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朔桜の咲く夜に

#サムライエンパイア #戦後 #宿敵撃破

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#戦後
#宿敵撃破


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●血染めの桜吹雪
「――痛みほど狂おしく人を縛るものはないわ」
 蝶を纏う鬼が薄い月を見上げていた。
 彼女の傍から飛び立った蝶は、静かに輝く月を囲うように舞う。
 紅い蝶々達と戯れるが如く、夜風に乗って揺らめくのは桜の花弁。空から降る幽かな月光と、屋敷の庭行燈に点る灯は蝶々と桜を照らしている。
 人里離れた場所にある古い家屋は、かつて桜屋敷と呼ばれていた。
 昔から大きな桜の樹が庭にあることから名付けられたものだという。
 しかし、この屋敷にはもう主が居ない。何年も前から住む者も手入れする者もおらず、朽ちて忘れられていくだけの場所だったのだが――。
 此処に訪れた桜鬼の力によって、現在の桜屋敷は終わらぬ宵に包まれている。
「そう、心身の痛みが忘却を妨げるのよ」
 忘れないで。
 忘れられたくない。忘れさせなどしない。
 桜鬼は誰かを待ち侘びているかの如き静かな笑みを浮かべながら、赤黒く染まった太刀に触れる。そして、彼女の姿は桜が舞う夜闇の中に沈むように消えていった。
 滲む花霞の最中。丸い月は細く欠け、刻は満ちてゆく。

●月と桜
 まんまるな月が浮かぶ夜空。庭園に咲き誇る美しい彼岸桜。
 花と月の合間を飛び交うのは紅を纏う蝶々。
 幻想的かつ蠱惑さを感じさせる景色の中で、蝶と月と桜はひとを酔わせる。
 酒に酔うこととは似て非なる感覚が齎される偽物の夜の最中。迷い込んだ者は誘われるように桜を眺め、景色の美しさに酔いしれてゆく。
 いつもと違う何かが起きても、普段は語れぬ話を口にしたとしても、秘めた想いを伝えたとしても、すべては月に酔ったせい。
 月に酔い、宵に咲く花を愛で、揺らめく翅と花弁を瞳に映す。
 そうして夜空に朔月が訪れれば、ほら――目覚めることなく朽ち逝く春に、堕ちる。

●愛を識るもの、知らぬもの
 満ち欠ける月が輝き、桜が咲き続ける夜。
 もう桜は散った時期だというのに、そのような情景が続く領域がある。
 桜屋敷と呼ばれていた場所で妙な事態が起こっているのだと語り、ミカゲ・フユ(かげろう・f09424)は猟兵達に協力を願った。
「オブリビオンの名は……いえ、通称は『蝶囲う桜鬼』です。彼女は夜が続く領域の奥深くに居て、通常では姿を見ることが出来ません」
 そのため、普通に屋敷に訪れても相対することすら不可能なのだが、領域の深層に行くための方法がひとつだけある。
 それは屋敷で月と花見をすることだ。
「ずっと続く夜に浮かぶ月には不思議な力があるみたいです。月を眺めているとお酒に酔ったような感覚になって、普段と違って素直になれたり、隠していた思いが自然に語れるようになるそうです」
 月に酔う。まさにそう表すに相応しい。
 庭に咲く桜を眺め、屋敷の周辺に舞っている蝶々を見つめる。共に訪れた者と一緒に何かを語ってもいい。ひとりならば月に語りかけたり、心の中で思いを馳せてもいい。
 そうしていると、其処にいる者は深層の領域に落ちていくという。
「落ちるといっても景色が大きく変わったりするわけではありません。いつの間にか満月が欠けていって朔月になって、周囲に桜鬼に付き従う少女達が現れているという形です」
 相手は問答無用で襲いかかってくる。
 彼女達は傷付けることが愛だと思い込んでおり、愛を知りたいと願っているからだ。その考えを変えることは出来ず、倒すことでしか解決はできない。

 少女達を葬った後は広い桜の庭に桜鬼が現れる。
「彼女は誰かを待っているようでもありました。ただ、出会う人みんなを斬ろうとするので真意はよくわかりません」
 何か思いがあるのかもしれないが、放置しておくことは出来ない。いずれ知らずに迷い込んだ罪なき人が桜鬼の太刀の餌食になってしまうだろう。そのような未来を訪れさせないために猟兵の力が必要だ。
「後に危険が待っていますが、まずはゆっくりお月見とお花見を楽しんでください」
 ただし、其処から戻ってこれなくならないように。
 少年は強い信頼の思いを向け、夜と桜の領域に赴く者達の背を見送った。


犬塚ひなこ
 今回の世界は『サムライエンパイア』
 終わらない夜に包まれた桜屋敷に向かい、オブリビオンを倒すことが目的となります。

●第一章
 日常『月酔い語り』
 常に形を変える月が見え、満開の彼岸桜が咲き続け、不思議な蝶が舞う異空間。
 雰囲気は穏やかで、此処で過ごすことで次の領域に進めます。

 不思議な満ち欠けを繰り返す月を眺めていると、お酒に酔ったような感覚に陥ります。本当のお酒ではないので普段は酔わない人も酔ってみたり、普段とは違う酔い方をしても良いかもしれません。
 また、普段は語れない秘密や、言葉に出来ない思いを素直に語れるようになります。抱えた思い、恋話、愛や罪の告白、自分を顧みるなど、どうぞご自由に。

 屋敷は広い日本家屋で、何故かどの部屋も綺麗に整えられています。
 縁側や畳敷きの広間、障子張りの部屋、庭の桜や月が眺められる丸窓がある部屋などがあります。
 この章で敵は出ないので、お好きな場所でお過ごしください。

●第二章
 集団戦『愛情欠落性殺戮症候群』
 二章になると周囲の雰囲気が変わります。
 朔月の状態になり、それまで居なかったはずの敵が現れて戦闘になります。

 敵は異常な行為でしか愛情を感じられない、愛されなかった子達のなれの果て。
 傷つけ、人を食う事を愛情表現と信じてやまない殺戮者達。桜鬼の考え方に陶酔して付き従い、皆様を傷付けることで愛を感じるために襲いかかってきます。

●第三章
 ボス戦『蝶囲う桜鬼』
 戦場は桜屋敷の庭。まだ夜が続いています。
 陶酔した笑みを浮かべている羅刹。痛みほど狂おしく人を縛るものはないという思いを抱き、鬼斬りの太刀を用いて人斬りを続ける少女です。
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第1章 日常 『月酔い語り』

POW   :    いつもより素直になる

SPD   :    本当の自分が顔を出す

WIZ   :    秘めた想いが零れる

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

神代・凶津
庭に咲く桜、周辺に舞っている蝶、そして見事なお月様ときたもんだ。
いや~、絶景かな絶景かな。本当に酒でも持ってくりゃよかったか。なあ、相棒。
「・・・いいわけないでしょう。この後にオブリビオンと戦うのですから。」

オブリビオンが現れるまで屋敷の縁側で月と花見と洒落込もうぜ。酒はないが持ってきた『おはぎ』でも食いながらさ。
にしてもホントすげぇ光景だな。
「・・・ええ、とても綺麗。」

と、だんだん酔ってきたな。中々悪くねぇ感覚だぜ。
そういや相棒は今年成人したが酒はまだだったな。どうよ、酔っぱらってきた気分は。
「・・・悪くはありません。」
クククッ、ならこの仕事が終わったら酒盛りでもしてみるか。


【アドリブ歓迎】



●月と桜に酒盛りを
 時刻すら曖昧な宵の世界。
 魑魅魍魎の力が巡る桜屋敷には、終わらぬ夜が訪れている。
 神代・凶津(謎の仮面と旅する巫女・f11808)は月が浮かぶ空を見上げ、穏やかに過ぎていく時間を過ごしていた。
 庭に咲く桜の美しさ。周辺に舞っている蝶の蠱惑さ。
 そして――。
「見事なお月様ときたもんだ」
 凶津は上機嫌さを感じさせる口調で言葉を紡ぎ、縁側から見える情景を楽しむ。傍らに座っている巫女の桜もじっと夜空を見つめていた。
「いや~、絶景かな絶景かな」
「美しい情景ですね」
 凶津が語りかけると、桜も素直な感想を言葉にする。オブリビオンの力によって夜の世界に変えられた領域だが、未だ不穏な気配はしない。
 あの蝶々も件の敵に関連する存在らしいが、今は美しく舞っているだけ。
「本当に酒でも持ってくりゃよかったか。なあ、相棒」
「……いいわけないでしょう。この後にオブリビオンと戦うのですから」
 凶津が冗談まじりに語ると、桜は首を横に振った。凶津はこのひとときを楽しもうとしているが、桜は少し気を張っているようだ。
 大丈夫だと告げた凶津は桜が警戒を強めすぎないよう、或るものを用意してきた。
「オブリビオンが現れるまで屋敷の縁側で月と花見と洒落込もうぜ。酒はないが、これを持ってきたんだ」
 そういって、凶津は桜におはぎを勧める。これでも食べながら月見と花見をすれば、良い気分を味わえるはず。凶津の勧めに対して桜は少し不本意そうだったが、やがて受け入れ、おはぎを一口を食べる。
 おいしい、という言葉が彼女から零れ落ちたことで凶津も満足気だ。
 其処に、ひらりと桜の花が舞い降りてきた。桜が手を伸ばすと花弁が掌の中にそっとおさまった。更に指に蝶々が下りてくる。
 巫女の指先には蝶。手の中には桜の花。そして、その姿を月光が照らしている。
「にしてもホントすげぇ光景だな」
「……ええ、とても綺麗」
 凶津は居心地の良さを感じており、桜もふわふわとした気分を覚えていた。そうしていると不思議な感覚が巡ってくる。
「と、だんだん酔ってきたな。中々悪くねぇ感覚だぜ」
 これが月に酔っている証なのだと感じた凶津は、桜の様子を確かめた。
 月を眺めている桜の頬が仄かに上気している。彼女もまた酔っているのだと感じながら、凶津はふと思い出す。
 そういえば相棒は今年に成人したが、酒を飲んだことはなかった。
「どうよ、酔っぱらってきた気分は」
「……悪くはありません」
「クククッ、ならこの仕事が終わったら酒盛りでもしてみるか」
 凶津が提案を言葉にすると、桜はこくりと頷いた。
 二人の約束を叶えるためにも気は抜けない。ほんのりと心地良い感覚を楽しみながら、凶津達は月を振り仰いだ。
 花見の時間が巡りゆき、そして――満月は静かに欠けていく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

花咲・翁
WIZで判定します。

「・・・あの子は幸せに生きていたのだろうか・・・」ふと秘めていた思いが零れる。

自分が死ぬ前日、道具だった自分(灰)を人間にかえてくれた名も知らない少女・・・地獄で長年働き、別の世界に生き返った今、確かめる術はないが・・・
・・・それでも彼女が幸せな日々を送れたことを願うことは罪だろうか・・・



●少女への思い
 此処は終わらぬ夜の狭間。
 満ち欠ける月と散りゆくことのない桜。そして、蠱惑的な蝶々。
 オブリビオンの力によって作り出された空間は妙に静かで穏やかだ。花咲・翁(魔天牢の看守長・f33065)は屋敷の部屋で落ち着き、丸い窓辺から見える月を見上げていた。
 翁には現在、奇妙とも言える感覚が齎されている。
 不可思議な月によって与えられたのは酔い心地。やはりこれは酒に酔うという状況に近いのかもしれない。
 ふわふわとした気分が巡る中、翁の裡に或る思いが浮かんできた。
「……あの子は幸せに生きていたのだろうか」
 秘めていた思いがふと、言葉として零れ落ちる。
 彼が思い返したのは自分が死ぬ前日。
 ただの道具だった自分――灰を人間に変えてくれた名も知らない少女が居た。あの子のことを思い出すと、どうしてか妙な感覚が揺らぐ。
 死後、閻魔王の下で地獄の兵卒として働いていた翁。こうして猟兵として戦うことが出来るようになるまでの路を作ってくれたのがあの少女だ。今の自分の起源とも呼べる出来事を思い、翁は想いを馳せる。
「……こうして別の世界に生き返った今、確かめる術はないが……」
 それゆえに深く考えることは止めていた。
 確認する方法がないと知っているゆえに、思いを巡らせる必要はないと思っていたからだ。しかし、今は秘めた思いがあらわになるひととき。
 こういったときくらいは想いを胸に抱いていても構わないはず。
「……それでも」
 月を瞳に映した翁は、空に舞い上がっていく桜の花弁を目で追い掛けた。
「……彼女が幸せな日々を送れたことを願うことは罪だろうか……」
 ぽつりと零れた言葉は翁の本心だ。
 彼女に逢うことが叶わずとも、見つけられずとも、願うことだけは出来る。
 どうか、幸福であれ。
 願った思いはきっと罪などではない。そうして彼が紡いだ言の葉は、月が輝く夜の最中に優しくとけきえていった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

真宮・響
【真宮家】で参加

特殊な状況だが、家族3人で花見と月が眺められるのは素直に嬉しい。折角だから桜と月が良く見える丸窓のある部屋にしようか。

特異な満ち欠けをしてると、普段口にしない気持ちが溢れ出てくる。・・・あなた(夫)、アンタが命を懸けて護ってくれたからこそアタシ達はここにいる・・・でも不安になるんだ。これからも強い母として子供達を導いていけるだろうか?もしあの時怪我をしていてアンタを一人で戦わせて死なせてしまったようにしくじって子供達を死なせてしまったら?・・・こんな事は子供達の前では言わない。でも恐怖は常に胸にある。

今だけは月の向こうにいる愛しい人に、本心を吐露させてくれ。


真宮・奏
【真宮家】で参加

なにか曰くありげなお屋敷ですが、同時に花見と月見が出来るなんて贅沢ですね。物騒な事が待ってるみたいですけど、まずはゆっくり過ごしましょうか。

不思議な満ち欠けをしている月を見ているうちに言葉に出てくるのは自分の在り方への不安。失われようとしている命を護り、世界に光をもたらすのが私の信念です。でも残念ながら失われる命は数多く、人の心が齎す闇はなお深い。本当に私は護れてるでしょうか?世界に一筋でも光を差し込めることが出来てるんでしょうか?時々不安になるんです。

いつもはこんな事言いませんし、言ってはいけない事です。でも今だけは、素直に言っても構いませんよね?


神城・瞬
【真宮家】で参加

人を酔わせる月・・・胡散臭さ満点ですが、花見と月見を楽しまないと元凶が出てこないようなので。そうですね、桜と月が良く見える部屋がいいでしょう。

家族と共に月を眺めていると、普段絶対口には出さない実の両親への思いが溢れ出てきます。今の母さんと奏には感謝してますし、二人を護ることが僕の生き甲斐ですが、やはり生みの両親への思いは断ち難い。

今だけは千早父さんと麗奈母さんへの思いを言って構いませんか?もう一度父さんと母さんに会いたい、その声を聴きたい、と。



●月に語る
 終わらない夜に満ち欠ける月。
 満月だったものが目に見えて形を変えていく様はとても不思議だ。桜の花と蝶が舞うという光景も普通とは違い、幻想的過ぎるほどに思える。
「なにか曰くありげなお屋敷ですね」
「人を酔わせる月……胡散臭さ満点ですね」
 目の前の景色を見つめ、真宮・奏(絢爛の星・f03210)と神城・瞬(清光の月・f06558)は周囲の気配を探った。
 事前に伝えられていた通り、今はまだ不穏な様子は見えない。
 真宮・響(赫灼の炎・f00434)は二人に危険がないことを確かめた。ひとまずの安堵を覚えた響はふっと笑みを浮かべる。
「特殊な状況だが、楽しもうか」
 家族三人、水入らずで花見と月見が同時に出来ることは素直に嬉しかった。折角だからと響達が落ち着くことを選んだのは丸窓のある部屋。
「この部屋なんてどうだい?」
「そうですね、桜と月が良く見えるこの部屋がいいでしょう」
「わあ、綺麗……!」
 響の問に瞬が答え、奏は嬉しそうに部屋に入っていく。
 この場所の窓辺から眺められる夜空と桜はとても美しい。景色が窓で切り取られているので、まるで一枚の絵のようにも見えた。時折、蝶々がひらひらと翅を揺らして窓に近付いてくる。その様子を眺めながら双眸を細めた奏は感嘆の言葉を零した。
「同時に花見と月見が出来るなんて贅沢ですね」
「楽しまないと元凶が出てこないというのも不思議ですが……」
「はい。物騒な事が待ってるみたいですけど、まずはゆっくり過ごしましょうか」
「そうしましょう」
 奏と瞬が頷きあい、畳に敷かれていた座布団に腰を下ろす。ゆったりとした雰囲気は心地よく、此処が敵地だとは思えぬほどだ。
 この居心地の良さもまた、領域に留まらせる罠のひとつなのだろうか。
 懸念はあったが、月を見ていると気持ちが緩んでくる。ゆっくりと、けれども確かに揺れ動くように姿を変える月はもう満月の形をしていなかった。
 特異な満ち欠けだと感じながら、響は目を細める。
 月に酔う感覚はお酒を嗜んだときに感じるものによく似ている。そのうえ普段は口にしない気持ちが溢れ出てくる。
「……あなた」
 響は夫を想い、彼を呼んだ。
 弱気になっているわけではないが今は何故か彼が恋しい。どうしてか、月の向こう側に彼が居るような気がしてならない。
「アンタが命を懸けて護ってくれたからこそアタシ達はここにいる……」
 でも、不安になってしまうこともある。
 自分はこれからも強い母として子供達を導いていけるだろうか。そんな風に、もしも、と考えてしまうことがあった。あのときの響は怪我をしていた。そうして夫を一人で戦わせて死なせてしまったように――いつかしくじってしまい、大切な子供達を死なせてしまったら?
(アタシは……怖いんだ)
 少しでも強い母であるために、こんなことは子供達の前では決して言わない。しかし、その恐怖は常に響の胸の裡で渦巻いている。
 響が思いを馳せている中、奏も不思議な感覚をおぼえていた。
 夜空に浮かぶ半月に見惚れてしまった響。彼女は今、これまで心の奥底に押し隠していた思いがあらわになっていくことを感じている。
「……私の信念は――」
 月を見ているうちに言葉として出てきたのは、自分の在り方への不安。
 失われようとしている命を護り、世界に光をもたらす。それこそが奏としての揺るぎない信念だ。しかし、すべての命を救えているわけではないことも知っている。
「失われる命は数多くて、人の心が齎す闇はなお深くて……」
 声が震え、奏は自分の胸に手を当てた。
 それから自分自身に問いかけるように、ぽつりと思いを零す。
「本当に私は護れているのでしょうか?」
 世界に一筋でも光を差し込めることが出来ているのだろうか。時折、不安になってしまうことが今、とめどなく溢れてきていた。
 瞬は家族の不安気な様子に気付いていたが、敢えて声をかけることはしなかった。
 何故なら、二人にも思うことがあると分かっているから。それに自分の中にも普段は意識しない思いが渦巻いていたからだ。
「父さん……母さん……」
 三日月に変わる月を眺めていると、絶対に口には出さない実の両親への思いが溢れ出てきてしまった。もちろん、今の母である奏には感謝している。現在の家族という形に不安など少しもない。二人を護ることが自分の生き甲斐だと思っているが、やはり生みの両親への思いは断ち難いものだ。
「今だけは千早父さんと麗奈母さんへの思いを――」
 言葉にしても構わないはず。
 もう一度父さんと母さんに会いたい、その声を聴きたい。
 ――痛みほど狂おしく人を縛るものはない。
 そのとき、不意に誰かの声が聞こえた気がしたが、瞬も響も奏も声の主をみつけることは出来なかった。今はただ、この胸のうちにある思いが苦しくて切ない。
 しかし、ただ物悲しいだけではない。
 あの月も、桜も、窓辺に舞う蝶々も想いや言葉を受け止めてくれている気がした。
「瞬兄さん……」
「……奏」
「いつもはこんな事言いませんし、言ってはいけない事です。でも今だけは、素直に言っても構いませんよね?」
「ええ、今だけは」
 奏と瞬がそっと言葉を交わす中、響も静かに頷いた。
 猟兵として、母として、家族として。強く在ることは大切だが、しんみりとした月が満ち欠けるこんなときくらいは――。
 月の向こうにいる愛しい人を想い、今の自分への思いを綴り、過去に思いを馳せて本心を吐露することも悪いことではない。
 桜の花が夜空に舞う。
 それはまるで、彼女達の思いを空に連れて行ってくれているかのようだった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

鏑木・桜子
桜の見える縁側で刀を抱きながらちょっと想いを馳せます。
自分語りすることはは、恥ずかしいですしあんまないですが…。
お、オオカミの因子のサガですかね、月夜だとついついテンションあがっちゃいます。

桜子って名前ですけど桜は映像アーカイブのかキマイラフューチャーの園芸アーティストさんが人工再現されたのだけだったんですよね…。
やっぱり本物の桜は…こんな綺麗なんですね。
わたしもいつか名前負けしないくらいす、素敵な女性になれると…いいな!?



●月と蝶と憧れの桜
 夜風が吹き抜け、桜の枝と花が穏やかに揺れた。
 縁側に腰掛けて、薄い月光が照らす桜の庭を眺める。枝が揺らめく様子に合わせて尾をぱたりと動かした鏑木・桜子(キマイラの力持ち・f33029)は月を見上げた。
 桜子が抱いている大太刀の鍔も月光を受け、鈍く煌めいている。
「綺麗ですね……」
 桜の樹に周りには紅い蝶々が何羽も飛んでいた。
 見ようによっては妖しい雰囲気ではあるが、花を彩る蝶も夜空に浮かぶ月も美しいと思える。しかし、あの月を見ていると妙に心がざわめいた。
 桜花絢爛の名を冠する刀を強く抱き、桜子は想いを馳せる。
 自分を語ることは少し恥ずかしい。これまでにあまりない経験ではあるが、この領域に巡る不思議な力はそんな思いすら取り払っていく。
「わたしも、お、オオカミの因子があるからでしょうか」
 桜子がぽつりと零したのは、ふとした疑問。
 獣の因子のサガだろうか。澄んだ空気が満ちる月夜の中にいると、ついついテンションがあがってしまう。その証拠に先程から尻尾がぱたぱたと揺れ続けていた。
 そして、桜子は桜について考えていく。
 此処に訪れてから、ずっと胸がどきどきしている。
 その理由は桜子という名前にあった。目の前にある花の名を持っているが、桜子は今まで一度も本当の桜を目にしたことがなかったのだ。
 もちろん、映像アーカイブで見たことはあった。キマイラフューチャーの園芸アーティストが人工再現した桜も眺めたことがある。しかし、それは本物とは呼べない。
 それらに不満があったわけではなかったが、やはり――。
「本物の桜は……こんな綺麗なんですね」
 桜屋敷と呼ばれるほどに、この家屋の中心になっている樹。何年、何十年、或いは百年に届くほど此処で咲き続けていたのかもしれない。
 そう考えていると桜子の傍に何羽かの蝶々が寄ってくる。
 何となくそちらに手を伸ばしてみると、指先に一羽の蝶々が止まった。羽を休めてくれているのだと思うと何だか可愛らしく思える。
 暫し蝶と共に桜の樹を眺めて過ごしていると、ふわふわとした気持ちが湧いてきた。
 月に酔ってしまったのだと感じた桜子は、ふふっと笑む。
「わたしもいつか名前負けしないくらいす、素敵な女性になれると……いいな!?」
 気付けば桜子は素直な思いを言葉にしていた。
 裡に抱く理想。それは、あの大樹に咲く可憐な花のようなひと。
 思いを馳せていた時、蝶々が夜空に向かって飛び立っていった。
「もう行くんですか? えっと……またね」
 その声に応えるようにして蝶は何度も翅を揺らす。
 桜子は蝶を見送りながら、そっと手を振る。振り仰いだ月は不思議に揺らめき、満月から三日月に変わっていった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

フリル・インレアン
ふえ、まん丸のお月様です。
なんだかお月様に吸い込まれるような感覚です・・・。

それにしても、この頭にかぶっているの邪魔ね。
これじゃあ、耳が隠れてよく聞こえないじゃない。
あれ?あそこに美味しそうなアヒルが1羽いますね。
食べないなんて勿体ないですね。
それじゃあ、いただいちゃいましょうね。

・・・、ふえ?私はいったい何をしていたのでしょうか?
ふえ?アヒルさん、どうしたんですか?
そんなボロボロになって。
ふえ?私がアヒルさんを食べようとしたって、どういうことですか?
落とした帽子を被せたら元に戻ったって
そんな、私にアヒルさんを追い詰める実力がある訳ないじゃないですか。
いったい、どういうことなんでしょうね。



●帽子の下には
「ふえ、まん丸のお月様です」
 桜が咲く庭の最中、不思議な月に見つめられている感覚がした。
 夜の花見を楽しむ場所を探していたフリル・インレアン(大きな帽子の物語はまだ終わらない・f19557)は立ち止まり、上空を見上げる。
 何だか妙だ。
 たとえるなら紅茶に砂糖を入れてティースプーンでかき混ぜるときのよう。そんな風に心の中がぐるぐるしていた。
 咲き誇る桜は綺麗で、周囲に舞う蝶々や花弁も美しい。
 だが、今のフリルはどちらにも集中できない。アヒルさんも何かを訴えかけているのだが答えられない。ただ、空に浮かんでいる月を眺めることしかできなかった。
「なんだかお月様に吸い込まれるような感覚です……」
 フリルの裡に渦巻く感情はこれまで覚えたことのないもの。
 そのとき、夜風がフリルの帽子を揺らした。ふぇ、という声が零れたかと思うとフリルの様子が一変していく。
「それにしても、この頭にかぶっているの邪魔ね」
 そして、少女の帽子が地面に落ちた。そのまま風に飛ばされていった帽子は庭の隅に転がっていく。はっとした様子のアヒルさんがフリルの肩から飛び降りていったが、彼女は気にも留めなかった。
「丁度いいわ。あれじゃあ、耳が隠れてよく聞こえないじゃない」
 其処に落とされた声は、普段のフリルのおっとりしたものとは違う。声そのものは同じなのだが口調が全く別だ。
 溜息をついた少女はまるで別人になってしまったかのよう。
 否、元に戻ったと語った方が相応しいのかもしれないが――フリル本人も含めて、それを形容することが出来る者はいない。
「綺麗な桜ね。他に面白いものはないのかしら」
 そういって周囲を見渡した少女は、帽子を追い掛けていったアヒルさんに気付く。いつもなら一緒に帽子を拾いに行くフリルだが、今は違う。
「あれ? あそこに美味しそうなアヒルが一羽いますね。少し変だけど、食べないなんて勿体ないですね」
 少女はガジェットに近付き、双眸を鋭く細めた。
 びくっとしたアヒルさんは慌てている。その様子にすら構わず、少女は口許を緩める。
「それじゃあ、いただいちゃいましょうね」
 伸ばされる手。抵抗するアヒルさん。
 暫し激しい追走劇が繰り広げられたが、或る瞬間。
 隙を見て跳躍したアヒルさんが少女の頭に帽子を叩きつけ――もとい、被せた。
「……、ふえ? 私はいったい何をしていたのでしょうか?」
 するとフリルの動きが止まる。いつもの口癖と一緒に首を傾げたフリルは、アヒルさんがほっとしている様に気が付いた。
「ふえ?アヒルさん、どうしたんですか?」
 そんなボロボロになって、と不思議そうにしているフリルは何も覚えていない。アヒルさんが状況を説明するも、フリルは腑に落ちていない様子。
「ふえ? 私がアヒルさんを食べようとしたって、どういうことですか?」
 落とした帽子を被せたら元に戻ったと言われたが、フリルにはぴんと来ていない。冗談だと思ってしまった彼女はちいさく笑う。
「そんな、私にアヒルさんを追い詰める実力がある訳ないじゃないですか」
 でも、もしそれが本当だとしたら――。
「……いったい、どういうことなんでしょうね」
 帽子を両手で押さえたフリルは再び夜空を仰いだ。薄く輝き続ける月は何も語らず、少女とガジェットを静かに見下ろしている。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

シビラ・レーヴェンス
露(f19223)。
故郷は常に分厚い灰色の雲に覆われて月などみたこともない。
素直に綺麗だと思う。いつまでも眺めていて飽きないものだな。
…が。何だか思考がいつもと違うような気がする。これは?

何時もと変わらずに私にくっついている露を撫でてみる。
そして私から抱きしめてみたい気持ちになって…抱きしめてみた。
「…露。邪険に扱ってはいるがいつも私の傍にいてくれるな。
私のことを必ず信じてくれて心強いし、とても感謝している…」
ん?何故驚いている表所を見せている?
私は変なことをいっていないのだが。…ん?言っている…?
「私は…君と一緒に居て…楽しいよ。うっとおしいがな」
自分で自分の制御がきいてないきがする。


神坂・露
レーちゃん(f14377)。
月が綺麗なのはわかっているけどレーちゃんの方が大事なの。
だから月なんか見てないでレーちゃんの方だけみてくっつくわ♪
えへへ♪いつもと変わらないけどあたしはこれが一番好きなの♪

「…え? …レー…ちゃん?」
びっくりしたわ。急に撫でられて抱きしめてくるんだもの。
レーちゃんから抱きしめてきたのって初めてで驚いたわ。何で?
見たことない感じで微笑んだと思ったら感謝の言葉を貰ったわ。
しかも顔をあたしに近づけて囁くように言うんですもの。
「…? レーちゃん…? 何か変よ? 大丈夫?」
本人は問題ないっていったけど…なんだか変。
なんだかどきどきしてくるわ。渋いいい声で言うんですもの。



●素直な心で
 月が煌々と輝く夜。
 思えば、過去にこういった月をじっくりと見たことがなかった気がする。その理由は故郷が常に分厚い灰色の雲に覆われていたからだ。
「月とは美しいものだな」
 シビラ・レーヴェンス(ちんちくりんダンピール・f14377)は故郷に居た頃を思い返し、屋敷の縁側に腰を下ろした。シビラの後を付いてきた神坂・露(親友まっしぐら仔犬娘・f19223)もその隣に座る。
「いいところね、レーちゃん」
 露は上機嫌に庭を見つめ、シビラにぴったりとくっつく。
 庭には桜の樹があり、花が静かな夜風を受けて揺れていた。
 月と桜。其処にときおり蝶々が舞う情景。シビラはじっと景色を眺め、感嘆まじりの言葉を落とした。
「いつまでも眺めていて飽きないものだな」
「えへへ♪」
 シビラにくっついたまま、露は幸せそうに笑む。月や桜が綺麗なのはわかっているが、露にとっては彼女の傍に居られる方が大切なこと。
 それゆえに月を見るのは早々に止め、シビラの方だけを見てくっつき続ける。
「あたしも、いつもレーちゃんを見てても飽きないわ」
 これが一番好きなのだと得意気に語る露。
 いつもならばここでシビラが露を邪険に扱うのだが――。今日は何だか思考の流れがいつもと違うような気がする。
(これは?)
 シビラは疑問を浮かべる。露はいつもと変わらないというのに自分だけが違和を覚えているようだ。すると、思いとは裏腹に身体が動いた。
 手を伸ばしたシビラは露を撫でる。
 そして、何故か自分から彼女を抱きしめてみたい気持ちになってしまった。深く考えることなく、思うままに露に腕を回してぎゅっと抱きしめてみる。
「……露。邪険に扱ってはいるが、いつも変わらず私の傍にいてくれるな」
「……え? ……レー……ちゃん?」
 露にとって、その行動は予想外のことだった。
 次は驚いて固まってしまった露が疑問を浮かべる番だ。何故なら、これまでずっと自分から抱きつくばかりだった。シビラの方から抱きしめてくれることなどなく、今この瞬間にはじめてこうして貰った気がする。
 いつも以上のドキドキが胸の中に巡り、露はシビラを見つめることしか出来なかった。
 シビラは双眸を細め、露に思いを伝えていく。
「私のことを必ず信じてくれて心強いし、とても感謝している……」
「な、何で?」
 今まで見たことのない微笑みを浮かべ、感謝の言葉を告げるシビラ。その言葉に感動するよりも先に露は問い返してしまっていた。
 シビラはというと、きょとんとした様子で首を傾げる。
「ん? 何故驚いている?」
「だって、レーちゃん……」
 露もどうしていいかわからないといった雰囲気だ。しかもシビラが顔を近付けて囁くようにして渋い声で言ってくるものだから、露のときめきは止まらない。
「私は変なことをいっていないのだが。……ん? 言っている……?」
「ううん、何か変よ? 大丈夫?」
 露が心配そうに聞くと、シビラは平気だと答えた。
「私は……君と一緒に居て……楽しいよ。うっとおしいがな」
 そう、シビラは月に酔っている。
 自分で自分の制御が出来ていない気がするのも、月が齎した力が関係していた。しかし、惑わされているとはいっても、この月は胸の奥に秘めた本音をあらわにするもの。
 告げてくれた言葉も心の奥底に隠している本心なのだろう。ついでに最後に付け加えられた言葉も本音だ。
「うっとおしいって……よかった、いつものレーちゃんね」
 露は少しほっとして気持ちを落ち着ける。
 本人は問題ないと言っていたこともあり、露はシビラにすり寄った。そうすればシビラの方も更に強く抱きしめてくれて――。
「月も桜も綺麗だな、露」
「そうね、レーちゃん♪」
 二人は一緒に夜空の月を見上げた。
 桜の花弁と蝶が舞う不思議な領域で、いつもと少し違う時間が流れていく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

杜鬼・カイト

誰とも会話することなく、独りぼーっと月を眺める。

こうしていると、世界にはオレ独りだけって感じがするな。
……はぁ。どうしてオレこんな姿になっちゃったんだろ。
出来損ないの本体。
ヤドリガミにならなかったら、きっと力使いきって棄てられてたのに。

オレがこうなることを望んだ?
それとも……主サマ?
どちらにしても、こんな姿になっちゃったせいで、棄てられるのが余計怖くなっちゃった。

見捨てられたくない。独りでいたくない。
でも、オレにすらオレが映らないのに、誰がオレを見てくれるんだろう。
本体であるくもった鏡をおもう。

「あーぁ。……気持ち悪い」



●明鑑の月
 咲き誇る桜の花、飛び交う蝶々。
 月と花、蝶が織り成す夜の情景をぼんやりと眺める。
 杜鬼・カイト(アイビーの蔦・f12063)は誰とも会話することなく、月が浮かぶ空を独りで見つめていた。
「不思議な月だな……」
 満月から半月、三日月へ。満ちて欠けて、また満ちる。ゆっくりではあるが確かに形を変えていく月を見続けてどれくらいの時が経っただろうか。
「こうしていると、世界にはオレ独りだけって感じがするな」
 時間の感覚すら曖昧になっていく最中、カイトは深い溜息をついた。
 確かに桜は綺麗で蝶々も幻想的だ。されど今のカイトにはこの情景を素直に楽しむ余裕がなかった。思い悩む気持ちばかりが浮かんでいくのは、あの月に惑わされてしまったからかもしれない。
「……はぁ。どうしてオレこんな姿になっちゃったんだろ」
 再び吐息が零れ落ちた。
 元の姿のままであったら、このように考えることなどなかったのだろう。
 出来損ないの本体。もしヤドリガミになどならなかったら、きっと力を使いきって棄てられて、其処で終わりだったというのに。
 ありえなかったもうひとつの道筋を考えても、それが実現するわけではない。
 そのことは痛いほどに分かっているのだが、今は否応なしに考えてしまう。どうして、このような形で今が在るのか。
「オレがこうなることを望んだ?」
 それとも――。
 考えを巡らせ、思い至ったのは彼の人の存在。
「……主サマ?」
 しかし、その疑問を解消してくれる人はいない。自分の中にだって答えはない。
 月に問いかけてみても返事はないだろう。あの桜のように心は揺れて、舞う蝶々のようにひらり、ひらりと答えが遠ざかっていくかのようだ。
 ただ分かることはひとつ。
 どちらにしても、こんな姿になってしまったせいで恐怖が増した。棄てられることが余計に怖くなってしまった事実を思い、カイトは肩を竦める。
 妙な気持ちが消えてくれないのは、きっとあの月のせいだ。
 見捨てられたくない。
 独りでいたくない。
「……でも、オレにすらオレが映らないのに、誰がオレを見てくれるんだろう」
 カイトは自分の本体である、くもった鏡をおもう。
 鏡と同じようにこの心も曇ってしまっている。鏡写しなんて言葉が思い浮かんだが、カイトは首を横に振り、淀む思いを追い払った。
「あーぁ。……気持ち悪い」
 零れた言の葉は誰にも聞かれることなく、月夜の下に解けて消えていった。
 再び満月になった月は緩やかに欠けていく。
 まるで満たされない心が擦り減っていくかのように、幽かな不穏を宿して――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

橙樹・千織
ここも桜が咲き続けているのね
季節問わず咲く桜
種類は違えどそれを見たのはサクラミラージュと
己が守護する森の神域

あの子とこの月を見ていたら大変ね
縁側に腰掛け柱に寄りかかり
短時間で満ち欠けする月が不思議で魅入る

秘めた心
糸桜の帳
月に酔い
薄らひらく

…彼等は
本当に私を受入れてくれるの…?
記憶のことを明かした二人
獣の本能のままに刃を振るう姿を見た人達
はらり、言の葉が散る

こんな歪な私を?
受入れる?
無謀すぎない?
ひとりのせいか、言の葉はとめどなく

あぁ、でも内心は違うかもしれない
もしかしたら
また…
自分に背を向ける幻が見える気がする


それは

いや

ひとりに

しないで

私を

愛して

閉じゆく帳
その奥に揺れる花二輪に影が落ちる



●花に影
「ここも桜が咲き続けているのね」
 桜屋敷に訪れた橙樹・千織(藍櫻を舞唄う面影草・f02428)が感じたのは、これまでに見てきた美しい桜の数々。
 季節を問わず咲く桜は不思議だが身近に感じるものでもある。
 種類は違えど、そういった桜を見たのはサクラミラージュの世界。それから、己が守護する森の神域にある桜。
 千織は桜屋敷の中を進み、樹と月がよく見える縁側に辿り着いた。
「あの子とこの月を見ていたら大変ね」
 まんまるな月が地上を薄く照らしている。千織は縁側に腰掛け、近くにあった柱に寄りかかって背を預けた。
 本来ならば日を重ねて、徐々に欠けていくはずの月。
 それは今、短時間で満ち欠けする月となって巡っている。千織は不可思議な光景に暫し魅入り、桜と蝶が織り成す情景を瞳に映した。
 秘めた心。糸桜の帳。
 月に酔い、薄らひらくのは――。
「……彼等は、本当に」
 ぽつりと零れた呟きは、記憶のことを明かした二人への思いだった。
 千織の声は少しだけ震えていた。信じたい。信じていたい。そうは思っていても、獣の本能のままに刃を振るう姿を見た人達は、本当はどう感じているのだろう。
「私を受け入れてくれるの……?」
 はらりと散るような言の葉が紡がれ、夜の闇の中に消えていく。
 掌を強く握り締めた千織は月を瞳に映したまま考えた。思ってはいけないというのに、秘めていた考えが深く廻っていく。
「こんな歪な私を? 受け入れる?」
 誰も聞いていないという思いからか、それともひとりだと感じているからか。一度溢れ出した言葉は止まってくれない。
「無謀すぎない?」
 とめどなく押し寄せる不安と懸念。信じたいのに信じられないのは彼等に信頼がないわけではなく、己が自分を信用できていないからだと感じる。
(あぁ、でも内心は違うかもしれない。もしかしたら、また……)
 千織の思いは徐々に裡に沈んでいった。
 怖くて言葉にすらできない。彼等が自分に背を向ける幻が見えてくる気がして、胸がずきずきと痛みはじめた。
 声にならない思いが千織の心の中に浮かんでは消える。
 それはいや。
 ひとりにしないで。
 私を愛して。
 普段は押し隠している思いが溢れて止まらない。差し伸べて貰った手を取って、ずっと離したくない。それだというのに千織自身の心が邪魔をしているようだ。
 愛して欲しいのに、愛されることを怖がっている。
 求めて望むことを自らの手で退けてしまっているのかもしれない。
 千織は俯き、月から目を逸らした。
 閉じゆく帳。その奥に揺れる花二輪に、影が落ちてゆく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

丸越・梓

解釈お任せ

_

──誰もいない廊下にて。

_

庭に咲き誇る桜は見事だと、雅に疎い俺でさえ解る。
闇宵に淡く輝くように咲く桜を見上げ、視線が辿り着くのは水面のように揺らめく月。
……月も、桜も、蝶も。美しいと感じる。だが同時に、どこか切なさや寂しさをも感じさせた。

くら、と軽い目眩がする。
…ああ、もしかして、酔ったのか。
仕事漬けの毎日。いつ呼び出されても常に万全に動けるようにと生活していれば、酒を飲む機会もとんと無く。
そも酒を飲んでも然程酔わない性質であったから──この感覚は随分と久しぶりで、新鮮だった。

隣を、小さな蝶がひらりと舞う
不意に風が吹いて目を覆うように桜が吹雪き
俺は咄嗟に、その蝶へ手を差し伸べた。



●秘された痛み
 桜屋敷と呼ばれる領域は静けさに包まれていた。
 誰かが居るはずであるのに、誰も居ない廊下。その奥は光が届いておらず、庭から遠ざかる方向にある廊下の先はよく見えない。
 どうしてか、寂しい世界に独りきりで取り残されたような感覚があった。
 丸越・梓(月焔・f31127)はこれまで歩いてきた廊下を振り返り、続けて暗い方に視線を向ける。目を凝らしてみてもやはり奥は見えなかった。
 これ以上、屋敷の奥に進むのは良くない。そう感じた梓は縁側で立ち止まる。
 暗い場所に目を向けていたからか、月光が射す庭が明るく見えた。
 月に照らされた桜が瞳に映る。
 庭に咲き誇る花は実に見事だ。風流や雅というものに疎いと自覚している梓にでさえ、あの花と月が織り成す景色が佳きものだということが解る。
 廊下からは出ないまま、梓は桜を見上げた。
 夜空に向けて枝を広げる樹の周囲には蝶々が舞っている。ふわりと自由気儘に飛んでいる蝶々は上空に向かう。
 闇宵に淡く輝くように咲く桜。
 蝶を目で追った梓の視線が次に辿り着いたのは、水面のように揺らめく月。
「……月も、桜も、蝶も。美しいな」
 不意に零れ落ちた梓の声は、彼自身にしか届かないちいさなもの。感嘆の思いを抱いた梓の中には違う感情も生まれていた。
 美麗ではあるが、この景色はどこか切なさや寂しさをも感じさせる。
 月を囲う如く舞う蝶々が月光を受けている。血のようでもある緋色の翅が夜空に境界線を描いていた。
 そのとき、くら、と軽い目眩がした。
 蝶と月を見上げていた梓は眉間を押さえ、一度だけ目を閉じる。
「……ああ、もしかして、酔ったのか」
 聞いていた通り、酔いが回ってきたようだ。
 梓は仕事漬けの毎日を送っている。いつ呼び出されてもいいよう常に万全に動けるように生活しているので、酒を飲む機会もとんとなかった。
 そもそもが酒を飲んでも然程酔わない性質だ。まるで随分と飲んだような感覚に陥り、梓はふっと息をついた。
 酔うというのも何だか久しぶりで、妙に新鮮だ。
 気付けば梓は縁側に座り込んでいた。月と桜を見上げ続けていると、不意に空から蝶々が舞い降りてくる。小さな蝶は梓の隣にひらりと訪れた。
 その瞬間、強い夜風が吹き抜ける。
 目を覆うように桜が吹雪いて、蝶が花に攫われそうになった気がした。
 梓は咄嗟に、蝶に手を差し伸べる。
 花が風に乗って飛んでいく。視界がひらけたとき、掌で守ったはずの蝶は何処かに消えていた。その代わりに誰かの声が聞こえてくる。

 ――あなたも痛みを抱いて、忘れないようにしているのね。

 自分以外に誰もいなかったはずの庭を見渡し、梓は声の主を探す。しかし、人影はおろか先程の蝶々すら見つからなかった。
 梓は肩を竦め、再び月を振り仰ぐ。満月の形から欠けはじめ、次第に細くなりゆく月は何も語らず――ただ此方を見下ろしているだけだった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

灰神楽・綾
【不死蝶】◎
縁側にて、足をぷらぷらさせながら月を眺める
デレッとした表情で仔竜たちを見つめる隣の梓を微笑ましく思いながら
俺もちょっとくらいいいよね…と、彼の肩に自分の頭をそっと預け

その姿勢のまま、ぽつりぽつりと語りだす
かつて、戦いだけが自分の全てで
血腥い戦場だけが自分の居場所だと思っていた
「普通の人」とは程遠い人でなしだと自覚していた
それが、梓との時間を過ごす中で
自分が「普通の人」になっていくのを日々感じている

でも時々不安になるんだ
俺がただの人になってしまえば
梓は俺と一緒にいる意味が無くなるんじゃないかって
「お前はもう俺が面倒見なくても大丈夫だな」って
いつか離れていってしまうんじゃないかって


乱獅子・梓
【不死蝶】◎
縁側に腰掛け、両膝には仔竜の焔と零を乗せ
こいつらまで酔っ払っているのか
普段以上に猫のように身体をすりすりと擦りつけてきて
そんな姿も可愛らしく愛おしい

いつもはニコニコ笑ってて本心が見えない綾
そんな綾がこんなことを語るとは
月の力、すごい

…あー、そういえばそんな話もあったな
自分の命も顧みないような戦闘狂の綾の面倒を見てくれと
親父に頼まれたから、というのが綾との旅の始まり
そんな理由も忘れてしまうくらい
今では一緒にいるのが当たり前の存在
未だにそんなビジネスのような付き合いなら
夏休みやクリスマスにあんなにお前と遊びに行ってないっての

大丈夫だ、俺はどこにも行かない
…だから、お前もどこにも行くなよ



●宵の月酔
 月を臨む花庭には穏やかな空気が流れていた。
 縁側に腰を下ろした灰神楽・綾(廃戦場の揚羽・f02235)は足を軽く揺らし、桜と月をゆっくりと眺めていた。その隣では乱獅子・梓(白き焔は誰が為に・f25851)が両膝に仔竜の焔と零を乗せ、笑みを浮かべている。
「キュー」
「ガウガウ!」
 どうやら月は仔竜達にも作用しているらしく、二匹は上機嫌にはしゃいでいた。
「こいつらまで酔っ払ってるのか」
 梓は猫のように身体をすりすりと擦りつけてきてくる焔と零を撫でる。いつも以上に可愛らしく甘えてくるので口許の緩みが抑えられなかった。
 まさにデレデレ。そんな表情で仔竜を見つめる梓を微笑ましく思いながら、綾は双眸を細める。見上げていた月は人を酔わせるもの。
 酔いにあてられているのは仔竜達だけではなく、自分もそうだ。
「俺もちょっとくらい、いいよね……」
 ちいさく呟いた綾は彼の肩に自分の頭を預けた。
 梓は綾を受け入れ、肩の重みを心地よく感じている。焔と零も可愛らしいが、今日の綾も何だか愛おしい。
 そう思うのも、梓もまた月に酔わされているからかもしれない。
 ふ、と梓が笑ったことに気付いた綾は瞼を閉じる。彼は暫し思いを巡らせてから目をひらいた。そうして、肩に身を寄せた姿勢のままで、ぽつりぽつりと語り出す。
「ねぇ、梓。俺は――」
 綾が話したのは嘗ての自分のこと。
 以前は戦いだけが自分の全てだった。血腥い戦場だけが自分の居場所だと思っていたし、それを疑うことなどなかった。
 何故なら、自分が『普通の人』とは程遠い存在だと思っていたからだ。有り体に云うならば人でなし。そのように自覚するしかなかった時代があった。
 しかし、それが梓との時間を過ごす中で変わっていく。
「どうしてかな、自分が普通の人になっていくのを日々感じているんだ」
 綾の表情からは笑みが消えていた。
 梓は彼の言葉に耳を傾けながら、月が齎す力の効力を感じ取っている。
(月の力、すごい)
 いつもはニコニコと笑っていて本心が見えない、否、見せようとしない綾。心配や懸念を与えまいとしている優しい綾が、こんなことを語るとは――。
 梓からも綾にそうっと身を寄せ、語られる話の続きを待つ。
「でも時々不安になるんだ」
 自分がただの人になってしまえば、大切だと感じている今が終わってしまいそうだ。綾は梓を見つめ、頭を振った。
「梓が俺と一緒にいる意味が無くなるんじゃないか、『お前はもう俺が面倒見なくても大丈夫だな』って……いつか離れていってしまうんじゃないかって」
 綾の声は不安気で、いつもとは全く違う。
 素直な心が溢れ出しているのだろう。梓は綾がさらけだしてくれた弱さにも似た感情を思い、そうか、と静かに答えた。
「……あー、そういえばそんな話もあったな」
 梓が思い返していくのは以前に聞いた話。
 自分の命も顧みないような戦闘狂の綾の面倒を見てくれ、と親父に頼まれた。それが綾と梓の旅の始まりだった。
 しかし、そのことを気にしているのは綾だけ。梓はそんな理由も忘れてしまっていたくらいに現状を気に入っている。今では二人が一緒にいるのが当たり前で、共に居ることが普通の存在になった。
 梓は風に揺れている桜に目を向け、穏やかに笑む。
 心はあの花のように揺らぎやすいのかもしれない。月の魔力が作用して心細くなっているのなら、彼を安心させてやればいい。
 焔と零も綾のことが気にかかったのか、次は彼の膝にぴょんと飛び乗った。
 すりすりと頬を寄せる仔竜達も綾が大好きらしい。その様子を微笑ましく感じた梓は笑みを浮かべてみせた。
「未だにそんなビジネスのような付き合いなら、夏休みやクリスマスにあんなにお前と遊びに行ってないっての」
「でも――」
 梓の言葉が信じられないわけではないが、綾の不安は消えない。
 綾の膝には焔が、梓の膝には零がそれぞれに座っていた。キュー、ガウ、と鳴いて寄り添う二匹も梓と同じ思いを抱いているようだ。
 仔竜達ごとやさしく抱きしめる形で綾に腕を伸ばした梓。其処から彼は決意を込めた思いを宣言していく。
「大丈夫だ、俺はどこにも行かない」
 ――だから、お前もどこにも行くなよ。
 続きの言葉は綾だけに聞こえる声で囁く。その声を聞いた綾は静かに頷きを返した。この不安が真の思いならば、告げてくれた言葉だって本物だ。
 本当に信じられるものは今、すぐ隣にある。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

宵雛花・千隼
梟示(f24788)と

普通のお酒には酔えぬものだから、酔えるならアナタと
ね、折角ならば月の近くへ
屋根の上へと悪戯なお誘いを

緩やかに欠けてゆく月は永い時を眺めるよう
ええ、ずっと見ていたい
酩酊感に身を任せて、彼の懐に潜込んで落ち着いてしまいましょう
背を預けて収まれば、長い腕を引き寄せて
捕まえた、離すのはだめよ
悪戯な笑みに酔うまま、楽しげに笑って
ふふ、ちはの特等席かしら

月が綺麗ね、梟示
愛しているとそう告げて
桜色に染まる頬を胸に埋め

梟示は欲しいものはある?
ちはは永遠が欲しいわ
あの月のように、あなたの永い時間にずっといたい
愛おしげな笑みを向けて、返る言葉に頬へ手を伸ばし
なら、もう月は捕まっているのだわ


高塔・梟示


千隼(f23049)君と

春の名残りに酔いしれるなら君と
ふふ、特等席のお誘いなら喜んで
軽やかに屋根へ上る、彼女を追って

時を忘れそうな眺めだね
彼女の言葉に頷いて
心地良い酩酊感は月の魔力に中てられているよう

…おやおや、登って潜ってと猫みたいだ
捕まえたのは何方だろう、と冗談めかして
引かれた腕を回し、悪戯に微笑めば
そう、君だけに空けておくよ、と

ああ、傾く前に出逢えて良かった
酔いのまま囁いた声よりも
鼓動が先に届くのではと思いながら

問いに瞬いて、ふと空見上げ
…なら、月が欲しいな
千隼が月なら、朝も夜も君の姿を探せるだろう
逢いに行くのが大変だがね
くすりと愛しい笑みに頬寄せて
ふふ、手が届くほど近くにいたとはね



●この手に月を
 春の名残と宵の色。
 ふたつの彩が混じり合った世界は幻想的と表すほかない。浮かぶ月は満ちては欠けゆき、ふんわりとした心地を巡らせていく。
 酔いしれるなら君と。
 酔えるならアナタと。
 高塔・梟示(カラカの街へ・f24788)と宵雛花・千隼(エニグマ・f23049)は桜屋敷に満ちている雰囲気を確かめ、空を振り仰いだ。
 普通の酒には酔えぬものだから、ふわりと齎される酔いは仄かに甘い気がした。
「ね、折角ならば月の近くへ」
 千隼は梟示を手招き、軽く地面を蹴った。屋根の上へ跳躍した彼女は、はやく、と悪戯な笑みを浮かべて梟示をいざなう。
「ふふ、特等席のお誘いなら喜んで」
 梟示は月を背にして屋根に立つ彼女を見上げ、勿論だと頷いた。そうして彼も、今しがた彼女が軽やかに登ったようにして、その後を追う。
 縁側よりも少し高い位置。
 真っ直ぐに視線を前に向ければ、桜の枝が同じ高さに見えた。夜風を受けて揺れる桜の花は美しく、二人の瞳に同じ花が映る。
 千隼と梟示は寄り添い、再び月を仰いだ。先程は満月だったはずの月は徐々に欠け、形を変えていっている。まるで時間が早く進んでいるかの如く思えた。
 移り変わる永い時を眺めるような感覚は不思議だ。
「時を忘れそうな眺めだね」
「ええ、ずっと見ていたい」
 暫くは隣で腰を下ろしていたが、ふと思い立った千隼は梟示の懐に潜り込む。普段ならば隣同士のままで良いと思ったかもしれないが、今は浮き立つ酩酊感に全てを任せたかった。懐で落ち着いた彼女は、梟示の胸元に凭れ掛かる。
 触れた箇所から感じる熱は快い。彼女の言葉に頷いた梟示もまた、心地良さに身を委ねていた。月の魔力に中てられているようだが、今は気に留めなくて構わない。
 何故なら、このひとときがこんなにも穏やかだから。
 梟示に一番近い場所に収まった千隼は、その長い腕を引き寄せた。
「捕まえた、離すのはだめよ」
「……おやおや、登って潜ってと猫みたいだ」
 捕まえたのは何方だろう、と梟示が冗談めかして返せば、ちいさく笑んだ千隼は更に身体を預けてくる。互いに浮かべた悪戯な笑みに酔うまま、梟示は腕を回す。
「ふふ、ちはの特等席かしら」
「そう、君だけに空けておくよ」
 千隼は楽しげに咲い、梟示もつられて静かな声を紡いで笑む。
 桜の花がひらりと舞ってきた。その花を追い掛けてきたのか、紅い蝶々が屋根の上に飛んでくる。風と花、蝶と月。風流だと感じられる景色を二人占めしているようだ。
「月が綺麗ね、梟示」
 千隼はそれまで眺めていた月から、彼に視線を向け直す。
 抱く腕が、響く鼓動が、確かな息遣いが――すべてがいとおしく思えた。
 愛している。
 そう告げて、桜色に染まる頬を胸に埋めた千隼は瞼を閉じる。こうしていると彼の熱と鼓動を直に、強く感じられた。
「ああ、傾く前に出逢えて良かった」
 酔いのまま囁いた声よりもきっと、鼓動が先に届いている。梟示も己が思うままの言葉を返し、愛している、という思いを重ねていった。
 月と桜の情景の中、瞼をひらいた千隼は梟示を見上げて問いかけてみる。
「梟示は欲しいものはある?」
 ちはは永遠が欲しい。たとえば今のような。
 あの月のように、あなたの永い時間にずっといたい、と彼女は語る。
 梟示は問いに瞬いて、空を見上げた。
「……なら、月が欲しいな」
 零れ落ちたのはふとした想い。千隼は愛おしげな笑みを彼に向けて、その頬へ手を伸ばした。彼が欲しいというなら何だってあげたかった。
「でも、どうして月を?」
 月を何かにたとえているのだろうかと考え、千隼は疑問を口にする。すると梟示は千隼を抱く腕に少しだけ力を込め、耳元で囁いた。
「千隼が月なら、朝も夜も君の姿を探せるだろう。逢いに行くのが大変だがね」
「なら、もう月は捕まっているのだわ」
 逢いに行かずとも月はアナタのところへ駆けていく。
 決して欠けない想いを抱いて、ずっと傍に。そんな風に語った彼女に頬を寄せた梟示は、いとおしさに満ちた笑みを湛えた。
「ふふ、手が届くほど近くにいたとはね」
 二人の眼差しが重ねられ、想いも共に繋がっていく。
 終わらぬ夜空に浮かぶ月は確かに、今だけの永遠を映し出していた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

葬・祝
【彼岸花】

この子が何を考えているかは大体分かります
愛しの姫君のことでしょう
そりゃあ、桜に蝶と来れば、ねぇ
んふふ、改めて惚気なくたって良く知ってますよ
君と彼女の恋物語を、始まりからずっと眺めてるんですから

…………は?
……えぇと、……あの、君が素直だと調子が狂うんです、けど……
(不意討ちになんて、慣れてない)
(ずっと。自分のものだと強引に所有して、振り回して来た自覚はある)
(けれど)
(自分に向けられた、大切、なんて知らない)
(誰からも、学んでいない)
(それも、あの姫と並べて引き合いに出して、なんて)

……どういう表情を作るべきなんですか、こういう時……
(人真似で形作った人格では、まだ、答えが出ない)


神狩・カフカ
【彼岸花】

月下の夜桜と蝶か
風情があっていいもンだ
辿り着いた縁側に座れば月を見上げて

この情景を眺めていれば
自ずと思い起こすは唯一人
蝶を伴とする桜の鬼姫の姿で

…なンだ、お前さんにはお見通しか
確かに姫さんことは大切サ
このおれが彼女の生が巡る度に繋ぎ直してる縁だからな
姫さん以上の女はいねェけど
――はふり、
お前さんのことだって
おれは大切に想ってるんだぜ
ははっ!なに鳩が豆鉄砲を食ったよう顔してやがンだ!
そうでなきゃ数千年もこうして一緒にいねェよ

あーあ
おれも月に酔っちまったかな
(きっと後で思い返したら
羞恥で死にそうになるンだろうが
不思議と悔いはない)
…お前自身がしたい表情をすればいいのサ
そのうち見せとくれよ



●宵越し輪廻
 満月に桜の花、夜空を舞う蝶々。
 月下の情景を金の片眼に映し、神狩・カフカ(朱鴉・f22830)は口許を緩めた。
「風情があっていいもンだ」
 カフカはひらりと飛び交う蝶々を目で追い、感嘆の思いを紡ぐ。その傍ら、彼と共に縁側に座っている葬・祝(   ・f27942)も月を見ていた。
 今は満月だが、あの月は時が経つ度に普通ではない早さで欠けていくという。
 しかし、いま気になるのは不思議な月のことではない。カフカの横顔から色々なことを察した祝は、双眸を細めてみせた。
「何を考えているかは大体分かります。愛しの姫君のことでしょう」
「……なンだ、お前さんにはお見通しか」
 祝の言葉は正解だ。
 カフカがこの情景から連想していたのは彼女のこと。桜の景色から自ずと思い起こすのは唯一人しかいない。
 蝶を伴とする桜の鬼姫の姿を景色に重ねてみながら、カフカは薄く笑む。
「そりゃあ、桜に蝶と来れば、ねぇ」
「確かに姫さんことは大切サ。このおれが彼女の生が巡る度に繋ぎ直してる縁だからな」
 祝が言葉を返すと、カフカは当然だというように頷いた。
 二人の会話を聞いているかのように、紅い蝶々が周りをひらひらと飛んでいる。その蝶が夜風に乗って舞い上がっていく様を見送り、祝は更に笑みを深めた。
「んふふ、改めて惚気なくたって良く知ってますよ」
 彼と彼女の恋物語を始まりからずっと眺めている。それゆえに野暮なことは言わず、その感情もよく知っている。そう言葉にした祝はカフカ達を見守る立場として、一歩引いた場所にいるかのようだ。
 そのように感じたカフカは桜と蝶から視線を外し、祝に目を向ける。
「けど――はふり」
 姫さん以上の女はいねェけど、と前置きをしたカフカは思うままの言葉を祝に送っていった。
「お前さんのことだって、おれは大切に想ってるんだぜ」
「…………は?」
 あまりにも素直で一直線過ぎる言葉を受け、祝は不思議そうな顔をする。それまで作られていた笑みが消えてしまったことがおかしくなり、カフカは思いきり笑った。
「ははっ! なに鳩が豆鉄砲を食ったよう顔してやがンだ!」
 まさにそう表すしかない祝の表情はめずらしい。
 一瞬後。はたとした祝は無意識に開けていた口を閉じてから、気を取り直した。
「……えぇと、……あの、君が素直だと調子が狂うんです、けど……」
「そうでなきゃ数千年もこうして一緒にいねェよ」
 祝が何とか言葉を返すとカフカは明快な笑顔で答える。それは嘘も偽りもない、彼の本心だと分かった。
 そうですか、とだけ答えた祝はわざとカフカから視線を逸らす。
 不意討ちになんて、慣れてない。
 これまでずっと、自分のものだと強引に所有して振り回して来た自覚はあった。傲慢でもあるということは分かっているが、その方が気楽でいい。これが自分の在り方なのだと自負してやってきたので今更だ。
(――けれど)
 祝は月も桜も、蝶も見つめることなく俯いた。
 自分に向けられた、大切。そんな思いなど知らない。本当なら嬉しいとでも返して笑みを向ければいいだけだ。しかし、祝はかぶりを振った。
 誰からも、学んでいない。それも、あの姫と並べて引き合いに出して、なんて――。
「何だ、照れてンのか?」
「いえ、そういうわけでは……」
 カフカは俯く祝を覗き込み、冗談めかして問いかけてみる。戻ってきた言葉は予想通りだったのでカフカはふっと笑んだ。
「あーあ、おれも月に酔っちまったかな」
 月は素直な心をあらわにしてくれた。こんな気持ちになるのも不思議な月のせい。後で思い返したら羞恥で死にそうになるのかもしれないが、後悔はない。
 カフカが割と平気そうなので、祝は妙な感覚をおぼえていた。
 取り繕っていた感情や顔が未だ作り直せないでいる。祝はばつが悪そうにしながら、カフカに問いを投げかけた。
「……どういう表情を作るべきなんですか、こういう時……」
 人真似で形作っただけの人格では、表面をなぞることしか出来ない。こういったときにどうすればいいのか、まだ答えが出ないまま。
 するとカフカは片目を細め、それほど難しくはないことだと告げていく。
「お前自身がしたい表情をすればいいのサ。そのうち見せとくれよ」
「そのうち、ですか……」
 あまりにも簡単に彼が答えるものだから、祝は曖昧な表情を浮かべることしか出来なかった。しかし、揺らぐ思いはどうしてか悪いものではない。
 月に酔い、桜を想う。
 二人が過ごしていくひとときは、蠱惑的な蝶の揺らめきに彩られていく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

毒藥・牡丹
【理解しがたい】

……まあ、雰囲気は確かにそうかもしれないけど
それならあんたがいない方が良かったわ
厭に決まってるでしょ

そうやって気持ちの悪い笑顔で誤魔化さないで

──ッ、で、きるわけ……ないでしょ!!??
あんたのせいで、どれだけあたしが──ッッ!!!
何をぬけぬけと……!!
………なんでそんな顔してんのよ
あんたはその憎たらしいほど綺麗な顔で、人を見下して嗤ってなさいよ
なんで、そんな、顔を………っ!!

だからなんだっていうの!?
今更家族面しないでよ!!
毎日毎日傷つくあたしを嘲笑ってたあんたは何処に行ったのよ!?
それともその顔が本当の千桜エリシャだっていうの!?

もうこれ以上、あたしを惨めにしないでよ──!!


千桜・エリシャ
【理解しがたい】

月に照らされた桜と蝶が綺麗だこと
少しうちの宿に似ているかしら?
己の伴とする蝶を遊ばせくるり
ほら、牡丹もこっちへいらっしゃいな

(…なんて、わざと明るく振る舞っていることは筒抜けかしら)

…ねぇ、牡丹
私たち、仲良くできないのかしら…?
半分しか血が繋がっていなくても
家族で姉妹でしょう?
…以前、お兄様と刃を交えたことがあるの
影朧であったから仕方のないことだったけれども
とても悲しかった
もうあんな想いはしたくない

そう、あなたの眸にはそう映っていたのね…
ちゃんと話せばわかりあえるわ
…だって、あの家に――千桜の家に歪められてしまっただけなのだから

あなたは惨めなんかじゃない
これ以上自分を貶めないで



●花の姉妹
 終わらぬ夜の情景。
 夜空に浮かぶのは満月。そして、風に舞う桜の花と紅い蝶々達。
「月に照らされた桜と蝶が綺麗だこと」
 千桜・エリシャ(春宵・f02565)はあえかな笑みを浮かべ、離れたところで空を見上げている毒藥・牡丹(不知芦・f31267)に目を向ける。
「少しうちの宿に似ているかしら?」
「……まあ、雰囲気は確かにそうかもしれないけど」
 エリシャが軽く首を傾げると牡丹は曖昧に答えた。エリシャは双眸を細め、己の伴とする蝶を遊ばせ、くるりと身を翻す。
 その仕草はたおやかで、牡丹は彼女から視線を逸した。
「それならあんたがいない方が良かったわ」
 此処が宿に似ているうえ近くにはエリシャがいる。これは牡丹にとっては良いことに分類できない状況だ。
「ほら、牡丹もこっちへいらっしゃいな」
「厭に決まってるでしょ」
 エリシャの指先には蝶々がとまっていた。彼女の声と共に羽ばたいた翅の揺らめきが、牡丹を誘っているかのように見える。
 牡丹が僅かに視線を向けると、エリシャは変わらぬ笑みを湛えていた。
「そうやって気持ちの悪い笑顔で誤魔化さないで」
「あら、牡丹はこの景色がお気に召さないかしら」
 遠慮のない言葉が返されたが、エリシャはくすりと笑って答える。しかし、彼女にはエリシャがわざと明るく振る舞っていることが分かっているはず。あまり好かれていないからこそ、逆に此方の思いが筒抜けになっているのだろう。
 ちいさな溜息をついたエリシャは桜の樹を見上げた。
 集って咲く花の向こう側には欠けていく不思議な月がある。月の形が移り変わっていく様を眺めながら、エリシャは牡丹を呼ぶ。
「……ねぇ、牡丹」
「何よ」
 牡丹もまた、桜の花を瞳に映していた。エリシャを見ているよりも花を眺めた方がマシだと判断してのことだ。しかし、次にエリシャから問われた言葉によって、牡丹の眼差しは花から逸れることになる。
「私たち、仲良くできないのかしら……?」
「――ッ、で、きるわけ……ないでしょ!!?? 仲良く? あんたのせいで、どれだけあたしが――ッッ!!!」
 それは思わず語気が強くなってしまうほどで、到底聞き流せる内容ではなかった。
 問いを投げかけたエリシャも素直に肯定して貰えるという予想はしていなかった。声を荒らげる牡丹に対して、エリシャは静かに言葉を続ける。
「半分しか血が繋がっていなくても、家族で姉妹でしょう?」
 ほんの少しだけ頬が熱を持っていた。
 仲良くしたい。家族として、姉妹として過ごしたい。素直な気持ちがこうやって溢れてくるのはきっと、人を酔わせるあの月のせいだ。
「何をぬけぬけと……!!」
 だが、牡丹は大きく頭を振った。
 エリシャが素直な気持ちを言葉にしていることと同様に、牡丹も包み隠さぬ思いを言葉にしている。対するエリシャはそれまで浮かべていた笑みを消し、僅かに俯いた。
「……以前、お兄様と刃を交えたことがあるの」
 あのときは影朧であったから仕方のないことだったけれども、刃を交わす度に心が切り刻まれるかのように痛んだ。とても悲しかった。もうあんな想いはしたくないのだと願うエリシャの瞳には切なさが映り込んでいる。
「……なんでそんな顔してんのよ」
「姉妹を思ってはいけない?」
「血が繋がっているから? だからなんだっていうの!? 今更家族面しないでよ!!」
「牡丹……」
 激昂する牡丹の名を呼び、エリシャは更に俯く。
 蝶が彼女の傍に舞う様はそれだけで絵になるほどに美しかった。牡丹は自分の掌を強く握り締め、震えそうな声で反論していく。
「あんたはその憎たらしいほど綺麗な顔で、人を見下して嗤ってなさいよ。なんで、そんな、顔を………っ!!」
 毎日毎日、傷つく牡丹を嘲笑っていた彼女は何処に行ったのか。
 それとも、その顔が本当の千桜エリシャだというのか。
 牡丹は思いをすべて言葉にした。自分がどれだけ辛かったのか、どれほど苦しかったのか。牡丹にとってエリシャがどんな存在だったのかを。
 普段は口にしないことまで声にしてしまったのも、やはりあの月の影響だ。
「そう、あなたの眸にはそう映っていたのね……」
 エリシャは俯いていた顔をあげ、一歩を踏み出す。牡丹の気持ちは分かった。その全てを理解できるかどうかはこれからだが、歩み寄らなければ始まらない。
「ちゃんと話せばわかりあえるわ」
 だって、あの家に――千桜の家に歪められてしまっただけなのだから。
 エリシャは牡丹に手を差し伸べる。
 しかし、その手が取られることはなかった。
「……嫌よ。もうこれ以上、あたしを惨めにしないでよ――!!」
 牡丹は一歩、後ろに下がることで拒絶を示す。されどエリシャは更に一歩を縮め、真っ直ぐに牡丹を見つめた。
「あなたは惨めなんかじゃない。どうか、これ以上自分を貶めないで」
「…………」
 桜と月を背にした二人の視線が重なる。
 続く沈黙は長く、深く――春が訪れた今も未だ、雪解けは遠いまま。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

リル・ルリ
💎🐟

綺麗な月夜だね、零時
何だかぽやぽやした気分
ヨルも眠そう

零時
僕ね
今まで、求められるままに歌ってた
決められた旋律をスコアにそって
何故歌っているのか
誰のために歌ってるのかも分からずに
最近は違う
歌を作ったり考えたり
知らない言葉にしらない心だらけ
ひとの心を動かすむつかしさを痛感してる

……とうさんはグランギニョールの劇作家でさ
残酷な中に愛を求めていた
世界に許されない悪だけど
僕は──尊敬しているよ
怒られるかな?

零時の夢は、言葉は、心は
力強いね
僕も勇気を貰えた
それに僕も魔法を少し使えるんだ
教えてよ、魔法!
君の夢を歌わせて

僕の夢は
世界を僕の歌で満たして
笑顔に満ちた──本当の
幸福の楽園の舞台を、歌う事だよ


兎乃・零時
💎🐟

ほんと綺麗な月だよな、リル!
普段よりぽわぽわ感が強い

人の心って難しそうだもんな
でも動かす為に色々考えてるリルもすっごいな…!
俺は…夢の為に魔術の勉強してたけどそんな風に考えた事もないし…

…怒られねぇと思うぞ?
世界に許されない悪でも、尊敬したって良いだろうさ
そんだけリルにとってすっごいお父さんって事なんだろ?
悪だろうが正義だろうが、凄い物は凄いんだし!

ん?そうか?
へへへ、そう言ってくれると嬉しいぜ!
勇気も渡せたなら何よりさ!
良いぜ!
俺様が知る限りの魔法全部!教えてやるさ!
俺様の夢も歌ってくれるなら大歓迎だ!

世界をリルのうたで満たして――
リルの夢も、スッゴイ夢じゃん!めっちゃいいと思うぜ!



●夢見る世界
 終わらない夜の景色の中で、月はくるくると形を変えていく。
「綺麗な月夜だね、零時」
「ほんと綺麗な月だよな、リル!」
 幻想的な月と桜が織り成す景色を眺め、リル・ルリ(『櫻沫の匣舟』・f10762)と兎乃・零時(其は断崖を駆けあがるもの・f00283)は好い心地を感じていた。
 普段過ごす桜の館で経験した花見とは違い、此度の月見は不思議だ。
 何だかぽやぽやした気分で、ふわふわとした気持ちでいっぱいになっていく。
 リルの傍で落ち着いているヨルも眠そうで、先程からこっくりと船を漕いでいた。そのうち、ぷーぷーと可愛らしい寝息が聞こえてきて、リルと零時は笑みを交わし合う。
 仔ペンギンを起こさないように口許に人差し指を当てるリル。
 頷いて、「おう!」と元気よく答えようとして慌てて口を押さえる零時。
 互いの仕草が楽しくて、妙におかしくて笑ってしまいそうになった。しかし夜空の月に視線を移すと何だか気持ちが揺らめく。
「零時、僕ね」
「ん? 何だリル」
 リルがぽつりと零した声に気付いた零時は言葉の続きを待つ。彼が話を聞いてくれようとしていることを嬉しく思いながら、リルは思いを紡いでいった。
「今まで、求められるままに歌ってたんだ」
 決められた旋律をスコアにそって、何の疑問もなくうたいあげていた。何故歌っているのか、誰のために歌ってるのかも分からずに。
「それって今もなのか?」
「最近は違うよ。歌を作ったり考えたり、自分で意味を考えてる」
 けれども知らない言葉にしらない心だらけ。
 ひとの心を動かすむつかしさを痛感しているのだと語り、リルは肩を落とす。零時は何度か頷きを返し、歌を作るということについて考えていった。
「人の心って難しそうだもんな」
「本当に歌に出来ているのかなって、迷うこともあるんだ」
 月の魔力のせいか、リルの心は沈みかけていた。これもまた月が齎す素直な心のあらわれなのだろう。すると零時は明るい笑みを浮かべる。
「でも動かす為に色々考えてるリルもすっごいな……!」
「すごい?」
「ああ! 俺は夢の為に魔術の勉強してたけどそんな風に考えた事もないし……」
 だから自信を持てばいい、と零時は事も無げに語った。
 これもまた零時が持つ強さのひとつ。人をすごいと認められること。そして、自分を顧みていく素直さはなかなか持とうとしても持てないものだ。
 リルは彼の心の強さと優しさを感じながら、ありがとう、と告げた。
「……とうさんはグランギニョールの劇作家でさ」
 ノア・カナン・ルー。彼は残酷な中に愛を求めていた。
 彼の所業は世界に許されないもの。つまりは悪として存在していた。しかし、リルにとっては唯一の父であり、大切なひとだ。
「でも、僕は――今も尊敬しているよ。怒られるかな?」
 複雑な気持ちを抱き、リルは少し困ったような表情を浮かべた。対する零時はきょとんとしてから、どうしてそんなことを聞くのだと告げ返す。
「怒られねぇと思うぞ?」
「そう、かな」
「世界に許されない悪でも、尊敬したって良いだろうさ。そんだけリルにとってすっごいお父さんって事なんだろ? 悪だろうが正義だろうが、凄い物は凄いんだし!」
「零時……」
 力説する零時はひたすらに真っ直ぐだ。
 悪であったとしても、その人が生きてきた理由や道筋を否定することはしない。罪を憎んで人を憎まずという言葉を地で行くのが零時だ。
 リルはふわりと笑み、彼の言葉を嬉しく思う。
「零時の夢は、言葉は、心は力強いね」
「そうか?」
「僕も勇気を貰えたよ」
「へへへ、そう言ってくれると嬉しいぜ! 勇気も渡せたなら何よりさ!」
 言葉を交わす二人の間に、夜風を受けて散った桜の花が舞い降りてくる。リルは心が浮き立っていくような感覚を抱き、零時に笑いかけた。
「それに僕も魔法を少し使えるんだ。教えてよ、魔法!」
「良いぜ! 俺様が知る限りの魔法全部! 教えてやるさ!」
「それから、君の夢を歌わせて」
「俺様の夢も歌ってくれるなら大歓迎だ!」
 零時が明るく答えてくれるので、リルも段々と楽しくなってくる。零時もリルが微笑んだことで満面の笑みを浮かべた。
 そうして、二人は月と桜の夜を堪能していく。
 尾鰭をゆったりと揺らしたリルは月を見上げ、思いを語った。
「聞いてくれる? 僕の夢はね、世界を僕の歌で満たして笑顔に満ちた――本当の幸福の楽園の舞台を、歌う事だよ」
 それは世界を想う心から生まれている、リルらしい夢。
 零時は瞳を輝かせ、世界がリルの歌で満たされていく未来を想像した。
「リルの夢も、スッゴイ夢じゃん! めっちゃいいと思うぜ!」
「零時の夢も叶うといいね。そしたら、お祝いの歌を贈るよ!」
 月と桜の夜に少年達の声が響く。
 過去を思い、未来を見つめて夢を語りあった二人。そのひとときはかけがえのない、ひとつの思い出となって紡がれていく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

誘名・櫻宵
🌸神櫻


月が綺麗ねカムイ
美しい月は暴いてしまう

優しい神に寄り添い零す

……カムイ
私、こわい
ずっと腹ぺこなの
縛めているのにカムイを食べてしまった
大蛇が私を喰い破って出てきそう
愛呪が溢れる
魂が染っていく
ひとにも龍にもなれない私は
イザナの様な桜龍でなく
本当は呪大蛇なのよ

怖いの
皆壊して食べてしまう

ねぇカムイ
皆を傷つける前に私を殺して─

塞がれた唇に瞬くばかり
頬撫でる神の貌は哀しそうで
謝るわ

うん…生きていたい
あなたと生きたい
リルの舞台を見届けたい
あなたと世界中を旅したい
皆ともっと
…神様にはお見通しね

ありがとう
カムイ
あなたの腕の中でだけは弱い私でいていい?
カムイが何の神でも構わない
あなたは私の、神なのだから


朱赫七・カムイ
⛩神櫻


月が美しいのはきみと一緒に観ているから

優しく撫で冷えぬよう暖め
吐露される心の全てを受けいれる

サヨは優しい
きみは家族が大切で
仲間を愛し
己の中の大蛇の御魂さえ救いたいと願っている
優しい龍

きみに宿る愛の守(呪)
誰よりサヨに近いそれに嫉妬する程に
きみを愛している
呪ごときみを愛そう

哀しい言葉が紡がれる前に唇を塞ぐ
本当にそう思う?

私は櫻宵とずっと生きていきたい
共に旅をしよう
ずっと寄り添っていよう
きみが笑う世界でなくては意味が無い
終焉など約さない
私が守る

厄災でさえなければとずっと冀っていた
廻り厄災から逃れたが
私は
きみを救う為なら厄災を引き継ごう

当然だ
私はきみの神なのだから

今は泣いていいよと抱きしめる



●私だけの神様
 夜が続く領域には不思議な空気が満ちていた。
 庭を臨むことができる縁側に腰を下ろし、不思議な情景を眺める。
「月が綺麗ね」
 桜の樹を照らす満月を見つめ、誘名・櫻宵(爛漫咲櫻・f02768)は双眸を細めた。
「噫、綺麗だ」
 傍らに座る朱赫七・カムイ(約倖ノ赫・f30062)は櫻宵の横顔を見ている。月があんなにも美しいと感じるのは、他でもないきみと一緒に観ているから。
 されど、美しいあの月は心を暴いてしまう。
 櫻宵の気持ちはいつも以上に揺らぎ、不安定になっていた。優しい眼差しを向けてくれている神に寄り添い、櫻宵は思いの丈を零す。
「……カムイ」
「サヨ、何でも聞くよ」
「私、こわい。ずっと腹ぺこなの」
 震える声には言葉通りの恐怖が滲んでいた。櫻宵を撫で、その身体が冷えてしまわぬよう抱いたカムイはそっと頷く。己の巫女が吐露しようとしている言葉も心も、全てを受けいれる心算だ。
 櫻宵は静かに語っていく。
 普段は縛めているのにカムイを食べてしまった。そのことによって欲が溢れ出していき、大蛇が自分を喰い破って出てきそうだ、と。
 しかし、何も喰らわぬままであってもいずれは呪が溢れる。
 魂が染っていく。自分ではない何かになり、これまでと同じではいられなくなる。
「私はひとにも龍にもなれないの。イザナのような桜龍でなくて、本当は――」
 呪いの大蛇。
 母から宿された愛の証は重く、櫻宵を今も縛り付けている。嘗ての神がその半分を奪っていたが、呪いの全ては櫻宵に戻っている状態。
 一見は櫻宵が呪に抗えないでいるように思えるが、本当は櫻宵自身の力だけで消し去ってしまうことも出来るはずだ。
 だが、櫻宵はそうしない。その理由をカムイは知っていた。
「サヨは優しい。きみは家族が大切で、仲間を愛しているんだね」
 それゆえに己の中にある大蛇の御魂さえ救いたいと願っている。だからこそ呪いそのものをただ消し去ることはしない。
 語られた通りに彼は呪大蛇でもあるのだろうが、カムイにとっては優しい龍だ。
「怖いの。皆壊して食べてしまう」
 櫻宵は思い悩んでいた。
 全てをすくいたい。けれども、呪いを消せずに自分が負けてしまう未来も怖い。
 どうにか出来ることであるのに、どうにも出来ない。そんな曖昧な境界の上に立ち付ける櫻宵の心は弱ってきている。
「ねぇカムイ」
「……噫」
 櫻宵は神に縋るように胸元に顔を埋める。相槌を打つだけに留めたカムイは次の言葉を待った。櫻宵は言い淀み、暫し無言の時間が続いた。
 そして、意を決した櫻宵は願いを神に伝える。
「皆を傷つける前に私を殺し――」
 されどカムイは、哀しい言葉が紡がれる前にその唇を塞いだ。巫女が何を願うかなど解っていた。だからこそカムイは全てを語らせない。
「本当にそう思う?」
 問いかけたカムイを見上げた櫻宵は瞬く。頬を撫でてくれた彼の貌はとても哀しそうで、自分が残酷なことを願ってしまいそうになったことを後悔した。
 櫻宵に宿る愛の護りは呪となっている。
 誰より近いそれに対して、嫉妬するほどに強くて深い思いがある。だからこそカムイは呪いになど負けたくはなかった。誰より傍に居たいのは己だからだ。
「きみを愛している。呪ごときみを愛そう」
「カムイ……」
 心からの想いが言の葉となり、櫻宵という花のもとに届けられる。しかしきっとそれだけでは足りない。カムイは巫女を抱き留めながら自分の心を告げていく。
「私は櫻宵とずっと生きていきたい」
「うん……生きていたい。あなたと生きたい」
 櫻宵は心からの思いを受け止め、確りと頷いた。
 死にたいわけではない。呪いと共に身を滅ぼしたいわけでもない。人魚の舞台を見届けて、彼と世界中を旅したいと願うのが本当の心だ。
「……神様にはお見通しね」
「共に旅をしよう。きみとずっと寄り添っていよう」
 きみが笑う世界でなくては意味が無いから、終焉など約さない。ずっと厄災でさえなければと冀っていたが、こうして廻りを得て厄災から逃れた。
 けれども、とカムイは言葉を続ける。
「私はきみを救う為なら厄災だって引き継ごう。その覚悟は最初から決まっているよ」
「ごめんなさい、カムイ。私は……」
 続く言葉を紡げず、ありがとう、とだけ震える声で伝えた櫻宵。其処には怯えや恐怖ではなく、安堵の感情が宿っていた。
 そうして、櫻宵は思うままの問いを投げかける。強がってもいない。無理をしてもいない弱いままの自分の言葉を。
「あなたの腕の中でだけは弱い私でいていい?」
「当然だ。私はきみの神なのだから」
 今は泣いていいよ、と強く抱きしめてくれるカムイは何処までも優しかった。頬に雫が伝っていくことを感じながら、櫻宵は身を預ける。
「カムイが何の神でも構わないわ。あなたは私の、神様だから」
 どうか、私だけの。
 想いは秘めず、此処で全て伝えよう。
 此の心は夜空で欠けゆく月とは違う。希う想いは、ずっと満ちたままだから。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

榎本・英
【春嵐】

丸窓から桜と月を眺めよう。

嗚呼。今宵の月はいつも以上にうつくしいと感じるよ。
それに、なんだか浮足立つような気分でもある。

ほろ酔いというべきかな?

君と同じ花を添えた毛糸玉の子を抱え、君の頬に押し付けよう。
ふわふわとしていて気持ち良いだろう?

なゆ、なゆ

君の名を呼び、あかを結わう指を引き寄せた。
触れて結んで、ほろ酔いの心地。

月が綺麗だなんて言の葉は、嗚呼。
似合わない。

紫色の友人にも聞こえないように、君の耳元で五文字の想いを伝えよう。
君と私の二人が聞こえていれば良いのだ。

指先のぬくもりと唇からこぼれた微笑みが
嗚呼。君に伝わればそれで良い。


蘭・七結
【春嵐】

盈ちては虧けて、不思議な光景ね
移ろう時の流れが視えるよう

ふうわり身に纏う甘さは何でしょう
持ち上げた踵はとても軽くて
直に地から離れてしまいそう
これが酔い、と云うものかしら

ちいさくやわい手を受け止めて
片の手を、薄い頬へと導きましょう
揃いの彩を結わう指が攫われて
優しくそうと、細指と絡めましょう

想いを喩う言葉は、いらない
とがり耳に触れる五音は胸裡を揺らす
わたしは今、どんな貌をしているかしら

友に月、花々が見守る空間で
宿した想いは、あなたにだけ伝わればいい


ねえ、英
わたしも――


円い耳へと唇を添わせて
囁くように、然れど確と告ぐように
おんなじ言葉を贈りましょう

虧けた月が盈つるように
空の裡へと宿りますよう



●からのそらを満たす花
 桜の花が揺れ、蝶々が窓の外を横切っていく。
 屋敷の中にある部屋のひとつには庭の景色が眺められる丸窓がある。まるで一枚の絵のように切り取られた景色を見つめ、榎本・英(優誉・f22898)と蘭・七結(まなくれなゐ・f00421)は寄り添いあう。
「盈ちては虧けて、不思議な光景ね」
「嗚呼。今宵の月はいつも以上にうつくしいと感じるよ」
 月は満ち欠けを繰り返している。あの光景を見ていると、月の揺らめきと共に長い時を過ごしている感覚になっていった。
 幾度も、何度も、一緒に夜を越えてゆく。
 移ろう時の流れが視えるようだと七結が語る最中、英は眠れぬ夜ばかりの日々を思い返していた。しかし、今はあのときのような思いを持っているわけではない。
「それに、なんだか浮足立つような気分でもある」
 月を仰いだ英は酔いを感じていた。
 酒を嗜んだわけではないというのに心も身体も浮き立っている。傍らの七結に目を向けてみると、彼女の頬が淡い桜色に染まっていた。
 月に酔わされているのだと感じて、英は静かな笑みを浮かべる。
 ふうわりと身に纏う甘さ。
 七結は自分の身を包む感覚に少しだけ戸惑っていた。持ち上げた踵はとても軽くて、直に地から離れてしまいそうだ。
「これが酔い、と云うものかしら」
「ほろ酔いというべきかな?」
 次第に慣れてきた七結は、この心地も悪くないものだと感じている様子。英は双眸を緩め、彼女に手を伸ばした。七結と同じ花を添えた毛糸玉の子を抱えていた英は、その子を彼女の頬にそっと押し付けた。
「まあ、どうしたの?」
「ふわふわとしていて気持ち良いだろう?」
 英が悪戯っぽく告げる言葉までもが、今は心地良い。七結はちいさくやわい手を受け止めて、片の手を薄い頬へと導いた。
 触れる手が、頬が淡くて甘やかな熱を宿している。
「なゆ、なゆ」
 英はその名を呼び、あかを結わう指を引き寄せた。七結は揃いの彩を結わう指が攫われたことに気付き、自分からも優しく細指を絡めていく。
 触れて、結んで、互いに酔う。
 その心地はいとおしく、ずうっと続いて欲しいものだと思えた。
 窓辺からは淡い光が射している。
 月が綺麗だなんて言の葉はきっと今には似合わない。触れ合う指と指が伝えてくれるから、想いを喩う聲はいらない。
 二人は空を見上げる。
 見つめあうだけではなく、同じ方向に目を向けて進んでいける。そのことを思うと更に気持ちが深まり、絡めた指に込める力も強まった。
 そして、英は紫色の友人にも聞こえないように七結の耳元で囁いていく。
 ――『     』
 伝えたのは他の誰かには決して向けない五文字の想い。七結に贈る言の葉は、二人だけ聞こえていれば良いものだ。
 七結は耳に触れる音に目を細め、胸裡を揺らす。
 自分は今、どんな貌をしているのか。熱る想いのままに、きっと甘く蕩けるような瞳で彼を見つめているに違いない。
 友に月、花々が見守る空間で宿した想いはあなたにだけ伝わればいい。
「ねえ、英」
「なんだい、七結」
 彼女が名前を大切に紡いでくれたから、英も同じように大切に呼び返す。
 七結は自分のとがり耳とは違う、彼の円い耳へと唇を添わせた。其処から囁くように、然れど確と告ぐように声を紡ぐ。
「わたしも――」
 ふわりと微笑んだ七結は英の耳元に口許を寄せて、同じ言の葉を声にしていく。
 指先のぬくもり。それから、唇からこぼれた微笑み。ただ君だけに向けて、添える想いは確かに伝わってゆく。
 窓から、桜の花弁がはらりと舞い落ちてきた。
 色付いた想いを彩っていくかのように、花の欠片がひらひらと揺れる。絡めた指も、重ねた思慕も共に抱いて、夜を越えていく。
 すべてを包み込むほどに優しい月の光は、二人を淡く照らしていた。
 ただひとつの想いを抱き、七結と英は互いのぬくもりを確かめあう。
 嗚呼、どうか。
 虧けた月が盈つるように、空の裡へと宿りますよう――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

シャト・フランチェスカ
【紫桜】

独りだったら筆を執っていたかも
でも、きみがいるんだ
いちばんに見ていたいのは千鶴のこと

紅い翅、それからきみを順に見て微笑う
ほんとに酔ってないのかなあ
じゃあ、本音として受け取ってしまうよ?

僕も少しだけ明かそうか
この身が宿す花も、僕自身のことも
自信がなくて、ときには疎ましくて厭になる
なのに
千鶴の言葉を嘘にするのはもっと厭
ね、きみと在るから咲けるんだよ

あの光は残酷なものも暴いてしまうよね
恐ろしい月影の夜にはその手をとりに行くよ
それに
何が視えたとしても、きみはきみだって識ってる

…僕を見すぎじゃないか?
なんて、柔い笑みには敵わない
照れ隠しに見上げれば闇に喰われる円月

もう暫し、この時を許してよ


宵鍔・千鶴
【紫桜】

月に酔う、か
物書きの君になら
この景観凡てを題材にしてしまいそうだ
月も、桜も、蝶も、意の侭に

縁側に腰掛け
秘するものを暴く様に照らす月眺め
指先で翅休めた蝶をシャトの髪へと添わす
此処に在るどんな桜より
綺麗だなあ、って思う
疎ましくきみが思うなら何度でも告うよ
シャトが咲かせてることに意味が在る

……えっと、酔ってない。酔ってないよ
少し頭はふわふわするけれども
――本当は、月は一寸、苦手
何処に逃げても隠れても
追いかけて照らす
…でも、今はこんなに近く視られてるのに
不思議と平気
だって、宵闇でもきみの顔をはっきりと
映してくれる
だから、シャトのおかげ、って
ゆるんだ表情で饒舌に

けれど
欠けたる月は闇色を孕んでいく



●現し世に徒桜
 満ちては欠ける月。終わらぬ宵の夜桜。
 幻想的に舞う蝶々という不思議な光景を前にして、月に酔う。
 月も、桜も、蝶も、意の侭に。奇妙でありながらも美しい情景を眺め、屋敷の庭を歩いていた宵鍔・千鶴(nyx・f00683)は振り返った。
「物書きの君なら、この景観凡てを題材にしてしまいそうだ」
 向けた視線の先にはシャト・フランチェスカ(侘桜のハイパーグラフィア・f24181)がいる。千鶴と同様に庭の散策を楽しんでいたシャトは、そうだね、と頷いた。
「独りだったら筆を執っていたかも。でも、」
「でも?」
 少しもったいぶった様子で言葉を止めたシャト。首を傾げた千鶴が続きの言葉を待っていると、シャトは眸を細めた。
「きみがいるんだ。あの月より、いちばんに見ていたいものがあるからね」
 それは千鶴のこと。
 そう示すようにシャトは月から桜と紅い翅に視線を下ろしていく。順に瞳を移して、それから最後に千鶴を見つめたシャトは微笑った。
 彼女に眼差しを返し、笑みを浮かべた千鶴は縁側の方に歩いていく。
 こっちへ、とシャトを呼んだ千鶴は其処に腰を下ろした。そうすればシャトも千鶴の横に座る。隣り合った二人は空を仰いだ。
 彼処に浮かんでいるのは、秘するものを暴く月。
 月光は静かに降り注いでいるが、隠していた思いもあらわになっていく。
 千鶴がふと手を伸ばすと、桜から舞い降りた蝶が指先に止まった。翅を休めている蝶をシャトの髪へと添わせて、千鶴は口許を緩める。
「此処に在るどんな桜より、綺麗だなあ」
 いつもなら思うだけに留めるものが言の葉になって零れ落ちていた。
「酔ってる?」
「……えっと、酔ってない。酔ってないよ」
 シャトが問うと千鶴は首を振る。何だかそれが可笑しく感じたシャトは、ふふ、と軽く声をあげて笑った。
「ほんとに酔ってないのかなあ。じゃあ、本音として受け取ってしまうよ?」
「構わないよ」
 本心から告げてくれた千鶴の思いを感じ取り、シャトはそっと頷く。
 月は素直な思いを導いてくれる。ならば、自分も少しだけ明かしてみるのも佳い。この身が宿す花も、自身のことも――。
「本当は自信がなくてね、ときには疎ましくて厭になるんだ」
 けれども千鶴の言葉を嘘にするのはもっと厭だとシャトは語る。ちいさく笑んだ千鶴はシャトを見つめ、大丈夫だと答えた。
「疎ましくきみが思うなら何度でも告うよ」
 シャトが咲かせていることに意味が在る。
 これは酔いに任せたものなどではない。そのように伝えてくれた彼の思いも言葉も嬉しくて、シャトはそうっと千鶴に身を寄せた。
 触れ合うわけではないが、先程よりも近い位置へ。
 咲き誇れない徒桜でも、一番綺麗だと云ってくれるひとがいる。
「ね、きみと在るから咲けるんだよ」
 シャトは桜色の瞳を眇めて、眩しいものを見るような眼差しを彼に向けた。月よりも、桜よりも、きみがいっとう目映いひかり。
 シャトの視線を受け止めた千鶴は、ゆるりと息をつく。
 少し頭はふわふわしていて、本当は月も一寸だけ苦手だ。何故なら、何処に逃げても隠れても追いかけて照らすものだから。
「本当言うと、月はあんまり見たく……ううん、見られたくなかったんだ」
 けれども、今はこんなに近くで視られているというのに不思議と平気でいられる。
 そういって月を見ている千鶴の横顔は穏やかに見えた。それでもシャトはあの月がやさしいだけのものではないと知っている。
「あの光は残酷なものも暴いてしまうよね」
「……うん」
「大丈夫、恐ろしい月影の夜にはその手をとりに行くよ。それに――」
 何が視えたとしても、きみはきみだって識っている。
 シャトが告げてくれた言の葉を大切に思い、千鶴は彼女そうっと見つめ返した。やはり平気だと思える理由は此処にある。
 月光を映すシャトの花、髪、瞳。どれもが本当に美しいと感じていた。
「平気なのはね、あの月が宵闇でもきみの顔をはっきりと映してくれるから。だから、シャトのおかげ、って思うんだ」
「それにしても……僕を見すぎじゃないか?」
 思わず視線を逸らしてしまうシャトだったが、この柔い笑みには敵わない。
 照れ隠し代わりに空を見上げれば、円月が闇に喰われていく様子が見えた。快い気持ちまでもが蝕まれていくようで、緩やかだった千鶴の表情も次第に沈んでいく。
 欠けたる月は闇色を孕んでいた。これから、桜屋敷には不穏が満ちてゆくだけ。
 けれどもあと少し。たったひとときでいいから、もう少しだけ。
(――暫し、この時を許してよ)
 最後の抵抗として思いを秘めたシャト。彼女が願った思いは誰にも聞かれることなく、桜と月の情景に滲んで消えていった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

水標・悠里
満月、か
桜も満開で、誂えられたように同じ景色

今更会ったところで何を言えば良いんでしょう
もう会うこともないと思っていた
当たり前しょう
自分が殺した女性が目の前に現れるだなんて悪夢以外の何物でも無い

呪われたとおりにまだ生きている
貴女のことは一時も忘れてない
夜毎あの日の事を夢に見る
放して欲しいのに離れられない

なぜ笑っていたの
そんなに沢山の屍と人殺しをなんとも思わない貴女を見て
絶望した僕がそんなに面白い?
僕にとっては世界が大事
貴女にとっては僕が大事

僕は貴女に殺して欲しかった
それが僕の幸せだった
今でもそれは変わらない
でも今は悲しむ人を思うと死を躊躇ってしまう
それを聞いたら歓喜するでしょう

相変わらず最低な人



●咲くや、此の愛
 ――さあ、いらっしゃい。

 桜が舞う夜の光景が広がる領域で遠くから声が聞こえた。それは聞き逃してしまいそうな程に幽かだったが、それでいて妙に心に響いてくる不思議な声だ。
 招かれている。他でもない、自分が。
 その証に不思議な蝶々が周囲にひらひらと飛んでいた。
 水標・悠里(魂喰らいの鬼・f18274)は蝶々達に誘われるままに花庭に向かい、空を振り仰いだ。桜屋敷と呼ばれるこの場所が完全な暗闇に包まれていないのは、空に浮かぶ月が仄かな光を降り注がせているからだ。
「満月、か」
 桜も満開で、蝶達はまるで屋敷という鳥籠に閉じ込められているよう。
 誂えられたように同じ景色が見える世界は、彼女の理想とするものなのだろうか。確かにあの人は悠里を呼んでいる。
 今だって何処からか聞こえる微かな笑い声も悠里にだけ向けられている。まだ彼女が姿を現さないのは、更に奥底に悠里を誘い込むためなのかもしれない。
 その思惑すら、悠里を縛る鎖のように絡みついていた。
 逢いたくないと言えば嘘になる。
 けれど、と悠里は頭を振って額を押さえた。痛みなどないというのに角が軋むような感覚がしている。
「……今更会ったところで何を言えば良いんでしょう」
 零れ落ちたのは、悠里が抱く素直な疑問だ。
 もう会うこともないと思っていた。会えることなどなく、ずっと此の想いに縛られていくのだと考えている。
 当たり前だろう。自分が殺した女性が目の前に現れるだなんて悪夢以外の何物でもない。目が覚めれば消える夢としてだけ存在していて欲しかった。
 悠里は桜の樹の元に歩む。その際に様々な過去が浮かんでは消えていった。
 たとえば、己の原風景。
 暗くて冷たい岩窟の底の更に奥にある、月明かりの射す泉。其処で完成されることを望まれていた器としての自分の姿が思い起こされる。
 たとえば、あの人が――姉さんが死んだ時。
 死体の上に更なる亡骸を重ねていく地獄のような光景の中で、なぜ、どうしてと泣き叫んでいた。
 底に沈めば黄泉の国に行けると信じていた頃。人としての感情など持ち合わせていなかった時。彼女は悠里を人にした。
 そうして、消えない傷跡を刻んで逝った。

 ――あなたに与えた痛みが、私を傷つけた痛みが、私を忘れさせないでしょう。

 いつかに聞いた声が木霊する。
 本当に聞こえている声なのか、それとも自分が思い出しているだけなのか。曖昧になっていく感覚が巡る最中、悠里は何とか顔をあげた。
 桜の樹が夜風を受けて枝を揺らしている。咲き誇る花は美しいというのに、今は心に響かない。綺麗だと思う気持ちすら浮かんでこなかった。
 呪われたとおりにまだ生きている。
 彼女のことは一時も忘れていないし、夜毎にあの日の事を夢に見る。忘れたい。忘れたくない。放して欲しい。それなのに離れられない。
「なぜ笑っていたの」
 まだ届かないと知っていても、悠里は問いかけずにはいられなかった。
 あんなに沢山の屍と人殺しをなんとも思わない貴女を見て、絶望した自分がそんなに面白かったのか。心を識ってから多くのことに怯えて、苦しくて、何度も自分を責めた。
 自分が存在することが許せない。何かに縋ることも出来ない。
 毎夜、夢の中で彼女はそれでいいと笑っている。忘れないでと何度も伝えてきた。
 悠里にとっては世界が大事。
 彼女にとっては悠里が大事。
 一番近しくて親しい間柄でありながら、求めるものは正反対。悠里のためにならば世界をも壊しかねない彼女だったが、先ず壊したのは自分自身だった。そうすることがより悠里を縛ると識ったからだ。
「僕は……」
 貴女に殺して欲しかった。それが僕の幸せだった、と悠里は声にする。
 今でもそれは変わらず、胸の奥に沈んでいる。
 でも、今は悲しむ人を思うと死を躊躇ってしまう。悠里が死を選ぶことをよしとしない彼女が此の想いを聞けば、きっと歓喜するだろう。
 今だって、苦しむ悠里を視ている。
 彼女が此処で何をしたいのか。何を求めて己を呼んだのか。どうして待ち続けているのか。その答えは本人に問うしかない。
 世界の敵となり、過去で未来を浸食する存在になってまで、何を。
「相変わらず――」
 最低な人、と呟いた悠里の言葉の裏には別の感情が隠されていた。
 忘れない。忘れられない。
 今宵、貴女の痛みをふたたび受け取りに往く。
 だから、赦さないで。唯一人を思い続けることは出来なかった、僕を。

 ――ええ、それでいいの。

 また何処からか声が聞こえた。振り向いてみても誰の影も見えない。その代わりに景色が揺らめき、不穏な空気が巡りはじめた。
 満月だったものは次第に欠けゆき――やがて、朔月の空が訪れる。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 集団戦 『愛情欠落性殺戮症候群』

POW   :    被虐「あぁ、私愛されてるっ!!」
戦闘中に食べた【傷の痛みと味方の血肉】の量と質に応じて【それを愛情と誤認し更なる愛を渇望して】、戦闘力が増加する。戦闘終了後解除される。
SPD   :    加虐「これが愛よね?」
【殺し合いに適した人格】に変化し、超攻撃力と超耐久力を得る。ただし理性を失い、速く動く物を無差別攻撃し続ける。
WIZ   :    喰殺「もっと愛してあげる!」
戦闘中に食べた【敵対した相手の血肉】の量と質に応じて【より強く愛し合おうと歓喜し】、戦闘力が増加する。戦闘終了後解除される。
👑7
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●月に愛、宵に戀
 桜屋敷に訪れてから幾許かの時が流れた。
 或る時を越えた瞬間、それまでの穏やかな空気が一変していく。やさしい月光は消え、満月だったものは急激に欠けて新月となった。
 闇に包まれた屋敷内には、これまでになかった気配が感じられる。
 ひとつ深い領域に落とされた。猟兵達がそのように感じていると、笑い声がそこかしこから聞こえ始めた。
 庭に、縁側に、廊下に。そして、部屋にも幾つもの影が現れる。
「姫様が仰っていたわ」
「姫様は教えてくれたわ」
 猟兵の前に姿を見せたのは少女達だ。姫様というのは、この桜屋敷を不思議な領域に変えてしまった羅刹のことだろう。
「痛みほど狂おしく人を縛るものはないって」
「痛みこそが愛で、忘れられないことだって」
 心身の痛みが忘却を妨げる。
 少女達は姫様を崇拝し、その言葉を信じきっているらしい。少女達は短刀を取り出し、猟兵達に迫ってきた。
「私達は誰にも愛されなかった」
「私達は誰も愛せなくて、誰からも忘れられてしまったの」
「でも、ここで愛を刻むわ。だから、ねえ……」

 ――あなたたちも、愛して。

 彼女達は愛情が欠落した存在。月によって狂気が満ち溢れたらしい少女達は殺戮衝動を隠さぬまま、刃を鋭く振り上げた。
 世界にすら忘却されてしまうなら、誰かを殺して愛を識りたい。
 そのように思い込んでしまった彼女達を救う術はただひとつ。此処でその存在を倒して、過去に還すことだけ。
 
神代・凶津
雰囲気が変わったな。漸く敵のおでましって訳か。
俺には愛が何かのかなんて御大層には語れねえが、痛みこそが愛ってのはちいとばかしアブノーマルじゃねえかと思うがな。
「・・・彼女達の凶行はここで終わらせます。」

いくぜ相棒、雷神霊装だぜッ!
「・・・転身ッ!」
高速で戦場を駆け巡るぜ。敵は速く動く物を無差別攻撃するようだからな。来ると分かってる攻撃なら見切り易いってもんだ。
敵の攻撃を避けながら妖刀に破魔の雷撃を収束させて放つ斬撃放射を叩き込んでやる。

「・・・愛は人それぞれだとは思いますが、それを強要するのは違うと思います。」
まったくだ、相棒の言う通りだぜ。


【技能・見切り、破魔】
【アドリブ歓迎】



●愛の形
 未だ時刻は曖昧で、宵色の空は先程のまま。
 しかし、明らかに周囲の雰囲気が変わった。凶津と桜を包み込むように満ちていくのは冴え冴えとした冷たい空気だ。
 これまでは春の穏やかさが感じられたが、今はまるで寒い冬に戻ったかのよう。
 おはぎを食べ終え、それまでのんびりしていた凶津達は気を引き締める。近くからくすくすと笑う少女の声が聞こえてきていたからだ。
「漸く敵のおでましって訳か」
 凶津が、出てこい、と声を掛ける。すると庭の茂みの奥から少女が姿を現した。立ち上がった桜は凶津を額に添え、静かに身構える。
「あなたたち、とても仲が良さそう。そこに愛はある?」
「……どうでしょうか」
 少女が問いかけたことに対し、桜は曖昧に首を振った。二人の関係が愛なのかと急に問われても答えは出せない。愛といっても様々な形があり、簡単にはあらわせないからでもあった。まともに答えなくて構わないと桜に伝えた凶津は、にたりと笑っている少女の動きに意識を向ける。
「愛なのか分からないなら、愛を教えてあげる」
 姫様から教わったの、と付け加えた少女は双眸を細めた。
 それは痛み。それは苦痛。そんな風に語った少女は尚もくすりと笑う。対する凶津は少女の中にある狂信めいた感情を読み取った。
「俺には愛が何かのかなんて御大層には語れねえが、痛みこそが愛ってのはちいとばかしアブノーマルじゃねえかと思うがな」
「……彼女達の凶行はここで終わらせます」
 桜はそっと頷き、自分達は決して相容れないのだと宣言する。
 そして、凶津は桜を呼んだ。桜も凶津を額に添え、己に宿る力を紡いでいく。
「いくぜ相棒、雷神霊装だぜッ!」
 ――転身ッ!
 二人の力を一つにした凶津と桜は霊装を顕現させていく。それは愛を求める少女が地を蹴ったのと同時だった。
「これが愛よね?」
 少女がこちらを穿とうとして手を伸ばしたが、凶津の方が疾い。
 鋭く伸びた爪は空を切り、均衡を崩した少女の身体が揺らいだ。その隙に桜が地面を蹴り上げ、凶津と共に高速で戦場を駆け巡る。
 そうしたのは敢えて自分達に狙いを定めさせるためだ。
 桜屋敷の屋根に跳躍した凶津達は少女を誘うように振り返る。追ってきた相手は好都合だと感じたらしく、更に爪を振り上げた。
 来る、と察知した桜は思いきり後方に跳ぶ。
 その動きを捉えられなかった少女は再び体勢を崩した。
「やっぱりな。来ると分かってる攻撃なら見切り易いってもんだ。やるぞ、相棒!」
「……はい」
 凶津の呼び掛けに答えた桜は無銘の妖刀に手を掛けた。刃に破魔の雷撃を収束させていき、よろめく少女に狙いを付ける。
 そして、斬撃が繰り出された瞬間。雷撃の放射が少女に叩き込まれた。鋭い衝撃が彼女を斬り裂き、夥しい血が辺りに散る。
 かなりの衝撃を受けたらし少女は膝をつく。だが――。
「ああっ、私……愛されてるわ! ふふ、あはは……!」
 彼女は笑っていた。痛みこそ愛。苦しみこそ愛情。そうとしか信じられなかった少女は苦痛こそが愛された証だとして、笑いながら事切れた。
 彼女の幕切れはあまりにもあっけなかった。複雑な気持ちもあったが、桜はそっと刀を下ろす。受け止めきれぬ感情はあるものの心までは揺らがされていない。
「……愛は人それぞれだとは思いますが、それを強要するのは違うと思います」
「まったくだ、相棒の言う通りだぜ」
 骸の海に還る少女を見送り、凶津と桜は其々の思いを言葉にした。
 仰いでみても今の空に月は見えない。ただ、薄い暗闇だけが辺りを支配していた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

真宮・響
【真宮家】で参加

アタシは二人の子供を育てているが、親に顧みられず、愛される事もなく死ぬ子供達もいる事も知っている。親としてはこうなる前に助けてやりたかったが・・・その無垢な手が血で染まる前に止めてやるか。

お互いを傷つけあう姿は見てられない。【目立たない】【忍び足】で敵集団の背後に回り、【オーラ防御】【残像】【見切り】で敵の攻撃をかわす。沢山の敵がパワーアップする前にひと思いに【怪力】【気合】【不意打ち】【重量攻撃】を併せた竜牙を【範囲攻撃】化して薙ぎ払う。せめてこの子らが長く痛い目に遭わなくて済むように。即急に終わらせるよ!!・・・・骸の海でゆっくり休みな。


真宮・奏
【真宮家】で参加

ああっ・・・お可哀そうに・・・悲しいことですが、誰にも顧みられず、孤独に死んでいく子供さんもいる事をしっています。私は愛情深い母さんに育てられましたから愛を求める気持ちはわかりますが、このままでは周りもご本人達も傷つくだけですので。




【オーラ防御】【盾受け】【武器受け】【拠点防御】で防御を固めながら、敵に血肉を奪われないように近接を避け、【範囲攻撃】で疾風の矢を使用、近づかれたら直接噛みつかれる前に【衝撃波】や【シールドバッシュ】で敵を吹き飛ばします。辛かったですよね。もっと愛されたかったですよね。こうなる前に助けてあげたかった・・・来世は愛してくれる方に巡り合えるといいですね。


神城・瞬
【真宮家】で参加

故郷が滅ぼされたあの日目の前で両親を殺された僕を母さんと奏が拾ってくれなかったら目の前にいる子達の様になっていたかもですね。愛情の欠乏は何より人の心を傷つける。お気の毒ですが歪んだ存在をそのままにはしておけませんので。

まず敵集団に向けて【鎧無視攻撃】【マヒ攻撃】【目潰し】【部位破壊】【武器落とし】を仕込んだ【結界術】を【範囲攻撃】して展開。血肉を奪われないように近接を避けたいので、凍てつく炎で攻撃。もし近づかれたら【衝撃波】【吹き飛ばし】で距離を離し、【オーラ防御】【第六感】で凌ぎます。助けてあげられなくて申し訳ありません。もう苦しまなくていいんです。ゆっくりと休んでください。



●愛されなかった子供達
 ――ねえ、愛して。愛するから、愛されたいから。
 響達の前に現れた少女達は不気味な笑みを浮かべてにじり寄ってきた。
 その笑い声はどうしてか寂しげに聞こえる。ああして笑ってはいても、心に空虚を抱えているかのようだった。
「ああっ……お可哀そうに……」
 奏は少女を見つめ、その心の在り方を慮る。
 彼女達こそが先程に奏が考えていた存在。つまり、救われずに闇に落ちていった者そのものだ。光を受けられなかったからこそ光を求めているが、彼女らが出来ることは誰かを闇に引き摺り込むことだけ。
 自分だけでは明るい場所に這い上がれなかった者が、あの少女達だ。
 悲しいことだが、誰にも顧みられずに孤独に死んでいく子供はたくさんいる。響も少女から目を逸らさず、痛む胸を押さえた。
「アタシも二人の子供を育てているからね、子供への愛は知っているよ」
 親にすら見てもらえず愛されることのなかった子。彼女達にはオブリビオンへの敵意よりも同情や憐憫を向けてしまう。
 すると、少女達は笑いながら語りかけてきた。
「愛して欲しいの」
「あなた、この子達のお母さんなのね」
「私達も一緒に愛してよ」
 口々に好きなことを喋る少女達は身構えている。彼女らにとっては抱き締めて貰うことが愛ではなく、傷付けあうことが愛なのだろう。
 瞬は愛情が欠落した少女達を思い、拳を強く握り締めた。
 思い返したのは故郷が滅ぼされたあの日。
 目の前で両親を殺された瞬の前に、今の母である響が現れなかったら。もしも、奏達と出会うことが出来なかったら――。
 彼女達が拾ってくれなかった未来があったとしたら、と考えると胸が痛い。
「僕ももしかしたら、この子達の様になっていたかもですね」
「瞬兄さん……」
 瞬が俯いていることに気付き、奏はそっと傍に寄り添う。彼は顔を上げ、自分を心配してくれた奏に笑みを向けた。
「大丈夫です。僕はちゃんと愛を知っていますから」
 それゆえに間違った愛を信じてしまっている少女達を還す。瞬と奏が頷きあった瞬間、少女達が一気に動いた。
「二人とも、来るよ!」
「「はい!」」
 響は子供達に呼び掛けながら、全て傷付けんとして動き出した少女を見据える。
 親としてはこうなる前に助けてやりたかった。だが、彼女達を救う術はたったひとつしかない。
「せめて、その無垢な手が血で染まる前に止めてやるか」
 彼女達は先ずお互いを傷つけあおうとしていた。そんな姿は見ていられないと思い、響は少女の死角に回り込む。奏と瞬が少女に向かってくれている間に目立たない位置につき、足音を立てぬように動いていく響。
 少女達の背後に経った響は鋭いオーラを纏う。はっとした少女の一人が響の方に振り返ったが、それはただの残像だ。相手の一閃を躱した響は光剣を振り上げ、鋭い一撃を見舞っていった。
 一人目の少女が倒れる最中、奏も攻勢に出る。
「ねえ、愛して。愛してよ!」
「私は愛情深い母さんに育てられましたから、愛を求める気持ちはわかります。ですが、その方法では周りもご本人達も傷つくだけですので」
 縋るように迫ってきた少女を受け流し、奏は防御態勢に入った。
 瞬は同時にもうひとりの相手を引きつけ、力を紡いでいく。
「愛情の欠乏は何より人の心を傷つける。お気の毒ですが、歪んだ存在をそのままにはしておけませんので」
 結界術を解き放った瞬に合わせ、奏が疾風の矢を解き放った。
 相手は此方の血肉を求めている。特に奏には決して近付かせないと決めた瞬は、凍てつく炎を撃ち出していった。
 厄介なのは少女達が抵抗しないことだ。痛みこそが愛情だと感じている彼女らは、苦痛を覚えることで更なる愛を渇望する。
 疾風と凍てる焔が少女を穿つ度、愛されている、と呟く声が響いた。
「こんなのは愛情じゃないってのに……」
 唇を噛み締めた響は少女達を思う。しかし、歪んでしまった子達に正しい愛を教える時間も術もなかった。せめて、相手が力を蓄える前にひとおもいに送ってしまいたい。
 そう願った響は全力で竜牙の力を振るった。
 薙ぎ払う一閃に思いを乗せて、子供達に強く呼びかける。
「この子らが長く痛い目に遭わなくて済むように。即急に終わらせるよ!!」
 その声を聞き、奏と瞬も決着を付けにかかった。
 奏は迫ってきた少女を弾き飛ばし、瞬も衝撃波で以て反撃に入る。オーラの防御で凌ぎながら、二人は少女達への思いを言葉にしていく。
「辛かったですよね。もっと愛されたかったですよね。こうなる前に……いいえ、過去よりも未来を見ましょう」
「助けてあげられなくて申し訳ありません」
 そして――。
 三人の力が放出されきった直後、少女達はその場に倒れ込んだ。響は戦う力を失った少女の傍に付き、そっと語りかける。
「……骸の海でゆっくり休みな」
「来世は愛してくれる方に巡り合えるといいですね」
「もう苦しまなくていいんです。ゆっくりと休んでください」
 奏と瞬も冥福を願い、思いを声にした。
 ふと、愛してくれてありがとう、と誰かが呟いた。それが誰だったのか判別できぬまま、少女達の姿は次第に薄れていく。きっとその身は骸の海に還っていくのだろう。
 そして――愛を求めた少女達は跡形もなく消滅していった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

榎本・英
私も君達のように思っていた時もあった。
けれども違うのだよ。

嗚呼。そうだとも。違うのだ。

愛されなくとも忘れられない。
愛を刻んだ所で忘れられてしまう。

誰かに愛を問うなど愚かではないか。

一方的な愛を向けてもどうにもならないだろうとも。
君達は何がしたいのかな?
己を傷つけ、傷つく事で
不確かな感情を確かめたいのかな。

嗚呼。今の私には分からないよ。

永遠の課題だとも思うね。
向ける刃は母の物。
私が裁つべき澱みは、君達のその歪に歪んだ愛だ。

嗚呼。嘗ての己を見ているようだ。
この場から目を逸らしたくなるよ。

果たしてその衝動は愛ゆえにと云うのだろうか。

私は未だに疑問に思うよ。



●黎明の糸
 傷を刻めば忘れない。痛みは深く、簡単には忘れられない。
 英は目の前に現れた少女達を見遣り、双眸を鋭く細めた。彼女達が話す愛の話は理解できないものではない。何故なら――。
「私も君達のように思っていた時もあった」
「だったら、」
 少女の一人が英に歩み寄ろうとした。だが、英はその言葉が紡がれ終わる前に首を横に振り、声を遮る。
「けれども違うのだよ」
「何が?」
「どうして?」
 少女達は不思議そうに首を傾げている。筆を構えた英は少女を見据え続ける。
「嗚呼。そうだとも。違うのだ」
 次に言葉にしたのは己にも言い聞かせていく事柄。
 巡りを得て、新たな心を知った今も過去を忘れたわけではない。あの痛みも、心をじわりと蝕んでいた苦痛も覚えていた。それでも、あのときとは違う。
 愛されなくとも忘れられない。
 愛を刻んだ所で忘れられてしまう。
 それは目の前の少女達が掲げる思いとは正反対のものだ。傷付ければ忘却からは逃れられるということを狂信的に信じている彼女達と、今の英は相容れない。
 即ち、誰かに愛を問うなど愚かではないか、ということ。
「一方的な愛を向けてもどうにもならないだろうとも」
「ふふ、だからあなたも愛して」
 英が語りかけても、少女達は話を聞いていない様子だ。愛して欲しい、愛したい、という上辺だけの言葉と思いを繰り返しているだけ。
 双方は視線を交わし、互いに距離を計っている。どちらかが動けば切り合いか、喰らい合いが始まるだろう。
 その最中、英は少女達に問いかけてみる。
「君達は何がしたいのかな?」
「愛を知りたいの」
 すると、少女の一人がぽつりと零した。傷付けることが愛だと語っているというのに、知りたいと願うということは――彼女らは本当にそれが愛だと感じていないのかもしれない。僅かな言葉からそう察した英は、成程、と口にした。
「己を傷つけ、傷つく事で、不確かな感情を確かめたいのかな」
「お兄さんは難しいことをいうのね」
「嗚呼。難しいさ。今の私には分からないよ」
 少女が肩を竦めた動きを見て、英も軽く息を吐く。昨今の物語の中でも愛というものが何なのかは語られ続けている。
 それが何であるのか、というのは永遠の課題だとも思えた。
 そして、英は少女に刃を向ける。
 此れは母の物。即ち、英があの誉れを受け継いでいる証でもある。
「私が裁つべき澱みは、君達のその歪に歪んだ愛だ」
 宣言と同時に英が地を蹴った。
 少女達も痛みの愛を刻むために力を溜める。くすくすと笑っていながらも必死なその姿は、まるで嘗ての己を見ているようでもあった。
 この場から目を逸らしたくなる。
 されど糸切り鋏の一閃は正確無比に標的を切り刻んでいった。その軌跡は糸を断つが如く鋭利で鋭い。刻まれた少女達は歪んだ思考が導くまま、自分は愛されていると感じながら絶命していく。
 果たして、その衝動は愛ゆえにと云うのだろうか。
「私は未だに疑問に思うよ」
 周囲の少女達がすべて倒れた後、英はその姿を見下ろす。愛を誤認した少女達は本当を知らぬまま、骸の海に還っていった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

シビラ・レーヴェンス
露(f19223)と。
ふむ。痛みとはそういうものなのか…。
心には残るモノらしいがそれが愛とは違う気もするが。
まあ私もこの少女と境遇は同じだったな。
両親は行方不明だし物心つく前から独りだったはずだから。

与えられるとは思わないが少女達の動きは封じよう。
鎧防御無視と属性攻撃を付与した全力魔法を高速詠唱で行使。
そうそう。自身のパフォーマンスを上げ限界突破もしておこう。
無理に立つと手足の骨が…と言っても無駄かな?
不憫に思うが容赦はできない。そのまま這い蹲っていてくれ。

…。
私もこの少女達のように狂気に満ちて欲するのだろうか。
『何か』のきっかけがあれば愛が欲しいと呟きながら…。
…む?露に抱きしめられた。


神坂・露
レーちゃん(f14377)と。
そんな苦しそうな辛そうな愛はいらないわ。あたし。
それに愛って陽だまりみたいに温かいものだと思うの。
うん。なんとなくそー考えているわ。あたしは。

限界突破した後の全力魔法で【蒼光『月雫』】を使うわ。
棘に破魔の力と継続ダメージ効果も加えておこうかしら。
レーちゃんの魔法で鈍くなってるとは思うけど脚を狙うわ。

女の子を見下ろしてるレーちゃんの横顔が辛そうに感じたわ。
何故っていわれたら…なんとなくって応えちゃうけど。でも…。
とにかく愛を心底求めていた女の子を映す瞳が辛そうにみえたの。
だからあたしは背中からおもいきりぎゅぅう…って抱きしめるわ。
「えへへ~♪ レーちゃん♥」



●君の陽だまり
 痛みは愛。愛は痛み。
 何とも痛々しい愛ではあるが、そういった考えがあることは否定できない。何故なら、シビラと露の前に現れた少女達が実際にそう語っているからだ。
「ふむ。痛みとはそういうものなのか……」
 シビラは口許に手を当て、成程な、とちいさく頷いた。肯定したわけではないのだが、少女達が求める愛の事柄を聞いて思うこともある。
 確かに傷は心には残る。
 そういうモノらしいが、それが愛かと問われると違う気もした。しかし思えばシビラ自身もこの少女と境遇は同じようなものだ。両親は行方不明であり、物心つく前から独りだったはずで――肉親から愛されたことはない。
 そうか、とぽつりとシビラが呟いたとき、露が口をひらいた。
「そんな苦しそうな辛そうな愛はいらないわ。あたし」
「……露」
 シビラの思考が深く沈みそうだった矢先、聞こえた声は凛としたものだった。はたとしたシビラは露の横顔を見つめる。
 大丈夫、とそっと告げた露は一歩を踏み出し、少女達に宣言する。
「それに愛って陽だまりみたいに温かいものだと思うの」
「傷のように熱いものではなくて?」
「あったかい? それってどんな感覚?」
 すると少女達は疑問を口にした。露はうまく説明できないけれどと前置きしてから、ふわりと笑ってみせる。
「うん。なんとなくそー考えているわ。あたしは」
 だが――少女達は露の微笑みを受け入れなかった。それまで笑っていた彼女達は鋭い視線をシビラと露に向け、ずるい、と言い始める。
「あなた達、二人の間にあるのも愛なの?」
「教えてよ、ねえ。あったかい血を浴びることが愛じゃないの? 陽だまりくらいの温もりなんて愛とは呼べないわ!」
 少女達は信じられないといった様子で襲いかかってきた。
 やはり話は通じないのだろう。シビラは腰の魔導書を取り出し、即座に身構える。これから紡ぐ力も痛みになるのなら、少女達にとっての愛になるのかもしれない。
 だが、到底それで愛を与えられるとは思えなかった。
「君達の動きを封じよう」
 属性の力を巡らせ、超重力に付与したシビラは高速で詠唱を紡いでいく。力を行使すると同時に己の身体能力も強化していくシビラ。
 その姿を頼もしく感じながら、露も自分の力を限界突破させていった。
「合わせていくわよ、レーちゃん♪」
「パフォーマンスも上々だ、行けるぞ」
 二人がタイミングを合わせて動いた瞬間、超高純度の水晶めいた蒼白い棘と全力で放たれた重力がオブリビオン達に襲いかかった。
「う……くぅ……」
「なにこれ、身体が動かない……」
 苦しむ少女達に向け、シビラは注意事項を告げていく。
「無理に立つと手足の骨が……と言っても無駄かな?」
 しかし、その痛みもまた愛だと誤認している少女達は力尽くで動こうとしていた。その姿を不憫には思えど、容赦はできない。
「そのまま這い蹲っていてくれ」
 シビラは重力を更に強め、少女達を縛り付けた。その隙に露は破魔の力を込め、月雫の棘を巡らせていった。
 悪しき力を破る上、継続ダメージ効果も加えられた棘は遠慮がない。
「レーちゃんの魔法で鈍くなってるとは思うけど、ごめんね」
 脚を狙った一閃は見事に敵を貫き、戦闘不能にさせていった。重力と棘は更に深く巡り、やがて少女達は息絶えていき――。
 骸の海に還るのか、彼女達の身体は跡形もなく消えていく。
 その姿を見送りながら、シビラは俯いた。
「…………」
 ふと思い返したのは、彼女達と自分が同じだと感じた先程の思い。
(私もこの少女達のように狂気に満ちて欲するのだろうか。『何か』のきっかけがあれば愛が欲しいと呟きながら……)
 シビラの思いは言葉にはされなかった。表向きはただ冥福でも祈っているようにしか見えない。しかし、すぐ隣にいる露は彼女の僅かな異変を感じていた。
(レーちゃんの横顔が何だか辛そう)
 何故にそう思ったのかと問われても、なんとなくとしか答えられない。それでも、いつも一緒にいるからこそ分かる。
 愛を心底求めていた女の子を映す瞳の奥には苦しさが見て取れた。
 露は何か言葉をかけようかと考えたが、ふるふると首を横に振る。そして、言葉の代わりに後ろからぎゅっとシビラを抱き締めた。
「えへへ~♪ レーちゃん」
「……む?」
 露に背中からおもいきり腕を回されたことで、シビラは顔を上げる。辺りには変わらぬ夜の光景が続いているというのに、どうしてかあたたかい。
 たとえるならまるで、陽だまりの中にいるようで――。
 シビラは特に抵抗はせず、露も腕にそっと力を込める。まだ少し月に酔っているような不思議な感覚の中、二人は暫し互いの温もりを確かめあった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

葬・祝
【彼岸花】

痛みが愛?
んふふ、不思議なことを仰るんですねぇ
死ぬまで八つ裂きにされたって、誰かを腐らせ殺したって、そんなもの直ぐ忘れちゃいますよ
実際、もうろくに覚えてませんし
結局、どうでも良いものなんて、何の記憶にも残りはしないんですよねぇ
己を殺した者たちのことなんて、とっくに忘れてしまったと悪霊は朗らかめいてわらう

カフカ、お優しいのは結構ですが、同情なんてしないでくださいよ?
ええ、勿論、良ぉく知ってますとも
さ、無用な痛い思いをする前に終わらせましょうね

【誘惑、おびき寄せ、恐怖を与える】で敵を私の方へ集めて、【カウンター、呪詛】
ふふ、そもそも私と出会す方が悪いんですよ
精々、己の不運を嘆きなさいな


神狩・カフカ
【彼岸花】

忘れられないよう己を痛みで刻むってわけかい
相手の気持ちもなにもかも無視してなァ
…そりゃお前さんらのエゴってやつサ
思い出すのは、手段を選ばず己を手に入れようとしてきた奴らで
あいつら、あなたが好きだとかお前が大切だとか抜かしてきやがって
一方的な気持ち(暴力)の押し付けは迷惑でしかねェよ

同情?おかしなこと言うんじゃねェや
おれァ痛ェのは嫌いだからな
ま、それしか愛情の示し方を知らねェってのは
可哀想なのかもしれねェが
おうよ、言われなくともわかってらァ

悪ィがおれの愛は姫さんのもンだからな
他を当たっとくれ
ただの痛みで良けりゃいくらでもくれてやるサ
羽団扇を取り出したなら一振り
次はちゃんと愛してもらえよ



●愛を向ける先
 これが愛。これこそが愛情。
 苦痛こそが忘却を妨げるものであり、愛に繋がる唯一のもの。
 歪んだ愛について語る少女達はくすくすと笑い、祝やカフカにも愛を求めている。
「痛みが愛?」
「ええ、姫様が教えてくれたの」
 祝が疑問を口にすると少女の一人が陶酔した表情で答えた。しかし、その姫様という人物の考えは祝には受け入れない。
「んふふ、不思議なことを仰るんですねぇ」
「あなたは痛みを知らないの?」
 祝がちいさく笑うと少女の方が不思議そうな顔をした。それは両者の考えが対極か、或いは交わらない平行線にあることを示している。
 祝と少女の会話と様子を見遣り、カフカは軽く息を吐いた。
「忘れられないよう己を痛みで刻むってわけかい」
 確かに道理には適っている。カフカは少女達が語る愛の意味を理解したが、納得は出来ていない。忘れまいとして刻む愛もあるだろう。だが、此度の相手はそれを此方にも強要するほどの狂信に染まっている。
 祝はカフカの考えていることを感じ取り、そっと頷く。
「死ぬまで八つ裂きにされたって、誰かを腐らせて殺したって、自分の心を引き裂いたって、そんなもの直ぐ忘れちゃいますよ」
 何故なら、ひとも歴史も忘却と共に此れまで進んできたのだから。
 実際に、祝自身もろくに覚えていない。祝は少女達を見渡して双眸を細めた。ただ笑ったわけではなく、嘲笑うように。
「結局、どうでも良いものなんて、何の記憶にも残りはしないんですよねぇ」
 たとえば、己を殺した者たちのこと。
 そんなもの、とっくに忘れてしまったのだと悪霊は朗らかめいてわらった。
 そんな祝の隣に立つカフカは肩を竦める。祝の言葉の裏には様々な感情があったように思えたが、今は言及などしない。
「相手の気持ちもなにもかも無視してなァ。……そりゃお前さんらのエゴってやつサ」
 カフカが思い出すのは、手段を選ばずに己を手に入れようとしてきた者達。
 あなたが好き。お前が大切だ。
 そのように語った者達も、優しいのは言葉だけだった。あんなことを抜かしてきやがって、と呟いたカフカは少女達を見据える。
「一方的な気持ちだって暴力になるんだ。押し付けは迷惑でしかねェよ」
「……?」
「ふふふ、お兄さん達の言っていることはよくわからないわ」
 対する少女達は首を傾げるか、ふわふわと笑うだけ。こちらの話や感情を理解する気がないのだろう。ただ姫様の語った愛だけを信じているようだ。
 遣り辛ェ、と零したカフカの声を聞きつけ、祝は身構える。対する少女達も攻勢に入ろうとしているようだ。
「カフカ、お優しいのは結構ですが、同情なんてしないでくださいよ?」
「同情? おかしなこと言うんじゃねェや」
 カフカが視線を返せば、祝も視線をちらりと見遣った。次の瞬間、二人は其々の力を巡らせていく。
 祝が巡らせる鈴の音は急激な飢餓感を少女達に与えていった。その効果によって見る間に腐り落ちていく傷痕を押さえ、少女達はハッとする。
 その間に羽団扇を構えたカフカが相手との距離を計った。彼が最適な一撃の瞬間を探っているのだと知り、祝は薄く笑む。
「さ、無用な痛い思いをする前に終わらせましょうね」
「言われなくともわかってらァ。おれァ痛ェのは嫌いだからな」
「ええ、勿論、良ぉく知ってますとも」
 勿論だと答えたカフカは、祝に向かっていく少女に意識を向けた。傷付けられることも、傷付けることも彼女達にとっての愛。
「わたしを愛して……!」
 叫びにも近い声を紡ぎ、少女は祝を引き裂こうとした。
 愛を識りたいというよりも、忘れられたくないという思いの方が強いのだろう。そう感じたカフカは彼女の相手を祝に任せ、微かな溜息をついた。
「ま、それしか愛情の示し方を知らねェってのは可哀想なのかもしれねェが」
「ふふ、やっぱり同情してしまうのがカフカらしいですね」
「……かもな」
 祝は敵を引きつけながら、ひらりと身を躱す。カフカも少女の攻撃の対象にならぬように立ち回りながら、否定はしなかった。
 彼女達にも何か事情があるはず。愛されなかったこと、狂信に陥るまでに追い詰められてしまったこと。それらを詮無きものだと跳ね除けることは出来なかった。
 だが、愛が欲しいという言葉だけは受け入れるわけにはいかない。
「悪ィがおれの愛は姫さんのもンだからな」
 他を当たっとくれ、と軽く手を振った後、カフカは口許を緩めた。姫さん、と言葉にしただけで彼女への思慕が思い起こされる。
 誰でもいいから愛が欲しいと語る少女達に贈る想いなど、一欠片も用意できない。
「カフカ、今です」
「おうよ。ほら、ただの痛みで良けりゃいくらでもくれてやるサ」
 祝の呼び掛けが聞こえた刹那、カフカは羽団扇を大きく振り下ろした。激しい旋風が辺りに巻き起こり、祝に襲いかかっていた少女達を包み込む。
 己は此れを愛とは呼ばないが、彼女達が望むなら――。
「あぁ、私愛されてるっ!!」
「あはは! 忘れないで、あたしたちのこと、絶対に……!」
 斬り刻まれていく少女達は歓喜の叫びをあげ、やがて全員が倒れ伏す。
 祝は哀れなものを見るような瞳を向け、少女達の消滅を見送った。それはどうでしょうか、と小さく呟いた祝は肩を落とす。
「そもそも私と出会す方が悪いんですよ。精々、己の不運を嘆きなさいな」
 カフカも消えゆく少女を見つめ、せめてもの思いを告げた。
「次はちゃんと愛してもらえよ」
 今ではない何時か、此処ではない何処かで。
 自分達のように、永きに渡る愛を向ける誰かを見つけられるように――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

宵雛花・千隼

梟示(f24788)と

酔う事を知らなければ、当然酔醒めの心地も知らず
酷く甘えていた自分に気づき目が合えば
誤魔化しきれずに熱が頬に集まって目を逸らす
…違うの、お膝に乗ってみたいだなんてそんな猫みたいな事は

下手な言い訳は、彼女たちの笑い声に構えへと変えて
…ええ、そうね、穴があったら入りたい心地はともかくお仕事の時間だわ
朔の夜に月を差し上げましょう

暗視を利かせて三日月刃の大手裏剣を投げ
彼の踏み込む隙と間合いを
闇に紛れ目立たぬよう空振りを誘い
ワルイユメで無数の刃を刻み
彼への凶刃を遮って

だめよ
その方の愛はあげられないの
口走ってから自分で驚くけれど
返る言葉に瞬き、微笑んで
そう、ワタシの愛もあげられないわ


高塔・梟示
千隼(f23049)君と

月がその姿を消せば
波引くように醒める酔いに気付き
思わず目が合って、不意に訪れた気まずさに黙して
何処から言い訳したものか、饒舌にもなるものさ…

ああ、猫は好きだけれど…さあ、お仕事だ
聞えた笑い声に、一歩前へと身構えて
屋根の上までご足労を有難う

彼女と息合わせ迎撃
三日月の軌跡に紛れ
ドロップテーブルで絞縄を繰出そう
拘束した少女らに、鎧砕く怪力載せた拳を叩き込む

敵の攻撃は残像で躱す
耐性のある痛みは慣れたもの
動きを止めず、反撃の起点としよう

ひとでなしが愛を語るのも憚られるが
生憎、愛はもうあげてしまってね
聞えた言葉には驚いて瞬き
…ああ、その子はわたしのものだ
食べるのは、ご遠慮願いたいな



●唯一、ただひとり
 月の光は夜闇にとけて消える。
 波が引くように醒める酔いに気付き、千隼と梟示は空から視線を下ろした。
 千隼は熱る頬に手を当てる。此れまで酔うことを知らなかったのだから当然、醒めの心地も初めてのもの。
 そのとき、不意に二人の視線が合った。
 今まで酷く甘えていた自分に気付いた千隼は幾度か瞼を瞬かせる。梟示も多少なりとも酔っていたことを自覚している様子。
 それゆえに僅かに気まずく、二人の間に沈黙が訪れる。
 千隼は頬が熱くなっていることを誤魔化しきれずに目を逸らした。酔いは自分の裡にある本音を引き出すとも聞いている。だからこそ、先程までの自分は――。
「……違うの」
「いや、構わないさ」
 緩く首を振る千隼に対して梟示も戸惑いをみせる。
 何処から言い訳したものか、何と言っていいものか。誰しも酔えば饒舌にもなるものだが、醒めた今は照れに似た感情が巡るばかり。
 千隼は彼の腕の中に収まったまま、両手で頬を押さえた。
「お膝に乗ってみたいだなんて、そんな猫みたいなこと……」
 ――思っていた。
 言葉にしてしまったからか更なる照れが彼女の中に宿る。そんな千隼も可愛らしいと感じた梟示は、まるで本当に猫のような彼女を見つめた。
「ああ、猫は好きだけれど……さあ、お仕事だ」
 梟示は僅かに黙した後、千隼からそっと身体を離した。不穏な気配を察したのだ。千隼も状況を気取り、梟示に頷きを返す。
 立ち上がり、身構えた二人は気配の方に目を向けた。
 くすくすと笑う声がする。
 穴があったら入りたい心地はともかく、先程までの状況への下手な言い訳などもう必要ない。感じている気配が近付いていることを確かめながら、千隼は身構えた。
「……ええ、そうね。お仕事の時間だわ」
 朔の夜に月を差し上げましょう。
 千隼が宣言した次の瞬間、二人が居る屋根の上に少女達が姿をあらわす。彼女達の目は不自然に見開かれており、異様な雰囲気が漂っていた。
「屋根の上までご足労を有難う」
 皮肉交じりの言葉を向けた梟示は、千隼を不躾な視線から守るように一歩前へと踏み出す。笑う少女達は二人を見つめたまま手を伸ばして来た。
「ねえ、あなた達の間には愛があるの?」
「それは痛いの? 苦しいの? 傷や痛みのように熱いの?」
 少女達は思うままの言葉を投げかけ、愛が欲しいと口々に呟いている。しかし、問いかけは一方的なもの。答える必要などないものだ。
 梟示は後方から千隼が視線を向けたことを察し、一気に屋根を蹴った。
 同時に千隼が三日月刃の大手裏剣を投げる。少女達も此方が動いたことを察し、ひといきに駆けてきた。
「ひとでなしが愛を語るのも憚られるが、生憎、愛はもうあげてしまってね」
 梟示は千隼と息を合わせ、迎撃大勢を取る。
 三日月の軌跡に紛れて身を翻せば、少女の視線が惑った。梟示が夜闇にとけてしまったように見えたのだろう。驚いた少女の横合いに回り込んだ梟示は絞縄を繰り出す。
「何……!?」
 一瞬で拘束された少女は何が起こったのか分からずに戸惑っていた。其処に生まれた隙を狙い、怪力を載せた拳を瞬時に叩き込む。ぐら、と揺らいだ少女。梟示は足元を更に強く蹴り、相手との距離をあけた。
 刹那、弧を描いて飛来した三日月が少女の身を貫く。
 つまり梟示の一閃は目眩まし。今の千隼の手裏剣こそが、相手に止めを差すための重要な一手だったのだ。
 早々に一人目を葬った二人は、次の少女に目を向けた。
 瞬く間に倒れた仲間を見下ろした相手は慄くでもなく、ぽつりと呟く。
「良いなぁ……。愛を貰えたのね」
 その声は心底羨ましそうだった。痛みや苦しみ、ひいては死こそが愛であると考えているのか。彼女達にとっては苦痛こそが至上のものなのだろう。
「それは――」
 愛なんかじゃない、と告げようとした千隼は言葉を止める。どうあっても相容れない考えを持つ相手に向けるべきことではないと判断した故だ。
 そして、千隼は闇に紛れて目立たぬよう立ち回る。時折姿を現しては相手の空振りを誘い、無数の刃を解き放つことで相手に傷を刻んでいった。
 それは前に立つ梟示への凶刃を遮り、飛翔する刃は敵を的確に捉えている。
 梟示自身も相手から繰り出される一撃を残像で躱していった。たとえが痛みが齎されようとも慣れたもの。決して動きを止めず、梟示は反撃を見舞い返していく。
「もっと、もっと愛をちょうだい!」
 対する少女は執拗に梟示を追っている。叫びにも似た渇望が彼に向けられたとき、千隼は少女の前に一気に駆けた。
「だめよ、その方の愛はあげられないの」
 口走った思いも、今の行動も無意識のものだった。自分でも驚いたが、梟示も千隼の言葉に瞬いているようだ。千隼が刃で少女を阻む中、梟示は言葉を次ぐ。
「……ああ、その子はわたしのものだ」
 その声を聞いた千隼は思わず微笑み、いとおしさを胸に抱いた。
 互いに宿す想いは同じ。もう一度、それが愛であるのかと問われたならば二人とも然と頷いただろう。そして、千隼と梟示は少女に終わりを与えにゆく。
「そう、ワタシの愛もあげられないわ」
「食べるのは、ご遠慮願いたいな」
 揺れる絞縄。驟雨の如き刃。
 これはきっとワルイユメ。傷付け、傷付けられて感じるものなど愛ではないはず。少女の歪んだ願いと夢を断ち切るように鋭い一閃は宙を舞う。
 鈍く光る三日月。
 刃が千隼の手に戻ったとき、少女はその場に伏した。骸の海に還る哀しき子を見下ろした千隼の隣には、梟示が静かに寄り添っている。
 目に見えずとも、月に照らされなくとも――愛は確かに、此処に在る。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

杜鬼・カイト

……はあ、感傷に浸ってたってのに邪魔すんの?
まあいいけどね。

少女達には見覚えがある。
愛を求め、縋って、傷つける。自分も他人も。
……ああ、やっぱり嫌な瞳の色の餓鬼だ。
「だから、さっさと壊してやるよ」

なぎなたで【なぎ払い】【衝撃波】で攻撃。
怯んだところにUC【赤い糸はちぎられて】を使う。白詰草の花が命中した対象にルールを告げて、敵の動きを封じる。
「逃げるなよ?」

逃げるなって言ってるのに、逃げるような奴がいれば、それはオレの愛はいらないってことになるのかな?
まあ、オレは愛する気なんて微塵もないけど。
「……ねえ、君たちの望む愛は手に入った?」
って聞いたところで仕方ないか
「じゃあね。ばいばい」



●赤い絲、紅い意図
 愛が欲しい。愛を識りたい。愛をあげる。
 月の見えなくなった夜は暗く、それまでの穏やかさは何処かに消えていた。妖しい影が揺らめいたことに気付いたカイトは顔を上げる。
 視線の先にはくすくすと笑い、愛を求める少女が立っていた。
「……はあ、感傷に浸ってたってのに邪魔すんの?」
「その痛みは、愛?」
「人の話、聞いてる? まあいいけどね」
 彼女の方に向き直ったカイトは双眸を鋭く細めた。少女がどんな相手であっても、どのような思想を持っていても自分にとっての邪魔者であることは変わらない。
 それに少女達には見覚えがある。
 愛を求め、縋って、傷つける。そういった類の存在が彼女達だ。こうなってしまった少女達には最早、自分も他人も関係ない。ただひたすらに愛というものを求め続けるだけ。
「……ああ、やっぱり嫌な瞳の色の餓鬼だ」
 カイトは自嘲するように呟き、薙刀を構えた。
 対する少女は静かな被虐の笑みを返してから身構え返す。愛して。愛してあげるから、愛して、と呟き続ける少女の瞳にカイトは映っていない。
 本当に嫌になる、と口にしたカイトは一気に地面を蹴り上げた。
「だから、さっさと壊してやるよ」
 言葉と同時に放たれるのは激しい衝撃波。薙ぎ払いから生まれた鋭利な衝撃は少女を貫き、血を散らせた。
 普通ならば痛みは耐えるものではあるが、目の前の少女は笑みを浮かべる。
「あぁ、私……愛されてるっ!!」
「それが愛だなんて馬鹿馬鹿しいね」
 相手から歓喜の声があがったことで、カイトは肩を竦めた。愛は痛みを伴うという考えをすべて否定するわけではないが、今の一撃に愛など込めていない。相手が勝手にそう認識しているだけのことだ。
 しかし、少女の身体には痛みが巡っている。本来、痛覚とは身体の危険信号だ。傷を負った状態で無理に動かせるものではない。
 隙が生まれたことを察し、カイトはユーベルコードを巡らせてゆく。
 左手小指の指輪から放たれる白詰草がふわりと宙に浮き、少女の元に飛来した。
「逃げるなよ?」
 告げたのはカイトが定めたルール。
 こう伝えたというのに逃げるようならば白詰草は彼女を襲う力となる。それに加えて、逃げられない理由をもうひとつ追加してやる。
「もし逃げるなら、それはオレの愛はいらないってことになるのかな?」
「……!」
 これで少女は逃走を選ばなくなった。どれほどに痛めつけられたとしても、命の危険を感じたとしても愛を求めることだけを優先するだろう。
「ねぇ、愛をちょうだい。お願い……」
「まあ、オレは愛する気なんて微塵もないけど」
 求める少女に対し、カイトは自分にだけ聞こえる声で呟いた。彼は求められるがままに薙刀を振るっていく。抵抗を止めた少女は血の吹き出る感覚と激しい痛みに打ち震えているらしい。
 そんなことを続けていれば、やがて命も尽きていくはずで――。
「……ねえ、君の望む愛は手に入った?」
「…………」
 カイトは地に伏した少女に問いかけてみたが、返答はない。
 聞いたところで仕方ないと判断したカイトは少女に歩み寄り、薙刀を振り上げた。
「じゃあね。ばいばい」
 冷ややかに告げた彼は容赦なく刃を振るう。刹那――月明かりさえない闇の中で、散った血が糸のように舞った。それは紅く滲み、地面を一色に染めていく。
 そして、愛を知らぬ少女はカイトの手によって骸の海に送り還された。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

フリル・インレアン
ふええ、お月様が欠けていきます。
って、アヒルさん、身構えちゃってどうしたんですか?
ええっ、私がまたアヒルさんを食べようとしていると思ったのですか?
あんな感じ・・・にですか?
ふぇぇ、私はまだ恋で充分です。

とりあえず、お洗濯の魔法で強化効果を落としていきましょう。
愛の力は偉大だともいいますから、早めに対処していきましょう。



●穢れと浄化
 穏やかだったはずの屋敷に冴え冴えとした空気が満ちる。
 異変を感じたフリルが空を見上げると、月がどんどん細くなっていく様子が見えた。
「ふええ、お月様が欠けていきます」
 先程までも満ち欠けは繰り返していたが、この欠け方は奇妙だ。次第に不穏な雰囲気に満たされていく周囲を見渡しながら、フリルは警戒を強める。
 すると少し離れたところにフリル以上に身構えているアヒルさんの姿が見えた。あまりにも強張っている様子をおかしく思い、フリルはきょとんとする。
「って、アヒルさん。身構えちゃってどうしたんですか?」
 フリルがいつものふわふわとした雰囲気で問いかけると、アヒルさんはどこかほっとした様子で近寄ってくる。
 どうやら先程の事態を思い出してしまっていたらしい。
 抗議するように跳ねたアヒルさん曰く――。
「ええっ、私がまたアヒルさんを食べようとしていると思ったのですか?」
 アヒルさんの意見を聞いたフリルは、ちらりと庭の先を見遣った。其処には愛を求める少女が現れており、狂気に染まった視線をフリル達に向けてきている。
「愛してあげるから、愛して」
 少女は妖しい笑みを浮かべながらフリルに近付いてきた。傷付け、傷付けられて、或いは喰われることを愛と呼ぶ。そんな少女の思想はフリルにとって理解し難いものだ。
「あんな感じ……にですか?」
 フリルが少女を示すと、アヒルさんがこくこくと頷いた。すると少女が口許を緩めながら一歩、また一歩と歩み寄ってくる。
「ふふ……うふふ。愛し合いましょう」
「ふぇぇ、私はまだ恋で充分です」
 相手のあまりの強引さにびくっと身体を震わせ、フリルは庭の奥に駆けていく。とにかく触れられてはいけない気がしたので一気に距離を取ったのだ。
 愛というものは尊いものらしいが、少女が語るそれは愛とは呼べない気がした。
 少女達にとってはそうかもしれない。だが、フリルは傷付けることも傷付けられることも勘弁したいという考えだ。
 少女は誤認した愛情を糧として自らの肉体を強めていく。
 そのことに気が付いたフリルは身構え、あの渇望をどうにかするべきだと考えた。
「とりあえず、お洗濯の魔法で強化効果を落としていきましょう」
 フリルが戦いの方針を決めると、アヒルさんが援護に入る構えをみせる。月を見てから不思議なことが起こっていたが、今のフリルとアヒルさんはいつも通り。
 いきます、と宣言したフリルは魔力を巡らせていく。
 ――身嗜みを整えるお洗濯の魔法。
 汚れ、即ち悪しき力すらも落とす力が戦場に巡っていく。
「愛の力は偉大だともいいますから、早めに対処していきましょう」
 アヒルさんと連携しながら懸命に力を尽くすフリルはオブリビオンをしっかりと見つめ、その汚れを落としてゆく。
 願わくは、少女達が抱く歪んだ思想も綺麗に洗い流せるように――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

斬崎・霞架


少々出遅れてしまいましたが、何とか“事”が始まるのには間に合ったようですね

愛情を得られなかった子たち、ですか
思う所がない訳ではありません
僕も、自分を生み出した者からは終ぞまともな愛など得られなかった身
…その後に、良い家族や人と出会えたか、の違いでしょうか

相手の攻撃を見切り捌きつつ、カウンターを入れていきましょう
同情する所があったとしても、態々喰らってやるつもりもありません
その先に、用事があるものでして

救える術がある訳でもなし
せめて、此処で終わらせて差し上げましょう
——『何れ訪れる終焉』

…忘れない、とは言えません
ですが、今は貴女方のために祈りましょう
それが気休めで、無意味なものであったとしても



●愛は与えられずとも
 魑魅魍魎の気配が満ちる桜屋敷。
 ずっと夜が続く領域になっていた其処に、新たに現れた影がひとつ。
 先程までは満月だったはずの月は見る間に欠け、もう見えなくなっている。屋敷に訪れた矢先に一変していく空気。時の巡りを感じ取り、戦いの気配が強まっていくことを察知した斬崎・霞架(ブランクウィード・f08226)はそっと頷く。
「少々出遅れてしまいましたが、何とか“事”が始まるのには間に合ったようですね」
 霞架は周囲を見渡し、異様な気配を発する影を見遣った。
 ひとり、またひとり。闇から滲み出るようにして姿を現したのは、愛と害意を同時に併せ持つ少女達だった。
 愛して欲しい。
 忘れられたくない。誰かのぬくもりが欲しい。
 血を、傷を、熱を感じたい。
 譫言のように繰り返す少女達がまともではないことはひと目で分かった。
(愛情を得られなかった子たち、ですか)
 浮かんだ思いは声に出さず、霞架は頭を振る。
 ああして愛を求めるようになった少女達にも苦しい生い立ちがあったのだろう。其処に思う所がない訳ではない。
「あなたは、愛を知っている?」
「知っているなら教えて。その愛をちょうだい」
 少女達は霞架を見つめ、陶酔しきった表情を浮かべていた。対する霞架は彼女達を見つめ返す。少女達の瞳は虚空を映している。此方を見ているというのに、霞架を見ているわけではないという不思議な視線の向け方だ。
 それはきっと、愛の本質を誤認している少女達の心のあらわれでもある。
「僕も、自分を生み出した者からは終ぞまともな愛など得られなかった身です」
「まあ……あなたも愛を知らないのかしら」
 霞架が答えると、少女のひとりがくすくすと笑った。いいえ、と告げて首を横に振った霞架は自分と相手は同じではないと語る。
「……その後に、良い家族や人と出会えたか、の違いでしょうか」
 生まれはきっと似ていても、辿ってきた道が違う。何も知れずに過去の骸であるオブリビオンとなった者。生を繋いで猟兵として戦う運命を選んだ霞架。
 悲しくもあるが、これが現状だ。身構えた霞架は一気に地を蹴り上げる。対する少女も傷を刻むという形で愛を示すために動き出した。
 長く伸びた爪が振るわれたが、霞架は相手の動きを見切って捌く。敢えて先制攻撃をしなかったので、反撃の準備は万端だ。
 確かに少女達には同情する所がある。だが――。
「態々喰らってやるつもりもありません。その先に、用事があるものでして」
「ふふ、うふふっ」
 霞架からの一閃を受けた少女は笑っていた。愛情を受けていると勘違いしているであろうことは感じられる。
 されど、戦い以外で救える術がある訳ではない。思うことは胸の内に押し込め、霞架は黒い手甲に力を巡らせていく。
「せめて、此処で終わらせて差し上げましょう」
 ――『何れ訪れる終焉』。
 凝縮した呪詛を纏った手が少女達を穿つ。その瞬間、死を齎す呪いが発動した。
 その一撃をまともに受けた相手はよろめき、呪いに蝕まれながら膝をつく。
「う……あ……?」
「なに、これ……」
 自分に何が起こっているのか理解できぬまま、少女達はその場に倒れた。後は呪いが彼女らのオブリビオンとしての存在を滅ぼすだけ。
 力を失い、倒れ伏した少女達は骸の海に還るようにして消え去っていく。その姿を見つめながら、霞架は最期を見送る。
「……忘れない、とは言えません。ですが――」
 今は貴女方のために祈るだけ。
 たとえこの想いがただの気休めで無意味なものであったとしても。彼女達を愛することは出来ずとも、ささやかな思いを――今、此処に。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

橙樹・千織
痛みこそが…
私はそうは思わないけれど

あたたかくて
やさしいもの
寄り添い、支えてくれるもの
痛みを伴い傷付けるものではない

忘れられない?
そうね、傷付けばそう簡単には忘れられない
ことある毎に思い出す

けどそれは
ただの恐怖、畏怖、嫌悪、憤怒…
負の感情によるものであって、“愛された”として覚えているこわけではない

愛されなかった
愛せなかった
お前達が“愛”と思い込んでいるものは…でしょう
その“愛”で私がお前達を愛すことは無い

お前達の姫様が何と言おうと
誰かの命を奪って識る愛など無い
そんなモノを識る前に海の底へ還りなさい

ただ…
祈りはしましょう
彼女達が巡り目覚めた時
優しい愛を受け
ひとを愛すことが出来るようにと



●愛情の有無
 痛みこそが愛。強い苦痛こそが大きな愛。
 目の前に現れた少女達は、そのようなことを何度も口にしていた。
 千織は向けられる害意を受け止めながら、少女を見つめる。相手からも鋭い視線が向けられており、射抜かれるような感覚がした。
「痛みこそが……私はそうは思わないけれど」
 千織は彼女達が抱く思想を拒み、首を横に振ってみせる。
 すると、少女のひとりが首を傾げた。否定される意味がわからないといった様子だ。
「どうして? 姫様がそう言っているのに」
「いいえ、違うわ」
 姫様という存在を語る少女に対し、千織ははっきりと宣言した。
 痛みは確かに忘れ難い。苦しみも心にずっと残ってしまうものだろう。けれども、それを愛と結び付けたくはなかった。
 愛情とは、きっと――。
 あたたかくてやさしいもの。寄り添い、支えてくれるものだから。
 痛みを伴い傷付けるものではない。
 そのように告げた千織は得物を構えた。少女達はくすくすと笑いながら、狂気が滲んだ眼差しを千織に向けてくる。
「痛みがあれば、忘れられないわ」
「楽しいことなんてまやかし。そんなもの、すぐに消えてしまうから」
 少女達は口々に語った。
 だが、そのどれもが千織にとっては受け入れ難い思想だ。
「忘れられない? そうね、傷付けばそう簡単には忘れられない」
 それでも、彼女達の言っていることの一部は事実でもある。苦しかった記憶、葛藤した思い出。千織もそういったものをことある毎に思い出す。
 けれどもそれは愛ではない。
 ただの恐怖であり、畏怖であり、嫌悪や憤怒といった別の感情だ。
 すべてが負の感情によるものであって、“愛された”として覚えているわけではないはずだと千織は主張する。
「愛されなかった、愛せなかった」
「……?」
 僅かに俯いた千織の言葉に対し、少女達は不思議そうな顔をした。千織はすぐに顔を上げ、彼女達の思いを否定することを決めた。そうしなければ、愛が何であるかを見失ってしまいそうでもあったからだ。
 少女は千織に歩み寄り、問いかける。
「どうかしたの? ねえ、愛してくれないの?」
「お前達が“愛”と思い込んでいるものは……でしょう。その“愛”で私がお前達を愛すことは無い」
 千織は先程までの言葉すべてを引っ括め、それを返答とした。
 ――剣舞・柘榴霹。
 同時に攻勢に入った千織は破魔と呪詛、催眠術を込めた一閃を与えに駆ける。少女達は目を輝かせ、やっと愛してくれるのね、と歓喜の声をあげた。
 全てが歪んで狂っている、と感じた。
「お前達の姫様が何と言おうと、誰かの命を奪って識る愛など無い」
 そんなモノを識る前に、海の底へ。
「――還りなさい」
 紡がれた言の葉と共に剣舞が見舞われ、少女達の意思が斬り裂かれていく。神経とエネルギー回路を破壊された少女はその場に伏し、笑いながら倒れていった。
「あはは! 私、愛されてる……!」
「これが愛! 愛よ! 愛なの、よね……?」
 最期は半ば疑問交じりに、少女達は骸の海に還されてゆく。
 その姿から視線を逸らしたくなったが、千織は敢えて彼女達を見つめ続けた。何も理解はしてやれないが、ただ祈りはしよう。
 そっと目を閉じた千織は得物を収め、最期を見送る。
 どうか、いつか。
 彼女達が巡り目覚めた時、優しい愛を受けひとを愛すことが出来るように、と。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

丸越・梓


生まれた瞬間から
俺は誰にも愛されなかった

心が、痛い
けれど俺は『誰かを愛する』ことを知っている

孤児院の弟妹たち、部下たち、そして幼馴染の少女、他にも数えきれない程。
それは痛みによってではなく
手を差し伸べ繋いで、凍える夜を共に越えた

誰かを愛する方法は心の数だけ存在するだろう
故に少女や『姫様』の愛し方を否定はしない
だが、痛み以外でも、誰かを愛することが出来ると伝えたくて
証明したくて

──少女の刃を受け入れる
けれど俺は刃を向けず
代わりに差し出すはこの手

「──忘れないさ。お前が今此処にいて、心を持ち、生きていたことを」
ナイフ握る手にそっと手を重ね
大丈夫だと伝える様
真っ直ぐに瞳を見て、微笑う



●忘却は遠く
 生まれた瞬間から、誰にも愛されなかった。
 世間一般で云う親はいない。普通という枠には当てはまらない生い立ちを経て、梓は日々を重ねてきた。
 境遇は違えど同じだ。目の前に立っている少女もまた、愛されなかった存在。
 それゆえに彼女は愛を求めて愛したいと願っている。その側面だけを見れば、なんとかして救ってやりたいと思えた。
 しかし、それは出来ない。彼女達はオブリビオンと成り果てたもの。
 過去となって忘れ去られるだけの存在となっている今、救いは屠ることだけ。
 心が、痛い。
 無意識に彼女達を自分と重ねてしまったことで梓は言い知れぬ痛みを覚える。
 けれども、少女達と梓には同じでありながらも決定的な違いがあった。
(……俺は『誰かを愛する』ことを知っている)
 少女達は痛みが愛だと誤認しているようだ。されど、それは愛を知っていることとは同義にならない。誰の優しさも知らず、傷や苦痛に伴う熱を愛だと信じ切っている少女達は大きな間違いを犯してしまった。
 対する梓には人のぬくもりを知っている。
 孤児院の弟妹たち。共に任務にあたる部下たち、そして――幼馴染の少女。これまで出会い、言葉や思いを重ねて過ごしてきた人々がいる。思い浮かぶもの以外に、他にも数えきれない程の記憶があった。
 確かにその中には苦しいことや悲しいこと、後悔もある。
 しかし、それはすべてが痛みではない。手を差し伸べて繋いで、凍える夜を共に越えた人が、記憶が、意志があった。
 梓は少女達や、姫様という人物の考えを否定したいわけではない。
 誰かを愛する方法は心の数だけ存在する。そのひとつが痛みだというだけであり、少女達にとっての答えだったのだろう。
「だが……」
 呟いた梓は前を向き、目の前に佇む少女を真っ直ぐに見つめた。
 彼女は先程からくすくすと笑い、愛して欲しいと願っている。いつでも切り刻んで良いと示しているのか、少女は梓が動く瞬間を待っていた。しかし、なかなか此方が攻勢に移らないので出方を変えるようだ。
「どうしたの? こないなら、こっちから愛してあげましょうか」
 少女は梓に歩み寄って来る。
 彼女に、痛み以外でも誰かを愛することが出来ると伝えたくて、証明したくて――梓は敢えて動かなかった。そして、次の瞬間。
「これが愛よね?」
 少女は一気に踏み込み、隠し持っていた短刀を梓に突き立てた。
 痛みが身を貫き、血が流れ出す。されど梓は相手に刃を向け返すことはなく、痛みに耐えきった。愛を受け入れている行動だと感じたのか、少女は引き抜いた刃をもう一度、梓の身体に突き刺す。腕に、脚に、腹に。何度も、何度も。
「あははっ! 愛してる! 愛してるわ!」
「――ッ、……」
 だが、それでも梓は倒れまいとして地を踏み締めた。少女からの攻撃が止んだ瞬間、彼が刃の代わりに差し出したのは、己の手。
「……何?」
 不思議そうな顔をして手を止めた少女に向け、梓は双眸を細める。少女は愛情を欲する以上に忘れ去られることに怯えている。それゆえにこんなにも激しい痛みを与えてくるのだと分かっていた。
 梓は少女の心の叫びを受け取り、慈しみに満ちた眼差しを向ける。
「――忘れないさ。お前が今此処にいて、心を持ち、生きていたことを」
 刃を握る少女の手にそっと掌を重ねた梓。彼は大丈夫だと伝えるように真っ直ぐに瞳を覗き込み、微笑う。
 すると、次の瞬間。
「そっか……愛って、痛くないのね……」
 梓の願いを籠めた行動を受け、少女の心に大きな変化が訪れた。彼の力は肉体を傷つけずに、相手のオブリビオンたらしめる根源を消すもの。その優しさと想いに触れた少女は刃を取り落とした。
 そして、微笑んだ少女は消えていく。
 とても満足そうに、梓から渡されたあたたかな感情を抱いて――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

毒藥・牡丹
【甘くない】

───同じだ。
愛されたくて、愛されなくて
あたしも、ひょっとしたら
こうなっていたかも、なんて
………五月蠅い。わかってるわよ。

あたしは無力だ
あれだけ憎くて、妬んで、殺したいほどの人間にすら
こうして護られているだなんて

『ほら、これが正しいの』
……五月蠅い
『傷付けて、痛みつけて』
……黙って
『これが、愛なの』
……黙ってよ
もう、少女達の声なのか、自分の声なのか
わからない。わかりたくない。

こんなものが、愛だなんて
……そんなわけないじゃない……ッ!
だって、皆からくれる愛は、
とても温かくて、とても優しいものだと
知ってしまったから。

でも、それでも
じゃあ、今までのあたしの人生は、なんだったのよ───!!


千桜・エリシャ
【理解しがたい】

気まずさを飲み込み刃を抜いて
…牡丹
ちゃんと戦えるわよね?
私の傍から離れないで
背に庇い少女達と対峙しましょう

痛みを――愛して慾しいのならば
いくらでも差し上げましょう
自分達の周りに桜を吹雪かせて
触れれば愛はあなたたちのものよ
桜を目眩ましにしながら
首を落としてしまいましょう

ねぇ、愛されている実感は湧いたかしら?
首のない少女に聴いても
答えてくれるはずもなく

…牡丹
あなたはこれが慾しかったの?
…そう
私だってあの家にいた頃はあなたと同じだった
痛みで躾けられて
これが愛だと叩かれて
けれどいくら悔やんでも過去は変わらないもの
どう向き合うかはあなた次第だけど
愛をくれる方々を裏切るようなことはしないで



●本当に識りたかったもの
 ――同じだ。
 現れた少女達の言葉と思想を聞き、牡丹はそのようなことを感じていた。
 愛されたくて、愛されなくて、求める先には空虚しかない。
(あたしも、ひょっとしたら……)
 こうなっていたかも、という思いが過ぎったとき、不意に名を呼ぶ声が聞こえた。
「……牡丹。ちゃんと戦えるわよね?」
 敵を前にして、先程までの気まずさを飲み込んだエリシャが身構えている。墨染の刃を抜き放った彼女からの呼び掛けが牡丹の意識を今に引き戻した。
「……五月蠅い。わかってるわよ」
 素っ気無く答えた牡丹はエリシャの背を見つめる。
 それならいいの、と言葉にした彼女はいつの間にか牡丹を守る形で布陣していた。
「私の傍から離れないで」
 牡丹を背に庇うエリシャの瞳は鋭く、少女達を映している。
 何を勝手に、という思いも浮かんだが牡丹には分かっていた。オブリビオンとしての力を振るう少女達に一人で太刀打ちは出来ない。エリシャもそれを知っているゆえにこうして守ってくれているのだろう。
(あたしは無力だ)
 身構えながらも、牡丹は己の力の無さに打ち震えていた。
 あれだけ憎くて、妬んで、殺したいほどの人間にすらこうして護られている。そんな状況が余計に牡丹を惨めにさせてしまう。
 対する少女達はくすくすと笑い、愛して欲しい、愛してあげると呟いていた。エリシャは狂気に満ちた少女を見据え、桜花を散らせてゆく。
「痛みを――愛して慾しいのならば、いくらでも差し上げましょう」
 牡丹と自分を守る形で桜を吹雪かせ、嵐へと變化させて相手に見舞う。敵を切り刻む桜花は的確に、相手に傷をつけていった。
 傷付けられることも愛だと感じている少女達は痛みに歓喜を覚えている。
 その声が木霊していき、牡丹の頭に響いてきた。
『ほら、これが正しいの』
(……五月蠅い)
『傷付けて、痛めつけて』
(……黙って)
『これが、愛なの』
(……黙ってよ)
 牡丹は何も語らないが、心の中ではその声を否定していた。しかし、空気の不穏さや少女達の言葉を受け入れられないでいる牡丹にはもう何もかもがよくわからない。少女達の声なのか、自分の声なのか、それとも――。
「わからない。わかりたくない」
「牡丹?」
 ふと零れ落ちた言葉を聞き、エリシャは振り返る。されど牡丹は俯いたままで視線を返すことはなかった。
 その間にもエリシャが舞わせた桜嵐は敵を切り裂き続ける。
「ああっ! 私、愛されてる!」
「ふふ、うふふふ……」
 歪んだ思想に染まっている少女達の反応は普通ではなかった。だが、痛みこそ愛だと信じている姿勢を全否定は出来ない。エリシャは刃を差し向け、凛と告げていく。
「触れれば愛はあなたたちのものよ」
 エリシャは桜を目眩ましにしながら少女達に一気に接近した。
 振り上げた刃で狙うのはただ一点。
 恍惚の表情を浮かべている少女達はエリシャの一閃を待ち望んでいるように見える。そして――次の斬撃が宙に軌跡を刻んだ刹那、少女達の首が地面に転げ落ちた。
「ねぇ、愛されている実感は湧いたかしら?」
「……、――」
 刃についた血を払ったエリシャが問いかけても答えは返って来ない。見開かれた彼女達の瞳は虚空を映していた。
 牡丹は倒れ伏した少女達の亡骸をただ見つめることしか出来ない。
 彼女達は骸の海に還っていくらしく、その首も身体もゆっくりと消えていく。エリシャは消滅を見送った後、牡丹に視線を向けた。
 少女達は苦しみを愛情だと誤認して、満足そうに消えていったように思える。
「牡丹、あなたはこれが慾しかったの?」
 エリシャは次に牡丹に問いかけた。すると牡丹は首を左右に振り、違う、と否定する。
「こんなものが、愛だなんて……そんなわけないじゃない……ッ!」
「……そう」
 牡丹からの返答があったことに、エリシャは安堵した。もしそうなのだと肯定されたならば答えに詰まっただろう。彼女の思考が家に染められたままではないと知ったことで、エリシャは語り出す。
「私だってあの家にいた頃はあなたと同じだったわ」
 痛みで躾けられ、これが愛だと叩かれて、それが本当だと思わされていた。
 教えられないならば真実も知らないまま。心までもが鳥籠や牢に閉じ込められている状態だっただろうが、今は違う。
「…………」
 牡丹も既に知っている。皆がくれる愛は、とても温かくて、とても優しいものだと実感してしまったから。知らなかった頃にはもう戻れない。
「でも、それでも」
 牡丹は掌を握り締め、裡に浮かんだ思いを声にした。
「じゃあ、今までのあたしの人生は、なんだったのよ――!!」
 あたたかさを知ってしまったからこそ苦しい。いっそ知らなければよかったと思うのは過去の記憶があるからだ。
 そのまま無言になってしまった牡丹を見つめ、エリシャは己の思いを伝えていく。
「そうね、いくら悔やんでも過去は変わらないもの」
 どう向き合うかはあなた次第。
 自分には過去をどうすることも出来ない。エリシャはまるで突き放すようなことを告げていったが、その真意は別のところにある。
「だけど……」
「……何?」
 エリシャが少しだけ口籠ったことで、俯いていた牡丹が顔をあげた。
 考えを纏めながら、そっと頷いたエリシャは真っ直ぐな言の葉を牡丹に向ける。
「愛をくれる方々を裏切るようなことはしないで」
 暗闇からは光がよく見える。
 どうして自分だけがこんな闇に覆われているのかと苦しくなることもある。それでも、光が見えるということは――自ら、其方に向かうことも出来るということ。
 全ては自分次第。
 先程のエリシャの言葉を思い返し、牡丹は空を見上げる。
 真っ暗な空の向こうに、どうしてか幽かな光が見えている気がした。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

乱獅子・梓
【不死蝶】◎
なんというか…狂っているな
愛とは何だなんて語るつもりは無い
だが…そんなのはきっと間違ってる、と俺は思う

あっ、綾…っ!?
俺の静止も聞かずに敵の群れに突っ込む綾
それだけならいつものことなのに
何故だか今日は胸騒ぎがして

…零、頼むぞ
UC発動し、零の咆哮を戦場に響かせる
悪いが、俺には少女達が望む愛は与えてやれない
少女達はきっと綾からの愛とやらを
感じたまま眠りにつくことだろう
求めて彷徨い続けるのは疲れただろう、もう休め

綾の戦いの傷を癒やしてやる
もしかしたら水を差してしまっただろうか
でも、あのままだと、お前がどこか遠くに
行ってしまいそうな気がしたから
どこにも行くなよ、と言ったばかりなのに


灰神楽・綾
【不死蝶】◎
狂っている…そうだね
「普通の人」なら、きっとそう思うんだろうね
でも…俺は何となく分かる気がする
誰からも忘れられて、ひとり寂しく死んでいくなんて悲しい
ならば、誰かに忘れられない傷を残して逝きたいってね

本当は小さな女の子を斬り刻む趣味は無いんだけど
この子達はそうしてあげるのが救いなのかもしれない

自身の手を斬りつけUC発動
両手にDuoを構えて少女達のもとへ
がむしゃらに素早く鎌を振り回し
やりすぎなくらい派手に立ち回って
少女達の注意を引きつける
そうすれば梓には手を出さないだろう

斬っても斬ってもなかなか倒れない
ああ……やっぱり殺し愛って楽しいねぇ
そう簡単には「普通の人」にはなれないようだ



●普通と狂気
 月は見えなくなり、桜屋敷には不穏な空気が満ちていく。
 其処に現れたオブリビオンの少女達はくすくすと笑い、梓と綾を見つめていた。
「なんというか……狂っているな」
 少女達の言葉や思想を聞き、梓が言葉にしたのは率直な感想だ。
 痛みを愛として、傷付けて傷付けられることこそを至上だとする。そんなこと、とても普通だとは呼べない。
 愛というものは人によって違う形をしている。
 優しく扱うこと。束縛すること。敢えて突き放すこと。其処に気持ちがあるのならば、どれもが愛と呼べるものだ。その中のどれが正解であり、どの愛し方が真実だとは決めつけられない。
 それゆえに梓は、愛とは何かなどと語るつもりは無かった。だが、少女達が口にしている痛みの愛は――。
「きっと間違ってる、と俺は思う」
「狂っている……そうだね」
 綾は梓の意見に頷いた。しかし、思うことは同じではない。
 所謂『普通の人』ならば、きっとそう考えるのだろう。否定はしないし、拒絶するものでもない。されど綾もまた、普通ではない。狂っているということを認めながら少女達の思いに共感していた。
 間違っているという梓の言葉に対し、綾は小さく呟く。
「でも……俺は何となく分かる気がする」
 誰からも忘れられて、ひとり寂しく死んでいくなんて悲しいだけだ。もしもそんな未来が来るならば、誰かに忘れられない傷を残して逝きたい。
 ごく普通の考えではないことだけは確かだが、そう思うのは間違いだろうか。
「綾?」
 物思いに耽っていたらしい綾の様子に気付き、梓は視線を向けた。
 その瞬間、綾は鋭く身構える。
「本当は小さな女の子を斬り刻む趣味は無いんだけど……」
 この子達はそうしてあげることこそが救いなのかもしれない。そう感じ取った綾は己の手を斬りつけた。其処から力を巡らせた綾は両手に大鎌を携え、一気に駆けていく。
「あっ、綾……っ!?」
 あまりにも速い行動を静止する暇もなく、綾は少女達を斬り付けに向かった。
 強敵ではないとはいえど相手は複数。勢いのままに敵の群れに突っ込んでいく綾の様子は何だかいつもと違う気がした。
 行動自体はそう変わらない。ただ立ち向かうだけなら普段と似ているのだが、何故だか今日は胸騒ぎがしていた。
「……零、頼むぞ」
 ――歌え、氷晶の歌姫よ。
 梓は神経を尖らせながら竜に呼びかける。その言葉を受けて咆哮を響かせた零も、どうやら綾を案じているようだ。
「ふふ……」
「愛して。もっともっと、愛して」
 神秘的な咆哮が少女達を惑わしているが、彼女らが語る言葉は変わらない。
 綾は我武者羅に素早く鎌を振り回すことで相手の気を引く。傷付けられることが至上だと考えている彼女達は傷を押さえており、その熱に陶酔しているらしい。
 傷が刻まれ、血が散る。
 綾は些かやりすぎだと感じるほどに派手に立ち回っていき、少女達に更なる痛みを与えていった。こうやって相手の注意を引きつけ続けていれば、梓には手を出さないだろうと踏んでのことだ。
 少女が痛みを愛だと呼ぶのなら、此処で存分に与えるだけ。
 非情に思えて、慈悲が込められた綾の行動を見た梓は頭を振った。
「悪いが、俺には少女達が望む愛は与えてやれない。けれど綾は――」
 少女達は綾からの愛とやらを感じたまま眠りにつくことだろう。あの我武者羅にも見える行動こそが、本当に求められていることに違いない。
「求めて彷徨い続けるのは疲れただろう、もう休め」
 少女達に告げた梓は零の咆哮を耳にしながら、綾の戦いの傷を癒やしてやっていく。そのとき、それまで少女への攻撃だけに集中していた綾が梓に視線を向けた。
 其処に言葉はなく、一瞬の眼差しが返されるのみ。
 はっとした梓は、もしかしたら水を差してしまっただろうかと考えた。だが、綾は気に留めた様子もなく更なる攻勢に入っていく。
「ああっ! 愛されてる!」
「あははっ、はは、あはははっ!」
 少女の悲鳴――否、歓喜の声が戦場に響き渡った。愛を感じている少女達は妙にしぶとく、斬っても斬ってもなかなか倒れない。されど綾は薄い笑みを浮かべ、今の状況への感想を零した。
「ああ……やっぱり殺し愛って楽しいねぇ」
 やはり、そう簡単には『普通の人』にはなれないようだ。綾が実感していく中、梓は癒やしの力を施し続けた。血を浴びる綾に対して、出来ることはきっとこれだけ。
 たとえ邪魔になっていたとしても、梓は手を止める気はなかった。
 何故なら、あのままだと――。
(お前がどこか遠くに、行ってしまいそうな気がする)
 どこにも行くなよ、と言ったばかりだというのに自ら綾が離れていく。そんな不安は押し隠したまま、梓も仔竜と共に戦い続けた。
 少女を葬り、切り刻む綾。
 その背中には、言い知れぬ哀しさのような気持ちが感じられた。
 そうして、少女達は骸の海に沈む。
 偽りの愛を与えられたことで、何処か満足そうに――恍惚の笑みを浮かべながら。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

リル・ルリ
💎🐟

痛みこそ狂おしく人を縛る、か
そうだね
痛みと恐怖は人を支配して縛りつける
……そんな演者は何人も見てきたよ

痛みを刻むことが愛である
この言葉を僕は否定できない
大好きなかれを否定することになるから

痛みこそが命を教えてくれて
自分の存在を刻む行為であるのだと
それが愛だといっていた昔の龍さ

零時
僕らの愛を示そうよ
愛とは想いだ

むつかしくて難しいことじゃない
何かを大切に思う気持ちさ
きっと

零時に守りの泡沫纏わせ守り
歌う歌う『望春の歌』

愛は強くて儚い
だから守る
心の中にしかと咲かせて散らないように
僕はそう学んだよ

愛するかれを思い浮かべ歌う
嗚呼
愛しいな
幸せになって欲しい
これが僕の愛

痛みなんて刻まなくても
忘れないよ


兎乃・零時
💎🐟

痛みが人を…痛いのは嫌だってのは分かるし…恐怖…もあるかも

刻むのが愛ってのは俺様さっぱりだけど…そこは俺様が知らないだけかもだし
何なら愛も詳しい訳じゃねぇな
否定はしないどく

リルにも教わった
何かを大切に思う心が愛だって

其れなら分かる

あぁ!
示そう
俺たちなりの愛って奴をさ!

残念だろうが血肉…特に血は渡せねぇな!
先約いるし!

守りのオーラが有るのなら
俺様やリルに纏わせるは輝光のオーラ
速さを高める光の力
活力にだってなるはずさ

前に出すは水鏡
どんな力も相殺する水の力

あとは一撃で
痛み残さぬ勢いで光魔術による一閃

…なら、俺様はお前らを忘れねぇ
覚え続ける

忘れず想えば
それも愛してるって事…じゃねぇかな?
きっと



●忘れぬ意志
 痛みこそ、狂おしく人を縛るもの。
 苦痛こそが、心に刻まれる何よりも強い感情。
 愛を求める少女達が語ることを聞きながら、リルと零時は身構える。相手から向けられているのは愛情という名の害意。明らかな矛盾や普通ではない感情が見えるが、それもまた彼女達にとっての真実なのだろう。
「そうだね。痛みと恐怖は人を支配して縛りつけるって、僕もしってる」
 リルは僅かに俯き、過去のことを思い返した。
 そんな演者を何人も見てきた。あの頃は疑問に思わなかった彼らの姿と、目の前の少女達の姿がどうしてか重なって見える。
 リルの傍らで零時も考え込んでいた。今までそのようなことは考えて来なかったので、少女達の言葉は不思議に思える。
「痛みが人を……痛いのは嫌だってのは分かるし……恐怖……もあるかも」
 されど、痛みを刻むことが愛だとは思えない。
 零時にはぴんと来ていないが、自分が知らない感情もあるのだろう。それに愛というものに詳しい訳でもないので零時は少女達を否定したりはしない。
 くすくすと笑う少女は此方を見つめ、手を伸ばしてくる。
「愛をちょうだい」
「愛を教えて。見せてよ、ねぇ」
 笑っているというのに必死にも見える彼女達に視線を返し、リルは尾鰭を揺らした。
 痛みを刻むことが愛である。
 この言葉をリルは否定できないでいた。違う、と一言を告げることすらしない。何故なら、そうすることは大好きなかれを否定することになるから。
 痛みこそが命を教えてくれて、自分の存在を刻む行為である。
 それが愛だといっていた昔の龍。今もずっと慕い続けるかれの一部だからだ。
「リル……」
 零時は真剣な人魚の横顔を見て、ぽつりと名前を呼ぶ。
 そのときに思い出したのは、リルにも教わった心。何かを大切に思う心が愛だという気持ちが今の彼から感じられる。
 其れなら分かる、と胸中で言葉にした零時も少女達に目を向けた。
 そうするとリルが零時に呼びかける。
「零時、僕らの愛を示そうよ」
 愛とは想い。
 きっと、愛は難しいことではないから。彼女達にも見せたい。傷付け合うだけではない愛をこの身を以て示していくだけだ。
「あぁ! 見せてやろう、俺たちなりの愛ってやつをさ!」
「いくよ、零時!」
 リルは零時に守りの泡沫を纏わせ、詩を紡ぐ準備を整えていく。零時はリルからの援護を受けたお返しに輝光のオーラを生み出す。
 守護の泡沫と速さを高める光の力は折り重なり、確かな巡りとなっていった。
 そして、リルが歌うのは望春の歌。
 されどその間にも少女達が動き、此方を傷つけようと狙ってくる。素早く前に出た零時は水鏡の魔法陣を描いた。
「残念だろうが血肉……特に血は渡せねぇな! 先約いるし!」
 向こうの一閃は鋭く激しい。
 だが、この水鏡はどんな力も相殺する力だ。零時が相手の攻撃を弾いた刹那、人魚の歌が戦場に響き渡っていく。
 ――心に咲く薄紅を風に委ねて散らせよう。
 歌い出しは柔く、優しくあたたかく。抱くような蕩ける歌声は心地よい恍惚を齎しながら、泡と桜の花吹雪となって広がっていった。
 愛は強くて儚い。だからこそ守る。
 傷付けて刻む愛もあるが、いつかは弱って崩れてしまう。そうならないようにやさしく愛し返すことがリルの役目であり、想いだ。
「心の中にしかと咲かせて散らないように。僕はそう学んだよ」
 リルは愛するかれを思い浮かべながら歌う。
 歌い続けること。声を届けること。それこそがリルの示す愛情であり戀心。
 嗚呼、愛しい。
 幸せになって欲しい。
「これが僕の愛。痛みなんて刻まなくても、忘れないよ」
 リルの歌には力がある。それもきっと、いとおしいひとがいるからこそ。
 零時は疾く立ち回りながら少女達を引きつけ、光の魔術を解き放っていく。これ以上、苦しみが愛などと思い込まないように一撃で決める。
 心に誓った零時は痛みなど残さぬ勢いで以て、光魔術による一閃を轟かせた。
 ひとり、またひとりと少女が地に伏していく。
「どうして、愛してくれないの」
 倒れゆく最中、ひとりの少女が疑問を口にした。対する零時はこれは愛にはならないと告げ返し、自分なりの思いを伝えていく。
「……なら、俺様はお前らを忘れねぇ。覚え続ける」
「僕だって、忘れたりしないよ」
 愛をあげることは出来ずとも、記憶に残すことは出来る。零時とリルの思いは同じであり、二人は今の自分が出来る精一杯のことをしていた。
「忘れず想えば、それも愛してるって事……じゃねぇかな?」
 ――きっと。
 零時が向けた言葉を聞きながら、少女は目を閉じた。最期の最後に彼女が何を思ったかは分からないが、ほんの少しだけ狂気が剥がれ落ちていた気がする。
 骸の海に還り、消えていく少女達。
 その姿を見送るようにして人魚が謳う春の歌が響き続けていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

誘名・櫻宵
🌸神櫻


戀を乞う
愛を喰う

痛みは生きている証
愛の証を刻むもの
赤い糸が溢れて零れ私達を絆いでくれる
今際の際のその最期、忘れられない戀するように見詰められる一瞬に歓喜する
それが私の愛だった
だからあなた達の事は
解りたくない

愛されなくて
あいせなくて
忘れられたくなくて
声を上げても届かない
殺し喰らっても愛にはなれない

昔の話しよカムイ
今は違う
ちゃんと愛を教わったの
あなたから、リルから皆から

私は幸せなのよ

破魔の斬撃でなぎ払い
カムイを庇うよう前へ出る
私の愛(カムイ)に手を出すな

全部斬って祓う

一欠片だってあげない
カムイは私の神様だ

あなたの愛は美味かしら

私を忘れないでと花言葉に刻む桜のように
美しく咲かせ愛してあげる


朱赫七・カムイ
⛩神櫻


痛ましい程の哀だ
それもまた愛のひとつなのだろう
否定はしない
しないが私の大切な愛(サヨ)を一口だって喰らわせはしない

認めるが
愛し合わせるなど赦さない
かの龍のあいは私のものだから

刻まれた痛みは疵として身に心に遺るのだろう
呪いのような愛が

サヨは違う
引き摺られないで

自らの言葉に傷ついているのではと手を握る
同情の欠片だって他に注がれるのは嫌だ
なんて
私も仕様がない

私はきみの愛を受け入れる

サヨの愛はやらぬ
斬りこみ切断し衝撃波で薙いで斬る

再約ノ縁結
結び直して約さない

齎す神罰は心ごと枯らす枯死を

もう苦しまなくていい
私がちゃんとそなた達のことも憶えている

サヨは最近
大蛇の力を多く使っている?
気の所為、では…



●愛を喰らう大蛇
 戀を乞い、愛を喰う。
 此れまでの己にとって痛みは生きている証であり、それは愛の証を刻むと同義。
 嘗ての自分と似た、或いは同じ意思を抱く少女達を見つめ、櫻宵は双眸を細めた。
 赤い糸が溢れて零れ、私達を絆いでくれる。
 今際の際のその最期、忘れられない戀をするように見詰められる一瞬。そのひとときに歓喜した自分がいた。あの感情は今もありありと思い出せる。
「私も同じよ。痛みが私の愛だった。だから……」
 あなた達の事は解りたくない。
 似ているからこそ拒絶するのは同族嫌悪のようなものだ。櫻宵が宣言した言葉を聞きながら、カムイも少女を見据える。
 愛して、愛して、と繰り返す少女達の声からは哀しみが感じられた。
「痛ましい程の哀だ。それもまた愛のひとつなのだろうね」
 カムイは彼女達を否定しない。
 拒絶もしないが、相手が血肉を食らうというのならば別。櫻宵が屠桜を抜くと同時にカムイも喰桜を構える。
「私の大切な愛を一口だって喰らわせはしない」
 愛、それは即ち櫻宵自身のこと。
 彼女達の思いを認めはするが、愛し合わせるなど決して赦さない。かの龍のあいは己のものだと告げ、カムイはひといきに駆けた。
 併せて櫻宵も駆け、オブリビオンを葬るために動いていく。
 愛されなくて、あいせなくて、忘れられたくなくて。
 それなのに声を上げても届かない。殺し喰らっても愛にはなれないと知っている。
 刃を振るい、力を紡ぎながらも思いに耽る櫻宵。その様子に気付いたカムイは、そっと声を掛けた。
「サヨは違う。引き摺られないで」
「もう昔の話よカムイ。あなたの言う通り、今は違う」
 今はちゃんと愛を教わったと櫻宵は語る。
 あなたから、人魚から、皆から。傷付けずとも与えられるあいがある。柔らかな熱と想いに彩られた日常がある。だから――。
「私は幸せなのよ」
「サヨ……」
 微笑む櫻宵は穏やかな目をしていた。だが、カムイには不安が過ぎった。
 刻まれた痛みは疵として身や心に遺っている。消えたわけではない。今も未だ、呪いのような愛が其処に在る。
 櫻宵はきっと、自らの言葉に傷ついているのではないか。
 戦いの最中でなければ手を握ってやりたい。同情の欠片だって他に注がれるのは嫌だと感じてしまう。
(なんて、私も仕様がないな)
 カムイは気を引き締め、先ずは少女達を葬送してやることが先決だと考えた。
 櫻宵も破魔を込めた斬撃で相手を薙ぎ払い、カムイを庇うよう前へ出る。少女達は尚もくすくすと笑い、どちらかの愛が欲しいと語っていた。
 次に狙いを定めたのは、それまでカムイを狙っていた相手だ。
「私の愛に手を出すな」
 思わず零れたのは鋭い声。視線で以て相手を貫き、全てを斬って祓う櫻宵。対する少女の姿はまるで蛇に睨まれた蛙のようだった。
 一欠片だってあげたりしない。カムイは私の神様で、それから――。
「あなたの愛は美味かしら」
 放った一閃で少女を斬り伏せ、櫻宵はカムイの方に目を向けた。彼もまた、ひとりの少女を相手取っている。彼女は先程まで櫻宵を狙っていた少女であり、カムイ達は互いに相手を守る形で動いていた。
「私はきみの愛を受け入れる。けれど、サヨの愛はやらぬ」
 素早く斬り込んだカムイは少女を切断した後、巡らせた衝撃波で薙ぐ。
 定めたのは結び直して約さないこと。齎す神罰は心ごと枯らす力となり、少女の中の歪んだ愛情を消していった。
 そして、倒れ込んだ少女達は骸の海に沈むように消えていく。
 その姿を見下ろしていた櫻宵はゆっくりと顔をあげた。周囲に散る花。私を忘れないで、と花言葉に刻む桜のように美しく咲かせた愛が喰らわれていく。
「愛と共に散りなさい」
「もう苦しまなくていい。私がちゃんとそなた達のことも憶えている」
 櫻宵が最期に贈る言葉を発し、カムイも手向けの思いを紡いだ。そうして、カムイは櫻宵の隣に寄り添い、その手をそっと握った。
 握り返される手は酷く冷たい。
 櫻宵が浮かべている微笑も、どうしてかとても冷ややかなものに思えた。
(サヨは最近、大蛇の力を多く使っている? 気の所為、では……)
 カムイの裡に不穏な思いが過る。
 いずれ巡る定めを予感したカムイは櫻宵の手を強く握り締めた。まだ視えぬ未来に越えなければならぬものがある。
 確信したカムイは舞う桜を瞳に映し、訪れる闇をしかと見据えた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

宵鍔・千鶴
【紫桜】
ああ、朔月だ
美しい景色は闇へ融けて
影が囁いてくる

そーね
痛みは記憶も刻んで
忘れたくても何度も思い出す
…痛み、傷つけ合う愛しか
君達は知らされてないんだな

…シャト、きみは
何かをあいしたことは在る?

血肉と愛を求める少女達を
失った霄の月の代わりに
燿夜で何度も貫いて
赫を拭って立ち尽くす
殺して識るのは愛じゃない

『無』だ
永遠に救われない
確かに記憶に刻まれても
其れは決して愛情とは違う何か
そんな虚しいのはもう御免だ
振るう刃に新たな赫、そして焔は咲いて
…きみが俺を護ってくれる
俺も身を削るやり方しか識らない
きみが笑うから俺は少し哀しい

どうか当たり前に君らが
無条件の愛を与え与えられる
優しい世界をいざなうために


シャト・フランチェスカ
【紫桜】

昏い昏い夜が来る
少女達は血の馨りを纏っているよう
目を伏せた
千鶴には見えないように

それは
僕には過ぎた願いだから

僕はあの子達の想いが理解る気がする
赫く染まる光景は
きみの心が負う「それ」は
あい、そのものじゃない、のか?

僕もこんな愛し方しか識らない
きみは幻滅するだろうか
己が爪で傷を抉れば
業火の愛で少女を抱き締める
いたみの数だけ、あいを刻む
それが幻でも
僕は僕を騙さなくちゃ

千鶴
命を削って戦わずとも善いんだよ
『無』を味わってまで護らないで
僕にも頂戴?
きみの刃を素手で掴む
血は滴るそばから焔に蒸発して
僕は漸く、笑った

きみの願いはひどく優しい
哀しくて泣きたくなるほど
その世界に居られる僕では、ないだろうけど



●暗夜に咲く焔
 昏い昏い夜の訪れ。
 朔月だ、と言葉にした千鶴は宵が酔いと共に醒めていく感覚をおぼえていた。
 美しい景色は闇へ融け、影が囁いてくるひととき。其処に今、愛を語り、求める少女達が姿を現している。
 シャトは周囲を見遣り、少女達を見渡した。
 少女達は血の馨りを纏っているようで、シャトは思わず目を伏せた。この感慨を気取らせぬよう、千鶴には見えないようにして――。
 それは、己には過ぎた願いだから。
 胸中で独り言ちたシャトは伏せていた瞼をゆっくりとひらく。
 対するオブリビオンの少女達は千鶴とシャトを見つめ、くすくすと笑っていた。
 痛みほど狂おしく人を縛るものはない。痛みこそが愛であり、忘れられないこと。
 そのように語った少女に対して、千鶴は頷く。
「そーね」
 答えとして返されたのは気のない返事。
 確かに痛みは強い。苦痛は記憶にも刻まれ、たとえ忘れたくとも何度も思い出してしまう呪いのようなものとなる。
「……痛み、傷つけ合う愛しか君達は知らされてないんだな」
 千鶴は思いを言葉にしながら肩を落とした。
 愛を教えるには時間も言葉も足りない。たった一言で語れるものではない上に、どのような愛を認めるかはそのひと次第。
 少女に語りかける代わりに、千鶴は傍らのシャトに問いを投げかけてみる。
「シャト、きみは何かをあいしたことは在る?」
「僕はあの子達の想いが理解る気がする」
 質問の答えにはなっていないと分かっていたが、シャトは感じたままのことを彼に話した。そう、と静かに答えた千鶴は血染め桜の打刀を構える。そうした理由は、少女達が千鶴を襲わんとして動き始めたからだ。
「愛をちょうだい!」
「ねえ、お願い」
 血肉と愛を求める少女達を見据え返し、千鶴は刃を振るう。
 失った霄の月の代わりに燿夜で何度も貫き、散る赫を目で追った。そうして、それを拭って立ち尽くす千鶴の足元には少女の亡骸が転がっていた。
 お見事、と告げたシャトはオブリビオンを倒した彼の早業に感心する。
「殺して識るのは愛じゃないのにね」
 千鶴が零した言葉を聞きながら、シャトも別の少女へと向かう。自身の左腕の傷口を抉り、其処から噴出する鮮血の荊を巡らせた彼女は相手を貫く。
 赫く染まる光景。きみの心が負う『それ』は――。
「あい、そのものじゃない、のか?」
 問いかけてはいるが明確な答えは求めていない。
 何故なら、自分はこんな愛し方しか識らないから。
 その間にも新たなオブリビオンが二人に襲いかかってくる。愛して欲しい、愛したい、忘れられたくない、と譫言のように繰り返す少女達は妙に哀れだ。
 千鶴は再び燿夜を振るい、シャトも荊を更に解き放つ。そうやって共に戦う最中、シャトは千鶴を見遣った。
(きみは幻滅するだろうか)
 己が爪で傷を抉り、業火の愛で少女を抱き締める。彼女達が痛みを愛だと語るなら、自分はそれに応えてやるだけ。
 いたみの数だけ、あいを刻む。たとえそれが幻であったとしても。
「僕は僕を騙さなくちゃ」
 誰にも聞こえぬ言葉を落としたシャトは少女を屠り続ける。千鶴も同様に、偽の愛を刻むことで彼女達を葬送していった。
 これは『無』だ。
 このままである以上、永遠に救われない。確かに記憶に刻まれても其れは愛情とは違う何かでしかない。そんな虚しいことはもう御免だとして、千鶴は刃を振るい続ける。
 そのとき、シャトが千鶴の横に駆け参じた。
「命を削って戦わずとも善いんだよ」
 どうか、無を味わってまで護らないで。
 シャトからの思いを受け止め、千鶴は平気だと答えた。するとシャトは手を伸ばし、千鶴の刃を素手で掴んだ。
「僕にも頂戴?」
 血は滴るそばから焔に蒸発していく。そうして、シャトは漸く笑った。
 きみが笑うから少し哀しい。
 そう感じた千鶴はシャトと共に並び立つ。
「……きみが俺を護ってくれる。俺も身を削るやり方しか識らないから」
 振るう刃は新たな赫を宿し、更なる焔が咲いた。焔と剣閃によって灼かれ、斬り裂かれた少女達は次々と地に伏していく。
 誰もが陶酔しきった表情を浮かべ、愛を誤認しながら逝った。
 骸の海に還る少女達の身体は跡形もなく消えていく。忘れないで、とそのうちの誰かが最後に呟いたが、それが誰であるのか判別はできなかった。
 千鶴は刃を下ろし、目を閉じて願う。
「どうか当たり前に君らが、無条件の愛を与えて、与えられるように」
 優しい世界をいざなうために己は戦う。
 そのような願を言葉にした彼を見つめてから、シャトも倣って瞼を閉じた。
 きみの願いはひどく優しくて、哀しくて泣きたくなるほど。出来ればシャトも千鶴の思いを肯定したかった。それでも、裡に巡るのは己への否定と拒絶。
(その世界に居られる僕では、ないだろうけど)
 きっと、そんな資格なんてない。
 言の葉にすらされなかった思い。それは昏い夜の中に喰らわれていくかのように、何の音も残さずに消えていった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

水標・悠里
姫様?
ああ、でも
その言葉は間違いなく姉さんのものだ

目の前の少女達とは違う声が聞こえて
気を抜けば狂いそう

違う、それは愛じゃ無い
痛みは切欠に過ぎない
痛みは後悔と親愛と、悲哀と憎悪が入り交じっている
今も思い出すだけで息が詰まりそう
刺した感触や詰った言葉
冷たくなっていく温もり
また、これから同じ事を繰り返す

本当は怖い
貴女を殺せなくなっていたらどうしよう
やりたくない
怖い

迷う心が残っているから苦しい
ならいっそ何も感じなくなるまで
傷を抉って痛みを重ねて
死んでしまえばいい
……ごめんねこんなことばかり言って

僕はどうなったっていい
自分ならいくらだって犠牲にしてやる

退いて
せめて貴方たちの崇拝する彼女の手で逝きなさい



●黄泉に朔月
「姫様が仰っていたわ。痛みほど狂おしく人を縛るものはないって」
「姫様は教えてくれたわ。痛みこそが愛で、忘れられないことだって」
 繰り返される言葉。
 それは少女達が崇拝し、陶酔する相手である桜鬼が語っていたことだという。くすくすと笑う少女達は悠里を取り囲み、痛みの愛を刻もうとしている。
 全周囲に気を張り巡らせている悠里は或る疑問を覚えていた。
「姫様?」
「ええ、お美しい姫様のようだから。私達はサクヤ様とも呼んでいるわ」
「だって、咲く花のように綺麗なんだもの」
「あの方は朔月の下に花開く桜みたい」
 悠里が問いかけると、少女達はふわふわと笑った。其処に違和を覚えてしまったが、確かに納得できる箇所もある。
 あの言葉は間違いなく姉さんのもの。間違いないと確信した悠里は身構えた。
 愛という存在の真偽や、理解できるか否かは今は重要ではない。此処で少女達に愛されてしまうこと――即ち、傷を受けて膝をつくことは出来ない。
 悠里が此処に来たのは、自分なりの決着を付けるため。
 夢に魘される日々や、己を責め続ける日々に別れを告げられるかは分からないが、彼女が自分を求めていることだけは確かだ。
 灰は灰に、塵は塵に。
 それならば、悠里は死者を死者にするために此の力を使うだけ。悠里が少女を再び見渡したそのとき、声が聞こえた。

『――痛みこそ愛。忘れられないものは傷。苦痛こそが、あなたと私を絆ぐ愛』

 此れまでよりも強く、はっきりと耳に届いた声。
 それは周りにいる少女のものではない。あの声には聞き覚えがあり、悠里の足が無意識に竦む。まるですぐ傍に彼女がいるかのようで、気を抜けば狂いそうだ。
「……違う」
 悠里は少女達ではなく、あの声の主への言葉を紡ぐ。
 それは愛じゃない。痛みは切欠に過ぎず、愛というものと繋げてはいけない。
 しかし、声は悠里の意思を否定するようにして更なる言葉を投げかけてきた。

『――ねえ悠里、知っていて?』

「聞きたくないよ、姉さん」
 まだ、今は。
 悠里は問いかけようとする声に対して拒絶を示した。
 彼女に会いたくないのではない。寧ろ逆だ。しかし、声だけしか聞こえない状態で言葉を交わしたくなかった。悠里のそのような意思を感じ取ったのか、声は止む。
 代わりに少女達が笑う声が聞こえてきた。
「あなたが姫様の大切な子なのね」
「それなら私達は手を出せないわ」
「でも、この子が愛をくれるのなら別よね」
 少女達は何かを理解したらしく、襲い掛かっては来ない。しかし悠里が自分達を傷付けるのならば良いとも考えているようだ。
 痛み。悠里にとってのそれは後悔と親愛と、悲哀と憎悪が入り交じっているもの。
 今も思い出すだけで息が詰まりそうだ。
 声を聞いたことで、胸裏にはあの日の記憶が鮮明に蘇ってきている。
 祭りの夜。つまり、最後の日。
 彼女の胸を刺した感触。抉った肉の間から見えた骨。
 彼女を詰った言葉の数々。向けた思いの欠片。冷たくなっていく温もり。
 一度は己の手で殺した彼女は今、再び悠里に痛みを与えようとしている。これから悠里はまた、あの日と同じ事を繰り返す。
 それが彼女の願いであり、求める愛であると識っている。
「……姉さん、貴女は――」
 立ち竦む悠里の目には何も映っていない。その瞳の奥に潜んでいるのは絶望の予感。そんな彼を見つめる少女達は羨望の眼差しを向けていた。
「姫様に愛されている貴方が羨ましいわ」
「私達に愛を教えてくれた姫様」
「ああ、私が貴方の代わりになれたらいいのに!」
 少女達は好き勝手なことを言っているが、今の悠里には届いていない。彼の裡を占めるのは姉のことばかりであり、心が掻き乱されている。
 本当は怖い。
 彼女と離れてから、たくさんの温もりや心を知ってしまった。悠里はきっとあのときよりも更に人らしくなっているだろう。
(貴女を殺せなくなっていたらどうしよう)
 やりたくない。
 怖い。嫌だ。決意だと思っていたものが揺らいでいく。
 しかし、ふとしたとき。悠里は顔をあげ、少女達に視線を向けた。どうかしたの、と問う少女の言葉には答えず、彼は今しがた浮かんだ思いを反芻していく。
 迷う心が残っているから苦しいのだ。
 それならばいっそのこと、本当に何も感じなくなるまで傷を抉って、痛みを重ねて――死んでしまえばいい。
「……ごめんねこんなことばかり言って」
 零れ落ちた言葉は誰に向けたものなのか。悠里本人も曖昧なままだ。
 そして、悠里は前に進む。少女達が道を阻むものならば、此処で散らしてしまうだけ。此処で躊躇っていては先に進めないと気付いたから、心を殺す。
「僕はどうなったっていい」
 一歩、踏み出す。
 その側に現れたふたつの影が揺らめき、次第に形を成していく。
「自分ならいくらだって犠牲にしてやる」
 独り言のように呟く悠里の両側には剣豪と妖剣士があらわれた。それは姉と、精悍な顔つきの青年を模した蝶が導く魂。
 その異様な空気を察した少女達は畏怖の表情を浮かべ、その場に立ち竦む。
「退いて」
 少女達に冷たく言い放った悠里は、其処から一気に力を解放した。
 蝶が舞うようにふわりと、それでいて突き刺すように鋭く。振るわれた刃は愛を求めた少女を斬り裂き、骸の海に還していった。
「ああ……」
「これが、愛……?」
「せめて貴方たちの崇拝する彼女の手で逝きなさい」
 倒れ伏す少女達を見送り、悠里は瞼を閉じる。召喚された剣豪と妖剣士は容赦なく、すべての少女を斬り裂いて還していった。
 次に悠里が瞼をひらいたとき、其処には何もいなくなっていた。
 その代わりに新たな気配が桜屋敷の庭に現れる。

「――悠里」
「……姉さん」

 名を呼ぶ声に応えた少年は真っ直ぐに彼女を――己が姉と呼ぶ少女を見つめた。
 そうして此処から、最後の戦いの幕が開けていく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『蝶囲う桜鬼』

POW   :    ねえ、こんな痛みはどうかしら?
攻撃が命中した対象に【身も竦むような恐怖】を付与し、レベルm半径内に対象がいる間、【鬼斬りの太刀による連撃】による追加攻撃を与え続ける。
SPD   :    この世界は痛みで出来ている
【血染めの桜吹雪か太刀の斬撃】が命中した対象にダメージを与えるが、外れても地形【を相手の愛しい人々の死体で埋め尽くし】、その上に立つ自身の戦闘力を高める。
WIZ   :    そんなものは忘れましょう
【対象の願う幸福を否定する呪詛】を籠めた【赤黒く染まった桜を纏う太刀】による一撃で、肉体を傷つけずに対象の【幸福な未来を願う心】のみを攻撃する。
👑7
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠水標・悠里です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●魂喰らいの鬼
 昏い夜が続く領域にて、愛を求める少女達は屠られた。
 少女達すべてが骸の海に還された後、桜屋敷の庭にはあらたな気配が現れる。
「あの子達は愛を受け止められたのかしら」
 ふふ、と小さく笑ったのは桜鬼と呼ばれている羅刹。陶酔した笑みを浮かべている彼女はこの領域に集った者達を見渡し、更に笑みを深めた。
「どれも殺すのに相応しい子達ばかりね」
 鬼斬りの太刀を携えた彼女は、嬉しい、と語って双眸を鋭く細める。
 どうやら桜鬼は猟兵達を殺める気でいるらしい。品定めをするような視線を向けながら、彼女は問いかけてきた。
「ねえ、あなた達は知っている?」
 この世界は痛みと犠牲で出来ていることを。
 幸福な未来を願う心など、無意味であることを。
 痛みほど狂おしく人を縛るものはなく、心身の痛みが忘却を妨げるということを。
 彼女は薄く笑み、明らかな殺意を向けてくる。だが、ただ斬るだけではつまらないと感じたのか、不意に話を始めた。
「教えてあげましょう。私が何故に此処にいるか。あなた達を殺める理由を――」

 羅刹が住む彼の地。
 其処には生まれついて殺めることを定められ、殺されることを運命付けられた鬼達の黄泉語りの話があった。
 その地には呪いが蔓延っていた。
 呪詛を放っておくと一帯は死が満ちる不浄の地と成り果てる。それを防ぐためには死霊を黄泉に送らねばならない。
 その方法は魂を乗せた器を用意し、殺すことで船として、死霊ごと葬送すること。
 器となるものは暗く冷たい岩窟の底に置かれ、人としては扱われない。心を殺し、道具として完成した器。
 それが祭りの夜に殺められることで儀式は完遂され、人々は安寧を得る。
 そういった因習がその地にはあった。

 或る少年もまた、器として産み落とされた存在だった。
 そして、桜鬼は器を殺す役目を負う者として定められていた。しかし、彼女は器たる少年を――弟を殺めることをよしとはしなかった。
「私はお役目を受け入れられなかった」
 当たり前のように自分が殺されることを受け入れて、それが幸せだと語る弟。
 彼を生かしたかった。だが、桜鬼はそれ以上に、殺すことを背負わされた側の苦悩を知って欲しいと願った。
 思い悩み続けた或る日、桜鬼は思い立つ。
 逆に自分が殺されればいい。他でもない彼に。器たる弟に。
 そうすれば二人の痛みを分かち合える。自分は一度死んでしまうが、彼の心を引き裂く痛みになって、ずっと共に生きていけるはず。桜鬼はそう信じた。
 狂っている。
 そのように言われることも理解していた。然れど、歪んだ因習の中で生きる自分達にはこの路しか残されていないと考えたのだ。
「あの子を贄として捧げるくらいなら、すべて壊してしまっても構わない。そう思う気持ちを理解してくれ、なんて言わないわ」
 だって、この想いは自分だけのものだから。
 過去の彼女は弟に自分を殺させるように仕向け、それを見事に叶えた。
 ヒトとしてこの世に縛り付ける為に。生きる苦痛を与え続ける呪いになる。
 私のために生き、私のために壊れて、足掻いて、藻掻いて、血を流しながら生きて欲しい。死を選ぶことなく生を繋ぎ続けて欲しい。
 桜鬼の目論見通り、少年は罪を抱いたまま生きていくことになった。
「でも、まだ足りなかった。もっと、もっと、私のことで苦しんで欲しいの」
 しかし、歪んだ思いは死を経ても昇華しなかった。
 それゆえに桜鬼はこうしてオブリビオンとなって少年を求めた。その想いの果てこそが今の状況だというわけだ。
 それに加えて、彼女が猟兵を殺めようとしている理由は――。

「私があの子……悠里を求めた所為で、此処に集ったあなた達が斬り裂かれて死ぬ。あの子は更に罪を背負って生きていく。そうなったら素晴らしいでしょう?」
 ねえ、と呼び掛けた桜鬼の視線の先には少年がいた。彼の反応を待たず、彼女は猟兵達に刃を差し向ける。
「さあ、一人ずつ斬り裂いてあげる」
 陶酔した笑みを浮かべ、一人以外の人間を斬り捨てる鬼。
 彼女はこの世に存在してはいけないものだ。たとえ其処に愛があろうと、残酷な因習が要因だったとしても、いずれ彼女は一人のために世界すら滅ぼす。
 そうなる前に、此処で決着を。
 そして――血染めの桜吹雪が、深い闇を湛える夜の中に舞い散ってゆく。
 
鏑木・桜子
痛みのない記憶はやがて忘れ去られ痛みのない人生など空虚でしかありません。
それ故に忘れ去られるべき存在…オブリビオンとなったあなたは忘れられない為にも弟さんに痛みを与えたのでしょう。
ですが…この世に散らぬ桜がないように…消えぬ命はないのです。
どうか…我が剣を持ってどうか安らかに…。
我が剣と我が剣技を持って接近戦を挑みます。
あなたが弟さんに与えたかった痛みを少しでもわたしが肩代わりしてあげましょう。
ですが、明鏡止水の心を持って散り際に水面を揺らす桜花の如きわたしの剣はあなたの与える痛みでも止めることはできません。
懐に飛び込み【剣刃一閃】…。
どうか…どうか…散り際はせめて桜花の如く繚乱たらんことを



●散り際の桜へ
 痛みのない記憶はやがて忘れ去られる。
 平穏も続き過ぎれば、幸せだと認識できなくなるもの。
 疾うに季節を過ぎているはずの桜。その花が未だに美しく咲いている景色を見つめ、桜子は双眸を緩く細めた。
「痛みのない人生など空虚でしかありません」
 桜子は桜鬼を瞳に映し、自分もそのように考えていると告げる。
 語られた過去。生まれ落ちた場所と育った環境。定められたお役目。そのような状況に置かれた桜鬼だからこそ、ああいった選択しか出来なかったのだろう。そう感じ取った桜子は視線を逸らさぬまま思いを語る。
「それ故に忘れ去られるべき存在……オブリビオンとなったあなたは、忘れられない為にも弟さんに痛みを与えたのでしょう」
「分かってくれているのなら光栄ね」
 桜鬼は桜子に視線を返し、微笑みを浮かべた。
 相手が構えた刃の切っ先は此方に向いている。どのような相手であろうとも斬るだけだという感情が其処に見て取れた。
 桜子もそのことを理解しており、大太刀を向け返す。
「ですが……この世に散らぬ桜がないように……消えぬ命はないのです」
「そんなことはないわ。永遠に散らない桜もあるの」
 すると桜鬼は口元を歪めた。
 不敵な笑みは妖しく、桜鬼は明らかな害意を宿している。忘れられないために人を斬り、忘れて欲しくないが故に罪を重ねていく羅刹。そのような相手をのさばらせておくわけにはいかない。
 其処に大切な人への愛情があろうとも、猟兵として見逃すことは出来なかった。
「どうか……我が剣を持ってどうか安らかに……」
 桜子は桜鬼の心も慮りながら、一気に攻勢に入っていく。
 桜花絢爛――剣刃一閃。
 素早く地面を蹴り上げて駆けた桜子は大太刀を振るいあげた。対する桜鬼も鬼斬りの太刀を向けて一閃を受け止める構えに入る。
「我が剣と我が剣技をもって、あなたに挑みます」
「返り討ちにしてあげるわ」
 刹那、刃と刃が衝突しあう甲高い音が響いた。
「あなたが弟さんに与えたかった痛みを、少しでもわたしが肩代わりできれば……」
「教えてあげましょう。それは余計なお世話っていうの」
 鍔迫り合うように刃を重ね、二人はそれぞれの力を込める。その視線が交錯していき、言葉が交わされる。
 相手の押しは強く、桜子も渾身の力を込めた。
 そして、一瞬の隙をついて身を翻した桜子は更なる一撃を見舞っていく。
 桜鬼は此方の思いを拒絶したが、桜子は諦めない。
「……ですが、明鏡止水の心を持って散り際に水面を揺らす桜花の如きわたしの剣はあなたの与える痛みでも止めることはできません」
「ふふ、良い太刀筋ね」
 桜子は相手の懐に飛び込み、剣刃の一閃を叩き込む。
 桜鬼もその一撃を受け止めながら反撃に入っていく。其処から鋭い剣戟が巡り、息つく間もない攻防が繰り広げられていった。
 これほどの強敵を倒すにはかなりの手数を重ねる必要があるだろう。この戦いが長く続いていくことを感じながら、桜子はそっと願う。
「どうか……どうか……散り際はせめて桜花の如く繚乱たらんことを――」
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

シビラ・レーヴェンス
露(f19223)。
なるほど。私と似ていたのか。この女。
まあ私のは本当に呪いなのか未だにわからん類のモノだがな。
私が生まれたのと同時に一族が不幸に見舞われたらしいが…。
呪いの実感がないところをみるに…作り話の可能性が高いかな。
ふん。解明する気も一族内に起きたことを調べることもないが。

初めは弟を開放したかったのだろうが…今は。
勝手にしてくれと言いたいがそうもいかないようだな。やれやれ。
パフォーマンスで身体能力向上。封印を解き更に身体能力を上げる。
その上で限界突破し多重詠唱を高速詠唱し全力魔法で【滅術呪】行使。
その弟と共に呪いの呪縛から解放されて還れ。
…今度は幸せな環境下で過ごせるといいな。桜鬼。


神坂・露
レーちゃん(f14377)。
桜鬼さんの話を聞いてからすっごく怖い顔して眉寄せてるわ。
呪いの話だったけど…レーちゃんと何か関係あるのかしら?
声かけようとしたけど見たことない顔だからかけ難いわ…。
鼻で笑ったかと思ったら何時もの無表情に戻って安心だけど。

で。顔を寄せられて小声で何言うのかと思ったらお願いで。
お願いされたのが『時間を稼いでくれ。頼む』って…うん♪
さっきとは違って桜鬼さんを幾分優しい眼差しでみてる?
なんだかよくわからないけどレーちゃんのお願いは聞くわ!
リミッター解除して限界突破して準備が整ったら【銀の舞】。
愛剣とダガーでダッシュで切りこんで継続ダメージの2回攻撃。
時々フェイントいれるわ♪



●呪の証左
「……なるほど」
 桜鬼によって語られた過去の話。
 その声に耳を傾けていたシビラが小さな呟きを零した。レーちゃん? と露が名を呼んだがシビラからの返事はない。桜鬼を見つめるシビラは今、己の過去についての思いを巡らせていた。
(私と似ていたのか。この女)
 この領域に訪れてから妙に故郷のことを思い出すものだと感じていたが、どうやら少なからず縁があったようだ。
 シビラが宿す因縁は、本当に呪いなのかも未だにわからない類のものではあるが、やはり似ている。シビラが生まれた時に一族が不幸に見舞われたらしい。
 されど現在、その呪いの実感がないところをみるに作り話の可能性も高かった。
 しかし、呪いとは信じられることだけでも現実になる。たとえ始まりが嘘であっても、呪いが降り掛かったと信じ込めばそれこそが呪となるのだ。
 思考が沈みそうになり、シビラは気を取り直す。今更、自分の過去を解明する気も一族内に起きたことを調べることもないが、こうして思い出してしまう程度には目の前のオブリビオンの過去が気に掛かっていた。
「桜鬼さん、レーちゃん……」
 露は二人を交互に見遣り、不安な気持ちを抱く。あの話を聞いてからシビラはすごく怖い顔をして眉を寄せていた。対する桜鬼も妖しく笑っている。
(呪いの話だったけど……レーちゃんと何か関係あるのかしら?)
 露はもう一度、声かけようとした。だが、どうしてもそれが出来ないでいる。シビラはこれまでに見たことのない顔をしていた。それに露は、微笑む桜鬼の瞳だけは笑ってなどいないと気付いていたからだ。
「ふん……」
「あ、レーちゃん」
「何だ、露。どうかしたのか?」
「ううん、何でもないわ」
 顔を上げたシビラが鼻で笑ったことに対し、露がはっとした。そのままいつもの無表情に戻ったシビラを見て露は安堵する。
「とにかく、オブリビオンは倒すしかない」
「ええ、このままじゃあたしたちも元の場所に帰れないもの」
 視線を交わしあった二人は桜鬼に意識を向け、それぞれに身構えた。
「初めは弟を開放したかったのだろうが……今は――」
 それ以上は語らず、シビラは魔力を巡らせる。身体能力を向上させつつ封印を解いていくシビラは露を手招き、あることを願いたいと告げた。
「なあに、レーちゃん」
「やって欲しいことがあるんだが」
「何かしら。何でも言って」
 快く応えた露に告げられたのは、時間を稼いでくれ、という旨のことだった。
「頼めるか?」
「……うん♪」
 露から見たシビラはどうしてか先程とは違った雰囲気になっている。幾分か優しい眼差しで桜鬼を見ているように思えたのだ。
 よろしく頼む、と伝えてくれたシビラの役に立ちたい。真っ直ぐな思いを抱いた露は意気込んでいる。
「なんだかよくわからないけどレーちゃんのお願いは聞くわ!」
 答えと共に露は地を蹴り上げた。
 戦場となった庭を駆けながらリミッターを解除した露は、桜鬼に狙いを定める。露が繰り出す銀の舞はオブリビオンを穿つ鋭い一閃となっていった。
「さて……色々と勝手にしてくれと言いたいがそうもいかないようだな。やれやれ」
 肩を竦めたシビラは自らの限界を突破する。
 高速で多重の詠唱を紡ぎ、其処に全力を込めたシビラは魔力を行使していった。
 滅術呪――レスティンギトゥル。
 解き放たれた消滅の閃光。その威力は小山程度ならば吹き飛ばせるものだ。そんな力を宿した一閃が収束していき、桜鬼に向かっていく。
「これは少しばかり拙いかしら」
 それまで露を相手取っていた桜鬼は、直撃は流石にいけないと察した。桜鬼が避けるための行動に入ろうとすると露がダガーと愛剣で以て斬り込む。
「逃さないわ。レーちゃん、今のうちに!」
 素早い攻撃を受けてしまった桜鬼は双眸を鋭く細め、無理矢理に身を翻した。
 その身を滅術呪が掠め、蝶のような魂の欠片が辺りに散る。それがオブリビオンたる彼女の血のようなものなのだろう。魂を削られた桜鬼を見据え、シビラは言い放つ。
「その弟と共に呪いの呪縛から解放されて還れ」
「そうできたらどれだけいいかしらね。けれど、もう無理なの」
 対する桜鬼は首を横に振った。
 その声の裏には様々な感情が押し隠されているように思えてならない。
「あなたって、もしかして……」
「露、みなまで言わなくていい。彼女も分かっているはずだ」
 ふと露が言いかけた言葉をシビラが遮った。何を言っても過去は変えられない。此処にある現実こそがすべてだ。
 何も干渉できぬ代わりに、シビラはいつかの未来への思いを告げていく。
「……今度は幸せな環境下で過ごせるといいな。桜鬼」
 たとえ願うことしか出来ずとも。
 頷きを交わした露とシビラは更に力を紡ぎ、戦いに身を投じてゆく。終わらぬ夜の行方を確かめていく為に――二人の眼差しはしかと桜鬼に向けられていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

真宮・響
【真宮家】で参加

アタシも歴史ある家に生まれたから分かるが、長い間続いていた風習はそう簡単になくならない。逃れる事が出来ないのを嘆くのは分かるが、大事な弟を長い間苦しませるのは姉としてやってはいけないよ。

このままやられるとあの子の思い通りになるから、抵抗させて貰おうか。

出来るだけ太刀の攻撃は【目立たない】【忍び足】で死角に入る事で回避したいが、恐怖の感情を受けたら、傍で戦っている子供達を支えに歯を食いしばって【オーラ防御】【残像】【オーラ防御】で追加攻撃を凌ぎ続け、【戦闘知識】で相手の太刀筋を読み、恐怖を振り払うようにして【気合い】【カウンター】を併せた【重量攻撃】【怪力】付きの炎の拳で攻撃。


真宮・奏
【真宮家】で参加

その執着心、少し分かる気がします。(瞬をちらりと見て)でも実のお姉様であろうと、弟さんを苦しみで縛ることなどあってはなりません。今の弟さんが、本当にそれを望んでいるんでしょうか?

ここで倒れる訳にはいきません、全力で抵抗しますよ!!全てを護る騎士を発動、【オーラ防御】【盾受け】【武器受け】【拠点防御】【ジャストガード】【受け流し】【激痛耐性】で耐え、湧き上がる恐怖を家族を守らなければならないという信念で耐えます。母さんの攻撃が当たったら追撃で【衝撃波】【2回攻撃】で攻撃。敵の手数の多さの分、何倍にもして返せるはずです。お気の毒と思います。でも身内を苦しめ続ける貴方は許しません!


神城・瞬
【真宮家】で参加

僕も隠れ里の生まれですので、長い間根付いた風習になすすべがなかったのも理解できます。でも実の弟さんを長い間苦しめ、更に苦しみを与えようとするのは妹を持つ兄として許しません。

まず【オーラ防御】を展開、【鎧無視攻撃】【マヒ攻撃】【目潰し】【部位破壊】を仕込んだ【結界術】を敵に展開。敵の攻撃で心が揺さぶられても傍で戦っている家族の姿を支えに幸福な未来はきっとある、作って見せると強く決意して耐えます。それでも攻撃タイミングは遅れるでしょうから、月読の同胞に先行を頼み、息を整えてから【誘導弾】【吹き飛ばし】【武器落とし】で攻撃します。執着の末、ですか。僕もそうならないよう気をつけねば。



●絆のかたち
 定められた役目と逃れられない運命。
 桜景色の中に佇む羅刹は、そのような境遇から自ら脱却した。
 語られた過去は一部であり、その裏には言葉以上の嘆きや苦しみがあったのだろう。響と奏、瞬は桜鬼の境遇を思う。
「僕も隠れ里の生まれですので、理解できます」
「ああ、アタシも歴史ある家に生まれたから分かるよ」
「その執着心も、少し分かる気がします」
 それぞれに思いを言葉にした三人は桜鬼に向けて身構えた。
 瞬をちらりと見た奏。その視線に気付いた瞬は頷き、もう大丈夫です、と答える。彼女からの心配は素直に嬉しいことだと感じた。しかし、ここで自分の弱い姿を見せてしまっては奏の心も揺らいでしまう。
 そのように考えた瞬は確りと六花の杖を握り締めた。少しほっとした様子の奏も盾を強く構え、桜鬼から向けられる害意を受け止める。
 二人が抱く戦いへの思いを感じ取りながら、響も拳を握った。そうして、三人は桜鬼へ語りかけていく。
「確かに長い間、ずっと続いていた風習はそう簡単になくならない」
「根付いた風習になすすべがなかったのも理解できます」
 響に続き、瞬も理解を示した。
 歩み寄る気持ちを抱きつつも、桜鬼の考えを受け入れたくはない。頷いた奏も思いを声にしていった。
「お姉様であろうと、弟さんを苦しみで縛ることなどあってはなりません。今の弟さんが、本当にそれを望んでいるんでしょうか?」
「逃れる事が出来ないのを嘆くのは分かるが、大事な弟を長い間苦しませるのは姉としてやってはいけないよ」
 奏が疑問を投げかけた後、響は真っ直ぐに告げた。
 だが、桜鬼は妖しく笑むのみ。
「やってはいけない? 望まれていないかもしれないから?」
 愚問ね、と呟いた桜鬼は彼女達の言葉を意に介さない。そんなことは分かっているとでも言いたげな雰囲気だ。
 瞬は其処で実感する。
 彼女はすべてを理解していながら、敢えてこのような所業を行おうとしているのだろう。三人の呼び掛けは届かず、心を動かすことは出来ないようだ。きっと弟本人の言葉が向けられたとしても桜鬼の心は変わらないのだろう。
 それほどまでに深い愛憎が、あのオブリビオンの中にあるのだ。
「ですが……更に苦しみを与えようとするのは妹を持つ兄として許しません」
「妹としても、家族に苦しめられる人を見逃したり出来ません!」
 瞬が強く語り、奏も家族という絆を想う。
 三人の姿を暫し眺めていた桜鬼は不敵な笑みを浮かべた。其処に確かな絆を感じた桜鬼は刃を差し向けてくる。
「家族そのものの形を斬ってみせるのも良さそうね」
 更なる絶望を。
 これ以上ない苦しみを。
 そう語るように駆けた桜鬼は奏を狙い、一気に鬼斬りの太刀を振り下ろした。
「ここで倒れる訳にはいきません、全力で抵抗しますよ!!」
 対する奏は全てを護る騎士の力を発動する。巡らせたオーラでの防御に加え、構えた盾で一閃を受け止めた。更には剣を構え直すことで衝撃をいなし、先程以上の防御の力を高めていく。それでも防ぎきれなかった素早い剣戟が奏を襲う。
 しかし、奏は激痛に耐えてみせた。
 否応なしに恐怖は湧き上がる。
 だが、絶対に家族を守らなければならないという信念が奏を支えていた。
 瞬もオーラを纏うことで防御領域と結界を展開する。そのままひといきに魔力を紡いでいった瞬は敵に麻痺の力を注いだ。
 解き放つ光で以て目潰しを狙い、桜鬼を穿つ。たとえ敵の攻撃で心が揺さぶられようとも、傍で戦っている家族の姿が支えになった。
「幸福な未来はきっとあります。いいえ、作ってみせます」
 強く決意した瞬もまた、激しい攻撃に耐えていく。
 そして、瞬は月読の同胞に先行を頼み、次の一手に向けて息を整えた。
 その間に響は目立たないように立ち回り、桜鬼の死角に入る。子供達が果敢に耐えてくれている間も桜鬼から齎される恐怖は襲ってきた。
 二人が家族を支えにしているように、響もまた絆の力を信じている。
 歯を食いしばり、一気に地面を蹴った響。残像を纏うほどの速さで桜鬼に近付いた彼女は、追加攻撃すら凌ぎ続けた。
「このままやられるとあの子の思い通りになるからね。どんな手で来ようとも、アタシ達は抵抗させて貰うよ!」
 宣言と同時に響は相手の太刀筋を読んで見切った。それから響は恐怖を振り払うようにして気合いを込め、反撃に入る。
 巡らせたのは全力の重量を乗せた怪力。響が振るう炎の拳が敵を穿ち、夜の景色の中に焔の軌跡が躍った。
「奏、瞬! 行けるよ!」
 響の攻撃が当たったことを察し、奏が衝撃波を巻き起こす。
 此方もこれまでただ攻撃に耐えていただけではない。相手の手数の多さの分だけ、この反撃を何倍にもして返せるはずだ。
「お気の毒と思います。でも身内を苦しめ続ける貴方は許しません!」
「それが執着の末ならば引導が渡されるべきです」
 瞬は誘導弾を放つことで、奏に迫っていた桜鬼を弾き飛ばす。
 愛が深ければ深いほど。或いは縋れば縋るほど、道を踏み外してしまう可能性も高まるのかもしれない。
 瞬は身を翻す敵を見つめながら、自分もそうならないように、と考えた。
 何よりも、譲れないものを守り抜くためにも家族の絆は壊させない。響は赤熱する拳を強く握り締め、瞬は月読の戦士と共に桜鬼を狙う。奏は湧き上がる蒼いオーラを巡らせ、桜鬼への攻撃を続けていった。
 歪んでしまった心を、そして――終わらない夜に終幕を与えるために。
 三人の意志は重なり、確かな強さとなって巡りゆく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

神代・凶津
「・・・大切な人に生きていて欲しい。そこまでの話なら分かりますが。」
おっと、相棒。この嬢ちゃんの話を真面目に聞かない方がいいぜ。
この『鬼』はすでに狂いきってやがる。骸の海に還してやる事が俺達が出来るただ唯一の事だ。

桜鬼の攻撃を見切り妖刀で受け流しながら斬り結んでやる。
って、何だコリャッ!?戦場が死体で埋め尽くされていくッ!?しかも桜鬼の力が上がって来やがるッ!?

なら、こっちも奥の手だ。妖刀憑依ッ!後は任せたぜ、相棒ッ!
「【鬼面の大霊剣】。この力で貴女を祓います。」
破魔の大霊剣で戦場の死体ごとなぎ払ってまるごと浄化してやるぜッ!


【技能・見切り、受け流し、破魔、なぎ払い、浄化】
【アドリブ歓迎】



●祓いの刃
 愛する人を殺めたくはない。
 大事な存在だからこそ、生きて欲しい。
 桜鬼が抱いたのは、ヒトとして当然の思いと願いだったはずだ。花弁が舞い散る領域で、桜は羅刹を見つめていた。
「……大切な人に生きていて欲しい。そこまでの話なら分かりますが」
 彼女は自分の欲を其処に混ぜた。
 己を殺させることで大切な相手に痛みを刻み、忘れられぬ存在になろうとした。
 桜が彼女の所業を思って頭を振ると、凶津が声をかける。
「おっと、相棒。この嬢ちゃんの話を真面目に聞かない方がいいぜ」
 桜は羅刹の心を慮ろうとしているようだ。
 しかし、凶津はそんなことはしなくていいと言って止めた。
「この『鬼』はすでに狂いきってやがる。余計な同情も親切もいらねえ。骸の海に還してやる事が俺達に出来るただ唯一の事だ」
 凶津にも思うことがないわけではない。
 だが、こうやって非情にすら思える選択をする方がいいことだってある。何故なら自分達がどれほど彼女に干渉しようとも、何もかもが遅いからだ。
 彼女達が生まれた土地の因習を祓ってやれるのか。
 羅刹の中で渦巻く狂気を完全に鎮めてやれるのか。
 答えは否。
 それに桜鬼とて、誰かに理解して欲しいと望んでいるわけではないはず。ただ斬って、斬って斬って斬り捨てる。相手にとってはそれだけのことだ。
 凶津の思いを感じ取った桜は身構える。
 猟兵とオブリビオン。自分達の関係は単純明快でいい。そう考えた次の瞬間、周囲に血染めの桜吹雪が舞い始めた。
 ――来る。
 凶津と桜は同時に察し、纏わりつこうとしてくる血桜を避けていく。
「ふふ……貴方達もきょうだいのような関係なのね」
 凶津と桜を見遣った桜鬼は感じたままの思いを口にした。そして、彼女の力は凶津達を包み込む。桜がはたとした刹那、辺りに幻が浮かび始めた。
 それは桜の実家である神社の光景。
 其処には神社の者や参拝者の亡骸が折り重なっていた。
「……これ、は」
「って、何だコリャッ!?」
 桜も凶津も驚きを禁じ得なかった。
 戦場だったはずの場所が死体で埋め尽くされていく。否、戦場であるからこそ亡骸が増えていくのか。それに加えて桜鬼の力が上がっていることが分かった。
「幻だ! こんなもん現実じゃねぇ!」
 桜も理解しているだろうが、幻とは言えど恐ろしい光景だ。凶津は強く呼び掛けながら気を確かに持ち、桜と共に斬り込む。
 死体の幻影は視界に入れず、ただ桜鬼だけに集中する。
 太刀の斬撃が凶津達を襲ったが、素早く見切ることで受け流した。其処から妖刀を切り返し、反撃として斬り結ぶ。
「あら、見事ね」
 対する桜鬼は素直に凶津達を褒めた。されど、その瞳は笑っていない。
 余裕すら感じられる相手の様子を見据え、桜と凶津は更なる攻勢に入っていく。
「なら、こっちも奥の手だ。――妖刀憑依ッ!」
「はい……」
 凶津の呼び掛けに桜が頷いた。鬼面は妖刀と合体して巨大な刃に変じていく。高密度の霊力で構成された凶津の刃を構え、桜は羅刹をしかと瞳に映した。
「後は任せたぜ、相棒ッ!」
「鬼面の大霊剣。この力で貴女を祓います」
「この戦場ごとなぎ払って、まるごと浄化してやるぜッ!」
 破魔の力を宿す霊剣が振るわれ、広がる幻と亡骸を消し去っていく。その波動は桜鬼にまで到達していき、赫の波動と浄化の光が戦場を包み込んでいった。
 鬼を屠り、在るべき処へ。
 ふたりでひとつの退魔の力は、この戦いを終幕に導く一手となってゆく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

高塔・梟示
千隼(f23049)君と

痛みを知らずには生きられない
それは間違いじゃないだろう
だが他に他者と繋がる術を知らぬなら哀れだな

知らず右目に触れた手を下ろし
問題無い、君を痛い目に合せるよりマシさ

攻撃は早業で避け、残像で掻い潜る
千隼君と息合わせ駆け抜けたなら
鎧砕く怪力載せて、一撃必殺の拳を見舞おう
マヒすれば上出来、恐怖はお返しするよ
勿論だ、君のくれた好機を無駄にはしない

もし攻撃の最中に眠り落ちたなら
急ぎ彼女を抱え斬撃の外へ

過去に生きることを選んだ者が
未来ある者の足を引っ張るものじゃない
それが愛だとしても

得る筈の無い幸福を与えてくれたのは君さ
死の先に願うのも、君の幸福だろうが…
願わくば、共に生きて得たいと


宵雛花・千隼
梟示(f24788)と

ワタシは痛みを愛とは呼びたくないの
未だ忘れ得ぬ痛みに満ちるこの身は、生きるのが下手で
アナタも生きるのが下手なのかしら

気掛かりそうに首を傾ぐのは、彼の目を抑える仕草に
…痛む?
返る言葉にありがとうと囁いて
アナタの痛みも当たり前にはさせないわ

斬撃は翅を得て躱し
梟示の踏み込みに合わせて舞えば、目眩しになりましょう
眠り落ちぬよう注意して、凶刃が止まぬなら眠るまで
麻痺で動き鈍った隙へ月刃を繰出して
彼が追打てる傷を残せるよう
任せるわ、梟示

生きる全てが幸福とは言えないけれど
ワタシに初めての幸福をくれたのは、死神さまだったから
願うなら、死の先でも傍にと思えど
アナタとの幸福は、共に生きてこそ



●生きていく意味
 痛みを知らずには生きられない。
 幸せだけが続く世界に居られたとしても感覚は麻痺する。いずれはそれが幸せだとは認識できなくなるだろう。
 梟示は世界の仕組みと感情の移ろいを思う。桜の羅刹が語ることを全て否定するつもりはなく、梟示は頷きを返した。
「それは間違いじゃないだろう。だが、他に他者と繋がる術を知らぬなら哀れだな」
「そうね。アナタの思いも正答よ。でも、ワタシは痛みを愛とは呼びたくないの」
 千隼も桜鬼を見つめる。
 未だ忘れ得ぬ痛みに満ちるこの身は、生きるのが下手なまま。
 アナタも生きるのが下手なのかしら。そんな風に千隼が紡いだ言葉に対して、桜鬼は何も答えないでいた。
 そのとき、千隼から零れる涙がはたりと地面を濡らす。そのことに気付いた梟示は、自分が知らず右目に触れていたことを知った。
 そっと手を下ろした彼が気掛かりで、千隼は首を傾ぐ。
「……痛む?」
「問題無い、君を痛い目に合せるよりマシさ」
 梟示は首を横に振る。気遣った心算が逆に気遣いを返されてしまったのだと分かったが、千隼はありがとうと囁いて答えた。
「アナタの痛みも当たり前にはさせないわ」
 痛みと記憶。
 それは決して引き剥がせはしないものだが、過去に囚われたままではいられない。
 妖しく笑む桜鬼は過去から滲み出した存在。猟兵として、此処から未来を拓く一手を――それこそが今の千隼達にできることだ。
 刹那、桜鬼から身も竦むような恐怖が巡った。
「ねえ、こんな痛みはどうかしら?」
 鬼斬りの太刀が振るわれ、鋭い衝撃波が梟示に襲い掛かる。身を斬り裂く痛みが響いたが、梟示は早業で以て殆どの刃を避けていく。
 その合間を残像を纏いながら掻い潜れば、千隼も其処に続いた。
 どれほどの痛みを齎されようとも二人には屈する気などない。千隼は地獄蝶の翅を得ることで斬撃を躱し、梟示の踏み込みに併せて舞う。
 相手の目眩しを担った彼女に息を合わせ、梟示は拳を強く握った。
「悪いが遠慮はしない」
「――!」
 短く告げた言葉と同時に梟示は桜鬼に迫る。鎧すら砕く怪力を載せ、振るう拳は一撃必殺。疾い、と呟いた桜鬼は刃を構えて身構えた。だが、彼の拳は鈍ることなく真っ直ぐに見舞われる。
 衝撃を受けて後退った桜鬼。
 更に其処へ、千隼が繰り出す三日月の刃が翔けた。千隼には血染めの桜吹雪が纏わりつき、亡骸が折り重なるまぼろしが見えている。
 その死体は梟示に似ているが、千隼は怯んだりなどしなかった。何故なら本当の彼がすぐ傍にいてくれるからだ。
「どれほど凄惨な光景を見せられても、何も怖くはないわ」
「ああ、先程の恐怖はお返しするよ」
 梟示は千隼が視ているであろう光景を予測していた。それゆえに、自分は確かに此処にいると示すように言の葉を紡ぐ。
「任せるわ、梟示」
「勿論だ、君のくれた好機を無駄にはしない」
 千隼は己の力の影響によって、間もなく眠りの時が訪れることを察していた。
 彼女からの呼び掛けに答えた梟示は首肯する。千隼は敵の動きが鈍った隙を見出し、月刃を更に解き放った。
 たった一瞬、一閃でもいい。彼が追撃を打てる傷を残せるように――。
「生きる全てが幸福とは言えないわ」
 千隼は視線を桜鬼に向け、思いを言葉に乗せていく。
 死を選ぶこともまた選択のひとつだ。誰かが選んだ道を拒絶したり、真っ向から否定するつもりは千隼にはない。
「けれどワタシに初めての幸福をくれたのは、死神さまだったから」
 梟示に眼差しを向け直した千隼は僅かに笑む。
 そして、千隼はこの戦場で放つ最後の一閃をひといきに投擲した。それに併せて梟示が拳を叩き込む。
「過去に生きることを選んだ者が、未来ある者の足を引っ張るものじゃない」
 それが愛だとしても――今はただ、殺戮を止めるだけ。
 対する桜鬼は静かに微笑んだ。
 その笑みにどのような感情が込められているかは分からないが、どうしてか羨望のような思いが感じ取れた。
 やがて、力を使い果たした千隼は眠りに落ちる。
 梟示は急いで彼女を支え、斬撃の外へ駆け抜けた。これまでの攻撃で相手を消耗させることが出来た。自分達の手番も此処までで良いだろう。
 身を預けてくれた千隼の髪を指先で梳き、梟示はそうっと囁く。
「得る筈の無い幸福を与えてくれたのは君さ」
 願うなら、死の先でも傍に。その先に願うのも、君の幸福。
 けれども願わくは、共に生きて得たい。
 敢えて言葉にしなかった梟示の望みを聞けば、千隼もきっとこう答えるだろう。
 アナタとの幸福は、共に生きてこそだから、と――。
 
 桜の夜に巡る戦いは続く。
 彼らが繋いだ線は何処に繋がっていくのか。その答えは未だ、暗闇の中にある。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

フリル・インレアン
ふええ、すごく強そうな方です。
アヒルさんも本調子でないみたいですし、どうしましょう。
そういえば、アヒルさんの言っていた私がアヒルさんを食べようとした話本当ならこのユーベルコードが使えるはずです。
アヒルさん、後はお願いしますね。
帽子を取り、再び月に酔う私の強化効果は全てアヒルさんの強化になります。
私の持つ耐性も代償になるので、結構辛いですが、アヒルさん頑張ってください。



●覚醒、アヒル真拳
 血染めの桜吹雪が戦場を彩る。
 桜鬼が巡らせる力を目の当たりにしたフリルは、ぎゅっと身を縮こまらせた。
 辺りに満ちていくのは純粋なる恐怖。殺意しか見えない瞳は猟兵達に鋭く向けられており、太刀が振り下ろされるだけで死の匂いが広がっていくかのようだ。
「ふええ、すごく強そうな方です」
 桜吹雪を掻い潜りながら、フリルは恐怖から逃げる。
 怯えて竦んでしまいそうではあったが、両足を懸命に動かしたフリルは素早く庭木の裏に身を隠した。そうした理由はアヒルさんの様子がおかしいからだ。
 狂気に当てられ、フリルがまたあの状態になってしまうのではないか。そのように警戒しているのかもしれない。
 先程の状態を覚えていないフリルは、相棒が懸念する思いに気付けない。
「アヒルさんも本調子でないみたいですし、どうしましょう」
 しかし、フリルはアヒルさんを信じていないわけではない。嘘を重ねるような相棒ではなく、きっと月の下で起こったことも本当なのだろう。
 どうしてかの理由はわからない。
 きっと今、この状況では真実を追求することも出来ないはずだ。
 気を強く持ったフリルはアヒルさんを連れ、桜鬼の攻撃を避けていく。桜の庭を駆けて、走って鬼斬りの太刀から逃れる。
 そんな最中、ふとフリルが或ることを思い出した。
「そういえば……」
 アヒルさんの言っていたことを改めて考える。フリルがアヒルさんを食べようとした話が本当ならば、秘めていた力が使えるはずだ。
「あのユーベルコードなら……アヒルさん、後はお願いしますね」
 決意を抱いたフリルは帽子に手を掛けた。
 はっとした様子のアヒルさんが止める間もなく、フリルは帽子を取った。吹き抜けた風がフリルの髪を撫でていき、普段は隠されている頭部があらわになる。
「ふぇ……」
 最後に小さな声が零れたかと思うと、フリルの力がガジェットに注がれていった。
 発動――アヒル真拳『フリルのものはアヒルさんのもの』
 即ちそれは、フリル・フォー・オール・フォー・アヒル。
 フリルが再び月に酔えば、彼女に巡る強化効果が全てアヒルさんの力になる。反面、彼女が持つ耐性も代償になるので、重い衝撃めいた感覚が巡った。
 しかし、フリルは全てを耐える心算で力を発動させたのだ。
(結構辛いですが、アヒルさん……頑張ってください)
 声すら出せないままフリルの意識は沈んでいく。桜鬼の狂刃も彼女に迫ってきたのだが――されどフリルの意志と力を得たアヒルさんが黙っているはずがない。
 鋭い鳴き声と共にアヒルさんが突撃する。
 悲しい過去も、知らぬ境遇も、苦しい現実すら蹴散らしてしまうくらいに。
 アヒルさんは進む。
 何があろうとも戦い続ける。
 大切な少女を護り、此処から新たな未来を繋げていくために――!
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

毒藥・牡丹
◎【理解できない】

たくさん愛を貰ったはずだった
溢れる愛は痛みとなって、零れた愛は叱咤となって
受け止められない自分が悪いのだと
母の理想となれない自分が愚図なのだと
『尽力しなさい。死ぬほどに。』
──それで結局、一度は死んだ。

あたしだって、この女が死ねば全て壊れてもいいと思ってたわよ
──でも、違った
こうして愚かにも生き永らえて
愛する人たちに本当の愛を貰って、漸くわかった
愛は、背負うものじゃない。

転がる金毛と、鮮やかな鰭
そして、桜鬼
──ああ、なんて馬鹿馬鹿しい
この女が、愛おしい人だなんて

あんたより、こっちのお節介な姉の方が百倍綺麗よ
比べる方が恥ずかしいわ

姉名乗るんだったら、あたしの毒ぐらい耐えてよね!


千桜・エリシャ
◎【理解しがたい】

傍迷惑な話に巻き込まれてしまったものですわね
純粋な想いこそ歪みやすいもの
きっとあなたは弟さんを愛していたのでしょうけれども
それ以上に自分本位な考えが過ぎますわね
弟さんを殺すことから逃げて
剰えご自分の苦しみを背負えだなんて
結局は自分が一番可愛いのね

申し訳ありませんが
私の可愛い妹を殺させるつもりはありませんから
あなたの思い通りにはならなくってよ

私だって剣士ですから
お相手になりますわ
斬撃は加速し躱して
桜吹雪は空間ごと斬り捨ててしまいましょう

あら、牡丹
やる気になるのが遅いのではなくて?
なんて冗談めかして
ふふ、とても心強くて負ける気がしませんわね
彼女の想いを背負って
御首を狙いましょう



●理解り合うこと
 愛とは、一体どんなものなのだろう。
 桜鬼の語る話を聞いた時、牡丹の中には深い疑問が巡りはじめた。
 たくさん愛を貰ったはずだった。
 あれが愛情だと教えて貰った。溢れる愛は痛みだった。零れた愛は叱咤となった。あの過去の日々こそが愛された証で、受け止められない自分が悪いのだと信じていた。否、信じさせられていた。
 母の理想となれない自分が愚図なのだと考えて、懸命に従った。
『尽力しなさい。死ぬほどに』
 牡丹の胸裏に、あの日に聞いた声が蘇る。もっと頑張れば、あたたかな愛や優しい言葉を貰えたのか。叩かれるのではなく、撫でて貰えたのだろうか。
 言葉通り、死ぬほどに。本当に死んでしまうほどに、たくさん、たくさん。
(――それで結局、一度は死んだ)
 声にすらならなかった思いは、牡丹の胸の裡に沈んだ。
 愛とは何なのか。羅刹と自分の境遇は違うが、溢れては消えていく考えが乱れて滅茶苦茶になりそうだ。そんな牡丹の意識を引き戻したのはエリシャの声だった。
「傍迷惑な話に巻き込まれてしまったものですわね」
「……そうね」
 エリシャも桜羅刹の言葉を聞き、愛とは何かを考えていたらしい。はっとした牡丹は平静を保っているふりをしながら何とか頷いて答えた。
 牡丹の様子が少しおかしいことはエリシャも気付いていたが、彼女がこれ以上は取り乱したくはないことも理解している。それゆえに牡丹には何も言わず、エリシャは桜鬼に視線を向け続けた。
 純粋な想いこそ歪みやすいもの。
 普通とはかけ離れた環境に置かれた者であれば尚更。
「きっとあなたは本当に弟さんを愛していたのでしょうけれども、それ以上に自分本位な考えが過ぎますわね」
 弟を殺すことから逃げて、剰えご自分の苦しみを背負え――だなんて。
 エリシャの声を聞いているらしい桜鬼は、静かな視線を差し向け返している。相手はまだ何も答えない。エリシャは軽く息をつき、率直な言の葉を紡いだ。
「結局は自分が一番可愛いのね」
「それは貴女も同じでなくて? だって、貴女からは私と似た香りがするもの」
 すると其処で初めて、敵が口を開いた。
「どうかしら。似た性質があることは認めますけれども」
 どちらも桜を纏う鬼。
 両者の視線が真っ向から重なった刹那、墨染の大太刀と鬼斬りの太刀が同時に振り上げられた。三日月の軌跡が宙を斬り裂けば、血染めの桜を巻き起こす斬撃が返される。
 ふたつの桜が交差していく。
 地を蹴ったエリシャと桜鬼は目にも留まらぬ速さで駆け、斬り結び合い、刃と刃の応酬を重ねていった。
「すべてを斬り刻んであげる。貴女も、そちらの怯えている子も」
「怯えてなんか……!」
 桜鬼がエリシャの次に示したのは、後方に控えている牡丹のことだった。思わず反論した牡丹も身構え直し、攻撃の機を窺う。
 対するエリシャは至極冷静に刃を振り払い、敵を引き付けていった。
「申し訳ありませんが、私の可愛い妹を殺させるつもりはありませんから。あなたの思い通りにはならなくってよ」
 こうして実際に太刀筋を見せている通り、エリシャとて剣士だ。
 最後までお相手になりますわ、と告げた彼女は鋭い斬撃を更に見舞っていく。桜吹雪の空間ごと斬り裂くエリシャの背を見つめ、牡丹は唇を噛み締めた。
 愛とは何か。
 その疑問の答えは見つかっていないが、牡丹には理解できたこともある。
「あたしだって、この女が死ねば全て壊れてもいいと思ってたわよ」
 でも、違った。
 こうして愚かにも生き永らえてしまった。けれども愛する人たちに本当の愛を貰って、漸くわかったこともある。
「愛は、背負うものじゃない。況してや背負わせるものでもないわ」
 そのとき、敵が薄く笑んだ。
 次の瞬間には、牡丹の周囲に幻で生み出された亡骸の山が現れていた。
 転がる金毛と、鮮やかな鰭。そして、桜鬼。
 何とも凄惨な光景ではあるが牡丹の心は揺らがなかった。寧ろ思うのは、なんて馬鹿馬鹿しいのだという思い。
 敵は愛しい相手の幻影を見せてくる。ならば、きっと自分はこう思っているのだ。
(この女が、愛おしい人だなんて)
 理解できない。否、理解しがたい。
 幻ごと思いを振り払ってしまうために、牡丹は力を紡ぐ。
 百合の花弁が桜を覆い隠すように広がり、毒霧となって巡っていった。エリシャは桜吹雪を空間ごと斬り捨て、漂う霧に目を細める。
「あら、牡丹。やる気になるのが遅いのではなくて?」
「……ふん。姉を名乗るんだったら、あたしの毒ぐらい耐えてよね!」
 冗談めかされた言葉に反抗心を向け、牡丹はそっぽを向いた。しかし、その言葉とは裏腹に毒霧の濃度は敵の方が色濃い。
 牡丹の力は無差別攻撃とはいえど、エリシャを地に伏せさせる心算はないようだ。
 先程に怯えていると言われたことに対抗するべく、牡丹は敵を見据える。
「あんたより、こっちのお節介な姉の方が百倍綺麗よ」
 寧ろ比べる方が恥ずかしい。
 そんな風に語った牡丹は敵を睨み付け続けた。これが彼女なりの好意の裏返しだとエリシャは知っている。思わず笑みが零れたことでエリシャの手にも力が入った。
「ふふ、とても心強くて負ける気がしませんわね」
 後は彼女の想いを背負って、ただ斬り込んでいくだけ。
 さあ、その御首を。
 彼の姉弟に千切れぬ絆があるならば、此方の姉妹にだって絆ぐ心がある。
 その形はそれぞれに違えども――きっと、どちらにも成るべくしておさまる未来が訪れるはずだから。
 咲花の姉妹は前を見据える。
 己が辿る道筋から目を逸らさずに。譬え不器用でも、共に歩いてゆく為に。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

宵鍔・千鶴
【紫桜】

己を身を以てして
きみは愛を、表現したんだな
少し、理解るんだ
俺は意気地無しだから
…出来なかったこと

生を繋ぎ止めるために
きみは弟のこころを殺したんだ
…ねえ、何方が倖せだったんだろうね

シャト、きみが徒花でも
……違う存在だとしても
繋ぎ止めたいと思うのは
俺は桜鬼と同じことを与えてしまう?

痛みは、護るために
斬撃で飛沫く度に口元は笑み
黒き獣は替りに強く桜鬼を捕える

今ならそうじゃない、って
否定できる
愛してるなら寄り添うべきだった
ふたりで歩む途を探すべきだった
其れがどんなに難しくても
手を、離しては駄目だった

「死」は生を簡単に塗り潰してしまう

俺が願う世界
――居られるよ
だって俺がきみを、


シャト・フランチェスカ
【紫桜】

眩しいな
きみはそんなに堂々と謳えるの
愛を識ってるの

世界と天秤にかけ転覆させる程の激情
倖せの尺度は所詮、自己満足なんだろう
でも
ずるいなあ
あはっ、せっかく猫を被ってたのにさ
羨ましい忌忌しい妬ましい!

千鶴に浅ましい僕を見られるのは残念
僕はこんな徒花なの
己が何者かを識らぬ儘
出来損ないの自我で皆を騙してる!
あの血染めの零れ桜の如く咲きたくて
『意気地無し』なんかより罪深く欲深いんだ

嗚呼、ずるい、ずるいよ
執着/終着に
介錯/解釈を

愛するのはどんな気分?
愛されるのはどんな心地?

…さあ、ね
それが千鶴のエゴに基づく
僕の知らない情念であるなら
繋がれるも縊られるも倖せかもね

千鶴
僕はきみの願う世界に居られるのかな



●問いと答え
 慈しみは激情に変わり、愛情は妄執に変じた。
 されどそれもまた愛のかたちであり、あの桜鬼が貫き通す道理だ。
「己を身を以てして、きみは愛を、表現したんだな」
 少し、理解る。
 千鶴は桜鬼を見つめ、嘘偽りない思いを紡いだ。表には出さずとも千鶴にもそうしてみたいという思いはあった。されど――。
「俺は意気地無しだから……出来なかったことだ」
 千鶴は半ば独り言ちるように呟く。彼女と同じことが出来るかと問われれば首を横に振るが、桜鬼への羨望めいた思いがあるのも事実だ。
 千鶴が裡に秘めた考えを知ることは出来ないと分かっているが、シャトはしかとその声を聞いていた。しかし、わざわざ彼に内容を問うことはしない。
 シャトもまた、桜鬼に思うことがあるからだ。
「眩しいな」
「私が?」
「きみはそんなに堂々と謳えるの。愛を識ってるの」
「ええ、これが私の愛だもの」
 シャトの声に反応した桜鬼は不敵に笑む。
 淀みない真っ直ぐな答えを聞き、シャトは肩を竦めてみせた。
 其処にあるのは世界とひとりを天秤にかけて転覆させる程の激情。倖せの尺度は所詮、自己満足でしかないのだとも分かった。
「でも、ずるいなあ」
 シャトはちらと千鶴の方を見遣る。彼に言ったのではなく、桜鬼を正面から見ていられなくなったからだ。千鶴はシャトの方にも思うところがあるのだと知る。そして、千鶴も桜鬼に向けて身構えてみせた。
「生を繋ぎ止めるために、きみは弟のこころを殺したんだ」
「違うわ、逆よ。こころをあげたの」
 すると桜鬼は心外だとでも云うように冷たい言葉を返す。千鶴達にはその真意も、語られた以上の背景も分からないままだが、桜鬼にも譲れぬ線があるようだ。
 千鶴は僅かに目を伏せる。
「……ねえ、何方が倖せだったんだろうね」
 その問いかけには、桜鬼もシャトも答えることはなかった。
 そして、周囲に血染めの桜が舞い始める。悠長に語り合っている暇は与えられないのだと悟り、シャトは攻勢に出た。
「あはっ、せっかく猫を被ってたのにさ」
「シャト?」
「千鶴に浅ましい僕を見られるのは残念だけど、僕はこんな徒花なの」
 見ていると良いよ、と告げたシャトは思いを声にした。
 ――羨ましい。忌忌しい。嗚呼、妬ましい!
 己が何者かを識らぬ儘、出来損ないの自我で皆を騙している。
 あの血染めの零れ桜の如く咲きたくて、誇りたくて醜く抗っているだけ。千鶴が云う意気地無しというものよりも、よっぽど罪深くて欲深い。
 それが自分だとシャトは語る。
 激情に似た言の葉は戦場に巡り、自らの苦悩と対峙しなければならない感情を与えていく。対する桜鬼はくすくすと笑い、静かな声を返してきた。
「そんなものは忘れましょう」
 赤黒く染まった桜を纏う太刀による一閃が振るわれ、衝撃波となって広がる。それは幸福な未来を願う心を斬り裂くものだ。
 それと同時に桜吹雪が襲ってくることを察し、千鶴は駆ける。
 身を翻して避けた千鶴は反撃の機を窺いながら、シャトに呼びかけた。
「シャト、きみが徒花でも……」
 あの声は桜鬼が巡らせた力の所為か、それとも元から彼女にあった性質か。
 そんなことは今の千鶴にとってはどちらでも構わない。ただ、シャトにどうしても伝えたいことがあった。
「もっと違う存在だとしても、ここに繋ぎ止めたいと思うのは――俺は桜鬼と同じことを与えてしまう?」
「……さあ、ね」
 それが千鶴のエゴに基づく、自分が知らない情念であるならば。
 繋がれるも縊られるも倖せかもしれない。シャトは少しの間をあけて、そんな風に答える。しかし千鶴の方には向き直らず、桜鬼に対峙していく。
 斬撃がシャトの心を穿ったが、この痛みは護るためのもの。斬撃で飛沫く度に口元は笑み、黒き獣は替わりに強く桜鬼を捕えていく。
 千鶴も合わせて攻撃に移っていき、己に従属する獣を召喚していった。
 今ならそうじゃない、と否定できる。
 愛しているなら寄り添うべきだった。
 ふたりで歩む途を探すべきだった。
 たとえ其れがどんなに難しくても――手を、離しては駄目だった。
「『死』は生を簡単に塗り潰してしまうことを、きみは知っていたのかな」
 千鶴は桜鬼に言葉を向ける。
 返答がないと知っていたゆえにそれはもう問いかけですらないが、自分の中から零れ落ちた確かな思いだ。
 シャトも戦いながら、自分の中にある思いを声にした。
「嗚呼、ずるい、ずるいよ」
 執着を終着に。介錯に解釈を。ねえ、と呼び掛けたシャトは声を紡ぎ続ける。
 愛するのはどんな気分?
 愛されるのはどんな心地?
 桜鬼に向けられるのは、シャト自身の中で巡る思いでもあった。血染めの桜が巡り続ける最中、シャトはふと千鶴の横顔を見遣る。
「千鶴」
「なあに、シャト」
 戦いの中であっても二人は互いの声を聞き逃さない。
 この場でしか語れない、伝えられない言葉があると知っているからだ。そうして、シャトは問いたかったことを声にする。
「僕はきみの願う世界に居られるのかな」
「俺が願う、世界」
「…………」
 千鶴が問われたことを口にすると、シャトは無言のまま僅かに俯いた。
 下を向かないで、と告げた千鶴は静かに微笑む。そして、はっきりと告げていく。
「居られるよ」
 だって俺がきみを――。
 その言葉と思いの続きは、戦いの後に。
 今は此処を切り抜けるべきだとして、二人は桜の夜を越えてゆく決意を固めた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

兎乃・零時
💎🐟


良いと思うぜリル
伝えなきゃ始まらないからな

殺したくないのは分かる
でもあいつの心は殺して良いのか?
心が痛いのは辛い
永遠に抱え続けたらもっと辛い
…俺様も多少は知ってる

友が死にかけた時
死んだ幻見た時
呪い奪ったあの時

お前はそん時其れしか無かったかもだ
でも
これ以上抱えさせなくて良いだろ
過去は無理でも
今は
未来は変えれるだろ!
大事な奴には
苦しいのより幸せ沢山の方が良いだろうが!

リルの支援と俺様の力
全部力に変える
心が斬られても
夢は
未来の望みは潰えず輝き続けるッ!
否定されようが突き進むッ!

お前にもこれ以上
弟を苦しむことはさせねぇ

だから
この一発でぶっ貫く!

 ロード=グリッター
【闇夜晴らす螺旋の道】ッ!!


リル・ルリ
💎🐟

嗚呼哀しいな
零時
例え伝わらなくても、僕は僕の想いを伝えるよ

本当に?
本当に憎まれたいの

憎まれて忘れられたくないのかな
残酷な世界の中でそれが幸いだと定めたのかな
それが、君の愛だとしても
愛だったとしても

もう彼を傷つけないでおくれよ
解放してあげてよ
普通に生きることを赦してあげて

自分のことより、彼の方が大事ならさ
離すことだって愛なんだ

泡沫のオーラで零時を守る
君の魔法が瞬くように
妄執全部光で照らせるように
歌うのは「月の歌」
幸を望む心を斬られたってだから何だ
想いは無くならない
歌うのも泳ぐのもやめない
僕には夢があるんだ!

君に斬られてはあげない
僕は傷になりたくない

愛はもっとやさしく暖かいもののはずだから



●生きることと死ぬこと
 嗚呼、哀しい。
 愛を語る桜鬼には誰の言葉も届かない。己の望みだけを信じ、愛しているという弟まで自分の願いに巻き込み続けている。
 彼女は止められない。止まろうとしていないのだと知り、リルは首を振った。
 しかし、リルは全てを諦めたわけではない。
「例え伝わらなくても、僕は僕の想いを伝えるよ」
「良いと思うぜリル。伝えなきゃ始まらないからな!」
 決意を宿す人魚の横顔を見つめ、零時は大きく頷く。何より、先程に呼ばれた名は知っているものだった。彼の縁者ならば呼び掛けないという選択はない。
 リルは周囲に舞う血桜に気を付けながら宙を游ぎ、桜鬼に問いかけていく。
「本当に? 本当に憎まれたいの?」
「……ふふ」
 対する桜鬼は笑うだけ。よくよく見れば、その顔は少年によく似ている。
 零時も相手から巡らされている呪詛を跳ね除けながら、桜鬼に呼び掛けていった。
「殺したくないのは分かる。でもあいつの心は殺して良いのか?」
「あの子の心は生きているわ。あの頃と比べれば、ね」
「どういう意味だ?」
 桜鬼からの返答に疑問を覚え、零時は問い返した。
 すると桜鬼は言葉通りだとしか言わなかった。その代わりにリルと零時を見つめ、なるほどね、と納得した様子を見せる。
「貴方達、あの子のお友達ね」
「そう、仲間だよ。よくわかったね」
 リルが頷くと桜鬼は一礼した。あの子に関わってくれてありがとう、と静かに告げられた言葉には偽りなどないように思える。
 零時は不思議に思った。其処だけを切り取れば、普通の姉のように振る舞っているように思える。そんな彼女がどうして弟を苦しめるのか。
 これほどの事を行って尚、彼の心が生きているとはどういった意味なのか。
 リルも疑問を抱き、桜鬼を見つめ続ける。
「君は憎まれることで、ずっと忘れられたくないのかな」
「そうだとしても……なぁ、心が痛いのは辛くて苦しいんだ。永遠に抱え続けたら、もっと辛い! 俺様も多少は知ってるつもりだ」
 零時が思うのは、友が死にかけた時。
 死んだ幻を見た時、そして――呪いを奪ったあの時。
 思い出すだけで胸が痛む。
 零時が胸元を押さえている傍らで、リルも桜鬼の思いを想像する。彼女達が生まれ落ちた世界は酷なものだった。
 死を定められた場所で、彼女はきっと――。
「残酷な世界の中でそれが幸いだと定めたのかな。でも……」
 それが、君の愛だとしても。
 愛だったとしても、リルには認めることができない。
 家族をこの手で殺めた感覚は消えない。
 きっと一生、忘れない。進む道に光を見出したリルですら、あの感触を今も思い出す。
 それは決して逃れられない罪。
 そのような耐え難い痛みと苦しみを、彼女はあの子に与え続けているのだ。
 会話が巡る間も血桜は舞う。
 光の魔術で以て敵の攻撃をいなしながら、零時は思いを伝え続けた。
「お前はそん時、其れしか無かったかもだ。でも、これ以上抱えさせなくて良いだろ。過去は無理でも、今は……未来は変えられるだろ!」
「あら、過去の存在になった私にそれを言うの?」
 桜鬼に気にした様子はないが、皮肉を乗せた言葉を返してくる。
「それでも……大事な奴には、苦しいのより幸せ沢山の方が良いだろうが!」
「そうだ。もう彼を傷つけないでおくれよ」
 解放してあげて欲しい、普通に生きることを赦してあげて欲しい。リルはもう何処にも見えない月を思い、思いの丈を告げて願った。
「普通の幸せを掴むなんて、あの子には出来ないの」
「自分のことより、彼の方が大事ならさ、離すことだって愛なんだ」
「いいえ、離しては駄目。あの子に生き続けて貰うには……」
 リルが語れば、桜鬼は首を横に振る。
 会話は噛み合っていない。その理由はおそらく、桜鬼の思想と行動の一部が相反しているからだ。零時はそのことに気付き、強く言い放つ。
「わかんねぇ! お前の言ってることは矛盾だらけだ!」
「そうね……」
 零時に対し、桜鬼は否定しなかった。
 その代わりに刃を差し向け、此方に鋭い殺意を向ける。
「それほどにあの子を思ってくれているなら、殺し甲斐があるわ。さあ、私に斬られなさい。貴方達もあの子が生きる理由になって――」
「零時!」
 素早い剣閃が来ると察したリルは泡沫のオーラで零時を守った。
 相手が殺る気ならば、後は歌い続けるだけ。零時の魔法が瞬くように、妄執を全て光で照らせるように――歌うのは月の歌。
 幸せを望む心を斬られたって、だから何だというのだ。
 この心に宿る想いは無くなりなどしない。
 リルは歌うことも、泳ぎ続けることも決してやめない。
「僕には夢があるんだ!」
「ああ、夢があるなら強く生きられる。お前の弟にだって、ああいう苦しみじゃなく夢を与えてやればよかったんだ!」
 零時はリルの支援と自分の力を信じ、全てを魔力に変えていった。
 心が斬られても構わない。夢は、光は此処にあるから。
「君に斬られてはあげない。僕は傷になりたくない!」
「未来の望みは潰えず輝き続けるッ! 否定されようが突き進むッ!」
「教えてあげよう。とうさんとかあさんが僕に教えてくれたみたいに。愛はもっとやさしくて、あたたかいもののはずだから」
 桜の世界に歌が満ちていき、光が収束する。
 リルの歌を背にして駆けた零時は渾身の力を解放していく。
「お前にもこれ以上、弟を苦しむことはさせねぇ。だからこの一発でぶっ貫く!」

 ――ロード=グリッター。闇夜晴らす螺旋の道ッ!!

 桜鬼の真意は知れない。姉弟には深い境遇と、簡単には抜け出せない闇がある。
 それでも、仲間の未来を思うこの気持ちを届けたい。この先にどんな結末が訪れようとも、この光だけは絶対に届けたいと強く願った。
 そして――歌と光は昏い桜の夜を照らしてゆく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

誘名・櫻宵
🌸神櫻

カムイ知っているの?

…まるで母上のよう
あなたの弟はもうあなたの手の内にはいない
別の道を歩いている
玩具じゃない
だから縛り付けたい?

愛というより執着と妄執ね
必死でいっそ愛しいわ
悲劇に酔うのはやめなさい
何も見えなくなる

…其れは私自身への言葉

見ていられない
呪詛打ち消す破魔と浄化重ねて薙ぎ払い
カムイと息合わせて斬りこむ
衝撃波で弾き、返しの刃でカウンター
桜化の神罰を巡らせる

斬り合うのは楽しい!
痛みは乞いするように愛を刻む
欲しいのはあなたじゃない

呪に呪を重ねたら何が出る

一縷の希望のように抱く未来が
嘲笑うかのように崩れてく

駄目
私の倖を奪うと言うなら
たべてしまいましょ

カムイ…うん
一緒に旅をするのだものね


朱赫七・カムイ
⛩神櫻

あの娘とは相見えた事がある
確か、咲耶

贄として生まれた少年
彼を生かそうとした少女
─愛は呪になったのか

重なるきみの姿に俯いて居られない
きみ自身を傷つけるような言葉を唱えさせない

生きた路ならば
心を否定はすまい
一人のために世を滅ぼせる想いは私にもわかるからこそ
斬らせない

守る

サヨを傷つけられる前に先制攻撃で攻撃を見切り受止め
捕縛の赫縄巡らせ
不運と枯渇の神罰を

本当に望む花を枯らせたい?
約束と呪に縛られるのはもう終いだ

切り込んで歪んだ愛ごと斬る

埋め尽くされる愛しきの死に之は約されぬと否定する
痛みだって受止めて歩むのだ

櫻宵!大丈夫
食いしばって彼をとめ落ち着かせ

倖は此処に
私が守る
明日を共に生きるのだろう?



●芽吹き咲く愛呪
「確か、あの娘は――咲耶」
 桜鬼と呼ばれる羅刹の姿を見たとき、カムイはその名を呼んでいた。
 名乗られていないというのにさらりと出てきた名を聞き、櫻宵は首を傾げる。
「カムイ、知っているの?」
「噫、あの娘とは相見えた事がある」
 正確にはあの少女の力が宿った少年とだ。それに今のカムイ自身ではなく、蘇った以前の記憶の中に彼女と斬りあった風景がある。
 贄として生まれた少年。彼を生かそうとした少女。
 二人の宿縁は絡み合っており、籠に囚われた蝶のようになっている。形は違えど、とても他人事とは思えなかった。
「……愛は呪になったのか」
「そうね、まるで母上のよう」
 カムイが零した思いに頷き、櫻宵も呪のことを思う。
 深くて底無しの愛はああして呪めいたものに変じることがある。愛しい気持ちがあるがゆえに狂い、道を外れてゆく。そのことを否定はしないが、愛された者に宿るのは途轍もない苦しみと葛藤だ。
「あなたの弟はもうあなたの手の内にはいないの。もう別の道を歩いているのよ」
「あら、貴方達は……久し振りね」
 桜鬼はカムイの傍にいるカラスを見ていた。何かを察しているらしいが、それは今の主題ではないというように彼女は挨拶を終える。
「そちらの桜の子は館の主ね。あの子に僅かでも居場所を与えてくれてありがとう」
 姉として礼をするわ、と告げた桜鬼は静かに笑った。
 ありがとうなどと言われたが、其処には含みがあるように思える。どういたしまして、と形式的に答えた櫻宵はかぶりを振った。
「あの子はあなたの玩具じゃないのよ。でも、だから縛り付けたい?」
 それは愛というより執着と妄執だ。
 彼女は必死でいっそ愛しいけれど、悲劇に酔うのは勧められない。きっと、何も見えなくなるだろうから。
 それは櫻宵自身への言葉でもあった。
 よく似ている。けれども、似ているからこそ見ていられない。
 俯いた巫女のすぐ傍に付き、カムイはその身体を片手で引き寄せた。肩を抱かれる形になり、櫻宵がはたとする。
「櫻宵」
 掛けた言葉はたった一言だが、はっきりと紡がれた。
 きみ自身を傷つけるような言葉を唱えさせない、という意味合いを込めた声だ。櫻宵はそれだけでカムイの思いを理解して、顔を上げた。
 カムイは身体を離し、櫻宵を守る為に一歩を踏み出す。
「生きた路ならば心を否定はすまい」
 一人のために世を滅ぼせる想いはカムイにもわかった。だが、だからこそ大切なものを斬らせない。心を認めることはあっても、受け入れはしない。
 守る。
 それが今のカムイが誓った心であり、誰にも侵させない領域だ。
「サヨを傷つけさせはしないよ」
 枯死黒桜纏う厄神の権能を巡らせたカムイは、血染めの桜吹雪を躱した。
 其処から解き放ったのは捕縛の赫縄。巡らせる力で以て不運と枯渇の神罰を与えつつ、咲耶に対抗する。
 地を蹴った櫻宵も、カムイに守られてばかりではない。
 幸福を潰えさせる呪詛を打ち消すため、櫻宵は破魔と浄化を重ねた一閃で呪そのものを斬り裂いた。カムイと息を合わせ、斬り込む斬撃は鋭い。
 対する咲耶も直接、太刀を振り下ろしに来た。
 カムイの剣閃を弾いた咲耶は櫻宵に向き直り、赤黒く染まった桜刃を斬り下ろす。
「痛みは何よりも強いの。あの子を生かすためには必要なのよ」
「あら、与えすぎては毒にしかならないわ」
 櫻宵には彼女が秘めている思いがよく分かっていた。現に今も愛は毒となって櫻宵の中に巡り続けている。それは自分だけではなく、他者を侵すものとなっていることくらい櫻宵にも理解できていた。
 桜化の神罰を巡らせる櫻宵だが、咲耶はその力を跳ね返した。
 カムイは更に切り込み、刃で花弁を散らせる。
「本当に望む花を枯らせたい?」
 約束と呪に縛られるのはもう終いにしたい。そう願っているというのに運命とは何処までも皮肉なものだ。歪んだ愛ごと斬ると決め、カムイは力を紡ぎ続ける。
 その瞳には今、死体の山が映っていた。
 幻とは分かっていても、その全てが愛しき櫻宵の亡骸だ。
 されど、カムイは死に之は約されぬと否定する。痛みだって受け止めて歩むのだと決めた故、幻など斬って進むのみ。
「まあ、この光景にも屈しないなんて。流石はあの神様というところかしら」
 咲耶はくすくすと笑った。
 其処に刃を振り上げた櫻宵が駆けていく。
「私の神に有り得ないものを見せないで」
 刹那、咲耶と櫻宵の刃が甲高い音を立てて衝突した。
 斬り合うのは楽しい。
 櫻宵の裡に湧き上がるのは狂おしいほどの感情。痛みは乞いするように愛を刻み、苦しみは戀をするが如く熱へと変わる。
 欲しいのはあなたじゃない。呪に呪を重ねたら何が出るのか、櫻宵はもう識っている。
 一縷の希望のように抱く未来が、嘲笑うかのように崩れていく。
(駄目。でも……私の倖を奪うと言うなら)
 ――たべてしまいましょ。
 次の瞬間、その身体から呪力が湧き出ていった。はっとしたカムイは櫻宵を引き寄せ、振るわれようとしていた一閃を敢えて止める。
「櫻宵! 大丈夫だよ」
「噫……カムイ……?」
 我に返った櫻宵は刃を下ろした。
 その様子を見ていた咲耶は肩を竦め、同様に太刀を下げる。
「私が手を下さなくとも、貴方達は……いえ、貴方はいずれ呑まれるわね」
 そして、二人を見遣った桜鬼は別の猟兵の元に向かった。カムイは彼女を追うことよりも櫻宵を抱き留めることを優先し、そっと視線を合わせる。
 倖は此処にある。桜鬼の力も削れた。だから、今は此処迄で良いはずだ。
「サヨ、私が守るよ。明日を共に生きるのだろう?」
「カムイ……うん、一緒に旅をするのだものね」
 神に抱かれた櫻宵は心を落ち着ける。
 しかし、その瞳の奥には未だ呪の気配が色濃く残っていて――。

 様々な懸念と不穏を宿しながら、戦いは更に続いていく。
 桜と蝶を纏う羅刹達。彼女と少年が辿る未来の行方は、まだ杳として知れない。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

丸越・梓


「──貴女は弟を愛しているんだな」
切なさが混ざる複雑な思いを抱きつつ
穏やかな心で話を聴く

弟を殺す
その苦しみや悲しみを
想像しただけで胸が張り裂ける心地がした
例え殺してからもその苦悩や悲哀は続いていくだろう
死ぬまで、否死んでからも

愛する者を贄として捧げるくらいなら、全てを壊してしまっても構わない。
…俺も、本当は心のどこかでそう思っている
貴女は痛みとなって確かに弟と共にあるだろう
だが、愛しい者に
愛しいからこそ
遺された者を『愛』で泣かせてはならないと俺は思うから

そして
これ以上貴女の愛する彼を泣かせたくないから

「俺は、死なない」
真っ直ぐに彼女を射抜く

この一閃にて、彼女の愛する者へ
彼女を愛する者へ、繋ぐ



●繋ぐ光
 ただひとり、いとおしく想った少年。
 彼を生かすためだけに少女は真の意味での鬼となり、呪を振り撒き続けた。其処だけを切り取れば彼女は悪そのもの。悪鬼羅刹と語るに相応しい存在だろう。
 だが、梓は必ずしもそうではないのだと読み取っている。
「――貴女は弟を愛しているんだな」
 血染めの桜吹雪が舞い散る戦場で、梓は真っ直ぐに桜鬼を見つめていた。梓は切なさが混ざる複雑な思いを抱きつつ、双眸を穏やかに細める。
 彼女は語った。
 弟を殺したくなかったのだと。それはきっと最初の愛情だったのではないだろうか。
 語られた以上のことを梓は知らない。因習に縛られたことで心や思考が歪んでしまったのだろうとも考えたが、歪むと表すこともしたくなかった。
 何故なら、そのように生まれ育った者の普通と、自分達の普通は違う。
 最愛の子を殺す。
 梓はその苦しみや悲しみを想像してみた。たとえ血が繋がっていなくとも、梓にも弟と呼べる存在がいる。そうすることを考えただけで胸が張り裂ける心地がした。
「望まれて殺したとしても、望んで殺されたとしても……一生忘れないだろうな」
 そう、例え殺してからも苦悩や悲哀は続いていく。
 少女は殺すことを定められた。
 少年は殺されることが当たり前だとされてきた。
 彼女達が置かれた境遇はあまりにも酷であり、梓が生きてきた世界の普通とは比べてはいけない気がした。
「けれども死ぬまで、否……死んでからも覚えて貰えるのか」
 殺すのではなく、殺される。
 穏やかな生活を送れなかった者として、それはきっと魅惑的な考えだっただろう。
 梓は桜鬼の心境を慮った。
 愛する者を贄として捧げるくらいなら、全てを壊してしまっても構わない。
 ああ、同じだ――と思った。
「……俺も、本当は心のどこかでそう思っている」
「ふふ、私の考えも間違ってはいないでしょう?」
 梓の零した言葉を聞きつけ、桜鬼は不敵に微笑む。それは梓が自分の所業を否定していないと気付いたゆえの笑みなのだろう。
「ねえ、それならこんな痛みはどうかしら?」
 桜鬼は身も竦むような恐怖を纏いながら、鬼斬りの太刀を梓に振るってきた。
 斬撃を何とか躱した梓は身を翻し、桜鬼を見据える。
「貴女は痛みとなって確かに弟と共にあるだろう」
「ええ、分かってくれているなら斬られて。そうすればあの子はもっと苦しむもの」
 梓の視線を受け止めた桜鬼は尚も微笑んでいた。
「だが、愛しい者に――愛しいからこそ、遺された者を『愛』で泣かせてはならないと俺は思うから」
「何が言いたいの?」
 桜鬼は梓との距離を詰め、容赦なく斬撃を見舞っていく。
 肩が斬り裂かれ、血が散った。痛みは巡っているが大したことはない。今は何よりもこの思いを伝えなければ。
 梓は苦痛を堪え、声を絞り出す。
「そして、これ以上貴女の愛する彼を泣かせたくないから」
「その喉を斬り裂いてあげましょうか」
 桜鬼は笑みを消し、赤黒く染まった桜太刀を横薙ぎに振るおうとした。しかし梓はその軌道を完璧に読み切り、片手に携えた拳銃を構える。
「俺は、死なない」
 その銃は一等星の名を冠するもの。辺りに満ちる闇を貫く光を撃ち出すようにして、彼は銃爪を引いた。そして――弾丸は真っ直ぐに彼女を射抜く。
 この一閃にて、彼女の愛する者へ。
 彼女を愛する者へ、繋ぐ――。
 絆がれたもの、継がれたもの。たとえ闇に沈んでいても確かな縁がある。
 少女と少年が紡ぐ先がどのような未来であったとしても、此の桜のもとに集った者達の思いは消えない。
「あ、ああ……力が……」
 梓の一閃に貫かれた桜鬼の身体がよろめく。
 ひとりも斬れなかった。ひとりも屠れなかった。敵意と共に力を削られた桜鬼は猟兵達から逃れるように駆けていく。
 目指す先にいるのは、やはりただひとりのみ。その背を見送った梓は静かに祈った。
「望む未来を、掴んでくれ」

 そうして其処から、最期の刻が始まってゆく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​


 
●姉と弟
 藤塚咲耶と水標悠里。
 彼女達の関係は、ただの姉弟という枠におさまるものではない。
 単にきょうだいだと語るには複雑で、様々な事柄が絡み合い過ぎている。
 その愛は、普通の姉が弟に注ぐ愛情とは違った。
 嘗ての二人は世間一般でいう幸せというものの形を知らなかった。世界を滅ぼさぬ為の意図はやがて彼等を縛る糸となり、幸福に咲くことを赦さない意となる。

 猟兵達を斬り伏せようと狙った桜鬼――咲耶は今、過去に思いを馳せていた。
 それは一瞬にも満たない僅かな間。
 されど、記憶は戦いで受けた痛みと共に深く巡っていく。

●散華の記憶
 痛い。痛い。心が痛い。
 已まない鮮明な痛みが身体を貫いている。やはり痛みは何よりも強い感覚であり、どんなものよりも鮮烈な感情だと思った。
 けれどもあの子は――弟は最初、痛みすら知らなかった。正確に云うならば痛みに慣れすぎていて、それを当たり前で然るべきことだと思い込んでいた。
 咲耶が思い返すのは、昏い暗い洞の奥。
 贄としての運命を定められていた頃のあの子の瞳には、光が映っていなかった。
『痛くない?』
「…………」
『どうしてあなたは泣かないの』
「…………」
『本当は痛いんでしょう?』
「…………」
 咲耶が何を問いかけても返事はなかった。それまで村人に一方的に嬲られるだけだった少年は何をされても無反応で、抵抗すらしないまま。
 打撲傷、擦過傷。
 明らかな痛みの痕が見えているというのに、何も感じていないかのようだ。
 痛みを痛いとすら認識しない。自分が痛めつけられていることが当たり前で、受け入れている。何の色も感情も、青い瞳に浮かばない。
 それが嘗ての、悠里という名で呼ばれる前の少年の在り方だった。

 放っておけば、彼はあのまま痛みを受け止め続けるだけのものだっただろう。
 しかし咲耶だけは少年に手を伸ばした。
 他の村人と違い、咲耶はやさしく介抱をした。そっと抱き締めた。そうすれば彼はほんの少しだけ反応を見せてくれた。
 人形めいた彼が確かに生きていること。まだ死んでいない。心が僅かでも残っているのだということが分かったとき、咲耶は嬉しくなった。
 そして、彼女は少年に名前を与える。
 名前など授けられなかった彼に付けられたのは、咲耶がこっそり考えていたものだ。死産であったと告げられた弟にあげるはずだった名。もう呼ぶことは無いと思っていた、柔らかな響きの三文字。
『ゆうり』
「…………」
『あなたの名前は悠里』
 それが、ふたりが辿る痛みの運命の始まりとも言える瞬間だった。

 だが、定めとは残酷だ。
 咲耶にもまた、お役目があった。彼女が持つ大太刀は代々受け継がれるものであり、嘗ての持ち主の思いが染みついている。
 刀の影響か、咲耶はいつも或る夢を見ていた。
 青い目をした羅刹の首を刎ねる。
 性別も姿かたちも違えど、みんな同じ目の色をしていた。
 それは過去の持ち主達が見た光景なのだろう。相手の首を刎ねる瞬間、青い目の鬼はみな決まって優しく微笑んでいた。
 全てを諦めたように、遍くものを受け入れるように。
 そして、慈しむような微笑みで総てを赦して逝く。
 首が転がって、眼が見開かれたまま彼らが絶命するところで目が覚める。それは此の地で巡る過去と未来の夢だ。
 選ばれた器は祭の夜に斬り殺され、死霊を乗せる船となる。
 悠里で何人目になるのだろう。分からないほどに繰り返されてきた因習は、これからも続くであろう哀しきもの。
 咲耶は悠里と共に日々を過ごした。
 器の贄とお役目の鬼。二人の関係はそういったもの。普通とは掛け離れた交流だったかもしれないが、共に居るときは心が安らいだ。
 悠里もまた、少しずつ心を育んでいた。相変わらず村人からの暴力は止まず、痛みにまみれた生活であることは変わらなかったが――。
 それでも、悠里の瞳には少しずつ光が宿っていった。
 姉さんと呼んでくれる声がいとおしかった。されど、時が流れる度に咲耶の夢は長く鮮明になっていく。
 いつしか、首を刎ねる羅刹の姿が悠里のものになっていた。
 目が覚める度に現実ではなかったことに安堵したが、同時に気が狂うほどの思いが咲耶の中に生まれていた。
 姉さん。
 そう呼んでくれる声が聞けなくなる。
 少しずつ人形から人になっていく弟の首を、いずれ刎ねなければならない。
 何より大切で、大事にしているのに。自身の手で幸福を刈り取る。そんなこと望んでなどいない。勝手に押し付けられて、勝手に決められて――村の者達はこちらの心の痛みや葛藤なんて知らず、犠牲の上で成り立つ幸せを得ているだけ。
(私には悠里しかいない。でも……)
 悠里にすら、咲耶の気持ちは理解できないのだろう。
 夢の中の羅刹と同じように、これがお役目だと笑って死んでいく。そう遠くない未来に訪れる結末を考えたとき、咲耶は孤独を感じた。
 誰にも理解されないまま、唯一の拠り所である少年もやがて失う。
 狂気と絶望に板挟みにされているかのような心地がした。きっと自ら彼を殺してしまった後、咲耶は何も持たぬ人形のようになってしまうのだろう。
 村のしきたりに従っていては共に生きていけない。このまま失うばかりの未来が訪れるならば壊す方が幾分もましになるはず。
 そうして、咲耶は祭の夜に全ての村人を斬り裂いて葬った。
 いとおしい弟だけを残して――自らを討たせ、殺される切欠を与えるために。
 
●咲く也、咲く哉
 私が何も得られないなら、あなたに与えてあげる。
 痛みがあなたを生かすのなら、私がその痛みになろう。
 ヒトとして生きていくために――縛り付けて、生きる苦痛を与え続けて、呪いにだってなってやる。
 だって、独りは淋しいもの。
 狂った世界に生まれた私達でも、この方法でならずっと一緒に居られるから。

 思いはあの頃から変わっていない。
 血を吐くような怒声をあげて、深い憎しみと愛の底でヒトに堕ちたあなた。
 これ以上、何も望まない。なんて最高の結末なんだろうとあのときは歓喜した。
 
 でも、足りなくなった。
 ずっと見ていた。ずっと心は傍にいた。あなたを守り、あなたが変わっていく様を見つめていた。仲間を得て、友を知り、死を選べなくなったあなた。
 あなたは私を忘れていく。
 痛みよりも強い感情を得ようとしている。それは駄目。許せない。
 だから、其処にもっと『私』という痛みを刻みつけたくなった。

 ねえ悠里。
 翅に触れられて飛べなくなった蝶はどうなるか知っている?
 そう。地面に墜落して汚れた地面でのたうち回ることしか出来ないの。
 でも私達は、きっと――。
 
水標・悠里
止めて、皆を傷つけないで
殺さないで
大切なものなのに

名を与え呼んでくれた
言葉を教えてくれた
貴女の優しさを信じていたかった
そんな貴女に殺される僕はなんて幸せなんだろうと

貴女が皆を傷つけるなら何度だって止める
使い果たしたっていい
そうすれば貴女に一矢報いる事ができる
貴女の望みが潰える最後の手段

止めるものですか
相打ちしようと殺すと決めた
互いに血と罪に塗れた大罪人
屹度地獄がよく似合う

道が分からぬなら導きましょう
黄泉の水渡る標
それが私

貴女を慰める人形じゃ無い
いっそ人形のまま壊して欲しかった

叶わぬ夢はもう終わり
次は新たな地獄で目覚めよう
さようなら、咲耶
藤の宿命と桜の名を継いだ人
これでもう思い残すことは何も無い



●咲耶と悠里
 桜鬼が大太刀を振るい、皆を傷付けていく。
 自分達以外を葬るために桜を散らし、血を浴びる彼女。その光景を見つめることしか出来なかったのは、あの祭の夜も今も同じ。
 いやだ、見たくない。
 叫び、嘆き、殺したと思った心が血を流す。
 不敵に笑った桜鬼は悠里をちらりと見遣った後、血染めの太刀を振るい続けた。
「止めて、皆を傷つけないで」
 殺さないで。大切なものなのに。やっと大事だと思えるものが出来たのに。
 悠里の心には今、痛みが巡っていた。
 彼女は自分に名を与えて、呼んでくれた。ひとつずつ言葉を教えてくれた。
 傷の手当をしてくれているとき。優しく微笑んでくれているとき。大丈夫よ、とそっと語りかけてくれたとき。どれも擽ったくて、痛かった。
 けれども他の誰からも与えられなかった、彼女の優しさを信じていたかった。
「……僕はあるべき場所で、あるべき時間に死ななければならないんだよ。そういう“もの”なんだ」
 あの日、彼女と交わした言葉をもう一度繰り返す。
 ただの“もの”に優しくしてくれた。弟だと呼んでくれた。そんな彼女に殺される自分はなんて幸せなのだろうと感じていた。
 しかし、彼女は――咲耶は、悠里を殺してはくれなかった。
 弟を生かしたいと願った彼女は今、悠里の痛みそのものになっている。他を殺して一だけを助ける選択など悠里は望んでいなかった。
 それでも、悠里は此処に生きている。
 望まなかったはずの生の中で多くの人と出会い、嘗て得た以上の心を識った。
 悠里は震える手を強く握る。
 これでは駄目だ。あの日と同じことは繰り返させない、と心が叫んでいる。
 悠里の手の中には朔の名を抱く短刀がある。腕を上げ、刃の切っ先を猟兵と戦い続ける咲耶に向けた。そうすれば彼女はふらりと身を翻し、悠里の元に駆けてくる。
 遠目にも彼女が疲弊していることが分かった。
 彼女は誰も殺せず、屠れなかったのだ。
 勝ち目はないと知った咲耶は全てを振り切り、悠里の元に訪れる。悠里こそが咲耶の求めている弟だと知っている猟兵達は、敢えてそうすることを赦した。皆、咲耶が弟を無意味に傷付けないことを理解していたからだ。
 そのとき、悠里の心は妙に凪ぐ。
 この戦いの終わりが近いのだと悟り、もう一度だけ心を殺すことを決意した少年は、真っ直ぐに彼女を見つめた。
「ああ、悠里」
「……姉さん」
 二人の視線が重なる。
 これまで魂の欠片は共にあったが、相対するのはいつ以来になるだろうか。
 陶酔した笑みを浮かべた咲耶の周りには桜の花が舞っていた。
 対する悠里の傍には死霊の蝶が飛び交いはじめる。真正面から対峙する二人の間に、桜降る夜と凪いだ水面の心象風景が広がっていく。
「貴女が皆を傷つけるなら何度だって止める」
「ええ、私をまた殺してくれるのね」
「この命なんて使い果たしたっていい。そうすれば貴女に一矢報いる事ができるから」
「それは駄目よ」
 赦さないわ、と咲耶は首を振る。
 しかし、今の悠里はこれが彼女の望みが潰える最後の手段だと思っていた。
 散華の力は咲耶の動きを縛っている。はたとした彼女は、その力を巡らせるのをやめて、と鋭く告げる。自分の行動が無力化されていることに対してではなく、悠里が命を削っている状況を懸念しているようだ。
 だが、悠里は決して死霊の蝶を舞わせることをやめない。
「止めるものですか」
 悠里はたとえ相打ちになろうと殺すと決めていた。否、自らが死ぬことで彼女の呪いを消そうとしているのだ。
「止めなさい。あなたは死ねないはずよ」
「いいえ。互いに血と罪に塗れた大罪人。屹度、地獄がよく似合うはず」
 悠里は静かに凪いだ瞳を咲耶に向けていた。
 咲耶は無理矢理にでも力の行使を止めようとしたいらしいが、動けないでいる。
「あなたはまた私を殺せばいいの。そうすれば次は、私達に永遠が訪れるわ……!」
 彼女は消耗していることもあり、焦っていた。
 咲耶は知っていた。常に傍に蝶として魂の欠片を飛ばしていたゆえに、悠里がどのような縁を得てきたかを理解しているつもりだった。
 だが、目論見は外れた。
 悠里は大切だと感じた人々を裏切ろうとしている。
 自ら死を選び、咲耶と共に散ろうとしているのだ。行使しているユーベルコードは強力である反面、使い過ぎれば死に直結するものだ。
 刻々と終わりが近付いてきているというのに、悠里は落ち着いている。
「道が分からぬなら導きましょう」
 黄泉の水渡る標。
 それこそが、今の悠里そのもの。
「違うわ。それは違う。私のために死ぬなんて、悠里じゃない……! 私が望んだあなたは、弟は……私のために生きて、私のことだけを考えてくれる、大切な――」
「私は貴女を慰める人形じゃ無い」
 咲耶が紡いでいく言葉を遮るように、悠里は鋭く言い放った。
 蝶が舞い、桜が散り、水面に波紋を作る。されど水はすぐに揺らぐことを止め、平坦な水鏡となた。それはまさに今の悠里の心模様を映している。
「人形なんかじゃ……」
「いっそ人形のまま壊して欲しかったんだ」
「……私は嫌だったわ。ねえ、どうして死を受け入れるの。どうして、一緒に生きてくれないの。どうして誰も……あなたさえ、私を理解してくれないの」
「理解ろうしないのは姉さんも同じだ」
 冷ややかにも聞こえる声で悠里は答えた。
 絆を繋いだ姉弟同士であれど、二人は互いを理解しようとしなかった。
 悠里は自分が愛されているわけではないと感じていた。都合の良い存在として、彼女が願う反応だけを望まれるだけ。其処に悠里の意思が入り込む余地はなかった。
 彼女が固執する完璧な夢、理想の未来を構成する道具に過ぎなかったのだ。
 だから――。
「叶わぬ夢はもう終わり。次は新たな地獄で目覚めよう」
「…………」
 咲耶は何も言わなかった。その代わりに一筋の雫が彼女の頬に伝っていく。
 こんな結末を望んだわけではなかったのだろう。何も出来ずに悠里が共に死のうとしている。彼女はそれが受け入れられないようだ。
 悠里は何の感情も見せぬまま、短刀を構えた。
「さようなら、咲耶」
 藤の宿命と桜の名を継いだ人。唯一の人だった貴女。
 別れの言葉はこれだけでいい。もうすぐ、共に地獄に落ちるのだから。
 一歩、彼女に歩み寄った悠里は刃を振り上げた。その胸に刀を突き立てて骨を潜って、心の臓を抉ってしまえばいい。
 悠里の残り時間はもう残っていないが、あと数秒あればいい。
 そして、短刀は予想以上にあっさりと、あの日のように姉を貫いた。
(これでもう思い残すことは何も――)
 だが、そのとき。
 動けなかったはずの咲耶が腕を伸ばし、悠里を抱き締めた。
「……え?」
「漸く解ったわ。ねえ、悠里。私はね……」
 咲耶は悠里の耳元で囁く。
 同時に桜降る夜の風景が大きく揺らいだ。突然に目の前が暗くなったかと思うと、悠里の意識は深い闇の底に沈んでいった。

●選び取るのは
 唐突に風景は変わり――。
 晴れやかな空が広がる田園風景。
 長閑で平穏な空気が満ちている畦道を、二人の子供が駆けていく。
「はやく、はやく!」
「待ってよ、姉さん。急がなくても母さんのお団子は逃げないよ」
「いいえ、駄目よ。はやく食べて貰いたいってお団子も願っているはずだもの」
「ええ、そうかなあ」
 姉と弟らしい少女と少年は笑いあいながら村の奥を目指していった。道の脇には桜の花が咲き乱れており、合間には蝶々が飛んでいる。
「――あっ!」
 その途中で弟が転んでしまった。
 はっとした姉は慌てて駆け寄り、膝を擦り剥いた弟を助け起こす。
「痛くない?」
「……痛い」
 今にも泣き出しそうな弟を見た姉はぱちぱちと瞼を瞬かせる。それからすぐに優しい微笑みを浮かべて弟を撫でた。
「ふふ、おまじないをしましょう。痛いのは桜の花と一緒に飛んでけー、ってね」
「少し痛くなくなったかも。咲耶姉さんのおまじないってすごいね」
「そうでしょう。けれど後でちゃんと傷口を水で洗いましょうね、悠里」
「うん!」
 羅刹の少年と少女。青い瞳と桜色の瞳が重なり、互いを映す。
 其処にはあたたかな微笑みと明るい笑顔が宿っていて――。

 それは絶対に有り得ない光景だ。
 幼い時分にすら経験したことのない平穏。彼の地に生まれた二人にとっては荒唐無稽な夢。咲耶と悠里は今、そんな景色を眺めていた。
「……姉さん、これは?」
 夢そのものでしかない光景を見つめていた悠里は咲耶に問う。
「私が望んだ夢かしら。死の間際には走馬灯のように思い出が巡るというけれど、理想も見られるようになっているかしらね」
 少年の隣に佇む咲耶は遠い目をしていた。
 おそらく此処は悠里の命を賭けた力と、咲耶の幻を見せる力が重なって生まれた軌跡のような空間だ。幻の中では時の流れは緩やかになっており、現実でいうたった一瞬程度の時間の中で二人はこうして話している。
 咲耶は景色の向こうに駆けていった姉弟を見送り、悠里に向き直った。
「これはきっと、私達が本当の姉弟として幸せに生きていて――いつか大きくなって旅立つあなたを、私が見送る世界。そんな理想の幻ね」
 咲耶は語る。
 もしこんな世界に生まれていたなら、普通を望めた。
 痛みを痛いと認識して素直に笑える弟。お役目の大太刀など受け継がず、夢に魘されることもなく、弟の幸せを願える姉。そんな風になりたかった。
「有り得ないよ、姉さん」
「そうね、知っているわ。けれど望んでしまった。それに気付いたこともあるの」
 悠里が否定すると、咲耶は静かに頷く。
 その表情にはもう陶酔した笑みは宿っていない。二度目の死を迎えることでオブリビオンとしての狂気や、元あった絶望がすべて抜け落ちているのだろう。
「悠里。私は――あなたに生きていて欲しい」
 其処には弟を縛るという思惑も、理解して欲しいという願いもない。
 生きてほしい。
 本当はただ、それだけだった。
 因縁や決まり事、土地の呪。そのようなものを削ぎ落とした心は単純明快。
 村の因習や呪の所為で全てが歪んでいた。他者への愛というものだと誤認していたものは自分を守るための自己愛だった。
 咲耶は悠里を愛していなかったわけではない。愛し方を知らなかっただけだ。
「……そう」
「分かっているわ。どんなに懺悔しても罪は消えない」
 悠里が何と答えていいか分からないでいると、咲耶が一歩を踏み出した。
 重ねた罪がなかったことになるわけではない。いずれ咲耶は骸の海にすら還ることなく消え、力を使い果たした悠里も死を迎える。
 いつの間にか、辺りは暗闇に包まれていた。幻の力が消え、現実に戻るときが来たのだろう。咲耶はゆっくりと、更に深い闇の方に歩いていく。その先を導くように死霊の蝶が舞っていった。
 不意に立ち止まり、振り返った咲耶は悠里を呼ぶ。
「悠里、選んで」
「姉さん?」
「私と共に地獄に逝くか。それとも、向こうで待っている人達の元に戻るか」
 咲耶が示したのは反対側。
 闇の奥には月光のような一筋の光が射しており、其処から桜の花弁が飛んできた。
「でも、私も地獄に堕ちるしか、もう道は――」
 戻ることなど出来るはずがないとして、悠里は否定しようとした。だが、咲耶はその声を遮るようにして首を横に振る。
「いいえ、あなたが望むなら……私が、最期の力であの光の先に還す」
 あなたを待っている人がいる。
 あなたには生きていく理由が出来ているはず。
 咲耶は微笑み、悠里を瞳に映す。其処に邪気などは一欠片もない。
「今までずっと振り回していたんだもの。最期くらい姉らしいことをさせて。これからどうするかは、あなた自身が選んでいいの。それに――」
 咲耶は最後まで言葉を紡がなかった。
 しかし、悠里には彼女が何を言いたかったのか理解できていた。
 己で道を選び、行く先を決める。
 姉弟で進む何もない闇の果てか。それともひとりで歩む光の先か。
 闇と光、両方へと交互に視線を向けた悠里は俯く。そして、静かに顔を上げた。
「咲耶……」
 姉は弟の返答を黙って待っている。そして、少年は決断を下した。

「私は…………いえ、僕は――――」


●寂滅為楽
 眩い光が桜の領域を包み込む。
 不思議な光が満ちたのは、少年が桜鬼に短刀を振り下ろした直後のことだった。
 光が収まったとき、猟兵達は桜の世界から解放されていた。白み始めた空に月が浮かんでいたが、急な満ち欠けは見えない。桜の花も蝶も舞っていないことから、此処こそが現実の桜屋敷なのだと分かった。
 即ち、桜鬼が倒されることで異変は収まったのだ。勝利を知った猟兵達が視線を巡らせると、樹の下にひとりの少年の姿が見えた。

 花のついてない桜の樹。
 其処に抱かれるようにして、少年が座った姿勢で背を預けている。
 力なく落ちている指先には力尽きた一羽の蝶々が寄り添っていた。少年の瞳は閉じられたまま、その身体は微動だにしない。疲れ果てて眠っているのか、それとも――。
 桜鬼が最期に何を望んだのか。
 少年が最後にどのような選択をしたのかは、まだ誰も知らない。

 そして――終わらぬはずだった夜が、明けていく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2021年05月08日
宿敵 『蝶囲う桜鬼』 を撃破!


挿絵イラスト