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神獣のねがい

#サクラミラージュ


●わかってる、“自分”が何をしていたのか
 甲高い悲鳴が聞こえてきた。
 ゆっくりと瞳を開けると、そこは人々が無尽に動き回る帝都にしかれた十字路の中央だった。
 人々が自分の姿を見て、距離を取り、叫び声を上げている。
 その光景を見て、自分は遠い過去を思い出した。
 年中咲き誇る桜の花が美しい、遠い春の過去の日に。
 自分はこちらを神獣と崇めた人間達を、祭りの最中に喰らい、引き裂き、貪り尽くしたのだと。

 身体が重い。意識を取り戻したばかりなのに、まともに動けるかも分からない。人々が遠巻きに取り囲んでいる。影朧救済機関に助けを求める人の声を聞く。

 にげて。心が叫んだ。
 脳が、理性と本能が葛藤していた。遙か過去『自分が肉を喰らって殺した人間を助けたい。だって私は人を愛しているのだから』そのような、大いなる矛盾が胸の内に湧き溢れている。

 にげて。血を吐くような思いで、人間の言葉を紡いだ。
 また本能が勝って、大好きな人々を殺してしまう。理性が戻って食い散らかした人を癒やしても、命ばかりは戻って来ない。
 でも、理性とも本能ともつかない感情が、心の中で渦巻いた。
 ……穏やかに桜の花びらが降り注ぐ、あの神社でもう一度、人々が優しく微笑み祭りを楽しむ情景が、もう一度だけ見てみたい――。

●グリモアベースにて
「遠い昔、かつてとある獣を神獣と崇めていた神社があった」
 グリモア猟兵として予知を書き留めた紙を手に、レスティア・ヴァーユは依頼に招集を受けてくれた猟兵達に事情を説明していく。
「今回の影朧は『そのもの』ではないだろう。だが、サクラミラージュのオブリビオンとして生まれた『過去の滲みの一欠片』にしてはあまりに憐れだ」

 その『過去』は、神獣としてとある神社に奉られ、平和な時間を過ごしていた中、遙か遠い昔に、人が集まる幸せな祭りの真っ只中に、その人々を血袋と肉塊へと変えたのだという。
「温和な正常な存在と、獣の本能が明瞭に分かれており、一つの身体ではどちらかしか動けない。戦闘となれば、さぞかしやりづらい相手となるだろう。
 だが――今回の対象は弱体化している。影朧は即斬るのが習わしだが、今回の影朧には『願い』がある。執念の度合いとして『執着』とも言えるだろう。
 そのため、戦闘における無力化が出来れば『影朧の救済』を優先してもらいたい」
 その影朧には、心に唯一残った願いがあるだから。そうグリモア猟兵は告げた。

 その願いとは何か? 猟兵の誰かが問い掛けた時、グリモア猟兵は少し答えを出すには複雑そうなな表情を浮かべた。
「過去に、惨劇を起こした神社で、また自分が神獣であった頃のように、祭りを見て人の笑顔を目にしたい……だそうだ。
 その事件が起きた神社は幸いにも目星がついており、幸いにもまだ参拝客が途絶えてはいない。
 祭りの準備などはこちらで手配をしておこう。
 先に皆には影朧の沈静化。そして影朧を連れたその神社までの道の安全確保を願いたい。簡単なようだが、弱った影朧は人の悪意一つで消え去る存在だ。難しい任務なると思う。
 それらに無事に成功すれば、こちらの用意する祭りにも是非自由に参加してほしい。
 あの獣には……可能であれば、温かい、最後の夢を見せてやりたいと思った。
 ――それでは、よろしく頼む」
 作戦の成功を願うかのように、グリモア猟兵は猟兵達に静かに頭を下げた。


春待ち猫
 こんにちは、春待ち猫と申します。
 この度は、初めてのサクラミラージュと言うことで緊張しておりますが、どうかよろしくお願い致します。

 今回の章詳細は以下の通りになっております。

●第1章:ボス戦
 帝都内に突如現れた巨大な獣型の影朧です。大分弱っておりますが、放置すると周囲に被害が出るため、戦闘で更に大人しくさせる必要があります。

●第2章:冒険
 第1章において、消えかけとなった影朧が、己の心に残った最後の願いを叶えるため、歩き始めます。最初に取る道筋は最短距離である代わりに、人の目が数多く存在します。影朧は人の悪意一つで消し飛ぶほどに弱っています。可能な限りの手を尽くしていただき、影朧を目的地の神社まで連れて行ってください。

●第3章:日常
 事前に手が回されており、桜の花吹雪く大きなお祭りが用意されています。参加者様は、純粋に存分に堪能していただけます。一例として出店が沢山出ており、舞台では綺麗な巫女さんが舞いを披露しています。

 ※今回のボス影朧の執着は、心残りであった、花祭りの中で人々の幸せそうな笑顔を見ることです。皆さまが楽しんでいただければ、自然と糸が解けるように消えていくことでしょう。
 ※今回のプレイングはシナリオ公開段階から受け付けております。断章が入ることもありますが、基本章区切りと同時に投稿予定です。
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第1章 ボス戦 『正常を望む者』

POW   :    わかってる、“自分”が何をしていたのか知っている
【理性を優先する自分と】【本能を優先する自分の】【記憶が混雑すること】で自身を強化する。攻撃力、防御力、状態異常力のどれを重視するか選べる。
SPD   :    食べたい、壊したい、満たされたい
自身の【瞳】が輝く間、【爪や牙やブレス】の攻撃回数が9倍になる。ただし、味方を1回も攻撃しないと寿命が減る。
WIZ   :    あなたを助けたいの
【桜色のブレス】が命中した対象を高速治療するが、自身は疲労する。更に疲労すれば、複数同時の高速治療も可能。
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豊水・晶
神としての理性を持ち、獣としての本能を持つがゆえに起こってしまった悲劇とでも言いましょうか。当人にはどうしようもない、存在としての定義ゆえにどちらに傾くこともない。あなたが感じた絶望、私が汲んで掬いましょう。もう終わってしまった存在、その最後がせめてもの救いでありますように。

戦闘は、人通りの多い街中なので【七星七縛符】で相手の移動を制限し、【方位陣形 水囲】の武器で相手を囲みながら万一に備えます。周囲の避難が完了次第、剣による直接攻撃に移ります。消えてしまわないように手心もそれなりに加えます。



『あなや、かなしい』
 四肢と翼、尻尾の柔らかな毛並みを朱紅に染めた獣は、人の悲鳴が響く十字路の中心で、その身動きを忘れたように顔を押さえていた。まるでそこにある涙を隠すかのように。
 人々が右往左往と逃げ惑う中、最初にその場に辿り着いたのは淡い人外の神気を放つ豊水・晶(歪み揺れる水鏡・f31057)だった。
 晶の左右に異なる輝きを放つ瞳の中で嘆くようにうずくまる影朧の存在。晶は心を痛ませる哀しみと同時に、その胸には静けさとその傷すら包み込むような慈愛を浮かばせた。
『悲しいわ。私は、見守りたかっただけなのに』
「……そうですね」
 そっと影朧の言葉に寄り添い、晶が僅かな哀しみを胸に寄せ相槌を打つ。
 グリモア猟兵は告げていた。この影朧には神獣と崇められるほどの理性があり、その裏には悍ましい獣としての本能がある。
『かなしいわ。私は、皆を救いたかった。殺してしまった人の身体を元に戻しても、生き返らせられなかった』
「そうですね……」
『でも……どうしても喰いたかった、切り裂きたかった、満たされたかった』
「――そう、」
 憐れさが胸に滲む晶が最後の言葉を紡ぐ前に、影朧が顔を上げた。その紅色の鮮やかな瞳は――煌々と燦めいていた。
 晶がとっさに、背後へと飛び退く。その瞬間前までいた位置を、影朧の爪が空気を切り裂いていた。
「……」
 影朧の全身が目に入る。一つの身体に得られる理性と本能はどちらか一つ。その在り方故に、凶悪な本能を理性で抑えることも許されず、同じだけの理性では本能で失ったものを取り戻すことは許されない。
 それは、破壊も殺戮も、どれもが蘇生など比較にならないほどに容易く、そして取り返しのつかないものであるが故。

 その事実を差し出されたとき、この獣はどれだけの絶望を受けたことだろう。人を愛していたはずの神獣に、どれだけの悲しみが襲ったことだろう。
「……あなたが感じた絶望、私が汲んで掬いましょう」
 指を添えた晶の胸元から、戦闘時に使われる何枚もの竜神護符が現れる。
 戦闘開始。
『過去』――そう呼ばれた存在の最後が、せめて救いであるように。

 影朧が跳躍し、一気に晶との距離を詰める。爪の一撃を護符で受け止めるが、防ぎ切った護符は燃えつきるように消滅した。
 周囲を見渡せば、まだ逃げ遅れている人がいる。
「時間を稼がなければなりませんね……!」
 指に挟んだ複数の龍神護符を、影朧へと風を切るように飛翔させ貼り付ける。
 両手足と翼、そして凶悪な牙を持つ口に張り付いた七枚の護符が、ユーベルコード『七星七縛符』として発動し、その場で相手の猛攻を封じきる。
 強力な反作用として、僅かだが着実に自分の魂の焼ける音を聞きながら、晶は僅かな苦しみに一呼吸を置き、神通力で無の空間から打根術に使われる楔、水分八卦楔を出現させた。
「東、西、南、北――!」
 更に続く掛け声と共に、影朧を中心に水分八卦楔が、陰陽道八方に神通力を通して地面を貫いていく。
『世を隔てるは川の流れ、囲んでしまえば抜け出でることかなわず――方位陣形、水囲!』
 晶のユーベルコード『方位陣形 水囲』が先の『七星七縛符』をベースに、まるで氾濫した川のような水の流れを伴って、影朧の周囲を完全に囲み込み、敵の動きを封じ切る。
 その合間に、周囲の人々の姿はようやく安全圏まで逃げたのか殆どの姿が見えなくなっていた。

「これで、ようやくこちらへ向かえますね」
 何もない中空が、その晶の言葉に応えるように、その姿に透き通った明澄とした水を錯覚させる、二振りの剣を晶の手の内に落とす。
 瑞玻璃剣――この二振りは、龍神である晶が己の角を削り作った、年季の入った神器にも匹敵する剣。
 身動きの取れない影朧へと駆ける。だが、本気で戦闘を行い、相手が消えてしまえば悲劇でしかない。それを踏まえた上で、この状況で一番厄介となるのは空への移動を可能とする羽根。
 晶は神通力を伴い高く飛び上がると、その流麗な仕草からは想像もつかない鋭さで、二振りの斬撃を伴いその片翼を斬り落すことに成功した。

成功 🔵​🔵​🔴​

終夜・日明
【アドリブ連携歓迎】
【指定UC】を使用、終始オルトロス経由での接触をします。
僕自身が生命を殺す悪意そのもの……沈静化した後の処理に僕がいては邪魔でしょうから。

貴方の苦しみを理解することはきっとできないのでしょう。
ちっぽけな人の身が、神としての理性と獣としての本能の二律背反を慮ることができるなど、傲慢もいいところです。
ですが、貴方の声を聴くことはできる。
その苦しみの吐き出し先ぐらいなら喜んでなりましょう。

攻撃は真正面から受け止める。
【激痛耐性・継戦能力】で動きに支障はありません。
現場の地形を【情報収集】、【制圧射撃】で【地形破壊・地形の利用】、動きを封じる【破壊工作】を仕掛けるだけに留めます。



 終夜・日明(終わりの夜明けの先導者・f28722)の目に、先程まで影朧の身を封じていた術がゆっくりと掻き消えていくのが見えた。
『ああ、翼が。翼が。
 また私はやってしまった。愛しいはずの人の手を、自分の血で汚してしまった』
 背中に流れる血よりも、胸に響く悲しみが滲んだ影朧の涙が、ぽつりぽつりと血の海の中へと落ちていく。
「……」
 先の戦闘から、日明はサイバースコープヘッドガジェットの情報から、この影朧が『何かしらの能力を使いすぎれば、精神を使い切りこの場で消え去る』ことを察していた。
 今回の依頼は敵が執着する願いを叶えることで、影朧の救済を執り行うこと。戦闘を重ねればその願いまで辿り着かない。
「……」
 ――一度は神獣と奉り上げられた上で、その信者を恐ろしい数自らの手で八つ裂いた。この苦しみは流石に理解することなど到底出来ないだろう。
 そもそも、己のこのちっぽけな人の身が、神としての理性と獣としての本能の二律背反を慮るなど、傲慢もいいところではないかとすら日明には思われた。
 だが――それでも相手には、未だ言葉が通じる。その悲しみを、その重圧を吐き出せるならば、それだけでもここに日明の存在意義はあると思えたのだ。

 ぎしり、と不意に身体が軋む音がする――自分にも、この目の前の存在に届かなくとも、長い時間の孤独があった。それは『蠱毒』と呼ばれた『無機物以外の存在総てにおいて致死となり得る』稀少な能力。
 人々はそれを恐れた。同時に日明も、強力すぎる力で自分の内臓器官もほぼ壊死させ、機械で補い辛うじて命を繋いでいる有り様。それを人は更に恐れた。
『あなたも、身体がぼろぼろ……
 私なら、私なら治してあげられるかもしれない』
 縋るような、か細い声で影朧が言った。だが、その言葉の裏にも、確かに日明への恐怖が見え隠れしていた。それはもう、避けようのないものなのだ。

「――」
 自分という存在は、影朧という弱い『過去』すらも塗り潰す。
 それらを踏まえ、日明は、即座にその対策を掲げ上げた。
『メインタームアクセス、システムリンク、モードアクティブ――来い、オルトロス!』
 日明は、その場で機動とも言える言葉と共に、己の代替とも同一の存在ともなり得る、ユーベルコード『CC:【Code-Week】[ORTHRUS](コーリングキャバリア・コードウィーク・オルトロス)』によって、漆黒の騎士を想起させるクロムキャバリアを出現させる。
 影朧の傍らには、近寄ってはならない。日明は、その陰ながらも離れたところで、多少の地形ならば変動すらさせる高火力のライフルスピアを構え取る。
 日明は、電脳魔術師の特異性により、搭乗しなくとも脳波コントロールのみでクロムキャバリアを操れる。
 相手を可能な限り怯えさせないように、日明は呼び出したクロムキャバリア・オルトロスを介してのやり取りを開始した。

「いいえ、僕の身体は結構です。
 ……これは逃れられるものではなく、そして――もう間に合いませんから」

『――そう。
 ところで……私、お腹が減ってきたの。
 私、今にも苦しくて、泣き出しそう。この際喰えれば何でも良いわ。頂戴』

 先と同じ声音、同じ音調。
 だが、そこにあったものは、確かに『日明を喰う』という証明だった。
 片翼を失った影朧が立ち上がる。
 ――影朧の瞳が輝いた。瞬息の間、状況を理解した時には、先の位置から影朧が立ち消え、奇妙なまでに整った牙と爪は、激しい衝撃と共に細い日明の身体に深々と突き立てられていた。
 だが、強化されたチルドレンスーツが衝撃を吸収し、こちらは殆ど無傷にも近い。
『蠱毒』の効果で、長時間噛み付くこともできないのであろう。影朧は牙を離すと、爪による八つ裂きと言うに相応しい斬撃を繰り出した。
 日明は、それを防ぐ為に、己が所持していたサイバースコープヘッドガジェットから、情報操作補助ツールモジュール『エンキ』の情報を引き出し、即座に戦況を覆せるだけの、援護となり得る地形情報を探し出す。
 そして、
「オルトロス!」
 その呼び声に応えるように、黒の騎士オルトロスが装備していたCW-MkⅢ:MU-Sickleと、日明のライフルスピアを同時に撃ち放ち、激しい爆音と共に影朧の足場を石畳の地面ごと粉砕させ、敵の追撃を含めその動きをほぼ無傷で封じ込めることに成功した。

成功 🔵​🔵​🔴​

曲輪・流生
初めてカクリヨの外の世界に出ました…ここは一年を通して桜が咲く世界だと聞きましたが…すごいですね本当に桜が咲いてる。

今回は神獣さんのことがきになって…僕もかつては崇められた存在。
自分を祀る人は大事な存在。
それを自ら傷付けてしまうのはきっと。

僕は願いを叶えるための存在。
貴方に「願い」があるのなら僕は叶えたいから。

そのためにも先ずはその本能を鎮めましょう。

UC【真白き炎】に【祈り】を乗せて…
(無意識に【神罰】も発動)



 ごぉう、と、強い風が吹き曲輪・流生(廓の竜・f30714)の柔らかな白銀の髪を揺らした。吹き付ける風の後を追うように、視界を覆う雪のような薄紅色の花が舞う。
「……すごいですね、本当に桜が咲いてる」
 その風景は、初めて見た流生の澄み渡る紫の瞳を捉えて放さなかった。
 カクリヨファンタズムから、己という存在が消える前に、猟兵として流れるように旅に出た。サクラミラージュの噂は耳にしていたが、実際にこうして咲き誇りやまない花びらを散らしていくのが日常だと言われても、圧巻こそすれ、まるで実感が湧かない。
 ――だが。その幻想的な情景が、微かな血の匂いを交えていると気付いたとき。流生はここが、美しさのみをはらんでいる訳ではないことに気が付いた。

 足元を崩れた砂岩に取られ、身動きの取れない一匹の獣がいる。自分の血で身体を汚し、そこにはぼろぼろと流す涙があった。
『あなや。かなしや。
 一度、一度、あの夢を。おだやかな、見たかった。見たかったのに』
 猟兵達は、獣の獣性のみを抑えるべく最善を尽くしている。だが、獣は自分がここで消え去ると思っているのだろう。
『でも、あたりまえ。私は、沢山の、信じてきてくれた人を殺しすぎた。殺しすぎたの。夢なんて、願いあれども叶うわけがない……』
 地面の瓦礫に足を捉えられたまま、かつて穏やかな神獣であった獣が告げた。それでも、地に塗れた地面から身じろぎ足を動かし、そこから抜け出そうとしている――『叶わぬことを、諦めたくない』と。

 流生も、事情はグリモア猟兵から聞いている。この獣には、叶えたい、執着にも似た遠い願いがあるのだと。
 それを聞いたとき、流生には他人事のようには思えなかった。ただただ、その事実は心を痛め、針で胸をつくように悲しいものだった。
 ――かつて、人の願いを叶えることで信仰を得る竜神がいた。だが、その神はあまりにも優しすぎ、そして何より人の善性を疑わなかった。
 気付かなかったのだ。自分を囲い込むことで、特定の人間の願いだけを叶えさせられていたなどと。そのせいで、人は争い、特秘されていた信心は総て掻き消え、龍神としての神性も消え掛け、後は忘れ去られるのみになった己の身など。
 だが、それでも龍神は、流生は人を厭おうとはしなかった。『ひとは、自分を奉ってくれる、庇護すべき善き存在』。それは、未だに胸に残る温かな灯火として存在していた。
 ――それ故に。愛しさに溢れながらもそれらを無差別に殺し尽くしたという、目の前にある影朧の存在は、あまりにも、あまりにも――

「僕は願いを叶えるための存在。
 貴方に『願い』があるのなら僕は叶えたいから」
 流生は獣の足元に向かって歩き始める。その姿を見た獣は、せつなげに眉を寄せた。
「あなや……。あなたも、今にも消えかけて……。悲しい、あなや悲し……少しでもその身が癒しとなるように。
 私は『あなたを助けたい』」
 獣の口がゆっくりと開かれた。そこから、ふわりと敵性を感じさせない、先の花びらを集めたような桜色のブレスがそっと流生を包み込む。
 受けた身体が僅かに軽くなった気がする。だが、それ以上にはなりそうにない。流生の身体に足りない物は、総て『対価』として支払われた竜の血だ。到底補いきれるものではない。
 だが、流生は。そのブレスの温かさに、その心に微笑んだ。
「ありがとうございます。僕も、貴方の願いを叶えたい。
 その為にも、まずはその荒ぶる本能を鎮めましょう」
 流生が祈り、念じる。
『落ち着いてやれば出来るはず……』能力に不安はあれど、今はそれ以上の願いがある。
 薄桜色の唇が、祈りを込めて小さな言の葉と歌を紡ぎ始めた。ユーベルコード【真白き炎(マシロキホノオ)】が周囲に、魔や邪を払う無数の純白の炎として具現化される。
 それらはふわり、と漂うように相手に近づき、そして獣に触れた。祈りの狭間、それに応えるようにうっすらと白い芍薬の聖痕が浮かび上がった。
 しかし、それは龍神としての性なのか。
 ――流生の意識しないところで邪を払うだけではない『神罰』が、紅桜の獣を打ち据えた。
 その咎、過去の滲みである『オブリビオン』という歪が裁かれる。
 激痛が、獣を襲う。だが、それでも獣は耐えるかのように叫び声一つ上げようとはしなかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

セリオス・アリス
【双星】
アドリブ◎

…殺したくないものを殺す痛みは、たぶん、理解できる
痛み何て言える立場でもねぇけど
まあ…だから、助けることに迷いはねぇが
倒しちゃいけねぇってのは逆に難しいな
ここは適材適所って
はは、何時もと逆だな
アレスの申し出に笑って答える
そうだな悪くない
ちゃんと支えてやるから任せとけよ

攻撃が来たら回避できるように
歌で身体強化を
ついでにアレスを鼓舞するように歌い上げる
剣を構えたら
相手の攻撃がよそにいかねぇように
アレスが受け止めやすいように
光刃で邪魔しつつ望む場所へ誘導しよう
何時もアレスは普通にやってのけるけど
……俺むきじゃねえな

アレスが敵を受け止めたら息を吸い
浄化の光に合わせ癒しの歌をおくろう


アレクシス・ミラ
【双星】
アドリブ◎

…セリオス
寄り添うように彼の隣へ
…先ずは影朧を鎮めよう
僕が前に出るよ。この盾で傷付けさせない
そして、鎮めるには君の力も必要だ。援護を頼めるかい
普段を思い返せば…うん、そうかもしれない
けど、偶には悪くないだろう?
頼りにしてるよ

影朧の前に躍り出て存在を見せる
脚鎧に光の魔力を充填、距離を詰め意識を僕に向けさせよう
人々に意識を向けさせないように
攻撃は盾で防ぎ
剣で弾こう

影朧を受け止められたら『閃壁』で影朧を囲う
―君に、誰も傷付けさせはしない
その為に僕達が来たんだ
【貴方の青い鳥】…どうか、彼の歌が届くようにと
『閃壁』を青い浄化の光に転換し包み込む
絶対に君を助ける
だから…君も負けないでくれ



『あああ。殺すなんて。ころすなんて、なんてひどい』
『あああ。爪に通り抜けるひとのあたたかさ。この吐息で焼き焦げたときのひとの匂い。なんてどうして心がこんなにも満たされるのかしら』
『――ああああああ!!!』

 影朧が脳の負荷を超えたかのように叫び声を上げる。爪を光らせ、口許にブレスの閃光をたくわえて。
 しかし、その場にいたセリオス・アリス(青宵の剣・f09573)とアレクシス・ミラ(赤暁の盾・f14882)が不意討ちで受けた白紅のブレスは、理性に寄ったものだったなのか、まだ負傷していない身体に軽く疲労を減らすまでに留まった。

「……殺したくないものを殺す痛みは、たぶん、理解できる」
 誰にも、恐らく傍のアレクシスにさえも聞かせるつもりがなかった呟きをセリオスが落とす。
『街をまだ滅ぼしていない証拠だ』と――嗤いながら、自分が捕らえられた檻に、顔を知る知人が投げ込まれていく様を、未だにセリオスは覚えている。
 忘れるはずもない。それは、生涯忘れてはならない光景だった。
 選択肢などなかった。セリオスはその知人を殺し続けた。
「――痛みなんて言える立場でもねぇけど」
「……セリオス」
 アレクシスが、近づきすぎず、それでも心から寄り添うようにセリオスの傍らへと寄る。
「……アレス……。
 まあ……だから、助けることに迷いはねぇが」
『あああああああああ』
 見る間、ユーベルコードの一端であろう、錯乱する影朧の力が膨れ上がっているのを目に留める。
「倒しちゃいけねぇってのは逆に難しいな」
 強力になればなるほど、敵の攻撃は苛烈になっていく。強い敵を屠らず助けるほど、戦闘において難しいことはない。
「……先ずは影朧を鎮めよう。
 僕が前に出るよ。この盾で傷付けさせない」
 アレクシスは、その自らの剣と並ぶ得物と呼ぶべき、閃盾自在『蒼天』を覚悟を決めるように地面に立てる。
「そして、鎮めるには君の力も必要だ。援護を頼めるかい」
「ここは適材適所――
 はは、何時もと逆だな」
 自分の笑い声に、己の重い心が僅かに軽くなる。
 常は、アレクシスが守りを固め、自分が屠るのが典型となっていた。立場が異なる。そこにあったものは少しの意外と、自分らしくもないほんの僅かな不安に似た落ち着きの無さ。
「普段を思い返せば……うん、そうかもしれない。けど、偶には悪くないだろう?
 ――……頼りにしてるよ」
 温かなアレクシスの言葉。そこには、自分が抱いていた、重い心象を一気に払拭させた。
 セリオスの口端が綺麗な弧を描く。
「そうだな、悪くない。
 ちゃんと支えてやるから任せとけよ!」
 ――影朧の叫びが響き続ける。
 その中で、セリオスの掛け声が戦闘の合図となった。

 アレクシスが、己が剣である白銀の騎士剣と閃盾自在『蒼天』を構え、影朧の前に飛び出すように躍り出て、その存在を一身に見せつける。
 セリオスも、同時にその口端から歌い紡ぐ旋律を奏で始めた。有事に即回避行えるように、ユーベルコード【望みを叶える呪い歌(アズ・アイ・ウィッシュ)】によって己の高速移動を可能とする。
 このユーベルコードは使う度に寿命を削る。だがセリオスに自殺願望があるわけではない。
 それでも戦闘時、これを基本状態としてセリオスは戦う事が多い――当然、削れる寿命如きで、今まで自分が奪ってきた今までの行為が報われるわけではない。ただ、そんな自分に出来ることは、今まで生きてきたこの時間を最大限有効に使うこと、それだけなのだ。

 アレクシスの曙光の脚鎧が魔力を帯びて光り輝く。身体強化を伴い、アレクシスは他には一切の目を向けさせないように影朧の懐へと飛び込んだ。
『星に願い、鳥は囀ずる。いと輝ける星よ、その煌めきを彼の人に――!』
 セリオスの声が【赤星の盟約(オース・オブ・ナイト)】として、既に亡き故郷の戦歌をアレクシスが奮起させるように歌われる。
 それに勇み付けられたアレクシスは、灼熱の炎と化したブレスを盾を掲げて防ぎ、追い打ちを掛ける爪を剣で受け流していく。
『あああああ。ひとが、ひとが食べたい。ひとがたべたい。あそこに集まっているのを見たわ。あそこにいけばきっと私も満たされる』
「アレス!」
 防戦に回ったアレクシスから、急に影朧が視線を漂わせ、先の人々が避難した建物の方へと足を向ける。
「そっちじゃねぇ! こっちだ!!」
 セリオスが雄叫びと共に、双星宵闇『青星』を振り下ろす。駆け抜けた光刃がその足を止めることに成功し、すかさずその前へとアレクシスが立ち塞がる。
 今まで、セリオスが攻め手として戦う時には、幾度となくアレクシスがフォローをしてくれたものだが、いざ自分がやるとなれば、心的疲労が半端ない。
「……俺むきじゃねえな」
 願わくは、同じような機会など、複数あってほしくは無いものだと願わずにはいられない。
「――アレス!」
「ああ、任せて!」
 再び振り上げられた影朧の爪。アレクシスはそれを正面から受け止めると、手にする白銀の盾『蒼天』による、強固な意志によって光として展開された『閃壁』が一斉に影朧を取り囲んだ。
『あああああああ』
 まるで歌声のような叫びを上げる影朧に、アレクシスは『蒼天』に一層の意志を込める。
「――君に、誰も傷付けさせはしない。
 その為に僕達が来たんだ」
 背中の羽根から流される血を振りまきながら、何度も振り下ろされる爪。噛み付かんと迫り来る牙。緋に燃えさかる炎。それら総てを受け止める。
 その瞬間、壮絶な攻撃を受け止める『蒼天』を構えていたアレクシスの指に光る、星鳥の指輪が仄かで柔らかな光を放った。
「今だ――!」
 アレクシスがその輝きを待っていたように『閃壁』を、己が持つ青い浄化の光に転換し影朧を包み込む。
 輝いたのは、セリオスがアレクシスを守りたい願いのもとに贈られた指輪。
 ユーベルコードは【貴方の青い鳥(ブルーバード)】――指輪の祈りが、敵の強さや攻撃を受け止めた時間に応じて、次の行動の成功確率を上げる、まさに祈りに特化した願いの指輪。
 
 その輝きを見たセリオスが、優しく息を吸い影朧に向けてユーベルコード【シンフォニックキュア】を歌い上げる。
 それは優しい浄化の光を添えて、無心に打ち据えて剥げた爪を、欠けた牙を、今まで影朧が戦闘で痛めた傷と心を癒やしていく。
『あああ、いたくない。いたくないわ。
 でも、悲しいの。哀しいの……でも、まだ消えたくないの。もう一度……もう一度だけ……』
 ただただ、正常でありたかっただけの朱桜の獣は、自我を朦朧とさせながら、己の願いを口に泣き続ける。

「――絶対に、君を助ける。
 だから……君も負けないでくれ」
 アレクシスが強い意志と共に静かに声を掛ける。それはセリオスにとっても、完全なる同意として心に残った――

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

ミア・ミュラー
ん、あなたのことはよくわからないけど、そのお願いはとっても素敵なものだと、思うよ。だから、わたしもあなたのお願いが叶うようにお手伝いする、ね。

連続攻撃は【プリンセス・ドライブ】を使って素早く動いて避ける、よ。たぶんわたしが傷ついたら神獣さんも悲しいと思う、から。わたしもあんまり攻撃したくないけど、暴れまわって街を壊したり人を襲うようなら、蹴りを入れて動きを止めるしか、ない。
神獣さんの動きが鈍ったら、もっと落ち着かせられるようにやすらぎフルートを奏でて、あげる。お祭りが思い浮かぶような明るい音が出せたら、いいかな。



『許されない。赦されない……でも、もう一度だけ、あの場所にいきたいの……。もう私が壊した瓦礫しかなくても、私が殺したひとたちの死体があっても……せめて、せめて』
 影朧は血は止まったものの翼を無くし、既に動きも緩慢だ。
 それを見たミア・ミュラー(アリスの恩返し・f20357)は、グリモア猟兵の言葉を思い出していた。
 祭りの準備をすると言っていた。ならば、今、獣が口にしたような悲しいことは起こらないはずだと。
「ん、あなたのことはよくわからないけど、そのお願いはとっても素敵なものだと、思うよ。……人の、笑顔が見たいんだよね。
 だから、わたしもあなたのお願いが叶うようにお手伝いする、ね」
 ならばまずはどうすれば良いのか。考える前に、突如伝わってきた殺気に、ミアは鮮やかな海を思わせる瞳を見開いた。
 ――獣の眼が赤く煌めいていた。まるで血を流すかのように。
『――やっぱり満たされない。満たされない。
 お腹がすいたわ。とても寒いの。あなたの臓腑の温かさを感じさせて』
 柔らかな言葉端をそのままに、獣はまるで別の生き物の言葉を発した。翼がなくても抜け出した脚は地面すれすれを飛ぶように駆けて、ミアに白い牙を突き立てようとする。
 ミアは瞬時にユーベルコード【プリンセス・ドライブ】の輝ける光を纏い、その攻撃を左へと跳ねるように飛び退けた。これは、高速移動と四肢の攻撃に魔法の光刃を放つ完全なミアの肉弾戦の戦闘形式でありながらも、毎秒その寿命を削っていく。しかし、立ち回りが重要視されるこの状況にとって、それは皮肉にも最適解であるとも言えた。
 ミアに向けて影朧の八閃にわたる爪の斬撃が迫り来る。一撃一撃が致命傷となりうる攻撃をミアは一筋ずつ見極めて躱していく。
 理性で動いていた獣は、あまりにも優しすぎるものだと思った。自分が失った翼などよりも、他者の怪我を、痛みを悲しんだ。ここで自分が傷付けば理知の獣はきっと悲しむに違いない。これ以上、獣の悲しみを重ねるわけにはいかない。
『さむい、さむい。
 そうだわ、あの建物の中には人がたくさん入って行くのを見たの。建物ごと壊して引きずり出しましょう。そして、その温かさで心を満たすの。あああ、きっとそれは幸せになれるに違いない』
「――!?」
 うっとりするように語る影朧の血赤に染まった瞳が、近くの建物に目を向ける。頑丈そうだが、この尋常ではない早さと風圧から感じられる威力は、建物一つ容易く壊し尽くすであろう。
「だ、め!」
 快走の首飾りがミアの首元で輝く。建物を捕捉し、一気に距離を詰めようとした獣に先回り、ミアが心で強く謝罪しながら、影朧の胴体に光刃の現出を抑えた一撃を叩き込んだ。

『……もういや。もう嫌……どうして、どうして』
 本能ではない、理知の獣が蹲る。涙と再び吹き出す血にまみれながら、地獄の怨嗟を思わせる言葉を紡ぐ。
 本来ならば消えてもおかしくはない。それ程の悲しみ。だが、それでも尚残り続けるのは、もはや完全に存在と繋がった執念ゆえ。
 ――その影朧に、ふいに笛の音が響き渡った。
 ミアの吹き奏でるやすらぎフルートの音が、優しく、柔らかく獣に届き包み込んでいく。
「……嗚呼」
 耳にした獣の心が落ち着いていく。何を呪って良いのかすら分からなくなっていた心に温かな風となって流れていく。
 そして流れる旋律は、遠い日の祭りを思わせる明るい曲調を奏で始める。
「……もういちど、もう一度……あの優しい世界を見られたら……」
 遠い、記憶に残る愛おしさを思い出した影朧に、既にまともな思考が残っているかどうか。それでも、獣は最後の願いをよすがに、その身を引き摺りながら静かに歩き始めた。

成功 🔵​🔵​🔴​




第2章 冒険 『はかない影朧、町を歩く』

POW   :    何か事件があった場合は、壁になって影朧を守る

SPD   :    先回りして町の人々に協力を要請するなど、移動が円滑に行えるように工夫する

WIZ   :    影朧と楽しい会話をするなどして、影朧に生きる希望を持ち続けさせる

👑7
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曲輪・流生
さぁ、貴方の願いを叶えに行きましょう。

UC【シンフォニック・キュア】
傷を癒す歌に決して消えないでと【祈り】と悪意を遮る【破魔】を込めて

さっきは僕を癒してくださってありがとうございました。だから今度は僕が…。

貴方の願い沢山聞かせてください。
貴方の見たかった光景を…貴方が守りたかった光景を…。
本能だとか理性だとかそう言うのは今は置いておきましょう。
それらを超えてみたい光景を…大丈夫。必ず見せてさしあげますから。

僕は願いを叶える存在…けれど僕の血だけでは叶えられない願いもたくさんあるのでしょう。
それでも僕は願いを叶える者でありたいのです。



 優しい歌が紡がれる。
 曲輪・流生(廓の竜・f30714)の歌声は、まるで、泣きじゃくる子供の頬にそっとあてがわれる温かな手であるかのように。まるで、冷え切った身体にそっと回される大きな腕であるかのように。
『消えないで』――たおやかだが切に祈りを込められた歌声が、今、影朧の擦れきった心をつなぎ止めている。
 影朧が、身体をよろめかせ歩く度に、遠巻きに出てきた人々が向ける好奇、悪意、複雑な感情が無遠慮なまでにぶつけられようとする。本来ならば、それだけでも弱り切った影朧を絶望に招き消し去るであろう中を、流生の歌声は、旋律の中でそれらを歌に飲み込むように消していく。

「やさしい、歌ね。まるで、今にもはぐれそうな手を握っていくれているかのよう」
 影朧がぽつりと呟いた。
「さっきは僕を癒してくださってありがとうございました。だから今度は僕が……」
 隣で、流生の優しい声がする。
 歌声が止んでも、その加護が確かに影朧の傍を漂っているのが分かる。これならば、会話も可能であるだろう。
「もし良かったら、貴方の願い沢山聞かせてください。
 貴方の見たかった光景を……貴方が守りたかった光景を……」
 ずりずりと痛ましい足音を立てながらも、影朧はその目的地を知っているかのように、どこかを教わるわけでもなく、目的の神社へ向かう坂道を登っていく。
「……私の、願いは……たくさんの、笑顔を見ることだった。
 みんな、私の姿を見て『めでたい』と微笑んでくれた。お祭りの日だけ姿を見せて、空を舞い、地上からの優しい掛け声と笑顔を受ける。
 毎年、私はそれが嬉しかった。うれしくて仕方なかったの。私に出来るのは、ひとの怪我や病気を軽くするだけで……それでも、皆は私を神の獣だと崇めてくれた。私はここにいてもいいのだと言ってくれたの。……本当に、本当に嬉しかった」
 薄朱紅の影朧が、眼を細める。あまりにも遠い過去を懐かしむように。
「でも……でも……もう、笑ってくれるひとはいなくなってしまった。何故かも分からない。でも、どうしても『息をするようにそうしてしまった』――私のせいで、私のせいで」
 それが、理性に因るものか、本能に因るものかであることを流生はすぐに理解した。流生は、優しく落ち着かせるように影朧へと微笑み掛ける。
「本能だとか理性だとか、そう言うのは今は置いておきましょう。
 大丈夫――それらを超えてみたい光景を…大丈夫。必ず見せてさしあげますから」
 強い意志と優しさを兼ね備えて微笑む流生に、影朧は僅か驚いたように薄紅の瞳を見開いてそちらを見た。
「僕は願いを叶える存在…けれど僕の血だけでは叶えられない願いもたくさんあるのでしょう」
 ――疑うことなく。歪んだ願いを叶えた結果、代償を失い過ぎた。龍神として形を取るのに、必要な信仰まで失って、後はただ消えるだけとなった存在は……それでも優しすぎる瞳に、尚も己が胸の内に確固たる意志を宿していた。
「――それでも、僕は願いを叶える者でありたいのです。
 ……大丈夫です。必ず叶えて見せますから」
 影朧にとって、その微笑は何よりも心強く胸の内に焼き付いた。

「こっち……」
 影朧が、身体を引き摺り歩く。影朧の記憶の中に、当然何も知らないその願いは、既に叶うはずのないものであったはずなのだが。
 今は、それを信じさせてくれる瞳の色が、確かにそこにはあったのだ――

大成功 🔵​🔵​🔵​

終夜・日明
【アドリブ連携歓迎】
オルトロスに搭乗し、【指定UC】で【情報収集】、上空からルートを割り出しつつ、連絡端末で影朧を保護している猟兵の皆さんへ適宜連絡を。
こうでもしないと、僕の《蠱毒》の影響が及ぶかもしれませんから……

だからって話をしたいと言うのを拒むつもりはありません。
端末か、あるいはオルトロスに搭乗したまま姿を見せない形でもよろしければですが……
――すみません。
こうでもしないと貴方の身に悪影響を及ぼしてしまうので……何卒ご了承ください。
その分お話にはお付き合いしますよ、誰かの話を聞くのは好きなんです。
嬉しかったこと、悲しかったこと……何でも。是非聞かせてください。



 自らの体質による人類の、否、猟兵となる事で全ての存在に対しての猛毒――『蠱毒』と呼ばれる力を、図らずも得て育った終夜・日明(終わりの夜明けの先導者・f28722)は、その影響を懸念した上で、地上での影朧の対策を他の猟兵に託し、漆黒に染められた鋼鉄の騎兵『オルトロス』に搭乗した。
 自分の為だけに調整されたオルトロスは、日明にとって何よりも身近でありながら、己の『蠱毒』によって死ぬこともない、ただ一つの友にも近しい存在であるのかもしれない。
 そして、メカの駆動音が僅かに響き渡るコクピットの中から、日明は外に向かって己のユーベルコードを発動させた。
 それは外部との通信用でもある、自分との五感を共有可能な少数気鋭の索敵用小型ドローンを召喚する【真実追躡(ニフィリーレン・ヴァールハイト)】――召喚された四体のドローンは、二体を上空に、残り二体を地上近くに沿わせ、上空から影朧が向かっている方向と、それを保護しながら進む神社の場所への情報を、他の猟兵たちへと的確に伝えていく。
 可能な限り、人目の多い所は避けて。人の少ない所を選び。
 本当は、他の猟兵と同様に影朧の傍に立ち、少しでも声を掛け共に歩みを進めたいという思いは日明にも少なからずある。
 ――だが、それは許されないのだ。一歩間違えれば何もかもが死ぬ。それだけの単純な理由で。

「ふしぎ……この小さなものから、先の機械の子の声がする。私の声は、聞こえているかしら……」
 ドローンを目の端に映した影朧が呟く。
「聞こえています。視覚も聴覚も、今はこちらに寄せてありますので」
「ふしぎ、どういう仕組みになっているのか知りたいわ」
 今まで、執念だけで心を動かしていた影朧が、違う世界に僅かに興味を引かれた様子で、気怠げな首をドローンに向けて動かした。
「端末か、あるいはオルトロスに搭乗したまま姿を見せない形でもよろしければですが……」
「そう……」
 心なし寂しげに影朧が告げる。
「――すみません。
 こうでもしないと貴方の身に悪影響を及ぼしてしまうので……何卒ご了承ください。
 その分お話にはお付き合いしますよ、誰かの話を聞くのは好きなんです」
「ほんとう……? じゃあ、お話を聞かせてほしいわ。
 ――もし私も、その機械に乗れたなら、誰も傷付けずにすむのかしら……?」
「――!」
 紅桃色の毛並みの影朧は、日明に向けてあまりにも無邪気に問い掛けた。
「それには、爪も牙もついていない。
 そんなに小さくても……お話ができて、見ることも出来るのなら、きっと」
 その声には、当然、爪も牙も悪意も無い。強いて言うならば、影朧として傷付けてきた存在にとっては辿々しい、ただの憧れだけがそこにはあった。
 しかし、その言葉は、まるで抉るように日明の心に突き刺さった。
「……」
 言葉はひととき残っているだけの影朧の、妄言にも近い言葉に過ぎない。乗るのは当然物理的に無理だとでも、何とでも答えられる。だが、オルトロスのコクピットの中にいる日明は、口を僅かに動かすだけで、それに答えることが出来なかった。

 拒否をしながら。それでも己の望みとして、結果として人を屠る『獣』と。
 自分が望んでいなくとも。それを自分の能力として、いつでも存在を屠れる『人』は。
 まるで今、機械という概念を通し、極めて『似た存在』として、この場に比較されているように思われた。

「……そう、ですね」
 日明は、無意識に顔から色が退いているのを感じ取った。誰に向けてか、何についてかも分からないままに、己が日常ではまず動く事のない感情が、胸に渦巻くのを感じ取る。
 日明は、一度それらを無理矢理抑え込むように瞳を閉じて、一呼吸と共にゆっくりと開けた。
「ええ――他にはどんな話がありますか? 是非聞かせてください」
 そこには、茨で縛られるように蟠る謎の感情を、理性で完全に制御しきって、平静を保ち切る日明の姿があった――

大成功 🔵​🔵​🔵​

豊水・晶
本能で手にかけ、理性で悔やむ。まったく本当に神の二面性というのは難儀なものです。あなたは十分に苦しみ悔やみ偲びました。その結果、影朧になってしまうほどに。命は戻ってこない、それは絶対ですが継がれるものはあります。今あなたのことがどう伝わっているかはわかりませんがいまだに神社には参拝客がいるようですよ。ちょうどお祭りの季節の様ですし行ってみませんか。道中は私が付き添います。行くとなればその傷ついた体を何とかしないといけませんね。UC【竜神の涙】を使用して戦いでの傷をいやします。さあさあ行きましょう。ここのお祭りはどのようなものなんでしょうか。ごちそうやお酒はふるまわれますか。楽しみですね。



 身体を引き摺りながら歩く。その歩みの遅さだけ、影朧の思考は早く進み、そして現世から離れて揺らめいていく。
 ――このままでは、またどこかでオブリビオンとして過去から滲み出でて、同じ悲しみを繰り返すことだろう。
 豊水・晶(流れ揺蕩う水晶・f31057)はその悲哀を、己の属する龍神の一端として見つめていた。
『神』と呼ばれる存在において、例えるならば豊穣と飢饉が同一神の名の許にあるなど、その権現に二面性があるということはさほど珍しいことではない。だが、この獣にとって、その能力の行使は『一つの身体に、一つのみ』として行われる。そしてこの獣は本来、神と呼ばれるには不完全なのであろう。『再生と破壊』は釣り合えど『治癒と破壊』は釣り合わない。自ら奪ったものを、己の力で取り戻せないのだから。
 ……本能で手にかけ、理性で悔やむ。まったく本当に神の二面性というのは難儀なものだ、と晶にも思わずにはいられない。
 しかしそれでも、この獣は人から尊ばれた昔がある。そういう意味においても、これは有り様が歪んでも、確かに『神獣であったもの』なのだろう。
 常に、その身のどこかを地面に擦りつけながら歩く影朧は、時折ふと目的地すら忘れかけるように立ち止まる。
「私は、行くべきでは……ないのかしら……。きっと、皆どこかで、憎んでいるに違いない……」
 立ち止まってはさめざめと泣く影朧に、そっと晶が寄り添うように声を掛ける。
「あなたは十分に苦しみ悔やみ偲びました。その結果、影朧になってしまうほどに。
 確かに、命は戻ってこない、それは絶対ですが継がれるものはあります」
 その言葉に、悲しみにくれる影朧が不思議そうに晶の方へと目を向ける。 
「今あなたのことがどう伝わっているかはわかりませんが、いまだに神社には参拝客がいるようですよ」
 影朧の涙で潤んだ瞳が、大きく見開かれる。
「で、でも……だって……」
「ここに来るまでに聞いた話によると、ちょうどお祭りの季節の様ですし、行ってみませんか。
 上空から道案内をしてくださる方もいますし、私も場所もきちんと聞いていますから。覚束ないまま歩くよりも、確実に辿り着けると思います」
 影朧は不安を隠さないままに、猟兵たちを見渡した。
 獣が思っていた神社は、恐らく荒みきった廃墟であったのだろう。だが、事実はそうでないと聞く。人が、まだいるのだと聞く。
 動揺を隠さない影朧に、晶はその不安を拭うように微笑んだ。
「道中は私も歩き付き添います。
 ――ですが、行くとなればその傷ついた体を何とかしないといけませんね」
 そう告げて、晶は元は柔らかであったが、今やこびり付いた血が硬く乾燥し、乾いた影朧の毛の一房をそっと手に取った。
 瞳を閉じる。思い浮かべるのは、この獣が影朧として辿ってきたその運命。
 このまま在れば、再び同じように人を喰らい引き裂き殺す定めを背負った獣。
(あなたのために泣きましょう。これ以上涙を流す人が出ないように)
 涙としてこぼれる晶のユーベルコード【竜神の涙(リュウジンノナミダ)】が、その毛の一房に触れる。すると、柔らかな光が影朧の全身を包み、先の戦いで切り裂いた羽根を含め、まるで時間が巻き戻るかのような錯覚を伴い全てを癒やしていく。
「さあさあ行きましょう。ここのお祭りはどのようなものなんでしょうか。
 ごちそうやお酒はふるまわれますか」
 本当に、僅かな切っ掛けで消え入りそうになる影朧に、その記憶を辿らせ今の縁を繋げるように晶は問い掛ける。
「確か、お酒が、おいしいの。樽で、出してもらって、飲んで。食べ物も――」
「それは素敵です。参拝客にも出してもらえるでしょうか。楽しみですね」
 晶が、影朧の言葉に同意するように話題を振り、頷き微笑む。
 それは確かにいつ消えてもおかしくない影朧の存在を、その場に留めることに成功していた。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第3章 日常 『華舞華祭』

POW   :    春の味覚を食べ歩き

SPD   :    通りの出店で遊び尽くす

WIZ   :    舞台での舞に飛び入り参加

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 過去、神獣として奉られていた神獣がいた。
 それが理由も分からぬままに乱心し、神社の人間を皆殺しにしたと思った先。
 唯一、死だけは免れた、一人の幼子がまだ生きていた。
 理性を取り戻して、泣きながらその幼子の怪我を治して神獣は言った。
 にげて、と。

 そして、神社から町まで降り逃げてきた少女は言った。
 神獣さまがお怒りになった、と。
 その言葉に、戻った町の人間は、血の惨劇の海に沈んだ自害した獣の姿を見る。

 しかし、少女一人を神獣は逃がし、ただ一人助かった。
 町の者は優しく、常に縋るように現れる人たちの怪我や病気を治し、寄り添っていた獣の姿を良く知っていた。
 そして、ただ純粋な出来事として怒った事実に。
 認めたくない怖ろしさをひた隠して、そっとひとつの仮定を立てた。

【神獣様は、我々を『癒やしすぎたのだ』と。
 治す為に我々の穢れを吸い過ぎ『正常を保てなくなったのだ』と】

 何十年か経った後、祭りは静かに再開された。
 救いを求める神格を持ったものへではなく、

 ただ安らかで、そして過去に獣が望んだ
 桜舞う華やかな鎮魂祭として。
豊水・晶
影朧に付き添って着いた先は、桜がとてもきれいな、しっかりと整備された神社でした。「これは何とも、素晴らしい神社ですね。信者さんたちの思いがよく表れています。」
あ!舞台で舞が披露されていますね。腕も悪くないようですし、舞の意味もしっかりと理解して踊っておられるようです。
最近は猟兵として戦う毎日でしたが、久しぶりに踊りたいですね。踊れないかどうか聞いてみましょうか。
許可が出たので踊ります。踊るのは、私に納められていた舞。水害で亡くなった人への鎮魂と来年の豊穣を願った舞です。今回は影朧、いえ、神獣を含めた犠牲者への鎮魂を込めて。



 遠くに、風にざわめく桜の密度が、いっそうに増して溢れている場所が見えてきた。
「あなや……あなや……」
 影朧が、驚きに言葉をこぼす。そこにあったものは、まるで敷地の参道を桜で埋め尽くすかのような神社であった。
 場所を間違えたのかとも思う。だが、影朧の心は、此処こそが自分のいた神社だと告げていた。
 参道の石畳は、歴史を感じさせるが傷んだ様子はまるでなく、曰くある獣を祀っているだけとは思い難い、立派な本堂が中央には鎮座していた。
 そして、人がいた。人々は桜の樹の隙間を縫うように置かれた、綺麗な敷布の台に屋台で買ってきたのであろう食べ物を食べながら微笑み合っている。

「これは何とも、素晴らしい神社ですね。信者さんたちの思いがよく表れています」
 驚きでほうけるように神社を見つめる影朧に、豊水・晶(流れ揺蕩う水晶・f31057)がその充足たる造りに頷いてみせた。
 遠目でも、影朧の姿は人々の目に映る。だが、事前における徹底的な『無害である』という根回しのせいで、その姿を見て逃げ出す者はいない。
 むしろ何も知らない子供達が、影朧を遠巻きに好奇心旺盛な瞳で見つめている。
 だが、影朧は綺麗に回復した己の姿に対し、既に子供たちの存在を意識するだけの精神が残っていないことを、晶は良く理解していた。
「あれ……」
 ぽつりと、影朧の呟きに晶がそちらの方を目にすると、見栄えある本堂脇の舞台で、巫女たちによる舞いが披露されていた。
「あ! 舞台で舞が披露されていますね。ふむ……」
 晶の瞳が僅かに細まる。しばし神としての視点でそれらを見つめ、流れ伝わる雅楽の音に耳を澄ます。
「腕も悪くないようですし、舞の意味もしっかりと理解して踊っておられるようです。
 ――最近は猟兵として戦う毎日でしたが、久しぶりに踊りたいですね。踊れないかどうか聞いてみましょうか」
 そして晶は、影朧を他の猟兵たちに任せると、舞台の裏の方へと軽い足取りで向かっていった。
 裏手には、舞手の巫女と雅楽の奏手が休憩を取っていた。雅楽の奏上は、そこに祀られている存在に、心を、場合によっては魂をも捧げる儀式だ。当然ながら、それを見る参拝客にも疲労の影など見せられるわけがなく、場は休憩中でありながらも非常に厳かな空気を醸し出していた。
 訪れた晶に、巫女たちは猟兵の『世界に溶け込む能力』をもって尚、彼女から伝わる神気を感じ取った。それにより、晶が舞うという許可はいとも容易く降りたが、はたして、異なる世界の舞いに音をどう合わせるか。
 しかし、この場にいるのは、元は譜などもない中で神気という『形なき存在』に向けて音を紡いで来た熟達者たちである。晶が、自分の舞いがどのような意味を持つものかを告げ、外に気付かれないようその場で小さく一差し舞えば、奏手たちはすぐにそれに理解を示した。
 
 そして、舞いが始まった。
 笛の音に合わせて、木製の扇子を片手に翳した晶が、踏み音一つなく舞台の中央へと足を運ぶ。
 響き渡る鼓の音。舞うのは昔、龍神として晶自身に納められていた舞だった。
 ユーベルコード【奉撫 瑞玻璃舞(ホウブ・ミズハリノマイ)】――元は、龍神として水害で亡くなった人々への鎮魂と、それでも人が人として生きていく為に必要な、来年の豊穣を願った舞。
(舞いましょう、舞いましょう。魂を流して慰めて。
 舞いましょう、舞いましょう。自然の理を伝えるために――)

 晶の瑞玻璃羽衣が、水よりも柔らかく揺れて光り輝く度に、人々の心は安らぎと共に、舞手である晶への畏怖にも似た圧倒的な感情を深めていく。
 晶はただ祈り舞い踊り続けた。
 そして最後に中央に座し、深くすべてへの願いを織り伏せるように木扇と共に心を掲げ捧げて、舞台から退き降りる。
 その場にあったものは、遙か昔にこの場で起きた惨劇を思い。神獣を含めた、犠牲者すべての鎮魂を込めたもの――
 それは確かに、舞台を見つめていた虚ろになりつつあった影朧の心をも強く震わせ動かすものだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

終夜・日明
【アドリブ連携歓迎】
引き続き、オルトロスには搭乗した状態で祭りの光景をモニター越しから眺めています。
警備用ロボ兼子供向けアトラクションって言ってしまえば何とかなるでしょう、多分。
子供はロボ好きです、それはきっとサクラミラージュの子たちも変わらないでしょうからね。
会話ができるように【指定UC】のドローンはそのままにしておきますか。
必要があれば応答しますよ。

顔を出すことはできませんが、祭りといった賑やかなものは見ているだけで心が暖かくなりますね……僕はこれで十分楽しめていますよ。

……おや?足元にお菓子が。
ふふ、ロボットが無事受け取ったということにしましょうか。ありがたく頂きますね。



 桜の花びらが、終夜・日明(終わりの夜明けの先導者・f28722)の目にする正面モニターに、はらはらと舞う様子が映し出された。直のこの眼に見られれば、それがどれだけの情調をはらんでいるかまで実感として味わえたことだろう。
 だが、それは叶わない。実際に今は依頼遂行の最中だと、静かに揺れた心を平坦へと取り直す。

 影朧については事前に伝わっていたらしい。しかし『その存在が、今いる世界に違和感なく馴染む』という特性を持つ猟兵といえど、日明の搭乗する『オルトロス』の巨大さについては、流石に一言置いておいた方が良いだろうと、ここに到着した折に『警備用ロボ兼子供向けのアトラクション』と説明しておいた。
 実際に、それを耳にした子供たちは、瞳を輝かせてオルトロスへと駆け寄ってきた。そのお陰か、子供達の影朧への注目が薄らいでいるのが実感できる。
 サクラミラージュの子供たちにはどのように映っているかまでは定かではないが、どこの世界でも、ロボットなどの大きくて格好良いものは、どこでも常、幼い子たちには好まれるものなのだ。

「もしもし、きこえますかー。きこえますかー」
 先より活躍するユーベルコード【真実追躡(ニフィリーレン・ヴァールハイト)】によって召喚された四体のドローンの一体を囲むように、子供たちが好奇心旺盛に話し掛けてくる。
『ええ、聞こえていますよ』
 日明がそれに優しく応答し言葉を返す。
「てすてすー。今日は、年に一度のおまつりです。おまつりです。もう少ししたら、おいしいおかしも、高い所からたくさんまいてもらえます!」
 一所懸命にドローンに話し掛けてくる無邪気な子供たちに、口許にはうっすらと柔らかな笑みが浮かんだ。
「こんな大きいのに乗っていたら、お菓子たくさんとれますか? 僕にも分けてほしいですっ」
『――ざ、残念ながら僕はここから動けませんので、お菓子を取りに行くことは出来ないんですよ』
 どうやらもうすぐ少し離れた所に見える櫓から、菓子をまくのが、祭りの習慣になっているらしい。日明は困ったように言いながら、それでもその微笑ましさに、自分でも己の頬と心が柔らかくなったのを感じ取っていた。
 それは、とても幸せな光景だった。オルトロスから降りて直に見ることは叶わないが、こうして触れあい光景として共有出来るのであれば、これほど胸が温かくなることもない。
「あ、お菓子配り始まったー!」
 子供たちが一斉に櫓の方に走っていく。モニターの視界を上げれば、櫓からは丁度色とりどりの菓子が桜の花びらを交えて大きく弧を描き、下にいる人々へ縁起物としてまかれている様子が映った。
『……ええ』
 姿を、常には出すことは叶わない。だが、それでもこのような賑やかな様子を見ることが出来るだけでも、日明はそこに同じだけの楽しさと心に仄かな幸福を感じ取れた。

 しばらくして、両手や編まれたざるにお菓子を大量に持ち帰ってきた子供たちが戻ってきた。
 そして、オルトロスの足元に、その中のお菓子の一つが、ちょんと置かれた。
「大きくて取りに行けないんでしょうー? 一つあげるー」
「僕も僕もー! 食べてー!」
 日明が目を見開き驚く間にも、オルトロスの足元には子供たちによる、お菓子の小さな山が出来ていく。
『……ふふ、』
 ――これは、ロボットが無事受け取ったということにすれば良いだろうか。
 ドローンのロボットアームで、お菓子を丁寧に摘まみながら回収していく。綻んだ口許からついに柔らかな幸せに小さな微笑みが零れ落ちた。

『ありがとうございます。有難くいただきますね』

大成功 🔵​🔵​🔵​

曲輪・流生
無事辿り着くことができましたね。
ここが貴方のいた神社ですね?
…今でも大事にされているのがわかります。
社も境内も綺麗なままです。
それに参拝をしてくれてる方も途絶えていないそうですよ。
だから、ほら、またこんなふうにお祭りを開いてくれたんです…貴方の為に。

ふふ、本当に桜の綺麗な世界です。
巫女さんも舞もとても美しい…。
恥ずかしい話ですが信心を無くしてしまった今の僕には少し羨ましとすら思ってしまう。

…願い事、叶いましたか?
もし叶ったなら僕にその手伝いができて本当によかった…



 辿り着いた神社は、まるで幻想で出来た夢の光景のようだった。しばらく時が経てども、まだ慣れない様子で、影朧はその光景を立ち尽くし眺めていた。
「ここが貴方のいた神社ですね?」
 そっと、曲輪・流生(廓の竜・f30714)が声を掛ける。
「ええ、ええ……懐かしい……ここ、ここだわ……でも、どうして」
「……今でも大事にされているのがわかります。
 社も境内も綺麗なままです」
 社ばかりは影朧を浄化する為とはいえ、一朝一夕で整えきれるものではない。だとすれば、この社はかなり以前から、人の手が途切れる事なく触れられてきたものであることが窺えた。
「それに――参拝をしてくれてる方も途絶えていないそうですよ」
 そのような会話の狭間。ふと、流生と影朧の元に、この社の宮司と思わしき存在が姿を見せた。そして、その影朧の姿に大きく目を見開き、ゆっくりと微笑み深々と一礼をした。
「……お待ちしておりました。
 私――ここの宮司の祖先は、ここに祀られている神獣が助けた唯一の人間と言われています。
 これもご縁でございましょう。毎年、あなた様の心が安らかにあれるようにと、この祭りは行われてまいりました。どうぞゆっくりおまわりください」
 そう告げて、宮司は猟兵たちへ会釈してしずしずとその場を立ち去った。
「……助けた……? いた、こどもが……確かにいた……。
 でも、こんな風になっていたなんて……」
 茫洋とした様子で影朧が呟く。それに流生は触れるように告げた。
「だから、ほら、またこんなふうにお祭りを開いてくれたんです……まぎれもない貴方の為に」
 参拝者は、影朧に声を掛けようとはしなかった。これは、過去の思いを鎮める為の祭りなのだと、信心深い者ほど理解して、お酒を飲みながらこちらに静かに祈り、もしくは笑顔を見せた。過去、獣が好んだとされる説話に則って。
 
 ふわり、と。獣の隣を歩く流生の頬を桜の花びらが撫でた。そして、それを追い掛けるように、桃色の洪水が風に乗って一人と一匹の間を一斉に駆け抜ける。
 驚きその場に立ち止まれば、少し離れた所から雅楽の笛が聞こえて来る。美しさに目を向け、耳を澄ませば、巫女の舞いがたおやかに終了した後、柔らかにたゆたう衣に、人外の威すら感じさせる天女とすら錯覚しそうな舞を披露している存在がいた。
「ふふ、本当に桜の綺麗な世界です。
 皆さんの舞もとても美しい……。
 恥ずかしい話ですが……信心を無くしてしまった今の僕には、少し羨ましいとすら思ってしまう」
 そう、これらは全て隣にいる、一匹の獣の為に行われているのだ。桜の樹をこれだけ植え備えた土地に、おそらくは社を建て直し整えて、祭りとしてずっと鎮魂の儀が行われてきたのであろう。
 流生の瞳にそれらの人々の行いは、とても愛しくも美しく映し出された。微笑みが浮かぶ。ただ、我が身に受けるほんの少しの哀しみと純粋な羨ましさには、その紫水晶の瞳を僅かに揺らして。

「嗚呼……嗚呼……」
 祭りを見渡した獣が、うまく形にならない言葉をこぼす。
「……願い事、叶いましたか?」
 流生の優しい問い掛けに、影朧がほたほたと涙をこぼした。愛おしいものを慈しむ瞳が見える。その眼差しに既に影は無い。
 獣の身体はふいに光り輝き。そして眩しい蛍がゆっくりと、澄んだ水色の空に散って溶け込むように消えていった。

 それが、流生の言葉への答えであったかのように。
「……その手伝いができて、本当によかった……」
 流生が散っていった光を追うように空を見上げる。
 それを受け入れる水色の空は、流生の手にはかなしいまでに届かない、どこまでも優しいものだった。


 かくして、一匹の影朧は静かに消え去った。それを見た人も少なく、消えたという事実を知る人も少なく。
 ただ、ことの顛末を知った宮司は静かに、この場を保ち、祭りは続けると言った。
 ――それは『転生』した心優しき獣が、またこの地を訪れ、今度こそ心置きなく祭りを楽しんでもらうことを願うが為に。

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2020年12月27日


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#サクラミラージュ


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種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主はサフィリア・ラズワルドです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


挿絵イラスト