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亡落の暗渠

#アリスラビリンス

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#アリスラビリンス


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 ここから逃げたいのは、戻ったところで同じだった。
 何もなかったし、何も手に出来なかった。守ってくれる誰かも、真っ当に愛してくれる誰かも、どこにもなかった。
 誰か助けて――と。
 ここでもそう叫んでいた。元通りになれば救いの手があるものだと無根拠に信じていた。けれど。
 戻ったところで誰も助けには来ない。ならばいっそ、ここで――。
 ――『だれも助けに来ないなら、あなたが助けてあげたら』と。
 嗤う声がどこから聞こえて、誰のものだったかすらも、もう覚えてはいないけれど。


 行くも地獄、戻るも地獄。
「救いがないなァ」
 ゆらりと竜尾を揺らすニルズヘッグ・ニヴルヘイム(竜吼・f01811)が、そうとだけ声を溢した。
 アリスラビリンスにおいて、アリスがオウガと化すことがあるのは、既に周知の事実だろう。介入によって未然に防げた事例もあれば――当然、間に合わないこともある。
「ミーシャと名乗っていたアリスが、オウガに変じた。説得したとてもう間に合いはすまい。既に扉は鎖され、不思議の国は『絶望の国』と化している」
 『絶望の国』は、いわばオウガの揺り籠だ。
 放置すればオウガを生み続け、生まれたそれらが新たなアリスを襲う。その主たる元アリスごと――早急に破壊する必要がある。
 しかし全ての声が無為になることはないだろうと、男は続ける。絶望の国を超えた先に待つミーシャだったオウガの抱く昏さを少しでも拭ってやることが出来れば、それはきっと、互いにとっての光明となるだろう。
「で、その絶望の直接の原因とみられるのが――」
 ――『暗闇』だ。
「そんなことで――とは、言ってやるなよ。私もそう思ったがな。見れば分かるが、あちらも多分、『ただ』暗闇が怖いだけということではなかったのだ」
 歪む空間が見せるのは、無明の迷宮である。一筋の光もない静寂が辺りを包み、足元すらも見えはしない。
 ――暗闇とは鏡だ。
 己の心の裡にある恐怖を映す。故に人は恐れるのだ。何もない静謐と、上も下も分からぬ暗がりの中にある、己の恐れるものを。
「死ぬより怖いこと――でなければ、死んだ方がマシだと思うことがあるであろう」
 或いは幻影として、或いは幻聴として、或いは脳内に取り憑く妄執として。
 暗闇に覆われた『絶望の国』を抜け出すまで、どこまでも追って来る。それを振り切って扉まで辿り着かねばならないが――してはいけないことが一つある。
「光を持ち込んではならない。一筋たりともな」
 ――かつてアリスだったオウガは、己自身が『暗がりを照らすたった一つの光』としてそこに在る。
 誰も助けてくれないから、己が光となる。オウガへ堕ちた彼女が歪んだ形で齎される慈愛は歪だ。苦しみ抜いた来訪者を包み、柔らかな翼で食らう。行くも帰るも闇ならば、ここで途絶えたましだと、彼女自身が最期に描いた救済の形だったのだろう。
「心折れるほど暗闇を恐れる――私には想像も出来んが。レディの苦痛を反映したらしい暗がりの迷宮を抜ければ、何か見えるものもあるやも分からん」
 一つ息を吐いて、ニルズヘッグの手中でグリモアが瞬く。禍々しい光が溢れると同時、男は小さく声を溢した。
「辛いことを強いるが、よろしく頼むよ」


しばざめ
 しばざめです。
 先端恐怖症を患っています。

 今回は(今回も)心情中心のプレイングを頂けると喜びます。よほどのことがない限り全採用の運びです。
 一章では皆様の「死ぬよりも怖いこと・死んだ方がマシだと思うこと」を教えて頂ければ幸いです。
 二章で元アリスのオウガとの対峙となります。ミーシャと名乗っていた彼女については、一章及び二章の断章にて情報を開示していく予定です。

 プレイングの募集は随時マスターページと断章にてお知らせします。
 お目に留まりましたらよろしくお願いいたします。
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第1章 冒険 『よるのもり』

POW   :    聴覚や触感頼りに踏破する

SPD   :    暗視装置や忍びの技術を駆使する

WIZ   :    心の目や魔力を見る目で周囲を感じ取る

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。



 父は、怪物みたいな人だった。
 わたしは彼の花だった。気まぐれに与えられる過剰な水と、無秩序に鉢に刺される肥料に痛めつけられながら、いつだって綺麗に咲いていなくてはならなかった。母がいたときにはいつでもひっそり与えられていた適量の水は、彼女が行方を眩ませてから、ずっと過去にしかなくなった。
 美しく咲いているわたしのことだけを、父は普通の娘のように愛した。
 けれど、思う通りに結ばれない花のことは、ひどく嫌った。
 最初に閉じ込められたのはいつだっただろう。もう覚えていないくらい小さな頃の、押し入れ。わたしはいつでも彼がどうして怒っているのかを知らなかったし、彼はそんなわたしに余計に苛立って、一条の光も差し込まないそこへガムテープを貼った。
 泣いても、叩いても、力の限り引っ張っても――扉は開かなかった。
 お腹が減っても食事がないのは、彼が怒っているときの常だったけれど――もう二度と許されないのだと思うと、いっそ死んだ方がましだと思うくらいに背筋が凍った。
 ――それからずっと、わたしは暗闇が怖かった。


 暗がりには一片の光もない。
 降り立った静謐は、虚空の体現だ。前も後ろも分からなければ、己の足許さえ見えやしない。顔に近づけた掌が、辛うじて目に映る。
 土を踏む感覚が足に伝わって、そこが舗装されていない路であることを知る。膝にさやさやと触れる葉の感触と、伸ばした手の先に触れたざらつく幹の感覚で、森であることを悟る者もいるだろう。
 暫しの間があって――。
 暗がりで研ぎ澄まされた猟兵らの知覚に、鮮やかに飛び込むものがある。浸された恐怖が、猟兵を追いかけるように忍び寄る。
 ――ふと、ひそりと囁くように声がするだろう。それだけが、目指すべき方角を知るための手がかりだ。
 ――くるしいんなら、こっちにおいで。
 ――わたしがいますぐ、たすけてあげる。
.

※プレイングは『6/14(日)8:31~6/17(水)22:00』までの受付とさせて頂きます。
蘭・七結
【春嵐】〇

闇に慣れたはずの眸
なのになにも見えなくて
隣に居たはずのあなたは何処
指さきを伸ばしても触れられない

嗚呼、まるで
夜の底へと堕ちた日のよう

無し色を染めあげた罪のひとつめ
わたしは人々から『あなた』を奪った

赦さない、ゆるさない
殺めてしまえ
怒り恨みに満ちた声
凍えるような冷たい眸

罪を背負った
罰を刻んだ
贄にと捧げられる間際
父の手で常夜へと堕とされた

怖い。こわい
夜の底で震えていた
とてもこわかった
今だって恐ろしい

人から得られなかった赦しと愛
わたしはあなたから得たばかり
目を逸らさないと告げたのに
その姿もなにもみえない

重たい鼓動が駆け巡る
震える唇ではあなたを紡げない

いたいのは、つめたいのは
ひとりは、嫌

いやだ


榎本・英
【春嵐】○

暗闇の中から襲い来る数多の手
ほしい、ほしい
欲に塗れた人間の手が纏わりつく
あの女と同じ目、あの女と同じ口、あの女と同じ血
それがほしい、あの女の血が流れるお前がほしい

美しくなりたい、己の物にしたい
過度な欲は人を狂わせた

あの女
母と同じ物が欲しいと伸ばされる数多の手
その手は決まって夜に訪れる
ほしい、ほしい

欲まみれの手が恐ろしい
光の差さない場所が恐ろしい

だから私は眠らない
眠ると連れ去られてしまうから
いつの間にか息絶えてしまうから

だから私は常夜には行かない
そこには欲に塗れた手がいくつもあるから
光が差し込まないから

嗚呼
私は、藻掻いているのか?走れている?
いや、今は

――捕まえた

そんな声が頭に響いた




 春の温度が、ほどけていくのが分かった。
 見開いた眸には何も映らない。凝らした目は常夜の監獄をよく知っているはずなのに、蘭・七結(まなくれなゐ・f00421)がその暗がりに何かを見出すことはなかった。
 無意識に――指先が、共に春嵐を呼ぶ彼をさがして宙に伸びる。
 となりにいるはずの温度を手繰りたかった。呼びかける声を呑み込んでしまったのは何故だっただろう。一つでも口を開けば、つめたい冬夜の空気が、心までも凍らせてしまうと感じたからか。
 足許が崩れていくような心地がする。夜の底に墜ちていくような、引き摺り落とされてもう二度と這い上がれなくなるような、背筋を撫でる恐怖がぎりぎりと喉を締め上げる。
 ああ――。
 まるであの日のような。
 責め立てる声がする。憾みの視線が突き刺さる。常闇の向こうから、つめたいだけの冬が来る。
 薔薇の鳥籠でまどろむ水晶玉の無し色に、落とされた罪のいろ。みっつを数えるそれのはじまり――ひとつめの罅。
 這入り込んで来るのは何いろだったろうか。つめたい黒か、或いは鎖していく曇天の灰色か。耳を塞ぐことすら赦されず、七結はただ、呼吸だけを頼りにわらう膝を支えた。
 ゆるさない。
 ――わたしはそれを拒絶出来ない。
 殺めてしまえ。
 ――わたしはそれを否定出来ない。
 人々からあのひとを奪ってしまったから。そればかりが咎の棘として絡みついて、七結の心を蝕んでいく。贄となるあの瞬間に、父の手で叩き落とされた常夜の底のように。
 あんなにも暖かな春のひかりが見えなくなる。耳を掠める救いの声すら遠い。たすけてなんてもらえなかったのは、七結だって同じだから、彼女だってその声を信じない。
 今、ただひとつ信じることが出来るのは――人々が決して七結に向けてくれなかった赦しを、愛を、与えてくれたあなただけ。
 もう目を逸らさないと決めた。告げたあの日の陽だまりは、あんなにも暖かかったはずなのに。七結はもう、求める声すら鼓動に圧し潰されている。
 声がする。視線がある。怖くてたまらなかった常夜の淵からは抜け出せたはずなのに、彼女の心はあの日の恐怖を忘れていない。独り震えて、己の体を抱きすくめて、いつとも分からぬ光明を待つだけの――。
 いたい。
 つめたい。
「ひとりは――嫌」
 いやだ。
 動き出すことすら出来ないままで、七結はただ、紡いだ赫絲の名を心の底で呼んだ。

 ひどく悍ましい腕が追って来る。
 暗がりから生じた生々しいほどの白が、榎本・英(人である・f22898)の背に縋る。だから彼は走っている――。
 否。
 走っているつもりになっているだけなのやもしれぬ。足掻いているように見えて、その実一歩も動けずに、その場で泳ぐように腕を動かしているだけなのやもしれぬ。
 それすら知れない常闇の中で、英は確かに聞いた。
 己を――己が母を求める、醜悪なる獣どもの聲を。
 人という生き物は、美しいものを愛する。それが性なのやも分からぬ。英とて美にあいを見出すことはある。あいを捧ぐ者を美しいと思う感性とてある。だが、美しいものに近づくために被った毛皮の下の、醜悪なる獣の貌もまた、まざまざと見せつけられてきた。
 欲しいのは、『彼女』自身であったか。或いは、『彼女』の持つ美であったか。
 ――あの女と同じ目。
 ――あの女と同じ口。
 ――あの女と同じ血。
 何れにせよ、どの腕にとっても、母というのは所有物であったのだ。精巧な代替物があるのなら、それで構わなかったのだ。
 英の先に見える母という女を欲する腕は、決まって夜にこそ這いずり回った。
 常闇の向こうにはあの腕があるのだ。きっとそれはひとのものなどではないのだろう。あれは獣だ。獣性の権化といっても良い。だから英は眠らない。光の差さぬ場所も厭う。
 あの常闇の、悍ましい獣たちの住処へと、知らぬ間に連れ去られるから。
 ――そうしたら、息絶えてしまうから。
 常夜の闇から抜け出すために足掻いているはずだ。彼はこんなにも、この慾の大合唱を嫌う。踏みしめている感覚だけを頼りに、前へ、前へ、差し込むはずの一条の光へ――。
 ――英さん。
 はっと、過ぎった声に足を止めた。泣きそうな春のやわい温度が、誘う声よりもひどく幽かに、けれどはっきりと英を呼び止める。
 ――なゆ。
 嗚呼。
 君がいるなら、それこそがひかりの渦となる気がするんだ。
 どうか、この手を離さないで呉れ。
 虚空に向けて伸ばした手の先に、己が春をさぐる。早くしなくては。早く、早く、どこにいるんだ――。
 ――捕まえた。
 ひそり脳裏を過ぎった、全く知らないよく知る声と共に。
 何かが、己の足を絡め取ったような気がした。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

琴平・琴子
〇◇

私も暗闇は好きじゃないです
幼い頃から暗闇には何かがいて、何かが見えていて
その暗闇に近付けば引き摺り込まれてしまいそうな感覚が怖くて

怖かった暗闇から何か引きずり込まれそうになった時がありました
そこから助けてくれたのが王子様だったんです
周りは私も悪いのではと話もしていました
両親は引き摺り込まれたのは私のせいではないと言ってくれたので良かったのですが…
彼女はその親から、自分が悪いと言われてるのですよね
…私も、そんな風に言われてしまったら自信を無くしてしまいます

あの日の王子様の様に、私も彼女を助けたいと思うのは駄目でしょうか
癇に障ってしまうかもしれませんが
それでもこの足は彼女の元へ向かいます




 暗闇は好きじゃなかった。
 通学路の端に芽生える日の当たらない場所も、蛍光灯の光が届かない教室の隅の小さな闇も、いつも裡側に何かを飼っていたから。かえりたいおうちのある、かえりたくないあの日の視界の片隅に、いつでも何かが蠢いていたから。
 近付けば、きっと引きずり込まれてしまう――。
 琴平・琴子(まえむきのあし・f27172)は、得体の知れない恐怖に、ずっと怯えていた。
 無数の眸がこちらを見ているような。不定形の腕が伸びてくるような。暗がりはいつでも何かの気配を孕んでいて、だから彼女だって、なるべく近寄りたくはなかった。けれど影を全て避けて歩くことも、蠢く何かを追い払いきることも、生きている限りは出来なくて――。
 ――あの子だって悪かったんじゃないの。
 ひそりと耳を打つ囁きに、一瞬だけ足が止まった。
 いつか、暗がりの中に引きずり込まれそうになったことがある。伸びて来たのが何なのかも分からないまま、琴子のちいさな体が掴まれて、強く引っ張られたのだ。
 助けて――。
 そう思う間さえなく、ひかりの方に伸ばした手を掴んでくれたひとがいた。颯爽と現れた王子様の手で、琴子は常闇に沈む体を日常の中へと引き戻された。
 そのときに――囁かれていた言葉だと、知っている。責任の所在を話す人々は無責任で、怯えた少女にさえも非難の目を注いだ。成すすべのない琴子をかばうように前に立ったのは両親で、彼らは幾度も声の盾をくれた。
 ――琴子のせいじゃないよ。
 思い返すまでもなく、周囲の冷笑を退ける声が琴子を包む。その許しがどれだけ支えになっただろう。王子様の手と、両親の優しい声に守られて、この暗闇の中でも己を失わずにいられるのだ。それがなかったのなら、どれだけ苦しいだろう。
 ミーシャと呼ばれたアリスは、その苦しみの渦中にいるという。
 誰も守ってくれなかった。誰も許してくれなかった。己が悪いと責め立てられたのなら、琴子が同じ立場だったとしても、決して胸を張って立ってはいられない。
 だから――。
 足を止めない。あの日に助けてくれた王子様のように、手を差し伸べられる者で在りたいから。両親の声を背に負って、諦めることはしたくないから。
 こんな風に歩むことは、差し伸べられる手のないままオウガに堕ちたアリスには、烏滸がましいだろうか。癪に障ると敵意を向けられるだろうか。それでも、そうだとしても――琴子は。
 引きずり込まれた暗闇の中で泣いている彼女を、助けるための声を結びたい。
 繋がれることのなかった縁を結んで。乗せて、道を拓いて。もう――彼女が人に戻ることは、出来ないとしても。
 絶望に鎖された国を覆う暗渠に、翠の眸をじっと凝らす。足を進める先で、歌うように救済を紡ぐ囁き声は、どうしてか、ひどく泣いているようにも聞こえた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

夏目・晴夜

少しの光も許されないとは
これは…無理かもしれない

名前を得てから、口調も性格も生き方も
何もかも変えてきた私が唯一変えられなかったもの
暗闇は、怖い
震えとか、怯えとか、涙とか
あらゆる醜態はハレルヤに相応しくないのに

常に雪雲に覆われた故郷には希望も未来も見えなかった
光負う領主に幸せそうに喰われていった奴らの目には光がなかった
死には光がない、だから暗闇は怖い
だって私は、僕は本当は死ぬのが怖くて堪らない

死より怖いことなんて…いや、ありましたね
このまま此処で何も残せず独りきり
そうなるくらいなら惨たらしく死ぬ方がいい

刻んでやる、この世界にも!
ハレルヤの名と生きた証を
そうしてせめて永遠に残り続けてやる、畜生が




 心を繋ぐ宝石のひかりのないまま、白銀は闇に呑まれた。
 目を凝らした先に差し込むものはない。下に目を遣っているはずが、ぬめる漆黒に邪魔されて、足はおろか体さえも見得なかった。
 ――無理かもしれない。
 込み上げる感覚に名を付けた瞬間に、夏目・晴夜(不夜狼・f00145)はただの少年になった。
 吸い込む空気の温度さえも分からない。不規則になる呼吸を圧し潰すように、喉仏へ掌を当てた。気道が塞がれる感覚に意識を遣れば、少しだけ気が楽になるように思える。
 何もかも、あってはならない。
 震える体も、噛み合わない歯の根も、強張った体を抱きすくめる己の腕も、瞬きばかりを繰り返す熱く歪んだ視界も――ハレルヤに相応しくない全てを払い除けるすべが、少年にはなかった。
 名を得たときに棄てたのだ。弱い自分も、雪中に鎖して歪んだ故郷も、傲岸と不遜の仮面を縫い付けて。それなのに、ただ一つ捨てきれなかったのが、闇への途方もない恐怖だった。
 だって、晴夜は。
 ――『僕』は。
 死ぬのが怖くて堪らない。
 雪雲に覆われた故郷にあったのは、希望でも未来でもなかった。唯一差し込む光を背負い、純白を赤にひずめて微笑む百合の香に、誰も彼もが礼賛の言葉を投げかけた。
 幸福そうに喰われていった彼らの目に、光など一片たりともなかった。
 その饗宴を見詰めている間に、何もなかった少年にも分かったことがある。誰かに育てられることもなかった彼は、皮肉にも彼の生誕から全てを奪った支配者に、一つを教わった。
 生きるに未来も希望もなかったけれど――死にも光などない。
 だから、怖くて足が竦むのだ。このまま死に呑み込まれて、呼吸さえも何れ止まって、少年は消える。強迫観念めいて圧し掛かるそれに頽れそうになりながら、彼は小さく首を横に振った。
 これ以上に怖いことなんて――。
 ない、と紡ぐはずの思考がふと途切れる。
 己しかいない永遠の暗がりの中にいたのは、過去だって同じだった。鎖した世界で全てを変えて、ここまで歩いて来た理由があるはずだ。
 ――このまま此処で、何も残せず独りきりでいるくらいなら。
 ――いっそ惨たらしく死ぬ方がいい。
 強張っていた体の力が、不意に緩んだ。顔を上げて前を睨み、晴夜は震える足へと声を張り上げる。
「刻んでやる、この世界にも!」
 何より恐ろしい死が、常人より遥か早くに訪れると知っている。この空虚に何れ呑まれて消えていくことを知っている。
 ならば残してやる。『ハレルヤ』という少年の、生きた証を。誰にも忘れられぬように。未来永劫、その記憶の中で生き続けられるように。
「畜生――」
 ――乱暴に涙を拭う声が、迷子じみた色を孕んでいたことには、誰も気付かないままで。

大成功 🔵​🔵​🔵​

水衛・巽
○◇
暗闇など怖いと思った事は一度もない
死より怖いのは自分の命の使い道を誤る事
自分の屍を越える背中を信じられないまま斃れる以上に怖いのは

自分の爪先すら見えない夜の森なんて怖くはない
たとえ道半ばで斃れたとしてもおそらく、たぶん、後を託せる人はいる
けれど

これを腹から暴かれたら
きっとひどい臭いがする
この醜悪なものを知られるくらいなら死んだほうがいい
知られてなお笑えるほど人徳者でもない

誰を傷つけるものではないかもしれない
まあそんなこともあるだろうと笑って終わりかもしれない
けれど
知られるのがただただ怖い

知られた後の結末が怖い
拒絶でも受容でも同じ終局が待っている
「それまでと同じでいられなくなる」という終局が




 暗闇を恐れたことなど、ただの一度もない。
 その中に潜むモノをこそ相手取るのが仕事だ。魑魅魍魎の類も、暗がりの先に潜む気配も、全て打倒するものであるならば――慣れ親しんだそれに、恐怖など覚えるべくもない。
 水衛・巽(鬼祓・f01428)が足を止める理由は、どこにもなかった。
 一寸先さえ見えない闇が何だという。己が屍を越えていくだろう者たちの背を信じることも出来ぬままに絶える日の恐怖なぞ、叩き付けられてきたばかりだ。命の使い先を誤ってしまうことへの恐怖で進めなくなるくらいなら、彼はここまで歩いて来られてはいない。
 道半ばでこの命が尽きたとして、憂いなく後を託して逝ける人の一人や二人、いるはずだ――きっと、多分、恐らくと、不確定な冠ばかりを戴くけれど。それがないと耳を塞いで立ち止まるような歳ではなくなった。そうしていられるような時分は去ったのだ。
 少なくとも、それが巽の足を止めることはない。聴こえる声の方へ、もう一歩と踏み出したその歩みがぎしりと音を立てたのは、ただ――。
 ――己が臓腑の底までを、開き暴き立てられる感覚を覚えたからだった。
 ひどい腐臭が鼻を衝いた気がする。ああそうだ、知っている。無理矢理に引きずり出された己のにおいだ。ぶちまけられる醜悪な腹の底が、人目につかぬうちにもう一度、この腹の中へ納めなくてはならない。
 知られてなるものか。
 これを見た者が何を思うのか、巽は知らない。この腐臭は、汚濁の香りは、或いは彼の鼻にのみひどく突き刺さるのかもしれない。
 見られたところで、さしたる問題にもならずに済むのだろうか。誰かを傷付け遠ざけるような代物ではないのかもしれない。まあそんなこともあるだろうさ――と、笑って片付けられるようなことだったとしたら。
 ――それでも。
 如何なるものが待っていようと、巽は知られてなお笑うことなど出来はしない。そう在れるほどの人徳者などではない。
 知られたら――。
 それで終わるものがある。腹の中に行儀よく収めているうちは、続けられるはずのものに手が届かなくなる。
 ――元に戻れなくなる。
 それまでと同じではいられない。知ってしまったことを忘れることは出来ない。見ぬふりをする誰かとも、離れていく誰かとも、今まで通りではいられない。
 それが、途方もなく怖い。
 一条の光も差さぬ足許に目を遣った。息を深く吸い込んで、これ以上の何かを吐き出しそうな心地に蓋をする。
 大丈夫。何も零れてなどいない。
 ――巽の『今まで通り』を壊すものは、何も。

大成功 🔵​🔵​🔵​

黒柳・朔良
彼女は『暗闇を恐れ』ていながらも暗闇の中に捕らわれている
いや、この『暗闇』の迷宮は彼女が作り出したのだから、正確には『閉じこもっている』と言うべきか
私自身、『影』という『闇』を扱うからこそ、その恐ろしさを知っている
『光』を持ち込むな、というならば『闇』であり『影』である私が導こうか
『闇』を恐れることは無いのだと、彼女に教えてあげよう

私が『死よりも恐ること』、それは『用済みになること』だ
あの方(主人)に面と向かって『いらない』と言われることを、私は何より恐れている
まあ、あの方の性格を鑑みてそんなことは有り得ないとは分かっているし、私は好きであの方の『影』であり続けているのだから、関係はないな




 影は暗闇の恐ろしさをよく知る。
 故に恐れる道理はない。融け込むような漆黒を携え、女――黒柳・朔良(「影の一族」の末裔・f27206)は暗がりの奥を見た。その先に何が見えずとも、足取りが乱れることはない。一歩を踏み出せば髪が揺れる。二歩を往けば濡れた土の感触がする。故に彼女が、この闇の中で影たる己を見失うこともなかった。
 それは親しむものである。無間の暗闇は人の心に巣食う恐怖と孤独の象徴である。裏を返せば、それは絶対の力だ。光あれば暗がりが生まれる。人心の裡の見得ない――或いは見たくないものを、否が応でも意識させる。誰しもが持っているが故に、その力は普遍だ。
 朔良のような、影に対するそれを除けば。
 ――閉じこもっている。
 暗闇の迷宮の主を、朔良はごく冷静にそう判じた。己を捕らえた恐怖と、その象徴たる闇を、彼女は自ら作り出しているのだ。
 事実、その推測は正解から遠くない。闇を恐れるがあまりに光を拒み、己自身が唯一の光となって、一番に恐れたものの中で歪な慈愛を振り撒き続ける。その姿を形容するならば、正しく『閉じこもっている』と呼ぶのが適切だった。
 ならば影が行こう。
 闇の恐ろしさを最もよく知り、そしてその力を我が身のものとする朔良が。
 この途方もない暗闇を恐れる必要はないのだと、強く教えることが出来る存在は、きっと影であるのだから。
 一歩と踏み出した足に、暗がりより出でて纏わりつくのは不安だ。道具として、影として、与えられた宿命をこの命と共に全うするより先に――放り捨てられてしまうことへの。
 ――必要がないと断ぜられたのなら、朔良は影でも、道具でも在れなくなる。
 存在意義の全てを否定されるのと同じだ。暗闇の底から、聞き慣れた質の、まるで聞いたこともない声が響いて来るような心地がする。訪れるかも分からないその日を思えば、ひどく心が凍るのだ。
 ――けれど。
 些か優しすぎるきらいのある主が、凍てつくような台詞を声にするはずがない。願望でも、虚飾でも、虚勢でもなく、影は本心からそう思う。
 あの方に――そんなことは、口に出来ないだろうから。
 それに、万一にもそう言われる日が来るとして、今恐れることではない。朔良は主の影だ。隷属でも従属でも、血の軛が嵌められているからでもない。
 ――彼女の意志で、光に添う影として在る。
 だから、どうだって良い。姿の見えぬ救済が囁く慈愛も、責めるような主に似たの声も、無間を往く影の足を止めるに能わない。
 朔良は。
 他の誰でもない――『あの方』の影で、在り続けるのだから。

大成功 🔵​🔵​🔵​

リル・ルリ
🐟櫻沫

光がない
真っ暗な深海を漂っているよう
ぼんやり闇を見る
怖い、とは思わない
僕は常夜で育ったし、冷たい湖に水葬された都もこんな風だった
音もなく静かだ

手を伸ばした先、触れる存在がいない
櫻宵は?櫻宵は無事だろうか?
名を呼ぶ
返事がない
焦りが生れる
まさかまさか
居なくなってしまった?
やだよ
櫻宵!
怖い
櫻宵が居なくなるくらいなら僕が死ぬほうが余程マシだ
櫻宵どこ?返事をして
戻ってきて!
なんで僕を独りにするの!
君がいなきゃ
僕の生に意味などない

暗闇の中をがむしゃらに游ぐ求む
零れた涙にも気がつけない
櫻、櫻宵、

縋るよう導べのように歌う

お願い
ひとりにしないで
傍にいたいよ
君に必要とされなくなったら
僕はどうすればいいの?


誘名・櫻宵
🌸櫻沫

冷たい暗い昏い
覚えがある

父上に酷く叱られて真っ暗な蔵に閉じ込められたの
トモダチになろうて言われて
嬉しくてトモダチが望む通りに父上の大切な書を見せた
でもトモダチは嘘だった
まるで水の中にいるよう
調伏された妖達や怨霊達がひしめいて
まとわりついて入り込もうとする
痛い苦しい気持ち悪い息が出来ない
彼らの絶望が入り込んでくるように感じるのは霊媒体質だから?
嫌なら自力で祓えという
助けなどない
救いなんてない
他人を信じてはいけない

全部私がやらなきゃ

そんなに私が嫌いなら
殺してしまえば良いのに

あの時の記憶が蘇る
暗闇に溺れる
暗闇は嫌い
否が応でも独りだと実感する

声…歌?
リル?
あなただって、私を
ひとりにするでしょう




 冷たくて、暗くて、昏い。
 覚えのある感覚だった。耳鳴りのような静寂が身を包んで、己と周囲の境界が見えなくなっていく。
 ――誘名・櫻宵(貪婪屠櫻・f02768)にとって、そこは誘七の家の蔵と映った。
 トモダチになろうと言われたのが、嬉しかったのだ。背負った役目に晒され続け、それ以外であることを求められなかった櫻龍に、差し伸べられた手があったことが。
 だからトモダチでいようとした。その先に策謀があることも、心の隙に差し込まれる嘘も、狡猾と呼ぶことすら知らなかった時分だった。
 言われるがままに持ち出したのは、父が大切にしている書だったのだ。それを見せることでトモダチであれるのならば、櫻宵にとってそれほどに良いことはなく――。
 ――けれど、それは。
 ただ、書を手に入れるためだけの嘘に過ぎなかった。
 トモダチだと笑ったその人に裏切られ、茫然と立ち尽くす息子に、父はひどく腹を立てていた。そのまま放り込まれた蔵の中には有象無象の妖や怨霊たちがひしめいて、現れたヒトガタを見ては手を伸ばした。
 纏わりつく。入り込もうとする。粘性のある水の中に閉じ込められているようだった。空気が足りない。口を開けばそこからも入り込んで来る何かが、争うように身を蹂躙して、櫻宵をかき混ぜていく。
 流れ込んでくる絶望が、霊的防御に薄い心さえも蝕んだ。あえぐように求めた助けに返ってくる声はひどく冷たくて――櫻龍はもう、何も頼れぬのだと知った。
 ――嫌なら自力で祓え。
 扉は開かない。光は差し込まない。都合の良い助けなどどこにもなくて、櫻宵には差し伸べられる救いもない。
 他人を信じてこうなったなら。
 もう、信じることだって出来やしない。
 何もかも、独りの力であらねばならないのだ。誰かを当てにしている限り、櫻宵はここから抜け出せない。
 暗がりに溺れていく。ここにないはずの呪いが身を蝕む感覚が、鮮明に蘇っては龍の孤独を嘲笑う。渦巻く哄笑のさなかで、櫻宵もまた、ひどく自嘲的な笑みを描いた。
 ――そんなに私が嫌いなら。
 ――殺してしまえば良いのに。

 その昏さは、まるで故郷のようだと思った。
 リル・ルリ(『櫻沫の匣舟』・f10762)が住まった黒の街は、常夜の世界の一角にあった。静かで暗いそこは、凍てる湖の水底に葬られた都市にもよく似ている。
 だから、己の尾鰭の先さえ見えぬ闇を、怖いとは思わなかった。
「櫻」
 代わりに隣にいるはずの名を呼ぶ。暗闇で育ったわけではない龍にとって、前も見えない暗がりは、心地良い場所ではないだろうから。
 ――伸ばした指先に触れるものがない。
 返事がなくて初めて、心の底に凍るような感覚が芽生えた。
 周囲を見渡す。見えないことがこんなにも恐ろしいと感じたことはなかった。拍動を早める心臓を誤魔化すように、リルは声を張り上げる。
「櫻宵!」
 声を限りに叫んだ。暗がりの中にいるはずの、隣にいたはずの、リルと共に游ぐ櫻――。
「櫻宵、どこ? 返事をして!」
 声を尽くして叫ぼうとも、ひたすらに尾鰭を揺らめかせようとも、聞こえるはずの返事がない。急速に首をもたげる嫌な予感が、心の奥底から湧き上がって拭えない。
 まさか。
 ――居なくなってしまった?
 息が凍った。鋭い音を立てた喉がひどく冷たい気がして、白い指先が己の首を暖めるかの如く触れる。振りほどきたい想像はその間にも大きくなって、リルを呑み込まんばかりに嘲笑う。
 リルの生きる意味。どんな暗闇にも差し込むひかり。広大な海に臆することなく漕ぎ出せたのだって、二人でいたからだ。ひかりがなくては途方に暮れて立ち止まるしかない。この海の中で潰えて朽ちるしかない。
 失ってしまうなら、傍から消えてしまうなら、死んだ方がずっとましだ。
「戻ってきて! なんで僕を独りにするの!」
 ああ、そうだ。
 はたはたと零れる涙にぼやける暗がりの先へ向けて、リルは大きく息を吸う。ふたりが繋がっている証、人魚の紡ぐ歌声が、儚く空へと融け出した。
 縋るように、導のように。いつでも傍にいる美しい櫻のいろが、今すぐにでもリルを見付けて、ここに戻って来られるように。この歌を、君の愛を一身に受ける歌姫人魚を、必要としてくれるように。願いの詩は深いあいに染まって、いっそ悲痛なほどに愛するひとを求めた。
「櫻、櫻宵」
 ――どうか、僕をひとりにしないで。

「リル?」
 幽かに響く声に、櫻宵がゆるゆると顔を上げた。いやに瞼と頭が重い。すぐにでも項垂れてしまいそうなほどだ。
 探しているのだろうか。呼んでいるのだろう。か細い声は泣いているようにも聞こえる。
 それでも、一抹の諦観が、櫻宵を縛って離さない。
「あなただって、私を」
 ――ひとりにするでしょう。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

鏡島・嵐
戦うのは怖い。戦場ではいつも体は震えてばっかだし、恐怖をコントロール出来ねえのが情けなくて泣きたくなるくらい怖い。
でも、死ぬのと戦うののどっちが怖いかと問われれば、そりゃあ死ぬ方がずっと怖い。
おれが戦いから逃げないのは、後悔したくねえから。
逃げればきっと、何かを失う。人が前に進むための原動力みてえなモンが消えてしまう。

それが具体的に何なのかは、おれにもよくわかんねえ。
でもそれを失うのが、きっと死ぬより辛ぇことだってことはわかる。
それは人として、絶対に最後まで手放してはいけないもので、暗闇を一人彷徨う時も前に進む力をくれる、一条の光。

……それを失くしたから、そのアリスはオウガに堕ちたんだろうな。




 ――恐怖はずっと、戦場に在る限りついて来た。
 鏡島・嵐(星読みの渡り鳥・f03812)の出自は概ねが平穏である。父と母は幼い頃に行方を晦ませ、今なお再会することは叶っていない。それでも、彼には庇護してくれる祖母がいた。穏やかで強かな星読みの淑女によって、壮健に育って来た自負がある。
 両親のことが好きだった。幼い記憶に残る彼らとの温もりがあったからこそ、彼は父と母と同じ世界を知りたいと思ったのだ。その過去に確かな痛みと揺らぎを抱えながら、それでも光を見失うほどの苦しみの中には浸ることなく、金蜜の眸に確かな希望を宿して生きて来た。
 ならばこそ。
 命のやり取りは――それだけで、ひどく恐ろしいものだった。
 武器を握って何かを傷付け、時に命を奪うというのは、いたく心を傷付ける。己の命を賭して戦いに身を投じることは尚更だ。
 心の統御を奪うほどの恐怖が身を支配する。誰も彼もが武器を握って、当然のように敵を見据えて馳せる場所で、竦む足が情けなくて泣いたことも一度や二度ではない。
 そうあれと育てられたわけでもなく、まして武器とみなされるものとは程遠く生きて来た少年にとってみれば、戦場と呼ばれる場所にある全ては厭うべきものだったのだ。
 戦うことよりも、死ぬ方が怖い。
 なれば死ぬことより怖いことなど、そうそうない。
 それでも――己が命を取り落とすかもしれない場所に向けて、震える足を進めるのは、ただ。
 恐怖に負けて、踵を返し、走り出したときにこそ、嵐は本当の後悔を知るのだと確信しているからだ。
 人は誰だって最初から強いわけではない。弱くとも、怖かろうとも、それを抱えて前を向いて歩くが故に強くなる。だからこそ――一度背を向けたら、もう二度と戻れない。
 一度、前に進まなくて良いと知ってしまったら、もう振り返ることすら出来ないだろう。原動力を失えば何だって動かなくなる。人間も同じだ。
 その全貌を知るには、嵐の金眸はまだ若いけれど――。
 そうして挫かれて、立ち止まり、背を丸めて震えるだけの存在になってしまうことが、死ぬよりも辛いということは分かる。
 だから足を止めない。死の恐怖が体に纏わりついたとしても。人として、手放すことの出来ないたったひとつを抱えて。一寸先さえも掻き消すこの暗闇の中にさえ、一条の光となって嵐を導くそれを失くさぬように。
 ――きっと。
 それさえ見えなくなってしまったからこそ、少女はオウガと変じたのだと。
 底知れぬ痛みと共に目を瞑ることを定めた彼女の心に思いを馳せて、嵐はただ、力強く一歩を踏んだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

シキ・ジルモント

視覚には期待はしない、囁くような声を頼りに先へ進む
目に頼れない分だけ他の感覚に集中する

暗闇は不便だが恐ろしいとは思わない
それよりも…戦えなくなる事の方が俺にとっては恐ろしい

もし今、戦う術の一切を失くしてしまったら
他の生き方など考えたことも無い、戦う事しかできない自分がそれすら失ってしまったとしたら、一体何が残るだろう
きっと何も無い、存在する理由すら残らないかもしれない
そんな状態で生きるくらいなら死んだ方がいくらかマシだ

ここで立ち止まれば闇の中に潜むなにかに、戦う力を奪われるのではないか
…そう考えると、さっきまで平気だった暗闇すら少しだけ恐ろしい
馬鹿げた想像だと思いつつ、足を止める事はできない




 闇の中を進むのなら、視覚に意識を向けるだけ無駄だ。
 九割方の知覚を賄う目への注意を捨てる。代わりに研ぎ澄ませる聴覚野に救済の声を捉え、肌を撫でる風の感触に深く身を沈めた。
 声が聞こえるのは正しく風上――。
 シキ・ジルモント(人狼のガンナー・f09107)が暗闇に惑わされることはない。どんな特殊な環境下の任地であれど、熟さねばならない仕事は舞い込むものだ。街灯の一つもない暗がりを目的地に向けて単独で進行するなど、日常茶飯事だった。
 特殊といえども、全く覚えのない環境ではない。これだけ何も見えない空間にいることこそ少なくとも――暗夜を馳せるに、声が聞こえることほど楽な状況はないのだ。
 冷静に歩む傭兵の足に、湿った土の感触が纏わりつく。不測の事態に備え握った銃の感触が、はっきりと指先に感ぜられる。真っすぐに歩くはずの視界が不意にぐらついた気がしたのは、きっと気のせいではないと確信があった。
 ――暗闇は不便だが、それ自体に恐怖を感じたことはない。
 ならば、どうして手が強張るのか。肩に力が入るのか。逃げるように速まる歩調が、緩まないのは何故なのか。
 後ろから追いかけて来る何かに奪われてしまうような――荒唐無稽な恐れが、心の底から湧き上がってくるからだ。
 シキは傭兵である。彼を作り上げる年月のうちの大半を、そうして過ごして来た。戦うことだけが、彼に何もかもを齎していた。生きるためには、命と体の他に、数多のものが必要だったから。喪わぬためにも、裏切られぬためにも、力が必要だったから。たった独りで生きて行くすべは――戦うことにしかなかったから。
 だから、この銃を手放そうなどと考えたことはない。シキに出来ることは、これしかないのだ。
 ならば――それを失くしたら。
 不意に、引鉄の引き方が分からなくなるような心地がした。指先でトリガーを探り当てて、少しだけ安堵する。
 愛銃を取り落とし、この引鉄が引けなくなったとき、シキに何が残るというのだろう。戦うことだけで生きて来た。戦うことしか出来ない。他の道に思いを馳せたこともない。平穏を願う誰かの夢が叶えば良いと思うことと――その夢の中に己を見られるかどうかは、別の話なのだ。
 息をする意義さえ失ってしまうくらいなら、いっそその前に、息の根ごと止まってしまった方がましだ。
 暗がりの向こうで何かが息を潜めている。シキが足を止める瞬間を待っている。彼が立ち止まったその刹那、彼の全てを奪っていくつもりで。
 ――馬鹿げた想像だ。
 頭の奥底、冷静な己が嗤う気がしたけれど――。
 その足を止めて、その想像を確かめるような気には、どうしてもなれなかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

リカルド・アヴリール
ライナス(f10398)と
アドリブ歓迎

死ぬよりも、恐ろしい事
暗闇に入る前から思い浮かべてしまい
機械なのに、青ざめた表情を浮かべているかもしれない
生身の左手に触れる温もりに安堵したまま、共に進む

繋いだ場所から、熱が伝わる
初めは其れに安堵するも
歩いて暫くした後、ふと考えてしまう
……また、守り切れなかったのではないか
静か過ぎて、何も見えなくて

ライナスは本当に前を歩いているのか?
自分の足で歩いているだけで、置き去りにしてしまったのでは
思わず振り返った先には
守り切れず血塗れの、首のないライナスの――

絶叫を上げそうになった瞬間
手首を強く握る感触に意識が戻される
ライ、ナス……離すな、離さないでくれ、頼むから


ライナス・ブレイスフォード
リカルドf15138と

死ぬより怖い事…な
…ま、俺は大丈夫だろうけど
あんたが怖けりゃ手位繋いでやっけど?とリカルドの左手を掴み暗闇の中を進んでくぜ

…心当たりがあるとすれば、食の欲に負けリカルドを喰らい尽くしてしまう事
なら手を繋いでりゃ無駄な幻覚も見ねえだろと前を進んで行く―も
以前衝動の侭リカルドを喰らい殺しかけた幻覚と共に
繋いだ手の先にリカルドは本当に居るのか
手首のみ残し残りはもう無いのではないかと、そう己に似た声の幻聴が聞こえればぞわと背筋が粟立ち強く手首を握りなおすぜ

…リカルド、あんた大丈夫かよ
そう向ける声は己に向けた物かもしんねえけどな
…ばーか。離す訳ねえだろが。あんたこそ、確り握っとけよ




 ――死よりも恐るべきこと。
 思い当たらぬほど業のない生き方をして来たつもりはない。けれど己が前後不覚に陥るとは、ライナス・ブレイスフォード(ダンピールのグールドライバー・f10398)には思えなかった。
「あんたが怖けりゃ、手位繋いでやっけど?」
 己のことより気がかりなのは、隣に立つ緑の髪が、ここに来るより前から酷い顔色をしていたこと。
 僅か俯き、色を失った顔を隠すリカルド・アヴリール(遂行機構・f15138)は、己が暗がりに見るものを予見していた。ただの機械として在るはずの身が、それでも心の底から込み上げる凍えに勝てないことを感じている。
 だから――。
 差し出された手に、浅く頷いて。
 生身の左手で握り締めた暖かな温度に安堵して、足を踏み出した。

 一度暗がりに入って、リカルドの足が僅かにたたらを踏んだのを感じる。
 先導するように、ライナスが手を引いた。後方にある身が一瞬だけ立ち止まったらしい――けれど、感じ得た抵抗はそれだけだった。
 緑の彼も歩き出したとみえた。握った手を努めてすんなりと引きながら、リカルドもまた、己の足許に這い寄る冷や水を感じ取る。
 ライナスなる半魔――その本性は人喰いである。
 その食欲はもっぱら人へ向く。格別のスパイスは己の感情だ。好意を抱いた誰かに牙を立てるとき、興味を懐いた誰かを腹に収めるとき、食に感じ得る最高の悦楽を得る――。
 潰された金の幼馴染みの肉を、拒絶と共に噛み砕いた日の記憶が、ありありと脳裏に蘇る。
 ならば、この欲に負けたとき――次に喰らい尽くされるのは。
 手にある温もりがリカルドを引き留めた。彼はここにいる。次にこの牙に食い荒らされるはずの存在が、今も生きて在る証明だ。
 ――本当に?
 衝動のままに喰らい尽くさんとしたことがある。本能に呑まれれば、理性も自我も曖昧になる。当然、記憶も。
 引いても抵抗なく従う手と、息遣いさえ聞こえない静寂。妙に軽く感じる手応えは、彼の体がそこにない証――。
 ――もう、食っちまったんじゃねえのか。
 嘲笑う声は、己のそれに似た。背筋を這う悪寒に微かに喉が鳴る。思わずと、隣に在るはずの彼の手首を強く掴んで――。

 繋いだ温もりがあるから、ライナスは躊躇して止まる足を一歩、前に出すことが出来た。
 生きている熱が、彼を先導してくれている。己の体さえも曖昧になるような闇の中では、その姿を見ることこそ叶わないが――確かな生の証が、予見しうる痛みへの恐怖を和らげた。
 その手に導かれるままに歩く。伸ばした先で繋いだ掌さえ見えないけれど。暗渠へ伸ばしたままの腕の先を見据えて、ライナスもまた合わせるように土を踏む。
 ――静かだ。
 静寂だけが満ちている。互いの息も、声も、足音も、黒に吸い込まれるようにして遠のいていた。この手がなければ、本当にただ独りのようだ。
 この手が――。
 本当に繋がれているのだろうかと、男はふと顔を上げた。何も見えない。何も聞こえない。見慣れた背も、聞き慣れた声も。
 不意に――何もかもを喪った瞬間の感覚が足を掴む。
 護りたかった。護らねばならなかった。何も護れないまま、ただ独り、半機人となったリカルドだけが取り残された。だから今度こそは、一度落としかけたこの命と心の何を犠牲にしても、依頼を熟して、護らねば――。
 それなのに、あまりにも、ここには何もない。
 彼は本当に前にいるのだろうか。伸ばした手の先は繋がれているのだろうか。本当はリカルド自身が足を踏み出しているだけで、先導する体などなく、護るべき彼を置き去りにしているのではないか。
 不安感が背で嗤う。手の先にあるものが質量を失っていく。己の感覚が信じられない。這い回る悪寒に耐えきれずに、リカルドは振り払うように後方を振り返った。
 そこに。
 血に塗れた、手を繋いでいたはずの彼がいる。
 胴体から零れた首は、暗がりに落ちて見えなくなった。恨むように、静かに、呼吸をしていない体が――頭があったはずの空白が、リカルドを見ている。
 喉を食い破って悲鳴が迸るより先に、強く手首を掴まれて――。

「……リカルド」
「ライ、ナス……」
 声が聞こえたことに安堵したのは、きっとどちらも同じだった。
 正体を取り戻したのはライナスが先だ。悟られぬように呆れじみて、けれど確かな安堵をない交ぜにした息を一つ吐いて、彼は己の体がひどく強張っていたことを知る。
「あんた大丈夫かよ」
 その声が孕む温もりが、あまりにもいつもの通りだったから。
 リカルドの手が、声が震える。それでも、しっかりと己の手首を握った温度に応じるように、強く力を込めた。
「離すな、離さないでくれ、頼むから」
「……ばーか」
 知らず笑うような吐息が零れて落ちる。
 ――確かに、彼(ふたり)はここにいる。
「離す訳ねえだろが。あんたこそ、確り握っとけよ」
 今度こそ見失わないように。
 互いの温もりを確かめて、救済を謳う声に向け、二人の足は踏み出した。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

鳴宮・匡
耳に届く葉擦れの音、吹き抜ける風の感触
――救済を謳う声
見えなくとも歩みを迷うことはない

死ぬよりも怖いのは、失うことだった
瑠璃唐草が繋いだ約束の先
消えかけた自分の“こころ”の灯を見つけてくれたひと
あさやけの空に似たそのひかりがいつか途絶えてしまうことを
ずっと恐れていたはずだった

だけど――

綺麗なものを、楽しいことを知ってほしくて
そうしていつか、衒いなく幸福に笑んで
未来を許せるようになってほしかった

――それだけを、願えていればよかったのに

それだけを、願うことができないから
いつだって自分は醜いものだとしか思えないんだ
だって、きっと今、一番怖いのは失うことじゃない

――その隣に、自分がいられないことなんだ




 視覚に向けていた意識を、全て別の知覚へ。
 一つを切れば他の処理能力を遥かに高めることが出来る。普段は感度を下げている聴覚が、細く響く救済の声の方向を精確に伝える。頬を撫でる風の感触が、歩く方角を担保する。
 暗闇の中とて、鳴宮・匡(凪の海・f01612)の足が迷うことはない。
 かつての己がこの無間の中に何を見るのか、彼は知っているはずだった。瑠璃唐草の武器飾りが繋ぐ約束が、壊れてしまう日。削ぎ落とされて歪に震えていた小さな心を照らし、優しく笑った藤色の灯火を、この手で掻き消すその瞬間。
 陽の光の差さない水底の楽園にも届いたあさやけが、この世のどこにもなくなってしまうこと――ただ、それだけが耐え難く恐ろしかった。
 だからこそ、幾度も重ねて来た。苦痛に満ちて己を認められない、どこか己に似た彼女の心に灯せるだけの、優しい日々を。
 今はまだ享受を赦せずとも、世にあるのは嘆きや絶望ばかりでなくて、綺麗で優しいものがあることを知ってほしかった。悲しみばかりでなく、楽しいことを経験してほしかった。自分がそれを受け止めて良いことを、少しずつでも信じられるように。
 そうして重ねる平穏の中で、いつか衒いなく笑って、さいわいの未来を己に赦して生きてほしい。その灯りが途絶えることのないように。雁字搦めの呪縛を解いて、前を向いて――そこに、匡がいなくとも。
 それなのに。
 見紛うはずもない、ふくふくと笑う藤色が目の前にある。ひどく楽しげに、心底からの笑みを浮かべて跳ねる角灯が前を往く。
 ――匡を一瞥もせずに。
 思わず伸ばしかけた手が宙を彷徨う。めちゃくちゃに斬り刻まれたような痛みが喉に詰まって、声が出なかった。
 資格がないと、ずっと思っていたはずだった。
 歩んでいく彼女の背に手を伸ばすことも、その幸福の隣で笑うことも。何より己が己を許せないから、匡のことなど顧みずとも良いからどうか幸いの中で生きてくれ――と、無垢な祈りを重ねて来たはずだった。
 それなのに――。
 匡の願いは、ただ無垢であることさえ出来ないのだ。
 押し殺す間もなく生まれて溢れる痛みを抱えて、男は立ち尽くす。持て余す苦しみは、未だ彼にとっては『痛み』としか捉えられない。それが何なのかも、どうして生まれるのかも分からない。その真実へ手を伸ばすには、ようやく自覚したばかりの匡の心は、あまりにも小さすぎた。
 それでも、歪で醜悪な『己』の証明を目の当たりにして、ゆっくりと目を伏せる。
 ――今、一番怖いのは。
 ――幸福の中で笑う彼女の隣に、己の姿がないこと。
 かつて願った『最良』が、匡を置いて消えていく。無明の闇に融ける背が、握り締めた瑠璃唐草の温度さえ、奪っていくようだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

神元・眞白
【SPD/割と自由に】シンさん(f13886)と一緒に。
暗い。……これがあの人、あの子の心の中ってこと。
誰も彼も恐れるものがあってそれを秘密にしてる。
それを見ることができるのも、この世界の面白いところ。
……面白い?そう、思うようにしているのは、今の、私。

本当の私は恐れている。…何に?
それは、誰かを傷つけること。誰かに傷つけられること。
もう、私が私でなくなって、誰かを傷つけませんように。
だから、私は私で在り続けないと。真の姿を取らない様に。

皆の心の内が現れるなら、私だけでなくてシンさんも?
あまり他の方の心の内を見るものではないけれど。
苦しそうなら助けてあげないと。ひとりよりふたり。


シン・コーエン
眞白さん(f00949)と

WIZ

光を持ち込まず暗闇を突破するなら灼星剣は封印だな。
暗闇の中で自分の恐怖と向き合う、か。

数多の戦いを乗り越え、数多の敵を斃してきた。
戦いでは己が命を懸けるのは当然故に、己が死ぬこと自体は余り怖くなくなってきた。
戦場で果てる自分の姿を幻視した事もある。

俺が何よりも怖いのは…自分のしくじりで大切な仲間や家族を失う事だ。
(眞白さんに思いを馳せて、大きく震える)

恐怖で立ち止まってはいられない、眞白さんと共にこの暗闇を抜ける!
【暗視と聞き耳】を駆使し、【第六感】で眞白さんの居場所に当たりを付け、「眞白さん、大丈夫か!」と声掛けしながら動き、見つけたら【手を繋いで】暗闇突破!




 誰にだって、恐れることはある。
 恐怖というのは感情で、その実本能の危険信号でもある。恐ろしいと思うことには理由があって、それが自分にとって危険だということを知っていて、だから時に固く口を閉ざすのだ。
 映す暗闇にそれを見ることが出来るのなら、それも面白いことだろう――神元・眞白(真白のキャンパス・f00949)はそう思う。
 ――思っているのだろうか。
 土の感触を踏みしめながら、彼女は一人考える。共に来た陽光色の青年の声は聞こえない。もしかしたらはぐれてしまったのかもしれないし、或いは既に、恐怖の映し鏡は始まっているのかもしれない。
 視覚情報の全てを遮断された孤独は、眞白の意識を思考に導く。深く潜り紐解かれるその先に、彼女ははたと気付いて、僅かに足を止めた。
 面白いと――思うようにしているのだ。
 『今の』眞白は、そうすることで、本当の自分が抱く恐怖を覆い隠している。
 ――では、何を恐れているのか。
 問いに応えるように、暗闇の鏡があの日とよく似た光景を映し出す。許容量を超えたい能力の渦に呑まれた日。己が手で望まぬままに奪った主の命と引き換えに、この名を得た日の――。
 転がる骸は、主ではなかった。『眞白』の大切な人たち。物言わぬ屍となった彼らの眼を見詰めて、心を衝く祈りに胸元を握った。
 怖いのは、誰かを傷付けること。或いは誰かに傷付けられること。
 己を見失うほどの力に呑まれ果てて、あの姿を取ることがありませんように。
 血を吐くような己の願いを抱きしめて、彼女は刹那の間、目を伏せる。
 人に近しい彼女の身は、確かに恐怖を覚えてしまう。ただの人形ではありえないからこそ、大切さを知ることが出来るのだけれど――だからこそ、途方もなく怖い。
 ならば律さねばならない。眞白は『眞白』であり続けなくてはならないのだ。誰も傷付けないために。もう誰のことも、この手に掛けてしまわないように――。

 暗がりの中で、互いを見つけ出すことの難しさを思い知る。
 携える深紅の灼星は、きっと翳せばすぐにでも銀糸の髪を照らし出すだろう。けれど一条の光も許されぬとあれば、それも叶わないことだ。
 シン・コーエン(灼閃・f13886)の金の髪は、陽の光によく映える。さりとて光のないここでは黒に融けるばかりで、目印になりそうにはなかった。
 ――成程、この中で向き合う恐怖は、確かに心を凍てつかせるだろう。
 シンは戦人だ。故に数多の戦場を乗り越え、その数だけ敵を斃してきた。命のやり取りは、普通に生きている人々からすれば日常にごく近しくて、故に彼は死の昏闇もよく知っていた。
 それが怖い――と思うことが、少なくなったように思う。
 ないわけではない。命を惜しむのは、生物ならば等しく持つ原初の本能だ。けれどそれをいつまでも鮮明に抱えたままでは、敵に果敢に立ち向かい、どんな危機からも生還することは出来ない。
 刃を揮う勇猛に、恐怖は薄らぐ。戦いの先に果てる己の幻影を乗り越えて来たこともある。ならば。
 ――シンの足許に這い寄る恐怖の色は。
 不意に、背筋が粟立った。見えない銀の髪を探して、視線が知らず暗がりを見渡す。その先に何も見えないと知っていて、心を揺らがせるものに眉根を寄せた。
 己のしくじりが、仲間の、家族の――大切な人たちの死を招いたなら。
 一手の読み違いが、一瞬の油断が、この暗闇の中で離してしまった手が、シンの日常を奪うとするならば。
 その恐怖が薄らぐことはないだろう。一度だって現実になれば、膝を折るに充分すぎよう。ここでこうしている間にも、共にここを訪れた銀の女性が倒れ伏しているかもしれない。その光景がありありと脳裏を過ぎって、シンはぐっと前を睨んだ。
 ――足を止めてはいられない。
 ――現実にしないために、出来ることがある。
「眞白さん!」
 無明の暗闇に向けて、青年の声が響いた。

「シンさん――」
 不意に耳に届いたその声が、ひどく苦しそうに聞こえたから。
 眞白は傍らの人形の名を呼んだ。
「魅医」
『わかった、お姉ちゃん』
 彼もまたこの暗闇に何かを見ているのだろう。ならば助けねばならない。響く救済の声などよりも、確かに届く手があるから。
 ――ひとりより、ふたり。
 自律する魅医がシンの手を握る。こっち――案内するように引く少女人形の声に従って、青年は確かに、銀の令嬢の気配を捉えた。
「大丈夫か!」
「はい、私は――シンさんは?」
「俺も大丈夫だ。さあ、行こう!」
 その手を取って、温もりを繋いで。
 二人ならばきっと、この闇に差す一条の光を、見つけ出すことが出来るから。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ルーシー・ブルーベル
【POW】
常より片目で過ごしている
耳を澄ませるのは慣れっこよ
進みましょう
あなたはだあれ?

わたしは体が弱かった後継ぎの代わり
名前も役割も
もう居ないパパもママもわたしのものではない
でもそれは本当に怖いことではない

いつか務めを果たして消えること?
いいえ
怖いけれどそれも違う

怖いのは
「ルーシー」として与えられた役割が果たせず力尽きること
当主はブルーベル家の血を食べる
代わりに家を守るのが契り

もし守れずに
次へ継げずに尽きてしまったなら
……何のために皆の血をもらって生きているの?

命をうばう事はなくても血は命のしずく
食むなら何かを差し出さなくちゃ

ただ与えられる事を当然と思う様になったら
わたしは、……たえられない




 ――あなたはだあれ?
 右目を覆うのと同じ暗闇から声がして、ルーシー・ブルーベル(ミオソティス・f11656)はふと足を止めた。
 耳を澄ませて進めば大丈夫だと知っている。暗闇はいつでも彼女の半分を覆っているから。それが両方を覆ったって、見えないことが不安になるものじゃないと分かっている。
 だから、問い掛けに止めた足をもう一歩、前に出す。一つも衒いなく、応える声も揺るがない。
「わたしは」
 ――ほんものの『ルーシー』の代わり。
 ほんの赤ちゃんの頃に顔を合わせたことはあるらしい。それきり、あとは写真の中だけにいるあの子を見ていただけ。ほんとうのママに手放されて、ブルーベルにやって来た女の子。
 ニンジンが嫌いなのはあの子とお揃い。あの子はキャロットケーキが好き。太陽みたいに皆に愛されて、向日葵みたいに枯れた――『ルーシー・ブルーベル』の代わり。
 もういないパパもママも、当主として授けられ、何れ果たさねばならない役割も――名前さえ、ルーシーのものではない。
 ――それが怖い?
「いいえ」
 ならば――。
 青い花が口をひらく日。少女が務めを果たして、消えなくてはならないとき。
「いいえ」
 確かに怖いと思う。定められた終わりに向かって、この身を投じなくてはならないこと。パパを食べた役に、ルーシーも食べられることは。
 けれど違う。それは、死ぬより怖いことじゃない。
 ――それなら。
 映し出されたのは、斃れた金の髪。小さな少女のままで臥したその体を、踏み越えていくだれか。
 ああ――。
「そうね」
 怖い。
 ブルーベルの血を食むのは、その対価として家を守るため。血をもらって『ルーシー』が生きるのは、結んだ契りを果たすため。ならば守れず尽きたなら。継ぐことも出来ずに斃れたならば。
 ――何のために、皆の血を食んで生きているのか。
 誰かを犠牲にするほどのものが必要なわけではない。けれど確かに、ルーシーが食む血は、だれかの命のひとかけら。命を食むというのなら、差し出す対価はなくてはならない。
 何より大事な源の、たったひとかけでも与えられて、彼女はここに立っている。ならば差し出されることに胡坐をかいて、あたりまえだと笑うことなど、ルーシーは――。
「わたしは」
 ――たえられない。
 戯れるような声は途絶える。倒れた『ルーシー』も、守れなかったものも、継げなかったものも、どこにもない。気付けば戻って来た無間の昏闇のなかで、少女はふと、自分の手を持ち上げる。
 辛うじて見える指の先。ちいさな爪を彩る一片のアオ。その色彩を、ただじっと、碧い左目に刻み込んで。
 ――足はゆっくりと、前に踏み出した。

大成功 🔵​🔵​🔵​

クロト・ラトキエ


愛しさに喜びに希望に幸福。
転じた所に、
苦しさに痛みに辛さに怖さ。
しらなければ、何憚る事無く往ける。
しるからこそ、怯え苛まれ立ち竦む。
良きも悪きも感じる事無き『空っぽ』は、
さて、羨まれたのか憐まれたのか…

所詮、隣の芝は青いのに。


歩む道程は永遠の夜と闇。
生きて居るから生きて逝くだけで、
最期まで、独り。
何処迄か…何処迄も。

怨嗟、憤怒、苦痛、悲嘆、呪詛…
付いて回る数多の聲も右から左。
“罰”と人は言った。
まぁそんなものかと受け入れてもいた。

しるまでは。

歩いて来られたのに。
歩いて往けたのに。
唯一つのひかりが絶える事をこそ怖れてる。
永劫、あの闇に独り――

彼女と己は、少し似ているのかも
…なんて。感傷ですかね




 黒には何もない。
 それは空虚だ。故に人は何かを見出すのかもしれない。それそのものが何も抱かないから。己の裡側にあるものを――。
 クロト・ラトキエ(TTX・f00472)は黒である。一筋を差す蒼が明瞭で、闇に紛れた装束の中に瞬く。
 生きている。だから、生きて逝く。
 ただ一人を殺すために生まれた死毒は、ただ独りで無明の道を往く。なればこそ、今更暗がりに何かを思うこともなかった。
 そも、感情とは相対だ。怒るから笑う。悲しむから楽しむ。希望があれば絶望があり、愛しさを得るから怖くなる。辛さを知らねば幸福はない。苦しまぬ限りそこから解放されることはない。
 ならば空っぽの獣には、良いも悪いも、恐れも怯えもない。
 それを羨まれたのか、それとも憐れまれたのか、クロトには分からない。所詮は隣の芝だ。青く見えるのは己が手を入れていないから。自ら面倒を見るとなれば、こんな昏闇の中では辟易するに違いなかろう。
 独り、無間の闇の中にある。その命が尽きるまで、尽きぬことだけを考えて、他者を屠りいのちを喰らって歩いて逝く。
 どこまで続くか――。
 否。
 続く限り、どこまでも。
 縋る悲嘆と怒号を、恨みがましく暗闇から見詰める怨嗟と憤怒を、足許で踏みつぶされる苦痛と呪詛を。背負い、なおも聞き流し――それを罰だと人が言うのなら、そうなのだろうと思うだけ。受け容れて、歩いて来た。
 否――或いは、受け容れるというほどの感慨さえも薄かったのだろうか。男の皮を被った獣は、いつだって己のことだけを考えているから。
 ――しるまでは。
 きしりと足が止まったのは何故だったか。揺らぐ二藍が微かに視界を横切った気がして、そちらに目を遣ったときには何もない。踊るような焔のいろを探して、気付けば立ち尽くしたまま、クロトは昏闇の中に取り残されている。
 感情は相対だ。
 知らねば歩けた。これからもそうであるはずだった。誰もを屠る罪を背負い、下される罰の最果てへと、迷わずに――。
 逝けるはずだったのに。
 分かる。分かってしまう。込み上げる『欲でないもの』が何なのか。この足を影の中に縫い付け、ここにあるはずのない光を探させる感情の名が。
 たった一つ、その蒼を照らす眩い太陽のひかりが絶えたなら。遺されてしまったなら。
 己の色さえ解けて消えるようなこの無間の中に、永劫、ただ独りで。
 浅く息を吐く。込み上げる冷や水の味を飲み干した。永遠に取り残される、たったひとりの孤独の中で震えているのなら、この先で救済を謳う声とクロトは――どこか似た色をしているのかもしれない、などと。
「……感傷ですかね」
 零した声は、誰にも拾われなかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

リア・ファル


……救いのない、話だ
かつてのアリスに会いに行こう


光の届かぬ闇に、何を見るか?

それは、漆黒の宇宙空間
遠くて近い故郷のどこか

それは、光届かぬ深き水底
望みを絶ち、届かぬ光明を探し見上げる昏い場所

それは、冷たい電脳空間
凍結され破棄された電脳領域

其処に、膝を抱えて浮かぶボク
過去にありえたかもしれない「もしも」の自分

電影でしかないAI
現実に介入するような力は無い
戦艦(ハードウェア)も生まれちゃいない

ヒトとモノの媒となり、
理不尽に抗う為に生まれたのに、
祈りは届かず
生まれる前に死んだような、己の幻影

影が告げる
「ヒトとしてもモノとしても中途半端なオマエは何もできやしない」

本当に……救いのない、話だ




 ――救いのない話だ。
 誰の手も届かないままで、暗闇の中に堕ちた少女がいる。心が折れるほどの闇の中で一人頭を抱えて、そのまま消えてしまった。
 その事実に、一抹の痛みを抱えて――。
 それでも会いに行こうと踏み出すリア・ファル(三界の魔術師/トライオーシャン・ナビゲーター・f04685)の眸は、暗がりの中でも前を見ていた。
 踏みしめる土の感覚が少しずつ遠のいていくのを、感じていなかったわけではない。いつしか泳ぐように体を覆い始めた浮遊感をよく知っている。
 光の届かぬ闇と地続きの、近くて遠い懐かしい故郷から温もりだけを奪ったような、漆黒の宇宙にいる。
 リアの眼前に、膝を抱えて動かぬ少女が浮いている。僅かにかかった力でゆるゆると回る体を制御することさえ忘れて、独り己の膝に顔を押し付ける彼女を、リアは知っていた。
 ――有り得た過去の先にいる、リア自身。
 凍結され、廃棄された電脳空間の中。現実という光を永久に鎖されて、沈められた水底の領域。『生まれる』ことすら叶わないまま、『死んだ』ようにその中を漂い続けるだけの己――。
 『ゼロオペレーションシステム』を搭載した戦艦ティル・ナ・ノーグを生むためのプロジェクトが、永久凍結された過去の先にある、『リア』の姿だった。
 誰にも触れられない。誰にも届かない。手はおろか、声さえも持ちえない。戦艦(ハードウェア)さえない電影に与えられたのは、ただ、決して叶うことのない祈りだけ。
 皮肉なものだ。
 理不尽に抗えと願われ祈られ生まれた『リア』が、『計画の全面凍結』という理不尽に抗うことすら出来ずに敗北する。現実に介入する方法がないのなら、アクセスすらされぬ領域の中で、死すら許されないままに膝を抱えることしか出来ないのだ。生まれた自我に、叶えることすら出来ない祈りを抱えて。ヒトとモノの媒になるどころか、モノとしてさえ在れないまま。
 生まれて来て、生きる意味の全てを、叶えるための手足を得るより先に死んでしまったとしたならば。
 それは――死ぬよりずっと、恐ろしい。
 リアの目の前で回る電影が不意に顔を上げた。濁った冷や水に埋もれたような桃色の眸が、真っ直ぐに『リア』を見る。
 その唇から零れる声を、聴きたくないと思ったのは。
 告げられる言葉を――知っていたからだろうか。
「ヒトとしてもモノとしても中途半端なオマエは何もできやしない」
 いつの間にか強く握り締めていた指先から、力が抜ける。立ち尽くす先に、無間の昏闇だけが続いている。いつの間にか少女の電影は掻き消えて、足には確かな感覚が戻っていた。
 ああ、本当に。
「――救いのない、話だ」

大成功 🔵​🔵​🔵​

キトリ・フローエ


飛んでいる感覚さえ曖昧で
どこに向かって進んでいるのかもわからない
誰も居ない世界にひとりきり
呑み込まれてしまいそうな深い闇
このままここで沈んでしまっても
きっと誰も気にしないでしょう
ちっぽけなわたしのことなんて
すぐに忘れてしまうに違いないわ

…でも
忘れられてしまうのは寂しくて、怖い
わたしがいつかいなくなる日が来るとしても
わたしという存在が初めからなかったみたいに
こんな闇に塗り潰されて
誰の心にも欠片さえ残ることなく消えてしまうのが

なんてらしくない
でも、きっとこんな風に思うわたしもわたしなのね

星の光さえ届かない暗闇で耳を澄ます
呼ぶ声に応えるように進んでも
辿り着けるのかさえわからないけれど
…進まなくちゃ




 幽かに響く声の方に、翼をはためかせているはずだ。
 頬に風が揺らめいているけれど、それは羽ばたきをやめても同じことだった。鼻腔をくすぐる緑の香りと木々のさえずりは、キトリ・フローエ(星導・f02354)のはじまりと同じ感触でそこにある。
 夜の森にも光は差す。星々は細く、確かに、導くように照らす。
 その光がないと――どうかすれば自分さえも見失ってしまいそうになる。
 三十センチにも満たない体が『みんな』と比べると小さいことを、キトリは知っている。圧し潰すように、呑み込むように、孤独を押し付けて来る暗闇の嘲笑に沈んでしまうなら――。
 そのときにはきっと、誰にも気付かれない。この闇からすれば誰も彼もがちっぽけだろうけれど、ならばフェアリーのちいさな体は砂粒のようなものだろう。零れた一粒の砂など誰にも顧みられない。ここで果てれば誰もの記憶からすぐに失せて、どこまでも独り、この無間の泥濘の中へ沈み込んでいくだけ。
 ――そう、俯瞰するように思ってみたりはするけれど。
 崩落する黒の天井から、逃れるように羽ばたく。聞こえる声を目指して、進む奥歯を噛み締めたのは、ただ。
 忘れられてしまうのが――怖かったから。
 キトリが始まったときに、彼女は『彼女』の全部を失くしていた。両親の顔も、生まれ育った場所も知らない。星を目指してあてどもなく飛び続けていただけ。だから知っている。
 忘れられてしまうということが、どれだけ寂しくて怖いことなのか。
 最初からいなかったことになってしまう。どれだけ楽しい思い出だって、重ねて来た記憶だって、忘れられてしまったら闇の中に零れていくのだ。そうして、この世界のどこにも、欠片もなくなってしまった『キトリ』が――永遠に続く昏闇の中を落ちていく。
 いつかいなくなってしまう日が来たとしても、どうか、どうか。
 ――ほんの少しでも、誰かの心に住まっていたい。
 らしくもない弱音だった。恐怖も怯えも祈りも、きっといつもの意地っ張りなキトリには似合わない。けれどそれもまた掛け替えのない自分だから、彼女は込み上げる震えごと、その恐怖を抱きしめた。
 ここに北極星はないけれど、代わりの指標はずっと聞こえている。歌うように晴れやかで、けれど切実に誰かを呼ぶように、少女だったものの声が響いている。
 この闇がどこまで続くのかも分からない。ちいさな翅で辿り着けるのかも分からない。進んでいるのかさえも。それでもただ、キトリの体は、前だと思う方へと空を切る。
「……進まなくちゃ」
 この闇の中で独りきりなのは、きっととても、寂しいことだから。

大成功 🔵​🔵​🔵​

嘉納・日向
〇◇
表人格:日向

『わー、真っ暗だね』
頭の中で響く『親友』の声は呑気なもので、そわそわ楽しそう
それが孤独をいっそう際立たせる

『ひなちゃん、ほら、ここってまるであの裏山みたい』
……ああ、夜は灯りが無いからマジで暗くなったっけ
『あたしを、置いて帰ったみたいな』
……。
……嫌だなぁ、暗闇。

穴に落とした親友から逃げるように
見つからないように帰った日
暗闇だったから、見つからなかった?
いいや、暗闇だったから……誰かが見ていたとしても、分からなかった
あの子が掘り起こされる時が、罪の発覚が今でも死ぬより怖い

『ひなちゃん怖いの?』大丈夫!あたしがいるじゃない!』

……ひまりの怖いものは?
『ひなちゃんが怒られること?』




 繋ぐ手も、共に歩く足もないけれど、独りではなかった。
『わー、真っ暗だね』
 嘉納・日向(ひまわりの君よ・f27753)の脳のうしろ側で、そわそわと楽しげに笑う親友の声がする。相変わらず呑気な彼女は、きっと体があったら視線を巡らせていただろう。自分の体もよく見えないのに、周りに何かが見えるわけもないというのに。
 ――まあ、いないんだけど。
 心に吹き抜ける空疎を誤魔化して、日向の足は地を踏んだ。前に進んでいるのかどうかさえもよく分からない。
 植物の水気で少しだけ湿った土を踏む感触。葉擦れの音がさやさやと響く。時折風が吹き抜けるのか、静謐の中に不規則な合唱が響いた。
 それは――『日向』と『ひまり』の中に、染みついた感触だった。
『ひなちゃん、ほら、ここってまるであの裏山みたい』
「……ああ」
 ぽつりと日向が声を漏らす。
「夜は灯りが無いからマジで暗くなったっけ」
 整備の行き届かない裏山には、最低限の街灯なんてものさえなかった。わざわざ灯りを携えて行くほどの場所でもなかったのだろう。だから夜ともなれば誰も近付かなかったし、必然的に照らすものなんか一つもなかった。
 丁度、この真っ暗な森と同じ。
『あたしを、置いて帰ったみたいな』
 ――なんにも気にしていないように言われるものだから。
 日向の足が軋んで止まった。何とも返す言葉を見付けられないまま、一歩を踏み出すと同時に独り言めいて息を吐く。
「……嫌だなぁ、暗闇」
 あの日の記憶が否応なしに蘇る。
 今もうしろ側で笑う親友を、穴に落とした。見付からないように、逃げるように、息を乱して土を踏んだ。湿った感触、灯りのない道、転がり落ちるようにして馳せた緩やかな傾斜――。
 誰もいなかったから。
 いたとしても見えなかっただろうけれど。
 ――こんなに暗かったんだし。
 だから日向は誰にも責められなかった。ひまりはどこにもいなくなったけれど、死んだことにはならなかった。あの裏山の土の下が掘り起こされてしまうその日が来ない限りは。
 今ごろ白い骨になっているだろうひまりの躰と一緒に、全てが露見してしまうまでは。
『ひなちゃん、怖いの?』
 はっと顔を上げる。気付けば足が止まっていたらしい。再開した呼吸が乱れて、親友に答えを返せない。
『大丈夫! あたしがいるじゃない!』
 相変わらず呑気に言ったひまりは、きっと胸をどんと叩いたりなどしたのだろう。生きていれば。あの穴に落ちていなければ。
「……ひまりの怖いものは?」
『あたし? えーっと』
 誤魔化すように問うた日向の声に、ひまりが笑う。
『ひなちゃんが怒られること?』
 ――そう。
 その一言すら返せずに、日向の重い足取りが、一歩前に出た。

大成功 🔵​🔵​🔵​

霧島・ニュイ


暗闇は好きだよ
何もかも覆い隠してくれるから
ずっといると気が狂いそうだね

あるいは、もう狂ってるのかも

欲しいものを手に入れる為には手段は択ばない
それが正しいと僕は思う

でも
そんな僕を好かない人もいるだろう

独りぼっちが怖い
好きな人に嫌われるのが怖い
皆に置いて行かれるのが怖い

父さんも母さんも――も、リサちゃんも
兄と慕うあなたも、保護者と慕うあなたも
みんな、僕を置いていかないで

リサちゃんに目の前で逝かれてから
置いて逝かれるのが怖くなった

大好きな人が死んでいるかもしれない
忘れ去られているかもしれない
……本当の僕を知ったら……、どう思われるのだろう

だから隠さないといけないのに、本当の僕を好いてほしい

こわい




 暗闇は心地が良い。
 何もかもを覆い隠す天蓋だ。闇の中では何も見えない。他人はおろか、己さえ。
 少しずつ自分が解けていく感覚がするけれど、ほどけたところで関係はない。見得ないから。誰にも知られないから――。
 ――気が狂いそうだと、霧島・ニュイ(霧雲・f12029)は無間の暗がりを見遣った。ここに留まり続けていたら、確かにおかしくもなるだろう。
 否。
 自分はもう、狂っているのか。
 欲しいものに手を伸ばすのに、躊躇は不要だ。手中に入れるために手段を択ばないことを、悪いことだと思ったことはない。いつだって目的のためにより多くを支払える者が手に入れて、そうでない者が敗北する。世界とは、得てしてそういうものだ。
 けれど。
 そういうニュイを好かない者がいるだろうことも――彼はよく理解している。
 渇望する何かを手にするためなら、倫理も道理も踏み越える。その性質はおよそ人間から受け入れられるものではない。弱肉強食という言葉から遥か遠く在るのが、人という生き物だ。奪い合うよりも分け合い、混沌の中の争いよりも秩序的な統治を美徳とする。だから――。
 知られたくない。
 受け入れられなかったときのことを、考えるのが怖い。冷たい眸でニュイを見て、踵を返す大事な人たちの顔を見るのが――怖い。
 無明の闇に、ぼんやりと背が浮かんだ。ニュイの方を一瞥もせずに歩き去る。思わず伸ばしかけた手が間に合うことはなく、掻き消えるように遠ざかる彼らを、彼は茫然と見送っている。
 記憶の底の両親。その背に負うのはきっと失望だ。息子がこんな風に育ってしまったことへの。
 恋した愛しい君。今も傍にいるはずの彼女は、彼を拒むように足早に過ぎ去っていく。
 陽の光めいた兄。弟と可愛がった彼がこんな存在だったと知って、あの優しいひとはどう思ったのだろう。
 黒と蒼の保護者。こちらを見もしない眸が、深い失望と嫌悪を物語っているようで、どうしても足が出ない。
 それから、もう一つの影が――。
「置いて行かないで」
 限界だった。きつく閉ざした眸で、振り払うように首を横に振る。
 まるで迷子の子供のような声を零して、ニュイはただ、亡失の痛みを胸に抱えた。愛しい彼女を目の前で亡くした日、その心に刻まれたのと同じ、一人取り残される絶望が身を埋める。
 こうしている間にも、大好きな人が斃れているかもしれない。帰れば迎えてくれるはずの笑みが、彼を怪訝な顔で見るかもしれない。
 ――本当のニュイを知ったら。
 ――この幻影が現実にならない保証など、どこにもない。
 隠さねばならない。ニュイがいなくなる日まで。ずっとずっと、誰にも見せずに抱えて行かねばならないと震える手の奥で、けれど同時に叫んでもいる。
 本当の自分を――受け止めて、受け入れて、好いてほしい。
 ほどけぬ矛盾の最中に取り残されて、少年は一人、立ち竦んでいた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

エドガー・ブライトマン

どこまでも暗い道をゆく
旅に出て最初の夜だって、多分こんなに暗くはなかった

おーいと呼んでもオスカーは返事をしないし
レディは左腕にいるハズなのに、なんだか静か
この世界に、私ひとりだけ取り残されたような気分

死ぬよりも恐ろしいこと
私には恐ろしいものなんてない、とおもって生きている
上に立つ者はそうあるべきだから
そう求められるから

でも、もし私の愛する国が亡くなってしまったならば
それは私の死と同義だ
国が亡ぶ時、いずれ王となる私は死に
私が死ぬ時、継がれない国は亡ぶ
守るべき国のない王なんて、王子なんて
一切の価値はない

ああ、恐ろしいよほんとうに
どうしてそんなコトを考えてしまうんだろう
そんなの、あるワケないのにさ




 旅に出た日の最初の夜にだって、月明かりはあったはずだ。
 見上げても何も映さない虚ろな黒が、まるで圧し潰そうとして来るようだ。星一つ瞬かない暗闇は、エドガー・ブライトマン(“運命”・f21503)の虫食いに隠れた記憶にだって、覚えはなかっただろう。
「おーい。オスカー」
 呼んだって燕は返事をしない。幸福な王子に旅の話を届ける彼は、声の届かないどこかに飛んで行ってしまったのだろうか。
 左腕に巻き付く旅路の伴たる逞しいレディは、今も確かにエドガーと共にいるはずなのに、さっきからしんと静まり返っている。
 ――まるで、この世界で一人きりになってしまったようだ。
 ぽっかりと抜け落ちた独りきりの中で、王子様は一歩を踏み出した。刹那、愛と希望だけが詰まった器に、這い寄る冷や水が足に触れる。
 怖いものはない。
 ない――ということになっている。先導者とはいつでも恐れ知らずでなくてはならない。道を拓くのが民草の力であるのなら、民草を信じるのが王の役目だ。何も恐れてはならない。恐怖は隠せないからだ。強き立場を持つ者は、その立場に恥じぬ振る舞いをせねばならない。そう求められているし、それに応じるのも当然の責務だ。
 では。
 ――もし、その民草たちが、一人もいなくなってしまったならば。
 愛する国が亡んでしまったのなら、それはエドガーという王子の死と同じだ。国なき王などいない。王なき国もない。故に継ぐべき王子が死したとき、国は亡びを約束され――いつか王になるエドガーは、国を喪ったときに死ぬ。
 守るべきものを背負うことが出来ない王に価値はないのだ。ならば国亡き王子もまた、全ての彩を喪う。
 ひたひたと忍び寄る、いやに現実感を持った焦燥に、エドガーは強く頭を振った。
 どうしてそんなことを考えてしまうのだろう。荒唐無稽な想像に過ぎないのに。事実エドガーは国を後にして、王たる資質を備えるために、この茨をかき分けている。虫食いの記憶に笑って、何もかも忘れてしまう頭で、賢い燕と麗しい薔薇と伴に今も歩いているのに。
 ここまでの道のりなんて、ほとんど覚えていない。ならば喰らわれたことさえ忘れているようなことは、携える手記に記す以前にもあるのかもしれない。エドガーがそれを知る日は来ないだろう。彼の記憶を喰らう左腕の彼女が、沈黙を守り続ける限り。彼が再び、茨の海を切り抜けた先で、辿り着くべき場所に行きつくまでは――彼はきっと、この恐怖を笑うのだ。
 帰るべき故郷が、継ぐべき国が、もうどこにもないだなんて。
 ――そんなの、あるワケないのにさ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鷲生・嵯泉
気配を読み第六感頼りに進む先
光は射さず何を見る事も叶わないならば
右眼で見る世界も左眼に映る暗闇と何も変わりはしないだろう

――だというのに
解る。気付いてしまう。転がる数多の亡骸に
どれもが記憶に在る知った顔
伸ばす手は届かず、護る事は叶わない
「どうして助けてくれなかった」と縋り付き
「何が護る為の刃だ」と怒りに狂い
「お前は“又”護る事が出来ずに喪うのだ」と嘲笑う

ああそうだ……今は何より其れこそが恐ろしくて
そんな未来が訪れる位なら、己を削ってでも抗い続け
何れ死ぬ事になる方がまだマシだというのに
其れすらも喪う事の過程に過ぎないと識っている

だから。喪えない――喪わない
己のものではない命の為に、何があろうとも




 元より、視界の半分は暗闇の中に在る。
 殆ど光を捉えない左の目を覆う黒と似た路を、軍靴が踏む。気配を探る感覚にはよくよく慣れている。光明が一筋も見得なかったところで、鷲生・嵯泉(烈志・f05845)の足が止まることはない。
 ――この無間の中、目を伏せたわけではない。
 故に、記憶が呼び起こされたのではないと知っている。脳裏に焼き付く酸鼻が形を成すのは、それが瞼の裏であるからだ。開かれた柘榴の隻眼に映るものなど、無明の闇の他にないはずだった。
 それなのに――。
 嵯泉は確信している。往く闇の中――己の足許に転がる骸があることを。救済を謳う声が響く果てない道を埋めるように、知った顔が無造作に息を止めていることを。
 踏み潰された黒焔蝶は灰に埋もれて動かない。互いを庇うように縺れ転がる二つの黒がこちらを見ている。若く青い眸は何も映さない。血塗れの手帳はもう開くことも出来ないだろう。転がる機械腕と、銃を握ったまま絶えた骸を守るように、折れた白銀が突き立っている。
 ――どうして助けてくれなかった。
 幻影だ。分かっている。仮令、嵯泉がこの手で護れなかったとして、彼らがそれを責めることなどないだろう。己の命の責を誰かに投げ渡すような者たちではない。命を失うその瞬間まで、己の意志で抗い続けるのだろうことも。
 ――何が護るための刃だ。
 それでも、声なき声が足許に絡みつく。折れた直刀、黒く染まる青い髪、赤い糸を繋いだまま動かぬ指、息を失った獅子に寄り掛かった躰。
 その果てに。
 物言わぬ灰色が、あの日の親友と彼女のように、転がっている。
 ――お前は『また』護ることが出来ずに喪うのだ。
 嘲笑う声が遠く響く。血に塗れ、焼け爛れた土の香が、いやに強く鼻腔を揺らした。
 そうだ。
 こんな未来を現実とするくらいならば、抗う先に己が命を使い果たす方が、余程ましだ。この光景を真実とせぬために、刃を握る他にすべを持たない嵯泉が成せる抵抗は、それしかない。
 そう――思っているのに。
 それさえも、この暗渠と虚ろに向かう路の一つでしかないということも、心底より思い知っている。物言わぬ屍に囲まれて、焼け果てた不毛の地を踏みしめて、心に懐いた全てを奪われ、独り遺されるだけの。
 だからこそ――腰に佩く刃を掴む指先に、力を籠める。
 喪えない。喪わない。この身が拾ったものを、しかとその手へ握り締める。見据える闇の中に、己が滅びを見ることだけはしないと、己が意志で定めたのだ。
 睨む柘榴の隻眼で、骸の幻影を越えて前へと進む。この身が護るために在るならば、この歩みを止めることも、路を違うこともしてはならない。
 ――己ではない命の為に、何があっても。

大成功 🔵​🔵​🔵​

マリス・ステラ
華乃音(f03169)と

「困りましたね?」

側の彼に言いながら、言葉ほどに困っていない
光を持ち込んではならないというグリモア猟兵に従おう
日頃から私が放つ輝きは陽を返す星の光
私自身が輝いているわけではない
何も返さない、ただの花器の宿神として

「あなたは何を恐れるのでしょう?」

彼女のように暗闇を恐れはしないだろうが、しかし畏れを抱いているだろうか?

「私が恐れるのは"忘却"です」

それは赦しでもあるのだけれど、もし全てを忘れてしまうとしたら
好ましい記憶だけじゃない
痛みを伴う過去も間違いなく私の一部
むしろ痛みこそがより強く刻まれているとしても
全ては忘却の彼方に

「華乃音、あなたは私を覚えていてくれますか?」


緋翠・華乃音
マリス・ステラ(f03202)と共に


「暗闇は心地好いものだよ、俺にとっては」

それこそが常に、自分の傍らにあるものだから。

夜目の効く瑠璃の瞳は暗闇に閉ざされることはなくて。
けれど今は目を瞑ろう。
傍らの闇をよく感じる為に。

発した音による反響波。
周囲の地形や息づくものを聴覚で見る。

「……何を恐れているんだろうな」

――置いていかないで。

誰かの声がした。
幼き自分の声でもあったような気がするし、
大切な誰かの声でもあったような気がした。

「俺は君を忘れないよ」――今は、まだ。

この身体はもうとっくに壊れているから。
だからこれ以上は、簡単には壊れない。

「……?」

誰かに服の裾を掴まれた。
何事もなく、振り払って進む。




「困りましたね?」
 小首を傾げて問いかける姿も、よく見えてはいないだろうと思う。
 言葉とは裏腹、さしたる困惑も当惑も見せないままで、マリス・ステラ(星の織り手・f03202)がうすく微笑んだ。言われたとおりに一切の光を持ち込まなかった彼女の身は、星めく普段の輝きさえも、闇の裡に置き去りとするようだった。
 ――彼女の持つ本質は、光そのものではない。
 マリスの身が浅く優しいそれを纏うのは、輝く陽光を反射するが故。反すべき光がない闇の中へ身を投じた今ばかり、彼女はただの花器となる。
 だから、傍らの緋翠・華乃音(終ノ蝶・f03169)もまた、無明の暗闇の中にいる。
「暗闇は心地好いものだよ、俺にとっては」
 呼吸は乱れない。寧ろ落ち着くような心地さえする。魂を運ぶ瑠璃蝶の隣にはいつも静寂と黒が満ちているから――常人であれば何も見えないだろうこの空間に留まることにも、何ら躊躇はなかった。
 華乃音は常人ではないから、暗闇にも見えるものがある。
 けれど目を伏せた。いつでも傍らにある無明を、よく感じるために。
 静謐にしか見えずとも、空間たればこそ反響がある。響く声が地形を教えてくれるから、前を見ずとも歩くに労することはなかった。
 彼の足取りを追うようにして、傍らのマリスは緩やかに問う。浮かべる微笑と同じ、全てを許容する柔い声だ。
「あなたは何を恐れるのでしょう?」
 ――この先に待つ彼女とは違うから、恐れは覚えていないだろう。
 共に重ねて来た時間の数だけ、マリスは彼を知った。まだ何も知れていないのだとしても、華乃音という存在の一端に触れて来た。
 だから、それだけは分かるけれど――この暗闇に何を抱いているのかまでは、計り知ることが出来ない。
 どこかで畏れているのか。それとも本当に、ただ包まれるような穏やかさを覚えているのか。
「……何を恐れているんだろうな」
 返す瑠璃の声に、誤魔化す響きはなかった。
 分からない。何か恐れていることがあるのかもしれないけれど、少なくとも華乃音の表層に思い当たるものはない。
 ――置いていかないで。
 不意に声が響いた。異理の知覚を以てしても、どこから生じたのか分からない声。泣くような、縋るような、弱々しい音。
 かつての幼い己のような気がした。そうではなくて、誰か大切な人の零したもののような気もした。どちらともつかぬその声を追うより先に、甘く星を秘める声が暗がりに響く。
「私が恐れるのは“忘却”です」
 ――それは最上の赦しだ。
 苦痛も悲嘆も絶望も、背負った罪過さえも忘れる。誰もが事実を忘却の淵に置き去りにすれば、それはなかったのと同じだ。何もかもを平等に受け容れ、何もかもを平等に赦す――忘れるとは、ある種都合の良い、容赦の置き場でもある。
 けれど、マリスは知っている。
 全てを忘れ去ることは、己を亡くすことと同じだ。好ましい記憶を抱えていたいと願うのと同じだけ、悲しみも苦しみも身を切る痛みも、マリスをマリスたらしめる過去の一片である。
 記憶は、痛みをより強く残すという。楽しい思い出よりも、辛い思い出の方が何倍も鮮明なのは、記憶という機序の持つ宿業なのやも分からない。そうだとしても、マリスはそれを、取り落としてしまいたくない。
 それを全て、忘れきってしまう日が来るならば――それはひどく、恐ろしいことだと思う。
「華乃音、あなたは私を覚えていてくれますか?」
 問う甘星の煌めく声に、華乃音の返す音は静謐だった。
「俺は君を忘れないよ」
 ――今は、まだ。
 隠した声は届いてしまっただろうか。暗闇に伏せた眸では、彼女の顔を見ることは叶わない。
 それでも、告げたのは偽りのない真実だった。とうに壊れ果てたこの身には、壊れるところが殆ど残っていない。だからそう簡単には壊れない――忘れることも。
 伏せたままの眸で、華乃音の足が歩み行く。隣を歩く星の花器が揺らがせる空気が、肌に伝わって距離を知らせた。
 ふと。
「……?」
 袖を何かに引かれた感触がした。マリスがいるのと逆の方向――そもそも彼女が不意に動いた感覚さえしなかったのだから、別人のものだろう。
 そうは思えど、そこまでだ。
 縋るようなそれを、止まらぬうちに振り払う。花器と並ぶ瑠璃蝶の足取りが、揺らぐことはない――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

朱酉・逢真
マスター(f22971) ○

暗闇も俺の異面だ。歩みにためらいはねえよ。まばたきの合間になにが起きるか わからんなんざいつものことさ。
マスター、質量変わらんのかい。コタンコロカムイよか存在感あンなオイ。
俺が怖いっつったら、そりゃぜんぶが無に還ることさ。命が“無”と呼ぶもの。俺たちですら観測できない源。あるいは真に“神”と呼べるもの。
ああ、惹かれる気持ちもあるさ。無極じゃ区切りも規律もない。ぜんぶがひとつだ。それは窮極の赦しさ。
けど俺は“存在”として、それだけは赦しちゃいけねえんだ。

聞こえるかい、マスター。叡智の泥よ。ああ、赦されなかった声だ。俺の手は生者にゃ届かん。日陰は、日向へは手を伸ばせん…


釈迦牟尼仏・万々斎
黒の君(f16930)○

……土の感触。光がないだけか。
この耳目も所詮は作り物だが、彼女に敬意を払い、しめやかに進むとしよう。
体を揺すって蛇に……婦女子は怖がるやもしれんな。ふむ……フクロウ(※)にするか。※質量約85kg
変わらんのだよなあ。ゴロスケホッホー。

この先永劫に暗闇に生きるならそれに適合するまで。
吾輩が唯一恐れるのは退屈だ。
感性の鈍麻は恐ろしい。考えただけで怖気が走る。
蠢く泥濘でしかない自己など耐え難い……

ああ聞こえるとも。
天使が来ないから自ら天使になった者の声だ。
己が為に怒っていいと、教えてやる者もいなかったのだ。

……神の咎ではなかろうよ。
君に限って言えば、少々働きすぎだろうて。




 暗闇それそのものに何かを見出すというのなら、それは極めて人間的な観念がもたらす幻影であろう。
 情動は人の領分だ。或いは情動の投影は――と言うべきやも分からない。物言わぬ無機物に心を見、己の抱く強い感情を象徴の形で可視化する。
 故に――というべきか、神にも泥にも、瞬きの瞬間によく似た無明を行くに躊躇いはなかった。
 影より出でて闇に融ける朱酉・逢真(朱ノ鳥・f16930)の隣、並び歩くのは無間の黒に劣らぬ泥濘、釈迦牟尼仏・万々斎(ババンババンバンバン・f22971)だった。泥の身には元より目も耳もなく、然らば暗闇の中を猛進するすべもある。
 だがここは、この暗闇の主人たる彼女へ敬意を表し、呼ぶ声の方へしめやかに進む。途中、冥府の女神の姿を現代人に馴染みある形に変えようとして、万々斎は暫し考えた。
 蛇にしようかと思ったが、婦女子には些か恐ろしいやもしれない。
 故に身を揺すった泥は、保存法則にしっかり従って、八十五キログラムの怪鳥へと変じたのである。
「マスター、質量変わらんのかい」
「変わらんのだよなあ」
 暗がりに響く神の問いへ、他人事のように漏らした大梟が、翼を揺すって一声鳴く。
「ゴロスケホッホー」
「コタンコロカムイよか存在感あンなオイ」
 北地の守護神の神威が、己の信奉者を追いやる人間を未だ守っているのかは置いておくにしても――。
 無明に似つかわしくない台詞の遣り取りにも、恐怖の腕は絡み付かんと這い出てくるものだ。暗闇そのものに投影される鏡写しの痛みではなく、神と智慧ある黒泥をも絡め取る、確かな幻影として。
 それは奇しくも、似たような色を描いた。
 ――無である。
 逢真にとってのそれは、客観的に観測しうる永久の虚空だった。人はおろか、世界も、神さえもない、窮極の終わりだ。
 この世の全てを観測し得、あらゆる場に偏在する神でさえ、そこに『在る』ものに変わりはない。だが存在とはなべて『己』と『己以外』の相対でしか生まれない。陽あらばこそ陰が在り、陰が蠢く故に陽が光を放つのと同じだ。無極へ至ったなら、そこには全てが在り、故に何も存在しない。
 惹かれぬではない――逢真がそう感ずるのは、彼の権能が秩序と選定の陽の対局を描く、赦しを孕んでいるが故だろう。
 何もないということは、また全てが一体であることだ。秩序も混沌も、善も悪もない。何も赦されないのだから、何もかもが赦されている――。
 けれど。
 陰の極として描かれる『逢真』が、それだけは、赦すわけにはいかないのだ。
 ――神の描く『無』が客体の示すものであるなら、泥の描くそれは主体である。
 万々斎にとって唯一恐るべきものは退屈だ。この世に溢れる知と、時にそれを遙かに上回る感情を感知する力は、常に新たな刺激に晒されていなければすぐに弱くなる。
 感性なくして生はない。ただ息をするだけなら何にでも出来る。思考を止めて何を感じることも止めたなら、そこに在るのが知的生命体であると誰が証明出来よう。
 それは無だ。『万々斎』という存在の終局である。何かが残るとするなら、それは万々斎の形をした、ただの蠢く泥濘だ。黒く、自律し、呼吸をするだけの――。
 梟の毛並みを模した身さえ凍り付いた心地がして、彼は一つ身を震わせた。恐怖という感情の根源に指先を滑らせる二つの存在を呼ぶように、救済を謳う声が響くから。
 神がゆるゆると声を上げる。
「聞こえるかい、マスター」
 ――叡智の泥よ。
「ああ聞こえるとも」
 ――大いなる陰極よ。
「天使が来ないから自ら天使になった者の声だ。己が為に怒っていいと、教えてやる者もいなかったのだ」
「ああ」
 吐いた息に、確かな悲哀めいた感傷が乗る。
「赦されなかった声だ」
 ――ヒトはいつでも誰かに赦しを乞うている。
 秩序に基づく善とは、赦すことではない。故に悪が――死が赦す。ならば死することも出来ぬまま、赦しを祈る誰かは、どこに行くのか。
「俺の手は生者にゃ届かん。日陰は、日向へは手を伸ばせん……」
「……神の咎ではなかろうよ」
 それは宿業だ。
 ヒトに神は見得ない。住まうべき次元が違うのだ。かたちなきものを、概念『そのもの』を――人間は言葉にし得ず、故に『司らせて』理解する。『逢真』が見えることと、『彼』を観測出来ることは、また違う。
「君に限って言えば、少々働きすぎだろうて」
「そォかい?」
 喘鳴じみた力ない笑声が漏れて、二つの暗闇が、影に融けた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

レイッツァ・ウルヒリン
ティア(f26360)さんと

真っ暗だね…
握った小さな手を離さないように
少し力を込めて握る
君が迷わないように
君の不安を少しでも和らげてあげられたなら

怖いもの。死より恐れるもの
それは飢えだ
お腹がすくのは、とても恐い
僕はバーチャルキャラクター、飲食しなくても死なない存在のはずなのに
どうして創造主は僕にこんな機能をつけたんだろ
食べられないのは苦しい、つらい、ひもじい
だから僕は…なんでも食べた
木の根も、ペットも、人ですらも

きっと僕は地獄に落ちる
餓鬼道に堕ちて永遠に飢えるんだ
でも、それでもいい
その分今生で美味しいものを食べ尽くしてやるから

僕たちが目指す光はすぐそこにある
君の手をひいて、僕は進んでみせるよ


ティア・メル
レイッツァ(f07505)と ○

絡んだ手に微かな不安が滲む
繋いだ指に力を込めて

奇異なものを見る目がたくさん
セイレーンを売る為の孤児院
忌まれた支配の力
気味が悪い気持ち悪い
何度言われたか

あつい、いたい
太腿に刻まれた赤い刻印
見る度に思い出せ
その力でしか人と繋がれない哀れな、

こわい
独りはいや、いやだよ
こんな力いらない
ぼくがだめな子だったら
ひとりで居られない幼子だったら
きっとこんなの関係なく傍に

走る嗤い声
無意識下で使ってないとどうして言える?
操った上の楽園だとしたら
全てが理想の創り物なら
泡沫に溶けてしまいたい

誰の名も呼べないと思ったのに
指先に残る熱
レイッツァちゃん
堕ちるのも、進むのも、共に
絶望の向こうへ




「真っ暗だね……」
 浅く頷いたティア・メル(きゃんでぃぞるぶ・f26360)の、返事ともつかないちいさな声を、レイッツァ・ウルヒリン(紫影の星使い・f07505)は確かに聞いていた。肌を撫でる風がどこか冷たくて、赤い眸がふと細められる。
 絡めた指先がはぐれてしまわないように、力を込めたのは同時。不安げに強ばるちいさな掌を、おおきな掌が包んで不安を和らげる。
 安堵と共に踏み出すふたりに、湿り気を帯びた土の感触が絡み付く。何も見えない無間の中に、ひとりぶんの恐怖が描かれる。

 レイッツァは誰かの手によって生み出された被造物である。旧い神話じみた、創造主の夢見の結晶だ。
 厳密に言えば生物ではない。食べる必要はない。飲む必要もない。およそ生命らしい活動を不要として、生命らしい顔でそこに在る――。
 そのはずだった。
 唯一の創造主の思惑を、レイッツァは知らない。いつだって、そのひとは彼の遥か高みにいた。だから、どうして彼を生物らしくしようと感じたのかを理解することは難しい。
 ただ――。
 『飢え』の苦しみを感ずる機構を与えられたということだけが、確かだった。
 腹が減るという感覚を知った。満たされない胃の痛みが全身を覆う倦怠感になって、レイッツァという存在を食い荒らす苦しみを知った。
 ――それが、今でも怖い。
 飢えるくらいならばと何でも喰らった。純粋な生命と違うこの体が何を食したところで、彼の身が更なる苦痛を訴えることはなかったから。
 腹が満ちれば何でも良かった。空腹の予兆が体を襲えば、目についたものを噛み砕いた。ひもじいのも、つらいのも、苦しいのも、感情という機序が搭載された彼には耐え難いものだったのだ。
 木の根に齧り付いた日があった。
 首輪のついた動物を腹に収めた日があった。
 彼とよく似た、二足歩行で喋る生き物も――。
 生き続ける限り、永劫背負い続けるこの罪が精算される日が、あるとするならば。
 己の終わりであろうと、レイッツァは予期している。死してこの世から消えたのち、彼の意識は地獄へ叩き落とされる。暴食への断罪は永久の飢えだ。餓鬼道と呼ばれるそこで、彼は永久に、あの飢えを抱えて苦しむことになる。
 ――だとして、今更どうなろう。
 重ねて来た罪は既に地獄の底に足る。ならば今生を改める必要がどこにある。この世の美食を極め、全てを食べ尽くし――。
 その果てに落ちる地獄ならば、彼は笑って、それでもいいと頷くだろう。

 ――気味が悪い。
 ひそりと囁く声がして、ティアは思わず息を呑んだ。
 ――気持ち悪い。
 よく聞き慣れた言葉と声だった。脳裏にありありと蘇る冷たい視線が、暗闇の向こうから彼女を射貫いている。
 孤児院とは名ばかりの場所だった。セイレーンの子供たちは奴隷で、同時に商品としての価値しかなかった。
 その中でも、ティアは遥かに異端だった。
 他者を支配し操る惑わしの力。人々の裡側に囁きかけ、彼女の意のままとするそれは、重宝されるよりも先にひどく忌まれた。
 不意に、右の太腿に熱が走る。ありありと思い出される幻痛が身を焼くと同時、刻まれた呪いがまた脳裏を駆け巡る。
 その力でしか人と繋がれない、哀れな――。
 走り抜ける嗤い声から逃げたくて、はくはくと唇を戦慄かせた。誰かの名前が呼びたくて、それなのに何も言葉になってはくれない。それどころか、求めれば求めるほどに、呼吸が遠のいていくようだ。
 ――今あるさいわいが現実であるということを、誰も真実だと証明できない。
 ティアの無意識が、あの忌むべき力を操っていない保証はない。誰もの意識に語りかけ、彼女の望む楽園を作り出していないと、誰が言えるのか。理想を投影しただけの、たったひとりの孤独な劇場だったなら――。
 いっそ、波の狭間に消える泡沫となりたい。
 強く強く目を閉じる。こんな力を欲しいと願ったことなど一度もなかった。ただの子供でありたかった。孤独を恐れ、泣いて寂しがりながら、誰かの手に縋って生きることしか出来ない――普通の子供であれば良かった。
 そうすれば、誰かが傍にいてくれたはずだ。こんな力がなくとも。恐れるあまりに焼き付けられた赤い刻印に、呪いのような言葉を叩き付けられずとも。ティアに残されたのは、ただ孤独の中に在り続けることへの、耐え難い苦しみだけ。
 だれか。
 だれか――そばに。

 ふと温かな手に握られて、ティアの意識がはたと瞬く。
「レイッツァちゃん――」
 一緒に食べたかき氷の味が、何故だか鮮明に蘇った。ようやく息が出来るような気がする。持ち上げた揺れる眸の向こうには、ティアを責め立てる闇ばかりがあったのに。
「ティアさん」
 ――その声が導くようだった。
 目指すべき光に向けて、おおきな手が前を行く。しっかりと、けれど優しく手を引く温もりを、もう一度握り締めて歩き出す。
 堕ちるのも、進むのも、共に。
 王子様のような君と一緒に、今はこそ――絶望の向こうへと。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

冴木・蜜

目蓋を開く
先の見えない暗闇がただただ続いて
目が慣れても闇は晴れなくて

何度も夢に見るあの光景のようだった
あの絶望のような、闇

青褪めた身体が折り重なって
光を失った虚ろな瞳が
お前のせいだと責めるように私を見る

私の薬が何もかもを殺したあの日
かつて並び立った彼が
私の薬を毒にしたあのとき

私はその罪を負って
無力な泥の中にいた
独り牢獄の中考え続けて
何もかもに怯えていた

……、本当は
またあのときのように
誰も救えないのが怖い

伸ばした手が届かない
あの虚無を味わうのが恐ろしい
私は誰かを救いたいのに
わたしの、したことは

――だからね、キミには誰も救えないんだ

彼の落とした毒が
未だ私の中に残っている




 こんなことがしたいわけじゃなかった。
 悔悟と言うにも生温い痛みが、闇の中では鮮明になる。目を閉じても開いても、ともすれば本来の己よりも昏い黒が広がっているだけだ。
 冴木・蜜(天賦の薬・f15222)は、先にある絶望を予期していた。
 思い返したと言っても良い。あのときにも同じような心地になったのだ。蜜の全てだったものが瓦解していく瞬間の、圧しかかるような暗闇。確かに見えていた理想を呑み込む、晴れることのない無明。
 彼の意をはっきりと汲んだかのように、暗がりは彼の苦痛を映し出す。
 無造作に転がっているのは、ただの肉塊だった。硝子玉めいて光を失った眸が、どれもこれもじっと蜜を見ている。言いたいことなど聞くまでもない。死人に口はないが、目はよく語る。
 ――お前のせいだ。
 そうだ。
 誰をも救う薬となるはずだった。無垢と純粋だけを抱えて、途方もない理想に向けて歩いていた。その果てに出来上がった未来への道しるべが、全てを鎖すことになったのは、ただ。
 ――共に並び、同じ未来を描いたはずの『彼』が、悪意の毒を零したからだ。
 穏やかな病床で笑い合ったひとが、並び目指したはずの未来を壊して笑う。病に冒され弱り行く体を抱え、想像を絶する痛苦の中でも笑ってみせた友が、全てを道連れに去って行く。
 そうして――。
 たった独り放り込まれた牢獄の中で、蜜は無力な泥濘になった。
 薬の作り手が責を問われるのは当然だ。独房の裡側で出来ることなどありはせず、罪の重みに潰されながら、ずっと考え続けて怯えていた。救うための理想、誰より信じた『彼』の笑顔――その全てを塗り潰す、物言わぬ骸の山。血を吐き続ける心の裡側で、蜜は己がもたらした結果を反芻し続けた。
 こんなことのために夢を見たわけじゃなかった。
 こんなことを成したいわけじゃなかった。
 ――己を責めるそれさえも、あの毒で死した者たちにとってみれば、言い訳としか聞こえぬことを承知していた。
 救いたいと願った。
 救いたいと、今でも願う。
 それなのに――ひどく恐れている。
 伸ばしたこの手が届かぬこと。あの日と同じ、目の前で全てが闇の裡に崩れ去っていくこと。死毒で出来たこの手が、何かを奪ってしまうこと。
 誰かを救うためにありたい。抱いた思いは変わらない。揺らぐことのないものが、この足を支えているのに。
 ――蜜は、同じ理想を抱えた日に、何もかもを壊す死毒を作った。
 闇に融け出した足が止まる。口の端から零れる黒泥は見ずとも分かった。その視界の先で、白衣がひらめく。
『――だからね、キミには誰も救えないんだ』
 はっと顔を上げる。揺れる眸の奥で、死毒さえ冒す猛毒が、ちいさく笑ったような気がした。

大成功 🔵​🔵​🔵​

朧・ユェー
暗闇は慣れている
その世界は俺にとって普通だったからだ

あの男の血が流れていると思うだけで吐き気がする
あの男を見た事は一度も無い
一度も無いのに知っている
ふと水辺などや飲み物、鏡に映る自分の姿
父に似ている、いやそのままらしい
母と呼んでいた者に幼い頃から毎日の様に言われた
しかし成長するにつれ母が狂っていく
俺をアイツと思ったのかそれとも

死ねばラクなのか?
ダメだ、きっと死ねば奴の思い通りだ
アイツは欲しているこの俺を、この身体を

そして俺が死を望むように大切なモノを奪うに違いない
大切なあの場所を大切な子達を

そうはさせない

きっと奪われは俺は狂うだろう
怖い
怖い?何も感情が無いと思っていたのに

嗚呼それが今の俺なのか




 光のない世界には、よく慣れていた。
 暗がりは、当たり前に傍にあった。圧しかかるような黒を裂いて、銀はただ前へ進む。
 ――見えるのは、紛れもない己の姿だ。
 否。あれが己自身のものでないと知っている。容姿こそよく似ていても、纏う雰囲気も眼差しの色も、ここに立つ自分とはひどく乖離した。
 それは、朧・ユェー(零月ノ鬼・f06712)の父である。
 会ったことはない。彼の傍にいたのはいつも母だけだった。写真や肖像画に類するものを見たこともなければ、声を交わしたこともないはずのその男の顔を、しかしユェーはよく知っていた。
 水面に映る己。鏡を覗き込めばそこにいる自分。間違いなく父の面影を孕み――或いはそれは『父自身』と言っても差し支えがないほど、よく似ているという。
 他でもない母が、ユェーが幼い頃から幾度も繰り返した言葉だ。実験の犠牲となった哀れな女は、それでも父を愛していた。残された息子が愛する男によく似たことを喜び、慈しみ、愛した女は、されど『母』ではなく『女』だったのだ。
 息子は育つほどに愛する男に近づいた。いずれ鏡写しのようになった彼に向ける愛の質は、少しずつ歪になっていく。或いは他の理由があったとしても、その狂気がユェーに手を伸ばすまでに、そう時間はかからなかった。
 ――そうして全てを壊した父という男を、その血を色濃く継ぐ己の体をこそ、彼は嫌悪している。
 幾ら厭い憎んだところで、この身に流れるものの半分をかの男から受け取ったなら、生きている限り逃れられない。ユェーという男がここにいるということが、彼にとって最大の嫌悪を生むのならば。
 いっそ――死ねば楽になるのか。
 ふと零れた黒の一滴を、けれど染み込ませることはしなかった。じっとこちらを見つめる、ユェーとも憎い男ともつかぬ影の思い通りになどなりはしない。
 死ねば、あの男は『ユェー』を手に入れる。
 この顔を、この体を、この場所を。ようやく出来た大切なものにまで、その毒牙を伸ばすに違いない。ユェーが死を望むように、大切なものを蹂躙して、壊して、傷つけるのだ。
 ――そんなことはさせない。
 させるわけにはいかない。脳裏を過ぎる愛しい人々の顔を奪われたのなら、彼はあの狂気の淵へと落ちるだろう。
 それが。
 怖い――。
 はたりと足を止めた。空っぽだったはずの心に湧き上がる冷や水を確かめるように、胸元に手を当てる。
 何もないと思っていた。永劫、この先も。それなのに、ここに今、込み上げる何かがある。
 ああ。
「これが今の俺なのか」
 ――零した声に揺らぐ色は、恐怖のそれだけではなかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

水標・悠里
とても懐かしい色
ずっとこんな所に閉じ込められていた

満開の桜、朱殷に染まった花弁と少女
手元には血に塗れた短刀
姉は私に癒えぬ傷と呪いを、痛みを残して死んだ
その痛みは贄となるだけのモノとして扱われた私の心を揺り起こし、ヒトにした

私の痛みが貴方を生かす
その通りですね
私は終ぞ思い続けるのでしょう
貴方程の理解者も
愛してくれた人もいなかった

私が貴方を狂わせたと今も微かに思い続けている
目先の鬼に惑わされただけ
貴方は悪くない、狂わせたものが悪いだけ

姉さん
きっと私に関わり合う人々全てを殺したくなるでしょう
許せないでしょう
こっちを見て
私はここにいる
私は今生きていることの方がずっと恐ろしい
だから死んだっていいわ




 懐かしい感覚が、体中を覆っていた。
 物心つくより先に在った闇の中に融けて、水標・悠里(魂喰らいの鬼・f18274)は目を伏せる。遠く霞んだ日々と、未だ鮮明に身を灼く呪いが混ざり合って、傍らの黒蝶の羽搏きと変わる。
 ――『お役目』を果たすためだけに、悠里のいのちは在った。
 春を迎えるためには冬が必要だ。芽吹きを果たすための雪。人が生きるために土の下に鎖されるべき鬼。名すら与えられぬまま、己の世界の狭さも知らぬまま、緩やかな地獄の苦しみを知ることもなく――死んでいくはずだった贄。
 全てを変えたのは、不意に注いだ一条だった。
 世界を知らせた姉が、悠里の全てを作り上げた少女が、彼の全てを奪う。振り向く顔を紅に染め、手にした血濡れの短刀を握り締めて、満開の桜の下で朱殷を奏でる春摘みの娘が笑う。
 ――そんなことは望んじゃいなかった。
 悠里の意義を奪って笑う姉を、その刹那に心底から憎んだ。この手に刻んだ罪と傷と、遺された呪いが嗤うように纏わりつく。稀薄な贄に植え付けられた心が、悠里を決して離しはしない。
 歩くたびに心が軋む。熱に触れるたびに火傷をする。そのたびに、姉が笑う。
 悠里の痛みこそが――彼女を生かし続けている。
 誰の熱を知っても、どの居場所を知っても、悠里の心は引きずられるように戻って来る。あの暗くて冷たい牢の中、差し込んだ唯一の光の下へ。
 あれほどまでに彼を愛した人も、あれほどまでに彼を理解した人も、どこにもいない。永劫現れないと言われても納得するほどに。
 抱きすくめるように首を絞める腕と、守るように振り撒かれる呪いさえ、振り払うことが出来ない。己に負い目があるのだと――ただそれだけが、心の底を擽って消える。
 ――姉を狂わせたのは、きっと己だ。
 目先の鬼に魅入られただけ。出会わねば生きていられたはずの貴女を殺したのは、業を纏って死を逃れたこの身だ。
 あの惨禍の中央で笑った姉が悪いのではない。
 悪いのは、彼女をかどわかした――。
「姉さん」
 謳うように声を零す。暗闇の中で笑う腕の感触に目を開く。
 赦せないだろう。呪うように愛した弟に関わる全てが。憎いものを睨むように刃を翳す姉の眸が、悠里を通り越して後方を見ていた。
「こっちを見て」
 ――私の周りの誰かではなくて。
 生き続ける限り背負う痛みの全てに、姉が息づいている。苦しみを味わうたびに闇の中に融けたくなる。酸素を厭うように首を絞られ、首輪に引きずられるように歩くのだ。
 ああ。
 生きることの方が――ずっと恐ろしい。
 だから。
「――死んでもいいわ」
 囁くような声がどちらのものだったのか、もう、誰にも分からない。

大成功 🔵​🔵​🔵​

リリヤ・ベル
○◇
あけてもとじても、くらいやみ。
そっと、そうっとゆきましょう。

それでも、それだけなら、こわくはないのです。
こわいのは、おそろしいのは。
わたくしの声も、手も、だれにもとどかないこと。

追いかけてくる足音は、よわいいきものを狩るように。
まくしたてる声は、わたくしの話を聞いてはくれない。

こわいおおかみ。
わるいおおかみ。
ずるいおおかみ。
だから、あれは踏みにじっていいのだと、だれもがそう思っているかのよう。

いいえ、いいえ。ちがいます。
信じられるひとだって、いるのです。

ほんとうに?
その手が振り解かれない保証なんてないのに?

……だいじょうぶです。わたくしはレディですもの。
こわいものに負けはしないのですよ。




 その森は、おおかみでも慣れない場所だった。
 閉じても開いても同じいろ。黒にばかり満ちた森のかおり。木の葉の摺れる微かな音が、導くように救いの声を届ける。
 そうっと足を踏み出した。土にとらわれないように。湿った感覚を踏みしめて、リリヤ・ベル(祝福の鐘・f10892)のかるい体が迷いなく前に進む。
 ――こわいことなど、あるものですか。
 ――くらいだけが、こわいのではないのです。
 前に進みながら、リリヤは絶対に振り返らない。追いかけて来る足音。怒号と息遣い。きっと武器を携えている者だっている。だって擦れるような金属の音が、その金気が、ここまで伝わってくるから。
 まるで狩りのよう。弱い生き物のいのちを奪うよう。追い立てて、駆り立てて、追い詰めて、それで――。
 ああ。
 リリヤの声は、手は、一度だって届いたことはなかった。
 たくさんの人たちが叫んでいる声がする。どれもが敵意を向けていることが分かっていた。本当にあの足音たちに追い回されているとき、リリヤは乱れる呼吸を引き摺るように走ったのだ。
 ――『よわいもの』は、ときどき、とてもこわい。
 たくさんで来る。たくさんが来るのだ。ほんのちいさなおおかみを恐れて、自分たちの領域から追い出すように。こっちに来るなと言いながら、リリヤの領域まで追って来る。どこまでも、どこまでも――リリヤが走れなくなるまで。
 あれは、こわいおおかみだから。わるいおおかみだから。ずるいおおかみだから。だからどうしたって良い。踏み躙って、叩き伏して。皆をこわがらせるあのおおかみに、断罪を、天罰を。
 ――ちがうの!
 叫ぶ声が闇に呑まれたのは昔の話。森の中でひとり、恐怖に息を弾ませて、噛み合わない歯の根を押し殺して、追い立てる『よわいもの』たちをやり過ごした日は、いまじゃない。
 今のリリヤは、そんな風に届かない声で泣いたりしない。
 信じられるひとがいる。前を歩くおおきな背を追いかけて、鼻歌まじりの旅路を歩く。呼べば返事があるし、手を伸ばせば触れられる。怯えることなんてない。背を丸める必要も。しゃんと背筋を伸ばして前を向いたって、彼女を責め立てたりなんかしない――。
 ――ほんとうに?
 声をかけても振り向いてくれなかったら。あたりまえに伸ばした手が振りほどかれたら。そうならない未来の保証は、どこにもないのに。
 ああ、でも。
「……だいじょうぶです」
 リリヤは足を止めたりしない。追いかける足音が、背中の見えない暗闇が、途方もなくこわくても。
 レディは、そんなものに負けたりはしない。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ヘンリエッタ・モリアーティ
〇◇
死ぬよりも怖いこと
――忘れてしまうことかな
だってほら、忘れたら戻ってこれないと思うの

私は私の「役」を忘れちゃいけない
自分の衝動をこらえて、形容できない怒りに恐怖を覚えて、また知らないからと怖がって知らない土地で自分の頭で増え続ける自身に怯えて蹲ることになる
私は、「役」を忘れてはいけない

罪も罰も、どうしてあるのか考え続けて
あのひとが愛した法を塗りつぶすほどの力で生きていく
その足取りをまだたどり切れていないの
――それは、私の生きる道であり
自分で作った「話の続き」。

愛よりも恋よりも譲れないこれを、何と呼ぶのでしょうね
やだな。行動心理学の教授なのに。
自分のことはまだプロファイルが足らない
なんてね




 恋を知って、愛を知った。
 人との縁は軛だ。怒りの感情が何より制御の難しいものであると、ヘンリエッタ・モリアーティ(円還竜・f07026)は知っている。客観的にも――主観的にも。
 恐ろしいと言われればただひとつ。
 ――忘れること。
 具現の形は、今より幾分髪の長い己の姿だった。いつでも怯えるような顔をして、その中で常に怒りを持て余していた。軛も枷も、まして怒りの理由さえ分からぬ娘が、涙を流して頭を抱えている。
 戻って来られたのは、間違いなくハティが自身を探していたからだけれど、外の世界には『伏線』が少ない。物語の筋書きには必然しかないけれど、その外側には数多の偶然が転がっていた。
 だから――そう。
 あのとき引き当てた『偶然』がなければ、戻って来られなくなってしまう。
 与えられた『役』を忘れてはならない。忘れた先にどうなるか、ハティはよく知っている。己の中で生まれる衝動を噛み殺し、得体の知れない怒りに怯え、見も知らぬ場所で息をすることに震え、頭の中で増えては死んでいく己にまたぞろ恐怖する。
 未知は最大の恐怖だ。
 あの頃の己が軛としていたのは、未知への恐怖と怒りの危うい均衡だったのだろう。だがそれでは足りないのだ。いずれ天秤は崩壊する。思考停止は、怒りの最良の宿であるから。分からないと頭を抱えているだけならば、巣食った衝動はすぐにその身を呑み込むだろうから。
 考え続けねばならない。
 課された『役』を。ここに遺された罪と罰の意味を。己が生まれ、今ここに在る意義を。『悪徳』と呼ばれるその身のままで。始まりも終わりも結んだ宿命のあのひとが、どこまでも愛した法を、力の黒で塗り潰しながら。
 あのひととハティは違う。だから、同じ場所から同じものを見ようとは思わない。ティーンの頃には並べば同じものが見えると思っていたけれど、今の彼女はそうではないことを知っている。
 『四番目の黒』として、『あのひと』の足取りを追いかける。
 あのひとの辿った路を、遺された足跡を、この頭で追い続ける。
 それこそが、ハティが見る『打ち切り(デッドエンド)の先』――もはや何も綴られなくなった白紙に再び筆を執る、『彼女』の生だ。
 ――怒りにさえ並ぶようなその意志を、愛にも恋にも揺るがぬこの核を、何と呼ぶべきなのか分からない。頭にある知識のどれを引っ張り出しても、客観的なプロファイリングが出来そうにない。
 この溢れるような熱塊を――分解することが出来ないなんて。
 まずプロファイルすべきは、己のことかもしれない。
「なんてね」
 ――消え果てた『己』の涙を踏み締めて、独り肩を竦めた円環竜が、銀月のまなこで暗闇を照らした。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ゼロ・クローフィ
暗闇も一人も別に怖いと思った事は無かった。

暗闇も慣れれば歩く事は出来る、一人も何に束縛される事も無く自由だ。

恐怖?
喜怒哀楽が人より無いに近い俺に
その感情さえ無い
死よりも怖いもの

わからない
わからない事が普通では無いのだろう

死ほどくだらないモノは無い
だが死ぬ前に

自分が誰なのか
興味が無いといつつも知りたいと望む俺がいる

俺は誰だ
俺はどんな人生を生きてきた
俺は何故あの場所にいた

そもそも
俺は存在するのか
多重人格は主格が作り上げた人格が多い
あの実験でこの身体に入れられた者では無いかもしれない

望まぬ結果になろうとも
俺は俺を知らなければならない

煙草の火をつけ一服し煙を吐く

例え俺が此の世に存在せず居なくなろうとも




 暗闇に恐れを抱いたことはない。
 いつ晴れるとも知れないその中で独りいることも、ゼロ・クローフィ(黒狼ノ影)には何らの情動も齎さなかった。歩み出す足に躊躇はない。救済を謳う楽しげな声の方角が分かっているのなら、後はそちらへ向かうだけだ。
 最初の数歩は、普段より幾分緩やかだった。けれどその後はすぐに元の調子を取り戻す。誰とも合わせる必要のない歩幅と、誰の声もしない静寂が、いっそ体を軽くするような心地すらした。
 ――恐怖。
 紫煙を吐き出すときと似て、細い吐息が空を登る。
 ゼロに感情は薄い。人が思うよりも、恐らくはずっと。それが彼自身の生まれ持っての特性なのか、それとも全てが混ざり合う間に崩落したのかは定かではない。ただ一つ確かなのは、この暗闇に映すほどのものさえも、彼には曖昧であるということだけだ。
 死より恐ろしいものなど――分かりはしない。
 それこそゼロが常人でないことの証明だ。生に執着する理由さえも、彼にはひどく薄いのだから。
 死ぬほどに下らぬことはない――。
 ただ、それだけがある。なべて興味がないゼロにとっても、殊に唾棄すべき退屈こそが死だ。終わればその先に何もない。興味の矛先も。
 恐怖ですらないその思いを抱えるままに踏み出して、ふと一つ、心の底から湧き上がるものがある。
 ――興味がないと紫煙をくゆらせながら、彼は確かに、『己』を知りたがっている。
 この意識の元となった誰か。今はただ、他人事のようにしか思えぬ『自分』。どんな道を辿り、何故あの日、あの凄惨な実験の現場に立ち会ってしまったのか。煙草の香を証明として存在する基盤を手にしたいと、ゼロはどこかで手を伸ばしている。
 だが――そもそも。
 追って歩く己の姿が、存在した保証さえない。
 多重人格とは、主人格の作った副人格の集合体であることが多い。切欠こそ特殊であれ、ゼロとてその枠に当てはまる存在に違いはないのだ。内側にいる者たちの中にあっては、確立している方に分類されるだろう『ゼロ』の自我とて――むしろ確立されているからこそ、『本物』でない可能性は十二分にある。
 あの場にいた誰かではなく。
 後から生み出された、実在しない『誰か』――。
 だとして、歩みを止めることはない。いつか辿り着くだろう無明の果てに、望む結末がないのだとしても。ゼロは知らねばならない。己が何なのか、どこから来たのか――そして、どこへ行くのかを。
 慣れた手つきで探る煙草に、見えないままに火をつける。暗がりに吸い込まれた光は、吐き出した紫煙がくゆる色さえ目に映さない。
 ――知るために、前に行かねばならない。
 ――たとえ彼自身が、この世に存在しないこととなろうとも。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ヴィクティム・ウィンターミュート


決して、敗北してはいけない
敗北すれば、すべてを失う
凡ゆる過程は無意味に堕ちる
どんな英雄でも逆賊の烙印を押される
次なんてものは無い
自分が死ぬだけならまだいいさ
誰かの命、資産、夢、希望
それすら消え失せる

敗北して生きるくらいなら、死んででも勝つ方が良い
一度の敗北で失うものを考えれば、当然の話だ

だから俺は敗北を何よりも恐れる
敗北を避ける為に何だってやる
勝ち続けることでしか、俺は生きていくことを許されてない
勝利を齎せられない俺に何の価値がある?
誰も救えない
誰も幸せに出来ない
そんな俺の唯一の価値が勝利だけだ
勝ち続けろ、何があっても
勝ち続けろ、存在の為に
勝ち続けろ、未来を捨てて

勝ち続けろ

勝ち続けろ




 赦さない。
 首に纏わりつく昏闇が囁く。周囲を覆う漆黒に融け、裡側の虚無はヴィクティム・ウィンターミュート(End of Winter・f01172)を嗤う。
 絞めるように、そっと指の形が首を這う。男のようにも、女のようにも思えた。まだほんの子供のような気もしたし、ともすればヴィクティムよりも年上のような気もする。
 誰でも良かった。
 脳裏に思い描く誰もが、彼を恨んでいるからだ。
 ヴィクティムは――赦されない。
 たった一度の敗北は、しかし絶対に喫してはいけない敗北だった。
 結果が全てだ。勝者こそが正義なのだ。至る過程などに価値はない。凡そ英雄に成り得たはずの誰かとて、勝者に踏み躙られればただの逆賊だ。
 敗ければ終わる。価値ある全てが無意味に死ぬ。挽回などという言葉は、真に敗北したことのない者が描く、都合の良い絵空事だ。
 ――己の命如きで、対価が支払えたなら。
 ヴィクティム一人が逆賊として貶められて死んだなら、それほどに良いことなどなかっただろう。何より惜しくて抱えて逃げ出したはずの命を、今は手放したくてたまらない。勝者になれずに奔り、果たすべき責からも逃げ――その果てに得たのは、ただ痛みに塗り潰されていく未来だけ。
 『強奪』が奪ったのは、誰より幸福になって欲しい誰もの全てだった。
 生きたいと願った命。築き上げるはずの財。他愛のない夢。目指し足掻いた希望。何もかもが破滅の裡に潰えたのは、ただ――少年が、荒唐無稽な夢に敗けたからだ。
 奪ったものを踏みしめて、一度殺した愛したい場所に再び刃を振り下ろして、少年は今を生きている。呪われたまま。緩やかに首を絞める腕を、その身の裡に飼いながら。
 ――もう、敗けた先で生きていたくなどないから。
 暗がりの中で耳を掠める虚無よりの声を、ヴィクティムは吐息で受け流す。足を止めないのは、何よりも恐ろしいものに追いつかれないためだった。
 勝ち続けろ。
 この手は誰も救えぬのだから、ならば主役に勝利を齎す端役であれ。この身が誰の幸福を導くことも出来ないのなら、せめて幸福の礎であれ。
 命の全てを、存在の全てを磨り減らし、ここで息をしている唯一の価値を証明し続ける。
 ――勝ち続けろ。
 囁き続ける過去の怨嗟を背負うまま、少年は呪いのように木霊する声を抱えた。嘲笑と自嘲の最中に紛れる祈りと願いに背を向けて。
 己のものなら何でも捨てよう。何を対価と支払ってでも、未来を幾度乱暴に塗り潰してでも――勝ち続ける。二度と、敗北しないように。
 そうすることでしか、ここで今、足を前に出すことさえ赦されない。
 ――赦されてはいけない。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ニコ・ベルクシュタイン
○◇

暗闇、か
主を守るどころか逆に最期まで守られて
随分と長いこと、地下迷宮の奥深く
暗闇の中で誰にも知られず時を刻んでいたものだが
――ああ、あれ程空しい思いを俺は知らない

なまじ螺子がきちんと巻かれていたものだから、止まれなかった
いっそ、止まってしまえば――死んでしまった方がマシだと
あの日の俺に人としての意識があったならば、きっとそう思ったろう

時計の針の音は存外に良く響く
規則正しく、正確に、己を確かめる者に時を示す
其れが出来なくなる事こそ死ぬより恐ろしい事ではあるが

こうして人の身と意識を得た今でも、其れは変わらぬよ
懐中時計の本懐を、正確な時を刻んで誰かに教える事が
出来なくなる事こそが恐ろしいのだ




 暗がりに響く規則正しい秒針の音を、ただ握り締めている。
 正確な時刻さえ知れぬ暗闇の中で、ニコ・ベルクシュタイン(時計卿・f00324)はふと、郷愁めいた冷や水に足を絡め取られたことに気付いた。
 光の差さぬ闇の中で、己を握る手の暖かさが失われていくのを感じていた。ニコを必要としたひとの拍動が失せても、永い時を『生きて』いたのはただ――心底から愛されていたが故。
 大切に抱かれた懐中時計の螺子は、刻む音が止まることのないよう、いつでも最後まで巻かれていたから。遅れることも早まることもなく、六十分の一を数千と繰り返して――その涯で、ニコは『ニコ』を手に入れた。
 その僥倖を幸いと抱き締められぬほど、彼はひねくれていない。愛され生まれたこの身に傷を刻むことを良しともしない。けれど。
 ただ――。
 あの永久とも思える時間を満たしていたのが『虚しさ』だったのだと、この身を得てから初めて知ったのだ。
 人の意志と感情を得て、刻んだ歴史を言い表すすべを知った。温もりを『幸福』と呼び、凍てつく温度を『悲嘆』と呼ぶことを覚えた。だからこそ理解してしまったのだ。護るはずだった主に護られ、さしたる傷もないまま遺された古い懐中時計が、暗闇の中で何を思っていたのか。
 ――いっそ止まってしまいたい。
 主を護れないまま遺された無力な時計など。このままここに取り残されて、刻む時を誰に届けることも叶わぬまま、永久を刻み続けるのなら。
 時計は。
 ただ時を刻むだけの道具ではない。
 纏うのは歴史だ。ニコを開いては閉じ、閉じては開き、誰かを待つ時間。時間までに目的地に辿り着けぬやもしれないと焦る顔。楽しく過ごした時の終わりを見たときの、どこか残念そうな表情も。
 時は、それだけでは色を持たないのだ。誰にでも平等に降る『今』が『過去』へと押し流されていくとき、添えられた感情を留めるのが、時計である。誰かがその瞬間に抱いた、すぐに褪せていく一瞬を、『かたち』として抱き締めるもの。
 正確に刻む時に彩を添えるのが役目だというのなら――。
 ニコが恐れるのは、この何の色も見得ぬ無間の闇の中で、独り取り残されることだ。
 握った『己』が立てる音が響く。拍動にも似たそれに紅い目を伏せて、彼の指先がかたちをなぞる。
 ――モノは、ひとつでは役に立たない。
 使ってくれる誰かがいて、愛してくれる誰かがいて、初めて成り立つものなのだ。だからこそ、足を前に出さねばならない。ここには、ニコしかいないから。
「長居は無用だな」
 帰らねばならない。
 この身の齎す虹の彩を、必要としてくれる誰かの元へ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

蘭・八重
闇へと堕ちていく
ああ、懐かしい感覚

わたくしの世界は闇、地獄だった
わたくしは生きてはいけない存在
いえ、生きてはいない屍

わたくしの世界はあの子だけ
あの子がわたくしに世界をくれたの

あの子が段々と進んでいく
わたくしの後ろに居たあの子
成長し並んで歩き始め

今はわたくしの前へと歩く
後ろを振り向かず

嗚呼わたくしを置いて行かないで
貴女を失ったらわたくしは生きてはいけないの

だから誰であろうとあの子を奪うモノは許さない
だから連れて逝ったのあの子を護る為に『わたし』を地獄へと

あの子は大切なモノが増えていき
大切な人を得た

嗚呼もうわたくしは必要無いのね

それが望みだったはずなのに
どうしてかしら怖い

あの子が居ない世界は怖いわ




 足を踏み外す。
 錯覚だ。何も見えない無明の中を堕ちていく感覚に、ひどく覚えがあっただけ。死だけが広がる地獄の中にいたことを、未だまざまざと覚えているだけ。
 蘭・八重(緋毒薔薇ノ魔女・f02896)の存在は、赦されてはいなかった。
 或いは最初からなかったのかもしれない。生を許容されることも、拒否されることすらない、ただの屍。
 懐かしい闇の中で、柔らかな薔薇の鳥籠に囲ったあの子がわらっている。八重だけに見せた顔で。八重しか知らない眼差しで――。
 噫。
 違う。
 大事に大事に鳥籠にしまって、八重だけを世界と見るようにしたのは、正しく薔薇の世界こそが、たったひとりの無し色の鬼で完成していたからだった。
 暗闇に差した一条の光。独り地獄に打ち捨てられた屍を照らし、息をすることを教えた無垢なまなこ。喪うことを赦せずに、密やかな罪を敷いてまでこの手にかき抱いた――たったひとつの導。
 いつの間にか前にいる見慣れた姿に、思わず伸ばした指先が名を紡ぐより先に、鬼はゆるりと背を向けた。
「まって」
 零れた声はひどく震えた。
 分かっている。分かっていた。ゆっくりと歩き出す彼女が振り返らないこと。後ろを追いかけていた彼女が隣に並び、いつか八重を追い越して前を行くこと。眸にあいのいろを結わいて、髪に春のいろを纏いて、彼女は彼女の大切なひとたちと共に歩むのだろうこと。彼女が抱えた『彼女』が、もう透明な無垢ではないこと。
 そこに、もう八重の手が必要ないことも。
「まって――」
 ――置いていかないで。
 心の底から漏れる声の震えが、この世の終わりとばかりに暗闇に響く。幽かなそれが反響しても、目の前の愛しいすがたは歩みを止めない。
 ――いなくては、生きておれないということを、今更のように強く自覚する。
 世界の全てだった。だから鳥籠で護った。愛しいものに牙を剥く全てを拒む薔薇の棘が、わらう双眸に見えぬように。柔らかな棘なしの眸をして、八重はその手を引いていた。
 唯一を奪う何もかもが赦せなかったから――。
 彼女は『彼女』でさえも殺してみせたのだ。この無明の闇の中へ、連れて逝くことを躊躇いはしなかった。
 それほどまでに喪えなかったものが――紛れもない自分の足で、八重から遠ざかっていく。
 もう、八重の手なしでも、あの子は息が出来る。幸せになれる。柔らかな楽園の中ではなく、このひろい世界の中で。大切な人と、大切なものと一緒に。
 それが何よりの望みだったはずだった。果たされた本望に、けれど残されているのは、あの地獄に似た空虚な震えだけ――。
 恐怖のいろに染まる視界の奥、八重のいない彼女の世界のいろが、ひどく遠く思えた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ロキ・バロックヒート


暗闇はいつも傍に在る
光が閉ざされてどれぐらい経ったか
あんまり覚えてないや
気付けばなんにもなくなって
終わりばかり見詰めている

いつも望む死よりおそれていること?
それはたぶん私が私でなくなること
なにかを失くすたび
私であるものが無くなっていく
最初は怒りだったかな
感じ取れなくなれば楽になるから良いんだけど
繰り返していつかぜんぶなくなれば
それは私だっていえるのか
だから私が私であるうちに死にたいな
それだけが望み
ああ
私を私でなくしてしまおうとするの
ならいっそ恐怖も潰してしまおうか?なんて

ねぇ
光を失ったかわいそうな子
君はどんなふうにたすけるの
こえは甘く戯れて
紛い物の光にも誘われてあげるけど
期待なんか欠片もない




 ひかりの方が、ずっと縁がない。
 暗闇に鎖されるより前、それがどんな色をしていたのかも、よくは覚えていない。ふと気付けば何も見えなくなっていて、この歩みが止まる日ばかりを思い描くようになった。
 その終焉を光とは呼ぶまいと、ロキ・バロックヒート(深淵を覗く・f25190)は知っている。
 彼を突き動かすのはある種の諦念だ。四六時中、耳朶を苛む呪いめいた祈り。世界が終われと望むほど、ひとは病んでいて、倦んでいる。それなのに、真に死するときには心底生を願うのだろう。それが性だと目を伏せるのは、納得というよりもずっと、痛みに似た感触をたゆたわせた。
 もう何も望めない。この先にあるのが闇ばかりで、降り注ぐ希望もまた、神の持つ永久からすればひどく儚いものだと知っている。確かにこの身を生かす顔ぶれは、生物だということも――一瞬の煌めきばかりを繋いで生きていられるほど、ロキの辿る道は、穏やかなものではないのだということも。
 終わってしまいたい。
 ――ずっと、そう願っている。
 いつか訪れる、願ってやまない終局よりも恐ろしいこと。この道を歩き続けるよりも、逃げたくなるようなこと。
 あるとしたら――。
 それは、ロキが『ロキ』でなくなる日。
 存在の証明は、体という器だけが成すものではない。現身は確かに『ロキ』だけれど、それがあるからといって、彼が『彼』たらしめられるわけではない。
 ――最初は多分、怒りだった。
 ふと、それを取りこぼしたことに気付いたのだ。振り返る先にも一片の光さえないから、もう拾いに戻ることも出来ない。確かな喪失は、この苦痛に満ちた道の辛苦をひとさじ鈍麻させてくれたから、それだけは気楽だと思っているけれど。
 己が己でなくなっていく感覚は――恐ろしい。
 これ以上、と高望みをする気はない。せめて全てをなくしてしまう前に、ロキが『ロキ』だと思えるうちに、この命ごと潰えたい。闇が圧し潰そうとするように、足許に這い寄る冷や水が嗤うように、『彼自身』がなくなってしまう前に。
 ああ。
 そんな風に怯えさせようとするのなら、いっそ恐怖も手放してしまおうか。
 独り嗤う耳に届く救済の声へ、一歩を進める。謳うような声はやさしく、穏やかで、故にひとつの期待も抱いてやれないような――。
「ねぇ」
 ――光を失ったかわいそうな子。
「君はどんなふうにたすけるの」
 転がる飴玉めいた、甘やかな声が奥底に孕むのは、冷笑に似た温度。この手の届かぬ破滅の闇を、ひとだった身で照らすという。差し込む一条の光が目を焼いて、金蜜はゆるゆると眇められる。
 たすけられるなら――たすけてみてよ。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 ボス戦 『慈愛を与える者』

POW   :    フェザー・スラッシュ
【指先】を向けた対象に、【飛ばした羽】でダメージを与える。命中率が高い。
SPD   :    フェザー・フィニッシュ
【飛ばした羽】が命中した対象に対し、高威力高命中の【流星】を放つ。初撃を外すと次も当たらない。
WIZ   :    フェザー・ドーム
【翼より大量の羽】を放ち、自身からレベルm半径内の指定した全ての対象を攻撃する。
👑11
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種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠月夜・玲です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。



 怪物から逃げたくて選んだひとは、父によく似ていた。
 高校に上がって、初めて惹かれたひと。気紛れにわたしを愛し、気紛れに手折ろうとして、思い通りにならなければ怒るひと。それでも父に押さえつけられるよりはずっと魅力的に思えて、わたしは家を飛び出して、彼の隣に身を寄せた。
 ――暗闇が怖いことを笑う彼は、戯れにわたしを閉じ込めるクラスメイトから、わたしを守ってはくれないことも。
 ――わたしが言うことを聞かなければ、わたしを暗闇に放り込むことも、知っていて。
 帰りたい。帰れる。帰らなければ、ここにいる化け物に襲われる。滴る血と肉にわたしも混じる。この命が終わってしまう。
 帰りたくない。帰れない。帰ったら何をされるか分からない。またあの暗闇の中に、誰も助けてくれないままで閉じ込められる。
 帰っても、帰らなくても、苦しいなら。
 ――もういっそ、痛みもないまま死んでしまった方がまし。
「あなたがたすけてあげたら」
 ふと届いた声は天啓にも似ていた。ここで蹲って許しを乞うているわたしを、赦すように。
 ああ――そうだ。
 わたしみたいに苦しんでいる誰かがいるのなら。
 ――わたしが、いたくないままたすけてあげる。


 鎖され錆びた扉を照らし出す光で、猟兵たちは己が目的地に辿り着いたことを知るだろう。
 光のただなかに、笑う娘が立っている。純白のドレスに星を纏い、背の翼を天に広げ、暗闇の森を照らし出す。穏やかに笑って差し伸べられる手は、地獄の虜囚を助け出す細糸の如く、慈愛を以て全員の顔を見渡した。
「つらいでしょう――くるしいでしょう」
 謳うような救済の声は続く。
「だから、もう終わりにしても良いんだよ」
 翼を彩る羽根の一枚一枚が、鋭利な刃であることを知るだろう。周囲を飛び交い明滅する星々が、願いを叶えるためにあるのではないことを悟るだろう。
 ――延べられる慈愛が孕むのは、決して最良の救済の色でないことも。
「わたしが、みんなたすけてあげる」
 かつてミーシャと呼ばれた娘の眸は、どこまでも晴れやかに、命の終わりを救済と謳う。


※プレイングは『6/22(月)8:31~6/25(木)22:00』までの受付とさせて頂きます。
蘭・七結
【春嵐】◎

前も後ろもわからない闇の中
あたたかな声が、きこえた
そこに、いるの?
指さきを伸ばしてあなたを探す

小指に結いだ糸の先
存在の証明を刻んだ人
ひとりきりの春
――英、さん

絶ち切ることを救済とは思わない
苦しみと痛みを越えて駆け抜けたさき
そこに待つ温度を信じている

血を分かつひとに護られていた
常夜はとりどりに色づいた
隣には、あなたがいた

傍にはぬくもりがあったのだと
独りでは、なかったのだと
それに気付けたばかりなの

めざめたばかりのあなた
春を宿す、さくらのように咲う人
そのあゆみが止まらぬように
あけた眸が曇らぬように
あなたの隣で見映していたい

こころは、共に

いのちの終幕を認めない
その慈愛と救済を薙ぎ払ってゆくわ


榎本・英
【春嵐】〇

嗚呼。私の名を呼ぶ声が聞こえた
今にも泣きだしてしまいそうな君の声が

救済。君に私が救えるのかい?
私が求めるのは、この慈愛の手ではない
たったひとつの存在証明
私が私で在れる、小指の先につながる糸

それは、君ではない

私は、誰かの救済など必要としないのだ
辛くても、苦しくても、今までもそうしてきたように
己の身は己でどうにかしてみせる
彼女も君に救済などさせやしない

酷く冷たい水底でいきを止めていた時のように
私がその掌に熱を与える
彼女が己の足で立てるように

なゆ、なゆ、大丈夫。
君はもう独りではないだろう
私も皆も離れていても、いつも傍に

死が救済と云うのなら、私はそれを否定する
私たちは、いきているのだから




 掠れた泪声をさがす眸を、瞬く一条が遮った。
 暗闇に慣れた目に痛みが走る。鮮烈な光が網膜を焼くから、榎本・英(人である・f22898)は眇めた目で救済のいろを見た。
 天使のような姿。けれど振りかざす言葉はひどく鋭い色を孕む。
 男の眉間は、緩まなかった。
「君に私が救えるのかい?」
「もちろん」
 朗々と慈愛が応じる。その声があまりにも弾んでいて、ひとつの呵責もないものだから、額に指先を当ててゆるゆると首を横に振った。
 ――夏の太陽のような苛烈は、英には熱くて痛い。
 必要なのはたった一つの存在証明。左の小指に結わいたくれなゐの先、あえかな雪融けをもたらす春告のいろ。
 白より鮮烈な、赫い絲。
「――それは、君ではない」
 独り生きて来た。
 痛みも苦しみも飲み干して、この昏闇の中を歩いて来た。己の執着だけを引き摺る旅路は、足に茨を巻き付け続けていたのだ。それでもこの足を止めなかった。覚えているために。忘れぬために。もはや誰の心にすら遺らぬはずだった物語を、綴り続けて生かすために。
 だから。
 今更、誰かに救いを求めて縋ったりなどしない。
「彼女も君に救済などさせやしない」
 ――そうだろう。
「なゆ」
 いとしくやわらかい声を確かに聴いて、蘭・七結(まなくれなゐ・f00421)は顔を上げた。
 未だ闇の中で竦む身で、おそるおそると指を伸ばす。触れ得ぬ空虚が白魚の指を掠めて嗤うけれど、だからこそ、その先に七結の望むものがあることを確信させた。
 『なゆ』の存在証明。雪解けの春の桜の下で、ひそやかにわらう淡いひと。
 だから。
 走る。動かぬ足に頽れることはしない。救済の手は必要ない。七結がこの手で、この足で、掴むから。施される救いを、昏い海の底で待ち続けるだけではなくて。透明だった世界に零れ落ちたいろを、失くさぬように。
 手を伸ばした先に、確かにある。
 たったひとつの赫絲――。
「――英、さん」
 確かに繋いだ指が絡む。ただひとり、冷たい冬の底に在ったふたりの眸に、春いろが芽吹いて咲き乱れる。
 雪の下にも種は埋もれている。凍てた水底にもひかりは届く。呼吸は絶えない。きっとこの昏闇にも、暖かな季節が咲く。
 掌の熱を伝えよう。ここにいる。ここに在る。しかと絡ませたふたつが、ひとりをふたりに変えるのだから。桃色の繚乱のただなかで、英は何度でもその名を呼ぼう。
「なゆ、なゆ、大丈夫」
 七結を包むように笑むそのひとの眸をまっすぐに見て、彼女は己を確かとする。結わいた絲の先に待つ、ひとへと堕ちた鬼の未来を照らす――あかを。
「君はもう独りではないだろう」
「ええ――」
 まだほんの雛だったころ、血を分かつひとに護られていた。
 絢爛な薔薇の鳥籠を抜け出て、無間の夜を彩る星のうつくしさを知った。地上を照らす淡い光に導かれるようにして、戀を知り、温もりを識り、そうして。
 ――眩い黎明を、愛と呼ぶと識った。
 傍の温もりを知れたのは、七結が独りではなかったから。無明が終わる日が来ることを、誰かが紡いで教えてくれたから。
 隣のあなたが赫を編む。まなくれなゐのひとさじ、映した毒をも祝うように。祝愛の結ばれたこの身をすべて、未来に連れて行くように。
 隣の君があかを編む。繋いだ絲を揺らす牡丹の一輪を以て、この身をひとだと紡ぐように。宿業を懐いて歩く足が、未来を踏むことを喜ぶように。
「死が救済と云うのなら、私はそれを否定する」
 もう芽吹かぬと見える種でさえ、水とひかりで息を吹き返す。根雪の下にも眠るいのちがある。それらが希むのは春嵐の熱で、決して永劫の冬などではない。
「私たちは、いきているのだから」
 ――今まさに、根雪の底から芽を出したばかりの春が、わらう。
 さくらとて大樹になるには時間が要る。薄桃の花弁に似た英もまた、根付くために歩み出したばかりなのだと、七結は知っている。
 歩みの先にあるものに、その眸が曇ることのないように。あかい牡丹の一輪が、いつでも傍にておなじ世界を見るだろう。紫水晶に見映す世界のいろと、朱に映る未来のいろを、みつめて、繹ねて。
「わたしは、いのちの終幕を認めない」
 いきている。
 いきていく。
 春の嵐と――こころは、共に。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

鏡島・嵐

おれだって、どんなときでも逃げないってわけじゃねえ。避けても問題無え障害や面倒事なら、逃げる時だってある。
でも、どうあっても逃げられねえ、逃げちゃいけねえ“壁”があるんなら、肚括ってやれるだけのことをやるだけだ。
今もそう。
どんなに戦うんが怖くても、アンタを止めなきゃいけねえ。

人殺しは、いけねえことだ。
誰かを殺すっていうのは、自分自身も殺すこと。
それは手に入れちゃいけねえものを手に入れてしまうこと。
それは失っちゃいけねえものを自ら放り棄ててしまうこと。
――そんなの、悲しすぎるって思わねえか?

おれにもいつか「終わり」はきっと来るんだろうけど。
だけど、少なくともそれは“いま”じゃねえはずだ――!




 勇気を振り絞ることと、蛮勇を揮うことは違う。
 鏡島・嵐(星読みの渡り鳥・f03812)は聡明な少年だ。故に分かる。引き際を弁えることなく猛進していくことが、決して褒められるべきことではないということも。
 避けて通れるのならば避ければ良い。本来なら避けられる問題も、障害も、面倒ごとも、全てを引き受けてただ前に進み続けるその姿を、人は無謀と呼ぶ。
 だから、嵐とて踵を返すことはあるのだ。それでも彼が前を見て歩くのは、ひとえに知っているからだ。
 ――逃げて良いときがあるのなら。
 ――逃げてはならないときも、また同じだけ存在することを。
「人殺しは、いけねえことだ」
 翼が携える無数の刃を睨み遣る。その一枚が胸を穿てば、この身が簡単に潰えることも理解していて――けれど、逃げてはならないと知っている。
 戦うのがどれだけ怖くても、足がどれだけ震えても、止めねばならない。暗闇の中で尽きてしまった、少女だったオウガを。
「誰かを殺すっていうのは、自分自身も殺すこと」
 心の死だ。
 人としての想い。人として生きた心。それはあくまで、生きる者が『ただびと』であるからこそ在るものだ。一歩でも足を踏み外した瞬間に、ひとはひとでなくなる。
 手に入れてはならないものを手に入れる。
 代わり――失ってはいけないものを、自ら放り棄てること。
 或いは、彼女が命を奪うことでしか生きられぬ時代に在ったのなら、別だったのかもしれない。そうすることをこそ美徳として生きる世界に在ったのなら、命を奪うことでこそ人として生きられる世界で生きていたのなら。
 だが、違う。
 ミーシャと呼ばれた娘は、命を奪わねばひとで在れない世界など、知らないはずだ。嵐と同じ――ただ、普通に生きていけるはずだった。
 そんな娘が、何かを手に掛けることを笑って肯定するというのなら。
「――そんなの、悲しすぎるって思わねえか?」
「他に、すくわれる方法がなくても?」
「あるさ」
 呼び起こすのは錫の兵隊。義足を引き摺るようにして銃剣を構えるそれの向こうで、嵐の金の眸が息を吐く。
 ――何を間違えたのか、推し量ることしか出来ないとしても。
 こうなるしかなかったなんてことは、きっと、ありはしないのだ。
「おれにもいつか『終わり』はきっと来るんだろうけど」
 だから、嵐も死ねない。ここで潰える気などない。
 死んでしまえば全てが終わる。今を生きる命を手に掛ける何かの存在に、知っていて背を向けるわけにはいかない。
「だけど、少なくともそれは“いま”じゃねえはずだ――!」
 吼える少年の声に呼応するように、雷撃が迸って、昏闇を眩く照らした。

大成功 🔵​🔵​🔵​

琴平・琴子
○◇

辛い事も苦しい事もたくさんあります
ですがそこで逃げません
だって私は「帰りたい」のですから

助けてもらえなくて結構
どちらかと言えば私が助ける方ですから
この手は、足は、身体は、誰かを守るためにあります
自身と味方に降りかりそうな攻撃は【無敵城塞】で庇います

貴女は悪くないですよ
悪い奴らに弄ばれてしまったんです
貴女の事を大事にしない奴の手を取ってはいけなかった
…助けを、求める手を間違えてしまったのですね

貴女の事を、助けてあげる事ができたのなら良かったのに
胸が、苦しいです


ニコ・ベルクシュタイン
〇◇

遅刻も遅刻、もう既に手遅れとは何とも遣る瀬無いことだが
…お嬢さん、君が其の手段を以て救済と為すのならば
己もまた他人に救われる可能性は、考えたことがあるか?

精霊銃を「クイックドロウ」、飛来する羽を撃ち抜こう
「二回攻撃」の二発目は「誘導弾」で敢えて急所を外して当てる
嬲っている訳ではないぞ、君の口から答えを聞きたいのだ

そんな余裕さえ無かったのだろうな、酷な事を聞いて悪かった
俺は人間の善意より生まれ出ずるモノにて
悪意しかない世界には疎いのだ

君は、辛かったか
そんなに、絶望しかなかったか
ひとかけらも、救いはなかったか
死を以て救済と為すより他なかったか

助けてと、きちんと叫んだのだな
其れでも、駄目とは――


キトリ・フローエ
○◇
…そうね、とても苦しくて、辛いわ
ミーシャ、あなたを救えなかったことが
だからわたしたち、あなたを終わらせに来たの

無数の羽に身を裂かれても、決して彼女から目をそらさずに
夢幻の花吹雪…花は嫌いかもしれないけれど
せめてあなたの瞳がこれ以上
絶望に満ちた世界を映すことがないように
ただの自惚れで、自己満足だってわかってるの
だってあなたが言うように
終わらせることでしかあなたを救えない
…それでも、あなたを救いたかった

…終わりにしましょう
あなたが抱え続けていた苦しみも辛さも
わたしたちが持っていくわ
わたしには祈ることしか出来ないけれど
ミーシャ、どうかあなたの魂が少しでも
優しくてあたたかな世界に辿り着けますように




 無明の闇が晴れて、苦しみの一粒が遠のいても。
「……そうね、とても苦しくて、辛いわ」
 ちいさな指先を祈るように組んで、キトリ・フローエ(星導・f02354)の声が揺れる。その体と同じ、ほんの幽かな悲哀は、けれど眼前の慈愛には確かに届いた。
 だから、暗闇の中に置き去りにされた娘は微笑んで。
 ――キトリは顔を上げたのだ。
「ミーシャ、あなたを救えなかったことが」
 凛と響く妖精の声に、ミーシャと呼ばれた救済が瞠目する。小首を傾いだ彼女を真っ直ぐに見詰めて、手の届かぬ絶望をそっとなぞるように、藍色の眸がはたりと瞬いた。
「だからわたしたち、あなたを終わらせに来たの」
「不思議なことを言うんだね」
 翼が広がる――。
 撃ち出される羽は、キトリのちいさな体を容易く裂くだろう。その一枚一枚が、彼女にとっては身の丈にも及ぶ刃と変わりない。
 だとしても、目を逸らすことはしないと決めていた。散らす赤と引き換えに、この声がひとひらでも届くなら。抱える祈りのひとさじでも、光に変えられるなら。
「わたしが助けてあげる方なのに」
「助けてもらえなくて結構」
 ――飛来する刃と、妖精の間。
 立ち塞がった子供が、翠の双眸を煌めかせる。救いを否定する声は凛と、迷うことなく、助くべき誰かのために手を伸ばす。
「どちらかと言えば私が助ける方ですから」
 琴平・琴子(まえむきのあし・f27172)は、いつだって逃げなかったから。
 今だって、逃げない。
 琴子はミーシャとは違う。父と母のいる家に帰りたくて、誰かを助けるあの日の王子様のようになりたくて――そのために、歩いている。
 辛いことがないとは言わない。苦しんでいないとは決して言えない。それでも、この意志が体を突き動かす限り、彼女は決して、辛苦に目を伏せたりしない。
 キトリを庇うように差し出した体で、咄嗟に手を伸ばすちいさな星に笑いかける。刃を弾き、受け流すその身は、生きるだれかを守るためにあるから――決して、傷付いたりはしない。
「ありがとう――」
「いいえ。この体は、守るためにありますから」
 救いへの拒絶に、慈愛の眸が揺れた。明らかな動揺を示すその隙へ向け、焔が踊る。
「……お嬢さん、君が其の手段を以て救済と為すのならば」
 あえかな光に照らされる暗闇より、ニコ・ベルクシュタイン(時計卿・f00324)の長躯が歩み出る。眇められた朱い眼は、眼鏡の底より静謐に少女を見た。
「己もまた他人に救われる可能性は、考えたことがあるか?」
 規則正しい秒針が、時を奏でるが如く――。
 咄嗟に飛ばされた羽の一枚を叩き落とす一打。トリガーに掛けた指先をもう一度引けば、脇腹を抉った銃弾が、娘の純白の装束に赤を灯す。細い悲鳴と共に上がる眼差しに、ニコの朱は痛ましげに眇められる。
「酷な事を聞いて悪かった」
 そんなことを思う余裕さえもなかったのだろうことは、想像に難くない。助けを求める声はがむしゃらで、鳴き声や悲鳴のような、何の意味も孕まぬが故に切実なものだったのだろう。
 だから――本当ならば。
「君は、辛かったか」
 こんな風に、嬲るような一撃を与えたいのではなくて。
「そんなに、絶望しかなかったか」
 追い詰めるような足取りで、銃口越しに問いたいのではなくて。
「ひとかけらも、救いはなかったか」
 紅茶と、スコーンと、穏やかな表情で――その口から、応えを聞きたかったのに。
「――死を以て救済と為すより他なかったか」
 浅く頷いたかつての少女に、もう、ニコの手は届かない。人の愛と善意が生むのがニコを生んだのなら――孤独と悪意の中に埋められる心地に、心よりの共感を示してはやれないと知りながら。
 それでも。
 ――そう願ってしまうのもまた、時計卿が愛に拠って生まれたという証だった。
「貴女は悪くないですよ」
 横合いから、ぽつりと声が零れる。
 ミーシャと呼ばれた娘の苦痛の一端を、琴子は理解出来た。暗闇の中の何か。逃れた彼女を待ち構えた人々の眸。教室のひそひそ話。人間と悪意は切り離せないものだから、聡明な彼女にはよく伝わってしまうのだ。
「悪い奴らに弄ばれてしまったんです」
 ――だからこそ、ただそれに翻弄されるだけの人生を、否定する気なんかひとつもない。
「貴女の事を大事にしない奴の手を取ってはいけなかった」
 ただ助けて欲しかっただけ。ここから連れ出してくれる蜘蛛の糸を望んだだけ。その刹那る想いに、一つも悪いことなんかない。
 間違えたことが、あるとするなら。
「……助けを、求める手を間違えてしまったのですね」
「間違えたんじゃないの」
 首を横に振る慈愛の声は、ただの娘の声と変わりない。
「他に、なにもなかったから――縋るしか、なかったの」
 みっつ。
 息が重なって、重みを増した肩に僅かに俯いたのはニコだった。
「――遅刻も遅刻だな」
「ええ」
 斜め下、地に落ちた琴子の視線が彷徨う。握り締めた手が胸元に皺を刻んだ。
「貴女の事を、助けてあげる事ができたのなら良かったのに」
 息さえ塞がれるような心地の中で、最初に顔を上げたのはキトリだ。渦巻く幻想の花弁の最中で、凛と声を紡ぐ。
「……終わりにしましょう」
 思えば――。
 キトリは、彼女が花を好きでいるのかどうかも分からない。気紛れに愛でられ、手折られる存在。ミーシャのいのちとよく似たそれを、けれど振り撒くのは。
 これ以上の絶望を目に映して欲しくないから。これ以上、彼女が闇ばかりを映してしまわないように。
 ――ただの自己満足だ。
 知っている。どうあったって彼女を人間に戻すことは出来なくて、よしんば叶ったとしても、その先にまで手を伸ばし続けることは出来ない。慈愛の見る救済の形は、『ミーシャ』を救うための、たった一つの解だ。
 終わらせることでしか、ここから助けられない。
 どうしようもなく重くのしかかる事実だった。この手が届くことはないから、出来ることなんかほんの少しで――けれど。
 それでも――昏闇の中、自分が星になることを選んだ少女を、救いたかった。
「あなたが抱え続けていた苦しみも辛さも、わたしたちが持っていくわ」
 ――だから。
 ――どうかあなたの魂が少しでも、優しくてあたたかな世界に辿り着けますように。
 祈りの北極星が花を散らす。降り注ぐ救済の翼を翳す手が受け止める。鎮魂の炎弾が、無力だった少女の終わりを導いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

リカルド・アヴリール
ライナス(f10398)と
アドリブ歓迎

……揺れなかったと言えば、嘘になる
誰かに使い潰されて
その果てに壊れてしまえばいい
終わりを望んでいたからこそ、彼女の言葉は甘く響いてしまう
本当は、今もまだ
心の何処かで願っているかもしれない

それでも、強く握り締めてくれる感触に覚悟を決める
差し伸べられる手は
今握ってくれているこの手で充分だ
……もう誰かを救う必要はない、終わらせてやる

大剣:穢を手に、前へ出る
ライナスへ向かう羽根は【かばう】【武器受け】で対処を
あまり前へ出るなと言っても
俺の所有者が聞く筈もない、と理解しているからこそ
ライナスの障害を全て、UC:虐で破砕を試みる
【範囲攻撃】【重量攻撃】


ライナス・ブレイスフォード
リカルドf15138と

助けてやる、なあ
救いの手なんざこの方一度も望んだ事ねえんだけど
それに…もう手は塞がってんだわ。…あんたの手は要らねえよ
そうリカルドの手を一度強く握り、だろと、リカルドへ声を
ま、離してやる気はねえんだけどな

戦闘と同時に舌を噛み切り【ブラッド・ガイスト】
血を纏い殺傷力を増したソードブレイカーを左手に構え己やリカルドに迫る羽を『武器受け』で叩き落し敵へと迫んぜ
…辛いのも苦しいのも助けて欲しいのも全部あんたの事だろ?
自分がして欲しい事他人に施して満足してんじゃねえよ
…助けて欲しいって言えたなら痛みなく送ってやってもいいぜ
至近迄近づけたなら右手のリボルバーにて『クイックドロウ』を




 差し伸べられる手を振り払うように、ひらりと空いた片手が揺れた。
 拒絶の仕草が救済の星を否定する。こともなげに開いた翠の眸に差し込んだ光を映して、ライナス・ブレイスフォード(ダンピールのグールドライバー・f10398)の唇が弧を描いた。
「救いの手なんざ、この方一度も望んだ事ねえんだけど」
 ――頽れて祈ったことも。
 ――誰かの手に縋ろうとしたこともない。
 救いが必要だったとて、押し付けられて叶えることを良しとする気もない。仮令、恐怖が彼を捕えんとしたとしても。
「それに……もう手は塞がってんだわ」
 ――示されるべき光の在り処は、もう決まっている。
「……あんたの手は要らねえよ」
 だろ。
 強く握り締めた手の主が、僅かに強張ったのを感じた。所有物に向けるには柔らかい目で隣を一瞥したライナスは、零すように同意を求める。
 首を横に振られたところで――離してやる気など、毛頭ないけれど。
 かち合う視線に瞬いて、リカルド・アヴリール(遂行機構・f15138)は小さく息を漏らした。
 揺れなかったと言えば――きっと嘘になる。
 死に損なったこの身が潰える日を夢見た。ただの機械として、体を覆う鋼と同じ、心も擦り切れて動かなくなってしまえば良いと、思っていた。
 だから、いつか描いた救いを齎す甘美な誘いに、足が前に出てしまいそうになるのは本当だ。或いはそれは、燻る炎が風に煽られて、再び火勢を増すような。
 だとしても。
 強く握られた手の温もりを、リカルドは確かに刻む。血の流れない鋼の身のうちで、未だ人としての感触を保つ指先に力を込めた。
 紡がれた光に目を上げる。鈴の融けるような甘やかな天使の声も、差し伸べられる白魚のような指先も、決めた覚悟を揺るがすことはない。心の奥底で燻り続ける破滅への希求にも――手を伸ばしたりはしない。
「……もう誰かを救う必要はない、終わらせてやる」
 翳した凶刃は護るために。リカルドが一歩を前に出れば、相対する慈愛は延べた手を翻した。
 それが合図だ。
 向かい来る翼を穢の刃が払い斬る。その一枚たりとも所有者には届かせない。同時、馳せたライナスが笑みを刷いて地を蹴った。己が意志で噛んだ舌から溢れ、唇から零れる赤を無造作に拭う指先は、そのまま愛銃を握り締める。
 ――あまり前に出るなよ、と。
 リカルドが幾ら言ったところで、この所有者が聞くことはないだろう。
 相変わらずの背中を追うように馳せる。己が身に宿した冷たい歯車を駆動させ、今は気儘な主の足を止める全てを、薙ぎ払うために。
 ライナスが構える銃口が吼える。銃声と共に発される光に、リカルドの揮う刃が煌めいた。互いに向かう羽を墜とし、壊し、そうして。
 ――傭兵の足は、主の後を押すように地を弾く。
「……辛いのも苦しいのも助けて欲しいのも、全部あんたの事だろ?」
 囁くように零れる声は、冷ややかな半魔のそれだ。人喰いの眸が真っ向に迫り、見開かれた慈愛の眼にぎらつく牙が映り込む。
「自分がして欲しい事、他人に施して満足してんじゃねえよ」
 助けてほしい。
 ただそれだけを吼えるために、少女だったものはここまで堕ちた。生きる救いがないのなら、死を以て救いと成そうと笑うのだ。
 ――だが、それは己の勝手に過ぎない。己がそうでありたかったからと、他人が同じものを求めるとは限らない。
 ライナスも、リカルドも――生憎と、死んでようやく掴める光になど、身を任せる気はないのだから。
 構えられた銃口の鈍黒は、少女を閉じ込めた常闇のよう。けれどライナスは、かの暗がりより慈悲がある。彼女をただ墜とすだけならば、やりようなど幾らでもあるのだから。
「……助けて欲しいって言えたなら、痛みなく送ってやってもいいぜ」
 低く囁く『救済』の声に、慈愛と成り果てた少女の喉が、細い音を立てた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

黒柳・朔良
『救済』という名の憐れみなど『道具』(わたし)には必要ない
『あの方』の『影』であり続ける私の心を救えるのは『あの方』だけ
『あの方』の心の安寧こそが、私の唯一の『安らぎ』なのだから

助けてほしいのは、私ではなくてかつてミーシャと呼ばれた元アリスの方だろう
暗闇を恐れるあまりに自ら『光』となり『暗闇』に閉じこもった、憐れなアリス
自らが苦しいと感じているそれを、他人も感じていると思い込んでいる

選択UCでもって、【闇に紛れ】て元アリスを終わらせよう(【暗殺】)
それが『影』(わたし)の出来る唯一の『優しさ』なのだからな
痛みなく終わらせられればいいのだが、難しいだろうか




 慈愛も、慈悲も、救済も。
 謳う声は憐憫と同調に似て差し出された。黒柳・朔良(「影の一族」の末裔・f27206)の眇められた漆黒は、先までその身を捕らえていた常闇の牢獄と似る。
「『救済』という名の憐れみなど、『道具』(わたし)には必要ない」
 ただ、それだけを言い切る。
 ――主の影。
 そう在るために生きて来た。そう在るために生きていく。ただ一人、朔良という影を携えて笑う主の傍らに在り続けること――それだけが、彼女の心を救う。光なくば影が生まれぬように、優しき主の安寧の傍にあってこそ、朔良という影は安らぎを得るのだ。
 悪戯に光に照らされれば、影も闇も消え果てる。明度を増すだけの世界に、暗がりはいられない。だからこそ憐憫も慈悲も必要ない。彼女は、彼女の意志で、たった一人の主の影として在る。
 ならば、成すべきことは決まっていた。
 不意にその身が消えた。光に照らされることで深まった周囲の闇へとほどけ、紛れて、消えていく。慈愛の翼が広がったときにはもう遅い。放たれた刃は『そこにない』朔良を捉え得ず、暗がりへと突き立って見えなくなった。
 気配も、声も、音も。
 何もかもが失われたそこで、光の最中にある慈愛は困惑したように周囲を見渡した。本物の闇夜へ姿を変えた刃が、その背で密やかに声を漏らすまで。
「――助けてほしいのは、私ではないだろう」
 憐れなアリス。
 慈愛を与えられたかったのは彼女だった。憐憫を向けられるべきは彼女だった。誰にも助けてもらえないから、最期の想いのみで誰かに死の救済を与えんと壊れた少女。暗闇を恐れるあまり、全てを闇の中に鎖したまま、その中で唯一の光となって瞬く娘。
 己を苦しめるそれに、他人もまた苦しめられるのだと思い込んでいる。終ぞ誰にも共感されなかったが故の、独り善がりで閉鎖的な救いの中で、彼女は絶望を希望と謳うのだ。
 死ぬよりも怖いものを映す暗闇だというのなら――彼女が真に恐れているものと、この道を通る者たちが、同じものを見ているはずがないのに。
 ならば、終わらせよう。
 影はどこまでも影であり続ける。光にはなれない。朔良の示せる優しさは、慈悲は――彼女の奏でる慈愛と救済を、彼女自身に齎してやることだけ。
 煌めく刃は夜色をして、故に少女だったオウガが浮かべる驚愕の表情をよく映した。見開かれた双眸に映るはずの朔良の姿はどこにもない。ただ広がる闇と共に、漆黒の剣が翻るだけ。
 せめて痛みのないように――。
 咄嗟に翳される腕の軌道を読んで、深々と突き立てた漆黒に、終ぞ光の中にいられなかった娘の細い絶叫が響いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

エドガー・ブライトマン

ずっと暗い場所にいたものだから、眩しさが目に染みるようだ
一歩ずつ歩みを進める

ねえキミ、ごきげんよう。キミは誰?
……いいや、なんだか誰だっていい気分だ
誰か知らないけれど、私の話をきいてくれるかい?

恐ろしく不安な気持ちが胸に浮かんで消えないんだ
私の国が喪われる不安
私は国と民を守り導くために生まれてきたのに

――終わりに?

……いいや、違う。間違っている!
王となる者は自分の目で見たものを信じるべきだ
信じるものは自分で決めるべきだ
たかだかこんな暗闇で、不安に駆られてどうするんだ!
私は、私の愛する国を信じている

私はキミの救いを信じない
私を救えるものは、私だけさ!
どこにも飛べないキミの翼に、私は負けやしない




 暗闇に慣れた目を、星の眩い光が灼く。
 不意に白んだ視界の中を、一歩前に出る。ようやく闇の中の平衡感覚に慣れた体が揺れて、エドガー・ブライトマン(“運命”・f21503)は青い眸を持ち上げた。
 空色を映す双眸に僅かな暗澹が凝る。救済のためにと差し伸べられる指先を見る。そうして初めて、彼は茫洋と口を開いた。
「ねえキミ、ごきげんよう。キミは誰? ……いいや、なんだか誰だっていい気分だ」
 ――それはおよそ、『王子様』というには少年じみた声。染みついた所作こそ気品に溢れても、揺らぐエドガーは静かに首を傾げる救済の色を見た。
「誰か知らないけれど、私の話をきいてくれるかい?」
「それがあなたの救いなら」
 ゆるゆると笑んだ甘やかな慈愛は、どこまでも透き通る声で『あなたのため』を謳う。その声に触発されるようにして、少年は唇を揺らした。
「恐ろしく不安な気持ちが胸に浮かんで消えないんだ」
 帰るべき場所は、もうどこにもないのじゃないか。
 治めるべき国があった――否、ある。そのために茨と共に生きて来た。鮮やかな紅が左腕に花を咲かせるのを、頼もしく、誇らしく――どこかで諦めて歩いて来た。
 それなのに。
 この旅路の先に、何もなかったのだとしたら。
 エドガーは何のために、ここで息をしているのだろう。
「私は国と民を守り導くために生まれてきたのに」
「大丈夫だよ。わたしがたすけてあげる。辛いのも苦しいのも、おわりにしよう」
 にこやかに笑う慈愛の声音が、暗渠の空へ翼を広げるのが見える。ここにて眠ることをこそ救いと謳う娘の声に、囁くような問いが重なる。
 国を、民を、導くために。どこに?
 ――終わりに?
「……いいや、違う。間違っている!」
 強く、強く首を横に振る。己の弱さを断ち切るように、迷いと苦しみを振り払うように。
 王たる者は、誰かに縋ったりはしない。
 弱き者が縋れる存在であるべきだ。些末な不安に狼狽するのではなく、この目で見たものを信じ、己が胸に抱き、前に進む――。
 ならば、暗闇に映し出されたどうしようもない不安に、心を揺らがせていてはならない。確かな光を取り戻した青空が、背負う聖痕を煌めかせた。
 ――エドガーは、エドガーの愛する国を信じている。
「私はキミの救いを信じない。私を救えるものは、私だけさ!」
 踏み込みと共に繰り出される刃が、冴え冴えと銀を宿して娘を切り裂いた。ナイフのような翼を斬り落とし、零れる赤の向こうで、碧は確かに、『王子様』となる。
「どこにも飛べないキミの翼に、私は負けやしない」
 ――飛び立っていた燕がいつの間にか肩に戻り、静かな一鳴きを零した。

大成功 🔵​🔵​🔵​

レイッツァ・ウルヒリン
ティア(f26360)さんと 〇

死は救済、ね
それは僕も認めるところだけど、使いどころを誤ってはいけないんだ
たすけてあげるだなんて、君はとても傲慢だね
自分が死を与えることで、己を肯定し、満足したいだけじゃないのかな?
少なくともぼくにはそう見えるよ
終わりにするのは君じゃない、常に自分自身だよ

僕がティアさんを掬った……?
そうだっけ、なぁんてね
君の手をとったこと、ちゃんと覚えてるよ
僕はぼくの意思ですべてを決める
始まりも、終わりも、全部ぼく自身が
キミの救済なんか必要ないよ

ルシ、終わりを与えてやろう
神なる君ですらできない救済なんてこと
烏滸がましいってわからせてやらなきゃ

ティアさんを怖がらせてないかなぁ…


ティア・メル
レイッツァ(f07505)と ○

余計なお世話だよ
ぼくの終わりはぼくが決める
知りもしない君に決められるのは不愉快だよ
生も死も平等に与えられている個々の権利なのにね

桜咲き緩む頰
ぼくを掬ってくれたのはレイッツァちゃんだよ
あう、びっくりした
忘れないでね
いつか何かを返したいんだから

んに。ごめんね、ぼくを救えるのは君じゃないよ
ぼくの手は大好きな人でいっぱいだもん

甘く囁く誘惑
救われたかったのは、掬われたかったのは、君だよね?
沙羅の花で導いてあげるよ
捕らえ蕩かし支配する
動かず酔いしれていて
レイッツァちゃんが終わりをくれるから

ひえひえな所を垣間見た気分
どんなレイッツァちゃんも大好きだから
特に何も変わんないけどね




 ――死を救済と呼ぶ。
 その事実は確かだろうと、レイッツァ・ウルヒリン(紫影の星使い・f07505)は首肯を返す。そうして零れ落ちることでしか、もはや真の救いには至れない命もあるだろう。
 だが――それは。
「使いどころを誤ってはいけないんだ」
 ゆるゆると開いた紅玉の眸を僅か眇めて、レイッツァが小さく息を吐く。見据える先の救済はどこまでも無垢な白色をして、ゆるゆると首を傾いだ。
 だから、男は一つ、声を続ける。
「たすけてあげるだなんて、君はとても傲慢だね」
「そうかな? みんな、助けてほしがってるよ」
「そうかもしれない」
 ――けれど。
「君は、自分が死を与えることで、己を肯定し、満足したいだけじゃないのかな?」
 ミーシャと呼ばれた慈愛が求めているのは、『あなたのため』ではない。
 少なくともレイッツァの目にはそう映る。振りかざされる一方的な救済の色は、決して万人が望むものではない。彼女が、父の元でも『彼』の元でも、自ら死を選ぼうとはしなかったように。
「終わりにするのは君じゃない、常に自分自身だよ」
 王子然とした男がちらりと傍らを見る。その先で交わした藤の陰、ティア・メル(きゃんでぃぞるぶ・f26360)は、幽かに頷いた。
 ――終わりたくないものを刈り取ることを救いと呼ぶならば。
「余計なお世話だよ」
 凛と声を響かせ、望まぬ力に翻弄されてなお生き抜いて来た少女は前を見る。辛いことも、苦しいことも、この背に負って来た。たった独りで生きて、けれど心底で誰かを求め続けながら――その甘やかな時間を、己が創り出せてしまうことに怯えた。
 だとしても、ティアは頽れる気はない。
「ぼくの終わりはぼくが決める。知りもしない君に決められるのは不愉快だよ」
 睨むように言い切って。
 けれどすぐに緩んだ頬に乗せるのは桜色。髪に似た色を差して、隣の王子を見上げるのだ。
「ぼくを掬ってくれたのはレイッツァちゃんだよ」
「そうだっけ?」
 ――なんてね。
 とぼけた顔で首を傾げてから、レイッツァが片目を瞑るものだから、ティアの唇にも思わず笑みが乗る。
「あう、びっくりした」
「君の手をとったこと、ちゃんと覚えてるよ」
「――忘れないでね」
 まだ、ティアは返せていない。この手を救ってくれた君へ。だから、ちゃんと――いつか必ず、返したい。
 その形が何かも、今はまだ分からなくても――きっと。
「んに。ごめんね、ぼくを救えるのは君じゃないよ」
 ぎゅっと握ったちいさな手に、大きな手がそっと応える。交わした眸と共に、少女は囁くように声を上げる。
「ぼくの手は大好きな人でいっぱいだもん」
 ――だから、君が振りかざす救いのかたちは、君にあげる。
 甘く呼ぶのは脳裏を搔き乱す誘惑の声。小さく、けれど確かに届く歌うような声は、慈愛が齎すそれすら覆す支配の力。
「救われたかったのは、掬われたかったのは、君だよね?」
 息を呑んだ娘の足が止まる。開きかけた翼は中途半端に天へ伸びたまま。息のひとさじを己の自由にすることさえも、ティアの齎す声の虜になった慈愛にとっては、ひどく難しいことに感じられることだろう。
 ――そのまま動かず酔いしれていて。
「レイッツァちゃんが終わりをくれるから」
 隣に立つ男の紅玉に、今や慈悲の色は一つもない。ひどく冴え冴えとする眸に呼応するように現れるのは、星より鮮烈に輝いた明けの明星――天より堕ちる宿命を背負う光、ルシファー。
「神なる君ですらできない救済なんてこと、烏滸がましいってわからせてやらなきゃ」
 零度の声に応じるように、光纏う御使いが迸る。
「僕はぼくの意思ですべてを決める。キミの救済なんか必要ないよ」
 ――細い悲鳴と共に呑まれていく娘を横目に、ふと眸の険を緩めたレイッツァの心配事は一つだけ。
 冷え切った横顔を見て、隣の彼女は怖がらなかっただろうか。
 どこか慎重に向けられた眼差しに、ティアは思わず、いつものように笑ってしまった。
 ――どんなレイッツァちゃんも大好きだから、特に何も変わんないよ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

リル・ルリ
🐟櫻沫


救い?
五月蝿い
僕は君の救いなど必要ない

君は櫻宵じゃない
僕に必要なのは誘名櫻宵だけ
そばに居るんだ
一緒にいるんだ
何時だって
忘れられても
殺されそうになったって
僕は櫻宵をあいしてる

僕にも彼にも君の救いは必要ない

うたう歌う
ひとりではないと櫻に伝えるために
「水想の歌」
何時だって離れたって
この心は共にある

水槽から出てすぐに
僕の手を引いて世界を教えてくれた
ひとりではないとしった
戀を教えてくれて
愛をしった
酷い嫉妬も受け止めてくれて
いつだって励ましてくれた

櫻!
抱きしめて捕まえて離さない
どんなにどうしょうもなかったとしても
僕はそばにいる
絶対ひとりになんてしない

僕に必要な救いは櫻宵という存在
一緒にいきるんだ


誘名・櫻宵
🌸櫻沫


暗闇の中で声がするわ
救ってくれるの?私を……
泥沼みたいな暗闇から、私を

歌う声が聴こえるわ
私を求めて探す可愛い人魚の歌
リルルリ
私と違って全部を持ってるあなた
きっと私に愛想を尽かすわ
きっと私の事が嫌になる
離れてしまうならはじめから
寄り添わねばよかったと…思えない

そばにいられて嬉しいの
楽しくて幸せで
春が芽吹いて桜が咲いて
私は私のままでいられる
あなたの隣で息ができる

歌に委ねて手を伸ばす
誰よりあたたかな冷たい冬を抱きしめる
春が咲き音が満ちる
愛がみちる
―私のすくい

ええ一緒に
いきて
いきましょう

私はまだ死ぬわけにはいかないの
やらなきゃいけない事がある

弱い自分の心ごと救済を斬り裂いて
美しく咲いてみせる




 ――五月蝿い。
 聞こえる甘やかな救済の声が滲んでいた。それさえ煩わしくて、零れた泪を拭う。
「僕は君の救いなど必要ない」
 慈愛を睨むリル・ルリ(『櫻沫の匣舟』・f10762)の眸は、確かな意志を春空に映した。向けられる翼の斬り刻むような救済も、差し伸べられた手が誘う地獄も、闇の中を游ぎ切った人魚は拒絶する。
 ――だって。
「君は櫻宵じゃない」
 リルが必要とするのは、たった一人。
 この隣に在れと、紡ぐ音は祈りの色を帯びた。隣で咲う春の色。香る桜薫の君。歌うリルを、いつでも傍で見詰めてくれる――唯一のひと。
「僕に必要なのは誘名櫻宵だけ」
 忘却の彼方に置き去りにされたこともあった。この身に牙を突き立てられそうになったことだってあった。それでも全てが、櫻龍が人魚を想うが故に零れた闇だと知っている。
 ――瓶詰人魚を導いてくれた、その笑みを。
「僕は櫻宵をあいしてる」
 だから、『救済』などさせはしない。重ねて来た全ての想いは、ここで途切れるためにあるのではない。
「僕にも彼にも君の救いは必要ない」
 ――未だ闇夜に囚われる愛しいひとへ、この声を届けてみせる。
 吸った空気がこい咲かす。奏でる喉が愛歌う。かつてのグランギニョールの人魚が、今ここに開演を告げよう。
 『櫻沫の匣舟』、水想の歌――。
 震わせる喉で呼ぼう。この声で願おう。もう一人の登壇を。
 水槽の外には沢山があった。手を引いてくれた櫻があったから、リルはここまで游いで来られたのだ。
 春めく戀を教えられ、夏の荒れ狂う海に似た嫉妬を識った。葉が色づくように背を押され、冬の底でも凍てつかない温もりがあると学んだ。
 その全てを――。
 彩ってくれた君がいなくちゃ、この舞台は色づかない。
 甘い救済の声音に手を伸ばしかけていた誘名・櫻宵(貪婪屠櫻・f02768)が、ふとその腕を止めたのは、愛しい歌が聞こえたからだった。
 櫻宵を求めるうつくしい人魚。ふたりの奏でる匣舟の座長、リルルリ。薄桃を愛してわらう泡沫。その面影が鮮明に過って、けれどすぐに暗澹たる思いに呑み込まれていく。
 ――その歌声は、何もかもを持っている。
 櫻宵の持っていないもの。命を煌めかせ、未来を彩る希望のいろ。自由な世界を游ぐための何もかも。だからこそ、龍は揺らぐのだ。身を切る痛みが、いつか現実に成ってしまうだろうことに。
 きっと愛想を尽かすだろう。薄暗がりはいつでも光に照らされるばかりだから。愛らしい顔が冷たく歪むところなんか見たくない。ましてそれが、己に向けられるなど。
 離れてしまうくらいならば、いっそ最初から――。
 けれど。
 重い腕が動かない。泥濘から救済してくれるのならば、この甘やかな救いを受け容れても構わないはずなのに。それが甘美なことだと、思えない。
 芽吹きを誘う春の歌声が呼んでいる。櫻宵に手を伸ばしている。全ての色を鎖された視界に、俄かに差し込む光が目を眩ませる。
 ――傍にいられる。
 それだけで良い。感じたことのない幸福が身を駆け巡り、枯れかけた花に水を遣る。咲き芽吹く花を照らされて、初めて清澄な空気を吸い込んだ気がした。
 櫻宵が、櫻宵でいていい場所がある。
 歌声と共に差し込む光に、手を伸ばす。何より暖かい、冷たい冬の雪があるからこそ、桜は美しく咲き誇る。その指先が触れあって、初めてそこに咲き乱れた愛を知る。
「――リル」
「櫻!」
 呼び合った名と共に視線が絡み合う。抱きすくめる互いの体の温もりを離さぬように、その温度を分け合うように――二人はただ、腕に力を込めた。
「僕はそばにいる。絶対ひとりになんてしない」
 リルの声が揺れる。例え櫻宵がどんな闇を抱えていたとしても構わない。その中に置き去りにしたりなど、絶対にしないから。
「一緒に、いきるんだ」
「――ええ」
 応えるように、櫻宵が息を吐いた。
「一緒に、いきて」
 それは懇願であり、誓いだ。
「いきましょう」
 ゆっくりと腕を解く。見詰め合った双眸は、もう闇にも救済にも囚われない。笑みを浮かべて、向き合う先の慈愛へ、屠龍の切っ先が向けられた。
「私はまだ死ぬわけにはいかないの」
 ――やるべきことがある。
 馳せる地にはふたりぶんの軌跡。斬るのは己が弱い心。
 桜獄大蛇の刃が、慈愛を断ち斬る――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

シキ・ジルモント
○◇/SPD
感じていた恐怖は戦いの中で薄れていく
自分は戦えると実感して
…少なくとも俺は、結果的に彼女に救われた事になるかもしれない

再度、耳を澄ます
さっきは進む先を探る為、今は飛来する羽の風切り音を察知して躱す為
それと、オウガとなってしまったミーシャの声を聴く為だ
いくら声を聴いてもオウガとなった彼女を救う事は出来ない
それは、よく理解しているが…

苦しかったのも助けて欲しかったのも、きっと自分自身だったのだろう
助けてやれなくてすまなかったと、一言零して
戦って倒す事で、この世界からの解放を試みる

俺はお前に助けられた、他者の救済は十分だ
誰も閉じ込めたりはしない
もう自分を解放してやってもいいんじゃないのか


嘉納・日向
〇◇

『ひーなちゃん、替わろっか?』
ううん、……大丈夫

表人格:日向

ごめんね
気持ちは嬉しいんだけど、ってやつ

あの暗闇は怖かった
私のやったことが、いつひまりと一緒に掘り返されるか。それも怖い
確かに私も終わればそれで、罪もなにも暴かれずじまいだね

でも、なにも罪に問われない今にも、違和感がするんだ
だって、忘れられなかったから
自分でやったことを、忘れるのは違うと思う

なにもかも終わりにするのは、……罪をそのまま放り出すこと。だから、そういう救いはいらないよ

飛ぶ羽を撃ち落とすように、夜鷹を飛ばす

『あたし、気にしてないのに?』
それでも、私は気にするんだ
『ひなちゃん真面目~。まあ、いいんじゃない?』
呑気、だなぁ




 規定回数のトリガーを引く。指先を滑らせる。空になったマガジンを吐き出させ、詰め替える。再びトリガーにかけた指に力を籠める――。
 ただそれだけのごく親しんだ動作に、シキ・ジルモント(人狼のガンナー・f09107)はひどく安堵した。
 まだ戦える。この手は未だ、生きる意味までもを失ってはいない。
 誘う声を聞いた耳は、今も済ませたままだ。飛来する羽の音を感知するために揺らす獣のそれに、オウガとなった娘の声をも捉えんとする。
「どうして? みんな、まだ生きたいの? こんなにくるしいのに?」
 ――幾ら声を聴いたとて、いっそ無垢なほどの声音に、この手が届くことはない。
 知っていながらも、割り切れない。この銃口を冷徹に向けたとしても、その先にある少女だったものを殺めることを願ったわけではないのだから。
「助けてやれなくてすまなかった」
 眉間にしわを寄せたまま、零した懺悔は届くかどうか。けれどもはや他に道がないのなら、成さねばならないことを知っているから、その腕が揺らぐことはない。
 一つの銃口が撃ち落としきれない翼に向けて、夜闇から飛来する黎明の夜鷹が嘶いた。
『ひーなちゃん、替わろっか?』
「ううん、……大丈夫」
 ゆるゆると首を横に振って、嘉納・日向(ひまわりの君よ・f27753)は深く息を吐く。暗闇の中で圧迫された肺に、満ちていく空気が肩の力を抜いた。
 そのまま持ち上げた眸の先――救済の色を、夏空めく青に映し出す。
「ごめんね。気持ちは嬉しいんだけど、ってやつ」
 暗闇は怖かった。
 二人で登った路を、一人駈け下りる早鐘のような心臓。緊張しきった身がひどく震えて、ぬめる夜の空気に呑まれて消えてしまいそうな――あの感覚を思い出したから。
 いつか、あの穴の中にいる親友は白日に晒されるのかもしれない。その日がいつ訪れるのか、日向には分からない。怯え続けて、震え続けて、後ろに『ひまり』を背負ったまま歩いていくのは、怖い。
「確かに私も終わればそれで、罪もなにも暴かれずじまいだね」
「でしょう? だから――」
「でも」
 ――忘れられない。
「なにも罪に問われない今にも、違和感がするんだ」
 あの日。闇の中に落ちていったひまりが、何度も頭を駆け巡る。自分のやったことだ。誰が何と言おうと――『ひまり』が許しの声と共に笑っても、絶対に、これは日向の罪なのだ。
 ここで何もかもを終わりにするのなら、背負う罪過を全て放り出してしまうこと。忘れて、置き去りにして、楽になるだけ。
「だから、そういう救いはいらないよ」
 静かに告げる日向の後方より、数多の夜鷹が飛び立つ。翼にぶつかり、或いは撃ち落としていく鳥の合間を、銃弾がすり抜けていく。
「俺はお前に助けられた、他者の救済は十分だ」
 ――掛けるべき言葉はそう簡単に思い付くものではなかった。
 けれど、何も言わずに冷たい銃弾の中に葬ってしまうのだとするならば、それは解放ではないだろう。だからこそ、シキは言葉を選ぶようにして声を紡ぐのだ。
「誰も閉じ込めたりはしない」
 苦しくて、助けて欲しくて――けれど誰も助けてくれない暗闇は、もうここにはない。今の彼女を縛り続けているのは、正しくミーシャと呼ばれた娘自身だ。
 だから。
「――もう、自分を解放してやってもいいんじゃないのか」
 静かに零れた声は、幽かに揺れて――銃口が吼える。
 翼と羽と、銃声と。
 その最中でじっと立つ日向の後方で、不意に笑う声がした。自らの罪。それなのに、何の罰も望まない――親友。
『あたし、気にしてないのに?』
「それでも、私は気にするんだ」
『ひなちゃん真面目~。まあ、いいんじゃない?』
 その笑い声は、どこまでも昔のまま。自分を殺した娘を責めることも、罵ることもしない。
 それが――少しだけ、背に掛かる重みを深くするから、日向はふと俯いた。
「――呑気、だなぁ」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

緋翠・華乃音
マリス・ステラ(f03202)と共に


――ああ、確かにそうだ。
辛いし、苦しい。
立ち止まってしまいたい。
目を瞑って暗闇に身を浸せられたら、どれだけ楽になれるだろう。

俺は、ほんとうは弱いから。
痛いんだよ、胸の奥が。
暴こうにも――もうそこには何もないんだ。

「……無理だな。その救済にはなんの価値もない」

全てのものの価値は受け入れられる対価の重みで決まる。
手を取っただけで得られる救いなど、たかが知れている。

「それでも、君に礼を言うべきだろうか」

どんな思惑があろうと、救いを差し伸べてくれたことに。
言葉と共に見つめる瞳は、しんと冷たい月光のような鋭利と静謐を以て。

悠然と浮かぶのは、拒絶という明快な結論。


マリス・ステラ
華乃音(f03169)と



語りかける華乃音の言葉に耳を傾けながらミーシャを見つめる
華乃音には彼女に共感するところがあると言う
それでもその"救済"を肯定はできないと告げた

「主よ、憐れみたまえ」

私は静かに『祈り』を捧げる
自らを救えなかった彼女は、
誰かを救うことで自らを救おうとしているのだろうか

「終わりもまた救済の形でしょう」

望む望まざるにかかわらず
しかし、華乃音が拒むなら私もまた受け容れるわけにはいきません

いいえ、何より私は、

「救済を求めてはいないのです」

迷い子よ、救済を求めるあなた
路を、標を示しましょう
闇は光に寄り添い、光もまた闇を照らすように

【星の導き手】を使用

「最後まで私たちがそばにいます」




 辛いのならば、苦しいのならば。
 棄ててしまえば良いのだと言われれば、否定するすべはない。見仰いだ空から滴る暗渠に、ただそれだけを思う。
 緋翠・華乃音(終ノ蝶・f03169)は、蝶の如くに脆い。
 辛さも苦しさも、ずっと隣にある。歩く足を止め、傍にある暗闇に融けてしまえたならば。そのままこの息も止まってしまったならば、どれほど楽になるだろう。
 救済の声に耳を傾けて、眸を伏せる。胸の奥に空いた空虚が軋むように痛むのだ。それでもなお、掻き毟り引き裂いて暴いたとしても――そこには、もう何もありはしないと知っているから。
「……無理だな。その救済にはなんの価値もない」
 全て、価値は受け入れられる対価が決める。
 得るならば失うものが必要だ。それが上等であればあるほど、支払うべき対価は重くなる。ならば何も失うことなく、手を取っただけで得られる救いなど、華乃音を真に救うものとはなり得ない。
 首を横に振って静かに息を吐く瑠璃蝶の声を、マリス・ステラ(星の織り手・f03202)は光の向こうに聞いていた。
 ――暗闇の中に鎖され、自らが歪んだ救いとなることを選んだ娘に、華乃音は共感するところがあるのだと言う。マリスには触れ得ない共鳴は、けれど確かに彼女の心のどこかへ届いてもいた。暗闇の中、光なき世界に佇む一人と一人が、伏せた瞼の奥に過る。見たこともない光景なのに、何故だかひどく現実感があった。
 それでも――。
 彼はその“救済”を否定するという。
「主よ、憐れみたまえ」
 ならば、流水の如き自然さで、オウガとなった少女へ歩み寄る足を止める理由もない。そっと組んだ繊手の向こう、星を湛える紺碧の眸は、ただ静かな祈りを捧げた。
「終わりもまた救済の形でしょう」
 それを望もうとも、或いは望まずとも。
 それを振りかざすのは、ただ。
 誰にも救われず、自らを救うすべさえ持たなかった少女は、欲しかったものを誰かへ捧げることで――己が救われようとしているのだろうか。
 だとしても、隣の彼が拒むものを、マリスが受け入れて首を垂れるわけにはいかない――。
 ――否。
 何よりも、マリスは。
「救済を求めてはいないのです」
 偽りの流星を穿つのは、花器の齎す星の光。差し込むそれが導きの如く伸びるから、思わず息を呑んだ娘の傍で、ほつりと声がする。
「それでも、君に礼を言うべきだろうか」
 ――華乃音の怜悧な眼差しが、すぐ傍まで迫っていたことに。
 ミーシャと呼ばれたオウガは気付かなかった。否、気付くことを許されなかった。流れるが如くに進められる足はあまりに自然で、気配は途切れることなく当たり前のようにそこに『在る』。まるで雑踏の中を歩いているかのように――けれど確かに、彼女を穿たんと、死を運ぶ瑠璃蝶はそこに立っていた。
 たとえ――ミーシャだったものが望むのが、ただの代償行為であったとしても。
 救いの手を差し伸べてくれたことは、事実なのだから。
 さりとて、流転の鈴は容赦の音を鳴らさない。月光めいて鋭利な、冷えた静謐を湛えて、双眸は真っ直ぐに娘を射抜く。
「最後まで私たちがそばにいます」
 ――迷い子よ。
 救済を求める憐れな娘。終ぞ救われぬまま暗闇に葬られた、泣き喚くだけの羊。ならば、マリスはそこに光を示そう。路となるように。標となるように。
 ――闇は光に寄り添う。
 ならば、光もまた闇を照らすから。
 冷えた刃と、暖かなひかり。二対の眼差しに見守られて、少女は泣きそうに眸を揺らがせた。
 ああ――彼女に未だ、人であった頃の名残があるのだとして。
 悠然と突きつけられる結論は、拒絶という明快な刃。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ヘンリエッタ・モリアーティ

そう。天使ね――はは、醜いな
せめて、終わりは心だけでもマシにしてあげる

天使が助けてくれたら、と思っていた?
それがあなたの希望だったのでしょうね
言っておくけど、男に暴力を振られてもしたたかに生きていた女性は大勢いる。今この瞬間にもね
あなたが「そう」なる必要は無かった。なるべきだったのはあなたを一生玩具にした彼らだったのでしょうに
苦しいのはあなたでしょう?
終わりにしたいのはあなたでしょう
誰かを助けるなんて、自分を助けられない人には無理

ええ。――私のこの姿も、私の願望でしょうね
でもあなたと、私は大きく違う。私は強くて、あなたは弱かった
それだけよ、チキン
美味しく食べてあげる
腹の中は暗くて暖かいわよ?




「そう。天使ね」
 信仰の対象。或いは典型的な救いの象徴。どうにせよ、笑ってしまうほど下らなくて、ヘンリエッタ・モリアーティ(円還竜・f07026)は喉を鳴らした。
「――醜いな」
 相対する黒と白の間に、相互理解の道はないと、彼女はそれだけで断ずる。古今東西、神は人を救わないし、代わりによく殺す。少なくともハティと呼ばれる一人は、天に頽れ御使いに縋ることに意味を見出す相手の精神状態と、同一にはなってやれなかった。
 だから。
「せめて、終わりは心だけでもマシにしてあげる」
 ――プロファイルを始めよう。
「天使が助けてくれたら、と思っていた?」
 返る答えは当然YESだ。訊くまでもない。
 非力な娘が欲したのは救済だ。力ではなかった。恐らく抗うことを捨てている――或いは最初から、念頭にさえ置いてはいなかったか。
「言っておくけど、男に暴力を振られてもしたたかに生きていた女性は大勢いる。今この瞬間にもね」
「でも、つらいでしょう。だから、わたしが――」
「話は最後まで聞いた方が得するわよ」
 思い込みが激しい。
 だからこうなったのだろう。視野が狭いのだ。或いはそうなりやすい。長期的な視野を持つことが下手なのか、それだけの余裕がなかったのか。
 そういう相手に――ハティが示すのは正論だ。
「あなたが『そう』なる必要は無かった。なるべきだったのはあなたを一生玩具にした彼らだったのでしょうに」
 ――苦しいのはあなたでしょう。
 ――終わりにしたいのは、あなたでしょう。
「誰かを助けるなんて、自分を助けられない人には無理」
 肩を竦めて一歩を進む女に『解剖』されて、娘は首を横に振った。悪あがきのように声を絞り出す。
「あなただって、望んだ姿になりたかったんでしょ」
「ええ」
 ごく自然に――。
 ハティが頷くものだから、その先に続く声が狼狽したのが分かった。
「でもあなたと、私は大きく違う」
 二人の間を揺れ動く指先が、凄惨なる幻想を生み出していく。それは心を呑み、頭を喰らい、存在を揺るがす静かなる哄笑だ。静謐に呑まれ暗闇に落とされ、その中で味わう痛みは悲鳴すらも殺すだろう。
 ――そっちの方が良い。
 ――人の立てる音は煩いもの。
「それだけよ、臆病者(chicken)。美味しく食べてあげる」
 それとももう聞こえてはいないか。
 舌なめずりをする女の本性は、竜だ。ひとを喰らって生きることが、当たり前のもの。ならばひとであった娘さえも捕食対象であると――ミーシャと呼ばれた娘の不運は、それに気付かなかったこと。
「腹の中は暗くて暖かいわよ?」
 ――ただ冷たいだけの、暗闇と違って。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ルーシー・ブルーベル
そう
つらかったのね
くるしかったのね
あなたが辿り着いた答えが、救いが、これだったのね

あなたの答えを否定はしない
最良の道でなくとも他に選びようが無かった
そういう事も、あるでしょう
自分が助けて欲しかったから、だれかを助けたい
その思いもまちがいではないもの

わたしを助けようとしてくれてありがとう
その気持ちを信じるわ
先ほどまでの暗闇に放ったのが他ならないあなただとしても

けれど、それでも
ルーシーはあなたの手を取らない、という事ができる
だってまだ、ルーシーはあきらめていないの
楽しいと思うこと、好きを見つけること
ただいまと言うことを
大切な思い出を遺すことを


差し伸べられた手を取る代わりに、青い花をあなたにあげるわ




「そう」
 零れる声はあえかに、静かに。
 暗闇を割るアオ――ルーシー・ブルーベル(ミオソティス・f11656)の隻眼が伏せられる。そこには、憐憫も敵対の意もない。
「つらかったのね」
 昏闇の中に鎖されて、ひとり置き去りにされて、こんな狂った世界に呑み込まれて。とうとうどこにも行けなくなって、心底欲しがったものは、何も得られないまま。
「くるしかったのね」
 誰からも差し伸べられない手。自分のことを救うすべすら知らないまま、誰にも真に愛されることを知らないままで終わった、光の娘。
「あなたが辿り着いた答えが、救いが、これだったのね」
 ――それを、ルーシーは否定しない。
 他の道が見えるのは、それを俯瞰できるからだ。たった一人の視野で見えるものには限界がある。暗闇の中にいるのなら、尚のこと。その中で足掻いて、前に進むことができる者は強いのだろう。
 ミーシャと呼ばれた少女に――その強さはなかった。
 選びようがなかった。最良に繋がる道はあったのかもしれないけれど、その目には映らなかった。その果てに抱いたのが、自分でない誰かへの救済の想いだというのなら、それを間違いだと断ずることはできない。
 少なくとも、ルーシーにとっては。
「わたしを助けようとしてくれてありがとう」
 ――その想いは、きっと信ずるに足るだけの純真を孕んでいたのだ。
 苦しみを生み出す暗闇が、他ならぬ眼前の救済が生み出したものだったとしても。己の抱く恐れを突きつけたのが、ミーシャだったオウガだとしても。
 静かに告げられた感謝の言葉に、慈愛は幾分か表情を少女めいて和らげた。けれどその手が差し出されるのを、ルーシーはそっと制する。
 信じても。感謝しても――。
「ルーシーはあなたの手を取らない、という事ができる」
「どうして? つらいのに?」
「だってまだ、ルーシーはあきらめていないの」
 たとえ、この先に待っている宿命が決まっているのだとしても。この身に残された時間が、指折り減っていくことを知っていても――この膝を折らない理由は、ただ。
 楽しいと思うこと。好きを見つけること。
 笑って告げるただいま、返るおかえりの声。
 ――大切な思い出を、ここに遺していくこと。
 どれだって、手放す気はない。いつか必ず手を離さなくてはいけない日が来るのだとしても――それは、『いま』ではないから。
 その手は取らない。代わりに舞い上がる青い花弁。己を『ルーシー』たらしめる色の最中に立って、彼女はそっと手を差し伸べる。
「青い花をあなたにあげるわ」
 手を握ることは出来ずとも――ここで一時、共に舞おう。

大成功 🔵​🔵​🔵​

夏目・晴夜

ああもう、やっと明るい場所に出られましたか…
暗闇は本当に辛くて苦しくて嫌いです

私だって名前も学も何もなかったですよ
守ってくれる誰かも愛してくれる誰かもいませんでした
なので自分で作って自分で得て、自分で守って愛する道を選んだのですがねえ
何故苦しんでる自分を捨て置いて他の誰かを助けようとしているのですか

貴女の救済とやらは要りません
私はまだ終わりにする気も、誰かに縋る気もないのでね
もしもの時には自分自身で、自分自身が思う形で救済してみせます

貴女も人様を助けると独り善がりにほざいている場合ではないでしょうが
まず自分自身を助けてあげたほうがいいのでは?
貴女がどんな形の救済を望んでいるのか知りませんがね




 差し込む光で、ようやくまともに呼吸を取り戻す。
 背筋を遡るような悪寒は、もう込み上げてはこなかった。それでも幾分失せた顔色を隠すようにして、夏目・晴夜(不夜狼・f00145)は帽子を指で摘まむ。深い吐息で動揺の全てを吐ききって、返す吸気で少年めいて揺れる喉を整える。
 それから、ようやく紫水晶に慈愛の姿を映した。暗闇の中の光――今は晴夜を照らす天使めいたその姿に眸を眇める。
 どうあっても、つまらない独善にしか見えなかったからだ。
「私だって名前も学も何もなかったですよ。守ってくれる誰かも愛してくれる誰かもいませんでした」
 ――晴夜とて同じだった。
 暗闇の中の閉塞と、地獄のような信仰だけが周囲にある全てだった。そこから抜け出すすべなど、非力な一人の少年にはなく――助けの手もまた、決して訪れないと知っていた。
 ミーシャと呼ばれた少女と彼が決定的に違っていたとするならば。
 晴夜は、己になかった全てを自ら作り出したこと。
 名前がないから自分で与えた。学がないから自ら学んだ。守ってもらえないなら己で守る。愛されない命なら、この身がまず、この命を愛する。
 『ハレルヤ』は――それさえ出来ずに足を止めた者に仰々しく手を差し伸べられて、素直に縋るような者ではない。
「何故苦しんでる自分を捨て置いて、他の誰かを助けようとしているのですか」
 一番傍にいる己を助けられない者が、自分ではない誰かを救えるなどと、ただの思い上がりだ。
 抜き身の妖刀を握る手に、少しばかり力を込めた。品定めをするようにオウガを見遣れば、他の猟兵によって負わされたと思しき傷はすぐに目に入った。
 脇腹の弾痕に狙いを定める動きに容赦はない。
「貴女の救済とやらは要りません」
 ――まだ終わる気はない。
 誰かに縋るなど以ての外だ。もしこの足が折れて、或いはそう長くない命が潰える日が来るとして――その日に彼を救うのは、彼自身だ。晴夜が思う最良の救済は、彼自身の手によってしか齎されない。
「貴女も、人様を助けると独り善がりにほざいている場合ではないでしょうが」
 突き立てる妖刀に悲鳴が上がる。正確無比に穿たれた傷口を、刃を捻ることで広げながら、上げる声はどこまでも不遜だ。
 ――何を以て彼女が『真の救済』と成したかったのかなど、晴夜の知るところではない。
 だがそれも、ある種当然のことなのだ。己の全てを理解する他人など、そう簡単に現れはしない。彼女が彼を理解しないだろうことと同じ。
 他人とは、そういうものだから。
「まず自分自身を助けてあげたほうがいいのでは?」
 ――こうして痛みや苦しみを味わいたかったわけではないと、泣くのなら。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鷲生・嵯泉
己の苦しみの記憶が在るからこその言葉なのだろうが
生憎と其れを助けと思える程に無邪気ではない
“死”が救済と為る可能性迄も否定はせん
だが其れは自身の最後の選択として選ぶべきものだ

生きて欲しいと最後の息で願われ此処まで生きて来た
決して失えない預かりものだと云うのに
抗う為に削り続ける愚行の末路……此の命は長くは無いと知れる
――だが其の終焉にも抗うと決めた
幸せで在って欲しいと、願い願われ伴にと誓った
其の「存在」が此の先の私を生かす
如何に苦しかろうともお前の救済なぞ必要無い
――私が必要とするのは、かの誓い。死なぞ望まない

破群領域――残さず砕いてくれる
お前自身が嘗て望んだだろう最後の願い、受け取るがいい




 いつかそれを、どこかで望んだことがある。
 願うだけの――願わざるを得ないだけの苦痛を知っている。さりとてそれを見据えて伸ばされる手を信じ縋れるほど、青くもない。
「“死”が救済と為る可能性迄も否定はせん」
 鷲生・嵯泉(烈志・f05845)の零す声は、握る白刃とよく似ていた。眼前の慈愛が望むそれを見透かすように――或いは断つように、男は一歩、前に出る。
「だが其れは自身の最後の選択として選ぶべきものだ」
 ――最愛の熱が喪われていく感覚を、未だ鮮明にこの手へ刻んでいる。
 最期の吐息と共に零された願いを抱えて、ここまでを生きて来た。果てに見る倖せの総てを亡くし、それでも足掻いて来たのは、その声が未だ耳朶に遺るからだ。
 生きてください――。
 女の声があえかに告げて、男はそれに頷いた。願いを約定と変えた刹那に、この身はただの残火ではなく、失くせぬ預かりものの命を抱える器と成った。
 抗ったのは、あの惨禍を再び齎さんとする世界の敵のみでなく――或いは死へと揺れる、脱殻めいたその心だったろう。抗うほどに削り朽ちる身に矛盾を抱え続けた代償は、繋がる未来が鎖されることだった。
 ――だとしても。
 ――その終焉にも、抗うと決めた。
「如何に苦しかろうともお前の救済なぞ必要無い」
 空いた左手で胸元に触れる。
 この身を生かすのは、今や過去の残り火のみではない。嵯泉が燃え朽ちることを望まぬ手は気付けば溢れ、願われたのは伴に生きること――。
 幸福であれと願った。それが己が幸福なしには叶わぬことを知った。与えられた信を、祈りを、裏切ることなど出来はしない。
 ならば――伴に。
 道がないというのなら作れば良い。それが如何なる苦痛を伴おうとも、嵯泉は足を止めはしない。死を以て救済と成すのならば、全て叩き伏せて通るのみ。
 必要なのは、ただ――この身に立てた誓いの在り処、帰るべき場所へ帰ることだ。
「お前自身が嘗て望んだだろう最後の願い、受け取るがいい」
 刀身が音を立ててしなる。偽りの慈愛と救われなかった少女の狭間、揺らぐ星の光を冴え冴えと跳ね返し、蛇腹の刃が唸る。
 開かれた傷口へ向かう破砕の剣に、娘の声が無垢に揺れる。
「痛いのは、いや」
 思わずと口を衝くのは、溜息じみた息だっただろうか。容赦のない禍断が、救済を呑み込む刹那、嵯泉はふと目を眇めた。
 苦しみも痛みも、きっと必要はないのだろう。
 それでも、終焉こそを救いと宣うほどに求めるのならば、知らねばならないことはある。
「――痛みの無い死なぞ、在りはせん」
 都合の良い終わりが、この世に在ろうはずがないことを。

大成功 🔵​🔵​🔵​

霧島・ニュイ


……助けてくれるの?
思考の袋小路から助けてくれる?
良い案を一緒に考えてくれる?
僕と一緒にいてくれる?

……違うんだ
願いを叶えてくれないんだね
死を救済なんて僕は思わない
死んでしまえば終わりなんだよ
幸福の押し付けくそくらえ、だよ

助けて欲しいのは君だったんだよね?
あわれな子…
君がオウガになる前に間に合っていたら…

出来るだけ距離を取り
攻撃は見切って躱す
視線、羽根や星の動きに注視

手に二丁の銃
スナイパーで命中率を上げて、クイックドロウで早撃ち
2回攻撃で手数を増やす
急所を狙う
本当は一撃で終わらせてあげたいんだけど
せめて秒殺してあげる

欲しいものは自分で手に入れる
どんな手を使っても
自分を偽っても
それが僕だからね




 不意に差した光の中に立っている。
「……助けてくれるの?」
 唇を震わせた霧島・ニュイ(霧雲・f12029)が、そう小首を傾いだ。差し出された手が救済を謳うのなら、真に彼を救ってくれるのなら――。
 相反する心を彷徨う思考から、救い出してくれるのだろうか。矛盾する恐怖の裡から抜け出す方法を、共に考えてくれるのだろうか。
 ずっと――一緒に。
「僕と一緒にいてくれる?」
「わたしは、もっとたくさんたすけなきゃいけないから」
 ゆるゆると首を横に振る慈愛に。
 翠の眸は、ひどく落胆したように色を失くした。広げられる刃の翼の一枚一枚が、己へ向けられる慈悲の色を示している。
 それは――。
 決して、ニュイの望む救済を齎してはくれないことも。
「……違うんだ。願いを叶えてくれないんだね」
 死ねば終わりだ。
 何も手に入れられはしない。彼が望み、欲した全ては、彼がここで息をしていればこそ掴めるものなのだ。何をも失くしたくない、願いを叶えたいと望む者にとって、終焉は救済とはなり得ない。
 だから。
「幸福の押し付けくそくらえ、だよ」
 抜き放つ二丁の銃と共に、ニュイは後方へ飛んだ。
 先まで経っていた場所へと刃が突き刺さる。遅れて発射された分がこちらに迫るのは既に見えていた。射程圏内に相手を捉えるままに、少年は明るい髪を揺らして眸を眇める。
「助けて欲しいのは君だったんだよね?」
 ――そのありように、憐憫を抱かないわけではない。死を救いとみなすほどに、誰もに蹂躙されて来た命だというのなら。
「君がオウガになる前に間に合っていたら……」
 もう届かぬ声は、少しでも彼女を引き戻すことが出来たのだろうか。
 吼えるマスケット銃。次いで霧氷の拳銃の引鉄を引いた。狙うは一点、その胸部。致命の一撃が届かずとも、せめてその痛苦を感じる間もない死を与えよう。
 たとえ――彼女がどれだけ憐れむべき存在であったとしても、ニュイはここでその救済を受け容れるわけにはいかない。差し伸べられる手を取ることも、しない。
 欲しいものを手に入れることが出来るのは、いつだって己だけだ。
 どんな手を使っても、己を偽ってでも。こうして抱える本性を、倫理にそぐわぬものと知るが故に、隠しきってでも。
 ニュイは――ニュイの理想を掴み取る。それがどれだけ非難されるべき方法であったとしても、変わりない。
 そのために、まずは目の前のオウガを屠る。ニュイが持ちうる最大の慈悲を以て、けれど容赦はひとひらたりとも抱かないまま。
「それが僕だからね」
 冷たく零した声と共に、翠の眸がいつものように笑った。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鳴宮・匡



――いつか、約束をしたんだ
前を向いて、自分と向き合って生きると
自分を、この胸の裡に生まれたものを大切にすると

空っぽだと思っていた自分の裡に
こころを見つけてくれたひと
彼女の幸福だけを、ただ願えたらよかったのに
それが出来ない自分は、ただ利己的なだけの醜いものだと思う

……だけど

前を向いて生きると、自分を大切にすると約束したから
自分の中にあるものがどんな形でも
それを懐いてしまった自分を、どんなに許せなくても
それを抱えて歩く日々が、痛く苦しいものだとしても

この命を手放すわけにはいかない
この想いをなかったことにはできない
――したくないんだ

影を纏わせた弾丸で、翼ごと、光ごと射抜くよ
お前の救済は、必要ない




 胸の裡へと灯した約束が、今日までの足を支えて来た。
 今からだってそうだと、鳴宮・匡(凪の海・f01612)は知っている。藤色の灯火は、己の心の在り処さえ分からない男の昏闇を照らし出すのだ。
 ――この闇が晴れることはないのだろうと、匡は理解している。
 己が裡にあるものを抱きしめることは、痛くて、辛くて、苦しい。さりとてこの痛みを失くした先の己を想起することも難しい。それでも前を向くのは、ただ。
 胸に抱えた約束が、それを望むからだ。
 前を向いて、自分と向き合って生きていくこと。自分と、胸の裡に生まれたものを大切にしていくこと――いつかどちらかが前を向ける日が来たならば、もう一人も一緒に前を向いて生きていくこと。
 空虚だけが満ちていたはずの暗渠に埋もれていた、歪で小さな『匡』を見付けてくれたひとと、生きていきたい。
 きっと、ずっとそう思っていた。それを自覚したのはごく最近で――それまではずっと、この身の存在など関係なしに、彼女の幸福を願い続けていたのだと思っていたのだ。
 ――それが出来なくなってしまったことを、利己的で醜悪だと思う。
 或いは、最初から出来てなどいなかったのかもしれないけれど。
 構えた銃は暗闇の中でも手にあった。セーフティはとうに解除してある。後は銃口を向けて、引鉄を引くだけ。ごく慣れ親しんだ動作が、裡に渦巻く感情とは裏腹に、眼前の脅威を打ち払わんとする。
「この命を手放すわけにはいかない」
 ――これは、抱えていきたい約束だから。
 幾千の罪を重ねて来た。幾万の死を折り重ねて来た。己の後ろに積み重なった屍のうち、たったひとつだけにしか、罪の意識も抱けない。これまでがそうだったのなら、これからもずっとそうだろう。数えるのも馬鹿らしい有象無象と、たったひとつを犠牲にして得た命が、果てに抱くものがただの私欲だ。それをきっと、匡は永久に赦せない。
 だとしても。
 この命がどれだけ歪であろうとも、この願いがどれだけ穢れていようとも、この祈りがどれだけ醜悪なのだろうとも――匡は。
 抱く想いを、なかったことには出来ない。
「――したくないんだ」
 目の奥がぐらつく。氾濫する影の侵食の中で、限界を超えて目から零れる朱い雫を拭うこともせずに、男は僅かに呼吸を乱した。
 ――この罪深い身を救うのに、翼は要らない。星の光も必要ない。
 この命を繋ぐ『特別』は、味気ない銃に揺れる瑠璃唐草と、暗闇に灯る藤色の道標。
「お前の救済は、必要ない」
 確かな意志と共に、全てを壊す影の銃弾が、存在を知らせるように吼えた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

朱酉・逢真
マスターと/f22971

眷属たちを飛んでくる羽根の盾にしながらマスターと話そう。
なら俺がやろうかい? ひひ。それに死なせにゃいかんとしても、話しかけちゃいかんってこともなかろうよ。
こォいうのンは自己満足さ。なァに、結末が決まってるンは命も同じことさ。

劇が始まった。いまこのとき、主役はマスターだ。俺は黒子として働く。誰にも邪魔はさせん。
《恙》を向ける。シィ…お嬢さん、お静かに。まずは黙って話を聞いとくれ。
邪魔する声・ふりそそぐ羽根と星・体の動き・心理的作用…その全部を《抑制》しよう。
笑えッほど寿命削れっからちとキツいが、持ちこたえるさ。大事なのは《今を生きる命》。俺は日陰。命の下にあるものさ。


釈迦牟尼仏・万々斎
黒の君と/f16930

飛んでくる羽根は広がる暗々裏に捕食させつつ黒の君と話そう。
いや参った。救済云々はビッグなお世話とはいえ、咎なき娘の首を落とすなど吾輩の美学に反する。討ち果たす前に、中指をおっ立てて悪態をつく権利を説いてきてもいいだろうか。

鎖で拘束狙いだ。大音量で呼びかけよう。

生まれたてのオウガよ。人間の娘だった頃の記憶はまだあるかね。
理不尽に傷つけられ、怯えていた君よ。
見たまえ、世界は何一つ君を救いはしない。
君は怒ることすら出来ぬまま慈悲深く在るしかなかったのに、豚共は今どこで何をしている?
君を閉じ込めた奴原の名を叫び、大声で怨みを謳ってみたまえ。
我々相手に一発ぶちかまして行くがいい。




「いや参った」
 開口一番にそう呟いて、釈迦牟尼仏・万々斎(ババンババンバンバン・f22971)は小首を傾いだ。
 正確にはその姿は梟のままである。光に照らされると尚のこと、隣の日陰を押しやって潰しかねない質量を保っているように見えた。そのまま、手――或いは翼――で顎を撫で遣った彼は、放たれる刃羽を舞う黒に食わせるまま、同じように立つ神を一瞥した。
「救済云々はビッグなお世話とはいえ、咎なき娘の首を落とすなど吾輩の美学に反する」
「なら俺がやろうかい?」
「お気遣い痛み入る。が、戦うのは得意でないだろう」
「ひひ、そのとォり」
 放った眷属が全てを受け止めて散っていくから、その後ろで力ない笑声を漏らす朱酉・逢真(朱ノ鳥・f16930)は無傷だ。
 事実戦うのは得意でない。兎にも角にもこの≪宿≫は脆いのだ。とてもではないが、自らあの羽の雨の中に飛び込んで首を掻き切って取ってくるなどという真似は出来そうにない。
 故に。
 万々斎が望むのは、この手を穢さぬ結末というより、もっと別の代物である。
「討ち果たす前に、中指をおっ立てて悪態をつく権利を説いてきてもいいだろうか」
「構わんだろォ」
 逢真の返しはごく他人事めく。それを成したいというのなら、日陰はその意を汲むだけだ。許すだの許さないだの、そういうのは陽極の仕事である。
「死なせにゃいかんとしても、話しかけちゃいかんってこともなかろうよ。こォいうのンは自己満足さ」
 ゆらゆら揺れる影の指先に、黒泥はそれもそうだと頷いた。さりとて前に出るにはこちらも些か心もとない故に。
「少々どころでない大声を出しても?」
「良いぜ。耳塞いでらァ」
 果たして言葉通り、白い痩躯は耳に手を遣った。
 見届けてから左腕を差し伸べる。丁度、救済の慈愛の鏡映しになるように。
 伸びた鎖がその身に絡む。抵抗せんと力を籠める娘にも届くように、万々斎は大きく息を吸った。
「生まれたてのオウガよ。人間の娘だった頃の記憶はまだあるかね」
 ――理不尽に傷つけられ、怯えていた君よ。
 思いの外の大音声に、隣の逢真が僅かに身を引いたのが分かった。びくりと動きを止めた慈愛の方は、何か声を返そうとして、けれど何一つ己の意志にそぐわぬと気付いたろうか。
「シィ……お嬢さん、お静かに。まずは黙って話を聞いとくれ」
 片耳から指を離して、神が己の唇へ人差し指を立てる。へらりと笑ういつもの表情は、普段の病的な白さから比べても、随分と顔色が悪く見える。
 ――己が寿命を随分と犠牲にしている。
 それで構わない。此度の主役は隣に立つ喫茶店のマスターだ。黒子は黒子らしく――或いは日陰に潜む者らしく、舞台を邪魔する全てを≪抑制≫してしまおう。
 命の下にしか影は出来得ぬ。なれば、その命の在り様を支えてこそ、影はより色濃くなるというものだ。
「見たまえ、世界は何一つ君を救いはしない」
 己の変調に意識を向けていた娘の顔が持ち上がる。万々斎を見遣るその双眸に、確かな動揺が浮かんでいた。
「君は怒ることすら出来ぬまま慈悲深く在るしかなかったのに、豚共は今どこで何をしている?」
 ――それは。
 きっと考えたくないことだったのだろう。少女が顔を顰めるのを、二人の眸は確かに捉えていた。
 優しさだとも、臆病さだともいえよう。歪んだ救済を声高に叫ぶことが、優しい少女の最後の抵抗なのか、それとも逃避なのかを定めることなど出来はすまい。
 ならば閉じ込めたその想いを解放すれば良い。恨みも怒りもないままで、救いにならんと頽れたわけではないのだろう。
「君を閉じ込めた奴原の名を叫び、大声で怨みを謳ってみたまえ」
 もう人ではないのだから。
 誰も止める者などあるまい。少なくともここに立つ二人は、それをこそ望むように、ゆるゆると拘束を解かれてへたり込む娘を見詰めているのだから。
「我々相手に一発ぶちかまして行くがいい」
 神も、泥濘も、それを咎めることはしない。
 ――人の激情を受け止めることこそ、彼らの望みであるが故。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

リア・ファル
WIZ
アドリブ共闘歓迎

苦しみに目を背け、悲しみに耳を塞ぎ
何もかもを無かった事にして、
諦念の水底に沈んでいくようなソレは救いではないんだ

辛くても、傷ついても、それでも手を伸ばしたい
そんな瞬間はあったはずだから

ゴメンねミーシャちゃん
終わってしまったキミへボクができる事は
キミの与える救済と同義になってしまうけど……

今を生きる者とキミへ、いつかの世界の精彩を
竪琴よ、魂に震え響く、希望の喜びを皆の胸に!

UC【琴線共鳴・ダグザの竪琴】!

こんな想いをするのは、ボクたちだけで充分だから
たとえ、理不尽に打ちのめされようとも
明日に向かって、歩くんだ




 苦しみにも悲しみにも、きっと立ち向かわなくてはならない。
 猟兵であらば誰もが抱える、業ともいうべき真実だった。苦痛から逃れようと目を背け、悲しみを味わいたくないばかりに耳を塞いで、何もかもを水底に沈める在り方は、きっと救いではない。
 それはきっと、漂う己が浮かんでいたような無間の海だ。真綿で首を絞められるように、死に至ることなく生き続ける――生きているとさえ言えないようなありさまで、苦しみを希釈していくことだ。
 諦念は泥濘に似ている。一度足を取られたら、這い上がるのは容易ではない。そう思うからこそ、桃色の眸を伏せたリア・ファル(三界の魔術師/トライオーシャン・ナビゲーター・f04685)が、最初に発するべきは謝罪だった。
「ゴメンね、ミーシャちゃん」
 その救済を救済と認められないこと。
 そうしておきながら、最早この身が成せることは、彼女の言う慈愛と何ら変わりない解放でしかないこと。
「終わってしまったキミへボクができる事は、キミの与える救済と同義になってしまうけど……」
 ――せめて、今を生きる者とキミへ、いつかの世界の精彩を。
 再び開いた眸には確かな意志を。この身が成すのは、ただ彼女を昏い海へと還すことだけではない。
 呼び起こした金の竪琴の三弦が鳴る。空気を震わせる音は未だ暗闇に在る仲間へも届くだろう。光よりも熱く、眩く、その心の中で響くものを――ここで再び立つための、最も明るい導を、呼び起こすように。
「竪琴よ、魂に震え響く、希望の喜びを皆の胸に!」
 鳴り響く音に目を見開いて、ミーシャと呼ばれたオウガはへたりこんだままで動きを止めた。己の齎す救済の先にある闇の中、本当に求めた光の渦に見惚れるように――或いは、打ちひしがれるように。
 いつか救いを乞うて、けれど叶えられなかった。その人生に救いはなかったのだろう。こんなところに堕ちて尚も、己の苦しみの中に囚われ続けるように。誰かを痛苦の中に落として、自らの手で掬い上げることにしか、意味を見出せなかったように。
 けれど、それをいつまでも続けていたのでは――彼女自身が真に救われることは、永久にない。
「こんな想いをするのは、ボクたちだけで充分だから」
 ちいさな手を差し伸べて、リアはひどく柔らかく笑った。ヒトとモノの狭間に立つ存在であることを、哀しく思ったことは、きっとない。どちらにもなれないのであったとしても、絆を、縁を繋ぐことは出来るから。
 辛くても、傷付いても、それでも手を伸ばしたいと思う。
 その瞬間は、確かにリアの中に根付いているから――。
「明日に向かって、歩くんだ」
 ――たとえ、その先でどれだけの理不尽に打ちのめされたとしても。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ゼロ・クローフィ
暗闇に見える光
その前に現れた女

救う?
誰が誰を?お前がか…
嗚呼、俺が苦手な人種だな

本当にそれが出来ると信じて疑わない
馬鹿げた妄想だと鼻で笑う

悪いがそれはお断りだ
俺は別に救って欲しいと思ってない


つぅーか、救ってあげるなんて傲慢にも程がある
俺は命令されるのが死ぬほど嫌いだ
お前に助けられるくらいならここでのたれ死んだ方がマシだ
まぁ、今は死ぬ気は無いがな

手袋を外し
最凶悪
地獄の四大元素や破壊する


お前が誰でも救う天使というなら
俺は誰でも殺す悪魔だろう

さぁ、本当に救済が必要が誰か
わかってるだろ?




 暗闇の中に差し込む光に、思わず隻眼を細めた。その中に現れた女の姿は、ひどく白々しく映って、思わず深く溜息じみた息を漏らした。
「救う? 誰が誰を?」
「決まってるよ。わたしが、あなたを」
 穏やかに告げる声に、ゼロ・クローフィ(黒狼ノ影・f03934)が眉を顰めてみせたのは、或いは本能的な忌避感が故だったのかもしれない。無邪気な台詞がどこまでも厭わしい。
「お前がか……」
 ――馬鹿げた妄想だ。
 思わず鼻で笑う。誰かを救うという行為の難儀さに、彼女は気付いた様子がない。己が誰にも救われなかったにも関わらず。
 ましてそれが、ゼロという存在への救済を訴えるなら、尚のこと笑えてならないのだ。この身の救われ方など彼自身ですら知らない。己を得れば救われるのかと言われれば、それにも首を横に振るだろう。
 それは救済ではない。
 ――ただ、彼が目指すべき使命に過ぎないのだ。
「悪いがそれはお断りだ。俺は別に救って欲しいと思ってない」
 そも、他人に縋ろうと思ったことさえない。
 能動的でないのは、ただ興味が湧かぬが故だ。何らの義理もないのに動くのが面倒ならば、何らの義理もなしに割り入る指を良しと出来ようはずもない。
「つぅーか、『救ってあげる』なんて傲慢にも程がある。俺は命令されるのが死ぬほど嫌いだ」
 隻眼に嫌悪を滲ませるゼロの指先が、己の手袋をするりと外す。禍々しい煉獄の焔と共に、破壊の化身が闇より割って出た。
 最凶悪――アイト・ルシファー。
 最早言葉など不要だろう。忌々しい天の御使いを前にして、呼び起こされた堕天の使徒は怒りに燃えていた。厭わしげに目を伏せる契約者の、禍つ印に応じ、地獄の四大元素が渦巻いた。
「お前に助けられるくらいなら、ここでのたれ死んだ方がマシだ」
 悲鳴を上げて後ずさるそれが誰もを救わんとする天使だというのなら。
 己は、全てを殺さんとする悪魔となるだろう。
 その齎すものが同じだとしても。死をこそ救済だと謳う娘が撃ち出す翼刃と、男の従える魔王の放つ煉獄は、きっとどちらも死神の鎌だ。
 違いがあるとするならば、それは――。
 必死に抗わんとする慈愛が、救いを見出していて。
 ゼロはそれに、何らの感慨も抱かぬことだ。
 ならばもう、答えは出ているだろう。獄炎の裡に立ち、けれどその熱に身を焼かれることもなく、ゼロはゆるりと目を眇める。
「さぁ、本当に救済が必要なのが誰か」
 自らの願いからも逃げ出した娘の末路は、碌なものではないだろう。魔王に目を付けられたのなら、尚のこと。
「――わかってるだろ?」
 『己』から目を逸らし続けた代償を、とくと味わうが良い。

大成功 🔵​🔵​🔵​

シン・コーエン
眞白さん(f00949)と

彼女の境遇(あまりにも男運が悪すぎる…)には同情するが、殺戮を救済と勘違いして良い理屈はない。
それに俺の人生は大抵楽しかったし、辛さ苦しさも俺の歩んだ軌跡で、後で振り返れば、ある意味宝物だから同調出来ない。

前衛に立って戦闘。
【第六感】で敵動きを予測し、【衝撃波と念動力】で羽を吹き飛ばし、【武器受け】で撃ち落とし、最後は【オーラ防御】で防ぐ。

UCを発動すれば、左手をブラックホールに変換して、ミーシャの羽と流星を吸い込み対象に指定して吸い込む。
眞白さんへの攻撃も同様に吸い込み、いつでも【かばえる】よう動く。

最後に灼星剣に【炎の属性攻撃】を宿しての【2回攻撃】で彼女を斃す。


神元・眞白
【SPD/割と自由に】シンさん(f13886)と一緒に。
よかった。暗いのがずっと続くのかとばかり。
シンさんと一緒だから平気だけれど、あのままだと嫌な気持ちになっていそうで。
……そう。人は誰しも終わりが来るもの。誰でも、ひとしく。
でも、それは人から与えられるものじゃないから。自分で決めないと。
救いの形は人それぞれ。まずは、お話をしましょう。
あなたの気持ちとやりたいことを。私たちが引き継げることを。

そうでないなら、あなたはそこで何も言わず、ただ、朽ちてゆく――。
昔の景色を振り返って堂々巡り。大事なのは今、そして、明日。
…符雨。分かり合えないって、悲しいこと。シンさんのアシストをお願いね。




 暗闇から抜け出して、神元・眞白(真白のキャンパス・f00949)は確かに安堵していた。
 隣に立つシン・コーエン(灼閃・f13886)の精悍な眼差しがよく見える。仲間と共にいたからこそ、こうして平静を保ってもいられるが――ずっと暗いままの闇に取り残されていたならば、きっと気が塞いでいただろうことが分かるから。
 ふと碧玉の眸を伏せて、眞白はほつりと語り出す。
「……そう。人は誰しも終わりが来るもの。誰でも、ひとしく」
 一歩を踏み出す彼女をちらと見て、シンはその意を汲み取った。抜き放った灼星剣の赤を油断なく握りながらも、その語り掛けを邪魔立てする気はなかった。
 だから、眞白も声を続ける。
「でも、それは人から与えられるものじゃないから。自分で決めないと」
 ――救いの形は、決して一つではない。
 眞白の思う救いと、彼女の思う救いは違う。きっとシンとも違っているのだろう。必要なのはただ武器を交えることだけではなくて――。
「まずは、お話をしましょう」
「お話――?」
「ええ」
 浅く頷いた少女人形は、招くように手を広げた。それは決して救済を押し付けるためではない。
 最早交わることのない命と命の間に、出来ることを探すため。彼女の魂が、少しでも報われんとするため――。
「あなたの気持ちとやりたいことを。私たちが引き継げることを」
「わたしの、気持ち」
 それが出来ないのならば、ミーシャと呼ばれた娘はただ朽ちていくだけだから――。
 少しばかり、無防備な間があった。
「みんなをたすけたいの。くるしいなら、終わった方がいいでしょう?」
 無垢な声で告げられたのは、歪んで堕ちた娘の最期の囁き。願いというにも捻じ曲げられすぎた、オウガの性――。
 表情を揺らがせた眞白を制するように、前に出たのはシンだ。無言を保っていた彼の眸には、もう二度と人に戻れぬ慈愛への、確かな意志が込められていた。
「同情はするが、殺戮を救済と勘違いして良い理屈はない」
 ――些か、男運が悪すぎるとさえ思う。
 愛した人も、庇護者も、碌なものではなかったという。けれど、それが彼の歩みを止める理由にはならないし、誰かを徒に傷付け誘惑を囁くことが赦されるわけでもない。差し伸べられる手がもうないのだというのならば――そこにあるのは、どちらかが終わるという結末だけで。
 ――シンは、眞白という仲間の終わりも、彼自身の終わりも認めない。
「俺の人生は大抵楽しかったし、辛さ苦しさも俺の歩んだ軌跡で、後で振り返れば、ある意味宝物だ」
 だから。
 羽の一枚が煌めいて己を狙うのを確かに見た。風切り音が飛来するより先、超常の力によって軌道を変えたそれは地面に突き立った。次いで襲い来る分を刃にて難なく弾き、尚も足りぬとあらば霊光の防御がその身を覆う。
 その間にも足は止めない。眞白を庇うように前に立ち、騎士は己が左腕を翳した。
 漆黒の虚空が口を開く。飛び交う翼刃と、後を追うように流れる星々をも誘引し喰らうそれは、決して後方の仲間にも傷を与えたりはしない。
 ――そうして距離を詰める金色を見遣りながら、銀は己の隣に立つ人形の名を呼んだ。
「……符雨。シンさんのアシストをお願いね」
 いつもの調子で飄々と前へ出たそれは、しかし覇気のない隣人の声に眼差しを遣る。首を横に振ることで応じて、眞白は目を伏せる。
 ――昔を振り返るばかりの堂々巡り。それがオウガの在り様だというのなら、もう二度と、本当に、その価値観が人と交わることはないのだろう。
 そこに在る断絶の悲しみを知る。知りながら――それでも、終わらせねばならないことが、今ここにあるのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

リリヤ・ベル
○◇

やさしいものは、やわらかいのです。
やわらかいから、傷がついてしまう。
そうしてどうしようもなくなってしまったこころを思うと、すこしだけさみしい。

鐘を鳴らして、呼ぶのは水気。
空を、大気を、覆う雲。
厚く厚くとばりをおろして、
舞い散る羽の勢いを弱めましょう。
かくして、かくして。
みえないように。

やさしい、やさしいあなた。
わたくしはわるいおおかみなのです。
やさしいだけのことばは、きけません。
……たすけてくれなくてもよいのですよ。
ちゃんと、ひとりでゆけますもの。
くるしいことも、かなしいことも、それだけでおわるわけではないのです。

どんな道でも、わたくしは明日に進みます。
あかるいほうへと歩くのです。


水衛・巽
○◇
すべてのアリスを救うなど不可能というもの
中には人知れず命を落とすケースもあるでしょう
或いはこうして鬼に唆され、自ら堕ちるような事も

誰も守ってくれなかったのでしょうね
「父」も「彼」も「クラスメイト」も

闇を怖れる気持ちは残念ながら理解できませんし
貴女の『救済』はエゴが過ぎる
希望を閉じられる痛みを知っているなら
救いの名でもたらされる死の絶望も想像できたでしょうに

我々が貴女に、遅れたことの赦しを願う権利はない
そのかわり約束しましょう
闇に呑まれたアリスが絶望を広げる前に刈ることを
そんな悲しい救済を始める前に幕を引くことを

どうか彼女が最期に見るものが
絶望や闇だけではないように




 自分が堕ちても、たすけたいと言う。
 心の奥底にあるのは、逃避なのかもしれない。だとしても、その奥底にあるのが、誰かに差し伸べる手であることに間違いはなくて。
「やさしい、やさしいあなた」
 リリヤ・ベル(祝福の鐘・f10892)の声がりんと鳴る。
 やさしいものは、同じくらいやわらかい。だからすぐに、圧し潰されたり傷をつけられたりしてしまう。やさしいからこそそれを抱えたまま、やわらかいから塞がらないまま、追い詰められて追い詰められて――。
 堕ちてしまった果てにも、救済を捧げるこころを、少しだけ寂しく思う。
 けれど、リリヤはそれを受け容れることは出来ない。
「わたくしはわるいおおかみなのです。やさしいだけのことばは、きけません」
「ええ」
 吐息と共に首を横に振れば、横合いより同意の声がする。穏やかなそれにふと目を上げた先、水衛・巽(鬼祓・f01428)はリリヤにちらと視線を遣って、私は狼ではありませんが――と小さく笑った。
 それから、はっきりとした青い眸を、慈愛を謳う天の御使いを模す娘へ向けた。
「闇を怖れる気持ちは残念ながら理解できませんし、貴女の『救済』はエゴが過ぎる」
 ――全てに手が届くなどと、最初から考えてはいない。
 間に合うものがあるなら、当然届かないものもある。人知れず喰われ斃れたアリスなど、数えるのも馬鹿らしいほどに存在するのだろう。或いはこうして――鬼の声を聴いて、己もまた鬼へと堕す者も。
 端から彼女を物として扱う父はおろか、クラスメイトにも愛した人にも理不尽ばかりを押し付けられてきたのだろう。その境遇に幾分思うところがないではないが、こうなってしまえば全ては無意味だ。
「希望を閉じられる痛みを知っているなら、救いの名でもたらされる死の絶望も想像できたでしょうに」
「それ以外にたすかる方法がなくても?」
 無垢に首を傾げる少女を救うすべは、この呪縛寄りの解放の他に、何もないのだから。
「生きてる限り、つらいよ。死んだら何もなくなるから、つらくもない」
「……たすけてくれなくてもよいのですよ」
 どこまでもまろく、穏やかに、語り掛けるリリヤの声が雲を呼ぶ。光に照らされるだけの暗渠の中、その光源さえも鎖すように。
 ――ちゃんと、ひとりでゆけますもの。
「くるしいことも、かなしいことも、それだけでおわるわけではないのです」
 天罰で終わる物語の先にも、きっと、幸せをみつけましょう。
 舞う刃羽を帳が覆う。黒雲の中に見えなくなって、零れる水気に真鍮の鐘が鳴る。
 不幸を呼ぶと言われても、それでも。
「どんな道でも、わたくしは明日に進みます」
 そうして生きていく。そうして生きて来たから。明日の先の先で、木漏れ日の下で花を抱えて笑う、さいわいに満ちたその日まで。
 ――リリヤの思う、あかるいほうへと。
 暗く厚く、覆う雲の中に、不意に灯された焔が燃ゆる。
「我々が貴女に、遅れたことの赦しを願う権利はない」
 凶将、朱雀。盛る火の鳥を携えて、巽は刹那に目を伏せた。
「――そのかわり約束しましょう」
 陰陽師は――。
 口にする言葉を選ばねばならない。言霊の力を殊に強く操る彼にとって、それはただ、口先だけの慰めではなかった。
 祈りと言祝ぎであれ。終わり行く彼女の眸が、ただ暗く冷たい海に還るだけの絶望を映さぬように。怒りも知らずに頽れただけの彼女に、どうか――光のあらんことを。
「闇に呑まれたアリスが絶望を広げる前に刈ることを。そんな悲しい救済を始める前に幕を引くことを」
 導となる鳥が鳴く。救済の光さえ呑む厚く閉ざされた曇天の下、灯された唯一の赤が、終わりの先に焔を示す。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

蘭・八重
闇の中
あの子は居ない
だって今のあの子は闇の中にいる子では無いもの

だから此処は私が居る場所では無いわ

あら?貴女が救って下さるの?
とても良い人ね
だって他人を救ってあげたいなんて
貴女は天使さん?
それとも女神様?

に…なったつもりなのかしら?
ふふっ、いけない子ね
そう簡単に他人など救えはしないわ

だって、貴女がそうだったでしょう?
誰も助けれてはくれない
誰も救ってはくれない

他人とはそう
自分が大事だもの

貴女だって本当はそうじゃないかしら?
本当に救われたいのは誰?
紅薔薇のキスを貴方にあげる

それが貴女の救いになるかしら

私を救えるのはあの子だけ
ごめんなさいね




 はたりと瞬いた闇の中には、ただ救済を伸べる天使めいた娘の他に、何もいなかった。
 当然だ――と思う。蘭・八重(緋毒薔薇ノ魔女・f02896)のひかりは、そこにはいないのだから。
 彼女はもう、光の中を一人で歩んでいる。無明の闇の中に見えるものがあるとするなら、それは愛しい妹以外の何かに外なるまい。
 だから――。
 ここは、八重がいるべき場所でもないのだ。
「あら? 貴女が救って下さるの? とても良い人ね」
「そうかな?」
 くすくすと含み笑いが闇を揺らす。小首を傾いだ慈愛の姿は、いっそ滑稽なほどに無垢だった。どこまでも小さい子供のような。事実、その頃からずっと、歩き出せてはいないのだろうけれど。
「だって他人を救ってあげたいなんて。貴女は天使さん? それとも女神様?」
 ――それで救済を謳うだなんて。
「に……なったつもりなのかしら?」
 娘の眼が瞬きを零した。重なる黒薔薇の声が、その耳朶にはっきりと届いているだろう。零れんばかりに見開かれたそれを見返して、薄紅色の眸がゆるゆると細められる。
「ふふっ、いけない子ね」
「わたしは、ちゃんとたすけてあげられるよ」
「いいえ」
 そんなはずはない。
 救いとは、そう単純なものではないのだ。誰しもが差し伸べられるものではない。同じように伸べられた手に、誰もが縋るわけではないのと同じこと。
「そう簡単に他人など救えはしないわ。だって、貴女がそうだったでしょう?」
 ――誰も助けてくれないから。
 ――誰も救ってくれないから。
 そうまで堕ちてしまったのだろう。何もかもを投げ捨てて、死の闇にこそ光を見出したのだろう。それこそが、彼女が誰からも救われなかった証だ。
 だが、それもまた仕方のないことなのだと、八重の微笑が歌うように紡ぐ。
「他人とはそう。自分が大事だもの」
 慈愛を謳う彼女だって――きっとそうなのだ。
「本当に救われたいのは誰?」
 問いかけと共に、唇がわらう。毒を孕んだ口付けが、娘のいのちを連れていく。たった一人の黄泉路の先に、彼女の求める救済はあるのだろうか。この暖かないっときの口付けは、果たしてミーシャと呼ばれた孤独な娘を救うのか――。
 分からないけれど、それで良い。
 八重の為すべきはただ、彼女を在るべき場所へ導くことだけ。それが救済であっても、そうでなくても――もう、分かっているのだから。
「私を救えるのはあの子だけ」
 ――ごめんなさいね。
 嫋やかな声で囁かれる、紅い紅い謝罪と共に、薔薇の毒が娘の体に浸み込んだ。手を伸ばす先、ぐらつく視界の奥で、茨を抱える黒薔薇がわらう――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ヴィクティム・ウィンターミュート


違うな
お前に救ってもらいたいんじゃあない
俺はもう救われない。死ぬことも出来ないんだからな
…哀れだとは思うが、共感も同情もしない
世の中に不幸はありふれている
俺のもそうさ…ありふれてる
だから皆、関心なんか持たなくていい
特別なことなんて、何処にも無いさ

──始めようぜ、"ありふれた諍い"をな
翼にぶら下げた凶器、あぶねーから置いていけよ
落としてやるぜ、簡単にな

『Reflect』──反射板展開
使い方は簡単だ
全方位に羽を撃ち込むなら、『囲んでしまえばいい』
あらゆる飛び道具を問答無用で反射する障壁、そいつで周囲を覆われたらどうなるかなんて…分かるだろ?
答えを知りたいなら撃ってみな
死という救済は、俺には届かん




「違うな」
 ――開口一番、吐き捨てるような冷えた声で、そうとだけ告げた。
 ヴィクティム・ウィンターミュート(End of Winter・f01172)に救いはない。そんなものがあると思うだけでも反吐が出そうだ。故に向ける眼差しは静謐に、透徹に――齢十八の少年が見せるにはあまりにも暗澹に満ちて、救済を否定する。
「お前に救ってもらいたいんじゃあない。俺はもう救われない」
「そんなことないよ」
 どこまでも無垢な声音に、小さく息を吐いたヴィクティムが、鼻を鳴らして眸を眇めた。
 ――死にたいと、不意に込み上げてくる思いを噛み潰して歩いている。
 そうすることが罰だからだ。救われぬためにそうしている。このまま生きていくことこそが最大の苦痛であるから。死ねば――楽になるから。
 そんなことは許されない。この世の地獄を粋まで味わって、噛み砕いて、飲み干して。その先で、苦しみに悶えながら永久の闇へ堕ちることしか、この身には残されていないのだ。
 だから死ねない。救済に手を伸ばすことも出来はしない。
「世の中に不幸はありふれてる。俺のもそうさ」
 哀れだと、他人事のように思う。
 けれど共感はない。同情もありはしない。不幸などこの世界にはよくあることで、それに仰々しく理解を示すことなど無意味だろう。
 誰もが痛みを抱えていて――故に誰もが、他人の痛みを芯から理解することはない。
 だから関心など持たずとも良いのだ。誰かの、ヴィクティムの痛苦に、手を差し伸べるなど――そんなことはしなくて良い。
 ただ己の痛みと向き合いながら生きていけば良い。
 特別なことなど、何もないのだから。
 折れた者と、尚も歩いて来た者と。交えるものがあるとするならば、それは心などではない。
「――始めようぜ、“ありふれた諍い”をな」
 >Program Set.
 >Create Program『Reflect』.
 展開される障壁は、あらゆる飛び道具を反射する無限の合わせ鏡だ。中途半端に広げた翼の凶器を撃ち出したが最後、全てがその身に襲い掛かる。それを理解したのだろう、彼の言葉に応えて己が武器を広げんとした娘は、ただ眸を揺らして言葉を失くした。
「そいつで周囲を覆われたらどうなるかなんて……分かるだろ?」
 ――ヴィクティムは一歩も動いていない。
 ただ立っているだけだ。盤上を支配する冷徹な少年の手には、寸分の狂いもない。容赦も慈悲もなく、ただ、勝利のために最適な手札を選ぶのみ。
 勝つために。
 ただそれだけのために、存在を許されているのだから。
「答えを知りたいなら撃ってみな」
 ――死などという生易しい救済が、冬寂の墓標に届くことなどありはしない。

大成功 🔵​🔵​🔵​

水標・悠里

どうして痛いのか、苦しいのか
やっと分った
私を愛するなんて感情が間違っていると信じて疑わないから
誰の言葉も信じられない
私を愛する人全てを裏切り続けている

助けてくれるのですか、ありがとうございます
でも結構です
だってそれを本当に求めているのはあなた
安らぎが欲しいのもあなたでしょう

辛い、苦しい
けれどその感情は私のもの
私だけのもの
だからあげません

真実私の愛は狂っている
地獄めいた熱と苛む痛みで出来ている

理解しなくていい。それでいい私は嬉しい
そうでなければ二人だけの秘密にならないでしょう
愛という痛みの炎で世界を焼いてく
花は咲いて焼け落ちる

あなたの愛は要らない
誰か一人がいい
それだけで私は満たされる




 ずっと考えていたことがあった。
 誰かに手を伸べられることが辛かった。光の中に在ることが苦しかった。その理由が、ずっと分からなかった。
 無明の闇の中に放り出されて、水標・悠里(魂喰らいの鬼・f18274)は初めてその理由を掴んだ。
 ――それは、自己嫌悪だ。
 己が心底嫌いだ。だからこそ、こんな自分を愛する者の感情そのものを否定している。それは間違いだ。勘違いだ。愛されることなどあるはずがないからと、誰の言葉をもはねつけ続けている。
 そうして愛をくれる全てを裏切り続けていることが、余計にこの身を嫌悪させるのだ。
「助けてくれるのですか、ありがとうございます」
 茫洋と、空虚に声が漏れた。暗渠に滴るそれは細く――けれど確かに、眼前の救いを否定する。
「でも結構です」
「――どうしてみんな、嫌がるの?」
「だってそれを本当に求めているのはあなた。安らぎが欲しいのもあなたでしょう」
 悠里が欲する安らぎとは、そういうものではない。
 抱き締めるように首を絞める腕。未熟な愛を謳いながら、彼を守るように傷付け続ける笑顔。誰より愛し、憎み――妄執の域にまで達したこの唯一の想いが故に、全てを裏切り続ける罪悪感。
 その辛さも苦しみも、全ては悠里のものだ。
 他の誰にも渡しはしない。他の誰にも――理解させはしない。
「あげません」
 そっと唇を隠すのは、重ね合わせた二本の人差し指。青々と輝く眸の奥より、這いずる地獄が顕現する。
 咲き誇るのは狂花だ。白く咲くカーネーションの亡者が、彼の心より灼けた痛みで根を伸ばす。
 狂っている。
 狂っているのは――悠里の抱く愛だと知る。
 地獄の熱で全てを焼き尽くし、己が胸中さえも蝕むのが、愛だ。抱いた熱が身をも這いずる。どこにも行けぬまま朽ちるはずだったあの牢獄よりも、ずっとずっと痛くて、苦しい。
 ああ、だが理解などされなくて良い。
 そうでなくては秘密にならない。たった二人、胸に飼う姉の面影と共に、鏡を覗けばそこにいる娘と共に、彼はこの愛を分かち合った――否、彼女に植え付けられたのか。
 どうでも構わない。
 愛の痛みが炎となる。世界の全てを焼いて、咲いた花をも飲み込んで。
 きっと後に遺るのは、ただ不毛となった焼け野原だけなのだろう。
 それで構わない。誰か一人の愛が良い。ただ一つ分かち合ったこの想いだけが欲しい。その荒野を、永久に潤わぬ焼け爛れた土の上を、黒蝶が一頭――どこへともなく渡っていくから。世界を焼き尽くした炎を纏い、隠すままに。
「あなたの愛は要らない」
 ――それだけで、悠里はこの上なく、満たされる。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ロキ・バロックヒート


それが君の救い?
まぁやっぱりそうなるよね
ううん馬鹿にしてるわけじゃないの
初めは私も死なせてあげたら良いと思っていたもの
今の猟兵程度の力でもやろうと思えばできるだろうし
でもそれじゃ駄目なんだよ
その時の命を死なせてあげても魂は滅びない
来世でも同じように苦しむことも多いんだよね
怪物から逃れられなかった君のようにさ
魂ある限り輪廻は巡る
世界は続いてゆく
皆魂ごと壊さなければ
哀しみも苦しみもなくならない

でも
きっとこえが聴こえなければ
たぶんもっと早く私は私でなくなっていただろうな
世界には救いが必要だって
こえがそう訴えているから
私はここに居る
ねぇそうでしょう
ああ
勿論君にも救いは必要だよね
暗闇からたすけてあげる




 救いと言って思い浮かぶ形は少ない。
 神であるロキ・バロックヒート(深淵を覗く・f25190)でさえそうであるのなら、きっと人の思う形など、もっと小さいものだろう。だからこそ彼は一つも期待をしていなかったわけだし――。
「まぁ、やっぱりこうなるよね」
 その声もまた、ひどく諦念に満ちていた。
 怪訝そうな顔をする天使に、首を横に振ってみせる。瞬く金蜜がじっと少女だったものを見遣って、幽かに息を吐く。
「馬鹿にしてるわけじゃないの。初めは私も死なせてあげたら良いと思っていたもの」
「それじゃあ、わたしと同じだね」
「いや」
 その無意味さを知っている。
 ――ロキは、既に試しているから。
「それじゃ駄目なんだよ」
 本来の力に比べれば、猟兵に許可されるそれはひどく弱い。けれど一般人に終わりを与えるには充分すぎるから、望むならばそうしてやれば良いと思っていた。
 けれど――存在の死は、魂を捉える肉体の軛を壊すことにしかならない。
「来世でも同じように苦しむことも多いんだよね。怪物から逃れられなかった君のようにさ」
 魂ある限り、命は輪転する。どこまでも続く転生の中、幾度でも苦しみ続ける。まるでそれが宿業であるかのように。世界があり続ける限り魂は苦しみ続け、苦しむものがあればこそ世界が成り立つ。
 ――全て壊さなければ、意味がない。
 単なる死など何の救済にもならないのだ。所詮は今ある痛苦から一瞬逃れるだけ。髪からすればほんの瞬きにも満たぬ時間を、軛を逃れて安堵するだけだ。幾分の痛みから逃げる為に死を選び、すぐにまた新たな器に押し込まれて、今度こそ地獄のような痛みを味わうことになる者だって多くある。
 声が――。
 声が聞こえるのだ。救いを求める苦痛の声が。ずっと苛まれて、けれどどうしてもやれないまま、そのただなかに立っている。それを、ひどく苦しいことだと思う。
 けれど。
 これがなければ、ロキはもっとずっと早くに、『ロキ』であることを辞めていた。
 世界に救いが必要だということを、怨嗟の声で知る。ロキにまだ成すべきことが残っていることを、悲痛の慟哭が伝えて来る。
 だから今もまだ――彼はここに立っていて。
 何らの希望も抱けぬ暗渠の中を、重い足を引き摺って歩いているのだ。
「ああ、勿論、君にも救いは必要だよね」
 全てを破壊する光が差し込んだ。全てを失くすのが救済のありさまだとするのなら、ロキは正しく、今ここで嘆くこの娘を助けられる。
 ゆらりと伸ばした褐色の手は招くよう。浮かべる笑みはただ穏やかに、神はゆっくりと小首を傾いだ。
「暗闇から――たすけてあげる」

大成功 🔵​🔵​🔵​

クロト・ラトキエ


なら、

たすけてくださいよ。


視線に羽搏き、又は舞う羽の先端…
見切り、躱し、時に鋼糸で弾き落とし、
流星には繋がせない。

生存してこそ勝利だと…
云ったのはやがて生に飽いた男。
己の在り方。
その歪を知っても、抱くべき感情も、
如何在ればよかったのかも。
誰一人、
只の一度も、
しらせてくれやしなかった。

でも別にいい。

で。
貴女は如何たすけてくださると?

つらいを、くるしいを、終わりにして。
救済と謳う終わりの先には――
ほら、こんな闇しかない。

暗闇、恐いのでしょう?
あなたはあなたを、たすけてあげなかったのに。

UCで編み上げた檻を引いて、断つ。
君の光は、あの昏闇と変わらない。

…たすけて、だなんて。
端から期待しちゃ無いんだ




 舞う翼刃を掠め、鋼糸が踊る。
 ただ生存のための最適解を。親しんだ指先は決して容赦をしない。
「なら」
 声は――その狭間に揺れた。
「たすけてくださいよ」
 ――クロト・ラトキエ(TTX・f00472)は、生きるために生きている。
 生存こそが勝利だと言う男がいた。何れ生きることにさえ飽きた彼を知りながら、クロトは尚も生きている。刻み込まれた己の在り方の歪を知りながら、こうして暗器を手繰っている。
 他のやり方を知りもしない――。
 教えてくれなかったから。只の一度も、誰も。歪を正す方法も、在るべき道の進み方も、その歪みを知って懐くべきだった思いさえ。空のまま、歪んだままで、クロトはここまでを生きて来た。
 温厚でどこか飄々とした人の皮を被る真似だけが――上手くなって。
 だがそれにさえ、何を抱くこともないのだ。構いやしない。そうして生きて来たのだから、これからも同じように生きていくだけだ。
 救済の流星は降らせない。刃がこちらに届くより先、その身は暗渠に紛れている。その先から伸びる鋼糸がしなって、冴えた羽を叩き落とす。
「で。貴女は如何たすけてくださると?」
 辛いことも、苦しいことも、己ごと纏めて終わりにしてしまえば良い。成程確かに、甘美な誘惑といえようか。確かに救いとなるだろう。遍くこの世に救済を見出せなかった者たちにとっては、ただ冷たい骸の海へと還ることだけが、安らぎを得る方法に思えるのかもしれない。
 けれどそうして謳う救済の先に何がある。彼女が己で恐ろしいものを生み出し続けたのと同じ、無間の地獄が広がる先に――行きつく先など。
「ほら、こんな闇しかない」
 それでも助けを謳うのだろう。そう在ることでしか、もう彼女は彼女を救えないのだろうから。代償のように他人の首を狩りながら、それこそが美しい最期なのだと笑って、白い衣を地に染めるのだろう。結局、自分を救い出すことさえ出来ないままで。
「暗闇、怖いのでしょう?」
 ――たすけてあげなくてはいけなかったのは、彼女自身だろう。
 撃ち出された刃が阻まれる。張り巡らせた鋼糸の檻は、決して彼女を逃がしはしない。ミーシャと呼ばれたオウガの果てを、ここに齎さんがために。
 己の放つ光に反射する牢を、彼女はきっと見ただろう。その向こうにある一滴の蒼も。
「君の光は、あの昏闇と変わらない」
 檻が崩れる。慈愛と救済を切り刻まんがために。弱々しい悲鳴が上がるのを、クロトはただ聞いていた。
 ――たすけて、なんて。
 最初から、期待なんかしちゃいない。
 伏せた瞳の奥に、笑顔と灯る二藍が、揺らいだような気がした。

大成功 🔵​🔵​🔵​

朧・ユェー
闇の中に映るアイツの姿
自分に向けられる事の無い歪んだ愛情

孤独だと思っていた
だから壁を作り逃げた
君は僕は少し似てるかもね

違うのは僕には救ってくれる子達が傍に居る
だから君に救われるつもりは無いよ
でも君は?

漆黒ノ鏈を取り出しチェーンが身体に絡みつき紅く染める
ごめんねぇ、少し痛かったね
でももう痛い事はしないよ

君は痛い思いや怖い思いをしてきた
誰にも手を差し伸べてもらえずに
本当に救いたいのは自分じゃないのかい?
僕はあの子達に助けられた

僕が君を助けてあげる
なーんておこがましい事は言わないよ
だって僕は善人ではないもの

でもね
君を美味しく喰べてあげる事は出来る
もうツライ思いをしないように

緋喰
僕の中でお眠りお嬢さん




 闇の中に在った父の姿が掻き消える。
 代わりに現れたのは、弱々しい救済の姿だった。朱に塗れた彼女は、既に立ち上がる気力さえもないと見える。
 ――自分に向けられない愛情の歪み。その中に取り残されていることをまざまざと思い知る孤独を、朧・ユェー(零月ノ鬼・f06712)はよく知っていた。
 孤独であるが故に、壁を作って逃げる。何も感じない空っぽになってしまえば、息をするのはそう難しいことでもないから。
「君と僕は、少し似てるかもね」
 ――少しだけ、彼女の想いを理解することも出来た。
 それでも、ユェーは既に救われている。思い浮かぶ顔が彼の足を支えている。その背に寄り添うように、あたたかな思いを満たしてくれる。
 だから――成すべきは、一つしかない。
「君に救われるつもりはないよ。でも、君は?」
 取り出した万年筆が鎖へと変わりゆく。絡め取るように動くそれに、身じろぎで敵うはずもない。既に傷尽き果てた肉体に更なる痛みを刻むそれに、ミーシャと呼ばれた娘が首を横に振る。
「いや」
 切実だった。ただ震える少女と変わりない救済は、もう謳う声の甘やかささえ失くしている。
「痛いのは、いや」
「ごめんねぇ」
 穏やかに――労わるように。
 一歩を進めたユェーが、そっと笑う。
「少し痛かったね。でも、もう痛いことはしないよ」
 もう充分に、痛みを得ただろう。怖い思いをして来たのだろう。だからこそ、何の痛みもない安楽なる死を求めているのだろうことも、分かっている。
 他人に手を差し伸べて、その先に見ているのは、嘗ての救われなかった自分であるということも。
 だから、言い聞かせるように言う。
「本当に救いたいのは自分じゃないのかい?」
 ――ようやく。
 数多の猟兵が重ねて来た言葉は、傷と共に彼女へ浸み込んでいたのだ。意固地に慈愛を囁き続けた唇を引き結んで、浅く頷く眸に、銀の男が甘やかな微笑を向けて見せる。
「僕が君を助けてあげる、なーんておこがましい事は言わないよ」
 ユェーは――。
 善人ではないのだ。彼を救ってくれた彼女たちのような、優しい手は伸ばせない。堕ちる以前の慈愛が心の底で望んでいたような、あたたかな想いをやることは出来ないけれど。
「君を美味しく喰べてあげる事は出来る」
 ――痛くないように。苦しくないように。
 もう、辛い思いをする必要もないように――。
 返事は聞かない。開いた口の中に鋭利な歯を見せて、妖艶なる男の指が、真っ赤に染まった娘に掛かる。
「僕の中でお眠り、お嬢さん」
 囁くような、その優しげな声が――。
 ミーシャだったオウガに届く、最後の音だった。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第3章 集団戦 『ストレンジ・レインボー』

POW   :    ソロモン・グランディの永遠
敵を【ぽこぽこ殴って皆】で攻撃する。その強さは、自分や仲間が取得した🔴の総数に比例する。
SPD   :     終末の過ごし方
技能名「【団体行動】」の技能レベルを「自分のレベル×10」に変更して使用する。
WIZ   :    奇妙な虹彩
自身が戦闘で瀕死になると【アリスを素材にしてストレンジ・レインボー】が召喚される。それは高い戦闘力を持ち、自身と同じ攻撃手段で戦う。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。



「――これで」
 ミーシャと呼ばれた娘の声がちいさく響く。無明の闇に差した光が薄らいで、錆びた鎖に閉ざされた扉が崩落を始める。
「わたし、救われるの――」
 主の零した最期の息と共に、『絶望の国』が終わりを告げる。脱出を試みんとするのはまだ早い。俄かに崩壊を始めた暗闇の中で、蠢く影が孵化を始めるのを、猟兵たちは見ただろう。
 ――闇の裡より出でる無数の色。娘の亡骸を墓と変え、それを囲んで湧き出る無貌たちが、この暗がりより這い出て獲物を探さんとしている。
 出口を求めてひしめくそれらを斃さねば、絶望の国より孵化を迎えたそれらは、新たなアリスを屠るだろう。これらの全てを掃討せねばなるまいと、めいめい再びに武器を構える猟兵らに、無数の色が襲い掛かる。
 それを――。
 頭上より照らし、無明に道を拓く星の名残こそ、娘の声なき感謝の証だった。


※プレイングの受け付けは『7/7(火)8:31~7/10(金)22:00』とさせて頂きます。お時間いただいており、大変申し訳ございません。
榎本・英
【春嵐】

嗚呼。彼女はもう救えない。
仕方がないと諦めて良い事なのだろうか。
現実から目を逸らした彼女がこの世界で生き延びる事も難しいのだろう。

私は、この物語を綴る事ができない。
闇の底に落ち、ただ一人が光であろうとした娘。
誰かの手で立ち上がる事も時には必要だろう。
しかし、君の救済は果たして本当に救済と言えたのだろうか。
……これ以上は止めておこう。

なゆ、行けるかい?
光であろうとした娘の物語を、今ここで終わらせる。
歪んだ救済が、幸福を齎す事は無いのだ。

なぜ、君が逃げなければならなかったのだろうね。
理不尽な物語はここで終いだ。
無数の色も、この物語も、情念の獣が貪りつくそう


蘭・七結
【春嵐】○

絶ち切ることを救済と謳ったひと
救いを求めたあなたの、いのちの終幕
掬いたい
この手のひらでは救えない
――これで、よかったのかしら
溢れた問い掛けへの解答は、もうきこえない

ええ、英さん
この足で歩んで往くわ
あなたの隣を歩みたいの
ひかりであろうとしたひとへと、結びを

ひととひとを結びつける糸
そのすべてが、よいものとは限らない
あなたの心を絡め取った絶望のいろ
縺れたままの黒き縁を絶ち切ってゆく

この行為を救済だとは思わないから
ただただ、たんたんと
慈悲の色を添えることはない
わたしからあなたへの、ひとつきりの我儘よ

さようなら。おやすみなさい
糸が途切れても、物語が終わっても
光を望んだあなたを、忘れないでしょう




 掬いたい。救えない。巣食ったものは、覆せない。
 ――これで、よかったのかしら。
 ほつりと零れた蘭・七結(まなくれなゐ・f00421)の声は、星の光に惑いて揺れる。見上げる先の想いの名残が瞬くのを、紫水晶はたしかに映していた。
 決して相容れぬ救済のいろ。絶ち切ることをして救いとわらったいのちの終幕。『そう』なるべきでなくて、けれど『そう』と在ることでしかわらえなかった星のひかり。
 それを――。
 綴ることは出来ない。
 書くことを正しく生きる業とするからこそ、榎本・英(人である・f22898)はそれをまざまざと悟って、眼鏡の奥の眸を伏せた。
 春の熱も、暁光の色も知らぬまま、娘は暗渠の海へ帰した。最初から届かないと言われていた手をすり抜けていったいのちに、それでも心のどこかの凍てつく空虚が訴える。
 ――仕方がないと、諦めて良いことなのだろうか。
 その過程がどうあれ、彼女は現実を諦めた。目を逸らした果てに落ちたのがこの世界なのなら、もうここで生き残ることさえ出来なかったのだろう。
 闇の中にしか在れなくて、アイデンティティさえも支配されたのだろうか。己を恐怖の底に押し込めた暗闇の中で、自分が光になろうとした。確かに、どうしようもなく鬱屈した過去の果てに辿り着く場所で差し伸べられるその手は、誰かにとっては光となりえたのだろうけれど。
 果たしてそれを、救済と呼んでも良いのか。彼女が身を浸したそのひかりを、手放しに肯定することは――。
 ――止めよう。
 ゆるりと首を振って、英は前を見た。星の仄かな灯りに照らされた悪趣味な極彩色が、娘の墓を囲むように湧き出るのが見える。
「なゆ、行けるかい?」
 傍らの君へ問うた声は、質問というよりも確認に近しい色を孕んだ。君が首を横に振ることはないだろうと知っている。すくえなかったことを嘆いて立ち止まるほど、弱いいのちではないから。
「ええ、英さん」
 あなたに返す声は確かな意志に満ちている。この足は前に進むためにあるのだ。咲き乱れる春の中を、あなたの隣でわらって歩む。
 だから――為すべきはひとつだけ。
 ひかりであろうとしたひとを捕らえた悪い夢を、今ここで結ぶ。
 誰かに押し付けられる救いで、幸福になれはしない。歪な夢に膝を折って、泪に濡れて光を乞うたりはしない。
 ――七結と英は。
 ――ひとだ。
 溢れ出る色を喰らって獣が吼える。捲る著作に描かれた人々のことを、その指先が忘れることなく繰るように、かれらもまた声高に謳うだろう。たったひとり、闇に沈んだ娘を、ひとに繋ぎ止めるように。
 英に群がらんとする虹色を、七結の黒が穿ち刻む。縁絶の黒鍵と躍るその腕に、断罪も慈悲も込めぬまま。
 ひとの結ぶ縁には、たくさんのいろがある。その全てが良いものでないと知っている。歓びも愛しみもない、縺れて解けなくなっていくえにしに心を縛り上げられて、闇に沈んでしまった娘――彼女を未だ捕らえる、その黒だけを断ち切るように。
 これは救済ではない。
 七結にとっては、慈愛でもないから。
 ただ熟れた果実を刈り取るように、たんたんと。すくえなかったあなたに捧ぐくろくれなゐが、『救い』のいろを奪っていく。ゆるして、と言うつもりは、ひとつだってないけれど。
 ――わたしからあなたへの、ひとつきりの我儘よ。
 『助けて』と叫ぶ声も、たすけてくれるひともなかったあなたの慈愛と救済を、認められないこと。
 黒鍵の閃く向こうで、獣の群れが伸ばす指先が、虹色を屠って消し去っていく。用意された墓の周囲で、ちいさな生き物を抱え込むように膝をつく姿は、葬送の日の光景にどこか似ていた。現実に立ち返れば、きっと誰も彼女のために泣きはしないのだろうけれど。
「なぜ、君が逃げなければならなかったのだろうね」
 英の唇から零れ落ちたのは、どこまでも静かで切実な疑問だった。
 打倒されるべきは彼女ではなかったろう。人々は顔も名前も分からぬ十把一絡げの民の死に憤るくせ、名と人格の用意された誰かの死を悲劇と呼んで仰々しく飾る。
 ――忘れ去られていく彼女の終わりは、もっと静かであるべきだったろうに。
 だから。
「理不尽な物語はここで終いだ」
「ええ」
 暗闇に在っては無意味な極彩色も、穢され続けただれかの物語も、獣が屠り尽くす。
 英は書く者だから――解るのだ。
 綴るべきものと、綴るべきでないものが。
「さようなら。おやすみなさい」
 絶ち切られていく虹と黒のえにしの中にあって、ひととなった鬼は建てられた墓に目を遣った。
「糸が途切れても、物語が終わっても。光を望んだあなたを、忘れないでしょう」
 ――せめてもの手向けに、心のひとかけを。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

緋翠・華乃音
マリス・ステラ(f03202)と共に


「……彼女の魂は、還りたい場所へと還れたのだろうか」

己が内にある蝶が想うのはそれだけだ。
いつかは全て、無くなってしまうものだから。

それを悲しいと思うつもりはない。
失うということは、その時までは確かに自分の中にあったということだ。
大切なのは、その事実。

……悲しいとは思わないけれど、ほんの少しだけ寂しいとは思う。

「静かにしてやらないと、彼女も穏やかに眠れないだろう?」

敵を映すのは冷たく深い湖水にも似た瑠璃の瞳。
意識を切り替える必要も無く、その繊指は殺戮を紡ぐ。

「……殺せば済む戦いというのは、楽で良い」

物事を深く考え過ぎてしまう悪癖があるが故に。


マリス・ステラ
華乃音(f03169)と

「主よ、憐れみたまえ」

『祈り』を捧げると星辰の片目に光が灯り、やがて全身は『オーラ防御』の輝きを纏う

「少なくとも彼女に後悔はないでしょう」

問いに答え、続いた言葉に頷く

「灰は灰に、塵は塵に」

輝きを広げて闇を照らすように
彼女の拓く道に続くように、私もまた紡ぎましょう

「あまねく魂の救済を」

オブリビオンは骸の海に還します

華乃音を『かばう』
ダメージに輝きが星屑のように散る
負傷時は【不思議な星】

「私たちもまた、死とは無縁ではいられない」

彼女だけではない
彼も私もいずれは死ぬ
そうなった時、私たちを覚えている人がいてくれたら
きっと少しだけ寂しくないと思います
だから私はあなたを覚えています




「主よ、憐れみたまえ」
 星明かりに照らされて、光を返す花器は俄かに輝き出す。祈りを捧ぐマリス・ステラ(星の織り手・f03202)の声に応えるように、開いた星辰の聖痕浮かぶ眸より燐光が生まれ、その身を覆う加護となる。
 静かに薄い光を放つその姿は、正しく赦しの御使いに似た。
 玲瓏たる輝きを見遣る双眸は――それでも、深い湖面の静謐さで、生まれ出づる極彩のさなかにある墓を見据えていた。
「……彼女の魂は、還りたい場所へと還れたのだろうか」
 緋翠・華乃音(終ノ蝶・f03169)の裡に息づく瑠璃色の魂の運び手は、ただそれだけを想っていた。
 永劫など想像の中にしかない。全ては何れ朽ち果てて消えていく――それが世の定めだ。滅びゆくものを送ることが役目であるなら、その心に幽かな爪を立てるのは、行きつく先が望むものであったかどうかだけ。
「少なくとも彼女に後悔はないでしょう」
 ――マリスに言えるのは、それだけだった。彼女も彼も、死した娘ではないから。その本当の心の、本人にも見えない奥の奥に潜んでいたものは分からない。彼女が今、何を思っているのかも。
 ただ――この世を去るそのときに、顔を歪めるようなことだけはなかった。
「そうだな」
 それだけでも、充分なのだろう。
 華乃音が、この世の無常を嘆くことはない。いずれ失われる結末が決まっているのなら、大切なのはそこにある過程だ。失われるまでは、心の中に在ったということ。失われたことに揺らぐほどには、身の裡の大切な部分に触れていたということ。
 ――悲嘆はないけれど。
 ただ、そこに跡形もなくなってしまうことを、ほんの少しだけ寂しいと思うから。
 湖面に一滴跳ねた水のような揺らぎを抱えたまま、彼は墓へと目を遣った。
「静かにしてやらないと、彼女も穏やかに眠れないだろう?」
 マリスもまた、その声にゆっくりと頷く。
 ようやく手に入れた穏やかな眠りは、静謐の裡にあるべきだ。毒々しい虹色たちに食い荒らされて良いものではないだろう。
 そこに生まれた、オウガの魂もまた――望んでこの世に落とされた、神のいとし子たちのそれではないのだから。
「灰は灰に、塵は塵に」
 続く星の道を照らすように、マリスの光が柔く広がっていく。声なき感謝に編み上げられたうつくしい星空の道を、更に強く、はっきりと――真なる救済の道へ変えるように。
「あまねく魂の救済を」
 祈りとともに広げられた光の中を進み来る濁った色へ、花器に宿るカミはその身を挺した。付けられた傷にもまた笑むようにする彼女の後方より、静かに唸る銃弾が飛ぶ。
 華乃音にとって、鏖殺とはそういうものだ。
 この内側にて揺らいだ波紋の一片は、トリガーを引き死を紡ぐ繊指に何らの揺らぎももたらさない。裡に巡る如何なる感情をも、深く冷たい湖水のいろに上りはしない。
 一つを引いて殺し。二つを引けば弾け飛んで、それで終わりだ。何らの考えも巡らせる必要はない。ここにはただ、生者と死者の無機質な応答があるだけ。
「……殺せば済む戦いというのは、楽で良い」
 ――ひとつ考えれば、たちまち思考の海に沈んでしまう悪癖が首をもたげるから。
 吐息とともに零れ落ちた声を拾って、けれどマリスは何も言わなかった。それが彼であるのだから。今ここにて、交わすべき言葉は多くないと知っている。
「私たちもまた、死とは無縁ではいられない」
 いずれ死ぬ。
 その運命はモノであるマリスにも降りかかる。生命である華乃音であればなおのこと。だからこそ、それを嘆いたり、果てを想起して苦しむこともない。
 けれど――光放つマリスの眸が、華乃音のそれと噛み合った。
 魂を運ぶ瑠璃の輝き。全てを赦す星の煌めき。命の終わりをそれと受け入れて、痛みだけが残るのでも、悲しみだけが残るのでもないと知っているふたつのひかり。
 それでも、寂しくないわけではない。その感情までもを、いつかの別離から切り離して考えてはいない。
 だから、思うのだ。
 誰かが忘れずにいてくれるならば、それは少しだけ、逝く日の寂しさを癒してくれるだろうと。
 花器は笑う。
 ――だから私は、あなたを覚えています。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

レイッツァ・ウルヒリン
ティア(f26360)さんと 〇

『絶望の国』なんて名前自体が気に食わないと思ってたんだよね
人の歩む先は希望であるべきだ
絶望に向かって歩き続ける人がいるなら、それは愚者だよ

此処から出たら…
そうだなぁ、お花でも見に行きたいな
一面の花畑
この時期なら珍しくも無い
そこに転がって言うんだ
「人生って楽しいなぁ」ってさ!

さぁて前は任せた
後ろは僕が守るよ、だから思いっきり行って!
サイキックエナジーを駆使して動かせそうなものを
全てぶん投げて攻撃、花の嵐よ巻き起これ
敵からの攻撃は衝撃波で相殺
己もティアさんも守って見せるよ

さぁ、還りなよ骸の海へ
君の居場所はここじゃない

僕の帰る場所はどこなんだろう
出来たら君の隣が良いな


ティア・メル
レイッツァ(f07505) ○

やっぱりレイッツァちゃんは光だね
あのとき小さな花火を見せてくれたみたいに
君が絶望を厭うなら希望を拓こう

誘惑溶ける支配の音色
存在全てを認識させない花弁はレイッツァちゃんの護りに

ここから出たら何がしたい?
素敵だね
ぼくも隣に転がっちゃおう

任されたよ
前へ一気に駆け抜ける

沙羅の華夢を数多散らせたなら
花嵐が巻き起こる
なんて綺麗なんだろう

此方への攻撃が消えていく
護られてる事が擽ったい
でもね、ぼくも護るよ

攻撃力を特化
キャンディ・クロスを毒呪纏う細剣に
一息に薙ぎ払う

さぁ、お還り
あるべき場所へ

ぼくが帰る場所はレイッツァちゃんの隣
レイッツァちゃんの帰る場所もぼくの隣だったらいいな




 光明のない世界に、未来はない。
「『絶望の国』なんて名前自体が気に食わないと思ってたんだよね」
 レイッツァ・ウルヒリン(紫影の星使い・f07505)の吐く息は、先の凍てつく温度を孕んだまま。何しろ、この国のありよう自体が相容れない。
 行く先は希望であるべきだ。痛みと苦しみを背負ってなおも歩みを止めない理由が、ただその先にある虚空に身を浸すための猶予期間であるはずがない。
 生きているということは――それだけで無限の可能性に満ちているのだから。
「絶望に向かって歩き続ける人がいるなら、それは愚者だよ」
 はっきりと言い切る声に、ティア・メル(きゃんでぃぞるぶ・f26360)が細めた眸は、いたく眩しいものを見るようだった。
「やっぱりレイッツァちゃんは光だね」
 ほとりと零れた声はどこまでも無垢な色を孕む。ちいさな花火を見た日のような、暖かくて柔らかな光の渦は、いつだってティアの昏い場所を照らして、その手を伸べてくれるのだ。
 ならば、ティアはその傍にあろう。
 そうあるべきだと君が言うのならば、それが真実であるように。絶望を厭い振り払うのなら、希望をこそ拓き見据えられるように。
 ひらりと舞う白花弁は、甘やかな支配の薫りで渦巻いた。けれど隣にあるそのひとだけは、その身にひとひらの傷とて残らぬように護る絶対の盾となる。
 それを感じ取っているのか否か、真っ直ぐに絶望を払うレイッツァの眼差しは、前を睨むように見ている。
 冷えた横顔は、ティアに向けるあたたかな表情とはひどく違って――それに怯えたりはしないけれど。
 希望の音色をひとつ、分け与えるように少女はわらう。
「ここから出たら何がしたい?」
「此処から出たら……そうだなぁ、お花でも見に行きたいな」
 返す声は穏やかだった。
 レイッツァのまなうらに、美しい色が咲き誇る。紫と濃桃が風に乗ってどこまでも空高く融けていく、そのあわいに立つ己がありありと思い浮かんだ。
「転がって言うんだ。『人生って楽しいなぁ』ってさ!」
「素敵だね」
 ころころと笑うティアの脳裏もまた、きっと同じいろを思い浮かべただろう。衒いなく笑うまま、おどけた調子の声が続けるのだ。
「ぼくも隣に転がっちゃおう」
 ――高い空の下、ふたりの彩の中で戯れることの幸福を、希望と呼んで。
 ふたりは顔を見合わせて、目の前の悪趣味な極彩色へと視線を遣った。
「さぁて前は任せた」
「任されたよ」
「後ろは僕が守るよ、だから思いっきり行って!」
 レイッツァの声に後押しされて、ティアのちいさな体が跳ねる。纏う沙羅双樹が舞って、散って、ミーシャの命を喰らい生まれた虹を奪い去る。
 花弁が掠めた先には何も残らない。魂も、命も亡くした骸が、ひとつふたつと転がるばかり。静かな仲間の死に狼狽えるそれらが、ティアへと群がらんとするより早く、空より降り注いだ流星が極彩を穿つ。
 レイッツァの持ちうる超常の力は容赦ない。少女が男へ傷をつけぬようにと願ったのと同じ、彼もまた、彼女に一つの傷とてつけさせるつもりはない。落ちた鋼鉄の羽が飛び交い、散り行く花弁を巻き上げ、生まれた嵐が仄明かりに照らされる。
 視界を奪われた敵を屠らんと少女が花嵐の向こうに身を躍らせれば、正しく花畑の中で踊るような、幻想的な光景が目に映る。それがひどく美しく思えて、ふとその双眸が緩んだ。
 ――守られている。
 それがなんだか、ひどくこそばゆい。けれど護られているばかりではないから、無力も劣等感も覚えない。
 懐から取り出したキャンディは、甘やかな毒の細剣へ。突き刺すそれの周囲に集まったものたちは、レイッツァが放つ石が攫っていく。崩れて、潰えて、静かになって――。
 そうして還って行けば良い。
 あるべき場所は、ここではないから。
 思いは重なる。ミーシャと呼ばれた娘への悼みに似た、葬送のような、深い断絶。
 帰る場所へ。在るべき場所へ――。
 後方を振り返るティアの眸に、帰るべき君の隣が見える。同じように君も、ここに戻ってくれたら良い。
 こちらを見る少女を映したレイッツァに、まだ帰る場所は曖昧だ。それでも今わらう君の隣が、帰る場所であったら良い。
 互いに交わした眸の奥に同じ想いが巡るのを、果たして二人は知っただろうか。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

水衛・巽
○◇
「アリス」の「墓」から孵るだけに表現は選ぶべきですが
残念ながらあまり興が乗らず申し訳ない
ですから多少下賤な表現になるのはご容赦ください
何せこれほど色彩豊かな蛆が湧いて出るとは

多数で来るならどうぞご自由に
まったく狙う必要がないのは楽でいい
むしろこの数なら挑発すら不要でしょうか

玄武を式神使いにて敵集団へ、限界突破し暴れ回らせる
まず玄武を排除せねば埒が明かないと思わせられれば上々
群がってきたところを纏めて一網打尽にします
今や繋ぎ止めるべき先の星にも事欠きませんしね

さて
苗床としたはずのアリスに捕まえられた気分はどうです?


嘉納・日向
○◇
表人格:日向

オルタナティブ・ダブルを使用
ひまり、
声だけの親友、私の罪悪の証明を、呼ぶ
多分、これは確認だと思う
背負い直す前、重荷が崩れていないか。バランス崩して潰れないように
あの人の救いを断った手前、できるだけ自分で歩いときたいかなって

後ろで聞こえる親友の声に、足音が加わった
『呼んだ?ひなちゃん』
呼んだ呼んだ。……こいつら掃除して、帰ろっか
『よっし、あたしに任せなさい!』

夜鷹を銃に戻し、後ろのひまりにパス
シャベルを色の塊に振り上げる
埋めた時のそれはいやに手に馴染む
罪を投げ出さないという気持ちの再確認

隙を埋めるように、銃弾が飛ぶ

『ないっしゅー!』
自分で言うなし
ほっとしながら、そんなことを。




 息を吸って――吐いてから、もう一度吸う。
「――ひまり、」
 かげひなたの声が揺れる。嘉納・日向(ひまわりの君よ・f27753)が呼ぶのは、声だけが添う親友だった。
 紛れもなく己の罪過のはずなのに、本当の最期の姿は見ていない。真っ暗で、何も見えなくて、目の前にある顔が辛うじて夜目に浮かび上がるような裏山の奥。その暗くて深い穴の奥に落ちていった彼女の足音が、日向の罪の証明として、わらう。
『呼んだ? ひなちゃん』
「呼んだ呼んだ」
 振り返った先で、ひまりは笑っていた。その眸を真っ直ぐに見詰めて言葉を返せたから、日向は見えないところで力を抜く。
 ――これは確認だ。
 これから永劫背負う重荷が崩れていないかどうか。背負った瞬間にバランスを崩して倒れこんでいたのでは、救済の手に拒絶を返したのが、本当にただのやせ我慢でしかなくなってしまうから。
 重さに耐えきれなくなって膝をつくまでは――自分の足で歩く。
 飛び回る夜鷹が銃へと変わる。それを無造作に投げ渡せば、以心伝心の親友は軽々と受け取った。
「……こいつら掃除して、帰ろっか」
『よっし、あたしに任せなさい!』
 胸を張るひまりが隣に並ぶ。手に握ったシャベルの感触を握り締める日向の横に、長躯の影が一つ立つ。
 日向のそれより一段深い藍の眸。見上げた先、水衛・巽(鬼祓・f01428)の視線は真っ直ぐだ。慌てて顔ごと逸らしたのは癖のようなもの――青年は、教室の中心から発される重圧に負けない人間に見えたから。
 少女の視線が外れたのを、巽が気にすることはない。何しろ視線が噛み合った理由は同じとみえる。青年は歩いた先にいた少女に目を遣って、少女は己の隣に並んだ気配に顔を上げたのだ。
 実家に戻れば姉妹に囲まれるのが常である。そうでなくとも、年頃の少女を不躾に見据えるのは些か失礼で――ついでに言えば、己にとって少なからず不名誉な称号を受け取ることにもなりかねない。故に、彼は俯く少女と、その奥できょとんとした顔をする娘の得物に目を配るにとどめた。
 時間にして数秒。すぐに極彩色へと向けた顔で、巽は息を吐く。
 全く――悪趣味極まりない。
「『アリス』の『墓』から孵るだけに表現は選ぶべきですが、残念ながらあまり興が乗らず申し訳ない」
 ですから多少下賤な表現になるのはご容赦ください――告げる言葉は傍らの少女に向けたか、或いは墓の下の娘への断りだったか。どちらにせよ、彼の表情は穏やかに、けれど言葉ばかりはひどく皮肉げに、星明かりの森を揺らした。
「何せこれほど色彩豊かな蛆が湧いて出るとは」
「蛆――」
 ――ちらりと、隣の親友を見遣ってしまう。
 想像を振り払う日向の得物はシャベル。その横に立つひまりの手には銃。殲滅においては些か不向きな武器であることに間違いはないから、巽はどこまでも穏やかな声で問いかける。
「少々お待ちいただけますか」
 日向の視線が持ち上がるより先。
 陰陽師の袂を揺らす風は温く、水気を帯びた気配が質量を伴って現れる。北の星宿、その神格――凶将、玄武。
 思わず一歩を後ずさった少女を置いて、蛇尾の亀が前へ出る。突然の闖入者に狼狽える毒々しい虹色を長い脚が踏み、術者に向かうそれらを、鎌首を擡げる大蛇の口が一呑みにする。
 その脅威を正しく理解したかどうかは知らないが、ちいさな化け物たちは上帝翁へ群がった。挑発などする必要さえなかったとみえるのは、その頭が小さいが故か、否か。
 巽の指示に従って、アリスが残した北方七宿が水を呼ぶ。黒大蛇が天へと延びれば、無数の棘と流水にて全てを縛る縄と化した。逃れんと藻掻けば余計に傷が深くなる。寄って来るものは未だ暗がりに潜んでいるのだろうが、視認出来る範囲に極彩色はもういない。
「さて、苗床としたはずのアリスに捕まえられた気分はどうです?」
 ――さあ、どうぞ。
 茫然と蹂躙を見ていた日向は、はっと我に返って藍色を見上げた。笑みの逆隣から背をぱしりと叩かれて、時の止まった親友の顔を見る。
『ひなちゃん、行こ!』
 いつもと同じ。
 その声に、シャベルを力いっぱい振り上げた。いやに手に馴染む感触は、親友の躰を奥深くに埋めたときとよく似ている。
 けれど、放り投げたりしない。罪の象徴を何度だって振り下ろして、この感触を刻み込んで、生きていく。
 暗闇から迫る一匹を蛇が呑んだ。横合いの一つに対処するより先、後方からの銃弾が見事ちいさな的を射抜く。
『ないっしゅー!』
 ――それ、バスケの授業のたびに聞いた。
「自分で言うなし」
 零した声でようやく笑って、日向は柔らかく目を伏せた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

リカルド・アヴリール
ライナス(f10398)と
アドリブ歓迎

本当に、良かったのか
……己の選択に、まだ迷いはすれども
差し出された右手を、人の身である左手で掴もうと――
唐突に駆け出す動きには
目を丸くして、慌ててついて行こうとする

って、お前は……!
勝手に前に出るなとあれ程、この……!
ライナスが狼の群れを嗾けた直後を狙う敵を警戒
間に入り、即座に【かばう】事が出来る様な立ち位置を心掛ける

敵への攻撃にはUC:撲、を
死者への冒涜行為を見過ごす訳にはいかないからな
崩落する世界へは『鏖』の刃で薙ぎ払おうと 

これをデートと呼ぶには
些か物騒過ぎる気がするが?
……肝が冷えそうになるからな、程々にしろ


ライナス・ブレイスフォード
リカルドf15138と

…リカルド、あんた少し揺れただろ?
そう隣の相手を振り返りつつ右手を差し出してみる

…あ?離してやる気はねえっつたろ
そう差し出された手を掴むと共に頭上に光る星を頼りに駆けんと試みるぜ
現れた敵には【飢えし狼の群れ】
生じさせた狼を嗾け数を減らしながらも、頭上から崩れて来るかもしれない世界の欠片等へは左手に構えたリボルバーを向け『武器受け』弾で弾き返さんとしながら行動
又リカルドに迫る敵には『クイックドロウ・暗殺』で確実に仕留めて行こうと思うぜ

慌てた様な声には顔を向けにぃと笑みを
ま、あんたが居んだから大丈夫だろ

…星空デートっつうには物騒だけどよ
ま、偶にはこういうのもいいんじゃねえの?




 星明かりが煌めく森の色は、よく見るそれとさして変わりなかった。
 葉擦れの音の最中で振り返ったライナス・ブレイスフォード(ダンピールのグールドライバー・f10398)が、ふと翠の双眸を眇める。唇にはゆるゆると笑みを刷いて、しかし零した言葉は真実を突く鋭さを孕んだ。
「……リカルド、あんた少し揺れただろ?」
 ――名を呼ばれて。
 リカルド・アヴリール(遂行機構・f15138)は動きを止めた。疑問というより確信に近い声だ。否定のしようはない。さりとて素直に頷くことも出来ず、彼はゆっくりと目を上げる。
 そこに、差し出されたライナスの右手があった。
 あの暗闇の中で繋いだのと同じ。穏やかな生きた温度で、リカルドを安心させてくれる、所有者の掌。導かれるように、半ば無意識に左手を持ち上げた。おずおずとも取れる調子で伸ばすその指先は、しかし未だ迷いに揺れた。
 温もりは傍にある。あとほんの少しで触れられる、その熱を感ずる僅かな隙間を残したまま、押し出すように声が零れる。
「本当に良かったのかと、思わないわけでは――」
「……あ?」
 煮え切らない指先をぐいと握られて、リカルドは反射的に顔を上げた。
 不敵に笑うライナスの双眸に映り込んだ己を見る。その表情は、どこまでも――。
「離してやる気はねえっつったろ」
 鍛え抜かれた傭兵の身とて、不意に力を掛けられれば揺らぐものだ。強く手を引かれ、倒れぬよう反射的にたたらを踏んだリカルドを意にも介さず、手を握った主が走り出す。
 風を切る感覚についていくのは簡単だ。けれどリカルドの眉根が寄るのは、何も突然の行動に苦言を呈するばかりではない。
「お前は……! 勝手に前に出るなとあれ程、この……!」
「そうだっけか」
 星の光を頼りに葉擦れを抜ける。ライナスの足は、いけしゃあしゃあと零す声のように軽やかに。笑みはなおも深まるばかりだ。
 振り返った先の緑はの顔が、いたく面白いような心地がした。釣り上げた口許を揺らして届ける声は楽観的な軽口のようで、しかし今度は、確かな真摯を孕む。
「ま、あんたが居んだから大丈夫だろ」
 ――そう言われてしまったら。
 リカルドは、溜息とともに顔を上げるしかないのだ。
 ライナスの放つ焔が青く唸った。狩猟者の牙が空を引き裂き、吼える青狼の群れが極彩色を噛み千切る。
 理性なき獣の群れは、主を決して守らない。獲物を屠るそれらの使い手が手薄になったと見るや、寄って来た毒々しい虹色には、リカルドが機械の右腕を振り上げる。
 死者への冒涜を赦さぬ一撃に、いともたやすく吹き飛ぶちいさな化け物の群れは、その身が縛されていることに気づいただろうか。狼狽える間に迫る飢えた獣が、身を焼く焔を突き立てる。
 そうするうちにも崩落は早まった。頭上から降り注ぐ欠片を見ることもせず、高々と掲げられたライナスのリボルバー銃が吼える。千々になるそれらのうち、未だ質量を保つものは、リカルドの刃が塵と成す。
 蒼焔に照らされる星々の光が道を拓く。娘の墓より湧き出す化け物たちの居場所を理解したか、飢えに狂う牙はその隣を狩場と定めた。生まれた端から食われ消えていくそれらの声なき断末魔を横目に、ライナスの声はあくまでも普段の調子を崩さない。
「星空デートも良いもんかもな」
「これをデートと呼ぶには、些か物騒過ぎる気がするが?」
「違いねえや」
 射撃と剣戟のはざま、暗闇の向こうで煌めく星が、二人の目に映る。
 見上げる星々はこの世界のためだけにあるのだろう。崩落と同時に揺らぎ消えていく紛い物を、まるでプラネタリウムでも見上げるような調子で、ライナスが笑う。
「ま、偶にはこういうのもいいんじゃねえの?」
 言いながら一射。リカルドに迫る赤が弾け飛ぶ。
 僅か言葉に詰まったのは、何のせいだっただろう。ゆるゆると吐き出した息とともに、傭兵は緩やかに首を横に振る。
「……肝が冷えそうになるからな、程々にしろ」
「了解」
「お前は……」
 気儘な主の軽やかな返答に額を押さえ、けれどそうした手がひどく暖かいような気がして、リカルドは小さく眦を緩めた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

琴平・琴子
かつての敵に感謝されるのは何だか妙な気持ちですが
星が輝くのであれば暗闇も何も、怖くありませんね

…そんな彼女の安らかなる眠りを邪魔しないでくださいませ
わらわらと集まられてもいばらの道には棘がある事をお忘れなく

暗闇に紛れようとも色がついてるから見つけやすいですよ、貴方がた
彼女の安らかな眠りを邪魔するなら散りなさいな
墓から遠ざけるだけでなく、その体も散り散りにしますよ
逃げようとするなら切り裂くまで

…静かに対峙しようとしたのですが、煩かったでしょうか
でもこれで、貴女の眠りを邪魔する者はきっといないでしょうから
どうか安らかなる眠りを、貴女に




 煌めく星を見上げて、翠が瞬いた。
 ――たとえその命と心がどうあったとしても、琴平・琴子(まえむきのあし・f27172)とミーシャは敵同士だった。
 それが、今は感謝の想いで照らされている。それが何ともむず痒いような、少しだけ居心地が悪いような――それでいて、暖かさを実感するような。
 何とも不思議な気分だった。けれど決して嫌だとは思わない。仄明かりに照らされる暗闇は一つも恐ろしくなくて、琴子の道には何の憂いもないと感ぜられる気がする。
 だからこそ。
 湧き出る極彩色の無貌を、一つたりとて逃がしはしない。
「邪魔しないでくださいませ」
 猛然と向かい来る歪なヒトガタは、琴子を正しくアリスと認識しているようだった。彼女を喰らうべく走り来るそれに恐怖を抱くことはしない。逃げ惑ったりも、しない。
 恐れの代わりに心を埋めるのは、無粋な闖入者への確かな嫌悪感だ。悍ましい姿で墓を掘り返す化け物どもに、ようやくミーシャが得られた安寧を邪魔させたりなどしはしない。
 全て切り刻む――王子様たらんとする少女の意志に応じて、現れるのは無数の茨。ちいさな異形の足を絡め取り、飲み込んで、その身を切り裂く刃だ。とりどりの色彩を飲みうねる緑の奔流が、死した娘さえ屠る絶望の使徒たちを引き裂いていく。
 眠る姫君を目覚めさせる王子は、茨の海を越え渡り、そうしてようやく真実の愛と巡り合う。
 ならば、安らかに眠る娘を起こさんとする輩にも、同じ試練が圧し掛かるものだろう。
「色がついてるから見つけやすいですよ、貴方がた」
 逃げ惑い暗がりへ散ろうとしたとて許さない。奇妙な極彩色は暗闇にもよく映えて、天上に輝く星々の灯りは、翠玉の眸を導いてくれる。声なき断末魔と、裂かれ消える色の中で、少女はそっと墓へと近寄った。
 ――静かに戦うつもりだった。
 これ以上、彼女の心を波立てることのないようにと思ったのだ。どんなに理不尽だと思っても、どんなに客観的な視点から見ても、悲しみと苦しみは濁流のように押し寄せる。気にしていないような顔をすることは出来ても、傷つけられて平気な人間なんていない。否応なく与えられる苦痛を、琴子は知っている。
「煩かったでしょうか」
 まろく静かに零した問いかけに、応じる声はない。代わりに遺された星が一つ瞬いて、琴子の頭上を流れていく。
 それが、何だかひどく優しい応答のようだ。
 唇にちいさく笑みを刷く。彼女の遺した痛みも絶望も、ここで全てが消えるだろう。そのときこそ、この参る者なき墓の主は、ようやく安息を得られるように思えた。
「これで、貴女の眠りを邪魔する者はきっといないでしょうから」
 ――墓守にはなれないけれど、せめて、その眠りを守ろう。今いっときばかりでも、守護者として在りたいと願うこの心に秘める、誇りにかけて。
「どうか安らかなる眠りを、貴女に」
 そっと拭う墓の表面に刻まれた、手書きの名に笑いかけて――琴子の足は、前に進んでいく。

大成功 🔵​🔵​🔵​

黒柳・朔良
感謝されるいわれはない
私は私の成すべきことをしたまでなのだから
それにこの世界を完全に『終わらせる』まで、彼女(ミーシャ)も安らかには眠れないだろう

選択UCを発動して【目立たない】ように【闇に紛れ】、『色』たちをヒット&ラン(【逃げ足】使用)で屠っていく
気付かれなければ攻撃されることもないし、集団の間を縫えば一網打尽に出来るだろう(【戦闘知識】)

無数の『色』たちは、どれも獲物を探しているように感じる
それをいうならば、私も『あの方』の考えに反する者を狩るために獲物を探しているのだから、似ていると言えるか(自嘲気味な笑い)
しかし、だからこそここで終わらせなければいけないな




 星々が照らす緑の地に立って、漆黒は緩やかに天を眇め見た。
 ――感謝されるような謂れはない。
 黒柳・朔良(「影の一族」の末裔・f27206)は為すべきを成した。そこにミーシャへの同情や憐憫がひとひらたりともなかったとは言わない。だがあくまでも、主体となるのは朔良自身のすべきことだった。
 だから――今からも、為すべきことを成す。
 ようやく眠りを得たミーシャとて、この国が『終わり』を迎えなければ、安らかに目を閉じていることも出来まい。生まれたオウガが墓荒らしとあらば、なおのこと。
 一度目を伏せて、開ける。そうしてこの場に満ちる静寂と同化した黒は、もはや闇と何も変わりはしない。一面の漆黒の中に紛れた影は、決してその存在を悟られない。だから、近寄る足音もしなかっただろう。気配さえ融かして歩み寄る漆黒の温度に気づく様子もなく、めいめい警戒態勢を取る毒々しい色たちが目に映る。
 そして。
 ――暗闇から見る光は、光から見る暗闇よりも、ずっとよく見える。
 迸る刃に貫かれたことを、一体何体が理解しただろう。穿たれ、斬られ、力なく転がる仲間に極彩色が気づいた頃には、もう朔良はそこにいない。
 吹き抜ける風だけが残っている。それでようやく襲撃を悟った虹色の化け物たちは、けれどその主を見つけられないまま。
 狼狽える間に、一陣の漆黒が駆けた一集団が骸と変わる。どろどろと融けて地に還っていくそれらを見て、俄かに暗がりへと逃げ出したのもまた、朔良にとっては格好の獲物だ。
 眼前で不意に翻る黒を見ただろうか。それとも視認するより早く意識が絶えたか。ちいさな体が立てる絶命の音はささやかで、無貌からは声すら発されないから、周囲で身を潜めたつもりになっている虹色は、誰も気づかないままだ。
 後方よりそれらを穿ちながら、影は粛々と仕事を熟す。
 獲物を探し、何かを屠り、そうして無数の犠牲に飽きることも知らず、その毒牙にかかる新たな何かを探す。
 ちいさな化け物たちのありさまに、朔良はふと嗤うように息を吐き出した。
 ――影にとって、その主は絶対の善だ。
 何者であれど反逆は赦さない。それは思考の一端に至るまで。敬愛というのも生ぬるい感情を抱え、この身を尽くして仕える主の考えに反するものを、屠るためにあり続ける。
 そうして暗闇の裡から目を光らせて刃を揮う朔良のありようは、アリスを屠らんとする化け物たちとおよそ似通っているものだろう。いつだって、暗がりの中から獲物を探している。この刃にかかる、主を害するやもしれない誰かのことを――待ち構えている。
 だからこそ――。
 影は迸る。その身を血に濡らし、声なき断末魔を重ねて、己と似たありさまの極彩を狩る。
 ――塗り潰された絶望を、ここで終わらせるために。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鏡島・嵐

……救い、か。
……おれらは本当に、あのミーシャって娘(こ)を救えたんかな?
たとえもう彼女が苦しむことは無いとしても、本当に……他に救う道は無かったんかな。
それを考えると、やるせねえ気持ちになる。
(少しだけこみ上げる、泣きたい気分を押し止め)
……駄目だ。今は悩んでる場合じゃねえ。
あの娘が感謝してくれたっていうんなら、ちゃんと後始末をしねえとな。

あの娘が残してくれた輝きの名残を借りて、孵化しつつある影を打ち払う。
命は救えなかったけど、せめて最期の輝きだけは、意味のあるものにしてやりてえ。
どんな生も、どんな死も、悲しくはねえんだって。

《幻想虚構・星霊顕現》……星(ほし)の威吹よ、絶望を砕け――!




 解放が、それ即ち救いとなるわけではない。
 救済を求め、己がその姿を取りながらわらった娘の声は、今はもう亡い。最期に遺された声こそが彼女の真の気持ちだったとしても、心に凝るものがなくなることもない。
 ふと何かを探すように、鏡島・嵐(星読みの渡り鳥・f03812)の金の双眸が揺らいだ。
 ――本当に、彼女は救われたのだろうか。
 これが最良の方法だったのだと、誰が言えるのだろう。彼女が求めた安楽の眠りは、虐げられ続けた果てに生まれたものなのだから――心底、最初から、そう在りたいと思ったものではないのではないか。
 もう苦しむことはない。それは事実だ。彼女がそれを望んだように、もう何にも怯えることなく眠れるのだろう。暗闇も、虐げる誰かも、守ってくれない盾も、もうその心に絶望を刻むことはない。
 けれど。
 それは同時に、もう歓びも楽しさも抱えてはいられないということでもある。
 こみ上げる遣る瀬なさに、目の奥がじわりと熱を帯びた。視界が僅かに歪む感覚と、自然に寄る眉間の皺の感覚は、嵐にとっては馴染み深いものだ。
 浅く息を吐いて目を伏せる。瞬きを幾度か繰り返せば、涙の気配は過ぎ去った。気合を入れるように首を横に振って、己の頬に手を当てる。
 息を吸って、深く吐く。今は悩んでいる場合ではないのだ。瞬く星々と姿を変え、今は墓の下に眠る彼女が、少なくとも彼らに感謝の想いを懐いてくれたこと――それを、無碍にするわけにはいかない。
 湧き出る極彩色の無貌を全て終わらせて、後始末をつけなくてはなるまい。
 ――本当のハッピーエンドへの模索と反省は、その後でも出来るのだ。嵐が、ここで生きている限り。
 現れる影が形を成す。幾多の猟兵が同じように薙ぎ払っているのだろうに、未だ尽きぬそれこそが、この世に蔓延る絶望の証のように見えた。
 だから――。
 嵐は、今は眠る彼女の力を借りるのだ。
 命を救うことは成せなかった。この手が届かなかった彼女が生きた証――瞬く声なき星々を、意味のあるものにするために。
 この世に溢れたどんな生も。
 この世を去り行くどんな死も。
 決して、悲しみに満ちているだけのものなどではない。
 あえかな光が渦巻く。星が輝く。嵐を中心に轟々と叫ぶ風の音が、命の証明を叫ぶように極彩色を切り裂く。
 それは、遙か遠い世界の話。ここでないどこかの、今でないいつかに紡がれた物語。古い本を捲るような、異界の冒険譚を根源として、娘の遺したひかりが降り注ぐ。
「星(ほし)の威吹よ、絶望を砕け――!」
 逆巻く風と、応える星と。
 その最中にて叫ぶ少年へ柔らかな礼を告げるように、流星がいっとう強く瞬いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

エドガー・ブライトマン
○◇
おや、オスカーじゃない。どこに行ってたんだい?
しかしやっぱり、キミは私のところに戻ってきてくれるんだね

闇の中でかがやく星々を見上げる
きっとあれは未来へ進むための導きなんだろう
私はいつか、愛する国へ戻らなくてはならないんだから……
レディ、オスカー
あの星のかがやきが失われる前に、この国を出なくちゃ

生まれたばかりのキミらには悪いけれど、ココで終わりだ
何色もココから出してやらない
“Hの叡智” 攻撃力を重視しよう
束になってかかってきたって、キミらだって無数にいるワケじゃない
ひとりずつ確実に倒してゆく

私は、闇を恐れるべきではなかったんだ
闇を払う力を私はちゃんと持っている
“輝く者”の血は、私に流れている


キトリ・フローエ
○◇

…なんて悍ましい姿をしているのかしら
どこへ行くつもりなの、なんて、聞かなくてもわかってる
あなた達の誰ひとりとして、この世界の外へ行かせはしない
…何より、あの子のいのちを、心を
ひとかけらだって使わせてなるものですか

いらっしゃい、こっちよ!
敵はここにいるのだと伝えるよう
幾つもの色へ向けて声を上げながら空を駆け
しっかりと目を凝らし狙いを定めて、一体でも多く巻き込めるように
全力を籠めた空色の花嵐で範囲攻撃を
新しい色を生み出すわずかな隙も与えぬよう
詠唱と攻撃を重ねていくわ

少しでも、貴女への手向けになるかしら
…これも、きっとわたしがそう思いたいだけなの
でも、ミーシャ
今だけはどうか、わたし達を見ていてね




「おや、オスカーじゃない。どこに行ってたんだい?」
 肩に留まった燕の鳴き声に微笑んで、エドガー・ブライトマン(“運命”・f21503)の指先はその頬を撫でた。白い手袋にふかりと沈む柔らかな羽毛の感触は、幸福な王子に応えるように、再びひとつ声を上げてみせる。
 果たして何と言ったのか――。
 どうであれ、エドガーの唇に浮かんだのは、安堵にも似た笑みだった。
「しかしやっぱり、キミは私のところに戻ってきてくれるんだね」
 ――頼もしいことだ。
 確かな気持ちで前を向き、それでも王子の責務は忘れない。星光を纏うちいさな姿は目にしていたし、体を抱きしめるようにしていたのも見ているからだ。
「平気かい、妖精のお嬢さん」
「ええ。大丈夫」
 差し伸べられる手に頷くキトリ・フローエ(星導・f02354)の大きさからすれば、極彩を纏う化け物たちは、決してちいさいとは言い難い。自分と同じような大きさの――或いは自分よりもやや大きいかもしれない歪なかたちは、心の底を冷たい水で撫でていくように思えた。
 けれど、ここで悍ましさに震えている暇はない。無貌の異形は嫌悪感を呼び起こすけれど、キトリには為すべきことがある。
「あなた達の誰ひとりとして、この世界の外へ行かせはしない」
 アリスたちを屠ることなどさせない。誰かの命を奪うことだって許さない。
 何よりも。
 光を求めて光となって、今ようやくの安寧を得たミーシャを踏み躙るようなことなど、させはしない。
 ――いのちも、心も、ひとかけらだって使わせない。
 睨むように見る星空色の眸とともに、ちいさな体が空を切る。呼びかける花の精はその意に応じ、手にした杖から姿を変える。
 舞い散る白と青が、煌めく色で真暗の空を彩った。星の仄明かりを受けて煌めくその光を携え、星空の下を駆けるちいさな姿を見送って、エドガーはひかりを見上げる。
 ――きっと、この光が導きなのだ。
 未来へ進むため、未来を絶った娘の遺した、最期の煌めき。左腕に巻き付く茨にそっと触れ、燕の頬をもう一度撫でて、紺碧は目を伏せる。
「レディ、オスカー」
 ――私たちも行こう。
「あの星のかがやきが失われる前に、この国を出なくちゃ」
 深く息を吸って、吐いてひとつ。
 開いた眸を瞬かせて、ふたつ。
 何を忘れても忘れることのない、遙けき故郷の名を心に呼んで、みっつ。
 いつか戻らねばならない。この身に資格を携えて、愛する国を護る王であるために。
 握った細剣が鋭く反射する光の中で、流星めいた少女の姿が飛翔する。ちいさく、けれど気高く、その声は凛と無貌を呼んだ。
「いらっしゃい、こっちよ!」
 纏う花弁が周囲に舞い散っていく。その目には大きなものばかりが映るかもしれないが、彼女だってここにいる。群がるそれらの中央めがけ、口許を引き結んだキトリが一気呵成に飛び込んだ。
 目を凝らす。決して閉じない。青と白が混ざり合い、空色の花嵐を生んで巻き上がる。その最中に切り裂かれて消えていく毒々しい虹色は、一つだって残さない。
 綺麗で静かな星空に――極彩色は煩すぎる。
 少女の生み出す花弁の嵐は、化け物たちを生まれた端から屠っていく。それでもその体から離れたものは多いから――。
「生まれたばかりのキミらには悪いけれど、ココで終わりだ」
 ――エドガーの刃が唸るのだ。
 貫き、穿つ。幅広剣のように全てを薙ぎ払うことは出来ずとも、一体を確実に仕留めうるのがこのレイピアだ。例え束になってかかってきたとて、絶望の主を失った今、その数は無限ではない。
 彼から逃れんと退けば、即座にキトリの花弁がその身を切り裂く。さりとて刃花の群れから逃れれば、前に立つのは如何なる苦難にも怯まぬ王子だ。退路を断たれて迷った端から、声なき断末魔とともに地へと融けて消えていく。
 刃を揮いながら、エドガーの唇は知らず笑みを描いていた。闇を恐れ、不安に揺らいだ己が、今は遥か遠く思えてならない。
 ――闇を払う力は。
 信ずるべき『輝く者』の血は。
 彼の身の中に、確かに流れていると、知ったのだから。
 王子を祝福するように、少女の勇敢を讃えるように――空色が彩る暗い天蓋は、ゆっくりと崩れ落ちていく。その向こうにあるはずの世界に帰れない、たったひとつの墓を遺して。
 舞い散るうつくしい色が、少しでも、その中に眠る彼女への手向けになれば良いと。
 それさえも、きっとエゴだと知っている。それを受け取る彼女がどう思うのかも、キトリには分からないけれど。
「でも、ミーシャ」
 ――今だけはどうか、わたし達を見ていてね。
 南の一つ星が零す細やかな祈りに応じるように、煌めきが一筋、天を奔った。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

冴木・蜜
ずるり
這うように身を起こす
頭が重い

ですが動けないことも無い

随分と長く溶けていた気がします
……、やはり
彼の言葉はよく効きますね

彼女が救われたというのなら良かった
ならば最後の仕上げといきましょう

複数が相手なら都合が良い
もう一度身体を蕩かし『微睡』
液状化した体を広げて
揮発した毒で色を包んで
全てを無に帰しましょう

確かに私はあの時救えなかった
彼の言葉は私のとって
二度と消せぬ毒となった

それでも私は諦めない
歩き続けると決めたのです

まだ私には足掻く力がある
毒の身でも
私は誰かを救ってみせる

まだ見ぬアリス達の為に
私は今一度毒と成りましょう

それが救いになると信じて




 ――頭が重い。
 もう随分と長い間、暗闇に融ける、ただの黒泥となっていたような気がする。その間の記憶も判然としない。ずっと何かを考えていたのかもしれない倦怠感があるし、何も考えられずにいたような気怠さもある。
 暗がりから這い出るように、冴木・蜜(天賦の薬・f15222)はゆっくりと身を起こした。まどろみの中の悪い夢に溺れていたような重さが全身を支配する。このまま臥して眠りたいと、己の中のどこかが訴えかけてくるような、嫌な心地だ。
 けれど――動けないことはない。
 瞬いた紫が、どろりと昏い色を孕む。吐いた息がひどく重い。再び吸い込むことを拒絶したくなるような心地に、投げかけられた忘れもしない言葉だけが渦巻いている。
 ――だからね、キミには誰も救えないんだ。
 ああ。
 よく効く猛毒だ。心を浸し、冒し、喰らって融かす。希望も憧憬も、懐いたうつくしい思い出の全てに、無造作に黒を塗り込めるような。成さんとしてきた全てを否定するような、それなのに憎むことさえ出来ない、どうしようもなく身を抉る言葉だ。
 手が見えて、足が見えて、己を照らす光に気付く。ふと見上げれば瞬く星たちがあって、それが蜜の心へその顛末を伝え来る。
「良かった」
 この暗闇を作り出した彼女は、救われたのだと言うから。
 蜜が成すべきは、救済の先の後始末だ。
 見遣る先に蠢く悪趣味な極彩色が、形を成した死毒に気づいて向かい来る。無数の色たちは見渡す限りに広がっていて――。
 彼にとっては、都合が良い。
 不意に、人のかたちをした泥が崩れ落ちる。先のような動揺ではなく、彼自身の意志として。目の前から消えた彼を探すように周囲を見渡すちいさな化け物たちは、けれどすぐに、ゆっくりと地面に倒れ伏す。
 ――融けた体は空気へ変わる。揮発した見えぬ死毒が緩やかに満ちていく。命を刈り取る黒き毒が、その身を微睡みの死へと誘うのだ。
 救えなかったものがある。
 救いたいと思った全てが手をすり抜けた。己の作った希望が、絶望と墜ちたことだけを知って――残された言葉が、永劫この身を蝕む毒へと変じた。
 だとしても。
 たとえこの身が変え難く毒なのだとしても。幻影が、残る声が、脳裏に過って心を穿つのだとしても。
 ――蜜は、その痛みとともに歩むと決めたのだ。
 まだ足掻ける。この心は潰えていない。己の足に籠める力が残っている、その間は。
 諦めない。
 死毒であっても、救える命があると。
 安らかな毒が誘う眠りに、零れ消えていくのはオウガのみで良い。この絶望たちが食い散らかすかもしれない、まだ見ぬアリスたちの命を救うため、蜜は再びその体を毒へと変える。
 それが。
 それこそが――。
 綺羅星のような救いとなるのだと、信じて。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鳴宮・匡
影の銃を携えて
目についたものから落としていく

昔の自分なら
仕事だからそうするだけなんて言ったんだろう

奪うことを罪だなんて思えない
他人を思いやることも、悼むこともできない
そういうものが自分だと思っていた

“守りたい”も“助けたい”も
誰かを真似ただけ、自己欺瞞しているだけの偽物だと
ずっとそう思っていた

――本当は、認めたくなかっただけだ
それを自覚してしまったら
自分を許せてしまうかもしれないから

だけど、もう目を逸らすわけにはいかない
自分と向き合うと約束したんだから
それがどんなに醜くても
どんなに美しくて、自分には許されないものだとしても
それも“自分”なんだと、認めなきゃいけない

――だから
きっと、この想いも、




 赤は警告色だ。
 まず目を遣ったのは、恐らく染み付いた癖だったろう。そう思考する間に、既に三つが屍に変わっている。
 双頭の黄色は的が増えて狙いやすい。頽れる橙は顔を上げる前に撃ち抜く。暗がりに紛れる青も、よろよろと逃げ出す緑も逃さない。
 ――そうするのは、仕事だからだ。
 嘗ての鳴宮・匡(凪の海・f01612)ならば、迷いなくそう言い切っただろう。己の裡側にある全てを殺すように、封ずるように、一片の波紋さえ立たない鏡面であり続けるように。
 けれど、今――吐き出した息は揺らいでいる。
 自分の中に、綺麗なものはひとつだってないと思って来た。
 誰かの幸福を奪って命を繋ぐ。罪悪感も、悼みも、思いやりも遥か遠い『ひとでなし』だ。それこそが匡であり――匡とは、『そうあるべき』だったのだ。
 守りたいと思うのは、『ひと』の真似事で。
 助けたいと思うのは、『ひと』になりたい自分の都合の良い幻想で。
 己の裡より湧き出る如何なるうつくしい感情も、そうありたいと願う醜い心が生み出した、ただの自己欺瞞だ。
 そう思うのは、辛くて、苦しくて――。
 トリガーを引く。唸る銃弾が空を切り裂く。影が弾けて、全てを滅ぼして、極彩色は消える。
 ――きっとどこかで、安心していた。
 ひとは美しいものだと。己は到底そこに届くことはないと。この歪でちいさな心の中にある、どんな綺麗な結晶も、所詮は継ぎ接ぎだらけの偽物に過ぎないと。
 そう思い続けるから自分を赦せない。赦せないままでいられる。どこまでも悪辣で利己的で、どうしようもなく矮小な存在であり続ければ、彼は取り返しのつかない失敗をした自分を赦さずに生きていける。
 認めたくなかった。
 己が不利益を被ってでも守りたい。己を助ける存在とならなくとも助けたい。この手を振り払われるかもしれなくとも、手を伸ばしたい――。
 そんなにも美しいものがこの心にあるとするなら、己はこの痛みを手放してしまえるかもしれない。罪を重ね、罪とも思えず、たったひとつの喪失に自罰を続けるこの身を、赦してしまえるかもしれない。
 それが――怖かった。
 けれど。
 トリガーを引く。ホルターへ仕舞った銃に括りつけられた瑠璃唐草が揺れる。
 自分と向き合う――。
 約束を果たさなくてはいけない。果たしたいと思う。醜さからも、美しさからも、目を逸らさずに歩かねばならない。
 マガジンを取り換える必要はなかった。無尽蔵の影の弾丸を吐き出しながら、焦げ茶色の眸が僅かに眇められる。
 ――思い出すまでもなく脳裏に焼き付いている、笑う顔。
 懐く想いを、受け入れられずにいた。例えこれが本心より抱えるものだったとしても、その根底が美しいものであるはずがないと思って生きてきた。
 けれど。
 無垢なものが、美しいものが、己の中にあるならば。それを抱えることに、目を伏せないと誓うのならば――。
 星々に照らされ、弾けて消える極彩色の中に。
 匡は確かに、鮮烈な藤色のひかりを見た。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ニコ・ベルクシュタイン
○◇

そう、君は救われる
此れだけの人々が言葉と心を尽くしたのだから
君の物語がめでたしめでたしで終わるようにと
俺達も最後の仕事をしよう

言い忘れていて悪かった、俺も死を以て救済と為す者にて
其の証が【葬送八点鐘】――さあ、鳴り響け
此の国は間も無く滅びる、ならばお前達も運命を共にせよ

世界は不平等だと人は言うが、時間ばかりは平等だ
遅かれ早かれ、命あるものには必ず終の刻が訪れる

傲慢を許せ、ミーシャ
君の事を言えた身では無いが、其れでも俺は時計であるが故に
此の悲劇に終止符を打つ事で以て――救済と為そう

天国や地獄が本当にあるとしたら
其の何方かで会おう、俺はきっと君と同じ方へ行く
――はは、誹りが有れば其の時に聞こう


加里生・煙
◯◇
何もかも間に合っていない。この手は命を掬い上げない。けれど、まだやれることが残っているから。

人を救うのは苦手だ。何故なら救われた記憶がない。希望がない。信じられない。救う前に、救われたい。そんな自分勝手な人間が、人を救うだなんておこがましいと、そう思う。
だから苦手だ。この手は人を救わない。けれど、殺すことが手向けとなるならば。

……そういうのは、得意だ。なぁ、アジュア。

▼救い
……これは救いになるだろうか。俺の炎は狂気を照らすから、アンタの助けには来れなかった。悪かったな。けれど、俺よりもずっと、上手く救えるヤツがいただろう。
黄昏刻は、な。終わりを示すんだ。これで、あんたの苦しみも…終わりさ。




 そう。
「君は救われる」
 ニコ・ベルクシュタイン(時計卿・f00324)の声はただ厳然と、時を告げるそれと同じような確信を以て発された。
 悪意に、怒りに、絶望に疎い。
 それは彼が愛されたが故の存在だからだ。愛を前提に成るものに、そうでない感情を理解するのは難しい。
 けれど――。
 愛によって生まれたが故に、ニコは知っている。ここにいた人々が、皆ミーシャに向き合っていたことを。彼女を無碍に暗闇に放り出すことなどなかったことを。
 だからこそ――この物語の終わりは、めでたしめでたしでなくてはならないと。
 眼鏡の奥の紅を煌めかせるニコの規則正しい歩みの後方、加里生・煙(だれそかれ・f18298)はただ、暗がりに立ち尽くすようにしてそこにいた。
 間に合いはしなかった。何もかも。この手は何も掬えない。分かっていることだ。
 愛を知らない。救われたことがない。希望も歓びも遠く、故に目の前に差し出されても信じられない。気付けないことさえある。
 誰かを救うより先に、自分が救われたくてたまらない。
 信じられない癖に。愛も希望も救いの色も知らない癖に。そんな身勝手な人間が誰かに手を伸ばすなど烏滸がましいにも程がある。
 だから煙は、救済が苦手だ。
 けれど、殺すことが手向けとなるのなら。この有象無象の極彩色を屠り喰らうことこそが、彼女を救う一助となるのなら。
「……そういうのは、得意だ。なぁ、アジュア」
 呼びかけるように視線を下へと遣れば、足許で狼が嗤う。蒼焔の狂気を飼う男の唇もまた、嗤う。
 その前に立ったニコの背筋は伸びていた。真っ直ぐに睨むのは、ようやく眠りに就いた娘を蹂躙せんとする化け物どもだ。
「言い忘れていて悪かった、俺も死を以て救済と為す者にて」
 その声に温もりはない。ただ静謐に、平等に、時を運ぶ時計がゆらりと本を開く。
「此の国は間も無く滅びる、ならばお前達も運命を共にせよ」
 ――絶望は全て、迅く壊れてしまうべきだ。
 鳴り響く八点鍾が使者を呼ぶ。流れる時間の果ての涯、全てを刈り取る鎌がゆらめいて、黒衣の死神が闇を裂いた。
 この世は不平等だと口々に人は言う。けれどその中にも、絶対的に平等なものがある。
 紡がれていく時間――その終わり、何もかもを終焉へと運んでいく、死と称されたそれ。生きている限り訪れる永劫の終わりを以てして、時計であるニコはこの物語にエンドマークを打つ。
 彼女が謳う慈愛の色と似通うそれを救済と謳いながら、彼女のありさまに対峙した己の在り様は、およそ憤慨されるに足るべきだろうと知りながら。
 死を操る時計は、ほつりと声を漏らす。
「傲慢を許せ、ミーシャ」
「悪かったな」
 重なるのは煙の声だ。闇を割る蒼焔が零れ落ちる。鎖した左目の裡で、黄昏が燃えているのを感じながら。
「俺の炎は狂気を照らすから、アンタの助けには来れなかった」
 ――これは、およそ美しい色をしてはいない。
 誰かの道行きを照らす光などにはなれないのだ。救いも、慈愛も、およそ遠い。彼自身がそれを知らないが故。
 けれど――そう。
 煙が来ずとも、きっと彼女をうまく救ってくれる誰かがいたのだろう。愛を知り、想いを知って、静かに怒れる誰かが。煮えたぎる業火のような絶望と怒りではなく、もっと悲哀や悼みに似た思いを捧げられる誰かが。
 だから、煙が成すのは、ただの手向け。
 救われて眠った彼女の墓を暴かんとする化け物どもを屠り喰らい、この狂気の劫火の裡へと融かしひずめて狂うこと。
「黄昏刻は、な。終わりを示すんだ」
 これで、苦しみも終わりだ。
 ――ひらいた左目の裡で、轟々と燃えるのは、日の差す時間の終わり。あかあかと滾る眸だけを残して、その身は狂う蒼獣へと変わる。
 耳障りな声は、咆哮に似る。孤独の裡に狂気を飼って、やるかたない正義の檻に己が身を閉じた獣が躍る。
 その色に、ニコの眸が僅かな悲哀を湛えた。
 ああ。
 この世には、彼の知る温もりは、思うほど多くはない。
「天国や地獄が本当にあるとしたら――」
 だからせめてと、少女の墓に向けて声を投じる。
「其の何方かで会おう、俺はきっと君と同じ方へ行く」
 何か一つでも、そこに信じられる温度があれば良いと思った。ただ絶望するだけの終わりなどでなかったと。そのときにこそ紅茶でも淹れよう。スコーンを用意して、それで。
 それで――。
「――はは、誹りが有れば其の時に聞こう」
 零れ落ちた笑声は、思うよりもずっと、力なく響いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ヘンリエッタ・モリアーティ

救われてしまったの?
あらら残念。とても、「おもしろくない」人生だったでしょうに
――でも、そうね
死にたい人に、生きてなんて言えないしね
そんな責任のある事、できないし

でも、私はちょっと「むかつく」かな
【物語の書き手】として、書き換えてしまおう
――救われない物語にしてあげる
死んだ命を蘇えらせようなんて、そんな冒涜的なことはしない
ただ、そうね。死体は返してもらいましょう
あなたは誰からも忘れられない、一生玩具にされた可哀想な女の子として眠っておいで
二度と目覚めたくないと思うほど、盛大に悲しまれて
送られればいい
あなたを愛した友達や、世界を知って、絶望したらいい
感謝なんて要らない、――しっかり「恨んで」よ




「救われてしまったの?」
 その声はひどく落胆に満ちていた。
「とても、『おもしろくない』人生だったでしょうに」
 全く易々と死に身を擲って、娘は最期の瞬間、確かに笑っていた。それが何とも気に食わなくて、ヘンリエッタ・モリアーティ(悪形・f07026)は怒気を孕む息を噛み潰す。
 簡単なものだ。無責任で。
「――でも、そうね。死にたい人に、生きてなんて言えないしね」
 それこそ責任が大きすぎる。親しい友人にさえ軽々しく伝えてはやれないだろうその言葉を、まして赤の他人に投げかけることなど出来ようか。誰かの一生を変え、為したかったことを折らせて、それで投げ出すなどという無責任を、彼女は己に許せなかった。
 ――とはいえ。
 事務的で無感動な事実は横に置いておくとしても、彼女の中には見過ごせぬ感情がある。
 救われたがって喚いて嘆いて、自分一人救えなくて――そのくせ、地獄と向き合い続ける覚悟も強さもなかった。
 どこまでも『普通の女の子』の話が、密かな悲劇として消えていくだろうこと。彼女が誰の何の絶望も知らず、擲った命でどれだけの悲しみを引き起こすかも知らずに、一人で穏やかな眠りに就いたことが。
 少々ばかり、『むかつく』。
 だから今、彼女はこの物語を書き換えよう。あのとき、誰より傍にいたあのひとの物語を紡いだように。その役割の中にて今一度、結末を書き換えよう。
 暖かくて優しくて美しいだけの話じゃあない。
 ――救われない物語に。
「あなたは誰からも忘れられない、一生玩具にされた可哀想な女の子として眠っておいで」
 跳躍すると同時、着地したのは墓の前だ。その中にある少女の綺麗な亡骸を抱きかかえ、物語の書き手(ワトスン)は再び有象無象の群れより離脱する。
 ――何も死体をどうこうしたり、失われた命を取り戻すなんて冒涜を働く気はない。
 死体はただの死体に過ぎないのだから、傷つけたところで救われない話にはならないし。
「二度と目覚めたくないと思うほど、盛大に悲しまれて送られればいい」
 ――ただ、骸を現実に返すだけ。彼女が耳をふさいでいただけで、そこにいたはずの、彼女とともに笑い合ったひとたちの元へ。
「あなたを愛した友達や、世界を知って、絶望したらいい」
 きっと葬儀が出されるだろう。遺影の前で、棺の前で、誰かが泣くだろう。戻っても来られない天上から、それを眺めて泣くと良い。自分が簡単に捨てた命の価値を、そこで初めて知ると良い。
 崩れ落ちる天蓋に輝く星々を睨むように見て、銀の助手は低く唸るように声を上げた。
「感謝なんて要らない、――しっかり『恨んで』よ」
 浮かべた笑みは――たいそう、悪らしかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

神元・眞白
【WIZ/割と自由に】シンさん(f13886)と一緒に
安らかに。あなたの問題が解決したなら、それはきっと救いなのでしょう。
星の灯り。それが残滓、気持ちの表れなのだとしたら、この場は残しておかないと。

飛威、シンさんと合わせて攻撃を。相手の隙は私でなんとか作ってみるから。
一度シンさんには攻めてもらって、相手の動きを待つ様に。
相手が動いたら私が孤立する様な演技を混ぜて狙ってもらう事に。
鏡には……そう、ミーシャさんでも映しましょう。楽しげに?悲しげに?
相手からはどう映るか分かりませんが、隙ができたらお願いね。

きっと、一段落がついたらこの国も終わり。ちゃんと最後は見届けないと


シン・コーエン
眞白さん(f00949)と

ミーシャに「無事に逝けたか。せめて安らかな眠りを。」と手向けの言葉を掛け、残された闇(ストレンジ・レインボー)がアリスを襲わぬよう殲滅する。

戦闘では前衛に。

相手は【団体行動】に秀で、規律の取れた戦術を取る。
逆に言えば予測しやすい。
【集団戦術・第六感】で予測し、灼星剣と村正の二刀流による【2回攻撃・風の属性攻撃・衝撃波・範囲攻撃】で、剣刀の二閃にて相手を纏めて葬り去る。
相手の攻撃は【残像】を作って【見切り】で躱すか、【武器受け・オーラ防御】で防ぐ。

眞白さんが相手を誘き寄せれば、【ダッシュ】で相手の背後に回り、上記戦法で殲滅し、眞白さんを護る。

数を減らして最後にUCで一掃




 静かに輝く星の光を見上げて、ゆるゆると息を吐く。
「無事に逝けたか」
 ――ミーシャと呼ばれた娘の終わりは、穏やかなものだった。
 たとえその信念がシン・コーエン(灼閃・f13886)と相容れないとしても、彼自身、彼女にこれ以上苦しんで欲しかったわけではない。だからこそ、手向けの言葉は穏やかに、静かな温度で零された。
「せめて安らかな眠りを」
 ――苦しいいのちだったのだろうから。生が痛みの最中にあったのならば、先に続く永劫の眠りは穏やかなものであれと。
 そう願うのは、隣で眸を伏せる神元・眞白(真白のキャンパス・f00949)も同じだった。
「安らかに。あなたの問題が解決したなら、それはきっと救いなのでしょう」
 それを、否定はしない。
 彼女がそれで良いと笑うのならば、眞白は頷くだけだ。救済の色は決して一つではないから、誰かに押し付けない限り、自由であるものだと思う。
 見上げた星々こそが、遺された想いの結晶だという。シンの金色と、眞白の白銀と、静かに沈黙する墓を照らすそれが、気持ちの表れであるとするなら――残しておかなくてはならないと思った。せめて、この国が完全に潰えて、新たなオウガを産まなくなるまでは。
 静謐が流れたのはほんの僅か。地より孵化する毒々しい極彩色が、二人の前に形を成す。
 それを見るや、男と女の視線は緊張感を孕んで交わった。互いに頷いて、まずはシンが前に出る。
 ――仲間を守る彼らしからぬ疾さで、その身は眞白を置き去りにする。構えた灼星剣が帯びる光が赤を断ち、隙を見て飛びかかる黄色を構えた村正の白刃が一刀のもとに両断する。
 集団で行動するが故に、動きを見切るのは易いのだ。数あらば隙を生むことは出来るが、数がそれ即ち優位性を示すわけではない。
 たとえば一気に襲いかかって来る前は、波が引くように攻撃の手が止む。一体だけで掛かってくるときは、その隙を窺う数体が周囲にいる。敵以外に他者がいるが故に型破りな行動を起こせぬ短所は、果たして歴戦の男の前には致命的だった。
 それでも取り囲まれれば傷は避け得ない。後方にて機を待つ眞白も、それは大いに理解していた。
 故に――。
 共にある人形の一体へ声を投げる。戦術器の第一世代、その無表情な顔を紺碧の眸が見据えた。
「飛威、シンさんと合わせて攻撃を。相手の隙は私でなんとか作ってみるから」
 頷いた飛威が、巨大な双刃と共に飛び立っていく。シンの後方に回り込む色彩を断ち切り、闖入者へと向かうそれらはシンの輝く刃が捉える。
 ――そうして夢中で前線にいるもののうち、一つが眞白に気づいたようだった。
 護衛のない娘。ただ立っているだけのようにも見えるだろう。新たな獲物を見つけた一団が猛然とこちらへ走って来るのを、彼女はただ見つめていた。
 それもまた――作戦の一部であることに、気付いてはいないのだろうから。
 攻撃が届くよりも先、銀色の符がひらりと舞った。生み出された障壁に弾かれて転がる極彩色の前に、映し出されるのは夢か現か――。
 そこにいるのは。
 慈愛と呼んで死を振りまいた、彼らを生んだ絶望を抱く娘だった。
 突如として眼前へ現れた、死んだはずのアリスに、虹色が狼狽えているのが分かる。よほど心を揺さぶったらしいその幻影に、俄かに統率を崩した濁った色たちがいる。
 効果は覿面だった。その表情が悲哀と映っているのか、あるいは笑っているのか――眞白には分からないけれど。
 そうして出来た隙を逃さぬ二人が、後方より迫っていることさえ、悟られてはいないのだから。
 迫る赤き刃は、男の紅輝を受けて巨大な一刃となる。シンの眸と眞白の眼が重なって、どちらにも傷一つないことがよく見えた。
「甘い!」
 叩きつけるように薙ぎ払われた剣に、統率を乱したそれらが対処出来ようはずもない。成すすべなく消えていくそれらの中で、運良く難を逃れたものは、けれど飛威の双刃が屠るのだ。
 二人の眸が、この国の終わりを見届けるまで。
 ――舞踏めいた戦いは、今しばし続く。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

鷲生・嵯泉
自らを唯一の光とした事は、正しくはないが間違いでもなかろう
しかし何が真の救いかなぞ当人にしか判るまい
だが――“解放”されはしたのだろうから
もう逃げ隠れをせずとも済む事が、せめてもの安らぎと成れば良い

……暗闇の内で目にした「結末」は、未だに己が裡に凝っている
訪れる事なぞ無い様にと足掻く事を決めた今でさえ失せはしない
だが裡から心を蝕む其れは、同時に此の歩みを止めぬ為の燃料でもある

選ぶのは私自身
ならばこそ目を逸らす事も逃げる事も此の身に赦しはしない
此の声に応えるものが在る限り、伸ばした手を掴むものが在る限り
――私を光と喩う声がある限り
此処に在り続けよう

――弩炮峩芥、残さず砕けろ
お前達に行き場なぞ無い




 誰にも、何にも救われないから、己が無明の光となる。
 正しいことではない。暗闇の中に在って、光の何たるかも知らぬままでは、如何なる救いも継ぎ接ぎにしかなり得ない。
 けれど間違ってもいない――そう在ることしか出来ない者を、どうして否定出来ようか。
 鷲生・嵯泉(烈志・f05845)の見上げる先の星々は、晴れやかに瞬いている。
 彼女の望んだ真なる救済の形は知れない。だから、ただ身を隠して怯えるだけの命から解放されたことが、せめてもの安らぎであれと願う。照らされた暗がりに、もう丸くなって震えることのないように。
 嵯泉自身も――。
 深く息を吐き、一瞬ばかり目を伏せる。暗闇の中に見た地獄は未だ脳裏に凝り、間隙を突くように冷や水を生んだ。所詮は幻と斬って捨てることを赦さないのは、それが一度、彼の前に横たわった現実であるという事実だ。
 ――もう二度と。
 見知った顔と、大切な者の命が喪われることのないように。その魂が失せていく重みを、この手の中で感じることのないように。
 置いて逝かれることも――置いて逝くこともせずに済むように。
 あの惨憺たる未来が、決して訪れぬようにと、抗うことを決めた。命を削り続ける日々の、どこか空虚な軋みではなく、今ここに根付く確かな誓いとして。さりとてそれを為し続けることがどれほど難しいのかを知っているが故に、男の胸中には確かな氷が突き刺さるのだ。
 だとして――左の懐を探るのは、ただ慣れた感触を求めるが故だった。果たして応じる失くせぬものに、嵯泉は小さく吐息を漏らす。
 ――この心に突き立つ、凍てた毒こそが。
 彼の足を前に出す。繰り返して為るかと戒める。立ち止まったときこそが、真の終わりなのだと――幾度でも、この心に刻むのだ。
 握った刃は、濁った極彩色を逃がさない。空を裂くように生まれた衝撃は、彼の目に映る全てを断ち斬る慈悲なき一刀だ。
「お前達に行き場なぞ無い」
 星明かりに冴え冴えと閃く銀が色を裂き、柘榴の眼光は睨むように前を見る。その道を違わぬように。歩み続けるべき場所を見失わぬように。
 ――定め選ぶのが己ならば、目を逸らすことも逃げることも赦さない。我が身は我が心の許に、諦念と甘えこそを斬ると誓う。
 今や嵯泉は、決して独りではない。何をも掴まず生きて死ぬはずだった我が身には、手放せないものが増えすぎた。
 呼ぶ声に応じる者が在る。伸ばした手を掴む者が在る。
 ――この身を光と喩えては、笑う声が傍に在る。
 ならば、決して違えはすまい。約束も、誓いも――願いも。彼が在ることを望む声がある限り。託される祈りがある限り。
 全ての憂いが斬り払われた星の許、軍靴の音が、確かな重みで前へ往く。

大成功 🔵​🔵​🔵​

クロト・ラトキエ


たすけて、ほしかったでしょ。

救い、と。
ご当人が満足ならそれで結構。
で、このワラワラを殲滅せよ、と。
えぇ。オーダー、承りましたとも。

…この何ともスッキリしない感。
丁度、思い切り発散したかった所ですし?

個の、速度、移動や攻撃法、色毎の差異…
集団となった際のパターン…
尽くを視て、見切り、攻撃に回避に利用。
逃亡者は最優先に、時にナイフも投げ討ち。
来る者は鋼糸にて、舞わせ拡げる範囲攻撃に、
絡げ引いて絞り断ち、2回攻撃も交え。
より多く、より速く…
何時も通りに。
攻め手に交え、路、扉…あらゆるをフックに。
一斉に掛かって来るなら
…好都合。
ようこそ、骸の海ゆきの檻へ。
彼女の謳った救済へ…逝ってらっしゃい
――拾式




 ――すくわれた、という。
 当人が満足のいく結果であったのなら、まあそれでも良いのだろう。クロト・ラトキエ(TTX・f00472)には、口を出す義理も情もあったものではないのだから。
 鋼糸を手繰る指先に変わりはなく。与える慈悲も温もりも、オウガを相手にありはせず。寄って集る極彩色の群れを始末するのが仕事だというのなら、クロトはそれに応じよう。
 ――ついでに言ってしまうなら。
 先から胸に凝る、何ともすっきりしないつかえを取り除くなら、何も考えずに大暴れ出来るのは好都合だ。
 しならせた指先より迸る細糸が星空に煌めく。常人の目には映らぬ幽かな光を捉えられるのは、この場にあってはクロトただ一人。
 そうとは知らずに向かい来る毒色の群れは、果たして彼を単なる獲物と見ているのかどうか。赤が前に、黄がその後方――どうやら色ごとに相応の役割があるらしいことは一瞥だけでもよく分かる。
 統率が取れているのなら、猶のことやりやすい。
 ――クロトの出自は傭兵である。
 戦場は何も、独りきりで一つの強者を相手にする場所ではない。そこには味方があり、その数だけ敵がある。一つだけを討つならそれは暗殺者だ。勿論、暗器を使うが故に、そういう場に駆り出されたこととてあるが――。
 彼の本領とは、鏖殺にある。
 眼鏡の底に光る蒼は全てを見ている。赤が殴り掛かった後、後方から出てくる黄はどうやら盾となるらしい。広げた鋼糸に幾分両断されながら押し戻されていくそれらを前線へ押しとどめんとする緑。藍が引きずっていくのは離脱者か。
「成程」
 ――ではまず後方から。
 投げ放たれたナイフが精確に藍を射抜いた。崩れ落ちたそれに狼狽える間を狙い、拡げた鋼糸の群れがまとめて切り裂き地に還す。
 全てはいつも通り。その手が紡いだ幾多の破滅や呪詛と同じ、再びここに罪を重ねるだけのこと。
 コートの裡より放たれるナイフは逃げることさえ許さない。形勢がこれ以上不利に傾いていく前に、万策尽き果て統率など投げ捨てた化け物どもは、どうやら眼前の脅威を一気呵成に斃し切ることとしたらしい。
 全く――。
 ――笑ってしまうほど、人間の群れとよく似ていることだ。
「ようこそ、骸の海ゆきの檻へ」
 穏やかな声が紡ぐのは終わりの合図。崩落した扉の錆びた支柱、無数に乱立する木々、崩落してく絶望の国の天蓋――全てをフックに張り巡らされた極細の檻に目を眇め、殺戮者のの吐息が嗤う。
 逃げ出そうとしたとて、もう遅い。
「彼女の謳った救済へ…逝ってらっしゃい」
 断截――拾式。
 切り刻まれて地へと還る歪な色の中、死毒は独り立ち上がる。その脳裏に、誰かの声が聞こえたような気がした。
 ――たすけて、ほしかったでしょ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ヴィクティム・ウィンターミュート


…これで幕引きか
別に、可哀想とも思わんが…清々しくも無い
ま、せめてぐっすり眠れはするか
俺はここ最近、眠れやしねーから羨ましいぜ

それで、幕が引いた舞台に勝手に上がってきたのはテメェらか?
無粋だな、弁えろよ
無法者には相応の罰を与えるぜ
例えばそうだな…恐ろしい邪竜が来ちまうとか、な

来な、『Azi Dahaka』
お客様がお帰りだ、見送ってやれ
どれだけ群がろうとも、全身が虚無で構成されているが故に、接触したものを呑み込んじまう
距離を取るなら圧倒的な質量と破壊力で殲滅するだけだ

…やっぱ、気分アガらねーな
クソのような現実なんて、どこも変わりはしない、か
別に、何かしたわけでもねーのによ
ままならねえな…




 有り触れた悲劇の幕引きに、憐憫も同情も必要はない。
 よくある話だ。ただそれだけのことで――けれど、心に靄をかけることに違いはない。
 たとえそこらに転がっているものであれ、悲劇は悲劇だ。それに変わりはない。
 眉間に僅か皺を描いたヴィクティム・ウィンターミュート(End of Winter・f01172)のバイザー越しの眸に、鎮座する墓が映る。
 物言わぬ娘はよく眠れているのだろう。この世に満ちた悪意から隔離され、永劫覚めることのない夢の中を揺蕩うことになるのだろう。
 全く――羨ましいことだ。
 夜毎、寝台の上で彼を呪う過去に首を絞められているヴィクティムのそれとは、比べるべくもない。
 とまれ救われぬ聖女は死んだ。救いを得て満足げに終わっていったのだから、此度の演目はそれで終わりだ。
 ――残されたのは、カーテンコールとはおよそ言い難い、闖入者どもの排除だけ。
「それで、幕が引いた舞台に勝手に上がってきたのはテメェらか?」
 睥睨する紺碧の眸の前に、毒々しい虹色が集る。アリスだった娘の墓を囲うように、黒の狭間から湧き出るそれらに片眉を持ち上げて、ヴィクティムはゆらりと手を持ち上げる。
「無粋だな、弁えろよ。無法者には相応の罰を与えるぜ」
 親指と中指の腹を合わせて、合図を告げる時を待つ。黒より出でてなお黒い、己の中へ留まる破棄場を呼ぶように。
 おもむろに外した視線に反応して、無数の色が飛び掛かる。
 それで、準備は整った。
「例えばそうだな……恐ろしい邪竜が来ちまうとか、な」
 ――Azi Dakaha.
 破滅の合図が高らかに響く。今にも少年を捉えようとしていた腕は、果たして虚空に飲み込まれ――突如として現れた壁が何なのかも理解せず、その内側へと飲み込まれていく。
「お客様がお帰りだ、見送ってやれ」
 低く告げる主を乗せ、聳え立つのは漆黒の龍蛇だ。広げた翼は星々さえも覆うように、暗がりへと深く影を落とす。
 その身に一度でも触れれば、生きとし生ける全てを招く虚無が、毒々しい色彩を塗り潰す。咆哮に怯んで逃げ出すものを圧し潰す、三メートルを超える爪が迸る。
 尾が、牙が――黒が。
 全ての色を呑む光景をその頂点から見下ろす少年の唇に笑みはない。
 勝利した。己の存在の意義を果たし、此度の舞台はこれで終わる。それなのに、どこかで虚脱するような思いが凝って、この身に影を落とすのだ。
「クソのような現実なんて、どこも変わりはしない、か」
 ――それは、誰の身にでも降りかかる不平等だ。
 生まれたときから、人にはランクがつけられている。その最下層で育ったヴィクティムは、それをよく知っている。
 彼の故郷だけではなくて――それこそどこにでもある、緩やかで絶対的な壁。生を受けた瞬間から存在するそれを乗り越えられる者もあれば、無辜の裡に呑まれて頽れる者もある。ミーシャと呼ばれた少女は、後者だっただけだ。
 だとしても。
 何をしたわけでもなく、最期まで恨みを零すこともなく眠った少女の表情が、脳裏に焼き付いている。
 ――その身が報いを受けるようなことなど、なかったのに。

大成功 🔵​🔵​🔵​

水標・悠里
心を奪うなら、命ごと奪っていって欲しかった

見上げた星が未だ輝いているのを見て
燃え尽きたミーシャの命の名残のようだと思った
星は死んでも、途方のない距離の分だけ輝くというから

私、人助けは苦手みたいです
誰かに寄り添うことも、手助けすることも
どうすればいいのかわからない
だから、これが正しい人助けなのかも判断がつきません

ですが、救済の後に絶望をもたらすというのなら
その芽を摘み取るまで
さあ参りましょう、私達に供された晩餐へ
今日は数が多いから、飽きるまで食べてしまいましょう

影より出でた蝶の群れ
愛で満たして食らいましょう
すり減って軽くなった命が終わるまで
心が砕けてしまうまで
海を渡って会いに行く、その日まで




 体を奪われた心は骸の海へと還っていく。ならば、心を奪われたまま遺された体は、どこに行くのだろう。
「私、人助けは苦手みたいです」
 見上げた星に囁く。水標・悠里(魂喰らいの鬼・f18274)の青がはたりと瞬いて、ここにある証明として息を吸う。
 燃え尽きて広大な海へと還った命の残り香が、空に煌めいて悠里を照らした。遥かな距離から地上を照らすあえかな灯火が揺らぐ。
 人は――。
 死ねば星の光になるのだと言う。
「誰かに寄り添うことも、手助けすることも、どうすればいいのかわからない」
 吐息とともに零れる声は、もうここにいない少女に向けられていた。
 たった独り生きてきた牢の中のつめたさと、初めて与えられた掌の熱――それらが全て、血溜まりに鎖され消えていく心地。
 悠里が知るのは、ただそれだけだ。最初に与えられたのは、何よりも残酷な現実だけ。たった独り、現世と幽世を行き来するような曖昧な足取りで生きる道行ばかりが遺された。
 どうしても受け入れられない。何者をも拒み、どんな優しさにも耐えきれずに耳を塞いで、ようやく至った事実さえ――たった一人の世界(ねえさん)だけを、どうしようもなく肯定する。
「だから、これが正しい人助けなのかも判断がつきません」
 これで良かったのか。
 こうするべきだったのか。
 それはきっと、この場にいる他の誰かが抱くよりも、ずっと疑問に満ちていた。悲しみと虚しさの中で他の道を探すそれより、もっと残酷で、純粋な――子供の疑問だ。
 それでも、分かることもある。
 真白い救済のカンバスに、毒々しい絶望の色をぶちまける彼らを、摘み取らねばなるまい。
 ゆらりと踊る指先に、黒い蝶が一頭留まる。ひらり舞い上がるそれを青い眸が追って、伸ばした手が届かぬうちに黒く染まる。
 ――飛び立つ無数の黒蝶が、悠里の体を覆った。
「今日は数が多いから、飽きるまで食べてしまいましょう」
 さあ行こう。彼らのための饗宴へ。痛みも恐怖も食い荒らそう。鬼の魂が人へと染まってしまうほど。無数の黒が、色も魂も奪ってしまうほど。
 代わりその身を愛で満たす。首を絞めるような、この呼吸を止めるような、うつくしく絶望的な愛で。
 飛んで、跳ねて、喰らう蝶の群れが極彩色を襲う。その先に続く道を、悠里の足は歩いていく。
 心を奪われ、重くてたまらない足が擦り切れる日まで。魂の中核を喪って、軽くなった命が削り取られて消える日まで。遺された心の殻すら崩れて滅んでしまうまでは。
 そうして、全てが果てた先。
 この黒く昏い海の果ての涯まで――きっと走って、会いに行く。

大成功 🔵​🔵​🔵​

霧島・ニュイ
ミーシャちゃん……
本当ならアリスの間に助けたかった

でも、この結果は彼女を救ったのか
……救われたなら、良かったねえ
頑張った甲斐があったや(えへらっ)

どうか安らかに
僕は生きて幸せを掴むよ
子供のように貪欲に手を伸ばすことになる、構わない
手段は選ばないんだ

……絶望の国は厄介だね
さて、後始末やろーっと

軽やかに動いて
さあおいで!纏めてかかってきなよ
ぽこぽこされそうなら見切り、武器で受けてカウンター

的が大きい方が、纏まっている方が狙いやすい
一番動きが遅い個体に狙いをつけて、スナイパーで不意打ちの一発
スナイパーで命中率を上げて、クイックドロウで早撃ち
2回攻撃で手数を増やして乱れ撃ち
狙い打てば数多い僕は有利だよ




 捧げるのは悼みであり、歓びでもあった。
 アリスのまま出会えていれば、この手は届いたかもしれない。それを心底から悔やむ思いは、霧島・ニュイ(霧雲・f12029)の内側に確かに存在する。けれど、彼女が最期に遺した表情が安らかだったことを祝福する心も、同じだけ存在するのだ。
「……救われたなら、良かったねえ」
 ――それを救いだと押し付けられることを、拒みはしたけれど。
 彼女にとっての救済が、死のかたちをしていたことは、否定しない。
 だから、彼女が望みを叶えて眠ることが出来たというのならば、彼はそれを、彼の成しえた最良の結果として受け入れる。
「頑張った甲斐があったや」
 へらりと笑うニュイの表情はどこまでも晴れやかで――少女の終わりに、罪悪感を抱きはしない。良いというのなら、良いのだ。相容れなくとも、それは確かに、堕ちてしまった彼女にとっての唯一の救いだったのだから。
 彼女は彼女の道を歩んだ。
 彼は彼の道を往く。
 ミーシャは永劫に眠るのだろう。だからニュイは、その眠りが安らかであれと願う。ニュイは生きるから。これからも生きて、生きて、その先でほしいものを手に入れる。
 子供じみた欲求だろう。駄々をこねる幼児のように手を伸ばすときもあるだろう。それは決して美しいものではないかもしれないが――それでも構わない。
 欲しいものを手に入れるために、手段は択ばない。
 それがいかに無様であろうと。それがどれだけの犠牲の上に成り立つものであろうと。この身の全霊を賭して、手に入れてみせる。
 そのために。
「……絶望の国は厄介だね。さて、後始末やろーっと」
 一つ伸びをすれば元通りだ。笑みを浮かべて抜き放つ銃の感触を馴染ませて、眼鏡の底の翠玉が無数の色に向けられる。
「さあおいで! 纏めてかかってきなよ」
 よく通る声が、暗がりに潜む無数の色を呼び寄せる。ぬらりと現れた極彩色のちいさな化け物たちは、躍起になって両腕を振り上げた。猛然と向かい来るその群れを、ニュイの眸はよく見ている。
 ――一番動きが遅いのは、緑。
 両手に携えた銃の一方でちいさな手の攻撃を防ぐ。そのままもう一方の指先がトリガーを引けば、唸る銃弾が狙いをつけたそれを引き裂いた。狼狽える周囲に向けた銃口が続けざまに吼える。弾け飛ぶ極彩色の隣人に、狼狽える暇さえ与えない。
 些か小さな的ではあるが、纏まってくれるのならば好都合だ。多少精確さを犠牲にしたとて、その隣にあるものだって次の的になるのだから問題はない。そして狙いを定めることが出来るなら――。
 ――乱射の利くニュイの得物の方が、ずっと有利だ。
 為すすべなく地に還り行く化け物たちの残骸が満ちる道を、きっとニュイの足は前に進んでいくだろう。
 欲しいものを得るために。
 何もかもを欲するこの手に、望む全てを掴むために。

大成功 🔵​🔵​🔵​

蘭・八重
綺麗な光ね。
ちっぽけでキラキラと輝いてはないけど淡くでも強くあの子の星の光。

間違った光はどんな闇も照らせない
本当の暗闇はやわな光では勝てないの

あの子は何を選んだのかしら?
あの子の心は本当に救われた?
それはあの子しかわからないわ

でもね、今照らす光は私は好きよ。
淡い光は暗闇の中では強いのよ

だからあの子の邪魔しちゃダメよ
噤む黒キ薔薇で悪戯な子達に罰を与える

あの子を連れて行くなら
私は貴方達を連れて行ってあげるわ
地獄の底へと




 ――綺麗だ。
 見上げた先の星々を、ただ純粋にそう思う。いのちに遺された煌めき、最期の想い、その結晶。遍くを照らす太陽には遥か及ばぬ、ちっぽけで淡い、けれど確かにそこにあるひかり。決してはっきりと輝きはしなくとも――強くある、彼女の細やかな存在証明。
 蘭・八重(緋毒薔薇ノ魔女・f02896)の桃色をした双眸が緩む。
 生きる間、この純粋な光は歪んでいたのだろう。己が太陽になるために、こんな暗がりを作り出してしまったのだから。けれどミーシャは知らなかったのだろう。彼女自身が照らされたことがないから。
 ――本当の闇は、間違ったやわな光では、決して晴れないということ。
 抱える昏さは、生半可な光を浴びても影を濃くするだけだ。輝き照らすために必要なのは、圧倒的な――この身の全てが白んでしまうような、救いの灯り。寄り添うのではなく差し伸べることを選んだのなら、それだけの光量であらねばならないのだ。
 彼女がこの道を選ぶまでに、一体何があったのだろう。断片的な情報しか知らぬ八重には、それを知るすべはない。今や言葉さえも交わせぬ星となってしまった彼女の想いは、もうここにはないのだから。
 その最期が本当に救いに満ちていたのかさえ、思いの及ぶことではないのだろう。ミーシャは八重ではなく、八重はミーシャでない。互いの抱いた想いを髄まで理解することなどありはしないのだ。
 だから、彼女はそこに踏み込まない。軽々に頷くことも、或いは否定をすることも出来ないのならば、彼女は彼女として――ミーシャと呼ばれた娘を評そう。
「今照らす光は、私は好きよ」
 暗がりを照らすのに、強すぎる光量は必要ない。助けを求める目は暗闇に慣れているのだから、あまりのひかりは双眸を焼いて、永劫の闇の中に鎖してしまうことだってある。
 ――夜には、星の淡い光こそが必要なのだ。
「だから、あの子の邪魔しちゃダメよ」
 ひたりと唇に添えた繊指の下、うつくしいかんばせが妖艶に笑む。向かい来る極彩色の毒たちを、黒薔薇の棘で薙ぎ払わんがために。
 踊るように持ち上げられた手に応じて、茨鞭が沸き上がった。しなやかにうねる断罪の黒薔薇が、悪戯な墓荒らしたちへと罰を与えるのだ。
 薙ぎ払われるちいさな化け物たちは、地に跳ねてどろりと融けていく。消える仲間のいた場所を踏みつけて、狂乱の中で散っていくそれらを、八重の茨は一匹たりとも逃がさない。
「あの子を連れて行くなら、私は貴方達を連れて行ってあげるわ」
 つめたい死に満ち満ちた骸の海の、その最果て。
 ――熱く煮え滾る、地獄の底へ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ゼロ・クローフィ
ぽこぽこ出てくるなぁ
嗚呼、お前はコレで終わりにしたのか

あの娘がどうなろうと知った事では無い
この後、新たな犠牲者が出ようと俺には関係無い事だ

『このまま放置するのですか?貴方にはそれは出来ないでしょ?』
俺の中の偽善者が騙る
神とか信じてるのか知らないが神父を演じるもう一人の俺
いつもにこにこした笑顔の癖に人の傷口に塩を塗る詐欺師
敵に回すと面倒だ

あー、はいはい。本当に面倒くさい
別にお前の言う通りにしてる訳じゃないからな
少し関わっちっまったから仕方なくだ

あの娘が光であろうとするならば
最凶悪
元天使がお前を光に導いてやろう
邪魔ものを排除した後でな




 瞬く星々にも、娘の墓を暴いて現れる化け物たちにも、感慨はなかった。
 見上げる先にあるのが感謝の証だというが、ゼロ・クローフィ(黒狼ノ影・f03934)には関係のない話だ。彼女が何を思っていようと、彼の為すべきは変わらず、またその先に歩む道も変わりはしないだろう。
 彼はただ、その終わりを事実として受け止めるのみ。
「嗚呼、お前はコレで終わりにしたのか」
 物語の結末は成った。
 この先に何があろうとも、ゼロは何らの痛痒もあろうはずがない。よしんばこの極彩色たちが新たなアリスを屠ったとて。
 目の前にあるものさえ面倒なのに、彼の知らぬ場所で起こる惨事のことなど考えていられはしない。
『このまま放置するのですか?』
 ――深く息を吐いたゼロの脳裏にて、ひらめくように笑う声がする。
『貴方にはそれは出来ないでしょ?』
 思わず顔を顰めた。
 『ゼロ』の中に在る一人だが、人格同士が相容れるとは限らない。元より別の人間たちが壊れ混ざった先であるというのなら、なおのこと。
 ――ゼロはこの男が好きではない。
 神父である。そう演じている――と、ゼロは思っているが。元より彼に侵攻があるのかどうかさえ知れない。神の御名の許にと嘯いてみせる笑顔も、胡散臭くてたまらないように思える。
 そうして穏やかな顔で近づいて、人の傷口に塩を塗り込める。その在り様は敬虔な神父とは程遠い――詐欺師だ。
 けれど、そうであるが故に、敵に回せば厄介なことになるとも分かり切っている。深く息を吐いて、ゼロは踵を返すことを諦めた。
「――あー、はいはい」
 至極面倒そうな声は、果たして心の奥底に潜む彼にも響いていただろう。肩を竦めるのは細やかな抵抗で、結果的に彼の言うことに従っているという事実を否定するためのものだった。
「別にお前の言う通りにしてる訳じゃないからな。少し関わっちまったから仕方なくだ」
 それをどう取ったかは知らないが――。
 裡側の声は、小さく笑ったきり途絶える。言ってしまったからにはやらないわけにも行くまいと、ゼロは従えたままの地獄の主へ、無言のままに指示を出した。
 ――ミーシャは、光であったという。その先に行きたかったのだという。
 ならば。
「元天使がお前を光に導いてやろう」
 果たして扱うのは真逆の力。地獄に満ちる力を存分に揮い、怒れる堕天使が崩落する天蓋に吼える。
 嘗て明星だった天使は、地の底へと墜ちて神敵となった。それでもその権能は、確かに光と繋がっている。
 それが救いであるかどうかなど――それこそ、ゼロにとってはどうでも良いことだから。
「邪魔ものを排除した後でな」
 眇めた翠の隻眼に、ただ、悲鳴すら上げられずに還り行く極彩色だけを映していた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

リリヤ・ベル
○◇
……それは、問いだったのでしょうか。
それとも、結果だったのでしょうか。
ほそくきえた声からは、もうなにもわかりません。
けれど、それが希望だったならよいと、おもうのです。

やみはあける。
ほしはまたたく。
ものがたりをめでたしめでたしで閉じるために、
あなたたちを外へ出すわけにはいかないのです。
ひとつとしておなじもののない、いろとりどりの絶望。
……わたくしの、だれかの、過去でもあるのでしょうか。

ゆびさきをまっすぐに、かおのないものへと向けて。
しろくしろく、ぬりつぶしましょう。

過去をまっしろにできるわけでは、ありません。
このいろは、これからさきの日々のために。
おやすみなさいのあとは、おはようなのです。


シキ・ジルモント
○◇/POW
苦しむくらいなら生きていたくなどない…そう考えた事も確かにあった
それでも生きていたいと思うようになったのは、一体いつからだっただろう
星の名残の明かりを目にして、先の言葉を思い返して
…今は、戦闘に意識を向ける

攻撃の為に接近して来る敵は回避を優先し、位置の把握に努める
あえて囲ませて、ユーベルコードの範囲攻撃でまとめて撃破したい
何も見えない暗闇のままなら全てを迎え撃つのは難しかっただろうが
今の星明りの下なら敵の姿を目で捉える事も出来る筈だ

いつか、本当に戦えなくなる時がくるかもしれない
だが、それは今では無い
この手足が動く限り戦い続けると決めている
更なる犠牲を出さない為、そして生きて戻る為に




 こんどこそ、すくわれるの――。
 切実な声色で零されたそれは、果たして彼女が最期に得たひかりへの問いかけだったのか。或いは、己が中に見つけた結末を、声に乗せたのか。
 暗闇の森の中へ消えてゆくいのちのような、細くてちいさな声はもう応えない。だから、リリヤ・ベル(祝福の鐘・f10892)が願うのは、せめてその終わりが『めでたし、めでたし』であったこと。
 何もない闇の中に放り出される辛さを味わわなくて済むことが、きっと希望であれば良い。
 瞬く星の名残を見詰めるのは、リリヤだけではなかった。
 シキ・ジルモント(人狼のガンナー・f09107)もまた、狼の耳を揺らして空を見る。そこにある輝きは、月のそれと違って、彼を狂気に誘ったりはしないから。
 娘が遺した声が――。
 脳裏を巡っている。どうして、と。追いかけるように、彼の意識も同じ問いを繰り返す。
 途方もない苦しみを幾度も繰り返した。それは或いは亡失で、或いは裏切りで、或いは恐怖と罵倒だった。こんな思いをしてまで生きていたくはなかった――そう声を噛み殺した日が、シキの中には確かにある。
 ――それが、飽かぬ生への希求となったのは、いつからだったろう。
 生きていたいと思った。この苦しみの中でさえも。いつの間にか、生きる意味を失うことが恐ろしく思えるようになっていたのだ。遠いあの日には、いっそ己の命など絶たれてしまえば良いと、どこかで思っていたのに。
 深く息を吐いて、男の指先がトリガーにかかる。向けた銃口はいつもの通りに揺らがない。その問いに答えを出すのは今ではないから。
 為すべきことがある。
 それは――リリヤにとっても同じことだった。
 湧き出る無貌が星明かりに揺らぐ。毒々しい極彩色の汚濁を、彼女の眸ははっきりと映している。
 昏い森はもうない。茂みの中で震えていた彼女にも、日が昇るように――帳は上がり、闇は明ける。星の光は導となる。
 だから。
「ものがたりをめでたしめでたしで閉じるために、あなたたちを外へ出すわけにはいかないのです」
 数多の極彩、数多のかたち。それはきっと、誰しも同じものを抱かぬ心と同じ。鮮やかだった色彩を濁らせる絶望の、さまざまなあり方と一緒。
 ――視線を巡らせる限りに広がる色の中に、いるのだろうか。
 リリヤが零した絶望が。シキが抱えた濁色が。
 みとめない、わけではない。目を逸らすわけでも、逃げるわけでも。ただ、それが歩みを止める理由になってしまうことは、良くないことだ。歩き続けた先には花が咲く。きっと、幸せを見つけるためにも――リリヤは、ここで止まったりはしないだけ。
 だから、今は。
 絶望を塗り替える。心を汚す泥を拭うように。
 ひらりと向けた指先は、星空を手繰って真白を墜とす。差し込む天光が汚濁の絶望を白く染め上げ、ちいさな化け物たちが跳ねては土へと還っていく。
 光を厭うように、逃れるように――散り行くものたちはシキへと狙いを定めた。暗闇より湧き出る無数の色は、しかし今はよく目に映る。
 無明の中であれば、このちいさな気配を捉えることは難かったろう。だが星灯りがあれば、この目は必ず獲物を捉える。
 吼える銃口が火花を散らす。狙いを定めるのに時間は要らない。一つが着弾するより先に、指先はトリガーを引いている。
 いつか。
 いつか――こうして狙うことも、引き金を引くことも、出来なくなるのかもしれない。それはおよそ突然に、目の前に降って湧くのかもしれない。戦い続ける限り、戦えなくなる可能性を帯びるこの命が、いつか頽れる日が来るのかもしれない。
 だとしても、それは『今』ではない。
 嘗ての絶望も、胸中を締め上げる理不尽も、誰かの命に降りかかることのないように。そうして己も、生きて――戻るために。
 この足が前に出る限り。この手が銃を確と握り続ける限り、シキは戦う。
 差した天光が絶望を白く塗り替える。目が覚めるような眩い真白を見遣り、けれどリリヤの心には、暗い森の長い夜がこびりついている。
 ――過去は、事実は、変えられないから。
 かなしみもいたみも消せない。それでもこの先を、そうならないために生きていくことは、きっと少しの勇気さえあれば――出来ることなのだ。
 だから、今は告げよう。
 夜の帳に差し込む、眩い未来のはじまりを。
「おやすみなさいのあとは、おはようなのです」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

朱酉・逢真
マスター/f22971 ○眷属以外は接触不可

(《獣》の背を借りて立ち)嬢ちゃんは『終わり』を得て、『絶望』はいざ崩壊せんとす…ってな。どうだいマスター、こたびの《演目》は。
ひひ、バカにしちゃいねえよ。俺らも《演目》のうちさ。

ああ、次は俺らの出番だ。つっても俺ァ、戦うのンはどうにもな。なもんで、陰中の陽でお嬢さんの光を増幅しよう。この場を破邪の光で満たすのさ。
俺は救う神じゃねえが、応援してやるこたできる。自分の手、自分の光で、自分を救うがいいさ、お嬢さん。ついでに俺らも助けてくれ。
ひ、ひ。俺もう動けねえんで、眷属たちとマスターに守ってもらおう。意識失う前に、マスターとお嬢さんに感謝だけしとくさ…


釈迦牟尼仏・万々斎
黒の君と/f16930 ○

黒犬の姿に戻って腕を組み鼻を鳴らそう。出る芝居も選べぬ立場でよく演った……とでも言えばいいのかね。次があるなら運命殿に鼻薬を嗅がせておくべきだな。

儚く無辜で無個性の敵だ。生かしておけぬならせめて丁寧に、断頭操り手当り次第完膚なきまでに殺してやろう! 嗚呼君は適当に転がっていたまえ。君に何かあると、うちの従業員の精神衛生に悪影響を及ぼすのでな。敵は請け負う。
身を削る必要はない……と言ったところで聞かんのだろうなあ。大慈大悲の暗がりに、どうやら吾輩まで容れるつもりらしい。

さあ幕引きだ。おやすみ、おやすみ! 光たらんとした娘よ。歪だろうが何だろうが、君は確かに白い光だった。




 果たして絶望は瓦解する。降り注ぐ天板の闇を見上げ、毒の獣の上で咳き込んでいた影が、幾分しゃがれた喉でざらざらと声を上げた。
「嬢ちゃんは『終わり』を得て、『絶望』はいざ崩壊せんとす……ってな」
 ――朱酉・逢真(朱ノ鳥・f16930)には、それすらもまた愛おしく思えてならない。
 希望もなければ絶望もないのが神という『代物』だ。己に灯されるのは意味でこそあれ意志ではなく、観測され得ぬのならば意味さえ失う。そういうものにとってみれば、それが如何なる感情のもとに生まれた結末であれ、何らかの悲喜を伴っているというだけで極上だ。
「どうだいマスター、こたびの《演目》は」
 軽い調子で、男をかたどる声が隣の泥濘へ問いかける。
 釈迦牟尼仏・万々斎(ババンババンバンバン・f22971)は、いつの間にやら犬面の姿を取り戻していた。嘗ての冥界の女神を模した手にラーの天秤はない。代わり、その指先は顎をなぞる。
 全く不本意だとばかりに腕を組み、鼻を鳴らしてみせる。彼は神ではないし、超越者でもない。些かならず叡智に心を惹かれるまったき生命体だ。故に理知的ではあれど、隣の日陰よりも心に波立つものがあった。
「出る芝居も選べぬ立場でよく演った……とでも言えばいいのかね」
「ひひ、バカにしちゃいねえよ」
 横目に見遣る表情へ肩を竦めて、逢真が笑う。
「俺らも《演目》のうちさ」
 幕引きまで必要な演者だったのだ。この壇上に乗った時点で、もうただの観客ではなくなった。この場で生まれた何もかもが、この演目を盛り上げるための気の利いたアドリブである。
 腕を解いた万々斎が見せたのは、眉を持ち上げるような仕草に見えた。
「次があるなら運命殿に鼻薬を嗅がせておくべきだな」
 ――とまれ。
 乗ってしまったのなら責任を持ってカーテンコールまで付き合おう。
 二度ばかり手を叩いた万々斎に応じ、虚空より現れた大刃が迸る。果敢無く声無き無貌たちが、為すすべなく襲われては地に転がる。血濡れというには些かアーティスティックな仕上がりになっていく断頭台の刃が、無辜なる無個性たちを切り刻み、一緒くたに土へと還す。
 縦横無尽の殺戮劇に、果たして神は喘鳴じみて喉を鳴らした。先の反動は脆い≪宿≫には厳しかったとみえて、彼が病毒の化身であることを差し引いてもひどく力なく響く。
 故に、万々斎は嗚呼――と声を上げた。
「君は適当に転がっていたまえ」
 この場は彼だけで十二分に抑え込めるのだから、何も戦うことの得意でない者が前に出る必要はあるまい。
 それから――彼に随分と懐いている桜の宿が、ひどく狼狽えてしまうので。
「君に何かあると、うちの従業員の精神衛生に悪影響を及ぼすのでな。敵は請け負う」
「助かるよォ」
 病毒の獣の背を軽く叩けば、それは素直に後方へと下がる。眷属の背の上にて、男は眼前の灯りの中に在る背を見遣り、暫し思考するように間を取った。
「俺は応援と行こうかね」
 ――正面切って照らし吸い込む正の作用など、元よりこの身は持ち合わせていない。大いなる陰極、その在り様はどこまでも権能に忠実で、即ちこの身に持ち合わせぬ権能は扱えない。
 高速で編み上げるのは傷の傷、毒の毒、病の病――群がる色彩の齎す全ての害を害し滅する神威。太陰転じて陽を飼い、影を以て光を強める。天の光、娘の感謝に破邪を捧げるならば、彼女はようやく己を救えるだろう。誰にも請わず、己の力、己の手で。
 ――天より降りて、黒泥を撫でる見えざる癒しの手を見るや、逢真は獣の背へと倒れこんだ。
「ひ、ひ。俺もう動けねえんで」
 後はよろしく頼むよォ――。
 声を聞き届けて、万々斎は眉間に僅かに皺を寄せた。何も己が身を削ることまでなかろうと思うのは、彼がまた生命であるが故だろう。闇に融ける日陰には、無理の一つでもありはしないのだ。
 この泥濘の身さえも大慈大悲の暗がりに容れようとは、全く神とは恐れ入る。
「さあ幕引きだ」
 この身に注ぐあえかな光と大いなる許容に、応じる術が風を切る。喝采の幕切れ、処刑の裁断の終わりも近い。
 故に。
 万々斎の声は高らかに、天を仰いで星へと響く。
「おやすみ、おやすみ! 光たらんとした娘よ」
 ――歪だろうが何だろうが、君は確かに白い光だった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ロキ・バロックヒート


君は救われたの?
問いかけに応えはもう返ってこないんだろうね

でもわかる
これは救いのない話ではなくて救えない話だ
だって
どうして最期まできれいでいようとするのかな
静かに眠れば良かったのに
道を照らす光に導かれる気も起こらない
感謝なんかしなくていい
誰も彼も
神様ですら救ってあげられなかったんだから
怨めばいいのに
憎めばいいのに
それもしないままきれいな幕引き
君自身だって望んでなかったでしょう
だから救えない話
終わっただけマシなのかもしれないね

落胆にも慣れて諦めることも当たり前になっているのに
たまにこんな
引っ掻き傷のような痛みがあるから
役割を思い出して前へ進む

私が私で在る限り
いつかちゃんと
救いを齎してあげるから




「君は救われたの?」
 零した問いかけに星々は応えない。ただ己を照らし続けるだけの空の光に、ロキ・バロックヒート(深淵を覗く・f25190)はふと眸を眇めた。
 応えはなくとも、分かっている。
 これは救いのない話ではない。彼女は確かに自分の救いを見出して、誰かに振り撒こうとしたそれを自分が引き受けた。因果応報で、勧善懲悪で、敵役までも望む救済に身を投じた。
 救いはあったのだ。
 だから、これは。
 ――ただの、救えない話だ。
「どうして最期まできれいでいようとするのかな」
 恨んでいたのだろう。怒っていたのだろう。救済を謳い誰かを救おうとするその心の裡側には、同じくらいに誰かに対する昏い感情があったはずだ。
 それなのに、ミーシャは頭上で輝く星であらんとしたという。
 感謝など要らない。導きである必要などない。ただ静かに眠っていれば良い。ようやく得た安息に浸りながら、どうしてこの穏やかな眠りが生前に与えられなかったのかと嘆けば良い。
 自分のために生きられなかったのだから、せめて死くらいは自分のものにしても良かったというのに。
 誰も彼も、神にすら救われなかった少女は――それでも誰かを救わんと手を差し伸べる。
 そんなことを望んだのではないだろう。
 そう在りたいと、最初から願っていたわけではないだろうに。
 彼女は、彼女自身の願いにさえ気付かずに、空で燦然と照らす星々になったのだ。
 ――救えない。
 どうしようもないくらい、救えないけれど。
「終わっただけマシなのかもしれないね」
 このまま、そんないのちを振り撒き続けるよりは。取り返しのつかない失敗を続けて、彼女の代わりに土の下に眠らせ続けるよりは――もしかしたら、ずっと。
 だとしても。
 今も耳に響く声の中に、彼女の声がないことは、何故だかひどく心に爪を立てる。
 ロキとて、何もかもを諦めているはずなのだ。泥濘の中に沈みこむような落胆には少しずつ慣れて、呼吸が出来なくなっていくのが当たり前になっていく。微睡むように落ちかけた瞼に、怨嗟の声が遠ざかっていく感覚が、いつでも緩やかに心を絞めつけている。
 けれど。
 時折、こういう風に爪を立ててひっかくような痛みを味わうことがある。それで目が覚めるのだ。沈みかけていた泥沼の底から手を伸ばし、何度でもこの苦痛の声の中に戻って来る。
 星の仄かな光を縫うように、破壊の光が降り注ぐ。無貌を焼き滅ぼしていくそれを、黒の神はただ見送った。
 ――魂は壊れない。だからミーシャは再びこの世に生まれるだろう。苦痛に満ちて悲しみを孕む、このどうしようもないいのちへと。
 それでも――ロキがロキであり続ける限りは、必ず。
「いつかちゃんと、救いを齎してあげるから」
 首元に揺らぐ鎖が、冷えた音を立てた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

朧・ユェー
君は今何を想い何を感じただろう
僕の中で消えてイッた君

そっと自分に触れる
君を救えただろうか?
アレで良かったのだろうかと思ってみたものの答えは無い

道を拓く星
嗚呼、君の最期の声かい?

僕は君と『約束』をした
優しく君を救う事は出来ないけど
でも安らかな眠りをと

だから
暴食のグールに僕の血を飲ませ屍鬼へ

お腹空いたよね
さぁディナーの時間だよ


君の眠りを妨げるモノは全て喰べつくす

君に声はもう届かないだろうけど

僕の中で眠った彼女が新しい光の中で生きていけるまで
護ると約束しよう

それまでおやすみ
今の君の光はとても綺麗で美しい




 ――星の光になった娘は、今、何を感じて何を想っているのだろう。
 娘を収めた腹に触れ、朧・ユェー(零月ノ鬼・f06712)はふと長い睫毛を伏せた。
 彼の為したことは、その報われぬ生への、一滴の救いとなっただろうか。死をこそ救済として謳う彼女は、本当に眠ることをこそ願いとしたのだろうか。
 問いかけるように視線を落としても、応えは戻らない。ここにいない彼女を探す双眸には、ただ星明かりが照らす土と、悪趣味な極彩ばかりが映る。
 ふと。
 視線を上げたユェーの眸に、崩落しゆく世界を照らす瞬きが映り込む。優しく、穏やかに、白銀をそっと招くように。星々の海の中で、彼女は道を照らし出している。
 ――嗚呼。
 ――それが、君の最期の声かい?
 問いかける思いに応えるものは、やはりもう、どこにもなかったけれど。彼を照らす星の光が柔らかいのが、きっと唯一で、最高の答えなのだと知る。
 だから、ユェーは為すべきことを成すのだ。
 彼女と『約束』をした。善人でない彼には、優しく救うことなど出来はしないけれど――代わりに、安らかな眠りを、彼の内側で与えること。
 果たしてそれが彼女にどう響いたのかを、彼が知ることは出来ない。幾度問いかけても戻らぬ返事に、それでも違えはせぬように、ユェーの指先は深紅を奔らせる。
「お腹空いたよね」
 零れ落ちるそれは、暴食なる刻印へ。主の血を喰らい、嬉々として見える目玉のようなそれが、飽き足りぬとばかりに黒き巨大な鬼へと変ずる。
「さぁ、ディナーの時間だよ」
 声が届く間もなかった。
 迸る黒が極彩色の中へと踊る。逃げ惑う小さな悪鬼たちを、暴虐の屍鬼の腕が攫って行く。
 ちいさな獲物であるが故だろうか。一匹ばかりでは到底足りぬと、黒の執着は更に増すようだった。伸ばした腕に逃げ惑う色を掴み、口の中へと放り込む。気付けば随分と少なくなった、地中から生まれる新たな獲物も逃がさない。蹂躙と、暴虐の狭間に、声なき断末魔が響いている。
 ――それを見遣りながら、ユェーはふと唇に笑みを刷いた。
 穏やかに、安らかに眠るようにと約したのだから、この身は騎士となろう。眠る彼女を邪魔するものは、全て喰らい尽くそう。恐ろしいものも、騒がしいものも、一つたりとてその身に届きはしないように。
 そうしていつか。
 彼女は再び、光の下に戻って来るだろう。新しい光の中で、今度こそ道を見失うことなく輝ける日まで、彼は彼女を護り抜く。
 ――それまでは、どうかおやすみ。
「今の君の光は、とても綺麗で美しい」

大成功 🔵​🔵​🔵​

ルーシー・ブルーベル
あなたは、終に光になれたのね
還ったあなたの命が巡り
未明の時を迎えますように
精いっぱい祈るわ

【POW】

ミーシャさんのなきがらを災いの種にはしない

だってやり方がどうあれ、
最後がどうあれ、
あの人なりに懸命で
救って、救われたかっただけ
仕返ししたいとか
誰かを同じ目に合わせたいとか
ぜんぜん言ってなかったもの

だから未だ見ぬ誰かをあの人と同じにしない為にも
お前達を逃しはしない
ねえ、お墓は亡き人を偲ぶためのものよ
お前達にはそれがないわ

たくさんお出で、おおかみさん
みんなみんな、たべてしまって
くらいもりのおくには、
おおかみがいるものでしょう?




 暗闇に光が差し込んで、森にちいさな灯りをともすから。
 絶望は、ここでおしまい。
「あなたは、終に光になれたのね」
 瞬く星々は美しかった。純粋で無垢な想いをそのまま投影したかのよう。隻眼に映り込むその光を、眼差しいっぱいに取り込むように見て、ルーシー・ブルーベル(ミオソティス・f11656)は小さく息を吐いた。
 星が願いを叶えてくれるなら、ここで祈りを捧げるべきはたったひとつ。
 還った彼女の魂が海の涯を巡って、どうかどうか、うつくしい未明のときを迎えられますように。
 ルーシーはただ、精一杯に祈る。ちいさな体に宿したたくさんの想いを使って、エンドロールを迎えてもまだ続くお伽噺の果てが、幸福な結末であるように。
 そのためにも――。
 彼女が成せる、為さねばならないことが、ここにある。
「お前達を逃しはしない」
 睨む隻眼の先で、随分と数の少なくなった無貌が蠢いた。毒々しい極彩色が目に痛いくらいで、少女は唇を引き結ぶ。
 ミーシャの亡骸を、さらなる絶望を呼ぶ災いの種にはしない。
 彼女は、やさしいひとだった。
 最期まで誰も恨まなかった。やり方は間違っていたのかもしれないけれど。最後はああなってしまったかもしれないけれど。それでも、彼女の中にあったのは、苦しまないようにと願う純粋な願いだけ。
 誰かを同じ目に遭わせてしまおうだとか、仕返しをしようだとか、そんなことは一度だって口にはしなかった。
 救って、救われたかっただけ。そのために、一生懸命だった。少しだけ道を外れてしまって、もう戻れなくなってしまっただけで。
 だから――。
 ルーシーは彼女の願いを受け止める。まだ見ぬアリスを絶望させたりしない。彼女と同じような目に遭わせて、泣かせたりはしない。
「ねえ、お墓は亡き人を偲ぶためのものよ。お前達にはそれがないわ」
 無粋な墓荒らしたちは、凛とした声に何を想っただろうか。
 何でも良い。
 ここにあるのは、それらが絶望を食んで骸を喰らって増えていく、アリスを襲う化け物たちだということ。
 だから、先に食らってしまおう。ただ破滅を振り撒くだけのそれらが、死んでいった彼女が遺した何もかもを喰らう前に。
「くらいもりのおくには、おおかみがいるものでしょう?」
 現れるのは綿を詰め込んだ狼たち。愛らしい外見のそれらは、けれど決して侮ってはならない狩猟者だ。ルーシーの声に応じるように、たくさんが暗闇から駆けてくる。
 色を屠り、引き裂いて、土に還して終わらせる。湧いて出てくるものを先に掘り起こす子だっている。どれもがみんな、彼女の――ミーシャの味方だ。
「みんなみんな、たべてしまって」
 ――やさしい女の子の描いた物語のおしまいが、少しだって、めでたしめでたしに近づくように。

大成功 🔵​🔵​🔵​

誘名・櫻宵
🌸櫻沫

暗闇に這いずって、みつけた
寄り添ってくれる存在を
絶望の海の中でみつけられた
綺羅星を

ねぇミーシャ
すくってくれてありがとう
気がつかせてくれてありがとう
―私はたしかに、掬われたわ

桜が咲いて、咲き誇る
私は龍、護りの龍―あいを喰らって愛を咲かせる
そうありたい
私は私として、生きる
それが私の望み。世界が私を拒むなら、私という存在を認めさせてやるわ
過去の己(始祖)から継いだ屠桜を握り、前を見る
いこう、リル

かような絶望はくらい咲かせるに限る
神罰の如く破魔の雨降らせ
命喰らう桜吹雪でなぎ払う
人魚の歌に合わせ刀振るい濁りの彩を抉る
絶望を蹂躙して、私は爛漫に咲くの
「艶華」

手向けの春を
あなたにも

左様なら、安らかに


リル・ルリ
🐟櫻沫

幕は降りた―痛みと絶望を死という終わりで結んだひとつのいのち

僕は彼女のすくいを拒んだ
けれど大切なものをみつけられた
彼女は確かに、掬ってくれた
僕の、押し殺してたこころを
櫻宵の、軋んだこころを
教えてくれた
僕にすくわせてくれた

瞬く星に感謝をこめて
君のすくいにこたえよう

これでよかった、なんて思わないさ
しかしてどうあれこれが結末だ
ならば受け止めて糧にして先に進む
僕の隣には君がいて
君のとなりには僕がいるんだから

こんな絶望などに散らされない
愛する君へ捧ぐ鼓舞をこめて
破魔の調べを奏で震わせ歌う「星縛の歌」
そんな色彩は、僕らの游ぐ先には必要ないからさ
綺麗な星にしてあげる
眠れる君に、爛漫の桜を

櫻宵、頼むよ




「ねぇ、ミーシャ」
 語りかける声はやわく、あまく。暗闇の星に囁く唇は、花の咲みで彩って。
「すくってくれてありがとう」
 暗闇の中を這いずらなくては、見つけられないものがあった。
 柔らかくて、暖かくて、静かなひかり。太陽のように鮮烈なものばかりを待ち侘びた目は、けれど無明の闇の中で、本当に欲していたものを知った。
「気がつかせてくれてありがとう」
 寄り添う温もり。あたたかな春と共にある、冬の温度。
「――私はたしかに、掬われたわ」
 誘名・櫻宵(貪婪屠櫻・f02768)の焦がれたいっとうの綺羅星は、リル・ルリ(『櫻沫の匣舟』・f10762)だということ。
 艶やかにわらう櫻宵のとなり、長い尾鰭を遊ばせるリルもまた、その思いに頷いた。
 ――彼女のすくいを拒んだ。
 けれど確かに、このこころは大切なものを見出したのだ。あの辛くて苦しい闇の中に墜ちて初めて、触れ得たひとすじがここにある。
 そうだ。
 彼女のやり方には、決して賛同など出来なかったけれど――。
 リルもまた、櫻宵がわらうのと同じように、このこころを掬われた。
 ずっと押し殺してきたもの。櫻の傍でなくては笑えないことも、このこころが求めるのは、たったひとりの光であることも――心の底から、彼と共に歩み、生きたいと願っていたことも。
 櫻龍が鎖されていた暗闇のことを、リルが知らないわけではなかった。けれどそれがずっとずっと深いことを、この闇の中で感じ取った。いつだって人魚の味方でいてくれた彼が隠した、軋んで痛む心の片鱗へと手を伸ばした。
 ――そうして、この手は。
 触れ合った。抱きしめ覗いた眸の中にはリルがいて、リルの瞬く双眸の中には櫻宵がいた。何より求めたすくいは、二人の掌が重なって紡がれたのだ。
 だから。
 リルは――彼女の遺したすくいに応える。痛みと絶望を、死という終わりで幕引いた、ひとつのいのちに報いるために。
 それはまた、枯れぬ櫻を湛える龍も同じこと。冬の温度に触れて芽吹いたうつくしい春が舞う。その色は正しく己のものだと、確かにこの胸に刻み込む。
 櫻宵は龍。護るためにこそうつくしく咲き誇る、桃色の龍。あいをこそ喰らい、愛の華咲かす、春の運び手。
 『そうあらねばならない』でも、『そういうものだから』でもなく――『そうありたい』と思った。
 その芽吹きはちいさくて、けれど確かに、櫻宵のなかの全てを変えていく。彩って、色づけて、そうして隣でわらう人魚を、さらに鮮明なひかりへ変えていく。
 この道に否定の薪をくべるなら、世界にだって抗ってみせる。それは紛れもなく、裡から湧き上がる願いで、想い。
 かれがかれであることを、たとえ何が拒んだとしても。
 櫻宵は――櫻宵だ。
「行こう、リル」
「うん」
 己が魂の起源から継いだ刃を握りしめ、龍の目は真っ直ぐに前を見る。汚濁の極彩色はごく僅か。この崩壊の終わりもまた、近い。
「櫻宵、頼むよ」
 ――その目に宿る意志に、ゆるゆるとわらって。
 人魚が声を束ねる。融けるように甘く、しかし鋭い破邪を孕んだ歌声が、暗闇を裂いて光を灯す。愛する君のこころに届くよう。こんな絶望など振り払えるように。
 愛しい声に後を押されて、龍の刃は鋭さを増す。踏み込むたびに桜が散って、汚濁の虹をうつくしき春へと変えていく。
 忌まわしき絶望へ、神罰が下る。ふたり游ぎ漕ぎ出す世界に、こんな色は似合わない。だからふたり――悲しみを喰らい、希望のいろを咲かせて。
 歌声が星と共に極彩色を縛る。光が落ちて、刃がひらめき、艶やかな花吹雪が舞い散っていく。
 昏く濁ったそのいろを、鮮やかな星へと変えよう。眠る彼女に届くほどの花嵐で、薄暗がりの星々へと、この感謝を伝えよう。
 ふたり一緒に、生きていく。リルはリルのまま、櫻宵は櫻宵のままで、手を繋いで。
「左様なら、安らかに」
 すくってくれた彼女の星へも届くよう、手向けの春が咲き誇る。その中心に立つ龍の櫻は、冬の温度を携える人魚の眸を見て、見たこともないほど爛漫に咲き誇っていた。


 絶望の国が終わる。
 崩れ落ちる天蓋の向こうに、目が眩んだ者もいるだろう。穏やかな森に朝日が昇るさまが、不意の陽光に滲む視界へと飛び込んだ。
 そうして誰ともなく踵を返し、生きる場所へと戻っていく。この世に満ちるのが理不尽だけではないことを、知っているから。
 巡る日々にはいつか、彩が灯るだろう。
 夜が明けて、朝が来るように――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2020年07月13日


挿絵イラスト