彼女の故郷の残骸はあの遥か彼方を今も漂うだろうか。
「赦す者もなく贖えもしない、過去なのデス」
遠吠える様にして、♪Laーーとひと声歌声を紡いでやれば、彼女を取り巻く瘴気が掻き消える。なお残る気配のほうと視線を下ろして、ゆるり、尾を振る。その先に剣を携えて。
「今のワタシは、今を生きるヒトの為のケモノですから 」
大成功
🔵🔵🔵
百舌鳥・寿々彦
僕の懺悔、僕の罪…
死んでいるのにこうやって生きている事?
鈴子を助けれなかった事?
…違う
僕の一番の罪は逃げた事
母が家を出てって
父の執着が段々と母に似てる僕に向かって…
僕に手を出すようになって…
鈴子はそんな父の矛先を自分に向けるようにしていった
わざと赤点とったり
夜遅くに帰ったり
父の大事な物を壊したり
そうして、父の怒りの矛先は鈴子に向かった
安堵してたんだ
目の前で鈴子が殴られるのを見ながら
これで自分は父の執着から逃げられたって
目を背けてたんだ
どうして鈴子がそこまでして自分を守るのか
怖かった
父の愛も、鈴子の愛も
僕には…受け止められない
鈴子、君を愛するには僕はとても弱くて醜い
そんな資格無いんだ
ごめん、鈴子
ーー懺悔せよ。
叩きつけるような雨の中にあってもその声は耳朶に絡みつく。
「僕の懺悔、僕の罪……どれにしようね」
墓に背を預けて座る百舌鳥・寿々彦(lost・f29624)は、瘴気に包まれた墓地をぼんやりと眺めていた。感傷から抜け出せぬまま、この場が何処か他人事の様な心地がする。
そうして得体の知れない存在に命じられずとも、懺悔したいことも犯した罪も山ほどある。
ーー汝の一番の罪を懺悔せよ。
最も重い罪とは何だろう。
この身がとうに死んでいるのにこうして生きている事だろうか。今この瞬間も罪を重ね続けている。
それとも真っ赤な記憶のあの日に鈴子を助けられなかった事?結果鈴子を失うという罰を受け、けれど贖って贖えるものでもない。
……ただ、どちらも違うのだ。
「僕の一番の罪は……逃げた事」
自然と口をついて出た言葉に、自分でも少し驚いた。重いがゆえに目を逸らしていた罪だ。
母が家を出て行った後、父の執着は寿々彦へと向いた。寿々彦の線の細い面差しに母の面影がある為だ。愛と憎悪を綯い交ぜにしたような母への執着を父はそのまま寿々彦へぶつけた。母には逃げられたが為に、今度こそはとでも言う様に父は寿々彦を暴力的に支配して縛りつけようとして、寿々彦は抗うことも出来ず怯えるだけの日々。
鈴子の素行が悪くなったのはその頃からだ。模試でも学年上位の常連だった彼女が突然赤点を取り出したことは学年じゅうの噂になった。一度だって門限を破ったことのない彼女が夜遅くに帰るようになったのもこの頃だ。父の大切な置物を「うっかり」壊してしまったのも。
手のかからない優等生だった鈴子の変化に父は戸惑うよりも怒り狂った。当然だ。そうなるように鈴子が意図して仕向けているのだから。鈴子は本当は学校の勉強についていけないわけでもなければ、悪い友人とつるんでいるわけでもない。置物のことだって当然故意とだ。
全て、わざとだ。そうして父の矛先が自分に向けば、寿々彦が父の執着から逃れられると鈴子は知っていたから。
父に殴られ、蹴られながらも不思議な程に冷静な鈴子の顔を盗み見て、寿々彦は何もしなかった。
ーー何故助けなかった?
「……安堵してたんだ。これで自分は父の執着から逃げられたって。それに、目を背けていた」
鈴子がそこまでして自分を守ろうとする理由が寿々彦にはわからない。ゆえに恐ろしかったのだ。父からの歪んだ愛と同じくらいに、鈴子からの真っ直ぐな無償の愛は、怖かった。
寿々彦には受け止められぬから。
(「鈴子、君を愛するには僕はとても弱くて醜いーー鈴子とは正反対に」)
だから彼女の愛情から逃げることを選んだ。鈴子はそれを咎めもせずに、変わらず寿々彦を愛し守ろうとしてくれたから、益々顔向け出来なくなった。逃げて逃げて、最後のあの日までまともに彼女に向き合うことすら出来ないで、嗚呼、否、あの日だって逃げてしまったではないか。代わりに生贄になろうとした鈴子にもしもひと言を掛けられていたならば、もしかして、結果は何も変わらなかったかもしれないけれど、ーーでも、それでも、
ーー懺悔せよ。
「ごめん、鈴子」
絞り出す声は嗚咽じみて震えた。
気がつけば四肢に肺に纏わり絡みついてくる瘴気に、目蓋がゆっくり重みを増した。力の抜けた身体を預けた墓石は無機質に硬いのに、鈴子が笑って抱き止めてくれる幻を見出したのは何故だろう。
眸を閉ざそうとした時、近くで、足音がした。
大成功
🔵🔵🔵
黒川・文子
……知らない誰かの墓に祈りを捧げる事は、やはり許されないのですね。
わたくしめにはいくつもの罪がございます。
そのどれもが許されるような物ではありません。
ある時は味方を裏切り、ある時は味方を欺き危機に追い込んだ事もございます。
自分の命が危険に晒されることもありました。
味方を売ったこともございます。
それがわたくしめの仕事なのです。
わたくしめの動きにより、命を落とした者たちが何人いたでしょうか。
仕事だからと見捨てた者もおります。
わたくしめに縋る者もおりましたがやはり仕事と割り切っておりました。
……本日。この時だけは、彼らを思う事をお許し下さい。
ーー懺悔せよ。
雨に打たれつ墓前に頭を垂れる黒川・文子(メイドの土産・f24138)は顔を伏せたままその言葉を聴いていた。
無論気配に気づいてはいた。その証拠にいつでも鞘を払える様に、愛刀『九』の柄に片手を添えている。辺りに漂う瘴気の向こう、遥か遠くから聞こえる様な声だけの「それ」は執拗に懺悔を促すばかりで、今襲って来る気配はない。
「……知らない誰かの墓に祈りを捧げる事は、やはり許されないのですね」
己の罪に向き合うこと、それ自体が文子にとっては何よりの罰に思えた。未だ彼らに手を合わせることさえ出来ずに居るというのに、この声の、無神経に土足で踏み込む様にはげんなりする。
しかしそうまで己の罪を自覚すればこそ、懺悔を求められて突っぱねられる程には猛々しくもなれぬのだ。
「わたくしめにはいくつもの罪がございます。そのどれもが許されるような物ではありません」
ーーどの様な?
声が、訊く。悪意でしかないその問いに、けれど文子は答えを返す。ある時は味方を裏切り、ある時は味方を欺いて、危機に追い込んだ事もある。自分の命が危険に晒されることもあった。
「味方を売ったこともございます。それがわたくしめの仕事なのです」
文子はスパイだ。二重三重の諜報もした。
彼女が優秀であればこそ表の顔では標的と馴染み、打ち解けて、心を開かせることに長けている。よく尽くし、労って、共に夢を語ることさえもした。もしも文子が後の喪失感や後味の悪さを恐れて一定の線を引いたなら、彼らもそこまで心を許さなかっただろう。ゆえに文子は自らの心を守る為の壁さえ築かずに、どの対象者にも全力で向き合った。全て、最後には冷徹に裏切ることを決めた上で。
その職務に、雇い主に、忠実であればあるほどに、人の道を外れて行くことを自覚している。それでも今更他の生き方など文子は知らぬのだ。そして職務に、対象者に、真っ直ぐに向き合って居ればこそ、最初は情に絆されそうになったこともある。慣れて来てさえ、いよいよ明日裏切るという夜にどうしても寝付けないままで朝を迎えてしまったことは一度や二度でない。
「わたくしめの動きにより、命を落とした者たちが何人いたでしょうか。仕事だからと見捨てた者もおります」
文子の正体を知り、己の行く末を察して縋る者も居た。
ーー何故、見捨てた。
「やはり仕事と割り切っておりました」
そう。意図して割り切った。そうでなければ己の精神が保てなかっただろうから。
対象ーー否、それぞれ名前も顔持つ人間である彼らと文子が共に過ごして、笑い合った時間は確かに存在したものだ。文子が彼らに向けた言葉や感情は、全てが全て嘘という訳ではない。
文子が全て嘘にしてしまっただけだ。最後に裏切ることによって。
ーー懺悔せよ。
「ええ、そうします。……本日。この時だけは、彼らを思う事をお許し下さい」
罪の意識に、懺悔の深さに比例して灰の瘴気は色と濃さを増す。強い眩暈。浮遊感にも似たそれに身を委ねてしまったならば、この罪悪感からも逃れられようか。
「でも……」
目を伏せつ、文子は『九』の鯉口を切る。折しも閃く雷光に抜き身の刃を白く光らせ、踏み込んで一閃。太刀筋が瘴気を割けば、文子は紅の瞳でその先を見る。
「わたくしめの懺悔は以上です。……次はあなたの番ですよ」
大成功
🔵🔵🔵
丸越・梓
アドリブ、マスタリング歓迎
_
護れなかった
血の繋がりはないけれど、俺を『兄』と慕う弟妹たちの、
そして友でもあった部下たちの笑顔を、未来を
護るべきものを護れず
必死に手を伸ばし抗っても
…唯、俺が無力だったから
俺が殺した様なものだ
俺のせいだ。
護れなかったことも
俺が、生まれてきてしまったことも
それでも、この命を捨てることは出来ないから
護れなかった彼らに報いる為に
今も世界の何処かで泣いている誰かの涙を拭う為に
後ろ指を刺され石を何度投げつけられても
転んで泥だらけになったとしても
何度でも立ち上がって、歯を食いしばって前を向く。
『懺悔せよ』
「──すまない」
まだ、生きていて。
俺はまだ、死ねなくて。
すまない。
瘴気が這い寄る。肺を絞る様な息苦しさと、懺悔を強いる呪詛を伴い、忍び寄る。
墓前に膝をかがめた儘、丸越・梓(月焔・f31127)は静かにそれを待って居た。
ーー懺悔せよ。
「護れなかった」
簡潔なそれが梓の罪である。
血の繋がりのない梓を兄と呼び慕う孤児院の子どもたちは、梓からみても実の弟妹の様だった。何かと梓に褒められたがり甘えたがる下の子たちや、まだ自分だって甘えたい歳のくせ長兄である梓の負担を気にしてそんな彼らの世話を焼いてくれる上の子たち。決して楽ではない暮らしの中で、大人たちから受けられなかった愛情を補う様に寄り添って日々を懸命に生きようとしたあの子たち。
やがて梓が大人になってからの、友でもあった部下たちもそうだ。車の運転が荒すぎていつもハラハラさせてくれたあいつも、あんまり下手くそだったから銃の手ほどきをしてやったあいつも、徹夜で捜査をする度にいつも缶珈琲を差し入れに来てくれたあいつも、……全部、ぜんぶ。
彼らの笑顔を、あり得べき未来を、どれひとつとして護れなかった。
必死に手を伸ばし抗ってみてもダメだった。せめてどれかひとつだけでもと身を挺しても、奪われた。自他の血に塗れて、血の海を這い、彼らだった亡骸を抱えて、哭いた。何度も、何度も。
(「……唯、俺が無力だったから」)
ーーなればその死は汝の咎だろう?
「俺が殺した様なものだ」
咎める様な問いかけに、梓は否定を返さない。
「俺のせいだ。護れなかったことも。……俺が、生まれてきてしまったことも
ーー」
この『黒』を持って生まれて来た時から罪を背負った自覚はある。
ーー懺悔せよ。
「──すまない。まだ、生きていて」
ーー楽になりたいとは思わぬか?
瘴気の果てから問う声に、我が意を得たりと言う様な気味の悪い喜色が滲めば、梓の周りで黒に近づく瘴気が渦巻くのだ。
息が詰まる。身体が重い。なのに何処かでそれから逃れようとしない自分がいる。
このまま眸を閉じたなら、眠りはきっと安らかで、こんな罪を背負う前のあの頃に戻れるような気がしてしまうから。
「……俺はまだ、死ねなくて、」
ぎり、と奥歯を噛み締める。
すまない。
謝罪の言葉を紡ぎながらも自らを叱咤する様に太腿に爪を立てたなら、梓の瞳に光が戻る。ゆらり立ち上がり、翻した外套は巨大な黒鴉が広げた羽根に似た。気迫に圧されたかの様にして、瘴気が散る。
温い、温い。この黒き英雄を前にして、なり損ないのこんな黒など。悔いればこそ梓が前を向けること等、所詮懺悔を強いるだけのこの怪異には理解が出来ぬことだろう。
背負う罪がゆえこの命を投げ出すことは出来ぬのだ。護れなかった彼らに報いる為に、今も世界の何処かで泣いている誰かの涙を拭う為に、梓はたとえ泥に塗れても命を燃やし尽くして生きねばならぬ。後ろ指を刺されようとも、石を投げつけられようとも地を這おうとも、何度でも立ち上がって、歯を食いしばって前を向く。
「……人手不足なんだ」
左手で濡れた髪をかきあげながら、彼はもう惑わない。右手には夜空でいちばん明るい恒星の名前を冠した銃がある。
「俺ひとりしかいない部署でな」
刑事部特殊事件捜査課ーー又の名を『ゼロ』は、今、出動する。
大成功
🔵🔵🔵
旭・まどか
次第に濃くなり征く瘴気の出処へと足を向ける
元凶と思しき鉄黒い一角は酷く窮屈で抑圧的で
そして何より――排他的だ
脳髄へと響く聲に誘われる侭
告げるは始まりから現在に至る迄の事
そうだよ
僕は、罪人だ
僕が産まれた事こそが罪
未だ道半ばで
これから先沢山の希望と喜びが溢れていたのに
それを歩ませてあげられなかったのは
僕に“勇気”が無かったから
どうにか、と思わずにはいられない
その時の僕に出来得る事など何も無かったのにね
罪に罪を重ね
如何してのうのうと生きられよう
本当は理解しているんだ
お前が本当は僕に、“如何”生きて欲しいのか
けれど未だ
そのひかりを掴む“勇気”はこの手に宿っていないから
もう少し
もう少しだけ、僕の傍にいて
瘴気が溢れ出て来る場所がある。墓地に程近い、教会の裏口だ。
旭・まどか(MementoMori・f18469)は次第に濃くなり征く瘴気の出処へと足を向ける。薄く開いた儘の扉を押し開けたなら、湿気と埃の匂いが鼻をつく。聖堂の造りはよく手をかけられているのに、煤けたステンドグラスでは晴れた日とて薄暗かろう。外の墓地と言い此処と言い、人の訪れが遠のいていることが見て取れる。
元凶と思しき鉄黒い一角は酷く窮屈で抑圧的で、そして何より――排他的だ。
二つ並ぶ扉がある。片方に罪を打ち明ける者が、もう片方にはその罪に耳を傾ける者が入るというのがその倣い。扉の下の隙間から黒にも近い瘴気が這い出て来るのは無論後者の部屋である。さっきから酷く、耳鳴りがした。まどかは反対の扉を開く。
設えられた簡素な椅子がまるで玉座ででもあるかのように悠然と腰掛けてやったなら、
ーー懺悔せよ。
待ち受けていたかの様に、脳髄へと響く聲が誘った。まどかは挑む様に顔を上げる。薔薇色の双眸で目の前の小さな窓の向こうの暗がりを確りと見据えて、返すのだ。
「そうだよ。僕は、罪人だ」
産まれた事こそが罪であると、まどかは思うのだ。
もしも、僕さえ産まれなかったなら。未だ道半ばで命を失くした、風の名を持つ『お前』は本来死なずに済んだのだ。そうして『お前』がどこにもいないのに、偽物の様な僕だけが此処にいる。
こんなにも感傷的になるのは瘴気のせいか。それとも、季節のせいであろうか。『お前』が愛し、『お前』を亡くしたあの季節が、厭わしい初夏がじきにまた来る。抜けるような青空が、爽やかな風が、じわじわとまどかの胸の奥を締め付け、焦がす、愛惜と罪悪感を連れてくる。
「これから先沢山の希望と喜びが溢れていたのに、それを歩ませてあげられなかったのは僕に“勇気”が無かったから」
何度も、何度も悔いたのだ。
「もし僕に少しの勇気があれば失わずに済んだのにね」
……嗚呼、でも、失うだなどとおこがましい。本当は手に入れたと思ったことすらないと言うのに。
生前でさえ消えてしまいそうに儚い『おまえ』だ。今やもう夢の中でも幻の中でも、手を伸ばしても届かない。
「どうにか、と思わずにはいられない。その時の僕に出来得る事など何も無かったのにね」
ーー全てが汝の咎であろうに。
瘴気で、ぐにゃりと視界が歪む。
「そう。罪に罪を重ね、如何してのうのうと生きられよう」
ーーなれば生きることこそ罪だろう?
平衡感覚を失って、狭い小部屋の壁に手をつく。
罪。それはその通り。今のまどかの生き方は、『お前』が望むものとは逆だ。
「本当は理解しているんだ。『お前』が本当は僕に、“如何”生きて欲しいのか」
もし、生きることで償う術があるとするならば。
彼の人生を背負うことこそは「それらしい」ようでいて、その実まどかは心の深い何処かでその欺瞞を知っている。瘴気で霞がかった思考の下なればこそ、自身が選んで来たそれをどこか投げやりに自嘲してやれる。そも、それをこうして顔も見えない怪異を相手に真面目に告解していることさえも可笑しくて。
ーー償う術を知っていて何故、償わぬ。
何故?……知れたことを、とまどかは思う。眠くて、気怠くて、壁に身体を預けながら、
「そのひかりを掴む“勇気”がこの手に宿らなかったから」
“勇気”がなくて『お前』を失ったはずのまどかは、今は、“勇気”がなくて『お前』を手放せないでいる。
『お前』が望む生き方を未だどうしても選べない。
「もう少し……もう少しだけ、僕の傍にいて」
ーー赦されると思うてか?
姿なき声は底意地悪く問いかける。
けれど闇だけ湛えたはずの小窓の向こうにまどかは、忘れ得ぬ花の唇が微笑んで、小さく頷く幻を見た。
大成功
🔵🔵🔵
ハイドラ・モリアーティ
【SAD】
懺悔せよ、ねえ
何を謝ろうかな。俺結構何でもしてきたのよ
しずくは何謝る?――俺、は
嫌な記憶は忘れられない
悪夢も忘れられないんだけど
……妙だな。思い出すのが、いつか夢で見た景色なんだわ
俺は海にいて、怪物の声で鳴いて
――歌ってたのかもしれない
海の中だから誰にも聞こえないと思ってたのか
わかんないんだけど
でも心はスっとしてて
そしたら、いろんな命が海に還ってきて
ああ、やっちまったって思った
でもどうせ夢だからって考えてて、いつも夢見が悪ィからって
なぁ、しずく。お前、どこで死んだって?なァ、嘘だって言ってくれ
「夢見るままに待ちいたり」だ
俺は、――にんげんのお前を狂わせて、海に沈めて殺した!
岩元・雫
【SAD】
懺悔だなんて、馬鹿みたい
死んだ事を告解するべきヒトには、もう逢えない
懺悔すべき時だって、疾うに過ぎてしまった
おれは雫であって
静久じゃ、無いんだもの
だからこそ、誰にも謝らないし、謝れない
『俺』自身が漸く決められた、唯一の選択を
誰かに謝るなんて、可笑しいでしょう
……ハイドラ?
何処、っておれ、は
此の世界の、海で、
夢、――歌
おれ、……夢見が悪いんだよ
今更死んだ時の夢を見る
死んで初めて、死ぬのが怖くなって
彼の時の俺は、其様な事、思わなくて
おれの意思に反して、死ぬ、夢
歌だって
ねえ、其れじゃあ
まるでお揃いじゃないの
今の、おれと、
おれ――俺は、
最期まで、何も、決める事なんて、出来なかったんだね
雷雨が酷く賑やかだった。
「懺悔せよ、ねえ」
灰色の墓地にスモークっぽい灰色の瘴気。これ背景にしてフィルタかけて唇にだけ色をつけたら結構エモくて映える気がする。なんて、なんとかグラムに興味ないけど、SNSのフォロワとエンゲージメントの多さはゆくゆく金になるのだと知っているから思うのだ。頭の後ろで手を組みながら、ハイドラ・モリアーティ(冥海より・f19307)は辺りを見渡した。懺悔懺悔と繰り返す声は正直右から左、何を謝れば良いか皆目解せぬから。それはハイドラが聖人君子と言うわけではなく寧ろ真逆で、
ーー懺悔せよ。
「あー、はいはい。何を謝ろうかな。俺結構何でもしてきたのよ」
謝ることがあり過ぎるのだ。
「しずくは何謝る?」
「懺悔だなんて、馬鹿みたい」
岩元・雫(亡の月・f31282)は、銀白の鰭で煽いでやりながら、冷めた半眼で瘴気を見遣る。
「死んだ事を告解するべきヒトには、もう逢えない。懺悔すべき時だって、疾うに過ぎてしまった」
おれは雫であって静久じゃ、無いんだもの。静久の遺族は行方不明の静久を探しこそすれ、今の雫……こんな骸の継ぎ接ぎの怪奇人間に会うこと等は望むまい。
だからこそ、雫は誰にも謝らないし、謝れない。
「『俺』自身が漸く決められた、唯一の選択を誰かに謝るなんて、可笑しいでしょう」
あの日まで流されて、生きていた。
親が望んだままに良い子で、周囲が求めるままに善良で。父にも母にも、素直に甘えることすら出来ぬほど。……終わりの海の底よりも、息苦しいだけの日々だった。
それを終わらせたのは、自分の意思だ。それは雫の密かな自負だった。
「――俺、は」
ハイドラは詫びるべき記憶を真面目に手繰ってみる。思えば嫌な記憶は忘れられない質だ。不思議なことに悪夢も忘れられない方ではあるのだけれど、
「……妙だな。思い出すのが、いつか夢で見た景色なんだわ」
いつか……それはいつだったろう。
遥か昔のようにも、今日の未明のことのようにも思われる。曖昧な記憶は一度きりの様にも、何度も繰り返したものの様にも思えて来るのだ。
「俺は海にいて、怪物の声で鳴いて――歌ってたのかもしれない」
海の中だから誰にも聞こえないと思っていたかも知れない。けれど存分に声を張り上げたなら、心は何処か軽かった。
「そしたら、いろんな命が海に還ってきてーーああ、やっちまったって思った」
何故そう思ったかと言われれば、きっと本能で直感だ。そしてそうした直感はいつも正しい。もっと言うなら眠りの中のハイドラは眠りから醒めたハイドラが知らぬことさえ知っている。海の底でのその姿ーー真の姿での有り様を。
「でもどうせ夢だからって考えてて、いつも夢見が悪ィからって」
どうせ、夢。その一節に何処か力が籠るのは、願望だ。話しながら、何かの符丁が合って行くことに気付けぬハイドラではない。
心做しか青ざめた顔をして彼女は尋ねるのだ。らしくない冷や汗さえ隠しもせずに。
「なぁ、しずく。お前、どこで死んだって?」
「……ハイドラ? 何処、っておれ、は……此の世界の、海で、」
「なァ、嘘だって言ってくれ」
哀願めいて否定を乞うのだ。
「夢、――歌」
顎に手を遣り、雫は睫毛を伏せた。ハイドラの話す夢の話が呼び覚ました光景がある。
「おれ、……夢見が悪いんだよ。今更死んだ時の夢を見る」
それは、あの日の夜の海。
「死んで初めて、死ぬのが怖くなって。彼の時の俺は、其様な事、思わなくて。……おれの意思に反して、死ぬ、夢」
何かに導かれる様にその身を海へと浸すのだ。水面を見上げ、身体は酸素を求めながらも、沈んで行きたいと願うのだ。
皮肉な程に何度も見て来た光景だ。但し、沈み行く人間を迎え入れた側として。雫こそ深海に棲まい、魔性の歌で誑かした人間たちを水底へ呼び込んで来た怪異なれば。
「歌だって……ねえ、其れじゃあ、まるでお揃いじゃないの。今の、おれと、」
だから、気づいてしまうのだ。彼女の夢との相似性。だがしかし、彼女の夢で、雫の夢で、雫は沈む存在であり、それが示すことは、つまり。
そうしてハイドラも気づいてしまう。それは海底の館に封じられた死せる邪神で……かの一節を借りるなら「夢見るままに待ちいたり」。
ーー懺悔せよ。
今更件の声が命じる。けれどその声に、瘴気に揺さぶられずとも、ハイドラは口にしたのに違いない。
「俺は、」
認めたくない、言いたくない。けれど友だちに偽れない。だからひと息にハイドラは叫ぶ。
「――にんげんのお前を狂わせて、海に沈めて殺した!」
雫にしても、腑に落ちる点は多かった。
夢の中でのハイドラと雫の相似も、雫が神たるハイドラに招かれてその眷属に迎え入れられたがゆえだと考えたなら。
「……そっか。おれ――俺は、最期まで、何も、決める事なんて、出来なかったんだね」
雫の顔にゆっくりと、泣き出しそうな諦観が浮かぶ。
「雫、おまえーーいや、俺、は」
何か言おうと思うのにハイドラは言葉が見つからない。自分が彼を殺してしまった。その一点の真実が、どんな言葉も許さない。いっそ責められたいとさえ思うのに、この友達が何も言わずに悲しげな顔をするものだから。
姿のないUDCが嗤った、ような気がした。
二人を取り巻く様にして黒い瘴気が巻き上がる。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
第3章 集団戦
『廃墟渡り』
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POW : 廃墟渡りは廃墟を作る
【廃物と残骸と遺物と過去の津波の様な奔流】に変化し、超攻撃力と超耐久力を得る。ただし理性を失い、速く動く物を無差別攻撃し続ける。
SPD : 廃墟渡りは廃墟に居る
戦場全体に、【居るだけで心身を苛み侵食する喪失の呪い】で出来た迷路を作り出す。迷路はかなりの硬度を持ち、出口はひとつしかない。
WIZ : 廃墟渡りは廃墟を孕む
【内に体積しているこの世全ての過去と喪失】から、対象の【戻りたい、還りたい、回帰したい】という願いを叶える【死毒の瘴気】を創造する。[死毒の瘴気]をうまく使わないと願いは叶わない。
👑11
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●赦さない
過疎化の進む田舎の町の悲哀だとでも言えるだろうか。信徒が減って、司祭が死んで、元がやや異色の宗派であるがゆえに人の訪いの絶えて久しい教会を「彼ら」は狙っていたらしい。
「彼ら」は廃墟を好むのだ。
墓地を訪れる僅かな人さえ絶えたなら、後は完璧だったろう。ゆえにこの地の思念を呪詛に変え、墓に参る人を襲ったようだ。
……「彼ら」、は。
たとえば、教会の裏口から溢れ出し。
たとえば、黒い瘴気が集まって人の形を象って。
たとえば、墓石が地面に落とす影から這い出でる様に、黒い人影が立ち上がり。
あるいは、それはあたかも最初からそこに居たかの様に、いつしか猟兵の前に佇んでいて、嗤うのだ。
そうして無数の廃墟渡りはどこからともなく現れて墓地を教会を満たして行った。
襤褸布の様なローブを、刃に貫かれた身体を引きずって、猟兵たちへと迫り来る。
ーー懺悔せよ。
繰り返すそれは猟兵たちにはもう聞き飽きた呪詛である。
裂ける様な音を轟かせ、何処か近くで雷が落ちた。……猟兵たちの怒りもいい加減に限界だ。
▪️マスターコメント▪️
嫌な記憶を根掘り葉掘りしてくれたUDCとの戦闘です。
単純に叩きのめして頂くことも、戦闘中に懺悔に何らかの幻覚を見て頂くことも可能です。ただ、後者の場合には、最終的に抗って頂けない場合には少し苦戦をしてしまうかもしれません。
3章からのご参加も歓迎させて頂きます。
宜しくお願いいたします。
徳川・家光
「なるほど、まるでこの世の全ての過去を顕現したかのような、恐るべき郷愁……取り返しのつかない過去への回帰を思わせる瘴気……それは、並の人、そして、あえて痛みに耐える事のできる『真に強き人』ならば、時には致命的にもなった事でしょう」
しかし。
「僕は、痛みを忘れます。僕が人に与えた痛み、苦しみも忘れます。
それは、力と責任を負った者の運命……?
いいえ、そうではありません。僕は、そうでなければ前に進めない、『真に弱き者』というだけ。真に弱き者には……」
胡蝶酔月を放つ____。
「このような瘴気、感傷は効かないのです。哀しい事ですが」
灰の瘴気の漂う墓地に、黒い影ーー廃墟渡り達が闊歩している。UDC出現の報せを受けて駆けつけた徳川・家光(江戸幕府将軍・f04430)は袖口で口元を覆いながら、まずはこの場の様子を探る。瘴気が齎す身体愁訴そのものは、剣士として日々鍛錬を重ねた家光からして見れば取るに足らない程度のものだ。……だがそれよりも、胸の奥を掴まれる様なこの感覚。
「なるほど、まるでこの世の全ての過去を顕現したかのような、恐るべき郷愁……」
それこそがこのUDCーー廃墟渡りの異能であろう。この世の全ての過去と喪失を内包し、彷徨いながらそれを振りまくこの怪異どもは、猟兵たちの精神をこそ侵し苦しめる。
「そして、取り返しのつかない過去への回帰を思わせる瘴気……」
郷愁、回帰。耳触りの良い様でいて、その実この場に漂う瘴気は甘く優しい類のものではない。それは明確な悪意なのだ。廃墟渡りどもがその口元に浮かべた笑みに似て、醜悪で何処までも暗い。
愛刀の柄を握りつ、家光は思う。もしも自らが、並の人、そして、痛みに耐える事のできる『真に強き人』ならば、この地に漂う瘴気は時に致命的にもなっただろうか。そうしてこの墓地に集った猟兵たちには、そんな「強き人」も多いだろう。
ーー懺悔せよ。
家光の間近へと迫るUDCが繰り返す。一層濃さを増して行く、懐古と死毒の瘴気を漂わせながら。
懺悔せよ。それは強き者への呪詛である。彼らこそこの呪詛に促される儘に辛い記憶を呼び起こす。忘れ得ぬ己の罪を悔いて慄いて、涙を零すことさえあるだろう。
だが、家光は違うのだ。
「僕は、痛みを忘れます。僕が人に与えた痛み、苦しみも忘れます」
無責任だと言われたならばそこに否定の余地はない。
だがしかし、それを将軍たる彼が力と責任を持てばこその運命であると邪推をする者がいるならば、明確にそれは否である。
「僕は、そうでなければ前に進めない、『真に弱き者』というだけ。真に弱き者には……」
愛刀『大天狗正宗』にそっと指先を這わせれば、微かな刃鳴りが放たれる。
その音色こそは『胡蝶酔月(バタフライエフェクト)』。月をも酔わす囀りは、家光が選ぶ相手に抗いがたい深い眠りを連れてくる。
廃墟渡りの幾人かが、家光に近いものから順に、崩れる様に眠りの淵に沈んで行く。本来は治癒を齎すその眠りの恩恵を彼らが享受する前に、家光は『大天狗正宗』の一閃を彼らに賜うのだ。
刃についた返り血を払う様にして一度刀を振るい、鞘に納めて。サムライエンパイアを統べる将軍はそっと目を伏せる。
「このような瘴気、感傷は効かないのです。……哀しい事ですが」
大成功
🔵🔵🔵
学文路・花束
戻る、など。
(あの先輩を再び描くも、悪くはない。が。
落ち着き、オーラ防御で冷静に瘴気を防いで)
目の前に画題があるというのに。
そんな勿体ない行ないは、僕には出来やしない。
【地獄変】
(精神攻撃、恐怖を与える、
回帰無き地獄、燃え盛る剣山刀樹へご案内)
罪人達、車から降りるといい、仲間だ
(焼却、傷口をえぐる)
その刃だけでは些か寂しい
お前達が受けた仕打ちのよう、焼けた刃でも身に植えておやり
(アート、克明に描き出そうと
しゃっしゃっと鉛筆の先が音を立てて、
そういえば、と顔を上げる)
────懺悔せよ、だったか。
この獄に獄卒は居ない。
お前が赦しを乞う必要もなく、その相手も居ない。良かったな。
(集中)
墓地に湧いた人影ども……廃墟渡りは控えめに言っておぞましい姿形のオブリビオンだ。襤褸布からは朽ちかけた死体の様に萎びて黒ずんだ肌を覗かせて、影の様に纏わりついた瘴気から無数の手が伸びる。
振り向いた先に彼らの姿があったなら、多くのものは顔を顰め、気の弱いものならば悲鳴のひとつ上げたろう。しかし学文路・花束(九相図懸想・f10821)は表情ひとつ変えずに、あまつさえその瞳に浮かべて見せたのは確かな喜色であった。
このUDCが形持つ、「描ける」存在であるからだ。
ーー懺悔せよ。
声は複数。気づけば周囲を囲まれている。スケッチブックに向かって居たといえ、花束が油断をしていたという訳でもない。この廃墟渡りたちは、先の瘴気を媒介にでもしたかの様に、文字通り降って湧いたのだ。
ーー懺悔せよ。懺悔し、思い出し、そうしてあの日に戻るが良い。
「戻る、など」
繰り返される呪詛の続きに、花束は目を瞬いた。あの廃墟であの先輩を再び描くも、悪くはない。当時と違う手法やアングルでこのスケッチブックの続きに収めることが出来るとしたら、それは魅力的な話でもある。ーーしかし。
「目の前に画題があるというのに。そんな勿体ない行ないは、僕には出来やしない」
画題どもがゆらりゆらりと覚束無い足取りをして花束に距離を詰めて来る。その内のひとつが重たげに持ち上げた手から、真っ黒い瘴気が迸る。辺りに漂う瘴気の比ではないその禍々しさを花束は冷静に眺めやる。あわやその身に届こうかというところで、そこに硝子板でもあるかの様に瘴気が吹き溜まる。花束が帽子の鍔に手をやれば、彼の背後から突風でも吹いたかの様に黒い瘴気が吹き散らされた。厳密には風でなく花束の纏うオーラの成せる業であれども、愚かしくも未だ迫り来るこのUDCどもにはわかるまい。
とは言え、防戦に徹するつもりは花束にはまるでない。スケッチに集中をしていたいのに邪魔をされてはかなわない。
「『やぁ、同類』」
花束が静かに呼び掛けてやったなら、雷鳴すらも塗り潰し轟いたのは阿鼻叫喚。
真っ黒な雲間を割って現れて、この墓地へと空を駆け降りるのは燃える牛車だ。地獄より出でたその牛車、三百をゆうに超える数の絵仏師や女御、罪人どもを乗せている。煌々と燃え盛る火が灰の景色を染め上げた。
牛車の上の絵仏師たちが筆を振るえば、燃え盛る剣山刀樹が地面より生え、廃墟渡りどもを刺し貫きながら天をつく。灼けた刃に胴を、四肢を刺し貫かれて千切られかけて、襤褸い黒衣が燃え上がるなら、この怪異どもがたとえ心など持たずとも覚える感覚はひとつ。恐怖だ。かろうじて刃を逃れた者も、たじろいだ。
「罪人たち、車から降りるといい」
仲間だ、と告げてやったなら現れるのは地獄の責め苦を受けた罪人たちだ。誰も彼も、痩せ細り、まともな肌を残さぬほどに切り刻まれて焼け爛れた姿で、燃える牛車から列をなして廃墟渡りたちへと襲い掛かる。
「お前たちが受けた仕打ちのよう、焼けた刃でも身に植えておやり」
そうしてこの場に即席の地獄を作り上げながら、花束はスケッチブックの新しい頁を開くのだ。
開いた頁の余白の減って来た頃、そういえば、と花束は思い出した様に顔を上げる。UDCが繰り返した呪詛のことだ。
「────懺悔せよ、だったか」
燃え盛る炎を背にして、半ば消し炭と化したUDCの五体を罪人どもが引きちぎっては騒いでいる。嗚呼、もう聞こえぬやもしれぬ。しかし花束は教えてやるのだ。
「この獄に獄卒は居ない。お前達が赦しを乞う必要もなく、その相手も居ない。良かったな」
赦す者が、いないのだから。
花束は、スケッチブックに視線を戻す。彼らの罪にも懺悔にも興味などない。そんな形のないものになど。
黙々と動かす鉛筆が哀れな彼らの最期を描き続けていた。
大成功
🔵🔵🔵
百舌鳥・寿々彦
頭がクラクラする
目眩が吐き気が
失いそうになる意識を手放すまいと自分で両頬を叩く
懺悔はもうしない
鈴子にもう一度会う為に
今度こそ
逃げない為に
僕の心臓は体は動いてるんだから
僕はもう二度と戻らない
逃げてた僕に
目を逸らし続けた僕に
負けたくないんだ
僕自身から
「そんなに懺悔が欲しいなら、あげるよ」
僕の恐怖、僕の嫌悪
僕自身の罪の形
形作る無数の蜘蛛達に命じる
全て壊して
全て殺して
…そうだった
あの真っ赤に染まった部屋で僕は彼女に同じ事を願った
鈴子はいつだって僕よりも僕を知っていた
だから
最後にあの子は自ら命を経ったんだ
僕が最も恐れてるのは自分だって知ってたから
でも
その先が思い出せないんだ
鈴子
何処にいるの
僕をたすけて
一度は過去に囚われかけた百舌鳥・寿々彦(lost・f29624)の眸を開かせたのは無数の殺気だ。その反射は猟兵としての本能であったかもしれないし、それとも寿々彦の臆病さゆえであるのかもしれない。どれだけ過去を悔い、戻りたいと嘆いたところで、寿々彦は結局死ぬのが怖いのだ。――死んでるくせに、と自分でも思う。
酷く頭がクラクラした。背を預けていた墓石に寄りかかる様にして辛うじて立ち上がれば、地面が揺れているかとさえも思える目眩。吐き気がこみ上げる。
廃墟渡り達がにじり寄る。鈍く光る剣を各々の手に提げて。
――懺悔せよ。
嗚呼、この呪詛はもうたくさんだ。うんざりするのに、酷く利く。ともすれば失いそうになる意識を手放すまいと、自身を叱咤する様に寿々彦は自分で両頬を叩く。小気味良く、乾いた音。
「懺悔はもうしない」
痛みに生を確かめたなら、自らの足で確りと立って、寿々彦は廃墟渡りどもに言ってやる。懺悔して過去に囚われて、それでこの場で死んでしまうならそも蘇った意味もない。鈴子にもう一度会う為に、今度こそは彼女から、彼女の愛から逃げない為に、この心臓は体は動いているのだと寿々彦は知っている。
「僕はもう二度と戻らない。逃げてた僕に」
目を逸らし続けた自らになど、負けたくない。
――懺悔せよ。
さもなくば、死ね。廃墟渡りが緩やかに剣を振り上げる。
「そんなに懺悔が欲しいなら、あげるよ」
灰の眸は恐れない。ただ、執拗に懺悔を求めるこの化け物に嫌悪を浮かべただけである。
「『僕に近寄るな』」
指先を向けたなら、その意に従いこの敵に襲い掛かるのは無数の毒蜘蛛たちである。それは元来寿々彦の恐怖であり、嫌悪であり、罪が顕現した存在だ。その小さな無数の顎に喰らわれ、毒を注がれ、上げた刃を振り下ろすことも出来ぬまま廃墟渡りが立ち竦むなら、その首を刎ねるのは蜘蛛の糸。まるで舞踊の嫋やかさで白い右手を払った寿々彦の指の先から、糸が四本、伸びていた。常は黒いその糸は返り血で今鮮やかに赤く染まる。
首を失くした骸が崩れ落ちれば、毒蜘蛛たちは次の獲物たちへと向かう。高揚し、瞳孔の開いた眸でその様を映して、寿々彦はその言葉を口にする。
「全 て 壊 し て 、 全 て 殺 し て」
(「……え
……?」)
己の声が、他人のそれのように聞こえた。確かにいつか聞いた覚えが、そうさせた。
まるでデジャヴの様に、一字一句違わぬこの願いを寿々彦は知っている。呪わしいその願いが呼び覚ますのはあの真っ赤に染まったあの部屋の記憶だ。
(「……そうだった』)
あの時寿々彦は鈴子に同じ事を願った。逃げ出したいのに、逃げ出せない。ならば全てが壊れてしまえ。そんな思いを悲鳴じみた短い言葉に込めた。鈴子はいつだって僕の願いを叶えてくれて、僕よりも僕を知っていた。……だから最後に彼女は自らの命を絶った。寿々彦が最も恐れているものを彼女はようく知っていたから。
口元に慈悲深い笑みを残したままに彼女が倒れ伏す様を寿々彦は確かに見届けて、けれどその先が思い出せない。寿々彦が正気に返った時に、あの部屋に鈴子の亡骸なんて無かった。だから今でも認められない。
「鈴子、何処にいるの」
解らない、わからない。改めて声に出したなら足元が崩れ落ちるような恐怖が寿々彦を襲う。君がいない。狂おしいほどのその恐怖に比例して勢いづいた毒蜘蛛たちが敵に群がる。
寿々彦の叫びを誰も聞かぬのだ。
「僕をたすけて」
大成功
🔵🔵🔵
黒川・文子
懺悔は致しました。
此処から先は、懺悔を致しません。
これ以上懺悔をした所で何になるのでしょう。
神に赦しを乞う事で赦されたらわたくしめはどうなるのでしょうか?
スパイをしている限り、わたくしめには懺悔をしなければならない事は沢山あるでしょう。
その度に赦せなどと言えません。
わたくしめはわたくしめの仕事を全う致します。
今はスパイではなく、メイドの黒川文子です。
お掃除の時間です。
喪失の呪いですか。
わたくしめには失う物などありません。
この迷路を抜け出し、わたくしめはわたくしめの仕事を全うするだけです。
あなた方を斬ります。
覚悟を。
リインルイン・ミュール
うーん、結構しつこいですネ! 語るべきことはもう無いですよ
戻るなんて有り得ませんし、戻りたいとも思いまセン
一度大きく空気を吸い、体内循環させる形で音を出せば、瘴気を吸い続ける心配はないですかネ
念でのオーラ防御も張って。歌いましょう、明日を望むものへの祈歌を
歌いながら鞭剣状に変えた黒剣を振るい範囲攻撃、近くに来た敵はエナジーの電撃纏わせた籠手で殴打
UC以外の敵攻撃手段が不明ですが、見たところ人型の範疇ですから動きをよく見て見切りマス
回避しきれない攻撃は籠手や剣で受けて流しましょう
……未来を望み、今を生きるヒトの為
それが組み込まれた本能だとしても、今のワタシは心からそれを望んでいる。それが全てデス
――懺悔せよ。
「懺悔は致しました。此処から先は、懺悔を致しません」
UDCの唱える呪詛に、そして降りしきる雨と雷鳴に張り合う様に声を張り、黒川・文子(メイドの土産・f24138)は毅然と告げてみせた。
愛刀『九』で手近なUDCを切り伏せて次の獲物を睨めつけながら、だ。
本来懺悔を向けるべき彼らへのせめてもの義理立てとして、文子は彼らを想うことさえしなかった。彼らを葬る直接間接の原因を作った自身にその資格はないと考えて、それを自らに禁じていた。その密やかなルールを破ってさえ、もう十分に悔いたのだ。これ以上懺悔をした所で何になるのだろうか。
廃墟渡りの骨張った手が長い爪に瘴気を纏って振り下ろされるのを軽くかわして刀を振るえば、怪異の腕が宙を舞う。残る手が腰に帯びた剣を抜くより先に、その腕も、文子が返す刃で斬って捨てるのだ。
声や態度にこそ出さないものの、何処かに釈然としない苛立ちがある。
「神に赦しを乞う事で赦されたらわたくしめはどうなるのでしょうか?」
文子は心に決めている。己の罪は背負ってゆくと。もしも文子がこの罪を赦されてしまったならば、彼らの感情は何処へ行けば良い。
そも、神ですらないこのオブリビオンの群れに与えられる赦しなどありはしない。それでいて懺悔を強いて、傷を抉って、眺めるだけの悪趣味なこと。事実、今だって仲間が斬り捨てられるのさえ歯牙にもかけず、廃墟渡りどもは呪詛を唱えては薄ら笑うばかりだ。
「スパイをしている限り、わたくしめには懺悔をしなければならない事は沢山あるでしょう」
冥途の土産に教えてやる。文子は当分引退のつもりなどない。ゆえに今後も罪を重ねて行くだろう。そしてその度に赦せだ等と厚かましいことを言うつもりはない。
「わたくしめはわたくしめの仕事を全う致します。今はスパイではなく、メイドの黒川文子です」
――懺悔せよ。
聞き飽きたその声が妙に歪んで聞こえた気がして、文子は反射的に後ろへ跳んだ。
正解だ。
行く手を遮る様にして地面を割ってせり上がり、文子の視界を埋め尽くすのは無数の墓標で、瓦礫で、骨だ。喪われたものたちを寄せて集めたそれは壁となり天井となり、ひとつの出口しか持たぬ迷路をこの戦場へと築く。
見た目の忌まわしさもさることながら、この場所の空気は呪詛そのものだ。佇むだけで重く圧し掛かり、徐々に沁み込む様にして心身を蝕んで行く。喪ったものへの悲哀と、喪うことへの恐怖を植え付ける。UDCが放った喪失の呪いである。
「わたくしめには失う物などありません」
迷路に阻まれ、姿の見えぬあの一体へ文子は宣言してやるのだ。
「この迷路を抜け出し、わたくしめはわたくしめの仕事を全うするだけです」
呪詛を孕んで粘度を持った瘴気が重く手足を絡め取るのを振り払うようにして文子は走り出す。この迷路のそこここに取り込まれた廃墟渡りどもを片付けつ、術者を探して仕留めねばならぬ。
掃除の時間だ。
●
墓と瓦礫と骨とから成る悪趣味なこの迷宮が墓地から生えて行く様を、リインルイン・ミュール(紡黒のケモノ・f03536)の金属質な獣面が眺めていた。
廃墟渡りと睨み合っていたところ、どうやら近くで戦っていたどれかがこの異能を用いたらしい。数人の彼らと共にこの迷路に閉じ込められたようである。
――懺悔せよ。
破れ、ほつれたフードから半ば覗く罅割れた口元で、目の前の廃墟渡りが幾度目かの呪詛を囁くのだ。片手に剣を、もう片手に黒く渦巻く瘴気を伴い、鈍い歩みをリインルインへと向けて来る。リインルインは仮面を深く傾けた。
「うーん、結構しつこいですネ! 語るべきことはもう無いですよ」
彼女は全て語り尽くした。この怪異が乞うたから、洗いざらいに話してやった。忘れ去っていた記憶さえ掘り起こし、忘れて生きていたというその事実――新たな罪まで添えて与えて。
枯れた手が瘴気をたたきつける様にして襲い来る。身を低く伏せてかわした。間髪入れず、逆手に貫く様にして振り下ろされた剣の切っ先を、尾に持つ黒剣で受け止める。
――懺悔せよ。そうして戻れ。
「戻るなんて有り得ませんし、戻りたいとも思いまセン」
雷撃を纏わせた前肢の籠手で殴りつければ、廃墟渡りは襤褸布の様に面白い様に薙ぎ払われて、床に崩れる。それがよろよろと立ち上がろうとする前に、慈悲とばかりに刃を振り下ろす。だがその向こうにまだ、敵がいる。
リインルインは未だ瘴気の汚染の薄い地面近くに顔を伏せ、一度大きく空気を吸う。タールの体を調整し、呼気も吸気も体内循環させる形で音を放てば、これでもう忌まわしい瘴気を吸い続ける必要もない。ケモノは存分に歌い上げるのだ。
「『しかと踏みしめ歩む脚に、明日を掴まんと伸ばす手に、力を。過去へ抗い牙剥く心に、未来照らす光は降る』」
それは『明日を望むものへの祈歌(フェイス・サーム)』。
もう存分に悔いた。未来を掴むことを決めれば、『過去』を還す意思は揺るがない。その意思を込めた歌声こそが戦場を揺るがした。リインルインの歌声は明日を望む者たちの――猟兵たちの身体を心を強化する。リインルイン当人とてその対象だ。
歌いながら、歌を纏って駆け出した。力強さを増した肢は宛ら飛ぶように。彼女が伸びやかな歌声で揺らす空気から、瘴気が、呪詛が薄まって行く。走り去ろうとする黒いケモノに焦った廃墟渡りどもが追い縋ろうと手を伸ばせど、リインルインが鞭剣状に変えた黒剣が唸り、撫で斬りにする。
長く伸びた廃墟の様な通路の向こうに、廃墟渡りどもと一人の女の影を認めていたのだ。リインルインは尚高らかなソプラノを響かせた。
――懺悔せよ。影のどれかが嗤った。
(「……未来を望み、今を生きるヒトの為。それが組み込まれた本能だとしても、今のワタシは心からそれを望んでいる。それが全てデス」)
●
廃墟渡りの一体へと振りぬいた刃の軽さに文子は驚いた。迷路を走り続けた身体は流石に蝕まれ疲弊して、たった今まで石でも括りつけたかの様に肩も腕も重かったのに。
「貴女の歌の力ですか」
颯爽と駆けつけるなり文子の背中で別の一体と切り結んでいる、歌うケモノに問いかける。
「だいたいそんな感じデス。……あれが出口ではありませんか」
雷電を帯びた籠手でUDCを抉り、焦がしてやりながら、獣の仮面が彼方を向いた。途切れた壁と天井の向こうに雷の光る空がある。――その空を背に立つ黒い影も。
――懺悔せよ。
「あなたを斬ります」
もはやまともに取り合わず、文子が磨かれたパンプスで地面を蹴れば、放つはただの斬撃でなくユーベルコード、『九つの頭を斬りし者(アマタ)』。
「覚悟を」
廃墟渡りはそれを聞いただろうか。迷路の中で此処まで散々彼らを切り刻み、弱点などとうに覚え尽くした文子がその首を刎ねるのは実に造作のないことだった。
文子が刀を収める隣に、リインルインが追い付いた。彼女らの後ろで迷路が崩れる様に溶ける様にして消えて行く。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ハイドラ・モリアーティ
【SAD】
クソがよォ
折角セットしてきた髪もぐしゃぐしゃになるくらい
頭かきむしちまってさ
腹立つンだよなァ、クソ
呪詛がぜぇんぶ、動物の形だ
俺の声に応じて死んだ奴らか?お前ら
ああそうか――そうかよ
何が懺悔だボケが
誰にも赦してもらわなくて結構だ
俺が、赦せないんだよ
俺が俺自身を赦さない
――俺をこんな風にした、親のことも
望んで神様やってねェんだよこっちは
だから、俺は――まず、お前たちから赦さない
たかだか三下風情が俺に語りかけンな
【ξενογλωσσία】
雷はいいヒントだ
――「神の怒り」だよ、なァ
電磁砲で吹っ飛べ
失せろや有象無象の塵芥どもが
――鏖だ。
ハハ、しずく。そりゃあ
「かみさま」へのお願いかい
岩元・雫
【SAD】
硬い肺腑に、目一杯の死毒を吸えば
眼裏に浮ぶ、何時もの悪夢
今際の其れは何時だって、苦しくって堪らない
望もうが、望むまいが
狭い世界に背を向けて
逃げたいと、望んだ時に全ては終わって居たんだと
嫌と云う程痛感する
如何だけ「かえりたい」と願っても
生きては何処にも往けないのだと
でも、――此れからの『ロスタイム』に
何かを願ってくれる、友達が居る
なら、おれの『 』は唯ひとつ
――友達の、助けに為ってみたかったの
だからおまえたち
荼毘に付されも出来なかった
おれの代わりに、燃えて頂戴
ねえ、ハイドラ
おれは屹度、運命って奴も、神様なんかも赦せないけど
おれの友達だけは何時か、「赦しても良いよ」って
言って呉れる?
「クソがよォ」
ハイドラ・モリアーティ(冥海より・f19307)が絞り出すようにして吠えた。
艶やかな髪は掻きむしって、降りしきる雨にも濡れてぐしゃぐしゃだ。本当はいつもより少しだけ入念にセットしていたというのに。今日は友達の墓参りだから、ハイドラなりに礼を尽くしていたのだ。心をこめて彼を弔ってやる為に。
――懺悔せよ。
UDC……廃墟渡りどもが呪詛を唱えて、瘴気を差し向ける。濁流の様な瘴気が、精神に干渉したその声が、歪む視界に見せるのだ。ハイドラの周りに纏わりつく、藻掻く様な無数の影。二足のものも四足のものも、翼持つものも、それらは全て動物の形をしていた。夢の中で似た姿を見たことがある。海底で夢見る邪神の歌声に応えて海に還ってきた命たち。
「ああそうか――そうかよ」
――懺悔せよ。
ハイドラの中で何かが音を立てて切れた。瘴気の中で目の前に迫っていた廃墟渡りの頭蓋を『九つ目の首』――チャクラムが輪切りにしていた。
「何が懺悔だボケが、あァ、誰にも赦してもらわなくて結構だ」
叫んだ声は慟哭にも近い。もう頽れるだけのUDCの体を、刻んで、刻んで、形を残して死ぬことさえも許さない。魔力とチャクラムを叩きつけてやりながら、視界が滲む。それさえも今のハイドラには腹立たしい。
「俺が、赦せないんだよ。俺が俺自身を赦さない。望んで神様やってねェんだよこっちは……!」
自分自身も、自分をこんな風にした、親のことも。
この後で酒でも飲んでこのクソみたいな現実から逃れる様に夢の世界に逃げ込んだならそこでまた命を摘んでしまって、目覚めた後に悔いるんだろう。それこそまさしく寝覚めが悪い。嗚呼、眠るのさえ嫌になる。今日から眠りにつくたびに毎回毎回こんな胸糞悪い想いをしなけりゃならないだなんて。
誰のせいで?
ハイドラに斯くあれと強いる世界も悪い。夢も。うつつも。
「だから、俺は――まず、お前たちから赦さない」
チャクラム握る手の甲で、返り血のついた頬を拭う。静かに告げれば、墓地を駆け抜けた暴風は、その小さな身体から莫大な魔力の余波である。ユーベルコード、【ξενογλωσσία】(モジバケ)は復讐心を代償に魔術式を桁違いに強化する。
――懺悔せよ。
「たかだか三下風情が俺に語りかけンな」
確定した死を目の前にして、まだ愚かしく呪詛を口にするUDCたちへハイドラは吐き捨てる。折しも轟く雷にヒントを見つけた。にやりと嗤う。
「――「神の怒り」だよ、なァ」
処刑の方法を決めたのだ。母なるヒュドラの首のひとつを模した『三つ目の首』がハイドラの肩の上へと顕現した。牙持つ口を開けば眩い紫電が集い、珠を成す。十分な殺意と威力を溜めて機械の竜がUDCどもに吐き出したのは電磁砲。
「失せろや有象無象の塵芥どもが」
地を抉り、墓を割る紫電の猛威の前に、脆い人間の体に瘴気と襤褸を纏っただけの様な廃墟渡りの身などそれこそ塵の様。それを二度、三度、否、ハイドラの気の済むまで。このUDCどもが死に絶えるまで。おまえも、おまえも同罪だ。懺悔などさせてもやらない。神を怒らせたのだから。
「――鏖だ」
怒りに狂う神の姿を、岩元・雫(亡の月・f31282)は何も言わずに眺めていた。かける言葉がすぐには思いつけなかった。彼女の怒りの向くままにああして暴れていることで少しでも気が晴れるなら……と思うと共に、彼女がその有様に強いて触れられることは好まぬだろうと、この友人は理解していた。
雫自身、ハイドラの懺悔を聞いて動揺しなかったと言えば嘘になる。あの夜、静久は確かに自分の意思で終わりを選んだつもりで居た。何も決められなかった静久が最初で最期に自分で決めた。けれどその感覚こそが邪神の歌声に導かれ齎された狂気だったというのなら。
(「それなら、おれは何の為に……」)
雫の周りにもいつしか黒い瘴気が満ちていた。思考の続きを投げ出す様に、死毒のそれを雫は躊躇うこともなく、硬い肺腑に目一杯に吸い込んだ。
毒に身体を侵されながら、眼裏に浮ぶのは、何時もの悪夢だ。夜の海の今際の其れは何時だって、苦しくって堪らない。意識が薄れるその先に死が待つことを知りながら、それが怖くて堪らない。
ゆっくりと水底へ沈みゆきながら、全てのつじつまが合った今、嫌と云う程に痛感できる。
望もうが、望むまいが。かつて静久が狭い世界に背を向け、逃げたいと望んだ時に全ては終わって居たのだろう。邪神に魅入られ、偽りの願いを抱いて静久は死んだけれども、毎夜雫が夢に見る死への恐怖こそが、静久の本心だっただろうか。我ながら可哀想なことをしたと自分に思わぬでもない。だが同じほどに雫だって不遇かもしれない。海の怪異へと成り果てた雫は如何だけ「かえりたい」と願っても、生きては何処にも往けないで、今だって海に囚われたままで居る。静久と違って雫には、それが偽りであったとしても、終わりなどという希望さえない。
冥海より、叫ぶ様な、歌う様な声がする。聴いたことがない筈なのに、どこか懐かしい。不気味なのに今だけはどこかあたたかく胸を満たしてくれるこの声の主を雫は知っている。
(「でも、――此れからの『ロスタイム』に何かを願ってくれる、友達が居る」)
ならば雫の『 』は唯ひとつ。
(「――友達の、助けに為ってみたかったの」)
水面を見上げる。彼方より見下ろす月を白く溶かして、遥かに揺れる水面がある。届かないのを知りながら今、手を伸ばす。その指先から放たれたのは『寧盗撫子』。雫が渇望を覚えれば召喚されるこの怪異の花ことばこそ『 』だ。淡い白花色に発火するそれが、深海の景色を焼いて熔かせば、雫の意識は投げ出す様に先の墓地に引き戻された。
もう雫を仕留めたと油断でもして居たろうか。無防備な廃墟渡りどもがある。おまえたち、と雫が甘い声で囁いた。
「荼毘に付されも出来なかったおれの代わりに、燃えて頂戴」
それは雫にはこの先も叶わぬことであるがゆえに。
逃げれど抗えど『寧盗撫子』の炎を逃れることなど叶わない。白い炎は雨の下にあってなお煙さえも伴わぬほどの高温で過去の亡者どもを灼き焦がして行く。
生ける屍どもの火葬を雫の金の瞳が食い入る様にして見詰めていた。
「ねえ、ハイドラ」
一通りの敵を片付けた後、雫は友達に声を掛ける。
暴れ尽くして、今は宛ら放心した様に地べたに座り込んだハイドラは、らしくもなく、黙って顔だけを雫へと向けた。雫は微笑む。全てを知る前と変わらない、此処へ来るまでのいつも通りに。
「おれは屹度、運命って奴も、神様なんかも赦せないけど、おれの友達だけは何時か、「赦しても良いよ」って言って呉れる?」
それは海の悪夢で、見立ての荼毘で、雫が出した結論だ。友達にかける言葉をずっと探していた。
「ハハ、しずく。そりゃあ」
ハイドラが力なく笑う。
「『かみさま』へのお願いかい」
まだいつもよりは弱弱しいけれど、皮肉めいた言いようが何とかハイドラだ。その軽口は彼女なりの『友達』への謝辞であったのかもしれない。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
旭・まどか
きちんと告白してあげたでしょう
それなのに――、未だ足りないの?
これ以上語る事は無い
これ以上穿り返される必要も、ね
だから疾く消えて貰うよ
この鬱蒼とした空気にいい加減、辟易しているんだ
屍人にぶつけるは同じく夜を住人とする死人たち
切り付けた腕から流るるこの穢血が染み入り
この地に穢れを巻き散らす
動くものに標的が定まるのであれば、簡単な事
僕はいつも通り、この場で佇んでいれば良い
――うん、そうだね
今回もお前の力を借りればすぐに一層出来たろう
無駄に傷つく事も無く、ね
けれど
言ったでしょう?
僕には未だ、“勇気”が足りないんだ
たとい仮初の姿だったとしても
――お前が傷つけられる様は、見たくない
ごめんね?
聖堂にも廃墟渡りたちが蠢いていて、件の呪詛を繰り返す。
――懺悔せよ。
「きちんと告白してあげたでしょう。それなのに――、未だ足りないの?」
さらりと金の髪を揺らして、小首を傾げて尋ねてやりながら、旭・まどか(MementoMori・f18469)の薔薇の瞳は冷ややかだ。
「これ以上語る事は無い。これ以上穿り返される必要も、ね」
告解室の扉を背に断固として拒否を伝える。このUDCどもの悪趣味な告解ごっこにはもう十分に付き合ってやったつもりのまどかである。だから正直彼らには疾く消えて貰いたいのだ。この鬱蒼とした空気にまどかはいい加減、辟易としているのだ。覚束ない足取りで距離を詰めて来る、腐乱した死体の様なこの廃墟渡りたちの見目も含めてだ。
まどかは己の腕を刃で自ら切り付ける。慣れたその仕草に躊躇いはない。裂かれた白い肌から血が溢れ、品の良いセーラー服の白を染めてゆく。
「これが欲しいんでしょ?」
流れるその血が大理石の床に滴り落ちる刹那、その空間に闇が揺れた。常闇から躍り出るのは死せる吸血鬼たちである。
「あげるから、得た分の働きは約束してよね」
――懺悔せよ。
まどかがこの醜悪な屍人どもにぶつけるは同じく夜を住人とする死人たちだ。まどかの血液を代償に召喚された吸血鬼たちは跋扈してこの聖堂に穢れを巻き散らしながら、その牙で、爪で、廃墟渡りたちに襲い掛かる。死せるとは言え、かの世界で人類を虐げ、搾取した存在である。ひとりふたりと廃墟渡りの数を減らして行く。
蹂躙されるばかりの廃墟渡りの、フードの奥で目が光る。彼らの周りの瘴気が闇の様に濃さを増せば、そこから迸る瓦礫であり、亡骸であり、墓碑であり、過去である。他の個体もそれに続いた。無数の津波の様な過去の奔流が向かうのは吸血鬼たちだ。避けようとした一人がその奔流に呑まれたのを見て、けれどもまどかは胸を痛めない。ただ、冷静に、敵が動くものに標的を定めていることを見て取った。
であれば、まどか自身はいつも通りにこの場で佇んでいれば良い。
「――うん、そうだね」
血の流れる腕を押さえながら、まどかは誰にともなく頷いてやる。
聖堂で吸血鬼たちがUDCどもを討ち減らして行く様を見ながら、けれどそれよりも今回も『お前』の力を借りればすぐに一掃出来たのは明白だ。こうして無駄に傷つき、血を流す事も無く。
(「けれど言ったでしょう? 僕には未だ、“勇気”が足りないんだ」)
まどかにはまだ、『お前』が必要だから。
(「たとい仮初の姿だったとしても――お前が傷つけられる様は、見たくない」)
そのくせ理解はしているのだ。心優しい『お前』もまた、まどかが傷つくことを望まないこと等。
「ごめんね?」
呟きは虚空に消えた。じきに聖堂は静かになるだろう。
大成功
🔵🔵🔵
シャト・フランチェスカ
確かに僕は書き手だけど
訊ねられるばかりは飽きる
きみたちの懺悔は披露してくれないの?
救われない結末が好きなの
愛とか感動とか反吐が出る
屍体に人生を説いてるみたいで
白々しいよね
僕は偽物だからさ
桜の癖に毒があるし
生きてる癖に死にたがり
自傷/自証行為も痛みは麻痺して
赫い色彩だけが眩しいの
カッターナイフの刃を押し出せば
馴染みの朋のように歩み寄る
きみの花もさぞ哀しくて
うつくしかろう
呪いをもっと沢山頂戴
強欲も大罪だったかな
アイは懺悔を膿んでゆく
あーあ
もっと足掻かせてよ
窒息するくらい追い詰めてよ
僕は生きるために死を識りたい
死を視るためには闘わなくちゃ
ミュリエルの烈しい焔の如くに
ロアの凍てつく後悔の如くに
愛してよ
――懺悔せよ。
散ってしまった少女の幻の向こうから囁いたのは一人の廃墟渡りだ。
名の刻まれない墓の前でシャト・フランチェスカ(侘桜のハイパーグラフィア・f24181)は僅かに眉を寄せた。確かにシャトは書き手であるが訊ねられるばかりは流石に飽きる。寧ろ作家として取材のひとつしてやりたいものだ。この屍人の様なUDCたちが面白い題材を持っているかは別にして。
「きみたちの懺悔は披露してくれないの?」
――懺悔せよ。
嗚呼、なんて噛み合わない。これは呪詛だ。鳴き声だ。もはやこの怪異どもとまともな会話は望めぬということだろう。これはダメだと肩を竦めて、シャトは「愛用」のカッターナイフを手に取った。
「救われない結末が好きなの。愛とか感動とか反吐が出る」
言って仕方ないことだから、まるで屍体に人生を説いてるみたいで白々しい。だが自嘲しながらも、シャトは思う。自分が描く物語では、確かに愛だの感動だのはお断り。誰も彼も不幸にしてやるのだ。
「僕は偽物だからさ、桜の癖に毒があるし、生きてる癖に死にたがり」
花の唇で嘯きながら、シャトはカッターナイフの刃を押し出して、馴染みの朋のように怪異へと歩み寄る。この刃がこれまでに最も切り刻み、傷つけて来たのはシャト自身の肌である。シャトにとってはもう繰り返す自傷/自証行為も痛みなどとうに麻痺してしまい、赫い色彩が眩しいだけだ。だから希うのだ。もっと鮮やかな、眩しい赫を。
「きみの花もさぞ哀しくて、うつくしかろう」
それはシャトからの呪詛である。
薄い刃はローブごと廃墟渡りを袈裟懸けに切り裂いて、シャトが望んだままに赫が散る。散った赫に、恍惚の笑み。返り血が、赤い花弁にも似た傷口が蒸気の様にして黒い瘴気を立ち昇らせたならなお一層に嬉々としてその死毒を肺に迎えるシャトである。廃墟渡りもシャトが齎した傷口から毒に侵されていればこそ、これで五分と五分である。アイは懺悔を膿んでゆく。
嗚呼、頭が痛い。息が苦しい。だから気分は最高に良い。
「もっとだ。呪いをもっと沢山頂戴」
返り血に濡れていながら、いればこそ、咲き零れる様な笑顔でシャトはカッターを振り上げる。赫を浴びて、瘴気を吸って、嗚呼、足りない。藻掻く様な廃墟渡りの爪を肩に受け、血を流して、まだ足りない。強欲も大罪だっただろうか。
「あーあ、もっと足掻かせてよ。窒息するくらい追い詰めてよ」
花の与える毒に耐えかねて、先に斃れて骸の海に還るのは廃墟渡りの方だった。シャトはと言えばこうして不満げに唇を尖らせてみせながら、瘴気の様にとけて行くその残骸を見下ろすだけの余裕がある。
シャトは生きるために死を識りたい。死を視るためには闘わねばならぬ。――桜色の瞳は辺りを見回して、新たな獲物を見つけて幅を狭めた。まだ愉しめる。
――懺悔せよ。
ミュリエルの烈しい焔の如くに、ロアの凍てつく後悔の如くに、
「愛してよ」
愛こそ、死こそ、必要なのだ。
『シャト』が知ってシャトが未だ知らぬものであるがゆえに。
大成功
🔵🔵🔵
丸越・梓
アドリブ、マスタリング歓迎
_
俺は彼らに対して怒りは無い
静かに凪ぐ思考のまま、瞬時に周りや状況を把握しながらも廃墟渡りを見据える
…淡くやさしい夢を見ながら、覚めぬ眠りにつく
懺悔をしても、その罪を赦す者がもうこの世にいないのならば
その眠りもまた、その者にとって救いの一つなのかもしれない。その選択肢を否定する気はない。
だが、少なくとも俺はそれを受け入れる気はなく
又それを態々見過ごす事も出来ない
『懺悔せよ』
ああ、懺悔しよう
今からお前たちを骸の海へ葬る
今からお前たちの野望を、打ち砕く
「悪いな」
_
(彼らの身体を貫く刃を、
そして、彼らのオブリビオンたらしめるモノを
この銃弾で撃ち抜く
迷える旅人を──導く様に)
小降りになった雨の中で、丸越・梓(月焔・f31127)は静かに凪いだ思考のまま、瞬時に周りや状況を把握しながら廃墟渡りを見据える。
――懺悔せよ。
手には刃を、口には呪詛を。明確な敵意を向け続けて来るこの敵に、梓は特に怒りはない。理性さえ失くし、屍の様な体は半ば朽ちかけているというのに、未だ現世を彷徨い続けるこの存在に、むしろ憐憫さえ覚えた。
だから真っ黒に渦巻く死毒の瘴気を今一度吸い込んで、怪異が望む儘に幻を視てやる。
懐かしい面影の、もう二度と聴けぬ声の、淡くやさしい夢を見ながら覚めぬ眠りにつく。いくら懺悔をしたところで、その罪を赦す者がもうこの世にいないのならば、その眠りもまた、その者にとって救いの一つなのであろう。その選択肢を否定する気は梓にはないない。――ただし、少なくとも梓はそれを受け入れる気はなく、それを態々見過ごす事も出来ないが。
この怪異の呪詛のままに眠りについた誰かもまた、誰かを赦すことが出来たかもしれないのだ。少なくとも、眠りにつくという選択肢など人はいつでも選べるのだ。ひとたび眠りについたなら、その逆は永遠にないというのに。
――懺悔せよ。
「ああ、懺悔しよう」
幻覚と感傷を払って、梓は黒い瞳と銃口を廃墟渡りへと向ける。
「今からお前たちを骸の海へ葬ることを」
祈りを込めて引き金を引けば、【Sirius】は鳴く。装填なくして慈悲の弾丸の続く五回まで。果たして放たれた銃弾はUDCたちの身を傷つけることもなく、その身を貫く錆びた刃や、彼らを邪悪(オブリビオン)たらしめるモノだけを穿つ。
音もなく、廃墟渡りの体が崩れ始めた。オブリビオンの本質は過去である。それを壊され、殊更に過去と喪失を練って固めたこのUDCは痛みも知らぬままでいて、もはや体を保っていられぬ様だった。
梓の間近にいた一体が、崩れる様に膝をつく。否、崩れた。既にその膝から下に形がない。
――懺……せ……
こうまで終わりが近づいて、まだその呪詛だ。武器も落として、瘴気も消えて、這いずりながら助けを求めるようにして廃墟渡りが手を伸ばせば、かつて自らに殺意を向けたその手さえ取ってやるのが丸越・梓というダークヒーローだ。
フードに覆われた顔が驚いた様に彼を見上げた。
「俺はお前たちを赦すよ」
時を経た死体の様なその醜悪な顔さえも真っすぐに見据えてやって、梓は静かに告げるのだ。
人々にああまで懺悔を乞うたのはこのオブリビオンそのものか、それとも土地に染み付いた思念のなせる業なのか。真相は解らず、この先探るつもりもない。ただ、梓は思うのだ。懺悔せよ。ひたすらに繰り返したこの彼らこそ、誰よりも赦されたかったのではないか。
梓が握ったUDCの手が、崩れる。けれどその口元には穏やかな笑みが浮かんだ、様な気がした。すぐに崩れ落ちたそれは気のせいで、梓が聞いた囁きもまた空耳だったかもしれない。
――ありがとう。
気付けば雨が止んでいる。雲間から覗いた空は夕暮れの色をした。
じきに空が晴れたなら一等星が昇るだろうか。肩に掛けた夜の帳を翻して、梓は墓地を後にする。
大成功
🔵🔵🔵