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迷宮災厄戦⑰~Once Upon a Time

#アリスラビリンス #戦争 #迷宮災厄戦

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●闘技場の国
 古びたモルタル、硬い砂の地面。
 過ぎ去った昔々を思わせる、古代の雰囲気が感じられる場所には闘技場があった。
 その円形闘技場――コロセウムの国には不思議な力が満ちている。
 それは足を踏み入れた者の過去を読み取って形にするという、何とも奇妙なもの。

 グリモア猟兵のひとりであるミカゲ・フユ(かげろう・f09424)は、過ぎ去りし日の闘技場と呼ばれる不思議な国について語る。
「みなさん、まずは思い浮かべてください。昨日のあなたは何をしていましたか?」
 問いかけたミカゲは猟兵達が其々に考える様子を確かめた。
 そして、少年は自分の場合を話していく。
「僕はお姉ちゃんと一緒にお祈りをしていました。僕の故郷や、この世界がはやく平和になって、みんなが笑って暮らせる日が来ますように、って」
 きっと質問に対して、猟兵それぞれの違う答えが得られるだろう。
 やがてミカゲは本題に移る。
「この不思議の国で形になって立ち塞がるのは、そんな『昨日の自分』なんです」
 闘技場の国では昨日の自分を倒さなければ先に進めない。
 自分――即ち、己の影はオブリビオンとして現れるので放置してはおけない。

 己と戦い、己を打ち負かす。
 まるで試練のような国なのだと告げ、ミカゲはもうひとつの質問を投げかけた。
「それから、皆さんには心に残っている風景はありますか?」
 自分は生まれ育った教会だと少年は語る。
 今回戦う一角では、姿以外に心の一部も読み取られてしまう。
 昨日の自分が現れると同時に、周囲の風景も変わっていくのだという。
 たとえば死霊術士である少年の場合は傍にいる浮遊霊、通称お姉ちゃんも自分の力のうちなので彼女の影も一緒に現れ、教会の情景の中で戦うことになる。
 つまりは常に相棒の竜や精霊、使い魔、その他の存在と一緒にいる者はそれらとも戦わなければいけないということだ。
 それも、記憶に残る場所の幻影内で――。
 行ってくれますか、と問う少年は仲間達を真っ直ぐに見つめる。
「自分を打ち倒すのは難しいことかもしれません。それでも、今日の自分は昨日よりも進歩しているはずだから……!」
 どうかこの試練を乗り越えて欲しいと願い、少年は仲間を見送った。

●過ぎ去りし日の情景
 そして、君は闘技場の国に降り立った。
 円形のコロセウムの中に踏み入ると、周囲の景色が不可思議に歪んでいく。
 思い出の景色か、記憶から離れない光景か、それとも。
 其々にひとりずつ違う情景が周囲に滲んでいく中、君の目の前には自分そのものの姿をした影が現れる。君は一目でそれがオブリビオンだと解った。
 これこそが倒して乗り越えるべき、昨日の自分だ。
 君は己の影とどう対峙するのか。
 いま此処で――過去から未来を紡ぐ為の、『昨日』と『今日』の闘いがはじまる。


犬塚ひなこ
 こちらはアリスラビリンスの戦争、『迷宮災厄戦』のシナリオです。
 戦場は『過ぎ去りし日の闘技場』となります。

 受付開始は🌸【8/10の朝8時30分】🌸からです。
 今回はおひとり様でのご参加推奨です。グループやペア参加であっても戦闘描写はおひとりずつ、別々となりますのでご了承ください。
 採用人数に制限などは設けず、力と元気の続く限り頑張ります。(続かなかったらごめんなさい)よろしくお願いします!

●プレイングボーナス
『「昨日の自分」の攻略法を見出し、実行する』

 広い闘技場内で自分と戦って頂きます。
 あなたの全力をもって、昨日の自分を倒して進んでください。

 昨日の自分オブリビオン、通称『影』は、皆様が所持・公開しているユーベルコードを次々と使ってきます。
 UCはこちらで、執筆時にステータスのUC一覧を参照し、ランダムに選抜します。もしこのUCだけは使われたくないというものがある場合は、リプレイ返却まで非公開設定にしておいてくださると幸いです。

●補足
 戦う際、周囲にあなたの心象風景が映し出されます。
 特別に思う景色や光景がある場合はプレイング内にお書き添えください。出来る限り反映しながら描写できるよう努めます。
 ない場合は闘技場内の景色描写、あるいは情景描写は控えめになります。

 また、普段から相棒(アイテムの使い魔や、UCで召喚する精霊など)と一緒に戦っている方は、その子も一緒に昨日の相棒オブリビオンとして現れます。
 相棒さんについての情報や行動にプレイング文字数を割いて頂ければ、相棒VS昨日の相棒のシーンをリプレイ内に盛り込むことも出来ます。
 どのように戦うか、あなたらしさを見せてください!
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第1章 冒険 『昨日の自分との戦い』

POW   :    互角の強さであるのならば負けない。真正面から迎え撃つ

SPD   :    今日の自分は昨日の自分よりも成長している筈。その成長を利用して戦う

WIZ   :    昨日の自分は自分自身であるのだから、その考えを読む事ができるはず。作戦で勝つぞ

👑7
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

ユヴェン・ポシェット
…この森を、お前達と視ることになろうとはな。今はもう失った白い聖獣の森だった

俺達は、俺の意志を汲み取り行動する。なら狙うは「俺」だ、皆で叩き割ってやろうぜ。
今の俺達には目印として黄色の布を腕や首または足に巻く

タイヴァスとミヌレを組ませ「ミヌレ」を持つ「俺」と「タイヴァス」の相手を。ミヌレは竜と槍の姿を使い分け、空中から勢いつけて串刺し

普段守りに徹するテュットには星剣へと姿を変えた「tähtinen」を預け「俺」を攻撃。当然「テュット」が守りに入るだろう

俺はロワの背に乗り共に動く
布盾で攻撃を防ぎつつ、爆発果実「avain」を「俺」に投げる。
最後は手元に戻った槍で刺す

俺にだからこそ、容赦などしない



●己に克つ
 懐かしい風景が目の前に現れた。
 その場所は、今は失くした場所。在りし日のままでは存在しない思い出の森だった。
「……この森を、お前達と視ることになろうとはな」
 ユヴェンは仲間達と共に、白い聖獣の森の光景を見つめていた。
 大丈夫? というように見上げる仔竜のミヌレ。
 傍に控える獅子のロワ。上空で旋回している大鷲のタイヴァス。ユヴェンに寄り添うダークネスクロークのテュット。
 そして――。
 彼らと寸分違わぬ姿をした、昨日の自分が森の中に立っている。
 無論、此処に聖獣の姿はない。
 この景色はユヴェンの記憶から読み取られたもので、本物ではないと知っていた。分かっているというのに胸が締め付けられる。
 されどユヴェンは景色から意識を逸らし、ミヌレを呼ぶ。
 鳴き声の返事と共にミヌレがタイヴァスと組む。すると、昨日の自分――影のユヴェンがミヌレを槍として手にした。
「頼むぞ、ミヌレ」
『行くぞ、ミヌレ』
 ユヴェンが言葉を掛けると、影が普段の自分と同じ言葉を紡ぐ。
 流石は自分だ、と独り言ちたユヴェンは地を蹴った。其処に揺れるのは黄色の布。己は腕に、ミヌレとロワは尻尾に、タイヴァスは足、テュットは裾に、と皆それぞれに目印として巻いているものだ。
(俺達は、俺の意志を汲み取り行動する。なら狙うは――)
 俺だ、と宣言したユヴェンはロワの背に乗り、自分に狙いを定める。刹那、タイヴァスとミヌレが槍を持つ影へと飛び掛かった。
 普段の戦い方ではないが、これはきっと皆の連携が試される戦いだ。
 二羽のタイヴァスが牽制しあいながら空中を飛ぶ。鋭い鳴き声が響く中、ミヌレがえいえいっと飛んで影鷲に攻撃していく。
 その姿が槍に変わり、影鷲を貫いた。己と戦ってみて分かったが、自由に飛び回ることのできるタイヴァスは厄介だ。
 されどそれは大鷲がそれほど頼もしい存在ということでもある。
 任せた、と視線を送ったユヴェンはテュットを伴い、ロワと共に駆ける。
 影のテュットが偽ユヴェンの守りに入る。だが、本物のテュットが星剣を振るうことで守りを裂いた。
 攻めと守り。両者のテュットが激しくぶつかった瞬間、影のユヴェンが動いた。同様にロワに乗った影は口をひらく。
『たとえ明日の俺であろうと、加減はしない』
 影は腕を植物に変え、テュットごと此方を貫いて来ようとした。だが、即座に反応したロワが伸びてきた蔦を避ける。
 其処に影のロワが飛び掛かってきた。ユヴェン自身は布盾で獅子の攻撃を受け止め、本物のロワへの攻撃を防ぐ。
 獅子が身を翻した次の瞬間、ユヴェンは爆発果実を放り投げた。
 宝石の如く輝く果実が煌めいた瞬間、衝撃が影を穿つ。しかし、閃光を抜けた影はユヴェンとの距離を一気に詰め、ミヌレの竜槍を振り下ろした。
 槍の切っ先が肩口を貫いた。
 声無き声をあげたユヴェンは更に駆け続けることをロワに願う。引き抜かれた槍が貫いた箇所に罅が入っていたが、彼は構わずに戦闘を続行する。
 しかし昨日のユヴェンも更に動いた。
 左腕を代償にして、遊色に輝く欠片を操る偽ユヴェンの身体が煌めく。
「そうか、俺はああいった戦い方を……」
 痛々しいほどの戦い方を間近で見たユヴェンは思わず呟いた。しかし、其処に偽の大鷲が落下してきた。おそらくミヌレとタイヴァスが影を打ち破ったのだろう。
「ミヌレ!」
 すぐに気を取り直したユヴェンは相棒を呼ぶ。
 声に反応したミヌレが彼の手に収まった。同時にテュットが偽のテュットを斬り裂き、守りを完全に突き崩す。
 敵が広げた極光が辺りを照らし、聖獣の森の景色を滲ませてゆく。
 森の情景が消えようとも構わない。
 これは過去だ。あの頃を思い出しはしても縋りはしない。今日の自分達は前に進み続ける為に、昨日に打ち克つのみ。
「俺にだからこそ、容赦などしない」
『ああ、俺は俺だからな』
 双方の視線が真正面から重なり、竜槍が大きく振るわれた。
 そして、一瞬後。
 影獅子の咆哮が響き渡り、偽の竜槍が地に落ちた。片腕を失い、倒れ伏した偽のユヴェンは何の言葉を遺すこともなく消滅していく。
 こうしてユヴェン達は昨日の自分を乗り越えた。
 皆が其々に巻いている黄色の布が、何処か誇らしげに風に揺れている。
「よくやったな、お前達」
 ユヴェンはロワをはじめとした仲間を労い、勝利を確かめた。
 懐かしい森の景色はもう何処にも見えず――過ぎ去りし日を映す闘技場の光景だけが静かに広がっていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

戒道・蔵乃祐
自分は御山で戦うだろうと予想しましたが
此処は母上と暮らしたお屋敷の風景ですね

自分には随分と似つかわしくない場所になってしまいました
でも
積み重ねてきた今を卑下する理由にはなりません


錬金創造で長柄の錫杖を錬成
拳法・剣理・柔術・マントラ・方術
さて何れで来る?

視力+見切りで一挙一動を注視
技の起りを挫く読心術とカウンター

フェイントを交えた拳と剣の強襲を警戒
暗器は武器受けで捌き
搦め手は錫杖を投擲して狙いを防ぐ
武器錬成で代わりを補充

術は発動までにダッシュで間合いを詰めて初動を叩く
徐かなること林の如く
冷静に、丁寧に、立っていられなくなるまで錫杖で打ち据える

内面を振り返られたのは
良かったです。お陰で頭が冴えた



●内なる風景
 目の前に広がっていたのは予想とは違う光景。
 映し出される景色は、修行の日々を過ごしていた御山だと漠然と考えていたのだが、どうやら蔵乃祐の記憶に強く残っているのは別の場所だったようだ。
「まさかこのお屋敷で戦うことになるとは……」
 門弟達との鍛練に勤しむ場所ではなく、穏やかな屋敷が見えた意味。それはきっと――と、途中まで思考を巡らせた蔵乃祐は気を取り直す。
 自分には随分と似つかわしくない場所になってしまった。
 でも、と首を振った蔵乃祐は前を見据える。
 其処には自分と寸分違わぬ、否、今日の分だけ僅かに違う自分の影が立っていた。
 記憶の景色がどうであろうと、積み重ねてきた今を卑下する理由にはならない。
『さて、始めましょうか』
「ええ、存分に死合いましょう」
 昨日の自分が身構えたことで蔵乃祐も構えを取る。
 戦うならばこれ以上の言葉は要らない。それは何よりも自分自身がよく分かっていることだ。そして、両者は同時に動いた。
 蔵乃祐が錬金の力で創造したのは長柄の錫杖。
 対する影は戦輪を構えた。
 刹那、解き放たれた円刃が蔵乃祐に幾つも迫った。錫杖で一撃目を弾き、側面に跳躍することで軌道から外れ、二撃目を躱す。更に続く戦輪は身を翻した勢いに乗せて錫杖を振り、一気に打ち返す。
 しかし更に放たれた大戦輪が暴風を巻き起こすが如く迸った。
 轢殺の閃きを見据えた蔵乃祐は、そうきましたか、と言葉にして駆け出した。
 確かにあれは鋭く激しい。
 されど威力も射程も、他でもない自分が確りと心得ている。
 蔵乃祐は屋敷の庭から屋根の上に跳躍した。そのまま屋根を伝って戦輪を躱し、或いは弾くことでいなす。
 すると其処に守護明神が顕現した。
 己の技ならば自分で弱点を指摘するのも容易い。今の行動で以て、蔵乃祐は相手の大戦輪を封じたのだ。
 すると影の蔵乃祐も屋根に跳躍してきた。
 戦輪から逃れるために登ったが、此処では戦法も限られる。蔵乃祐は即座に移動し、屋敷の門を目指して駆けた。
 その理由はこの屋根の下が母の部屋にあたる場所だったからだ。記憶の中の幻想だとしても穢したくはなかった。
 影も同じことを思ったのか、素直に追ってくる。
 門の前に着地した蔵乃祐達は真正面から向き合った。
「力比べでは互角でしょうから」
『技と技の勝負になりますね』
 思考を読んだように言葉が重なる。昨日の自分であるゆえに当たり前なのかもしれない。二人の蔵乃祐は力を紡ぎ始める。
 警戒すべきはフェイントを交えた拳と剣の強襲だ。
 次の瞬間、予想通りに影は拳に力を込めてきた。拳法に剣理、柔術やマントラ、方術をも扱う自分の手は読み辛いが、己の考えをトレースすることは難しくはない。
 おそらく今も正面から来ると見せかけて、搦め手で来るはずだ。
 拳が迫る。
 だが、それは見せかけのみ。そう察した蔵乃祐は錫杖を投擲した。
 次の瞬間、不動明王の炎が放たれる前に地に落ちる。それをチャンスと見た蔵乃祐は、相手が体勢を立て直す前に新たな錫杖を錬成して補充した。
 其処から一気に駆け出し、距離を縮める。
 昨日の自分が手にしたのは百八式山本五郎左衛門だ。間合いと予備動作を悟らせぬ幻惑が巡るが、蔵乃祐は自分の一挙一動を読んでいた。
 更に間合いを詰めた彼は初動が巡り切る前に一気に昨日の自分を叩いた。
 錫杖が音を立てた刹那、影の身体が傾ぐ。
 ――徐かなること林の如く。
 これが最大の好機だと察した蔵乃祐は更に錫杖を振り上げた。
 焦りは微塵もない。ただ冷静に、丁寧に。
 己の姿をしていようとも容赦なく、立っていられなくなるまで錫杖で打ち据える。
 戦場では体勢を崩し、隙を見せた者から倒れていく。これが己であったならば此処で昨日の自分に負けていたのやもしれない。
 やがて蔵乃祐は手を止める。
 そうしたのは昨日の自分が静かに消滅していったからだ。同時に周囲の景色も揺らぎ、屋敷の門がなくなり、懐かしい光景も薄れていった。
 すべてが消える直前、屋敷の奥に母の影が見えた気がしたが、ただの気のせいだったかもしれない。今はもう、闘技場の味気ない景色があるだけだ。
「内面を振り返られたのは、良かったです」
 お陰で頭が冴えたと独り言ち、蔵乃祐は錫杖を強く握る。
 そして、闘いの幕は下ろされた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

逢月・故
牧羊的で平和な情景に、思わず笑ってしまう
オウガに占領され、もう今はない無機物たちの国
亡くなったアリスたちが大切にしていた物が自然と集まって生命を持ち、人型を取ることが出来た、そんな国

量産品のトランプ
アンティークの古い懐中時計
ハンドメイドの帽子屋兎のぬいぐるみ
他にも、いっぱい
大切な、オレたちの国

懐かしいねぇ、今はどうなってたっけ
ねぇ、昨日のオレ
オレなら分かるよね、オレのトモダチを誰かが持ってるのは気に入らない
君も気に入らないって?
あはははは!なら片方なくさなきゃあ……ねッ!

起きろ起きろ荊共ッ!
赤いペンキをぶちまけて、道を塞げ
荊で斜線を塞ぎ、空の道も妨げろ
大鋏の双剣を振り抜いて、その首を刎ねろ!



●懐かしき国
 故の眼前に平穏な風景が広がっていく。
 牧羊的で平和な情景。
 あまりに今に似つかわしくない状況に故は思わず笑ってしまった。
「……可笑しいね」
 それは今は無きものばかりだ。こんな景色を視るなんて、と故は独り言ちる。
 オウガに占領されて滅んだ無機物たちの国。
 亡くなったアリスたちが大切にしていた物が自然と集まって生命を持ち、人型を取ることが出来た――そんな国だった。
 量産品のトランプがひらひらと楽しげに舞うように踊っている。
 アンティークの古い懐中時計は静かに時を刻みながら動き続けていた。
 ハンドメイドの帽子屋兎のぬいぐるみが歩いていて、それから――。他にも、いっぱい、たくさんのものが穏やかに暮らしている。
「大切な、オレたちの国」
『大切だったね、とっても』
 故が確かめるように言葉にすると、目の前に立っていた影も口を開く。
 今の自分と変わらぬ姿をしている昨日の自分だ。彼は故と同じ表情をして、周囲の景色を見渡していた。現れることは分かっていたので故は慌ててなどいない。
「懐かしいねぇ、今はどうなってたっけ」
『分かってるくせに聞くの?』
「ねぇ、昨日のオレ」
『そうだね、明日のオレ』
 容赦の言葉が重なり、視線が真正面から交錯する。
「オレなら分かるよね、オレのトモダチを誰かが持ってるのは気に入らないって」
『言葉にしなくたって分かるくせに』
「君も気に入らないって?」
『「あはははは!」』
 二人の故の笑い声がほとんど同時に紡がれ、亡き国の最中に響いていった。
 昨日と今日の故は裁ち鋏を構える。
 それが同時に双剣となっていき、一気に変化した。
「なら片方なくさなきゃあ」
『……ねッ!』
 ふたつの双剣が振るいあげられ、甲高い音を立てて衝突した。衝撃をいなすために地を蹴った故と昨日の故が同時に地を蹴り、ひといきに後方に下がる。
「起きろ起きろ荊共ッ!」
 ――赤いペンキをぶちまけて、道を塞げ。
 それと同時に呼びかけた故は荊棘を周囲に広げていく。だが、昨日の故も同じように力を紡いでいた。
『It's Showtime! 行け、トランプ兵共!』
 荊で斜線を塞ぐ故。それに対抗した影は荊の奥の故に視線を向けた。
 すべてを貫くように舞い踊ったトランプが荊を消し去っていく。だが、それも自分の力であるゆえに故は対処法を知っている。
 大鋏の双剣を振るった故は飛んでくるトランプを斬り裂いた。
 そして、故は更に荊を巡らせていく。
「空の道も妨げろ」
 トランプは上からも迫ってくる。そのため自分の周囲全てに荊棘を満ちさせた。
 荊は故の視界をも覆っていた。
 それは大切な仲間達がいる平和な情景すら見えなくしていく。
 けれどもそれでいい。これ以上、在りもしない世界を見ているよりは血色の赤薔薇が広がっていく方が心も落ち着く。
 本当はいつまでも眺めていたい、なんて気持ちは押し殺した。
『理想を見てもいいのに、ねぇ?』
 昨日の故が嘲笑うように語りかけてくる。トランプは荊を削り取りながら迫ってきたが、故はすべてを斬り裂いていく。
 そして、其処から幾度も攻防が巡った。
 今だ、と感じた故は一気に勝負に出る。自分の動きは自分で解っている。
 次にどう動くか、こう出たらどうなるかも、全部。
 赤薔薇の影から飛び出した故は昨日の自分との距離を詰めにかかる。トランプが肌を斬り裂いて血が散ったが構わない。
 相手から振り下ろされた大鋏を弾き飛ばす。それから思いきり双剣を振り抜いて――。
「その首、刎ねてあげようか!」
『……!』
 刹那、時計ウサギの首が胴体から離れた。
 切り落とされた頭が血溜まりに沈む様を見下ろし、故は裁ち鋏を下ろした。
 やがて無機物たちの国の景色は消えていく。
 いつの間にか俯いていた故が次に顔を上げたとき、あの光景は何処にもなかった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

夏目・晴夜
いやはや面白いですね
このハレルヤを殺す日がくるなんて!

心に残る風景は故郷
雪に覆われた街と、百合の花
これは有り難い!心置きなく暴れられますよ
消えてもいいと思う地なので

それにしても鬱陶しいですね
猟兵として、ハレルヤとして生きていく為の技なのに
我が物顔で使ってくるとは、腹立たしい事この上ない

しかし何があっても私が負ける筈がないです
食らいついてでも懐に潜り込み、串刺しにします
武の心得も優れた剣術も奇跡の力も、何も無くとも確実に殺す為に磨いた技能です
一日でも私の方が長生きな分、私の方が経験も多い
私は常に進化し続ける存在ですからね

…情けない顔をするなよ、みっともない
せめて最期までハレルヤらしく死んで下さい



●過去を穿く
「いやはや面白いですね」
『実に興味深いことです』
 交わされる言葉。その声は寸分違わず、自分と同じ声だった。
 晴夜が立っているのは故郷の風景の最中。
 雪に覆われた街。そのあちこちに百合の花が見え、辺りには静寂が満ちていた。吐く息が白く染まっていくのも静謐さに磨きをかけているかのようだ。
 反して周囲は特に寒くはない。
 しかし、それで良かったと思う。もし肌を刺すような寒さがあれば、否応なしにあの日々を深く思い出してしまうからだ。
 晴夜は悪食の妖刀を抜き、目の前の影――昨日の自分に刃を向けた。
「このハレルヤを殺す日がくるなんて!」
『このハレルヤもですよ。明日を斬ることができるなんて!』
 影の晴夜も同様に妖刀を向けてくる。
 両者が同時に一歩を踏み出せば、雪の地面にふたつの足跡が刻まれた。
「戦いの場が此処なのが有り難いですね」
『そうですね、心置きなく暴れられますから!』
 晴夜達の思いは共通。
 この街など消えてしまってもよかった。それだというのに記憶に残ってしまっているのは皮肉だが、今の晴夜にはそんなことはどうでもいい。
 たとえ幻想であれ、この街など壊してしまえばいい。晴夜がそう感じた刹那、昨日の自分が地面を強く蹴った。
『さあ、動かないでください』
 敵が命令を下す。
 しかしそれを受け入れるわけにはいかず、晴夜は刃を構え直すほかない。
 刹那、落雷が晴夜を貫いた。
 謳う静寂の力は激しく迸り、街の建物を壊しながら巡っていく。鋭い衝撃に耐えた晴夜は反撃に入る。
 怯みはしない。しかし、流石は自分だと思った。
 抜け目なく命令をしてくるのも己そのものだ。されどそれゆえに――。
「鬱陶しいですね」
 これは猟兵として、ハレルヤとして生きていく為の技なのに。
 忌々しさを押し隠すことはせずに晴夜は反撃に入る。普段と同じ空腹に任せて放つ一閃は呪詛を伴う衝撃波となり、四方八方に分裂した。
 それらが昨日の自分に次々と襲いかかり、血を散らしていく。
『鬱陶しいのは此方もですよ』
 昨日の晴夜は幾つかの衝撃波を刃で斬り裂き返しながら睨みつけてきた。
 そして、敵はニッキーくんを遣わせる。昨日のニッキーくんが今日の晴夜に豪腕を向け、押し潰す勢いで迫ってきた。
 その軌道を読んだ晴夜は身を翻し、戦闘からくり人形の一撃を躱した。
 行き場を失った腕は彼の背側にあった建物を粉々に砕いた。飛び散った瓦礫が白百合を潰していく様を横目で見遣り、晴夜は頭を振る。
「本当に腹立たしいですね!」
 からくり人形まで我が物顔で使ってくるとは、厄介な影だ。
 それにしても花が潰れていくなんて。幻想の光景であってもそれらが再現されていくのは、もしかすれば――。
 晴夜が一瞬だけ考えたとき、昨日の自分が口をひらいた。
『そうですよ、毀れて欲しいと思っているからです』
「だから、わざと壊したんですか」
 それもニッキーくんを使って、と晴夜は肩を竦める。されどそれも、この状況下に自分が何の制約もなく置かれたら取る行動なのかもしれない。
 昨日と今日。実力はほぼ互角だ。
 しかし、晴夜は己の勝利に何の疑いも持っていなかった。過ぎ去ったものよりも今を生きる自分の方が強い。
 ニッキーくんが後ろから迫ってきていたが、その動きすら手に取るように分かる。
 振り下ろされた豪腕を潜り抜けた晴夜は昨日の自分だけを狙い打つ。食らいついてでもいい、ただ懐に潜り込む。
『このハレルヤが自分の行動を読めないとでも?』
「何があっても私が負ける筈がないです」
『それは此方の台詞です』
 双方の視線が鋭く交差した。昨日の晴夜は悪食を構えて迎え撃つ姿勢を取り、今日の晴夜は刃の切っ先を胸元に差し向ける。
 ただ、串刺しにするのみ。
 武の心得、優れた剣術、そして奇跡の力。
 それらは何も無くとも確実に殺す為にこれまでに磨いてきた技能だ。相手が防御姿勢を取ったことこそが最大の好機。
 別の相手からの攻撃を防ぐことは出来ても、昨日の晴夜が相対しているのは他でもない、晴夜自身だ。それゆえにこの一閃だけは防げない。
「甘かったですね」
 一日でも自分の方が長生きな分、己の方が経験も多い。
 それがたった僅かでも――。
「私は常に進化し続ける存在ですからね」
『――ッ!』
 次の瞬間、晴夜が突き放った刃が影の妖刀を圧し折った。そのままの勢いで影に迫った刃は柔らかな肉を裂き、心の臓を深く抉る。
 かは、と昨日の晴夜の口許から乾いた呼吸の音が零れ落ちた。
 相手の悪食に纏わり付いていた暗色の怨念が消え去り、影の晴夜の身体が白い雪の上に倒れ伏していく。
『そんな……この、ハレルヤが……』
「情けない顔をするなよ、みっともない」
 後は死に逝くだけの影を見下ろした晴夜の瞳は、ぞっとするほどに冷たかった。
 せめて最期までハレルヤらしく。
 死んで下さい、と告げた晴夜が妖刀を影の背に突き立てた。濁った音がして血が吐き出される。雪の街に咲く白百合が飛び散った赤い色で汚れた。
 すると、昨日の晴夜は最期の力を振り絞って告げた。
『覚えて、おくといい……あなたが……死ぬときも、こうやって――』
「……そうですか」
 晴夜は顔色ひとつ変えずにそれだけを呟く。
 やがて――周囲の景色が薄れると同時に、昨日の自分の亡骸も消えていった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

歌獣・苺
二度と見たくない
牢獄の中で恐怖と戦う
こわい。こわい。こわい。
…でも
もっと怖い思いをしているのは
向こう側にいる自分
私は『救いたい』
あの頃の自分を

攻撃されても歩みを止めない
あるいて…あるいて…捕まえた
ぎゅうと抱きしめる

痛かったね。
怖かったね。辛かったね。
本当は妹の分の投薬実験まで
受けたくなかったのに
無茶させて…ごめんね

…でもね、こんな私でも
『帰る場所』が出来たんだよ
こんな身体でも『だいすき』って
何度でも『おかえり』って言ってくれる仲間が沢山いる…
最高の【居場所】
あの頃の私が、貴方が
頑張ってくれてなかったら
出会えてなかったんだよ
本当にありがとう
だいすきだよ
ゆっくり休んでね

『これは、貴方を忘れない詩』



●さよならとありがとう
 こわい。
 こわい。こわい。
 闘技場の景色は瞬く間に昏い牢獄に変わっていた。
 もう二度と見たくはなかったのに。
 恐怖の感情が苺の中に蘇り、足が竦みそうになる。目を逸らしたくなる光景の中、苺は震える身体を押さえた。
 戻りたくない。こんな光景、消えてしまえ。
 そう思っても記憶に刻まれた牢獄の景色は目の前に在り続ける。そして、其処にはもうひとりの苺が立っていた。
「怖いよ、こわい。でも……」
 きっと、もっと怖い思いをしているのは向こう側にいる自分だ。
 苺は掌を握り、恐怖を何とか押し込めた。
 ――私は『救いたい』
 あの頃の自分を、遠い昨日にいる自分を。
『こないで』
 影の苺はそれだけを告げ、恐怖のままに歌を響かせた。するとそれは声の衝撃波となって苺に襲いかかってくる。
 衝撃が苺の身を穿ち、鈍い痛みが体中に走っていった。
 しかし、攻撃されてたとて歩みは決して止めない。苺は牢獄の壁を背にした自分に手を伸ばす。一歩、近付く度に向こうも一歩、後ろに下がった。
 けれどもあるく。
 歌声が更に響いて、拒絶するように苺の身を貫き続けた。
 それでもあるいて、あるいて。とん、と壁に影の苺の背が触れる。
「捕まえた」
『……!』
 影の自分が身を固くするのにも構わず、苺はその身体をぎゅうと抱きしめる。
 だが、此方を攻撃する者として現れた影は抵抗した。突き立てられた爪が苺の肌に食い込んだ。血が滲んで、ぽたりと床に落ちる。
「だいじょうぶだよ」
 しかし、苺は昨日の自分を抱き締めたまま離れない。
 そうしてゆっくりと、一言ずつを確かめるように語りかけていく。
「痛かったね」
『…………』
「怖かったね。辛かったね」
『…………』
 昨日の自分は無言のままだ。
 苺はそれでも構わないとして、その背をそっと撫でた。食い込んでいた爪に込められていた力が僅かに緩んだ気がする。
 本当は妹の分の投薬実験まで受けたくなかったのに。
「無茶させて……ごめんね」
『私は私なのに、何を言ってるの?』
 すると昨日の苺はふるふると首を振って、どうして謝るのかを問うような言葉を落とした。そうだね、と頷いた苺は曖昧に双眸を細めた。
 自分は自分でしかないのに。
 それでも、過去を映した光景に昨日の自分がいるならどうしても告げたかった。
「……でもね、こんな私でも『帰る場所』が出来たんだよ」
 こんな身体でも『だいすき』って。
 何度でも『おかえり』って。
 嬉しくてあたたかい言葉を掛けてくれる仲間がたくさんいる場所。
「最高の居場所があるんだよ」
 あの頃の私が、貴方が、頑張ってくれてなかったら――。
 この幸せな景色には出会えていなかった。それだから、と苺はとびきり幸福な表情を浮かべ、昨日の自分にそっと笑いかけた。
「本当にありがとう」
『……』
 何と言っていいかわからないという様子で影の苺はくしゃりと表情を歪める。
 きっと幸福が受け入れられないでいるのだろう。対する苺はめいっぱいの思いを自分に向けた。そして、苺は影の耳元で歌を紡ぎはじめる。
 ――これは、貴方を忘れない詩。
 藍苺のうたは甘やかに、今の自分が得た幸福を謳っていった。
 響き渡る苺の歌声は昏い牢獄の景色をとかして、少しずつ消し去っていく。
 やがて歌が最後まで紡がれ終わった時。苺の腕の中にいた在りし日の影は、恐怖と共にさらさらと崩れていった。
 苺は一瞬だけ何処か寂しげな顔をしたが、すぐに淡い笑みを浮かべる。
「だいすきだよ、だから……ゆっくり休んでね」
 苺は祈るように告げた。
 あの頃を忘れないために。それから、幸せをもっと知っていくために――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

フェレス・エルラーブンダ
見慣れた風景
泥濘、瓦礫の下

『わたし』が、泣いている

さんにんの武器を持ったおとこたち
手にした頭陀袋から滴る、あか

それはわたしがはじめて抱いた、最も強い感情
嘆きよりも強い、すべてを塗り潰す怒り

『ころしてやる』と叫ぶよりも早く
身体が動いた事を、いまも覚えている

おとこたちが奪ったものは
なまえのない、ちっぽけな
痩せ細ったねこの亡骸
そのねこは、わたしの、

……でも
わかるか、『わたし』

いかりだけだと、なにものこらない
怯えるだけでは、なにもかわらない

わたしはもう
それを知っている
……だから、にげない

振り翳す刃を自分の影法師の胸に突き立てた
それは自らにも苦痛を与えるけれど
この胸のいたみは、わたしたちだけのものだから



●ともだち
 其処は見慣れた風景だった。
 泥濘、瓦礫の下。きれいなものなどひとつもない。
 けれども、フェレスにとってはそれが当たり前。この世界が生きる場所だった。
 闘技場だったはずの景色が薄れて、この場所が見えたとき。どうしてかフェレスは、戻ってきたのだと思った。
 だって、目の前では――『わたし』が、泣いている。
 同時に嘗ての光景が蘇っていった。
 男が三人いた。
 彼らは武器を持っていて、ただならぬ雰囲気がしたのをよく覚えている。
 男たちの手には頭陀袋があった。
 其処から滴るいろは、あか。鉄の匂いがして、その中身が何かすぐにわかった。
 ――ころしてやる。
 叫ぶ前に身体が動いていた。
 きっと、それはフェレスががはじめて抱いた最も強い感情だった。
 怒りだ。
 嘆きよりも強く、苦しみよりも早く。すべてを塗り潰す黒い思いがフェレスの心も身体も支配してしまったかのようだった。
 何故なら、それは。否、そのこは――。
 おとこたちがフェレスから奪ったものは、そのときに一番大切なものだったから。
 なまえはなかった。
 ちっぽけで痩せ細っていったけれど、とてもかわいかった。
 そう。頭陀袋の中身は、ねこだった。
 それがもう亡骸になっていることは中身を見なくとも理解できてしまった。
 幻想の光景の中に男たちはいない。けれども、影のフェレスの傍には紅く染まった頭陀袋が転がっている。
「……なくな、とはいわない」
『……』
 フェレスは自分にゆっくりと歩み寄った。
 返答はなく、視線だけがフェレスに返される。まるであのときの怒りを奥底に秘めているような視線だった。
 フェレスの前で影が立ち上がる。おそらく此方に攻撃を仕掛けるつもりだ。
 過去を映していても、それはそういう風につくられている。
「……でも。わかるか、『わたし』」
 フェレスは身構え、いつ相手が動いていいように備えつつ影に語りかけていく。
 いかりだけだと、なにものこらない。
 怯えるだけでは、なにもかわらない。
 あの頃の自分はきっとそれを知らなくて、歪んだ思いを沈めて生きていた。
 けれど、とフェレスは横に首を振る。
「わたしはもう、知っている」
 それを教えてくれるひとに出逢ったから。それを、知ることができたから。
『動くな』
「……だから、にげない」
 相手の足元から長く伸びた影が迫ってきた。それは紛うことなく、自分の宿す力と同じであるゆえにフェレスは怯みなどしない。
 迫りくる影を飛び越え、高く跳躍したフェレスは瓦礫の上に着地した。
 すると影は身体中に仕込んだ刃を取り出し、尾を逆立てる。
『近寄るな』
「いやだ」
 フェレスは投げ放たれた刃を自分の牙刃で弾き落とした。其処から一気に駆け、自分の影との距離を詰める。されど相手は逃げるように間合いを広げる。
 逃げないと宣言したフェレス。
 反して逃げていく昨日の自分。
 双方が次々に解き放ち、振り下ろす刃が鋭い音を立てる。甲高い音と共に銀色のひかりが閃いた。双眸を細めたフェレスは徐々に距離を詰めていく。
 昨日の自分は戦いながらも泣いていた。
 涙は出ていない。けれども、確かに泣いているとフェレスには解った。
 何故ならこのこは自分だから。
 そして、フェレスはひといきに影の懐に飛び込んだ。
 今と昔は違う。
 生きたいという願いも、嘆きと苦しみも、明日を夢見る希望もこの胸に抱いている。
 振り翳す刃。
 それを自分の影法師の胸に突き立てたフェレスは、牙を握る手に力を込めた。
『あ……あ、あ――』
 影のフェレスの心臓が貫かれ、こぽり、とその口から血が溢れる。
 自分がしぬところを否応なしに見る。このことは自らにも苦痛を与えるけれど、乗り越えるべきものだと知っていた。
 それに――。
「この胸のいたみは、わたしたちだけのものだから」
 フェレスが刃を抜くと、影はその場に伏した。気付けばその傍には血に染まった袋があり、倒れた影はそれを引き寄せて抱き締める。
『……わたしの、』
 そして、影はそれだけを言い遺すと周囲の景色と共に消えていった。
 辺りの光景は闘技場のそれに戻る。
 暫し地面を見下ろしていたフェレスの尾は、何処か悲しげに揺れていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

楠樹・誠司
目前に広がるは、唯、長閑な光景であつた
花が咲う
幼子が燥ぐ聲は何所か遠く
木漏れ日に目を細め、宙を仰ぐ
其れは、紛れもなく
……あゝ、唯の『木偶』で在つた頃の自分なのだらう

刃は不要
何故かと問う事も出来ますまい
嘗ての私には、望めども叶わぬことだつたのですから

唯、人々の倖いを冀うた
唯、無力であつた
唯、皆の笑顔を、見て居たかつた

……あの時
共に燃え尽きて仕舞いたかつた、と
何度も。何度も、何度も
明けども暮れども
聲が枯れても尚悲泣した事を
朧げに思ひ出す事が、出来る

けれど……ひとを生かすために、活きると
決めたのは他ならぬ自分自身
なればせめて
嘗ての私の望みを、叶える事が情けと云ふものでせう

――くくり。『焼き尽くせ』!



●嘗ての願い
 目の前には長閑な光景が広がっている。
 穏やかな風が吹いて、花が咲う。遠くからひとびとの聲がした。それはとても和やかな響きを宿しており、時折幼子が燥ぐ聲も聞こえてくる。
 されどそれは何所か遠く、別の世界の出来事であるように思えた。
 誠司は木漏れ日に目を細め、宙を仰ぐ。
 この景色は紛れもなく彼処だ。霞掛かったように遠い記憶の、あの頃に居た場所。
「……あゝ、」
 短い声を落とした誠司は思い出す。
 これは唯の『木偶』で在った頃の自分なのだろう、と。
 対峙する己に刃は不要だと思えた。
 そして、何故かと問う事も出来ないと誠司は悟っていた。嘗ての己には、望めども叶わぬことだったのだと理解していたからだ。
 周囲の景色は変わらず、平穏そのものだった。
 されど人の姿はない。聲は聞こえているが、其れは唯在りし日の再現をしているだけ。
 あの頃の己は、と顳顬を押さえた誠司は思い返してゆく。
 唯、人々の倖いを冀うた。
 唯、無力であつた。
 唯、皆の笑顔を、見て居たかつた。
「……あの時」
 誠司は気付けば無意識に思いを言葉にしていた。
 共に燃え尽きて仕舞いたかったのに。こうして身を得てしまった。ものを視て、ことを考え、感じるということを識ってしまった。
 何度も。何度も、何度も。
 明けども暮れども、聲が枯れても尚悲泣したことを思い出した。
 朧げではあったが、其の事を思っても頭痛はしない。顳顬に触れていた手を下ろした誠司は嘗ての己を見据えた。
 其処から生まれいづるのは、焔を纏いし黒猫の群れ。
 今の己の力が宿す力が過去の自分にもあるのだと悟り、誠司は身構えた。
 燃え盛る車輪が迫る。
 それを跳躍することで躱し、後方に着地した。今はこうして戦う術を得て、どう動けば何がどのように巡るのかを理解するまでに至っている。
 すると、続けて雷獣が誠司の前に現れた。
 蒼き雷火を纏った獣は此方に駆けてくる。迸った蒼雷が誠司の身を貫き、抗えぬ衝撃を与えてきた。
 更に三足烏が飛び立ち、翼を広げて滑空してくる。
 八咫達の動きは鋭く、枝葉まで全て啄まれてしまうような――そんな風に感じるほどの攻撃が降ってきた。
 されど誠司は、己と共に往くもの達の力強さを感じる。
 あゝ、と声を零した彼は自分の力が確かなものなのだと識った。そして、己の中に湧き上がる思いを確固たるものにする。
 泣腫らし、燃え尽きたいと一度は願った。
「けれど……ひとを生かすために――」
 活きると決め、此処まで歩みを止めずに来たのは他ならぬ自分自身だ。
 なれば、と誠司は過去の自分を見つめた。
 今の己があの時の願いを叶えられぬなら、せめて。嘗ての自分の望みを、叶える事が情けと云ふもの。
 誠司は狗神を呼び、すべてを終わらせる為に動いた。
「――くくり。『焼き尽くせ』!」
 そして、焔は燃える。
 過去の懐いを黄泉へと導いていくかの如く。紅く、深く。炎は煙をあげて天へと立ち昇っていく。その名残を見上げた誠司が顔を下ろしたとき。
 あの長閑な風景は消え去り、他の何でも無い『今』という時間が戻ってきた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

菱川・彌三八
此方の俺とは殴り合いに興じよう
貴賤も加減もなく遣り合えるてなァそうある事じゃねえだろ
だが、勝つなァ常に今よ

折角だ、始める前に背負う画を描かねえか
以前は高める為にしてたが、ご無沙汰だろ
宙に墨や丹を奔らせ、羽搏く鳳凰を此の身に降ろせば、力の出方は画の出来次第

踏ん込む足も突き出す腕も同じ
蹴りを避け、砂を巻き上げ、脇から殴るを投げ飛ばす
受け身を取るのも、起き乍ら脚を払うのも
分かっちゃいたが、いっそ痛快だな

だが差はつく
俺がちいと速く、拳が重いなァ何でか分かるかい
筆と墨を変えたのサ
そう、欲しがってたアレ
墨の伸びも滑りも段違いだゼ
序でに金も使った
これも伸び代って奴よ
マ、只の喧嘩でだって負けはしめえがよ



●筆と墨
 古の闘技場に乾いた風が吹き抜ける。
 この世界の不可思議さにも随分と慣れて、驚きすら感じなくなっていることに気が付いた彌三八は喉を軽く鳴らして笑う。
「さァ、遣りあうか」
『俺ァ何でも構わねェよ』
 彌三八が見据えた先にはもうひとりの彌三八が立っていた。
 双方とも殴り合う準備は万端だ。
 何せ自分であるのだから、語らずとも魂胆や考えは解ってしまう。ならば余計な小細工などせずに真正面から殴り合いに興じたい、と考えているのは相手も同じようだ。
「貴賤も加減もなく遣り合えるてなァ」
『そうある事じゃねえだろ』
 彌三八の思考を読んだように昨日の自分が言葉を継ぐ。
 ふ、と口許を緩めた彌三八は筆を執る。そして不敵な視線を過去の自分に向けた。
「だが、勝つなァ常に今よ」
『其れはどうだかな。譬えばお前ェの方が過去として、』
 負けると思うか、と昨日の彌三八は問い返す。どうであっても負ける気はしないのだと答えた彌三八は過去と共にからりと笑った。
 そして、彌三八は提案を投げかける。
「折角だ、始める前に背負う画を描かねえか」
『あァ、折角だからな』
 返事は予想通り。
 以前は己を高める為に描いていたが、思えば随分とご無沙汰だ。
 頷いた彌三八は宙に墨や丹を奔らせていく。昨日の彌三八も墨で羽搏く鳳凰を描き、其の身に力を降ろしていった。
 力の出方は画の出来次第であるゆえ、純粋な画力勝負ともなる。
 鳳凰の刺青が双方に宿されていく。
 そうして彼らは向かい合う。翼を広げた鳳凰の力は少しずつ、しかし確実に彼らの戦う力を増幅させていく。
「やるとするか」
『遠慮はいらねェな』
 互いの視線が重なった瞬間、戦いは始まりを迎えた。
 一歩を踏み出す。
 されどその足の運びも、突き出す腕も同じ。であれば拳は交差するように互いの頬に減り込み、重い衝撃を与える。
 揺らぐ視界。響く痛み。それを堪えた彌三八達は一気に後ろに下がった。
 体勢を立て直せば次は蹴りの応酬だ。
 足元の砂が巻き上がり、僅かに視界を煙らせる。されど眸を眇めてただ突き進む。彌三八は振り上げた足で相手の腹を狙った。
 だが、相手も彌三八の出方は分かっている。腕で足を受け止めた昨日の自分は脇から殴打を打ち込んだ。
 其の腕を取った彌三八は一気に相手を引き込み、勢いに乗せて投げ飛ばす。
 昨日の自分は受け身を取り、即座に起き上がった。そのまま脚を払おうとしてくる自分の動きは、もし己ならそうするという行動ばかりだ。
「分かっちゃいたが、いっそ痛快だな」
『ちぇ。見透かされてらあ』
 昨日の自分は肩を竦めたが、然程気にした様子はない。其処から振るわれた拳を右腕で受けた彌三八は骨に響く痛みに対し、薄く笑った。
 力は同等。
 だが、攻防を繰り返す度に差が付いていった。
『ン?』
 影の彌三八が其の事に気が付いたらしく、訝しげな顔をする。
「俺の方がちいと速く、拳が重いなァ何でか分かるかい」
『なンでだ』
 振るう拳を受け止めきれず、僅かに体勢を崩しかけた影が問いかけてくる。双眸を細めた彌三八は種明かしをしていった。
「筆と墨を変えたのサ」
『アレか!』
「そう、欲しがってたアレ」
 まるで悪戯をした子供のように、口許を緩めた彌三八は己に描いた鳳凰を示す。
 墨の伸びも滑りも段違い。
 序でに金も使った、と明かした彌三八に対して影は悔しげながらも軽く笑った。
『なんでェ。そりゃ狡いゼ』
「これも伸び代って奴よ。マ、只の喧嘩でだって負けはしめえがよ」
 そして、双方は再び同時に踏み出した。
 一撃目と同じように突き出す腕は同じ。後は唯の力比べ。互いが全力を込めた拳が交差して、顔面を狙って放たれた。
 次の瞬間。
 吹き飛ばされたのは昨日の彌三八の方だった。影の拳が届くよりも先に、彌三八の拳がその身を深く穿ったのだ。
 もう勝負は付いている。
 そのまま仰向けに倒れた影は両手を広げて大の字になり、空を仰いだ。
『マ、悔いはねェ。何たって文字通りにアレの御墨付な訳だ』
「それじゃあ、終いだ」
 彌三八は軽く掌を振り、消滅していく影を見送る。最後まで自分は自分でしかなかったと感じながら、何処か清々しくも思える感情を抱いて――。
 こうして、昨日と今日の真っ向勝負は幕を下ろした。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

波瀬・深尋
ここ、は──

見覚えのある風景
何度も殴られ蹴られ
吐血も嘔吐も繰り返した

俺の心に残ってる数少ない記憶
その中でも一番古いものではないか

召還されて直ぐの路地裏なんて
良い思い出なんて何一つない

溜め息一つ吐いて目前の影を睨む
俺と同じように青白き炎もあるんだが

まあ、コイツ自身も
俺の中に眠るオウガだからな
現れるのは当然か

この場所で過ごしてた俺は、
確かにガキだった、子供だった
何も抵抗なんて出来ず耐え忍ぶ日々

でも、今は違う

ミカゲ、遠慮なんてするなよ
過去の俺達なんて喰らい尽くせ

何も出来なかった頃の自分は居ない
昨日よりも今日、今日よりも明日
確実に強くなっているから

過去と向き合え、今の己を信じる
──ミカゲ、お前の事も、



●路地裏の記憶
「ここ、は――」
 深尋の周囲にこれまでとは違う景色が広がっていく。
 其処は深尋にとって見覚えのある風景だった。忌々しいとも云える場所で、何だか目眩がしそうな程に息が苦しくなってくる。
 何度も殴られて、蹴られた。
 同じように何度も、吐血も嘔吐も繰り返した。
 残っているのはそんな記憶だ。
 心に浮かぶ光景がこんなものなのだと思うと、胸の奥がきゅうっと痛む。記憶自体が数少ないというのに。
 それに、これはその中でも一番古いものではないかと思えた。
 召還されて直ぐの路地裏。
 そんな場所に良い思い出なんて何ひとつなかった。けれども記憶は形となり、あの場所が鮮明に映し出されている。
 そして、目の前には自分と同じように苦しげな顔をして立っている影があった。
 溜め息をひとつ。
 深尋が眼前の影を睨むと、向こうも此方を睨め付けてきた。
 自分と同じ存在に抱く思いなど手に取るように分かる。俺は二人も要らない、という単純明快な思いがそのひとつだ。
 其処にいるのは自分だけではない。今の深尋の傍に炎があるように、影の方にも青白き炎が纏わり付いていた。
(まあ、コイツ自身も俺の中に眠るオウガだからな)
 現れるのは当然。
 深尋が納得していると、影の自分が口をひらいた。
『……消えてくれ、俺』
「残念だけど、消えるのはそっちだ」
 深尋は首を横に振り、影がそうしたように臨戦態勢を取った。一触即発の空気が路地裏に満ちていく中で深尋はふと思う。
 この場所で過ごしていた自分は確かにガキで、言葉通りの子供だった。
 何も抵抗など出来ず耐え忍ぶ日々を過ごして心は荒んだ。暴力を振るうものにも、己の境遇にも、そして世界すら憎むほどに。
 でも、今は違う。
 心持ちが変わった故に今はこうして何とか生きていられる。それはしあわせな時間を代償にして得てきたものかもしれないが――今、自分は確かに此処に立っている。
「ミカゲ、遠慮なんてするなよ」
 過去の俺達を喰らい尽くせ、と深尋はオウガに願った。
 対する影の深尋も青白い炎を解き放ってくる。
『全てを喰らえ、ミカゲ』
 炎と炎が衝突しあい、激しい火花を散らした。同時に深尋自身も一気に踏み込む。自分を狙おうと考えたのも同じらしく、昨日の深尋も短剣を構えて向かってきた。
 右腕を振るえば、影も右の刃を振るう。
 影刃同士が重なった瞬間、甲高い音が路地裏に響き渡った。
 更に左で一閃。
 同じタイミングで振り下ろされ、振り上げられた刃同士は拮抗する。
 其処に青の炎が迸ることで路地裏は煌々と照らされていった。
 深尋は身を翻し、昨日の自分の刃から逃れる。そのまま身を低くして影刃を振り上げればミカゲの炎が大きく燃え盛った。
 対する影のミカゲも深尋を喰らわんとして燃えていく。
 だが、ミカゲ自身が影の炎を包み込んだ。それは一瞬のことで、昨日の影についていたオウガの焔が消え去った。
 本気を出したミカゲは己を喰らってしまうほどに強いのか。
 深尋は自分に宿るものが秘めている力を改めて知る。そして、深尋はひといきに自分との距離を詰めていった。
 もう何も出来なかった頃の自分は居ない。
 昨日よりも今日、今日よりも明日。確実に強くなっているから。
 過去と向き合い、今の己を信じる。そして――。
「俺は勝つ」
『……!』
 深尋は宣言めいた言葉を落とし、影刀を振り下ろした。
 昨日の自分を斬り裂き、地に伏せさせた深尋は周囲の景色が徐々に薄れていくことに気が付いた。しかし変わらず青白い炎は傍についている。
 信じたのは己だけではなく、きっと。
「――ミカゲ、お前の事も、」
 それ以上の言葉は敢えて紡がず、深尋は手にしていた二振りの刃をそっと下ろした。
 そうして、闘いは其処で終わりを迎える。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

蘭・七結
眼前に広がる景色は紫の彩
夜が明けてゆくソラに薄紅が舞う
あたたかく微睡むような風色がみえる

おんなじ姿かたち、おんなじちから
おんなじわたしで、昨日のわたし
嗚呼、そう。それは厄介ね
宿すものはおんなじなのだもの
わたしが脳裏に描くもの
お見通しなのではないかしら

あなたはわたしだけれど
“今”のわたしとはたがう
わたしはあなたよりもひとつ
多くの“おはよう”と、朝を重ねているわ

たったひとつ違いの夜
されどひとつの夜を越えたわたし
つめたくて終わりのない黒のみな底
わたしの夜は、おおきなものなのよ
あなたも知っているでしょう

ねえ、まだ冷夜はこわい?
強がりも偽りも終いとしましょう
言葉の針に結わうのは想いの糸
もう、さむくないわ



●存在
 景色が滲んで、ゆっくりと歪んだ。
 七結は瞼を一度だけ閉じ、静かにひらく。そのときにはもう眼前に広がる景色はすっかり変わってしまっていた。
 先ず七結の眸に映ったのは紫の彩。
 夜が明けてゆく空に薄紅が舞っている。あたたかく微睡むような風色を感じて、七結は緩やかに手を伸ばした。
 指さきを向けた向こう側には、ひとつの人影が立っている。
「ご機嫌よう、わたし」
『こんにちは、わたし』
 明けかけた空の下で対峙したふたりは、それぞれに挨拶を交わした。
 おんなじ姿かたち。
 そして、おんなじちからを宿すもの。
 相手が何を考えているかは、手にとるように分かってしまう。ただその存在が、この不可思議でおかしな世界のちからで作られたというだけ。
「おんなじわたしで、昨日のわたしなのね」
『ええ、明日のわたし。全部がおんなじよ』
「嗚呼、そう。それは厄介ね」
 昨日の七結から返ってきた言の葉を聞き、七結は困ったように眉をさげた。
 同じだとしても、いっしょにはなれない。
 それに宿すものすらおんなじであるならば、今の七結が脳裏に描くものを向こうも考えているはずだ。
 鏡よりも鮮明で、逆さまでもなく反転もしていない存在。
 それが昨日。過ぎ去った時間に置き去りにされた自分だと思うと不思議だ。
『わたしの思うことは、お見通しよ』
「やっぱり、そうなのね」
 昨日の自分が薄く笑む。しかし七結は、けれど、と頭を振った。
 すると相手があかい牡丹一華の花を手にした。ふわりと浮いた花は嵐となり、今の七結を穿つために巡っていく。
 紫の空があかく染められていく中、花弁が七結に鈍い痛みを齎していった。
 しかし七結は怯まない。
 自分のちからは自分がよく知っていた。それゆえに躱す術も心得ている。
「あなたはわたしだけれど」
『そう、わたしはあなた』
「でもね、“今”のわたしとはたがうの」
『――どうして?』
 花の嵐を潜り抜けた七結に対して、昨日の七結は不思議そうな声色で問いかけた。それは、と言葉にした七結は先程のお返しにあかく刻む秒針を揺らす。
「わたしはあなたよりもひとつ、多くの“おはよう”と、朝を重ねているわ」
 それはちいさくとも、明確な違い。
 たったひとつ違いの夜。
 されど、ひとつの夜を越えたわたしが今、此処にいる。
『……そう』
 昨日の七結はそれだけを答えると猛毒の黒いばらを解き放った。黒を纏わう密かな棘は毒となって七結に迫るが、咲く毒すら己のもの。
 七結はいとを巡らせて黒いばらを裂き、昨日の自分の前まで駆けた。
 とん、と軽い足音が響く。
 知っているでしょう、と。昨日の己に語りかけた七結が懐うのは、つめたくて終わりのない黒のみな底。
「わたしの夜は、おおきなものなのよ」
 あなたも目をそらせないはず。わたしであるならば、絶対に。
 七結はじい、と自分の瞳を覗き込む。
「ねえ、まだ冷夜はこわい?」
『そうね、……そうよ』
 返ってきたのは、此方が問われた側だとしてもそのように答える言葉だった。
 それなら、と七結は秒針を過去の自分に向ける。
「強がりも偽りも終いとしましょう」
 言葉の針に結わうのは想いの糸。大丈夫、『昨日』は必ず『今日』になるから。
 ――もう、さむくないわ。
 淡くとけるような聲が落とされ、紫彩の景色がおおきく揺らいだ。幻想として映し出された情景が消えていく最中、心に宿る風景のいろは移り変わっていく。
 そして、夜は明けた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

榎本・英
昨日の私は確か、熱々のコロッケを買いに商店街へ行ったね
帰りにナツのお菓子を駄菓子屋で補充したさ

ナツも私も夕食前のコロッケとポン菓子の誘惑に負けて食べてしまったね
ナツはナナに怒られていたかな
私は編集さんに怒られたさ

さて、昨日の私に勝たねばならないのなら
コロッケを食うなと言わなければならないね
ナナ、私の行動は予測できるだろう?
号令は君にお願いしても良いかな?

ナツは私と一緒だよ
昨日の自分に打ち勝つのさ
昨日のナツはポン菓子を食べてしまった
ポン菓子は我慢だよ

仔猫共々、三毛猫の号令に合わせて戦おう
嗚呼。昨日の私も今日の私もきっとコロッケは食べるだろう

しかし、我慢も必要な事は知っているさ
大人だからね



●揚物
 ――昨日の自分。
 確か、そうだ。英が或る時分を思い出したとき、周りの光景は変わっていった。
 映し出された景色は商店街。
 其処に熱々のコロッケを買いに行ったことを思ったからか、英の視線の先には肉屋の紙袋を持ったもうひとりの自分がいた。
 その手には駄菓子が入っている袋もある。コロッケを手に入れた帰り路で仔猫のナツのお菓子を補充したからだ。
「嗚呼、そうだったね」
『そうさ、誘惑に負けて食べてしまったんだ』
 英が納得した形で頷くと、昨日の自分がぱっと両手をひらいた。
 途端にコロッケと駄菓子の袋がなくなる。
 ナツも英も夕食前になってコロッケとポン菓子を食べてしまったのだ。ナツはナナに怒られ、英はというと編集さんに怒られたのだった。
『思い出したかな?』
 過去の自分が軽く問いかけてきたので英は、嗚呼、と答える。
 商店街の光景はありのままだが、周囲に人の姿は見えない。これならまだ戦いやすいと感じて英はそっと身構えた。
「さて、どうやら私達は戦わなければいけないようだね」
『争いたくはないのだけど、致し方ないね』
 英達は肩を竦め、自分達がやらなければいけないことを確かめる。本来の英であるならばたとえ昨日の存在であっても、己と争うようなことはしないだろう。
 だが、此処が闘技場という場所であるがゆえに規律には従わなければならない。
 影の英の傍には昨日のナツもいる。
「私達が昨日に勝たねばならないのなら……」
 コロッケを食うなと言わなければならないだろうか。英は先程、昨日の自分の手から消えてしまったコロッケを思う。
 すると昨日の自分は、その思考を読んだように言葉を返してきた。
『残念だったね、食べてしまった後さ』
「それは仕方ないね」
『ナツもナナに怒られてしょげていたよ』
 まるで日常の延長線上のような会話を交わし、英は互いの出方を窺った。
 向こうは先ずどの力を使うのか。
 英は傍に使い魔の三毛猫を呼び出し、偽の自分を指差した。
「ナナ、私の行動は予測できるだろう?」
 号令は君にお願いするよ、と英が三毛猫に告げた瞬間。向こうの英がふわもこ達を呼び寄せた。ぽんぽんと跳ねる子達が押し寄せてくる。
 しかしその前にナナが一声鳴き、情念の獣を呼んだ。
『さて、どうなるかな』
「其の子達を出すのは狡いね。さあ、ナツは私と一緒だよ」
 英と英の視線が交錯する。
 獣の手はふわもこを掴み、商店街の向こう側にぽいぽいと投げていった。巡る攻防は少しばかりふんわりとしたものだが、これが英の戦い方だ。
 今はただ昨日の自分に打ち勝つのみ。
 そうだろう、と英が呼び掛けるとナツがみゃあみゃあと鳴いた。どうやら昨日の英が手の上にポン菓子を取り出して見せてきたらしい。少し姑息だ。
「ナツ、我慢だよ。私も一緒に我慢するからね」
 そうすればきっと勝てる。
 英は仔猫と共にふわもこの突撃を躱し、号令を掛け続けるナナに合わせて戦っていく。
 獣とふわもこと猫。
 仁義なき、ふわふわバトルが繰り広げられていった。
「嗚呼。でも、昨日の私も今日の私も、明日の私もきっとコロッケは食べるだろう」
 昨日が今日になり、明日に続いていく。
 そして、ときには我慢が必要なことも知っている。大人だからね、と言葉にした英は周囲からすべてのふわもこが排除されたことに気付く。
 そうすれば後は昨日の自分だけ。
 ナナが鋭く鳴いた直後、影の英へと情念の獣の手が迫った。
 刹那、勝負は決する。
『しまった……。嗚呼、明日の私。コロッケのことを……頼んだよ……』
「嗚呼、勿論だとも」
 獣に貫かれ、倒れた昨日の英は最期にそんな言葉を遺す。しかと答えた英は、必ず熱いうちに食べるよ、と答えて消えていく自分を見送った。
 はたして、こんな勝負で良かったのか。
 仔猫は不思議そうに首を傾げた後、みゃあ! と元気よく鳴いた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

リル・ルリ
水底の教会
匣舟の舞台

なっ?!昨日の僕と…ヨルだって?!
ふ…僕らは日々前進し、成長している
昨日の僕らに負けるわけないんだ

ほら!今日のヨルは昨日のヨルよりもっと可愛い!

(バーンとかっこいいポーズをするヨル

明日はもっと可愛くなるぞ
恐れ入ったか

昨日のヨルの可愛いポーズっ
くっ
でも今日のが可愛い
いけ!ヨル、見せてやるんだ
今日ますたぁしたすごく可愛いポーズを!

(きゃるるんと可愛いポーズをするヨル

可愛い!
なんて言ったって櫻宵が僕のために喚んでくれたんだ
毎日絆が深まり愛しくなる
大事な家族

僕だって負けない
歌を磨いて
奏でて紡いで進んでく
ほら、今日の僕の歌を聴けよ
昨日よりずっと強く遠くに美しく
響かせ蕩かしてあげるから



●僕の歌、君の聲
 泡沫が浮かび、頭上に昇っていった。
 見上げた先には薄い光を通すステンドグラスが見える。
 其処は水底の教会だ。匣舟の舞台となった場所が周囲に映し出されていることに気付き、リルは瞼を幾度か瞬かせた。
 ステンドグラスの光を背にして真白な人魚が浮かんでいる。僕だ、と察したリルは、影の自分の傍に式神ペンギンが寄り添っていることに気が付く。
「なっ?! これが昨日の僕と…ヨルだって?!」
「きゅ?!」
『そうだよ、僕。ね、ヨル』
『きゅ!』
 リルとヨルが驚いていると昨日のふたりがそれぞれに言葉を返した。
「きゅきゅ、きゅっ!」
『きゅ! きゅきゅ!』
 ヨル達は羽をぱたぱたと動かして互いに張り合っているようだ。リルは自分と寸分違わぬ姿の人魚を見つめ、驚きを静める。
 少しびっくりはしたが、立ち塞がってくるのが自分であるのなら問題はない。
「ふ……僕らは日々前進し、成長しているからね」
 昨日の自分達に負けるわけにはいかない。
 そうだろ、とヨルに呼びかけたリルは胸を張る。たとえ一日しか違わなくとも、きっとそうであるはず。
 だって、何よりも――。
「ほら! 今日のヨルは昨日のヨルよりもっと可愛い!」
「きゅー!」
 バーンと両羽を広げて腰を捻り、かっこいいポーズをするヨル。得意げな鳴き声が教会に響き、泡沫がふわふわと浮かぶ。
「明日はもっと可愛くなるぞ。恐れ入っ……」
『きゅきゅー!』
 しかし、リルの言葉を遮るように昨日のヨルが可愛い踊りを始めた。右にちょこちょこ、左にぴょこぴょこ。可愛すぎる反則級のプリティダンスだ。
「昨日のヨルの可愛い踊りっ……くっ」
『ヨルはいつでも可愛いよ。明日の僕達にも負けないからな』
 昨日のリルにもどうやら対抗心があるらしい。ばちばちと人魚たちの間に見えない火花が散っている。
 確かにヨルはいつだって可愛い。
 思わず認めそうになったが、リルはふるふると首を横に振った。ついでに尾鰭もぴるぴると揺れている。
「でも今日のが可愛い。いけ! ヨル、見せてやるんだ」
「きゅ?」
「そうだよ、今日ますたぁしたすごく可愛いポーズを!」
「きゅ! きゅ……きゃるるん!」
 両羽をくちばしの下に当てたヨルがきらきらと瞳を輝かせる。これは最高に可愛いポーズであり、昨日の自分達は思いついていない格好だ。
『「可愛い!」』
 昨日のリルと今日のリルの声が重なった。
 リルは先程のヨルのように得意げになり、尾鰭をふんわりと揺らして誇る。
「ほら、可愛いだろ」
『明日のヨル、本当につよくなってるんだね』
『きゅうう』
「参りました、って? でも、昨日のヨルもちゃんと可愛いよ」
「きゅっきゅ!」
 つまりはすべてのヨルが可愛い。
 なんていったって櫻宵がリルのために喚んでくれた存在だ。あの日からずっと一緒に居てくれて、毎日少しずつ絆が深まっていた。
 今は愛しくて大切で、大事な家族のひとりとなっている。
『ヨルも僕も、日々進化していけてるんだね』
「これからもいろんなことを覚えていくんだ。昨日の僕だって分かっているだろ」
『分かるさ。だって僕は僕だから』
「きゅ!」
『きゅ!』
 そうして、二尾と二羽は暫し教会の中で言葉を交わす。同じ存在だから思いは語らなくてもすぐに理解しあえた。
 きょうだいが居たらこんな感じなのかな、とリルが呟くと、昨日のリルがそうかもしれないといって笑った。
 しかし、両者は敵同士。どちらかが勝たねばこの領域から出られない。
 水底の教会は大切な場所だけれど、今は他にも游いで行くべき場所がある。
 だから――。
「歌で勝負をしよう」
『そうだね。とうさんに教えてもらった歌で』
「僕は負けないよ」
『僕だって!』
 人魚達の視線が重なり、花唇がひらかれていく。
 春を望む歌が、花を謳う唄が、そっと響いていった。その歌声は宛ら二重奏であるかのように重なっていく。
 歌を磨いて、奏でて紡いで、進んで往くと決めた。
 ――ほら、今日の僕の歌を聴けよ。昨日よりずっと強く遠くに美しく、響かせて蕩かしてあげるから。
 そんな思いを込め、リルは明日への歌を謳いあげた。
 桜の花吹雪に合わせて、ふわりと泡沫が巡る。やがてリルの歌は昨日よりも強く、確かな響きとなって水底の教会に響き渡る。
 そうして、昨日の自分は歌うのをやめた。リルの歌によって力を削がれ、その存在が消滅しかかっているからだ。
『……ちゃんと未来へ、游いで往くんだよ、僕』
「うん……だいじょうぶだよ、僕」
 言葉を交わした直後、人魚とペンギンは泡にとけるように消えていった。
 薄れゆく景色の中、ヨルは何処からか取り出した黒薔薇を天に掲げる。それはまるで、共に過ごした過去に別れを告げるような、やさしい想いの証だった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

誘名・櫻宵
浮かび上がる、桜の杜
舞い散る桜の情景
見知らぬのに懐かしい桜の社

過去の私

昨日の私を越えられなくて
師匠を越えられる…救えるわけがない!
過去は私(今)と共にある
此処から未来を紡ぐの
欲しい未来を手に入れてみせるわ

目を逸らさない
託されたものが
受け継いだ願いがある
結んだ約束がある
私自身の叶えたい祈りと願いがある
何も恐るものは無い

昨日の私より今日の私の方がより上手く
美しく神楽を舞える!
より強く、斬り祓い
美しい桜を咲かせられる

修行の成果を見せる時
真正面から斬りこむ
躱し受けてなぎ払い斬り裂く
艷やかに鶱び
朱を浄めて櫻は宵に咲く―立ち塞がるものをなぎ祓い
私として咲く

当たり前
昨日より今日
今日より明日の私の方が強いもの



●七つの神楽
 目の前に浮かび上がる光景は、桜の杜。
 桜花が舞い、風に乗って空に散っていく情景は美しい。
 どうしてだろうか。見知らぬはずであるのに、この桜の社が懐かしいと思えた。しかし今、この社が何なのかを考える時間は与えられない。
 櫻宵は社の前に立つ影を見つめる。
 其処には昨日の自分、すなわち過去の櫻宵が佇んでいた。
『ようこそ、明日の私』
 昨日の櫻宵からすれば、今の自分は明日の存在となる。不思議な闘技場の力によって作り出された櫻宵は静かに笑った。
「昨日の私……」
 櫻宵は相手から発せられる闘いの雰囲気を感じ取っていた。
 此処が闘技場である以上、戦闘は避けられない。緊張が走ったが、過去の自分すら越えられなくてどうするのだという思いが巡った。
「此処で勝てなければ、師匠を越えられ……いえ、救えるわけがない!」
『未だ師匠を救える力が無いかもしれなくても?』
「たとえそうであっても、越えるわ」
 昨日の櫻宵は心の奥底に僅かにあった懸念を問いかけてきた。だが、櫻宵は首を横に振ることでそんなものなどないのだと押し通す。
 過去は今――自分と共にあるはずだ。
 まだ先は視えぬが、此処から未来を紡ぐのだと心に決めている。
「私は欲しい未来を手に入れてみせるわ」
『では、私は私を試すわ』
 二人の櫻宵の視線が重なり、両者が鞘から屠桜を抜き放った。
 血桜の神刀が鈍い光を映している。櫻宵は相手との間合いを計り、柄を強く握った。
 目は逸らさない。
 託されたものが、受け継いだ願いが此処にある。
 そして、結んだ約束がある。ただ受け取っただけではない、自分自身の叶えたい祈りと願いがある。それゆえに何も恐るるものは無い。
 櫻宵達は同時に地を蹴った。
 振り下ろされる刃。逆に振り上げられる刃。双方が衝突して刃同士が鍔迫合う。
『ねえ、明日の私』
「何かしら?」
『今のあなたが死ねば、未来はなくなるわ』
「ええ、そうね」
『師匠は救えず、約も果たせず、喰らってきた命すら散って、共に歩んで泳ぐと決めたあの子とだって一緒に居られなくなる』
「その通りだわ。だから、私は負けられないの!」
 影の櫻宵は淡々と真剣な声で語りかけてくる。敗北が何を意味するのかを示す言葉は尤もなものだった。
 櫻宵は刀を弾き、大きく後方に跳躍する。
 同時に影の方も体勢を整えるために後ろに下がり、屠桜を構え直した。
 櫻宵は相手が一体何を言いたいのかと視線で問う。眼差しを受けた昨日の櫻宵は、呼吸を整えてからゆっくりと告げた。
『私はね、こんな今を大切にしたいのよ』
 その言葉はまさしく、昨日の櫻宵が心から思った事そのものだった。
 ――そして、此処から続いていく未来も。
 そのように付け加えた影の櫻宵は本当に今の自分を試しているようだ。緩やかに足を運んだ昨日の影は神楽の舞を踊り始めた。
 あの動きは櫻華だ。
 はっとした櫻宵は敢えて攻撃はせず、影の舞を見つめていた。
 其処から浄華、艷華と巡り、鶱華、朱華、宵華と続いていく。影は艶やかに舞い、櫻宵に視線を向ける。その瞳は真っ直ぐだ。
「……これは、」
『最後の神楽は、あなたが舞うのよ。――ねえ、『今』の櫻宵』
 櫻宵が問う前に影は言い放つ。
 それによって相手の意図は分かった。櫻宵は頷きを返し、これは紛れもない自分の意思なのだと確かめた。
「そうよ、昨日の私より今日の私の方が、より上手く美しく神楽を舞える!」
 今日が駄目なら明日へ。
 明日で届かぬのなら更に先へ。
 より強く、より清かに。立ち塞がる困難を斬り祓い、美しい桜を咲かせられる。
 今こそ裏山で受けた修行の成果を見せる時。櫻宵は屠桜を握り、真正面から斬り込むべく駆けていく。
 対する影も刀で以て一閃を受け止めた。反撃が振るわれたが、櫻宵とて躱して受け、更に薙ぎ祓う。斬り裂くのは過去の自分が抱いていた懸念そのもの。
 艷やかに鶱び、朱を浄めて、櫻は宵に咲く。
「他の誰でもない、私として咲くわ!」
『ええ。私は私だと、もう識っているから――』
 刹那、櫻宵の刃が昨日の影を貫いた。
 桜が散るように影が消え去る。存在自体が薄れていく最中、昨日の自分は今日の自分に全てを託すかのように微笑んだ。
「分かっているわ。……必ず、師匠を救う」
 誓いの言葉を紡いだ櫻宵が刃を下ろしたとき、桜の社の景色も消えていった。
 何故だか櫻宵は強く予感していた。
 屹度、間もなく――約束を果たす刻が訪れるのだ、と。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ロキ・バロックヒート
描く風景は光に灼かれた白い都
ちゃんと滅ぼせたのは神を生んだこの地だけ

影を笑う
考えることが手に取るようわかるから
―明日の私を殺せば死ねるのではないか?
この可能性で頭いっぱいでしょ
私もそれは確かめてみたいんだよね
だからひとつふたつは受け入れるけど―
殺せないの?役立たず
もう【影法師】に消されたらいい
『私』に殺されるなら良いでしょ
それは私も同じだけど
奥の手は出した者勝ちだよね

口癖みたいになんにもできないって云いながら
気付いているでしょう?
力が少しずつ扱えるようになっていること
ゆるやかな流れが荒ぶるよう
なにかが変わってきている
封印の綻び―なんて期待はしないんだけど
明日が、これからがどうなるか興味はない?



●天使
 眩い光が辺りを包む。
 砂と土の地面とモルタルの古びた壁が周囲にあったはずの景色は、次第に違うものへと変化していった。
 其処は光に灼かれた白い都。
 ちゃんと滅ぼせたのは、神を生んだこの地だけだった。
 ロキは目の前に広がった光景を眺める。誰も居ない――否、自分だけが立っている都を見渡した。自分のみ、といってもひとりきりではない。
 滅びの都の中心には過去の自分が居るからだ。
『笑っちゃうね』
「本当にね」
 影たる昨日の自分が軽く口許を緩めれば、ロキ自身も同じように笑った。
 たった一日前の己ならば考えていることはきっと同じ。そうでしょ、と確かめるようにロキは笑みを深めてみせた。
 ――明日の私を殺せば死ねるのではないか?
 自分が自分でしか無いなら、この可能性に考えを巡らせることでいっぱいのはず。
『或いは昨日の自分を殺せば、とか』
「私もそれは確かめてみたいんだよね」
 未来を消せば確実に死ねる。
 では、過去を殺せば明日だって死ぬのではないか。
 きっと世間一般では絵空事だとか世迷い言だとか言われるような考えだが、ロキ達にとっては一度くらいは試してみたいことだ。
『じゃあ始めようか、私』
「そうだね、私」
 互いに自分を私と称した昨日と今日のロキの視線が交錯する。
 刹那、敢えて動かなったロキに影からの攻撃が迫った。それは破壊の光。概念に事象、魂すら灼き尽くす救済の一閃だ。
 ロキの身が貫かれ、魂が焦げ付くような感覚が巡った。
 更に散った光が都を更に灼き尽くす。もう何もないというのに、滅びを更に与えるが如く光が迸った。
『抵抗しないの?』
「まだ、ね」
 昨日の影から問われ、ロキは首肯する。
 分かってるくせに、と告げると影は「まぁね」とだけ答えて次の一手に入った。
『ほら、私にも祝福は届くと思う?』
 影がロキを指差すと、天から降り注ぐ眩き光が視界を覆う。
 光の筋が周囲を取り囲むように落ちてきて、ロキの身体を縛り付けていった。救済に祝福、どちらも本来ならば自分から他へと与えるもの。
 それが今、己によって齎されている。
 だが――。
「駄目みたいだね。残念」
 ひとつ、そしてふたつめも受け入れた。
 そうやって魂を削がれても未だロキは死ねない。本当に救済されたらどうなってたかな、なんて軽い言葉を落としたロキは落胆したように肩を落とす。
「殺せないの?」
『やっぱりこうなるんだね』
「役立たず」
 昨日の影に語りかけたロキの瞳が静かな色で満たされていく。まるで何の興味もなくなったかのように、影に向ける視線にはもはや何の興味も宿っていなかった。
 昨日が明日を殺せないのなら、もう影法師に消されてしまえばいい。
「ねえ、『私』に殺されるなら良いでしょ」
 それは私も同じだけど、とロキは付け加えた。するとその背後に、天使を模った黒い影が現れる。敢えて光を受けたのは『私』を喚ぶためでもあった。
『そうだね』
「それに奥の手は出した者勝ちだよね」
 天使は光を放つ。
 それまでに影のロキが放っていた祝福を広げ、救済の意思を持って周囲ごと灼き尽くしていくが如く。
『私も、気付いているでしょう?』
「言われなくても、気付いているよ」
 目映すぎる光が満ちゆく中、ロキ達は同じ思いを抱いていた。
 口癖みたいに、なんにもできない、なんて云いながらも力が少しずつ扱えるようになっていること。ゆるやかな流れが荒ぶるように、なにかが変わってきていること。
 対する昨日のロキは影の獣を解き放った。
 だが、天使が呼び起こす光は影すら消し去ってしまう強いものだ。
 封印の綻び。
 なんて、そんな期待はしないのだけれど。自分が未だ視えていない先に何が起こるかと考えればやはり、こんなところで死んでなどいられない。
 そして、ロキは昨日に問いかけた。
「明日が、これからがどうなるか興味はない?」
『仕方ないか。明日の俺様に託すよ』
 その返答は質問へのこたえではなかったが、ロキにとっては十分なものだった。
 ふ、とちいさく笑った昨日のロキの身が光に包まれる。
 そして――過去の影を見送り、共に何処かへ還るかのようにロキの傍にいた天使の影法師も姿を消した。
 後に残されたのは今を生きるロキのみ。
 白い都はもう何処にもなく、乾いた風が吹き抜ける闘技場の景色が戻ってきていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

天音・亮
崩れたビル、散らばる瓦礫、横転した車
ビルの合間から覗いていた青い空には黒い煙が立ち昇っている
強く強く記憶に残って離れない景色
ヒーローズアースでの戦争
その日から私の世界は180度変わった

つい昨日の事みたいに覚えてるよ
ね、きみもそうでしょ?昨日の私
私達の日常が終わりを告げて新しい世界への扉が開いた

取り戻すために、助ける為に私達は進むしかなかった
だからあの日誓ったんだよね
駆け続ける…手を、伸ばし続けるって
真っ向から同じUCでぶつかり合って越えていくよ、昨日の自分だって

誓ったの
笑顔を、絆を、幸せを取り戻す
大切で大好きな人達があの日失ったものを
全部全部取り返して見せる

私は、ヒーローになるんだ!!



●手をのばす
 空の色が濁っている。
 瓦礫は散らばり、ビルは倒壊して、硝子が割れた車が地面に横たわっていた。
 ビルの合間から天を見上げれば、真っ青だったはずの空は黒い煙で満たされている。
 破壊の跡。
 そう表すに相応しい景色が今、亮の前に広がっている。
 これが自分の中に強く強く残る記憶の景色。亮は改めて、自身の裡から離れてくれない光景を思い出した。
『あの日から、全部が変わっちゃったね』
 ビルの合間から声が聞こえる。亮が空から視線を落とすと、其処には今の自分と寸分違わぬ――否、昨日に着ていた服を身に纏う亮が居た。
 どこにでもいる女の子だったのに。
 私達は普通の暮らしをして、普通に生きていくはずだったのに。
 そんな風に語りながら、昨日の自分はゆっくりと歩いて近付いてくる。瓦礫の欠片を軽く蹴って、亮の目の前まで訪れた影は周囲を見渡した。
「つい昨日の事みたいに覚えてるよ。ね、きみもそうでしょ? 昨日の私」
『そうだね、明日の私』
 亮が語りかけると、昨日の自分は首肯した。
 あの戦争で亮の世界は百八十度変わったと言っても良い。
 当たり前だった日常に終わりが告げられ、新しい世界への扉が開いた。
「日常を、普通を――」
『取り戻すために、助ける為に私達は進むしかなかった』
 亮の言葉を継ぐ形で影は声を紡ぐ。
 ちいさな瓦礫を挟んで向かい合うかたちで立っている二人はほぼ同じ存在。それゆえに考えることも、この景色に感じていることも一緒だ。
「だからあの日誓ったんだよね」
『駆け続けるって』
「……手を、伸ばし続けるって」
 二人の亮は言葉を交わしあう。交差した視線はどちらも真っ直ぐだ。
 あの日からの思いを嘘にしないために。
 今、此処で自分と戦うこともきっと必要なことのはず。亮が身構えると、影の方もしっかりと身構え返した。
 そして――。
 再び眼差しが重なった瞬間、昨日の亮と今日の亮の闘いがはじまった。
 地面を蹴る。
 瓦礫の破片が散らばると同時に身体が空に近付いた。地面に刻まれた足跡を一瞬だけ見下ろした亮はすぐに視線を戻し、自分に近付く昨日の影を捉える。
『さぁ、明日の私はどれだけ強くなってるのかな!』
「少なくとも昨日の私よりは!」
 空中で蹴り上げられた一閃を受け止め、亮は近くに横転していた車の上に着地する。そして其処から跳躍して、相対する自分に反撃を放った。
 蹴撃は相手の腕によって防がれる。
 しかし、その動きも読めていた。おそらく向こうも自分の出方は分かっているし、実力だってほぼ互角。
 それでも昨日よりは今日の方が一歩だけ前進できているはず。
 亮は自分が真っ向からしか向かって来ないことを知っていた。それは相手が他でもない自分自身であるからだ。
 だからこそ真正面から迎え撃つだけ。
 世界への足跡を刻んで、跳躍して。駆けて、掛けて、どこまでも。
 亮が越えていくべきものはたくさんある。今はそれが、こうしてぶつかりあっている昨日の自分だというだけ。
 蹴撃の応酬を交わしながら、屋根や瓦礫を伝って駆けゆく亮達は思いを確かめあう。
 そして、ビルの上まで駆けのぼった二人は、その屋上で対峙することになった。
「誓ったの」
『あの日から、変わらない』
 ――笑顔を、絆を、幸せを取り戻す。
 変わった世界で今も抱き続ける思いは、強くなるための標。
 大切で大好きな人達が、あの日失ったものを。悲しみに塗り潰されてしまった、希望や平穏という光を。
「全部全部、取り返して見せる」
『じゃあ、その誓いの証を見せて』
 亮が強く宣言すると、昨日の自分はその意志を確認するように呼びかけた。
 頷き、身構え直した亮は越えるべき昨日を見据える。進めるのは明日への路しかなくて、過去を変えることは出来ないから。
 全てを越えて、明るい未来を手に入れるために。
「私は、ヒーローになるんだ!!」
 亮の宣言と共に戦いの最後を齎す一撃が振るわれた。昨日の自分だからこそ遠慮なく、全力を以てして誓いを形にする。
 そうして、昨日の影はその場に膝をついた。
 戦う力を失ったことで徐々に消えていく影は、何の言葉も残さない代わりに微笑んでいた。それでこそ私、と語るような笑顔を見せた昨日の影はやがて消滅する。
 任せて、と告げた亮は顔をあげる。
 其処にはもう濁った空の色はなく、今の自分が居るべき現実の光景があった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

アリス・レヴェリー
わたしから染めた訳じゃないのに思い出の風景に変わるなんて、なんだか変な感じだわ。わたしが目覚めた廃工房に、荒野に海、星空を衝く大樹。思い出は数え切れないけれど、わたし達が一緒にいるのならやっぱりあの日の約束を交わした花畑が相応しいのかしらね

影もお友達の幻獣を召喚しようとしてくるでしょうし……こちらも同じ子を喚んで抑え込んで貰うわ
どの子も多分お互いに能力を抑え合って我慢比べでしょうから、わたし同士の戦いだけど……アドバンテージは昨日と向き合って考えた時間
影がわたしなら近付かれたら咄嗟に『刻命の懐中時計』の結界を張る筈
それを反属性の結界を重ねることで打ち消し続けて、『刻む三針』の秒針の細剣で貫くわ



●影の国のアリス
 自分の記憶に残る景色。
 それはたくさんあって、アリスの胸裏に様々な光景が浮かぶ。
 自分が目覚めた廃工房。
 果てしなく広がる荒野に、波が揺らめく大きな海。そして、星空を衝く大樹。
 どれも大切なものばかり。
 だけど、きっと――。
 いつの間にか目を閉じていたアリスが瞼をひらくと、花畑が見えた。
「やっぱり、ここなのね」
 闘技場の景色は、あの日の約束を交わした花畑に変わっている。
 これは真鍮の轍の力が齎したものではない。自分から染めたわけではないのに、思い出の風景に変わるなんて、なんだか変な感じがした。
『思い出は数え切れないけれど……』
「わたし達が一緒にいるのなら、この場所が相応しいわ」
 アリスは聞こえた声に顔を上げ、そっと頷く。
 その声の主は自分自身だった。詳しく言うならばこの闘技場の力によって生み出された、昨日のアリス。
 ふいに穏やかな風が吹き抜け、花がさやさやと揺れた。
 二人のアリスは花畑の中心に向かい合わせで立っている。まったく同じ見た目の少女達の姿が、互いの青い瞳に映り込んでいた。
『この場所で戦うのも、皮肉で少しナンセンスだけど』
「ええ、やるしかないのね」
 二人のアリスは同じ思いを抱き、此処から始まる戦いへ意識を向ける。
 そして、双方が頷きあった刹那。
 影のアリスは純白の大鯨を呼び、アリス本人も同じ白鯨を呼んだ。
 二頭の大鯨は雲のような白い飛沫をあげながら戦場となった花畑に浮かぶ。それらが衝突しあう衝撃が周囲に広がった。
「ムート、そっちはお願い!」
『単純な力比べになるかしら』
 アリスが白鯨に願い、影もその衝突を見遣る。
 更には星魔法を司る神鳥が現れたことで、アリスも続けて大鷲を呼ぶ。
「アルテアまで呼ぶのね」
『そうよ、みんな大切なわたしの友だから』
 おそらくお互いに能力を抑え合っての我慢比べになってしまうだろう。
 しかし、昨日のアリスの攻勢はそれだけにおさまらない。続いて黄金の獅子を召喚した影はその背に騎乗した。
 対するアリスは新たな力を紡ぐ。装具の力を引き出す真鍮飾りのドレス姿へと変わったアリスは自分を見据えた。
「わたしのやり方は分かっているわ」
『わたしだって、わたしを識っているもの』
 気高き王と優しき王、美しき女王を伴った影の自分はアリスに対抗してくる。
 自分同士の戦いではあるが、きっとアドバンテージは此方にある。昨日と向き合って考えた時間が今のアリスにはあるからだ。
 そう、たとえば――影が自分なら、近付かれたら咄嗟に結界を張るはず。
「覚悟して、わたし」
『覚悟するのはどっちかしらね』
 アリスは敢えて秒針の細剣を大きく掲げ、昨日の自分に斬りかかっていく。
 刹那、獅子に乗った自分は予想通りに刻命の懐中時計で結界を張り巡らせた。アリスはそれに反属性の結界を重ねて打ち消していく。
「これならどう?」
『そう来るのね、よく考えたじゃない』
 しかし、昨日の自分も更に結界を張る。されどアリスはその度に属性を打ち消していき、徐々に影を追い詰めていった。
 体勢を立て直そうとした影は獅子の名を呼び、一旦下がろうとする。
「ダイナ!」
 そして、アリスはそのタイミングで黄金の獅子を呼んだ。呼応して現れた獅子はアリスを乗せ、後方に下がった昨日の影を追う。
 駆ける、駆ける。
 共に歩んだ軌跡を確かめるようにダイナは駆け抜ける。
 アリスの手には秒針。その両肩の上には時針の短剣と分針の片手剣が浮かんでいた。そうして、影に追いついたアリスはひといきに刃を解き放つ。
 全ては一瞬のこと。
『あ……』
 刻む三針が齎した最後はあっけないものだった。
 影のアリスは獅子から落ち、花畑の最中に倒れ込む。影の存在だったムートとアルテア、ダイナが瞬く間に消えていく。
 花に囲まれた影のアリスは、自分を見下ろすアリスを見上げ返した。
『昨日のわたしの物語は、これでおしまい。でも――』
「今日のわたしはここから続くの。あなたの分まで、明日に歩いていくわ」
 影が語った言葉を継ぎ、アリスは消えゆく幻影を見送った。それと同時に約束の花畑の光景も薄れていく。
 次の瞬間、其処に広がっていたのは来たときに見た闘技場の景色。
 あの花の情景は消えてしまったけれど、変わらないものもある。それは――金獅子のダイナと白鯨のムート、星鷲のアルテア。大切なお友達の存在。
「行きましょう」
 かれらを見つめたアリスは穏やかに笑み、共に明日へと向かうことを誓った。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

橙樹・千織
ここは…
浮かぶ景色は森の社よりも更に奥
神域に広がる狂い咲きの《糸桜の影》

そして
“前”の記憶を思い出した場所

そう…私が敵
現る影を睨め付ける
何か転機があれば私の方が上回っていたかもしれない
けど、そうそうあるものではない

だとすれば
私がお前に勝るものはただ一つ

日に日に増す
彼らを護るという想い

中身が異なるモノといえど
“私”が彼らに仇なすことは許さない
呪詛で影を縛り、動きを鈍らせる
怪我も厭わず、UCで敵の攻撃をいなし
声が枯れても唄い、刃を振るう

もし万が一
この身を堕とし、私自身が彼らの害となるならば
館を出て彼らも知らぬ此処で一人枯れてしまえば良い

もう二度と
誰かに彼女のような顔はさせないと決めたのだから



●彩櫻と影
「ここは……」
 それまで目の前にあったはずの闘技場の景色が消え、違う光景が現れる。
 この情景はいま此処にはないはずのものだ。
 ただの幻であると理解している千織は辺りを慎重に見渡しながら歩を進めていく。
 周囲は優しき森の光景になっており、見慣れた社があった。それは既に千織の後方にある。此度に千織が間近で視ることになったのは、社の更に向こう側。
 神域と呼ばれる森の奥深く、年中狂い咲く枝垂桜が見える場所。
 ――糸桜の影。
 しかし今は情景よりも目を向けるべきものが目の前にある。それは、自分と寸分違わぬ姿をしている昨日の自分、己の影だ。
「私……」
『よく来ましたね、私』
 千織は“前”の記憶を思い出した場所で、昨日の自分と対峙する。
 今の自分よりも一日だけ前の存在は真っ直ぐに此方を見つめている。ヤマネコの獣耳と尻尾にトビの翼、羊の角。千織自身も影の存在も、今はすべての特徴を現している。
「そう……」
『私が敵。分かっていますよね?』
 千織が言い掛けた言葉を奪うように影の千織が口をひらいた。影を睨め付けた千織は頷き、今の敵である自分をしかと捉える。
 昨日と今日の間に何か転機があれば、現在の千織の方が上回っていたかもしれない。
 されど、自分を大きく変える物事などそうそうあるものではない。そう考えた千織は、己と戦うことに覚悟を抱いた。
 だが、昨日の自分と今の千織とで確実に違うところもある。
「私がお前に勝るものはただ一つ」
『――彼らへの思い』
 昨日の千織が言葉を継ぐ。おそらく同じことを考えているに違いない。
 たった一日しか違わないが、彼らを護るという想いは日に日に増している。その一日分こそが自分の力だと信じて千織は構えた。
 考えは同じでも、相手はこの闘技場の力で生み出されるもの。
 中身が異なるモノといえど、“私”だ。ゆえに彼らに仇なすことは許せず、千織は藍雷鳥の刃を差し向ける。
 昨日の自分が構えたのは藍焔華だった。
 日本刀と同じ藍色の装飾が施された薙刀が鈍く光る。双方の視線が交差した瞬間、呪詛が糸桜の影に巡っていった。
 守護巫女の肌に咲く朱色の八重櫻が色濃くなり、その数が増えていく。
 戦意に応じて広がる紋は今、己と対峙することで更なる反応をみせていった。対する影の方は剣舞で相対する。
 先ず放たれたのは櫻雨。八重桜と山吹の花が散り、千織を穿っていく。
 藍雷鳥で以てそれらを斬り裂き、花嵐を抜けた彼女は昨日の自分に更なる呪詛を重ねていった。相手の動きは僅かに鈍くなったが、剣舞は終わらない。
 燐椿を思わせる灼熱の炎が千織を襲った。
 熱が肌を焼いたが、千織は構わずに舞い唄う。それなら、と影は柘榴霹の一閃を解き放った。身体ではなく神経とエネルギー回路を狙い撃ったのだ。
「……っ!」
 千織の声が枯れそうになる。
 しかし、それすら厭うことなく千織は唄い、刃を振るい続けた。蝋梅香の剣舞が襲い来ようとも、いなして耐える。
 もし万が一、この身を堕とした自分自身が彼らの害となるなら。
 館を出て、彼らも知らぬ此処で一人枯れてしまえば良い。そのように思うからこそ、千織自身はそうすることを選ばない。
 此処で影を倒し、望む日常に戻るための勝利を得ると決めた。
 何故なら――もう二度と、誰かに彼女のような顔はさせないと決めたのだから。
 遠い記憶を思い返した千織は藍雷鳥を大きく振り上げた。影の自分が藍焔華で受けて立とうとして身構えたが、それすら弾き飛ばす。
 そして、千織はそれまでに秘めていた春月光の力をひといきに解放した。
『――!?』
 刹那、影の自分が桜に包まれながら倒れ伏す。
 勝ったのだと感じた千織は影を見下ろし、自分自身を映したものに宣言する。
「日々、私は強くなります。この想いと共に」
『そう……それなら、』
 影が口をひらいた次の瞬間、その姿は周囲の景色と共に消えていった。だが、千織は昨日の自分が最期に何と言いたかったか理解している。
 明日の私に全てを託す。
 そうに違いないと確信した千織は真っ直ぐに前を見つめた。
 歩いていくべき路は過去ではなく、未来にしか続いていないのだと感じながら――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

サン・ダイヤモンド
温い水の中の様な真っ暗な空間に漂って
何かが、誰かがたくさんいる
視られている
知らない場所なのに
僕はここを知っている

野生の勘、見切り、オーラで防御
眩い攻撃に照らされ見えたのは昨日の僕

防戦の中思考する
昨日の僕は、ブラッドと笑い合った昨日は
全部過去になってしまったの?
全て骸の海に?
ここは、ここにいるのは皆

棄てられたひと

あ、あ…!
僕の中に流れ込んでくる
悲哀、絶望、憎悪
何故棄てられなければならないのか

世界は知らない事ばかり
だから僕は知ろうとする
今日も明日も明後日も
新たに想う、考える
君の事も、あの人(創造主)の事も

傷付いても前へ
君も過去も抱き締め受け容れ
祈り、吸収
未来へ進む

今の僕だから
今の僕にしかできない事



●空の器は夢をみる
 其処は闘技場のはずだった。
 しかし今、サンは温い水中のような真っ暗な空間に漂っている。
 此処が何処で、何なのかは知らない。けれどもサンは何かを感じた。闇に隠れた黒い目が無数にあり、あちこちで瞬いているようだ。
 誰かが、たくさんいる。
 視られている。
 どうしてだろう。知らないはずの場所なのに――どうして?
 サンの脳裏にそんな思いが過ぎっていった時、暗闇の底から声が響いてきた。
『そうだよ、僕はここを知っている』
「……僕?」
 それが自分では発していない自分の声だと気付いた瞬間、眩い攻撃がサンに迫る。
 咄嗟に身を翻せば真白の髪が翼の如くふわりと広がった。
 光に照らされ、見え始めたのは昨日の自分の姿。今の自分と変わらぬ姿をした影のサンは更に口をひらく。
『僕は知ってるはずだよ』
「そうだ、此処は――」
『骸の海だ』
 昨日のサンが心の底から発した言葉と共に衝撃波が巡った。サンは昨日の影に先を越されたことで奇妙な感覚をおぼえた。
 されど未だサンからは攻撃をしない。防戦の中で思考するのは、昨日の自分がこの場所を海と呼んだ理由。
(昨日の僕は、ブラッドと笑い合った昨日は、全部過去になってしまったの?)
『全て骸の海に落ちていくんだ』
 言葉にしなかったというのに、昨日のサンは考えを読んだかのように語りかける。
 無理もない、彼もまた自分自身であるが故に思考のしかたは同じだ。じゃあ、と言葉にしたサンは浮かんだ思いを声にしていく。
「ここは、ここにいるのは皆……」
 ――棄てられたひと。
 はっきりと自覚した途端、サンの中に様々なものが流れ込んできた。
 嘆きと悲哀。
 抗えない絶望。
 他者に、或いは世界に向ける憎悪。
「あ、あ……!」
 裡に流れ込んでくる感情の奔流は先程までの攻撃よりも鋭く心を刺した。
 何故。どうして。
 消費され、過去へと棄てられなければならないのか。ぐるぐると思考が巡っているようでひとつどころに留まってしまっているかのようだ。
 知らないけれど、識っている。複雑な心境と心地が巡り続ける。
『明日を諦める?』
 昨日のサンは自分と変わらぬ表情で、複雑そうな物言いで問いかけてきた。
 サンは答えられなかったが、代わりにふるふると首を横に振る。昨日の自分にとっては己が明日の存在だ。そんな相手に明日自身が『今』を諦めるとは言えない。
 それに――。
 サンは顔をあげ、淡い光を解き放つ昨日の自分を見つめた。
「君も……ううん、僕だって分かってるはず」
 彼のひとが居る限り、たったひとりで諦めるという選択など取らないことを。
 世界は知らないことばかり。
 だからサンは知ろうとする。今日も、明日も、明後日だって。新たに想って、考えて進んでいくことが今の自分の在り方だ。
「君のことも、あの人――創造主のことだって、求めて考えて進むよ」
 傷付いても前へ、ただひたすら未来へ。
 自分の過去も抱き締めて、受け容れて、祈りを抱えて進もう。光に貫かれながらもサンは腕を伸ばし、昨日の自分に触れた。
 その姿は時空の狭間を漂うものと合わさり、昨日の己を吸収していく。
 そうすれば過去と現在は文字通りにひとつになった。
「大丈夫。今の僕は此処にいるから」
 消え去った過去に告げるように、サンはそっと呟く。
 次第に真っ暗な空間は元あった闘技場の景色に戻っていった。本当の光が満ちる場所を振り仰ぎ、サンは決意や誓いにも似た言の葉を紡ぐ。
「今の僕にしかできないことを――」
 この手で掴むために。
 けれども、今はどうしてか眠い。もしかすれば一時的に消費できる自我の限界が来たのかもしれない。サンは片隅でぱたりと倒れ込み、瞼を閉じた。
 しかし、心配はしていない。
 きっと彼が自分を迎えに来てくれると信じているから。
 そして、サンは束の間の眠りに落ちた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

朧・ユェー
何も無い真っ白な世界
僕が俺が望んでいた世界

一人の影
おや、アレは僕?
なるほど、僕と戦うのですか?
それは面白そうですねぇ

武器やUCで僕を喰おうとする昨日の僕
ふと、白い世界が、真っ赤にそして黄色に青にと鮮やかに変わっていく
嗚呼、これが今の僕の世界
誓った者、大切な子、大切な人達の想い出の世界
何故だろうか、彼に昨日の僕に負ける気がしない

ベラーターノ瞳、相手が使ったとしても昨日と今の未来では僕の方が有利だ
相手の攻撃をかわし
相手に傷をつけ真っ赤に染める

ごめんねぇ
君と僕のでは大切なモノの重みが違う
緋喰

だからさようなら
昨日の俺



●白から色彩へ
 其処は何も無い、真っ白な場所だった。
 僕が――俺が望んでいた世界だ、と感じてユェーは目を凝らす。
 すると、その先にひとつの影が見えた。
「おや、アレは僕?」
『おや、コレは僕ですね?』
 ユェーが首を傾げると昨日の自分である影も同じような仕草をした。まるで鏡写しのようだが違う。それは紛れもない、反転すらしていない自分だ。
「なるほど、僕と戦うのですか?」
『そのようですねぇ』
「それは面白そうですねぇ」
『では、始めましょうか』
 ふたりのユェーの視線が重なり、戦いの幕は上がっていく。
 昨日の自分が漆黒ノ鏈を振り上げると、鋼のチェーンとなってユェーに襲いかかった。その軌道を読んだ彼は身を翻す。
 しかし、その腕を絡め取った鎖はユェーの身を紅く染めた。痛みが走ったがユェーは構わずに反撃に入っていく。
 赤、朱、緋、紅。
 ――あぁ、喉が渇く。飢える渇きを感じたならばアカを喰らえば良い。
 双眸を鋭く細めたユェーは自らの赤キモノを喰らい、力を増していく。今の敵である昨日の自分を紅きモノへと変化させ、喰い細胞を活性化したユェー。
 しかし、相手も自分なので対処法を識っている。
 暴食のグールが蠢き、自分の血すら喰らっていった。目にするモノを凡て食して、喰らいつくすかのように刻印は動いていく。
「昨日の僕も、僕を喰おうとしているのですね」
『それ以外に何が?』
 ユェーが言葉を落とすと、昨日の影は分かりきったことだと語った。
 そのとき――ふと白い世界が、真っ赤に染まる。其処から更に黄色、青と鮮やかな色に変わっていった。
 はたとしたユェーは気付く。この色は自分のものだけではない。
「嗚呼、これが今の僕の世界」
 誓った者、大切な子、大切な人達の想い出の世界。
 それを実感した瞬間、ユェーの裡にある思いが浮かんできた。何故だろうか。自分と然程差異のない彼に――昨日の自分に負ける気がしない。
 相手はベラーターノ瞳を使う。
 されどそう来るのならば、此方も同じようにこの力を用いるだけだ。
「それを使ったとしても昨日と今の未来では僕の方が有利だ」
『それはどうかな。過去が見えて、未来が見えるのは僕も同じだ』
 両者は互いに譲らない。
 同じように過去を視て、未来を見通す瞳を使えば双方は動けなくなる。同調しながらも相反した力がすべてを白に変えたからだ。
 つまり未来は真っ白。
 最初に見た光景がそれを示唆していたのかもしれないと感じながら、ユェーは動く。
 今の場合はサイバーアイに頼るよりも己の力で動いた方が確実だ。そう感じた彼は同時に動いた相手の攻撃をかわし、代わりに傷をつけて真っ赤に染めあげた。
「ごめんねぇ、君と僕のでは大切なモノの重みが違う」
『一日分だけ重くなったと……?』
「そうだよ、さあ――全ての赤を喰らい尽くし、君も戴くよ」
 刹那、緋喰の力が深く巡る。
 ユェー自身も傷を負っていたが、勝利を得たのは今の自分だった。消えゆく自分の影を見下ろしたユェーは己にしか聞こえない声でちいさく呟く。
「だからさようなら、昨日の俺」
 そうして、戦いは終わる。
 色付いた世界は元の闘技場の光景に戻り、後には静けさだけが残っていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

蘭・八重
いつもの変わらない館の部屋
椅子に座り、優雅に紅茶を愉しむひととき

あらあら、誰かしら?
ふふっ、私に似た子ね。昨日の私?
誰だろうと大切な時間を奪うのは許せないわ

荊のムチの攻撃など同じタイミングに互角
ふふっ流石、私ね。

最期に届けるの同じ
私は貴女に。貴女は私に
甘い毒のキスを与える

私も貴女も毒には強い
でもね、私の毒は毎日濃くなるの
それを毎日紅茶で吞み干す

先程の毒入り紅茶とても美味しかったわ
ふふっ、貴女にもおっそわけ
身体に毒を感じなさい

ねぇ、貴女はあの子を愛してるかしら?
どれくらい?
毎日毒と同じくらい愛は深まるの
だから貴女は違う者

ごめんなさいね



●薔薇の毒
 八重が見たのは、いつもの変わらない館の部屋だった。
 椅子に座って普段と同じように優雅に紅茶を愉しむひととき。そんな時間を味わっている昨日の自分の姿が見え、八重は首を傾げた。
「あらあら、誰かしら?」
『聞かなくても分かるでしょう?』
「ふふっ、私に似た子ね。昨日の私?」
『あらあら、ちゃんと分かっているのね』
 テーブルにカップを置いた昨日の八重はそっと立ち上がる。差し向けられる視線を受け止めた八重は、それが敵でしかない存在なのだと察した。
「誰だろうと大切な時間を奪うのは許せないわ」
『ふふっ、私も同感よ』
 今日の八重と昨日の八重の視線が交錯した。
 刹那、両者は殆ど同時に紅薔薇荊棘を振るった。攻撃の癖、タイミングまで互角で同じとあれば、避ける瞬間まで一緒だ。
「ふふっ流石、私ね」
『本当に流石よ』
 互いに賞賛を送りあったふたりは一度距離を取る。
 白薔薇の鋭い棘の荊が更に伸び、鞭の如く撓った。振るわれた棘は互いの身体を突き刺し、血を啜ることで紅薔薇へと変わっていく。
 だが、こんな痛みなど何でもない。
 それは今日の八重だけではなく昨日の八重も同じようだ。
 更に眼差しが交差して、相手の瞳に自分の姿が映り込んでいるのが分かった。自分にも相手の姿が映っているので、合わせ鏡の如く永遠に続く視線の重なりとなる。
 されど、その鏡はすぐに閉じられることになった。
 再び同じタイミングで動いた八重は相手に手を伸ばす。その指先は昨日の自分の頬に触れ、相手の指先もまた此方の頬に触れていく。
 最期に届けるのと同じ。
(――私は貴女に)
(貴女は私に――)
 交わされ、与えられたのは甘い紅薔薇のキス。熱い抱擁の如く重なったそれは毒を孕むものだ。通常であれば恐ろしく強い毒なのだが――。
「私も貴女も毒には強いわね」
『ええ、何も変わらないわ』
「でもね、私の毒は毎日濃くなるの」
 それを毎日、紅茶で呑み干すのだと語った八重は薄く笑む。されど相手とて同じ自分であるゆえにそのことは知っている。
「先程の毒入り紅茶とても美味しかったわ」
『……、……』
 昨日の八重はどうしてか無言だった。構わずに八重は言葉を続けていく。
「ふふっ、貴女にもおすそわけ」
 身体に毒を感じなさい、と八重が告げた後――昨日の自分が、その場に膝をついた。ああ、とかすれた声をあげる昨日の八重に向け、八重本人は問いかける。
「ねぇ、貴女はあの子を愛してるかしら?」
『愛しているわ』
「どれくらい?」
『昨日の貴女と同じくらい』
「そう、それじゃ駄目ね。毎日、毒と同じくらい愛は深まるの」
 ――だから貴女は違う者。
 同じではないのだと宣言した直後、昨日の影は力なく倒れ伏した。
 ごめんなさいね。
 そんな言葉を落とした八重は瞼を閉じて、愛しいあの子を想う。普通に生きていれば昨日と今日の差異など僅かなものなのかもしれない。しかし、日を重ねるごとに強くなる思いこそが、昨日との明らかな違いだった。
 そして、それまで館の光景だった周囲の見た目は元の景色に戻っていく。
 八重は踵を返し、歩いていく。
 其処から帰る場所は、勿論――自分が日常を過ごす、あの館の部屋だ。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ゼロ・クローフィ
ここは何処だろうか?
真っ暗闇に包まれる

まぁ、どうでもいいか
興味が無い、何もかも
昔の想い出や記憶など何も無い

昨日の俺?
それは本当に俺なのか?それとも別の…
俺は今の俺だけだ
だから過去の俺も興味が無い

煙草に火をつけて一服する
向こうも一服する仕草で悪魔どもを呼ぼうとする

悪魔は契約者には逆らう事なく忠実だ
それは俺が死ぬまで変わらない

悪魔は過去に興味を示さない
欲望の儘に先へと進むだけ
過去のアレと今の俺

おい、誰がお前達の飼い主かわかってるだろうな?
口から煙を出して呼び寄せる
飼い主で無くなったアレに反撃を

アレがどうなろうが興味は無いが真似事されたらムカつくなぁ

さぁて地獄の始まりだ



●紫煙と悪魔
 ――ここは何処だろうか?
 気付けばゼロは真っ暗な闇に包まれていた。闘技場であった場所の景色が揺らいで変化することは聞いていたが、何処になったのかは見当もつかない。
 何も見えない暗闇であっても地面は確かにあるらしく、ゼロは徐ろに歩き出す。
 しかし、それは何処までも続く闇でしかなかった。
「まぁ、どうでもいいか」
 頭を軽く振ったゼロの片目に宿る感情は薄い。落とした言葉も心底興味が無さそうな声色だった。どうだって良いと感じているのはこの空間に対してだけではなく、自分を取り巻くもの、何もかもについてだ。
 昔の想い出や記憶。
 そんなものなど何も無く、今だって面倒だと思うことばかりだ。
 零である者の印象に残る景色など、所詮はこういった無にも近い闇ということなのだろう。そのように理解したゼロは肩を竦めた。
 しかし、そのとき。
『……何だよ、めんどくせぇな』
 発していないはずの自分の声が聞こえ、ゼロは顔をあげる。暗闇の中に浮かび上がるように現れたのはゼロと寸分違わぬ姿をしている者だ。
「昨日の俺?」
『ああ、そういうお前は明日の俺か』
「本当に俺なのか? それとも別の……」
『どうでもいいんじゃなかったのか?』
 問いかけようとしたゼロに対して昨日の自分は言葉を遮った。そして、先程のゼロと同じく影も興味がなさそうに肩を竦める。
 そうか、とちいさく頷いたゼロは考えるまでもないと察した。
「俺は今の俺だけだ」
 だから、過去の自分自身であっても興味が無い。それが今のゼロの答えだ。
 そうしてゼロが煙草に火をつけると、向こうのゼロも一服する仕草をした。そうすることで悪魔を呼ぼうとしているのは両者とも同じらしい。
 一筋の煙が闇の中に揺らいだ。
 刹那、黒狼煙の力が暗闇の中に巡ってゆく。二人のゼロが口から煙を出すことで呼び寄せられたケルベロスは二体。
 昨日と今日の自分が顕現させた悪魔は獄黒炎を揺らがせる。
 悪魔は契約者には逆らうことなく忠実である。
 それはゼロが死ぬまで変わらない確かなことだ。それに悪魔は過去になど興味を示さない。欲望の儘に先へと進むだけ。
 即ち――。
「おい、過去のアレと今の俺。誰がお前達の飼い主かわかってるだろうな?」
『まさか』
「やれ」
 ゼロが二体のケルベロスに問いかけ、昨日の影が訝しげに眉をひそめた瞬間。二体の狂牙が昨日のゼロを襲う。
 過去のゼロは一瞬で全てを察した。何かをしようとしても、すべての手が無駄になる。魔猿も灰骨僕も、ルシファーもおろか、悪魔を宿す一閃すら振るえない。
 つまりは最初から今のゼロの勝ちが決まっていたようなものだったのだ。
「こいつらの飼い主で無くなった俺、どんな気分だ?」
『聞くほど興味がない癖に、よく言う』
 牙に穿たれながら、昨日の影は片目を眇める。言われた通り、それの身体がどうなろうがゼロに興味は無かったが、やはり真似事をされたことには僅かな憤りがあった。
 ムカつくなぁ、と口にしたゼロは悪魔を呼ぶ。
 黒炎が燃え上がり、昨日の影を燃やし尽くさんと広がっていく。それも一体ではなく二体分だ。影のゼロは何も抵抗せず――否、悪魔を召喚したとて結果がわかっているので、何もしないままだった。
 そのような自分は、自分などではない。
 そう考えたゼロは更なる紫煙を吐き出した。闇はもう炎に照らされて、昏いだけのものではなくなっている。
 よろめいたゼロの影は倒れるのを何とか防いだ。
 しかし何度でも、何度だってそれを打ちのめしてやればいい。
「さぁて地獄の始まりだ」
 依然として面倒ではあったが、これはこの場所から抜け出すためには必要なこと。ゼロは黒狼達に視線を遣り、遠慮なく餐えと告げた。
 そして――。
 影が倒れ伏し、無に還っていく。それと同時に周囲の暗闇が晴れた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

兎乃・零時
アドリブ歓迎

心象風景

水葬の町
幽霊船
鯨など
依頼で行った場所が入り混る光景

パルは「俺より強い」式紙
だから俺が強くなればより強くなる
だから影パルは任せる

俺は俺《昨日》を超えて
壁を超える

過去なら知ってんだろ
どれほど絶望が
逆境がでかくとも
止まらねぇと
…何があろうとも!

攻撃は気合で避けろ
当たっても血反吐吐いてでも耐えろ


詠唱を交え魔術で加速
あの絶望射抜く以上の火力を出す為にあの時以上に重ねる!

…其は、武器を生み出すもの!

昨日なら知らんだろ!

これは今日!特訓した術だからなぁ!

魔術で光の魔力の弾丸を創り
Ⅱ型の藍玉の杖に装填

銃に沢山魔力溜め

ただ一点貫く力を!

限界突破全力魔法!

リミテッドバレットレイ
 極光弾道!



●常に目指す最強の未来へ
 世界の景色が次々と移り変わっていく。
 記憶と過去を投影して、一時的に現実化させる闘技場の光景は刻々と変化していた。
「おお……!!」
 零時の瞳に先ず映ったのは水葬の都。
 雪景色の宿に時の峡谷、ひみつきちの光景、桜が咲く島や、宙を泳ぐ鯨の姿。ヒーローステージや浪漫に満ちた星の海、おどろおどろしい幽霊船など。
 自分が行ったことのある世界や、見たことのある場所が浮かんでは消え、入り混じっている光景が零時の周囲に広がっている。
 そして、その中心にはもうひとりの零時が立っていた。
 それは昨日の自分。
 この闘技場が作り出した一日前の零時だ。
『俺様の記憶はこんなもんじゃない! もっともっと世界を巡ってきた。だろ?』
 昨日の自分は今日の自分に語りかける。
 頷いた零時は周囲にある光景以外にも、多くの思い出があると確かめた。どれもが印象的で大切な記憶と経験だった。
「そうだな、この景色以外にもたくさんのものを見てきた!」
 明るく笑った零時の傍。
 其処には紙兎のパルがついている。当然ながら昨日の零時の横にもパルがついていて、両者は臨戦態勢に入っていた。
 昨日と今日の自分が戦い、勝敗を決めなければならない現状。
 二人の零時は向かい合いながら藍玉の杖を構えた。その動きは全く同じで、動作のタイミングすら一緒だった。
「パル!」
『そっちは頼んだ!』
 零時が紙兎を呼ぶ最中、影の零時も同じことを考えていたらしい。
 パルは零時よりも強い式紙だ。
 つまりは自分が強くなればより強くなるというもの。パルに影の紙兎を任せ、零時は自分の影を見据えた。
 先んじて紙兎達が高く跳んだ。高い位置に映されていたひみつきちの上に駆け上がるようにパル達が更に跳躍する。同時に激しい衝突音が響いたが、そちらに目を向けている暇は与えられないと知っていた。
「いいか、俺! 俺は俺の《昨日》を乗り越えて、壁を超える!!」
『俺は《明日》を超えてみせる!!』
 両者の眼差しが鋭く交差する。過去なら、そして今であるからこそわかる。
 たとえ昨日の存在であっても零時ならば何も諦めたりはしない。自分の方が過去であるから、なんて遠慮も落胆もせずに明日の己を越えようとするだろう。
「過去なら知ってんだろ」
『どれほど絶望が、逆境がでかくとも止まらねぇ!』
 そう――。
「『……何があろうとも!』」
 互いが思っていることを自然に読みあった二人の声が重なる。
 次の瞬間、零時達は魔術を発動させていく。詠唱の声が紡がれ、光の魔力が周囲に渦巻いていった。
 刹那、眩い光が双方から解き放たれる。
 零時は光を放つと同時にとっさに後方に跳躍した。一閃目はそれによって無事に避けられた。だが、自分であるなら更に其処に光を重ねるだろう。
『ぶっとべ――ッ!!』
「そう簡単に、飛ぶかッ!!」
 影の零時から解放された閃光が迫る。二撃目を撃たないことで全力で回避した零時はその直撃を避けた。だが、光の一部が脇腹を掠っている。
 ぐ、とくぐもった声が零時から零れ落ちた。しかし彼は怯まない。たとえ当たっても、血反吐を吐いたとしても耐え抜く気概がある。
「俺が俺に負けるわけにはいかねぇ!」
『こっちだって負けねぇ!!!』
 零時は魔術による加速で相手の光よりも疾く駆け、これまでに潜り抜けてきた苦境の数々を思い返していく。
 大魔王と戦ったあの日。消されそうになる記憶に抗ったとき。
 友人を暗い感情から救いたいと願った瞬間。
 あの絶望を射抜く以上の火力を出す為に、あのとき以上に魔力を重ねていく。そして、零時は反撃に移った。
「……其は、武器を生み出すもの!」
『何だそれ!』
 零時の詠唱が始まったことで、昨日の影は不思議と興味が入り混じった顔をした。零時は得意げに口の端をあげ、不敵で自信満々な笑みを浮かべる。
「昨日なら知らんだろ!」
『もしかして、新しいやつじゃんか!』
「そうだ! これは今日! 特訓した術だからなぁ!」
 はっとした影が更なる光を生み出そうとする前に、零時は魔力の弾丸を創りあげた。
 相手が撃ち出そうとしている圧倒的魔力の塊も確かに大技だ。だが、藍玉の杖に装填した魔力は更にその上を往くもの。
 これまでの自分を超えられるよう特訓した努力の結晶だ。
 銃にめっぱいの魔力を溜め、零時は限界すら突破する全力を出してゆく。
「ただ一点、貫く力を!」
『相手が未来であっても串刺しだ!』
 二人の零時は其々に真正面から技の打ち合いに入った。
 きっと、これが過去と未来が向き合うべき形なのだと互いに理解している。そして、少年達の声が再び重なった。
『――極大光線《オーバーレイ》!!』
「――極光弾道《リミテッドバレットレイ》!!」
 光の一閃と弾丸。
 ぶつかりあった力は更なる光となって辺りを照らしていき――次の瞬間、弾道がすべてを穿くように迸った。
 すると上空からパルが降り立ち、零時の傍に跳ねてくる。
 どうやら影の紙兎も倒されたようだ。やがて、光の残滓が消え去った頃。其処には昨日の零時の姿はなく、闘技場の景色が戻っていた。
「やったな、パル!」
 零時は明るく笑い、どうだ、と胸を張る。
 そうして少年は宣言通りにひとつの壁を乗り越え、また一歩成長した。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ライラック・エアルオウルズ
闘技場が、花咲く丘と変わる
傍らとあるのは、ひとつの墓
――僕の父が眠る場所だ

僕にとって大切な場所を、
『影』たる僕が荒らすのかい?
何て、言葉を重ねてみても
口では僕には勝てないかな

燈籠を手に、ひと夜を語る
夜には沢山の想い出がある
父が『友人』を呼んだ夜
影の『友人』と遊んだ夜
病でひとり苦しむ夜さえ、
やさしい夜としてくれたのは
ずっと、ずっと、傍に添うた
大切な『友人』の御陰だった

視界/行動を妨げるよう、星影を放ち
遠距離攻撃は《オーラ防御》で薙いで
『大切な友人』を囮として、隙を狙い
《属性攻撃:氷》刃放ち、影を裂く

当然、君も『友人』は大切だよね
僕もそれは変わらない
――けれどね、僕はもう
縋るばかりは、止めたんだ



●夜を斯く語りて
 古めかしくて、戦いの雰囲気しかしない景色だった場所が変わっていく。
 闘技場の光景が瞬く間に花咲く丘へと変化したことで、ライラックは目を見開いた。花の美しさや情景の穏やかさにではなく、その傍らにひとつの墓があったからだ。
 あの丘だ、と気付いたときにはそちらに一歩、近付いていた。
 それは父が眠る場所。
 しかし、ライラックの行く手を阻むように影が現れる。
 墓を背にして立つのはもうひとりの自分。昨日のライラックだ。花が風に揺れ、次第に景色が夕暮れへと変わっていく。
 ライラックは移りゆく空の色を確かめながら、影に問う。
「僕にとって大切な場所を、『影』たる僕が荒らすのかい?」
『荒らすのは君の方だよ、明日の僕』
 だって今から僕達は戦うのだから、と影は語った。するとライラックは肩を竦め、自分に言葉を重ねても勝てはしないと思う。
 口で自分に負けはしないが、言い負かすことも出来ない平行線だ。
 昨日と今日。
 ふたりのライラックは視線を交わし、移りゆく景色が夜になるのを待つ。まるで時間を早めたかのように夕暮れは宵の色になっていった。
 ライラック達はカンテラを掲げる。
 そうすれば深く暮れゆく宵の丘と足元の花が仄かに照らされた。まるで始まりを告げるように夜風が吹き、リラの花が空に舞いあがっていく。
 燈を手にした彼らは、ひと夜を語る。
「さあて、」
『今宵に語るのは――……』
 昨日と今日という一日きりの違いしか持たぬ彼らであるから、語りはじめるのは同じ言葉と同じ調子の声。
 夕暮れ時を越えた後。
 其処に訪れる夜にはたくさん、たくさんの想い出がある。
 父が『友人』を呼んだ夜。
 影の『友人』と遊んだ夜。
 それは密やかで楽しく、いとおしいほどの記憶。
 病でひとり苦しんでいた夜さえ、やさしい夜としてくれたのは――。
 ずっと、ずっと、傍に寄り添ってくれていた、大切な『友人』の御陰だった。
『そうして、僕達は……』
「此処まで歩いて来れる力を得た」
 そうだった、と二人のライラックは頷きあう。互いに自分であるがゆえに次に相手がどう出るかは分かりきっている。
 燈籠がふたたび揺らぎ、星影が解き放たれた。
 それはお互いの視界を妨げるように降りそそいでいく。墓前で息子同士が戦うという光景を父はどう思うだろうか。
 死しているゆえに現世には何も思わないのか、偽の光景であるがゆえにそもそも墓前扱いをしていけないのか、或いは――星の陰から見守ってくれているのだろうか。
 想像を巡らせながら、ライラックは向こうからの星を防いで薙ぐ。
 ちり、と弾ける衝撃が防御陣越しに伝わってきたが、ライラックは怯まなかった。もとより知っている自分の力ならば堪えやすい。
 花の丘での攻防は巡る。
 あるとき、昨日の影は赤と白が混じるペンキを周囲に散らした。
 対するライラックは、大切な友人を囮としてゆく。はたとした昨日のライラックが友人に目を向けた。
 その一瞬に生まれた隙を狙い、ライラックは力を紡いでいく。
 すぐに意識をライラックに向けた昨日の影は、魔法の鏡を顕現させようとする。自分の攻撃を相殺させる心算だと察したが、ライラックが動く方が僅かに速かった。
 放つのは氷刃。
 氷の魔力が鏡を割り、鋭い勢いのままに影を裂く。
『なんで、囮に……』
「当然、君も『友人』は大切だよね。僕もそれは変わらないよ」
『じゃあ、どうして――』
 膝をついた昨日の影は視線だけをライラックに寄越し、問いかけた。周囲の花を汚していたペンキは消え、墓前の景色が徐々に揺らいで消えていく。
「けれどね、僕はもう縋るばかりは、止めたんだ」
 ライラックは最後に一度、墓を見遣った。
 父と過ごした過去にも、あのいとおしい記憶にも、『友人』にも。
 縋るだけの自分は過去にしか存在しない。
 静かながらも確かな宣言の後、花の丘の光景は完全に消え去った。昨日を越えたライラックは手にしていた燈を下ろし、火をそっと落とす。
 戻ってきた現実には未だ夜は訪れていない。
 しかし昨日も、そして今日も、明日も――自分は巡る夜を越えて先に進んでいく。
 いつか、あの物語を綴るために。


●昔々
 現在という存在は毎秒ごとに過去になっていく。
 明日という世界も過ぎゆく時を経て今日になり、いずれは昨日になるもの。
 そしていつか、今は昔というものに変わり、未来において誰かに語り継がれる噺の一篇になっていくかもしれない。
 親から子へ。或いは友人から友人、師匠から弟子へ。そのかたちは様々。
 そうやって歴史は紡がれ、其々の物語は続いていく。
 その御話の始まりを飾る言葉は、きっと。

 ――Once Upon a Time.
 

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2020年08月17日


挿絵イラスト