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夜は長く明くことを知らず

#カクリヨファンタズム


●カクリヨファンタズムのどこかの小屋で
 暗闇が周囲を包む中、その暗闇を、火が点いたろうそく一本で照らしている少年がいる。
 ろうそくの火は暗闇に対して頼りなく、ただ少年の顔を、ぼーっと照らすのみ。
 そんな少年は、あなた達へ顔を向けると、ゆっくりと話を始めた。
「皆々様、今宵は良く集まっていただきました。昼なるものが消え、夜の闇ばかりがあたりを包むこのような場所に集まっていただきましたのは他でもありません」
「この景色を終わらせていただきたく思っております」
「しかして、この明けぬ夜を作り出したはおぶりびおんなる化生へと変じた妖の方々。ただ倒すには忍びなく、また数も多く、調伏することは些か困難かと存じあげます」
「故に今宵、皆様方に行っていただきたいのは、語りでございます」
「ここにあるは彼らの似姿。それを描いた絵巻」
「ここに描かれたものが関わっていると思われる怪談を語っていただき、彼らに彼ら本来の姿を思い出していただきたく思います」
「ええ、ええ。怪談と申しました。彼らは元は妖。その姿を思い出すには怪談がこそが相応しいと考えております」
「幾人もが彼らが関わる怪談を語っていただければ、必ずや彼らはその姿を思い出すことでしょう」
「都合がよろしいことに、話す時間はたっぷりとございます」
「このような怪談を語る時間は夜が明けるまでと決まっておりますので」
 少年はあなた達にそう伝えると、ゆっくりと辞儀をし、あなた達の一人に、手に持ったろうそくを渡そうとしてくる。
 それを受け取るかどうかはあなた達次第だ。


ゴルゴノプス
 こんにちゴルゴノプスです。
 みなさんは最近の暑い夏の夜にいかがお過ごしでしょうか?
 今回のシナリオにつきましては、ただキャラクターに怪談を語らせるものと言った趣向で考えています。
 プレイングで自分のキャラにこんな話を語らせてみたいと、ふわっとでも描いていただければ、こちらでそれに沿った怪談話を描写したいと考えています。
 キャラが体験したもの、キャラが他の誰かから聞いた話。その場で即興で作った物語。どんなものでも構いません。
 あまり深く考えず、気楽にプレイングを送ってくれたらと考えています。
 それでは今夜もよろしくお願いします。
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第1章 集団戦 『ジャックライト』

POW   :    クリムゾンフレイム
【自身の体から噴出する炎】が命中した対象を燃やす。放たれた【真紅の巨大な】炎は、延焼分も含め自身が任意に消去可能。
SPD   :    カーマインブレイズ
自身に【輝きの強い炎】をまとい、高速移動と【超高温の熱波】の放射を可能とする。ただし、戦闘終了まで毎秒寿命を削る。
WIZ   :    スカーレットファイア
レベル×1個の【怪火】の炎を放つ。全て個別に操作でき、複数合体で強化でき、延焼分も含めて任意に消せる。
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御狐・稲見之守
……侍帝のある村で起きたことよ。
村に住む定吉という男ノ子はその日、畑仕事の片付けを終え家に戻ったんじゃが
「帰ったよ、おっかさん」
「おや、どこのおちびさんだい?」
「何を云ってるんだよおっかさん」
「日が暮れてきたんだからおちびさんもおウチに帰りなよ」
定吉を知らない相手のように云う母、そこにもう一つ声が転がってきた。
「帰ったよ、おっかさん」
そちらを振り向けば、定吉と瓜二つの男ノ子がいるじゃないか。
「おかえり定吉、さっおちびさんも早く帰りな…そら、お迎えが来たみたいだ」
母がそう云って見やる先には一匹の狐が居た。
「さあ帰りましょう、私のかわいい坊や」
そこで定吉は己が子狐となっていることに気付いたんじゃ。



●御狐・稲見之守『変わった話』

「ではさっそく、わしから話を始めさせて貰うとしようかのう」
 少年からろうそくの灯りを受け取ったのは、小柄な少女の姿をした御狐・稲見之守であった。
 彼女の本質、それは妖狐であり、妖怪変化が怪談を語るという、少しばかりおかしな光景が生まれていた。
 それがどうしてか、この暗がりの小屋においては様になっており、雰囲気をより怪奇なものとしている。
 そんな自分を知ってか知らずか、稲見之守はろうそくの灯りに照らされた口元を、小さく微笑ませる。
 だが、その微笑みも語りを合図に消えて行く。



「各々方、狐をご存じかの? ああそう。毛並みは黄色く、黒いのもおるが、良く見るものは金色などと称されたりもする、愛らしい動物じゃ。時に人の住処にやってきて、餌を勝手に喰らっていく事から、良い目で見られぬ時もある。他にも……そうじゃ、人を誑かしたり化かしたりするなどと言われたりもする」
「そういう話が語られるくらい、狐というのは頭の良い動物ということかもしれんの? 頭が良いから良い動物……と、そう思われる者もここにはおるかな? じゃがのう。頭が良いというのは悪い意味としても使える言葉じゃ。人間もまあ、頭が良い方の動物であるが、だからと言って、皆が皆、良い動物とは言えまい? 時には悪い事に知恵を回す。そんな者もおったりする。そう言う意味では……賢い動物というだけで、人間も狐も変わらんのかもしれん……」
「侍帝(さむらいえんぱいあ)にな、定吉という坊主がおったそうじゃ。未だ腰に刀を下げた浪人がうろつき、小さな村では、頬を土で汚した親子が、畑に鍬を入れる、そんな世界に生きる、ただの坊主がのう」
「ただこの坊主、とんだやんちゃ小僧で、家の手伝いなんぞせずに、日がな一日、近くの野山を駆けまわったり、畑で蛙なんぞを捕まえて、泣き虫な子どもに投げつけたりと、親もなかなかに頭を悩ます、そんな子どもだったそうじゃ」
「その日もじゃ。定吉はおっかさんと畑の草むしりをするという話じゃったのに、目が届かぬ隙を見計らい、何時も遊び場にしておる近くの野山までやってきておった」
「遊ぶのが子どもの仕事、などと言う世界もあるらしいの? しかし、だからと言って、この定吉はけしからん。その日の仕事は前からの約束。その約束を破ってしまうは、どの様な世界でも良くは見られんのではないかの? 恐らく、おっかさんはカンカンに怒ったいたと思うが、その時の定吉はと言えば、野山での遊びに、飽きて来た事ばかり心配しておった」
「山と言っても、近所の者にとっては迷うことも無い小さな場所。まだ子どもとは言え、二本の足で立てる様になった頃から良く走り回ったその山は、定吉にとってはもうつまらない遊び場となっておったらしい」
「だからの、定吉とやらは、何時もとは違うものをその日、探し始めた。飽きた飽きた。何か面白いものは無いかのうと、そんな感じじゃ」
「そうやって、どこぞで拾った木の棒をぶんぶん振るいながら歩いていると、ふと、何時もとは違う色を見つけた」
「そう、色じゃ。山と言えば緑に茶色に、そういう色ばかりじゃろう? だがその日は、黄色を見つけたんじゃよ。そう、狐が一匹、そこにおった。普段は見掛けぬ動物じゃ。しかも、親狐からはぐれたのか、どう見ても子どもの狐がそこにおったのよ」
「面白いものを見つけた。定吉はと言えば、そんな事を考えおったらしい。いやはや、野生の動物を見てそんな風に思えるというのは、なんとも子どもは無邪気で恐れ知らずというものじゃて。相手が子狐であった事もあって、今日の玩具を見つけた。そんな風にすら思ったのかもしれん」
「そこから、定吉はどうしたと思う? それほど変わった事はせん。立派な事もな。定吉というのはそういう小僧であったから、ただただ、子狐を追いかける事にしたのじゃ」
「狐は四本足で走る獣。人間が早々追いつけたりはせんが、定吉にとっては慣れた山。一方で子狐は新参者。だからか知らぬが、これでなかなか良い勝負になる」
「狐は定吉に怯えて逃げるが、それを追う定吉。そんな追いかけっこが、ずぅーっと続く事になった。さて、そこからおかしな事が起こる」
「追っかけたり逃げ回ったりしておると、当然に疲れるじゃろう? じゃから定吉も、疲れた時は足を止める。するとじゃ、逃げる子狐も足を止めるのじゃ。狐の方とて疲れて休んでいるのかもしれんが、その隙にさらに逃げるのが普通では無いかの? じゃが、狐は定吉が追えば逃げ、止まれば休むを繰り返す。そんな追いかけっこがずっと、ずぅーっと続くのじゃ。これはおかしい。しかして面白い。定吉はそう思う様になっておった」
「山を駆けまわっている内に、何か、お互いに遊び合っている様な、そんな気分になったのかもしれん。じゃから楽しくなり、そうして日が暮れるまで遊び続けた」
「幾ら見知った山とは言え、夜が来れば迷ってしまう。その事を知らぬ定吉では無かったが、この遊びはここで終わり。名残惜しいが、今日は家に帰ろうと、そう考えた。子狐の方はどうかと言えば、ふと視界を離した隙に、どこぞへと消えてしまっておった。向こうも、今日はここまで。そんな風に思ったのかと定吉は勝手に合点し、そのまま山を下りる事にした」
「帰る先は勿論、村の自分の家。その頃になり、漸く定吉は、おっかさんとの約束を破った事に、後ろめたさを感じ始めたそうじゃ。ああ、家に帰れば怒られる。何か良い言い訳は無いものか。そんな風に思うや、足取りというものは重くなっていく」
「そうだ。畑仕事の片付けくらいはして置こうか。そんな風に思い付く。最後くらいは手伝っておけば、おっかさんもそう怒るまい。そう考えて、定吉は畑へ向かった」
「果たしてそこでは、おっかさんがやれやれと腰を叩き、畑仕事を終えた様子。定吉はおずおずと、仕事の仕舞いを手伝おうと近づくも……」
「おや、どこのおちびさんだい?」
「定吉に、おっかさんは怒るでも無く、そんな風に話し掛けて来た。なんだろう? 怒るのを通り越して、他人事みたいにこちらを見て来る様になったのか。定吉はそう思った」
「何を云ってるんだよおっかさん」
「定吉はの、母の様子が変なので、そう尋ねた。怪訝そうな顔をおっかさんは浮かべるから、またもう一度、二度、三度。じゃが、おっかさんの表情は変わらない」
「日が暮れてきたんだからおちびさんもおウチに帰りなよ」
「おっかさんはまるで、定吉を知らない子の様に話しかけてくる。おっかさんは本当に怒って怒って、自分なんて他所の子どもだと、そう考えてしまったのかも。定吉はそう思って、必死に謝る事にしたんじゃ」
「ごめんよう。ごめんよおっかさん。謝るから許してくれよう」
「定吉は泣きそうになりながらおっかさんに頭を下げる。しかしじゃな……」
「帰ったよ、おっかさん」
「定吉の後ろから、そんな声が聞こえてきおった。振り返ればそこに、定吉そっくりの子どもがおる。そうして、母親は漸く怒った声上げ始める」
「まったくこの暴れん坊は。あんたまた、どこへ行っていたんだい?」
「ごめんよう。ごめんよおっかさん。山でさ、狐と遊んでいたんだよう」
「ふふふ。分かるかのう? 定吉の前では、おっかさんと、そうして自分そっくりな子どもが、まるで本当の親子の様に話をしておるんじゃ」
「その光景は、今までの定吉とおっかさんそのままでな、じゃあ自分は何なのだと、定吉は思う様になり……」
「まったく、今夜はおとっつあんにも叱って貰わなくちゃね。さっ、おちびさんも早く帰りな……そら、お迎えが来たみたいだ」
「おかっさんの声に、自分の身体を見下ろした定吉は、何時の間にか、黄色い毛皮に包まれている事を知る。そうして、おっかさんの声が向けられた方を見れば、自分より立派な体格の、もう一匹の狐が、じっと定吉を見ておった」
「さあ、帰りましょう、私のかわいい坊や」
「………」
「定吉はな、そうして、自分が狐になってしまった事に気付いてしまったらしい」
「………」
「なあ、各々方や」
「これは定吉が狐に化かされた話と思うじゃろうか? わしはな、少し違うと思う。さっきも言った通り、人間も狐も、賢い動物である事に変わりあるまい? 変わらぬ二つが、野山で似た様に駆け回る……そうしてふと、容易く、入れ替わってしまう事もあるやもしれぬ。そうは思わぬか? じゃからの、賢い動物には気を付けた方がええ。何せ、何時、どこかで、何かの拍子に、お互いが立場を入れ替えられたりするかもしれんからのう」
 稲見之守はそこで、話を終える。手に持ったろうそくの灯りは、まだ暗闇に対して弱々しく、夜は明ける様子を見せぬまま。
 さて、では次はどなたが話す番かのうと、手に持ったろうそくを、違う猟兵を渡す事にした。

成功 🔵​🔵​🔴​

スキアファール・イリャルギ
皆さんは「逢魔時」をご存知ですか
「大禍時」とも呼ばれるそれは、薄暗い夕暮れ時――妖や化生等が蠢き始める時と言われます

さてそんな人の顔の識別がつかない暗さの中
親と逸れたのか立ち徘徊る童が一人
帰り路すら見えず泣きじゃくるばかりの彼に
微かに呼び掛ける聲があります
「おゐで、おヰで」と優しい聲が
嗚呼でも言われたことはありませんか
"知らない人について行ってはいけない"と
落ち着きのない彼も親から口酸っぱく言われた筈でしょう
けれど彼は縋りました、その聲に
悲しくて、家に帰りたくて

……彼は無事我が家へと帰れたのか?
ひとつ言えるのは――
肉や骨が全て"影"に溶けた"人間の成り損ない"がそこに居た、ということだけです



●スキアファール・イリャルギ『先の見えぬ話』

「では、次は私が語らせていただきましょうか」
 稲見之守から差し出されたろうそくを受け取ったのは、怪奇人間のスキアファール・イリャルギだった。
 この様な場では、自分の様な人間も、また相応しい。そんな事を暗に伝えるかの様な彼の容貌に、息を飲む音が聞こえてくる様だった。
 そんな、どこから薄暗い顔をした彼が、さっそく次の話を始めようと口を開く。



「先ほどの狐さんの話ですが、童が出て来たという縁で、私もそんな子どもの話をしようかと思います」
「そう。親との約束を守れなかった、そんな子どものお話です」
「皆さんは……逢魔時をご存じですか? 魔に逢う時と言う意味で逢魔時。大な災いが起こると言う意味で、大禍時と呼ぶ時もある。大凡、良い意味の言葉じゃありません。どうしてその様な言葉で呼ばれる時があるかと聞かれれば、それは夕方の、ちょうど、日が落ちかけた、そんな昼と夜の狭間にある様な、どっちつかずの時刻だからなのでしょう」
「そうですね。想像してみてください。今、こうやって私は、ろうそくで顔を照らしている。皆さんの中には、そんな私の顔が、不気味に照らされていると思う方もいらっしゃるでしょう。けれど、この顔に、何も映らないよりはマシだと、そうは思いませんか?」
「日が暮れ始め、向こう側に、沈む日を背にした誰かがいる。けれど、その顔は影になって、そこに誰がいるか分からない。そういう時、その誰かを、人は怖いと感じるもの。だからこそ、その時刻に、人々は悪い意味の言葉を付けたのだと思われます」
「けれど、どんな名前を付けたとしても、その時間は毎日、必ずやってくるものです。違いますか? いえ、今宵この時の様に、延々と朝が訪れない。そんな無粋な場所を除けばですが、皆さんが生きる世界も、そういうものでしょう?」
「ええ、今語る物語も、そんな顔の分からぬ誰かと出会う、そんな逢魔時の物語。そんな誰かに出会ってしまった、そんな童の、大禍時の物語」
「皆さんの世界では、大きな街というのを想像すれば、どの様な街が思い浮かべますか? この話の舞台もまた大きな街での事でして、街というのは変わるものです。どこかでは新しい建物が出来上がり、どこかでは古い建物が壊される。そうして街というのは変化を続けて行くものなのでしょう。そんな街が、一番変わるのは、昼と夜の境目なのではと私は思います」
「昼の街と夜の街。それはまったく違う顔を見せるもので……その狭間の時刻。逢魔時ともなれば、人というのは簡単に街に迷ってしまうものなのです」
「そんな馬鹿なと思う方もいらっしゃるでしょう。けれど、一度、出歩いてみるとよろしいですよ。見知った街並みが、見た事の無い顔を見せ始め、はて、自分はどこに居るのだろうかと首を傾げたくなる様な、そんな瞬間がやってきます」
「その童もね、見知った街を歩いていた。さきほど聞いた話で出て来た、やんちゃな小僧程では無いですが、童らしく、友達と遊んで、ああ、ちょっと遅くなってしまったかなと、家へ帰る途中だったのです」
「何時もはもう少し早く家に帰るのですが、その日は何時もより遅い時間になってしまった。こうなると、童の心も焦ってくるもので、ああ、何だか暗くなってきたし、怖いなぁと、足取りも早歩きになってくる」
「けどねぇ。さっきも言った通り、逢魔時は、街はその姿を変えて行く。早く帰りたい一心で、何時もの帰り道とは違う道を選んだのも不味かった。その童はね、気付いた時には、知らない場所に居たんです」
「あ、いや、いえいえ。違います。神隠しという事ではありません。ただただ、そこは自分の知らない場所だ。童がそう思っただけで、そこは変わらず街のどこか。帰るために歩いていたのだから、童の家の近くですらあったかもしません」
「ですが、ですがですよ? 童にとっては安心できるような状況じゃあない。家に帰れない。家にいる親とも、もう会えない。そんな馬鹿なという話かもしれませんが、童にとってはそれが一瞬でも頭に過ぎるだけで、泣くのに十分というもので」
「そうです。その子どもは、泣いてしまったのですよ。わんわんと。一度泣き出せば、なかなか止まるものじゃあない。薄暗くなったその街の、どこかの小道で、誰かが通り過ぎるわけでも無く、不思議に人のいないその場所で、童の泣き声だけが響いている」
「そんな童にとって、その瞬間に起こった事は、彼を怯えさせ、一方で、どこかほっとさせるものでもありました」
「それは何かですって? それはですね、声が聞こえたのですよ」
「声ですよ。聲(こえ)。童の耳に、聲が聞こえてのです」
「突然に聞こえて、怯える童でしたが、一方で、その聲は童に優しく語り掛けます」
「おゐで……おヰで……」
「その声ときたら……本当に優しく、童を一生懸命安心させる様な、そんな聲だったのです」
「おゐで……おヰで……」
「ああ、聲が聞こえる。その聲に、最初こそ怯えたけれど、何かに誘う様で、童にゆっくりと話し掛けて来て、どこか……ああ、どこか、家で待っている親の声にも聞こえて来る」
「童はね、安心してしまったんです。ほっとして、胸を撫で下ろし……」
「おゐで……おヰで……」
「と、そう聞こえる聲に付いて行く事を決めてしまった。嗚呼、でも、皆さんも言われたことはありませんか。知らない人には付いて行ってはいけないと」
「その時刻は逢魔時。道の向こうにいる誰かの顔は分からない。しかも、しかもですよ? その聲は……聲だけだったのです。姿すら、そこには無い。ただ優しい、誘う聲。そんな聲に対して、童は親との約束を守れませんでした。そうです。知らない聲に、縋ってしまったのですよ」
「悲しくってね、家に帰りたくってね。童は大禍時に、知らぬ道を歩き出してしまったのです」
「……」
「え? そうして童は、どうなったか……ですか? 家に帰れたかと、そう聞かれている?」
「そうですねぇ。先ほど、私の前に語られた話ではどうだってでしょうか? 約束を守れなかった童には、相応に、禍が降り掛かった。そういう話だったと私は感じたのですが……」
「この話もね、そういう類の話のつもりで語りました。家に帰れたかどうか、それは語れませんが、約束を守れぬ童は、何か、大きな禍があったのだと、私は思いますよ」
「……」
「どう、しましたか? 私の顔に、何か?」
「歪んで見えた、ですか? それはそれは、こんなに暗い夜に、こんなか細いろうそくの灯りだけで照らされていれば、顔とて歪んで見えるものです。そうは思いませんか?」
「そんなに怯える事は無いでしょう? 私の顔が、そう、影の様に揺らいだなどと。肉も骨も溶け、ただ影になった様な、そんな風に見えるなどと。そういう事もある時刻ではありませんか。今は逢魔時の、その先にある、人ならざる何かのための世界」
「少年もねぇ。誘う聲に付いて行き、そんな世界に辿り着いてしまったのかもしれません。何もかもが影に溶けた、人間の成り損ないになってしまった……のかもしれません」
「どうしましたか? 私の顔が、また? いけません。それはいけません。あなたもまた、どこか、人ならざる者の世界に、誘われてしまうかもしれませんよ。だから皆さん。妖しいものは……」
「見てはゐけなヰ……」

 スキアファールは、そう言って、自らの顔から、そっとろうそくを離した。
 夜の暗闇に隠される彼の顔。だが、もしかしたら、誰かは見たかもしれない。その顔が、ろうそくの灯りから離れるより先に、ただの影になったその瞬間を。
 無数の目と口だけがそこにある、暗い暗い、その顔を。
「どうしましたか。さあ、夜はまだ明けません。話を続けましょう。次はどなたが……物語を続けてくれますか?」
 スキアファールの手だけがろうそくの灯りに照らされ、次はあなたの番だとばかりに、ろうそくを手渡そうとしている。
 そうして、そのろうそくを受け取る手が、またどこからか伸びて来るのだ。
 その手もまた、誘う様に、おゐで……おヰで……と。

成功 🔵​🔵​🔴​

アヴァロマリア・イーシュヴァリエ
この世界の妖怪さんは、宇宙って知ってるかな?
何処までも広くて、暗くて、深いところなの。
マリア達は、生まれた時からずっと船に乗ってそこを旅してるんだけど、船の乗組員は全員、きちんと管理されてるの。当たり前だけど、宇宙には島や港なんてないから他の船と合流してる時以外は密航なんてあり得ない。
……なのに、誰も知らない『お客さん』が来てることがあるんだって。
いつの間にか居て、いつの間にか居なくなってて。あとから初めて食事の時や遊んでいる時とかに一人多かったことに気付くの。けど、誰も顔も名前もわからなくて、船の記録にも残ってないの。
誰なんだろうね? 何をしに、来てるんだろうね……?



●アヴァロマリア・イーシュヴァリエ『誰かの話』

 そっと、スキアファールが持つろうそくに手を伸ばしたのは、クリスタリアンのアヴァロマリア・イーシュヴァリエである。
 これまでとは違い、この場の雰囲気には似つかわしくなく、どこか怯えている様な、そんな印象を受ける少女であった。
 彼女の額には、もし日が出ていれば輝いていたであろう宝石の様な結晶があり、この世界とはまた違う世界。人々が宇宙を流離う世界から来た事を教えてくれる。
「さ、さっきまでの話を聞いて、思うところがあったから、受け取らせて貰うね……?」
 受け取ったそのろうそくの灯りは、彼女の額の結晶にも反射し、よりゆらゆらとした灯りを、小屋の中へ届けている。
 だが、その灯りは儚い事に変わりない。むしろ、さっきまでの灯りよりもさらに、あやふやとした印象を与えて来た。
 そんな彼女が語り始める話もまた、そんな不確かな話なのかもしれない。



「この世界の妖怪さんは……宇宙って知っているかな? きっと、マリア達の話を聞いているんだろうけど、知っていてくれたらきっと、怖いって思ってくれるかもしれないの」
「うん。怖い話だと、思うの。さっきまでの話も、マリア、怖いって思ったな。だから、どこが怖いんだろうってずうっと考えてて、分かったの。ううん。分からなかった。分からなかったから怖いだってそう思う様になったの」
「分からないって、きっと怖い事。狐さんになってしまう話も、迷子になった子を誘う何かの話も、結局、それがなんだったのかって、分からないでしょう? だから怖いの。とってもとっても恐ろしくて、震えてくるの」
「マリア達にとってはね、そういうのの代表が、宇宙なの」
「マリア達は宇宙を旅してる。大きな大きな船に乗って旅を続けているの。船はとっても大きくて、だから感じる事だけど……宇宙はね、もっともっと大きくて、何処までも広くて、暗くて、深いところなの」
「宇宙って何? 聞かれて困るのは、きっと、その宇宙を旅している、マリア達かもしれない。だって、どれだけ旅をしても、宇宙が何か、説明する事が出来ないくらいに、分からないものだから」
「そんな宇宙をね? マリア達は旅をしている。生まれた時からずっと、大きなお船の中で、何も分からない宇宙の旅を続けているの」
「そんな分からない事だらけの場所を旅しているから、船の中だけはちゃんと分かる様にしようって、たぶん、偉い人は考えているのかな……マリア達はね、生まれてからずぅーっと、管理されているの」
「そう。お前は誰それで、どこで生まれて、どこに住んでいて、どういう事をしているか。ちゃんと管理する事で、不思議な不思議な宇宙の中で、確かな物を見つけようって、そう頑張っているんだと思うの」
「けれどね? マリアは思うの。そうやって管理しようとすればするほど、分からなくって怖い事が増えて行くんじゃないかって」
「さっき、宇宙の事を話したでしょう? 宇宙について、一番知っているのはきっと、マリア達。そこに住んでいるのだから、きっとそうなの。けどね、だからこそ、宇宙が怖いって一番思うのもマリア達。分からない事だらけなのを知ってしまっているから……」
「管理している人達なんて、きっと、もっと怖いと思うの。何がって? えっとね、そう、例えば、この小屋に、いったい何人の猟兵がいると思う?」
「……分からないよね。小屋だけど、ちょっと広かったし、暗いし、一斉に来たから、きっと何人だったか、正確に数えられる人もあんまりいないと思うの」
「だから、だからね? 例えば、ここで、誰かが増えたり、減ってたりしても、誰も気付かないよね?」
「怖い? 怖いかな? けどね、一番怖いのは、きっと、その事に気が付く事だと思うの」
「マリア達の船は……管理されてるの。その船の中で、いったいどういう人が何人居るか。正確に把握しているし、船のどこで誰が生まれて、そうして死んでいくかは、しっかりデータ……あ、記録って言えば良い? そういうもので、ちゃんと残される事になるの」
「勿論、宇宙には島や港なんてないから他の船と合流してる時以外は、不法侵入者や密航者なんて人もいない。必ず、船の中にいる人間は、管理されているし、管理している人達は、その数は信用できるものだって、ちゃんと分かってるはずなの」
「分かっているからこそね? その人はきっと、怖いって思うの。だって、有り得ないはずなのに、一人、多い時があるんだから」
「『お客さん』って、そう呼ばれているの。誰も知らない、どこで生まれて、どこへ行くのか分からない『お客さん』が、時々、船に来る事があるんだって」
「ねえ、怖いでしょう? この船に本来いるべきなのは何人だって分かるのに、それより一人多い。それを分かっている人ほど、怖いって、そう思うはず」
「けど、もっと怖い事があるの」
「それはね? その、船で増えた一人が誰か。誰にも分からない事」
「管理をしているのだから、管理の外にいる人間がいれば、その一人がきっと、増えた人だって、そう思うでしょう? けれど、誰も、そんな人は知らない。長く長く、生まれてから死ぬまでずっと、その船で暮らす人ばかりなのに、あれは誰だろうって思う人はいない。みんなみんな、見知った人ばかり。だけどね……」
「だけど、必ず、その知っている人の誰か。一緒に遊んだり、一緒にお食事したり、仲良く話し合ったりする誰かがきっと、『お客さん』なんだと思うの。けど、気付けない。ふと、何かをきっかけに、一人多かったって気付くけれど、誰が多かったなんて分からない。そんなの……誰も知らない人が、どこかで一人増えるより……きっと怖い、よね?」
「怖いとは思わない人もいる? なら、もうちょっと怖い話」
「宇宙の話をしたよね? 広くって深くって、暗い、そんな場所」
「そんな場所で、一人増えるっていうのなら、それは何?」
「幽霊? お化け? 妖怪? 広い広い宇宙で、深い深い宇宙で、そういうものが、偶然、マリア達の船に迷い込む……かな?」
「マリアはね、それは、言葉に出来ないものだと思うの。宇宙の分からないものが、何時の間にか、きちんと管理されている船に潜り込んで、分からないまま、すぐ傍に立っている」
「それこそ、一番怖い事、なんじゃあないかな」
「どんな場所でも、きっとそれは居るんだと思うの。分からない。絶対絶対、マリア達には分からないもの。それは、海の底でも、空の果てでも、そこにあるの。この世界を包んでいる宇宙がきっと、分からないものなんだから……」
「あのね、実はずっと言わないで置こうと思った事があるの」
「マリアはね、ここに集まってる人間が、何人いるかは分からないけれど……確か、あそこに見える影は、さっきまで、一つ少なかった様に思うの」
「何時の間にか、増えてない? あなたはどう? そこのあなたは、気が付いていた? もしかしたらあそこだけじゃなく、他の、そこの隅なんかも、もしかしたら気が付かない内に、分からない誰が増えているのかも」
「ううん。それって、誰かって言っても良いのかな?」
「分からないものなんだから、誰かだったり、何を思っているのかだったりも、分からないはずだよね」
「それはさ、そんな分からないはずのものなのに、いったい、どうしてマリア達の傍に、やってくるんだろうね?」

 アヴァロマリアはそこまで話し、次に小屋の隅の方をじっと眺めた後、視線を、自らが手に持ったろうそくの灯りへと移す。
「この灯りが、とても小さいものなのは、きっと、ここでは救いなんじゃないかなって思うの。この灯りがもっと確かだったら、みんなは、見たくないものを見てしまうんじゃないかって。分からいものが分かってしまう。けどそれはきっと、本当の意味で、分からないものを知ってしまうかもって、そう思うの」
 だから、今はこの小さな灯りを、アヴァロマリアは誰かにそれを手渡す。その誰かが誰かは分からない。それがきっと、分からないままでいる事がきっと、一番怖く無い事だと思うから。
 だからだろうか。ただろうそくの灯りが離れただけなのかもしれないが、何時の間にか、アヴァロマリアの額の結晶は、ろうそくの灯りを反射し、照らす事を止めていた。

成功 🔵​🔵​🔴​

朱酉・逢真
UDCアースのどっかでのハナシさ。
とあるマンションの1Fに住む…仮にエヌさんとしようか。
エヌさんのもとに警察が来た。
身に覚えのないエヌさんは、とォぜん身構えたんだが。
なんのこたぁない、ちょいと掃除用具を貸してくれとの声掛けだった。
ホッとしつつ貸したエヌさんだったが、返された掃除用具がピッカピカんなってたもんで、こりゃ得したかとこっそり思ったわけだ。
さて、警官たちが帰って翌日。
ゴミ出しに出たエヌさんは、いつものよォに井戸端してるおヒトらの横を通り過ぎた。
そこで耳に入ってしまったのさ。
「どうやら昨日、このマンションで飛び降り自殺があったらしいよ」…ってなァ。



●朱酉・逢真『運の悪い話』

 アヴァロマリアよりろうそくの灯りを受け取った朱酉・逢真は、その灯りに照らされた顔で、ニヤリと笑った。
「いやはや、皆さん、なかなかに個性的な話をご存じで。ここらで俺も、一つほど話しておかなきゃ、話すネタが無くなっちまいそうだ。つまり、その程度の、在り来たりな話をするかもしれねぇが、今日はそういう仕事って事で、我慢してくれよ?」
 言いながら、ろうそくの灯りを自分側に抱える様に持つ逢真。まるで、話を妨げられる事だけは面倒だと言わんばかりだ。
「つってもまぁ、こいつはちょっと、筋が違う話かもしれないけどな?」
 言いながら、やはり逢真はまた笑う。今度の笑いは、そのまま、語りへと繋がるものであったが……。



「さっきの話は、分からないから怖いって話だったよな? まあ、納得できる話だわな。わけの分からない物を、人間ってのは怖がるもんだ。けどな、分からない物だけが怖いもんかな? もしかしたら、分かり切ってしまったら怖い話ってのもあるかもしれないぜ?」
「こりゃあ、そういう類の話さ。良く良く考えて、理解して欲しい話なんだが……」
「そうさな。それはこんな小屋とかばかりじゃない、もうちょっと未来って言えば良いのか? 少し理路整然としてる世界、UDCアースでの話さ」
「その世界のマンション。こっちでの言い方なら長屋か? それよりはもっと高い。何階も天に向かって、人が住む部屋が縦に横に並んでる、そういう建物がある」
「その一階に住む……そうだな、仮にエヌさんとしようか? そのエヌさんが住んでいた」
「マンションってのは、上の階に行く程、家賃が高くなってるもんでね。何でかって言えば、下の階ほど、上の階から聞こえる足音が増えるし、日当たりも悪いし、泥棒だって入られやすい。安かろう悪かろうってんで、借りたエヌさんが悪いんだが、そういう、貧乏くじを引きやすい人がエヌさんだったわけだ」
「さて、そんなエヌさんだが、その日の朝の目覚めは、相当悪かった」
「何か嫌な夢でも見たって記憶だけが残る目覚めさ。デカい音やら叫び声やら、悪臭がするやら。そんな嫌な記憶が残る、けど、詳細は思い出せない夢から跳び起きた」
「そんなのが一日の始まりだから、その日一日はそりゃあ嫌な事ばかりだなんて思う様にもなる。朝のコーヒーは、夢で感じただけの臭いがまだ鼻にこびりついてるのか、妙に不味いし、テレビから流れる星座占いじゃ下位。ラッキーアイテムはビーフストロガノフとか言われても、食べるアテもねぇんだから、運が悪いままと来たもんだ」
「唯一、幸運な事と言えれば良いのか、その日は休日で、平日の面倒な仕事やらに振り回される日じゃあない。今日は何か悪い気分だし、外出も最低限にしてゴロゴロとでもしておくか」
「そう考えるエヌさんなんだが、やっぱりその日は運が悪かった。ソファーに座り、見る予定だった映画でもだらだら見るかと、飲み物と菓子を机の上にセットしたタイミングで、チャイムが鳴って来やがる」
「おいおい、こんなタイミングで来客か? 居留守でも使うか? そんな事を考えたエヌさんだが、チャイムは間を置かずに二回目が鳴って来やがった」
「こうなっちまえば無視も出来ないのがエヌさんだ。苛立ちを隠さないまま玄関を開けるんだが、隠さないはずのイライラも、すぐに隠れちまった」
「そこに居たのは、制服を着た、二人組の警官だったのさァ」
「ああ、畜生と、心の中では思うわな。俺がいったい何をしたってんだ? 何か悪い事でもしたか? もしかして、コンビニで物を買った時のレシートを、道に捨てちまった事がバレたのか? なんて、馬鹿らしい事も頭を過ぎってくる」
「だが、そんな風に考えること自体、運の悪い話だったわけだ。なんのこたぁない、警官はこう尋ねて来たんだ」
「ちょいと掃除用具を貸してくれないか? ってな」
「ははーん。マンションでのボランティアか何かか? この休日に警官ってのもの大変だなぁ。エヌさんはそう考え、自分より運の悪そうな警官二人に、家にあるバケツやら雑巾、チリトリに箒なんかも貸してやった。エヌさん、これがマメでね、部屋の掃除なんかは掃除機に頼らずに手作業を旨とするタイプだったらしい」
「さて、警官は礼をして去って行ったし、今度こそ、映画を見ようと決めたエヌさん。そこで漸く、本日初めての、落ち着ける時間ってのがやってきたわけだ」
「さて、映画を二、三本ほど見て、少しうとうととし始めたタイミングで、またチャイムが聞こえて来た。今度は何だとは思わない。そういや、警官に掃除道具を貸していた。それを返して来たのかってな?」
「実際、その通りだったんだが、エヌさんにとっては予想外に、貸した掃除道具がピカピカになって帰って来たのさ」
「新しいのを買ったってわけじゃあないだろう。エヌさん愛用の掃除道具が、それでも、なんでそこまで執拗にってくらいに、新品みたいになって帰って来た」
「警官も随分と礼を言って来るから、なんだか申し訳ない気持ちにもなってくる。何もここまでと思ったもんだが、終わった話だから仕方ねぇ。掃除道具を受け取り、礼を言う警官に、何がこちらか分からねぇが、こちらこそって頭を下げて、お別れする事になったわけだ」
「今日の始まりは、悪い気分から始まったが、最後には良い事くらいあったか? ピカピカになった掃除道具を見て、そんな風に思う事にしたのさ」
「まあ、そんな事は無かったんだけどな」
「俺が思う限り、その日はエヌさんにとってかーなーりー、運の悪い日だったと思うぜ?」
「何故って? エヌさんは翌日、ゴミ出しに出かけたところ、近所で井戸端会議をしてるおヒトらの横を通り過ぎた時、その話を聞いちまったのさ」
「どうやら昨日、このマンションで飛び降り自殺があったらしいよ…ってなァ」
「ははっ。どうだ? 運の悪い話もあったもんだろう? 気付かなきゃ良いのに、気付いて怖くなっちまったわけさ。何が? ってのは無粋だから言えねぇが、エヌさんはピカピカになって帰って来た掃除道具を、急いで、ゴミと一緒に放り出す事になったって話だ。どうだ? 気付いちまって、怖くなったろう?」

 意地悪そうに笑う逢真。先ほどまでとは打って変わった、不思議な事は起こらないまま、それでも怖い話という物に、困惑する猟兵もいるかもしれない。
 だが、これもまた怪談の一種だと逢間は笑う。
「うん? 笑える話かだって? あー、そうでもあるんだが……いやね、そういや、この話、エヌさん自身、まだ気付いて無い部分があって、それを思うと、皮肉に笑いたくなるもんさ」
 そっと、逢真はろうそくの灯りを自分の顔に近づけた。続きの話はまだあるんだぞと、言いたげに。
「そうだな。思い出してくれれば、ここにいる人間にも分かるんじゃねぇか? エヌさんの運の悪い一日は、何から始まったのかってな」
 最後までは語らない。やはりそれは無粋だ。そんな事を逢真は考えているのかもしれないが、それでも怪訝な表情を浮かべている皆に対して、逢真は続ける。
「あ、そう言えば、言い忘れてた事があるんだ。マンションの一階の何が悪いかって、上の階から、自分の部屋のすぐ近くに、色んな物が落ちて来るからって話だぜ。警官ってのも親切だよなぁ。エヌさん、まだ、それがどういう意味か、分かっちゃいないんだからよ」
 そこまで話して、漸く逢真は、自分の顔からろうそくの灯りを離す。
「さ、エヌさんの話はこれにて終了って事で、これ以上、悪い事が起こらない様に、また別の話を初めてみようぜ。夜は長い。話を続けなきゃ、暇で退屈で仕方ないってな」
 逢真が差し出すろうそくの灯り。その灯りの元に続く物語は、いったい、誰が、どういう趣向で語る事になるのやら。

成功 🔵​🔵​🔴​

黒川・闇慈
これはとある魔術師のお話……

ある村に魔術師がおりました。魔術師はただ世の幸福を願い『楽園創造』の禁術を研究し、ついに儀式に成功します。
そこには美しい『楽園』が広がっていました。魔術師は「楽園を一人で独占すべきでない」と考えました

魔術師はまず隣人を楽園に招きます。隣人は大喜び。魔術師と隣人……いえ『楽園の住人』達は善意から次々と村の人々を招き、村はあっという間に楽園となりました。

しばらく後、村に旅の聖職者がやってきます。聖職者は村を見て呟きます。

「禁忌を犯したアンデッド達め……」

そう、楽園と思っていたのは住人ばかり。村は不死者に満ちた不浄の領域と変じていたのです

いや、『善意』とは怖いものですねえ



●黒川・闇慈『見え方の話』

 逢真の笑みに答える様に、彼、黒川・闇慈も答える様に薄ら笑いを浮かべ、ろうそくの灯りを受け取るべく、手を伸ばした。
「おっとすみません。みなさん、個性的な話ばかりで、ついつい、私も話をしたくなってきたのでね」
 ろうそくを受け取り、暗い小屋の中を見渡す様に、闇慈は視線を動かしていく。
 ろうそくの灯りは闇慈の手元ばかりを照らすのみだから、どこに誰がいるかは分からない。けれど、そのすべてを闇慈は見通す様に顔を動かす。
「ああ、やはり、話が個性的なだけあって、ここには様々な人間がいる。人種どころか、生まれた世界すら違う人々が」
 くっくっくと闇慈は笑いながら、一度頷く。
「これだけの人がいるからこそ、怪談というものにも、多様性が生まれるのかもしれません。かくいう、私がこれから話もまた、色々な見方が出来る話でしてね」
 闇慈はろうそくの灯りを口元に近づけ、出て来る言葉を良く吟味して欲しいとばかりに話を始めた。



「これから話をするのは、とある魔術師の話です」
「そうですよ。魔術師の話です。おかしな事では無いでしょう? 我々の中には魔術を使う者もいれば、もっと不可思議な力を扱う者もいる。この話に出て来る魔術師もね、その世界においては、確かに存在する力を扱う、そんな人種であったというだけです」
「ただ、まあ、そう広くない世界での話でもありまして。ここで語る世界というのは、一つの村だけで収まる、そんな世界の話でもあります」
「こういう小さな村は、得てして、不思議な力を使う者に対して排他的になる傾向がありますが、魔術師にとっては幸運な事に、むしろ、村の住民として受け入れられていました」
「村人の心が広かったのか、はたまた、魔術師の人と成りが良かったのか。何にせよ、魔術師も、魔術師が扱う魔術にしても、村人はそういうものだと、邪険に扱う事は無かったのですよ」
「ええ、ですからこの話は、魔術師というものが怖いという話ではありません。そもそも、怖さのオチに魔術師が出て来るというのも拍子抜けでしょう? 先ほどまでの不思議な話。いや、まあ、とあるマンションの話はともかくとして、不可思議が起こり、それを起こしたのは魔術師だったのだーとなると、なんだかがっかりとした気分になりませんか?」
「だから安心してください。この話は、魔術師が怖い存在だった。などというオチで終わるものではありません。むしろ、魔術師は正義の人だったと言えます。その動機は、自分を受け入れてくれた村に対して、それとも、もっと大きな志を持っていたのか、魔術師は、世界を良くするための、少しでも幸福な世界であって欲しいと、魔術の研究を続け、とある儀式に行き着きました」
「どういう儀式かと言えば……楽園を作るというものです」
「楽園と言ってもね、辛い事の多い世界を、少しでも良い世界にするための、そういう儀式です。勿論、手前勝手にしたわけでも無く、事前に、魔術師はこういう儀式をしようと思うのだが、どうだろうと、周囲に相談し、とりあえず、魔術師本人が、周囲に影響を与えない形でそれを行うのであれば、構わない。という話になりました」
「それは危険が無いわけでは無い、ある種、禁術に類する儀式でしたので、むしろ穏当な返答であったと言えるでしょう。けれど、儀式そのものは行える。その事で、むしろ魔術師はやる気になったのでしょうね。認められたと思ったのかもしれません」
「魔術師が怖いという話であれば、ここで手痛い失敗でもする事でしょうが、先ほど話した通り、そういう話では無いですから、無事、儀式は成功しました」
「ええ、そうです。魔術師の目には、想定通りの楽園がそこに広がっていたのです。何もかもが良くなったというわけでは無く、それでも、ほんの少しだけ、他の世界よりは幸福に過ごせる。そんな楽園がそこにあった」
「さて、魔術師は儀式が成功したぞと、まずは村の隣人に楽園を紹介します。隣人の反応はどうだったかと言えば、喜びを分かち合う形となりました」
「凄いな。良くやったなと喜ぶ隣人に対して、魔術師の方も言います。この楽園を一人で独占するのは罪深い事だ。村人みんなに紹介したいし、望む者が居れば、楽園に招きたいと」
「そうして、魔術師の予想を超えて、その楽園は村人に受け入れられました。村人皆が、その楽園の住民になりたいと望み、それが実現する事になったのですよ」
「……」
「さて、ここで終わればハッピーエンド。魔術師の努力は報われ、村は少しだけ幸せになりました。めでたしめでたしと、こうなるわけですが、皆さん、気になっている事でしょうね」
「そもそも、魔術師が作った楽園とはどの様なものだったのか……と」
「ここで興味深い方の視点を入れましょうか。というのも、その方は旅の聖職者でして、辛い世の中を少しでも良くするべく、世の不浄を払い、はたまた、恵まれぬ者に祝福を与える。そんな正義の人でした」
「そんな聖職者が、件の村へやってきたのです。そうして、そこにあった楽園を見て、こう言葉にしたのですよ」
「禁忌を犯したアンデッド達め……」
「そう、楽園と思っていたのは村の住人ばかり。村は不死者に満ちた不浄の領域と変じていたのです」
「その後、村はどうなったか……ですか? 無論、その聖職者により、不浄は払われました。不死者、アンデット達はきっと、放置すればその村だけで無く、世界中へと広がり、世を人ならざる者の楽園に変えてしまう事でしょうから」
「皆さんの中には、そういう悪しきを払う仕事をした方もいらっしゃるのでは? 結果、とある魔術師に寄って不浄の地へと変えられたその村は、聖職者に寄って払われる事になりました」
「え? それでは結局、魔術師が怖い話だと? はたまた、めでたしめでたしで終わる話だと? なるほど。あなたはその様に取りましたか」
「けれど、果たしてそれはその通りでしょうか? 魔術師は怖い魔術師で、村はその犠牲であったのでしょうか?」
「思い出してください。魔術師は善意で世界を楽園とし、村人もまた、十分な説明を受けた上で、その楽園の住民になったのですよ?」
「そう。聖職者から見れば、アンデットと成る事を、自ら選んだのです。一人残さず」
「はて、そんな村というのは有り得るでしょうか? 怪しげな力を扱う魔術師を受け入れ、魔術師もまた禁を犯してまで儀式を行おうとしたそんな村が……」
「これは例え話なのですが……その村が、そう、後に来る冬を越えられない村であったとしたら……どうですか?」
「その年は、収穫物が稀にも見ぬ不作の年で、どう考えたところで、備蓄が尽き、助けも無く、村の住民皆が飢えて死ぬか、それとも、もっと酷い地獄が待っているとしたら?」
「藁にも縋る思いで、別の手段を講じるとは思いませんか? そんな光景を見て、魔術師としても義憤に駆られるかもしれないと、そうは思いませんか?」
「いやはや、ですが結果はと言えば、さっき言った通り。それは悪徳でした。村は不死者で溢れかえり、討伐される事になりました」
「ですが、それを行った聖職者は……正義を行ったと言えるのでしょうかね。何とか、必死に生きようと手を取り合った人々を、悪であると断じて滅ぼした。これは真に正義なのか……」
「いえいえ、惑わすつもりはありません。ただ、一つ言えることは……人は正しい事。誰かのため、世界のためと言った善意から始まる行動は、結構、躊躇なく行えてしまうものであるという事です」
「だからこその怪談。怖い話。そうは思いませんか? 善意、正義、仕方なく。そういう感情もまた、怖いものですねぇ。ああ、それと怖い話のオチとしてはもう一つ」
「我々がしている正しいと思える行為もまた、見方を変えれば、おぞましい物として見えるかもしれません。けれど、違う見方さえ無ければ、めでたしめでたしで終わり、誰もが幸福で終わる。そういう話もまた、怖いとは思いませんか?」

 闇慈は、どうだったろうかと、他の猟兵を伺おうとする。この手の話を聞いて、他の誰かはどう考え、どんな感情を露わにするのか。
 それはなかなかに興味深いと思ったが、残念ながら、この暗さでは、誰かの顔を伺う事が出来ずにいる。
 それはそれでつまらないから、さっさとこの終わらない夜を終らせようとも思う。
 さて、そんな思いから生まれた行動の結果として、太陽が昇ったとしたら、それは良い事なのだろうか。
 そんなのは、誰にも答えが出せないかもしれない。
 くっくっくと再び笑う闇慈はまた、誰かにろうそくの灯りを渡す。次の語りもまた、様々な視点に富んだ話である事を期待して。

成功 🔵​🔵​🔴​

照崎・舞雪
飛頭鶏、という怪異をご存知です?あ、ご存知でない
ではこれを語りましょうか

昔のこと
油がまだ貴重だった頃
油を盗んだ男がいたのです

何度も盗む内
盗みに入った家の人間に見つかり
とっさに相手の殺してしまったとか

男は捕まり打ち首になったのですが
処刑を終えて気付くと切り落とした男の首がなくなっていたのです

その翌朝
夜明けと共に男の首が現れました
口から出た舌が頭に
耳が翼に、首からは足が生えた
鶏のような怪異となって

怪異となった男…飛頭鶏はしばらく自分の処刑場の上空をぐるぐると回ると
赤い火の玉になって西のほうへ飛んで行ったとか

男が住んでいた村が大火事で滅んだのは、それから八日後のことでした



●照崎・舞雪『はた迷惑な話』

 闇慈の期待に応えてかどうかは知らないが、ろうそくを受け取る手はそこにある。
 手を差し出した彼女の名前は照崎・舞雪。和装のその姿は、この様な夜の、この様な小屋において、どこか妖しい雰囲気を与えて来る。
 怪談の語り手としては、申し分ないとすら言えるかもしれない。
 そんな彼女であるが、ろうそくの灯りを受け取ったものの、どうにもそわそわとした様子で、視線をきょろきょろと動かしていた。
「あ、すみません。いえ、落ち着かないというわけでは無く。この小屋の外ですかね。それがどうにも気になって」
 舞雪は一旦、顔を動かすのを止め、視線をろうそくの灯りの方へ落ち着かせる。
「何が気になったか……ですか? そうですね。私達がここに集まった理由が気になったと申しますか……」
 舞雪は自分で言葉にしながら、ここに来た理由を思い出そうとする。
「ほら、妖しいものを語る事で、おぶりびおんとなった妖を、元のそれに戻す……みたいな事を聞いたじゃないですか。本当にそんな事が出来るかは分かりませんけれど、とりあえず、それらしい話でも一つ、してみようと思います」
 結局、何がどう気になっているかは話さないまま、舞雪は話を始める事にしたらしい。



「飛頭鶏……というものをご存じですか?」
「ふむ。ああ、ご存じではない。でしたらそれを語ってみましょうか」
「皆様、自業自得という言葉については知っていらっしゃいますよね。自らの行いが自らに帰ってくる。そういう教訓めいた言葉なのですが、この業というものは、人の世のおいて、ほとほと厄介な物でして、ちょっとした物でも、大きな禍になって帰ってくる事がございます」
「そういう意味では、人の業という物は、時々、個人から出て来たというのに、個人では抱えきれないものになるのだと、そう思う時があります」
「さて、昔の事です。と言っても、この世界では、それほど世の中が変わっていないと思いますが、その程度には昔の事」
「その頃、まだまだ油というものが貴重な時代でした。灯りに使うには最適なこの油なのですが、灯りに使うからこそ、厳重に保管する事も出来ず、一方でその価値は高いままでして」
「こうやって持っているろうそくの灯りより、余程便利な油の灯りですが、ある種の貴重品を部屋に置いたままにしなければならないというのも、困ったものだと思いませんか?」
「けれど、そんな困った事を、これは良いと考える人もいらっしゃいました」
「そんな風に考えるその男が、この話の主役となります」
「この男、もっと困った事に、盗人を生業にしている、世の中に顔向けできぬ男でもありました。そうして、そんな盗人が狙うは、先ほど申した貴重な油」
「盗みやすい場所にあり、一方でそれなりの値段で売れる物ともなれば、盗人にとってこれほど都合の良い商品はございません」
「まったく。考えてみれば、やはり油というのは都合が良い。あちらの家やこちらの家。明かりが見えるのならば、そこに狙っている物があるのです。男はそんな風に考えて、油を盗むという仕事を選んだ事が、正解であったと思う様になりました」
「確かに、都合が良い話です。自分が罪人である事も忘れて、男は一種の商売人であるが如く働きに働き、稼ぎに稼いだわけですから」
「こういう物もまた、大きな業と呼べるのかもしれません。自らの罪を忘れ、心の中で自分のやっている事を正当化してしまえば、いったい、忘れ去られた罪はどこへ行くのでしょうか? 消えるわけもありません。ただひたすらに、男のどこかへ溜まり続ける」
「報いというのならば、その日、初めて男の元へと、それは返ってきます」
「その日もまた、油を盗もうと、ある家へと忍び込み、そこで、夜に厠へ行こうとしていた、家人の子と出会ってしまったのです」
「驚いたのは、むしろその子の方でしょう。家に見知らぬ男がいる。その事に驚き、泣きだし騒ぐ。男の方とて冷静では居られず、子が騒ぐのを黙らせようと手を伸ばし……そうして……」
「世間様に顔向け出来ぬ仕事というのは、何時も、取り返しの付かない結果になる危険があります。その日、盗人であった男は、子どもを殺した罪人となり、役人に囚われるや、すぐに打ち首の刑に処される事になります」
「男の盗人としての業は、他人の子を殺すにまで至り、遂には男の死という形で、男自身に帰って来たという事なのでしょうね」
「けれど、皆様、業とは、それにて終わるものではありません。業とは、時に個人を超えて膨れ上がって行くものなのですから」
「その契機は、男の打ち首が行われるその日に起こりました」
「処刑され、落とされる首。ですが……その首が無くなっていたのです」
「……」
「暫くして、男が盗みを働いていた町に、男が盗みを働いていた夜に、それが現れる様になりました」
「それは首だけの妖。大きな耳を翼にして羽ばたき、首から出た長い舌が頭の様になり、斬られた根本から足だけを生やした、鶏の様な姿のそれ。ですが、その首は確かに男の顔で、あったと言います」
「それは男が盗んでいた油を狙い、鶏の首の様になった舌で、それを舐めるのだと言います」
「ああ、なんという事でしょう。男一人で収まる事の無い業は、死してなお、男を妖へと変えてしまったのです」
「その妖の名前こそ、飛頭鶏。自分だけで収まらぬ業を抱えたまま、首を切り落とされた人間が成ってしまうという、そんな妖怪」
「この妖が行き着く先というのは、抱えきれぬ業の行き着く先であるとも言えます」
「それはある日、舐めた油から出た火に巻かれ、火の玉となって、町を、そうして、自分が処刑されたはずの場所をぐるぐると飛び回り、その後、西の方へと飛んで行ってしまったとか」
「え? 業の行き着く先というのはそういうものなのか? ですか? ああ、そういえば、まだ語り終えていませんでしたね」
「個人に収まらぬ業は、その他の人間達にも及ぶと、これはそういう話なのです」
「ええ。そう。男が盗みを働き、男が処刑された、男が住んでいたはずのその町は、燃える男の首の妖が去った八日後、大火事で滅びる事になったのです。それが妖怪の仕業なのかどうかは、町が滅んだ以上、誰が語る事もありませんが……」
「けれど皆様、お気を付けを。自分一人で抱えきれぬ悩みや罪は、必ずや、自分を巻き込み、さらには周囲の人間にすら害を及ぼす。そういうものなのですから」

 語り終えた舞雪は、再び、周囲をきょろきょろと伺い始めた。そんな彼女の動きに合わせたかの様に、小屋もまた、がたがたと音を立てる。
「何が気になっているか……ですか?」
 誰かから聞かれたその言葉に、舞雪は神妙な顔して言葉を返す。
「その、先ほど申しました通り、この怪談話は、害となっている脅威に、かつての姿を思い出して貰う。そのための催しだと思います」
 そのためにこそ、こんな暗い小屋に皆で集まっている。少なくとも舞雪はそう考え、先ほどまで怪談を語っていた。
「そう、先ほどまで語ったのは、今、この明けない夜を作り出した何かについてを語ったつもりです。小屋の外でですね、私、それを見た気がするのです。はっきりとした姿ではありませんが、燃える火の玉のようなそれを」
 それはもしかしたら、かつて飛頭鶏と呼ばれた妖だったのかもしれない。そんな風に思ったからこそ、その話を語ったのである。
「ああ、また物音。私が語った妖が、もしかしたら、かつての姿を思い出し、暴れているのかもしれませんね」
 けれどと、舞雪は続ける。
「もし、元の姿を思い出したそれが、さっき語った飛頭鶏であったら、どうなるのでしょうね」
 それはもしかしたら……また、抱えきれない業を持って、この小屋に集まっている人間達に、害を及ぼす……事だってあるかもしれない。
「けれど、夜が明けるまでは、私達はこうやって、話を続けるしかありません」
 だからと、また、違う誰かにろうそくの灯りを渡そうとする舞雪。
「はて? こうやって怪談を語り続ける事もまた業なのだとしたら、この小屋には、それが今なお、溜まり続けていると、そう言えるのかもしれませんね?」
 次にろうそくの灯りを手に取るであろう誰かに向けて、舞雪はそんな事を語り掛けて、今度こそ話を終えた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ベネラ・ピスキー
神が怪異を語るなど、 滑稽話かもしれぬが
長生きしておるとこうした話も手に入る
オレ様は美の神だが―美にまつわる怪異と云えば定番は人を模した肖像、彫像、人形が動き出す、辺りか
美術品に意志はあるか
そんな話だ
ある所に大層豪奢な屋敷があった。特筆すべきは、中には悪どい手段を含めて集めた美術品が大量にあると。
勿論そんな噂が立ったら盗っ人もやってくる。
盗っ人は絢爛な扉、荘厳な回廊、長い長い廊下を抜けたが、訝しむ。中に人の姿が見当たらないのだ

屋敷の奥、貴賓室までたどり着いた男の目の前には確かに類稀な肖像、彫像、美の数々
そして―美術品の管理の内に死んだと思しき屋敷の主人の亡骸
―屋敷の真の主は誰だったのだろうな?



●ベネラ・ピスキー『飾る事の無い話』

「はた迷惑な話もあったもの……だな?」
 ろうそくの灯りを受け取りつつ、ベネラ・ピスキーをそんな感想を口にする。
 彼か彼女か知らぬ恰好と姿をした、その実、彼であるが、自称、美の神らしく、ベネラは中性的な外見をしていた。
 そんな彼の外見であるが、こんな夜の、怪しげな雰囲気を持つ小屋の中においては、むしろ見合っている……と、言えなくも無いかもしれない。
「ま、オレ様はそんな妖怪変化はまーったく怖くないけどな。なんつったって美の神だ。怪異に怯えるなんぞ冗談では無い。語るにしたって滑稽だろう?」
 だが、ろうそくの灯りを手に取ってしまった以上は、語り終えるまで、誰かに渡す事も出来ない。別にそんな取り決めは無いのであるが、そんな雰囲気がこの小屋を包み込んでいた。
 その様な雰囲気に押されてか、ベネラが溜息混じりに、再び口を開いた。
「分かった分かった。盗人の話を聞いて、思い出した話があったから、つい、この灯りを持ってしまったのは、オレ様の方だからな。この美の神が語ってやろうではないか。とある盗人が体験した、こわーい話をな?」
 不承不承と言った仕草を隠さず、ふてぶてしさを見せつける様に、ろうそくの灯りを弄びつつ動かしながら、ベネラは語り始めた。



「長く生きていると、色んな話が耳に入って来てな。印象的な話というのは、どうしたって記憶に残るものだ」
「特にオレ様は美の神だから、その手の話は聞き及ぶ事が多い」
「どの手の話だって? そりゃあ勿論、美術品にまつわる話だ。怪談というのも、そんな話が良くあるのだろう? 特にほら、あれだ。学校の怪談? とか、そういう奴で彫像やら絵やらが動き出すとかいう」
「人を模した肖像、彫像、人形が動き出す。そういう話は良く聞くな。ま、お前たち人間は、自分にそっくりな物に感情移入してしまって、動かない物が動き出したらどうしようとか考えがちなのだろうな」
「けどな、それは惜しい考えだが間違っている……と、オレ様は思うぞ」
「美術品には何かが宿る。それが美しければ美しいほど、そこには何かが力が宿るのだ。人型だろうとそうで無かろうと関係ない」
「名のある芸術家が残した大作を、自分自身の目で見た事はあるか? 無いなら、一度は体験すると良い。そこに力を感じるはずだ。ただの絵。ただの型取り。だと言うのに、そこには命を感じる時とてある。それが美の力だ。美の神であるオレ様が言うのだから確かだよ」
「だから人間と言うやつは、魅せられたりもするわけだ。圧倒される様な美に、感動し、悪い方に心を動かされたりもする」
「ある金持ちがいた。大層豪奢な屋敷を持ち、そこに世界中から手に入れた、あらゆる美を集めようとする、ちょっと美の神たるオレすら引いてしまいそうな、そんな情熱に燃える金持ちがいた」
「この手の人間ってのは、どうしてかは知らんが、手段を選ばない事が多いらしいな? 屋敷にはかなりあくどい手段で集めた美術品もまた、存在していたそうだ。少なくとも、噂を聞きつけ、盗人が屋敷にやってくる程度には、だ」
「不敬極まりないが、その盗人にとって、美術品というのは、金になるもの、程度の扱いだったのだろう。その屋敷に存在する、金持ちが集めたという美術品の数々を、盗んでやろうと屋敷に忍び込む事にしたらしい」
「さて、ではどうやって忍び込む? 盗人は考えを巡らせ、屋敷に運び込まれる美術品の中に隠れる事に決めたそうだ」
「良く良く、考えたものだと思う。屋敷には、あまり表立って言えない手段で手に入れた美術品も多く運び込まれるから、由来が定かではない物が混じったところで、疑う人間も少ない。そしてそういう類の美術品ほど、貴重品用の置き場に運ばれるものだと相場は決まっている」
「少なくとも盗人はそう考えたみたいだな。実際、特注で作らせた張りぼての彫像を上手い具合に運び込まれる美術品の中に紛れさせ、その中に隠れる事には成功した。しかも、ちゃーんと、屋敷の中にも運んで貰えたと言うわけだ」
「揺れる彫像の中で、盗人は考える。今回の仕事は、思ったより簡単に終わりそうだ。屋敷の中には、どれだけの美術品があるだろうか? 出来れば、運びやすく、高値で売れるものがあれば良いが……とな」
「考えている内に、彫像内の揺れは収まった。どうやら、倉庫かどこかへ運び込まれたのだろう。なら、ここからが本番開始だ」
「盗人は慎重に外の様子を伺いつつ、自分が隠れていた彫像から出て来た……出て来たのだが、妙な事に気が付いた」
「誰も居ない」
「そこは屋敷に運び込まれた美術品が、一旦は集まる倉庫だ。つまり、貴重な品々が集まっている。そのはずなのに、見張りの一人もいなかった」
「いやおかしい。それだけでもおかしいが、そもそも、自分を屋敷へと運び込んだ人間くらいは居るはずだ。だが、おかしい。いない。盗人は焦り、慎重に屋敷の中を伺うつもりだったのに、今では早歩きで、あちこちを調べていく」
「だが、居ないのだ。人はいない。屋敷のあちこちに飾られた美術品だけが立ち並ぶのみ」
「ああ、しかしだ。その配置も、飾り方も、演出も、そうして、美術品そのものが美しかったから、想定外に焦る盗人の心に、違う思いが生まれ始めた」
「これだけの物があるなら、人がいないというのは好都合。この屋敷の中で、もっとも価値があるものを盗んでやろう」
「そう考えた。ああ、その通り。この時点で、盗人はちょっとおかしくなっていたのだろうな。美というのは、人を狂気に駆り立てる。そういう力とてあるかもしれない。屋敷の中に人っ子一人いないという状態に、もっと焦り、怯えるべきだと言うのに、盗人は美術品の方に意識を向け始めたのだからな」
「だが、この場の声が、話の中の盗人に届くはずも無い。いや、その場に居たとしても、狂気に染まり始めた盗人には、何を言ったところで、無駄だったかもしれない」
「盗人は探す。屋敷のあちこちを。まるで美術館に展示物を見に来た客の様にだ。その足取りは屋敷の奥の奥へ」
「まるで、誘う様に。より美しい、より目を奪われる美術品は、屋敷の奥へ行く程に多くなっていく」
「絢爛な扉、荘厳な回廊、長い長い廊下を抜けていく盗人。そこに至っても、誰一人として盗人は出会わなかったというのに、もはや盗人はその違和感に気が付かない」
「そうして辿り着いた屋敷の奥の奥。貴賓室の扉を、盗人は開く事になった」
「果たして、そこには、屋敷においてもっとも価値があると言える美術品が並んでいた」
「確かに類稀な肖像、彫像、美の数々。それらの輝きに目が眩む盗人」
「だから、それに気が付くのは、最後になった」
「ある意味で、屋敷の中で、もっと価値があったはずのそれに、盗人は漸く気が付いたのだ」
「それを見て、盗人は喜んだろうか、感激しただろうか。いや、違う。盗人は、悲鳴を上げた」
「そこにあったのは……人の死体だった。半ばミイラになったその死体の風貌は、それでも、事前に仕入れていた、屋敷の主人とそっくりであった事にも、盗人は気が付いたのだろう」
「盗人は逃げ出す様に、その場を離れ、駆け出した」
「どういう事だろう。いったい、この屋敷で何が起こっているのか」
「屋敷を走り回るが、一向に出口へは辿り着けぬ」
「ああ、そういえば自分は、自分の足で屋敷へ入ったわけでは無い。誰かに運ばれて、屋敷の中の倉庫までやってきたのだった」
「そんな事を思い出し、ふと、盗人の足は止まる。そこは、盗人が最初に居た倉庫の前。だが、そこでも盗人は違和感を覚えた」
「倉庫の扉の横にも美術品が飾られているが、ここに来た時に、そんなものはあっただろうか? とな」
「違和感をどんどん大きくなって行く。やめろやめろと心が叫ぶというのに、盗人は遂に、倉庫の扉を開いてしまう」
「果たしてそこには……男が自分を隠すために作らせた張りぼての彫像があった」
「倉庫の隅に置かれていたはずの彫像が、今度は倉庫の中央。飾り立てられる様に、男の目の前に立っていたのだ」
「その彫像はじっと、まるで男を見る様で……」
「……」
「さて、多くの美術品が屋敷の奥には、屋敷の主人の死体があったわけだが……この屋敷の、本当の主は誰だったのだろうな。いや、何だったのだろうなあ?」

「この様に、美というのには力がある。人の心中に、時には直接的に影響を与えたりもする。そうして時には、ただ見られて感動されるだけで終わらぬ力もまた、そこには存在するのだよ」
 最後ににっと笑って、ベネラは口を閉じた。ここでこの話はお仕舞だと周囲に伝える様に。
「うん? 何だ。オチがまだかだと? 盗人は結局どうなったのか気になるだと? 馬鹿め! もはやそういう話では無い事に気が付くべきだろう! オレ様が伝えたのは、この様に、美はまさに美しく、感動的で、時に怖くなるという話でだな! まったく……」
 そこを詳しく話したところで、興ざめになるだけかもしれない。そう考えるベネラ。
 一旦は話を止めるも、とりあえず、求められたのだから答えるだけはしておこうかと考え直す。
「盗人については、碌な目には遭っていないだろうな。美術品を利用して盗みを働こうとし、実際に屋敷にまで侵入した男の末路だ。相応のものだと考えるべきだろう」
 そこまで口にし、ここからが言っておくべき事なのだと、若干勿体ぶってから、話を続けた。
「しかし例えば……盗人もまた、美術品として屋敷に飾られる事になった。という話は無いと断言しておく。調子に乗るなよ? ただの人間に、そんな価値は無い。屋敷に真の主が居たとして、美には人をどうこう出来る力があったとして……ただの人間がそこに並べるはずも無いだろうからな?」
 美への自信に溢れたベネラは、そこまで話をして、自分の話はこれで、本当に終わりだと、雑に、次の猟兵に、ろうそくの灯りを渡そうとし始める。
 語るべきは語り終えた。ベネラにとって、この話は、時に、ひとりでに仲間を集め出す、美というものの力の恐ろしさを伝えるだけの話だったのだから。

成功 🔵​🔵​🔴​

春霞・遙
怪談ではないですが、少し怖かった話。
普段仕事後に帰宅するのは大体夜遅くなんです。
帰り道は車通りの少ない住宅街で、街灯が途切れるところや茂みのある公園もあります。
飲食店もコンビニもない道なので人と会うことも滅多に無くてね。
でも、その日は背後から人の足音が聞こえてきたんです。珍しいなと思って耳を澄ませてみたところ、どうも私の歩く速さに合わせているようでした。
なんとなく気持ち悪かったのと何か嫌な気配を感じたので少し遠回りして大通り沿いのコンビニに寄ってから帰りました。
その後は何事もありませんでした。

翌日通勤路の公園で惨殺死体が見つかりました
後ろを歩いていた人が犯人だったのか、それとも被害者だったのか



●春霞・遙『聞こえた話』

 ずずいっとベネラから差し出されたろうそくの灯り。それが丁度、目の前にやってきたので、受け取らざるを得なかったのは、春霞・遙という女性であった。
「あ、はい、えっと。と、とりあえず、私の番ですね?」
 慌てた様子の遥であるが、少し頭を悩ませ始める。もしかしたら、話をする準備が整っていなかったのかもしれない。
 悩む仕草をした後に、はたと気が付いた様子で顔を上げ、また、口も開いた。
「怪談……というわけでも無いのですが、怖い話ですから、それで良いでしょうか? あ、すごーく怖いわけでは無いといいますか……はい、すこーし怖い話」
 手の指ですこーしを表現しながら、それでも良いという周囲の様子にほっとして、遥は話を始めた。



「これから話す事は……先ほど聞いた、マンションでの話に近い……のですかね」
「人って、足音で、その人の人格や個性なんかを判断する部分ってありませんか?」
「親しい人なら、その足音が聞こえただけで、ああ、この人だって分かったりもしたり……」
「だから、知らない足音であれば、人ってそれだけで警戒したりもしますよね」
「私の普段の仕事って、何時も夜遅くまで続くんです。帰宅する時間になると、日もすっかり落ちていて……しかもですね、帰り道にしているのが車通りの少ない住宅街でして、街灯が途切れるところや茂みのある公園なんかももあったりして、正直、何時も何時も、夜には通りたくない場所だなって思いつつ、そこを通って帰っているんです」
「家までの道で一番近いから、仕方なく使っていたその道だったのですが、その夜は、どうしてだか様子が違って見えたんです」
「丁度、さっき言った、茂みのある公園に差し掛かったあたりでの事です。何だろうって、一度立ち止まって、良く良く観察してみるんですが、どこが変なのか分からない。仕方ないかって思って、また歩き出すと……そこで気が付きました」
「変だったのは見える景色じゃなくて、聞こえる音だったんです」
「私が歩く度に、まるで歩調を合わせようとして、合わないみたいな、少しずれた足音が、後ろの方からトンって聞こえるんですよ」
「そうですね。タンとかダン、とかじゃなくてトンって感じの。あんまり関係の無い話でしたかね?」
「兎に角、その道って、夜だと人とすれ違う事も殆どなくって……あ、後ろの方に人がいるって気付いた瞬間から少し、怖くなってしまいました」
「そういう時って、後ろを振り返って確認する事が出来ないんですよね。もしかしたら気のせいかも。そんな風に考えて、気付かないフリをして、また歩き始める」
「けど、気のせいじゃあない。私が一歩歩き出すのに合わせて、トンって音が。私が少し早歩きになればトントントンって」
「ああ、後ろに誰かいる。しかもほんの少しだけ、歩く速さが、向こうの方が速い」
「そう感じてしまったんです」
「怖いのもそうですけど、何だか気持ち悪い。家まではまだまだ距離があるから、どうにか逃げ出したいけど、もし、ここで走り出して、向こうも本気で追って来たらどうしようか。そんな事も考え始める」
「トントントントントン」
「足音がどんどん鳴って、どんどん近づいてくる。ああ、どうしようどうしよう」
「そんな事を考えていると、丁度、丁字路になっているところに来たんです。一方に進むと私の家ですけれど、まだ距離がある。もう一方を曲がれば、近くにコンビニが」
「コンビニの方へ向かうべきだろうって、その時の私は考えました。けど、もう足音がすぐ近くまでやってきていて……」
「もうこうするしか無い。そう思って私、一旦、家に向かう方の道へ入ったんです」
「後ろから追って来る人がいて、そういう曲がり角って、前の人を一瞬でも見失いますよね?」
「だからそのタイミングで、振り返り、コンビニの方の道へ、一気に走り出したんです」
「隙を突けるかなって、そんな事を考えたんですね、その時」
「もしかしたら足音を鳴らしている本人。追って来ている人と鉢合わせする危険もあったかもしれません」
「けど、幸運な事に、夜の暗闇の中で、その人を見る事はありませんでした。私は一直線にコンビニに向かって……息を切らして入店する私に、店員さんも驚いていたかもしれませんね」
「猟兵として戦う力があるから、そこまで怯える必要はあるのか? そんな事を思われる人もいるかもしれませんが、妙な気持の悪さを感じていたのもあって、結局、出会いたくないって思いが強くなってしまったのかもって、今にして思います」
「暫くコンビニで時間を潰した後、また恐る恐る家へ向かいだした頃には、追ってくる足音もありませんでした……」
「オチと言えるかは分かりませんけど、翌朝、仕事場に向かう途中で通り過ぎる公園で騒ぎが起こっていたんです」
「なんでも、女性の人の死体が見つかったそうで……その死体、無惨にも殺されている物だったそうです」
「ええ、それが話のオチで……あれ?」
「いえ、えっと、こうやって自分で話をする中で、気付いた事があるんです」
「その公園こそ、丁度、足音が聞こえて来た場所でして……追って来ていたのは殺人を行った犯人では……みたいな怖さもあるのですが、時間帯的に、公園で人を殺したその人が、わざわざ、通り過ぎるだけの私を追ってくるものですかね?」
「犯人にしてみたら、むしろ意識は、殺された人の方に向かうもので……その事に気付いた風でも無かった私を、わざわざ追ってくるのは、どうにも妙だなと」
「妙な事と言えば、その夜の事……足音から逃げるために、丁字路で振り返り、走り出した時の事ですが……」
「幸運にも、足音の主を見なかったのですが、そんな事もあるのでしょうか?」
「私、つい、すれ違う形になる、今まで来た道を、一瞬ですけれど見てしまったんです」
「そのはずです。記憶があります。けど、思い出してみても……そこには誰もいなかった。だから、足音をいったい誰が鳴らしていたのかも分からない」
「はい。では、あの足音はいったい何だったのか。今から思う事は……」
「足音って、本当に個性的ですよね。足音だけど、その人がどんな人が分かってくる気がする……」
「私がその夜聞いた足音は……女性のものだった気がするんです」
「公園で殺された人もまた女性……」
「もし、あの足音が、私をただ追うだけじゃなく、助けを求めようとしてしるものだったのだとしたら……」
「これは……単なる怖い話ではなく、怪談だったかもしれません……ね」

 とあるマンションでの話と同じく、怪異では無く、足音に追われて怖かったという現実的な話をするつもりだった遥であるが、話の終わりは、怪談になっていた。そんな気もしてくる遥は、そこで話を終えた。
「どうだったでしょうか? 少し怖いと言いつつ、そうでも無かったかもしれません。けれど……本当に足音が、私に助けを求めてのものだったとしたら、それは少し……悲しい話であったかもですよね」
 今、こうやって話をしている段階で、もはや何か出来るわけでも無いのだが、自分で話をしていた事柄について、思うところが生まれる遥。
 こういう事も、怪談を話していれば、起こる事なのかもしれない。
 人が暗闇の中で、それぞれがそれぞれの話を続けていると、途端に、気付いていなかった。気付いてはいけない事にも気付いてくる。
「人って、いろんな物や状況から、色んな事に気が付く生き物なのかもしれませんよね。そう、足音一つにしてみても、そこから、私を助けてって感情が伝わってくる事だって、あったのかも」
 そこまでを語り、遥はろうそくの灯りを、別の人物に渡した。

成功 🔵​🔵​🔴​

五十嵐・阿乱
露西亜に行った学者さんから聞いた話だ

ある木こりがいた
妻も貰って幸せな生活を送っていたが
ある時雪山で遭難しちまった

そんな中助けてくれたのは、
青白い肌をした絶世の美女
この世の者とは思えなかったが、
命には代えられず女の家に厄介になることにしたそうだ

その女ときたら作る飯は旨いし話も面白い
さらに美女となれば、
木こりが好意を持つのも当然だった

ただ木こりは妻のことも忘れられず、
最後には未練を断ち切って、
家に帰ることができた


学者さんがこの話を木こりから聞いている間、
傍には青白い肌をした嫁さんがいたそうだ

……木こりがどうなったかって?
さあな
ただ次の日も訪ねてみたら、そこには雪の塊しかなかったらしいぜ



●五十嵐・阿乱『確かでは無い話』

 渡されたろうそくの灯り。揺れる小さな火を見つめながら、五十嵐・阿乱は、思索する様に、ろうそくを持たぬ方の手を顎に当てる。
「ん? いや、ちょいとこの灯り、何時まで持つのかって考えたもんでな」
 夜は長い。まだまだ長い。これまで、それなりの数の怪談が語られているが、それでも、まだ、朝がやってくる様子は無かった。
 まだ語り足りないのだろう。語り続けなければならないのだろうと阿乱は考える。
「案外、こんなちっぽけなもんでも、しっかりした火が出てるのかもしれねぇな?」
 言いながら、周囲にろうそくの灯りを見せる様に前に出し、そうしてまた言葉を続かせる。
「けど、世の中、こういう温かいものってのは移ろいやすかったり、消えやすかったりするもんだ」
 阿乱はろうそくの灯りを一度、遮る様に手で隠し、また、それを退ける。
 ちかちかと消えたり現れたりするその灯りを見た後、さてとばかりに、彼は姿勢を正した。
「これから話すのは、そんな、移ろいやすい物の話だ」



「こいつは、露西亜に行った学者さんから聞いた話でな。露西亜の大地ってのは、荒涼としていて、開拓しようにも、デカい木や固い地面やらがあって、中々に人が住めない場所が多いらしい」
「しかも、冬となれば凍えるどころか、簡単に命を奪ってくる寒さがやってくると来たもんだ」
「そんな場所だから、人と人との繋がりってのは大切にするらしくてな。口数の少ないヤツは多いが、一度、家族だと認定されれば、そりゃあ親切にしてくれるそうだぜ」
「だから……実際の家族ともなれば、その絆ってのは大したもんなんだろう」
「この話をしてくれた学者先生が会ったっていう木こりの旦那もまた、奥さんと昔から仲睦まじく暮らしてたらしくてな。しぶとい木々を何とか切って、それで生計を立てながら、夫婦二人、一日一日を暮らしていたらしい」
「そんな木こりの家へ、何で偉い学者先生が尋ねた勝手言えば、とある伝承を追っての事だそうだ」
「雪女って知ってるか?」
「そ、雪山に住んでいて、綺麗な顔をしながら、他人様を凍えさせてくる奴。実際はもうちょい違うもんらしいが、兎に角、どの伝承を遡り、源流や派生を探るってのが、その先生が当時、やっていた研究だったらしい」
「それでわざわざ、露西亜の木こりにまで話を聞きに向かうってんだから、行動的と言えば良いのか、学者らしくどっかぶっ飛んでると言えば良いのか」
「何にせよ、木こりに先生が会いに行ったのは、なんとなんと、その木こりが、実際に、妙な女に出会ったっていう噂を聞いたからなんだ」
「興味深くなってきただろう? これがまさに怪談ってやつだ」
「その木こり曰く、その女と出会ったのは、厳しい露西亜の冬での事だった」
「と言ってもまだ本格的なそれじゃあない。まだ仕事が出来る気候ではあったから、家も出れなくなる様な時期になる前に、一仕事して、蓄えを増やして置かなきゃならないって、木こりは考えていた。家で待ってる奥さんのためにもな」
「けど、頑張り過ぎってのは身体の毒だし、何より、他の事に気を向けられなくなる。普段なら気付く事も気付けない。なんと、山が吹雪出したのさ」
「何より焦ったのは木こり自身さ。山が吹雪いた時の恐ろしさは十分に知っている。一気に変わる天候は、そのまま人間一人を蹂躙してしまう程だ」
「焦って焦って、とりあえず風避けになりそうな木の隙間に入りながら、収まる事を祈ったんだ。だが、吹雪は勢いを増して、すっかり木こりは遭難していた」
「ああ、こりゃあ終わった。家で待つ妻に、謝りながら、自分の命はここまでだって神に祈りを捧げるのさ」
「健気だと思わないか? 自分の命が無くなる瞬間に、家族の事を思えるなんてな」
「さて、そんな男だからか分からないが、救いの手がやってきた」
「女が……現れたんだそうだ」
「吹雪くその山の中で、その女は不気味なくらい青白く見えたんだとよ」
「この世のものじゃねえ。山の精か何かが化けて出た。そりゃあ吹雪の真っただ中にいるんだから、そう思うよな」
「だが、女は木こりに話し掛けてくるんだよ。こんなところじゃあ凍えて死んでしまう。近くに家があるから、吹雪が収まるまでは、そこに居ると良いってよ」
「そんな事を言われても、訝しむしか出来ない木こりだったが、背に腹は変えられねぇ。結局、青白い女に付いて行き、その女の家までやってくる」
「果たして、山の精が住んでるとは思えない、普通の山小屋がそこにあったそうだ」
「その山小屋に案内され、青白い女に暖かい料理を出して貰って身体を温めていると、怖がっていた思いも解けて来る。女の料理もとびっきり美味かったってのもあるかもな」
「そりゃあ、青白い顔をしてる女ってのは、一見すれば怖いが、これで中々、顔立ちは美人さんだ。純粋に、親切をされたって思いが上回って、木こりの旦那は、マメな事に女に礼をした」
「女の方も女の方で、当たり前の事をしたまでだ。ただこの吹雪は、数日は止まないだろうから、落ち着くまでは、この家に居てくれて構わないと言ってくる」
「ここまでは、どこか生真面目で、優しさも持ってる、お似合いな二人だと思うよな? で、女の言う通り、数日、吹雪は止まず、その間、木こりと女の二人暮らしは始まった」
「木こりにとっては退屈な数日……というわけでも無かった。女は料理も上手ければ、喋りも上手い。木こり自身はどっちかと言えば無口な方だったらしいが、それでも、ついつい、盛り上がって話し込むなんて事もあったらしい」
「そうやって暮らす内に、木こりはすっかり、女に好意を抱く様になっちまった。けどな、別れってのは必ずやってくる。吹雪は止んで、男は愛する妻のいる家へ帰らなきゃならない日がやってきた」
「女の方も、木こりにどこか好意を抱いていたのかもな。吹雪が止み、木こりが出て行く時には、未練を持っている風だったそうだぜ」
「けど、やっぱり帰らなきゃいけない家がある木こりだ。そんな未練を断ち切って、木こりは自分の家へと向かい、そうして無事、妻と再会する事が出来たってわけだ」
「ま、木こりの話としてはそこで終わりな訳で……雪女の話としては、それほどらしい話じゃないって印象があるよな」
「だって、山で遭難しかけて、親切な人に助けられてはい終わりって話じゃねえか。怪談でも何でも無いし、まあ、木こりが実際に体験した話なんだからそんなもんなんだろうさ」
「で、実際にその話を聞いた学者先生だが……先生はその時、ガタガタと震えだしそうな身体を抑えていたそうだ」
「話をさっさと切り上げて、また別の調査があるからって、そそくさと木こりの家を立ち去ってしまったらしい」
「……何でかって? そりゃあ、木こりが話をしている間、その隣に奥さんがずっと居たからだよ」
「顔が驚くくらいに青白い、奥さんの顔がな」



「ここで話は終わりなんだが、あんたら、この話を聞いてどう思う?」
 阿乱はろうそくの灯りをぐるりと、周囲に向けて尋ねる。
「この奥さん、木こりが話していた、青白い女だと思うかね? 少なくとも、学者先生も、その話を聞いた俺も、そうなんだと思ったもんだが……実際にそうだったら、どういう事になるんだろうな?」
 木こりの話に嘘があるのか、家に帰って後、妻と女が入れ替わったのか、それとも……木こりは愛した妻を裏切って、女と添い遂げる様になったのか。
「色んな可能性があるんだろうけどな、俺が話を聞いて思うのは、人の心ってのはどんだけ強固に思えても、実際は移ろい易かったりする。その事が何より恐ろしいって事だ。だってより、木こりが奥さんと呼んでいる人が、今ではその青白い女だったとしたら……必ず、何を裏切った誰かがいるって事なんだからよ」
 どこか、悲しい顔を浮かべながら、阿乱はぼんやりと呟いた。
「蛇足になるかもなんだが……学者先生が気になって、暫くしてから、もう一度、その木こりの家を訪れたらしいが、その時には、ただの雪のかたまりしかそこには無かったらしい。いったい、木こりと青白い女に、何があったのかねぇ」
 それそのものは、怪談かもしれないが、どこか物悲しい。そんな顔をしながら、阿乱はろうそくの灯りを誰かに渡そうとする。
「やめだやめだ。しんみりする様な状況じゃあねえわな。ほら、次は誰だ? とびっきりの怖い話ってのを聞かせてくれよ?」

成功 🔵​🔵​🔴​

西園寺・メア
父親から聞いた話よ

とある深夜……自室で九州のおっさんの怖い話というオカルトサイトで怖い話を読みふけっていたの
内容は生きてる人間のほうが執念深くて怖いとか、一季節放置された米びつがやばいとか、よくある都市伝説とか……他愛無いことばかり
でもね、小一時間ほどしたところで異変に気が付いたの
匂い、それも魚介類が腐敗したような強烈な……
場所は自室よ?
なんで?どうして?いつから?
一度意識してしまえば、異変は背後、真後ろにあるって理解してしまったの
だから、ゆっっっくりと顔を横に向けて、目の端で後ろを確かめようとして……
そこには黒くてぐずぐずしたナニカが佇んでいたそうよ



●西園寺・メア『語り続ける話』

「とびっきりの怖い話って……そうやってろうそくを差し出されても、わたくし、そこまで自信のある話は出来ませんのよ?」
 自信無さげにろうそくを受け取るメアであるが、受け取ったのなら話さなければならないというプレッシャーからか、うんうんと頭を悩ませ始めた。
「あの話は……いえ、そうだ。前に聞いた……ええっと、良く憶えていませんし……」
 ろうそくの灯りを手に持ったままで、それでも悩み続けるメア。彼女が言う通り、そこまで、怪談を知っているわけでも無いのだろう。
 だが、そんな彼女がふと、顔を上げた。
「あ、何故か今、急に思い出した話が一つありますわ。とりあえず、それを語ってみましょうか」
 他ならぬ本人が胸を撫で下ろしながら、メアは語り始める。彼女にとっての怖い話を。



「これって、わたくしでは無く父が体験した話なのですけれど」
「その日、父は深夜まで、怪談が掲載されているネット上のサイトを見て回っていたそうですわ。確か……何だったかしら。九州のおっさんの怖い話というサイトで」
「ええ、九州のおっさん。なんですの? そういう言葉を言ってはいけない決まりなどありまして? んんっ、ですから、そういうサイトで、怖い話がたくさん載っていたから、深夜まで読みふけっていたと、そういう事ですわ」
「けれど、そういう話を収集したサイトって、流行り廃りがあるでしょう? こういう話が受けたから、その話ばかりが語られる。みたいな」
「怪談だというのに、現実の人間の方が怖い話。みたいなのでしたり、どこかで既に聞いた都市伝説の、細部を少し変えただけの話でしたり、酷いものになると、一季節放置された米びつが怖かったとか、そういう話まであったそうで」
「飽き……というものが来ますわよね? まあ、そんなサイトを、飽きて来るまで読むというのは、むしろ読んでいる本人が悪いと言いたくなりますけれど……」
「けど、わたくし、この話で一番重要なのはそこだと思いますわ」
「いえ、九州のおっさんについては重要で無く」
「つまりですわね、飽きる程、深夜になるほどの時間、怖い話を見続けた。その事が重要だと思いますの」
「先ほどまで聞いた話の中には、業の様な物が溜まっていく……みたいな話がありましたわよね? 人の業は溜まり続けて、何時かは大きくなって返ってくるものであると」
「怖い話というのは、非日常を語るからこそ、怖いと感じるものだと思いますわ。何時もとは違う状況。普段とは違う場所。そんなところで起こる、不可解な出来事。それをお話という形で聞く事で、恐ろしい、怖いと思いながらも、あくまでお話ですから、安心も出来る」
「怖い話のキモって、そういうところじゃありませんこと? けれど……けれど、もし、最後の、安心出来るという部分が取り払われれば、怪談話を悠長に語る事は出来ますかしら? 溜まった何かが、どこかから溢れだし、語っていた側を飲み込もうとするのであれば……」
「その日、父は怖い話を読む中で、何かに気が付いたそうですの」
「それは臭い。話を見る中で、怖いと思った瞬間に、何かが臭ってくる様に感じたそうですわ」
「おかしいですわよね。だって、あくまでそれはお話。現実に、何か影響を与えるものではありませんもの」
「けれど、臭いはどんどん強くなる。馬鹿な話ですけれど、そこで止めておけば良いのに、何かで縛られた様に、話を見続けてしまう」
「この話は怖かった、ああ、臭う。この話は別にそう思わない。良かった、臭いはしない。けど、このオチは……そんな、また臭う」
「そうして……ふと、強くなっていく臭いの場所が……分かり始めたそうですの」
「それは自分の……すぐ後ろ」
「魚介類が腐ったような、そんな強い臭いが、自分のすぐ後ろから漂って来ている。その事に気が付いたそうですわ」
「なんという事でしょう。そこまで来てしまえば、振り向く他、選択肢は無いではありませんか。だって、そこに何かが居るとしたら……確認しないわけには行かないのですもの。だってそれはもう、お話では無くなってしまいましたから。そこに、確かに現実となって存在しているモノなのですから」
「父はゆっくり。ゆっくり……振り向きましたわ」
「果たしてそこにあったのは……黒い塊だったそうです」
「ええ、黒い塊。黒いナニカ。ぐずぐずとした不定形で、それは何かを形作ろうとしながら、何にもなれず、ただそれでも、父は感じた様ですわね。それはじっと、父の様子を伺っているのだと。怖い話を読み続ける父に対して、それは延々と、濃く、深く、父に影響を与えようとしていた」
「その事に気が付いた瞬間。父は防衛本能がそうさせたのか、気を失ったそうですのよ」
「え? 気を失う事が、身を守るものなのか? そう聞かれても困りますけれど……いえ、やはり、その時はそれが正しかったのだと、わたくし、思いますわ」
「だって、それが何であるかは分かりませんけれど、それは、怖い話。非日常の話。普段とは違う話を見る中で、生まれて来たものだと思いますから」
「だからそれは、形が無かった。ただのお話の影響で生まれた、分からぬ何か。けれど、それは、人が怪談を見る中で、溜まっていく何かを糧に、何かの形を取ろうとし始めていた」
「だから……怖い話を見るのはここでおしまいと、気を失う事が、一番の解決策だったのかもしれませんわ」
「あら? 何か思うところがお有り? ええ、その通りだと思いますわね」
「そんな父の状況と、わたくし達の今の状況は、良く似ていますわ」
「いえ、父とは違い、見るだけで無く、様々な方が語るのを、わたくし達は聞いている。それは単なる怪談話を乗せたサイトよりも濃密に、この場に何かを溜まらせていくのだと、わたくし、思いますわね」
「けれど、何かが現れた時、わたくし達はどうすれば良いのでしょうね? 父の様に気を失って解決できる程、甘い状況ではありませんし……」
「それに……夜がまだ明けぬ以上、途中で止める事も出来ませんし……ね?」



 ろうそくの灯りの元で、メアはそこまで語り終えて、口を閉じた。
 話はこれで終わりなのだから、自然と止めたのであるが、その実、別の理由もあったのである。
「えっと、次にこの灯りを渡すより前に、言っておきたい事というか、気付いた事がありますの」
 おずおずと、再びメアは語り出した。
「というのも、この話。怪談を語り続けていれば、良からぬものが現れると、そういう話ではあるのですけれど……」
 これは言っても良い事だろうか。メアは考えるが、ここまで話した以上、語り終えぬわけにも行かないかと、声を発した。
「この話、どうして先ほど、急に思い出したのか。それに気が付きましたわ。臭いが……しませんこと? 話の中であった様な、魚の腐ったような、そんな臭いが」
 小屋の中で、メアが語っただけのはずの、その臭いが確かに漂い始めた。
 その事に、声を漏らしたり驚いたりする猟兵もいるだろうか。
 いや、何かあって然るべきなのだ。明けない夜という、実際の怪異の只中で、彼らはその夜をより深くする様に、怪異を語り続けたのだから。
 異変は何時か……必ず現れる。
「ああ、どうしましょうか。やはり、気を失うわけにも行きませんから……語り続ける事しか、今は出来ない。その果てに何が起こるのか……何か、もっと怖い事が起こったりはしません……わよね?」
 メアのその問いかけに、答える者はいなかった。
 少なくとも、メアの怪談にあった続き。黒く形の無いナニカはまだ現れていなかった。
 ただ、臭いがそこにある。語られ続けた怪異は、今、漸く、自分達の目の前にやってきているのだと、そう伝えてくる様に。
「……あっ」
 瞬間。小屋の中に、風が吹いた。
 開いている扉など無い。風が吹き込む隙間も無い。
 だと言うのに、その風は猟兵達の頬を撫で、そうして、メアが持っていたろうそくの灯りを、小屋の中から消し去って行った。

成功 🔵​🔵​🔴​




第2章 ボス戦 『鬼の骸魂に憑りつかれた河童』

POW   :    誰か助けてくれっ!』『タスケナンテコネェヨ!
【無意識に持っていた鳥居】が命中した対象の【口】から棘を生やし、対象がこれまで話した【気休めやその場しのぎの嘘】に応じた追加ダメージを与える。
SPD   :    止めろ!この酒は』『サケハノムタメニアルンダヨ!
骸魂【鬼】と合体し、一時的にオブリビオン化する。強力だが毎秒自身の【社務所に保管していた神酒】を消費し、無くなると眠る。
WIZ   :    せめて最後に私のコレクションを誰かに…』『エッ?
【『河童を助けたい』『骸魂を倒したい』】の感情を与える事に成功した対象に、召喚した【社務所の奥に通じる空間の揺らぎ】から、高命中力の【対象に似合いそうな制服】を飛ばす。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

「ああ、灯りが消えてしまいましたね。どうしたものでしょうか? 再び灯りを付けて良いものかどうか」
 ろうそくの灯りが消え去り、小屋が完全に暗闇となる中で、猟兵達をここへ誘った少年の声が、どこからか聞こえて来る。
「妖しいナニカは、もうすぐ傍まで、いえ、この小屋の中にまで至っているのかもしれません。だとしたら、灯りを再び点けるのは、それの怒りに触れてしまうかも」
 そんな無責任な事を、少年は言葉にする。だが、肝心の少年はどこにいるのだろうか。暗闇の中では、それも分からない。
「なら、いっそ、このまま話を続けませんか? ろうそくの灯りを持っているから語るのでは無く、語りたいから語る。そうであっても……良いですよね?」
 少年はそう言って、猟兵達に話の続きを促して来る。
 今に至っても、先ほどまで漂う魚の腐った様な臭いがそこにあった。
「皆さん、注意してください。我々はそれと戦うのでは無く、我々はそれを語りに来たのですから」
御狐・稲見之守
趣向を変えようか。
誰か、部屋の四隅にひとりずつ立ってみなされ。

まず一人目が壁伝いに歩いて向こう角の者の肩を叩く。
一人目はその場所に残り肩を叩かれた者が二人目としてまた壁伝いに歩いて行く。

二人目も同様に角にいる者の肩を叩いてそこに残り
肩を叩かれた者が三人目が壁伝いに歩いて――
そうして三人目、四人目と続けて行くんじゃ。
ちょうど回り将棋のようにナ。

さて、四人目は一人目の居たところにやって来るが
一人目は既に移動しているので肩を叩く相手は居ない。
居ない筈であるからしてこれ以上四人が移動することはない。

……一人目の居たところに五人目がいなければナ。

ふふ、彼らはそういう隙間に入り込んで来るんじゃよ。



●御狐・稲見之守『部屋を回ってみた時の事』

「こう暗くなると、さてお話を続けましょうかと言われても、困る者が多いのでは無いじゃろうか?」
 ろうそくの灯りが消えた暗闇の中、声だけが小屋に聞こえて来る。
 生臭い臭いは消えないままであるが、それでも聞こえて来た声は、最初に、怪談を語った御狐・稲見之守のそれであった。
「皆で座って話を続けるというのも何じゃ。ちと、運動でもしてみんかのう?」
 この様な暗闇で、何を言うのか。そう返ってきそうな提案をする稲見之守であるが、そんな反論は想定済みであるとばかりに、話を続けて行く。
「なぁに。こういう闇の中でも出来る、そういう運動じゃよ。と言っても、一度に出来るのは四人程度じゃが……」
 そう言うと、稲見之守は微かに見える人の影、その四人分の肩を叩き、これからする事への指示を始める事にした。


「四隅の儀式という物を知っておられるかな? 今、ワシが肩を叩いた四人は、この小屋の、それぞれ違う隅に立って欲しい。暗い小屋の中と言えども、床や壁伝いに進めば向かえるじゃろう? 危ないからゆっくりとな」
「……」
「うん。そろそろ配置出来たかのう? さて、気付いた者もおるかもしれんが、これから行なって貰うのは、一人が壁伝いに別の隅へと向かい、そこにおる誰かの肩を叩くという儀式じゃ」
「そう。肩を叩かれた者は次の隅へと向かい、また誰かの肩を叩き、小屋の中をぐるぐるぐるぐると……」
「おや? この儀式のオチまでご存じかな? そう。四人でこれを行うと、常に誰か一人が壁伝いで移動している以上、空白の隅が一つ出来てしまう。結果、そこでこの儀式は終わるはずが……という話付きで、この儀式は語られておるな」
「この様に、剣呑な雰囲気になった小屋ともなれば、それだけで何かが起こりそうな……そんな気もしてくるが、それでは運動にはならんじゃろう?」
「じゃから、試しにこういうルールを付け足してみるのはどうか。四隅を移動する中で、誰もいない隅を見つけた者は、小屋の中におる、参加していない者を誰か選んで、その者と交代する」
「新たに参加した者は、交代した者が辿り着いた隅から再び壁伝いに進み、次の者の肩を叩く」
「このルールでならば、何かが現れなくとも儀式は続くし、適度な運動になる。それなりの大人数が入れる小屋であるしの。疲れる前に参加者も交代できると、そういう話じゃ」
「それでは、さっそく始めようか。何度も言うが、ゆっくりで良いぞ。こんな場所で、誰かにぶつかって転べば事じゃしな。では、始め!」
「……」
「…………」
「………………」
「ふむ。やれば続くものじゃな」
「ほれ、まだ参加出来ていないものは、隅の近くまで行くと、交代できる可能性が高くなるかもじゃぞ」
「しかし、こうやって誰かが部屋の回りを歩き続けているというのも、少々、気味の悪いものがある。ああ、すまぬな。ワシが提案した事であったが……そうさの。では、気を紛らわすついでに、ワシがちょいと話でもしようか」
「そう、この四隅の儀式についてじゃがな。一番有名な話となると、雪山で遭難した四人が、とある小屋までやってきて、寝る事の無い様にこれを行い、後になって、ずっと続くはずの無いし儀式であった事に気付く。という話になるじゃろうか」
「この話、気になるのじゃが、ワシらはルールを追加したが故、ずっと続けていられるが、山小屋での四人は、どうしてそんな方法で眠気覚ましをしようと思ったのかのう」
「別に、何か怪しげなものと交流しようなどと考えたわけではあるまい? そもそも切羽詰まった四人であったわけじゃから、純粋に、ずっと続けていられるゲームをしておったと考えるべきじゃ」
「となると……山小屋の四人は……本当に四人じゃったのか」
「少し考えれば、五人いなければ続けていられる儀式である事に気が付くというのに。だいたいこの手の話は、すべてが終わった後に、誰かが四人では続けていられないと気付く事になるじゃろう?」
「暫くせねば気付かぬものか。それとも……その儀式は、本当に四人で始めたものなのか……?」
「最初に五人で始めたそれが、何時の間にか四人でやっていた事に置き換わったというのが、この手の話の、本当に怖い部分じゃとすれば……」
「この四隅の儀式は、気付かぬ内に、人を何かに捧げている儀式であったり……するのかもしれんのう?」
「……」
「おや、どうかしたかの? 皆、足を止めておる様子じゃが……?」
「ワシの話が無粋で、白けてしまったのかのう。それとも、それともじゃが……」
「儀式を続けられないくらいに、人が減ってしまったのかの?」



 稲見之守の話が終わり、しんと静まり返る小屋の中。暗闇の中では、人の増減など分かるはずも無し。
 小屋の中においては、いったい誰が、何人いるのかも判別できない状態だった。
「ああ、すまぬ。すまぬな。脅かし過ぎた様じゃ。いやはや、この儀式には、誰かを生贄に捧げたり、消し去ってしまったりという効果なんぞありゃせんよ」
 どんよりとした雰囲気を紛らわすための冗談であったと、稲見之守は話し、儀式を終らせる事にした。
「ははは。多少、怖かったかの? それとも、飽き飽きと言ったご様子か。何にせよ、これで舞台は整ったと言えるかもしれん」
 稲見之守の言葉に、暗闇の中で首を傾げる者もいるだろう。そんな相手へ答えるかの様に、
稲見之守は口を開いた。
「先ほどの儀式に、人を減らしたり消したりする様な意図は無いと言ったが、元の話を考えれば、何かをそこに、混じらせる意図はあると、そうは思わんか?」
 四人では行えぬ儀式を四人で行い、五人目が現れる。そんな風な儀式はつまり、五人目が自然にその場に現れる様に、誘導する儀式なのではと稲見之守は話す。
「この手の話において重要なのはの。誰かが混じったところで、誰も誰がどういう風に混じったのか、あやふやにするという部分じゃ」
 そういう意味では、四隅の儀式は、まだまだ足りない部分が多い。そう稲見之守は話す。
「四人が五人に増えれば、何時かはその違和感に気が付くじゃろう? ならば、その混じった何かは簡単にバレてしまう。それでは足りんのだよ。何かを本当に混じらせるのであれば、丁度良い。誰も違和感を覚えない部分に、隙間を作ってやらんとな」
 そうして、今は儀式が終わった部屋の四隅の方を、稲見之守は見つめる。
「ワシが先ほど、儀式に追加したルールであるが……あれは、程よく、この場におる人間をシャッフルできたのでは無いかの?」
 四隅を移動し、次々と人が交代していく儀式。それは、儀式を続けるためのルールであったが、一方で、そこに誰か、一人、いや、一つ混じったところで、誰も違和感を覚えなくなる。そのための物でもあったと稲見之守は語る。
「はて? 皆、この暗闇の中、元々自分がどこにおったのか。隣に座る者が誰であったか、まだ分かっている者はおられるかな?」
 もし、誰も分からないのであれば、それはきっと、そこに、ナニカが紛れる隙間が出来ているという事。
「これにて、再び怪異を語る、怪異に語り掛ける舞台は整ったと言える。話を続けるにはぴったりな状況じゃろう?」
 だが、注意が一つと稲見之守は続ける。
「怪異はすぐ傍、違和感すら覚えさせぬ小さな隙間に入り込む。その事には注意した方が良い。それは我々の隙を見て、襲い掛かって来んとも限らんからのう?」
 ここまでを語り、稲見之守は口を閉じた。次はこの小屋にいる、違う誰かの番だと、言わんばかりに。

成功 🔵​🔵​🔴​

朱酉・逢真
2周目かい? ひ、ひ。んじゃ次はすこぅしふしぎなハナシでも。
とある男、エーさんとしようか。エーさんが中古でテレビを買った。なんでかやたらと安かったが、電源繋げりゃキレイに映る。得したと思って使っていたのさ。
しばらく経ってエーさんは気づいた。最近どうにも眠れねぇ。原因はなんだと探してみたが、とりたてて変わったこともない。しいて言うならテレビが来たことだ。テレビの見過ぎかと視線を向けりゃア――『目があった』。

解体したテレビん中から干からびたヒトの目玉が出てきたのは、その日の午後のことさ。子供の目玉だったそうだぜ。ものを買うときには、ちゃァんと調べてから買うことさ。ひ、ひ、ひ。



●朱酉・逢真『それを買った後の事』

 次は誰の番か。闇の中で、そんな風に誰もが考えるからか、むしろ沈黙が続く。
 話したところでどうなるのだろうか。夜はまだ明けず、むしろ微かな灯りも消え去った。
 けれど、そんな中でも、笑い声は聞こえて来る
「ひ、ひ。愉快な状況じゃあないか、これは」
 何が笑えるのだろうか。そんな疑問を向けられる中で、朱酉・逢真は答える。
「状況が悪くなってるのなら、それだけ、焦ってる輩もいるって事だ。やめろやめろ。こんな話はするんじゃあねぇって、誰かが言っているのさ」
 邪魔をされるのは効いている証拠。無根拠にそんな事を言ってのける逢真は、何も見えない闇の見つめながら、言葉を続かせていく。
「ま、ちょっとした運動した後は、ちょっとした怖い話で、場を湧かせてやろうじゃねぇか。今度は二週目。一週目より怖く行きたいところだよな」
 だから次は自分の番。そう言いたげな逢真は、異論が無い事を確認してから、自分の話を始める事にした。
 今夜二度目の怖い話。夜が明けるまでは、何度話す事になるだろうかと考えながら。



「こいつは一回目と違う、すこぅしふしぎなハナシさ」
「みんなは買い物って好きか? 何かを買うって事は、何か目的があるからってのが相場だが、買い物が目的になってる奴ってのもいるよな」
「店で、あれが良いこれが悪いって悩んだ後に、これだと決めて、金を出す。その過程が好きで、買い物ばっかりしている連中ってのも、まあ居るよな」
「それについては、他人様の趣味をとやかく言うつもりはねぇし、それでストレス発散になるってのなら、むしろまだマシな方だ。社会を動かしてるって言い方も出来るしな」
「けど、気を付けた方が良いとも思うんだよ、俺はさ」
「特に、何かを買う時に、中古品を買うのは気を付けた方が良い。今の時代、買う事自体にすら情熱を掛ける人間がいるんだぜ? そうして、買った以上はそれを使い続ける中で、情みたいなのが入っていく。そんなものが、最終的にまた店に売られて、店頭に並ぶ」
「そんな中古品ってのは、とびっきりの念みたいなもんが込められてたりするんじゃねえかな。だから、取り扱う時は、注意した方がって俺は思うんだよ」
「さて、今回の不思議な話の主役は……今度はエーさんって事で良いか」
「このエーさんの場合は、別に買い物をする事が目的じゃあなかった。あ、いや、買い物はするんだが、買い物それそのものを目的にする様な奴じゃなかったって話だ」
「エーさんは長年使っていたテレビがご臨終されてな。と言っても、懐があまりよろしくない時期だったから、とりあえずの一時しのぎみたいな目的で、中古のテレビを買う事にしたのさ」
「だから、むしろ、買い物そのものへの情熱はそれほどでも無かったわけだな。とりあえず見れれば良いやって考えで、近くの中古品店で、適当に選んじまった。むしろ、今回はそっちの方が不用心だったかもしれないよな」
「とりあえず安いものを。そういう目的で買ったし、一方でちゃんと綺麗に映るってんで、エーさん自身は得したなって気分だったんだろうが……」
「むしろ、なんで綺麗に見る事が出来るのに、その値段なのかって考えておくべきだった」
「で、案の定と言えば良いのか、その日から、エーさんはどうにも寝苦しくなっちまう」
「テレビなんて安くて良い。寝る場所なんて、ワンルームのリビングみたいな場所でも構いやしねぇなんて、そんな無頓着なエーさんだってのに、どうしてか毎日、寝苦しくって仕方ない。眠れない」
「ちょいとばかり、エーさんはノイローゼ気味になっちまってな」
「こりゃあどうした事だって苛立って、ただでさえ寝苦しい夜を、唸りながら過ごす事になったわけだ」
「で、その日もまたそんな気分だったんだが、それでも、疲れて疲れて、うとうとしてきたタイミングがあった」
「普段はこりゃ幸いと、そのまま眠気に任せて、朝まで少ない時間を睡眠に消費していたわけだが、ちょっと普通とは違う精神状態だったからか、眠り半分、目覚め半分みたいな気分の状況がずっと続く事になった」
「今、自分は起きてるのに、どこか夢の中にいるような、曖昧な時間。そんな時間に、ふと、耳に何かの音が聞こえて来た」
「ザーっていう、雨が降っている様な……いや、違う。もうちょっと、人工的な音だ」
「ああ、丁度、テレビが電波を受け取っていないか、放送していない状態の時に聞こえる音だ」
「エーさんはまさに夢見心地で、そんな風に考える。エーさんは何時も、テレビがある部屋に、ソファー替わりにもしているベッドを置いて寝てるんだが、どうにもテレビを点けっぱなしで眠っちまったんだなと、その時は思ったそうだ」
「最初はその音なんか無視して眠っちまおうと思ったが、一度、耳に入れば、どうにも気になってくる。目を閉じた状態で、身体を動かすのも億劫な気分だが、どんどん気になっちまって、とりあえず、目を開ける事にしたわけだ」
「ああ、これでまた、目が覚めて、眠るどこじゃなくなる。そんな風に考えながら、ゆーっくり目を開いて……」
「そこで、目があったそうだ」
「ああ、目があった。目を開いた先にあるテレビは、確かに点いていた。けど、そこに映っているのは砂嵐でも無く、色んな色が映った帯みたいなアレじゃあない」
「ザーってテレビからの音と共に、画面には……大きな目がじっと、エーさんを見ていたそうだぜ」
「……」
「夢か幻か。その後の記憶はと言えば、目が覚めた記憶しか無いそうだ」
「テレビに映る目を見た後、ベッドから目を覚まして、気が付けば朝。そんな記憶しか無いわけで……ありゃあもしかしたら本当に夢だったかもしれねぇ。そんな風に考えたエーさんだが、やっぱり寝不足で、まともに頭が働いて無かった」
「なんで、原因はこのテレビじゃねえかなって、せっかく買ったテレビを解体し始めたんだよ」
「ああ、あんな夢を見たから、こんなまともじゃない事をしている。そんな風に思っていたエーさんだが、開かれたテレビの内側から、転がったそれを見て、悲鳴を上げる事になったのさ」
「それはテレビのパーツでも何でもなく、干からびた、子どもの目玉だったらしい」
「ひ、ひ、ひ。エーさんはとんでもないものを、中古品店で掴まされたってわけだ」



 暗闇の中で続けられたその話は、そこで終わる。数秒、逢真の声が聞こえてこない時間が続き、その沈黙を破ったのは、また逢真であった。
「買い物をするってのは、気を付けた方が良いって話だわな。最近の人間は物を大事にしねぇなんて言う輩も居るが、物に込められた情念みたいなのは、何時の時代も変わらねぇし、むしろ、多様化してるんじゃねえかって俺は思うよ」
 だから、何かを買うなら新品のものか、中古で買うなら、きちんと調べた方が良い。逢真はそう語る。
「そうさな。単なる買い物に、そんな事を考えたくないなんて思うかもしれねぇが、最近、中古品を売る店ってのも少なくなってきているよな」
 時代が変われば、流行り廃りもある。それを前提にしたうえでと、逢真は続ける。
「もしかしたら、危ないもんが増えて来たから、中古品店なんて、やってられなくなって来てるのかもしれねぇよな?」
 だからやはり、気を付けた方が良い。そういう言葉で、逢真は話を終えた。

成功 🔵​🔵​🔴​

春霞・遙
病院の怪談ってよく聞きますが、体験したことはほぼないですね。
看護師さんたちから聞くくらいです。

小児科は救急外来や三次病院でもなければ亡くなる子はあまりいませんし、霊になればまず家族の元へ行くでしょう。

患者さんの言う真夜中の人影は巡視する職員。
当直室で聞こえないはずのモニターの音で目が覚めるのは当直の緊張のため。


ただ、医師の間でよく聞く話が一つ。

家で寝ていて変な時間に目が覚めることがある。
夜間の日誌を見ると丁度その時患者が死亡した。

というもの。
私も数度あります。

先輩はその際別れの声も聞いたと言っていました。
猟兵ではない方なのですが、その時亡くなった子とは付き合いが長くとても懐かれていたそうです。



●春霞・遙『目覚めた時の事』

「なるほど、物に何かが宿る……そういう種族もいるのですから、そういう事もあるのでしょうね」
 朱酉・逢真の話を聞いて、春霞・遙はそんな感想を漏らした。
 灯りが消え去り、ろうそくの受け渡しという行為をしなくなった以上、この様に、なんとなくの会話が、話の後に続く時もある。
 そうして、その後の怪談についても、唐突に続く時もあった。
「けれど、宿るものにも種類がありますよね。物に宿る時もあれば、特定の場所に良く出るとか。ほら、オカルトスポットなんて言われる時もありますし。今風なら、パワースポット? さすがに、目が見つかったとかまでは行きませんけど」
 目はともかくとして、むしろ、特定の場所に向かった時に起こった話。というものの方が多いとも遥は考える。
 そこに幽霊が出ると聞いた誰かが訪れ、実際に体験してしまうという、その手の話の事だ。
「これから話すのは、そういうのとはちょっと違うかもしれないけど、幽霊とか怪異とか、そういうものは、実際に、何かに寄って現れるかもしれないって、そういう話……なのかな」
 そういう口上を語った後に、遥は本題へと入っていく。
 もっとも、話を聞いた後は、印象が違ってくるかもしれないが。



「私、病院関係の仕事をしていて思う事があるんです」
「病院に関わる怪談って多いけれど、実際に働いていると、そうでも無いなって」
「私が働いている小児科なんて特にそうで、救急外来や三次病院ならともかく、それ以外の場所で亡くなる子って、皆さんが想像している程、あまり多く無いんですよ」
「病院は人が死ぬ場所だから、そこには多くの霊が集まってるとか、それにまつわる怖い話とか、そういうの、知り合いの看護師さんから聞く事はあっても、実際は友達の友達から聞いた話だったりしますし。私自身は特に、体験した事はありませんでしたね」
「噂で聞く話にしても、幽霊の正体見たり枯れ尾花って言うんでしたっけ? 真夜中に、病院内で何かの人影を見たっていう話なら、その正体は巡察していた警備員さんや職員の人だったり……」
「さきほど聞いた話と良く似た話で、当直室で、聞こえないはずの音がモニターから聞こえて来て、目が覚めたっていう話もあったんですけど、目とかそういうのが映っていたなんて話じゃなく、緊張しちゃって、過敏になった耳が、余計な音を聞いてしまっただけって話だったり」
「つまり、病院というだけで、皆さんが考える様な、恐ろしかったり、じっとりした何かがあったりするわけじゃあないんです」
「場所に寄るというのがまさにそうで、病院という場所に、無条件で何かが現れたり憑いたりするわけでも無いと、私はそう思います」
「だって、死んだ人の幽霊が本当に居たとして、その幽霊が何に一番興味を抱くかって言えば、自分の家族でしょう? 幽霊が出るっていうのなら、生前、親しかった人の元に現れるのが自然じゃありません?」
「そう、つまり、幽霊や怪異は、あまり思いが詰まっていない場所よりも、思う事が多くある人に憑く事が大半なんじゃないかって、そんな風に思う事があって……」
「医者の間で、噂される話というか、実体験というか、伝統的とまで言えるくらいに、語られる話があるんです」
「お医者さんって、病院勤めなんかの先生はだいたいが激務で、家に帰って、さあ休むぞって時は、それはもうぐっすりと眠ってしまう事が多いんです」
「で、朝まで目覚ましが鳴るまで一切目覚めない。そんな人も多いかもしれませんね」
「けれど、ふと、そんな状態なのに、真夜中に目が覚める時があるんです」
「丁度、こんな暗闇の中、ふっと、目が開く」
「何か特別な音が鳴ってるわけでも無い。目覚ましが鳴るのはまだまだ時間がある。なのに、目が覚めてしまう」
「何だろうと、一通り考えた後、特に理由も無く、再び眠り直すわけなんですが……」
「その次の日、夜間日誌を確認してみると、目が覚めたその時間帯に、患者さんが死亡していたって、そういう事が何度もあるそうで」
「かくいう私もまた、そういう経験があったりします。怪奇現象とはちょっと違うかもしれませんけどね」
「ですが中には、最後にお別れを言いに来た、子どもの患者さんの声が聞こえたって先生もいるんですよ」
「猟兵でも何でもない先生ですけど、生前の患者さんとは、とても仲良くしていて、懐かれていたって話です」
「ちょっと、そういうのは不謹慎かもしれませんけど、感動する部分もありますよね」
「……」
「ただ……聞いたり体験する人が多いとなると、ふと、考えてしまう時もあるんです」
「人って、情で動く事が多いから、そういう幽霊だって、情で動く。生前、親しくしていた人の枕元に現れるっていうのも、まあ分かる話じゃないですか」
「けど、お医者さんのみんながみんな、そんなに患者と親しくしていたって訳でも無いと思うんです」
「それなりの数のお医者さんが体験していた事だとして、その数の感謝があったのかなって、ふと、思ったりすると言いますか」
「だって、事務的に接するお医者さんだって居るんですよ? 情が無いのでは無く、出来るだけ、複数の患者さんと平等に接しようとするタイプの人で、熱心なお医者さんである事は変わりありませんけど、そういう人を患者さん側から見れば、親しくは無い人になるじゃないですか」
「だったら、やっぱり家族の元に現れるのが自然じゃあないかってそう思うんです」
「けど、お医者さんに、理由も無く、夜に目覚めるという体験をしたって話は多い……」
「本当に時々、時々なんですが、思ってしまうんですよね。自分が死ぬ瞬間。家族より優先して、わざわざお医者さんの枕元に現れるその理由って、何だろうって」
「それだけ、患者さんがお医者さんに思いを、念を込める時っていうのはもしかしたら……」
「苦しい。助けてくれって、そういう感情なのでは無いかなと」
「だったら、沢山のお医者さんが体験している理由にもなります……よね?」
「あ、これはあくまで、私が思ってしまう話です……幸いと言えば良いのか、まだ、先生、助けてくれって声を枕元で聞いた事は、ありませんしね」

 一通り、話を終えた遥。少しばかり、思うところがあるという表情を浮かべているが、それをこの闇の中、見る者もいないだろう。
「霊や怪異が何かに宿るものだったとして。それは実際の物だったり、場所だったりするかもしれませんけれど、特定の人に宿る時が一番多い。そんな風にも思います」
 だから、霊を見たという人は無くならないのでは無いだろうか。物も場所も清浄であったとしても、人がそこにいる限り、何かに憑かれるという事は、有り得続けるのでは無いかと、遥は考える。
「人に宿る何かは、きっと、人自身がそうである様に、とても複雑で、根が深い情を持っているのかもしれませんね。だから、やっぱり注意しないといけなにのかも。どんな世界であろうとも、そういう人の情こそ、怖いものですから」
 死して後の情であったとしても、時にそれは恐ろしいものとなる。
 夜、目が覚めたという現象だけで、思うところが多数生まれてしまう。そういうものであるのだから。
「ええっと、語れるとなると、あくまでこういう話なんだけど、どうだったかな。怪談になっていました?」
 尋ねる遥に対して、答える者がいるかいないか。それとも、次は自分だと、さっそく話を続けるかどうか。それを決めるのもまた、人の情に寄るものかもしれない。

成功 🔵​🔵​🔴​

五十嵐・阿乱
ある所に新婚の夫婦がいたそうだ
夫から見て妻は気立てがよく、理想の妻だった
ただ一つ問題があるとすれば、やけに海に行きたがることだ

別に夫もカナヅチってわけじゃない
実は、夫は以前に痴情のもつれから、当時交際していた女を殺して海に捨てちまっていたんだ

それで理由をつけては断っていたんだが、
新婚旅行に一度くらいは、と言われたらとうとう折れるしかなかった

旅行前日
不安に思いながらも、折角の新婚旅行を楽しもうと荷造りをしていた男はぎょっとした
自分のバッグから、頭蓋骨が出てきたからだ
しかも、何故か自分が殺した女のものだと、はっきりわかった

青ざめる男に、妻はこう言ったそうだ
「……久しぶりに一緒に海に行けるね」とな



●五十嵐・阿乱『消え去った後の事』

「人の情ねぇ。二週目ともなれば、出て来る話も、なかなかに凝ってくるもんだな」
 沈黙が続けば、語る人間もいなくなってしまうかもしれない。
 そんな風に思ったか知らぬが、春霞・遙の話から途切れなく、五十嵐・阿乱が、自分も二回目の語りを始めようかと、声を発した。
 何も見えないこの景色の中で、誰かの声まで消え去ってしまえば、自分達すらも消えてしまう。そんな怖さもまた、ここにはあるのかもしれない。
「人間、この世から消え去ってしまう事が一番怖い。そんな風の思っちまう怖さだよな、ここはよ」
 阿乱は手を上げ、自分の手を確認しようとするも、闇の中では、それすら見えてこない。目が闇に慣れれば、それでもなんとか見えなくも無いのであるが、あやふやである事は変わりなかった。
「何時か夜が明ければ、こんなのはって思うが、そうもならないのが今の俺達って事か?」
 夜や闇を、人は恐怖する。そんなのは当たり前であるが、そんな場所で、怖い話を続け、恐怖の感情を強くしようとしているのは、状況としては矛盾しているのではとすら思えて来る。
 明けない夜は飛び切りの恐怖だと言うのに、そんな現実を無視するために、別の怖さを用意しているのかもしれない。
「だから……せめて、居なくなっても、消えちまっても、人間ってのは残る何かがある、しぶとい存在なんだって話でも、してみるとしようか?」
 ふと、語るべき話が決まった様な気分になったので、阿乱は頭に過ぎった、その話をする事にした。
 消えない何かの話について。



「さっきも言ったが、これは人間のしぶとさに由来する話だ」
「このしぶとさってもんを現す言葉に、生き汚いってやつがあるよな?」
「あれ、思うんだよ。生きてしぶといから、汚いってなるのかってさ。じゃあ、死んじまったら綺麗になるのかね?」
「人間、死んだ程度で綺麗になれるかってのは、ちょいと疑問に思うんだよな。さっき、死んだ後に情が深い相手の枕元に現れるって話もあっただろう? それは人間のしぶとさで、生きていた頃の汚さみたいなのはまだそこにあるんじゃねえかって、そう思っちまうわけだ」
「……」
「あるところにな、新婚の夫婦がいたそうだ」
「おお。一回目に話したやつと同じく、妻の方は相変わらず気立ての良い、理想の妻ってやつだ。ちなみに、別に青白くはねぇ。残念だったな。別にそうでも無い? いや、けど聞いてくれよ」
「青白く無い変わりに、この妻ってのは、妙に海に行きたがるんだとさ」
「もしかしたら雪女じゃなくて海女なのかもな」
「……」
「海女は別に怖く無いな。一応言って置くが、海女じゃないからな、この妻ってのは。分かってる? そりゃ失礼」
「バカンスだってんなら、海に行きたがるのも分かる話だ。けど、妙なのは夫の方なんだよ。この夫、頑なに海に行きたくないって、何かと理由をつけて断るんだと」
「曰く、盆に海は駄目だ。冬や春に海は違うだろ。夏? 夏なら行きたいところは海以外にも沢山ある。ってな具合にさ。別にカナヅチってわけでも無いのにだ」
「海に行きたい女と海に行きたくない男。いったい何で夫婦してんだって言いたくなるけど、こういう時、折れるのは何時だって男の方だ」
「どうしても、新婚旅行では海に行きたいんだって妻の言葉は断れねぇ」
「結局、何泊かの予定で、海水浴に行く事になっちまったってわけだ」
「そうなれば、主な準備は妻の方がする。デカい鞄に着替えに水着にビーチで遊ぶための道具。そんなのがどっさり入って、おいおい、これを持って行くのか? って夫は引き気味だ。なんてったって、持たなきゃいけないのは夫の方だろうからな」
「妻は勿論、ちゃんと持って行って貰うと言って聞かない。漸く荷物整理が終わった後、妻が晩飯でも作る間、どれだけの重さがあるんだろうって夫が試しに持ってみると、これが重い重い」
「おいおいおい。これを持って歩くって? そりゃあ無茶だ。いったい、中にどんだけ荷物を入れてるんだよってんで、一旦、開けてみて整理する事にしたわけだ」
「案の定、パンパンに詰まった荷物の数々。そんなにいらねぇだろって服やら下着やら、化粧関係の道具。そうして、人間の頭蓋骨」
「……ああ、言ったぜ」
「そこにはな、人間の頭蓋骨が入ってたんだよ」
「悲鳴を上げそうになる夫だが、あんまりにもびっくりして、声が出なくなったんだろうな。腰を抜かしたまま、ガタガタ震えて、後ずさるしか出来ない」
「そんな夫の背中に、妻の足がぶつかるまでな」
「恐る恐る見上げる夫の目には、勿論、妻の姿が映っていた」
「優しく笑っている妻の顔だ」
「笑ってるんだから、質の悪い冗談だ。きっと自分を驚かすために、玩具でも仕込んでいたんだろう。そう思う事も出来たはずなのに、夫は恐怖し続ける。見つけた髄骸骨には、どうしてか知らないが、見覚えがあったからさ」
「震える夫に対して、妻の方は優しく笑ったまま、こう告げるのさ。……久しぶりに一緒に海に行けるね。とさ」
「……」
「実はこの夫、昔に、痴情のもつれで、当時交際していた女を殺しちまってな。なんとも業が深い事に、その死体を海に捨てたんだとよ」
「鞄の中にあった頭蓋骨は……その恋人のものだったって話だ」

「はは、また夫と妻の話だが、こっちの方は夫婦剣呑だよな? ま、世の中は広い。色んな夫婦の形ってのがあるもんさ」
 そういう問題では無い。そんな風に思う猟兵に対して、阿乱は笑って見せたかったが、残念ながら表情なんてものはこの場所では伝わらない。
 だから話を続けるしか無いのだ。
「ま、謎の多い話ではあるだ。頭蓋骨が夫の元恋人のものだったのなら、その事に対して、今の妻が何らかの復讐を果たすのが分かりやすい話じゃないか?」
 他の人間はどう思うか。それを聞いてみたいものの、それが自然な話だと阿乱は思い、続ける事にした。
「けど、この妻は、久しぶりに一緒に海に行けるねと言ったのさ。元恋人が妻に乗り移ったのか。それとも、何らかの関係性があるのか。何にせよ、死んじまったはずの元恋人の意思が、妻に残り続けていて……それで選ぶのが、復讐じゃねえってのが、まあ、一番恐ろしいかもな」
 人の情念というのは分かり難く、それでいて執念深いものだと阿乱は笑う。単純に、良くもあの時はと怒りをぶつけて来た方がなお怖いというのに、殺された元恋人は、また恋人を続けたいと考えて居るという事だからだ。
 理解出来ぬ感情がそこにある。そうして、理解できぬものは恐ろしい。そういう話でもあるのだと思う。
「ああ、けど、俺が一番気になった部分は別にあってな。妻の方じゃなく、夫の方にこそあるんだよ」
 ただ、怪異に襲われて怯える夫。かつての因果応報とは言え、それでも、怪異に怯える側でしか無い。
 だが、そんな夫に阿乱は思う事がある。
「この夫、鞄の中の頭蓋骨を見て、これは元恋人のものだって気付いたんだよな……」
 肉も付いていない、そのままのしゃれこうべ。死体を海に捨てた時は、勿論、白骨化したものを捨てたわけではあるまい。
 だとすると、夫は、初めてみたその頭蓋骨を見て、あの時の恋人のものだと、どうしてだか気が付いたらしい。
「それを、また別の怪異があったって考えるのか……それとも、人の情念が、恋人が死んだ後も、夫のどこかにしぶとく残っていたのか。答えなんて無い話だが、なんとも考えさせる話じゃねえかよ」
 例え、この世から消え去ってしまっても、残るものがある。それがどろどろとして、恐ろしいナニカであったとしても、人間のしぶとさという物を証明するものだ。
 阿乱はそんな風に考えながら、自分の話を終え、黙り込む事にした。
 例え、この場所に声が無くなったとしても、何もかもが消え去るわけでは無いと思い直したから。

成功 🔵​🔵​🔴​

スキアファール・イリャルギ
怪異は隙間に入り込む――えぇ、十分承知しておりますよ
何せ私は"怪奇人間"ですからね

さて皆さん、この暗闇の中であなたは"あなた"の姿を保てていますか?
その頭は目は口は鼻は耳は頸は胴は腕は指は脚は?
保てているという保証や証拠は?
その記憶や感覚の真偽は如何に?
知らぬ間に誰かに書き換えられているかもしれませんよ?
そのことすら隠され忘れてしまって
あなたは怪異に呑まれている最中かもしれない
いえ、既に異形に成り果てているかもしれない
……そう、私のようにね

暗闇が晴れる時、あなたは"あなた"でいられるのでしょうか?

……おや、どうしましたか?
私の聲が、変わっていってる、と?

――"そういうこともある時刻"でしょう?



●スキアファール・イリャルギ 『想像してみた時の事』

 何も見えぬ闇の中、消え去らない何かがあったとしても、変わってしまう物はあるのでは無いだろうか。
 五十嵐・阿乱の話を聞いたスキアファール・イリャルギはふと、そんな事を思ってしまう。
「怪異は隙間に入り込む。何もかも、確かなものが無くなったとして、残るものはある。ええ、十分承知しておりますよ。何せ私は"怪奇人間"ですので」
 自分なりの考えを言葉にしたくなったのか、この小屋の暗闇の中、途切れる事なく、言葉は続いている。
 次に話をするのはスキアファールの番となり、他の人間は沈黙し始めた。
「そうですね。私の方も、少し趣向を変えてみましょうか」
 そんな事を提案するスキアファール。いったい何だろう。そんな風に、少しばかり、小屋の中がざわつく。もっとも、小声が2、3箇所で漏れ出る程度の音であったが。
「運動というわけではありませんが、頭の体操になるかもしれません。皆さん、話を聞くだけだと、思考が鈍ってくる事でしょうし、そう、ちょっとしたゲームです。もしかしたら、知っている方がいらっしゃるかもしれません。そんなゲームを」
 淡々と話を続けるスキアファール。反対する人間の声も聞こえてこないから、そのまま、話を続ける事にした。
 耳を傾けてくれるだけで良いのだ。それだけで、このゲームは行えるのだから。



「それではまず、目を……いえ、この暗闇の中では、瞑らなくても構いませんが、閉じてみると、より、やり易いかもしれませんよ」
「これは想像力を試すゲームですから」
「そうして、想像してみてください。あなたは今、家にいる。自分の家でも構いませんし、見知った建物の中でも構いません」
「おや? これを知っている方がいらっしゃる? それは珍しい。そうでも無い? まあ、やった事がある方も、今一度、楽しんでみるというのも手かもしれませんよ」
「そう。想像できましたか? 想像した後は、家の中を歩いて回ってください。複数の部屋があるのなら、そのすべて。それほど部屋が無いのであれば、今いる部屋の細部を見て回って欲しいのです。勿論、何から何まで想像するのは困難でしょうが、その時はそこで諦めていただいて結構」
「さて、何かありましたか? おやおや、部屋に誰か居たと? それはまた、想像力豊かですね」
「はい? 居たら不味いのでは……と? いえ。別にそんな事は。もしかしたら、違うゲームだと勘違いしているのでは?」
「私が話すゲームは、ここからが本番でしてね」
「さて、想像の中の家の窓には……明かりが差し込んでいますか? ならば一度、外は夜になったと仮定してください」
「外からの明かりは、消え去りましたか? 次はそう、家の中に明かりは存在するでしょうか。もし、そこに明かりがあるのでしたら、それらも消してみてください。電気であればスイッチを押してみましょう。火の灯りであれば、息を吹いてやはり消して」
「あなた方の想像力ならば、それくらい出来ます。部屋の詳細を想像している状況で、それが見えなくなっていくというだけなのですから」
「……」
「さて、部屋の明かりは……消してみましたでしょうか?」
「では、その暗闇の中で、あなたの想像の中で、自らの手を眺めてください」
「勿論、単なる想像なのですから、闇の中とはいえ、あなた自身の手がそこに見える事とてあるでしょう」
「けれど、これはとある部屋の、暗闇の中でのゲーム。手が見えてはいけません。一旦、手が見える想像もまた、止めてしまいましょう」
「そうです。足も、腕も、指の先も、胴も、頸も、目も、口も、鼻も、耳も、想像の暗闇の中では見えないはずです。丁度、この小屋に、実際にいる我々がそうであるように」
「自分を、暗闇の中に浸してみましたか? 少し難しい? いえいえ、それも悪い事ではありません。私達はごく自然に、自分の身体がどういうものであるか、想像してしまえる力を持っているのです」
「例えば、自分の顔がどんなものであるか、鏡など見なくとも、想像する事が出来るでしょう? 手足を常に動かし歩いている時、わざわざ、その手足を目で見て、確認などはしないはずです。だいたいこの位置にあるはず。そんな想像の元、あなた方は身体を動かしている」
「ああ、まだ目は開けずにお願いします。真っ暗の中、想像できるはずの身体すら、闇の中で見えなくしたまま……」
「声も発する事の無い様に」
「静粛に……」
「…………」
「……」
「はい。大丈夫ですよ。目は閉じたまま、再び、自分の想像の中の身体を思い出してください。想像の中の部屋に明かりを灯しても結構です」
「ただ、想像を続けてくれればそれで良いのです。そうして、自分の身体を見下ろして。部屋に鏡があるのなら、それを覗いてみて」
「ええ、あなたの身体がそこにある。想像の中だとしても、それを想像できる力がそこにある」
「さて皆さん。その想像の中で、あなたは元に戻ったと思いますか?」
「もっと分かりやすく言いましょうか。この想像の中で、あなたは"あなた"の姿を保てていますか?」
「その頭は目は口は鼻は耳は頸は胴は腕は指は脚は?」
「保てているという保証や証拠は、どこにありますか?」
「あなたの頭の中の、想像の中の身体は、一度消え、再び現れた形になりますが……本当に元通りに戻ったと言い切れるでしょうか? 人間には自らの身体を思い浮かべる事が出来る、想像力があります。ですがそれは想像だけ。部屋の何もかもを想像し切れない想像力でもあるのです」
「元の自分の身体に戻ったと、どうして言えるのでしょうか?」
「身体だけではありません。刻一刻と変わるあなたの記憶。あなたの感覚は、容易く騙されるあやふやな物だ」
「もしかしたら、知らぬ間に、誰かに変えられてしまっているかもしれませんよ。いえ、他ならぬ自分自身が、自分を騙す事だってあります。幼少の頃の記憶。楽しかった記憶、悲しかった記憶、辛かった記憶。感情そのものを思い出す事が出来ても、その細部までは困難なのでは?」
「その事すら気付かないまま、あなたは知らず知らずのうちに、変化し、戻る事の無い怪異の只中で、その怪異に呑み込まれ続けているのかもしれない」
「もしや、現実の身体とて、既に異形と成り果てているのかも」
「そう……私の様に、ね」
「驚きましたか。恐怖しますか? それとも、何の感慨も無いでしょうか? 何にせよ、ゲームは終了です。さあ、目を開けていただいても結構ですよ」
「……」
「もう、お分かりでしょう?」
「目を開けたところで、この小屋は目を閉じ、想像していた暗闇と同じか、それより深い暗闇が続いています」
「あなた自身の身体が、あなた自身のままだと、自信を持って言える夜明けまで、まだまだ時間があるのです」
「さあ、想像を続ける事が大切ですよ。自分の身体は、確かにまだ、そこにあって、元のままだという想像を」
「けれど、朝が来た時、本当にあなたはあなたのままだと、言えるでしょうか? もしかしたら、既に、何かが大きく変わってしまっているかもしれません……ね?」

 ざわつく小屋の中で、スキアファールはただじっと、暗闇を見つめていた。
 このざわつく声だけは、現実のものだろう。ちょっと悪趣味じゃないか。わざわざこんなゲームをする必要があるのか。
 そんな風に話す猟兵として居るかもしれない。
「もし、本当に怖い思いをしたと言うのでしたら、それは失礼。ただ、試して欲しかったのですよ。我々は我々が想像するよりも、いえ、想像通りに、曖昧なものであると」
 だからこそ、怪異はそこに入り込んで来る。あやふやで、曖昧で、隙間だらけの人間だからこそ、そこに怪異が現れる可能性が生まれるのだ。
「今は怪異に語り掛ける事で、怪異と相対出来る状況です。ですから、どうか、その曖昧さを忘れずに。そうすれば、我々の語りは、必ずや妖の耳に届く事でしょう。何せ、我々のすぐ傍。もしかしたら、我々自身の内で、それは話を聞き続けているのですから」
 そんな事を語るスキアファール。話はこれで終わりだと、口を閉じようとした時、彼に語り掛ける猟兵がいて、そんな猟兵に、スキアファールは首を傾げる。
「おや、どうしましたか? 私の聲が、変わっていってる、と?」
 想像力が豊かな、その猟兵に聞かれたスキアファールは、答えと同時に、自分の声を確認する。
 変わっているだろうか。変わらないままだろうか。
 この暗闇の中、語りを進める声すらも、確かな物では無いというのか。
「けれど今は宵深き時」
『――"そういうこともある時刻"でしょう?』

成功 🔵​🔵​🔴​

照崎・舞雪
水辺には物の怪の類が集まるといいますが
これは水面に移る景色が異世界を連想させるためだと言います
この異世界としての水面は
鏡やにも通じます

さて皆さま
鏡に映る自分は見たことがありますね
では例えば
球体の内側が滑らかに球を描く鏡で張られていた場合
その鏡には何が写るでしょう?

合わせ鏡なんてものではありません
360度すべてが一枚の鏡です

それを知りたくなった男が
実際に内側が鏡の球体の部屋を作ったそうです
ですがその部屋はすぐに壊されてしまいました
というのも
中に入ったその男が一向に出て来ず
心配になった友人が部屋を壊して男を引っ張り出したからです

男がどうなったかって?
ゲラゲラ笑い続ける廃人になってたそうです



●照崎・舞雪『姿を映すという事』

 ふむと。スキアファール・イリャルギの話を聞き終えた照崎・舞雪は、頷きつつ、口を開く。
「確かに、良からぬ想像をさせられた身としては、精神的に不安になり、何が起こってもおかしくは無いという心持ちにさせられた気がします」
 スキアファールの話により頭に浮かべた想像の中で、舞雪は自分が不確かになるような、そんな感覚に陥ってしまったのかもしれない。
 そういうゲーム。話なのだから仕方ない。そうは思うが、何らかの意趣返しをしなければ気が済まない。そんな思いも心に浮かんでい来ていた。
「そういえば、想像の中で、鏡について言及されましたね」
 自分の姿を確かめるため、想像の中で鏡を覗いてみたらどうだろう。そんな話を聞いていた。
「では、私は、想像の中だけでは無く、現実の鏡というものについてを、語ってみるとしましょうか」
 想像の中の鏡は、何だって映るだろうが、現実の鏡であれはどうなるか。
 それを語ってみようと、舞雪は考えたのだ。



「かつて、自らを映すものとして水鏡という言葉もある通り、それは水面でした」
「猫や犬が、鏡に映る自らの姿を、自分の姿であると理解できる様に、人は、まだ自らが獣だった頃から、自らを映す水面を見て、ああ、これが自分なのだと、考えていたのかもしれません」
「そうして、そんな自らを、自らを包む世界すらも、水の向こうに映し出すそれに、人は不可思議な思いを抱いたに違いありません」
「水の向こうには、もう一つの世界が。異界があると。そんな風に、太古の人々が思ったところで、致し方ないものでしょう?」
「その様な、水面への憧憬を、鏡もまた受け継いでいるのだと私は思います」
「ある時間に、鏡を覗いてはいけない。鏡の前で、この様な事をしてはいけない。鏡をじっと、見つめてはいけない」
「世の中には既に、様々な、鏡にまつわる物語が語られています。曰く、合わせ鏡の向こうには鬼が映る。未来の自らがそこにいる。その様な話もまた、誰ともなく語られるものでありましょう?」
「遥か昔から、連綿と続く鏡の不可思議。それは時代を下り、現代に至ってもまだ、続いているのだと私は思います」
「皆さまは、鏡だらけの部屋という場所に、赴いた事はございますか?」
「世界を跨げば、壁をすべて鏡にし、障害物もまた鏡にする事で、あちこちが合わせ鏡となり、自らがどこにいるのか。目の前の道は本物か、それとも虚像かと疑わせる。そんな迷宮があったりもするそうです」
「そこに何一つ、不思議な事が起こらなかったとしても、人は容易く、鏡を前にして惑うもの。何時の時代も、そう思われて来たのかもしれませんし、現実もまた、鏡はその様な機能があるのでしょうね」
「ですが皆さま、皆さまが想像する鏡というのは、多くの場合、平面のものではないですか? では、歪んだ鏡においては、皆さまはどう映るでしょうか?」
「それは皆さまの姿をそのままでは映さず、歪んで映し出すもの。鏡でそのような物を見た事が無くとも、艶やかつ曲がった形を金属やガラスに、その姿を映す事はあったでしょう?」
「そこに映るは、間違いなく自らの姿。しかし、それは必ず歪み、自らの変質した姿を映し出す。そういうものだと言えます」
「では次に、そんな曲がり、歪んだ鏡によって覆われた部屋であれば、何がどう映るでしょうか?」
「丁度、毬の様に丸い部屋の内側。そこに張られた鏡に人が入れば、人はどの様に映るものなのか」
「お試しになった方は……ああ、残念ながらいらっしゃらないみたいですね」
「そこは合わせ鏡以上の不可思議を映す、360度すべてが鏡の不思議の部屋。その様な場所で、いったい何が見えるのか。気になってしまっても仕方ないと、そうは思いませんか?」
「……」
「その一人の男もまた、球体となった鏡の部屋へ、興味を隠せないで居た人間でした」
「知りたい知りたい知りたい。一度始まった欲求を、その男は隠せず、遂には私財を投じて、実際にその様な部屋を作ってしまったそうで」
「まったく。どれほどの試みであろうと、それは新しく作られた、由来とて無いただの鏡。不可思議な事が起こる由縁なぞ無いと思うのですが、それでも、試さずにいられなかったのでしょうね」
「そうしてこの世に、丸い鏡の部屋が出来上がったと、そういう事です」
「はい? その部屋は、今、どこにあるのか。ですか?」
「残念ながら、今はこの世にはございません。部屋は作られてすぐに、壊されてしまったのですから」
「ええ。壊されてしまいました」
「鏡を作った男が、さっそく部屋に入ってみたところ、その後、一向に出て来なくなってしまい、止む得ない事ながら、男の友人の一人が、部屋ごと壊し、中の男を引き釣り出してしまいましたから」
「なかなか、豪快な事をする友人をお持ちだと思いませんか? 私もそう思います。けれど、壊した事は、結局正しかったのだと思います」
「引き釣り出された男は、その時、ゲラゲラと笑っていたそうですから」
「ええ、何かとても、愉快なものでも見たのか。それとも……笑うしか出来なくなる程の何かを見たのか。男はゲラゲラと笑うだけの廃人となって、壊された部屋から出て来る事になったと、そういう事です」
「話はここまで……と言いたいところですが、少し考えてみたい事があります」
「男はいったい、何を見てしまったのでしょうか?」
「合わせ鏡の鬼か悪魔か。いえいえ、この部屋は合わせ鏡ではございません。そして新しく作られたそれに、鬼も悪魔も潜んだりは出来るのでしょうか?」
「すべては想像する事しか出来ぬ、これは、ただの私の考えなのですが……そこには、男しか映っていなかったのでは無いかと、そう思うのです」
「すべてのが鏡のその部屋において、そこに男が一人入ってしまえば、そうもなるでしょう?」
「しかもそれは……男をそのままに映し出しているのでは無く、どこを向いていたとしても、歪んだ男の姿を映し出している」
「そんな光景を目にした男は……そこで気が付いてしまったのかもしれません」
「先ほどの語りと同じ様に、確かなものなど何一つ無いのだと。まるで冗談みたいでは無いかと、喜劇の様な世界を、認識してしまったのやも……しれません」
「水面や、鏡の向こうに抱いた、歪んだ世界への憧憬。それはむしろそのまま、自らと自らの世界をそのまま映し出していたのだと、その事を理解してしまったのだと、そういう事なのかも」
「だから男は、おかしくっておかしくって、ゲラゲラと笑い続ける事になったのだと……単なる、私の想像でしかありませんけどね」
「ところで皆さん、皆さんは普通の鏡を見た事は……勿論、ございますよね?」
「気を付けた方が良いかもしれませんよ」
「かつて、水面が時に波打ち、その虚像を歪めていた様に、平面に見える鏡もまた、細部に至れば、歪んでいるのです」
「男が鏡に映る歪んだ世界に対して、笑う事しか出来なくなってしまった様に、ただの鏡を見ただけで、男と同じ様な事態に陥る事も、有り得てしまうのが、鏡というものなのですから」

 現実の鏡の話はここで終わり。そこまでを語り終えた舞雪は、ふぅと一息を吐く。
「鏡の恐ろしい話は、何も空想だけのものでは無い。そういう語りでしたが、いかがでしたか? もしかしたら鏡すら見られぬこの闇夜の中は、むしろ幸運だったかも。そんな風にも思えたりするのでは?」
 くすりと笑う舞雪に対して、返ってくる笑い声は残念ながら無かった。
 語りというのは、反応を楽しむものでは無いかと舞雪は思うのであるが、この夜の中では興ざめであろう。
 はやく夜が明けないかなと、そんな風にすら思い、小屋の窓。障子が張られたそこを見つめる。
「早く明けると良いですねぇ。夜。夜の闇は怖いと言っても、時にそれは、恐れを薄れさせるものになってしまいがちですから」
 語られる怪談も、ほどほどで無ければ、何時かは冷めてしまうかもしれない。
 怪異が恐怖を求めているのだとすれば、夜とて、何時かは明ける様にしてくれなければ。
 舞雪はそう思いつつ、今度こそ、話を終える事にした

成功 🔵​🔵​🔴​

ベネラ・ピスキー
二週目…ま、語ってやるか。
先程と同じく、
美に纏わる話だが…では、そもそも美とはなんだ?
オレ様に言わせれば、美とは即ち「錯覚」だ。
目に入る物、耳に入る音。
本来なら唯の感覚器から受け取る情報でしかないそれらを美と感じるのは情報以上の「何か」があると錯覚させているからだ。
黄金比、和音―美に纏わる技術の内実はそう、情報量が増える物であり…
前置きが長くなったが……本題だ。
この理論が成り立つものはもう一つあるな……そう、今我らがこうして話しているそう怪談―恐れて然るモノ。
それもまた錯覚だが…ああ。

錯覚と真実の境は…なんだろうな?今この暗闇と声しかない、情報が削ぎ落とされた空間にいるお主は、本物か?怪異か?



●ベネラ・ピスキー 『〇しいと感じた事』

「感情とは状況に寄るものだ。同じ物が目の前にあったとしても、人それぞれ、神それぞれに感じ方は違ってくる。確かに、夜の闇の中とは言え、誰しもが、どの様な状況であろうとも、恐怖を抱くというものでもあるまい」
 照崎・舞雪の話を聞き終えたベネラ・ピスキーは、この闇夜の怖さなぞなんのそのと言った様子で、不敵な笑みを浮かべた。もっとも、闇夜の暗さのせいで、誰もその笑みを見ていなかったが。
「そういう意味で言えば、この明けぬ夜というのも、本質的には大したものではあるまい。人とは慣れる生き物。暗闇が怖いというのは、それに人が適応出来ぬからこそ覚える恐怖だ。ずっと続けば、日常となったそれに、怖がる者なぞ生まれなくなるだろうさ」
 零落した神として、ベネラはそれを知っているのかもしれない。
 かつて、畏れ敬われた身であるが、人は時と場合に寄って、そんな感情を容易く変えてしまう事を、身を持って知っていた。
「もしかしたら、既に我々は、この明けぬ夜というのを解決しているのかもしれぬぞ? 散々に語られた怪談は、夜の闇よりも怖くあり、ここに集まった怪異もまた、ただの語りに劣ってしまっているのやもな」
 ただ、外は暗いままであるから、まだ状況を解決と断言できる程の状況ではあるまい。ただ、可能性を語りつつ、怪談を語るのみである。
「そうさな。こんな夜の闇を克服するには、美についての話を語るしかあるまい」
 結局、美の神たる自分が何を語れるかと言えば、そういう類の話でしか無い。そんな風に考えてか、ベネラは話を始めた。
 結局のところ、布教活動なのでは? などとは思わないで欲しいところであるが。



「美の話をする前に、各々に尋ねるが……美とはなんだ? 説明できる者はいるか?」
「美しい。感動した。心が高ぶった。そんな風に語られる時もある美であるが、この美を上手く説明できる人間に会った事が無い」
「しっかりと言葉に出来る輩がいるとすれば、それはとびきりの評論家になれるだろうが、残念ながら、立派な評論家とやらにも会った事が無い」
「故に、オレ様が語ってやろうと思う。美とはな、錯覚なのだと」
「そうだ。神秘的な答えを期待していたか? それとも、価値のある話だと思っていたか」
「馬鹿め! そんな事があるはずも無い。崇めるべきはオレ様の様な美の神に対してであって、ただの美を崇めたところで何かが返ってくるはずも無いだろうが!」
「良いか? 美とは目に、耳に何かを感じさせるものだ。紙に描かれた模様を見て、ああ、紙に何かが描かれていると、それだけが目の前の現実であるはずが、その他の何かを思ってしまう。それこそが美の正体というわけだな」
「それとはつまり、何であるのか。黄金比、和音―――
「幾らでも言葉は選べるが、選ばなければ、こう答えられるだろう。美とはただの情報だと」
「目の前の現実に対する、余計な付け足し。それこそが美であり、我々は必要最低限の情報以上の、一歩上の情報を受け取ることで、そこに美を、感動を覚えてしまう」
「それを、興ざめな話だと思うか? いや、そうでも無い。そうでも無いとオレ様は思う。目の前の何某かに対して、ただ表面でしか物を考えぬというのは獣の在り方だ」
「だが、人間はそうならなかった。それ以上の情報を得ようとしたからこそ、必要以上の情報を錯覚し、そこに美を見つけ出したのだ。そういう部分こそ、オレ様は人間を人間たらしめている部分だと考える」
「さて、そろそろ、なんだこいつは。ひたすら美とか訳の分からんものについて語りやがってと思い始めている頃合いだろう」
「だがな、本題はここから。今の我々に大きく関わる話を始めようではないか」
「そうだな。とある男がいた」
「男は美術品を集めるのが趣味でな。美に魅せられていたとも言える」
「審美眼もあった。埋もれた美を見つけ出し、高値で売る事を若い頃が続け、一財産を築ける程だ」
「そうして、男はその趣味を業にまで高めたのだ」
「もっと、もっと、美しい物を。男は、その有り余る財を使い、手始めに自分専用の屋敷を作るや、あらゆる手練手管を使い、美術品を買い漁り始めたのだ」
「屋敷に増えて行く美術品の数々。それをより美しく見える様に配置し、飾り立て、屋敷そのものを一つの美に。至高の物へと変えて行く」
「その行程は、男にとっての理想。夢。楽しみであった……そのはずだった」
「だが、問題は男にこそ起こったのだ」
「不安で仕方なくなった。何故か時々、胸の動悸が激しくなって、汗が出る。病気か何かかと疑うも、健康診断では特に問題は見つからぬ」
「きっと、美に囲まれて興奮しているのだろう。馬鹿らしい。楽しい事を、美を感じられる事をしているのだから、どうして不安になる事がある」
「そんな事を思う男だったが、やはり、屋敷にいる間。どうしようも無い、焦燥感に似たそれに、心を乱され続けていた」
「ああくそっ。いったいどうしたと言うんだ。男はそう考え、自分がもっとも落ち着けるその場所へ向かう事にした」
「それは屋敷の最奥。男が自信を持って集めた美術品が集まる、その部屋へ」
「奥へ奥へ奥へ。もっと美しいものへ」
「そう考えて進む男の心臓は、もはや爆発しそうな程に高鳴っていた」
「だが、部屋に入った瞬間」
「……」
「男は屋敷中に届かんばかりの悲鳴を上げ、その場に倒れた」
「心臓が、襲ってくる感情に耐えきれず、遂にはその限界を迎えたのだ。男はその瞬間。自らが集めた美の只中で、こと切れて倒れたのだ。男にとってはそこまでの話」
「さて、この男はいったい、何に悲鳴を上げたのか」
「部屋の中にあった美術品が、独りでに動き出した? 命を奪う呪いの品があった? いやいや、そうではない」
「まったくもって、そうではない。男は間違いなく、その部屋に、至高の品々を集めていたのだから」
「問題は、やはり男の方にこそあったのだ」
「男は病に掛かっていた。身体的なそれではない。精神的なそれだ」
「男は錯覚してしまったのだろうさ」
「何をだと? 分からないか?」
「美とは錯覚だと言っただろう? 本来、ただそこにあるだけの物に対して、それ以上の何かを感じてしまう。有り得ない物を幻想してしまう」
「ああ、これは何かに似ている。そうは思わないか? 薄暗い闇の中。逆光に寄って姿を隠された影。そこに、何か、有り得ざる物を幻想してしまう……」
「それはな、恐怖だ」
「男は、自らの人生の、その業とすら思えた美への憧憬が、ふとした事で、恐怖へと変わってしまったのだよ」
「オレ様に言わせれば、さもありなんといったところか。美と恐怖。それは同質だ。同類とも言えるな。その二つはただの錯覚で、そうして、人が人であるが故に抱えた感情。だからこそ、時にそれらは簡単に入れ替わる」
「美しい感じる心が、恐ろしいと感じる心に替わった結果、男は命を奪われたと、そういう話だ」
「至高の美への感動は……命を奪いかねない恐怖へと替わってしまったと、そういう事だ」
「……」
「うむ! つまりな、お前たちも、そんな移り変わりやすい美そのものを敬うのでは無く、オレ様みたいな美の神様を畏れるが良いと、そういう話でもあるな!」

「なんだ。何か不満がある様な溜息が聞こえて来たが?」
 いったい、これまでの有難い話に、何の不満があるのかとベネラは問いかけたい気分であった。
 神の話を聞いて、そんな態度を見せる相手に対して、ベネラは意趣返しの様な話を続ける。
「良いか。良く聞くが良い。美と恐怖の感情。それらが簡単に入れ替わる様に、現実も、また入れ替わりやすいものが存在している」
 それが何であるか? お前たちに分かるか? 尋ねて答えられぬ者達に対して、ベネラは神の啓示を語る事にする。
「それは錯覚とだ。現実と錯覚。そこに境など無い。お前たちの目で、耳で聞いたものが、現実なのだろう? ならば、錯覚もまた、そういうものだ」
 錯覚は、幻想は、容易く現実と入れ替わる。見分けの付かぬものとして、目の前に現れて来る。
「今、この暗闇と声しかない、極限までに情報がそぎ落とされた空間にいるお前たちは、現実か? 錯覚か? 本物か? それとも……怪異そのものなのか?」
 ベネラはそう尋ねてから、答えがさっぱり返って来ないので、語り手役を次の誰かに渡す事にした。

成功 🔵​🔵​🔴​

ヘンドリック・ズリヴァルト
知り合いの船乗りから聞いた話だ

船で沖合に出ている時、何の前触れもなく突然、嵐に襲われたらしい
陸も遠い。ここで船が沈んじまったらお陀仏だ、ってんで必死に舵を取ってたらしいんだが
どうにも嵐の様子がおかしいんだと
必死になってる時は船が沈むほどには激しくない
だが油断すると途端に雨風の激しさが増してくる
まるで嵐に遊ばれてるようだと思ったその時
一緒に船に乗っていた奴が情けねぇ声で悲鳴を上げた
なんだと思ってみると、ガタガタ震えながら嵐の空を指さしてやがる
んでその空を見ると、だ
でっけぇ一つ目の牛の顔がニタニタ笑いながらこっちを見てやがった

で、気を失って気付いたら知ってる島に流れ着いてたらしい



●ヘンドリック・ズリヴァルト 『思いも寄らぬ事』

「暗闇の中じゃあ、入れ替わったり、何か良く分からんもんが現れたりするって事か? まあ、良く分からんが、綺麗なもんな好きだぜ。絵画ってやつには目が無くってな! けど、それを怖いだなんて思った事たぁないな」
 ベネラ・ピスキーの、美に対する話を聞きながら、ヘンドリック・ズリヴァルトは呟いた。
 彼はそうして、周囲を見渡しもする。
「暗闇……暗闇。暗闇ねぇ。ん? なんだって? 連呼しなくても分かってる? そうだな。目の前に、っていうか、目に何も映らねぇってのが、暗闇ってやつだよな」
 頭を掻きながら、ヘンドリックはやはり呟いた。
 この、目を開けても閉じても存在している闇であるが、ヘンドリックは、これまで、猟兵達に語られた怪談を聞く中で、そこに感じて来るものがあった。
「なんか、最初は怖かった気がするんだが、今は、そうでも無いんだよな」
 いい加減、慣れてしまったのだろうか。だが、どうにもそう思えない部分もある。
 ある時点から、急に怖くなくなった。ヘンドリックはそう思うのである。それがいったい、何をきっかけにしているのか。
 それがいまいち分からず、首を傾げていた。
「まあ、良いか。次は俺が怪談話を語れば良いんだろう? 深い話は出来ないが、怖そうな話ってのなら、幾らか知ってる。その一つでも話してやるとするさ」
 こうやって、何時まで話を繰り返せば良いか。そんな事を思いつつも、他の猟兵と同じく、ヘンドリックは話を始めた。



「まず始めに、こんな小屋でじっとしている俺だが、こう見えて船乗りをしている。歯に絹着せなきゃ海賊って事にもなるな?」
「おっと、海賊だから怖いんだぜ。なんて話をするつもりはねぇからな。海賊は怖いもんだが、だからって、意味も無く他人を襲ったりしねぇよ」
「むしろ、船乗り同士は、結構仲が良かったりするんだ」
「広い海ってのは、深くて広い。一人だけじゃあ、本当に自分は独りぼっちだと実感させられる。だからこそ、手を取り合う仲間ってのがいるわけだな」
「これから話をするのは、そんな知り合いの船乗りから聞いた話さ」
「船乗りってのは仲間を大事にするし、一方で船の上では神頼みやら験を担いだりもしがちだ。何でかって? さっきも言ったが、海ってのは広く、深い」
「俺が乗る船、アヴェル・チャンピオン号なんかは、そりゃあ立派な船なんだが、それでも、板一枚下は、船よりドデカい海が広がってるって、航海中は何時でも実感させられるもんだ」
「言い過ぎでも何でもなく、海ってのは、俺達にとってはあの世だ。そこに落ちれば、助からん」
「船乗りだから、泳ぎは得意だ。溺れはしないが、それでも、順調に航海している船から落ちれば、その船に追いつく程に泳ぐなんてのは至難でね」
「そうして置いて行かれれば、そのまま、広い海に独りぼっち。鮫の餌になるなんてのはまだ幸運な方で、少しずつ、少しずつ体力を消耗して、そのまま力尽き、溺死する。そんなのだって日常茶飯事だったりするんだよ」
「一歩、足を踏み外せばそこは地獄。そんな思いが、船乗りを神秘主義にさせちまうのかもしれねぇ」
「だからこの話も、そういう類の話だって、俺は思っていた」
「どんな話かと言えば、これを語ってくれた船乗りが、航海中での出来事だそうで」
「出航した時は平穏無事。今日は良い航海日和だってなもんだが、海の機嫌は気まぐれだ。誰が喧嘩を売ったやら、何時の間にか、船は嵐に包まれていた」
「残念ながら、船はもう随分と沖合に出ていた。陸は遠く、一方で地獄の一丁目な海はすぐそこだ」
「海の嵐を知っているか? 並の怪談なんか目でも無いくらいにあれは恐ろしいもんだ。吹き付ける風は船のマストを折らんばかりで、身体を叩き付ける雨は身体を濡らすんじゃなく、切り傷を付けてくる程さ。何より怖いのは、波だな。船の高さすら越える波が、そのまま船へ襲って来やがる」
「幾ら航海に慣れてる身とは言え、二度と体験したくねぇって何時も思ってるよ」
「で、そんな嵐の中で、その船乗りは必死に舵を取っていた。そりゃあそうだ。ちょっとでも気を抜けば、それはそのまま自分の命に返ってくる。その船乗りはな、これまで積み重ねた経験の中で、それを十分に承知していたのさ」
「だが、その時の船乗りは、どうにも変だとも感じていた」
「吹き荒れ続ける海に、嵐に、何かが違うと感じていたのさ」
「男は気を抜かない。それが命取りになると分かっているから。だが、それでも、心だって息継ぎをする様に、どこかで落ち着こうとしなきゃ、無理が来ちまうもんだ」
「だから、気張る心を少しでも緩める。そういう瞬間がある。けど、まるで、その瞬間を見計らう様に、嵐が激しくなる様な気がしたんだと」
「必死になって舵を握ってる時は、むしろ、このまま頑張れば、嵐を抜ける事が出来るんじゃねえかって思う程度なのに、少しでも気を抜けば、それが全部錯覚だったと思わせてくる様な激しさを持ち始める」
「まるで、嵐に意思でもある様な……そんな風にすら思えて来た」
「海の上では、時々、そういう気分になる時もあるもんだ。あの海原は、気まぐれな女神様。厳格な頑固おやじ。そんな風に思った事が、俺にもある」
「だが、その嵐は別格だったそうだ。本当に、嵐が悪意を持って、自分達を襲っているんじゃないかって、その船乗りはそう思ったらしい」
「ああ、俺達、何か、本当に怒らせる事をしたのかい? だから俺達を、弄んでいるのか?」
「船乗りは、船の下に、どこまでも広がっている海に、心の中で語り掛ける。そこにある恐怖に。簡単に人一人の命を奪ってくる、その残酷な世界に、男はひたすら祈り続けた」
「ああ、どうか。何か悪さをしたってのなら謝るから、どうか俺をこれ以上、苛まないでくれってさ」
「……けどな。その話を聞いて、つくづく思う事があるんだよ」
「船と海は切っても切れない関係だ。そうして、海はあまりにも大きくて、思いの何もかもが、そこを向いちまう」
「だが、その時は、それじゃあ駄目だったんじゃないかってな」
「風と雨が合唱を続ける甲板の上で、悲鳴が上がった。一緒に船に乗っていた奴が、情けねぇ声を上げていやがった」
「ああ、こいつ、海の神様を本当に見た気になって、怯えていやがるんじゃあ? そう船乗りは思ったが、どうにもそうじゃねぇ」
「悲鳴を上げた奴はな、海じゃねぇ。波でもねぇ。空を見上げていたのさ。そうして、まっすぐ、空の向こうを指差していた」
「船乗りもまた、その指の方を見る」
「そこにはな、空と、その空に映る様に、デカいデカい、一つ目の牛の顔が、ニタニタと笑っていたそうだ」
「その瞬間、船乗りが乗っていた船は、その牛の顔に畏れ慄いた様に震えたかと思うと、一気に転覆した。船乗りはと言えば、それと同時に海へと投げ出されたんだと」
「激しく押し寄せる波が、身体を縦横無尽に揺れ動かし、目と鼻と口から無限の、生臭い海水が入り込んで来るのを感じながら、船乗りは気を失った」
「ま、普通ならそこでお陀仏となるところだったが、その船乗りだけは幸運な事に、近くの島に流れ着く事が出来たそうだ。だからこそ、俺にこの話を聞かせる事が出来たわけだけどなぁ」
「……」
「この話を聞いてつくづく思う事があるって言ったな?」
「俺達船乗りは、デカいデカい海を見て、ついつい、何事の原因もそこにあると思いがちだ」
「けどな、その実、世界ってのはもっと訳の分からないもので、時々、そんな訳の分からないもんが、気まぐれみたいに襲い掛かってくる時もあるって、そういう恐ろしさもあるんじゃねえかって思う」
「海に出て、怖いのは海だけじゃあない。ある意味、当たり前の話なんだが、何事もそうじゃねえかって思うよ」
「幽霊、悪魔、怪異に奇跡。怖いもんは色々あるが、本当に怖いのは、それら良く聞いたりするような物以外にも、恐ろしいものは幾らでもあるって、そういう現実なんだろうな……」

 海賊としての、海に纏わる怪談。そのつもりで語り終えたヘンドリック。
 そんなヘンドリックはふと、顔を上げる。
「なあ、みんな、この話を聞いてどう思った?」
 そうヘンドリックに尋ねられた猟兵達は、各々が、ヘンドリックの語りに対して、何か、深い意図があったのかと考えだす。
 だが、そんな様子に対して、ヘンドリックは首を横に振る。
「いや、言い方が不味かった。あのな、海だ。海ってか、生臭さってやつだよ。魚の腐った様な。海からは、時々、そういう臭いがしてくる時もあるってやつで……」
 ヘンドリックは、これまでの違和感について、自らの話を語る中で、漸く原因に気が付いたのだ。
 それこそ、生臭さだ。
「怪談やらを語る中で、そういう臭いがして来てただろ? けど、今は感じねぇ。慣れたわけじゃあないんだ。しなくなった。だからどうにも俺は……この暗闇が怖くなくなっちまったんだ」
 いや、それだけでは無い。ヘンドリックは小屋の窓を見つめる。
 そこにあるのはまだ夜だ。だが、どこか薄っすらと、その向こうの夜の闇は、薄れて行っている様だった。
「おいおいマジかよ。わけがわからねぇ事が、ここでも起こってやがる」
 そこでは、夜が明けようとしていた。
 明けない夜を解決するため、ただひたすらに怪談を語り続ける。それ自体が、良く分からぬものであったが、今はさらなる怪異がそこに起こった気分であった。
「何時だ? 何時、俺達はこの事件を解決したんだ? 美術品について語ってた時か? 小屋の隅から隅を歩き回ってた時か?」
 ヘンドリックにはそれは分からない。
 だが、開けない夜というこのカクリヨファンタズムを襲っていた怪異は今、その姿を消そうとしていたのである。

成功 🔵​🔵​🔴​




第3章 日常 『夏の夜長に怪談でも』

POW   :    普通に怖い話

SPD   :    印象的な話

WIZ   :    オチのある話

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​

「皆様。皆様が語り続けたおかげで、この世界を襲っていた物は、その本来の姿を取り戻し、明ける事の無い夜の原因であった、囚われた朝と昼を、どうにも解放した様子です」
 猟兵達の語りを聞き続けていた少年が、そう呟く。
 暗闇に包まれていた小屋が、世界が、今、漸く、本来の姿を取り戻そうとしていたのである。
 夜が明ける。猟兵達はそれを実感して行くが……。
「まだ、本来の夜明けまでは時間がある様ですね。怪異が去ったとは言え、すぐに朝がやってくると、そういう訳では無いらしいです」
 ちゃんと、明けない夜は終わったのか。それを確認するためには、まだあと、暫く、この小屋で待つ必要がありそうだ。
「ああ、けど、その間、手持ち無沙汰で暇だと言うのでしたら、語ってみるのも良いのでは無いでしょうか?」
 何を? 尋ねる猟兵に対して、少年は答える。
「怪談話です。怪異は去った。朝まであともう少し。その短い間。何の使命感も、何を背負う事も無く、ただ、怖い話を語ってみませんか?」
 そう提案してくる少年に対して、猟兵達がどう行動するのか。
 それはそれぞれの猟兵達が決める事であろう。
春霞・遙
誰かから聞いた話を。

その人は多分普通に生まれて、概ね普通に成長して、普通な日常を過ごしていました。
親がいて、友達もいて、憧れの人とかもいました。

ある日学校へ行ったら知らない人から声をかけられました。
ーあなたは誰ですか?
絶句した表情で相手は去って行きました。

またある日通学路で、知らない人から声をかけられました。
ーあなたは誰ですか?
ひどい!相手はそう言い捨てて去りました。

別の日、目を覚ましたら知らない人から声をかけられました。
ーあなたは誰ですか?
相手は大声で泣きました。

さらに別の日、鏡の中に知らない人がいました。
ーあなたは誰ですか?
相手は同じ言葉を返しました。

その誰かは今も忘れ続けているそうです。



〇春霞・遙『尋ね方』

「朝が来る……かぁ。随分と長い事、話してた気がするけど、そっか。なんだか久しぶりみたいな気分になって来ますねぇ」
 時間が経てば経つほど、少しずつ、小屋の中の闇も払われていく。そんな光景の中で、春霞・遙はぼんやりと呟いた。
 蝋燭の明かりが無くとも、今やその顔は薄ぼんやりと見られる状態。
 この状態から、ますます小屋には光が差し込んできて、鳥の鳴き声か何かが聞こえて来れば、それはもう朝と表現したとしても構わないだろう。
 だが、もう少しだけ、そうなるまで時間がありそうだ。
「うん。なら、そのタイミングで話せるものならあるかな。時間を潰す程度の話でしかないですけど……それでも良いですよね?」
 そもそも、まだ怪談を続けようとする事自体が酔狂な話である。
 内容について、あれこれと言う人間も少ないだろう。
 誰の反論も無さそうである事を確認してから、遥は話を始める事にした。



「こうやって、夜明けのタイミングで思う事は、朝が来た時、どうなるんだろうって事」
「寝て起きた、ああ、朝だっていうのなら、別に思う事も無いんですけど、夜の間から、夜明けを待っていると、何かが起こる様な、そんな気分がしてきません?」
「朝というのは、何かが始まる瞬間って気がして……それは、ずっと夜であるよりも、もっと、何が起こってもおかしく無い時間なんじゃないかって、そう思うんです」
「誰から聞いた話だったか……その人は、それまで、普通に生きて来た人でした」
「恐らくは普通に生まれて、概ね普通に成長して、普通な過ごす日々を送っていたのでしょう」
「勿論、親も友達もいて、憧れの人なんかも居たりして……」
「きっと、本人も、そんな普通の日々が続く。そう思っていたんじゃないかな。少しは、変わった事が起きても構わない。そんな事を期待しながら」
「その日も、朝起きて、家を出て、学校に向かったそうです」
「別に特別な日じゃない。何時もと同じ、何時も変わらない日々……そのはずだったのに」
「学校に行った時、ふと、誰かに話し掛けられたそうなんです」
「制服を見れば、学校に通っている生徒だって分かるんですけれど、知らない人だったそうで……けど、どうしてか、突然、話し掛けて来たそうなんです。何度も、親しげに」
「なんだろう。怖いな。最初はそれでも、無下に扱うのはどうにもって思っていたんですけど、いい加減、気味が悪かったらしくて、こう言ったそうなんです」
「あなたは誰ですか?」
「そう伝えると、何故か相手は絶句した様子で、居心地が悪そうに、その場を去って行ったそうで……」
「怖い経験ですよね。知らない人から、まるで知っている風に話し掛けられるって」
「けど、一度だけなら、そういう事もある。そうは思いませんか?」
「あ、確かにそうですね。誰もが経験する話なら、それは怪談ではありません」
「だから……その人は、一度だけじゃなく、何度だって、それを体験してしまったと、そういう話なんですよ、これは」
「ある日、その人はまた、学校の制服を着た知らない人に話し掛けられ、やっぱり尋ねる事になった」
「あなたは誰ですか?」
「すると、知らない人は急に、酷いって、何故か怒り出したそうなんです。勝手に話し掛けて来て、急に怒り出す。良く考えなくても、そっちの方が酷いって思いません?」
「そんな不運を、短い期間に二度も体験してしまった。けれど、二度だけでも、不運な時期もあるって、そう思えるかもですよね」
「その人も、そう考え直す事にしたそうです。変わらない日々に対して、ちょっとだけ変わった体験をしただけ。不運はそう続かない。そんな風に気分を入れ替えたんです」
「けど、怖い事って、続くものですよね。そうは思いません?」
「いえ、続くというよりかは、その時に起こった事は、これまでと比べてとびきりでした」
「その日も、その人は変わらない朝を迎えるはずだった。そのはずだったんです。普通の一日を、普通の人生を送るはずだった。なのに……」
「知らない人が、家の中に居たそうなんです」
「目が覚めて、自分の部屋から出たその瞬間に、まるで、良く知っている風に、その知らない人から声を掛けられた」
「あなたは誰ですか?」
「その人は本当に怖くって、泣きだしそうになりながら、そう聞いたんです」
「悪い冗談はやめろ。目の前の知らない人は、最初、そんな事を言っていたそうですが……遂には、向こうが先に泣き出したそうなんです」
「いったい、何が起こっているのか。これはいったいどういう事なのか。泣き出したいのはこっちなのに、目の前で知らない人が泣いている」
「どんどん、自分の周りに知らない人が増えている。どうして? どうして? どうして? 自分は少し前まで、普通の、怖い事なんて無い日々を送っていたのに」
「新しい日を、新しい朝を迎える度に、知っていたはずの世界が、知らないそれに変わっていく」
「怯えたその人はまた、怯えながらも、次の朝を迎えました。次の日は、きっと、元通りの世界が返ってくる。そのはず。何の根拠も無く、その人はそう思いました」
「その日、目が覚めて、恐る恐る、部屋の外に知らない人がいないかと確認して、次に部屋を出、顔を洗おうと洗面台の前へ」
「そこで、その人は、これまでで一番怖い体験をしたんだそうです」
「鏡には、自分じゃあなく、知らない人が映っていたから……」
「あなたは誰ですか?」
「そう尋ねてみても、鏡に映る知らない誰かは、同じ言葉を返してくるのみだったそうです。普通の日常は、そこで完膚なきまでに壊されてしまった。その人はそこで漸く、その事実に気付いてしまったみたいですね」

 ここまでを話し終えてから、遥は一旦、自分の周りにいる人間の顔を、見つめる様に視線を動かしながら、それを止め、また話を始めた。
「皆さんは、この話について、どう思いましたか?」
 尋ねる遥に対して、答える猟兵は何人かいた。そんな話を頷きながら、聞き入る遥。
 そうして、自分なりの意見も話してみる。
「ええ、皆さんと同じく、私も、その人自身がおかしくなったんだと、そう思っています」
 周囲に知らない人間が増え、あちこちに潜む様になったのでは無く、自分が知っているはずの人間を、知らない人間としか認識できなくなった。
 周囲が変わったのでは無く、自分自身の認識が、致命的に変化してしまったと、これはそういう怖い話なのであろう。
 そして最後には、自分自身まで、その怪異は及んでしまった。
「どうして、その人はそうなってしまったのか。単なる脳の疾患か、それとも、別の原因があったのか。あまりにも普通な日々を送る中で、非日常を体験してみたいと考えてしまい、朝が訪れる毎に、それが実現してしまったのか……」
 答えは分からない。ただ言える事は、これまで語ったのは、遥が知る怪談だと言う事だけ。
「これはお話ですから、最後もまた、怖い話で終わりましょうか」
 遥はにこりと笑った後に、最後の話を始めた。
「この小屋にもまた、朝がやって来ようとしています。皆さんも私も、夜の明かりが払われ、その姿を現す時間」
 遥は両の手のひらを合わせ、一旦は間を置き、声を発する。
「さて、皆さんは、すぐ傍にいる相手の顔が、朝日に照らされて、知らない顔だった時、どう声を掛けますか?」
 初めまして。おはようございます。知らない顔ですね。
「それとも……あなたは誰ですか?」

成功 🔵​🔵​🔴​

照崎・舞雪
仲の良い三人組が登山へ行ったそうです

山の途中に大きな川があり
そこで少し休憩をしていると
上流から何かが流れて来る
よく見ればそれは人形でした

気になって川の上流へ向かっていくと
小さな村がありました
その村では人形を生贄に見立て
川に流すことで厄を流す儀式をしていたそうです

三人はその村で歓迎されました
なんでも厄流しの後に立ち寄る旅人を神の使いに見立てるそうです
村で御馳走を振舞われそこで一泊させてもらったそうです

翌日、二人は村を去って下山したのですが
途中の川でまた流れて来る人形を見ました
その人形の顔にどこか見覚えがある気がしながら帰ったそうです

その後
二人が何度同じ山に行っても
その村は見つからなかったそうです



〇照崎・舞雪『消え方』

「私がいったい誰であるか? それは中々に考えさせられる問いかけですね?」
 春霞・遙の言葉に対して、そんな風に呟いた照崎・舞雪は、少し考える。
 いったい、自分は何なのか? 哲学的な気分にさせられる質問であったが、哲学的だからこそ、明確な答えを返せない。
「案外、自分がいったい誰なのか。明確に答えられる人がいないからこそ、その話の様に、自分の姿すらも惑ってしまうのかもしれませんね」
 人間、何を切っ掛けにして、自分を見失ってしまうか分かったものではない。
 それはそれで恐ろしい恐ろしいと呟きながら、舞雪は続ける様に、時間潰しの話を、今度は自分が語るつもりになった。
「いったい、私達が何で、誰なのか。どの様な状況に置かれているのか。その答えをしっかり返せぬ私達は、もしかしたら、時に、大変な目に遭ってしまうのかもしれません」
 これから語る話も、そんな話ですと、舞雪はとりあえず語りを始めた。



「その三名の方は、とある山を登っていたそうです」
「仲の良い三人組だったらしく、何をするにも一緒で、その時も、小旅行と表現するべきでしょうか。ある山を登山目的で、さくさくと進んでいたそうですよ」
「その山というのも、それほど深く高くというものでは無い山だったのですが、あまり人の気配の無い山ではありました」
「途中、登山道が大きな川を平行に進む場所があり、景色も良かったので、一旦、そこで休憩する事にしたそうです」
「あんまりここでは人を見ないね。別に大変な道じゃないし、見える光景だって、それなりに素晴らしいものなのに、どうしてだろう」
「そんな事を話していると、彼らは川上から、何かが流れて来ているのが見えました」
「その輪郭がこちらに近づく程に、明瞭になり、彼らはそれが人形である事に気が付きます」
「ちょっと不気味だな。そんな風にも思いましたが、いったい、あの人形はどこから、どうして流れて来たのだろうか。そんな好奇心が勝り、川の上流へ向かってみる事にしたそうです」
「勇気があるというか、度胸があるというか。怖い物知らずと言った様子ですよね?」
「しかしですね、だからって、何時もその先に、真の恐怖が待っているわけでもありません」
「川の上流には、小さな村があったのです。人の気配が少ないと感じていた山でしたが、それでも、人が住んでいたのですね」
「どうにも、丁度、お祭りみたいな事をしていたらしく、やってきた彼らも、幸運な事に歓迎される事になったそうで」
「外来の人間に対しても村人は親切で、村の代表者らしき人が、良く来てくれた。今やっている儀式に、是非参加して欲しいと、そんな事を言って来たそうですよ」
「急な歓迎に驚く彼らでしたが、儀式の説明を聞いて合点がいきました。なんでも、今やっている儀式というのは厄流しの類で、人形を神に見立て、村の厄を背負って貰ってから、川に流すというもので、その後に村へやってくる外来の人間を、流された神の使いとして歓待する決まりがあるそうなのです」
「あなたは記念すべき一万人目の来客です。この豪華賞品をどうぞ。みたいな感じのノリですよね。単純に幸運だったのだと、村へとやってきた彼らは考えました」
「山中にある村にしては不釣り合いな豪華な料理で持て成され、なんなら一泊くらいならして行ってくれとまで提案される」
「こんな御馳走を出されては、その後についてを無下にするわけにはいかないと、彼らは村人の提案を受け入れ、その日は村で過ごす事にしたそうです」
「それで? それで、村で異変が? いえいえ。そんな事もありませんでした」
「今みたいな夜明けを迎え、朝になり、そうして、村へとやってきた彼らは、村人達と別れの挨拶をしてから、下山する事になったのです」
「村から離れて行く彼らは、それぞれ、お互いに話をします」
「良い体験だったね。ちょっと得した気分だね。また来た時は、あそこまで歓迎されるかなぁ」
「そんな事を語り合いつつ、彼らは無事、山を下りる事が出来ました」
「ふふふ。残念ながら、怖い話ではありませんでしたね?」
「さて、それから一年後。また、あの山を登ってみないか。そんな提案が片割れからあり、二人は山を登る事にしました」
「以前と同じ道のり、途中の川で休憩を」
「そうしていると、また、以前の様に、川上から人形が流れて来たそうです」
「前と一緒だ。ああ、すごく見覚えがある人形だ。また、同じ儀式をしているんだな」
「そう考えた彼らは、川上へと向かいます。向かって向かって……いえ、しかし……」
「どうしてだか、以前と同じ様には行かなかった」
「村へ辿り着けないのです。以前、変わった道を進んだ記憶はありません。ただ川上へと向かった。それだけのはずなのに、一向に村らしきものは見当たりません」
「そういえばと、二人のうち一人が言います」
「川上から流れて来た人形に、どうにも言えない違和感があった。はっきりとは言えないけれど、もしかしたら、儀式が失敗したのではないか?」
「そんな馬鹿なと思う彼らでしたが、人形は厄を背負わされ、川へと流される。だとすれば、それが失敗したのであれば、村に何か悪い事が起こったのかも」
「そんな風に焦る彼らですが、その後、探してみても、村は見当たらず、また、その後、何度か山を登る機会がありましたが、二度と、その村には辿り着けなかったのです」

「そんな、確かなものが無ければ、村とて簡単に消えてしまうというお話でした」
 そう言って締めくくる舞雪。
 消えてしまった村はどうなったのか。そんな事に思いを馳せながらも、消えてしまった以上は、その後、どうなったか分かる事は無いと、そう語る。
「けれど、村で行っていたという儀式については、良く考えてみると、怖い部分がありますよね、この話」
 神に厄を一身に背負わせ、川へ流す。また、その次に来た旅人を、神の使いとして見立てる等の部分だ。
「私が考えるところでは、この神というのは、生贄か何かの暗喩では無いかと思うのです。良くあるじゃないですか。穏健に見える儀式が、ずっと昔には、おどろおどろしい物であったみたいな話」
 生贄に厄を負わせて、その身体を川へ投げ出させるという儀式が、何時しか、それは神であるという見立てや、流すのも人形に変わる。
 そういう部分が恐ろしいと舞雪は語る。
「村へやってきて、神の使いとして歓待された彼らも、遥か昔では、もっと違う何かとして扱われていたのかもしれませんねぇ。まあ、お二人は無事であったのですけれど」
 さて、では次の話でも。そう言いながら、目配せする舞雪であるが、別の猟兵から視線を向けられたので、首を傾げる。
「はて? どうかされましたか? え? 何か私の語りに違和感があった? そう申されましても……」
 何の事か分からない。そう返す舞雪。
「まあ、違和感程度ならば、些細な事なのでしょうし、気にはしない事ですよ」
 舞雪はそう返し、自分の語りを終えた。

成功 🔵​🔵​🔴​

一郷・亞衿
姿を忘れた妖、か。
では、遅まきながら。怪談かどうか微妙かもだけど、奇妙な話を一席。

巷の噂によれば、幽霊の平均寿命は四〜五百年なんだってさ。
命無き霊の寿命とは此れ如何に、と思うかも知れないけど、それくらい経つと地縛霊とかの出現例が少なくなるそうで。
落武者の霊で有名な大阪城って史跡がUDCアースにあってね?かつての戦から丁度四百年経った数年前から、怪奇現象の報が急速に減ってるらしいよ。

……人々に忘れられた妖怪はカクリヨに誘われるそうだけれど。
何もかもから忘れ去られた時、その存在は一体どうなるんだろう?

人の噂も七十五日、霊の噂も四百年。
精々命ある間くらい、己が何者であるか忘れずに生きたいもんだよね。



〇一郷・亞衿『終わり方』

「事が終わって朝が近いっていうのに、結構な話をぶっこんで来るね、君」
 照崎・舞雪の話を聞き終わり、結構、濃い話であったとの感想を呟いたのは一郷・亞衿である。
「既に異変は解決しているんだから、暇つぶしの怪談話にまで本気にならなくても良いと思うんだけど……まあ、これで終わりだから、むしろ気合を入れてるって事なのかな」
 そんな、ふとした感想だったのであるが、じゃあそっちは何を語るのかと、猟兵達の視線が亞衿へと集まる事になる。
「えっ、あ、あたし? あー、いや、けど、どうしようかな。さっきまではずっと聞き手側だったし、何を今さら話す事も……うーん」
 悩みつつ、良いネタが無いものかと自分の頭の中に問いかけていると、一つ、らしい話が思い浮かんでくる。
 この場を締めくくる話としては、むしろらしい話の様な気もする。
「怪談かどうかは微妙だけどさ、元々はこの集まりって、姿を忘れた妖に、怖い話を語る事で、その姿を思い出させるのが目的だったよね。だから、それに纏わる話なんてどうかな?」
 遅まきながら、奇妙な話を一席。そういう口上を続けながら、亞衿は最後の話を始めた。



「人間には寿命ってのがあるよね? 勿論、人間以外にも、寿命っていうのがある。この世界に、ずっと居られるものは何事も無いんだと思う」
「だとしたらさ、死んだ後の幽霊とかも、寿命ってのがあるのかなって思うじゃん? 死んだ後の何某か。魂とか霊とかそういうの? 永久不滅って感じもするけど、それだってこの世界に存在しているのなら、何時かは消えて無くなるのかなって、そうは思わない?」
「これはただの巷の噂。所謂、巷説の類なんだけど、幽霊だってその寿命は四、五百年程度なんだってさ」
「え? ほんとかよって? そう聞かれても、巷説って言ったじゃん。本当の事なんて分かんないんだって」
「あたしだって、命を失った後に現れる幽霊に、本当に寿命なんてあるのかって思ってるしさ」
「けど、あたしが主に居るUDCアースって世界に、大阪城っていう史跡があってね? そこに落ち武者の幽霊が出るって有名な噂があるんだ」
「かつてそこであった戦。そこで敗れ、志半ばで倒れた武士達の怨念が渦巻き、普段は観光地として知られるその場所に、時々、恨みの籠った声や、死した後も戦おうとする何かが現れるって、そういう話らしい」
「未練っていうのかな。らしいって言えば良いのか。幽霊って、そうやって、死んだ後にこそ、色んなものをこの世に残したままにするんだよね」
「けど、けどね。この話はちょーっと変わっているんだ」
「昔は単純に、そういうのを見たーって人が怪談で語ってるだけだったそうなの。けど、数年くらい前からかな、そういう噂が途端に少なくなって来たらしいんだ」
「丁度、幽霊が死んだであろうかつての戦から、丁度、四百年経ってからさ、語られなくなって行く。噂そのものが飽きられたのか、それとも……」
「もしかしたら、幽霊にも寿命が来て、いなくなった結果、怪奇現象の報が急速に減ったのかもしれないよね。怪談話自体、本当かどうか分かんないから、断言なんて出来ないんだけどさ」
「けど、幽霊にも寿命があったとしたら、最後にはどうなるんだろうって思わない?」
「人間は、死んだらどうなるって話で、幽霊とか魂になって、妖怪にもなったりしてさ。けど、それにも終わりがあるとしたら、いったい最後の最後はどうなるんだろう」
「このカクリヨファンタズムには、人間に忘れられた妖が誘われる。そんな世界だけれど、この世界にだって、終わりは何時か来るわけでしょ?」
「そんなすぐ、今日、明日って話じゃなく、けど、絶対のルールとして、みんな、何もかもに終わりがあってさ」
「その先には本当に何も無くなるのか。それとも、あたし達が理解できない何かがあるのか」
「この世界で、朝を奪っていた連中も、今はあたし達の語りで、本来の姿を取り戻し、もう悪い事はしなくなったんだと思う」
「けれど、元通りの存在になったとしても、時間が流れ続ける限り、何時かは終わりが来るんだろうね。明けない夜も無い様にさ」
「そうして、存在が消えて、この世界においても語る人が居無くなって、忘れられた何かは、いったい、どうなってしまうのか……」
「わっかんないよね。さっぱりだ。けどさ、だからこそ思う事がある」
「人の噂も七十五日。霊の噂も四百年」
「どうしたって、期限がきっちり決まっているのなら、精々、この世界に居られる間は、己が何者かであるかを、忘れずに居たいもんだよね」
「今、ここで、元の姿を取り戻した怪異も、ここでそれらを語っていたあたし達もさ」

 ふと、小屋の窓を見る。
 微かな灯りが、さらに強さを増していた。朝の日差しだ。その柔らかい光が、小屋の中にも溢れて来ていた。
「あらら、あたし達の時間に関しては、ここで終わりってわけかな。ここで何時までも語ってはいられない。スズメか鳩かが、もう朝ですよって伝えて来てる」
 久方ぶりの夜明けに対して、鳥たちが祝福していると表現するのは、やや言い過ぎだろうか。
 これは変わらぬ朝だ。夜がずっと明けて居なかったとしても、ここから始まる朝は、何時も通りの朝なのだ。
「語るだけしかしてないあたし達だけど、この世界に日常を取り戻せた。的な事にはなるのかな? ああ、けど、長い夜ではあったか」
 これまで語られた話が、それぞれ積み重なり、その分だけ、長い夜の時間を実感させられる。そう思うのだ。
「これにて、あたし達の話はお終い。さて、荷物を纏めて帰りましょうってところだけど、せいぜい、今日、この日のことだって、忘れない様に。忘れられない様にしたいところだね」
 言いながら、亞衿は立ち上がり、朝日の輝きで、良く見渡せる様になった小屋を見つめた後、その場を歩き出す。
「行くよ、“由梨”っ!」
 その亞衿の後ろから、長い黒髪で顔を隠したセーラー服姿の少女が突如として現れる。
 そんな光景に、猟兵の何人かはびくりと肩を震わせたかもしれない。
「おっと、悪かった悪かった。いや、これ、あたしの仕込み。ははは。びっくりさせちゃった? だったらむしろ嬉しいかな」
 そんな自分の悪ふざけを自分で笑いながら、亞衿は語る。
「ま、今、怖いと思ってくれたなら、暫くは忘れられないだろう? 怖い話ってのも、そういう意味もあるんじゃないかな」
 語る事で、忘れた姿を取り戻す。語り合う事で、お互いの存在を確認する。語り明かす事で、忘れられない物とする。
 少なくとも、今回の怪談話は、そういう趣向のものだったのかもしれない。
 そんな風に語りながら、今度こそ亞衿は小屋を去る事にした。
 これにて、今宵、一夜限りの怪談語りは終了である。

成功 🔵​🔵​🔴​


●『語り明かした後は』

 明けない夜が明けてから暫く。ある日、その夜を過ごした猟兵が、自分達をカクリヨファンタズムへと誘った少年とすれ違う。
「え? 何ですか? はい? 久しぶり?」
 猟兵に話し掛けられ、首を傾げる少年。
 何だ、もうこっちの顔を忘れたのか。そんな風に猟兵は思ったかもしれない。
 だからこそ、思い出させるために、以前の話を語る事にした。
 カクリヨファンタズムで起こった、明けない夜の物語。そこで、猟兵達が互いに語り明かした事。
 そうして、その場に少年も居ただろうと。
「ちょっとちょっと。待ってくださいよ。いえ、なんか失礼な事を言う様で申し訳ないんですけど……」
 少年は頭を掻きつつ、猟兵に対して言葉を続ける。
「僕、記憶にありませんよ? そんな話。カクリヨファンタズムですか? その世界に、あなた達を送ったって、そんな事してませんって」
 少年は慌てつつも、嘘を吐いている様子には見えない。
 ならば、自分達があそこに、誰と行ったのか。いったい誰があそこへと招いたのか。
「ううーん。何か、僕の姿をした誰かが居て、あなた達を、夜がずっと続く、その小屋ですか? そこへ辿り着かせたっていうのは、僕にとっても不気味で怖い話ですけど……」
 考え込みつつ、少年は猟兵に語る。
「それ自体がまた、怖い話かもしれませんね。こういう話を知ってます? 人が集まって、怪談を語り合ってると、その人達に、何か、不思議な事が起こるって、そういう話。もしかしたら、貴重な体験ってやつをしたのかもしれませんよ?」
 そう少年は猟兵に言うだけ言って、その場を去っていく。
「……」
 残された猟兵は、自分の身に起こったそんな怪異に対して、すぐに忘れてしまうか、忘れずにいるか。それとも、誰かに語る事にするか。
 そこに関しては、あくまで猟兵の選択次第の話であった。

最終結果:成功

完成日:2020年08月01日


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 🔒公式タグは編集できません。

🔒
#カクリヨファンタズム


30




種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は雛月・朔です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


挿絵イラスト