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四葩の花と蒼時雨

#サムライエンパイア #戦後

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#戦後


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●巫女は喚ぶ
 来たれ。来たれ。
 そぼ降る雨の雫と共に神楽を舞い、彼のひとを呼ぶ。
 此れは憎悪か、愛か。
 この気持ちの根源は何処から来たのか、もう何も判らない。
 けれど、ただひとつを忘れぬように。記憶に留めるように、神の国へ祈り舞う。
 降りゆく雨の如く、大地に思いを染み込ませよう。雫を受けてひらく四葩の花の如く、紫陽の色彩を咲かせよう。
 花のひとつが宿す蒼にも似た色の瞳。その双眸を細めた羅刹の巫女は曇天の空を仰ぐ。

 ――忘れなければ、帰って来られるから。

●梅雨の或日
 神社の境内に咲き誇る紫陽花は今年も見頃を迎えていた。
 ひとりで其処を切り盛りする宮司は唐傘を差し、紫陽花の手入れを行っていく。
 参道の両側に咲く紫陽花、境内の裏手に広がる紫陽花の園。そして、その奥に遥か昔から存在する名もなき神を祀る社まで、ずっと続いていく紫陽花。
 そのひとつずつを丁寧に見回る彼は、今の季節のこの仕事を誇りに思っている。
 淡い青に薄紅、鴇色。
 秘色や二藍、濃い紫。
 様々な色合いに染まる花々は美しく、雨の中でこそ息衝くかのよう。
 そして今日も神社奥の社まで向かおうとしたとき、宮司は妙な気配に気が付く。小雨が降り頻る紫陽花の園に、何かが浮かんでいた。
 火の玉のような炎を纏っているそれらは宮司を見つけると静かに近付いてくる。
 何も危険な様子などないように思えたが、それは紛れもない魑魅魍魎だ。幻影の怪火は宮司に纏わりつくように細い手足を伸ばし――そして、彼は幻想に囚われた。

●紫陽花と手水舎
「クラゲの火の玉と、羅刹の巫女。それが今回現れた魑魅魍魎達です」
 グリモア猟兵のひとり、ミカゲ・フユは此度に予知された事件について語る。
 場所はとある小さな神社。
 普段は近くの村住まいの宮司が管理する穏やかな場所なのだが、この季節になると紫陽花が美しく咲くということで評判の神社だ。
「紅い鳥居を潜った先の参道の両側に紫陽花がいっぱい咲いているんです。その先には紫陽花が浮かべられた手水舎があって、とっても綺麗でした。本殿の奥には広い紫陽花の園もあります。そっちもすごく見応えがあるみたいです」
 その日は生憎の雨だが、それでこそ紫陽花が印象的に見られる。
 魑魅魍魎、即ちオブリビオンが出てくるまでは時間があるので、手水舎で手を清めてから暫し境内を散策してみるのも悪くはない。
「宮司さんや近隣の村の方々には、その日に神社に近付かないようお願いしてあります。境内には皆さんだけですので存分に楽しんでください。それから、その後に魑魅魍魎の退治をお願いします」
 今は店の者には出払って貰っているが、境内の片隅には野点傘と床几台が置かれた茶屋もある。其処に団子や茶を持ち込んでゆっくりするのも良いだろう。
 午前は紫陽花を楽しみ、午後は紫陽花の園に現れる使者を倒しに向かう。
 そして、その奥に現れるという羅刹の巫女と対峙しにいく。これが大まかな流れだと話したミカゲは更に語る。
「水晶宮からの使者とも呼ばれる海月さんは幻を魅せてくるようです。見えるものは様々で、過去の光景だったり、いるはずのない人が見えたりするみたいです」
 幻影は千差万別。
 ときには記憶にない出来事が浮かぶこともあるという。
 敵自体の力はそれほどでもないが、幻を生み出す力は厄介だ。
 しかし、心を強く持てば抜け出せないものではないのだと話したミカゲは、今回の首魁である羅刹の巫女について話す。
「彼女は神を迎え入れる儀式――神楽舞を踊っていました。何を呼んでいるのか、誰を呼んでいるのかはわかりませんでした。けれどこのままだと関係ない人が巻き込まれて、何処かに連れて行かれる……そんな未来が視えています」
 それゆえに放っておくわけにはいかない。
 よろしくお願いします、と告げた少年はそっと頭を下げ、皆に討伐を願った。


犬塚ひなこ
 今回の世界は『サムライエンパイア』
 紫陽花を楽しみ、魑魅魍魎を屠ることが目的となります。

 一章のみ、途中章からのご参加、おひとりでもグループさんでのご参加でも大歓迎です。お好きなタイミングでご自由にどうぞ!

●第一章
 日常『梅雨もまた風流なり』
 舞台は小さな神社。天気は小雨。午前。
 色とりどりの紫陽花が咲く境内で自由にお過ごしください。手水舎には紫陽花が浮かべられています。今は無人ですが、一休みできるお茶屋さんもあります。
 まだ敵の気配はないので警戒の必要はありません。
 お好きな傘をさして、又は敢えて濡れたりして、梅雨の散歩をお楽しみください。

●第二章
 集団戦『水晶宮からの使者』
 戦場は神社奥にある紫陽花の園内。時刻は午後。
 別名・クラゲの火の玉。幻想を見せる力を持っています。一体ずつの力は大したことはありませんが、必ず以下のいずれかひとつの幻影を見ることになります。

 POW:あなたのトラウマが投影されます。
 SPD:あなたの望みが叶った世界が投影されます。
 WIZ:あなたが覚えていない記憶が断片的に投影されます。

 お手数ですが、何が見えるのかをプレイングにお書き添えください。
 幻影にどのように反応するかは皆様次第です。幻影そのものを打ち破るか、もしくは幻の中に隠れているクラゲを倒せば抜け出すことが出来ます。

●第三章
 ボス戦『壱岐』
 天気は引き続き雨です。
 戦場は紫陽花の園を更に進んだ先にある、小さな社の前。
 神の国への水先案内人と言われている羅刹の巫女。呼び出す力と送り出しを得意としており、今回は何かを呼ぼうとしているようです。
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第1章 日常 『梅雨もまた風流なり』

POW   :    雨の中を散歩する。

SPD   :    雨音を聞きながら、室内でくつろぐ。

WIZ   :    雨に濡れる紫陽花を鑑賞する。

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

花邨・八千代
ぴっちぴっち、ちゃっぷちゃっぷ
らんらんらーん

あじさい、きれーだなぁ
赤も紫もピンクも良いけど、やっぱり青いのがいい
俺の好きな男の、指先みたいな色

傘さすよりも濡れる方が好きだ
今日はひとりだし、存分に濡れ鼠を楽しむぞ
濡れた花を突いたり、かたつむりを摘まんでみたり
わざと水溜りを踏んだり!

境内をそぞろ歩けば何となく、既視感
なんでだろうな、俺なーんも覚えてないはずなのに
雨の音しかしない場所、人気のない神社
ずっと昔、似たようなとこに居た気がする

頭の、角のあたりがツキツキ痛む
思い出そうとするほどに、痛む

思い出したくないわけじゃない
でも絶対思い出したいわけでもない

だって思い出したら、『俺』が終わっちまう気がする



●あめふり
 ――雨よ、雨よ。
 降れ、降れ。もっと降れ。
 花咲く参道を軽快に進み、楽しげな歌を口遊む花邨・八千代(可惜夜エレクトロ・f00102)は髪から滴る雫が地面に落ちていく様を見送る。
 ちいさな雨音がたえず響く参道は何だか心地好い。それはきっとこの雨が哀しいものではなく、恵みを齎すやさしいものだからだ。
「あじさい、きれーだなぁ」
 雫を目で追った先に見えた花を瞳に映し、八千代は口許を緩めた。
 赤に紫、ピンク。
 どれも良いけれど、やはり視線が向かうのは青の彩を宿す花。青が一番好ましいと思う理由はひとつ。自分が好きな男の指先みたいな色であるゆえ。
 道の傍らにそっと屈み込んだ八千代は青の紫陽花に手を伸ばす。そして、雫を湛えた萼に指を添わせた。そうすると溜まっていた大きな雫が地に零れ落ちる。
 しかし、降り続く小雨の粒が萼の上に更なる雫となって集まっていく。
「うん、やっぱり好きだ」
 思わず言葉にしたのは花への思いか、それとも彼への気持ちか。それは本人しか知り得ないささやかな感慨。
 ゆっくりと立ち上がった八千代は頬や肌に感じる雨粒の感覚を改めて確かめた。
 今はこれが心地好い。
 何より今日はひとりだ。傘をさすよりも濡れる方が好きだと感じる今、存分に濡れ鼠を楽しんでいくのも悪くない。
「おお、かたつむり!」
 近くの陰にゆっくりと動くものを見つけた八千代はそちらに駆け寄っていく。
 かたつむりを片手で摘んでみた八千代は嬉しげに笑う。もしも傍に誰か、たとえば彼が居たとしたら、子供みたいやな、とおかしげに笑ってくれたのかもしれない。
 かたつむりはくるんと丸まって引っ込んでしまった。
 驚かせたかと気付いた八千代は、ごめんな、と笑ってかたつむりを地面に戻す。頭を出したその子がまた進んで行く様を見つめ、八千代は軽く手を振った。
「よっと!」
 そのまま参道の奥に進んだ八千代は水溜りを飛び越える――のではなく、わざとその中に踏み込んだ。雫がばしゃりと跳ねて足元を濡らす。
 それもまた楽しくて、八千代は境内をそぞろ歩いてゆく。
 何となく既視感を覚えた。何でだろう。自分は何も覚えてないはずなのに。
 雨の音しかしない場所。
 人気のない神社。
 ずっと昔に似たような所に居たことがある気がした。
「何だ、この感覚」
 そのことに気が付いたとき、八千代は片手で頭を押さえていた。角の辺りがツキツキと痛むのはどうしてなのか。此処に似た場所について思い出そうとするほどに痛みが酷くなっていくようだ。
 思い出したくないわけではない。
 でも、絶対に思い出したいわけでもない。
(……だって)
 思い出したら、『俺』が終わってしまう気がしたから。
 雨は降る。
 降り続ける。花々に恵みを与え、いつかの過去に記憶の雫を落としながら――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

天御鏡・百々
【境内を散策後、神社で祈りを捧げる】

「我が器物は鏡ゆえ、雨はあまり好まぬが……ふむ。この紫陽花はなかなかに綺麗だな」
赤い和傘をさして境内を散策、雨音と咲き誇る紫陽花を見て楽しむぞ
我が本体の神鏡は、念のためオーラ防御の障壁で雨に当たらぬように保護しておく

「斯様に素晴らしきこの神社に、オブリビオンの魔の手が迫っているとは……早々に討伐し、落ち着いたこの地を護らねばならぬな」
百々も神社の御神体として祀られていたので、他の神社も見過ごせません。

戦勝を祈願しておくとするか(祈り10)

●アドリブ歓迎

(梅雨フラグメントの採用感謝です)



●花と鏡
 己が器物は鏡。
 それゆえに雨はあまり好まないが、この景色が美しいと感じる心はある。
 天御鏡・百々(その身に映すは真実と未来・f01640)は訪れた神社の鳥居を緩やかに見上げた。赤い和傘の合間から見えた雨模様は静かでやさしい。
 そして、そのまま境内に踏み出した百々は紫陽花の道を進んでいく。
 参道の両脇に咲く花々。
 それらは一株ずつ違う色彩に染まっていた。中には同じ株であるというのに青と紫、鴇色という別々の色を宿しているものもある。
 移り変わる色合いは美しく、和やかな雰囲気が感じられた。
「……ふむ。この紫陽花はなかなかに綺麗だな」
 和傘をくるりと戯れに回してみた百々は思ったままの感想を言葉にする。其処から境内を散策していく彼女はいろんな花に目を向けていった。
 傘を叩く雨音と、咲き誇る紫陽花。
 目の前に広がっている情景は静かながらも実に楽しい。
 そっと力を紡いだ百々は雨に濡れぬよう、傘をしっかりと持ちながら歩む。
 百々は色とりどりの紫陽花が浮かべられた手水舎を抜け、神社で祈りを捧げた。お参りはこれで大丈夫だろうとして百々は顔をあげる。
 願ったのは戦勝。
 この後に控えている戦いを思えば、それを祈るのが一番良いだろう。
 改めて此処までの道程を振り返った百々は、花の美しさやこの場の静けさを思った。
 何処も穏やかで平穏だ。
 小さな社ではあるが、此処には確かな信仰の証もある。
「斯様に素晴らしきこの神社に、魑魅魍魎の魔の手が迫っているとは……」
 この世が平和になったとて彷徨える存在は消えていない。
 百々は普段以上に気を引き締めていかねばならないと感じながら、本殿の奥に続いているという道へと歩を進めた。
「彼奴らを早々に討伐し、落ち着いたこの地を護らねばならぬな」
 決意を言葉にした百々は傘越しに神社の奥を見据える。
 百々自身も神社の御神体として祀られていた存在だ。今は人の身を取っているが、その縁があることを思えば他の神社の危機を見過ごすことなど出来ない。
 先程に祈願した祈りは聞き届けられるだろうか。
 たとえ届かずとも自分達、猟兵が勝利を得てみせる。
 己の力を信じ、未来を掴み取ろうとする百々の眼差しは真剣そのもの。そうして、雨と紫陽花が彩る午前の時間は刻々と過ぎてゆく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

春霞・遙
よひらのはな(「情報収集」で単語検索)……へぇ、四枚の花弁が複数集まっているから紫陽花をそう呼ぶんですか。
サムライエンパイアの言葉はやはり風流で素敵だと思います。この神社も、見事に手入れされていますね。

周囲の地形、戦闘になった時に建物や草木にできるだけ被害を及ぼさない場所なんかを下見がてら風景を楽しみます。
本当にただの趣味で風景写真の「撮影」して周ります。



●花を写すひととき
 四片の花。
 もしくは四葩と記してよひらと読むその言葉は、紫陽花の異名とされるもの。
 春霞・遙(子供のお医者さん・f09880)は周囲に咲く花々の様子を眺め、風流にも聞こえる言の葉を思う。
「……へぇ、四枚の花弁が複数集まっているから紫陽花をそう呼ぶんですか」
 関心を覚えた遙はゆっくりと参道を歩いていく。
 何気ない道ではあるが、よく見れば花に手が入っていることが分かる。普段は何も思わずに通っていく場所なのだろうが、目を凝らせば此処の宮司が施したであろう細々とした気遣いが見て取れた。
「この神社も、見事に手入れされていますね」
 鳥居から本殿や拝殿に向かう道すがら、進む先には手水舎が見える。
 やや見頃を終えそうになった花を其処に浮かべているのだろう。水面には様々な色合いの紫陽花が並べられていた。
 水を湛えた手水舎と其処に未だ息衝いている色彩。
 それはとても綺麗な光景だ。
 しかし其処に向かう前に遙は周囲を見て回る。
 周囲の地形はどんなものなのかを調べにいくためだ。参道は石畳になっており、本殿の奥は土の道が続く紫陽花の園だ。
 戦いになったときにこの辺りの建物や草木にできるだけ被害を及ぼさない場所があれば、と考えて進む遙は注意深く周囲を確かめていった。
 結果、戦場となる紫陽花の園と本殿、拝殿はそれなりに距離が離れていることがわかった。紫陽花の園と呼ぶだけあって足元の花々は遠ざけることは出来ないが、此方が壊そうとして暴れたりなどしなければ大きな被害も出ないだろう。
 今はそのことが分かれば十分だ。
「これで下見は終わりですね」
 遙は一息をつき、先程に気になっていた手水舎に向かう。
 花をよく見るために其方に歩を進めた遙は、今の自分が眺めているこの景色を切り取ってみたいと感じた。
「先程も思っていましたが、実に絵になりますね」
 雨と水。
 様々な色を宿す紫陽花。
 青に紅、二藍や紫。そのひとつずつが今の季節を示しているかのようで美しい。
 此処からは戦いの下見などではなく、本当にただの趣味として。この風景を写真として残していってみよう。
 そう決めた遙はシャッターを切り、初夏と雨の紫陽花の景色を写していった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

五条・巴
服を選ぶ楽しさを知って、色んな服を着てみた
仕事でも、プライベートでも
新しいことを知ることは楽しく、容易く受入れられる

この時期の雨はじめったく、気分をあげる為に明るい色を選んでた
でも今日は、心のままに、慣れた色を纏う

檳榔子黒には程遠い
黒鳶色のジャケットにシンプルなジーパン

全身に梅雨を纏った彩やかな紫陽花が視線を集める

傘は不要と置いてきた
一緒に濡れてしまえば、僕も紫陽花と一緒に見てくれるだろうか

紫陽花の垣根の向こうに、スタァの如き煌めきを放つ金魚の君を見た
僕の歩いた後ろに、過去慣れ親しんだ朗らかな君を見た

歩く道先には、何も無い

でも、今は歩こうと
何も見ないふりして紫陽花を楽しむんだ

何かを取り戻す様に



●過去と今と未来のみちゆき
 紫陽花の色彩は淡い。
 けれども、この雨の情景と混ざりあうと不思議と鮮やかな色に思える。
 赤い鳥居の向こう側に広がる景色。整えられた花と石畳の道は穏やかだ。
 五条・巴(見果てぬ夜の夢・f02927)は進む道の両側に咲く花々を眺め、静かに悠々と歩を進めていく。
 その際に思うのは己の装いのこと。
 服を選ぶ楽しさを知って、これまでに様々で多彩な服を着てみた。
 仕事でも、プライベートでも同じ。いろんなデザインの服、流行のファッションやコーディネイト。新しいことを知ることは楽しく、容易く受入れられるものだ。
 この時期の雨はじめったく感じられる。
 それゆえにこれまでは気分をあげる為に明るい色の服装を選んできた。
 しかし、今日は違う。
 心のままに、慣れた色を纏うのも悪くはないものだと感じたからだ。
 今の巴が身に纏っているのは藍下黒とも呼ばれる檳榔子黒には程遠い色。黒鳶色のジャケットにシンプルなジーンズパンツを合わせたスタイルだ。
 デニム地は雨粒を受け、本来の色合いよりも濃くなっている。その理由は傘は不要だとして置いてきたからだ。
 歩み続けていた巴は一度、立ち止まってみた。
 全身に梅雨の雫を纏った彩やかな紫陽花が視線を集めている。
 今みたいに一緒に濡れてしまえば、自分も紫陽花と一緒に見てくれるだろうか。
 巴は双眸を細める。
 雨は髪を濡らし、毛先から生まれた雫がぽたり、ぽたりと地面に滴った。肌を伝う雫もまた、静かに零れ落ちていく。
 濡れると決めた今、この心地も悪くないものに思えた。
 紫陽花の垣根の向こう。
 其処にスタァの如き煌めきを放つ金魚の君を見た。
 己の歩いてきた後ろ。
 其処に過去に慣れ親しんだ朗らかな君を見た。
 けれど――歩く道先には、何も無い。その先には誰もいないのだと示すような道行きだと感じて、巴は頭を振った。
 其処に在るだけで、花のように見てくれたら。
 往く先に誰かの、何かの姿を見ることが出来たのならば。
 あの紫陽花のようなたくさんの色彩を宿した考えが次々と浮かんでいく。しかし巴はそれ以上の思考を巡らせることはなかった。
 考えれば考えるほどに、心のままに居られなくなる気がしたから。
 でも、今は歩こう。
 何もないのならば、何も見ないふりしていけばいい。今はただ紫陽花を楽しめばいいのだと自分に言い聞かせる。
 巴の瞳に映った紫陽の花々はとても美しかった。
 やがて、景色の向こう側を見つめた巴はゆっくりと歩き出す。
 何かを求めるように。
 そして――何かを取り戻すように。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

葵・弥代
【POW】
正直に言えば雨、というより水気が苦手
……しかし折角だ。散策でもしてみるか。
藍色の番傘を差し、”本体”は濡れぬようにしてあるが今一度懐を確認し小雨降る中を歩き出す

雨天で散策とは正直どうしてするのか分からなかったが。
鮮やかに。色とりどりに咲かせる紫陽花の園
しとしと雨音に耳澄ませ穏やかに流れる時間
こういうものも、ひとつの風流というものなんだろうか。
陽の下で咲く紫陽花も十分綺麗だが、雨露の中で紫陽花を愛でるのも趣があるな。

しかしこれだけ咲かすのも見事だな。
宮司の想いあってこそ、なのか。
ならば尚の事。多くの人々に見てもらいものだ。
その努力が報いるようにと。先を考えながら静かに紫陽花を見て楽しむ



●花の彩
 降り続く雨。
 天から地へ降りそそぐ雨粒は細い線を描きながら、大地に恵みを与えていく。
 藍色の番傘の間から覗いた空は曇天。葵・弥代(朧扇・f27704)は軽く見遣った雨空から視線を外し、懐に手を当てる。
 正直に言えば雨――というよりも、水そのものが弥代にとっての苦手なものだ。
 こうして雨の日に出歩くのも好ましいとは呼べない。
「……しかし折角だ。散策でもしてみるか」
 懐にひそめた己自身が濡れぬよう、弥代はゆっくりと歩いていく。
 小雨であるゆえに過剰な心配はいらないのだが、やはり気にはなる。雨脚が強くならなければいいと考えた弥代はもう一度だけ空を見上げた。
 されど、鳥居をくぐったところで弥代の視線は地面に向けられる。
 秘色や二藍、薄紅。
 其処には様々な色彩を宿す花の景色があった。
「ああ、そうか」
 思わず納得したような声が零れ落ちたのは、今は空模様など気にせずとも良いと感じたからだ。それまでの弥代はただ濡れるだけの雨天の最中に散策をすることに、確かな意味を見出せていなかった。
 何故わざわざこの日に出掛けるのか。
 今ならその意味が分かる。雨粒を受けながらも可憐に、そして美しく咲く花の風情がこれほどに良いものだとは思わなかった。
 鮮やかに。色とりどりに咲いている紫陽花の園。
 そして、しとしとと降りゆく雨音に耳を澄ませる穏やかな時間。
 番傘の下という自分だけの世界で、花と雨に意識を向けるひとときは善きものだ。
「こういうものも、ひとつの風流というものなんだろうか」
 弥代は幾度か瞬き、思いを言葉にした。
 声にした言葉に答えてくれるものは今は居ないが、代わりに跳ねた雨の粒が返事をしてくれた気がした。
 きっと、このように感じるのも其処に風流さを感じているからだろう。
 陽の下で咲く紫陽花も十分に綺麗だと思えるが、今のように雨露の中で紫陽花を愛でるのも趣があるものだ。
 弥代は参道の両側に咲く花々を眺め、少しずつ歩を進めていく。
 鴇色の花もあれば、瑠璃色を思わせる萼の彩もあった。少し視線を横に向ければ印象的な紅を宿している花もある。
「これだけ咲かせるのも見事だな」
 やはり此処を欠かさず手入れしているという宮司の想いがあってこそなのかもしれない。弥代は未だ見ぬそのひとを思い、番傘を握る手に力を込めた。
 今は穏やかに見えるこの地も、時が巡れば魑魅魍魎が現れる場所となる。その跋扈を許せば美しい景色も荒れてしまうだろう。
「ならば、尚の事。多くの人々に見てもらいものだ」
 宮司の努力が報いるように。
 そして、この地を愛する人々の平穏の為にも。静かな決意と思いを巡らせた弥代は紫陽花の景色を瞳に映した。
 見つめるのは雨の情景だけではない。
 この先に訪れる花咲く未来も、己の眸で視ることが出来れば佳いと思えた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

蘭・七結
いっとうの彩
あかい番傘を手に花の道へ

仰いだ天は生憎の彩だけれど
降り注ぐ雨粒の音色は心地よいものね
くるりらと傘と戯れる
透明な雫が散る様だってたのしいわ
この時期の雨は、とてもステキね

灰がかった天が続く日々
この世に生誕しただけの月
六月はただの六月でしかなかった
何も感じることはなかったけれど
見える景色は、少しずつ移ろっていて
今ではとりどりの彩たちがうつくしく映るの
彼方も、此方も、あいらしいわね

あたたかな春が過ぎて
あと少しで、夏がやってくる
瞬くようにひととせは巡ってゆく
これから如何なるものと出逢えるのかしら

心躍るままに持ち上げた踵は、とても軽い
もう少し奥へと往きましょうか
とびきりの彩に出逢える気がするの



●風待ちの景象
 雨に染む景色は不思議と長閑に感じられた。
 あかい番傘をさして、紅の鳥居を抜けて、花の路へ進む。小雨の中で咲き誇る紫陽花を眺めれば穏やかな心地が裡に生まれた。
 其処に重なるのは雨粒が傘をやさしく叩く音。
 葉に溜まった雫が地面に落ちる音。
 耳を澄ませば自然の声が聴こえて、目を凝らせばいっとうの彩が見える。
 萼の彩は様々で、秘色や縹色、紅掛の花色が咲く。
 少し視線を巡らせれば、真朱や鴇色、月白を思わせる花萼を見つけることもできた。
 蘭・七結(まなくれなゐ・f00421)は歩を進め、あかい番傘の合間から空を見上げてみる。仰いだ天は生憎の曇天で其処に彩はない。
 けれどそれを音色と呼ぶように、降り注ぐ雨粒の音だって色のひとつ。
 くるくる、くるりら。
 傘と戯れて花を観て、透明な雫が散る様を目で追う。
 たのしい。うれしい。そう思えるのは紛れもない平穏が此処に満ちているから。
「この時期の雨は、とてもステキね」
 雨の季節は憂鬱だとも言うが、少なくとも今はそうではない。
 灰がかった天が続く日々。
 これまで七結にとって水無月とは自分がこの世に生誕しただけの月だった。弥涼暮月、鳴神月に風待月。様々な呼ばれ方もあるが、六月はただの六月でしかなかった。
 それだけで何も感じることはなかったけれど今は違う。見える景色は少しずつ移ろっていて、とりどりの彩たちがうつくしく映っている。
「彼方も、此方も、あいらしいわね」
 嘗ての自分ならば綺麗だと思っても、通り過ぎればそれで終わり。いつかは忘れるだけの景色だっただろう。
 しかし、今はこうして情景を想い乍ら歩ける。
 長い冬を終えて、あたたかな春が過ぎて――あと少しで、夏がやってくる。
 瞬くようにひととせは巡ってゆく。
 風を待つ月とはよく云ったもので、七結はあらたな季節の風を待つ心を宿していた。
「これから如何なるものと出逢えるのかしら」
 今までは考えもしなかった未来に思いを馳せる。ただこうすることが出来るという、ちいさな倖せを感じられる。これがどんなに佳いことかを識った。
 淡く咲く花の流れを追うように七結は歩を進める。
 傘をさして歩むこの時間は、ひとりきりでも寂しくはない。心躍るままに持ち上げた踵はとても軽やかだ。
「もう少し奥へと往きましょうか」
 そうすればとびきりの彩に出逢える気がして、七結は温和しやかに進む。
 すると行く先に花の手水舎が見えた。
 水盤のように浮かぶ紫陽花。これらは間もなく見頃を過ぎそうになった花の命を存えさせるために切り取られ、並べられたものなのだろう。
 いずれ枯れゆくものであっても水面に宿る色彩はうつくしい。きっとこれこそが過ぎていく季節にみつけた、とびきりの情景。
 七結は穏やかに微笑み、花を瞳に映す。
 降り続く雨は何処までもやさしく、大地に恵みを与えていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

蘆名・臣
月守(f19326)と共に。
アドリブ、マスタリング歓迎

_

…本当に、本当に久方ぶりに休日になった
だからこうして此処に来ているわけだが
(「…何をしたらいいかわからんな…」)
休日の過ごし方を忘れてしまった

傘を差し、あてもなく紫陽花を見て廻る
その中で
見覚えのある背中を視界に捉え
全く、と溜息を吐いてその背へ歩み寄る
雨から彼女を護るよう差していた傘を彼女に傾け
「…傘も差さずに、風邪ひくぞ。──月守」
気ままな猫の様な無邪気さに、袖を引かれるままにはいはいと相槌を打つ
…彼女は彼女自身のことに疎いから一々心配になる
傘の下を分け合い相合傘に、
彼女がこれ以上冷たい雨に打たれぬ様
俺の肩が濡れようともそれは勲章にも思う


月守・ユア
臣さん(f22020)と
アドリブ可

傘もささず
雨に身をさらして紫陽花を眺める
花の前にしゃがみ
つんっと花弁をつつく

…まぁるいお菓子みたい
まるで和菓子みたいに甘そうな色
齧ったら美味しいかな?なんて…空想する

…何となく来ちゃったけど
素敵な風景だから一人で眺めるのもったいなかったな
膝を抱えて、花を見つめる
少し切ない気持ちをお供に

不意に雨が止む
代わりに振ってきたのは覚えある声…
はっとして顔を上げる

「!…おや
こんな所でも世話焼き?臣さん」

ついでにボクを見つけるの上手?
おどけて笑うと君の隣に並ぶように立つ

「なら、風邪ひかないよーに一緒に廻ってくれる?
一人じゃ案外退屈でさっ」

ね、いいでしょ?
彼の袖引いて無邪気に



●雨の日の過ごし方
 本日はそれはもう久方振りの休日だ。
 いつぶりだろうかと考えるも、すぐに思い出せないくらい前に以前の休日があった気がする。だからこうして、ゆっくりするために此処に訪れているわけだが――。
(……何をしたらいいかわからんな)
 蘆名・臣(ムスタング・f22020)は悩んでいた。
 傘をさして、景色が良いという神社に来てみたはいいものの歩いているだけだ。
 本当にこんな過ごし方で良いのか。
 これほどにのんびりとしてしまって良いものなのだろうかと疑問が浮かんだ。
 臣は紫陽花が咲く参道を進み、あてもなく雨と花の情景を見て廻る。つまらないというわけではないのだが、何かをしなければならないという感覚が景色を楽しむことを妨げてしまっているかのようだ。
 そんな中で臣は前方に見覚えのある背中を見つけた。
 その人影は雨に濡れている。
 全く、と溜息を吐いた臣は其方へと歩み寄っていく。その背の主は――。

 それよりも少しだけ前のこと。
 月守・ユア(月夜ノ死告者・f19326)は傘もささずに、雨に身をさらしていた。
 その視線の先にあるのは紫陽花。薄青の色を宿す株の前に屈み込んだユアはじっと萼を眺めていた。そして、その中心にある小さな花弁を指先でつつく。
 青い色彩を湛える花の隣には、鴇色の花萼が見えた。
「……まぁるいお菓子みたい」
 まるで和菓子みたいに甘そうな色だと思い、ぽつりと零した言葉は雨の音に紛れて消えていった。けれども誰かに聞かせるための声ではなかったのでそれでいい。
 ひとくちだけ齧ってみたら美味しいかな、なんて空想をしてみるのも楽しく、ユアは口許に淡い笑みを湛えた。
 何となく来てしまったが、何だか少しだけ勿体ない気がする。
 それはこの素敵な風景をたったひとりで眺めているから。雨はしとしとと降り続けていて、そんな気持ちを増やしていくかのようだ。
 膝を抱えたユアは花を見つめる。
 少しの切なさをユアが覚えたとき、不意に雨が止んだ。そう感じた途端にユアの耳に聞き覚えのある声が届いた。
「……傘も差さずに、風邪ひくぞ。――月守」
 それは臣の声だ。
 雨は止んだのではなく、彼が雫からユアを護るよう傘を傾けたからだった。頭上に広がっている傘を見上げ、続けて臣を見た彼女がはっとする。
「! ……おや。こんな所でも世話焼き?」
 臣さん、とユアが問いかけると、彼は放っておけなくなったのだと話した。
「花を見るのは良いが、濡れたままでは流石にな」
「ついでにボクを見つけるの上手?」
「……さあ、な」
 くすりと笑ったユアが更に問いを重ねる中、臣は偶然だったのだと答える。残念、とおどけてみせたユアは立ち上がり、彼の隣に並ぶように立った。
「なら、風邪ひかないよーに一緒に廻ってくれる?」
「一緒に?」
「そう、一人じゃ案外退屈でさっ」
「その割には花に魅入って……」
「これとそれとは話は別! ね、いいでしょ?」
 ユアはまるで気ままな猫のように無邪気に袖を引いてくる。
 はいはい、と相槌を打った臣は傘を傾け直した。彼女は自分自身のことに疎い。それゆえに心配になってしまい、このままひとりにしておくのも憚られた。
 するとユアは嬉しそうに傘の下に潜り込む。
 雨を遮る傘の中の世界。
 限られたちいさな空間を分け合えば、相合傘の形になる。
 臣は彼女がこれ以上の冷たい雨に打たれないよう、傘をユアの方に寄せた。自分の肩が濡れようとも構わない。寧ろそれは勲章だと思えた。
 ありがとう、と告げて彼を軽く振り仰いだユアは嬉しげに視線を合わせる。臣も頷きを返して、双眸を僅かに緩めた。
 ひとりきりでは切なくて、何をすればいいか分からなかった時間。それが今、こうしてふたりでいることで意味が見えてきた気がする。
 ユアが抱くのはちいさな嬉しさ。
 臣が今すべきことは、彼女を雨から守ること。
 共に歩む先には様々な色を咲かせた紫陽花の園が広がっていた。
「ああ、そうか」
「どうかしたの?」
「いや、考えていたことの答えが見つかった気がしてな」
 臣が思わず呟いた言葉に反応したユアは首を傾げる。
 詳しく聞かせてよ、というユアからの言葉に対して臣は静かに同意を示した。其処から語られていくのは――休日の過ごし方を少し思い出した、というお話。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

雲烟・叶
【烟雨】

しとしとと雨の音
暑さも寒さも関係のない身では疎むこともなく
養い子と共に、それぞれ番傘咲かせて境内を歩く

綺麗ですねぇ、紫陽花
うちの庭も今が盛りですけど、流石に此処までは
……そういえば
甘露のお嬢さんをうちの店に連れて帰ったことありませんでしたねぇ
ね、お嬢さん
お前も随分とコントロールが上手くなって来ましたから
その内、お招きしますよ
それまで良い子で頑張ってくださいな

笑う声は無自覚に柔らかい
紫陽花に雨雫、境内には色とりどりの傘
自分自身は、言わないけれど煙の能力上、雨や湿気は苦手だ
でも、この娘には、この光景が良く似合う
この娘が、この雨を、人々が美しいと笑い合う光景を覚えていられるように願う


世母都・かんろ
【烟雨】

花咲く番傘を
なんとなくくるりひと回し
雨の日はすき
わたし自身が降らせていても、関係ないから
気にしなくって、いいもの

アジ、サイ、ふんわり、して
かわいい、です、ね
色、も、雨の中、だか、ら
やわ、らか、く、見える、の

エンパイアの空気は
ヒーローズアースと全然違う
和風と古風な日本の彩
花の色まで、違って見えるの
ヤドリガミだからかもしれないけど
叶さんみたい

お店、行っても、いい、の?
わ、わぁ…うれし、です
叶さん、の、おうち
練習、もっと、がんばら、なきゃ
いいこ、に、します!

もっと嬉しくなって
紫陽花と傘の彩を指差しては
隣の保護者に話してしまう
だけど、水たまりだけは気をつける
叶さんに掛かったら、大変だもの



●地に咲く色彩
 しとしとと降りゆく雨の音。
 その中でひらく傘の花。紫陽花の色彩に混じってくるりと回せば、雨の雫が弾けた。
 世母都・かんろ(秋霖・f18159)が手にした番傘を眺め、雲烟・叶(呪物・f07442)は雨と花が戯れる様を楽しむ。
 暑さも寒さも関係のない身では疎むこともない。
 養い子と共に、それぞれの番傘を咲かせて境内を歩くのは悪くはない心地だ。少し先を歩くかんろは叶の方に振り返り、双眸を淡く細めた。
 雨の日はすき。
 かんろがそう思うのは、自身が降らせていても関係ないから。いつもは気になることを気にしなくて良いという状況は良いものに思えた。
 静かな参道を進めば、穏やかに咲いた花が自分達を迎えてくれる。
「アジ、サイ、ふんわり、して、かわいい、です、ね」
「綺麗ですねぇ、紫陽花」
 かんろの言葉に叶が頷きを返し、同じ方向を見つめた。
 うちの庭も今が盛りだが、宮司が毎日欠かさず手入れしているという紫陽花は一味違うように思える。流石にうちの花は此処までは、と称賛の思いを抱く叶。
 立ち止まった彼の足元には可憐な藍の花があった。
 その隣にそっと屈み込んだかんろは紫陽花を間近で眺める。
「色、も、雨の中、だか、ら、やわ、らか、く、見える、の」
 この世界の空気はかんろがいた世界とは全然違うものに思えた。和の雰囲気と古風な日本の彩は花の色まで違って見せてくれる。
 ヤドリガミだからかもしれないが、まるで叶のようだ。
 かんろが花から叶に目を向けると彼はふと思い立ったように口をひらく。
「……そういえば」
「は、い?」
「甘露のお嬢さんをうちの店に連れて帰ったことありませんでしたねぇ」
 彼の言葉にかんろはきょとんとした様子で首を傾げた。
「お店、行っても、いい、の?」
「ね、お嬢さん。お前も随分とコントロールが上手くなって来ましたから」
「わ、わぁ……うれし、です」
「その内、お招きしますよ。それまで良い子で頑張ってくださいな」
「叶さん、の、おうち。いいこ、に、します!」
 練習をもっと頑張らなきゃ、と意気込む様子のかんろを叶が見守る。ふふ、と笑った彼の声は無自覚ではあるが柔らかいものだった。
 それからかんろはゆるりと立ち上がり、更に参道を進もうと示す。
 道の両側に咲く花は様々な色を宿していて、それぞれをゆっくりと見ていくのも楽しいだろう。きっと神社の最奥に辿り着くには時間が掛かるが、それもまた雨の日の楽しみ方のひとつだ。
 紫陽花に雨雫、境内には色とりどりの傘。
 本当は叶自身は――決してかんろには言わないけれど、煙の能力上、雨や湿気は苦手な部類に入る。
(でも、この娘には、この光景が良く似合う)
 この娘が、この雨を、人々が美しいと笑い合う光景を覚えていられるように。
 それゆえにこうしてふたりで雨の中を歩きたいと願った。
 かんろは叶が向けてくれる視線に優しさを感じ取る。嬉しかった気持ちが更に増えた気がして口許を緩めた。
「みて、ください。傘の、いろ」
「ええ、花のようですねぇ」
 紫陽花と傘の彩を指差しては、隣の叶に話すかんろは楽しげだ。
 しかし、不意にはたとしたかんろは前方にある水たまりを慌てて避けた。叶は語らないが、かんろだってちゃんと水と煙の関係を察している。
(叶さんに掛かったら、大変だもの)
「どうかしましたか?」
「ううん、何で、も、ない、です」
 叶が問いかけると、かんろはふるふると首を横に振ってみせた。
 かんろが自分を気遣ってくれているのだと気が付いた叶は、雨粒を弾く水たまりを見下ろす。其処には水鏡のようにふたりの姿が映っていた。
 雫に揺らされた水面に映った影。
 一瞬だけ見えた互いの顔は嬉しげで、実に楽しそうで――。
 ああ、こんなひとときも佳いものだ。
 そんな風に思えたことで叶の口許に微かな笑みが宿った。かんろも顔を綻ばせ、行きましょう、という仕草で以て叶を誘う。
 雨はまだ降り止まない。けれども胸に宿る心地は穏やかなものだった。
 薄紅、薄青、紫。
 色合いの違う紫陽花の彩はやさしい。花々はまるで共に歩くふたりを見守ってくれているかのようで――暫し、和やかなひとときが過ぎていった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

逢坂・理彦
まずは本殿にお参りっと。
神社生まれの性かねぇ。

雨も紫陽花も彼との思い出がたくさん詰まっているからね。花だけでなくこの天気さえ愛でたい気分だよ。
傘にも少しこだわってみたけど。
紫陽花柄の傘なんておじさんには少し可愛らしすぎたかなぁなんて思わなくもなくて。

うん、でもこの傘をお土産にしたら喜んでくれそうだしまた雨の日のお出かけが楽しくなりそうだ。

桜と共に咲く紫陽花も良かったけれど。
こうやって紫陽花だけってのもやっぱりいいもんだ。



●参拝と花景
 紫陽花が咲く参道を抜け、目指すは神社の奥。
 花をゆっくり見るのは後の楽しみにして、本殿前にある拝殿で参拝をするためだ。
「神社生まれの性かねぇ」
 逢坂・理彦(守護者たる狐・f01492)は作法に則ってお参りを進めていく。今日は特別に神社の内部は人払いがされているため、辺りは静かだ。
 手を合わせて瞼を閉じれば、降り続く雨の音がよく聞こえてきた。
 さあさあと降る雨は何だか優しい。
 そんな風に感じながら参拝を終えた理彦はゆっくりと瞼をひらき、拝殿の屋根の下から見える雨の景色に目を向けた。
 降っているのは小雨。
 それゆえに雨によって細い線が描かれているように見える。其処から少し遠くを見れば、これまで通ってきた道に咲く紫陽花が見えた。
 葉や萼に雫を湛えている花々はとても愛らしく思える。
 淡い青の隣には薄紅の花萼。
 鴇色から秘色、二藍と紫のグラデーション。どれも良いものだ。
 暫し拝殿からの景色を眺めた理彦は傍らに置いていた傘を手に取る。来るまでにも使っていたが、改めてひらく傘。
 其処には見事な紫陽花柄が施されている。
「雨も紫陽花も良いものだね」
 その理由は彼との思い出がたくさん詰まっているから。花だけでなくこの天気さえ愛でたい気分だ。
 そう考えつつ理彦は傘をさして歩を進めていく。
(――この傘、おじさんには少し可愛らしすぎたかなぁ)
 なんてことを思わなくもないが、見上げれば透けて見える花の色彩は好ましい。
 それにきっと彼も喜んでくれる。
「でも、この傘をお土産にしたら嬉しいって言ってくれるんだろうなぁ」
 そうすればまた雨の日のお出かけが楽しくなりそうだ。
 雨の中で咲く紫陽花に自分も混ざれている気がして、今の心地も悪くない。くるくると戯れに傘を回せば、頭上で紫陽花の柄も楽しげに揺れた。
 彼と一緒にこの傘に入っても良いかもしれない。
 もしくは一緒に並んでふたつの傘を隣同士でくっつけて、ふたりの世界をつくってもいいだろう。しとしとと降り続く雨の中にたくさんの楽しみを見つけられる気がして、理彦はいずれ訪れるいつかのことを思う。
「桜と共に咲く紫陽花も良かったけれど。うん、今みたいにこうやって紫陽花だけってのもやっぱりいいもんだ」
 お参りも終えて、紫陽花の景色を眺めて――。
 ひとりでいても彼のことを思えるのは良いひとときだ。
 こんなに穏やかな時間が過ごせることを嬉しく思い、理彦は双眸を細めた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

黒鵺・瑞樹
雨に濡れるのは好きじゃないけれど、梅雨自体は嫌いじゃない。
しっとりとした空気はむしろ好ましい。けれど元が元だけに、じっとりとした纏わりつく空気は苦手だ。
動かなければ、動けなければ。錆び付いて朽ちてしまいそうで怖い。

神社に一通り挨拶(参拝)して。
それから茶屋があるのならそこで、持参した茶を飲みながら紫陽花を見てようか。お供は一口二口で終わる甘味。(甘いものは苦手だし、かといって煎餅は合わないだろう。湿気るかもしれないし)
紫陽花は咲く時期が時期だけに、鮮やかではあっても、華やかなモノってイメージがないな。
たくさんの小花が寄り添って咲く様は、色も相まって華やかなものになるはずなのに。ちょっと不思議。



●雨音と花
 しとしと降る雨は憂鬱。
 そんな言葉をよく聞く通り、雨に濡れるのは好きではない。
 黒鵺・瑞樹(境界渡・f17491)は梅雨らしい雨の景色を眺めながら鳥居を潜った。
 けれど、この季節自体は嫌いではない。
 しっとりとした空気はむしろ好ましいし、雨は大地や花、草木に恵みを与える良いものだ。それでも元が元だけに、じっとりとした纏わりつく空気は苦手だった。
「……歩くかな」
 瑞樹は鳥居を抜け、紫陽花が咲く参道を進む。
 動かなければ、動けなければ。そう思うのは錆び付いて朽ちてしまいそうで怖いからなのだろう。されど瑞樹はそんな思いなどおくびにも出さず歩を進めていった。
 石畳の参道。その両脇に咲く花。
 それらを眺めながら先ず向かっていくのは神社の奥にある拝殿だ。
 本殿と繋がっているつくりになっている其処は、これまで見てきた花と同じようによく手入れされている雰囲気だ。
 瑞樹は傘を閉じて屋根から滴る雫の音を聴く。
 雨音を耳にするだけならば居心地は良い。この静かな雰囲気の場所によく似合う音だと感じた瑞樹は両手を合わせた。
 参拝をして、此処に祀られる神様に挨拶を終えた瑞樹は顔をあげる。
 未だ進んでいない奥の方に茶屋の建物が見えた。お参りも済んだ今、そちらに向かってみるのも悪くないだろう。
 茶屋の方にも紫陽花が並んでいる。
 この後の為に人払いをしているゆえに周囲に人気はないが、それもまた良い。
 瑞樹はゆっくりと歩き、茶屋の野点傘の下に入った。
 広げられたままの床几台に腰を下ろした瑞樹は持参した茶を取り出す。腰を落ち着けて眺める花々の景色もなかなかだ。
 そんな事を考えながら、瑞樹は暫し雨の情景を見つめる。
 茶のお供は一口二口で終わる甘味。煎餅も悪くなかったが、湿気るかもしれないと考えて持ってきたのがこれだ。
 茶を味わいながら食べ進めれば、再び雨音が気になった。
 ぴちゃん、ぴちゃん、と地面を叩く音が何かの音色に聞こえたからだ。見れば野点傘の端から落ちた雫が奏でているものらしい。
 その音に耳を澄ませた瑞樹は視線を落とす。
 少し先には変わらず、雨を受けて咲き誇る紫陽花が見える。
「紫陽花は咲く時期が時期だけに不思議だな」
 鮮やかではあっても、華やかなモノだというイメージがない。たくさんの小花が寄り添って咲く様は、色も相まって華やかなものになるはずなのに。
 きっとそれが紫陽花の在り方なのだろう。
 瑞樹はいま其処にある花と雨の情景を眺め続け、緩やかに息を吐いた。
 雨が降る。
 落ちる雫はまるで誰かの涙であるかのように、静かに地面を濡らしていった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

月舘・夜彦
【華禱】
傘を差して紫陽花を見に行きます
傘は萌黄、そこに黄金の風を模した線が描かれたもの

傘の所為で普段よりも少し離れた位置で並んで
雨に濡れた紫陽花の花々を眺める

倫太郎殿、如何かされたのでしょうか?
何処か落ち着かない様子の彼に尋ねれば、くすりと笑って
おや……お気付きになりましたか
今日は握るものが傘の柄だけなもので
去年の私と貴方は、友人だったのですからね

自然の青はなかなか見られないものです
普段は空でしか見れぬ色を地上で見るのは幻想的で
それから雨に濡れた土の匂いと草花の匂いがとても好きです
……私、ですか
言われた事がないもので、少し照れてしまいますね

やはり……手、繋ぎましょうか
どうにも落ち着かない


篝・倫太郎
【華禱】
傘を差してのんびりと
俺の傘は夜彦の髪色に似た深い紺……夜の色
流石に傘を差してるのもあるから
手を繋ぐのは今日はなし

(自分の空いた手を見下ろしてわきわき)
んー?いや、なんか落ち着かねぇなって?
……あんたも似たような感じっぽい気がするんですケド?
手を繋ぐことが当たり前になってるもんだから
繋がない事が落ち着かない
去年、紫陽花を一緒に観た時はさ
手を繋ぐとか全然してなかったのにな?

そんな話をしながら散策

ここじゃない世界の紫陽花も綺麗だけど
やっぱり、この世界の紫陽花は風情があるから
雨に濡れて艶やかで
どこか、あんたに似てる気がする

一つ頷いて、手を差し出し繋げば
無自覚にほっと安心したように息を吐いて笑う



●繋いできたもの
 傘をさして進む先は境内。
 紫陽花が並び咲き、小雨が降り続く情景は穏やかだ。
 篝・倫太郎(災禍狩り・f07291)がひらいているのは深い紺――隣を歩む彼に似た、夜の色を宿した傘。月舘・夜彦(宵待ノ簪・f01521)がさしているのは、萌黄に黄金の風を模した線が描かれた艶やかな和傘だ。
 今日は互いにひとつずつ傘を持っているゆえ、距離はいつもより遠い。
 さあさあと降りゆく雨の音。
 その音は悪くないものだというのに、今はふたりを隔てているように感じられた。
「綺麗だな」
「そうですね、見事です」
 倫太郎が傘越しに語りかければ夜彦も雨に濡れた紫陽花の花々を眺める。
 薄紅に青、秘色。
 目に映る色彩は綺麗だが、どうにも空いた片手が落ち着かない。けれども流石に今日は傘をさしていることもあって、手を繋ごうと言えなかった。
 自分の手を見下ろしてわきわきと動かす倫太郎。その動きは可愛らしくもあったが、夜彦には不思議に思えてならなかった。
「倫太郎殿、如何かされたのでしょうか?」
「んー? いや、なんか落ち着かねぇなって?」
 そのように夜彦が尋ねると、無意識に手を見ていたことに気が付いた倫太郎は軽く首を振る。そして、彼の様子もまたいつもと少し違うことに気が付いた。
 落ち着きが無いのは自分だけではなく、夜彦もだったようだ。
「……あんたも似たような感じっぽい気がするんですケド?」
「おや……お気付きになりましたか」
 対する夜彦はくすりと笑いながら萌黄の傘を戯れにくるくると回してみせる。
 そして、言葉を続けた。
「今日は握るものが傘の柄だけなもので」
「そうだよな、何か……うん」
 今は手を繋ぐことが当たり前になっている。それゆえに繋がないことが落ち着かないのは倫太郎も夜彦も一緒だった。
「一年前の今頃を思い出しますね」
「あの時に紫陽花を一緒に観た時はさ、手を繋ぐとか全然してなかったのにな?」
「去年の私と貴方は、友人だったのですからね」
 そんな話をしながら散策していくと、ふたりは境内の或る場所に辿り着いた。
 小さな屋根の下、水が溜められた石作りの手水舎は見た目も涼しげだ。其処には紫陽花が浮かべられている。まるで水面に花が咲いているかのように並べられた花萼は色とりどりの彩を見せてくれた。
 夜彦はその中に鮮やかな青の花を見つけて歩み寄る。
「自然の青はなかなか見られないものですから、つい目を奪われますね」
「ああ、ここじゃない世界の紫陽花も綺麗だけどさ。やっぱり、この世界の紫陽花は風情があるように思える」
 倫太郎はそっと頷き、夜彦と同じ花を見つめた。
 普段は空でしか見れぬ色を地上で見るのは幻想的だ。手水舎の花もさることながら、雨に濡れた土の匂いと草花の匂いを感じることが出来る。
 いま此処にあるこの心地がとても好きだと語った夜彦は静かに一歩を踏み出した。手水舎の屋根から出ることで再び傘を叩く雨音がよく聞こえはじめる。
「この音も風流と呼ぶものなのでしょうね」
「あの花、雨に濡れて艶やかでどこか、あんたに似てる気がする」
「……私、ですか」
 色濃い青を宿す花を見ていた倫太郎は夜彦とそれを見比べた。幾度か瞼を瞬いた夜彦も青の紫陽花に意識を向ける。
 きょとんとした様子の夜彦に向け、倫太郎は首を傾げてみせた。
「嫌だったか?」
「いえ、言われた事がないもので、少し照れてしまいますね」
「そっか。ふふ……」
 夜彦が言葉通りに照れた仕草をしたものだから、倫太郎は微笑ましさを覚える。くつくつと軽く喉を鳴らして笑う倫太郎は何だか楽しげだ。
 それまで落ち着きがなかった時間と比べて、不思議と雰囲気も和らいだ気がする。
 そして、夜彦は傘を持っていない手を静かにあげた。
「やはり……手、繋ぎましょうか」
「そうだな、行こう」
 頷いた倫太郎は彼に腕を差し伸べ返し、その手をそうっと握る。
 傘と傘の間。手を繋げば安堵めいた心地が巡った。無自覚にほっとして、安心したように息を吐いた倫太郎は微笑む。
 その笑顔は先程より幾分もやわらかく思え、夜彦も口許を緩めた。
 そうして、ふたりは歩き出す。
 並びゆく傘と繋ぐ手と手。雨は少し冷たくとも、握った掌はとても温かかった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ヴィクティム・ウィンターミュート
彩萌(f03307)と

何色?花の良し悪しはよくわかんねえからな…
まぁ、紫かな…強いて言うなら、だけど

(傘は殆ど彩萌に傾けている)
ん?別に気にしなくていいよ
傘差すと視界が悪くなっちまうからな。何かあった時の為に俺が見ておく方がいいだろう
それに俺、風邪引かないから
雨に打たれるのも大昔に慣れた

へぇ、『移り気』ねぇ…。
俺とは無縁の言葉みてーだな。…お前もか
互いに揺れないなら、この先一生堂々巡りってことじゃないか?
…良いのか悪いのか分らんけどな

打たれても健康を害さない雨ってのは、どうにも奇妙だな
知らねえ花を愛でるのも…やっぱ慣れねぇ
…こういう感想しかない俺と遊び歩くのって、楽しいもんなのか?


斬断・彩萌
ヴぃっちゃん(f01172)と相合傘で紫陽花の園を歩く

わ、流石評判イイだけあって圧巻ね~
ヴぃっちゃんは紫陽花、何色が好き? やっぱ紫?
私はね、紫が好きだな。同じだね

てゆかあなためっちゃ濡れてるけど…傘、小さかったかな
ごめんね、相合傘したいとか言って…
でも乙女の浪漫なの~!好きな人と同じ傘に入るのは~!
あとでグリモアで家まで送るから許して
風邪ひかせたなんてなったらあの子に怒られちゃうわ

…ねぇ知ってる?
紫陽花の花言葉。『移り気』ですって
私は、揺らがないから。ヴぃっちゃんに負けないくらいに、ね!
平行線でもいいじゃない、ずっと一緒って事だもの

楽しいよ、好きな人と一緒だもん
ほら胸張って、水も滴るイイ男!



●移ろわざるもの、移ろいゆくもの
 降り続く雨。咲き誇る花。
 その最中をひとつの傘に入って歩けば、淡い色彩が目に入る。
「わ、流石評判イイだけあって圧巻ね~」
「そうだな、手入れが行き届いてるのがよく分かる」
 斬断・彩萌(殺界パラディーゾ・f03307)が楽しげに声を弾ませる中で、ヴィクティム・ウィンターミュート(End of Winter・f01172)は傘を傾ける。その理由は花を見るために少し早足になった彼女が雨に濡れないようにするため。
 彼がすぐ傍に居て、歩幅を合わせてくれていることが彩萌にとっては何より嬉しい。何せ今は相合い傘状態だ。
 水溜まりと花の傍で立ち止まった彩萌はヴィクティムに問いかける。
「ヴぃっちゃんは紫陽花、何色が好き? やっぱ紫?」
「花の良し悪しはよくわかんねえからな……」
「私はね、紫が好きだな」
「まぁ、紫かな……強いて言うなら、だけど」
 先に告げた彩萌に続き、ヴィクティムは紫色の花に視線を落とした。同じだね、と彼の視線を目で追った彩萌は綻ぶ花のように笑む。
 雨を受けて咲く紫陽花。
 大きく花ひらいたように見える部位は萼で、その中心にあるのが小さな花だ。微かに見える花まで淡い紫に染まっている様は愛らしい。
 雨の中で彩萌は花とヴィクティムを見比べ、或ることに気が付いた。
「てゆかあなためっちゃ濡れてるけど……傘、小さかったかな」
 ヴィクティムがさしてくれている傘は殆ど彩萌の頭上にあるようなもので、彼自身は横合いから入ってきた雨で濡れている。
「別に気にしなくていいよ」
「ごめんね、相合傘したいとか言って……」
「傘差すと視界が悪くなっちまうからな。今は平穏だが、何かあった時の為に俺が見ておく方がいいだろう。それに雨に打たれるのも大昔に慣れた」
「でも……でも、乙女の浪漫なの~! 好きな人と同じ傘に入るのは~!」
「そっか。それじゃもう暫くこのままでいいよな」
 ヴィクティムは彩萌の乙女的な葛藤と気持ちに頷きを返し、傘を握る手に軽く力を込める。あとでちゃんと家まで送るから許して、と付け加えた彩萌は少しだけヴィクティムとの距離を詰めた。
 彼が気遣ってくれているとしても、雨に打たれたままなのも忍びない。
「風邪ひかせたなんてなったらあの子に怒られちゃうわ」
「いや、俺は風邪ひかないから」
「気持ちの問題なの。とにかく、このままあそこまでいきましょ」
 首を振るヴィクティムの袖を引き、彩萌は少し先に見える東屋めいた建物を示す。あれが拝殿の前にあるという手水舎だろう。
 小さな屋根が付いた手水舎に入り、二人は暫しの雨宿りに入る。
 其処からも参道に咲く紫陽花がよく見えた。
 手水舎に溜められた水の上には幾つもの紫陽花が並べられていた。きっと見頃を終える前に宮司が丁寧に選定し、命を永らえさせるために浮かべたのだろう。
 水面に並ぶ紫陽花。
 地に咲く色とりどりの花。
 どちらも穏やかで美しく、ヴィクティム達は暫し辺りに視線を巡らせた。顔をあげた彩萌はふと思い立って口をひらく。
「ねぇ知ってる?」
「ん?」
 普段に話すような何気ない切り口で彩萌が問い、ヴィクティムが視線を向ける。
「紫陽花の花言葉。『移り気』ですって」
「へぇ、『移り気』ねぇ……」
 これまでただ見ていた花に意味が宿され、ヴィクティムは軽く感心しながら紫陽花を見下ろす。俺とは無縁の言葉みてーだ、と呟いた言葉が雨に混じって落ちていった。
 彩萌は花から眼差しを逸らさぬまま、はっきりと言葉にする。
「私は、揺らがないから。ヴぃっちゃんに負けないくらいに、ね!」
「……お前もか。互いに揺れないなら、この先一生堂々巡りってことじゃないか?」
「平行線でもいいじゃない、ずっと一緒って事だもの」
「良いのか悪いのか分らんけどな」
 こんな遣り取りもまた二人の形だ。行くか、と口にしたヴィクティムは閉じていた傘を開いて手水舎の屋根下から出る。
 頷いた彩萌は傍らに歩み寄り、彼が寄せてくれる傘の中に入った。
「それにしても打たれても健康を害さない雨ってのは、どうにも奇妙だな」
 傘の合間から空を見上げたヴィクティムは疑問を零す。
 彩萌はやさしい雨も良いものだと告げてから参道の奥を指差した。
「ほら、あっちにもたくさん咲いてる!」
「知らねえ花を愛でるのも……やっぱ慣れねぇ。……こういう感想しかない俺と遊び歩くのって、楽しいもんなのか?」
「楽しいよ、好きな人と一緒だもん」
「そういうもんか」
 解せぬ様子のヴィクティムの顔を見るひとときも彩萌には良いことだ。
 分かっていて好きになったのだから、それを受け入れて一緒にいる。すぐに報われることや応えることばかりが正解ではない。
 両者とも理解しているからこそ今の時間がある。
「ほら胸張って、水も滴るイイ男!」
 行きましょ、と更に先を指差す彩萌と傘をさし続けるヴィクティム。
 歩む二人の先には、淡く移りゆく花の色彩が見えていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ノイ・フォルミード
雨は、梅雨は苦手だ
体がどんどん錆びていくようで不安になってしまうから
でも花にとっては恵みだから、来てくれないと困ってしまうね

大きくて透明な傘をさして、君と四葩の道をゆこう
濡れてないかい?寒くはないかい?ルー
昔、君はすぐに風邪をひいていたから心配だよ

ほら見て
雨に濡れたアジサイが綺麗だろう?
君の好きな水色も、ピンク色もあるよ
あ、これなんて君の目の色にそっくりじゃあないか?
君にこうして「ステキなもの」を見せられるなら
錆びるぐらいなんでもないさ

さあ、もう少ししたら屋根のある所へゆこう
これ以上冷えるといけないからね
お茶屋さんがあるそうだよ

君は今は食を必要とはしないけれど
いつか、食べてもらいたいな



●君の瞳に映る花
 雨が降り続く梅雨は苦手だ。
 その理由は体がどんどん錆びていくようで不安になってしまうから。
 ノイ・フォルミード(恋煩いのスケアクロウ・f21803)は透明な傘をさしながら、雫が零れ落ちてくる曇天を見上げた。
 己の機体を思うならば雨は避けたいものだが、でも、とノイは頭を振る。同時に傘から雨粒が滴り、地面に出来ていた水溜まりに落ちて跳ねた。
「花にとっては恵みだから、来てくれないと困ってしまうのが雨なんだよね」
 ねえ、と抱いた君――ルーに語りかけたノイは歩を進める。
 透明な傘越しに伝っていく雨粒がよく見えた。
 それゆえにノイはルーが濡れないように気を付けることが出来る。そしてノイは時折、君に語りかけていった。
「濡れてないかい? 寒くはないかい?」
 ルー、と名を呼べば、ノイが歩いていく小さな振動に合わせて首が縦に揺れた。
 そう、よかった。
 そんな風に答えたノイは参道の両脇に咲く紫陽花をルーに見せていく。しかし油断は禁物だとして彼女をしっかりと抱いた。
「昔、君はすぐに風邪をひいていたから心配だよ」
 ノイは話しかけながら、ほら見て、と前方を示す。伸ばした指先の向こう側にはひときわたくさんの花をつけた紫陽花があった。
「雨に濡れたアジサイが綺麗だろう? 君の好きな水色も、ピンク色もあるよ」
 その株に歩み寄ったノイはゆっくりと屈み込む。
 心なしかルーの瞳が輝いている気がして、ノイはじっくりと花を眺めた。
「あ、これなんて君の目の色にそっくりじゃあないか?」
 透き通った硝子玉のようなブルーを湛える花。それを指差したノイの腕が小雨に打たれている。けれども構わなかった。
 少しくらい水の粒が滴っても後できちんと拭けばいい。
 それに君にこうして『ステキなもの』を見せられるなら錆びるぐらいなんでもない。
 楽しいかい、とノイが問いかける。対するルーはじっとしており、瞳に紫陽花の花を映しているかのようだった。
 綺麗だね、ともう一度語りかけたノイは暫しその場に留まった。
 傘を静かに打つ雨の音がさあさあと聞こえる。
 そうしてルーが満足したと思わしき頃、ノイはそっと立ち上がる。
「さあ、そろそろ屋根のある所へゆこう」
 ずっと花を見ているのも悪くはないが、ルーの身体が心配だ。これ以上冷えるといけないからと理由を告げたノイは参道の奥を目指す。
「ほら、あそこだ。お茶屋さんがあるそうだよ」
 ノイは次第に見えてきた紅い野点傘と床几台を示した。
 彼処ではお茶やお団子が楽しめるらしいのだと語りつつ、ノイはひとやすみするために其方に向かっていく。
「君は今は食を必要とはしないけれど、いつか――」
 食べてもらいたいな。
 ちいさく零れ落ちた思いは雨の音に混ざって消えた。ゆらり、ゆらりとふたりの影が雨に染む。その後ろ姿はどうしてか、少し寂しげに見えた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

リル・ルリ
🐟櫻沫

お気に入りの桜の傘
ヨルは、ころぼくる、みたいな葉っぱの傘
はみ出た尾鰭はびしょ濡れだけど気にならない
雨に散らされない桜が頭上で咲いて
雨からも守りたい僕の櫻が咲く

なんでご機嫌かって?
なんでだろうな
―君が隣にいるから

呼ばれて手水舎を覗き込む
紫陽花が泳いでいる!
水に濡れる花も綺麗だけれど
水に游ぐ花もまた綺麗で
指でつつきながら感嘆の声を上げる
僕の湖にもこうして沢山の花を浮かべたら綺麗だろうな
そんな中を泳いでみたい
ふふ、そうだ
想いの花は満開だ

ねぇ、櫻
なんで手水舎には龍がいるの?
浄めと祓いの…
櫻の桜と同じだね!
櫻は守りの龍なんだ
纏う泡沫と桜に、満開に咲む

ほらまた咲いた
雨にも散らされぬ、しあわせの花が


誘名・櫻宵
🌸櫻沫

桜散らしの雨も可愛らしい人魚と一緒なら大丈夫
水面揺れる傘さしてリルとヨルの横を歩く
随分と機嫌ね
リルは相変わらず雨が好きね
笑って誤魔化されたけれど悪くない
あなたが雨が好きならば
私も雨がすき

紫陽花の浮いた手水舎にリルを呼ぶ
清らかな水に浮かぶ水の花の美しきこと
嬉しげな人魚の姿が嬉しいわ
リルの湖は広いから
それでもあの湖では咲いたでしょう?
たくさんの想いの花が
飛び込もうとするヨルを捕まえて
リルの問に瞬く
龍は水や雨の神様なの
水は邪気を祓う清らなもの
龍神からでる水は神聖なご神水なの

私が?
血に穢れた龍ではなくて
守るための、龍
初めて言われた

角に季節外れの桜が咲いて笑う人魚に胸が熱くなる

私もそうなりたいわ



●雨に櫻、花に戀
 くるくる、ひらひらと雨の中に咲くのは桜の傘。
 桜を散らす雨の情景も、可愛らしい人魚と一緒なら大丈夫。何も憂鬱ではない。
 リル・ルリ(『櫻沫の匣舟』・f10762)が桜の傘を揺らし、式神ペンギンのヨルが葉っぱの傘をふりふりと左右に揺らす様を見守り、誘名・櫻宵(貪婪屠櫻・f02768)は参道を歩いてゆく。
 そんな櫻宵が咲かせているのは水面が揺れるような色彩の傘。
 桜と葉と水。
 三者三様それぞれの傘が並んでいる様は穏やかでのんびりとしている。
「ヨル、ころぼくる、みたい」
「きゅきゅきゅっきゅきゅ!」
 傘からはみ出たリルの尾鰭は濡れていて、傘を元気よく振り回しているヨルの身体も濡れているがどちらも気にしていないようだ。
「リルは相変わらず雨が好きね」
「だって気持ちいいから。ね、ヨル」
 この雨はやさしい。それに雨に散らされない桜が頭上で咲いて、雨からも守りたい櫻が咲く。リルにとって良いもので満ちた世界だと思えるから、とても嬉しい。
「それに二人共、随分とご機嫌ね」
「ふふ、なんでご機嫌かって? なんでだろうな」
 ――君が隣にいるから。
 リルは言葉にしない思いを胸に秘め、楽しげに笑ってみせた。笑って誤魔化されたように感じた櫻宵だったが、これも悪くはない心地だ。
 あなたが雨が好きならば、私も雨がすきになる。そう思えたから。
「きゅきゅきゅい!」
「わ、待って」
 急に駆け出していったヨルを追いかけたリルが雨の中をふわりと游ぐ。あじさい、とヨルが言っているのがわかり、櫻宵は微笑ましさを覚えた。
 櫻宵はふたりにあまり遠くに行かないように告げ、前方に見えた手水舎に向かう。
 其処には紫陽花が浮かべられており、清らかな水が流れていた。
「リル、見て」
 手招きをして呼ばれたことで、ヨルを抱えたリルが手水舎を覗き込む。
「なあに、櫻。……紫陽花が泳いでいる!」
 これまで見てきた雨粒に濡れる花も良いだと思っていたけれど、水に游ぐ花もまた綺麗だ。リルとヨルは指先と羽先で浮かぶ花をつついていく。
 水に浮かぶ水の花。
 その美しさを瞳に映す嬉しげな人魚の姿が、櫻宵にとっての愛おしくて嬉しいもの。リルは揺らぐ紫陽花を指先でくすぐりながら故郷を思う。
「僕の湖にもこうして沢山の花を浮かべたら綺麗だろうな」
「とっても美しいわね、きっと」
「花の中を泳いでみたいな。難しいかな?」
「湖は広いから、どうかしら。それでもあの湖では咲いたでしょう?」
 たくさんの想いの花が。
 淡い言葉を交わしつつ、ふたりはあの日を思い出した。
 水底の街であった出来事。
 それは皆の胸に咲く花のかたちと色彩を知れた日のこと。
「ふふ、そうだ。想いの花は満開だ」
「ええ……。まあ、ヨルったら。駄目よ」
 穏やかな気持ちに浸ろうとしたとき、ヨルが手水舎の中にジャンプして飛び込もうとした。櫻宵はヨルを両手で捕まえながら、めっ、と軽く叱る。
 すると横合いからリルの疑問が聞こえた。
「ねぇ、櫻。なんで手水舎には龍がいるの?」
「そうねえ」
 問いに瞬きを返した櫻宵は、手水鉢の出水口に添えられた龍の彫像を見遣る。どうやらリルはこれが気になったらしい。
「龍は水や雨の神様なの。水は邪気を祓う清らかなもの。龍神からでる水は神聖なご神水とされるから、ここで手を清めるのよ」
「浄めと祓いの……櫻の桜と同じだね!」
「……同じ、かしら?」
 櫻宵からの説明を聞いたリルは纏う泡沫と桜に満開の笑みを咲かせた。対する櫻宵は何故だか不思議そうに首を傾げているだけだ。
「そうだよ、櫻は守りの龍なんだ」
「私が?」
「うん!」
 リルから屈託のない笑顔が向けられる中、櫻宵は心にぬくもりが宿っていくような感覚をおぼえていた。
 ――血に穢れた龍ではなくて、守るための、龍。
 初めて言われたわ、と呟いた櫻宵。その口許には微笑みが宿り始めた。
「ありがとう、リル」
「ほらまた咲いた」
 リルが示した櫻宵の龍角には季節外れの桜が咲いている。きゅ、と鳴いたヨルと一緒に幸福そうに笑う人魚。その姿を見つめる櫻宵の胸が熱くなっていく。
 私もそうなりたいわ。
 リルにだけ聞こえる声で囁いた櫻宵はそっと双眸を細めた。
 咲く桜は雨にも散らされぬ、しあわせの花。
 これからも、この櫻の花をひらかせていく為に――共に同じ道を進もう。
 雨の中で巡る想いは重なり、あらたな花を咲かせていく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

真白・葉釼
ロキ(f25190)と

神社に来るのは久しぶりだな
足を運ぶのは行事の時くらいだ
紺の傘を広げ深呼吸すると
清く濡れた空気を感じる

濡れるのに好きも嫌いもないが
大概後が面倒だ
服とか、風邪とか

ロキ、いい加減ちゃんと傘に入れ
彼の首から繋がる鎖をぞんざいに引いて
びしょびしょの奴の隣を歩くのは御免だ

紫陽花の色の変え方を最近教えてもらった
ある物質を多く取り込んだ方が青くなる、という話で―
要は、育ち・与えられた物の違いらしいな
どんな生き物も一緒か

お前は一体、どんな風に育ったらこうなる?
濡れて頬に張り付いた髪を除けて遣りながら
神は不変、というやつか
難儀だな

俺は普通だ
どこも変わったところのない普通が無いのと同じように


ロキ・バロックヒート
葉釼くん(f02117)と

あんまり雨は好きじゃないけど
雨に濡れるのは嫌いじゃないんだよね
わかる?この感じ
わかんないか
あー風邪は大変かもね

傘も持たずにあちこち紫陽花眺めてふらふら
鎖を引っ張られてぐえ、てなる
ちょっとー俺様の扱い雑じゃなーい?
仕方ないから傘には入ってあげるけど

確かに紫陽花とか花の色は弄れるって聞いたことあるよ

どんな風?ふふ
されるがままだけどつい笑っちゃう
そんなの神様に聞くの君ぐらいのものだよ
少しずつ育つわけでもないし
あらゆる栄養も神様を育まないの
変化する方が大変だよ

葉釼くんこそどこか弄られてるんじゃない?なんて
君は鮮やかすぎる青色だもの
フツー?そっかぁ
じゃあそういうことにしてあげる



●普遍と不変
 紫陽花が咲く神社の境内。
 参道の両側に並ぶ花々が自分達を迎えてくれているようだ。
 そう感じながら、真白・葉釼(ストレイ・f02117)は周囲の様子を眺めてみる。
「神社に来るのは久しぶりだな」
 足を運ぶのは行事の時くらいだと思い返し、葉釼は紺色の傘を広げて深呼吸をした。降り続く雨のせいか、清く濡れた空気を感じる。
 薄紅の花萼に濃い青、鴇色。
 花の彩は株や咲く位置によって違い、それぞれの様相を見せてくれている。
 その少し前を歩くのは、ロキ・バロックヒート(深淵を覗く・f25190)だ。
 雨は好きではないけれど、濡れるのは嫌いではない。不思議に相反する思いと感覚を抱いて進み、ロキは傍らを歩く葉釼へと振り返る。
「わかる? この感じ」
「濡れるのに好きも嫌いもないが。大概、後が面倒だ」
「わかんないかぁ、そっか」
 問いかけてみても共感は得られなかった。残念そうな様子などは見せぬまま、ロキは気にせずに参道を進んでいく。
「服とか、風邪とか。濡れ鼠って言葉もあまり良くないものだろ」
「あー風邪は大変かもね」
 鼠は可愛いけど、と他人事のように笑うロキは雨に濡れている。
 ロキはあっちへふらふら、こっちへふらふらと軽く歩を進め、様々な紫陽花の色彩を見て回っていた。葉釼はどうにも噛み合わない会話に緩い溜息をつき、彼の首から繋がる鎖をぞんざいに引っ張った。
「ロキ、いい加減ちゃんと傘に入れ」
 葉釼が呼びかけると、ぐえ、という声が返答の代わりに聞こえてくる。再び振り向いたロキは首元を擦った。
「ちょっとー俺様の扱い雑じゃなーい?」
「びしょびしょの奴の隣を歩くのは御免だ」
「仕方ないなぁ」
 肩を落としたロキは葉釼に招かれた傘の下に入る。既に濡れているロキの服からは雫が滴っていたが、これ以上濡れられるよりは良いだろうと葉釼は判断した。
 そして、ふたりは参道を更に進む。
 行く先にはひとつの株に違う色彩の萼が並んでいる紫陽花があった。葉釼はふと思い立ち、その株の近くで立ち止まる。
「そういえば紫陽花の色の変え方を最近教えてもらった。ある物質を多く取り込んだ方が青くなる、という話で――」
「へぇ、確かに紫陽花とか花の色は弄れるって聞いたことあるよ」
「要は、育ちと与えられた物の違いらしいな。どんな生き物も一緒だと感じたんだが……それで思い出したんだ」
「なーに?」
 暫し紫陽花を見下ろしていた葉釼が自分に目を向けたことに気付き、ロキは首を傾げてみせた。対する葉釼はちいさく息を吐き、浮かんだ疑問を投げかける。
「お前は一体、どんな風に育ったらこうなる?」
 濡れて頬に張り付いたロキの髪を指で除けて遣りながら、葉釼は答えを待った。
「どんな風? ふふ、そんなの神様に聞くの君ぐらいのものだよ」
 されるがままに彼の指先の感覚を確かめたロキは、自分の頬が自然と緩んでいくことを感じていた。どうやらつい笑ってしまったようだ。
 葉釼が更なる答えを求めているのだと知り、ロキは言葉を続ける。
「少しずつ育つわけでもないし、あらゆる栄養も神様を育まないの。だから変化する方が大変だよ。生き物ってのとは少し違うからね」
「神は不変、というやつか」
 難儀だな、とロキを評した葉釼は彼の頬に添えていた手を離した。するとロキは逆三日月のように双眸を細めて問い返す。
「葉釼くんこそどこか弄られてるんじゃない?」
 だって、君は鮮やかすぎる青色だから。
 ロキがそんな言葉を付け加えると、葉釼は首を横に振った。
「俺は普通だ」
 どこも変わったところのない普通が無いのと同じように。そのように語った葉釼はそれ以上は何も言わないという態度を示している。
「フツー? そっかぁ、じゃあそういうことにしてあげる」
 ロキは気分を害するでもなくそのまま受け入れ、葉釼の隣を歩いていく。
 見て、とロキは葉釼の袖を引っ張った。
 その先には色とりどりの紫陽花が浮かぶ手水舎が見える。ひとまずは彼処を目指そうと決めたふたりは紫陽花の道を進んだ。
「綺麗だな」
「うん、きれい」
 ありきたりな言葉を交わすも、これも素直な感想。
 そうして散策は暫し続く。彼らが入る紺の傘は、まるで新たに咲く花のひとつになったかのように雨の情景に混ざっていった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

薄荷・千夜子
【星芒邸】(3名で)
呼び方:ましろさま(夜嵐)、ひーくん(朝野)

ましろさまの用意したお茶菓子に舌鼓打ちつつ紫陽花を楽しみましょう
咲き誇る紫陽花に、お菓子の紫陽花にと花がいっぱいですね、と楽しそうに笑って
ひーくん、流石にこんな昼間からお酒はどうかと思いますよ
ましろさまの横からジト目で眺めて
機会があれば別の世界の紫陽花も見に行ければいいですね、それに夏ももうすぐですから向日葵や朝顔も楽しみです!…でも、今はこの一時を大事に
あ、手水舎には紫陽花が浮かべられてるそうです!せっかくなので見に行きませんか?
これからの想い出ももっと楽しいものになりますよう、二人の手を引いて向かいましょう


夜嵐・右京
【星芒邸】

茶屋にて、持参したお茶と甘味を味わいながら紫陽花を愛でましょう

あら、向日葵は昼から呑んでいたのですか?
笑って用意した冷茶と生菓子を差し出し
お茶で酔いを覚ましては如何です?生菓子も紫陽花ですよ
贔屓の職人に作って頂きましたから、味は保証します

二人のやりとりに微笑みながら、わたしもお茶を楽しんで
雨に濡れて、紫陽花が一層美しいですね
他の世界にはもっと沢山の品種があるのだとか
この世界の控えめな美しさを好ましく思っていますが、それでもいつか見てみたいものです
向日葵は千夜子によく似合いますから、わたしも楽しみです

まぁ、手水舎に?是非行ってみましょう


朝野・向日葵
星芒邸で
呼び方 千夜子ちゃん 夜嵐姐さん

「紫陽花と雨を肴に一杯ってのも乙だねぇ」
(梅雨の酒を旨いと思える日がくるとは思いもしなかったな)
仲間達に出会う前の以前の自分を思い出す。
何もかも失って生きる気力を失ってさまよっていた日々を…
「流石夜嵐姐さんだ、気が利くねぇ」彼女からお茶と茶菓子をうけとりつつも
「千夜子ちゃんにはまだ早いからね」呆れた視線を受け流す。
暗い感傷を払うための酒だったが…どうやら今の自分には必要ないらしい
「紫陽花だけじゃない、いつか皆で見に行こう」
さて怒られる前に酔いを覚ますとしよう
酒器をしまい千夜子に続く
紫陽花の時期が過ぎやがてくるだろう向日葵の季節を想いながら。



●季節の扉
 紅い鳥居を抜けて参道を進んだ奥。
 緋色の大きな野点傘と三人が座ることの出来る床几台を見つけ、薄荷・千夜子(羽花灯翠・f17474)達は穏やかな時間を過ごしていた。
 夜嵐・右京(真白の守り刀・f18418)が持ってきたお茶と甘味。
 それらを味わいながら眺める梅雨の景色は格別だ。しとしとと降る雨の音は心地良く、雫を受けて咲く紫陽花は美しい。
「咲き誇る紫陽花に、お菓子の紫陽花にと花がいっぱいですね」
 千夜子は右京から貰った甘味に舌鼓を打ちつつ、楽しそうに笑った。同じくして花を眺めていた朝野・向日葵(刀を抜かない侍・f18432)が同意を示す。
「紫陽花と雨を肴に一杯ってのも乙だねぇ」
「あら、向日葵は昼から呑んでいたのですか?」
 向日葵の様子から酒を飲んでいるのだと気付いた右京は軽く首を傾げた。特に否定はせず、向日葵は手にしていた猪口を傾ける。
 その際に考えたのは過去のこと。
(梅雨の酒を旨いと思える日がくるとは思いもしなかったな)
 仲間達に出会う以前。
 何もかも失って生きる気力を失い、彷徨っていた日々の自分を思うと今の状況は不思議で、奇跡のようなひとときにも思えた。
 しかし向日葵はそれを口にすることはなく、千夜子と右京を軽く見遣る。
 ふふ、と淡く笑った右京は冷茶と生菓子を彼に差し出した。
「お茶で酔いを覚ましては如何です?」
 生菓子も紫陽花ですよ、と告げた右京は目にも鮮やかな菓子を示す。
「流石夜嵐姐さんだ、気が利くねぇ」
「贔屓の職人に作って頂きましたから、味は保証します」
「それにしてもひーくん、流石にこんな昼間からお酒はどうかと思いますよ」
 向日葵が彼女からお茶と茶菓子を受け取る様を眺める千夜子はジト目になっていた。大目に見て欲しいという眼差しを返した向日葵は、呆れた視線を受け流す。
「千夜子ちゃんにはまだ早いからね」
「もう、そういうことじゃなくてですね!」
 あしらわれたと気付いて軽い溜息をついた千夜子だったが、気を取り直す。
 向日葵にとっては雨の憂鬱な暗い感傷を払うための酒だった。されど、どうやら今の自分には必要ないらしいと分かった。
 二人のやりとりに和みながら、右京も紫陽花の菓子を味わっていく。
「雨に濡れて、紫陽花が一層美しいですね」
 他の世界にはもっと沢山の品種があるのだとか、と聞いた話を語る右京。彼女もまた、静かながらも楽しげだ。
 右京自身はこの世界の控えめな美しさを好ましく思っているが、それでもいつか他の色彩を見てみたい気持ちもある。
「機会があれば別の世界の紫陽花も見に行ければいいですね、それにもうすぐ夏ですから向日葵や朝顔も楽しみです!」
 千夜子はこれから巡る季節にも思いを馳せる。
 けれども、今はこのひとときを大事にしたいという思いもあった。
 先のことも大切だが、今だけしかない景色も疎かにしてはいけない。
 頷いた向日葵は自分と同じ名を持つ花に思いを馳せる。少し妙な感覚ではあるものの、違う楽しみがこの先にあると思えることは良い。
「紫陽花だけじゃない、朝顔も向日葵もいつか皆で見に行こう」
「向日葵は千夜子によく似合いますから、わたしも楽しみです」
 皆で交わす言葉は快い。
 雨の中に咲く紫陽花から雫が滴る音も悪くはないものだ。
 紅色、鴇色、秘色。
 二藍、青紫や薄青。
 花が宿すひとつひとつの色彩を見つけていくのも実に楽しく、茶屋での時間はゆったりと過ぎていく。
 既に向日葵の酒器には何も残っておらず、彼は冷茶の器を傾けていた。
 右京も千夜子も紫陽花の甘味を食べ終わっており、雨の心地を味わう時間をゆるりと楽しんでいる。
 このまま暫しこうしているのも良いだろう。
 そう感じられるほどの和やかな時が流れている。しかし、千夜子はそれだけでは何だか勿体ないと思った。
 せっかく皆で過ごす時間なのだから、更に鮮やかな思い出が欲しい。
 そのように願うことは悪い思いではないはず。
「そうでした。手水舎には紫陽花が浮かべられてるみたいです! こことは違う雰囲気のようですから、皆で見に行きませんか?」
 立ち上がった千夜子は二人を誘う。
 右京はそっと微笑み、とても素敵な申し出だと答えた。
「まぁ、手水舎に? 是非行ってみましょう」
「そうだね、また怒られる前に酔いを覚まさなければいけないかな」
 向日葵も行こうと答えて酒器を仕舞う。千夜子は二人が快く同意してくれたことに嬉しさを感じながら、右京達の手を引いた。
「では、出発です!」
「ええ。参りましょうか」
「なかなか、これは道中も楽しめそうだねぇ」
 無邪気な笑顔を宿す彼女。その後についていく右京と向日葵も、それぞれの嬉しさや楽しさを抱いている。
「ひーくん、ましろさま、こっちです!」
 明るい千夜子の声が境内の参道に響く。今、此処で願うことはただひとつ。
 これからの想い出も、もっと楽しいものになりますように。
 紫陽花の時期が過ぎて、やがてくるだろう向日葵の季節を想いながら――三人は雨の境内に踏み出し、次の楽しみへと向かった。
 降り続く雨はやさしい音を奏でている。茶屋の傍に咲いていた紫陽花達は、まるで彼女達の背を見送っているかのように、雨の中で静かに揺れていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ユヴェン・ポシェット
傘をさしながら神社の境内を。
雨の音や水溜りの動き、雨の日も結構楽しめるもので、俺は割と好きだ。
ミヌレは水たまりにそっと脚をつけたり覗き込んだり遊んでいる。

紫陽花というのは不思議だな。
確か土壌の性質によって色が変わるのだったか。
しゃがみこみ、雫を身に纏う色とりどりの紫陽花をまじまじと眺める。すると急に肩に重みを感じた。
ミヌレか。いや、待て。この状況は嫌な予感がする

おい、ミヌ
……レ。と言い終わる前にミヌレはからだをブルブルと震い水分を落とす。至近距離にあった俺の顔は水飛沫の被害に。

……。
くっ…あははっ
容赦ないな。
何だか可笑しくなってきた。

傘を閉じて
俺も雨に濡れよう。ミヌレとも紫陽花ともお揃いだ



●花雨模様
 雨がしとしと振り続ける境内。
 跳ねた雨粒が水溜まりに波紋を作る様を眺め、ユヴェン・ポシェット(ت・f01669)は参道を進む。さした傘の端からも伝った雫が滴り、地面に落ちていった。
 ユヴェンはひとつひとつの様子を確かめ、長閑な時間の流れを感じていく。
 雨の音や水溜まりの動き。
 晴れの日とは違う雨の日の様相。これもまた楽しめるものだと知っているユヴェンは、改めて雨も好きだと認識する。
 ユヴェンの足元に降りているミヌレは、大きな水溜まりの傍にいた。
 鏡のように二人の姿を映す水は雨を受けて揺れている。ミヌレは其処にそっと脚をつけたり、覗き込んだりして楽しげに遊んでいた。
 ミヌレを見守るユヴェンは参道の両側に咲く紫陽花に意識を向ける。
「紫陽花というのは不思議だな」
 言葉にしたのは目の前に咲く花に抱く感慨。
 視線の先にはそれぞれに違う色を湛えた萼がある。薄紅の隣には薄青、鴇色と呼ぶに相応しい淡い色や、色濃い紫など様々だ。
「確か土壌の性質によって色が変わるのだったか」
 何処かで聞いた紫陽花についての話を思い返し、ユヴェンは花の傍に屈む。
 紅色から紫、青の萼が隣接している。原理は知っていても、一色だけではなく多色を宿す株もあるとなると不思議に思えた。
 雫を身に纏う色とりどりの紫陽花を見つめるユヴェンは、ふと後ろから足音が聞こえてきたことに気付く。そして、次の瞬間に急に肩に重みを感じた。
「ミヌレか」
 水溜まりで遊び終わったのだと察したユヴェンだが、すぐにはっとする。
 いや、待て。この状況は嫌な予感がする。
「おい、ミヌ」
 レ、と言い終わる前に仔竜は体に纏った雫を払うためにぶるぶると翼や尾を震わせた。ユヴェンの肩の上で。
 仔竜の水分を落ちたものの、至近距離にあった彼の顔は水飛沫をまともに受けることとなり、それはもう大惨事だ。
「……」
「???」
 暫し無言になったユヴェンに対し、ミヌレがこてりと首を傾げる。
 その罪悪感も悪気もない様子に叱ったり何かを告げる気はなくなり、ユヴェンは口許に手を当てた。
「くっ……あははっ、容赦ないなミヌレ」
 此処まで濡れたなら後はもうどれだけ濡れても同じだろう。
 さしていた傘を閉じたユヴェンは穏やかに息を吐く。もういつでも水気を払っていいからな、と笑った彼は片手をミヌレの頭に乗せた。
「俺もこのまま雨に濡れよう。ミヌレとも紫陽花ともお揃いだ」
 水も滴る良い竜と花。
 そんなことを思いながら、双眸を細めたユヴェンは紫陽花を見つめる。
 降り続ける雨の心地は何処かやさしくて、心地の良いものに思えた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

橙樹・千織
ここの紫陽花はいろんな色があって、どれも鮮やかで綺麗ですねぇ
雨粒も宝石みたい
橙と朱色、紫混じる和傘を手に紫陽花の中をお散歩
晴れの日もきっと綺麗なのでしょうねぇ、と和傘はくるくる、尻尾は機嫌良さげにゆらゆら

颯(はや)、あまり先に行くと濡れてしまいますよ
桜色の瞳を輝かせ、そよ風をおこしながら小さな翼で飛ぶ朝焼け色の精霊猫
傍を自由に飛ぶ精霊にくすりと笑いながら参道を進んでいく

あらまあ!ふふ、素敵ですねぇ
手水舎で浮かぶ紫陽花にふわほわ微笑んで
ちょんと花をつついたり、写真を撮ってみたり

ちょっとここで休憩しましょうか
ずうっと見ていても飽きそうにない場所ですねぇ
時が来るまで休憩所で颯と共にのんびりひと休み



●音の彩と花の識
 紅に鴇色、淡い紫に薄青。
 移ろい咲くような色彩を見せてくれる紫陽花の路を進み、雨の心地を楽しむ。
「ここの紫陽花はいろんな色があって、どれも鮮やかで綺麗ですねぇ」
 橙樹・千織(藍櫻を舞唄う面影草・f02428)はゆるりと息を吐き、降り続く雫と咲きゆく花の参道を瞳に映す。
 そんな千織が手にしているのは橙と朱色、紫が混じる和傘。
 傘をさして歩く彼女を背から見たならば、周囲に咲く紫陽花のなかに新たな花が咲いたかのように見えただろう。
 ぽつり、ぽつりと落ちてくる雨の雫が傘に伝う。
 端から零れていった雨粒はまるで宝石みたいだと思えて、千織は穏やかに微笑む。
「晴れの日もきっと綺麗なのでしょうねぇ」
 和傘をくるくる回して、尻尾も機嫌良さげにゆらゆらと揺らして、進む千織の足取りは何処か軽やかだ。
 その理由は、少し先をゆく精霊猫を追っているから。
「颯、あまり先に行くと濡れてしまいますよ」
 はや、と呼ばれた朝焼け色の猫は桜色の瞳を輝かせ、そよ風を起こしている。ちいさな翼で飛ぶ様は愛らしくて尻尾がぴんと立っているのも良い。濡れるという言葉を聞いて千織の傍に少しくっついた颯はぱたぱたと羽を動かしていた。
 その様子にくすりと口許を緩め、千織は歩く。
 すると少し先に東屋めいた屋根がある場所があった。彼処が手水舎だと気付いた千織は颯を呼び、其方に向かっていく。
 近付く度に手水鉢の様子が見え、千織の心も緩やかに弾んでいった。
「あらまあ! ふふ、素敵ですねぇ」
 清らかな水が湛えられた石造りの鉢には色とりどりの紫陽花が浮かべられている。
 屋根があるので傘を一度閉じ、手水舎の中に入った千織はそっと笑む。颯も鉢の縁に降り、龍の彫像の口から出る水を見下ろした。
「綺麗ですね、颯。ほら――」
 水面に浮かぶ紫陽花にふわほわと微笑んだ千織は指先を伸ばす。花に触れてみると、颯も真似てちょこんと萼をつついた。
 水が前足に触れたことでびくりとした颯。そんな様子もかわいい。
 手水舎と精霊猫の写真を取ろうと思い立ち、千織はカメラのレンズを向けた。きょとりとした朝焼け色の猫と、紅や青、藍の紫陽花。
 その色彩の対比もまた、千織にとって快いものに思えた。
「ちょっとここで休憩しましょうか」
 写真を撮り終えた千織は手水舎に満ちる穏やかさを改めて確かめる。
 そうすれば、ふふ、と更なる笑みが浮かんだ。
「こうやってずうっと見ていても飽きそうにない場所ですねぇ」
 未だ午後になるには時間もある。その時が来るまで颯と共にのんびり、此処でひとやすみしていくのもきっと佳い。
 水が流れていく音。屋根の外で降る雨雫の音。
 そのふたつが重なれば――それは、今というひとときを彩る音色となっていく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

華折・黒羽
ぽつり、ぽつり
弾く水音に耳揺らし
茶屋で腰かけ眺める景色は静かで薄暗いが
この静けさが心地よくもある

眸に映るのはとりどりの紫陽花模様と
黒に藍色のさざ波と渦巻く花弁の柄拵えた大きな和傘の下
置かれた団子をぱくりと一口
ただただぼう、と眺めていると
ちらりと過る小さな存在

…紬、楽しいのか

降り注ぐ小雨の中嬉しそうにくるくると
水の精霊・紬が遊んでいる
ご機嫌な様子に仄かに笑えば手招きをして
一玉串から外した団子をあげて

食べたら、行こうか

景色の先
神社の奥を見据えてぽつり
零してまたひとつ、団子を口へと運んで



●言の葉と雨の音
 ぽつり、ぽつり。
 ひたひた、ぴちゃん、ぱしゃり。
 雨粒が奏でる音は多彩で、まるでひとつの音楽のように耳に届いた。弾けていく水音に獣耳を揺らし、華折・黒羽(掬折・f10471)は音を楽しむ。
 茶屋の前に出された床几台に腰掛けた黒羽は景色を眺めていた。雨音は止まないが、今という時間は静かだと表すに相応しい。
 雨であるゆえに空は曇天。
 今の情景は薄暗いが、黒羽にとってはこの静けさが心地よくもある。
 黒羽の視線の先には花が咲いていた。その眸に映るのはとりどりの紫陽花模様。
 紅色に秘色、紫。
 どの色彩も様々でそれぞれに良いと思える。
 淡い青を宿す萼が多く生っている株が何だか妙に気に掛かり、黒羽は双眸を細めた。そんな黒羽に雨雫が降りかかるのを防いでいるのは、黒に藍色のさざ波と渦巻く花弁の柄を拵えた大きな和傘。
 その端から雫が滴って地面に落ちていく。
 ぼんやりとその光景を見つめながら、彼は傍に置いた団子を手に取った。
 団子をぱくりと一口。そして、ただただ雨の情景を眺めていく。その最中に視界の端を過る小さな存在がちらりと見えた。
「……紬」
 その名を呼ぶと、水の精霊が黒羽の方に振り向く。
 ぱしゃぱしゃと雨を弾きながらその場で回ってみせた紬。その姿も様子も嬉しそうだ。
「楽しいのか」
 黒羽が問いかけると、同意を示すように精霊が更にくるくると身体を回転させた。傘の合間から空を見上げれば、細い線を描きながら降る雨の軌跡がよく見える。
 改めて見れば優しい雨だ。
 それだからこそ、紬もああして喜んでいるのだろう。
 紬がご機嫌な様子に感化されたのか、黒羽の心にも心地好い楽しさが生まれる。静かに笑った黒羽は紬をそっと手招いた。
「おいで、紬」
 何かと問うように近付いた紬を隣で待たせ、黒羽は団子を一玉、串から外した。
 黒羽と団子を交互に確かめた紬へ、お食べと告げる。そうすれば雨で遊んでいるとき以上の嬉しい気持ちが紬から伝わってきた。
「食べたら、行こうか」
 まだ急ぐ必要はないからゆっくりと。
 雨を受けて穏やかに揺れる紫陽花を見つめて、この仄かな甘さに舌鼓を打って――それから、成すべきことを行う為に。
 顔をあげて見据えた景色の先、神社の奥にあるという広い紫陽花の園。
「きっと、其処には」
 その場所で巡ることを思った黒羽の口許からぽつり、ぽつりと続かぬ言葉が落ちた。
 緩く首を横に振った彼は口を噤む。
 そうしてまたひとつ、黒羽は団子を口へと運んだ。
 変わらず紫陽花は美しくて、この先に起こることなど知らぬように咲いている。
 雨はまだ暫し、止みそうになかった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

波瀬・深尋
雨、か

傘も指さず歩いたら
怒られるかも知れないけどな

──それでも、
今は濡れたい気分だから

この前、力を使った時に
また俺の記憶は消えたのだろうか
何を忘れてしまったのか
思い出すことすら出来ないけれど
頭に、心に残るのは、
いつだって苦しいもので
失うのは、楽しいものばかり

紫陽花に、
地面に当たる雨音は
聞いていて心地良いな

そんな雨を一身に浴びて
どうせ、いつか失うのなら、
苦しい記憶も共に流せたら、なんて

いつか忘れると知っているから
繋がりを作る気にならなかったが
前の依頼で知り合った奴らは
楽しそうに笑ってくれていたから

俺も、そろそろ前を向くべきか

──ただ、今は、まだ
何もかもを隠してくれる
やさしい雨に包まれていたい



●花路
「雨、か」
 降り続ける細い雨を見上げて呟けば、足元で雫が跳ねて散った。
 雨音に耳を澄ませた波瀬・深尋(Lost・f27306)は肌を伝っていく雫の感触を確かめながら、暫し雨を眺める。
 傘もささずにこうして参道を歩き続けたら、きっと。
「怒られるかもしれないけどな。――それでも、」
 今は濡れたい気分なのだと独り言ち、深尋は以前のことを思い返そうとした。しかし雨の幕がそれを覆い隠してしまったかのように手繰れない。
 何を思い出そうとしたのか。
 どんなことを思おうとしたのか。
 ああ、と軽く息を吐いた深尋は頭を振る。この前、力を使った時にまた自分の記憶が消えたのだろう。
 何を忘れてしまったのか、それを知ることすら出来ない。
 けれども最初に記憶を辿ろうとしたときのように、頭に、心に残るのは、得体の知れない苦しさばかり。いつだってそれは辛くて、失うのは楽しいものだけ。
 蟠る感慨は消えてくれない。
 しかし今は目の前にたくさんの花々が見える。意識を其方に戻した深尋は紫陽花に視線を向け直す。
 薄青、紫、紅色。
 移り変わる季節のように色を変える花模様は純粋に綺麗だと思えた。
 紫陽花に、そして地面に当たる雨音は今も耳に届き続けている。聞いていて心地良いと思える今は少しだけ穏やかだ。
 地に恵みを、花に色を与える雫はやさしい。
 そんな雨を一身に浴びていた深尋はふと思い立つ。
「どうせ、いつか失うのなら、」
 心に宿った苦しみも雨が洗い流してくれれば良いのに。
 何を忘れたかを思い出せずとも、自分はいつか様々なことを忘れると知っている。それゆえに繋がりを作る気になどならなかった。
 しかし、以前に知り合った者――彼が全てを憶えているかは定かではないが、青い花の少女や黒猫のぬいぐるみと綿毛のような小鳥――彼女達は、楽しそうに笑ってくれていたように懐う。
 だから、と深尋は顔をあげた。
「俺も、そろそろ前を向くべきか」
 見つめる方角には真っ直ぐに続く参道が見える。
 その先にも、更にそのまた向こう側にも紫陽花が咲いていた。移り変わる色彩は今の自分の思いを体現してくれているように思える。
(――ただ、今は、まだ)
 何もかもを隠してくれる、やさしい雨に包まれていたい。
 雨は降り続ける。
 頬を伝う雫は涙のようだ。けれど今はどうしてか、この雨雫は深尋にとって心地の好いものに感じられた。
 首から提げた星のネックレスに掌を添えた深尋は瞼を閉じる。
 雨が奏でる音は何処までも穏やかで、紫陽花の景色の中に沁んでいった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

百鬼・景近
【花守】
(あまりにも清く綺麗な手水舎を前に、己の様な影が近寄り触れて良いものかと一瞬逡巡して――それでも、連れと作法に倣い、そっと手を伸ばして)
静謐、だね
心まで、何か沁み渡る様
――またこんな清らかな場に俺を呼ぶなんて、君は本当に

…まぁ、ね?
其に関しては、俺の領分だから話は別
でも、今は――ああ、仕方ないな、分かったよ

(そのまま傘もささずにふらりと漫ろ歩き)
――ところで君、風邪を引いても俺は面倒を見ないからね?
俺はそんなにひ弱じゃないけど、君は時折――おや、珍しく殊勝な事を言うね
雨も降る訳だ
…と、言った矢先にすぐに調子に乗るんだから、やっぱり駄目だね?

ふふ、まぁ期待しないで見守っていてあげようか


呉羽・伊織
【花守】
(粛然たる鳥居を潜る、清浄なる手水に触れる――俺とコイツはまぁ同じ穴の狢ってヤツで、コイツが一瞬戸惑うのも分かる――ケド、一歩踏み出して)
ほら、ぼけっとしてないでコッチコッチ
翳り曇る空とは対照的に、どこまでも澄み渡る様な空気と光景だよな
おう?お前こそ、まーた酔狂に走ったよな
まぁお仲間同士、丁度良いだろ

――それに俺が呼ばなくたって、魑魅魍魎の類が出るとなりゃ、引き寄せられてたろ
ま、今は、そーだぜ――まだ出てないから、ゆっくり花を愛でる時だ

(雨に濡れるのも気にせずに逍遙して)
――ああ、何か洗い流されるよーな気分になるし、今はこれで良い
ソレにホラ、コレで水も滴るなんとやらってな!

え、何ソレ!



●穢れと清め
 雨の参道を進み、先を目指す。
 粛然たる鳥居を潜る、清浄なる手水に触れる、祀られた神に参拝をする。
 それは一般的に云えばごく普通のこと。
 しかし、呉羽・伊織(翳・f03578)と百鬼・景近(化野・f10122)にとってはそれらは憚られることだ。
 特に景近にとっては顕著なものだろう。
 参道の途中にある手水舎。其処にはちいさな屋根があるので、雨宿りをしながら手を清めることが出来る。手水鉢には紫陽花の花が浮かべられていて、とても美しい。
 されど、あまりにも清く綺麗な手水舎を前に景近は立ち止まってしまった。
 己の様な影が近寄り触れて良いものか。
 一瞬だけ逡巡してしまった最中、伊織の声が景近の耳に届く。
「ほら、ぼけっとしてないでコッチコッチ」
 伊織は知っている。自分と彼は所謂、同じ穴の狢。それゆえに彼が戸惑うのもよく分かる。だが、今は躊躇などしなくて良いことも理解していた。
「……」
 言葉の代わりに頷き、景近は一歩を踏み出した伊織の後に続いた。よし、と薄く笑った伊織は手水舎を見遣る。
 四角い石造りになっている手水鉢の端には龍を模した彫像があった。
 その口から流れ出る水は透き通っている。鉢には見頃を終えかけたが、まだ綺麗に咲いている紫陽花が幾つも並べられていた。
「静謐、だね」
「翳り曇る空とは対照的に、どこまでも澄み渡る様な空気と光景だよな」
 景近がぽつりと口にすると伊織も感想を伝えた。
 手水鉢に手を伸ばした伊織に倣い、景近も作法に則ってそっと手を清めていく。冷たい水の心地は悪くはなかった。
 まるで心まで、沁み渡るようだと思える。
「――またこんな清らかな場に俺を呼ぶなんて、君は本当に」
 そして、景近は肩を竦めた。
「おう? お前こそ、まーた酔狂に走ったよな」
「……まぁ、ね?」
 手を清め終わった二人は視線を交差させ、一緒に言葉も交わしていく。
「まぁお仲間同士、丁度良いだろ。それにさ、」
 自分が呼ばなくたって、きっと景近は魑魅魍魎の類が出ると聞けばこの地に引き寄せられていたはずだ。伊織は景近を見遣り、そうだろ、と確かめる。
 その通りだと答えた彼は軽く目を伏せた。
「其に関しては、俺の領分だから話は別。でも、今は――」
「ま、今は、そーだぜ――まだ出てないから、ゆっくり花を愛でる時だ」
「ああ、仕方ないな、分かったよ」
 そして景近は顔をあげ、手水鉢に浮かぶ紫陽花から参道に咲く紫陽花へと視線を移していく。彼の言いたいことを理解した伊織も同じ方向を見遣った。
 午後になるまで未だ時間もある。
 二人は踏み出し、そのまま傘もささずにふらりと歩いてゆく。
 細い線を描きながら降る雨は寧ろ心地好い。雨に濡れるのも気にせず、気儘に逍遙していくのも良いものだ。
「――ところで君、風邪を引いても俺は面倒を見ないからね?」
「ああ、何か洗い流されるよーな気分になるし、今はこれで良い」
「俺はそんなにひ弱じゃないけど、君は時折――おや、珍しく殊勝な事を言うね」
 なるほど雨も降る訳だ。
 そんな風に揶揄った景近に対し、伊織は敢えて胸を張ってみせる。身体も衣服も濡れているが平気だというような仕草は得意気だ。
「ソレにホラ、コレで水も滴るなんとやらってな!」
「……と、言った矢先にすぐに調子に乗るんだから、やっぱり駄目だね?」
「駄目って! 別にいいだろこれくらい!」
 景近からやや呆れたような視線が向けられても伊織は気にしない。絶対に平気だから、と宣言する伊織は風邪など引く気は全く無かった。
 景近は、それなら、と静かに笑う。
「ふふ、まぁ期待しないで見守っていてあげようか」
「え、何ソレ!」
 伊織から僅かな抗議の声があがったが、これもまた二人らしい遣り取りだ。
 そうして穏やかな午前のひとときは過ぎていく。
 参道に咲く紫陽花の萼や葉は雨を受けて揺れている。それはまるで漫ろ歩く彼らの背を見送り、手を振っているかのようだった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

浮世・綾華
f09129/ユルグさんと

雫滴る紫陽花の彩を目に心穏やかに

雨が苦手と言っていたこの人を
降る下で歩ませるのも忍びない

草団子と茶を持ち込み茶屋でゆるり
ユルグさんもドーゾ?
褒められれば得意げに
ね、雨苦手っつってたじゃあないですか
何でって聞いても?
動きにくい…んー
ふふ、そりゃ晴れてんのに比べたらそうかも?

まあ実は俺もあんまり得意じゃないんですよねえ
雨っつか、水気が…?うん、本当に何となくなんだケド

でも最近はちょっと好きになって…
雨音が楽しいってゆー奴がいて
ほんとに楽しそーで
こっちまで楽しくなるってゆーか

瞬き
そう。そっか
じゃああんたと一緒でも
変わる世界はあるのかなぁ
眸閉じ雨音と、あんたの声に耳澄ませ


ユルグ・オルド
f01194/綾華と

雨降る路を追う足は少しだけ重くって
そんでも紫陽花の咲き揃う様にはすこし
鮮やかな色に心の浮かぶ気もして

ンで何所に行くのかと思えば
あれ、なに、準備イイね
無人の茶屋に供されたなら
何時かの饅頭もだけどうまく作るモンで
――お、美味い
綻んで告げる称賛は素直に
嫌いの理由を一口飲んで押し流し
だァって……動きにくいでしょ
綾華も晴れてた方がよくねェ

んふふ、そ。水気て、そりゃアまァ湿気るケドさ
ふわっと返る言葉に瞬きふたつ
そらさァ、

隣に立つ人で世界はいくらでも変わるって
そういう話じゃアないの
たのしい話で、花の色が変わるように
好きと嫌いをひっくり返すよな、ンな出逢いになるのかな



●移ろう色彩
 雨降る路。雫が滴る紫陽花。
 響く雨音以外には何も聞こえない、穏やかな神社の参道。
 少し先をゆく浮世・綾華(千日紅・f01194)を追い、ユルグ・オルド(シャシュカ・f09129)は歩を進めていく。
 歩む道の両側に咲く紫陽花の彩をは心を穏やかにしてくれる気がした。
 しかし、綾華の足取りはやや速い。
 その理由はユルグが雨が苦手と言っていたから。雨が降り続くこの道をゆっくりと歩ませるのも忍びない。
「ユルグさん、向こうに」
 そういって綾華が指差した先には茶屋の建物が見えた。
 それまで足取りの重かったユルグは、目的の場所があったことで軽い安堵を覚える。それでも、行く先にも並ぶ紫陽花が咲き揃う様が好いという感慨は悪くなくて、雨の情景も今なら綺麗だと思えた。
「ンで何所に行くのかと思えば、成程ね」
 綾華が示した茶屋の前に広がる紫陽花は特に美しい。鮮やかな色に心も浮かぶ気もして、ユルグは綾華に続いた。
 彼を招いた綾華は立てられたままの野点傘の下に入り、床几台に腰掛ける。
 こうして茶屋の前が開いているのは好都合だ。
 このまま店先から見える紫陽花をゆるりと楽しもうと決め、綾華は用意していた草団子と茶を床几台の上に広げていった。
「ユルグさんもドーゾ?」
「あれ、なに、準備イイね」
「そりゃ楽しみもなきゃつまらないでしょ」
「何時かの饅頭もだけどうまく作るモンだ。――お、美味い」
 さっそく団子を手に取り、ひとつを口にしたユルグは口許を綻ばせる。
 彼から褒められたことで綾華は得意げに笑った。そして、注いだ茶を手渡した綾華は自分も草団子を摘むことにした。
 さあさあ、と静かな音を立てて雨は振り続ける。
 糸のような細い軌跡を描く雨の線を瞳に映しながら、綾華はふと問いかけた。
「ね、雨苦手っつってたじゃあないですか」
 何でかと聞いても良いかと彼が告げると、ユルグは茶器を傾ける。嫌いの理由。それを考えながら一口、茶を飲んで押し流す。
「だァって……動きにくいでしょ」
「動きにくい……んー」
 その答えに合点がいかないような表情を浮かべた綾華は首を傾げた。対するユルグは逆に問いかけてみる。
「綾華も晴れてた方がよくねェ」
「ふふ、そりゃ晴れてんのに比べたらそうかも?」
 茶を更に一杯。
 残りの団子を口にしながら、二人は言葉を交わしていく。
「雨に当たってたら錆びるような気もするし、そうなりゃ動けない」
「まあ実は俺もあんまり得意じゃないんですよねえ。雨っつか、水気が――」
 うん、本当に何となくなんだケド。
 そんな風に付け加えた綾華に頷き、ユルグは薄く笑む。
「んふふ、そ。水気て、そりゃアまァ湿気るケドさ」
「でも最近はちょっと好きになって……雨音が楽しいってゆー奴がいて。ほんとに楽しそーで、こっちまで楽しくなるってゆーか」
 すると綾華は心境の変化があったのだという旨を語っていった。その言葉に瞬きを二度返したユルグは、更に笑みを深める。
「そらさァ、隣に立つ人で世界はいくらでも変わるって」
「……変わる?」
 ユルグの言葉を聞き、今度は綾華が瞼を瞬いた。
 そう。そっか。そう呟きながら、次はしっかりと納得した様子で綾華は何度か頷く。
「そういう話じゃアないの」
 ユルグはやっと自分の心に気付いたらしい綾華を見遣り、おかわり、と茶器を綾華に差し出した。綾華は茶を注ぎ直してやりながら、ユルグに視線を向ける。
「じゃああんたと一緒でも、変わる世界はあるのかなぁ」
「さァ、それはこれからじゃないかな」
 或いはもう変わりかけているかもしれない。何処か悪戯っぽく双眸を細めたユルグは綾華から茶を受け取った。
 そしてユルグは草団子をもう一本手に取り、暫し続いていくこの時間を思う。
 そうかも、と答えて眸を閉じた綾華は雨音とユルグの声に耳澄ませた。
 紫陽花の萼の色彩だって、土次第であんな風に様々な色に変化する。
 たのしい話で、花の色が変わるように。いつか好きと嫌いをひっくり返すような、そんな出逢いになるのだろうか。
 その答えがわかるのはきっと、未だもう少し先のこと。
 それまではこうして二人で時を重ねてみよう。
 傘から雫が落ちる音も、交わす言の葉と声も、とても心地が好いから――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ルーシー・ブルーベル
アジサイは好きよ
この位の雨ならカサは無しでいいかしら

ララにだけ雨合羽をきせて、
いっしょにお散歩しましょう

みてみて、ララ
手水舎?にアジサイが咲いているわ
とってもキレイ!

雨の時期に咲くお花だものね
お水たくさん飲みたいのかな
それともプカプカ浮いたらお花も楽しいのかしら?

ララを抱き上げて、見えやすい高さにしてあげるわね
どう、見えた?

お参りの後はお花の道を進んでいくわ
背が高いアジサイは色あざやかな迷路みたい
……まあ、これは白いアジサイね
ルーシー、最近この色すきなの
あなたに会えてうれしいわ

ひんやり体をつつむ雨粒は心地いい
雨の日は世界が閉ざされているような気がするの
だから何があっても
おかしくないのかも、ね



●雨の世界と閉じた空
 紫陽花は好き。
 よく知る釣鐘水仙の花の色に似ていて、同時に似ていないところもあるから。
 ルーシー・ブルーベル(ミオソティス・f11656)は降りゆく雨を振り仰ぎ、糸めいた細い線を描く雫を見つめる。
「このくらいの雨ならカサは無しでいいかしら」
 傘を持ってこなくても大丈夫だったことを確かめ、ルーシーは緋色の鳥居を潜った。其処から続く参道は真っ直ぐで長い。
 敢えて傘はささずに歩を進めていくルーシーだが、一緒につれているロップイヤーのぬいぐるみ、ララにだけはレインコートを着せてある。
 参道の両側に並ぶ紫陽花の色彩は様々で目にも鮮やかだ。
「みてみて、ララ」
 抱いたぬいぐるみ語りかけたルーシーは行く先を示す。其処には東屋めいた屋根がある手水舎が見えていた。
「あそこにもアジサイが咲いているわ」
 水が流れているところが四角い石造りの水槽のようだと感じながら、ルーシーは少し足早に手水舎に駆け寄っていく。
 一歩踏み入れば、手水鉢の中の紫陽花がよく映えて見えた。
「とってもキレイ!」
 四角い鉢に溜められた水の上でゆらゆらと揺れる紫陽花。
 薄紅、鴇色、紫に青に藍。
 花の色は綺麗に並べられていて、手水鉢の横にある龍の形をした彫像は何だか可愛い。口からお水が出るのね、と関心を寄せたルーシーは改めて花を眺める。
「雨の時期に咲くお花だものね」
 お水をたくさん飲みたいのかな。それともプカプカ浮いたらお花も楽しいのかしら。
 そんな風に想像するのもまた楽しい。
 少女はララにもよく紫陽花と龍と水面が見えるように、そっと腕を掲げる。
「どう、見えた?」
 ルーシーが問いかけるとレインコートのフードの重みがあったのか、ララがこてりと首を動かして頷いたみたいに見えた。
 ふふ、と微笑んだルーシーは手水舎で掌を清め、近くにある拝殿に向かう。
 そうしてお参りを済ませた少女は、未だ降り続いている雨に手を伸ばした。水に浮かんでいた紫陽花が何だか嬉しそうだったように、雨を受けている参道の花々も活き活きしているように思える。
 もう少し花の路を楽しんでみようと決めたルーシーは、本殿の裏手にあるという紫陽花の園へと歩いていく。
 ちいさなルーシーにとって、背が高い紫陽花は色あざやかな迷路のよう。
「……まあ、これは白いアジサイね」
 ふと通りかかったところに愛らしい花萼を見つけて、ふんわりと嬉しくなる。
「ルーシー、最近この色すきなの。あなたに会えてうれしいわ」
 ねえ、と花に呼びかけた少女は指先で萼をちょこんとつついた。其処から雫が落ちて、地面に溜まった水に波紋を作っていく。
 ひんやりと身体を包み込む雨粒は何だか心地いい。
 けれども薄い雫の幕が辺りに下ろされているかの如く、雨の日は世界が閉ざされてしまっている気がする。
 ――だから。
「何があっても、おかしくないのかも、ね」
 そして、ルーシーは紫陽花の園の向こう側を青色の片眼に映した。

●雨の午後
 刻々と時間は過ぎてゆく。
 雲に隠れて見えないおひさまが、空の天辺に昇ったら。
 ほら――君を夢に連れていくために、水晶宮からの使者がやってくる。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 集団戦 『水晶宮からの使者』

POW   :    サヨナラ。
自身に【望みを吸い増殖した怪火】をまとい、高速移動と【檻を出た者のトラウマ投影と夢の欠片】の放射を可能とする。ただし、戦闘終了まで毎秒寿命を削る。
SPD   :    夢占い
小さな【浮遊する幻影の怪火】に触れた抵抗しない対象を吸い込む。中はユーベルコード製の【鍵の無い檻。望みを何でも投影する幻影空間】で、いつでも外に出られる。
WIZ   :    海火垂る
【細波の記憶を染めた青の怪火】が命中した対象を高速治療するが、自身は疲労する。更に疲労すれば、複数同時の高速治療も可能。
👑7
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●雨の宮から夢の檻へ
 穏やかな時は過ぎ、時刻は午後を回る。
 境内の裏手に広がる紫陽花の園には招かれざるものが現れていた。

 ゆらゆらと宙を泳ぐように浮かぶのは火の玉のような炎を纏う海月。
 周囲に咲く紫陽花にも似た、移り変わる淡い色彩を頭部に宿すそれらは雨を受けながら、あてもなく彷徨っていた。
 海月が纏う怪火に触れると、出ようと思うまで夢に囚われ続ける。猟兵ならば抜け出すことも叶うが、もし無辜の人々が海月の怪火に触れてしまえば、死を迎えるまで囚われることになるだろう。
 そうさせぬためにも敢えて海月に近付いて打ち破らなければならない。
 
 海月が魅せるのは様々な夢。
 対象が抱く望みを吸い、心的外傷を増幅させるもの。
 或いは鍵の無い檻に閉じ込められ、望みを何でも投影する理想の幻影。
 また或いは心の奥底に封じられた、細波の記憶と光景。
 海月の力は自分と、その近くにいる者にまで幻を知覚させるものだという。何をみるのかはきっと人それぞれで――。
 そして、君達は怪異の力に踏み込む。
 
天御鏡・百々
無辜の民が幻惑に囚われれば大変だ
疾く討伐するとしようぞ

……懐かしき光景だな
かつて我がただの鏡であったころ
神社での神事の様子か……
(ただの鏡といっても、御神体として祀られていた神鏡)

やはり、神社は神聖にして正常であらねばならぬ
汝らはこの場所に相応しくないな

『天神遍く世界を照らさん』を使用
清浄なる神光でこの場を埋め尽くし
幻覚を打ち消してやろう
(破魔110、浄化20、呪詛耐性11、結界術2)

あとは天之浄魔弓(武器:弓)より放つ光の矢で
敵を一体ずつ撃ち落としてゆくぞ
(破魔110、誘導弾25、スナイパー10、神罰5)

●神鏡のヤドリガミ
●アドリブ、連携歓迎



●神光の鏡
 雨は未だ降り続き、紫陽花の萼や葉には雫が伝っている。
 百々は赤い和傘をさしたまま、神社の裏手にある花園を見渡す。所々に異様な気配がしており、花の影や緑の合間に揺らめく海月が潜んでいることが分かった。
 このままではこの場に無辜の民が訪れ、いずれは幻惑に囚われる。
 そうなれば大変だ。
「疾く討伐するとしようぞ」
 百々は抱いた思いを言葉に変え、水晶宮からの使者とも呼ばれている海月に自ら近付いていく。百々に気が付いたらしき海月も、ゆらゆらと雨の中を浮遊しながら細い触手を伸ばした。途端に和傘にそれらが絡みつき、先端が百々に触れる。
 その瞬間、世界が切り替わった。
 正確に云えば幻影が齎されただけなのだが、そんな風に感じられるほどに敵が齎す夢は深く巡っていく。
 一瞬、閉じてしまった目をひらく。
 其処には雨と紫陽花の光景ではなく神社の本殿が映し出されていた。本殿とはいっても先程まで居た神社のものではない。
(……懐かしき光景だな)
 かつて彼女がただの鏡であった頃に祀られていた場所が目の前にある。
 百々は御神体として奉られていた神鏡として其処にいる。しかし、それは近くに在りながらも遠いものに思えた。
 百々は神社で行われる神事の様子を見て――否、映し出している。
 その様子は荘厳にして神聖。
 厳かに執り行われてゆく神事をただ見つめながら、百々たる神鏡は思う。
(やはり、神社は神聖にして正常であらねばならぬ)
 懐かしさを感じていても、今は其処に居続けたいとは考えない。何故ならば百々の心境は今、あの紫陽花の神社に向いているからだ。
 幻想に懐古したとて、先程に言葉にした討伐への思いは忘れていない。
 過去は唯の過去。
 そして、現在は現在であり別のものだ。
 百々の身は神鏡から少女の姿へと変わり、夢の世界にヒトとして顕現する。そうして本殿の片隅に隠れていた海月を見つけ出した百々は周囲に神通力を満ちさせていった。
「汝らはこの場所に相応しくないな」
 言葉と同時に主神より賜った神光を降らせれば、夢の世界は清浄なる神域と化す。
 遍く世界を照らすように、幻覚を打ち消した百々は天之浄魔弓を構えた。懐かしき神社だった場所が薄れてゆく中、百々は弦を引き絞る。
「一体も残さず、撃ち落としてやろう」
 刹那、弓より放たれた光の矢が水晶宮からの使者を打ち貫いた。
 その一閃は宛ら神罰の如く――海月は砕け散ったかと思うと、淡い光の軌跡を残しながら消滅していった。
「おっと」
 気付けば周囲は元の景色に戻っていた。
 取り落しそうになった和傘をしかと握り直した百々は辺りの様子を探る。
 海月の姿は消えているが、何処か遠くに気配を感じた。
 きっと今、他の仲間達が海月の幻想に取り込まれているのだろう。首魁が待つという奥の社に向かうのは皆の帰還を待ってからでも遅くない。
 そう感じた百々は降り続く雨の情景を瞳に映し、暫し其処に佇んでいた。
 何かを呼び、神楽を舞う羅刹。
 その目的は未だ知れず――ただ、紫陽花が雨雫を受けて揺れていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

月舘・夜彦
【華禱】WIZ
彼と踏み込んだ先に見えるのは街
己か彼の記憶か、考えるよりも目の前の店に覚えがあった

小間物店……私が居たお店です
これは私の記憶なのかもしれません

彼の手を引いて、店の中へと入る
店には「私」は飾られていないのは引き取られた前か後か
幻だからこそ店の者には気付かれず探るのは容易で
店の中を歩いていると開いた襖から作業部屋らしき部屋を見つける

年老いた男が触れているものは簪と作りものの竜胆
私が作られた時の光景なのだと気付いた

生みの親……それを見れただけでも嬉しいです

刀を抜いて、海月を斬り伏せる

長く居られなかったのは気付いてしまったから
彼の傍に、もう一つ在った物
――橘の簪
それはつまり私の……


篝・倫太郎
【華禱】WIZ
気配はエンパイアのそれで
俺が居たのは羅刹特融のお籠りした限界集落
街なんて記憶にあるはずもなくて

引き摺られた、かな……
なんて思っていたら夜彦に手を引かれる

あぁ、この人の夢なのか

店に入ればどういう店なのかは判る
生まれ故郷、なんだな……
なんて思っていると夜彦が足を止めるから
つられる様に足を止めて

……また、そんな表情をするんだな

夜彦の顔をちらりと見ながらそんな風に思う
あの時は主が喪われたはずの想い人と寄りそっている幻を見せられて
懐かしそうな、愛おしそうな、けど、何処か苦渋の色もあった顔で

嬉しいです

そう言う癖に、どこか取り乱した気配
理由を知る前に抜刀するから
合わせて華焔刀で敵を斬り伏せて



●竜胆と橘
 雨の音が遠くなる。
 紫陽花の色彩が見えなくなり、景色が移り変わりはじめた。
 どうして此処を歩いているのか。ああ、確か虹色めいた光を宿す海月に触れて――それから目の前の光景が変わったのだった。
 夜彦と倫太郎は先程までのことと、いま目の前にあることを確かめていく。
 しかし、眠るときに見る夢のように何処かぼんやりとした感覚が強くなっていた。
 共に踏み込んだ先。其処に見えたのは街だ。
 気配は侍の国のようだが、倫太郎にとっては見覚えのないものばかりだ。彼が嘗て居たのは羅刹の限界集落だった。
 こんな街など記憶にあるはずもなくて、倫太郎は思わず胸中で呟く。
(引き摺られた、かな……)
 対する夜彦は街並みをじっと見ていた。
 それが己か倫太郎の記憶か、考えるよりも先に或る店先が目に入った。其処にはどうしてか覚えがある。
「小間物店……これは――」
「見たことがあるのか?」
「私が居たお店です。これは私の記憶なのかもしれません」
 神妙な表情をした夜彦に倫太郎が問えば、頷きが返ってきた。そのまま倫太郎の手を引いた夜彦は店へと近付いていく。
 内部には様々な小間物が並ぶ様が見えた。
 扉を開けて、中に入るのは此処がゆめまぼろしであるからこそ容易だった。夜彦が無言のまま店へと入っていく後に続きながら、倫太郎は思う。
(あぁ、この人の夢なのか)
 彼が勝手知ったるような動きなのもきっと、これが夜彦の意識から作られた世界であるからだ。店に入ればどういう場所なのかくらいは分かった。
 生まれ故郷なのだろう。
 繋ぐ手は離さず、されど夜彦の邪魔はしないよう言葉にはしないでおいた。
 倫太郎がそんなことを思っていると不意に夜彦が足を止める。つられて足を止めた倫太郎は、夜彦が店内を見回していることを察した。
 何かを探しているのだろうか。
 視線を追っても特に目立った物は見えず、倫太郎は夜彦を見守る。
 その間、夜彦は『自分』が此処にないことを確かめていた。簪をはじめとした小物が並んでいるが、どれも目を引くようなものではない。
 確かに美しく繊細なものもあるが、夢の中であることで朧げな印象しか感じられなかった。何よりも夜彦には思うことがある。
 ――『私』は飾られていない。
 店の中の様子だけは自分が引き取られた前か後かわからなかった。そして店の中を歩いていくと、開いた襖が見つかる。
 そっと覗き込むと、其処が作業部屋らしいと分かった。
 中にいるのは年老いた男。
 彼が触れているものは簪と作りものの竜胆。そのとき、夜彦が僅かにはっとした。
(これは……私が作られた時の、光景)
 この夢の場所と男の正体に気が付いたとて、彼の表情は殆ど変わらぬままだ。しかし夜彦の隣にいる倫太郎には分かる。
(……また、そんな表情をするんだな)
 夜彦の顔をちらりと見ながら、倫太郎はそんな風に感じた。
 思い返すのはあのときだ。以前は主が喪われたはずの想い人と寄り添っている幻を見せられた時分。そのときも懐かしそうな、愛おしそうな、けれど――何処か苦渋の色もあった顔をしていた。
「夜彦……」
 倫太郎は何も言わず、彼の名を呼ぶだけに留める。
 ええ、と首肯した夜彦は年老いた男の手元にある自分を見てから、真剣に作業をする彼の様子を眺めた。
「生みの親……それを見れただけでも嬉しいです」
 ――嬉しい。
 確かに夜彦はそう語った。
 だが、そういっている癖に、どこか取り乱した気配がある。
 倫太郎だけにしか悟れぬ機微が其処にあった。それでも倫太郎は問うことはせず、夜彦の遠い記憶から作られた世界を見渡していく。
 穏やかな店先だといのに違和がある。
 倫太郎だけではなく、夜彦もそのことに勘付いていた。
「あそこだな」
「はい、敵が隠れているようですね」
 店の戸の向こう側に視線を向けた彼らは其々に得物を抜く。夜彦は夜禱を、倫太郎は華焔刀を構えながら小間物店を出た。
 予測通り、其処には夢の世界に誘う元凶となった海月が隠れていた。
 夜彦は刀を抜くと同時に海月を斬り伏せ、続いた倫太郎が華焔刀を振り下ろす。二人の連撃によって倒れた海月は瞬く間に消滅した。
 それと同時に世界が揺らぎ、彼らの目の前には紫陽花と雨の光景が戻ってくる。
 あの夢に長く居られなかったのは、気付いてしまったから。
 簪を作る男傍に、もう一つ在った物。
 ――橘の簪。
(それはつまり私の……)
「…………」
 俯き、雨に打たれる夜彦の傍らで倫太郎は黙ったままでいた。
 裡に鎮めてしまった思いと感情や、複雑そうな顔をしている理由を夜彦は後で教えてくれるだろうか。
 降り続く雨の音を聞きながら、倫太郎は暫し夜彦の横顔を見つめていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

黒鵺・瑞樹
右手に胡、左手に黒鵺の二刀流

先日も同じような海月と戦った時は取り込まれずに済んだが今回はどうかな。

存在感を消し目立たない様に立ち回る。隙を見てマヒ攻撃を乗せた暗殺のUC剣刃一閃で攻撃をしかける。
敵の攻撃は第六感で感知、見切りで回避。
回避しきれない物理攻撃は黒鵺で武器受けで受け流し、カウンターを叩き込む。
それでも喰らってしまうものは激痛耐性、オーラ防御で耐える。

トラウマは孤独。
初めて自我が生まれた時にはわからず、人の身を得てから知った事。
誰といてもどんな場所でも俺は孤独を感じていて、それがとても悲しくて寂しい。
……。
そう俺は独り。だからこれは今更惑う事じゃない。



●さよならの記憶
 紫陽花の園に現れた水晶宮からの使者達。
 揺らめく海月の姿をしたそれらを見遣り、瑞樹は得物を抜き放つ。
 右手に胡、左手には黒鵺。二刀を確りと構えた瑞樹は先日も同じような海月と戦ったことを思い出した。
「前は取り込まれずに済んだが今回はどうかな」
 幸いにも、瑞樹が目にした数体の海月はまだ此方に気が付いてはいない。
 瑞樹は存在感を消しながら紫陽花の大きな株の後ろに回り込んだ。息を殺し、目立たないように距離を詰めていく瑞樹は、己の視線すら感じさせぬよう潜む。
 すると揺らぐ海月が偶然にも瑞樹の方に寄ってきた。
 その瞬間、彼は地を蹴る。
 麻痺の力を乗せた剣刃の一閃が海月の頭部を一気に引き裂く。たった一撃ではあるが、最大威力で巡ったそれは一体目の敵を見事に屠った。
 だが、他の海月が瑞樹の存在に気付いたようだ。
 全てを暗殺出来れば御の字だったが、叶わぬことも瑞樹は知っている。
 伸ばされた触手を第六感で察知した瑞樹は、その瞳でもしかと見切って回避した。あれに触れれば何らかの幻や夢を見せられることは分かっている。
 それゆえに触れないよう立ち回る瑞樹は、紫陽花の合間を疾く駆け抜けてゆく。
 相手も宙を泳いで追い縋る。
 迫る触手。揺らめく海月。
 瑞樹は咄嗟に黒鵺の刃で敵からの一撃を受け流そうと試みた。刃で触手を切り裂いた彼はそのままひといきに踏み込み、反撃を叩き込む。
 されど刃から伝った海月の手が僅かに瑞樹の手に触れた。
 その瞬間、周囲の景色が奇妙に歪む。
「しまったな」
 痛みはない。寧ろやわらかな感覚が身体に巡っているような形だ。
 瑞樹は思わず目を閉じる。そして、次に目を開けた時には紫陽花の景色は何処にもなく、黒鵺が宿すような漆黒が満ちる世界が広がっていた。
 ああ、孤独だ。
 そう感じると同時に瑞樹の胸にずきずきとした痛みが沈んでいく。物理的な痛みではないゆえに抑えることは容易ではなかった。
 それでも瑞樹は耐え忍び、この闇の世界を見渡す。
 孤独。それは初めて自我が生まれた時にはわからず、人の身を得てから知ったこと。
 誰といても、どんな場所でも自分は独りだと感じている。
 それがとても悲しくて寂しい。闇はそんな思いを増幅させていくかのようだ。
「……」
 暗闇の中で、瑞樹は胡を強く握った。
 悩む暇はない。戻らねば、と浮かんだ思いと共に瑞樹は顔をあげる。
「そう、俺は独り。だからこれは――」
 今更惑う事じゃない。
 幻に囚われるほど弱くはないのだと己を律し、瑞樹は刃を振るいあげた。
 ――刹那。
 闇は一閃によって斬り払われ、昏い記憶の夢は海月と共に地に沈んだ。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

逢坂・理彦
『首が痛い』とまるで誰かと同じようなことを言いかけて唇を噛み締める。
首を斬り付けられた痛みもあったがなによりも里を守りきれなかったことへの後悔で胸が痛い。
ぼんやりと海月越しにオブリビオンとして倒したはずの男の姿を見た気がして息を飲む。
あれはただの幻。

辺りを漂う海月を薙刀で軽く【なぎ払う】
そしてUC【狐火・紅薔薇】を発動

トラウマってのは案外なくならないもんなんだね…乗り越えたと思っていても未だ傷を気にして維るようでは駄目なのかもしれないね。



●過去と今と
 紫陽花の最中を揺らめき泳ぐ海月達。
 かれらに誘われ、連れられてきたのは不可思議な夢と幻の世界だった。
 ――首が痛い。
 まるで誰かと同じようなことを言いかけ、理彦は唇を噛み締める。
 ずきりと首が痛むのも幻想なのだろうか。
 理彦は周囲から紫陽花の光景が消え去っていく様を見遣り、首元を押さえた。昏い世界でひとりきりで立っているような感覚が広がる。
 斬りつけられたばかりのような痛みが首に走り、なんとか其処から意識を外そうと試みていく。それと同時に里の光景が目の前に広がっていった。
「……ここは、」
 あの場所だ、と感じたが理彦はそれ以上何も言わなかった。
 守れなかったからだ。
 この里を守りきれなかったことへの後悔が胸を刺してくる。心的外傷が容赦なく心を穿っていく。
 理彦は瞼を伏せ、眼前に映し出された光景から目を背けた。
 確かにあの出来事は自分の中に深く根付くものだ。しかしこれは夢であり、幻想の景色に過ぎないことが分かっている。
 理彦は顔をあげた。
 里の景色を改めて見つめた彼は景色の中を泳ぐ海月を見つける。ぼんやりと、その海月越しに何かが見えた。
 あの人影は――。
 オブリビオンとして倒したはずの男の姿を見た気がして、理彦は息を飲んだ。
 あれはただの幻。
 記憶から呼び起こされた過去の幻影だ。
 そう自分に言い聞かせた理彦は墨染桜の名を冠する薙刀を構えた。
 あの男めいた影ではなく、辺りを漂う海月を薙ぎ払えばいい。七色の光を宿す海月を見据えた理彦は更に力を紡ぐ。
 彼の傍に幾つもの狐火が現れ、焔が宿す薔薇のような色が周囲に広がっていく。
 絡み付く薔薇の蔦が理彦はと海月を繋ぎ、狙いはしかと定められた。蔦を辿って一気に駆け抜けた理彦は刃を振るいあげる。
 そして、次の瞬間。
 海月の姿を薙刀の刃が映したと思ったときには敵は真っ二つに切り裂かれていた。それによって周辺の景色は元の紫陽花の園に戻っていく。
 理彦は里の光景が消えていくことに安堵しながら、肩を竦めた。
「トラウマってのは案外なくならないもんなんだね……」
 もう乗り越えた。
 思っていても未だ傷を気にして維るようでは駄目なのかもしれない。
 そうして暫し、理彦は雨が降りゆく花園を見つめていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

真白・葉釼
ロキ(f25190)と

――嗚呼
それは姉の姿だ
両親が家に戻るのは年に片手程度
殆どただ一人の家族
殆どただ一人の他者、女
長い黒髪、柔らかい身体、匂い
俺だけに咲む貌
綸子、

お前が一緒にいてくれたら
お前が、もし今生きていたら
今、手を取り此処から連れ出せるならば

どれほど

――――《爪牙》

海月斬り払った刀身を軽く振るい
雨粒が肩を濡らす
冷えた海の双眸で
軽々しくその女を俺から引っ張り出すな
綸子は俺のものだ

傍ら見れば薄らと感じる鳥の声、あたたかな香
一瞥で何が起きているかは判る
あれは、美しい夢だ
だから只同じように
その幻想を両断する

ロキ、
いびつな笑みの方が真っ当そうに見えるとは伝えずに
ああ。
お前の髪、濡れている方がいいな


ロキ・バロックヒート
葉釼くん(f02117)と
SPD

一面の花畑と鳥の囀り
そこには天使の『私』だけ
無邪気に笑って遊んでる
紛うことなき理想

あぁそうだ
ひとなんかいなくていい
本当はだいきらいだ
嘘吐きで愚かで醜くて欲深くて弱くて
さっさとこんなふうに早く滅びたらいいのにな
救い?そんなのどうでもいいよ
みんな地獄にでもおちたらいい
きれいな『私』だけ残れば―

ちがう
これは私の望みなんかじゃない
かみさまはこんなこと思わない
思ってはいけない
ひとを赦し救いに導くために在る
そう思うのにこの幻を消せない
でも
冷たい青色が『私』ごと海月を斬った

ああ
それを怒ることも恨み憎むことも“できない”から
ただ笑ってありがとう、と
それから
綺麗な黒髪だったねって



●綸綬の香
 幻想に触れた。
 ゆめであり、まぼろしでしかない世界が葉釼達の目の前に広がってゆく。
 揺らめく海月の姿も、紫陽花の園の光景も、今は何処かに消えてしまった。思わず一度閉じた瞼を開けば、其処には人影が立っていた。
 ――嗚呼。
 葉釼は唇を噛み締め、その人物を瞳に映す。目を逸らすことは出来なかった。
 それは姉の姿だ。
 住んでいた家の光景と共に見慣れた姿が目の前にある。
 両親がこの家に戻るのは年に数度、片手程度しかなかった。それゆえに葉釼にとって姉は殆どただひとりの家族とも呼べる存在だ。
 彼女だけ。
 殆どただひとりの他者、女。
 しなやかな長い黒髪に柔らかい身体。匂いと感触。思い出すのは。否、今この眼で映しているのは。
(俺だけに――)
 咲む貌。
 居るはずのない者だと分かっている。夢で、幻だ。
 自分に言い聞かせようとしても勝手に口がひらく。そして、葉釼はその名を呼んだ。
「綸子、」
 彼女は葉釼の声を聞いて、あの日のように微笑む。
 その表情だけで葉釼の心は軋んだ。もう手を伸ばせない存在だというのに、震える腕を差し伸べようとしてしまう。だが、首を振った葉釼は堪え忍ぶ。
 お前が一緒にいてくれたら。お前が、もし今生きていたら。
 今、手を取り此処から連れ出せるならば。
 脳裏に浮かぶ思いは甘やかな誘い。たとえ幻であっても触れたい。またあの香りを感じたい。名を呼んで欲しい。笑みを咲かせ続けて欲しい。
 そうできれば、どれほど――。
 思考は其処で止まる。
 違う。そう考えた葉釼の脳裏に過ぎったのは、此処に共に訪れたロキの存在だった。自分ひとりでは彼女の手を取っていた。
 連れ出せずとも、未練めいた思いを感じて自己嫌悪に陥ったかもしれない。
 しかし、そうしなかったのは彼を思い出したから。
 彼は何だか放っておけない。だから今は姉の手は取らない。求めない。これもまた未練を生むかもしれない選択だが、それでいい。
「……退いてくれ」
 葉釼が言い放った言葉は姉のかたちをしたものに向けられたのではなく、その背後に浮かんでいた海月に対してのものだ。
 言葉と共に骨骸装が差し向けられ、爪牙の如く振るわれた。
 それまで目の前にあった家の光景が揺らいで消えていく。同時に雨粒が肩を濡らす感覚があった。
 葉釼は冷えきった海の底を思わせる色の双眸で、地に伏す敵を見下ろす。
「軽々しくその女を俺から引っ張り出すな」
 綸子は、俺のものだ。
 続く言の葉は自分にだけ聞こえる声で囁き、葉釼は海月を斬った刀身を揺らす。まるで血を払うかのように振られた刃から散った雨の雫が、傍の紫陽花に落ちた。

●楽園の花
 同じ頃、ロキの周囲にも幻想の光景が広がっていた。
 其処には紫陽花は咲いておらず、雨も降ってなどいない。
 かわりに一面に色とりどりの花が咲く園があり、穏やかな鳥の囀りが響いていた。幸せが満ちた光景の中には誰も居ない。
 否、正しく表すならば其処には天使の『私』だけが居る。
 天使は無邪気に笑い、花を愛でて小鳥の声を聴き、楽しげに遊んでいた。
 これは紛うことなき理想の世界だ。
 自然のままに息衝く緑。本能のままに生きる動物たち。それらを愛おしいと感じながら、邪気など抱く可能性もないまま天使が過ごす。
 そんな光景を視ているロキは、或ることを感じていた。
 あぁ、そうだ。
 ひとなんかいなくていい。
 ひとがすきだと嘯いているが、本当はだいきらいだ。
 嘘吐きで、愚かで、醜くて、欲深くて、弱くて。そんなものが存在する意味は何なのだろうかと思うほど。
 それから、こう思いながらひとの姿を取る自分だって。
 さっさとこんなふうに早く滅びたらいいのに。
 ひとへの救い。こんな理想があると知った今、そんなことはどうでもよくなった。
 天国と地獄。
 人の世で語られるそれらが在るのだとしたら、みんな地獄にでもおちたらいい。
 天使は遠くへ駆けていく。
 蝶々が舞っていく後を追っていったのだろう。ロキは手の届かない場所に天使が行ってしまうような感覚に陥りながらも、その背を見送ることしか出来なかった。
 何故なら、この理想の世界には自分すら存在しないから。
 きれいな『私』だけ残れば――それでいい。
 抱く思いに反して、ロキの裡に或る考えが過ぎっていった。
 ちがう。
 ちがう、ちがう。
 相反する思いに合わせて自然に言葉が紡がれていく。それは今の否定であり、理想を拒絶する考えだ。
「これは私の望みなんかじゃない。かみさまは……」
 こんなこと思わない。思ってはいけない。
 ひとを赦し、救いに導くために在る。それが己であるというのに。
 そう思うのに、そう在るべきだと識っているのに。
 どうして。
 この幻を消せない。望みを捨てられない。かみさまなのに、望んでしまう。
 ロキの願いが映し出された光景の最中に不釣り合いな海月が浮かぶ。ふわり、ふわりと宙を泳ぐそれは夢の主の望むままに完璧な世界を創りあげていく。
 しかし、次の瞬間――。

●曇天
「喰らえ、」
 葉釼の声が響いたかと思うと、世界が刃の一閃によって切り裂かれた。
 冷たい青色だ。
 そう感じたロキは自分の身体が此処にあることを確かめながら、葉釼の剣を見遣る。
 彼の手によって、理想の光景と海月が『私』――即ち、天使ごと斬り祓われた。
「ロキ」
 葉釼はその名を呼ぶ。大丈夫だったか、といった言葉は敢えて掛けない。何故なら先程から葉釼にもロキが視た美しい夢が見えていたからだ。
 花園や鳥の声、あたたかな香も良いものだったが、一瞥で理解した。あれは美しいからこそ拒絶するべきものだ。
 それゆえに葉釼は、只同じように幻想を両断しただけ。
「ありがとう」
 天使を斬ったこと、理想を壊したこと。
 それを怒ることも恨み憎むことも“できない”から、ロキは礼を告げた。
 其処に浮かんでいたロキの笑みはいびつで、そちらの方が真っ当そうに見える。そんなことは伝えられず、葉釼もただ頷いた。
 幻想から抜けた今、紫陽花の園に降り続ける雨が二人を濡らしていた。
 せっかく傘の中に入れたのに、と思う反面、葉釼は思ったままの言葉を口にする。
「お前の髪、濡れている方がいいな」
「そう? そっちも、ねぇ。綺麗な黒髪だったね」
「……ああ」
 一言だけ言及したロキもまた、葉釼が視たものを認識していたようだ。それについては深く答えぬまま、そうだろう、と言うように葉釼は首肯する。
 雨はもうすぐ已みそうな気配がした。
 けれど、きっと――空を覆う雲が晴れる時が来るのは未だ遠い先のこと。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

葵・弥代
【SPD】
此処は…?
変わる景色の先にいた二人の男女に眼を見開く
あそこに居るのは主たちか?過去、いや違う。
俺が望んだものか。

そうだな。寄り添い生涯を終えてほしかった。
いや、あのふたりはそれはそれで幸せだったのかもしれない。
しかし好き合う者たちは添い遂げたいと願うものではないのか?

平穏な家庭、年を重ねて笑い、子もいるのだろう
そして続く未来をいつまでも紡いで

動くことも喋ることもできず。舞扇子の俺は見守ることだけだった。
器物の俺にはあのふたりの感情など理解が到底できない。
だが――。

拳から滴り落ちる血。歪む口許
視界の端々揺れ動く海月を紅絲で縛り上げ見遣る

主たちが決めたことを俺が覆すわけにもいかないんだ。



●雨と血に沁む
 気が付けば柔らかな感触が身を包んでいた。
 それまで白群の瞳に映っていた紫陽花と雨の情景が消えていく。瞼を一度、瞬くと景色は急速に違うものへと変わっていった。
「此処は……?」
 弥代は辺りを見渡し、何処か懐かしく感じる光景を確かめていく。
 そして、変わった景色の先にいた二人の男女を見つけて眼を見開いた。懐古を感じたのは彼らが嘗ての主だったからだ。
「あそこに居るのは主たちか? ……これは過去、いや違う」
 ――俺が望んだものか。
 男女は寄り添い、穏やかそうな表情を湛えている。それだけで弥代は、此処が己の幻想が具現化された世界なのだと理解してしまった。
「ああ、そうだな」
 此れは理想だ。ふたりにはあのように寄り添い、生涯を終えてほしかった。
 そう願う心が弥代の視ている世界を作り出した。人の姿や思いを得る前、ただの器物であった頃には思うこともなかった感情だ。
 弥代は暫し、彼らの姿を真っ直ぐに見つめていた。
 しかし、ふと思うこともある。
 あのふたりは職人と芸妓という関係だった。そう思えばそれはそれで幸せだったのかもしれない。されど、好き合う者たちは添い遂げたいと願うものではないのだろうか。
 共に居ることが幸福。
 それが今、人の姿を得て生きる弥代が学んできたことだ。
 平穏な家庭を築き、一緒に歳を重ねて笑いあい、子孫を残す。
 そして、連綿と続く未来をいつまでも紡いでいく。人の営みはそういったものが普通であり、理想とされる。
 あの頃の自分。
 舞扇子だった自分は、動くことも喋ることもできずにただ見守ることだけしかできなかった。それゆえにあのふたりの感情など到底、理解が及ばない。
 彼らには彼らなりの思いと理由があったのだろう。
 だが――。
 強く握った拳から滴り落ちる血。歪む口許。
 弥代は幻想よりも現実を視ることにした。視界の端々で揺れ動く海月を捉えた弥代は血糸を紡いでいく。
 幻想の光景の中に迸った紅絲は朱い軌跡を描きながら、海月を縛りあげた。
 まぼろしを魅せるそれを見遣った弥代は、幸せな世界を一瞥する。確かにああして在れるならばどれほど良かっただろう。それでも――。
「主たちが決めたことを俺が覆すわけにもいかないんだ」
 弥代の宣言めいた言葉が落とされた、刹那。
 絲は海月を斬り裂き、地に落とした。
 揺らめく景色から主達が消えていく。その名残を見つめた弥代は雨の粒が頬に落ちてくる感触を覚えた。幻は消え、元の世界に戻ってこれたのだろう。
 傘を傾けた弥代は紫陽花を見下ろす。
 足元に出来ていた水溜まりは今の弥代の姿と、未だ曇天の空を映し出していた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ノイ・フォルミード
こんな所に海月?
綺麗だけれど、火
火はダメだ
雨よりもダメだ
危ないよ、ルー!
彼女を庇いこの身に受けて

炎の帳が去る
燃える庭、崩れる屋敷、彼ら
ああ、君が動かなくなって暫く経った後の事

君をぼくに託してくれた
執事役、メイド役、コック役
3体の機人たち
ぼくの大事な友だち

ぼくらと君はずっとあの屋敷で一緒だった
なのに、突然炎に包まれて襲撃を受けた
唯一戦う力があったぼくに君を託して、かれらは
あの日から少し、火が怖い
だって忘れていたんだ
本当の役割は庭師じゃなくって戦う為だったって事

「さようなら。何があっても彼女を守り生き延びろ」

再生される
彼らの最期の通信が
命令が
いや、

願いが

なら
ぼくは

震えている場合じゃないだろう!!!



●願いと約束
 ふわり、ゆらりと海月が宙を泳ぐ。
 紫陽花の園に揺らめく影を見つけ、ノイはルーをそっと抱きしめた。
「こんな所に海月?」
 淡い光を宿し、雨の中を浮遊する海月は綺麗に思える。しかしかれらが纏っているのは火だ。どれほど美しくとも、あれは――炎はダメだ。
 雨よりも危険だと察したノイは、あの炎が自分達に迫ってくることに気が付いた。
「危ないよ、ルー!」
 抱いた彼女を庇うように背を向けて、火を己の身に受ける。
 そうすれば不可思議な感覚が巡り、それまで聞こえていた雨の音や感触が失くなっていった。衝撃で機能がおかしくなったのだろうか。
 そう考える前に炎の帳が去り、雨の情景は何処かに消えていった。
 その代わりに新たな光景が目の前に現れる。違う、機能は何も悪くなっていない。
 燃える庭、崩れる屋敷。
 今は有り得ない景色だからこそ、ノイにはこれが何処で何時なのか分かった。
(ああ、君が動かなくなって暫く経った後の事だ)
 轟々と音を立てて屋敷が炎に飲み込まれていく。火が危ないと感じたのはこの出来事が元になっていたからだ。
 この景色が見えるということは彼らも此処に居る。
 ルー、と彼女を呼んだノイの腕は心なしか震えているようだ。揺らめく炎が鈍色の腕に反射しているからそう見えるだけかもしれない。
 ノイの視線の先にいるのは、君を託してくれた三体の機人達。
 執事役、メイド役、コック役。
 彼、或いは彼女はノイにとっても大事な友だちだった。
「覚えているかい、ルー」
 語りかけるノイの声は燃える炎に反して静かだ。
 ぼくらと君は、ずっとあの屋敷で一緒だった。それなのに突然この場所は炎に包まれた。襲撃を受けたのだと知ったときには遅かった。
 唯一、戦う力があったノイにルーを託して、かれらは――。
 そうだ、あの日から少し火が怖くなったんだ。
 だって忘れていた。
 本当の役割は庭師ではなくて、戦う為だったということを。ノイは双眼で燃えゆく屋敷と彼らを見つめる。
『さようなら。何があっても彼女を守り生き延びろ』
 再生されていく。
 記憶と記録から蘇ってくる。
 彼らの最期の通信が、命令が。否、強い願いが。
 幻想世界で揺らめく屋敷が燃え落ちた。それは或る意味で絶望の景色でもあったが、今となれば約束と願いの証でもある。
 それならばどうする。
 こうなってしまったならば、託されたのなら――。
「ぼくは、」
 ノイは言葉を紡いでいく。一歩を踏み出したことで腕の中のルーがこくりと頷いたように感じられた。
 彼女に後押しを貰えた気がして、ノイは真っ直ぐに宣言する。
「震えている場合じゃないだろう!!!」
 君と、彼らと共に。
 ノイは幻の景色の中に揺らぐ海月に視線を移し、嘗ての友人達の幻影を呼ぶ。
 夢の欠片は絶望を思い出す為のものではない。過去を見つめて思い出し、前を向いて約束を果たし続ける為のもの。
 ノイと同じ力を宿した友人達は水晶宮からの使者を穿つ。
 そして、一瞬後。
 炎の気配も色も消え去り、雨の情景が目の前に広がる。急いで傘を掲げたノイはルーを守るようにさしなおした。
 これで良かったのだろう。願いは未だ、このココロの中にあるのだから。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

春霞・遙
悪夢から解き放たれた子供たちの行く末を見守りたいと異世界に後ろ髪を引かれたことも、邪神に対抗する力なく身も心も壊されたこともあります……あるらしいです。
でもその感情は欠片も残っていなくて、恐怖に潰されたことに至ってはおぼろげにさえ思い出せないんです。全部身に宿した触手が食べてしまうから。
だから、邪神の眷属に殺されそうになった記録を見せられても、作り物としか感じられないでしょう。

これがなんだというんですか?

一体ずつ確実に「零距離射撃」で倒していきます。



●遠き記憶
 紫陽花の園に浮かぶ海月達。
 それらはゆらゆらと頭を揺らしながら淡い光を纏って泳ぐ。
 遙は海月達が齎す幻影に対し、そっと身構えた。何を見せられようとも揺るがないと決めた意志が、その瞳から見て取れる。
 そして、遙の前に細波の記憶が映し出されていく。
 悪夢から解き放たれた子供たちの行く末を見守りたい。
 そう願ったことで異世界に後ろ髪を引かれた。邪神に対抗する力なく、身も心も壊されたこともあった。今の遙には、あるらしいとしか認識出来ない。
 その時の光景が遙の瞳に映っていた。
 他者が見ればきっと悍ましいものだと感じただろう。
 されど遙自身はその光景に対して何も思わない。感情を失っているわけではないが、まるで映画でも見ているかのように遠いことのように感じられるのだ。
 確かにこれは自分の記憶だ。
 しかし、当時に覚えていたであろう感情は欠片も残っていなかった。
 恐怖に潰されたこと。
 それに至ってはおぼろげにさえ思い出せず、消え去っている。その理由は全てをこの身に宿した触手が食べてしまったから。
 目の前には邪神が居る。
 その眷属に殺されそうになった記録が遙に見せられている。だが、それすら作り物としか感じられないでいた。
 凄惨で、残忍で恐怖しか覚えないような光景であっても――。
 忘れること。
 感情すら喰われること。
 それが幸福なのか、不幸であるのすら判断を下せない。否、遙にとっては判断などしなくてもいい事柄でしかない。
「これがなんだというんですか?」
 遙は幻影の記憶を見せる海月に問いかける。
 されど海月は何も答えず、細波の記憶の中で揺蕩って泳いでいるだけ。
 それならばただ屠るだけだとして、遙は拳銃を手に取った。素早く構えて地を蹴った遙はひといきに海月との距離を詰める。
 一体ずつ、確実に。
 零距離から撃ち放たれた弾丸が海月の頭部を貫き、砕け散らせた。
 更に身を翻して二体目へ。遙は容赦なく銃爪を引き続けることで周囲の敵を蹴散らし、幻想を打ち破っていった。
 それまで見せられていた記憶は海月が地に沈むと同時に消えていき、そして――。
 すべての海月を倒し終わった後、景色は元に戻った。
 紫陽花の園に降っている雨は間もなく止みそうな気配がする。遙は空を見上げ、未だ陽の見えぬ雲模様を暫し見つめていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

蘆名・臣
【POW】
アドリブ、マスタリング歓迎

_

──視界が暗転する
ハッと眼を開くと、眼前に広がっていたのは愛しい弟妹たちの遊ぶ姿。
…此処は、孤児院だ。
俺たちの血は繋がっていない。それでも俺はこの子たちを愛していた。護りたかった。

…だが、

空が翳る。理不尽に蹂躙する"嵐"が、──オブリビオンが、来る。

一歩前に出て
"嵐"の前兆に怯える子らを背に庇う。


──あの時の俺は無力で、手も足も出ず
それでも俺は生き残ってしまった。

でも今は違う

「こいつらに」

もう、あの時の無力な子どもじゃない

「手を、出すんじゃねえ」


──もう二度と、奪わせない。



●花と嵐
 紫陽花が咲く景色は消えゆく。
 雨の音もいつしか聞こえなくなり――視界が暗転する。
 臣は気付けば目を閉じていた。ハッとして眼を開くと、雨と紫陽花の情景は違う景色に変わっていた。
 臣の眼前に広がっていたのは此処には有り得ない光景。
 愛しい弟や妹たちが無邪気に遊ぶ姿が臣の漆黒の瞳に映っている。
「……此処は、」
 懐かしい景色だと思えた。
 その理由は、其処が嘗て臣が過ごした孤児院だったからだ。
 おにいちゃん、と弟や妹達が臣を呼んだ。それはとても嬉しそうな声で、また逢えて嬉しいと語っているかのようだ。
 ただ呼ばれただけだというのにそう感じるのは、臣もまた彼らと似た感情を抱いているからかもしれない。
 皆が孤児であるゆえに、自分たちの血は繋がっていない。
 それでも臣はこの子たちを確かに愛していた。家族であり、大切な子たちであり、何よりも護りたい存在だった。
 普通の家庭と比べれば生活は決して豊かとは言えなかったが、元気に遊び回る弟や妹たちと過ごす時間には幸せが満ちていた。
 だが――。
 幸福な光景に影が射し始める。
 空が翳り、遠くから轟音が聞こえてきた。
 理不尽に蹂躙する“嵐”が――オブリビオンが、来たる。これが記憶から映された過去の光景ならば、実際にあったことがこれからも起こるはずだ。
 臣は一歩前に踏み出し、嵐の前兆に怯える子供たちを背に庇った。
 解っている。
 これは幻だ。此処でこの子達を護ったとしても過去が変わるわけではない。
 それでも抗う。たとえ幻影であっても傍に弟や妹たちが居るならば、兄として守るのが道理だと思えた。
「あの時の俺は無力で、手も足も出なかった」
 それでも生き残ってしまった。
 非力さを嘆いた。後悔と苦悩に苛まれた。
 でも、今は違う。
 嵐が迫る。傍若無人に、破壊の限りを尽くす嵐が臣達の目の前に現れていく。しかし臣は真っ直ぐにそれを見据え、口をひらいた。
「こいつらに」
 もう、あの時の無力な子どもじゃない。
「手を、出すんじゃねえ」
 宣言と共に臣は強く地を蹴った。嵐の向こう側に揺らめく海月が見える。あれを斬れば、幻想の中のこの子達は護りきれるだろう。
 たとえそれが自己満足であっても構わない。此処で示すのは今の己の力だ。
 ――もう二度と、奪わせない。
 それゆえに斬る。
 嵐に意志を向けた臣は刃を振りあげ、一気に薙ぎ払う。その銀閃は朝を拓く標のように巡り、幻想の景色を深く斬り裂いた。
 そのとき弟と妹達が、おにいちゃん、と自分を呼んで笑った――気がした。
 それを確かめることは出来なかった。振り向いたときにはもう孤児院の景色は消えており、元の光景が戻っていたからだ。
 雨が降りゆく中で臣は握った刀を見下ろす。
 幻であっても、あの嵐を乗り越えられただろうか。そうであればいいと考えながら、滴る雨粒が地面に落ちる様を見つめていた臣はふと気が付いた。
 もうすぐ、雨があがる。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

華折・黒羽
紬…?
気付けば沈んでいた思考
意識が戻れどそこに勿忘草の姿は無くて

代わりに手を引く誰か
けれど薄暗くて何も見えない
繋がれた己の手が何よりも先に視界に入った
…変だな
俺の手はこんなに小さかったろうか

すると不意に引き寄せられ
すっぽりと誰かの腕の中

あなたは誰?
見上げてもやっぱり顔は見えない
頬にぽたりと零れた雫が
その人が泣いてる事を教えてくれた
どうして泣いてるんですか…?

どうやら今は
言葉も話せぬ程に幼い身体になっているよう
紡ごうとしても意味を成さない音になるばかりで
問う事叶わず

『ごめんね、ごめん』
『守ってあげられなくて、ごめんなさい』

聴こえた声は女性のもの
分かったのはそれくらい

でも
何故か酷く懐かしかった



●誰かの声
 雨が降る。しとしとと降りゆく。
 紫陽花の園に訪れた黒羽の思考は何時しか沈んでいた。
「紬……?」
 はたとして意識を目の前に戻したが、そこに勿忘草の姿は無くて――。
 紫陽花の景色も見えず、雨の音も聞こえなくなっていく。その代わりに違う光景が黒羽の目の前に現れていく。
 感じたのは手と手が触れ合った感触。
 そして、自分の腕を引いてくれる誰かの存在。
 しかし周囲は薄暗くて何も見えなかった。繋がれた己の手が何よりも先に視界に入り、黒羽は不思議そうに首を傾げる。
(……変だな)
 感覚がぼんやりとしていた。けれども思う。
 自分の手はこんなに小さかっただろうか。闇で先は見えないままが、何だか視線も低い気がする。此処は何処で、自分はどうしてしまったのか。
 そんなことを考えていると不意に身体が引き寄せられる。
 気付いたときにはもう、すっぽりと誰かの腕の中に収まっていた。嫌な気分はしなかったが、黒羽は手を引いてくれていた人物に問いかける。
(あなたは誰?)
 見上げてみてもやはり顔は見えなかった。
 その人は何も答えず、代わりに頬にぽたりと零れた雫が伝う。それで相手が泣いていることを知り、黒羽はもう一度だけ問うてみる。
(どうして泣いてるんですか……?)
 だが、其処でふと気付く。
 自分は今、言葉も話せぬ程に幼い身体になっているようだった。自分では質問を投げかけている心算だったが、紡ごうとしても意味を成さない音になるばかりだ。
 明確に問うことは叶わず、黒羽は顔の見えない誰かを見上げることしか出来ない。
 すると声が聞こえた。
『ごめんね、ごめん』
 涙声で紡がれた言葉は黒羽に向けられている。
 何を謝ることがあるのですか。
 何が悲しいのですか。
 浮かぶ疑問はその人には届かない。もどかしさを感じながら、黒羽はじっと薄暗い闇の向こうを確かめようとする。
 それでも何も分からない。どうすればいいのかも思いつかないでいた。
 その人は更に告げる。
『守ってあげられなくて、ごめんなさい』
 聴こえた声は女性のもの。
 分かったのはそれくらいで、彼女が誰であるのかは不分仕舞だった。
 でも、と黒羽は感じたままの思いを巡らせてゆく。その声も腕の中の感覚も何故か酷く懐かしくて――。
 そのとき、視界がひらける。
 薄闇が晴れたと思ったとき、紬の姿が目に入った。
 黒羽は自分の姿や景色が元に戻ったことと同時に、紬の力が幻想を打ち破ってくれたのだと感じ取る。紬、と先程に名を呼んだのが功を奏したのだろう。
「ありがとう」
 黒羽は紬に礼を告げ、紫陽花の園を見渡した。
 あの声の主は幻だったのだろう。懐かしき感覚を少しだけ名残惜しく感じながら、黒羽は花園の向こう側を見据えた。
 思うことはあるが今は唯、成すべきことをする為に――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

夜嵐・右京
気づけば、皆と逸れてひとりきり
だけど、それで良かったのかもしれませんね
わたしの覚えのない記憶など、一体何が出てくるのか
万が一にも優しいあの子らに見せることはありません

主様と過ごした日々のことなら
出会ったとき、別れたとき
ありふれた日々の記憶
どれも宝物だというのに
涙を流す主様など、覚えがない
わたしにお見せにならなかったのか、それとも幻が見せるからなのか
あぁ……それとも自我を得る前の
……いやですね、とてもいや
お側にいたのなら、全てから守って差し上げたかったのに

ですがありがとうございます、使者の方
今見たものも、わたしの糧といたします
かくれんぼの時間はおしまいです
良い夢を(UCで攻撃)



●主様と過去
 気が付けば紫陽花の園の景色は消え、雨音も遠くなる。
 右京が周囲を見渡したとき、其処には自分だけしか居なくなっていた。
 移り変わる世界にひとりきり。皆と逸れたのだと感じた右京だが、それで良かったのかもしれないとも思った。
 右京は胸元に手を当て、揺らめき変わる景色を見つめる。
(わたしの覚えのない記憶など、一体何が出てくるのか)
 万が一にも優しいあの子らに見せることは出来ない。怪異に呼び起こされた記憶の欠片はきっと、自分以外が見て良いものではないはずだから。
 見せたくないのではなく、あの子達が自分を気遣ってくれるのが分かるゆえ。
 たったひとり、自分だけが視る。
 その光景は――。
(……主様?)
 先ず右京の目に映ったのは嘗ての主の姿。
 共に過ごした日々の景色が断片的に、次々と映し出されていく。
 出会ったとき、別れたとき。
 ありふれたいとおしい日々の記憶が目の前に広がっては消えていった。
 そのどれもが宝物のような記憶だ。それだというのに、記憶の中には見当たらない不思議な光景が浮かんできた。
 それは、涙を流す主の姿だった。頬を伝う涙の雫には悲しみが宿っているようだ。
(あんな主様など、覚えがない……どうして?)
 右京は考えを巡らせる。
 わたしにお見せにならなかったのか、それとも幻が見せるからなのか。
 そんな中でふと気付く。
(あぁ……それとも自我を得る前の。……いやですね、とてもいや)
 側にいたのなら全てから守って差し上げたかった。
 哀しみや苦しみ。そういったものを遠ざけて、笑っていて欲しかった。もう遠い過去のことであるゆえに変えることは出来ないが、そう願う右京の思いは本物だ。
 右京は消えゆく主の記憶を見送り、更に映し出されていく幻影から目を逸らす。
 見たくなかったのではない。
 いつまでも此処に居るわけにはいかないと自分を律したからだ。
 そして、右京は自分の記憶の片隅にゆらゆらと揺蕩っている海月を見据える。あれを屠れば此処から抜け出せるだろう。
 ですが、とちいさく言葉にした右京は身構えた。
「ありがとうございます、使者の方」
 今見せてくれたものも己の糧としたい。そう告げた右京は呪詛を纏った札を掲げる。
 次の瞬間。百夜ノ呪符が周囲に舞い飛び、水晶宮からの使者を捉えた。
「かくれんぼの時間はおしまいです」
 ――良い夢を。
 右京の言葉が落とされ、海月は揺らめきながら地に落ちる。
 そうして周囲は元の紫陽花の園に戻っていく。
 右京は軽く肩を落とし、降りゆく雨に手を伸ばす。主様の涙のようだと思ったことは胸に秘め、右京はもうすぐ降り止みそうな雨空をそっと見上げた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

朝野・向日葵
「これは…そうかこれは俺の願いか」
仲間達とはぐれ、さまよう自分の前に現れた花畑と仲間達の幻を眺め
「どうしたもんかと思ったがこんなモノを見せつけられるとはね」
過去、自分が招いた地獄を見せつけられる覚悟を持って幻に挑んだが
「ああ、こんな未来を見れるんなら悪くない」
幻の仲間達の微笑みを真っ直ぐ見据え
「なんてな」
心の迷いを振り払い空を睨む
「偽物の未来なんてごめんだね」
乾坤一擲、幻を断ち切る様に水晶宮の使者達を切り伏せつつ
「それにおじさんは欲深くてね、失ったモノを取り戻すだけじゃ足りないのさ」
この花畑には誰もいないからな
不敵に笑い幻を振り払います。



●本物と偽物
 花の情景が消え、違うものへと変わっていく。
 水晶宮からの使者による幻が身を包んでいるのだと感じながら、向日葵は周囲の光景をひとつずつ確かめていった。
 仲間と逸れたことは分かっている。
 むしろ、暴かれたくはない過去が映し出される可能性もあった。それを考えるとこれで良かったのだとも思える。
 まるで迷い路のように広がっていく幻影の景色を見渡し、向日葵はひとつ頷く。
「これは……そうかこれは俺の願いか」
 夢であり、まぼろしでしかない偽りの空間。
 その中を彷徨っていた向日葵の前に現れたのは別の花畑。
 そして――仲間達の幻。
 其処には平穏でしかない光景があった。これはきっと、理想や願望が具現化したものなのかもしれない。
「どうしたもんかと思ったがこんなモノを見せつけられるとはね」
 軽く肩を落とした向日葵は息を吐く。
 まぼろしを見せられるとしたら過去の出来事だと思っていた。自分が招いた地獄を見せつけられる覚悟を持って挑んだというのに、此処はそれとは正反対の世界だった。
 向日葵は仲間達の幻影に歩み寄り、笑みを浮かべた。
「ああ、こんな未来を見られるんなら悪くない」
 その表情は穏やかだ。
 幻の仲間達の微笑みを受けた向日葵は視線を真っ直ぐに返す。見据えた先には優しく迎えてくれる人々がいる。ずっと、こんな世界に居られたらどれだけ良いだろう。
「なんてな」
 向日葵は頭を横に振り、仲間達の数歩手前で立ち止まった。
 心の迷いは確かにあった。
 和やかな空気と優しさが満ちるこの場所に思うことも色々あった。だが、それらを全て振り払った向日葵は空を睨む。
 理想が叶えられたならば、こんな世界なのだろう。だが、これは違う。
「偽物の未来なんてごめんだね」
 ――乾坤一擲。
 言葉と共に木刀を抜き放った向日葵は一気に幻を断ち切った。それによって水晶宮の使者達が切り伏せられ、揺らいだ幻影が消えてゆく。
「それにおじさんは欲深くてね、失ったモノを取り戻すだけじゃ足りないのさ」
 この花畑には誰もいない。
 それならばこうして容赦なく全てを斬り払うことが出来る。
 不敵に笑った向日葵はもう一閃、鋭い斬撃を振るった。一瞬後、晴れていた花畑が雨が降り之く紫陽花の園へと戻った。
 穏やかだった光景ではない、現実の光景が向日葵の瞳に映る。
 雨は何処か物寂しい。
 それでも――これこそが今生きる世界なのだと感じ取り、向日葵は刀を下ろした。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

樹神・桜雪
ボクが覚えてない記憶、親友だった彼の事。
待って待って待ち続けていたのは「彼が帰らないかもしれない」と胸騒ぎを覚えたから。
そんなの嘘だ、だって彼は帰って来るって信じたくて待ち続けていた。
待っていたら図書館も焼けてしまったけれど、誰かが炎の中で手を差し伸べてくれて、それで…。

…そう、それで僕はずっと待っていたんだね。
帰ってきて欲しかったんだね。そのためなら待つことだって苦にならなかったのに。また会えればそれで良かったのに。
…記憶の欠片。忘れていた事。でも、もう取り返しがつかない事。
さ、嵐を呼んで幻の元凶を探そう。ね、クラゲさん。ちょっと調子に乗りすぎたね。お空に飛んでいこうか。



●炎と雨と
 雨音が遠くなる。
 紫陽花の色彩が揺らいで消えていく。
 透き通った雫に沁む美しくて淡い色が歪んだかと思うと、樹神・桜雪(己を探すモノ・f01328)の前に違う景色が現れた。
 これが海月の魑魅魍魎によって齎された世界だということは分かっている。
 しかし、桜雪は目の前に映し出されていく光景から目が離せなかった。
 知っている。
 でも、知らない。
 肩に白い小鳥を止まらせた優しげな少年との記憶めいた光景が、次から次へと断片的に映し出されている。
(これは――ボクが覚えてない記憶、親友だった彼のことだ)
 桜雪は双眸を細めた。
 思い出せる記憶になくとも、心の奥底には残っている。きっとそれが今見ている数々の景色や出来事だ。
 記憶の中で、少年の口許が何事かを喋りかけるように動いている。
 しかし肝心の声は聞こえず、何と言ってくれているのかは分からなかった。そして、桜雪の瞳にはあの懐かしい図書館の景色が映る。
 待って、待って、待ち続けていた。
 そうしていたのは『彼が帰らないかもしれない』という胸騒ぎを覚えたから。
 ずっと此処にいれば帰ってくると信じた。
 浮かんだ思いに対して、そんなの嘘だ、と否定したかった。帰ってこない予感など杞憂だったのだと信じたくて待ち続けていた。
 おかえりなさい。
 ただ、その一言を告げたかった。それなのに――。
 次に桜雪の前に現れたのは燃える図書館の光景。これは朧気にだが、思い出していた記憶だ。彼を待つべき場所は焼け落ち、帰る場所としての意味を成さなくなっていく。
 けれど、誰かが炎の中で手を差し伸べてくれた。
(それで……ボクは、)
 ううん、と首を左右に振った桜雪はいつの間にか俯いていた顔をあげる。
「……そう、それで僕はずっと待っていたんだね」
 帰ってきて欲しかった。
 そのためなら待つことだって苦にならなかったのに。また会えればそれだけで良かったのに――。少しずつ、桜雪の中で記憶というパズルのピースが埋まっていく。
 これは記憶の欠片。
 忘れていたこと。でも、もう取り返しがつかないこと。
 頭の上に乗っていた相棒が少しだけ心配そうに鳴いた。大丈夫だよ、と少しの強がりを乗せて答えた桜雪は身構える。
 先程から、記憶の欠片の向こう側に揺蕩う海月の姿が見えていたからだ。
「さ、嵐を呼んで幻の元凶を消そう」
 片手を頭上に掲げた桜雪は周囲に氷雪を喚び、風を巻き起こしていく。その風に煽られた海月はゆらゆらと揺らめきながら表に現れた。
「ね、クラゲさん。ちょっと調子に乗りすぎたね。お空に飛んでいこうか」
 そして、桜雪は冷たい嵐で敵を深く穿つ。
 幻想は海月が何処かに飛んでいくと同時に消え去り、景色も元に戻っていく。
 雨はもう止みかけているようだ。
 桜雪は相棒に雨の雫が掛からないよう手を伸ばし、曇天の空を振り仰いだ。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

五条・巴
濡れた身体に海月の炎は暖かく思えて
紫陽花に触れるのと同じようにそれに触れた

誰かの部屋が映る
僕の写真を飾ってくれているようだ

別の誰かの部屋のテレビが映る
テレビの中に僕がいた

どこかの書店が映る
誰かが僕の写真集を手に取った

これが現実か幻かはわからない
でも、どっちかなんて、どうでもいいのかもしれない

だって、
僕は誰かの部屋に飾ってもらえる人だってわかったから

時間を割いて僕を見てくれる人がいるってわかったから

誰かの手に取ってもらえる人だってわかったから

月になりたいんだ。
僕がいた証を残し続けるんだ。

予測も結果も、これからの未来も全部”受け止める"よ

出して。
僕は僕を見てくれる子のために、カメラの前に立つ。



●月雫
 雨に濡れた身体に海月が放った怪火が触れた。
 ゆらり、揺らめきながら当たった炎は熱くはなかった。寧ろ海月の炎は何だかあたたかさを宿しているように思え、巴は瞼を閉じる。
 まるで先程、紫陽花に触れたときと同じような感覚がした。
 花と炎は全く別のものであり、相手は怪異だというのに不思議だ。ふわふわとした感触を覚えた巴はゆっくりと目をひらいた。
 誰かの部屋が映る。
 其処には巴の写真が飾ってあった。どうやら大切にしてくれているようだ。
 次の瞬間。
 巴が一度だけ瞼を瞬かせると、場面が変わった。
 別の誰かの部屋のテレビが見えた。
 その画面の中には巴が映っていた。きっと部屋の主が見てくれているのだろう。
 更に瞬く。
 すると次はどこかの書店の光景に移り変わった。
 誰かの手が平置きの棚に伸びていき、巴の写真集を手に取っていく。
 名も知らない誰かだった。けれども向こうは此方の名も顔も知っていて、巴を好きでいて求めてくれる。
 これが現実か幻想か。それはわからないでいる。
 しかし、どっちであるかなんて今の巴にとってはどうでもいいのかもしれない。
 何故なら――。
 僕は誰かの部屋に飾ってもらえる人だってわかったから。
 時間を割いて僕を見てくれる人がいるってわかったから。
 誰かの手に取ってもらえる人だってわかったから。
 ひとりひとりに声は掛けられないけれど、誰かに自分を知っていて貰えることが尊くて嬉しいことに思えた。
 月になりたい。抱く思いはずっと変わらない。
 誰かに、みんなに、あのひとに――。空に浮かぶ月のように、見上げていて欲しい。
 どんな形だってい構わない。
 自分がいた証を残し続けることが巴の願いであり望み。
 目の前にはまた別の誰かの場面が映し出されていく。イベントのチケットを握り締めて喜ぶ人がいる。昨晩のテレビを見た、とはしゃいでいる子がいる。
 見ていてくれる。
 見ていたいと思っていくれる。
 それだけで少しずつ心の奥が満たされていく気がしたから。まだ満ちてはいないけれど、それでも。予測も結果も、これからの未来も全部――。
「受け止めるよ」
 花唇をひらいた巴は景色の向こう側に揺らぐ不可解なものを見据えた。
 此処から出して。
 巴は水晶宮からの使者にそっと呼びかける。確かに此処は心地が好いが、過去めいた幻想だけが映し出される世界にずっと居るわけにはいかない。
「僕は僕を見てくれる子のために、カメラの前に立つ」
 だから、と巴は力を紡ぐ。
 巴は朋となりて、その姿は変わり――瞬く間に海月が世界と共に打ち破られた。
 進むべき世界はこの先にある。
 元に戻った光景と自分を確かめた巴は静かに頷き、降りゆく雨粒をふたたび受けた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ユヴェン・ポシェット
映し出されるのは「再会」
ミヌレとアイツ
そして俺とアイツ

アイツ…マドレーヌはミヌレの姿に本当に嬉しそうに笑うし、俺を見た瞬間、無愛想になるのは相変わらずで。
ミヌレは初めこそ彼女の姿に喜びを隠せずにいたが、やがてその瞳は淋しさに変わり
カラン。
俺の足元で槍になった

この世界は違う、壊して。
そう、言っているのか…
槍を拾い、握ると、ミヌレの意志で動いているかの様に身体が動く
一突き。
水晶宮からの使者が何処にいるか分かっていたかの様に

あの時から大きくなったミヌレを見せてやりたかった
お互い成長した姿で会いたかった
望んだのはもう…叶わないと俺もミヌレも知ってしまったから。

本物ではなくとも…会わせてくれてありがとな



●再会
 懐かしい人影が立っていた。
 浮遊していた幻影の怪火に触れたことも、それまで紫陽花の園にいたことも意識の彼方に追いやられてしまう。
 ユヴェンはその人影の方に一歩、踏み出した。
 しかしそれよりも先にミヌレが飛び出していく。翼を懸命に羽撃かせるミヌレ。その相手は両手を広げ、仔竜を迎え入れた。
 ミヌレとアイツ。
 そして、俺とアイツ。
 彼女――マドレーヌはミヌレを優しく抱き、本当に嬉しそうに笑った。
 ミヌレも彼女に擦り寄って目を細めている。
 だが、彼女はユヴェンを見た瞬間に表情を正した。何だ、と問うような視線を向けて無愛想な様子になったのは相変わらずだ。
 分かっている。
 これは物の怪が見せている理想の世界だ。
 このような再会が叶えばいいとユヴェンが願ったゆえに出来た場所に過ぎない。
 ミヌレとていずれ気付く。現にマドレーヌの腕の中で甘えていたミヌレの喜びが、少しずつ小さくなっていくのが分かった。
 初めこそ彼女の姿に嬉しがっていたが、やがてミヌレの瞳に淋しさが満ちていく。彼女が本物ではないと解ってしまったからだ。
 そうして、カラン、と乾いた音がユヴェンの耳に届いた。
 それはミヌレが竜槍になった音だ。そっと優しく竜槍を拾いあげたユヴェンはミヌレの意思を察する。
 ――この世界は違う、壊して。
「ミヌレ。そう、言っているのか……」
 拾った槍を握ると、自然に足が前に進んだ。まるでミヌレの意志が働いているかのように身体が動いていく。
 駆けていくユヴェンはマドレーヌの横を擦り抜けた。
 擦れ違った際に一瞬だけ視線が交差したが、ユヴェンは敢えて彼女のことを考えぬまま竜槍に身を任せる。
 そして、幻想の光景の奥に揺らいでいた海月へと鋭い突きを放つ。
 鋭く振るわれた一閃は、まるで水晶宮からの使者が何処にいるか分かっていたかの如く、真っ直ぐに迸った。
 同時に世界が崩れ落ち、背後にいた彼女の存在まで消えていく。
 本当は言葉を交わしたかった。
 あの時から大きくなったミヌレを見せてやりたかった。お互いに成長した姿で会いたかった。もっと彼女と、マドレーヌと共に居たかった。
 されど望みは叶わない。
 彼女は、もう――。
 願いは届かないとユヴェンもミヌレも知ってしまっているゆえに、偽物でしかない幻に縋ることは出来ない。
 地に落ちた海月は、淡い光を残しながら骸の海に還っていく。
「本物ではなくとも……会わせてくれてありがとな」
 消滅していく海月を見送ったユヴェンはミヌレの竜槍を握り締めた。
 再会はまた、いつか。
 きっとそれは優しくなどないけれど――その為の覚悟は、此の胸の裡にある。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ルーシー・ブルーベル
あたたかい腕のなか
とても安心する
ずっとここに居たいのにそれは叶わない

わたしはまだ赤ちゃんで動く事が出来なくて
目の前の――ママの顔を見上げる事しか出来ない

3人の大人たちのヒソヒソ声がする

「体の弱いあの子には穏やかに生きて欲しい」
「この子ならきっと換えになる」
「でも」「いいの」

ああ……
ママ、笑っているわ
こうしてわたしはルーシーになったのね

どこかで願ってた
ママはわたしを本当は手放したくなかったんじゃないかって
お別れを悲しんだんじゃないかって
でも、ちがうのね

それが何だというの
ご期待通り、ルーシーはするべき事をするだけよ

夢がこわれる間際
「さようなら、**」

笑っているママの頬から何か伝ったような気がした



●雨は涙の滴
 遠い、遠い記憶の彼方。
 寄せては返す細波にも似た思い出が少女の中に満ちていく。
 其処はあたたかい腕のなかだった。
 とても安心して、何処にも行きたくはないと思える。ずっとここに居たい。けれどそれは叶わなくて、腕の中で揺られるだけ。
 何故なら今の自分はまだ赤ちゃんで、思うように動くことは叶わないから。
 目の前のひと――ママの顔を見上げて、意味のない言葉をひとつ、ふたつ口にすることしか出来ないでいる。
 其処に、三人の大人たちがヒソヒソと話している声が聞こえた。

「体の弱いあの子には穏やかに生きて欲しい」
「この子ならきっと換えになる」
「でも」「いいの」

 その話し声を聞いた少女は悟った。
 赤子であった当時は意味すらわからなかったことが今、成長した少女には理解出来てしまった。大人たちはこうして物事を決めたのだろう。
 ママが笑っている。これでいいの、と言うように目を細めていた。
(ああ……わかったわ)
 こうして、わたしはルーシーになったのね。
 諦めにも似た感情が裡に巡る。
 本当はどこかで願っていた。ママはわたしを本当は手放したくなくて、けれどもどうしようもなくてこうなったのだ、と。
 少しでもお別れを悲しんでいてくれたら、とちいさな希望を抱いていた。
(でも、ちがうのね)
 見せられた記憶は少女にとって残酷なもので、もしそうだったら、と心の奥底で思っていたことが打ち消されてしまった。
 過去は変えられない。
 笑っていたママの言葉と表情がすべてだから、もうそれでいい。
 少女はもうこんな夢は見たくはないと思った。そうすると周囲の景色が次第に揺らぎ、抱かれていた感覚も薄れていく。
「それが何だというの」
 気付けば少女は、普段のままのルーシーとして幻想の世界に立っていた。
 あたたかな腕の中の感触は記憶のように遠ざかっている。でも、これが本来あるべき自分としての姿だ。
「ご期待通り、ルーシーはするべき事をするだけよ」
 少女は片手を掲げ、夢の世界から抜け出すために魔力を紡いだ。其処から舞い散る妖精花の舞が夢の中に隠れていた海月を穿ち、力を削り取ってゆく。
 そうして、夢がこわれる。
 目の前の光景が元の紫陽花の園に戻っていく、その間際。
「――さようなら、**」
 声が聞こえた。
「ママ?」
 母の声だと気付いた少女が振り向いたとき、僅かに或るものが見えた気がした。笑っている彼女の頬から、何かが伝って落ちていった。
 けれど、ただそんな気がしただけ。
 真実も彼女の本当の心も、何も解らないままルーシーの世界は消えた。
 そうして現実に戻ってきた少女は紫陽花を見つめる。其処には、涙の雫を受けたかのような白い紫陽花が咲き誇っていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

蘭・七結
雨音と淡い色彩が遠ざかってゆく
眸をひらけば黒に塗り潰された世界
幾度瞬いても一面の闇は変わらない

何もみえない、きこえない
わたしの言葉を、音を紡げない
――ごぽり、と
唇からはあぶくが溢れ出すよう
纏わるものはつめたくて
水のなかのように重たい
嗚呼、ここは

昏くつめたい常夜のみな底
わたしが恐れるもの、かしら

夜の底に堕とされた日から
そのめざめを待ち続けていた
わたしが恐れる――嘗て恐れたもの

幾つもの彩と、その縁を得たわ
ひとりではなかったと識ったばかりなの
歩みを進めてゆく足だって持っている
めざめを待たずとも、駆けてゆくわ

藻掻いて、駆けて
揺蕩う海月に向けるのは、あかいいろ
停滞なぞしていられない
闇を、恐怖を薙ぎ払うわ



●昏く儚き世界の果てで
 曇天の空にもひかりはあった。
 しとしとと降りゆく雨の情景は決して昏くはない。しかし今、七結の前には黒に塗り潰された世界が広がっていた。
 雨音も淡い色彩も今は何処からも聞こえず、何処にも見えない。
 一度閉じた眸をひらいてみても、漆黒は薄れないまま。幾度、何度、瞬いてみても一面の闇はただ其処にあるだけだった。
 何もみえない。
 何もきこえない。
 それならば自分で言葉を紡げば、と思ったがそれもままならない。
 ――わたしの言葉を、音を紡げない。
 唇をひらいてみても、ごぽり、とあぶくが溢れ出すような感覚しかなかった。
 ここは、どこ?
 この場所は、なあに?
 問いかけてみても声は出なくて、答えてくれる誰かだって何処にもいない。
 纏わるものはつめたくて、水のなかのように重たい。
 ――嗚呼、ここは。
 七結は或ることに気が付いた。こぽり、ぷかりと生まれていく泡はゆっくりと頭上に浮かんでは消えていく。それなのに自分は沈んでいくかのよう。
 此処は昏くてつめたい、常夜のみな底。
 きっと此れが自分が何よりも恐れて已まない場所であり、怖い物事。
 春を抱いて、この先の季節を愛おしく想いたいと願ったのに。季節の色すら見えない暗闇にひとりきりで取り残される。
 それが怖ろしい。
 夜の底に堕とされた日から、そのめざめを待ち続けていた。
 わたしが恐れる――嘗て、恐れたもの。
 七結は手を伸ばす。何に触れられなくとも、ただ前に歩みたいと願った。
 闇の中では進んでいるのか戻っているのかも解らない。それでも七結は歩いて、歩いて、これまでの軌跡を思い返していく。
 幾つもの彩と、その縁を得てきた。
 ひとりではなかったと識ったばかりだから、また独りになりたくはない。歩みを進めてゆく足だって持っている。
 いま、ここに。
 だから、と七結は駆け出した。めざめを待たずとも自分で辿り着くために。
 藻掻いて、進んで之く。
 そうすれば遠い果ての闇の先にふわりと浮かぶ色彩が見えた。あれは屠るべきもの。水晶宮からの使者が宿す彩だと分かったが、今はそれすら手繰りたくなる。
 揺蕩う海月。其処に向けるのは、あかいいろ。
 七結が手を差し伸べれば、牡丹一華の花嵐が瞬く間に闇を彩っていった。
 黒に咲くあか。
 それは世界を塗り替えるほどの熱を孕んで、七結の恐怖を打ち消してゆく。こんなところで停滞なぞしていられない。
 だって、決めたから。
 闇を、恐怖を薙ぎ払って――わたしは、かえるの。
 あの美しい世界に。雨すら愛おしいと想える、大切なひとたちが生きる場所へ。
 いつしか闇は晴れ、周囲に紫陽花のいろが満ちた。
 七結は降りゆく雨に掌を伸ばして、雫を受け止める。雨の滴は何だか少しだけあたたかく思えて、七結は甘やかに微笑んだ。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

リル・ルリ
🐟櫻沫

海月が揺らいで記憶が揺蕩う

黒い街
ノア様の私室の水槽の中
ノア様は外出中で
僕ひとり
こつこつと音が鳴って微睡みから目覚めれば
白い翼の鳥…天使が

『本当に俺の彩にそっくりだな。顔はアイツ似だ。アイツも上手くやったもんだ』
君は誰?
白い鳥は笑う
ノア様のお友達?
『そりゃ違うな。お前の母親に恩がある』
水槽越しに小さな僕を撫でてから笑う
『パンドラがお前を探してる。お前が大事な記憶(もの)を奪われないよう一つ、守りをくれてやる』
俺の事は忘れとけよ?
笑う白い鳥
光満ちて

桜舞う
櫻宵の記憶
ほら、君は
ちゃんと愛されているじゃない

歌う
「水想の歌」
白い鳥…彼は誰
恩?守り?なに?
けれど
記憶の欠片も何もかも
僕は抱えて游ぐんだ


誘名・櫻宵
🌸櫻沫

舞うのは桜吹雪
誘七の屋敷

父と母が言い争う
『贄にしろというの?桜龍だから?愛しい子でしょう』
涙流す母に抱かれて
『決められたことだ。そうするしかない、私とて』
家から出すか、遠ざけるか
できてその程度
神に与えられた運命には抗えぬと
父は悲しそうに
『私は諦めませぬ。桜龍でなければ良い。この子を大蛇にしてみせる。私の全ての呪をもって』

『櫻宵は私達の愛しい子』


別の神の声
『駄目だよ。イザナは桜龍だ。そんな厄は私が貰ってあげる』

白い鳥の羽根が舞う
リル?私
混乱したまま人魚の手を握る

不要な子のはずではなかった?
守られていた?両親に
私が中途半端に大蛇なのは…その為の?

欠片を胸に
瞳を閉じる
例え夢でも嬉しかったから



●天使と人魚
 ゆらゆら、ひらひらと海月が揺らいだ。
 揺蕩うのは細波の記憶を呼び起こす怪火。それに触れたとき、リルの周囲から紫陽花の情景が消えていった。
 代わりに現れたのは黒い街。
 更に景色はノア様の私室の中にある水槽へと移っていく。
 これは過去の光景だと思ったが、水槽内にいるリルは何も出来なかった。ただ、過去の在ったままに時間が過ぎてゆく。
 ノア様は外出中で自分はひとり。だからリルはゆっくりと眠ることにした。
 暫し後、こつこつと音が鳴った。ノア様が帰ってきたのだと思ってゆるゆると顔を上げ、微睡みから目覚める。
 しかし其処には――白い翼の鳥、天使がいた。
 彼は何だか魔術師のようにも思える。
『本当に俺の彩にそっくりだな。顔はアイツ似だ。アイツも上手くやったもんだ』
 水槽の前で天使は笑う。
 ――君は誰?
 水の中から問いかけても白い鳥は双眸を鋭く細めるだけだった。答えてくれないの、というようにリルはもう一度疑問を投げかける。
 ――ノア様のお友達?
『そりゃ違うな。お前の母親に恩がある』
 白い手が伸びてくる。
 そして、彼は水槽越しに小さなリルを撫でてから更に笑った。
『パンドラがお前を探してるんだ。お前が大事な記憶を奪われないようひとつ、守りをくれてやるよ』
 けれど俺の事は忘れとけよ。
 そんな風に告げた白い鳥が口許を緩めると、光が満ちていった。
 細波のように寄せては返す記憶が収まっていく。
 あれは何だったんだろう。彼は誰だったのだろう。何も分からないけれど、此れは確かに自分の過去のことだ。
 リルは不思議な記憶に少しだけ戸惑いながら、顔をあげた。

●愛しきもの
 舞うのは淡くも美しい桜吹雪。
 其処は誘七の屋敷の中だ。櫻宵もまた、過去の記憶を夢として見せられている。
 幼い姿になった櫻宵は母に抱かれていた。
 しかし、耳に届くのは父と母が言い争う言葉ばかり。
『贄にしろというの?』
『決められたことだ』
 涙を流す母に抱かれた櫻宵はそれを聞くことしか出来ない。櫻宵は泣くこともせず、母に抱かれるままだ。そして、更に両親の言い合いは続く。
『桜龍だから? 愛しい子でしょう』
『そうするしかない、私とて』
 家から出すか、遠ざけるか。出来てその程度だと父は語った。
 神に与えられた運命には抗えない。父は悲しそうに肩を落としている。だが、母の方は決して視線を逸らさなかった。
『私は諦めませぬ』
 父はそんな母を見据え返し、出来るものかと首を振った。
 されど母は抱いた櫻宵を強く抱きしめる。その腕には母親としての愛情と、子の運命を案じる意思が見えた。
『桜龍でなければ良い。この子を大蛇にしてみせる。私の全ての呪をもって』
 その言葉には決意が宿っている。
 気迫すら感じさせる声に反応した幼い櫻宵は思わず泣き出した。はっとした母は櫻宵をあやしながら、父に目配せを送る。
 どのような形で生まれようとも、この子の本質は変わらない。
『櫻宵は私達の愛しい子』
 そうでしょう。確かめるように母が問うた言葉に対して、父は渋々と――けれども、確かに頷いてみせる。
 其処で櫻宵は泣き止み、父と母に無邪気に手を伸ばす。両親の表情が綻び、三人の間にちいさな笑みが宿っていく。
 しかし、其処に別の神の声が響いた。

『――駄目だよ。イザナは桜龍だ。そんな厄は私が貰ってあげる』

●想いの雫
 その瞬間、リルと櫻宵の夢が交錯した。
 混じり合って解けあうように双方の見ていた景色が、相手に伝わっていく。
 リルが見たのは桜が舞う櫻宵の記憶。
 櫻宵が感じたのは白い鳥の羽根が舞う景色と不思議な遣り取り。
「リル?」
「うん、櫻宵」
 気が付けばふたりは今の姿に戻っており、共に曖昧な夢の境界線に立っていた。リルはあえかに微笑み、櫻宵に手を伸ばす。
 彼の母と父が言い争っていたのは其処に子への愛があったゆえ。
 そう知れたことがリルにとって嬉しかった。
「ほら、君はちゃんと愛されているじゃない」
「私……」
 櫻宵は混乱したまま、差し伸べられた人魚の手を握る。
 不要な子のはずではなかったのか。
 そう思っていたのは自分だけで、両親に守られていたのだろうか。
 自分が中途半端に大蛇なのは――その為?
 様々な思いが巡っていった。あれが自分でも知らなかった本当の記憶なら。
 櫻宵は俯き、考えをゆっくりと纏めていく。
 リルは自分達の周囲に彩を宿す海月が浮遊し始めたことに気付いた。そして、リルは水想の歌を奏で紡いでいった。
 白い鳥。彼は誰で、恩や守りとは何なのか。
 何もかもが未だ分からないことばかりだけれど、記憶の欠片も何もかも抱えて泳ぐと決めたから揺らがない。
 尾鰭がゆらめいた様を見て歌を聴く。游ぐリルの姿を瞳に映した櫻宵は浄華の力を広げていった。抜き放った刃を振るえば、桜花の嵐が巻き起こる。
 水の歌と花の嵐によって水晶宮からの使者はひといきに穿たれた。
 櫻宵は周囲の景色が元の紫陽花の園に戻っていくことを確かめながら、瞼を閉じる。
 欠片を胸に想いを抱く。
 愛されているということが、たとえ夢でも嬉しかったから。穏やかに咲笑む櫻宵の傍へとリルがそうっと游いで寄り添う。もちろんヨルもいっしょだ。
 雨はもうすぐ降り止む。
 その頃には、きっと――新たな花が芽吹いて之くはず。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

橙樹・千織
WIZ
知らぬ内に封じられていた幼い頃の記憶

糸桜の森で散歩(迷子)中に出会った額に二本の角を生やした鬼らしき青年
《おにーさん、ちおと一緒にあそびましょ!》
彼が誰で
何故そこにいたのか
そんなことは気にせず遊びに誘い、夕暮れまで彼と森中を駆け回った
私は楽しかったし、付き合わされている彼も満更でも無さそうだった気がする

橙に染まる帰り道
その時に見た彼の身体に咲く桜の紋が印象的で
私の首に触れ、告げたのは呪(まじな)いの言の葉
“またな”
そう言うと、返事をする間もなく彼は風と共に姿を消した

そんな夢のような不思議な出来事

何故、忘れて…
いえ…封じられていたのか…
首の紋に触れ、幻があった場所を見つめる

…確かめなくては



●呪いと桜の紋
 ――とても懐かしい。
 そのように感じたのは、千織の前に糸桜の森が広がっていたからだ。
 けれども、この記憶は今まで思い出せなかった。知らぬうちに封じられていた幼い頃の記憶がゆっくりと、夢の世界の中で蘇っていく。
 糸桜の森でお散歩――もとい、迷子になっていた千織。
 きょろきょろと不思議そうに辺りを見渡していた中で出会ったのは、額に二本の角を生やした鬼らしき青年だった。
「おにーさん、ちおと一緒にあそびましょ!」
 幼い千織が呼びかければ、彼は笑顔で応えてくれた。
 頷いてくれた。手を繋いでくれた。迷子になったことも忘れて、千織は彼と一緒に暫しの時を過ごした。
(どうして、忘れたの……?)
 その景色を見ている千織は、楽しい思い出だったのに、と首を傾げる。
 幼い時分には、彼が誰であって、何故そこにいたのかは気にならなかった。そんなことはどうだってよくて、彼を遊びに誘った千織は夕暮れまで森中を駆け回った。
 千織の中にそのときの楽しい感覚が浮かんでくる。
 高い枝に生っている赤い木の実が気になると手を伸ばせば、彼は少しばかり渋々ながらも千織の代わりに取ってくれた。格好良い刀を見つけたのだといって千織が渡した枝を彼は受け取ってくれた。
 幼子に付き合わされている彼の表情から感じるのは、満更でもなさそうな雰囲気だ。
 そして、橙に染まる帰り道。
 もうお別れだというとき、千織は夕陽に照らされた彼の姿を見上げた。
 そのときに見た、彼の身体に咲く桜の紋。
 それはとても印象的で――。
 彼は千織の首に触れて、まじないの言の葉を告げた。
『――“またな”』
 その言葉に対して千織が何か返事をする間もなく、彼は風と共に姿を消す。吹き抜けていった風を見送ることすら出来なかった。
 そんな夢のような不思議な出来事が今、千織の前で再生されていった。
「何故、忘れて……」
 千織はもう一度、疑問を言葉にしてみる。
 しかしすぐに思い至った。幼かったから忘れていたのではない。自分が記憶から消していたわけでもない。
「いえ……封じられていたのか……」
 千織は首の紋に触れ、幻が映し出されていた場所を暫し見つめていた。糸桜の森は目の前にあるが、もうあの光景が巡ることはなかった。
 しかし、確かに思い出したこともある。
 千織は前に踏み出し、幻影の中に揺らいでいた海月を見据えた。
 黒鉄の刀身を持つ薙刀を振るえば、周囲に八重桜と山吹の花が散る。それと同時に海月は地に伏し、森の景色は元あった紫陽花の情景に戻っていく。
「……確かめなくては」
 静かに呟いた千織の眼差しは遠く、遥かな過去へと向けられていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

月守・ユア
アドリブ歓迎
SPD

いつだって願ってたのは
大切な僕の妹との幸せな世界
共に笑い、共に歌い
僕らの大切な人すらも幸せに笑顔にできる
ありふれた世界

あの子が望んでいて
僕が望んだ夢

美しい妹の歌を聴いて
隣でギターでも弾いて一緒に音楽を楽しむ
そんな平和な日常

この死と血に塗れた両手で叶うはずない願い夢

目の前に広がるのは
あり得るはずのない優しい嘘だ

僕は知ってる
優しい世界は幻想
この掌は命を死で塗り潰す呪われた掌
僕では絶対叶える事のできない夢だ

世界は孤独だけを僕に与えた
僕を一人にした世界を僕は追いかける事はない

なんだ
これは夢にもならない
現実を突きつけるただの刃

我に返れば後は簡単な事だ
敵を殲滅
その衝動に体が突き動かされる



●夢は遠く
 いつだって願っているのはひとつだけ。
 ユアにとって大切な妹との、幸せが満ちている場所。
 共に笑い、共に歌い――僕らの大切な人すらも幸せに笑顔にできる、ありふれた世界。
 それはあの子が望んでいて、ユアが望んだ夢だ。
 そんな世界が今、目の前に広がっている。これは水晶宮からの使者が起こした怪火のせいだと分かっていた。
 それでも此処はユアとあの子が描いた理想のままの世界で、とても居心地が良い。
 穏やかな陽射しが満ちる日。
 木漏れ日が揺れる樹の傍から響く美しい妹の歌を聴く。
 ユアは隣でギターを弾いて、一緒に音楽を楽しむ。そういった、ごく普通の平和な日常が流れてゆく。
 けれど、それは――。
 死と血に塗れた両手で掴めるはずのない願い夢だ。
 何処にでもあるような平穏ではあるのだが、これは違う。目の前に広がっているのはあり得るはずのない優しい嘘。
 妹は隣で笑っている。本当に楽しそうに、幸せそうに微笑んでいた。
 でも、とユアはギターを下ろす。
「……僕は知ってる」
 ユアは最後に一度だけ弦に触れた。木陰の下に、何の曲にもならなかった音が何処か哀しげに響いていく。
 この優しい世界はただの幻想。
 己の掌は音を奏でる為のものではなく、命を死で塗り潰す呪われた掌だ。
「だから、これは……」
 僕では絶対に叶えることのできない夢でしかない。理想、幻想、夢のまた夢。そういった言葉で片付けるしかないほどの遠いものだ。
 一度紡ぎかけた言葉の続きを語ることは出来なかった。
 口許を引き結んだユアは立ち上がる。夢は夢でしかないと拒絶したからだろうか。そのときにはもう、妹の姿は何処にも見えなくなっていた。
 世界は孤独だけを僕に与えた。
 それならば、僕を一人にした世界を僕が追いかけることはない。
 こう思えばユアの心は妙に軽くなった。そんな気がしただけだが、今は此れでいい。
「なんだ」
 肩を竦めたユアは、これは夢にもならないものだと断じた。
 現実を突きつけるただの刃であり、甘やかな誘いにすらならないものだと感じる。そうやって我に返れば後は簡単だ。
 遠い景色の向こうに揺らめく海月を叩き潰して屠ればいいだけ。
 ユアは花唇をひらき、命を摘み取る終焉の旋律を奏ではじめた。ただ敵を殲滅する。その衝動に体が突き動かされていき、そして――。
 呪歌と共に振るった月の刃が標的を斬り裂き、花を散らすように地に落とした。
 やがて辺りの景色は紫陽花が咲く園に戻っていく。
 幻影は消えた。理想には手が届かないと改めて識った。ユアは雨が降る花園を瞳に映し、暫しその場に佇み続ける。
 そうして次第に雨脚は弱くなり、次第に雨は降り止んでゆく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

百鬼・景近
【花守】
眼前には、正月にも垣間見たもの
壊した筈の夢幻、壊れた筈の平穏――切望した、叶わぬ筈の幸福
……また随分と、残酷なものを見せてくれるものだな

彼の娘が、生きている
屈託の無い笑顔で、幸いに包まれて、温かな日の下で――

俺の唯一の希望など、今も昔もただそれだけ
其さえ叶うのなら、と何度願い望んだか

……一緒にいても良いのなら、再びその手を取っても良いのなら、そうしたい
でもそれは俺の独り善がりに過ぎず、君の救いになどなりはしないから

何度こんな夢を見せられても――俺は、現と向き合いに帰るよ

(連れの、似たようなものも目の当たりにするも――深く踏み込まず、静かに抜いた刀にて意思を示し)
――決心は、ついたかい?


呉羽・伊織
【花守】
……やっぱりどーしたって、捨てきれる訳も無いか
理想、希望――最早叶わぬと分かっている筈なのに、奥底に残る悔恨が、また空虚な夢と成って浮き彫りにされる

この身の呪詛が、解けて、晴れて――あの人が、穏やかに、幸いに、生きている幻

何度も何度も夢見て、その度に叶わぬと魘されて、それでも未だ尚こうして心の何処かで望んでしまう

……困ったモンだよな
でも、俺は、この夢を――未だにすがって逃避しようとする、或いは過去に囚われ怖じ気付く、弱い己こそを壊して進まなきゃならない

(垣間見た連れの幻影には触れず、代わりにちらつく海月へと刀向けて答えとして)
――ああ、それならとうについてる
お互い、そうだろ?



●彼女が居た世界
 景近の眼前には或るものが現れていた。
 其れは正月にも垣間見たものであり、壊した筈の夢幻だ。
 もう崩れた筈の平穏。
 切望した、叶わぬ筈の幸福。そういったものが再び、目の前に視せられている。
「……また随分と、残酷なものを見せてくれるものだな」
 皮肉を交えた景近の言葉が落とされた。
 幸せな光景に見えて残酷。景近がそう示したように、其処には――。
 彼の娘が、生きている。
 屈託の無い笑顔で、幸いに包まれて、温かな日の下で過ごしていた。風がそよぎ、草木が揺れて、淡い花の香が満ちる。
 特別なことなど何もない平穏だけがある場所。
 己の唯一の希望など今も昔もただそれだけだ。其れさえ叶うのなら、と何度、幾度も願って望んできた。
 そして、其処に自分が居られればとすら思った。
(……一緒にいても良いのなら、)
 再びその手を取っても良いのならば、そうしたい。
 彼の娘の姿を目にした景近の心の奥底で望みが少しずつ大きくなっていく。きっと目の前にこんな幸せが見えるからだ。
 然し、景近は頭を降る。
 この思いは自分の独り善がりに過ぎず、君の救いになどなりはしない。それを解っているからこそ幻想の世界に手を伸ばしはしない。
 すると景近の方に娘が向き直った。
 先程と同じ、屈託の無い笑顔で微笑みかけてくれている。一緒にいてもいいと赦されている気がしたが、景近は敢えて視線を逸した。
 此処は現実ではない。理想がそのまま形になっただけの虚しい楽園でしかない。
 それゆえに――。
「何度こんな夢を見せられても――俺は、現と向き合いに帰るよ」
 宣言と共に、景近は彼女に背を向けて歩き出した。
 斬るべきものを、斬るために。
 
●呪詛は未だ此処に
「……やっぱりどーしたって、捨てきれる訳も無いか」
 伊織は眼前の光景を見て肩を竦める。
 理想、希望。それは最早、叶わぬと分かっている筈なのに。奥底に残る悔恨が、また空虚な夢と成って浮き彫りにされていく。
 伊織が夢見た世界は言葉で表すならばとても単純なものだ。
 この身の呪詛が解けること。
 纏う穢れも、呪いも、全て晴れて――あの人が、穏やかに、幸いに、生きている幻。
 そういったものが今、伊織の目の前にある。
「そうだ、捨てられない」
 何度も何度も夢を見た。されど、その度に叶わぬと魘されて――それでも未だ尚、こうして心の何処かで望んでしまう夢。
「……困ったモンだよな」
 伊織は溜息をついた。これが人の心というものなのだろう。
 夢が潰えようとも求めてしまう。これが情けないというものなのか、それとも不屈だと呼ばれるものなのか。それは自分では判断できない。
 でも、と伊織は顔をあげた。
 自分はこの夢を――未だにすがって逃避しようとする。或いは過去に囚われて怖じ気付いてしまう。弱い己こそを壊して進まなければならないというのに。
 駄目な部分も自分らしいのだろうか。
 伊織は目にしている光景から視線を逸した。有り得ない。たとえ方法があったとしても容易に叶う願いではないと、自分が一番よく知っている。
 それにこれは儚く消える夢だ。
 縋っても本当には叶えられない。浸ったとしてもいつか崩れ去るだけ。
 だから、と伊織は理想の世界に背を向けた。
 この行動が連れの彼と同じ判断だったとは知らぬまま。それでも、これが今選ぶべき行動だと信じて――。

●生きるべき世界へ
 理想と夢を拒絶すれば、ふたつの光景が重なった。
 片方は景近のものであり、もう片方は伊織のもの。お互いにそれを理解して、相手が望んだ世界を一瞥する。
 景近は伊織が抱く願望めいた思いを知った。
 似たようなものを目の当たりにするも、景近は深く踏み込むことはしない。
 同じく伊織も景近が視た光景については触れなかった。その代わりにふたつの光景の間にちらつく色彩を宿す海月に目を向ける。
 景近は静かに抜いた刀で以て意思を示し、伊織に問いかけた。
「――決心は、ついたかい?」
「――ああ、それならとうについてる」
 伊織もまた、海月へと刀を差し向けることで答えとする。交差する視線と共に意思も重なり、彼らはほぼ同時に身構えた。
 伊織は烏羽の名を冠する黒刀を強く握り、もう一度確かめるように問う。
「お互い、そうだろ?」
「言うまでもないな」
 答えた景近は地を蹴り、妖刀を振り上げた。其処に続いた伊織が頷き、そして――。
 二人分の剣閃が交差した瞬間、海月は見事に切り伏せられた。
 そうして夢が映されていた世界は元の紫陽花の園へと戻っていく。刃を下ろした二人は雨が止んでいく様を見遣り、再び眼差しを交わした。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

雲烟・叶
【烟雨】

巻き込まれた、と感じたのは直感的なものだ
なら、これは先ず間違いなく
あの娘の、望んだ世界だ

俯いた小さな姿が見える
自分よりずっと小さな、少女の姿
この娘が望みたかった、性別を違えた姿
肩が震えている
きっと、また泣いている
この娘は、ひどく、泣き虫だから

嗚呼ほら、顔上げて。甘露のお嬢さん
……何時もと違って、下から覗けないからお前の顔が見えないんですよ。直ぐ俯くお前の顔を見るには、何時もの方が良いですねぇ

少女の細い顎に指を掛けて、上を向かせる
ほら、やっぱり泣いていた
困った泣き虫ですねぇ
帰りましょ、大丈夫

この娘は、ありのままで幸福になれる
あんたらの悪趣味な夢なんざ、お呼びじゃないんですよ
不愉快です


世母都・かんろ
◆烟雨

いつもの屋敷
いつもの庭
いつもの街並み

窓硝子に映る姿は
わたしだけど、わたしじゃない

小さな背
骨張ってない手の甲
やわらかな胸の膨らみ
それに
歌ってないのに声が

わたし、おんなのこだ

道行く人は
変な目で見てこない
体のラインを誤魔化す服を選ばなくていい
雨も降らなくて、いいお天気
諦めてたこと
何してもいいんだ

なのに
涙がこぼれるの
泣いても雨は降らないのに
ママが望んでくれた身体なのに

俯く顔をあげて
笑んだかみさまを見る
よかった
わたしを
見てくれてる

わたし、帰らなきゃ
叶さん
ここから、連れだして

片想いを歌う
誰でもない
望んでいた、だけど叶わない、夢見たわたしを想って

霧雨が瞬いたら
彼はきっと、この夢から連れだしてくれるから



●わたしのゆめ
 紫陽花の景色はいつしか消えていた。
 目の前の光景は移り変わり、かんろにとっての馴染みのあるものとなっていく。
 いつもの屋敷。
 いつもの庭に、いつもの街並み。
 みんな同じで住み慣れた世界が果てしなく繋がっている。ふと通り掛かった建物のぴかぴかに磨かれた窓硝子。其処には空の色が映っていた。
 きれい、と感じて何気なく硝子を見遣れば、かんろの姿も一緒に映る。
 其処にある映る姿。
 それは――わたしだけど、わたしじゃない。
「わたし?」
 はたとしたかんろは思わず口許に手を添えた。純粋に驚いたのだ。だって、いつもの自分とは全く違うから。
 小さな背。
 骨張っていない手の甲。しなやかで細い指先。
 やわらかな胸の膨らみだってあるし、それに――。
 先程に零した言葉は、歌っていないというのに声が高かった。柔らかな声色を確かめるようにゆっくりと口をひらいたかんろは、一言ずつ声を紡いでいく。
「わたし、おんなのこだ」
 道行く人は変な目で見てこない。
 身体のラインを誤魔化す服を選ばなくていい。
 窓硝子に青空が映っている事実が示すのは、自分が雨を降らせていないということ。気持ちの良いお天気であることが、すべてを許された証のように思えた。
「諦めてたこと、何してもいいんだ」
 声は途切れない。
 ゆっくりだけれど、今なら思ったことを何だって言える気がした。これはとっても幸せな世界。普通の女の子としていられる素敵な場所。
 それなのに。
 涙がこぼれる。泣いても雨は降らないのに、頬を雫が伝っていく。
 ママが望んでくれた身体なのに。
 どうして。ねえ、どうして。
 少女の足元にだけ雨が降る。涙という名前の、ちいさな雨が――。

●雨の涙
 巻き込まれた。
 そう感じた叶は直感的に今の状況を察知していた。
 穏やかな街。平和な庭に、人々が和やかに行き交う街。その光景を確かめた叶は、これが自分の願った夢ではないと思っていた。
 それならば、これは先ず間違いない。あの娘の望んだ世界だ。
 叶は平穏な世界を歩いてみる。
 そうすれば少し先の美しく磨かれた窓硝子の前に、俯いた小さな姿が見えた。
 普段のかんろではない。
 自分よりずっと小さな、少女の姿をしている子がいた。
 ああ、これが――。
 この娘が望みたかった、性別を違えた姿だ。叶はそっとかんろに歩み寄る。
 かんろの肩が震えている。
 きっと、また泣いているだろうことはすぐに分かった。
 この娘は、ひどく泣き虫だから。
 姿は変わっても其処だけは変わらないと胸中で独り言ち、叶はかんろを呼ぶ。
「嗚呼ほら、顔上げて。甘露のお嬢さん」
「……」
 しかし、かんろは素直に彼の言うことを聞けなかった。どうしてかわからないが顔を上げたくはない。この泣き顔が今はひどく恥ずかしく思えたからだ。
 すると叶は微笑むように軽く息を吐いた。
「何時もと違って、下から覗けないからお前の顔が見えないんですよ」
 直ぐ俯くお前の顔を見るには、何時もの方が良い。
 そんな風に告げた叶に対し、かんろはやっと、ゆっくりと頭をあげていく。叶はというと緩慢な少女の細い顎に指を掛けて、上を向かせた。
「ほら、やっぱり泣いていた」
 俯く顔をもとに戻すと、其処には微笑んだかみさまの表情が見えた。
 よかった。
 わたしを、見てくれてる。
 涙の粒は未だ頬を伝っていたけれど、かんろの心は穏やかに凪いでいた。
「わたし、帰らなきゃ」
「困った泣き虫ですねぇ」
 叶はそのまま掌をかんろの頬にあて、涙を拭ってやる。こくりと頷いたかんろは彼にそっと願いを告げた。
「叶さん。ここから、連れだして」
「帰りましょ、大丈夫」
 望まれた言葉に頷きを返した叶はかんろの手を取る。ちいさな少女の姿ではなくとも、かんろはかんろだ。
 この娘は、ありのままで幸福になれる。そして叶は硝子の向こうを睨み付けた。
 だから、そう――。
「あんたらの悪趣味な夢なんざ、お呼びじゃないんですよ」
 不愉快です。
 言葉を向けたのはこの夢に二人を引き込んだ原因である、水晶宮からの使者達。ふわり、ふわりと宙を泳ぐ海月に向け、叶は呪詛を向けた。
 同時にかんろも戀雨の歌を紡ぐ。
 片想いを歌っていけば、呪詛に混じった歌声が敵を包み込んでいった。
 誰でもない。
 望んでいた、だけど叶わない、夢見たわたしを想って――。
 霧雨が瞬いたら、彼はきっと、この夢から連れだしてくれるから。
 そうして、揺らぐ海月は地に落ちた。
 やがて夢と理想の世界は骸の海に還る海月と共に消えていく。
 束の間の願いだったけれど、もう願わなくても良いと知れた。かんろは雨に沁む紫陽花を見つめ、叶も自分達が元の場所に戻ってこれたことを確認していく。
 雨は次第に弱まっている。
 もうすぐ涙雨も止むのだと感じながら、叶はそっとかんろに笑いかけた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

斬断・彩萌
ヴぃっちゃん(f01172)と

屹度、ゆめを見ている
あなたのゆめに私は入れない
そこはヴぃっちゃんだけの思い出の世界
未来に希望する光ある世界だから
……だから今の私にできるのはあなたを守ること
あなたの心も体も傷つくなんて、そんなの嫌だもん

望みなんて、あるとすればひとつだけ
聞かなくてもわかるでしょ?
その希みを邪魔しようってんなら
誰が相手でも容赦はしない

――ゆがめ、ひずめ、うずまけ。私に眠る狂嵐のちから
鍵なんていらない。その檻の底を破って
現実という荒波に突き落としてあげるから

ねぇヴぃっちゃん。良い夢は見れた?
くすくす、なぁにそれ。つまんないの
……現実は刺激的すぎて、本当はほんのちょっと不安なの


ヴィクティム・ウィンターミュート
彩萌(f03307)と

みーんな、幸せな世界だ
自由で、夢も希望も決して潰えない世界
陰りの無い幸福だけがある世界
何かを奪われることも、諦める必要も無い世界
…そう、俺以外そう在って欲しい世界

だけど俺は知っている
それありえないってことを
幸福な世界がありえないんじゃない
"俺を置いて行ってはくれないこと"が、だ
どいつもこいつも、俺のこと気にかけやがる
何の見返りも、恩義も無いくせにさ
──さて、夢はもうおしまいだ。ここからは嫌な現実の時間だぜ

俺から指す一手はこれだけ
後は彩萌が全てを終わらせる…だろ?頼んだぜ

何の夢見たかって?さてね、つまらない夢とだけ答えておくよ
現実の方がよほど刺激的だと思わないか?



●幸福世界は夢の果て
 花園に浮遊する幻影の怪火。
 揺らめいた光が導くのは鍵の無い檻の中。
 其処には理想が映し出され、望みを何でも投影してくれる。ヴィクティムが吸い込まれたのは極々普通の平穏な世界だった。
 否、普通と示すには少しばかり違う。幸福だけが其処に満ちているからだ。
 此処はみんな、誰しもが平等に幸せな世界だ。
 自由がある。どんな夢も希望も、決して潰えない。理不尽に踏み躙られることもない。
 陰りの無い幸福だけがある世界。
 そして――何かを奪われることも、諦める必要も無い世界だ。
(……そうだ)
 ヴィクティムは周囲に広がっている景色を見つめながら、胸中で独り言ちた。
 俺以外が、そう在って欲しい世界。
 それこそがヴィクティムが望む理想の場所であり、願う世界の在り方だ。
 だが、彼は知っている。
 理想。夢。希望。願いと望み。それは自分にとってありえないものだということを。
 幸福な世界という存在自体がありえないと断じているわけではない。俺以外が、と定義することで実現しないものになっているのだ。
 つまり、“俺を置いて行ってはくれないこと”が、だ。
(どいつもこいつも、俺のことを気にかけやがる)
 たとえとしてひとつ例を挙げるなら、先程まで紫陽花の園に一緒に居た彼女。その他にも思い当たる人物はいるが、誰も彼もがお節介な奴らだと思えた。
 何の見返りも、恩義も無いくせに。
 天の邪鬼のような考えがヴィクティムの中に巡ったが、その口許は僅かに緩められていた。放って置いて欲しいならば何処までも冷酷に突き放すことも出来る。
 それでも、そうしないのは――。
 其処まで思考を巡らせたヴィクティムは首を横に振った。
 そして、彼は口をひらく。
「――さて、夢はもうおしまいだ。ここからは嫌な現実の時間だぜ」

●理想と現実
 屹度、ゆめを見ている。
 彩萌は目の前で揺らめいた炎を思い、瞼を閉じた。
 あなたのゆめに私は入れない。
(そこはヴぃっちゃんだけの思い出の世界だから、私は――)
 未来に希望する光ある世界。それが彼の思う理想であり、自分には或る意味では関係のない場所なのだろう。
 少しだけ悔しい。手が届く位置に居るのに伸ばせないもどかしさが胸に浮かぶ。
 しかし、これもまた彼の在り方だと解っている。
(……だから今の私にできるのはあなたを守ることだけ)
 あなたの心も、体も傷つくなんて、そんなのは絶対に嫌。彩萌は彼を想い、サイキックエナジーを紡ぎあげていく。
 自分の夢は此処にはないと知っているから、此れ以上の幻は見ない。
 けれど、と彩萌は顔をあげた。
 望みがあるとすればひとつだけ。幻影空間を游いでいる海月の姿を見遣った彩萌は静かな瞳を差し向ける。
「聞かなくてもわかるでしょ?」
 勝手に心を読んで幻をみせるのだから、言葉にしなくたって解っているはず。
 問いかけてみても海月はふわふわと周囲に浮遊しているだけだ。
「だから、その希みを邪魔しようってんなら……誰が相手でも容赦はしないわ」
 宣言と共に彩萌は握っていた銃を胸の前に掲げる。
 銃声が響き、海月の火が撃ち貫かれた。それと同時に理想の世界を脱したヴィクティムが彩萌の隣に降り立ち、鋭い眼差しを敵に向ける。
「おかえり、ヴぃっちゃん」
「ああ、ただいま……と言うにはまだ早そうだ」
「そうね、ちゃんと現実に帰らなきゃ」
 言葉を交わした彩萌とヴィクティムは幻影を打ち破るために其々の力を発揮していく。
 ――苦痛に溺れろ。
 ――ゆがめ、ひずめ、うずまけ。
 二人の声が重なると同時に、先にヴィクティムが紡いだ猛毒や、麻痺をはじめとした状態異常が齎されていった。
「俺から指す一手はこれだけ。後は彩萌が全てを終わらせる……だろ?」
 頼んだぜ、という言葉を聞き、彩萌は頷く。
 彼からの信頼を受けている以上、次の一撃は外せない。此処から出るのに鍵なんていらない。その檻の底を破って現実という荒波に突き落としてあげるから。
「行くわ、私に眠る狂嵐のちからッ!」
 彩萌が放ったのは時空間を歪ませる力の奔流。瞬く間に水晶宮からの使者を穿った一閃は見事に巡り、そして――。
 瞬いた次の瞬間、夢めいた世界の光景は紫陽花の園へと戻っていた。
 これで抜け出せたと察した二人は視線を交わす。そうして、彩萌は戯れに問いかけた。
「ねぇヴぃっちゃん。良い夢は見れた?」
「さてね、つまらない夢とだけ答えておくよ」
 彼の返答に対して、くすくすと笑った彩萌は素直な感想を零す。
「なぁにそれ。つまんないの」
「現実の方がよほど刺激的だと思わないか?」
 するとヴィクティムが逆に問いを重ねてきた。彩萌は少しだけ考え込みながら、傍で咲く紫陽花に視線を落とす。
「……そうかな。現実は刺激的すぎて、本当はほんのちょっと不安なの」
 雨の雫が花から落ちていく。
 ふぅん、と首肯するだけに留めたヴィクティムは、彩萌が見遣った花に目を向けた。
 雨はもう止んでいる。
 葉や花に残ったちいさな雫だけが、降っていた雨の名残を示していた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『壱岐』

POW   :    魂神楽
【神を迎え入れる儀式である神楽舞】を披露した指定の全対象に【この儀式を邪魔してはいけないという】感情を与える。対象の心を強く震わせる程、効果時間は伸びる。
SPD   :    物忌ミ給ヘ
レベル×5体の、小型の戦闘用【式神】を召喚し戦わせる。程々の強さを持つが、一撃で消滅する。
WIZ   :    ヨモツオロシ
【底の国より出でし神々】【恨み残した幽鬼】【自然に宿る魂】を宿し超強化する。強力だが、自身は呪縛、流血、毒のいずれかの代償を受ける。
👑7
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は奇鳥・カイトです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●魂神楽と黄泉降ろし
 雨が止んだ。
 それまで聞こえていた雨音は途切れ、今は紫陽花の葉や萼から雫が滴る幽かな音が時折響くだけとなった。紫陽花の園を越えた先には古びたちいさな社がある。
 鎮守神が祀られた場所なのだろう。
 其処から鈴の音が聞こえた。
 普段はひっそりとしているであろうその場所には、ひとりの鬼巫女がいた。神楽舞を踊っている彼女が手にした鈴が、しゃらり、しゃらりと厳かに鳴り続ける。
 暫し舞を続けていた羅刹の巫女は猟兵達の到来に気が付き、ゆっくりと動きを止めた。
「ようこそ、いらっしゃいました」
 丁寧な口調と柔らかな物腰で、此方を迎え入れた彼女は恭しく礼をする。
 そうして巫女は猟兵達を見渡した。
 違う。違う。この方々は違う。ひとりずつの様相を確かめた羅刹の巫女――壱岐は緩やかに首を横に振った。
「御出下さったところ申し訳ありませぬ。わたくしは彼のひとを呼んでいるのです。皆々様方が此処にいらっしゃっては、彼の方は御出にならぬでしょう」
 それゆえにお引取り下さい。
 彼のひとが誰であるのかは語らぬまま、壱岐は静々と告げた。
「わたくしは彼の方を神の国へ送らねばならぬのです。どうか、なにとぞ邪魔立てなさらぬようお願い申し上げます」
 つまりは此処から去れと告げているようだ。
 大人しそう見えても彼女は魑魅魍魎の類い。近い未来に何かしらの被害が出ると分かっているゆえ、引き返せと云われて素直に聞くわけにはいかない。
 此方が帰らぬと察した壱岐はそっと瞼を閉じた。
「……そう、ですか。ならばわたくしも戦わねばなりませぬ」
 帰らぬならば帰すまで。
 神楽鈴を再び鳴らした羅刹の巫女は瞼を開いた。その瞳には静かながらも確かな敵意が宿っている。
 しかし、帰るのは猟兵達ではない。
 骸の海から蘇り、いずれは世を乱す存在に成り果てるしかない巫女の方だ。双方の視線が交差し、避けられぬ戦いが始まる予感が巡る。
 そして――雨上がりの社にて、あらたな戦いが幕をあけた。
 
●魂神楽と黄泉降ろし
 雨が止んだ。
 それまで聞こえていた雨音は途切れ、今は紫陽花の葉や萼から雫が滴る幽かな音が時折響くだけとなった。紫陽花の園を越えた先には古びたちいさな社がある。
 鎮守神が祀られた場所なのだろう。
 其処から鈴の音が聞こえた。
 普段はひっそりとしているであろうその場所には、ひとりの鬼巫女がいた。神楽舞を踊っている彼女が手にした鈴が、しゃらり、しゃらりと厳かに鳴り続ける。
 暫し舞を続けていた羅刹の巫女は猟兵達の到来に気が付き、ゆっくりと動きを止めた。
「ようこそ、いらっしゃいました」
 丁寧な口調と柔らかな物腰で、此方を迎え入れた彼女は恭しく礼をする。
 そうして巫女は猟兵達を見渡した。
 違う。違う。この方々は違う。ひとりずつの様相を確かめた羅刹の巫女――壱岐は緩やかに首を横に振った。
「御出下さったところ申し訳ありませぬ。わたくしは彼のひとを呼んでいるのです。皆々様方が此処にいらっしゃっては、彼の方は御出にならぬでしょう」
 それゆえにお引取り下さい。
 彼のひとが誰であるのかは語らぬまま、壱岐は静々と告げた。
「わたくしは彼の方を神の国へ送らねばならぬのです。どうか、なにとぞ邪魔立てなさらぬようお願い申し上げます」
 つまりは此処から去れと告げているようだ。
 大人しそう見えても彼女は魑魅魍魎の類い。近い未来に何かしらの被害が出ると分かっているゆえ、引き返せと云われて素直に聞くわけにはいかない。
 此方が帰らぬと察した壱岐はそっと瞼を閉じた。
「……そう、ですか。ならばわたくしも戦わねばなりませぬ」
 帰らぬならば帰すまで。
 神楽鈴を再び鳴らした羅刹の巫女は瞼を開いた。その瞳には静かながらも確かな敵意が宿っている。
 しかし、帰るのは猟兵達ではない。
 骸の海から蘇り、いずれは世を乱す存在に成り果てるしかない巫女の方だ。双方の視線が交差し、避けられぬ戦いが始まる予感が巡る。
 そして――雨上がりの社にて、あらたな戦いが幕をあけた。
 
逢坂・理彦
君にとって大事な神楽舞なのはわかるけれど…俺はそれを止めねばならない。
君の呼ぶそれがか君そのものかが他の誰かを害してしまうから。

君の神楽舞を止めるのだから…そうだね。
代わりに俺が神楽を舞おう。
もちろん君の呼びたい人を呼ぶためじゃない。
君を骸の海に送るためのものだ
UC【狐神楽】
【破魔】と【祈り】を載せて。
【早業】で【なぎ払う】
【武器受け】からの【カウンター】
敵攻撃は【戦闘知識】と【第六感】よる【見切り】



●奉納神楽
 雨上がりに鈴が鳴る。
 神聖な音色を響かせて舞う鬼巫女を前に、理彦は双眸を緩く細めた。
 邪魔をしないでください、と言わんばかりに羅刹の女は神楽鈴を鳴らし、静かな敵意を顕にしている。
「君にとって大事な神楽舞なのはわかるけれど……」
 理彦は頭を振った。
 彼女が誰を、そして、何を呼びたがっているのかは分からない。
 大切な理由があるだろうことだけは分かっているが、おそらくは問いかけても簡単に答えてはくれないだろう。
 そのうえ、彼女は既に魑魅魍魎のひとつと化した身。
 猟兵である理彦達と彼女はどうあっても真には相容れぬものだ。
「俺はそれを止めねばならない」
 宣言めいた言葉を落とした理彦は身構えた。
 羅刹の巫女が鈴を更に鳴らすと、恨みを残した幽鬼が現れる。巫女のようにはなれず、ヒトの形を成せないまま顕現したものなのだろう。
 力を受けた巫女には霊の呪縛が絡まったが、相手の力はかなり強化されている。
「君の呼ぶそれか、君そのものかが他の誰かを害してしまうから」
 理彦は浮遊する幽鬼が此方に向かってくることを察し、地を大きく蹴った。纏わり付いてくるそれらは見るだけで心を締め付けてくるかのようだ。
 それもこれも恨みが強く感じられるゆえ。
 何にせよ、巫女の動きを止めなければ力は収まらないままだろう。
「君の神楽舞を止めるのだから……そうだね」
 ふと思い至った理彦は壱岐を見据え、狐神楽を舞うことを決めた。瞬く間に狩衣姿に変身した彼は墨染桜に霊力を纏わせてゆく。
「代わりに俺が神楽を舞おう」
 もちろんこの力は彼女の呼びたい何かを呼ぶための舞ではない。
 理彦と壱岐。
 双方が鳴り響かせる鈴の音が重なり、不思議な雰囲気が辺りに満ちていった。
 そう、これは――。
「君を骸の海に送るためのものだ」
 しゃらりと舞う神楽に破魔の力と祈りを載せて、理彦は力を紡ぐ。
 手にした薙刀で風を斬るように、しなやかに。穏やかながらも隙は決して見せぬ動きで以て幽鬼を受け止めて薙ぎ払った。
 鈴の音が鳴る。
 ふたつの舞の音色は厳かに、戦いの最中に響き渡っていく。
 

成功 🔵​🔵​🔴​

黒鵺・瑞樹
右手に胡、左手に黒鵺の二刀流

いったい誰を呼んでいるんだろう?
「送る」って言ってるが過去に降ろしてそのまま放置してしまった、と言う事なのかなぁ。

まずはUC五月雨と合わせて出来るだけの柳葉飛刀を投擲し、式神を落とす。俺自身が壱岐に接近するだけの間ができればいいので全部落とす必要はない。
その隙に存在感を消し目立たない様にし、壱岐に接近。直接胡でマヒ攻撃を乗せた暗殺を仕掛ける。
仕留めきれなくても、マヒが入って他猟兵の手助けになればいい。
敵の攻撃は第六感で感知、見切りで回避。
回避しきれない物理攻撃は黒鵺で武器受けで受け流し、カウンターを叩き込む。
それでも喰らってしまうものは激痛耐性、オーラ防御で耐える。



●送還の意味は
 羅刹の巫女が舞を踊り、鈴を鳴らす。
 その瞬間、瑞樹たち猟兵の前に物忌みの式神が現れ始めた。
「流石に数が多いな」
 瑞樹は周囲に浮かんでいる式神達を数えようとしてすぐに止める。その理由は数える時間が惜しいほどの量が此方に向かってきたからだ。
 右手に胡、左手には黒鵺。
 先程の戦いと変わらぬ二刀流で以て式神に挑む瑞樹。彼は迫りくる式神に向けて素早く刃を振るった。胡は真上に斬り上げ、黒鵺で横薙ぎに敵を散らす。
 それらは一撃で散るほどに弱いものではあるが、如何せん数が多すぎた。
 その間にも鬼巫女、壱岐は神楽鈴を鳴らし続けている。
「いったい誰を呼んでいるんだろう?」
 瑞樹は純粋な疑問を浮かべた。
 確か彼女は先程、『送る』と言っていた。それを呼び出して待っているということは、過去に降ろした何かをそのまま放置してしまったのだろうか。
「どうなのかなぁ、聞いても答えてくれないよな」
 瑞樹はふと独り言ちる。
 元から一人言におさめようと思っていた通り、壱岐に声は届いていなかった。その代わりに更に呼び起こされた式神が瑞樹に襲いかかってきた。
 これではいくら斬ってもきりがない。
 それならば数には数で勝負だとして、瑞樹は力を紡ぎあげていった。
 五月雨――途切れずに降りゆく雨の如く、彼が複製していくのは自身の本体である黒鵺の刃だ。其処に合わせて出来る限りの柳葉飛刀を投擲すれば、式神が先程以上のスピードで地に落とされていった。
 散りつつ、半分に千切れながらも迫ってきた個体もいる。
 瑞樹は的確に相手の軌道を見極め、胡で以て式神の残滓を斬り伏せた。そして、式神を散らすことで出来た射線へと駆ける。
 狙うは壱岐の喉元。
 彼女に接近するだけの間ができればいいので全てを落とす必要はなかった。
 未だ周囲を飛び交っている式神の合間を抜け、瑞樹は壱岐を真っ直ぐに捉える。息を殺し、存在感を消して目立たないように――。
 瑞樹は一気に壱岐に迫ると同時に胡による直接攻撃を仕掛ける。
 一閃が巫女に見事に入った。しかし、相手は羅刹。その身体からは想像できぬほどの怪力で以て胡が押し返された。
 咄嗟に自分から後ろに下がって敵の力をいなした瑞樹は身を翻す。
「やはり仕留めきれはしないか」
 されど刃に込めた麻痺の力が相手に巡った手応えはあった。これが他の猟兵の手助けになればいい。そう考えた瑞樹は更に斬り込む隙を窺う。
 瑞樹は再び呼び起こされた式神を察して、その体当たりを見切って躱した。回避しきれぬ相手は黒鵺を振るうことで軌道を逸して受け流し、そのまま反撃を叩き込む。
 鋭い式神の一閃が瑞樹の頬を裂く。
 痛みは耐え、瑞樹は式神の壁の向こうに佇む羅刹の巫女を見据えた。
 暫くはあの式神達を蹴散らすべきだろう。胡と黒鵺を握り直した瑞樹は、壱岐から意識を逸らさぬまま戦場に飛び交う式神に刃を差し向けた。
 そして、戦いは続いていく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

篝・倫太郎
【華禱】
人待ちのオブリビオン、か――

たった1人を待つ、ってのは
夜彦の主を思い起こさせるな……

でも、あれは夜彦の主じゃない
あの、綺麗な人じゃない
今を生きてる人達に害を及ぼす前に還そうぜ

拘束術使用
舞を舞わせない為のに鎖で先制攻撃と同時に拘束
拘束を確認したらダッシュで接近して破魔を乗せた華焔刀でなぎ払い
以降はフェイントを交ぜつつ攻撃

拘束から逃れるようならUCを再度使用して確実に動きを止める
敵の攻撃は見切りと残像で回避

待ち人はきっと過去に居るぜ?
そこに送ってやるからさ、還んなよ

もしも、この女のように……
夜彦の主が人待ちのオブリビオンになったとして
俺達は同じように還せるだろうか

そう思うけれど言葉にはせず


月舘・夜彦
【華禱】
オブリビオンになって尚、人を待ち付けていると
普段はあまり気にしないというのに、艶のある美しい髪は今は主を思い出す
先程の事といい、過去を思い出す
――参りましたね

それでも刃は向けねばならない
相手がオブリビオンだからこそ、そしてその想いが
誰かを殺めてしまうものになってはならないからこそ

神楽舞に警戒し、十分に舞えぬように接近戦
あとは鈴の音も合図として見極める
神秘的な舞に心震わせられようとも、刃を決して鈍らせてはならない
彼女に同情する想いよりも、悲しみを終わらせる
私にはその覚悟がある

倫太郎殿と連携して距離を維持
視力にて動きを読み、倫太郎殿の攻撃を防ぐまたは躱した所に
追い打ちで早業の抜刀術『神風』



●二人の距離
 何かを待ち続け、喚んでいるという鬼巫女。
 その対象が人間であるのか、それとも神と呼ばれしものなのかは不明だ。
 曰く、彼のお方と称される誰かの正体を突き止める気はなかったが、倫太郎はふと考えを巡らせた。
(たった一人を待つ、ってのは夜彦の主を思い起こさせるな……)
 倫太郎で身構えている彼に横目で視線を向ける。
 夜彦もまた、羅刹の巫女を見て思うことがあった。
 魑魅魍魎となっても尚、何者かを待ち続けている存在。普段はあまり気にしないというのに、艶のある美しい髪を見た夜彦は嘗ての主を思い出していた。
 それはきっと幻を見たからだ。
 過去を思い出した夜彦は肩を竦めながら、ぽつりと呟く。
「――参りましたね」
 倫太郎はその言葉から夜彦の思いを感じ取り、首を横に振ってみせた。
「あれは夜彦の主じゃない。あの、綺麗な人じゃない」
「……はい」
「今を生きてる人達に害を及ぼす前に還そうぜ」
 彼からの言葉に頷きを返した夜彦は刃を構えてみせる。それが過去と記憶、現状を切り分けた証だと感じた倫太郎は薄く笑んだ。
 夜彦は巫女を見据える。
 己にどのような思いがあろうとも、刃は向けねばならない。
 相手が魑魅魍魎だからこそ――そして、その想いが誰かを殺めてしまうものになってはならないからこそ。
 刹那、倫太郎が拘束術を解き放った。
 舞を舞わせない為に伸ばした不可視の鎖が壱岐を貫かんとして迫る。災いを縛る鎖は彼女が持つ神楽鈴を絡め取らんとして巻き付いた。
 その瞬間を狙って駆けた倫太郎は破魔を乗せた華焔刀で一気に薙ぎ払う。
 だが、相手も羅刹。
 その見た目に似合わぬほどの怪力を持っており、鎖を腕の一振りで弾き飛ばした。
「どうぞ、邪魔をなさらぬよう」
 静かで丁寧な言葉と共に視線が返される。
 しゃらん、と鈴の音が鳴ったが、そのときにはもう倫太郎に続いた夜彦が素早く抜刀して切りかかっているところだった。
 神風の如き鋭い一閃が振るわれ、羅刹の巫女を斬り裂く。
 しかし、ほぼ同時に素早く物忌みの式神が相手の周囲に浮びあがった。このままでは夜彦も自分も式神の奔流に巻き込まれると察し、倫太郎は横に飛ぶ。
「これじゃフェイントも掛けられないな」
「隙は必ず出来るはずです」
 夜彦は倫太郎の声を拾い、完璧なものなどないのだと語ってみせた。
 ああ、と首肯した倫太郎は再び見えぬ鎖を解き放つ。だが、壱岐とて此方の動きを見切れぬわけではないようだ。
 身を反らし、更に神楽鈴を鳴らした彼女は更に多くの式神を呼び寄せた。それでも倫太郎は怯まず、夜彦と共に式神を蹴散らしていく。
 神秘的な舞に心を震わせられようとも、刃を決して鈍らせてはならない。
 彼女に同情する想いよりも、悲しみを終わらせる。
 ――私にはその覚悟がある。
 夜彦は胸中に強い思いを抱き、夜禱を振るい続けていた。倫太郎は何とか隙を突こうと狙い、戦場を駆けて素早く立ち回っていく。
 そして、羅刹の巫女に声を掛けた。
「待ち人はきっと過去に居るぜ? そこに送ってやるからさ、還んなよ」
「どうしてそう言い切れるのですか?」
 すると壱岐が訝しげに問う。
「そりゃあんたが過去から蘇ったものだから――」
「……違います」
 壱岐は哀しげに首を横に振った。
 どうやら待ち人は過去になどいないと言いたいようだ。
 しかしそれ以上は語らず、彼女は更に神楽を舞っていく。夜彦は逆に、巫女には現世に何か遺したものがあるのだと察する。倫太郎殿、と名を呼ぶだけに留めた彼はこれ以上は過去について語らぬよう目配せを送った。
 分かった、と答えた倫太郎は壱岐との距離を計りながら、不意に思う。
(もしも、この女のように……)
 夜彦の主が彼女の如く人待ちのオブリビオンになったとして、自分達は同じように還せるだろうか。考えは言葉にせず、倫太郎は華焔刀を切り返す。
 夜彦もまた、倫太郎と連携しながら双方の戦いやすい距離を維持していった。
 迫り来る式神の動きを読み、倫太郎へ攻撃を防いだ夜彦は抜刀術を放つ。神風の一閃は式神を散らせながら見事に巡った。
 されど、夜彦が刃を振るう度に新たな式神が生み出され、此方に向かって襲いかかってくる。その勢いは壱岐の力が弱るまで収まらないだろう。
 戦いは未だ終わらない。
 それならば共に最後まで戦い続けるだけだ。
 互いの距離を意識しあい、頷きあった二人は戦場を果敢に駆けていく。
 

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

天御鏡・百々
神社の巫女……にしては、邪気が強すぎるな
彼の方が誰かは知らぬが、どうせ邪悪なる企みであろう
汝を成敗し、この神社に平穏をとりもどすとしよう!

黄泉の国の神々に、怨霊の類いを宿すか
やはり相容れぬ力を使うようだな

『真実を映す神鏡』を使用する
我が力にて元の壱岐に戻し、強化を解除してやろう

そして、ユーベルコードを封じたところに
真朱神楽(武器:薙刀)で一閃だ!
(破魔110、なぎ払い35、浄化20、神罰5)

●神鏡のヤドリガミ
●アドリブ、連携歓迎
●本体の神鏡へのダメージ描写NG



●鈴と鏡と神楽の舞
 響く鈴の音は澄み渡っている。
 しかし、舞を踊る巫女の方はどうだろうか。百々は飛び交う式神と羅刹の舞を見つめながら、双眸をそっと細めた。
「神社の巫女……にしては、邪気が強すぎるな」
 少なくとも、この社に仕える者ではないことは一目で分かる。
 おそらくは骸の海から存在が滲み出した際に、偶然にも此度の神社に辿り着いたのだろう。被害を出しながら彷徨うようなことはなく、この場に留まってくれたことは不幸中の幸いかもしれない。
「彼の方が誰かは知らぬが、どうせ邪悪なる企みであろう」
「……邪悪。其方から見ればそう映るのやもしれませんね」
 羅刹の巫女、壱岐は百々の言葉を聞いて顔を上げた。否定するのでも肯定するのでもない曖昧な態度だったが、百々にはちゃんと分かっている。
 此方が悪と断じるものも、相手方からすれば正義。
 その逆もまた然り。
 それゆえに百々は戦いを挑むだけ。和解は出来ぬ相手だと分かっている以上、勝敗を決めるのは武力と信念のぶつかりあいだ。
「汝を成敗し、この神社に平穏をとりもどすとしよう!」
 百々は意気込みを言葉に変え、神鏡としての己の力を顕現させてゆく。
 その間に壱岐は黄泉から霊魂を降ろしていった。底の国より出でし神々の残滓めいた、おどろおどろしい力が彼女を包み込む。
 呪縛が壱岐を包み込んでいるが、相手の力は膨大なものになっていった。
「黄泉の国の神々に、怨霊の類いを宿すか。やはり相容れぬ力を使うようだな」
 その力は神聖とは呼べない。
 元より怨霊を呼ぶ類の者だったのか、それとも骸の海に沒んでから変容したのか。それすら聞けず、きっと本人も答えようとはしないだろう。
 怨霊の力が巡る。だが、それもまた百々の狙い。
「我は真実を映す神鏡なり!」
 ――幻術も変化も、鏡の力で全て暴いてくれよう。
 宣言と共に百々は両手を広げた。その胸の前に光り輝く鏡が現れ、壱岐の姿をはっきりと映し出す。
 真実を映す神鏡は彼女が纏った神々や怨霊の力を瞬く間に消し去っていった。
「な、これは……?」
「見たか、これが我が力だ」
 壱岐は神霊による強化が解除されたことで驚きの声をあげる。
 同時に己の身体が縛られていることを察し、何とか抜け出そうと足掻いた。しかし百々はすかさず地を蹴った。
 式神が舞う戦場を駆け抜け、真朱神楽を振り上げる。
 朱色の薙刀が雲間から覗いた薄い太陽の光を反射して煌めいた。その瞬間、巫女の身体は刃によって切り裂かれる。
 されど、羅刹の巫女も捕縛から何とか抜け出した。
「邪魔はさせません。何度向かって来られようとも、わたくしは……」
「我とて、幾度戦いが巡ろうとも退くものか」
 両者の視線が重なる。
 壱岐は神楽鈴を、百々は真朱神楽をしかと握り――此処から更に続いていく戦いへの思いが強められていった。
 

成功 🔵​🔵​🔴​

春霞・遙
なるほど、不本意に送られるほうはこのような気持ちなんですね。
とは言っても最後まで流されるわけにはいかないので抗わせてください。
神殺し、鬼返し、魂鎮め、逝くものの道を照らす篝火をあなたに捧げます。

神楽を邪魔してはいけないと感じても、神楽に惹かれて来たモノを退治ることはできるでしょう。
木の杖で黄泉から降ろされたモノたちを「吹き飛ば」すつもりで「なぎ払い」や「気絶攻撃」等攻撃を仕掛けます。
彼女を傷つけるモノを「破魔」の力を込めて【悪霊祓いのまじない】します。

ここではない別のトコロでまごう事なきその人とまみえてください。そして出会えたならば何処へなりとも。



●祓いの枝
 雨上がりの空の下で鈴が鳴る。
「なるほど」
 羅刹の巫女との戦いが巡る最中、遙は静かに頷いた。
 他の猟兵に向けて解き放たれた式神が遙の横にも迫ってくる。それらを躱した遙は身構え直し、己の思いを言葉に変えた。
「不本意に送られるほうはこのような気持ちなんですね」
 木の杖を振るって式神を穿った遙は頭を振る。
 喚び、送り還す。
 それが此度の敵である羅刹の巫女、壱岐の力なのだろう。先程に受けた海月の力にも何処か似ていると感じながら遙は相手を見据える。
「とは言っても最後まで流されるわけにはいかないので抗わせてください」
 神殺し、鬼返し、魂鎮め。
 逝くものの道を照らす篝火を、あなたに。
 ――夏至の夜を汚す悪しきものを追い払え、聖なる炎を消す水の流れを探し出せ。
 詠唱と共に悪霊祓いのまじないが捧げられ、ハシバミの枝が戦場に舞う。その間も羅刹の巫女は神楽を踊った。
 流れるような仕草で舞う神楽は美しい。
 ハシバミの枝は外れたが、遙にとってはそれでも構わない。
 巫女は黄泉の神々や怨霊を次々と降ろしていく。その舞は邪魔してはいけないと感じさせるものであるが、遙は心を強く持った。
 たとえあの舞に心が揺らがされようとも、戦いを諦めるまでには至らない。それに神楽に惹かれて来たモノを退治することは出来る。
 遙は木の杖を再び振るった。
 彼女の狙いは、降ろされたモノたちを吹き飛ばすこと。
 この地に宿る力の流れを感じ取った遙は一気に力を込めた。薙ぎ払う一閃によって、壱岐に力を与えているモノがまるで気絶するかのように落ちていく。そして、羅刹の巫女に与えられていた力も剥がれ落ちた。
「あの力は、彼女自身も傷つけているのですね」
 身を削ってでも喚びたいもの、彼のお方とは誰であり、何なのか。
 問いかけはしない。問うたとしても、よほど上手くやらなければ答えてはくれないだろう。それでも巫女が自分で自分を傷つけることは見ていられない。
 そう考えた遙は、壱岐に纏わりつくモノたちを薙いだ。
 破魔の力を込めて悪霊を祓う。
 ハシバミの枝が再び解き放たれたことで、まじないは更に巡った。
 尚も此方に向かってくる式神を地に落としながら、遙は羅刹の巫女を見つめる。戦いの最中であるというのに、彼女の眼差しは何処か遠くを見ているように思えた。
 無論、相手からの攻撃も激しい。
 壱岐が更に呪縛と神の力を纏おうとしていることに気付き、遙は木の杖を握った。
 何度、抵抗されようとも力を振るい続けるだけ。
「ここではない別のトコロでまごう事なきその人とまみえてください。そして出会えたならば何処へなりとも」
 それが今の遙が巫女に告げられる最大限の言葉だった。
 そうして、遙の紡ぐ悪霊祓いの力は更に巡り続けていく。雨は止んだが神楽鈴の音色は泣いている。何故だか、そんな風に思えた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

蘆名・臣
月守(f19326)と共に
アドリブ、マスタリング歓迎

_

──悪いな、お姫さん。
お前を置いて、帰るわけにはいかないんだ。

▼戦闘
月守との連携を意識し、彼女を庇うことを最優先
月守は傷を負うことを厭わない。危なっかしくて見ていられない
「…あまりおてんばするなよ、月守」

敵からの攻撃をさばきつつ、しかるべきタイミングにてユーベルコード【鬼刃双破】を発動
…女に暴力を振るう趣味は無え。
だが、護るべきものを見誤ってはならない。
無意識に狂いそうな手を叱咤し、狙うは鬼巫女──
──然し真の狙いは奴の足場
鬼巫女を斬るのと同時に、月守へ好機を繋ぐ。

_
(彼女が昏睡状態に陥った後は抱きとめて、
目が覚めるまで彼女の護衛に務める)


月守・ユア
臣さん(f22020)と
アドリブ大歓迎

「彼のひと…というのは、君にとってとても大切なひとなんだね

でも、残念だ
その儀式を続けることは叶わない
大人しく骸の海へ、おかえり」

戦闘
臣さんと連携
傷を厭わず戦好きの狂人のように攻撃を打ち込む
「ははっ
なら、そのおてんばの背中預けるよ♪」

”先制攻撃、高速詠唱”
呪花と月鬼の刃に呪詛を込めてUC発動

ダッシュで敵に接近
敵の攻撃には武器受けをし
臣さんが作ってくれる好機を逃さない
敵を狩り尽くす殺戮衝動に身を任せて切り込む
傷口をえぐり、踊るように刃を振るい敵を蹂躙する

事後
UCの代償で昏睡状態に至る
代償が解けるまでは彼に任せる
「転がしておいてもいいからね~」なんて言葉を添えた



●月蝕と鬼刃
 水溜まりに雫が跳ねた。
 それと同時に神楽鈴が、りん、と鳴る。波紋を作っていく雨の名残から視線をあげ、ユアは巫女を見据えた。
「彼のひと……というのは、君にとってとても大切なひとなんだね」
 誰かを、或いは何かを呼ぼうとしている羅刹。
 彼女とユアの視線が一瞬だけ重なった。巫女は何も答えぬまま、神を迎え入れる神楽舞を踊り続けている。
「でも、残念だ。その儀式を続けることは叶わない」
 大人しく骸の海へ、おかえり。
 ユアは静かな声色で羅刹の巫女、壱岐へと語りかける。その隣には臣が控えており、同じように壱岐を見つめていた。
「――悪いな、お姫さん」
 お前を置いて、帰るわけにはいかない。
 ユアの隣で己の思いを言葉にした臣は強く構える。刹那、他の猟兵に向けて放たれた物忌みの式神の一部が臣達の元にも迫ってきた。
 ユアは敵の配下らしきそれらを察知し、真正面から駆けていく。
 やはりな、と肩を落とした臣はその後を追った。鋭く地を蹴って彼女に追いついた一気に前に出た。そして臣は一閃を振るい、襲ってきた式神を地に落とす。
 もし臣がこうしていなければ、ユアは傷だらけになっていただろう。式神の力はそれほど強くはないので致命傷には至らないだろうが、それでも傷は傷だ。
「……あまりおてんばするなよ、月守」
 ははっ、と笑って答えたユアは敵を蹴散らしてくれた臣に視線を返す。
「なら、そのおてんばの背中預けるよ♪」
「任されたが、過信はするな」
「勿論!」
 それでも信頼しているといった様子でユアは臣を追い抜いていった。残っている式神がユアを狙っていたが、臣がそれを許すはずがない。
 刃では届かぬと察した彼は咄嗟に二丁拳銃を構えた。災禍の子と星の獣、それぞれの名を宿す銃の引き金をひけば、鋭い弾丸が式神達を貫く。
 まさに彼が背中を守ってくれていると感じながら、ユアは鬼巫女との距離を詰める。
 その頃には相手も降ろした神や幽鬼の力を纏っていた。
 刃が振るわれるが、羅刹の巫女は宿した力で以てそれを跳ね返す。
「どうか、邪魔はならさぬよう」
「邪魔をする心算はないよ。でも、その力を確かめてみたくてね!」
 巫女が語る言葉に対し、ユアは首を振る。
 そして呪花と月鬼の刃に呪詛を込め、己の力を解放した。身に宿る月と死が満ち、命を蝕む魔力が広がってゆく。
 ユアが薄く笑んだと思った瞬間、これまで以上の疾さで刃が振り下ろされた。
 宛ら戦好きの狂人の如く――否、そうとしか見えぬほどの連撃が壱岐に見舞われて続けている。臣は周囲の式神を散らしながら彼女の様子を確かめた。
 壱岐も反撃に入っている。
 しかし、ユアは防御など一切行うことなく立ち向かっていた。
(危なっかしくて見ていられないな)
 臣は彼女の傍に駆ける。
 ユアは羅刹と打ち合い、殺戮衝動に身を任せて切り込んでいた。その素早さは目を瞠るほどのものだが、臣は知っている。
 彼女の勢いはいつまでも続かないものであり、代償があるのだと――。
「しぶといですね。これで如何でしょうか」
 羅刹の巫女が幽鬼の力を振るい、衝撃を放つ。
 臣はユアの前に咄嗟に踏み込むことで庇い、銃の代わりに抜いた刃で以て敵からの攻撃を見事に捌いた。
「……女に暴力を振るう趣味は無え。だが――」
 護るべきものを見誤ってはならない。
 臣は無意識に狂いそうな手を叱咤し、鬼巫女を狙う。
 振り下ろした鬼刃を見きったらしい壱岐は一閃を避けた。然し臣の真の狙いは相手の足場だ。単純であるからこそ重い一撃が地面に叩きつけられる。
 それによって土と石が弾け飛び、大きな衝撃波となって迸った。
 今だ、と臣が目配せを送る。
 それを受けるやいなや、ユアは臣が作ってくれた好機に飛び込んだ。決して逃さない。逃すはずがない。
 傷口を抉り、踊るように刃を振るえば蹂躙のひとときが巡る。
「く、う……」
「これで――」
「月守!」
 壱岐とユア、臣の声が重なった。
 そろそろ時間切れだ。ユアに呼び掛けた臣は代わりに前に出ることで、壱岐からの反撃を受けた。そのまま彼女を守る気概を見せた臣と鬼巫女の視線が交差した。
 その瞬間、横合いから別の猟兵の一撃が飛んでくる。はっとした壱岐は臣達から離れ、其方の対応に追われていく。
 臣が振り向いたとき、ユアの意識は途切れかかっていた。
「後は任せようかな。適当に転がしておいてもいいから、ね……」
「そんなこと……」
 するものか、と告げる前にユアは昏睡状態に陥る。倒れゆく身体を抱きとめた臣は、無茶をする、とちいさく呟いた。
 然し、確かに自分は彼女に後を託されたのだ。
 それにユアも羅刹の巫女へと痛打を何度も与えていた。あの連撃が戦いの行方を左右したと言っても過言ではないだろう。
 臣は己を律する。
 後はユアの意識が戻るまで彼女の護衛に務めるのが自分の役目だ。
 目を閉じて眠るように意識を失っているユア。その髪が目や口元に掛かっていることに気付き、臣は指先でそっと髪を払い除けてやる。
 たとえ自分が傷付こうとも彼女を絶対に守り抜くと決め、臣は戦場を見渡していった。
 そして、再び鈴の音が響く。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

世母都・かんろ
【烟雨】
ゆめが晴れて
紫陽花の彩が綺麗だった
首を横に振るその人の瞳が
寂しいほど凛としてたから

あな、た、は
誰、を、送ろう、と、して、いる、の

答えてくれなくても
今のわたしは
あなたを還すのが、役目

叶、さん
わたし
うたう、ね


ビニール傘を転がして
走り去ったきみのこと

今でもゆめに見て泣くの
あなた振り向いてくれやしない

いつか愛してやれるかしら
きみがぼくにしたように
ぼくがぼくをぼくとして

ねぇまた夏が来た時は
わらってください
傘をまわして

きっと虹が煌めくわ
誰も彼もの心にいつか

ねぇまた
夏が来たら


歌を
パフォーマンスを
ダンスを
精一杯の力に乗せて
黄泉の巫女のおまじないより
烟るかみさまを助けるために

わたしのうた
きいて、居て


雲烟・叶
【烟雨】

ま、譲れないもの同士がぶつかるんなら、勝った方が残るのが道理と言うものですねぇ
丁寧に語り掛けた所で、敵は敵

……成長しましたねぇ、甘露のお嬢さん
促すより先に甘露が選択をしたのが、少しだけ嬉しい
その目線が成長を見守る親のようなそれだとは、親を持たぬヤドリガミは気付かない

多分、きっと、三千世界でたったひとり
この娘だけが、悍ましいはずの凶悪な呪物を、恐れられるべき物を、かみさまとまろい響きで示すのだ
すみませんね、あんたの舞を見るよりあの子の歌の方が好きなので

負の感情なら海月の夢の被害者から拾えますから
不快に感じた己の負も、燃料代わりに
強化した【呪詛、生命力吸収、吸血、継続ダメージ】をありったけ



●甘雨に蠱烟
 願って、望んで、夢から連れ出してもらった。
 ゆめは晴れて、雨はあがっている。紫陽花の彩が綺麗だった。戻ってきた情景の美しさを感じながら、かんろはその先に佇む人影に目を向ける。
「あな、た、は」
「……」
「誰、を、送ろう、と、して、いる、の」
「…………」
 途切れがちな声で問いかけてみる。対する羅刹の巫女は答えなかった。
 彼女は誰かを喚んでいる。きっと未だ呼ぶことすら出来ていない状態だ。されど、魑魅魍魎と化した彼女が行うことはいずれ世を破滅に導くのみ。
 叶はかんろの隣に立ち、頭を横に振る。
「ま、譲れないものがある者同士がぶつかるんなら、勝った方が残るのが道理と言うものですねぇ」
 相手はオブリビオン。此方は猟兵。
 丁寧に語り掛けた所で両者は敵同士でしかない。首を横に振るその人の瞳は、寂しいほどに凛としていた。
 かんろは叶と壱岐を交互に見遣る。
 返答はいつまで待っても望めないだろう。しかし、答えてくれなくても変わらない。
(今のわたしは、あなたを還すのが、役目)
 夢の世界のような声はない。
 望んだままのものは、自分で振り払ってしまった。それはこの戦いに挑むため。即ち、今の自分に与えられた役目を果たすためだ。
 かんろの眼差しは真っ直ぐに、鬼巫女に向いていた。
「叶、さん」
「ええ」
「わたし、うたう、ね」
 名を呼ばれ、叶は静かに頷く。
「……成長しましたねぇ、甘露のお嬢さん」
 促すより先にかんろが自ら選択したことを宣言したのが、少しだけ嬉しかった。
 その目線が成長を見守る親のようなそれだとは、叶自身は気付けない。理由は彼が親を持たぬヤドリガミであるからなのだが、親という概念は彼とて僅かに理解していた。この胸の奥に宿る感情が、幼い頃の自分を育てた人達――穏やかな頃の老夫婦と同じだということも、今の叶は知ることができないまま。
 しかし、彼がかんろに向けた視線には嘗ての彼らに似た優しさが宿っている。
 それに――。
 多分、きっと、三千世界でたったひとり。
 この娘だけが、悍ましいはずの凶悪な呪物を、恐れられるべき物を、かみさまとまろい響きで示すのだろう。
「すみませんね、あんたの舞を見るよりあの子の歌の方が好きなので」
 叶は儀式としての神楽舞を踊る鬼巫女に宣言する。
 それと同時に瞼を閉じたかんろが、花唇をゆっくりとひらいた。
 そして、詩が戦場に紡がれはじめる。
「――♪」

 ビニール傘を転がして 走り去ったきみのこと
 今でもゆめに見て泣くの あなた振り向いてくれやしない

 いつか愛してやれるかしら
 きみがぼくにしたように ぼくがぼくをぼくとして

 ねぇまた夏が来た時は わらってください
 傘をまわして
 きっと虹が煌めくわ 誰も彼もの心にいつか

 ねぇまた
 夏が来たら――

 雨を謡うかんろの歌は高らかに響き渡る。
 叶はその声を聞きながら、呪詛を紡いでいく。同時に不快に感じた己の負も燃料代わりに燃やして呪いを強める。
 叶が力を溜めているのだと気付き、かんろは更に歌った。
 精一杯の力に乗せて、黄泉の巫女のおまじないよりも烟るかみさまを助けるために。
 かたや、黄泉の神を呼ぶ巫女舞。
 かたや、夏を望んで愛を歌う唄。
 邪魔をしてはいけない。聴き続けていたい。双方の力は相反するものであり、音となって重なり、ぶつかっていく。
 そして――其処に呪詛が交じることで決着は付いた。
「くっ……これは……?」
 壱岐の体勢が揺らぎ、神楽舞が中断される。羅刹の巫女は呪詛を跳ね返しながら恨みの幽鬼を呼び出してその身に纏った。
 代償としての血を流しながらも、此方に対抗しようとする巫女の意思は強い。
 だが、叶は決して加減などしない。
「さぁて、いきますよ」
 更なる呪詛を放つべく、叶は腕を伸ばした。彼処へ、と示すように指先が壱岐に差し向けられる。そうして巡った呪いの力は巫女を蝕んでいった。
 かんろは壱岐から目を逸らさぬまま、叶のために歌い続けると決める。
 今だけはしゃぼん玉の瞳は揺らがない。すぐ隣に、彼が居てくれるから。
「――わたしのうた。きいて、居て」
 其処から更に、伸びやかな歌声が響いていった。
 雨上がりの空に煙が揺らぐ。謳われる詩にはちいさくとも確かな思いを込めて。
 均衡を保ちながら重なるふたつの力は戦いが終わるまで止まらない。
 そうして、歌と呪に宿る思いは巡ってゆく。
 祈りをきみに。夢をあなたに。願いはいつか、彼方まで。
 巫女の願いも望みも、あの夢のように叶えられはしないけれど。どうか静かな海に還れますようにと、願いを込めて――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

樹神・桜雪
【WIZ】
あなたも誰かを呼んでるんだね。なんの為かは知らないけど。
でもその儀式はダメ…だよ。

関係ない人を巻き込んじゃう。それはダメ。
ごめんね、止めさせてもらうよ。

相手の動きを見てから仕掛けにいこう。
薙刀で2回攻撃かつなぎ払う。
ボク自身の防御と回避はあまり考えないけど、傍に仲間がいるなら積極的にかばうね。
ボク自身への攻撃はカウンター狙う。
ヨモツオロシにはUCで対処。神様を降ろした相手だもん。出し惜しみはしないよ。全力かつ捨て身でいこうか。

……そこまでして連れていきたい人がいるの、少しだけ羨ましいな…。
ボクも彼を待っていたかった、な。
…何でもないよ。ただの人形の感傷だよ。



●逢いたかったひと
 巫女は誰かを求めて呼んでいる。
 会いたい。再び巡り逢いたい。そう願って、彼女は神楽鈴を鳴らして舞う。
 どうしてか桜雪には分かった。
 羅刹の巫女、壱岐は自身の記憶が朧げなのだろう。それゆえに神楽という儀式でそのひとを招こうとしている。
「あなたも誰かを呼んでるんだね。なんの為かは知らないけど」
 言葉で示したように桜雪もまた、記憶の彼方にいる親友を求めているからだ。
 でも、と桜雪は羅刹の巫女を見つめた。
「その儀式はダメ……だよ」
 静かに待ち続けるのならば構わない。けれど関係ない人を巻き込んでしまう可能性があるならば看過は出来なかった。
 それはダメ、ともう一度言葉にした桜雪は己の思いを宣言する。
「ごめんね、止めさせてもらうよ」
「いいえ、続けさせて頂きます」
 華桜を構えた桜雪は相手の出方を窺った。しゃらん、と鈴が鳴る。その途端、黄泉から降ろされた神や幽鬼の力が巫女を包み込んでいった。
 その力は代償を必要とするものらしい。
 呪縛が壱岐に絡まったが、それ以上に強い力が巡り始めている。
「あれは拙いかも……」
 はたとした桜雪は地を蹴った。薙刀で彼女に纏わりつく幽鬼を切り離すように刃を振るう。衝撃を乗せて薙ぎ払えば、僅かに手応えを感じた。
 このまま続ければ力を削ぐことも可能だ。
 されど、敵とて反撃を行ってくる。桜雪は敢えて防御を捨てるつもりで立ち向かおうと心に決めた。あの幽鬼の力は回避にまわるよりも、正面から突っ切った方が良い。
 これもまた桜雪の戦い方だ。
 壱岐が振るった衝撃波を華桜で受け止めた桜雪は、地を強く踏み締める。
 そして、桜雪は力を発現させていく。
 ――桜花雪月。
 此処に魔を絶つ刃を。求め人を照らす道しるべとして、闇を断つ力を。
 往く道を照らす一閃になるように、と静かな思いを込めた桜雪は一気に踏み込んだ。
 壱岐との距離がこれまでで一番近付く。
 神様を降ろした相手であると分かっている以上、出し惜しみなどしない。全力かつ捨て身で進んだ桜雪は思いきり刃を振り下ろした。
「甘いですね」
「それはどうかな?」
 桜雪の一閃を受け止めた巫女は勝った気でいた。しかし、それは揺動。一瞬後、彼の背から幾本もの桜硝子の太刀が現れた。
 鬼巫女の身体に刃が突き刺さり、着実に力を奪い取っていく。
「う、うぅ……」
 巫女が呻き声をあげながらも抵抗する中、桜雪はぽつりと呟いた。
「……そこまでして連れていきたい人がいるの、少しだけ羨ましいな」
 ボクも彼を待っていたかった、な。
 そんな言葉を落とした桜雪は首を横に振り、何でもないのだと口にした。そう、これはただの人形の感傷に過ぎないのだから。
 今はただ、哀しき巫女を骸の海へと送ろう。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

葵・弥代
【POW】
鈴の音。あっちからか。
……違う?誰かを待っているのか?
その相手がヒトか。ヒトならざるものなのか知らんが。
帰れと言われて帰るわけにもいかない。
俺たちにもやらねばならんことがある。

刀を抜き相手に切先を向ける
見目に騙され手を抜くことはできない
手を抜けば被害がでること必須だと知っているからな

舞う時間は終いだ。
アンタも骸の海へと還れ。

多少だが舞には精通している。素直に良いものだと思う
しかしその舞に込められたものが、祈り捧げているものが天に届けられるわけにもいかない

足を止めそうになる不可思議な感情を無視して一歩を踏み出す
舞を中断させるべく強く刀を握り鋭い一閃を振るう
その四肢のいずれかを頂戴しよう



●舞と朧月
 鈴の音を聞き、顔をあげる。
 弥代が真っ直ぐに見据える先には神楽を舞う羅刹の巫女の姿がある。
 彼女の表情は物憂げで、喩えるならば人待ち顔だ。弥代に視線を返した鬼巫女は一言だけ、違う、と口にして顔を背けた。
 弥代は巫女の様子に首を傾げ、待ち人は何なのかを考える。
「……違う? 誰かを待っているのか?」
 その相手がヒトか、それともヒトならざるものなのか。相手はそれを語ろうとしないだろうし、此方も無理に聞くことはしない。
「お戻りください」
「いや、俺たちにもやらねばならんことがある」
 羅刹の巫女、壱岐から告げられた言葉に首を振った。そして弥代は紫雲の名を抱く刀を抜き放つ。その切先は真っ直ぐに壱岐に差し向けられていた。
 相手は見目こそ穏やかな巫女だが、羅刹であることは分かっている。
 外見に騙されて手を抜くことなどはできない。
 下手に手を抜けば巫女を逃し、この先で必ず不幸が巡る。いずれ被害が出る未来だけは続かせてはいけない。
「舞う時間は終いだ。アンタも骸の海へと還れ」
「お断り致します。わたくしは、彼のお方に逢うために戻ってきたのです」
 還る場所は過去の昏い海ではない。
 そう言っているように思え、弥代は白群の瞳に彼女の姿を映した。対する巫女は神楽鈴を鳴らして舞を踊る。
 神を迎え入れる儀式は妙に神聖なものに思え、弥代は一瞬だけ目を奪われた。
 邪魔をしてはいけない。
 そんな感情が満ちていったが、弥代は瞼を閉じた。
 多少ではあるが舞には精通している。過去に舞扇子として使われていたことを思い返した彼は、巫女の舞が素直に良いものだと感じていた。
 神楽舞には思いが込められている。
 あの芸妓のように、職人を――誰かを想って舞うものだ。
 しかし其処に込められたものや、祈り捧げているものが、天に届けられるのを見過ごすわけにはいかなかった。
 己の感情は押し込めて蓋をして、弥代は踏み出す。
 抗えないものではない。足を止めそうになる不可思議な思いは無視をして、ひといきに相手との距離を詰めた。
 巫女が呼んでいた式神が此方を阻むために迫ってくる。
 刃を振りあげることでそれらを斬り裂いた弥代は、壱岐に迫る。踏み込むと同時に更に振るわれる刃。それによって起こった風圧が鬼巫女に届いた。
 流石の巫女も弥代に対応せざるを得ず、神楽鈴を振るって刃を受け止める。
 羅刹であるゆえに彼女の力は強かった。されど、弥代とて力を緩めることはない。鍔迫り合いの如く拮抗する刃と鈴。
 間近で視線が重なった瞬間、巫女が後ろに下がった。
「逃すものか」
 弥代はすかさず追い縋る。相手が体勢を立て直す前に横薙ぎに振るった剣刃の一閃が、壱岐の腕を穿った。
「く、ぅ……このわたくしが倥るとは……!」
 更に後方に下がった壱岐の腕からは夥しい血が流れ出ている。未だ倒すには至らないが、彼女を揺らがせる一撃は入れられた。
「その腕、次は貰い受ける」
 壱岐との距離を計った弥代は戦いが終わりに向かっていると察する。
 彼女の望むものが他にあろうとも、今の自分に出来るのは骸の海へと彼女を送ることのみ。すまないな、とちいさく告げた弥代は紫雲を構え直した。
 そして、其処から更に戦いは続いていく。
 過去となった存在を、真に在るべき場所に還す為に――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

五条・巴
誰を待っているのかは知らないけれど、
僕では役不足かな?
望んでいなくとも、僕も見てもらうけれどね

現れた式神の数々にとびきりの夢を、景色を見せてあげる

明けの明星

数で応戦した弓矢で雨雲すらも打ち消して
君を夜空へ導こう
そして雲間から覗く先
月の在処を、僕の居場所を示すよ

君の瞳が閉じるその時まで、僕を映していたなら
それでいいんだ。
君を撃つ僕のことを、忘れないでいて。
とびきりの愛を囁くような、やわい懇願を矢に込めて

僕はここにいる。
君が証明して。

ああ、このあとは晴れるかな?
雨上がりの夜空はとても綺麗なんだよ

紫陽花を見て、下を向いてここまで来た
帰りは夜空を見て歩こうか



●明け星と空
 彼女が誰を待っているのかは知らない。
 けれど、と前に踏み出した巴は羅刹の巫女に問いを投げかけてみる。
「僕では役不足かな?」
「いいえ、貴方ではありません」
 すると壱岐は首を横に振った。律儀に答えを返すところから見るに、元より丁寧で誠実な者だったのだろう。しかし今の壱岐は魑魅魍魎と化している。
 過去に沒んだはずの存在は、現在と未来を侵す世界の敵になっているのだ。
 そう、と答えた巴は幾度か瞼を瞬かせる。
「どっちにしろいいよ。望んでいなくとも、僕も見てもらうから」
「…………」
 羅刹の巫女は巴の言葉に首を傾げたが、すぐに神楽鈴を鳴らした。どのような相手であっても待ち人ではないのならば帰すだけ。
 相手からそんな意思を感じ取った巴は静かに身構えた。
 周囲には他の猟兵に向けて放たれた数多の式神が飛び交っている。身体を反らすことでそれらを躱し、巴はそっと告げた。
「とびきりの夢を、景色を見せてあげる」
 ――明けの明星。
 紡ぐ力は導きとなる。それは安らかな眠りを齎すもの。ネリネが舞う中で見る夢は、明日へ導く優しい雷だ。
 放つ弓矢で雨雲すらも打ち消して、巴は応戦する。
「君を夜空へ導こう」
 そして、雲間から覗く先を。
 月の在処を、僕の居場所を示す。そうに宣言した巴は壱岐を見つめる。
 彼女は神楽を舞っていた。
 底の国の神を降ろし、自らの身体に呪縛を齎しながらも巫女は力を紡いだ。猟兵に対抗する鬼巫女は弱ってきている。
 式神を呼ぼうにも猟兵に邪魔をされた壱岐は徐々に追い詰められていた。巴も力を放ち続け、戦いの一助になるよう立ち回っていく。
「君の瞳が閉じるその時まで、僕を映していたなら……」
 それでいい、と巴は語った。
 ――君を撃つ僕のことを、どうか忘れないでいて。
 とびきりの愛を囁くような、やわい懇願を矢に込めて打ち放つ。そうすれば矢は鬼巫女の腕に突き刺さり、痛みに息喘ぐ悲鳴が響いた。
 僕はここにいる。
 君が証明して。
 ねえ、と呼び掛けた巴は躊躇なく、岐の力を削いでいく。巡る戦いは激しく、されど猟兵の有利に進んでいっていた。その際に巴はふと思う。
「ああ、このあとは晴れるかな?」
 雨上がりの夜空はとても綺麗で美しい。それに月も見えるだろう。
 此処までは地に咲く紫陽花を見て、下を向いてここまで来た。だから帰りは空を見て歩いて帰ろう。そう決めた巴は視線を巫女に向け直した。
 先ずは彼女を骸の海に返そう。
 眼差しが自分に向けられていることを感じながら巴は彗星の如き矢を放った。
 その軌跡は美しく煌めき、戦場に迸ってゆく。
 

成功 🔵​🔵​🔴​

百鬼・景近
【花守】
御呼びでない、か
はは、また振られたね、伊織?
冗談はさておき、そうだね
邪魔して悪いけど――今此処で、送り出されるべきは他ならぬ君だ

UCの速度に残像も合わせて目眩まし
式神掻い潜り早業で攻撃重ね斬り祓う
特に伊織の手から逃れる・巫女への道を塞ぐ式神を優先
多少捌き切れずともオーラ防御や耐性でさらりと凌ぎ、当人狙う隙を作るに専念

――俺は彼の娘を忘れはしない
けれど、彼の娘も、君という巫女も、恐らく君が呼ばう相手も
全ては過去の存在で、此処に在ってはならぬもの
心の内にこそ在り続けれど、今この時に帰ってくる事は許されぬもの、だから――

道開けば合わせて一閃
一途な心と神聖な神楽が禍に変わり果てる前に、お帰り


呉羽・伊織
【花守】
…っ俺まだ何も言ってないケド
ちょっと見惚れ…たりとかしてないケド!
いや然し、待ち人どころか邪魔者で御免な
でも俺達も、君を送り帰すまで帰れないんだわ

先制でUCの鴉達を式神にぶつけ相殺
漏れた分は早業で2回攻撃、自らも暗器放って消す
更に連携して残像見せ撹乱と回避しつつ、本命討つ隙を窺う
多少の被害は耐性でどこ吹く風

神聖な場を徒に穢すは気が引ける――俺達も、不穏な巫女サンも、早いトコ失せるに限る

――そこにどんな想いがあれ、不幸を招く真似を見過ごす事は出来ない
過去は過去として、全て此処に鎮めるだけ

機を掴めば合わせて刀で一閃
その身も、望みも、悪いが断たせてもらう



●帰るべき処へ
 鬼巫女は此方に興味を示さず、お帰りください、と告げる。
 その瞳は猟兵達を映してはいるが、眼差しは何処か遠くを見ている気がした。心と身体は其処にあるが、思いは遠い誰かに寄せられている。
「御呼びでない、か」
「そーみたいだな」
 景近が巫女を見遣って零した言葉に対して伊織も首肯した。
 すると景近が壱岐と伊織を交互に見遣ってから、冗談めかして言う。
「はは、また振られたね、伊織?」
「……っ、俺まだ何も言ってないケド。ちょっと見惚れ……たりとかしてないケド!」
 やや慌てた伊織は視線を逸した。
 しかし、其処に羅刹の巫女が鳴らした神楽鈴の音が響く。伊織と景近は軽く視線を交わしあい、巫女へ眼差しを向けた。
 冗談も戯れもこれで終わり。景近は血色を思わせる瞳を巫女に向け、己が抱く思いを言葉に変えていく。
「邪魔して悪いけど――今此処で、送り出されるべきは他ならぬ君だ」
「待ち人どころか邪魔者で御免な。でも俺達も、君を送り帰すまで帰れないんだわ」
 誰かを喚ぶこと。
 還して送ること。そして、帰ること。
 魑魅魍魎の類となった羅刹の巫女の思いは果たさせてはいけない。
 たとえ彼女が誰かと再び巡り逢いたいだけだとしても、いずれは世界を破滅に導く存在となる。それが今の世の理だ。
 神楽鈴の音色に応じるように、呼び寄せられた式神が伊織達に迫ってくる。
 景近は妖刀に宿った怨念を解放して応じた。
 鋭い勢いで襲い来るそれらを刃で斬り裂き、地に落とす。同時に伊織も闇翳の鴉達を解き放っていった。
 影より生ずる鴉は式神を穿ち、一撃のもとに葬っていく。
 景近は更に此方に訪れる敵を見据え、残像を纏いながら目眩ましを試みた。姿勢を低くして駆け、式神の嵐とも呼べる最中を掻い潜る。
 其処へ振るった刃は早業の一閃。連撃を重ねて、全てを斬り祓う勢いだ。
「此方は任せるといい」
「ああ、頼んだ!」
 景近が一言を告げると、伊織は彼とは別の方向の式神に意識を向ける。普段は軽口ばかりだが、こうして戦いとなれば十分に信頼に足る相手だ。
 伊織は鴉達に更なる攻撃を願い、ひらひらと宙を舞う式神に自らも暗器を放つ。
 撹乱を狙って身を翻し、本命である鬼巫女を討つ隙を窺っていく。攻撃をすり抜けた何体かの式神が伊織の身を穿ったが、この程度ならばどこ吹く風。
 それでも、神聖な場を徒に穢すは気が引ける。
 この神社の平穏を知っているからこそ、いつまでも戦い続けるには憚れる場所だ。
「――俺達も、不穏な巫女サンも、早いトコ失せるに限るな」
 たとえそこにどんな想いがあれ、不幸を招く真似を見過ごす事は出来ない。だから全力を振るうのみだと伊織は感じている。
 景近の方は伊織の手から逃れ、巫女への道を塞ぐ式神を狙っていった。
 何せこの数だ。多少は捌き切れずとも気にはしない。防御陣を張り巡らせた景近は、伊織と共に壱岐との距離を着実に詰めていた。
 神楽鈴が再び鳴る。
 そのとき、壱岐が彼らに問いを投げかけてきた。
「貴方がたも、あの夢を?」
 それはおそらく海月が見せたものを指しているのだろう。鬼巫女の質問の意図は読み辛かったが、どうして夢を振り払って此処まで来れたのかと聞いているらしい。
 景近は巫女に答える。
「――俺は彼の娘を忘れはしない」
 それは返答たりえただろうか。けれど、と言葉を付け加えた彼は続ける。
「彼の娘も、君という巫女も、恐らく君が呼ばう相手も、全ては過去の存在で、此処に在ってはならぬもの。だから――」
 心の内にこそ在り続けれど、今この時に帰ってくる事は許されぬもの。
 景近の隣に立つ伊織も首を縦に振る。
「そうだ。俺達は過去は過去として、全て此処に鎮めるだけ」
 そして、伊織と景近は目の前の式神を蹴散らした。
 次は視線を交わさずとも分かる。景近は左から、伊織は右から駆け、共に同じ機を見て合わせて一閃を解き放った。
 一途な心と神聖な神楽が、災いの禍に変わり果てる前に――。
「もう、お帰り」
「その身も、望みも、悪いが断たせてもらう」
 言葉と同時に巫女を貫く妖刀の一撃。そして、風切の暗器の連撃。
 景近と伊織の連携は見事に巡り、羅刹の巫女を屠る為の一閃となった。
 過去への思いは時に妄執とも成る。決してそうはさせぬのだと決め、彼らはそれぞれに得物を構え直した。
 神楽鈴の音色は弱々しく、戦いの終わりが近付いているかのように鳴り響いた。
 

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

ユヴェン・ポシェット
壱岐、彼女が呼んでいるのは…目的は、今一つわからないが、このまま放って帰る事も出来ないだろう。

ミヌレは…今はいい。休んでおけ。
不服そうだな…何、お前が戦えないとは思ってないよ。………。わかった、共に行こう。
先程の光景で、恐らくまだアイツの事で気持ちが一杯になっているだろうが…それでも、ミヌレの共に戦う意志が強いのならこれ以上止めても無駄だろう。
そういえば…「アイツ」も、壱岐の様に何か目的があるのだろうか…

わからないというのは、迷いが生じてしまうな。しかし考えたところで何も変わらないのであれば、ただ、己のできる事をするだけだ。
目の前の者を槍で貫くのみ。いくぞ、ミヌレ。



●宿る意思は
 鬼巫女が呼ぶものが何なのか。
 それはこの場に居る誰もが知ることの出来ない事柄だ。
 ユヴェンは壱岐を見つめ、飛び交う式神の攻撃を見切って躱していく。
 彼女に目的を問うたとしても素直に答えてはくれないはず。何もわからないままだが、このまま放って帰ることも出来ない。
 ユヴェンの傍には哀しげな目をしたミヌレがいる。先程の幻の世界での出来事がまだ心に残っているのかもしれない。
「ミヌレは……今はいい。休んでおけ」
 俺がやる、と告げたユヴェンは仔竜を下がらせようとした。
 しかしミヌレは不服そうだ。ユヴェンは布盾を振るって式神を地に落としながら、ミヌレの様子を確かめる。
「何、お前が戦えないとは思ってないよ」
 そう告げてはみたが、ミヌレはユヴェンをじっと見つめていた。
 一緒に戦う。
 そう告げるような意思を感じ取ったユヴェンは頷きを返す。
「………。わかった、共に行こう」
 するとミヌレが槍へと変じて彼の手の中に収まった。
 恐らくまだ、夢の光景への感情で気持ちがいっぱいになっているだろう。ユヴェンとて、全てを思考から追い払えたかと問われれば、是とは言えない。
 だが、それでも戦わなければならない。
 きっとミヌレも同じ気持ちのはずだ。共に戦う意志が強いのなら、これ以上は止めても無駄だとユヴェンも理解している。
「そういえば……『アイツ』も、壱岐の様に何か目的があるのだろうか……」
 ふと零れ落ちた言葉はユヴェン達が知る彼女のへの思いだ。
 しかし今は槍榴鬼として顕現した者の真意は知れない。けれども、もしいつか対面して問えば、彼女は答えてくれるだろうか。
 先程の夢のように仏頂面を返されるかもしれない。
 竜槍を振るって応戦するユヴェンは羅刹の巫女との距離を一気に詰めた。壱岐は彼の接近に気付き、ふとした疑問を投げかける。
「貴方も、どなたかを想っているのですか?」
「……さあな」
 明確な答えを用意できず、ユヴェンは曖昧に頭を振った。
 刹那、壱岐へと竜槍の一閃が見舞われる。鋭い一撃を受け止めた巫女はユヴェンへと反撃の拳を振るった。羅刹であるゆえに彼女は見た目以上の力を持っているようだ。
 しかし、ユヴェンは衝撃に耐えて地を踏み締める。
 わからない。
 巫女の願いも、あの『彼女』の目的も。そして、そのことは迷いを生じさせる。
 されど思い悩んだところで何も変わらないことだけは分かった。それならば、ただ己のできる事をするだけだ。
「今は目の前の者を槍で貫くのみ。いくぞ、ミヌレ」
 ユヴェンは握った竜槍から同意の意思を感じ取り、再び踏み込んだ。
 突き放たれる一閃は鋭く、深く――この戦いに終焉を導く為に振るわれていく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ノイ・フォルミード
君が誰かを、何かを求めているのなら
そしてそれが、私たちと相反するものなら
……うん、仕方ないの、かな
君の望みを摘むよ

【SPD】

式神か、
数が多けばまずは減らさなくちゃね

視界索敵に集中して
攻撃が届く範囲、視界内に最も式神達が多くなるタイミングで

『カラーコード・ラーウム』

此方が視界に認識しているという事は、
彼方から攻撃される可能性も高いという事だろう
その時は出来るだけ鍬で受けながらレーザーでなぎ払う
とにかく此方の攻撃が届けばいい

そうして式神達を凌ぐ事が出来たなら
君に鍬を振り下ろすよ
……すまない



●叶わぬ願い
 誰かを、何かを求めて祈り舞う。
 羅刹の巫女の姿にどうしてか自分に近しいものを感じ取ったノイは、自分の中に巡る妙な感慨に意識を向けた。
「求めるそれが、私たちと相反するものなら……うん」
 巫女はただ会いたいと願っているだけだ。
 それなのに、魑魅魍魎の類と化した彼女は世界を破滅に導く者となってしまった。祈りながら待つだけであっても、それは許されぬものだ。
「仕方ないの、かな」
「貴方がたがわたくしの障害になるのなら、戦うしかありません」
 ノイが僅かな戸惑いの交じる声を落とすと、壱岐は凛とした声で答える。そのつもりなら、とノイが身構えた。
 互いにもう戦いを覚悟している。それならば後は力をぶつけあうだけだ。
「君の望みを摘むよ」
「そうはさせません」
 ノイと巫女の視線が重なる。
 刹那、壱岐が神楽鈴を横に振った。其処から現れたのは数多の式神だ。ひとつずつは小さい存在だが如何せん数が多い。
「式神か。それが君の意思なんだね」
 まずは減らさなくては、と判断したノイはセンサーで敵を捉えていく。
 視界索敵に集中した彼は瞬時に攻撃が届く範囲と、動き回る式神が最も多くなるタイミングを計算していった。
 体当たりを行うように迫りくる式神。
 機体を反らすことでそれらの突進を避けたノイは、一気に力を紡いでゆく。
 ――使用承認完了、行きます。
 音声が再生されると同時に高温の蒸気が吹き出す。それによって近付いてきていた式神の何体かが地に落ちた。蒸気を纏ったノイは残る式神めがけてレーザーを解き放つ。
 光の一閃が戦場に走った。
 式神は次々と蹴散らされ、それまで塞がれていた壱岐までの道がひらいていく。
 敵の動きさえ見切ってしまえば後は容易い。
 しかし此方が相手を視界に認識しているということは、彼方から攻撃される可能性も高いということでもある。
「受け止める覚悟くらいは、私にもあるよ」
 未だ落とされていない式神が玉砕覚悟で飛んでくる。
 鍬を振り上げたノイは被弾しながらも相手を薙ぎ払い、同時に光線を放つことで敵群を突き抜けていった。多少の損傷は構わない。とにかく此方の攻撃が届けばいい。
 駆けたノイは壱岐との距離を詰めた。
 はっとした巫女は式神を更に呼ぼうとしたが、ノイの方が速い。
「……すまない」
 逢いたいというだけの願いを叶えられないこと。許してやれないこと。精一杯の謝罪と共に鍬を振り下ろしたノイ。その一撃が鬼巫女を深く穿った。
 響く悲鳴。揺らぐ体勢。
 巫女の力もあと僅かだと感じたノイだが、反撃を警戒して後方に下がる。
「終わらせよう」
 哀しき舞も、オブリビオンとしての生も。
 たった一言だけ落とされたノイの言葉に重なるように、神楽鈴の音色が響いた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

橙樹・千織
彼の人を神の国へ送る…
どんな方なのか、何故送ろうとしているのか気になりますが、情報はいただけそうにありませんね

帰りはしますよ
貴女を海へ還してからですけれど
オーラ防御で自分の防御を整え、念のため社や紫陽花へ結界術を掛けて保護

貴女は既にヒトではなく、
その儀式を続ければいずれはヒトに危害を加えてしまう
召還された式神はなぎ払い、巫女へと向かう
また、歌唱によるマヒで動きの抑制を試みましょう

今一度、海底で眠っていただきますよ
敵の動きを見切り、回避や武器受けで攻撃を躱しましょう
隙を見てカウンターで傷口を抉るようになぎ払います

せめて同じ巫女として
穏やかな眠りとなるよう祈りましょう



●祈りの理由
 ――彼の人を神の国へ送る。
 羅刹の巫女が語っていた言葉を思い返し、千織は藍焔華を構えた。
 彼の人とはどのような存在なのか。何故に送ろうとしているのか。気になることはあれど、激しい戦いが巡る今、情報を引き出すことは容易ではない。
「どうか、お帰りくださいませ」
 鬼巫女は同じ言葉を繰り返し、千織たち猟兵に願った。
 千織は彼女が召喚した式神を刀で振り払い、ええ、と頷いてみせる。
「帰りはしますよ」
 ただし、と千織は刃を振り下ろしながら言葉を続ける。今此処で戦いを放棄して引き返しはしない。
「貴女を海へ還してからですけれど」
「そうですか……」
 千織は刀では防ぎきれなかった式神を防御陣で受け止める。対する壱岐は肩を落として僅かに俯いた。そして、彼女は更なる式神を呼び出す。
 戦場を飛び交う式神の数は多い。
 千織は周囲を見渡し、念のために社や紫陽花へと結界術を掛けて保護していく。
 壱岐自身は神社や花自体に危害を加える意思を持っていないようだが、魍魎と化した今、どの力がどんな風に巡るかは未知数。
 それに、もし己の力が美しいものや神聖なものを壊してしまったとしたら悲しいに決まっている。巫女自身は邪悪の権化ではないものだから余計にそう思えた。
 それゆえに千織は最善と思える力を尽くしていく。其処から刃が振るわれ続け、式神は斬り裂かれて地に落ちた。
 千織は少しずつ羅刹の巫女との距離を縮めながら、切り進んでいく。
「貴女は既にヒトではなく、その儀式を続ければいずれはヒトに危害を加えてしまう」
「ええ、分かっております」
「それなら、どうして……?」
 自分の言葉に対して壱岐が静々と頷いたことで、千織は思わず問いかける。すると巫女は神楽鈴をしゃらりと鳴らしながら逆に問いを投げ掛けてきた。
「貴女にどうしても逢いたい方がいらっしゃるとしたら。そして、僅かでも逢える可能性があると識ったら。貴女は何もしないまま諦めてしまいますか?」
「それは――」
 理由はきっと人それぞれだが、簡単に諦めるはずがない、と千織は思ってしまった。
 例えば、先程に思い出した彼にまた邂逅できるなら自分はどうするだろうか。つまりはそういうことだ。
「わかりました。でしたら、やはり戦うしかありませんね」
「……はい」
 望み祈るものは相容れぬこと。
 理解を得た千織と、頷いた壱岐の眼差しが交錯した。どちらも譲れぬ思いと立場を持っている。今出来るのは力を示して未来を勝ち取ることだけだ。
 千織は歌を紡ぎ、其処に麻痺の力を乗せていく。鬼巫女も必死に抵抗しているが、猟兵たちからの攻撃を受けて弱りはじめているようだ。
「今一度、海底で眠っていただきますよ」
 千織は凛とした眼差しと共に宣言を落とし、一気に駆けて斬り込む、
 せめて同じ巫女として。
 彼女が迎える眠りが穏やかなものとなるように――。
 祈りと共に振り下ろされた一閃は、剣舞となって戦場に美しく巡っていった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

誘名・櫻宵
🌸櫻沫

綺麗な鈴の音が聴こえると思うたら、綺麗な舞ね
鬼巫女さん
あら、リルったら
なんで拗ねてるのかしら?
可愛い子
ヨルと…いつの間にかいた誘を下がらせる

あなたの舞は如何なる神に捧げられたものなのかしら?
うふふ、リル
神楽は神を迎えるためのもの
神に奉納する舞であり
鎮める為の祈りなのよ

私の家にもね伝わっている七つの神楽があるの
そのひとつ見せてあげる
あなたにもあなたの神にも捧ぐものではないけれど

厳かに響く人魚の歌に微笑んで
破魔宿し、神罰の如き雷を纏わせなぎ払う
攻撃見切りかわしたら
仕返しよと衝撃波放ち傷を抉る
「艷華」
離れず斬撃を放ち斬り裂き踊る
桜になりなさい
遺さず食べてあげる

魑魅魍魎は還すもの
かえりなさいな


リル・ルリ
🐟櫻沫

綺麗な鈴の音
けれどどこか寂しそうだな
ふぅん、鬼の巫女
思わず頬を膨らませる
音を、君が褒めたから
僕の方が綺麗に歌えるんだから!

巫女と向き合う
あの舞は、かぐらというものなの?
神楽ってなに?櫻
へぇ
神様への捧げ物なんだね

櫻宵の家に伝わる神楽?
僕も見てみたい!
歌はまかせて
蕩けるような「魅惑の歌」
彩ってあげる
破魔をのせて君への鼓舞をのせて歌う

ひらりひらり
桜の精が舞っているかのよう
それでいて苛烈で、力強くて
なんて、美しい
こんな綺麗な舞で送られるなら本望だよね

ヨルの横、その舞を見やる人嫌いの桜わらしを見る
……彼の家の、竜神といったら
君だよね
届くといいな、なんて想いは胸の内
雨上がり
虹をかけるよう歌い続ける



●桜龍に捧ぐ
 澄み渡った鈴の音が聴こえる。
 その音を辿って行けば、神を喚ぶ儀式舞を踊る鬼の巫女が見えた。音色も舞も美しく思えたが、どうしてか何処か寂しげにも思える。
「綺麗な舞ね、鬼巫女さん」
「ふぅん、鬼の……羅刹の巫女なんだ」
 櫻宵が壱岐の神楽を褒めると、リルは頬を膨らませて少しだけそっぽを向いた。
「あら、リルったら。なんで拗ねてるのかしら?」
「音を、君が褒めたから。わかってるくせに」
「うふふ、可愛い子」
「僕の方が綺麗に歌えるんだから!」
 尾鰭をぱしんと櫻宵に当て、リルは雨上がりの空気が残る宙を泳ぐ。
 そうね、と嘘偽りなく微笑んだ櫻宵はヨルと、いつの間にか傍にいた桜わらしの誘を後方に下がらせた。屠桜を抜き放ち、身構えた櫻宵は羅刹の巫女――壱岐に問いかける。
「あなたの舞は如何なる神に捧げられたものなのかしら?」
「彼の御方です」
 すると壱岐は静かに答えた。
 しかしそれ以上は語らず、彼女は数多の式神を呼び出していった。リルは泡沫の護りを櫻宵に施しながら式神に対抗する。その際にふと疑問が浮かんだ。
「あの舞は、かぐらというものなの?」
 神楽ってなに、とリルが問えば櫻宵がたおやかに笑む。
「うふふ、リル。神楽は神を迎えるためのものなの。神に奉納する舞であり、鎮める為の祈りなのよ」
「へぇ、神様への捧げ物なんだね」
 だったら舞わせてあげたい。そう感じたが、リルはすぐに首を横に振った。
 壱岐は普通の巫女ではない。
 喚ばう神は恐ろしいも存在かもしれない。彼女にその気がなくとも、魍魎である以上は過去に終わったものだ。
 放っておけば未来が侵されてゆく。
 それゆえに今、戦って鎮めるべきはあの巫女の方。
 櫻宵はリルの護りに信頼を抱き、刃を振るって式神を落としていった。鬼巫女との距離を詰めていく櫻宵は口許を緩める。
「私の家にもね、伝わっている七つの神楽があるの」
「貴女も……いえ、貴方も神に仕える巫女なのですか?」
 鬼巫女から問いが返ってきたが、櫻宵は少し違うと示して頭を振る。しかし、舞うことは出来ると告げた。
「そのひとつを見せてあげる」
「櫻宵の家に伝わる神楽? 僕も見てみたい!」
 まだ少しばかり巫女に嫉妬しているリルは櫻宵の舞に興味を示す。歌は任せて、と胸を張ったリルは花唇をひらいた。
 そして、其処から澄み切った透徹の歌声が響き始める。
 音律に乗って前に踏み込んだ櫻宵は厳かに響く人魚の歌に微笑み、宣言した通りの神楽を披露していった。
「あなたにも、あなたの神にも、捧ぐものではないけれど」
 艶やかな華が咲くような桜女神の舞が花弁を呼ぶ。舞と共に破魔を宿した刃が閃き、神罰の如き雷が迸っていった。
 ――美しく甘く咲いて私のものに。
 捧ぐは一人、龍のため。
 舞を更に彩っていくのは人魚が歌い続ける、蕩けるような魅惑の歌。
 魔を打ち砕く思いを込めて、桜龍への鼓舞と想いを込めて謡い紡ぐ。歌声は式神を巻き込み、世界すら揺らがせる響きとなって巡った。
 そして、櫻宵は壱岐の懐に斬り込む。
 はたとした壱岐も羅刹の怪力を発揮して振り払おうとした。しかしその動きは見切っている。一撃を躱した櫻宵は、仕返しよ、と告げながら衝撃波を放った。
 傷を抉るように振るわれる剣閃。
 其処に見据えたものを龍の糧たる桜に変える力が重ねられた。
「桜になりなさい。遺さず食べてあげる」
「……いいえ。まだ、わたくしは――」
 壱岐は抵抗する。されど神楽鈴のひとつがひらり、ひらりと花弁になって散った。
 リルは龍と鬼人の攻防を見つめ、歌を奏でていく。紫陽花の園に桜が舞う様は、まるで花の精が舞っているかのようだ。
 けれど、それでいて苛烈で、力強くて――なんて、美しい。
 きっとこんなに綺麗な舞で送られるなら本望のはず。倒すべき存在であるならば、どうか散り様は美しくあって欲しい。
 その思いは、リルが抱くせめてもの願いだ。
「櫻、もっと舞える?」
「ええ、もちろん。魑魅魍魎は還すもの。だから、さあ……かえりなさいな」
 リルが問うと、櫻宵は艶やかな笑みで以て答えた。
 其処から歌が更に響き渡り、雷を纏った剣一閃が迸る。その際にリルはヨルの横に佇む、人嫌いの桜わらしを見た。
 誘はただじっと、櫻宵の舞に目を向けているようだ。
(……彼の家の、竜神といったら、君だよね)
 届くといいな。
 そんな想いは胸の内に秘めて、人魚は桜の龍と共に戦いの決着を目指す。
 雨上がりの空気をとかすように歌い続ければ、ほら――。
 きっと、晴れた空には虹が掛かるから。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ロキ・バロックヒート
葉釼くん(f02117)と

ぼんやり戦いを見ている
またちゃんとやれとか言わないんだな
不思議には思うけど

見た幻は綺麗だったのに
この裡は醜いだけ
『私』はそんなこと思わない
あぁ雨は好きじゃない
こえがよく聴こえるから

ねぇ
君は待ってる子を憎んだり恨んだり怒ったりしないの
そうしているならどうして諦めないの
壱岐に戯れに問いかけても
きっと望む答えは聞けないんだろう

―彼は
葉釼くんはどうして立っているんだろう
見えた幻
きっと今は居ない最愛のひと
でもどうしてだか彼のこえが聴こえない
大抵哀しみに沈んでしまうのに

喪っても前に進み続ける者
それは英雄の在り様
鮮やかすぎる青色の祈りを
最愛の眠りを願う祈りを
聞き届けられたらいいのに


真白・葉釼
ロキ(f25190)と

刀を抜くより先に隣の同伴者を一瞥した
他人の気持ちが解る筈もない
只あのいびつな笑みが
どんな重さか判らぬ程に愚鈍でもない
数歩、前へ
庇う所以も無くとも

抜き放つ黒刀は『骨断』
怪物の力を使う為の剣
これを介せば出力は落ちるが、力の制御は幾らか易い
《骨骸》今日は大人しくしてもらう

お前の待ち人は来ない
骸である巫女の黒い髪を見ていた
青い瞳を
――お前が骸に帰るからだ
俺の姉が最早この世の何処にも存在しないように

永遠に会えないと識ってなお待ち続ける程
俺はロマンチストにはなれない
過去の波の合間に彼女がいるというのであれば或いは

或いは
それが許せない

もし感情を当て嵌めるなら
これは『怒り』と呼ぶのだろう



●祈りと怒り
 社の前に佇むのは鬼の巫女。
 倒すべき存在である彼女に向けて刀を抜く前に、葉釼は隣のロキを一瞥する。
 葉釼は先程に垣間見た夢の世界を思った。あの光景を目にしたからといって、自分とは別の存在である他人の気持ちが解る筈もない。
 けれども、只――あのいびつな笑みがどんな重さを伴っているか。それが判らない程に愚鈍でもない心算だった。
 刀を手にして、数歩前へ進む。
 彼を庇う所以は無くとも、葉釼の身体は自然とそのように動いた。そして、葉釼は地を蹴った。巫女に掛ける言葉は今は無く、課された戦いを全うするだけだ。
 接敵した葉釼は黒刀を振り上げた。
 この骨断を介せば力は落ちるが、制御は成しやすい。
 そのまま骨棘弾による攻撃に移った葉釼の眼差しは、鬼巫女にだけ向けられていた。
 ロキは暫し、その戦いをぼんやりと見ていた。
(またちゃんとやれとか言わないんだな)
 葉釼の背を見遣ったロキは不思議に思う。そして、葉釼のいつでも補助に入れるようそっと身構えた。その際に胸裏に浮かんだのは先程の幻のこと。
 幻は綺麗だったのに、この裡は醜いだけ。
 そうだ、『私』はそんなことは思わない。自分がただあんな世界を望んだだけ。
「あぁ雨は好きじゃないな」
 こえがよく聴こえるから、と呟いたロキは葉釼の背越しに羅刹の巫女を見遣り、ねぇ、と呼び掛けてみた。
「わたくしも雨は好きではありませんでした。あの御方が、雨が好ましいと云うまでは」
 すると壱岐は意外な返答をする。
 ふぅん、と軽く頷いたロキは戦いを葉釼に任せながら更に問いかけた。
「君は待ってる子を憎んだり恨んだり怒ったりしないの」
「……怒る?」
 対する羅刹は不思議そうな声を返す。
 ロキが紡いでいく声を聞きながら、葉釼は刀を振るった。巫女は式神を呼び出すことで彼の接近を阻んでいたが、邪魔をされるなら骨棘で蹴散らすだけだ。
 骨断で式神を薙ぎ払い、葉釼は思う。
 ロキは巫女に声を掛けない自分の代わりに、言葉を紡いでくれている。歪であるかもしれないが今はそう思えた。
 視線を重ねあうロキと巫女は、言の葉も一緒に交わしていく。
「そうしているなら、どうして諦めないの」
「諦めれば、いつか廻り逢える未来も潰えてしまいますゆえ」
 ロキとしては戯れに問いかけた心算だったが、鬼巫女は真摯に答える。その間も二人を襲わんとする式神の勢いは止まらない。
 意思は交わせても、魍魎と猟兵は相容れぬもの同士。
 葉釼はロキに向かう式神を散らし、其処ではじめて壱岐に言葉を掛けた。
「お前の待ち人は来ない」
 何故なら――お前が骸に帰るからだ、と無遠慮に告げる。
 骸である巫女の黒い髪を見た葉釼の脳裏に、あの幻の残滓が過った。
 青い瞳を見る。何故か、巫女の眼差しには自分が抱く言葉に出来ぬ感情と似たものが宿っている気がした。
「……俺の姉が、最早この世の何処にも存在しないように」
 葉釼は噛み締めるように言い切り、更に刀を振るう。ロキは其処に或る感情を見た。しかし、どうしてか彼のこえを聴けなかった。
 葉釼はどうしてあんなに強く立っていられるんだろう。
 ロキはそっと考える。
 あのとき見えた幻。きっと今は居ない、最愛のひとを懐う気持ち。葉釼のそれは哀しみに沈んでしまうだけのものではないようだ。
 そして、巫女はいずれ訪れると信じた未来を思って神楽鈴を鳴らす。
 三者三様の思いが此処にあった。
 されど葉釼は壱岐の言葉に賛同できない。
 永遠に会えないと識ってなお、待ち続ける程にロマンチストにはなれないからだ。
 過去の波の合間に彼女がいるというのであれば、或いは――。
 或いは、と実際に言葉にした葉釼は骨断を握る手に力を込めた。
 それが許せない。
 葉釼はそれ以上は声に出さず、心の裡に押し留めた。そうして彼は更に呼び起こされていく式神に刃を向ける。
 ロキはその姿を見つめ、駆ける少年の背を目で追い続けた。
 彼は喪っても前に進み続ける者だ。それはまるで英雄の在り様のようだと感じた。
 鮮やかすぎる青色の祈りを。
 最愛の眠りを願う祈りを、聞き届けられたらいいのに。
 悲しみだけではない感情が葉釼に宿っている。少年はロキからの眼差しをしかと感じ取りながら、戦いの終わりを目指して戦っていく。
 そうだ。
 もしこの思いに名前を当て嵌めるなら、きっと――。
 

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

ルーシー・ブルーベル
【POW】

あなたには会いたい人が居るのね
成したい事があるのね
何に代えても

ああ、でも
閉じた目には白い紫陽花が浮かぶの
あなたをこのままにしたら
あの子達が無事でいるのか分からない
同じ花を好きになった人が危険に晒されないとも限らない、のね
だからルーシーはこの気持ちに抗う

おねがい、きて
オオカミさん

あのひとの鈴か足をようく狙って
躍りを止めてしまいましょう

あなたが欲したものが何かは聞かないわ
きっとルーシーの答は変わらないから

あのね、白紫陽花をまた見たいの
今度は晴れた空の下で何度でも
戦う理由は、それでじゅうぶん



●もう一度、あの花を
 戦いは巡り之き、鳴り続けていた神楽鈴の音が弱々しくなっていく。
 羅刹の巫女を片目で見つめたルーシーは、其処に宿る感情の一端を感じていた。
「あなたには会いたい人が居るのね」
「……はい」
 少女が問いかければ、その声を拾った壱岐が静かな声色で答える。
 彼女の姿勢は何処までも真摯だ。此方を蔑むこともしなければ、必要以上の言葉も掛けてこない。もし鬼巫女が魍魎でなければ、そのまま舞を踊ることを許したいほどに。
「成したい事があるのね、何に代えても」
 ルーシーはもう一度、彼女に問いを投げ掛けてみた。次は言葉を紡がず、壱岐はただ頷くだけに留める。
 どうか、どうか、お帰りください。
 そのような意思が見て取れたが、ルーシーとて何もせず戻るわけにはいかない。
 もう壱岐は過去の存在だ。
 この世に顕現するだけで未来を侵し、今を生きる人々の害となる。きっと彼女は誰かと逢いたいだけだというのに、現実は非情だ。
 ルーシーは戦場を飛び交う式神を避け、壱岐との距離をはかる。
 一瞬だけ閉じた瞼の裏にふと或る花の影が浮かんだ。その花は白い紫陽花だ。
「ごめんなさい」
 ルーシーは静かな謝罪の言葉を落とした。
 巫女が抱く、逢いたいと願う祈りは聞き届けられない。
 自分達が未来を守る力を持つ者である以上、壱岐の存在を赦すこともできない。ルーシーは壱岐を見つめ、自分の思いを告げていく。
「あなたをこのままにしたら、あの子達が無事でいるのか分からない」
 同じ花を好きになった人が危険に晒されないとも限らない。
 だから、ルーシーはこの気持ちに抗う。成すべきことを見失わないように。自分の力を此処に示すために。
「――おねがい、きて」
 オオカミさん、とルーシーが呼べば魔法で動くぬいぐるみが駆けてゆく。
 ルーシーは魔力の花を散らして式神を穿ち、羅刹の巫女への道をひらいた。其処を走っていくオオカミへ、ルーシーは願う。
「あのひとの鈴か足をようく狙って。舞を止めてしまいましょう」
 神降ろしの儀の邪魔をしたくないという気持ちは完全には消えていなかった。しかし、その感情に呑まれてしまうほどルーシーは弱くはない。
 たくさん、たくさん考えてきた。
 納得できないことも、悲しいことだっていっぱいあった。それでも今、此処に生きているのはルーシーとしての自分があるから。
「あなたが欲したものが何かは聞かないわ。だって、きっと……」
 ルーシーの答えは変わらないから。
 これは少女が己で選んだことだ。けれど、と言葉にしたルーシーは雨上がりの空気をそっと確かめる。
「あのね、白紫陽花をまた見たいの。今度は晴れた空の下で何度でも」
 戦う理由は、それでじゅうぶん。
 だから、さあ――。
 オオカミさん、あのひとの悲しい魂を食べてしまって。
 そうすればきっと、在るべき場所に彼女を還すことが出来るから。
 
 そして、羅刹の巫女との戦いは終わりへと近付いていく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

蘭・七結
雨が止んで、雨音とはたがう音がする
鈴の鳴る音が、きこえるわ
鈴音は心地よくてすき、だけれど
しゃらりと響く音に揺らいではいけないの

うつくしい音が触れてゆく
この身へと沈み込んでくるかのよう
この舞いを、音を
もっと視ていたい、聴いていたい
惑うようなうつくしい音色は、何処かで

――いいえ、違う
わたしの心を震わす鈴の音は、ひとつきり
それは、わたしのなかに結ばれている
あなたの音色ではないの

風のちからを乗せた黒の切っ先
その音ごとあなたを攫うように、薙ぎ払う
四葩にはない彩をあなたに贈りましょう
鮮烈なるあか。いっとうの彩
わたしが、わたしである証明のいろを

あなたが呼び続けているひと
それは如何なるひとだったのでしょうね



●四葩の花
 雨が止んで、雨音とはたがう鈴の音が響く。
 鳴り響く音色は心地よくて清かな音だから、すき。だけれど、と七結は羅刹の巫女の姿を瞳に映し込んだ。
 しゃらりと響く音。ゆるりと舞う神楽。
 その美しさに揺らいではいけないことはよくわかっている。戦いは巡り続けていて、壱岐の力も随分と弱まっているらしい。
 それでも巫女は神楽鈴を鳴らし続け、舞を止めようとはしなかった。
 うつくしい音が触れて、心が攫われていきそうだ。まるでこの身へと沈み込んでくるかのようだと感じながら七結は彼女を見つめ続ける。
 この舞いを、音を。
 もっと視ていたい、聴いていたい。
 惑うようなうつくしい音色は、何処かで――。
 七結の胸裏には或るひとのことが浮かんでいた。この音を最後まで聴けば、いとおしい記憶に浸っていられるだろうか。
 あの舞をみとめれば、この穏やかな心地を抱いたままでいられるかもしれない。
 然し、七結は惑わされはしない。
「――いいえ、」
 違う。
 しかと言葉にしたのは、あの鈴の音とこの音色を分け隔てる為の思いだ。惑ってしまいそうになっていたが、七結が心に思い描くのは別の音。
「わたしの心を震わす鈴の音は、ひとつきり」
 それは、既に自分のなかに結ばれているものであって、あなたの音色ではない。
 宣言した七結は巫女の力を打ち破った。
「そう、ですか。貴女も心に神を宿しているのですね」
 縁絶の鍵杖を手にした七結に対して、壱岐が静かな言葉を返す。貴女も、という言葉から感じ取ったのは壱岐もまた、七結に似た境遇だったのかもしれないということ。
 求めて、望む。
 逢いたい。会いたい。ただそれだけを願う。
 巫女の抱く気持ちを想像するのは七結にとって難しいことではなかった。何故なら、七結はもう春を識っているからだ。
 されど自分と彼女には明確な違いがあった。
 それは巫女がもう過去の存在でしかないということだ。七結は黒の切っ先に風の力を乗せ、腕をしなやかに振るう。
 其処から巻き起こった花の嵐は鈴の音をごと巫女を攫うように迸っていった。
「四葩にはない彩をあなたに贈りましょう」
 鮮烈なるあかを。いっとうの彩を。
 これこそが、わたしが、わたしである証明のいろだから。
 戦場に舞う花は最期を齎すために散りゆく。神への舞も祈りも届けられず、壱岐の身体は猟兵達の力によって討ち滅ぼされていく。
 その真意も、本当の願いも、知れることはなかったけれど――。
 七結は最後に問いかけた。
「あなたが呼び続けているひと。それは如何なるひとだったのでしょうね」
 言葉が落とされると同時に巫女は膝を付く。
 其処で戦いが終わりを迎えたことは、誰の目にも明らかだった。

●蒼時雨
 神楽鈴が地に落ちる。
 りん、とひとつだけ鳴った音の後。壱岐は震える身体を何とか自分で支えながら、猟兵達に蒼色の瞳を向けた。
「わたくしは、憶えてはいないのです。彼の御方のお姿を……」
 それでも彼女は彼のひとを呼び続けた。
 待ち続けていればいつか出会えると信じて。たとえ姿を忘れたとしても、存在を忘れなければ、帰って来られるから――。
 しかし壱岐は骸の海に還される時を待つだけ。願いの成就は見込めない。
 それゆえに、と巫女は猟兵達に願う。
「どうか、貴方がたは……大切なものを――ゆめゆめ、忘れぬように」
 壱岐はそんな言葉を言い遺し、大地に沈む雨の雫にとけるように消滅していった。
 
 曇天の空はいつしか晴れていき、雲の間からひとすじの光が射す。
 雨はもう降りそうにない。
 清かに咲く四葩の花達は、雨上がりの風を受けて揺れていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2020年07月10日


挿絵イラスト