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未明

#サクラミラージュ #宿敵撃破 #転生

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#サクラミラージュ
#宿敵撃破
#転生


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●書と花の異綴り
 静かに流れゆく川沿いの街中。
 其処には以前は妓楼だったという、極彩の館がある。
 館は今も尚、華々しい雰囲気の建物だが、此処は嘗てのようには営業していない。
 大見世だった郭の格子窓は取り払われて美しく整えられ、ハヰカラな雰囲気のイベントホールとして使われていた。
 竜胆に紫苑、金魚草。花盛りを終えかけた朝顔。
 街を流れる川に隣接した中庭には、手入れされた季節の花々が咲いている。
 色とりどりの花暖簾や折り紙の鶴が飾られた館の内部も、誰でも自由に行き来できる心地好い広間となっていた。

 此度、極彩の館でひらかれているのは書冊の催し。
 つまりはブックフェアー。
 帝都で人気を博した書籍が新装版となって、装丁も新たに発売されているという。
 目玉となる本は『ひとでなし』『月色鉄道の宵』『人間大合格』『いのち』『上総里山七猫伝』など、本好きなら誰もが知る作品の数々。
 その他にも人気作家の新作が並び、新進気鋭作家のサイン会、古書の掘り出し物市なども行われているらしい。
 また、花に彩られた中庭や、其処に隣接する座敷はちょっとしたブックカフェのようになっており、書棚に置かれた本を手にとって御茶を楽しむことが出来る。
 紅茶やミルクを片手に、本の頁を捲る穏やかなひとときを。
 書や本、そして茶や花を好むものにとっては、とても良い催しとなっているという。

●殺人鬼は未明に来たる
 そんな本の催しが行われ始めた初日の夜――。
 深い夜が巡った未明に、『彼女』は其処にふらりと現れた。極彩の館の庭から臨める川辺より、いつの間にか姿を見せた女。彼女は普通のひとではなかった。
 透き通った髪と肌。遊女めいた着物。
 それは今しがた、川から上がってきた亡骸のような雰囲気を纏っている。
 水のように――ではなく、水そのものの姿をした女の胸元には心臓が見えていた。
 その手には錆びかけた糸切り鋏が握られており、髪には血のようにあかい花が飾られている。滴る水にあかが混じり、女が歩いていく度に雫が地面を濡らした。
「だ、誰だ!?」
 その女に気付いたのは、遅くまで館にひとりで残っていた或る作家だった。
 明日も続く催しのために自分の書籍が置かれた一角を見直していただけの不運な男。彼に近付いていく女は何処か寂しげな瞳を向け、うっそりと問う。
「ねぇ、愛ってなぁに?」
「ひ……」
 しゃき、と糸切り鋏が鳴った。その切っ先は男の胸元に向いている。
「心ってなぁに?」
「何、で……そんなことを……」
 じりじりと鋏が近付いてくることで男は怯え、何も答えられないでいる。すると遊女は悲しげに双眸を細めた。
「嗚呼、貴方じゃないのね……。じゃあ、要らない」
 女の言葉が落とされた瞬間、男の胸が糸切り鋏によって貫かれて心臓が抉られた。
 倒れた男から興味を失った女は歩き出した。

 ――愛ってなぁに? 心ってなぁに?

 その問いへの答えを持ち得ている者を探しに行く為に。
 いのちのあかい彩を留める為に。
 ゆらり、ゆらりと水めいた髪が揺れる。その女の後ろには死に添う華が咲いていた。

●心の蒐集家
「お前ら、ブックフェアに興味はあるか?」
 サクラミラージュで殺人事件が起こる未来を視たという前置きを告げ、ディイ・ディー(Six Sides・f21861)は仲間達に問う。
 どうやら今回に現れる影朧も本の催しに多少は興味があったようだ。
 女は何故か男に執着して、死を齎す。
「襲われる作家には夜に残らないよう告げておいたし、開催者にも話は通してあるから、猟兵なら夜まで館に残っていても構わない。後は現場に向かって影朧を退治するだけ……なんだが、折角だからな。皆も催しを楽しんで来ると良いぜ」
 その方が影朧とも上手く対峙できる。
 しかし、件の被害者がいなくなったことで予知とは若干展開が変わってしまい、夜になると共に館の中庭に『死に添う華』という影朧達が現れてしまう。
「花の方も少し厄介な敵だが、先に片付けてしまうに越したことはない。お前らなら難なくやってくれるって信じてるぜ」
 そして、ディイは影朧である女について語る。
 彼女は遊女めいた見た目をしており、糸切り鋏を持った殺人鬼なのだという。
「どうやらその女は或る本の登場人物に似ているらしいんだが、それはそれ、これはこれだな。今こうして殺人を犯す影朧になっている現状、どうにかしなきゃいけない存在であることだけは確かだ」
 女は頻りに愛について問いかけてくるらしい。
 その意図は分からないが、心という存在に何らかの拘りや疑問があるのだろうか。
「問われたら答えてみるのも良いかもな。正解なんて無いに等しいが……」
 それでも、彼女にとっての正答や救いになるやもしれない。
 そして、ディイは猟兵達を見送る。
 先ずは何よりも本の催しのひとときを楽しめばいい。もしかすれば、いずれかの本の中に求められる答えが眠っているのかもしれないから――。


犬塚ひなこ
 今回の世界は『サクラミラージュ』
 未明に現れるという殺人鬼影朧と対峙することが目的となります。

 今回は🌸【8/30の朝8時30分】🌸からプレイング募集を開始します。
 それ以前に頂いたプレイングは採用できかねますのでご注意ください。

●第一章
 日常『極彩の館』
 館の雰囲気はOP画像のような感じです。
 サクラミラージュで有名な文豪の作品が新装版になって再登場!
 人気作家の新作やサイン会、古今東西の古書の掘り出し物市もあり〼!
 という謳い文句で開催されるブックフェアです。後のことは気にせず、まず楽しんでください。極彩色にいろどられた館でお好みの本を選んだり、中庭のカフェで寛いだり、お座敷でお茶を飲みながら川辺や花を眺めて過ごすことが出来ます。

 サクラミラージュの文豪さんで、本を出しているという方はこのフェアに自分の作品が並んでいる扱いにしてくださって大丈夫です。ご自由にどうぞ。
 また、プレイング冒頭に『📕』を明記してくださった場合、カフェやフェアの店員が貴方に合う本を推薦する形でオススメ本をリプレイに登場させます。(全て架空の作品となりますのでご了承ください)
 一章のみのご参加も大歓迎なので、お気軽にどうぞ!

●第二章
 集団戦『死に添う華』
 夜になると何処からか影朧の花が現れ、中庭を支配します。
 死の気配を好み、助長する存在で、生死を問わず手近なものを苗床にして開花・寄生して肉体を操る花。今回は小動物が寄生されてしまうようです。
 花を全て倒すと下記のボス戦となります。

●第三章
 ボス戦『???』
 糸切り鋏を得物として扱う影朧。
 元は遊女だったこと。どうやら入水自殺をしたこと。そして、心や愛について問いかけてくることしか現時点では判明していません。
 あなたなりの『愛や心について』を返答すると何かが変わるかもしれません。

●転生について
 ・参加者様の大多数が説得を行う。
 ・どなたかの言葉が相手の心に深く響いたとき。
 ・宿敵主様が転生を望み、言葉をかける。

 上記いずれかを満たした時、転生の可能性があるものとさせて頂いております。
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第1章 日常 『極彩の館』

POW   :    細かいことは気にせず力いっぱい楽しむ。

SPD   :    その場に馴染めるよう気を使いつつ楽しむ。

WIZ   :    何かハイカラな楽しみ方を思いついてみる。

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

榎本・英
📕

ロカジ(f04128)

今日は有り難う
君と君の薬の出演料になるかは分からないがね
楽しんで頂ければと思うよ

嗚呼。そうだね
君の薬の晴れ舞台だとも
私の新作だからね

私も何かしら本を選んでもらおうかな
そこの君、君の勧めたい本はどれかな?

私が勧める本ならば、好き嫌いの分かれる作品だが祖父の物かな
目玉の一つ、ひとでなしは祖父の書いた物だよ

祖父もまたミステリーを書いていた
しかし、完結前に亡くなってね
あれは未完結なのだよ
それがまた話題を生んだのだろう

嗚呼。君は以前、私にこう聞いたね
ミステリー作家だから殺人鬼なのか、殺人鬼だからミステリー作家なのかと
答えはどちらでも無い

私は人だ

嗚呼。君はろくでなしか
それもいいね


ロカジ・ミナイ
📕

英先生(f22898)

いんやぁ、礼を言うのはこっちよ
こういう場は不慣れだけど
要するに僕の薬と先生の本の晴れ舞台でしょう?

ああ、僕にも一冊選んでおくれ

先生のオススメもあるのかい?
先生の爺さん、ひとでなし、未完…
読んでみてもいい?

ねぇ、先生
僕って参考書とか指南書みたいに答えの載ってる本ばかり読んでたのよ
でも、ミステリーとか?いわゆる作り話のさ
ハッピーとかハッピーじゃないとか自分で勝手に思えるとこに
すっかりハマっちゃってさ

だからねぇ
僕にとってアンタが何なのかなんて
今となればどっちでもいいのよ
先生が先生を人だというなら先生は人よ
ツノが生えようが尻尾が生えようが、ね

ちなみに僕はろくでなし
ニシシ!



●未だ明けず
 本の祭典とも呼べる今日この日。
 極彩の色を纏う花の暖簾が、中庭から吹き抜ける風を受けて揺れている。
 風と一緒に運ばれてきたのか、仄かに水の匂いが漂う。
 視線が僅かに川辺の方に向きそうになったが、彼の文豪の眼差しは周囲にある平積みの書籍達に留められたままだった。
 此処は在庫を置いておく一角の片隅。
 顔をあげた榎本・英(人である・f22898)は、傍らに立つ男に礼を告げる。
「今日は有り難う」
「いんやぁ、礼を言うのはこっちよ」
 英の言葉に対して双眸を細めたのはロカジ・ミナイ(薬処路橈・f04128)だ。
 この本は英の新作。書籍と英自身を見比べ、ロカジは口の端を楽しげにあげる。英の方はというと、彼ほどの笑みこそ浮かべていないが、同様の快さが宿った眼差しをロカジに向け返していた。
「君と君の薬の出演料になるかは分からないがね」
 楽しんで頂ければ、と英が告げるとロカジは周囲を軽く見渡す。
 此処に訪れている人々は皆が書を好むもの。賑わいながらも落ち着いた様相の人が多く、穏やかな雰囲気が満ちていた。
 こういう場は不慣れだけど、と前置きをしたロカジは、これも悪くないと頷く。
「要するに僕の薬と先生の本の晴れ舞台でしょう?」
「嗚呼。そうだね。君の薬の晴れ舞台だとも」
 会場に並べられている新作の売れ行きはそれなりによいらしく、その役に立てたのだと思うとロカジの裡にも快い気持ちが巡った。
 そして、二人は連れ立って歩き出す。新作の売り場は職員に任せ、自分達は他の一角を見て回ることにしたのだ。
 新装版が並ぶ通りを抜け、英とロカジは新進気鋭の作家作品が並ぶ場所で立ち止まる。
 こうして知らぬ作品を見てみるのもいいものだ。
「私も何かしら本を選んでもらおうかな」
「ああ、いいねえ」
 英の声にロカジが頷く。そして英は近くで本の整理をしていた店員を呼び止め、どの書籍がよいかと問いかけてみる。
「そこの君、君の勧めたい本はどれかな?」
「僕にも一冊選んでおくれ」
 二人が願うと、青年店員がぱっと表情を輝かせた。どうやら彼も本好きらしく、かなり迷いながらもロカジ達に一冊ずつ本を勧めていく。
 まず英に勧められたのは『鋏はかたる』という小説。
 そしてロカジには『欠けた八竜』という冒険活劇の本が勧められる。お座敷カフェーで試し読みも出来ますよ、と告げた青年はそっと頭を下げて作業に戻っていった。
 ぜひそうしてみると答え、英は勧められたお座敷に向かおうとする。
 するとロカジが新装版コーナーの方を見遣り、英に問いかけた。
「そういや先生のオススメもあるのかい?」
「そうだね。私が勧める本ならば、好き嫌いの分かれる作品だが祖父の物かな」
「先生の爺さんか」
「嗚呼、目玉の一つ、ひとでなしは祖父の書いた物だよ」
 英は語る。
 榎本優――祖父もまた、ミステリーを書いていた。
 しかし、彼はひとでなしの完結前に亡くなった。それゆえにあの本は未完結なのだが、それがまた話題を生んだのだろう。
 へぇ、と英の話に耳を傾けていたロカジは新装版書籍のコーナーを眺める。
「ひとでなし、未完……読んでみてもいい?」
「私にそれを止める権利はないね」
 ロカジからの問いに対して英は片目を瞑って答えた。それはつまり、どうぞご自由にという意味だ。
 洒落た言い回しに薄く笑み、ロカジはそっと一冊を手に取った。
 それから二人は落ち着いた座敷の席へと向かう。
 川辺と中庭が見える窓辺に落ち着いたロカジの手には、先程の書籍があった。

 ❀……❀……❀……❀……❀……❀

『ひとでなし』
 それは、或る遊女が彩っていくまっかな物語。
 彼女は裁縫が得意だが、糸の扱いを苦手としている。
 遊女は糸切り鋏を器用に扱い、未明に殺人を犯す。その惨劇の最中に飛び散るあかや、その匂いの描写が生々しいほど鮮明に描かれていた。
 彼女の末路は、物語の中に唐突に登場した少年と共に水に沈むというもの。
 しかし、結ばれきれなかった其の終幕は多くの謎を残した。

 少年はなぜ急に現れたのか、この少年は何者なのか。
 次作で明かされるのではないかと、まことしやかに囁かれていたのが数年前。
 そして、満を持した次回作と噂されたのが榎本英の『ひとである』という作品だ。

 ❀……❀……❀……❀……❀……❀

 ロカジは本に記された一連の流れを読み、成程、と呟く。
 そんな中で中庭の方に白い猫が駆けていく姿が見えた。額にバツ印がついたその子は、猫が得意ではないロカジに遠慮したのか、一匹だけで庭に出たようだ。
 英も最初はその様子をときおり気にしていたが、いつしか仔猫は窓辺からは見えない場所に隠れて遊びはじめたらしい。
「ねぇ、先生」
「嗚呼。何だい?」
 その声を聞き、英は自分が読んでいた本の頁を捲る手を止めた。
「僕って参考書とか指南書みたいに答えの載ってる本ばかり読んでたのよ。でも、ミステリーとか? いわゆる作り話のさ、ハッピーとかハッピーじゃないとか自分で勝手に思えるとこにすっかりハマっちゃってさ」
 こういうのも良いものだね、とひとでなしからひとであるの流れを示したロカジは、いつもと変わらぬ笑みを浮かべていた。
 彼のそういう所が彼らしいと感じながら、英はふと思い立つ。
「そういえば君は以前、私にこう聞いたね」
 ――ミステリー作家だから殺人鬼なのか、殺人鬼だからミステリー作家なのか。
 その返答を此処で示そうと告げ、英は言葉を続ける。
「答えはどちらでも無い。私は人だ」
「そっか。僕もあのときから変わった思いがあってね」
 ミステリーの物語のように、想像できる余地があることは良いものだと知った。だから、自分にとって英が何なのかなんて今となればどちらでも構わない。
「先生が先生を人だというなら先生は人よ。ツノが生えようが尻尾が生えようが、ね」
「……嗚呼」
 ロカジの思いを聞き、英は双眸を細めた。
「ちなみに僕はろくでなし」
 続けて、ニシシと笑ったロカジは冗談めかして自分を示す。すると英もその冗談とも本気とも取れる言葉に乗り、これもまたロカジらしさだと感じて薄く笑った。
「ひとでなしを読むろくでなしか。それもいいね」
 そうして、二人は窓から吹き抜ける風を受けながら、勧められた本を読みはじめる。
 そのあらすじは――。

『鋏はかたる』
 語る、騙る。過たるのは一対の刃。
 此れはひとりの男が刃で描き、紡ぎ、かたる物語。
 孤独に落ちた彼が進む軌跡は酷く冷たく、苦難に満ちた道のりだった。

『欠けた八竜』
 その昔、厄を引き起こす大蛇竜の心が八つに裂けた。
 ひとつは西方へ、またひとつは東方へ、またあるひとつは遥か北や南へ散った。
 欠けた心と命を探すため、大蛇竜の化身たる青年と少女の旅がはじまってゆく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

蘭・七結
本の登場人物に似た、影朧

殺人鬼の遊女
そして、糸切り鋏

耳にした言葉たちに胸奥が早鐘を打つよう
無意識のうちに、結いだいとに触れていた
ねえ、それは
かの日に語った“もしも”の

あたたかなお茶と共に過ごしましょう
惑わずに手にしたのはひとでなし
そして、もう一冊を

細長い指さきがなぞった頁
その滑りを、今でもよく憶えている
眸を瞑ったのなら鮮やかな色が見えるよう

日陽が沈めば夜がやってくる
桜の影に隠れたもの
訪れる暗闇は、そのひとを連れてくるのかしら

抱えた二冊を元の場所へ
間際に見かけたのは
金環の内に囲ったのは、いのち
こころ寄せられるように指を伸ばした

この本をいただけるかしら
如何してかはわからないけれど
惹かれてしまったの



●いのちの色、こころの影
 花暖簾をくぐり、賑わう催しの最中をゆるりと歩く。
 美しく洗練された装丁の本の数々を眺めながら、七結は件の影朧について考えた。
 彼の本の登場人物に似た、遊女。
 彼女は殺人鬼で、そして、糸切り鋏を手にしているという。
 読んだ本の登場人物にそっくりだ。むしろ其れそのものだと錯覚してしまうほどに、そのひとは『彼女』であった。
 耳にした言葉たちを思えば、胸の奥が早鐘を打つように高鳴る。
 七結は無意識のうちに結いだいとに触れていた。ざわめきの中にいても、心があの物語とあのときに残されているような気がする。
(ねえ、それは……)
 かの日に語った“もしも”の話。
 七結はざわつく心を抑えるように胸元に手を当て、喫茶処へと歩を進める。
 今はささやかな本の祭典の途中。
 未だ暫し不穏は訪れない。あたたかなお茶と共に過ごせば、少しは気も紛れて考えも纏まっていくはず。
 其処に併設された書棚に腕を伸ばした七結はニ冊の本を手に取る。
 惑わずに手にしたのは、『ひとでなし』。
 そして、もう一冊はその続きを綴ったと云われる本。
 かの日の記憶が胸裏に浮かんでくる。
 細長い指さきがなぞった頁。その滑りを、今でもよく憶えている。本を手にしたまま眸を瞑れば、鮮やかな色が見えるようだ。
 瞳にあかを宿すひと。
 それから、赤を散らせて糸切り鋏を振るう遊女。
 本の頁の中でしか見たことないというのに、彼女の姿もありありと思い浮かぶ。
 ――サクラ ミラージュ。
 あの日にも呟いた世界の名を、もう一度だけ胸中で音にしてみる。
 この世界は美しい。
 けれども舞い散る桜の陰には悲しみが隠されている。日陽が沈めば夜がやってきて、未明には彼女が来たる。
 あたたかさと、つめたさ。うつくしさと、醜さ。
 見えるものと視えないもの。
 後者を審らかにするように訪れる暗闇は、そのひとを連れてくるのだろうか。
 世界の境目から現世に現れた彼女と、『ひとである』という本に登場する少年。今や青年になった彼はどのように対峙するのか。
 考えている間に、テーブルに出されたお茶はすっかり冷めてしまっていた。
 七結は抱えていた二冊を元の書架へと戻す。
 そのとき、不意に別の本の表題に目を奪われた。金環の内に囲ったのは、新装版になったという『いのち』という書籍。
 その題通りに、こころを寄せられるように七結は指を伸ばした。
「この本をいただけるかしら」
 店員に申し出た七結はそのままテーブル席で其の本を読むことにした。
 如何してかはわからないけれど惹かれてしまった。窓辺の席に改めて座った七結は指さきで表紙に触れた。そのとき、ふと中庭の景色が目に入る。
「ナツ……? それと、ナナ?」
 見知った白い仔猫と三毛猫が庭の奥へと進んでいく後ろ姿が見えた。主が近くにいるのは分かったが、何故か七結は胸騒ぎを覚える。
 しかし、どうしてかは分からなかった。あの影朧について考えを巡らせていたからだろうか。気のせいかもしれないと自分に言い聞かせ、七結は庭で遊ぶ二匹を眺めていた。
 暫し見ていたが今は何もなさそうだ。
 そうして、七結は手にしていた本の一頁目を捲った。

『いのち』
 その価値は平等ではあるが、重さは不平等でもある。
 それは揺蕩う水のようにかたちを変え、様々な色に遷ろい続ける。
 君の命の彩と、私の命の色は、きっと――最初から交わるためにあった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

鈍・しとり
何と目の眩む
極楽の様ね
此処の花は色移ろわぬと云われても疑わないわ

あら御免なさい
つい目移りしてしまって

目当てはあるの
えのもとという人――作家の、本はあるか知ら
えのもとすぐるよ

あら二人?

困ったわ、漢字までは知らなくて
それに……随分たくさんあるのね、どちらも有名なの?
それじゃあ一冊ずつ頂こうか知ら
それぞれのお勧めを頂戴な

それからもう一冊
入水……した遊女が出てくる本を探していて
恐らく人殺しの役だと思うのだけれど
そういった物語は多いのか知ら
絞り込めなければ、今日特に売れているものでも構わないわ

――あら、まあ、そうなの
それは――どうも有難う


さて、中庭を借りようかしら
どうやら夜までに読みきれそうね



●傑書
 極彩の館は目の眩むような華やかさに満ちている。
 まるで極楽のようだと感じて、鈍・しとり(とをり鬼・f28273)は眸を眇めた。此処にある花の色は、移ろわぬと云われても疑わないほどに色彩豊かなものばかりだ。
 天井から提げられた色とりどりの折紙飾りが、中庭から吹き抜ける風を受けてゆらり、ゆらりと揺れている。
 そして、此処には目を引く書籍がたくさんあった。
 穏やかな賑わいの中、しとりと擦れ違った書店員との肩が軽くぶつかる。
「あら御免なさい」
「こちらこそ申し訳ありません」
「つい目移りしてしまって」
「おや、本をお探しですか?」
 互いに謝りあった二人の視線が軽く重なった。相手から問われた言葉には、ええ、と頷いたしとりだが、あてもなく見て回っているわけではないと答えた。
「目当てはあるの」
「良ければご案内しますよ!」
 作家名や題を教えて欲しいと告げられ、しとりは探している作家の名を言葉にする。
「えのもとという人――作家の、本はあるか知ら。えのもとすぐるよ」
「ああ! 優しいと書く方のすぐる先生ですか? それとも、英国の英の方の?」
「あら二人?」
「今回のフェアーで扱っている書籍となると、そうなりますね」
「困ったわ、漢字までは知らなくて」
 しとりが首を傾げると、書店員はどちらにも案内すると申し出てくれた。
 まずは榎本優の『ひとでなし』。それから榎本英の『ひとである』。前者は新装版があり、後者の作家はこの他に今回初めて出版された新作も並んでいるらしい。
「随分たくさんあるのね、どちらも有名なの?」
「人を選びますが、僕は好きですよ。特にひとでなしの方が……おっと、内容まで話してしまってはいけませんね」
「それじゃあ一冊ずつ頂こうか知ら」
 それぞれのお勧めを頂戴な、としとりが願えば、書店員はありがとうございますとにこやかに笑った。
 しとりは二冊の本を受け取りながら、ふと思い立つ。
「それからもう一冊。入水……した遊女が出てくる本を探していて……」
 恐らく人殺しの役だと思うのだけれど。
 そんな風にしとりが語ると、書店員は幾つかの題について話し出した。
「このひとでなしの本がそうですが、まだ他にもありますよ」
 彼が出してきた書籍は『白昼夢』『花嫁はニ度死ぬ』『謡う遊女』などの知らぬ題目ばかり。そういった物語は多いのか知ら、と呟いたしとりに気付き、書店員は語る。
「ひとでなしに感銘を受けた作家さんが多くてですね。しばらくそういう小説が増えた時期があったんですよ」
「――あら、まあ、そうなの」
 となると、遊女と殺人鬼という話のはしりは『ひとでなし』なのかもしれない。
「ああ、カフェーの書架にもありますから、どれでも好きなものを読んでくださいね」
「それは――どうも有難う」
 丁寧にひとつずつの作品の良さを話してくれた青年に軽く頭を下げ、しとりは手にした本を抱えて中庭に歩き出した。
 ひとまずは、二人のえのもとすぐるの作品から読むべきだろうか。
 中庭の椅子に腰掛けたしとりが表紙に触れたとき、足元を可愛らしい二匹の猫が駆け抜けていった。その様子に薄く双眸を細めたしとりは本をひらいた。
「どうやら夜までには読みきれそうね」
 そして暫し、中庭に書の頁が捲られる静かな音が響き続けていく。
 
『ひとでなし』
 愛したい。愛されたい。然し本能が殺せと叫ぶ。
 故に女は恋をする。誰よりも愛されたいと願った遊女は、愛情を知らぬ。
 アタシはモノ。
 嗚呼、嗚呼。人に成りたい。名の通り誉ある、唯の人に成れたなら――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

シャト・フランチェスカ
📕

わあ、と知らず感嘆の吐息
目が眩むような色彩
本と花に囲まれたとあっては
創作意欲が昂ぶらない文豪などいるものか

『人間大合格』の新装版か…
気になる本を次々と胸に抱える

自分の本を視界の端にとらえ
なんだか面映いな
知り合いにはバレていないつもりだ、たぶん
ペンネームだしね

本を選んでもらうというのは面白いね
どんなジャンルも美味しく読むよ
直感で一冊、お願いできるかな

座敷でお茶を楽しみながら
館の「色」に想いを馳せてみる
色彩をテーマにした話を書くのも面白そうだ
つらつらと手帖に雑多なことを書き出していく
物語が完成した瞬間よりも
紡いでいく過程が楽しいんだ

愛とは、か
件の影朧に会ったとしたら
僕はなんて答えるんだろうね



●物語の欠片
 わあ、と思わず零れたのは感嘆の吐息。
 書の館は華々しくいろどられていて、穏やかな賑わいが巡っている。
 目が眩むような色彩に幾度か瞬いたシャト・フランチェスカ(侘桜のハイパーグラフィア・f24181)は、天井から吊り下がった花暖簾を見上げた。
 花と折り鶴。そして、数々の本。
 此れらに囲まれて、創作意欲が昂ぶらない文豪などいるものか。
 そう感じるほどにこの館は美しく整えられている。過去にこの場所がどのような色を重ねてきたのかも想像力を掻き立てられた。
 一番に賑わう中央の広間に訪れたシャトは、其処に並べられた書籍に視線を落とす。
「ああ、『人間大合格』の新装版か……」
 何度か読んだ本であっても、装丁が変われば雰囲気も変わる。
 装いも新たになった書籍を見れば、また読んでみようという気持ちも浮かんだ。憶えている箇所、記憶の片隅に落ちてしまっていた箇所。それらを合わせて読み直す時間もまた楽しいものであることを、シャトは識っている。
 そして、気になる本を次々と胸に抱えたシャトは通常版の書籍が並ぶコーナーへと足を運んでいった。
 其の際に視界の端にとらえたのは或る本。
(なんだか面映いな)
 言葉には出さない思いと共に、一瞥するだけに留めたのは自分が書いた本だ。
 まだきっと、あの本が己の著書だとは知り合いにはバレてはいないはず。嗣洲沙熔という名はペンネームだから、たぶん。そんな風に思いながらシャトは先に進んだ。
 今日の目当てはもうひとつある。
 それは書店員にお勧めの一冊を選んで貰うということ。
 これまでは縁がなかった、読んだことのない本というものも多々ある。何せ世には数多の書が溢れていて、全てを読み切ることなど到底叶わないのだから。
 自分の意志とは別に本を選んでもらうというのは面白い。
 そこのキミ、と書店員に声を掛けたシャトは、どんなジャンルも美味しく読むという前置きをしてから願う。
「直感で一冊、お願いできるかな」
「でしたら、この本は如何でしょうか」
 そうして選ばれ、勧められたのは『歌詠みの生涯』という小説だった。
 俳句詠みの不思議で奇妙な人生の歩みを、詩と共に綴るという本らしい。シャトは礼を告げてから座敷の茶席で暫しのひとときを過ごすことにした。
 運ばれてきた御茶を手に、シャトは館の『色』に想いを馳せてみる。
「次は色彩をテーマにした話を書くのも面白そうだ」
 この館で感じたことを手帖に書き出し、雑多な思いや感想を綴っていく。これらが織り重なり、いつかひとつの物語になるかもしれない。
 物語が完成した瞬間よりも紡いでいく過程が楽しい。それがシャトの思いだ。
 そして、シャトはふと考える。
「愛とは、か」
 これから巡りくる夜。件の影朧に会ったとしたら、自分はなんと答えるのか。
 未だ少し霞がかったような思いを抱きながら、シャトは先程の本を手に取った。
 そして、頁が捲られていく。

『歌詠みの生涯』
 彼にとって、歌とは生命そのものだった。
 詩を綴らなければ生きてはいけない。歌を詠むことを止めれば死んでしまう。
 呼吸と同じように当たり前に存在するもの。それこそが、歌だ――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

オズ・ケストナー
アヤカ(f01194)と
📕

本、だいすき
絵本もだいすきだし
絵のない本は、想像するのがたのしいもの

あれもこれも気になって
アヤカはえらんでもらったの?
わたしも、えらんでもらいたいっ

中庭の花に目を輝かせ
きれい
朝顔の前に駆けて
アヤカ、ここ、ここ

うん、わたしもアヤカの本よみたい
あとでこうかんこだねっ

こころ?
……うーん
わたしもよくわからないけど

胸のあたりに手を当てて

ぽかぽかしたり、ぎゅってなるでしょ?

『本のページをめくる』みたいに
頭でかんがえてそうするんじゃなくて、
かってにそうなっちゃうところが、こころ、なのかなあ

そうだったらいいなという願いも込めて答えて
アヤカは?

わたし?

アヤカが笑えばわたしも笑う
そっかっ


浮世・綾華
オズ(f01136)と
📕

オススメの本教えて貰えます?
教えて貰えば礼告げ
オズは?気になる本あった?
ふふ、わかった――すみません、こいつにも…

いい場所だな
花に本に傍らの友人に
――好きなものに囲まれる時は優しく

オズのはどんな本?
へえ、面白そうだな
俺のはねえ…
ね、読み終わったら貸しっこしよ

ふと今回の影朧のことが過り
心が、いのちが宿った俺達は少しだけ似てると思っていたから

オズは…心ってなんだと思う?
突然の問いにも応えてくれるお前の心に
自然と傾けている、心

(うん、分かる)

自分で聞いたケド
説明難しーな

でも多分
オズといると…

(うんと、露わになるものが確かにある――)

…いや、なんでもない
不思議そうな彼に笑って



●心は此処に
 本、本、たくさんの本。
 極彩の館に並べられた書の数々に瞳を輝かせ、オズ・ケストナー(Ein Kinderspiel・f01136)は広間を歩いていく。
 わあ、という彼の声があまりにも楽しげだったので、その後ろについていた浮世・綾華(千日紅・f01194)の口許にも笑みが宿った。
「本、だいすき。絵本もだいすきだし、絵のない本は、想像するのがたのしいもの」
 オズはぱたぱたと駆けていき、様々な本が並ぶ棚の方に向かう。
 その姿を見守る綾華も書棚に近付いていった。あれもこれも、それも気になって仕方がないという様子で本を眺めていくオズ。
 この広間には本当に数多の本が揃えられている。
 これではとても選びきれない。そう感じた綾華は店員を呼んで問いかけてみる。
「オススメの本教えて貰えます?」
「そうですね、この中でしたら――」
 綾華に差し出されたのは『鳥籠學園と囀りの君』というミステリ小説だ。礼を告げ、オズの方に戻っていった綾華は、ちいさく笑む。
 その理由は、まだオズが一生懸命に悩みに悩んでいたからだ。
「アヤカはえらんでもらったの?」
「オズは? 気になる本あった?」
 そう、と頷きながら綾華はオズに問い返す。するとオズは羨ましそうな様子で瞼を幾度か瞬き、綾華の手にしている本を見つめる。
「わたしも、えらんでもらいたいっ」
「ふふ、わかった――すみません、こいつにも……」
「やったっ」
 綾華が再び書店員を呼べば、快く対応して貰えた。オズに渡ったのは『絡繰り花楽里』という幻想絵巻だった。
 これで決まり、と笑いあった二人はさっそく本を読むために中庭に向かう。
 まず愛らしい金魚草の花が見え、その周囲で白い仔猫が遊んでいた。きれい、かわいい、という声がオズと綾華からあがり、何とも穏やかな気持ちが浮かぶ。
「アヤカ、ここ、ここ」
 そして、オズは朝顔の前にあるベンチに駆けていく。
「いい場所だな」
 オズが其処に座ったことで、綾華も隣に腰を下ろした。
 花に本、それから傍らの友人。好きなものに囲まれる時は優しくて穏やかだ。
 二人はそれぞれの本を開き、それぞれに読み進めていく。暫し二人とも無言ではあったが、頁を捲る微かな紙の音が心地好かった。
 ふと綾華が顔をあげ、オズが読む本をそっと覗き込む。
「オズのはどんな本?」
「えっとね、人形師さんのおはなしっ」
「へえ、面白そうだな。俺のはねえ……ちょっと変わった学園の謎を解く物語。ね、読み終わったら貸しっこしよ」
「うん、わたしもアヤカの本よみたい。あとでこうかんこだねっ」
 オズと綾華は視線を交わし、後の約束を交わした。
 そんなとき、ふと綾華の胸裏に今回の影朧のことが過る。中庭に咲く花は竜胆に紫苑、金魚草や朝顔。その幾つかに宿る花言葉は愛や心に関してのものだった。
 それに、心やいのちが宿った自分達は少しだけ似てると思っていたからだ。
「オズは……心ってなんだと思う?」
「こころ? うーん」
 わたしもよくわからないけど、と口にしたオズは胸のあたりに手を当てた。
 続く言葉を待ち、綾華はその掌を見つめる。
「ここがね、ぽかぽかしたり、ぎゅってなるでしょ?」
「うん」
「いまみたいに、『本のページをめくる』ように頭でかんがえてそうするんじゃなくて、かってにそうなっちゃうところが、こころ、なのかなあ」
 そうだったらいいなという願いも込めてオズが答えると、綾華はそっと思う。
(……分かる)
 突然の問いにも応えてくれるオズの心。
 その言葉に対しても、自然と傾けている心が自分の中にある。答えはなくとも納得した様子に微笑み、オズは綾華にも問い返してみた。
「アヤカは?」
「自分で聞いたケド、説明難しーな。でも多分、オズといると……」
 ――うんと、露わになるものが確かにある。
「わたし?」
「……いや、なんでもない」
 綾華の言葉は続かなかったが、其処には笑みが咲いていた。
 彼が笑ってくれるから、オズも一緒に笑う。
「そっかっ」
 心。それがなんであるかの答えはきっと人それぞれ。決まった正解はないけれど、こうやって自分で気付くことが出来れば――それが一番の心の証。
 そして、二人は本の続きを読んでいく。
 穏やかで静かなひとときがまた、ゆっくりと流れはじめた。

『鳥籠學園と囀りの君』
 學園の中心に聳え立つ時計塔には常に四つの鍵が掛かっている。
 そして時折、助けを求めて囀るような幽かな歌が聴こえてくるのだという。
 学園内に仕掛けられた謎の策略と鍵を巡っての學園生活が今、はじまる。

『絡繰り花楽里』
 其の花を人形に飾れば、命が吹き込まれる。
 孤独に絡繰り人形を作り続けた男と、喋り動くようになった人形との日々。
 描かれる日常は楽しくも少し切ない。そして、最後の別れの日には――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

誘名・櫻宵
🌸櫻沫
📕

ブックフェアね、リル
花咲く館でお茶会…といきたいところだけどせっかくだもの!素敵な物語を探しましょ
そうねとリルを優しく撫でる
もしかしたらどこかにお義父上の書いた物語も残ってるかもしれないわ

勉強して偉いわ
私の名も書けるようになったものね

ヨルらしいわ
リルは難しいのより、絵がいっぱいで簡単な児童書の様な本がいいのではないかしら?
うふふ!
プロにお願いするのがよいかしら
では私も
とっておきの物語を頂戴な

あら……これが私の、
噫、なんだか
ええしっかり、読むわ
本を大事に抱いて、リルの言葉に柔く笑む
メッセージ、そうね
しっかり読み解き受け止めるわ


早速のリルに笑みが咲く
噫、一緒に素敵な読書タイムにしましょ


リル・ルリ
🐟櫻沫
📕

ぶくへあ、だね。櫻!
万華鏡みたいな館にたくさんの本
綺麗だなぁ
僕、本は好き
とうさんは劇作家だったし物語を作ってたんだから
読んでみたかったな…

本は物語がつまってる宝箱みたいで素敵だね
まだ、読めない字も多いけどさ
僕だって勉強してるんだから!

どんな本がいいかなぁ……
色んな本があって迷ってしまう
ヨルはお魚の図鑑にするみたい
カナンはフララと一緒に選んでるね
むう!漢字あるのも読むんだから!
でも絵本もすきだけどさ
僕はおすすめを教えてもらう

これ?
うん!読むよ!

櫻はどんなのにしたの?
ふふ、いいじゃない
君の為に選ばれた本
きっと
君への何か――めせじ、だって込められているよ

櫻、ところで
この漢字なんて読むの?



●咲う君
 花の暖簾にお座敷。
 川から聞こえるせせらぎの音は心地よく、極彩色の館は賑わいに満ちている。
「ぶくへあ、だね。櫻!」
「ブックフェアね、リル」
 万華鏡のような館にたくさんの本が並ぶ様を眺めたリルは、綺麗だなぁ、と双眸を細めた。その傍らで櫻宵も館の彩に感心する。
「花咲く館でお茶会……といきたいところだけどせっかくだもの! さあリル、素敵な物語を探しましょ」
「うん! 僕、本は好きなんだ」
 リルはふわりと游ぎ、劇作家だった父のことを思い出した。彼も物語を作っていたことを思うと、読んでみたかったという思いが浮かぶのだとリルは語った。
 そうね、と頷いてリルを優しく撫でた櫻宵はあえかに笑む。
「もしかしたらどこかにお義父上の書いた物語も残ってるかもしれないわ」
 またあの湖に探しに行きましょう、と言ってくれた櫻宵に微笑みを返し、リルは嬉しそうに櫻宵の掌に頬を寄せた。
 本は物語が詰まっている宝箱みたいで素敵だ。
 どれにしようかな、と書棚の前を行ったり来たりして、リルは尾鰭を揺らす。
「これ、読めるかな? まだ読めない字も多いけどさ僕だって勉強してるんだから!」
「勉強して偉いわ。私の名も書けるようになったものね」
 穏やかな会話を交わしながら、二人は並ぶ本のタイトルを眺めていった。
 ひとでなし、月色鉄道の宵、人間大合格、いのち、上総里山七猫伝と有名らしいタイトルを見つめてから、リルは違うコーナーにも向かってみる。
「どんな本がいいかなぁ……」
「きゅ!」
「あら、ヨルはもう決めたの?」
 リルが悩んでいる間にヨルは「これ!」と示すように図鑑を掲げた。
「ヨルはお魚の図鑑にするんだね。カナンはフララと一緒に選んでるのかな」
 仔ペンギンから図鑑を受け取り、リルは幽世蝶達の様子を微笑ましく見つめた。すると櫻宵が絵本を片手に持ち、その表紙をリルに見せる。
 人魚王子と書かれた本には真珠色の人魚の絵が描かれていた。
「お魚図鑑なんてヨルらしいわ。リルは難しいのより、絵がいっぱいで簡単な児童書の様な本がいいのではないかしら?」
「むう! 漢字あるのも読むんだから!」
 けれども絵本も気になってしまう。それでも少し背伸びをしたくて、リルは書店員におすすめを教えて貰うことに決めた。
 頬を膨らませるリルも可愛らしいと感じながら、櫻宵は人魚姫の本を元に戻す。
「うふふ! では私も、とっておきの物語を頂戴な」
 そうして、二人が進めて貰ったのはそれぞれに違う小説だった。
 櫻宵は『桜の社へ』、リルは『海の蝶々』。選んで貰った本を手に取ったリルは、表紙の文字を一文字ずつゆっくり読んでいく。
「これ? うみの、ちょうちょ!」
「あら……これが私の、」
 嬉しげにありがとうと店員に告げたリルの傍ら、櫻宵は桜の樹が表紙になっている本をじっと見つめていた。
「櫻は桜の本だ! ふふ、いいじゃない」
「噫、なんだか……ええしっかり、読むわ」
「君の為に選ばれた本。きっと、君への何か――めせじ、だって込められているよ」
「メッセージ、そうね」
 しっかり読み解き受け止めるわ、と返事をした櫻宵は本を大事に抱いて、リルの言葉に柔い笑みをみせた。
 そして、二人は選ばれた本を読むために中庭に向かっていく。
 その際に庭の片隅で仔猫が遊んでいる姿が見えた。額にバツ印がついた顔見知りの猫だったので、ヨルがきゅっきゅと手を振る。
 カナンとフララは金魚草の花の方に飛んでいき、楽しげに舞っていった。
「それじゃあ、読みましょうか」
「読むよ! 櫻、ところで……この漢字なんて読むの?」
「まぁ、うふふ」
 早速のリルからの質問に櫻宵の口許に笑みが咲く。
 ひとつずつ、ゆっくりと読み進めよう。
 愛の花言葉を抱く可憐な花の中で、暫し読書のひとときを――。

『桜の社へ』
 昔々、あるところにひとりぼっちの神様がいました。
 その神様は災いを齎すといわれ、誰からも見向きもされませんでした。
 そのため、神様は苦しみや寂しさをよく知っていました。
 そして彼はそれゆえに人を慈しむ心を識る、誰よりも、何よりも優しい神様でした。

『海の蝶々』
 黒く美しい蝶々には聲がありません。
 以前は美しい聲で歌うことができましたが、大切なものと引き換えに失ったのです。
 けれども蝶々は今日も歌い続けています。
 聲が出なくたって構わないのです。あなたが幸せなら、わたしも幸せだから。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

阿多烙・千影
📕



やっっば、キレイ
どこ撮っても映えるじゃん
きれーなとこって聞いてきたから
髪まとめて簪さして
場に浮かないようにおめかし
あたしもきれーでしょ?

ふんふん、本は読んだことないけど
これとか、きょーかしょで見たことあるかも。
堅苦しーのは苦手だけど、表紙きれーなのばっかだしちょっと集めてみたくなる

おねーさん、オススメの本ねぇっスか?
読みやすくて、恋とか愛とかそんなやつね!
難しいのは勘弁。気に入ったらバイブルにしよっかな!



●或る恋物語
 極彩の花が飾られ、様々な色に彩られた館。
 嘗ては此処で華を売っていたのだと聞けば、不思議と想像も広がっていく。
「やっっば、キレイ」
 阿多烙・千影(お気に召すまま・f23941)は澄んだ空めいた色の瞳に極彩色の世界を映し、幾度も瞼を瞬いた。
「どこ撮っても映えるじゃん」
 花に本、更には折り鶴の飾りまでもが広間を美しく見せている。
 綺麗な場所だと最初から聞いていたので今日の千影はおめかしモード。深い青色が交じる髪は纏めており、其処には花の簪をさしている。
 広間の壁に飾ってあった鏡の前に差し掛かった千影は立ち止まり、少し笑ってみた。
「あたしもきれーでしょ?」
 ね、と鏡の中の自分に問いかける。当たり前だけれども向こう側の千影も得意気に笑っていて、何だか楽しい気分になってきた。
 そして、千影は意気揚々と書棚が並ぶコーナーへと向かっていく。
「ふんふん、成程ね」
 その本自体は読んだことはないが、聞き覚えのあるタイトルが並んでいた。あれ、と軽く声をあげた千影が何となく手に取ったのは『月色鉄道の宵』という本。
「これとか、きょーかしょで見たことあるかも」
 思えば朗読もしたっけ、と教科書に載っていた一節を思い出す。
 新装版だという表紙には月から伸びる鉄道のレールが綺羅びやかな色彩で表現してあり、とても綺麗だ。
 他にも『上総里山七猫伝』には主人公であるすらりとした猫達の可愛らしくも格好良い姿が描いてあり、なかなかに良さそうだ。
 堅苦しい作品は苦手な千影だが、こうやってとっつきやすい表紙や装丁をみるとわくわくしてくる。背表紙もきらきら光る紙を使っているらしく、並べていくともっと綺麗になるかもしれない。
 ちょっと集めてみたくなるかも、なんて考えながら千影は他の本も見ていく。
 そんな中、本好きそうな書店員を見つけた千影は思いきって声を掛けてみた。
「おねーさん、オススメの本ねぇっスか?」
「はい、お嬢さんはどんなお話がお好きですか?」
 色々ありますけれど、と答えた女性店員はまず千影の好みを聞いてくる。
 千影のような少女が興味を持ってくれているのが嬉しいようだ。千影は少し考えた後、自分の好みを伝えていく。
「読みやすくて、恋とか愛とかそんなやつね!」
「でしたら、若い方に人気のこの作品はどうでしょうか」
 書店員が取り出してきたのはハートめいた淡紅の絵が印象的な恋愛小説だ。『鈴蘭通りの恋色奇譚』というタイトルを見て、漢字が多いなぁと感じた千影はふと問う。
「それって難しい?」
「いえ、ご注文通りに読みやすくて楽しい一冊ですよ」
 にこやかに答えた書店員の笑顔に、明るい笑みを返した千影は本を受け取った。
「ありがと!」
 気に入ったらバイブルにしようかな、と期待を寄せる千影は実に楽しげだ。
 これからお座敷のカフェーに行ってのんびりと本を読んでみるのも悪くないかもしれない。花と本の香りに包まれて過ごすひとときは、きっと穏やかなはずだから――。

『鈴蘭通りの恋色奇譚』
 花の都の鈴蘭通りには、今日も賑やかさが満ち溢れている。
 ふとしたことから、或いは運命的に、次々と咲いていく恋の花の数々。
 年齢も職業も違う男女八人が織り成す、切なくもあたたかな日常が此処にある。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

天狗火・松明丸
📕
さて、文字も読めんから如何したものか
愛だの心だの、なんぞ解らぬ事を問われるようだし
それに因んで尚且つ、俺にも読めそうな本は無いかねえ
古い本の方が馴染みはある、古書でも覗きに行くか
…妖怪絵巻とかは、ねぇかな

観光がてらに店の者など見つけたら
お勧めとやらを訊いてみる
ふうんと説明を受けたなら
良し悪しが分からんから其れを迎える事にしよう
なあ、店のもんは此れ読んで如何思ったんだ?

華やかな場に咲き揃う花の手入れの行き届いたこと
一頻り終えたら、川辺で本を捲ってみるとするか
目に見えぬものを見えるかたちにしたとして、何と言葉にしたのだろう
書いたそいつは、描き出された者達は、何を想って在ったろうか



●心の在り処
 本を求めて集う人々で賑わう極彩の館。
 天狗火・松明丸(漁撈の燈・f28484)は並ぶ書籍を眺め、色とりどりの飾りや表紙などをゆっくりと眺めていく。
「さて、文字も読めんから如何したものか」
 松明丸は平置きされている本に手を伸ばし、タイトルをなぞってみる。
 広間の中央、よく目立つ場所には数えきれないほどの書が並んでいるようだ。膨大な文字から成る書籍がこんなにもあるのだと思うと感心の気持ちも巡る。
 歩を進めていくと、中庭に続く廊下が見えた。
 そちらの方からは川のせせらぎの音が聞こえてくる。目映い光が満ちている中庭にも後で向かってみようと決め、松明丸は此度の事件に思いを馳せた。
 愛や心。
 影朧は答えのないようなことを問うという。
「なんぞ解らぬ事を問われるようだし、予習とやらをしておくか」
 とんと見当もつかないが、それに因んで尚且つ自分にも読めそうな本は無いだろうかと探していく。とはいっても、新書よりも古い本の方が馴染みはある。
 古書を扱うという一角を覗きに行くべきだろうとして、松明丸は進んでいく。
 そうして辿り着いたのは様々な本が所狭しと棚に詰められた場所。
「……妖怪絵巻とかは、ねぇかな」
 これは愛だの心だのには関係ないが、やはり気になってしまうのが妖怪の性。
 古そうな書籍を引っ張り出し、これでもない、それでもないと松明丸は探していく。気分は観光のようでこれもまた悪くはなかった。
 そして、松明丸は通りかかった書店員を手招いてみる。
「すまないが、お勧めとやらはあるか?」
「はい! どういったものがお好みでしょうか」
「文字が難しくないものが良いな。後は愛や心が感じられるもの……」
「でしたら――」
 そんなやり取りを交わした後に、書店員が選んできたのは『孤鬼と光』という絵本だった。それは孤独な鬼が心を探して様々な街を旅するというものらしい。
 説明を聞いた松明丸は本を受け取る。
 良し悪しは分からなかったが、相手が勧めるなら、と其れを迎えることにした。
「なあ、お前さんは此れ読んで如何思ったんだ?」
「そうですね……寂しいけれど、あたたかくなる。そんな作品ですよ」
「ふうん。有難うな」
 そして、絵本を手にした松明丸は先程に行こうと決めた中庭の川辺に向かった。庭では白い猫が木陰でのんびりと寝ており、穏やかな雰囲気が満ちている。
 華やかな場に咲き揃う花。
 その手入れが行き届いたことに片目を眇め、松明丸は暫し川を眺めた。
 それから川辺に腰掛け、絵本を捲ってみる。
 目に見えぬものを見えるかたちにしたとして、何と言葉にしたのだろう。書いた者は、描き出された者達は、何を想って在ったろうか。
 知れること、識れないこと。本から何を感じ取るのかはきっと、自分次第。

『孤鬼と光』
 鬼はあるきつづけます。ずっと、ずっとあるいていきます。
 ひかりのある方へ。いつか、大切なだれかに会えることを信じているからです。
 けれども本当のひかりは、鬼を見送った『あの子』のいる最初の街にこそ――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

雨野・雲珠
📕
※ずっと大興奮&キラキラしています

うわぁ…うわぁ…!
なんて魅惑的な催しでしょう!
新作から古書まで、隅から隅までうろうろします。
あ、『月色鉄道の宵』!
わあ、なんて美しい装丁…
『上総里山七猫伝』は題名からして気になってたんですよね。
一度は読んでおくべきでしょうか?

普段は図書館派なのです。
あまり私物を増やすと後が困るし、
見たい読みたいに留まらず、
欲しいなんて思い出したらキリがないですし。
でも…でもせっかくですから!
(ミステリ小説、あるいは伝承・神話系ゾーンで)
あの…よろしければ
オススメの一冊を教えてくださいませんか?
はい、店員さんの好きな本で…
自分では選ばないような本に出会ってみたいんです。



●十三と四
 桜と空を宿す瞳が極彩色を映して輝いている。
 花暖簾の美しさ、幽かに漂う紙の香り。そして、数多の本、本、本。
「うわぁ……うわぁ……!」
 感嘆の声をあげて、ぱたぱたと書棚に駆けていく雨野・雲珠(慚愧・f22865)は大いに浮足立っていた。
 本の催しの妨げにならないよう、声も足取りも控えめではあるが、雲珠の瞳と眼差しには隠しきれない興奮と感動がある。
 なんと魅惑的な催しだろうか。雲珠の視線はあちこちに向かっていく。
 新作から古書。新装版からサイン本まで、本好きとして見逃せないものばかりが揃っている空間は心地好い。ひとつも余さずに見ようと決めた雲珠は、隅から隅まで制覇する心算で会場を進んでいく。
「あ、『月色鉄道の宵』!」
 ふと見知った作品の新装版に目を留めた雲珠は表紙に手を伸ばしてみる。
 静かに輝く月から伸びる線路。その周囲に散る星屑のように煌めく文字の装飾が美しく、つい目を奪われてしまった。
「わあ、なんて美しい装丁……。こっちは『上総里山七猫伝』?」
 題名からして気になっていた本にも視線を向け、雲珠はぱらぱらと見本誌の頁を捲っていく。少し目にした序文からして、心躍る冒険活劇の予感がした。
 一度は読んでおくべきだろうかと悩みつつ、雲珠はひとつずつじっくりと新装版の装丁を確かめていく。
 雲珠は本が好きだが、収集するよりも図書館で書籍を読むことが多い。
 その理由は、あまり私物を増やすと後が困ること。見たい読みたいに留まらず、欲しいと思ったらキリがないということ。
 そのため普段は読みたい題を覚えておいて図書館で探すか、館内で出会った本を読むということを繰り返している。
「でも……でも、せっかくですから!」
 しかし今日は少し特別な日。
 何故なら、こんなにもたくさんの本が出会いを待っているのだから。
 雲珠はミステリ小説が並ぶコーナーにいる書店員に声をかけようと決めた。暫し忙しそうにしていた彼の手が空くときを見計らい、雲珠はそっと呼びかける。
「あの……」
「はい、何かお探しですか?」
「よろしければ、オススメの一冊を教えてくださいませんか?」
「ええと、この辺りの本からでよろしいでしょうか」
 すると彼はにこやかに答えてくれた。こくりと頷いた雲珠は、ぜひ、と願った。
「はい、店員さんの好きな本で……」
「そうなると趣味全開になりますが良いのでしょうか」
「自分では選ばないような本に出会ってみたいんです」
「成程。それなら――」
 そうして暫し後、雲珠の腕には『紫刻館殺桜事件』という本が抱えられていた。
 それは不思議な桜の伝承のある島に建てられた洋館の話らしい。あらすじは聞いているが内容はどうなっているのか分からない。
「今日中に読めるでしょうか。ああ、楽しみです……!」
 雲珠は丸窓のあるお座敷へと向かい、全四巻から成る物語を読もうと決めた。
 そして、雲珠は最初の頁を捲る。

『紫刻館殺桜事件』
 その館には或る別称があった。その名は死酷館。
 奇妙な名で呼ばれる理由は、嘗て十三人の人々が館で無残な死を遂げたからだ。
 いま此処から、十三の死と館に纏わる伝承を繙く物語が語られてゆく――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ファルシェ・ユヴェール
📕

大変興味深い催しですね
このサクラミラージュでは
文字を識り、文学を好み、物語を愛する人々が、こんなにも

今はどのような物が流行りなのでしょうか
この世界独特の、咲き誇る幻朧桜の下で起こる非日常か
はたまた全く異なる世界を夢想した冒険譚か
個人的な好みで言えば、
どのような物語であれ最後は幸せなものがよい

書棚のタイトルを目で追いつつ
カフェでゆっくり読む一冊を選びたいのですが
あの本のタイトルにも
その本の装丁の美麗さにも
いずれも興味をそそられるもので

こうなれば店員さんにお声掛けしてみる事に致します
読後感のよい、穏やかな物語
などと今の気分を添えて

選んで頂いた一冊を手に、
礼を述べてカフェスペースへ向かいましょう



●書との出逢い
 本と花。
 それらはそれぞれに別の形で心を彩ってくれるもの達だ。
 此度に開催されている本の催しを見渡し、ファルシェ・ユヴェール(宝石商・f21045)は興味深さを覚えた。
「盛況ですね」
 穏やかな声を落としたファルシェは賑わう広間を進む。
 このサクラミラージュでは文字を識り、文学を好み、物語を愛する人々が、こんなにもいる。文豪が多いのも、書を好む者がこれほどに集うのも好ましく思えた。
「今はどのような物が流行りなのでしょうか」
 ファルシェが特に興味を示したのは此処で好まれている本の傾向だ。
 この世界独特の、咲き誇る幻朧桜の下で起こる非日常か。はたまた全く異なる世界を夢想した冒険譚か。
 平積みにされた本が人気を物語っているだろう。
 そう考えたファルシェは特に人が集う一角に歩を進めていく。其処には、この世界では有名だという本の新装版や人気作家の新作が並んでいた。
 個人的な好みで言えば、どのような物語であれ最後は幸せなものがよい。
 とはいえ、結末を誰かに聞いて先に知ってしまうのは避けたい。出来る限り悲惨そうなタイトルではないものや、表紙の絵や挿絵が穏やかそうなものを、と考えたファルシェは書棚のタイトルを目で追っていく。
 装丁だけを見ても目を引かれるものが多かった。
 特に『月色鉄道の宵』は表紙の文字が煌めいていて、タイトル通りに月の光を思わせる加工がなされている。
 まずはカフェでゆっくり読む一冊を選びたいとして、ファルシェは視線を巡らせた。
 瞳に映るのは様々な本。『宵詩』や『恋糸の往く先』『幸福の苹果』といったタイトルにも、それらの装丁の美麗さにも心惹かれる。
 いずれも興味をそそられるものばかりで悩ましかった。暫し迷っていたファルシェだったが、意を決して近くに居た書店員に声を掛けてみる。
 選べないのならばプロに任せてしまえばいい。悪いものは選ばれないだろうと予想して、ファルシェは手に取る一冊の行方を委ねる。
「随分と迷っておられましたね」
「ええ、どれも魅力的に思えて。読後感のよい、穏やかな物語はありますか?」
 今の気分を添えて尋ねれば、店員は少し考え込む。
 そして、それなら、と奥から或る本を取り出してきた。表紙に宝石の影が描かれている書籍は『虹と薔薇の宝石』という題だった。
「切なさもありますが、宝石が齎す運命の転機と結末が実に良くてですね……!」
 自分はこの物語が大好きだと告げた店員は、少し興奮気味に語る。しかし内容を話してはいけないと思い直し、ファルシェに本を手渡すだけに留めた。
「ありがとうございます。宝石、ですか」
 礼を告げたファルシェは不思議な縁を感じ取り、カフェスペースへ向かう。
 はたして、この本にはどのような物語が記されているのか。静かな期待を抱きながら、ファルシェはそっと歩みを進めていった。
 極彩の館で過ごす時間はまだまだ終わらない。

『虹と薔薇の宝石』
 世紀の発見と呼ばれた、かの大宝石が辿った数奇な道筋。
 或る時は貴婦人の元へ。或る時は王の元へ。そして、また或る時は盗賊の元へ。
 宝石に映し出された彼らの運命が綴られた珠玉の一作。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

小泉・飛鳥
・📕

・WIZ

大正浪漫の世界。カクリヨにもこういう場所、ないではないけれど……くふふ。この世界はとても僕好み、かな
猟兵の仕事までは存分に楽しんでおこう

当然、掘り出し物市なんかを冷かして、目についた本をいくつか買い求めれば。
……うん、あとは月並みだと言われても、カフェで本を楽しもう
その時代の風景、その時代の文化や雰囲気……そういうものに触れていないと、ピンと来ない、と言うものもある。
かつてこの本を描いたあなたは、どんなものを感じていたんだろう
僕は、それが知りたい

―――おや、このお屋敷の情景にぴったりな本があるのかい?
それは、嬉しいね。
店員さんのおすすめとあらば、読書の供はこの本に願おうか



●花の館でひとときを
 幻朧桜が咲き、ハイカラな文化が広がる世界。
 大正浪漫そのままの景色が此処にある。花暖簾は様々な色を宿しており、天井から提げられた折り紙も可愛らしくて美しい。
「カクリヨにもこういう場所がないわけではないけれど……」
 興味深そうに周囲を眺めた小泉・飛鳥(言祝ぎの詞・f29044)は、くふふと笑いながら極彩の館へと踏み入っていった。
「うん。この世界はとても僕好み、かな」
 猟兵の仕事までは存分に楽しんでおこうと決め、飛鳥は本の催しを巡っていく。
 この世界では有名だという作家作品の新装版が並ぶ中央。
 お座敷で本が読めるというカフェーの一角。サイン会が行われている賑わう箇所や、中庭に続く華やかな廊下。
 そして、古書が集められた掘り出し物市。
 様々な場所を見てまわり、冷かしたり、目についた本をいくつか買い求めたりと自由気ままに過ごした飛鳥。
 その腕には気に入った本がたくさん抱えられていた。
 まずは『こころ』。それから『猫と兎の捕物帖』に、『白鯨探偵SOS』や『バニヰ・ヴァニラ』などジャンルも文体も様々だ。
「……あとは月並みだと言われても、カフェで本を楽しもうかな」
 すべてを一気に回って少しばかり疲れていたこともあり、飛鳥は先程にみたカフェーの方に向かっていった。
 その時代の風景。そして、その時代の文化や雰囲気。そういうものに触れていないと、ピンと来ない、と言うものもある。
 お座敷の席に案内された飛鳥は卓袱台に購入した本を並べた。
 様々なタイトルに様々な作家名。
 どれも違っていて、綴られた雰囲気だって千差万別だろう。
「かつてこの本を描いたあなたは、どんなものを感じていたんだろう」
 ――僕は、それが知りたい。
 選んだ本の内容はどんなものだろうか。期待を馳せていると、誰かがカフェ店員に本を選んでもらっている声と様子が見えた。
 ああいう出会いも悪くはないと考え、飛鳥は店員を呼ぶ。そうして、さっきあの客に勧めていた本は何かと問いかける。実は少しばかりに気になっていたのだ。
「お勧めしていたのは『桜の花路』ですね」
「おや、このお屋敷の情景にぴったりな本があるのかい?」
「そうですね、遊女の物語です。此処は妓楼だったので雰囲気は合っていますよ」
「それは、嬉しいね」
 飛鳥は店員のおすすめとあらば、と書架に置かれていた『桜の花路』という本を手に取った。読書の供はこの本に願おうかと決め、飛鳥はさっそく頁を捲っていく。
 そして、暫しの時間が流れていった。

『桜の花路』
 わたしを愛してくれる人はいない。けれども愛した人はいた。
 たった一夜の思い出がわたしを彩ってくれる。
 桜が散る度にあの夜を思い出す。嗚呼、愛しき人よ。どうか永久に咲いていて。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

霞末・遵
【幽蜻蛉】📕
まぶしい
おじさん暗いところの方が落ち着くかもしれない
それか目が衰えてるのかもしれないな……

本を傷つけないように手袋をしておこう
この手は少し鋭いからね

兵法書ばかりってのも竜神様らしいな
おじさんもからくりの本ばかり見てたからひとのことは言えないか
読むって言うより解読してる気分だったけどね
物語は、そうだなあ。あまり触れたことがないんだ
何に手を付けていいやら。竜神様はおすすめある?
ないかあ。わかってた

どんな本、ふむ
怪奇については身に染みてるから、日常を書いたものがいいな
それか旅行記みたいなものとか。写真もついてると嬉しいね
あと少し暗い場所教えてもらえない?
目がちかちかしてきちゃったよ……


鈴久名・惟継
【幽蜻蛉】📕
此処がサクラミラージュとやらか
建物や装飾が何処かカクリヨと似ている気がするが
どんよりとした雰囲気がないだけで華やかさが引き立つな!
それに極彩の館という建物もまた魅力だ
明るさならば目を慣らすしかあるまい、歩きながら慣らすぞ

本は兵法書のような戦絡みばかリだったからな
他の世界を知る他に、小説等に触れる良い機会かもしれん
遵殿は如何かな?気になるものは見つかっただろうか
はっはっは、お互い読書には縁がないようで
オススメと言われてもパッとせんなぁ

そうしたことは店の者に聞いてみるのが一番だ
どんなものが良いか希望は出した方が良いと思うので
考察をしながら読み進めていけるものを希望するぞ



●花の館と本との出逢い
 ――まぶしい。
 それが極彩の館に訪れた霞末・遵(二分と半分・f28427)の感想だった。
「おじさん暗いところの方が落ち着くかもしれない」
 それか目が衰えてるのかもしれない、と呟いた遵は視線を床に落とす。その傍らで、鈴久名・惟継(天ノ雨竜・f27933)は館の様子をゆっくりと眺めていた。
「此処がサクラミラージュとやらか。建物や装飾が何処かカクリヨと似ている気がするが、どんよりとした雰囲気がないだけで華やかさが引き立つな!」
 それに極彩の館という建物もまた魅力だ。
 しかし、惟継もまた、遵と同じであまりの目映さに幾度か瞼を瞬いていた。
「あんまり上を見て歩けないなあ」
「明るさならば目を慣らすしかあるまい、歩きながら慣らすぞ」
 遵の声に気付き、惟継はそっと先導するように歩きはじめる。その後ろに付いていく遵は本を傷つけないように手袋をしている。
 この手は少し鋭い。それゆえに触れる時は細心の注意が必要だからだ。
 そして、惟継と遵は人々で賑わう一角に向かう。
 其処にはこの世界で有名だという作家の作品が多く並んでいた。どうやら新装版として新たに売り出された人気作品らしい。
「小説か。本は兵法書のような戦絡みばかリだったからな」
「兵法書ばかりってのも竜神様らしいな」
 惟継がふとした言葉を落とすと、遵は彼を見遣った。おじさんもからくりの本ばかり見てたからひとのことは言えないけど、と付け加えると、惟継が笑った。
「何だか似ているな」
「読むって言うより解読してる気分だったけどね」
 すると遵も薄く双眸を細める。
「他の世界を知る他に、小説等に触れる良い機会かもしれん。遵殿は如何かな? 気になるものは見つかっただろうか」
「物語は、そうだなあ。あまり触れたことがないんだ」
 何に手を付けていいやら。
 そんな風に語った遵は、ふと思い立って惟継に問うてみる。
「竜神様はおすすめある?」
「はっはっは、お互い読書には縁がないようで、オススメと言われてもパッとせんな」
「ないかあ。わかってた」
 惟継があまりにも軽快に笑うので遵は肩を竦めた。しかし不快だったというわけではなく、これが自分達らしい形なのかと感じたからだ。
 それから二人は新進気鋭の作家作品が集まるという一角に移動していく。
 どれもこれもピンと来ないものばかり。
 だが、どれか一冊をしっかりと読んでみたい気持ちもある。
「こうしたことは店の者に聞いてみるのが一番だ。そこの、ちょっと良いか?」
「はい、何か本をお探しでしょうか?」
 惟継が店員を呼ぶと、真面目そうな青年が出てきた。何か本を選んで欲しいと惟継が願うと、まずはどんなジャンルがいいのかと彼が質問してきた。
 遵も一緒に選んで貰う心算で考え込む。
「どんな本、ふむ」
「どんなものが良いかの希望か……」
 どういったものでもいいと店員が告げると、二人はそれぞれの希望を出していった。
「怪奇については身に染みてるから、日常を書いたものがいいな。それか旅行記みたいなものとか。写真もついてると嬉しいね」
「考察をしながら読み進めていけるものを希望するぞ」
「わかりました。少々お待ちくださいね!」
 それから少し後。
 青年が用意してきた本は二冊。遵の希望を受けて出された本は『徒然旅行記』。作者の自伝めいた旅行記録を面白おかしく記したものだ。
 惟継に勧められたのは『うつろいの蜉蝣』という推理小説。
 ありがとう、とそ各々に礼を告げた二人は差し出された本を手に取った。その際に遵は店員に小声で願う。
「あと少し暗い場所教えてもらえない? 目がちかちかしてきちゃったよ……」
「はっはっは、まだ慣れていなかったのか遵殿」
 そんなやり取りが巡った後、彼らは静かなお座敷に案内されて――。
 そして、暫しの読書のひとときが始まった。

『徒然旅行記』
 吾輩の巡った土地をこれからひとつずつ紹介して行こうと思ふ。
 本当は活動写真にでもしたいのだが、筆で綴ることしか出来ぬ故にご勘弁願いたい。
 サアサア刮目せよ。徒然なる旅の奇譚は此処に在り!

『うつろいの蜉蝣』
 陽炎が揺らぐ日にその事件は起こった。
 人体が突如として発火する減少に遭遇した青年はその原因解明に向かう。
 蜉蝣と陽炎。ふたつのカゲロウが鍵となる事件の真相とは――!?
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

永倉・祝
📕
僕の今回の本も無事発行できましたし。
嬉しいかぎりですね。
著名な作家さんの本の片隅とはいえ同じ売り場に並ぶというのはやはり緊張します。

ふふ、せっかくですから新しく読む本を誰かに選んでもらいますかね。この間彼に選んでもらった本は読み終わってしまいましたし。
そうですね有名ではないですが僕も物書きの端くれフェアの方だと気を使わせてしまいそうなので。
カフェの店員さんにオススメの本を聞いてみましょうか。

「ミルクティーを一つ。それとオススメの本を教えていただけますか?」



●本と過ごす時間
 賑わう極彩の館を見てまずは一安心。
 永倉・祝(多重人格者の文豪・f22940)は会場を眺め、目立たぬ片隅から本の売れ行きや興味の持たれ方を確かめていた。
「僕の今回の本も無事発行できましたし、嬉しいかぎりですね」
 彼女もまた文豪。
 目立つ主要なコーナーではないとはいえ、著名な作家陣の作品が置かれている売り場に同じように並ぶというのはやはり緊張するものだ。
 そして、祝は自分の本が置かれた一角から踵を返していく。
 目指すのは併設されたカフェーの方。
 途中で中庭に続くきらびやかな廊下を通り、花の香りを感じて、隣接した川辺から響くちいさなせせらぎを聞く。そうすれば緊張も少しずつ緩んでいった。
「ふふ、せっかくですから新しく読む本を誰かに選んでもらいますかね」
 祝は廊下を抜け、古書市が開催されているゾーンに向かう。
 掘り出し物が見つかるかもしれないという謳い文句に誘われ、古今東西の本が積まれたその場所で立ち止まる。
 どんなものがあるのかと眺め始める祝は何処か楽しげだ。
「この間に彼に選んでもらった本は読み終わってしまいましたし」
 そう思うと、人に勧められる本とは良いものだと思える。それに、もし誰かが自分の本を違う誰かに勧めてくれるかもしれないと考えると、不思議と心が弾むようだ。
 しかし、祝はふと思い立つ。
 有名ではないが、自分も物書きの端くれ。フェアの方に関わっている店員にお勧めの本を尋ねると気を使わせてしまいそうだ。
「そうですね、カフェの店員さんにオススメの本を聞いてみましょうか」
 古書市から離れた祝はお座敷側のカフェーへと歩を進めた。
 其処ではこの会場で本を購入したであろう人々が思い思いに読書をしている。その席の片隅に座った祝は店員を呼ぶ。
「ミルクティーを一つ。それとオススメの本を教えていただけますか?」
「はい、かしこまりました!」
「ジャンルはどんなものでも。良ければ、今の雰囲気に合うものでお願いします」
「少々お待ちくださいね。とっておきの一冊を選んで参ります!」
 店員はハキハキした女性で、注文を取った後に奥へと引っ込んでいった。
 それから待つこと暫く。
 ミルクティーと一緒に運ばれてきた本は――。
 
『珈琲対紅茶戦争』
 ――時代は遡ること、大正△△年。
 紅茶党と珈琲党の争いは収まることなく、激化するばかりであった。
 しかし、其処にミルクポッ党という新たな勢力が現れ、戦は混乱を極めていく。
 最後に笑うのはどの党か。今、ひとときも目が離せぬ戦いの幕があがる。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

御園・桜花
「サイン本…蒐集家魂が騒ぎます」

著者が知り合いの誰かのために名を書き送った本が世に流れる
うっかり紛失したのだろうか
間違って人に贈ったのだろうか
質草の一部として流れたのだろうか
相続した誰かが趣味に合わぬと売り払ったのだろうか
それとも
サイン会のサインで趣味に合わなかっただけか
幾つもの状況が想像できる
有名な著者著作でないほど
その時関係した近しい人に贈ったのだろうと思えるから
色褪せた中で
日付と人名の入った本を探す
私が買える程度の娯楽本

今の本の寿命は百年ほど
その中の
何百冊
何千冊
何万冊の中の誰かのためだけの只1冊が
私の1冊に加わる

「のんびり読んで待ちましょうか」
カフェで本の筋と本自体の筋を想像するこの至福



●本が辿る軌跡
「サイン本……蒐集家魂が騒ぎます」
 数多の本が集う、書の祭典とも呼べる今日この日。
 御園・桜花(桜の精のパーラーメイド・f23155)は数々の本を前にして、胸の奥から湧き起こる気持ちを覚えていた。
 言葉通りに魂が騒いでいると表すに相応しい感情だ。
 そんな桜花が向かったのは古今東西の古書が並べられている一角だった。
 読み古されたもの。頁が折れ曲がったもの。
 或いは大切に仕舞われていたゆえに読まれなかったであろうもの。どの本もそれぞれが辿ってきた歴史が見えるようで面白い。
 そんな中で、桜花はサインが記された書籍を探していく。
 著者が知り合いの誰かのために名を書き送った本が世に流れるというのは不思議だ。
 うっかり紛失したのだろうか。それとも、間違って人に贈ったのだろうか。
 もしくは質草の一部として流れたのか。相続した誰かが趣味に合わぬと売り払ったのだろうか、サイン会のサインで趣味に合わなかっただけか。
 想像を巡らせるだけで幾つもの状況が浮かぶ。
 それは一見すれば不幸なことだったのかもしれないが、その御蔭で桜花や他のコレクターがこうしてサイン本を手にすることが出来る。
 有名な著者や著作であればサイン本も溢れているが、その逆に知名度がない作家の本ほど、その時に関係した近しい人に贈ったのだろうと思えるから興味深い。
「これは……」
 色褪せた本の中から、桜花は或る一冊を手に取った。
 日付と人名の入った本が其処にはあった。値段も正規のものの半額以下だ。古本であるゆえに致し方ないのかもしれない。
 けれども、これこそが桜花が買える程度の娯楽本だ。
 今の本の寿命は百年ほど。
 その中の何百冊、何千冊、何万冊。誰かのためだけの只一冊が桜花のコレクションする一冊に加わってくれる。
 それを思うとやはり、不思議な気持ちが湧いてくるのだった。
 それから、何冊かのサイン本を探し出した桜花は纏めて書籍を精算していく。特別な一冊だったものが特別ではなくなり、桜花の手に渡ることでまた特別になった。
 こういうことが縁というものなのだろう。
 そうして、本を抱えた桜花はカフェの方へ向かっていく。
「のんびり読んで待ちましょうか」
 お茶を飲みながら頁を捲って本の筋と本自体の筋を想像していく、静かなひととき。
 これこそが彼女にとっての至福である。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ランガナ・ラマムリタ
📕

オーレリア(f22027)くんと
関係は……友人かな。親密な、ね。ふふ

片端から読んでしまいたいけど、それも風情がないからね
まずは一冊をじっくり楽しむとしようかな

ん、これかい? 勧めてもらったものでね――
どんな一冊でも楽しめることには自信があるけれど、特別な一冊になると良いな

そよぐ風を感じながら、彼女の膝に腰掛け、背をもたれさせて、本の世界に浸ろう
静かに、静かに

うん、やっぱり妖精の読書には乙女の膝が一番
柔らかく受け止めてくれる、着痩せした包容力があれば尚更
そして、心を許せる相手なら、言うことはないね

「――ん」
短く頷き、頁から視線を外さないまま、頭を預けて……


オーレリア・エフェメラス
📕
ランガナ(f21981)くんと
お世話になってる人で、大事な友人だよ

綺麗な庭園に立派なお館
こんなところでゆっくり本を読める機会はそうないよね

そういえば何を買ってきたんだい?
こっちは流行りの物語がいくつかと、薬の本
この世界の薬はまだ試してなかったからね、勉強になると思ってね

ゆっくり読んでていいよ
ボクも買ってきたものを読んでるから
ふっと目を落として、夢中で頁を手繰る横顔
邪魔しちゃ悪い気がするけれど
って、またそういうことをいうんだから
座り心地がいいならば上々だけれどね

さ、紅茶のお替りでもいかがかな
……飲ませればいいの?
まったく、と息をついでに頬を軽くつついてから
カップを寄せるね



●物語と過ごす昼間
 それぞれの本を持って花咲く中庭へ。
 川が近いからか水の音が聞こえる。心地好い音に耳を澄ませながら、花暖簾が揺れる極彩の館の広間を見遣れば、賑わう人々の様子が見えた。
 腰を下ろしたのは紅茶が置かれたテーブル席。
 オーレリア・エフェメラス(ガラスの向こうのメッセージ・f22027)は眼鏡の奥の穏やかな眼差しを花々に向け、双眸を細める。
 綺麗な庭園に立派な館。
「こんなところでゆっくり本を読める機会はそうないよね」
「そうだね、良い場所だ」
 ランガナ・ラマムリタ(本の妖精・f21981)はオーレリアの言葉に頷く。そして、先程まで眺めていた本の祭典めいた光景を思い出して、並んでいた書籍に思いを馳せる。
「本当は片端から読んでしまいたいけど、それも風情がないからね」
 まずは一冊をじっくりと。
 テーブルに置いた本に視線を落としたランガナは、片眼鏡を軽く掛け直した。オーレリアも机に乗せた書籍に触れながら、ランガナの本に目を向ける。
「そういえば何を買ってきたんだい?」
「ん、これかい? 勧めてもらったものでね――」
 そういってランガナが示したのは『四季の栞』という季節に因んだ短編が収められた小説だ。春夏秋冬、各季節で主人公が違うのだが、最終章では全ての物語がひとつに収束していく群像劇なのだという。
「良い物語だといいね」
「ああ。どんな一冊でも楽しめることには自信があるけれど、これが特別な一冊になると良いな。あの店員くん、かなり悩みに悩んで選んでくれたからね」
 書店員は相当な本好きだったらしく、あれでもないこれでもないと迷いながらもランガナと本を見比べてやっとこれを選んだ。
 あれほど悩んでくれたのだ。きっとその分だけとびきりの物語なのだろう。
 ランガナが静かに笑うと、オーレリアも興味深そうに頷きを返した。そして、ランガナが其方は、と問うと彼女は数冊の本を示す。
「こっちは流行りの物語がいくつかと、薬の本」
「へぇ、薬の」
「この世界の薬はまだ試してなかったからね、勉強になると思ってね」
 それと、とオーレリアは流行りだという本のタイトルをなぞった『小鳥伯爵の冒険』『暗雲に百合は咲く』『時計塔の針』など様々だ。中でもオーレリアが気になっているというのは、『妖精の午睡』という一冊なのだという。
 それは興味があるね、と告げたランガナは後で自分も読みたいと申し出る。オーレリアには断る理由はなく、その願いは快く承諾された。
 そして、二人の間に穏やかな風が吹き抜けていく。
「失礼するよ」
「ゆっくり読んでていいよ」
 ランガナは彼女の膝に腰掛け、背を預ける。その軽い感触を確かめながらオーレリアも妖精の午睡の表紙に触れた。
「ボクも買ってきたものを読んでるから」
「ああ。…………」
 オーレリアが言葉を続けると、ランガナは既に本の二頁目を読みはじめているところだった。既に本の世界に浸っているのだと察したオーレリアも書を捲る。
 二人は暫し各自の本を読んでいった。
 そんな中でオーレリアはふっと視線を落とし、夢中で頁を手繰るランガナの横顔を見つめる。邪魔をしては悪い気がして声は掛けなかった。しかし、代わりに視線に気付いたランガナが穏やかに笑う。
「やはり妖精の読書には乙女の膝が一番」
 こうして落ち着けるのも柔らかく受け止めてくれる、着痩せした包容力があるから。そして何よりも、心を許せる相手だからこそ。
 何も言うことはないのだとして、ランガナは静かに、静かに本を読み進める。
「って、またそういうことをいうんだから」
 座り心地がいいならば上々だけれど、と付け加えたオーレリアはランガナが更に背を預けてくれたことに快い気持ちを覚えた。
 そういえば、少し喉が渇いた気がする。オーレリアはテーブルの上のカップを持ち上げながらランガナに問いかけた。
「さ、紅茶のお替りでもいかがかな」
「――ん」
 するとランガナは短く頷き、頁から視線を外さないまま、頭を預けてきた。
 一瞬だけ首を傾げたオーレリアだったが、すぐに彼女の意図に気付く。
「……飲ませればいいの?」
 答えはないが、否定しないということはそういうことなのだろう。オーレリアは、まったく、と溜息をついたついでにランガナの頬を軽くつつく。
 そうして、カップがそっと寄せられて――。
 大切で大事な友と過ごす穏やかな時間が、ゆっくりと流れていく。

『四季の栞』
 春は叶わぬ恋を識り、夏は密かに夢に破れた。
 秋はかけがえのない友を失い、冬は大きな秘密を抱えている。
 四人が織り成す四季の物語と、間に挟まれた栞の意味。
 それを真に知る時、貴方は――。

『妖精の午睡』
 かの妖精は眠ってばかりいた。
 まともに起きているところを見たものはおらず、眠り姫とも称されているほど。
 しかし或日、ひょんなことから妖精はまったく眠れなくなってしまった。
 そうして其処から、睡りを巡る妖精と仲間達の物語が幕あける。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

トティア・ルルティア
📕
セト(f16751)と

この世界の本とは初めましてね
様々に着飾った本達にごきげんよう

わたし?
家に魔術書や歴史書が沢山居るから
その子達とよく語らうわ?
褒められて、むふー
いいこいいこと撫でましょう

セトは文字ばかりはあまり得意ではないかしら?
活発な彼を思えばうむむむむ
わたしは本そのものだから
セトももっと本と親しくなれたら
とても嬉しい
一緒に何か読めたら楽しいかしら?
うむむむむ

最近はわくわくの冒険譚がとても好きよ?
あの、あのね、
彼らを読むと何処にでもゆける気がするわ?
ね、と店の者に語り掛け

セト、えらいわ
とても名案ね?
2人でお茶をしながら読書して
ああ、セトの好きな絵本の話も聞けたらいい
きっと至福の時間


セト・ボールドウィン
📕
トティア(f18450)と

トティアはいつもどんな本を読むの?
へー、難しそうなの読んでるんだ

俺が読んでた本は、子ども向けの物語や絵本ばかり
トティアすげーな。ちょっとだけ尊敬
…む。子ども扱いしないでよ

目についた一冊を何となく手に取ってぱらぱら
ブンゴーのメイサクってのは、俺にはちょっと難しいかも
読みやすくて面白そうな本。何かないかな

何か一冊読んだら
その本についてトティアと話が出来るかもしれない
それはすごく楽しそうだから

冒険譚?
面白そう。それなら俺にも読めるかな
何よりトティアが一生懸命考えてくれたことが嬉しくて
ありがと。俺それがいい

あ。ねえ、トティア
あっちでお茶が飲めるんだって
本選んだら一休みしよ



●冒険物語と至福の花庭
 ごきげんよう。
 そんな風に挨拶をしたくなるほど色とりどりに着飾った本達。真白の表紙に躍る煌めく文字達や、淡い色彩で描かれる幻想的な絵。
 新たに飾られた本の様々な装丁を見るだけでも心地好いのに、周囲は鮮やかな花暖簾や折鶴の色が満ちている。
「この世界の本とは初めましてね」
 トティア・ルルティア(IKTSUARPOK・f18450)が並べられた本に興味を示していると、セト・ボールドウィン(木洩れ陽の下で・f16751)が書籍を覗き込む。
「トティアはいつもどんな本を読むの?」
「わたし? 家に魔術書や歴史書が沢山居るから、その子達とよく語らうわ?」
「へー、難しそうなの読んでるんだ」
 セトは? と問いかける視線がトティアから返ってきたことで、少年はこれまでの読書歴を思い返してみる。自分が読んでいた本は子ども向けの物語や絵本ばかりだと答えたセトは、勉強の本をたくさん読んでいるトティアに尊敬の眼差しを向ける。
「トティアすげーな」
 褒められたことで満足気に胸を張った彼女は、次にそっとセトを撫でた。
「いいこいいこ」
「……む。子ども扱いしないでよ」
「子供じゃなくても、いいこはこうされていいの」
「ほんと?」
 そんな会話を交わしながら、二人は次の書籍コーナーに向かっていく。
 セトは目についた一冊を何となく手に取り、ぱらぱらと頁を捲った。難しい文字が並んでいたので内容は頭に入って来ず、すぐに本を閉じてしまう。おそろしい文字の濁流だと感じたセトは首を横に振る。
 本を置いたセトの様子に気が付いたトティアは、その横顔を見遣った。
「セトは文字ばかりはあまり得意ではないかしら?」
「ブンゴーのメイサクってのは、俺にはちょっと難しいかも」
 活発な彼だからこそ本よりも外で学ぶ機会の方が多かったのだろう。うむむむむ、と頭を悩ませたトティアは考える。
 自分は本そのもの。だからこそセトも、もっと本と親しくなって欲しい。
 そうすればとても嬉しくなるから。
「それじゃあ、一緒に何か読めたら楽しいかしら」
「一緒に? 読みやすくて面白そうな本。何かないかな」
 トティアからの提案を聞けば、セトの表情も明るくなる。文字の本が嫌いなのではなくて、ただ読む切欠がなかっただけ。
 けれどもいきなり、さっきのような文字ばかりの本を読むのも難しい。
 それでも何か一冊でも読めたならば、その本についてトティアと話が出来るかもしれない。それはすごく楽しそうなことだと思えた。
 トティアはセトの笑みに向けて双眸を細め、近くの棚にある本に歩みを寄せる。
 其処に並んでいたのは冒険小説だ。
「最近はわくわくの冒険譚がとても好きよ?」
「冒険譚?」
「あの、あのね、彼らを読むと何処にでもゆける気がするわ?」
 ね、と書店員に語り掛けたトティアは無表情のままではあったが、その瞳の奥からはきらきらした雰囲気が感じられた。
「面白そう。それなら俺にも読めるかな」
「難しすぎない、お勧めの本を聞いてみましょう」
「うん!」
 セトはわくわくした気持ちを抱きながら、トティアと店員が選んでくれる本へと期待を寄せた。どうやらトティアへの本は女性店員が勧め、セトへの本はトティア自身が候補の中から選び取ってくれるようだ。
 待っていて、と告げて本を指差し選んでいくトティア。
 一冊ずつを覗き込み、触れる彼女はまるで本達と会話をしているようだった。その姿が楽しそうに見えて、セトまで気持ちが浮き立ってくる。
 何よりも、トティアが一生懸命に考えてくれていることが嬉しかった。
「決めたわ。これはどう? 『鍵と宝箱の冒険』というの」
「鍵? ありがと。俺それがいい。トティアの本は?」
「これは『魔女と少年』。主人公がね、わたしとセトに似ているらしいの」
「へー、俺達に?」
「どちらも難しくないらしいから、一緒に読みましょう」
 そうして、書店員にお礼を告げた二人はそれぞれに一冊ずつの本を手に入れた。何処か読むのにいい場所はないかと探していく中、セトが中庭に続く廊下を見つける。
 通路の向こうには本物の花が見えた。
 白猫が遊んでいる姿がちらりと見えて、微笑ましくなったセトは庭を指差す。
「ねえ、トティア。あっちでお茶が飲めるんだって」
 あそこで一休みしよう、とセトが誘うと、トティアは頷きを返した。
「セト、えらいわ。とても名案ね?」
 それから二人は中庭のテーブル席へと向かい、紅茶を頼んだ。中庭には心地好い風が吹いていて、本を読むのにもぴったりだ。
 お茶をしながら頁を読み進めていくひとときは穏やかに違いない。
 それぞれに本を読み終わったらセトの好きな絵本の話も聞けたらいい。そんな風に思ったトティアは、楽しげに本の頁を捲る少年を見つめた。
 紅茶と花と、本と君。
 至福の時間はきっと、此処にある。

『鍵と宝箱の冒険』
 魔法の鍵を手に入れたら、次は扉や宝箱を見つける番。
 いざ冒険がはじまれば、その先はわくわくとドキドキの連続。
 さあ、魔法の鍵をめぐる冒険に出発しよう!

『魔女と少年』
 静かな眠りから目覚めた魔女を見つけたのは、ひとりの少年でした。
 太陽のように明るく笑う少年は、世界を知らない魔女にたくさんの楽しいことを教えてくれました。けれどもある日、彼は悪い魔王に連れ去られてしまいます。
 そして、魔女は少年に逢うために旅に出たのでした。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ユヴェン・ポシェット
📕

極彩の館といわれるだけあって少し、眩しくも感じる程彩鮮やかな場所だな。
今の時期見られる花達も綺麗だよな。それに川に反射した光が流れに沿って揺らめく様子を見るのが好きなんだ。景色も美しく思った以上に寛げそうだ

あまり書物を読む方ではないし、特に…この世界で読まれるものには興味はあるが、馴染みはなかったからな。これを機に何か読んでみようと思う
しかし、こんなにも沢山あると悩んでしまうな

座敷で茶を戴きつつ、本を読んで過ごそうか。俺が本を読む間、膝の上でミヌレは気持ち良さげに眠って。
そういえばテュットは本が好きだから、この本今度すすめてみても良いかもしれない。なんて、ぼんやり思いながら本と時間を楽しむ



●本と川辺
 その館は極彩と呼ぶに相応しい色で飾られていた。
 眩しくも感じるほどに彩鮮やかな場所だと感じて、ユヴェン・ポシェット(opaalikivi・f01669)は花暖簾や折鶴の飾りを見上げた。
 そのまま広間を抜けて、中庭に続く廊下に進む。
 歩む度に花が風に揺れる景色が近くなり、川のせせらぎが聞こえてきた。
 竜胆や紫苑が可憐に咲いている。
 きっとこの館に合うとされて、手入れされて整えられているのだろう。
 ミヌレが花の傍に駆けていく後ろ姿を見守り、ユヴェンは中庭へと足を踏み入れる。心地好い場所であるからか、庭の片隅では仔猫が遊んでいた。
「今の時期見られる花達も綺麗だよな」
 ミヌレに呼び掛けながら、ユヴェンは中庭から回り込める座敷へと向かう。
 窓辺からは中庭と川が見えた。
 川に反射した光が流れに沿って揺らめく様子を見えた。何気ない景色ではあるが、ユヴェンにとっては好きな光景だ。
 水が流れる音も穏やかで、花も美しい。思った以上に寛げそうだと思ったユヴェンは、先程に広間で勧められた本の表紙に触れた。
「随分と悩んだが……ミヌレ、一緒に読むか?」
 ユヴェンが呼ぶと、仔竜が膝の上に飛び乗ってきた。
 そして、ユヴェンは『果てなき世界へ』というタイトルの本を開く。それは獣使いの少年が幻想動物と出逢い、別れを経て様々な冒険をするという物語だ。
 挿絵も多く、ミヌレが見てもきっと楽しめるだろう。
 もとよりユヴェンはあまり書物を読む方ではなく、特にこの世界で読まれるものにも縁遠かった。興味はあるが、馴染みはなかったという状態だ。
 されど今、こうして本に触れる機会を得ている。
「しかし、あんなにも沢山の本があるなんてな」
 人で賑わっていた広間に並べられた書架や本を思い返し、ユヴェンは物語の頁を捲りはじめる。そうすれば注文しておいたお茶が机に届いた。
 時折、お茶に手を伸ばして味わいながら本を読む。
 広間の方を見遣れば極彩色。庭の方に目を向ければ花の色が楽しめる。
 このひとときはきっと、ささやかに見えて極上のもの。
 頁を捲れば、紙が擦れる微かな音が響く。最初はミヌレもユヴェンと一緒に挿絵を眺めていたが、あまりの心地よさにいつしか眠ってしまっていた。
 穏やかな寝息が紙の音に混じる。気持ち良さげなミヌレを見下ろしながら、ユヴェンは静かな笑みを浮かべた。
「そういえば、テュットは本が好きだったな」
 この本を勧めてみても良いかもしれない。そんなことをぼんやりと思いつつ、ユヴェンは本と過ごす時間を楽しんでいく。

『果てなき世界へ』
 涙を堪えた少年は駆け出した。
 此処で立ち止まれば、これまでの軌跡が無駄になってしまう。
 彼の、彼女の、彼らの思いを自分が継いでいくために進み続けると決めた。
 たとえそれが、苦難の道となろうとも――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

陽向・理玖
📕

今までは時間があれば筋トレとかしてたけど
もう少し知識が欲しい…
こう…語彙…的な…

元気付けたい人がいても
人から貰った言葉そのまんまじゃ格好つかねぇもんな

まぁ1冊読んだくらいで
それがすぐ身に付く訳じゃねぇけど
足しにはなるだろ
何事も経験だもんな

よかったぜ
最近ミステリーとか読むようになって
少しはとっつきやすい

何にしようかな
やっぱ歴史物?
それとも文学…いや
あんま文学しいのはむずいし…
あっ
あれはあの先生の新作!
いやいつでも買えるか

うーん
一杯あって選べねぇ
おススメどれ?

そっかありがとうな
試しに読んでみてもいい?
庭も綺麗だしよ
似合わねぇけど
…たまにはこんなんもいいだろ

よし
やっぱこれにしよ
勧められた本片手に



●言葉と文字の森
 もう少し知識が欲しい。
 いつもは時間があれば鍛錬に励んでいたが、近頃はそう思うことが多くなった。
 陽向・理玖(夏疾風・f22773)は極彩の館で行われている本の催しを見渡し、どうするかな、と視線を巡らせる。
「こう……語彙……的な……本を読めば何か、掴めるかな」
 そのように考えるのは元気付けたい人がいるから。その人に他人から貰った言葉をそのまま掛けるのでは格好がつかないだろう。
 自分の中に伝えたい思いがあっても、それが言葉にならなければ意味がない。
 勿論、理玖も一冊を読んだくらいですぐに身に付く訳ではないことを知っていた。それでも、日々の鍛錬と同じで始めなければ何にも変わらない。
「ま、足しにはなるだろ」
 何事も経験だもんな、と静かに頷いた理玖は歩を進めていく。
 新装版が並べられた一角。新作が平積みされたコーナー。理玖は賑わう会場の合間を自分なりに見て回り、何か良い本はないかと探していく。
「お、これ面白そう」
 最近ミステリーなどを読むようになっていて少しはとっつきやすい。理玖は『怪人百八仮面』という本を手に取った。
 しかし、すぐに決めてしまうのも惜しいほどに本がたくさん揃っている。
 何にしようかと考え、理玖は頭を悩ませた。
 やっぱり歴史物か。それとも語彙を鍛えるなら純文学か。いや、と首を横に振った理玖は考え直す。
「あんま文学しいのはむずいし……あっ」
 思考の途中、目に飛び込んできたタイトルを見て理玖は手を伸ばし――そうになって、ぴたりと止まった。気に入っている作家の新作が気にかかったが、いつでも買えるし、と慎重な思考を巡らせる。
「うーん、一杯あって選べねぇ」
「此方でお勧めすることもできますよ!」
 理玖が思わず呟くと、その悩み具合を見ていたらしい店員が声を掛けてきた。渡りに船だと感じた理玖は、ぜひ、と願う。
「おススメどれ?」
「そうですね、もし良ければこういったものはどうでしょうか」
 書店員が取り出してきたのは『夕緋色の森』という純文学だ。文学作品とはいっても読み辛いわけではないので、若者にも人気だという作品らしい。
「そっか、ありがとうな。試しに読んでみてもいい?」
「もちろんです。お座敷や中庭で読んで頂けますよ!」
 ああ、と頷いた理玖は試し読み用の本を受け取り、中庭に続く廊下に向かう。
 歩を進めていくと花咲く光景と川の流れが見えた。庭で遊んでいるのか、白い仔猫が竜胆の花の横を擦り抜けていく姿もある。
 綺麗だな、と言葉にした理玖は適当な席に腰を下ろした。
「似合わねぇけど……たまにはこんなんもいいだろ」
 誰に言うでもなく口にした理玖は本の頁をひらいていく。風が吹き抜けていく穏やかな時間の中、暫し読書のひとときが流れていった。

『夕緋色の森』
 その森には独りきりで過ごす少女がいた。
 彼女は四百四十四回目の夕暮れを迎えた時、森獣の贄として捧げられるのだという。
 運命だと受け入れる少女に、少年は手を差し伸べた。
 これが救いになるかは判らない。それでも、黙って見ていることなど出来ず――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

百鳥・円
📕
本のお祭り!
この世界は文学に長けた方々が多く居るんでしたっけ?
ちょーど本を読み終えたのでね
お仕事の休憩時間に読めるよーな本を探しましょ

そこの店員さーん!
オススメの本ってどれですかー?

難しすぎて眠くならなくて
簡単すぎて退屈にならないもの
うんうん、その中間くらいがいいです

ほほーう、これですか
ありがとーございます!
何処かで本が読めるんでしたっけ
ではではそこへと向かいましょーう

紅茶にちゃぽんと角砂糖を落として
混ぜ合わせながら考えごとです

愛と心。そんな事を説明されましたねえ
愛の相談はしょっちゅうですん
あの人もあの人も……ああ、あの相談も
ちょっぴりつまみ食いしたことが懐かしや
んふ、元気にしてますかねえ



●心の色彩
「本のお祭り! 綺麗ですん!」
 百鳥・円(華回帰・f10932)は本と極彩が並ぶ館を見渡し、賑わう景色を瞳に映す。
 聞くところによると、この桜の世界では文学に長けた人々が多く居るという。円は興味深そうに数々の本を眺め、見回っていく。
 丁度、これまで読んでいた本を読破し終わったところだ。
「お仕事の休憩時間に読めるよーな本を探しましょ」
 そうしましょ、と鼻歌交じりに上機嫌に歩を進めていった円は、本の整理をしていた店員を見つける。会場を見てすぐに思ったこととして、こんなに膨大な本の中から一冊を選ぶのは難しいということ。
 それゆえに円は早々にお勧めを聞く作戦に出た。
「そこの店員さーん! オススメの本ってどれですかー?」
「はい? おすすめですか。少々お待ちくださいね」
 手にしていた本を近くに置いた相手は円の前に訪れる。そして、どんな本が好きなのかを問いかけてきた。
 すると円は指先を口許にあて、少しだけ考える。
 それから、思うままの注文を告げていく。
「難しすぎて眠くならなくて、簡単すぎて退屈にならないものがいいです」
「あはは、それはなかなかですね。丁度良い作品はあったかなぁ」
「うんうん、その中間くらいがいいです」
 少し困ったように、けれども楽しげに笑った書店員は書架の方に向かった。きっと円が所望した内容にぴったりの本を探してくれているに違いない。
 暫し待っていると、書店員は一冊の本を円に差し出した。
 そのタイトルは『貴方の傍に』という恋愛小説らしい。純粋な恋心と甘い描写。かといって簡単な恋ではなく、目が離せない展開もあるという作品のようだ。
「ほほーう、これですか」
「泣ける部分もあって、少し考えさせられる箇所もあっておすすめですよ」
「ありがとーございます!」
 円は本を受け取り、何処かで本が読めるんでしたっけ、と周囲を見遣る。ええ、と答えた店員は花暖簾が下がっている一角の向こう側にカフェーがあると伝えた。
「試し読みをして気に入られたら、ぜひ購入してくださいね」
「はーい。ではではカフェへと向かいましょーう」
 もう一度、場所を教えて貰ったお礼を告げた円は本を抱えて歩き出した。そうして案内された場所は丸窓から川辺を臨むことができる席だ。
 注文したのは紅茶。
 紅茶にちゃぽんと角砂糖を落として、ティースプーンでくるくると混ぜ合わせる。
 その際に考えていくのは、恋。其処から続く愛と心模様について。
 手にしている本も恋愛を綴ったものだ。
 愛と心。此処に来る前にそんな話を説明されていたので、やはり気に掛かるもの。
「愛の相談はしょっちゅうですん。あの人もあの人も……ああ、あの相談も」
 円は色々と思い返しながら、ちょっぴりつまみ食いしたことを懐かしく思った。そうして、本の頁を捲りはじめる。
「んふ、元気にしてますかねえ」
 そんなことを考えながら、円は最初の頁に視線を落とした。

『貴方の傍に』
 手の届かないあなた。けれど、届いてしまえばもっと欲しくなる。
 傍に居られれば、それ以上に一緒に居たくなる。そして、心が痛くなる。
 それでも私は貴方に恋をする。いつか愛に変わる、その日を夢見て。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ノイ・フォルミード
📕

本か、ぼくらの館にある本は何度も君に読んでいるし、
そろそろ新しい本も欲しかったんだ

どうせならビックリさせよう
ねえ、ルー
ちょっと此処で待っていて
花の良く見えるベンチにハンカチを敷いて、君を座らせて
急いで館内へ

とは言え、これだけ在るとどれを選んだら良いのか
専門の人に選んでもらった方が間違いなさそうだ

ええと、すみません
ちいさな5歳位の女の子が喜びそうな本ってあるかな?
花が好きで、病気がちで、ずっと動けない子なんだ
彼女がワクワクしてくれるのが良いんだけど
む、むむむ
どっちも良さそうだ……ええい、両方下さい!

包装してもらった本を抱え君の所へ戻る
お待たせ
ん?帰ってからのお楽しみさ
ふふふ、喜んでくれるかな



●彼女に贈る物語
 今日の目的は新しい本を探すこと。
 人々で賑わっている広間を眺め、ノイ・フォルミード(恋煩いのスケアクロウ・f21803)は腕に抱いたルーに、すごいね、と語りかけた。
「ぼくらの館にある本は何度も君に読んでいるし、そろそろ新しい本も欲しいよね」
 君もそう思うだろう、とノイが問うと、ルーの首が僅かに頷く。それは歩く振動でそうなったのだが、ノイにとっては十分な返事だ。
 まずはどんなコーナーがあるのか見て回ったノイは、一度賑わいから抜けて中庭へと訪れていた。数多の本からすぐに選ぶのは難しい。
 それに、どうせならルーをビックリさせてあげたかった。
「ねえ、ルー。ちょっと此処で待っていて」
 そういってノイは庭に咲く花が良く見えるベンチにハンカチを敷く。それからルーをそっと其処に座らせてやった。
 少し待たせることになるが、川のせせらぎも花も穏やかなのでルーも楽しんでくれるはず。遅くはならないからね、と告げたノイは急いで館内へ戻る。
 改めて書架や特集コーナーを見てみても、やはりどれにするか選びきれない。
 これだけの本が在り、これほどに文字や物語が溢れているという事実に圧倒されそうになりながら、ノイは書店員を探した。迷ってしまうなら此処は専門の人に選んでもらった方が間違いないと考えたからだ。
「ええと、すみません」
「はい、どうされましたか?」
 ノイが声をかけると、本を整理していた優しげな女性が顔をあげる。本を探して欲しいと伝えたノイは希望を彼女に話していく。
「ちいさな五歳位の女の子が喜びそうな本ってあるかな?」
「ええ、たくさんありますよ。その子はどんな子なんですか?」
 すると書店員は少しでも好みに近付けたいと考えたのか、ノイにその女の子――ルーのことを問いかけてきた。
「花が好きで、病気がちで、ずっと動けない子なんだ」
「まぁ……それでしたら、とびきりのものを選んであげませんとね」
「彼女がワクワクしてくれるのが良いんだけど」
「でしたら――」
 書店員は暫し考え込んだ後、奥から二冊の本を取り出してきた。
 それは可愛らしい絵本で、『ウヰズダムのまほうつかい』『お花の国のお姫様』というタイトルだ。魔法使いの方は楽しい仲間達との冒険物語で、お姫様はたくさんのシリーズが出ている人気作品らしい。
「む、むむむ」
「ふふ、どちらに致しますか?」
「どっちも良さそうだ……ええい、両方下さい!」
 此処でも選びきれず、ノイは思いきって二冊を購入した。そしてノイは本を別々に包装して貰ってから、中庭に戻っていく。
 見ればベンチに座ったルーの隣で、何処からか遊びに来た白い仔猫が丸まっていた。
「お待たせ、ルー」
 ノイが近付くと白猫はゆっくりと立ち上がって花の影に隠れてしまう。お話して貰っていたのかい、とルーに問いかけたノイは穏やかな感覚をおぼえた。
「ん? これ? 帰ってからのお楽しみさ」
 ふふふ、と笑ったノイの双眼が楽しげに明滅する。そうして、ノイとルーは暫し中庭で静かな時間を過ごしてゆく。

『ウヰズダムのまほうつかい』
 魔法使いを探す少女が仲間にしたのは、不思議な子たち。
 臆病なカブ、元気のない風船、無鉄砲なウサギ。みんな困った子ばかり。
 けれどもみんな冒険を重ねる度に少しずつ、ゆっくりと変わっていって――。

『お花の国のお姫様』
 眠る、眠る。ちいさなお姫様は花の中で眠る。
 花でいっぱいの夢の中で見ていくのは――勇気と希望に満ちた、ちいさなお話。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

柊・はとり
📕

犯人が解っている殺人事件は俺の出る幕じゃない筈だ
今回もきっとたまたま居合わせただけ
心臓の中を幾ら探したって心なんか見つかりっこないって
だから初めからやらないんだって知り合いの殺人鬼も言ってたぜ
ああ…そうだな
でなけりゃ俺も今頃物言わぬ死体だよ

『犯人』のお出ましまで暇潰しをする
人間大合格…読んだことないが
すげえ馬鹿馬鹿しい気配がする
土産に買っていってやろ

悪いが推理小説は嫌いなんだよ
怪しい館、嵐の孤島、凄惨な殺人現場
此処に書かれているのは全て俺の現実で
改めて直視したい代物じゃない
『探偵』が勝手に事件を解決してくれるから
犯人を当てなくていいのは楽だがな

本もあまり読まない
薦められた一冊を買ってみるか



●探偵と殺人事件
 事件は未明に起こり、その犯人は遊女。
 現場も凶器も人物も判明している殺人事件に探偵は要らない。
「これは俺の出る幕じゃない筈だが――」
 きっと今回も、たまたま此処に居合わせただけ。
 柊・はとり(死に損ないのニケ・f25213)は本の催しの最中に立っていた。極彩にいろどられた館は賑わっていて、なかなかに盛況だ。
 この景色だけを切り取るならば、未明に事件が起こるとは思えない。
 だが、事件とは往々にしてそういうもの。
 はとりは此度に起こる殺人について思いを巡らせ、歩を進めていく。本来ならば書籍を見て回ることを楽しめばいいのだが、どうしても思考が其方に寄ってしまうのは彼の裡に探偵としての意識が染み付いてしまっている為。
 こころ。
 それは目に見えないもの。心臓の中を幾ら探したって心なんか見つかりっこない。
 だから初めからやらないんだ、と知り合いの殺人鬼も言っていた。
 もし心臓の中にそれがあるのなら――。
「ああ……そうだな。でなけりゃ俺も今頃物言わぬ死体だよ」
 無意識に胸元に手を当てたはとりは、鼓動を刻むことをやめた心臓を思う。されど、すぐに感傷めいた思いを振り払った。
 さて、と周囲を見渡したはとりは件の犯人のお出ましまで暇潰しをすることにした。その際に目に入ったのは『人間大合格』というタイトル。
 読んだことはないが、どんな内容であるのかが少し気になった。はとりは試し読みの本を手に取り、最初の頁に視線を落とす。
 ――人間試験、合格です!! 文句なしのぶっちぎり大合格!!!
「……」
 そんな文面が一行目だったので、はとりは無言で本を閉じた。
 しかし土産にするには丁度良いだろう。先程に考えていた相手に買っていってやろうと決め、はとりは一冊目の購入を決めた。
 そうして次に通りかかったのはミステリーや推理小説が並ぶ一角。
 其処にも様々な本が並んでいる。『鳥籠學園と囀りの君』、『紫刻館殺桜事件』、『探偵はニ度目の死を迎える』などまさにそれらしいタイトルが目についた。
 しかし、はとりはその本達を手に取らない。
 面白そうではあるが、推理小説は嫌いの部類に入る。多くの人にとって虚構や幻想であるものは、はとりにとっての身近な現実であるからだ。
 怪しい館、嵐の孤島、凄惨な殺人現場。
 多くの本に書かれている情景も出来事も改めて直視したい代物ではない。
 探偵が勝手に事件を解決してくれるから犯人を当てなくていいのは楽だが、なんてことを考えながら、はとりは眼鏡を軽く掛け直した。
 そして彼は別ジャンルのコーナーに向かい、お勧めの本を聞いてみる。
 元より本もあまり読まないが、この催しの中で未明を待つのならば一冊くらいは目を通してみてもいいだろう。
 そんなはとりが女性店員から手渡されたのは、『君の横顔』という小説だ。
 今、若者に人気なんですよとかたった女性店員もこの本を愛読しているという。何でもいいという気持ちで受け取った本を手にして、はとりはお座敷の一角に腰を下ろす。
 しかし、其処で漸く本の内容に気が付いた。
「これ……女性向けの恋愛小説か?」
 確かに推理も殺人も起こらないが、どうしたものか。
 まぁ仕方ないかと肩を竦め、はとりはその本の頁を捲りはじめた。

『君の横顔』
 ねえ、笑って欲しいの。
 君はいつも難しい顔をしていて、その眼差しはとても悲しそうだから。
 いつまでも過去を見つめている君のままではきっと、未来に救いはないから。
 ねえ、笑って。それから――どうか、私のことを忘れて。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

宵雛花・十雉
📕

ブックフェアか
ここに集まった人間の殆どが本好きかと思うとすげぇ話だな
ま、オレもなんだけどさ

しっかし華やかな館だねぇ
確か妓楼だったって言ってたっけ
物語の舞台にゃ相応しい場所って感じ

そうだ、知り合いの作家先生の本でも置いてねぇかな
サイン会なんてやるタマじゃねぇとは思うけど
えのもと、えのもと…
あー駄目だ、こう数が多くちゃ途方もねぇや
ぶらぶら見て回ろ
ミステリのコーナーもあっかな

へぇ、自分に合った本を推薦してくれんだ
面白そ
ひとつオレにも頼むよ
好きなジャンルでも読んだことないジャンルでも楽しみだ
…はは、オレってこんなイメージ?
ありがと、早速むこうで読んでみるかな



●本と己
 ブックフェアには穏やかな賑々しさが満ちていた。
 並ぶ本の数々に、それらを眺めて手に取る人々。集まった人間の殆どが本好きかと思うと凄い話だと感じ、宵雛花・十雉(奇々傀々・f23050)は書棚に歩みを寄せた。
「ま、オレもなんだけどさ」
 適当に取った本の頁をぱらぱらと捲ってから、棚に戻す。
 一冊ずつ軽く中身を確かめていきたかったのだが、そうしていると日などすぐに暮れてしまうだろう。名残惜しくもありながら、見切りをつけた十雉は別の一角にも寄ってみようと考え、広間を進んでいった。
「しっかし華やかな館だねぇ」
 何気なく見上げた天井からは折鶴の飾りや、花の暖簾が見える。
 確か元は妓楼だったらしい。今こそ綺麗に整えられているが、以前はこの辺りに格子があり、遊女達が並んで座っていたのだろうか。
「物語の舞台にゃ相応しい場所って感じ」
 怪奇なことが起こりそうで、探偵が出てくる話の現場にでもなりそうだと考えた十雉は辺りを見渡してみる。
 ふと思い立ったのは、知り合いの作家先生の本が置いてあるかどうかということ。
 見れば近くでは新作を出した作家のサイン会が行われていた。彼処にゃいねぇな、と十雉が薄く笑ったのは、探している彼がそういったことを行わないと知っていたから。
 もしかすれば何処かではやっているのかもしれないが、少なくともこの会場ではサイン会はしていないらしい。
 それゆえに十雉は書籍を探していく。
「えのもと、えのもと……」
 このフェアでは作者順には並べられていないらしく、本探しは難航していた。
「あー駄目だ、こう数が多くちゃ途方もねぇや」
 細かに見て回るのはやめて、ぶらぶらした方が良いと考えた十雉は様々な場所を眺めていく。よくみれば本はジャンルごとに分けられているらしい。
 ミステリのコーナーに足を運んだ十雉は、目につく題を眺めていく。
 これもいい、あれも悪くない、と探していく中で十雉は客が書店員に本を勧められている光景を目にした。
「へぇ、自分に合った本を推薦してくれんだ」
 面白そ、と言葉にして興味を抱いた十雉はミステリの一角から離れ、書店員へとひらひらと手を振った。
「ひとつオレにも頼むよ」
「はい! でしたら、どのようなものが良いでしょうか」
 どんな話の傾向がいいかと店員に問われたが、十雉はこの際だから敢えて何も指定しないことにした。好きなジャンルであれば嬉しくなるし、読んだことないジャンルであっても新たな出会いになるので楽しみだ。
 そうして、選ばれたのは『偽り』という一冊。
 年齢、性別、経歴など理由があって何らかを偽った人間達が織り成す群像劇らしい。
「……はは、オレってこんなイメージ?」
「印象というか、お好きそうだと思いまして。お嫌でしたか?」
「いいや、ありがと。早速向こうで読んでみるかな」
 心配そうに首を傾げた店員に対して、十雉は首を横に振る。そうして彼は本を読むことができるお座敷カフェーの一角へと向かっていった。
 勧められた本。その内容のはしりは――。

『偽り』
 誰しも真実ばかりでは生きていけない。
 己を、或いは他者を護るためにつかなければいけない嘘というものもある。
 或る者は名を偽った。別の或る者は性を、或る者は生まれを偽った。
 そして、また別の或る者は、心そのものを偽りに染めた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

曙・聖
異世界の書物も興味深いですね
流行に触れる良い機会でしょうし、作家としての勉強も兼ねてフェアーを巡りましょうか

人気作家の新作や文豪の作品を中心に見て回りましょう
人気ということだけあって、次々と人が……凄いものですね
実は私もこっそりと本を出していたのですが、私の著作の方は……。……はい。
人気作家さんと比べたら虚しくなるだけですし、気にしないことにしましょう

作家の方とも、可能であれば交流してみたいものですね
世界を超えて作家仲間と交流したり、自身の作品を売り込むことができたりするのは、猟兵ならではの特権ですから

※アドリブ歓迎です



●作家として
 極彩の館に並ぶ数多の本。
 それらは曙・聖(言ノ葉綴り・f02659)にとって、異世界の書物だ。
「なかなか興味深いですね」
 人で賑わう会場の中、聖は周囲を見渡してゆく。世界は違っても文学や本、文字を好く者の姿を見るのは快い。
 この世界の流行に触れる良い機会にもなり、更には作家としての勉強も兼ねられる。
 フェアーを思う存分に巡ろうと決め、聖は歩を進めていく。
 一番目に付くのはやはり中央付近。
 『月色鉄道の宵』『ひとでなし』、『人間大合格』や『上総里山七猫伝』、そして『いのち』などの新装版が大々的に飾られていた。
「人気ということだけあって、次々と人が……凄いものですね」
 既存作ではあるが、人気を博しているだけあって人の波が凄い。気にはなったが見るのは後にしようと決め、聖は他のコーナーに向かった。
 ミステリ、恋愛、そして絵本。
 古書を集めた場所もあり、眺めているだけでも楽しくなる。
 そうして、次に辿り着いたのは人気作家の新作や勇名文豪の作品が置かれた一角。先程の場所より人は少ないが、それでも多いと呼べる客の数だった。
 これだけ本を求める人がいるのだと思うと、穏やかな気持ちになれる。趣味や趣向の違いはあれど、物語や文字を好いている仲間だ。
 そして、聖はふと自分の著作について考えていった。
(実は私もこっそりと本を出していたのですが、私の著作の方は……)
 過ぎった思いの続きは、聖が首を横に振ったことで掻き消されてしまった。この場の人気とは比べてはいけないと感じたからだ。
「……はい」
 人気商売とはいえど、考え始めたらきりがない。
 売れている作家と比べても虚しくなるだけであり、気にしないことが一番だ。自分の作品を良いと思ってくれている人がたったひとりでもいれば、それこそが励みになる。
 それゆえに聖はのんびりと会場を巡る。
 そんなとき、サイン会を終えたらしい新進気鋭の作家が裏手から出てきた。
 はたとした聖は彼の方に近寄っていく。
 此処に来たときから作家の誰かと、可能であれば交流してみたいと思っていたのだ。
 世界を超えて作家仲間と交流すること。
 また、自身の作品を売り込むことができたりするのは、猟兵ならではの特権だ。
 そして、聖は作家と話し始める。
 どんな作品を書いたのか、どのような売れ行きや反応だったのか。作家ならではの話に花が咲いていき――暫し、穏やかなひとときが流れていった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

黒鵺・瑞樹
📕アドリブOK
POW

戦争も終わったし、なんだかんだとトラブルでその前から本を読めなかったから何か一冊欲しいところ。
実際は部屋の積み本崩す方が先なんだろうけど、できれば心機一転で新しいものを。
冒険ものから推理物まで特にえり好みは…するな、恋愛ものは縁遠いから避けてるな。えぇとおすすめあればそれを。
買えたら中庭のカフェで休憩。コーヒー飲みながら本を読みたい。
影朧も気になるけど、やっぱり元妓楼は改装してもその当時の雰囲気、というか作りが残るみたいだな。
時折顔を上げて建物をながめてみるけど、なんていうか旅籠・旅館とも違う細工が残ってるのがとてもらしい。
素人だからどこがどうって説明できないけど。



●館の花庭にて
 ブックフェアは盛況で、賑やかさでいっぱいだった。
 黒鵺・瑞樹(界渡・f17491)は先程に書店員に勧めて貰った本を片手に、これまでのことを思い返していく。
 なかなかに大変な日々だったが、終われば何とも清々しい。
 それに近頃はゆっくりと本を読めていなかった。このフェアに置かれた数多の本から一冊を選ぶのも難しかったため、こうしてお勧めの一冊を手に入れられたのは瑞樹にとって僥倖だ。
「実際は部屋の積み本を崩す方が先なんだろうけど……」
 自分が置いている本模様が思い浮かんだが、今はそれを考えないことにした。
 それはそれ、これはこれの精神だ。
 心機一転で新しいものを入手した今の気分は実に良い。読めていない本への反省もあるが、それを解決するのは部屋に戻ってからでも構わないだろう。
 そして、中庭に向かった瑞樹は其処に咲く花々を見遣る。
 竜胆に紫苑、金魚草や朝顔。
 そんな花々の合間を白い猫がうろちょろしていた。何処かから迷い込んだのかとも思ったが、楽しげに遊んでいるのでそのままにしておくのが良いだろう。
 そして、席に腰掛けた瑞樹は本のタイトルを改めて見つめる。
 表紙には金文字で『栄光の湖』と書かれていた。
 文学的に啓発を書いたものらしく、物語風に綴られた文章で感情について記されている一冊だという。
 冒険ものや推理もの、特に選り好みなく読んできた瑞樹なのでこれもまた読み解くことができるだろう。
 しかし、勧められたのが恋愛ものではなくて良かったとも思う。
 それについては縁遠いゆえに元から避けており、たとえ読んだとしても共感や感動よりも先に忌避が勝ってしまうからだ。
「さて、ゆっくり読むとするか」
 カフェメニューからコーヒーを頼んだ瑞樹は注文品が届くのを待つ。
 その際に不意に例の影朧のことが気になった。そして、瑞樹の意識は元妓楼であるという建物にも向いていく。
 改装してあっても、その当時の雰囲気や作りが残っている。
 建物を眺める瑞樹は、旅籠や旅館とも違う細工が残っている館を見上げた。素人であるゆえに何がどうとは説明できないが、悪くない思いがあるのは確かだ。
 そして、テーブルにコーヒーが運ばれてくる。
 それを機に瑞樹は本を開いた。
 飲み物と書。花が咲く庭。此処で過ごす時間はきっと、穏やかに巡る。

『栄光の湖』
 感情とは、心の湖に沈んだ泡沫のようである。
 心を持つ者は皆等しく、湖の底から思いを浮かべ、時に感情を弾けさせる。
 今、此処で語る栄光とはそんな人の心を示す指標のようなものであり――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ニコリネ・ユーリカ
📕【鏡花】
お誘い頂いたミスター(f04599)と極彩の館に敬意を示して
紅い日々草の着物+桔梗色の袴姿でご訪問
草履は慣れないから踝丈のブーツで沢山見て回るの
ふわわ、隣の書生さんがハイカラすぎて緊張しちゃう
平常心!

素敵な御邸の庭に咲く花々を見せて下さいな
折鶴蘭に百日紅、草山丹花も見事に咲いて
花屋としてミスターに晩夏の花や花言葉をご紹介できたら
綺麗と思ってくれたら嬉しいなぁ

最近は実用書しか読んでないや
本のソムリエさんに読み応えのある本を教わったら
紅茶をお供に本の世界に没入したい
ミスターはどんな御本を?(ちら
本を読む横顔、長い睫、文字を追う瞳の美しさに風流を感じて
私も日頃の忙しさを忘れて読み耽りたい


杜鬼・クロウ
📕【鏡花】
書生姿で眼鏡有

本の催しと聞いてこの世界の雰囲気に沿ったコレを着てきたが、
ニコリネの格好もよく似合ってるわ
上品で華麗で
ンー?表情硬いな(ニヤ
気負わず楽しもうや

ニコリネとまず庭を散策
花の香や彩の景色に魅了され
花言葉など聞き感心

情緒感じさせる風景だ
ニコリネはやっぱ詳しいな!
百日紅は工芸茶にも用いられるよなァ(故郷で初恋の人が作ってた為認知
前に俺、作ったコトあってよ

お前はよく本読むのか?
俺は服飾関連の書物を読むのが殆どだぜ
字多いとたまに眠くなっちまう(肩竦め

推薦して貰った本に興味有
茶飲みつつ本に没頭

静に緩やかに
揺蕩う刻も一興
目の前の”花”に趣感じ自然と微笑
福の一時が流れ
読了後は感想言い合う



●読了後は感想を
 本日の装いは極彩の館に合わせた御召し物。
 書生姿で眼鏡を掛けた杜鬼・クロウ(風雲児・f04599)の隣には、紅い日々草の着物と桔梗色の袴姿のニコリネ・ユーリカ(花売り娘・f02123)が立っている。
 彼女のそれは誘って貰った彼と極彩の館に敬意を示したスタイルだ。
 けれども草履は慣れないので、踝丈のブーツでご愛嬌。
 今日はたくさん本を見て回るのだとして、ニコリネは隣のクロウに視線を向ける。
 そうすれば、クロウもニヤリと笑った。
「本の催しと聞いてこの世界の雰囲気に沿ったコレを着てきたが、ニコリネの格好もよく似合ってるわ」
 上品で華麗だとクロウが褒めると、ニコリネは両手で頬を抑えた。
「ふわわ……」
 隣の書生さんがハイカラすぎて緊張しちゃう、ということは言葉に出せずに、ニコリネはそっと俯く。するとクロウがその顔を覗き込んだ。
「ンー? 表情硬いな」
(……! 平常心!)
「気負わず楽しもうや」
 揶揄い気味の彼の言葉に緊張しすぎないよう、ニコリネはぐっと掌を握る。そんな彼女も良いものだと感じながら、クロウは会場へと歩を進めた。
 先ず見て回るのは元妓楼の中庭。
「素敵な御邸の庭に咲く花々を見せて下さいな」
 折鶴蘭に百日紅、草山丹花も見事に咲いていて庭は美しい。そんな中でニコリネは花屋として、クロウに晩夏の花や花言葉を紹介していく。
 綺麗だと思ってくれたら嬉しいなぁ、なんて思いを感じ取っているのか、クロウは双眸を細めてニコリネの話を聞いていく。
 花の香や彩の景色に魅了されて、紡がれる花言葉を聞いたクロウは感心する。
「情緒感じさせる風景だし、ニコリネはやっぱ詳しいな!」
 百日紅は工芸茶にも用いられるよなァ、と語ったのは彼の故郷で初恋の人が作っていたことを知っているからだ。前に俺、作ったコトあってよ――と語られる話も楽しく、ニコリネも彼の言葉に耳を傾けていく。
 そうして庭を楽しんだ後、二人は本が並ぶ会場に向かっていった。
 賑わう広間。
 その中を行き交う人々はそれぞれに好きな書籍を抱えたり、悩みながら選んだりと好き好きに楽しい時間を過ごしているようだ。
「お前はよく本読むのか?」
「最近は実用書しか読んでないや。ミスターは?」
「俺は服飾関連の書物を読むのが殆どだぜ。字が多いとたまに眠くなっちまう」
 問いと言葉を交わし、クロウは肩を竦めてみせる。
 それから、二人は本を眺めて回った。様様なジャンルにタイトル、表紙の色彩や装丁の違いなどを見ていくだけでも楽しい。
 ニコリネは客のひとりが書店員に本を勧めて貰っている様を見つけ、自分も選んでもらいたいと考えた。
「こんにちは、本のソムリエさん。読み応えのある本はない?」
「そむりえ? 私は大したものではございませんが、お勧めの本ならありますよ」
「あのね、紅茶をお供に本の世界に没入したいの」
「それでしたら……」
 書店員と幾つかの言葉を交わしたニコリネが勧められたのは、『穂月』という小説だった。それは稲作に携わる青年の話であり、巡りゆく月日の出来事と作物の描写が美しいと評判の本らしい。
 稲と農業の話でもあるが、花を育てることに少し関わりがあるかもしれないと感じて、ニコリネは本を受け取った。
 見れば、クロウの方も別の書店員に本を選んでもらっていたようだ。
「ミスターはどんな御本を?」
 ニコリネがちらりとクロウの方を見遣ると、彼はタイトルを見せる。
 その表紙には三人の女性の影と『紫桜の戀唄』という題。その本はどうやら恋愛小説らしく、六人の男女の六角関係を悲恋として描いたものらしい。
「話題の本らしくてな」
 推薦して貰った本に興味を示したクロウは、お座敷の席でそれぞれの本を読もうと誘った。ニコリネは頷きを返し、彼と共に席へと向かっていく。
 暫し後。
 お座敷には頼んだ御茶を飲みつつ、本に没頭するクロウとニコリネの姿があった。
 静かに緩やかに揺蕩う刻も一興。
 ニコリネはふと顔をあげ、彼が本を読む横顔を見つめた。長い睫、文字を追う瞳の美しさに風流を感じてしまう。
 ン? とクロウが顔をあげたことでニコリネは何でもないと首を振る。
 自分も日頃の忙しさを忘れて本を読み耽りたいと考えながら、ニコリネもひらいた本の頁を捲り、物語を読み進めていった。
 クロウも、目の前の“花”に趣きを感じて自然と微笑みを浮かべる。
 そして――流れゆくひとときは静かで、とても穏やかなものだった。

『穂月』
 月日は百代の過客にして、とはよく言うが全く以てその通りだ。
 私の過ごす年月は旅のようなもの。月は巡り、日は廻る。
 譬えば、三月の風と四月の驟雨は五月の花をもたらしていき――。

『紫桜の戀唄』
 愛しています、愛しています。貴方だけをお慕い申しております。
 けれども貴方は振り向いてくれない。虚ろに桜を眺めるのみ。
 叶わぬと知っていても想い続ける理由は、貴方の横顔に寂しさを感じる故。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

灰神楽・綾
【不死蝶】📕
俺も詳しくないけど、こういう催し物って
見て回るだけでも何だかワクワクしてこない?
しかもこんなにオシャレな場所
色とりどりの花々や館の飾り付けは
主役の書物たちに負けないくらい
存在感を放っている気がする

本というのは中身が一番大事だけど
それを彩る装丁も同じくらい重要だと思う
作者もジャンルも全く分からなくても
個性的な装丁の本はそれだけで
「おっ」と思わず手に取っちゃう
まるでこの館のような美しい極彩色の
装丁の本を何冊か表紙買い

あと一冊は、店員さんにおすすめを聞いてみよう
好きなジャンル?
うーん、血みどろなホラーとか心惹かれるかも

梓、それ読み終わったら俺にも読ませてよ
俺のも貸してあげるから


乱獅子・梓
【不死蝶】📕
サクラミラージュで有名な文豪…と言っても
その手のには疎いんだよな俺…
まぁ確かに、ブックフェアと聞いて
淡々と本が並べられている光景を想像していたから
こんなにきらびやかな内装には驚いた

特に俺達のような、本に詳しくない奴にとっては
装丁もそうだがタイトルも重要だな
特に目玉作品の一つの
『人間大合格』とかめちゃくちゃ気になる
UDCアースにも似たタイトルの本があったような…
目玉作品ならきっとハズレも少ないだろうと
その本含め何冊か手に取っていく

じゃあ折角だから俺にも何かおすすめを
ジャンルは…冒険活劇とか気になるな
…お前、イイ趣味してるな…

まぁ構わないが
綾のは…読みたいような読みたくないような



●本の選び方は趣味を語る
 華やかな館の中にサングラス姿の男が二人。
 グラス越しに見ても極彩色は美しく、天井から下がる花暖簾や、色とりどりの障子までもが様々な色に彩られている。
 今日、此処で開催されているのは本の催しだ。
「サクラミラージュで有名な文豪……と言ってもその手のには疎いんだよな俺」
「俺も詳しくないけど、こういう催し物って、こんな風に見て回るだけでも何だかワクワクしてこない?」
 乱獅子・梓(白き焔は誰が為に・f25851)がぽつりと言葉にすると、灰神楽・綾(廃戦場の揚羽・f02235)は周囲を示して軽く腕を広げる。
 しかもこんなにオシャレな場所で、と綾が語ると、確かに、と梓も頷いた。
 ブックフェアと聞いて、淡々と本が並べられている光景を想像していたゆえに、こんなにきらびやかな内装であることには驚いた。
 ね、とサングラスの奥の双眸を細めた綾は改めて周囲を見渡す。
 続く通路の奥には中庭が見えた。
 その先にも花々があり、館の飾り付けと相まって美しく思える。主役の書物たちに負けないくらい、館も存在感を放っている気がした。
 本で人生に彩りを、というコンセプトなのかもしれない。
 それに、と綾は感じたことを言葉にする。
「本は中身が一番大事だけど、それを彩る装丁も同じくらい重要だと思うな」
「そうだな、後はタイトルか」
 梓は綾と共に歩を進め、書棚や平置きの本の数々を眺めていく。
 特に自分達のような、本に詳しくない奴にとっては見た目の印象が大切だ。うん、と趣向した綾も同じことを思っていると語る。
 作者もジャンルも全く分からなくても、個性的な装丁の本はそれだけで思わず手に取ってしまう。そう、今の綾が『ドラゴンロヲド』という子供向けのカラフルな竜の物語に興味を示したように――。
 ふ、と口許を緩めた綾は、表紙に描かれている竜が炎竜の焔と氷竜の零をあわせたような見た目だと感じていた。それを覗き込んだ梓も笑みを浮かべる。
「お、良いな」
「表紙買いというやつだね」
 二人はこれが仔竜たちの土産になるとして、視線を交わしあった。
 そして綾は、まるでこの館のような美しい極彩色の装丁の本を何冊か買っていく。梓はというと、目玉作品の一つの『人間大合格』というタイトルに興味を示した。
「めちゃくちゃ気になる……」
「それも買ってみよう」
 他の『ひとでなし』や『月色鉄道の宵』といった作品も、推されているのなら良いものだろうと感じ、梓は何冊かを手に取った。
 こうやって本との出会いが少しずつ広がっていく。
 大体の買い物は決まったが、有名所ではない特別な一冊も欲しいかもしれない。
 そう考えた綾と梓は本を勧めてくれる一角に向かった。
「どんな本をお探しですか?」
 すると書店員がにこやかに案内をしてくれる。選ぶにはまず何のジャンルが好きか、どのような話が好きかを伝えて欲しいという。
「好きなジャンルか。心躍る冒険活劇とか気になるな」
「うーん、血みどろなホラーとか心惹かれるかも」
「……お前、イイ趣味してるな……」
 梓が正統派な注文をした後、綾がさらりとすごいことを言った。
 ホラーを求める彼から思わず一歩引いてしまった梓は、血みどろな本をにこやかに読む綾を想像してしまう。
 そんな彼らを見守っていた書店員は、くすりと笑った。
「冒険に恐怖ものですね」
 少々お待ちください、と告げた店員は奥に引っ込んでいく。
 そうして二人にそれぞれに差し出されたのは『妖怪大溶解虐殺』と『酔宵歩記』という本だった。前者は綾に、後者は梓に選ばれたものだ。
 タイトルからしてわかりやすい妖怪の話は文字通りに血みどろ。
 よいよいあるき、と読むらしいタイトルは酒を好む青年が広い大陸を旅していくという、大人向けの冒険活劇らしい。
 良いかも、と喜ぶ綾の横で梓も本を受け取る。
 二人は書店員に礼を告げてから、本を読むことのできるお座敷に向かった。
 案内されたのは窓辺から庭が見える良い席だ。彼らはそれぞれに寛ぎ、買った本を好きに読み耽っていった。
 ある時、本から顔をあげた綾は梓に声をかける。
「梓、それ読み終わったら俺にも読ませてよ。俺のも貸してあげるから」
「まぁ構わないが、綾のは……」
 読みたいような読みたくないような複雑な気持ちになりながら、梓は頬を掻いた。
 どうかした? と首を傾げる綾。その様子が妙に可愛らしかったので、まぁいいか、と梓は薄く笑った。
 そして、それから――二人の読書の時間は穏やかに続いてゆく。

『妖怪大溶解虐殺』
 飛び散った臓物が大地を赤く染めていく。
 血溜まりに沈みながらも妖怪達は身体を再生させていった。ぐちゃり、ぴしゃんと何の音かも解らぬ響きが戦場に広がる。
 惨劇は未だ終わらない。この復讐が終わるのは、全ての敵を屠ったときだ。

『酔宵歩記』
 酒は飲んでも呑まれるな。
 そんなことが往々にして語られるが、俺としちゃそんな言葉は野暮だと思うね。
 何故なら呑まれてからが本番。酒と旅を楽しむ秘訣は、何にも縛られないことさ!
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

フリル・インレアン
📕
ふわぁ、いろいろな本でいっぱいです。
どんな恋愛小説があるのか楽しみです。
ふわぁ、いろいろあって目移りしてしまいます。

ふえ、私にぴったりの本があったってどれですか?アヒルさん。
え、それは恋愛小説じゃなくて学生さん用の問題集じゃないですか。
ふええ、恋に現を抜かしてないで勉強をしろって
これは私が勉強する範囲じゃないと思うんですけど

そういえば、ずっと気になっていたのですが、アヒルさんが持っている本は何ですか?
ふえ、店員さんに勧められたっていったいどんな本なのでしょうね。



●恋愛小説とアヒルの絵本
「ふわぁ、いろいろな本でいっぱいです」
 極彩の館に並べられているのは様々なジャンルと膨大な数の本。
 フリル・インレアン(大きな帽子の物語はまだ終わらない・f19557)は開催されている本の祭典に興味を示し、花暖簾の下をくぐっていく。
 有名な書籍の新装版や、新進気鋭作家の新作。
 年季の入った古書が並ぶ一角や、ミステリーや推理小説が並ぶコーナー。廊下の奥には花が咲く庭もあり、見た目も鮮やかだ。
 いろんな場所を巡っていくフリルだが、その目的はただひとつ。
「どんな恋愛小説があるのか楽しみです」
 やはり年頃の乙女としては恋模様が描かれた作品が気になるもの。
 恋愛を主題に扱った作品が多く並ぶ書棚に訪れたフリルは、小説のタイトルを目で追っていく。『王子様は気球に乗って』『あなたの色彩』、『ときめき恋花桜』などなど、気になる題が多かった。
「ふわぁ、いろいろあって目移りしてしまいます」
 試し読みが出来る本をぱらぱらと捲っていくフリルは、まさに恋に憧れる乙女そのものだ。しかしそんなとき、何処かに行っていたアヒルさんが戻ってくる。
「アヒルさん?」
 フリルが首を傾げると、アヒルさんは一冊の本を差し出してきた。
「ふえ、私にぴったりの本があったってどれですか?」
 問答無用で渡された本。
 それはどんな素敵な恋物語の本なのだろうかと、一瞬は期待したのだが――。
「え、それは恋愛小説じゃなくて学生さん用の問題集じゃないですか」
 小難しい方程式や読めない文字が並ぶ書物は、どう考えても恋愛のれの字もない代物だった。ふええ、と声をあげたフリルはアヒルさんの言いたいことを理解した。
 恋に現を抜かしていないで勉強をしろということだ。
「これは私が勉強する範囲じゃないと思うんですけど……」
 抗議するフリルに対してアヒルさんはつんつんと突いてくる。ふえぇ、と涙目になるしかないフリルだったが、先程から気になっていることがあった。
「そういえば、アヒルさんが持っている本は何ですか?」
 問題集とは別にガジェットは一冊の本を背中に乗せていた。それはどうやらアヒルさん自身が書店員に選んでもらった本のようだ。
「ふえ、店員さんに勧められたっていったいどんな本なのでしょうね」
 フリルは首を傾げながら、アヒルさんの本を見つめる。
 アヒル繋がりで選ばれたらしい、その本のタイトルと内容はというと――。

『きれいなアヒルの淑女レッスン』
 少女を立派なレディに育てるために、アヒルは今日も頑張ります。
 放っておけば彼女は不幸に塗れてしまうから、道を正すのが役目なのです。
 そうしたらきっと、少女の未来も少しは明るくなるはずなのですから。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

真宮・響
【真宮家】で参加

影朧の件も気になるが、まずはブックフェアーを楽しむかね。アタシは歴史の本が気になる。サクラミラージュには何度も赴いて思い入れも深い。この世界の歴史も知っておいた方がいいと思ってね。よさそうな歴史書を見繕う。

好きな本を見つけてきた奏と瞬と合流して、座敷でゆっくり紅茶でも頂きながら本を読もうかね。家族で各地を転戦する日々だが、こうしてゆっくり本を読むのもいい。ああ、いい天気だねえ。眺めもいいし、絶好の読書日和だ。


真宮・奏
【真宮家】で参加

うわあ・・・綺麗な色のお家ですね!!ここで思う存分好きな本を読めるなんてなんて贅沢なんでしょう!!どんな本を読もうかな・・・

私はサクラミラージュの文豪さんが書いた恋愛小説が読みたいです!!特に女性の文豪さんの!!いや、色々勉強したい事があるもので・・・

瞬兄さん、こちらの中庭のカフェで一緒に本を読みませんか?(ぐいぐい)もちろん美味しいケーキと紅茶も一緒に。え?スイーツが主目的だって?失礼な、私もじっくり本を読みたい時だってありますよ。こういう学ぶ時間も貴重ですよねっ!!


神城・瞬
【真宮家】で参加

ああ、ブックフェアーですか。僕はサクラミラージュの1人の文豪の本に夢中でして。ああ、新作が出てますね。『月色鉄道の宵』・・・今回も面白そうですね。いくつか既刊の作品も手に取ってみましょうか。

奏、そんなに引っ張らなくてもちゃんと付いて行きますので・・・(からかうように)主な目的はカフェーのケーキだったりして。(奏の言葉に)ええ、奏は学ぶことに熱心なのはちゃんと分かっていますので。今は、存分に、読書の時間を満喫しましょうか。



●家族で読書
 元妓楼だったという極彩の館。
 此処では今、古今東西の本が集められた催しが行われている。
 真宮・響(赫灼の炎・f00434)は色彩豊かな花暖簾や折鶴の飾りを見上げ、賑わう館の雰囲気を確かめていた。
「影朧の件も気になるが、まずはブックフェアーを楽しむかね」
 響が視線を巡らせた先には、真宮・奏(絢爛の星・f03210)と神城・瞬(清光の月・f06558)の姿がある。
 二人は館と本のそれぞれに興味を示しているらしく、奏が瞬の腕を引っ張っていっていた。若い二人も大いに楽しめれば良いと考え、響は館の奥に進んでいく。
 響の背を見送った後、奏達は改めて館を見渡す。
「うわあ……綺麗な色のお家ですね!!」
「フェアーも良い雰囲気ですね」
「ここで思う存分好きな本を読めるなんて、なんて贅沢なんでしょう!!」
 どんな本を読もうかな、とわくわくしている奏の隣で、瞬は目当ての作家がいるのだと話す。ちょうど今回、大々的に取り上げられている作家らしい。
「僕はサクラミラージュの一人の文豪の本に夢中でして」
 ああ、と気が付いた瞬は広間の中央に歩を進めていった。其処は此度にあらたな表紙や装丁になった新装版が集められているコーナーだ。
「瞬兄さんのお目当てはどれですか?」
 奏が平積みにされた本の棚を覗き込むと、瞬は一冊の本を手に取った。
「これです。『月色鉄道の宵』……今回も面白そうですね」
 いくつか既刊も新装版になっていると気付き、瞬はそれぞれを一冊ずつ眺めていく。あれもこれも、装丁が変われば雰囲気もガラッと変わる。
 それが本の良いところでもあると感じた瞬が本を選んでいると、奏も自分の読みたい本を探していった。
「奏は何を探しているんですか?」
「私はサクラミラージュの文豪さんが書いた恋愛小説が読みたいです!! 特に女性の文豪さんの!!」
「女性の?」
 勢いよく宣言した奏に対して瞬が首を傾げる。はっとした奏は少し頬を赤く染めながら、引き続き恋愛小説を探していった。
「いや、色々勉強したい事があるもので……」
 恥ずかしそうに語る彼女の考えまではわからないが、瞬からすればそういった仕草や言葉も可愛らしいものだった。
 そんな中、響は歴史を扱う書籍が並べられた一角にいた。
「これも、それも気になるね」
 響はサクラミラージュには何度も赴いており、思い入れも深い。この世界の歴史も知っておいた方がいいと思った故に、何冊かのよさそうな歴史書を見繕っていく。
 七百年以上も大正時代が続く世界とあって歴史も濃厚だ。
 少し重たくなった腕の中を見遣り、響は会計を済ませていった。
 そのとき、近くから聞き慣れた声がした。
「瞬兄さん、こちらの中庭のカフェで一緒に本を読みませんか?」
「奏、そんなに引っ張らなくてもちゃんと付いて行きますので……」
 それはぐいぐいと瞬を引っ張る奏。
 そして、からかうように小さく笑う瞬の声だ。
 二人はそれぞれに好きな本を購入して、これからカフェに行くらしい。
「もちろん美味しいケーキと紅茶も一緒に!」
「主な目的はカフェーのケーキだったりして」
「失礼な、私もじっくり本を読みたい時だってありますよ」
 もう、と頬を膨らませた奏だったが、すぐに楽しげにくすくすと笑った。そして、自分が買った恋愛小説をそっと腕に抱く。
「こういう学ぶ時間も貴重ですよねっ!!」
「ええ、奏は学ぶことに熱心なのはちゃんと分かっていますので。今は、存分に、読書の時間を満喫しましょうか」
 いつも通りに仲良く楽しく、穏やかに会話を交わす二人に響が手を振って近付く。
「二人とも、行くよ」
「はい!」
「お座敷の方ですね、行きましょう」
 合流した三人は中庭が見えるお座敷へと連れ立って歩いていった。
 ゆっくり紅茶でも頂きながら本を読む時間は、きっと良い休憩になる。家族で各地を転戦する日々の最中に訪れた平和な時間。それもまた大切なひとときだ。
 響は歴史の本、奏は恋愛小説。瞬は好きな作家の本。
 それぞれにゆっくりと本を読んでいく時間はかけがえないものになっていく。
 そうして、響は窓辺から空を見上げた。
「ああ、いい天気だねえ。眺めもいいし、絶好の読書日和だ」
 しみじみと幸せそうな言葉を紡いだ響に奏と瞬も頷き、その後には頁を捲る静かな紙の音が響いていった。
 読書とお茶と家族の時間は、もう暫く続いていく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ティア・レインフィール
📕
サクラミラージュの本は読んだ事が無かったので、とても興味深いです
タイトルの響きだと『月色鉄道の宵』が気になるのですが
色々眺めてみると、どれも気になって読みたくなって困りますね

いくつか購入させて頂く本の見当を付けつつ
店員の方に、何かお勧めはないか訊ねてみます

あまり極端な内容の物でなければ何でも読む方ですが
何かこの世界らしい話が読めると嬉しいですね
ああ、ただ……悲恋の話だけは、少し苦手かもしれませんとだけ付け加えます

……両親の事を思い出すから、という理由は心の内だけに
お母様の事は今でも愛していますが
お父様……いえ、あの人の事は、決して許してはいけませんから



●蜃気楼の恋物語
 極彩の館に並ぶ本を眺め、この世界の一端を識る。
 ひととせを通してずっと桜が咲くこの国の本はきっと幻想的で、他の世界ともやや違った雰囲気なのかもしれない。
「とてもたくさんの本があるのですね」
 ティア・レインフィール(誓銀の乙女・f01661)は周囲を見渡しながら、サクラミラージュの本への興味を示す。
 まずティアが向かったのは新装版が出たという書籍のコーナー。
 タイトルの響きだと『月色鉄道の宵』という本が気になる。しかしそれだけではなく、美しい装丁や独特のタイトルを見ていると目移りしてしまう。
「どれも気になって読みたくなって困りますね」
 ティアは最初に気になった本を手に取りつつ、他にも何冊かの候補を絞っていく。まずは『桜商店街の日常』『格子窓の向こう側』、『桜は何も語らない』などといった小説が気になっていた。
 ふと思うのは桜に纏わる物語が多いこと。
 それだけ桜という花はこの世界の人々に馴染みがあり、題材にされやすいものなのだろう。いくつかの作品の購入を決めつつ、ティアは店員が居る方へと歩を進める。
「すみません、少しよろしいですか?」
「はい。何かお探しでしょうか」
「何かお勧めの本を紹介して頂きたいのですが……」
「ええ、構いませんよ。どのようなお話がお好みでしょうか」
 本を整理していた書店員はティアに問いかけた。ティアは少し考え、自分が普段は選ばないようなものがいいのだと伝える。
「あまり極端な内容の物でなければ何でも読む方ですが、何かこの世界らしい話が読めると嬉しいですね」
「この世界? なるほど、帝都らしい雰囲気のものですね!」
「ああ、ただ……悲恋の話だけは、少し苦手かもしれません」
「悲恋はダメ、ということですね。暫しお待ちくださいね」
 ティアの趣向を聞いた書店員は奥に引っ込んでいった。どうやら奥の在庫から本を選んでくれているようだ。
 その間、ティアは告げなかった思いを胸裏に巡らせる。
 悲恋が苦手なのは悲しい結末をあまり見たくはないからだ。読後感が良いものを好む人は多いが、ティアの場合は少し違う理由もある。
 両親の事を思い出すから――。
 心の内だけに仕舞い込んだ思いは複雑だった。
(お母様の事は今でも愛していますが、お父様……いえ、あの人の事は、決して許してはいけませんから)
 ティアは胸に手を当て、瞼を伏せる。
 すると奥から店員が戻ってきた。その手には『花束と桜の樹』というタイトルの一冊があり、表紙には淡い花の絵が見える。
 花に纏わる物語を幾つも集めた短編恋物語らしい。
「どの話も読みやすくて、可愛らしい恋や幸せな描写が多いんですよ」
「ありがとうございます」
 少しずつ読んでみます、と伝えてお礼を告げたティアは本を受け取った。
 この後に会場内のカフェで内容を確かめてみるのも良いかもしれない。選んだ本を抱えたティアは、本の世界を逍遥してゆく。

『花束と桜の樹』
 桜を見るとあなたを思い出す。
 あなたはいつも樹の下で微笑んでいて、優しいまなざしを向けてくれていた。
 それは幸せの証。いつだって、この一瞬を大切に想っている。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ロキ・バロックヒート
📕

本は―っていってもたまに読みたくなる
気紛れはたまに理屈なんか気にしないから困っちゃうね
気が向いてるうちに色々読もうかな

ひとが情念を以て書いた本は
本来なら絵画等と同様いとおしいもの
文字は時代で結構移り変わっちゃうけど
時代がしばらく変わらないこの世界のものは割と読みやすいような
人気のものより掘り出し物っぽいのを選ぶ
サイン会してる子も居たらしてもらおうかな
食べ物とかと同じくまたいっぱいいろいろ買っちゃった
しばらく読み切れないなぁ

この本にひとはなにを遺そうとしているんだろう
それは読まないとわかんないから
あ、でも先に後書きから読んじゃう方
カフェかお座敷の一角にでも陣取って
のんびり夜まで気ままに過ごす



●神様はいつも気紛れで
 古今東西の数々の本が並ぶ広間。
 極彩にいろどられた館には独特の紙の香りで満ちていた。
 ロキ・バロックヒート(深淵を覗く・f25190)は様々な表紙や装丁の本を眺めながら、目に付いた本を手にしては軽く頁を読み進めていた。
「へぇ、面白そう」
 ロキは軽く目を細め、タイトルを確かめていった。
 本はたまに読みたくなる。気紛れはたまに理屈など気にしないから困ってしまう、なんてことを思いつつロキは歩を進めた。
 この会場では大まかなジャンルごとに本が並べられている。
 先程までいたのは推理小説のコーナーで、次に向かうのは恋愛小説の一角だ。
「気が向いてるうちに色々読もうかな」
 特に選り好みはせず、タイトルでも内容でも気になりさえすれば何だって読めてしまう。それもまたロキの気紛れさを表す事柄だ。
 恋愛小説の題は推理小説よりもやわらかく、甘い雰囲気のものが多い気がする。
 それらは、ひとが情念を以て書いたもの。
 本来なら絵画等と同様にいとおしいものだけれど、普通の世界なら時代の巡りと共に風化してしまうものが多い。
 有名作品であれば歴史に残るが、そうでないものは消えてゆく。
 それに文字の在り方も時代で移り変わってしまう。しかし、七百年も時代が変わらないこの世界のものは割と読みやすいような気がした。
 行く先には人気作品の新装版が並べられた箇所もあったが、ロキは敢えて其処を軽く見るだけに留めて通り抜けていく。
 人気の作品より掘り出し物を選びたい気分だったからだ。
 それに、と視線を巡らせたロキはサイン会を行っている一角を見遣る。どうやら新進気鋭作家が本を売り出しているらしく、万年筆で本に名を記している人が見えた。
 こういった出会いもまた悪くないものだろう。
「ねぇ、サイン貰っていいかな」
「はい、勿論です!」
 棚に積まれていた本を買ったロキが申し出ると、作家は嬉しそうな笑みを向けた。
 ありがとうございます、と心から告げられた言葉を聞きながら、ロキは書に記されていく作家の名前を読む。
 特別、というものがこの場で作られているように思えた。
 そうして時間は過ぎてゆく。ロキが訪れた場所で度々そうするように、食べ物などと同じくしてまた色々な本を買ってしまった。
「しばらく読み切れないなぁ」
 そんな風に呟いたロキだったが、気分が向いている今は少し楽しい。
 そして、ロキはサイン本を改めて眺める。『静寂は騒がしい』という一見は矛盾したタイトルが目を引いたのだ。
 ――この本に、ひとはなにを遺そうとしているんだろう。
 疑問が巡ったが、それは読まなければわからない事柄だ。それを読み解くのが読書ということなのだと感じられる。
 そうしてロキはカフェの一角で本をひらいた。
 しかし、彼は他者から見れば邪道とも言われる読み方をしている。
 それは先に後書きから読んでしまうということ。あの作家がロキの読書方法を知ったら慌てただろう。何故なら其処には重大な結末の感想と解説が載っていて――。
 そんなこんなでロキはのんびりと気儘に過ごす。
 夜まではこの本達が、気紛れな自分の相手をしてくれるのだから。

『静寂は騒がしい』
 何もない世界にこそ嘆きや悲鳴が溢れている。
 静けさの中で耳を澄ませてみるといい。
 誰の声も聞こえないはずの其処から、騒がしい感情が読み取れるはず。
 何も聞こえないって? それはきっと、世界から目を背けているからだ。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

志島・小鉄
📕

随分と歩きマシタナァ……。
いやはや、夢中ニなってしまいマシタヨ。
ちょいと休憩ヲしてからマタ本ヲ探しませう。
注文は茶ト本ヲお願いシマス。
お嬢サンのオススメの本が読みたいデスネ。
わしが選ぶト似たやうな内容ニなってしまいマシテネ。

本ヲ読み乍ら美しい中庭ヲ眺めテ休憩デス。
贅沢な一時デスネ。人が居なければ妖怪ノ姿になる所デシタ。
ほほぅ、ほほぅ、コレがオススメの本デスカ。
あらすじは一体どの様ナ物デスカ?
(説明を聞いて頷きます。)

茶を飲み乍ら読むニハ持って来いノ本デスネ。
有り難う御座ゐマス。其れデハ暫し休憩しませう。
休憩ヲ終えたらマタ本ヲ探しに行きたいデスネ。



●桜と書の出逢い
 聞こえるのは川のせせらぎ。
 窓から眺められる中庭には、季節の花が咲いている光景が見える。
「随分と歩きマシタナァ……」
 黒の双眸に館の景色を映した志島・小鉄(文具屋シジマ・f29016)は、窓辺から外に視線を向けた。それから小鉄はカフェーになっているお座敷の一角にて、机に並べた本を確かめていく。
「いやはや、夢中ニなってしまいマシタヨ」
 この会場についてから、どの書籍も気になって興味を引かれていた。
 新装版の装丁の美しさ。新作だという人気作家達の作品の数々。読み古された雰囲気が良い古書もあれば、数冊しか現存していないという珍しい本もあった。
 本好きなら夢中になる品揃えばかりだ。
 その中から幾つかを購入した小鉄は、少しの休息を取ることにした。
「ちょいと休憩ヲしてからマタ本ヲ探しませう」
 何せまだ見ていない一角もある。本を抱えて、あのままそちらに行ってしまえばじっくりとは見られなくなるだろう。
 小鉄は既にカフェ店員に御茶を注文していた。
 その際にもうひとつ、店員お勧めの本が欲しいと願っていたので抜かりない。
 そうして、暫く後。
 机には冷たい焙じ茶と干菓子が運ばれてきた。同じくして、一冊の或る本が小鉄の前に差し出される。
「これがお嬢サンのオススメの本がデスカ」
「はい、『いろは咲けど、散りゆきて』という桜文学の作品です」
「ほほぅ、ほほぅ、ソレは興味深いデスネ。あらすじは一体どの様ナ物デスカ?」
 小鉄が問いかけると、女性店員はにこやかに自分が好きだという本の内容を教えてくれた。それは桜に纏わる話らしく、桜花が散る中で主人公が出会う数々の出来事が、美麗で印象的に描かれているという。
「桜が散る景色の中で起こる事件や、恋模様が素敵なんですよ」
 成程、と頷いた小鉄は礼を告げる。
 ご自分で選ばなくてよかったんですか、と店員に問われると小鉄は軽く頬を掻く。
「わしが選ぶト似たやうな内容ニなってしまいマシテネ」
 聞けば小鉄が通ってきた一角にも置かれていたらしいが、気付かずに通り過ぎていたようだ。けれどもこうして勧めて貰うことが出来た。
 これはなかなかに良い出会いかもしれないと感じながら、小鉄は戻っていく店員に「有り難う御座ゐマス」と軽く会釈をして見送った。
 そして、小鉄は再び中庭を眺める。
 その手の中には先程の本がひらかれていた。のんびりと本を読みながら、ときおり庭から吹き抜ける風を感じる。
 本を探して、本を手にして、この後も本に触れあいに行く。何とも好い本日和だと思いながら、小鉄は小説の頁を捲っていった。
「贅沢な一時デスネ」
 周囲に人が居なければ気が緩み、妖怪の姿になる所だった。小鉄は庭にも咲いている桜の花を一瞥してから更に頁を捲る。
 庭の景色と同じように、本の中でも桜の描写が綴られている。
「茶を飲み乍ら読むニハ持って来いノ本デスネ」
 まだまだ時間はたっぷりある。この本を読み終えたら書棚が並ぶ広間にまた向かおうと決めて、小鉄は双眸を緩く細めた。

『いろは咲けど、散りゆきて』
 はらはらと桜が散る。それと同時にハラハラと胸の奥が騒いだ。
 あのようにして風で花が空に舞うと、必ずと言っていいほど事件が起こる。
 嗚呼。ほら、まただ。
 泣き腫らした娘の潤んだ瞳が此方を見つめていて――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ルーシー・ブルーベル
📕

こんなにご本がいっぱい……!すごい
宝の山みたいでワクワクするわね
せっかくだもの、なにか一つ選びましょう

絵本コーナーへ行って見てまわるの
お花とか、お人形とか、たそがれ色の絵があると気になっちゃう
あの背表紙のキレイな色ね、……でも、高い所にあって手が届かないわ
店員さんにお願いしましょう

あのう、お仕事中にごめんなさい
高い所のご本をとってもらえないでしょうか
それと、何かおススメの絵本があったら教えてほしいわ
……あっ、漢字がむずかしくない方がいい、です

迷ったけれど、店員さんのおススメ本を買う事に
カフェにいってゆっくりページをめくりましょう
あまいミルクコーヒーをお供にね
最近のルーシーの流行りなの



●絵本と空のいろ
 少女の瞳に映ったのは見渡す限りの本と極彩色。
 書籍の山。或いは海と呼ぶに相応しい光景は、館の華飾りも相まって華々しい。
「こんなにご本がいっぱい……!」
 すごい、と言葉にしたルーシー・ブルーベル(ミオソティス・f11656)は花暖簾が揺れる広間に歩を進めていく。
 賑わう人々。彼らが求めているのは数多の本の中の一冊。
 人が違えば手に取る本も違い、様々な趣味趣向が交差する不思議な空間だ。
「宝の山みたいでワクワクするわね」
 ねえ、と抱いたぬいぐるみに視線を落としたルーシーは近くにあった文学作品の表紙に目を向けた。装丁が変わった新装版だという本には桜の大樹が描かれていた。
 ぱらぱらと頁を捲ってみたが、どうやら難しい字が並ぶ大人向けの内容らしい。けれども表紙だけでも綺麗だと感じて、ルーシーは片目をそっと眇めた。
「せっかくだもの、なにか一つ選びましょう」
 そして、ルーシーは歩き出す。
 花の暖簾と折り紙飾りがゆらめく廊下を抜けて、次に向かうのは絵本のコーナー。
 わあ、と声をあげたルーシーは一冊ずつを手に取っていく。
 まず開いたのは花の絵本。
 中は切り絵になっていて、開くとふんわりと花が開くような雰囲気が可愛らしい。
 更に視線が映ったのはお人形が活躍する冒険絵本。
 少し古風な日本人形めいた主人公がルーシーにとってはすごく新鮮だった。
 そして、次に興味を引かれたのは空の色を描いた本。
「たそがれ色の絵? あの表紙、キレイな色ね」
 一目で気に入ったルーシーは手を伸ばす。けれどもちいさな少女では棚に届かず、何度かぴょんぴょんと飛んでみた。
 しかし届かない。
 もう一度、ぴょんと跳ねて腕を伸ばしたが全然だめだ。
「……むう」
 少女らしい表情を一瞬だけみせたルーシーは辺りを見渡した。其処にちょうど店員が通りかかったので、お願いしてみることにする。
「あのう、お仕事中にごめんなさい」
「あら、こんにちは。どうしましたか?」
 見上げるルーシーの傍に屈んだ書店員は、何か困りごとかと問いかける。ルーシーはこくりと頷き、先程まで自分が取ろうとしていた本を指差した。
「高い所のご本をとってもらえないでしょうか。それと、何かおススメの絵本があったら教えてほしいわ」
「あの本ですね。それにお勧めも了承しました。少し待っていてくださいね」
 女性店員はまずルーシーが所望した本を取って手渡し、次に書棚を眺めはじめる。待っている間に読んでいていいですよ、と彼女から告げて貰えたので、ルーシーは空色の絵本をそっとひらいた。
 それは暁から昼間へ、夕暮れから宵へと移り変わる色彩がとても美しい本だ。そんな中、はっとしたルーシーは店員に願う。
「……あっ、漢字がむずかしくない方がいい、です」
「ふふ、わかりました」
 そうして、選ばれた本は『青い小鳥と透明な花』という児童書だ。
 空色絵本と青い本を見比べたルーシー大いに悩む。けれども何冊も買っては行けないので、勧めて貰った児童書を選び取る。
 ありがとう、と告げたルーシーは本をカフェで読むことにした。手を振る店員はにこやかに少女を見送り、仕事に戻っていく。
 それから暫し後。
 ルーシー中庭のテーブル席で先程の本を読み進めていた。
 本のお供はあまいミルクコーヒー。最近のルーシーの流行りだ。カップを手に取れば、庭で遊んでいた白い仔猫が足元を通り抜けていった。
 かわいいと感じながら少女は頁を捲っていく。その表情は静かながらも穏やかで、ルーシーの頬を優しい風が撫でていった。

『青の小鳥と透明な花』
 空を夢みた花に、あおい小鳥が語っていきます。
 いつかぼくが大空を旅をするときが来たら、君も一緒に連れていくよ。
 冬になる前にかならず。絶対に迎えにいくから。
 だから、お願い。それまで君も、けっして枯れないでそこで咲いていて。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

月居・蒼汰
📕
ラナさん(f06644)と

これはまさしくハイカラですね…!
普段だったら正義の味方と悪が戦うやつとか
漫画みたく読める物を選びがちだけど
今日は恋愛小説を探してみようかなとこっそり
店員さんに相談しつつお勧めを選んで貰って

(ラナさんに見せるのは気恥ずかしいけど)
折角なので、普段あまり読まない物を選んで貰いました
…いや、愛や心についてとか、そういう影朧が相手なら
やっぱり自分の考えを纏める上で予習は必要かなって…
そう、これは戦いのために必要なもの…!だと思ったので
それにラナさんが好きそうかなーって

えっ、恋愛ですか?
そうですねー…まだちゃんと読んでないからわからないけど
出来たら素敵だな、とは、思いますよ


ラナ・スピラエア
📕
蒼汰さん(f16730)と

綺麗な館に並ぶ本
ふふ、こういうのをハイカラ?って言うんですね

私は…いつもなら迷わず魔法の本だけど
この世界には無いかな
だったらやっぱり恋愛小説を
この世界ならではの
私の知らないお話がありそうでワクワクします

蒼汰さんはどんな本ですか?
これは…恋愛小説?
あんまり読まないんですか?
じゃあ、どうしてこれを選んで貰ったのかと小首を傾げ
今から戦いを意識する彼の真面目さに微笑んで
…はい、私は好きです
ずっと憧れていたので

その憧れが現実になったことは心に秘めて
蒼汰さんは、この物語みたいな
その…恋愛をしたいって思ってるんでしょうか?

…出来ると良いですね
彼の言葉には、そう答えるのが精一杯



●恋物語は桜色
 色鮮やかな彩が広がる目映い館。
 其処に満ちている色は様々で、綾成す異世界に訪れたと云っても過言ではないほど。
「ふふ、こういうのをハイカラ? って言うんですね」
「これはまさしくハイカラですね……!」
 美しい館に並ぶ本の数々を眺め、ラナ・スピラエア(苺色の魔法・f06644)と月居・蒼汰(泡沫メランコリー・f16730)は互いに頷きあった。
 今日の目的は本を探すこと。
 七百年も続く時代の象徴であり特色であるのか、桜が舞うこの世界には特に多くの文学や書で溢れている。
 蒼汰とラナは人々で賑わう広間を歩いていく。
 途中で花の暖簾が下っている廊下を抜けて、季節の花が咲く中庭を眺めた。
 その彩りはこの場の賑わいをそのまま映し出しているかのよう。
 華美でありながらも居心地のよい館を歩き、多くの書棚が並ぶ一角に出た二人はそれぞれに目当ての本を探していく。
「わ、かなりの数の本がありますね」
「本当にたくさんで迷ってしまいそうです」
 蒼汰が軽く目を見開くと、ラナはぱちぱちと瞼を瞬く。けれども本が多ければ多いほど迷うという楽しみも増える。
 そして、蒼汰は或るコーナーに向かっていった。
 普段であれば正義の味方と悪が戦う物語や、漫画のように軽く読める物を選びがちな蒼汰なのだが、今回は違う。
 また、ラナもいつもならば迷わず魔法の本を選ぶが、この世界と魔法は縁遠い。
 だったら、と見つめたのは奇しくも蒼汰と同じ恋愛小説の書籍が並ぶ場所。ラナは蒼汰が近くにいること少し不思議に思いながら、並ぶタイトルを目で追っていく。
 まず見えたのは『苺と恋心』『愛は甘く、林檎のように』『死が二人を劃かつまでは』『棘の少年と勿忘草』などのタイトル。
 この世界ならではの自分が知らない話がありそうでワクワクししてくる。
 どれにしようかとラナが迷っている中、蒼汰の方は店員へと声を掛けた。すみません、と呼べば男性店員が蒼汰に対応してくれる。
「いらっしゃいませ! 何かお探しでしょうか?」
「ええと、恋愛小説を……俺でも読めそうなものってありますか?」
 普段に読む本の傾向を告げると、店員は蒼汰に「任せてください」と笑って答えてくれた。どうやら恋愛小説初心者向けの本を探してくれるようだ。
 暫くして、店員が持ってきたのは『君だけを愛する為に』という本だった。
「題は直球ですが、内容も正統派で読みやすいですよ」
「そうか……こういうのが恋愛小説……」
 本を受け取った蒼汰は少し照れてしまう。しかし、こういったものから学べることだってあるはずだ。
 本をまじまじと見つめている蒼汰に気付き、ラナはそっと題目を覗き込む。
「蒼汰さん、それはどんな本ですか?」
「あ、ラナさん、えっと……」
 見せるのは気恥ずかしいけれども答える代わりにタイトルを見せる蒼汰に対して、ラナは少し以外そうな顔をした。
「恋愛小説ですか? 蒼汰さんも興味があったんですね」
「折角なので、普段あまり読まない物を選んで貰いました」
「あんまり読まないんですか?」
 じゃあ、どうしてこれを選んで貰ったのか。小首を傾げるラナに向け、蒼汰は恥ずかしさを押し隠す言葉を告げてゆく。
「……いや、愛や心についてとか、そういう影朧が相手ならやっぱり自分の考えを纏める上で予習は必要かなって」
 そう、つまりこれは戦いのために必要なもの。
 真面目に語る彼の姿勢が微笑ましくなり、ラナは双眸を淡く緩めた。
「それにラナさんが好きそうかなーって」
「……はい、私は好きです。ずっと憧れていたので」
 蒼汰の言葉に首肯してみせたラナは、その憧れが現実になったことは心に秘める。その頬がほんのりと赤く染まってたのだが、蒼汰は惜しくも気付けずにいた。
 そんなラナの腕には一冊の本が抱えられている。
 題を『桜散りゆく花日和』とする書籍は迷っているラナに店員が勧めてくれたものらしい。そうして、自分だけの一冊を選び取った二人はカフェに向かうことにした。
 花暖簾の廊下を再び歩いていく中、ラナはふと問いかける。
「蒼汰さんは、この物語みたいな……その、恋愛をしたいと思ってるんでしょうか?」
「えっ、恋愛ですか?」
 ラナの言葉に幾度か瞬いた蒼汰は少しばかり考え込む。
 何と言って良いのか、言葉を選んでいった蒼汰はそっと口をひらいた。
「そうですねー……。まだちゃんと読んでないからわからないけど、出来たら素敵だな、とは、思いますよ」
 その声と眼差しに、ラナはどきりとした。
 同時にどうしてか複雑な思いが裡に巡っていく。
「……出来ると良いですね」
 彼の言葉に、そう答えるのが精一杯なラナは本をぎゅうっと抱きしめた。
 恋を綴った物語。
 それはきっとこの本の中だけではなくて、すぐ傍にも確かに存在している。

『君だけを愛する為に』
 僕が生まれた理由。それはきっと君に逢うためだ。
 少しずつ大きくなった気持ちは今、誰にも負けない君への想いとなっている。
 傍にいたい。ただ、君の声を聞いていたい。
 そして僕が、君にとっての一番で在り続けたいから。

『桜散りゆく花日和』
 嗚呼、此の願いは秘めていてよいものなのでせうか。
 日々を重ねる度に募る想いは強くなっていきます。貴方と居るだけで鼓動は高鳴り、倖せな心地と同時に言葉にあらわせぬ感情が浮かぶのです。
 ひらり、ひらりと花が空に舞い上がる。
 あの花のように、いつか――想いを届けられたらと、私は希っています。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ティル・レーヴェ
📕
ライラック殿(f01246)と

極彩の館に似合いの
棚に並ぶ百色の物語
装丁も表題もこの世界らしく新鮮で
思わず心も躍るよう

ふと見上げた彼の眸が
少年めいて耀き咲く様見れば
己も揃い咲き綻ぶ心地
どうか其の儘耀いていて
勿論、妾も楽しいよ

解ける手は名残惜しくも
自由にと促され
つい目がゆくのは
淡い恋描く物語
添う彼の視線思えば面映いけれど
裡にほのりと花咲いてから
興味が向いてしまうのだもの

店員殿にお勧めを?
わぁ!其れはとても良い考え!

頼む折
店員殿にはそっと内緒話
ね、選ぶは絵本以外としてくれる?
我儘言うてすまぬ
彼と読みたき其れは
帰る先にと控えているの

受け取る本を胸に抱き
其方の本も気になるよぅ
茶会の席で一緒に読もう!


ライラック・エアルオウルズ
📕
ティルさん(f07995)と

極彩の館を彩るような
馴染みの無い彩の物語
ひとつ、ひとつが興味深く
眸に少年の耀きも宿れど
添う子に気付き、咳払い

僕だけ楽しんではいない?
貴方も赴くままに眺めてね
自由を促し、繋ぐ手は解けど
逸れる事はないよう、添うて

表紙の彩に惹かれつつも
横目追うのは、隣の視線
物語を推す司書としては
貴方の選ぶ本が気になるが
物語を贈る作家としては
綴り手に僅か妬いてしまう
貴方を惹いて止まぬ恋が
向く相手にも、だけれど

――ええと、ティルさん
好奇誘う素敵が集まると
ひとつ選ぶのも大変だよね
御勧めを聞くのは、如何?

複雑な心は隠し切れたやら
受け取る本で顔を隠しつつ
互いの本を楽しめるよう
茶会の共に読もうね



●花咲く想いと書の物語
 極彩の館に似合いの棚に並ぶ百色の物語。
 色鮮やかな館を彩るような馴染みの無い彩の物語。
 此度の催しにそれぞれの感想と思いを抱いた、ティル・レーヴェ(福音の蕾・f07995)とライラック・エアルオウルズ(机上の友人・f01246)は共に広間をゆく。
 装いもあらたに世に出た名作。
 装丁も表題も、この世界らしくて新鮮に感じられ、思わずティルの心も躍る。
「どれもこれも、気になるの」
 花の色にもよく似たティルの瞳は暫し本に向けられていた。そうしてふと、ティルはライラックの方を見遣る。
 彼にとっても此処に並ぶ本は興味深いものばかり。
 ひとつひとつをゆっくりと眺めるライラックの眸には、少年めいた耀きが宿っている。
 見上げた彼の眸には様々な感情があった。
 その様子を見つめていたティルの口元に淡い笑みが浮かぶ。まるで自分までもがその耀きにつられて、咲き綻ぶような心地だ。
 視線に気が付いたライラックはそっと咳払いをして、ティルに問う。
「僕だけ楽しんではいない?」
「勿論、妾も楽しいよ」
 遠慮がちに聞いてきたライラックに笑みを返し、ティルは双眸を細めた。どうか其の儘耀いていて、という思いを眼差しに込めれば、ライラックも頷く。
「良かった。貴方も赴くままに眺めてね」
 自由を促すように、繋いでいた手は解いたが、逸れる事はないように寄り添う。
 本を思う。
 手は離れても、その心は同じで繋がっている気がした。
 それゆえに名残惜しさもすぐに何処かにいってしまう。首肯したティルはライラックの隣に立ち、書の題を目で追っていく。
 その中でつい視線が向いてしまうのは、淡い恋を描く物語。
 そんなティルの傍らで、ライラックはその眼差しの先を見つめていた。自分の琴線に触れるタイトルに惹かれつつも、それよりも彼女の選ぶ本の方が気になるのが、物語を推す司書としての性。
 同じくして、物語を贈る作家としては綴り手に僅か妬いてしまう。
 貴方を惹いて止まぬ恋が向く相手にも、だけれど――。
 彼がそんな思いを裡に秘めていると、ティルが或る本を示した。
「ライラック殿、これなど如何?」
「ああ、好いタイトルだね」
 ティルは面映さを感じながらも、『桜綾恋』という一冊の本を手に取る。
 やはり恋という文字が気にかかる。己の裡にほのりと花咲いてから興味が向いてしまうのだと自覚すれば、ティルの頬に淡い紅が射す。
「わあ、これも!」
 しかしすぐに別の本に興味が湧き、ティルは一冊ずつを手にしては比べていく。
 桜の花弁が表紙に描かれた『氷空花』、正統派恋愛小説の『あなただけを想う』や『愛する人へ』など恋を主題にした作品は多くある。
 どれにしようかとティルがが大いに悩む姿は、とても愛らしかった。
 ライラックも気になる本を幾つかピックアップしていく。それらは『少女の階段』、『鏡写しの夢』『双子のコヲカスレヱス』など様々だ。
 充実した時間ではあるが、これではお互いに迷い疲れてしまいそうだった。そう感じたライラックは或る提案を投げかけてみる。
「ええと、ティルさん」
「む、何じゃろ」
 顔をあげたティルの腕にはいっぱいの本が抱えられている。
「好奇誘う素敵が集まるとひとつ選ぶのも大変だよね。御勧めを聞くのは、如何?」
「わぁ! 其れはとても良い考え!」
 どれも手放せないと感じていたティルは彼の案に賛同した。
 書店員を呼んだティルとライラックはそれぞれに好みを伝え、お勧めの本が運ばれてくるのを待つ。
 その際にティルはそっと内緒話をするように書店員に願った。
「ね、選ぶは絵本以外としてくれる?」
「ええ、大丈夫ですよ」
「我儘言うてすまぬ」
 彼と読みたきものは、帰る先にと控えているから。
 ライラックはティルが何やら店員と話していることに気付いていたが、少女なりのこだわりや思いがあるのだろうと感じて静かに見守っていた。
 そして、暫く後。
 ライラックには『ルヰス・アナグラム』という推理小説が渡され、ティルには彼女が気になっていた一冊の中から『ほころび』というお勧めの恋愛小説が選ばれた。
「ありがとう」
「どんな内容か気になるの」
 ライラックは未だ抱いている複雑な心を秘めるように、本で顔を隠す。
 ティルはというと本を胸に抱き、嬉しさを瞳に宿した。それぞれの一冊はどのような物語として綴られているのだろうか。
「其方の本も気になるよぅ」
「それなら、あちらで共に読もうね」
「一緒に読もう!」
 似た色の眸から成る視線と、思いを交わした二人は茶席にもなっているお座敷の方に向かっていった。迷って選んだ後に巡るのは、御茶と書の世界に浸るひととき。
 二人で過ごす少し特別な時間は、まだまだ続いていく。

『ほころび』
 花が綻ぶように、季節のいろも綻んでは結ぶ。
 鳥が謡う聲に耳を澄ませ、風が奏でる音を聴き、星空に想いを描いてゆく。
 そうして願うのは永遠の桜の景色。蕾が綻ぶように、どうか咲って。

『ルヰス・アナグラム』
 いろはにほへと、ちりぬるを。
 難解な謎解きの答えははいつも文字を組み替えた先にある。
 例えばそうだ。彼の名前だって、ばらして並べて順番を変えれば、ほら――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

飛白・刻
📕

己にとって読書とは特別なものだった
ふと思い返す

触れたくない過去ではあるが
己が己でなかったときの記憶
書庫に入れたのは月に一度あるかないかの数時間のみ
芸事を学ぶと偽り生き抜く為の知識を密か得る貴重な時間だった

故に所謂趣味としての読書とは初と等しい
景色や茶を共にしながらなどそれこそ贅の沢か
花香りと茶の味は其れは深く染み渡る

一般教養すら己は明確には識らない
まして架空の世界に異国は尚の事
新作に人気作はおろか作家も何も識らない
この場において己は童も同じ

共に過ごす獣達や触れる織物に纏わる深き知識も良いだろう
今から学ぶが遅くないならば、と
様々な本の背を指辿る
童の己が出来得なかった事を
今の己が童に届けようか



●学びと巡り
 数々の本が並ぶ極彩の館。
 微かに感じることのできる紙の香りと、中庭から吹いてくる風に揺れる花の暖簾が広間を独特の雰囲気で彩っている。
 飛白・刻(if・f06028)は会場を見渡し、興味の向くままに歩いていく。
 思えば、己にとって読書とは特別なものだった。
 ふと思い返すのは過去。
 それは触れたくないものではあるが、この光景を見ていると思い出す。
 己が己でなかったときの記憶。
 あの書庫に入れたのは月に一度、あるかないかの数時間のみだった。芸事を学ぶと偽り、生き抜く為の知識を密か得る貴重な時間であった。
 少しでも、僅かでも、と縋るように書を読んでいたあの頃。
 どうしても切っても切れやしない過去と今を比べてしまう。それ故に所謂、趣味としての読書とは初めてにも近い感覚だ。
 刻はゆっくりと歩を進め、広間の中央に設置された一角に目を向ける。
 其処には名作が新装版として並んでいた。
 装いも新たに、装丁が変わった本は何だか自分に重なる。己が己ではなかった時と、今の己の在り方がこの本達の在り方に少し似ていた。
 刻は何となく置かれた本の中から一冊を手に取り、ぱらぱらと何頁を眺めてみる。
 それは『月色鉄道の宵』という題のものだ。
 列車で旅をしていく青年の描写を何行か目で追い、刻は双眸を静かに細めた。
 一般教養すら自分はよく識らない。まして架空の世界や異国については尚の事だ。新作や人気作はおろか、作家についても何も識らず、この場において童も同じ。
 何を読もうか。
 共に過ごす獣達や、触れる織物に纏わる深き知識を深めても良いだろう。
 今から学ぶが遅くないならば――。
 そう考えながら、刻は様々な本の背を指で辿っていった。
 此処ではこういった物語を景色や茶を共にしながら読める。そのひとときはきっと、穏やかな時間になるだろうし、刻にとってはそれこそ贅の沢。
 そして、刻は別の書籍が並ぶ方へと歩いていった。
 推理小説、歴史小説に恋愛小説。ヱッセイに絵本、古書などのたくさんの本を眺め、刻は自分なりに催しを巡っていく。
 その先で巡り合ったのは、『繋ぐ糸』という一冊の本だ。
 表紙に一本の細い糸が描かれただけの表紙であったが、それがまた興味を擽った。
 人と人との繋がりを描いた小説だというそれを手にした刻は、本が読めるお座敷の方へ向かうことにした。
 腰を下ろしたのはお座敷の片隅にある窓辺の席。
 茶を注文した刻は、其処から見える中庭の景色を瞳に映していた。
 その際に考えるのは自分のこと。
 今日は童の己が出来得なかった事を、今の己が童に届けようか。
 そうして、刻は本の頁を捲る。この物語からは何を学び、どんなことを感じられるだろう。花と茶と共に過ごす時間は、こうして少しずつ流れてゆく。

『繋ぐ糸』
 思ひ出すのは貴方の横顔。
 伝う涙は糸のやうに、一筋の線を描いていきます。たゞ、たゞ其れが哀しい。
 結んだ糸を解かせるやうなことは致しませぬ。喩え、世界全てを敵に囘そうとも。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

花川・小町
【花守】📕
館や本の色彩を心行くまで満喫へ

流石、この地は書物の装丁の一つに至るまで本当にハイカラなものね
表紙を見ただけでも心踊るようだわ
――ところで貴方はさっきから何に目移りしているのかしら、伊織ちゃん?
今日の目的はご存知よね――ふふ、まぁ心惹かれる本との出会いは期待大でしょうから安心なさいな(女の子相手は兎も角として、ねぇ?なんて付け加え綺麗に笑み)

さて有名処は一頻り買い求めたけれど、新進気鋭の新鮮な刺激や、掘り出し物の深遠な誘惑も堪らないわね
――そちらの愛らしい店員さん、私にも是非オススメを教えてくださる?(被せてにこりと)

純愛、悲恋
浪漫、心中、逃避
甘くとも苦くとも――私は何だって愉しむわ


呉羽・伊織
【花守】📕

ホント何から何まで目映いな
情熱や愛嬌溢れる作家サンや売子サンの様子もまた最高に…いやちゃんと本も見てるからネ!
くっ…珍しく邪魔者抜きで出掛けられたのに、寧ろ姐サンこそ少しぐらいオレを眼中に入…ハイ分かってマスヨ、オシゴト序でに目と心の保養デショ
だから今しっかり励んで潤いを求…一言余計ー!

コホン!
ああ、貴重な新進気鋭や掘出物との出会いも本当良い刺激になるなって、コトで!
そこのお嬢サン、良かったらじっくりオススメのお話を…くっ!

何はともあれ
一冊一冊に籠った作家の想いは勿論、物語の中で巡る人々の機微も、本当に興味深く奥深く――心惹かれたり心揺さぶられたり、目が離せなくなるのも、本当に――



●書と縁
 今日の催しは本の祭典とも呼べる華やかなもの。
 揺れる花暖簾と折鶴飾りを見上げ、花川・小町(花遊・f03026)は双眸を細める。
 此度は極彩館や本の色彩を心行くまで満喫する日。
「流石、この地は書物の装丁の一つに至るまで本当にハイカラなものね」
 表紙を見ただけでも心踊るようだと小町が語れば、呉羽・伊織(翳・f03578)も会場を見渡して、何度も頷く。
「ホント何から何まで目映いな」
 しかし、伊織の視線の先には華やかな景色はない。
 情熱や愛嬌溢れる作家や売子。花より団子ならぬ、花より人。愛らしい人々の様子もまた最高に好いと感じている伊織。その様子を察した小町が肩を叩く。
「――ところで貴方はさっきから何に目移りしているのかしら、伊織ちゃん?」
「……ハイ」
「今日の目的はご存知よね」
「いやちゃんと本も見てるからネ!」
 静かな声色で問いかけてきた小町に答え、伊織は本当だからとアピールする。すると小町はちいさく笑い、自分達の先にある書籍のコーナーを示した。
 対する伊織は彼女にすべて見透かされていると感じ、視線を先程の場所から背ける。
「くっ……珍しく邪魔者抜きで出掛けられたのに、寧ろ姐サンこそ少しぐらいオレを眼中に入……ハイ分かってマスヨ、オシゴト序でに目と心の保養デショ」
「ふふ、まぁ心惹かれる本との出会いは期待大でしょうから安心なさいな」
 女の子相手は兎も角として。
 ねぇ? と付け加えた小町は笑んでみせた。その笑みは綺麗だが、伊織にとっては妙なプレッシャーを感じさせるものだ。
「だから今しっかり励んで潤いを求……一言余計ー!」
 会場に響く伊織の声は何処か悲痛だった。
 そうして、そんなこんなで二人は書の催しを巡っていく。まず彼女達が見ていったのは新装版になった名作が並ぶ一角だ。
 小町は『ひとでなし』『月色鉄道の宵』『上総里山七猫伝』などの有名所を一冊ずつ手に取っていく。
 伊織は試し読みの本を適当にぱらぱらと捲って眺めていた。
 同じ一角でそれぞれに本と向き合う二人は暫しの時間を過ごす。そうして、小町はある程度の目星をつけていた書籍を購入し終えた。
「さて有名処は一頻り買い求めたけれど――まだ終わりじゃないわね」
 新進気鋭作家の新鮮な刺激。古書が並ぶ掘り出し物市から感じる深遠な誘惑も堪らないのだとして、小町は視線を巡らせる。
 しかしそのとき、目に入ったのは本よりお嬢さん状態の伊織の姿。
「ああ、貴重な新進気鋭や掘出物との出会いも本当良い刺激になるなって、コトで!」
「ええと、はい……」
「そこのお嬢サン、良かったらじっくりオススメのお話を――」
 小町は軟派な会話を店員と交わす彼の横に立った。
 そして、伊織の声に被せるように言葉を紡ぐ。
「――そちらの愛らしい店員さん、私にも是非オススメを教えてくださる?」
「あ、はいっ!」
 にこりと笑った小町に対して店員がこくこくと頷いた。それは勿論、軟派めいた言葉に困っていた店員を助けるためだ。
「くっ!」
 伊織が何やら悔しげな様子だったが、小町は涼しい顔をしている。
 しかし、二人ともが店員のお勧めを聞いたことには違いない。暫くして先程の女性店員が彼らに勧める本を何冊か用意してきた。
「お待たせしました。この中からお好きな傾向を選んで頂ければ、と」
 どんなジャンルが好きかと彼女が問うと、小町は並べられた本を眺めつつ答える。
 純愛、悲恋。
 浪漫、心中、逃避。
 恋物語だけを切り取っても様々な物語の流れがある。
「甘くとも苦くとも――私は何だって愉しむわ」
「でしたら、こちらを」
 そして、小町に渡されたのは『花街畏憚奇譚』という一冊だ。それは花の街で起こる狂気と狂喜の恋物語。ホラーテイストでありながらも最後は恋の幕が巡るという一風変わった内容で、密かに人気が出始めているらしい。
「お嬢さん、コッチには?」
「ええ、お兄さんには……これです!」
 伊織が問うと、女性店員はもう一冊の本を選んで手渡す。
 そちらは『廻り続ける』というタイトルの書籍だ。主人公が同じ時間を永遠に繰り返すという内容の小説だという。
「ありがとう、読んでみることにするわ」
「ああ、お嬢さん。良ければ俺とも縁が廻り続けるようなお話を――」
「伊織ちゃん?」
 再び口説き再開かと思われたが、伊織の言葉は先程と同じトーンで問いかけた小町の声によって遮られた。
 肩を竦めた伊織だったが、すぐに店員に礼を告げた。
 何はともあれ、本の催しは十分に楽しめている。
 一冊一冊に籠った作家の想いは勿論、物語の中で巡る人々の機微も、本当に興味深く奥深くて――。きっと、文面を読む度に心惹かれたり心揺さぶられたり、目が離せなくなって夢中になってしまうのだろう。
 こうして、二人はそれぞれに入手した本を持ってお座敷カフェーに向かう。
 それから暫し、本の頁を捲る静かな音が響いていった。

『花街畏憚奇譚』
 鮮血が散り、真っ白な着物を紅く汚した。
 しかし彼女は動きを止めていない。剃刀を片手に持ったまま口の端を歪めて嗤う。
 その光景を何故か、私は美しいと思ってしまって――。

『廻り続ける』
 今日も明日も明後日も、否、永遠の今日でずっと同じことを繰り返す。
 逃れられない螺旋のような日々に飽き飽きしはじめた頃、変化が起きはじめた。
 それは希望の光か、それとも絶望の闇なのか。今は未だ解らない。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

千桜・エリシャ
【朱桜】📕
妓楼を改装した館ね
なんだかうちの宿を彷彿とさせる場所ですこと
うちでも何かこういう催しをしてみようかしら

あら、あなたの本?
宿を放り出して何をしていたのかと思えば
小説なんて書いてましたの?
そう謙遜されますけれども
一部にはカルト的な人気があるみたいですわね
そ、それ大丈夫でしたの…?
(心に決めた方って誰かしら…)

本を手にとって
ふぅん…『花の下には涯がない』ね
ぺらり捲って読んでみて
…まあ悪くないんじゃないかしら
でも登場人物や舞台に既視感があるのは気のせいかしら…
――!?わ、私を!?
そう…あなたに私はこう映っていたのね
少し複雑ですが…これもいただきますわ

折角ですからお薦めも見繕って貰おうかしら


神狩・カフカ
【朱桜】📕

姫さんを誘ってブックフェアへ
いやァ盛況だねェ
人気作家ってのは凄ェもんだ

ふらふらと物色していれば
こいつァおれの本じゃねェか
こんなご大層なところでお目にかかれるたァ思わなかったねェ
おれァ昔は歌をよく詠んでいたからサ
人の世に紛れるために小説でも書いてみるかと思ってよ
ま、所詮は三文小説だけどな
ああ、そういや先生と心中するって刃物持って下宿に乗り込んできた女がいたな
心に決めた女がいるからって丁重に断った
ふふ、おれは一途だからサ

どうだィ?感想聴かせとくれよ
ははっ!そうかィ!
まあ、エリシャをモデルに書いたもんだしな
素材が良かったのサ
まいどあり

ンじゃ、おれも一冊お薦めを貰っていくか
後学のためにもな



●華果
 極彩の館に集められたのは古今東西の様々な本。
「いやァ盛況だねェ」
 とても賑わっている元妓楼のイベントホヲルにて、神狩・カフカ(朱烏・f22830)は辺りを見渡す。数々の書架や机には所狭しと本が並べられている。
 妓楼を改装したこの館は、なんだか自分の宿を彷彿とさせる場所だ。そう思いながら、千桜・エリシャ(春宵・f02565)は嫋やかに微笑む。
「うちでも何かこういう催しをしてみようかしら」
 良いんじゃないかとカフカから返事が戻ってきたことで、エリシャはそっと頷く。
 そして、カフカは広間の中央を眺めた。
「人気作家ってのは凄ェもんだ」
 新装版が並べられていく一角には多くの人が集まっている。
 其処にあるどれもが人気作家の本らしく、盛況さにも納得がいった。カフカはエリシャと共に広間の中央を軽く眺め、その先へと歩いていく。
 新作のコーナーを抜け、花暖簾が風に揺れる回廊を越えて、何気なく足を止めた一角には古書を売る掘り出し物市があった。
 読み古されたものや、ほとんど新品のまま古書となったもの。
 見たことのないタイトルや、宛名が書かれたサイン本など本当にたくさんの書籍が置かれている場所だ。
 エリシャが気儘に本を手にとって開き、頁を捲っていく最中。
 同じようにふらふらと書籍を物色していたカフカは或る本を発見する。
「こいつァおれの本じゃねェか」
「あら、あなたの本?」
 その声を聞いたエリシャはそれまで見ていた本を閉じてから棚に戻し、カフカの隣に歩み寄っていった。
 これだ、と示された本を覗き込んだエリシャは不思議そうな顔をしている。
「こんなご大層なところでお目にかかれるたァ思わなかったねェ」
「宿を放り出して何をしていたのかと思えば、小説なんて書いてましたの?」
 一冊の本を前に、二人は言葉を交わしていった。
「おれァ昔は歌をよく詠んでいたからサ」
 人の世に紛れるために小説でも書いてみるかと思って筆を執った。そのようにカフカが語ると、エリシャは興味深そうにカフカの本を眺めた。
「ふぅん……『花の下には涯がない』ね」
「ま、所詮は三文小説だけどな」
 カフカは彼女に本を渡してやる。その内容を確かめるために、エリシャはぺらりと一頁目をひらいた。
 古書には書店員による紹介文の紙が添えられたものもあり、この本にもちいさな説明文が挟まれていた。
「そう謙遜されますけれども、一部にはカルト的な人気があるみたいですわね」
 説明紙の内容に目を通したエリシャはカフカを見上げる。
 カルト的ねぇ、と呟いた彼はふと思い出した。
「ああ、そういや先生と心中するって刃物持って下宿に乗り込んできた女がいたな」
「そ、それ大丈夫でしたの……?」
「この通り無事だぜ。それに、心に決めた女がいるからって丁重に断った」
「でしたら良いのですけれど」
 さらりと語るカフカの、心に決めた人。
 それは誰かしら、と疑問が浮かんだがエリシャは言葉にしないでおいた。するとカフカは片目を瞑ってみせる。
「ふふ、おれは一途だからサ」
「あら。そうでしたの?」
 そうして、エリシャは本音冒頭から一章目の触りまでを読んだ。
「どうだィ? 感想聴かせとくれよ」
「……まあ悪くないんじゃないかしら」
「ははっ! そうかィ!」
 言葉通りの悪くはない感想にカフカは笑う。しかしエリシャは更なる疑問を抱き、軽く首を傾げた。
「でも登場人物や舞台に既視感があるのは気のせいかしら……」
「まあ、エリシャをモデルに書いたもんだしな」
「――!? わ、私を!?」
「素材が良かったのサ」
「そう、あなたに私はこう映っていたのね。少し複雑ですが、これもいただきますわ」
 何だか気恥ずかしいような、誇らしいような感情が織り混ざった気持ちを抱きながら、エリシャは本の購入を決める。
 自分をモデルにした物語の人が、どのような道を辿っていくのか興味が湧いた。
 まいどあり、と戯れに笑むカフカは満足気な表情をしている。
 それからエリシャ達は本の催しを余すことなく見て回った。花暖簾が中庭から吹き抜ける風に揺れる中、二人は書店員が本を整理しているところへと歩を進めた。
「折角ですからお薦めも見繕って貰おうかしら」
「ンじゃ、おれも一冊お薦めを貰っていくか」
 後学のためにも、とカフカが口元を緩めると、エリシャが書店員に声をかける。
 そして、彼らに勧められた一冊は――。

『再会の桜』
 永く、長く此の時を夢に見ていた。
 待ち続けた邂逅は今、目の前にある。手を伸ばせば届く距離に君がいる。
 寄り添って、ただ一言だけこう伝えれば願いが叶う。『   』、と。

『黎明散花恋絵巻』
 美しく咲いていた花とて、いつかは枯れて散る。
 然れど実らせたものはこの世に残り、遺されて、心に花の種が蒔かれていく。
 此の恋はひとつきり。捧げる想いも、貴方だけに。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

宵鍔・千鶴
📕

人気の書物が一同に御目に掛かれるなんて……
時間がいくつあっても足りないね……!
本はすき、識らないこと
沢山教えてくれるから

ふわふわ温かなミルクティーをお供に
気になる本をいくつか手に取ってみて
ぱらぱら頁を捲れば
一瞬で物語の世界へ飛び込み
耽り浸り、周りの音は消えて

叶うなら未だ知らない世界の本を読んでみたいし
昔幼き頃に読み聞かせられた、
……ええと、タイトルは……
もう思い出すことは出来ないけれど

愛に満ち溢れた本だったような気がするんだ

いつの日か
また出逢うことが出来たなら
今度は俺が大切なひとに
読んであげられるように

……ね、店員さん
おすすめをひとつ、
お願いできる?



●愛しき書
 数々の書籍を前にすれば心が躍る。
 新作に名作、新装版に文庫に古書。たとえるならば森羅万象。ありとあらゆる書物が集まっていると錯覚してしまうほど、本の催しは賑わっている。
「人気の書物が一同に御目に掛かれるなんて……」
 宵鍔・千鶴(nyx・f00683)は書棚に手を伸ばし、気になった本の背表紙を撫でた。
 タイトルに惹かれて手に取ったそれは印象的な装丁でとても目立つ。内容もさることながら、見た目でも楽しませてくれる本は良いものだ。
 すべてを見てまわるには時間がどれだけあっても足りない。
 しかし、時が限られているからこそ良いこともある。偶然に出会った本との縁が繋がったのだと思えば、更にわくわくとした気持ちが巡っていった。
 千鶴にとって本は好ましいもの。
 その理由は、自分が識らないことをたくさん教えてくれるから。
 今日はどんな本に出会えるだろうか。
 千鶴は最初に手に取った本を抱えて、次の書架を目指して歩いていく。そうして、極彩の館での時間は流れていき――。
 千鶴は今、中庭のカフェーのテーブルに腰を下ろしていた。
 机の上にはふわふわとした甘さの温かなミルクティーと、気になった本が幾つか積まれて乗せられている。
 紅茶をお供にして、これから読書の時間がはじまるところだ。
 千鶴が購入したのは『散らない桜』、『チョコレヰト・コヲド』『山猫堂の日常』といった書籍達だ。
 その中のひとつを手に取り、ぱらぱらと頁を捲る。
 そうすれば千鶴の意識は一瞬で物語の世界へと入り込み、それまで聞こえていた賑わう声や川のせせらぎも耳に届かなくなっていった。
 耽り、浸り、本の中に飛び込む。
 頁を進めれば、周囲の情景までも変わっていくような心地が巡った。
 未だ知らない世界。未だ見たことのない作品。それらにこうして触れていると、知識や見解も深まっていく。
 そうして、一冊の本を読み終えた頃。
 千鶴の胸裏に、幼い頃に読み聞かせられた本のことが思い浮かんだ。
「……ええと、タイトルは……」
 それはもう思い出すことは出来ない。けれどもこうして記憶に残っているのは、あの本が愛に満ち溢れた内容だったような気がするから。
 あの本を探すことは難しいかもしれない。
 それでも――。
 いつの日か、また出逢うことが出来たなら。
 今度は自分が大切なひとに読んであげられるように。
 そっと微笑んだ千鶴は読んでいた本をぱたんと閉じて、花が咲く庭の景色を眺める。すると近くから、みゃあ、という鳴き声が聞こえた。
 何処からか入ってきたのか、白い仔猫と三毛猫が花庭で遊んでいるようだ。
 千鶴が視線を向けていると、猫は庭の片隅にある桜の樹の影に引っ込む。長閑な光景だと感じていると、カフェの店員が紅茶のおかわりを勧めにきた。
 顔をあげた千鶴はそっと願う。
「……ね。おすすめの本をひとつ、お願いできる?」
 かしこまりました、と告げられた暫し後。
 甘いミルクティーと一緒に運ばれてきたのは、或る一冊の本だった。

『こころ』
 生きとし生けるものには心が宿っている。
 然し、其れは形も無ければ目にも見えない代物だ。
 心の在り処を問われて、明確に答えることの出来るものがいるだろうか。
 されど我々は識っている。それは確かに、此処に在り続けるということを――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 集団戦 『死に添う華』

POW   :    こんくらべ
【死を連想する呪い】を籠めた【根】による一撃で、肉体を傷つけずに対象の【生命力】のみを攻撃する。
SPD   :    はなうた
自身の【寄生対象から奪った生命力】を代償に、【自身の宿主】を戦わせる。それは代償に比例した戦闘力を持ち、【肉体本来の得意とする手段】で戦う。
WIZ   :    くさむすび
召喚したレベル×1体の【急速に成長する苗】に【花弁】を生やす事で、あらゆる環境での飛翔能力と戦闘能力を与える。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●死に添う華と白い猫
 ブックフェアーの一日目は恙無く終わりを迎える。
 日は落ちて山の向こうに沈み、黄昏の時間を越えた空は宵から夜の色に変わった。
 館には現在、猟兵達しかいない。
 徐々に深まる夜の影は、極彩の館の中庭に不穏な空気を満たしていく。

 ――みゃあ。
 不意に猫の鳴き声が聞こえた。
 影朧の出現まで、中庭の前にある回廊で待機していた猟兵達は顔をあげる。
 その声は昼間に中庭で過ごしていた者ならば一度は目にしたかもしれない、花と戯れて遊んでいた白い仔猫のものに似ていた。
 あの白猫はいつからか行方不明になっていたのだ。
 もしや、と猟兵が嫌な予感を覚えた時、三毛猫が中庭の方から飛び込んできた。
 何かから逃げてきたような、或いは異変を知らせるが如く。三毛猫は猟兵達の元に辿り着き、何度か必死に鳴いた。
 その様子から、猟兵達は何が起こったのか理解する。

 急いで中庭へ向かうと、其処には影朧・死に添う華が出現していた。
 呪詛を纏った影朧は何体にも増えている。
 その中心には白い影があった華があった。そして予想通り、死に添う華の根や葉は小さな白い仔猫に寄生している。
 あの白猫が宿主とされ、影朧の華に力を奪われているのだろう。
 おそらく庭で遊んでいた二匹の猫のうち、三毛猫は難を逃れたが、白猫の方は影朧に捕まってしまったというところか。
 寄生された猫は、すべての華を倒さなければ救えない。
 下手に時間を掛けてしまえば先ずあの白猫が影朧の犠牲になってしまう。それに加えて、敵を残してしまっていると未明に現れる殺人鬼の女との戦いにも支障が出る。
 何の罪もない仔猫を助けるためにも急がねばならない。
 猟兵達は其々に身構える。
 そのとき、蠢く花の中心から、みゃあ、という弱々しい鳴き声が再び響いてきた。しかし其れ以降は仔猫の声は聞こえなくなってしまい――。
 そして、戦いが始まる。
 
蘭・七結
助けを乞う声を
その姿をたがえるはずがない
飛び込む三毛の姿は、あなたのもの

嗚呼、ナナ
あなたが此処にいるのなら

きこえる
あいらしいあの子の声がきこえたの
ラン、お願い
あなたと戯れていた白いあの子を
ナツを、まもって

うつくしい花はすきよ、けれど
あの子のいのちを糧に咲く花はいらない
あの子を喰らう悪縁なぞ絶ち切るわ

いのちの彩は褪せてしまう
死とは抗うことの出来ない終着
置いて逝くこと逝かれること
あのみな底のようにつめたくて、恐ろしい

けれど、いのちをいきると誓ったの
このいのちをいきてゆく
恐れるものなどない
怖くなどない

幽世蝶の溢すひかりがあなたをまもる
伸ばされた根を、葉を
あなたを屠る黒い縁を刻んでゆく

まっていて、ナツ


榎本・英
ナナ、知らせてくれて有り難う
後は我々に任せ給え

花は人の心である、と云ったかな
華道では基本的な事だと聞いた事があるよ
葉、茎、根
私は君たちを生けて美しく表現をすることは出来ない

しかし、戦えないと言っている場合ではないね
ふわもこ達、出番だ
針と糸は持ったかい?

死に添う華か、不穏だね
ナツはナツとして生まれたばかりだ
死に添うとは――いや、今は集中しよう

ふわもこ達、固まって動くのだよ
もし囲まれたら、落ち着いて順番に相手をするのだよ
私なら平気だ
本も筆も獣もいる
今は少しでも手数が欲しくてね

あの根はとても厄介だ
なるべくなら根を先にどうにかしたい
頼んだよ

ナツ、ナツ、聞こえるかい?
もう少し、もう少しだ
必ず助ける



●生ける花と死に添う華
 昏い中庭を埋め尽くすほどの花が咲いている。
 然しそれは昼間に見たような美しい季節の花々ではなく、死を齎す影朧の華だ。
 華の中から聞こえていた、みゃあ、という鳴き声が弱々しく消えた。
 白猫の名はナツ。
 そして、その危機を知らせた三毛猫の名は――。
「嗚呼、ナナ」
「ナナ、知らせてくれて有り難う」
 七結と英は死に添う華を掻い潜ってきた三毛猫、ナナを呼んで礼を告げる。七結は二匹が昼間に庭で遊んでいる姿を見ていた。
 三毛猫が此処にいるのなら、あの声はナツで間違いない。それに助けを乞う声も、その姿もたがえるはずがなかった。
 二匹とも、英と七結にとっての大切な存在だ。
「後は我々に任せ給え」
 英は疲れ果てているであろう三毛猫を背にして庇い、影朧達の様子を窺った。
 今は夜。賢い仔であるはずの猫達が、昼間からこの時間まで行方不明になっていた理由があるはず。華に捕まっていたとしても時間的に違和がある。
 それならば、二匹はこれまで『誰か』の元で過ごしていたのかもしれない。
 その人物が誰であるかは未だはっきりとは解らないが、ナナの毛並みは僅かではあるが水で濡れているように見えた。
 もしかすると、と考えた英は首を横に振る。
「……いいや、今は推理を巡らせている時ではないね。集中しよう」
「そうね、英さん」
 英と並び立った七結は耳を澄ませる。今はもう死に添う華が動いている葉擦れの音しかしないが、確かにきこえた。
 あいらしいあの子の声がきこえたから、助けてと願っていたから。
「ラン、お願い」
 あなたと戯れていた白いあの子を――ナツを、まもって。
 七結が願う中、英は蠢く華との距離をはかった。
「花は人の心である、と云ったかな」
 確か華道では基本的な事だと聞いた覚えがある。生に添い、死にまでも添おうとする華の在り方は少しばかり興味があった。
 葉、茎、根。
 それらを見遣った英はふわもこ達を呼ぶ。
「私は君たちを生けて美しく表現をすることは出来ないよ。しかし、戦えないと言っている場合ではないね」
 出番だ、と呼びかければ針と糸を持った毛糸玉めいた愉快な仲間たちが現れる。
 それに合わせて七結が払暁の鍵杖を構え、華へと狙いを定めた。
「うつくしい花はすきよ。けれど、」
 あの子のいのちを糧に咲く花はいらない。命を喰らう悪縁なぞ絶ち切ってみせるとして、七結はふわもこ達と一緒に、此方に迫ってきた華に立ち向かった。
 根が撓り、英の仲間を穿とうとする。
 しかし、ふわもこ達はふわりと浮いてそれを回避した。或る一体は七結を護るように前に出て、敢えて一撃を受ける。
 そうすると死を連想する呪いが周囲に広がり、奇妙な空気が辺りに満ちた。
「死に添う華か、不穏だね」
「いのちの彩は簡単に褪せてしまうわ。だから――とても、こわい」
 死とは抗うことの出来ない終着。
 置いて逝くこと、逝かれること。あのみな底のようにつめたくて恐ろしい。
「大丈夫だよ、なゆ。少なくとも今は褪せたりしない」
 否、させない。
 敵の攻撃から死を連想してしまったらしい七結に呼び掛け、英は強く頷く。
 ナツはナツとして生まれたばかり。
 あれほどに元気で生命力に満ちたあの子が、死に寄り添われるのはまだ早い。自分達の力で取り戻してみせると決め、英は仲間達に呼び掛けていく。
「ふわもこ達、固まって動くのだよ」
 もし囲まれたら落ち着いて順番に。そのように告げた英の声を聞き、ふわもこ達は一丸となって死に添う華に突撃し続ける。
 根はまるで鞭のように撓って迸っていたが、ふわもこも七結も確りと軌道を見切ることで回避している。
 やがて七結が一体目を黒鍵の刃で以て斬り伏せた。
 だが、敵の数は多い。英にまで根の一撃が届かんとしていることに気付き、七結とふわもこがはたとする。
「英さん、華が――」
「私なら平気だよ」
 気を付けて、という七結の声とふわもこの視線を受け、英は地を蹴った。後方に下がりながら筆を振るった彼は、この他にも本も獣もいるのだと示す。
 敵が多いのならば手数で勝負だ。
 開いた著書から情念の獣を呼び起こした英は、迫りくる根を引き裂くよう願った。
「頼んだよ」
 傷をつけぬ攻撃とは云えど、生命力を奪う華の根は脅威だ。
 巡る戦いの中。七結は根の一撃を受け止め、じわりと滲む呪いの感覚に耐えた。おそろしくてこわくて、つめたくてくるしい。
 ナツも今、このような感覚に蝕まれているのだろうか。そう思うと恐怖のような感情が生まれた。けれど、それだからこそだとして七結は顔をあげる。
「いのちをいきると誓ったの」
 このいのちをいきてゆく。ひとりではなく、あなたと。みんなと。
 それゆえに恐れるものなどない。怖くなどない。
 己を律した七結は黒鍵を振るい、英のふわもこと共に二体、三体と影朧華を散らしていった。その際に幽世蝶が溢すひかりが、夜の花庭を淡く照らした。
 あなたをまもる。
 伸ばされた根を、葉を。あなたを屠る黒い縁を刻んでゆく。
 七結が白猫に向ける思いと力を感じ取り、英も花の草や根を穿っていった。
「ナツ、ナツ、聞こえるかい?」
 返事はない。
 然しもう少し、もう少しだ。必ず助けると告げ、英は真っ直ぐに花を見つめる。七結も幽世蝶に更なる守護を願い乍ら白猫に呼び掛けた。
「まっていて、ナツ」
 戦いは始まったばかりで、未だ敵の数は多い。
 それでも最後まで戦い続けることを心に誓い、英と七結は白猫を呼ぶ。
 すると「みゃ……」という幽かな声が二人の耳に届いた。ナツはまだ生きている。ちいさな身体から懸命に声を紡いで、応えようとしてくれている。
 そして、二人は持てる限りの力を揮っていく。

 これからを生きるいのちを。これからも生きようとしている、いのちを。
 決して、奪わせはしない。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

誘名・櫻宵
🌸櫻沫

ヨルが揺桜をバスターソード構えるみたいにもってるわ!

あの仔猫はあなたの友達なのね
落ち着いて、ヨル
大丈夫、必ず助けるわ

友達が苦しんでいたら――助けるのは当然よ
そう……すくってみせる
私は、その為に――

リル、行くわよ
仔猫の体力が尽きてしまう前に、あの醜い華を散らしてしまいましょう
死に添うなんてさせないわ

水泡の守りと鼓舞に微笑んで
ヨルの力も受け取るように力を込める
破魔宿した斬撃で、呪詛を祓って華を散らして斬り裂いて
「艶華」
あなたが食らった生命の分、あなたの生命を喰らって神罰を与えて
醜きその花を美しい桜にかえてあげる

この力は守るために
そうでしょ
師匠

愛しいもの達を救う為にある

だからね
返してもらうわ


リル・ルリ
🐟櫻沫

ヨル?!僕の揺桜を……そんな…抱えて華に突撃しようとして…どうした?!
危ないよっ

あっ!あの仔猫は、英の!
ヨル、君の友達が囚われたんだな……
嗚呼、もちろんだよ
ヨルの友達は僕の友達だ
助け出してみせるよ

そうだね、急がなきゃ
大事な友達を傷つけさせなんてさせないよ

さぁ、かえしてもらおうか
大事な仔を
水泡のオーラ防御を纏わせて
歌声に破魔と鼓舞をのせて、ヨルの気持ちも込めて響かせる
「薇の歌」
死を齎す華なんてなかった
飛んでもいかせない、成長もさせないよ
全部巻き戻して、地に落としてあげる


君は君の在り方を定めたのだから
示すんだ

桜龍に食べられて、綺麗な桜になればいい
守りたいと思うこころ、これもまた―愛なんだ



●ともだちのために
 静かだったはずの夜の狭間に響いたのは、助けを求める猫の鳴き声。
「きゅきゅ! きゅううー!」
 幽かな仔猫の声に一番に反応したのはヨルだ。
 リルの腰元から抜いた短刀を掲げ、式神ペンギンは素早く駆けて刃を振るった。跳躍と同時に回転して勢いをつけたヨルの一閃が、影朧華の根の一本を切り裂く。
「ヨル?! 僕の揺桜を……どうした?!」
 危ないよ、と手を伸ばしたリルに対してヨルは振り返り、真剣な視線を向けた。はっとしたリルと櫻宵はヨルが何故にあれほどに憤っているかを悟る。
 そのとき、リル達の瞳に白い影が映った。
「あっ! あの猫は、英の!」
「あの仔猫はあなたの友達なのね。でも……落ち着いて、ヨル」
 櫻宵は神刀を抜き放ちながら地を蹴り、更に迫ってきた華の根を一瞬で斬り落とす。何もしなければヨルまでもが、あの根や葉に囚われてしまうところだった。
「大丈夫、必ず助けるわ」
「きゅ……」
 下がっていて、と告げた櫻宵はリルとヨルを背にして身構え直す。
 友達が苦しんでいたら助けるのは当然。
「嗚呼、もちろんだよ。ヨルの友達は僕の友達だ」
 助け出してみせると宣言したリルに頷き、ヨルは揺桜を主に返した。自分ではあの華達に敵わないと理解したらしいヨルだったが、先程の一撃は見事だった。
 救出の意思を示したペンギンに「よく頑張ったね」と告げたリルはそっと頭を撫でてやる。そうすれば、ややしょんぼりしていたヨルも少し元気を取り戻した。
「リル、行くわよ」
「そうだね、急がなきゃ。大事な友達を傷つけさせなんてさせないよ」
 櫻宵の声に答えたリルは水泡の防御を巡らせていく。
 仔猫の体力が尽きてしまう前に、あの醜い華を散らしてしまわなければならない。今を生きようとしている子が死に添われることなど許してはおけない。
「そう……すくってみせる。私は――」
 その為に、と屠桜を構えた櫻宵は蠢く華々に刃の切っ先を差し向けた。
 リルは櫻宵が抱く決意を感じて、めいっぱいの歌声を響かせようと決める。
「さぁ、かえしてもらおうか」
 ヨルにとっても、英達にとっても大事な仔を。
 紡ぎ出す歌声には破魔と鼓舞をのせて、更にヨルの気持ちも込めて響かせる。
 薇の歌はこれ以上に増えようとする華を捉えた。
 歌は巡り、死を齎す華などなかったのだという事象を引き起こしていく。飛んでもいかせず、成長もさせはしない。
 全部巻き戻して、地に落としてあげる。
 父が舞台上でそうしていたように、冷たくありながらも真摯な眼差しを向けるリルは、容赦なく歌を紡ぎ続けていった。
 櫻宵は水の守りと鼓舞に微笑みを返し、リルの傍についているヨルに思いを向けた。
 ヨルの懸命な一閃。
 あの続きを描くように華の葉や花弁を散らせた櫻宵は、呪詛を祓っていく。
 リルの聲によって動きを止められている華を散らして斬り裂いていけば、艶やかな彩が戦場に舞った。
「あなたが食らった生命の分、あなたの生命を喰らってあげる」
 死を与えようとする影に神罰を与えて、醜き華を美しい桜にかえてゆく。
 そうすれば一体、二体と影朧が散った。
 まだ敵の数は多いが、リルも櫻宵も力を緩めたりなどはしない。
「この力は守るためにあるの」
 ――そうでしょ、師匠。
 剣技の師を思い、櫻宵は刃を振るい続けた。
 己が宿した力は敵を散らすだけではなく、愛しいもの達を救う為にある。
 リルは普段通りに彼の後ろ姿を真っ直ぐに見つめている。君は君の在り方を定めたのだから、そのまま示していけばいい。
 死の象徴でしかない華も桜龍に食べられて、綺麗な桜になればいい。
「守りたいと思うこころ、これもまた――愛なんだ」
「ええ。だからね、返してもらうわ」
 リルの歌が戦場を彩り、櫻宵の神罰の舞が華を桜へと変じさせていった。二人を鼓舞するようにヨルがきゅっと鳴き、囚われた仔猫を案じる。
 負けられない戦いが此処にある。
 影の華は妖しく咲き、死を招こうとしていた。どれほど敵が多かろうと怯む時間などない。今とて少しずつ、いたいけな仔猫の命が奪われているのだから。
 そして――戦いは更に激しく、苛烈に巡ってゆく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

陽向・理玖
あの白い奴…お前の仲間?
それとも大事なもん?
…そっか
後は任せろ
覚悟決め

龍珠弾いて握り締めドライバーにセット
変身ッ!
衝撃波飛ばし残像纏いダッシュで手近な華と間合い詰めグラップル
拳で殴る
全部倒さないと…助けらんないのか?
踏ん張れよ!

動き見切り攻撃避ける
カウンターで足払い
根をなぎ払い
範囲攻撃でまとめてぶっちぎる
そんなもん喰らうか

それに
俺はもう簡単に
自分がいなければとか
そんな風に思わない

約束を貰ったから帰らなきゃいけない
守りたいもんがあるから生きないといけない
いや
生きたいと願ってる

呼んでくれって
すぐ駆け付けるって言ったんだ
こんなとこで…負けらんねぇ!
多少の攻撃は激痛耐性で耐え肉薄しUC
さぁどんどん来な


柊・はとり
猫の鳴き声…中にいるのか
待ってろ
誰も死なせない為に来たんだからな

さっきの甘ったるい小説のせいか何となく胸焼けがする
眠くなって途中で閉じちまったが…
最後まで読めばあの主人公救われんのかな
救いってなんだよ
わかんねえ

…宿主の生命を糧に咲く花、ね
お前の仲間だぞコキュートス
お前もぶっ壊してやろうか
『そのコマンドは実行できません』
あぁくそ、どうにも機嫌が悪い

コキュートスは強すぎる
手加減しないと猫まで巻き込みそうだな
UC【第一の殺人】
動かない心臓なんかお前に捧げてやるよ

生命はとうに喰い尽くされた
曲がりなりにも植物なら冬の嵐で朽ちな
【氷属性】の【範囲攻撃】で纏めて散らす

忘れて、とか
あいつがそんな健気な事言うか



●生きる意志
 駆けてきた三毛猫が猟兵達の後ろに隠れる。
 邪魔にならぬよう距離を取りつつも、毛を逆立てて華を威嚇する三毛猫は真剣だ。
「猫の鳴き声……中にいるのか」
 はとりは猫が見据える先に目を遣り、指先で眼鏡のブリッジに触れる。その近くに駆け付けた理玖は勇敢な三毛猫に問いかけた。
「あの白い奴、お前の仲間? それとも大事なもん?」
 すると小さな鳴き声が返ってくる。
 三毛猫からは肯定の意思が感じ取れた。そっか、と頷いた理玖は死に添う華の方に改めて視線を向けていく。
「後は任せろ」
 覚悟を決めた理玖は同じ敵を捉えているはとりの横に並び立ち、片腕の龍珠に意識を注いだ。はとりも三毛猫の声に頷き、影朧華の中に囚われている白猫を思う。
「待ってろ。誰も死なせない為に来たんだからな」
 少年達は其々に身構えた。
 はとりは嘆きの川の名を冠する氷の大剣を掲げ、AIを起動する。
 理玖は龍珠を弾いて握り締め、腰のドライバーに素早くセットした。
 そして――。
「コキュートス、やるぞ」
「変身ッ!」
 二人の呼び掛けと掛け声が同時に響いた瞬間、戦いの幕があがる。
 氷剣を大きく振り上げたはとりは地を蹴り、全身装甲に身を包んだ理玖は全周囲に衝撃波を飛ばした。
 死の華が蠢かせる根は理玖の力によって千切れていく。其処に生まれた好機を掴み取ったはとりは、ひといきに刃を振り下ろした。
 一瞬で一体目の死華が散らされ、はとりと理玖の視線が交差する。
 敵が多いゆえに無駄口は叩けず、言葉が交わされることはなかったが、確かに意思は通じていた。このまま連携しようと決めた少年達は身構え直す。
 理玖は新たな根に捕らわれぬよう、残像を纏う勢いで疾く駆けた。はとりが狙う敵とは別の手近な華との間合いを詰めた理玖は全力の拳を振るう。
 それによってニ体目が地に伏した。
「これで――! って、全部倒さないと助けらんないのか?」
 しかし、それで仔猫を助けられるわけではない。踏ん張れよ、と囚われた猫に呼び掛けた理玖は地面を蹴って高く跳躍した。
 目指すは次の華。
 仔猫に絡みついているであろう個体を狙うのが目的だ。
 その間に、はとりは自分を捕らえようとしていた華に刃を向ける。敵の数は多いが、一体ずつの動きはそれほど速くはない。
 根を切り落とし、葉を裂きながらはとりが思うのは昼間のこと。
 あの甘ったるい小説のせいか何となく胸焼けがする。結局は途中で眠くなって本を閉じてしまったため、物語の主人公が救われるかどうかは分からなかった。
「救いってなんだよ」
 わかんねえ、と言葉にした声は戦いの音に紛れて誰にも聞かれないまま消える。そうして、はとりは死に添う華をもう一度見つめる。
「……宿主の生命を糧に咲く花、ね。お前の仲間だぞコキュートス」
 お前もぶっ壊してやろうか、と華に氷の魔力を向けたはとり。だが、AIから返ってきたのは『そのコマンドは実行できません』という言葉だ。
「あぁくそ、どうにも機嫌が悪い」
「どうした、何か調子が悪いのか」
 はとりもまた不機嫌そうに頭を振る。その様子に気付いた理玖が華の根を避けながら後退してきた。いいや、と答えたはとりはコキュートスの剣の力が強すぎて猫まで巻き込みそうなのだと説明する。
 それなら、と理玖は自分が前に出ることを告げた。
「俺がまとめて葉をぶっちぎる。その後に華を何とかしてくれねぇか?」
「分かった、やってみるか」
 頷きあった理玖とはとりはこの後の戦い方を決めた。宣言した通りに先ずは理玖が駆け、拳で以て葉を崩す。
 猫は根に囚われているゆえ、それ以外を剥がしていけばいい。
「そんなもん喰らうか」
 攻撃をいなす理玖に続き、はとりは猛吹雪を巻き起こす魔力を紡いでいく。
「動かない心臓なんかお前に捧げてやるよ」
 冷たい風が花弁を凍りつかせていく。しかし、そのとき――。
 ひときわ大きな個体が二人の前に現れ、死を連想する呪いの力を振り撒いた。はとりは剣を構えて衝撃を受け止め、双眸を鋭く細める。
 死が何だというのだ。
 生命はとうに喰い尽くされた故に恐怖など今は感じない。それに、と呟きつつ思い返したのはあの本の内容。
(忘れて、とか。あいつがそんな健気な事言うか)
 それゆえに忘れもしないし、死を必要以上に忌避したりなどしない。
 首元を軽く擦って耐えたはとりの前方では、理玖が呪いに囚われそうになっていた。
 最後に見た師匠の姿。
 あのときに味わった絶望感が胸裏に巡っていく。だが、それを振り払うように瞼をきつく閉じた理玖は首を振った。
「俺はもう、簡単に自分がいなければとか……そんな風には思わない」
 それに約束を貰ったから帰らなきゃいけない。守りたいものがあるから生きないといけない。いや、生きたいと願っている。
 だからこんな死の呪いなどは効かない。効くわけがないと己に言い聞かせた。
「いつでも呼んでくれって、すぐ駆け付けるって言ったんだ。だからこんなとこで……負けらんねぇ!」
 決意を宿した声と共に理玖は呪の根を拳で打ち砕いた。どうやら手助けは要らなかったようだと察したはとりが其処に馳せ参じ、理玖と背中合わせの形で布陣する。
 未だ敵は多いが、この二人でなら周辺の死華はすべて蹴散らせるはず。
「さぁどんどん来な」
「曲がりなりにも植物なら、冬の嵐で朽ちな」
 背を預けあった少年達は各々の力を振るうべく、拳と剣を強く握り締めた。
 救うための戦いは此処から、更に続いていく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

月居・蒼汰
ラナさん(f06644)と

いつもなら平穏なはずの夜を乱す気配
か弱い仔猫の鳴き声に胸が締め付けられる
急いで助けないと…!
行きましょう、ラナさん!

ラナさんを庇えるように心がけながら
破魔と浄化の力を宿した願い星の憧憬で華だけを狙って攻撃を
苗が蕾をつけるより早く倒すことを意識して立ち回り
飛ぶ花が現れたら詠唱を重ね炎で焼き払います
ラナさんと連携して少しでも迅速に、少しでも多く倒せるように
死の気配ごと祓うつもりで

(…愛とか心とか、未だ正直俺自身の言葉にするのは難しい、けど
それでも、ラナさんを守りたいっていう気持ちと
傍にいたいっていう、この思いはきっと、本物だから)

…大丈夫です、ラナさん
俺が、ついてますから


ラナ・スピラエア
蒼汰さん(f16730)と

猫さんの声が聴こえるだけで苦しくなる
はい、必ず助けましょう!

植物であろうと生きていることは分かっています
けれど、悪さをするのなら容赦はしません
素早く全てを倒せるように
戦場いっぱいのウィザード・ミサイルで華を燃やします
猫さんは傷付けないよう
私は辺りの華を優先的に

この敵を倒したら、現れる相手…
恋や愛に囚われた女性だと聞いているけれど
今まで紐解いてきた恋物語は
全て甘酸っぱくときめくようなお話でした
恋愛って、そういうものだと思っていたけれど…

私の気持ちを伝えることで
少しは救えるでしょうか?
全てを言葉にすることは
今はまだ、難しそうだけれど

…はい
蒼汰さんが一緒だから、頑張れます



●愛のかたち
 夜の帳が下りた後。
 普段のままであるならば平穏なはずの夜を乱す気配がした。
 助けを求めるか弱い仔猫の鳴き声はもう聞こえない。あの悲痛な声を思い出すだけで胸が締め付けられ、蒼汰は駆け出した。
「急いで助けないと……! 行きましょう、ラナさん!」
「はい、必ず助けましょう!」
 ラナはしかと頷き、蒼汰の後に続く。向かう先には花庭を埋め尽くすほどに増えてしまった死華の姿が見えた。
 先程は仔猫の声が聴こえるだけで苦しくなったが、今は聴こえないことが辛い。
 命があるうちに助けたい。
 蒼汰とラナが抱く思いは強く、同じ意志となって重なっていた。
 二人が見つめる影朧華は根を蠢かせ、急速に成長していく。おそらくではあるが、あれは仔猫の命を使って行っていることなのだろう。
 飛翔する苗は葉を散らしながら迫り、新たな死の華となっていく。
「気を付けてください、来ます!」
「蒼汰さんも無理はしないでくださいね」
「はい!」
 ラナさんの前では格好悪いところは見せられないから、という思いと言葉を押し込めた蒼汰は戦いの意志を華々に向けた。
 いつでもラナを庇えるように立ち回り、蒼汰は破魔と浄化の力を巡らせる。
 其処から解き放つのは願い星の憧憬。
 仔猫に攻撃が及ばぬよう、華だけを狙って星の輝きを散らした蒼汰は周囲の様子を探っていく。今しがた貫いた個体は花をつけてしまっていたが、まだ蕾のままで止まっている個体も多くあった。
 蒼汰が目配せを送ると、ラナもそのことに気が付く。
 植物であろうと今此処に生きていることは分かっている。成長することで株を増やして増えていく自然の摂理も理解していた。
「けれど、悪さをするのなら容赦はしません」
 影朧は自然の巡りから外れた存在だ。ラナは戦場いっぱいに炎の矢を降らせ、華となった個体を狙い撃っていく。
 華を咲かせたものをラナに任せた蒼汰は、苗が蕾をつけるより早く倒すことを意識しながら星の魔力と詠唱を重ね、更に巻き起こした炎で焼き払っていく。
 焼け焦げた華が枯れていった。
 しかし、根の方に囚われているであろう猫には決して攻撃を当てない。根が満ちさせていく死の気配ごと、すべてを祓う心算で二人は戦ってゆく。
 増え続ける華の対処は簡単ではない。
 それでも彼らは手を止めることなく、ひとつの大切な命を救うために力を振るい続けていた。そんな中で、蒼汰とラナはこの後に巡る戦いに思いを馳せる。
(この敵を倒したら、現れる相手――)
 彼女は愛に囚われた女性だと聞いていた。
 けれども話に聞くだけで何だか胸が痛くなる。今までにラナが紐解いてきた恋物語は全て甘酸っぱくて、ときめくようなお話ばかりだった。
 苦しいことがあっても、恋や愛の気持ちがあれば乗り越えられる。
(恋愛って、そういうものだと思っていたけれど……)
 違うものもあるのかもしれない、とラナは気付き始めていた。しかし、愛という存在の根本はきっとあたたかいものであるはず。
 自分の気持ちを伝えることで、少しは彼女も救えるのかもしれない。
 全てを言葉にすることは今はまだ、難しそうだけれど――出来ないから何もしないという選択を取るわけにはいかない。
 何かが変わることを信じて、ラナは魔力を紡いでいった。
 同様に蒼汰も愛というものについて考えている。
(……愛とか心とか、未だ正直俺自身の言葉にするのは難しい、けど)
 星の輝きで蕾を貫き、蒼汰は拳を握った。
 言葉として並べるには自信はないが、それでも確かな気持ちがある。
(――ラナさんを守りたい。傍にいたい)
 この思いはきっと、本物だから。言葉ではなく、行動や自分の在り方を示す答え方もあるはずだと思えた。
 そうして、蒼汰は少し浮かない顔をしているラナの傍にそっと立つ。
「大丈夫です、ラナさん」
「……はい」
「俺が、ついてますから」
「蒼汰さんが一緒だから、頑張れます」
 二人は互いの存在を確かめるようにして隣を護りあう。
 炎と星の光が敵を散らしていく中で、重なる視線は何よりも強い輝きを宿していた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

シャト・フランチェスカ
猫は好きなんだ
だから猟兵としての怒りと私怨を以て
きみと「こんくらべ」しようじゃないか

皮膚が粟立つような恐怖
死のにおい
想うのは馨しく咲き狂う桜の樹

けれどね
あの樹の下で眠りたいと僕が焦がれれば焦がれるほど
それが叶わない呪いなんだ

身近な感情だよ
この痛み、この悼み
感傷に油を注げば激情に

●UC
万年筆で躊躇なく腕を抉る
紅い茨が踊れば
館も庭も燃やさぬ焔が
獰猛に影朧のみを狙う

死に添う華
華は死者を慰める彩りにもなろう
きみの在り方は認めがたいよ

そんなに希死念慮を喰いたいなら
僕のような物書きはお誂え向きさ
書いても書いてもとめどなく
されど成就することもなく

烈しく灼いて、灰にして
底無し沼のように呑みこんでみたいものだよ


ファルシェ・ユヴェール
読みかけの物語に、愛用の栞をそっと挟んで
決して失くさぬよう、大切に仕舞う
『虹と薔薇の宝石』
その宝石の辿る物語も
きっと読む度に思い起こす事になる、今宵の出来事も
より好ましいものでありますよう

破魔の力込めし水晶の欠片をこの手に
強靭なる『騎士』の姿をイメージする
呪わしき根を受けても、生命力を奪われぬ水晶の騎士を

創造した騎士は頼もしき相棒
数を相手にするからには、なるべく隙を作らぬ為
死角のないよう、騎士と補い合えるように背を合わせつつ
己の得意とする防戦からの
仕込みの刃での反撃を

高火力を持つ訳でもない商人の身ですが
着実に減らしつつ引きつければ
得意な者が自在に戦い易くもなりましょう

白猫さん、どうか、ご無事で



●結末にはどうか、光を
 花の庭に蠢く華は美しいとは言えない。
 先程まで聞こえていた鳴き声は聞こえなくなり、その代わりに影朧華が活性化した。
「猫は好きなんだ」
 シャトは静かに宣言した後、死に添う華を見据える。
 同様にファルシェも敵を見遣った。読みかけの物語には愛用の栞をそっと挟み、決して失くさぬよ大切に仕舞う。
 その本は『虹と薔薇の宝石』。
 宝石の辿る物語はきっと読む度に思い起こすことになるから。
 今宵の出来事も、より好ましいものであって欲しい。素晴らしい物語に紐付けられる記憶が、死で塗り潰されぬように、とファルシェはそっと願う。
「哀しい結末になることだけは避けましょう」
 ファルシェが言葉にした思いに同意を示し、シャトは華に語りかける。言葉が通じていようが、通じていまいが関係はなかった。
「猟兵としての怒りと私怨を以て、きみと『こんくらべ』しようじゃないか」
 そうすれば、華は死を連想する呪いを撒き散らしてきた。
 皮膚が粟立つような恐怖が巡る。
 振るわれた根と共に死のにおいが戦場に満ちて、シャトの胸裏に馨しく咲き狂う桜の樹の情景が思い起こされた。
 ファルシェにも死の香めいた呪が降り掛かったが、二人とも気圧されたりはしない。
「これが、死の気配ですか」
「そのようだね。けれどね、こんなものまやかしだ」
 シャトはあの樹の下で眠りたいと焦がれた。しかし焦がれるほどにそれが叶わない呪いなのだと思い知らされる。
 死など、シャトには身近な感情に過ぎなかった。
 この痛み、この悼み。そんな感傷に油を注げば激情になっていくだけ。
 シャトが万年筆を振るうと同時に、ファルシェが一歩を踏み出した。其処に破魔の力を込めた水晶の欠片を掲げ、強靭なる『騎士』の姿をイメージしていく。
 死の呪いになど負けやしない。
 呪わしき根を受けても、生命力を奪われぬ強き水晶の騎士を――。
 其処から創造したのは頼もしき相棒である騎士。
 ファルシェは騎士と背中合わせに立って死角を補いあい、自分達が得意とする防戦に入った。その最中、シャトは躊躇なく自らの左腕を抉る。
 途端に噴出する鮮血。其処に紅い茨が踊れば、目映いほどの焔が迸った。
 それは館も庭も燃やさず、獰猛に影朧のみを狙う炎だ。
 シャトが解き放った炎が死に添う華に絡みつく。其処に生まれた隙を狙ったファルシェは振るわれていく根を受け止め、仕込み刃での反撃を見舞った。
 苛烈な炎で攻め込むシャト。
 彼女の分まで騎士と共に攻撃を受け、防御に回るファルシェ。
 交わす言葉は少なくとも、互いが自然に攻撃と守護を担っていた。対する華は徐々に燃やされていき、少しずつ数が減っていく。
 死に添う華。その名の通り、花は死者を慰める彩りにもなるのかもしれない。
 されどシャトにとって、あの華の寄り添い方は言語道断。
「きみの在り方は認めがたいよ」
 懸命に生きようとしている猫を喰らおうとするなど許してはおけない。そのようにシャトが声にすると、ファルシェもこの華は滅するべきだという思いを伝えた。
「ええ、許し難いことです」
 そして、二人はそれぞれの力を揮っていく。
 シャトは更に根を燃やす寒緋桜めいた炎を放った。ファルシェは騎士と狙いを合わせて刃を振るっていき、死に添う華の攻撃を受け止め続ける。
「そんなに希死念慮を喰いたいなら、僕のような物書きはお誂え向きさ」
 書いても書いてもとめどなく、されど成就することもなく。烈しく灼いて、灰にして、底無し沼のように呑みこんでみたいものだ。
 挑発まじりの静かな視線を華に向けたシャトは容赦などしない。
 苛烈な茨炎を見守り、ファルシェは一歩引いた視点で戦いの状況を確かめていく。寄生主となってしまっている猫はまだ生きているようだ。
 それでも気は抜けず、細心の注意を払って戦わなくてはならないだろう。。
「白猫さん、どうか、ご無事で」
 願い、祈るようなファルシェの声が戦場に吹く風に乗っていった。
 戦いは終わらない。
 この場の全ての華を散らして、跡形もなく燃やし尽くすまで――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ランガナ・ラマムリタ
オーレリア(f22027)くんと

やれやれ、もう時間かい?
あっという間だなぁ……出来ればずっとあぁしていたかったのだけれど。なんて言ったら怒られてしまうかな、ふふ

ともあれ、心地良い読書の邪魔をしてくれたお礼はしないとね
お見せしようか、本の妖精の図書館魔法
やあ、勘違いしてはいけないよ、君たち
私の至福を邪魔した犯人は、可哀想な猫たちではないのだから

――おや、よく分かったね、オーレリアくん
ふふ、それでは遠慮なく
蛇たちには、華を捉えて引き剥がすことに集中してもらおうかな

私自身は、彼女の肩の上
サボってなんかいないよ、本当さ
……でも、守ってくれるんでしょう? だから、ここは安心して、身を任せているだけ。ね


オーレリア・エフェメラス
ランガナ(f21981)くんと

さて、仕事だね
この間はあれだったから、ちゃんと戦うのは初めてかな
これでも錬金術師の端くれ、多少は戦えるさ
終わったらまたゆっくりね

さて、花や蔦には炎が定石だけれど、素敵な庭園と可愛そうな子猫を巻き込むわけにはいかないからね
だから今回はこの子たち
構成素材は液体金属
草を断ち切って刈り取ろうか

おやそちらは蛇たちかい?
何かを扱う者同士、連携していこうか

子猫の爪や飛び掛かりは薄く伸ばした金属を盾代わりに
肩の上は特等席だからね、危険になんて合わせないさ
信頼いただけてなにより
攻撃するときは鋭く薄く刃のようにスライムたちを変形させるね
きっと苦しくてつらいから、なるべく早く刈り取ろう



●使役の業
 極彩の館に集う華、華、華。
 昼間に見た数々の本を思い起こさせる数の敵が花庭に蠢いていた。尤も、本と華を比べるには値しないし、華の方が随分と厄介ではあるが――。
「やれやれ、もう時間かい?」
「さて、仕事だね」
 ランガナとオーレリアは周囲の影朧を見遣り、奇妙な敵意を受け止める。オーレリアの肩に乗ったランガナは死の華の出方を窺いつつ、昼間を思い出した。
 あの心地好い時間は至福だった。
 できれば明日も、と思うほどにブックフェアは良いものだ。しかし、今夜に訪れる影朧達をどうにかしなければ明日の予定もままならない。
「あっという間だなぁ……出来ればずっとあぁしていたかったのだけれど」
 なんて言ったら怒られてしまうかな、とランガナは笑う。そんな彼女は死の気配を纏う影朧の雰囲気になど気圧されてはいない。
「終わったらまたゆっくりね」
 そう答えたオーレリアも同じであり、二人はしかと戦いの準備を整えていた。ランガナはそっと頷き、すべてが終わった後の時間に思いを馳せる。
「楽しみにしているよ」
「そういえばこの間はあれだったから、ちゃんと戦うのは初めてかな」
「お互いにお手並み拝見ってところかな」
「そうだね。これでも錬金術師の端くれだからね、多少は戦えるさ」
 言葉を交わす二人に向け、死に添う華が苗を解き放ってきた。それらは急速に成長しながら花弁を咲かせ、彼女達を穿とうとしてくる。
「ともあれ、心地良い読書の邪魔をしてくれたお礼はしないとね」
 ――お見せしようか、本の妖精の図書館魔法を。
 ランガナは迫り来る華に対抗するように不可視の毒蛇を召喚した。蛇達は華に喰らいつくように動き、攻撃を妨害していく。
「おやそちらは蛇たちかい?」
「よく分かったね、オーレリアくん」
「何かを扱う者同士、連携していこうか」
「ふふ、それでは遠慮なく」
 問いかけたオーレリアに向け、ランガナはその通りだと答えた。二人の戦い方は似通っている。それは自分ではなく、力を分け与えたものを戦わせるということ。
「さて、花や蔦には炎が定石だけれど、素敵な庭園と可哀想な子猫を巻き込むわけにはいかないからね」
 だから今回はこの子たち、とオーレリアが取り出したのは液体金属。
 無理に戦わされている仔猫に絡みつく草を断ち切り、刈り取るのが彼女の狙いだ。蠢き覆う者達はオーレリア達の前にあらわれ、死の華を穿っていく。
 其処へ更にランガナが蛇を呼び、華を捉えて引き剥がさせていった。
「やあ、勘違いしてはいけないよ、君たち」
 至福を邪魔した犯人は可哀想な猫ではない。この場に似つかわしくない華達だと告げ、ランガナは蛇に猫を攻撃しないよう伝えた。
 その間にも、操られた仔猫がオーレリアに飛び掛かってくる。
 薄く伸ばした金属を盾代わりにして受け止めた彼女は、ランガナに攻撃が及ばないように気を付けていった。
 オーレリアが自分を守ってくれていると察し、ランガナは頼もしさを抱く。
 彼女の肩の上は特等席。
「サボってなんかいないよ、本当さ」
「分かっているよ。危険になんて合わせないさ」
「……こうして、ずっと守ってくれるんでしょう? だから、ここは安心して、身を任せているだけ」
 ね、と穏やかに笑いかけたランガナの瞳には揺るぎない意思が宿っていた。
「信頼いただけてなにより」
「それじゃあ、一気にいこうか」
 ランガナの声に応えたオーレリアは鋭く薄く、刃のようにスライム達を変形させる。蛇達も華々がこれ以上増えぬように花弁を散らして対抗していた。
 猫はずっと意識を失っている。
 それでも時折、苦悶に耐えるような仕草をしていた。きっと苦しくてつらいだろうから、なるべく早く華を刈り取って救いたい。
 ランガナとオーレリアの思いと力が重ね合わさり、そして――。
 戦いは少しずつ、終わりへと導かれてゆく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

黒鵺・瑞樹
アドリブ連携OK
右手に胡、左手に黒鵺(本体)の二刀流

寄生植物かよ。
影朧が増えるのはともかく、猫とはいえ被害が出るとは思ってなかったな。

基本存在感を消し目立たない様に立ち回る。そして可能な限りマヒ攻撃を乗せた暗殺のUC剣刃一閃で攻撃し、確実の数を減らしていく。
敵の攻撃は第六感で感知、見切りで回避。
回避しきれないものは本体で武器受けで受け流し、カウンターを叩き込む。
それでも喰らってしまうものはオーラ防御、激痛耐性で耐える。

ふと、ヤドリガミの生命力ってどうなるんだろ?どこにあるんだろ?
そう思ってしまう。
人の身は解除できないし、怪我しても回復の仕方は人と同じ。
でも人では、ないんだろうな。


フリル・インレアン
ふええ、仔猫さんが影朧さんに捕まっています。
しかも、仔猫さんを操って攻撃してくるなんて卑怯です。
どうにか救出できないでしょうか?

こういう時はガジェットショータイムです。
えっとこれは何ですか?
地面からバネが伸びてその先にボールが付いているガジェットさんです。
まさか、アヒルさんの止まり木じゃないですよね。
ふええ、冗談、冗談ですから、アヒルさん、ガジェットさんの上で休まないでください。
あれ?アヒルさんが上に乗ったことでボールがゆらゆらと揺れ始めました。
仔猫さんもそれに反応しています。
たしか、猫さんのおもちゃにこういうものがありました。
仔猫さんがガジェットさんとじゃれ合っている隙に影朧さんを退治です。


御園・桜花
UC「桜吹雪」使用
死に添う華も苗も花弁も桜吹雪で全て切り刻む
敵の攻撃は第六感や見切りで躱す

「植物の生存戦略は適者生存。1度根付けば親株は2度と動けませんから。故に体系的論理で最適解を選択し次世代を送り出す。感情や言葉では選択を変えられず、変更を促すなら選択された最適解を完膚なきまでに叩き潰すしかない。そうすれば彼等は最適解を変更します」
「私も…同じく植物ですので。彼等に転生を促し得ないことが、哀しいだけです」

戦闘後
助けられた子猫が弱っていたら布で包んで温かくしてミルク与える

「骸の海へ還すことしか出来なかったけれど。貴方達も…何時か共存できる存在として戻られますよう」
小さく鎮魂歌歌う



●死を遠ざける為に
「ふええ、仔猫さんが影朧さんに捕まっています」
「寄生植物かよ」
 蠢く死の華を見つめ、フリルは慌てた声をあげる。その隣では瑞樹が死に添う華の姿を見遣り、軽く首を振った。
 影朧が増えるのはともかく、猫とはいえ被害が出るとは思っていなかった。
 そのうえに敵は自分達の花弁や根だけではなく、宿主となった白い仔猫の身体を使って戦おうとしている。
「しかも、仔猫さんを操って攻撃してくるなんて卑怯です」
 どうにか救出できないでしょうか、とフリルが不安気に呟く。するとその声を聞いていた桜花が二人の元に歩み寄ってきた。
「植物の生存戦略は適者生存。一度根付けば親株はニ度と動けませんから」
「だからあんな風に株を増やしているのか」
 桜花の植物論を聞き、瑞樹は身構える。その右手には胡、左手には本体である黒鵺が握られており、二刀でいつでも切り込みに行ける姿勢だ。
 頷いた桜花は更に言葉を続ける。
「故に体系的論理で最適解を選択し次世代を送り出す。感情や言葉では選択を変えられず、変更を促すなら選択された最適解を完膚なきまでに叩き潰すしかありません」
 そうすれば彼等は最適解を変更する。
 そのためには、そう――。
「ふえぇ、つまりは戦うしかありませんね」
「そういうことだな」
 フリルは聡く理解し、瑞樹も妖しく蠢き続けている敵に注意を向ける。その瞬間、死を連想する呪いが籠められた一閃が多数の華から解き放たれた。
 桜花はすぐさま地を蹴って避け、フリルも「ふえぇ」と声をあげて、涙目になりながらなんとか回避した。
 瑞樹は存在感を消し、目立たないように立ち回っていく。
 その動きの中で可能な限り麻痺を乗せた暗殺の一閃を見舞い返し、確実の数を減らしていくことを狙った。
 瑞樹が果敢に刃を向けていく中、フリルはぐっと掌を握った。
「こういう時はガジェットショータイムです」
 そして、片手を掲げたフリルは今このときに役立つものを召喚していく。
 その手の中に現れたのは、地面からバネが伸びていて、その先にボールが付いている不思議なガジェットだった。
「えっと、これは何ですか?」
 首を傾げたフリルは、まさか、と想像を巡らせる。
 その間に桜花は桜吹雪の力を発動させ、死に添う華の苗も花弁もすべて切り刻んでいった。だが、彼女はこの戦いの立ち回り難さを感じている。
 その理由は、死に添う華が昏睡した状態の仔猫を操って戦わせているからだ。
 瑞樹も仔猫には刃を当てないように戦っていくが、遣り辛いことに変わりはない。二人が戦いつつも自分を守ってくれていると感じながら、フリルはガジェットの使い方を懸命に考えていった。
「アヒルさんの止まり木じゃないですよね」
 ふとフリルが自分のお付きのガジェットの名を呼ぶ。すると本当にボールの上にアヒルさんがぴょこんと乗った。
「ふええ、冗談、冗談ですから。アヒルさん、今は大変なときなのでガジェットさんの上で休まないでくださ……あれ?」
 しかし、アヒルさんが上に乗ったことでボールがゆらゆらと揺れはじめる。
 そうすれば、無理矢理に操られている仔猫がそれに反応していった。
「じゃれているのか?」
「たしか、猫さんのおもちゃにこういうものがありましたね」
 瑞樹は軽く首を傾げ、フリルはこくこくと頷く。きっとガジェットに宿る魔力がそうさせているのだろう。
 これは好機だと察した桜花は、フリルに猫を任せる作戦に出ることにした。
「どうやらそのようですね。このまま気を引き続けてください」
「仔猫さんがじゃれている隙に、影朧さんをお願いします」
 フリルも了承し、瑞樹と桜花に願う。
 そうして瑞樹は刃を振るい、桜花は彩りの吹雪を戦場に散らせてゆく。
 敵の攻撃が来ても二人は第六感で感知して、動きをしかと見切ることで回避した。避けきれないものは本体の黒鵺で受けて流し、瑞樹は敵にカウンターを叩き込む。
 その最中、瑞樹はふと思う。
(ヤドリガミの生命力ってどうなるんだろ? どこにあるんだろ?)
 華と戦う間に浮かんだ疑問に答えは出ない。
 人と同じではあるが、人ではない。命を吸い取る華を見つめながら、彼は不思議な感覚をおぼえていた。
 そして、戦いは暫し巡る。
 フリルが猫をじゃらし、瑞樹が華を斬り裂き、桜花が根を切り刻んだ。
 かなりの数がいた死に添う華も徐々に数が減っている。そのとき、フリルは桜花の様子が最初とは少し違うことに気付く。
「ふええ、何だか悲しそうですが大丈夫ですか?」
「私も……同じく植物ですので。彼等に転生を促し得ないことが、哀しいだけです」
「悲しい、か」
 フリルの問いかけに桜花が答え、瑞樹が意味真に呟いた。
 しかし三人の思いは共通。
 今はただ、目の前に立ち塞がる死の華をすべて屠るだけ。いつの間にか仔猫は遠く離れた個体に連れ去られていき、養分として命を使われはじめた。
 しまった、と感じたが、きっと其方にいる別の仲間が対処してくれるだろう。
 仲間を信じた桜花は、このまま此処でフリルと瑞樹と共に戦うことを決めた。其処からフリルがガジェットを振るい、瑞樹が刃を振り下ろす。
 倒れていく華を見下ろした桜花は、そっと桜の嵐を空に舞い上がらせた。
「今はただ骸の海へ還すことしか出来ませんけれど。貴方達も……何時か共存できる存在として戻られますよう」
 ちいさな声で鎮魂歌を謳い、桜花は枯れて消えていった華を見送る。
 どうか、最期くらいは良い散り様であるようにと願って――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

小泉・飛鳥
植物の怪は厄介だ
生物としての年季が僕らとは違う
根付き成長していくという機能を抑えなければいけないね
猫くんのこともある、悠長にはしていられない
さぁ、始めようか

さて。これはまた随分と大勢を出してきたもんだ
これは、小手先では捌けそうにないね

……ではこういうのはどうだい

いつの間にか僕の手の中には本が現れていて
開けばここは、魔女(ヘクセ)の森

……この地に根差す植物はすべて、君の味方ではなく敵だ
魔女の森の中でも迷わず戦い牙をむいて来るその獰猛さは買うけれど
これはもう、化かし合いだとも(化け術)

植物の弱点は連携ができない、ということだ
迷いの森で分断して【破魔】の魔術で各個撃破していく


天狗火・松明丸
華を焼き払えばと思っていれば
成る程、頭の回ることだ
…あの白いの、何処かで見た気がせんでもないな

紅葉映える木の葉の一枚、くるりと回せば
頭は猿で体は狸。尾は蛇と成り、手足は虎
――鵺の姿を借りるとしよう
俺ではどの道、火事でも起こしてしまうしな

華の一つ一つを爪で裂き、牙で喰い散らかして征こう
宿主と来れば躱せるだけ躱して、反撃は止すか

出来るならば結界なぞ張って囲い込めりゃあ良いんだがな
猫を手負いにするのは華の思惑に乗るようで癪だ
せめて動けんようにさせてもらいたいところだが
出来なきゃ地道に華の幾らかを散らすまでよ



●変化の闘い
 夜の花庭に現れた植物の怪は厄介だ。
 華などすぐに焼き払ってしまえばいいと思っていたが、ああして人質を取るような行動をされては簡単に燃やせない。
 戦場となった花庭で、飛鳥と松明丸は共闘する姿勢を取っていた。
 その理由は、瞬く間に多数の影朧華に周囲を囲まれてしまったためだ。松明丸は軽く肩を竦め、この影朧花達との戦い辛さを確かめていく。
「成る程、頭の回ることだ」
「あれらは生物としての年季が僕らとは違うからね」
 根付き、成長していくという機能を抑えなければ永遠に増えていくだけ。松明丸にそのように答えた飛鳥は周囲を見渡す。
 その際に死に添う華の根付近に白い影が僅かに見えた。
 松明丸は仔猫が彼処に囚われているのだと悟り、昼間に見た庭の景色を思い返す。確か、其処で遊んでいた猫だったはずだ。
「……あの白いの、何処かで見た気がせんでもないな」
「猫くんのこともある、悠長にはしていられないな」
「そうだな、蹴散らすか」
「さぁ、始めようか」
 頷きを交わしあった二人は各々の力を振るうために動いていった。対する死の華達は根を蠢かせ、急速に成長する葉や花弁を舞わせてくる。
 それも数体同時にだ。
 極彩の屋敷にも似た華の色合いは、見た目だけは美しくも思える。しかし、生あるものから命を奪おうとする動きはちっとも美麗などではなかった。
「これはまた随分と大勢を出してきたもんだ」
 小手先では捌けそうにないと判断した飛鳥は根と花弁の軌道を見極め、数歩後ろに下がる。同時に松明丸も身を低くして花弁を避けた。
 そして、彼は紅葉の色が映える木の葉の一枚、くるりと回した。
「――鵺の姿を借りるとしよう」
 頭は猿で体は狸。尾は蛇。手足は虎と成る。
 そのまま地を蹴って勢いをつけた松明丸は、一気に華に飛び掛かった。自分のままではどの道、火事でも起こしてしまうだろうからこの姿が丁度良い。
 すると敵は白猫を用いて戦わせようとした。
 されど松明丸は宿主である仔猫を完全に無視して、華のひとつひとつを爪で裂く。
 その姿に感心した飛鳥も攻勢に出ていった。
「……ではこういうのはどうだい」
 いつの間にか飛鳥の手の中には本が現れており、そのページがひらかれていく。
 そうすれば、周囲は魔女の森と成った。
 狂わせの森は異能の力を惑わせるものだ。面白い、と周囲を見遣った松明丸は飛鳥の隣に素早く着地した。
 そうだろう、と薄く片目を細めた飛鳥は操られている白猫にそっと呼びかける。
「……この地に根差す植物はすべて、君の味方ではなく敵だ」
 魔女の森の中はまるで結界のようだ。
 迷わず戦い、牙を剥いてくるその獰猛さは買うけれど、これはもう化かし合いだ。
 鵺と化した松明丸と、森の迷路を作り出した飛鳥。二人の力は見事に重なりあい、この場の死の華達が逃げられぬよう囲んでいく。
 その際も彼らは決して白猫に手を出さなかった。
 おそらく仔猫を手負いにするのは華の思惑に乗ってしまうことになるからだ。そうなるのは癪であるがゆえ、松明丸は軽く息を吐く。
「せめて華共を動けんようにさせてもらいたいところだが、出来るか?」
「ああ、なんとかやってみるよ」
 飛鳥は松明丸の呼び掛けに頷いた。そうして彼は迷いの森で分断しながら、華達が連携できないように力を巡らせていった。
 そうして、彼らは華そのものを爪や魔術で散らしていく。
 囚われて操られている仔猫には一切触れず、爪を突き立てられようとも決して反撃はしないまま、果敢に戦い続けた。
 すべては無辜の命を散らしてしまわぬため。
 散り逝くのは悪しき意思を持つ影朧の華だけで良いのだとして、飛鳥と松明丸は敵を強く見据えた。華の数はまだまだ多いが、徐々に減っている。
 良い調子だと感じた彼らは、勢いのままに攻勢に入っていこうと決めた。
 そして、妖怪達の化かし勝負は更に巡っていく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ロカジ・ミナイ
ひゃっ
猫じゃないの
……何よ、何か用?
出来れば猫とは関わりたくないんだけど
縋られちまっちゃ、そっちを見るくらいはしちまうもんで

それもこれも虫の知らせだったのかね
花絡みとあれば腰をあげないわけにもいかぬ
読みかけの本を閉じて大事にしまって
花の蠢く悲しい音を聞いた

猫を栄養に綺麗な花が咲くならばただの良い話
けどもそうすると、猫を愛するものが花を憎む
そして花を愛する僕はまた猫を憎むのさ
更にこんな話もあるよ
花は猫を愛してた、なんて目も当てられない話が
ほらね、悲しい音しか聞こえない

ああ、でも
すでに果てた花の末路は、……刈り取らないと

猫風情が礼なんていうもんじゃないよ
お前は救われて当然って顔でいりゃいいの



●連鎖の末路
 出来れば猫には関わりたくはなかった。
 例えば以前に近所で仔猫が産まれた時分などは、敢えて場所を把握して避けて通るということをしていたほどにロカジは猫が得意ではない。
 先程に三毛猫が現れたときも、ひゃっという声が上がってしまったほど。
「……何よ、何か用?」
 猟兵達の後ろに控えている三毛猫に問う。その際にやんわりと距離を取りつつ、ロカジは肩を竦める。猫から返事がなくとも最初から答えは分かっていた。
 あの子を助けて、という意思が感じられる。
 そのように縋られてしまっては、そちら――蠢く影朧華に囚われている白い仔猫を見てしまう。もしかすれば、それもこれも虫の知らせだったのだろうか。
 花絡みとあれば腰をあげないわけにもいかず、ロカジは読みかけだった本を閉じて大事に仕舞い込んだ。
「妙に悲しい音をしてるね」
 聞こえるのは死を呼ぶかのような奇妙な音。身構えたロカジは刀を抜き放ち、薄く肌を裂くことで己の血を滴らせた。
 すると死に添う華が反応を見せ、ロカジを狙って動きはじめる。
 失血は死に繋がるからだろうか。
 好都合だと感じたロカジはそのまま敵を引きつけ、雷電を纏う。刃を振るえば雷が巡り、死の華を貫いた。
 猫を栄養に綺麗な花が咲くならば、ただの良い話。
 けれどもそうすれば猫を愛するものが花を憎む。そして、花を愛する自分はまた猫を憎むという堂々廻りが産まれてしまう。
 困ったねえ、と言葉にしたロカジは戯れに華に語りかけた。
「更にこんな話もあるよ。花は猫を愛してた、なんて目も当てられない話がね」
 すると死の華は呪いを募らせ、ロカジを根で穿とうとする。
 されどロカジは身を翻すことで避け、刃で以て華の根を斬り落とした。同時に雷撃が華を貫く。それによって一体目の影朧が地に伏した。
「ほらね、悲しい音しか聞こえない」
 溜息にも似た言葉を落としたロカジは更に身構える。
 敵の数は多い。
 此方を狙う二体目が悍ましいほどの根を蠢かせ、三体目が呪いを差し向けてきた。
 それらは奇妙ではあったが、咲く花の彩は不思議と美しくも思える。極彩の館に似つかわしい色であっても此処に居座らせてはいけない存在だ。
「すでに果てた花の末路は、……刈り取らないと」
 残念だけど、と付け加えたロカジは一気に刀を振り上げた。其処に迸る誘雷は容赦なく、激しく弾けながら死に添う華を穿ち返していく。
 瞬く間に敵を蹴散らしていくロカジに向け、三毛猫がちいさく鳴いた。
「猫風情が礼なんていうもんじゃないよ」
 敢えて振り向かぬまま、ロカジは新たな敵に意識を向ける。
 お前は救われて当然って顔でいりゃいい。そのように語るような背を見つめ、三毛猫はもう一度、そっと鳴き声を響かせた。
 ロカジは戦い続ける。
 この場に巡る呪がすべて消え失せるまで、ただ只管に――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

百鳥・円
いやーな雰囲気だなあと思っていたら
あらあらまあまあ
大変なことになってるじゃあありませんか

なんですか?アレ
なんとまー悪趣味な花ですねえ
禍々しいにも程がありますよっと

小動物を痛めつける趣味は持ち合わせてないので
ぱぱっと散らして終わらせましょ

うーん成長速度が凄まじいですね
寄生してる子の生命を吸ってるのが視えます
猫は好きですよ。ええ、好きですとも
だから助けないと
それにわたし、あの花好きじゃないですん

苗に目掛けて衝撃波
花が咲く前に、新たな根や葉が伸びる前に
何度でも刻んで散らしてやりますよ

あーあー数が多いこと
白猫がいる花は他の人にお任せを
周りの花たちを翻弄するように空中を舞います
ほーらほら、こっちですよう


ルーシー・ブルーベル
あっ、ネコさん!!
段々と消えていくネコさんの声に、手足が凍えるよう
急がなくちゃ、返して!

【POW】

自分の死などつねに側にある
それよりも目の前のネコさんの命が消える事の方がガマン出来ない

いのちを食べたいのならお食べ
けれど食べるのがあなただけとは思わないでね
お出で、オオカミさん

お腹が空いているでしょう?
何度もその口をあけ
華を、そのいのちを食べてしまって
ネコさんが居た所は牙が当たってしまわない様に注意深く

華はすきよ
生き物を宿主として咲くものもあるのですってね
ご本で読んだわ

けれど、あのネコさんとはもうお知り合いなの
ご本の外の、生身の存在として
ならハッピーエンドを願うのでなく
ルーシー達の手で助けなくちゃ



●ひとつのいのち
 花庭に現れた存在は美しいようでいて酷く奇妙だ。
「いやーな雰囲気だなあと思っていたら、あらあらまあまあ」
 大変なことになってるじゃあありませんか、と言葉にした円は周囲を見渡す。いつの間にこんなにも増えたのか、庭を埋め尽くすほどの影朧が蠢いていた。
「あっ、ネコさん!!」
 そのとき、円の隣でルーシーの声が響く。
 少女が見つめているのは、死に添う花の根に絡められた白い仔猫。ルーシーは手を伸ばしかけたが、死の華は仔猫を隠すように根を張り巡らせた。
「なんですか? アレ。なんとまー悪趣味な花ですねえ」
「……あんなの、だめ」
 円もルーシーの視線の先を見遣ったが、猫の姿はもう見えない。先程まで弱々しく響いていた鳴き声も聞こえなくなっていた。
 そのうえ、死の華は此方を狙って死の呪いを迸らせてくる。
 それは受けるだけでも怖気がするような強い呪詛だ。華に明確な意思は見えないが、此方を害する雰囲気だけははっきりと分かった。
「禍々しいにも程がありますよっと」
 円は鋭く身構え、ルーシーも死を呼ぶ呪に耐えながら戦う気概を抱く。
「急がなくちゃ、返して!」
「大丈夫ですよん。ぱぱっと散らして終わらせましょ」
 懸命に呼び掛けるルーシーに向けて片目を閉じて見せ、円は爪先を敵に向けた。円は小動物を痛めつける趣味は持ち合わせてないゆえに、狙うは影朧華のみ。
 解き放たれた真空波の刃が華の根を刈り取りながら戦場に巡る。
 こくりと頷いたルーシーも円と共に攻勢に入ろうと決め、魔法で動くオオカミのぬいぐるみを呼び出した。
「お出で、オオカミさん」
 華から放たれる呪いなどルーシーには効かない。
 自分の死など常に側にあり、いつそのときが来ても揺るがないと心に決めていた。それよりも目の前の仔猫の命が消えることの方が我慢ならない。
「いのちを食べたいのならお食べ」
 死の華に語りかけたルーシーの片眼が鈍い光を映している。
 オオカミに根を引き裂かせながら、けれど、と付け加えたルーシーは首を振った。
「食べるのがあなただけとは思わないでね」
 その言葉と同時にオオカミが華を食い千切る。一体目が地に伏す様を見つめたルーシーは更に別の個体を狙っていった。
 同じ頃、円の近くに影朧が増やした新たな死の華が飛ばされていく。
「うーん成長速度が凄まじいですね」
 寄生されている仔猫の生命がこんなことに使われている。そう思うと円が振るう真空刃にも力が籠もっていく。
「猫は好きですよ。ええ、好きですとも」
 だから助けないと。
 そのように思う気持ちは円もルーシーも同じであり、二人は協力しあいながら戦いに挑み続けた。対する華は花弁を舞わせることで円達を穿つ。
 鈍い痛みや生命力が奪われる感覚が巡ったが、二人は果敢に戦っていった。
「お腹が空いているでしょう?」
 ルーシーはオオカミに声を掛けた。その声に応えるようにぬいぐるみは何度もその口をあけ、華を喰らっていく。
 あの影朧がいのちを食べるなら、逆にそのいのちを食べてしまえばいい。
 決して仔猫を傷つけぬように立ち回るオオカミはルーシーの意思を反映している。
「華はすきよ」
「そうですか? わたし、あの花好きじゃないですん」
 ルーシーがふとした言葉を落とすと、円は首を傾げた。すると少女は、好きなのは普通の花だけだと答える。生き物を宿主として咲く花があると本で読んだこともあったが、実際にああして邪悪な寄生をするならば別。
「けれど、あのネコさんとはもうお知り合いなの。お花は散らすわ」
 本の外の生身の存在として。
 宣言したルーシーのオオカミが葉や根を引き裂いていく中、首肯した円も苗に目掛けて衝撃波を解き放った。
 花が咲く前に、新たな根や葉が伸びる前に、何度も刻んで散らす。
 だが、幾度散らされようとも死の華は次々と増えていった。円が手を止めることはなかったが、これほどまでだと流石にうんざりしてくる。
「あーあー数が多いこと」
「がんばりましょう。ルーシーたちもお手伝いするわ」
 円の声を聞き、少女はオオカミと一緒に苗を蹴散らしていった。
 ただハッピーエンドを願うのでなくルーシー達自身の手で助けたい。そのためにはこうして華をひとつずつやっつけていくしかない。
 少女の強い意志を感じ取った円は気を引き締めた。そうして彼女は翼を広げ、周りの華達を翻弄するように空中を舞っていく。
「ほーらほら、こっちですよう」
「ルーシーたちは負けないわ」
 どれほど敵が多かろうとも諦めたりなどしない。
 手を伸ばせば届く命があり、その仔は今も懸命に耐えているのだから――絶対に救う。
 少女達の思いは強く、戦場に巡ってゆく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

セト・ボールドウィン
トティア(f18450)と

そうだな
あの猫とはまだ友達じゃないけど
あとで友達になればおんなじだ
早く助けなきゃ

UCを敵に
猫を巻き込まないよう爆破の威力を調整
目的は敵の捕縛
鎖でがっちり繋ぎ、自由を奪う
根を鎖で抑え込めないかな。試してみよう

敵の攻撃をよく見て
トティアへは避ける方向・退くタイミングの声掛けを


自分や親しい誰かが死ぬこと
毎日が楽しいからつい忘れちゃうけど
「それ」は、いつもすぐ傍にあるんだ

一度思い浮かべれば
どこまでも広がる暗闇みたいな不安に
心が呑まれそうになるけど

ぐっと堪えて、一緒に戦う友達を見る
大丈夫。トティアは今ここにいる

攻撃を続けるトティアにも、何度でも呼び掛ける
大丈夫。俺がついてるって


トティア・ルルティア
セト(f16751)と

己が死に恐れを抱いた事はない
けれど『知己の死』が
さみしさを連れてくるのは知っている

ねこ
お前はまだ友達ではないけれど
もうお前を知ってしまったものね?
ええ、迎えに行きましょう?

UCで風の力を纏う
これで少し身軽になった筈
臆せず花へ踏み込み斧で刈る
セトが作ってくれた隙あらば優先的に
鬼さんこちら
ヘイトはこちら

避ける足取りは
速さに任せ
導きに任せ
セトの声はよく通るのね
すてき

セトと目が合う
自身が表情豊かでなくて良かったと初めて思う
苦悶を晒して彼に不安を与えてはいけないものね?

喩え降り積もった『さみしさ』に脚がふらついてしまっても
友の声が背中を押してくれる
『よろこび』に変えてみせましょう



●聲と想い
 夜の花庭に満ちていくのは死の気配。
 トティアは己が死に恐れを抱いたことはない。けれど、知己の死が『さみしさ』を連れてくることはよく知っていた。
 先程まで聞こえていた助けを求める仔猫の声はもう響いていない。トティアは死の華の根に絡みつかれている白猫を思い、そっと呼び掛けた。
「ねこ。お前はまだ友達ではないけれど、もうお前を知ってしまったものね?」
「そうだな。あとで友達になればおんなじだ」
 セトもトティアと一緒に猫がいるであろう華の根の奥を見据える。早く助けなきゃ、と言葉にしたセトの裡にも、トティアと同じ救いへの思いが宿っている。
「ええ、迎えに行きましょう?」
「あの猫と友達になるために、行こう!」
 未来にちいさな希望を描いた二人は影朧華が蠢く先へと踏み出していった。
 死を連想する呪いが周囲に広がる。
 しかし、セトもトティアも怯んだ様子は見せなかった。
 トティアは先ず風の魔力を纏い、強く地を蹴る。迫ってきた根を避けて躱す彼女は手にした斧を一気に振るう。
 巻き起こる風圧と共に根が千切れて空に舞った。
 それと同時にセトが竜の覇気を巡らせ、周囲の死華を爆破していく。その際の威力は慎重に調整しており、セトは決して仔猫に痛みを与えないと決めていた。
 そうすれば鎖が華と華を繋ぐ。
 爆破の威力を敢えて抑えたのは猫のこともあるが、本当の目的は敵を捕縛することだったからだ。鎖で繋がれた死に添う華は自由を奪われ、思うように動けないようだ。
「根を鎖で抑え込んだよ!」
 トティア、と名前を呼んだセトは彼女に攻撃を願う。
 繋がれている華の片方に狙いを定めたトティアは臆すことなく花へ踏み込み、斧でひといきに根と華を分断した。
 死の香りが辺りに漂い、一体目が地に伏す。
 トティアは風の力を使って高く跳躍して、鎖が繋がっていたもう一体に向かう。
「鬼さんこちら」
 魔女服の裾を翻して誘うトティアは、セトに攻撃が行かぬよう敵を引きつけた。セトは彼女が自分のことを気にして戦ってくれているのだと気付き、心強さを感じる。
 トティアが果敢に敵に向かうなら、自分だって。
 誓いにも似た思いを抱いたセトは死の華の攻撃を見つめ、動きを把握していく。爆破と同時に新たな華と華を拘束した少年は、凛とした声で呼び掛けた。
「今だ、トティア!」
 その声を受けた魔女は風と共に斧を振るい、次々と華を散らしていく。
 しかし、その間にも死の呪いが花庭に満ちていった。
 自分や親しい誰かが死ぬこと。
 そんな思いが否応にも思い起こされてしまう。普段は意識などせず、毎日が楽しいからつい忘れてしまうけれど――『それ』は、いつもすぐ傍にある。
(でも、怖がってなんていられない)
 セトは気を強く持ち、更にトティアへと声を掛けていく。敵がどの方向から狙っているか、次はどの敵を鎖で繋ぐかを告げていったセトの瞳は真っ直ぐに戦場を見ていた。
 トティアは頷き、彼の言葉に導かれていると感じる。
 避ける足取りは速さに任せて、トティアは死の香りごと敵を散らしていった。
「セトの声はよく通るのね。すてき」
「そうかな? おっと、トティア! あっち!」
 トティアとセトの視線が重なる。
 しかしその瞬間、素早く動いた敵がトティアの身を穿った。その身は穿たれて転倒し、生命力が瞬く間に奪われていく。
 はっとしたセトはすぐにトティアの隣へと駆け、手を伸ばした。
「大丈夫!?」
「平気よ、セト」
 その手を掴み取って立ち上がったトティアは、自身が表情豊かでなくて良かったと初めて思う。その理由は苦悶の色を晒して彼に不安を与えないで済んだからだ。
 セトはトティアが穿たれたことで再び死を思い出した。
 一度思い浮かべてしまったからか、どこまでも広がる暗闇のような不安が消えてくれない。トティアだってもしかしたらいつかは、と考えてしまって心が呑まれそうになったが、セトはぐっと堪えた。
 未だ訪れていない未来に不安を巡らせる時間はない。
(大丈夫。トティアは今ここにいる)
 今はもう離れているけれど、先程に握った手のぬくもりは確かに残っている。
 体勢を整えたトティアはセトに視線を送り、まだ戦えると伝えた。
「いきましょう、セト」
 言葉と同時にトティアは風を纏い直し、駆け出す。
「あの仔を助けよう。絶対に。――大丈夫。トティアには俺がついてる」
 トティアの心の裡にもきっと死の呪いが滲んでいるだろう。そう考えたセトは胸裏で刻んだ言の葉を声にして、トティアの背を見つめた。
 其処からセトは鎖を解き放つ。
 その声を聞き、トティアは双眸をそっと細めた。
 先程から呪いで降り積もったさみしさに脚がふらつきそうになっていた。けれど、友の声が背中を押してくれる。
「この呪いも、『さみしさ』も――『よろこび』に変えてみせましょう」
 静かに宣言したトティアは繋げられた鎖を追い、風刃となった斧を振り下ろした。
 斧刃と竜覇の鎖。
 重なりながら互いを支えあう力は、華が放つ死の気配を次々と打ち消していった。
 そうして、戦いは更に続いてゆく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

浮世・綾華
【千遊】

弱々しい声が耳に届けば
言いようのない気持ちに襲われた

オズの言葉に嗚呼と返して
鍵刀を構え、共に花を裂く

彼の動きを止めた根底の想いは知らずとも
向かい来る猫に浮かぶ何かがあるのだろうと
猫を、花を捕らえるように放つUC

――オズ!

呼び起こすように強く名を
されど攻める意図はなく

想うものは自分だってある
家で待つ猫たちを思い出さないわけじゃない

でも、今大事なのはお前だから
オズが傷つかないように捉え、切って

言葉は必要ない
オズはちゃんと分かってる
けれど

助けるぞ

絶対。その意志を伝えよう

――オズ、大丈夫だよ

いつも考えているから
…心ごと守りたいと。例え必要なくても、図々しくも
お前が安心して、立ち向かえるようにと


オズ・ケストナー
【千遊】

アヤカ、いそごうっ
ねこさんをたすけなきゃ
不意に夕陽色の猫が浮かんで

たすけたい

ガジェットショータイム
柄の長い大きな鋏
ジャキンと花を落とす

宿主がくる
攻撃は回避を試みて
――っ
どうしよう
一瞬
もし花を切って宿主に影響があったら、なんて

自分の行動で誰かを失うのは、こわいことだと知っている

声をかけられてはっとする
そうだ、はやくしないとあぶないんだもの
とまってるヒマなんてない

うん、うん

アヤカの言葉に呼吸を思い出した
カラカラの喉から声が出る
アヤカが捕えてくれた花まで駆け

ねこさんを放してっ
花を葉を切り落とす
確実に倒していく

だいじょうぶ
笑みが浮かぶ

アヤカがいてくれる
だからだいじょうぶ
たすけられる、ぜったいっ



●その心を
 助けを求めるちいさな鳴き声が消えた。
 先程から届いていた弱々しい声を思うと、言いようのない気持ちに襲われた。
「アヤカ、いそごうっ」
「嗚呼」
 オズからの呼び掛けに綾華は頷いて答え、花庭に現れた影朧達を見据える。駆け出した彼は既に柄の長い大きな鋏を手にしており、禍々しい華に刃を向けていた。
 迫りくる根がオズに迫る。
 しかし、鍵刀を構えた綾華と鋏を掲げたオズが共に花を裂いた。
 ジャキン、という鋭い音がしたと同時に根と葉が二人によって切り落とされる。
「ねこさんをたすけなきゃ」
 オズの視線は華の根に絡みつかれている仔猫に向けられている。昏睡しているらしい仔猫だが、その身体は華に操られていた。
 鋭い爪がオズと綾華を引き裂かんとして振るわれたが、二人とも一瞬で軌道を見極めて回避する。同時にオズが近くの華を斬り落とした。
 その瞬間、仔猫の身体が不自然に揺れる。
「――っ、どうしよう」
 もし花を切って宿主に影響があったら。そう考えると恐怖に似た思いが浮かんだ。
 不意にオズの裡に夕陽色の猫の姿が過る。
 未だ心に残るあの猫。あの子はオズが戦場に招いた結果、いとしい存在と添い遂げる道を選び、其処に死という結末が訪れた。
 自分の行動で誰かを失うことが、こわいことだとオズは知っている。
 たすけたい。
 けれど、たすけられなかったら。
 そんな思いがオズの動きを止めてしまった。するとそれを好機だと察したらしい死に添う華が彼に迫ってくる。
 はっとした綾華は黒鍵刀を振り上げ、オズの前に駆けた。
「――オズ!」
 そして、呼び起こすように強く名を呼ぶ。
 綾華にはオズが動きを止めた根底の想いは分からないが、あの仔猫を通じて何か思うことがあったことは理解できた。
 すぐさま葉を斬り刻んだ綾華は、猫と花を捕らえるように放つ拘束具を解き放つ。
 綾華が自分を守ってくれたのだと気付き、オズは動き出す。
 その言葉でやっと呼吸を思い出せた。
「そうだ、はやくしないとあぶないんだものね」
 まだ分からないことを危惧して、止まってしまう暇などない。綾華の声でそのことを思い出したオズは身構え直した。
 良かった、と一先ず安堵した綾華は敵をしかと捉えた。
 想うものは自分だってある。
 華達が放つ死の気配は深く、綾華とて家で待つ猫たちを思い出さないわけではない。けれども今、綾華にとって大事なのは傍にいるオズだ。
 綾華はオズが傷つかないように立ち回り、敵の動きを封じていく。
 其処に多くの言葉は必要なかった。綾華が動く機に合わせてオズが鋏のガジェットを振るったことで、意思は通じていると理解できる。
 けれど、と綾華は敢えて言葉を紡いだ。
「助けるぞ」
「うん、うん」
 それ以上の言葉は出なくとも、オズはしっかりと二度の頷きを返す。綾華が捕らえてくれた華へと駆けたオズは鋏を大きく広げた。
「ねこさんを放してっ」
 葉を切り落としたオズは決して猫を傷つけない。その意志は綾華も同じであり、必ず救い出すという気持ちを示していく。
「――オズ、大丈夫だよ」
 心ごと守りたい、と綾華はいつも考えていた。
 例え必要なくとも、図々しくても――オズが安心して、立ち向かえるように。
「だいじょうぶ」
 告げてくれた言葉を確かめるように繰り返したオズの口許に笑みが浮かんだ。
 綾華がいてくれる。
 オズが関わった夕暮れ色の猫が辿った結末は死というものだったけれど、あの仔猫のいのちを此処で終わりになどさせない。
 嘗て出会った夕陽色の猫が望んだのは共に逝くこと。しかし昏睡する前の仔猫は、助けてと願うように鳴いて生を切望していた。
 そして、周囲の仲間達も仔猫を救いたいと考えて懸命に戦っている。
 だからだいじょうぶ。
「たすけられる、ぜったいっ」
「ああ、絶対」
 オズの懸命な思いを受け、綾華も首肯した。
 鋏刃が華を斬り落とせば鍵刀が葉と根を刻んで地に散らせる。二人の連携は見事に巡り続け、着実に敵の数を減らしていった。
 望む結末は生。
 そのために死の華をすべて散らす。綾華とオズは視線を重ね、其々の力を揮った。
 あの華が命を咲かせて生を繋ぐのではなく、ただ死を導くものならば――決して、この世に蔓延らせてはならないのだから。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

宵雛花・十雉
三毛猫と白猫だって?
なんだよ、偶然か?
知り合いのところで一緒に遊んだ猫に似て…
くそっ、これ以上考えるのはやめだ
邪念に心乱されちまったら、見るべきもんが見えなくなる

オレのやること
それはあの華を全部刈り取ってやること
それからあの仔猫を無事に救い出すことだ

要は華を手早く全滅させりゃいいんだろ?
ならやるしかねぇよ
オレは華を減らすのに集中する
あの子を助ける役目は他に任せたぜ

中心の仔猫を巻き込まない様にする
これは最優先事項だ
【厄祓い】で華だけを狙って攻撃するぜ
霊力の波動でばっさばっさと纏めて刈り取ってやる

オレはなぁ!他の誰かを食いもんにする奴は大っ嫌いなんだ!
特に自分より弱い相手を選ぶ奴はな



●己の役目
 夜の花庭に現れた影朧。
 蠢く華から逃れてきた三毛猫と、囚われている白猫には覚えがあった。
「なんだよ、偶然か? いや――」
 十雉は首を横に振る。
 あの子達は知り合いのところで一緒に遊んだ猫だ。決して見間違えるはずがないとして、十雉は影朧の華を見据えた。
「くそっ、これ以上考えるのはやめだ」
 邪念に心を乱されてしまったら見るべきものが見えなくなる。どんな経緯であのような状況になったのかは分からないが、あの猫達を救うということは変わらない。
 十雉は精神を集中させていく。
(――オレのやること)
 ひとつずつ思い浮かべながら、身構えた十雉は状況を確かめた。
 それは死の華を全部刈り取ってやること。
 そして、あの仔猫を無事に救い出すこと。
 影朧は生命力を吸い取りながら力を増していく。宿主とされている仔猫がどうにかなってしまう前にすべてを散らせて屠る。
 今はただそれだけを考えろと自分に言い聞かせ、十雉は敵を見据えた。
「要は華を手早く全滅させりゃいいんだろ?」
 思い返せば至極簡単。
 それならばやるしかないと己を律した十雉は霊力を巡らせていった。その際に仔猫が囚われているであろう位置は避け、万が一にでも巻き込まないように狙う。
 自分は華を減らすのに集中するのみ。
 あの白猫を助ける役目は他に任せれば良いとして、十雉は厄祓いの力を発動させた。
 蠢き続ける死の華は死を導く呪いを解き放ってくる。根で穿たれそうになりながら、十雉は身を翻した。
 死を連想させる力は冷えた感情を運んでくる。
 しかし、そんなものになど意識は向けない。救い、掬い取ることだけを考えた。
 先程まで鳴いていた仔猫の声はもう聞こえない。
 まだ生きているのか否かも判断できないが、あの身体に傷はひとつとも刻ませないと心に決めていた。
 この場に満ちる厄だけを祓い、憑き物である華だけを狙い続ける十雉は霊力の波動を巡らせていく。鋭い一閃が広範囲に広がり、死の華を蹴散らした。
「纏めて刈り取ってやる」
 凛とした宣言を声にした十雉は根の攻撃を受け止めた。
 自分の身体は傷付かなかったが、鈍い痛みを感じる。その理由は根から生命力を吸われているゆえ。仔猫も同様の痛みを受けているに違いない。
 許せねぇ、と呟いた十雉は華を睨む。
「オレはなぁ! 他の誰かを食いもんにする奴は大っ嫌いなんだ!」
 特に自分より弱い相手を選ぶ奴は。
 完膚無きまで叩き潰すと決め、十雉は全力を奮ってゆく。
 ――かしこみかしこみ。
 十雉が更なる霊力を紡ぐ声が戦場に広がった。
 憑き物、乗っ取るもの、寄生するもの、操るもの。全ての悪しき花弁を散らして、救いの道を繋げていく為に。
 最後まで、この手は止めたりしない。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ノイ・フォルミード
あの白猫君はルーと遊んでくれていた……
だめだ、それはダメだ
ルー、そんな悲しい顔をしないで
三毛君も心配しないでくれ
必ずあの子は助けてあげるからね

【SPD】

出来るだけ早く終わらせなければいけないな
白猫君を戦わせようとするのなら
ひっかきか、噛みつきかな
ルーや三毛君を庇いながら攻撃は武器受け
激痛耐性でしのごう
絶対に宿主に攻撃は加えないよ

さあ、使用承認完了だ【ラーウム】

華の部分を目指し移動し
蒸気とレーザーを一斉発射させなぎ払う
根も鍬で掘りおこしてしまおう

まさかぼくが華を焼く側になるなんて
焼け落ちる光景は、どこか恐怖を呼び覚ます
それでも止まる訳にはいかないね
あの猫君の砂時計が落ち切る前に


志島・小鉄
あゝ、あの猫は知っておりマス。
こんなコトになってシマッテ、わしハ妖怪友達ヲ召喚しませう。

わしの呼びかけニ応えテくれるカクリヨの友達ハ誰でショウカ。
草花を食べテ小回りの効く友達ハ、あゝ、コンニチハ。ウサギの婆様。

ウサギの婆様ハ熟練のウサギデス。仔猫を助ける知恵も持ってゐマス。
婆様、わしはアノ仔猫ヲ助けたいノデス。
わしは麻痺攻撃ヲしマス。婆様ハ、麻痺ヲした植物ヲ攻撃して下サイ。

仔猫ニハ当たらないやうにしたいデス。
仔猫が傷つきそうにナッタラ、滑り込みたいデス。仔猫は傷付けたくないノデス。

婆様ニハ声ヲかけて連携を取りたいデス。
一体ずつ確実ニ倒したいデスネ。



●散らせぬ決意
 死の華が妖しく蠢いている。
 仔猫の鳴き声が途切れると同時に、絡みついた根や葉がその身体を操りはじめた。
「あの白猫君はルーと遊んでくれていた……」
「あゝ、あの猫は知っておりマス」
 ノイと小鉄の声が重なり、二人ははたと気付く。どちらも昼間に中庭で遊んでいたり、人懐こく近付いてきた仔猫を見かけていたのだ。
 その猫が今、悪しき影朧に捕らわれて命を奪われようとしている。
「だめだ、それはダメだ」
 傍らに抱いた人形、ルーを強く抱いたノイは「そんな悲しい顔をしないで」と彼女に告げた。あれは昼間のこと。本を見繕っている合間にベンチにルーを座らせていたとき、白猫はその傍に付いてくれていた。
 ちいさな出来事ではあるが、ノイにとっては大切なことだ。
 小鉄も静かに身構え、此方に敵意を向けている死の華を見据えた。
「こんなコトになってシマッテ……イケマセンネ」
 仔猫が生命力を奪われきってしまう前にカタを付けなければならない。そう考えた小鉄は妖怪友達を召喚していく。
 その間にノイは、先程に助けを求めに来た三毛猫にも振り返った。心配しないで欲しいと伝えたノイも鍬を構える。
「必ずあの子は助けてあげるからね」
「エエ、救っテみせマス」
 そして、小鉄の呼びかけに応えた幽世の友人は――草花を食べて小回りの利く者。
「あゝ、コンニチハ。ウサギの婆様」
「変わったひとだね。こんにちは」
 頼もしい仲間が現れたことでノイは軽く妖怪に会釈する。小鉄はウサギの婆様は熟練のウサギなのだと紹介しながら、その背に身を預けた。
 長く生きた分、ウサギ妖怪はきっと仔猫を助ける知恵も持っているはず。
「婆様、わしはアノ仔猫ヲ助けたいノデス」
 自分は麻痺をばらまくので婆様は植物を攻撃して欲しいと願い、小鉄は動き出した。ノイも其処に続き、操られている白猫を眼で捉える。
 爪を振りかざす白猫の目は閉じられていた。
 その様子から無理矢理に動かされていることがよく分かり、ノイは敵の厄介さを知る。
「白猫君、待っていてね」
 予想通りに引っ掻き攻撃で向かってきた仔猫をセンサーで感知しつつも、ノイは敢えてその一撃を受け止めた。
 自分が避けてしまえばルーや三毛猫、小鉄やウサギ妖怪にまで攻撃が向いてしまうかもしれない。自分が前で仔猫の攻撃を防御して、後の攻撃は仲間に願うのが一番良い布陣だとノイは判断していた。
 小鉄も彼の意図を感じ取り、キセルパイプから麻痺の力を巡らせる。
「仔猫ニハ当たらないやうにしたいデス。行けマスカ、婆様」
 ウサギ妖怪に呼びかけた小鉄は少しずつ、しかし確実に敵の動きを鈍らせた。そして、何かの拍子で仔猫が傷付かぬように注意を払っていく。
 その間に華を狙ったウサギ妖怪が地を蹴り、一気に敵を穿った。
 小鉄もノイも、絶対に宿主に攻撃は加えない。
 命が徐々に吸われている気配はあるが、猫が動き続けている間はまだ生命力がちいさな身体に残っているということだ。
 戦わされている白猫を見ると心が痛んだが、手を止めるわけにはいかない。
 ノイは周囲の華から振りまかれる死の気配を振り払う。
 そして、白猫が自分から逸れた瞬間を狙って高温の蒸気を身に纏った。
「さあ、使用承認完了だ」
 ――カラーコード・ラーウム。
 素早く駆けたノイは死の華だけを双眼に捉え、鋭いレーザーを解き放つ。蒸気とレーザーが一斉発射されたことによって影朧が大きく怯んだ。
 その隙を逃さず、小鉄とウサギ妖怪はひといきに攻勢に入っていく。
 ウサギ婆が草花を齧って千切り、小鉄は煙管から麻痺の煙を放った。そうすればノイも更に攻め込む好機を得る。
「根を掘りおこしてしまえば、もう動けないよね」
「ソレは良い考えデスネ。婆様、行けマスカ?」
 ノイが鍬を地面に突き立てたことで小鉄もウサギ妖怪を呼んだ。其処から蹴って掘り起こして、齧って根を切れば敵が倒れていく。
 小鉄達が奮闘する間に、ノイは仔猫の攻撃を受け止め続けた。
 まさか自分が華を焼く側になるなんて思っていなかった。己が放ったレーザーで死に添う華が焼け落ちていく光景を見つめたノイは、恐怖めいた思いが呼び覚まされていくことを感じていた。
 すると、ノイの様子に気付いた小鉄が呼び掛ける。
「大丈夫デスカ?」
「平気だよ。少し、心配になっただけなんだ」
「あゝ、デハその懸念も一緒ニ吹き飛ばしてしまいマショウカ」
「そうだね、怖くたって止まる訳にはいかない」
 徐々にではあるが華の数も減っている。二人はそれぞれに力を最後まで振るい続けることを決め、蠢く死の華を見据えた。
 この戦いを終わらせる。
 確かないのちを宿す、あの仔猫の砂時計が落ち切る前に――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

鈴久名・惟継
【幽蜻蛉】
あのような状況にはなっているが
白猫はまだ犠牲にはなっておらんということか
折角本を選んで頂いたのだ、心置きなく読めるように戦わねばな!
あまり時間は掛けておられん、一気に倒すぞ!

天候操作により雨雲を呼び出す
敵が集まってきた所を見て、破魔の力を込めた鳴神より一掃
遵殿が巻き込まれんように注意せねばな
うむ、基本は此方は任せてくれ!

根による攻撃は傷は付かないものの、厄介そうだ
見えるのならば視力と武器受けにて根を受け止めよう
根と言うだけあって地面から生えるのならば、その場を移動しよう

そういえば、遵殿!今日はあのガジェットとか言うものはあるのか?
ロケットランチャー???なんだそれは気になるぞ!


霞末・遵
【幽蜻蛉】
暗くたって十分綺麗じゃないか
空気はいい感じに澱んでるし、まぶしくないし、面白いのはいるし
本も景色も堪能したからそろそろ帰る?
おじさんも一応悪霊だし、あれに添われたらやだなあって
だめかあ。それもわかってた気がするな

ロケットランチャーで吹き飛ばしたら猫や建物にも被害が出そうだな
蝶擬きを飛ばして発破して牽制するから、竜神様あとはよろしくね
植物ってのは繋がってるものだから、少しでも傷つければ全て腐っていくものさ
こっち来ないでよ。近付いたら燃やすからね
積極的な植物は苦手なんだ

あんまりにも埒があかなかったらランチャーで吹っ飛ばそう
見たい? じゃあ準備しとこうか
使わなくていいことを祈ってるけどね



●華の命は短く
 妖しく蠢く死に添う華。
 影朧に捕らわれ、操られている仔猫は見ていて痛ましい。
 しかし、惟継はこの状態の本質をしかと理解していた。あのような状況にはなっているが未だ諦めるときではない。
「白猫はまだ犠牲にはなっておらんということか」
 惟継は死の華を見遣る。
 昼間に本を選んで貰ったゆえ、この場の敵を倒して心置きなく読めるようにしておきたい。惟継は身構え、隣の遵に呼びかけた。
「あまり時間は掛けておられん、一気に倒すぞ!」
 すると遵は軽く首を振る。
 禍々しい雰囲気が満ちているが、暗くたって十分に花庭は綺麗だと感じた。近くに川があるからか空気はいい感じに澱んでいて、まぶしくなくて面白いものもいる。
「本も景色も堪能したからそろそろ帰る?」
「遵殿?」
「おじさんも一応悪霊だし、あれに添われたらやだなあって」
「いや、それは……」
「だめかあ。それもわかってた気がするな」
 戯れに言葉を交わしながら遵は考える。ロケットランチャーで吹き飛ばしたら猫や建物にも被害が出そうなので戦いにくい。それなら、と言葉にした彼は惟継に願う。
「蝶擬きを飛ばして発破して牽制するから、竜神様あとはよろしくね」
「相判った。此方は任せてくれ!」
 そして、惟継は天候操作の力を用いて黒雲を呼び出した。死に添う花が集まってきたところを見計らい、破魔の力を込めた鳴神を轟かせる。
 その際に遵が巻き込まれないように気を付けつつ惟継は果敢に立ち回った。
 だが、対する華も反撃に入る。
 死を連想させる呪いが広がり、根による一閃が惟継や遵に振るわれた。その一撃は身体にこそ傷を与えないが、二人の生命力を瞬く間に奪っていく。
「次はくらうわけにはいかないな」
「そうだね、おじさん何だか気持ちが悪くなってきたよ」
 傷は付かないものの厄介だと感じた彼らは、敵の動きを見据えた。視力を駆使して武器で受けた惟継は次に振るわれた根を止めた。
 根と言うだけあって地面から生えるそれらは奇妙に蠢く。
 地を蹴った惟継は根の一閃を避け、遵も連鎖する呪いを発動させることで周囲の敵に少しずつダメージを与えていった。
 植物は根で繋がっているもの。それゆえに少しでも傷つければ全て腐っていくものだと遵は知っている。
「こっち来ないでよ。近付いたら燃やすからね」
 草は何も語らず、静かに風に揺れているだけが良い。積極的な植物は苦手なのだと告げた遵は呪いの範囲を広げていった。
 惟継も鳴神の力を振るい続け、少しずつ敵を散らしていく。
「そういえば、遵殿!」
「何かな」
「今日はあのガジェットとか言うものはあるのか?」
「ああ、ロケットランチャーかな。あんまりにも埒があかなかったら使うよ」
「ロケットランチャー??? なんだそれは気になるぞ!」
「見たい? じゃあ準備しとこうか。使わなくていいことを祈ってるけどね」
 惟継の問いかけに遵は軽く答え、万が一のときを考えて準備をはじめる。彼の期待には答えたいが、これで猫を傷つけてしまえば本末転倒。
 出来ればまた今度ね、と答えた遵は惟継に向けて静かな眼差しを向ける。
 頷きを返した惟継は更に身構えなおし、敵を見つめた。
 きっと間もなく、あの影朧達をすべて屠ることが出来る。それまで仔猫の体力が保つように願い、惟継は雷を解き放った。
 其処に重なるのは、遵の蝶擬きが振り撒く呪い。
 ふたつの力が導く連鎖は激しく深く、戦場に巡ってゆく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

真宮・響
【真宮家】で参加

アタシは2人の子供の母親だ。命を育んで来た者として理不尽に小さき命を奪う事は許せない。必ず助けて見せるさ。

さて、おとなしく攻撃を喰らうつもりはない。【目立たない】【忍び足】で敵の後ろに回り込み、前面からせめる奏と挟撃を狙う。背後を取ったら【二回攻撃】【怪力】で竜牙を使う。【残像】【オーラ防御】【見切り】で攻撃は出来るだけ凌ぐが、苦しんでいる小さな子に比べれば多少の脱力はどうということは無い。さあ、この仔を解放しな!!


真宮・奏
【真宮家】で参加

ああっ!!猫さんの苦しそうな鳴き声が聞こえます。早く助けて上げたいです。もっと、生を歩んで欲しいので、こういう形での命の終焉は私にとっても許せません。

【オーラ防御】【盾受け】【武器受け】で直接攻撃のダメージは抑えますが、生命力を直接吸収する攻撃には無意味かもですね。でも多少の脱力は気にせず猫さんを助けるのに専心します。【衝撃波】で飛んでくる攻撃を迎撃しつつ接近して母さんと挟撃する形を作り、【怪力】【二回攻撃】で信念の一撃を使います。今助けますね1!


神城・瞬
【真宮家】で参加

猫さんを取り込んで糧とするとはなんと痛ましい。無垢な命が奪われるのを黙って見過ごす理由はありません。かならず助け出してみせますとも。

僕は接近戦を挑む奏の援護を。まず【マヒ攻撃】【目潰し】【部位破壊】を仕込んだ【結界術】で敵の動きを縛り、【鎧無視攻撃】【全力魔法】【高速詠唱】【多重詠唱】を併せた氷晶の槍で攻撃します。敵の攻撃は【オーラ防御】【第六感】で凌ぎます。さあ、猫さんを解放して貰いましょうか!!



●救いへの誓い
「ああっ!! 猫さんの苦しそうな鳴き声が……」
 それまで聞こえていた声が消えてしまい、奏は慌てて鳴き声の元を探る。
 しかし、死に添う華は白猫を覆い隠してしまった。状況は緊迫しており、いつあの仔猫の命が尽きるとも知れない。
「猫さんを取り込んで糧とするとはなんと痛ましい」
「早く助けてあげたいです」
 瞬が鋭い眼差しを向け、奏も強く掌を握り締めた。花が咲く為に栄養は確かに必要だが、あのように生きた命の養分を吸って成長することは許せない。
 響は意気込む二人に添い、そっと頷く。
 自分は二人の子供の母親だ。命を育んで来た者として、理不尽に小さき命を奪うことは決して見過ごせない。
「必ず助けて見せるさ。行くよ、二人とも!」
「はい、母さん!」
「無垢な命が奪われるのを黙って見過ごす理由はありません」
 響からの呼びかけに奏と瞬が答える。そして、其処から激しい戦いが始まっていく。
 死に添う華との名前通り、影朧は死の気配を周囲に満ちさせた。
 しかしそれを振り払う勢いで奏が踏み込む。
「信念を貫く一撃を!!」
 死への思いが呼び起こされようとも、傍には瞬も母も付いてくれている。そう思うと奏の中に揺るぎない力が巡っていく。
 その間に響が目立たぬように敵の背後に回り込み、前面から攻めていった奏と挟撃を行う形で敵を捉えた。
「この一撃は竜の牙の如く! 喰らいな!!」
 響は大人しく攻撃を喰らうつもりはなく、鋭い一閃を相手に叩き込んだ。其処に合わせて麻痺攻撃を打ち込む瞬は、前に出る奏の援護を担っていく。
「猫さんはとても小さかったです。もっと、生を歩んで欲しいので、こういう形での命の終焉は私にとっても許せません」
「そうだね。生まれたばかりなら尚更だよ」
「ええ、かならず助け出してみせますとも」
 奏が決意を言葉にすると、二人もそれぞれの思いを示してみせる。
 そして、奏はオーラの防御を巡らせて敵が揮う根を受け止めた。直接の攻撃はほとんどダメージが抑えられているが、あの根は生命力を直接に吸収している。
 だが、防御が無意味だとしても立ち向かわなければいけない。
 強い意志を抱く奏を思い、瞬も目潰しと部位破壊の力を仕込んだ結界術を用いることで敵の動きを縛っていく。
 それに加えて響が怪力を発揮し、二回目の竜牙を発動させた。
 彼女を察知した死に添う華が根を伸ばしてきたが、響は残像を纏い、オーラの防御と持ち前の視力で攻撃を見切っては防ぐ。
 鈍い痛みが身体に巡ったが、苦しんでいる小さな猫に比べれば多少の脱力はどうということはないと思えた。
 それは奏も同じ。多少の脱力は気にせず、ただ猫を救いたいと願う。
 響は竜牙を、そして奏は信念の一撃を。瞬は氷晶の槍を解き放つことで、次々と影朧華を穿っては散らしていった。
「さあ、猫さんを解放して貰いましょうか!!」
 瞬は持てる限りの力を込めた氷槍で、二人の援護を続けた。
 仔猫の声は聞こえないまま。
 それでも響は諦めず、根に囚われた猫の姿を確りと瞳で捉える。
「その仔を解放しな!!」
「今助けますね!!」
 其処に奏の声が重なり、周囲に華を蹴散らす衝撃波が巡った。此処にこうして集い、戦いに身を投じる皆の心は同じ。
 生きるべき命を助けて救い、あるべき未来を取り戻す。
 ただそれだけの信念の為に響と奏と瞬は懸命に、果敢に戦い続けていく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

花川・小町
【花守】
さて、愉しい時間はあっという間――其以上に、此処からは早々と幕を引きに掛からなきゃね
ええ、寝覚めの悪い現実など御免よ

UC使いつつ、破魔と呪詛耐性の加護乗せた浄めのオーラも纏い守りを強化
続け様に伊織ちゃんと重ねて早業で連携
豪快に振るう薙刀より、炎属性の衝撃波見舞い範囲攻撃
苗も花も悉く灰に
――ただ子猫を飲んだ個体の中心だけは避け、代わりに枝葉を凪ぎ払い、命蝕む呪詛を祓う破魔の衝撃波を

徒花の狂い咲きなんて虚しいこと――文字通りに散華し彼岸へ還ると良いわ
勿論、その子を連れていく事は許さない

その子が添う相手は貴方達等ではないもの
大切な片割れと寄り添う日々を――二匹の心温まる日常を、返しなさい


呉羽・伊織
【花守】
ああ、お陰様で鋭気も養えた――筈!
不穏な筋書きは覆そう
悲嘆や哀切の念は物語の中だけで良い

早業でUC放ち先制
麻痺の毒と不意打つ闇属性に絞り、本体も苗も纏めて阻害し連携に繋ぐ
更に妖刀振るい2回攻撃
意趣返しの呪詛返し――姐サンの力と食い合わぬ部位狙い、子猫の命を奪えぬように呪詛や枝葉の巡りを妨げる呪詛をたんまり刻む
数や苗が邪魔なら再UCで数減らしや武器落とし
不意に闇に紛れたり残像散らしたりと敵の目欺きつつ、動作探って見切りも狙い痛手回避

禍咲かす火種は一つ残らず摘み取ろう
その子には、大事な存在と連れ添い、温かに微睡み、生を謳歌する日々を――冷たい花は不相応だ

幸いなる結末へ至る道筋を、切り開きに



●生を繋ぐ為の力
「――さて」
 夜の色が満ちた花庭に小町の声が落とされた。
 愉しい時間はあっという間。其れ以上に此処からは早々と幕を引きに掛からなければならない。そのように語った小町に向け、伊織は首肯する。
「ああ、お陰様で鋭気も養えた――筈!」
 昼間は色々あったが、此れからは御巫山戯も揶揄いもなしだ。
 伊織の表情が静かな色を宿したことに気付き、小町はそっと一歩を踏み出す。
「行きましょうか」
「不穏な筋書きは覆そう」
 悲嘆や哀切の念は物語の中だけで良いと伊織が告げ、小町は頷きを返した。
「ええ、寝覚めの悪い現実など御免よ」
 そして、二人は死に添う華が蠢く最中へと身を投じてゆく。
 華は急速に成長する苗を放ち、自らの仲間を増やしていった。対する小町は敵の数の多さを確かめながら巫覡載霊の舞を行う。
 神霊体に変化した小町は薙刀を振り上げ、苗が華になる前に切り裂いていった。
 其処には破魔を乗せている。同時に呪詛への耐性を纏った小町は浄めのオーラを広げていき、守りの力を強化した。
 その動きに合わせて動いた伊織もまた、死に添う華へと暗器を放つ。
 麻痺の毒と不意打ちとして放った闇を周囲に満たす。そうすれば本体と苗の動きが纏めて阻害されていった。
 刹那、小町と伊織の視線が僅かに交差する。
 其処に言葉は不要。
 次の瞬間には二人は互いがどう動くか、己がどのように更なる攻撃に転じればいいかを然と理解していた。
 伊織と小町は目にも留まらぬ早業で連携していく。
 小町が豪快に振るう薙刀は炎を巻き起こし、熱を孕んだ衝撃波となって苗を燃やし尽くさんとして迸る。
「――苗も花も悉く灰に」
「姐サン、やるな。俺も負けてられないか」
「期待しているわ、伊織ちゃん」
 華を散らす小町に声を掛けた伊織は、妖刀を振るって迫り来る葉を斬り落とした。
 二人とも決して仔猫の方は狙わない。
 伊織は意趣返しの呪詛返しの力と食い合わぬ部位を狙い、子猫の命を奪えぬように呪詛や枝葉の巡りを妨げる呪いを刻んでいた。
 その狙いに気付いた小町も、子猫を飲んだ個体の中心に触れぬよう立ち回る。其処に近付くことは避け、代わりに枝葉を薙ぎ払う。
 更に其処へ、命を蝕む呪詛を祓う破魔の衝撃波を打ち込んだ。
「徒花の狂い咲きなんて虚しいこと――文字通りに散華し彼岸へ還ると良いわ」
 極彩の館に現れた華は確かに美しい。
 しかし、それが命を吸って咲き誇るものならば看過はできない。花庭に死の気配を満たす華は相容れないもの。
 伊織は苗から華になってしまった個体を狙い、再び麻痺と毒を巡らせる。邪魔するものは全て蹴散らして屠る。
 根すら妖刀で切り刻んだ伊織は果敢に戦っていく。
 不意に闇に紛れ、残像を散らして、敵の目を欺く伊織の動きは見事だ。小町も彼に負けぬよう薙刀を振るい続け、遠くで囚われている仔猫を見つめる。
「その子を連れていく事は許さないわ」
「禍咲かす火種は一つ残らず摘み取ろう」
 伊織も小町の言葉に己の思いを重ね、徹底抗戦の姿勢を見せた。
 華が活発に動いているということは未だ仔猫の命も潰えてはいないということだ。其処に希望を見出した二人は強い決意を胸に秘める。
 あの仔猫には未来がある。
 事な存在と連れ添い、温かに微睡み、生を謳歌する日々。
 其処に冷たい花は不相応だ。
「その子が添う相手は貴方達等ではないもの」
 大切な片割れと寄り添う日々を。二匹の心温まる日常を、返して。
 敵に凛と告げた小町が衝撃波を飛ばすと同時に、伊織も数々の暗器を一気に解き放った。幾つもの攻撃がこの先を形作る一手となっていく。
 さあ、まだまだ此処からだ。
 ――幸いなる結末へ至る道筋を、切り開きに。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ティア・レインフィール
花を傷付けるのは心が痛みますが
それでも、理不尽に命を奪われようとする命を見捨てる事は出来ません
……何の罪もない命が奪われる姿を、もう見たくないのです
そして何も出来ずに、ただそれを見ているだけの存在のままでいたくない
その為に私は、戦うと決めたのですから

神に【祈り】を捧げ、救いたいという気持ちを込めて
【シンフォニック・キュア】を【歌唱】し、皆様を癒します
そして僅かでもいい、白猫さんにも届くと信じて
必ず救い出しますからと、声も掛け続けます

そして戦いが長引かないよう
私も【破魔】の力を付与した光の【属性攻撃】で
少しでも早く敵の数を減らせるよう、援護を行います


歌獣・苺
もぉ~、ロイねぇの毛繕い手伝ってたら『ぶっくふぇあ』終わっちゃったよぉ……って

……なにあれ。

白い猫が…寄生されてる…?
それにあの子…どこかで見たことあるような…。
ッ、それより助けなきゃ!

『これは、皆に美貌を晒す謡』!

「ちょっと、デカい姿で召喚すんのやめなさいっていつも…
ねぇ、嘘でしょ…?戦闘?はぁ…。毛並み整えたばっかよ…?

?…あの子…竹にいた…。」

!お祭りの時の…?
じゃあロイねぇの知り合いみたいなもんだよね!だったら尚更助けなきゃ…!

「…仕方ないわね。白い生き物には恩があるの。苺、乗りなさい。一緒に爪で蹴散らすわよ。」

うん。いこう!

…必ず救ってみせる。
この子の『幸せ』を
奪わせたりしない!!!



●縁の果て
 花を傷付けるのは心が痛む。
 しかし、ティアは目の前にいる存在がただの花ではないことを知っている。
 蠢く死の華の中心には白い仔猫が囚われていた。何とかして助け出さないと、と考えたティアは影朧華を見つめる。
 其処に少し呑気な少女の声が聞こえてきた。
「もぉ~、ロイねぇの毛繕い手伝ってたら、ぶっくふぇあ終わっちゃったよぉ……って、なにあれ。おばけ? 化け物?」
 どうやら今の事情を知らないらしい歌獣・苺(苺一会・f16654)に向け、ティアは状況を説明していく。
「あれは影朧です。小さな命が理不尽に奪われようとしていて……」
「白い猫が……寄生されてる……?」
 はっとした苺はティアの横に駆けてくる。彼女が共に戦ってくれるのだと察したティアは身構え、影朧への警戒を更に強めた。
 その際に苺は、あの白猫の姿を何処かで見たことがあると感じていた。
 妙な既視感が巡る中、死に添う華が動きはじめる。
「来ます、気を付けてください」
「そうだね。あの子を助けなきゃ!」
 呼びかけに頷いた苺はティアと共に地を蹴る。その瞬間、それまで彼女達がいた場所に大量の苗が召喚された。
 見る間に華を咲かせていく苗はどんどん数が増えている。
 ティアは周囲の仲間に届くようにと癒やしの歌声を響かせた。いま此処に集っている猟兵は皆、仔猫を助けるために自ら戦っている。
 彼らと同様に、命を見捨てることが出来ないのはティアも一緒だった。
 それゆえにティアは歌う。
「……何の罪もない命が奪われる姿を、もう見たくないのです」
 そして何も出来ずに、ただそれを見ているだけの存在のままでいたくない。
 その為に自分は戦うと決めたのだとして、ティアは歌を紡いでいく。その透き通った声を聴きながら、苺は美貌の呂色猫を召喚していった。
「――これは、皆に美貌を晒す謡!」
 すると苺の傍にロイが現れ、大きな尻尾をふわりと揺らす。
『ちょっと、デカい姿で召喚すんのやめなさいっていつも……』
「それよりもあれ、ロイねぇ!」
 苺に文句をつけようとした呂色猫だが、示された先を見てはたとした。
『ねぇ、嘘でしょ……? 戦闘? はぁ……。毛並み整えたばっかよ……? でも、あの子……竹にいた……』
「! もしかして、お祭りの時の?」
 ロイと苺は何やら過去のことを話しているようだ。
 要約すると、華に囚われた白猫は或る人の使い魔らしい。苺が召喚したロイも仔猫とその人の縁が結ばれた場所にいたので、苺にも見覚えがあったというわけだ。
「あの仔猫を知っているんですか?」
「うん! あの子はね、私とロイねぇの知り合いみたいなものなんだよ!」
 ティアが不思議そうに問うと、苺は大きく頷いた。
 だから尚更に助けなきゃ、と意気込む苺の傍で呂色猫も真剣な眼差しを敵に向ける。
『……仕方ないわね。白い生き物には恩があるの。苺、はやく背に乗りなさい。一緒に爪で蹴散らすわよ』
「ロイねぇ、いこう!」
 呂色猫に乗った苺は死に添う華を蹴散らすために攻勢に入った。
 操られた白猫が此方に爪を振るってきたが、苺達は敢えて相手にしない。もし少しでも白猫に傷をつけてしまえば申し訳が立たないからだ。
 伸ばされた根をロイが斬り裂き、苺も懸命に死の華を散らそうと狙っていく。
 その背を見つめたティアは両手を重ねた。
 自分が知らずとも、白猫達には確かな縁が繋がっている。その一端を知った以上、皆を守りたいという思いがこれまで以上に強くなった。
 ティアは神に祈りを捧げ、救いたいという気持ちを込めて再び歌う。
 僅かでもいい、白猫にも届くと信じて――。
「必ず救い出しますから」
 戦わされている猫に声を掛け続けるティアは己の力を揮い続けた。
 苺も同じ気持ちだと答えながら華を散らし、ロイは苗状態のそれらが花になる前に射程に捉え、容赦なく引っ掻いていく。
 こんな死の華に囚われなければ、仔猫は苦しい思いをしなくて済んだのに。
 そう考えた苺は、本来あるべき未来を取り戻してみせると決めた。
「この子の『幸せ』を奪わせたりしない!!!」
「ええ、絶対に」
 ティアも頷き、破魔を宿した光の魔力を戦場に降らせる。
 鋭い爪の一閃と目映い光。
 救いへの揺るぎない意志は確かな力となり、先に進む為の一歩となってゆく。
 そして、戦いは更に巡っていった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ティル・レーヴェ
ライラック殿(f01246)と

咲く花は何れも愛おしけれど
命奪う影朧と在るならば華と散らして
命巡り次に咲くなら
幸与えるものとなるように

苗床とされる仔猫殿
その白き毛に
添う彼の愛猫たる“彼女”の姿を重ね
違うと思えど心は揺れる
彼の裡をも想い手を添えて
淡きリラの眸を見つめ返し
大丈夫、共に護ろう

か弱きその身が癒えるよう
華剥がれるまで耐え得るよう
持てる総てで支えてみせよう

華狩る力は添う彼を
そして集う皆を信じ
小さき身に宿る尊き命を繋ぐ事に全力を
辛かろうが頑張って
妾も皆もついておるよ

纏う衣から伝わる力で手数を増やし
高速多重と詠唱重ね叶う限りの全力で
聖痕による癒しを仔猫へ

仔のご様子と戦況を見て
必要ならば攻めに転ず


ライラック・エアルオウルズ
ティルさん(f07995)と

花の美しさは愛しくとも
極彩の華は仔の命で耀くもの
死に添う手向けとなる前に
早く早く、手折らなければ
真白な姿は愛猫も想わせて
どうにも気が逸るばかりで

添う手に導かれるように
柔い藤の眸を見つめる
大丈夫と紡がれる詞に
癒し担う貴方の温かさに
容易く凪ぐ心に、綻ぶ

――ああ、共に
仔を護り抜くために
仔を救い出すために
癒しは任せ、花を狩る

仔猫を傷付けないよう
貴方の妨げとならないよう
根を極力引き付けたなら
《属性攻撃:氷》で動き止め
金栞を確実に当て法を言い渡す

『宿主から今直ぐ離れて』

並べる言葉に遊びはない
花が離れども放つ氷刃で
離れずなら罰で花首を刎ね

真白の愛らしい仔
どうか元気に駆けておくれ



●願う未来は
 咲く花は何れも愛おしい。
 けれども其れが命を奪う影朧と在るならば、華と散らしてしまうしかない。
 命が巡り次に咲くなら、幸を与えるものとなるように。
 ティルがあの華々を屠る決意を抱く中、ライラックも同様の思いを胸に宿す。
 花の美しさは愛しくとも、極彩の華は囚われたあの仔の命で耀くもの。ちいさな命が死に添う手向けとなる前に――。
「早く早く、手折らなければね」
「仔猫殿……」
 ライラックの声に頷き、ティルは自分の胸元をそっと押さえた。
 二人とも、あの白猫に“彼女”の姿を重ねている。真白な姿はライラックの愛猫を想わせていて、どうにも気が逸るばかり。
 苗床とされる白き毛並みを見れば、どうしても思い起こされてしまう。
 違うと思えど心は揺れる。
 それにあの白い仔猫は助けを求めていた。もう声は聞こえないが、救いたいと思う気持ちだって一緒のはず。
 ライラックの裡を想い、ティルは手を添える。
 彼は添う手に導かれるようにして、柔い藤の眸を見つめた。ティルも淡きリラの眸を見つめ返しながら思いを言葉に変えていく。
「大丈夫、共に護ろう」
「――ああ、共に」
 大丈夫と紡がれる詞に、急く自分が救われた気がしてライラックは口許を綻ばせた。自然に表情も眼差しも固く鋭くなっていたのだろう。
 ティルは安堵したように淡く笑む。その温かさに双眸を細めたライラックは自分の心が穏やかに凪いでいくことを感じていた。
 既に戦いは巡っており、ティルとライラックも其々の力を解放していく。
 か弱きその身が癒えるように、華剥がれるまで耐え得るように。持てる総てで支えてみせるのだと決め、ティルは聖光と花々で包まれた聖衣を翻した。
 華を狩る力は添う彼へと。
 そして、此処に集う皆を信じたティルは仔猫の命を繋ぐことを誓う。
 小さき身に宿るのは尊き命。
「辛かろうが頑張って。妾も皆もついておるよ」
 ティルは昏睡している仔猫に呼びかけた。たとえ声が届いておらずとも、気持ちは届くと信じている。
 ライラックは彼女から巡る加護を背で感じ取り、トランプを模した金の栞を掲げた。
 仔猫を護り抜くために。更には救い出すために。癒しをティルに任せ、信頼を向けたライラックは花を狩っていく。
 操られて動く白猫は決して傷つけぬよう、そして、華が皆やティルの妨げとならないようにライラックは敵を引きつけていった。
 栞と共に解き放つのは氷の魔力。
 鋭く勢いを増した氷の一閃は影朧華の葉を斬り裂き、その動きを止めた。金栞が当たったと察したライラックは、其処へルールを言い渡す。
「――宿主から今直ぐ離れて」
 されど華は仔猫を離そうとはしない。
 それによって巡った一撃を受けてもなお、華は激しく蠢いていた。
 だが、ライラックはそれでも構わないと感じている。告げたルールは己の思いそのものだ。一刻も早く離れて欲しいと願うのは至極当然であり、法を破り続けるならば自分が引き剥がしてやりたいとも思っている。
 並べる言葉に遊びはない。
 その間にティルは纏う衣から伝わる力で手数を増やし、詠唱を重ねた。
 叶う限りの全力で、聖痕による癒しを仔猫へ。そうすればほんの僅かではあるが、回復の兆候が見られた。
 されど、命を吸い取られるスピードもまた早い。
 攻撃に転じるべきだと察したティルは隙を見て、新たな魔力を紡いでいった。
 ライラックはティルに視線を向け、一緒に、と呼びかけた。こくりと首肯した少女は彼が紡ぎ出した氷刃に合わせて攻勢に出る。
 罰と刃で花首を刎ねたライラックは死の華を地に落としていく。ティルも全力を振るい、華が振り撒く死の気配に耐えた。
「真白の愛らしい仔、どうか元気に駆けておくれ」
「妾達は絶対に諦めないの。だから、仔猫殿――ナツ殿も、どうか」
 ライラックに続き、ティルは仔猫の名を呼ぶ。
 あの白猫を知っているらしい人達が口にしていた名だ。戦う猟兵の中に猫の主がいるのだと知り、ライラックも氷刃に込める力を強くしていく。
 そうして、救うための戦いは続いていった。
 雛鳥の加護と華の罪を裁く裁判。
 互いを想う二人が抱く意志と紡ぐ力。其れらは更に深く重なり、戦場に巡りゆく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ユヴェン・ポシェット
中庭で見掛けた仔猫か
こうなってくると、寄生の域を超えて取り込む勢いじゃねぇか…。ミヌレ、俺達に出来ることをやろう。救う助けとなるように。いくぞ。
小さな躰に負担を掛ける訳にはいかないな。なるべく衝撃を与えない様に、まずは静かにただ断つ。
星の腕輪「tähtinen」を剣へと変え、白猫から根を、葉を、離すように切り裂いていく。

切り離した影朧を絡めとる様に布盾「sateenkaari」を巻きつけて動きを抑えた後、槍で突き刺す。
…一突き。否、まだだ。
花というのは生命力があるからな。だが、これで決める。
UC「ドラゴニック・エンド」を使用。更に槍で刺し、召喚ドラゴンによる攻撃。死に添う華の脅威を消し去る。


ロキ・バロックヒート
※連携歓迎

世界は騒がしい
でもこえが聴こえたところでひとの真意なんて未だにわからない
言ってることと違うことを思ってたり
本音だと思ってることが違ってたり
さっきの本でも解説を見てたってひとの心の機微はむずかしい
聴くことに意味はあるのかなってよく思う

でも聴こえもしなきゃ神様ってやつは無関心だ
こえはここに居るよって気付かせてくれる
声を掛けて、言葉を聞いて、表情を心理を読み取って
それが幾度失敗しても無意味となって終わっても
真意が理解るまで繰り返すんだろう

戦いの音に混じって聞こえる
この鳴き声…猫?
あぁ、猫が巻き込まれてるんだ

きっともうだいじょうぶだよ
がんばったね
言葉は通じないけど
このこえも仔猫に届くだろうか



●救済と声
 死を呼び起こす影朧の華が、妖しく蠢いている。
 戦場となった庭に駆け付けたユヴェンとロキは、それぞれに状況を確かめた。
「昼間で見掛けた仔猫か」
「あの鳴き声。……猫?」
 何の罪もない猫が戦いに巻き込まれているのだと察したユヴェンは身構え、ロキも周囲で動いている影朧を見渡した。その際にロキは思う。
 世界は騒がしい。
 けれども、誰かのこえが聴こえたところでひとの真意など未だにわからない。
 言っていることと違うことを思っていたり、本音だと思っていることが自分でも気付かないうちに建前になっていたり、或いは違っていたりする。
 ロキは目の前の状況を眺めながら、昼間に読んだ本を思い返していた。
「ひとの心の機微はむずかしいね」
「どうかしたか?」
 ロキが落とした言葉に反応しつつ、ユヴェンは竜槍を構える。対するロキは首を横に振って曖昧に答えた。
「ううん、何でもないよ。何でもなくもないけどね」
 神様として、ひとのこえを聴くことに意味はあるのかとよく思う。けれども聴こえもしなければ神様ってやつは無関心で――。
 しかし、あの仔猫の鳴き声はひとよりも随分と解りやすかった。
 助けて。
 あの仔は確かにそう願っていた。あのこえは、ここに居るよ、と気付かせてくれた。
 ひと相手に声を掛けて、言葉を聞いて、表情や心理を読み取って。幾度失敗しても無意味となって終わっても――仔猫のこえだけは拾える。
「助けるしかないかな」
「ああ、俺達も全力で戦う。援護を頼めるか?」
「いいよ、乗りかかった舟だからねぇ」
 ロキとユヴェンは言葉を交わし、それぞれに死の華へと視線を向けた。ユヴェンは死の気配を強く感じ取る。
 しかし、呪いになど後れは取らないと心に決めている。
 遠くに見える白猫の安否を思えば、自分の感情など後回しに出来るからだ。
「こうなってくると、寄生の域を超えて取り込む勢いじゃねぇか……」
 迫ってきた根を竜槍ミヌレで斬り裂き、ユヴェンは切り込む隙を窺う。ロキも地を軽く蹴ることで、向かってくる華苗を避けた。
「ごめんね、蹴散らすよ」
 ロキは死華の苗が花ひらく前に魂を灼く破壊の光を解き放つ。
 周囲を埋め尽くす程の華の苗は彼に任せ、ユヴェンは大きな個体を狙っていく。手中の竜槍を呼び、ユヴェンは柄を握る手に力を込めた。
「ミヌレ、俺達はひたすら出来ることをやろう。救う助けとなるように」
 ――いくぞ。
 いつものように呼びかければ、竜槍がユヴェンを導くように動く。しかし、仔猫の身に何かあってはいけない。
 なるべく衝撃を与えないように先ずは静かにただ断つべきだと感じた。
 ユヴェンは槍で敵の根をいなしながら、星の腕輪を剣へと変えた。そして、敢えて派手な動きには出ず、白猫から根や葉を離して切り裂いていく。
 対するロキは救済の力を振るい、花弁を容赦なく燃やしていった。
「きっともうだいじょうぶだよ」
 がんばったね。
 あと少しだけ、がんばろう。
 そのように仔猫に呼び掛けるロキは、瞳に白い毛並みを映した。誰もがあの仔を傷つけないように戦っている。
 言葉は通じないけれど、このこえや思いも仔猫に届くだろうか。その答えを担うようにユヴェンが強い意志を宿した言葉を返した。
「そうだな。たとえ大丈夫ではなくとも、大丈夫にしてみせる」
 ユヴェンは切り離した影朧を布盾で絡め取る。布を巻きつけて動きを抑えた後は、手にした槍でただ突き刺すのみ。
 勢いに乗せて一突き。だが、まだだ。
 花という存在自体に生命力があることはユヴェンとて知っている。ロキも完全に息の根を止めたわけではないと察し、更なる破壊の光を紡いでいく。
「いくよ、あの花相手なら手加減なしだ」
「ああ、これで決める!」
 救いを、と告げたロキが敵を灼く一閃を放ち、其処に続いたユヴェンが竜槍からドラゴンを召喚した。勢いよく巡る光に合わせて竜が爪を振るう。
 そして、次の瞬間。
 死に添う華が撒き散らしていた呪いが薄まり、数体の敵が一気に地に伏した。
 もう随分と死の華の数も減っている。
 おそらくもう少しで此の戦いが終わるだろう。視線を交わしあった二人は残る敵に目を向け、最後まで此処で戦い続けることを心に決めた。
 愛や心を求めるひとの真意が理解るまで。
 囚われている儚い命が散りきらぬうちに。疾く、早く――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

鈍・しとり
ナツ、
なんてこと
待っていて――いえ、待たせない
直ぐに刈りとってあげる

どうしたら一番負担がないか知ら
ちいさな白い仔が気の毒で
常より一層気が急いてしまう

悠長に枯らしてなどいられない
やはりお前が一番役に立つわ、なまくら

結んだ端からひらいてくれよう
増えるより早く減らせば良いだけのこと

嗚呼、まだ鈍い
まどろっこしい
わたしは何してるのか知ら
四肢を得たというのに

刀など腕一本で事足りる
片足で根を踏みつけて
片足で花弁を蹴散らして
もう片方の手はあなたへ伸ばしましょう、私のお友達


ナツ、ナツ
まさか怪我などしていないか知ら
お前を必ず帰してあげる
あの人間のもとへ



●友
「――ナツ、」
 死の華に捕らわれ、弱々しい声を最後にして目を閉じた猫の名を呼ぶ。
 あの額の模様は見間違えるはずがない。昼間に庭で無邪気に遊んでいた白猫は今、影朧の宿主となって操られている。
 なんてこと、と言葉にしたしとりの胸裏には言い表せない思いが巡っていた。
「待っていて――いえ、待たせない」
 一度落とした言葉に自ら否定を重ね、しとりは千代砌を逆手に持つ。
 そのまま刃を振り上げれば迫ってきた苗が切り落とされた。しとりは周囲に増えていく華苗を見渡しながら、すべてを屠ると決める。
「直ぐに刈りとってあげる」
 冷たさを宿す声が落とされ、更にひとつの苗が切り刻まれた。
 されど、今もじわじわと仔猫の命が奪われている。どうしたら一番負担がないか知ら、と考えたしとりは一気呵成に華を斬る。
 ちいさな白い仔は気の毒で、意識を失った今とて苦しんでいるだろう。
 常より一層、気が急いてしまうことを感じつつ、しとりは刃を振るい続けた。
 ひとつずつは弱いそれらは数で勝負とばかりにしとりを覆い尽くそうとした。だが、しとりは慌てたり怯むことなく刃で縁を繋ぐ。
 葉や根を斬り落としながらも、あの仔を手繰るように。
 鈍く光を反射した錆刀は決して勢いを失わない。悠長に枯らしてなどいられない今、やはり此の刀が丁度良い。
「お前が一番役に立つわ、なまくら」
 縁は結べど、その端からひらいて地に落とす。
 敵の数は増えているが、それよりも早く減らせば良いだけのこと。しとりは一片の遠慮も容赦もなく刃を振り下ろし、斬り上げ、身を翻しながら薙ぐ。
 嗚呼、けれどもまだ鈍い。
 まどろっこしい、と感じるのはひとつの命が掛かっているから。
(――わたしは何してるのか知ら)
 四肢を得たというのに。動ける身体が此処にあるのに足りないと思ってしまう。
 刀など腕一本で事足りる。更に華を散らすため、しとりは片足で根を踏みつけ、もう片足でも花弁を蹴散らした。
「ナツ、ナツ」
 そして、残った片方の手は仔猫へと伸ばしてゆく。
 もう少しで届く。
 私のお友達。そう呼べる存在の為に、しとりは少しずつ白猫の元に近付いた。
 此処で戦う誰もが仔猫を案じ、直接は戦おうとしなかった。それゆえに白猫の身に目に見える外傷などはない。
「ナツ、お前を必ず帰してあげる」
 あの人間のもとへ。
 やがて、猟兵達は殆どの敵を地に伏せさせた。
 しとりは最後の一体である死に添う華へと刃を振り下ろす。昏れた錆刀は極彩の華を裂き、葉を落とし、根を千切り――そして、其れは最期の一閃となった。


●死の気配
 最後の一体が切り伏せられ、影朧華はすべて力を失った。
 急速に枯れていく華から発せられていた死の呪いは薄まり、夜の空気にとけていく。これで根の中心に捕らわれていた仔猫は解放されることになる。
 だが――。
 花庭に倒れ込んだ白い仔猫は動かなかった。
 呼吸の様子が見えない。
 普通ならば微かに上下しているはずの胸部や腹部は微動だにしていなかった。
 未だ生死は確認できないが、まさか間に合わなかったのか。仔猫を案じる者達が息を飲んだ、そのとき。
 ひたひたと水が零れ落ちる音が耳に届いた。
 それと同時に風に流れされてきた雲が月や星を覆い隠し、辺りは暗闇に包まれる。

 其処に現れたのは、ひとつの影。
 どうやら女であるらしい人影は倒れた猫に腕を伸ばした。
 そして、白猫をそうっと抱きあげた彼女は静かな言葉を紡ぐ。
「可哀想に」
 それは抑揚がなく、まるで掴みどころのない水を思わせるような声で――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『ただの女』

POW   :    愛ってなぁに?
対象への質問と共に、【心臓 】から【血で具現化させた心の結晶】を召喚する。満足な答えを得るまで、血で具現化させた心の結晶は対象を【心を貪る血の刃】で攻撃する。
SPD   :    心ってなぁに?
戦場全体に、【対象の心の淀み 】で出来た迷路を作り出す。迷路はかなりの硬度を持ち、出口はひとつしかない。
WIZ   :    だぁれ?
【疑念 】の感情を与える事に成功した対象に、召喚した【血で具現化させた心の結晶】から、高命中力の【心を貪る血の刃】を飛ばす。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は榎本・英です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●月影は深く
 影朧の華は全て散った。
 しかし、捕らわれていた仔猫の命は奪い尽くされている。暗雲が立ち込める状況を表すように夜の影が月を覆っていく最中。
 暗闇から現れた人影が動かぬ仔猫を抱きあげた。
 可哀想に、と呟いた彼女は遊女を思わせる華美な着物を身に纏っている。
 あれは件の影朧だ、と誰もが察した。
 その足元に誰よりも早く向かったのは白猫の危機を知らせた三毛猫だった。心配そうに仔猫を見上げた三毛猫は、何故か遊女を怖がっていない。
「……大丈夫」
 遊女は抱いている仔猫の額の模様を指先で撫ぜる。其処から雫が滴る音がしたかと思うと、何かの力が猫の中に入り込んでいった。そして、次の瞬間。
 みゃあ。
 夜の狭間に鳴き声が響いた。
 死の淵に沈んで息絶えかけていたはずの白猫は、何事もなかったように目を覚まして鳴き、すりすりと遊女に擦り寄った。
「もうお行きなさい」
 遊女は仔猫をそっと地面に下ろす。そうして三毛猫は一命を取り留めた白猫を伴い、主の元に戻っていく。
 それは不思議なひとときだった。
 猫に何かされたのかと思いきや、影朧は己の力を分け与えて助けただけ。
 もしかすると白猫と三毛猫が昼間の後に行方不明になっていたのは、何処かでこの影朧と過ごしていたからか。先程の死の華は、女の意思に反して仔猫を捕らえてしまったのかもしれない。
 だが、今は事実を確認することは出来ない。
 彼女は猟兵達の存在に気付き、茫洋とした瞳を向ける。
 其処には猫達に向けていたものとは違う、殺意や敵意に似た色が浮かんでいた。

●ただの女
 月を隠していた雲が晴れ、辺りに淡い光が射す。
 そして、影朧の女の姿がはっきりとあらわになった。透き通った水のような身体の中心には不規則に脈打つ心の臓が見える。その手には糸切り鋏が握られていた。
「ねえ――」
 片眼を細めた女は此方に声を掛けてくる。
 此の影朧は、ただの女。
 否、ただのひとで在りたかった者だ。名すらも知られていない彼女だが、或る本を読んだものならば名と正体の見当は付いているかもしれない。
 生前の彼女の名は、榎本誉。
 誉れ高く在れと願われた名に反し、誉れとは一体何なのかと探す者。
 彼女は愛を求める。
 夜毎に訪れる客は愛を囁いた。けれどもそれはたった一夜限りの偽りであり、自分がモノとして扱われているかのように感じていた。
 それでも愛を信じたかった。
 しかし、愛し愛されると本能が殺せと叫ぶ。それゆえに女は数多の恋をして――それがいつしか愛に変わりかけると、死を刻んできた。
 愛を識らぬ、ひとでなし。
 そう呼ばれるがゆえに、女は『ひと』になるために心を蒐集する。
 心臓にこころなど無いというのに。鋏だけでは縁も心も紡ぐことは出来ず、糸も結わえないというのに。それすらもう解らぬまま、女は鋏で全てを断つ。
 ただ、ひとでありたい。その一心で――。
 目の前の女がその記述通りの存在とは断言できないが、少なくとも、遊女であり殺人鬼である女を記した『ひとでなし』という本にはそのように記されていた。

「愛ってなぁに?」
 鋏を鳴らした影朧は問いかけてくる。
 彼女は愛情を知れなかった。化け物であり、ただのモノだと己を定義している。
「心ってなぁに?」
 女は更に問いを投げかけてきた。
 彼女自身もまた心の淀みを抱えており、他人の心を識ろうとする。
 そうして、女はもうひとつの問いを言葉にした。
「貴方は……だぁれ?」

 彼女に説得らしい説得は通用しないだろう。
 襲い掛かってくる女と戦わなければ、此の場は切り抜けられない。
 問いかけに対する答えの正解もあってないようなものだ。しかし、彼女の疑問に答えることが無駄なわけではない。
 愛と心について。
 己が何者であるのかの言葉が届けば、女は何かしらの反応を見せるはず。
 ただの女に成りたい。ひととしての心を知りたい。そのように振る舞う彼女とどのように対峙して、どうやって戦い、どんな答えを返すのか。
 それは此の場に立つ者次第。
 心と愛の在り方を問う戦いは、此処から幕あけてゆく。
 
雅楽沫・まほろ
さて。まずは、キミの質問に答えるとしようか。
雅楽沫まほろ。作家であり、桜の精であり――悪魔召喚士でもある。
間違えられることは多々あれど、なんてことはない。キミと「同じ」女さ。

ゆえに、キミと「同じように」まほろもキミに聞きたいことがある。

「白猫の 命救いし 君が指 胸に秘めたる その心は」

先ほどの子猫を救ったキミの「心」を――その行動の理由を聞きたい。
そして――この詠を聞いたキミが、何を感じたのかを。



●彼女の思い
 それは未明から始まる出来事。
 静けさが満ちる真夜中の花庭にて、対峙するのは猟兵と影朧。
 今、此処に問答無用で影朧の女へと攻撃を仕掛ける者はいなかった。彼女からの眼差しを受け、応えようとするものが多い。
「さて。まずは、キミの質問に答えるとしようか」
 女を見つめた雅楽沫・まほろ(桜木の天秤・f25166)は名乗った。
 自分は何者か。
 どうして此処にいるのか。何を生業にして生きているのか。
「雅楽沫まほろ。作家であり、桜の精であり――悪魔召喚士でもある」
「……」
 対する女は無言だ。何も言わなかったが頷きだけを返し、それ以上の反応は見せなかった。その様子には構わず、まほろは言葉を続けていく。
「間違えられることは多々あれど、なんてことはない。キミと『同じ』女さ」
 まほろは同じという言葉を強調した。
 対する影朧は、しゃきりと糸切り鋏を鳴らしている。感情の見えない影朧を見つめたまま、まほろは女に呼びかけていった。
「ゆえに、キミと『同じように』まほろもキミに聞きたいことがある」
「…………」
 影朧はまほろから視線を逸らす。
 この殺人鬼は男を狙うのだという。徐々に此方から興味を失っているように思えるのは、まほろが女性であるからか。それとも別の理由があるのだろうか。
 語らぬ女の感情を察するのは難しい。
 しかし、まほろが攻撃を仕掛けないがゆえに、女も何かをすることはない。
 おそらくそうなのだと感じたまほろは、聞きたいと告げた内容を言葉にしていく。
「白猫の 命救いし 君が指 胸に秘めたる その心は」
 詩歌の形で綴られた問い。
 それはあの一幕を見ていたから感じたものだ。
 先ほどの子猫を救ったキミの『心』を――その行動の理由を聞きたい。
 そして、この詠を聞いた女が、何を感じたのかを。
「……」
 ただの女はやはり何も答えなかった。代わりにひたり、ひたりと滴る水の音がする。
 同じではない。
 同じにしないで。
 視線から発せられる思いをまほろが感じ取ったとき、漸く彼女が口をひらいた。
「あなたは、モノではないようだから」
 それだけを告げた女はまほろから視線を外し、鋏を鳴らす。
 まほろは其処ですべてを悟った。詠歌の力は僅かに届かず、女の言葉や思いを引き出すには未だパズルのピースが足りないのだろう。
 然れどまほろは諦めたわけではなく、この問いが無駄だったわけでもなかった。
 彼女は自分をモノだと思っている。
 その心を解けば、何かが見つかるかもしれない。
 それならば此処で見守ろう。この場に集った人々の思いの行方を――。
 

成功 🔵​🔵​🔴​

ティア・メル
透き通る心臓
君は心臓があるんだね

ぼくには心臓がない
あるのかもしんないけど
作り物の体じゃあ偽物も本物もさして変わらない

愛って、心ってなんだろう
ぼくにもわからないや

でもぼくの事はわかるよ
ぼくはティア
甘くて美味しいセイレーンだよん

血の刃を沙羅の華夢で包み込むみたいに捕縛
絶え間なく花を降らせよう

ごめんね
ぼくは君が求めるものを持ってない
性別すら些事だからさ

ぼくなりの答えは返せるよ
愛は、与えるもの
好きって気持ちを注ぐ事
心は、支配するもの
喜怒哀楽、全て自分で定義して作っていく

人は、それらを抱えて歩む存在の事

生きるって歩む事だよ
人を殺したって事象を重ねた事自体が歩み
ぼくにとって君は人だよ
心ある人に見えるよ



●つくりものと、つくるもの
 深く巡りゆく夜の狭間。
 其処に訪れたティア・メル(きゃんでぃぞるぶ・f26360)の眸に映るのは、透き通る胸元から覗く女の心臓。
「君は心臓があるんだね」
 いいなあ、とふわりと微笑んだティアは影朧の姿をもう一度見つめる。片手を自分の胸にあてたティアは、続けてぽつりと呟いた。
「ぼくには心臓がないんだよ」
 あるのかもしんないけど、とティアは曖昧に語る。
 こんな作り物の体じゃあ偽物も本物もさして変わらないから、きっとない。
 何を映しているのか分からない影朧と、ティアの視線が一瞬だけ重なった気がする。
 先程、彼女は言っていた。
 愛ってなぁに? 心ってなぁに? と問いかけてきていたことを思い、ティアは首を傾げながら考える。
「なんだろう。ぼくにもわからないや」
 しかし明確な答えはすぐに出てこない。ティアはとても難しいものだと零したが、その代わりに女を真っ直ぐに見つめた。
「でも、ぼくの事はわかるよ。ぼくはティア。甘くて美味しいセイレーンだよん」
「……そう」
 んに、と敢えて笑って自己紹介を終えたティアはその場でくるりと回る。
 ――導きはぼくの手の中 君が望む甘い痛みを。
 淡い歌声をティアが紡ぐと沙羅双樹の花弁が周囲に舞った。そうすれば影朧もしなやかな鋏捌きで持って反撃に入っていく。
 わからない、と疑念を与えたからか。血で具現化させた心の結晶が刃となって迫ってきた。対するティアは血の刃を沙羅の華夢で包み込む。
 刃自体を捕縛したティアは絶え間なく花を降らせて殺人鬼の女に対抗した。
 ティアは既に理解している。だぁれ、という問いはただ此方の名を問うものではないのだということを。
「ごめんね。ぼくは君が求めるものを持ってないみたい」
 ティアにとっては性別すら些事。
 それでも自分なりの答えは返せるのだとして、降らす花と共に語ってゆく。
 愛は、与えるもの。
 好きという気持ちを注ぐこと。
 心は、支配するもの。
 喜怒哀楽、全ては自分で定義して作っていくもの。
「人は、それらを抱えて歩む存在のことだよ」
 きっとね、とティアは最初と同じ柔らかな微笑みを影朧の女に向けた。
 生きるとは歩むこと。
 人を殺したって、自分をモノだと思っていても、事象を重ねたこと自体が歩み。
「ぼくにとって君は人だよ」
 心ある人に見えるよ、と告げようとした瞬間。血の刃が迸りティアの言葉が掻き消されてしまう。女が放ったそれは、まるでティアの答えを拒絶するような一閃だった。
 しかし其れ故に解る。
 影朧として簡単に認めたくない程の光が、ティアの言葉に宿っていたことが――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

志島・小鉄
わしも何千も生きておりマス。
ソレでも未だニ、愛モ心モ分かりマセン。
答えノ出せなゐ感情なのでせうね。
わしら妖怪も常々人間様に憧れております。
けれどもわしらハ人間様と共ニおりマス

心の淀みハわしが探偵ヲしていた時ノ事
未だニ謎ノ解けない事件ハ、警察の手ニよって無き物ニなりマシタ。

解決してなゐ事件の糸口ヲ見つけ出す事ハ出来マセン。
コノ迷宮ヲ突破するコトハ出来なゐでせう。

一人で突破ガ出来ないノなら、皆で突破ヲすれば良いノデス!
妖怪友達のカワウソさん!
わしと同じくらい生きてゐるカワウソさんデス。

わしノ答えハコレデス。
愛ヤ心ナドの難問ハ、一人で考えずニ皆デ突破ヲする

カワウソさん、一緒に迷宮を突破シマショウゾ。



●糸口
 自分は何千も生きている。
 妖怪としての己のことについて語った小鉄は、影朧の女に眼差しを向けた。
「ソレでも未だニ、愛モ心モ分かりマセン」
 其れは答えがないもの。
 これが正解だとは示すことが出来ない、或る意味で曖昧なものだ。
「答えノ出せなゐ感情なのでせうね」
 しかし、小鉄は女がそれについて問いかけてしまう気持ちも理解出来る気がするのだと告げる。解らないからこそ問う。知りたいと願う。其れもまた、この世に存在するものとしての感情のひとつだ。
「わしら妖怪も常々人間様に憧れております。けれどもわしらハ人間様と共ニおりマス」
 小鉄が女に語りかけると、周囲の景色が不意に歪んだ。
 影朧の力が発動したのだと察した小鉄は辺りを見渡す。それまで其処にあったはずの花庭と夜の光景が消え、嘗ての光景が彼の周りに現れた。
 小鉄の心の淀み。
 その光景は彼が探偵をしていた時のこと。
 未だに謎の解けない事件は警察の手によって無き物になり、闇に葬られた。そうなってしまった事件の捜査風景や、その後に感じた無力さが影の迷路に渦巻いている。
「成程、此レが……」
 影朧の作り出した空間は広がっていく。
 対峙すべき女の姿も今は遥か遠くにあるようだ。
 解決していない事件の糸口を見つけ出すことは出来ない。つまりこの迷宮を突破することも出来ないのではないのだろうか。
 小鉄の中に推理が巡ったが、すぐに解決法も思い浮かんだ。
「一人で突破ガ出来ないノなら、皆で突破ヲすれば良いノデス!」
 おぅい、と小鉄が呼び掛けると傍に妖怪友達が現れた。カワウソさん、と呼ばれた妖怪は小鉄と同じくらい生きている存在だ。
 そして、小鉄とカワウソは影迷路の出口を目指して進んでいく。
 愛とは。心とは。
 影朧に問われたことを改めて思い返した小鉄は、自分なりの思いを言の葉にした。
「わしノ答えハコレデス」
 愛や心などの難問は、一人で考えずに皆で突破する。
 きっと彼女は独りだった。独りになろうとしていたゆえに何もわからなくなってしまったに違いない。しかし、今は違う。
 孤独になろうとする殺人鬼に自分を含めた猟兵達が手を伸ばそうとしていた。
「カワウソさん、一緒に迷宮を突破シマショウゾ」
 小鉄自身が直接、影朧に告げられる答えは未だない。されどこの迷宮を抜ける様で身を以て何かを伝えられたら。
 そう考えた小鉄はカワウソと共に進み続ける。
 此の道の先に続いているはずの事件解決の糸口を見つけるために――。
 其の意図と糸は、決して鋏では斬れないはず。
 

成功 🔵​🔵​🔴​

柊・はとり
解っちゃいたが俺の心濁りきってんな
身も心も凍る氷の迷宮
但し素材は血と泥水
目につくのは過去関わった事件現場や
見たくもない証拠品ばかり…性根が腐るぜ

よお犯人
死ねない名探偵を殺しに来てくれたか?
殺せよ
心臓が消された胸を女に晒してやる
…なあ、もうこんな事やめろよ
これは説得じゃなく物的証拠だが
とりあえず其処にはないだろ、心

あんた似てるな
俺を縛り俺の苦しみを喜ぶこの剣に
正直不気味で仕方ないがこいつは機械の筈
だが何者かの自我が無いとは考え難い…

この推論を俺は否定したい
…『コキュートスは俺を愛している』。

最悪だ
どう思う?教えてくれよ殺人鬼先輩
いや…榎本誉か
探偵に辿り着けない謎の答えは
正も邪もないあんたの心だよ



●未だ迷宮入り
 解っていた。予想もしていた。
 身も心も凍る氷の迷宮の中で、はとりは眉間を押さえながら頷いた。
 周囲は今、影朧が作り出した迷路になっている。但しその素材は血と泥水で構成されており、心の淀みがそのまま形になったような見た目だ。
「予想通りだが、俺の心って濁りきってんな」
 お世辞にも綺麗とは言えない。
 淀みだから当然か、と口にしたはとりは肩を竦めながら進んでいく。
 影朧からの問いに答えるよりも先に此処の出口を探さなければならない。迷宮に閉じ込められたことが理由で事件が迷宮入りしたなんて、洒落にもならないだろう。
 進む先、目につくのは過去に関わった事件現場や、見たくもない証拠品ばかり。
「……性根が腐るぜ」
 呆れ気味に呟いたはとりは周囲を見遣る。
 既に迷図の法則性は解っていた。過去に起きた順番に事件現場が続いているのでそれをただ辿って行けばいいだけだ。
 意外に自分の心は単純なのかと考えながら、はとりは出口を見つけた。
 想像通り、最後に見ることになった事件現場はあの光景だったが――今は関係ないのだと己を律したはとりは苛立ちを押し込め、その横を通り過ぎる。
 進んだ先には影朧の女の姿が見えた。
「よお犯人」
「…………」
「死ねない名探偵を殺しに来てくれたか?」
 挨拶でもするかの如く片手をあげたはとりに対し、女は無言のまま。
 女は動かない。此処で攻撃に転じれば殺人の証拠を残してしまうからだろうか。
 はとりは心臓を曝け出すように自分の胸元を示す。
「殺せよ」
 しかし、彼の胸に心臓はない。身体が水や涙に変じた影朧でさえがそれがあるというのに、はとりの心臓は消されている。
「もう死んでいるのね、あなた。……つまらない」
 女はただそれだけを声にして、はとりから視線を外した。
 殺人鬼たる女はどうやら彼から興味をなくしたらしい。無理もないだろう。人を殺すことが目的だというのに、目の前の少年はもう死んでいる。
 はとりは女の態度に構わず、視線を逸らさぬまま語りかけていく。
「なあ、もうこんな事やめろよ」
 これは説得ではなく、物的証拠だが――。
 そのような言葉を続けたはとりは、女の胸元を指差した。
「とりあえず其処にはないだろ、心」
「いいえ、何処かにある」
 すると女は対抗するような言葉を返してきた。それまで氷のようであった表情に嫌悪めいた感情が僅かに宿る。
「あんた似てるな、こいつに」
 首を緩く振った女に向け、はとりは偽神兵器を掲げてみせた。
 己を縛り、苦しみを喜ぶこの剣と女がどうしてか似ている。氷のように冷たくありながらも自我がある剣は正直を云えば不気味で仕方ない。機械の筈であるというのに何者かの意志が無いとは考え難い存在だ。
「この推論を俺は否定したい。……『コキュートスは俺を愛している』」
 最悪だ。
 どう思う、と問いかけたはとりの言葉は半ば独り言じみていた。
「教えてくれよ殺人鬼先輩。いや……榎本誉か」
 ――探偵に辿り着けない謎の答えは、正も邪もないあんたの心だ。
 そして、少年は影朧に剣を差し向けた。
 探偵と殺人鬼。
 対極の存在である二人の振るう刃がぶつかりあう音が、戦場に響き渡った。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

シャト・フランチェスカ
愛は、そうだね
僕もよくわからないや
雨や暴力のようなものかも
一方的に降り注ぐでしょ
だというのに相手が居ないと意味をなさない
恵みを受け取る土だとか
痛みを受け取る人だとか
誰かとともに紡がざるを得ないのが愛なのだろうね

自分は愛されなかったのに
他人を愛せなんてのは滅茶苦茶だよね

ひとは鏡だ、と僕は思うのだけど
誉さんはどう思う?
つまりね
自分が与えた感情を相手が返してくるのさ
憎悪には憎悪
愛には愛
僕はきみから哀しみを感じたから
哀しみを抱いて返事をしているよ
そして、殺意には殺意を

と言いたいところだけど
たまに変わり者も居るってことを知ってほしいな
これは僕なりの愛
雨か暴力のような片想い
きみはどう受け取ってくれる?



●水葬、泡沫と消えて
 愛についての答えを持っている者は少ない。
 女の問いかけを聞いたシャトもまた、明確な返答を示せずにいるひとりだ。
「愛は、そうだね。僕もよくわからないや」
 けれども、譬えば――。
 少し考え込んだシャトは今の自分が思い至ることの出来る答えを返そうと思った。
「雨や暴力のようなものかも。ほら、一方的に降り注ぐでしょ」
 愛という存在はそんなものだ。
 しかし、それだというのに相手が居ないと意味をなさない。雨も暴力もそうなのだと話したシャトは影朧を見つめた。
 恵みを受け取る土。
 痛みを受け取る人。
 自分が譬えたものを並べていくシャトは指先で文字を記す仕草をする。宛ら物語を綴るような言の葉と語り口に影朧が顔をあげた。
「誰かとともに紡がざるを得ないのが愛なのだろうね」
 自分は愛されなかった。
 それなのに他人を愛せなんてことは滅茶苦茶で、識らぬものは理解できない。
「ひとは鏡だ、と僕は思うのだけど」
 ――誉さんはどう思う?
 シャトは影朧の生前の名を紡ぎ、問いかけ返す。
「…………」
 対する相手は何も答えなかった。変わらず茫洋な眸を向けるだけで、動いているのはしゃきりと鳴らされる糸切り鋏のみ。
 シャトは反応がないことにも構わず、彼女へと語り続けていく。
「つまりね、自分が与えた感情を相手が返してくるのさ」
 憎悪には憎悪。
 愛には愛。
 どちらが鏡面であるのかは今は些事。寧ろどちらも鏡であるのだとシャトは感じており、誉の姿を瞳に映した。
「僕はきみから哀しみを感じたから、哀しみを抱いて返事をしているよ」
 そして、殺意には殺意を。
 もし女が先に刃を振るってきたのならばシャトとて対抗したが、今はそうではない。女は問いかけに答える者を無為に襲ったりはしないようだ。
 けれど、とシャトは錆びついたカッターナイフを胸の前に掲げた。
「たまに変わり者も居るってことを知ってほしいな」
 これは自分なりの愛。
 殺意ではなく、影朧への報われなかった想いに共鳴する意志。
「……そう。それなら――」
 すると女がはじめてシャトへの言葉を紡いだ。そして、地を蹴ったシャトから振るわれた一閃を糸切り鋏で受け止める。
 刃毀れしたカッターナイフと錆びかけた糸切り鋏。
 重なり合う二つの刃こそまさに、先程に語った雨か暴力のような片想いに等しい。
 ――きみはどう受け取ってくれる?
 刃同士が衝突する鈍い金属音が、真夜中の花庭に残響を宿してゆく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

黒鵺・瑞樹
アドリブ連携OK
右手に胡、左手に黒鵺の二刀流

物騒なんだけど…なんとなく親近感というか、そういうものを感じてしまう。
俺は道具で戦うための武器で。誰かの為にという願いの元生まれた。
だけどこの姿を得た以上は人でありたいと願ってる。

UC月華で真の姿に。人でありたいと願いとは矛盾した行動だけどな。
存在感を消し目立たない様に立ち回る。そして可能な限りマヒ攻撃を乗せた暗殺攻撃を。
敵の攻撃は第六感で感知、見切りで回避。
回避しきれないものは本体で武器受けで受け流し、カウンターを叩き込む。
それでも喰らってしまうものはオーラ防御、激痛耐性で耐える。
心を貪るってのは狂気か呪詛耐性でなんとかなるかな。



●見届ける者
 現れた影朧は猟兵達に問いを投げかけてきた。
 愛とは。心とは。
 その答えには正解があるわけではなく、実に曖昧で多くの返答が考えられるものだ。
 右手に胡、左手には黒鵺。
 いつも通りの二刀流でもって、瑞樹は殺人鬼の女に対峙した。
 ひとでなし。
 それゆえにひとに成りたい。そして、そのために心を集める。そんな女の姿勢と行動はとても物騒だと瑞樹は感じていた。
 だが、どうしてだろう。
 なんとなく親近感とも呼べる妙な感情が浮かんでいた。そういうものを感じてしまうのは、彼女が自分をモノだと思っているからだろうか。
(――俺は道具で戦うための武器で。誰かの為にという願いの元に生まれた)
 だけど人でありたい。
 この姿を得た以上は、そのようにありたいと願っていた。
 瑞樹が刀を構えたことを敵意だと察した女は糸切り鋏を振り上げる。それと同時に心を貪る血の刃が迸ってきた。
「あまり使いたくないんだがな」
 瑞樹は月華の力を用い、月読尊の分霊を己に降ろす。真の姿になった彼は胡と刀に形を変えた黒鵺の二刀を振り下ろした。
 血の刃が跳ね返され、女は更なる刃を振るい返す。
「人でありたいと願いとは矛盾した行動だけどな。仕方ないだろ」
 瑞樹は存在感を消し、樹々の間に紛れて目立たないように立ち回っていった。そして、其処から可能な限り麻痺を与えるべく暗殺を狙う。
 しかし、今はまだそのときではないことも理解できた。
 瑞樹は猟兵の仲間が問いへ言葉を返していく様子に気付いている。その最中に敵を背後から奇襲するということは出来ない。
 瑞樹自身は殺人鬼からの質問に答えることはなく、言葉を掛けたりもしなかった。
 それゆえに瑞樹はしかと備える。
 もし攻撃が自分に向いたならばすぐさま感知して、見切ってみせようと決めた。目立たぬように気配を消した今、女からの攻撃は向かって来ないがそれでも構わない。
 オーラの防御を巡らせた瑞樹は敵を見据えた。
 たとえ心を貪られたとしても、この身に宿る狂気と呪詛への耐性で堪えきれるはず。
 そして、瑞樹は機を窺う。
 影朧を救いたい、言葉を掛けたいと願う仲間達が危険な目に合わぬように。
 気配を消し続ける瑞樹は、来るべき時を待つ。
 

成功 🔵​🔵​🔴​

フリル・インレアン
ふええ、猫さんが無事だったのはよかったですのですが、この方も影朧さんです。
どうしたらいいのでしょうか?
倒さないといけないのでしょうか?

ふえ?こ、これは迷路のユーベルコードです。
迷路から早く脱出しないといけないのですが、なんでこんなにも行き止まりが多いのですか。
引き返さないと、ふええ、アヒルさん何をするんですか?
これは美白の魔法、すべすべになっても迷路は抜けられませんよ。
この迷路は心の淀みでできているから美白の魔法で心をしっとり艶々にした方がいいんじゃないかって、
うう、否定できません。
いつまでもどうしたらいいか悩んでいてもしかたがありません。
私は猟兵として、あの方の魂を救うためにも戦います。



●迷路の先へ
 鋭い気配を感じて、フリルは身構えた。
 先程に見た影朧と猫のやりとりはほっとするものだったが、女が猟兵達に向けるのは冷たい雰囲気だった。
「ふええ、猫さんが無事だったのはよかったですのですが、この方も影朧さんです」
 フリルは戸惑いを覚えている。
 確かに今、影朧のやさしさのようなものを感じ取った。
 しかし、此方に向けられているのは殺意だ。すぐに襲い掛かってくるようなことはないのだが、影朧は機会さえ得れば殺しにかかってくるだろう。
 どうしたらいいのか。
 彼女を倒さければいけないのか。
 フリルが迷っている理由はやはり、影朧が猫を助けたからだ。そして、フリルが戸惑う要因になっていることはもうひとつあった。
 愛とは何か。心とは何か。
 問いかけてくる影朧への返答は見つからない。慌てている間に周囲には心の淀みから生み出される迷路が広がっていく。
「ふえ? こ、これは迷路のユーベルコードです」
 フリルがすぐに理解できたのは、自分も同じ力を使うことが出来るからだ。
 これまでも様々な場面で迷宮を作ってきたが、フリル自身が閉じ込められてしまうとなると拙い。早く脱出しないといけないが、フリルの心から作られた迷路は異様に行き止まりが多くて大変だ。
「引き返さないと……ふええ、アヒルさん何をするんですか?」
 フリルが迷っていると、不意にガジェットのアヒルさんが魔法を使えと示してくる。その魔法とは、しっとり艶々なお肌を守る美白の魔法。
「これは美白の魔法で、すべすべになっても迷路は抜けられませんよ」
 しかし、アヒルさんは主張する。
 この迷路は心の淀みでできているゆえに美白の魔法で心をしっとり艶々にした方がいいのではないか、と。
「うう、否定できません」
 フリルは暫し迷っていたが、いつまでもどうしたらいいか悩んでいても仕方がないことに気付いた。そうして、フリルは魔力を紡いでいく。
 自分の力は僅かかもしれない。今は迷路を抜けることで精一杯だが、気持ちを向けることは決して無駄ではないはず。
「私は猟兵として、あの方の魂を救うためにも戦います」
 決意を抱いたフリルは魔力を巡らせた。
 心をまっさらにして影朧と向き合うために――。少女の純粋な心はきっと、ほんの少しの後押しとなって戦場に巡っていく。
 

成功 🔵​🔵​🔴​

ユヴェン・ポシェット
愛とは、心とは、何だろうな
俺は…誰なんだろうな

だが、わかるのは
アンタはあの猫を救けただろう。

俺が思う愛というのは「存在を大切にする気持ち」。それをシンプルな言葉に集約ものだろうか。
そして心は自分自身を動かすもの。何か行動を起こすのは何かを「したい」から。
アンタが猫を救ける行為に、命令があったり強制的な力が働いたりした訳ではないだろう?
自分で決めて、行動したのであれば、猫を救けた時点で心を持っていると思う
弱る生命を慈しんだそれは愛だと思う

そして俺はユヴェン。人にも石にも成り切れない、だけどただの男だよ


…手には布盾を。ただ攻撃を受け止めるのみ。最後まで竜は槍にならずに済む様に願い、女性を見守る



●其処に在るもの
 影朧から投げかけられた問いは難解だ。
 この世に生きるものとして極身近にあるものだからこそ、解り難いもの。
 それが心と愛という存在。
 そのふたつが、こういったものであるという定義をしかと認識しているものは少ない。
 ユヴェンもまた、何であるかと問われてすぐに答えられずにいた。
 愛とは、心とは。
 そして――。
「俺は……誰なんだろうな」
 自らの存在理由まで問われた気がして、ユヴェンは頭を振る。
 何故に彼女がそういったことを問うのか。どうして彼女は殺人鬼であるのか。ユヴェンにはその理由を探ることは出来ない。
 分からないということこそが、計り知れぬ心の有り様だと思えた。
 アンタにとって納得のいくような返答を告げることは出来ない、と正直な思いを伝えたユヴェンは傍に居るミヌレと共に女を見つめる。
「だが、わかるのは――アンタはあの猫を救けただろう」
「……そうね」
 女はただ一言、ユヴェンの言葉に答える。
 救いたいと思ったから救った。何も深く考えずにそれを行ったのだとしたら、問いの答えはもう彼女の中にあるのではないか。
 そのように考えたユヴェンは女へと自分の思いを語っていく。
「俺が思う愛というのは『存在を大切にする気持ち』だ」
 それをシンプルな言葉に集約したものが、愛だ。そして、心は自分自身を動かすもの。ひとや動物が行動を起こすのは何かを『したい』から。
「…………」
 無言のままの女に向け、ユヴェンは更に言葉を重ねていく。
「今だって、アンタが猫を救ける行為に、命令があったり強制的な力が働いたりした訳ではないだろう?」
 相手から返答はなかったが、それでも構わない。
 ああすることを自分で決めて行動したのであれば、猫を救けた時点で心を持っているはずだ。彼女は認めないかもしれないが、それがユヴェンなりの答えだ。
「弱る生命を慈しんだそれは、愛だと思う」
 心と愛。
 それは意志あるものならば、誰しもが胸裏に秘めているもの。
 そうして、ユヴェンは最後の問いに答える。
「俺はユヴェン。人にも石にも成り切れない、だけどただの男だよ」
 ただの女へと己の言葉をしかと送ったユヴェンは布盾を構えた。自分は攻撃などしない、という意思を示して――。
 此処からは攻撃が来ても受け止めるのみ。
 最後までミヌレが槍にならずに済むように願い、見守り続ける姿勢を取る。
 愛を厭いながらも愛を識りたいと願う彼女の行く末を見届ける為に。ユヴェンの眼差しは強く鋭く、終わりへと至る巡りを見据えていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

天狗火・松明丸
愛とは何だ
心とは何だ
余所の言葉に唯、耳を傾けるだけ

俺の答えは『知らない』
此の身とて人ならざるもの故
欠片ほど求めた此度の逍遥

…だが、そうさな
愛とは真ん中に心在りだと聞く
正に字の如く、内に睡る熱である

では、心とは
其れは形無き在り処より
密やかに仕舞われた器である

――なんてな
全て目に見えず、語るほどに陳腐だ
此の世の言葉で尽くせるもんかねえ

俺は心の端を、感情を喰む者
お前さんが望むひとでは無い
なりたいと思ったことも無い

水の膚の上、幾つかの火を放つ
触れて消えても当たれば上々

愛したのは誰だ
ひとであろうと思わせた
お前の心は何処に在る

さて、女よ
縁ある者に、その後を委ねるとしよう
後は、その先を見届けるのみ



●心の熱
 愛とは何だ。心とは何処にあるのか。
 紡がれていく余所の言葉に耳を傾け、松明丸は女の姿を片目に映す。
 松明丸は返答を言葉にしなかった。既に答えは出ているのだが、真正面から答えるひとびとの間に告げるには、妙に憚られた。
 しかし、やがて女の視線が僅かに此方に向いたことで、松明丸も言葉を落とす。
「俺の答えは……」
 ――『知らない』ということ。
 松明丸の身とて、人ならざるもの。ひとでなし。それ故、欠片ほど求めた此度の逍遥が今日という日の出来事だ。
「……だが、そうさな」
 このまま何も答えずに放棄するのも居心地が良くない。他者の意見を耳にした松明丸自身も、少しは思うことがった。
 胸裏で言葉を纏めた松明丸は、ただの女に声を向ける。
「愛とは真ん中に心在りだと聞く」
 文字をあまりよく識らず、読めずとも字の謂れは知っていた。
 正に字の如く。
 愛とは、内に睡る熱であるのだと云われている。松明丸は愛という存在について思いを巡らせながら、その中に宿る心についても言及していく。
 では、心とは。
「其れは形無き在り処より、密やかに仕舞われた器である」
 なんてな、と肩を軽く竦めた松明丸は女を見遣る。糸切り鋏を手にした女はじっと、此方の言葉に耳を傾けていた。
 しかし、松明丸は言葉にすれば陳腐になるとも考えている。
 全ては目に見えず、語るほどに形をなくしていく。それらは此の世の言葉で尽くせるものではないのかもしれない。
 妖として、己はひとの心の端や感情を喰む者。
「俺はお前さんが望むひとでは無い。なりたいと思ったことも無い」
 其処で話は終わり。
 周囲の者が救いを目指すにしろ、滅ぼすことを願うにしろ、影朧をどうにかするならば攻撃のひとつも必要だ。
 今は己が出来ることをするだけだとして、松明丸は炎を解き放った。
 水の膚の上では焔が掻き消されるだろうか。然れど、触れて消えても当たれば上々。冷たい水に僅かでも熱を宿すことが目的だ。
 同時に心を貪る血の刃が此方に迫ったが、松明丸は身を翻すことで避けた。
 そして、彼は問い返す。
「愛したのは誰だ。ひとであろうと思わせた、お前の心は何処に在る」
 その言葉と同時に女の周囲に影が現れた。
 最も憎んだ、或るいは愛した相手の幻影。其れは松明丸の力によって浮かびあがったまぼろしだ。一瞬だけしか現れなかった影は――少年めいた姿をしていた。
 松明丸には其の影が誰であるかは知れない。
 だが、それで良い。わかる者には幻影が意味することが理解できるだろう。
「さて、女よ」
 此処からどうする、と松明丸は訪ねた。
 無論、その答えは求めていない。後は縁ある者にその後を委ねるだけでいい。
 松明丸は此の先を見届けるのみ。
 ひとでなしとして彷徨う影朧。その物語の結末は、はたして――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ノイ・フォルミード
ねえ
猫を助けたのはどうしてだい?
ひとでありたいと願うのはどうして?
その行動や想いの発露は
君の「心」から生まれているんじゃないの

血風が迫る
ぼくに心があるって事なのかな
ルーを狙って来ないのは幸い
武器受け払うよ

成りたいものになれないのは悲しいね
知りたいのに分からないのは辛いね
でも君を覚えていた人は居るはずだよ
少なくとも縁ってものは、もう

愛を知らなきゃバケモノかい?
心がなければいけないかい?
愛や心が何かって?

本当はぼくが知りたい
ぼくだってルーと同じただのひとになりたかった

それでもぼくは、定義する
ぼくはルーを守り恋する案山子
愛と心はこのブリキ塊の内に

君から目を離さず
堂々と宣言してやるさ
――【アルブム】!



●心の存在
 ――愛ってなぁに?
 身構えたノイに向けて影朧から問いかけが投げられた。
 しかし彼は敢えてすぐには答えず、先程の光景について問い返してみる。
「ねえ、猫を助けたのはどうしてだい?」
「…………」
 対する影朧は何も答えなかった。されどノイは双眼に彼女の姿を映し続け、もうひとつの質問を言葉にしていく。
「ひとでありたいと願うのはどうして?」
「ひとでなし、だから」
 すると女はそれだけを答え、また黙り込んでしまった。それ以上は語らなかった影朧は糸切り鋏をしゃきりと鳴らす。
 攻撃が来る。そう察したノイはルーを庇い、影朧を見据えた。
 女の心臓から生み出されたのは血で具現化させた心の結晶。心を貪る血の刃は、ノイが彼女からの問いに満足な答えを返すまで続くものだ。
 然しそれは即ち――。
(これは、ぼくに心があるって事なのかな)
 ルーを狙って来ないのは幸いだと考えたノイは、鍬で血の刃を弾き返した。ルーが対象にならなかった意味について、ノイは考えもしない。ルーに傷が付かないことへの安堵だけがその心に浮かんでいた。
 ねえ、とノイは影朧の女にもう一度呼び掛けた。
 猫は女に懐いていたようだ。彼女自身からの返答はなかったが、猫達と心を通わせていたからこそ、あのような行動を取ったのではないか。
「その行動や想いの発露は、君の『心』から生まれているんじゃないの」
 すると、更に血風がノイに迫った。
 女の心臓が不規則に脈打っている様を見つめながら、ノイは刃を受け止める。重い衝撃が響いたが、ノイは地面を踏み締めて耐えきった。
 成りたいものになれないのは悲しい。
 知りたいのに分からないのは辛いことだ。
 でも、と彼女へと頭を振ってみせたノイは感じたままの思いを告げていく。
「君を覚えていた人は居るはずだよ。少なくとも縁ってものは、もう――」
 愛を知らなければバケモノなのか。
 心がなければいけないのか。
 愛や心。それが何かと問う君は、本当はもう知っているのではないか。けれども認められないから押し隠して、代わりの答えを知ろうとする。
 それはノイの想像でしかないが、あながち間違っているとも思えなかった。
「本当はぼくが知りたいよ」
 ――ぼくだってルーと同じただのひとになりたかった。
 けれども成れない。
「それでもぼくは、定義する。ぼくは……」
 ルーを守り、恋する案山子。
 たとえひとではなくとも、愛と心はこのブリキ塊の内にある。
 だから、何度だって伝えよう。君から目を離さずに、堂々と宣言してみせる。
「愛はここにあるよ」
 言葉と共に光の筋が影朧に向けられ、其処に眩い光線が放たれる。それは宛ら影に堕ちた女に光の道を示すが如く、鋭い軌跡を描きながら戦場を照らした。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

百鳥・円
愛、だなんて
こっちが聞きたいくらいです
誰も彼も偽りで満たせば幸せだと歌うんでしょ?

あの人だってその人だって
叶わない悩みを抱えてわたしの元へとやってきました
欲しいと希うから夢を与えました
するとどうでしょう?
辛い現実なんて放り捨てて
望んだ夢へと溺れるじゃあありませんか

望むものを与えて対価を得る
それがわたしの本当の仕事
偽りに置き換えて得た想い
喰らうも蒐集するも思うがまま

わたしは百鳥円
人を喰いものとする妖魔です
白猫を助けたあなた
あなたこそ誰なんです?

偽物で満ちる心だってくだらない
本当の愛って何でしょーね

求めるのはわたしではないのでしょう
愛だ心だを解くつもりはありません
目の前に居るから去なす
ただそれだけ



●問うことの意味
 愛、だなんてことは此方が知りたいもの。
 円は影朧から問われたことに対して、緩く頭を振ってみせる。
「こっちが聞きたいくらいです」
 誰も彼も、偽りで満たせば幸せだと歌う。
 それがこれまでに見てきた世界であり、今の円が感じる思いだ。
 譬えば、そう――あの人だってその人だって、叶わない悩みを抱えて円の元へとやってきた。欲しいと希うから、夢を与えた。
 そのように語った円と、遊女だったという影朧の女の境遇は少し似ている。
 円は今までに出会ってきた者達を思い返しながら自嘲混じりの笑みを浮かべた。笑ってはいるが、その瞳に光はない。
「するとどうでしょう? みんな、みーんな……」
 辛い現実なんて放り捨てて、望んだ夢へと溺れるじゃあありませんか。
 それは何て摩訶不思議で奇妙なことだろうか。心が幸福を望んでいるというのに、満たしてくれるのは偽り。其処に真実はない。
 望むものを与えて対価を得る。
 それが円の本当の仕事。
 偽りに置き換えて得た想いを、喰らうも蒐集するも思うがまま。そのことを示せば、影朧は円をじっと見つめる。
 円もまた、一度だけ瞬きをしてから影朧に視線を返した。
 その眼差しから感情は読み取れないが、円と彼女の間には何か通じるものがある。
 そうして、円は己を示す名と在り方を言葉にしていった。
「わたしは百鳥円。人を喰いものとする妖魔です」
 代わりに問いたいことがある。そのように告げた円は影朧に疑問を投げかけた。
 白猫を助けたあなた。
 円にとっては、彼女は名前も知らない水で出来た化け物めいた女。そのように称するしかないゆえに円は敢えて真っ直ぐに問う。
「あなたこそ誰なんです?」
「……ただの女よ。誉れなどない、ただのモノ」
 すると影朧は抑揚のない声でそれだけを答えた。ほまれ、という言葉だけに妙な感情が宿った気がして、円はそっと頷く。
 偽物で満ちる心なんて、くだらないもの。
 もしかすると影朧の女は円と同じような思いを抱いているのかもしれない。
「本当の愛って何でしょーね」
「そうね……。愛ってなぁに?」
 再び視線を交わした二人は、言葉では答えられぬ問いを繰り返した。
 正解など示せるはずがない。
 愛を求めて生きてきたのは自分達だけではないはずなのに、未だに正答は見つかっていない。それゆえ此の場で答えを言の葉に乗せることはしなかった。
 愛だ心だを解くつもりは円にはない。
 影朧が、殺人鬼が、或いはただの女が武器を持って目の前に居るから去なす。
 今はただそれだけでいいのだとして、円は言葉の代わりに力を紡いだ。影朧に向けられた爪先から放たれる真空波の刃は鋭く戦場を翔けてゆく。
 愛を問う。
 それが無意味であることを知りながら――懐いは秘かに交錯する。
 

成功 🔵​🔵​🔴​

霞末・遵
【幽蜻蛉】
愛も心も食べ物だよ
ああ、おじさんだってひとでなしなのさ
妖怪だからね

とりあえず結界術で身を守る
だって痛いの嫌じゃない
難しい質問してるんだから優しくしてよ

愛については本当にわからないな
昔の友達はよく食べてたらしいけど、おじさんは食べたことないからね

心の詳細についてはともかく、あるかどうかを確認することはできるよ
ほら、何の変哲もない鞄から飛び出す不思議なガジェット!
ランチャーもおまけに撃ってあげよう。かっこいいぞ
驚きの感情があれば私にも察知できるはずだし食べられもするけど
何も感じ取れなかったらまあ、それはそれで

待って竜神様それかっこよくない?
今度砲台でやって見せてほしいんだけどできるかな


鈴久名・惟継
【幽蜻蛉】
食べ物?妖怪はそうであったな
愛も心も無形
目に見えぬからこそ正解は無いが形にしたいのは人の性か

血の刃は此方も七支刀の武器受けにて受け止める
問いには答えねば、考えながら戦おう

愛は……そうだなぁ
己が身を犠牲にしてでも行動してしまうもの
それが子であれ友であれだ

心はあらゆるものに抱く感情
喜びであれ悲しみであれ、己が感じるものは心から生じる

はっはっは、そうだな!
驚いたりするのも心なのだろう

此方も一つ
天候操作にて雷を落とし雷獣ノ腕で弓を形成
雷が武器になった、驚きだろう?
遵殿と合わせて矢を放つ
砲台とな?よし、今度作ってみるか

俺は嘗て神と呼ばれた、ただの竜だ
それでも人の為に戦うのは愛故かもしれんなぁ



●屹度、迷い路を抜けたら
「愛も心も食べ物だよ」
 影朧からの問いに対し、遵は何でもないことのように答えた。
「食べ物?」
 すると惟継が不思議そうに首を傾げる。ああ、とちいさく頷いた遵は彼へと、愛と心を食べ物だと答えた理由を語っていく。
「おじさんだってひとでなしなのさ。妖怪だからね」
「妖怪はそうであったな」
 愛も心も無形。
 目に見えぬからこそ正解は無いが、形にしたいのは人の性なのだろう。納得した惟継は改めて影朧を見つめる。
 遵はとりあえず結界術を張り巡らせ、身を守った。
「痛いのは嫌だからね。難しい質問してるんだから優しくしてよ」
 そのように影朧へと言葉を掛けた遵だが、瞬く間に周囲に迷路が作り出される。それが影朧の力だと気付いた時には、遵は惟継もろとも異空間に取り込まれていた。
 それだけではなく、何処からか血の刃が放たれる。
「おっと」
 惟継は血刃を七支刀で受け止め、警戒を強めた。
 迷路を進みながら影朧の元まで行かなければならない。そういうことだと察し、二人は共に進んでいった。
「愛については本当にわからないな」
 昔の友達はよく食べていた。けれど、おじさんは食べたことないのだと遵が語る。
 惟継も考え込み、時折襲ってくる血の刃を弾き返していく。
「愛は……そうだなぁ」
 惟継が出した答えは、己が身を犠牲にしてでも行動してしまうもの。それが子であれ友であれ、自然にそうなるものが愛だと定義した。
 更に惟継は心について言及する。
「心はあらゆるものに抱く感情、だろうか。喜びであれ悲しみであれ、己が感じるものは心から生じるものだな」
 そうだねぇ、と返した遵は次に心について思考を巡らせた。周囲に広がっている淀みの迷路には敢えて意識を向けず、出口を探していく。
「心の詳細についてはともかく、あるかどうかを確認することはできるよ」
 ほら、と遵が鞄を叩く。
 すると何の変哲もない鞄から不思議なガジェットが飛び出した。そのままガジェットを振るい、ついでにロケットランチャーもおまけに撃っていく遵。
 おお、と声をあげた惟継に対して遵はかっこいいでしょ、と双眸を細めてみせた。
 そのような行動を取った理由は、驚きの感情があれば察知できるはずだからだ。
 そうすれば食べられもするが――。
「何も感じ取れないね。あの影朧……いや、あのひとは驚いたりしないのかな」
 それはそれでいいとして遵は歩き出す。
 望む結果は得られずとも、遵は惟継の意図を察してからからと笑った。
「はっはっは、そうだな! 心があれば驚いたりするのだろう」
 迷路に閉じ込められているというのに二人の間に焦りは感じられない。そうして、惟継は自分も何かをしてみようと決めた。
「では此方も一つ」
 惟継は天候を操作することで雷を落とし、雷獣ノ腕で弓を形成していく。
 雷が武器になったこともまた驚きだろう。其処から惟継は遵に合わせて矢を放ち、迷路の破壊を試みてみた。先程と同じく、影朧の力で作られた迷い路はびくともしない。されど二人はめげたりなどしなかった。
「待って竜神様それかっこよくない?」
「この弓か?」
「そうそう。今度砲台でやって見せてほしいんだけどできるかな」
「砲台とな? よし、今度作ってみるか」
 二人らしい呑気にも聞こえる会話を交わしながら、彼らは迷路の踏破を目指した。
 進み続ける遵に続き、惟継は思いを巡らせる。
 己は嘗て神と呼ばれた、ただの竜。
 それでも人の為に戦うのは愛故かもしれない。答えなどきっとそういったもので良いのだと考え、彼らは出口を探していく。
 此処を抜ければ、自分達の愛と心の答えを影朧に告げられると信じて――。
 

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

真宮・響
【真宮家】で参加

目の前にいる女性は自分を見失って彷徨っているように見える。子猫の命を救う優しさがあるんなら、心の隙間を埋めてやれば凶行を防げるかもね。絶望故の攻撃ならば、だが。

【オーラ防御】で攻撃に耐え、【残像】【見切り】で攻撃を回避しながら説得を。

そうだね、愛とはアンタが猫を助けてやったのが愛情ではないかね。アタシに取っては愛とは奏と瞬に向ける愛だったりする。人を愛したいから、アンタは愛を求める。アタシはそう思う。その時点でアンタはモノではなく、ちゃんと心を持った生き物だ。

出来るだけ攻撃はしたくないが・・・自分が倒されるなら炎の拳で攻撃するか。愛を分からせる為の愛の鞭も必要だ。


真宮・奏
【真宮家】で参加

猫さんの命を救うような方ですから、心を知らないただのモノでは決してない。猫さんを可哀想と思う心が確かにあるんですから。自覚がないだけで。何とか説得したいですね。

まずはこの迷宮を突破せねば。蒼穹の騎士の力も借りて【衝撃波】【二回攻撃】で無理やり出口をこじ開けて突破。

心とは、ですか?私は母さんと瞬兄さんが大好きですし、護りたいと思ってます。貴女が猫さんの命を救ったのは、心から可哀想と想い、救ってあげたいと思ったからこそ。それが心です。貴女は、ちゃんと心を持った方だと感じるのです。

母さんと瞬兄さんが心配なので、【オーラ防御】【盾受け】【武器受け】で危なくなったらすぐ【かばう】します。


神城・瞬
【真宮家】で参加

あの女性の方は子猫の命を助けるような優しい心を持っている。ただ、自分が分からない恐怖は如何ほどのものか。絶望して、他人の命を奪ってしまう程に。何とかして上げたいですね。

【オーラ防御】でダメージを抑えますが、何よりも強い心とサウンド・オブ・パワーで心を鼓舞しながら女性と向き合います。

そうですね、僕は響母さんと奏に命を救われました。母さんと奏を支える為に、命を賭けて護り抜くと決めた。僕はその為にここにいる。僕が母さんと奏を思うように、貴女は人で有りたい、人の心を知りたいと思ってる。それは貴女自身の心であり、貴女自身の在り方を示している。そう思えませんか?



●愛とは
 目の前にいる影朧の女。
 彼女は自分を見失って、彷徨っているように見えた。
 そうでなければ子猫の命を救うという行動をしないように思える。響はきっと未だ彼女に優しさが残っているのだと感じ、その思いを言葉に変えた。
「心の隙間を埋めてやれば凶行を防げるかもね」
 それが絶望故の攻撃ならば、だが――。
 響の声に奏と瞬が頷き、それぞれに感じたことを声に出していく。
「死にかけていた猫さんの命を救うような方ですから、心を知らないただのモノでは決してないはずです」
 猫を可哀想だと思う心が確かにあるのだから、自覚がないだけ。
 何とか説得したいと考える奏は影朧の姿を確りと見つめる。瞬も二人と同じ感想を抱いており、決して彼女が悪ではないのだと考えた。
「あの女性の方は子猫の命を助けるような優しい心を持っていました。助けましょう。あの仔猫のように」
 ただ、自分が分からない恐怖は如何ほどのものか。
 他人の命を奪ってしまう程の衝動があるならば、何とかしてあげたい。
 しかし、そのとき。
「きゃ……母さん、瞬兄さん!」
 影朧の力が巡り、奏の周囲に不可思議な迷路が現れはじめた。その声に気付いた響と瞬は即座に彼女の元に駆け寄り、敢えて一緒に迷路に巻き込まれる。
 奇妙な空間に取り込まれた三人だが、その眼差しはしかと前に向いていた。
 ――愛ってなぁに?
 ――心ってなぁに?
 迷路内に影朧の声が響いたかと思うと、心を貪る血の刃が何処からか飛んでくる。影朧の領域であるゆえに攻撃も自在なのだろう。
「二人とも、気を付けな!」
 逸早く刃の接近を察した響がオーラの防御を張り巡らせて攻撃に耐え、残像を纏いながら次々に襲い来る刃を回避していく。
 奏を庇った瞬も防御陣を展開することで血の刃を防いだ。
 衝撃は重かったが、何とか耐えられる。ありがとうございます、と瞬に告げた奏は、まずはこの迷宮を突破しなければならないと感じた。
 そして、奏は蒼穹の騎士の力を借りる。
 至るところから襲ってくる血の刃を衝撃波で蹴散らし、奏達は出口を目指す。かなりの硬度を持つ入り組んだ迷路ではあるが、三人ならば突破出来るはずだ。
「行きましょう!」
「ええ、このような迷路に負けはしません」
「こんな場所、ただ駆け抜けるだけだ」
 奏の声に瞬と響が同意を示し、何よりも強い心を持つ。瞬が発動させたサウンド・オブ・パワーで心を鼓舞しながら進む三人は、やがて出口に辿り着いた。
 其処に待ち受けていたのは糸切り鋏を構えた影朧だ。
 ――愛ってなぁに?
 彼女は再び、自らが抱く問いを三人に投げかけてくる。
「そうだね、愛とはアンタが猫を助けてやったのが愛情ではないかね。アタシにとっては愛とは奏と瞬に向ける愛だったりするが……」
 先ず答えたのは響だ。
「人を愛したいから、アンタは愛を求める。アタシはそう思う。その時点でアンタはモノではなく、ちゃんと心を持った生き物だ」
 もう血の刃は襲ってこない。それゆえに響は攻撃をせず、凛と告げた。
 ――心ってなぁに?
 すると影朧はもうひとつの問いを声にした。
「心とは、ですか? 私は母さんと瞬兄さんが大好きですし、護りたいと思ってます」
 次に答えたのは奏。
「貴女が猫さんの命を救ったのは、心から可哀想と想い、救ってあげたいと思ったからこそ。それが心です。貴女は、ちゃんと心を持った方だと感じるのです」
 そう思うのだと語った奏の傍に立ち、瞬も答えていく。
「そうですね、僕は響母さんと奏に命を救われました。母さんと奏を支える為に、命を賭けて護り抜くと決めました」
 自分はそのためにここに立って、戦っている。
「僕が母さんと奏を思うように、貴女は人で有りたい、人の心を知りたいと思っているのでしょう?」
 それこそが貴女自身の心であり、貴女の在り方を示している。
 そう思えませんか、と瞬が問いかけ返し、響と奏も影朧の女に視線を向けた。
 その瞬間、影朧が動く。
 一度は攻撃をやめたはずの女は響達に得物を差し向け、血の刃を迸らせた。何か心境の変化でもあったのかもしれないが、未だ言葉は紡がれない。
 対する響は炎の拳で刃を次々と穿ち落とし、奏も瞬を庇う形で布陣して、蒼穹の騎士と共に攻撃を受け止めた。
 愛を分からせるための愛の鞭も必要なのかもしれない。
 三人は頷きを交わしあい、戦いに身を投じる。この戦いの結末がどのように巡っていくのか。その結びを見届けて、終わらせるべく――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

オーレリア・エフェメラス
愛とは、って急に振られるとどきっとするね
多分、与えたいと願うこと

心って何か、か
実はこの前、自分が人じゃないことを突き付けられてね
ボクも探しているところなんだよ、それ

けど、分かることもあるんだ
心がなければ、考えたり迷ったりすることはない
ボクも、キミも、今答えを探している
多分探し続ける
その模索の繰り返しこそが心なんじゃないかな

さぁ、錬金術は“探求”の学問
使うのは先ほどの液体金属
けれどユーベルコードを使用して合体させた巨大なスライムに
細く伸ばした体で彼に迷宮の出口を探してもらおう
目星はランガナくんがつけてくれるから
最短で抜けて彼女と戦うよ

ボクは唯の“儚き者”
けれど絆を知っている者
それでいいんだ、今は


ランガナ・ラマムリタ
「愛は、寄り添い安らげること、かな」
君はどう思う、と、傍らの彼女をからかうようにくすり

「心は、形のないもの。私の自意識が私の心なのだから、ただ、在りたいように在るだけさ」
求める答えではないだろうけど、正直に

「本の妖精、あるいは図書館そのもの。いつもは矜持を込めてそう答えるのだけど」
心地良い時間の礼に、もう少し
「オーレリア・エフェメラスの大事な友人、或いは――なんて。……私の正体は、私以外の誰かの心の中に。そればかりは頁を捲るだけでは得られない情報なのだろうね、きっと」

取り出した本をぱらり
肩に座ったまま読み上げるように迷宮の「回避」、出口を指示

本の妖精にできるのは助言だけ
少し、歯がゆいけれどね



●心とは
 問われた言葉は胸を衝くようなものだった。
 愛とは。そのように急に振られたことで、どきっとしてしまったと自覚したオーレリアは胸元を片手で押さえた。
 その肩に止まっていたランガナが先に返答していく。
「愛は、寄り添い安らげること、かな」
 君はどう思う、と、傍らのオーレリアをからかうようにくすりと笑い、ランガナはモノクルの奥の片目を軽く瞑ってみせた。
「多分、与えたいと願うこと」
 ランガナからの言葉に答えたオーレリアは、自分の中の思いを言葉する。うんうん、と満足気に頷いたランガナは更に影朧へと答えを告げてゆく。
 心は形のないもの。
「私の自意識が私の心なのだから、ただ、在りたいように在るだけさ。これはキミの求める答えではないだろうけど」
 影朧に問われるまま、正直に答えたのだと告げたランガナ。
 オーレリアは彼女の凛とした姿勢を見て、不思議と心が落ち着いていくような感覚をおぼえた。そうして、オーレリア自身も心について考える。
 心というものは何なのか。
「実はこの前、自分が人じゃないことを突き付けられてね。ボクも探しているところなんだよ、それ」
 それゆえに未だ分からない。
 けれど、分かることもあるのだとオーレリアは語っていく。
「心がなければ、考えたり迷ったりすることはない。ボクも、キミも、今答えを探している。多分、ずっと探し続ける」
 その模索の繰り返しこそが心なのではないか。
 オーレリアがそのように答えた瞬間、影朧が僅かに瞬きをした。それと同時に周囲に不思議な迷路の領域が広がっていく。
 ランガナ達が気付いたときにはもう、周囲は淀んだ世界になっていた。
 これが自分達の心の淀みから作り出された領域なのだと知り、オーレリアとランガナは此処からの脱出を試みていく。
 壁や天井はそれまで見てきた極彩の館や、花の庭とは似ても似つかぬ濁った色。
 しかし二人は怯みなどしない。
 オーレリアは自分の肩に腰掛けているランガナに視線を送り、そっと踏み出す。
「さぁ、錬金術は“探求”の学問だよ」
 オーレリアは先ほどの液体金属を用い、合体させた巨大なスライムに願った。
 細く伸ばした体で宮の出口を探して、と告げたオーレリアに続き、ランガナも取り出した本をぱらりと捲る。
 彼女の肩に座ったまま、ランガナは読み上げた。
 ――迷宮の『回避』を。
 そうやってランガナが出口を指示したことで目星はついていく。スライムの力によって最短で迷路を駆けた二人は、心の淀みで構成された領域を見事に抜け出した。
 オーレリアとランガナは再び影朧に対峙する。
 されど彼女達は攻撃を行わない。
 ユーベルコードを使うのは先ほどの迷宮を抜けるためだけ。最後に残っている返答を告げるべく、二人はそれぞれの思いを言葉に変えていく。
「私は本の妖精、あるいは図書館そのもの。いつもは矜持を込めてそう答えるのだけど」
 本の妖精にできるのは助言だけ。
 少し歯がゆいけれど、心地良い時間の礼にもう少し。
「オーレリア・エフェメラスの大事な友人、或いは――なんて」
 ランガナは少しおどけてみせる。
 それでもこれが自分の出せる答えだ。自分の正体は、自分以外の誰かの心の中に。そればかりは頁を捲るだけでは得られない情報なのだろう。
 きっとね、と付け加えたランガナは其処で言葉を終えた。
 次はオーレリアだと伝えた彼女は、影朧を真っ直ぐに見つめている。或いは、というランガナの言葉の続きが気になりはしたが、今は影朧に言葉を向けるときだ。
 そして、オーレリアは自分が何者かを告げる。
「ボクは唯の“儚き者”。けれど絆を知っている者」
 ただこれだけしか答えることは出来ない。けれども、それでいいと思えた。
 今はこうして、絆を感じられる。
 それこそが自分達の答えだとして、二人は影朧の様子を窺った。
 此処から巡る展開がどのように成るのか。それを知り、見届けると心に決めて――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

誘名・櫻宵
🌸櫻沫

愛してくれない
愛されたいのに
咲かず桜の花魁は偽り喰らい
愛と偽る慾満たす過去

愛は喰らうもの
愛を喰らい私は咲く
逃がさぬよう落とさぬよう
喰らい殺して私だけの物に

唯の満たされない慾

だから幾ら蒐集しよう意味がない


わかったの
愛はひとを慈しむ想い
大切に想いを重ねて
守りたい
救いたい
幸せに笑って生きて欲しいと願う想い
時に歪んでも
愛は壊れない

ありがとうリル
心がいのちだなんてあなたらしい
私もそう思うわ
私は私のいのち(こころ)を生きる

生きたいと
自分でみとめて初めて心は芽吹く
淀み斬り祓い薙ぎ払い咲かせるわ

想いは既に在るでしょう
死ではなく生に添い想う時
きっと
ひとになれる

私はイザナサヨ
胸を張り示せる
私は龍
そして

ひと


リル・ルリ
🐟櫻沫

ともだちが無事でよかった
安堵したヨルを撫でて笑む


とうさんも探していた
本当はすぐ近くにあるのに
見ようとしなきゃみえないもの

僕はね
こころとはいのちのことだと思う
愛は
なにかを大切に想う気持ち
寄り添って共にいきること
猫を想うその気持ちも愛なのだと思う

櫻、君はもう違う
君は知ってるはずだ
桜咲き春綻ぶように
ひとを愛せる龍人(ひと)だもの

僕も自分は歌うためのモノだと思ってた過去もあった
でも
愛されてた
あいがあった

君にも君だけのあいが見つかる
心はもう、そこにあるんだから
鋏でも切れぬあかいいと
結い綴られる愛
もう殺さなくていいんだ

水葬の水面で血を防いで
歌をあげる
君に捧ぐ「望春の歌」

僕はリルルリ
愛を歌う人魚だ



●花は爛漫に咲く
 白猫と三毛猫が主の元に戻っていく。
 それまで死に瀕していた、ともだちが無事でよかった。きゅう、と鳴いて安堵しているヨルを撫で、リルは淡く笑む。
 理由はどうであれ、ナツを助けた影朧はわるいものには思えなかった。
 そして、彼女は愛を問うている。
 ――愛。
「とうさんも探していたものだね」
 本当はすぐ近くにあるのに、見ようとしなければ決してみえないもの。それが愛であるとリルは感じていた。
 尾鰭をふわりと揺らしたリルはヨルを抱き締めながら、櫻宵の横顔を見つめる。
 櫻宵は深く俯き、何かを裡で反芻しているようだった。
 愛してくれない。
 愛されたいのに、愛されていないと感じてきた過去。咲かず桜の花魁は偽りを喰らい、愛と偽る慾を満たしてきた。
 愛は喰らうもの。ずっとそう信じて、愛を喰らって櫻は咲いてきた。
 逃がさぬよう落とさぬよう、喰らい殺して――自分だけの物にしてきた。
 だが、それは唯の満たされない慾。だから、幾ら蒐集しよう意味がないことを、今の櫻宵は識っている。
「わかったの。愛はひとを慈しむ想いだって」
 以前は答えを出せなかった。
 しかし今は違う。大切に想いを重ねて、守りたい。救いたい。幸せに笑って生きて欲しいと願う想いこそが愛だ。
 時に歪んでも、愛は壊れない。
 櫻宵が顔をあげたことで、リルはそっと笑みを深めた。
 そして、リルは櫻宵が言葉にした愛に次ぐかたちで心について語ってゆく。
「僕はね、こころとはいのちのことだと思う」
 愛はなにかを大切に想う気持ち。
 寄り添って共にいきること。影朧の彼女が猫を想った、その気持ちもまた愛なのだと思う。色恋だけにとどまらぬものが愛であり、こころだ。
 リルは櫻宵に目を向ける。
「櫻、君はもう悪龍じゃないよね。君は知ってるはずだ」
 桜が咲いて春が綻ぶように、ひとを愛せる龍人――ひとだから。
 櫻宵のことをそのように称したリルの言葉も思いも、只管に真っ直ぐだった。
「ありがとうリル。心がいのちだなんてあなたらしいわね」
 私もそう思うわ、と伝え返した櫻宵は胸元に手をあてる。そうして、静かに誓う。
 ――私は私のいのちを、こころを持って生きる。
 生きたいと思えた。
 自分でみとめてこそ、初めて心は芽吹く。影朧の彼女は、未だ己をみとめられていないだけのように感じられた。
「櫻宵、いっしょにここを抜けよう」
 リル達の周囲には女が齎した異空間の迷路が広がっていた。それは自分達の心の淀みから生まれたものだが、今の二人には何も怖いものなんてない。
 手を取りあった二人は進む。
 リルにも自分は歌うためのモノだと思っていた過去があった。
 でも、愛されていた。厳しくとも、昏くとも、確かなあいがあったと知っている。
 迷宮の先を目指すリルと櫻宵は影朧へと語りかけていく。此処が彼女の作り出した領域なら、自分達の声や言葉も把握しているはずだ。
「君にも君だけのあいが見つかるよ。心はもう、そこにあるんだから」
 ナツを救った思いの根源を信じたい。
 鋏でも切れぬあかいいと。結い綴られる愛。それがあればもう、殺さなくていいから。
 すると迷宮の中に声が響く。
 ――だぁれ?
 呼び掛ける声は誰かを求めているかのように聞こえた。彼女は迷っている。迷路を作り出す力を持っているのも、彼女自身のこころが闇に惑っているからなのかもしれない。
 同時に血の刃が天上から降り注いできた。
 櫻宵は神刀で以て刃を祓い、リルは水葬の水面で血を防ぐ。そうして、リルは代わりに歌をあげると告げる。
 愛を求めて心を知ろうとする彼女に捧ぐのは、望春の歌。
「僕はリルルリ。愛を歌う人魚だ」
 誉れを失くしたという彼女の胸にも咲き続ける花があるはず。ヨルと一緒に歌うリルの聲が響き渡る中で、櫻宵も思いを言の葉に乗せていく。
「想いは既に在るでしょう。死ではなく生に添い想う時、きっと……」
 ひとになれる。
 ひとでなしで在れど、続く物語を綴ったあの青年の如く。
 夜桜のような静かな春を咲かせた彼のように、彼女もそう成って欲しい。櫻宵は今の自分を示そうと決め、胸を張って宣言する。
「私の名は、イザナサヨ。私は龍。そして――ひと」
 誉れとは己をみとめた者に宿るもの。
 人魚の歌聲に併せて咲き誇るのは、たとえ散っても廻り芽吹く桜の花。
 そして、淀みの迷路は神刀によって切り祓われた。不穏はすべて薙ぎ払って進むと決めた桜龍。人魚に見守られて咲く太刀筋は流麗に、求める未来を斬り拓いてゆく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ファルシェ・ユヴェール
……私には、彼女のことは知り得ませんが
けれど
猫さんを、助けて下さってありがとうございます

積極的に攻撃に移る気はありません
攻撃してくるならば防ごうとは致しますが
それも反撃に移りはしません

……愛、ですか
何なのかと問われれば
私にとっては、救いでした
半魔と謗られ続けた私が、恋に落ちるとは思っていなかった
まして、想ったひとにこの手を取って頂けるとは
私に想われる事を、
誇りに思うと、そう言って下さった
あの日、私はきっとようやくひとらしさを取り戻せたのでしょう
故に、今の私は、ただのひと


影朧である彼女が何者であったのか
悟れる方がいらっしゃるならば、
きっと転生の道も望めるのだと
そうなることを願って、答えましょう



●心のいろ
 いま此処で宿縁が繋がれている。
 夜の狭間に満ちる空気から状況を察したファルシェは、影朧の女を瞳に映した。
 自分には彼女のすべてを知り得ること出来ない。しかし、知らぬからといって此処に立っている意味がないわけではないとも解っていた。
 今、確かに伝えられることがある。
 殺人鬼だという女は、死に添う花に命を奪われかけていた仔猫に自分の力を分け与えることで生命を救った。
「猫さんを、助けて下さってありがとうございます」
「……あの仔は怖がらなかったから」
 ファルシェが礼を告げると、女は救けた理由のような言葉を落とす。それ以上は何も語られなかったが、ファルシェは何となく経緯を察した。
 仔猫は昼間に何処かに潜んでいた影朧に出会ったのだろう。そして、彼女を怖がることなく暫しの時を過ごした。
 両者の間にあったのは仄かな親愛。それだというのに、女はそれも愛であるとは気付いていないらしい。そして、彼女は問いかけてくる。
「――愛ってなぁに?」
 ファルシェは彼女に攻撃はしないと決めていた。敵意が見えないからか、女も問いかけてくるだけで刃を振るおうとはしない。
 まるで彼女は水鏡のようだと思えた。鏡めいているからこそ、敵意を向ければ敵意を返してくるのだとも理解できた。
「……愛、ですか」
 ファルシェは少しばかり考え込む。
 何なのかと問われれば、思い浮かぶ答えはひとつ。
「私にとっては、救いでした」
 これまで半魔と謗られ続けた自分が恋に落ちるとは思っていなかった。まして、想ったひとにこの手を取って貰えるとは想像もしていなかったのだと彼は語る。
 恋をして、愛情を感じた。
「私に想われる事を、誇りに思う。そう言って下さった、あの日――」
 自分きっと、ようやくひとらしさを取り戻せたのだと思っている。故に今のファルシェは半魔なのではなく、ただのひと。
 それが己の答えだと示したファルシェは真っ直ぐに影朧を見つめる。
 彼には確かな感情のいろがあった。
「…………」
 女は何も答えない。視線をファルシェに向け返していたが、ただそれだけ。
 しかし、きっと何も感じていないわけではない。愛を知っているファルシェへの言葉が何も見つからないだけのようだ。
 形は見えずとも、少しだけ彼女の心が動いたのだろう。
 その間にも他の仲間達が愛と心について、それぞれの答えを告げていった。
 時は過ぎていくが、ファルシェは決して彼女へと危害を加えない。影朧になる前の彼女が何者であったのか、それを知る者に後を託せばいい。
 そうすれば救いの道が拓ける信じてた。
 彼女が転生への道を辿るのか、それとも――。其の結末はまだ、誰も知らない。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

呉羽・伊織
【花守】
ああ――難しい話をふっかけてくれるな

心なんて、未だに俺だって分からない
其こそ迷路の様に複雑で
愛なんて、正に化物染みたこの身で気安く懐いてはならぬと思ってる
親愛、愛着――知らない、知っちゃいけない
其なのに、離れ難いと思う人達や場所が出来てしまった
唯のモノの儘で在れたなら、いっそ楽だった
悩み、迷い、其でも此処迄――人間臭いなんて揶揄われる所迄、来てしまった
今更、この淀みに囚われる訳には

迷路抜け
UCにて刃と答えを叩きつけに

俺も、唯の人として在りたいと、心を識りたいと、足掻く者
未だ覚束無い身ではあるが、一つ確かに解るのは――この心は、人との縁の証
断たせやしない

アンタも癒えると――結えると良いな


花川・小町
【花守】
私達は、モノでもありヒトでもある存在――なんて言うだけなら簡単だけれど、難儀なものね

(随分と人間臭くなった連れとは対照的に、未だに私は胡散臭く曖昧に女心を騙るばかり――そう思っていたけれど
迷路が作り上げられてゆく――という事は、確かにこの胸にも泥臭く揺れる“心”が在るという事かしら、面白い)

私はモノであったけれど、確かに愛されたが故に、ヒトの形を得た
同時に、彼女の様に愛や心に翻弄され、花と散る娘も沢山見てきた
この姿は、そんな娘の一人を写したもの
皮肉か宿命か

迷路抜けた先で、私も私なりの答えを刃に重ねて

愛も心も時に甘く時に苦く
毒とも薬とものなるもの
私は其を愉しむ者
――そして貴方を、断つ者よ



●己の在り方
 愛とは。心とは。
 問われた言葉を己の中で反芻しながら、伊織は眉を顰めた。
「ああ――難しい話をふっかけてくれるな」
 零れ落ちた言葉は素直な感想めいたものだ。そうね、と同意した小町もまた、その問いは一言では答えられないものだと感じていた。
「私達は、モノでもありヒトでもある存在だものね」
 そう言うだけなら簡単だけれど難儀なものだと思えて、小町は少しばかり考え込む。影朧の疑問に必ず答えなければいけないわけではない。
 しかし、返答を放棄するのは憚られた。
「心なんて、未だに――」
 俺だって分からない、と伊織が呟いたそのとき。
 気を付けて、と小町が呼び掛けた。その瞬間、伊織と小町の周囲が歪みはじめる。
 影朧の力によって迷路の異空間が作られたらしい。
 成程な、と辺りを見渡した伊織は納得する。まるでこの空間は心のようだ。心などそれこそ迷路のように複雑。そして、愛なんて――まさに化物染みたこの身で気安く懐いてはならないと思っている。
 それを示すのが、この淀みで作られた空間だ。
「一先ずは此処から出ましょうか」
 そうしなければ影朧への返答も告げられない。小町は警戒を強めながら、伊織を誘って歩き出した。その際に思うのは自分の在り方。
(私は――)
 随分と人間臭くなった連れとは対照的に、未だに自分は胡散臭くて、曖昧に女心を騙るばかり。ずっとそう思っていた。
 けれど、心の淀みが映される迷路が作り上げられていた――ということは、確かにこの胸にも泥臭く揺れる“心”が在るということなのかもしれない。
 面白い、と感じた思いは言葉に出さず、小町は迷路の出口を目指して進む。
 同時に伊織も己の中で思いを巡らせていた。
 親愛、愛着。
 そういったものは知らない、知っちゃいけない。それなのに、離れ難いと思う人達や場所が出来てしまった。
 この感情はつまり、大切なものへの思いだ。
(唯のモノの儘で在れたなら、いっそ楽だったのにな)
 悩み、迷い、それでも此処迄来てしまった。隣を歩く小町に、人間臭いなどと揶揄われるところまで染まっている。
 ならば今更、こんな心の淀みに囚われる訳にはいかない。伊織は必ず此処から出ると決め、迷路の先を見据えた。
 聞けば影朧の女は自分をモノだと思っているらしい。
 小町は思う。
 自分はモノであったけれど、確かに愛されたが故にヒトの形を得た。同時に、彼女のように愛や心に翻弄され、花と散る娘もたくさん見てきた。
 この姿は、そんな娘の一人を写したもの。
 皮肉か宿命か。遊女であったという影朧の抱えるものが他人事とは思えない。
 やがて、二人は迷路の出口に辿り着く。
 少し時間は掛かったが、おかげで己の思いを纏めることが出来た。影朧と対峙した伊織と小町は、この胸に抱いた思いと共に刃を叩きつけに向かう。
「――心ってなぁに?」
 影朧は再び問いかけてきた。
 対する伊織は身に宿す幽鬼や呪詛を強めながら、返答を告げていく。
 未だ覚束無い身ではあるが、一つ確かに解ることがある。それは――。
「この心は、人との縁の証だ」
 それゆえに断たせやしない。伊織は名実ともに迷い路から抜けていた。鬼道の力を巡らせた伊織は地を蹴る。
 小町も彼が解き放った呪詛に合わせ、妖剣を解放していった。
「愛も心も時に甘く時に苦く、毒とも薬とものなるものよ」
 二人が重ねた一閃が影朧を貫く。
 そうして、小町と伊織は自分なりの在り方を言の葉に乗せて示した。
「私は其を愉しむ者。――そして貴方を、断つ者よ」
「俺は、唯の人として在りたいと、心を識りたいと、足掻く者」
 女の心の行方は未だ闇の中。
 それでも、二人は結末が少しでも良い方向に進むように願った。モノであっても、心が宿ることがある。それを体現するのが自分達だ。
「アンタも癒えると――結えると良いな」
 暗器を構えた伊織が伝えていった言葉は、まさに心からのものだった。
 そして、戦いと夜は深く廻りゆく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

御園・桜花
「心とは、その方が想い願うこと。愛を知りたいと願うのも、貴女の心。愛は自分の損得に関係なく他者のためにしてあげたいと思う心の動き。貴女が今何気なく子猫を救ったのもその1つ。そして何より大事なのは。心も愛も、有限だということ。他者と同じ心を重ねれば深まり豊かになるけれど、独りで抱え込めば涸れ果てる」

前衛で桜鋼扇使用し会話しつつ相手が倒れるまで殴り合い
敵の攻撃は第六感や見切りで躱す

「知りたいのは得たいからでしょう?ならば願って下さい。愛し愛される、他の命と愛を交わし合える貴女を。子猫を救った貴女は、愛を知っているのですから」
「私は桜花精、貴女の願いが叶うことを祈るもの」
UC使用
転生願い鎮魂歌で送る



●鎮魂を願う
 問われた言葉には感情が宿っていなかった。
 なぁに、と疑問を零す影朧は迷っているのかもれない。そう感じた桜花は、自分が持ち得る答えを彼女に語ろうと決めた。
「心とは、その方が想い願うことです」
 言葉の意味だけではなく、其処に込められたひとの想いそのもの。
 それが心なのだと伝えた桜花は、影朧が愛を求めているのだと察した。
「愛を知りたいと願うのも、貴女の心」
 愛情とは、自分の損得に関係なく、見返りを求めずに他者のために何かをしてあげたいと思う心の動き。
 たとえば、と言葉にした桜花は先程の光景を思い返す。
 影朧は死に瀕した仔猫を助けた。それはまさに今しがた語った愛と心の条件にぴったりとはまる行動だ。
 影朧は仔猫を救わずとも何の損もなかった。
 同時に、救ったとしても何の得にもならない。
 それだというのに、彼女は仔猫に自分の力を分け与えた。
「貴女が今、何気なく子猫を救ったのもそのひとつです。そして何より大事なのは。心も愛も、有限だということ」
 他者と同じ心を重ねれば深まり、心そのものが豊かになる。
 けれども、独りで抱え込めば涸れ果ててしまう。それが心であり、愛だ。
 桜花は桜鋼扇を掲げ、言葉を掛けながら女に殴り掛かる。女の反応は鏡のようなものらしく、攻撃をすれば攻撃を返してくる。
 糸切り鋏を振りかざした女は桜花の一撃を受け止め、心を貪る血の刃を飛ばした。
「だぁれ?」
 刃の接近を察した桜花は敢えて問いに答えず、その攻撃は第六感で見切る。一閃を躱した桜花は問いかけ返した。
「知りたいのは得たいからでしょう?」
「…………」
 女は何も答えない。答える言葉を持っていないのかもしれない。
 しかし、桜花は構わずに告げてゆく。
「もしそうならば願って下さい。愛し愛される、他の命と愛を交わし合える貴女を。子猫を救った貴女は、愛を知っているのですから」
 愛は其処に在る。
 だが、影朧の女はそれを認めることはなかった。まだ何か、彼女の心を呼び起こして突き動かすためのピースが僅かばかり足りないのだろう。
 そして、桜花は先程の問いに答えた。
「私は桜花精、貴女の願いが叶うことを祈るもの」
 彼女が秘める望みを叶えて救いたい。
 桜花はいつも通り誰にも等しく向ける転生への思いを抱き、幻朧の力を広げていく。桜のやさしい夢を魅せてゆくように――桜花は鎮魂の歌を紡いでいった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

小泉・飛鳥
――――……だぁれ、か
妖怪。君の同類。「ひとでなし」
だから君を放ってはおけない

血の刃。こちらも護符や「卵」を駆使して相殺、
反撃を当てていく
―――けど、速いな。捌ききれず切られれば、
この削られるような痛みは。僕の心をのぞき見、啜っているのだろうか

……なら、解るかい? 心とはそういうものだ。
決まったカタチを持たないで、日々移ろっているもの。
――――なにが、間違っているというものではないもの

……君の失敗は「心」が自分の中に在ると考えたことだ

≪邪視≫を向けて

心は、あなたを見つめる他者との間に在る。
それを直視することから逃げたことだ
貴女の殺意にこの憐憫という呪詛が、届くだろうか
きっと。そう、信じよう



●心が存在する場所
 ――だぁれ。
 己は何者かと問うような言葉が、影朧から紡がれる。
 飛鳥はこれもまた随分な難問かもしれないと感じて、緑の双眸を柔く細めた。自分が何であるかを改めて語る機会は多くはない。
 しかし、此処は素直に答えるべきだと思った飛鳥は影朧の女を見つめた。
「妖怪。君の同類。『ひとでなし』、というところかな」
「……そう」
 影朧は飛鳥が告げた言葉に対して、僅かな反応を見せる。或る文豪の作品のタイトルでもあるその言葉は、やはり彼女にとって無関係なものではないらしい。
「だから君を放ってはおけない」
 飛鳥はふと、どうして女がこのような問いかけをするのかと考えた。
 すると次の瞬間、その水の体から滴った血から心の結晶が浮かび上がる。それは瞬く間に血の刃となって飛鳥に襲い掛かってきた。
 攻撃が迫っていると察した飛鳥は、護符を巡らせて防護に入る。
 同時にワンダーエッグを駆使して刃を相殺した飛鳥は、反撃に移った。対する遊女は地を蹴る。艶やかな着物の裾が風に揺れる様を見遣り、飛鳥は相手の強さを知った。
(――速いな)
 血の刃は捌ききれず、己の身が切られていく痛みが走る。
 しかし飛鳥は敢えて痛みを受け入れた。この削られるような痛みはきっと――。影朧が自分の心をのぞきみて、少しずつ啜っているのかもしれない。
「……なら、解るかい? 心とはそういうものだ」
 心とは、決まったカタチを持たないで日々移ろっているもの。そのように語った飛鳥は影朧に伝えていく。
 二人は視線を交わし、真正面から対峙していた。
「なにが、間違っているというものではないもの。それが心だから」
「…………」
「……君の失敗は『心』が自分の中に在ると考えたことだ」
 何も語らぬ女へ、飛鳥は邪視を向ける。
 千里眼の力は影朧に呪詛を与えていった。飛鳥はこのまま攻撃を与え続ける姿勢を取り、彼女に心を説いていく。
「心は、あなたを見つめる他者との間に在る」
 それを直視することから逃げたこと。彼女の殺意に、この憐憫という呪詛が届くだろうか。それはまだ解らないが――。
 きっと届く。
 そう信じようと決めた飛鳥は、戦いと宿縁の行く末を見守っていく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ティア・レインフィール
私は、恋という感情を知らない
他の吸血鬼の花嫁となる筈だった母を奪った、あの人のような衝動も

けれど家族に対する愛なら、理解している
あの人を庇って命を落とし、それでも誰も憎まず
ただ家族の幸福を願った、お母様が教えてくれた

此処は教会でも、懺悔室でもありませんが
迷える者が居るのならば、私は聞き、応えましょう

「愛とは、大切な人の幸福を願うもの。
けれど、それはあくまで一つの形。
愛した相手に焦がれ、求め、時に慟哭する。
そんな、感情の揺れ動きこそが心なのではないかと、私は思います」

【祈り】と共に【破魔】と光の【属性攻撃】を込めて
悲愴の葬送曲を【歌唱】します

……どうか、彼女に救いがありますように



●葬送曲に想いを込めて
 ティアには知らないものがある。
 それは恋という感情。誰かを恋しいと思う心。愛おしいと感じる想いがどんなものかを、身を以て知る機会は訪れていない。
 話で聞いたり、本で読むその感情を想像することは出来た。
 けれども恋はしていない。これまでに見てきたそれが、美しいだけのものだとは思えないから。それに――他の吸血鬼の花嫁となる筈だった母を奪った、あの人のような衝動も知らない。知りたくもない。
 ティアは影朧を見つめ、遊女めいた着物から滴る血混じりの水を瞳に映した。
 彼女は愛を求めている。
 色恋沙汰については語ることは出来ないが、愛とは男女で交わすようなものだけをそう呼ぶのではない。
 恋を知らずとも、家族に対する愛なら理解している。
 あの人を庇って命を落とした母は、誰も憎まずにただ家族の幸福を願った。
「愛は、お母様が教えてくれました」
 命を賭して愛を示し、幸せを祈って逝った母の姿を忘れたりなどしない。色恋の愛ではない感情を知れば、あの影朧も救われるだろうか。
 そう考えたティアは真っ直ぐに彼女へと視線を向けた。
 影朧の女はきっと様々なことに迷っている。此処は教会でも懺悔室でもないが、迷える者が居るのならば――。
「私は聞き、応えましょう」
 両手を胸の前で重ねたティアは、自分が思う愛についてを言葉にしていく。
 愛とは。
 そして、心とは。
「それは大切な人の幸福を願うものです」
「……」
 女は何も声を返すことなく、糸切り鋏をしゃきりと鳴らしただけ。返答がないことも予想済みだったゆえ、ティアは構わずに続けていった。
「けれど、それはあくまで一つの形」
 愛した相手に焦がれ、求め、時に慟哭する。
 そんな感情の揺れ動きこそが心なのではないか。私はそう思います、とめいっぱいの思いを告げたティアは瞼を閉じた。
 今、自分はひとりではない。振るわれる血の刃を猟兵の仲間が受けてくれていることを感じて、ティアも攻勢に入る。
 祈りと共に破魔を宿した光を戦場に満ちさせ、ティアは花唇をそっとひらいた。
「主よ。願わくば、彼の者の魂に永遠なる安息を」
 謳われていくのは悲愴の葬送曲。
 響き渡るティアの歌声には強い願いが込められている。この結末が何処に、どのように転じるのかはまだ誰も知らない。
 それでも――。
「……どうか、彼女に救いがありますように」
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ティル・レーヴェ
ライラック殿(f01246)と

問い紡ぐ其方
この名告げ妾が想う其れを
儘に伝えよう
皆其々たる答の海で
其方だけのも見つかりますよう

愛とは幸を願う心
向ける先は友や家族
恋し人や己、その他だって
その傍に裡に幸満つるを願い想う心
妾は其れを愛だと思う
友愛、親愛、恋愛、自己愛
詞と在らずも其のどれも

心とはその愛の源
想いの源泉
其処より生まれるは
愛に憎
喜怒哀楽
優しきばかりではなく
時に混ざり詞ともならぬその全てを生む泉
そうして其の泉を裡に抱く
"そのひとそのもの"

だから
貪らせる訳にはゆかぬの
妾は彼を愛すから
その"心"に幸をと願うから

彼紡ぐ其れも裡へと刻み
歌う春は彼の身、心を護り支えゆく力
この先も共に『ほころび』ゆけるよう


ライラック・エアルオウルズ
ティルさん(f07995)と

仔の命を繋いだ心こそ
彼女に問いたいものだが
問われたならば答えよう
僕の持つ名、愛と心を

きっと、愛は水で心は杯だ
注いで、受けて、満ちて、溢して
枯れて、は求めて、溺れゆくもの
その揺らぎも心地良く思えるよな
あたたかな水とすきとおる杯

そんなものであるからこそ
添う貴方を愛しく想う心さえ
隠せも抑えられもしないけれど
微苦さは、今は深く沈めてしまって

君の湛えた水の温度は知れずとも
護り支えられる身と心
溢れる裡の熱を込めるよに
喚ぶ親愛の火力強め、血刃を払い
ふたつの心は貪らせやしないと
放つ刃で妨害と身を狙うよう

君が『あい』を知る事を願う
――けれど、僕は、それ以上に
さいあいのさいわいを、望む



●あいするということ
 愛と心とは。
 問いを紡ぐ影朧。その声から感情は窺い知れない。
 尋ねられていることはどうしてか、とても大切なことのように思えた。茫洋とした眼差しを受け止めたライラックとティルは、其々に己の名と思いを告げてゆく。
 仔猫の命を繋いだ心。
 その思いの在り処を彼女に問いたいものだが、ライラックは堪える。
 問われたならば先ず答えるのが礼儀。
 ティルも静かに頷き、己が想う其れを告げようと決めた。偽りなく其の儘に伝えることが影朧の行く先を決める気がする。
 其々に紡がれる答の海で、彼女だけのも見つかりますように。
 願いながら語る言葉。其れは――。
「愛とは幸を願う心だと思うの」
 向ける先は友や家族、恋し人や己、その他だっていい。色恋だけに留まらぬ感情が愛であり、その傍や裡に幸が満つることを願い想う心。
 友愛、親愛、恋愛、自己愛。
 詞と在らずも其のどれも。妾は其れを愛だと感じる、と答えたティルは穏やかな眼差しを影朧に向けていた。
 そして、ライラックも己の思いを答えてゆく。
「きっと、愛は水で心は杯だ」
 注いで、受けて、満ちて、溢して、枯れては求めて、溺れゆくもの。
 その揺らぎも心地良く思えるような、あたたかな水とすきとおる杯。
 そんなものであるからこそライラックは改めて思う。自分に添ってくれる少女を愛しく想う心さえ、隠せも抑えられもしない。
 けれど微苦さは、今は深く沈める。其れを此処で語らずとも何れ伝わるだろう。
 そのとき、ティルがライラックの手を握った。いつもそうして貰っているように、心を確かめるように、そっと。
 ライラックはその掌を握り返し、淡く笑む。
 そうしてティルは未だ告げていない心について、言の葉を繋げていった。
「心とは、その愛の源で想いの源泉――」
 其処より生まれるは、愛に憎。
 喜怒哀楽のすべて。愛も心も優しきものばかりではなく、時に混ざり詞ともならぬその全てを生む泉だと感じている。
 そうして其の泉を裡に抱く、それこそが“そのひとそのもの”。
 其れ故に問わずとも胸裏に隠れているはず。
 貴方だけの愛と、心が。
 ティルの思いを感じ取り乍ら、ライラックは影朧へと思いを向けてゆく。
「君の湛えた水の温度は知れずとも――、」
 護り支えられる身と心が此処にある。ティルを護るかたちで一歩前に踏み出したライラックは、離れる手の名残惜しさを感じつつ、親愛なる友を呼ぶ。
 溢れる裡の熱を込め、喚ぶ友が持つカンテラの火を強めた。そうすれば影朧から放たれた血刃が払われ、此方への衝撃が散らされる。
「ふたつの心は貪らせやしない」
「そう。だから、貪らせる訳にはゆかぬの」
 妾は彼を愛す。
 はっきりと詞にしたティルは、その“心"に幸を、と願う。これこそが愛であるのだと身を以て示し、少女は春の歌を紡ぎはじめた。
 春を歌う雛鳥。その加護は花の庭に廻り、破魔の花弁が広がっていく。
 ライラックも親愛なる友人に願い、宵色の刃で血を祓っていった。共に戦う二人の思いはきっと同じ。
「君が『あい』を知る事を願う」
「其方が、『こころ』を思い出すことを願って」
 ライラックとティルは感じた儘の詞と思いを向け、より良い先が訪れることを祈る。
 血の刃は未だ収まらないが、この力が続く限りは謳い、戦い続けたい。ライラックは己の力を振るう中で、胸裏に浮かんだ別の思いを自覚する。
(――けれど、僕は、それ以上に)
 気付けば彼は無意識に、自分の中に強く廻る思いを詞にしていた。
「さいあいのさいわいを、望む」
「妾も、あなたを」
 ティルは双眸をそうっと細め、彼が紡ぐ其の想いを裡へと刻む。
 歌う春は彼の身と心を護り、支えゆく力と成って響き続けた。そして、歌はさいわいと言祝ぎを宿して戦場を包み込む。
 どうか、どうか。この先も共に『ほころび』ゆけるように――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ロキ・バロックヒート
心ってなんだろうね
カタチを持たないくせしばしば枠に嵌められる
女で在れひとで在れ
生まれは関係なし
そう定義したものから欠けたり過ぎたりしたものは
他でもない己がいちばん責め立て認めない
在るがままで在ればよいと
そう思うことは難しい

影が私に牙を剥く
むしろ影こそ光に照らされて生まれた淀みだから
それは棘と茨となり進む私に傷を刻む
―神で在れ
そう定義するたび
どんどん澱むことはわかってる
もう清め切れない程であることも

けれど
幾ら血を流しても叶わなくても
在れなくても自他に誹りを受けても
そう在りたいそうしたいと
願うことが心なのだと思う

だからここを抜けて聞いてみなきゃ
どうして猫を助けたの?って
きっとそれが君の心なんだろう



●愛の欠片
 心ってなんだろう。
 影朧からの問いかけを聞き、ロキが思い浮かべたのは純粋な疑問。
 心が傷ついた、心が癒やされる、なんて言葉は何処の世にもあふれている。それは目にも見えず、カタチを持たないくせにしばしば枠に嵌められるもの。
 女で在れ、ひとで在れ、生まれは関係ない。
 性別など些事だとロキが思う理由は、自身が性に囚われる存在ではないから。
 そう定義したものから欠けたり、過ぎたりしたものは、他でもない己がいちばん責め立て認めない。自分を認められないということは、手に入れられないものを永久に探し続けることにも成り得る。
「可哀想に」
 ロキは敢えて、先程に影朧が発した言葉と同じことを呟いた。
 在るがまま、そのままで在ればよい。彼女がそう思うことは難しいのだろう。その瞬間、影朧が齎した力がロキの周囲に広がり、辺りが異空間の迷路と化していく。
 その迷路は心の淀みから出来ているらしい。
 周辺は影に満ちていた。
 その影がロキへと牙を剥くように蠢いては揺らいでいく。されどロキはそれらを認めながら迷路の出口を目指していた。
 影は怖くはない。むしろ影こそ、光に照らされて生まれた淀みだ。
 ロキ自身が怯んでいないとはいえ、影は棘や茨となって傷を刻んでくる。
 ――神で在れ。
 そのように自分を定義するたび、心がどんどん澱んでいくことはわかっていた。
 そして、それはもう清め切れない程であることも痛いほどに解っている。その感情を映し出すかのように影は襲い来た。
 ロキは進み続ける。己の心と向き合いながら、ふたたび影朧に会うために――或るひとつのことを問いかける為に歩いてゆく。
 幾ら血を流しても、願いや望みが叶わなくとも、思うように在れなくても。自他に誹りを受けたとしても、そう在りたい、そうしたいと願うこと。
 それこそが心なのだと思った。
 影に侵食されそうになりながらもロキは歩みを止めない。
 やがて淡い光が満ちる出口が見えはじめた。その向こう側に影朧がいることを確かめ、ロキは手を伸ばす。そして、影朧に問いかけた。
「どうして、猫を助けたの?」
 ロキはずっと考えていた。あの行動こそが彼女の心を繙く鍵になる。
 すると女は暫し黙り込んだ後、ぽつりと零した。
「とても可愛かったから。まだ、生きて欲しいと思って――」
 その言葉は半ばで途切れてしまったが、それを知れただけで充分だった。
 可愛い。それはロキもよく多用している愛が入っている言葉だ。彼女自身は気が付いていないらしいが、愛という感情の欠片はもう知っているはず。
「きっとそれが君の心なんだろう」
 ロキの言葉に対して彼女が何を思ったのかは未だ知れない。
 しかし、少しずつ何かが変わって巡りはじめている。そんな気がしていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

月居・蒼汰
ラナさん(f06644)と

もしかしたら、愛することが、愛されることが
…愛を知ることで、自分が変わってしまうのが
怖かったんじゃないでしょうか
それなら、何も知らないままでいたほうがいいと
俺も、ずっとそんな風に思っていたから
でも…

…俺は、世界の、誰かのために戦うヒーローだけど
それでもただひとり、守りたい人を見つけることが
出逢うことが出来た、…どこにでもいる、ただのヒーローです

…ラナさん、
俺は皆を守るヒーローだけど、同時に…
あなただけのヒーローにもなりたいんです

それは、疑いようもない俺自身の心で、想い
ラナさんが応えてくれたなら、何だか目頭が熱くなった気がするけれど
影朧と向き合って、願い星の憧憬で一撃を


ラナ・スピラエア
蒼汰さん(f16730)と

愛は、本当に不思議で…
言葉では表せないものだと思います
だからその存在を求める貴女は
十分、魅力的な女性なんだと思うんです

私は…
多分出逢ってすぐに
蒼汰さんを好きになっていたから
そして、恋も愛も知らなかった私は
その想いに気付けていなかったから

心に想っていた時
皆のヒーローだと思っていた彼からの言葉に
驚きを隠せずに顔を上げて
…私にとって、蒼汰さんはずっと私のヒーローです
でも、それだけじゃなくて…
もっともっと、かけがえのない人ですよ

震える声で
初めて言葉にした真っ直ぐな気持ち
愛に気付かなかった私の
精一杯の愛の正体

私の心をあげることは出来ないけれど
少しでも満足して貰えたでしょうか?



●輝きは心に
 愛とは、本当に不思議なもの。
 産まれ落ちたときに親から受ける愛情。親しき人達へ感じる友愛や親愛。物語で読み解く、人と人の間に生まれる感情。
 それら全てを内包する、『愛』というたったひとつきりの言葉。
「私は……愛とは、言葉では表せないものだと思います」
 ラナは影朧から問われたことに、感じたままのことを告げた。しかしそれだからこそ、その存在を求める影朧の彼女に向ける思いがある。
「貴女は十分、魅力的な女性です」
 ただのモノなんかではない。自分を価値のないものだと思わないで欲しい。そんな想いを込めて、ラナは影朧を見つめた。
 蒼汰も女からの問いかけを思い、愛について考えを巡らせていく。
 彼女はもしかしたら、愛することが、愛されることが怖かったのではないか。
「あなたは愛を知ることで、自分が変わってしまうのが恐ろしかったんですか?」
 蒼汰も思い当たる節があった。
 自分が自分でなくなってしまうほどに変わってしまうなら、何も知らないままでいたほうがいい。蒼汰自身も、ずっとそんな風に思っていたからだ。
「…………」
 対する影朧から返答はない。だが、蒼汰もラナもそれでも構わないと思っていた。
 今の自分達が出来るのは言葉ではなく、想いで問いに答えること。
 名も境遇も知れぬ彼女にこれ以上の言及はできない。それならば、互いへの感情をはっきりとさせて示すことが正答に近いはず。
「私は……」
 ラナは自分の裡にある想いを、そっと巡らせた。
 胸裏に浮かんだのは蒼汰と過ごしてきた様々な日々。共に乗り越えてきた戦いや困難、一緒に笑いあったひととき。思い返せばきりがないほどに蒼汰との思い出がある。
「多分、出逢ってすぐに蒼汰さんを――」
 好きになっていたから。
 そして、恋も愛も知らなかった自分はその想いに気付けていなかった。
 それが今は分かる。時間を掛けて、ゆっくりと知っていった心。あたたかな春のような気持ちがずっと此の胸に宿っている。
 蒼汰はラナの声を聴き、自分も思いを示すときだと感じた。
「……俺は、世界の、誰かのために戦うヒーローだけど。それでもただひとり、守りたい人を見つけることが、出逢うことが出来た」
 自分はどこにでもいる、ただのヒーロー。人を救う為に戦う者。
 けれど、それだけではない。
「ラナさん」
「はい、蒼汰さん」
 蒼汰がとても大切なことを伝えてくれるのだと知り、ラナは彼の方に向き直る。
 重なる視線。伸ばした手と手が触れあう。
「俺は皆を守るヒーローだけど、同時に……あなただけのヒーローにもなりたいんです」
 蒼汰が告げたのは偽りのない意志。
 それこそが、疑いようもない自分自身の心で、想い。
 ラナの瞳は蒼汰だけを映している。好きだという言葉を心に想っていたとき、伝えられた彼の思いに驚きが隠せなかった。
 皆のヒーローだと思っていた彼が、自分だけのヒーローに、と望んでくれている。
 眸が潤む。けれども今は少し堪えて、言の葉を伝え返す時だとも思えた。
「……私にとって、蒼汰さんはずっと私のヒーローです」
 だからもう、なれている。
 それに、とラナは心からの想いを声に乗せていく。
「それだけじゃなくて……蒼汰さんはもっともっと、かけがえのない人ですよ」
 声は震えていたけれど、初めて言葉にしたのは真っ直ぐな気持ち。
 これが愛に気付かなかった自分の、精一杯の愛の正体。
「ラナさん……」
 何だか目頭が熱くなった気がする。蒼汰は彼女の名を呼び、静かに頷く。
 好きです、という言葉を蒼汰は飲み込んだ。その理由は戦いが続いているからだ。互いの思いが通じているということを示せれば、今は充分。
 戦いとはいっても、ラナも蒼汰も決して影朧を無意味に攻撃することはなかった。
 そうしなくても良いと二人は知っている。
 影朧を見つめたラナは、これが自分達にとっての愛であり心だと示した。
「私の心をあげることは出来ないけれど、少しでも満足して貰えたでしょうか?」
「あなたの中にも、どうか心が残っていますように――」
 ラナの隣に立つ蒼汰は影朧と向き合い、己の意志を紡いでいく。そして、其処から描く願い星の憧憬が深い夜を彩った。
 彼方の空から降る星の輝き。
 それはまるで、彷徨う影の行く先を淡く照らしていくかのように流麗に迸ってゆく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

陽向・理玖
愛?
知るか
俺も知りてぇ

でも
師匠や兄さん達を好きだと思う気持ちと
何だか少し違う気がする

守りたい気持ちも
大事だと思う気持ちも
同じはずなのに

ふと
一人で泣いてやしねぇか
心配になったりして
側にいてやりたいと

いや
本当は
俺が側に居たい
首から下げてる指輪触れ

怖がらせたく
傷付けたくないのに
もっと触れてみたいって
そう願っちまう

何だよこれ
胸裂いたら分かんのか?
それで分かったらとっくにやってる

感情が足りない
戦う道具だから俺にも分かんねぇのか?
刃見切りダッシュで距離詰めグラップル
拳で殴る


難しい
けど俺はもう…
覚悟決め

刃武器受け
カウンターでUC
分かってる
びびってるだけだ

愛も心も生きてなきゃ分かんねぇ
だから
転生して生き直せ



●瑠璃の環
「愛? 知るか、俺も知りてぇ」
 開口一番、理玖が返したのは純粋なまでの『知らない』という答えだった。
 生まれて生きて十六年ほど。愛を語ることが出来るほどの経験はしておらず、そういった感情を向けられた時期はとても短い。
 それでも愛の一片は知っている。
 師匠や、自らが兄さんと呼ぶ人達への好き。師弟の間にある親愛や友愛と呼ぶ気持ちもまた、愛という物のひとつ。
 でも、と呟いた理玖はある人のことを思い浮かべる。
 近頃に抱いている思いは、それとは何だか少しばかり違う気がした。
 守りたいと感じる気持ち。大事だと思う気持ち。
 根本的には彼らへの思いと同じはずなのに――彼女への想いは、特別なものだ。
 ふと気付けば考えている。
 一人で泣いてやしないか。悩みを積み重ねて俯いてはいないか。そういう風に心配になったりして、側にいてやりたいと思うようになった。
「……いや、違う」
 考えを巡らせた理玖は頭を振り、本当は自分が側に居たいのだと気付く。
 首から下げている銀の指輪の片割れに触れた。静かに煌めく瑠璃の石を見つめた理玖は、指輪を大切そうに握り締める。
 怖がらせたくも、傷付けたくないのに。もっと触れてみたい。
「そう願っちまうのが……こころ、なのかもな」
 指輪を握ったまま、胸元に拳を当てた理玖は無意識に言葉を紡いでいた。胸の奥に渦巻く不思議なあたたかい感情。この意味をまだ知らない。分からない。それだというのに、心の奥底では解りかけている。
「何だよこれ。胸裂いたら分かんのか?」
 理玖は胸元から手を離し、それを大切に仕舞い込む。影朧を見据えた理玖は指輪の代わりに龍珠に触れた。
 影朧の女も、言い知れぬ感情の答えを求めているのだろうか。
「でも、それで分かったらとっくにやってるよな」
 女は物理的に心臓を求めているようだが、理玖は違う。まだ感情が足りない。戦う道具として作り替えられたものであるゆえに自分にも分からないのだろうか。
 しかし、今はただ戦うだけ。己の答えはこの拳で示すとして、理玖は地を蹴った。
「あなたは、愛を探しているの?」
「さぁな。探さなくても見つかるかもしれねぇし」
 影朧からの問いかけに答えた理玖は、放たれた刃の軌道を見切る。血の刃の幾つかが掠ったが、彼は止まることなく距離を詰めた。
 突き放つ拳が糸切り鋏で受け止められ、鋭い刃の感覚が伝わってくる。
 愛なんてものは難しいだけ。
(けど、俺はもう……)
 刃の衝撃を堪え、覚悟を決めた理玖は全力で拳を振るい返した。
 分かっている。自分はただ怖がっているだけだ。傷付けやしないかと考えてしまって、踏み込むことを少しだけ躊躇している。
「何もわかんねぇけどさ、愛も心も生きてなきゃ分かんねぇ。だから――」
 生き直せ、と告げた理玖の一撃が影朧を鋭く穿った。
 渾身の一撃を叩き込んだ彼は前を見据える。己もまた、この胸の奥にある感情を見つめて往かなければならない。
 抱いた覚悟は強く、深く――少年の心の裡に宿っていった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

浮世・綾華
【千遊】

ナツと呼ぶオズに首を傾げるも
どろどろとした何かを受け入れるように
「――オズ、行こう」
深く空気を吸い込み踏み出す

問いにオズの言葉を思い出す
『勝手にそうなる』のが心なら
あらゆる感情を押しのけ
笑っていて欲しいと想うこれが――

俺はただの主の所有物で
きっと本当にモノでしかなかったけれど
今はそうじゃないって思いたい

オズのくれた数多の言葉や温もりがそうさせる
心強く、なのに何故か目頭が熱くなって
そして前に進めると思えた

だから俺も
『大丈夫』って
少しでも返したかったんだ

「でも、全部
教えてなんかやらない」

愛らしい光を追い
待つ人に向かわせるは鍵刀
俺は優しくないから

倒さなきゃ、守れないから
「悪いな」と迷わずに


オズ・ケストナー
【千遊】

たすけてくれたの?
ありがとうっ
安堵すれば見覚えある猫だったと気づく
ナツ?

迷路を前に
アヤカに頷く

自分で感じたもの
しったこと
ひとつ欠けても今のわたしにたどりつかなかったと思う
アヤカのとなりをあるいてはいなかったかもしれない

アヤカは『がんばったのがわかった』って言ってくれた
目の奥が熱くなるはじめての心地
『大丈夫』もうれしくて
ぜんぶ

生まれた猫のガジェットが
尾の先を光らせながら先導する

抜け出たら
ガジェットは猫から豹へ
アヤカとわたしを守るように間に立ち

こころ
かわいそうにと言ったのは
ねこさんをげんきにしてあげたのは
心が体を動かしたものじゃないのかな

それでも心を尋ねるなら
彼女がしりたい心ってなんだろう



●こころがある場所
 白い仔猫と三毛猫が駆けていく。
 主の元に戻っていった猫達の姿に安堵を抱き、オズは影朧に目を向けた。
「ナツをたすけてくれたの? ありがとうっ」
 オズは白猫の名を呼ぶ。
 先程までは死華の根に覆われていて分からなかったが、額にあるバツ印のような模様は見間違えるはずがない。安堵と共に影朧に礼を告げたオズは、本当によかったと胸を撫で下ろしていた。
「ナツっていうのか、あの仔」
 首を傾げながらも綾華は周囲を見渡す。そのときにはもう、影朧が齎す迷路が辺りに作り出されていた。それは此方の心の淀みを糧にして広がる迷宮だ。
 昏くて深い闇。
 僅かな光が押し潰されていくような光景。
 そういったものが綾華とオズの周りに生み出されていく。しかし綾華はどろどろとした何かを受け入れるように頷き、オズを誘った。
「――オズ、行こう」
 そして、深く空気を吸い込んだ彼は踏み出していく。
「うんっ、だいじょうぶだよ」
 アヤカといっしょだから、と伝えたオズは心の迷路を進んでいった。花庭からは切り離されてしまったが、出口を目指せばまたあの場に戻ることができるだろう。
 慎重に、それでいて真っ直ぐに進む二人は決して惑わない。
 そのとき、何処かから声がした。
 ――心ってなぁに?
 影朧の声がこの空間にまで響いてきているらしい。その問いに対し、綾華はオズの言葉を思い出した。
(そうだ、『勝手にそうなる』のが心なら、)
 あらゆる感情を押しのけて、笑っていて欲しいと想うこれが――きっと。
 綾華は元よりただの主の所有物。本当の意味でただのにモノでしかなかったけれど、今はそうではないのだと思いたい。
 ひとである、と定義したいと願っているのはオズのくれた数多の言葉や温もりがあったから。そのひとつずつが自分をそうさせる。
 オズがいるだけで心強い。
 それなのに何故か目頭が熱くなって、綾華は片手で眉間を押さえた。けれども、この思いがあるからこそ前に進めると思えた。
 同じように、オズも心への問いについて考える。
(自分で感じたもの、しったこと。ぜんぶ、こころがあったから、)
 どれも、ひとつが欠けたとしも今の自分には辿り着けなかったはず。今こうして、綾華の隣を歩いてはいなかったかもしれない。
 オズは綾華の横顔をそっと覗き見る。
 彼は『がんばったのがわかった』と言ってくれた。それは目の奥が熱くなるはじめての心地で、『大丈夫』という言葉もうれしくて、自分もそう告げたくなった。
 ぜんぶ、大切なものだから。
 そうしてオズは道案内役の猫のガジェットを呼ぶ。黒い身体と赤い目のガジェットは少しだけ綾華に似ていた。
 尾の先を光らせながら先導する黒猫の後に続いた二人は、やがて出口を見つけた。
 互いを思いあう心が強かったからか、淀みの迷い路は跡形もなく消えていく。
「――愛ってなぁに?」
 すると今度は直接、影朧の声が綾華達の耳に届く。
 大丈夫だと伝えあえることが嬉しい。少しでも想いを返したいと願ったことこそが、心であり親愛だと感じられた。
 綾華は黒鍵刀を構え、女に鋭い眼差しを向ける。
「俺は知ってるよ。でも、全部は教えてなんかやらない」
 心も愛も、どちらも誰かに言葉で教えられて知るものではないはずだから。
 綾華が地を蹴った動きに合わせ、先程の魔導機械猫が駆けた。跳躍と同時に黒豹へと姿を変えたそれはオズと綾華を護るように布陣する。
 敵から心を貪る血の刃が放たれたが、綾華もオズも決して怯みはしない。
 可哀想に。
 そういって、仔猫に力を分け与えた影朧の女はきっと完全にわるいものではない。そう考えたオズは彼女に問い返す。
「ナツをきにしてあげたのは、心が体を動かしたものじゃないのかな」
「…………」
「答えられない? それなら考えるといい」
 オズに対して無言のままだった影朧に告げ、綾華は鍵刀を振り下ろした。糸切り鋏がそれを防いだが、綾華が操る複製鍵とオズの黒豹が彼女に襲い掛かっていく。
(俺は優しくないから。倒さなきゃ、守れないから)
 裡に秘めた思いは言葉に出さぬまま綾華は影朧に斬撃を見舞っていった。オズも黒猫豹に願い、影朧の力を削り取っていく。
 きっともう、彼女はこころを識っているはずなのに、とオズは疑問を浮かべた。
 それでも心を尋ねるなら、彼女がしりたい心ってなんだろう。
 その答えは誰も見つけていない。
 影朧であり殺人鬼である彼女本人すらも、未だ――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

セト・ボールドウィン
トティア(f18450)と

女の攻撃はUCで受ける
鎖で繋いで、真っすぐ向き合う

難しいこと訊くんだな

心は俺自身
今はあんたに転生して欲しいって思ってる
それはここに居る俺の気持ち
俺が居なくなったら、なくなっちゃうものだよ

愛も、俺のなかに在る
俺さ。家族とか友達とか、大好きなんだ
みんなずっと幸せに笑っていて欲しい
この気持ちのことなんじゃないかな

俺は、俺だよ
猟兵で
ここに居るトティアの友達で
将来は超一流の狩猟者になる予定の
それが俺

俺は、俺が何者かってのは自分で決めたいんだ
あんただって、そうしていいんだ
他人からどう呼ばれても関係ないよ

もう一度やり直してみない?
きっと見つかるよ
愛も、心も。あんた自身だって。ぜんぶ


トティア・ルルティア
セト(f16751)と

…その眼差しは、『心』から生まれたものではないの?
きょとん瞬き

猫の命を奪われた時、
お前を『敵』だと思ったの
お前が猫を救った時、
お前を『お前』と思ったわ?
見たもの、感じたもので形は有り様を変えてしまうのね?
心は己自身とはこういうこと?
ならば此処に在るお前もわたしも心があるのね?
愛もきっと同じね?

血刃は剣で打払い
女へと足を向け

そうね
わたしはセトの友
友と言葉交わすだけで喜び弾むイキモノよ
そしてこれは、思い切り踏み出した道の先で掴んだもの
わたしはヒトならざる器物だけれど
考える事が出来るわたしが好きよ

心に灯る暖かさをUCに込め
焔の剣で彼女へ伝えよう
お喋りが下手な分
今の心をお前にも



●友への思い
 ――愛ってなぁに?
 遊女の問いかけと共に、その胸に宿る心臓がとくんと跳ねた。
 其処から巡るのは滴る血で具現化させた心の結晶。浮かびあがった血は心を貪る刃となり、セトとトティアの元に迸ってくる。
「危ない!」
 セトは咄嗟に竜の力を紡ぎ、鎖に纏わせたオーラで以て刃を受け止めた。
 重い衝撃が鎖越しに伝わってきたが、セトは地を踏みしめて耐える。トティアの分まで痛みを受けたセトだが、その眸は真っ直ぐに影朧に向けられていた。ありがとう、とトティアが告げた言葉に頷き、セトは拳を握る。
 自分と影朧を鎖で繋いだセトは、先程の問いかけについて考えていく。
「難しいこと訊くんだな」
 すると、セトの背から顔を出したトティアがきょとんとした視線を向けた。
「……その眼差しは、『心』から生まれたものではないの?」
 幾度か瞬いたトティアは影朧の女に問い返す。
 しかし返答がなかったので、トティアは自分が感じたことを言葉にしていった。
 仔猫の命が奪われそうだと感じたとき、彼女を『敵』だと思った。
 彼女が猫を救ったとき、彼女をただの『お前』だと思った。
 それは即ち――。
「見たもの、感じたもので形は有り様を変えてしまうのね? 心は、己自身とはこういうこと? ならば此処に在るお前もわたしも心があるのね?」
 疑問のかたちで声にされていくトティアの思い。それを聞きながら、セトは影朧と繋がったままの鎖を強く握った。
 抵抗する影朧は今にも鎖を解きそうだ。
 それでもセトは力を緩めず、心と愛について、そして影朧への自分なりの思いを告げていこうと決めた。
「心は俺自身。今はあんたに転生して欲しいって思ってる」
 それはここに居る自分の気持ちだ。
 もしセトがこの場から居なくなったとしたら無くなってしまうもの。そのように語ったセトの声に納得したトティアは、こくりと頷いた。
「愛もきっと同じね?」
「そうだ。愛も、俺のなかに在る。俺さ。家族とか友達とか、大好きなんだ」
 みんな、ずっと幸せに笑っていて欲しい。
 愛も心も、こういった気持ちのことなんじゃないかな、と話したセトはそっと笑みを浮かべた。その瞬間、影朧に繋がれていた鎖が音を立てて崩れ落ちる。
 女が糸切り鋏に纏わせた血刃で鎖を斬り落としたのだ。
「家族……」
 しかし、影朧は何かをぽつりと呟いた。
 その間にも血の刃が襲い掛かってきており、トティアは魔法剣で以てそれを弾く。
 女が何を思ったのかは知れない。されど二人の言葉が何の意味もなさなかったわけではないことだけは、はっきりと分かった。
 影朧は糸切り鋏を振りあげながら、少年と魔女に再び問いかける。
「だぁれ?」
 彼女は単に名を尋ねたわけではないのかもしれない。それでも二人は質問を真摯に受け止め、己が伝えられる言葉を送っていく。
「俺は、俺だよ」
 猟兵で、ひとりの男で、ここに居るトティアの友達。
 将来は超一流の狩猟者になる予定のセトという個人。それが俺だと宣言したセトは影朧から決して視線を外さない。
「俺は、俺が何者かってのは自分で決めたい。あんただって、そうしていいんだ」
 遊女。殺人鬼。ひとでなし。
 それは本当に自分が定義したものなのか。もし違うなら、他人からどう呼ばれても関係ない。自分を貶めなくていい。そう語る少年の眼差しは真実を捉えていた。
 トティアもまた、自分について告げてゆく。
「そうね。わたしはセトの友」
 大切だと思える友と言葉を交わすだけで喜び弾むイキモノ。
 そしてこれは、思い切り踏み出した道の先で掴んだもの。それが自分の心。親愛という感情だってもう識っている。
「わたしはヒトならざる器物だけれど、考える事が出来るわたしが好きよ」
 影朧の女と自分を少しだけ重ね合わせたトティアはセトと同じように宣言した。友はもう、あの影朧にもいる。先程の仔猫達が彼女の友達であるはず。
 友を生かした。それだけで心が其処にある。
「もう一度やり直してみない? 見つかるよ。愛も、心も。あんた自身だって」
 きっと、ぜんぶ。
 セトはただの女に語りかけ、手を伸ばした。その掌からは影朧という悲しい存在を終わらせる為の力が迸っていく。
 首肯したトティアは、セトが己の分まで思いを告げてくれたと感じていた。
 心に灯るあたたかさを解き放つ力に彩を込め、トティアは焔の剣を振るう。言葉がまだ下手な分だけ、この剣でお前へと伝えよう。
 心の在り処を。
 いま此処に存在する心のいろを。
 少年と少女の懸命な思いは力と共に廻り、伝わっている。水のように感情を映す女の瞳には徐々に僅かな色が宿っていった。
 そして――影朧との戦いは佳境に入っていく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ルーシー・ブルーベル
内から溢れて迷路を形どる
これは、さみしい

本当に大切な別の子を想いながら
わたしを抱きしめる、パパの、ママの横顔を
それでも大好きな心の軋み
なんて心は
自分勝手で
一方的で
不平等

けれど
行き止まりで蹲るのはそろそろ飽いたの
そう思えたのは最近で
そう思わせてくれた人達のおかげ

いきましょう
此処から出るの
おいで、出口まで導いて

あなたがネコさんを助けてくださったのね
ありがとう
初めまして
わたしは、ルーシーというの

ルーシーにとって心とは土
たくさんの種が既にうまっていて
お水や光をもらって、色々な花がさく
他から種をうばっても
あなたの土では咲かないの

あなたにも
今からだって
お水やお日さまが来ますように
あなたの心が咲きますように



●こころの迷い路
 心とは深くて複雑なもの。
 そのことを示すかのようにルーシーの周囲に淀みの迷い路が広がっていった。
 裡から溢れた心が迷路を形取っていく。影朧の力に巻き込まれたのだとルーシーが気付いたときには、辺りは昏い世界に変じていた。
「これは、さみしいきもち?」
 幼いルーシーの心に淀みとして宿るのは寂しさという感情だ。
 両親の姿が迷路の中で揺らいで消えた。
 一瞬だけ見えたのは、本当に大切な別の子を想いながらルーシーを抱きしめる、パパとママの横顔。まるで自分が抱きしめられているみたいだった。
 何も感じない。感じているけれど、穏やかな気持ちでいるふりをする。
 それでも、彼らが大好きだと思う心の軋み。
 そういったものがこの迷い路の中で渦巻いていて、ルーシーは蹲りそうになった。
 しかし、少女はそうしない。
 心というものはなんて自分勝手で、一方的で、不平等なのだろうか。
 幾度もそんなことを考えてきた。自分のものであるのに自由にはいかなくて、考えたくもないことが心に浮かんでしまう。
「だからね、行き止まりで蹲るのはそろそろ飽いたの」
 今まではずっと我慢していた。平気だと自分に言い聞かせきた。
 言葉にしたことのように感じられたのはつい最近で、そう思わせてくれた人達がいるおかげだと思える。
「いきましょう。此処から出るの」
 おいで、出口まで導いて。
 片手を翳したルーシーが呼んだのは、一角獣を模した宙を泳ぐヌイグルミ。およぐお友だちに先導を願った少女は迷路を抜けるために進んでいく。
 だが、そのとき。
 暗いばかりの迷い路が不意に揺らいだかと思うと、違う景色に変わっていった。ルーシーではなく、誰かの力が影朧の領域を塗り替えていったようだ。
「この町は……?」
 梟が鳴く、夜更けの廃町の景色が広がっていく。
 不思議に思ったルーシーだが、知っている人に近しい雰囲気を感じた。自分を害する光景ではないと感じた少女はそのまま廃町を進んでいく。
 すると、少し先に佇む影朧が見えた。
 こんばんは、と会釈したルーシーは糸切り鋏を持つ女の背に話しかける。
「あなたがネコさんを助けてくださったのね」
 ありがとう。
 それから、初めまして。
「わたしは、ルーシーというの。あなたは?」
「……ただの女よ」
 ルーシーが問いかけると、影朧はそれだけを答えた。そうして振り返った女は少女へと問いを投げかけた。
「――ねぇ、心ってなぁに?」
 その質問は繰り返し行われてきたものだ。皆がそれぞれに答えを告げたのだろうと考えながら、ルーシーは自分なりの返答を声にする。
「ルーシーにとって心とは土よ」
 たくさんの種が既にうまっていて、お水や光をもらって、色々な花がさく。
 それは自分だけのもの。
「他から種をうばっても、あなたの土では咲かないの」
 だから、とルーシーは伝えていった。
 あなたにも種がある。
 今からだって芽吹きを結わうことは出来るはず。梟の鳴く声を耳にしながら、ルーシーは一角獣のヌイグルミを傍に呼ぶ。
「お水やお日さまが来ますように。あなたの心が咲きますように」
 ほんの少しだけど導くことならできるから。
 少女はただの女だと自ら名乗った遊女の姿を、そっと見つめた。
 きっと、彼女は――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

宵雛花・十雉
破魔矢で応戦しながら考える
女からの問いかけ、その答えを

愛、か
オレにもよく分からない
だってオレにとっては黙ってても勝手に溢れてきて止まらないもんなんだ
気付けばいつの間にか自分の中にあって
自分の一部みたいなもの

けどさ、ある人はオレにこう言ってくれた
オレはオレの抱く愛を誇っているべきだって
愛することができるのは素敵なことだって

愛は人の中に当たり前にあるものだと思ってたけど、でも違った
愛を知らない人だっている
そんな中で愛を抱くことが出来た自分は幸せなんだって知った

オレにとって愛は分かち合うものだから
愛を知らない人、愛が欲しい人にも胸を張って分けられるように
オレは自分の愛を誇りに思っていたい



●序章、梟の鳴く町で
 女の心臓が不規則に動いている。
 止まったかと思えば、とくんと跳ねた。動いたかと思えば、死んでいるかのように止まったまま。そして、その動きに合わせて心を貪る血の刃が迸った。
「これは流石にきりがねぇな」
 十雉は自分に向かってくる刃を破魔矢で撃ち落とし、応戦し続けながら考える。
 先程に女が投げかけた問いかけの、その答えを。
「愛、か」
 千代紙の紙飛行機を更に投げ、あらたな破魔矢を作り出した十雉は頭を振る。
「オレにもよく分からない」
 だって、と十雉は自分のこころを思い返す。愛とは、情とは、自分にとっては黙っていても勝手に溢れてきて止まらないものだった。
 気付けばいつの間にか自分の中にあって、己の一部みたいなものだから。
「言葉には出来ないな。けどさ、」
 十雉は影朧を見つめ、或る人が自分に告げてくれた言葉があるのだと語る。
 その人はこう言ってくれた。
「オレはオレの抱く愛を誇っているべきだって。愛することが自然にできるのは素敵なことだって――そんな風にさ」
 だからこそ、十雉は愛とは人の中に当たり前にあるものだと思っていた。
 けれど、どうやら違ったようだと気が付いた。
 当たり前にあるはずの愛を知らない人だって世界にはたくさんいる。そんな中で愛を抱くことが出来た自分は幸せなのだと知った。
「アンタは愛を知らない。それとも、知りたくなかった?」
 十雉は女に問いかけてみる。
 返答はなかったが、それでも良いと思った。自分の答えを示し続ければ、それが正答になるのだと何となく理解している。
「オレにとって愛は分かち合うものだからさ」
 愛を知らない人、愛が欲しい人。そんな相手にも胸を張って分けられるように。
 愛とは、そういうものだと信じている。それゆえに――。
「オレは自分の愛を誇りに思っていたい」
 それに、女は既に愛の欠片を分け与えている。それを証明するのは、先程に目にした仔猫とのやりとりの光景だ。
 愛を知らないのではなく、見ようとしていないだけ。
 多分きっと、そうだ。根拠はないけれどそう信じたいとして、十雉は影朧をふたたび見つめた。そのとき、周囲の景色が一変する。
 梟の鳴き声が聞こえ、辺りは夜更けの廃町となっていった。
「先生……?」
 誰かの異空間をつくる力が発動したのだと感じたとき、十雉はどうしてか、彼のことを呼んでいた。そして、十雉は昼間に手に取った本の内容を思い返していく。
 勧められた書籍以外にも十雉は元から探していた書にも目を通していた。
 その本とは――。

 ❀……❀……❀……❀……❀……❀

『ひとでなし』――第拾七頁。

 女は未明に現れた。
 男へと糸切り鋏が振るわれ、あかい軌跡が散る。
 飛び散った液体は女の頬を濡らした。鉄の匂いが辺りに満ちていく。
 此度も駄目だったと呟く其の女の鋏は、繋がり掛けた縁を断ち斬るモノでしかない。

 ❀……❀……❀……❀……❀……❀
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

鈍・しとり
本で貴女を読んだわ
同じ方かは知らないけれど
けれど同じことを云うのね

私は鈍刀のしとり
穢れし付喪の宿りたる
千代の雨乞う妖の化生
ひとでなしの化け物よ

わたしを見よ
此の刀はとうに亡骸
何を抱くこともない
此れぞ只の物である

わたしを見よ
四肢此れにあり
遂に声すらも得た
心を世に現す為に

何者かとして世に為す為に
よすがと成るのが心なのだと
わたしはそう思うわ
榎本の母御よ


とは云え愛も心も
虚であれ空であれ美味の杯に同じ
それで仕舞いが化け物なのだから
其方は人に他ならぬ

だから大事にしておやり
そんなに剝き出しにして
喰ってしまうよ
血も心も糧であるから

―嗚呼何だか
お互い様ね
『あの心が欲しゐ』

痛覚を
胸の痛みを鈍らせてあげる
あの仔の礼に



●第二章、いとを切る鋏
 周囲には不思議な空間が広がっていた。
 それまでに居た夜の花庭とは違う、深い夜更けの色に覆われた廃町。しとりを始めとした猟兵達と影朧は今、そのような景色の中にいた。
 梟が鳴いている。
 屹度、此れは彼――英の力だ。
 そのように感じたしとりは自ずと納得し、目の前に佇む遊女に視線を向ける。
「そう、貴女が……。其の姿に其の得物、本で読んだわ」
 同じ方かは知らないけれど、と付け加えたしとりは影朧に語りかける。
 本と現実は別かもしれない。
 虚構と現実の区別も付いている。けれど、彼女は本の中の女と似たことを語り、同一の得物を手にして、同じ言葉を問いかけてきた。
「だぁれ?」
 女の血のようにあかい瞳と、しとりの雨のように透き通った青の瞳が交差する。
 問われたならば答えねばならない。
 彼女が返答を求めていないとしても、それが今のしとりがすべきこと。
「私は鈍刀のしとり」
 穢れし付喪の宿りたる、千代の雨乞う妖の化生。
 そう、貴女という存在と同じ――。
「ひとでなしの化け物よ」
 しとりは静かに名乗りをあげ、千代砌の刃を抜いた。
 わたしを見よ。
 そう告げた彼女は雫に昏れた錆刀を掲げる。
「此の刀はとうに亡骸。何を抱くこともない、此れぞ只の物である」
 わたしを見よ。
 もう一度、しとりは女へと言の葉を紡いだ。女の眼差しは何も映していないように見えたが、意識はしかと此方に向いている。
 四肢此れにあり。しとりは亡き刃に対して、生きた己を示した。
 遂に声すらも得た。其れは心を世に現す為のもの。言の葉を紡げば、思いは見えぬ形となって世界に軌跡を残す。
「何者かとして世に為す為に、よすがと成るのが心なのだと、わたしはそう思うわ」
 ねぇ、としとりは女に呼び掛ける。
「榎本の母御よ」
 しとりは知っていた。生前の彼女の名は――榎本誉。
 殺人鬼であり、遊女であり、彼の母であった者。モノではない、ただの女。
 愛も心も、虚であれ空であれ、美味の杯に同じ。それで仕舞いが己のような化け物であるゆえ、其方は人に他ならぬ。
「だから大事にしておやり」
 そんなに剥き出しにしているのならば喰ってしまおうか。しとりにとっては血も心も糧であるから、そうすることなど容易い。
「榎本……。だぁれ?」
 しかし、女は名字を呼ばれても不思議そうな言葉を落とすだけ。
 人違いなどではないだろう。おそらく女は認めたくないだけだ。誉れが伴わぬならば名など忘れてしまいたかったに違いない。
 彼女は返事の代わりに、しとりに心を貪る血の刃を解き放った。糸切り鋏が振るわれると同時に鋭い刃が迫る。
 千代砌を振るいあげたしとりは血刃を弾き返した。
 その瞬間、あかい軌跡が迸ったことで二人の女の身が血飛沫に濡れる。
「嗚呼。何だか、お互い様ね」
 しとりは女を構成する水の身体にとけて混じっていく赤を見つめ、自分の頬に付着した血を拭った。

 ――『あのこが 欲しゐ』
 ――『あの心が 欲しゐ』

 其処から刃を振るったしとりは、仔猫のナツのことを思い出す。
 今から斬るのは影朧の五感のひとつのみ。痛覚を潰して胸の痛みを鈍らせてあげる。あの仔のいのちの礼に、と告げたしとりは言霊を投げ掛けた。
 そして、胸裏にふと過ぎったのは――読み終えたあの書の一節だった。

 ❀……❀……❀……❀……❀……❀

『ひとでなし』――第七拾七頁。

 今夜未明、月蝕と共に殺人鬼が訪れる。
 着物は血の色に染まり、鋏からあかい雫が地に滴っては鈍い音を立てていた。
 彼女は噎せ返るような惨劇の最中で、何も感じていないかの如く天を仰ぐ。
 紫の空に浮かぶ月は影に蝕まれていた。
 あの月が欠けていく様に、心が無くなっていく。何もかも消えていく。
 光はもう視えない。其れは彼女が、最後のいとを斬って仕舞ったからである。

 ❀……❀……❀……❀……❀……❀
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ロカジ・ミナイ
僕って感情移入しやすいみたいで
さっきまでどうやって殺されてやろうかなんて考えてた
本の中のイイ女
悲しすぎて全身涙になっちまったの

愛とは何かって?しらねーよ、んなことは
説明できないから愛なんて言葉で片付けるんじゃないのかい

変わりゆく様を愛しくおもうこと
明日のお前、汚れるお前、死にゆくお前、飾ったお前、
僕を殺すお前を
受け入れて讃えること
そんな雰囲気よ、愛なんて雰囲気でいい

愛は憎しみと同じだけ転がってんのに
どうして見なかったんだい
まだあったらいいね、その辺に

僕が誰かなんてアンタが勝手に決めりゃいい
強いていうなら
アンタを愛した男の中の一人よ
少なくとも世界で、ひー、ふー、…三番手以下の
全くつまんない存在さ



●第三章、未明に続く殺人
「いやぁ粋なことするもんだね、先生」
 ひゅう、と軽い口笛を吹いたロカジは周囲を見渡した。
 辺りは先程まで自分達が立っていた館の庭ではなくなっている。何処からか梟の鳴き声が響く、夜の色に満ちた廃町の景色となっていた。
 此れは未明の情景。
 ロカジはこの光景を作り出したのが英だと察した。川が流れる音を聞きながら、ロカジは歩を進めていく。
 その先には影朧が立っていた。
 やあ、と女に挨拶をした彼は片手を上げた。勿論、彼女から快い挨拶が返ってくることなどない。しかしロカジは人好きのする笑顔を浮かべた。
 何せ彼女は、昼間に読んだ本に登場した殺人鬼そのものだ。
「僕って感情移入しやすいみたいでね」
 ひらひらと手を振ったロカジは、本の中で殺されていった男達を思い浮かべた。
 目を抉られて失明。腹を裂かれて絶命。
 腹上死なんてのも最高だ。或いは、鋏で心臓を一突きだとか。
「さっきまでどうやって殺されてやろうかなんて考えてたんだけどね。どうにもそういうわけにもいかないのが現実ってもんさ」
 ねぇ、本の中のイイ女。
 そんな風に呼び掛けたロカジは瞳に女の姿を映す。透き通った身体は水になってもしなやかで、見れば見るほどに良い女だとも感じられた。
「悲しすぎて全身涙になっちまったの?」
 ロカジが問いかけても、女は何も答えないまま。その代わりに彼女は手にした糸切り鋏を鳴らし、質問を投げ掛けてきた。
「愛ってなぁに?」
「しらねーよ、んなことは」
 対するロカジは頭を振り、それまで浮かべていた笑みを消した。
 だが、その眼差しまで冷えたものになったわけではない。これまで数多の夜を過ごしてきても、愛そのものを言葉で表すことなど出来なかった。
 愛しているだとか、そんな陳腐な言の葉を並べて解決ということにはならない。
「説明できないから愛なんて言葉で片付けるんじゃないのかい」
 変わりゆく様を愛しくおもうこと。
 明日のお前、汚れるお前、死にゆくお前、飾ったお前。そして、僕を殺すお前。
 そういった全てを受け入れて讃えること。
「つまりはそんな雰囲気よ、愛なんて雰囲気でいい。わかるかい?」
「……あなたも、あの男達と同じね」
「そりゃあね」
 女が意思のある言葉を喋ったことに対し、ロカジは肩を竦めてみせた。男なんてある意味でみんな同じなのよ、と告げた彼は酸いも甘いも知っている。流石に全知であるとは云えないが、少なくとも男女の営みに関してはそうだ。
「愛は憎しみと同じだけ転がってんのに、どうして見なかったんだい」
 まだあったらいいね。
 その辺にさ、と廃町を見渡す仕草をしたロカジがおどけているように見えたのかもしれない。女は強くロカジを睨み付け、糸切り鋏を振りあげた。
 次の瞬間。
 心臓から巡る血で具現化させた心の結晶から、心を貪る刃が解き放たれる。
 ロカジは敢えてその刃を受け止め、流れる血から雷電を生み出した。先程まで殺されようとしていた身だ、一撃くらいは受けておけばいい。
「僕が誰かなんてアンタが勝手に決めりゃいい」
 いつでも電撃を放てる構えを取りながら、ロカジは女に眼差しを向け返す。でも、と言葉にしたロカジは思い至ったことを彼女に伝えていった。
「強いていうなら、アンタを愛した男の中の一人よ。少なくとも世界で、ひー、ふー、……三番手以下の全くつまんない存在さ」
 だから、後は本当にアンタを待っている男に託そう。
 先生こそが愛と心の答えを持っている。そう思うのだと語ったロカジは。未明の時が続く情景を改めて見遣った。
 そうか、と呟いたロカジは妙に納得する。
 此処に広がっている景色こそが、彼の本に描写されている町なのだと――。

 ❀……❀……❀……❀……❀……❀

『ひとでなし』――第二佰七頁。

 糸は縺れたまま。
 遊女は裁縫が得意だったが、同時に糸の扱いは苦手であった。
 欠けた月の様に心を失くしてしまった時分からそうだ。真闇では糸すら見えない。
 何も結べない。結わえない。繋げない。
 其の事実を示すが如く、新聞記事を騒がせる未明の殺人は止まらなかった。
 そして本日も亦、女は紅い唇でわらう。其処にもう、感情は宿っていない。

 ❀……❀……❀……❀……❀……❀
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

榎本・英
なぜ二匹を
沸き上がる疑念も疑問も数多

二人で話をしよう

梟の声と本日未明から始まる新聞の記事もそのまま
私達の生まれ育った街

愛にも心にも答えはない
人の数程あり、相手と向き合い漸く知る
本当は知っているのではないかな
でなければ、私もナツも今を生きていない

此方を見て呉れ
私は英
誉の名に添う花房

ひとでなしの最後を再現するように
貴女と共に川へ

見て欲しい、名を呼んで欲しい
共にありふれた日常を過ごし
母と呼び、慕いたい

寂しかったんだ
貴女はどうだったのだろう

心臓を目掛けて振りかぶった刃は
あの日、あの時の貴女の刃と同じように
心臓には刺さらなかった

――母さん、帰ろう

ひとでなしの続きを綴ろうか
誉れのあるただの女は

ひとである



●終章、ひとでなしの鬼
 愛して呉れないか。
 英はふと、自分ではない自分が落とした声を思い出していた。もしかすればあの幻影のように、影朧の女も――否、母も心の奥底でそのように叫んでいたのかもしれない。
 英は待っていた。
 殺人鬼は未明に訪れるのだから、その状況を用意して迎える心算で。
 ユーベルコードで作り出した、夜更けの廃町。
 此処は自分達が生まれ育った場所。
 さらさらと流れる川の音も、遠くから響く梟の声と本日未明から始まる新聞の記事もそのまま。この情景を作り出して待ち受けることで彼女に逢おうとした。
 そして、邂逅の時は訪れる。

「…………」
 遊女は無言で虚ろな眸を英に向けていた。しかし、ただ視線がその背にある川に向かっているだけで、彼自身をちゃんと見ていないようだ。
「なぜ、二匹を……ナツとナナを、」
 救けたのか、と沸き上がる疑念も疑問も数多で、英は上手く声を紡げなかった。
 想像の中ではもう既に彼女に幾つもの言葉を投げ掛けていたはずだ。それなのに、いざ対峙するとなると声が出なかった。
 ――母さん。
 そのように呼びかけようとしても何故か息が詰まる。
 そうしてやっと英が紡ぎ出せたのは、短い呼び掛けだけ。
「二人で話をしよう」
「……だぁれ?」
 相変わらず英を見ていないまま、女は――榎本誉は問いかけだけを返した。影朧となっていても彼女は紛れもなく英の母親だ。
 それだというのに、女は彼のことを赤の他人のように扱っている。
 糸切り鋏が鳴り、梟の声が其処に重なった。英が返答を紡げないでいると、女は仔猫達のことを言葉にしていった。
「ナツ、ナナ。二匹はそういう名なのね」
「嗚呼」
「あの仔たちはわたしを見つけてくれた。それから、花をくれたわ」
「花を?」
 昼間、影朧が潜んでいたところに偶然に猫達が訪れた。そして、ナツは中庭で遊んでいた際に手に入れた紫苑の花を女へと持ってきたという。
「紫苑の花言葉をしっているかしら」
「……少しは」
「とても嬉しかったの。だから救けた。理由はそれだけ」
 英は母の言葉に対して短い答えしか返せなかった。彼女が何かを語ることを久々に聴いた。何より猫達について話す母の声を聞き逃したくなかった。
 影朧と化しているからか、彼女の身体も変質しているのだが、その在り方も少しばかり変容しているようだった。
 しかし、それだからこそなのだろう。
 今まで一度たりとも息子を視界に入れなかった女は、英を意識している。他人のように振る舞う故に答えてくれた。見て貰えずとも話すことが出来た。
 そうして、女は糸切り鋏を握る。
 これまでに話してきた者達は猫を助けたことこそが愛だといっていた。だが、彼女は未だそれを理解できていない。
 英もまた、未明の街で待つ間に猟兵達の出した答えに耳を傾けていた。
 友への友愛を語った者。己が受けた愛について語った者。わからないと答えた者。愛は其処にあるのだと示した者。互いに抱く愛情を確かめあった者達。
 心について思いを馳せた者。心の在り処を認めた者。
 答えは様々で、女は更に心が解らなくなってしまった。それゆえに女は英にもう一度、問いかける。
「愛って、心って、なぁに?」
 少しの間をあけて、英は自分が導き出した答えを告げていく。
「愛にも心にも答えはない」
 これまで見て、聞いてきた通りにそれは人の数ほどあるからだ。相手と向き合って漸く知ることのできるもの。それが心と愛だ。
「本当は知っているのではないかな。でなければ、私もナツも今を生きていない」
 そうだろう、と英は母に問う。
 女は茫洋とした瞳を瞬かせるだけで、未だ心を掴めないでいるようだ。
「わからないわ。ところで……貴方は、だぁれ?」
 しゃき、と糸切り鋏が鳴った。
 言葉から殺意が滲んでいるのが分かる。話をすることは出来たが、彼女の根源は殺人鬼なのだ。刃を交えずにいることは出来ないのだと英は理解した。
 やはり、その瞳に英は映っていない。
「此方を見て呉れ」
「……」
 女は答えない。他の者には一瞥くらいはしたというのに、何故か英だけを頑なに見ようとしない。他人であるという意識と、息子であるという認識が混在しているようだ。英は震えそうになる声を抑え、彼女からの問いに答える。
「私は英」
 ――誉の名に添う者。優の名を継ぐ花房。
「……そう」
 女はそのように答えただけ。何もかも忘れてしまったのだろうか。斬り合うことが避けられぬとしても、母と息子として思いを交わすことは出来ないのか。
 英の心に影が差す。
 されど、此処で筆を下ろすような英ではない。
 今この手にしているのは絶つものではなく、紡ぐための筆だ。
 ひとでなし。
 そう名付けられた榎本優――英の祖父の最高傑作は未完のまま終わった。誉の名を冠する彼女の物語の行方は、本来の著者によって綴られることはなかったのだ。

 ❀……❀……❀……❀……❀……❀

『ひとでなし』――最終頁。

 女は少年を連れて川に入った。
 常夜めいた暗く冷たい水は容赦なく身を刺す。肌の感覚が無くなっていく様は、まるで身体が水そのものに成っていくような錯覚を感じさせる。

 少年は女の手を離さなかった。
 女もまた少年の手を引いた。やがて、二つの影が深い水底に沈んでいく。
 何も遺さず彼女は泡沫と消えた。其処には証拠の一つすら残されていなかった。

 ❀……❀……❀……❀……❀……❀

 祖父の書いた本は全てが嘘偽りのない事実だ。
 ひとでなしの終章に突然現れた少年とは英であり、この話の続きを知っている。
 しかし、続きを著していくにはまだひとつだけ、足りていないものがある。
 愛を示し、心を伝えるもの。それは――。

 此処から綴っていくのは本来あるべき物語の結末。
 英の役目は未だ、終わっていない。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

蘭・七結
心を蒐集する殺人鬼
ひとでなしの主人公

あなたが、彼らが綴ったひと

愛は注ぐもの
こころは器
数多の想いを詰めるもの
重たくてむつかしいもの

わたしもこころをしりたかった
いのちのあか
心を蒐集したい理由
少しだけわかる気がする

いとが解けても
絶ち切られても構わない
幾度だって結わう

ほんとうに、絶つだけなのかしら
あなたはあの仔をすくっていた
いのちのいとを結んでいた

名前さえもあかに歪んだひと
遊女でも殺人鬼でも影朧でもなく
たったひとりの
あなたにも、ひとであると告ぐ

あなたが求むもの
おしえて、くださいな

あいたいと
望まぬ人の願いを
ひとつの誓いをきいた
その望みが叶ってほしい

ほまれさん
あなたを待っている人がいる

絶つのではなく結びを



●いのち
 ❀……❀……❀……❀……❀……❀

『ひとである』、第壱頁。

 本日未明――。

 ❀……❀……❀……❀……❀……❀

 榎本の名を持つ二人の作家。
 彼らが記した書を思い、七結はその一冊の冒頭文を頭に浮かべる。
 そう、事件が起こるのはまさに今のような未明のこと。梟の鳴き声が聞こえ、川に流れる水の音が耳に届く深い夜。
 英が巡らせた力によって、周囲には廃町の景色が広がっている。
 この場所こそが物語の舞台だ。
 ひとでなし。ひとである。対の題を付けられた二冊の本。
 どちらも心を蒐集する殺人鬼を描いた、ひとでなしの主人公の軌跡を綴ったものだ。
 故・榎本優。
 彼が描いた主人公は遊女だった。彼女を取り巻く世界の描写はスタアのように華やかで、まさに極彩色と表すに相応しい。
 華やかな面を見て、この遊女に憧れを抱く者もいたと云う。
 されど、眩い光があるからこそ深い影が出来る。そのため『ひとでなし』の描写で際立つのはあかい死を描く部分。華やかな世界の裏側はどうしようもないほどに腐りきっていたが、それこそがまた彼女を引き立てるものとなる。
「あなたが、彼らが綴ったひと」
 凄惨な殺人を引き起こした遊女の描写を思い起こしながら、七結は其処に現実として立っている遊女に眼差しを向ける。
 先程に英と彼女が交わした言葉を、七結は静かに聞いていた。
 ――愛って、心って、なぁに?
 女は問い続けていた。屹度、答えがないと識りながらも知らないのだと嘯いて、彼女は心を集め続けている。
 しかし、その問いに答えることが無意味ではないと七結はしっている。
 言葉を交わすことは心を重ねること。嘗てはそれすら解らなかった自分は今、彼や自分を取り巻くものから命の意味を教わった。
 七結は英を誰かと問う遊女に向け、そうっと言葉を向けていく。
「わたしの答えを、伝えるわ」
 愛は注ぐもの。
 そして、こころは器。
 数多の想いを詰めるもの。重たくて、むつかしいもの。
「わたしもこころをしりたかった」
 いのちのあかは、何よりも輝いてみえた。
 そのいろは血の通った人である徴。熱く脈打ついのちの証左。そう考えるようになった七結には、心を蒐集したい理由が少しだけわかった気がする。
 そのとき、女が糸切り鋏を振りあげた。
 彼女は満足する答えを得られていない。血の刃が全周囲に向けられたのだと察した七結は、咄嗟に掲げた鍵杖でそれを弾き返した。
 紅が散り、重い衝撃が響く。
 これは女がそれまで繰り返してきた、いとを斬る一閃。人の命を繋ぐ糸と、積み上げてきた意図すらも異として、己の意とする。
 何度も彼らの本に目を通してきた七結は、そういうものだと理解していた。
 いとが解けても、絶ち切られても構わない。
 幾度だって結わう。たとえ切れてもまた結わえると分かっているから。
「あなたは、糸を結ぶことができるのね」
 不意に遊女が七結に言葉を向ける。その言葉は、自分にはそれが出来ないのだと語っているかのようだった。
「ほんとうに、絶つだけなのかしら」
 その刃は、と鋏を示した七結は仔猫のナツのことを思う。
「あなたはあの仔をすくっていた。いのちのいとを結んでいた。それは、違うの?」
「…………」
 言葉は発さず、頭を振っただけの女の意図は読み取れなかった。しかし、七結や英をはじめとした誰もがもう気付いている。
 殺人鬼であり、殺しの技巧を持っているはずの彼女は未だ誰も殺めていない。
 そうする力が弱まっている。その理由は矢張り、ナツを助けたからだ。死に瀕していたあの仔猫を生かす為に使った力の消耗は相当なものだったのだろう。
 それでも、女は問い続けた。
 そうすることしか出来ないのだと示すように、こころを求め続ける。
 彼女は名前さえもあかに歪んだひと。けれど、と言葉にした七結は自分の周囲にあかいいとを巡らせていく。
 英は此処までの縁と機会を、繋いだ。
 それが作家であり、彼女の息子でもある自分の役目だとして。ならば此処からは、七結がその糸と意図を切らさずに繋ぎ通す番。
「あなたは、遊女でも殺人鬼でも影朧でもなく、たったひとりきりの――」
 ひとである。
 未完で終わった物語の続きを描く本の名と、彼女の真実をこころを込めて告ぐ。あかく刻む秒針を巡らせた七結は未来を信じた。
 今夜、此処で物語の本当の終わりが紡がれていくのだと。
「あなたが求むもの。おしえて、くださいな」
 あいたいと望まぬ人の願いを、ひとつの誓いをきいた。
 その望みが叶ってほしい。
 彼女は未だ英の姿を見ていない。どうか、その瞳に彼が映るように。
「ほまれさん、あなたを待っている人がいる」
 絶つのではなく結びを。
 七結はゆびさきで紅を描く。己が持てる限りの力を彼女へと放った。
 こひ紅、ばら紅、から紅、そら紅、くろ紅、あけ紅、まな紅。七の紅を結いで、紡ぎあげたのは絶ち切れぬ絲。
 未明の街にくれなゐの彩が咲き、誉の名を抱く女にいのちのあかを齎す。
 それによって彼女の身体が僅かに揺らいだ。誰もがこの舞台と物語が終幕に近付いているのだと感じて、その影を見つめる。

 さあ、綴ろう。
 ひとりでは決して成し得なかった愛と心の物語の終焉を、標していくために。

●親と子
 ひとでなしではない。
 其れは詰り――ひとりではない、ということ。
 此処に集った仲間の為、或いは物語の読み手の為に。此処までの道を繋いで示した英は、ずっと或る可能性を考えていた。
 もし、自分がひとりきりで影朧と化した母に出遭っていたら。
 おそらく英はそのまま人知れず消えたのだろう。いなくなれば良い、と嘗て願ったように、決着を付けたのかどうかも報せず密やかに。
 されど今は違う。
 孤独というものが、ひとをひとならざるものに貶してしまうなら――。
 誰かが傍に添うことで、その存在をひとにするのではないか。
 母から未だ視線すら向けられず、思考を巡らせていた英の耳に不意に声が届く。
 みゃあ。
 傍でナツが鳴いていた。ここからきみの物語を描けと告げるように、真っ直ぐな瞳をナナと共に向けている。仔猫の額にあるバツ印が淡く輝いていた。この不思議な模様は何なのか。何故か今、少しだけ分かった気がする。
 それは、自分がただの猫ではないということを示す確かなしるし。
 ――ぼくはきみのこころに寄り添う、いのちの証。
「嗚呼、ナツ。分かったよ」
 英が答えたとき、影朧と対峙していた七結が描いたくれなゐが咲いた。
 女の身が揺らぐ。
 川辺に立つ彼女が水に落ちる。そう察した瞬間、英の身体は動いていた。
 ひとでなしの最後を再現するように、英は彼女を追って共に川へと入る。一度は均衡を崩したものの、女は流れる川の最中に佇み直した。
 英は彼女に対峙する形で真正面に立つ。
「母さん」
 それまで紡げなかった呼び名をやっと告ぐことが出来た。
 だが、此処から巡るのは刃同士の攻防。影朧と猟兵であるがゆえに、刃を交えなければいけない時が訪れていた。
 右手と左手。向かいあう二人は、其々の手に持つ糸切り鋏を振るいあげた。
 鋭い音が川辺に響き渡る。
 二人の得物は同じ形をした鋏。それを用いて斬り合えば、まるで鍔迫合うような一閃の応酬が続いていく。
 水飛沫があがり、水面に幾つもの波紋を生み出した。
 誰もがその光景に息を飲み、母と息子である両者の戦いを見つめている。その最中、英の裡には押し隠していた本音が溢れていた。

 見て欲しい、名を呼んで欲しい。
 共にありふれた日常を過ごし、母と呼び、慕いたい。
 寂しかったんだ。

 嗚呼、貴女はどうだったのか。
 今の母に問いかけても答えはないのだろうか。そんな思いを込めながら、英は自らが筆と呼ぶ糸切り鋏を振り下ろしていく。
 片や、絶ち切るもの。片や、繋いで紡ぐもの。
 そのふたつが七度目に重なった瞬間。
 女の手にあった鋏が英の一閃によって弾き飛ばされた。水に落ちて沈む刃。それを追おうとして身を翻した女の腕を、英が掴む。
「……!」
「母さん、もう終わりにしよう」
 しかと握った手を離さぬよう、英は鋏を女の胸元に突きつけた。
 あの日、あの時の貴女の刃と同じ。
 『ひとでなし』の物語の外で遊女が少年に刃を向けたように、此処で終わりを――。
 それが突き立てられようとした、刹那。
「英さん」
 七結の声が響いた。
 名を呼ばれた彼の意識が其方に向き、その刃は振り下ろされなかった。
「なゆ」
 英は彼女の名前を呼び返した。止めたことを責めるのではなく、いとおしそうに。
 しかし、依然として彼の視線は母に向けられたまま。
 ――嗚呼、こんなところまであの日と同じだ。
 彼女が己の命を断つ為に入水を決めたであろう日。当時の英は自分も一緒に連れていってくれるのだと思った。やがて入水した彼女は、英の命を確実に終わらせる為に水中で刃を振り下ろそうとした。
 されど結末は今と同じ。
 彼女の胸に刃が刺さらなかったように、過去の少年の心臓にも刃は届かなかった。
 あの日、それまで繋いでいた手を離した母は独りで水底に沈んだ。
 それが別れだ。
 遺された少年がずっと忘れなかった、榎本誉の最期の姿。
 今の景色と過去の光景が重なった気がして、刃を下ろした英は母を見つめた。すると彼女がゆっくりと口をひらく。
「あなたは、愛を識ったのね」
 女は何かを悟ったような穏やかな顔をしていた。
 名を呼ばれた。そして、名前を呼び返す。たったそれだけで彼女は英と七結の間にあるものを――即ち、愛を感じ取った。
 それはきっと此処まで積み重ねてきた言葉があったからだ。
 英と七結だけではない。
 あの物語を知って、或いは知らないままでも、懸命に心を伝えようとした仲間達が紡いで伝えてきた思いの結果。
 それこそが、彼女――榎本誉にこころを思い出させた。
 誉の瞳には英が映っている。
 やっと自分の言葉が伝わるのだと感じた英の頬に、熱を宿す雫が伝っていった。
「――母さん、帰ろう」
 英は刃を握っていない手を伸ばす。
 されど誉はその手を取らず、英に背を向けた。
「いいえ……」
 彼女はふらつきながらも一歩、ニ歩、と川の深みに進んでいく。これまで猟兵からの攻撃を受けた影朧としての身体は既に消えかけていた。ならば、このまま水にとけてしまおうと考えたのだろう。
 とぷん、とちいさな音が聞こえたかと思うと、彼女の身が水に沈む。
「待って呉れ、母さん」
 まだ何も話せていない。何も聞けていない。
 気付けば英は誉を追っていた。
 また置いていかれるのか。母さん。駄目だ、やっとまた会えたのに。母さんがこっちを見てくれたのに。せめて、お願いだ。この名前を呼んで。
 英の心は少年の時分に戻っていた。
 川に流れる水は穏やかに見えても、淀みの底は深い。
 水中に潜って縋るように母の腕を取った英。幽かに微笑んで、その手を引き寄せるように手を伸ばし返した誉。
 二人は水底に落ちていく。身体とは反対に、泡沫が昇っていった。
 沈む。没む。
 水中で泡が弾けて散る中で英の手が握られる。
 あなたがそのつもりなら、今度こそ共にいきましょう。その眼差しはそう伝えてくれているようだった。
 嗚呼、このまま一緒に水にとけてきえるのも悪くはない。
 そのような思考が英の裡に巡った。

●『ひとである』ということ
「……英」
「英さん!」
「英先生!」
 梟の鳴き声が巡る地上では、水底に沈んだ英を呼ぶ仲間達の声が響いていた。
 結末を見守ろうとしていたた猟兵達は咄嗟に動くことが出来なかった。だが、その中でたったひとりだけ躊躇せずに水中へ踏み込んだ者がいた。
 七結だ。
「その結びは、だめ。……いけない」
 このままでは違えてしまう、という予感がした。
 それゆえに七結は水底へと身を投じていた。七結はこころに決める。二人が繋いで綴る此の物語に、敢えて介在しようと。

 底のない暗い世界。
 水の底の果てに青年と女が沈んでいく。
 かたく繋がれた互いの手は確りと握られていた。このままでは影朧の存在は泡と消え、彼の生命も水底で終わりを迎える。
 けれども――心を、愛を、識れた。
 言葉には出来ずとも、共に抱いているこの感情こそがそうだ。
 答えのないものに己なりの答えを出せた人生こそ、誉れではないだろうか。
 英は瞼を閉じた。
 誉は息子を引き寄せ、優しく抱き締める。
 其処に不思議な力が巡り、遊女として生きた彼女が感じてきた思いや記憶が、英の中に流れ込んできた。
 華やかな世界の裏で起こっている仄暗く醜い情景。
 愛を信じて求めた誉の感情の一部や、誉れ高く生きようとした軌跡が虚しく潰えることになってしまった出来事。
 一度は幼い息子の服を繕おうとして、糸が結べずに解れてしまって断念したこと。
 そして、生まれたばかりの子を抱いた瞬間。
 記憶と感情の断片。
 彼女自身すら忘れていたものたちが、透き通った水の中で浮かんでは消えた。
 こうして、殺人鬼として生きた二人の終わりは静謐な死で閉じられる。屹度これで善いのだと思えた。
 しかし、そのとき。
「――すぐるさん、ほまれさん」
 深い水の中で少女の声が聴こえた。暗闇の中で伸ばされた細いゆびさきが、母に抱かれている英の手に触れる。
 死で飾られた結びにはしない。
 七結の眼差しからは、そのような意志が見えた。
 嘗て、追憶の涙穹にて。
 みな底の闇に沈みかけていた七結は、彼に強引に引き上げられた。
 あかを交わして、刻んで。それから七結はひとつ、とびきりのなみだを流した。今をいきる七結が抱く感情は英が与えてくれたものだ。
 それならば今、あの日のように。沈む彼の手を引くのは自分の役目に違いない。
「いかないで」
 水の中で泡と一緒に、七結の花唇から願う言葉がこぼれおちた。
 そうすれば誉が七結の姿を紅い瞳に映す。
「…………」
 少し哀しげに目を伏せ、そうね、と呟いた誉は抱いていた英から腕を解いた。そうして、着物の間に大切に仕舞い込んでいた紫苑の花を七結に手渡す。
「七結……母さん……」
 英がはっとして瞼をひらいた。
 過去だけにとらわれていた意識が、今という現実に引き戻される。
 其処で英は己を取り戻した。
 あやうく自らが作った世界の中で、迷い路の出口を見失うところだった。
 今は結末を綴る時。終わりは作家自身が紡がなければ、読者は何も知れないまま。
 その意思を悟った誉は、静かに微笑んだ。
「いきなさい、英」
 それから七結さん。ナナと、ナツも。
 その言葉は母としての愛に満ち溢れたもののように思えた。そして、誉は英に握られている手を自ら解いていく。
 それもまた、あの日と同じように廻る。
 過去も一度は共に逝こうとしたが、それではいけないと考え直して手を離した。
 息子に親として接することが出来なかった母の愛は、最初から其処にあらわれていたのかもしれない。
 七結は受け取った紫苑の花をそっと握り、英の手を引いた。
 渡された花が宿す言葉は『愛の象徴』。
 それを示すが如く、誉は沈む。
 英達は水面の天上へと浮かぶ。
 全てがあの日のようであっても、今――此の別れは寂しいだけのものではなかった。
(……分かったよ、母さん)
 英は沈みゆく誉が水の中にとけてきえる様を見つめる。
 その身は完全な水になる。澄み渡った透明なものになって、誉の魂は消えていく。そして、心臓のあかが最後に一度だけ、とくん、と鳴動した瞬間。
 影朧としての女の存在は消滅した。

●繋いで結ぶ
 やがて、川辺からふたつの影があらわれる。
 それが英と七結だと知った仲間達は、水面から上がった二人を迎え入れた。
 呼吸を整えていく彼らが、影朧との決着を付けたのだと皆が悟る。終われなかった物語の結末は、彼の水底で結ばれたのだ。
 周囲の景色はもう英が作り出した未明の街ではなくなっていた。
「嗚呼、夜明けだね」
 顔をあげた英は双眸を細め、天穹を見上げる。
 未だ明けぬはずだった夜はとうに過ぎ去っていた。花の庭と極彩の館を照らすように、暁の薄明が東の空から射している。
 薄闇は白く染まり、仄かに微睡むような風のいろがみえる。
 そのとき、何処からか飛んできた無数の桜の花弁が明け空に舞った。
 極彩の館の傍に咲いている幻朧桜の花も其処に重なり、幾つかの花が水面に落ちる。
 淡い紅を宿す一片はちいさな波紋を生んだ後、水の底に静かに沈んでいく。
 光が射していく西の空に向けて、仔猫がみゃあと鳴いた。

 そして、事件は結びを迎える。
 影朧は華と散りゆき、死が巡る夜が訪れることはなかった。
 この終幕について。或いは、愛や心について。
 どんなことを思い、どのように感じたかは人それぞれ。たとえば一冊の物語の本を読み終わった後のように。
 其処から何を考え、巡らせてゆくのかは――どうか、心の赴くままに。


 ❀……❀……❀……❀……❀……❀

『ひとである』、最終頁。

 私も、彼女も、決してひとでなしではない。
 誉れのある、ただの女は――。
 
 ひとである。

 ❀……❀……❀……❀……❀……❀
 

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2020年09月22日
宿敵 『ただの女』 を撃破!


挿絵イラスト