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宵宮華籃

#ダークセイヴァー

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#ダークセイヴァー


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●薔薇だけが知る
 ――美しい花だ。隅々までよく手が行き届いている。
 その人は、いつの間にか庭の中央に立ち、花々を褒めた。
 何者かと構えるまでもない。そのただならぬ存在感、畏怖を与える冷えた眼差し。
 棺桶を携えたその人が私を手招けば、抗いようもない。脚が自ずと一歩、二歩と動く。
「この花で作品を作る。作品のための素材が必要だ」
 気付けば、彼の周囲には数多の棺桶が並んでいた――どれも、これも材質もしつらえも異なる柩たち。その中はどれもからっぽだった。
「それは新しい作品の器。そして、これが私の作品群」
 指を鳴らせば、別の棺桶が忽然とあらわれた。黒漆の中に眠る、白い娘。真っ赤な花々が流れ出した血のように見え、鮮やかに神秘的に――美しい娘を浮かび上がらせている。
 また別の柩は鉄で出来た無骨なもの。中には屈強な男が眠っていた。葉を多く茂らせたように取り囲み、黄や紫が鮮やかな毒々しい花が咲いている。不思議と力強く、また美しさを感じる作品であった。
 他にも、柩、柩、柩――様々な作品の前に、私は一歩ずつ進む度に、顕わになるそれらに状況も忘れて嬉しくなる。
 何と美しいのだろう。何と素晴らしいのだろう。
 その人は私の表情を見つめて、ふと零した。
「おまえも面白い作品になりそうだ」
 ――私なぞも、この一群に加えていただけるのですか。
 そんな意を載せた瞬きを見られた。
 薄く笑った端麗な貌を前に、私は陶然とした儘、考える。ならば、このお方の役に立ちたい。そしてふと思い至る。
「――この近くに面白い伝統を持つ村がございます……」
 詳細をじっと聞き入ったその人は、深く頷き、同意をくれた。

「いいな、確かに――少し変わった作品が作れそうだ。燎のも驚くだろう」
 双眸を細めて、彼は何処にいるともわからぬものへと告げる。
 ――次こそは感嘆させてみせよう、と。

●星夜の生贄
 ある日、領主を名乗る使いがやってきて、村人達に告げた。
「次の星夜の日、幾人かの村人に花冠を送る。選ばれし者は、もっとも礼節なる衣を纏え。娘は婚礼衣裳を纏い――柩に入るがいい」
 其処には白い飾り気のない柩が並んでいた。
「選ばれたものは性別は問わぬ。年齢も問わぬ。若者が不憫ならば、老いぼれが収まるのも、主は許すだろう」
 ――ただし、柩は全て埋めて返送せねばならぬ。そして、何人たりとも追うことを許さぬ。
 黒尽くめの使いは酷く低い声音で言い含めた。追えば、それも返さぬ。命が惜しくば、余計な手間をとらせるな、と。

●夜を狩るもの
「仕置きの時間です」
 黒蛇・宵蔭(聖釘・f02394)は楽しそうに猟兵達を見つめて、かく告げた。
 ダークセイヴァーに潜伏するオブリビオンを討伐してもらいたい――。
「彼は、拠点を何処かに秘匿する吸血鬼なのですが――この度、追いかける糸口が手に入りました」
 吸血鬼の名は『葬華卿』――柩に籠めたる芸術を追究すると嘯くもの。花と作品だけを愛し、他を省みぬ。
 時に他の事は結局他の吸血鬼と変わらぬ。人の命を、己のためだけに浪費するものだ。
「その美学はよく解りませんが、目を付けた集落を渡り歩き、『素材』を集め、様々な作品を拵え続けているようです」
 そこまで語ると、宵蔭はひとたび言葉をきる。
 さて彼は先程、糸口、と告げた。つまり、吸血鬼に至るにはいくつか障害があるということだ。
「まずは目を付けられている村へ行き、生贄を運ぶものたちを尾行してください」
 或いは、自ら生贄に成り代わるのも良い――彼は事も無げに言う。
 年齢、性別、種族に問題は無い。着飾る必要はあるだろう。そして、村の者を装うならば、『婚礼衣装』を貸してくれるかもしれない。
 ただし、生贄は吸血鬼の用意した柩に収まることが条件だ。柩には眠りの術がかかっており、柩の中にある限りは眠り続けることになる。
「抵抗が出来ないこともないかもしれませんが……柩に入れば自ずと敵陣。敢えて逆らう必要もないでしょう。流石に、眠ったまま吸血鬼の元にお届け――とはならないと思いますから」
 何か準備をしておくならば、柩に入る前に。
 仲間と何か約束をするならば、それも柩に入る前に済ませておくといいだろう。
「情報収集は、どうでしょうね。彼らは何故自分達が狙われたのかも知らぬでしょう。ただ、彼らは『何故、婚礼衣装について知っているのか』を訝しんでいるようですけれど」
 かの村には『誰もが神様の伴侶になる』という伝承を受け継ぎ、自ら婚礼衣装を作る風習がある。それを身につけて、成人の儀とするのだ。
 けれど、縁もゆかりも無い吸血鬼が――ゆえに知っていてもおかしくはないが――知っているのは不思議だと思いつつ、突き止めたところで、どうすることもできない。
「生贄の柩が辿り着いた先の光景として、薔薇の庭園が見えました。恐らく未だ何かあるはずです。それが何かまでかは解りませんが、其処まで潜り込めたなら、追い詰めるだけです」
 微笑み、宵蔭は虚空を指さす。
「万事巧くいくと――私は皆さんの力を、信じておりますよ」


黒塚婁
どうも、黒塚です。
このシナリオは秋月諒マスターの『宵宮華燭』とテーマをリンクさせています。
両シナリオは内容は繋がっていない、別舞台の事件です。

●1章:冒険
 星の夜、花嫁――というか、生贄の代理として柩で眠り運ばれるか、追跡することになります。
 生贄となる場合は、村人たちから衣裳を借りても、自分で好きに着飾っても大丈夫です。
 ※なお、生贄の性別・年齢・種族は問いません。巨大種族でも大丈夫です。
 花冠には特殊な力があり、強制的に睡眠状態に陥ります。恐らく目的地に着くまで、殆ど行動ができなくなります。
 これに抵抗する場合、2章の内容に変化があるかもしれません。
 追跡する場合は、どうやって柩の行列を追うか等の工夫が必要になります。
 適当にバレバレに追いかけても進行しますが、諸々の結果は、次章の冒険に引き継がれます。

●2章:冒険
 薔薇の庭園があるようです。詳細は開始時に。

●3章:ボス戦『葬華卿』
 今回の素材は活きがいいなと思っている。

●プレイングについて
 各章、導入によるご案内の後、プレイング受付とさせていただきます。
 導入部に具体的な日時を加えますが、変更があった場合の告知は雑記・Twitter等でいたします。
 また、内容問わず、全採用はお約束出来ません。
 ご了承の上、ご参加いただけたら幸いです。

それでは、皆様の活躍を楽しみにしております!
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第1章 冒険 『夜の花嫁』

POW   :    生贄を気絶させ、入れ替わる

SPD   :    自らの美しさで生贄となる

WIZ   :    言葉巧みに説得し、入れ替わる

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●星の夜に
 ――生贄に選ばれたよ……。
 花冠を握りしめた母の声が、ひどく遠く響いた。
 現実感の乏しい中、仕立てた服に袖を通す。
 ――この村では、十五を迎えたならば、誰もが神様の伴侶になるのだと、伝承で語られてきた。
 ゆえに、村の娘たちは十五になるまでに婚礼衣装を刺す。男たちも、婚礼に必要な装飾や祭具を自ら作り、共に洗礼を受ける。
 あくまでも通過儀礼。きっと空が明るく晴れ渡り、此処ではない何処かに住んでいた時から始まった儀式だ。
 実際、十五で結婚することは殆ど無いけれど、古よりの伝統はずっと守られ、皆はとても大切にしていた。特殊な柄の刺繍、糸から紡いで織った布。その全てが本当の故郷に繋がっているのだと聴いていたから――。

 常に暗雲が立ちこめる世界で、珍しい星空の日。だが今日は災いの日だ。
 諦念の中、柩の中に身を横たえれば――真新しい木の匂いと、花冠の甘い香り。
 震えて仕方が無かった身体から力が抜けて、瞳を閉ざす――ああけれど、恐ろしくて仕方が無い。

●使い
 領主の使いなるものは、厚い外套を纏い、顔を黒頭巾で隠していた。
 幾つかの荷台を繋いだ馬車と共に、村の外で生贄たちを待っている。
 ――さて、此処で疑問がある。件の吸血鬼は集落から集落を渡り歩き、作品を作っているらしい。だが、領主などと名乗るのか。いや、吸血鬼であれば勝手に名乗っても違和感もないが。
 領主といえば豪勢な城や拠点であるが――村人達には憶えがないらしい。
 村の近隣にはただ暗い森が広がるばかりで、他の集落についても知らぬらしい。聴けば、村人達は何十年かに一度、居を移すことで生き存えてきたようで――ゆえに、いよいよ見つかってしまったと諦めきってしまっている様子であった。
 この使いは果たして何者なのだろう――真に、知られていなかった領主の使いなのかもしれないが――。
 しかし、詮索は無用とばかり、使いは誰とも目を合わせようとはしなかった。

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プレイング受付
 6月9日(火)~12日(金)中
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エスタシュ・ロックドア
いかに仕事たぁ言え、
身動きどころか意識さえままならねぇのは御免こうむるわ
っつーわけで、追尾する

『金剛嘴烏』発動
三十七羽の子分たちを召喚
【動物と話す】で指示しよう
いいか野郎ども
あの棺の列をコッソリ追いかけなきゃならねぇ
何処へ行くのか監視して随時俺に報告しろ、追いかける
お前らがこの世界の夜闇に紛れるのは容易いが、
敵に人間と烏を超える感覚の持ち主がいてもおかしかねぇ
できる限り静かに、物陰に身を隠し、
棺がギリギリ見える距離を保て
もちろん普通のカラスを装うことを忘れるんじゃねぇぜ
やり遂げたらご褒美の唐揚げをやるからな

しかし相変わらず、ここのオブリビオンはいい趣味してるこった
お手並み拝見といこうじゃねぇか


ユオ・ノート
●追跡

ゴッド・クリエイションで枯れ木に知性を与える。
あの行列を追跡したいんだ。
バレないように俺を隠してくれ。
ついでにあいつらがどこに行くか見張っててくれ

知性を与えた枯れ木の後ろに隠れて追跡を続ける。
距離は近すぎず遠すぎない距離。せめて目視出来る範囲に居る。
見失ったら動物と話す。この辺りに鳥の類がいればなー。
特にカラスが居たら話しかけたいぜ。
動物がいれば動物と話すけど、いなかったらその時は足跡を追跡する。

人間の姿も楽じゃ無いな。
元の姿ならあんな集団を追跡するのも楽々出来るのに。
文句を言っても仕方ないな。バレないように隠れながら進むか。



●追跡
 村の外は木々も疎らだ。かといって、拓けているわけでもない。荒れた道は曲がりくねって複雑な道程だが、尾行をまくためにわざとやっているわけではなく、馬車の通れる道がそれしかないのだろう。
 がたごとがたごと馬車は柩をゆっくりと運んでいく。あの中にいるのは、大体が猟兵たちだろう――怪しまれないよう、事前に近づくことは避けたため、詳細を確認することはできなかったが。
「いかに仕事たぁ言え、身動きどころか意識さえままならねぇのは御免こうむるわ」
 肩を竦め、エスタシュ・ロックドア(碧眼の大鴉・f01818)は囁く。
 同時に、生贄と挙手した彼らのためにも、道は確り繋げねばなるまい。
「此処に示すは我が因業、烏三十七羽は我が配下、以て開くは獄ノ門。――」
 呼ぶは、三十七羽の子分たち――自身の地獄より顕れた彼らを、顰めた声が届く距離まで寄せて、エスタシュは指示を出す。
「いいか野郎ども。あの棺の列をコッソリ追いかけなきゃならねぇ。何処へ行くのか監視して随時俺に報告しろ、追いかける」
 ただ、素直に追跡するだけではならぬ。
 敵は彼らの感覚を越えている可能性もある――追跡を予測しているということも、想定すべきだろう。仮に敵がそれそのものを気にしていなくても、だ。
 極力、不利になりそうな行動は避けたかった。
「できる限り静かに、物陰に身を隠し、棺がギリギリ見える距離を保て……もちろん普通のカラスを装うことを忘れるんじゃねぇぜ――やり遂げたらご褒美の唐揚げをやるからな」
 念入りに心得を連ねて、最後に、笑みを向けると、カァカァと彼らは態とらしく啼いて、好き好きに飛び立っていく。
 可愛らしくただのカラスのふりなどしてみせるが、本来は罪人を苛むが役割――まあ、ちゃんと仕事は果たしてくれるだろう。
「しかし相変わらず、ここのオブリビオンはいい趣味してるこった――お手並み拝見といこうじゃねぇか」
 エスタシュ自身も子分たちを追いかけるべく、馬車の残した轍を見つめた。

 枯木の幹を軽く撫で、薄闇にも輝く白銀の髪を持つ男が、囁く。
「あの行列を追跡したいんだ。バレないように俺を隠してくれ」
 命と知性を与えられた古木は、枝をしゃらと鳴らすように軽く振るった。風が少し強く吹きつけたら、そうなるだろうという動き。
 それでいい。知性に問題はなさそうだと、ユオ・ノート(夜鳴鶯・f25179)は口元に薄く笑みを浮かべる。
 視線を向けた先は馬車だ。
「ついでにあいつらがどこに行くか見張っててくれ」
 了解とばかりに枯木は枝と根を動かし、ゆっくりと進み始めた。第三者が居合わせれば、急に木が身体をくねらせ動き出したことに仰天するところだろうが、此処には誰もいない。
 目視できる範囲を維持出来るよう、木々の間を抜けていく。仮に向こうがこちらを観察しているようなら、枯木を停止させ、自分も影から様子を窺う。
 幸い、そんな状況にもならなかったが――。
 疎らだった木立が、段々と濃くなり、道は雑木林へと突入する。
 馬車の脚に追いつけなくなる。だろうな、と軽く嘆息しつつ、枯木の枝に乗り高所より周囲を探る。
「この辺りに鳥の類がいればなー……ん? あれはカラスか。そこの君――」
 見かけたのはエスタシュの子分カラスであった。
 そうとは知らず、会話を試みたら目的は同じだというだけで――目的地は未だ知らぬといういらえ――だが、ひとつ得た情報がある。
 西に薔薇の匂いがする森がある――森に寄りつく鳥が、そう歌ったのだ。けれど知っている道のりは鳥の道。そして馬車がどの道を進むのかまでは鳥は知らぬ。
「そうかい。君もしっかりな」
 ユオは気さくに声をかけると、馬車の追跡を再開しようと、枯木からするりと飛び降りた。
「人間の姿も楽じゃ無いな。元の姿ならあんな集団を追跡するのも楽々出来るのに」
 遠ざかって行くカラスの影に、ふと、思い至り――唇から、再び嘆息を零した。
 だが彼の表情は、不便を面白く思うような気配があった。
 青の眼差しを星空に向けて、ゆっくりと瞬く。
「文句を言っても仕方ないな」
 引き続き頼むよ、と枯木を促し、歩き出す。さいわい、道はひとつのようだ。捉えてしまえば難しい追跡ではなさそうだ。

 小さな館があるという報告を受け取ったエスタシュは、双眸を鋭く細めた。雑木林は乱雑に乱れているが、馬車が通れる一筋の道は確保されている。
 だが長らく使われた気配はない。往復で、うっすら生えた苔を削ったように見えた。
 緑が深くなるにつれ、花の匂いが漂う。薔薇の香りだ。
 野薔薇ではない――手入れのされた庭園をカラスは遠くから見定め、戻って来た。それ以上の接近は、危険な気配を察したのだろう。誰かが住む場所だろうが、それにしてはひどく寂しい。じっと息を潜めて暮らしているような気配があった。
「さて、何が待ち構えているのやら」
 子分を労いつつ、彼は不敵に笑むのであった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

シキ・ジルモント
生贄となる筈だった村人の身代わりを申し出て棺に入る
衣装は村人から借りる事にする
借りながら、最近この村を出た者が居ないかと軽く尋ねてみる
村を売った者がいるのではと考え…もちろん、そこまで口には出さないが

借りた衣装を着て、自分で自分を見回す
…おかしくは無いだろうか?
服など昔はひとまず着られればなんでも良くて、今は機能性重視
綺麗に着飾るというのは縁遠いものだったから、どうにも落ち着かない
まぁこんな格好をする機会も滅多に無いのだし、貴重な経験だと思う事にしよう

花冠も素直に身に着け、棺の中では眠気に抗わず目を閉じる
普通の村人であればどれだけ恐ろしいだろう
そんな思いをする者を一人減らせた事に心中で安堵する



●白妙の
 さて、時間は遡る――。馬車が出発する、小一時間ほど前のことだ。
 村には陰鬱な空気が漂い、出歩く人々の姿は殆どなかった。然し、気配がないというわけではなく、家屋の中で忙しくしているような気配はある。
 古びた石造りの家屋に、独特な柄の天幕を張り出している光景が並んでいる。恐らく廃棄された村を手入れして住み着いたのだろう。色とりどりの天幕が、建物の構造にいまいち合っていないように思えた。
 普段は食糧を扱っているのであろう屋台なども、もぬけの殻である。
 では何をしているのかといえば――考えるまでもない、生贄の準備であろう。おぞましいことであるが、悲しみと苦しみを抱きつつも、動かないという選択は村人達にはないのだ。
 偶然出くわした村人を、シキ・ジルモント(人狼のガンナー・f09107)は捕まえる。
「生贄に決まった者に会いたい。俺が、身代わりになる」
 彼の言葉は真っ直ぐ、飾らなかった。戸惑いを滲ませた村人に、衣裳を貸してもらいたい、と告げれば――その真意を皆まで語らずとも、彼の眼差しのただならぬ気配をもって、村人は納得したようだ。
 元より――躊躇うとすれば『部外者を生贄に宛がって良いのか』という良心の問題だ。葛藤を浮かべた村人――二十代中頃の青年だった――は、シキをまじまじと見つめた。
「気にしなくていい。それが俺の仕事だ」
 さらりとシキは告げる。ゆえに、その代わり村の人間を装いたいのだと再度願う。対応した青年は緊張した表情で頷いた。
 男性の正装は、飾り布に帯び紐を組み合わせたものだという。簡素な白い服を纏い、そこに幾重にも布を重ねる。そして細かく彫刻した鏃やナイフを留めるのだそうだ。
 その準備をしてくれる青年に、シキは問うた。
「最近この村を出た者が居ないか」
「うーん……確か、いなかったと思います」
 青年は思案する。
「俺はまだ生まれていなかったんですが――ここに居ついて三十年ほどです。その間に、追放されたものはいないはずです。自分で出て行ったものも、いないはずです」
 小さい村だ。すぐに話に登ると彼は言う。
「ただ――道中は楽な旅ではなく……旅の途中で離脱せざる得なかったものたちがいるそうです」
 親の世代が『いつかの心構え』として、当時の事を語ってくれた時に聴いたらしい。
「元々身体の弱い者、怪我をしているものは……置いてゆかれたり、自ら離れていくことがあったのだそうです」
 そうか――シキは教わった通りに帯を留めながら、静かに相鎚を打つ。
 彼らが生き延びたとしたら――村人たちに、怨みを抱くだろうか。納得して、置いてゆかれるのだろうか。
「さて、できましたよ」
 そんな事を考えていると、青年は愛想良く笑って告げた。
「……おかしくは無いだろうか?」
 ここには鏡がなかった。自分の姿を客観的に眺める事ができず、彼は僅かに眉を動かした。いつもよりも多く布を纏い、少しだけ動きづらい。今のシキにとって衣服とは、機能性がすべて。
「綺麗に着飾るというのは縁遠いものだったから、どうにも落ち着かない」
「よくお似合いです。俺たちより、ずっと似合う」
 もしちょっと鍛えた方がいいのかな――と、微笑を浮かべた青年は、「すみません」とバツが悪そうにシキに謝る。生贄を変わって貰うことを、思い出したのだ。
「――気にするな」
 基本的に表情を変えぬ彼は、軽く目を伏せ、穏やかな声音で告げた。

 手にした花冠から、柔らかな芳香が満ちる。柩は光も匂いを漏らさぬようかっちりと合わさって、ほんの数センチの木板で閉ざされただけだというのに、闇は深かった。
(「普通の村人であればどれだけ恐ろしいだろう」)
 ――そんな思いをするものを一人、減らせた。
 シキはただその事実に安堵し、闇に身を委ねるのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ユエ・イブリス
中々に興味深いことをするね
退廃と美と、それに耽る者
機会があれば是非に、語り合ってみたいものだ

方法が限られているならば、乗ってやるのも一興だろう
なに、妖精は気まぐれなものだ
花嫁のうち、婚礼を恐れぬ者がいればいい
「棺に眠れば、それまでだろう。二度と戻れぬ旅を、何故恐れぬ」
問おうか、覚悟を
答えが諦めでないのなら
世界の運命に諍う意志があればいい

【花嫁の娘そっくりの娘】をひとり喚ぼう
婚礼衣装と花冠を渡してもらおう
命の対価だ、惜しくはなかろう?
家に帰って『終わる』まで物置にでも隠れているといい

人助けなど柄ではないよ
私は私がより愉しめる選択をしたまでのこと
それに、この衣装はとても美しい
それだけで理由になるさ



●ただの、気まぐれ
 静かな街に、妖精がひとり。ひらひらと羽ばたき、そぞろ行く。
「中々に興味深いことをするね、退廃と美と、それに耽る者――機会があれば是非に、語り合ってみたいものだ」
 もっとも、それらが語り合うに充分な美学をもっているか。ユエ・イブリス(氷晶・f02441)は可笑しそうに石榴石の双眸を細めた。
 明かりを落とした家屋の内部に気付く。天幕も外して、戸板を閉ざしている。だが、気配がする――高らかな花の香りと、凛と張り詰めた誰かの気配。
 敵の某、ではあるまい。興味をそそられ、ユエはその顕わな窓辺に降り立った。
 ひとであらば。断りもなく窓を覗き込めば、悪趣味と罵られよう。
 だが、気紛れな妖精であれば――嘆き苦しむ者、そうでないものの元に勝手に訪れて、悪戯を仕掛ける。そういうものだ。
 家屋の中では、婚礼衣装に身を包んだ娘がひとり、静かに祈りを捧げていた。
 それは儚い祈りではない。熱心に、選ばれた事への喜びを――誰に向けているのだろう。彼らが信じる神に、だろうか。
「棺に眠れば、それまでだろう。二度と戻れぬ旅を、何故恐れぬ」
 彼は尋ねる。驚き振り返った娘は、声の主を探すが、ユエは別段応えるつもりはなかった。
「諦念かい? それとも自棄か。逆らっても意味が無い。誰も助けてはくれない――」
 歌うような涼やかな声音が、何も無い家屋に響いた。
 然し選んだ言葉は、揶揄するように、挑発するように、娘を揺さぶる。
「――私は、身寄りが無いの。肉親は子供の頃に病で死んでしまったから。でも、そんな私を家族のように育ててくれた人達がいる。とても素敵な親友と、その家族」
 彼女はただ前を見据えて言う。ユエに気付いたかどうかは解らない。
「みんなを、悲しませずに済む。みんなの力になれる」
 毅然と娘は告げた。正面から挑み返すように。
 くすりと、ユエは笑うと、窓辺から飛び降りる。彼の躰は軽やかに空に浮かぶと、娘の前で優雅に停止した。
「其れは幻、心の泡沫」
 囁けば、娘の前に、彼女そっくりの娘が忽然と姿を現す。
 妖精に驚く表情だけが異なる――鏡写しに同じ外見の娘が立っている狭間で、ユエが微笑する。
「婚礼衣装と花冠を渡してもらおう――命の対価だ、惜しくはなかろう? 家に帰って『終わる』まで物置にでも隠れているといい」
 彼の言葉に、娘は再度目を丸くした。
「何故……」
「ただの気まぐれだとも」
 尋ねる言葉に、ユエは背を向けて答えると、半身だけ振り返って、つくりものめいた笑みを見せた。娘が大事に抱える布地。ひと針ひと針、如何なる思いと未来を馳せて刺したか。そんなことは、知る由もないけれど。
 ――呪いのような、或いは祈りの顕現のような意匠を見つめて目を細めた。
「人助けなど柄ではないよ。私は私がより愉しめる選択をしたまでのこと。それに、この衣装はとても美しい――それだけで理由になるさ」

大成功 🔵​🔵​🔵​

御乃森・雪音
アドリブ歓迎
双代・雅一(氷鏡・f19412)と同行。

身代わりは身長とかが近いお嬢さんがいたら説得して変わってもらおうかしらね。
「折角の花嫁衣装、借りるのは申し訳ないけれど。将来、貴女が大事な人と晴れやかな気持ちで一番似合う衣装を纏える事を祈ってるわ」
武器は衣装の中に隠して。脚にでも留めておくわね。
ついでに自分の服から青い薔薇を一輪取って髪に。自分らしさも必要よねぇ。
「こんな綺麗な衣装なのにねぇ…どう、似合ってるかしら?」
なんて雅一に聞いてみようかしら。
「さ、眠り姫はおとなしく棺に…なんてね。じゃ、待ってるわね」
預かった眼鏡は衣装の胸元に。汚さないように気を付けるわ。


双代・雅一
雪音さん(f17695)と。

お相手は別に花嫁を求めている訳でも無さそうだな。
老若男女問わないのが良い証拠だ。

生贄の身代わりを申し出て、柩に収められて見るとしよう。
身に纏う衣裳は黒いスーツにシャツ。多少は見映え良くなったかな?
着替えた雪音さんを見て、似合っていると率直に感想を。
花を愛する吸血鬼さんは青薔薇なんて見た事あるかな。
冬に咲く六花もお目にかけてやろうか。
雪結晶のタイピンつけ、雪音さんを柩までエスコート。

入る前に、彼女に眼鏡を手渡し。
預かっておいて欲しい。
万が一行った先ではぐれても、君が不利な状況でも、必ず向かう為の誓いだ。

ああ、寝坊はしない。お互いにな。
それじゃおやすみ――青薔薇姫さん。



●青薔薇と雪華
 凍えるような青の双眸で、双代・雅一(氷鏡・f19412)は村を見渡す。人がおらずとも。いや、いないからこそ、可哀想なほどに恐慌に陥っているのは、空気で感じ取れる。
「お相手は別に花嫁を求めている訳でも無さそうだな」
 老若男女問わないのが良い証拠だ――かく告げる冷静な声音に、御乃森・雪音(La diva della rosa blu・f17695)は柳眉を曇らせる。
「だとしたら、それはそれで失礼な話よ」
 花嫁衣装がどれだけ大切なことか――彼女はひとりの娘として、やるかたない思いを抱く。
「まぁ、だからこそ――不躾な先方に伝える機会を無駄にするわけにはいかない」
 薄く微笑む雅一に、雪音は軽く頷く。
 さて、生贄になったものと交代しようと思うものの、村人達は籠もってしまっている。雅一が花の匂いを辿るように、とある家を訪ねれば、其処には暗く俯く娘と、その母親と思しきものがいた。
「突然御免なさい。よければ、その衣装、アタシに貸して貰えないかしら」
 色とりどりの布を膝に載せて俯く娘に、雪音は声をかけた。
 娘は泣きはらしたような真っ赤な目を驚きに見開き、彼女を見つめた。年の頃もほぼ同じ、体型も問題はないだろう。
 生贄を肩代わりすると告げると、ますます目を大きくした。
「折角の花嫁衣装、借りるのは申し訳ないけれど」
「彼女を生贄にすることは、気にしないで構わない。貸して貰えると助かる」
 俺からも頼む、と雅一も後ろから声をかけた。
 おろおろと狼狽えた娘だが、目の前に突如と現れた救いに縋るより他にない――。
「いいえ。是非、役立てて……こんなことしか、できないけど」
 娘は心底申し訳なさそうに、雪音に告げる。
 彼女が腕の中で広げた布には色とりどりの幾何学模様が刺繍されていた。刻まれているのは、魔を退ける紋様なのだと娘は言う。
「――今まさに、魔が近づいて来ているんだけど」
 寂しそうに零した彼女に、雪音はゆっくりと頭を振って、そんなことはないと告げる。
「将来、貴女が大事な人と晴れやかな気持ちで一番似合う衣装を纏える事を祈ってるわ」
「ありがとう。あなたも、無事に戻って来てね」
 そういって、着方を教えてくれた。簡素なワンピースをベースに、いくつかの布と飾り紐を纏う。それは男性の正装とも似ていたが、刺繍の施されたヴェール一枚で、随分と印象が変わる。
 腰を絞ってくびれを作るドレスではない。身体の稜線を覆い隠し、神秘的な空気を持たせる婚礼衣装。
 鏡はないらしいが、娘やその母親が「とても素敵」と手放しで褒めてくれる。彼女たちの目の輝きから察するに、お世辞ではあるまい。
 満足げに雪音は微笑むと、元々纏っていた黒衣から、「自分らしさも必要よねぇ」と青い薔薇をとって髪に飾る。
「こんな綺麗な衣装なのにねぇ……どう、似合ってるかしら?」
「似合っている」
 雅一が素直に頷けば、雪音は「雅一もね」と微笑みを深くした。
「そのタイピン、素敵ね」
 スマートな印象を与える黒いスーツに、黒いシャツの黒尽くし中で雪結晶のタイピンがきらりと輝いていた。
「花を愛する吸血鬼さんは青薔薇なんて見た事あるかな――ついでに、冬に咲く六花もお目にかけてやろうか――ってな」
 さて、お手をどうぞお姫様、と彼は自然と手を差し出した。黒い手袋に包まれた掌に、雪音は指先を揃えて添える。
 ああ、それと――何かを思い出したように雅一は呟くと、雪音に眼鏡を手渡した。
「預かっておいて欲しい。万が一行った先ではぐれても、君が不利な状況でも、必ず向かう為の誓いだ」
 ひどく真面目な言葉に、優美な笑みで彼女は応じる。
「汚さないように気を付けるわ」

 生贄を迎える白い柩は飾り気もなく、じっと口を開いて待っている。村人達が痛ましい表情で彼らを見つめる――使いは、柩に収めるまでが村人の仕事だと告げた。
 惨いな、と雅一は思いつつも言葉にしない。自分達が代わる事で、その心の痛みを、少しでも和らげることができただろうから。
「さ、眠り姫はおとなしく棺に……なんてね。じゃ、待ってるわね」
「ああ、寝坊はしない。お互いにな。それじゃおやすみ――青薔薇姫さん」
 顔を見合わせ笑い合う。
 柩の蓋は、そっと合わされ――闇に落ちる。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

金白・燕
【DRC】
アドリブ、マスタリングは大歓迎です

…………白ですか
これも仕事ですからね
白の礼服を纏いましょう

そう、レディに見つかる前に帰らなければ。
ブーツが娶られてしまったらいけませんので
私たちも必要でしょう?

まあ私が生贄になれるなら、
この身を喜んで捧げましょう、仕事のためです

あら2人とも白も似合いますね
メトロのネクタイの位置を整えて
ブーツの外套の裾を整えて
2人に村人から借りたヴェールを掛けて
ヴェールダウンの意味を知っていますか?
…なんてね

最後に自分を赤薔薇の冠で飾って
私の薔薇とお揃い
これも毒ですね

ああ
こんなに穏やかに眠れるなんて
幸せかも知れないな
でも夢は覚めるもの
目覚めた時は全てを赤く染めましょう


ブーツ・ライル
【DRC】
アドリブ、マスタリング歓迎

_
白の礼節の衣装に袖を通す
最後に白の豪奢な外套を纏う。それは、白鴉の羽搏きにも似た

(「──村人の代わりに、生贄、か」)

そこに否やは無い
勿論大人しく贄となるつもりもない
さっさと蹴っ飛ばして帰ってくるつもりだ
…だが

「…燕やメトロまで、生贄役をやらんでもいいんじゃないか」

彼らの実力は当然解っている。だが、それ以上に「万が一」という心配が離れなかった
然し翻らない答を聴いて溜息を吐く
彼ららしいそれに思わず笑みが零れた

…時間だ
俺が戴く、赤薔薇の花冠の向こうで
白色を身に纏う燕とメトロが鮮烈に映る

ああ、
赤ではなく白も、
…いや、

「──白色のほうが、よく似合うんじゃないか」


メトロ・トリー
【DRC】
アドリブだいすきだよ!

ぼくが、真っ白な衣装を着るだなんて!
何時ぶりだろう、ねね

我らがレディ・レッドが見たら?
ひっくり返っちゃうね、くふふ
あの女カンカンだよきゃはは!

そうして、きっとこう言うだろうさ
首を刎ねろってさ

まっしろな蝶ネクタイをきゅっと整えて
さあてぼくは立派な花婿に早変わり!

およよ?何言ってるのさブーツ先輩!
ぼくだって生贄にされたいよもう!
おそろい〜!

心配性なブーツ先輩にぼくはやいやい!
うーんでも生贄ってなんだい?
ぼくは燕くんの髪に勝手にリボンを結びながら考えるけど
うーん!わかんないや

最後に薔薇とヴェールを飾って
ぼくはうつらうつら

でも、残念
すぐに真っ赤に染まっちゃうさ
きゃは



●赤いウサギ、白いウサギ
(「……村人の代わりに、生贄、か」)
 ブーツ・ライル(時間エゴイスト・f19511)は白の礼節の衣装に袖を通すと、同じく白く豪奢な外套を広げた――ひらり返した裾の立てる音が、白鴉の羽搏きのようだ、などと思いつつ、纏う。
 これが仕事ならば。無辜の人々を救い、世界に仇為す存在を潰すための一手ならば、躊躇いはない。
(「勿論大人しく贄となるつもりもない――さっさと蹴っ飛ばして帰ってくるつもりだ……だが」)
 我が身の事ならば、然程心配はしていない――だから、生贄の道を選んだのだが。襟元を整えながら、彼はひそかに吐息を零した。
 傍らで、馴染みの声が不服そうに呟く。
「…………白ですか」
 たっぷりと躊躇い、金白・燕(時間ユーフォリア・f19377)が用意した礼服を見つめていた。
「ぼくが、真っ白な衣装を着るだなんて! 何時ぶりだろう、ねね」
 片や、メトロ・トリー(時間ノイローゼ・f19399)は、はしゃいでいる。
「我らがレディ・レッドが見たら? ひっくり返っちゃうね、くふふ――あの女カンカンだよきゃはは」
 こわいこわいと、実に楽しそうに笑うメトロを胡乱げに眺めて、燕は諦めたように頷いた。
「これも仕事ですからね」
 そう、レディに見つかる前に帰らなければ。などと深刻そうに燕が言えば、きゃはとメトロが「そうして、きっとこう言うだろうさ、首を刎ねろってさ」と声音を低くして演じてみる。
 かく笑う彼も、まっしろな蝶ネクタイをきゅっと整え、立派な花婿だと喜んでいる。
 何と無邪気なことか。
 ――いや、それはそうなのだが、そうではない。
 勝手に事を進めている二人を困ったように見つめ、ブーツは呟く。
「……燕やメトロまで、生贄役をやらんでもいいんじゃないか」
 その言葉に、憤然とメトロが耳を立てた。
「およよ? 何言ってるのさブーツ先輩! ぼくだって生贄にされたいよもう! おそろい~!」
「ブーツが娶られてしまったらいけませんので。私たちも必要でしょう?」
 しれっと燕が言う。気付けば、いつの間にか、彼も礼服をきちんと着込んでいる。
 何処から指摘すべきか――口を挟む間もなく、二人の姿を一瞥した燕が、薄く微笑んだ。
「あら2人とも白も似合いますね」
 曲がってますよ、と燕がメトロの蝶ネクタイの位置を整えながら、続ける。
「まあ私が生贄になれるなら、この身を喜んで捧げましょう、仕事のためです」
 同時に、メトロは燕の髪にリボンを結びつけながら――無論、独断である――ふと考える。
(「うーんでも生贄ってなんだい?」)
 花嫁、花婿、生贄。なんか楽しそうだから、混ざってみたものの――耳を下げて考える。暫く唸っていたが、彼はけろりとこう言い放った。
「うーん! わかんないや」
 わかんなくてもやることはわかってるし!
 そんな感じで、いつも通りに笑っている。
 そう、実はとても一番肝心な部分に関して、メトロは理解していなかったのだが、幸か不幸か、燕もブーツもそれを知らなかった。
「…………」
 改めて、大丈夫だろうかとブーツは二人――主にメトロを見つめた。彼らが危険に晒される可能性は、気がかりとして残っている。
 戦力として、不安に思う事はない。解ってはいるが、心配というのはそういった事実の外にあるものだ。
 無言の儘のブーツに、燕は近づくと、彼の外套の裾を整えた。
「これで完璧です」
 穏やかな、いつもと変わらぬ微笑を向けてくる。
 ややあって――引き結んでいたブーツの唇が、不意に息を漏らし、表情が柔らかくなる。
 喩え、想像できる限りの危険を諳んじても、彼らの答えは幾らも翻らないだろう。ならば、頼りになる彼らと共に行くのは――ブーツにとっても、心強いことだ。
「……時間だ」
 彼は厳かに告げると、「では最後の仕上げを」といって燕が近づいてくる。その腕には、ヴェールが三つ。おそろいだーと喜ぶメトロにひとつ、静かな眼差しで問い掛けてくるブーツにひとつ。そして、自らに。
「ヴェールダウンの意味を知っていますか? ……なんてね」
 ――災いから守ってくれますように。
 願いながら薄紗で視界を遮って、花冠を頭上に預ける。
「赤薔薇の冠で飾って、私の薔薇とお揃い……これも毒ですね」
 その向こうで、燕が双眸を細めて笑う。
 見慣れぬ白き衣装の二人を、眩しそうにブーツは見つめ、思わず賛する。
「ああ、赤ではなく白も、いや……――白色のほうが、よく似合うんじゃないか」
 それは言ってはいけないでしょうと、二人は咎めるように――微笑んで、唇に人差し指を当てて見せた。

 後は味も素っ気もない柩に、脚を突っ込むだけ。
 本当に白いや、白もいいなあ、と。うつらうつらとしたメトロは柩の蓋が合わさる瞬間、ヴェールの輝きに知らず、にっこり笑う。
(「でも、残念。すぐに真っ赤に染まっちゃうさ――きゃは」)
 それをブーツと共に見届けて、自らも柩の中へ横たわる。
 途端に広がる花の香りが、とても甘い。
(「ああ……こんなに穏やかに眠れるなんて、幸せかも知れないな」)
 常に寝食を削って働く燕には、贅沢過ぎるひとときだ。けれど仕事だから、許される。
 ――でも夢は覚めるもの。目覚めた時は全てを赤く染めましょう。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ジャスパー・ドゥルジー
猟兵は、見る者に違和感を与えねえとは言うけど
一応ツノやら何やらは引っ込めて素朴な村人を装っておきますか
花冠を頭に、借りた衣装を体に
一切の抵抗なく眠りにつく

村と吸血鬼の因果関係に興味はねーし
そういうのは知りたがりやお節介が首を突っ込めばいい
俺ァただ殴る仕事をしに来ただけさ
ついでに被虐欲求を満たしに来たともいうけどな、ハハ

――しかし誰もが神様の伴侶だったら
俺はちょっと妬いちまうな、その神様ってやつに
ま、俺にゃいまいち理解出来ねえ風習だが
長く続いてきた文化を悪用する奴は殴ってもバチは当たらねえだろ
それに悪趣味なだけのブツを『作品』と言い張る連中とは
とこッとんソリが合わねえからな



●種火
 馬車の中で、暫し周囲の様子をジャスパー・ドゥルジー("D"RIVE・f20695)は眺めていた。角も尾も――まあ、違和感を与えぬとは知っているが、程々に隠して、借りた衣装に身を包む。
 何というか、着慣れぬものは落ち着かぬものだ。流石に貴族様の窮屈な最高礼装とまではいかないが、伝統に則ったその衣装は、動けば崩れそうで、それでいて確りと締めた帯は窮屈だった。差し込まれた短剣なども、結局は装飾に過ぎぬから、気を遣う。
 窮屈さというより、その在る形に戻せなくなりそうで、落ち着かないのだ。せめて辿り着くまでは、崩すわけにはいかぬ。
(「村と吸血鬼の因果関係に興味はねーし、そういうのは知りたがりやお節介が首を突っ込めばいい」)
「俺ァただ殴る仕事をしに来ただけさ。ついでに被虐欲求を満たしに来たともいうけどな、ハハ」
 ひとり笑う。
 どんな酷い目にあえるのか、今から期待が高まる――否、勝手な期待なのだが、これも嘘では無い。動機のひとつに違いない。
 出発は柩が全て揃ってからだということで、こうしていると存外暇だ。無論、さっさと柩に収まり、早々に眠りに落ちてしまっても構わなかったのだが――。
 馬車の周囲にある悲喜こもごもを眺めるのは、あまり気分のいいことではない。
 だが、何となく、刻みつけておこうと思った。ふつふつと腹の奥に沸く、怒りや不快。それを煮詰めていけば、この身を巡る血にとって、きっとよい燃料となるだろう。
 村の中でも、嘆き、別れを悲しむ人々の様子を見てきた。それは、ジャスパーを始めとする猟兵たちが割り込むことで、半端に中断されてしまったけれど。
 身代わりになった猟兵達のことすら、涙を流して悔いるのは、どんな善良な人々を選別して村を築いて来たのだろう。
 ゆえに、ふと元の儀式――彼らが信奉する神へと思いを馳せる。
 きっと、元の儀式でそんな風に嘆くものはおらぬのだろう。喜びと共に、その日を迎えるはずだ。考え、ジャスパーは口の端を笑みに歪めた。
「――しかし誰もが神様の伴侶だったら、俺はちょっと妬いちまうな、その神様ってやつに」
 ただの通過儀礼だと、村人達はいう。だが故郷から遠く離れた地でも、従順に儀式を続けているのならば――かの神はどれだけ愛されているというのだろう。
 宗教とはそういうものなのかもしれぬ。村人達がどんな異端の神を信奉しているのか、興味は無い。
 魔除けとか、祝福だとか、そんな言葉は衣装を借り受けるときに聴いたが。
 本当に守ってくれるわけじゃない。それは今この瞬間、痛感した事だろう。
「……ま、俺にゃいまいち理解出来ねえ風習だが、長く続いてきた文化を悪用する奴は殴ってもバチは当たらねえだろ」
 それに導いたものの正体も、宣告から呟く通り、興味が無いのだから。
 辿り着いた先にいる相手をぶん殴る。それは間違いの無い行いである――伝統と芸術の美醜など、彼の中では無意味で無価値だ。
「――それに悪趣味なだけのブツを『作品』と言い張る連中とは、とこッとんソリが合わねえからな」
 その作品に噛みつかれて、悪趣味な芸術家とやらが何を叫くか。
 蓋を閉めるためにやってきた人々は、実に楽しそうに笑うジャスパーを、其処に見た。

大成功 🔵​🔵​🔵​

リオネル・エコーズ
生贄の代理に

オラトリオだし、
領主様に喜んでもらえるんじゃないかな
俺の事を気にされたら、問題ないよって笑って誤魔化し
信じてもらう為に嘘をつこうか

全部失ったから
どうせ逝くなら神様と結ばれたいな、って
なーんてね

衣装は借りず、着慣れてる礼服のままで
婚礼衣装、自分で作ったって聞いたよ
だったらそれは
君が本当の神様と結ばれる時に、君が着なきゃ
俺なら大丈夫
神様と結ばれるだけだから
笑って花冠を受け取ろう

でも礼装を着て柩に入る、かぁ
この村の伝統と領主の用意した柩
婚礼と葬列が一つになってるなんて
本当に神様の所へ召されるみたいだ

腰の下に短剣を隠してから柩に入り、花冠をつける

領主様
不束者ですが、どうぞよろしくね



●御身の元へ
「でも――」
「問題ないよ」
 躊躇う声音を、穏やかに、然し強く遮る。
 リオネル・エコーズ(燦歌・f04185)は何処までも静かに、灰が掛かった赤紫の瞳を細めて微笑する。
 何処までも深い、深海色の長髪に薄青の花弁が咲かせ――紺青から黄金に変ずる翼は、村人達の目を引いた。彼が生贄の身代わりになると申し出た時、『さもありなん』と思ったのは、胸の裡に。それほどに、不思議な空気を持っていた。
「オラトリオだし、領主様に喜んでもらえるんじゃないかな」
 胸に手を当て、リオネルは言う。心底心配そうに自分を見つめる、年齢様々な一家。心優しいのか、誰を生贄に選ぶか思い詰め、果てには刃物すら手にしそうな気配があった。
 ので、あっさりその花冠を譲ってくれるかと思えば、見ず知らずの他人を気遣い、なかなか頷いてくれない。やはり、優しすぎるゆえに惑っていたのか。
 だから、彼は一芝居うつ事にした。花冠を抱えて譲らぬ娘を真っ直ぐ見つめて、告げる。
「全部失ったから、どうせ逝くなら神様と結ばれたいな」
「――!」
 リオネルは笑む。彼の言う『神様』の意味に、絶句した。
 ――自分には何も無い。だが、君達には家族がいる。
 相手が衝撃を受けている間に、納得して貰えるよう、ゆっくりと言葉を紡いで――彼は壁際に畳まれている変わった模様が描かれた衣装へ視線を向けた。
「婚礼衣装、自分で作ったって聞いたよ――だったらそれは、君が本当の神様と結ばれる時に、君が着なきゃ」
 微笑みながら、手を差し出す。花冠に触れても、娘は引かなかった。
「でも、自分のために、誰かを犠牲にするなんて……」
 その心の痛みは、解る。命が助かる安堵と引き替えに――何処かが軋むのだ。
 だからこそ、リオネルも譲れない。微笑んだ儘、嘯く。
「俺なら大丈夫。神様と結ばれるだけだから」
 この優しい娘と一家は、彼の微笑みを生涯忘れないかもしれない。けれど、そんなに悲壮に構えてくれなくてもよいのだ。そのために、出向くのだから。

 いつもの礼装でリオネルは宛がわれた柩を見つめていた。
 まったく飾り気がないが、何となく只の匣であるようには思えなかった。細部まで拘ったような、妙に神経質な気配がある。
 その縁に何とはなしに腰掛けて、ふと零す。
「でも礼装を着て柩に入る、かぁ」
 この村の伝統と領主の用意した柩――敵の目的こそ、はっきりしつつも、この状況は誰が仕立てたことだかはわからない。
「婚礼と葬列が一つになってるなんて、本当に神様の所へ召されるみたいだ」
 自分の言葉に小さく笑うと、柩の中へと身を横たえる。腰の下に、短剣を隠して、花冠を頭上に載せた。芳香が柔らかく鼻腔をくすぐる。
「領主様、不束者ですが、どうぞよろしくね」
 彼方にいる存在に丁寧に告げると、瞳を閉ざす。蓋を閉ざす、村人達と目を合わせぬように。
 ――そんなリオネルの姿は、とても清らかに見えたという。

大成功 🔵​🔵​🔵​

終夜・嵐吾
せーちゃん(f00502)と

芸術家の吸血鬼は花好きという
わしも好きじゃよ、一等いとしい花はいつも共におるが

せーちゃん、棺に入るか?
…やんごとなきせーちゃん…(足の先から頭のてっぺんまで見る)

わしは服は村の者から借りる
故郷失った旅の者を装って
故郷に似たような習わしがあり、行えなかった事が心残りと言う
行きたくない者がおればかわりに、そういう者がいなければお願いを

入ってしまえばお眠になるんじゃろ
のうのうと眠るのもとは思うが…
ではせーちゃん、また後で
寝こけとったら起してな!

棺の中では虚とこそこそおしゃべりしよ
じゃがこの花冠の香りは、虚の自由を奪う
寝てはいかんよと言いながら共に微睡んでしまいそう


筧・清史郎
らんらん(f05366)と

俺も花は好きだな、縁深くもある
それに俺は元々箱だ
箱ならぬ棺を飾る芸術家に、お気に召して貰えるだろうか(くすりと

そうだな、棺に入るのが早そうだ
俺は誂えたばかりの華やかな漢服で行こう
やんごとなき雰囲気と微笑みを放ち、UCで村人を言いくるめつつ
連れの無念を晴らさせて貰えれば、などと
適当に合わせそれらしい事を堂々と言ってのける

棺の中では必要以上に抗わずとは思うが
念の為桜の香を纏い、完全に熟睡はしないよう試みようか
らんらんは熟睡しそうだからな(微笑み
時が来たら俺が起こそう、と返しつつ棺へ
中に入れば、箱で在った時はこの様に厳重に保管されたりもしていたなと
少々懐かしく思ったりなども



●香りの導
「芸術家の吸血鬼は花好きという――わしも好きじゃよ、一等いとしい花はいつも共におるが」
 眼帯をしている右頬をそれとなく撫でて、終夜・嵐吾(灰青・f05366)は灰色の耳を、僅かに動かした。
 彼の大切な花は今は芳香を微かに残し、眠りを貪っている。
 せーちゃんは嵐吾の眼差しに、筧・清史郎(ヤドリガミの剣豪・f00502)は静かに頷く。
「俺も花は好きだな、縁深くもある。それに俺は元々箱だ――箱ならぬ棺を飾る芸術家に、お気に召して貰えるだろうか」
 細めた双眸は何処へでもなく。蔭る赤眼に秘めたる心を、第三者には読めなかろう。
 何気ない世間話のような、穏やかな対話にも関わらず、やや緊張を孕んだ空気を二人は持っていた。どちらものんびりと構えて、にこやかな姿勢は一切変わらぬのだが。
「せーちゃん、棺に入るか?」
「ああ」
 そのために、是を着てきたと両腕を広げて見せる。幾つか重ねた衣に、金色の縫い取り。薄紫と薄青が映える白い上衣の輝き、桜の簪。
 いっそ動きにくい程に厳かなる漢服。絶対裾踏む、と嵐吾は思う。
「……やんごとなきせーちゃん……」
 何故だか眩しい。身内の欲目なるものかもしれないが――上から下まで眺めて、嵐吾はぽつりと呟いた。聞こえたか否かは解らぬが、清史郎は満更でもなさそうに微笑みながら、扇を広げて口元を隠したのであった。

 生贄に選ばれた家は、花の香りを辿れば良い。鼻を利かせれば、戸板の向こうで嘆きあう村人達にすぐに出会えた。
「未来ある息子を生贄にできますか――!」
「――だからといって、母さんが生贄になったら、まだ幼い弟達はどうなるんです」
 彼らの準備はなかなか進まぬようだ。催促の人員や、見張りのものもなければ、さもありなんか。
「のう、衣装を貸して貰えんじゃろうか」
 嵐吾はにこにこと、人の善い笑みを浮かべて、実に気さくに依頼した。そこから、琥珀の瞳をやや寂しげに伏せて見せる――。
「故郷に似たような習わしがあったが――……行えなかった事が心残りでの」
 たっぷりと溜めた沈黙に、思いを乗せて。
 その傍らに立つ清史郎も神妙な面持ち――を平然と作って――で、扇を閉じながら軽く頭を下げた。
「連れの無念を晴らしてやってほしい」
 花のかんばせとはよく言ったものだ――あの、やんごとなき貌で真摯に見つめられて、怖じ気づかず対応できる村人があろうか。
 ……などということを、嵐吾は表情はそのままに思ったりする。
 兄を案じるようにしがみつく弟達の姿を茫洋と見やり、決断を待つ。まあ、答えは殆ど決まっているだろう。縋って良い藁だ。縋って欲しい。
 最後に、嵐吾は柔らかな笑顔で、手を差し伸べる。これもまた、抗うのも難しいだろうと――伴は密かに思うのだ。

 果たして衣装を預かった。他の猟兵が纏うものも見たが、それぞれ刺繍は異なるようだ。その姿をまじまじと眺めつつ、「よく似合っているぞ、らんらん」と清史郎が笑う。
 あちこちを締め上げるような種類の服ではないが、その呪い帯を眺めていると、どうにも背筋が伸びるような感覚を覚える。
 生贄の証である花冠だけが、妙に浮いていそうではある。
「これで準備は整ったわけじゃが――」
 嵐吾が視線を向けると、清史郎は既に柩に手をかけていた。
 何の抵抗もなく柩の内部で身を横たえた清史郎は、戯れに瞳を閉ざして、澄ましてみせる。
 妙に似合うのは、彼が元々、硯箱であるからだろう。
 運ばれる事を利用しない手はない。ゆえに、この道を選んだが、ふわりと揺れる灰髪を軽く掻いて、嵐吾は案じる。
「しかし、入ってしまえばお眠になるんじゃろ、のうのうと眠るのもとは思うが……」
「俺は少し抗ってみようと思う」
 完全に熟睡はしないよう桜の香を纏っていると。花冠を鼻に寄せてみた感覚を思うに、恐らく、半覚醒くらいは保てるであろう。
「らんらんは熟睡しそうだからな、時が来たら俺が起こそう」
 屈託無き微笑を見せる彼に、はは、と満更でも無く嵐吾も笑う。
「ではせーちゃん、また後で。寝こけとったら起してな!」

 ――そして、闇に閉ざされたとして、二人に不安は皆無であった。
(「箱で在った時はこの様に厳重に保管されたりもしていたな」)
 片や、安置には慣れているヤドリガミ。いっそ懐かしさすら覚えて、桜の香りに身を委ねる。
 片や、嵐吾は瞳に棲まう虚と、こっそり語らう。だが、花冠の芳香は――彼のいとしい花の自由をも、奪う。
 ……寝てはいかんよ、囁く声音も、眠気に誘われ。
 がたごとがたごと、決して心地好いとは言えぬ道のりに、何時しか意識は闇の向こうへと落ちていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

コノハ・ライゼ
身代わりを申し出るわ
理由ナンてイイじゃない、オレはアッチに用がある。ソレで誰か一人助かる、何の問題もナイ
そうね、出来るなら美しく飾ってもらえるカシラ
その方が気分も盛り上がるってモンでしょ

衣装を借り、その下にナイフを忍ばせ、燻銀の指輪も着けていこうか

花冠には……どんな力か知らないが抵抗しときたいねぇ
だって寝坊したら悪いじゃナイ
それに知らずに事が進むのは好みじゃナイのよ
予め目立たず出血の少ない箇所*見切り自身に傷を付けておきましょ
痛みで少しでも意識を保てるように

神とかよく分かんないケド、素敵な儀式だったと思うンだよね
ホントは決意や笑顔を生む筈だったモノ
いつかの大切な意味を、取り戻せるといい



●毒をひとさじ
 良いのですかという質問が繰り返し投げつけられる。
 行きずりの他人を心配するなんて、余程のお人好しねぇ、と困惑の笑みを浮かべて、コノハ・ライゼ(空々・f03130)は呟いた。
 まあ、向こうにしてみれば、その行きずりの他人は、自分達を越えるお人好しだという話はわかるのだが。
「理由ナンてイイじゃない、オレはアッチに用がある。ソレで誰か一人助かる、何の問題もナイ」
 ひらひらと掌をふって、ああ、それならひとつだけ条件を――改まって声音を作り、薄氷の瞳を細めて笑う。
「そうね、出来るなら美しく飾ってもらえるカシラ――その方が気分も盛り上がるってモンでしょ」
 それがお代でどう、と尋ねれば、困惑しつつも彼らは頷いた。
 貸して貰った衣装はシンプルな白の上下に、羽織のようなものを纏い、その上からいくつかの飾り布と帯を重ねるもの。いずれも呪いの染めと刺繍がされていて、不思議な柄だ。機能性は薄いが、女性の衣装に比べればと随分と動きやすい形をしていた。
 ただ、柄や鞘に独自の彫刻されたナイフや、首飾りなどの装飾品はあくまで飾り物であって、重かった。
 コノハは自前のナイフを忍ばせ、燻銀の指輪を身につけた。元より備えた、彼の武器。
 あとは多少の化粧があるらしい。目の周りを守る塗料で――今は意味をなさないが、大昔は神に詣でる時にやっていたらしい。所謂、魔除けだという。
 塗料からは僅かに花の香りがした。
「貸して貰おうカシラ――大丈夫、自分でデキるから」
 小さなケースに収まったものを受け取って、コノハが微笑むと、娘は赤くなって俯いた。

 花冠を受け取って、柩を覗く。これそのものに、何か害となる罠はないようだ――眠ってしまうという仕掛けは、害とも呼べるが。
 あくまで静かに抵抗せずに運ばせたいだけなのだろう。
「殺しちゃった方が楽だと思うケド――」
 さらりと残酷なことを口にする。恐らくは生きた儘、というのがひとつの拘りなのだろう。
 白木の柩に身を横たえると、コノハは人知れずナイフを走らせ、自分の掌に薄く傷をつけた。これで握りしめておけば、自分の意志で痛みを制御できる。衣装も汚れまい。
 花冠の力は純粋な魔力かもしれない。だが、この力に素直に従いたくは無い。
(「だって寝坊したら悪いじゃナイ――それに知らずに事が進むのは好みじゃナイのよ」)
 そっと息を吐く。花冠の匂いは眠気を誘うが、傷に爪を立てて、抗う。
 程々、均衡は保てそうだ。あんまり長旅だとどうなるかわからないが――。
 一度目を瞑ってみる。瞼の裏に浮かんだ不思議な紋様は、帯のものだったか。
(「神とかよく分かんないケド、素敵な儀式だったと思うンだよね……ホントは決意や笑顔を生む筈だったモノ」)
 準備をしているとき、彼らは皆真剣な眼差しを自分に――正確には衣装に、だろうが――向けていた。きっと小さな柄の袷すら、意味があるのだろう。
 それが正しい意味をもって執り行えるように――。
「――いつかの大切な意味を、取り戻せるといい」
 そのために己は行くのだと、蓋を閉ざす村人達に密かに伝えるように――笑みを刻んで、闇を受け入れた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

アルバ・アルフライラ
ジジ(f00995)と
やれ、粧しこむのは慣れておるが
花嫁とは良く云ったものよ

純白のレースやフリル
アクセントには赤い薔薇のコサージュを添えて
絹を惜しげなく使った衣装を纏う
私を飾る一張羅だぞ?
半端な物は作れぬであろう

お前…私は童か何かか?
寝不足も何も私は健やかそのもの…う、
秘密のひと時を指摘されれば言葉を詰まらせて

花冠を戴き、寝心地の悪い柩に横たわる
緩やかな眠気に身を委ねるも良かろう
但し、素直に吸血鬼の術中にはまるなぞ業腹極まる
毒や呪詛の類ならば耐性で凌いでみせよう
何、この退屈もほんの刹那に過ぎぬ

今頃ジジも行動を始めている事だろう
従者に思いを巡らせる中、零れた吐息
…一人で心細くなってなければ良いが


ジャハル・アルムリフ
師父(f00123)と
まるで人形遊びのような
芸術、といえば師であろう故の配役乍ら
寝心地が悪いと途中で暴れねば良いが

墨染めで見下ろす
自ずから手掛けた華やかな白に花々
妙に愉快そうだが
…くれぐれも大人しくしておられるよう
丁度良い機会と思って
寝不足を解消してくるといい
こっそり真夜中に書を解いているのを知らぬとでも?

師父の棺から離れるな
【月の仔】に命じ、傍につかせておく

如何なる変化も見逃さぬよう
暗視を用いながら闇に紛れ翼で高空へ
月の仔の感覚辿り、馬車の後を追う
時折見回させ周囲も把握しておく

柩に閉ざされゆく姿
物言わぬ、遠ざかるそれを見送る
…真似事とは知れど
背を這う冷たさを覚えたことは
うまく隠し通せたろうか



●恩愛と憂虞
 村は深い悲しみに包まれたように静かで――幾人かの生贄の準備が整い、それらは猟兵たちが身代わりになっていったようだが、いずれも村人達が明るい顔を浮かべることはなかった。
 不安、陰鬱。会話は潜められ、家屋の中でじっと時間を過ぎるのを待つように息を殺している――天災の如く降り注ぐ害意は、何とも忌々しいものだ。
 ジャハル・アルムリフ(凶星・f00995)の黒瞳は、周囲を窺いながら一周して、師の元に辿り着く。
「やれ、粧しこむのは慣れておるが、花嫁とは良く云ったものよ」
 いつものように不遜に発すアルバ・アルフライラ(双星の魔術師・f00123)であるが、いつもより装いは華麗であった。純白のレースやフリルをふんだんに取り入れた絹の衣。赤い薔薇のコサージュが所々に咲いて、鮮やかだ。
 スターサファイアの耀きを大切に守る一等の絹であれば、デザインも柔らかく、ひらりと揺れる裾ひとつ隙が無い。
(「まるで人形遊びのような」)
 師のそのあたりの趣味に、口を挟むのは無謀であると識るジャハルは、余計な事は告げぬ。告げぬが、視線は雄弁にものをいう――少なくとも、師にとっては、伝わるものがある。
「私を飾る一張羅だぞ? 半端な物は作れぬであろう」
 ふふんと胸を張るアルバの姿が所謂芸術品のようであることは、彼も否定はしない。着道楽なのも、手ずから様々用意するのも好きな人だ。
 しかしそれだけ拘る人が、あの棺桶で納得するだろうか。
(「妙に愉快そうだが――寝心地が悪いと途中で暴れねば良いが」)
 気取られぬよう、嘆息をひとつ。白い師に比べ、いつもと変わらぬ墨染め姿の従者は、低い声音で告げる。
「……くれぐれも大人しくしておられるよう」
「お前……私は童か何かか?」
 よりにもよってそんな忠言かと、アルバはじとりとジャハルを見据えるも、彼は涼しい顔だ。更に、冷静に付け加える。
「丁度良い機会と思って、寝不足を解消してくるといい」
 ひとつ、ふたつ。瞳を大きく瞬いて、アルバは何を言うかと腕組み、諫めようと口を開く。
「寝不足も何も私は健やかそのもの……」
「こっそり真夜中に書を解いているのを知らぬとでも?」
 う、と言葉を詰まらせた師の様子を、ジャハルは目を細めていた。
 こやつ笑っておる――だが反論はできぬ。いや、して出来ぬ事もないが、向きになって口論するのも子供じみている。
 ジャハルは一瞬、その黒い双眸に何か言いたげな光を浮かべたが――アルバがそれを見定める前に、そろそろ時間だな、と貌を逸らした。
「師父の棺から離れるな」
 ジャハルが二対の翼を持つ半透明の蛇を呼ぶと、それは命令通り、柩の傍に姿を隠す。
「良い夢を、師父」
「確りと務めよ、ジジ」
 花冠を頭上に、アルバは微笑んで横たわる。それは全てを識る賢者のような穏やかな笑み――頷きながら、とても慎重にジャハルは蓋を閉めたようだ。音も殆どせず、ぴたりと合わさった柩の中は闇に包まれていた。
 次第に花冠の香りばかりが満ちて、眠気を誘う。なるほど、強い不安に襲われ、狭く息苦しい柩の中――一般人なら、眠りに落ちるであろうな、などと冷静に考える。
 自然に訪れる眠りならば、アルバとて無駄に逆らおうとは思わぬが――魔術の気配も確かに感じる。
(「――素直に吸血鬼の術中にはまるなぞ業腹極まる」)
 薄紅で彩った唇に笑みを刻み、術ならば退けてやろう。退けられる自負もある。
 闇に閉ざされ、快適とは言えずともがたごとと微かな振動が不規則に、アルバの意識を遠くへ誘う――自然と眠気も訪れる環境だ。寝不足ならば、言うまでもない。
 脳裡の片隅に、従者の姿が浮かぶ。
 今頃ジジも行動を始めている事だろう――考えて、あえかなる吐息が零れる。
(「……一人で心細くなってなければ良いが」)
 最後に見た表情は。思い出していると、瞼が重く感じられてきた。

 一人残されたジャハルは、翼を解き放つと、空へと浮かぶ。星空に高く舞い――馬車や、周囲から見つからぬよう、距離をおく。
 馬車に乗っている状況は、蛇が報せてくれる。
 何の異常もない、ゆっくりとした馬車の旅。巡回する不埒な刺客なども、無いようだ。
(「……真似事とは知れど――」)
 生贄になるため着飾り、死者を見送るような、棺の眠り。
 背を這う冷たさに表情が強ばり、僅かに声も堅くなりそうであった――怯えが、あった。
 巧く通せたであろうか。最後に交わした視線の穏やかさを思い出す。
 遥か上空で零れた嘆息は、誰にも悟られまい。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

鹿忍・由紀
また変わった趣味の吸血鬼か
娯楽の少ないとことはいえ、他に楽しみないのかな?
長生きし過ぎるのも考えものだね
悪趣味なのは元々なのかもしれないけれど
まあ、どうでもいいか

柩には入らず追跡する
追いかけるのは簡単だ
台車の影に『追躡』の猫を潜り込ませるだけ
あとは出発を待って気付かれない程度の距離を開けて追えば良い
ちゃんと行き先教えてね

怯えた顔をして柩へ向かう人々を見ても
難儀なもんだな、くらいのもので
同情をするわけでもなくただ出発の時を待つ
早く仕事が終われば良いとの気持ちが強く
場違いな欠伸をひとつ噛み殺す

猫が歩めば出発の合図
領主の思惑も、生贄達の行く末もどうでもいい
仕事を終えれば静かになるのだから、それで良い



●影
「また変わった趣味の吸血鬼か。娯楽の少ないとことはいえ、他に楽しみないのかな?」
 長生きし過ぎるのも考えものだね――悪趣味なのは元々なのかもしれないけれど。
 ではさて生産性の高い吸血鬼の行いとはなんだろう。そんなものないか。嘯き、鹿忍・由紀(余計者・f05760)は退屈そうな視線を遠くに放りながら、小さな息を吐く。
「まあ、どうでもいいか」
 彼は今木陰に身を潜めて馬車の様子を観察しながら、由紀は出立の時を待っていた。
 馬車の荷台に、影の黒猫を忍ばせており――後は馬車が目的地へ着くまで、ゆっくりと待っていればよい。
「ちゃんと行き先教えてね」
 影の黒猫は鳴き声の代わりに尻尾をゆらりと揺らして見せた。どうせ五感は共有しているのだが、向こうも暇なのだろう。
 そう、ただただ暇だ。
 柩に生者を送るという不思議な行いは、葬儀とも取れぬ奇妙な空気を作っていた。
 何せ生贄はとっておきの晴着を着ていながら、見送る人々は暗い顔をしているのだ。
 ――結局、柩の殆どは猟兵が使うことになったようだが、距離を置いている由紀に詳細は解らぬ。それにも関わらず、村人たちは我が事のように嘆いていた。
 まあ、夢見は好くないか。
 ぼんやりと影から眺めつつ、どうにも共感出来ないので、他人事のように観察するだけだ。
「難儀なもんだな」
 ――早く仕事が終われば良い。
(「領主の思惑も、生贄達の行く末もどうでもいい――仕事を終えれば静かになるのだから、それで良い」)
 そこに、誰か人間同士の諍いが絡んでいようとも。
 興味は無いし、知らされたところで、何とも思わぬ。眠たげな視線を送るも飽きて、彼は欠伸を噛み殺すのだった。

 やがて、からからと車輪が動き出す音で由紀は身を起こす。
 後は黒猫の感覚を辿って行くだけ。道筋は、微かに残る轍を辿れば遡れるようだ。殆ど残らぬそれを追えるのならば。
 烏の羽ばたきが彼方で聞こえた――馬車はペースを乱すことなく、ゆっくりと進んでいく。休憩すら挟まず、会話の声すら無い。
 使者はひとりなのだから、当然だろうけれど。
 緑の匂いが深くなり、寂しげな雑木林に入っていく。猫が、薔薇の匂いを嗅ぎつけたようだ――由紀は静かに周囲を探る。
 絶えず聞こえる水のせせらぎと、人の手が入った薔薇の庭。だが、誰かの気配を定めるより先に――馬車は停まった。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 冒険 『薔薇の檻』

POW   :    気合とパワーで追跡する

SPD   :    スピード重視で追跡する

WIZ   :    賢く効率的に追跡する

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●花の娘
 ――薔薇の匂いがする。
 おそるおそる、目を開く。真っ暗だ。何も見えない。
 自棄に狭く、埃と黴が混ざったような匂いがする。花の香りは、幻だったのかしら。
 然し何かがおかしい――正体が掴めぬ儘、暫くぼんやりとしていると、背中に違和感がある。ごわごわとした何かがある。
 一気に、過去が脳裡を駆け抜けていく――。
 ――わたしは、旅をしていた。
 ――わたしは、元々病気がちだった。
 ――わたしは……。
 よく知る優しい人達の、憐憫の表情が蘇る。反吐が出る。
「ここは水場もある。植生も豊かだ。誰かが曾て住んでいたらしい小屋もある。もしかすれば……もしかすると……」
 ありもしない希望に縋るな。そんなことに、――。
「私も残ります。この子は、私の子なのだから」

 ああ、やつらのことばかり恨めようか!
 わたしは微かに永らえるために――どうしようもない罪を背負って――。
 そして、その甲斐もすべて失われて。
 真っ黒な翼と、真っ黒な薔薇と共に、無為に生きている。

●薔薇の園
 遠目から見れば大したことのない薔薇園であったが、いざ足を付けて至近より眺めれば、かなり垣が高い。五メートルほどだろうか。
 花弁は幾重に、まんまるとくるまっているような形だ。所謂オールドローズ的な雰囲気がある。とはいえ、共通の名前がついているような薔薇ではなく、恐らくこの地独特の品種なのだろう。
 確りと手が入っており、とても程よい案配で薔薇が咲いていた。
 周囲に人の気配は無い。
 花冠の香りは程なく消えて、猟兵たちは自分で柩の蓋をずらす。
 然し、周囲に自分以外の姿が見えなかった――同じ荷台に載せられたものは、共にいるようだが――。
 何の案内も、何の説明も無い。ただ、足元には水路が引かれて、数多の花弁が流れていく。まるで猟兵たちを導くように。
 道は一筋のようだ。垣に沿って、水路に沿って、進めば良い。
 何処からか注ぐらしいせせらぎの源が、乙女の笑声のように響く。
 道を進めば、ひとつ柩が見えてくる。罠か否か。警戒しながら覗き込むと、不意に耳元で声がきこえた。
 誰かの、何かの、――だが、自分の死を望む声が。
「――……」
 共に眠ろう、そんな内容だ。
 突如と、希死念慮が脳裡を占める。忽然と暴風の最中に放り出されたように、衝動が身体を留める。
 柩の中に収まって、美しく眠り続ける。その様の何と美しいことだろうか――本来そんなことを考えるはずもないのに、荒れ狂う感情を、如何に堪えよう。

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プレイング受付
 6月21日(日)8:31~24日(水)中

捕捉
 ペアの方々は最初から一緒に進んでも構いませんし、途中で合流する形になっても構いません。
 なお、内容的に向いていないという方は、2章はパスして3章の参加も大丈夫です。
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エスタシュ・ロックドア
追いかけて来たはいいがどこを目指すべきかぁね
とりあえず【第六感】のまま向かうか

死にてぇ?
この俺が?
衝動に疑問を感じた瞬間トサカに来るわ
何しやがる、俺を支配するのは俺だけだ
今まで培ってきた【呪詛耐性】【狂気耐性】で対抗するが
宿業から逃げられねぇのなら、
もう諦めたっていいじゃねぇか
逃げられねぇのなら、
こっちからさっさと向かってちまおう
ってな声がする
ふざけんなよ
苛立ち紛れに『黒縄荊蔓』発動
自分自身を締め上げ、
【怪力】【激痛耐性】でギリギリの行動を保ちつつ、歩を進める
抵抗むなしく生と死を分かつ獄卒になっちまったってぇのに、
自分から死に転がり落ちるとか冗談キツすぎるぜ
俺ぁ諦めねぇからな

※アドリブOK



●自縛の枷鎖
「追いかけて来たはいいがどこを目指すべきかぁね」
 カラス達の導きの儘に、薔薇園に辿り着いたエスタシュ・ロックドアは、暫しその外縁を眺めていた。
 入口は広く――というより、元々好き好きに生えた薔薇をそのまま育てているのか、入口と呼ぶべき通路がいくつもあるのだろう。
 調査によれば敷地は然程広くないらしい。子分たちに其処まで深追いはさせなかったので、エスタシュが把握していることも漠然としていた。
 故に慎重に踏み入れる。彼は水の流れを辿るように道なりに進む。すると程なく、柩が見えた。罠か、と思うも避けては通れぬ。よもや、柩が己を取って食いやしないだろう。
 それは黒金で出来ている柩であった。地獄の釜の蓋――似ても似つかぬ其れを見て、何となくそんな言葉が浮かんだ。
 焦げたような風合いの鉄棺は蓋を開いて、エスタシュに問う。
 ――死を。眠り、安らぎを。
 漠然とした衝動が、彼の身を貫く。驚きや、警戒よりも先に、拭えぬ希死念慮が彼を硬直させた。青い瞳が、揺れた。
「死にてぇ? ――この俺が?」
 瞬間、腹の底から沸き上がる怒り。頭皮が燃えるように熱い――『トサカに来る』、実際、毛は逆立っているかのように、ひりと痛む。
「何しやがる、俺を支配するのは俺だけだ」
 怒りを隠さず、エスタシュは声を発した。身体は未だに縛られて――怒りと共に、死に焦がれる感情が抵抗する。
 ――宿業から逃げられねぇのなら、もう諦めたっていいじゃねぇか。
 ――逃げられねぇのなら、こっちからさっさと向かってちまおう。
 囁く声は、柩がもたらすのか、それとも内側で。無意識に己が囁いているのでは無いか。
 怒り、怒りが己に向かう。逃げられないふがいない死んでしまえと怨嗟を吐く。エスタシュを支配できるのがエスタシュだけならば、己が死を望めば――。
「……ふざけんなよ」
 ぎり、握りしめた拳の内側、爪が刺さる。その痛みが、幾分か、強い死の衝動を弱めた。
 背中の羅刹紋が蠢いた。荊蔓が伸びて、左腕に辿り――まことの荊となったそれが、エスタシュの全身を括る。
 正気を保つための痛みと、前に進むのだという指示を荊に伝え、徐々に、柩から離れていく。
 進むべき道は、安寧の眠りではない。骨の髄まで灼き尽くすような生だ。
「抵抗むなしく生と死を分かつ獄卒になっちまったってぇのに、自分から死に転がり落ちるとか冗談キツすぎるぜ」
 ざくざくと、大地を刻む足取りは未だ重い――それでも。
 エスタシュは唇を噛みしめ、虚空を強く睨んだ。
「――俺ぁ諦めねぇからな」

大成功 🔵​🔵​🔵​

鹿忍・由紀
この声はいつの誰のものだったのか
そんな事はこれっぽっちも覚えてなんかいないのに
沢山の声が聞こえてくる
ああ、この感じには身に覚えがある

死んでくれと願われる事には慣れていた
疎まれて、追い出されて、踏み躙られて
泥に塗れて這い蹲ってでも独りで生き延びてきた
つまらない事では死にたくない
自分の為に生きていたい

醜い世界で惨たらしい死を沢山見てきたものだから
綺麗に死ねるならまだマシなのではないかとさえ思えるような
美しく安らかであろう柩を見下ろして
自分に似つかわしくないそれを破壊する
美しく死ぬつもりなんて微塵もない

つまんない事はやめてよ
乏しい感情の中に僅かに湧き上がる苛立ちを
何にも感じてないような声で吐き捨てる



●刹那の仮睡
 誇らしげに咲く薔薇の花々を無感動に見つめるは薄青。花の香りも、水のせせらぎも、彼の心に何の影響も与えはしない。
 静かな足運びは常と変わらぬ。眼差しこそ周囲を時々窺うように動くにせよ、彼の涼しげな表情は変化を識らぬようだ。
 硝子の柩――童話みたいだ。なんだったっけ。何処できいたっけ。
 そんな言葉だけが脳裡を過ぎっていく。鹿忍・由紀は興味の欠片もないように、柩を見下ろした。
 途端、その双眸は僅かに伏せられた。本人は知る由もないが――白い膚は、更に色を失って青ざめていた。
 確りと形をもっているわけではない。噴き出す形の無い何か。それは柩からもたらされ、内側に湧き出るもの。
 死が艶めかしく両腕を差しだし、搦め捕ろうとしてくる。
「ああ、この感じには身に覚えがある」
 ――死んでくれと願われる事には慣れている。
(「疎まれて、追い出されて、踏み躙られて、泥に塗れて這い蹲ってでも独りで生き延びてきた――」)
 どん底から、自分の力だけで生き抜いてきて。此処に来て。
 ――つまらない事では死にたくない。
 ――自分の為に生きていたい。
 そう、心は決まっている。これは吸血鬼の作った罠だ――そんなものに掛かって死ぬなんて真っ平だ。
 理解する反面、今まで見てきた穢れた世界。陰惨たる死。おおよそ、死の方が幸福と呼べる生の数数。
 この柩に横たわれば、解き放たれるのだ。この世でもっとも幸せで、もっとも平穏な。
 ――綺麗に死ねるならまだマシなのではないか……。
 耳元に囁きかけてくる声は、死を望む激しい感情とは裏腹に、何処までも善意的で心地好い。
 ああ、成る程。由紀はそう呟いて、ひとたび目蓋を閉ざした。彼の唇から次に零れたのは、絶対的な意志。
「絶ち切れ」
 低く、小さく。されど強く響いて、空気が揺れる。その瞬間、彼は身をとても素早く返していた。
 翻したコートが硝子の柩に蔭を落とす。由紀のダガーは光の筋のみを描き、目にも止まらぬ乱撃は柩を走った。
 何処までも澄んで透明であった玻璃は割れて――白く濁る。
 再度、由紀が軽く腕を振るえば、破裂するように粉々に、砕け散った。
「美しく死ぬつもりなんて微塵もない」
 きらきらと輝く残滓を尻目に、彼は背を向ける。いつもと変わらぬ平静。冷徹な声音――その腹の奥に潜む怒りなど、本人も知らぬように、ただ吐き捨てる。
「つまんない事はやめてよ」
 一歩、二歩。前へ進めば、冥き衝動は消えていってしまう。
 ああ、どれもこれも悪趣味な演出だ。
 本当に暇な吸血鬼だ――由紀は誰にでもなく呟きながら、自分の奥底に刻まれているものを忘れるように、軽く目を伏せた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

終夜・嵐吾
せーちゃん(f00502)と

あー……?
や、せーちゃん……おはよ
よう眠ったけどまだちょっと眠いわ
眠気覚ましにお散歩か? ん、ええよ~と欠伸ひとつ

歩いておれば目も覚めてくるの
と…薔薇が見事に咲いとるの
ゆるゆる花を楽しみながら参ろうか

不意に耳に届く声
死を望む、ゆるやかに眠るように――それはそれで、と思う
甘い誘いじゃな、と笑いつつせーちゃんはどう感じておるのか

せーちゃん、どうする?
わしは~、いずれはそれでええんじゃけど~
まだ色々やりたいこともある
だからこのお誘いにはのれんね

ふは、安らかをつまらないとは、せーちゃんらしいの
そじゃね、わしもせーちゃんと楽しく遊んでいたい
ひとまず、この後一緒に吸血鬼と遊ぼか


筧・清史郎
らんらん(f05366)と

らんらん、起きているか?
やはり熟睡していた様子の友に笑み声掛けつつ
眠気覚ましに少し歩こうか

薔薇か、よく手入れされている様だな
警戒は怠らず、だが友と暫し花の園を眺め進もう
舞う花弁と水のせせらぎに導かれるままにな

死、か
俺は正直、生に執着はない
なので死が訪れるのならば、それはそれでと思うし
甘い誘いに身を委ねてみるのも、またどうなるか興味深い…
と、一瞬密かに思うも

友の声に瞳細め
俺は今が楽しければそれでいい
だが死は安らかかもしれないが、つまらないからな
まだ経験した事のない、未知な事も数多ある
俺もまだ今は遠慮しておこう、と友に笑みつつ
ああ、らんらん。まずは吸血鬼と遊ぼうか(微笑み



●安息は退屈に似たり
 柩より身を起こし――身体を伸ばして、筧・清史郎は周囲の様子を窺った。道中は全く何も起こらず、何かが重ねて術を掛けていく様子も無かった。
 しかし、大事な荷台を路傍に放置か、赤い瞳を皮肉るように細めるが、否だと知っている。此処は敵の領域なのだろう。
 ひとりしかいない使いとやらが、荷台をひとつひとつ切り離すために、止まっては進みを繰り返しているときは、少々気を遣った。早とちりでうっかり身を起こして、顔を合わせるわけには行かぬ。
 さてまずはそれよりも――布擦れの音を気にせず、清史郎は柩より立ち上がり、傍らの静かな柩の元へと寄る。
 何とも気持ちよさそうに、すーっと静かな息を零している相棒の、上下する灰色の毛並みを暫し眺め。
「らんらん、起きているか?」
「あー……? や、せーちゃん……おはよ。よう眠ったけどまだちょっと眠いわ」
 声をかければ、ぼんやりとした声が返ってきた。
 終夜・嵐吾はむにゃむにゃと零しつつ、ゆっくり隻眼を瞬いて、のんびりと身を起こす。
 いつもと違う衣装で、一瞬もつれるような動きになったのは見ない振りをし、清史郎もおはようと笑みを向ける。
 多少、おしゃべりしてやり過ごす的な事をいっていたと思ったが――本気で寝てしまったのか、凄いな、らんらん。
 笑顔の裏にそんな感想を貼り付け――彼になら、悟られようと悟られまいと構いはせぬが――手を差し出す。
「眠気覚ましに少し歩こうか」
「眠気覚ましにお散歩か? ん、ええよ~」
 手を取り、身体を伸ばした嵐吾の口から、ふわ、と欠伸が零れた。
 荷台から降りると、世界は未だ闇の中――瞬きを知らぬ静かな星空を切り取るように、高い垣の薔薇が彼らを待ち受ける。一面の緑は寝起きの目に優しく、水のせせらぎは一定のリズムを刻み、穏やかだ。
「と……薔薇が見事に咲いとるの」
 臆する事なく踏み出し、一瞥すると嵐吾は微笑する。個々の花の造詣を吟味しつつ、広げた扇を口元に寄せて清史郎が頷く。
「薔薇か、よく手入れされている様だな」
 そして、それを合図のように、ゆっくりと歩き出す。彼らの姿は、薔薇咲く園庭の遊歩を楽しんでいるようにしか見えず――敵陣だという意識を、二人は一切漂わせなかった。
 はらりと落ちる花弁は水路に吸い込まれ、庭が汚れにくいように出来ているようだ。花の香は程よい塩梅で、前へと歩を導く。
 彼らの行き着いた先に用意されていたのは、漆塗りのような黒い柩がふたつ。しっとりとした深い黒が、目を引きつけて止まぬ。左右対称のように桜が散った意匠。
 何とも意図的だ――日頃であれば、そんな軽口をどちらともなく口にしたであろうが。
 その一瞬だけは、彼らは隣に誰がいるかも忘れ、呼吸すら、忘れた。
 ――眠れ、眠れ……。
 ――眠らねばならぬ。
 本当に優しい声音が、それこそがもっとも幸福な事なのだと彼らに語りかける。
 それがまことに穏やかで、幸福な眠りであるならば……それはそれで、と。満更でもなく、嵐吾はふわりとした笑みを口元に浮かべた。
「……甘い誘いじゃな」
 息をひとつ落とし、目を伏せながら、傍らの伴へ試すように尋ねる。
「せーちゃん、どうする? わしは~、いずれはそれでええんじゃけど~」
 返答は、ふっ、とこぼれた吐息。
 柩へ眼差しを向けたまま、清史郎は独り言のように続ける。
「俺は正直、生に執着はない」
 硯箱として産まれ、今はヤドリガミとして生きている。その生と死の境界は何処で計るのだろう。最初から、熱を持ち存在する嵐吾とは、「いずれ」という言葉すら、違うものを指す言葉なのやもしれぬ。
(「――死が訪れるのならば、それはそれでと思うし、甘い誘いに身を委ねてみるのも、またどうなるか興味深い……」)
 袖の中で腕を組み、清史郎は泰然と微笑する。本気で死を検討するかのような、一瞬の戯れ。
「らんらんは、どうだ?」
 問い返された方は、けろりと答えた。
「まだ色々やりたいこともある。だからこのお誘いにはのれんね」
 あくまで、いずれ。今生を楽しみきってから――。
 そのいらえに、目細め、深く首肯する。
「俺は今が楽しければそれでいい――だが死は安らかかもしれないが、つまらないからな……まだ経験した事のない、未知な事も数多ある。俺もまだ今は遠慮しておこう」
 かく語ると、嵐吾を見やる。彼は、少しきょとんとしていたが、すぐに破顔し、
「ふは、安らかをつまらないとは、せーちゃんらしいの」
 朗らかに笑いながら、確かに、その通りだと頷き返す。
 何となく、二人で笑い合っている間に――この柩が放つ異様な魅力が、薄れていくようだ。もっと楽しいことが、この先で待っている。そんな気分が、二人から希死を遠ざけていく。
 安息の眠りよりも、酔い痴れられるものを、知っている――ゆえに、こんな箱には用は無い。
「そじゃね、わしもせーちゃんと楽しく遊んでいたい――ひとまず、この後一緒に吸血鬼と遊ぼか」
「ああ、らんらん。まずは吸血鬼と遊ぼうか」
 彼らは穏やかな微笑みを交わすと、ただ薔薇を賛美する散策の続きへ戻っていく。
 その背に落ちる薔薇の花弁、その暗示は――、さて。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

双代・雅一
雪音さん(f17695)と。

柩から起き上がれば、雪音さんの姿は見えず…か。
少し進んだ所に彼女の入っていた柩。
…寝坊するつもりは無かったんだけどな。
一本道なら追える。持たせた眼鏡より感じる位置はそう遠くない。

進んだ先に雪音の後ろ姿を認め。
(――雅一、様子が可笑しい)
声をかける前に、聞こえた弟の声。反射的に駆けて近づき。
柩に入ろうとしてた彼女を肩に手をかけ引き留め。
恐らく呪いの類だ。離れよう。
柩から逃げ、引き離す様に腕掴んで道の先へと。

王子だなんて歳じゃ無いだろう?
だが待たせてしまったな、申し訳ない。
眼鏡を返して貰い、此方も笑み浮かべ。
弟も君を見守ってくれてたらしい。
ああ、前へ。君の生きる道をな。


御乃森・雪音
アドリブ歓迎
雅一(氷鏡・f19412)と同行。

さて、到着かしら。
綺麗な光景なんだけど…綺麗すぎて寒々しいものを感じるのはまあ、そういう場所だからよね。

まずは雅一を探しましょうか。
……一本道、で道の真ん中に棺、ねぇ。まさか中には居ないわよね。
…?呼んでる…誰を………綺麗なものは、嫌いじゃないのよねぇ…。
……引き込まれそうになっても気付けない…かも。

止めて貰えたなら、何時も通りに。笑いなさい、雪音。
余裕をなくすのは、自分らしくないし好きじゃないわ。
「…お迎えありがと、王子様」
しっかりと笑って。眼鏡をちゃんと返して。

一人じゃない。大丈夫。前に進みましょう。



●青の錯覚
「さて、到着かしら」
 ゆっくりと身を起こした御乃森・雪音は軽くこめかみを押さえた。気分は悪くない――変な術の後遺症などは心配しなくても大丈夫そうだ。
 柩からそろそろと立ち上がって、薔薇園を見渡す。周囲に見知ったものはない。
「綺麗な光景なんだけど……綺麗すぎて寒々しいものを感じるのはまあ、そういう場所だからよね」
 着慣れぬ衣装をぐるりと見える範囲で確かめた。飾り布や、帯が引っ掛かったりしないだろうか。普段から着飾ることも多いけれど、勝手が違うと落ち着かぬ。
(「和服ともちょっと違うのよね……」)
 帯の位置を直して固定し直すと、彼女は進路を見やった。
 吸い込まれるように細く伸びる一本道には、罠も敵の姿もない。だというのに、妙な胸騒ぎがする。
 ――ひとりの所為かもしれない。
「まずは雅一を探しましょうか」
 じっとしていても事態は変化しないだろうし。気弱なのはらしくない――軽く頭を振って、歩き始める。
 薔薇を眺めつつ、慎重に進む。本当に只の薔薇園で気が抜ける。普段ならきっと星空の散策など心躍るだろうというのに、今は気もそぞろだ。
 暫く行くと、真っ青な柩が垣に立てて置かれていた。全く脈絡もないが、妙にしっくりと馴染んでいる。周囲の薔薇は薄紅を咲かせていて、変な絵画のような趣すらあった。
「……一本道、で道の真ん中に棺、ねぇ。まさか中には居ないわよね」
 お互いが入っていた柩は確かめている。先程まで身を横たえていた白木のそれとは材質も違うようだ。
 不意に、声が聞こえた。
「……? 呼んでる……誰を――」
 一瞬、訝しげに雪音は眉を動かしたが、すぐにその声を捉えようと、柩をじっと見つめ直す。とても美しい柩だ。青い、これは、宝石のような……氷のような――。
 ――神秘の青薔薇みたいに、きれいな、綺麗なお嬢さん。どうぞ、こちらへ。
 妙に馴れ馴れしく語りかけてくる。本来形作るはずのない声は、何処から聞こえているのだろう。けれど、彼女は、ほうっと小さな息を吐いた。
「……綺麗なものは、嫌いじゃないのよねぇ……」
 ――綺麗なもののなかで、きれいに、ねむりましょう?
 ――いっしょに、いっしょにねむりましょう……?
 キラキラと輝くその柩から、目が離せなくなっていた。

 覚醒してみれば、ひどい寝心地だったと身体が告げるようで、双代・雅一は軽く肩を回す。それは普段から、ちょっと身体を酷使している影響かもしれぬ。
 だが暢気に柩の寝心地を評論してもいられぬ。
「雪音さんの姿は見えず……か」
 周囲を見渡し、何も誰もいない事を確認する。冷徹な眼差しと、怜悧な思考が、急いで追えと身体に指示を与えてくる。
 それに逆らう理由はない――軽くスーツを整えると、彼はさっと荷台から降りる。比較的近くに似たような荷台が目に止まり、覗き込めば、空の柩が残されていた。
 柩の中に落ちていた青薔薇の一片を摘むと、雅一は低い声音で呟く。
「……寝坊するつもりは無かったんだけどな」
 顔を上げる――いずれにせよ、進路はひとつ。目的地も同じだ。
 幸い、眼鏡も預けている。特別な意味をもつものだ――気配を追うのは容易い。追いかければ、充分間に合う。
(「そう遠くない」)
 直感が報せる儘、彼は踵を返すと、足早に薔薇園を抜けていく。悠長に薔薇を眺める暇も無ければ、気分でも無かった。
 雪音と無事合流せねば。その一心で、雅一は駆る。
 ゆえに、その美しい黒髪の背を見つけるのに、然程の時間はかからなかった。
「良かった無事……――」
 雅一が声をかけようとした瞬間、内側で『弟』が囁く。
(『――雅一、様子が可笑しい』)
 漸く見つけた彼女は、青い宝石のような柩と対峙し、それへ魅入られたようにぼうっとしていた。恐らく、無自覚に。
 徐に手を伸ばして柩を開き――その中へと入ろうとしている。
 最後の距離を、雅一は蹴って詰めた。
「雪音さん」
 名を確りと呼んで、彼女の肩を引き、その顔を覗き込む。
 腕を引きながら瞳をあわせ、強めに声を掛ける。自分を認識してくれるかどうかは、後でいい。
「恐らく呪いの類だ。離れよう」
 青と青が交わって――雪音が驚きに目を瞬かせた。雅一、と小さく呟いた事で、彼も眼差しを和らげて安堵の息を吐く。
 そのまま少し、彼女の腕を引いて柩から距離をとりながら、尋ねる。
「怪我は無いか?」
 大丈夫、と雪音は頷くと、
「……お迎えありがと、王子様」
 確りと彼の瞳を見つめ返して、笑った。そこには操られた後遺症のようなものはない、よく知る雪音の表情だ。
 そうだ、約束、と思い出したように彼女は、大事に仕舞っていた彼の眼鏡を差し出せば、雅一もあらためて穏やかな微笑を浮かて受け取る。
 少しだけ、苦笑いの色も混ざっていたのは、些細な気後れだ。
「王子だなんて歳じゃ無いだろう? ――だが待たせてしまったな、申し訳ない」
 いいえ、と雪音はゆっくり頭を振る。ちゃんと約束通り、駆けつけてくれた。
「でも、よく解ったわね」
 一目で非常事態と解るような状態ではなかったでしょう、という指摘に、雅一は軽く頷く。
「弟も君を見守ってくれてたらしい」
 傍で寄り添っていたのは、眼鏡の主も同じ――その直感が、催促の救助に繋がったのだと彼は笑ってみせた。
 一人じゃない、と雪音は小さく囁いた。それどころか、二人も強力な王子様がついていてくれる。
「大丈夫。前に進みましょう」
「ああ、前へ。君の生きる道をな」
 多くを尋ねず、導くように歩いてくれる彼と並んで――束の間の薔薇園の散策を、彼女は楽しむ事にした。もうあの美しくも恐ろしい青い耀きは、脳裡から消えて――二度と視界に入らなかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

リオネル・エコーズ
目覚めたらそこに神様が
なんて当然思ってなかったけど
こういう場所だって想像もしてなかったな

周りを見ながら水路に沿って行こう
飛べば薔薇園全体や何かが見えるのかもしれないけど
それは全部終わってからのお楽しみ
…覗いてください感がパない柩もあるしね
懐の短剣をすぐ出せるよう、警戒しながら中を覗いて

聞こえた自死を願う声
違う目的の為に短剣を取りそうになった

心臓を一突きすれば
喉をかき切れば
一瞬浮かんだ考えは、首からさげてる鍵を強く握って遠ざける
宿敵の事
家族と街の事
同じ人形だった皆の事
抱えてるもの全て放り出して眠っていいと
誰かがそれを許しても
俺がそれを許せない、許さない

だから悪いけど
その誘いには、死んでも乗れない



●罪咎
 目覚めたらそこに神様が。
 ――なんて当然思ってなかったけど……。
 静かに目蓋を上げたリオネル・エコーズは自分の状態を確かめるように、ゆっくりと身を起こす。静かな水の音だけが響き、不穏な気配は全くしない。かといって、神聖さがあるわけでもない。
「こういう場所だって想像もしてなかったな」
 軽く頭を振った。眠りの後遺症も無い。
 吸血鬼の考える事は解らないが、それなりの経験からすると、本当に生贄には五体満足、精神もそのまま此処に来て貰いたいのだろう。
 なんとなくそんな事を考えながら、リオネルは薔薇園に立つ。
 彼には翼がある。宵から暁を思わせる色彩持つそれは、決して飾りでは無い。つまり飛翔して、この庭園の全貌を見る事も叶うのだが。
「それは全部終わってからのお楽しみ。――覗いてください感がパない柩もあるしね」
 薄く笑って、懐の短剣を確かめるように触れた。冷たい感触が心強い。
 緑の園に薄紅の花々が咲いて、水路が散りたる花弁を浚っていく。その中央に、群青の――星空の如き耀きを内包した柩があった。それは匣としてならば、鑑賞に足る美しい容れ物であったけれど。
 リオネルが距離を詰める前から、耳元に、声が響く。
 ――ねえ、なんで生きているの。死にましょうよ。
 それは詰るようであり、優しく諭すような声であった。
 ――あなたのくるべきところは、こっちではありませんか。
 いつか聴いたような既視感がある。実際、そんなことを言われた事は無いはずだ――なのに、妙に懐かしさすら覚えて、彼は忍ばせた短剣を強く握った。
 そう、それでいい。そのまま。
(「――心臓を一突きすれば。喉をかき切れば」)
 衝動は、本来の目的からリオネルの意識を遠ざける――遥か昔、失われてしまった頃の記憶が、懐かしい匂いが身体を包む。
 違う、と思う。だが抗えない。だから逆の手で、下げた鍵をぎゅっと握りしめた。
 痛みを覚えるほどに、強く。強く。
 ――宿敵の事。
 家族と街の事、同じ人形だった皆の事――。
 曾て彼がそのつもりもなく、見捨ててしまったもの。痛みと共に、蘇る。
(「抱えてるもの全て放り出して眠っていいと――誰かがそれを許しても、俺がそれを許せない、許さない」)
 こんなところで、死んで。それが例えば穏やかな安息ならば、尚のこと、受け入れるわけにはいかぬ。
 ゆるりと左右に頭を振れば、長い髪が従い躍る。視界が遮られた事で、呪縛が緩んだような気がした。ますます強く鍵を握り、彼は真っ直ぐに視線を上げた。
「だから悪いけど――その誘いには、死んでも乗れない」
 それだけは、絶対に。双眸は強い光を宿し、柔和な空気が凛と凍えた。その声は、干渉を許さぬ力に満ちて、死を希む衝動は遠ざかって行った。
 リオネルは鍵を強く握った儘、柩の横を通り過ぎる。
 そう、誰が許してくれたとしても――。
 裡で囁く言葉は、空気を震わせる事も無く。振り返らず、彼は薔薇の監視の中を進んでいった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

シキ・ジルモント
…それも、良いかもしれない
誘う声に酷く惹かれてしまう
この心地良い声が望むまま共に眠る、それが何より正しい選択のように感じられる

しかしヴァンパイアは…ああ、一人くらい欠けたところで大勢に影響は無いか
ここでこのまま眠ってしまったとしても、仕事は問題無く…

…いや、違う
自分は何もせず他の誰かに負担を強いては、完璧に仕事をやり遂げたと言える筈がない
ここで立ち止まってしまったら、仕事を任せてくれた者からの信用を裏切る事になる
そんな事になれば、それこそ死んでも死にきれない

慣れない衣装を纏った理由も、ヴァンパイアへ確実に至り倒す為だろう
眠るには、まだ早い
裏切りへの嫌悪感と仕事への責任感が、希死念慮を上書きする



●裏切りへの嫌悪、仕事への責任
 耳が、音を拾おうと勝手に動く。物音へと意識を向けると、それは幾分か自由に角度を変えられる。狭い柩の中でも、不自由の無いパーツのひとつだ。
 ――何の音もしない。安全そうだな。
 シキ・ジルモントはそう判断すると、ゆっくりと目蓋を持ち上げた。暗闇を払うように自ら蓋をずらし、新鮮な空気を吸う。
 すると、眠気というより、不自由であった事に覚えた気怠さが散っていく――思考も冴えてくる。
 荷台からするりと降りる。服装が違って勝手が異なるが、特に問題は無さそうだ。少しだけ都合の良いように帯を締め直すと、武器の配置を入れ換え、確かめる。
 さて畏まった形をいつまで保つべきなのだろうか、少し悩んで、大仰に触れるのは止めておく。急に戦闘になったところで、誤差に過ぎぬ。
 周囲の薔薇の花々は、そんなものか、くらいの感覚しか持たなかった。決して豊かではないこの世界で、こうも清涼で緑に満ちた土地があるのかと、僅かに考えた程度だ。
 だが、大地を踏みしめてふと思う。――此処には、薔薇しかない。他の命は芽吹く事も許されぬように。
 シキの歩みは殆ど音を立てぬ。静寂の中で、水路が立てるせせらぎだけが、響く。真っ直ぐに道を作る緑の垣を黙々と進めば、突如と異質な物が置かれている。
 ――鉛色の無機質な柩だった。つるりとして、まるでただの道具箱のようだ。なのにひどく暖かそうで、親しみを覚えてしまう。
 ――眠れ。眠れ……此処でもう、辛い日々を終えてしまおう。
 耳元で鳴り響くのは、勝手な言葉だ。だが莫迦には出来ぬ衝動が、死んでしまわねばならぬという義務感に似たものが、シキの中で芽生えた。
 ――ここで、何もかも下ろして休んでしまおう……。
 それは知らぬ誰かの声のようでもあり、己の声のように聞こえた。
 彼は微かな吐息を零し、柩をまじまじと見下ろす。
「……それも、良いかもしれない」
 それが現実に自分の発した声だと気付くまで時間がかかった。否――気付いたところで、何の違和感もなかった。
 死を。眠りを。安らぎを。
 その声はとても心地良く、提案は最良にしか思えなかった。
 然し、声に従おうと傾いた心の奥底で、諦めず懸念が湧いてくる。
 彼の脳裡で、ぐるぐると死を望む衝動と、理性が会話を続ける。それにすら、疲れるというのに。自分は何に抗っているのだろう。
(「しかしヴァンパイアは……ああ、一人くらい欠けたところで大勢に影響は無いか
ここでこのまま眠ってしまったとしても、仕事は問題無く……」)
 虚ろな視線を柩に注ぎながら、生への逡巡に、結論をつけようとしていた。
 ――だが。
「……いや、違う」
 無意識に、飾り紐を握りしめていた。普段の彼なら、こんな装飾品は纏わない。
 戦闘には役に立たず、ひどく目立つ色の布。
 自分は何をしに、何のためにこれを纏ったのだ。
「……仕事だ。仕事を、請け負った」
 そして是を貸してくれた村人たちへ、何を誓った。確かな契約として、彼らに意志を告げていなくとも――自分は何のために此処にいるのか。
(「何もせず他の誰かに負担を強いては、完璧に仕事をやり遂げたと言える筈がない」)
 目を閉ざし、大きく息を吐く。
(「ここで立ち止まってしまったら、仕事を任せてくれた者からの信用を裏切る事になる――」)
 約束を、一度受けた仕事は完璧にこなす。そのために研鑽し、生きてきた誇りはそんな安いものか。
 何よりそれは『裏切り』ではないのか。悪に苦しむ無辜の人々に対する。自分に対する、裏切り。
「そんな事になれば、それこそ死んでも死にきれない」
 今、はっきりと目が醒めた――確固たる意志で、シキは死を拒絶した。
「眠るには、まだ早い」
 するとどうだろう。先程まで酷く魅力的であった声は、嫌悪感しかもたらさず、あれほど親しみを覚えた柩は忌々しき鉄の塊に過ぎぬ。
 無表情で、彼はそれから踵を返し、歩き出す。進むべき道に、この柩は不要だ。水の調べは、奥へ続いて彼を導いている。
 約束を果たすため――迷いは、無い。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ジャスパー・ドゥルジー
――俺は、目を覚ましたん、だよ、な
それともまだ、眠ってるのか?

だってこんな事俺が望むわけがない
(本当に?)
今の俺が、望む、わけがない
(本当は)

(美しく死にたいから)
(死に物狂いで生きていたいだけじゃなかったの?)

薔薇みたいに美しく気紛れな殺人鬼がいた
あのひとに×されたくて
生きていた
独り善がりの倒錯
……あのぞっとするほど美しい刃に、撫でて貰えたら

ああ、生きる事を渇望する今でも
かつての願いの残滓は未だ心のどこかに残ってる
最高の死
たった一度だけ、愛されたかった
それは事実だ、だけど

――だとしても、それは今じゃない
ぎり、と血が流れる程唇噛んで

死ぬなんてダセェこと
今のジャスパー様がしてやるかよ



●白昼夢
 鼻を擽る薔薇の香りがふっと遠ざかる――否、近づく。
(「――俺は、目を覚ましたん、だよ、な。それともまだ、眠ってるのか?」)
 ジャスパー・ドゥルジーは無意識に目を瞬いた。
 先刻までの事を思い出す。自分はのんびりと柩で眠り、目覚め、薔薇を冷やかし、次の柩に辿り着いた。これには入らなくていいんだっけ、揶揄するように眺めた、灼き焦げたような柩。磨き上げられた炭のような見た目だが、鉱石で出来ているようだ。
 ――冷静だったのはそこまでで、久々の衝動に心臓が跳ねた。強烈な、死への渇望。今すぐに、全身を掻き毟ってでも、死なねばならぬ。そこに深い理由など不要。
 義務なのだ。
 そんなはずはない、ジャスパーは苦しげにそう零した。
「だってこんな事俺が望むわけがない」
 ――本当に?
 心の声か、幻かが問い掛けてくる。そうだ、そうだとも。ジャスパーは歯を噛みしめた。
「今の俺が、望む、わけがない」
 最高に心地好い死を迎えに行く――そういう風に生きるのを、辞めたのだ。
 そういう風に生きてもいいと認めてくれる人のために。
 そう念じたジャスパーを嘲笑うかのように、彼の脳裡に像が結ばれる。
『――本当は』
 誰かの唇が、動いたような。
『美しく死にたいから』
 薔薇が笑うように震えたように見えた。
『死に物狂いで生きていたいだけじゃなかったの?』
 その真ん中に、儚くも美しい幻を見る。
 そう、幻だと――解っているのに、息を呑んだ。
 ジャスパーは半ば茫然と――懐かしむように、畏怖するように、目を細める。遠い日を振り返るように。焦がれたものがそこに在る事を、喜ぶように。
(「……薔薇みたいに美しく気紛れな殺人鬼がいた。――あのひとに×されたくて、生きていた――」)
 ――独り善がりの倒錯。
 叶わぬ羨望だと、ずっと知っていた。
「……あのぞっとするほど美しい刃に、撫でて貰えたら」
 思わず、声が漏れた。
 背筋を貫くような衝動が身を竦ませる――それは恐怖でも、嫌悪でもない。
 魔炎竜の血は消えてしまったかのように、熱を呉れず。元より白い彼の膚はより白く、喉が痛んだ。自分の記憶が編んだ像だと理性は囁いているというのに、幻から目が離せない。
「ああ、生きる事を渇望する今でも……かつての願いの残滓は未だ心のどこかに残ってる」
 否定はしない。出来やしない。痛みを悦ぶ自分の――一般的には――歪んだ性質は変わっていない。
(「最高の死……たった一度だけ、愛されたかった――それは事実だ、だけど」)
 鮮明に、刻みつけて欲しい。望んで手を伸ばしそうになる。
 だから、ジャスパーは静かに瞳を閉ざした。暗闇の中、頭の中で暴れ回る死ならば、如何にも宥められよう。
「――だとしても、それは今じゃない」
 歯を唇に当てた。ぷつりとした弾力があって、口の中で血の味で溢れる。
 それで許しはしない。ぎりと歯を立て噛みしめ、血が輪郭をなぞり落ちていくまで、彼はそのままでいた。
 微かな痛みに過ぎぬ――だが、抗いがたい幻惑との決別には充分な苦みだった。
 炎が巡るような感覚が、全身に満ちる。幻は陽炎のように揺れて消え、柩ががたりと揺れて割れる。
 ハ――吐息に、はっきりと笑いを混ぜて、ジャスパーは囁く。
「死ぬなんてダセェこと、今のジャスパー様がしてやるかよ」
 ゆっくりと開いた瞳は静かな色で燃え、輝いていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ブーツ・ライル
【DRC】
アドリブマスタリング歓迎
_

──声が聴こえる
皆、一様に、

俺の死を 望んでいる

(「……」)

…わかった。



──なんて、言うとでも思ったか?

最早強迫に近い希死願望が心を占めたのは事実
だがそれさえも鼻で笑い、一蹴する
誰に死を望まれようとも関係ない
成すべきことを成す。死ぬのは、少なくとも今じゃない

外套翻し、鳴らす靴音は傲慢に高らかに
柩に一瞥もくれず、向ける背は凛と
歩む先はあの二人の元へ

──燕とメトロを、迎えに行く。

_
(手を差し出して、抱きしめて。
柩はお前たちには似合わない。

おいで。
──共に、往こう。)


メトロ・トリー
【DRC】
アドリブだーいすき!

あれれ?
もう絵本の最後のページかい?

「死んじゃえ!死んじゃえ!メトロ!」

はじめに聞こえたのは、忌々しいレディの声さ

ぼくが死んだらハッピーエンドなんて

なんて

ありきたり!わあ!つまんない!

燕くんはもちろん褒めてくれるさ
よく頑張りましたね、ってね
ブーツ先輩も頭を撫でてくれるかも

うんうんぼくってばすごいがんばったよね
ああやっと終わりかあ

ぼくの首を締めるぼく
爪が刺さってチクリと痛い

ああ、ゆめごこち!

それなのになんでこんなにうるさいのさ!

チクタクチクタク時計の音!
もう!
煩くって眠れやしないよ!

「もう!」

ぼく棺から飛び出しちゃう!
あれ?なんだい2人とも、迎えに来てくれのかい?


金白・燕
【DRC】
アドリブ、マスタリングは大歓迎です

2人は違う荷台に乗せられていたのでしょうか
とりあえず私1人で進む他無いようですね

私の死を望む声
誰の声でしょう
…これは、レディ?

貴方に死を望まれるような
存在価値があるのかは定かではありませんが…
もうお仕事は終わりにして良いんですか…?
やっと、やっと
もう俺は、休んで良いのかな?

視界の端でリボンが揺れて
嗅ぎ慣れた薔薇の香りが香った気がして
右手でギリギリと左腕に爪を立てて
違う
煩い、そのレディに似た声で喚くな
煩い煩い煩い
骨兎だって吠えますよ、ええ

あらブーツ、良いところに来てくれました
メトロを、お迎えにいきましょう

(貴方達だけは、私より先に死なせませんから)



●ウサギたちの迷宮
 金白・燕は暫し茫洋と天を仰いでいた。見つめるのは柩の蓋の裏。
 ――予想より、よく眠れました。
 ただ、やはり頭の片隅にある予感に応じて、眼が冴えるのも早い。目覚めは、あまりよくないような。
 それでも短いが充足感のある睡眠だった――などと振り返りつつ、彼は音を探っていた。
「……何の音もしませんね」
 さて、どうしたものか。燕は少しだけ考えた。
 寡黙なブーツ・ライルは兎も角、起き抜けに、にぎやかに間違いないメトロ・トリーの声がない。
 ああ、けれど、だとしても――ゆっくりと蓋を外し、身を起こして、彼はいつもと変わらぬ薄ら笑いをひとり浮かべる。
「2人は違う荷台に乗せられていたのでしょうか――とりあえず私1人で進む他無いようですね」
 何も知らぬ子供では無いのだから、きちんと仕事をしましょうか。
 嘯き立ち上がれば、膝元で役目を終えたとばかり散った花冠をその場において、歩き始めた。

(「――声が聴こえる」)
 死ね、というありきたりなフレーズが反響する。
 丁寧だったり、やたら畏まったり、不遜だったり――でも中身は同じだ。
 ブーツはじっと黙ってその声を聴いていた。
 ――柩から出て、二人の仲間の姿がないことを確認した彼は、ひとりで薔薇園を暫し歩いた後、真っ赤に塗り込められた白い柩に出会った。皮肉な作りに、軽く眉を顰めた瞬間、声が聞こえた。
(「皆、一様に、俺の死を望んでいる……」)
 知っている声も、知らない声も混ざって聞こえる。あの人の声、同僚たちの声――。
 目を閉ざし闇の中に逃避すれば、責め立てる声が頭の中に反響する。厳しい追及の雨を、じっと耐え抜く。
 彼は、まるで石像に変えられてしまったかのように、じっと動かない。苛む声は強弱を付けて、ブーツに死を求めている。
 その姿は、声に耳を傾けているようにも、まったく聴いていないようにも、どちらとも判断出来ぬ様子だった。
 暫くして、深く俯いていたブーツが息を吐く。
「……わかった」
 低く抑えた声音が告げるは了解の一言。然れど、堪え切れず零した、というには、強い意志を宿していた。
 貌を上げる――深く、鮮やかな緋色の瞳で、虚空を睨む。
「――なんて、言うとでも思ったか?」
 嘲笑をひとつ、軽く鼻で笑ってみせる。
(「最早強迫に近い希死願望が心を占めたのは事実――だが」)
 望み通りになってやるものか。そうでなければ、自分は何のために――。
 己は荊を踏み抜き、守るための存在なれば。この程度の苦痛に耐える事など、造作も無い。
「誰に死を望まれようとも関係ない。成すべきことを成す。死ぬのは、少なくとも今じゃない」
 言い放ち、外套を翻す。
 薔薇園の中で、白の外套がひどく眩しい。刹那、ブーツの口元を歪ませたのは、如何なる感情か。
 カツ、と大地を叩いた靴底は、高らかに歌う。傲慢なほど――。
 柩に背を向け、ひとたび、意思を、言葉にする。やらねばならぬことを声に載せる。
「――燕とメトロを、迎えに行く」

 片や、燕もまた二人の姿を捜しながら、散策していた。
 薔薇の庭は静かで、やはり二人の気配はなかった。一筋の道しかないのに不思議と誰とも出会わず、誰の足跡もない。
 出遅れたのとは、また違うのだろうか――そんなことを、考えていた時。
 視界に、赤い柩が入った。薔薇の彫刻が施された蓋が、少し内側を見せるように開いている。
 本来であれば――燕は、仲間との再会を優先してそんなオブジェは無視したはずだ。或いは、ブーツかメトロがその中にいるのではないか、と考えたかもしれぬ。
 けれど、彼は彼のために、目を瞠り――柩へと視線を向けていた。より正確には、ひどく近くから聞こえる声を正確に捉えようと、柩に近づく。
 僅かに開いた隙間へ、燕は耳を寄せた。
 ――死んでおしまい。死んで!
 ――死んでちょうだい!
(「私の死を望む声――誰の声でしょう……これは、レディ?」)
 彼らにおける絶対者を思い浮かべ、燕はふふ、と小さく笑った。
「貴方に死を望まれるような存在価値があるのかは定かではありませんが……もうお仕事は終わりにして良いんですか……?」
 いや、それよりも。
 ――やっと、やっと。もう俺は、休んで良いのかな?
 停まること遅れることを許されぬ業務を守り続ける燕は、はかなく笑う。お許しがでたならば、レディ。いつでもお暇を……。
 魅惑の誘いに、答えてしまおうかと心が揺れる。
 だが、視界の端で、リボンが揺れた。
 此処のものではない、嗅ぎ慣れた薔薇の香り。それが急に、燕の意識を覚醒させる。否、心の半分は未だ甘い死に囚われている。
 ――違う。
 否定の言葉は上擦った。堪えるために、彼は右手で、左腕に爪を立てた。
(「煩い、そのレディに似た声で喚くな」)
 抗うために、叫ぶ。それは声にならぬ。耳を塞ぎたいが、両手は塞がっている。だから、内側に響く声で叫ばねばならない。
(「煩い煩い煩い……! 骨兎だって吠えますよ、ええ」)
 彼の心の具現たるそれが、ぎちぎちと歯を鳴らす。
 怪物らしい咆哮を放って――それを、呼ぶ。
 ぐわんぐわんと、大きな音がした。燕が貌を上げると、柩が横倒しになって、ひっくり返っていた。その傍らには、脚を下ろすブーツがいた。柩を蹴り倒したのだろう。
「大丈夫か、燕」
「……あらブーツ、良いところに来てくれました」
 少々虚を突かれたが、燕は幾分か和らいだ笑みを、彼へ向けた。そんな不安そうな貌をしなくても――思ったが、自分もひどい貌をしているかもしれない。
 だから、血の滲む腕を隠しながら、こう告げた。
「――メトロを、お迎えにいきましょう」
 対するブーツのいらえは短く、力強かった。そう、後はメトロだけ。
(「貴方達だけは、私より先に死なせませんから」)

 ぱち、ぱちと。メトロは目を瞬かせた。
(「あれれ? もう絵本の最後のページかい?」)
 何をしていたか曖昧だ。確か二人と白いおめかしをして『生贄』として柩におさまって運ばれた。
 真っ赤な夢を見ていたら、ふと目が覚めて、なんとも普通な薔薇園だったので、ふらふらと散歩を始めた。夢か現か曖昧だったが、メトロは元から深いことは気にしない。
 そしたら、そしたら!
 忌々しい赤い薔薇を刻み込んだような柩が、口を開いてメトロを誘っていた。
「よりにもよって、ぼくの進路にこんなもの用意するなんて、なんて悪趣味なのさ!」
 ――とか、叫びながら近づいた気がする。
 短絡的に行動するなと、ブーツだったら咎めるだろうが、彼は興味の儘に覗き込む。すると、ガンガンと煩い音が鳴り響く。
『死んじゃえ! 死んじゃえ! メトロ!』
 唐突な警笛よりうるさい――。
 死んじゃえ、おまえなんて、もういらない!
(「忌々しいレディの声――ぼくが死んだらハッピーエンドなんて、なんて――」)
「ありきたり! わあ! つまんない!」
 心底楽しそうに彼ははしゃぐと、柩の中に潜り込んだ。ほぼ無意識だ。自分が何をしているかなど、メトロの自覚の外だ。
 ひんやりとする柩の中で、次に聞こえたのは、燕の声。
『よく頑張りましたね、メトロ』
 優しく穏やかに褒めてくれる。あわせて、ブーツが静かに頭を撫でてくれるような感覚に、耳も一段と下がる。嬉しくて、笑ってしまう。
 ――さあ、だから死んでください。
 促される儘に、メトロは頷く。抗うことなど、一切考えなかった。
「うんうんぼくってばすごいがんばったよね――……ああやっと終わりかあ」
 言いながら、自分の首に指を這わす。
 力を籠めれば、息苦しさの前の爪が刺さって、チクリと痛んだ。
 気にかかったのはそれだけだ。後はいずれ訪れる終わりまで陶然と。褒められ煽てられ罵倒され、締め続ければいい。
(「ああ、ゆめごこち! ……それなのになんでこんなにうるさいのさ!」)
 目を閉じて、何もかもを遮断する。暗闇の向こうで、何かが煩く鳴っている。
 意識を向ければ、なんだか揺れている気もする。
 振動ばかりか、次第に彼の一等不愉快な、耳障りな、大嫌いな時計の音がうるさく響き始める。
(「――チクタクチクタク時計の音! もう! 煩くって眠れやしないよ!」)
「もう!」
 憤りに両手を離して、目の前の扉をどんと押しのけた。
 暗闇が消えて、眩い光が差し込み――、勢いの儘、柩から転がり出る。ひっくり返ったメトロを、白服姿の燕とブーツがじっと覗き込んできた。
 はっ、とメトロは目を大きくし――はてなと、首を傾げた。
「あれ? なんだい2人とも、迎えに来てくれたのかい?」
「ええ、そうですよ、お寝坊さん」
 燕に儚い微笑で言われてしまうと、ごめんよ、と言わざるを得ない。
 ブーツの現実の掌がメトロの頭を軽く撫でた。ヴェールがずれないように、ぽんと触れる程度であるが。
「柩はお前たちには似合わない」
 彼は穏やかに――しかし強く断言すると、先へと続く道へ外套を翻し、導くように、踏み出した。
「おいで。――共に、往こう」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ジャハル・アルムリフ
師父(f00123)と逸れ
好奇心旺盛な師は何処やら
そう離れては居るまいと
預けた仔蛇の感覚頼りに

覗いた柩はがらんどうの外れ
それどころか
なんだこれは
…煩い
力任せに柩を蹴転がして花を追う

ああ、煩い
着いてくるな
折角遠ざけた、心算でいたというに

手に手をとって彷徨った
あの片割れは何処へ消えた
顔も、声も憶えておらぬ
身勝手にさいわいばかりを享受する
薄情者は
卑怯者は
―――

溢れかけた言葉を自らの羽搏きで打ち消し
花咲く垣に引っ掛けながら低空を翔ける
棘の感触が今は、むしろ心地好く
見出した燦めきへ墜ちる様に急降下
…また見失ってはと急いだまで
師父こそ、顔色が悪いのではないか

道しるべの傍らでは
あの声からも耳を塞げる気がして


アルバ・アルフライラ
ジジ(f00995)と
居心地の悪い柩より脱し、周囲を探る
水のせせらぎ、流るる薔薇の芳香
ジジの姿は見えんが…待つ間も惜しい
心配はしておらぬ
――彼奴は、何れ我が前に現れよう

常に警戒は怠らず、敵地を捜索
囁かれる声をくだらぬと口先では一蹴出来ようと
擡げる願いはそうそう断ち切れるものではない
…心の何処かで願っていた事だからこそ、殊更に
生き残ってしまった己に
復讐の鬼と化した己に
生きる資格があると、誰が証明出来よう?

頭を抱え、蹲れど
刹那聞こえた羽搏きに顔を上げる
……ジジ?
お前、その翼は如何した
茨で傷付く白亜を魔力の糸で治療
全く無茶をしおって
小言を叩きつつも――不思議と
己を苛んでいた声は、遠ざかるかも知れない



●星の導
 ――結局、普通に眠ってしまった。
 魔術の問題ではなく、従者の指摘どおり、普段の不摂生が祟ったことのだろうが――、その事実を密かに呪いつつアルバ・アルフライラはつまらなさそうに自分の衣装と、毛先を整えた。
 眠っていた間に、何か問題も起こっていないようだ。あれば、従者が駆けつけているはずであるし、あれも何か術をつけていたはずだ。
「ジジの姿は見えんが……待つ間も惜しい――彼奴は、何れ我が前に現れよう」
 心配はしておらぬ。
 別れ際の表情を思い出す――あれももうそこまで子供では無いのだと、不思議な寂寥を覚えた。誇るべきであろう。そうであろうよ、小さく零して、アルバは立ち上がる。
 常であれば伴にある仕込み杖も、ひとまずは呼ばず、その身ひとつで歩き始めた。
 さて、辿り着いた薔薇園は、彼からすると、何の変哲も無い普通の薔薇園であった。花にも水路にも罠も、魔術の気配もない。地道に作り上げた薔薇の園。
 薔薇は地元のものを整えたとしても、この規模となると、なかなか根気強く作り上げたものだ。
 だが、それらはアルバの気を引くに足りぬ。足るとすれば――薔薇が咲き誇る角の下、堂と横たわる黒檀の柩。荘厳なる彫り細工を重ねた、ちょっとした祭殿のような意匠。
 詳細よりも、それが放つ魔力の気配に、彼は朱で染めた指先を顎に当てた。
 ――眠りましょう。
 ――此処で、永遠に。
 囁きかけてくる言葉と、魔術を以て身を守るアルバの躰をも搦め捕るような衝動。
(「幻惑……花冠といい、本当に、狡い小物を配置するものよ」)
 警戒を緩めたわけではない。ゆえに平静を保って、抗える。
「くだらぬ」
 にべもなく、冷笑を向けた――つもりだった。
 だが、ふと首を擡げる願いが、アルバの心に楔を打ち込む。
 ――死んでしまった方が良いのではないか。
 そう思った事は無いなどと、言えぬ。
 漣が何処までも広がり湖面を乱すように、『死』が思考を蝕む。
(「心の何処かで願っていた事だからこそ、殊更に……」)
 生き残ってしまった己に。
 復讐の鬼と化した己に。
 ――生きる資格があると、誰が証明出来よう?
「……愚かな」
 堰を切ったように流れ出す心に、頭を抱え――アルバは膝を着いた。

 ――片や。
「好奇心旺盛な師は何処やら」
 慎重に馬車を追ってきたジャハル・アルムリフは、ひらりと庭園の片隅に降り立った。
 外套を引き上げて身を隠すにも、この薔薇園は鮮やかすぎる――まあ、客を追い返す積もりはないようだから、堂々と歩いて構わなかろう。
 ジャハルが師に付けている半透明の蛇は、無事の到着を知らせている。
 それと彼は五感を共有してはいるが、具体的に此処だと示す材料は少ない。何せ、ずっと同じ風景が続いている――極力、近い所に降りたと思うのだが。
「そう離れては居るまい」
 黒瞳を細めて、大股にざくざくと歩き出す。はてさて、此処には抜け殻のような柩がいくつか置いてあった。
 荷台にある白木のそれは、師や猟兵が収まっていたものだろう。
 投げ出されたように放置された柩は、そこを辿った猟兵があるのだろうか。
(「墓場のようだ……柩の墓場、というのも面妖であるが」)
 或いは、その状態が――ジャハルを迎える柩の在り方だったのかもしれぬ。
 どれもこれも寂れて傷付いたような形をしている中央に、輝く柩があった。星の輝きを散りばめたような、空色の柩。アルバの髪を思わせる色に惹かれ、よもやと思い中を覗いた。
 ――中には、何も無かった。
 そして、何も無い事に、ジャハルは奇妙なほど胸が騒いだ。
 何もないのに。それどころか――。
「なんだこれは……煩い」
 覗いた柩から。同時に周囲に散らばる柩から、次々と声が聞こえてくる。
 それは直接的な、死の暗示。
 ……どうして、どこへ、惑い不安そうな声。
「ああ、煩い。着いてくるな」
 ――折角遠ざけた、心算でいたというに。
 とおく、とおい記憶が、不意に襲ってくる。

 ――手に手をとって彷徨った……あの片割れは何処へ消えた。

 だが、顔も声も、ジャハルは憶えていない。
 その日の光景だけが、茫洋と浮かんで、そんなことがあったのだと疵を刻みつける。
 忘れて、安穏と日々を過ごし。

 ――身勝手にさいわいばかりを享受する……。
 薄情者は。
 卑怯者は。

 誰が喋っているのか、最初はわからなかった。乾く唇と、ひりつく喉に、ジャハルは険しい表情を浮かべると、一度は仕舞った翼を乱暴に開き、羽ばたいた。
 それは、不格好な跳躍であった。
 高々数メートルの垣に身を叩きつけながら、彼はゆらゆらと定まらぬ飛行をする。やたらと羽ばたいて、碌に浮上出来ず。棘に傷付きながら、もつれるように飛んでいく。
 いっそ痛みが心地好かった。
 時間も距離も、彼の中では失われていた。ただ、ひとつの光を求めて、彷徨う。
(「――……ああ」)
 だから、その燦めきに安堵した。どんなに小さくとも、見逃さぬであろう、星。

 バサッ、羽ばたきの音と、吹きつける風圧に、縮こまって耐えていたアルバが貌を上げた。
「……ジジ?」
 名を呼べば、答えるように――従者は落下してきた。
 アルバが見つめる先の柩に、黒き竜騎士は『墜落』して、それを破壊した。結果は兎も角、すっかり呪縛を忘れたアルバは少しの距離を慌てて詰める。
 ジャハルはすぐに身を起こしたが、全身に――翼にまで荊のひっかき傷が走って、酷い有様だった。道中で野犬にでも襲われたのかと問いたくなる。
「お前、その翼は如何した」
「また見失ってはと急いだまで」
 案ずる師の問いに、彼は無表情を繕い、告げる。決して、嘘を告げた憶えはない。偽らざる本心に違いない。
 その物言いに、アルバは小さな嘆息をひとつ、
「――全く無茶をしおって」
 じっとしておれ、と告げると、その疵を癒やそうと白亜を魔力の糸を紡ぎ始める。
「師父こそ、顔色が悪いのではないか」
「言えた口か」
 今度はジャハルが師の身を案じてみれば、微笑み混じりに、お叱りを喰らう。
 それでも自然と、眉間に籠もった力が抜けた――あの煩い声は、もう聞こえない。
 道しるべの傍らであれば、何も――ジャハルは目を細め。
 いつまでも手が掛かる、小言と笑みを向け、彼の治療に勤しむアルバにも――苛む声は、もう届かなかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

コノハ・ライゼ
綺麗ネ、ナンて呟いて水路を行く

水音に混じり名を呼ばれた気がした、けれどその名ははっきりせず
気付けば目の前にある棺に目を凝らす
此処に居る、ずっと待っていたと囁く声は優しく温かく呼ぶよう

忍ばせたナイフで喉を裂けば、この棺に入れるの?
そうすれば、ああ、あの人と共に――

己に突き付けたナイフを強く握った所で掌の痛みに気付く
些か煩わしく思い目を遣れば、目に入るのは持ち込んだ馴染む得物たち
記憶の始まりと共に自分へ命を与え続けた刃
自分を認める勇気をくれた小さき恩人に似せた鍵の指輪
共に在った、自分である証たち

ああそうだ、と今一度強く握り締めナイフ振り上げ棺へと突き刺すわ
ザンネン、そう簡単にくれてやるものですか



●そして、牙を研ぐ
 到着の気配を、コノハ・ライゼは鋭敏に察した。握る掌の痛みは随分鈍くなったが、彼の一念は通じて、意識は維持されていた。
 面白みのない道中ではあったが、ひとつひとつの荷台を切り離していく際の気配は不思議だった。
 布擦れの音がかさかさと羽をすり合わせるような――。
 まあ、実際は、何の音も聞こえなくなるまで待ってから身を起こしたので、その正体は掴めなかったのだが。
 いずれ解る事。吸血鬼を倒す障害にさえならなければ、コノハにとっても周囲の移ろう存在など、どうでもよかった。
 星空の下、宵闇の世界でも所々輝く照明に照らされ、緑が鮮やかだった。花を誰かに見せるためだろうか――それとも、手入れをするためだろうか。
「綺麗ネ」
 本心か、虚言か。慣れぬ衣装の儘ではあるが、彼は歩き始めた。
 さらさらと水が流れる音だけを道連れに、ひとつしかない道を征く。辺りには誰の気配もせぬ――のだが、不意にコノハは天を仰いだ。
 やはり、誰もいない。
 だが、彼は脚を止めた。
 ――……。
 名前を呼ばれた気がして、彼は薄氷の瞳を細め乍ら、じっくりと周囲を眺める。誰の名を、誰が何がどう呼んだのか。
 ただの幻聴とは思えない。飄々としているように見せ、慎重に警戒するのが生来の気質なのだ。数歩、慎重に進んだ時――つと視界に入った柩から、目が離せなくなった。
 それは、七色を混ぜた硝子の柩だった。オーロラのように輝く美しい表面の細工が大きく弧を描いている。一見、螺鈿のようだが、透き通っているからには硝子だろう。
 コノハは警戒するように、低く身構えた――その時。優しく囁く声に、耳を聳てていた。
 ――此処に居る。ずっと待っていた……。
 声がした。
 温かく、コノハを呼ぶ声が。
「……――?」
 驚く程あっさりと、彼は警戒を解いて、確かめるように何かを発したが、誰にも聞こえなかった。
 柩にゆっくりと近づく。其れは再度、待っていた、一緒にいこうと囁いてくる。
 どうやって。コノハの裡に浮かんだ疑問に答えるよう、袖の下に忍ばせたナイフが妙に熱を帯びて存在を知らしめてきた。慣れた手付きで、彼はそれを手にする。
 刃はいつでも研ぎ澄まされていて、欲深く、美しく輝いている。
(「これで喉を裂けば、この棺に入れるの? ……そうすれば、ああ、あの人と共に――」)
 自然と、何の疑問もなく、コノハは鋒を喉元に当てていた。不思議なほど、穏やかで心地よかった。これが正解だと安堵する。
 子供のように両手で柄を握り、力を籠めようとした刹那。
 ぴり、と痛んだのは、先刻傷つけていた掌だった。
 ――邪魔だ、煩わしい。
 一瞬、そんな気分で忌々しく視線をおろせば――コノハが持ち込んだ、馴染む得物たちが目に飛び込んでくる。
 どれもこれも、触れずとも感触を思い出すような。そして様々な思い出をもつ牙。
(「記憶の始まりと共に自分へ命を与え続けた刃――自分を認める勇気をくれた小さき恩人に似せた鍵の指輪……共に在った、自分である証たち――」)
 自分はかれらを置いて、何を、しようとしていたのだろう。
「ああ、そうだ」
 自虐的に、然れど凄絶にコノハは微笑んだ。
 柩に映る自分は強く、凛々しく笑っている。その内部の混沌としたものを、一切見せぬように。小さく舌を出してみる。
 今一度、強くナイフを握る。今度は何処も痛まなかった。
 軽やかに腕を撓らせれば、硝子で出来た柩の中央に、見事に刺さった。
「ザンネン、そう簡単にくれてやるものですか」
 コレは餞別よ――嘯いて、コノハは微笑んだ儘、歩き出す。
 この薔薇の園の最奥に、この悪趣味を極めた吸血鬼が待っている。生贄達の心を、問うために。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『葬華卿』

POW   :    剪定は丁寧に
【美しく相手を仕留める情念】を籠めた【巨大化させた鋏】による一撃で、肉体を傷つけずに対象の【生命の根源】のみを攻撃する。
SPD   :    君よ永遠に
【柩から放たれる無数の蒼き花弁】が命中した対象にダメージを与えるが、外れても地形【を麻痺毒の芳香で埋め尽くし】、その上に立つ自身の戦闘力を高める。
WIZ   :    蒐集の心得
自身が【好奇心】を感じると、レベル×1体の【生命力のみを啜る蒼き花々】が召喚される。生命力のみを啜る蒼き花々は好奇心を与えた対象を追跡し、攻撃する。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠黒蛇・宵蔭です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●矜持
 不作法を働く手脚などいらぬ。
 喧しく囀る声などいらぬ。
 不快な感情を灯す瞳も、表情も、全てが無為だ。
 腐敗を呼ぶ熱も、無粋に色を作る血も、只ひたすらおぞましい。
 永遠なる静寂を得たその姿こそ――最も美しい。

 硝子、鉄、白木――様々な柩を誂えて、その中心に眠りを迎えたものを添える。
 似合うように花をおく。色を統一することもあれば、折々混ぜ込むこともある。花の種類も数多用意し、構想に時間をおく。
 膚がもつ本来の色や、髪の色つや。纏う衣装に、こちらが付け加える装飾と。
 私自ら手塩に掛けた花々が、生きるように。
 その裡に彩られたおまえ達は、それでようやく完璧である――そうあるべきと、生まれたのだから。
 案ずるな、私が綺麗に再構成してやろう。

●忘れられた庭にて
 薔薇園を抜けると、またしても薔薇の庭園。荊が巻き付けるように囲う、粗末な小屋だ。
 黒い羽をもち、黒い薔薇を白い髪に咲かせた若い女が、猟兵達を胡乱そうに見つめた。気配からして、彼女が使い役だったのだろう。外套を捨て去れば、村で借りた衣裳によく似たものを身につけている。
「この辺りでは、この薔薇しか咲かぬそうだ」
 青髪の吸血鬼は、しゃきんと何かを断ちながら、誰にでも無く話しかけた。
「そして、この薔薇は何を栄養にして咲いていると思う?」
 しゃきん、またひとつを落とす。
 彼の近くにはひとつの柩。その中に、吟味して摘み取った薔薇を敷き詰めているようだ。
 猟兵たちのいらえを吸血鬼は待たなかった。
「人の死体だよ。この娘、迷い込んだ人間を薔薇の栄養にするらしい。だが、最初に彼女を栄養にと棄てたのは、件の村の人々らしい――私にはどうでもいいことだが」
 しゃきん。
 ――ほら、肉の色に似ている。
 切り落とした薔薇を手に、ゆっくりと、彼は振り返る。
「ふむ、なかなか色とりどりで結構。おまえ達の性根など作品の色に関わるものではない――最高の素材を集めて最高の作品を作るなど凡庸。どんな素材であれ、美しくするのが芸術家というもの」
 あの柩は、つまりは生け替えのようなもの。色々と宛がい試して、大体構想は出来たと葬華卿はひとり語りを続けて、不意に女を見た。
「おまえの柩も用意できている。ご苦労だったな。さて、どちらが先がいいだろう」
「光栄です」
 恭しく女は頭を下げた。彼女は多くを語らぬが、いつでもこの頸を、そんな様子だ。
「次の邂逅にこそ、我が作品で燎のを感嘆させねばならない。できれば無駄な抵抗はせず、柩に収まって貰いたいものだ」
 微笑を向けて、勝手な事を言う。然れど、彼もまた猟兵たちのいらえなど、解っているというように、殺気を隠さなかった。
「構わない。反骨も、殺意も、我が作品を彩る花なのだから」

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プレイング受付
 7月3日(金)8:31~6日(月)中
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リオネル・エコーズ
寝心地悪くなかったし
眠る時だけなら柩に収まってもいいかな
でも神様と――死と結ばれる気はないんだ
そういう日がいつか必ず来るとしても
それは今日じゃない
今日だとしたら
俺はそれを全力で木っ端微塵にするよ

笑って宣戦布告と一緒にオーラ防御を
…あの女の人は今日である事を望んでるみたいだ
ここの薔薇が死体で育つように
人の育つ環境は人によって色々
俺から言えるのは、ごめんねの一言くらい
だって俺は
彼女の望みを絶つ一因になる

数には数で対抗
放たれた花の軌道を落ち着いて見て、流星を叩き込むよ
花を撃ち抜いて
勿論吸血鬼の彼にも流星を
落としきれなかった花があれば翼を広げて上へ

俺は、帰るんだ
だから
ここで散るわけにはいかない


双代・雅一
雪音さん(f17695)と

成る程、血を吸うのはヴァンパイアに限らず、か
生け花は詳しくないけど、いけ好かない作品だとは感じるな

雪音さんの放つ薔薇の鎖に合わせて俺も氷の矢を放つ
青い花か。だがその中に薔薇はあったかな?
確実に向こうの好奇心を呼び醒ましそうだけど、俺も好奇心で動いているし、まぁ仕方あるまい
花々は一つ一つ矢で射落とす
氷のハーバリウムなんて如何だろう

魂は天に、肉体は地に
餞の花は一瞬で良い
亡骸は何時までもあって良いものじゃないな
氷矢の着弾点には氷花が咲き、薔薇は凍り砕けよう

黒薔薇のお嬢は視界に入れるもそれきり
巻き添えを受けて死にたいなら別だがな
いずれにせよ、彼の作品とやらに成る事はさせないさ


御乃森・雪音
アドリブ歓迎
雅一(氷鏡・f19412)と同行。

人を糧に咲く薔薇の庭園ねぇ、此処が貴方達の終焉の地。終わらせてみせるわ、これ以上犠牲は出させない。
「…そんなもので芸術家を名乗ろうなんて…呆れるわ」
攻撃は雅一と動きを合わせるように気を付けるわね。
【La danza della rosa blu】普段の動きとは違い、着ている衣装に合わせて柔らかく舞い、まっすぐに手を差し伸べる。
青薔薇の鎖を生み出す歌は此の場と貴方たちに捧げる葬送と鎮魂の歌を。
「…薔薇には薔薇を…そして続くのは何かしら?」

黒薔薇のお嬢さんには一寸下がっていてもらおうかしら。
今貴女の相手をする気はないの。



●結ぶ青薔薇、瞬刻のハーバリウム
 大きな青の双眸が、ゆっくりと瞬いた。この状況を確りと理解するように。
「人を糧に咲く薔薇の庭園ねぇ、此処が貴方達の終焉の地。終わらせてみせるわ、これ以上犠牲は出させない」
 そして、何処までも真っ直ぐと、御乃森・雪音は吸血鬼を捉える。
 剪った薔薇を手に、葬華卿は余裕のある笑みを浮かべていた。
「成る程、血を吸うのはヴァンパイアに限らず、か。生け花は詳しくないけど、いけ好かない作品だとは感じるな」
 すっと細められた双眸は、氷が如く。双代・雅一の声音も凍えたように冷ややかに耳を打つ。
 わざわざ彼の表情を見ずとも、そこに憤りが潜んでいるのは、解る。雪音も同じだ。怒りというよりは、そんなものが、という不快感とでもいおうか。
「……そんなもので芸術家を名乗ろうなんて……呆れるわ」
「理解し合おうとは思わない。これは、我々の世界でも分かれる趣向ゆえ、言われ慣れている」
 雪音の言葉に、吸血鬼は笑った。
「ゆえに、競う相手はただひとり」
 くしゃりと薔薇を握り潰して、それは此処では無い何処かへと視線を向けた。攻撃の好機とも取れるのに、妙に薄ら寒いものを感じた。
「くだらない事に巻き込まないで貰いたいな――雪音さん」
 嘆息一つ、雅一が槍を手に駆け出す。
 ぽっかりと空いた舞台は、彼女のために。瞬きひとつ、雪音は戦闘に心を切り替えて――然れど優美に指先を、誘うように伸ばした。
「次のパートナーは貴方かしら?」
 挑むように微笑んで、唇が紡ぐは、葬送と鎮魂の歌。
 旋律が青薔薇となりて鎖となる。黒髪を艶やかに従え、色とりどりの帯を魅せるような、柔らかな舞踏に合わせて雪音はそれを差し向ける――。
「青い花か。だがその中に薔薇はあったかな?」
 問い掛けたるは、雅一。背後より静謐なる歌声が響き、自在に鎖がしなる。
 愉快そうに、吸血鬼は二人を見やり、青き花々を呼び起こす。意志を持って旋回する花弁が、視界を埋め尽くす。
「どうやら、花を繰るものたちと競う運命にあるらしいな」
 好奇の呼び水になってしまっただろうか、嘯き、雅一は口の端に笑みを載せた。
「俺も好奇心で動いているし、まぁ仕方あるまい――少し頭を冷やして差し上げようか」
 先触れを軽く槍でいなすと、指先を斜めに振り下ろす。
 見える力は、そこになく。そこにあるものに、念氷結能力を働かせれば、大気を凍らせた矢が走る。
 それが射貫いた瞬間より、花々が凍っていく。宙に氷漬けの花々を咲かせながら、雅一は吸血鬼を見据えた。
「氷のハーバリウムなんて如何だろう」
「それはいいな、今度試してみよう」
 しれっと吸血鬼が言うのに、苦笑を落とし、冷徹に告げる。
「今度なんて無いけどな」
 彼は雪音を庇うように立ち回りに意識を向ける。滑らかに舞う青薔薇の娘は、鎖を巧く手繰り、吸血鬼を追い込もうとしている。
 鎮魂の祈りに合わせ、彼は軽く目を瞑る。
「魂は天に、肉体は地に――餞の花は一瞬で良い」
 亡骸は何時までもあって良いものじゃないと、凍り付かせた花々は地で砕け散る。
 吸血鬼の膚を裂きながら散りゆく花々は、儚くも美しかった。それでいい、と彼は思い――刹那と空いた間を繋ぐは、青薔薇の鎖。
「……薔薇には薔薇を……そして続くのは何かしら?」
 歌の合間に、雪音が問う。
 しゃんと鎖が吸血鬼の腕を巻き取り、開く。そこへ、雅一が槍を手に踏み込んだ。双方が交錯する度に、氷を散らし、朱と混ざる。

 さて、吸血鬼と猟兵たちの戦いを前に、いかんとも動けぬ娘がいた。ただのオラトリオであれば、神秘を繰る力もない。ゆえに、口を挟む事も叶わぬ――居場所に困惑しつつ、その身を盾と差し出すことも、難しいのは完全に外に置かれているからであろう。
 微塵とでも動けば、猟兵の視線なき視線に絡められ、それ以上前には行けぬ。
 どいていて、と突き放すように雪音が告げる。
「今貴女の相手をする気はないの」
 ちらりと一瞥だけくれた雅一の言葉に、黒い翼の娘はどんな表情を浮かべただろうか。
「いずれにせよ、彼の作品とやらに成る事はさせないさ」
 伸びやかに前へと駆る彼の背を見つめ、ぐ、と彼女は息を詰めた。青ざめた顔がもつ感情は良く解らない。そして、続き、その傍らを過ぎる宵暁の青年もまた、一言残して行った。
「ごめんね」

●七彩の流星
 ふふ、と微かに笑みをこぼした彼は、柩を見やる。此処にもいくつかの柩がある――収まるものを待つ華美なそれぞれ。
「寝心地悪くなかったし、眠る時だけなら柩に収まってもいいかな」
 ひたりと寄り添う深淵のような静寂は、柩だったからこそか。
 先刻を思いだし、リオネル・エコーズは穏やかに双眸を細めた。
「でも神様と――死と結ばれる気はないんだ……そういう日がいつか必ず来るとしても、それは今日じゃない」
 さりとて、許容するつもりはない。相手もそれは理解しているようで、リオネルの前に警戒を解くこともない――どちらを選んだところで、葬華卿のやりかたは同じなのかもしれない。
 ふと、視線の片隅に、黒い翼と薔薇が映る。強ばって震えているのは、恐怖からではないだろう――否、怖れている。
(「あの女の人は今日である事を望んでるみたいだ――」)
 そして、出来るならば、あの吸血鬼の作品となって、眠りたいと考えている。
 此処の薔薇は、死体で育つとあの男は謂った。彼女の過去に何があったのか、リオネルは知る由もなく、敢えて知り合う必要もないのだろうけれど。
 ――人の育つ環境は人によって色々。そして、向かう先も、望みも、様々。
「ごめんね」
 だからリオネルは、その隣を駆け抜ける折に、ただ一言、それだけ告げた。
(「だって俺は彼女の望みを絶つ一因になる」)
 それだけは、確かなことだ。でも、譲るつもりは、ない。
「今日だとしたら、俺はそれを全力で木っ端微塵にするよ」
 宣戦布告は、朗と響いた。
 自我を保つために使った短剣すら、今は不要。生きて、戦う。あの日から続く今日、明日に繋ぐために前へと進むのみ。
「希望に目覚めし金糸雀、か。死体は声を放たぬが――面白そうではあるな」
 さて、此処に至って、吸血鬼は吟味するように彼を見た。
 猟兵たちと立ち会い、傷付きながらも――彼の思考は、その一点にしかないようだ。かつ、素材として深いを興味を抱いたならば、花はどこからともなく浮き立つ。
 無数の青い花が、リオネルの視界を埋めるように広がり、襲い来る。
 すっと息を吸い、放つ一声はのびやかに。
「さあご覧、宙(そら)の使者のお通りだ!」
 闇を照らす輝きと共に、七彩の尾を引く流星が降り注ぐ。
 色とりどりの放射に、小さき青は、次々と散っていく。それでも残った追跡を逃れるべく、リオネルは地を蹴ると、軽く羽ばたき、空へ逃れる。
 青き花弁は諦めず追いすがるが、彼は流星を差し向け次々と打ち破る。さすれば星は、そのまま地上の吸血鬼まで貫き通す。
 薔薇を穿ち、垣を削り、美しき星の矢は哀しき庭を蹂躙する。
「俺は、帰るんだ。だから――ここで散るわけにはいかない」
 頭上より見る猟兵たちが紡ぐ折々の力が眩しくて――翼を広げた儘、リオネルはそっと目蓋を伏せた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ユエ・イブリス
似たような作品を思い出した
あの技師は私の瞳を、惑わしの柘榴石となぞらえた
「尤も、何処ぞで野垂れ死んだろうがね」

柩を花器に見立てるか、中々面白い趣向ではある
だが、残念だが好みではない
美しいものが視られるかと、愉しみにしていたというのに

生あるものの美は、笑い喜び、憤り嘆く命にこそ宿る
素材を選ばず造り上げる腕は大したものだね
干からびた皮と花を飾り立て
選ぶ目があったならば、もっと――
これは失敬、気を悪くしたかい
「命の美を作品に活かしていた、あの技師(マイスター)のほうが」
余程見る目があったと私は思う

天より降りるは我が分け身
薔薇を根こそぎ凍えさせよ
衣装を傷つけてはいけないよ
気丈な娘の窓辺に返すのだから



●凍てつくし庭にて
「ああ、似たような作品を見た記憶がある――」
 人の身であれば、地へと引き込む力に逆らい、ユエ・イブリスの薄き羽は輝くものを落とすように軽く羽ばたいた。
 戦場を無視して、覗き込むは吸血鬼の作品。いわゆる『美しく』眠る人々。
「……雇われの技師だったが、私の瞳を、惑わしの柘榴石となぞらえた」
 記憶を辿るように双眸を細めた後、ユエは白い貌に残酷なまでに妖美な笑みを、ひとたび浮かべた。
「尤も、何処ぞで野垂れ死んだろうがね」
 そんなユエを見据えた眼差しは、煩わしい羽虫を見るように――でもない。葬華卿は、彼が語り終えておらぬと解っており、次に何を告げるのかを待っていた。
 ならば遠慮無くと、妖精は続ける。
「生あるものの美は、笑い喜び、憤り嘆く命にこそ宿る。素材を選ばず造り上げる腕は大したものだが、選ぶ目があったならば、もっと――『命の美を、そのまま作品に活かしていた』……ああ、あの『技師(マイスター)』のほうが、余程見る目があった」
 人の子の方が、優れていた。
 彼ははっきりとそう告げて、吸血鬼を見下ろす。
 これは失敬、気を悪くしたかい、――尋ねるユエの声音は空々しい。
 ただ吸血鬼は肩を竦めただけだ。剣呑な色が深まったという様子も無い。
「誰が怒ろうか。芸術家は、作品は、批評をうけるものだ。辛辣な事もあるだろう。到底芸術などとはいわぬと誹られることもあろう――然し、受け入れるとは限らない」
 微笑みを浮かべた。然し、それは一歩も歩み寄らぬことを示す表情だ。
 ユエとて、殊勝なる改心を求めていない。
「それはよい心掛けだ」
 冷ややかに告げるなり、魔力を紡ぐ。
「友よ、最果ての白き姫よ」
 薔薇を根こそぎ凍えさせよ――喚ばれた、ユエによく似た容貌の雪の娘は、常の氷河の蒼の打掛ではなく、村の娘から借り受けた衣装を纏っていた。
「衣装を傷つけてはいけないよ――気丈な娘の窓辺に返すのだから」
 主の言いつけに、氷姫は艶美と微笑むと薄い唇をとがらせ、ふうっと吹きつけた。広がる絶対零度の吐息は、深き翠の庭に、うっすらと白を刷いていく。
 対抗に撃ち出された青き花弁も、また同じく。薄氷を纏って、硬質な音を立てて割れていく。
 氷の花が降り注ぐ最中で、逃れるように浮遊し、白い息を見せる吸血鬼に向け、ユエは嘯く。奪えるものなら、奪ってみせよと。
 形こそどれほど美しくとも、その命の在り方まで、柩の中には再現できぬであろうから。

大成功 🔵​🔵​🔵​

終夜・嵐吾
せーちゃん(f00502)と

んぁ、趣味の悪いもんじゃな…
薔薇は確かに見事じゃが、それと美しいはまた別じゃろ
死して薔薇の糧になる気も、柩に納められる気もなくての
せーちゃんは大人しく納められるか?
それともわしと一緒に暴れるか、などと聞く間でもないか
は、そうじゃね、箱が箱に納められるとは滑稽な話じゃ

殺気は心地良くもあるがそれに伏せる気も、彩る花になる気もない
わしにはここに咲く花よりもっと美しく強いものが友におるしの
この場にあつらえるなら薔薇の花弁じゃろか
汝の気に入らんもの斬り裂いてええよ、虚
虚に好きにさせても、せーちゃんは上手に避けるじゃろし
きっとそれも楽しかろて
隙あれば、合わせて一層深く一撃を


筧・清史郎
らんらん(f05366)と

俺は元々箱だからな
箱が箱に納められるというのも滑稽な話ではないか?
趣味が合うとも、残念だが思えないしな
薔薇も確かに美しいが、俺を彩なす花は生憎薔薇ではない
何より、大人しく横たわり飾られるだけではつまらないからな
さあ、らんらん。吸血鬼と遊ぼうか

その巨大な鋏では、花は断てても花弁を断つ事はできまい
花霞の如き残像に紛れる様に敵を翻弄
予備動作も大きいだろう鋏の一撃を確りと見切り躱す
ああ勿論、虚には好きに動いて貰って構わない
俺も好きにする(微笑み

敵に隙生じたら友と連携し一気に攻め込もう
意識せずとも互いの動きはよく分かっているからな
さあ、今度は俺が桜花弁の刃でその身を飾ってやろう



●鬼遊び
「んぁ、趣味の悪いもんじゃな……」
 無造作に髪を掻き交ぜ、終夜・嵐吾は茫洋と敵を見やった。
 星が輝く宵闇と、緑と、薄紅の薔薇。その中央に立つ彼ら。意味を持って立てかけられた柩たち。誂えられた舞台は妙に演劇めいていた。
 然れど。
「薔薇は確かに見事じゃが、それと美しいはまた別じゃろ――死して薔薇の糧になる気も、柩に納められる気もなくての」
 欠伸混じりの溜息をひとつ、彼は零して、なぁ、と隣り合う友に尋ねる。
「せーちゃんは大人しく納められるか?」
 問われた方は、軽く肩を竦めた。桜の香りがふわりとたって、嵐吾の鼻をくすぐる。まあ、彼には彼の大事な花が傍にあるのだが、それとは別に、心地好い匂いであった。
「俺は元々箱だからな。箱が箱に納められるというのも滑稽な話ではないか?」
 青に桜舞う扇で口元を覆った筧・清史郎が、笑みに双眸を細めてみせた。笑ってはいるが、笑える話だとは一切考えておらぬような、鋭い光を赤き瞳は宿していた。
「薔薇も確かに美しいが、俺を彩なす花は生憎薔薇ではない。何より、大人しく横たわり飾られるだけではつまらないからな」
 趣味が合うとも、残念だが思えないしな――しゃんと扇を閉ざして、袖を翻す。軽い身じろぎ、それで充分、彼の意志は伝わった。柔らかに笑って、嵐吾は頷いた。
「は、そうじゃね、箱が箱に納められるとは滑稽な話じゃ」
 さわさわと、右目のあたりが騒ぐ。晴れやかに笑った清史郎が、誘うように手を叩く。遊戯の時間だと告げるように。
「さあ、らんらん。吸血鬼と遊ぼうか」
 指先が、下げた柄をなぞり滑る。
 かたや吸血鬼も、まんざらではないように微笑んだ。片手に鋏、片手に柩の表を撫でると、二人の意志など、大した問題ではないと言う。
「箱の中の箱、それは味なる絵を作るであろうよ」
 動く。
 先に、清史郎が絢爛なる衣を軽々捌いて、距離を詰める。桜花が舞うような残像と共に、彼は鞘から蒼き刀を抜き払い、初撃を向ける。がつりと噛み合うは、柩の側面。細腕で軽々重い柩を盾にする。成る程、吸血鬼らしい。葬華卿を挑発するように、清史郎はじいとその顔を眺めて、後ろへ跳ぶ。
 吸血鬼の掌から、青き花弁がこぼれゆく。涼しげな色の花々は、二人を追うように風を紡いで纏わり付く。
「元が何であれ――おまえ達は皆、限りある身であろう。この柩と共に、憂いも無く、朽ちることもなく。この世界の果てまで、連れていこうというもの」
 そして問いかける。何故、抗うと――別段、肯定的ないらえを期待するような声音では無かった。
「そういう終わりも面白いと思わぬこともないんじゃが――」
 今でも無いし、吸血鬼の厚意などに甘えるつもりもない。腕組み、奥に立ち尽くす儘の嵐吾はあっけらかんと突き放す。
 向けられる殺気が心地好いと、彼の中で渦巻く何かが期待に震える。
「それに伏せる気も、彩る花になる気もない――わしにはここに咲く花よりもっと美しく強いものが友におるしの」
 強く薫る花の香、軽く目を瞑れば、鮮やかに侵食するそれらに、像を与える。
 この場にあつらえるなら薔薇の花弁じゃろか、ささめき、招く。
「――頽れよ」
 その一声で、解き放たれた薔薇の花弁が青い花々に挑むように走る――。
「汝の気に入らんもの斬り裂いてええよ、虚」
 ふわり、彼の灰青を躍らせて、入り乱れる花々が、あらぬ飆を起こす。いずれも害する力を備える花嵐、その中央で吸血鬼と、清史郎は対峙しているわけであるが。
「せーちゃんなら、巧くやるじゃろ」
 無差別に襲うわけで無し――信頼に裏打ちされた彼の軽い言葉へと、返答もまた軽やかであった。
「ああ勿論、虚には好きに動いて貰って構わない――俺も好きにする」
 青と緋の混じる最中で、清史郎は笑みを深め、蒼刃を閃かせた。
 これは豪勢な演舞となりそうじゃ、朗らかな笑声を、嵐吾はたてた。
「きっとそれも楽しかろて」
 応えるように、燦たる薔薇が両者の間を埋める。視界と自由を奪われ、吸血鬼は微かに表情を歪めるが、彼はすかさず鋏を巨大化させて、対峙する清史郎に向かう。
 向けられた方は、合わせる剣戟を緩めることはなく、
「その巨大な鋏では、花は断てても花弁を断つ事はできまい」
 笑って言う。
「ああ、元より、この鋏にそんな力はないとも」
 花を、剣先を、躱す事なく擦り抜けて、敵の根源に触れようという不遜な刃だ。ふれる花々が鮮烈に吸血鬼を戒めようとも、止まらなかった。
 目算が狂うはずもなかろうな、清史郎はひらりと半身傾いで、鋏を躱す。ふわりと上がる薔薇の花々に混ざった青に、時折命を啜られるような感覚はあるが、脚を止める程ではない。
 ゆらゆらと花のひとひらに混ざるよう、彼は距離を詰める。
 背より、ぶわりと花が吹きつける――悪戯めいた嵐吾の演出に、楽しそうに声をあげ、清史郎は高く刀を掲げた。
「さあ、今度は俺が桜花弁の刃でその身を飾ってやろう――閃き散れ、黄泉桜」
 白い膚を薔薇が斬り裂き朱を刻み、その肩口に蒼が閃く。
 熱を帯びた血潮が流れるのを、それは厭うように顔をしかめたが――清史郎にせよ、嵐吾にせよ、思う。
 ――痛くとも、血を流そうとも。美しく眠るより生きて遊ぶ方が、やはり楽しい。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

金白・燕
【DRC】
アドリブ・マスタリング歓迎です

おや、素敵な薔薇ですねえ
常人には理解しづらいですが、それをまた好むお客様も…
あ?……最も美しい?最も美しいと言いました?
しかも黒、黒薔薇
ああ、大変申し訳ありません
私にとって「最も」美しいものは他にありまして…
本当に申し訳ありませんが、貴方ごと刈り取りましょう

*戦闘
二人のエスコート、上司の私が綺麗に仕上げるべきでしょう
ブーツに蹴り上げられた男へ追撃を
【Anesthesia】で上空へ舞い上がり殴りつけて差し上げましょう
今日お味見頂きたいのはこの毒薔薇です
ほら、貴方にも赤い方がお似合いだと思いますよ
全てを赤く染めれば良い
ね?メトロ。


ブーツ・ライル
【DRC】
アドリブ、マスタリング歓迎
_

──わからん趣味だな。
だが別に否定もしなければ肯定もしない。趣味も嗜好も心の数だけあるだろう。
だが、眼前の光景を受け入れることは出来ない。

その薔薇の色が、気に喰わない。

メトロも燕も──柩になんぞ入れてやるものか。

▼戦闘
この女に流れ弾が当たらぬよう庇いながら戦闘を行う。

「はしゃぎすぎて服を汚すなよ、メトロ」
メトロが拓いてくれた好機を逃すはずもなく、彼の"エスコート"に応えよう。
懐中時計の赤き宝石が凛と輝き、視認したときにはもう遅い。
削れる寿命に興味もない。
神速の脚撃にて敵たるこの男を蹴り上げ、
燕へ攻撃を繋ぐ。


メトロ・トリー
【DRC】

あれれ?燕くんやる気マンマン?
うんうん吸血鬼さんみたいに綺麗な子に棺に詰めてもらえるなんてわくわくだもんね!わくわエ!?だめなのかいブーツ先輩ア!そっかあんな狭いとこだとさっきみたいに時計がうるさいもんねうんう時計?時計!?時計の話はやめておくれよ!

キ〜!ぼくが髪を掻き毟るとぼくの猫がふぅわりと顔を出すよ

そう、ぼくらは壁さ
ふたりをレッドカーペットへエスコートしよーね!
ア!よそ見はダメだよ吸血鬼さん!ぼくらをしっかり刺しておくれ〜
ぼくのふたりに手出さないでよ
きゃあ!ブーツ先輩かっこいい〜!
ほらほら、赤薔薇の味はどうだい?吸血鬼さん!
ひひ、燕くんが大好きな毒の味だよくふふ!

ばいばい!



●すべて、赤に
 饒舌というほどではないが、勝手に色々と語った葬華卿へ、二人を庇うように長身の男が前に出ると、視線で威圧した。
「――わからん趣味だな」
 ブーツ・ライルの声音は冷ややかに響く。
「肯定も、否定もしない――趣味も嗜好も心の数だけあるだろう」
 感情を載せず、ただ怪訝そうに吸血鬼は眉を上げた。ブーツは目を逸らさず、続けた。
 脳裡を過ぎる、柩の罠。柩に収まった二人の姿を見た時の、あの不穏な衝動は未だ忘れられぬ。
「だが、私がこの光景を受け入れることはない」
 はっきりとした拒絶を口にした彼の傍ら、ひょいと周囲を一瞥した金白・燕がへらりと笑う。
「おや、素敵な薔薇ですねえ。常人には理解しづらいですが、それをまた好むお客様も……」
 緊迫した空気も何処へやら、病的に青白い顔に、愛想の良い笑みを貼り付けたいつもの表情で相対する――していた、のだが。
 不意に、その笑みが凍り付き――笑みは、笑みの儘、意味を変えた。
 揺れる薄紅の花々は、まだいい。
 地で踏みしめられている、生け好かぬ青い花の名残も、構わぬ。
 だが、あの、黒い薔薇だけは――。
「あ? ……最も美しい? 最も美しいと言いました? しかも黒、黒薔薇――」
 声音も低く、微かに震えた。何かを堪えるように、或いは吐き出すように、燕は小さく息を零す。
「ああ、大変申し訳ありません――私にとって『最も』美しいものは他にありまして……」
 恐縮しきって謝り始める。表情は僅かに柔らかさを取り戻したが、赤き双眸には異なる光が宿っていた。
「本当に申し訳ありませんが、貴方ごと刈り取りましょう」
 恭しく告げる彼の姿に、メトロ・トリーは耳を動かして跳ねた。
「あれれ? 燕くんやる気マンマン? うんうん吸血鬼さんみたいに綺麗な子に棺に詰めてもらえるなんてわくわくだもんね!」
 などと暢気に言うので、ブーツは軽く振り返った。いや、さっき、詰め込まれていたではないか。入ったのは自主的であれ、それで少々、面倒事になったではないか。
 すっかり忘れたのか、気に留めておらぬだけか――メトロの瞳は、きらきらと輝いている。
 否定も、肯定もしない。だが、ブーツはただ誓いを繰り返した。
「メトロも燕も――柩になんぞ入れてやるものか」
 すると、メトロが吃驚する――。
「エ!? だめなのかいブーツ先輩――ア! そっかあんな狭いとこだとさっきみたいに時計がうるさいもんねうんう時計? ……時計!? 時計の話はやめておくれよ!」
 やはり、忘れていたらしい。
 カチカチと煩い時計の事まで思い出し、彼は「キ~!」とヒステリックに声を上げ、赤と白の混ざった髪をぐしゃぐしゃと掻き乱す。
 やがて、その中から――ふわり、一匹の猫が顔を覗かせた。
 ああ、そうだ、やい、猫やい、とメトロは友達の首根っこを掴んで、引き出す。
 遊ぼう、遊びに来たんだから――悪戯っぽく笑いかけると、猫は気取ったように尾を揺らして、メトロから逃れるように身をくねらせ、地に降りた。
 くすくすと彼は笑うと、先導するように駆けだした。
「そう、ぼくらは壁さ――ふたりをレッドカーペットへエスコートしよーね!」
 猫とふたり、競うように。
 吸血鬼に向けて跳び掛かる。少年の戯れと侮れば、右手には、殺戮刃物が閃き、猫も爪を隠さぬ。
「はしゃぎすぎて服を汚すなよ、メトロ」
「ハーイ!」
 ブーツの声に大きく応じ、メトロは跳躍して、刃を振り翳した。
「ほう」
 吸血鬼は小さくそれだけ呟くと、柩を軽く小突いた。無数の蒼き花弁が薄く口を開いた柩より放たれ、メトロに襲い掛かる。
 ひらり、得意げに躱すが、足元は知らぬ花の香りで染まる。
 軽やかに打ち込まれたメトロの剣戟を、柩を使っていなし、他の二人の動向を窺おうとした――足元で、ぐっと膝を曲げたメトロが跳ねる。
「ア! よそ見はダメだよ吸血鬼さん! ぼくらをしっかり刺しておくれ~ぼくのふたりに手出さないでよ」
 青い花弁の上で、吸血鬼の動きは速かった。風を切る鋏の音が、メトロの前髪を少し断つ。少し回避が遅れたのは、麻痺毒の所為。
 ――けれど、そんなことは、織り込み済みなのだ。
 運動で心臓がドクドクと鼓動を打ち、それが煩くて気に障る。息が止まりそうな麻痺毒の苦痛も、メトロにとっては愉快と奮う要素になる。猫と共に、敵を釘付けにせねば、するのだ。
 血を混じらせるように、夢中になって斬りつけ、斬られる。
 だから、その傍らを、白い外套が滑るように割り込んできたことに気付かなかった。
「お前の流儀は、何もかも理解出来ないが……何より、――その薔薇の色が、気に喰わない」
 囁けば、懐中時計に埋め込まれた赤き宝石が耀き出す。
 ブーツの静かな声を耳にするなり、メトロは自然と後ろへ退いて、場所を譲っていた。
「――平伏せ」
 神速の蹴撃が、吸血鬼の懐を捉える。
 一瞬に爆発する九度の異次元の脚力は、蒼き花弁を蹴散らして、最後に、敵を空へと打ち上げる。優位な陣地から、遠ざけるように。
「きゃあ! ブーツ先輩かっこいい~!」
 メトロの歓声に、僅かに眉間に皺を寄せた吸血鬼は「なんの」と呟き、空中で鋏を巨大化させた――「捉えて、裁くに、無防備ではないか」と。
 いえいえと。薔薇の香りを叩きつける風が生じて、声が届く。
「私から与えられるものなら、その全てを」
 毒茨の刺青に覆われた燕が、刹那の間に飛来し、迫っていた――。
 いつもどおりの、薄ら笑い。両腕を広げて、彼は慇懃に薦める。
「今日お味見頂きたいのはこの毒薔薇です。ほら、貴方にも赤い方がお似合いだと思いますよ」
 それはもはや、衝突であった。翼を持てども、吸血鬼には咄嗟の回避のしようもなかった。
 毒に抱かれ、くしゃりと青い花々が潰れて、消えゆく。
 吸血鬼もまた燕の手の内で、叩き落とされ、地に伏した。喉をせり上げる痛みに咳き込めば、鮮血が零れた。
「全てを赤く染めれば良い――ね? メトロ」
「ほらほら、赤薔薇の味はどうだい? 吸血鬼さん! ひひ、燕くんが大好きな毒の味だよ、くふふ!」
 それを見下ろし、燕は心安らかそうに笑い。メトロはそれが見たかったと笑う。
 ブーツは静かに、しかし何時でも駆け出せるよう、鋭く敵を見つめている。
 三人のウサギたちを一瞥し、吸血鬼は無造作に袖で口元を拭った――天に舞い上がった青い花は赤と斑で染まって、ゆらゆらと舞い落ちてくる。
 血が混ざった水路の行き詰まりが、紅の花々を溜めつつあった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

エスタシュ・ロックドア
お優しいこった
数えきれねぇ死体が野ざらし雨ざらしで朽ちてくこの世界で、
立派な棺を用意してくださるたぁな
だがいらねぇよ、俺の亡骸を収める場所はここじゃねぇ

嬢ちゃんはどーすっか
邪魔しねぇんなら放っておく
無理やり従わされてる様子でもなし
他の猟兵に任すわ

フリントを【怪力】で振るって【なぎ払い】【吹き飛ばし】
【カウンター】も交えて敵の鋏と渡り合う
ところで興味本位だが、俺の棺はどう飾るご予定で?
どこのどいつか知らねぇが、
それで驚かしてぇ相手がいるんだろ?
ほう、そいつぁ豪勢なこった
その情念(ゆめ)、罪を重ねたぜ
『刺骨髄釘』発動
生やすべきは手指の骨か
既に亡き者の手が、このうえ更に罪を重ねぬよう


ジャスパー・ドゥルジー
逆さ
最ッ高の素材だからこそ、あんたには呉れちゃやんねえ
俺の殺意すら俺のもんだ
俺が此処にいるのは俺のためで
もうちょい正義の味方ぶっていいなら
あいつらは犠牲なんざ望んでなかった
あの心の痛みを奪ってやりに来たのさ

べらべら捲し立て好奇心を煽り
蒼い花を敢えて受ける

あんたは気に食わねえがこの痛みは悪くねェ
思う存分堪能したら
蓄積した痛みと怒りを爆発させ【ゲヘナの紅】
そのまま炎で奴を呑み込んでやる
花を慈しむ精神なんざ俺に期待すんなよ
死にたがりの『蜜流』は
もうどこにもいねえんだ
これは痛みを呉れるもの
それだけだ

黒羽の天使は…
まあ無事ならそれで
何かありゃ【かばう】くらいはすっけど
後の事はお節介焼きたい奴が焼きゃいい



●鬼と、鬼
 ハッ、嘲るように息を吐いて、エスタシュ・ロックドアは目を眇めた。
「お優しいこった――数えきれねぇ死体が野ざらし雨ざらしで朽ちてくこの世界で、立派な棺を用意してくださるたぁな」
 飾り立て、後生大事に仕舞ってくれるたぁ、幸甚の至り。
 皮肉を隠さぬ声音で飛ばし、彼は葬華卿を睨み据えた。
 血の臭いが、漂い出していた。されど吸血鬼は自身の疵を無造作に見下ろすと、軽く首を振る。もっとも、たといそれがどれほど弱っていても、此処で彼らが手を抜く事は無い。いっそ、そのまま骸の海へと叩き落とす。
 それが自分の宿命だろう、エスタシュは口の端に笑みを刻んだ。
「だがいらねぇよ、俺の亡骸を収める場所はここじゃねぇ」
 ――そもそも、そんな事が叶うのかねえと揶揄すれば、吸血鬼も微笑んだ。
「心配は無用だ。私はおまえ達とは違うのでね」
「ほう、そうかい」
 その言葉を、彼は吸血鬼の傲慢と取っただろうか――実際のところ、身を削りながら見立てを続けるそれは、目の輝きだけは妙に強く、立ち塞がる猟兵たちを真摯に見つめている。
 ああ、まだ諦めていやがらねぇのか――ジャスパー・ドゥルジーは唇を皮肉に歪める。それが当人いわくの芸術家キシツというのなら、何とも愚かしい。
「あんた、さっき色々くだらねぇ口上をのたまってたが――逆さ」
 だから、真っ直ぐに否定してやることにした。
 素材の質など問わぬなど、よく言う、と。
「最ッ高の素材だからこそ、あんたには呉れちゃやんねえ――俺の殺意すら俺のもんだ」
 胸に自らの鋭い爪を当て、続ける。
「俺が此処にいるのは俺のためで――そうね、もうちょい『正義の味方』ぶっていいなら、あいつらは誰も犠牲なんざ望んでなかった……あの心の痛みを奪ってやりに来たのさ」
 鋭い光を双眸に湛え、ジャスパーは誘う。
 ――白羽の矢を立てられた村人達は、生贄を嘆きながら選ぼうとした。他が生贄にならぬように。行きずりの猟兵のことすら、泣きながら見送った。
「寄越せよ、吸血鬼サマの痛みをよ」
 冷ややかに挑発すれば、肩を竦めた吸血鬼は、お望み通りに、と花を広げた。
 空を躍る青い花々を手招き、ジャスパーは楽しそうに喉を鳴らした。
「花を慈しむ精神なんざ俺に期待すんなよ。こいつは痛みを呉れるもんでしかねえ」
 両腕を差し出して迎え入れたそれらは、皮膚を食い破るような、粗暴な力ではない。命を狙い、暴き立てる力。
 ――然し、疵は残さずとも、直接的な痛覚は存在する。痛みを与えぬなど、吸血鬼はいっていない。
 花に包まれ苛まれて笑いながら、ジャスパーは羅刹の視線に、無言で応えた。それで、やりかたはそれぞれだと伝わったのだろう。
 エスタシュは鉄塊剣を担ぐように掲げ、地を蹴った。
 好奇の狙いと、接近する男への対処は、同時にできるらしい。吸血鬼はしゃきんと鋏を合わせて、重い剣に合わせた。
 至近で競り合って、エスタシュは力任せに薙ぎ払った。力に従って、後ろへと軽く吸血鬼が跳び退いた。
 ぐっと膝を撓ませ、エスタシュはすかさず距離を詰める。
 火花を散らして、剣と鋏が鳴る。小さい鋏でよくやることだ。幾度か、興じるように合わせながら、エスタシュは問う――。
「ところで興味本位だが、俺の棺はどう飾るご予定で? どこのどいつか知らねぇが、それで驚かしてぇ相手がいるんだろ?」
 不意な問いかけに、吸血鬼は青の双眸を僅かに細める。だが、特に訝しむ事も無く、するりと口にした。
「そうだな――おまえには骨が似合いそうだな。何処までも白い骨……青き炎を見せるというのに、不思議なことだ」
 ひとつ着想を得ると、ずるずると何かを得たように溢れてくるのだろう、あとは、と吸血鬼は聴かせるようでもなく、ぶつぶつ続けていた。
「――とにかく、今すぐに飾ってみたいところだな。おどろおどろしき亡者の支配者が生み出せるだろう」
 満足そうに結論づける。さすれば、鋏を繰る手にも熱が籠もるようだ。ぐんと伸びる鋭い刃に、エスタシュは浅く笑った。
「ほう、そいつぁ豪勢なこった。その情念(ゆめ)、罪を重ねたぜ」
 その一言と同時、深く彼は肩を落とすような姿勢まで沈み込み、力任せに鋏を跳ね上げ、再度振り下ろす。一息で続いた所作に、吸血鬼といえど、対応しきれず、その指先から手首まで、赤き飛沫が迸る。
「それが、てめぇの罪の証」
 吸血鬼は、驚いたように目を瞠った。手にできたのは刀創ばかりではない――骨から、棘が肉を突き破って禍々しい姿を見せていた。
 不意に、視界の端に青い花弁が落ちてきた。途端に、融けるような熱が全身を襲う。
 ――悪魔の如き姿の男を追い回していた花弁は、男に触れる間もなく燃え尽きた。空中で黒々と色と形を変えて、ジャスパーに近づく傍から消えていく。
「あんたは気に食わねえがこの痛みはなかなかだぜ!」
 品評はごくごく至近で響いた。皮膚が泡立つやもしれぬ熱を感じているのだから、当然だろう。
 エスタシュとの応酬に明け暮れる間に、ジャスパーは痛みを燃料にくべ、その決着の瞬間に、追撃と奔ったわけである。
「あんたも、あんたもあんたも、全部燃やし尽くしてやる。動くんじゃねえ」
 嬉々と風の如く駆って、その首筋へと一閃を叩き込む――。
(「死にたがりの『蜜流』は、もうどこにもいねえんだ。これは痛みを呉れるもの――それだけだ」)
 そして、それに喰らい尽くされるほど、弱い命でもない。皮肉な事に。
 超高熱を内側までナイフで刻む。血が流れようが、焦げる匂いが鼻につこうが、ジャスパーの与るところではない。最高に好いだろうと笑って返せる。
「――面白い」
 血まみれになって、炎に灼かれ、吸血鬼は笑う。庇うように差し出した右手には、裡より生えた棘が――その根本である、骨を覗かせても。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ジャハル・アルムリフ
師父(f00123)と
…寝ろと強制されるのは嫌いだ

それに
滋養が過ぎても花は枯れる
そうだろう、我が師よ

気を良くしての踏み込みから【怨鎖】放つ
外れるなら背後の柩を、あるいは薔薇を
未だ、脳裏を過ぎる真似事ごと引き裂く
気に食わぬ寝床など壊してしまえ

師の蝶に紛れ
あちら此方へ繋いだ鎖を引き、打ち付け
思い通りには大鋏を閉じさせぬための障害とする

煽る師を目で咎め
しかと花を撃ち落とせよ蝶ども
師を狙わんと好奇心に沸くその顔も
引っ掴んで棘の中へ叩き付けてくれようか
あれならば直ぐに目も覚めるだろうよ
黒翼の女は鎖に巻き込まぬよう
自分の最期くらい自分で飾れ

なれば己は
――眠りも、死も泥の中で十二分
ああ、相容れぬものだな


アルバ・アルフライラ
ジジ(f00995)と
ふん、貴様の施しなぞ不要
折角の美が損なわれてしまうであろう?

…おやジジ、分っておるではないか
其処の阿呆よりよっぽど利口だ
等と戯れを挟みつつ、隙を与えてやる心算はない
高速詠唱にて描いた魔方陣より
召喚した【女王の臣僕】を嗾ける
永遠の美を御所望ならば、その様に

好奇の花が我が命を啜れど
凍らせ、砕いてしまえば造作ない
悪鬼の手繰る鋏から目を離さず
大鋏と化したそれがジジを狙わんとすれば
蝶の群れを操り、目潰しを試みる
っくく、此処に至上の美があるというのに
随分とつれないではないか――なあ?

刹那、従者の御小言に肩を竦めつつ
ジジ、お前こそあまり粗相をしてくれるなよ?
散る花弁を眺めては、上機嫌に



●思し召し
 よい姿になったではないか、揶揄の声は朗らかに響いた。宵に輝くスターサファイアは、仕込み杖を抱いて立っていた。
「ふん、貴様の施しなぞ不要――折角の美が損なわれてしまうであろう?」
 つんと顎を突き出して、アルバ・アルフライラが笑う。不遜すら、儘ありえるだろう、宝玉の耀きは、薔薇に負けぬ。
 何せ、お手製の一張羅。ふんだんに粧して此処まで来たのだ。余分などあろうか、笑い飛ばしても良いはずだ。
「……寝ろと強制されるのは嫌いだ」
 片や、いつも通り、黒に彩られたジャハル・アルムリフは、低く告げる。先程裂けた布地はそのままだが表情は怜悧。動揺の一片も見て取れぬ。
 ゆっくりと目を細め、それに、と続けた。
「滋養が過ぎても花は枯れる――そうだろう、我が師よ」
 彼の一言にアルバは一瞬目を丸くすると、にやりと笑った。
「……おやジジ、分っておるではないか。其処の阿呆よりよっぽど利口だ」
 師が褒めそやせば、従者も変わらぬ表情のなか、まんざらではなさそうにしている。
 そんな二人のやりとりを、葬華卿も変わらぬ表情で眺めていた。止血は無意味と右手から血を流した儘――否、既に全身を朱に染めている。平然としているのは吸血鬼であるからだろう。瀕死に至ろうが、最後まで生き延びれば、どうとでもなるのだと。
 ――傲慢なことよ、アルバは自分を棚に上げて浅く笑う。刹那と仕込み杖で魔方陣を描いていた。
「控えよ、女王の御前であるぞ」
 無数に舞う青き蝶が、ふわりと幻想のように舞う。羽ばたきの度に落ちる鱗粉は世界を冱てる。
「ほう」
 吸血鬼は興味深そうに双眸を細めた――様々な冷気が、此処まで彼の身を襲ったが、どれも違う構造だと楽しげに言うから、付ける薬もないようだ。
「永遠の美を御所望ならば、その様に」
 氷漬けにしてやろうと、アルバは囁き告げる。
 さて、それが対抗に青き花弁を呼びつける傍らへ、外套を翻したジャハルが迫る。
 先程、薔薇園の棘でできた小さな疵を、ジャハルは自らの意志で深く抉った。凝固していた血が再び液体と膨らんだ。
 その飛沫を、吸血鬼に叩きつけるように腕を振るうと、低く命ずる。
「鎖せ」
 言うなり、爆ぜた。
 吸血鬼は鋏を掲げて身を守ったが、その腕には黒く染まりゆく血で編まれた鎖で囚われていた。
 周囲を躍る花弁を置き去りに突進し、ジャハルは鎖を力任せに引いた。
 返すは、すべてを擦り抜けてくる巨大な鋏。吸血鬼は鎖を逆に引きながら、一瞬詰まった隙に、刃を突き出した。
 ジャハルは身を低く傾げ、儘、暴れる。両腕で鎖を引き、吸血鬼ごと周囲の柩に叩きつけ、荒らす――未だ、先にみた悪夢。脳裡に残る幻を振り切るように。
「気に食わぬ寝床など壊してしまえ」
 ひそり零した囁きは、師にも届かぬように。不格好な舞踏を吸血鬼と続ける。鎖を引きながら、視界の端に、座り込んだ誰かを捉える。
 ――黒翼の娘へ鋭い一瞥をくれ、ジャハルは冷たく言い放つ。
「自分の最期くらい自分で飾れ」
 自らの意志で制御しようという吸血鬼の視界を、不意に青き蝶の群れが横切る――凍った花々を杖で叩いて散らし、アルバが不思議そうに小首を傾げた。
「っくく、此処に至上の美があるというのに、随分とつれないではないか――なあ?」
 肩越しに僅か振り返り、ジャハルは閉口する。
 じいっと睨めつけた黒い視線は、言葉よりも悠然とアルバに語りかけただろうが、元より堪えるひとではない。
「しかと花を撃ち落とせよ蝶ども」
 そして、忌々しげに吸血鬼の顔へ、拳を叩き込む。
 手応えはあるが、相手は笑っていた。
「引っ掴んで棘の中へ叩き付けてくれようか――あれならば直ぐに目も覚めるだろうよ」
「そんな程度では、疵はつかないが」
 淡淡としているジャハルの底に、吸血鬼は何をみたか。敢えて、笑みを深めた。刹那、脳裡が白だか、黒だか、明滅した。
 ふっと息を吐くなり、跳び掛かろうとする――その頬を掠め、魔力の塊が、横を摺り抜け吸血鬼を弾き跳ばした。
「ジジ、お前こそあまり粗相をしてくれるなよ?」
 腕組み、静観を決め込むようなアルバの姿に、声に、ああ、と彼は浅く笑った。
 星宿す片角が青き鱗粉の耀きに、照らされ光を跳ね返す。鎖を絡めながら勢いをつけて、顎を開いた鋏の中央へ、跳び込む。
 僅かに触れた刃から、生命力を啜られる――だが、そのまま新たに血を解き放ち、次の鎖を紡ぐ。爆風はジャハルの動きを加速させ、刃が身に触れるよりも先に、次の拳を叩き込む。
 胸、腹、顎と、鎖で捕らえていればこそ、どんな大振りでも――否、大きく躍動することで、吸血鬼の動きも制限した上で、打ち込める。
 師からすれば、美しい戦い方ではあるまい。反撃を許せば、あの鋏がこちらの胸にさっくり刺さって、終わるやもしれぬ。
 ひらひらと幽玄を舞う蝶が、吸血鬼の身すら、凍らせている。
 死は遠いな、と思う。あのひとがいる限り。それでもきっと何時か、その日が訪れるのだろう――。
 さりとて、美しく飾り立てる死に様を得る積もりもなかった。
「――眠りも、死も泥の中で十二分……ああ、相容れぬものだな」
 大人しく、柩の中で眠るなど、願い下げだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

シキ・ジルモント
素材になるつもりは無い
その悪趣味な作品とやらをこれ以上作らせるわけにはいかない

ユーベルコードを発動
増大した速度で接近しナイフで攻撃を仕掛ける
少しの動きにくさは気になるが、代償が効いて来る前に隙の少ない接近戦で畳み掛ける
花弁が放たれたらその場を離れて直撃を避ける
麻痺毒をあまり吸わないように呼吸を抑え、銃に構え直して遠距離から反撃
この衣装に銃は不釣り合いだが今更気にする必要も無いだろう

黒い羽の女は…
そうか、あんたは旅の途中で置いて行かれた者か
村の者は別れた者を忘れず次世代に伝えていた、その話を聞いて事情は多少知っている
救う術が無いのなら…次は置いて行ったりせず、いっそここで終わらせてやるのも情けか


鹿忍・由紀
芸術っていうのはよく分かんないなぁ
観るのは嫌いじゃないんだけど
観られるのはあんまり好きじゃないかな

ダガーを片手に攻め込みつつ
距離を測りながら鋏を避けたつもりも
……なるほど、嫌な攻撃してくるね
その情念には感心するよ
削られていく覚えのある感覚に
うんざりしながら溜息ひとつ
何にでも良いとこ見つけられるって言えば聞こえだけは良いよね

今度は敢えて距離を一気に詰める
大きな武器は小回り効きにくいでしょ
言葉は油断させるためだけのもの
閉じさせないようにナイフを一本、鋏に噛ませて
体勢を崩させガラ空きの胴体を狙って壊絶を叩き込む

美しく死んでやるつもりはないって言っただろ
聞いてたのかどうかなんて知りもしないのだけど


コノハ・ライゼ
へぇ、嫌いじゃないわネそーゆーの
構わないってンなら話も早くてイイ
せっかくめかし込んで来たのだし、半端なオシゴトじゃあ満足しなくてよ

*誘惑する様踏み込み攻撃を誘いマショ
その色も素敵ダケド、と迫る花弁の動き*見切り
*カウンターで持ち込んだ武器解き【天片】解放
黄昏の移り変わる空色した花弁を蒼の花々にぶつけていくわ

捉え損ねた花は*オーラ防御で弾いて
*2回攻撃で右目の「氷泪」から紫電奔らせ敵本体へ落とそうか

どんな素材でも美しく……だったカシラ
安心して、そういうのとっても得意だから
絡めた雷からしっかり*捕食しその生命も頂戴(*生命力吸収)するヨ

お嬢サンには悪いケド、作品作りは今日でオシマイ



●花咲ける終幕
 柩の下で、足元に凍り付いた血が砕ける。ふう、と小さな息をついて、葬華卿は猟兵を眺めた。半身を朱で染めながらも、品定めをするような眼差しは変わりない。
「本当に活きが良い」
 笑いながら、袖で顔の血を拭う。
「抗う素材というのも、悪くないな――死に瀕する創作活動は、刺激がある」
 などと吐かす吸血鬼の言葉に、薄氷の双眸をコノハ・ライゼは細めた。
「へぇ、嫌いじゃないわネそーゆーの。構わないってンなら話も早くてイイ」
 ひとたび言葉を切れば、唇は弧を描く。組んでいた腕を解いて、衣装を見せるように腕を広げた。
「――せっかくめかし込んで来たのだし、半端なオシゴトじゃあ満足しなくてよ」
 彼の紫雲に染めた髪に合わせ、村人は衣装の色を重ねてくれた。自分なりに動きやすいように調整して、多少、堅苦しさは失われていたが、儀式用の風格は残っているはずだ。
 ふぅん、と気怠げに息を吐いて、鹿忍・由紀は茫洋と周囲を見やる。
「芸術っていうのはよく分かんないなぁ。観るのは嫌いじゃないんだけど――」
 別に、由紀に美しい絵画を美しいと受け止める心がないわけじゃない。彫刻でも、花でも、美しいものは美しい。感動や特別な感情を、求められたら困るけれど。
「観られるのはあんまり好きじゃないかな」
 自分が芸術品になるなど、ぞっとしない。そっと囁き、肩を竦めた。
 結局、花は花だし、柩は柩――死体は死体だ。
 命の輝きとやらを礼賛するような性格はしていないが、それだけは割り切っている。そんなもののために死ぬつもりは、ない。
 それを言葉ではなく行動で示すように、彼はダガーを手にした。
 是とばかり、二人の合間を抜け、先駆けるものがあった――。
 日頃は押し殺した獣の性質を解き放ち、青き双眸を赫かせたシキ・ジルモントは、低い姿勢で斬り込んでいく。
「素材になるつもりは無い――その悪趣味な作品とやらをこれ以上作らせるわけにはいかない」
 低く告げ、息を詰める儘に、ナイフを振るう。
 刹那の接近に、吸血鬼は浅く笑うと柩を盾のように前に翳した。花弁が溢れ出して、シキを呑もうと前方に広がるを、彼は横飛びに回避した。
「出し惜しみはしない――見せてもらおうか、おまえたちの在り方を」
 すかさず血を流す右の掌より花を紡いで、左手で鋏をくるりと回す。
 誘われるまでもなく由紀は既に距離を詰めていたが、鋏が不意に大きくなることで、回避を余儀なくされる。予測はしていたが、肩を掠める刃先に、密かに舌打ちする。
 血は出ない。肉も服も裂けぬ。然し生命力は啜られ、確実に何かを奪われる。
 この感覚には、覚えがある――。
「……なるほど、嫌な攻撃してくるね。その情念には感心するよ」
 うんざりした様子を隠さず、溜息ひとつ。
 じとりと相手を見やる。
「何にでも良いとこ見つけられるって言えば聞こえだけは良いよね」
 冷ややかな由紀の声音に、吸血鬼は黙って肩を竦めた。手元の蒼い花がふわりと浮かんで、コノハへと向かう。
 ふ、と表情を綻ばせ、彼は好奇に空を彩る花を迎え撃つ。
「その色も素敵ダケド、」
 前へ、コノハが袖に隠したナイフも、下げた鍵も。すべてが解けて、花となる。
「彩りを、」
 舞い踊る風蝶草は黄昏の移り変わる空の色。暁闇宿す朱金に、宵を宿す紫紺を混ぜて、鮮やかに咲き誇る。
 蒼を食い破って、覆い尽くす。コノハも同時に吸血鬼との間を詰めるべく地を蹴る。風蝶草の中心は常に彼なのだから、黄昏の花々は共に接近する。
 然し由紀が揶揄した吸血鬼の情念は、蒼き花々をより狂瀾させる。パリ、と小さな兆しを立てて、コノハの右目が小さな雷光を宿した。
 次に放たれた閃光が、行く手を遮る花々を貫き、更には吸血鬼の肩をも射貫く。
 足元に広がる蒼き花々を軽々と跳躍し、彼は吸血鬼に迫る。花々に包まれて絢爛と、コノハは鋭く腕を振るった。
「どんな素材でも美しく……だったカシラ? ――安心して、そういうのとっても得意だから」
 いつも携える武器は、風蝶草になっている。触れるほどの距離から、吸血鬼の躰にも花を移し咲かせ、裂く。
「その生命も頂戴するヨ」
 それはただ咲くばかりではなく、コノハの牙となりて、命を啜る。右手の傷から始まり、肩までが黄昏で包まれる――。
 侵食された片腕を無視し、吸血鬼は鋏を握る。ぶんと唸って風を切るそれは、肉体を傷つけぬとしても、直撃を喰らう想像はしたくない得物であった。
 然し、吸血鬼の右肩から、胸、腹とが、次々に破裂するように爆ぜた。
 距離を取ったシキが、腰を落として構えたハンドガンが煙を吐いている。実用性重視でカスタムされた無骨なそれは、着飾った姿には似合わぬと、一目落として自嘲したものだが。
(「――今更気にする必要も無いだろう」)
 続けて、叩き込む。
 コノハと付随する花々、そして由紀がその周囲を目まぐるしく駆けようと、寿命を代償に研ぎ澄ました感覚は、放つべき軌道、タイミングを誤りはせぬ。脅威の反応速度に、手元が狂うこともない。
 常人であれば、まともに立っている事も叶わぬ銃撃を受けながら、吸血鬼は鋏を手放さなかった。
「大きな武器は小回り効きにくいでしょ」
 大きく薙いだ刃を潜るようにして、由紀が問う。
 至近距離から見れば、鋏はところどころ欠けていた。刃を長らく押さえ込んだものがあったようだ。其処へ、頸を刈ろうと顎を開いたならば、閂のように投擲用のナイフを引っかける。
 がちりと噛んで、閉じぬよう――巧く機能するのは、一瞬で構わない。
 横に跳んで、屈み、脚を溜める。さすれば足元を漂っていた麻痺毒の芳香が近づくが、もう遅い。
「砕けろ」
 全身をバネに跳ね上がり、靴裏を顎へ叩き込む――魔力を一点圧縮した蹴撃は、吸血鬼の肉体であれ、破壊する。
「美しく死んでやるつもりはないって言っただろ――聞いてたのかどうかなんて知りもしないのだけど」
 ひゅうひゅうと、空気の抜けるような音が僅かにあった。けれど、最後の言葉も聴かぬ間に、蒼い花を喰らい尽くした風蝶草が集まり、その器を微塵と斬り裂いた。
「お嬢サンには悪いケド、作品作りは今日でオシマイ」
 コノハは歌うように告げる――柩に収まる骸さえ、残しはしなかった。

 ――吸血鬼が、滅んだ。
 取り残された黒翼の娘は、魂が抜けたように、暫し消えゆく『それが存在していた』残滓を眺めていた。
「そうか、あんたは旅の途中で置いて行かれた者か」
 銃を収めたシキが、ぽつりと零す。
 娘を柩に収めることもなく。生きるも死ぬも自由だと、猟兵たちは彼女に姿勢で示した。
 シキとて、彼女の過去に、思いに――共感も同意も持たないが。
「村の者は別れた者を忘れず次世代に伝えていた、その話を聞いて事情は多少知っている」
 ナイフを手にした彼は、「……望むならば」最後の選択を問うた。
 いらえを得るには、やや待たねばならなかった。
 ――苦しいモノを吐き出すように、彼女は俯いて、ぽつりと語り出す。
「……動けるようになってから、少しずつ、周りを探していたの。ずっと、ずっと、長い間」
 どうやら、村に辿り着いた時の話をしているらしい。
「でも私はあそこには戻れない。生きるために罪を重ねてしまったから。それでも、それだから、彼らを許すこともできない――でも、今の彼らに悪いことなんて何一つないから」
 遠くを見やる娘は、本当は何歳なのだろう。
 吸血鬼の毒牙は天災のようなものであれば、天命を試したのか。
「母が眠るこの土地も、置いてはゆけない。だから、私は道を選ぶ」
 告げる掌には、小さな刃。喉に鋒を宛てて、彼女はシキに微笑んだ。
「……村に厄災を招いたものの最期を、見届けて」
 ――自分の最期くらい自分で飾れ。
 ある猟兵はそう言った。吸血鬼を頼らず。猟兵を頼らずに。
「――承った」
 ――全てを隠匿し娘を連れ帰れば、あの村人達はきっと喜んだであろう。娘の境遇に大いに嘆いただろう。だが、シキは厳かに――仕事を果たした。
 目の前で、黒薔薇が地に落ちた。自刃、されど、彼は依頼を受けたから。
 薔薇を拾って、身代わりとなった猟兵達の無事と、事の経緯を村人達へ告げに戻る。

 後日――人の血肉を糧に鮮やかに咲いていた薔薇の花々は、その管理者を失ってたった数日後に、自然発火ですべて焼失したという。
 度々森林が自然発火する土地柄で、不審なことも、誰かの意志の介入もない、只の淘汰であった。
 最後の糧を得て、艶やかに咲いた一輪は、誰の目にも触れぬ儘――。
 次の命の巡りを待ち続けるだろう。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2020年07月13日


挿絵イラスト