●桜と空
冬の或る日、郊外にある屋敷の中庭に桜の花が咲いた。
枝を空に伸ばしている桜の樹の先端に、たった一輪ではあるが淡い花が綻んでいる。
「見て、そら! そら先生!」
そういって少年は桜を示した。その手には魔術杖が抱えられており、どうやら少年が使った魔法で花が咲いたようだ。
先生と呼ばれた青年、昊は中庭に立つ桜の樹に歩み寄りながら肩を竦めた。
「よく出来た……なんていうと思ったか? まだまだだな」
「えー、やっと咲かせられたのに。ちゃんと教わった通りにしたよ」
「阿呆か、俺が教えた通りなら満開になるだろうが」
精進しろ、と告げた青年は少年と共に中庭の樹を見上げる。其処に冷たい冬の風が吹き抜け、咲いていた桜の花弁が空に舞い上がって散った。
別の或る日。
青年は何やら館の所々に魔法陣を描き記していた。その後ろを付いて回っている少年は少し暇そうだ。そして、ふと思い立ったことを問いかける。
「そらー、ねぇそら! おれには理櫻って名前があるのに、何で呼んでくれないの?」
「未熟な弟子にはチビかガキで十分だ。あと“先生”だろ」
「いたっ! そら先生はすぐ頭叩くー」
「礼儀を欠いたオマエが悪い」
屋敷はとても広いようだが、内部にはたった二人しかいない。
そうして暫し、魔法陣が描かれていく後ろに少年がくっついていき、青年が首根っこを掴んでは引き剥がすという時間が流れていった。
また別の日。
館の奥にある儀式場には幾つもの本が浮かんでいた。怪しい光を放つ魔導書を見上げ、少年は傍らの青年に聞いてみる。
「そら先生、何でおれのことは他のオトナみたいに魔導書に閉じ込めないの?」
「……さあな」
「またはぐらかす! それとこうやって魔法を教えてくれてるのは、何で?」
「何でもかんでも聞くなチビ。でも、そうだな……似ていたからかもな」
「おれが誰に似てるの? ねえ、先生! 教えてよ、そらせんせーってば!」
「うるせえ、集中を乱すな馬鹿」
理櫻の呼び掛けを殆ど無視する形で、昊は魔導書から魔力を引き出していく。一見すればそれは師匠が弟子に魔術儀式を見せているだけにも思える。
しかし、この館は青年の持ち物ではない。
邪神教団が所有していた建物であり、昊自身は教団員によって呼び出されたオブリビオンだ。そして、理櫻という少年は邪神に捧げる供物。つまりは生贄だった。
気に入らない。
召喚された後、昊はたったそれだけの理由で生贄の少年を敢えて生かし、儀式を行った大人達を魂喰らい魔導書に閉じ込め、教団の館を我が物にした。
無理矢理に本の中に取り込んだのではなく『願いを叶える』という甘言を使って――。
現在、教団員達はその中で理想に満ちた夢を見ている。命という対価を払っていると知らず、その生命力は昊に搾取され続けていた。
「ねぇ先生、大丈夫? 少し辛そうだよ」
「気にするな、平気だ」
――俺には、生きる理由があるから。
少年からの問いに対して昊は首を振り、最後に小さく呟く。
これまで生贄になるためだけに育てられてきた少年は無垢そのもの。それゆえに、教団員が命を捧げる今の状況が正しい在り方だと疑わずに信じきっていた。
●冬のお別れ
魔法使いと少年が過ごす日々。
一見は平穏にも思えるその生活はいずれ、世界を破滅に導く事柄だ。
「他者の生命力を対価に願いを叶える魔法使い。それが、昊というオブリビオンだ」
己の生命維持の為に命を食らう者。
そのような者が邪神教団によって召喚されたと話し、ディイ・ディー(Six Sides・f21861)は猟兵達に協力を願う。
「昊が拠点としているのは郊外の屋敷だ。元は昊を呼び出した邪神教団の所有物でな、普段から妖しい儀式や集会が行われていた場所らしい」
其処には今、妖しく光る魔法陣が至る所に設置されている。
一歩でも踏み入れば、その者が強く望む景色が広がるという。おそらくそれは館内に誰も近付けぬように張り巡らされた罠だ。同時に罠に掛かった者の生命力を奪う仕掛けでもあるのだろう。
「猟兵なら其処を抜けられるはずだ。その奥には幾つも魔導書が浮いている領域があってな、それが厄介なことに教団員が閉じ込められている本らしいんだ」
ひとまずは彼らの救出が先決だ。
邪神を崇拝する者達であっても命を奪われていいわけではない。
それに館の内部には昊以外に魔法を使う者がいる。理櫻という名の少年は昊から魔法を教わっており、手にした杖から攻撃魔術を放ってくるという。
また、浮遊した魔導書自体も攻撃を仕掛けてくる。
「理櫻少年は普通の人間だ。悪いが少年を傷付けないように辺りの魔導書だけを破壊してくれ。理櫻も邪魔をしてくるようだが、力はそれほど強くない。周囲の本さえ何とかすれば中の人間も解放されるぜ」
魔導書との戦いの後、解放された教団員は自分達UDC職員が何とか保護する。その間に猟兵達は最奥の魔法空間にいる昊の元へ向かって欲しい、とディイは願った。
「生贄になるはずだった少年を助けて魔法を教えた、というところだけを見れば昊は優しい奴に思えるよな。しかし違う。……多分、自分の為に育てているんだ」
昊はいずれ、少年の命すらも己のものとしてしまう。
元々魔法の才を持っていたらしい少年の力を大きくしてから奪う心算だ。
薄い笑みを湛えた昊の心の奥底には残虐性が秘められている。未だ教団員の命は奪われきっていないが、狂気に支配されている彼は多くの者を犠牲にするだろう。
「昊の力は侮れない。強敵だってことを覚えておいてくれ」
されど猟兵の力があれば決して倒せない相手ではない。放置すれば教団の館から勢力を伸ばし、罪のない人々の命まで奪おうとするはずだ。
すべては己が生きる為。
自分だけの為に他者を利用してまで生き長らえようとする彼の真意は知れない。それでも、倒さなければならない相手だということは確かだ。
まずは幽冥の桜が舞う幻想領域。次に、魂喰らいの魔導書を破る攻防。
最後に待ち受けるのは昊との戦い。
「厳しい戦いになるだろうが、お前達なら絶対に成し遂げられるって信じてるぜ」
そうして、ディイは仲間達を現地に送り出す。
命を奪うことも奪われることも、どちらも必ず止めなくてはならない。この事件に関わる者の未来も運命も結末も、猟兵達が握っているのだから――。
犬塚ひなこ
今回の世界は『UDCアース』
完全な邪神としての力を得かけているオブリビオン退治が目的です。
●第一章
冒険『幽冥Farewell』
一歩踏み入れば、幻惑の桜が舞う世界に導かれます。
そこは『あなたの願いが叶えられた世界』です。
心に深く刻まれた人、もう会えなくなった対象、大切に思う相手があなたの傍に現れます。相手は気付かぬ内に生命を奪っていき、真綿のように少しずつ貴方の心をその地へ縛り付けようとします。
現れる相手がどんな口調なのかの台詞等を簡単にプレイングに書いて頂ければ、後の会話の応答などをお任せ頂いても大丈夫です。
お任せの際は【プレイング末尾】に『🌸』を記してください。
戦わずとも、優しい世界に別れを告げれば抜け出せます。もちろん戦ったりユーベルコードを使っても良いです。
あなたなりの『お別れ』の形や決意を示してください。
●第ニ章
集団戦『写本・魂喰らいの魔導書』
教団により写本として複製された魔導書。
一冊につき一人、内部に邪神教団員達が閉じ込められて眠っています。自動で迎撃する力を持っており、侵入者に攻撃を行います。
魔導書を破壊すれば意識を失った状態で教団員が解放されます。
また、少年『理櫻』が戦場に現れて皆様の邪魔をします。
教団員の処遇や少年の保護についてはプレイングになくとも大丈夫です。(書いて頂いてもお気持ちは無駄ではありませんが、保護等は事後の処理になってしまうので、二章での描写が省略されることをご了承ください)
●第三章
ボス戦『昊』
口も悪ければ態度も悪い魔法使い。
魂の制約があるらしく何らかの制限があるようですが、戦いでは強力過ぎる程の力を扱ってきます。冷静なようでいて心は狂気に支配されています。願いを叶える、という名目で他者の生命力を対価として奪い、己の生命を維持しているようです。
詳しい戦闘状況は三章開始時に冒頭文を追加します。
●少年について
理櫻(りお)
年齢は十歳くらい。親はなく名字は不明。
生贄になるため教団内で育てられてきたので外を知らない無垢な少年。会話は可能ですが、昊を信じきっているので説得にはなかなか応じません。魔法を使いますが、とても弱いので簡単に防御できるレベルです。
二章での会話や対応によって、少年が今後どうなるかが左右されます。
必ずしも少年と話さなければいけないわけではないので、皆様のご自由にどうぞ。
第1章 冒険
『幽冥Farewell』
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POW : 揺るがぬ心を強く持ち打ち勝つ
SPD : 足を止めずに幻惑を振り払う
WIZ : 力尽くで幻を消し去る
イラスト:せの
👑11
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樹神・桜雪
【POW】
会いたかった相手はボクの親友。
以前より思い出した事も増えたんだよ。淡い緑色の髪色とか、優しい煌めきを宿す赤い瞳とか。
優しく諭すような口調で「また無茶したの?」と苦笑いしてたっけ。
会いたかった。すごく、会いたかった。
ボク、あれから君の事たくさん思い出したよ。
「必ず迎えに行くから」って言うからボクずっと待ってたんだ。
やっと迎えに来てくれたんだ。ね、何を話そうか。
「どんな旅だったか教えて」って、そうだね。
いろんな場所に行ったよ。今度一緒に行こうよ。
…違う。君は迎えに来ない。
一緒に出掛けることも出来ない。
待っていても、君はどこにもいないんだ。
ごめんね。話せて嬉しかった。
でも、さよならだ。
🌸
●幻想の君
ひらり、ふわりと桜が舞う。
未だ冬だというのに、まるで雪が降りゆくかのように桜の花が散っている。
少し前までは目の前に大きな屋敷が見えていただけだった。
しかし、周囲に張り巡らされた魔法陣を踏んだ途端、桜が舞う図書館めいた場所に飛ばされてしまった。此処は幽かな記憶から生み出された場所で、其処に重なる桜が幻惑の力を持っていることもわかる。
それでもやはり綺麗な場所だ。幻想的な光景に樹神・桜雪(己を探すモノ・f01328)が目を奪われていると、誰かが自分に近付いてくる気配がした。
『――おかえり』
そちらに振り返る前に声が聞こえ、桜雪は少しの戸惑いを覚える。
今、誰の声がした?
懐かしい。その声について、そんな風に思えることが不思議でならなかったけれど、すぐにはっきりと解った。
「……ただいま?」
声の方向に向き直る時、疑問の混ざった声が出てしまう。少し妙だ。
しかしその感情もすぐに消えた。ああ、やっぱり。そう感じた桜雪は、声の主が自分の想像していた人物そのものであることを確かめる。
淡い緑色の髪に優しい煌めきを宿す赤い瞳。
――ボクの、親友。
以前までは思い出すことも出来なかった。大切な誰かがいるという思いだけがあって、親友であることも忘れてしまっていた相手。
でも、今は違う。はっきりとその声も、髪も、瞳の色も思い出している。
桜雪はそっと親友の方に歩み寄った。
おかえりを言うのは自分の方じゃないのかな、という思いも過ぎったが今はそんなこともどうでもよくなっている。
この不可思議な幻想空間がそう思わせているのだろうか。
親友は淡く笑い、優しく諭すような口調で桜雪に語りかけてくる。
『また無茶したの?』
仕方ないな、という苦笑いも混じっているが、その声はとても優しい。心の奥がきゅうっと締め付けられるような感覚がして、桜雪は自分の胸元に手を添えた。
「会いたかった。すごく、会いたかったんだよ」
『うん、同じだよ。会えなかったけれど、会いたかった』
親友は真っ直ぐな眼差しを向けてくれる。
気付けば場面は変わり、二人は図書館の中庭にあった桜の樹の下に座っていた。
「ボク、あれから君のことをたくさん思い出したよ」
『そっか、これまでとても苦しかったんじゃないかな。だったら……忘れていてもよかったのに。でも、ありがとう』
桜雪は今までに取り戻してきた記憶の話を語る。
親友は少しだけ不思議なことを話したが、穏やかな眼差しを向けてくれた。
あの日、『必ず迎えに行くから』といってくれた親友を、桜雪はずっと待っていた。
今、此処でやっと迎えに来てくれた。
桜雪の意識は幻想領域に呑まれていく。自分が何をしに来たのか。この場所が幻でしかないことすら忘れ去ってしまった。
「ね、何を話そうか」
『そうだね、どんな旅だったかもっと教えて』
「いろんな場所に行ったよ。手紙の迷宮に、魂のお祭りも。それから星が降ってくる世界もあったんだ。ね、今度一緒に行こうよ」
桜雪は話せるすべてのことを親友に語ろうと決め、向こうもそっと頷く。
『いいよ。そうだね、ずっと一緒にいよう』
親友は桜雪の望む言葉をくれて、願うままのことを肯定してくれた。
このまま、君と――。
そのとき耳元でちいさな囀りが聞こえた。
はたとした桜雪はそれが相棒の声だと気付き、親友とシマエナガを見比べる。
『どうしたの?』
「……違う」
親友が心配そうに此方を覗き込んでいる。ふと視線が交錯したとき、桜雪は気が付いてしまう。その赤い瞳の奥には、何の感情もなかった。
そうだ、偽物だ。幻惑されかけていた意識が明瞭になり、桜雪は首を横に振る。
君は迎えに来ない。
一緒に出掛けることも出来ない。
待っていても、君はどこにもいないから。
おかえりもただいまも、此処で言うべき言葉ではなかった。
立ち上がった桜雪は親友の幻を背にして、振り返ることなく歩き出す。
「ごめんね。話せて嬉しかった」
後ろで呼び止めようとする気配があったが、それよりも前に桜雪は宣言する。
――でも、さよならだ。
桜雪は別れの言葉と共に、一度だけ目を閉じてひらく。
其処にはもう桜が舞う景色はなく、彼の声も何処からも聞こえなくなっていた。
その代わりに、ちいさな鳥の囀りが耳をくすぐった。
大成功
🔵🔵🔵
ルゥ・グレイス
アドリブ歓
先生?
外に桜舞う書斎に白衣の男がいた。
桜が似合う男だ。
僕の師、カクリヨの魔法使い。
「ルゥ。久々だな。調子はどうだ?」
「おかげさまで変わりなく」
扉にもたれ素っ気なく答える。
「お前は無愛想だから」
「まだ教えてない魔術があったな。確か」
過去は遥か、永遠の九月も過ぎ逝きて
「もう既に覚えたんですよ。先生が居なくなって独学で」
魔法陣を展開。発生した水銀が変形し桜の花の銀細工を創る。
「本当に…お前は優秀だなあ」
先生は目を細める。温かなそれを懐かしく感じて僕は目を背けた。
「ええ、ですからもう」
ーー僕は一人で大丈夫ですから。
そのまま扉を開ける。
「…元気でやれよ」
その声に振り向かず、僕は進む。
扉が閉まる
●銀の桜
不思議な魔力に包まれる感覚が巡る。
よくない力であることは分かっていたが、無理に抗うことはせず、ルゥ・グレイス(RuG0049_1D/1S・f30247)は瞼を閉じた。
周囲の景色が変わっていく気配がして、ルゥは目をひらく。
まず見えたのは、ちいさな窓。
薄い硝子の向こう側には穏やかな空が広がっている。高く果てない青空の下には桜の樹があり、淡い色をした花弁がひらひらと舞っている。
視線を巡らせると、此処が或る書斎だということが分かった。
「先生?」
ルゥの銀の瞳には自分ではない人物の姿が映っている。
もうひとつの窓辺には白衣の男が立っていた。ルゥが呼びかけると、彼はひらいている窓に手を伸ばし、書斎に飛び込んできたひとひらの花弁を手に取る。
やはり桜が似合う。
そう感じたルゥは、彼に軽く会釈をした。
何故なら、彼はカクリヨの魔法使い――ルゥの師である人物だからだ。
『ルゥ。久々だな。調子はどうだ?』
此処は本物の世界ではないというのに、彼はあの日と同じように語りかけてくる。ルゥは彼が立つ窓辺とは反対方向にある扉に歩み寄り、緩く頷いた。
「おかげさまで変わりなく」
ルゥは表情を変えることなく、扉にもたれかかりながら素っ気なく答える。
何も感じていないというと嘘になるが、ルゥにはこれが幻想だと分かっていた。それでも師の方を見つめ続ける。
ルゥに向き直った彼はゆっくりと窓を閉じた。
窓越しに桜が舞い続けている。美しく思える桜だが、あれはルゥの心をこの領域に縛り付けるために魔力を放ち続けているようだ。
ルゥは幾度か瞬きをしたが、それ以上は何も反応を見せない。
『相変わらずお前は無愛想だ』
すると師は軽く肩を竦め、書斎の机に置いてあった一冊の本を手に取った。愛想がないことは気にせず、彼はルゥの前で本のページを捲っていく。
『まだ教えてない魔術があったな。確か』
「…………」
ルゥは彼の手元を見つめていた。
此処は、この場所がまるで時間が止まっているようだ。
過去は遥か遠く。
永遠の九月も過ぎ逝きて――。だが、これが自分の理想なのだろうか。師と過ごしたあの日々をもう一度。出来るならば永遠に。
ルゥは師が教えようとしている魔術が何なのかを知り、首を横に振った。
「もう既に覚えたんですよ。先生が居なくなって独学で」
そうして、指先を宙にかざす。
魔法陣を展開したルゥは其処に自分の魔力を込めていく。空中に発生した水銀が変形していき、桜の花の銀細工が創られていった。
師は双眸を細め、慈しむように桜の銀細工を眺めた。
『本当に……お前は優秀だなあ』
穏やかな声を紡いだ彼は、ルゥを認めてくれている。
温かな眼差しと声を懐かしく感じたが、ルゥは先生から敢えて目を背けた。
分かっている。幻だ。
理解している。もう還れない日々だと。
師はルゥが「先生が居なくなって」と語った言葉すら解っているようだ。そうか、と頷いた彼は銀細工に手を伸ばして、そっと掌の上に浮かせた。
これを貰っていいか、と言われているようで、ルゥは何も言わずに首を縦に振る。
それから、先程に師から掛けられた言葉への返答を口にした。
「ええ、ですからもう」
――僕は一人で大丈夫ですから。
ルゥは銀細工を手にした師の顔を見ることなく、そのまま扉の方に向き直った。扉に手をかければ、後ろから先生の声が聞こえてくる。
『……元気でやれよ』
その言葉に対して、ルゥは何も答えなかった。
振り向かず、過去を過去として認識して、永遠はないのだと己を律して進む。
そして――扉が閉まった。
大成功
🔵🔵🔵
百舌鳥・寿々彦
季節外れの桜に目を奪われる
柄にも無く綺麗だと思った
寿々君
僕を呼ぶ声に振り返る
鈴子
その姿を見て思わず後退りをした
全身に鳥肌が立った
僕の双子の姉
邪神教団に心酔した両親は躊躇なく生贄に僕らを差し出した
どちらかを贄にして、どちらかに神を降ろす為
鈴子は自分を贄になる事を選んだ
僕を生かす為
鈴子はいつもそうだった
彼女が近寄る
優しく微笑みながら僕を抱きしめる
寿々
懐かしい彼女の声
僕は
お前が大嫌いだったよ
彼女の首に手をかける
自分を犠牲にして僕を生かしたのだって
そうすれば僕が鈴子に永遠に囚われるってわかってたから
愛してるよ、寿々
彼女の首にかけた手に力を込める
ばいばい、鈴子
あれ、何で僕は泣いてるんだろう
🌸
●愛し君を
一歩を踏み出した。
そうすれば世界の様相は一変していき、季節外れの桜の樹が視界に入る。
それまで居た場所とは似ても似つかない不思議な空間が、百舌鳥・寿々彦(lost・f29624)の目の前に現れていた。
美しく、儚く咲く桜に目を奪われた寿々彦は思わず呟く。
「……綺麗だ」
柄にもなく、そんな言葉が零れ落ちていった。幻想的で不可思議な領域には桜の花が絶えずひらひらと舞っている。
この花が自分を此処に縛り付けていくのだろうか。どうしたものかと寿々彦が考えていると、ふと背後に誰かの気配を感じた。
『――寿々君』
その声は。
彼女が、僕を呼んだ。
背筋に悪寒めいた何かが走る。緊張と驚きが綯い交ぜになり、まともに動かぬはずの心臓の鼓動が早鐘を打つかの如き奇妙な感覚だ。
声の主を確かめるために寿々彦は振り返る。その姿を見ずとも既に解っていたが、其処に立っているのは紛れもない、彼女だ。
「鈴子」
寿々彦が声に出せたのはたった一言だけ。
言葉の代わりに寿々彦は一歩、後退った。全身に鳥肌が立っている。いるはずがない。こんなところに、このような場所に。僕の――目の前に。
寿々彦の脳裏に過去の記憶が巡っていく。
鈴子は彼の双子の姉だ。
二人の両親は邪神教団に心酔していた。彼らは教団の導きだと称して、双子を躊躇なく生贄として差し出した。
天の思し召しだと教団員は歓喜した。そして、儀式は執り行われる。
どちらかを贄にして、どちらかに神を降ろす。
その為の残酷な儀式が――。
『寿々くん、元気だった? うん、良かった。元気そうだね』
しかし、彼女は何もなかったかのように微笑み、寿々彦に歩み寄ってくる。
鈴子は自分が贄になることを選んだ。
寿々彦を生かす為に自ら犠牲になった。
過去を振り返った寿々彦は何も言わずに首を横に振った。彼女は寿々彦が元気などではないと分かっているのに、敢えて元気付けようとしている。
彼女の手が寿々彦に伸ばされた。
気付けば背には桜の樹があり、それ以上は下がれない。鈴子は本当に嬉しそうな笑みを浮かべ、優しく寿々彦を抱きしめた。
『寿々君……ううん、寿々』
桜が舞い、懐かしい彼女の声がすぐ耳元で聞こえる。
会いたかったよ。ずっとずっと逢いたかった。ちゃんとご飯は食べられている? あとで珈琲を一緒に飲もう。お勧めの本があったら教えて。一緒に読んでみたいから。そうだ、新しい栞を一緒に作ってもいいかもしれない。
そういった他愛のない、些か饒舌すぎるほどの言の葉が耳に届く。
ねえ、寿々。
寿々、寿々彦。大好き。
やさしい言葉が次々と掛けられる。
鈴子はずっと寿々彦を抱き締め続けていた。寿々彦はというと彼女に触れようとはしない。下ろしたままの手は微かに震えていた。
「僕は、」
『どうしたの?』
掠れた声を絞り出し、寿々彦は掌を握った。それから彼は不思議そうに首を傾げる鈴子に向け、ゆっくりと手を伸ばして、そして――。
「お前が大嫌いだったよ」
寿々彦は彼女の首に手をかけ、その指先に力を込めた。
知っている。識っていた。
鈴子はいつもそうだ。自分を犠牲にして寿々彦を生かした理由も分かっている。
彼女が死ねば、彼女が犠牲になれば。
そうすれば、寿々彦が鈴子に永遠に囚われることになるから。
細い首から何かが折れたような音が響く。それでも彼女の瞳は寿々彦だけを映し続けている。そうして、鈴子は心の底からいとおしそうに、最後の言葉を紡いだ。
『……愛してるよ、寿々』
それが、永遠に咲く桜景色の中で聞いた終わりの声。
――ばいばい、鈴子。
寿々彦が手を離したとき、周囲の光景は元に戻っていた。
これで良かったと感じた寿々彦は、いつのまにか閉じてしまっていた瞼をひらく。そのとき、一筋の雫が頬を伝っていった。
「あれ……」
何で僕は泣いてるんだろう。
その答えは見つからず、寿々彦は幽冥に滲む暗い空を見上げた。
大成功
🔵🔵🔵
メイジー・ブランシェット
気がつけばお世話になってる仕事先
何処かに行ったことは覚えてるけど……
仕事をしていても曖昧で、夢だった気がしてきた
いつもの時間、いつもの日常
大事な友達も、大好きなヒトも、見守ってくれてる人達も、皆いる
今の日常が願いの叶えられた世か――
誰かが私に、今日は用があるのではと聞いた
場所はいつもの噴水広場。言われるとそんな気がして走り出す
そこで待っていたのは
優しい声で「メイジー」って呼んでくれる
愛おしさを滲ませた笑顔を向ける、フルイドさん
全てが理解った
だから、変身した
"juggernaut"を振るった
デバイスが問いかけるけど、どうでもいい
こんな世界を、醜い願望を、全部、全部壊せるなら――っ!
●ジャガーノートの火
違う世界が目の前に広がっていく。
それまで居た場所とは全く別の光景が見えてきたことに気付き、メイジー・ブランシェット(演者・f08022)は瞼を幾度か瞬かせた。
その場所はいつもお世話になっている仕事先だ。
少し違うのは、其処に季節外れの桜の花弁が舞い散っていること。しかし、幻想領域に囚われたメイジーは花に違和など感じなかった。
それが当たり前で、此処に立っていることに疑問すら覚えない。
(何だか変な気分のような……?)
しかし、メイジーは心と体が別の所にあるような違和感を覚えていた。
何処かに行ったことは覚えている。けれどもそれ以上を思い出せない。
仕事をしていても曖昧で、すべてが夢だった気がしてきた。心の底で違う自分が叫んでいるような感覚だって、ただの気の所為。
そして、メイジーはそのまま仕事先で過ごしているままの生活を送っていく。
これが幻であるとは知れず、気付けぬまま――。
いつもの時間、いつもの日常。
大事な友達がいる。大好きなヒトもいてくれる。
メイジーをそっと優しく見守ってくれてる人達や、皆が此処にいる。
それは彼女が心から願うものだ。
今と変わらない日々こそがメイジーが望んだ世界。今の日常というかけがえのない時間が、既に願いの叶えられたものだった。
『メイジー!』
誰かが楽しげに名前を呼んでくれる。
笑顔で答えたメイジーもまた、そのヒトの名前を呼び返す。友達がいて、楽しい時間があって、変わらないものがずっと続いていく。
幻想は深く巡る。
此処に居続ければいい。幸せな夢を見て、そのまま――。
やがて、幻の中で少しの変化が起こる。あるときに幻想世界の中で仲良くしている誰かがメイジーに聞いたのだ。
『今日は用があるのでは?』
日常を過ごしていたメイジーはその問いかけを聞き、はっとした。
場面はいつしかいつもの噴水広場に変わっている。どうしてすぐに場所が変わったかなど気にならず、言われるとそんな気がして走り出した。
メイジーは其処に向かって駆けていく。
噴水がきらきらと光っていて、辺りには幻想の桜が舞っている。
その先で待っていたのは――。
『メイジー、遅かったね』
優しい声が聞こえた。ちゃんと自分を呼んでくれて、愛おしさを滲ませた笑顔を向けてくれる彼が其処にいた。
しかし、その瞬間に全てが理解った。
――だから、変身した。
メイジーは“juggernaut”を振るい、この世界を壊そうと決める。何故ならこれは本物ではないと気付いたから。本当だったら、彼は……。
《――――――――――――》
《――OK?》
デバイスが問いかけてきたが、真実に気付いたメイジーにはどうでもいい。
「こんな世界を、醜い願望を、全部、全部壊せるなら――っ!」
自身の電子体を消費して構築した空間干渉兵装が巡る。其処から生み出されたのは全てを埋め尽くすような圧倒的砲火砲撃。
力の限り放出された砲撃は、メイジーを包んでいた空間自体を壊していく。
そして、瞬く間に現象は崩れ去った。
力の解放を止めたメイジーは俯きながら自分の足元を見下ろす。
もう幻想の桜は何処にもなく、彼の幻もない。ただ、暗い影だけがメイジーの傍に寄り添うように揺れていた。
大成功
🔵🔵🔵
フリル・インレアン
ふえ、あ、あなたは・・・。
誰?ですか?
懐かしい感じはするのですが、全然思い出せません。
アヒルさんはこの方が誰か分かりますか?
やっぱり、知らないですよね。
私がアリスで記憶を失っているから、分からないのでしょうけど
どうしても思い出せないんですよね。
すみません、私は先を急いでいるので失礼します。
・・・、思い出せないけど、記憶を失う前の私にとっては大切な人だったのでしょうね。
思い出せなくて、本当にごめんなさい。
🌸
●過去と幻想
桜の花がひらひらと舞っている。
気が付けば知らない景色の中に放り込まれており、フリル・インレアン(大きな帽子の物語はまだ終わらない・f19557)は戸惑いを覚えていた。
確か、いつものように猟兵としての役目を果たすために郊外の屋敷に訪れたはず。
しかし、今のフリルの目の前に広がっているのは不思議なアサイラムの光景。其処には最初に見たものと同じ、この場には不釣り合いな桜が舞い続けている。
フリルはきょろきょろと辺りを見渡す。
不安げに、アヒルさん、と相棒ガジェットの名を呼んでみたが状況は変わらない。そのかわりにフリルの前に誰かが現れた。
「ふえ、あ、あなたは……」
『おかえりなさい! ねえ、あなたもお茶会に来ない?』
金の髪の少女がにこやかに笑い、フリルに手を差し出してくる。知っているようで知らない相手だったのでフリルはきょとんとしてしまった。
「誰ですか?」
『ふふ、寝ぼけてるの? いいから行きましょ!』
少女はフリルの手を取って駆け出した。しかしフリルは本当に相手が誰であるのかを思い出せていない。懐かしい感じはするのだが、全く記憶にない。
はやくはやく、と急ぐ少女に手を引かれながら、フリルは帽子の上にいるアヒルさんに問いかけてみる。
「アヒルさんはこの方が誰か分かりますか?」
だが、アヒルさんも首を横に振るだけ。
此処がアサイラムであるならば当然かもしれない。
「やっぱり、知らないですよね」
『誰と話しているの? ほら、みんなも揃っているみたい。お茶会の始まりよ!』
フリルを導いた少女は明るく笑う。
彼女が示した先では、やはり記憶にない少女達がテーブルに並んでいた。もしかすれば友達だった子なのかもしれない。
それとも、フリルが無意識に思い描いている理想がこの情景なのか。
(私がアリスで記憶を失っているから、分からないのでしょうけど……どうしても思い出せないんですよね)
少し寂しいような気持ちを覚えながら、フリルは少女がテーブルにつく姿を見つめる。机の上には香り高い紅茶や甘いお菓子がたくさん並んでいた。
一緒に其処に座って、お茶会を楽しむのもきっと悪くない。
名前が思い出せないなら聞いてみればいい。沈んで思い出せない記憶の底から、彼女や少女達の名前も浮かび上がってくるかもしれない。
だが――。
「すみません、私は先を急いでいるので失礼します」
フリルは楽しげなお茶会のテーブルに背を向け、別の方向に歩き出した。
やはり何も思い出せない。
けれど、記憶を失う前のフリルにとっては大切な人だったのだろう。
「……思い出せなくて、本当にごめんなさい」
フリルは帽子の縁をぎゅっと握り、アヒルさんの重みを確かめる。今の自分にとってはこの世界よりも現実の方が大切だ。
優しい世界に別れを告げ、フリルは幻想領域から抜け出していく。
その背を見送るように、桜の花がふわりと舞い上がった。
大成功
🔵🔵🔵
大町・詩乃
POW
(詩乃の願いが叶えられた世界)
美しい山々と川と田園、そこに暮らす人々。
人々は豊かで笑顔に満ち、お互いに労わり合う。
命終の時は来れど苦しむ事もなく、残された人々は静かに悼み乗り越えて、命を繋いでいく。
とても美しい世界。
故に叶わぬ願いと知っている。
だから、せめて自分は人の意志を尊重し、介入し過ぎにならない様に、世の為、人の為に力を使うのだ。
振り返ると懐かしい巫女が一人。
アシカビヒメとして祀られていた自分を人の世に連れ出してくれた、大切な友だちにして名付け親。
「お久し振りです♪貴女を忘れた事はありません。私は今もあの時と同じく、楽しく頑張ってますよ」と笑顔を餞として別れを告げ、前に進みます
🌸
●神として、人として
一歩を踏み出すだけで世界が変わった。
それまで見えていた屋敷の景色ではなく、目の前には別の風景が現れている。
其処は――大町・詩乃(春風駘蕩・f17458)の願いが叶えられた世界。
美しい山々には緑が満ち、桜が咲いている。
穏やかに流れていく川には淡い色の花弁が浮かんでおり、その奥には長閑な田園風景が広がっていた。其処に暮らす人々の姿もちらほらと見える。
人々は豊かさと笑顔に満ちている。
『今日の仕事も頑張ろうかねえ』
『おお、無理はするなよ。手伝うことがあれば呼んでくれ!』
『母さん、こっちこっち!』
『急がなくてもお団子は逃げませんよ。ふふ……』
人々の声が聞こえる。
お互いに労わりあい、慈しみあい、生を謳歌している声がたくさん。
そんな彼らが日々を紡いだ先には必ず終わりがある。
命が潰えて、終幕終の時は来れど――。
彼らは誰も苦しむこともなく、残された人々は静かに死を悼む。
そして、人々は死を乗り越えて、命を繋いでいく。
其処はそんな、とても美しい世界だ。死という別れが訪れても、誰もが前を向き続けていける、やさしい場所。
だが、だからこそ――。
「故に叶わぬ願いだと、私は知っています」
穏やかな世界を見つめていた詩乃はそっと思いを言葉にした。
誰もが死や苦しみを乗り越えられるわけではない。亡くしたことを悔い、もう会えないことを嘆き、前を向けない者もいる。
だから、せめて。
詩乃自身は人の意志を尊重し、介入し過ぎないようにしている。そして、世の為、人の為に力を使うのだと決めていた。
そんな中、不意に誰かの気配を感じた。
詩乃が振り返ると、桜が舞う景色の中に懐かしい巫女が立っていた。
アシカビヒメとして祀られていた詩乃。そんな自分を人の世に連れ出してくれた、大切な友達であり、詩乃の名付け親でもある彼女は微笑んでいる。
「お久し振りです♪」
『…………』
詩乃が声を掛けると、巫女は返事の代わりに笑みを向けた。
同じように久し振りであることを喜んでいるようだ。しかし、詩乃は彼女と共にこの世界で過ごす気はなかった。
家屋の縁側に座ってのんびりと花見をしてもいい。
川辺を二人で歩いて、流れていく花をゆっくりと数えてもいい。
いつまでもそうやって過ごしていくことが出来れば幸せだが、これがすべて幻でしかないと知っているからだ。
「貴女を忘れた事はありません。私は今もあの時と同じく、楽しく頑張ってますよ」
『……、……』
巫女はこくりと頷き、詩乃を見つめ返した。
何も言葉を返さないのは、きっと敢えてのことだ。優しい巫女は、自分が何かを告げてしまうと詩乃の重荷になると思っているのかもしれない。
これもきっと、詩乃が思い描く理想が此処にあるからだ。
そして、詩乃は笑顔を餞として別れを告げる。
――さようなら。
桜の幻想は消えていく。記憶から生まれた美しく優しい世界も消滅していく。まるで願いは叶わないのだと言われているようでもあったが、詩乃は心を強く持つ。
そして、ひらりと花弁が舞い落ちて――理想の世界は、闇に閉ざされた。
それでも詩乃は振り返らず、前に進んでいく。
思い出を胸に抱いて、己の進むべき未来を見据えながら。
大成功
🔵🔵🔵
陽向・理玖
『どうした?理玖
ぼんやりして
おっ
お前さん背ぇ伸びたんじゃねぇか?』
頭に乗る大きな手
『直に俺を追い越すかもなぁ』
低い声
優しい笑顔
…師匠
あんたがいなくなって一年半
…やっと踏ん切りがついた
つけられるようになった
でもこうして
会ってしまえば
やっぱりどうしても
目の奥がつんと痛む
あんたがいて
仲間が…みんながいたら
どんなに幸せだろうって
…何度目の夢だコレ?
溜息
師匠
俺もう大丈夫
生きなきゃいけないから生きるんじゃない
あんたが望んだ様に
猟兵になって
仲間が
大切な人が増えて
今はちゃんと生きたいから
それでも
あんたに直接言いたかったな
…大好きだった事
それと
仲間がピンチな気がするんだ
俺もう行くよ
さようなら
…父さん
拳合わせ
🌸
●師と弟子
潮の香りがする港町の風に乗り、桜が舞っていく。
はたとしたとき、既に世界は変わっていった。桜の花が翔けた先を追うようにして振り向いてみると、閑静な住宅街が見える。自分が立っているのが坂の上だと気付き、陽向・理玖(夏疾風・f22773)は視線を巡らせた。
此処は街を一望できる静かな丘。
そんな場所に、いるはずのない人物が立っていた。
『どうした? 理玖』
彼はぼんやりとしている理玖の方に歩み寄り、よ、と声を掛けて横に並んだ。理玖の瞳に映った景色を一緒に見て、いい眺めだ、と語った彼は笑みを向けてくる。
『おっ、お前さん背ぇ伸びたんじゃねぇか?』
その大きな手が理玖の頭に乗せられた。
成長期だからだろうな、なんてことを言って更に笑った彼は、そのままぽんぽんと頭を軽く撫でてくれる。
『直に俺を追い越すかもなぁ』
低い声に優しい笑顔。
当たり前のように傍にいてくれる彼は。彼こそが――。
「……師匠」
『ん? 何だ、何かあったのか?』
理玖はやっとのことで、彼を呼ぶことが出来た。
微かに声が震えた。
これが夢や幻想であると気付けなければ、理玖は何の疑問も抱かずに彼との日常に戻ったかもしれない。
ヒーローとして共に生き、平和を守る日々。
そして、あの事件など起こらなかった――ただ、平穏が続く世界を。
されど理玖は知っている。
桜が舞い続ける世界は偽物で、彼も自分の記憶から読み取られた存在に過ぎない。
理玖は心を落ち着け、師匠に向き直った。
「あんたがいなくなって一年半だ」
『そうか、もうそんなに経ったか』
対する彼は自分がいなくなったということすら知っているような素振りだ。理玖は胸が締め付けられるような感覚に陥ったが、これもこの領域の仕業だと断じる。
「短いようで長かった。……でも、やっと踏ん切りがついた」
つけられるようになった、という方が正しい。
語ることすら出来なかった師匠との別れや出来事を話せる相手がいる。それはきっと、自分も少しは強くなった証だ。
しかし、こうして会ってしまえば心も揺らぐ。
(でも、やっぱりどうしても……)
目の奥がつんと痛んで、この幻に身を委ねたくなってしまう。幸福があると分かっていて踏み出せないのは苦しい。
「あんたがいて、仲間やみんながいて……あの人が傍にいてくれて、俺もずっと一緒にいられたら。誰も欠けていない世界があったら、どんなに幸せだろうって思う、けど」
途切れがちに語る理玖は自分の中で思いを整理していく。
確かに理想だ。望んだ世界は此処にある。
だが――。
「……何度目の夢だ」
溜息をつく。そして、理玖は俯きかけていた顔をあげた。
目の前には優しく笑っている師匠がいる。まるで理玖の考えに区切りがつくまで待っていてくれたかのようだ。
「師匠」
『ああ、理玖。お前の思いを聞かせてくれ』
師は真っ直ぐに此方を見つめている。この世界に留まれ、と告げるのではない。理玖の思い描く彼のまま、どうしたいかを聞いてくれた。
「俺はもう大丈夫」
『……そうか』
「生きなきゃいけないから生きるんじゃない。あんたが望んだように、猟兵になって、自分の力を使って、みんなを救って――」
これまでに多くの縁を重ねてきた。
仲間が、大切な人が増えた。雁字搦めの義務としての生ではなく、自由に選び取れる権利としての生を意識しはじめた気もする。何よりも、強く思うことがあった。
「今はちゃんと生きたいから」
『理玖……。強くなったな』
そういって師匠は理玖をもう一度、大きな手で包み込むように撫でた。目の奥から何かが込み上げてきそうだったが、理玖は堪える。
そして、理玖は自ら師匠に背を向けた。
やはりこれは幻だ。頼ってはいけないし、此処に居たいとも思ってはいけない。
それでも。
「あんたに直接言いたかったな。……大好きだったこと。それと、」
背にした師匠がそっと笑った気がした。
告げたかった思いは胸の奥に仕舞い込み、理玖は拳を握り締めた。
「仲間がピンチな気がするんだ。だから俺、もう行くよ」
――さようなら、父さん。
ずっと隣に居てくれた人。感情を思い出させてくれた人。自分の為に命まで賭して、生きろと願ってくれた人。
大切で、大事で、かけがえのない――父として傍にいてくれた人。
拳を合わせた理玖は目を閉じる。
桜が舞い散る港町の景色が消えていく。その代わりに幽冥の昏さが滲んだ現実の世界があらわになっていく。
そして、理玖が瞼をひらいたとき。懐かしく優しい景色はすべて消え去っていた。
大成功
🔵🔵🔵
ユヴェン・ポシェット
これは…桜か…
俺に様々な花や木々、生命のかたちを教えてくれた奴がいた。
………ミエリ。
かつての、いつもの様に、アンタは「小僧、よく来たな」と言うけど。
だから俺は小僧じゃねぇって。
だけどアンタ相手だと俺はいつまでも酷く未熟なのだとも感じる。
俺はアンタに何度もあったよ
アンタがいなくなってから何度も…
それ程までに俺の中でデカい存在なんだアンタは。
多分、これからもアンタは俺の目の前に現れるんだろ
だけどホンモノじゃない。
本当のミエリに逢う事は、もう二度とない。
UC「halu」使用。
別れる為の花を自らの腕に咲かせて聖獣に触れる。
じゃあな、ミエリクヴィトゥス。
🌸
●別れの花
夜の帳が下りる頃。
其処に季節外れの桜の花が見えた。淡い色を宿したちいさな花弁が舞い降りてきたことに気付き、手を伸ばそうとして一歩を踏み出す。
「これは……桜か……」
その瞬間、世界の様相が変化した。
魔力で作られたらしい桜の花弁はユヴェン・ポシェット(kuilu・f01669)の手を擦り抜けて何処かに行ってしまう、
しかし、ユヴェンにはそれよりも周囲の状況の方が気に掛かった。
夜になりかけていた景色は明るい森に変わっている。小鳥の声が聞こえ、木々の上に小動物が駆け回っている姿が見えた。
そして、その奥にはひとつの影が現れている。
それは昔、ユヴェンに生命のかたちを教えてくれた存在。
様々な花や木々の名を、そして森に生きる動物達の名や、命の廻りを語ってくれた。
「………ミエリ」
『小僧、よく来たな』
ユヴェンが彼の名を呼ぶと、ミエリクヴィトゥスはあの頃のように迎えてくれる。
当時と違って、ユヴェンは様々なことが変わっている。それでもミエリクヴィトゥスは変わらない。
「だから俺は小僧じゃねぇって」
『呼び名程度に拘るようではまだまだ。なぁ、小僧』
威厳のある態度で、それでいてからかうようにミエリクヴィトゥスはユヴェンを見つめた。言い返す言葉をなくしたユヴェンは肩を竦めた。
ミエリクヴィトゥスが相手では自分がいつまでたっても酷く未熟なものだと感じてしまう。それほどに尊敬できる相手でもあった。
『さて、小僧。どうかしたのか』
大きな樹の下に腰を下ろしたミエリクヴィトゥスはユヴェンに問う。
何故、此処に来たのか。
そのように問われている気がして、ユヴェンはその隣に座り込んだ。此処が自分の望む世界であることは分かっている。
これまでにも幻は何回も見てきたゆえ、己の中に深い未練があるのだろう。
「俺はアンタに何度もあったよ」
『そうか』
語り始めたユヴェンの言葉を、ミエリクヴィトゥスは静かに聞いている。
「アンタがいなくなってから何度も……」
『失くしたものに縋るのは無意味だとは思わないのか』
聖獣は責めるでもなく、ただの純粋な疑問として言葉を紡いだ。ユヴェンはゆっくりと頷き、そうかもしれないが、と続ける。
「それ程までに俺の中でデカい存在なんだアンタは」
不意に何処かから桜の花が舞ってきた。
何だか意識がぼんやりとしてくる。このまま森の心地よさに身を委ねてしまえば、命を奪われるまで幸せに浸っていられるのだろう。
ユヴェンは顔をあげ、ミエリクヴィトゥスの横顔を見つめた。
「多分、これからもアンタは俺の目の前に現れるんだろ」
だけどホンモノじゃない。
本当のミエリクヴィトゥスに逢う事は、もう二度とない。
『…………』
答えは返ってこなかった。ユヴェンの理想の中にいるミエリクヴィトゥスはそのまま何も語らず、じっと空を見ているだけだ。
もう行くといい。
進め、と言われているように感じたユヴェンは立ち上がる。
此処は穏やかで幸せな森のままだが、ミエリクヴィトゥスしかいない。ミヌレもロワも、テュットもタイヴァスもクーもいない。閉じた世界でしかない。
「俺は戻る。……ありがとう」
ユヴェンは手向け代わり花を自らの腕に咲かせ、聖獣に触れた。
一瞬、ミエリクヴィトゥスがほんの少しだけ双眸を細めて微笑んだ気がした。そして、別れの言葉を送る。
――じゃあな、ミエリクヴィトゥス。
その言葉と共に森と聖獣は見えなくなっていった。幻を見せた桜と一緒に、優しい世界は跡形もなく消えていく。
閉じていた瞼をひらいたユヴェンの手には竜槍が握られている。
行こう、と呼びかければ、槍から強い感情が伝わってきた。
何処までも、ずっとずっと一緒だよ、と。
大成功
🔵🔵🔵
カルディア・アミュレット
大切な人の口調
私
呼び捨て
~かな、~だよ
*
――カルディア
ふと
懐かしく愛おしい男性の声が響く
…この声
忘れるはずがないわ
瞳を目の前に向ける
視線の先に
己と似た顔をした吸血鬼がいた
――わたしの大切な灯り
彼はわたしのランタンを撫で
微笑んでいた
このランタンは彼が造り
恋人のために灯す大切なあかり
…主さま
ずっと探してた…
やっと会えた
ふらり彼のもとへと足が進もうとする
しかし
ぴゅぃっ
兎の鳴き声1つ響く
足元見ると羽耳兎のアムがわたしの服を引く
我に返る
…そう
そうね
ここにいるはずない
UC起動
わたしは命を導く灯
命を奪う幻惑に
惑うことは赦されない
主さまがそう願いを込めて
わたしを造ったから
…必ず
わたしから…あいにいくわ
🌸
●あなたのあかり
夜の狭間に桜の花が見えた。
冬に咲くことのない花の欠片が、ひらりと舞ってカルディア・アミュレット(命の灯神・f09196)の傍に舞い降りる。
花の揺らぎに気を取られていたからか、足元の魔方陣には気付けぬまま。
彼女の視界は一瞬で暗転した。
――……ディア、……カルディア。
ふと、愛おしい声が聞こえた。
いつの間にか閉じていた瞼をひらき、カルディアはその声の主を探す。
低いけれど何処か穏やかさを感じられる男性の呼び声。その響きは何だか懐かしい。
「……この声」
カルディアが立っていたのは真っ暗闇の最中だ。
しかし、すぐにランタンを掲げたカルディアの眼の前が淡く照らされる。
一度も忘れたことがない。忘れるはずがない。だって――。
カルディアの瞳は真っ直ぐに前に向けられている。その視線の先にいるのは、己と似た顔をした吸血鬼がいた。
――わたしの大切な灯り。
ふたたび彼の声が聞こえたかと思うと、その手にカルディアの本体であるランタンが現れる。彼はカルディアそのものを撫でて微笑んでいた。
人としての自分は此処にいるというのに、何だか不思議な光景だ。
そのランタンは彼が造りあげたもの。大切な恋人のために灯す確かなあかり。
「……主さま」
この世界は滅茶苦茶だ。
自分がふたつあって、何処かも分からない暗闇で、居ないはずの彼がいる。
しかし、今のカルディアにはそんなことなど少しも気にならなかった。何故、この場所に不思議な桜の花が舞い続けているのか。主さまが自分を呼んでくれているのはどうしてなのか。疑問すら浮かばないのは幻惑の力のせいだ。
「ずっと探してた……」
『私もだよ、カルディア』
「やっと会えた、主さま」
『さあ、私達のためにまたあかりを灯して』
その呼び掛けにこくりと頷き、カルディアは一歩ずつ彼の元に歩み寄る。彼が持つランタンの元に辿り着けば、自分はまたあの日々を送ることができる。
ふらり、と自然に彼のもとへと足が進もうとするが――。
そのとき、カルディアの耳に別の音が届いた。
「ぴゅぃっ」
「……アム?」
兎の鳴き声が聞こえたことでカルディアがはっとする。その声が響いてきた足元を見ると、羽耳兎が服の裾を懸命に引いていた。
そっちにいってはいけない。そこは違う場所だから。
そのように伝えている気がして、カルディアは我に返った。
「……そう」
立ち止まり、もう一度主さまを見つめる。彼は変わらずに微笑んでいて、おいで、とカルディアに手を伸ばしていた。気付けば彼の手の中にランタンはない。
それでカルディアはすべてを理解した。
「そうね、ここにいるはずない」
これは幻。そう判断したカルディアは不滅の青焔を周囲に満ちさせていく。
わたしは命を導く灯。
命を奪う幻惑に、惑うことは赦されない。
「主さまがそう願いを込めて、わたしを造ったから……」
『……、……』
彼は何も語らず其処に立っている。
そして、カルディアの放った焔が闇の空間を打ち破っていく。主さま達の為に闇を照らし続けたいという願いがこの領域を作ったのだろう。だが、此処に本物はいない。
このまま身を委ねてしまえば楽だったかもしれない。
されど、命と引換えにするほどの幸福は与えられない。それに――。
「……必ず、わたしから……あいにいくわ」
決意を抱き、自分の心を確かめたカルディアは消えていく彼に背を向けた。
そうすれば幻想領域も消滅していく。
幻でしかない存在に別れを告げた彼女はランタンを下ろす。
地面に影を作った灯は揺らめき、壊された魔方陣を淡く照らしていた。
大成功
🔵🔵🔵
楠木・万音
現代……久しいわね。
出会いと別れの花と共に置き去りにしたもの
変わらないわね。
ええ。何も変わらない。
一歩一歩と歩む度に桜が舞う
花の色が視界を染めて、何処かへと攫われるの
何時まで、こうして支配をしているの。
目の前を埋め尽くす桜を払うわ
広がる光景は見慣れたもの
此処はあたしが管理をする幻想の森
何時もと異なるのは……貴女が居るということ
森たちは主の帰りを歓迎しているよう
あたしだって、祝福を述べたいわ。
おかえりなさいと告げることは出来ないの
貴女が幻なのだと、痛いほどに解るから。
貴方の声を聴きたい。
貴女の操る魔法が、もう一度見たい。
全て叶わぬ夢だと云うのに、嫌ね。
あの森もあたしも、貴女を待ち続けている。
🌸
●魔女の森
桜の花が風に乗って飛んでいく。
その軌跡を視線で追いかけ、楠木・万音(万采ヘレティカル・f31573)は幾度か瞬く。
「現代……久しいわね」
出会いと別れの花と共に置き去りにしたものが此処にある。
やはり変わらない。
「ええ。何も変わらない」
浮かんだ思いを言葉にした万音は既に幽冥の魔方陣の中に囚われている。避けていこうにも、どうせいずれは取り込まれるのだから抵抗はしなかった。
敢えて自分から踏み込み、此処を抜けようと決めた万音は幻に身を浸す。
一歩、また一歩。
そうやって歩んでいく度に桜が舞う。
花の色が視界を染めて、淡い色ばかりが瞳に映る。何処かへと攫われるような花と風の流れを受け、万音は閉じそうになっていた瞼をひらいた。
「何時まで、こうして支配をしているの」
片手を掲げた万音は目の前を埋め尽くそうとしている桜を払い退けた。
そして、その向こうに広がっていた景色は――。
しゃん、しゃらら。
しゃる、しゃらん。
硝子が咲く音が聞こえ、樹々の揺らぎが耳許をくすぐる。
「……」
無言のまま、万音は広がる光景を見渡した。それは見慣れたもので懐かしいと言うには少し違う風景だった。
此処は万音が管理する幻想の森。
学生で賑わう魔法学園を越えた先に一面に広がる森はいつもと変わらぬまま。
しかし、唯一異なるのは――。
貴女が居るということ。
ざわめく森たちは主の帰りを歓迎するように揺らいで、彼女を迎えている。
万音も彼女の帰還を歓びたかった。けれども知っている。心までは幻惑されてなどいないから、痛いほどに解っていた。
『――――』
彼女が此方に何かを語りかけている。
しかし、万音は耳を傾けようとしない。言っていることはわかるが、それは自分が望むままの言葉でしかないからだ。
「あたしだって、祝福を述べたいわ。でも……」
双眸を細めれば、貴女の姿がはっきりと捉えられる。森たちもずっと歓びをあらわしているようで心地が良い。
彼女は奇跡を披露してくれた魔女で、万音は現在もその存在に憧れている。
過去のように彼女がいる森で過ごしていたい。そう願ったからこそ、幻想領域はこんな景色を作り出した。
万音は一度だけ俯き、目の前の魔女から視線を逸らす。そして、先程の言葉の続きをそっと紡いだ。
「おかえりなさいと告げることは出来ないの」
貴女が理想通りの表情を浮かべて、思い通りの言葉を語る。その度に幻なのだと、痛いほどに解るから。
本当は貴方の声を聴きたい。
貴女の操る魔法が、もう一度見たい。この森で、自分の傍で、貴女が――。
しかし、万音はこれ以上を望まないことを心に決めた。
待ち望むことも、後を追うことも、今の自分には関わりがないのだと考えている。奇跡を叶えたとして、幻には縋れない。胸の空白を埋められるのは幻想ではない。
『――、――』
彼女がふたたび、何かを告げてくれた。
それはあの日々に伝えてくれた言葉のひとつであり、万音の胸の奥が僅かに痛む。此処にいればいずれ痛みも忘れるのだろうか。幻に縋ることを心が許せば、最期の時まで理想の中で眠れるのか。
「いいえ、ありえないわね。そんなこと」
万音は自分に言い聞かせるように呟き、森の光景と魔女に背を向けた。
さよなら、とは言わない。
きっと、この夢は心に残り続けるだろうから。それでも今はこの領域に別れを告げるべきときだ。万音が決別の思いを抱くと、桜が舞う世界は静かに消えていく。
辺りの光景が元に戻っていくことを確かめながら、万音は独り言ちた。
「全て叶わぬ夢だと云うのに、嫌ね」
貴女がいない。
貴女は何処にもいない、
けれど――あの森も自分も、未だにずっと貴女を待ち続けているのだから。
大成功
🔵🔵🔵
ロキ・バロックヒート
舞う花弁に伸ばした手をとられる
白くて長い指先
兄のような存在だった背の高い白い男
握る力は案外強く
たぶんかれは―
怒ってる?
―いや
怒ってるでしょう
―怒ってない
無口なかれの受け答えは優しいけど端的で
未だ“こういうこと”に喚ぶことを
好しとはしないんだろう
いつだってかれは正しくて
正しく在るまま孤独に消えた
元は同じものであるが故に
私たちの繋がりはなにかのカタチになることはなく
消える時も皆孤独だった
ねぇ
自分に名前を付けたんだ
のっぽにも付けてあげようか?
断られるのも解ってるから
じゃあ名前で呼んでよ
名前に篭めた意味ごと
皆に持って行ってくれたらいい
自分から手を離す
もっと早く
こう呼べたらよかったな
さよなら、兄さん
🌸
●兄弟
夜の帳が世界を包みはじめた。
訪れた屋敷は薄暗いが、淡く光る魔方陣が辺りを照らしている。
ロキ・バロックヒート(深淵を覗く・f25190)が何気なく顔をあげると、何処からか風に乗って飛んできた桜の花を見つけた。
舞う花弁に手を伸ばす。
その瞬間、世界のかたちが変化していく。伸ばしていた手を取られ、ロキの身体が大きく傾いだ。そして、その身は別の誰かの元に引き寄せられる。
ロキの手首を握っているのは白くて長い指先。
見上げる先に見えたのは背の高い白い男。兄のような存在だった、かれ。
最後は弱々しかったはずのかれが握る力は案外強く、確かに其処にいるような錯覚に陥る。否、きっとこの世界では本当にかれがいるのだ。
たぶん、かれは――。
ふとした思いが過ぎる中、ロキはやんわりとかれの手を解いた。
それから、問いかけてみる。
「怒ってる?」
『――いや』
彼は最初にみせたものと変わらぬ表情で首を横に振る。しかしロキはもう一度、確かめるように問いを重ねる。
「怒ってるでしょう」
『――怒ってない』
かれは多くを語らない。元から無口だったが、その受け答え自体は優しい。かれの端的過ぎるほどの返答は何だか懐かしくも感じる。
それでもロキは考えてしまう。
きっと未だ“こういうこと”に喚ぶことを、かれは好しとはしていないのだろう、と。
「それなら、怒ってよ」
『――いいや』
ロキが戯れに告げてみると、かれは更に頭を振る。ロキも肯定してくれるとは思っていなかったので予想通りの反応だ。ロキは肩を竦め、握られていた手首を見下ろす。
いつだってかれは正しかった。
正しく在るまま、孤独に消えていった。
それから知った。正しくあることだけが、正解ではないのかもしれないと。
元が同じものであるが故に、ロキたちの繋がりは何らかのカタチになるようなことはなかった。同じであるからか、みな孤独に落ちるように消滅した。
思い出したのはかれとの別れの時。
そのことは言葉にはせず、ロキはかれに語りかけた。
「ねぇ、自分に名前を付けたんだ」
『そうか』
どんな名前だとは聞かれなかったが、ロキは自分の名を伝える。良かった、という思いがかれの声から感じ取れた。ちいさく笑ってみせたロキは彼に提案を投げかける。
「のっぽにも付けてあげようか?」
『いや、要らない』
「そっかあ、残念。じゃあ名前で呼んでよ」
断られるのも最初から解っていた。だから、ロキは自分の名をかれに紡いで欲しいと願う。この名前に篭めた意味ごと、皆に持って行ってくれたなら。
すると、かれはロキの手を再びそっと握る。
次は手首を無理に握るのではなく、握手をするように優しくやわく。
『――ロキ』
予想通り、彼は名前の音だけを口に出した。相変わらず端的で素っ気なくも感じられる言い方だ。けれども、その声にはやはり優しさが満ちていた。
ありがとう、とロキは囁く。
解っている。此処は幻想領域だ。ロキが望んだままの世界があって、願ったままのかれがいる。すべては幻でしかなくて、自分の裡にしかないもの。
このままかれが生き続ける未来か、或いは一緒に消えてしまう過去か。
そういったものを見続けることも出来た。されどロキはどちらも選ばない。そうして、握られた手を自分から離した。
かれは何も言わずにロキを見送ろうとしている。
消えゆく間際の弱々しい眼差しではなく、在りし日の瞳のままで。
ばいばい、と手を振るのはロキなりのせめてもの手向け。
二人の間に幻想の桜が通り抜けていく様は、まるで隔絶と別離を示すかのよう。
ロキはかれに背を向けて歩き出す。過去に沈んで、世界から追い出されたものを振り返ることはしない。
けれども、ロキにはほんの少しだけ思うことがあった。
(もっと早く、こう呼べたらよかったな)
――さよなら、兄さん。
魔法領域が消えた後、解っていながらも一度だけ振り返ってみる。
やはり、其処にはもう何もなくて――桜の魔力の残滓だけがひらりと舞っていた。
大成功
🔵🔵🔵
橙樹・千織
遠い記憶にしかいないはずの
銀狼のあの子
ーーーー!
名を呼んで
笑って
抱きしめて
謝りたい
貴女の幸せな姿を見たい
貴女ほどではないけど
剣を振るえる様になったの
ねぇ、ーーーー
貴女は…幸せに、なれたのよね?
蝶が舞う闇冥で尋ねた問いをもう一度
そっか…そっか
答えに微笑み
此処は優しい幻の世界
だって貴女は
本当のこの世界にいるはずがないのだから
もしいたとしても
前と違う姿の私をわかるはずがない
私を覚えているはずがない
だから
今日の夢は
もうおしまい
私はこれからも貴女を見ると思う
それくらい
貴女が大事だから
でもね
こんな私を信じて
一緒にいてくれる
笑ってくれる
失いたくない
大好きな子達がいるの
またね
ーーーー
これからもずっと大好きよ
●忘れられない貴女へ
不思議な力に包まれ、思わず目を閉じた。
魔法で形作られた桜の花がふわりと舞い、橙樹・千織(藍櫻を舞唄う面影草・f02428)の頬をくすぐっていく。
次に目を開けた時、辺り一帯は糸桜の景色に変化していた。
其処に誰かが立っている。
千織が目を凝らすと、人影は段々と見覚えのあるものに変わっていった。それは遠い記憶にしかいないはずの、銀狼のあの子。
「――――!」
千織は思わずその名を呼んだ。
此処が何処であるかなど、そのときはどうだってよくなっていた。何度も何度も名を呼んで、笑って抱きしめて、それから。
「ごめんなさい……ごめん、なさい……」
謝りたかった。
千織の心は銀狼の子に縫い留められる。糸桜から散った花がふわりと舞っていく。
その度に現世のことを忘れ、此処に居続けたいと思ってしまう。この場所にいれば一緒にいられる。願ったことをすべて、叶えられるから。
「ずっと、貴女の幸せな姿を見たかったの」
『――、』
耳許で声が聞こえた。それは千織が望むままの言葉で、やさしい響きを孕んでいる。
うん、うん、と頷いた千織は彼女を抱き締めた。この心地よさが幻であるとは気付けぬまま、じわじわと真綿で首を締めるように生命が囚われていくとは気付けず――。
そして、千織は語っていく。
「貴女ほどではないけど、剣を振るえるようになったの」
ずっと貴女を思っていた。
太刀筋を思い出して、貴女のように上手く使えるよう懸命に戦ってきた。
貴女に伝えたいこと、話したいこと、語り合いたいことがたくさんある。千織は彼女が自分を抱き締め返してくれていると気付き、嬉しさを噛み締めた。
そして、何よりも一番聞きたかったことを問いかけてみる。
「ねぇ、――――」
その名を呼べば、彼女はそっと頷く。
聞いてしまったら何かが終わってしまうかもしれない。幻惑されかけた千織の中に残っている理性がそれを聞いてはいけないと告げている。
それでも、聞かずにはいられなかった。
「貴女は……幸せに、なれたのよね?」
一瞬、辺りの景色が蝶の舞う闇冥に変わる。すぐに景色は糸桜の光景に戻ったが、あの場所で尋ねた問いをもう一度、問いかけた。
『――幸せ』
こくりと彼女が頷く。
言葉にされたのはたった一言で、それ以上は何もなかったけれど。それで理解してしまった。千織の意識は引き戻され、彼女を抱きしめていた腕をそっと離す。
「そっか……そっか」
その答えに微笑んだ千織は頷きを返した。
そう、此処は優しい幻の世界。
彼女は自分が望んだ答えしか語らない。すべてが理想で、願いが叶った世界しか形作られないのだから、その返答も予測できていた。
少しばかり幻の力に惑わされてしまったが、心の奥の千織は違うと叫んでいた。
幸せなはずがない。
もし幸福だったとしても、此処でこうして告げてくれるはずもない。
「だって貴女は――」
本当のこの世界にいるはずがないひと。
千織は現実を見据え、首を横に振った。もしいたとしても前と違う姿になった千織のことがわかるはずがない。
そう、覚えているはずがない。ありえないことばかりが此処にはある。
「……ありがとう。だから、今日の夢はもうおしまい」
礼を告げた千織はそっと彼女と距離を取った。本当はもう少しだけ傍にいたいけれど、いつまでも留まってはいられない。
「私はこれからも貴女を見ると思う。それくらい、貴女が大事だから」
千織は踵を返した。
銀狼に背を向けて、幻の桜から遠ざかるかたちでゆっくりと歩いていく。
でもね。
こんな私を信じて、一緒にいてくれる。そして笑ってくれる、失いたくない大好きな子達がいるの。心でそっと念じた千織は振り返らずに告げる。
「またね」
――――。
これからも、ずっと大好きよ。
大成功
🔵🔵🔵
兎乃・零時
アドリブ歓迎
先生
先生かー…
良いなぁ、魔術の師…俺様も欲しい…
ってか魔法使いなんだよ、どんな魔術使うんだろ…
あれ、なんで桜舞ってんの?
空間魔術…?
願いが叶えれた世界
なんか絵本で見た奴いるんだけど
俺様の夢が叶った世界は確かに理想だけどこんなすぐかなうわけないじゃん!
良いぜ見てろ!本物にもしあったらそんときゃ最強を…全力で越えてやる!
覚悟しとけ!
「最強?俺がか?ははははは!?面白い事を言う!」
・一人称:俺、偉そう、面白い事が好き
・兎乃の絵本に登場してた最強の魔術師、…兎乃は知らないが、正確には最強にして最凶最悪たる、「善悪問わず」何もかもをしてきた魔術師
絵本に載ってない部分すら再現させている
●最強で最凶
「先生、先生かー……」
現場に訪れた兎乃・零時(其は断崖を駆けあがるもの・f00283)は師と弟子という関係性を思い、羨望が混じった思いを抱いた。
「良いなぁ、魔術の師。俺様も欲しい……」
魔法と聞けば興味が湧かないわけがない。今回の事件も魔導書や魔方陣というものが張り巡られていると聞いて駆けつけたくらいだ。
「ってか今回の相手は魔法使いなんだよな、どんな魔術使うんだろ」
首を傾げて考えていると、零時は不意に違和を覚えた。
辺りの様子がいつの間にか変化している。確かに先程までは怪しい屋敷の前に居たというのに周囲には桜が舞っている。
「あれ、なんで桜……? 空間魔術か?」
疑問が次々と浮かんでいく中、零時を包み込む世界は一気に色を変えた。
おお、と感嘆の声が零れ落ちる。
何故なら其処は、幼い日々に絵本で何度もみた様相が広がっていたからだ。幼少時に胸を躍らせ、今も心に息衝いている世界が此処にある。
はっとした零時はこれは自分が思い描く理想の場所なのだと察した。
「なんか絵本で見た奴いるんだけど……」
『ははは! ここは絵本などではないぞ!』
「うわっ、あれ……もしかして――」
零時が驚きと興味でそわそわしている中、誰かが声を掛けてくる。予想はしていたがやはり、この人物は――。
「最強の魔術師だ!」
『最強? 俺が? ははははは! 面白い事を言うな!』
零時が少しばかり興奮気味に彼に近付くと、絵本の登場人物である魔術師は偉そうに笑った。そして、気に入った、と零時を強く見つめる。
彼は零時を傍に呼び、お近付きの印に魔術を見せてやると言った。
『いいか、見ていろ!』
周囲には宇宙めいた色の空が広がっている。其処に指先を向けた魔術師は何やら魔方陣を描いていった。
指の先から光が滑っていき、複雑な陣を形成する。
「何が起こるんだ……?」
絵本を読んで貰っていたときのように心が躍る。すると陣から沸き起こったいくつもの光の筋が空に舞い上がっていった。その軌跡は天に浮かんでいた星を撃ち落としながら花火のような爆発を起こし、空を彩っていく。
『どうだ? 俺の力は』
「すげー……」
とても綺麗で派手で高度な魔法であることが分かった。思わず感心する零時は、気が付いていない。彼が行ったのは星の破壊だ。偽りの世界であっても、此処に存在する誰かの星が戯れに散った。
零時は知らないが、彼はただの強者ではない。最強にして最凶最悪たる、善悪も問わずに何もかもを成してきた魔術師だ。
『更に高度な力を学びたいなら俺が教えてやろう、少年よ!』
魔術師は零時を呼び、自分の胸を叩く。
それは少年の夢が叶うための一歩になるだろう。言い換えれば、先生が欲しい、魔術を極めるという理想が実現する世界だ。
「俺を弟子に? うーん……」
『お前なら一瞬で最強になれるだろう。修行などすぐに終わらせてやるぞ』
しかし、零時は先程からずっと違和感を覚えていた。
確かに彼の魔術は凄い。されど今の言葉で更におかしいと思ってしまった。そして、零時は首を横に振る。
「俺様の夢が叶った世界は確かに理想だけど、こんなすぐ叶うわけないじゃん!」
『ん? 楽して強くなるのは嫌か』
「そりゃ一瞬で強くなれたら良いけど、なんか違うだろ!!」
『そうか……。では最強の座は俺だけのものだな』
魔術師は不敵に笑い、零時を試すように笑った。だが、それはそれで零時としても黙っていられなかった。
「いいや、俺様は最強になる! 良いぜ見てろ! というか偽物だろお前。本物にもしあったらそんときゃ最強を……全力で越えてやる!」
既に零時は幻惑を破っている。
都合の良い世界など受け入れられないというのが少年の在り方だ。零時はびしりと指先を魔術師に突きつけ、全力で宣言する。
「だから覚悟しとけ!」
その瞬間、魔術師の楽しげな笑い声が幻想領域に木霊した。そして――。
「あれ?」
気が付けば、零時は元の場所に立っていた。いつの間にか幻惑の力から抜け出し、現実に帰ってきていたようだ。
気を引き締めた零時は今のやり取りをしかと胸に抱く。
それから、いつか。
もしかすれば、あの絵本の魔術師が最凶であることが描かれた本を少年が手にすることもあるのかもしれない。されど、それはきっと未だ遠い未来の話。
今は猟兵として成すべきことをするため、少年は前に進んでいく。
大成功
🔵🔵🔵
リル・ルリ
くっ!
ヨル…まいたか?!
桜が舞ったと思ったら何かの気配
僕達は追われている
物陰に隠れ揺桜を構える
櫻宵とカムイがいない…僕だって
―ちょこまか逃げんな、ガキ!
ピィ!捕まった!
誰だお前!何で僕を…白い鳥の男?
―俺はユリウスだよ
エスメラルダにそっくりだなぁ、お前
男がクシャクシャに撫でてくる
ユリウスっていうんだ
黒薔薇の聖女と一緒にいたっていう
…パンドラへの気持ち?
会わなきゃわからない
―ノアはあの女の唯一の家族だった
お前にとっての母親がそうだったように
…つまり
とうさんを殺した僕を彼女は憎むって事?
もう!とぼけないでよ!
それでも僕はいく
とまってなんてられない
匣舟は漕ぎ出した
憎悪の行方も全部
僕らが決めること
🌸
●白の魔法
「くっ! ヨル……まいたか?!」
「きゅー!」
リル・ルリ(『櫻沫の匣舟』・f10762)達は今、何者かに追われている。
桜が舞ったと思えば水底のような空間にいた。それからリル達は誰かが追いかけてくる気配を感じて、物陰に隠れていた。万が一の為に揺桜を構えるリルは、何が来ても立ち向かうという意思を強く抱く。
「今は櫻宵とカムイがいないけど……僕だって」
だが――。
『ちょこまか逃げんな、ガキとペンギン!』
「ピィ!」
「きゅうー!?」
「わああ、ヨルが捕まった!」
隠れていたヨルがひょいと持ち上げられ、驚いたリルが悲鳴をあげる。揺桜を使うことも忘れて人影をぽかぽかと叩いたリルは必死だ。しかし、すぐにはっとする。
「誰だお前! 何で僕を……あれ、白い鳥の男?」
気付けばヨルは彼によって手懐けられており、大人しくしていた。溜息をつき、別に取って食いはしないと話した彼はリルに名を告げた。
『俺はユリウスだよ。しかし本当にエスメラルダにそっくりだなぁ、お前』
「エスメラルダ……かあさん?」
そういって男はヨルをリルに返し、髪をくしゃくしゃに撫でてくる。
ユリウス。彼はリルの故郷を治めていた黒薔薇の聖女と一緒にいたという魔術師だ。
『まぁいい。単刀直入に聞くが、あの女のことはどう思ってる?』
「……パンドラへの気持ち? どうだろう、会わなきゃ……わからない」
リルは問われたことを考え、俯いてしまう。
するとユリウスは語っていく。
リルの父でもあるノアは、パンドラの唯一の家族だった。リルにとっての母親がそうだったように、たったひとりの肉親だ。
『あの女は、お前への気持ちがわからないとは思っていないぜ』
「……つまり、とうさんを殺した僕を彼女は憎んでるってこと?」
『さぁな』
「もう! とぼけないでよ! それに何で君がここにいるの?」
この場所は確か敵の魔術による幻想領域だったはずだ。桜が舞い、水底の街が遠くに見えることから幻の世界だということははっきりと解る。
すると彼は饒舌に語り出した。
『俺は別に本当のユリウスじゃない。お前にかけた白の魔法の残滓が擬似的に意思を持ったもの、というべきか。まったくの偶然だが、どうやらこの魔術領域の主と俺の魔力は相性がいいらしい』
だからこうして顕現できたのだと彼は言う。
リルは首を傾げながらも、真剣に今の状況を考えていった。
「むつかしいことはわからないけど……君が僕の願いを叶えてくれるの?」
『そうだ。お前は今、知らないことを知りたいと望んでいるだろ。この領域で『俺』と繋がったことで、その望みは叶えられる』
ユリウス曰く、黒薔薇の姉弟が辿ってきた事柄や黒耀の街での記憶が、これから徐々にリルに宿っていく。ユリウスが見聞きしたことだけではあるが、リルの知らぬことが少しずつ与えられていくらしい。
『いいか、いろんな世界に游いで往け。様々な景色を見て、戦って、何かを感じろ』
そうすればそれが切欠となる。
リルが知りたいことが魔力によって伝えられる。
「とうさんの……パンドラの、過去……」
『だが、お前にとっては不要なことや苦しい話も知ることになるだろう。覚悟がないなら桜の館にでも閉じこもって幸せに暮らせ』
ユリウスはそう告げると、じゃあな、と言って消えていった。挑発的な言葉であり、まるでリルを焚き付けているようだ。
その後、最後の最後に声だけが聞こえた。
『――ああ、そうだ。『切欠』を得られれば俺の魔法も使えるようになるはずだ。あの女と戦うならいい武器になるぜ。ま、使いこなせるかどうかはお前次第だけどな』
そして、完全に彼の気配はなくなっていく。
この場の彼は消えてしまったが、リルの身に彼の色である白が宿り続ける限りは、魔力の残滓は存在し続けるのだろう。
わかったよ、と呟いたリルはヨルを抱き締めた。此処から続く路は険しく苦しいものだと理解していたが、それでも。
「……僕はいく。とまってなんてられないから」
リルは心配そうに見上げてくれているヨルに、大丈夫だよ、と答えた。
憎悪の行方、愛の果て。
自分達が目指す場所や、行き着く先を何処にするのかも、全部――。
「僕らが決めることなんだ」
もう既に、匣舟は漕ぎ出しているのだから。
大成功
🔵🔵🔵
誘名・櫻宵
桜吹雪の向こう側
三つ瞳和らげた微笑み
薄唇が紡ぐ名の心地良さをしっている
―サヨ
全力で駆けて腕の中に飛び込む
神斬!
梔子の香り
柔い温度に安堵する
神の腕の中は幼少の私の唯一の居場所
師匠
もう一度あいたかった
おかえりなさい
カムイになってかえってきてくれて
傍に居てくれてありがとう
あなたを忘れない
私を救ってくれた神様
私が初めて救えた存在
あなたは私を見捨てないと自惚れていい?
何時までも大好きでいてもいい?
私は私が怖い
きっとまた傷つける
あなたも皆も
師匠が立派になったって褒めてくれたのに
私…
桜雨を拭う指が優しくて
言葉が心に沁みて
けれど此処にいろとあなたは言わないとしっている
うん…帰る
サヨナラは言わない約束
またね
🌸
●きっと私の神様は、
幻惑の力を纏った桜の花が瞳に映る。
それは瞬く間に桜吹雪となり、誘名・櫻宵(爛漫咲櫻・f02768)の目の前を淡い色に染めあげていった。
その向こう側にひとつの影が見え、櫻宵は引き寄せられるように歩いていく。
噫、あのひとがいる。
此処が幻の世界であると理解していながらも、無意識に其方に向かってしまう。
三つの瞳を和らげた微笑みが其処にある。
その薄唇が紡ぐ、名の響き。呼ばれるだけで巡る心地良さをしっている。
『――サヨ』
彼が自分の名を声にした。その瞬間、櫻宵の心は幻想に染まった。
今がどんな状況であるか。何を成さなければならないのか。そんなことはもうどうでもよくなっていた。何故なら、彼が――師匠がいるから。
櫻宵は全力で駆け、その腕の中に飛び込む。
両手を広げて待ってくれていた彼も櫻宵を優しく迎え入れた。
「神斬!」
『噫、サヨ。待っていたよ』
幼かったあの頃のように無邪気に、何も考えずに彼の元に縋った。
梔子の香りがして、柔い温度が安堵を運んで来てくれる。神の腕の中は幼少時の櫻宵にとって、唯一の安らげる居場所だった。
もう何処にもない、過去の記憶の中にだけ存在する場所。
それを今、此処に取り戻せた気がした。
「師匠……師匠、」
『落ち着いて、私はもう何処にも行かないよ』
泣きそうな櫻宵の背を硃赫神斬が撫でてくれる。すらりとした高い背丈。漆黒の長い髪に凛とした佇まい。全部、彼でしかない姿だ。
「もう一度あいたかったの」
おかえりなさい。
ありがとう。
櫻宵は心からの思いを伝え、神斬の瞳を見上げる。
「カムイになってかえってきてくれて、傍に居てくれて……とても嬉しいの」
『……私はいつでもサヨの味方だ』
櫻宵の髪を緩やかに撫で、神斬は優しい声色で紡いでいく。櫻宵とてカムイの存在と硃赫神斬の存在を比べているわけではない。それでも、この姿の彼と逢いたかった。
櫻宵は柔らかな腕の感触を確かめ、瞳を閉じる。
あなたを忘れない。
私を救ってくれた神様で、私が初めて救えた存在だから。
「あなたは私を見捨てないと自惚れていい?」
『噫……』
「何時までも大好きでいてもいい?」
『勿論だよ。私もいつまでもサヨのことを想っているから』
望んだ通りの彼の声が返ってくる。けれども櫻宵の心には大きな傷が残っている。
私は私が怖い。何故なら、きっとまた傷つけるから。
いつか私ではない私が求められるのだろうから。
「あなたも皆も、師匠が立派になったって褒めてくれたのに、私はまた……」
櫻宵は口を噤む。
理想が満ちた世界で恐ろしいことを語りたくはなかった。すると神斬は櫻宵の瞳を覗き込むようにして、額と額をそっと合わせる。第三の眼は閉じられているが、確かに櫻宵を見てくれていた。
『大丈夫。いいや、大丈夫であるように私がサヨを護ろう』
櫻宵の心を察したように桜雨を拭う指が優しくて、掛けてくれる言葉がすっと心に沁みていく。ずっとこのまま此処にいたくなる。
けれど、此処にいろ、なんてことを硃赫神斬は言わないとしっている。
そうして、神斬は櫻宵から腕を離す。
それは引き離すわけではなく、ゆっくりと慈しむような動作で行われた。神斬は穏やかに微笑みながら櫻宵の背を押す。
『さあ、行っておいで。私はいつもサヨの傍にいるからね』
「うん……帰る」
黒と紅の桜が舞い続けるこの場所はとても幸せだけれど、これは櫻宵だけの閉じた世界だ。本当の硃赫神斬の魂は――カムイ達は、現実の世界にいる。
だから、サヨナラは言わない約束。
――またね。
精一杯の笑顔を向け、櫻宵は美しき世界から本当の居場所に戻っていく。
現実の光景が見えた時、一羽のカラスが櫻宵の頭上を横切った。まるで、幻想世界で交わした言葉を示すようだ。
そして、黒の羽は櫻宵の元にひらりと舞い落ちてきた。
大成功
🔵🔵🔵
朱赫七・カムイ
暖かい
桜花弁に埋もれ
柔い春の温度に身を預けて微睡みながら手を伸ばす
触れるのは私を覗き込む美しい桜龍
竜神イザナイカグラ
その姿を見るのは久し振りだ
…私は初めて見るけれど懐かしい
こうして君と共にあれることだって奇跡だ
君ときみと一緒に、ずっと
―お前は何をしようとしている?
約通りだよ
共に旅をするんだ
色んな世界を観に行くよ
時などいくらあっても足らない
―それがどういう事か
大丈夫
イザナ
サヨのことはちゃんと私が守る
邪魔になる呪いだって
サヨはきっと喜んでくれるよ
嘗て君が喪った永遠を取り戻すんだ
どうしてそんな顔をするの?
悪いことなど何も無いよ
そろそろ起きなければ
可愛い巫女を迎えに行く
……またね
現で逢おう
…カグラ
🌸
●無垢
揺れる、揺れる。桜の花が。
揺らぐ、揺らぐ。風を受けた枝葉が。
――暖かい。
桜の花が舞ったと思った直後、朱赫七・カムイ(約倖ノ赫・f30062)の身は違う世界に取り込まれていた。柔らかな陽射しを感じているカムイは桜花弁に埋もれている。
此処が現世ではないと頭の何処かで分かっているが、心地に身を委ねてしまう。
柔い春の温度に微睡みながら、カムイは手を伸ばす。
少し硬い、それでいて快い膝の上。
その膝を借りて、其処に頭を乗せているカムイの指先が触れたのは美しい桜龍。
『もう起きたのか?』
穏やかな声色で問いかけ、カムイを覗き込む彼は――。
竜神イザナイカグラ。
懐かしい、と感じた。いつかの過去にあった光景であるからか。それとも真っ直ぐに彼の瞳を見つめることが久々であったからか。その姿を見るのは久し振りだった。
「……私は初めて見るけれど、噫、そうだね」
カムイとしてではなく、硃赫神斬としての記憶が懐かしいと言っている。
荒御魂が宿る人形としてではなく、竜神としての彼と今のカムイが此処にいられることは、何だか不思議だ。
魂が共についてきてくれたことですら奇跡。
そして、幻の中であってもこうして君と共にあれることだって尊い奇跡だ。
「君ときみと一緒に、ずっと………」
優しい世界に浸っていたい。
いとしい桜が咲く世界で、たったふたりで。魂だけで触れ合って、永遠を誓って、いつまでも平穏というものを感じていたい。
そして、様々な場所を巡っていきたいと願った。
カムイの心はこの場に囚われかけている。イザナイカグラはそんなカムイの朱砂色の髪をそっと撫でていた。
そして、ゆっくりと尋ねる。
『――お前は何をしようとしている?』
「約通りだよ」
共に旅をしよう。様々なものを見て、感じて過ごそう。
春の野山、夏の海辺、秋の紅葉、冬の街。美しい湖や澄んだ空、荒れた地や壊れた街であっても、きみとならば。
カムイはとけるような心地を覚え、イザナイカグラにふたたび触れる。
「色んな世界を観に行くよ、時などいくらあっても足らないから」
幻想の世界であるからこそ、永久に。
カムイは無意識にそんなことを口にしていた。だが、その言葉を聞いたイザナイカグラの表情が悲しげに歪む。
『――それがどういう事か』
「……ごめん」
解っているのか、と彼が言い終わる前にカムイはその言葉を遮っていた。
理解している。ただ、ほんの少しだけ夢に浸りたかっただけだ。
「大丈夫だよ、イザナ」
サヨのことはちゃんと私が守る、とカムイは告げる。
この先の邪魔になる呪いだって、未来を阻むものだって、全て斬る。イザナから継いだこの刀で、櫻宵達と一緒に。
『…………』
「サヨはきっと喜んでくれるよ。嘗て君が喪った永遠を取り戻すんだ」
『お前は――』
すると、イザナイカグラは何とも言えない表情をした。喜んでもいない、かといって悲しんでいるわけでもない複雑な顔だ。
「どうしてそんな顔をするの? 悪いことなど何も無いよ」
『……、…………』
イザナイカグラはそれ以上、何も言わなかった。口を出すべきことではないと判断したのかもしれないが真意は知れない。
生まれたばかりの無垢な神は気付けないでいる。
その思いは、一歩を間違えれば大きな過ちに成り果ててしまうことを。
『そのときは、私が……』
イザナイカグラはカムイにすら聞こえぬ声で呟いた。それが意味することを、今のカムイは知らないまま。
「そうだ、そろそろ起きなければ」
可愛い巫女を迎えに行くのだといって、膝に預けていた身体を起こしたカムイはそっと立ち上がった。いつしかイザナイカグラもカムイの前に立ち、二人は見つめあう。
視線が交差して、頷きが交わされた。
――またね。現で逢おう。
「……カグラ」
幻想世界の様相が元に戻った時、カムイの傍にはカグラが立っていた。
布で隠されている顔がどんな表情を宿しているのかはわからないが、今も魂が傍についていてくれることは確かだ。そして、彼の元からカラスが飛び立つ。
行こう、とカグラ達に告げたカムイは歩き出す。
愛しい櫻の巫女と、志を同じくする白の人魚のもとへ――。
大成功
🔵🔵🔵
朝日奈・祈里
……ん。行ってくる
いつになく真面目な顔で転送先へ
好きになったはずの花が、今は不快で
どっかに消えろーって長杖を振り回す
そんなぼくを可笑しそうに見てくる少年が居た
かつてアルダワの研究所で一緒だった子
珍しく歳が近かったから、よく話をした相手
初めて友と呼べた存在
名前は……ああ、確か…
リオンくん。
ぼくよりみっつ年上で、研究以外の事を教えてくれた子
……仲良くなり過ぎて、色々持ってかれた
だから、友じゃ無くなった子
怒ってる?急に冷たい態度を取ったから
……そうだな。ここでずっと一緒に居たいけど
ごめん。ぼくはきみと同じくらい大事な子がいるんだ
だからさよなら
思い出したから、思い出の中でまた会おう
僕、キミ、だよ
🌸
●きみのさくら
幻惑の桜が舞っている。
行ってくる。頼んだ、という遣り取りを交わして訪れた屋敷の前。
透き通った魔力で出来た桜の花に手を伸ばし、朝日奈・祈里(天才魔法使い・f21545)は唇を噛み締める。
桜は掌を擦り抜けていき、祈里の心をざわつかせた。好きになったはずの花が今は不快で仕方がない。長杖を取り出した祈里は両手をぶんぶんと振り回す。
「こんなもの……こんなの、どっかに消えろーっ」
その瞬間、世界の色が変わった。
魔法使いの拠点となっている屋敷に張り巡らされた魔方陣が発動したのだろう。それでも祈里は舞い散る桜を払うように腕を振る。
こつん、と不意に長杖が大きな桜の樹にあたった。いつの間に現れたのか、思わず後ろに仰け反ってしまう祈里。
そんな少女の耳に、くすくすと笑う声が聞こえた。
「何だ?」
『ごめんね、少しおかしくって』
言葉通りに祈里を可笑しそうに見てくる少年が其処にいる。誰だっけ、と考えるのも束の間、祈里の中に記憶が蘇ってくる。
少年は桜の樹の下に歩み寄り、祈里を楽しげに見つめていた。
彼は、そう――。
アルダワの研究所で一緒だった子。研究所にいた子達の中で珍しく歳が近かったことで、かつての祈里とよく話をしていた相手だ。
はじめて友と呼べた存在。
こんな記憶が自分の中に残っていたのかと少し驚いてしまった。
そのとき、祈里は既に幻惑に囚われかけていた。本当はこんな場所からすぐに出て、大切に思う人のために動かなくてはならないというのに。
(名前は……ああ、確か……)
「リオンくん」
『うん、どうしたの?』
無意識に名前を呼んでいたことで、彼が首を傾げた。
徐々に記憶が巡っていく。リオンはみっつほど年上で、当時からみれば自分よりも少しだけ物知りだった。何せ研究以外のことを教えてくれた子だ。
会う度に他愛ない話をした。
楽しいと思ったことが何度もあった。だが、だからこそ。
(……仲良くなり過ぎて、色々持ってかれたのに。どうして――)
祈里は不思議と明瞭になった過去を思う。
もしかすればこの領域は、持っていかれたものすら内包しているのだろうか。
そうだとすれば此処では憂うことなどないのかもしれない。欲しいと思ったものが手に入り、見たいと思ったものも視られる。
思考がぐるぐると廻っていく中、不意にリオンが祈里に笑いかけた。
『――ねぇ、●●●●』
彼が祈里の名を呼んだ。今のものではない、あの名を。
祈里の胸に棘が刺さったような感覚が走った。心地良いけれど、此処に居てはいけないという気持ちが徐々に大きくなってくる。
それでもどうしてか此処から去れずに、祈里は桜の樹に背を預けた。
そして、聞きたかったことを彼に問いかけてみる。
「怒ってる?」
『何で? キミ、何か怒られるようなことをした?』
「急に冷たい態度を取ったから」
『なんだ、別に怒ってないよ。僕もちゃんとわかってるから』
ほんの少しだけ寂しそうにリオンは笑った。けれども解っているのは祈里もだ。この領域は望んだ答えしか返ってこない。
もし本当のリオンが怒っていたとしても、祈里はそれを望んでいない。
『それよりも、またお話をしようよ。キミに教えたい面白いことがあって――』
ぱっと表情を変えたリオンは祈里の手を引こうとする。しかし、祈里はやんわりとその手を解いた。
「……そうだな。ここでずっと一緒に居たいけど、ごめん」
きみも大切だった。
大事だったから、契約は容赦なくきみのことを奪った。
また失くしてしまうかもしれないことは苦しい。それでも、譲れないことがある。
「ぼくにはきみと同じくらい大事な子がいるんだ」
――だから、さよなら。
今は別れてしまうけれど。
もうきみを思い出したから、思い出の中でまた会おう。
世界の景色は元に戻っている。祈里は長杖を強く握り締め、今も屋敷の周りに舞っている幻惑の桜に向けて魔力を放った。
「挨拶代わりだ。いいか、ぼくの大切な子を悲しませるなよ」
悪しき桜を炎で散らしていき、祈里は魔法使いへの宣戦布告を言葉にした。
大成功
🔵🔵🔵
ディアナ・ロドクルーン
【桜紡】
『ディアナ』
優しく私を呼ぶ声は…おじいちゃん?
柔らかく笑むと深く刻まれる皺、優しい瞳
真っ白い髪の――師父
一緒に暮らした森、毎日が幸せだった
優しい貴方が傍にいてくれたから
『そうだろう…?これからはずっと一緒だよ、ディアナ』
此処にいたい気持ちはあるけど私はもう知ってる
外の世界を、たくさんの人との関わりを、繋がりを
だから偽りの言葉はいらない
「お前も外の世界を知ると良い、それが更なる成長に繋がるからな。いつまでも年寄り相手だとつまらぬだろうに」
おじいちゃんはそう笑い話していた
昔の私は外は怖いだけの世界、おじいちゃんさえいれば良かった
けれどもう違うから
ごめんね。行かなくちゃ、あの子達がいる所に―
●師父との世界
ひらり、ひらりと桜が舞う。
そのとき、共に訪れていた少女達の姿が消えた。
はっとしたディアナ・ロドクルーン(天満月の訃言師・f01023)は辺りを見渡し、自分もまた幻想領域に取り込まれているのだと察する。
早く抜け出して現場に戻らなければならないと感じて、ディアナは駆け出した。
幻惑の力を持つ桜から逃げるように、尾を揺らして走る。何処か空間の端にでも行けばすぐに出口も見つかるかもしれない、と考えて。
しかし、その瞬間。
『ディアナ』
優しい声が耳に届き、ディアナは立ち止まった。
聞き覚えのある声だった。呼ぶ声の主を探して耳を欹てれば、どうやら後ろから聞こえているのだと解った。
「……おじいちゃん?」
振り返ると彼が其処にいた。
いるはずがないとわかっていたが、確かに彼そのものに思える。
柔らかく笑むと深く刻まれる皺、優しい瞳。
真っ白い髪の――師父。
『おいで、ディアナ』
彼は両手をひらいて此方を呼んでいる。ディアナは思わず彼の元に駆け寄っていく。そうすれば森の景色が次第に広がっていった。
近付く度に思い出が蘇ってくる。
一緒に暮らした森で日々は毎日が幸せで満たされていた。実験施設の日々もあの頃の思い出があれば何にも怖くなくなった。
それはずっと優しい貴方が傍にいてくれたから。
もう一度やり直せるなら、彼と居た時間に戻ってみたい。森で暮らす時間に幸せを噛み締めて、もう取り戻せない日々を過ごしたい。
そんな中でも、心の何処かで警鐘が鳴らされている。
いけない。いけない。
此処にある優しさに浸ってはいけない、と。
されど、ディアナの心は傾き始めている。この場所で師父といることの何が悪いのだろうか。いずれ死ぬのならば、幸せだった頃のまま生涯を終えてみたい。
ディアナは師父の手を取り、その温もりを確かめる。
偽物だというのにあたたかい。本当の彼のようで、信じてしまいたくなる。
「おじいちゃん、私……ここにいたいな」
ディアナは思わずそんな言葉を口にした。外の世界は苦しいことばかりで、冷たい風は身体に吹き付けていくだけ。
でも、この森にいればそんなことはない。
『そうだろう……?』
師父はディアナに優しい眼差しを向け、思うままにしていいのだと語った。
そして、森の奥にディアナを誘おうとする。
『これからはずっと一緒だよ、ディアナ』
「……」
行こう、と告げて歩き出した彼の背を見つめ、ディアナは頭を振った。
本当に、本当に此処に居続けたくもある。
その気持ちは嘘ではないが、ディアナはもう分かっている。苦しいことが多い世界であっても、たくさんの人との関わりや繋がりを識ってきた。
この場所はとても優しい世界だけれど――だからこそ偽りの言葉はいらない。
此処にいる彼ではない、過去の師父はこう言っていた。
『お前も外の世界を知ると良い、それが更なる成長に繋がるからな。いつまでも年寄り相手だとつまらぬだろうに』
「おじいちゃんはそう笑って話していたっけ」
昔のディアナにとって外は怖いだけの世界で、師父さえいれば良かった。
けれど、もう違うから。
「ごめんね。行かなくちゃ、あの子達がいる所に――」
思い出の森に背を向け、ディアナは彼の元を去った。そうすることで幻想領域は次第に晴れていき、元の世界が見えてくる。
見上げた空には夜の帳が下りてきていた。
間もなくすれば、魔方陣の幻想に囚われた仲間達も帰還してくるだろう。
これから始まる戦いを思い、ディアナはそっと思いを馳せた。
大成功
🔵🔵🔵
檪・朱希
【桜紡】
志桜、ディアナ?
聞いていたとおりの状況、だけど、二人は無事に出られると、信じる。
目の前にいるのは……亡くなったあの人じゃなくて、少しの間一緒にいた仲間達。
なんてことの無い、当たり前のような風景がそこにある。
「朱希ちゃん」
「どうしたの?」
「今度はどこに行こうか」
「これ、一緒に行かね?」
そんな、様々な『音』がとても賑やかで、楽しくて、忘れられない。
これからの事を知って、願わずにいられなくなった。
どうか、時が来るまで……出会った人達と沢山、思い出が作れますようにと。
でも、行かなきゃいけない。この幸せの一幕も心に留めて……
大丈夫だと、背中を押したい人がいる。
だから──行ってきます。
🌸
●音が溢れる世界
其処は邪神教団の秘密裏の儀式場として使われていた屋敷。
人気のない郊外に建っているという以外は、大きな家だという印象しかない。しかし今、此処は狂気に染まった魔法使いの拠点となっている。
檪・朱希(旋律の歌い手・f23468)は幻惑の桜が舞う景色を見つめていた。
屋敷を守るように配置された魔方陣が見え、意を決して一歩を踏み出す。すると、急に周囲の景色がぐにゃりと歪んだ。
たったひとりで別の世界に放り出されたような感覚が巡る。
「志桜、ディアナ?」
朱希は同行者の名を呼び、辺りを確かめた。
自分以外は誰も居ない。さっきまで傍に居た二人の声も聞こえてこない。聞いていたとおりの状況だと感じ、朱希は気を引き締める。
幻想領域は取り込んだ者を閉じ込めてしまうという。
「心配じゃないわけじゃない……だけど、二人も無事に出られるはず」
そう信じた朱希は掌を強く握った。
そして、自分の目の前に現れた幻を確かめていく。幻惑を齎す桜が舞い続ける景色はとても美しく、見惚れてしまいそうだ。
気を付けながら歩いていった先には、誰かの影が見えた。
本当は少しだけ、亡くなったあの人がいてくれるのかと思っていた。されど朱希の前にはあの人ではなく、少しの間だけ一緒にいた仲間達が集まってきていた。
ふわりと景色が変わる。
あの日、あのとき。皆と過ごした日常の風景が瞬く間に広がっていった。
其処はなんてことのない、当たり前の日々。それが今、其処にある。
『朱希ちゃん!』
『泣きそうな顔して、どうしたんだよ。さては転んだな?』
「違う、違うよ……」
朱希は胸がいっぱいになり、ゆっくりと首を横に振った。普通の人からすればあって当然の平穏な世界が、とても優しい。
仲間達は変わらぬ笑顔を向けてくれて、朱希に優しくしてくれる。
『じゃあ今度はどこに行こうか』
『あー、決まってないなら提案。これ、一緒に行かね?』
「うん、じゃあ行こうか」
気付けば朱希は彼女や彼の言葉に頷いていた。心が幻想に囚われかけ、此処が現実だと錯覚してしまっている。
皆からは様々な『音』が聞こえていた。
耳を背けたくなるような音は何処にもない。とても賑やかで、楽しくて、今も忘れられない嬉しい音の響きばかり。
「こんな日々が、続くと良いな……」
朱希は無意識にそんな言葉を紡いでいた。それは心からの思いであり、平穏の中に巡る楽しい音を失いたくなかった。
心を完全にこの世界に預ければ――朱希は永遠に、命を失うまで幸せでいられる。
でも、と朱希は幻惑に抗う。
これからのことを知って、願わずにいられなくなった。
(どうか、時が来るまで……出会った人達と沢山、思い出が作れますように)
言葉に出さない思いを胸に抱き、朱希は仲間達の背を見つめる。
皆が楽しそうに未来に向かって歩いている。あの中でずっと一緒に過ごすことも選んでみたいけれど、やっぱり駄目だ。
此処は幻想領域。朱希の願いは叶えられるけれど、閉じたひとりきりの世界。
「皆と一緒に居たいな。でも――」
行かなきゃいけない、と朱希は踵を返した。皆の音が聴こえる世界に背を向けて、現実という日々を歩いて行かなければならない。
この幸せの一幕も心に留めて、しっかりと前へ。
それに今は自分のことだけに心を傾けている時ではない。大丈夫だと背中を押したい人が幻の向こう側にいるから。
だから――行ってきます。
幸福な幻に別れを告げて、朱希は進んでいく。
続いていく日々を確かなものにするために、彼女のもとを目指して。
大成功
🔵🔵🔵
荻原・志桜
【桜紡】
先生の魔力を感じる
自分にしかできない事があるから
目を背けて逃げるのも終わり
眼前に佇むのは幻の先生
無愛想に眉根を寄せているその姿に苦笑を零し
相変わらず仏頂面だね、昊く――わっ叩くの禁止!
うるさいって、幻ぐらい少しは優しくしてよ
忠実に本人再現せずに成長した弟子を褒めくれても良いのに
いま鼻で笑ったでしょ?!いじわる!
ふふっ、あー…もう、やだなぁ
やっと逢えるのにね
憶えてるかな。わたしだって気付いてくれるかな
ずっと逢いたくてその術を探してきた
こんな形とは思わなかったけど
話したい事がたくさんあるの
なのに昊くん悪い事してるんだもん
師匠思いの弟子が止めに来たんだから素直に怒られてよ
だから待っててね
🌸
●再会の桜
幽冥の中で桜が舞い散る。
あの日に見せてくれた優しい花が咲く魔法ではないけれど、間違いない。
先生の――昊くんの魔力が感じられる。
荻原・志桜(桜の魔女見習い・f01141)は目を閉じ、魔方陣に踏み出した。
未だ定まらない心はあれど決意を込めて。自分にしかできないことがあるのなら、目を背けて逃げるのは今日で終わり。
そして、世界の姿は彩を変えていく。
懐かしい工房の光景が広がった。
眼前に佇むのは志桜に魔法を教えてくれていた、嘗ての先生。あの日々の頃のように無愛想に眉根を寄せている彼の姿を見て、志桜は苦笑いをした。
記憶の中のままの表情で彼は立っている。片手に魔導書が携えられていることから何かの魔術を検証していた途中だったのだろうか。
「……昊くん」
「“先生”だ」
「もう、相変わらず仏頂面だね、昊く――わっ叩くの禁止!」
「いっちょまえに避けやがって」
閉じられた本が軽く振り下ろされそうだったことに気付き、志桜はさっと身体を逸らして逃れた。ち、と軽く舌打ちをした昊は肩を竦める。
「にひひ。先生がどう来るかなんて、もうお見通しだからね」
うるせぇチビだ、と語った彼の表情はあの日々と同じ。彼の口が悪いのは慣れっこで、こうして避けられたのも出方をよく知っているから。
「幻ぐらい少しは優しくしてよ。たとえば、忠実に本人を再現せずに成長した弟子を見て感動したり、褒めくれたって良いのに」
「……阿呆か」
「いま鼻で笑ったでしょ?! いじわる!」
「そりゃあ笑うだろ。それにしても、これがオマエの望んだ世界か」
ふぅん、と呟いて工房を見渡した昊は訝しげだ。そんな仕草や言動まで本物そっくりで、志桜は涙ぐみそうになる。
「ふふっ、あー……もう、やだなぁ。やっと逢えるのにね」
憶えてるかな。
わたしだって気付いてくれるかな。この光景も目の前の彼も幻だけれど、ずっと逢いたくてその術を探してきた。
再会がこんな形とは思わなかったけれど――と志桜が考えていた、そのとき。
「オマエ、馬鹿だろ。身体は成長しても中身は変わらねえな」
「え?」
幻であるはずの昊が妙な物言いをした。馬鹿だとかドジだとかいう言葉は聞き慣れていた。変わらないと言われることも何となく予想していたが、妙な違和感がある。
昊は志桜の前に歩み寄り、手を伸ばした。
「術者であるこの俺の魔術領域で、俺の幻を見ようとするなんて良い度胸だな。おい、まだ気付いてないのか?」
その手が志桜の頬に触れた。片頬を強く掴まれて痛みが走る。本当に痛い。まるでこれは幻ではないかのようで――。
「そら、くん……?」
志桜はそこでやっと、幻などではない本物が此処にいると察した。
――昊くん。先生。せんせい。本当の。本当に?
志桜は頬を摘まれたまま呆然としていた。昊はというと薄く笑みながら手を離し、次に志桜の手首を握った。そして、触れた指先に魔力を込めていく。
「俺以外に誰がいるってんだ。わざわざ逢いに来てやったんだ、感謝しろよ」
「痛い……先生、痛い――!」
強く握られた場所から生命力が吸い取られていく。力が抜けるような感覚がして、志桜の身体が大きく揺らいだ。だが、その瞬間。
ばち、と二人の間に衝撃が走ったことで昊の手が志桜から離された。
「呪術式の防護か。いつの間にこんなもの覚えやがったんだ」
「……う、昊くん」
守護の魔術札が発動して、その一枚が破れたらしい。志桜はふらつきながらも後ろに下がった。どうやら昊は幻想領域に志桜が訪れたことを察知して転移してきたらしい。
話したいことがたくさんあった。
聞きたいことだっていっぱいある。けれども、頭も気持ちもついてこない。
「昊くん、どうして……どうして、悪い事をしてるの?」
「生命力を集めてることか? 別にいいじゃねぇか。俺が生きるためだ」
やっと絞り出せた志桜の声は震えている。
昊は質問の意図を汲み取り、悪びれもせずに答えた。何で、と志桜が何とか言葉を続けると彼は語っていく。
「教えてやろう。俺が此処に居られるのはあの言葉が切欠だ。あのときにオマエは言ってただろ、何度も何度も『死なないで』ってな」
一度は死を受け入れることを覚悟した青年は、その声を聞いて思った。
まだ逝きたくない。
遣り遺したことも、やりたいこともあった。
そうだ、生きたい。命が足りないのならば、奪ってでも――。
自分の死を酷く悼んだ弟子の声が切欠で、彼は蘇る力と意思を得たという。
「そんな、嘘……わたしのせい?」
志桜の表情から感情が消える。逢えて嬉しい気持ちも、彼との決別を覚悟しようとしていた思いも何処かに沈んでしまった。
――師匠思いの弟子が止めに来たんだから、素直に怒られてよ。
そんな風に幻の彼に告げる心算だったのに。
どうして、昊くん。
過去の自分の言葉が彼の思いや覚悟を変えて、引き止めて、人の命を奪うオブリビオンにさせてしまったのかもしれない。
「オマエのおかげだ」
昊は意味深な笑みを湛え、志桜に手を伸ばして乱雑に頭を撫でる。
彼から受け継いだ桜色の髪がくしゃくしゃに乱れた。それから昊は指を鳴らすことで工房の景色を消し去る。
途端に辺りが闇に閉ざされる。
「さて、さっき貰った力から大体の記憶は読み取った。オマエが俺を止めにきたっていうならそれでいい。俺は全力で抵抗するし、教団の奴らの生命力も糧にする。有象無象の命なんてどうだっていいからな」
冷たく語った昊は踵を返し、志桜から離れていった。
志桜はまだ呆然としている。触れたことで生命力を僅かに奪い、その記憶の一部を読んだ昊は事情を察したらしい。
「師との戦いってのも悪くねぇだろ」
たとえ弟子であろうが関係ない。邪魔をするなら叩き潰すだけだと彼は言った。
そうして、昊は軽く手を振りながら何処かに転移していく。
「ちゃんと来いよ。待っててやるから」
「……せんせい」
志桜は姿を消した彼が居た場所を見つめることしか出来なかった。
彼はちゃんと志桜を覚えていてくれた。気付いてくれた。
けれども、あの日々の彼と今の彼は明確に違っている。あんなに命を尊んでいた彼であるというのに、笑みの奥には狂気が見えた。
苦しい。辛い。心が痛い。
逃げ出したい。目を背けていたい。
「でも……それでも、わたしが――わたしにしか、できないことだから」
だから、待っていて。
次こそはちゃんとお別れを言いたいから。
お互いに少しだけ間違えてしまった過去を正して、未来に繋げていくために。
●更なる先へ
幽冥の桜が散り、幻想領域が消え去っていく。
魔方陣は力を失っていき、幻が消滅することで皆が無事に現実に戻れたようだ。それぞれの思いを過去に置き、或いは別れを告げた猟兵達は屋敷の奥に進む。
だが、狂気に囚われた魔法使いの凶行は未だ止められていない。
戦いの時はすぐ其処まで迫っている。
大成功
🔵🔵🔵
第2章 集団戦
『写本・魂喰らいの魔導書』
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POW : 其方の魂を喰らってやろう
【複製された古代の魔術師】の霊を召喚する。これは【触れた者の絶望の記憶を呼び起こす影】や【見た者の精神を揺さぶる揺らめく光】で攻撃する能力を持つ。
SPD : その喉で鳴いてみせよ
【思わず絶叫をせずにはいられないような幻覚】を放ち、自身からレベルm半径内の全員を高威力で無差別攻撃する。
WIZ : 魂の味、これぞ愉悦
自身の肉体を【触れる者の魂を吸い脱力させる黒い粘液】に変え、レベルmまで伸びる強い伸縮性と、任意の速度で戻る弾力性を付与する。
イラスト:oio
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴
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●櫻の魔法使い見習い
夜の帳が下り、辺りは闇に包まれていく。
幽冥と幻惑の桜が舞う領域を越え、猟兵達は屋敷の奥に進んだ。
回廊を抜けて辿り着いた先にあったのは大きな扉。その向こう側には薄暗い広間があり、淀んだ空気が満ちている。
その場所は儀式場らしく、蝋燭の仄かな灯りが揺れていた。
広間内の宙にはちいさな魔方陣が幾つも描かれており、その中に魔導書が一冊ずつ浮遊している。おそらくあれこそが件の写本、魂喰らいの魔導書だ。
「わあ、本当に人が来た。そら先生の言う通りだ!」
そんな中で幼い子供の声がした。
広間の奥から姿をあらわしたのはローブを羽織った十歳程度の少年。
その手には魔術杖が握られており、彼からも魔力の流れを感じる。少年は猟兵達を見つめ、杖先を向けてきた。
「おれは理櫻! そら先生の一番……じゃなかった、二番弟子だ!」
少年は杖を振り、周囲の魔導書を動かしはじめる。
魔力が渦巻き、邪神教団員を閉じ込めているという書から黒い影が顕現していった。
「この魔導書は夢を叶えてくれるんだって。だけど、わるいやつには怖いことを起こすんだ。おまえらは先生の邪魔をするやつらだから、わるいんだよね?」
少年は問いかけてきたが、答えは求めていない。
きっと昊は理櫻に猟兵が悪い輩だと言い含めている。彼を師匠と仰ぐ少年はそれを信じきっているらしい。
「ねえ、先生の魔法でなら幸せな世界にいられるのに、どうして出てきたの?」
少年は幽冥領域のことを言っているのだろう。
昊の魔法が此方にとって良いものだとばかり思っている少年からは、無知ゆえの無垢さが感じられた。厄介なのは彼がオブリビオンではなく、ただの人間だということ。
昊はそのことを逆手に取り、少年をあえて猟兵達に向かわせた。
此方が一般人を殺せないと踏んでのことだ。その狙い通り、猟兵は彼を決して殺めてはいけない。理櫻もまた保護対象であるからだ。
「今からでも遅くないんだ。魔導書にお願いすれば何でも叶うよ」
そして、幸せなまま死ねる。
生贄として育てられた少年は何も疑うことなく告げ、魔導書を広げた。
其処に現れた影からは魂を吸い取る黒い粘液や、恐ろしい幻覚を見せる力が揺らぎはじめている。その力は猟兵達に容赦なく襲いかかるだろう。
「それがイヤだっていうなら……おまえたちを倒す。おれが先生を守るんだ!」
強く宣言した少年は杖をもう一度構え直した。
理櫻少年は此方に向かって魔法を放ってくる。
しかし、猟兵達が戦うのは彼ではない。この儀式場に幾つも浮遊している魂喰らいの魔導書だ。少年の攻撃を躱し、時には声を掛けながらも影から放たれる絶望や幻覚を打ち破り、全ての魔導書を破壊する。
そうすればこの場の禍々しい空気も消え、救うべき者を助けることができるはず。
難しい戦いではあるが、猟兵にしか成せぬことが此処にある。
齎される絶望にどのように抗い、どうやって戦うのか。此方の一挙一動が、或いは告げていく言葉が、理櫻の行く末を左右していく。
この場に集った猟兵達に託されているのは、無垢な少年の未来。
そうして、魔導書との戦いの幕があがる。
百舌鳥・寿々彦
少年には傷一つつけない
彼は、僕に少し似てるから
確かに幸せかもしれない
手にはまだ鈴子の首の感触が残ってる
二人で死ねたら幸せだったんだ
影から放たれた僕の絶望の形
優しく微笑み僕の全てを許す鈴子
大丈夫だよ
君が眠れるまで
僕が何度だって殺してあげるよ
彼女と同じように微笑んだ
少年に問う
君の先生はどうして君を一人にしたの?
普通の大人はね、君のような子供を危険に晒したりしないんだよ
大人にいいように利用される無力な子供
それは彼で僕
君も夢を見てるんだよ
この本の中の大人達と同じ
唯、優しいだけの夢
馬鹿みたいって思わない?
本を指差して問う
決めるのは君
彼らのように夢に縋るか
君の足で歩くか
生きるって多分そういう事だから
●生の選択
魔導書が浮遊する空間は仄暗い。
周囲に漂う空気が禍々しいものであることを感じながら、寿々彦は静かに身構えた。
されど、この場の中心になっている少年に危害を加える心算はない。もし理櫻を力尽くでどうにかしたとしても、敵の思い通りになってしまうと理解しているからだ。
どんな場合も傷ひとつ付けたりしないと寿々彦は心に決める。
何よりも――。
(彼は、僕に少し似てるから)
言葉には出さない思いを抱き、寿々彦は理櫻へ視線を向けた。
見れば、其方から一冊の本が浮遊移動してきている。あれが自分を狙っている魔導書だと気付いた寿々彦は攻撃に備えた。
そして、寿々彦は理櫻から掛けられた先程の言葉を思い出し、ふと呟く。
「確かに幸せかもしれないね」
「そうでしょ!」
すると少年は嬉しそうな反応を返してきた。肯定したわけではないと気付けぬ幼さを感じながら、寿々彦は自分の手を見下ろした。
指先にはまだ鈴子の首の感触が残っている。あのまま彼女も自分の首に手を回してくれたら。或いは、儀式の際に二人で死ねたら幸せだったのだろう。
だが、あの理想の空間はそうはなっていなかった。
自分が考えることと、心の裡にある望みは違うものなのかもしれない。
「お兄ちゃん、どうしたの? どこか痛い?」
寿々彦が押し黙っていると少年が心配そうに問いかけてきた。しかしすぐに自分達は敵同士だと思い出したらしく、魔術杖を此方に向けた。
「……別に、まだ痛くない」
「よかった! だけど、ここから先には通さないからな!」
いけ、と理櫻が声を張り上げると魔導書から黒い粘液が溢れ出して弾ける。床を蹴ることで着弾地点から距離を取った寿々彦は身を翻した。
だが、其処から揺らぎはじめた魔力から逃れられたわけではない。
影から現れたのは寿々彦にとっての絶望の形。
――鈴子。
また君が、と寿々彦は頭を振る。
『寿々、何も怖いことなんてないよ』
そういって優しく微笑む彼女は自分の全てを許してくれる。されどそれは安堵などではなく、彼女に縛り付けられているという現実を示す絶望でもあった。
しかし、寿々彦はその光景を拒絶する。あの幻と同じように、今だって。
「大丈夫だよ」
君が眠れるまで、僕が何度だって殺してあげるから。
寿々彦は彼女と同じように微笑んでみせた。その笑みには彼自身にしか分からぬ感情が滲んでいる。
寿々彦の裡に幻の絶望への嫌悪が巡り、毒蜘蛛が召喚される。
魔導書に蜘蛛が群がっていく中で寿々彦は少年に問いかけていく。
「君の先生はどうして君を一人にしたの?」
「先生は集中しなきゃいけないんだ。魔術式を組み上げてるんだって!」
「そう。けれど普通の大人はね、君のような子供を危険に晒したりしないんだよ」
「え……。で、でもおれは弟子だもん! だから大丈夫なんだ!」
遣り取りから感じたのは、幼さゆえの無力。
大人にいいように利用される子供。寿々彦の裡に浮かんだ思いは複雑だ。
――それは彼で、僕だから。
そのことは語らぬまま、寿々彦は理櫻に思いを向け続けた。
「君も夢を見てるんだよ。この本の中の大人達と同じ」
「……よくわかんない」
「唯、優しいだけの夢。馬鹿みたいって思わない?」
「先生のやることは間違ってないよ。馬鹿とはよくいわれるけど……!」
理櫻は戸惑い、寿々彦は本を指差して問う。
相手の言動から察するに、少年には物事を推し量るための判断材料が足りない。ただ昊を信じ切っているということだけがよくわかった。
「決めるのは君だよ」
彼らのように夢に縋るか、君の足で歩くか。
きっと――。
生きるということは多分、そういうことだから。
寿々彦は魔導書が蜘蛛達によって破壊されたことを確かめながら、少年を見つめた。
答えはまだ、返ってこない。
成功
🔵🔵🔴
ルゥ・グレイス
※アドリブ歓迎
攻撃を防がず受け、体に傷が
「その魂に味がするかな?」
薬と魔術仕掛の体に奪える魂はない。
接触時の解析で魔術の仕組も割れた。理想的に組まれてるが複雑でもない。
UCを起動。人工血液が流出し、宙を走り魔本を貫通。内部を破壊し魔本は簡単に鎮圧された。
「さて、後は君だけど」
少年の方へ向く。
今は知らないのだろう。でもいつか真実に気づく。世界はあまりに脆いものだと。
「僕がやらずとも誰かの手で君の師は討伐される。その後、君はどうしたい?」
彼は僕と同じだ。全て終わった後で未来だけ選ばされる。
彼の言葉を待って、そして。
「全ての真実を知って、それでも前を向くなら終末図書館へ来るといい。歓迎するよ」
●選ぶ路
暗い空間に幾つもの魔導書が浮かんでいる。
あの数々の本の中には人間が取り込まれ、夢を見せられているという。
それはきっと、猟兵達が此処に訪れるまでに視てきたような理想の世界なのだろう。
ルゥ達は幻であると知っているゆえに抜け出せたが、教団員達はそれと気付かずに願いが叶った夢の中に囚われたまま。
教団員は幼い少年を邪神の生贄にしようとした輩らしいが、巡り巡って今は彼らの生命力がオブリビオンに奪われている。自業自得といえばそれまで。だが、まだ生きている者を見殺しにする訳にはいかない。
ルゥは身構え、自分の方に浮遊してきた魔導書を見据える。
揺らいだ影が此方を見つめ返していた。
淀んだ視線であると感じたが、ルゥは怯みなどしない。そして、相手から黒い粘液が沸き出しはじめた。
迫りくる粘液は触れるだけ魂を吸い取るという。
されど、ルゥは敢えて攻撃を防がずに受け止めた。重い衝撃があり、体に傷が付く。それでも一撃で倒れるような攻撃ではなく、ルゥは耐えていた。
そうして、ルゥは魔導書の影に問い返す。
「その魂に味がするかな?」
わざと攻撃を受け止めたのはルゥにも考えがあってのこと。自分は薬と魔術仕掛けの体だ。奪える魂などないというのが彼の論でもある。
しかし、動くための魔力が吸収対象だと認識されたらしく、力が奪われていく。
何度も接触していいものではないのだと知り、彼は次に迫ってきた粘液を避けた。それと同時にあの黒い粘液を解析していく。
「魔術の仕組みも割れたよ。理想的に組まれてるけど、複雑でもないね」
刹那、ユーベルコードを発動させたルゥから人工血液が流出していく。其処から血液は魔導書を貫通しながら迸っていく。
先程に敢えて攻撃受けたのも、この力を増すためだ。
破壊の血は魔導書を地に落とし、完全に破壊する。そうすることで内部に囚われていた教団員のひとりが幻想から解放された。
「う、うう……」
意識を失った状態で倒れている教団員の男は何か苦しげに呻いているようだが、ただうなされているだけに見える。
回収は後で行えばいいと判断して、ルゥは少年――理櫻に向き直る。
「さて、後は君だけど」
「うわっ、おれも血で貫くつもり!?」
少年は驚いて身構えたが、ルゥは攻撃などしない。
彼を見つめたルゥは思う。
少年は今は知らないのだろう。けれども、いつか真実に気付いていくはず。
世界はあまりに脆いものだ、と。
「僕がやらずとも誰かの手で君の師は討伐される。その後、君はどうしたい?」
「そら先生が負けるはずない! だからおれが死ぬまで……命をささげおわるまで、ずっと先生といっしょにいるんだ!」
理櫻は大きく頭を振った。
その意志は強いが、やはり現実は無情。彼が過ごしてきた師匠との時間という世界はいずれ消えてしまう。そのことだけは確実だ。
「彼は僕と同じだ。全て終わった後で未来だけ選ばされる」
「どういうこと?」
彼の言葉を待ってみたルゥだが、幼い少年にはまだ少し先のことも理解できていない様子だ。それゆえにルゥはひとつの選択肢を彼に与えることにした。
「全ての真実を知って、それでも前を向くなら終末図書館へ来るといい。歓迎するよ」
「しゅうまつ、としょかん?」
きょとんとした理櫻は首を傾げていた。
今はまだ分からずともいい。どうやっていても時間は非情に流れていき、いつかは選択の時が訪れる。彼が図書館に来ることを選ぶかどうかは、その先で分かるはず。
ルゥは身構え直し、注意深く周囲を見渡していった。
「とりあえず、この魔導書は全て怖そうか」
魂喰らいの魔書はまだまだ多くある。
再び血を巡らせたルゥは意識を集中させ、揺らぐ影ごと魔導書を穿っていった。
大成功
🔵🔵🔵
メイジー・ブランシェット
魔法使いの見習いさんはのことは気にもしない
目も向けない
他の猟兵さん達もいるし、いいよねと自分に嘘つき誤魔化して魔導書の元へ
赤頭巾が今回の仕事を選んだのは確認のため
自分が一番に望むものが何なのか
“そう”でないことを知って、安心するための確認
けれど結果はあれだった
だからーーーー
絶望の記憶を呼び起こそうと霊が触れにやってくる
光は精神を揺さぶろうとユラユラと揺らめいている
それらに触れていく
”Scatter Flowers”
壊すようにじゃなく、本を破くようにでもなく、
化物が花を散らすように
最後は本を破り捨てる
偽りの世界を壊すために
これは仕事を言い訳にしたただの八つ当たり
●弱い自分にさよならを
魔導書が揺らめき、此方に向かってくる。
蝋燭の怪しい灯りに照らされた魔書からは、歪んだ影が蠢きはじめていた。
メイジーは意識を敵に向ける。横合いから魔法使いの見習いの少年と猟兵が言葉を交わす声や遣り取りが聞こえてきたが、メイジーは気にもしない。
そう、視線すら向けないと決めている。
何故なら、今のメイジーは少年に掛ける言葉を持ち合わせていないからだ。
(他の猟兵さん達もいるし、いいよね)
きっと大丈夫。仲間を信じていいはずだという思いは嘘ではない。しかし自分には嘘をつき、心を誤魔化したメイジーは自ら魔導書の元へ駆けていく。
赤頭巾が揺れる。
彼女が今回の仕事を選んだのは、己を取り巻く状況や心の在り方のを確かめるため。
まず、知りたかったのは自分が一番に望むものが何なのか。
あの幻の中で視た平穏な世界はまさにメイジー自身の理想。皆と過ごしていく日々、普段のお仕事。決してそれらを厭っているわけではない。
そして――。
“そう”でないことを知って、安心するための確認でもあった。
「けれど……」
結果は、あれだった。
理想は儚く崩れ落ちた。否、自分自身で選び取らなかったと言い換えてもいい。
心は曇っている。屋敷に入る前に少しだけ見上げた夜空も曇りかけていて、まるでメイジー自身の心模様のようだった。
幻の中では特別な笑顔を向けてもらっていた。
しかし、現実ではあのような笑顔をみせてもらえない。仕方がないと諦めてしまえばどれほどよかったか。残酷なほどの現実は理想を上回り、心を痛ませる。
でも、だから――。
メイジーは目の前の魔導書を強く見据えた。
絶望の記憶を呼び起こす影が揺らぎ、メイジーの瞳に闇が映り込む。
その瞬間、記憶が巡った。妖しい光は精神を揺さぶろうとして揺らめき続けていく。胸の奥がずきずきと痛んだ。どうしようもない感情に心が引き摺られてしまいそうだ。
しかし、メイジーは敢えてそれらに触れていく。こんな絶望を乗り越えられなくて、これからどうするというのか。
押し潰されて堪るか、とメイジーは気を強く持つ。
無理矢理に呼び起こされた記憶よりも、先程に自分が望んだ景色の方がもっと辛い。
――“Scatter Flowers”
メイジーは絶望に対抗するようにして力を巡らせていく。
それはまるで花を散らすように。
振るわれた爪は魔書を壊すのではなく、本を破くようにでもなく、たとえるなら化物が花弁を撒いていくかのように鋭い軌跡を描いた。
絶望も、希望も、望みさえも切り裂く。
腕を振るって、心を閉ざして、それすらなかったことにするかの如く。
メイジーの周囲にページが散乱していく。悪しき魔導書はもう表紙しかまともに原型をとどめておらず、淡い光を発している。
そして、メイジーは最後も本の全てを破り捨てた。
其処から解放された教団員は意識を失ったまま眠っている。これで一人目、と確認したメイジーは次の魔導書に向かって駆け出し、爪を振り上げた。
彼女は右手を振りかざし、戦い続ける。
偽りの世界を壊すために。
現実こそが真実なのだと言い聞かせるべく。
(……本当は、これも仕事を言い訳にしたただの八つ当たりだけど)
それでも、この力で人を助けることが出来る。それが唯一の救いだと考えながら、メイジーは魔導書を破り捨て、人々を救っていく。
メイジーが目指し、なりたいと思うものはただひとつ。
それは、弱くない自分。それゆえに彼女は強さの証でもある力を振るい続けた。
他のことには目もくれず、ただひたすらに――。
成功
🔵🔵🔴
リーヴァルディ・カーライル(サポート)
※【限定解放・血の化身】による分身体
怪力任せな振る舞いは品が無いと感じる
吸血鬼流の礼儀作法に則り冷笑を浮かべた高慢な人格
…ふふふ。次はどんな世界かしら?
あの娘の分まで楽しまないとね
はぁ…思いの外、煩わしいものね
太陽の光というのは…
陽光は闇属性攻撃のオーラで防御して、
状況に応じた吸血鬼能力を使用する
・第六感に訴えて暗示を行う魅了の呪詛
・蝙蝠や狼を操り情報収集をする眷属召喚
・残像のように存在感を消し攻撃を受け流す霧化
…等々。戦闘では蝙蝠化や霧化で敵の攻撃を避け、
魔力を溜めた蝙蝠を弾丸の如く乱れ撃ち、
敵の傷口を抉る遠距離攻撃主体で闘う
あら、もう終わり?意外と脆いのね?
それじゃあ終わりにしましょうか?
蒼月・暦(サポート)
デッドマンの闇医者×グールドライバー、女の子です。
普段の口調は「無邪気(私、アナタ、なの、よ、なのね、なのよね?)」
嘘をつく時は「分かりやすい(ワタシ、アナタ、です、ます、でしょう、でしょうか?)」です。
ユーベルコードは指定した物をどれでも使用し、
多少の怪我は厭わず積極的に行動します。
他の猟兵に迷惑をかける行為はしません。
また、例え依頼の成功のためでも、
公序良俗に反する行動はしません。
無邪気で明るい性格をしていて、一般人や他猟兵に対しても友好的。
可愛い動物とか、珍しい植物が好き。
戦闘では、改造ナノブレード(医療ノコギリ)を使う事が多い。
あとはおまかせ。よろしくおねがいします!
●吸血鬼と死者の輪舞曲
状況は複雑だが、やるべきことは明快。
人々の生命力を奪う魔法使いが、邪神教団の者を魂喰らいの魔導書に閉じ込めた。
邪神を崇拝する者達とはいっても、この世界に生きる人々であることは間違いない。猟兵達の役目はひとりでも多くの人を救うこと。
「つまり、あの魔導書を叩き切っちゃえばいいのね」
改造ナノブレードをしっかりと構え、蒼月・暦(デッドマンの闇医者・f27221)は周囲を見渡していく。
大きな屋敷の中の儀式場には蝋燭の灯りが揺らめいているのみ。
薄暗い広間には幾つもの魔導書が浮遊しており、その中に人間が閉じ込められているようだ。暦は絶望を齎すという魔書の動きを見遣り、同じく此処に転送されてきたもうひとりの猟兵に協力を願う。
「……ふふふ。次はこういう世界なのね?」
あの娘の分まで楽しまないと、と呟いたリーヴァルディ・カーライル(ダンピールの黒騎士・f01841)は不穏に笑う。
今の彼女は限定解放・血の化身による分身体だ。
されど猟兵として戦う意志はあり、暦の申し出にも静かに頷いた。
「それじゃあやりましょう」
暦は床を蹴り上げ、一気に駆け出す。既に魔導書はこちらに狙いを定めており、周囲には幻覚が揺らぎはじめていた。
恐ろしい、という思いが沸いてきたが暦はぐっと耐える。
その代わりにブレードを腕に装着することで攻撃力を増し、ひといきに魔導書を斬り裂いていく。同時にリーヴァルディも動き始めていた。
まずは蝙蝠や狼を操り、魔導書の魔力の流れを読み取る。
あれは人の心に作用して生命力を奪い、魂を閉じ込めるものだと察知したリーヴァルディは、揺れる魔導書に向かって掛ける。
そして、怪力任せに魔導書を掴み取った。
振る舞いは本人と違って些か品が無いが、作法に則った冷たい笑みが浮かんでいる。
「的は小さいけれど、この距離からなら当たるでしょう」
リーヴァルディは霧化することで魔導書から放たれた揺らめく光を避け、本を掴んでいた手を離す。その瞬間、魔力を溜めた蝙蝠を弾丸の如く撃ち出した。
魔書は穿たれ、地面に落ちる。
あっという間の制圧場面を見ていた暦は思わず感心してしまう。
「わあ、すごいのね」
そして、自分も負けてはいられないと感じた暦は意気込む。見れば、破られた魔導書から解放された人間が飛び出してきた。意識を失って眠ってはいるが、どうやら命に別条はないようだ。
本の数だけ閉じ込められた人がいるなら黙ってはいられない。
暦は懸命に改造ナノブレードを振るい、二冊目の魔導書を斬り裂いた。そうすればまたひとり、教団員が解放される。
其処から攻防は巡り、二人は次々と魔導書から人を助けていった。
やがて周囲の敵の数も少なくなっていく。
「あら、もう終わり? 意外に脆いのね。それじゃあ終わりにしましょうか?」
「恐れ戦くが良いよ。これが私達の力――!」
リーヴァルディは冷笑を湛えて蝙蝠を羽撃かせ、暦はナノブレードを全力で振るいあげる。それはまるで踊るような見事な攻撃として巡り――そして、一瞬後。
貫かれ、切り裂かれた魔導書のページが破れ散る。
絶望の力は薄れていき、敵の力は削げた。あとは他の猟兵達が相手取っている魔導書が倒れればこの領域は攻略完了。
残りは他の仲間に任せることを決め、暦達はそれぞれに構えを解いた。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
大町・詩乃
人に仇なす存在は放置できません。
使用UCは霊刃・禍断旋。
魔導書に籠もる邪神の呪いと魔術師の霊のみを斬る対象とします。
魔術師による絶望の記憶(酷い異常気象で飢饉が発生した時に、自分を信仰する人々の間でも食料を巡って争いが起きた事。自分の力では全てを救う事は出来ないと思い知った事。)や心を揺さぶる光に対しては、「自分の限界は痛い程判っています。だからこそ、自分に出来る範囲で明るい未来を掴む為に進むのです!」と自分の心の力で乗り越え、煌月を振るって魔導書や魔術師を斬り捨てます。
理櫻さんの攻撃はオーラ防御を纏った天耀鏡の盾受けで防ぎ、理櫻さんを指差しつつ眠りの属性攻撃・高速詠唱を放ち、無傷で眠らせます
フリル・インレアン
ふえ?あの世界は本当に幸せなところだったのかもしれませんが、私にはその記憶がありません。
なので、本当に幸せなのか分かりません。
それに幸せじゃないかもしれませんが、今こうしてアヒルさんと冒険しているこの世界もいいものだと思います。
だから、私は魔導書さんにお願いすることはありませんよ。
えっと、とりあえずガラスのラビリンスを使えばここまでその攻撃は届きませんよね。
体を伸ばして迷路を進めば伸びきったその体が弱点になります。
横道からフォースセイバーで攻撃です。
●違和と眠りとラビリンス
魂喰らいの魔導書と蝋燭の炎が揺れる。
怪しい影を作り出す魔書の内部には人が閉じ込められているという。
詩乃はこの事態を作り出した魔法使いを思い、静かに身構えた。たとえ何か理由があろうとも、まだ語られていないことがあったとしても――。
「人に仇なす存在は放置できません」
影が滲む魔導書を見つめ、詩乃は神力を深く巡らせていく。煌月の名を冠する薙刀を構えた詩乃の近くには、フリルも立っている。
「ふええ、あれが魔導書なのですね」
フリルは周囲の警戒を強め、揺らめいている影を見据えた。
その間に詩乃は一気に踏み込み、霊刃を魔導書に向けて振り下ろした。禍断旋の一閃は鋭く疾走り、書に籠もる邪神の呪いと魔術師の霊のみを斬る対象としていく。
奥で此方を睨みつけている少年には、詩乃もフリルもまだ攻撃はしない。
彼は魔法使いの才能があるとはいえど一般人だ。倒すべき相手ではないことは二人共よくわかっている。
「お姉ちゃん達も魔導書の中で幸せに過ごせばいいのに!」
少年、理櫻はフリル達に魔術杖を向け、えいっと振り上げた。すると其処からひょろひょろとした魔法弾が生み出される。
「ふえ?」
それはフリルが見切れる程度の力であり、地面に落ちて虚しく消えた。
もしかしたら彼は言うほど魔法が得意ではないのかもしれない。違和感を覚えて首を傾げたフリルだったが、まずは彼の言葉に答えていくことにした。
「あの世界は幸せなところだったのかもしれませんが、私にはその記憶がありません。なので、本当に幸せなのか分かりません」
「お姉さん、記憶がないの?」
「はい、何も覚えがなくて……誰が居たのかもわかりませんでした」
理櫻がきょとんとする中、フリルは首を横に振る。幸福だったはずなのだが、そうとは思えなかったことが少しだけ苦しい。
少年はフリルに同情したらしく、そっか、と俯いた。
だが、影を内包する魔導書は容赦なく攻撃を仕掛けてくる。少年の相手をフリルに任せ、書と戦っていた詩乃は影の蠢きを察知した。
魔術師による抗えぬ力が詩乃を襲い、絶望の記憶が巡っていく。
それは――。
酷い異常気象で飢饉が発生した時のことだ。
詩乃を信仰する人々の間で諍いが発生した。食料を巡っての骨肉の争いが起こり、自分の力では全てを救うことなどは出来ないと思い知った。
怪しく揺れ続ける光は詩乃の心を揺さぶり、貫かれるような痛みを宿す。
だが、詩乃は絶望の記憶を振り払った。
「自分の限界は痛い程に判っています。だからこそ、自分に出来る範囲で明るい未来を掴む為に進むのです!」
煌月を強く握り、構え直した詩乃は絶望ごと影を斬り祓う。
絶望を覚えたのは自分。ならば、その思いを乗り越えるのも自分であるはずだ。詩乃は心を強く持ち、煌月を再び振るってゆく。
まずは影の魔術師を斬り捨て、次は魔導書そのものを切り裂く。
そうすれば一冊目の書が地に落ち、中に閉じ込められていた教団員が解放された。フリルはすぐにその人物に駆け寄り、無事であることを確かめる。
「ふえぇ、良かった。眠っているだけみたいです」
「わあ、魔導書が……! よくもやったな!」
理櫻はもう一度杖を振り上げ、魔力を解き放ってきた。詩乃は理櫻からの攻撃はオーラ防御を纏った天耀鏡の盾受けで防ぐ。
そして、理櫻を指差しつつ眠りの属性攻撃を放つ。そのまま彼を無傷で眠らせるつもりだったのだが、理櫻はなんと詩乃の魔力を弾き返した。
「へへーん、効かないよ! それがユーベルコードってやつだったら危なかったかもしれないけれど、おれには先生の護りがあるからね!」
「……なるほど」
物言いからするに、昊という魔法使いも無策で少年を送り出した訳ではないようだ。そして、眠りといえど攻撃を向けたことで、理櫻から此方に向けられる敵意が増す。
もしも誰も攻撃をしなければ未来は少し変わったかもしれない。
だが、そうやって攻撃を弾かれた詩乃だからこそ分かることもあった。敵意を呼び起こすことにはなったが、攻撃を仕掛けたことは無駄ではない。
あの少年は不思議だ。
攻撃はまったくもって下手であるのに、内包する魔力の総量が妙に多い。どうしてかと考えたそのとき、新たな魔導書が詩乃とフリルに迫ってきた。
フリルは、それなら、と考えてガラスのラビリンスを発動していく。周囲に迷路があらわれ、魔導書の行く手を阻む。
厄介なのは魂食いの影だ。もし相手が影を伸ばして迷路を進めば、伸びきったその体が弱点になるはず。
これで魔導書への対抗はばっちりだ。
そして、フリルはフォースセイバーを構えた。
「幸せじゃないかもしれませんが、今こうしてアヒルさんと冒険しているこの世界もいいものだと思います。だから、私は魔導書さんにお願いすることはありませんよ」
「それなら、おれたちは分かりあえないね!」
理櫻はフリル達にもう一冊の魔導書を嗾け、身を翻す。
そのまま硝子の迷路の奥に駆け出した少年は別の猟兵のところに向かうようだ。詩乃とフリルは頷きあい、先ずは目の前の魔導書を倒すことが先決だと確かめあった。
「何とか彼を眠らせられればいいのですが……」
「ふええ、そうしたら上手くいくのでしょうか」
詩乃はこうなったら何度でも眠りの属性攻撃を掛け続けると決め、フリルも協力することを誓う。そして、二人は魔導書へと狙いを定めていき――。
其処から更に戦いは続いてゆく。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
檪・朱希
【桜紡】
無事だったんだね。良かった……。
志桜は、先に行ってしまったかな。
でも、それでも私の気持ちは変わらない。
先に進めるように、支える。そう決めたから。
絶望は怖い。でも、皆がいなくなることがずっと怖い。
だから、前に進む!
「聞き耳」を立てて「情報収集」し、赤青緑の蝶達を展開。
ディアナには、補助として青と緑の蝶を渡す。防御と移動の蝶、受け取って!
もし、届けば彼女にも……「祈り」を。
赤い蝶で、確実に魔導書を仕留める!
理櫻、今の君に言っても、聞いて貰えないかもしれない。でも、聞いて。
君のしていることは、本当なら間違っている事じゃない。
でも、昊という人は過去の存在。
どうか、君自身の目で真実を見て。
ディアナ・ロドクルーン
【桜紡】
朱希ちゃん、無事に会えてよかった
…志桜は…大丈夫あの子も絶対無事よ
行きましょう、先に行けばきっと合流できる
幸せだけの世界は、本当の世界じゃない
苦しみや悲しみ、怒り…様々なモノを経験し得ていって初めて幸せは何かわかる
本当の幸せはそこに、ある
―…坊や、願いは自分の力で叶えるものよ
今の私の願いは志桜の行く道を開くこと
貴方が守りたいものがあるように私にもそれがある
これ以上言葉を交わしても「今」は分かり合える事はないでしょうね
邪魔な魔導書を破壊すべく、刃を握り血を影に落とし
黒狼の群れを呼び出して志桜の露払いを
相手の攻撃は朱希ちゃんの青い(防御)蝶で凌ぎ
攻撃は緑(移動)の蝶と第六感で回避を試みる
●祈りを彼方へ
別々の幻想領域に囚われ、脱出した先。
朱希とディアナは魔導書が浮かぶ空間で合流を果たした。
「無事だったんだね。良かった……」
「朱希ちゃん、無事に会えてよかった」
ディアナの姿を確かめた朱希は安堵を抱き、ほっと胸を撫で下ろす。
しかし、現在。薄暗い儀式場の中では蝋燭が揺らいでいるだけで視界が悪い。そのうえ、別の猟兵の力によってガラスのラビリンスが張り巡らされているので内部は複雑怪奇に入り組んでいた。されどこれは敵を簡単には逃さない状況なので悪いことではない。
「志桜は、先に……この中の何処かに行ってしまったかな」
朱希は周囲を見渡し、硝子の迷路の奥に目を凝らしてみる。何かの気配は感じたが、どうやらそれは魂喰らいの魔導書の影のようだ。ディアナは身構え、警戒するようにと朱希に視線で告げた。
「……志桜は……大丈夫あの子も無事よ」
「そうだね、きっと。ううん、絶対に」
「ええ、絶対よ」
ディアナと朱希は頷きを交わし、まずは目の前の敵をどうにかすることが先決だと判断した。硝子壁の向こうから訪れたのは魔術師の形をした影だ。
直視してはいけない。
本能が警鐘を鳴らすような直感を覚えたが、精神を揺さぶる揺らめく光が朱希達の瞳に映った。魂を引き摺られるかの如き目眩がする。だが――。
「魂を食べられるなんてのは嫌だけど……でも、それでも私の気持ちは変わらない」
朱希は敢えて影を見据えた。
先に進めるように、支える。そう決めたから。此処で退くことはしない。
朱希の裡に宿る強い意志を感じ取り、ディアナも力を巡らせる。
――生を蹂躙する者 闇より出でし獣よ 滅びの声をあげ 血の嵐と共に葬り去れ。
静かな声と共にディアナの血が床に滴り落ちる。
自身の影から現れたのは黒狼だ。影の獣達は唸り声をあげ、魂喰らいの魔導書へと飛びかかっていった。
だが、魔導書も朱希達に絶望の意思を宿そうとしてくる。
朱希の胸裏に過ぎったのは、先程とは逆の光景。
皆が傍にいる。
しかし、ひとり、またひとりと朱希を厭って離れていく。それは幻だが、朱希の胸の奥が酷く痛んだ。そんなことは絶対に起こらないというのに不安ばかりが募る。
魔導書は、内部に閉じ込められた者に仮初の夢と偽りの希望を与えているゆえ、表ではこうやって絶望と落胆を与えるのだろうか。
奇妙に相反した書の効力を思いながら、朱希は魔書の力に抗っていく。
絶望は怖いけれど、それでも。
「皆がいなくなることの方がずっと怖い。だから、前に進む!」
朱希は言葉と同時に己の力を巡らせた。
片手を大きく掲げれば、其処から赤と青、緑の蝶々が華麗に飛び立っていく。ディアナ、とその名を呼んだ朱希は彼女の補助として青と緑の蝶を羽撃かせた。
「この力、受け取って!」
「有り難く使わせて貰うわ」
朱希から放たれた青い蝶の力が、ディアナに齎されかけていた絶望を払う。攻撃を凌いだディアナは影に囚われることなく狼を遣わせていく。
同時に緑の蝶の力を借りることで、ディアナ自身も光の回避を試みた。
「幸せだけの世界は、本当の世界じゃない」
苦しみや悲しみ、怒り。
それら全てが必要なものだ。様々な経験し得て、初めて幸せが何かわかる。過去、口に出来る物は何でも口にして、盗みも殺しもやった。時には身を売ることもあった。そして森に打ち捨てられていた所を猟兵であった老人に救われ、幸福を知った。
だからこそ分かる。
――本当の幸せはそこに、ある。
邪魔な魔導書を破壊すべく、ディアナは力を振るい続ける。黒狼の群に本のページを破らせ、志桜の為の露払いを行う。
ディアナと朱希が魔導書と戦い続けていると、其処に別の気配が訪れた。
新たな敵かと思ったが、それは少年だった。
「お姉さんたち、先生の魔法がかかった本を破かないで!」
理櫻は杖を差し向け、弱い魔法弾を解き放ってくる。はっとした朱希は咄嗟に身を反らして魔力を避け、ディアナも身構え直す。
「貴方が守りたいものがあるように私にもそれがあるの」
「この魔導書はいけないものなんだよ。だから――」
壊す、と告げた朱希は確実に魔導書を仕留めるべく赤い蝶を迸らせた。そうすることで黒狼に破られていた書が完全に破壊される。
その途端、内部から教団員らしき男が意識を失った状態で解放された。
「どうして……。みんな幸せな夢を見てるのに」
少年は猟兵の強さにたじろぎ、逃げ出そうとしている。されど朱希は彼が迷路の奥に行ってしまう前に声を掛けた。
「理櫻、今の君に言っても、聞いて貰えないかもしれないけど、聞いて」
「なに……?」
「君のしていることは、本当なら間違っている事じゃない。でも、昊という人は過去の存在。どうか、君自身の目で真実を見て」
「かこ? しんじつ?」
そして、ディアナも理櫻に思いを伝えていく。
「―――坊や、願いは自分の力で叶えるものよ。今の私の願いは志桜の行く道を開くことなの。わかるかしら」
「しお……。名前は知らないけど、そら先生がいってた子。おれの姉弟子?」
「そうなるのかな」
首を傾げた少年に対し、朱希はそっと頷く。
だが、理櫻は此方に向ける敵意を緩めていない。それを察知したディアナは首を横に振り、黒狼達を後ろに下がらせる。
「これ以上言葉を交わしても『今』は分かり合える事はないでしょうね」
「そうさ! 先生の邪魔をするならお姉さんたちはわるいやつだ!」
攻撃の意思はないと告げた心算だが、少年は宣戦布告だと受け取ったらしい。分かり合えないと正面から言われたことで反発心を抱いたようだ。幼い少年は言葉の裏に隠された意味を感じ取れなかった。
「違う、そうじゃなくて……あ、理櫻」
「もっと魔導書を持ってくる! お姉さんは先生の凄さを知らないんだ!」
少年は硝子迷宮の奥に引っ込んでしまった。次は朱希が止める間もなく、一目散に。増援の魔書を見つけるために少年は駆けていく。
書との戦闘はまだ続く。
だが、それならば戦い続ければいいだけだ。
ディアナは周囲の気配を警戒していき、朱希はそうっと両手を重ねる。
彼女にも、彼にも――祈りを。
届けばいいと強く願い、朱希は戦いの行方に思いを馳せた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
リル・ルリ
🐟迎櫻
白の魔法
上等だ
僕は傷つくことを
哀しみも傷みも畏れない
そうでなければこころには触れられない
ヨルもやる気だ
櫻!カムイ!
合流すれば広がる安堵感
わ!
魔法はカナン達が庇い防いでくれた
自分の願いは自分で叶える
君が何を信じるかは自由だ
けど本当に君の大事な人を守ることに繋がるのかな
…カムイは櫻の傍に
酷く揺れている
僕がやる!
歌うよ「恋の歌」
理櫻は避け本だけ燃やす
どんな絶望も焼き尽くす焔となれ
絶望して何が悪い
心揺れる事の何が可笑しい
幻に傷つくのは
それだけ大切な存在があり
傷つくことが出来る心がある証
絶望するのは希望があるから
希望があるのは
生きているから
僕はその傷みもまた
愛と呼ぶ
冷たい冬を耐え忍び
桜は咲くんだ
朱赫七・カムイ
⛩迎櫻
お前にも教え導く存在が必要なのかもな、と伝うカグラに
私に師?と首を傾げ
サヨ!リル
良かったと2人へ笑む
魔法?
おいたはいけない
リオが師を大好きなのは微笑ましいが
可愛い弟子に斯様な事をさせる師に些か反感を覚える
リル…!
暫し任せる
カグラ結界を
サヨ
そんな未来は約されない
震える手を握り額を重ね
カラスがサヨの肩へうつる
きみを傷つけるものを赦さない
其の傷みと絶望を知れたのだから
櫻宵は大丈夫
ずっと大丈夫なようにする
私がきみをまもるよ
…過去の私に届かない事が少し悔しい
でも想う気持ちは同じだ
寄り添い隣に立つ事は私にも
魂を穢す黒を否定し魔導書の齎す厄ごと切断する
…傷みもまた愛
其れは私も
しらねばならぬ事なのだろう
誘名・櫻宵
🌸迎櫻
師匠…
黒い羽根を握りしめ前を見る
大丈夫
傍にいる
リル!…カムイ!
二人の元へ
魔法を桜で弾いて咲かす
弟子は師が誤った路に行ったなら止めるのよ
――!
齎された幻覚
血桜が舞う静かな桜の館
これはリル
これはカムイの
皆の
ああこれは一華
大切なあなた達の命の残骸
美味しかったと―
腹だけが膨れ満ちた桜血色の大蛇が笑う
唯の幻覚なら鼻で笑えた
有り得ないとこれが私だと進めた
けれ今の私は
有り得ないと笑えない
こわい
リル、カムイ
神の温度と声と人魚の歌が私を紲ぐ
そうはならない
痛みを此処でしれた
護る為にふるう刀
私は護龍
私の師がそう教え導いてくれた!
理櫻
あなたの師はあなたにどうあれと教えたの?
絶望を超えなきゃ
呪いだって救えないわ
●絶望の果ての希望
幻を齎す魔術領域にて、三人は其々の光景を視た。
「……白の魔法」
上等だ、と呟いたリルは静かな決意を抱いている。
あの場所でお別れしたのは、知らぬ内に迷って停滞していた自分自身の思い。
これからは傷つくことを、哀しみも傷みも畏れない。そうでなければ、こころというものには触れられないから。リルの傍にはやる気いっぱいのヨルもついている。
一方、カムイにはカグラからの思いが伝わってきていた。
――お前にも教え導く存在が必要なのかもな。
そのように語ったカグラに対し、カムイは首を傾げている。
「私に師?」
だが、この場で答えは見つからない。カムイはこの先に巡る縁を思い、屋敷の奥を目指して踏み出していく。
その頃、櫻宵は憂う心を抱いていた。
「師匠……」
先導するようにカラスが飛んでおり、櫻宵はその後をしかと追っていた。
大丈夫、傍にいる。
黒い羽根を握りしめて前を見た櫻宵は、不安を押し隠しながら進んでいく。
そうして、三人は合流を果たした。
「櫻! カムイ!」
「サヨ! リル!」
「リル! ……カムイ!」
それぞれの名を呼びあえば安堵の気持ちが巡った。無事で良かった、と微笑むカムイが櫻宵とリルに近付いた瞬間。
影から何かが飛び出してきたかと思うと、黒い念めいたものが三人に襲いかかった。
「くらえ!」
「わ!」
「……きゃ!」
「これは――魔法?」
リルへの攻撃はふわりと飛んだカナンとフララが防いでくれた。櫻宵は桜で弾いて咲かせ、カムイは咄嗟に厄を払って事なきを得る。
「お姉さん……じゃない、お兄ちゃんたちも強そうだね」
その魔法を放ったのは件の少年、理櫻だった。
櫻宵は少年を見据え、そっと告げる。
「あなたが理櫻ね。弟子は師が誤った路に行ったなら止めるのよ」
「おれの師匠は間違ってない! おれを助けてくれたんだ!」
「自分の願いは自分で叶えるんだよ。君が何を信じるかは自由だ。けれど本当に君の大事な人を守ることに繋がるのかな」
「そなたを助けてくれた師だとしても、おいたはいけないよ」
続けてリルとカムイも己の思いを少年に伝える。
師匠と弟子という関係は櫻宵達にとって縁深いものだ。カムイとしても、少年が師を好いている姿に微笑ましさを感じる。
しかし、可愛い弟子に斯様なことをさせる師に些か反感を覚えていた。
「おれたちのこと、何にも知らないくせに!」
どうやら理櫻は他の猟兵に攻撃を仕掛けられたことで敵意を強くしているらしい。魔術杖を構えた彼の横には魂喰いの魔導書が浮遊している。まさか今の魔法攻撃は囮で、本命はそちらなのでは――と、櫻宵がはっとしたときには時既に遅し。
櫻宵を幻覚が襲い、恐ろしい情景が巡り廻った。
それは血桜が舞う静かな桜の館。その場所に幾つもの亡骸が倒れている。
(これはリル、これはカムイの、皆の。ああ、これは……一華)
大切なあなた達の、命の残骸。
亡骸は桜へと変わり、幻の中の櫻宵に吸い込まれるように舞う。美味しかった、と腹だけが膨れ満ちた桜血色の大蛇が笑っていた。
唯の幻覚なら有り得ないと断じられる。これが私だと認めて進めた。
けれど今の櫻宵は笑えない。
噫、こわい。
「――!」
幻を認識したとき、櫻宵は声なき悲鳴を上げていた。
リルとカムイは彼を庇うように布陣したが、幻覚までは防げない。櫻宵はその場に蹲り、口許を押さえて震えていた。
「カムイは櫻の傍に。僕がやる!」
酷く揺れている様子の櫻宵をカムイに任せ、リルは二人の前に凛と游ぎ出した。
「リル……!」
「平気だよ。僕らの櫻をまもるんだ」
「解ったよ、暫し任せる。カグラ、結界を」
カムイはリルに信頼を寄せ、これ以上の幻を見せないように立ち回っていく。カラスも櫻宵の肩に止まり、大丈夫だというように寄り添っていた。
その間にリルは元凶である魔導書に向け、歌を紡いでいく。
響き渡るは人魚姫の恋のうた。
理櫻に作用しないように気を付け、リルは本だけを燃やす。どんな絶望も焼き尽くす焔となれ、絶望して何が悪いんだ、と語るように歌が奏でられていった。
心が揺れることの何が可笑しいのか。
幻に傷つくのは、それだけ大切な存在があるということ。そして、何よりも傷つくことが出来る心がある証。
「絶望するのは希望があるから。希望があるのは、生きているからだ!」
その傷みもまた、愛と呼ぶ。
リルの懸命な歌が魔導書の力を弱めていく中、カムイは櫻宵の背を撫でた。
「サヨ、そんな未来は約されないよ」
彼の震える手を握り、額を重ねる。囚われてしまいそうな櫻宵の心を取り戻すため、カムイは真っ直ぐな言葉を掛けていく。
「きみを傷つけるものを赦さない。きみのためなら全ての厄を跳ね除けよう」
其の傷みと絶望を知れたのだから、櫻宵は大丈夫。
ずっと大丈夫なようにする、という言葉は幻想領域の神斬が告げた言葉と同じ。
「リル、カムイ……」
「私達がきみをまもるよ」
櫻宵は顔を上げる。過去の『私』に届かない事が少し悔しかったが、今の櫻宵はカムイのことも愛しく想ってくれている。
「私はまだ未熟だろう。けれども想う気持ちは同じだ」
寄り添い隣に立つ事は自分にも出来る。
そのように告げてくれた神の温度と声と、今も響き続ける人魚の歌が櫻宵を紲ぐ。
あれは幻であり、そうはならない。
痛みを此処でしれた。それに二人は揺らぐ心でさえも認めてくれる。櫻宵はゆっくりと立ち上がり、鞘から屠桜を抜いた。
此れは護る為にふるう刀。
サヨ、と自分を呼ぶ声に頷いた彼は喰桜を構えるカムイと共に床を蹴る。
「私は護龍。私の師がそう教え導いてくれた!」
「私の刃も、サヨの刃も護るためにある」
カムイは魂を穢す黒を否定し、魔導書の齎す厄ごと切断した。其処に櫻宵が重ねた一閃によって書は完全に沈黙する。
最後にはリルの謳う恋の歌が灼熱の炎を起こし、すべてのページを焼き尽くした。
リルのお陰よ、と静かに笑う櫻宵に笑みを返した人魚はカムイの傍に泳ぎ寄る。
「……お姉、兄ちゃんにも師匠がいるんだね」
櫻宵が幻から立ち直ったことに驚きながらも、理櫻は興味深そうに問いかける。ええ、と答えた櫻宵は疑問を投げかけた。
「あなたの師はあなたにどうあれと教えたの?」
「そら先生は魔力が暴走しない方法をおしえてくれたよ。それから、いずれはおれの中にある悪い力をとってくれるんだって。おれ、今までオトナたちに変なものをたくさん食べさせられたんだ。そのせいで変な力がたまって、毒みたいになってるから……」
少年は櫻宵達が攻撃してこないことを悟って語り出す。
人魚の肉、妖怪の腕、妙な動物の黒焼き、魔女の妙薬。どれも眉唾ものだろうが、邪神教団員は生贄の少年に虐待まがいのことをして魔力を高めようとしたらしい。
「噫、それは……」
「理櫻、くるしかったんだね」
カムイとリルはそっと頷き、理解する。
そんな状況の中で、教団によって召喚された昊という魔法使いが生贄の少年を喰らわずに手を差し伸べた。相手がオブリビオンだということなど関係ない。少年は彼に魔力を制御する術を教えて貰い、師として敬愛を抱いた。
少年は鋭い視線を向ける。
「おれは先生がすきだ! だから、こんなところでおまえ達に負けるもんか!」
「理櫻!」
次の瞬間、少年は踵を返して脱兎の如く逃げ出す。
囲まれては拙いとでも判断したのだろう。櫻宵が呼び止める前に少年は暗闇の中に紛れて消えていった。おそらく一度、態勢を立て直すつもりだろう。
されど櫻宵達は敢えて後を追わなかった。無理に追いかけても反感を買うだけだと理解しているからだ。
「境遇は違うけれど、他人事とは思えないわ」
「どうすればいいんだろうね。僕達はあの子の師匠を倒すしかなくて……」
「師を思う気持ちだけは尊ばなくてはね」
櫻宵とリルは俯き、カムイも真剣な表情で暗闇の奥を見つめた。
冷たい冬を耐え忍び、桜は咲く。
此度の花はどのように咲くのだろうかと考え、リルは魔導書の残骸を見下ろした。
傷みもまた愛。
カムイにもまだ、識らねばならぬことが多くある。
そして、櫻宵は二人と共に先に向かって歩き出した。此処に巡っている状況もまた、何かの呪いの果てに引き起こされたことのように思える。
「絶望を超えなきゃ、呪いだって救えないわ」
此処にどのような結末が訪れようとも、自分達は超えるために進み続けるだけ。
歌を、刃を。
其の腕に抱けるものを宿して、ただ前へ――。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
兎乃・零時
アドリブ歓迎
…え、破壊?
上手い事無力化した後に本取っちゃ駄目なの!?
本物の魔導書手に入れる機会少ないのにぃ!
別に悪いとか良いとかそーゆうのは分からん!
だが言える事はある
あの世界
幸せな世界では無いぞ?
凄かったけど
そも俺様の夢は全世界最強最高の魔術師!
魔導書に願えば叶うとか他人の力で叶えるとか
それは俺様の幸せじゃない
力を借りる事は有れど
最終的に行動して実現させるのは俺様自身!
お前もお前の求めるものがあるんなら!全力できやがれ!
ただし負けないがな!
UC
空間術式:輝光戦場
味方対象は魔導書以外
攻撃は全部水と光の魔力のオーラで弾きつつ
自身も光に変わり残像残す勢いで避けつつ
魔導書の攻撃は輝光閃でぶっ飛ばす!
●魔力の揺らぎ
魔導書は完全に破壊してこそ内部の人間を救出できる。
その事実に直面した零時は困惑していた。当初の予定としては魂喰らいの魔導書を何とかして入手する心算だったのだが――。
「破壊……破壊か。上手い事無力化した後に本取っちゃ駄目なの!?」
よくよく考えれば人命と引き換えになる。
頭を抱えた零時は書の入手を断念した。悔しいけれど仕方ない。誰かを犠牲にしてまで自分の欲を優先させるわけにはいかなかった。
「本物の魔導書手に入れる機会少ないのにぃ!」
「お兄ちゃん、魔導書が欲しいの? ここに誰も入ってない書があるよ」
そのとき、影から少年が現れた。
理櫻は自分が手にした本をぱらぱらとめくり、ほらね、と零時に見せる。
「本当か!?」
「でも、そら先生の魔術でこの屋敷から出たらただの本に戻るようになってるんだ。それにお兄ちゃんもわるいやつなんだよね」
だからあげられないよ、と告げた理櫻は魔導書を閉じた。
しかし、この書の中で夢を見る選択をするなら別。そう語ったどうやら彼は嘘などは言っていないようだ。零時は頭を振り、改めて魔導書の入手を諦めた。
「別に悪いとか良いとかそーゆうのは分からん!」
「わるいやつじゃないってこと?」
「悪いか良いかなんて立場の違いだろ! だが言える事はある!」
零時は少年を見据えて語る。
先程の幻想領域――あの世界は決して幸せな世界では無い、と。
確かに凄かったが、あれは理想という名の偽りだ。そんなものに身を委ねる気はないと宣言した零時は藍玉の杖を掲げた。
もちろん、少年を傷付ける意思があるわけではない。
「そも俺様の夢は全世界最強最高の魔術師! 魔導書に願えば叶うとか他人の力で叶えるとか、それは俺様の幸せじゃない!」
書を欲しがったように力を借りることは有れど、誰かに叶えて貰うものではない。
「最終的に行動して実現させるのは俺様自身!」
「そっか、お兄ちゃんはその力を持ってるんだね。だけど、そういう力のない人はどうなるの? 諦めなきゃいけないの?」
「それは……」
薄暗い広間の中、二人の少年の視線が交錯した。
しかし零時はすぐに気を取り直して、びしりと宣言する。
「お前もお前の求めるものがあるんなら! 全力できやがれ! ただし負けな――」
「ないよ」
だが、零時が語り終わる前に理櫻が言葉を遮った。
「どういうことだ?」
「おれには求めるものなんてない。夢も理想もない。だって、おれは邪神さまに捧げられるイケニエだったから。そんなの、持っちゃいけなかった」
「お前……そういう風に育てられてきたのか」
俯いた少年の言葉から、その境遇を感じ取った零時はぐっと拳を握る。
「でも、強いていうなら! おれはそら先生を守りたい!」
次の瞬間、理櫻が杖を零時に向けた。
魔法弾が来ると感じて身構えた零時だったが、少年の魔力は物凄く弱かった。
「ん?」
杖を振るだけで弾けて消えてしまう魔弾は妙だ。零時はすぐにおかしいと感じる。何故なら、理櫻の中には有り余るほどの恐ろしい魔力反応があった。もし彼がそれを行使できるなら、零時は今頃大怪我を負っているはず。
「くっ……やっぱり、おれは魔法の才能がないのかな。魔導書に頼るしか!」
すると少年は力のある魂喰らいの魔導書を取りに向かった。零時が慌てて呼び止めようとしたが、理櫻は素早い。
「おい、待て! お前の魔力は――」
俺様以上にあるはずなのに、という零時の言葉は届かなかった。何かが妙だ。もしかすれば少年は何か特殊な体質なのかもしれない。生贄になる運命だと言っていたことを思い出し、零時は考え込む。
「あいつはまだ敵側にいるし、先生とやらの味方をしたいって言ってるけど……俺様に助けられるのか? いや……違う。助けるしかねぇだろ!!」
答えは瞬時に出た。
事情はまだ明らかになっていないが、理櫻を救えるのは猟兵だけだ。零時は深く考えるのは後回しだとして魔術を展開していく。
空間術式――輝光戦場。
ひとまず、この場の魂喰らいの書から教団員を解放していることが先決だ。
零時は光を解き放ち、横合いから迫りくる魔書を蹴散らしていく。手を伸ばすことで少年の未来を少しだけでも変えられるなら。
「邪魔なものは全部、ぶっ飛ばす!」
輝光閃は瞬く間に周囲を照らし、辺りに眩いほどの衝撃が満ちていった。
大成功
🔵🔵🔵
橙樹・千織
魔道書から影…
攻撃に巻き込まないよう少年に結界術を
破魔と糸桜のオーラを纏い
麻痺を伴う衝撃波を放つ
惑う幻は
大切な人達が傷つき倒れる姿
私じゃ…護れない?
嫌…今度こそ、幸せな姿を見届けるの!!
確かに
あれは私の理想…そう、ただの理想
本物ではないし
あの子の他にも大切な人達が此処にいる
願えば理想の人物を足してくるでしょう
けれど
どう足掻こうと
彼女と今生の彼らが同じ時を過ごすことは出来ない
私の思う通りにしか動かない、話さないのはあの子達じゃない
私は
私の記憶にいるあの子を
自分の意志で生きている彼らを護りたい
だから願わない
…他人の魂を、生命を奪ったその先は?
貴方のせんせいが何をしようとしているか
自分で考えなさい
●問いかけた答えの先へ
周囲は暗闇。
蝋燭の火が怪しく揺れ続ける空間には今、硝子の迷路が張り巡らされていた。
それが他の猟兵による敵への対策だと知り、千織は注意深く進んでいく。この迷路のお陰で複数の魔導書がひとりに襲いかかることはなくなっている。
それゆえに千織も一対一で敵と対峙することが出来るだろう。
そのとき、陰から魔導書が浮遊してきた。
「魔導書から影が……」
千織は咄嗟に身構え、敵の書から現れた影との距離を取る。同時に、何処かにいるであろう少年を攻撃に巻き込まないよう結界術を巡らせていった。
更に千織は破魔と糸桜のオーラを纏い、影に向けて麻痺を伴う衝撃波を放つ。
妖しい影は衝撃を受けて揺らぐ。
「攻撃が通じない? いえ、あれも幻なのね」
はっとした千織は影ではなく、その足元にある魔導書自体を狙うべきなのだと気が付いた。だが、魔書はそのときにはもう反撃に入っている状態だった。
刹那、千織の周囲に彼女にだけ見える幻覚が巡る。
惑わせる幻。それは――。
大切な人達が傷付いていく。誰もが力を失って倒れ、嘆きながら苦しんでいく姿が次々と映し出される。強いと思っているあの人も、守りたいと願ったあの子も、一緒に肩を並べて戦った人達も、皆が無力に散っていく。
(私じゃ……護れない?)
千織は無意識にそんなことを考えてしまった。
だが、気を強く持つと決めている。これは幻であると自分に言い聞かせ、絶対に巡り訪れない未来であることを認識する。
それにこんな光景は決して望まない。もし訪れたとしても回避してみせる。
「嫌……」
得物を振り上げた千織は全力で幻を拒絶する。そして――。
「今度こそ、幸せな姿を見届けるの!!」
宣言と同時に幻覚を斬り裂き、魔導書からの攻撃を振り払った。叫び出したくなるほどの衝撃が千織に齎されたが、理性はしかと残っている。
魔導書は剣舞によって地に落とされ、其処には解放された教団員が倒れていた。
彼の保護は後で良いだろう。
乱れかけていた呼吸を整えた千織は先程の幻想領域のことを思い出した。
幸福と絶望。
それらの幻を交互に重ねる魔術配置を行った魔法使いは相当なものだ。千織が相手の手強さを感じていると、其処に少年が現れた。
「お姉さん、もう幸せな夢は見なくていいの?」
彼が理櫻だと察した千織は、ふるふると首を横に振る。
「確かに、あれは私の理想……そう、ただの理想」
あの子は本物ではなかった。
もし本当に居たとしても今の自分は会ってはいけない相手だ。それにあの子だけではなく、他にも大切な人達が此処にいる。
そう語った千織に対し、理櫻は不思議そうな顔をした。
「何がいけないの? じゃあその人達も一緒にいる世界を望んだらいいのに」
「そうね、願えば理想の人物を足してくるでしょう」
この屋敷で生贄になるために育てられてきた少年にはきっと、大切な人という存在がいなかったのだろう。それゆえに千織の語ることが理解できていないようだ。
けれど、と千織は言葉を続ける。
「どう足掻こうと彼女と今生の彼らが同じ時を過ごすことは出来ないの」
「……むずかしいね」
「私の思う通りにしか動かない、話さないのはあの子達じゃない。私は……私の記憶にいるあの子を、自分の意志で生きている彼らを護りたい」
だから魔導書にも幻にも願わない。
はっきりと告げた千織は決して少年を傷つけようとはしない。得物を下ろした千織は真っ直ぐに彼を見つめ、問いかけてみる。
「……他人の魂を、生命を奪ったその先は?」
「そら先生には生きる理由があるんだって。おれたちも先生に命を捧げられるから、嬉しいことばかりなんだよ」
その返答を聞き、千織は複雑な気持ちを覚えた。
少年の常識はやはり偏っている。邪神を崇拝する教団で育ったことで、こうなってしまったのだろう。
千織は少し考え込み、少年に告げる。
「貴方のせんせいが何をしようとしているか、自分で考えなさい」
自分の言葉が彼の心に届くのかは、今は分からない。
どうやら理櫻は困惑しており、なんと答えていいか分からずに踵を返す。千織は迷路の奥に駆けていく少年を敢えて追わず、その背を見送った。
そして、其処には新たな魔導書が現れ――戦いは未だ暫し続いていく。
大成功
🔵🔵🔵
ユヴェン・ポシェット
わるいやつ、そうなのかもしれないな…何が良いか悪いかなんて、人によって違うからな
幸せな世界が…誰かに願えば叶うものが俺の求めるものでは無いから…
例え辛くとも絶望を目の当たりにし、目を背けたくなる状況だとしても、俺は抗おう。
苦しい悲しい逃げたい、当たり前だ。だが、この手の槍を離さない限り、この熱を感じる限り俺は立ち向かうよ。
…ここに、共にあるから。
行くぜミヌレ。あの魔導書を突き刺す…!
UC「halu」使用
身体を細い蔦へと変え攻撃を躱しつつ、理櫻が怪我をすることがないように、何かあれは自身を蔦の網の様に変え、庇う。
理櫻といったか…守りたいものがあるなら悔いがない様にな…
まあ、俺達も容赦はしないが。
●共に在る為に
此処に訪れた時、魔術杖を構えた少年は語った。
――おまえらは先生の邪魔をするやつらだから、わるいやつだ。
ユヴェンはその言葉を思い返し、自分と少年、そして魔法使いの立場を考える。
「わるいやつ、そうなのかもしれないな……」
何が良いのか、誰が悪いのか。
それは正義と悪が織り成すものにも似ている。それは価値観や境遇次第。確実に正しい善や悪などは存在せず、人や環境によって全く違うものだ。
ユヴェンは周囲を見渡しながら、敵の気配を探った。
辺りには蝋燭の火しかない状態だが、暫くすれば目も慣れてくる。おそらく理櫻少年もまだこの近くに潜んでいるはず。
同時に魂喰らいの魔導書の気配も感じており、ユヴェンは身構えた。
そのとき、ふと先程の光景が胸裏に浮かぶ。
「……ミエリ」
思わず聖獣の名を呼んだユヴェンは、やはりこう思ってしまう。あの光景の中に何の憂いもなくいられたら、と。
するとユヴェンの気配を察したらしい少年、理櫻が其処に訪れた。
「お兄ちゃん、まだ遅くないよ。魔導書に願えばもういちど夢を見られるんだ」
少年は空の魔書を示し、おいで、とユヴェンを誘う。
しかし、ユヴェンは応じたりなどしない。
「幸せな世界が……誰かに願えば叶うものが、俺の求めるものでは無いから」
それゆえに断る。
ユヴェンは理櫻を強く見据えた。どうして、というように首を傾げた少年には得物を向けず、彼は語っていく。
「例え辛くとも、絶望を目の当たりにして目を背けたくなる状況だとしても、俺は決めているんだ。抗おう、と」
苦しい、悲しい、逃げたい。そう感じることは当たり前だ。
だが、この手の中にある槍を離さない限りは逃げたくはない。悲しくたって、苦しくなっても独りではない。
「あらがう?」
「この熱を感じる限り俺は立ち向かうよ。……ここに、共にあるから」
「お兄ちゃんにはトモダチがいるの?」
すると少年は不思議そうに問いかけてきた。ユヴェンは静かな眼差しを向けたまま、頷いて答える。
「ああ、この槍のミヌレもそうだし、このクロークのテュットも友達……仲間だ」
「いいな、おれにはそんなのいないのに」
ユヴェンは他にもタイヴァスやクー、ロワという獅子もいると話した。
少年は年相応な表情を見せて羨ましそうにしている。その様子を見たユヴェンはふと思い立ち、提案を投げかける。
「それなら俺と友達になってみるか?」
「え? で、でもトモダチになってもおまえらは先生の邪魔をするんでしょ!?」
一瞬、うん、と頷きかけていた少年は慌てて首を振った。
やっぱり駄目だと感じたらしい理櫻は指をぱちんと鳴らし、近くから魂喰らいの魔導書を呼び出してくる。
「あいつをやっつけろ! おれには先生がいるからトモダチなんていらない!」
そういって少年は暗い闇の奥に駆けていった。
ユヴェンはその背を追えず、現れた魔導書の相手をするしかないと判断する。
「行くぜミヌレ。あの魔導書を突き刺す……!」
ユヴェンは身体を細い蔦へと変え攻撃を躱し、一気に反撃に出た。理櫻は見えなくなってしまったが、どうやら殆どの猟兵が彼を護ることを重視しているので怪我などの心配もないはずだ。
ミヌレの槍を振るい、瞬く間に魔導書を片付けたユヴェンは闇の先を見つめる。
完全に破かれた魔書からは教団員らしき男が放り出されたが、気を失っているようなので対応は後で良い。
「理櫻といったか……守りたいものがあるなら、悔いがないようにな」
未だ言葉も思いも届かない。
だが、ユヴェンは少年の思いを否定しなかった。どちらが悪いかなど、やはり決められない。それゆえに彼は抱く思いをそっと言葉にした。
「まあ、俺達も容赦はしないが」
この先の戦いはきっと今以上に激しくなるだろう。
来たる時を思い、ユヴェンは竜槍を強く握り――そして、己なりの誓いを抱いた。
大成功
🔵🔵🔵
樹神・桜雪
『WIZ』
それは願いを叶えてくれるものだけど、それだけじゃない。何かを叶えたいなら相応の代償が必要なんだよ。
願いが良い事だろうと、悪い事だろうと代償は等しく平等に要求される。
君は代償が何か知っていてなお、先生を守ろうとするのかな?
極力、魔道書狙いでUCを使用。流れ弾が少年に当たらないように努力はする。万が一があるなら身を呈してでもかばうよ。
すべてを忘れて、自分が誰かも分からない絶望と思えば、魔道書の見せるものなんてただの子供の遊びだ。
だから、親友の姿を見せないで。
親友の声で話しかけないで。
彼を……。
……こんなので絶望するボクだと思ったのなら大間違いだよっ!
偽物だと分かってるなら容赦はなしだ。
●護る為の力
儀式場は今、硝子の迷路に覆われている。
他の猟兵が生み出したラビリンスの力を感じ取りながら、桜雪は透き通った薄暗い広間の中を駆けていく。その先には件の少年、理櫻がいた。
「待って、危ないよ」
「あぶなくなんてない! おれは弱いから、魔導書の力がいるんだ!」
桜雪は理櫻が魂喰らいの書を探して、猟兵に嗾けようとしているのだと分かっていた。しかし、魔導書は彼すら傷付ける可能性のあるものだ。
「それは願いを叶えてくれるものだけど、それだけじゃない。何かを叶えたいなら相応の代償が必要なんだよ」
「命でしょ? 先生にささげられるならいいことだよ」
桜雪が呼び掛けると、少年は当たり前のことのように答えた。
そのとき、桜雪がはっとする。この子は生贄になるために育てられてきたらしかった。命を捧げることの価値観が自分達とは違うのだろう。
それでも、桜雪は思いを伝えていく。
「願いが良い事だろうと、悪い事だろうと代償は等しく平等に要求される」
「うん、そうだね」
「君は代償が何か知っていてなお、先生を守ろうとするのかな?」
「もちろん! だって、そら先生だけがおれをちゃんと見てくれた! オトナたちはおれのことを虐めたけど、先生だけは……」
返ってきた言葉で桜雪はおおよその事態を理解した。
少年は邪神教団内で恐ろしいことをされていたに違いない。虐めただなんて生ぬるい言葉では片付けられないほどに。
何故なら桜雪は気付いている。
少年の中にある魔力の流れは呪詛めいている。昊という魔法使いの影響ではなく、おそらくは教団員によって理櫻は――。
昊に懐いている理由もよく分かった。
苦しい境遇の中、どんな形であれ魔法使いは少年を助けたことになる。昊は理櫻の唯一の拠り所となり、生贄だった少年は命を捧げることをよしとしてしまった。
「君と彼は、ボクと親友みたいな関係なのかな。ううん、でも……」
「あった! 魔導書だ。いけっ!」
しかし、桜雪の思考は途中で掻き消される。
硝子の迷宮の中にいた魔書を見つけた少年が、桜雪にそれを向かわせたのだ。
戦うしかないと察した桜雪は身構える。浮遊する魔導書からは黒い粘液が飛び出してくる。咄嗟に透空の札を取り出した桜雪は氷の花を展開した。
無論、少年は狙わない。
魔導書だけを標的として定めた桜雪は次々と迫る粘液を打ち落とした。
書の中には教団員とやらが閉じ込められているのだろう。彼らもまた少年にとっての、わるいやつという括りではあるが見殺しには出来ない。
「すべてを忘れて、自分が誰かも分からない絶望と思えば、魔道書の見せるものなんてただの子供の遊びだ」
無数の氷の花が魔導書を貫いていく。
あんなものに魂を吸い取られては堪らない。桜雪は真剣に己の思いを声にした。
「だから、親友の姿を見せないで」
親友の声で話しかけないで。
彼を――。
一度だけ俯いた桜雪は己を律し、魔導書から齎される闇を振り払う。
「……こんなので絶望するボクだと思ったのなら大間違いだよっ!」
偽物だと分かっているなら容赦などしない。
もし本物だとしても、絶望を齎す存在に力を貸しているなら――きっと、桜雪は戦う覚悟をする。そう思わなければこの戦いを乗り切れなさそうだ。
何故なら、桜雪達はこれから少年の師を倒しにいくのだから。
魔導書が氷によって穿たれていく中、不意に全周囲への攻撃が巡った。桜雪は少年にも衝撃波が当たると察し、即座に庇いにいく。
「間に合った、かな」
「――! 守ってくれたの? おれたちは敵同士なのに」
「関係ないよ。ボクが君を守りたいと思ったんだから」
「……なんで、」
身を挺して衝撃を肩代わりした桜雪の行動に、理櫻は戸惑いを見せた。ありがとうはいわないからね、と告げた少年も本当はお礼を言いたそうだったが、どうしていいか分からずに駆け出していってしまった。
「――待って、」
桜雪は少年に手を伸ばしたが、先程の衝撃が身体に響いている。
あっという間に硝子の向こう側に消えていってしまった理櫻の背を見つめ、桜雪は緩やかに首を振った。おそらくではあるが、少年の心は揺れ動いた。
猟兵は敵でしかないと思っていた心が桜雪の行動によって綻びはじめる。
「うん、大丈夫。きっと……」
硝子の迷宮のお陰で全周囲への攻撃もある程度は弱まるだろう。他の猟兵が少年にやさしく接してくれると信じて体勢を立て直す。
この先で巡る未来に思いを馳せながら、桜雪は目の前の魔導書を見据えた。
何よりも先にこの敵を倒さなければ。
さっきのお返しだと口にして新たな札を掲げた桜雪は、氷の力を再び解き放った。舞い散る雪のような魔力は容赦なく魔書を貫き、そして――。
またひとり、魂を喰らわれていた者が解放された。
大成功
🔵🔵🔵
楠木・万音
犠牲をもって形となる魔法だなんて
この世界は犠牲が無ければ成立しないのかしら。
少年。其処、退いて。
あんたを殺すつもりはないわ
一般人を殺める魔女なんて居ないのよ。
ティチュ、粘液を払い除けて頂戴。
少年はあたしが対処するわ。
あたしには死という概念が無い
人を辞めた時に棄ててきたの。
生命力が削り取られる事だって退屈だけれど
纏わり付かれる感触は、とても不快なのよ。
指先に魔法を込めて
此処に硝子を咲かせましょう
殺めること
傷つけること
其れはあたしの師の意思に反する
魔法には魔法で相殺する
理櫻と言ったかしら。
あんたの魔力も魔法も、本物ね。
正直侮っていたかもしれないわ。
誇りなさい。
師も、二番弟子だと言うあんた自身もね。
●硝子の向こう側
幻と偽りの中で夢を叶える。
真綿で首を絞めるかのようにゆっくりと、願った者の命が潰されていく。
彼の魔法使いが施した願いを叶える仕組みなど、蓋を開けてしまえばそんなものでしかない。魔女である万音にはよく分かっていた。
「犠牲をもって形となる魔法だなんて」
この世界は犠牲が無ければ成立しないのかしら、と万音は呟きを落とす。
周囲の状況は少し変化している。
他の猟兵によって硝子の迷宮が展開され、戦場が細かく分離されていた。しかし、これもまた好都合。魔導書の全周囲への攻撃は阻まれており、猟兵や件の少年に余計な被害が出ないで済んでいる。
そして現在、万音は理櫻と対峙していた。
「少年。其処、退いて」
「イヤだ! お姉さんはこの迷路を抜けたら先生の邪魔をしにいくんでしょ?」
「そうね、でもあんたを殺すつもりはないわ」
万音は淡々と告げる。
すると、少年は大きく首を振った。
「おれだけ無事でもダメだ。先生がいないと、おれは無意味に死んじゃうから……」
「一般人を殺める魔女なんて居な……どういう意味?」
ふと理櫻が妙なことを口走った。万音は違和を覚え、問いかけてみる。どうやら死ぬというのは比喩ではないようだ。
唇を噛み締めた少年は少し言い淀み、万音に答えを返そうとした。
だが、そのとき。
迷路の奥から現れた浮遊する魔導書が此方に飛来する。其処から生み出された黒い粘液が容赦なく襲いかかってきた。
邪魔をしないで、と魔書に目を向けた万音は絵本をひらく。
「ティチュ、粘液を払い除けて頂戴」
少年は自分が対処すると影の子に伝えた万音は、理櫻に改めて向き直った。少年は魔導書の動きを気にしながらも先程の続きを話していく。
「おれの魔力、変なんだって。何にもしなきゃ暴走して死んじゃうくらいにぐるぐるしてて、そら先生はそれを何とかしようとしてくれるんだ」
「ふぅん……確かにそうね。妙な魔力を感じるもの」
万音は双眸を鋭く細め、理櫻の内に巡る生命力の流れを読む。
おそらく魔女でなくとも猟兵であれば感じ取れるだろう。生贄として育てられてきたという少年の内部には妙なものが眠っている。
想像ではあるが、生まれつき魔力を溜めやすい性質だったのだろう。そして、それは邪神を崇拝する教団によって更に歪められた。
「お姉さんにも分かるの?」
「ええ、大まかにはね。あたしも魔女だから」
そして、万音は語っていく。
自分には死という概念が無いこと。人を辞めた時に棄ててきたのだということ。
生命力が削り取られることは退屈だけれど、纏わり付かれる感触はとても不快だ。
それゆえに万音は指先に魔法を込め、先程から此方に取り憑こうとしている魔導書の魔力を振り払う。
「あんたに魔法を見せてあげる。此処に硝子を咲かせるわ」
「わ……!」
宣言通りに硝子花の刃片を花開かせた万音は、ティチュが相手取る魔導書を遠慮なく穿っていった。一度は驚いた少年だが、すぐにはっとして首を振る。
「ああっ、魔導書が!」
「聞きなさい。あんたにとって先生は恩人なのでしょう。だけど、彼がやっているのは生命の倫理に反することよ。この教団の者もだけどね」
それに、と万音は言葉を続ける。
既に魔導書は沈黙しており、中から解放された教団員が意識を失って倒れていた。その対処は後回しでいいと感じながら万音は語る。
「殺めること、傷つけること。其れはあたしの師の意思に反するの」
ゆえに昊の所業は認められない。
万音がそう告げたとき、理櫻が杖を構えた。
魔導書がやられて拙いと感じたのか、えい、と弱々しい魔法弾を解き放ってくる。万音を護るようにティチュが飛び出し、影でそれを包むことで相殺した。
「理櫻と言ったかしら。あんたの魔力も魔法も、本物ね」
「え、でも……おれは弱いよ」
「外に出す力が壊滅的に無いだけみたいね。正直侮っていたかもしれないわ」
万音は理解していた。
少年の中に穢れた魔力が溜まっているのは体質のせいだ。自分では放出できないらしいそれを何とか利用しようと考えているのが、昊という魔法使いらしい。
昊は命を奪おうとしているのか、それとも――。
オブリビオンを倒す目的は変わらないが、万音は少年達を否定したりしない。
「誇りなさい。師も、二番弟子だと言うあんた自身もね」
「……。お姉さんたち、わるいやつじゃないのかも。名前、聞いていい?」
「理櫻の変な魔力とやらがどうにか出来たら教えてあげる」
「どうにか、なるのかな」
「ここまで関わったんだもの。誰も放ったままにしておかないはずよ」
「…………」
二人は視線を交わし、暫し見つめあった。
やがて少年はどうしていいか分からず、堪えきれずに逃げ出してしまった。彼のことは敢えて追わず、万音はその背を見送る。
広間に蠢く魔導書の気配が次第に薄れていく。この場の戦いも間もなく終わる筈だ。
されど――その後の行く末と結末はまだ、誰も知らない。
大成功
🔵🔵🔵
ロキ・バロックヒート
やぁ、こんにちは理櫻くん
俺様はロキだよ
親しげに笑って話し掛ける
そうだねぇ、幸せなまま終われば良いよね
でも、ねぇねぇ
わるいって、幸せって、なんだと思う?
善悪を教えるのも幸福を教えるのもひとだ
だから君に教えてもらうの
俺様たちにとっての良いことのひとつはね
君を傷付けないこと
たぶん、なんて付くけどさ
悪いからとかじゃなくて
どうしてだと思う?考えてみない?
俺様を導いてくれたひとにもね
もっと考えてもっと聞けば良かったなぁって
後悔というよりは唯想うだけ
さっきからなんかぐったりするけど
煩わしいなぁ
私は今この子と話をしているの
UCの光で掻き消す
勿論理櫻くんは一切傷付けぬように
結構手加減うまくなったよね?なんて
ふふ
●善と悪
薄暗い広間に揺らぐ蝋燭の火。
真暗闇には程遠い儀式場の昏さに目を細め、ロキは軽く手を振る。
その先からは他の猟兵から逃れてきたであろう少年、理櫻の姿があった。
「やぁ、こんにちは理櫻くん」
「……また、わるいやつ?」
「どうかな、悪いかはわかんないけど。俺様はロキだよ」
戦いの最中であるというのにロキは少年に親しげな笑みを向ける。少年は警戒していたが、挨拶をされたのでぺこりと頭を下げた。
いいこだね、と告げて更に笑みを深めたロキは先程に少年が語っていたことを思い出し、戯れるように語りかけてみる。
「そうだねぇ、幸せなまま終われば良いよね。でも、ねぇねぇ」
「なに?」
「わるいって、幸せって、なんだと思う?」
「おれにとっては、先生の邪魔をするやつがわるいものだよ。幸せは……先生に魔法を教えてもらってるとき!」
少年は素直に答え、ロキは何度か頷いてみせる。
ロキはそれを聞いて彼に何かを諭すつもりは少しもなかった。世界の価値観は往々にしてひとが基準である。それゆえに善悪を教えるのも、幸福を教えるのもひとだ。
だから君に教えてもらうんだ。
そう語ったロキは、お返しに自分の思いを告げていく。
「俺様たちにとっての良いことのひとつはね、君を傷付けないこと」
「おれを? そういえば、ほとんどの人はおれに攻撃しなかった……」
理櫻はロキの言葉を聞いてはっとした。
たぶんね、と付け加えたロキは首肯する。ロキの考えていた通り、少年を殺そうとまでする者は誰もいなかった。
「悪いからとかじゃなくて、どうしてだと思う? 考えてみない?」
ロキは自分から意見を押し付けるのではなく、少年の心に問いかけていく。すると理櫻はぶんぶんと首を横に振った。
「わかんない。わかんなくなっちゃった」
昊先生こそが正しくて、信じていいのだと思っていた。
けれども此処に訪れた皆は間違いであるという。少年は生贄になるために育てられてきたので、命を捧げることも当たり前だと考えていたらしい。
ロキは双眸を細め、少年の身に纏わりつく因果のようなものを視る。
教団によって呪術儀式でも施されていたのだろうか。理櫻の中にはおそろしいほどの生命力と魔力が渦巻いて宿っている。
可哀想に、とすら思えるほどのものが少年の身に齎されているのだ。
ロキはそのことには触れず、会話を続ける。
「俺様を導いてくれたひとにもね、もっと考えてもっと聞けば良かったなぁって思ってるんだ。君と師匠みたいな関係ではないけどね」
「ロキは、そのひとにもう会えないの?」
「分かっちゃった? そうだねぇ、でも会おうと思えば……多分、きっと」
少年が問うと、ロキは曖昧に答えた。
もっと、と思ったことに後悔はしていない。唯想うだけであるのだとして、自分の心の裡を確かめたロキはふとした違和を覚えた。
先程からどうしてかぐったりする。周囲を見渡してみて気付いたが、どうやら魔導書がロキに黒い粘液の力を放っているようだ。
「煩わしいなぁ」
ロキは魔導書を見遣るだけに留め、救済という名の破壊の光を放ち返した。わ、という声が少年からあがったが、もちろん彼は攻撃対象に含めていない。
「私は今この子と話をしているの」
幾度も巡らせた光で魔導書の念を掻き消す。
そうすることで書の力は失われ、代わりに閉じ込められていた教団員が現れた。意識を失ってはいるが生命反応はあるようだ。
「あ……魔導書がまた……」
「君にとってはそのひとも悪いやつなんだろうね。だけど、俺様たちはここにある命を助けるために来たんだよね」
滅ぼしてやってもいいけれど、この世界でのルールもある。
頼んだ、といつも告げてくれるエージェントの彼のこともあるし、なんてことも考えながらロキは軽く笑う。
手加減も結構うまくなったよね? と独り言ちたロキは少年を見つめた。
「ふふ、よく考えるといいよ。君の時間は俺様たちがつくるから」
ロキは理櫻を決して急かさない。
この後に彼がどんな運命を辿ることになったとしても、生をすくいあげる。それが考えることに繋がるだろうから、きっと。
ロキの視線を受け、少年は杖を握り締めた。
「……おれ、先生のところに戻る」
「それも選択のひとつだね。俺様も無理に二人を引き離したりしないよ」
ただ、もしも少年が危機に陥ったなら助ける。それだけは約束すると伝えたロキを見つめ返し、少年は唇を噛み締めた。
そして、彼は駆け出していく。彼を見送ったロキは再び手を振った。
「何とかしてみせるからさ、大丈夫だよ」
否、大丈夫な状況にしてみせる。
静かな思いを抱いたロキは遠い目をした後、魔力が渦巻く屋敷の奥を見据えた。
大成功
🔵🔵🔵
朝日奈・祈里
ふわふわ、長杖に乗って屋敷の奥へ
二番弟子、の単語に小さく溜息
一番弟子は、考えるまでも無く……
この無垢な少年を導くのも、天才の責務だ
やらねばならんのだ
無知とは罪だ。知る事を辞めるな、思考を止めるな
されるがままに生きて、導く者が消えた時、お前はどうするんだ?
全ての真実を疑え
さあ、あとは勝手に考えさせよう
ぼくさまはあいつらの相手だ
少年の攻撃はあえて避けず、気にも留めない
さあ、行こうイフリート
全てを燃やして、還そうか
いいひと、わるいひと
それは異なる側面から観測すると途端に立場は変わっていく
ぼくは今、誰にとってのいいひとだろうか
……少なくとも、猟兵としては正しいかな
灰に還そう
そこに未来の花は咲くから
●灰の先
浮遊させた長杖に腰掛け、屋敷の奥へ進む。
怪しく揺らめく蝋燭の火が猟兵や魔導書の影を作り出す中、祈里は溜息をついた。
――二番弟子。
魔法使いの側に立つ少年は確かにそう語った。
祈里は知っている。この場合の一番弟子が誰であるかなど、考えるまでもなかった。そして、此方を悪いやつだと話す少年は魔導書を嗾けてきている。
様々な思いが祈里の裡に巡っていた。
されどそれは表には出さず、祈里はいつもの言葉と思いを紡ぐ。
「この無垢な少年を導くのも、天才の責務だな」
才を持つ者として、猟兵として。
間違ったままの思いを抱く少年に道を示さなければならない。やらねばならんのだ、と語ることで自分に言い聞かせた祈里は杖から降りる。
すとん、と軽い音が響いたと同時に絶望の記憶を呼び起こす影が迸った。
魔導書からの迎撃を読んでいた祈里は影を弾く。一瞬、恐ろしい記憶が過ぎった気がしたが祈里は耐えた。
今はこんなものを見ている場合ではない。
書から巡った光が心を揺さぶろうとも、意志は決して目の前から逸らさない。そして、少年からの魔力弾が祈里に放たれた。
しかし、それは絶望の力と比べると児戯に等しいもの。放出の力が弱すぎて杖を振るだけで弾ける程度の力のようだ。
「おまえ、おれと同じくらいの歳なのにそんなにつよいのか……!」
「ああ、天才だからな。キミの魔力総量も相当なものだと思うが、どうした。何かの制約でもあるのか?」
祈里は少年の力に違和感を覚えていた。
内なる魔力はかなりのものであるというのに、魔術の扱いやコントロールがなっていない。修行中とはいえどこれは異常なほどの下手さだ。
「ううん、さっき会った琥珀色の瞳の魔女さんが言ってたよ。おれの性質なんだって」
おそらくは何かの事情でもあるのだろう。
祈里は聡く状況を察しながら、少年に語り掛けていく。
「無知とは罪だ。知る事を辞めるな、思考を止めるな。されるがままに生きて、導く者が消えた時、お前はどうするんだ?」
全ての真実を疑え。
祈里の言葉は真っ直ぐ過ぎる程の鋭さを宿して、少年に向けられた。
「罪でもいいよ。そら先生がいなかったら、おれは死んでたんだ。だからこの命は先生にささげる。それがイケニエだから!」
祈里と少年の視線が重なる。
彼は生贄としてしか生きてこれなかった。周りの大人がそうしたからだ。
そして今、少年は別の大人によって翻弄されている。
価値観が違う。境遇が違う。信頼を抱く相手が違う。すぐに分かりあうことは出来ないと祈里は理解している。それゆえに、これ以上の言葉は告げない。
「そうか、それならあとは勝手に考えてくれ」
だが、祈里は感じ取っていた。
これまでに猟兵からの様々な言葉を受けてきた彼は学びはじめている。どの言葉や意思が功を奏するかはわからないが、何かが変わりはじめていた。
「……おれ、もう行くよ」
少年は踵を返し、こちらから離れていく。おそらくは先生の元に戻りたいと思ったのだろう。それでもいいと頷き、祈里は魔導書に目を向け直す。
「ぼくさまはあいつらの相手だな」
理櫻を師匠に会わせないまま終わらせることはしたくなかった。それゆえに祈里は彼の離脱を気にも留めず、精霊を喚ぶ。
髪に宿る赤いメッシュがふんわりと浮かび、焔の精霊が彼女の傍に現れる。
「さあ、行こうイフリート」
本であるならば炎で燃やすのが丁度いい。全てを燃やして還してやると決め、祈里は魔術行使の代価としての魔力と血液を明け渡した。
其処から解き放たれた炎は戦場を照らし、絶望の力ごと魔書を燃やす。
煌々と揺らぐ焔を見つめ、祈里はふと考えた。
いいひと、わるいひと。
それは表裏一体でもあるが、異なる側面から観測した途端に立場が変わっていく。
(ぼくは今、誰にとってのいいひとだろうか)
胸中で自問してみる。
相手から見れば師と弟子を引き離す悪ではないのか。それとも、少し先の未来ではこれが正しかったこととして認識されるのだろうか。
「……少なくとも、猟兵としては正しいかな」
ぽつりと呟いた祈里は長杖を握り締め、更に魔力を巡らせた。
答えが出るのは少し先。
ならば、今はすべてを灰に還そう。
きっとそこから、未来の花――さくらが咲いていくのだから。
成功
🔵🔵🔴
陽向・理玖
理櫻…
俺は理玖って言うんだ
お前
俺に似てるよ
魔法使いに憧れて魔法使いの弟子になった
そして…今はもう
聞いた時…
ヒーローに憧れる俺と
似てるって思った
桜の魔法使い
…やっぱ…そうなのか?
拳握り
理櫻の魔法は見切りとオーラ防御
喰らっても激痛耐性
決して動じない
お前の魔法は効かねぇよ
何も知らねぇお前とじゃ
覚悟が違う
俺も助けられんのがもう少し遅くて
もし組織にそういう奴がいたら
多分こいつと同じだった
俺は先生を
理不尽に奪う敵なんだな
…でも
いいか
幸せだろうと夢は夢だからだ
過去じゃない
俺は今を
未来を生きたい
何度過去に押し潰されそうになっても
何度でも立ち上がる
UC
それと
願いは叶えて貰うもんじゃねぇ
叶えるもんだ
ああ
…胸糞悪ぃ
●師という存在
戦場は入り組んだ迷路になっている。
それは他の猟兵が施したガラスのラビリンスの力であり、厄介な魔導書が飛び交うことを見事に阻止していた。理玖はその中を駆け抜け、少年を探す。
魂喰いの魔導書になど目もくれず、現れても即座に打ち倒しながら理玖は駆けた。
そして、少年達は硝子の路の最中で邂逅する。
「理櫻……」
「お兄ちゃんもおれや先生の邪魔をするの?」
魔術杖を握り締めた少年は理玖に警戒が交じる視線を向けた。対する理玖は対魔術書用として構えていた拳を下ろす。少年の周囲には魔書がいないので、此方は警戒しすぎる必要はないと判断してのことだ。
「俺は理玖って言うんだ」
「え……うん。しってるだろうけど、おれは理櫻」
自己紹介を聞き、少年は軽く会釈した。
二人は硝子を挟んだ状態で立っている。薄く光を反射している面には自分の姿も映っており、理玖には少年と自分が重なって見えていた。
「お前、俺に似てるよ」
「名前のこと? お兄ちゃんの字も、コトワリの理って書くのかな」
「そうだけど、違う」
字の話ではないと伝えた理玖は思う。
魔法使いに憧れて魔法使いの弟子になった。
そして、今はもう。
理玖は少年の話を聞いたとき、ヒーローに憧れる自分と似ていると感じていた。
どう足掻いたとしても、いずれ少年は師を失うことになる。オブリビオンという存在が関与しているならば避けられないことだ。
そして、一番ではなく二番弟子だと語る理櫻の師は桜の魔法使い。
(……やっぱ……そうなのか?)
理玖の予感は確信に変わっていった。師匠を失うことになるのは理櫻だけではなく、きっとあの子もだ。
「理玖兄ちゃん。おれたちは似ているのかもしれないけど、敵同士だよ」
だって先生の邪魔をするから。
そう語った少年は理玖を見据え、魔術杖を掲げた。硝子越しに攻撃をしてくるのだと察し、理玖は身構えた。
えい、と杖を振った少年から黒いオーラが解き放たれる。
咄嗟にそれを見切って防御をしようとした理玖だが、いつまで経っても衝撃は訪れなかった。どうやら少年はうまく魔力を放出できなかったらしい。
どうしたんだ、と聞くと理櫻は俯く。
「うう……やっぱりだ。おれは魔力はあるのに魔法がうまくないんだ。だからまだまだ、そら先生に教えてもらわなきゃいけないことがいっぱいある」
だからおまえたちに先生を奪われたくない。
強く此方を睨みつけた少年の瞳はそのように語っている。理玖は首を振り、魔法が不得手だとしても関係ないと告げた。
「そうか。けど上手く放てたとしてもお前の魔法は効かねぇよ」
「なんで?」
「何も知らねぇお前とじゃ覚悟が違う」
理玖は世界を識らぬ少年を見据え、嘗ての自分と彼を重ね見る。
もし自分が助けられたのもう少し遅かったならば。もしもあの組織にそういう奴がいたとしたら、おそらく彼と同じだった。
悪とされる側につき、盲目的にこれが正しいと信じてしまっただろう。
だが、それゆえに思うこともある。
「俺はお前の大切な先生を理不尽に奪う敵なんだな」
――でも。
理玖は心を落ち着け、理櫻を瞳に映した。だからといって彼らを放置しておくことは出来ない。このままにしておいても本当の幸福など訪れない。知らぬ人々の幸せを代償にして少年は生き続けられるのかもしれないが、それは違う。
「理玖兄ちゃんは幸せがいらないの?」
問いかけた理櫻の視線には戸惑いが混じっていた。理玖は首を横に振り、先程の幻想領域のような世界は不要だと語る。
「いいか、幸せだろうと夢は夢だからだ」
過去じゃない。
自分は今を、未来を生きたいと願っている。
「だから何度過去に押し潰されそうになっても、何度でも立ち上がる。間違ったものは違うだろって否定し続ける」
「……よく、わかんない」
少年は不安気にふるふると頭を振った。無理もないだろう。彼にとってはこの教団内がすべてであり、判断材料が少なすぎる。
理玖は彼にもっと世界を教えてやりたいと感じていた。
師匠がそうしてくれたように。自分も師匠のように。少し烏滸がましい思いであったとしても、少年には別の未来もあるはずだ。
「それとな」
少年を真っ直ぐに見つめ続ける理玖は、己の中の答えを言の葉にした。
「願いは叶えて貰うもんじゃねぇ、叶えるもんだ」
「……でも、おれは」
対する理櫻は最後まで言葉を紡がず、素早く踵を返す。理玖が止める間もなく逃げ出していった少年は、彼の師匠の元に戻っていくのだろう。
理玖はすぐには追わなかった。
師匠と弟子を会わせないまま、最後を齎したくはなかったからだ。それがたとえ不穏な未来を生み出すとしても――。
「ああ……胸糞悪ぃ」
痛いほどに拳を握った理玖は呟きを落とす。
それはきっと、これから訪れる展開を予測しての言葉だった。
成功
🔵🔵🔴
カルディア・アミュレット
アドリブ歓迎
理櫻が語る先生
わたしは”彼女”から話を少し聞いた事がある
語られた先生の存在は
…命を奪う人には思えなかった
理櫻が扱う魔法
先生が教えたの…?
彼女はこの魔法を見て
何を思っているのか
…それを思うと胸が痛い
魔導書の力は
猟兵や志桜を傷つける
「死へ至る力を
幸せとはいわない
生きて
時を重ね
辛くても誰かと手を結び…
笑って未来を歩む志が幸せを作るの
魔法で歩みを止めたら
それは不幸にいたる呪いなのよ」
わたしは理櫻を説得するには
及ばないと思う
けど
志桜や皆を守ることなら…!
UC高速詠唱
浄化を込めた全力魔法
昏き世界に、幸いあれ
…志桜
わたしの大切な友達…
あなたの想うまま戦えるように
わたしは道を照らし
あなたも皆も守る
●願う灯標
そら先生――昊。
少年が呼んだ師匠の名を胸中で繰り返し、カルディアは思い出す。
理櫻が語る昊という青年のことをカルディアは知っていた。出会ったことはないが、“彼女”から話を少しだけ聞いたことがあった。
あれは初夏の灯り屋でのこと。
カルディアは其処で一緒に過ごした彼女のことを、花を咲かせるように誰かを幸いに導けるような魔法使いだと感じた。
そんな彼女から語られた先生という存在の話は優しいものだった。
――どんなときでも諦めるな。
そのように教えてくれたのが先生だと彼女は言っていた。だからこそ、今のように危険な魔術を行使して命を奪う人には思えなかった。
カルディアは戦場を駆け、魔導書と戦っていた。幾度も魂を吸い取る黒い粘液が襲ってきたが、カルディアはその度に力を振るって撃退した。
息が切れ、身体から力が抜けていく。
それでもカルディアは止まることなく彼の少年を探した。辺りは暗闇だが、自分はそういったものを照らす存在だ。
行く先に灯りを向け、進むカルディアは前方に人影を見つけた。
「……いた」
「わ、猟兵だ。おれは先生の所に戻るんだから邪魔しないで!」
「いいえ、戦うつもりは……ないわ」
「だったらなあに?」
少年は身構え、警戒を強めている。カルディアは攻撃の意思を見せないまま、聞きたいことがあるのだと伝えた。
「理櫻が扱う魔法、先生が教えたの……?」
「そうだよ。思った通りには使えないけど、攻撃魔法も出来るようになったんだ」
少年はカルディアの声に頷き、杖を構える。その瞬間、ぽひゅっと情けない音がして黒い念のような魔力が飛び出した。
「……」
「……」
「届かなくて……落ちてしまった、みたい?」
「うぐ……そうだよ。使えるけど全然ヘタクソだよ!」
暫しの間があったが、カルディアはあることを感じていた。それは弱くて届かない魔法だが、威力を持っていたとしたら誰かを深く傷付ける闇の力だ。
同時にカルディアは少年に違和感を覚えた。彼の魔法が下手である理由がわからない。何故なら、理櫻の内部には膨大な魔力が渦巻いているからだ。
嫌な予感がする。
カルディアは言葉に出せない思いを抱いた。
しかし、彼女がこの魔法を見たとしたら何を思うのだろうか。カルディアの胸の裡がずきりと痛んだ。
されど胸の痛みには構わず、カルディアは少年に語りかけていく。
「聞いて……。魔導書の力は、猟兵や志桜を傷つけるの」
「そっか。志桜って、やっぱり俺の姉弟子のことだよね。灯りのお姉さんも志桜のことを知ってるひとなの?」
「……ええ」
カルディアは彼女と友人なのだと伝え、理櫻を諭すように言葉を続ける。
確かに先生の魔術式も魔法も凄いものなのだろう。人の願いを叶える魔法使いという存在は尊敬してもいい。だが、願いの代償が命だというなら話は別。
「死へ至る力を、幸せとはいわないわ」
カルディアは頭を振る。
生きて、時を重ねて、辛くても誰かと手を結ぶ。
そして――。
「笑って、未来を歩む志が、幸せを作る。それが……自然の理なの。桜が咲くように、やさしく……幸福を謳って、灯を燈すみたいに」
「さくらのこころざしと、ことわり?」
「そう。魔法で歩みを止めたら……それは、不幸にいたる呪いなのよ」
この言葉は少年に届くだろうか。
師だけを信じている理櫻への説得には及ばないかもしれない。けれども、カルディアには確かに出来ることがある。
(志桜や皆を、守ることなら……!)
――昏き世界に、幸いあれ。
カルディアは祝福を祈る優しき橙の灯りを巡らせていく。その力は戦場全体に癒やしの力となって広がっていった。
「……志桜」
気付けばカルディアは友達の名を呼んでいた。
少年は複雑そうな顔をして、カルディアの前から屋敷の奥に向けて駆けていく。その背を追うことはしなかった。
きっと自分が伝えたい思いは、この灯が担ってくれるから。
「わたしの大切な友達……あなたの想うまま戦えるように、わたしは道を照らすわ」
あなたも皆も守りたい。
カルディアの懸命な想いは深く冷たい夜の帳を散らすように、ふわりと廻った。
そして、運命の時は刻一刻と迫ってくる。
大成功
🔵🔵🔵
荻原・志桜
昊くんを歪ませたのは
わたしの、せい
死なないで、ひとりにしないで
あのとき強く願ったから
泣いても変わらない
立ち止まっても意味がない
まだ何ひとつ先生に伝えていない
キミが理櫻くん?
先生の二番弟子。わたしの弟弟子
ううん、魔導書は夢を叶えない
先生は願いを叶えてくれない
ただ都合の良い夢を見せるだけ
いつか朽ち果てるまで、ずっと
甘い毒で命を搾取し未来を絶つ魔法
先生はキミを救ってくれた
だけどあの人の魔法を認めるわけにはいかないの
命を軽んじてはいけない
先生の教えを受け継いでいるから
わたしも守りたい、守るの
一緒に過ごした昊くんの想いや絆が
悪意で消えてほしくない
理櫻
キミにも見せてあげる
あの人から教わった魔法
わたしの桜を
●志と理
彼に強く握られた手首がまだ少しだけ痛い。
薄く笑うあの笑みが妙に恐ろしくも感じた。何よりも、彼から直接告げられた言葉が今も耳に残って離れてくれない。
――オマエのおかげだ。
「昊くんを歪ませたのは……わたしの、せい」
志桜の声は震えていた。
彼が以前の生を手放す前に何度も願ってしまった。死なないで、と。
置いていかないで。ひとりにしないで。
まだ一緒にいたかった。ずっとあの幸せが続いてほしかった。
誰からも理解されなかった幼い志桜の思いを知り、願いを叶えてくれた魔法使い。咲かないはずの花を、その手で触れて咲かせてくれたひと。
それが他でもない彼、昊だった。
「あのとき、わたしが強く願ったから。もし、願わなかったら……?」
先生は蘇らなかったのだろうか。
命を尊ぶ魔法使いのまま、記憶の中にずっと生き続けてくれたのかもしれない。或いは志桜自身が禁忌を犯してでも彼の在り方を変えに向かっただろうか。
過ぎてしまった時間は戻らない。
一度でも言葉にしてしまった思いも、なかったことには出来ない。
涙が溢れそうになる。けれども泣いても変わらないことや、立ち止まっても意味がないことを今の志桜は知っていた。
「だって、まだ何ひとつ先生に伝えていないもん」
涙を堪えた志桜は魔術杖を強く握り締める。
決意は此処にあると確かめるように、志桜は前を見据えた。
既に魔導書を倒し、悪しき力を葬り去った志桜が立っているのは儀式場の広間から屋敷の奥に続く通路の前だ。
そして、其処に或る人影が現れた。
「わっ、先回りされてる!?」
「やっぱり。待っててよかった。ここに来ると思ってたんだよ」
志桜は予測していた。
自分と同じ彼の弟子である少年、理櫻はいずれ昊に会いに行くだろう、と。昊は屋敷の奥にいるのだから此処を通るしかない。
「キミが理櫻くん?」
「そうだけど……あれ、先生と同じ髪の色だ。もしかしてお姉さんが志桜?」
昊の一番弟子と二番弟子。
姉弟子と弟弟子にあたる二人は此処で初めて邂逅した。互いに頷きを交わした少女と少年は因果や運命めいたものを感じているようだ。
少年が志桜の名前を知っているのは、これまでに戦ってきた猟兵からその名を何度か聞いていたかららしい。
理櫻は志桜に向け、鋭い視線を向ける。
「志桜もおれを止めるの? 先生が力をあたえた魔導書はこんなにすごいのに!」
「ううん、魔導書は夢を叶えないよ」
「志桜だって夢を見たんでしょ。先生はさっき言ってた。面白い夢をみた弟子が来たって。おれ知ってるよ。先生がそういう風に話すときは、嬉しいって意味なんだ」
「昊くんが……。ううん、でも先生は願いを叶えてくれない」
先程の邂逅だって、ただ都合の良い夢が変化していっただけ。
いつか朽ち果てるまで、ずっと自分が願うことばかりが起きていく世界なんて不自然でしかない。あれは甘い毒で命を搾取して未来を絶つ魔法だ。
「だけど先生はおれを助けてくれてるよ」
「確かに先生はキミを救ってくれたんだと思うよ。だけど、違うの」
今のあの人の魔法を認めるわけにはいかないと志桜は語る。
魔導書にはたくさんの人が囚われていて、命を吸われ過ぎている人もいた。書から解放することで生命力は戻ったようだが、彼らの現状を自業自得と断じてしまうことは絶対にしたくなかった。
何故なら、どんな命も軽んじてはいけないという教えがあったからだ。
「わたしは、あの日の先生の教えを受け継いでいきたい」
現在の昊は命の冒涜を行っている。
志桜がはっきりと告げると、理櫻は泣きそうな顔をした。
「今のそら先生の方が、わるいやつってこと? ……イヤだ、違う。嘘だよね」
志桜の言葉と思いを聞き、少年は俯いた。これまでに聞いてきた猟兵の言葉と重ね合わせ、理桜は悩んでいるようだ。
その心は志桜にも伝わってきている。そして、理櫻は頭を振った。
「いいや、先生が間違っててもいい! おれはそらが好きだから、離れたくない!」
「……そうだね。わたしもそうだったよ」
思わず志桜は胸を押さえた。
何故に、どうして争わなくてはいけないのだろう。
少年の気持ちも、志桜の思いも、師を慕っているという感情も同じはずなのに。弟子同士の相容れない感情が交錯する。
それでも――。
「おれはそら先生を守る!」
「わたしも守りたい、護るの」
二人は互いに同じでありながら違う思いを宣言しあった。
たくさんの魔法を見せてくれた。ときには失敗して怒られた。寧ろ怒られてばかりだった。けれども嬉しくて、楽しくて、大切だった。
自分の命を削りながらも未来を見せてくれたひと。
そうやって一緒に過ごした彼との想いや絆が、悪意で消される前に。
そして、志桜は掌を宙にかざす。
自分達はまだ敵同士なのかもしれないが、どうしても見せたいものがあった。
「理櫻、キミにも見せてあげる」
あの人から教わった魔法、わたしの桜を。
そうして、志桜は手の中に一輪の桜を生み出した。それは誰も傷付けることのない優しい魔法。そして、はじめて彼に見せて貰った魔法で――。
「志桜、おれも出来るよ。先生に教えてもらったはじめての魔法なんだ」
すると理櫻も同じように片手を差し出す。
其処にふわりと現れたのは、ちいさな桜花の一片。
互いに創り出した桜が浮かび、空中でそっと触れあった。花と花は弾けて消えてしまったが、志桜はひとつだけ理解する。
そっか、と零れ落ちた言葉には安堵が宿っていた。
「昊くんは……まだ、完全な狂気には染まりきってないんだね」
もし狂気だけに侵されていたなら、理櫻にこの魔法は教えない。
昔、彼は花を咲かせる魔法は何の得にもならないと言っていた。けれども、人を笑顔にさせる魔法だから嫌いではないのだとも語っていたことを思い出す。
無愛想ですぐに手が出る、今思えば酷く不器用な師匠だったけれど。
だから、好きだった。
大好きだった。本当は優しい彼だからこそ、こんなにも今も想っていられる。
「ありがとう理櫻。わたし、やっぱりあの人と戦わなきゃ」
「志桜……」
「これ以上、先生を――昊くんを狂気に陥らせない。悪意を消して、止めてみせる」
倒すのではなく、取り戻す。
強い誓いを抱いた志桜の思いを感じ取ったのか、理櫻は何も言い返さなかった。
そして、少年は背を向ける。
「おれ、もう先生のところに行くよ。……じゃあね、お姉ちゃん」
志桜もまた、駆け出した理櫻を止めることはしなかった。
最後に告げた一言は彼なりの敬愛の証だと分かったからだ。対立する立場であるからこそ、まだ手を取り合うことは出来ない。
それでも、互いに桜の志と理を持っていることは理解りあえた。
少年の背を見送ってから、志桜も歩き出す。
「――わたしも行かなきゃ」
せんせい。昊先生。昊くん。
待っていてくれると約束したから、本当の意味で逢いに行くよ。
この足で進んで、この手で掴んで、この志を抱いて。
アナタを、絶対に――。
●狂い咲く赤
少年は戦場を覆っていた硝子の迷宮を抜け、屋敷の奥に駆けていく。
「せんせい! そら先生!」
「騒ぐなチビ。状況くらい俺も分かってる」
大変だ、と少年が語る前にその先に居た人物――昊が不機嫌そうに頭を振った。魂喰らいの魔導書は全て破壊され、囚えていた教団員も解放されてしまった。
彼らの生命力を自分の物にしていた昊から力が抜けていったのだ。術者本人が現状の拙さを知らないはずがない。
「どうしよう、あいつらとっても強いよ。優しい人もいたけど……」
「そうか、オマエへの攻撃は眠りの魔術しか掛けられなかったみたいだな」
「うん! それと志桜もいたよ! あの子だよね、おれと似てる弟子って」
理櫻は昊の傍に近付き、慌てながらも出会った人々のことを話していく。その言葉を聞く昊は無言のまま。暫し胸元のネックレスを指先で弄っているだけだった。
「…………」
「先生?」
少年が問いかけても昊は何も答えなかった。
その代わりに理櫻に手をかざし、彼に施していた魔術防護を解いた。それによって猟兵が少年に掛けた眠りの魔法が今になって巡る。
「仕方ねぇな。予定よりかなり早いが、オマエの力を使う」
「え……?」
「眠っとけ。後は知らない内に“終わって”るから心配すんな」
「待って先生。おれ、もう死ぬの? いやだよ、もう少しだけ先生といたい! そうだ、あいつらと話し合おうよ。猟兵ってわるいやつじゃないみたいだし……でも、それがダメなら、おれもそら先生と一緒に戦――」
次の瞬間、少年は昏倒した。
「黙れ、オマエの意見なんぞ知ったことか」
昊は少年が眠りに落ちたことを確かめ、冷たく言い放った。
そして、魔法使いは少年の腕を軽く切り付け、透明な檻の中に閉じ込める。魔術紋が浮かぶ魔法の檻からは少年の血と共に生命力が零れ出していき、そして――。
「さて、招かれざる客を出迎えるか」
昊は鋭い笑みを浮かべ、鋭い刃を宿した斧槍を担いだ。
その瞳には狂気の色が混じっており、並々ならぬ悪しき魔力が満ち溢れていた。
成功
🔵🔵🔴
第3章 ボス戦
『昊』
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POW : あかく染まる狂い咲きを見せてくれよ。
自身に【身体強化の魔法】をまとい、高速移動と【斧槍による斬撃で全方位に及ぶ衝撃波】の放射を可能とする。ただし、戦闘終了まで毎秒寿命を削る。
SPD : さあ餌の時間だ。存分に喰らってこい!
自身の【魔力】または【贄となる他者の生命力】を代償に、【活動するものを喰らう複数匹の狼】を戦わせる。それは代償に比例した戦闘力を持ち、【猛毒の牙】と【鋭い爪】で戦う。
WIZ : 其は驟雨となりて降り注がん。
レベルm半径内の敵全てを、幾何学模様を描き複雑に飛翔する、レベル×10本の【紫色の桜で形作った神経毒を宿す魔剣】で包囲攻撃する。
イラスト:kusato
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴
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●月と桜と幽冥の空
魂喰らいの魔導書を片付けた猟兵達は、屋敷の奥に向かう。
魔術によって入り組んだ構造に変えられているのか、最奥の扉を開いた先にあったのは、何も咲いていない桜の樹が中央に佇む中庭だった。
空はすっかり夜の色に包まれ、月は昏い雲に覆い隠されている。
そして、夜空の下にはひとりの青年が立っていた。
「よお、遅かったな」
双眸を鋭く細め、薄く笑った男。
彼こそが此度の首魁、命を対価に願いを叶える魔法使い――『昊』だ。
桜色の髪が風に揺れる。
その頭上には数多の魔方陣に包まれた、透明な魔力の檻が浮かんでいた。其処からは血が滴っており、意識を失った少年が寝かされているようだ。
「オマエらの中の誰かががコイツに眠りの魔法をかけてくれたんだってな。余計な手間が省けて助かったよ」
昊は理櫻を示し、揶揄うようにして不敵に笑った。
滴る少年の血からは膨大な生命力が溢れて渦巻いている。
それが昊の身体に魔力となって注がれ続けていることから、彼が理櫻少年の命を削りながら力を補充しているのだと分かった。
「コイツから直接聞いた奴もいるだろうが、教えてやる」
昊は漲る生命力に気分を良くしているらしく、妙に饒舌に語り出した。
少年、理櫻は邪神への生贄として育てられてきた。
その理由は生まれつき魔力や穢れを溜め込む性質を持っていたからだ。魔術を心得ていた教団員がそれを知り、教団は彼に呪術めいたことや儀式を散々行った。
虐待まがいのことも多くあったらしい。
やがて彼の身には最悪の魔力と呪力という生命力が宿った。
だが、少年はその力の放出が上手く出来ない。生贄にされずとも、いずれ内部の力に負けて死んでしまう運命なのだという。
「どうせ放っておいても、このチビは死ぬんだ。生命力を奪う力を得た俺にお誂え向きの生贄だろ? 本当はもう少し育てて穢れを溜めてから命を奪うつもりだったが、オマエ達が予定を崩しやがった」
だが、まぁいい。
そんな風に語った昊は手にしていた斧槍を軽く振る。たとえ猟兵が少年を眠らせずとも、昊の元に戻ることを許さなかったとしても過程が変わるだけ。
いずれにしろ結果は同じ。
昊は無理矢理にでも理櫻を連れ戻して、檻の中に閉じ込めたに違いない。
だが、もしも誰一人として少年を否定せず、一切の攻撃をしなかったなら――。
もしかすれば、猟兵と理櫻が共に昊に立ち向かうこともあったかもしれないが、今となっては机上の空論に過ぎない。
そのとき、贄となった少年の生命力の流れが大きく揺らいだ。
「う、うぅ……あ、あああ……っ!!」
檻の中で眠ったままの少年から苦しげな声が響く。
そして、何匹もの魔狼が現れて昊の傍に布陣した。それらは少年の命を使って召喚された使い魔なのだろう。
更に昊は詠唱を紡ぎ、自分の周りに紫色の桜を舞わせた。
桜は魔剣に変化していき、その度に少年が苦痛に呻く声が響き渡る。だが、昊はそんなことなど気にも留めていないように猟兵達を見据えていた。
「さあ、猟兵とやらのお手並みでも拝見するか。俺を止めに来たんだろう」
口許を歪めた昊は狂い咲う。
まだ秘められてはいるが、その瞳の奥には残虐性が見えていた。
おそらく彼は途轍もなく強い。
気を抜いていたり油断して勝てる相手ではないことは誰の目にも明らか。そう感じる理由は、やはり少年の命が奪われ続けている所為だ。
宙に浮かぶ生贄の檻や、防護の魔方陣をどうにかしなければ彼の強さは更に増す。
だが、無闇に檻に近付けば彼の全ての力が襲いかかってくることも予測できる。
何より、少年を死なせないように助け出すにはどうするべきか。やはり真正面から昊に向かって戦う正攻法こそが、救出への最短ルートかもしれない。
「どうした? 掛かってこいよ、猟兵共」
斧槍の先端を差し向けた昊は此方に挑発的な視線を向けている。
「何か知りたい話があるなら戦いながら聞け。特別に教えてやる。だが、授業料はオマエらの命ってことで――」
そして、彼は再び口の端をあげて笑った。
かつて昊という魔法使いは、口は悪くとも命を尊ぶ者だったという。
しかし現在、この場に立つ彼の性質は反転している。今の彼には生命を冒涜する心しかない。全てはただ己の為だけに。
空が骸の海に沈む以前。即ち生前。若くして死を迎えた彼は、本当はもっと生きたかったという思いだけを抱き、悪に染まりゆく存在。
この戦いは歪んでしまった生に終わりを与える為のもの。
そして、ひとつの生命を救う戦いでもある。
どのような結末と未来が彼らに齎されるのか。それは未だ、誰にも予測できない。
ひた、と檻から赤い血が滴る。
紫の桜が舞い、幽冥に繋がる夜空の下にて――最後の戦いが幕をあけていく。
百舌鳥・寿々彦
君にとって理櫻は唯の生贄?
本当に、それだけ?
動いてない筈の心臓が痛む
理櫻は、本当に君を信じてた
きっと昊の存在は彼の今までの人生で唯一の救いだった筈なのに…
心のどこかで昊にそれだけでは無いで欲しいと願ってしまう
限界突破で蜘蛛を呼ぶ
理櫻が目覚める前に
美しい夢から醒めてしまう前に
残酷な現実を見てしまう前に
君は消えて
同情とかじゃない
僕は理櫻に自分を重ねてるだけ
僕には救い等無かったから
だから彼には一筋でいいから光を残してあげたい
君は理櫻には優しい先生そして、救ってくれた恩人であり続けて
嘘でもいい
これから生きる理櫻にとって君との思い出は唯一の光なんだから
だから、お願いだよ
あの子からそれだけは奪わないで
●救いへの道
凍えるほどの冷たい夜風が桜の枯れ枝を揺らした。
厚い曇によって空は翳っており、淡く光る紫の魔方陣だけが辺りを照らしている。
空中に浮かぶ魔力の檻は遠く、防護はかなりものだ。目の前の魔法使いを灰の瞳に映した寿々彦は退魔刀の柄に手を掛けた。
されど未だ斬り掛かりも、指先に絡まる咎の糸も放ちはしない。
――知りたい話があるなら戦いながら聞け。
確かに先程、昊はそう言った。それゆえに寿々彦は身構えながら問いかける。
おそらく対話の時間くらいは取ってくれるのだろう。それが少年の生命力を奪う時間稼ぎだとしても、何も問わずに戦うよりは相手の気を逸らせる。
「君にとって理櫻は唯の生贄?」
「そうだな、元から邪神召喚――俺の為に用意されていた子供だ」
寿々彦の質問に対し、昊は曖昧に答えた。ただ事実を話しているだけで本当に答えてはいないと聡く察した寿々彦はもう一度、問いを重ねた。
「本当に、それだけ?」
「仮にそれだけじゃなかったとしたら、どうするんだ?」
「随分と意味深に語るね。唯の生贄なんかじゃないと言っているように聞こえる」
「成程、オマエには誤魔化しがきかないか」
寿々彦と昊の視線が重なる。
周囲には張り詰めて痛いと感じるほどの緊張感と魔力が巡っていた。寿々彦の裡に邪悪な空気への嫌悪感が生まれる。
不意に、指先に巻き付いていた透明な蜘蛛の糸が寿々彦の腕に伸びた。
次の瞬間、毒蜘蛛が彼に絡まった糸からするりと下りてくるかの如く現れた毒蜘蛛。糸で遊ぶように顕現していく蜘蛛は昊へ向かっていく。
対する昊は紫色の桜を巡らせ、毒の魔剣に変えて蜘蛛を迎え撃った。
「少しくらい本音を語ってよ」
「……仕方ねえな。アイツは可愛い弟子だ。馬鹿な子ほど可愛いだとかいうだろ? 阿呆みたいに素直過ぎて、歪んだ常識を当たり前だと思ってやがる」
「可愛い、か」
「ああ。それにあれだけの魔力があるんだ、無意味に死ぬには勿体ねえだろ」
蜘蛛と剣が激しく衝突しあう最中、昊は空中の檻を見上げる。寿々彦も注意深く敵の動きを窺いながら、限界すら越えても蜘蛛を使役することを決めていた。
「放って置いても死ぬから、君が有効活用する――ということ?」
「賢いじゃねえか、オマエ」
瞳に狂気を宿した昊が薄く笑う。どうしてか、動いてない筈の心臓が痛んだ気がして寿々彦は唇を噛み締めた。
「理櫻は、本当に君を信じてた」
寿々彦は少年との対話でそのことを深く感じた。
少年が虐待まがいのことを受けていたなら、魔法というものを教えてくれた相手に懐くのも当然だろう。
「そうだな、馬鹿が付くほど素直なガキだ」
「きっと君の存在は彼の今までの人生で唯一の救いだった筈なのに……」
師と弟子。
その関係は本当であったと願いたい。唯の生贄だと断じて欲しくない。昊の中にあるものは狂気だけではないはず。寿々彦は心の何処かで、そう願っていた。
それゆえに。否、だからこそ。
理櫻が目覚める前に、美しい夢から醒めてしまう前に。
そして、残酷な現実を見てしまう前に。
「狂気を宿す君は消えて」
寿々彦は糸と意図を巡らせながら、毒蜘蛛に魔剣を蹴散らさせた。鋭い刃が飛んでくるが、寿々彦は身を翻して避ける。
当たればひとたまりもないだろう。だが、それならば当たらなければ良い。
迫り来る剣を回避するのは紙一重。それでも寿々彦は負けるわけにはいかないとして果敢に戦場を駆け続けた。
(同情とかじゃない。僕は――理櫻に自分を重ねてるだけ)
自分達には救いなど無かったから。
だから、少年には一筋でいいから光を残してあげたかった。生贄として少年を利用するだけの師匠の姿など見ないままでいい。
「君は理櫻には優しい先生でいて。そして、救ってくれた恩人であり続けて」
「さあな、アイツがどう思うかなんてわかんねえだろ」
桜の魔剣と蜘蛛が激しく衝突しあう戦場で、双方の眼差しがふたたび交差した。
嘘でもいい。
猟兵という立場上、自分達には昊を倒すしか選択がない。最後に絶望を遺したくない。それが今の寿々彦が抱く願いだ。
「これから生きる理櫻にとって、君との思い出は唯一の光なんだから」
「光? そんなわけないだろ」
「いいや、そうだよ。じゃなきゃ君のところに戻ったりしない。それこそあの子がどう思うかなんて分からない。だから、お願いだ」
あの子から、『それ』だけは奪わないで。
お別れの果てに残る、希望。
誰にも救って貰えなかった自分の代わりに、せめて少年だけは――。
紫色の桜が舞い、蜘蛛の糸が迸る。
戦いは始まったばかり。その終わりを見届ける為、寿々彦は力を紡ぎ続けていく。
成功
🔵🔵🔴
大町・詩乃
(恥ずかしそうに手を挙げて)眠りの魔法使ったの私です。
理櫻さん、皆さん、ごめんなさい<汗>。
せめて理櫻さんを助け、昊さんを倒す為の礎になります。
とUC使用。
昊さんの高速移動はUC効果で追いつき、斬撃の衝撃波は第六感と見切りでタイミング読み、煌月をなぎ払っての衝撃波で相殺。
余波はオーラ防御で防ぐ。
昊さんが踏み込んで来た時、上記同様タイミング読んで天耀鏡で盾受けしつつ受け流した勢いで昊さん突破。
瞬時に魔方陣に到達、破魔・魔法解除属性を籠めた煌月でなぎ払い&貫通攻撃で魔方陣破壊。
昊さんの攻撃は天耀鏡の盾受けで防ぎ、目を合わせて催眠術で「止まりなさい」と暗示。
一瞬でも動きを止め、皆さんの行動に役立てる
●決死の救出
魔方陣が淡く光り、その度に檻も昏い色を宿す。
少年が囚われた魔力の牢獄を振り仰ぎ、詩乃は唇を噛み締めた。眠りの魔力がよく効いているのか、少年はあれ以降に声をあげていない。
もし目が覚めていたら目に見えて苦しみ続けたのだろうか。どちらにしろ、生命力が奪われていることは間違いないので油断はできない。
詩乃は今の状況を確かめながら、恥ずかしそうに手を挙げた。
「何の挙手だ?」
「眠りの魔法使ったの、私です」
詩乃は先程に昊が言っていた、誰かが魔法を使った、という言葉への返答をする。不思議そうにしていた昊もそれで納得した。
「術者はオマエだったのか。そうだな、礼を言っとくか」
「理櫻さん、皆さん、ごめんなさい……。と、お礼ですか?」
「ああ。あのままオマエの力を撥ね退けておいても良かったんだが、眠らせておいた方が都合は良かったからな」
詩乃に対し、昊が双眸を鋭く細めた。
皆に謝った詩乃に向け、昊は謝罪する事柄ではないと告げる。
「都合とは……。あなたにとってだけではないのですか?」
昊が最初に呼び出した魔狼が低い唸り声をあげている。戦場に満ちていく緊張感を感じながら、詩乃は問いかけてみた。
「そうかもな。だが、そっちも目を覚ましたまま苦しむガキは見たくなかっただろ」
「……そう、ですね」
「俺もうるさいのは勘弁したい。無駄にいたぶる趣味もないからな。だからオマエの行動が助かったって言ってんだよ」
「釈然としませんが、それなら――」
詩乃は敢えて、昊からの礼を受け取ることにした。
しかし、それで戦況が変わるわけではないことは詩乃もよく分かっている。
詩乃は己自身が思うことを貫いた。そう、それで良かったのだ。起きていれば今以上に苦しみ叫ぶであろう少年が、おとなしく眠っていることは双方にとって好都合だ。おそらく昊はそう語っているのだろう。
「ま、手は抜かねえが」
昊が攻撃を行うために構えたとき、詩乃は強く誓った。
理櫻を助けたい。
そして――自分が昊を倒す為の礎になるということを。
「さぁ、あかく染まる狂い咲きを見せてくれよ」
敵は身体強化の魔法を巡らせ、一気に猟兵達に刃を向ける。斧槍による斬撃は衝撃波となって周囲に巡った。
だが、詩乃はそれ以上の疾さで跳躍した。
――神性解放。
彼女が纏ったのは危害ある全てを浄化し、消滅させる若草色のオーラだ。護りたいという想いに呼応して強くなる力は詩乃に飛翔能力を与えている。
「速いな」
ち、と舌打ちをした昊の攻撃は詩乃には当たらなかった。
素早く斧槍を振るった昊が追撃を行ってきたが、次の衝撃波も詩乃は第六感で感じ取り、素早く見切った。次は躱すのではなく、煌月で以て薙ぎ払う。
衝撃波は相殺され、その余波を巡らせたオーラの防御で凌いでゆく。
「私も、この胸に誓いましたから!」
着地と同時に詩乃は昊を見据えた。相手が踏み込んで来た瞬間、タイミングを読んだ詩乃は天耀鏡で刃を受けた。
そして、その勢いに乗せて高く飛翔することで昊の攻撃を突破する。
「魔方陣狙いか。させるかよ」
詩乃が瞬時に魔方陣に到達したことで、昊は魔力を発動させた。詩乃とて檻を護る魔方陣を狙えば、自分に集中攻撃が来ることは分かっている。
だが、訪れる危機を危惧する以上に少年を助けたいと願う気持ちが大きい。
破魔の力、魔法の解除。
神力が籠る薙刀によって、ひとつの魔方陣が破壊された。だが――。
「触んじゃねえ! まだ“終わって”ねえんだ!」
昊の鋭い声と共に衝撃波が飛んできたことに加え、他の猟兵に放たれていた毒の魔剣の何本かが詩乃に襲いかかってきた。地上に戻れば狼も飛び掛かってくるだろう。
このままでは大怪我を負うのは必至。
されど、詩乃の心は折れたりなどしない。眼下に視線を向けた彼女は天耀鏡の力を巡らせ、相手と目を合わせた。
「止まりなさい」
「……っ、止まってられるか!」
催眠術の暗示が僅かに昊を止めたが、それも僅かな間のこと。
しかし、たった一瞬でもいい。こうして敵の動きを止め続ければ共に戦う皆の役に立てる。詩乃は更に高く飛翔していき、迫りくる魔剣を躱していく。
少年を助けるまで――救出への強い思いを抱く詩乃の戦いは、まだ終わらない。
成功
🔵🔵🔴
フリル・インレアン
ふええ、あなたがこの子の言っていた先生ですか。
どうしてこんなことをなんて聞いても無駄なんですよね。
とりあえずはあの子の出血をどうにかしないといけませんね。
お菓子の魔法で時間を遅らせれば・・・。
ふぇ?ダメなんですか。
あの場所は戦場じゃないし、出血は行動でもないということですか。
でも、狼さん達の動きは遅くなりました。
今のうちにあの人を倒してしまいましょう。
ふえ?どうして狼さんを倒さないのかって、そうしたらあの人がまたあの子の生命力を使って狼さんを召喚するからです。
●魔狼とお菓子と時の魔法
不穏さを運んでくる紫の桜が宙に舞う。
張り詰めた空気を感じながら、フリルは敵である昊を見つめていた。
「ふええ、あなたがこの子の言っていた先生ですか」
先程、儀式場で出会った少年は頭上にある檻の中に囚われている。フリルは地上と檻を交互に見遣り、赤い瞳に敵の姿を映した。
「そうだ。何か聞きたいことでもあるのか?」
昊はフリルの視線に気付き、不敵に笑う。何でも聞けば良いと自分で言った故、フリルに疑問があるなら聞くつもりのようだ。
「どうしてこんなことを、なんて聞いても無駄なんですよね」
「よく分かってるじゃねえか」
「ふえ……だって、あなたは本音をあまり言っていませんから」
フリルは問いかける前に自分で答えを出していた。きっぱりと告げた少女の言葉を聞き、昊は肩を竦める。
「ぼんやりしてるように見えて鋭いな、オマエ。何でもかんでも明かしていくほど、こっちも考えなしじゃない」
「やっぱりですね……。こんなこと、いけません」
フリルはふるふると首を振って、大きな帽子の上にいるアヒルさんに同意を求めた。彼女のお付きのガジェットも同意見らしく静かに頷いている。
放っておけば死ぬ運命にある。
そんな少年であっても、あんなに苦しんでしまうのはいけない。昊に傷付けられていた血だって今もひたひたと地に滴っている。
おそらく、少年の死と生の行方は簡単にどちらにでも転がる。
聞いても無駄だとフリルが判断したように、昊の目的はまだ話して貰えそうにない。ただ生命を啜るだけなのかもしれない。生きたいという本能のままに悪事を働こうとしているのかもしれない。
「そう思うなら止めてみればいい。オマエらに出来るものならな」
刹那、昊が挑発的な言葉と共に魔狼を嗾けた。
はっとしたフリルは狼に追いつかれないように全力で駆ける。まともに真正面から迎え撃つのは怖いが、上手く逃げ回ることや敵の隙をつくことなら出来るはず。
そう考えたフリルは魔力を巡らせていく。
「とりあえずは、あの子の出血をどうにかしないといけませんね」
もし戦いに勝てたとしても、出血多量で少年が命の危険に陥る可能性もある。フリルは自分に出来る最大限のことを考え、魔法を発動させた。
――時を盗むお菓子の魔法。
趣味で作ったお菓子を取り出したフリルは、どうぞ、と魔狼達にクッキーを差し出した。当然、狼達はそれを楽しまないので行動速度が遅くなる。これはそういった魔法だ。
さっと魔狼を躱したフリルは、上空に浮かぶ魔力の檻を見上げた。
「お菓子の魔法で時間を遅らせれば、あの子も……ふぇ?」
しかし、アヒルさんがぶんぶんと首を横に振る。
どうやら違うと言っているらしい。
「ダメなんですか、アヒルさん。あの場所は戦場じゃないし、出血は行動でもないということですか。ふえぇ……」
どうしましょう、とフリルは不安を覚えた。
しかし、昊が嗾けてきた狼の動きは遅くなっている。それにクッキーに手を出さなかった昊の動きも同様に鈍くなっていた。
「う、なんだ……? その菓子の仕業か……。それを、寄越せ」
「今のうちにあの人を倒し……ふえぇ、お菓子を食べるんですか?」
「この、厄介な力は解除、して――よし、クッキー頂き」
「ふええ!」
昊の動きが遅くなっている間に、フリルからお菓子を貰った何人かの猟兵が攻撃を叩き込んだ。しかし、それを必至に耐えた昊は、何とかフリルが給仕するお菓子に手を伸ばして口に放り込む。
悪くねえな、と呟いた昊はどうやらお菓子を楽しんだようだ。
「こんな早々に足止めされるわけにはいかないからな」
昊は息を切らせ、お菓子を飲み込む。
どうやら狼達の行動が遅くなってしまっていることへの対応は諦めたらしい。そんな中でフリルは問いかける。
「もう一度だけ聞いてもいいですか? どうしてこんなことを――」
「俺自身の為だ」
それ以上でもそれ以下でもない。そのように宣言した昊の言葉の裏には何かがあるように見えた。そして、フリルは意を決する。
こうなれば徹底的に魔狼の行動を制限し続けるのみ。
フリルは昊への攻撃を仲間に任せて狼達を引き付け続けた。そのとき、頭上のアヒルさんが少女に行動の理由を問う仕草を見せる。
何故に狼を倒さないのか、と。
「ふえ? どうして狼さんを倒さないのかって……そうしたらあの人がまた、あの子の生命力を使って狼さんを召喚するからです」
それゆえに倒さない。
フリルは信念を持って戦っている。その的確な思いと懸命な行動が、後に少年を救う一手になっていく。そのことを未だフリル自身は知らない。
そして、戦いは続いていく。
大成功
🔵🔵🔵
橙樹・千織
桜色の髪
館で会った少女を想う
彼女と関係があるのかしら、と
いいえ、遅くはない
その子はまだ生きてる
毒と激痛への耐性をオーラで強化し
祈り
歌い紡ぐ月虹華
まだ
上手く出来ないだけ
これから身につければいい
少年と猟兵達へ
治療と解呪を
なら何故彼に魔術を教えたの?
力を放出する魔術を教えるのは貴方の目的と真逆
生かすだけならその必要は無いでしょう
高速移動で攻撃を躱し、受け流し
行動の矛盾を問う
運命も縁もひとつではない
数多に枝分かれし、その先でも分かれてゆく
どれを選ぶかは本人次第
破魔と浄化を込めた刃で魔法陣を鎧砕きの要領でなぎ払い
檻を切断し少年の救助を試みる
何故生きたいと願ったのか
貴方の本当の想いを思い出せますように
●矛盾と祈り
夜風に桜色の髪が揺れていた。
青年が纏うコートの合間から、ひとつに束ねられた髪が見える。周囲に浮かぶ魔方陣が照らす彼の髪色を見た千織はふと首を傾げた。
以前、桜の館で会った同じ髪の色をした少女が思い起こされる。
(彼女と関係があるのかしら)
きっと、否、そうに違いない。確信を抱いた千織は昊を強く見据える。先程、彼は「遅かったな」と此方に告げていた。
首を横に振った千織は藍雷鳥を構え、その言葉を否定する。
「いいえ、遅くはない」
「どうしてそう思う?」
すると昊は千織に目を向け、斧槍を軽く振った。攻撃はいつでも出来るが、敢えて待っていてやるのだと告げられているようだ。
「その子はまだ生きてる」
千織は昊からの視線を受け止めながら、地を蹴った。
そうした理由は千織が言葉を紡ぎ終わると同時に、昊が得物を振るったからだ。その動きに呼応した魔狼が何匹も千織に襲いかかってきた。
振るわれる鋭い爪。そして、厄介な猛毒の牙。
薙刀で爪は防げたが、側面から来た魔狼が千織の腕に噛み付いた。
「……!」
一瞬、目が眩みそうになった。毒の所為だと察した千織は藍雷鳥の柄を魔狼に素早く振るうことで弾き飛ばし、一気に距離を取る。
身体に巡った毒が痛みを齎した。しかし、千織はその激痛をしかと耐えてみせる。巡らせたオーラで己の身を強化した千織は身構え直した。
そうして目を閉じて祈る。
「……闇夜を照らす優しき光。癒しを与えし奇蹟とならん」
其処から歌い紡ぐは舞唄、月虹華の詩。
瞬く間に千織の身に、守護と治癒を担う式神の霊力が広がっていった。魔狼は身を翻し、次々と攻撃を仕掛けてくるが、千織はその全てを躱していく。
戦場には千織と同じように狼を引きつける猟兵の少女がいる。
彼女は敢えて魔狼を倒さないことで増援を増やさせず、少年の生命が奪われないよう立ち回っている。あの狼達は贄となった少年の命から作り出されているからだ。
千織も少女に倣い、舞うように祈りながら戦場を駆け巡る。
理櫻という少年は力のコントロールが上手く出来ないらしい。けれど、きっと――。
「まだ上手く出来ないだけ」
そう思うのだとして、千織はそっと語る。
魔力の扱いも放出も、これから身につければいい。
空中に浮かぶ透明な魔力檻を見上げ、千織は未だ意識を失ったままの少年を思う。これからに続かせるためには彼処から彼を救出することが必須。
千織は少年と猟兵達に向け、解呪の力を巡らせた。
少年が苦しんでいるならば治療を。魔方陣の防護のせいで理櫻をすぐに解放することは難しい故、癒し続ければ時間稼ぎが出来るはず。
そのとき、昊が千織の行動に気付いて声を掛けてきた。
「おい、余計なことすんじゃねえよ」
「余計? それなら何故、彼に魔術を教えたの?」
千織は昊のこれまでの行動の矛盾を指摘する。寧ろ、彼が少年に魔法を教えたことの方が余計なことという枠に当てはまるだろう。
「……そこを突かれると痛いな」
「そうでしょうね。力を放出する魔術を教えるのは貴方の目的と真逆のはず。生かすだけなら、その必要は無いでしょう」
その間にも攻撃は巡り、千織は高速移動の力を以てして魔狼の爪や全方位への衝撃波を躱し、時には受け流していく。
「わかった、わかったよ。教えてやる」
昊は肩を竦め、斧槍をくるりと回して身構え直した。
そして、溜息をつく。
「教えることであのチビの魔力回路をこじ開けたんだよ。そうしなきゃあの穢れはどこにも流れねえ。俺の元にさえな」
「穢れ? それは生命力とは違うものなの?」
「さあな。オマエへの授業はここまでだ」
千織の更なる解いには答えることなく、昊は再び攻撃を始めた。彼の指が鳴らされたことで、魔狼達が此方に飛び掛かってくる。激しい敵の襲来に対応しながら千織は思う。
運命も縁もひとつではない。
数多に枝分かれして、更にその先でも分岐していくもの。此処で巡りゆく事態だってそうだ。どれを選ぶかは本人次第。昊も理櫻も、そして千織自身も――。
「……檻は、まだ壊せそうにないかしら」
檻を少年の救助を試みる仲間は他にも居る。しかし、一筋縄ではいかないことも確かだった。一度で無理なら何度でも。
決意を込めて薙刀を強く握った千織は、魔法使いを強く見据える。
そうして、想いと祈りを胸に抱いた。
何故、生きたいと願ったのか。
――貴方の本当の想いを思い出せますように。
大成功
🔵🔵🔵
メイジー・ブランシェット
あの力はダメな気がする
どうダメかなんてわからないけど良くない気がする
でもどうにかしようにも向こうはそれでなくても今の私、「ジャガーノート・メイジー」よりも強くて
なにより速い。攻撃されても避けられないし、こっちのは当たらない
防いでもとても痛い。
……こんなに強くて凄いのに、なんで奪おうとするの?
奪って苦しめて辛い想いをさせて……
Ubel”jack”
ユーベルコードの、使用権の奪い合い
奪い合っている間、向こうは他のことをしてる余裕なんてない『時間稼ぎ』。与えない!
これで貴方はもうこの力を使えない
……この力は貴方のじゃない!
この力だけじゃない
これ以上奪わせない
奪ったモノで、"もう"好きになんてさせない!
●ユーベルコード・ジャック
揺らめく魔力と唸る狼。渦巻く桜と魔剣。
禍々しい気を孕み始めた魔法力を感じ取り、メイジーはかぶりを振った。
「あの力はダメな気がする」
空中に浮いている透明な檻の中からは少年の血が滴り続けている。それは今も、此度の首魁である青年に絶え間なく注がれていた。
兎に角、あれを止めなくてはいけない。メイジーの直感がそう告げている。
「どうダメかなんてわからない。けど良くない気がするから!」
あの魔力の流れを阻止する。
宣言したメイジーは身構え、地面を大きく蹴り上げた。すると先程までメイジーが立っていた場所に、紫桜で形作られた神経毒の魔剣が幾つも突き刺さる。
もしあれが全て当たっていたら。
自分の身がどうなるかは想像に難くない。きっと恐ろしい苦しみが身体に走り続けるのだろう。怯みはしないが、メイジーは危険を感じていた。
魔力を常に吸収しているからだろう。相手の強さが増していくことを確かめ、メイジーは掌を強く握り締めた。
「でも、どうにかしようにも……」
どうすればいいのかと少女は自問する。その間にも魔剣が迫ってきた。メイジーは身を翻しながら剣の動きを読み、出来得る限りの刃を避け続けていった。
だが、向こうは今の自分――『ジャガーノート・メイジー』よりも強い。
「どうした、怯えてんのか?」
此方の動きを見た昊は挑発混じりの言葉を掛けてきた。少女がそんな感情を持っていないことは見て分かるだろうが、敢えてそのように語ったのだ。
「そんなこと、ない……!」
メイジーが反論の言葉を紡ぐと、斧槍を振るった昊が全方位への攻撃を開始した。矛先は此方ではないが、戦場となった中庭すべてに衝撃波が広がる。
激しい痛みが走った。
衝撃の余波は避けられなかった。何より速い。攻撃を避け続けることは難しく、メイジーの放った一閃も当たらなかったようだ。
昊は薄く笑み、猟兵達に次々と攻撃を仕掛けてきた。
痛い。苦しい。まだ倒れはしないが、鋭い痛みがメイジーの身体に巡った。しかし、彼女は果敢に耐えながら問いかける。
「……こんなに強くて凄いのに、なんで奪おうとするの?」
「知りたいか?」
「奪って、苦しめて、辛い想いをさせて……」
地を踏み締めたメイジーは、思わずよろめきそうになる身体を自分で支えた。その様子を見た昊は軽く頷く。
「全ては語らねえが、オマエの負けん気に免じて少しだけ教えてやる」
「目的でもあるの……?」
「ああ、制約を解きたいんだよ。それには膨大な力がいる」
まだ足りない。
昊はそれだけを告げると地を蹴り、別の猟兵の方に駆け出した。おそらくはメイジーよりも向こうに対抗しなければならないと感じたのだろう。
だが、メイジーはその瞬間を逃さない。
――Ubel”jack”
《Analyze……Analyze
……》《……OK.》《”jack”》
デバイスから声が響き、メイジーの周囲に力が巡り始めた。どちらも拙いと感じたらしい昊はメイジーの方に魔剣を放ち、先程に召喚していた狼の使い魔達を寄越す。
「行け、狼ども。餌の時間だ!」
「その力、奪ってみせる」
メイジーは剣や狼達を見据え、防御の構えを取った。それは相手の力を受けるとユーベルコードの使用権を強奪するものだ。
ただし一度だけ。即ち此処からはユーベルコード使用権の奪い合いになる。
「魔剣でも狼でもいい。私が居る限り、貴方はその力を使えない」
きっと奪い合っている間、向こうは他の仲間に攻撃を放つ余裕などなくなるだろう。そう、これは時間稼ぎだ。
「もう何も与えない! ……この力は貴方のじゃない!」
「小癪な力を使いやがって。だが、俺だって翻弄されてばかりじゃねえ」
昊とメイジーのユーベルコードがぶつかりあう。
激しい火花を散らし、使用権が互いに移りながら巡っていく。メイジーは押し負けぬように渾身の力を込めて対抗していった。
「この力だけじゃない。これ以上奪わせない」
命も未来も、何もかも。
己の手で掴んでこそのものを、他者から奪い取る所業は許せなかった。其処にどのような経緯があったとしても、相手はオブリビオンだ。彼らは全てを滅びに導くようにしか動けない世界の敵。そういった理がこの世にはある。
それゆえに自分達が彼を倒すべき理由も十分にあった。メイジーは敵の攻撃を受け止め、痛みと苦痛に耐えながら使用権を移行させていく。
次の瞬間、メイジーの制御に従った狼が昊に鋭い爪と牙を振るった。
「――!」
敵の短い悲鳴が響き、その体勢が揺らぐ。それが戦いの状況を変える切欠になったことを、はっきりと自覚したメイジーは深く頷いた。
「奪ったモノで、“もう”好きになんてさせない!」
その声は鋭く、強く――魔法の桜が舞い続ける戦場に響き渡った。
成功
🔵🔵🔴
樹神・桜雪
【WIZ】
そう、あの子そうだったんだ。そう……。
……色々と思うところはあるし、ちょっと頭に来たけど今は置いておこう。
真正面から正攻法で殴りかかろう。
ボクはその方が性に合ってるし、正直キミを1回殴ろうと思っていたんだよね。ね、殴られてくれない?
お札をUGで変換して、薙刀にまとわせる。直接ぶん殴り続けるよ。
2回攻撃や薙ぎ払いも駆使して、防御の事は考えない。守る事を考えるなら捨て身で攻撃する。
ねえ、命ってなんだろう。
居なくなって良い命なんて、あるわけないのに。
キミももっと生きたかったのだろう?よくその内死ぬなんてあの子に言えたものだね。
……命ってなんだろうね。君なら教えてくれるのかな。
●ただ真っ直ぐに
桜のような魔力が戦場に絶え間なく舞い散っている。
そのひとつずつに災いの力が巡っていることを感じ、桜雪は静かに身構えた。
「そう、あの子……そうだったんだ。そう……」
先程に出会った少年とオブリビオンを取り巻く環境を知った今、桜雪の裡には複雑な思いが生まれている。
しかし、どんな事情があれど敵は敵。
皆がその覚悟をして訪れているとも知っており、桜雪は前を見据えた。桜の葉を思わせる緑の瞳には敵である青年の姿が映っている。
「……色々と思うところはあるし、ちょっと頭に来たよ。けど今は置いておこう」
「なんだ、怒ってもいいってのに」
「怒りで我を忘れるほどじゃないよ。それに今のボクはそんな風に振る舞えない」
桜雪の声を聞きつけたのか、昊は揶揄い混じりの言葉を掛けてきた。対する桜雪は首を横に振り、そんな挑発には乗らないと告げる。
桜雪は華桜を構えた。
薙刀の切っ先を敵に向けると同時に、彼は自分の周囲に透空の札を巡らせていく。名前の通りに空のように透き通った色が広がっていった。
それは昏い夜空を塗り替えるように、氷の花弁となって戦場を覆う。
「へぇ、冬の桜みたいだな」
昊は桜雪の攻撃にそんな感想を零し、巡りゆく氷を斧槍で叩き切っていく。されど桜雪は更に力を紡いでいった。
他の猟兵は危険を顧みずに檻を壊そうと試みている。
それならば桜雪は真正面からの正攻法で向かっていくのみ。それこそが自分に出来る最善だと知っている彼は一気に敵との距離を縮めに掛かった。
すると、昊が詠唱を始める。
「――其は驟雨となりて降り注がん」
「桜が魔剣に……そっか、それがキミの力なんだね。でも、これは――」
少年から奪って得た力が混じっているものだ。
桜雪は双眸を鋭く細めながら身体を横に反らす。禍々しい力を纏いながら飛び交う毒の魔剣は容赦なく襲いかかってきたが、見切って躱した。
結果的に昊との間合いは離れ、幾つかの刃が身を抉ったが気にしない。
ただ真っ向勝負をするだけ。自分にはその方が性に合っていて、正直なことを語るならばずっと考えていたこともある。
「キミを一回殴ろうと思っていたんだよね。ね、殴られてくれない?」
「出来るものなら勝手にしろ。オマエも斬られる覚悟くらいあるんだろ?」
桜雪と昊の視線が重なった。
そして、双方が同時に地面を蹴りあげる。桜雪は華桜の薙刀を、昊は魔力が巡る斧槍を構えて互いだけを見据えた。
刹那、刃と刃が真っ直ぐに衝突する。
「ボク達がキミの企みを止めてみせるよ」
「はっ! ここで止められちゃ後が差し支えるんだよ!」
鍔迫り合いのような形で二人の得物が重なり、重い衝撃が刃越しに伝わった。このままでは押し負けると察した桜雪は透空の札を更なる力に変換して薙刀に纏わせる。
直接、この刃で。
得物を素早く切り返して昊の斧槍を弾き、桜雪は次の一閃を振り下ろす。
「後って、何?」
「そりゃあのチビの力を俺が――……危ね、そう簡単に計画を明かすかよ」
「そっか、秘密があるんだ」
「オマエらのせいで予定が狂ったんだ。そこそこの前倒しくらいはさせてくれよ」
言葉を交わす間にも刃が衝突していく。
桜雪は防御のことなど考えない。守ることを考えるくらいなら、深く傷付いても構わぬ勢いの捨て身で攻撃するだけだ。
一閃によって桜雪の身体が抉られた。だが、彼は決して揺らがぬまま問う。
「ねえ、命ってなんだろう」
「また難しいことを聞いてきやがって」
剣戟が響く。
再び視線が交錯する。その中で桜雪は思いを言葉にした。
「居なくなって良い命なんて、あるわけないのに。確かキミも、もっと生きたかったのだろう? よくその内に死ぬなんてあの子に言えたものだね」
「そうかもな。だが、あのチビが無意味に死ぬことを回避できるとしたら?」
「……?」
一瞬、昊の瞳の奥に宿っていた狂気の色が消えた気がした。命とは、と桜雪が問いかけたことで何かが変わったのかもしれない。
これはきっと兆しだ。しかし、すぐに昊の瞳に残虐性を秘めた狂気が戻ってきた。
「……命ってなんだろうね。君なら教えてくれるのかな」
「さあな、納得のいく答えは出してやれないだろうな。だが、俺は己の欲に従って命を奪い続けてやる。それだけだ」
「そう、だったらボク達は最後まで敵同士かもね」
その狂気が無くなるまでは。
桜雪は地を蹴り上げ、高く跳躍することで昊との距離を取った。
戦いはまだ続いていく。此処からも自分の力を揮い続けるだけだと決め、桜雪は真っ直ぐな眼差しを魔法使いに向け続けた。
そして――氷の花と紫の桜が冷たい夜風に揺られ、戦場に躍っていく。
成功
🔵🔵🔴
ユヴェン・ポシェット
こう、迂闊に手出し出来ないのではな…
理櫻が助かる方法を…彼が彼として生きる方法は、訊くしか無いということか
テュットは理櫻から目を離さないでくれ。何かあれば知られてくれ、な?
ミヌレ、行こう。
簡単に差し出せる命など無いが、俺は俺がかつて教えられた命の形をもってアンタへ向かおう
UC「halu」使用
上半身を樹に変化させ、宝石の果実実らせる
そこに自身の持つ「avain」を忍ばせ烈しく散らせる
この衝撃は目眩しにしかならないかもしれないがそれで良い。
その勢いで距離を詰め相手へ槍をの一撃を。
理櫻の救出方がわかればそちらを優先
理櫻だってこのまま終われないだろ
後悔のない様に…もし俺にできる事があるのなら力を貸そう
●戦う訳、生きる理由
紫色の光が昏い夜空を淡く照らしていた。
その輝きは妖しく、宙に浮かぶ檻にはそう簡単に手出しが出来ないのだと感じさせる雰囲気を放っている。
ユヴェンは透明な檻の中で横たわっている少年を見上げた。
滴っていた血は他の猟兵の癒しで何とかなったようだ。それに最初の悲鳴より強い声はあれ以降、聞こえて来なかった。おそらく眠っていることや、癒しが巡っていることが功を奏しているのだろう。
「しかしこう、迂闊に手出し出来ないのではな……」
ユヴェンは戦場を駆け回りながら、敵から放たれ続けている毒の魔剣や、全方位に広がる衝撃波を避けて受け流していた。
その間もユヴェンは真剣に考えを巡らせていく。
(――理櫻が助かる方法を)
どうすればいい。自分は何を行えばいいのか。情報が足りない。少年のことをよく知っているのは敵として立ち塞がった昊だけだ。
ミヌレの槍を用いて攻撃を弾き、齎された痛みに耐えたユヴェンは結論を出す。
「……彼が彼として生きる方法は、訊くしか無いということか」
不幸中の幸いか、昊は聞きたいことがあるならば尋ねれば良いと語っていた。ならばそれを最大限に活かすのみ。
ユヴェンは桜の魔法使いが斧槍を振るう瞬間を見切り、竜槍を大きく振るい返すことで衝撃を相殺した。今のミヌレの槍は極熱を宿す黒槍に変じている。
全力を出すよ、という意思が竜槍から伝わってきた。
ああ、とミヌレに頷いて見せたユヴェンは意思を持つクロークに呼び掛けていく。
「テュットは理櫻から目を離さないでくれ。何かあれば知られてくれ、な?」
彼の声に応えるようにテュットがひらりと揺れ、紫桜の陣が蠢く檻の方に向かって飛んでいった。気を付けろ、と伝えたユヴェンは竜槍を強く握る。
「ミヌレ、行こう」
そして彼は一気に昊との距離を詰めた。
真正面から立ち向かうことこそがユヴェンの狙い。斧槍での反撃が来ることも分かっていたが、何よりも先に相手に近付かなければ始まらない。
「ん? オマエも命を差し出しにきたのか」
ユヴェンに気付いた昊は不敵な様子で軽く笑った。
やはりその瞳の奥には狂気が見える。ユヴェンは挑発には乗らずに答えた。
「いや、簡単に差し出せる命など無い。だが、俺は――かつて教えられた命の形をもってアンタへ向かおう」
「そりゃ殊勝な心掛けだ。で、何か聞きたいのか」
昊は問いかけながらも斧槍を振り上げる。相手の動きを察したユヴェンは竜槍を前に突き出すことで鋭い刃を受けた。
激しい衝撃が走る。しかし、少しも怯まなかったユヴェンは己の力を紡いだ。上半身を樹に変化させた彼は其処に宝石の果実をみのらせていく。
「へぇ、植物使いってやつか?」
「――ああ」
昊からの問いかけに短く答えたユヴェンは自身の持つ爆発果実を忍ばせ、一気に烈しい火花を散らせた。衝撃は目眩しにしかならないかもしれないが、それでも構わない。
一瞬の勢いに乗って距離を詰めたユヴェンは、相手の腕を狙って刃を振り上げた。
その瞬間、昊の斧槍が宙に弾き飛ばされる。
「……ッ!」
「拾う前に聞かせてくれ。理櫻を救う方法はあるのか?」
得物を拾いに駆けようとした昊に槍の鋒を向け、ユヴェンは問いかける。先程から聞こえていた猟兵と昊の会話を聞くに、妙な違和があるように思えた。
理櫻はそのままでは死を招く穢れを溜めている。
昊は彼の穢れを奪い、己の魔力に変換しているようだ。
死を導く力だけを吸い取れば、少年が死ぬ理由はひとまずなくなる。つまり、昊は或る意味で少年を救おうとしているのでは――。
ユヴェンがそう考えたとき、昊が口を開いた。
「……あるには、ある。しかし言っておくが、俺はあの力を利用するだけだ。変な想像は止めろ。すぐそこに俺の『魂の制約』をぶち壊せるだけの魔力があるんだ、あのガキの命ごと! あの穢れの力ごと! 自分の為に使って何が悪い!」
狂気の言葉が強く巡る。
昊は激しい口調で言い切ると、ユヴェンの槍を逃れて斧を拾いに向かった。
穢れ。魂の制約。
まだ知れていないことは多い。だが、ユヴェンが理櫻の助かる方法を直接問いかけたことで少しずつ道はひらけていく。
何せ、昊本人が救出方法があると告げたのだ。
ユヴェンは敢えて昊が得物を拾いあげることを許し、ミヌレの槍を構え直した。
「理櫻だってこのまま終われないだろ」
空中に浮かび続ける檻を見上げ、ユヴェンは首を横に振る。
昊にも理櫻にも、此処に集った猟兵にも其々の思惑があるのだろう。それゆえに誰の後悔も生まれないように――。
「俺は、俺にできることをやる。そのために力を貸そう」
極熱の黒竜槍を確りと握り、ユヴェンは己の中に宿る思いを言葉にした。
大成功
🔵🔵🔵
誘名・櫻宵
🌸迎櫻
之が理櫻の中に溜まった毒の魔力を取り出す手段かしら
そんな毒ならあなた自身の身にも良くなさそう
何方にせよ本気でぶつかる他ないわ
あなたに理櫻は殺させない
リルやカムイも
そんな授業料は踏み倒すわ
例え反転していようと
消えない想いは在るわ
カムイ
私は救ってもらえてる
一緒に往くよ
私だって守る
あの檻を早く壊して仕舞いたいわ
そう簡単にはさせてくれないでしょうけど
浄化と破魔を巡らせ衝撃波と共になぎ祓う
カムイの太刀筋に合わせ傷を抉り
攻撃を見切りカウンター
リルの歌に鼓舞されて
神の存在が頼もしい
2人がいる
往ける
理櫻
無事でと祈り込め
あなたが好きと話す彼の笑顔が過去に重なる
自分を救ってくれた師の存在は
何より大きいのよ
朱赫七・カムイ
⛩迎櫻
大きすぎる力は呪に等しく
穢れた力は魂を侵す
其れは
その子に溜まった穢れた魔力を吐き出させる為かな
何方にせよ生半可な力では呑まれるだろう
師ならば弟子の事が可愛くない訳が無いよ
例え正気を失っていても喪われないものがある
師に弟子を殺めさせてはいけない
私は弟子に救われて…救えずに
…サヨ
大丈夫
守ってみせるからね
其の厄災は赦さない
─祝災ノ厄倖
魔剣が、魔力がきみ達を穿ち傷付けることないよう神罰と捕縛を厄して
同時にサヨとリル……リオへ癒しを約す
攻撃を第六感で感知し結界で防ぎ
見切り躱したなら切り込み切断する
…師は越えられるもの
きっとそなたの弟子もまた
そなたを超えて咲くのだろう
櫻宵、共に
心を侵す厄を斬り祓おう
リル・ルリ
🐟迎櫻
白い鳥はこの領域の魔術師と自分の魔力の相性がいいって言ってたからかな
ピリピリする
師がどんな存在だったかはきっと
弟子をみればわかると思うんだ
理櫻はまっすぐないい子
それに…
うん!助ける!
君の魔法でひとを殺めさせる訳にはいかない
魔法を穢させはしないよ!
何より、その子を殺させてはいけないんだ
…魔法は大切なものを守りたいと思うほど強く応えてくれるって教わったんだから
僕だって守るんだ!
僕は櫻とカムイの支援に徹する
歌う、『薇の歌』
水泡のオーラで2人を守り
破魔を込めた歌で魔力に抗い打ち消す
簡単にはいかないだろうど諦めない
彼も最初から悪だったわけじゃない
彼も救わなきゃ桜は咲かない
思っきし歌をぶつけるよ!
●桜と呪
周囲を不穏に彩る紫の光。
桜花のように舞い続ける魔力は、夜空を覆うほどに増えていった。
「……すごく、ピリピリする」
リルは幻の中で白い鳥が言っていたことを思い出す。この領域の主と彼の魔力の相性はとても良いらしい。その影響を受けてか、リルは微かに震えている。
それでも戦うしかないと決めたリルは、戦場を見つめた。
中庭では激しい戦いが繰り広げられている。衝撃波が巡り、桜が変じた魔剣や召喚された狼が猟兵達に襲い掛かってきていた。
強大過ぎる力は呪に等しい。
穢れた力は魂を侵し、死という終わりを齎すもの。
「其れは、その子に溜まった穢れた魔力を吐き出させる為かな」
戦いの力を紡いで厄と幸を巡らせながら、カムイは檻に囚われた少年と昊を交互に見遣った。少年からは穢れの魔力があふれており、魔法使いに力を与えている。
「そうね、之が理櫻の中に溜まった毒の魔力を取り出す手段かしら」
「何方にせよ生半可な力では呑まれるだろうね」
「ええ、そんな毒なら彼自身の身にも良くなさそう」
櫻宵もカムイに頷き、毒の魔剣を刀で弾き返した。櫻宵達は先程に昊が語ったこと以上に、理櫻本人から詳しい話を聞いている。
昊は毒だと言われるほどの呪と穢れを魔力にしているらしい。櫻宵とリル、カムイは確りと意思を確かめあった。
すると、昊が薄く笑って答える。
「俺が呑まれる? 舐めるなよ、そんなわけがないだろ」
「……そう。何方にせよ本気でぶつかる他ないわ」
「噫、其処に狂気があるなら神罰を」
櫻宵とカムイが此度の首魁――昊を見遣ると、彼は薄く笑った。
「神罰か。面白そうだな」
その力への興味があると語るような視線が返ってくる。
昊は今も少年から力を奪っていた。その様子を窺うリルは、この状況に危機を感じながらも絶対に救ってみせると誓う。
「師がどんな存在だったかはきっと、弟子をみればわかると思うんだ。理櫻はまっすぐないい子だったよ。それに……」
リルはカムイと櫻宵に視線を向けた。
櫻宵は屠桜を構えて間合いを計っており、昊に向けて言い放った。
「あなたに理櫻は殺させない」
もちろん、リルもカムイもだ。彼は先程に命が授業料だと言った。そんなものは踏み倒すのだとして櫻宵は宣戦布告をする。頷いたカムイも同じ思いを抱いた。
「師ならば弟子の事が可愛くない訳が無いよ」
例え正気を失っていても、きっと喪われないものがあると信じたい。師に弟子を殺めさせてはいけない。
「そうね、例え反転していようと消えない想いは在るわ」
「私は弟子に救われて……救えずに」
「いいえ、カムイ。私は救ってもらえてるわ」
櫻宵が告げた言葉を聞き、カムイがはっとする。櫻宵もリルもそっと頷いている。カムイも視線を返し、静かに笑む。
「……サヨ。大丈夫、守ってみせるからね」
「一緒に往くよ。私だって守るから。リルのことだってね」
「うん! 皆で守りあって、助けるんだ!」
三人は思いをひとつにして、魔法使いが放つ魔力をしかと見据えた。昊は肩を竦め、彼らへの感想を零す。
「そっちの二人も師匠と弟子ってことか? へぇ……」
品定めをするような視線の後、紫桜の魔剣が此方に放たれた。リルを護るようにしてカムイと櫻宵が一歩を踏み出し、其々の刃で剣を弾く。
「其の厄災は赦さない」
――祝災ノ厄倖。
カムイは魔剣を捉え、魔力が二人を穿ち傷付けることないよう神罰を厄した。櫻宵も浄化と破魔を巡らせ、衝撃波と共に魔剣を次々と薙ぎ祓う。
リルは二人の支援に徹するべく、水泡のオーラで防護を固めていく。
「君の魔法でひとを殺めさせる訳にはいかないからね。魔法を穢させはしないよ!」
何より、あの子を殺させてはいけない。
――魔法は大切なものを守りたいと思うほど強く応えてくれる。
そう教わったから。
リルは薇の歌を紡ぎあげ、迫りくる魔剣の動きを巻き戻した。歌声に鼓舞された櫻宵は其処に合わせ、カムイと共に昊との距離を詰めていく。
「あの檻を早く壊して仕舞いたいわね」
そう簡単にはさせてくれないことは分かっているゆえ、術者本人を狙う作戦だ。
「心配はいらない。私もリオに癒しを約すから」
神の力が周囲の猟兵に加え、理櫻の身を癒している。少しでも命を繋ぐ力になれば良いと願い、カムイは朱桜が齎す祝福を巡らせ続けた。
「諦めないよ。あの子は救われるべきなんだ」
穢れと呪い。
そう聞けば櫻宵の現状を想うカムイにもリルにも力が入る。櫻宵は彼らの存在を頼もしく思い、二人がいてくれることの心強さを確かめた。
何度も揺らいで、心の花が散ったとしても――往ける。
「カムイ!」
「噫、サヨ」
櫻宵とカムイは一気に昊に近付き、刃を振り下ろす。屠桜と喰桜の斬撃が敵を切り裂き、魔力を散らせた。
「く……その太刀筋、かなりものだな」
だが、昊も反撃を仕掛けてくる。幾何学模様を描き、飛翔する魔剣が幾本も櫻宵達に襲い掛かってきた。咄嗟にカグラが結界を張り、カムイ達を護る。
リルも破魔を込めた歌で魔力に抗い、それらを打ち消していった。
戦いは激しく巡る。
「――理櫻、どうか無事で」
あなたが好きと話す彼の笑顔が過去に重なった。祈りを込め乍ら戦う櫻宵は、カムイと共に更に斬り込んでいく。
「……師は越えられるもの。きっとそなたの弟子もまた、そなたを超えて咲くのだろう」
「どうだろうな。その前にあのガキが死ぬかもしれねえのに」
カムイは思いを告げ、昊を見据える。
その声を聞いた櫻宵は首を横に振り、自分が抱く感情を言葉にした。
「いえ、自分を救ってくれた師の存在は何より大きいのよ」
「それから君の言葉、少し変だよ。死ぬ……かもしれない、ってどういう意味?」
リルは昊の言い回しについて問う。
少年を殺すか殺さないかは昊次第だ。それだというのに彼は死を断言しない。其処に何かが隠されているのだと気付き、リル達は頷きあった。
「……察しのいい魚だ」
「あら、リルを魚呼ばわりとは失礼ね!」
「確かに魚かもしれないけど!」
昊の言動に対して櫻宵は反論を行い、リルはふるふると首を振る。すると相手は微かに双眸を細め、三人を見遣った。
「どう見ても白黒の魚と桜の呪蛇と三つ目鴉だろうが。興味深い取り合わせだ」
「其れは褒められているのかい?」
「さあな。好きに受け取れ」
カムイも思わず昊に反応してしまう。相手の返答は素っ気ないものだったが、次に紡がれた魔剣の反撃は更に激しいものだった。
気を付けて、と呼びかけながらリルは再び歌を紡ぎあげていく。
「櫻宵、リル。共に心を侵す厄を斬り祓おう」
「狂気も災いも斬り裂いてしまいましょう!」
「僕は歌うよ。最後まで!」
桜の護竜と朱桜の神が刃を振るい、白の人魚が詩を巡らせた。
きっと彼も最初から悪だったわけではない。
少年だけではなく、あの魔法使いも救わなければ桜は咲かない。
それに此の戦場に集ったひとびとが、絡まって歪んでしまった糸をひとつずつ解いている。リル達にはそう思えてならない。
巡りゆく結びの時に、厄ではなく倖せの欠片を宿すために。
どうか、此処に奇跡を。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
楠木・万音
――そう。
理櫻が言い掛けていたことは、そういう事。
人間のする事は変わらないわね。
少年の出で立ちについての感想は以上よ。
胸の裡に秘すものは有れど、
あんたに聞かせる戯言は持ち合わせていないの。
命を奪おうとしたのか、それとも――
……なんて思った時もあったけれど。
今のあんたは前者の目をしているわ。
ねえ。それが少年が言っていた魔法?
何故少年があんたを慕うのか
あたしには理解が出来ない。
犠牲を元に成り立つ魔法を認められない。
不死たる魔女は退屈を持て余す
向かい来る魔剣には朋の影を。
差し向けるのは硝子花の刃を。
心残りを置いたまま帰路には就けないわ。
言葉を交えた時点で無関係では無いのだから。
理櫻、必ず救い出すわ。
●魔法の力
奇跡を信じたい。信じている。
それは万音が胸に宿る思いそのものであり、今も抱き続けている心だ。
「――そう」
魔法使いから語られ、伝えられた少年の境遇を思い、万音は瞼を閉じる。されどそれは一瞬だけ。戦いが巡っている今、思いを馳せるのはそれだけでいい。
既に何度も万音に紫桜の魔剣が迫ってきていた。その度に彼女は身を躱し、刃の追撃を避けていく。
こんなものに当たってはいられない。頬を掠めそうになった刃は身を逸らすことで回避していき、万音は戦場を駆けていく。
「理櫻が言い掛けていたことは、そういうことね」
万音は思う。
人間のする事はどの世界でも、どの時代でも変わらない、と。
ひとはひとであるゆえに繰り返すのだろうか。それを愚かだと断じる言葉は発したりしないが、万音は緩く首を振ることでささやかな意思を示した。
少年の生い立ちや現状についての思いはこれだけ。
万音とて胸の裡に秘すものは有る。
ちいさな頃に出逢ったひと。魔法という奇跡を披露してくれた、優しいひとが紡いだ力を今もよく覚えている。
きっとあの少年も、はじめて魔法を見たときに似たような思いを抱いたのだろう。
だが、それを言の葉に乗せることはしない。
「命を奪う魔法使いね。あんたに聞かせる戯言は持ち合わせていないの」
「それはそれは、どうも」
万音が語った言葉を聞き付け、昊は皮肉交じりの返答をした。
昊は今も尚、空中に浮かぶ檻に閉じ込めた少年から力を奪っている。本当に命を奪おうとしたのか、それとも――。
なんて思った時もあったが、万音は敵の瞳に宿る狂気の色を捉えていた。
「あたしにはあんたの中にある狂気と正気が垣間見えていたわ。でも、今のあんたは前者の目をしているわね」
魔女である万音には魔力の流れがよく分かる。
ひとを呪い、陥れるだけが魔法ではないということも知っていた。それゆえにどのような意思で魔力が紡がれ、解き放たれるのか。そういった流れが視えることがある。
昊は次々と魔力を桜に変え、毒の魔剣を巡らせていった。
「ねえ。それが少年の言っていた魔法?」
「アイツが何か言ってたのか。そうだな、チビには大体の魔法は見せた」
「……そう」
万音と昊の視線が重なり、戦いの最中で言葉が交わされていく。
「何か疑問でもあるのか?」
「あたしには、何故少年があんたを慕うのか理解が出来ない」
「そうか、同意見だ。なんで俺なんかを好きだとか言うのか、あのチビもガキも……。他人の心なんてわからねえよ」
「あたしは犠牲を元に成り立つ魔法を認められないの」
「ああ、そういうことか。だったら少しは教えてやれる。あのガキはそういう風に育てられてたからな。何かを成すためには誰かが犠牲になるのが当たり前だ、と」
昊は邪神教団のことを語り、少年の常識は歪んでいるのだと告げた。万音は肩を竦めながらぽつりと呟く。
「やっぱり理解が出来ないわ」
「そうか」
対する昊は薄い笑みを浮かべた。万音の言葉がどちらに向けられているのかなど相手にとってはどうでもいいようだ。
昊は斧槍を振るいあげ、万音を貫こうとしてくる。されど万音も、それをまともに受けるわけにはいかない。
そして――不死たる魔女は退屈を持て余す。
向かい来る魔剣には使い魔たるティチュの影を放った。同時に創造した硝子花の刃は昊へと向け、万音はひといきに斬り掛かる。
「この俺に勝てると思ってるのか?」
「ええ、確信しているわ。あたしたちが勝利することをね」
「大口叩いて後悔するなよ」
「するわけがないでしょう」
勢いよく振り下ろされた昊の斧槍を硝子刃で受け止め、万音は宣言した。彼女がそう語るに至った理由は周囲にある。
危険を顧みず透明な硝子の檻へと向かう仲間がいた。理櫻を助けたいと願う思いを抱く猟兵が多くいる。
それに、万音自身も心残りを置いたまま帰路には就けない。
言葉を交えた時点で無関係では無いのだから。
状況は危機的でも、きっと師と弟子が相対しなかった現状の方がずっと良いはず。少年には慕う想いがあったから、きっと奇跡だって起こせるはず。
物語での魔女は、悪者としてばかり語られていることが多い。現に狂気に染まった魔法使いが此処に居る。けれども万音にとって、魔法とは――。
とても、とても柔らかくて優しいもの。
「理櫻、必ず救い出すわ」
魔法の力を咲かせよう。無垢なる硝子を染めゆく色彩は空に舞い上がり、少年の命を繋いでいくために巡っていった。
成功
🔵🔵🔴
ロキ・バロックヒート
こんばんは、昊くん
私はロキだよ
このときだけかれをひととして見よう
理櫻くんのせんせいだからね
だからべつに命をあげても良いんだけど
君が奪えたらの話かなぁ
夜を裂くような祝福の光を降り注がせ魔術を封じ続ける
理櫻くんの命を繋ぐ時間稼ぎ
頑張って、とか声かけて
ひとの命を長らえさせようとするなんて
ちょっと笑っちゃうけど
代償に少しばかり自我が軋んでも顔には出さない
それで、教えてくれるんだ?
そうだねぇ
桜が好きなの?
理櫻くんに花が咲く魔法を教えたのは、どうして?
生き続けて、なにかしたいことはある?
否定もしないでただ聴くだけ
私が手を出すのはここまで
決着は直につくだろうし
終わった後のことは――
きっとひとが紡いでゆくから
●彼の人々に、祝福を
「こんばんは、昊くん」
桜色の髪をした魔法使いと対峙した夜色の神は、先ず彼へと名乗る。
私はロキだよ、と。
「ああ、知ってる。幻にも呼ばせてたよな」
ロキの声を聞き、昊は片目だけを細めてみせた。幻、と語られたのは最初に見せられた幻想領域のことだろう。術者である昊は其処に訪れた者が視たものを大まかに認識しているのかもしれない。
そっかぁ、と頷いたロキはオブリビオンを見遣る。しかしこうして実際に邂逅したこのときだけは、かれをひととして見ようと思っていた。
「きみは理櫻くんのせんせいだからね」
「アイツに会って話したのか。しかし……妙な魂の形してるな、オマエ」
ロキが少年の名を口にすると、昊は意外なことを言ってきた。
元は邪神と呼ばれる存在だったことを見抜かれているのかは分からないが、昊はロキが普通の人間などではないことを理解しているらしい。
「べつに命くらいあげても良いんだけど」
「要るかよ、そんな魂」
「君が奪えたらの話だけど。あはは、辛辣だねぇ」
死という概念が遠いロキにとって、生命力を明け渡すことに抵抗はない。しかし昊の方がすぐに頭を振って拒否した。おそらくロキが動じないと踏んでのことだ。
「奪っても逆に喰らわれるのが目に見えてるからな」
しっしっ、と猫でも追い払うような仕草をした昊は此方を誂っている節もある。
ロキは気にすることなく軽く地を蹴った。其処から跳躍した理由は、昊が放った毒の魔剣が迫ってきたからだ。
鋭い切っ先が襲い来るが、ロキはそれらを躱していく。
見切って避けてから、ロキは隙を見て光を紡いだ。まるで夜を裂くような祝福の光が降りそそぎ、剣を灼いていく様はまるで神の御業の如く。
「厄介な力だな、それ」
「そう? 効いてるなら良い感じだね」
ロキは魔剣を弾くと同時に、空の魔術を封じ続けた。
これは檻に囚われた理櫻の命を繋ぐ時間稼ぎだ。頑張って、と頭上の少年に声を掛けたロキ。かれが払う代償はわずかに残った正気。
昊の瞳にも、ロキの瞳にも狂気が宿っている。
代償に少しばかり自我が軋んでいた。されどロキにはちゃんと思考力も残っている。こうして自分を削ってまで、ひとの命を長らえさせようとするなんて――。
「ちょっと笑っちゃうなぁ」
「どうした? 笑ってねえだろうが」
独り言ちたロキに対し、昊は斧槍での直接攻撃に出る。
ロキは影を刃のように顕現させ、振り下ろされた斧を受け止めた。重い衝撃が身体に走ったが、ロキは怯みなどしない。
「それで、教えてくれるんだ? そうだねぇ、桜が好きなの?」
「嫌いな奴はそんなにいないだろ」
影と刃が振るわれ、攻防が巡る中でロキは問い、昊が答える。
「天の邪鬼な答え方だね。じゃあ理櫻くんに花が咲く魔法を教えたのは、どうして?」
「俺が教えられる一番簡単な魔法だからだ」
「生き続けて、なにかしたいことはある?」
ロキは特に否定などはせず、次々と問いかけていく。対する昊は続く質問にすぐには答えなかった。
暫くの間があった後、昊はぽつりと答える。
「魂の制約を解いて……普通に、暮らしたい。何の縛りもない状態で魔法を研究していきたかった。何も心配せずに弟子の成長を見て、一人前になるまで……ああ、でも」
「普通に?」
ロキが問いかける中、昊の瞳から一瞬だけ狂気の色が薄まった。
しかし、顔を上げた昊は首を横に振る。
「今の俺がそんな幸せなんか望めねえのは知ってる。命を奪うしか生きる手立てがないなら、それを行使し続けるだけだ!」
「成程ね。制約かぁ……そういえばそうだね。昊くん、きみは――」
ロキは昊の中に狂気が戻ったことを確かめながらも、決して咎めなかった。
そして、影で斧槍を受け止めながら、先程から気付いていたことを言葉にする。
「さっきから一度たりとも、誰の名前も呼んでないね」
「――!」
それが制約のひとつかな、とロキは指摘する。はっとした昊は否定も肯定もしなかったが、反応を見れば明らかだ。弟子の少年の名すら昊は口にしていない。
他者の名を呼べないという制約。
ロキがそのことを察したのは、幻にも呼ばせていた、という最初の昊の言葉を聞いたからだ。ほんの僅かだが、幻想領域でロキの名を呼んだ幻への羨望が見えた。
誰にでも簡単に出来るはずの普通のことを羨ましがる。
それはつまり、そういうことだ。
「昊くんにも理櫻くんにも、それぞれに呪いめいたものが宿ってるんだね。それじゃあどっちも解いてしまいたいよねぇ」
「…………」
青年は何も答えなかった。
そうして、後方に下がったロキは昊から離れ、影を防御に回していく。
自分が手を出すのはここまでだと判断したのだ。其処からロキは周囲の猟兵達を見渡した。檻や陣、紫桜の破壊を目指すもの。魔狼を引き付け続けるもの、少年に癒しを施し続けるもの。皆の力がひとつになり、最善を齎す為に事が巡りはじめている。
決着は直につくだろう。それに、終わった後のことは――。
きっと、ひとが紡いでゆくから。
大成功
🔵🔵🔵
陽向・理玖
…理櫻
何も知らねぇガキに
…やっぱ邪神胸糞悪ぃ
変身し
残像纏いダッシュで間合い詰めグラップル
拳で殴る
魔法使いなのに
えらい武闘派だな
強ぇ
けど知ってるよな
あんたの弟子
きっともっと強い
見た目も記憶もそのままで
在り様は全然違くても
自分の成長した姿
見せられんのは
ほんの少しだけ
羨ましい気がする
でも
んな訳ねぇな
もう1回還さなくちゃいけない
その為に
きっと歯を食い縛ってる
優しいのに
凄ぇ強ぇ
だから
少し位は
手伝いがしたい
UC起動
高速移動は加速して限界突破すれば追いつく
集中しないと見切れねぇけど
俺と接敵してる間なら魔方陣まで気も回らねぇだろ
衝撃波周囲に展開し
魔方陣ぶっ壊す
余所見してんじゃねぇ
あんたの相手は俺だ
拳の乱れ撃ち
●誰が為のヒーロー
「……理櫻」
自分と同じ理の名を持つ少年を呼び、理玖は頭上を振り仰いだ。
既に理玖の腰にあるドライバーには龍珠が装着されており、その姿はヒーローとしての様相に変化している。理玖は囚われた少年から地上に視線を移し、斧槍から魔力を振るい続ける昊を睨み付けた。
「何も知らねぇガキに……やっぱ、邪神も教団も胸糞悪ぃ」
風が吹き抜け、相手が解き放った魔剣の余波が理玖にも迫ってくる。
即座に危険を察知した理玖は地面を蹴って跳躍した。軌道を変えた魔剣が襲い掛かってきたが、理玖は宙で身を回転させた勢いを使って、それを叩き落とす。
「へぇ、ヒーローか。俺も小さい頃は憧れてたな」
「……うるせぇ」
理玖の動きに気付いた昊が揶揄い混じりに声を掛けてきた。理玖は地面に着地すると同時に駆け、昊との距離を一気に詰めにかかる。
残像を纏うほどの疾さで拳を振るった理玖。
その一撃を斧槍の柄で受け止めた昊は薄く笑った。全力の理玖にすら押し負けぬほどの力を持つ相手だ。かなり手強いことを一瞬で悟った理玖は拳を引き、身構え直す。
「魔法使いなのにえらい武闘派だな」
強ぇ、と相手を認めた理玖に対して、昊は双眸を鋭く細めた。
「身体強化の魔法を重ね掛けしてるからな」
当たり前だと答えた青年は斧槍を構え直す。どうやら何処からでも掛かってこいと告げているようだ。
望むところだというように拳を握った理玖は真っ直ぐに昊を見る。
「けど知ってるよな。あんたの弟子、きっともっと強いぜ」
「あのガキのことか?」
「いや……俺の友達の方だ。分かってんだろ」
昊は檻に捕らえた少年のことかと聞いたが、理玖は首を振った。彼と同じ桜の髪をした少女のことを言っているのだ。
へぇ、と口にした昊は其処から攻勢に出た。
斧槍による斬撃が振るわれ、全方位に衝撃波が疾走る。されど理玖は両腕を交差させることで受け止め、痛みなど気にしないまま反撃に入った。
七色に輝く眩い龍の力が理玖を包む。
疾く、速く。敵の速度に負けないよう、理玖は昊に打撃を見舞っていく。
刃や柄で受けられ、時には避けられることもあった。しかし、理玖は怯まずに殴打の連撃を繰り出していく。
激しい攻防が巡りゆく中、理玖はふと思いを馳せる。
見た目も記憶もそのまま。在り様が変容していても、思想が違っていても――昊が昊であるということは変わらないらしい。
(自分の成長した姿を見せられんのは、ほんの少しだけ……羨ましい気がする)
桜の少女に少しの羨望を抱きながら、理玖は自分の師匠を思う。
だが、すぐに考え直した。自らが慕う師を倒すということは、どれほどの苦痛と葛藤を生むのだろう。そう思うと、ただ羨ましいとは思っていられない。
「でも、んな訳ねぇな」
「どうした? 何か思うことでもあるのか」
「別になんでもねぇ」
尚も刃を振るってくる昊に対し、理玖は首を振った。
一度は死を迎えた相手を、過去になってしまった師匠を、もう一度還さなくてはいけないこと。その為に、少女はきっと歯を食い縛っているはず。
揺らぎそうな心を必死に抑え、彼女は今も同じ戦場に立っている。
「優しいのに、凄ぇ強ぇ。だから――」
少しくらいは手伝いがしたい。
理玖は思いを言葉にして、確かなものとしていく。たとえ心に寄り添えないとしても友人の後押しをすることくらいは出来るはず。
あの魔法使いの瞳には狂気が宿っているようだ。ならば、ほんの僅かでもその狂気を削ることが出来れば――。
限界を越えても良い。そうすれば彼の身体強化の魔法を上回れる。
理玖は全神経を集中させ、敵の動きを見切りに掛かった。自分と接敵している間ならば魔方陣や檻にまで気が回せないはず。
理玖と昊は真正面からぶつかりあい、其々の衝撃波で相手を穿つ。展開された理玖の力は広がり、檻を囲む陣や桜の魔力にまで広がっていた。
「ぶっ壊す!」
「させるかよ、まだ穢れは吸収し終わってねえんだ」
「穢れ? 今のあんたは理櫻の命まで潰そうとしてんじゃねぇか。そんな危ういこと、続けさせられるか」
「……ち」
昊が舌打ちをする。そんな中で理玖は悟っていた。
彼にオブリビオンとしての狂気がある以上、今の状況を継続させる訳にはいかない。
現在、周囲には檻を壊す為に果敢に立ち向かっている猟兵達もいる。昊は状況の拙さを感じ取っており、新たな魔力を解き放とうとしていた。
だが、理玖がそれを許すはずがない。
「余所見してんじゃねぇ、あんたの相手は俺だ」
理玖が放ったのは拳の乱れ撃ち。昊は斧槍を振るい返したが、その身が何度も穿たれていった。それによって相手の力も削れていく。
「邪魔するなよ、少年。大人になりゃ分かるだろうが、正義だけを掲げるヒーローじゃ誰も救えねえんだ。特に今は、この状況ではな」
「どういうことだ?」
「…………」
すると青年は頭を振るだけで何も答えなかった。
其処から一瞬の隙を突いた昊は理玖を躱し、身を翻して駆けていく。最後まで戦い続けることを決めた理玖は、即座に彼の背を追った。
「上等だ、それでも救ってみせる」
この手に宿した龍掌は願いを掴み取る為のものなのだから。
そして――あの狂気に、終幕を。
大成功
🔵🔵🔵
朝日奈・祈里
よう、桜髪の魔法使い
おまえはもう、過去の者だ
ここで倒される意味は解るな?
海へ還るんだ
生前のおまえと、今のおまえは違う
かつての残滓が歪んでおまえが居る
あの子を悲しませるな
誰の生命力も奪わせん
動きの止まった所に焔を乗せたルーンソードを叩き込む
灰へ還れ
花を咲かせる為に
魔剣に貫かれても笑って
嗚呼、おまえの桜も、綺麗だなぁ
灰は灰に、塵は塵に
巡り巡って未来に花を咲かせろ
動きを止められたのならそれでいい
ぼくがどうなろうと構わない
次に繋げてられるのなら
少年のことは案ずるな
穢れは水晶に移すし、回路は整える
だから、大丈夫
おまえはきっと、やさしい魔法使いだから
最期に、名前を呼んでやってくれ
わたしの、友の名を
カルディア・アミュレット
アドリブ歓迎
…あなたが…”あの子”の道を示してくれた人、ね…
少しだけお話を聞いたことがある…
すごく、いじわるな人だったと…
たしかに…少し、いじわるかもしれないわね…?
命が、授業料…だなんて
己の灯を標のように地に立てる
UC全力魔法…命を守る橙焔の精霊が毒をも浄化する灯りを展開
…あなたに
あえて何か聞いてみたいのだとしたら
あなたが、いまを生きたい理由は…なにかしら?
なんて
その理由を聞くべきは…私ではないわね
この場において
私のやれる事は、ひとつ
あの子があなたに思いを伝える手助け
…志桜
心の中で友達の名を紡ぐ
最後まで私が皆を守る
安心して、ゆきなさい…
理櫻も殺させはしない
あなたが願った魔法で
想いをぶつけて…
●願う灯標
穢れと呼ばれた、少年の裡にある力。
魔力となって戦場に巡ったそれは魔法使いの青年の中に吸収されていく。
檻に囚われた少年の血は止まっていた。
周辺の防護魔力も猟兵達によって壊されていっている。戦況は猟兵側の有利。即ち昊にとっての不利に傾いているが、彼の中に宿っていく力だけは今も増幅している。
カルディアは状況を確かめながら、これまで癒しに回り続けていた。
昊が放つ魔剣、衝撃波。魔狼の攻撃。
それらを受け止め、時には怪我を負う仲間を優しき橙の灯りで照らす。
斧槍からの衝撃波は全方位へのもの。カルディアにも痛みが走っていったが、決して膝をつくことはなかった。
祝福を祈る力を使う度にカルディア自身が疲弊していく。
だが、カルディアは力を緩めるようなことはしなかった。癒しに徹する彼女の存在に気付いたのか、昊が毒の魔剣を此方に解き放ってくる。
「オマエ、邪魔だな。毒でも喰らって動けなくなっとけ」
「いいえ……絶対に、倒れないわ」
カルディアは地面を蹴り、迫りくる剣を避けていった。息が上がるような感覚がして身体が軋む。それでも彼女は果敢に立ち回っていく。
そして、カルディアは昊に呼び掛けた。
「……あなたが……“あの子”の道を示してくれた人、ね……」
「あの子……。ああ、アイツか」
対象が誰であるかを察した昊は戦場の片隅を見遣る。其処には宙や地面に幾何学模様を展開している桜色の少女の姿があった。
少女は戦いが始まってから今に至るまで、詠唱と共に魔力を紡ぎ続けている。それが最後への布石であると知っているカルディアもまた、ずっと彼女を守っていた。
「少しだけ、あなたのお話を聞いたことがある……」
「へぇ? アイツは何て言ってたんだ?」
「すごく、いじわるな人だったと……」
「は? あの馬鹿。恩人って言っとけよな」
癒しの灯と魔剣が飛び交う最中、カルディアと昊の言葉も交わされていく。溜息をついた昊の様子を見遣り、カルディアはそっと頷いた。
初めて対面するが、やはり聞いていた通り。いじわるで、そして不器用だ。それゆえに彼はああいった物言いをするのだろう。
「たしかに……少し、いじわるかもしれないわね……?」
今の彼は命が授業料だと語っていた。
それは困る。誰の命も奪わせたくないと考え、カルディアは気を引き締めた。されど魔剣はカルディアを狙って飛翔してくる。
数々の刃を確りと見つめ、カルディアは己の灯を標のように地に立てた。
「ん? 良いのか、全部の魔剣がオマエに当たるぞ」
「構わないわ。でも、そうね。そんなことを気にしてくれる、あなたは……やさしい人なのかもしれない……」
カルディアが避けることを止めたと気付き、昊が疑問を零す。
やはりこれも聞いていた通りだ。意地悪だけれどそれだけではない。青年は、あの子から聞いていた通りの本質を持っている。
――昏き世界に光を。空を閉ざす闇を祓って、幸いを。
カルディアは命を守る橙焔の精霊・パトリを呼び、毒すらも浄化する灯りを展開していった。昏い幽冥の空が明るく、やさしく照らされていく。
しかし、次の瞬間。
「……、……っ」
何本もの刃がカルディアを貫いた。激しい痛みが走って息が詰まるが、彼女は懸命に立ち続ける。衝撃と毒に耐え、浄化を巡らせたカルディアは灯火の標を強く握った。
そして、昊へ言葉を掛けていく。
「……あなたに、あえて何か聞いてみたいのだとしたら」
「何だ」
昊は短く答え、傷だらけのカルディアを見遣った。
「あなたが、いまを生きたい理由は……なにかしら?」
「あの日、死ぬ前に出来なかったことをしたい。続いていく未来をこの目で見たかった。割とまっとうな理由だろ?」
「出来なかった、こと……。なんて、その理由を聞くべきは……私ではないわね」
「オマエがそう考えるなら、そうかもな。俺もこれ以上は語る気もない」
双方の視線が一度だけ重なった。
そのとき、頭上に浮かぶ檻の方に大きな衝撃が走った。
おそらく別の猟兵が其方に攻撃を仕掛けたのだろう。舌打ちをした昊は身を翻し、其方の対応に向かった。
カルディアは其処に立ち続けたまま、意識を集中させていく。
ああして昊が離れていったことは好都合だ。此処から、この場においてカルディアがやれることはひとつ。
「あの子があなたに思いを伝える手助けを……」
――志桜。
カルディアは心の中で大切な友達の名を紡ぐ。
戦況は変わっていく。戦いは終わりに向かって進んでいっている。間もなく訪れるであろう最後まで、倒れたりなどしない。
「最後まで私が皆を、あなたを守るから。安心して、ゆきなさい……」
志桜への思いを橙の灯に込め、カルディアは願い、祈り続ける。巡りゆく癒しの優しき灯りは上空にも舞い上がり、魔力を奪われていく少年にも届いた。
「理櫻も殺させはしないわ。だから……」
求めるのは今、此処から掴み取れるはずの最善の結末。
――さあ、命に祝福を。
●祈る未来
魔力の奔流が昏い夜空に渦巻いている。
穢れ、呪い、生命力。もはや今はどのような呼び方でもいい。膨大な力が少年から魔法使いに流れ込み、幽冥の桜が絶え間なく舞い続けていた。
箒星の長杖に乗っている祈里は現在、空中を素早く飛び回っている。紫色の桜が変じた魔剣の動きを読み、杖を操ることで上昇して一気に躱す。
挟撃されても構わない。そのまま急降下すれば、誘導された剣同士が宙で衝突した。
地に落ちた魔剣が桜に戻っていき、力を失くす。
他の猟兵と戦う昊が放った衝撃波も襲ってきていたが、祈里はそれも躱して、時には受け止めながら立ち回っていった。
「あっちいけっ」
隙を見て解き放つのは魔力弾。これまで、こうして魔剣を引き付け続けるばかりで昊に直接向かわなかったのは、祈里の後方にいる少女を護るため。
戦いは巡っていく。
そろそろか、と頃合いを察知した祈里は長杖を下り、すとんと地面に着地した。
そうして少女は昊の元へと向かう。
「よう、桜髪の魔法使い」
「さっきまでうろちょろしてたガキか。何だ?」
祈里は銀と青を宿すルーンソードを構え、魔法使いを見つめる。その刃は螺子を巻く為に切り拓く未来の礎。まさに今こそ振るうべきものだ。
「おまえはもう、過去の者だ。ここで倒される意味は解るな?」
海へ還るんだ、と告げた祈里は剣の切っ先を昊に差し向けた。対する昊は斧槍を祈里に向け、鋭い視線を返す。
「解らない、嫌だと言ったらどうするんだ?」
「どうもしない。倒すだけだ。生前のおまえと、今のおまえは違うんだ。かつての残滓が歪んでおまえが居るだけで……」
祈里は相手からの眼差しを受け、言葉を紡いでいく。
両者の間には互いを害する為の魔力が渦巻いていった。祈里は張り詰めていく空気を感じながら、更に告げる。
「あの子を悲しませるな」
桜髪の少女も、穢れを溜めた少年も。誰の生命力も奪わせない。
宣言した祈里を見つめたまま、昊は肩を竦めた。
「過去の俺と現在の俺か。そうだな、今も心がふたつあるような気分だ」
「どういう意味だ?」
彼は嘘や誤魔化しを言っているようには思えない。祈里が問い返すと、昊は斧槍をくるりと回して身構え直した。刹那、周囲の桜から新たな魔剣が生成される。
「あのガキを穢れから救いたい。あのガキの命を奪ってしまえばいい。そうしたら俺の中にある厄介な制約もぶっ壊せる。どちらの思いもあって……」
「迷っているのか?」
「ああ、そうさ。そうだよ! 俺の心は滅茶苦茶だ! すべてを殺して奪い尽くせと叫ぶ俺がいる。弟子を見守りたいと願う俺もいる……!」
「おそらく、それを狂気と呼ぶんだろうな」
「過去に戻りたい、未来を生きたい、終わらせたい。ああ……クソッ! どうすりゃいい。何を優先すればいいのかがもう分からねえ!」
「そうか、おまえはまだ……」
祈里は聡く察する。
昊は今も少年の穢れを吸い取っている。その度に狂気が増していた。つまり彼は壊れていっている。正気と狂気の狭間で彷徨いながら、いずれは本当の狂乱に陥る。
「ふ……。はは、もう何も判らねえ。それなら、いっそ――」
昊が斧槍を鋭く振るう。
その瞬間、叫びとともに浮遊していた魔剣が祈里に向けてすべて放たれた。
「邪魔なものを全てぶっ壊してから考えるしかねえッ!!」
はっとした祈里は咄嗟に魔力を満ちさせる。
――コード:レム。
「レム! ぼくに仇為すモノの動きを止めろ!」
白のメッシュが浮かび、祈里の周囲に眩い光が迸っていく。光を受けた昊の微かな呻き声が聞こえたと思うと、幾つもの魔剣が動きを止めた。
光の奔流の中から駆けた祈里は、焔を乗せたルーンソードを振りあげる。
「灰へ還れ、花を咲かせる為に」
刹那、未来を代償にした祈里の一閃が昊を貫く。相手に大きな傷みを当たえられたらしく、昊の身体が揺らめいた。しかし――。
「そんな状態で格好つけても、なぁ?」
「……」
薄く笑った昊は祈里の身体を示した。腕に、足に、そして腹部に。幼い少女の身は何本もの魔剣に深く貫かれていた。
其処から更なる出血を促す為か、魔剣は桜に戻っていく。
「嗚呼、おまえの桜も、綺麗……だなぁ」
祈里の身体が地面に伏した。血が止め処なく溢れ、その場を赤く染めていく。
「もっと、もっとだ。あかく染まる狂い咲きを見せてくれよ」
昊は倒れた祈里を見下ろして嗤った。その声を聞きながら、祈里は願う。
灰は灰に、塵は塵に。
巡り巡って未来に花を咲かせてゆけ。
(動きを止められたのならそれでいい。ぼくがどうなろうと構わない。次に繋げられるのなら……あの子を、志桜の、未来を続かせられるなら――)
祈里の意識が遠退く。
嘲笑う魔法使いは、狂気に染まりきった瞳に血塗れの少女の姿を映していた。
●急転
しかし、そのとき。
「……言った、でしょう。最後まで私が、皆を守ると」
カルディアの声が響き、祈里の身体が優しき橙の灯りに包まれた。幽冥の果てに沈みかけていた祈里の意識が引き戻されていく。
「きみ、は……?」
「私も志桜を大切に思っているの。だから、あなたと同じ……」
気付けば祈里の身は抱き起こされ、カルディアがその身を支えていた。大丈夫、と示すように少女の上半身を優しく抱いたカルディア。彼女は自分が更に疲弊することも構わず、祈里に命の灯を巡らせた。
昊は少女達の姿を睨み付け、舌打ちをする。
「またオマエか。とことん俺の邪魔をしやがる」
二人同時に止めを刺してやろうか、と言うように昊が斧槍を振り上げた。だが、それと同時に空中の檻の方から激しい衝突音が響く。
「!?」
「いま、ここで……私達なんかに構っていて、良いの……?」
おそらく他の仲間が理櫻を囚える檻を壊しに掛かったのだろう。カルディアが問いかけると、昊は即座に身を翻して檻の方に向かった。
「……助かった」
祈里はカルディアに礼を告げる。まだ痛む身体をゆっくりと起こした彼女は、呼吸を整えながら夜空を見上げた。
「少年のことは案ずるな。残った穢れは水晶に移すし、回路は整える」
だから、大丈夫。
おまえはきっと、本当はやさしい魔法使いだから。
狂気に陥った魔法使いに僅かに残っていた良心を思い、祈里は思いを声にした。カルディアも、どんな状況になって必ず少年を助けると誓う。
そして、戦いは佳境に入っていく。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
檪・朱希
【桜紡】
理櫻……! 今、助ける!
耳を頼りにしても理櫻の所に行くのは難しい。
だから……輝命さん、力を貸してください!
ディアナがUCで封じたのを確認してからUC発動。
五鈴鏡の複製を通じて、理櫻を私達の所へ転移させる!
これで、無理やり生命力が流れる事はないはず。救急箱を使って「救助活動」。
志桜の言葉を、あなたに届ける為に。
「聞き耳」を立てて「情報収集」は欠かさず。
理櫻の救出後、【霞】や【暁】で彼を守り、魔法陣や障害になるものを破壊する!
悔しいけど、今、理櫻のこれからを助ける方法は私には見つからない……。
でも、いずれ尽きる命でも、今を生きることが出来る!
……桜が、春に綺麗な花を咲かせるのと同じように!
ディアナ・ロドクルーン
【桜紡】
ああ、イヤな男
他者の命を使ってまで生きる、未練たらしいのはみっともないわ
―まあ、私は貴方と語り合うほど言葉を持ち合わせていないし
私達の言葉を聞き入れるつもりもないでしょう?
それに放っておいても死ぬっていうけど、この子を殺させるわけにはいかない
生きていれば、死を免れる方法も見つかるかもしれない、未来に進む道が開く可能性もある
昊の力を削ぐ為に理櫻の身の安全を確保を
朱希ちゃんと連携を取り
先制攻撃で、UCを発動させて相手の攻撃を封じる
朱希ちゃんが理櫻君を確保したら手を出させないように
マヒ攻撃、部位破壊を織り交ぜて近接戦に持ち込み
昊の気を引き付ける
志桜…貴女の言葉はきっと彼に届く、それを信じて―
兎乃・零時
アドリブ歓迎!
……アイツは、お前を守りたいと言っていたぞ
求めるものが無いと言いながら
奴はそう言った
なのに
お前はそいつを苦しめてる!
最初からそうだったのか、過去《災魔》になったからそうなったかは知らないが
頭に来た
俺は今のお前を…許さん!
UC起動
射程半分
移動力五倍
指定属性『輝光』
残像すら見せぬ速度で檻に到達しその生贄の檻を粉砕し理櫻を救い出す
最短最速で
邪魔が入る?知るか
今の俺は光だ
何喰らおうとただ一直線に到達しよう
捨て身の一撃でも構いやしない
高速が光速に叶うかよ!
理櫻が無事ならやる事一つ
テメェに直接魔術を…光の衝撃をぶつけるッ!
限界突破×全力魔法×衝撃波
かき鳴らせ!輝響《グリット=コール》ッ!!
●変革の証
防護と監禁の力が巡らされた魔力の檻が怪しく光っている。
其処に向かうか、或いはあの数々の陣に攻撃を仕掛ければ、昊と相対する以上の危険が待っていることは誰もが感じていた。
されど、猟兵達は戦いと同時に少年を彼処から救い出すことを選んだ。
魔力が巡り、一閃が迸り、防護を破っていく。
真正面から向かってくる猟兵を相手取っていた昊も魔力の檻の様子が拙いと知り、此方側の猟兵達を止めようとしてきた。
「オマエら、何てことをしてやがんだ!」
それまで光輝の力で檻の破壊を試みていた零時は振り返り、昊を強く見つめる。
やはり一筋縄ではいかない防護ではあったが、綻びは見えていた。零時は檻への攻撃を一度止め、昊への言葉を紡ぐ。
「……アイツは、お前を守りたいと言っていたぞ」
「そうかよ」
吐き捨てるように昊が言い返した。完全な狂乱に呑まれかけている昊が危険な状態だということは、零時にも判断出来る。
「求めるものが無いと言いながら、奴は……理櫻はそう言った」
「だから何だ?」
「……なのに、」
淡々と問う昊はそんなことなど興味がないといった様子だ。もっと穢れの魔力を。更に力を、と呟きながら、彼の少年から生命力ごと全てを奪おうとしている。
うう、という少年の呻き声が零時の耳に届いた。
「お前はそいつを苦しめてる! 最初からそうだったのか、過去に――災魔になったからそうなったかは知らないが!」
感情と共に零時の魔力が高まっている。
零時が言葉を紡ぐ度、その思いに応じて力が溢れた。助けるのだと誓った。何も知らない無垢な少年には無限大の可能性があるはずだ。そう考える零時の熱い未来への思いが、魔力となって巡っていく。
零時の瞳から幽かに零れていくのはアクアマリンの涙。それは彼が上限を超えたことを示す美しい証だ。
「オマエ、すごいじゃねえか。後でその魔力も頂きたいもんだな」
「絶対に渡さねぇ!」
昊は零時の魔力に興味を持ったらしいが、本人は真正面から撥ね退けた。そして、零時は一気に力を解放する。
「頭に来た。俺は今のお前を――……許さん!!」
狂気に染まった青年を倒す。そのためにも、少年を救い出す。
零時の裡に満ちていくのは変革の力。
さあ――道を、切り拓け。
高く跳躍した零時は今、限界以上の限界、更なる果てを超えようとしていた。
●狂気と救いの手
「理櫻……! 今、助ける!」
同じ頃、朱希とディアナも少年を救うための行動に出ていた。
魔剣が飛び交い、魔狼が吠える。昊が振るった斧槍の衝撃波は朱希達を傷付け、力を削っていた。
「ああ、イヤな男」
妨害の数々を受け止め、時には受け流しながらディアナは呟く。
相手は他者の命を使ってまで生きると語った、狂気に陥った青年。未練たらしいのはみっともないわ、と口にしたディアナは溜息をつく。
少年を閉じ込める檻は空中にあり、感覚や耳を頼りにしても其処に行くのは難しい。
朱希は飛び交う魔剣を躱しながら対抗策を考える。
どうすればいいのか。朱希の思考は瞬く間に、或る鏡の存在に巡った。
「……輝命さん、力を貸してください!」
それは、うつしうつすものの化身。その名を声にして、鏡に呼びかけた朱希は五鈴鏡を掲げた。銀の鈴がちりんと鳴り、朱希の姿を映してきらめく。其処から巡らせることが出来るのは鏡移りの異能だ。
これは鏡面に映る任意の対象と共にテレポートを行える力。檻が壊せないのならば、これを試してみる価値はある。
だが、空中にある檻にいる少年を映し出すならば角度が重要だ。
朱希が準備を整えている間、ディアナは連携を取るべくして力を巡らせる。
「――陽の明を忌み嫌う者よ、今宵は貴殿らの宴となろう。首なき影が物を謂う。亡き者達を纏わせて、歌えや踊れや慄けや。惡しき者を今ここに」
ディアナは詠唱と共に死者の宴を発動させていった。
幽冥の空の下、霊が蠢く。
黄昏を彷徨う亡霊が嘆きをあげ、宵闇に満ちる怨霊が怒りを示し、暁に響き渡る亡者が叫びを響かせていった。
「その力、封じさせてもらうわ。駄目なら何度だって……!」
ディアナは檻に魔力を巡らせる昊を見据え、魔狼を召喚する動きを封じる。特にあの力は少年の生命力を直に吸い取って発動するものだ。
魔狼は他の猟兵によって敢えて倒されず、更なる召喚を防がれている。それを完全にディアナが封じてしまうことで、生命力の流出もぐっと抑えられるだろう。
「邪魔するんじゃねえ!」
すると、昊が怒号をあげた。その瞳には最初に見た時よりも深い狂気が宿っている。おそらくは少年の穢れを吸収する度に狂乱に陥っているのだろう。
「邪魔するに決まってるじゃない。――まあ、私は貴方と語り合うほど言葉を持ち合わせていないけれど」
「そうか、そっちがそういう心算なら俺にも無い」
「それに私達の言葉を聞き入れるつもりもないでしょう?」
「どうかな。オマエが聞きたいことがあるなら、答えるくらいはしたが」
無いなら語る意味合いはない。
鋭く言い放った昊は魔狼を呼ぶことは諦め、斧槍を振るった。其処から放たれる衝撃波はディアナや朱希だけではなく、全方位の猟兵に広がる。
齎された痛みに耐え、ディアナは言葉を続ける。
「放っておいても死ぬっていうけど、あの子を殺させるわけにはいかない。生きていれば、死を免れる方法も見つかるかもしれない、未来に進む道が開く可能性もあるわ」
ディアナの言葉に同意を示し、朱希も頷く。
「そうだよ。いずれ尽きる命でも、今を生きることが出来る!」
「はっ! 何も知らねえ癖にオマエらが勝手に、いや……俺が何も言ってないのか」
対する昊は頭を振った。
それは自分の言動を思い知った、という風な物言いであり、違和感があった。はっとした朱希は聡く彼の心境を感じ取る。
「もしかして、あなたは……理櫻を救う方法を知ってるの?」
「……そうだ」
昊の表情が一瞬だけ悲しげに歪んだ。
ディアナの言う通り、生きていれば死を免れる方法も見つかるだろう。
だが、探さずとも此処にその方法がある。
彼はおそらく最初はそれを実行していたようなのだが――どうやら昊の中にあるオブリビオンの力が邪魔をしているようだ。
「穢れだけを抜き出せば、アイツは暴走の可能性を孕む呪力から解放されるだろうな。だが、今の俺はあのガキの命なんてどうだっていいと思ってる」
一瞬後、昊の表情に笑みが浮かんだ。
狂気だ。そうだ、と頷いて答えた時に見えた正気の昊はもう見えなくなっていた。今の彼は生命力を吸収し尽くすことしか考えていないようだ。
昊はもう少年を助けようとなどしていない。それだけは確かだ。
「だから……あの命を俺に奪わせろ!」
咆えるような叫びが朱希とディアナの耳に届く。いけない、と察したディアナは相手から放たれた衝撃波から朱希を守った。
そして、朱希は急いで五鈴鏡の複製を掲げる。
「理櫻、私達の所へ!」
意識を失った少年の姿が鏡に映った。そのまま転移させようとした朱希だが、蠢く紫桜の陣が移動してきたことで少年が覆い隠されてしまった。
どうしよう、と朱希が呟いた、そのとき――。
●希望の光
「俺様に任せろ!」
魔法陣を破壊して回っていた零時の声が届き、同時に鋭い光が迸った。
頭上を振り仰いだディアナは、光を纏って飛ぶ猟兵の少年がいることに気付く。どうやら零時は鏡を使うのに邪魔な陣と魔力を退けてくれる心算のようだ。
「お願いするよ」
「ええ、その間に私はこの男を抑えるわ」
「言うほど容易にいくと思うなよ」
朱希はタイミングを見計らい、ディアナは昊へと向かう。忌々しげに呟いた昊は斧槍を振るってディアナを斬り裂いた。
しかし、昊もこの場で相対すべきなのは零時だと悟っている。
ディアナをすり抜けて駆けた昊は衝撃波を空に向けて放った。だが、零時はそれすら避ける勢いで素早く翔け回る。
射程は半分、移動力は五倍。触れた魔法陣を自分の魔力に変える輝光の力を用い、零時は駆けていく。
その姿を頼もしく感じながら、朱希は鏡を構え続けた。
ディアナも朱希が理櫻を確保したら、手を出させないように麻痺攻撃や部位破壊を織り交ぜて近接戦に持ち込む所存だ。
朱希は作戦の成功を願う。
「志桜の言葉を、あなたに届ける為に……負けられない」
朱希が紡いだ決意の思いが響いたとき、零時が残像すら見せぬ速度で檻に到達した。生贄の牢獄を粉砕して、理櫻を救い出す為に。
最短、最速で。最高の全力で以て。
「近付くんじゃねえ……ッ!」
されど昊とて零時を放っては置かない。魔剣が飛び交い、此方を害する桜が毒を孕み、斧槍からの衝撃波が鋭く解き放たれた。
それらは全て零時に向かっていく。それでも彼は一瞬たりとも速度を緩めない。
「知るか、今の俺は光だ! 高速が光速に敵うかよ!!」
何を喰らおうとも一直線に。光そのものとなった零時に剣が突き刺さり、毒が巡っていくが、そんなものには構わない。
「テメェの魔力の檻に、悪しき狂気に、直接この魔術を……光の衝撃をぶつけるッ!」
ディアナと朱希が息を呑んで見守る中、零時は吶喊していく。
今こそ全てを賭すべき一瞬。
そして、轟くような零時の声が戦場に大きく響き渡った。
「――かき鳴らせ! 輝響――グリット=コールッ!!」
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
●救出
次の瞬間、幽冥の空が眩い光に覆われた。
折り重なっていた紫桜の陣が零時の輝光によって破られ、透き通った檻の中にいる少年の姿があらわになる。
それは紛れもない好機だ。
昊を倒さなければ開かないと思われた檻は現在、猟兵達の果敢な行動と全力の取り組みによって壊された。その瞬間、未来が変わったと語っても過言ではない。
「今だ!!」
零時が朱希に呼び掛けた瞬間、彼女は鏡移りの道をひらいた。
「理櫻……! こっちに!」
鏡に映ったものをテレポートさせる力が巡る。五鈴鏡の力を受けた少年の身がふわりと浮いたかと思うと、瞬時に檻の外に転移した。
だが――。
「そう簡単に持って行かせるか!」
昊はまだ健在だ。
桜の魔力を巡らせた彼は理櫻を奪われまいとして転移の力を邪魔した。されど猟兵達とて無策ではない。
「テュット! 行ってくれ!」
ユヴェンは上空に向かわせていた意思を宿すダークネスクロークに呼び掛けた。ひらりと舞ったクロークは少年を包み込み、彼を紫桜の魔力から隔てる。
ユヴェンが事前にテュットを檻に向かわせていたことが功を奏した。
それでもテュットだけでは理櫻の身体を支えきれないようだ。その瞬間、詩乃が真っ先に飛び出していった。
「私が行きます。いえ、行かなくてはならないんです……!」
神性の力で飛翔する詩乃が手を伸ばす。
理櫻の身体を受け止めて引き寄せた詩乃は、しっかりと腕に力を込めた。
「せん、せい……お姉、ちゃん……」
少年が腕の中で譫言を呟く。
そのとき、少年が眠りに落ちていて良かったと感じた。未だ彼は昊を敬愛しているままであり、その思い自体は悪いものではない。
そんな彼に師が狂っていく様を見せずに済んだのだ。
それに昊とて、あんな風に狂気に叫ぶ姿を弟子に見せたくはなかっただろう。少なくとも、まだ正気だった頃の昊は――。
「私は守れたのでしょうか。貴方の心を……」
そっと少年を抱き締めた詩乃の行動は間違っていなかった。少年が師を慕う心を完全に護りきるという、普通では有り得なかった未来を生み出す力となった。
そして、確かな一手となったのはフリルの選択もそうだ。
今も戦場を駆けている魔狼は、少年の命を直接貪る能力だった。それを見抜き、敢えて倒さぬことで狼の召喚を減らした。
少年が檻から救出された今、無理矢理に魔力が奪われることもない。
「ふええ、もう狼さんもやっつけていいでしょうか?」
「倒そう。後の戦いにあんなのはいらない!」
フリルが問うと、メイジーが魔狼へと攻撃を向けていく。フリルはこくりと頷き、お菓子の魔法で狼の行動を遅くした。
それに合わせてメイジーが魔力を打ち砕く。先程の戦いは八つ当たりだったかもしれないが、今は違う。この場に居る皆と救える命を救う。
ただ、それだけ。
「ボクも手伝うよ。命の犠牲で作られたものなんて、許せないから」
桜雪も華桜を振り上げ、フリルとメイジーと共に魔狼を次々と散らしていった。
先程に問いかけた、命が何であるかの答えは出せない。
きっと教えて貰うようなことではなく自分で導き出していくものなのだろう。それでも、此処で散る命はつくらせない。
桜雪は果敢に敵を切り裂き、最後の時に繋がる時間を稼いでいった。
「どいつも、こいつも……! そいつを返せ! 俺の弟子だ!」
その間も昊の狂気は高まっていた。振るわれる斧槍の扱いが大振りになり、四方八方に滅茶苦茶な衝撃波が迸っていく。
寿々彦は少年を抱いて飛ぶ詩乃が危険だと察し、咄嗟に蜘蛛の糸を巡らせた。
「弟子だって言ったね。やっぱり唯の生贄じゃないんだ」
良かった、と寿々彦は呟く。
狂乱に堕ちていても、嘘ではない感情が其処に見えたからだ。寿々彦が援護を巡らせる中、万音が飛び回る詩乃を呼ぶ。
「理櫻を地上に下ろして。あんたも一緒によ」
「はい!」
詩乃の身体はかなり傷付けられていた。その身を案じた万音は彼女達を地上で護ることを決めたようだ。ふら、とよろめきながら下りてきた仲間を万音は迎える。
ティチュ、と影の名を呼べば使い魔が少年達を包み込んだ。
「理櫻くん、まだ寝てるね」
ロキも影で保護の補助を行い、そっと少年を地面に寝かせた。大丈夫そう? とロキが隣にいる千織に問うと、頷きが返ってきた。
「命の全てまでは奪われていないようですね。でも……」
油断してはいけないと感じ、千織は月虹華の詩を紡いで癒しに回る。
私も、と申し出たカムイも祝倖で以て少年の命を繋げていく。だが、櫻宵がはっとして現状を示した。
「いけないわ、まだ呪毒が残ってる」
魔法使いに命まで奪われてしまう危険は去った。だが、問題は少年に元からあった穢れは残されてしまっている。それをすぐに抜き取ることは櫻宵達には出来ない。対抗術式を組むにも情報が足りないからだ。
「……僕がやる」
そんな中でリルがそっと前に出る。リルには先程から内なる声が聞こえていた。
――助けたいと強く念じろ。そうすればお前でも少しは浄化が出来る。
それはこの魔術領域の主と相性がいいと自称した、リルの中に宿る白い鳥の声だ。リルは真剣に念じて手をかざし、理櫻から呪いと穢れを祓っていく。
「う、んん……」
そうすれば、それまで苦しがっていた様子の少年の表情が穏やかなものになる。どうやら僅かに残されていた毒が徐々に消え去っているようだ。
「凄いわ、リル!」
「どうやったんだい?」
その様子を見ていた櫻宵とカムイが問うが、リルはわからないと首を振った。しかしこれもまた、リルにとっての切欠なのだろう。
保護された少年の様子を確かめ、朱希は安堵を覚えた。
理櫻が救出されたなら後は此方の番。霊刀の霞と拳銃の暁を構え、最後までディアナと共に少年を護り切るだけだ。
そうして、二人は桜色の少女を想う。
「平気だよね。……桜が、春に綺麗な花を咲かせるのと同じように! きっと巡る!」
「志桜……貴女の言葉はきっと彼に届く、それを信じているわ」
「ディアナ姉さん達、行けるか?」
朱希とディアナが身構えたことを知り、理玖は彼女達に呼び掛けた。
ええ、と答えた声を聞いた理玖は一気に駆け出す。そう、まだこの戦いは終わってなどいない。昊の猛攻はまだ続くだろう。
少年を護るもの、昊の力を削るもの。皆が力を合わせるときだ。
「胸糞悪ぃのは終わりだ。その狂気、ぶっ潰す!」
「……っ! うるせえ、黙れ! 邪魔すんなって言ってんだよ!」
理玖は拳の連打で以て敵を穿ち、狂気を宿す昊も全力で叫びながら刃を振るう。その中で、春を咲かせるような薄紅の彩が舞いはじめた。
祈里を治療していたカルディアは、それが志桜の力だと気が付く。
「志桜……。あなたが願った魔法で、想いをぶつけて」
祈里も少年の穢れを後で水晶に移すことを決め、戦いの行方を見守っていった。
もし願えるなら、と祈里は口を開く。
支配魔法の力に怯えてずっと名前を呼べなかった自分が、桜髪の彼女の名を呼べるようになったように。
「最期に、名前を呼んでやってくれ。わたしの、友の名を」
そうして、終わりは近付いてくる。
零時とユヴェンは最後を担う少女の背を見つめ、万音や寿々彦もこの戦いの行方を案じながらも、皆と共に最善の結末を信じた。
大丈夫。
希望の光は、すぐ其処に見えている。
祈りと想い、願いは果たして叶えられるのか。
そして、此処から――魔法使いと弟子が紡ぐ物語の終わりが、始まっていく。
❏ ❏ 🌸 ❏ ❏
●少女と魔法使い
時は遡り、今から数年前のこと。
「――ひっく、うあ……うええん、ぐすっ」
冷え込みが厳しくなってきた冬の日、公園に少女の泣き声が響いていた。
「魔法なんてあるわけないじゃん!」
「そんなの信じてるの、ばっかみたい」
「ううっ……きっと魔女はいるし、魔法ってすごいんだよ……」
「気持ち悪っ! お前さあ、夢の見過ぎ」
「そんなおかしな本を持ってるからでしょ。貸しなさいよ!」
泣きじゃくっている少女を何人かの子供が取り囲んでいる。そして、ひとりの子供が少女の手にしていた『魔女と暗い森』という本を奪い取った。
「待って、かえして!」
「やーだよ! こんなもん捨てちゃえ!」
「あははは、どこかに投げてやろうぜ! あの砂場が良いかな」
「やめて、やめてよ……あっ!!」
少女が転んだ音と、本が砂の上に落ちる鈍い音が公園内に響いた。ざまあみろ、といういじめっ子達の笑い声が聞こえたかと思うと、彼らは公園から去っていった。
置いていかれた少女は立ち上がり、砂にまみれたぼろぼろの本を拾う。
「魔法は、あるもん。でも……本当はないのかな……。ぐすっ……」
涙が止まらない。
大粒の雫が少女の頬を濡らし、冷たい冬の風が黒髪を揺らしていった。本を抱えてとぼとぼと歩いていく少女の背は寂しげに丸まっている。
「……気に入らねえな」
その様子を途中から見ていた青年がいた。ベンチに腰掛けたとき、本が投げられるところを偶然に見つけたらしい。至極面倒そうな顔をして呟いた彼は少女を呼ぶ。
「おい、ガキ。しゃんとしろ」
「だれ……?」
急に声を掛けられたことで少女はびくっと身体を震わせた。また誰かが虐めにきたのかと思ったが、彼の髪がとても綺麗な桜色だったのできょとんとする。
「見てろ」
青年はぶっきらぼうに短く告げると、手を広げてみせた。次第に淡い光が集まりはじめ、やがて掌の上に一輪の桜が咲く。
とても、とても可憐で可愛らしい花だ。
それは少女の記憶に今も鮮明に残り続けているほどに印象的な桜だった。
「ま、魔法? 手品?」
驚いている少女に対して、青年はこれまたかなり不機嫌そうに告げる。
「手品なんかじゃない。本当に存在してんだよ、魔法ってやつは」
「わあ……わ、わああっ! わあーっ!!」
次の瞬間。魔力で出来た桜の花以上に目映い、少女の笑顔が満開に咲いた。うるせえ静かにしろ、と口にした青年は肩を竦め、大きな溜息をつく。
それが少女と魔法使いが初めての出会った、或る冬の日のこと。
❏ ❏ 🌸 🌸 ❏ ❏
●師匠と一番弟子
魔法という存在が本当にあると知った。
瞳をきらきらと輝かせた少女はそれから、青年を質問攻めにした。知らねえ、うるせえ、黙れ、の三種類の言葉だけで対応していた彼だったが、やがて根負けした。
もしかすれば、彼は少しばかり魔法を見せたことを後悔していたかもしれない。
しかし、それは運命でもあった。
何故なら此処から、少女達にとっての幸せな日々が始まったのだから。
🌸
「次もまた、この時間にこの公園に来い」
「それって魔法を教えてくれるってこと?」
「すぐには教えねえ。まず基礎の勉強からだ」
「やった! やったあーっ! ありがとう……ええと、アナタは――」
「昊だ。日に天と書いて、ソラ」
「そらくん。にひひ、わたしは志桜! 荻原志桜だよ!」
「名前は呼ぶな。あとオマエの名前は聞いてねえよ、チビ」
「ええっ、ひどい!?」
🌸
「……さむいね」
「……そうだな、寒い」
「昊くん、コート貸してもらっていーい?」
「阿呆か、馬鹿か、図々しい。誰が貸すか」
「魔法を教わるのは嬉しいけど、この公園さむいもん!」
「はぁ……。仕方ないな、俺の工房にいくか」
「えっ、工房? 魔法使いの秘密の工房!?」
「はしゃぐな。あんまりうるさいと連れて行かねえぞ」
「はーい!」
🌸
「こんにちは、先生!」
「遅い。遅刻。帰れ阿呆」
「ひどい!? だ、だって学校あったし、遅れたって言っても十分だけ……」
「俺はオマエと違って暇じゃないんだよ。時間もあまりないしな」
「? ねえねえ、昊くん。それより今日はなにして――いたっ!?」
「“先生”」
「ううっ、叩かなくてもいいじゃん、“先生”」
🌸
「せんせー、なにしてるの?」
「気の抜ける呼び方やめろ、チビ」
「出会ってから一度も名前呼んでくれない、横暴なせんせーに言われたくな――」
「黙っとけ」
「~~~~っ!!! いま本で叩いた?!」
「うるせえ」
「ううっ、暴力はんたーい」
「知らねえ」
🌸
「よく聞け。流派にもよるが、魔法の行使には契約がつきものだ」
「……契約?」
「使い魔や精霊に力を貸して貰う為のものだ。契約方法は様々で一概には語れない」
「友達と約束するみたいに、お願いすればいいってこと?」
「簡単に考えるんじゃねえぞ。契約には制約もあるからな。不利な契約を結ばされることだってあるんだ。特に気を付けなきゃいけないのはだな……」
「うん」
「――命に関わる結びはするな。いいか、絶対にだ」
魔法使いと少女はこうして日々を重ねた。
二人は師匠と弟子となり、少女は本当は使えなかったはずの魔法を教えて貰った。彼は少女の魔術回路を開き、基礎や理論を叩き込んでいった。
少し手が出るのが早い師匠で、いつも不機嫌そうだったけれど。
――嬉しい。うれしい、うれしい!!
魔女見習いとなった少女の心には、桜の花が芽吹くような想いが育まれていった。
共に過ごす日々はとても充実していた。
憧れに近付けるから。そして、識ることがこんなにも楽しいものだと思えたから。
❏ ❏ 🌸 🌸 ❏ ❏
●お別れと餞別
しかし、別離の時は突然に訪れた。
最初に出会った冬から季節がひとめぐりした頃、青年は倒れた。本人は病気だと言っていたが、その頃の少女には彼の中にある魔力の流れが見えるようになっていた。
彼は魔法を使う度に少しずつ命を削られていた。
何度も、何度も口煩いほどに『命に関わる契約は結ぶな』と教えられた。
その意味が分かった頃には遅かった。
彼の魔法は行使するごとに自分の命を代償にするもの。更に他にも様々な制約を課すことで、強大な魔力を得ていたのだろう。
少女が駆けつけた時はもう手遅れなくらいに彼は衰弱していて、力なく寝台に横たわることだけしかできなくなっていた。
「せんせい、先生……っ! なんで、どうして」
「……いつかこうなるのは、自分でも分かってたからな」
泣きじゃくる少女に向けて、青年は手を伸ばした。ぶっきらぼうだけれど優しい掌が黒い髪をそっと撫でる。其処から伝わってきたのは彼の魔力。
こんな時になんで魔法を?
呆然とする少女に向け、青年は魔力の譲渡を行いはじめた。
「餞別にやる」
「え? え……? 待って、せんせ――」
「アホ面してんなよ」
「だめだよ……昊先生……昊くん……」
涙で前が見えなくなった。首を横に振っても、魔力の移動は止まらない。嫌だ、嫌だよ、と頭を振り続ける少女に向け、青年は少し困ったような顔をした。
「でも、オマエが魔女を目指すにはこれは必要なものだ。なぁ……オマエにとって魔法は憧れなんだろう。その志を、このままで終わらせるなよ」
彼はやさしく笑った。
そして、少女の真っ黒な髪に魔力が巡り、彼と同じ桜色に変わっていく。次第に少女の中の魔法力が強くなっていくのが分かった。
「死なないで、死なないでよ。置いていかないで……。死なないで……!」
何度も同じ言葉を繰り返すしかなかった。
泣きじゃくる少女は青年にしがみついたが、終わりの時は迫っている。彼は朦朧とした意識の中で少女に瞳を向け、最期に一度だけ呟く。
「諦めるな」
やがて魔力は満ち、少女の髪が完全な桜色に染まった頃。彼は死を迎えた。
――嬉しくない。うれしくない、うれしくない。
出会いの瞬間から別れの時に続く秒針は動き出していた。何も知らなかった少女は憧れに手を伸ばし、大切な人の時間を削った。
どれだけ泣いても、どれほどに叫んでも、もうあの日々は戻ってこない。
それが少女と魔法使いがお別れを迎えた、或る冬の日のこと。
❏ ❏ 🌸 ❏ ❏
あれから無情にも時は進んだ。
あの頃に本当に願ったのは魔法の力ではなく、どこまでも普通で埋もれてしまいそうな自分を見つけて、理解してくれる人だったのだと分かった。
それでも、今も魔法への思いは強い。
どんなに嘲笑う視線と悪意のある言葉を浴びせられても、幼い頃からの夢だった。今の自分を形作る器みたいなものだから、失えない、失いたくない。
これは大切な夢で、憧れで、志だから。
諦めるな。
あのときの彼は言ってくれた。命を削って魔法を使った人だったから、命を何よりも大切したいと願った人だった。
不器用だけど誰よりも優しい。開かないはずだった花を、咲かせてくれた人。
だから諦めなかった。
それに此処には皆がいてくれる。
これまで歩んできた道中で出会った大事な友人や大切な人、共に戦う仲間がいる。
そして、今。
桜彩を宿す少女――志桜は、過去の海に沈んだはずの青年、昊の前に立っている。
荻原・志桜
先生。ちゃんと会いに来たよ
護りたいから
先生が与えてくれた
これがわたしの原点だった
持てる力の全てを此処に
春咲かせ薄紅の彩
染め上げ覆い尽くせ
櫻が芽吹き
懐かしの黒へ
真の姿となる
聞きたい事ならあるよ
理櫻のこと
命を奪うなら何で弟子にしたの?
いずれ死ぬ運命にあるなら
面倒なこと好きじゃないくせに
魔力を蓄えさせるため?気紛れ?
うん、期待した答えを求めてない
だからわたしも都合よく解釈する
全部が消えたわけじゃない
理櫻から聞いた桜の魔法
あげたペンダントも捨てたと思ってた
ねえ、昊くん
わたしと出会った事を後悔していても
桜を、魔法を授けてくれて
ずっと見捨てずにいてくれたこと事
本当に嬉しかった
ありがとう
さよなら
好きだったよ
●桜舞うキセキ
薄紅が燃ゆる桜の花弁と、幽冥を映す紫の桜が交差しながら戦場に散りゆく。
「――先生、覚えてる?」
それまで戦場に魔力を巡らせ、集中していた志桜は瞼を開いた。
その掌の上には、はじめて出会った日に昊が見せてくれた魔法が紡がれている。
桜がふわりと揺れた。
「……忘れるはずがないだろ」
花を見つめる昊は素っ気なく、それでも確かな言葉を返した。既に仲間達によって少年は助け出されており、昊に注がれていた魔力の流れも消えている。
地面に突き刺した斧槍の柄で自分を支えている昊の力は消耗していた。
猟兵達の激しい戦いのせいでもあり、そして――志桜が戦いの最中にずっと巡らせていた桜の効果でもある。
「気付いてたかな。ずっと、昊くんを止めるために桜の魔法を使ってたこと」
「聞かなきゃわかんねえのか」
昊は息を整えながら、あの日々のように不機嫌そうに答えた。志桜には分かる。それは気付いていたという意味だ。
彼を映す志桜の瞳に迷いはない。
何故なら、彼自身が待っていると伝えてくれたから。そして、お別れをする覚悟をしてきたゆえ。強い思いを抱けた理由は、仲間が道を繋いでくれたからだ。
「ちゃんと会いに来たよ」
護りたいから。
アナタのことを、理櫻の命を。懸命に戦ってくれた皆のことも。
すると昊は忌々しげに呟いた。
「俺はもう負けてる。アイツらが俺の望みを断ち切りやがった」
アイツらとは他の猟兵のこと。断ち切られたのは少年から奪おうとしていた穢れの魔力の供給だ。しかし、負けたと告げながらも昊は斧槍を構えていた。
「そうかもしれないね。でも、まだ終わってない」
「ああ。やるか、師弟対決ってやつを」
志桜は春燈の導の名を冠する杖を構え返し、静かに頷いてみせる。彼の瞳の奥にはまだ狂気の色が残っていた。
今、こうして志桜に刃を向けることにも意味があるのだろう。
嘗ての彼とは違う雰囲気が宿っていることを、志桜が誰よりも深く感じ取っている。
「先生、アナタが与えてくれたこれが、わたしの原点だった」
持てる力の全てを此処に。
志桜は掌に宿らせていた桜を宙に浮かべる。
其処から春を咲かせる薄紅の彩を広げ、焔のように揺らがせた。
――染め上げて、覆い尽くせ。
刹那、志桜の身が花に包まれる。櫻が芽吹けば、彼女の髪は黒に染まった。されど内側に宿るのは昊と同じ桜色。
「それが今のオマエの力か。成長したじゃねえか」
「昊くんは変わってない。今もきっと、制約に縛られたままなんだね」
「…………」
対する昊は無言のまま紫色の桜を巡らせ、魔法剣を生成していった。二人の視線が交差した瞬間、桜と桜が互いの元へ迸っていく。
昊は魔剣を解き放つと同時に志桜に向けて刃を振り下ろした。
(――疾い!)
昊の刃が自分に迫っていることを察し、志桜は春燈の杖を掲げる。何とか受け止められたが、重い衝撃が杖越しに響いてきた。
青年と少女の体格差は大きく、志桜は勢い余って地面に叩き伏せられる。
しかし土で汚れるのも構わずに受け身を取り、体勢を整えた志桜は立ち上がった。
大丈夫。皆が居る。ひとりじゃない。
志桜は揺らぎそうになる心を奮い立たせ、魔術杖から更なる花を咲かせた。
「昊くん、聞きたいことがあるの」
「良いだろう、久し振りの授業だ」
「……理櫻のこと。命を奪うなら、何で弟子にしたの?」
「今、それを聞いてくるのかよ。面倒くせえな……」
言葉を交わしながらも、二人は桜の魔力を互いに衝突させあう。刃から衝撃波が解き放たれ、志桜の身を穿とうとしたが、その度に呪札が破れて痛みが軽減された。
「だって、おかしいもん。いずれ死ぬ運命にある――なんて言ってたし、面倒なこと好きじゃないくせに」
昊くんらしくない。魔力を蓄えさせるためか、それとも気紛れなのか。
志桜がそのように考えていると、彼は深い溜息をついた。
「似てたからだよ、オマエに」
「わたしに?」
「さくらの名前。それから、道を間違えてしまいそうな危うい所が一緒だ」
「それって、どういうこと?」
予想外の言葉が紡がれたことで志桜は少し動揺した。
だが、昊は此方の様子など構わずに不敵に笑う。
「俺に勝ったら教えてやる。ん、何だ……? この感覚は――」
斧を構え直そうとした昊が急に胸元を押さえた。激しい戦いがあったせいか、彼の胸元のペンダントの紐が千切れて落ちそうになっている。
強く胸を押さえた昊は桜の首飾りを強く握り締めた。
「いや、気が変わった。まだ俺の制約を解ける方法があるじゃねえか」
「急にどうしたの、先生……?」
「そうか、そうだよな。はは、まだ負けてねえ。昔の俺がオマエに魔力を譲渡したのは、この時のためか!」
俯いていた顔をあげた昊の瞳が赤い血のように染まっている。彼の心が完全に狂気に堕ちたのだとすぐに理解できた。
師弟対決をしよう、と語っていた彼の余裕や意思は消し去られている。
彼は今、少年の生命力の代わりに志桜の魔力を求めていた。
「寄越せ。いや、返せ」
呪詛を紡ぐような声が志桜に向けられる。ぞく、と背筋に冷たいものが走った。この魔力を彼に返せば、彼が解きたいと願った魂の制約というものが解けるのか。
志桜の思考が一瞬、闇に引き摺られそうになる。
しかし志桜はすぐに首を横に振った。
「ううん、駄目だよ。返さないし、返せない。それだとアナタを護れないから!」
「だったら力尽くで奪い取るだけだ!」
「……っ!」
昊の魔力が激しく紡がれた刹那、志桜も咄嗟に自分の魔力を紡ぎ返した。
――其は驟雨となりて降り注がん。
――謳い芽吹かせ春告げの彩。汝に導きの燈を与えん。
二人の詠唱が重なる。
桜の魔剣が舞い飛び、燃ゆる桜花がそれを迎え撃つ。花が剣を包み込んで相殺したが、防ぎきれなかった幾本かが志桜に突き刺さった。
だが、衝撃は呪術式の守護札が全て破れることで防いでくれた。それにまだ護星の魔導水晶も防護の力を発してくれている。
「次はわたしの番!」
志桜の心は押し潰されそうだ。この力を返すことが出来たら。昊が自分に魔力を渡すようなことがなければ、とずっと願ってきた。
そのために出会いをなかったことにする魔法を探して行使しようとまで考えていた。
でも、それは違うと今は知っている。
昊の胸には今も桜のペンダントが揺れている。あれは幼い頃の志桜が贈ったもので、本当なら捨てられてしまっていると思っていた。
しかし今、絆の証でもある桜は其処にある。
それに理櫻から聞いていた桜の魔法も、志桜の思いを強くさせるものだ。
「全部が消えたわけじゃない。なかったことにしたくない!」
「それは俺の魔力だ。オマエのものじゃない」
「……そうだね。でも、昊先生。今のアナタが力を取り戻したって、願いは叶えられない! アナタが解呪の魔法を使ったとしも、また命が代償になるだけだよ」
志桜には解っていた。
自然と理解できていた、という方が正しいだろう。昊は自身の中にある様々な契約と制約を解除したいと願っていた。そのひとつが己の命を削る呪いのような力だ。
彼が契約を解く為に魔法を使っても、命は削られる。
それを自ら使ったとしてもきっと完全な解呪は出来ず、悪循環に陥るだけだ。そしてまた昊は別の生命力を奪うために人の命を踏み躙る。
もしそうだとしたら――。
「わたしが解く! アナタに貰った力で、先生を……昊くんを助ける!」
志桜は決意する。
狂気に囚われた彼を救って取り戻す。そのためには真正面から彼に向かい、直接触れなければならない。それにきっと、今の自分の魔力だけでは足りない。
「やってみろよ。出来るものならな!」
昊は挑発的に笑いながら次々と魔剣を撃ち出してきた。志桜は刃にも怯まず、身が切り刻まれることすら無視して駆けていく。
身体は痛くない。痛いのは心だから。
志桜は駆ける。昊は斧槍を構えて迎え入れる。互いに触れたとき、魔力の奪い合いがはじまるだろう。実力も魔力も体格も経験も、すべて志桜が劣っている。
けれども――。
「未熟なオマエが俺に勝てると思ってるのか」
「ううん、ひとつだけ絶対に負けてないことがある。わたしの方が、昊くん本人よりもずっとずっと! アナタのことが大好きだよ!」
「……は?」
志桜は強く宣言した。
瞬きの間だけではあったが、昊が動揺する。僅かな一瞬だけで良かった。魔術杖を手放し、両腕を伸ばした志桜は思いきり昊を抱き締めた。
そして、触れると同時に彼の中にある穢れや魔力ごと、全てを取り込んでいく。
元々は彼に開いてもらった魔術回路だ。魔力の行き来は容易に出来る。生前の彼から魔力を受け取っていた志桜にしか出来ないことが、この行為だった。
「止めろ……俺の力を、あの穢れを取り込んだら、オマエも……」
「――――っ!!」
昊から魔力を奪い取る志桜の瞳が狂い咲くような赤に変わる。全身が蝕まれるような苦痛と、心が引き裂かれていくような衝撃が疾走っていく。
それでも志桜は懸命に耐えた。
穢れに押し潰されてしまったら、これまでの意味がなくなる。皆が繋いでくれた道が無駄になってしまう。
「負けない! 昊くんを苦しめているものを、解きたいと願っているものを消すまで……わたしは……! わたしは絶対に……!」
志桜は無我夢中で魔力を紡ぎ、すべてをひとつに繋ぎ合わせた。
刹那、彼女自身と昊の手の甲に桜の徴が浮かんだ。其処から広がるのは、昊と志桜の魔力が呼応することによって巻き起こった癒しの奔流だ。
「――諦めない!」
志桜が何よりも強い思いを言葉にした瞬間。
二人の掌に桜が咲く。緩やかな軌跡を描いて舞う桜は、穢れや呪縛、狂気や望まぬ制約すら巻き込んで、全てを浄化していく。
きっと、それは――。
師を想う気持ちが起こした、たった一度きりの奇跡の魔法だった。
●彼が生きた理由
「うわっ!」
「わあっ!!」
均衡を崩した昊が後ろに倒れ込み、背面にあった桜の幹に衝突する。
昊は桜の樹の下に背を預けて座り込む形で尻餅を付き、彼に抱き着いていた志桜はその腕に抱かれるような状態になった。
「痛い。重い。退け、志桜」
「わあ、ごめんなさ……いたっ! もー、昊くんはすぐ叩く!」
悪態をついた昊が志桜の頭を軽く叩いた。
まるで過去の日々の一部が戻ってきたようで懐かしくなりながらも、志桜はとても大きな違和感を覚えた。
「あれ、昊先生。いま、なんて……」
「志桜」
「……なまえ。わたしの、名前」
ぽろぽろと涙が溢れる。どうして、今まで一度も呼ばれたことがなかったのに。志桜が困惑していると昊は深く息を吐いた。
彼の身体はゆっくりとではあるが消えかけていた。おそらく浄化の魔法の影響で、オブリビオンとしての存在も消滅しかかっているのだろう。
事態が飲み込めていない様子の志桜を引き寄せた昊は、その頭を軽く撫でた。
今は狂気すら消えている。
「俺は多分、もうすぐ消える。けれどオマエのお陰で魂の制約も壊されたみたいだ」
「消え……死んじゃうの? そらくん、また――」
「泣くな。よく聞け。俺に勝ったら教えてやると言ったことを話してやる」
まるで子供をあやして諭すように、彼は話し始めた。
「俺は――」
昔、或る所に強い魔法に憧れた少年が居た。
生まれたのは魔術に通じる家系だったが、彼は才能が欠如していた。周囲の者は簡単に魔法を使いこなすことが出来たというのに彼だけが無能と呼ばれた。
魔力を重視する家であったため、誰も彼に見向きもしなかった。
彼はいつしか捻くれ、いつも不機嫌そうな顔をするようになる。しかし少年は必死に魔力を強くする方法を調べて契約魔法というものを知った。
契約は制約が強いほど力を与えてくれる。
誰よりも強くなることを願った少年は、安易な契約をしてしまった。
ひとつめは、他者の名前を呼べなくなる制約。
「……そんなもんは縛りにならねえと思ってた。ただ、強くなりたかった」
名を呼べないのは予想以上に苦しくて不便だった。それでも何とか誤魔化していき、彼はそこそこの魔法を扱えるようになった。
だが、それだけでは満足できなかった。
次に契約をしたのは、自分の生命力を魔力に変えるという魔術行使法だった。
「馬鹿だった。若い時分は寿命が来るのなんて遠い先のことだと思ってたからな。契約のおかげで俺は一族で最強の魔法使いになった。そりゃあ誇らしかったさ」
魔法で出来ることであれば、彼は誰かの願いを叶え続けた。
そうすることで役に立てていると思った。生きる意味が与えられた気がした。
しかし或る日、青年に成長した彼は魔法を使った後に血を吐いた。おかしいと思った時にはもう遅かった。
それから魔法を使う度に身体中が痛みはじめ、青年は気付いた。
「俺の寿命は、もう殆どなくなってたんだ」
青年は人知れず家を出た。誰かに相談しても咎められるだけだと知っていた。身寄りも伝手も自ら絶ち、それ以降は魔法を使うこともなく、ひっそりと構えた工房に閉じこもって魔術理論の研究を行うだけの生活を始めた。
「たまにふらっと公園に出かけるくらいだったな、あの頃は」
そんなとき、魔法を信じている少女を見つけた。
それが志桜との出会いだったのだと話した昊は、更に語っていく。
「オマエは魔法を求める思いが強すぎるように思えた。もしかしたら、いつか俺のように契約魔法を知って、同じ間違いを犯すんじゃないかと感じた」
放っておけなかった、と昊は告げる。
「昊くん……。だから、魔法を見せて教えてくれたの?」
命の大切さを痛いほどに知った青年は、他の誰にも自分と同じ道を辿って欲しくないと願っていた。そして、彼は少女の師となった。
「どうせ俺は放っておいても死ぬ運命だった。魔法を封印して研究を重ねたって誰にも伝わらねえ。何かを残したかった。それがオマエ、志桜という存在だった。それに……独りが嫌になってたんだろうな」
その言葉を聞いてすべてが繋がった。
命を対価にしてでも魔法を識りたいと考えるかもしれない少女。
放っておけば死を迎える力を宿された孤独な少年。
偶然にもそんな二人と出会った青年は自分の魔法を伝えた。そうすることで少しでも誰かを救いたいと願ったからだ。
もっともオブリビオンになっている状態では、狂気がそれを邪魔していたが――。
志桜は昊の話を聞き、震えそうになる声でおずおずと問いかける。
もし彼の意思で魔法を使うことを選んだのだとしても、やはり死の時期を早めたのは志桜自身だ。その考えがずっと頭から離れてくれなかった。
「わたしと出会ったこと、後悔してる……?」
「馬鹿か、オマエ。この顔が後悔してるように見えるのか」
「でも……昊くん、泣きそうだよ」
昊は冗談めかしたかったようだが、志桜に指摘されて少しだけ黙る。
「……嬉しかったんだよ。俺を慕う奴がいることが。制約のせいでちゃんと名前も呼べねえ。自分からは理由も話せない。俺は意固地になる性質で捻くれてて口も悪い。そんな俺を、好きだと言ってくれるオマエ達がいてくれて……」
「そうだね、性格は悪い」
「断言すんな。そこは師匠を立てろ」
「ふふ……」
志桜は泣き笑いの状態で昊を見つめた。それから、これまで一言も告げられていなかったことを伝えていこうと決める。
一度目の別離のときは、死を覚悟した彼を引き止めて未練を遺させてしまう言葉しか紡げなかった。それゆえに今の状況も志桜が招いた事態かもしれない。
でも、だからこそ。
二度目のお別れでは真逆のことを伝えたい。
「ありがとう、先生。桜を、魔法を授けてくれて」
ずっと見捨てずにいてくれたことが本当に嬉しかった。
どれだけ迷惑に思われても、面倒だと顔を顰められても。受けた恩を返したかった。役に立ちたくて、ずっと傍にいさせてほしかった。
でも、それは叶わないから。
「本当に、本当にありがとう。わたしは夢に走り出す切欠をアナタに貰えたの」
「そうか。師匠冥利に尽きるってやつだな」
昊は穏やかに笑った。
そして、もうそろそろだ、と口にした彼は少年を保護していた猟兵を呼ぶ。
「頼む、理櫻を起こしてくれ」
別れが言いたいのだと昊は願った。その身体はもう半分以上が透けている。まともに動くことすら出来ない彼の願いを、誰も断るようなことはしなかった。
●天に巡る日
「ふわぁ……。そらせんせい?」
「目を覚ませ、理櫻。あとアイツらに感謝しとけ。挨拶と礼は基本だからな」
「うん。わかったよ、せんせ……先生
!!??」
少年は眠たげだったが、名前を呼ばれたことに驚いて一気に目を覚ます。彼にも簡単な事情が説明されていき、昊がオブリビオンという存在であることが伝えられた。
「――ということで、俺は倒された。これが正しい終わりなんだろうな……」
「そっか。せんせいが、わるいやつだったんだね」
「うん……」
理櫻は猟兵と言葉を交わすことで薄々ではあるが気が付いていたらしい。志桜も頷き、消滅しかかっている昊を見送る心構えを抱く。
昊はゆっくりと頷いた。
「当然の報いだ。罪を償えないのが心残りだが、俺のことで悲しむんじゃ……っておい、泣くな。悲しむなって言ってんだろガキども」
「だって、お別れは嫌だよ。そら、そら先生……っ」
「昊くん……」
少年は泣きじゃくりはじめ、志桜の瞳にも涙が浮かんだ。志桜は引き止めるような言葉を選ぶまいとして口を噤んでいるが、どうしても涙だけは止まらない。
また未練が残るだろうが、と呟いた昊は溜息をついた。
「はぁ……。こんな格好つけたことはいいたかないんだが、仕方ねえ」
昊は天を示す。
「いいかオマエら、空を見ろ。それと志桜、俺の名前の字の書き方を言ってみろ」
「――日に天で、ソラ」
志桜は幼い頃に聞いたことを思い出しながら答えた。見ろと言われて振り仰いだ空は暗く、月は雲に隠れてみえない。
とても良い天気だとは思えない曇り空だ。
「今は昏く、幽冥に続きそうな空でも――いずれ色を変えて天穹となる」
闇が広がっていたとしても日が昇り、目映い光が差して青空になる。そして日は巡り、空はまた暗くもなるが再び明るくもなる。晴れるときもあれば曇りにもなり、雨が降るときもある。
されど、その移り変わりこそが空というものだ。
「見えないだけで天にはいつも日がある。そのことを忘れるな。この名前はそんな意味でつけられたんだ。俺は家と折り合いが悪かったが、これだけは気に入ってる」
だから、苦しい時は空を見上げろ。
俺が言っていたことを思い出して心を強く持て。暗く沈む時も、明るく輝く時も、人生には必ずあるのだから。
昊がそのように告げた時、夜風に流された雲の隙間から月が顔を出した。
「ほんとだ、明るくなった!」
「だろ?」
理櫻が月を振り仰ぎ、昊も薄く笑った。次第にその姿と存在が薄れていると気付き、理櫻の手を引いた志桜は彼の傍にそっと屈み込んだ。
「いつまでも泣いてんじゃねえ、志桜」
「だって……勝手に出てくるから仕方ないよ」
「そんなに真っ赤に目を腫らして、ウサギかよ」
「にひひ。悪口にキレがないよ、先生」
「うるせえ、もう終わりも近いんだ。悪態ばかりもついてられねえ」
笑いあった二人は視線を交わす。
そうして、志桜はこれまでずっと考えていたことを問いかけてみた。
「ねぇ、先生。何か叶えて欲しいお願いはある?」
志桜は思っていた。昊が願いを叶える魔法使いだったなら、一度くらいは彼が願いを叶えて貰う側に回ってもいいはずだ、と。
昊はその思いを察し、そうだな、と口にしてから少し考え込んだ。
「……来い、二人共」
昊は弱々しく腕を伸ばし、志桜と理櫻を静かに抱き寄せた。
そして、彼は抱く願いを言葉にする。
「夢が出来たら絶対に諦めるな。俺みたいに悪には堕ちるなよ。人の名前はしっかりと呼べ。それから――俺の分まで、生きてくれ」
約束だ、と告げた彼はやさしく微笑んだ。
もう猶予はない。そのことを察した昊は最期に弟子達の名を呼んだ。
「志桜、理櫻。……じゃあな」
オマエ達と過ごした時間は、確かに幸せだった。
やがて、彼の身体は跡形もなく消滅する。そら、昊くん、と少年と少女が彼の名前を呼び返したが、其処には誰の姿も気配もなくなっていた。
志桜は最後に感じた彼の腕の温もりを想って、瞼を閉じた。
「ありがとう、さよなら。好きだったよ」
お別れへの思いを馳せようとした、そのとき。はっとした志桜が顔をあげる。
桜が咲いた。
枯れ枝しかなかった桜の樹に、季節外れの花が次々と咲いていく。
冬の出会いと別れを彩り、新たな季節の巡りを予感させるような満開の花々は、まるで感謝を示すかのように咲き誇っていった。
彼が贈ってくれた最期の魔法だと感じた志桜は、天を仰いだ。
幽冥の空には明るい月が出ている。もう泣くなよ、と言われているようで志桜は涙を拭った。そうして、志桜は遠い彼方の昊へ微笑みを向ける。
心配しないで。もう大丈夫。
だって――。
わたしも、憧れを志したひとりだからね。
❏ ❏ 🌸🌸🌸 ❏ ❏
●わたしの魔法使い
オブリビオンは倒され、正しきかたちで過去に還された。
邪神教団の者達はUDC組織の人員に保護されて治療を受けた。
何らかの罪を犯していた可能性のある教団員は、この世界の法や罰則に従って裁かれることになるだろう。
そして、件の少年は組織管理下にある病院に入院していた。
「志桜! お見舞いに来てくれたの? もう暗くなりそうだけどへーき?」
窓辺のベッドで本を読んでいた理櫻は、訪れた少女に笑いかける。
彼の中には膨大な魔力は残っていない。大事を取っているだけなので身体は元気であり、何の心配もなかった。
「うん、遅くなる前に帰るから大丈夫!」
お土産だよ、と告げた志桜は少年に『魔女と暗い森』という絵本を渡す。昔にたくさん読んだ本なのだと話した少女は彼に具合を聞いた。
すると少年は楽しそうに答える。
「まだ検査があるらしいけど、みんなお見舞いに来てくれるから退屈しないよ!」
少年は出会った人々を指折り数えていった。
寿々彦があの後に慰めの声を掛けてくれたこと、万音が後でちゃんと名前を教えてくれたこと、詩乃が自分に嫌なものを見せないように力を尽くしてくれたことに深い感謝を抱いていること。
「さっきまでは理玖兄ちゃんが話し相手になってくれてたし、ディアナお姉さんと朱希姉ちゃんも来てくれたんだ。その前は零時兄ちゃんが魔導書について聞きに来て……ふふっ、フリルちゃんは、いつもふえぇって言ってて楽しい!」
千織が綺麗だから憧れているということ。あの日にメイジーに笑いかけたら、ちいさな笑みを返してくれたこと。ロキが神様だと知って興味が湧いたこと。
桜雪の傍にいるシマエナガを見て感動したこと、ユヴェンと友達になるために頑張りたいということや、櫻宵とリル、ついでにカムイをお姉兄さんと呼ぶときめたこと。
祈里が魔導水晶を見せてくれたこと、カルディアの持つ灯の色がとても気に入っていること。ルゥが誘ってくれた図書館にも行ってみたいこと。
外の世界を知った少年の興味は尽きないようだ。
ただ――彼はもう、魔法が使えない。つまり一般人に戻ったのだ。
そのことを気にしているらしい少年は、ベッド脇に腰を下ろした志桜に問う。
「ねぇ、志桜。おれはもう魔法使いじゃないけど、今もそら先生の弟子だって名乗っていて良いのかな……?」
「心配いらないよ、理櫻。わたしの弟弟子でもあるんだから、胸を張って」
志桜はもちろんだと答え、穏やかな笑みを浮かべた。
少年は安心したように息を吐き、お土産の本を抱きしめる。魔力はなくとも、彼が望むなら魔法の勉強を教えても良い。
けれども、それは少年自身が考えて選び取っていくことだ。
いまこの場にあるのは、あの夜の戦いに身を投じた者が皆で紡ぎあげたもの。
誰が欠けてもいけなかった。もし誰かが欠けていたら別の形の未来に繋がっていたかもしれないが――此処に存在する今という時こそが、最良の結果だ。
それから、少年は志桜に願う。
「そうだ、そらのことを聞かせてよ! おれが知らない先生のこと、知りたいんだ!」
「いいよ。じゃあ何から話そうかな」
志桜は窓辺から天を見上げてみる。黄昏から夜の彩に染まりかけた空には、あの夜に見たような月が浮かんでいた。
病院の外に見える桜の樹も、いずれは蕾を付けて花を咲かせるのだろう。
たくさんの思い出と記憶を胸に巡らせ、志桜は話しはじめる。
「あのね、先生は……昊くんは――」
さあ、きみに語ろう。
わたしたちを愛してくれた、たったひとりの魔法使いの話を。
託された思いを抱いて、願われた未来と今を、繋げていくために。
大成功
🔵🔵🔵
最終結果:成功
完成日:2021年02月17日
宿敵
『昊』
を撃破!
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