羅針盤戦争〜皿上に眠る
●
赤子が泣いている。
中空を蹴る鰭を翻し、海獣の群れが踊る。木々の最中に反響するように、彼らはひどく喜ばしげに鳴いていた。
胎より零れ出る歓喜の悲鳴が、また一つ生まれた。跪く女たちの合間を泳ぎ抜けるそれが、天高く己が証明を叫ぶ。
――ざわめく梢の音だけが、過去の再来を見ていた。
●
「仕事だ。ちと気味の悪い話になるが」
眉根を顰めたニルズヘッグ・ニヴルヘイム(竜吼・f01811)が示すのは、グリードオーシャンに浮かぶ島の一つである。
人の気配はない。代わりに鬱蒼と生い茂る木々が揺れている。ある種でいえば長閑な光景だ。
――その最中に響く、甲高い悲鳴のような泣き声を覗けば、の話だが。
「この島の中央で、何かの儀式を行っている連中がいる。察しの通りコンキスタドール――『森羅の巫女』とか呼ばれる奴らだ」
怪物と化した海獣を生み出す彼女らは、胎のような肉塊を中心に、ひたすらに祈りを捧げている。その周囲を跋扈しているのが、森中に響き渡る声の主たちだ。
「イルカかシャチか――まァ何でも構わんか。形はそれに似ているが、中身は全くの別物だ」
常に多方向から発せられている周波が、方向感覚を狂わせる。人間の耳には赤子の泣き声によく似て聞こえるそれは、同時に強い恐怖と不安を以て心を揺さぶるだろう。
闇雲に歩いているだけでは元の位置に戻されかねない。先に進んでいるつもりで同じ場所を歩いていた――というのは、ただでさえよく聞く話だ。まして響く声の中に長くいれば、消耗は避けられない。
「何かしらの対策は必須であろうな。単純に目印を用意しておくだけでも、通った道か否かは判別がつくであろう」
幸いというべきか、海獣そのものは大した脅威ではない。辿り着いた先の巫女たちも、戦闘能力を持っているわけではないだろう。とまれ密林を抜けて、その中央に鎮座する胎を壊せば良い。その力さえ失せてしまえば、海獣も巫女もたちどころに溶け出して、後には何も遺らない。
「厄介な話だが、解決を頼む。やることは単純であるからな」
グリモアが煌めいた先、密林に響き渡る声が、その耳朶を支配するだろう。
――命の皿の上に零れる泣き声は、歓喜か悲鳴か、或いは。
しばざめ
しばざめです。密林の動物は好きです。
このシナリオでは『ジャングルと怪物海獣に対処する』などして頂ければ、プレイングボーナスを差し上げやすくなっております。
プレイングは承認~閉まるまでです。二十四時間は確実に受け付けております。
完結を優先いたしますので、人数によっては全採用が難しいかもしれません。ご了承頂ければ幸いです。
お目に留まりましたら、どうぞよろしくお願いいたします。
第1章 冒険
『怪物化した海獣たちの無人島』
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POW : 怪物化した海獣の脅威を打ち払って前進する
SPD : 不気味なジャングルを探索して、目的地である島の中心を目指す
WIZ : ジャングルの生態や、海獣の行動・習性などから、島の中心地を割り出す
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鳳凰院・ひりょ
〇
SPD
方向感覚を狂わせる赤子の泣き声…、なんだか怪談みたいだな…
ライオンライドでライオンを召喚
ライオンはネコ科の動物だから、犬みたいに自分達の匂いが目の前からしてこないか(つまり同じ道を行き来していないか)確認する、という事が出来ないけれど…、周囲を警戒してもらう事は出来るはず
その間に俺は周りの木々に退魔刀で目印を刻んでおこう
矢印の形式にしておくと、そっちにはさっき向かった、とかわかりやすいかな?
道中で遭遇した海獣は接近される前に遠距離から光陣の呪札の乱れ撃ちでガンガン削る
無事に島の中央に辿り着けたらライオンに騎乗し敵陣を突破
退魔刀で胎に貫通攻撃を叩き込む
●
――なんだか怪談みたいだな。
梢を揺らすのは風か、或いは音圧か。四方から聞こえる火のついたような泣き声は、成程確かに頭を掻き回す。
踏み込んだ一歩が正しい方向だったのかも分からない。振り返った先にも、眼前にそびえる木々とよく似た光景ばかりが映るのだろう。耳を劈く海獣たちの周波に、鳳凰院・ひりょ(天然系精霊術使いの腹ぺこ聖者・f27864)は僅かに眉間へ皺を寄せた。
とまれ――。
無闇に歩き出すのは危険だ。不協和音が心の底を揺さぶる心地は、言われずともそう長く感じていたいものではない。さりとて一つの身で為せることはそう多くない。周囲を警戒しながら前進を確認する――なんてことは、出来こそすれど精度は落ちるというものだ。
故に、ここは。
呼ぶ声に呼応して、密林の奥から馳せて来る体がある。生命の途絶えた木々を掻き分け、現れた立派な鬣のライオンが、ひりょに寄り添って喉を鳴らした。
「警戒の方はよろしくね」
黄金色の体毛を一撫でしてやって、その温度に指示を出すように、軽く背を叩く。同意を以て唸る獣は、しなやかな筋に力を込めて、主を惑わす海獣の群れの気配を追った。
――猫は犬ほど嗅覚が鋭敏でない。
己のにおいの在処を辿り、テリトリーではない場所で一度通った道であるのかどうかを割り出すのは難しかろう。それでも、秘めた筋力と鋭敏な感覚は、ひりょを守る武器になる。
周囲を飛び回る鰭を威嚇する姿を横目に、ひりょの方は付近の木へと触れた。表皮はさほど硬くはない。携えた迅雷の銘ならば充分すぎるほどだ。
徐に構えたそれを、今はナイフの代わりとして使う。進行方向へ向けた矢印を刻んで、警戒するライオンを呼び寄せた。
歩き出して暫し――。
不意に木々の狭間にひらめいた鰭へ、隣の獣が唸った。敵意を剥き出しにする彼は、しかし主の指示を待つように身を低くする。制するまでもない姿に頷いて、ひりょは懐より符を取り出した。
指先で弾けば、込められた閃光が梢の隙間を駆ける。刹那に貫かれ、ゆっくりと地に落ちる海獣の一部は、己がどこから攻撃を受けたかも分かっていないだろう。途端に騒ぎ出す赤子の泣き声に思わず耳を塞ぎながら、彼は己の隣に立つ木を見遣った。
――どうやら知らぬ間に戻されて来たらしい。
矢印に一つ印をつける。これで何度通ったかも分かるだろう。
相棒が唸れば呪札を弾く。光弾が幾匹を地に返したかも分からないが、鼓膜を揺らし続ける泣き声が止む気配はなかった。
それでも、着実に前に進んで――。
辿り着いた先に、女たちが跪いている。
一様に見上げる肉塊が悍ましく蠕動した。その排出口から生み出される海獣が一声鳴くのを許すことはしない。
身を低くして主を待ち構えるライオンへ飛び乗る。同時に構えた迅雷が、今度は敵を見据えて怜悧に光った。そのまま軽く背を叩けば、産声を掻き消すように吠えた獣が全力で地を蹴った。
「そ――れっ!」
一心不乱に祈る巫女を蹴散らして――。
ひりょの構えた刃が穿った肉塊は、悲鳴を上げるかの如く、一度強く蠢いた。
大成功
🔵🔵🔵
蘭・七結
鼓膜を触れ続ける声音に揺さぶられるよう
思考を奪われ、惑い彷徨う
帰路を無くすのは、いやね
ひいらり、眼前を舞うもの
ラン――お願いごとよ
あなたに与うのは狂気耐性の能
薄く纏わうオーラのヴェールに乗せて
先を目指して往きましょう
見うつすものを忘れぬように
音色に揺らされ、道を無くさぬように
自身のあかを差し出して
通りすがる木々にいとを結わいでゆく
かえるべき場所は、此処に
悲鳴のいとを手繰り寄せるように
一歩、また一歩と歩んで往きましょう
ひとりきりで彷徨うことは恐ろしい
けれど、今はあなたが傍にいるもの
あかをもって、いとを成して
かえりみちを忘れないように
そこへと辿り着けたのならば
揺さぶる音色ごと、絶ってしまいましょう
●
耳朶を震わせる産声が、いまはひどく厭うて思える。
或いはそれが、さいわいを結ぶべき命でないからだろうか。心の底に眠る仄暗い澱を、やわい両手で暴こうとするからだろうか。この身を惑わし、思考を奪って、この木々のさなかへその身を隠そうとするからだろうか――。
どうにせよ。
「帰路を無くすのは、いやね」
蘭・七結(まなくれなゐ・f00421)は、そうと密林の向こうへ指先を伸ばした。
行き道と帰り道を探すような繊手に、あか纏う白蝶が寄り添う。眼前を舞うかくりよのいのちに緩やかな笑みを刷いて、彼女は温もりを孕む声でその名を呼んだ。
「ラン」
ひいらり、蝶が応じるように羽ばたく。
「――お願いごとよ」
与えるのは、この身を呑まんとする狂気に抗う力。
与えられたのは、泣き声を遠ざける白き加護。
ふたつを携えてひとりが歩む。一頭のひらめきの向こう、見える景色を目にうつして。
七結は――。
見うつすものを忘れない。ひとつとて取りこぼさぬ目が僅かな差異を見分けれど、それが中心へと近付く道なのかは判然としないままだ。
だから、指先に零したあかをいととして、立ち塞がる梢へと巻き付ける。鼓膜と心を揺さぶり続ける悲鳴は、身を包む加護のヴェールに阻まれ、芯までも惑わすことはない。けれど幾分、普段よりは難しい顔をした彼女の前に、舞う双翅が心配げないろを携えた。
「大丈夫よ」
ゆるやかにわらう。
悲鳴のいとのさきは、確かにこの奥に繋がっている。確信を持って、けれどこの密林の中をひとり彷徨っていたのなら、どれほどに心細かったろう。かえるべき場所を示すあかいとを見失えば、もう戻れない――そういう心を掻き立てる音色の中で、七結はしかし、ひとりではないのだ。
「今はあなたが傍にいるもの」
踏みしめる土をしだく音。頭を揺さぶる聲たちのさなかでも、はっきりと聞いて取れる。巡る木々へと幾重にあかを成し、行き道であり帰り道であるひとつの路が、まっすぐに七結を導いてくれる。
あかを結わいて、いとを辿って――。
辿り着いた先には命の器があった。赤と黒の混じり合う肉塊が、いまにも新たな異形を生み出そうとしている。泣き止まない赤子を前にして、生をやどすには無機質な生命の皿は、ただ蠕動を繰り返すばかりだ。
一様にそれを見上げる彼女たちは、息すらも止まっているのだろうか。
現れた過去の裁断者には見向きもせず、祈りを捧げ続ける巫女たちの合間にあって、不規則に脈打つそれを見上げる。いのちの儀式というにはあまりにいびつで、芽吹きの春というにはあまりにつめたいそれに目を眇め、七結は黒き鍵をゆっくりと構える。
白蝶が舞うのに頷いて――。
彼女は、踊るようにかろやかに地を蹴った。
「――絶ってしまいましょう」
忘れ得ぬかえりみちを、戻るために。
大成功
🔵🔵🔵
クロト・ラトキエ
赤子の、泣き声。
これが戦場なら、いい目印だし抵抗もしないし、格好の餌食なんですけどねぇ。
…普段なら、恐怖と不安になんて縁遠い音。
けれどそれが、邪魔をして来るというのなら。
入口の明度、奥の暗さ。
茂る木々、蔦の植生。木漏れ日から測る陽の位置。
後は…お約束、ライトに反応する塗料で矢印を。
通行したか。方角は何方か。植物の類から外寄りか暗所か…
何より。響く、といっても、近い程大きい事だろうし。
海獣を、巫女を…胎を、見付け次第。
邪魔して来るのであれば、動きを見切り損耗を抑え、
UCも以て鋼糸にて排してゆきつつ。
中心に辿り着いたのが己であれば、突き立てる刃は躊躇いも無く。
『やることは単純』
…えぇ。実にその通り
●
耳を劈く泣き声は、成程どこから聞こえてきているのか判別をつけづらい。
とはいえ、反響音を利用した位置の偽装など、戦場においては身に付けていて当然の技量だ。幾分場慣れしすぎた耳ならば、一つ一つを追うのにさしたる労は要らない。
故に――。
「これが戦場なら、格好の餌食なんですけどねぇ」
至極長閑に独りごちたクロト・ラトキエ(TTX・f00472)は、無防備な生命体の姿を脳裏に描いて、僅かに首を傾いだ。
これが雑踏の中で聞こえて来るなら、微笑ましく見守れもするものだろう。けれど生命の息吹が途絶えた静謐に響くとあれば話は別だ。周波数がどうの――と説明をされずとも、このちぐはぐな空気は、まるで一歩踏み間違えた異界のような不気味さを漂わせている。
いずれ――クロトには関係のないことだが。
梢を揺らす風の隙間から、不安定な陽光が揺らめいている。見上げれば木立が陽を遮るが、位置を特定するには充分すぎるほどの影がある。
未だ入り口付近と思われる現在地は、幾分かの空間が見て取れた。けれど背に受ける光の向こう、光の届かぬ奥地へと続く道の先では、暗渠が口を開けてざわめいている。どうやら陽光差し込む周辺に蔦類の植物は少ないとみえるのは、それらが潮風を避けたためだろうか。
一歩を進むごと、並ぶ木々へと指先を擦り付ける。手にした塗料は光に反応する代物だ。描いた矢印は通行の証明代わり、同じ道を回り続ける労の回避には十全だった。
ゆっくりと動く陽の位置は、影の差し方を見ればすぐに分かる。となれば己の向かっている方角を、大まかなれど割り出すことも簡単だ。
時折見上げる空は、気付けば随分と小さい。足許で踏みしだいたのは、枯れて落ちた蔦類と――シダの近縁種だろうか。
どうやら目的地は近いと見える。
相変わらず周囲を飛び回る泣き声は、クロトに向けられた怨嗟の声に似る。即ち彼にとっては、道往きに踏み割る雑音と変わりないということだ。
研ぎ澄ませた耳は、それらが特に多く回遊するとみえる中心地を鋭敏に聞き取った。時折はぐれて現れる鰭とて逃さない。指先に繋ぐ細糸をしならせれば、断末魔すらも刈り取る死毒がたやすくその身を斬り棄てる。
「――さて」
木々の間隔が開いて来た。
この先に何らかの開けた空間があることを示す手がかりだ。迷うことなく進めた足の先、跪く女の集団が目に入るや、クロトの腕がひときわ大きく波を描いた。
断裁――拾式。
静謐な死が首を落とす。崩れ落ちる同胞らに目を向けもせぬ巫女たちは、その中央に鎮座する肉塊を一様に見仰いでいた。蠕動するそれは、恐らく普通の人間であれば吐き気を催すような代物なのだろう。
それもまた、彼にとってはさしたる情動を齎さないけれど。
近付いたそれに触れることはない。けれど振り上げた懐のナイフには、躊躇もまた存在しない。
――突き立てたそれが悲鳴の如く蠢いて、眼鏡に赤が散れど、尚。
「『やることは単純』……えぇ。実にその通り」
致命に至る傷口を作るようにして、男の指先は、突き立てたナイフの柄を捻った。
大成功
🔵🔵🔵
佐那・千之助
〇
普段からハンカチは多めに持ち歩いている
枝に結えながら目印にして進もう
元気な産声
半分向こう側の身、それらは幾らか身近なものに思われて
生まれたばかりの命を絶やすのは心が痛む
いかんな、そんなこと思っていては
世界を、ひとを護れないことが怖いのに
歩みを止めることが怖い
もういいと、赦されることが怖い
…え?
いや…きっと声に心を揺らされただけ
壊れた鍵を握り、食い込む破片で意識を戻す
ひとが見れば顔を曇らせるかもしれぬ光景
自分が生まれたときもそうだったろうかと親しみを込めて眺め
胎をこわせば消えるのなら、今少しだけ…
明るい場所を游げるのは今日限り
いっぱい游いでおいで
そしたら…おやすみ
安らかにと祈りを込めて焔の華を
●
数枚目のハンカチを木に括り付ける。
元より気遣い屋の性分だ。持ち歩くそれらを、今は帰路と往路の印として、佐那・千之助(火輪・f00454)は木々の合間を縫った。
悲鳴のような産声は、それでもこの世に生まれ落ちた幸いを唄うように響き渡っている。ただの過去が上げる醜悪な鳴き声と言われてしまえばそれまでとあれど、彼にとっては幾分、耳に届く狂気は少なく感ぜられる。
千之助は――。
身に流れる血の半分を、過去より分かたれている。
忌むべき生まれと一蹴するには近しいそれらの泣き声が、恐怖とも不安とも違う感情でもって心を揺らした。どんなものであれ、どれほどに厭われたとて、彼らはこの世に生まれたことを喜んでいるのだろう。無垢ないのちを手に掛けることは、この手に宿した覚悟を、切り裂くような痛みで取り落とさせようとする。
――けれど。
ゆっくりと首を横に振って、もう一枚のハンカチを取り出した。木に括り付けたそれが揺れるのを二藍の眸へ焼き付けて、千之助の眼差しは前を見る。
怖いのは、止まることだ。
頽れてしまえば世界を護れない。蹲っていては、ひとを救えない。世界に灯す陽の色で、明けぬ夜に光を齎すことを見据えて歩いて来たのだ。今更止まってなるものか。膝をついて泣けば楽にもなろうが、それでは世界は変わらないのだ。例え礎となってても歩み行く。それを止めることが怖い。もう良いのだと、赦されてしまうことが――。
足が止まる。
――今、何を考えた。
首を横に振って息を吸う。むせかえるような緑の香は、故郷に点在する森を思わせて、少しばかり心が落ち着く。
吐息を零す頃には、もう先の心地は遠のいていた。成程、狂気の力が身を惑わせるというのは本当のことらしい――理由を見付けて、眸が僅かに安堵を湛えたのも、きっと気のせいだ。
強く拳を握れば、開く先をなくした金属の破片が肌に強く突き立った。零れる赤の痛みが、千之助を正気の淵へと引き戻してくれる。その心地にいたく安心するのは、何も己を惑わす声ばかりが恐ろしかったのではないけれど。
苦痛は全ての思考を乱してくれる。余計なことを考えぬままに進めることが、今は何よりも千之助を救った。
そうして――。
辿り着いた先にあった蠕動する肉塊を、色の違う二つの眸が見詰めている。
産み落とされる化け物を前に、女たちはただ静謐に祈りを捧いでいる。人が見れば眉根を顰めるような光景を前にして、しかし千之助はただ、どこか祝福するような思いすら抱いた。
己が生まれたときもまた――。
ひとの目からすれば、この光景と大差はなかったのかも分からない。
産まれた海獣が軽やかに飛び立つのを、彼の腕は咎めなかった。いずれ今日ばかりの命であるのなら、生まれ出でた世界を游ぐ心地を、今を以て咎めることはないだろう。
「いっぱい游いでおいで」
遅かれ早かれ、その短い生は終わる。
ならば指先に灯した焔を以て、せめてもの安らぎと祝福を――。
「そしたら……おやすみ」
祈りを込めて零した光が、いのちの皿も、その母も、全てを呑んで燃えた。
大成功
🔵🔵🔵
イフ・プリューシュ
○◇/WIZ
迷わないようにジャングルを歩けばいいのね
…そうね、杖からの金の魔法の糸を
通った道に残していくわ
たしかそんなおはなしがあった気がするの
それに倣って
それにしても、不気味な声ね
こわい声があまり聞こえないように
きもちを奮い立たせるために
うたをうたいながら歩きましょう
【狂気耐性】には自信があるから
多少は大丈夫だとおもうけれど
UC【小夜鳴鳥の献身】
このうたなら、索敵にもなるはず
海獣を見つけたら、すこしかわいそうだけれど
ばらの棘で刺してしまいましょ
森の中心をめざして
どんどん進んで行くわ!
ロニ・グィー
アドリブ・連携・絡み歓迎!
んもー
うるっさいなあー
ふんふん…
つまりシュババババッて真っ直ぐ行ってズバババッと解決すれば何の問題も無いってことだね!
【第六感】で方角に見当をつけて、クソデカ球体くんを次々にゴロゴロするよ!
後は耳を塞ぎながらその後をダダダダッと辿っていけばなんとかなるよ!多分!
球体くんで潰し切れなかったり進路上に現れた海獣くんにはUCをドーンッ!
んもー
だからキャアキャア五月蠅いってば
何であれ産まれくるものは祝福されるべきである
なんて言うけれどそれがオブビリオンっていうのはちょっと困るな
そもそも生きてもいないんだからさ
だから
ごめんね
●
「んもー」
響く声が脳髄を掻き回すものだから、思わずといった風に腹立たしげな声が出た。
「うるっさいなあー」
「不気味な声ね」
ロニ・グィー(神のバーバリアン・f19016)は不愉快が嫌いだ。頭を使うには幾分向いていない性質は、それ故に鋭敏に物事の快不快を嗅ぎ取る。この場に満ちる声のみならず、不自然な緊張を携えた空気もまた、好ましいものではなかった。
さして変わらぬ歩幅で隣を歩むイフ・プリューシュ(小夜啼鳥の白いばら・f25344)も、停滞する生を祝福する悲鳴に、すこしだけ眉根を寄せる。
まどろみを湛える金色の針から、魔法で編まれた金糸が零れた。木漏れ日を反射してきらきら光るそれが、いつか見たお伽話のように二人の足許を導く。
帰る道を示すのがイフなら、進む道を決めるのはロニだ。研ぎ澄まされた勘が示す方角に二人揃って足を向ける。
一歩先を行くロニの感覚は精確だった。出入り口からはそう狭くもない道が続いている。ちいさな体が通るには充分すぎる道を、彼が見当をつけた方角に向かって歩いていれば、少しずつ悲鳴の輪唱が大きくなる。
――それと同時に、蝕むような心地もまた、強くなっていくけれど。
「こわい声があまり聞こえないようにしないと」
「ふんふん。なら――」
イフの声に二三度頷いて、ロニがぎゅっと耳を塞ぐ。それだけでも遠くなる悲鳴に隠すことなく胸を張って、ちいさな少年は同じくちいさな少女にどやりと笑って見せた。
「こうしてれば、聞こえないよね!」
同時に生み出した無数の球体もまた、彼の力を示すよう。ゆうに身長を超えるそれが、木々の隙間を駆け巡り、或いはその幹をなぎ倒して道を拓いた。
大きく見開いた眸を瞬かせ、イフはその進軍を呆然と見る。早く早く――と急かす姿を追いかけて、腕に抱いた薄桃の人形を見下ろした彼女が、ちいさく笑う。
「たのもしいわ。ね、カトレア」
何もかもを一緒くたに巻き込んでいくそれに、けれど数多の悲鳴は止まない。次から次へと生まれる海獣の群れは、そう簡単に殲滅とはいかないようだ。
そうだとしたら――きっと耳を塞いでいても聞こえてきてしまうだろう泣き声の歌は、ロニの心を揺らがすだろう。
「それじゃあ、イフは――」
きもちを奮い立たせて、前へと進んでいくためのうたを。
一度死した身に、狂気の侵食は鈍い。口ずさむうたは自分を守るためのものであり、たくさんの球体で道を切り拓いてくれる同行者から、狂気を遠ざけるためのものでもある。
「どいたどいたー!」
イフが歌う穏やかな旋律は、近くにいるロニにもよく聞こえる。はかなき恋を秘めた小夜鳴鳥をうたう声に耳を澄ませようと思えど、騒ぐ海獣たちの声もまた、同じだけ耳に飛び込んできてしまうというもので――。
余計に眉根を寄せた彼は、不意に飛び出して来た一匹に向け、拳を固めた。
「んもー、だからキャアキャアうるさいってば」
生きとし生けるものは、それがなんであったとしても、生誕を祝福されるべきだという。
理論そのものは、ロニとて分かる。けれどそれがオブリビオンとなれば話は別だ。世界を停滞させる破壊者を祝うことなど出来はしないのであるから。
「すこしかわいそうだけれど――」
「そもそも生きてもいないんだからさ」
生まれたばかりの過去を咎める白薔薇が、その柔らかな身を包んで縛る。今度こそ苦悶の泣き声を上げるそれに、すこしだけ眉尻を下げたイフの唇は、それでもうたの続きを奏でる。
息を吸い込む彼女の横、強く固めて振り上げた拳を下ろすロニもまた、僅かに目を眇めて、ちいさく声を零した。
「ごめんね」
――破砕音が森中を包んで後、静寂が満ちた。
地を揺るがすような神々しき一撃の威圧は、一瞬だけ全ての音を止める。イフがうたうやさしい音だけが満ちるから、ロニの心は斜めになった機嫌を、幾分持ち上げることに成功した。
「よーし。この調子で、シュババババッて真っ直ぐ行って、ズバババッと解決だよ!」
「ええ、どんどん行くわ!」
まっすぐに歩くちいさな二人の行軍を、煌めく金色の糸とぬいぐるみだけが知っている。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ルパート・ブラックスミス
流動鉛を詰めた鋼の身としては、満足に飛べもしない海上よりは気楽だが。
…なるほど、耳障りだ。早急に事を済ませるとしよう。
UC【燃ゆる貴き血鉛】を撒きながらジャングルを侵攻。
周囲を【焼却】【地形破壊】しながら進めば目印になって方向感覚が狂えど視覚で自身の進行方向は把握できる。
胎のような肉塊を中心に、ということは胎に近づくほど海獣も密集しているはず。
【視力】をこらし【情報収集】、海獣の数に注意して指針としよう。
海獣が直接邪魔立てするならば大剣で【なぎ払い】始末する。
後は単純だ、胎を発見次第剣で叩き割るのみ。
●
囂々と響く泣き声が、海鳴りを遮って耳朶を揺るがす。
「……なるほど、耳障りだ」
その鎧の下が人間のかたちをしていたのなら、きっと片眉を持ち上げていただろう。
流動鉛は青く燃える焔である。まして身に纏う重い騎士鎧が本体とあらば、その身が水底に沈むのは必定だ。常に落下の危険を孕む海上戦よりは、こうして地に足をつけて歩ける任地の方が気楽だ――。
思ったからこそ、ルパート・ブラックスミス(独り歩きする黒騎士の鎧・f10937)はここに立っている。事実、揺れる船上を往くよりも足取りは確かだし、この鎧の身すらも劈く泣き声の不協和音の中に在っても、目標を見失ってはいない。
――最短経路で駆け抜けるが吉か。
心を揺さぶるものでなかったとしても、泣き声の嵐の中にあっては思考が害される。脳髄を掻き回されるより先に、任務を遂行するべきだろう。
覆う鎧を伝う隙間、その闇より零れ落ちる青い焔が、指先を伝って地に落ちる。
燃える血鉛が燻った。一歩を踏み出すと同時、俄に火勢を増したそれが、ごうと音を立てて風に揺れた。
眼前を燃やし尽くして――。
焼け朽ちた草木の跡は、一本の道のようにして、ルパートの前を切り拓く。
後は歩くだけで良い。鎧騎士の眼前に作られた道は、真っ直ぐに森の奥を示す。
視覚は、最も強く大きな情報だ。聴覚野で方向感覚を狂わされたとして、目に見える形で痕跡を残しておきさえすれば良い。歩いた道を忘れることもなければ、引いた線から外れる心配もないのだから――そういう意味でも、この能力を使うのが最適だ。
まして自由気ままに泳ぎ回る海獣らがいるのならば、標的を見失うということもあるまい。ちらほらと見えるそれらを敢えて泳ぐままにさせておけば、木々の隙間から目にする頻度と数だけで、十全に目的地との距離を推測することは出来た。
勿論、道往きを邪魔するというのなら、容赦はしないが。
眼前に飛び込む鰭を、抜き放った大剣で薙ぎ払う。流れる鉛が燃えさかり、亡骸と断末魔を余さず融かして地に還す。
一振り――。
残る残滓を払い、ルパートの足は前に進む。
果たして、血肉の赤黒い胎を前に、女たちは跪いていた。
神々しいとは言えまい。剥き出しになった生命を生み出す器は、息吹よりも禍々しさに満ちている。産み落とすものが祝福とは程遠い、過去の再来だというのなら、尚のこと――。
持ち上げた大剣の刃に迷いはなかった。伝う青鉛が燃えて、全てを呑まんと盛る。
ただ――それを、振り下ろせば。
苦悶の蠕動と共に、肉塊は燃え上がった。
大成功
🔵🔵🔵
ゼイル・パックルード
あんまりうるさいのは禁じ迷惑だぜ。迷惑なペットの処分はして、飼い主にも責任はとってもらわなきゃな
さて、人海戦術と行きますか。
ある程度の分身を作って手当たり次第に音の主を探すとしよう。
炎で作った分身だから、草木が燃えることで辿った道筋自体も分かるだろう。
後処理……は、まあ敵を見つけたらなんとかするとして
分身が海獣を見つけたり処理したら近くの木々を大きく燃やすようにする。
その場所へ俺自身が向かい、更に分身を作って……を繰り返しながら中心を探す。
中心へ行けたら俺自身の手で敵を殺すかね。何かを生み出すのは便利だけど、やっぱり自分でやってこそだしな?
化け物産み出す奴らが共感するかは知らねぇけど
●
気怠げに首を鳴らす。
密林の閉塞感は、砂漠地帯とは幾分違った緊張感を孕んでいた。その暗がりを見据えたゼイル・パックルード(囚焔・f02162)が、軽く息を吐いて目を眇める。
ひっきりなしに鼓膜を揺さぶる声の響きは、成程この身を絡め取ろうと必死らしい。承認欲求を持て余した子供の再現だというのなら、それなりのものとも言えるだろう。尤も――彼らにそんな意図はないのだろうが。
とまれ、道を切り拓かねば話にならない。
中心部といえど、島一つを占拠されたとなれば相応に広い。虱潰しに探すのも効率が悪いだろう。こういうのは効率良くやるに限る――お誂え向きに、そういう力があるのだから。
差し向けた指先から、赤く焔が滴った。見る間に形を変えたそれが示すのは、ゼイルとよく似た背丈の人型だ。揺らめくそれらには声もないが、敵の気配に猛るようにするさまは、正しく彼の本性の写し身と呼ぶに相応しかろう。
さりとて此度の本懐は、胸躍る戦いでも殺戮でもない。数にすれば両手で足りるほどの焔の分身が散開する先を、ゼイルはじっと見詰めた。
――歩くだけでも、焔が道を焼く。蛇が這ったような跡にも似て、通った道がよく見える。
さて後処理がどうなるのかは分からぬが――それは、今考えねばならないことでもあるまい。
海獣らが生み出されるのが胎だというのなら、跋扈するそれらは中心部に近いほど数が増えよう。幸いにして彼が立つ現在地の周辺には、そう多くのそれらは見て取れない。先行した猟兵らが狩り尽くしたか、或いはこの周辺は好ましい場所ではないのか。どちらにせよ、ゼイルにとっては有難い話だった。
――不意に煙が立つのを見る。
暗い密林の奥、燃えさかる焔はよく見えた。足を進めた先で分身が燃えている。足許で今にも灰と変わる鰭持つ海獣を一瞥して、ゼイルは息を吐いた。
化け物の痕跡を辿れば、中心地を探すのは難しくないのだ。
そうして幾度の分身を燃やしたか分からぬ頃――。
「あんまりうるさいのは近所迷惑だぜ」
独りごちる声は、その先に開けた場所を見たが故に零れたものだ。金色の双眸の奥、女たちが祈りを捧げる胎が、奇妙に蠢くのが見えた。
さて――誰かの手で殺させるというのは、楽しいものなのか。
ゼイルには理解が出来ない。故に彼女らにも分からぬのだろう。この手で獲物を引き裂く、心躍る感触のことなど。
だから分かり合おうとは思わない。携えた刃を握り直して、いつもの通りに振り上げるだけだ。
「迷惑なペットの責任は、飼い主にとってもらわなきゃな」
吐き出す息と同時に――。
蠕動する肉塊が引き裂かれて、苦悶するように赤を散らした。
大成功
🔵🔵🔵
ヴィクティム・ウィンターミュート
カルト宗教でも流行ってんのか?
こんな海だらけの世界でよくやるもんだよ
俺としては、全員海の底で死んだらハッピーって教義を押すね
ダメ?そりゃ残念…じゃ、消しに行くか
手早く終わらせるぞ──獣の狩りのようにな
今の俺は、どんな危険も、変化も見逃さない
怪獣どものいきり立つ殺気にも気付けるし、微細な気流の変化もそうだ
飛び掛かってきた怪獣は首を9度切り裂いて殺す
足跡は残ってるはずだろ?怪獣が辿った軌跡を幾つか統合してみりゃ、自ずとカルト女どもの居場所も特定できる
当たりを付けたなら急ぐぞ──樹を利用したパルクールで【ダッシュ】だ
視界に捉えたらら問答無用
全員の死亡を確認するまで、首狩りの獣は手を止めやしねえんだ
●
カルト宗教にしては、人間の信奉者が足りない。
「こんな海だらけの世界でよくやるもんだよ」
邪神の静かな支配を受ける世界とて、もう少しまともにやるだろう。皮肉めいて唇を持ち上げたヴィクティム・ウィンターミュート(Winter is Reborn・f01172)が、小さく息を吐いた。
――それだけで、この場はもう、彼の領域だ。
ぎらつく眸が獣の如く周囲を見渡す。僅かな空気の流れ、劈く赤子の悲鳴を上げる化け物どもの殺気、或いは幽かに揺れる草木の気配ですらも、獣じみて冴えた回路は見逃さない。
密林に最も適するものは何かと言われたら、ヴィクティムは迷わず獣だと応じるだろう。
故に己が獣となってしまえば良い。人間の領域を遙かに超えた知覚と勘が、最初からこの場所を知っているかの如く、彼の足を導いてくれる。静かな己の呼気、それを嗅ぎつける海獣の息遣い――それらが交錯する刹那に、もう勝負はついている。
引き裂く刃は九度翻る。首元を精確に狙うそれを避けるすべはない。獲物を狩る肉食獣が如くしなやかな動きが、断末魔すらを上げるための喉笛さえも深く切り裂いて、柔らかな屍肉を地に還す。
さて――。
本命は、この化け物どもを一匹残らず殺戮することではない。
見遣る地面には、案の定というべきか、海獣の痕跡が残っていた。地を掃くように揺らめく鰭の跡だ。草木に邪魔されたそれは、しかし今のヴィクティムの目にはよく見える。
跡を追って歩き出す。元より胎から生まれたものだというのならば、辿った先にあるのは確実に始点――即ち、目的地である女たちの居場所だ。
闇雲に歩き回るよりも余程早い。十匹ばかりを殺した頃には、卓越した演算能力が、既に推定位置を割り出している。
方角を見据えれば、それだけで準備は充分だ。正しく獣が如き脚力で地を蹴ったのなら、木々の隙間を軽やかに渡り歩いていくだけで良い。
――ランナーは、無駄を排除するのが鉄則である。
次に掴まるべき樹は見て取れなかった。そのまま地に降りた先――頽れるように祈りを捧げる女たちと、先行した猟兵らが作り出した骸の中央に、赤黒く胎動する肉塊がある。
ヴィクティムの背を優に越える胎が、不規則に蠢いて新たな海獣を生み出した。恐怖と不安を煽る悲鳴がまた一つ生まれるものだから、彼は躊躇なく歩みを進める。
「俺としては、全員海の底で死んだらハッピーって教義を推すね」
女たちに語りかけるような声とは裏腹――その目は機を窺っている。射程まではあと十歩ばかりといったところか。
巫女が声を返すことはない。ヴィクティムの声など聞いてもいないのだろうか。
「ダメ? そりゃ残念」
肩を竦めて――あと三歩。
「……じゃ、消えてくれ」
――踊る首狩りの刃がひらめいた後、そこには何も残らない。
大成功
🔵🔵🔵
リア・ファル
……やれやれ
鬱蒼としたジャングルに、怪物を生む儀式か
相容れぬ以上、放置もできないね
鳴き声が確かに聞えてくる
心を脅かすソレを直ぐさま演算解析、防壁を構築
(情報収集、聞き耳、オーラ防御)
マッピングも、自身の位置把握も
ナビゲーションAIの本領を発揮
道行きに目印兼、『セブンカラーズ』のペイント弾も使えば
惑うこともないだろう
(航海術、地形の利用)
その声は生誕の歓喜か
それとも悲哀の嘆きか
儀式によって歪め墜ちたというのなら、
せめて静かに眠れ
UC【琴線共鳴・ダグザの竪琴】
海獣たちへ旋律を捧げ進む
胎にたどり着くなら、爆裂弾を撃ち込んで終わりにしよう
●
生まれ出でる命そのものに、罪はないのだろう。
梢の揺れる音だけが響くそこには、生命の息吹と呼べるものはおよそ存在しない。あるのはただ、過去より出でた化け物の奏でる悲鳴ばかりだ。
――相容れぬというのならば、その生を認めてやることは出来ない。
踏み出した足を揺るがせようと、赤子の泣き声が心を穿つ。さりとてリア・ファル(三界の魔術師/トライオーシャン・ナビゲーター・f04685)の前で、それが意味を成すことはない。
周波数の解析は一瞬だ。搭載された演算機構は、天駆る船の一隻を担えるようになっている。響き渡る不協和音も、音波の一端として捉えてしまえば、後は周波を僅かにずらすだけだ。
その役を成すのが、周囲に展開した薄青の発光体である。音を遮る防壁が、心を蝕む泣き声を、ただの雑音へと至らしめてくれる。恐怖も不安も、或いは同時に齎される方向感覚の喪失すらも――今のリアには存在しない。
それでも――。
単純に、密林は驚異だ。
似たような景色が続く中を闇雲に歩き続けていれば、迷って進むも戻るも出来なくなるだろう。ならばと耳に添えた指先が、リアに宿る機能を呼び出すのだ。
――元より、彼女の出自はナビゲーションAIだ。
通信妨害を施された初見の地に突入する部隊を支えることなど、その本領と言っても良い。全てがUNKNOWNのこの地においてもそれは同じだ。突撃する歩兵は彼女自身だが、その力が鈍るはずもない。
眼前に展開したのはホログラムのマッピング。自身の位置と、外周に続く砂浜の角度から推定した島の大きさ、割り出した目的地との距離――その全てが映し出された代物だ。勿論、衛生支援を利用出来ない以上、ある程度の正確さは犠牲とせざるを得ない。それでも、そう長くはない距離を歩くならば充分すぎるほどだ。
念には念をと取り出した銃口を、迷いなく木の幹に向ける。魔力で充填される弾丸はリロードの必要すらない。撃ち出されたビビッドカラーは、薄暗がりの中にもリアの痕跡を浮かび上がらせる。
――その間にも響く声に、彼女はふと息を吐いた。
それは生命を喜んでいるのだろうか。或いは望まれもせず、望みもしなかった命を嘆く悲鳴なのだろうか。
どちらにせよ、過去の祈りによって生まれたそれはひどく歪だ。捻じ曲げられてしまったそれらを――いずれ、ただ壊すのみであるならば。
「せめて静かに眠れ」
声と同時に生み出された竪琴が、静かな旋律を奏でる。
望まれぬ命に送る鎮魂歌が、緩やかな眠りを誘って梢を揺らした。沈黙する森を歩いた先で、蠕動する肉塊を見上げたリアは、ひとつ目を伏せる。
それは、彼女にとっての電子の海と同じ――本来ならば生命の揺り籠であるはずのもの。
だとして、それが歪んでしまったというのなら、許すわけにはゆかないから。
「終わりにしよう」
構えた七色を示す銃口が、命の皿へと銃弾を撃ち込んだ。
大成功
🔵🔵🔵
冴木・蜜
向かってくる海獣や植物達の生態を分析しつつ
島の中心を目指しましょう
分析研究は本業ですので
体内毒を濃縮の上『無辜』
身体を気化させ
向かってくる海獣は
隙間を擦り抜ける形で
最低限の応戦に留めます
移動の際は身体を液状化
伸ばした腕を木々に引っ掛け
引き戻すことで飛び
枝に毒による腐食の痕を残しながら移動
腐食の痕を見れば自分の通った道は分かる筈
植物種を同定できなくとも
葉の形等が似た植物から生態は推測できる
海獣だって同じだ
本来群れないはずのモノが固まって来る方向を意識
その先を目指して進みましょう
其処に彼らを産む源がある筈
件の胎を見つめたら身体を気化
包み込み全て融かしましょう
狂った宴はこれでお終い
●
浮力を保っているのは尾鰭らしい。
縦方向への力と横方向への力を同時に生み出すことは難しい。風の入り込まない密林で推進力を確保するのは、全身の筋肉と胸鰭の役なのだろう。背鰭はバランスを取るために扱っているのだろうか。ならば切り落とせば地に落ちるかもしれない。
植生は、UDCアースで言うところの熱帯雨林とよく似ている。日と海風に晒された周辺こそ、クチクラ層の発達した木々や多肉植物ばかりが目立つが、奥の暗がりを見ればシダ科と思しき葉と蔓性植物の群れが見て取れる。奥か手前か――が重要な今回の任務であれば、足を向けている方向に見当をつけることはそう難しくはないだろう。
――分析研究は、冴木・蜜(天賦の薬・f15222)の本業だ。
人を救うために必要なのは、人の構造研究のみではない。植物を知り、効能を知らねば薬は作れない。動物の生態を知らねば、適応力を応用することは出来ない。そういう意味で、生態を持つものを相手取るのは、彼の適任といえた。
さりとて――心を揺らす悲鳴は、大本を絶たぬことには永劫に響き続ける。それらを真正面から相手取って時間を食っていたのでは本末転倒だ。
病も過去も同じだ。脅かすものは、その根幹を絶たねば解決にならない。
向かい来る海獣が泣き声と共に口を開く。並ぶ鋭い前歯は肉食の様相、対して厚みのある臼歯は草食の特徴。雑食だ。
その一撃を食らってやる気はない。肉を砕くための歯が噛み合わさる刹那に、蜜の体は掻き消えた。
――混乱する海獣たちの隙間をすり抜けて、気化した黒油の身が木々のさなかを滑る。
雑食――向かってきたところを見るに肉食に近い――ならば、その視界から外れるのは容易だ。草食動物とは違って視野が狭い。後方に抜けたところで即座に身を黒い液体へと戻せば、目論見通り、彼らはすっかり蜜を見失った。
量は少ないとはいえど、致死毒を浴びたその身は、いずれ冒され果てるだろう。けれど蜜の目的はそれそのものではない。
彼らの来た方向に向かえば――。
その先に目的地があることは明白だ。
液体から伸ばした腕で、体積を支えるに足るであろう枝に絡みつく。そのまま体を引けば、ゴムの要領で一気に前へと跳んだ。木々に残る腐食の跡が、密やかな毒の痕跡を彼に教えてくれる。
液体と気体を使い分ける身に、障害物はないも同然だった。ほとんど最短経路を突っ切る形で辿り着いた先に、命の揺り籠が蠕動している。
奇妙な肉塊だった。蜜とて医者だ。医学書で学んだことのある、己にはないその器官は――本来ならば、祝福されるべきものなのだろう。
過去を生み出す限り――蜜にとっては、壊すべきものに違いないが。
救うための毒が静かに気体へ変わる。
女たちの隙間をすり抜けて、ゆっくりと生命の皿を包み込んだ毒に、声なき悲鳴の蠢きだけが届いた。
大成功
🔵🔵🔵
ロク・ザイオン
(己は森番
森を歩む術は心得ている
目指す先に胎があるなら血肉の匂いは拭えまい
【地形を利用】し【追跡】、迅速に進もう)
(ほんとうは、こんなところ、気に入らなくて仕方ない)
――ああァァアアア!!!
(八つ当たりのように耳障りな【大声】をぶつけて声をかき消そう
他の者への標にもなるのかも知れない
単に喧しいだけかも知れないけれど)
(ととさまの森に、肉を産むのはあねごの御業だった)
(悲鳴を甘美な賛美歌と聞き間違える、己が待っていたのは、望まぬものを産むあねごの悲鳴だ)
(知らなかったことは、罪だ)
……何が、いても。
全部灼いてしまおう。
なにもかも。
●
血のにおいがする。
肉のにおいだ。命のにおいだ。それそのものは森の中に溢れているもので――けれど『これ』は、森の中にあってはならない病だ。
ロク・ザイオン(変遷の灯・f01377)は森番である。
どんな場所であれど、それが森である限り、彼女の庭と変わらない。梢の隙間を駆け巡るしなやかな肉体は獣に似て、周囲を見渡す眸は猛禽に似る。元より森とは資格に頼れば迷宮と同じだ。においを追う鋭敏な鼻と、あらゆる音を聞く耳こそが、標となって彼女を導く。
木々を揺らして駆け抜ける体から、確かに正確な感覚が失われていく。耳障りな泣き声に心を揺さぶられて、己が今どこを走っているのかもよく分からない。
それでも、鼻は嘘を吐かない。
獣道を掻き分け、獣すら通れぬような細い道に出たなら木々の合間を伝って、においの強くなる方向へと迷わずに駆け抜ける。むせかえる新緑のにおいですらも、ロクにとっては慣れ親しんだそれに相違ない。
本当なら――。
気に入らなくて当然だ、と思う。
赤子の泣き声はまるで悲鳴だ。腐した病のにおいが満ちるのも、その恐ろしい叫びが森を支配するのも。
それでも――。
ロクの中にあったのは、苛立ちや不快というよりはもっと、胸の奥に凝る鉛のような感情だった。
「――ああァァアアア!!!」
振り払うような叫びが森を揺らす。赤子の泣き声すらも劈いて、鑢の咆哮が木立を掠めた。音を立てて散る葉の中に紛れて、あかあかとした髪が駆け抜けた。
猟兵らは、それを標とするだろうか。そうだとすれば、きっと少しは助けになるだろう。
その向こうに、あると知っているのだ。
命の揺り籠。森に生きるものの全てが生まれる胎。赤黒い血肉のにおい――囲む女たちの背越しにそれを見詰めて、ロクはどこか呆然とした顔をした。
ロクが生きたととさまの森に、いのちを生み出すのはあねごの御業だった。
人が悲鳴と呼び、今は正しくそう聞こえる叫びを、この耳はうつくしい歌と取り違えた。甘美な響きを求め待ち望み、目を輝かせた在りし日の己が、蠕動する肉塊の前に跪く女たちの合間に見えるような気すらする。
――あねごの歌を聴くのが好きだった。
その意味を、今のロクは、どうしようもなく知っている。
無知は――罪過だ。
「全部」
あねごは望まなかった。
望まなかったから、啼いたのだ。
「灼いてしまおう」
脈打つ命のかたまり。肉を生む御業の核にあるもの。崇めるように跪く女たちも、生まれた肉も、すべて。
「なにもかも」
零れ落ちた焔の向こうで、陽の色をした髪が揺らいだ。
大成功
🔵🔵🔵
宵鍔・千鶴
島の木々が揺れる合間に
耳を劈くなきごえ
泣いているの
叫んでいるの
悲鳴や慟哭にも似た其れは
自身の思考さえ鈍らせる
……噫、五月蝿いなぁ
もうずっと昔にもこんななきごえを聴いたような気がする
自分?それとも誰か?
溢れ出しそうな記憶を仕舞って
辿った道の木の幹に
少し傷をつけ
桜を這わせ迷わぬ目印に
みーっけ、
密林抜けたなら
巫女と海獣双方へ
邪魔するならば先に
春纏うオーラ防御を施しながら
先制攻撃で燿夜で貫き
胎を一瞥して
此れが、
あのこえの発する要因か
「コレ」は何を訴えていたのか
何を祈っていたのか
ぐしゃり
不快な音を立てながら
肉塊を突き刺し抉り破壊して
ああ、何でもいいか
漸く、靜かになったのだから
けれど未だ頭の中で谺するのは
●
泣いているのか、或いは叫んでいるのか。
木立の間を揺らす声が響いている。耳を劈くようなそれは、随分と形を失いつつあるようだけれど――それでも充分に、心を掻き乱すような不快感で耳朶を撫ぜた。
「……噫、五月蝿いなぁ」
心底から厭わしげな声が零れる。思考を浸食するその悲鳴が、宵鍔・千鶴(nyx・f00683)を千々に掻き乱さんとした。鈍った頭の奥底から、現実の代わりに込み上げてくる思い出が、判然としない脳の中を曖昧に濁していく。
昔――。
もう記憶すらも混じり消えかけるような頃の話だ。
こんな風になく聲を聞いたような気がする。知らないような、知っているような、何もかもが曖昧な記憶の裡に、こえだけが反響している。
誰かの。
――或いは、自分の。
ぐらぐらと煮える過去の釜が溢れ出すような寒気が、背筋を遡るようだった。ゆるりと首を横に振って封じ込めるそれが、薄暗い中身を吐き出してしまう前に――。
通りがかりに、引き抜いた刃で幹を軽くなぞる。浅い傷跡を一瞥して、千鶴は足を踏み出した。
ふわりと香る桜が、彼の道往きを示してくれる。辿った跡に這う薄紅の花弁は、およそこの熱帯雨林には似つかわしくなくて――だからこそ、最も信頼出来る目印だ。
さくり、踏み出す音に集中する。要らない記憶が鎌首を擡げる前に。裡に渦巻くものが、千鶴を喰らってしまわないうちに。
「みーっけ」
ちいさく持ち上げた唇の端で、見遣ったのは開けた広場だ。
海獣の群れが蠢いて、巫女たちはその中央にいる。たなびく鰭が空を蹴って、幾分数の少なくなったそれらが、周囲を哨戒しているのが見える。
――抜き放つ刃が、音もなくひらめいた。
薄紅の春を纏うた千鶴の身が、その目に映るや否や。一刀が両断した体が力なく地に落ちる。敵襲を知り牙を剥かんとした一頭を、返す刃で穿った。
花弁が散るが如く――。
踊る剣舞が泣き声を穿つ。囲む女たちの間を切り分けるようにして、随分と静かになった中央で、千鶴は件の肉塊を見上げた。
「此れが――」
奇妙に蠕動するそれは、命を生み出す器だという。
何を訴えていたのだろう。何を祈っていたのだろう。こんな怪物たちに聲を託して、女たちを頽れさせてまで。
――何でも良いか。
振り上げた一刀を突き立てる。赤黒い体液が頬を濡らして、悲鳴のような蠢きが手にまざまざと伝わった。
――これで漸く、静かになるのだから。
もう何も聞こえない。悲鳴も泣き声も祈りも。
梢の音だけが揺らす耳朶に、それでも絶えず谺するのは――。
大成功
🔵🔵🔵
誘名・櫻宵
〇
噫、これはまるで
やや子の泣き声のようね
―歩みながら昔を思い出す
生まれたばかりの、やわらかな息子をこの腕に抱えた日のこと
泣き出して
やわこくて
どうすればいいのか分からなくて
同じ廓の姐さん達にたくさん救われた
…私の初恋が遺した唯一の証(いのち)
彼女の代わりに私が廓に入ったのだけどそんなことも気にならぬくらい
あの子の存在は
と、感傷に浸っては居られない
刀で木に印をつけ
生命を喰らい枯らしなぎ払い
呪華の蝶を飛ばし先を進む
一体ナニがうまれてくるのやら
巫女が祈るというのなら
胎からうまれるのは
神かしら?
はやくお顔がみたいわね
思い切り、その胎を斬り裂き
神罰巡らせ桜と咲かせる
生まれずとも美しい桜として
咲かせてあげる
●
生命を示す聲ばかりが響き渡る森の中に、ちいさく嘆息が零れる。
「やや子の泣き声のようね」
そうと囁く声音は、過去を相手取るには柔らかい。確かな香をたなびかせ、誘名・櫻宵(爛漫咲櫻・f02768)の背負う枝垂れ櫻が、ゆらりと揺れた。
その足取りに迷いはなかった。心惑わす聲に揺らぐ怖気の走るような心地より、赤子の声に思い出すあたたかな記憶の方が、ずっと大きいから。
――いつか、この腕が我が子を抱いたことがある。
紛れもない息子。ちいさくて大きないのち。生まれたばかりのやわらかな体は、櫻宵の体に抱えられるとひどくちいさくて、力加減を誤れば簡単に潰れてしまいそうな気がした。
心置きなく抱き寄せて挨拶をしてやるにはすこし怖くて――けれど、一度手に抱いた体を離すこともしがたくて。呆然としたように立ち尽くしたまま、ただ顔を覗き込む彼の手元で、赤子は突然大きく泣き出した。
それからは――大わらわだ。
赤子の世話などしたことがなかった。どうすれば泣き止むのかも分からないし、そもそも教えてもらった抱き方だって合っているのか分からない。大慌てでおろおろとする櫻宵を救ってくれたのは、同じ廓の姐さんたちだった。
たくさんのことを教わって、何とか子供の面倒を見てきた。櫻宵が初めて得た戀の相手が遺した唯一の証。廓にて送った籠の中の日々でさえも、あの日に得たいのちの重みに比べれば――。
――ゆるゆると首を振る。過去に浸ってばかりはいられない。此度の任務は、しっかりと遂行せねば。
刀が穿った幹が、たちどころに枯れ果てる。櫻龍に喰らわれていく生命が、彼の道往きに路を作る。呪華の翅がひらりと舞えば、目の前に開けた広場には、悍ましく蠢く胎がある。
祈る巫女たちは揺れる櫻を一瞥もしない。一心不乱に祈りを捧げる先、命の器からは果たして何が芽吹くのか。眇めた薄紅の春眸に、蠕動する肉塊がまた一つ、産声を生み落とすのが映った。
その中にいるのは何か。化け物を生み続ける胎が、本当に生み落とそうとしているものは、果たして何だというのか。
巫女が祈るというのなら――。
――神、だとか。
「早くお顔がみたいわね」
うっすらと、その艶やかな唇に笑みが浮かんだ。携えた銀閃がひらめいて、赤黒い胎にうつくしき薄紅を散らす。
芽吹きの春に変えてしまおう。屠った命のあかの分だけ、繚乱と咲き乱れる櫻を散らす紅いろとなると良い。
生まれられずとも――咲かせてあげる。
うつくしきものにこそ、神は宿るのだから――。
大成功
🔵🔵🔵
朱赫七・カムイ
〇
カグラ、本当に此方であっている?
第六感を働かせ
木に印をつけながら先頭を行くカグラに続く
偵察に行ってくれあカラスがふらふらだ
この声は何とも頭に反響してきて参るね
何かを求めているかのような声に聴こえる
巫女の祈りによりこれらは生まれるそれは
彼女らにとっての神なのか
それとも
我が子のようなものか
親の居ない私にはその想いは察することが出来ない
…おっと
咄嗟に飛び出した海獣からカグラが私を庇う
行先に迷い思案すればカラスが此方だと教えてくれて遮るものをなぎ払う
…私を、守るようなふたりは
まるで親のようだなんて
恩返しをしないと
胎も海獣も枯死の神罰で絡めとらえて切断する
これ以上の厄を生じさせるわけにはいかないからね
●
「カグラ」
呼ばわった人形がかろやかに振り返る。小首を傾ぐような仕草につられ、後方を歩く長躯もまた、すこしだけ首を傾けた。
「本当に此方であっている?」
――朱赫七・カムイ(約倖ノ赫・f30062)の問いに、カグラと呼ばれた人形が、自信ありげに頷いた。そのまま密林の奥へ消えていこうとする背を追って、カムイの手にある刃が木の幹を削る。
偵察にと送り出したカラスは先程帰ったが、この凄まじい泣き声にすっかり参ってしまったらしい。半身ともいえるカムイの肩に止まったきり、疲弊したような聲でひとつ、力なく鳴いた。
全く――同感である。
彼の方も、この劈くような泣き声には心底参っている。耳鳴りのように反響して、少しずつ体力を蝕んでいくのが自覚出来てしまうだけに、余計だ。
赤子は親を求めて泣く。ならば彼らは、一体何を求めているのだろう。
巫女の祈りによって、きっと命の皿から生まれ出でる何かだ。果たしてそれが何なのかは、おそらくは誰にも分からない。巫女が祈るというなら神か――或いは、我が子のように愛おしむものなのか。
尤も、親を知らぬカムイには、よく分からない心地だ。
親を慕う子の思いも、子を慈しむ親の思いも、あるということは分かっている。けれど普遍的な事象としてしか認識出来ないそれを、確かめるような機会も――。
「……おっと」
思索に沈んだ眼前へと、鰭が躍り出る。迷いなくカムイを狙ったその牙を、前行くカグラが防いで睨んだ。さて祓うか路を変えるかと、彼が視線を巡らせるより先、肩より飛び立ったカラスが鳴く。
――翼の一閃で泣き声は薙ぎ払われて、目の前には進むべき道が出来ていた。
肩に戻ったカラスが、背を押すように一つ声を上げた。前を往くカグラに視線を移せば、頷いて前を向く。
噫――。
護られている。
少なくともカムイはそう感じる。そうして知るのだ――子が親に抱く愛着の片鱗、護ってくれるものがいることの安心感と、その全幅の信頼を。こうして心預ける存在のある喜びを、叫ぶ赤子の声の中で、静かに噛み締める。
だから。
せめてこうして護られている恩を返さねばと――。
握り締めた喰桜の刀身より、権能の欠片が迸る。枯死の神罰が森じゅうを駆け巡り、全ての病を喰らって絶ち斬る。
ごうと吹き抜ける一陣の風に揺れる朱は、いつか黒を孕みし災厄の力を、再約の権と為す。厄斬の硃赫神がちいさく笑んで、晴れやかな相貌はたしかに、彼を支えるふたつの魂を見た。
「これ以上の厄を、生じさせるわけにはいかないからね」
大成功
🔵🔵🔵
曾場八野・熊五郎
ぬう、鱒之助がこの声を聴いてから落ち着かないでごわす
魚だから海獣が怖いでごわすかね
『情報収集、追跡、野生の勘』でもって目的地まで進むでごわす
この珍獣どもが肉塊から生まれたなら、そやつらの匂いが濃い方が目的地でごわす
足跡の多い方、風に乗った匂いの強い方に進むでごわす。トラッキングって奴でごわすな
我輩は耳が良いのでちと苦しいでごわすが、ヘルメットきつめに被ってなんとか我慢のしどころでごわ
迷子対策にちょこちょこマーキングもしとくでごわ
本拠地に付いたら『怪力』で思いっきり叩き割ってやるでごわす
鱒之助、気になることがあるなら自分で調べるでごわ(肉塊に叩き込む)
●
びちびちに魚が跳ねている。
その横にいるのは大層困った顔をした犬である。茶色の艶やかな毛に、つぶらな眸も愛らしい、紛うことなき犬だ。
「ぬう……鱒之助、落ち着くでごわ」
曾場八野・熊五郎(ロードオブ首輪・f24420)は喋る。
ついでにそこで落ち着きなく跳ね回っているのは鮭児だ。名を石狩鱒之助刻有午杉と言う。どうにも、この赤子の声を聞き始めてからずっとこの調子だ。何かを感じ取っているのか、或いは鮭としての本能が、天敵である海獣を恐れているのか――。
熊五郎にもそこまでは分からない。ともあれこのままでは日が暮れてしまう。早急に歩き出さねば、目的地に辿り着くこともままならないだろう。
それに――元より人間より遙かに耳の良い熊五郎にとって、この泣き声は些か酷だ。
その影響はより強く心を惑わす。ただでさえ大きな音を得意としないのが動物というものだ。常時着用するヘルメットをぎゅっと被り直し、耳を塞ぐようにして歩き出せば、幾分はましだが――それでも、長居をしたい場所ではなかった。
勿論、当てもなく歩くつもりもない。
犬の嗅覚は人間の数千倍以上も嗅覚に優れる。幽かに付着したにおいすらも容易に嗅ぎ分けるその鼻は、地に満ちる海獣たちのにおいの出所すらも探れるのだ。
よりにおいの強い方へ。或いは、僅かに地に残る鰭の跡を縫って。時折木へとマーキングをしておくのも忘れない。暴れる鱒之助が何か急かすように逸るのを押さえながら、熊五郎の足は着実に前へと進む。
人間より小さな体は草木を掻き分けるのにも役に立った。裏を返せば視界が利かないということでもあったが、そこはそれ――嗅覚と聴覚で補えば良い話だ。
そうして歩き抜けた先――。
蠕動する肉塊が、むせかえる緑の中にある。
周囲を旋回する海獣の群れに目を瞬かせてから、熊五郎はゆっくりと歩みを進めた。女たちは茶色の毛艶に興味を示す様子もない。ただ天を仰ぎ祈るように手を組む彼女らの真ん中で、傷付き果てた命の器が、それでも怪物を生み出さんと蠢いている。
それを見てか、或いは別の理由か。
鱒之助はよりいっそう強く跳ね回る。その様子にただならぬものを覚えて、熊五郎はしかと手に握ったそれへと声を投げた。
「鱒之助」
振りかぶる。
鮭児は声もなく暴れている。きっと何かがあるのだろうと、予感だけが二匹の間に流れた。
僅かな沈黙の後――。
「気になることがあるなら自分で調べるでごわ」
地を揺るがすほど思い切り叩き込まれた鮭児は、果たして命の皿の上に何を見たのだろうか――。
大成功
🔵🔵🔵
鷲生・嵯泉
相も変わらず不可解な真似をする……
兎も角先ずは辿り着かねば話に成らんな
――翼使招来、疾く参じよ
木々や下草の生え方や育ち方から方角を測り
ある程度進む毎に、烏天狗に向かった方向を覚えさせて置いてゆく
【動かず、方向を記憶して待機しろ】
基本的には届く音、空気の流れ、気配の濃淡を元に
より強く濃い方向へと進路を選ぶとしよう
……泣き叫ぶ赤子
生まれ落ちた歓喜の狂騒、或いは――生まれ落ちたを嘆く慟哭か
業を背負わされ生を受け、世を彷徨い、呼ばった声を慕うのか呪うのか
――否。何方にせよ……咎を問うなら生み出したものへこそ
そして今は、此の祈りを止める事が勤め
振り下ろす一刀を迷いはしない――其の為に此の刃は在るのだから
●
全く以て不可解だ。
何らかの理由のある行為であろうことまでは推測がついても、その先が解らねば不気味極まりない。ましてそれが過去の残滓の引き起こすものであるとなれば、世にとって善いこととは到底言えるまい。
踏みしめた緑の先を、柘榴の隻眼が見据える。耳を劈く悲鳴じみた泣き声は随分と数を減らしたようだが、その力は尚も健在だ。故に――。
「――疾く参じよ」
低く呼ばう鷲生・嵯泉(烈志・f05845)の声に応じて、天より飛来する小さな影がある。
掌ほどの小さな鳥頭の人型が、主を見遣って声もなく命を待つ。その姿を硬質な色が一瞥して、吐いた息は端的に指示を下した。
「動かず、方向を記憶して待機しろ」
承りましたとばかり、敬礼のポーズで止まった小さな天狗を置いて、嵯泉は一歩を踏みしめる。
その間にも観察は怠らない。海風による塩害を避けてか、奥地に進むほどに植生が変化しているらしい。薄暗い奥地にはシダ科の植物が多く、高く聳える木々に反して草の育ちが悪い。巻き付く蔦類は少しずつ密集していくようだ。眇めた眸にそこまでを映せば、己の向かう方角の見当くらいはつけられよう。
加え――。
異常というべきほどに気配に鋭敏な身にとって、集団で回遊する海獣たちは、そこにいるだけで標になる。
周辺の海獣は殲滅されたと見えて、気配は母体のある中央付近と思しき方向に固まっている。反響して位置を推定しにくいが、泣き声の聞こえる方角も恐らくそちらだ。潮風の流れる方に背を向けて歩けば、少なくとも見当違いの場所に出ることはなかろう。
道々には烏天狗を残しておく。命に忠実な彼らは、嵯泉が術を解除せぬ限り、そこを一歩たりとも動くことはないだろう。道標としては十全に機能してくれる。
そうして――。
開けた広場に鎮座する肉塊を見上げて、彼は浅く息を吐いた。
――泣き叫ぶ赤子が、その周囲を旋回している。表情は読み取れない。何を思っているのかさえも。
その命は、ただの罪過だ。生まれたときより業を背負い、そして朽ちてゆくだけのその身を、それでも歓喜するのか――或いは、この悲鳴も生を否定する慟哭に過ぎぬのか。
生み落とした者と、終ぞ声を交すこともないのだろう。当てもなく彷徨い続ける世で、己を呼ばう声を慕うのか、そうでなければ。
――呪っているのか。
浮かんだものを振り払うように、嵯泉はゆっくりと首を横に振る。
それをどう感じるにせよ、生まれたものに罪はない。問うべき咎があるとするなら、それは世へと生み落とすことを決めた者へと為すべきことだ。
生まれた揺らぎを律する指が、聢と柄を握り締めて胎を見た。今はこの祈りへ終止符を打つことこそが使命だ。
慣れた仕草で引いた刃が貫く臓腑の感触に、僅かに硬質な赤が細められる。
己が定めたことを、迷いはしないと決めている。
そのために、この刃は在るのだから――。
大成功
🔵🔵🔵
ロキ・バロックヒート
○◇
わぁ、これは耳が痛いね
耳栓とかしても聞こえてきそう
そんなに泣いてどうするの
誰もあやしてはくれないのに
さてどうしようかなぁ
迷子になるのはよくあるんだけど
目的地に辿り着くのは結構苦手
一応樹の幹にバツでも付けて
他の子たちが付けた目印も頼りに
【UC】で影の獣たちを喚んで虱潰しに探してもらう
今からかくれんぼの鬼をするの
制御が面倒だけどただ歩き回るよりはいい
敵影でもあればそのまま獣たちが喰らい付く
どうしても迷ったら第六感にでも頼ろうかな
密林を抜ければ胎を迷いなく影の槍で串刺しにする
溶けてなくなるものを見れば
こういうのなんていうんだっけ?
無意味?無常?虚しさ?
折角生まれてきたのにねなんて
憐れみだけ向ける
橙樹・千織
○◇
……煩い
頭の中で響く騒音に顔をしかめる
自分に催眠術を掛け
鳴き声を小鳥や風など自然の物と認識するよう試みましょう
音はこれでいいとして、中央までの道程
木々を傷付けるのは気が引けるけれど…仕方ないですね
今回は目を瞑ってもらいましょう
視界の確保も兼ね、進行方向の木々を最低限で薙ぎ払いつつ進みましょう
怪物の海獣を生み出し、祈る巫女…ここが目的地
中央のそれに祈っているの?それは一体…何?
悪いけれど、認識を変えるのも楽ではないから…終わりにしましょう
破魔を込めた刃で麻痺を伴う衝撃波を放つ
地形を利用しながら立ち回り、敵からの攻撃は戦闘知識を活かして見切り躱す
周囲に猟兵がいれば協力しつつ敵の討伐を試みます
●
耳を劈く悲鳴の群れは随分と遠のいて、けれど未だ、森の中に反響し続けていた。
「……煩い」
脳髄を掻き回す音に、橙樹・千織(藍櫻を舞唄う面影草・f02428)が眉根を寄せて声を零す。思わずと言った響きに相槌を打つロキ・バロックヒート(深淵を覗く・f25190)の方はといえば、それよりはずっと、長閑な調子だった。
「わぁ、これは耳が痛いね。千織ちゃん大丈夫?」
耳栓とかしても聞こえてきそう――なんて、彼が金蜜の眸を瞬かせるものだから。
橙色の眼差しは、少しだけ和らいだ調子を取り戻した。
「私は――催眠術がありますから」
いわゆる自己暗示だ。彼女自身の認識を書き換えてしまえば、この耳障りな反響音も、小鳥のさえずりや木立の揺れる音と変わりはない。
さりとて現実との乖離が強ければ、それを維持するのにも精神力が要る。なるべく早く抜けましょう――と声を揺らす千織の横で、ロキもまた頷いた。
「そんなに泣いてどうするの」
誰もあやしてはくれないのに。
嘯くように乗せる問いは、或いは彼が神であるが故か。
赤子のむずがる声は、聞き及ぶ悲痛なこえの色によく似ていた。零れ出る問いに応えはないことを知っていて、なおもロキは、遮断出来ぬこえと似た音に目を伏せる。
――ゆらりと小首を傾げば、それでいつも通りの顔を出来るのだけれど。
「さて、どうしようかなぁ。迷子になるのはよくあるんだけど」
目的地に辿り着くのは苦手だ。ふらふらと当てもなく歩くのは得意でも、そうしていては日が暮れてしまう。下手に迷えば出られないといったって、神であるロキにとっては、そんなに深刻なことでもないのだけれど――。
それが請け負った仕事なら、そうも言ってはいられないというものだ。
少し難しい顔をするロキの横で、千織もまた、幾分悩ましげな表情を見せた。手にした薙刀で道を切り拓くことは容易だろう。けれど木々とは彼女にとって特別なもの。無体な仕打ちをするのには、どうにも抵抗がある。
「木々を傷付けるのは気が引けるけれど……」
――今回ばかりは致し方ない。
少しの破壊には目を瞑ってもらうほかないだろう。往く道に立ち塞がる木々のみを両断した薙刀の向こうで、千織はそれでも、僅かに申し訳なさげに眉尻を下げた。
そうして彼女が路を開いてくれるなら――。
「じゃあ俺様こうするー」
こちらは躊躇なく、幹へと印を刻む。線を重ねて作ったそれを辿れば、きっと迷うことはないだろう。
それから――。
翳された神の浅黒い手の下へ、影から現れた数多の獣が寄るのが見えた。振り返ってロキを手招こうとした千織が、それを見てはたりと目を瞬かせる。
「そちらは?」
「ふふ」
――そっと。
自身の唇に人差し指を当てたロキが、戯れるように口を開いた。
「今からかくれんぼの鬼をするの」
虱潰しだ。
得意でないことはしない。数が多いだけに制御は面倒だが、あてどなく彷徨ったり、千織が痛ましげな顔をしてまで木々を傷付けるよりは良いだろう。
見付けた端から海獣を食らい、その痕跡を追っていく獣たちのうち、目標を見付けたものの場所へ向かえば良いだけだ。
そうして――。
草を踏んで、二人が辿り着いた先に、蠢く胎がある。
女たちの数も既に少ない。海獣らはちらほらとしか見て取れず、後はただ、傷付き果てて幽かに蠕動する命の器があるばかりだ。
はたりと瞬いた千織が、どこか呆然と問いを零す。
「中央のそれに祈っているの? それは一体……何?」
女たちは答えない。ただ赤子の泣き声ばかりが響くそこに、生きる者が何らかの意味を見出すことは出来ないのだろう。
どこか諦観めいた割り切りと共に、先に口を開いたのはロキだった。
「やっちゃおうか」
「ええ。認識を変えるのも楽ではないから……」
頷いた千織が薙刀を振るう。放たれた衝撃波が地を抉り、向かい来る海獣たちの動きを止めた。苦悶の呻き声を上げるそれらの中央、抵抗すら出来ぬ赤黒い臓腑を見上げて――。
ロキは、何らの躊躇もないまま、己が手にした影の槍で貫いた。
断末魔じみた蠢きの後、力を失った全てが地に還る。溶け落ちた一端を見下ろして、彼は小首を傾いだ。
「こういうのなんていうんだっけ?」
無意味。
無情。
或いは――虚しさか。
「折角生まれてきたのにね」
憐憫の声だけが、溶けて崩れた命の皿の上へ、零れ落ちた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
シーザー・ゴールドマン
なるほど。たまには森林浴というのもいいかも知れないね。
森の入口から中心部に目掛けて衝撃波(×なぎ払い)を放って一直線に木々を薙ぎ倒して道を切り拓きます。
その後、『アーリマンの降臨』を発動。
真紅の波動を放ち近づく怪物怪獣を死滅させながら中心部を目指します。
(飛ばずに歩いていきます)
(衝撃波は都度、追加して道を作ります。彼の歩いた後には道ができる為、迷うことはないでしょう)
中心部に着いたら肉の塊を一息に消し飛ばします。
●
「なるほど」
一つ息を吐いて、シーザー・ゴールドマン(赤公爵・f00256)が瞬いた。
眼前に広がる森は些か騒々しすぎるが、彼がそれを気にすることはない。一つ長閑に頷いた金色の眸は、にこりと人の好い笑みをつくって、納得したような声を上げる。
「たまには森林浴というのもいいかも知れないね」
そう。
――彼にとっては、どんな場所であれども関係はないのだ。
例え悲鳴が満ちていようとも。この身の感覚を狂わす周波が満ちていようとも。或いは、心の底を揺さぶるような恐怖が込み上げてくるのだとしても――。
その身も表情も、変わりはしない。成すべきことはただ一つであり、そうだとするならばやるべきことは単純だからだ。
森の入り口に立っている。その奥を覗くようなこともしない。路がないのならば作れば良いだけで、惑わす声がするというのなら、惑わされなければ良いだけだ。
入り口から真っ直ぐ。少なくとも中央に届く程度に――道を拓けば良い。
一直線に飛んだ衝撃波が、ごうと音を立てて一陣の風となる。木々を刈り取り、草を払って、シーザーのただひとつの挙動で道は完成する。
後は、全てを殲滅しながら歩けば良いだけのことである。
纏った深紅の揺らめきは、既に南中を過ぎた太陽に向かって伸びていく。本来ならば飛行をも可能とするその姿は、しかし先に言ったとおりの森林浴でもするかのように、悠々と木々の隙間を抜けていく。
周囲を旋回する海獣の群れなど何らの脅威でもない。時に竜や神すらも死に至らしめる権能に、たかだか生み出された怪物が敵うはずもない。
静かに絶えていくそれらの骸を掻き消すように、衝撃波は都度、シーザーの道を拓いた。倒壊する木々の音を後方に、真っ直ぐに進んでいけば――。
その先に、目指していた場所がある。
女たちはその権能に当てられ、ゆっくりと息絶えた。後はそこにあるものを壊せば良いだけだ。蠕動する命の器、或いは肉の塊。この島という皿の上に据えられた――胎だ。
触れる。
シーザーが行ったのは、ただそれだけだ。
死の波動が肉を包む。跡形もなく灰燼と帰したそれを中心に、島に響く泣き声が消えていくのを聞き届けて――。
シーザーは、ゆっくりと踵を返した。
大成功
🔵🔵🔵
シン・コーエン
怪物を生み出す連中に好き放題させる訳にはいかない。
見つけ出して速やかに処断しよう。
周波対策としてオーラ防御を纏い、振動させ続ける事で周波と相殺して無効化。
迷わない様に目に付くよう途中の枝を斬って目印にすると共に、所々で空中浮遊で樹上まで上がって島の中心部の方向を確認。
また、川や崖などの障害物も空中浮遊と自身への念動力で真っ直ぐ乗り越える。
できる限りの最短距離で島の中心部にある儀式場に到着。
海獣や巫女たちの攻撃は第六感と見切りで躱し、灼星剣を抜いてUCによる3回攻撃に炎の属性攻撃と衝撃波を上乗せして、怪物を生み出す胎を完全に破壊する。
俺達は戦争を終わらせる為に進む。
お前達とはここでさよならだ。
●
対処は速やかに行う方が良い。
ましてや怪物を生み出すような存在が相手だ。好きにさせておけばどれほどの被害が出るのか分からない。この戦争が終わった後に禍根を残すようなことは、出来ればしたくはなかった。
ならば殲滅するほかあるまい――陽の光に金色の髪を靡かせて、シン・コーエン(灼閃・f13886)は精悍に前を見据えた。
身を揺るがし心を惑わす周波には、纏う防護の力で対抗する。振るわせるそれが生む震動が、音波を相殺してくれるところを維持したままで、彼の足は真っ直ぐに森へと踏み入った。
――行くべき場所が決まっているのならば、後は障害をどれほど速やかに排除できるかに掛かっている。
彼が取る行動は、まず最低限の道の確保だった。手にした刃で枝を斬れば、それだけで目印となろう。少なくとも、帰り道を示すには充分すぎる印だ。
奥地へと進めば進むほど、己の現在地は分からなくなっていく。似たような景色が続くそこをただ回るだけにならないようにと、木立の隙間を見上げたシンは、徐に地を蹴った。
体が舞い上がって――。
木々すらも飛び越した目は、はっきりと島の全景を捉えた。己のいる場所から中心までの距離と方角を確かめて、その身はゆっくりと地に戻る。確かめた方を真っ直ぐに向いたまま、彼の足は再び一歩を踏み出した。
眼前に川があれば飛び越えるのみ。木々が邪魔であるならば、丈夫そうな枝に登って越えれば良い。最短経路を行けば、シンを惑わせる音波が最早効力を成さぬ以上、目的地に辿り着くのは容易だ。
――そうして。
辿り着いた先にある胎を囲んで、女たちが頽れているのを見た。旋回する海獣の群れはさしたる数もいない。先行した猟兵らに殲滅され、ここにいるのは新たに生み出されたものばかりなのだろうか。
シンを見付けるや牙を剥く海獣たちとは裏腹に、巫女は何らの反応も示さなかった。
ならば――。
最低限の対処で済ませるに限ろうと、シンは灼星剣へと己が防護を注ぎ込む。燃えさかるように煌めいたそれで海獣を薙ぎ払い、そのまま胎へ向けて地を蹴った。
「俺達は戦争を終わらせる為に進む」
――邪魔立てはさせない。
一度目の斬撃を受けて苦悶にのたうつそれへと、二打目を叩き込む。そのまま振りかざした最後の一撃の向こう、青空を映した眸は凜と瞬いて、思い切り刃を振り下ろした。
「お前達とは、ここでさよならだ」
叫ぶような痙攣の後――。
完全に沈黙した胎と溶けて地へと還る全てに背を向けて、シンの眼差しはただ、真っ直ぐな決意に煌めいた。
大成功
🔵🔵🔵