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さよならロストメモリア

#UDCアース

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#UDCアース


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(きゃはっ! だぁっ、うー、だぅ!)
 あの日以来、耳の奥にこびり付いて離れない、楽しそうな赤ん坊の声。
 授業中も、休み時間も、部活中も、家に帰ってからも。
 頭が痛い、フラフラする、なのに、すごく気分がいい。
 “しもん様”のウワサは本当だった。勉強も、運動も、何だって出来る。なんでも思い通り。

「ねえ、調子悪そうだよ? 大丈夫?」
 何を言っているんだろう、私はこんなに絶好調なのに。

「大丈夫だよ、別に変な所なんてないよ」
「でも――■■■、なんだか最近……」
「大丈夫だって」
 うるさいなあ、と手を振って、私は自分の席を立つ。
 また“しもん様”にお願いしなくちゃ、もっともっと力がほしい。
 レギュラーの座を取り返さなくちゃ、あいつに私が負けたままであっていいものか。

「…………あれ?」
 あいつ、って誰だっけ。
 なんで“しもん様”にお願いしたんだっけ?

(ぁぅー、きゃっきゃっ)
 さっき声をかけてきたのは誰だっけ。
 ■■■って誰のことだっけ。
 思い出せない。
 記憶がない。
 記憶にない。
 じゃあ、きっと大したことじゃないんだろう。

(あははっ! だぁぶぅ…………)
 大したことじゃないんだから、覚えておく必要も、もう無いに違いない。

 ◆

「今、UDCアースにある各地の学園で、様々な邪神の降臨儀式が進行しているのは知っているかな」
 集った猟兵達に、ミコトメモリ・メイクメモリア(メメントメモリ・f00040)は眉を顰めた表情でそう言った。

「千葉県にあるこの『私立風見原高等学校』で行われているのも、その一つ。放置しておけば強力な邪神が召喚される。その際の被害は……考えたくないね」
 少なくとも、高校に通う七百人以上の生徒達や、教師ら無事では済むまい。

「今から動けば、まだ儀式を中断させることが出来る――不完全な神が顕現することになるから、戦いにはなるはずだけどね。勝てない――ということはないはずだよ。学校の敷地内での戦闘になるから、地形の有利を活かせれば、事を上手く運べるかもしれない」
 学校ならではのモノも色々あると思うしね、と付け加え、一つ、指を立てる。

「さて、肝心の儀式の内容だけど――どうやら“しもん様”と呼ばれる、風見原高校の中で広がるウワサ話が関係しているみたいなんだ」
 UDCが事前に調査した限りでは、他の学校ではそういった名前のウワサは確認されていないらしい。
 この学校の内部でのみ蔓延している、特殊なウワサ――であれば、邪神降臨の儀式に関連していると見て、まず間違いないだろう。

「ん? ああ、肝心のウワサ話の内容かい? 内容はシンプルさ。――――“大切な記憶と引き換えに、願いを叶える”」
 ただ、具体的にどの様な行為を行えば、“しもん様”に接触できるのかはわからない。
 その内容を調べ、場合によっては生徒に接触し、情報を集めるのが第一段階だ。
 儀式を阻止できれば、邪神は自らの眷属を生み出して、猟兵達の排除に乗り出すだろう。
 それらを駆逐し、中途半端に召喚された邪神を仕留めることができれば、この依頼は成功となる。

「キミ達にはこの風見原学園に潜入して、“しもん様”に関する情報を集めて欲しい。生徒として混ざり込んでも、こっそり侵入してもいい。やり方は、各々に任せるよ。UDCの協力を取り付けているから、身分の偽装に関しては問題ない」
 ただし。

「勿論、敵はキミ達が調査を始めれば気づいて、妨害を仕掛けてくるだろう。場合によっては、キミ達の記憶が奪われることも、十分ありえる」
 ミコトメモリは指折り数えながら、その内容を告げていく。


「先ず最初は『自分の名前』を」
「次に、『大事な人との思い出』を」
「最後は『今の自分を形成するに至った、根幹になる出来事の記憶』を、奪われるだろう」


「……もし記憶を失っても、それでも“キミ”が“キミ”で居られるための拠り所……何かのモノがいいな。大事なモノを、持っていって欲しい。気休めかもしれないけれど、役に立つはずだから」
 少しだけ、悲しそうな笑みを浮かべながら、ミコトメモリは告げる。

「記憶とは、その人間を構築するものだ。奪われたら、その人はもう、その人で居られなくなる。たとえ願いが叶っても、何故、その願いを抱いたのか忘れてしまったら、何の意味もないのにね」
 どうかキミ達は、無事で戻ってきてね、と頭を下げて、猟兵たちを送り出した。


甘党
 記憶のことを人格と呼ぶのであれば、記憶を失った『アナタ』は『アナタ』足り得るのでしょうか。
 そんなわけで、今回は“記憶を奪うUDC”との戦いです。

◆アドリブについて
 MSページを参考にしていただけると幸いです。
 特にアドリブが多めになると思いますので、
 「こういった事だけは絶対にしない!」といったNG行動などがあれば明記をお願いします。

 逆に、アドリブ多め希望の場合は、「どういった行動方針を持っているか」「どんな価値基準を持っているか」が書いてあるとハッピーです

◆その他注意事項
 合わせプレイングを送る際は、同行者が誰であるかはっきりわかるようにお願いします。
 お互いの呼び方がわかるともっと素敵です。

◆章の構成
 【第一章】は冒険フラグメントです。
 『UDCが発生する原因となっている儀式』を調査してください。
 ただし、事件を調べようとする猟兵は、敵UDCの妨害によって、『自身の記憶』を失う可能性があります。

 以下、OPをざっくりまとめた内容です。

 1)最初に『自分の名前』を忘れます。
 2)次に、『自分にとって一番大事な人の思い出』を忘れます。
 3)それでも調査をすすめると、『今の自分を形成するに至った、根幹になる出来事の記憶』すらも忘れてしまいます。

 どの様に忘れていくのか、忘れた結果どんな変化が生じるのか。
 忘れない為に、自分が自分であるための拠り所はなんなのか……そういった物をプレイングに明記してくださると大変ありがたく思います。

 なお、UDCが身分を用意してくれるので、転校生として潜り込む、臨時教師として雇われるといった手段で問題なく潜入出来ます。

 【第二章】は集団戦です。
  詳細は、第二章開始時に公開されます。

 【第三章】はボス戦です。
  詳細は、第三章開始時に公開されます。
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第1章 冒険 『UDC召喚阻止』

POW   :    UDCの発生原因となりそうなものを取り除く

SPD   :    校内をくまなく調べ、怪しげな物品や痕跡がないか探す

WIZ   :    生徒達に聞き込みを行い、UDCの出現条件を推理する

👑7
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 私立風見原高等学校。
 特段目立った特徴のない、『普通の高校』と言われて思い描く、そのものがそこにある。
 若干黒ずんだ外壁の校舎、リノリウムの床、少し離れた場所にある体育館と、その脇に併設されたプール。
 強いて特徴があるとすれば、運動部に関しては関東大会のベスト8だったりに名を連ねることがちょこちょこある、と言ったぐらいだろうか。

「“しもん様、しもん様”」
 だからそこにあるのは、ただの日常だけだ。
 普通の生徒が、普通に学び、普通に過ごして、普通に生きる。

「どうか、願いを叶えてください」
 普通に生きているから、普通に願いが生まれ。
 普通に積み重ねた人生を差し出して、偽りの救済を求めるのだ。

●プレイング受付
 10/12(月) 9:00~

 採用人数は10~15名ぐらいになると思います。
 何回か投げ返しをお願いするかも知れません。
 その際はお手紙を送らせていただきます。
ルイス・グリッド


記憶か、俺は起きたら忘れていたが自分から無くすのは感心しない
俺は既に死んだ身だ、生者を守る盾として歩むと決めたんだった

SPDで判定
転校生として潜入し【変装】【演技】
空き教室や準備室などの人があまり来ないような部屋や場所を中心に【視力】【聞き耳】【暗視】を使い調査し【情報収集】と【失せ物探し】をする

記憶は気づかぬ内に忘れている
忘れたら何をすればいいのか分からず調査を中断してただ彷徨い歩く

予め潜入前にポケットに名前と眼帯と右手の手袋を外し見るようにメモに書いて入れておく
左目と右腕は俺が起きてからずっと持っているメガリス
俺が生者の為に戦ってきた証拠であるそれらが拠り所



ⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣ   ⅨⅣⅨⅣⅨ

 ▽ ル■ス・グ■ッド ▽
     ――――“The only thing that I see”

ⅨⅥⅨ  ⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅣⅨ

 記憶、というものが人格を形成するのであれば、目覚めた時、何も覚えて居なかった者は、一体“誰”なのだろう。
 ルイス・グリッド(生者の盾・f26203)には、過去がない。厳密には、存在していたはずの過去は、欠片として彼の頭の中に残っていない。
 それどころか命さえ失われていたのだから、もう最初から、なにもないも同然だった。

「―――だからといって、自分から無くすのは関心しないけどな……」
 風見原高校の制服を着て、肌の色を偽装し、転校生として違和感なく潜入したルイスは、聞き耳を立てながら廊下をうろついていた。
 直接聞き出す――のは目立ちすぎる。下手に顔を覚えられても面倒だ。
 故に、休み時間になったら、こうやって校舎の中を適当に歩く。

(最近……様子が……)
(もしかして……もん様”に……?)
(アレって……サでしょ……?)
 それだけでも、時折、そんなやり取りが聞いて取れるものだ。
 様々な生徒の口から溢れる、小さな断片をかき集めて、情報は一つの形となってゆく。

「……ササクラ、ヨネヤマ、カツラギ。誰も彼も、急に成績は良くなったが、態度もおかしくなった」
 元々は目立つ生徒ではなかった様だが、突然、レギュラー争いに割り込んできたり、大会で結果を残したり、新記録を出したり。
 それと比例するように、名前を呼ばれても反応しなかったり、喧嘩腰の態度を取るようになった、というのも共通している。
 ふと考える。名前を呼ばれて反応しない、というのは、無視をしているのではなくて。

「…………自分の名前を忘れた?」
 名前を失う、というのは、自分の存在を確立する標がなくなる、ということだ。
 呼びかけられてもわからない、己と他者を繋ぐ導線が失われていく。
 死者である■イスだってそれは変わらない、名前があって己を自覚し、経験と記憶を人格という器に蓄積できるのだ。

(俺の名前はル■スだ)
 問題ない、ちゃんと覚えている。
 なにもない所から、たった一つの指針だけを元に、死にながら動いているのが、■■スという存在だ。
 ル■■が■■■でなくなってしまうことなど。

(だぁ、ぶぅ)
 ありえない、はずなのに。

「俺は」
 誰だ?

「何で」
 ここに居る?

「ここは」
 どこだ?

(きゃっきゃっ)
 甲高い声が頭の中で反響する。
 うるさい。
 鳴くな。

「……俺は、何だ?」
 目的があったはずの足取りは、もう行く先を失った。
 もう、誰が何を話しているのかわからない。
 何を聞けばいいのかも、わからない。
 やがて、失くしてしまったことすらも、忘れてしまう。

(あぅあー)
 押しつぶされるような焦燥感を感じ、それが少しずつ薄れていくことも感じる。
 身体が死ななくても、心が死んでいく。
 咄嗟に、縋るように、ポケットの中に手を突っ込んだ。
 かさり、と、指先に、何かが触れた。

 ◆

 夕方。
 運動部の生徒達すら全員下校し、誰も居なくなって、なお。

「“しもん様”、“しもん様”」
 空き教室の真ん中で、手を組んで、祈る女子生徒がいた。
 もう、なんでその願いを抱いたか覚えてはいないはずなのに。

「…………お前がカツラギか?」
 がら、と、誰も入ってこないはずの、教室の扉が開いた。
 眼帯をつけた、妙な気配を持つ、不思議な男。
 名前を――カツラギ、と呼ばれた少女は。
 その言葉そのものに、反応したわけではないのだろう。

「…………誰、お前」
 ただ、“しもん様”に繋がろうとする行為を邪魔されたから。
 血走った目で、ギロリと■■■を睨みつけた。

「誰だろうな、俺にもわからない」
 茶化してるわけでも、からかっているわけでもなく、心からの本音を言う。
 多分、手の中にある紙片に書かれた“これ”が、■■■を示す名前なのだろう。
 だが、実感として伴わない、自分のことだと思えない。
 それが“忘れる”ということだ。

「だが……やるべきことはわかってる。お前を止めて、その先にある者を倒す」
 それでも。
 それでも、魂に刻まれた、その目的だけは失われていなかった。

【お前はルイス・グリッド】
【このメモを見たら、まず鏡へと迎え】
【眼帯を外し、右腕の包帯を解いて、見ろ】
【“それがお前だ”】

 書いた覚えの無いメモ、だけどそれは間違いなく、自分が自分に当てたモノだ。

「邪魔するな――――私は! もっと! 速くなるんだァ!」
(きゃはははははっ!)
 名前を忘れた少女の全身にノイズが走る――その輪郭は、動物を象った、機械の形をしていた。
 それは記憶を代価にオブリビオンに侵された、ヒトだったものの末路。

『邪魔をするなら――――殺してやる!』
 牙を剥き、爪を向け、吼え猛る姿を見ても。
 ル■■の心は冷えていた。どこまでも冷静だった。
 ああ、大丈夫だ、まだ覚えている。わかっている。
 自分が誰であるのかは忘れても、自分が何であるのかは覚えている。

「俺は――――生きている者の盾になる」
 その瞳に映る、生者達を守る為の、盾だ。


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 ◇ 第二章 ◇
       VS ジャガーノート・チーター

 陸上部に所属する女子学生、葛城・ちとせが改造され、
 『ジャガーノート』となった姿。
 “友達の記憶”と引き換えに、
 “誰にも負けない足の速さ”を得て、レギュラーとなった。

 その性質を引き継いで居るのか、四足歩行と二足歩行の形態を使い分け、
 高速で部屋中を飛び回り、縦横無尽の猛攻を仕掛けてくる。

 【POW】爪や牙による引き裂き。
 【SPD】目にも留まらぬ速さによる高速攻撃。
 【WIZ】衝撃波を伴う咆哮。

ⅨⅥⅨ  ⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅣⅨ

成功 🔵​🔵​🔴​

ミーユイ・ロッソカステル


……記憶に、干渉してくる相手だなんて
あの寂しがりなお姫様の心の傷を抉るような相手ですこと
放っては、おけない

学校という閉じた環境で、幾人も記憶を失っていれば必ず何らかの歪みが生じるはず
"噂"についての情報を集める中で、それを探していきましょう

調査の中で自分の立場を説明しようとして、言葉に詰まってしまった事で、症状が出始めていることを自覚する
急がなければ……………えぇと、でも


私、どうしてあの子のためにそんなに必死になっていたのだったかしら?

【大切な人の思い出】妖精の彼の心を、埋めてあげたいと思った事
【今の自分の根幹】母との対峙。無辜の人々を、心に決めた大事なものを守り戦うと誓ったきっかけの出来事



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 ▽ ■ーユイ・■ッソカ■■■ ▽
       ――――“I can't sing that song anymore.”

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 その女が歩くだけで、ふわりと髪の毛が広がるものだから、遠目からでもよく目立つし、すれ違うだけでも人は振り向く。
 カモフラージュの為に、特筆すべき特徴のない、風見原学園の制服を身にまとっていても、ミーユイ・ロッソカステル(眠れる紅月の死徒・f00401)の美貌には、人を惹き付ける力がある。

「ねえ、少し良いかしら?」
「フオェッ! アッ、ハイ、ナンデッショ!?」
 そんな彼女が、ごく普通のUDCアースの生徒に声をかければ、返答が裏返ってしまうのは無理もないことであり。

「ありがとう、参考になったわ」
「ヒャ、ヒャイッ!」
 尋ねられた事柄について知っていれば、ありったけを吐き出してしまう。だってよく見られたいからだ。
 もちろん、ミーユイは猟兵だ。だから本日、話をした生徒のことは、この依頼が終わるまでは、庇護すべき数多の一般人の中の一人として、その個人のパーソナリティを一歳考慮すること無く、記憶の容量の一部を割くことだろう。
 閑話休題。

「やっぱり、多かれ少なかれ、問題は起きているのね」
 幾人かの生徒から話を聞いただけでも、片手の指で足りない程度には大きな問題が起きており。
 その問題を解決するために、“しもん様”に頼ろうとする生徒すら、居るらしい。

「あのお姫様の心の傷を、とことん、抉るような相手ですこと……」
 まったくもって、腹立たしい。
 くぁ、と小さなあくびが生まれる。
 呪■は、祝■に変じたとはいえ、やっぱり昼間はどこかふわふわしがちになる。

「……気を、引き締めないとね。ああ、少しいいかしら――――?」
 そして、■ーユイはまた、一人の生徒に声をかけた。
 目立った特徴のない、小柄な男子生徒だった。殆どの生徒と同じ様に、ミー■イを見て、目を白黒させて、照れたように視線をそらし、

「は、はい、なんでしょう……!?」
「聞きたいことがあるのだけど……この学校にきたばかりで、まだわからないことが多くて」
「な、なんでもどうぞ! なんでも!」
「ありがとう。この学校で、噂を聞いたのだけど……そう、“しもん様”っていう――――」
「“しもん様”? ああ、十八時過ぎに、誰も居ない教室でお願いすると、願いを叶えてくれるっていうやつですか?」
 こっちが拍子抜けするぐらい、あっさりと、呼び出し方までわかってしまった。

「ええ、そう、それよ」
「はぁ、やっぱり女子って、そういうの好きなんですねえ。転入したてでも気になるものなんですか」
 そう問われて、■■ユイは、嘘を述べようとした。

『そうよ、行けないことかしら?』
 と。
 噂とか、おまじないの好きな女子生徒として振る舞うべきだったのに。
 口から言葉が出なかった、答えに詰まった。
 思考は当然のようにそうすべきだと判断しているのに。

 “何故嘘をつかなければならないのか”が、一瞬、わからなくなったからだ。

「……あの?」
「え、ええ、そうよ、気になる、ものよ」
 何をしにきたのか、ああそうだ、邪神を倒しに来たのだ。
 何故邪神を倒しに来たのだろうか。
 そうだ、あのお姫様に関連する話だ。
 涙を見て、傷ついた心に触れて、手を差し伸べたいと思ったからだ。

 なのに。

「――――え?」
 この場所に来るまで、胸に確かにあったはずの熱が、いつの間にか失われていた。
 何かを返さなければならないと思っていたはずなのに。

「…………あ、ふ…………」
 眠い、足元がふわつく。
 ああそうだ、なんでわざわざこんな時間に、日のさす場所に居るのだろう。
  、、、、、、、、、、
 ■から与えられた呪詛は、夜という鳥籠に■■■■を閉じ込めるのに。

「ど、どうしました? 大丈夫ですか!?」
 記憶に干渉してくる邪神。
 それはつまり、個人を個人たらしめる、“中身”に干渉してくる、ということだ。

 しまった、と思ったときには、もう遅かった。
 猛烈な眠気に襲われて、■■■■は、深いまどろみの中に、堕ちた。

 ◆

 ふと、目を覚ます。窓には薄いカーテンがかかっていたが、もう、太陽が沈みかけているのがわかる。
 頭がクラクラする。喉が、乾く。

「…………ぅ」
 はぁ、はぁ、と荒い息遣いが――自分のものではない―――聞こえる。
 まだかすれた視線を向けると、そこに居たのは、最後に話していた男子生徒だった。

「あ、目が、覚めたんですね、よかったぁ」
 猫撫声が、嫌に不愉快だった。先程までと全く、印象の違う気配を感じた。
 体を起こそうとして、遅まきながらそれが不可能だとわかった。
 手足を縛られていた。それでも身を捩ると、じく、と何かが皮膚に食い込み、鋭い痛みを覚えた。

「さ、さっきあった時」
 男子生徒は、へらへらと笑いながら言った。
 その右肩から先が、なんだか細長い、うねうねしたものを、束ねたような形状になっていた。

「とても、綺麗だなあと思って、そしたら、急に倒れるから……とりあえず、空き教室に、避難したんですけど」
 荒い、荒い、息遣いが――――。

「し、“しもん様”にお願いしたんですよ、こんな人が彼女になってくれたら、素敵だなあって――――そ、そしたら」
 ザザ、とノイズのようなものが、男子生徒の体を包み込む。その姿が、変質していく。

「願いを、叶えてくれたんです、へ、へへへ――――もう、貴女は僕のものだ――――」
 身勝手な宣言、身勝手な理屈。





「――――巫山戯るな」
 言葉を発したのは、もう、転入生の少女ではなかった。
 刻は黄昏、空は紫赤。
 夜の支配者が、現れる時間だ。

 名を忘れた。思い出せない。
 理由を忘れた。熱が失せた。
 けれど、身勝手にこの体に触れられる事など、許せる道理が何一つない。

 もしもそれを捧げられる相手が居るとするならば――――ああ、それすら、それすら思い出せない。
 怒りだけが、そこにある。
 声が響く。怒りの歌が。

 もう、■■■■■の為に歌えない。
 だから、己の為に歌おう。
 身体と、心と、尊厳を護る為の歌を。

「失せろ、凡俗。私に――――指一本でも触れるな」
 かくして、■■■■は、己の欲望に記憶を捧げた、哀れな愚者と対峙した。

ⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣ   ⅨⅣⅨⅣⅨ

 ◇ 第二章 ◇
       VS ジャガーノート・ローゼス

 帰宅部の男子生徒、小泉・四郎が『ジャガーノート』となった姿。
 “家族の記憶”と引き換えに“目の前に居る■■■■を自分のものにする力”を得た。

 全身が、鋼鉄製の茨の蔦に覆われた、人の形をしている。
 顔の部分には、同じく金属でできた、赤い薔薇が鎮座している。

 【POW】金属の茨を束ねた腕で叩きつける。
 【SPD】無数の棘を伸ばし、弾丸のように射出する。
 【WIZ】薔薇から放たれる花粉で意識を混濁させる。

ⅨⅥⅨ  ⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅣⅨ

成功 🔵​🔵​🔴​

アヴァロマリア・イーシュヴァリエ

基本的に善良で人助けを優先
子供故の浅慮も時折ある

願い事の為に思い出を無くしちゃうなんて、やだな……
上手く言えないけど……大事な思い出は、大事にしないと、だよ

転校生のふりで潜入して、クラスの人に噂を聞いて回るね
マリアは……あれ、『マリア』って誰だっけ?
『誰』が呼んでたんだっけ?
『わたし』は、なんで此処に居るんだろう……?

自分の名を認識できなくなって、名付けてくれた両親、愛称で親しんでくれた友人達も薄れて、聖者として在ると決めた極々当たり前の日常さえ霞む

拠り所は帽子
まだ小さな聖者の心を守ってくれる、両親が贈った最後の砦
怖くて震えて蹲り顔を伏せてしまった時に最後に頼るそれが、教えてくれる



ⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣ         ⅨⅣⅨ

 ▽ アヴ■■マリ■・イー■ュヴ■■■ ▽
               ――――“I for you.”
ⅨⅥⅨ        ⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨ

「て、転校生の……アヴァロマリアです、よろしくおねがいしますっ!」
 見るからに幼い少女が、そう名乗っても違和感を抱かれないのは、UDCの類まれなる隠蔽工作のお陰か、あるいは猟兵としての特性ゆえか。
 もっとも、見た目から与える印象が変わることは無い様で、休み時間になるや否や、小さな生物を愛する女子生徒たちに囲まれて、撫でくりまわされることになった。

「ちっちゃーい! かわいー!」
「どこからきたのー? やっぱり南の方?」
「何でも聞いてー!」
「あわあわあわあわ……」
 だが、そんな環境であれば、話を聞くのもまた容易い。

「“しもん様”? あー、私は聞いたことないかなぁ。あ、クッキー食べる?」
「私知ってるよ、あれでしょ? しもん様、しもん様、どうか願いを叶えてください!ってやつ。ポッキーいる?」
「A組の笹丘が試した、とか言ってなかったっけ? そだそだ、先生には持ってきてること内緒にしてね、ビスケット」
「あー、林原と喧嘩したんだっけ? キャンディをどうぞ!」

 ◆

「ど、どうしよう……」
 そんなこんなで、放課後。
 UDCアースとは全く異なる環境で育ってきたマリアではあるが、流石に学校の中で、両手いっぱいのお菓子を持っているのはお行儀がよくないことぐらいはわかる。
 帽子の中に隠すのもなんとなく座りが悪いが、当然捨てるわけには行かない、でもお菓子を食べるのはもっと良くない、そもそも何でもってきてるんだろう?
 様々な疑問をぐるぐるさせながら、■リアの足は『音楽準備室』と書かれた教室へと向かっていた。

『笹丘? あいつ確かボランティア部じゃなかったっけ?』
 “しもん様”に関わったとされる生徒に、直接話を聞きに来たわけだが、なにせボランティア部がどこにあるのか、誰も知らなかったから大変だった。
 最終的に職員室に行って、音楽準備室が部室代わりに使われている、と聞くまで、校舎をぐるぐるうろつく羽目になってしまったほどだ。

「ごめんくださーい……」
 こんこん、と小さくノックをする。数秒待っても、返事はない。

「…………ご、ごめんくださーい……!」
 もう一度、強めに扉を叩く。やっぱり同じ――だが。

「あれ? 開いて、る?」
 試しに扉に手をかけると、ずる、と横にずれた。鍵はかかっていない様だ。
 勝手に中に入るのは、当然良くないことだ。音楽準備室、というからには危ない薬品もあるだろうし。
 けれど、調査はしなければ。でないと人助けができない。誰も救えない。
 よいこの天秤と、アイデンティティ、その二つをしばらく秤にかけて、やがて、妥協の道が選ばれる。

「お、お邪魔します……」
 そっと、中を覗き込めるぐらいだけ扉を開けて、様子をうかがおうと中を覗き込もうとした所で――――。

「誰?」
「きゃあっ!」
 内側から、一気に開け放たれた。反射的に飛び退いて、尻餅をついてしまう。

「…………えっと、マジで誰?」
 背の高い、男子生徒だった。髪の毛は短く刈り上げられて、目つきは鋭く、体格が非常に良い。
 ありていに言って、威圧感のある人だった――■■■との身長差は、おそらく50cm以上はあるだろう。

「え、えっと……あの! ボ、ボランティアに、興味があって!」
 嘘ではない。■■■は人助けが好きだ。自分の力は、誰かのために使うべきだと、そう思っている。
 だって■と約束したのだ、■■■にはそれをかなえるだけの才能がある。

「……興味って、え、マジで?」
「う、うん。だから、部室がここだって聞いて、来たんだよ」
 ■■■がそう言うと、男子生徒は口元を抑え、『……本当だったのか』と小さくつぶやき、それから、険しい顔を、柔らかな笑みに変えた。

「そりゃ、大歓迎だよ、俺は笹丘。君は?」
 手を伸ばしながら、笹丘は■■■の手を撮って引っ張り起こす。強い力だった。

「あ、ありがとう。■■■は……」
 尋ねられて、答えようとした。
 いつもどおり、名乗ろうとした。
 そこで。気づいた。

 あれ?
 ■■■って、誰だっけ。
 『わたし』は、なんでここにいるんだっけ?

「……お、おい?」
「わ、わたしの名前、なんだっ、け?」
「……だ、大丈夫か? ■■■って今自分で言わなかったか?」
 音として聞こえるのに、言葉を認識できない。意味として通じない。
 それは、■■■の中から失われてしまったからだ。
 だから、目の前にあっても、気づくことが出来ない、理解することが出来ない。

(きゃははっ、ばぁぶぅ)
 頭の中に、聞いたことのない赤ん坊の声が響く。

「とりあえず、中に入れよ。狭い所だけどさ」
 招かれるままに、音楽準備室に誘われる。
 小さな机とイスがあり、あとは古い楽器と、譜面や教本が詰まった棚がある。
 間借りさせてもらっている、という印象が、どうしても拭えない部屋だった。
 きょろきょろと周囲を見る■■■を見て、苦笑しながら笹丘は言った。

「ボランティア部は人が居ないんだよ、もうすぐ廃部になるはずだった」
「廃部……なくなっちゃうってこと?」
「そう、この学校じゃ三人以上いれば部活ができるんだけど、去年先輩が卒業して、一人は辞めちまったんだよな」
「……そう、なんだ」
「ああ、だから、君が来てくれてすげー嬉しい」
 照れくさそうに笑いながら、笹丘は、頭を掻きながら言う。



「“しもん様”へのお願いって、マジで効果あるんだな」



「――――え?」
「全然信じてなかったんだけど、もしかしたらあと一人、いや、二人ぐらいは来てくれるかも――――」
「今、しもん様って、言った?」
「へ? あ、ああ、言ったけど……」
 ■■■は――今、自分が自分のことを忘れていることを、忘れた。
 反射的に、すがるように笹丘に飛びついて、声を荒げた。

「……ねえ、笹丘くん、辞めちゃった友達のこと、覚えてる?」
「…………あ?」
「名前でも、姿でも、何でもいいから……思い出せない?」
 問われ、首をひねり、考えて。

「……誰だったっけ、思い出せ――――がっ」
(いひひっ)
 その瞬間、びくり、と笹丘の身体がのけぞった。

「!」
 背後の空間に、“何か”がまろびでた。
 それは、歯車というゆりかごに抱かれた、赤ん坊。
 ノイズとモザイクにまみれた“それ”は、笹丘に手を伸ばし、触れて。

(だぁ、ぶぅ)
「ぐ、おおおああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
 その性質を、変化させた。

(きゃはははははっ!)
「ま、待って」
 ■■■が手を伸ばす頃には、もう消え失せて。
 変わりにそこに立っていたのは……同じ様なノイズを身にまとった、人ではない何かだった。

『ウ、オォォォ…………』
 似たような動物を見たことがある。
 白と黒で、可愛らしくて、大きくて、そのモチーフとなったのは――――。

『――――邪魔、すンな、猟兵ぃ…………』
 “加工”された笹丘の声は、敵意と殺意に満ちていた。
 それでも、■■■は、退かない。

「願い事の為に思い出を無くしちゃうなんて、だめだよ、上手くいえないけど……」
 帽子のつばをぎゅっとつかんで、握りしめて。
 ■■■は、叫ぶ。心にまだ残っている、唯一の灯火に従って。

「大事な思い出は、大事にしないと――失くしちゃ、いけないんだよ!」
 なんでここにいるのか。どうしてこんな気持になるのか。
 思い出せなくても、わからなくても。
 まだ、それを叫べるだけの自分自身が、■■■の中にはある!

『――――ウルセェ』
 モノクロームの体色を持つ、機械じかけの巨躯。

『テメェに俺の――――何がわかる!』
 巨腕を、幼い少女に向けて振り下ろすのに――何の抵抗も抱かない、破壊の化身。
 ジャガーノート・モノクロームが、小さな聖女に襲いかかる。


ⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣ   ⅨⅣⅨⅣⅨ

 ◇ 第二章 ◇
         VS ジャガーノート・モノクローム

 “友達の記憶”と引き換えに“新入部員”を望んだ、
 笹丘・ハルマが改造され、『ジャガーノート』となった姿。

 願ってからまだ日が浅かった為、“しもん様”の手で強制的に眷属にされた為、
 一種の暴走状態となっており、冷静な判断力はないようだ。

 【POW】怪力の豪腕で引き裂く攻撃。
 【SPD】俊敏な跳躍力で飛び上がり、プレス攻撃を仕掛けてくる。
 【WIZ】体中のミサイルポッドから弾幕を放つ。
 

ⅨⅥⅨ        ⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨ

成功 🔵​🔵​🔴​

鳴宮・匡
【冬と凪】○


学生服を借りるよ
……教師が屋上でサボってたら変だろ

【無貌の輩】を敷地内へ散らして情報収集
粗方終わったら屋上で情報交換
有用そうな情報を選別、相方の電脳で周知

……俺の名前覚えてる?
お前のことは憶えてるぜ、ヴィクティム
うちのプランナーだ
もう一人のことも、これがチームの認識票ってことも

でも、この花――瑠璃唐草?
なんで持ってるかわからないんだ

話を聞いても実感がなくて
それが“悲しい”と思って
――どうしようもない違和感が付き纏う

その霊符?
お前のとこの従業員の贈り物だろ
大事な仕事の時、お前がいつも持ってるやつ
わからない?
そうだよな、俺もだ

でも、なんだろう
この花を見てると、思い出さなきゃって思うんだ


ヴィクティム・ウィンターミュート
【冬と凪】〇

学生服…あと一応シークレットシューズ
VAP──変装用を開帳
潜入後は、目星をつけた生徒に化ける
話し方、声もトレースしてと…色々聞かせてもらう

なぁ、俺は誰だ?お前は鳴宮・匡…俺とチームメイトで、銃使いだ
そう、そんでもう一人…それで3人のチーム
お前のそれは、見たことある
多分それを贈ったのは──

なぁ、あのさ
何で霊符なんか持ってるんだ?
こんな、クソの役にも立たなそう紙切れをよ
"何で俺は外に居やがる"
あぁうざってぇ、平和ボケした学生ども
恵まれた奴を見ると無性に奪いたくなる

…なんだ?何か矛盾してる気がするのに
それが何だか分からない
分からないけど
この紙切れを持って…敵を倒さなきゃいけない、気がする



ⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣ       ⅨⅣⅨⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣ

 ▽ ヴ■■テ■■・■■■■■ミ■ート ▽
 ▽ ■宮・■ ▽
       ――――“Because it is not more important than anyone,
                 counting on you more than anyone.”

ⅨⅥⅨ      ⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨ

「よう! この前は悪かったな」
「米山! お前今までどこに行ってたんだよ!」
「悪いと思ってるって! 本当、虫の居所が悪かったんだよ、昼飯奢るからさ、頼むよ、許してくれ」
「ったく……けど本当に謝らないといけねえのは部長にだぜ、練習にもでてこねえからマジでキレてるぞ」
「あー…………もうどれぐらい部活に行ってないっけか」
「二週間だよ! 滅茶苦茶な球を投げるようになったと思ったら、これだもんなぁ……つーかどこで覚えたんだよあんなカーブ」
「はは、秘密の特訓めいたものをさぁ――――――」

 ◇

「ちゃんと仕事をしてきたか?」
 鳴宮・匡(凪の海・f01612)のつぶやきに、黒い小人達は身振り手振りで、必死に自分達が如何にしっかり労働を終えたのかをアピールする。
 それは【記憶を欠落している生徒】の数が少なくとも二十名以上存在することや、それに伴う大小様々なトラブルが発生していること。
 部活関係や対人関係に問題が発生するのは序の口で、中には数日間、家に戻っておらず、捜索願の出された生徒もいるらしい――これはおそらく、『家族』や『自宅』の存在を忘却したものと思われる。
 具体的な名前をリストアップしながら、次の行動を考えていく。
 他の猟兵と活動範囲がかぶることもあるだろう、情報を共有しながら――――。

「……学外の生徒は、UDCに保護してもらえるように動いたほうがいいかもな」
 そうして、放課後を迎えれば、運動部達がぞろぞろとグラウンドに出てきて、各々練習を始め出す。
 広い校庭も、サッカー部、野球部、陸上部で折半すれば手狭になっていく様も、屋上から眺めれば、よく理解できた。

「…………」
 グリモア猟兵の話によれば――――この景色は、“ごく一般的な、どこにでもある高校”のものらしい。
 自分の人生が経由する事のなかった、“青春”なるものが、そこにある。
 それを見て……羨ましい、とも、憧れる、とも、別段思わなかった。
 ただ――――――。

 その続きを思考する前に、屋上の扉が開け放たれて、現れたのは、長身かつがっしりとした体格の、いかにも運動部然とした男子生徒だ。
 鍵など、当然存在してません、という風であったが、もちろん一般生徒は立入禁止であるし、鳴宮はしっかり施錠していた。

「……変装、解き忘れてるぞ」
 呆れ声で言うと、おっと、と肩をすくめて、男子生徒が指を鳴らす。
 途端、身体にまとっていた“偽装”が解けて、よく知った顔が姿を現した。

「横幅はともかく、タッパが違うとホロじゃ違和感が出るのが難点だな。シークレットブーツなんざ久々に履いたぜ」
 猟兵――――ヴィクティム・ウィンターミュート(Winter is Reborn・f01172)はそう言うが、大した苦労をしたようにも見えない。
 だが、その能力は今更語るべくもない。全くの別人に偽装して、行動を完全にトレースし、知人友人から情報をあさり尽くしてきた帰りには、とても見えないだろう。

「そんなに背が高かったのか?」
「聞いて驚け、189.7cmだ。体格に恵まれてる上に背も高い。強打者にして左利きのハードピッチャーだとさ、ベースボール界の未来は明るいぜ」
「そうなのか?」
「そりゃそうだろ、打って投げれる選手は貴重だぜ? まぁ――――ぶっ壊れなけりゃ、だけどな」
 告げながら、ヴィクティムが空中に表示したディスプレイを鳴宮に向ける。
 米山・誠一郎。十七歳。野球部所属。風見原高校へは特待生として入学している。
 ごく普通の野球部を地区大会ベスト4に導いたのは、彼の実力による所が大きいのは間違いない。

「投球練習中に肩を痛めて、それから様子がおかしくなった、と――まぁ“しもん様”とやらに願うなら“これ”だろうな」
 続けて表示されたのは、どこから調達してきたのか、風見原高校からほど近い、市民病院のカルテだった。
 ざっくり眺めて、要約すれば『このまま野球を続けていたら二度と動かせなくなる』という、ありふれた悲劇だ。
 本人にとっては、死刑宣告に等しいのだろうが。

「兄弟姉妹が多くて、貧しい家族に楽をさせる為に、高校で結果を出してプロに入って――――ってのがモチベーションだったらしいぜ?」
「じゃあ真っ先に忘れるのは『家族』ってことか。……ああ、やっぱり、捜索願が出てる生徒の一人だ。よく騒ぎにならなかったな」
「いや? 結構な大騒ぎになったぜ? おかげで“鎮火”する手間が増えた。で、どう動く?」
 問われ、鳴■は考える。
 生徒一人ひとりを場当たり的に対処する――のでは意味がない。
 重要なのは“しもん様”を倒すこと、根幹の問題を解決することだ。
 であるならば、やはり取るべき手段は――――。

「こっちから“しもん様”を呼び出そう、やり方はコイツらが調べてくれた」
 影の小人達が、わーわーと手を上げて自らの成果をアピールする。ヴィ■■■ムは口笛を吹いて、彼らの検討をたたえた。

「一直線ね、そっちのほうが煩わしくなくていい」
「ああ、時間をかければかけるほど、面倒になってい――――――」
 その時だった。
 わらわらと集まってきた影の小人の、おおよそ半分が。
 鉄板の上にのせた氷のように、ドロリと“溶けた”。

「!」
 ヴィ■■■ムは飛び退き、咄嗟に身構える――が、そこでありえないことが起こった。
 ■■が、棒立ちしたまま、動かない。
 明確な異変があったというのに、戦闘態勢に入ってない。
 それは、ヴ■■■■ムにとって、ある種、どんなことよりも異常事態だった。

「おい、■■!」
「…………なあ」
 ■■は、何か、信じられないようなものを見る、そんな目で――■■■■■ムを、見つめ返した。

(きゃははははは! だぁばぁ!)
「■■って、俺の名前、か?」

 記憶を失う、ということは、欠落する、ということだ。
 欠けているのだから、収まらない。失ってしまったものは、認識できない。
 音として出力されても、それが頭に染み込まない。情報として処理されない。
 そうなったら、次の段階へ進んでいく。もう、既に事態は、取り返しのつかない領域に、進行している。

「ドレック! マズい――――――」
 ■■■■■■も、もう理解していた。既に自分の頭から、その文字列が飛んでいる。
 自分を示す記号が失われば、次になくなるのは――――。

 ◇

(何で俺はこんなモンを持ってるんだ?)
 ■■■■■■が取り出したのは、一枚の霊符だった。
 全く役に立ちそうにない、ソフトウェアが収められているわけでもない。
 “無駄”なものが、何故か戦場にある、それがどうにも、居心地が悪い。

(この花は――瑠璃唐草? 何で持ってるか、わからない)
 ■■が手にしたガラスの中には、一輪の花がある。
 その名前はわかる。でも、なぜここにあるのかがわからない。
 戦場に飾りは不要なはずで、この場にあるべきものではなくて。
 ならばなぜ、自分はこれを持っている?

 自分を忘れ。
 心の支えを見失えば。
 どんな強者も等しく弱者となる。
 立ち続けることは、難しい。

「――――■■! “俺”は誰だ?」
「…………お前は、■■■■■■だ、■■■■■■・ウィ■■ー■ュート。うちのチームのプランナー、腕っこきのハッカーだろ」
「お前は■■・匡だ、俺が覚えてる。こいつがなんだか分かるか?」
「認識票だろ、俺たちはチームだ。あいつも入れて――――」
「そう、もう一人を入れて、三人だ、あぁ、オーケー、それは覚えてる」
 顔を突き合わせて、お互いの情報を突き合わせていく。
 皮肉なものだ。

 自分のことがわからなくなっているのに、相手のことは、嫌になるほどよく知ってる。

 多分。
 たった一人、誰より大事な誰かを選べ、と言われたら。
 お互い、目の前の相手を選ぶことはないだろう。

 そんなにベタベタと、馴れ合った関係じゃない。
 、、、、、
 だからこそ、この局面でも忘れない。
 その技術に対する信頼も、言葉に対する信頼も、全く、これっぽっちも薄れない。
 誰より大事なわけではないからこそ、誰より頼りにしている相手――――。

「……俺にはわからねぇけど」
 何の価値も感じない、何の意味も見いだせない霊符を、それでも丁寧に、ゆっくりと仕舞い。

「でも、きっと俺にとって――――」
 大事に感じられないこと、それそのものが何故か胸に空白を抱かせる、瑠璃唐草を握りしめ。

「必要なもの何だろ」
「お前が言うんだからさ」

(…………だぁ、ぶぅううう)
 不意に、二人の頭の中に、不機嫌そうな赤ん坊の声が響く。
 それは、“上手に踏みにじれなかった”ことに対する、不満と怒り。

「ハ。……向こうから来てくれたか」
「……そっちの方がありがたいな、対処がしやすい」
 空間にノイズが走る。人の形を構築していく。
 それは、先程■■■■■■がその姿を借りていた高校生、そのものだった。
 彼は、二人をゆっくり睥睨すると、更に全身にノイズを走らせて――――。

『お、俺は――――――』
 ……そのモチーフとなったのは、おそらく兎だろう。
 長い耳型のセンサーに、オレンジ色の装甲、だが、愛らしさという概念からはかけ離れた、3mを超える巨体。
 野太い右腕にはバットを、左手は手首が外れる構造をしており、大砲のような形をしている。

『もう一度――――野球をするんだああああああああああああ!』
 名前を、ジャガーノート・ジャイアント。
 何もかも、野球をする理由すら見失った“化け物”が、記憶を失った二人の猟兵に、襲いかかった。

ⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣ   ⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨ

 ◇ 第二章 ◇
         VS ジャガーノート・ジャイアント

 “家族の記憶”と引き換えに“もう一度野球ができる身体”を得た高校生、
 米山・誠一郎が改造され、『ジャガーノート』となった姿。
 長期間“しもん様”と契約を結んでおり、一際高い性能を誇る。

 機械で出来た3mの巨躯と、それに伴う膂力、野球の技術で攻撃してくる。

 【POW】全長2mの金属製釘バッドによるフルスイング。
 【SPD】複雑な軌道に変化する剛速球を連続して投げる。
 【WIZ】自身の状態を完全な状態に復元し、デバフをリセットする。
 

ⅨⅥⅨ        ⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨ

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

メイジー・ブランシェット
判定はWIZ
学生さん達にお話を聞きます
推理は無理でも聞いてけばわかるかもだし……頭良さそうな人とかに話してみれば。

うん。やることはメモした。お話を聞くことには慣れてる【コミュ力】
怖いけど……大丈夫!【勇気】


最初は気付かず、名乗る時に違和感が出る程度
なのでメモの行動を優先【環境耐性】

自分でも頑張れてるなと、感謝とフル◼️ドさん達のことを思い出そうとして……

混乱は強め
すぐには立ち直れない

でも鞄の飾りのアイテム「なりたい君になれますように」に手を触れ、鞄の中の「読めない手紙」と「1枚の紙」を目にすれば
記憶が戻るかは別としてメモにある行動を再開

一歩踏み出すために


アドリブも複数行動も大歓迎です



ⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣ        ⅨⅣⅨⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣ

 ▽ ■■ジー・ブ■ンシ■■ト ▽
                  ―――――“I want to be myself.”

ⅨⅥⅨ       ⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨ

 メイジー・ブランシェット(旅する少女・f08022)の問いかけに、生徒達は快く答えてくれた。
 転校生として現れた愛らしい少女が、学園の中の「わからないこと」に興味を抱いてくれているのだから、お近づきになりたい、と思い、応じてくれるのは自然なことだろう。
 もっとも、メイジー当人は、自分を愛らしいとも可愛らしいとも思っていないだろうし、声をかけるのもおっかなびっくりな有様だったのだが。
 それでも、勇気を出して、尋ねて回った。ほんの少し前の自分だったなら、そんなことも出来なかっただろうと思う。

(でも――――でも)
 動かなきゃならない、という焦燥感がある。
 頑張らなくちゃいけない、という思いがある。
 こんなにも急かされるような感覚があるのは、何でだろう。

 忘れるのは、怖い。
 失うのは、怖い。
 メイジー・ブランシェットは知っている。
 その恐怖を、恐ろしさを、骨の髄まで知っている。
 、、、、、、、
 忘れられたことがある人間として――――それを自ら行おうとするあり方を、放ってはおけない。

「……美術部の、三人」
 というのが……メイ■ーが人から聞いた、“おかしくなってしまった人達”だ。
 簡単に聞き出した話をまとめると――――。

 東海林という女子生徒は、西部という男子生徒のことを好きだったらしい。
 しかし、西部は東海林の告白を断った。彼女の親友である、南原という女子生徒の事が好きだったからだ。
 三人は同じ美術部に所属しており、良好な仲であったという。

(……誰が誰を好き、とか。他人の口から出た言葉を、信用していいかは、わかりませんけど)
 そして―――最終的にその男子と交際することになったのは、南原だった。
 それ以来、東海林と南原は、距離を取るようになった。
 劇の練習などをしている際は普通だが、私生活においては、傍から見ていてもわかるほど、東海林が南原を拒絶しているような素振りを見せるのだという。

 その感覚は、わからない。
(わからないふりをしているだけでは?)

 だって、恋をしたことなんて無い。
(本当に? あなたの心のなかに誰もいない?)

 自覚することは、恐ろしいことだ。
(だったら、願ってしまえばいい。きっと叶えてくれるだろう。“しもん様”は誰の望みだって)

「~~~~っ!」
 頭の中で響く声を振り払いながら、メ■ジーは歩く。

 仮に、その噂話が全てまるっと本当だとするなら、単純に、恋愛競争に負けた東海林が南原を避けるのは当然に思える。
 一方で、違和感も覚える。どこかで歯車が噛み合っていない気がする。
 けれど、■イジーの頭は、そんなに良くない。謎を理論で紐解いて、ロジックのパズルを埋められるほど、経験豊富じゃない。

(がんばれ、がんばれ私)
 初めての依頼で、敵の掌の中に居る。
 “それ”は、かつてあった出来事を彷彿とさせる存在だ。

 怖い、だけど、動くと決めた、挑むと決めた。
 出来ることを、やると決めた。

(…………怖くない、大丈夫。私、頑張ってる。フル■■さん――――)
 だから――――“私”の名前を思い出そうとして、でてこなかった時。
 自分に、勇気を与えてくれた人の、名前と顔が、でてこなかった時。
 無理やり押し込めていた、恐怖が、閉じ込めた箱を無理やり開いて、現れようとしていた。

「ひっ――――」
 呼吸がひきつる。喉がこわばる。
 どうして、そんなはずない。思い出せないわけがない。
 だってあんなに、あんなに。

 なにか無いかと、自分を証明するものはないかと。
 カバンを漁る。ひっくり返す。
 しゃらり、と音を立ててこぼれ落ちたのは、貝殻でできた、首飾りだった。

「あ……」
 これが、なんだかわからない。
 でも、大事なものであることは、わかる。
 まだ、それを覚えている。ぎゅっと握りしめて、それから、ひらりと落ちた、紙を拾い上げる。

 『■■■・寂』

 と、書かれていて、もうほとんど認識できないのに。

「…………大丈夫」
 大丈夫だ。

「…………頑張ろう」
 頑張れる。

「私は…………」
 小さいけれど。
 か弱いけれど。
 何も出来ないかも知れないけれど。

「猟兵ですから……っ!」
 メモを取り出す。
 今日、この学校に来てから、事あるごとに書き連ね続けたそれは、たとえ何を失っても初志貫徹するための、行動指針を教えてくれる。
 噂話、“しもん様”、美術部、東海林、南原、西部。

「美術部に、行きます!」
 忘れないように声にして、■■■ーは、歩き出した。

 ◇

 キャンバスに描かれていたのは、二人の人間だった。
 屋上で、手を取り合う、制服を着た男女。
 男子の方は、線の細い、けれど、整った顔をしていて。
 女子の方は、首から上が、真っ黒に塗りつぶされていた。

「思い出せないのよ」
 筆を片手に、その女子生徒は、扉を開け放った、赤ずきんの乱入者に言った。
 キャンバスから、視線を外さず、感情のない瞳で。

「何でこんな絵を描こうと思ったのか、何でこんな事をしてるのか、わからないの」
「……話を、聞かせてください」
「話? 私に?」
「はい、えっと、あなたは……南原さん、ですか? それとも――――」
 東海林さんですか? と尋ねようとして。
 女子生徒は、ぎぎぎ、と首をゆっくり動かして、■■■■を見た。
 マネキンのような表情で、蝋人形のような瞳だった。
 何も写ってない。何も見えてない。何も思ってない。
 それが――――よく分かる、顔だった。

「っ……!」
 息を呑む。背筋が凍る。この表情を、■■■■は知っている。

「南原、って、誰だっけ。なんで、私はここにいるんだっけ」
 少女の……東海林の体にノイズが走り出す。きゃはは、となにかの笑い声が聞こえる。

「思い出せないの…………ねえ! 教えてよ、私は“しもん様”に……何を望んだんだっけ!」
 悲鳴のような叫びを上げながら、少女の体が“別のもの”に塗り替えられていく。
 それは、電子の鎧とノイズを身にまとった、魔法使い。

 与えられた名は、ジャガーノート・イマージュ。

『あなたを殺せば―――きっと、きっと思い出せる! そうしたら、私は今度こそ!』
 空想が具現化する。魔法使いの想像が、現実になる。

 さて。
 覚えているだろうか。忘れているだろうか。
 ■■ジー・ブ■ンシ■■トは。
 、、、、、
 戦うことが、出来ただろうか。


ⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣ   ⅨⅣⅨⅣⅨⅨⅣⅨⅨⅣⅨ

 ◇ 第二章 ◇
         VS ジャガーノート・イマージュ

 “親友との記憶”と引き換えに“好きな相手の恋の成就”を叶えた少女、
 東海林・みりあが改造され、『ジャガーノート』となった姿。

 無限に生成される電子のキャンバスに、思い思いのイラストを描き、
 それらを具現化して攻撃してくる。

 【POW】キャンバスに描いた炎を具現化し、相手を直接焼き滅ぼす。
 【SPD】キャンバスに小さな大量の魔物の絵を書き、具現化して使役する。
 【WIZ】キャンバスに敵の姿を描き、消すことで本体にダメージを与える。

ⅨⅥⅨ        ⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅨⅥⅨ

大成功 🔵​🔵​🔵​

フェルト・フィルファーデン
◯シアラ(f04820)と

(腕にお揃いの水色のリボンを結び、転校生として学校へ)
ふう、学生になりきるのも意外となんとかなったわね。

ええ、シアラ。絶対に思い出させてあげる。
たとえ全てを忘れても、わたしがあなたを守ってみせるわ。
さあ、早速調査といきましょうか!

きっと噂の出所があるものね。聞き込みをしていけば、きっと……
わたし?わたしの名前は……これが、UDCの力……
大丈夫よ■■■……今、誰の名前を?
ダメ、どんどん、記憶が……
……あなたは、誰?わたしは、何のために……


――救うためよ。護るためよ。失くさないためよ。諦めないためよ!!
護身剣よ、わたし達を護って!

悪いわね。諦めの悪さは、生まれつきなのよ。


浅葱・シアラ
○フェルト(f01031)と参加
忘れても思い出せてね、フェルト

忘れても、きっと腕に巻いたフェルトとお揃いの親友の証の水色のリボンと、
亡き親友がくれた髪の白いリボンが、シアラを思い出させてくれるはず

フェルトと共に転校生として潜入
記憶を無くしたり様子が変になった人に関して聞き込みを始めるけど

シアラ……シアラって誰だっけ……
フェルト、教えて

(調査を続けると)
シアラ……?私って誰だっけ
フェルト……?
何故、私は彼女と一緒にいるの?

(さらに聞き込みを続ける)
何故、私はここに……世界を救う、ため……?
隣の子は誰なの?

わからない、けど
白と水色のリボンが、私に世界を救えと言ってくれるから
この調査を続けないと!



ⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣ         ⅨⅣⅨⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣ

 ▽ 浅■・シ■■ ▽
 ▽ フェ■■・フ■ル■■ーデン ▽

            ―――――“I'm no longer a knight.
                I'm not a princess anymore.”

ⅨⅥⅨ        ⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨ

 浅葱・シアラ(世界を救う希望のフェアリー・f04820)とフェルト・フィルファーデン(糸遣いの煌燿戦姫・f01031)は、この世界において極めて異端なる存在だ。
 フェアリーである。体長は30cmに満たない彼女達が、UDCアースという世界で活動できるのは、猟兵の持つ異能の力だろう。
 彼女らのサイズに違和感を抱くものは居らず、可愛らしい二人の転校生、という形で受け入れられた。

「この制服も、UDCの人が用意してくれたのよね……」
 風見原高校の指定制服に身を包んだフェルトは、くるくると回転しながら自分の姿を見ていた。
 小さな二人のサイズにピッタリと合わせたそれは、ともすればお人形さんの衣装のようだったが。

「似合ってるよ、フェルト。私も制服着てみたかったから嬉しい」
 シアラもまた、ちょっとしたあこがれを抱いていたものだ――UDCアースと限りなく近い世界で生まれ育った彼女だが、猟兵として活動すべく家を飛び出したのが一年半近く前。
 地元の中学校に通える期間が無かった為、依頼での任務などでもなければ、こういった制服に袖を通す機会はなかった。

「……せ、制服だから、おそろいでも普通よね?」
「? うん、そうだよ、制服だから」
 どことなく浮ついていたフェルトは――やがて、コホン、と咳払いをし。

「たとえ全てを忘れても、わたしがあなたを守ってみせるわ」
「うん、思い出させてね、フェルト」
 こうして、小さな二人の調査が、始まった。

 ◇

『被服部の部員が次々に退部している』――という情報に行き着いたのは、聞き込みを初めてしばらくしてからのことだった。

「退部と、記憶を失うことに、なにか関係はあるのかしら?」
 フェルトが首を傾げながら問えば、シアラも、んー、と頬に指を当てて。

「例えば、部活に対する情熱を忘れちゃった……とか」
「……なるほど、そういう事もありえるわね」
「どうしよう、辞めちゃった部員に話を聞いてみる?」
「そうね、そこから“しもん様”にたどり着ければ」
 調査自体は、驚くほどスムーズに進んだ。
 部活をやめた生徒達の所在は、人づてに聞いて理解できたし、直接尋ねることも出来た。

 曰く。

『急にやる気が無くなった』
『ミシンの使い方がわからなくなった』

 ……とか。
 ただ、その代わりに何かを得た、という様子もなく――――。

「ここが被服部?」
 放課後、二人が訪れたのは、被服室、つまりミシンが置いてある特別教室だ。
 部活としての被服部は、ここを間借りして居るということらしい。

「誰か居るかしら、鍵は開いてる?」
「みたい。シアラが先にはいるね?」
「お願い、わたしは後ろを見張ってるわ」
 指をかければ、横滑りの扉は、フェアリーの力でも静かに動く。

「失礼しまーす――――」
 シアラが先に立って、ゆっくりと開いて――――。




「いらっしゃあい」
 ぬるり、と耳に入ってくる不快な声がして。

(きゃははははは!)
 甲高い笑い声と共に、二人の意識が途切れた。










 ◇

(あれ?)
 ■■ラは、目を開けると同時、首を傾げた。
 ここはどこだっけ? 何をしていたんだっけ。
 不意に隣を見る。金髪の、愛らしい顔立ちの少女が、目を閉じていた。意識を失っている。

(――――え? ■■■ト、大丈夫?)
 そう言おうと思ったのに、意識の一部がぼやけて、声にならない。
 ■■■トって、誰だっけ? 見覚えがない。わからない。

「ん――――」
 そうしているうちに、金髪の少女もまた、目を覚ました。
 シ■■を見て、目を丸くして、首を傾げ、それから自分の服を見るように、視線を下に向けた。
 ■ア■もまた、つられて視線を移動して、気づく。
 制服を着ていなかった。ふたりとも、血が乾いた後のような、どす黒く滲んだ赤いドレスを着ていた。
 胸と肩が大きくでていて、そこだけが嫌に肌寒い。踝まで届くロングスカートなのに、切り込みの入ったスリットから、自分の足がはみ出ている。
 そんな自分の姿に羞恥を覚えたのか、■■■トは頬を紅潮させて、身を庇おうと身体を捩ったが、それも無駄だった。
 二人とも、横に並べられて、手足を拘束されているのだった。それに、今気づいたのだから、まだ頭がぼうっとしている。

「動かない方がいいよぉ」
 声に感触があるとするなら、それはねばねばとしているに違いない。
 それでようやく、誰かが居ることに気づいた。
 隣に、男子生徒が座っていた――普通の人間だ。フェアリーからすれば、見上げるほど大きい。
 ようやく自分達が、机の上に並べられていることを理解した。

「あんまり動くと、手足が傷ついちゃうからね――ああ、君たち、アレだろ? リョーヘイ、ってやつだろ? 聞いてるよ、“しもん様”から」
 にちゃり、と笑顔を浮かべて、■■ラは根幹的な生理的嫌悪を感じた。
 駄目だ、気持ち悪い、受け付けない、視線を向けられるのも嫌だ。

「嬉しいなあ、こんな精巧な、生きた着せかえ人形が二つも手に入るなんて――やっぱり“しもん様”にお願いしてよかったよ」
 なのに、この男子生徒は無遠慮に二人の体を眺め回す。そもそもどうやって着替えさせられたのだろう――それを考えると、吐き気すら湧いてくる。

「しもん、様…………」
 ■■ル■が、ぽつりとオウム返しをした。
 その言葉が、頭に引っかかる。重要な言葉だったはずなのに、どうにもふわふわして、宙に浮いている感じがする。

「思い出せないと思うよぉ、キミ達の記憶はさぁ、“しもん様”が持って行っちゃったからねえ」
 カチャカチャと、人形用の衣装がかかった小さなハンガーを手にとっては、んん、と悩ましげに首を傾げる。

「こっちが似合うかなぁ、こっちにしようかなぁ、アイディアが湧いてくるぞぉ、んふふふ」
 その意識は、二人を見ているようで、見ていない……個体としての性質には一切頓着していないのだ。
 ただ、自分にとって有益な道具であるという事実が、彼を喜ばせていた。

(…………どうして)
 ■■ラは思い出せない。
 隣りにいる誰かのことを、思い出せない。
 大事だったのに、大事だったはずなのに。
 もう絶対に、手放さないと誓ったはずなのに。
 その感情だけが、まだ残っている。

(…………わたしは、何のために……)
 フェ■■は思い出せない。
 どうしてここにいるのかを、思い出せない。
 もう二度と失いたくないのに。
 今手放したら、もう絶対に、戻ってきてくれない気がする。

「それにしても邪魔なリボンだな……何で外れないんだろうな……」
 リボン。
 そうだ、リボンだ。
 シ■■の腕にも。
 フ■ル■の腕にも。
 水色のリボンが、結ばれていた。

 指を動かした。
 手首は拘束されているけど、そこから先を、曲げることは出来た。
 指と指が触れ合って、一本ずつ、たしかに絡めて。
 ぎゅっと手をつないで。
 固く固くつないで。
 ■■ラとフェ■■はお互いを見つめ合った。

 大丈夫。
 忘れていても。
 わからなくても。
 小さな二人が、一緒にここにいるのは、きっと偶然じゃない。
 小さな二人が、同じリボンを結んでいるのは、きっと必然だ。

「……私達が」
「ここにいる理由は」
 心にまだ残っているそれを。

「救うためだよ」
 絞り出す。

「護るためよ」
 刻みつける。

「失くさないためだよ!」
 一度は失ってしまった絆を。

「諦めないためよ!」
 もう絶対に、手放さない様に。

「護身剣よ、わたし達を護って!」
 祈るように天に掲げた手に、浅葱色の刃を握る。
 絶対になくすことのない、二人が二人である為の証。

(キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!)
 頭の中で、甲高い絶叫が響く。
 反響し、揺らいで、消えていく。

「な――――!?」
 驚き、飛び退いた佐々木の目の前で、ありえないことが起こった。

「――――フェルト!」
「――――シアラ!」
 すべてを忘れ、人形になったはずの二人が、お互いの名前を呼び合った。
 光の糸が二人を包み込み、身に纏わされた悪意のドレスを上書きしていく。

 それは蒼の戦鎧。かつて騎士として剣を捧げ、今は親友として共にあることを誓った少女の決意。
 それは金の姫鎧。かつて主としてその剣を与え、今は親友として共にあることを誓った少女の意思。

「馬鹿な馬鹿な馬鹿な! 記憶を取り戻せるわけがない! それに、そのドレス――僕の衣装を破いたなあ!」
 髪の毛を盛大に掻いて、悲鳴を上げながら、佐々木は血走った目で二人を睨みつけた。

「悪いわね。諦めの悪さは、生まれつきなのよ」
 その護身剣の力は、二人をありとあらゆる害意から護る。
 記憶を奪いさった“しもん様”の力とて、例外ではない。
 ただし。

(――――あと、九十秒)
 時間がすぎれば、再び、記憶は敵の手に落ちて、今度こそ二人は“人形”となるだろう。
 だから、その前に。

「シアラ――わたしが、貴女を守るわ。だから!」
「うん、フェルト――――私が、この人を正気に戻す!」
 小さな二人の手は。
 今もまだ、固く結ばれている!

『人形の、分際でぇぇぇ! やってみろよォオオオオオオオオオオオオオ!』
 咆哮と同時、男子生徒の姿がノイズに包まれて、変質する。
 針と糸を手にした、スーツにも見える鎧を着込んだ、電脳仕掛けのジャガーノート。

 そのアンダーネームは、名付けるならば『テーラー』だろう。

 敵を前に、それでも決意は変わらない。

「二度と――」
「絶対に――」
 心と言葉が、一つになって、重なる!



「「貴女のことを、忘れたりなんてしない!」」




ⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣ   ⅨⅣⅨⅣⅨⅨⅣⅨⅨⅣⅨⅣ

 ◇ 第二章 ◇
         VS ジャガーノート・テーラー

 “デザイナーになると決めたキッカケの記憶”と引き換えに、
 “無限に湧き出るデザインのアイディア”を得た男子生徒、
 佐々木・樹が改造され、『ジャガーノート』となった姿。

 “しもん様”との契約期間は長く、その性質も理解しているが、自らの私欲の為にあえて利用している。
 他の部員達を“しもん様”と契約させて、「技術」や「執着」を忘れさせ、
 被服部から追い出して自分の城を作っていた。

 デザイン画を一瞬で実物に変え、相手の着ている衣装と入れ替える能力を持つ。

 【POW】着ている者を拘束、圧縮するドレスを着せる。
 【SPD】一瞬で相手の衣装を改造し、望み通りのデザインに加工する。
 【WIZ】相手の動きを操るドレスを着せて、同士討ちさせる。
 

ⅨⅥⅨ        ⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅨⅥⅨⅥⅨ

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

穂結・神楽耶

記憶喪失になった…ここ最近で言動が変わった生徒を探します。
その方を追跡すれば儀式に必要な道具や手順は分かるかと。
…これ以上儀式をさせないようにせねばならないのは辛いところですけどね。
けど、邪神を召喚させるわけにはいきません。
ひとの命が、幸いが、偽りの内に失われるようなことがあってはならない。

…何を忘れても。何を落としても。
わたくしは刀です。
ひとの営みと幸いを守ることを願われた、「物」。
本体「結ノ太刀」を握って己を保ちます。
足りないなら掌を浅く切って。

忘れてはいけないことはひとつだけ。
「それ」を斬り捨てねば、ひとが苦しむこと。
その為に来たのだから果たすだけ。
…知らない炎が、自分を燃やしたって。



ⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣ       ⅨⅣⅨⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣ

 ▽ 穂■・■楽■ ▽
               ――――“Until the flame disappears.”

ⅨⅥⅨ      ⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨ

「最近、おかしいのはイテヤマだよ。どうかしちまったんじゃねえか」
「一回戦負けがよほど堪えたんじゃないの?」
「腕怪我してレギュラー落ちだから気持ちはわからなくもないけどさぁ……」
 という証言を多く取れたのは、主に剣道部に所属する生徒達からだった。
 学園に放たれた焔の蝶が、一匹、二匹と彼らについて、その声を届けてくれる。

「イテヤマ様、ですか」
 屋上で一人、風に着物を揺られながら、穂結・神楽耶(あやつなぎ・f15297)は想う。
 刀として――剣という道に通じる者として。
 覚えた技が、重ねた鍛錬が否定されるのは、きっと辛い事だろう。
 だが、その痛みを、空虚を、何かに頼って安易に満たそうというのは間違っている。
 転んでも、自らの力で立ち上がり、歩き出す以外に無いのだ――――。

「……覗き見るような真似をして、申し訳ありません」
 数匹の蝶を、問題の――凍山・寒次郎という男子生徒へ送り込む。
 今はまだ授業中で、動き出すとすれば放課後か、休み時間だろうか。
 身長は五尺七寸程。一見すれば、普通の生徒に見える――だが。

『…………りたい、……もん様、……く…………』
「…………」
 その呟きを、神楽■は確かに聞いた。
 間違いなく、記憶を捧げ、何かを得た者だ。
 “しもん様”に通じた者だ――――話を、聞く必要がある。

(ぁぅー?)
「っ!」
 そう決めた瞬間だった。
 頭に、赤子の声が響いた。幼く、しかし明確な悪意と、邪気を孕んだ、この世ならざる者の声。

(きゃっ、あははっ)
「何処に――――」
 咄嗟に、■ノ太刀の柄に手をかけて――――――。

「――――――あ?」
 掌に、何の感触も返ってこなかった。
 違う、握っているのに、感じ取れない。
 在るはずのものが、そこにない。

 ――――■楽■はヤドリガミだ。
 肉体は仮初、本性は■。斬るモノ、断つモノ、祓うモノ。
 先ず、己の名前を思い出せないことに気づく。
 穂■・■楽■というヒトガタに与えた名前が、自分のそれだと認識できない。
 そして、自らの本体が、『■ノ■刀』であることがわからない。

「――……わたくし、は――――」
 、
 誰だ?
 、
 何だ?

 どうしてここにある?

(いひっ、きゃっきゃっ)
 奪われてしまった。
 失ってしまった。
 本性がモノであるが故に、欠落したら、取り戻すのは難しい。
 自分を忘れる、ということは――――ヒト以上に、帰る場所がわからなくなる、ということなのだから。

(きゃはははははっ!)




 ◇

「ひ、ひぃっ! ひいいいいいいいいい!」
 這って逃げる、それしか出来ない。足が動かないからだ。
 血すらでていない……正確に言えば、その部位は凍りついている。

『逃げんじゃねえよ――――なぁ、おい』
 その声の主は、鈍く光る刀を手にしていた。刃に付着した赤い血が、ぴき、と音を立てて凍って、ボロリと剥がれて落ちた。

「ち! 違う! 俺のせいじゃない! 俺のせいじゃないんだってぇ!」
『だったら何でテメェがレギュラーになったんだ? あぁ――――』
 剣道場に、二人の人間が居た……いや、片方を人間と呼ぶにはふさわしく有るまい。
 体中にノイズを纏う“それ”は、鎧武者のような出で立ちをしていた。

『お前が、俺が防具をつけてない所を狙ったからだよなぁ――――』
「わざとじゃなかったんだ! 許して! 許してくれ、こんな、こんな――――ぎゃあ!」
 弄ぶように、肩を斬り裂かれる。血しぶきが飛ぶも、傷口がまた、すぐに凍る。
 内側に向かって、棘のように伸びて刺さり、食い込むそれは、味わったことのない激痛を与えてくる。

「あがぁぁぁぁ! う、ううううう!」
『許せねぇ、許せねぇ許せねぇ、テメェだけはゼッテェ殺す! その為の“力”も手に入れた――――』
「誰か! 誰か助けて――――――」
『助けなんてこねェよ! “しもん様”は俺の味方だ! 歯向かうやつの記憶を奪ってくれるんだ……』
「し、しもん様……!? お、お前、あんなうわさ話を真に受けて……」
『居たんだよ本当に! だからこうやってテメェを殺せる! 他の部員共も同罪だ……まとめて殺してやる!』
 鎧武者が、刀を上段に構えた。上から下へ、振り下ろす動き。
 肉と骨を断ち、臓腑を断ち、命を断つ一閃。




 ――――キィン、と。

 剣戟と剣戟がぶつかり合う快音が響いた。

「え…………」
 反射的に目を閉じた男子生徒が、いつまで経っても訪れない痛みを疑問に思い、恐る恐る目を開ける。
 そこ居たのは……そこに在ったのは。
 焔だった。
 刀だった。
 朱き赤だった。

「逃げてください、すぐに」
 紅蓮を思わせる様相の女性の構えた白刃が、、振り下ろされた凶刃を受け止めていた。

 ◇

『誰だ、テメェ――――』
「逃げてください、すぐに」
「ひ、ひいい……」
「疾く、わたくしの意識がまだある内に!
 その言葉には応じず、背後で尻もちをついた生徒に声を放つ。
 叱咤に背を押されるように、生徒は四つん這いになりながらも、なんとか戦線から離れていく。

『邪魔したな――――邪魔したなァ! 誰だ、テメェええええ!』
「――――刀です」
 応じる声は一言、『■ノ■刀』を鞘に収め、構え直しながら。 
 神■■は静かに眼前の敵を見据えた。

『――何でだ? “しもん様”は邪魔する奴を消してくれるはずだろ? テメェ、記憶を奪われてないのかよ』
 問いに答える必要はない――――だが。
 ■楽■は、敢えて応えた。


 、、、、、、、、
「奪われております」


『――――は?』
「わたくしは、わたくしが“誰”であるのか、わかりません」
 名前を、思い出せない。
 何故ここにいるのかを、思い出せない。
 奪われたモノは、ひとかけらたりとも返ってきていない。

 けれど。

「ですが――――わたくしは刀です。何を忘れても。何を落としても。“そうあれかし”と望まれ、生み出されたモノ」
 ひとの営みと幸いを守ることを願われた、“物”。
 記憶という個人を司るものが削ぎ落とされれば、残るのは、そのあり方だけだ。その有様だけだ。

 『結ノ太刀』という、純粋な一本の刀が、何故生まれ、何故在り、何故戦うのか。

 即ち。

 “それ”を斬り捨てねば、ひとが苦しむ。
 ならば、斬らねばならない。
 理由が――――■■■という依代に残されて、動いている。

「参ります、お覚悟を」
『――――フザけんじゃねえぞ、だったらよぉ――――――』
 鎧武者――――“しもん様”に与えられた役割と名前は、『ジャガーノート・ソードマンシップ』。

『テメェも膾切りにしてやらぁああああああああああああ!』
 二つの刃が、交わろうとしている。

ⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣ   ⅨⅣⅨⅣⅨ

 ◇ 第二章 ◇
         VS ジャガーノート・ソードマンシップ

 “他者を慈しむ感情”と引き換えに“復讐を叶える力”を得た男子生徒、
 凍山・寒次郎が改造され、『ジャガーノート』となった姿。

 機械仕掛けの鎧武者のような姿をしており、切断したものを凍てつかせる剣術を使用する。
 契約した期間は短いが、持ち前の剣術が強化されている。

 【POW】真正面から、斬ったものを凍てつかせる唐竹割り。
 【SPD】斬ったものを凍てつかせる、神速の居合。
 【WIZ】射程内に入ったものを無条件で斬り落とす構えを取る。
 

ⅨⅥⅨ        ⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨ

大成功 🔵​🔵​🔵​

セフィリカ・ランブレイ

記憶と引き換えに願いが叶う、か
シェル姉ならどう?
『お断りね。ロクなことはないけど、それでも確かなものもある。ま、今話すことでもない。行くわよ』
相棒の魔剣と話しつつ生徒として学園に潜入
生徒と接触して、噂を辿りその出所を調べる
礼儀正しくお願いしていこう!お姫様らしく!

あれ…私の名前は…?
『セリカ、しっかりしなさい。私が分かるわね?』
そう、シェル姉がいる
生まれた時からの私の大事な姉貴分

常に見守ってくれたから私がある
その存在を離さないように握りしめ…

『…小娘が何故我を手にしている?弁えろ』
剣が弾けた
顕現した蒼髪の魔人は、私を煩そうに見遣り立ち去る

呼び止めなきゃ
…でも、彼女の名前が思い出せない



ⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣ         ⅨⅣⅨⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣ

 ▽ セ■ィ■■・ラン■■■ ▽

            ――――“The princess let go of her sword,”

ⅨⅥⅨ        ⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨ

「記憶と引き換えに願いが叶う、か……シェル姉ならどう?」
 セフィリカ・ランブレイ(蒼剣姫・f00633)が尋ねると、シェル姉と呼ばれた存在――即ち、彼女が腰から下げる“魔剣シェルファ”が応じた。

『お断りね。ロクなことはないけど、それでも確かなものもある』
「確かなことって?」
 彼女の“姉貴分”たるシェルファは、呆れたように。

『今話すことでもない。ほら、行くわよ』
「わ、待ってって。制服、似合ってる? おかしくない?」
『はいはい、似合ってるわよ。おかしくないわ。それよりちゃんとしなさいよ、潜入調査でいつものノリでいたら、大ポカするわよ』
「だーいじょうぶだって! 任せて! バッチリ溶け込んでみせるから!」
『……不安だわ……』
「UDCアースでは、私みたいな女の子を“ジェーケー”っていうんだよね?」
『不安だわ…………………………………………………』

 ◇

 まあ、取り繕おうと思えば取り繕えるのが、セフィリカという少女ではあるのだ。
 傍目は見目美しき美少女がクラスに現れ、宜しくおねがいしますと柔らかな笑顔で微笑み、清楚に目線を伏せてお願いすれば、大体の要求はすっと通るものだ。

「姫プレイってやつ?」
『何処でそういう言葉を覚えてくんの、あんた』
 かくして、情報収集は、驚くほどスムーズに進んだ。
 曰く――――。

『最初に“しもん様”の名前を口にしたのは――教師、という話よね?』
「そうそう、ほーむるーむ? で言われたんだって」

 ――『最近、“しもん様”なる妙な噂が流行っているが、本気にしないように』。

 だけど、生徒達はそんなうわさ話を、その日まで聞いたことがなかったらしい。
 “誰も知らない噂話”があれば、“なんだそりゃ?”と疑問に思って、調べたり、話題になったりもするだろう。
 やがて、それは具体的な形を伴い始めて、誰かが実際に行った。

『なら、そいつを締め上げるのが手っ取り早そうね』
「わー、シェル姉、好戦的だ」
『あんたの仮面が剥がれる前にさっさと片付けたいのよ』
「ひーどーい! ちゃんと出来てたじゃん!」
『そうね、見てて笑いを堪えるのが大変だったわ』
「そこまで言うー! 大体――――――」

(…………ぷぅぅ……)
 言葉を続けようとして、ずきん、と頭が痛んだ。
 セ■■リカの耳に、聞き覚えのない声が響く。

「……ねえ、シェル姉、今何か言った?」
『……いいえ?』
「……じゃあ、なんだろう、今の」
『セリカ、落ち着きなさい。詳しく話して』
「…………?」
『セリカ?』
「……え、あっ、セリカって、私?」
 口にして、あれ? と思う。
 こうして会話をしている相手は、シェル姉だ。シェルファだ。大事な、私の姉貴分。

『……セリカ、しっかりしなさい、私がわかるわね?』
 そのシェル姉が呼びかける相手は、私以外にありえない。
 そうだ、だから■リカは私の名前だ。そうじゃないと、おかしい。

「え、ヤダ、なにこれ――シェル姉」
『落ち着きなさい! ■リカ、とりあえずひとの居ないところに――――』
 急に怖くなって、ぎゅっと、鞘に収まった剣を抱きしめる。
 大丈夫、シェル姉がいる。生まれた時からそばにいてくれた、大事な私の姉貴分。
 シェル姉がそばにいてくれれば、私が私を見失うことは――――。

(あはっ)
 また、声が響いた。
 その瞬間、■■■リカの身体が、大きく吹き飛んだ。

 ◇

「シェル――姉……?」
『気安く呼ぶな、小娘』
 己でも、驚くほど冷えた心で、自らに触れていたモノを睥睨し、■ェル■ァは大きく息を吐いた。

『小娘が何故我を手にしている? 弁えろ。次に無礼を働けばその首が飛ぶと知れ』
 何故この身を、見知らぬ小娘に委ねていたのか、思い出せなくて腹が立つ。
 そもそも此処は何処だったか。何をしていたのか。記憶が曖昧だ、ぼやけている。

「シェ■姉! シェ――――」
『喧しい』
 なおも叫び続ける小娘を一喝し、■■ルフ■は苛立ちを募らせる。
 そもそも誰だ、その■■■姉などという存在は此処には居ない。
 此処にいるのは――此処に、あるのは――――。

『…………誰だ?』
 私は、誰だ?
 その疑問を、抱いた時。

(きゃはっ!)
 頭に響いたのは、赤子の、楽しそうな声。
 会話ができたわけではないが、その意図は、何故か驚くほど正確に読み取れた。

 それは――幼子が、新しいおもちゃを見つけたときの、歓喜の声だ。

 不快感が脳天からつま先までを駆け巡る。
 気高き魂を穢される、根幹的な嫌悪感。
 咄嗟に、身構えた。身構えようとした。

 だが。
 ……今、剣たる己を握る者はいない。
 所有者が、居ない。
 あそこで座り込んでいる娘は?
 わからない、そんな筈はない。ただの娘に、己が身を委ねるなどありえない――――。

『……違う!』
 たとえ記憶からその存在を奪われても。
 この身に刻まれた契約は消えない。
         カラダ
 心が忘れても、刀身が覚えている。
 あの少女こそが、今の己の主であり――持ち主だと。

(きゃははははははっ!)
 気づいた時には、遅かった。
 離れさえしなければ、まだ対処の仕様はあったかも知れない。
 だが、自らの意思でその手を拒み、お互いを忘れてしまった二人の間に入り込むには。

 あまりに、隙間が空きすぎた。

(きゃっきゃっきゃっ! きゃはははっ!)
 “それ”は突如として現れた。歯車というゆりかごに赤子を収めた、異形の化け物。
 即ち――――“しもん様”と呼ばれる、オブリビオン。
 記憶を奪われた間に、何かが入り込んでくる。組成を書き換えていく。

『――――――セリカ!』
「――――シェル姉えええええええええええええええええっ!」
 お互いの名前を呼び会えたのは、奇跡か。それとも――――。

(…………いひひっ!)
 “しもん様”の、悪意によるものか。

 どちらにしても、全てが遅かった。
 からん、からん、と蒼銀の魔剣が、リノリウムの廊下に転がって、吸い出された『何か』を、“しもん様”はぐにぐにとその手で弄んだ。
 やがて、ノイズの塊が生まれ、形が整えられていく。

 それは、透き通るような蒼を侵食するような、醜い黒を身にまとっていた。
 女性的なラインを感じさせる全身鎧の向こうにあるのは、煮詰められた、敵意と悪意。

『―――――我を穢した罪人よ』
 それはもう、ジャガーノートの枠をはみ出した、悪意の結晶。
 名付けるとするなら……“邪剣”シェルファとでも、呼ぶべきだろう。

『――――貴様の命で償え』
 少女の手元には、未だ魔剣の柄がある。
 本体たる中身を失い、外殻だけとなった、魔剣が。

ⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣ   ⅨⅣⅨⅣⅨ

 ◇ 第二章 ◇
       VS ジャガーノート・“邪剣”シェルファ

 セフィリカのことを忘却したシェルファに対し、“しもん様”が強制的に介入、
 『ジャガーノート』として改変し、作り上げたオブリビオン。

 黒の入り交ざった、本来在るべき美しき蒼を冒涜する、醜い鎧に身を包んでいる。
 “魔剣シェルファ”の色彩を反転したような、毒々しい色の“邪剣シェルファ”を振るう。

 “シェルファ”の人格が歪んだ状態で書き換えられているため、
 目の前にいる相手を“何があっても絶対に殺すべき存在”として認識している。

 “魔剣シェルファ”の刀身そのものは、■■■リカの手元にある。

 【POW】剣による一閃。黒い波動が後から広範囲に押し寄せる。
 【SPD】遠距離まで届く斬撃。斬られた部位は塵に消滅していく。
 【WIZ】“邪剣シェルファ”を複製し、敵に向かって斬りかからせる。

ⅨⅥⅨ        ⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨ

成功 🔵​🔵​🔴​

夕凪・悠那

記憶をなくしてまで叶えたい願い、ね
大事な記憶を要求するの、ほんと悪魔の契約だ

こんな噂に縋るまで追いつめられるとなると、何かが欲しいってよりは失いたくない方かな
運動部だとレギュラー争いとかありそうだし

生徒として、二年生を中心に【守護猫の手】と並行して噂話の[情報収集]
最近おかしくなった子がいなかったか
記憶を失ったのなら必ずどこかに違和感が出る
本人に自覚がなくて隠そうともしないのなら尚更
あとは、ちょっと話そうか

……ボクがおかしくなったら頼むよ、ウィル

Tips
全ては虚構世界の出来事だったため形として遺るものはない
ただひとつ、胸元の『繝「繝弱Μ繧ケ』だけが名残を留めている
3)段階で口調が下の段になる



ⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣ         ⅨⅣⅨⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣ

 ▽ ■凪・■那 ▽
            ――――“A black cat cried. You're gone.”

ⅨⅥⅨ        ⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨ

「記憶をなくしてまで叶えたい願い、ね」
 夕凪・悠那(電脳魔・f08384)はつくづく思う、オブリビオンとは、人間の心の、どうしようもなく弱いところを狙ってくる。
 特に、UDCの邪神はそうだ。
 悪魔の契約を持ちかけて、願いを叶えましょう、とささやく。
 それが、良い方向に転がるわけがないと、本人以外の誰もが知っている。

「こんな噂に縋るまで追いつめられるとなると、何かが欲しいってよりは失いたくない方かな……」
 例えば、レギュラーの座を奪われたくない運動部員だとか。

「……ボクがおかしくなったら、頼むよ、ウィル」
 にぃ、とどこかから鳴き声が聞こえた。

 ◇

 最近おかしくなった生徒はいなかったか。
 “猫”達を放って調べた結論からいうと、答えは『たくさんいる』だ。
 少なくとも両手の指では足りない、ひとりひとり対処にあたるのは現実的ではない――根本の、原因を排除しなくては。

「それだけ、願い事が多いのかな」
 人間は、記憶を積み重ねて今の人格を形作る。
 だから、記憶を差し出す、というのは、自分を殺す行為に等しいはずなのに。

 わからないな、と思う。
 そうまでして、望むものが、自分にはあるだろうか。

「…………キミにもう一度会いたい、とか?」
 笑えない冗談だ。
 それはもう、叶ってはいる。

(きゃははははっ)

 ◇

「■凪さん、今帰り?」
「うん、■■さんは?」
「ウチは部活~。転校初日はどうだった? ウチの学校、ふつーでしょ」
「あはは、そうかも。でも普通が一番だよ」
「そーおー? ゲーノー人とか居たほうがよくね?」
「私は逆に緊張しちゃうかなぁ、そういうの」
「■凪さんって真面目ー! いっそ“しもん様”にお願いしてみようかなぁ、ジャネーズのクラスメイトをください! とか」
「“しもん様”?」
「あ、夕■さんは知らないか。ウチのガッコではやってる都市伝説ってーかー……、ま、話のネタ的ま? そんじゃねー!」
「ばいばい」

 …………。

「あ、そうだ、帰る前に図書室に寄って行こう」
「街の地図とかあるかも知れないし」
「転校してきたばかりだから、ちゃんと調べておかないと」
「……何で転校してきたんだっけ?」
「……ま、いっか」
「部活も、決めたほうがいいのかなぁ」
「どう思う? ■■■」
「――――?」
「■■■ってなんだっけ?」
「やっぱり、なれない環境で、疲れたのかな」

 ――――にぃ。

 …………。

「あー、ねえねえ■凪さん、鳩村みなかった?」
「鳩村?」
「まだ名前覚えてないか、ウチのクラスのギャルっぽい……」
「見てないけど。……どうしたの?」
「や、部活に来なくてさー、探してるとこ。まあ図書室には居ないか」
「見かけたら、探してたって言っておくね」
「ありがとー! ったく、どこいったんだよあいつー!」

 ◇

「…………もう夕方か。随分と入り浸っちゃったな。結構本がよく揃ってた……」
 ■■が図書室を出る頃には、赤い夕日が空を染めていた。
 ところどころ興味を引く本が多かったのが悪い、特に何事もなければ、明日も通うことになるだろうか。

(――――にぃ)
 玄関で、靴を履き替えていると、ふいに、そんな鳴き声がした。
 顔を上げると、ちょこん、と小さな猫が、座っていた。
 逆光で、顔はよく見えないけれど。
 
「ん? あれ、黒猫? 可愛いな――おいでおいで」
(……にぃ?)
 指を動かすと、てくてくと寄ってくる。
 甘えるようにすり寄ってくるので、そのままひょいと抱えあげる。

「…………あれ? これって……」
(なぁご)
 触れて、猫の背中に、羽が生えていることに気づいた。
 疑問を口にする前に、黒猫の肉球がぴたりと、■■の身につけている、首飾りに触れた。








   。。。
     ●


      。。。
         ●


「!」
 ばち、と頭の中で何かが弾けた。
 思考が真っ白になって、洗い流されて、霞んでいた視界に、少しずつ色が戻ってくる。
 しばらく、その姿勢のまま動かずに……やがて、大きく息を吐いて。
 
「――――バックアップ、ありがとう、ウィル」
『にぃ』
 “悠那”は、そっと腕の中にいる黒猫の頭を撫でた。
 ああそうだ、すっかり忘れていた、お昼頃から、もう完全に学生の一員になってた。
 普通に授業を受けて、学食を案内されて、放課後を過ごして。

「……思い出として残るのかなあ、これも」
 警戒していてもこれだ、よほどたちの悪い邪神である。
 そして――――。

「……ウィル、減ってるね、数が」
『にぃ』
「……向こうも気づいたよね、ボクが記憶を取り戻したこと」
『なぁご』
「……じゃあ、来るよね」
 それに応じたのは、ウィルではなかった。

『ニ、ニャアニャア、ニャァ』
 人間が猫の声真似をしている、そんな発声。
 ノイズが混ざっていて聞き取りづらいが、女子のものだ。
 振り返る。機械じかけの黒猫を模した何かが、立っていた。

「……鳩村さん? それに」
『ニャァーゴ、ニャゴニャゴ』
「……ウィル」
『ニァーゴ』
 主である悠■にはわかる。
 あのオブリビオンの中に、ウィルが何匹か、取り込まれている。使われている。
 ……考察するに。
 悠■と分かれた鳩村は、多分冗談半分で、部活前に“しもん様”の儀式を行ったのだ。
 それで、“しもん様”に目をつけられた……だけど、そもそも願いそのものが、適当だったから、得られる力も奪える記憶も、そう多くなかっただろう。
 その補填として――校舎にはなっていたウィル達を捕まえて、使ったのだろう。

 だからこのオブリビオンの名前は、『ジャガーノート・ウィルズ』。

「……どっちも返してもらおうかな」
 また、少しずつ記憶が薄れていく。
 何もかもが無くなる前に、さっさと片をつけなくては。

ⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣ   ⅨⅣⅨⅣⅨ

 ◇ 第二章 ◇
         VS ジャガーノート・ウィルズ

 “電子精霊ウィル”を材料に、■凪のクラスメートになった女子生徒、
 鳩村・かりんに組み込んで作り出した、黒猫を模した『ジャガーノート』。

 鳩村は面白半分で「芸能人のクラスメイトがほしい」と願った為、
 捧げた記憶は微々たるものだが、その足りない部分を『ウィル』を使って強化している。

 【POW】電子機器をクラッキングし、熱暴走を起こして爆発させる。
 【SPD】電子機器をクラッキングし、機械を操って攻撃する。
 【WIZ】敵の頭の中に直接クラッキングを仕掛ける。
 

ⅨⅥⅨ        ⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨ

大成功 🔵​🔵​🔵​

零井戸・寂
○レグルス

(僕が僕たりうる為の拠り所。いつも掛けてるハルが残していった眼鏡。それと)

……これかい?勘だけど
何となく持ってた方がいい気がして。

(今の僕には "何だったか思い出せない"宝石の欠片を胸元に仕舞う。)

記憶の剥奪。
きっとアレの仕業だ。
手伝ってくれロク――行こう。

(調査をしていく。記憶は零れ落ちていく。けれど)

君はロク。

(自分の名前を忘れても、相棒の名前は憶えてる)

僕らはレグルス。

("今一番大事な人"の記憶を忘れても、相棒の事は憶えてる そして)

誰かは思い出せないけど
"約束"の為に戦うって誓ったんだ。

(この眼鏡に誓って
自分の原初たる闘志だけは忘れない)

戦おう。
後はきっと
いつも通りの僕らだ。


ロク・ザイオン
○レグルス

(この身に刻んだ傷は覚えている
己が叶えられなかった、罪は鎖にぶら下がっている)
それ、
(欠片は、小さな姫の匂いがした)
そう。
…それがいいよ。きっと。

わかってる。
…キミを、取り返しに行こう。

(記憶を溢しながらでも調査を続ける
ジャックが学生に紛れるなら、【目立たない】ように側にいて
【野生の勘】で邪神の気配を【追跡】する)

(今度は一人で戦わない)
キミは、ジャック。
(キミを独りにはしない)
おれたちは、レグルス。
(森もあねごも忘れたとしても
ひとへの恋慕を失ったとしても
今まで連ねた傷も罪も、きっと消えやしない)

戦おう。
この痛みが、きっと、今のおれのかたちだ。



ⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣ         ⅨⅣⅨⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣ

 ▽ ロ■・ザ■■■ ▽
 ▽ ■■戸・■ ▽
            ――――“Regulus is the name of the promise.”

ⅨⅥⅨ        ⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨ

「“それ”、」
 ロク・ザイオン(変遷の灯・f01377)は、隣に立つ相棒、零井戸・寂(FOOL・f02382)に問いかける。

「……これかい?」
 応じる零井戸は、掌を開けて、それを見せた。
 砕いた結晶の破片、何かの欠片に見える。
 だけどそれからは、知った匂いがする。小さな姫の、淡い匂いが。

「何となく、持ってた方がいい気がして」
「そう」
 ロクは、相棒を疑わない。
 彼がそうすべきだと思ったのなら、それを止める理由はないし。

「……それがいいよ。きっと」
 自身もまた、それが必要なのだろうと思う。
 何故なら、この戦いは。

「記憶の剥奪。きっとアレの仕業だ」
 相棒が失ったものに、手を伸ばしに行く戦いなのだから。

「手伝ってくれ、ロク」

 言われるまでもないし、言われなくてもゆくだろう。
 けれど、言葉にされれば、それはかたちとなり、理由となる。

「わかってる」
 だから、ロクははっきりと言った。

「……キミを、取り返しに行こう」

 ◇

 “しもん様”、“しもん様”。
 お願いします、何でもします。

 私の持っているものだったら、全部あげます。
 記憶が欲しいなら、思い出も、喜びも、楽しみも、全部上げるから。

 だから、あの子を生き返らせて。返して。
 お願い、お願いします。

 “しもん様”、“しもん様”。
 返して、ください。

 ◇

「“しもん様”」
 その名前を繰り返し呼んで、ロクは前を歩く、零井戸の背中を見る。

「ちがう。名前が」
 二人が、この学校を訪れた最大の理由。
 それは、失ったものを取り戻す事、奪われたものを奪い返すこと。
 だから、噛み合わないその歯車が、気にかかるのだろう。
 零井戸は苦笑しながら、ロクに告げた。

「……シモンっていうのは、“ラプラスの魔”を定義した数学者の名前だよ」
 そんな名前で、噂をわざわざ広めているのだから。
 その存在を、あからさまにしているのだから。

「当てつけなんだろう、僕に対して。出来るものならやってみろ、っていう」
 取り戻せるものなら、取り戻してみろ、という。

「こんどは逃さない」
 大丈夫だ、と添えて。

「おれがいる」
 ロ■は言った。

「……頼むよ、相棒」
 ■井戸は、小さく笑った。

 ◇

 その生徒には、妹が居たのだという。

(獅子沢だろ? 病気でって聞いたけど――――)
(心配してたんだけど、なんだかすごく辛そうで――――)
(“しもん様”のうわさ話を聞いたら、血相変えてたよね――――)
(今は心ここにあらず、って感じで――――)
(早く元気になってくれるといいけど――――)

「……獅子沢・ひかり、二年生。教室には居ない、か……」
 ■井戸が休み時間に訪れても、放課後になっても、噂の生徒は見当たらなかった。
 ことここにきて、様子がおかしいとあらば、“しもん様”の影響を受けているのは間違いないだろうが。
 少しずつ、日が暮れ始めている。もうまもなく、今日の調査が終わってしまう。

「登校してなかったのか、僕らが来たのを知って、隠れたか、もしくは……」
「こっちにくる」
「かも知れない。もうちょっと調べてみよう、■■」
「……………………」
「……■■?」
 ■井■が名前を呼ぶ。■■は、その繰り返しに首を傾げ、そして。

「……おれをよんだか」
「……■■!」
「■■■■、それは、“おれ”か?」
「っ――――!」
 ■■の事はわかる。
 だけど、■■が口にした、名前のことがわからない。
 ■■■■という音が、自分を指しているのだ、という感覚が、無い。

「マズイな、気づかないうちに、もうこんなに――――」
「…………待て、■■■■」
 焦って、駆け出そうとする■■■の腕を、■■が掴んだ。

「“いる”」
 気づけば。
 二人の女子生徒が、少し離れた場所に立っていた。
 身長差が少しあるが、顔立ちはよく似ていた。
 背の高い、三年生を示す赤いリボンの女子は、ぼう、と空中に視線を泳がせて。
 その手を握る、一年生を示す、青いリボンの女子は、にこにこと笑って、■■■と■■■■を見つめていた。

「あ、気づいたんだ、早いね。凄いね」
 あはは、と一年生のほうは手を叩いて、それから小さくお辞儀をした。

「はじめまして、私はね、獅子沢・あかり。こっちはお姉ちゃん。ほら、自己紹介は?」
 あかりと名乗った少女に促されても、お姉ちゃん、と呼ばれた少女は、何も答えない、言わない。

「あ、そうか、お姉ちゃん、自分の名前も忘れてるんだった! えっとね、ひかりっていうの、よろしくね?」
「……キミは」
 ■■■は、携帯デバイスを片手に持って、油断なく構えながら、あかりと対峙する。

「敵、ってことでいいのかな」
「あはは、敵じゃないよ、敵なんていないよ? だって私が“敵”だってことも、忘れちゃうんだから」
「!」
「もう自分のことがわからないでしょ? 次は隣りにいる人のことがわからなくなる、最後は、何で自分が自分なのかも忘れちゃう」
 隣りにいる、相棒を見る――相棒?
 その、赤毛の女は、険しい顔をしていた。
 ■■■を睨みながら、クルル、と微かに喉を鳴らす音が聞こえる。

 誰だ――――明らかな、敵意を感じる――――。
 敵か? だったら――――戦わなくては――――。

(きゃはっ、だぁ、きゃっきゃっ)
「きゃはははっ」
 赤ん坊の声と、少女の声が重なる。嘲笑。
 その甲高い響くを切り裂くように――――。
 

 バチン、と。

 女の手が、■■■の頬を打った。
 熱がびしゃりと顔に広がって、刺激が鼻の奥に抜けた。

「おもいだしたか」
 、、
 ロクが掠れた声で言うのを。

「…………ああ」
 、、、
 零井戸は、苦笑しながら頷いた。

「キミは、ジャック」
「キミは、ロク」
 わかる。
 それは、二人を繋ぐ架け橋の名前。
 忘れようとしても忘れられない鮮烈が、そこにある。

「僕らは」
「おれたちは」
 そのあり方を、呼ぶ。



「「レグルス」」



 ◇

「…………どぉして記憶を無くさないのかしら」
「――――痛みだ」
 不満げに眉をしかめるあかりに、ロクはゆっくり剣鉈を引き抜きながら言う。

「森を、忘れたとしても」
 頭の中は、今もなにかが欠けている。
 森。それが己の居るべき場所であるはずなのに、感慨を抱けない。

「■■■を、忘れたとしても」
 心のどこにも、■■■がいない。
 だけど、身体に刻まれた傷は、記憶が消えても。

「今まで連ねた傷も罪も、消えやしない」
 痛みだけは本物だ、罪だけは事実だ。
 だから――ロク・ザイオンには、戦う理由がちゃんとある。

「ロク」
「ジャック、戦おう」
 二人の視線が交わって、そして隣に、改めて立つ。
 その有様を見て、あかりは、くつくつと笑って、手を叩いた。

「素敵な友情、素晴らしいわ。じゃあ、今度は私達、姉妹の絆を見せてあげる」
 隣に立つひかりの胸に。
 あかりは、無造作に、鋭い何かを突き立てた。

「!」
「お姉ちゃんはね、私の為に、全部を“しもん様”に捧げてくれたの」
 心臓を穿ち、血液が吹き出す。その破片がノイズとなって、ひかりの身体にまとわりついていく。

「名前も、思い出も、考えも、好きも、嫌いも、知識も、人格も! 全部全部! だから私は生き返れたし――――」
 変身は、すぐに終わった。
 かろうじてヒトのシルエットを保ってはいるが、形は、完全に、獣のそれ。

「お姉ちゃんは――“しもん様”に力を与えてもらった」
『ガゥ、ルルル、グルルルルルウ…――――――』
 理性の光など、そこにはなかった。
 名前も、思い出も、思考も、嗜好も、人格も。
 ありとあらゆる記憶という記憶を根こそぎ奪いつくされて、代わりとなる「何か」を注ぎ込まれた存在。
 その体は、元となった人間の名前の如く、内側から放たれる光によって輝いていた。
 力強いエネルギーの奔流。敵対者を全て殺すことしか考えていない、機械仕掛けの殺戮者。

『ゴゥルルルルァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!』
「さあ、お姉ちゃん、私を守って、助けてね。もう二度と、私を死なせないでね」

 この眷属に名前を与えるのであれば、これしかないだろう。
 しし座を構成する星の中でも、最もまばゆく輝く一等星。
 即ち。

「行きなさい――――ジャガーノート・レグルス」

ⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣ   ⅨⅣⅨⅣⅨ

 ◇ 第二章 ◇
         VS ジャガーノート・レグルス

 “自分の全ての記憶”と引き換えに“死んでしまった妹の蘇生”を望んだ女子生徒、
 獅子沢・ひかりが改造され、『ジャガーノート』となった姿。

 自身の記憶をすべて“しもん様”に捧げている為、強力な『ジャガーノート』となった。
 全身から光を放つ、半二足歩行の、機械仕掛けの獅子のような形をしている。

 ――“しもん様”に、死者を蘇らせる力はない。
 “誰か”に見えるものがあるとしたら、それは精巧に作られた“何か”だろう。

 【POW】大出力のビームを口から放つ。
 【SPD】星座を描く軌跡で連続攻撃を放つ。
 【WIZ】全周囲に莫大な熱を持つ光の衝撃波を放つ。
 

ⅨⅥⅨ        ⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨ

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

富波・壱子

代償と引き換えに願いを叶える、かぁ。みんなそうまでして叶えたい願いがあるんだろうけど、ごめんね、邪魔するよ

日常用人格で転校生として潜入、持ち前の【コミュ力】を活かして生徒たちから【情報収集】をしていくよ
忘却の妨害、普通の人なら厄介でもこの『わたし』、『にこ』にはどうかな
『わたし』は『New Identity to Communicate with Others』
人と触れ合うために、生まれる前からそういうふうに形作られたのが『わたし』だから、何を忘れたとしても、どうすればいいかはこの本能が憶えてる
むしろ不純物を失えば失うほど、より完全に、より完璧に、自分のすべきことを遂行していくよ



ⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣ       ⅨⅣⅨⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣ

 ▽ ■■・■子 ▽
         ――――“New Identity to Communicate with Others”

ⅨⅥⅨ      ⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨ

「代償と引き換えに願いを叶える、かぁ」
 学園に潜入した少女は、わずかに苦笑しながら小さくつぶやく。

「みんなそうまでして叶えたい願いがあるんだろうけど、ごめんね」
 きっと自分達が介入すれば、その願いを踏みにじる事になる。
 わかっていて、理解していて、そうする。
 正しいのがどちらで、間違っているのがどちらとか、そういう問題ではなくて。
 
「それが私の役目だから」
 がんばろー、と、笑顔を作る。
 誰が見ても、良い印象を与えるであろう、満面の笑みだった。

 ◇

 あっ、という間に、クラスの中心になった。
 転校してきたばかりの少女が振りまく笑顔の、なんと愛らしいことか。
 男子にも女子にも、好印象を与える表情と仕草。

「ねえ、“しもん様”って知ってる?」
 そんな話を投げかけても、あっさりと情報が出てくるくらいには。
 壱子はごく自然に、クラスに馴染んでいた。
 最初からそこに居たかのように。
 ごく当然に、そう合ったかのように。

「ねえ、“しもん様”にお願いしたって本当?」
 ――――富波・■子は止まらない。

「私も、お願いしたいことがあるんだ」
 ――――■波・■子は止まらない。

「“しもん様”って、どうしたら会えるの?」
 ――――■■・■子は止まらない。

「私にも、教えてくれないかな?」
 ――――■■・■■は止まらない。

(だぁ……ぶぅ……?)
 頭の中に響く、不満げな赤子の声を聞いても。

「ねえ、お願い。私、転校してきたばかりだから、キミしか――頼れないんだ」
 ■■・■■は、男子生徒を壁に押しやって、身体を触れ合わせながら、上目遣いにそう尋ねられて、応じないモノがいるだろうか。
 とっくに名前など忘れている、何故、どうしてここにいるのかもあやふやだ。
 だが、■■は設定された行動に従って動き続ける。
 もし、普段の彼女であったらしないような行為であっても、平然と行い、目的に向かって突き進む。

 それが■■という少女の役割だからだ。
  、、、、、
 そういう風に作られた存在だからだ。

 記憶を失っても、本能は失われない。
 歩き方を忘れるわけでも、食事の仕方を忘れるわけではない。
 自己というパーソナリティを失い、■■という少女が得てきた個性を削ぎ落とし、不純物を取り除かれた結果、本来の機能を取り戻し、より効率的に進むようになった。
 その結果――――結論から言えば。

 ■■・■■は、“しもん様”にたどり着いた。

 たどり着いて、しまった。

 ◇

(だぁー、ぶぅー!)
 “しもん様”は面白くなかった。
 自分の邪魔をするものたちの記憶を奪って、困惑する様を見ると、楽しい気持ちになるのに。
 このイキモノは、どれだけ奪っても、全く止まらない。
 動揺も、迷いもしない。つまらない。

 けれど、“奪ったモノ”は確かにそこにある。
 だから、いいことを思いついた。
 “これ”で遊ぼう。

 “しもん様”は、そう決めた。

 ◇

 空き教室に入って、■■は教わったとおりに、カーテンを閉めて、扉のガラス部に黒いボール紙で目張りして、外からの視界を遮った。

「“しもん様”、“しもん様”、どうか願いを叶えてください」
 空間を一つ隔離して、そう言えば、“しもん様”が現れて、願いを叶えてくれるという。

(きゃははははっ!)
 果たして、それは本当にあっさりと実現し、出現した。
 歯車のゆりかごに包まれた赤子、噂に聞いていた通りの姿。
 空間が歪み、こじ開けるようにして現れたそれは、醜悪な姿をしていた。

 ■■は無意識のうちに、チョーカーに手を伸ばしていた。
 ここまでたどり着けば、あとの処理は■■の役目ではない。
 ここで仕事は完了し、引き継ぐだけでいい――――――そのはずだった。

(あぶぅ)
 ずるり、と、“しもん様”の手が伸びてきた。
 戦う技術を一切持たない――警戒されず、誰からも好かれるためには、持っていてはいけない――■■は、その動きに抵抗する術を持たなかった。

「あ」
 べりべり、と、無理やり何かを引きちぎる音がして。

「――――――」
 、、 、、
 富波・壱子(夢見る未如孵・f01342)は、教室に床に放り出された。




 即座に受け身を取って、臨戦態勢に入る。
 戦闘用人格――壱子の記憶は、何一つ失われていなかった。全ての負担は、■■が背負っていた。
 だが。

 今、“しもん様”の手の中には、たしかに壱子と同じ姿の少女があった。
  、 、、、、、、、、、、、、、、、、、
 “自分の中の別人格を引き剥がされたのだ”と理解するまでに一瞬を要し。

 その一瞬で、十分だった。

(きゃはぁ)
 どくどくと、“しもん様”の体を満たすゆりかごの羊水が、■■の中に注がれていく。
 四肢の末端に生まれたノイズは、すぐさま全身を覆い尽くす。

「!」
 銃撃を、“しもん様”と■■の両者に放ったが、既に手遅れだった。
 弾丸は、ノイズに触れたそばから分解されて、0と1に還元されて、取り込まれる。

 やがて、変化は終わり、壱子の前に降り立ったのは、細い少女のシルエット。
 硬質な皮膚とバイザーは、その人格が、敵の手に堕ちて、“いじくり”回されたことを意味する。

『こんにちは、私』
 “それ”は、ゆっくり丁寧にお辞儀をして、告げた。

『私は、“ジャガーノート・ニコ”――――でっす!』
 愛らしい声、人から好かれる仕草、馴染みやすい響き、素敵な笑顔。

(きゃはははははは、いひひひひっ!)
 楽しそうに、可笑しそうに、犯しそう。
 姿を消した、“しもん様”の嗤い声が、響き続ける。


ⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣ   ⅨⅣⅨⅣⅨ

 ◇ 第二章 ◇
          VS ジャガーノート・ニコ

 記憶を失ったまま機能する人格、“にこ”を、
 “しもん様”が改造し、『ジャガーノート』とした姿。

 戦闘力の面に関しては『ジャガーノート』のシステムが
 補いつつ、他者の精神に干渉する能力を有する。

 【POW】自身を「相手にとってかけがえのない存在」だと認識させる。
 【SPD】「自身の頼みを聞いてあげなくてはならない」という強迫観念を与える。
 【WIZ】「自身のためならば何でもしてあげたい」という強い感情を植え付ける。
 

ⅨⅥⅨ        ⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨ

苦戦 🔵​🔴​🔴​




第2章 集団戦 『ジャガーノーツ』

POW   :    I'm JUGGERNAUT.
いま戦っている対象に有効な【能力を持つネームド個体のジャガーノート】(形状は毎回変わる)が召喚される。使い方を理解できれば強い。
SPD   :    You are JUGGERNAUT.
自身が操縦する【子供に寄生する同族化装置(破壊で解除可)】の【寄生候補の探索力・捕獲力・洗脳力・操作力】と【ジャガーノート化完了迄のダウンロード速度】を増強する。
WIZ   :    We are JUGGERNAUTS.
【増援】を呼ぶ。【電子の亜空間】から【強力なネームド個体のジャガーノート】を放ち、【更に非ネームド個体の軍隊からの援護射撃】により対象の動きを一時的に封じる。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 ……かくして、戦いの幕は切って落とされた。
 “しもん様”に記憶を捧げた生徒達は、邪神の力によって、邪神の眷属である『ジャガーノート』へと加工される。
 記憶を奪い、その領域に“しもん様”のユーベルコードを注ぎ込まれ、この世ならざる存在へと変異したのだ。
 君たちは、このオブリビオンに“勝利”した上で、いくつかの選択肢を選ぶことが出来る。

 一つ目。
 オブリビオンとして止めを刺すこと。
 記憶を失い、変貌した彼らは、もはや元の人間と呼べる存在ではなくなった。
 邪神の眷属として、誰かを殺し、傷つける前に、安らかな眠りを与えることこそ、救いだろう。
 また、眷属たる『ジャガーノート』に撃破することで、“しもん様”の影響力が弱まり、失った記憶を取り戻す事が出来るだろう。
 邪神本体を倒す為にも、奪われたものを取り返さなくてはならない。
 諸々の後始末は、UDCがしてくれる。

 二つ目。
 彼らは“失った記憶”の代わりに“しもん様”の因子を封じることでオブリビオンになっている。
 その因子を取り除くことが出来れば、彼らの体に『定着』する前に、『ジャガーノート』を切り離すことが出来る。
 ただし、その為には、自らの意思で“しもん様”を呼び出し、対価として『大事な記憶』を捧げなければならない。
 見知らぬ赤の他人のためにそこまでする理由と意味があるのかどうか、よく考えるべきだろう。
 また、この選択肢を選んだ猟兵は、“しもん様”との戦いで、大きな不利を被ることになる。
 場合によっては、二度と自らの記憶が戻ってこないことも、覚悟しておくべきだ。

 三つ目は、まだ見ぬ道。
 誰も想像しえない、用意されていない道だ。
 結果は保証されない。あがいても叶わないかも知れない。
 だけど、『それでもやる価値がある』と思ったなら、それを選ぶ権利が君にはある。

 どの道を選ぼうとも、『ジャガーノート』に勝利している限り、問題なく邪神の本体……“しもん様”に近づける。
 全ては、猟兵次第だ。

****

 ◇ まとめ ◇
 1)とりあえずぶっ飛ばさないと話は進まないよ。戦闘中に助けることは出来ないよ。
 2)止めを刺すと第一章で失った記憶を取り戻すことが出来るよ。
 3)もし助けるのであれば記憶は戻ってこないよ、更に追加でプレイング内に「しもん様を呼び出して自分の記憶を捧げる」旨を明記してね。
 4)ただし捧げる記憶が割とどうでも良かったりすると普通に(リプレイそのものは成功でも)救助は失敗しちゃうよ。
 5)記憶を捧げた場合、第三章のボス戦でどえらいペナルティを負うよ。
 6)MSの予想だにしない選択肢を選んでもいいけど結果は保証しないよ。

 以上です。よろしくおねがいします。

 プレイングの受付は「10/26(月) 8:30」から「11/1(日) 8:30まで」
 リプレイの投稿は書けるだけ書いて、上限が来たら書き溜めて、といった形で順次行います。
 何度か再送を頼むことになると思いますが、一章に参加した方はプレイングをいただければ確実に採用致します。
 確実に投稿できる段になりましたら、お手紙をお送りいたします。その際は、ご協力いただければ幸いです。
 その他の備考はMSページをご確認ください。

 それではプレイングをお待ちしております。
メイジー・ブランシェット
アイテム「ジャク」が『かばって』くれなかったら今頃……

【仕事道具の使い方】で咄嗟に見えた”絵”で迷路を作って隠れる

相手の声に、震えが止まらない

でも聞こえる声はなんだか……

意味があるかは関係ない
私が思い出して欲しいだけ
だから首の「白金のロザリオ」を握って伝える『勇気』
メモと絵でわかった貴方の願いを

伝えてダメならイースターで見た”爆発する卵”の迷路を作り、美術室一杯にして爆破します


捧げるのは「この人を助けることができた、頑張れた」記憶
覚えてたら私は「なりたい自分」に近付ける
そんな大事な記憶

でもそうしなかったら「頑張れました」って言えないから『救助活動』

足りないなら他の記憶だって!



ⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣ         ⅨⅣⅨⅨⅣⅨ
― ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄______―――――____ ̄ ̄ ̄――
―― ̄ジ――― ̄ンシ■■___―――――____ ̄ ̄
 ̄ ̄___ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄_____――― ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄___
______―――━━――― ̄ ̄ ̄ ̄ ̄_____ ̄___
ⅨⅥⅨ        ⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥ

「にぃ」
 と、耳を柔らかく包む鳴き声で、■■■■は目を覚ました。

「あ、れ……私……」
 私は、誰だっけ?
 寝ぼけているから、思い出せないのか。
 それとも、最初から覚えていないのか。
 そんな疑問は、すぐに吹き飛んだ。
 なにせ。

「――あ、やっ、きゃあ!?」
 眼前に、炎が迫っているからだ。
 そうだ、今、■■■■は戦いのさなかに居るのだった。そして。

「にぃ!」
「あっ、あ――――」
 小さな黒猫だった。それが、思いがけない力で■■■■を突き飛ばした。
 反射的に、その猫の名前を呼ぼうとする。だけど、でてこない。どうしてもでてこない。
 猫は、そのまま炎に包まれて、姿が見えなくなった。ノイズの破片のようなものが、炎の光の中に揺らいだ気がした。

「あ………………」
 あと二秒、その場に転がっていたら、身体を完全に焼かれていた。
 助けてくれた、かばってくれた。
 どうして、と疑問に思う暇はない。

『逃げ足だけは、早いのね』
 ジャガーノート・イマージュは、なおも筆を振るって、新たな作品を描き出す。
 赤ずきんを被った、金髪の少女――――鏡があればわかっただろう、それが、■■■■自身の姿だと。

「っ――――――!」
 咄嗟に、身体が反応した。
 がたん、ごとん、と教室全体が揺れて、次の瞬間、お互いを遮る壁が生まれた。
 壁は次々と乱立していき、複雑な迷路を作り出す。ピンと張り詰めた、麻布で出来た、キャンバスの迷宮。
 それでも、所詮特別教室を一つ、作り変えた程度にすぎない。
 捜索を始められたらひとたまりもないだろう、逃げ出すなら、今しか無い。
 歯の根が合わない。
 体が震える。
 怖い。
 命を賭けた、戦いだ。
 ここは戦場で。
 殺される理由が、無限にある。

 けど。

「逃げたら――――」
 逃げたら。
 失ったままで、何も返ってこない。
 この穴を埋めることは、誰にも出来ない。
 何より。

 ◇

 ジャガーノート・イマージュにとって、その迷宮は不快極まりない存在だった。
 キャンバスに使われている、麻布でできているけれど、力づくで破けないし、炎を具現化しても焼けない。
 大した広さではない分、道は狭く、行き止まりも多くて、何度も引き返す羽目になる。
 だけど、何より気に食わないのは。

『この絵』
 キャンバスの迷宮の、壁に描かれた――二人の人間。
 自分が描いていた絵だ。かつて、東海林・みりあという人間が描いていた絵。
 “何故”が思い出せない。
 “どうして”がでてこない。
 筆をとって、こんな物を描いて、何をしたかったのだろう。
 疑問に答えを出すものは居ない。その理由は、もう捧げてしまった。
 こんな物を見せつけて、あの赤ずきんは、何がしたいというのか。

『わたしは――――――』
「好きだったんじゃ、ないんですか」
 疑問に思ったのは。
 何故、わざわざ姿を見せたのか、ということだ。
 逃げてしまえばいいのに、隠れてしまえばいいのに。
 赤ずきんは、なぜかまた、ジャガーノート・イマージュの前に現れた。
 胸元に、何かを握りしめている。細い鎖が見える、ネックレスか何かだろうか。

「東海林・みりあさん! あなたは、西部っていう人のことが――――」
『知らない』
 イマージュの腕が動く。
 電子のキャンバスに描いてあった、赤ずきんの右足を消す。

「あっ」
 それだけで、感覚が喪失して、消え失せたはずだ。
 モデルにしたものを、絵を経由して攻撃する、イマージュの能力。
 これでもう、逃げることも、隠れることも出来ない。
 ただ、殺してやる、と思った。
 その殺意の根源が、わからなくても。

『誰、それ、知らない。わたしにはわからない』
 新しいキャンバスに、炎を描きながら、ジャガーノート・イマージュは言葉をこぼす。
 それは、自らに言い聞かせているようで、周りを拒むようで。
 あるいは――――。




「あなたは、“親友の恋”を叶えようとして、“しもん様”を呼び出したんですよねっ!」




 イマージュの動きが、止まった。

「だって、その絵には……男の人の絵が、描いてあるけど、女の子の方は、描いてない」
 だから、東海林・みりあが忘れてしまったのは“好きだった男子”のことではなく、“その親友”だった。

「告白されたのは……西部さんじゃなくて、東海林さんだったんじゃ、ないですか……?」
『――――――――』





 ノイズが走る。ノイズが走る。
 頭の中に、ノイズが走る。

(なあ、東海林、俺と――――)
 ああそうだ。
 西部に告白されて。
 ■■になんて言えばいいのか、わからなくなって。
 だって■■が西部を好きなことを、私は知っていたから。
 知っていたのに、こんなことになって。
 別に、西部が嫌いだったわけじゃない。気のいいやつで、良い友達だった。
 だけどそれ以上に、■■を裏切るのが嫌で。
 裏切ったと、思われたくなくて――――。

 ノイズが走る。

(“しもん様”、“しもん様”)

 ノイズが走る。

(どうか■■の恋を、叶えてあげてください)
 西部だって、きっと勇気を出して告白したに違いなくて。
 それを、勝手に変えようとしている、自分はどれだけ卑怯なのだろう。

(代わりに、私は■■のことを、忘れますから)
 後ろめたさを背負いたくなくて、親友のことを忘れようとした自分は。
 どれだけ――――。

 ◇

『あ――――――あああ、うるさい、うるさい、うるさいうるさいうるさい――――』
「向き合わなきゃ……駄目だったんです。“かみさま”に、頼っちゃ、駄目なんです」
 それだけは。
 これだけは。
 だって……自分の心を救ってあげられるのは、きっと自分しかいないのだから。

『うるさい――――――――!』
 イマージュが、腕を振るう。
 描かれた赤ずきんの全てを、消そうとする。

「…………!」
 迷宮のキャンバスに、無数の、色とりどりの卵が、浮かび上がった。
 それは思い出から作り出されたもの、まだ失ってない記憶の具現化。
 爆発する、イースターエッグ。

 迷宮全てを吹き飛ばす爆発が、■■■■とイマージュの二人を、等しく包み込んで、飲み込んだ。

 ◇

「………………」
 体が熱い、けれど、まだ動ける。
 目を開いて、手を開く。小さなロザリオ。
 少し罅が入っていて、その隙間から、弱い風が漏れ出していた。
 ■■■■の身体を、淡く包み込んで、やけどと、疲労感を、少しだけれど、拭ってくれる。
 やがて、その罅は、自らのその割れ目を閉じて、元に戻っていく。

「サナーレ、さん……」
 覚えていた。
 このロザリオをくれた人の名前。
 自分の命を、預けてくれた人の名前。
 助けてくれた。
 一人で戦う■■■■を、それでも。

「…………東海林、さん」
 倒れていたのは、もうジャガーノートではなくなった、何処にでも居る女子生徒だった。
 外傷はない。
 が、それ以前の問題で。
 もう、命というものが抜け落ちているように見えた。

「たすけ、なきゃ……」
 助けなきゃ、と思う。
 こんな結末、見たくない、と思う。
 ちゃんと話したわけではないけれど、それでも。
 助けなきゃ。

「…………」
 だけど。
 何を捧げられるだろう。
 自分が自分であるために、頑張ったこと?

 無理だ。
 だって、“助けることができてない”のだから、捧げられるはずもない。
 それは――――ただの忘却だ。

 それでも、それでも救いを、求めるのならば――――――。

(きゃははははははははははははははははは!!!!!!)






ⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣ         ⅨⅣⅨⅨⅣⅨ
― ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄______―――――____ ̄ ̄ ̄――
―【Next Enemy】__――――_ ̄ ̄___ ̄ ̄___ ̄ ̄
 ̄ ̄___ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄_____――― ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄___
______―――━━――― ̄ ̄ ̄ ̄ ̄_____ ̄___
ⅨⅥⅨ        ⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥ












ⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣ         ⅨⅣⅨⅨⅣⅨ
― ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄______―――――____ ̄ ̄ ̄――
―【Next Enemy】__――――_ ̄ ̄___ ̄ ̄___ ̄ ̄
 ̄ ̄___ ̄ ̄ ̄ ジャガーノート・メイジー___ ̄ ̄ ̄
______―――━━――― ̄ ̄ ̄ ̄ ̄_____ ̄___
ⅨⅥⅨ        ⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥ

失敗 🔴​🔴​🔴​

穂結・神楽耶

“おまじない”に縋る程苦しかったのだとしても。
そもそもあなたが弱かったからいけないでしょう?
その様では全員殺したって満足できないのですから、大人しく眠りなさいな。

なんて挑発は攻撃を誘うため。
願うに至った欲望に忠実な彼らは恐らく、それを阻む者を許さない。
正面からの唐竹──猪武者の攻撃はいなして返すのが刀の嗜み。
振り下ろしは地面へ誘導。
開いた頭に一発、叩き込んで黙らせます。

──ですが。
この状況の全てが邪神の掌の上というのも腹立たしい話。
鎧武者を形作る邪神の因子を焼き祓います。
方法は…知らないけれど、この焔が憶えている。
だから、あなたは「あなた」の形を思い出して。

──故に結びは、今此処に。



ⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣ         ⅨⅣⅨⅨⅣⅨ
― ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄______―――――____ ̄ ̄ ̄――
――穂■・■ ̄ ̄ ̄ ̄______―――――____ ̄ ̄
 ̄ ̄___ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄_____――― ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄___
______―――━━――― ̄ ̄ ̄ ̄ ̄_____ ̄___
ⅨⅥⅨ        ⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥ

 二振りの剣が対峙する。

 かたや、狂気に身を委ねたモノ。
 かたや、“ありかた”しか残っていないモノ。

 どちらも、安易に動こうとはしなかった。

(なんだァ――――――こいつ――――――)
 怒りに頭の茹だっていた凍山、ジャガーノート・ソードマンシップは、対面する女が持つ異様な空気に、ある種の冷静さを取り戻していた。
 それは、目の前の相手を殺すために必要な冷静さであって、“正気”とは程遠い性質のものだが。

(強い、ンだろうなァ……隙がねぇ)
 仮にも剣道部でレギュラー争いをしていた生徒だ。向き合えば、相手の強さの“質”がよく分かる。
 動いても、後の先を取られる、というのを予感する。
 なにせ、記憶を奪われて尚、真剣を扱える相手なのだ――命のやり取りという点に置いて、間違いなく、自分より、眼前の、細い女の方が慣れている。
 場数を踏んでいる。

(だがよぉ――――)
 一撃。
 一撃でも当てれば、それで勝負を決せられる自信がある。
 触れたものを凍てつかせ、砕き、断ち割る事のできる最強の剣技が、今の自分にはある。
 何より、今、この身体は強靭な鎧に身を包んでいる。
 剣道の試合のように、先に当てたら勝ち、という性質の戦いではないのだ。
 受けてもいい。
 弾けばいい。
 そして、殺せばいい。

(上等じゃねェか――――斬り込んでやる)
 そう判じ、一歩踏み込もうとした、まさにその瞬間。

「――――怖いのですか?」
 女が、思考と行動の間に割り込むように、口を開いた。

 ◇

『――――あ?』
「鍛錬の果てに、研鑽の果てに、望む結果をつかめなかった――その苦しさは、ええ、わかります」
 己が己である記憶を失っていても、その言葉は心から出てきた、と思う。
 そう、苦しいのだ。
 生きることは、戦うこと。

「きっと、“おまじない”に縋る程苦しかったのでしょう。だから――――」
 戦うことは、何かを賭けて、挑み、そして敗れるかも知れないこと。
 そして、敗れるというのは――恐ろしいこと。

「――――無抵抗な相手しか、斬る事ができない。だって、絶対に負けない相手ですから」
 空気に色があるとすれば、白から赤へ、一瞬で転じただろう。
 ぎり、と、ジャガーノートが刀の柄を、強く握る音が擦れて響いた。

「ですが、そもそも、あなたが弱かったからいけないのでしょう?」
 勝てないのも。
 敵わないのも。
 通じないのも。
 結果を得られないのも。
 全て、全て。

「外法に頼り、安易に力を得、見返せると思い込む――あなたが弱い、何よりの証が、その姿」
『黙れ』
 黙らない。
 ■■■はただ――――つまらないものを見下す目で。
 静かに言葉を、添えるだけだ。





「その様では全員殺したって満足できないのですから、大人しく眠りなさいな」







『キェエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!』
 裂帛の咆哮。
 剣道の試合というのは――掛け声と共に放たれた攻撃でなければ、有効打とならない。
 ジャガーノート・ソードマンシップの原型となった人間が持つ、癖や習性はそのままに。
 この世においては振るわれることのない――振るわれてはならない、殺す為だけの斬撃。
 踏み込んで、振りあげてから、振り下ろすまで。
 恐るべき速度で、刹那に行われたそれを。

「いくら鋭かろうと――疾かろうと」
 まるで当然のように、受け流し、身を躱す。
 文字通りの紙一重、素肌の真横を刃が通り過ぎる。

「“心”がなければ、児戯でしょう」
 斬撃が纏う冷気が肌に触れ、皮膚が凍てつき、瞼に霜が降りても。
 ■■■は、瞬き一つしなかった。

 剥き身の刃、その柄を、両手で握り直す。
 横薙ぎに、その頭を目掛けて、斬り払う。
 もし、旗から戦いを眺めているものが居るとすれば、それは緩慢に映っただろう。
 所作があまりに美しすぎて、動きのつなぎとつなぎに、一切の無駄がないから、そう見えるのだった。

「──――故に結びは、今此処に」
 すれ違うように放たれたそれは、鎧武者の頭部を正確に捉え、斬った。

『が――――――』
 からん、と、刀を取り落したジャガーノート・ソードマンシップの体が、そのまま倒れると同時に、静かに、静かに燃え始めた。

 ◇

 蝶が舞う。
 揺らめく陽炎を纏う、黒い蝶。
 何を間違えたのかわからない。
 何が届かなかったのかわからない。
 燃えていく。
 魂にあるものが、燃えていく。

(だって、だってさぁ、頑張ったんだよ、俺だってさぁ)
 したくて怪我をしたわけじゃない。
 望んで損なったわけじゃない。
 だけど、周りはそんな嘆きを、負け惜しみとして片付ける。

(あれ…………なんで俺、頑張ってたんだっけ……)
 理由は、とうに欠落している。
 赤ん坊の鳴き声が聞こえる。
 尊厳まで投げ捨てて、得ようとしたものが、何で欲しかったのかわからない。
 どうして……どうして――――。

(ああ、そうだ)
 蝶が舞う。

(俺は)
 蝶が舞う。

(剣道が、好きだったんだ……ただ、それだけで――――)
 蝶が舞う――――。

 ◇

 キン、と己を鞘に納め。
 “穂結・神楽耶”は、顔を前に向けた。

 ゆらゆらと、人を焼いていた炎が、風に撒かれたように消える。
 そこに居たのは、大柄な生徒だった。意識を失っているが、目立った外傷は、見当たらない。
 しかして、神楽耶はそちらに目を向ける事はできなかった。
 そんな余裕は、無かった。

(ううううううううう――――――)
 その生徒の“中”からでてきたのは、赤子だった。
 歯車という子宮に包まれ、思い出という羊水に満たされて、安らかに眠っていたのだろう。
 人の中に潜み、人の記憶を喰らい、育っていたのだろう。
 その表情は、不快の絶頂。
 “食事”の邪魔をされたのだから、当然だろう。
 まして、“焔に焼かれた”とあらば――――。

(きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!)
 甲高い鳴き声を発しながら、それは静かに目を開いた。
 “しもん様”と呼ばれるそれは、UDCが名付けた正式名称としては、こう呼ばれる。


 ――――“ラプラスの魔”と。


「記憶を喰らうのは、楽しかったでしょうか」
 今の神楽耶には、在る。
 失っていた己を、取り戻している。
 『結火』が焼いた、凍山の記憶の喪失を焼き払うと同時に――戻ってきた。
 おそらく、彼の中にいた“ラプラスの魔”までもを焼いたからだろう。
 “奪った記憶”の中に……このオブリビオンは、潜むのだ。

「けど……あなたが奪ったものは、それだけではないでしょう」
 取り戻したのは、たったひとかけら。
 この魔そのものを断たぬ限り、全ては戻ってこない。
 そしてまた、奪われる。

「お覚悟を」
 ――――刃と魔が、対峙する。



ⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣ         ⅨⅣⅨⅨⅣⅨⅨⅣⅨⅨ

 【Next Enemy】
            ▽ ラプラスの魔 ▽

 自身のユーベルコードの力で、記憶を取り戻した貴女の前に、
 この度の災厄の黒幕が姿を表した。

 他の記憶に潜む“ラプラスの魔”も存在するだろうが、
 この個体は特に、貴女に対し、強い敵意と執着を抱いている。

ⅨⅥⅨ        ⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥ

成功 🔵​🔵​🔴​

セフィリカ・ランブレイ

【3】それでもと手を伸ばす

最後に残った欠片の私が見ている
戦闘ですらない蹂躙
個体差は圧倒的で、セリカは既に立つのが不思議な程の傷だ

記憶が巡る
初めてヒトを愛した記憶
力なく脆弱な男
意志も弱く泣き言ばかり
だが前を向く事は辞めない

「口調が固くない?我とか」
『注文多い。当世風に私とでも言えと?』

触れ合ってヒトを知った
男は別の娘を選んだが、その愛娘と何故か私は縁を結んだ

最初は義理
才能故に傲慢さを拗らせた時は私達で必死に叩き直したっけ
かと思えば寂しがりで甘えたがりで
でも困難から逃げない子だ

今の私はセリカに確かな情がある
立ち向かう姿は昔のアイツのよう
私も前を向くことを止めない。セリカの【叫び】に手を伸ばす



ⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣ         ⅨⅣⅨⅨⅣⅨ
― ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄______―――――____ ̄ ̄ ̄――
―― ̄セ■■■___―――――____ ̄ ̄
 ̄ ̄___ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄_____――― ̄ ̄■ェル■ ̄___
______―――━━――― ̄ ̄ ̄ ̄ ̄_____ ̄___
ⅨⅥⅨ        ⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥ

 ありふれた、どこにでもある言い方をするならば、彼女は天才だった。
 生まれ持った才能に恵まれ、生まれ育った環境に恵まれ、そして周囲の人々に恵まれていた。
 魔導に通じ、工学に通じ、そして剣に通じ、人を惹き付ける魅力も持っていた。
 為政者としてこれ以上無い人物だった。
 心配があるとすれば、意識的にしろ、無意識的にしろ、才能によりかかることがあることぐらいだろうか。

 それでも、まだ若い少女にとって、その欠点はこれから補っていけば良いものであり、
 暴走を諌め、忠言を発し、道を正してくれる師であり友が、常に少女の傍らに居た。

 出来ないことはあるけれど、これから出来るようになっていく。
 無限大の未来に、無限大の才能で立ち向かう。

 そんな少女だったからこそ。
 この邪剣に、かなうわけがなかったのだ。

 一言で言うなら、その有様は蹂躙だった。
 抜け殻の魔剣と、力に満ちた邪剣では、おおよそ“戦闘”などと呼べるモノにはならない。
 避けきることも、受け止めることも出来ない。
 邪剣が振るわれるたびに、傷が増え、血が流れ、倒れ伏して、それでも起き上がろうとする。
 何より。

「■■■、姉……」
 大事なものを、奪われたことがわかるから――壊しに行くことが出来ないのだった。
 あるいは、そんな状態で、目の前の少女が、ここまで生きていられたことこそが、その才能の証明か。

『抗うことすら、不快であるぞ』
 “邪剣”が刃を振り上げる。フラフラの少女は、それでも立ち上がって、盾にするように魔剣を構える。
 横薙ぎの一閃、それに伴う黒い魔力の衝撃波が放たれ、なんとか斬撃を受け止めた少女を飲み込み、また傷つける。
 ついに立ち上がれなくなって、それでも、手をもぞもぞと動かし、魔剣の柄を握ろうとするその有様を。

『――ああ、醜いな。その様で、生きているのが醜い。どうして死なぬ? 何故足掻く?』
 このまま遠くから嬲り続けてもいいが、しぶとく生に縋る様を見るのも、また不快。
 ならば、直接斬ってやろう、と、“邪剣”は■■■リカに油断なく近寄った。

『首を撥ねれば、流石に死ぬだろう?』
 刃を、躊躇なく振るう。
 そして。

 ◇

 ――――深く、深く、沈んでいく。

 ……その男は、いつだって泣き言ばかり言っていたように思う。
 志は簡単に挫け、目標を下方修正することも多く、決意はあっという間に萎れ、何度躓いたかわからない。
 それでも、ああ、男の瞳が、後ろを向いたことは一度だってなかった。
 どれだけ遠回りになっても、道がなかろうとも、前にだけは、進み続けた。
 傍らにあり続けたい、と思うようになったのはいつからだろうか。

(口調が固くない? 我とか)
 この魔剣■■■■■に対して、何という不敬か。

『注文多い。当世風に私とでも言えと?』
(そうそう、それそれ、そっちのほうが、俺は好きだな)
 その物言いも当然、不敬であるのだが。
 何故か嫌ではなく。
 何故か不快ではく。
 何故か心が踊り。
 何故か胸が弾んだ。

 数え切れぬ出会いをして。
 数え切れぬ別れを経た。
 数え切れぬ戦いを越えて。
 
 ――少なくとも、傍らに有りたい、という望みは、叶った。

 男が、女と出会い、愛を育み、結ばれた時も。
 その証が生まれ落ちて、甲高い声をあげ泣いた時も。
 真っ先に抱きとめて、命のぬくもりを感じた時も。
 常に剣は、男の側に、かけがえのないものとしてあった。

 ――少なくとも、最初は義理だったと思う。
 その娘は、男ではないのだから、魔剣たる己が面倒を見る羽目になったのは、そう、義理だ。

 迷わずに、ためらわずに、ずっと前を向き続けるその瞳は、父によく似ていた。
 違う所があるとすれば、そう、その娘は、最初から才能に満ち溢れていた。
 やりたい、と思ってできないことは無く、望んだ全てを、果たせてしまうだけの力があった。
 だからこそ、増長したその鼻を折るのは、なかなかに大変だった。
 なにせ前向きだからくじけない。才能任せに成功体験を重ね、傲慢がにじみ出る度に、力づくで矯正した。

(どうして駄目なの! だって私は何でも出来るのに!)
 幼い子供の、当然の疑問は、姫の家出という大騒動という形で表現された。
 多数の兵士が捜索に駆り出され、魔剣もまた、心当たりを探す羽目になる。
 もっとも、潜んでいる場所に心当たりはあったし、実際、あっさりと的中した。
 ゴーレム工房の隅に置かれた、魔剣の身長の、半分程度の大きな木箱。
 持ち上げてみれば、膝を抱えて、頬を膨らませ、不貞腐れた娘が居た。
 なんと叱ったものかと少し考えた時には、もうその視線はこちらに向いていて。
 みるみるうちに涙をにじませて、駆け寄り、抱きつかれ、押し倒され、腕の中に居た。

 寂しがりで、甘えたがりで、だけど、過ちを認めて、ごめんなさい、を言える子に育ってくれてよかった。
 降りかかる困難に、自ら立ち向かえる子でよかった。
 そんな少女だからこそ――――縁を結んだ。
 傍らに居ることを、自らの意思で選び、寄り添うことを、決めたのだった。

(ああ)
 どうしてそんなに、傷ついて。

(ああ)
 どうしてそんなに、ボロボロで。

(ああ!)
 どうして――――それでも諦めないのか!

(私は)
 私は――――何をしているんだ。
 名前を呼んであげたい。
 大事な子、愛おしい子、守るべき――いや、共に戦うべき子。
 なのに、思い出せない、奪われてしまった。欠落が、体の動きをどこまでも苛む。

『死ね』
 “身体”は、無情に言葉を吐き捨て、その首を刈ろうと刃を振るう。
 赤が、視界を染めた。

 ◇

 痛い。
 腕が断たれかけているのだから、当然だ。
 肉を斬り裂き、骨へ食い込み。
 だけどそれ以上、行かせなかった。

『何故抗う? 己の醜さがわからぬか?』
 偽物が嘲る。
 愚かと嗤う。
 いいさ、言っていればいい。
 そんな言葉、響かない。
 だってそれは、■■■姉の言葉じゃない。

「わかんないよ」
 らしくない、と思う。
 這いつくばって、傷だらけで、こんなに痛くて、苦しいのに。
 それでも、立ち上がる。
 自らの“剣”に手をのばす。

「これ以上――これ以上!」
 名前を忘れてしまっていても。
 絆を奪われてしまっても。
 この剣は、私の側に、なくてはならない。

「もう私から!」
 ううん。
 私が。
 側に――――居て欲しい。

「何も奪わせるものかぁっ!」
 それが、少女の叫び。
 魂が放つ、咆哮。
 心からの望み。
 邪剣の両刃を、その手で掴む。
 指に食い込んで、血が吹き出る。構わない。

『貴様――――何をしている』
 それは、ある種の自殺行為。
 魔剣は邪剣に堕ちた――――堕とされた。
 だが、記憶を損なって、分かたれて尚、二人の間に結ばれた契約は有効だ。

 剣として王に身を捧げ、共にあること。
 王として剣を携え、共にあること。

 その契約が、■■■リカと、シ■■■■を繋ぐ。
 一つになる、交わっていく。

『正気か貴様! そんな事をすれば――――』
(きゃはははははははははははははは!)
 もう、どこかから、なんてレベルじゃあない。
 脳の中に直接、赤子の鳴き声が聞こえてくる。邪剣を通じて入ってくる。

「正気、だよ――――これしか、ない」
 オブリビオンに侵食された己が剣を、一体化する。
 それは即ち、自らの身体に躯の海を取り込むこと。
 まともな命が生存出来ない、致死の領域。

(きゃはははははは! きゃは、ぅ、うー?)
 嬉しそうな声が、疑問に転じる。
 一瞬で、支配するつもりだったのだろう。
 ■■■リカという存在を奪うつもりだったのだろう。
 しかし、このユーベルコードは、この《叫び》は。
 もう何も奪われない為に、死地で生まれた極限。

「私の命が先に尽きるか、あなたが先に消費され尽くすか」
 主導権の奪い合い、それは、セ■■リカと“しもん様”の、命を使ったシーソーゲームだ。

「これはそんな勝負になったんだ!」
 、、、
 だから。

 ◇

(何も奪わせるものか!)
 嗚呼、思い出した。
 かつて、昔のアイツも、そうだった。
 勝ち目のない戦いに挑んで尚、変わらず揺るがぬその意思。
 同じ瞳。
 同じ瞳なのだ。
 なのに。

「私は何をしている」
 愛しい子が叫んでいる。
 守るべきものを守れていない。
 あまつさえ。
 私を取り戻すために、あの子は傷ついている。

「――ああ、まったく、あなたは昔からそうね」
 前を向いて。
 諦めない。
 、、、
 だから。

「……今行くわ」
 私も、この手を伸ばすのだ――――――。

 ◇

 魔剣が主の手に戻った時、不浄なるものを全てを吹き飛ばす様に、蒼い光の奔流が、空間を包み込んだ。

「…………おかえり、シェル姉」
「ただいま、セリカ」
 それ以上、言葉はなかった。柄を握り、刃を構え、一つとなっただけで、想いは通じ合った。
 失われてなど居ない、ただ、少し蓋をされただけだ。
 必要なことは――――。

『返、セ――――――』
「最初から――――お前のモノなんかじゃ、ないっ!」
 力の根幹を奪われて、動きの鈍った偽物を両断するのに、一切の躊躇はなく。
 踏み込み、袈裟懸けに斬り下ろす。防ぐ余地など、あるわけがなかった。

『ガ――――――――――』
 音を一つだけ残して、あっけなく、“邪剣”は塵となってこの世から消えた。
 けれど、セフィリカは“シェルファ”を携えたまま、鋭く眼前を睨んでいた。

(ううううううう――――――あああああああああああああああああ!)
 歯車という子宮に包まれ、思い出という羊水に満たされて、安らかに眠っていたその悪魔は、自らが奪ったものを、取り戻されたことに強い不快を示していた。
 返せ、とせがむように手足をばたつかせて、異様な力の波が、ぞわりと世界を塗りつぶしてく。

『いけるわね、セリカ』
 ごめん、とも。
 許して、とも。
 シェルファは言わなかった。

「もちろん、シェル姉」
 痛い、とも。
 辛い、とも。
 セフィリカは言わなかった。

 すべきことは、前を向くこと。
 眼前に居る、敵を斬ること。

「――――今度はもう、絶対に!」
『貴様如きに、奪われはしないわ』

(だァァァァァァァぶうううううううううううううううううううううう!!)
 心を通わせる二人の姿が、気に食わないと言わんばかりに。
 悪魔が、両目を見開いた。


ⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣ         ⅨⅣⅨⅨⅣⅨⅨⅣⅨⅨ

 【Next Enemy】
            ▽ ラプラスの魔 ▽

 奪ったはずの記憶を取り戻されて、このオブリビオンは不快の絶頂だ。
 今度は二度とそんなことにならないよう、君達二人の絆を、今度こそ引き裂く為に。

 わがまま赤ん坊は、その力を余すこと無く振るうだろう。

ⅨⅥⅨ        ⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥ

成功 🔵​🔵​🔴​

ミーユイ・ロッソカステル

誇りと共に名乗るべき名は、忘れ去った
ここへと赴いた意味を、忘れ去った
心を寄せたいと思った相手を、忘れ去った

わかるのは、眼前のモノが、自分におぞましい感情を向けている、という事
容赦などしない、できる訳がない


蕩けるような桃色が真紅へと染まる
その身が、夜闇を纏っていく
その力を受け入れた理由も、忌避していた事実すらも忘れ去って――ただ、当然のものとして、吸血鬼としての力を奮う
こんな拘束など、意味をなさない
粗末な薔薇の造花の香りなど、私の夜には及ばない

容赦と慈悲の一切を失った、暴虐を歌う吸血鬼として、眼前の敵を屠る

……全てが終わり、自分を取り戻した時に、救えなかった――救わなかった後悔を心に残して



ⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣ         ⅨⅣⅨⅨⅣⅨ
― ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄______―――――____ ̄ ̄ ̄――
―― ̄___ユ■―――テ■――____ ̄ ̄
 ̄ ̄___ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄_____――― ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄___
______―――━━――― ̄ ̄ ̄ ̄ ̄_____ ̄___
ⅨⅥⅨ        ⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥ

 結論から述べよう。
 それは、勝負ではなかった。
 戦いとも呼べなかった。
 一方的だった。
 単なる、蹂躙だった。

 常日頃から封じ込めていた残酷を。
 親の愛故に表に出す事のなかった冷酷を。
 剥き出しにした時の夜姫が、どれだけ圧倒的であるのか。
 それを、ただの少年だった化け物に予測するのは、不可能というものだ。

 だから、繰り返し、言おう。
 これは、単なる、蹂躙だった。

 ◇

 恐怖。
 恐怖恐怖恐怖。
 助けてください、何でもします。
 どうかあの一言をなかったコトにしてください。
 どうかあの願いをなかったコトにしてください。
 誓って、もうしませんから。
 こんな浅ましい真似二度と――――――――。

『ギィィィヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?』
 身体を構成する蔦を“素手”で引きちぎられて、ジャガーノート・ローゼスは絶叫した。
 元より、人間であった頃から、痛みというものに慣れてなかった。
 喧嘩だって当然したことはないし、スポーツだって苦手だった。
 だからこそすがったのだ。だからこそ願ったのだ。
 苦労すること無く、大したものを失うこと無く。
 好きに振る舞う力をください、と。

 それが何だ。
 なんだこの化け物は。
 嗚呼。嗚呼!
 人間は――――他人をこんな目で見下せるのか!?

「五月蝿い」
 女は、不快の表現として、浅く蹴りを入れた。
 それだけで、身体がくの字に圧し曲がって、何度も床を転がって、壁に叩きつけられた。
 吸血鬼という種の権能を、ただ少しふるっただけで、もう花は手折られきってしまった。

 ……ジャガーノート・ローゼスの認識には、二つの過ちがある。
 対峙している“モノ”は“ヒト”ではなく。
 彼を、“ヒト”だとも思っていない。

『た、たすけてください』
 命乞いをした。
 “ソレ”は、プライドも何もかも投げ捨てて。

『ほんの出来心だったんです、だ、だって、俺は、悪くな――――――』
「五月蝿いと、言っているのが」
 ブチリ、と太い繊維質が千切れる音がした。

「わからないようね――ああ、言葉を解すコトを期待していたわけではないけれど」
『イ、ッギ――――――――』
「不快だわ」
 悲鳴は耳障りだから、聞きたくない。
 だからごく自然に喉を潰して、放り投げた。
 窓ガラスにでもぶつかっていれば、まだ外に逃げられたかも知れないが。
 生憎、壁に大きな穴が空いて、身体が食い込んだだけだった。

『ヒッ、ヒィ、ヒィ――――――――』
「たすけて、出来心だった、もうしないから、間違っていたから」
 寝言のように吐き出された、意味を成さない音の羅列を。
 ■■■■は、心底汚らわしそうに、吐き捨てた。

「そのコトバを、数分前の私に言ってみるといい」
 誇りと共に名乗るべき名は、忘れ去った。
 ここへと赴いた意味を、忘れ去った。
 心を寄せたいと思った相手を、忘れ去った。

 故に、此処に在るのはただの怪物。
 暴虐を歌として放つ夜姫。

「気が変わった――望み通り、貴様に私をくれてやろう」
 私の、歌をくれてやろう。
 たった一人、貴様のためだけに歌ってやろう。
 夜の帳が、ジャガーノート・ローゼスを包む。
 彼だけが聞くことのできる、彼だけの為のコンサート。

    クレイジー ・ ノイジー ・ カプリッチオ
 《不愉快で耳障りな狂想曲 第1番》

 その歌は。

 ◇

 歌というのは音で、音というのは振動だ。
 振動とは、震えることだ。
 だからその歌は、耳から皮膚から粘膜から、音を伝える空気に触れる、あらゆる所から入り込む。
 入り込んで、体を揺らす。感覚器という感覚器を犯し壊し狂わせ殺す。

『――――――――――――ッ! ――――――――……』
 悲鳴を上げる権利すら無い。その悲鳴は暴虐にかき消される。

『! ――――――――! ――――――――――――――』
 助けを求める権利すら無い。その慟哭は狂騒にかき消される。

『――――――――――…………………………』
 生命を存続する権利すらない。その魂は夜姫が満足するまで踏みにじられる。
 閉ざされた世界に隔離されて、360°、全方位から襲い来る、不協和音の大音量。
 それは、気が狂うまで音の世界に閉じ込める、最も残酷な死刑。
 何かを思うことはできない。ただ耳をふさいで、それでも体中を抉る音に対して、こう嘆き叫ぶだけだ。

 はやくおわってください。
 おねがいします。

 タスケ
 殺してください。

 慈悲深き夜の女王は、最後にその願いを叶えてやる。
 全てが終わった時、そこにあったのは、ただの赤黒い染みとなった何か。
 そこに生命があった痕跡など、一片たりとも残っていなかった。

 ◇

「――――――――――」
 ぐるぐると、臓腑をかき混ぜられるような不快感。
 頭が重い、ぐらぐらする。
 それは、失ったものを取り戻したが故の反動かも知れなかったし。
 その間、自分が何を行ったかを全て覚えているからかも知れない。

「私の中に……こんな力が、あったなんてね」
 吸血姫。
 一皮むけば、人智を超えた異形の化け物。
 己にあるのは、歌だと思っていた。
 そうではなく、それだけではなかった。
 そして何より――――――。

 夜という闇に、一度心を委ねれば。
 この身体は、命を弄び、殺せるのだと理解した。
 他ならぬ、己の手で。

「………………」
 殺されるほどのことを、彼はしていなかったのかも知れない。
 反省の余地も、後悔の本音も、更生の機会もあったのかも知れない。
 けれど、やはり。

 ミーユイ・ロッソカステルは、その行いを許さなかっただろう。
 その誇りの高さ故に。

 ああ。頭が、ぐらぐらする。

(きゃははははは! あはは! きゃっきゃっ!)
 いつの間にか。
 目の前に、赤子が居た。歯車のゆりかごに抱かれた、まだ育ちかけの――“災厄(オブリビオン)”

 なんとまぁ。
 嬉しそうに、笑っていることか。

「……子守唄は、お気に召してくれたみたいね」
(だぁっ、きゃっきゃっ! あぶぅー)
 肯定するように笑う。肯定するように嗤う。
 “次はどんな面白い見世物があるのかな”と、ビデオに食いつく、幼児のように。

「次は――――あなたに向けて歌いましょうか。ただ、ね」
 ……嗚呼。

「機嫌が悪いの―――アンコールまで、付き合ってもらいましょう」
 なんて……気持ちが悪い!


ⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣ   ⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨ

 【Next Enemy】
            ▽ ラプラスの魔 ▽

 記憶を失った夜姫の暴虐は、赤子にとって最高の子守唄であったらしい。
 楽しそうに手をたたきながら、次の歌をせがんでいる。

 自らの手で、もっと痛めつけて、括って、踏み躙れば、
 もっと素敵な声で歌ってくれるのではないかと、期待に胸を膨らませているのだ。

ⅨⅥⅨ  ⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅣⅨⅥⅨⅣⅨⅥⅨⅣⅨ

成功 🔵​🔵​🔴​

ルイス・グリッド


俺を倒したかったら首を狙って来い!
すまない、俺の大事な記憶は捧げられない
それを無くしたら戦えなくなる

SPDで判定
速さ特化ならおそらく追いつけないが、【挑発】して首を狙わせるように【おびき寄せ】れば次に来る場所を【戦闘知識】で予測し【見切り】少しの動きで避けられるはず
避けたら【早業】と【怪力】【グラップル】を使い動けないように押さえ込む
記憶は捧げられない、どれも失えない
最後に願いがないか一度聞いてから、敵となった者に謝罪し痛みがないように配慮(【優しさ】)し銀腕を【武器改造】で剣の形にしてトドメを刺す
願いを言われれば生者の生死に関わるようなら何もしないが、出来るだけ叶えてやりたい



ⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣ         ⅨⅣⅨⅨⅣⅨ
― ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄______―――――____ ̄ ̄ ̄――
――■ ̄■ ̄_ッド_____―――――____ ̄ ̄
 ̄ ̄___ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄_____――― ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄___
______―――━━――― ̄ ̄ ̄ ̄ ̄_____ ̄___
ⅨⅥⅨ        ⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥ

 影と影が、人の居なくなった校舎の廊下を跳躍する。
 一つは人で、一つは獣だ。壁も床も天井も、等しく足場として同じ機能を果たすが故に、両者にとっては一切の違いがなかった。

『遅い――――遅い遅い! 誰よりも早い! 私には敵わない!』
 速度の面において、不利なのは■■■だった―――技術や才能というよりは、生物としての形状が、高速戦闘に適しているのがジャガーノート・チーターなのだろう。
 飛び跳ね、喰らいつき、引き裂く……その動きをするためだけの、身体なのだ。

「ち…………」
 戦闘中の思考に、思い出を司る記憶は必要ない。
 だから、じわじわと皮膚を斬られているのは、純粋に攻撃を避けきれてない、ということだ。
 小さな消耗も、重なっていけばやがて命の灯に達する。
 それがわかっているから、■■■は舌打ちをして、ジャガーノート・チーターは勝ち誇り、笑う。

『生きている盾になる? 笑わせるな! アンタは何にもなれないよ――』
 爪がまた、■■■の皮膚を裂く。返す拳で、右腕を振るうが、その頃にはもう獣は飛び去った後で、床や壁に拳がめり込む。
 そんなやり取りを数度重ねれば、もう結末は見えていた。
 何度かの交錯の後、距離を取って対峙する。

 血まみれで消耗し始めた■■■と。
 未だ傷一つ無く、健在のジャガーノート・チーター。

『これが格の違いよ、“猟兵”。アンタは一生アタシに追いつけない』
「…………そうかもな、確かに、お前は俺より速い」
 ため息を吐いて、■■■は首筋を見せつけるように、頭を傾けた。

「で」
『……?』
「いつになったら、その速さで俺を殺せるんだ? いくら足が速くても、結果が出せないんじゃあな――――」
『――――――』
「小技を当てて気持ち良いか? 俺が血を噴くたびに勝ちが近づいてると思ったか?」
 殺せてない。
 まだ生きている。
 だから、勝負はついていない。

「殺すならちゃんと殺せよ、ウスノロ。それとも……ああ、怖いんだろうな。もし殺そうとして殺せなかったら」
 人間を止めてまで手にした力に、何の価値もなくなるから。

『お、まえ――――――』
 ジャガーノート・チーターの両手足が隆起した。
 筋肉の膨張、エネルギーの充填、より速く、より鋭く動く為の準備。
 距離は10m、一瞬すらかからない。
 望み通り、その首筋に喰らいついてやる。
 床を破壊しながら蹴り上げ、一直線に空を切る。
 ジャガーノートとして加工された感覚器が、周囲の風景をスローモーションにし、体感速度を拡張する。
 例え向こうがどんな奇襲をしてこようと、カウンターを狙おうと関係ない。
 避けて、潰して、殺してやる!

 牙が、その喉に、食い込む――――――。

 ◇

『ガ――――――――』
 空中で、ジャガーノート・チーターの動きは拘束された。
 加速化した思考の中ですら、“何が”と思う暇もない。
 ぐい、と引っぱられた衝撃と、自らが跳躍した反動で、チーターは床に叩きつけられた。
 全身を衝撃が駆け巡り、肺の中から空気が全て抜け出る――その間にはもう、■■■は距離を詰めて、身体を組み伏せていた。

「俺とお前がしていたのは、速度比べの競争じゃない」
『ナ――――貴様――――』
「殺し合いだ。そうだろう?」
 ジャガーノート・チーターは速度に特化した個体だ。
 動体視力にも優れる、だから獲物から視線は離さなかった。
 しかし、あくまで……中身は“ただの学生”だ。
 戦術を立てられるわけでもなければ、戦闘に精通しているわけでもない。
 せめて格闘技系の部活をやっている生徒を素体にしていれば、まだやりようは合ったかも知れないが。

 攻防の度に空を切り、壁に、床に叩きつけられた■■■の右腕から、わずかに伸びる、細い細い銀の糸に、ついぞ彼女は気づかなかった。
 それはチーターが跳躍する度に、少しずつ少しずつ、身体に絡みついて居たのだ。
 後は端の先端をフックに変えて固定して、タイミングを見て、伸ばしっぱなしにしていた“糸”を固定してやればいい。

 ■■■の銀腕は、変幻自在に形を変える流体だ。
 剣にも斧にも盾にもなる。
 糸にもフックにも、何にでもその姿を変える――“メガリス”だ。
 知らなければ、避けられないし、警戒もできない。

 自重で身体を極められて、そのまま■■■の体重が乗る。
 異形の肉体――だが、四肢は走る事に特化した獣の身体だ。
 間接の可動域や構造が、合理的に、道理的に存在する。
 だから――――もう動けない。

「言い残すことはあるか?」
『やめろ、やめろやめろ! 一番になるんだ! 私は、一番になって、レギュラーになって、それで、それで――――――』
 あれ。
 一番になって、どうしたかったんだっけ。
 何で、一番になりたかったんだっけ。

 その答えが出る前に。
 その答えが出ない、という事実に気づいて、少女だったモノが壊れてしまう前に。
 慈悲の刺突が、獣の心臓を貫いた。

『ア――――――――――』
 大量のノイズが身を包み、空気に霧散して消えていった。

 ◇

「………………」
 頭の中で、何かの歯車がかちり、とハマった気がした。
 自分が誰であるのかを思い出せることを自覚し、まだ感触の残る右手を、握って、開いて。

「……後はお前を始末すればいいんだな?」
(きゃははは、きゃっきゃ!)
 ――――楽しそうに産声をあげる、“しもん様”と対峙する。

ⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣ   ⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨ

 【Next Enemy】
            ▽ ラプラスの魔 ▽

 “しもん様”ことラプラスの魔は、君のパーソナリティが気になるようだ。
 かつて忘れてしまったもの、既に無くしてしまったもの。
 一度死んで、全て忘れて蘇ったデッドマンの中身を、見てみたいのかも知れない。


ⅨⅥⅨ  ⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅣⅨⅥⅨⅣⅨⅥⅨⅣⅨ

成功 🔵​🔵​🔴​

浅葱・シアラ
◯フェルト(f01031)と

フェルトがUCの使用によって敵の攻撃を無効化している間に、戦闘不能に追い込むために猛攻撃を仕掛けるよ!
【高速詠唱】と【多重詠唱】で何度も何度も「紫金胡蝶閃」でテーラーを攻撃するよ!

戦闘不能に追い込んだら、ジャガノート因子が封じられ、テーラーが樹に戻るのを待つよ
思い出して、貴方が奪ったもの、奪われたもの
記憶を呼び起こして、戻ってきて!

もしも、失敗なら、フェルト一人に犠牲は払わせない
分かってた、フェルトならこうするって
だから、シアラも払う
「しもん様を呼び出して自分の記憶を捧げる」
捧げる記憶は
「亡き親友 友華に関する記憶」

友華の白いリボンがある
だからまた思い出すから……!


フェルト・フィルファーデン
◯シアラ(f04820)と

UCを継続使用。90秒で救い出す。
光の糸を紡いで護り衣装を何度でも書き換える!

戦闘不能にしたら光の糸でテーラーを包み残り時間をギリギリまで使って因子を滅する。
敵の力が原因なら、その影響を阻めば今のわたし達のように元に戻るはず!
さあ、思い出して。忘れた記憶を、その想いを!



――それでも、最悪の想定は必要だから。
いざとなれば、わたしの愛するケン様との記憶を捧げましょう。


……本当は嫌よ。何一つ忘れたくない。


それでも、救う道が残されているのなら。
シアラ、ごめんね。わたしの我儘に付き合わせちゃって。

でも、まだ諦めない。絶対に全て取り戻す。
皆の記憶を奪ったこと、後悔させてあげるわ。



ⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣ         ⅨⅣⅨⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣ

 ▽ 浅葱・シアラ ▽
 ▽ フェルト・フィルファーデン ▽

                 ―――――“I've been your friend.”

ⅨⅥⅨ        ⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨ

『人形風情がああああああああああああ! 僕にぃいいいいいいいいいいいいい! 逆らってぇええええええええええ!』
 ジャガーノート・テーラー。
 あさましき願望と、おぞましき欲望を剥き出しにした異形。
 それでも。

「いこう、フェルト!」
 浅葱・シアラ(世界を救う希望のフェアリー・f04820)は、恐れない。

「ええ、シアラ!」
 フェルト・フィルファーデン(糸遣いの煌燿戦姫・f01031)は、怯えない。
 だって、誰より頼れる、誰より大切な友達が――隣にいるから!

『僕が最高に可愛くしてやろうって、言ってるんだよぉおおおおおおおおおお!』
 テーラーの手に、電子ディスプレイが表示される。
 無数の衣装のアイコンの一つをタップして、現実空間に持ってくると、それを二人のフェアリーに向けて放つ。

『ひはっ!』
 瞬間、二人が纏う鎧が、テクスチャになって剥がれ、変わりに新たな衣装に変化していく。

「させないし、いらないわそんなの! アナタのセンスなんて――――ケン様にぜぇーんぜん及ばないんだから!」
 対応するのはフェルトだ――護身剣を高く掲げると、光の粒子が集まって、一つの形を作り出す。
 セミのような羽を持つシルエットの、人の形をした光の塊。
 それが、フェルトが空想する、防御の形。この局面に置ける、守護の要。
 ヒトガタが紡ぐ光の糸が、テーラーの“テクスチャ”を即座に上書きする。
 顕わになりかけた肌を隠すように覆い、より洗練されたデザインへ、形へと切り替えていく。

『な、なぁんだとぉ――――僕よりスゴイ奴なんて居るわけないだろぉぉぉぉ! キミ達に似合うのは、これ、これだよぉ!』
 続けざまに、衣装データを大量に呼び出して、シアラとフェルトを射程内に収める……が。

「確かに、シアラ達に、似合うかも知れないよ」
 フェルトとテーラーの間に立つように、シアラが割り込み、手を掲げる。
 護身剣から生まれる光の粒子、それらがシアラの羽に感応して、色付いていく。

「でも、自分で着る服は、自分で選びたいの!」
 紫の蝶と、金の蝶。たった数匹が、倍に、更に倍に。
 気づけば、部屋全体を埋め尽くすほどに。

「似合うかなってたくさん考えて、可愛いかなっていっぱい不安になって、褒めてもらえるかなってどきどきしたりするものだもん!」
 テーラーの能力は、被写体の衣装を強制的に書き換えるもの。
 だから単純に、“視界を全て”無数の蝶で埋めてしまえば、そもそも“着せ替え”すら出来ない。

『グ、ググググググ…………うおおおおおおおお! なんだそれは! マネキンに意思が必要あるかぁ!』
「女の子をマネキン扱いする男子が作った服なんて!」
「どれだけ可愛くても!」


「「ぜぇーーったい、嫌っ!!」」


 妖精達の声が重なると同時、蝶の群れがジャガーノート・テーラーに殺到した。
 力を奪い、敵意を奪い、殺意を奪う光の嵐。
 記憶を失っていたならいざしらず――万全な状態で、心交わした親友同士が、急造のオブリビオンもどきに勝てぬ道理など。
 ……ある訳がなかった。

 ◇

「理屈上は、できるはずよ」
 ノイズに塗れ、テクスチャとなって分解され始めた、元ジャガーノート・テーラー、佐々木・樹。

「私達も記憶を取り戻せたのだから、この人だって」
 護身剣から放たれる、光の力は強力だ。
 使用に制限はある―― 一日の間に、一定時間使用してしまうと命を失う、諸刃の剣。
 戦闘に使った時間は、おおよそ一分、あと三十秒は、その力を継続できる。
 あらゆる害意を振りほどき、ユーベルコードを無力化する絶対守護領域。
 なのに。
 どうして。

「なんで、止まらないの……っ!」
 焦るように、フェルトが悲鳴を上げた。
 樹の身体が、ノイズになっていく速度は落ちているものの、変わらない。
 効果はあるのだ、“しもん様”のユーベルコードを排除することに、成功してはいるのだ。
 ただ……。

「……この人、自分の力で変身、してたよね」
「……シアラ?」
「それに、シアラ達を拘束して、着替えさせようとしてた時は、まだ人間の姿だった」
 それはつまり。
 より深い所まで、汚染されている、ということだ。
 より深い所まで、侵されている、ということだ。
 たくさんの記憶を、捧げている、ということだ。

「……フェルト、もう止めて。これ以上は、フェルトが死んじゃう」
「でも」
「わかってるよ、救うんだよね?」
 たった一人、オブリビオンの手に落ちてしまった誰かを。
 救えなくて……世界なんて、救えるわけがない。
 もう、目の前の命を取りこぼさないと、決めたのだから。

「…………本当は、忘れたくない」
 フェルトが捧げようとしている記憶は、愛する人のこと。
 まだ伝えきれてない、だけどもう確実で、膨らんで、溢れてしまいそうな、恋の滾り。

「…………大丈夫だよ、フェルト」
 シアラが捧げようとしている記憶は、今は亡き、救えなかった友のこと。
 言葉も、行動も、何もかも足りなくて、二度目の終焉を与える事になってしまった、過去の悔み。

「でも」
「だけど」

「助けましょう」
「救おうよ」

「私達なら」
「絶対に」

「「――――思い出せるよ」」

 ◇

「…………きて、起きて」
 身体をゆらゆらと揺すられて、シアラははっ、と目を覚ました。
 慌てて隣を見る、んん、と、同じく覚醒しかけているフェアリーが隣りにいた。

 ――フェルトだ、忘れてない。大丈夫。

 安堵もつかの間、すぐに、自分が何処に居たのかを思い出す。
 慌てて、机の上から(そう、机の上で眠っていたらしい…………)身を乗り出して。
 床に倒れて、意識を失っている、樹の姿を見つけた。

「シアラ……あの人は……?」
 遅れて身を起こし、そばに寄ってきたフェルトと共に、確認する。
 遠目からでも、呼吸が確認できた、生きている。

「……生きてる、みたい」
「……よかった」
 大事なものはを捧げた代償は、確かに叶ったのだ。

「……平気よ、思い出してみせる。だいたい、ケン様みたいな人、忘れようったって――――」
「――フェルト?」
 口にして、フェルトはあれ? と首を傾げた。

「……ケン様のこと、“忘れてない”?」
 じゃあ、何が代償になった?
 シアラは思い出す。自分が捧げた記憶のことを。
 大事な親友のことを。
 あの鉄塔で、対峙したことも。
 、、、、、
 覚えている。









「…………そろそろ、こっちを見てくれてもいいんだよ?」
 そこで、ようやく、先ず疑問に思うべきことに気づいた。
 シアラは、体を揺すられて、目を覚ましたのだ。
 最初にそれをしたのは、誰だった?

 忘れるはずもない声だった。
 自分が、終わらせた過去のはずだった。

「…………友、華?」
 その名前を呼ぶ。
 守れなかった親友の名前を。
 救えなかった親愛の名前を。
 友華、と呼ばれた少女は。

 ニコリと笑って、首を横に振った。

(きゃはははははははははははははは!!)
「ごめんね、シアラ。私は、シアラの知ってる私じゃないの。とはいえ、あの日、あの場所でやられてしまった、感染型UDCでもない」
 背後に、赤子が現れた。
 歯車の子宮に眠る、諸悪の根源。
 記憶を弄ぶオブリビオン、“しもん様”。

「骸の海に散ったオブリビオンの断片に、シアラが見せてくれた記憶をベースで肉付けして、シアラの思い出を抽出を注いで造られた、私の名前は」
 嗚呼。
 手を伸ばしても、届かない。
 妖精の掌は、小さすぎて、短すぎて。
 一度届かなかった手が。
 二度届かなかった手が。
 三度目も、届かない。

『――――ジャガノート・フレンズ』
 二度あることは、三度ある。
 どうぞ、全てを救うために。
 もう一度、殺してみるといい。
 最愛なる親友を。

『ごめんね、シアラ。大事な記憶を捧げてくれて』
 でもね。

『死んでね』


ⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣ   ⅨⅣⅨⅣⅨⅨⅣⅨⅨⅣⅨⅣ

 【Next Enemy】
       ▽ ジャガーノート・フレンズ ▽

 シアラが“しもん様”に捧げた、「皆咲・友華」の記憶を複写し、
 『ジャガーノート』として再形成した姿。

 かつて「感染型UDC」として消滅した彼女が、骸の海に残した断片に、
 元の形を補う形で肉付けされている為、本人に近いパーソナリティを持つ。

 “しもん様”はシアラとフェルトが、苦しんで戦うさまを見たかった為、
 敢えて捧げられた記憶をもとに戻したようだ。
 ジャガーノート・フレンズに力を与えた為、この場にいる“しもん様”は大きな力を持たない。
 ジャガーノート・フレンズを撃破すれば、“しもん様”にも深手を与えられるだろう。

 【POW】大量の紫光蝶を突撃させ、迷いや後悔に応じたダメージを与える。
 【SPD】紫光蝶に触れた対象の動きを停止させる。
 【WIZ】紫光蝶が受け止めたユーベルコードを記録し、投影することで効果を模倣する。

ⅨⅥⅨ        ⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅨⅥⅨⅥⅨ

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

富波・壱子

障害の発生を確認
なるほど。こういうこともあるでしょう
躊躇って喜ぶあなたではないですし、躊躇う私でもありません。互いにそれを知っています、信じています

故にいつも通り、躊躇なく『ちょっと待った』

臨戦態勢の壱子の腕を操り、親指で掻き切るように首をなぞって強制的に第三の人格と交代するわ
別にそいつの記憶ぐらいならくれてやってもよかったのだけど、調子こき過ぎたわねクソガキ
返せ。それは『ワタシ』のよ

UCを発動
アハッ、無駄無駄!アンタの付け焼き刃の精神干渉なんかがさぁ!本家本元のワタシに敵うわけないでしょ!

遠慮なくボコって無力化したら、強化した読心術で記憶、人格、その他奪われたもの根こそぎ全て、吸い上げるわ



ⅠⅡⅢⅠⅡⅢⅠⅡⅢⅠⅡⅢ         ⅠⅡⅢⅠⅡⅢⅠⅡⅢ
― ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄______―――――____ ̄ ̄ ̄――
―― ̄___―____ ̄ ̄_――― ̄ ̄ ̄
 ̄ ̄___ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄_____――― ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄___
______―――━━――― ̄ ̄ ̄ ̄ ̄_____ ̄___
ⅠⅡⅢ        ⅠⅡⅢⅠⅡⅢⅠⅡⅢⅠⅡⅢⅠⅡⅢⅠⅡⅢⅠ

『こうやって“対面”するのって、もしかして初めてかな? 私達。いつも一緒なのに不思議だよねー』
 ジャガーノート・ニコ。
 シルエットは、猫に近い。スタイルの良い少女が、黒をベースに白のラインを入れたカラーリング。
 細くしなやかなシルエット、大きな黒猫の耳に、接続プラグを先端に有する尻尾。
 “何”がそのイメージの原型であるのかは――――。

「障害の発生を確認」
 それを踏まえた上で、壱子は淡々と、刀を引き抜きながら告げた。
 自らの別人格を、改造されて尚――――。
 壱子は、至って冷静だった。
 動揺も、困惑もない。“剥がされた”時は流石に焦りはしたが、それは致命傷を与えられる可能性があったからだ。
 敵の策略が、“同士討ち”であるというのならば。
 それは、何の意味もない、なぜなら。

「なるほど。こういうこともあるでしょう」
 相手が誰であっても、壱子の対応は“変わらない”からだ。

「躊躇って喜ぶあなたではないですし、躊躇う私でもありません。互いにそれを知っています」
『んー、まぁそうだよね。私だからって加減してくれる壱子ちゃんじゃあないよね』
      アナタ
「はい、私は 私 を信じています」
 一つの体を共有し。
 目的の為ならば手段を選ばず。
 確実に実行し、成果を得るための役割分担。

「目的の為なら、私がこうすることを、納得するはずだと」
 ジャガーノート・ニコの尾が動く。
 キィン、と耳鳴りがした。精神感応が始まった。
 だけど、壱子には通じない。

 ニコは最初から壱子にとって“かけがえのない存在”であり。
 その“かけがえのない存在”ですら、殺せるからこその壱子なのだ。
 カイナ
  刀 を振り抜く。容赦無く、躊躇なく、首を狙う。確実に落とす。
 必殺の軌跡で放たれた一閃がニコに届く――――



「「ちょっと待った」」





 ――――はずだった。

『――――あれぇ?』
 逃れ得ない攻撃だったはずのそれが、何故か止まった。
 代わりに。
 刀を鞘に収め直し、右手の親指を立てる。
 己の首にあてがって……真横に一閃。それは、喉笛を掻き切ってやる、という挑発のポーズにほかならない。

 首を、切る。
 首に、触れる。
 それは――――人格の入れ替えを意味する。

「――――別にさぁ」
 ほんの一瞬、顔を伏せて、次にあげた時には、もうそこに“壱子”は居なかった。

「そいつの記憶ぐらいくれてやってもよかったのだけど」
 壱子ではありえない。
 にこですら浮かべない。

「――――調子こき過ぎたわね、クソガキ」
 獰猛な笑みがそこあった。

 ◇

『――――誰?』
 ジャガーノートと化したとはいえ。
 認識を書き換えられているとはいえ。
 オブリビオンのしもべとなったとはいえ。
 ジャガーノート・ニコのベースは、『富波・にこ』だ。
 記憶を有しているし、人格の土台も、にこのモノを使用している。

 だから。
 その体から出てきた“誰か”の事を、全く知らなかったというその事実が、ニコを先走らせた。

『マインドハック――――――』
 尾が凄まじい速度で伸びる。
 避けようともしない“誰か”の皮膚に、先端が突き刺さると、即座に精神干渉が始まった。
 直に接続されたプラグが、神経を通じて、認識を改変し、常識を改竄し、記憶を改悪する。
 常人の脳なら、焼き切れてしまうほどの情報が、一気に流れ込み――――。

「…………はァ――――――」
 心底つまらなそうに。
 “誰か”は、大きなため息を吐いた。

『!?』
「はい、はい、はい、この程度ね。あー……少し期待してみたけど、駄目だわ、全然駄目、何の役にも立ちゃしない」
『は? 何で――――効かないの!?』
「アハッ」
 動揺するニコを見て。
 退屈そうにしていた“誰か”は、表情を変えて嗤う。

「アンタの付け焼き刃の精神干渉なんかがさぁ! 本家本元のワタシに敵うわけないでしょ! それが“どっから”来た能力なのか考えたことあるわけェ?」
『ガ――――――ぅ!?』
 不味い、と思考した時には、もう遅い。
 自ら繋いでしまったプラグは、こちらが相手の精神に干渉できるように、相手もまた、こちらに干渉できることを意味する。
 抜かなくては、という思考に至ることは、出来なかった。

「遅い遅い遅い遅い、処理が遅い思考が遅い反応が遅い。ほらほらわかる? どんどん“アンタ”が壊れていくのが」
『グッ、ガッ、ゴッ、ギ――――――』
 もうsこuはmaまならzうにたda十りnさrrrrrrrrrrrrrrrrrrr

「ポンコツ家電製品が随分調子に乗っちゃったわねぇ、少しお仕置きしてあげましょうか」
 笑っている笑っている嗤っている嗤っているわらってわらってwrattわらrrrrrr

「精神をバラバラに刻んでからじぃーっくりとくっつけてあげる。知ってる? 心って溶接出来るのよ」
 痛い痛い頭が痛い割れる痛いってなんだっけ何をしてるんだっけ誰が何なんだっけ私は私は私は私は

「炙って、溶かして、ドロドロにして押し付けるの。だ・か・ら、馬鹿みたいに痛いけど――――――安心しなさいな」
 いちいちいちいちいちいちいちいちにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこ

「壊れても砕けても千切れても溶けても潰れても斬れても弾けても抉られても貫かれても歪めても曲がっても刻まれても刻まれても、ちゃぁーんと元に戻してア・ゲ・ル」

 ◇

 ノイズとテクスチャの塊が、空中に溶けて消えていく。
 中身を吸い出されたら、外殻を保てないのは道理だ。
 ジャガーノート・ニコだった何かがあった痕跡は、あっという間に消滅してしまった。

「あー、やりすぎちゃったかしら? でもさぁ、安易に雑魚に寄生されてんじゃあないって話よね」
 散々精神を陵辱し尽くして、“終わらせた”上で吸い上げた『にこ』の精神を、“バックアップ”から修復しながら、“ミコ”は呆れた様に呟いた。

「こりゃ、私の事どころか、加工されて敵になったことすら覚えてないかも……いや、ソッチのほうがいいのか。気に病まれても困るし……あぁ、そうそう」
 ふと、思い出したように手を叩いて、ぺ、と口から何かを吐き捨てる。

「まっずい。ゲロ味のジェリービーンズだって味がある分まだマシだわ。中身も外面もくだらねーんだからせめて面白みぐらい用意しなさいっての」
 小さな破片だ。リノリウムの床に落ちると、バチバチと火花が弾けて、ボム、と爆発音を立てて、“中身”が飛び出した。

(だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――)
 “それ”の感情を、一言で表すなら“怒り”だ。
 思い通りにならなかった怒り。好き勝手に出来なかった怒り。
 望み通りにならなかった怒り。身勝手に出来なかった怒り。

(うぎゃあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!)
 赤子の癇癪――そのものだった。

「うるせーわね、教育ってもんを受けてないのかしら? あー、どうしようかしら、ワタシが処理してやってもいいケド、どっちがいい? ねぇ」
 首のチョーカーを軽くなぞりながら、ミコは小さく舌を出して、唇を舐めた。
 それは、“どうやって遊ぶか、それとも帰るか”ということを考えている段階なのだった――つまり。

(ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!)
 “ミコ”にとって。
 目の前の存在など、取るに足らないモノであり、障害にならないということを、当然のように理解しているのだ。

ⅠⅡⅢⅠⅡⅢⅠⅡⅢⅠⅡⅢ         ⅠⅡⅢⅠⅡⅢⅠⅡⅢ

 【Next Enemy】
          ▽ “ラプラスの魔” ▽

 同一人物の別人格同士を殺し合わせる“見世物”が見れなくて、
 邪神の幼体はひどくご立腹だ。

 相手が誰であろうと、どんな人格であろうと関係なく、
 全力を持って潰そうとしてくるだろう。

ⅠⅡⅢ        ⅠⅡⅢⅠⅡⅢⅠⅡⅢⅠⅡⅢⅠⅡⅢⅠⅡⅢⅠ

大成功 🔵​🔵​🔵​

夕凪・悠那

どこかで見てるんだろ
笑っていられるのも今のうちだよ"しもん様"
お前、ボクが大っ嫌いなタイプだ

『仮想具現化』
大鉈と散弾銃の"悪魔狩り"を前衛
自身は攻性プログラムを投射
僅かにスタンする程度で十分
前衛の攻撃の起点に
ボクを狙う?
下駄箱って丁度いい死角になるよね(罠使い)

頭を直接クラックしてくれたお返し
お土産だ(UC)

鳩村さんが噂を本気にしてなくてよかった
奪われた記憶が少なければUCを注ぎ込まれた領域も少ないはず
取り除ける可能性はある
[ハッキング]でサポートして【崩則感染】
…ボクは、ボクが作ったウイルスを信じてる

そして賭けにはなるけど"ウィルズ"の彼らの力も借りたい
沈黙した今なら内から干渉できないかな



ⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣ         ⅨⅣⅨⅨⅣⅨ
― ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄______―――――____ ̄ ̄ ̄――
――夕■・■ ̄ ̄ ̄ ̄______―――――____ ̄ ̄
 ̄ ̄___ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄_____――― ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄___
______―――━━――― ̄ ̄ ̄ ̄ ̄_____ ̄___
ⅨⅥⅨ        ⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥ

『ニャハハハハハハハハハハハハハ!』
 飛び回り、跳ね回るジャガーノート・ウィルズから距離を取りながら、■那はプログラムを具現化する。
 ユーベルコードで生み出された“悪魔狩り”達が前線を止めている間に――――。

(近づいて、直接クラックする――――)
 物理的に破壊すれば、母体がどうなるかわからない。
 まず動きを止めること、次いで、体に触れて接続をすること。
 どこでもいい、一箇所にでも触れられれば――――。

『ニヒッ』
 ボン、ボン、ボン、と。
 相次いで、爆発音がした。振り返らなくてもわかる。“悪魔狩り”達がやられた音だ。
 壁がなくなれば、背中を見せて逃げる、インドア派の少女が、獣の足に適うわけがない。

「ちっ」
 ■那が咄嗟に下駄箱の反対側に回り込む。その一瞬後に、ジャガーノート・ウィルズの影が追随した。

『ニャハアアアアアアアアアアアアアアアアア!』
 目が合った。補足された。もう逃げ場はない――――。

「と、思うじゃん」
 たん、と空中を指でタップする。彼女にだけしか見えないディスプレイが、プログラムの実行を起動した。
 潜ませておいた“悪魔狩り”が、下駄箱を思い切り蹴り飛ばした。平たい質量の塊が、ジャガーノート・ウィルズ目掛けて倒れ込む。

『ニッ!?』
 不意打ちに驚いたジャガーノート・ウィルズの、一瞬の隙を見逃さない。

「クラック――――」
 ウィルを飛ばす。爪が掠れば、相手の体内にプログラムを回すことが出来る。
 ――――はずだった。

『ニィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!』
 しゅば、と音がして、何かが飛んできた。
 腕だ。黒い、ノイズ混じりの腕。

「は…………っ!?」
 流石に、驚きの声を止められなかった。
 想像など出来るものか――――あろうことか、肘から先が射出されて、伸びてきたのだった。
 有線のロケットパンチ、といえばいいだろうか、ただし、それは破壊を目的とはしていない。

『ニヒヒヒ』
 爪の先端に構築されたプラグが、■那の体に触れて、食い込んだ。
 一瞬にも満たない、僅かな接触で事足りる。神経と血管を通じて、即座に脳へとアクセスする。


 ばちん、と火花が弾ける音がして、■那の身体が崩れ落ちた。


 生体脳に感染し、宿主を支配するプログラム。
 名付けるならば“ウィルズ・ウィルス”というところか。
 ――――接続を狙っていたのは、向こうも同じ。
 どちらが先に、体に触れるか。
 そういう勝負だと、ジャガーノート・ウィルズは、理解していた。
 理解していたから、適切に実行した。

『ニヒッ』
 ウィルスはあっという間に全身をめぐり、髪の毛一本までを支配下に置く。
 もはや■那は■那にあらず、新たなる“しもん様”のしもべとして――――。

『――――ガッ!?』
 そうやって、勝利を確信した時。
 ジャガーノート・ウィルズの身体が、乱れたテクスチャに包まれ、分解され始めた。

『二ギッ! ニャ、ニャニ、ニャンデ――――――』
「キャラ付けが、適当だよね、本当――――突貫工事で作るからそうなるんだよ」
 そして。
 ダルそうに、しかし事も無げに。
 ■那は、ゆっくりと立ち上がった。

 ◇

「ネタバレ必要? ……君さ、最初から間違ってるよ。材料にウィルを使った時点で、もう負けてる」
 ウィルは■那が使役する電子精霊だ。
 どうやって構成されているか、どうやって作用するか、何が出来て何が出来ないのか、全てわかっている。
 例えどんな形にされようと、ベースがウィルである以上、■那は作ることが出来る。

 ウィルスに対する“抗体”を。
 ウィルズに対する“免疫”を。

 最初から仕込んでおけばいい、脳に、身体に、全身に。
 こちらから接続すれば、勝てる自信はあったし。
 向こうから接続してきたところで、それはそれで別に良かった。
 どっちでもよかったのだ。もう、戦う前から勝利は決まっていたのだ。

 ジャガーノート・ウィルズが■那に勝ちたかったのならば。
 純粋なる暴力で、殺傷するしか無かったのだ。

『ニャッたら、直接――――――』
 爪を立て、直に■那を斬り刻もうとするウィルズ。
 こうなったら、もう『便利に利用する』という段階は通り過ぎた。
 殺さなければ――という判断をするには、もう全てが遅すぎる。
 その選択肢は、一番最初、戦いが始まる前にしか選べなかった。

「それも無理」
 ぱちん、と指を弾く。それが合図。

『ニャガ――――――ッ!?』
 ノイズに塗れた、ジャガーノート・ウィルズの全身が、引きつったように伸びた。
 電気ショックを受けても、こうは仰け反るまい、という勢いで。

「ボクに接続した時点で、“感染”してるから」
 ■那に接続する、ということは、向こうもこちらに接続している、ということだ。
 未知のユーベルコードにすら、対応策をその場で作り上げられる電脳の魔術師に対して。
 原材料のわかりきっているウィルズに対応するプログラムを仕込むなど、呼吸の合間に済ませることが出来る。

「キミの敗因はね」
 強者として。
 勝者として。

 ジャガーノート
  圧倒的力を見下しながら。

「人間、舐めすぎ」
 宣言した。

 ◇

 ジャガーノート・ウィルズの姿が、人の姿に戻るとほぼ同時。
 少女の身体が末端から、ノイズとテクスチャの塵になって、分解が始まった。

「…………さて」
 鳩村・かりんは、“しもん様”の事を、大して信じていなかった。
 せいぜい、『本当だったら面白いな』ぐらいの物だろう。物は試し、で試してみたわけだ。
 だからこそ、“しもん様”は、彼女を“ジャガーノート”へと加工するのに、手近な材料としてウィルを使った。

「つまり……捧げた記憶は、大したことない。改造された領域も」
 頭部に触れて、意識を集中させる。
 一度接続されたことで、相手の構造はだいたい、理解できている。
 余計な部分を見つけ出し、邪魔な部分を削ぎ落とし、ありえない物を暴き出す。

『ニィ』
『なぁぅ』
『にゃぁ』
「皆、力を借りるよ」
 ウィルズに組み込まれた“ウィル”達――いわば、“しもん様”と接続状態になっていた彼らは、有益なデータをいくつも抱えている。
 、、
 悠那が身体に仕込んでいたのが、“ウィル”に対するワクチンだとすれば、彼らは“しもん様”の能力に対するワクチンだ。

  コードブレイカー
「《崩則感染》…………今」
 それを手にした彼女にとって、対ユーベルコード用ウィルスを作り出すのは、あまりに容易い。

(ぶぅううううううううううううううううううううううううううう……)
 もちろん、代償は存在する。
 わずかとは言え、記憶を奪い、その領域に住み着いていた神が、姿を現す。

 楽しいことが出来ると思ったのに。
 面白くなると思っていたのに。
 全てを台無しにされた怒りで、不機嫌極まりない、邪神の幼体が。

(だぁぁぁぁぁぁあああああああああああああ!!!)
 “しもん様”、UDC登録名――ラプラスの魔。
 歯車の子宮に包まれた、悍ましい赤子。

「……不機嫌なのはこっちも同じなんだけど」
 かりんの分解が、止まった事を見届けて。
 悠那は立ち上がりながら、ラプラスの魔を睨みつけた。

「お前、ボクが大っ嫌いなタイプだ」
 削除してやるよ。
 黒猫の軍勢を従えしウィザードと、邪神の幼体が、対峙する。

ⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣ   ⅨⅣⅨⅣⅨⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥ

 【Next Enemy】
            ▽ ラプラスの魔 ▽

 目論見を台無しにされて、“しもん様”ことラプラスの魔は、大層不機嫌だ。

 目の前の少女の尊厳を踏みにじって、ぐちゃぐちゃにして、しもべにしてやろうと考えている。

ⅨⅥⅨ        ⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅨⅥⅨⅥⅨⅥ

大成功 🔵​🔵​🔵​

アヴァロマリア・イーシュヴァリエ

本当に、それでいいの?
貴方が忘れちゃったもの、そのお願いより大事なことじゃないの?
失くして、ずっと思い出せないままなんてマリアは嫌。貴方だって、そうじゃないの!?

ユーベルコードで、本当の気持ちを聞いてみるね。
記憶は盗られちゃってても、マリアみたいに心の中にはまだ残ってるかもしれないから、心に嘘をついたら、ちゃんとわかるよ。
痛くて辛そうなら、手を繋いでてあげる。暴れてもオーラで守って、離さない。マリアがそばにいるよ。

きっと凄く痛いけど……大切な思い出が消えていくのは、もっと痛くて苦しいはずだから……ごめんね、我慢して、マリアも一緒に我慢するから、頑張って……!



ⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣ         ⅨⅣⅨⅨⅣⅨ
― ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄______―――――____ ̄ ̄ ̄――
―― ̄ ■ロ  _リア__――――■エ―____ ̄ ̄
 ̄ ̄___ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄_____――― ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄___
______―――━━――― ̄ ̄ ̄ ̄ ̄_____ ̄___
ⅨⅥⅨ        ⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥ

『ニィィィゲェェェルゥゥゥゥナァァァァァァァァァァ!』
 暴力。
 その一点で言えば、■■■がジャガーノート・モノクロームに勝てる道理はなかった。
 振るわれた腕は、金属製の扉を容易に叩き割り、砕く。

「…………っ!」
 背中を向けて逃げる、幼い少女の心中には、拭えない恐怖が、否応にでも湧いてくる。

『グアアアアアアアアアア!』
「きゃっ」
 床を思い切り叩かれて、校舎全体が大きく揺れた。
 ふらつき、足がもつれた瞬間を、モノクロームは見逃さない。

『死ね――――――!』
 細い身体に、豪腕がめり込んだ。身体が折れ曲がって、天井に、ガラスに、床に、全身を叩きつけられて、転がった。

「けふ…………っ」
 肺から強制的に空気を絞り出されて、臓腑が引きつり、壊れそうな痛みが襲ってくる。
 内臓が混ぜられたような感覚があるが、潰れていない、と“経験則”で判断し、■■■は起き上がろうとした。

『しぶといなぁ、猟兵…………』
 けど、それよりも、モノクロームのほうが早い。
 頭を巨大な指に掴まれて、無造作に引きずり起こされて、持ち上げられた。
 華奢な体の体重が、全て頭と、首にかかる。背骨が折れて、砕けそうだ。

「………………っ」
 涙が滲み、体が震える。その様を見て、ジャガーノート・モノクロームは歪んだ笑みを浮かべた。
 闘争本能というものを植え付けられた元人間は、他者を痛めつけ、思い通りにする快楽を覚えてしまったのだった。
 殺そうと思えば、頭を砕ける。だけど、もっと痛めつけたい、苦痛を与えたい、泣きわめき、懇願する様を見たい。
 弱いものを圧倒的な力で支配したい――理性を剥ぎ取られたジャガーノートが、その欲求に抗うのは、難しい。

『命乞いをしろよ』
 少しずつ、万力のような力を込めながら、モノクロームは■■■に言う。

『生意気な口を聞いてごめんなさい、って謝ってみろよ、なぁ、痛いだろ、人の気も知らねえで好き勝手いいやがって――――』
「………………本当に、」
 ぼろぼろと。
 少女の瞳から、涙がこぼれた。
 それは、痛みから生じたものだと、モノクロームは思った。
 けれど。

「……それでいいの?」
 ■■■の瞳は。
 光を、全く失っていないのだった。

 ◇

 立ち向かう事も、傷つく事も、怖くはない。
 痛いから、泣いているんじゃない。
 痛みでは、小さな少女は、屈しない。

 ただ、こうまで心を歪められてしまった、彼のことが悲しくて。
 、、、、、、、
 助けられないかも知れない事が、怖いのだ。

『――――――あ…………?』
 モノクロームの中では、きっと、■■■が命乞いをする姿が、浮かんでいたに違いない。
 だからこそ、問いかけは想定外だった。もう言葉をかわす、言う段階にあるなどと、思っていなかた。

「貴方が忘れちゃったもの、そのお願いより大事なことじゃないの?」
 命を握られても。
 どれだけ身体が傷ついても。
 その言葉に揺らぎはなかった。

「失くして、ずっと思い出せないままなんて、■■■は嫌。貴方だって、そうじゃないの!?」
『テメェ――――もういい殺してやる! 俺は! 俺はなァ!! アイツらが俺を裏切っ――――がああああああああああ!』
 怒りのまま、小さ穴頭を潰そうとしたジャガーノート・モノクロームが、不意にのけぞった。

『が、胸が――――ぐ、テメェ、何を、した――――――』
 力が緩んだ隙に……いや、ただ、落ちただけだ。
 床にべたんと身体をぶつけて、それでもよろよろと起き上がった■■■は。

「心に、嘘をついたら……わかるよ。痛いんだよ」
 慈悲と慈愛の感情を持って、変じてしまった化け物の手をそっと両手で包み込んだ。

「っと凄く痛いけど……大切な思い出が消えていくのは、もっと痛くて苦しいはずだから」
 どうか。
 どうか、アナタが救われますように。

 祈りは形となって生じる。
 偽りの感情、奪われた記憶、造られた怒り、失った悲しみ。
 苦しみ、悶えるということは。
 彼が吐いて捨てた言葉のすべてが、本当じゃなかったということだから。

 だから、痛みを受け入れよう。
 心に寄り添おう。
 それが……小さな聖者の、戦い方。

 ◇

 ボランティア部は、先輩と、俺と、林原の三人で活動を始めた部活だった。
 何のことはない、俺も林原も、先輩のことが好きで、彼女の側に居たかっただけだ。
 そんな理由で出来たクラブだったものだから、先輩が卒業して、しかも大学であっさり彼氏を作った、なんてのろけ話を聞かされた時点で、もうこんな事する理由はなくなっていたのだ。

 林原が辞めようとしたのは、当然のことだ。
 だけど、なんだかんだで思い出があるクラブは、俺にとって居心地のいい場所だったから。
 それが、大きな裏切りに思えたのだ。

 こんな感情を抱えたまま、一人でいるぐらいなら、新しい場所を、自分で作りたかった。
 それなら、林原の記憶なんて、忘れたほうがマシだ。
 “しもん様”が記憶と引き換えに、願いを叶えてくれるのなら、一石二鳥じゃないか。
 だから、俺は――――――。

 ◇

「ごめん、俺、ただ、寂しかっただけなんだよ」
「全部なくなっちゃって、裏切られた気がして」
「嫌いになりたかったわけじゃないんだ」
「大事だったから…………」
「だから…………ごめんな、ごめん」
「キミにも、ごめん、ひどいこと、したな」
「…………思い出せて、良かった」
「……ありがとな」
「………………」
 身体が、ノイズにまみれて、消えていくのを、マリアはただ静かに見送った。
 思い出せてよかった、と、言葉を重ねることは出来なかった。
 助けられたのかと、救えたのかと、自問自答をするのは、後だ。

(きゃははははははははははははははは! あーっははははははははは!)
 嗤う、嗤う、楽しそうに嗤う。
 嘲る、嘲る、楽しそうに嘲る。

 最高の見世物を見せてくれた、と嬉しそうに手をたたきながら。

 “しもん様”は、降臨した。

「…………どうして、そんな事ができるの?」
 問いかけに。

(うふふふ……だぁー、ぶぅっ!)
 それはもちろん、楽しいからだと。
 言葉なき言葉で告げて。

 “もっと楽しませろ”と言わんばかりに、邪神は、少女に手を伸ばした。

ⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣ   ⅨⅣⅨⅣⅨⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥ

 【Next Enemy】
            ▽ ラプラスの魔 ▽

 『見世物』が楽しかったのか、ラプラスの魔は大層上機嫌だ。

 最大限の悪意を持って、今度はキミの心を折ろうとするだろう。
 強き精神を持つ聖者が、へし折れて泣きわめく叫びを、彼は誰より見たがっている。

ⅨⅥⅨ        ⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅨⅥⅨⅥⅨⅥ

成功 🔵​🔵​🔴​

ウィリアム・ウォルコット

ジャガーノーツと交戦
これだけの数がもういるとはね
向こうでやってるのは彼らの戦いだ
それに乱入しようとするのは、悪だよね?

影みたいなやつの相手は初めてかな?
けれど、この先にいる奴には借りがあるんだ
ここで足止めされるわけにはいかない
一体ずつ数を減らすのを念頭に【M.J.R】で攻撃
攻撃時に有効だった部位は覚えて、次の個体の相手に活用
同族化装置が出てきたら【レーザー射撃】ですぐに撃ちぬく
戦力(被害者)を増やすわけにはいかないからね

分かってるんだ、寄生させてから射抜いた方が楽なのは
それが奴らのセイギなのは
でも、今日はお兄さんの為のセイギで戦いに来たわけじゃないからね
彼らも上手くやってるといいのだけれど



ⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣ         ⅨⅣⅨ

 ▽ ウィリアム・ウォルコット ▽
            ――――“sacrifice for justice”

ⅨⅥⅨ        ⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨ

 “しもん様”ことラプラスの魔にとって、配置した“ジャガーノート”達がほぼ壊滅状態に陥ったこの状況は、想定外だった。
 猟兵は各々の手段でもって、学生達を救い――あるいは殺し、着々とその牙をラプラスの魔に突き立てようとしている。

(だぁぁぁぁ、ぶぅううう)
 だから、戦力を補填しよう、というのは、至極当然の考えだった。
 学園の中で、少しでも“しもん様”に興味を抱いた者達にも、ラプラスの魔の種は潜んでいる。

(きゃははははっ)
 記憶を奪ったわけではないので、特異な能力を持たず、特別強いわけでもないが。
 ────数がいる。

 母体の性質に縛られず、画一的な暴力を与えられた者達。
 まだ残っていた生徒達が、突如として濃密なノイズとテクスチャに包まれ、変貌は完了する。
 与えられた命令は唯一つ。生きているものを殺し、“猟兵”にとっての障害になること。
 猟兵を殺すことは出来ないだろう、だが反撃で生徒達が死ねば、それは心へのダメージとして積み重なっていく。
 死ぬことを前提に設えられた、彼らの名前を────“ジャガーノーツ”という。

 ◇

「そう来ると思ってたよ」
 発生したジャガーノーツ達が動き出す、まさにその直前。
 バ、ラ、ラ、ラ、ラ、ララララララララララララララ、と。
 細かく刻まれる破裂音が響くと同時に、ジャガーノーツ達の背を、光る弾丸が貫いた。

『────?』『!』『ガッ』『ギ────』
 その初撃で、半数以上のジャガーノーツ達が倒れ、ノイズを纏って、元の生徒の姿に戻っていく。

「向こうでやってるのは彼らの戦いだ、邪魔をしちゃあいけない」
 ふらり、と現れた男の異様さは、ひと目で見て取れた。
 外見────ではない。
 傍らに持つ……いや、もはや“在る”と言ったほうがいいだろう。
 墓碑銘の名を関する、重機関銃が吐き出した弾丸は、寸分の狂いなくジャガーノーツ達を。
 いや、人間をジャガーノーツへと変貌させる、同族化装置を撃ち抜いていた。

「それに乱入しようとするのは、悪だよね?」
 ウィリアム・ウォルコット(ブルータルジャスティス・f01303)がこの場所を訪れたのは、偶然ではない。
 このオブリビオンが悪辣である、ということは、文字通り、骨身にしみるほど知っていた。
 知っていたから、必ずこのタイミングで、動くだろうと確信していた。

「大丈夫、今日はお兄さんの為のセイギで戦いに来たわけじゃないからね」
 誰も残さず。
 たった一つの例外もなく。
 徹底的に、容赦なく。

「全員、助け尽くしてあげるから────安心して倒れるといい」
 キミ達の向こう側にある悪は、お兄さんが撃ち抜いてあげる。
 まだ未完成なジャガーノーツ達に、それを妨害する術はなかった。
 そして。

 ◇

「おかえり」
 現れた“それ”は、もはや赤子と呼ぶにはふさわしくない形相をしていた。
 憤怒、と呼ぶ事ですら生ぬるい。

(だぁぁぁ………………)
 思い通りにならないことの。
 何という、不快さか。

「キミは本体なのかな? それとも分体の一つかな? どっちでもいいけど────────」
 対面するそれは、紛れもなく、悪そのもの。

(ぶううううううううううううううぁああああああああああああああああ!!!)
「ここから先へは行けないし。どこにも行けない。それがお兄さんの、セイギだ」


ⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣ   ⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨ

 【Next Enemy】
            ▽ ラプラスの魔 ▽

 ネームレスの“ジャガーノーツ”達を猟兵にぶつける計画を妨害した“邪魔者”を、
 ラプラスの魔は許すつもりはないらしい。

 徹底的に精神を嬲り尽くし、矜持をへし折り尽くしてから、殺すつもりだ。

ⅨⅥⅨ  ⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅣⅨⅥⅨⅣⅨⅥⅨⅣⅨ

大成功 🔵​🔵​🔵​

鳴宮・匡
【冬と凪】○


――なんで生きてるんだっけ?

どうして俺は銃なんて握って
なんで生きなくちゃいけなくて
何を守りたくてここにいるんだろう

ああ、でも
どれだけの未来を踏み躙って
幾つの命を踏み台にして生きて来たのか
それだけは覚えている

……それだって、何のために殺したのか、わからない
わからないけど――

危険なんて顧みず前に出るやつの背中を見て
強く思うことは
こいつを、死なせたくないってことだ

――よく視ろ
目の前の敵、殺すべきものを
それを誰に教えてもらった?
……わからないけど
でも、すべきことはわかる

お前の夢なんて「どうでもいい」
お前が誰だろうが、何を思っていようが
俺の大切なものの為に、お前を殺すんだ

……恨まないでくれよ


ヴィクティム・ウィンターミュート
【冬と凪】〇

───持ってる奴はいいよな
温かい寝床
安全な家
栄養のある飯
守ってくれる家族
助けてくれる友人
追いかけたい夢
俺にはなーんにも無い
クソが

前に出て殺すだけだ
ただ奪う
ただ殺す
その意志だけが俺を生かす
どんな凶弾が飛ぼうが、真っ直ぐ進んで全てを弾くだけだ
救う気なんてさらさら無い

…俺の後ろにいるこいつも、俺自身も
どうにも腑に落ちない
技術への信頼がある
実績も覚えてる
だが俺がそれまで何をしていたか…思い出せない
俺は誰とも親しくせず、独りで獣のように生きてきた
愛情も友情も夢も希望も存在しない世界に居たはずだ
だというのに、俺は何故か外に居て
こんなゴミみてーな紙切れを持ってる
俺は…何を忘れた?
誰が零れ落ちた?



ⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣ         ⅨⅣⅨⅨⅣⅨ
― ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄______―――――____ ̄ ̄ ̄――
――■宮・■ ̄ ̄ ̄ ̄______―――――____ ̄ ̄
 ̄ ̄___ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄_____■ィム― ̄ ̄ ̄■ート ̄ ̄___
______―――━━――― ̄ ̄ ̄ ̄ ̄_____ ̄___
ⅨⅥⅨ        ⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥ

 気がついた時には、何も持っていなかった。
 その手に、必要なものを握らせてくれた人がいた。
 そうやって積み重ねたはずのものを、全てを失ってしまった。

 ずっと手をつないでいればよかったのに。

 最初は、柔らかくて、色んなものがはいる器だった。
 やがて、どんなものを入れる為の物なのかが定まっていって、形が決まった。
 色んなものを詰めていって、段々、容器としての役割を知っていった。
 だけど、底が抜けてしまって、中にあったはずのものは全てこぼれ落ちてしまって、それからずっと空っぽのまま生きていた。

 やがて、自分が空っぽであることを自覚した抜け殻達は、それでも、不器用に、少しずつ少しずつ、中身を満たそうとした。
 新しく何かを入れようとしても、蓋は閉じきって、入り口はもうねじ曲がっていて、上手には入ってくれない。

 遠くに、光が見える。ぼんやりとしていて、でも確かに存在している光が。
 あの光を、受け入れてみたい。もしそれが適うなら、きっと器の中身は、温かいものに満たされるだろう。
 だけど、入るかはわからない。光が、それを望んでいるかも、わからない。
 光を自分の物にしてしまえば、もう他の誰も、手にすることはできなくなる。

 こんなに醜い、一度壊れてしまったイレモノは。
 果たして、光にふさわしいのだろうか。

 それが、恐らく二人の――――。

 ◇

『俺には! 野球しか無いんだ! 野球しか!』
 吼えるジャガーノート・ジャイアントを、冷めた目で見ながら。
 ■■■■■■は、舌打ちをした。

 嗚呼。
 持ってるやつは良いよな、と思う。
 その価値を理解できないから、簡単に捨てられる。

 眠る時に、寒くて震えたことなど無いのだろう。
 襤褸布のような毛布一枚を奪い合って殺し合ったことなど無いのだろう。
 誰かに見つかって押入れられたらそれで終わるような、家とも呼べない場所で、目覚められることを祈りながら目を閉じたこともないのだろう。
 守ってくれる家族も、助けてくれる友人も居たのだろう。
 才能があって、努力ができて、まっすぐ追いかけるべき夢が――――あったのだろう。

 俺にはなーんにも無い。
 最初から無い。
 可能性の萌芽すらない。
 最初の一行目に“End”とだけ書かれて終わっている。

「クソが」
 通常の視覚では捉えられない速度で、直撃すれば肉が爆ぜるであろう剛速球が飛んできても。
 ■■■■■■には恐怖など微塵も無かった。
 軌道計算はもう終わっている。半歩前に出ればもう当たらない。
 だけど、今の彼を突き動かすのは、そんな計算とは程遠い、単なる衝動だ。

 ――――ただ奪う。
 ――――ただ殺す。
 ――――その意志だけが俺を生かす。

「勝手に捨てたんだろうがよ」
 自分が持っているものの価値も知らずに。
 それがどれだけ尊いものかも知れずに。
 放り捨てた、成れの果て。

『死ねぇぇぇぇ! 死ぃねええええええええええええええ!』
 一球が防がれればもう一球、それも避けられれば更に一球。
 精度は放たれるごとに増していく。距離が近づくにつれて、危険度はより増していく。
 けれど、■■■■■■が足を止めることはない。

「進めよ、■■■■■■」
 タン、と乾いた銃声が背後から聞こえ、体に触れる直前だった球が撃ち抜かれた。
 結果をいちいち確認などしない。腑に落ちなくても、納得行かなくても。
 奴が進めと言った以上は、進む事に何の障害もないということなのだから。

 ◇

 ――――何で生きてるんだっけ?

 心と体は別々に動く、そういう訓練を重ねている。
 だから、飛んでくる球を撃ち落としながら、■■は考える。
 どう考えても、生きている理由が思いつかない。
 こんな所でトリガーを引いて、誰かを守っている理由も思い当たらない。

 死ななければならない理由なら、覚えているのに。
 撃った弾の数だけ、誰かが血を流した。
 誰かが血を流した数だけ、未来が踏みにじられた。
 紛れもなく■■の意思によって行われた、■■が積み重ねた死だ。
 罪を重ねた、命の成れの果てだ。

 ああ、でも。
 怒りを抱いて前に進むこいつを。
 傷つけさせるわけには行かない。

 過去を振り返れない。
 だけど現在がある。
 今俺がしたいこと。
 今俺がすべきこと。
 その答えが目の前にあるのだから。

「進めよ、ヴィクティム」
 撃つ。撃つ。撃つ。撃つ。

 そんな姿になってまで求めた野球で、誰かを殺傷しようとしている。
 その意味すら理解できないほど壊れた、哀れな骸。

『ガ――――――――」
 ■■の射撃が精密性を増していくほど、球が弾かれる速度が上がっていく。
 初球はヴィクティムに触れる直前まで迫っていたはずのそれは、もはや投げた直後に封殺されるまでになった。
 その先にあるのは。

「お前の夢なんて“どうでもいい”んだ、悪いけど」
 どれだけの価値があろうと。
 どれだけの意味があろうと。
 関係なく、ただ私情で。
 俺が死なせたくないこいつのために。
 殺す。

「……恨まないでくれよ」
 指を撃ち抜く。掌を撃ち抜く。手首を撃ち抜く。
 もう二度と、球を投げられない。そしてもう。
 獣は、目の前にいる。

 ◇

 誰とも親しくせず、独りで獣のように生きてきた。
 孤独とは、愛すべき隣人の名前ではなかったのか。
 なのに何故、全てを忘れた俺は、こんなゴミみたいな紙切れを、後生大事に持っているのだ。
 何が零れ落ちた。何を忘れた。

「俺から――――――何を奪いやがった」
『グ、ゥウウウウウウウウウウウウウ! オオオオオオオオオオオオオオオオ!!! 俺は! 俺は! 俺はぁぁぁぁぁ!』
 投げる球もなく、投げる手もなく。
 残った片腕で、バッドを振り上げる。
 
「遅えよ、全部、何もかも――――――――!」
 そして、獣が解き放たれた。
 考えうる限りの、暴力と暴虐の嵐。

 結論から述べるならば。
 “それ”を向けられて、生きていられる者は居なかった。

 ◇

 力尽きて、ノイズとなった米山の肉体が、完全に消える頃には。
 二人の記憶は、もう元に戻っていた。
 お互い、目を合わせて、バツが悪そうに苦笑した。
 それから、もうこの世に存在した痕跡すら伺えないそこに向けて。

「……俺たちは悪党かね?」
「今更だろ」
 罪悪感を抱くほど、綺麗でも清くもない。
 救えなかった、なんて感傷もない。
 ただ命を一つ、確かに奪ったという事実だけを、粛々と受け止めるだけだ。

「――――じゃあ、親玉を狩りにいくかい? チューマ」
「その為に来たんだから、当然だろ。……怒ってないって言ったら、嘘になる」
「そりゃあ同じく――――ああそうそう、お前に言わないといけないことがあったんだ、鳴宮」
「奇遇だな、俺もだよ、ヴィクティム」
 多分、内容は同じだろう。
 だから、“何”とは言わずに、拳を合わせた。

「「ありがとな」」

 ◇

(だぁ、ぶぅ)
 かくして。
 記憶を取り戻した“冬の凪”に対し、次の厄災が襲い来る。

(ばぁぁぁぁ、ぶぅううううううううううううううううううう!)
 最も強力なジャガーノートを差し向けて、傷一つ与えられなかったという事実。
 面白くない。思い通りにならない。つまらない、気に食わない、壊したい。

(――――ィキャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!)
 殺す。
 邪神の幼体は、探すまでもなく、まもなく顕現するだろう。
 凪を、永遠にする為に。

ⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣ   ⅨⅣⅨⅣⅨⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥ

 【Next Enemy】
            ▽ ラプラスの魔 ▽

 二人の前に現れるラプラスの魔は、不機嫌と癇癪の塊だ。
 あらゆる手段で、その尊厳を踏み躙った上で、残酷な死を与えようとするだろう。

ⅨⅥⅨ        ⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅨⅥⅨⅥⅨⅥ

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

零井戸・寂
◯レグルス

(目の前にはジャガーノートと化してしまった少女。
僕と同じ様に弄ばれ
そして"怪物"となってしまったモノ。
助ける義理なんてない。別に僕は正義のヒーローじゃない。今だって無くしたものを取り返すのに手一杯だ)

(けど)

――部の悪い賭けをしたいんだ、ロク。

(お前に誑かされて誰かが死ぬ事は気に食わない。そうなるくらいなら賭けてやる。――懐にしまったあの"宝石"に。)

勝算はある。
信じてくれるかい。

――悪いね。
行こう、先ずは勝つよ。
――Access.

《電子化シーケンス完了》
《ジャガーノート・ジャック 起動完了》

レグルス、ミッションを開始する。オーヴァ。(ザザッ)

※f02381のプレイングに続く


ジャガーノート・ジャック
◯レグルス/f02381より継続

(ザザッ)
レグルス、ミッションを開始する。

(――この身を焼き焦がさんばかりの熱線。
真っ向から立ち向かうのは不利となるだろうが、)

後輩に力負けするほどヤワではない。
熱線:出力150%――発射。
(限界突破×力溜め×狙撃)

(敢えて正面から勝負する。
『圧倒的破壊』もまた一つの自分らしさ。今迄培ってきた僕の力。)

此が
  ジャガーノート
"圧倒的破壊"だ。

(――そして
此なら代償として不足ないだろう)

いるんだろう、来い。

その子を救う代償に
僕の"半分"をくれてやる。

お前との勝負のハンデには丁度良い。

◆代償:
【「ジャガーノート・ジャック」のうち
"ジャガーノート"としての記憶】


ロク・ザイオン
○レグルス

…それ、おれが怒るの知ってて言ってるな。
でもキミが、賭け(ゲーム)に勝つのは、信じる。
…おれもすごく、あいつが嫌いだ。
思惑通りにゆかせるものか。

任せた、相棒。

(構えるは弦の声
ジャックがあの獣を女に戻したなら
靴音も全て調と変えて
「彗告」)

(尊いひとへの憧れは失われた
姉妹の思慕など理解できない
己には骸に縋る過ちにしか見えないけれど)
思い出も好きも嫌いも、お前の全部で『それ』を見ろ
『それ』はほんとに、お前がなくした、欲しかったものか?
お前が見たかったあかりはそこにあるか!
(立ち向かう強さはきっとこの歌の中に残っている)

残りはお前だ
にせもの。
お前は、土に
森の糧に還れ。
(お前には刃が相応しい)



ⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣ         ⅨⅣⅨⅨⅣⅨ
― ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄______―――――____ ̄ ̄ ̄――
―― ̄_レグ■■__―――――____ ̄ ̄
 ̄ ̄___ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄_____――― ̄ ̄ ̄___
______―――━━――― ̄ ̄ ̄ ̄ ̄_____ ̄___
ⅨⅥⅨ        ⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥ

 ――――彼女がレグルスの名を冠したのは、偶然ではないだろう。
 当てつけ、あるいは、こう言いたいのだ。

 『お前達のことを、知っているぞ』、と。

 かつて、どこかの場所で、実際にあった出来事。
 彼らは望まずして、そのあり方を変貌させられた。
 命を賭した戦いを強制され、隣人と殺し合い、最後に残ったのはたった独りだった。

 過程は違えど、結果は同じ。
 願いの成就という甘い蜜に吸い寄せられて、彼女達はその現実を奪われた。
 怪物と、なった。

(助ける義理なんて――――ない)
 、、、、、、
 僕とは違う。
 彼女が望んで、差し出した対価だ。
 僕は正義のヒーローなんかじゃない。
 自分のことで手一杯で、他人にかまっている暇なんて無い。

(けど)
 だから死ねと、言えるのか?
 だからごめんと、言えるのか?
 違うだろう。
 そうじゃないだろう。

「部の悪い賭けをしたいんだ、ロク」
 その問いに、相棒は。

「勝算はある。信じてくれるかい」
 小さくクルル、と喉を鳴らした。

「……それ、おれが怒るの知ってて言ってるな」
 わざわざ口にすべきでないことを言う時は。
 その決意が硬い時だ。
 誰かに言葉にすることで。
 己に貸す、呪いとなる。

「でもキミが、賭けに勝つのは、信じる」
 ならば呪いは二人で背負おう。
 だからこそ隣に立とう。

「おれもすごく、あいつが嫌いだ」
 それ故の、相棒。

「思惑通りにゆかせるものか」
 それ故の、レグルス。

「あっはっは、勝てるかなぁ、お姉ちゃん、大丈夫だよね?」
『グル、グル、グルルルルル――――』
 挑発的に嗤うあかりと、今、まさに解き放たれんとする獣。
 されど、躊躇う必要はない。
 覚悟は決めた。
 あとは、行くだけだ。

「―――本物を、見せてやるよ」
 いつも通りの問いかけ。
 いつも通りの選択肢。

 ――――心の臓を捧げますか?

「――Access.」
 かくして、“破壊”と“破壊”の力が相対する。

『――――レグルス、ミッションを開始する。オーヴァ』
 ザザッ、と電子の砂嵐が舞うのと同時。

『――――グルァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』
 戦いの火蓋が、切って落とされた。

 ◇

「お姉ちゃん、助けてぇ! きゃははははは!」
 あかりの合図に合わせて、ジャガーノート・レグルスがその口を開いた。
 牙の檻が開いた先には、白光が燻り、溢れかえろうとしていた。

『ロク、後ろへ』
 大丈夫か? という返事など返ってこない。
 ジャックがそう言えば、ロクは疑わない。
 お互いの役割は、わかっている――――刃を片手に、ロクが完全にその影に隠れるのと同時。

『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』
 熱線が放たれた。
 射線上にあるものを、問答無用で、等しく溶解させる様はまさしく、星の光にふさわしい熱量を秘めていた。

『確かに凄まじい威力だ――――だが』
 対するジャガーノート・ジャックの回答は。

『――――“後輩”に力負けするほど、ヤワではない」
 正面からの、力比べ。
 砲塔全てを連結し、後先を考えない最大出力。
 直列に繋がれたレーザー・ファンネルが、レグルスの砲に数瞬遅れて、火砲を吐き出した。
 熱線と熱線がぶつかり合う――――現実を書き換え、自己の存在を世界に定着させた、ジャガーノート同士の力は、
 現実の物理的法則を超越して、“どちらの『ルール』が優先されるべきか”を決める為に相殺し合う。

「後輩じゃなくて、後続機なんだけどナ――新型が旧型に勝てると思う?」
 あかりが指を鳴らすと、ジャガーノート・レグルスが放つ熱線の威力が、更に増す。
 これだけのエネルギーを何処から、などと考えるまでもない。
 命を。
 記憶を。
 文字通り消費しながら、あの星は輝いているのだ。
 恒星がやがて燃え尽きるように。
 自らの存在を、燃やしているのだ。

『勝てるとも』
 故に、ジャガーノート・ジャックは吼える。

『勝てるとも――――何故ならば』
 年季が違う。
 場数が違う。

『培ってきたモノが、この身には確かにあるのだから』
 そして何より。
 覚悟が違う。
 テイルユニットを砲塔に接続。
 己の存在を構成する電子を、エネルギーに変換し、供給。
 限界も、スペック差も、旧型も新型も関係ないのだ。

『出力:150%超過』
 そこにあるのは――――意思だけだ。

       Juggernaut
『吼え狂え、《圧倒的破壊》』

 ◇

 ジャガーノート・ジャックの放つ熱線が、豹の形へと変じていく。

『!?』
 ジャガーノート・レグルスは、もう退けない事に気づいていた。
 止めたら、喰われる。獣の本能が、それを確信する。
 だけど、このままでは出力が足りない。
 火種が必要だ。
 燃やすものが。
 もっともっと力に変えなくては。
 何か。
 何かを。

「お姉ちゃん」
 ……失った心を揺るがす、甘い声。

「私を守ってくれるよね?」
 そうだ、私は。
 守らなくちゃいけないんだ。
 何を犠牲にしてでも。

『ゴグァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』
 レグルスもまた、更に出力を上げる。
 ジャガーノート・ジャックと同じ。尾のプラグを自らに刺し、存在を出力へ置換していく。

『守ル…………妹ハ、私ガ、守ル…………!』
「そうだよお姉ちゃん、私を守って!」
『二度ト、亡クサナイ…………!』
「お姉ちゃんが頑張らなかったら、また私は消えちゃうんだよ?」
『嫌ダ…………!』
「嫌だよね? だから……がんばってね?」
『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
 破壊と破壊がぶつかり合う。
 命を削り、魂を燃やし、心を焚べる死線同士が滅びを与え合う。

「あっははははははは! あははははは!」
 その有様を見て。
 “それ”は嗤う。
 少女が、全てを引き換えに求めた“それ”は、面白そうに。

 ――――――ビィィン、と。

 糸を爪弾く、音がした。

 ◇

 尊いひとへの憧れは失われた。
 姉妹の思慕など理解できない。
 死は決して覆らない。
 森でも、人でも、それは変わらない。
 “いのち”は自然の中に還る。
 形を変え、あり方を変え、また出会い、そしてまた消える。
 自らの“いのち”も、その環の中にある事を、ロク・ザイオンは知っている。

 循環から外れた不自然。
 骸に縋る過ちにしか見えないけれど。

 この森の番人は、情を知っている。
 縋ることは過ちでも。
 縋りたくなる“こころ”が在ることもまた、知っている。

「きこえるか、ひかり。この音が」
 なればこそ、爪弾く。
 音を鳴らす。
 悲しい時、苦しい時、辛い時、寂しい時。
 誰もがこの音に耳を傾けた。
 “こころ”を癒やし、吐露したものを受け止めてきた。
 人から人へ紡がれていった。

「思い出も好きも嫌いも、お前の全部で“それ”を見ろ」
 大切なものは、“かたち”だけか。
 目に見えれば、それはただしいのか。

「“それ”はほんとに、お前がなくした、欲しかったものか?」
 音が鳴る。響く。重なる。連なる。
 その願いを抱いたのは、慰めてほしかったのではないだろう。
 “こころ”から望んだのは、きっと、失われたもの、そのものが還ってくることだろう。
 己の“こころ”を守るためではないのだ、だったら、存在全てを明け渡すことなどない。

「見るべきものを、その目で見ろ!」
 だからこそ、“それ”を守るために在ることは。
 “こころ”に対する、何よりの侮辱だ。
 願いを、想いを、気持ちを、望みを。
 自然を、輪廻を、世界を、いのちを。
 踏み躙りつばを吐く、何より残酷な暴虐だ。

「お前が見たかったあかりはそこにあるか!」
 音が鳴る。響く。重なる。連なる。
 “こころ”を揺さぶる、“いのち”の音が。

 ◇

 認めたくなかった。
 受け入れたら、その運命が確定してしまう気がして。
 間に合うはずのない『まだ』を求めて。
 あるはずのない『奇跡』を望んだ。

『あ、ああああ――――――』
 本当はわかってた、わかってたんだ。
 死んじゃったら、終わりなんだと。
 わかっていたから……拒みたかった。

『ごめんなさい――――』
 ごめんなさい、私の誰より大切な妹。

『ごめんなさい――――』
 間違えちゃって、ごめんなさい。

『ごめんなさい――――』
 お別れを言えなくて、ごめんなさい。

『ごめんなさい――――ッ!』
 弱いお姉ちゃんで、ごめんなさい。

 ◇

 破壊に飲み込まれた跡に、獅子はもう居なかった。
 少女が一人倒れて、体を構成するノイズが、今まさに、消えてゆこうとしていくところだった。

「あーあ」
 その姿を見て。
 つまらなそうに――退屈そうに。

「お姉ちゃん、てんで役に立たないの」
 飽きた玩具をみるように、あかりは姉と読んだものを見下ろして、足蹴にした。

「あ、おにいちゃ」
 そして、レグルスに対して顔を向けた時には。
 もうその首が、飛んでいた。

「もう喋るな。にせもの」
 底冷えした声とともに放たれた怒りの一閃は。
 音より、声より、速かった。

「森の糧に、還れ」
 ゴロリ、と首が廊下に落ちて、弾んで、もう一度床に触れる頃には、ノイズとテクスチャになって、消えた。

「――――ジャック」
 終わったものには目もくれず。

『ああ。―――感謝する、ロク』
「礼はいい」
 やるんだろう、と、見咎めるような視線を向けて。
 肩をすくめる仕草をしてから、ジャガーノート・ジャックは、消えゆくひかりの傍らに膝をついた。

『これは当機の身勝手だ』
 捧げた代償も。
 迎える結末も。
 それが、本人が受け入れる定めだとしても。

『その結末を――否定する』
 だから、願おう。
 代償を求めるのであれば、支払おう。

 ――――ジャガーノート・ジャックは。
 ジャガーノートを、失った。

 ◇

 ひかりの身体からノイズが失せて、存在が安定した直後だった。
 首が無くなったあかりの死体が、ゆっくりと身を起こした。
 それに、驚くジャックでも、ロクでもなかった。
 薄々は理解していたからだ……そこに“居る”のだろうと。

(きゃははははははは!)
 ぐにゃりと境界が歪んで、人のシルエットが、円の形状を成していく。
 歯車の子宮に包まれた、おぞましき赤子。
 “ラプラスの魔”――――その本体。
 あの日、あの時見た姿より、ひとまわりも、ふたまわりも、大きくなっていた。
 ……“生まれ落ちる”のが、近い。

 学園にはびこる全ての「自分自身」と接続し、“それ”は楽しそうに嗤った。

(きゃはははは! きひひひっ! ヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!)
「なにがたのしい?」
 片手に剣鉈をゆらりと持ったまま、ロクは目を細めた。

「きみは、たのしいのか?」
(くふふふふ、ふぃ、ひひひひっ!)
 返答は、変わらずの笑み。
 ――――違和感を持ったのは、ジャックだった。

 おかしい。

 “ラプラスの魔”が好むものは、悲劇だ。
 この学校で起こった出来事を見ればわかる。

 すれ違う人の心を。
 壊れゆく生活を。
 崩れゆく尊厳を。
 あったはずの日常を。
 自ら望み、自ら壊し、自ら溺れるその悲劇を喰って、この異形は育ってきたはずだ。

 けれど今。
 獅子沢・ひかりは自らの意思で、その間違いを受け入れて。
 妹の偽物は切り捨てられ、救命に成功した直後だ。

 、、、、
 本来なら不快を示すはずなのに。

(あはっ! ひひ、ひひひひ…………)
 ラプラスの魔が、羊水の中で手を動かした。
 歯車の一部が破れて、中身がどくどくとこぼれだす。
 大気に触れたそれは、ノイズとテクスチャの塊となって、何かの形を作り出した。

 ――――本来なら、ジャックの考える通り。
 “ジャガーノート”としての記憶を捧げる、という代償を踏まえて尚。
 ラプラスの魔は、不機嫌だったはずだ。不快だったはずだ。
 悲劇が悲劇で終わらなかった事が、何より気に食わなかったはずだ。

 だけど、いいのだ。
 全て、ゆるそう。
 だって。

 何より楽しい“玩具”は。

 もう、この手の中にある。

『――――…………』
 最初に気づいたのは、ジャックだった。
 いや――――零井戸・寂だった。

『――――お前』
 ……見覚えのある外見だった。
 ジャガーノート・シリーズに共通する、心象をモチーフにした、機械細工の様な造形。

『――――お前』
 ……見覚えのある色彩だった。
 心を守るように頭部を覆う、鮮烈の赤。

『――――お前ぇええええええええええええええええええええええええ!』
(きゃはははははははははは――――――――!)
 完成したのは、まるで少女のヒトガタだった。
 特徴的な赤い頭巾の頂点には、ぴょこんと三角形の耳が生えて。
 顔は、黒いノイズに包まれて見えず。
 華奢な矮躯は、戦えるかどうかもわからない。

 それでも。

(いひひひひひひ、ひひひひひひひひ――――――)
 ラプラスの魔には、十分だった。

『――――やっと会えたね、フルイドさん!』
 その名を呼ぶならば、一つしかない。
 少女が少女であるために捧げた記憶を材料に。
 最大限の悪意で解釈し、産み落とされた“ジャガーノート”。

『――――これで、同じだね?』
 少年を傷つけるためだけに存在を強制された異形。



 ――――“ジャガーノート・メイジー”。



ⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣ   ⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅣⅨⅨⅣⅨ

 【Next Enemy】
    
     ▽ ラプラスの魔&ジャガーノート・メイジー ▽

 孵化しかけた“ラプラスの魔”と、それを守護する赤頭巾の“ジャガーノート”。
 “ラプラスの魔”は生まれたばかりのジャガーノート・メイジーに直接接続し、操る事で、
 経験の乏しさ、出力の低さを補っている。
 また、両者が繋がっている限り、ダメージは全て、ジャガーノート・メイジーへと向かうようだ。

 “ラプラスの魔”は面白がっている。
 “ラプラスの魔”は見たがっている。
 もう一度、大事なものを失う瞬間の、あの顔を。

--------------------------------------------------------------------------------------

 ▽ 第三章 ▽
    【メイジー・ブランシェット】

 東海林・みりあを助けるために、捧げた記憶の代償に、君は“ジャガーノート・メイジー”となった。
 君に与えられた役割は、“ジャガーノート・ジャック”と戦い、死に、心に消えない傷を作ることだ。
 
 本来であれば、抗う余地のない洗脳であるが、君は猟兵であり、改造は急造だった。
 君にもし、強い意思があるのであれば、抗うことも、出来るかも知れないが……。

 ▽ 要約 ▽
 “ジャガーノート・メイジー”の中から、“メイジー・ブランシェット”に出来ると思ったことをプレイングに書いてください。
 もし「戻るのは無理だ」と判断したら、そのように解釈してリプレイが執筆されます。


ⅨⅥⅨ        ⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅥⅨⅨⅥⅨ

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『ラプラスの魔』

POW   :    だぁぶ!
対象の攻撃を軽減する【因果律介入モード】に変身しつつ、【敵のユーベルコードの効果反転】で攻撃する。ただし、解除するまで毎秒寿命を削る。
SPD   :    んま!んま!
【心からの愉悦】を籠めた【因果を蝕む電波】による一撃で、肉体を傷つけずに対象の【大事な記憶】のみを攻撃する。
WIZ   :    きゃっ!きゃっ!
【因果の反転】により、レベルの二乗mまでの視認している対象を、【敵意と親愛を反転させ、同士討ちさせる事】で攻撃する。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠ジャガーノート・ジャックです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 ……こうして、“ラプラスの魔”との決戦が始まった。
 猟兵達が向き合い立ち向かう彼らは、全てが本体にして分体。
 全員が同質の能力を持ち、誰か一体でも逃せば、邪神は“孵化”し、世界を混沌に陥れる“災厄”が生まれ落ちるだろう。

***
 補足:
 必要な情報はボスのユーベルコードと、二章のリプレイを参照してください。
 プレイングをお待ちしております。どんなに長くとも12/12には終了します。
ミーユイ・ロッソカステル
目の前の存在は、無邪気な赤ん坊そのものだった
骸の海から生まれ落ちた邪悪が、生来の素質のままに"無邪気"に振る舞えば――それは、人類悪に他ならない
だから、ここで、終わりなさい

暴虐の宴のアンコール
自身が"魔"と化したショーの続きに相応しい歌は、この調べ

"魔物"はおまえ
そして――私

勇者が魔を討つ歌でなく
ただ魔なる存在を聴衆の心に焼き付けるための歌
それこそが『魔物』の第3番――

"魔物"はおまえ
"魔物"は私

なら――どちらかがどちらかを喰らうだけ

お気に召した? それとも――あぁ、やっぱり
当然ね、「今からお前はより強大な存在に屠られる」なんて内容の歌

けれど、心に焼き付いてしまった
なら――直に、そうなるわ


アヴァロマリア・イーシュヴァリエ

楽しい……?
こんなことが、こんな悲しくて苦しいことが、楽しいの!?
そんなの、許さない。貴方にとってどんなに楽しみでも、マリアは絶対に許さない!

念動力で捕まえて、動けなくなったところを撃ち抜くよ。光の速さには、どんなに強いオブリビオンだって関係ない。
ごめんなさいって言ったってダメ、マリアは怒ってるんだから……!

笹丘くんはもっともっとすっごく痛かったんだから……
すごく痛くて、それでも思い出を取り戻して、ちゃんと笑える、強い人だったんだから!!
もう誰も貴方のおもちゃになんかさせないよ、笹丘くんも、他の人達も、マリアも……思い出を捨てて手に入る力なんて要らないもん……!


富波・壱子
決ーめた
掻き切るようにチョーカーをなぞって人格を戦闘用と交代するわ
相手なんて、してあげない
あんた達が必死こいて戦うところ、見物だけはしといてあげる
精々頑張りなさい。じゃーねー

状況を確認。肉体に損傷無し、前方にオブリビオン、にこの姿は無し、そして彼女に斬りかかってから現在までの記憶の断絶
…なるほど。私がにこを殺し、たった今その記憶を奪われたのでしょう(勘違い)
つまり、戦闘行動に一切の支障無し。任務を続行します

傷ついても、記憶を奪われても、片割れを失っても
私は戦えます。この手が、武器を握っている。それだけで

にこは標的へと辿り着きました。そこから先は私の役割です
UCを発動
決して、逃しません。殺します


セフィリカ・ランブレイ

『セリカ、笑ってるの?随分余裕ね』
いつもの調子のシェル姉

一つになって、見えたんだ。シェル姉の記憶
私、皆に愛されてるんだなって……だから、嬉しいの
知ってたけど、改めて、ね!
だからこそここで倒れられない

満身創痍はそのままでも、先に比べれば。負ける気なんてしない!

【魔神姫】
魔力の光が髪を蒼く彩る様はかの魔神の姿のよう
姫の才と、魔剣の戦歴が合わさった新たなる領域

(『これまでと力の質が違う。混ざった事で本能が魔剣の扱い方を理解した?…それもあるけど。変わったのは私か。守ってやるだけも、終わりね』)

欲しいから奪うんじゃない、奪われた苦しみを見て悦に浸りたいだけの邪悪
私ね、とっくの昔にキレてるんだからね!


ルイス・グリッド


思いも目的も本当の願いも全て奪ったお前を俺は許さない
記憶を捧げれば助けられたのに、助けなかった俺も許されないがな
いくらでも記憶に攻撃するといい、体に刻まれた怒りは消えない
何者になれなくても戦い続けよう

SPDで判定
攻撃は出来るだけ【見切り】で避けるが、当たっても【覚悟】と【気合い】で受ける
全てが大事な記憶、でも、譲れないものがあるのも確かだ
体に刻まれた記憶のままに弄ぶ邪神を倒すだけ
義眼の黄の災い:感電【マヒ攻撃】を【全力魔法】【スナイパー】で当てて動きを止める
銀腕を【武器改造】で剣に変形させ【怪力】【早業】【鎧無視攻撃】【貫通攻撃】を用いながらUCで攻撃、敵を【切断】【串刺し】にする


浅葱・シアラ
◯フェルト(f01031)と

フェルト……シアラはそんなに弱くないよ
必要なら、目の前にいる友華をもう一度だって―――

それでも、貴女が救いたいと願うのなら……
お願い。

【金獄紫焔】、シアラの中に眠る黄金と紫の地獄の炎は目覚める
ジャガノート・フレンズの周りを囲む炎の檻を作り、彼女の自由を奪う!

友華……守ってくれたんだよね
貴女への記憶
フェルトの恋心
しもん様に囚われたデザイナーを目指す少年を

だから、シアラの親友の願いを叶えてあげて
貴女にちゃんと、眠りを与えられなかったシアラの代わりに

だけど、上手くいかない時は、シアラが終わらせる

炎の檻を、ジャガノート・フレンズに向けて、今度こそ綺麗に火葬するから


フェルト・フィルファーデン
◯シアラと

――させないわよ。

シアラ、お願い。わたしに任せて。少しだけ時間を頂戴。

まず即座にUC発動。【先制攻撃x早業】

限界を超えた力でジャガーノートをハッキング。
友華様を構成する部分をデータ化し抜き取りながら友華様に訴えかける!


(正直これは一か八かの賭け。上手くいくかわからない。でも――)

――諦めたくないのよ。
友華様を救い、シアラを護る。もう絶対、シアラにあんな悲しい顔させたりしない!

ねえ、友華様。あなたもそうでしょう?
とっても大切な親友なのでしょう?
だったらお願い、シアラの笑顔を、守ってあげて……!



抜き取れたらそれを電子の蝶に再構成。仮初の体を与えるわ。
後はお願い、友華様。シアラを助けて……



 ◇ Ⅰ. ◇

「あー、ちょっとまってね、今考えるところだから」
 別に現状、どうしたっていいのだ。
 “にこ”は(有様はどうあれ)回収したし、“壱子”なら『問題なく』この局面を突破できるだろう。
 “ミコ”がこのまま瞬殺してやっても、誰が損するわけでもない。
 強いて言うなら“壱子”が楽をできるぐらいか。でも別に、させてやる義理もない。

「決ーめた」
 ビッ、と親指が、首筋をなぞって切った。

「相手なんて、してあげない、あんた達が必死こいて戦うところ、見物だけはしといてあげる」
 “ミコ”は、未だ対峙したまま動かない、ラプラスの魔にそういった。
 対峙したまま、動けないラプラスの魔にそういった。

(ううううううううううううー…………)
 不快と不機嫌を隠さずに、カチカチ、カチカチと音がする。
 本来、赤ん坊には生えているはずのない歯が、噛み合う音だった。

「安心した? アンタにとって最大にして最悪の天敵であるこのワタシが、消えてあげるっていう事実に」
 ニタニタと意地の悪い笑みを浮かべながら、“ミコ”が切り替わる。

「けど残念。アンタもう“終わって”るわよ」

 ◆

「――――――――」
 戦闘用人格であるところの壱子は、無駄な行為をしない。
 敵を前にわざわざ口を開くこともしない、目の前に存在していて、手元に武器がある以上、戦って殺す、それだけだ。

 だから、ふと気づいた瞬間、目の前にラプラスの魔が存在しており、ジャガーノート・ニコに姿が消えていた時点で、こう判断した。

 ――――にこは死んだ。
 ――――おそらく私が殺したのだろう。斬りかかったところまでは覚えている。 
 ――――それから、この瞬間までが、継続していない、断絶がある。
 ――――その記憶は、ラプラスの魔に食われたのだ。
 ――――問題ない。
 ――――何一つ問題ない。
 ――――戦闘行動に一切の支障無し。
 ――――任務を続行します。

 身体の動きとは全く別の所で、思考は一瞬にも満たない速度で行われる。
 故に目視した時点で、もう攻撃は開始しており――――。

(クァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!)
 ラプラスの魔が吼えた。
 頭の中に、ザリとノイズが走る。

 突如として湧いてくるのは、目の前の赤子の形をした異形に対する、違和感だ。
 それは対象の認識を書き換え、敵意と親愛を反転させるユーベルコードだった。
 ただし。

(問題なく)
 “それ”は、壱子にはわからない感情だった。
 だから、近づきざまに斬り刻んだ。

(攻撃を)
 “それ”は、生じ得ない感情でもあった。
 だから、重ねて頭部に向けて弾が切れるまでトリガーを引いた。

(続行できます)
 親愛、だとか。
 好意、だとかいう感情を。
 理解できるように、彼女の心は作られていない。

(にこは標的へと辿り着きました。そこから先は私の役割です)
 彼女は役目を果たしたのだ。
 壱子も果たさねばならない。
 だから、亀裂の入った外殻の隙間に銃口をねじ込んで、さらに撃った。

(!?)
 困惑するラプラスの魔は、きっと想定してなかっただろう。
 本来なら、そもそも“敵意”すら抱かないのだから、反転しようもないのだ。
 わずかに心にノイズが生じたのは、ラプラスの魔が、“にこ”を殺めた――殺める理由となった存在だったからかも知れない。

(傷ついても)
 中身の肉にナイフを突き立てる。

(記憶を奪われても)
 口腔に銃口をねじ込んで、また撃つ。

(片割れを失っても)
 脳漿が飛び散っても、躊躇なく撃つ。撃つ。撃つ。

(この手が、武器を握っている)
 弾が切れたので、携帯していた爆薬を、歯車の中に突っ込んだ。

(それだけで)
 蹴り飛ばし、距離をとって、スイッチを押す。
 内部で高熱と爆風が弾けて、羊水を沸騰させた後に蒸発させ、肉の塊が一瞬で炭に変じた。

(私は、戦える)
 殺し終わった。戦闘終了。
 いつもどおり平常心で、いつもどおり変わることなく。
 淡々と作業のように行為を済ませた。

「…………任務完了」
 そう呟いた、直後だった。

(………………きひ、きひひひひひひ、ひひひっ!)
 赤ん坊の鳴き声が、また、頭に響いた。

「――――――」
 くすぶる煙と炎の中から。
 ゆらりゆらりと、ゆっくりと。
 ラプラスの魔が、起き上がろうとしていた。

 声が聞こえた時には、もう遅かった。
 壱子の体は、半ば自動的に、刃を逆手に構えて、自らの首に添えて――――




◇ Ⅱ. ◇

「なんで笑えるの」
 アヴァロマリアは。

「なんでそんなに楽しそうなの」
 怒っていた。
 誰かに敵意を抱いたり、害意を抱いたりすることなど、滅多にない少女は。

 もうその感情を発露できない誰かのために……怒っていた。

(きゃはははははっ! あっはっはっはっは!)
 その激情すら、“ラプラスの魔”にとっては『面白い』ことだった。
 『愉快』で『愉快』で仕方ない。
 こころが満たされて、『幸せ』な気持ちになる。
 そんな自分が存在していることが、この上なく心地よい。

 ニンゲンが怒っているのは――とってもとても面白い。

「こんなことが、こんな悲しくて苦しいことが、楽しいの!?」
 質問に対する答えは。

(きゃっひひひひひひひ! ひぃーっひっひっひっひっひ!)
 込められるだけの悪意を最大限に込めた、嘲笑だった。
 今まで、いろんな敵と戦ってきたけれど。

 『悪』と呼ばれる存在にだって、それに至るまでの理由とか、思考があったように思う。
 だけど、“これ”は違う。
 ただ、悪辣なだけだ。
 ただ、最悪なだけだ。

「そんなの――――許さない!」
 額の宝石に光が収束すると同時、感情の荒ぶりがそのまま念動力となって、ラプラスの魔に襲いかかった。

(きゃははは――――――はは?)
 ふわりと浮いて逃げようとしたその体を、不可視の力が絡め取る。
 空間を強引に圧縮して、押し付けて、固定する。気づいたときには、もう遅い。

「ごめんなさいって言ったって――――絶対に!」
 瞬間。
 光の嵐が吹き荒れる。放たれた光線は何本か、放った本人ですら理解していないだろう。
 怒りがそのまま力となって、悪魔を守る歯車ごと貫いた。笑い声もあげられぬまま、ひび割れた歯車から中身が溢れて行く。

「はぁ――――はぁ――はぁ――――」
 中にあった赤子の形をしたものを焼き尽くし、外殻が壊れ、その姿形が崩壊していく様を見ながら、マリアは少しずつ呼吸を整える。
 これで、戦いは終わった。
 苦しんだ彼に、少しは報いることが出来ただろうか――――そう思った時。

(きゃはははははははははっ!)
 また、声が頭の中に、響いた。





◇ Ⅲ. ◇

(きゃはぁー、きゃっきゃっ)
 挙動と声だけ聞けば、楽しみを求め、喜び、騒ぐ無邪気な赤ん坊のそれ。
 人によっては愛しく見えるかも知れない、庇護欲をそそられるかも知れない。
 けれど。

「無邪気、だからこそ――――」
 無邪気だからこそ、邪悪。
 無邪気だからこそ、醜悪。
 他者の絶望を。慟哭を。悲鳴を。
 心の底から喜び求めるその様を、人類悪と呼ばずしてなんと呼ぶ。

「――――生かしては、おけない」
 人は弱い。
 どうしようもなく弱い。
 欠点を、致命傷を抱えたまま生きているから、甘美な囁き声に身を委ねてしまうものは、かならず出る。
 そんなことはわかりきっている。
 けれど、弱いニンゲンは弱いなりに、自分たちのやり方で日々を生きている。
 そのいざないすらなければ、普通に続いていたはずの人生が、確かにあったのだ。

 ミーユイは、故に歌う。
 暴虐の幕を今一度開く、観客は一人、演者も一人。
 それ故に、すべての声は、たった一人の為に放たれる。

「《嗚呼、嗚呼、勇者は剣を折られて朽ちた。残ったのは魔物だけ》」
 その歌は、勇者が魔物を討ち果たさんとする勇ましき軍歌。
 けれど今だけは、その戯曲を捻じ曲げよう。
 
 ここにいるのは。
 オブリビオン
 “魔 物”だけだ。

「《屍が朽ちた後、魔物同士が牙を剥く。魔物同士が喰らい合う》」
 歌は波紋となって世界を揺らし、聞く者すべてを巻き込んでいく。

(きゃひっ、きひひひっ!)
 楽しそうな声をあげながら、ラプラスの魔は己のユーベルコードを発動した。
 それは因果の反転を行う摂理の破壊。
 ミーユイの放つ“歌”の性質を反転せんとする事象の改変。
 己の力でもって、己の存在を殺せと。

 ――――――だが。

(ひ?)
「《理解し得ない。魔物は気づいていない》」
 ラプラスの魔には、何が起こっているのかわからないだろう。

「《己の目の前にいるのもまた、魔物である。魔物であると》」
 この歌に、勇者はいない。
 魔物と魔物がいるだけだ。
 だから性質の反転も、攻撃の反転も意味がない。
 歌えば歌うほど、反射すればするほど、歌い手の“魔物”としての純度は澄んでゆく。

「《行かぬ。行かぬ。もう何処にも》」
 歌いながら。
 ミーユイの手が、ラプラスの魔を守る外殻を、そっと撫ぜた。

(きゃ、ひ?)
 それだけで、ぐじゃりと歯車が歪んで、中身が溢れだした。
 生まれた亀裂に細い指が割り込んで、小麦のパンを割るように、小さくつまんで二つに裂いた。
 避けてしまった。

「《逝く。逝く。魔物は死の道を。己の罪を焼き付けて》」
(――――――ぴ)
 逃げよう、と判断した時には、もう遅いのだ。
 己を“魔物”と定義し、聞いたものの心に存在を焼き付ける――《魔物 第3番》。
 であるならば、歌い手たるミーユイが、誰より何より、その影響を受けるのだ。

「《我は魔物。汝も魔物》」
 ――――強制的に引きずり出された、夜の女王の側面を。
 今度は、自らの手で顕現させる。

「《咎人は、逝く》」
 無辜の民を殺めた魔物は。
 二人いる。

(――――きゃあああああああああああああああああああああああああああああ!?)
 少なくともこの瞬間、死を与えられたのは片方だけだった。
 赤子の頭が、ぐしゃりと爆ぜる。
 中に詰まっていたのは、肉でも血でもなく、ノイズの塊だった。
 砕いた感触は、人のそれそのものであるのに。

「…………ああ、本当に不快」
 砕け散ったラプラスの魔の残骸を、ミーユイは、虚しく見下ろした。

(………………ぅうううううううう)
「――――え?」
 …………頭の中に。

(ううううううううううううううううううう!!!)
 鳴き声が、響いた。
 ざりざりと、終わったはずの命が、ノイズの嵐に包まれていく。
 憤怒に満ちた表情を隠しもせず。
 肉体を再構成したラプラスの魔が、ミーユイを睨み、小さな手を伸ばした。



◇ Ⅳ. ◇

(きゃはははははははははははは!)
 甲高い鳴き声は、不快そのものだった。

 ――――何故助けなかった? 助ける手段はあったのに。

 そう、問うているのかも知れない。
 応じる術はない、足を止める理由もない。

(……くれてやることは出来なかった)
 死者たる己が、この世で、自らの存在として積み重ねてきた軌跡が、記憶だ。
 それを自ら手放すことは、出来なかった。捧げられなかった。
 後に残るものは、きっとルイス・グリッドではない何かになってしまうから。


「それをお前が嗤うのか?」
 弄くり回して、おもちゃにして、飽きたら捨てる。赤子の本能そのもののお前が。

「お前は奪った」
 ルイスから、奪った。

「思いも目的も本当の願いも。全てを奪った」
 あの時、たしかに“ルイス”は消えていた。
 死んでいるままに殺されて、今尚、その手が伸びようとしている。

「許すものか」




(いひひひひ! ひーっひっひっひっひ!)
 ――――お前の怒りは偽物だ。単なる偽善だ。何を怒っている。
 ――――何が生者を守る盾だ。

(きゃはっ! きゃはっ! きゃはははは!)
 ――――お前は何も守れなかったじゃあないか。
 ――――自分の記憶も、自分自身も!

(あーっはっはっは! いひひひひひ! ヒィーっ!!)
 ――――なのにお前は怒るのか?
 ――――とんでもない、八つ当たりはやめてくれ!

(ぎゃはははははははは! ぎゃーっはっはっはっはっはっは!)
 ――――お前が守れなかったのは、お前が守らなかったからだよ!
 ――――僕のせいにしないでおくれ!

 嘲笑と共に、ラプラスの魔の周囲で、バチバチと何かが弾ける音がした。
 それは一瞬だけ収縮した後、“外側”に向かって広がった。

「!」
 それは、強制的な記憶の破壊。
 略奪ではない。
 複写でもない。
 ただただ、消去するための攻撃。
 どれだけ強靭な入れ物であっても。
 中身が壊れてしまえばそれまで。

 パチン、と視界が弾けて。
 ■■■の意識が喪失した。





◇ Ⅴ. ◇

『セリカ、笑ってるの? 随分余裕ね』
 手元に戻ってきてくれて早々、そんな風に言われても、セフィリカの表情が引き締まることはなかった。

「え、私笑ってた?」
 なんて口走る声ですら、わずかに弾んでいる。
 命を賭けた戦いの最中だとは、とても思えない――――。

「―――じゃあきっと、嬉しいんだ」
 にもかかわらず。

(キィヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!)
 電磁のノイズにまみれた波動が、ラプラスの魔から放たれる。
 触れれば即座に対象の記憶を“焼き切って”消滅させる、明確な敵意を込めた攻撃。
 それをセフィリカは――――問題なく、“斬り”裂いた。
 正面からの一刀両断、剣では触れられぬはずのそれを、形あるかの如く断ち割って、歩みをすすめる。

『嬉しい? 何がよ』
「私、皆に愛されてるんだなって」
『…………なにそれ』
「一つになって、見えたんだ。シェル姉の記憶」
 もう少し幼い頃の自分だったら。
 全能感に満ち溢れて、万能感に酔いしれて、たった一人で何でもできると思っていた頃なら。
 きっと素直に受け入れられなかっただろう、と思う。

 愛されることも、守られることも。
 自覚して、受け入れて、それがどれだけ大切な事かは――欠けてみて、初めて分かる。

「……だから、嬉しいの」
『セリカ』
「信じてたよ、シェル姉は帰ってきてくれるって」
 だけど、それでも。
 やっぱり怖かった。
 “敵”になってしまった時、どれだけの絶望が胸を焼いただろう。
 叱られるのも、窘められるのとも違う。

 そこには愛はなく。
 そこには害しかなかった。

「だからこそ、倒れられない、倒れるわけには行かない」
(きぃいいいいいいいいい! きゃあああああああああああああ!)
 水の波紋のように、破壊の波が空気を伝う。
 対して、セフィリカは、携えたシェルファを床に刺し、目を閉じた。

「――――本気で行くね、シェル姉」
『――――ええ、セリカ。好きになさい』
 まだまだ目が離せないお転婆だ。
 間違うこともあるだろう、過ちを重ねるだろう。
 だけど、いつの間にかもう、少女は子供ではなくなった。

(きぃ…………?)
 セフィリカに、波動が触れる目前で、何かがその干渉を弾いた。
 内から放たれる魔力の光は、深海の色を閉じ込めた氷を、粉々に砕いて舞わせた雪の様だった。
 金糸の髪は魔剣の刀身と色を同じく蒼とし、瞳の赤は重なって、より濃く、深く染まっていく。



 それは、少女が“次なる領域”に足を踏み入れたことを示す変化だった。



 大丈夫、彼女は十分愛された。
 そして、これからも。
 だから。

『貴女に、何処までも着いていくわ』
 その覇道は寄り添い、見守るものではなく。
 共に歩み征くモノとなった。

(きぃあああああああああああああああああああああああああ!!!)
 そのやり取りが癇に障ったのだろう。
 より強い波動が圧縮され、放たれた。





◇ Ⅵ. ◇

 けらけらけら。
 ワライゴエ
 嘲 笑が聞こえる。

 どんな見世物が楽しめるのか。
 どんな悲劇で心躍らせてくれるのか。
 期待が、どうしても溢れて止まらないから、“それ”は嘲笑うのだ。

「――――させないわよ」
 先んじようとしたシアラの前に、割り込むようにフェルトが前に出た。
 二人の表情は、対照的だった。
 変貌し、敵となった友と向き合うシアラの表情は、強い決意に満ちており――――。
 本来、その過去に関わりのないはずのフェルトこそが、悔しさと怒りで頬を歪ませていた。

(きゃひ?)
 ラプラスの魔にとって、それは意外な光景だった。
 泣き叫ぶのはシアラの方で、それをなだめるのがフェルトの方だと思っていたのだ。
 まあいいや、どっちにしたって。
 面白いものが見れるだろう。

(きゃはははは)
「っ!」
 フェルトのほうが“何か”しようとしたので、ラプラスの魔は手を伸ばして“干渉”した。
 ぐにり、と空間が歪んで、ぺき、とフェアリーの細い腕が軋み、中の硬いモノに亀裂の走る音がした。

(きゃっきゃっ)
 そうして、腕をふる、それが合図。

『アハッ』
 ジャガーノート・フレンズが、飛ぶ。

 ◆

『シアラ、シアラ』
 紫色の蝶が、所狭しと空間を埋め尽くし、ジャガーノート・フレンズの姿がかき消えて行く。
 声は何処から聞こえてくるのかわからない、蝶の一匹一匹から囁くように、あるいは、聞いているものの心の内側からにじみ出ているのかも知れなかった。

『寂しかったんだぁ、私、ずぅっと一人でいたんだよ?』
『暗くて怖くて、震えてたんだよ』
 蝶と、その翅から舞う鱗粉にふれるだけで、身体を侵食する毒となる。
 それは心を蝕んで、意識を苛んで、精神を抉る刃。
 後悔を糧にする毒だ。そして――この世に後悔を持たないなどという者が、どれぐらいいるのだろうか。

「フェルト! 腕は!」
「大丈夫、これぐらい――――」
 対抗するように、シアラが自らの蝶を呼び出した。
 互いに触れ合った蝶は、相殺して形を失っていく。

「友華! シアラは友華を――――』
『それに、ずっと後悔してたんだ』
 叫びを遮るように、ジャガーノート・フレンズは更に蝶を生み出した。

『前の私は、シアラのことを忘れちゃってたでしょう?』
 けれど、その数は減らない。ジャガーノート・フレンズが生み出す蝶の数は、無尽蔵。
 骸の海から掬い上げられたその残滓は――怨嗟というエネルギーを糧に、蝶を作り続ける。

『だから、聞けなかったんだ――――ねえ、今なら答えてくれる?』
『どうして私を、助けてくれなかったの?』
「――――――っ」
 ひらりひらりと、シアラと同じ翅を生やして。
 白いリボンを揺らしながら、“トモダチ”の残骸が問いかける。

 どうして? を。
 なんで? を。

『正義の味方、なんでしょ――――』
 蝶、蝶、蝶蝶蝶蝶。

『――――私だって、助けてほしかったよ?』
 蝶蝶蝶蝶蝶蝶蝶蝶蝶蝶蝶蝶蝶蝶蝶蝶。
 蝶蝶蝶蝶蝶蝶蝶蝶蝶蝶蝶蝶蝶蝶蝶蝶。
 蝶蝶蝶蝶蝶蝶蝶蝶蝶蝶蝶蝶蝶蝶蝶蝶。

『ずっと友達だよって言ったのに』
 視界を思考を理性を本能を。
 すべてすべて埋め尽くす、殺意と敵意の蝶の群れ。

『助けてくれなかったのは――なんで?』
(きゃははははははははははははははは!)
 小さなフェアリー二人を包み込むには、十分すぎる物量だった。
 ラプラスの魔の笑い声が響く。ぱちぱちと手を叩いて、拍手すらしてみせる。

(あはははははは! きゃひひひひひひひっ! ひひひ――――――ひ?)
 耳障りなそれを止めたのは、光だった。
 金色の、まばゆい光だ。蝶が作るドームの内側から、表面を裂くようにして溢れ出たそれは――――。

「助けたかったに!」
 金翅のフェアリーが放つ、怒りの咆哮だった。

「っ、はあ……決まってるじゃないのっ!」
 呼吸が荒い。バチバチと雷が迸るのは、空間に行った物理的な干渉の名残だ。

「――――っ、わたしが一番知っているの! 誰よりシアラが、あなたのことを大事に思ってたって!」
『……アハ、そうだよね、今はあなたが、シアラのお友達なんだもんね?』
 共にあの鉄塔に向かい、変わり果てた彼女と対峙した。
 彼女がいるべき隣には、フェルトがいた。そのことを、“あの時”は認識していなかったけれど。

「そうよ! 私はシアラの友達! そして――あなただってそうよ、友華様!」
『私? 私は今でもシアラの友達? なのかな? だって――――私を殺すんだよね? シアラ』
 それが面白い事のように、微笑みすら交えて言うジャガーノート・フレンズに。

「……うん」
 シアラは、悲しげな瞳のまま応じた。

「必要なら、もう一度、シアラは友華を、倒せるよ」
『……あはは、ひどい、シアラ、ひどいよ。私、すっごく悲しい』
「シアラもだよ、友華。すっごく……悲しい」
 だけど、もう覚悟は決めたのだ。
 シアラは、正義の味方だから。
 世界を救う、世界の友達だから。
 放っておけば誰かを傷つける、そんな存在になってしまった友達を。
 何度だって――倒してみせる。











「そんなこと二度とさせたくないっ!」






 ……いざ、感情が爆発した時。
 苛烈なのは、いつだってフェルトの方だった。
 いろんな“許されないもの”を背負わされた、小さな小さなお姫様。

 今なら言える。
 そんなの、嫌だ。
 諦めたくない。
 こんなに罪深く、穢れた私のことを、大事だと言ってくれる、優しい誰かに出会ってきた。
 だから――――自分の心を大事にして、嫌なことを嫌だと言って。
 受け入れたくない現実に、立ち向かったって、きっといい。

「なんで我慢するの!? 嫌だって言っていいに決まってる! こんなの嫌だって! 本当はもう二度と戦いたくなんかないって!」
「フェルト――――」
「悪いのはシアラじゃない! 友華様でもないじゃない! 悲しむ必要も、苦しむ必要もないのに!」
 折れた腕を、ラプラスの魔に掲げ、睨みつけながら吼える。

「もう絶対、シアラにあんな悲しい顔させたりしない! 我慢なんてさせない! わたしは――――どっちも救ってみせる!」
(…………だぁぶーぅ!)
 ラプラスの魔が、手を振った。

『――――――!』
 瞬時、ジャガーノート・フレンズが身を翻して、フェルトに迫る。
 何かをする前に、直接的な暴力で握りつぶす気だ――本能的に、“あれ”はフェルトを嫌っている。

「させな……フェルト!?」
 間に割り込み、守ろうとしたシアラを突き飛ばしたのは、フェルト自身。

「シアラ、お願い。わたしに任せて」
 金翅の妖精を、フレンズの指が貫いたのは、それからほんの一瞬後の事だった。








◇ Ⅶ ◇

 だから、最初に“終わって”るって言ってやったのに、全然話聞いてないんだからさぁ。
 アンタは記憶を媒介にするオブリビオンなんでしょう?
 他の自分と同一の個体を複数存在させていて――その全てが本体なんでしょう?

 今目の前の個体をブチ殺しても、他の個体が残っていれば、その記憶を複写して、自己を再現できるんでしょう?
 つまり理論上は、存在している全ての個体を、複写する余地なく同時に殺さないと永遠に蘇り続けるんでしょう?

 ――――せっこい真似するわねぇ。

 データをクラウド保存しときゃいくらでも復元できるってやつ?
 けどざーんねん。
  、、、、、、、
 ワタシはすでにアンタのネットワークに侵入しちゃってるんだよね。ブチ壊しちゃってるんだよね。
 何時って? にこに繋いだ時でしょ――――ジャガーノートはアンタに繋がってるんだから。

 そんなに何度も何度も色んな所で再生して大丈夫ぅ?
 ズタズタに刻んであげたから、そろそろ限界なんじゃない?
 最初は体を支えてくれてた命綱に、実は切れ目が入ってて、何回も調子に乗って体重を掛けてるうちに、ブチブチ音を立ててちぎれ始めてるのがわかんない?
 ……アンタのネットワークがボロッボロになってくのを感じない?

 相手しないって言っただろって?
 アハハハハハハ。
  、、、、
 してないじゃん。
 もう終わってるって言ったでしょ?
 ここにいるワタシはワタシじゃなくて、アンタの中に残してきたウイルスの残滓みたいなもんだし。

 ま、壱子にとっては大サービスだったかも知れないけどさ。
 どうせあらゆる手段を使って“殺しきれた”とは思うけど。

 でもさぁ、“目論見が外れた時”の顔は、不細工そうでちょっと見てみたかったんだもん。
 思いの外不細工で、思ってたより面白くなかったわ。
 だから、まぁ、さぁ。もういいから。

 さっさと死んだら?


 ◆

 刃を首に添えて――――横に引くことは、なかった。
 支配が行き渡るその前に、ラプラスの魔は、再び動かなくなった。
 炭がボロボロと崩れて、原型を失っていく。

「……殺しそこねた?」
 機能を果たせなかったことによる疑問と、かすかな違和感。
 壱子がその違和感の正体に気づくことは、まだ、ない。





◇ Ⅷ. ◇

 ラプラスの魔に誤算があるとすれば。
 その“入れ物”にとって、中身がさして重要ではない、ということだった。
 もとより死体。
 もとより命なきもの。
 もとより過去なきものなれば。

 中身が無くなっても、外皮が動く。
 ただ設定された目的のままに。
 身体は覚えている。
 感情も意思も関係なく、動く。
 それはすなわち。


 ――――ルイス・グリッドという個体の目的意識は、自我とは別の“何か”によって与えられている事を指す。


 その答えを明示するかのように、左眼の眼帯が外された。
 虹色の光彩を持つその色が、金と呼ぶにはあまりに苛烈な色に染まる。
 災厄をもたらす、災いの黄。

(きっ)
 声をあげることも出来ない。
 その眼を見てしまったものは、身体を動かすことができなくなる。
 脳から、神経を通って、身体に向けて放たれる命令がキャンセルされる。
 動くことはおろか、呼吸も、何もかも、一切が封じられる。

 オブリビオンが、通常の生物と同じ神経系を持っているとは限らないが――――。
 メガリスが与えるのは、“麻痺”という概念だ。
 だから、通る。

「お前はここで」
 死ね。
 銀腕が鋭い刃に変じた瞬間、外殻ごとその頭部を刺し貫く。
 グシャリと潰れて、中身が羊水の中に散らばった。
 そして。

(ひ、ひひひひ――――――)
 再生が始まる。
 命が蘇っていく。
 はずだった。
 はずだったのに。

(ひ――――――――?)
「お前は災厄の色を見た」
 だから、もう、正しい道に至ることはない。
 二度とない。
 永遠にない。
 その道行きは、もう消えた。

「お前は存在している限り、奪い続けて、嗤い続けるんだろう」
 だったら俺の役目は、お前を殺し尽くすことだ。
 殺し切ることだ。
 見知らぬ誰かを守る為に。
 もう二度と、新しい“ジャガーノート”を産まないために。

「消えろ」
 銀腕の流体金属が、針鼠の様に無数の剣を外側に向けて生成する。
 内部から斬り裂かれ、えぐられたラプラスの魔があげた声は。

(っぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ)
 聞くに堪えない――――絶叫だった。


◇ Ⅸ. ◇
 
 ――――放たれた波動が、触れることはなかった。
 それよりも速く。

「遅い」
 攻撃は、終わっていた。
 夕凪神無式剣術、《神薙ノ導》。
 踏み込みから放たれる、基礎にして奥義の一閃。
 ただしそれは、今までにない速度と、今までにない正確性と、今までにない威力を秘めていた。

(ああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!)
 歯車の外殻をもろともせず、中身まで両断されたラプラスの魔が、虚空に手を伸ばす。
 もがきながら空を引っ掻いて――――裂けた身体が、徐々に再生を始める。
 怒りに顔を歪ませて、再びセフィリカに手を伸ばし、今度こそ――――。

『再生しているの……? セリカ、追撃を――――』
「平気だよ、シェル姉」
 だが、セフィリカは、もう目もくれずに、魔剣を鞘に収めてしまった。
 髪の毛も、蒼い色が毛先から抜けて、もとの金色を取り戻していく。

「これはもう終わり。続きがあるとしたら、他のところじゃないかな?」
 まだ疑問なのだろう、眉根を寄せるシェルファに、セフィリカは、ぐっと拳を握りしめた。

(――――――き?)
 最初に違和感に気づいたのは、ラプラスの魔だった。
 身体は確かに、再生を始めた。
 けれど、様子がおかしい。
 斬られている。
 斬られ続けている。
 回復した側から。
 刻まれ続けている。

(ぎぃ、いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?)
 セフィリカが、《魔神姫》として奮った太刀筋の軌跡は、剣が振り抜いた後も、蒼く残る。
 空間に存在し続けて―――そこにあるものを“斬り”続ける。
 再生した瞬間に、切断される。逃げることすら出来ない。
 完全に縫い留められて、固定されている。だから、苦痛の悲鳴が響き渡る。

(ぎゃっ)
 その敵が、死に絶えるまで。

(ぎゃっ、ぎっ!)
 永遠に、斬り続ける。

(ぎゃっ、ぎゃっ、ぎゃああああああああああああああああ! アアアアアアアアアアアアアアアアア――――――)

「言い忘れてたけど、私」
 ほしいから奪うのではなく。
 奪われた後の苦しみが見て、悦に浸りたいだけの邪悪。

「とっくの昔にキレてるんだからね!」
 ――シェルファと敵対を強制し、心を踏みにじり、記憶まで奪い去ったオブリビオンなど。
 許せるはずが、あるわけもなかった。

 やがて、蒼の軌跡に全身を飲まれ。
 ラプラスの魔が消滅すると同時、光もまた、霞のようにかき消えた。

 ◆

 あれだけ傷を負ったというのに――負わされたというのに。
 戦いが終わってみれば、いつもどおり得意満面な笑みで。

「ふふん、どーお? シェル姉」
 そんな事を言うのだから、溜まったものではない。
 痛いだろうに、苦しかっただろうに。

『………………』
「シェル姉?」
『……いえ、呆れてただけ』
 とんでもない子だわ、と浮かんだ言葉を、口にするのはやめておいた。
 それよりもまず言うことがあるだろうと、思い至ったからだ。

『セリカ』
「なーに?」
 なんというか、それを言うのは、ひどく気恥ずかしかった。
 師であり、姉であり、相棒であり、そして――――。
 ……それでも、伝えなければ。

『………………ただいま』
「……うん、おかえりっ、シェル姉っ」



◇ Ⅹ. ◇

(いひひ、いーっひっひっひっひっひ!)
 嗤う、嗤う、嗤う、嗤う。
 無駄なあがきをする少女の姿が、“それ”は何より大好きだ。

「はぁ、はぁ、は――――――」
 とっくに、出せるものは出し尽くした。
 アヴァロマリアの放つ光は、確かに敵を焼いているのに。
 だけど、そのたびにラプラスの魔は復元する。姿を取り戻す。

(あひひひひ、ひひひ、ひーっひっひっひっひ!)
 ――――どうした? 僕を許さないんだろう?
 ――――だったらやってみろよ、それともほら。
 ――――泣いて助けてくれって、言ってみろよ。

 その鳴き声の意味を、なぜだか理解できる。頭の中に直接、ねじ込まれている。

「泣かない」
 だから、アヴァロマリアは答える。

「助けなんて、求めない」
 その心が光を灯し続ける限り、アヴァロマリアは諦めない。

「笹丘くんはもっともっとすっごく痛かったんだから」
「自分だって辛かったのに、苦しかったのに」
「マリアにごめんな、って」
「こんな事させて、ごめんって」
「謝ってくれた、優しくて、強い人だったのに」
 身体から生まれた光が、アヴァロマリアの全身を包む。
 外に放つのではなく、光そのものになって。

「…………だから、笑わせない、楽しませたりなんて、絶対しない!」
 発生した熱量を、束ねて放つ。

(きゃーははははははははは!!!)
 ラプラスの魔は、嗤いながら受けて、その光に焼かれた。

(きゃひひひひひひ――――――)
 焼かれながら、また再生を初めて。
 少女の無力を、嘲笑おうと、した。

(――――――ひ?)
 焼かれて、再生しない己の身体に、疑問を浮かべた。
 何故? の答えは、ネットワークから切り離されたこの個体に、知るすべはない。
 理解できるのは……このまま焼かれてしまえば、“次”はないということだ。
 終わってしまうということだ。連続性を保てないということだ。

 死ぬ、ということだ。

(………………ひぃっ!?)
 身を翻した時は、手遅れだった。
 光は熱を帯びる。熱は外殻を貫いて、羊水に到達し、沸騰させた。

(ぎいいいいいいいいいいいいいいいいっ、いいいいいいいいいいいいい!? あがっ、あがっ!?)
 ラプラスの魔を守るためにあるはずのそれが、アヴァロマリアの光に浄化されて、性質を反転させる。
 魔を拒む聖へ。邪を祓う聖へ。悪を断ずる聖へと。
 もはやそれは、悪魔にとっての地獄。
 沸騰する聖水に満たされた――――死の揺りかごとなった。

「逃げないでよ――――――卑怯者ぉおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
(ぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!)
 やがてその光は、ラプラスの魔そのものを包み込み、蒸発させていく。

「…………あっ」
 消滅を確認したと同時、ふら、と身体から力が抜けて、アヴァロマリアはぺたんと座り込んだ。
 もう、身体に力が入らない。それでも、なんとか指を組んで、言葉を紡いだ。

「……ごめんなさい」
 それは、助けられなかった者への、せめてもの祈り。

「どうか……安らかに……次は――――」
 どうか、幸せに。
 届いたかどうかは、わからない。受け取るべき人は、天へ逝った。
 それでも、アヴァロマリアは、また誰かを助けに行くだろう。
 小さな手を、伸ばすために。


◇ ⅩⅠ. ◇

「触れるな」
 ミーユイが一言そう告げた瞬間。
 ラプラスの魔は、ピタリとその動きを止めた。

(あぅー……?)
 その命令に従ってしまった理由を、当事者たるラプラスの魔は理解出来ていなかった。
 恐らく、それを説明できたのはミーユイだけだ。だけど、語る必要性も、また存在しない。

 《魔王 第3番》は、心に畏怖を焼き付ける。
 たとえいくら再生しようと。何度蘇ろうと。
 ミーユイ・ロッソカステルに対して、もうラプラスの魔は、本能の段階で屈服してしまっているのだ。

 一度怯えて、逃げようと思ってしまった時点で。
  ラプラス   ミーユイ
 《化物》 は 《化物》に対して、完膚なきまでに敗北しているのだった。

 だから不意をついても、触れられない。
 触れるなと言われれば、触れられない。

「動くな」
 動くなと言われれば、動けない。

「未だ足りないようだから、お前に恐怖をくれてやろう」
 そして、戯曲の中でまだ演者が舞台から去らないのであれば。
 歌い手は、また歌を紡ぐだろう。
 役割を終えるまで。何度でも。

「お前の生を禁ずる詞を、歌ってやろう」
 それはくしくも、“ミコ”によってラプラスの魔が作る記憶のネットワークが破壊されたのと同じタイミングだった。

(ひ、ひぃ、ひ、ひっ、ひぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?)
 敗者が勝者にできる事は、もうたった一つ。
 懇願だ。
 助けてくださいと。
 見逃してくださいと。
 もうしないから。
 許してくださいと、命乞いをする事だけだ。

「駄目ね」
 無論。
 それを聞いてやる義理は、何処にもない。



「お前は、触れてはならない物に触れすぎた」
「お前は、触れてはならない私に触れすぎた」
「お前は、触れてはならない夜に触れすぎた」

「聞いてはいけない歌をくれてやろう」
「知ってはいけない歌をくれてやろう」
「冥土に持っていくが良い――――お前が相対するこの《魔物》が」
「――――どれほど残酷であるかを、何度骸の海に帰ろうと消えぬ傷跡として、刻んでやろう」



 ……結論から言うのであれば。
 ミーユイと対峙したラプラスの魔が、恐らく、世界で最も残酷で、醜悪で、そして苦痛に満ちた“死”を遂げた。



◇ ⅩⅡ ◇

 フレンズの五指は、ジャガーノート化した際に、相応の大きさに変化していた。
 フェアリーの身体を刺し貫くには、二本で十分だった。人差し指と中指が柔らかな腹を貫通して、外側まで貫いていた。

(アハハハはひひひふひひゃははははききゃきゃきゃきゃくきゅきーっひっひっひっひ!!!!)
 ――やっと殺せた!
 ――生意気な奴!
 ――嬉しい! 楽しい!
 ――どんな表情をしてるんだろう? どんな絶望を抱いたんだろう?
 ――もっと見せて、顔を見せて!
 ――楽しませて!

(ひひひひひひ――――ひひ?)
 ……嘲笑が止まったのは。

「…………やっと捕まえた」
 刺し貫かれたはずのフェルトもまた……笑ったからだった。

『何これ、抜けな――――』
「繋がれた……もう、離さない」
 一か八かの賭けだった。
 うまくいく保証はない。失敗したら死ぬ。
 それでも。

「ねえ、友華様」
『!』
「シアラが、あなたを想うように、あなたも、シアラを想っていた筈でしょう?」
『違う、私は! シアラが助けてくれなかったから――――』
「飲み込んでしまう子なの。辛いことも、苦しいことも。自分が我慢すれば、それでいいと思ってしまう子なの」
『そんな事――――!』
「知っているでしょう? だって、親友なんだもの」
 だけどね、と、フェルトは続けた。

「そんなシアラの笑顔を、守ってあげたいの――――わたしにしか、出来ない。そして」
 あなたにしか、できない。

「だから、わたしは――――!」
 あなたのことも、助けたいの。
 フェルトの持つ全ての機能が、死地の極点に至ることで目覚めた。
 それは世界に接続し、世界を書き換える御業。
 世界を騙し、世界を欺き、世界を誤認させる禁術。

  ワ ー ル ド ハ ッ ク・リ ミ ッ ト ブ レ イ ク
 《限界を超えて、世界を改変》する。

 電子と現実の境界を消滅させて、思いのままに、世界を書き換える――――。

『きゃ、ああああああああああああああああああああああああ!!!』
 ジャガーノート・フレンズが叫ぶ。フェルトからの干渉が、直接、“ジャガーノート”に飲まれた“友華”という存在そのものを、引きずり出そうとしている。

「フェルト! 友華!」
 力いっぱい突き飛ばされて、シアラが側に駆け寄った時。

『――――――あああああああああああああああああっ!』
 フレンズは咆哮を続けたまま、フェルトから指を引き抜いて、その切っ先をシアラに向けた。

「友華っ!」
 シアラの翅が、根本から炎へと変じ、広がった。
 指が届くより先に、内側からこぼれ落ちた地獄の炎がジャガーノート・フレンズを包み込む。
 紫と金の影朧がくゆる、葬送の火柱が、立ち上った。

(………………いひっ)
(いひひっ)
(いひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひっ)
(ヒヒヒヒヒヒヒヒヒ――――――いひひひひきゃははははははっ! はははっ!)
 その光景を見て。
 ラプラスの魔は、心から笑った。
 なんて悲劇だ、なんて喜劇だ。
 最高に面白い、一度に二人も親友を失って、焼いたフェアリーはどんな顔をしているのだろう。
 相打ちになったのだろうか、まだ生きているのだろうか。
 思考が快楽の絶頂を迎えた時、“それ”が訪れた。

(きひっ?)
 何かが“ぶつん”と途切れた感覚。けれど、それが何なのかはわからない。
 答えに至る前に、炎が途絶えた。

 手をつなぎながら、血を流し、倒れる二人のフェアリーと。
 八割以上を焼かれ尽くし、電子のノイズとなって散っていく、ジャガーノート・フレンズの成れの果てが、そこにあった。

(――――きゃはははは! きゃははは、ははははは! ははははははは!)
 死んだ、死んだ、全員死んだ、見事に死んだ。
 素晴らしい結末だった。結局何も救えないまま、親友という枷に縛られて、虫けららしく死んでいった。
 満足だった。あまりに満足すぎたから。
 気づかなかった。

 ノイズが粒子となって、倒れた二人に注がれていくのを。
 その粒子が、淡い紫の色に染まっていたことを。
 そして。

(――――――――――ぎゃ)
 炎は消えたのではなく。
 ただ、燃える場所を変えたのだと言うことに。
 地獄の炎は、怨敵を焼き尽くすまで消えないということに、気づかなかった。

 燃えていた。
 ラプラスの魔が燃えていた。
 外側からの炎ではない。
 その地獄は、ラプラスの魔の“内側”から具現化していた。

「……ありがとう、“ふたりとも”」
 手をつないだまま。
 シアラとフェルトは、ゆっくりと身を起こした。

「ううん、わたしが、そうしたかったのよ?」
 変化は二つある。一つは、フェルトの腹に空いた、大きな傷がふさがっていること。
 そして。

『――――なんて言ったら良いのかな、わかんないや』
 シアラの翅の、その左半分が。
 赤熱を抱く、赤へと変じていたこと。
 その、傍らには。

『ごめんなさい? ありがとう? ……しっくりこないんだ、でも、これだけはわかるよ』
 ジャガーノート・フレンズという檻から解き放たれて。
 皆咲・友華と呼ばれていた少女が居た。
 実体はない、その体は、電子の蝶の集合体でできている。
 だけど、たしかに彼女は、そこに居て。

『――――私は、シアラを恨んでなんかないよ』
 心からの笑みを浮かべて、親友を手にひらに乗せて、そっと抱きしめた。

『世界の友だち、なんでしょ? 困ってる人を、救うんでしょ? だから、さ』
 だったら私が、シアラを救うよ。
 いつも隣りにいるよ。
 大丈夫。
 もう、後悔だけはしなくていい。
 あなたのしてきた事に、間違いなんてきっとない。
 私が言うんだから、間違いない。

(キ――――――――――――キィ――――――)
 わかるはずもない。
 フェルトの決死の判断が、ジャガーノートの呪縛から、一人の少女を開放したのだと。
 友華の身体を再構成するのと同時に、自らの傷を塞いだのだと。

 わかるはずもない。
 ジャガーノートの呪縛から開放された友華は、未だラプラスの魔と繋がっているのだと。
 シアラの炎が、ラプラスの魔を直接焼いたのだ、ということなど。

(きぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?)
 理解できぬまま、焼かれていくラプラスの魔。
 少女たちの想いは、一つだった。

「もう――――」「いい加減に――――」『消えて――――――』



「「『――――無くなれええええええええええええええええええっ!!!』」」



(きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?)
 甲高い絶叫、理解できない事象。再生しない身体の不備、絶望の慟哭。
 すべてがないまぜになったまま、紫金の獄炎が、歯車の中のラプラスの魔を、余すことなく包み込む。
 数十秒の後、外殻までもが炭になって、その中身は形を留めぬままに、崩れ去った。
 蘇ることは、もう、二度と――――なかった。

 ◆

「――――フェルト、怒ってる?」
「怒ってるわよ」
「……ごめん」
「……違うでしょう?」
「……ありがとう」
「……うん」


「……友華様は?」
「今は……眠ってる。でも、シアラの隣にいるのを、感じるよ」
「そう……いつか、ちゃんと、お話できるといいわね」
「うん。言いたいことが、たくさんあるよ」
「……じゃあ、その間、わたしたちはできることを」
「できることを、しよう」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

夕凪・悠那

――何か大切なモノが罅割れる気がした(覚悟)
しもん様のワクチンプログラムを使用(学習力)

ほんと最悪な邪神だねこいつ
ボク
記憶に触るな…ッ!

胸の裡に生じる喪失感を抑え込み(狂気耐性)
確実に消し去るため対"ラプラスの魔"用追加パッチを作製、適用(破壊工作+ハッキング)

『仮想具現化』した発煙弾で[目潰し]
ウィルの[迷彩]化の瞬間を隠すと共に鳩村さんを離脱させ、姿を消したまま手を出し続けさせる

頭が痛い
大事なものがどんどん傷ついて毀れていく
…けど、何度でも思い出す
思い出せる
思い出せ

――更新完了
【醒めない夢の壊し方】
対象指定:ラプラスの魔

うるさい
だから
人間、舐めるな
"誰もいない世界"で、独りだけで消えろ


ウィリアム・ウォルコット

この間とは大違いでいい顔をするじゃないか
その方がキミにはふさわしい

他者を弄び、踏み躙る、まさに悪そのもの
けど無二の友のように親しみがわくのは君のせいか
仲の良い友を撃てるのか、そう言われれば

――撃てるとも
元より憧れだった父の仇である腐ったセイギを体現しているのだから
父のような正義に討ち取られ、やはり正義は勝つのだと見届けることさえ夢見ているのだから
親友には口も軽くなるのかな
厄介すぎるね、それ

憎めば憎むほど親しさを覚えるが、君からの敵意には変わりない
なら自傷の衝動に抗えなくても、鎧が砕けようとも
必ず君を殺そう
お兄さんはヒーロー
アレを知られたら生かしてはおけないし
彼らの記憶を弄んだことは許されない


穂結・神楽耶

いくら記憶を喰らおうとも。
いくら因果を弄ろうとも。
それが邪なるモノであると知っている。
だから、斬り祓うだけです。

――ねぇ、だって。
わたくしも、この焔も。
世界に破滅を齎すから、いつか諸共滅ぶべきものなのです。
それが反転した答えは、見ての通り。

どれだけ大事に思っていても、世界(じぶん)の為なら斬り捨てられる。
ああ、ほら――最低でしょう?

証明に付き合ってくださってありがとうございます。
お礼に、苦しめないよう斬って差し上げますね。
燃え盛れ、我が悔悟。
その子宮も、羊水も、本体も、ひと欠片だって世界に残さない。
あなたが奪った全てを置いて、骸の海から消え去りなさい。

善も悪も、因果は巡ると言うでしょう?



◇ Ⅰ. ◇

(いいぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいあああああああああああああああああああああああああ!?)
 ――――戦場に未だ存在するラプラスの魔は、この時点で。
 ラプラスの魔同士で、互いの存在をつなぐネットワークを破壊されていた。
 それぞれを独立した存在として定義しながら、蜘蛛の巣のようにつながる事で、彼らは自己を担保してきた。
 一体が破壊されても、他の個体があればそれを複写して元に戻る……骸の海を介さなくても、擬似的な不死を再現していた。
 その安全弁が破壊された今、ラプラスの魔は焦っていた。恐怖していた。

 ……生命の保証されていない命がけの戦いなど、したくない。

(――――――キヒッ)
 だから、“目覚める”事にした。

 閉じられていた双眸が開く。
 歯車から、へその緒を切り離す。
 外殻に罅を入れて、外へと出よう。

 まだまだ生贄は足りていない。
 本来なら、もっともっと力が必要だった。

 だけど、このままでは死んでしまう。
 背に腹は代えられないし。
 かけがえのない、大事な大事な自分の命は、失ってはならないのだから。

 ――――邪神の幼体が、未完成な邪神そのものして。
 卵の殻を破って。
 生まれようと、していた。






◇ Ⅱ. ◇

(きひひひひひひ、ひゃははははははははは!)
 ラプラスの魔が放つ、記憶を消去する波動は――――。
 赤子が揺り籠の外に半身を乗り出してから、明らかに強くなった。

「くっ、そ――――!」
 悠那は悪態を吐きながら、思考を回し、仮想のパネルを操作する。
 頭の中で、大切なモノがピシリ、とひび割れる感覚があった。
 もしかしたら、すでに失っていて、思い出せていないのかも知れない――なまじ、“忘れていた”事を覚えているだけに、その潜在的な恐怖は拭い難い。

「ほんとに最悪だ、こいつ……っ!」
 手の中に、発煙弾を具現化して、迷うことなく床に叩きつける。
 ゲームの中から引きずり出された道具は、現実のそれと違って『煙で視界を覆う』という効果を一瞬で発揮してくれる。

『ウィル!』
 黒猫達にしか伝わらない声で命令を送る。
 とにかくかりんを離脱させなければ、もう一度人質に取られたらまずい。

 そうやっている間にも、絶えず、波動が送られてくる。
 びしり、びしり、びしびしり。
 亀裂がどんどん大きくなっていって、取り返しがつかなくなってく感覚。

「う――――――」
(ひひひひひひひひ)
 ちゃんと指示は届いただろうか。

「あ――――――」
(いひひひひひひひ!)
 ボクはボクで居られているだろうか。

「やめ、ろ………………!」
(きひひひひひはははははははは!)
 思い出せ、思い出せ。

「ぐ………………!」
(くヒャははははははははは!)
 壊れても歪んでも崩れても割れても千切れても!
 何度だって、思い出せ!



◇ Ⅲ. ◇

(ぎっ、い――――――――)
「………………?」
 対峙するラプラスの魔に、変化が生じたことを見て取って。
 神楽耶は眉を顰めて、結ノ太刀を構え直した。
 外殻が割れて、歯車を満たしていた液体が溢れ。
 中の赤子が、自らを守っていたそれをこじ開けるようにして出てこようとしている。

(きゃぁぁぁぁぁぁう――――――いひひひひひっ!)
 生まれ出る歓喜から発せられる叫びが――――――。

「っ」
 精神に干渉する波動となって、神楽耶を貫いた。
 身体の末端が、ノイズとなって崩れ、別のものに作り代えられていく、そんな感覚。

「……まさか、わたくしを」
(きゃはぁ)
 “ジャガーノート”に、加工しようとしている。
 精神への干渉を以て、その好意と敵意を反転させ。
 従僕とし、改造し、手駒にしようとしている――――その力は、ゆりかごにこもっていた頃より、遥かに強い。
 まだ生まれ落ちていない状態で、これだとするなら。
 もし、完全に外に出てしまったら、どれほどの被害を出すことか。

(きゃひ、きゃはははははははははははは!)
 二波、三波と放たれるその波動は、容赦なく精神の在り方を書き換えていく。
 その力に侵されたものは、誰もがこう想うようになる。

 敵であるはずのラプラスの魔が。
 こんなにも愛おしく、守るべきものに思えてならない。
 心も身体も、全て捧げても構わないと思うほど――――――。

(きひひ)
 刀である神楽耶ですら、自我が存在するなら例外ではなく。
 波動に飲まれて、膝をついた。
 ……無抵抗になった刃を、後は加工するだけだ。
 どんな形にしようかな、と這いずるようにその指が、結ノ太刀に触れようとした。




◇ Ⅳ ◇

 正義とは。
 つまるところ、心に抱く炎だ。
 『その存在を許せない』と、敵を見つけた時。
 人は、正義を心に宿す。
 『自分がやらねば』と。
 『こうあらねば』と。
 それを成していなければ、己でなくなってしまうほどの衝動。
 心に燃えている限り、己を保つことのできる原動。
 それを……セイギと定義する。

 つまり。
 だから。
 最初から。

 “間違っていたのだ”と、気づくべきだった。

 ◆

「この間とは大違いでいい顔をするじゃないか、その方がキミにはふさわしい」
 嘲笑う事こそを本懐とするラプラスの魔に対して、それは最大限の侮蔑に等しい。

(うきゃあああああああああああああああああああああああ!!!)
 憤怒とともに、“孵化”を始める。邪神としての存在が、“格上げ”されようとしているのだ。

「――――儀式が成功したら、って聞いてたけど」
 無論、ただその変化を見過ごすはずもなく。

「なりふりかまってられない、ってところかな」
 なら、それを撃ち抜くのは、セイギのあり方だ。
 胸の芯から黒い“ゆらぎ”が生じて、溢れる。
 それはあっという間に身体全体を覆い尽くし、外装を成し――――。

「《Activate》」
 ラプラスの魔の変化よりも、圧倒的に速く。

「《“Brutal Justice”》」
 別の生物として、変質する。
 甲虫を模した黒き外殻の、ヒーロー。

(ぎゃ、ひゅっ!)
 肉薄は瞬きの間に行われ、強化された外殻に包まれた抜き手が、ラプラスの魔の頭部めがけて放たれた。
 ブチブチと肉に指が食い込む感触、殺した、と思ったその瞬間。

(ぎぃきゃああああああああああああああああああああああああ!!)
 ラプラスの魔から、波動が放たれた。
 認識改変、事象編纂。
 それは、対象の好悪を反転させるユーベルコード。

「!」
 胸に、心に、魂に。
 焼き付いていく、ラプラスの魔という存在が。
 かけがえないものとして。
 失えないとして。

(いひぃぃ……!)
 その効果が十全に発揮された事を確信して、ラプラスの魔はにやりと口の端を歪めた。
 正義の味方なのだから。
 友たる自分を、守ってくれるだろうと言うように。






◇ Ⅴ. ◇

(きゃははははははははははは!)
 ラプラスの魔の放つ波動は、認識と記憶に干渉する。
 視覚、聴覚、味覚、触覚、嗅覚。
 何でも良いから、ラプラスの魔を認識することで、効果を発揮する――その時点でラプラスの魔は、相手の意識の中に侵入している。
 脳というのは、彼にとっておもちゃ箱のようなものだ。
 形を組み換え、入れ替え、書き換え、時には消して、新しいものを作り出す。
 そうやって変質させると、今度は現実に影響を及ぼす――“最初からそうだったもの”だった事になっていく。

 ――――“ジャガーノート”とは、その加工の成れの果て。
 もう少し時間があれば、生徒達に行われた処置は完全に“定着”して、元に戻る事は敵わなかっただろう。
 閑話休題。

 要するに、ラプラスの魔とは、存在を知覚した時点で致命的となる、チート地味た存在にほかならない。
 猟兵が対抗できるのは、彼らもまた、ユーベルコードと言う異質な能力を有しているからだ。
 けれど、本気になって干渉すればこの通り。

 今、ラプラスの魔の思念は、悠那の中に居た。
 面白い過去を持っているニンゲンだ……人の記憶を覗き見る、悪辣な行為を、ラプラスの魔はこの上ない喜びとして感じていた。
 なまじ、電脳の世界の住人であるだけに、“ジャガーノート”への適性は高いように感じる。
 これと、これと、これを壊して、この認識を入れ替えて、こう改造したらどうだろうか?
 きっと素敵なおもちゃになるに違いない。

 ……まずは一番、キラキラときれいに輝いている、これを消してみるとしよう。
 そう思って手を伸ばした先にある、記憶の断片に触れて――――――。





(き?)
 この世界に“視界”という概念は存在しないのだが、あえて例えるなら。
 ラプラスの魔の“視界”は突如として真っ暗になって、何も見えなくなった。

 であるというのに、“誰か”が居ることだけはわかる。

(ぃぃぃ……?)
 “誰か”が、具体的に何者であるかはわからない。存在はわかるが、理解が出来ない。

 ――ここに立ち入る事は、誰にも出来ない。
 ――触れさせるワケにはいかない。そんな無遠慮は許されない

 そう告げるように、“誰か”は首を静かに振った。
 それは、悠那にとっての根幹の記憶。
 最も代えがたい、大事な領域には、その“誰か”との思い出がある場所だ。
 そして。

 その“誰か”は、今でも。
 自分のことを守ってくれていると、そう信じているという事だった。

『いいかげんにしろよ、お前』
 その後ろから、悠那は姿を現した。

(き――――――)
『踏み込んでくるな、勝手に見るな、気持ち悪い――――』
 空間が塗り替えられていく。
 空間が書き換えられていく。
 ラプラスの魔が踏み込んだのは、悠那の記憶の中という、己のフィールドではなく。
 誘い込まれた罠であると――――この瞬間、ようやく気づいた。
 
 ボク
『記憶に――……触るな……ッ!』

 ◆

(っぎぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?)
 バチン、と弾かれたように、ラプラスの魔は頭を掴みながら絶叫を上げた。

「――――そりゃ、苦しいだろうさ」
 頭を抑え、壁にもたれかかりながら。
 それでも悠那は、にやりと笑った。

「ボクがお前に対するワクチンを持ってるの、忘れてただろ。仕込んでないわけないだろ……来るってわかってるんだからさ」
(ぐ、ぐううう! ぎぃいいいいいいいいいいいい! いいいいいいいいい!)
 波動を通じて、逆に流し込まれた対・ラプラスの魔用のワクチン・プログラムは、ラプラスの魔の存在を破壊していく。
 生じた苦悶で、ラプラスの魔は天をかきむしる。

「……お前は、散々、触っちゃいけないものに触れた」
 それだけ時間があれば……もう、射程圏内だ。
 両手の人差し指と親指を伸ばして、“ディスプレイ”を作り、ラプラスの魔をその中に収める。

「許されることなんて、何一つない」
 ――観測開始。
 ――定義完了。

(ぎゃあ、ああああああああ! あああああ!)
「うるさい」
 ――仮想世界。
 ――構築完了。

「お前の思い通りに行くものなんて、何一つない」
 ――情報修正。
 ――更新完了。

「人間、舐めるな」
 ――崩壊実行。

「"誰もいない世界"で、独りだけで消えろ」

   ワールドエンドデリート
 《醒めない夢の壊し方》。
 仮想世界を定義して――その世界ごと、存在を消滅させる、電脳の支配者が振るう権能。

(ぎゃ)
 それは、数多の記憶を握りつぶし、砕いてきたように。

(ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!)
(ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!)
(ぐるぃぎいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいうぉおおおおおああ!)
(あ あ あ あ あ あ あ   あ  あ     あ  あ      あ     あ)
(s;h;aohag]e]ae@gaegaeaatrabkeahiaehaeobha...........)
 ラプラスの魔を圧縮し、圧潰し、そして。

(――――――――――――――)
 消去した。




◇ Ⅵ. ◇

 心の中から湧き上がってくる、この感情はなんだろう。
 無二の親友にすら――(居たっけ……? そんなもの)――――こんな気持にはならないだろう。
 彼のためなら、命を捨てられる。
 彼が望むなら、なんだってしてあげたい。
 無私と奉仕の気持ちが、無限に込みあげてくる。

(きひひひひ)
 洗脳がうまくいって――――ラプラスの魔は、上機嫌だった。
 大量に設えたジャガーノーツを処理された時は苛立ちもあったが、“これ”を使えるなら、補って余りある。

(きゃははははははは)
 ――まさか、親友は撃てないだろう?
 ――守らなくちゃならないだろう?

 その意図を込めて、嗤うラプラスの魔に。

「……ああ、そうだね」
 ウィリアムは、そっとその小さな手をとった。
 騎士が主に忠誠を誓う様に、優しく、ゆっくりと触れて。

 べきり、と音を立てて。

 へし折った。

(――――――――ぁ?)
「……とても悲しいことだけど」
 へし折ったまま、膂力に任せて引きちぎって。

「……心が痛むけれど、でも」
 その首に、手をかけて。

「――――キミは、悪だよね?」
 ギチリ、と食い込むぐらい、強く指を絞めた。

(がっ、ぎゃっ、ごっ、ぐっ!)
「――――撃てるさ。だって、親友が間違っていたら、止めてあげないと。それがセイギだろ?」
 その言葉にも、動きにも。
 心から、ラプラスの魔を信じているにも関わらず――――。

(ごぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?)
 動きに、一切の、躊躇も容赦も、なにもない。



 “間違っていたのだ”と、気づくべきだった。



 この男は最初から最後まで、徹底的に壊れている。
 セイギという妄執に取り憑かれている。
 学園中のジャガーノーツを、一蹴した時に気づくべきだったのだ。

(ぎ――――――――)
 こいつの正義は、歪んでいる。
 こいつのセイギは、狂っている。
 こいつは……“悪”だ。
 悪が、セイギのフリをしているだけだ。

 無辜の民が、無力な生徒たちを、助けなければという義憤に駆られたわけではなかった。
 そうすることが『セイギである』という定義に則しているから、そうしただけなのだ。

(ぎゃあ――――――――!)
 怖い、と思った。
 逃げなくては、と思った。
 理解できないものの側に居たくないと思った。
 こんな奴の記憶なんて、ひとかけらだってほしくない。
 やめてくれ。
 頼む。
 消えてくれ!

 消えてくれ!!!

「ああ、消してあげるよ、今すぐに」
 口の中に、エピタフの銃口をねじ込んで。
 トリガーが引き絞られて、高熱の弾丸が口腔内を貫いて、内部を焼いた。
 爆ぜた中身は一瞬で焼き尽くされて、塵になって消えた。

「…………仕方ないよね」
 親友を殺してしまった。
 その罪悪感を胸に抱きながら。

「けど、アレを知られたら生かしてはおけないし」
 セイギに則って。

「彼らの記憶を弄んだことは許されない」
 セイギノミカタは、その罪を背負っていくのだ。




 セイギッテソウイウモノダロウ?



◇ Ⅶ. ◇

 記憶の海の中を、ラプラスの魔が泳ぐ。
 ヤドリガミは、長寿だ。時を経て自我を生じた存在であるだけに、その過去に潜るのには若干の苦労を要する。

(きゃは?)
 それでも、根幹の記憶にたどり着くのはすぐだった。
 小さな炎が灯っている、これを握りつぶして、書き換える。
 中身を入れ替えて、反転させる。
 それこそが、ラプラスの魔の、醜悪なりしユーベルコード――――。







 ――――焼け。

 声がする。

 ――――焼き滅ぼせ。

 声が、する。

 ――――その為に打たれた。

 声が、声がする。

 ――――滅ぼせ。

 声が。

 ――――全てを。

 声。

 ――――己すら。

 声。

 ――――焼き尽くせ。



 ◆

 キン、という小気味良い音は、刃が硬いものを擦る音。
 くるくる宙を舞って、ぼとりと腕が落ちた。
 あれ? と首を傾げて、ノイズになって消えていく己の腕を呆然と見つめるラプラスの魔と。
 
「いくら記憶を喰らおうとも、いくら因果を弄ろうとも」
 本当に、一瞬だった。
 神楽耶が屈し、膝を折ったのは、ありきたりな言い方をすれば――瞬きにも満たない刹那。

「わたくしは、あなたが邪なるモノであると知っている」
 神楽耶は刃だ。
 神楽耶は、一つの目的のために作られた道具だ。

(――――――きいいいいいいいいいいいいい…………!?)
「ああ、触れましたね、わたくしに、ああ――――」
 ゆらり、と。
 焔が揺れる。
 焔が踊る。
 女の器を得た刃は、その姿のあり方を本来のモノへと戻してゆく。

 ……世界に滅びをもたらす刃。
 ……世界を焼き尽くす破滅の焔。
 故に。


 ――――“いつか自らを滅ぼす事”を前提に造られた。


 その根幹に、触れてしまった。
 その性質を、書き換えてしまった。
 受け入れていたはずのそれが、変わってしまった。

「――――ああ、わたくし」
 滅びたくありません。
 燃え尽きたくありません。
 大事なものは両手では救えきれなくなるほど多く。
 別れ難く分かち難いモノを沢山得てしまった。

 生きる、という事に、喜びを見出してしまった。

 であれば。
 どれだけ大事なものであろうと。
 斬り捨てることにためらいはない。

 誰よりも他者を慮れる神楽耶であるが故に。
 誰よりも他者に苛烈になってしまった――――。

「なんて――――最低なのかしら――――」
 焔が舞う。
 踊るように、廻るように斬る。
 滅びという概念が、醜悪を焼き尽くす。
 刻まれ、散っていく赤子の肉片すら、塵と炭に変えて。

(ぎぎゃあ! ぎゃああ! ぎゃあああああああああああああああ!?)
「――――ごめんなさいね、せめて苦しまぬように」
 焔が、焔が、焔が。
 全てを飲み込んで、消し去っていく。

「――――ひとかけらすらも、この世界に残さぬように」
 もう二度と、骸の海から這い上がってくることのないように。

「あなたが奪った全てを置いて、骸の海から消え去りなさい」
 神威の刃が――――己のためだけに振るわれる。
 それが何より恐ろしい事か。
 理解した時には、もう全て遅く。
 文字通り、この世に存在していた痕跡を残さぬまま。
 ラプラスの魔だった何かは、もう何処にも居なくなっていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ジャガーノート・ジャック
◯レグルス

(メイジーを救い
赤子を倒すべきと言う事は判る

だがどうやって?何で戦う?
僕がどう戦って来たのか思い出せない)

僕は――

(ふと宝石が)

――そうだ

(いや
"記憶の欠片"が光り
"メメが憶えている僕の在り方"を教えてくれる
【世界知識×失せ物探し】)

僕は
ジャック
"騎士"だ。

(僕に力を貸してくれ、"騎士の切札"
想像し作った『斬った者を滅す』剣を赤子に振抜く――と見せかけメイジーを斬る

効果が反転するなら『斬った者を救う』剣になる筈だ。そして)

メイジー!
一瞬だけでもそいつを止めたい!!
君の力を貸してくれ!!

(ロクの強化とメイジーの力を借りて
隙をつき「切札」で両断する。)

――賭けは 僕の勝ちだ。(ザザッ)


メイジー・ブランシェット

まずは私の力を見せたい
繋がるしもん様の記憶からフルイドさんの武器を引き出して、撃つ

本物より劣るけど、足りないなら願えばいい

記憶はこうして増えるんだから!



説得なんて無意味
だって私が望んだことだから


なんで強くなりたいんだっけ?


ダメ、こんなこと考えちゃ
これじゃ、フルイドさんを守る、あの人に負けてしま


なんで私はフルイドさんを攻撃してるの?


――!?
今のなに?吠え?
なんで私、怖がって……これじゃ、なりたい自分になんてっ


今の私が、なりたい私?



私を良い玩具と考える、しもん様が持つフルイドさんに関する記憶の全てに干渉、なりたい自分を探す

邪魔しないで、願いを叶えて!


声が聞こえた

そうだ、私がなりたいのは――


鳴宮・匡
【冬と凪】○


恨まないでくれ、か
何もかもを忘れたら
俺はそんな無責任な言葉を言えちまうんだな

躾? 必要ないだろ
こんなのは“どうでもいい有象無象”だ
ただ殺す――それで終わりだよ

“殺してやろう”って思ってるだろ
そういうの、よくわかるんだ
何をしようとしてるのか見え見えだぜ
だから何もさせない、じゃ生温い
任せた、ヴィクティム
こいつの思惑、頭から全部ひっくり返してやれ

考えうる限りお前に一番“効く”やり方で行かせてもらう
――【終の魔弾】
破滅の因果を引き寄せて殺す無明の影だ
万に一つも逃れる可能性なんて残さない

腹を立ててる? お互い様だ
俺の中の――あいつの記憶に、無遠慮に触れられた
俺は、それを許さない
消えてもらうぜ


ロク・ザイオン
○レグルス

今のジャックが何だろうが
もう賭けは済んだんだ
"チップはキミの手の中にある"

勝て。

(ジャックの邪魔はさせない)
――ああァアアア!!!
(【恐怖を与える】【大声】でも怯まないなら)
そう。
……強いんだな。
(教室や廊下を【地形利用】、
【武器受け】しながらジャックを【かばい】ジャガーノートの妨害に徹する
傷つけはしない
だって、)

今のキミが何だろうが
おれの相棒は、キミを友達と呼んだよ。

(無力化したのを【野生の勘】で察知
ジャックとスイッチ
繋がりが断たれた一瞬を突き
「禍園」
此処はもうおれの森
おれの胎の中だ)

今度こそお前は逃さない
消し飛ばせ、相棒!


ヴィクティム・ウィンターミュート
【冬と凪】〇

おーおー…敵意ビリビリじゃねえか
ありゃあ相当腹立ってるぜ
どうするよ匡──厳しく躾けてやるか?


もう俺達は忘れない
もしお前が、『大事な記憶を失う』ことが絶対の運命だと宣うなら
俺はそのクソのような押し付けを跳ね除け、全てを『ひっくり返す』
『記憶を攻撃』するなら『記憶を回復』するように変えてやる
そしてこれは賭け──届くか、間に合うか分からない
予期せぬ変化もするかもしれないが…それでも
俺達に向けられ、反転した奴のUCの力を【ハッキング】し、拡散できれば…もしかしたら、失った記憶を取り戻せるかもしれねぇ

さぁ、お前の手番はお終いだ
やってやろうぜ匡
悪党を舐め腐ったらどうなるか…クソガキに教えてやれ



◇ Ⅰ. ◇

(うー………………キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!)
 ラプラスの魔の咆哮が、屋上から一気に広がる。

「おーおー……敵意ビリビリじゃねえか」
 怒りによがり、自ら歯車を叩き割って、表に出ようとする、その存在を前に――――。

「ありゃあ相当腹立ってるぜ。どうするよ匡──厳しく躾けてやるか?」
 ヴィクティムは、挑発的な笑みを崩さない。
 傍らに立つ鳴宮はといえば……。

「躾? 必要ないだろ。こんなのは“どうでもいい有象無象”だ」
 銃のマガジンを淡々と入れ替えて、リロードを終える。

「ただ殺す――それで終わりだよ」
 焦りも動揺も、一切のゆらぎがない、まさに凪。

「冷てえなあ、ケツを叩いてやる手間すらかけねえって?」
「お前だって別にやりたいわけじゃないだろ」
「そりゃあ――泣き声も鬱陶しいしな?」
 軽口を叩きあいながら……一切の油断なく。
 一方で、対峙するラプラスの魔は、その様子にこそ、更に激怒する。

(う、う、う、う、う、う、う、う)
 何を軽口を叩いている。
 目の前にいるのが誰だと思っている。
 今すぐ頭を狂わせてやる。
 壊してしもべに作り変えるだとか、歪めて同士討ちをさせるだとか。
 そういう遊びを一切無しで、ただただ壊してやる。

 ……人間、というものを構築する、ありとあらゆる記憶を破壊する為だけの波動が。
 ラプラスの魔から、最大出力で放たれた。



◇ Ⅱ. ◇

(きゃはははははははははははははは! はーっはっはっはっはっはっは!)
 高らかに、高らかに響く嘲笑。
 最高の見世物、最高のショー、ラプラスの魔の望む全てが、そこにある。
 ……この個体は、まだ孵化を選択していなかった、その必要がないからだ。

 この場にいる猟兵達を始末して、離脱し、また完全なる邪神となるために力を蓄える役割が、このラプラスの魔にはある。
 だから、他の猟兵が駆けつける前に。
 邪魔されぬよう、速やかに確実に。
 しかし最高の楽しみを持って。
 始末――――しなくてはならない。

 ◆

(どうすればいい――――――!?)
 変わり果ててしまったメイジーの姿に。
 “あの日”を思い出さずには、居られない。

 ―――鷲野、ゴッちん、ハル。

 今度こそ助けなくては。
 ラプラスの魔を倒し、この戦いに決着をつけなくては。
 それは、わかっているのに――――!

『――――くそっ!』
 皆のことを覚えてるのに。
 あの日、刻まれた感情を、全て覚えているのに。
 そこに、自分だけが居ない。
 自分の姿が、思い出せない。
 どう戦っていたのか――思い出せない。

『やめてくれメイジー! 君はそんな事――――』
 そんな事する子じゃない、なんて。
 どうして言えるだろうか。
 何故彼女がこの場所に来たのか。
 何故彼女が戦っているのか。
 察していないわけじゃないだろう。
 それは。
 誰のためだった?

『あははは――見て、見て! フルイドさん!』
 ジャガーノート・メイジーが、バスケットに手を入れて、ふわりとばらまいたのは、真っ赤な林檎が四つ。
 それらは中央で割れて、機械じかけの中身を吐き出す。

 ――――電磁加速砲、レーザーファンネル。

『ぐえっ!』
 四方から放たれた弾丸を避けられたのは、ジャガーノート・ジャックに向かって体ごと突っ込んで、思い切り腕に抱えた走るロクのおかげだった。

「ジャック」
『――ロクッ、僕は……うぺっ!」
 ジャックが何か言う前に。
 抱えていた相棒を、ぽいと打ち捨てた。
 ガランガランと外装が床に打ち据えられて、頭が軽く揺れた。

「今のジャックが何だろうが、もう賭けは済んだんだ」
 ロクは、もうジャックを見なかった。
 どのような状況下においても。
 二人は、相棒だ。

「"チップはキミの手の中にある"」
 対等な関係性で、戦場に並び立つものだ。
 記憶を失い、力を失っても。

 背中は預けていると言うことだ。

「勝て」
 だから、ただ一言。
 要求するのは、それだけ。

『――――無茶言ってくれるなあ……!』
「…………………………………………おれがジャックに無茶を…………?」
『なんでそんな一度足りともしたことがないのに? みたいな顔ができ――――』




『おしゃべり、まーぜて!』
 ジジ、と空気を焼く音がした時には、もう手遅れ。
 ジャガーノート・メイジーが持つ、狼の口をもしたぬいぐるみの口の先から放たれたのは、電磁加速した弾丸だった。



「ふっ!」
 ――――ロクが、弾丸を蛮刀で切り払う。
 腕の筋繊維が“ぶちぶち”と音を立て、衝撃の強さに、口の端が歪む。
 直感的に、長くは、保たないと、感じた。

『あははは! すごいすごい! すごいねフルイドさん!』
 その合間にも、ゴウ、と音を立てて。
 ジャガーノート・メイジーが被るポンチョフードの背中から、推進の炎が吹き荒れる。
 狭い廊下を、高速で、だけど精密に動き回って――――撹乱する。

「おれが止める」
 武器を構え直しながら、深く腰を落とし。
 ――――跳んだ。

『きゃっ!』
 壁を窓を床を天井を。
 跳弾以上に跳ねて、獣の様に肉薄し、食らいつく。

「――――ああァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
 掠れ、くすぶり、だけど荒々しく、力強い咆哮が、空間を埋め尽くした。

 ◆

 ほら、見て。
 こんな事までできるんだよ。
 すごいでしょう、素敵でしょう。
 私、もう弱い女の子じゃないんだよ。

 バスケットから、オオカミさんのぬいぐるみを取り出して。
 トリガーを引くと、ビリビリをまとった弾丸が飛び出す。

 避けてる、避けてる、さっすがフルイドさん!
 しもんさま、もっと頂戴! フルイドさんに、もっともっと!
 私の姿を、見せてあげたい!

 もっともっと力がほしい! もっともっと私が頑張れるところを見てほしい!

 (―――どうして?)

 だって褒めてほしいもの、だって認めてほしいもの。
 うるさい、うるさい、邪魔しないで。




「――――ああァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」





 ――――――――ッ!
 何、今の。
 獣? 人?
 あんな声、何処から出るの? なんで出せるの?
 怖い。違う。怖くない。怯えちゃ駄目。
 私のなりたい私は、何も怯えない。
 私のなりたい私は、何も怖くない。

 私は、ナニモコワクナイ!

 ◆

 戦っている、メイジーと、ロクが。
 どうすればいい、という問だけが頭の中でぐるぐると廻る。

 "チップはキミの手の中にある"

 ロクは、そう言った。
 手の中にある、と。

 相棒は、迂遠なことは言わない。
 自分の感じたことを、自分の言葉で、自分の意図をはっきりと伝える。
 それがちゃんと伝わるかは、また別問題ではあるのだが――――。

『…………これ』
 見ようによって色を変える、不思議な宝石。
 何故か、必要になると感じて、持ってきたものだ。
 こんなときだというのに、なぜだか、見入ってしまった。
 その瞬間――――頭の中に、流れ込んでくる。



 ――宇宙の果てで、彼とともに小夜鳴鳥の謎を追った。
 ――二度目に艦に乗った時、彼は少女をその腕で抱き上げた。
 ――かつての友を終わらせたあの日、彼は姫の騎士になった。
 ――大地を焼く帝竜との戦いで、彼は姫を守る代わりに、己自身を投げ出した。

(見つかるといいね)

(キミが心の底から守りたいと思う)

(……そう思える誰かが)


 ああ。
 それは彼の記憶ではなかった。
 彼を見ていたものの記憶だった。
 後ろで、隣で、前で。

 役割を演じ。
 役割に徹し。
 されど、自分を殺すことなく。
 騎士として立つ、姿があった。

『――――ああ、そうか』
 思い出せた、わけじゃない。
 実感が伴っている、わけでもない。
 失われたままだ、無くしたままだ。

 だけど、あの時の、涙の理由を、今知った。

『――――僕は』
 ジャガーノート・ジャックとしての機能を失っても。
 未だこの手には。

 ジャック
『“騎士”だ』
 騎士としての、力がある。
 記憶の欠片が、その意思に呼応して形を変える。
 黒い柄に、水晶の刀身を持つそれは。
 ――騎士の切り札たる、一本の剣だった。

 ◆

『あなたはフルイドさんの、なあに?』
 ジャガーノート・メイジーは、問いかけながら攻撃を続ける。
 不思議だなぁ、と思う。普通の人間の反射神経では、とても反応できるはずのない攻撃なのに。
 まるで野生の獣のように、避けて、弾いて、距離を詰めて。

『どうして私を斬らないんですか?』
 けれど――――蛮刀を、振るうわけじゃない。

「おれは、ジャックの相棒だ」
 相棒、それってとっても素敵な関係だ。
 私にはなれない、羨ましい。
 だって私がなりたいのは――――

『相棒なら、フルイドさんの代わりにっ!』
 銃撃に気を取られているすきに、お腹の蹴りを叩き込む。
 ぐ、と身体が折れて、吹き飛ぶ。痛そうだなぁと思うけど、この体ならこんな事もできる。

『私を倒さないと、駄目なんじゃないですか?』
 だって今のフルイドさんは戦えない。
 可哀想、なーんにもできない。
 私はこんなに私になれているのに。
 フルイドさんは、今はもう、何でもないなんて。

「――おれはキミのことを、よく知らない」
 すぐに身を起こし、口から流れた血を拭いながら。

「けど、今のキミが何だろうが」
 その人は。

「おれの相棒は、キミを友達と呼んだよ」
 そう言って、私は。

 ◆

『――――ロク!』
 ロクの一言に、ジャガーノート・メイジーが、一瞬動きを止めた。
 本当にわずかな間――――それで十分。

「!」
 相棒はこんな時だって、一瞬で意図を察して応じてくれる。
 跳躍したジャックの足を、更に蹴り上げて、跳ぶ。
 剣を携えて――――ラプラスの魔めがけて。

(きひ?)
 メイジーではなく、支配する本体を直接狙う。
 騎士の切り札が、その皮膚に触れようとした瞬間――――。

(きゃはああ)
 残酷な笑みとともに、ラプラスの魔が嘲笑った。

『あ』
 ずん、と、皮膚を貫いて、中身を断つ感触。
 生存、という機能を果たす上で、なくてはならないものが、なくなっていく感触。

「――――――」
 ラプラスの魔にとって、最も重要なのは自己の生存。その次に必要なのが、面白い惨劇と悲劇。
 両者を兼ね備える選択肢が、彼にはあった。
 即ち。





 上段から振り下ろされた刃に斬り裂かれた、ジャガーノート・メイジーは。
 鮮血の代わりに、ノイズを巻き散らかして。




『フルイド、さん』
 手を伸ばそうとして。

『私――――――』
 その続きを言うことなく。
 だらり、と力が抜けて、動かなくなった。




◇ Ⅳ. ◇

『恨まないでくれよ』
 そんな無責任な言葉が、自分の口から飛び出したことが信じられなかった。
 何もかも忘れてしまえば、こんな事まで言えてしまうのかと、つくづく、自分に呆れる。

「ヴィクティム」
「あいよ、ご注文は?」
「全部否定する」
 ……相変わらず、淡々と。
 それでいて、断定的に。
 己の意思を伝えれば、肩をすくめる相方は、了解、と何を問い返すでもなく。

「――――最初からそのつもりだしな」
 右手を掲げ、ラプラスの魔から放たれた波動を受け止めた。

(きぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ――――――――――!)
 触れた瞬間、記憶を破壊するユーベルコード。
 確かに凶悪、確かに害悪。

「お前の失敗は三つある、良いか? 一つはお前が“加工”したサンプルを見せちまってること――――」
 しかし、ここに居るのは万の切り札をところ狭しと並べて、なお足りぬ、世界最強の電脳の支配者。

「二つ目、他ならぬこの俺の記憶に干渉したこと――――トリックを二度も見せちまったこと――――」
 潰える筈の記憶が潰えない。
 終わる筈の生命が終わらない。
 
「三つ目は――――存在そのものだ。クソッタレ」
 瞬間。
 力が、反転する。

(!?)
「わかるか? わかるよな――――お前も似たようなことができるんだから」
 見えるかよ、と右手の指でつまんだそれを、ひらひらと振る。
 不要だと、切り捨てようとしたものだ。
 他の誰でもない、ヴィクティムにこそ、最善にして最上の価値があったはずなのに。
 その価値を、見失っていたものだ。

「お前がそう来る事はわかってた、だからわざわざモブを量産してけしかけて来たんだろうが」
 ラプラスの魔は。
 直接戦うことに、向いていない。
 そもそも、敵の記憶を消し飛ばせばすべて終わるのだから。
 抗うことなど、根本的に、想定されてすら居ない――――。

「――――――さぁ、ひっくり返すぜ」

       ザ・リバース
 電霊幻想:《運命転換》。
 それは、ユーベルコードの性質を反転させる破魔の力。

 記憶を破壊する波動は。
 記憶を修復する波動となる。
 反転、する。

(っき――――――――)
 気づき、慌てて能力を止めようとしたラプラスの魔は、しかし慌てふためいたように、両手をもがかせた。

(きゃ、きゃっ!? ひ、ひっ!?)
 他人の記憶を弄り回してきたとしても。
 自分の記憶を弄り回したことはない。
 まして、オブリビオン。
 骸の海という過去に漂白された時点で、彼らは本質の一部を洗い流してしまう。

 けれど。
 その記憶すら修復されるとしたら。
 頭に湧き出る情報は、一体どれぐらいのものになるのか。
 処理が追いつかず、硬直してしまった。

「さぁお前の手番はお終いだ――――」

 ◆

(ぎぎぎぎぎぎぎぎぎ――――――)
 頭を埋め尽くす、“記憶”の群れ。
 奪ったものもある、造ったものもある。
 それら全ては“どうでもよいもの”として、どこかに放置していたけれど。

(が、ががががが――――――)
 今は強制的に、それらを想起させられている。
 思い出すことを、強制させられている。

「“殺してやろう”って思ってるだろ」
 ゆっくりと、ゆっくりと足音が近づいてくる。

「そういうの、よくわかるんだ」
 銃を構える音がする。
 気配を感じる。だけどわからない、動けない。
 処理がそこまで、追いつかない。

「でも、自分が殺されるとは思ってないんだよな、お前は」
 額に銃口を押し当てられて。
 新しい情報を与えられて。
 やっと、目の前の存在に意識が向く。
 処理が追いついてくる。
 個体を認識出来た。
 顔を見ることが出来た。

 個体を認識してしまった。
 顔を見てしまった。
 今まさに、トリガーをひこうとしている。
 その人間を、見てしまった。

(あ)
 知らなければ。
 気づかなければ。
 終わってしまっていれば、感じることもなかったのに。

 目の前に存在する。
 死、という恐怖そのものに。

「後、こう見えてさ」
(あ、あ、あ)

「俺も腹が立ってるんだ――俺の中の、あいつの記憶に、触れたお前を」
(あああああああああああああああ!)

「許さない」
(タ、タスケ)
 人差し指が動いて、弾丸が放たれた。
 銃声はない。火薬を伴う発砲ではないからだ。

 それは“影”で出来ていた。
 実体なくラプラスの魔に食い込んだそれは。

 ラプラスの魔と同じく、“因果”を操作する力を持つ。

 オブリビオンは例外なく、一度滅びている。
 過去から這い出て現在に至った、影法師。

 《終の魔弾》は、その“死に至った過去”を呼び寄せる。
 かつて死んだものを、もう一度殺す。
 破滅の運命を引きずり出す。

 フェイタル・ロジック。





(が、ぎ、ぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ!)
 死を再現される肉体の中で――――ラプラスの魔は、“希望”を見た。

(きゃは――――――!?)
 失われたはずの、ラプラス魔同士をつなぐネットワーク。
 その反応が、一つ、二つと返ってきた。
 消えてしまったはずのそれが、戻ってきた。

(きゃはぁ…………!)
 福音。
 これでもう、負けることはなくなった。
 死しても、他の個体から情報を複写できる。
 この痛みも苦しみも、全ては一瞬。

(きゃひひ、ひひひひひひひひ!)
 殺してやる、絶対に殺してやる。
 もう反転の余地など残さない、同質の力をぶつけて相殺し、今度こそ砕いてやる。

 ……その思考が、“希望”の終焉だった。

(――――――は?)
 ネットワークを通じて、流れ込んでくる。

(ひ、え?)
 それは、無限に斬り刻まれる死。
 それは、顔から上を吹き飛ばされる死。
 それは、世界ごと存在を消去される死。
 それは、光によって焼き払われる死。
 それは、体の内側から斬り裂かれ、貫かれる死。
 それは、一片たりとも残らぬほど、身体を焼き尽くす焔による死。
 それは、弾丸と爆発による強制的な死。
 それは、恐怖を心に刻まれ、抵抗できぬまま蹂躙される死。
 死、死、死死死死死死死死死死。

   、、
 ……それは、この校内で行われた戦いの果てに潰えた、ラプラスの魔“達”が与えられたモノ。
 影の魔弾は、全ての破滅までをも、引き寄せる――――――。

(ぎ、ぎゃ、ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?)
(ああああああああああああああああ! あああああああああああああああああああああ!?)
(お”お”お”お”!? お”お”お”!?)
(ぎぃいいいいいいいいい! いいいいいいいいいいいいいいいいいい!)
 希望などなかった。
 反撃のチャンスなどなかった。
 あるのはただ、自らの所業の精算を、その命がなくなるまでし続けるという事象だけだった。

 誰か助けてと、手を伸ばしても。
 握るものなど、居るわけがない。
 影の魔弾は――――その存在が、終焉するまで、終わらない。

 ◆

「予想通りだったろ?」
 絶叫を上げるラプラスの魔を尻目に、ヴィクティムが鼻を鳴らしながら言った。

「ああ……ラプラスの魔同士は繋がってて、一個で全体の生き物みたいになってたんだっけ?」
「どれか一個生き残ってたら別の個体を修復する――ってな。逆を言えば、繋がってる限りは“こっち”から“あっち”にも影響する」
 そこで、歯切れ悪く言葉を切って、がしがしと頭をかいた。

「まぁ、“どっかの誰か”がそれをぶっちぎりやがってたんだけどな――――おかげさんで、今なら“繋がってる”」
 鳴宮の弾丸が、ラプラスの魔の間に繋がる因果を開いて、“広げた”。
 繋がっている――――なら。

「今ならこいつの力が届く――――かも知れねえ」
 ユーベルコードを、反転する力。
 記憶を修復する、力の波動。
 ヴィクティムは、圧縮したそれを、どこからか取り出した弾丸に詰めて。
 ぴん、と弾いて、相方に渡した。
 何だそれ、と聞く事もせず受け取って。

「賭ける価値は」
「あるな」
 二人は同時に頷いた。

「全額ベットが趣味なもんでね――――届けろよ、鳴宮」
「じゃあナビを頼んだ」
 慣れた手付きで装填して、引き金を絞る。
 再び、ラプラスの魔へと。

(うごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおあああああああああああああああああああああああ!)
 全ての因果が収束し、ラプラスの魔が息絶えるのと。
 弾丸がその頭部を撃ち抜くのは。

「やれよ――――フルイド」
 ほぼ同時の出来事だった。





◇ Ⅴ. ◇

 フルイドさんに、剣で貫かれた時。
 私は、死んじゃうんだな、と思いました。
 でも、フルイドさんの手にかかるなら、悪くないかな、とも思いました。

 だけど、私の中で壊れていたものが、全部全部繋がって、元通りになった。

 ……それを、心のどこかで、嫌だな、と想う私がいました。

 だって、こんなに傷つけてしまった。壊してしまった。

 どんな顔をして、会えばいいのかわからない。
 どんな顔をして、言えばいいのかわからない。

 ありがとうって言えばいい?
 ごめんなさいって言えばいい?
 許してくれる? 許してくれたとして。
 私は、私を許せるのかな?

 そんな現実に向き合うのが、怖い。
 怖くて、消えてしまったほうがマシだって。

(……そんな私を、変えたいんじゃないの?)
(怖いものから逃げる私じゃなくて)
(勇気を持って、立ち向かって)
(胸を張って、誇れる自分に)
(なりたいんじゃ、ないの?)

 ……かみさま。
 ……神様。
 嘘じゃありません、本当です。
 私は、私になりたい。

(だったら、なろうよ)
(私に、なろうよ)
(やり方は、もうわかってる)

(――――演じたっていいんだよ)
(それが私じゃないなんてことは、ないから)
(なりたい私を、演じてみよう)

(声を上げてみよう)
(何かをしてみよう)
(少しずつ、ほんものにしていこう)


 ……光が合わさって、重なって。
 一つのものを、形作りました。
 それは、ハートの形をしていて。
 私の手の中に、収まって。
 私に、こう訪ねてきました。



 ――――心の臓を。

 ――――捧げますか?



 ◇ Ⅵ. ◇

 その弾丸は、剣がジャガーノート・メイジーを貫くのと、ほぼ同じタイミングでやってきた。

(ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?)
 嗤うラプラスの魔の額を、内側から貫き、ジャガーノート・ジャックめがけて飛んできた。
 耳障りな絶叫が、その弾丸が、ラプラスの魔の仕組んだ罠でないことを伝えてきた。

 避ける暇はなかった――避ける必要もなかった。
 眉間、バイザー部に触れたそれは、影が溶け込むように染み入って、ジャガーノート・ジャックの全身を駆け巡り、満たしていく。

 因果を修復し、記憶を取り戻す力。
 ラプラスの魔から生まれた波動故に、その力はより効果的に、“ジャガーノート”に染み入っていく。

『ああ』
 、、、、、
 思い出した。
 、、、、
 何もかも。

 だから。

『ありがとう――――皆』
 届かないだろう感謝の言葉を、それでも告げて。

 、、、、、、、
『作戦を続行する――オーヴァ』


 ジャガーノート・ジャックが吼える。
 剣に力を込めて、その力を開放する。
 今や、無敵の騎士剣の性質は反転した。
 あらゆる敵を突破し、斬った者を殺す剣ではなく。
 あらゆる傷を癒やす、斬った者を救う剣に。

『戻ってこい――――メイジー!』
 斬り裂かれた部位が光り、無数のノイズを、噴水のように撒き散らかした。
 バチバチと弾けるその力は、身体に巣食う悪魔が、最後の抵抗をしているようで。

『あ、ああああああああああああああああああああああああ!』
 びくり、びくりとジャガーノート・メイジーの体が跳ねる。
 数度、そうしてから、がくりと膝をついて、倒れた身体を、ジャガーノート・ジャックは受け止め、前を見据える。

(きいぃ、いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!)
 ――――自らと、メイジーの接続が途切れたことを自覚したラプラスの魔が。
 割れた額から血を流しながら、全てを巻き添えにして滅ぼす波動を放ちながら、咆哮を上げた。

 ◆

『――――私がなりたいのは』
 小さく、女性的なフォルムだった。

『待ってるだけじゃ、なくて』
 黒の外装の上から、重ねられた白の装甲は、シルエットだけを切り取るなら、エプロンドレスのようにも見える。

『真っ直ぐに、顔をちゃんと見て』
 二房の金髪を覆う、赤い狼耳のついたポンチョフードを模した外装は、艶めいた赤をしていた。

『ごめんなさいだって、ありがとうだって、言いたいことを、ちゃんと言える』
 電子で構成されたバイザー・ゴーグルの向こうで、青い双眸が、明確な意思を持って明滅した。
 ゆっくりと、体を起こし、手を掲げ。

『そんな――――そんな、私だから!』
 ジャガーノート・メイジー Ver.2。
 それは、ラプラスの魔の繰る力から切り離され、自らのものとした――少女の姿。

『もう、邪魔――――しないでえっ!』
 叫びと共に、小さな光の粒が集まって、形を為す。
 それは“因果”を操って、小さな奇跡を起こす力。
 御伽噺に、ハッピーエンドをもたらす何かがあるように。
 現実に、その因子を呼び起こす、現実改変のユーベルコード。

 少女が、様々なめぐり合わせの果てに手に入れたその力に、名前はまだない。
 だが。

 ジャガーノート・メイジーは、ラプラスの魔が放った咆哮を。
 自らの意思で受け止めた。

『メイジー!』
『大丈夫、だから、フルイドさん――――!』
 お願いします、と続いた声に。

『――――了解、本機は目標、“ラプラスの魔”を――――完全に消去する!』
「ああ」
 森番は、名前を呼ばれる前に、もう動いていた。

「がんばったな」
 叫びとともに、畏怖を与えたその声は。
 今はなぜだか、とても優しく聞こえて。

(いいい! ぎぃいいいいい! ぁぁぁぁぁぁぁう!)
「今度こそお前は逃さない」
 そして、敵に向けられる声は、それらと比べ物にならないほど苛烈で。

「此処はもうおれの森」
 ――――世界は、その言葉と同時に一変した。

 炎だ。
 炎が世界を焼いている。
 森だ。
 森が世界を覆っている。

「おれの胎の――――中だ」
(が、ぐっ、ぐっ!)
 命の火種を燃やして。
 そこはロクの領域となる。
 逃げることはできない。生きることも出来ない。
 森の番人が認めた者以外は、全てが許されない。

(ぎっ、がっ、ぐっ、ご、ごごごごごごごぎゃがぎぎぎぎぎぎぎぎぎ!)
 どうして。
 どうして思い通りに行かない。
 何もかもが気に食わない。
 面白くない。
 なんでこんなに痛い。
 なんでこんなに苦しい。
 わたしがいったいなにをした!
 まだうまれおちてすらいないのに!
 どうして!
 なんで!

「お前は、獣じゃない。人でもない」
 だから、もういい。

「消し飛ばせ、相棒!」
『――――――おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!』
 今度こそ。
 今度こそ、騎士の切り札を両手で構えて。
 ジャガーノート・ジャックは、踏み込んだ。
 今や背に戻ったスラスターを最大まで加速する。

(ひっ、ひぃいいいいい!)
 恐怖の色が、最後に見えた。
 ふざけるな。

『賭けは――――――僕の勝ちだッ!』
 両断。

(――――――――――――――ぎぃっ)
 記憶を、人を、心を弄び、狂わせ、歪ませ、壊し、遊び続けた悪魔は。
 正中線から、真っ直ぐに両断され。

『消えろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!』
(きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!)
 ――――完全に、消滅した。


『…………お前にくれてやるものなんか、何一つあるもんか』
 相棒も。
 友達も。
 騎士であることも。
 そして……姫のことも。






 ◆

「おつかれ」
 相方に、軽く肩を叩かれて、苦笑する。

『……迷惑かけたね』
「かけられてない」
『……そう?』
「そうだ」
『そっか』
「そうだぞ」
 こうして。
 ラプラスの魔は完全に滅び去り。

『フルイドさん』
 そして。

『あ――メイジー、その姿』
 ジャックが尋ねる前に、ザリ、とその姿にノイズが走り。
 一瞬の後、そこには見覚えのある、赤ずきんの少女が居た。

「ご迷惑、おかけしました、それで、えっと、その」
 えへへ、と居心地悪そうにはにかんで、それから。

「これって…………どうしたらいいんですか?」
 その手に握られた――“ハートの形に変形する、自分のものと全く同じ電子端末”を見て。

『――――――えーっと』
 続きの言葉を、失った。






◇ END ◇
 ……UDCの対応はスムーズで、居なくなった生徒達に関する情報工作や補填は問題なく行われ。
 私立風見原高等学校には、日常が戻ってきた。
 “しもん様”は、一時広まった、数ある噂話の一つとして、ただ消費されて、やがて消えるだろう。

「なんだか、物足りない気がするんだよなー……」
「うん、私も」

「このユニフォーム、誰のだっけ?」

「……素敵な人形を手に入れた気がしたのに……!」

「あれ、ボランティア部なんてあったっけ?」

「野球部の次のエースについてだけど――――」

「次のモデルになってほしいんだけど、いい?」

「え……俺がレギュラーでいいんですか? だって――――」

 彼らは知らない。
 知ることもない。
 ここであった戦いも。
 消えていった者たちのことも。
 そこにあった願いも。

 だから。

 せめて、関わった君たちだけはどうか。
 心の片隅に、少しでも“誰か”がいた事を。
 覚えていてほしい。

 忘れされられてしまった時が。
 本当に、消えてしまう時なのだから。

 さよなら、ロストメモリア。
 どうか、悪夢を思い出しませんように。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2020年12月14日
宿敵 『ラプラスの魔』 を撃破!


挿絵イラスト