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和邇喰らう貪婪

#グリードオーシャン #メガリス

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#グリードオーシャン
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#メガリス


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●故あっての無人島
 その島は朽ちていた。
 恐らくはサムライエンパイア辺りから落ちて来たのであろう、特徴的な木造建築が多く見られる島なのだが、そのどれもが見事に朽ち果てている。
 それも潮風や時の流れに晒されたが故ではない。明らかに何者かの攻撃を受けて破壊され、その末に放棄されたが故の寂れ方をしていた。
 そこはもう誰も居ない孤島。
 そんな沈むのを待つだけの島に何が有るのか、周囲の海には夥しいまでの鮫の大群が棲み付いていた。

●いざ欲望の海を越え
「わにわにわにわに……」
 グリモアベースの一角、テーブルに齧り付く様にして何かを描き続ける少女が一人。
 ぺちぺちと尾鰭で床を叩くその少女はクレト・クシリナ(八尋和邇姫・f26500)だ。
 書いているのは依頼書に付属する資料の一つ。それを、集まってきた猟兵達に気付いたクレトが胸の前で開いて見せた。
「わにです!」
 そう言う彼女が見せた資料には見紛う事の無い立派な『鮫』が描かれていた。
 鰐ではないし、爬虫類ですらない。
 どう見ても魚類であり、どう考えても鮫である。
「鰐ではなく、和邇と呼ぶそうです」
 と、訝しげに、なんなら「こいつ頭大丈夫か?」と口にさえしていた猟兵達に向かってクレトは訂正を入れる。
 その指が示すのは資料の端、『和邇』の二文字。
 どうやらそれが『わに』と読むらしく、そして和邇とは鮫の事を指すようだ。
 ……だからどうした。
 と言う心の声が聞こえたのか、クレトがやや慌てた様子で依頼書の方を持ち上げて見せる。
「無人島探索の依頼です!」
 そう言って、漸く話を進め始めた。
「メガリスを予知にて発見しました。
 場所はサムライエンパイア由来の孤島。ですが、細かな位置は不明です。
 皆様方には島に上陸して頂き、手掛かりを探して頂きたいのです」
 そう言いながら次の資料を示す。
 今度は鮫の絵ではなく、島の大まかな地図だ。予知を頼りに作った物で精度はお察しだが気になる点や分かった事などは事細かに書き込んである。
「詳細は省略しますが、探索して頂きたい場所は三つ。
 一つ目は島中心にある崩れた神社。
 二つ目は島唯一の廃集落。
 三つ目は周辺の海です。
 前二つは単純に情報が有るならその辺りではないかと。最後の海に関しては、やけに鮫が多い事が気になりまして……」
 と、そこまで言ってクレトが少しだけ眉根を寄せ、困ったような顔で続ける。
「聞き流して下さって構わないのですが、あの、その近海からやって来たと言う鮫がですね。『助けて、あそこは怖いのが居る』って言ってたんです。
 なんとなく、そんな気がしたって言うだけですけど、それを切っ掛けに予知まで見てしまったので、もしかしたら……」
 いくら何でも不確か過ぎますよね、とクレトは苦笑する。
 聞けば、予知で見た光景も特に海中ではないらしい。
 更に言えば周囲は鮫だらけとか。
「そう! 鮫です!! 鮫が沢山居るんです!!!」
 うるせえ。
 急にテンション爆上がりしたクレトがさっき描いていた鮫の絵を突き付ける様に示す。
 そこには島を中心にして多種多様な鮫の群れが描かれており、次いで鮫の情報がびっしりと書き込まれている。
「力作です」
 だが余計である。
 役に立ちそうなのは『猟兵に襲い掛かる可能性が有る大型の鮫も多数存在する』と言う事ぐらいか。
「危険且つ広範囲なので特に有効な手も考えも無く探索する様な場所では有りません。ただ鮫と戯れたいなら是非。
 集落と神社には破壊の痕が有りますので、それがメガリスと何らかの関係が有るかと思います。かつて居た筈の島民の痕跡が見付かれば手掛かりになるかと。
 後は、私では気付けなかった事に気付いたならそちらをお願いします」
 ざっくりとした説明と共に広げられた島の地図は随分と小さく、入り江近くに集落、山を登って神社、それ以外はほぼ全部森だ。
 流石に海の中の地図は無く、グリードオーシャン特有の荒れた海流に大量の鮫と言う事しか分からない。
 それでも、それでも猟兵達ならきっとなんとかしてくれるはず……!
 そう信じてクレトはぐっとグリモアを突き出した。
「メガリスを見付けて回収、ついでにそれを狙ってきたコンキスタドールを返り討ちにする。それが今回の依頼です。
 この島が平和になったとしてもう島民が帰る事は有りませんが、集った鮫達の楽園になるかも知れません」
 そしてそれは即ち鮫好きにとっても楽園である。と、私欲丸出しで言い放つ。
 だがそれでこそ。
 欲望の海に漕ぎ出すのならば、奪われる前に奪うくらいの気概が有った方が良い。
 予知曰く、メガリスの奪い合いは避けられない。
 しかし猟兵にとっては災いではなく幸いである。
 メガリスの収集とコンキスタドールの撃破。一石二鳥、一挙両得とはこの事だ。
「さて、急がないと鮫がメガリスを食べてしまう可能性も有りますし、そろそろ参りましょう」
 待ちきれないといった様子でクレトが資料を片付け、代わりに片手を差し出した。
 手を取る様に伸びた指先に浮かぶのは蒼いグリモア。
 その輝きは海に差し込む日差しの如く。

「いざ、欲望の海へ――」


金剛杵
 初めましてお久しぶりです。
 今回は無人島でのメガリス探しです。
 第一章開始時には鉄甲船にて無人島の沖まで辿り着いています。そこからは自由行動となります。
 目的はメガリスの在り処、その手掛かりを見付ける事。そしてそれを猟兵間で共有(報告)する事ですが、特にプレイングが無くても問題無く共有されます。
 海や集落や神社や森など、何処を探しても自由です!
 近海の鮫の種類は見知ったものから見知らぬもの、ある世界では絶滅したものや空想上の存在すらいます。ちょっとしたモンスターみたいなものなので、オブリビオンではないからと言って油断はなさらない方が良いかと思われます。

 言い忘れましたが、向かう先は人呼んで『和邇ヶ島(わにがしま)』。
 和邇集う和の国の島。
 どうぞ心行くまで和邇和邇して行って下さいませ。
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第1章 日常 『島の不思議を探して』

POW   :    手当たりしだいに報告する

SPD   :    慎重に見定めて報告する

WIZ   :    推測も交えて報告する

👑5
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種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

シェフィーネス・ダイアクロイト
アドリブ、人を利用する◎
他人信じる、人との馴れ合い×
エンパイアの知識はあまり無

珍しい風景に未知の生物、和邇
くく、欲しいな此の島
希少価値の高い鮫は飼い慣らせば…
その為には先ずメガリスの奪取が先決か

自分のメガリス(眼鏡)かけて捜索(効果自由に
廃集落で先人達が残した島の様子を記した書物や鍵となる情報探す
破壊の痕見てメガリスの正体を推測

和の国ならではの…
そして鮫
メガリスは其れに因んだ物か?

神社は建物の造りを見る
森へ
警戒態勢
見落とさず念入りに探索
違う宝見つけるも良し

神社とは神が住まう処と聞く
何を奉っていたのか

余裕あれば強奪した潜水艦で周辺の海調査

コレクターに高く売れそうだ
今は深入りせず様子見で留めておく


ニィエン・バハムート
メガリス…竜に関する物だったら私も欲しいですが、まずは探索ですわね。

1番マズイ事態はクレトさんが仰った通り、鮫にメガリスを食べられること…なら【深海適応】【水中起動】ができる私は海中で【宝探し】をした方がいいですわね。
鮫が圧倒的に多いのは陸よりも海でしょうし、こちらの方が緊急性は高いはずですわ。(陸に上がる鮫もいると思っている)

シンプルに1番鮫の密度が高い場所を【水上歩行】と【空中浮遊】を駆使して探し、見つけたら潜って海中の探索に移りますの。
その間の護衛はUCで召喚したナマズ…ごほん!竜10匹に任せます。残りの竜たちには探索を手伝わせ、後で情報共有します。※【動物と話す】

さて、お宝お宝……!


ナミル・タグイール
ワニにゃ?サメにゃ?(混乱猫)
よくわからないけどお宝はナミルのデスにゃ!渡さないにゃー!

毛皮びちゃびちゃなるのは嫌だけどお宝のためなら仕方ないにゃ
呪詛でふわふわ飛ぶペンデュラムに掴まって海にだーいぶにゃー!
とりあえず鮫がいっぱいいる方目指すにゃ。呼吸がやばくなったら一旦避難にゃ
襲われてもうざったいから捨て身で無視無視、どんどん底へにゃ!
頑張って猫目で海の中でキラキラを探すデスにゃ!【宝探し】
すーぱーお宝なら呪詛で探したりできないかにゃ?ペンデュラムで占うにゃ!(使い方は知らないからビュンビュン飛ばすだけ
なにか反応したらきっとビューンて飛んでってくれるはずにゃ
ナミルが最初に貰うにゃ!略奪にゃー!


ブルース・カルカロドン
口調:カタコト(『映画』以外の漢字はカタカナ)
協力・アドリブ歓迎
どーも、ヒーローズアース出身、サメ映画のサメのブルースです
サメの楽園ができるかもと聞けば、手を貸さないわけにはいかないよね

ボクは周辺の海を探索に行くよ
せっかくだし、海域にいる他のサメ(ワニ?)にも手伝ってもらおう

襲われないようにまずはUCで巨大化して、サメ達に【恐怖を与える】
それから『怖いの』について思い当たることがあるか【情報収集】していく

必要とあらば【怪力】をみせて【恫喝】もする
ただ、暴力を振るう相手は襲いかかってくるような奴のみにしよう

折角、サメの楽園ができるかもって話なんだ
なるべくなら一匹も殺さずに済ませたいね


シノギ・リンダリンダリンダ
無人島でメガリス探し!!!!
お宝探しといえば、人呼んで“強欲”のシノギ!
この大海賊にお任せあれ!!!
サメは宗教上の理由で殴りたくなりますが今回は我慢しましょう!!!

というわけで探索ですね
任せてください。こういうのは数の暴力がいいんです
【飽和埋葬】で死霊海賊を召喚
とにかく人海戦術で探します。私のもつ【失せ物探し】と【宝探し】の勘が冴えわたります!
お前たちは海岸、お前たちは森!お前達は集落、お前達は神社!
ゴーストキャプテンとしての才能が見え隠れしてしまいますね!
あ、私は死霊たちが集めてくれた情報を分析しないとなので、浜辺でゆったりと待っています
チェアーとパラソルを持ってきているので大丈夫です!


グレイ・ゴースト
さて、お仕事の時間ね
船もあることだしわたくしは周辺の海でも探索よ
UCを発動して我が武装商船を召喚

乗りたい方がいらしたらご一緒に
もちろんお代はいただくけど

わにだか鮫だか知らないけれどそんな輩に壊される船じゃないわ
幽霊たちに買い揃えた銛を持たせて警戒


島を周回しながら鮫たちの動きに規則性がないか探しましょう
メガリスに反応するかもしれないしわたくしのロープにメガリスを括りつけて海に垂らしてみたり
気分は釣りね

もし鮫が襲い掛かってきたらメガリスは回収して船の大砲と幽霊たちの銛で応戦
わたくしもマキナを狙撃形態にして撃ち抜きます

「さぁ、きびきび働きなさい!」

集めた情報は幽霊を伝令役にして他の猟兵たちに共有ね


上野・修介
※連携・アドリブ歓迎

実のところ、闘うよりも冒険とか探索とかの方が好きだったりする。
「無人島で宝探しか」
正直、結構ワクワクしている。

・探索【視力+第六感+情報収集+戦闘知識】
集落を中心に探索。
気になったところはスマホで撮影。
「果たしてこの破壊の痕跡、メガリスとどう関係があるのか」

先ずはこの破壊の痕跡がどういう質のモノなのかを調べる。
外敵から?それとも内乱?
どこから始まって、どこで終わったか。
一番激しいのはどこだったか。

鮫や好戦的な現地生物と遭遇する可能性も考慮。
探索しつつも、いつでも戦闘態勢に入れるようにしておく。
UCは防御重視。

相手がオブリビオンでないなら、極力命は取らず追い返すに留める。


マチルダ・メイルストローム
ここがお宝がある島かい。結構大きいねえ。
コンキスタドールが先に来て見つけてくれてたら、ぶっ殺して奪っちまえばいいだけなんで手っ取り早かったんだけど、先に来ちまったものはしょうがない。宝探しといこうか!

捜索個所:周辺の海
ボトルシップに乗って特に鮫がたくさんいるか、逆に全くいない箇所を探すよ。
だから何があるってわけじゃないけど、理由があってそうなってるんだろうし、探れば何かしらは見つかるんじゃないかい?
洋上からじゃ情報が少なそうだし捜索個所の目星を付けたら海に飛び込んで、妙なものがないか捜索するよ。
もしこのあたしに襲い掛かってくる鮫がいたら、この剣と銃でどっちが捕食者かたっぷりと教えてやるよ!


梅ヶ枝・喜介
遠く離れた異邦の中に故郷の土があるってんだ!
様子を見に行かない理由はないだろうよ!

さりとて今さらノコノコ現れ!デカい面ァするってぇのは余りにも面の皮が厚いってモノ!
郷に入りては郷に従うのが世の常!

海の世界におもねるならばッ!
おれもサメ公の気持ちになるより他にあるまいッ!!

自慢の鮫皮(振り仮名;サメグルミ)をひっ被り!鉄鋼船から浅瀬へと飛び降りザブザブと波を掻き分けて上陸するぜ!

まずは土地の者に一声かけなけりゃあ始まねえ!
住民が居ないってんなら神社に奉られる神サンにでも挨拶に行くべきだろうな!

調査についちゃあちの字も分からん!
挨拶終えたら神社は他の連中に任せて森へ行くぜ!
気分は陸鮫!森の鮫よ!


茲乃摘・七曜
心情
和邇…ですか、また古風な呼び方ですね

指針
周辺の海の捜索を実施
「神社にメガリスが祀られていたと仮定して…破壊されて奪われたなら神社付近の森に海へと続く痕跡がないか神社を探索している皆さんに確認してみましょう

行動
和邇もとい鮫がたくさん書かれた鮫MAPを参考に気性の粗さや食性等で鮫を分類し海の状態を確認する
※鮫同士が共食いや不自然な共生等の異変
「海流に乗り動いている可能性もありますが…、鮫が何かを中心に集まっていたりもしくは逃げるように動いていないでしょうか?


反響の福音
周囲の鮫に警戒しながらAngels Bitsを海面に浮かべ音波によるソナー状況を確認する
「さて、鮫を刺激しなければいいのですが…



●鉄甲船より荒れ狂う海へ
 ここは大海、グリードオーシャン。
 晴れ渡る空に踊る海。冒険野郎の心も弾む航海日和。
 宝の地図は予知一つ。確かな物など何も無いが、無いからこその大冒険。
 向かう先には朽ちた孤島。霧も雲も掛からぬ彼方にポツンと一つ浮いていた。
「あれが『和邇ヶ島』ですのね」
 ニィエン・バハムート(竜王のドラゴニアン(自称)・f26511)が海上で停止した鉄甲船の上から孤島を見やる。
 傍目には特別不思議な物は無い、グリードオーシャンのどこにでも浮いているような小さな島だ。
 陸上だけなら半日も有れば踏破出来るであろう、そんな島。冒険の舞台と言うにはやや背景感が強過ぎる。
 ただ、そんな空気を一蹴するのがその島のほとんど唯一の特徴である、『鮫が集まって来る』と言う事実。
 傍から見てもよく分かる。飛魚か海豚の様に海面を飛び回る鮫の姿、その海面の下に渦巻く魚影郡、荒れた波間を切り裂き踊る特徴的な背鰭や尾鰭。
 どうやら鮫が異常に多いと言う情報だけは確かだった様だ
「もう少し寄せられるかと思っていましたが……これは凄いですね」
 船底を覗き込む茲乃摘・七曜(魔導人形の騙り部・f00724)の目にも鮫の大群は映っている。
 悠々と泳ぐだけの小魚みたいな鮫もいれば、早速鉄甲船の船底に齧り付いてる貪欲な鮫も見える。更に目を凝らせば鉄甲船より大きな魚影も……いや、気のせいだろう。
「和邇……ですか、また古風な呼び方ですね」
 と言っても文字通りの鰐は居ない。
 和邇と言う言葉自体は解釈や意味が広く、鮫だけを指すわけではないのだが、和邇ヶ島の和邇はほとんどが鮫の様だった。
「ワニにゃ? サメにゃ?」
 七曜の呟きを聞き、ナミル・タグイール(呪飾獣・f00003)は真ん丸な瞳で小首を傾げる。頭の上に飛び交うクエスチョンマークが理解の程を示していた。
 グリモア猟兵に依頼の説明を受けていた時からもう混乱していたのだろう。
 ナミルにはワニが分からぬ。
 ナミルは、呪いの黒猫である。呪いを纏い、友と遊んで暮して来た。けれども黄金に対しては、人一倍に敏感であった。
 鮫と鰐の区別がつかずとも、依頼の内容の説明がとんと飲み込めていなくとも、なんやかんやでどうにかしてきた実績がナミルには有る。
 今回もそうだ。
 わかっているのはただ一つ。
「よくわからないけどお宝探せばいいデスにゃ!」
 そう言ってナミルが胸を張る。
 そんな笑顔が眩しいナミルに並んで無表情で胸を張るのはシノギ・リンダリンダリンダ(強欲の溟海・f03214)。海賊団の船長にして全世界の全ての宝は己の物だと信じてやまない業突く張りだ。
「海賊にワニは天敵ですが、ワニではなく和邇ですか」
「ワニにゃ?」
「鮫です。サメは宗教上の理由で殴りたくなります」
「サメにゃ?」
「はい、和邇ですね。今回は殴るのを我慢しましょう」
「やっぱりワニにゃ?」
 どっちにゃ?と混乱するナミルを弄びながら良しと頷くシノギ。いずれナミルの金ぴかなお宝をシノギが略奪せしめんとした時が来たとして、この知能レベルの差と妙な仲の良さがどう影響するのかは神のみぞ知る。
 それはそれとして、シノギの独り言を聞くともなく聞いていたブルース・カルカロドン(全米が恐怖した史上最悪のモンスター・f21590)はほっと胸を撫で下ろしていた。
 彼は自他共に認めるサメである。
 とある世界ではある映画を切っ掛けに鮫映画界の頂点に立ったキングオブシャークたるホホジロザメ。そのバイオモンスターであるブルースは例え厳密には別種であろうと鮫であり、鮫以外の何者でもない。
「なぐられるかとおもった……」
 いや、殴打くらいではびくともしないのだが、時折シノギが海を見下ろしながら空吹かししている桃色のチェーンソーが怖い。例え空や砂漠や宇宙だって泳げる鮫にも弱点は有るのだ。
 具体的には爆破と電撃とチェーンソー辺り。
 顔見知りでも油断ならないのがシノギクォリティ。顔合わす度に殴り掛かるのだろうか、とやや不安に思うも詮方なき事。
 しかしながらサメの楽園が生まれるかも知れないと聞けば手を貸さないわけにもいかない。シノギがサメの楽園を地獄に変えてしまわない為にも。
 天然で本物のサメエキストラのスカウトが出来るかも知れないとなればきっと故郷ヒーローズアースの人々も喜ぶはずだ。
「フツウにメガロドンもメガロラムナもいるしね」
 ブルースがシノギとは反対側の甲板から見下ろした海。そこには魚影の時点で10m級だと知れる超大型の鮫が見えていた。
 無論グリードオーシャン原産種だって居るだろう。
 鮫の常識を、鮫映画の鮫さえも超越した鮫が、存在し得るのかも知れない。
「くく、なるほど。こいつは聞きしに勝る鮫の島だな」
 ブルースと同じく鮫を見詰めながらも更に欲深な考えを巡らせているのはシェフィーネス・ダイアクロイト(孤高のアイオライト・f26369)だ。
 和の国の、あるいはグリードオーシャンの希少な鮫を手懐ける事が出来れば、そこらの宝より貴重な財と成り得る。
 安定生産ラインを確立出来ればメガリスが一つ二つ手に入るより余程の資産となる。
 そう考えてはいたのだが、思った以上に鮫の種類が豊富で、資料によれば和の国でもとうに絶滅したはずの鮫までいる様だ。
 これを逃す手はない。
 飼い慣らすにも先ずは外敵の排除を優先しなければと考えるシェフィーネスは、俄然気合を入れて銃の手入れを始めていた。
 太古の浪漫までもが渦巻く欲望の海。しかしそればかりに気を取られず、誰よりも島を見詰めていた男が一人。
「おうおうおう! あすこに見えるは紛う事無き我が故郷! ここな異邦にてその土を踏めるたぁ珍妙な!」
 びしっと掌を額に当てて、波が砕ける海岸線を見て笑う。
 あれぞ梅ヶ枝・喜介(武者修行の旅烏・f18497)が見慣れた光景。
 ついでに漁夫か亀でも居れば絵になるが、生憎見えるは背鰭ばかりだ。
 さりとて朽ちては果てたその姿を悼んでやるのもお門違い。
 ここはグリードオーシャン、変わり果てた孤島の姿はこれで「あるべき姿」なのだ。
 郷に入っては郷に従え。喜介もそれは理解している。出来ぬと言うならどちらかが消え去るのみ。そうして孤島は寂れたのだ、と。
 故に男・喜介は叫ぶ。
「海の世界におもねるならばッ! おれもサメ公の気持ちになるより他にあるまいッ!!」
 声を大にして宣言し、次いで自前の衣を引っ被る。
 それは鮫だ。
 鮫肌ならぬ鮫の皮。
 喜介自慢の『鮫皮(さめぐるみ)』に全身を包み二足歩行する鮫と化した喜介が鮫口の中から満面の笑みで歯を輝かせていた。
「さて、支度は済んだかしら?」
 喜介が何故か鮫皮を着てから準備運動をするのを尻目に、グレイ・ゴースト(守銭奴船長・f26168)が問い掛ける。
 問うたのは他の猟兵達にではなく、部下である幽霊達にだ。
 雇用契約と言う名の堅い絆で結ばれた幽霊船員達はグレイ(と対価)の為に武装商船を用意していた。
 鉄甲船に勝るとも劣らない頑丈な船は既に鮫達にがふがぶと咬まれているが、びくともしないどころか威嚇射撃で追い払ってさえいる。
 流石に怪物級の超大型古代鮫に襲われれば壊れないまでも沈みそうだが、それは鉄甲船とて同じ事。どちらにせよ生身で鮫がうようよいる海へ飛び込むよりははるかに安全だ。
「わたくしの船ならもう少し島へ近付けます。乗りたい方がいらしたらご一緒にいかがかしら。――もちろん、お代はいただきますが」
 グレイの提案に、猟兵達は各々違った反応を返す。
 中でもマチルダ・メイルストローム(渦潮のマチルダ・f26483)は自前の船が有ると言って断った。
「人の船に乗んのは趣味じゃないのさ。あたしはあたしの船で行く」
 言いながらボトルの栓の抜けば、そこから飛び出した船が鉄甲船の脇に着水する。
 グレイの武装商船は確かに強力なのだが、それ以上に強力無比なる猟兵が乗る以上、むしろ武装の出番が有るかどうかの方が怪しい。
「猟兵相手の商売は難しいわね」
 残念そうに言いながら、それでも別の仕事があると気を取り直す。
 マチルダも同じだ。
 奪う方が楽ではあるが、宝探しも海賊の醍醐味。時に同族が残した遺産を下手糞な地図片手に探し回るのも海賊の浪漫だ。
 ただしマチルダが求めるのは冒険や名誉よりも自由と財宝の方なのだが。
 振り返って見ればマチルダもシノギもお宝大好きな海賊で、海賊ではないがナミルも黄金に目が無い略奪者である。
 猟兵初上陸となる無人島探索に胸躍らせる者などここにはいない。
 ……かと思われたが、すました顔に冒険心を宿して参加していた男がいた。
「無人島で宝探しか」
 そう言って密かに拳を握るのは上野・修介(吾が拳に名は要らず・f13887)。
 日々を鍛錬に費やし、常に心身を研ぎ澄ませて来た男。彼は戦場においては更に己を強く律し、どんな戦況に追い込まれても冷静に冷徹に拳を振るってきた。
 傍から見れば戦いだけの人生にさえ見える。
 だが、果たして彼がその生き方を楽しんでいるように見えたかと言えば首をひねるものが大半なわけで。
 彼自身、実は闘うよりも冒険や探索の方が好きだった。
「……無駄な力が入っているな」
 言って拳を解き、深く呼吸を繰り返す。
 何時もは無意識で行っている呼吸と脱力による基礎戦闘術の乱れを感じ、意識的に修正を試みる。
 その乱れの原因がワクワクだと言うのを自覚しながら修介は改めて島へと向き直った。
 対照的に自分を律せず今か今かと待ち侘びる猟兵達。
 それから二三、最低限の打ち合わせだけを交わし、全員が貪欲なる海へと踏み出した。



●鮫の群れを掻き分けて
「うおおおおおおッッッ!!」
 物凄い咆哮と共に一匹の鮫が海を割る。
 腹鰭を左右交互にばたつかせ、胸鰭も左右交互に波を掻く。その姿は所謂クロールによく似ていたが、鮫なのでたぶん違うだろう。
 実際に人間では到底出し得ない速度で海上を突っ走り、そのままの勢いで砂浜に打ちあがり、そしてビッチビッチとのたうちながら中に入ってきた海水を排出する。
 そうして立ち上がった鮫は、そう、梅ヶ枝・喜介である。
「おおっし上陸だ! 和邇ヶ島一番乗りだぜ!!」
 はっはっは!と大笑する喜介に、少し離れた浜辺に辿り着いていた修介が待ったを掛ける。
「すまないが俺の方が早かったようだ」
 その言葉になぬ!と驚く喜介へ、今度は反対側から待ったが掛かる。
「一番乗りはシノギちゃんですよ間違いなく。あと鮫は魚類なのでノーカンです。殴りますよ?」
「なんとぉ!」
 とは言いながらもたった今上陸したかのようなびっちゃびちゃな姿で言うシノギに、「いや俺は『観』ていた」とまるで戦闘中かのような気迫で修介が食い下がる。鮫ノーカンは同意しつつ。
 しかしそうと言われてそうですかと引き下がるのもらしくない。喜介はじゃあよと声を張り、笑顔で言った。
「メガリスってのを見っけた奴が『和邇ヶ島一番乗り』ってぇのはどうだい!」
「なるほど。それなら同着の可能性は薄いな」
「もちろん私はそっちの一番乗りも余裕です、殴りますよ?」
 二人が揃って頷いた。
 誰かの後をついて行くのでは冒険とは言い難い。依頼である事は承知の上だが、修介にはその勝負に乗るだけの理由があった。
 シノギも同じだ。奥の手を使えばたった二人に負けるはずも無し。メガリスと言うお宝も勿論自分の物なのだから、見付けるのだって自分が一番早いに決まっている。
「お宝探しといえば、人呼んで“強欲”のシノギ! この大海賊にお任せあれ!!!
 私に勝負を挑んだ事を今際の際まで後悔させてやりましょう!!!」
「情緒どうした」
 急に無表情をかなぐり捨て絶叫するシノギに修介が突っ込む。
 だが喜介はその意気や良し!と笑い、気合いを入れる咆哮を上げた。情緒ぶっ壊れた奴しか居ない。
 それもまた良しと自分の昂ぶりを再確認した修介にシノギが声を掛ける。
「ところでどこ探します?」
「だから情緒どうした」
 急にすんっと元の無表情に戻るシノギに対し、遂に修介が困惑し始めた。
 下手なオブリビオンより先が読めない。
 逆に滅茶苦茶読みやすい喜介はもう読むまでも無く溌剌と「神社だ!!」と即答した。
 合わせて修介も「先ずは集落からだ」と返し、シノギは話聞いてるのか分からないくらいの無表情でこくこくと頷く。
「では私は森を探しましょう!!!!」
「情緒どうにかしろ」
 慣れてきた。
 この対応力の高さが修介の魅力である。
 しかし対応力が高いのはシノギも同じ。勝負と急造チームマッチにあたって、連絡役等の用立てを名乗り出る。
「お任せあれなんて言うだけは有るなぁ!」
 話を聞いて感嘆の声を漏らす喜介。
「任せてください」
 と、すんとしたまま返すシノギ。
「いい加減探索を始めよう」
 と急いでいる様でワクワクが抑え切れない修介が言って、三人は歩き出す。
 否、走り出していた。
「御苦労なことだな」
 その後ろ姿を見送り、シェフィーネスも一人静かに上陸する。
 何故か皆元気が溢れているが、正直上陸までの間に何度か死ぬのではないかと思った。いや、恐らく猟兵でなければ本当に死んでいた。
 それをさもアトラクションかの様に楽しんで突破していく三人が如何に人間離れしているかよく分かる。
 だが、それは助かる事だ。
 必要とあらば一人で島中を調査する心算で居たが、幸いにも先んじた三人がそれぞれ要所は抑えてくれるらしい。
 協力する心算は無いが、利用出来るなら利用する。
 要所を順に巡って情報だけ受け取りつつ、取りこぼしや後回しにされた箇所を調べるのがベターか。
「楽が出来そうだ。全く、お仲間ってのはありがたい」
 欠片も仲間意識など無いくせに、シェフィーネスはそう言って嗤うと濡れた眼鏡のレンズを拭いた。これが有るから海の探索はなるべく避けたい。
 陸地でも鮫は飛んで来るとは言え、波飛沫は立てないだろう。
 そんなことを思いながら、シェフィーネスも一人ゆっくりと歩き出した。



●破壊された集落
 予知によればこの島が寂れたのは破壊によるものと言われていた。
 潮風や時間のせいではない。つまり、この島は朽ちてからさして時間が経っていないのだ。
「探索がし易くて良いな」
 集落へと足を踏み入れた修介が始めに漏らした感想がそれだ。
 時の流れは大抵の物を曖昧にしてしまう。何らかの痕跡も霞み、消え去り、あるいは覆い隠される事も有る。
 だがこの集落へ入って直ぐに気が付いた。
 島民の足跡が、僅かながらに残っている。
 それに集落に至るまでの道程も、草木やなんやで荒れ果ててはいなかった。
 地図が無くともそれが集落へと続く道だろうと分かるくらいで、おそらくは島民が居た頃ほどではなくともかなり歩きやすい道だった。
 時間が経って居ればそうはいかない。
 雨ざらしになっていれば足跡は消えるし、踏み固めた道も草木で覆われ隠されてしまう。
 そうなっていなかったと言うだけで、ならば屋内はもっと当時に近い状態で残っているだろうと推察出来た。
「読み通りだな……」
 大した読みではないが、こういうのは一つ一つ読んでは正否を確かめていくのが重要だ。何か間違えた時自分のどの読みが外れたか振り返る事が出来るし、直ぐに切り替える事が出来る。
 適当に何も考えずに漠然とした思い込みだけを重ねていくのがいざという時は一番危険だと、観察に慣れた修介は良く知っていた。
 ただ、今回は戦闘ではなく探索だ。
 立てた仮説が正解ならば命が繋がり安堵する。それが戦闘。
 探索では外れても危険が少なく、かつ戦時より深く思考出来る。そして立てた仮説を正しいと確信する度に謎が紐解けていく感触を味わえる。
「この集落は落ちて来て直ぐに無人島になったわけではない。……異常事態が起き、少しずつ滅んでいった」
 家屋の中、破壊され放置された瓦礫の下から、辛うじて読めそうな書簡を見付けては読み漁る。
 和邇、つまりは鮫は、この島では守り神として崇められていたが、ある日を境に鮫が島民や集落を襲う様になったと言う。
 最初に修介は家屋等の破壊痕から調べていたが、その時に立てた『鮫の仕業だろう』と言う仮説がほぼ確定となった。
 その書簡が見付かった家の壁も巨大な何かがぶつかったような崩落の跡が有り、一部の壁や屋根には鮫の歯が残っていたりもした。
 ただ島民が何らかの脅威に対し鮫魔術で対抗したという線も考えていたのだが、此方は外した様だ。
 幾つかの可能性が一つに束ねられていく感覚。
 そして判明した事実が次の仮説へと繋がっていく。
「島民は戦っていた。少なくとも数週間か、数か月か」
 破壊の跡に紛れる、修復の跡。
 最終的には間に合わなくなったのだろうがそれだけでも重要な情報だ。
「島民同士が互いに助け合っていたのなら修繕し守ると決めた家と放棄された家とで分かれるはず。
 修繕だけでなく補強までされていた家は多くの島民を匿っていた。
 だが、そこまで分かり易いのに鮫は誰も居ない筈の家屋まで破壊しつくしている……?」
 確かめる様に呟きながら修介は瓦礫を少しずつどかし、現れたものを一つ一つ丁寧に観察する。
 何故鮫は人を襲う様になったのか。
 大きな謎はそこだろう。
 もともと鮫は人を襲うものだが、調べた限り、最低でも『守り神』と呼ばれるくらいには島民にとって善い存在だった筈だ。
 それが、海辺だけでなく、わざわざ集落の方へ飛んで来てまで島民を襲う様になった。
 一度や二度ではなく、更には人だけではなく建物自体も狙って喰い付いていた。
 その謎はきっと島民達も最後まで分からなかったのだろう。
「最後には神社へ逃げた。和邇神様へ助けて貰う為に……では、ない。
 和邇神様に何かあったとみて、守りに向かったのか……」
 残念ながら、残っていた書簡はそれで最後だった。
 此処までで分かったのは和邇ヶ島が和邇神を祀り、鮫に守られていたと言う事。
 その鮫が急に島民や集落を襲い、破壊する様になったと言う事。
 最後には和邇神を祀る神社へ和邇神を守りに向かったと言う事だ。
 ……ついでに、島民が鮫へ反撃らしい反撃を行わなかった事も知れた。
 瓦礫は家屋ばかりで武器らしき物は無く、残っていた書にも戦ったことや鮫への恨み憎しみについては無かったからだ。
 ただただ何故、どうしてと言いながら逃げ惑い、そして滅んだらしい。
「……これがオブリビオン、コンキスタドールの仕業だと考えるのなら、鮫は操られていると見るべきか。
 あるいはメガリスの方が何かしらの悪影響を鮫に与えていたのか」
 考えても今はまだ仮説の域を出ない。
 しかし探索を一通り終えた修介はそれ以上の痕跡を見付けられなかった。
 集落を破壊したのは鮫。それ以上の事は島民も知らず、痕跡からも分からない。
「ただ、痕跡が残っていない事自体も情報になる」
 修介が言って立ち上がる。
 集落は孤島に見合うだけの小ささで、じっくり取りこぼしが無い様に探索した心算でも一人で回り終えるのに陽が傾く暇さえ要しなかった。
 だから気になる事が有る。
 取りこぼしが無いのなら見つかる筈の物が、見付かっていない。
「遺体が無い」
 それは、分かる。
 襲って来た者が鮫なのだから、骨も残らず喰われていたとして何もおかしくはない。
 残った僅かな肉片も虫や鳥類が喰らう事も有るだろう。
 それは相手が鮫だから。
 だが、相手が鮫だとしたら、残さず消えていておかしい物がある。
「金目の物が、一切無い」
 それが一番大きな違和感だった。
 通貨や貴金属は勿論、着物の類も高価そうな物は残っていない。
 鮫が喰らうにしてはおかしいし、物盗りが出たのならその痕跡が無いのもおかしい。
 いくら調べてもこの集落には島民と鮫、幾らかの小動物の痕跡しか見つかっていない。
 ならば。
 そして、だとするなら。
「――大体は分かったな」
 修介が集落を見渡す。
 朽ち果てた家屋。消えた島民と財宝。
 最後に向かった先が神社ならそこに向かうべきか。
 あるいは鮫の様子を見に行くのも良いかも知れない。
「取り敢えず、鮫を殺さない方が良いな」
 言って、修介は構えた。
 上陸前から上陸した後も、度々空を飛ぶ鮫が襲ってくる。
 それを易々といなし、地面に叩き付けて気絶させるのは修介だからこそ出来る技だ。
 初めの観察の時点で鮫がオブリビオンやそれに類するものではないのは知れていた。
 コンキスタドールの配下ではない。それだけで修介にしてみれば手を下す理由は無く、極力気絶させるだけで済ませている。
 この鮫も本来は島の守り神だと言うのなら、やはり傷付けずにおいて良かった。
「ただ、この先も襲ってくるのだろうな」
 なら今の内に鮫の事も観察しておいた方が良いと修介は構えた。
「今のところ、『ブレーキを掛けられない』『止まると沈み、種によっては呼吸が出来なくなる』『空中も泳げるものは窒息もしない』と言う事が知れている」
 だから次の手を、奥の手を見せろと修介が煽る。
 何せ相手はグリードオーシャンの鮫だ。
 メガリスの力、鮫魔術による改造、加えて未知の種族まで存在するなら、きっと最後まで気は抜けない。
 抜く心算も弛める心算も無いが、敢えて思う事で引き締める。己に油断は無いと思い込む事こそが最大の慢心だと心得ているが故に。
 止まれない上に攻撃手段が噛み付きと体当たりしかないのなら囲まれでもしない限り修介には全く問題にならない。水中ならまだしも地に足付いた状態ではユーベルコードが無くても無傷で切り抜けられるだろう。
 ……今の所は。
「悪いが、今は退いてくれ」
 言って、首元の回転鋸を回しながら突っ込んで来た鮫を合気で受け流し、投げ飛ばす。
 近くの木に叩き付けられて気絶したのか、ぷかあっと空中に浮いた鮫を見て、修介は息を吐く。
「報告に戻ろう」
 メガリスの在り処は大体見当がついた。
 恐らくは冒険が待っているだろう。
 その為にも、先ずは為すべきを為す。
 さて、謎が全て解け、宝を手に入れるのは誰になるのか。



●和邇神信仰
 和邇。
 それは海の怪物。
 具体的には鰐または鮫であると言われるが、ここ和邇ヶ島では鮫の事だけを指す。
 喜介が向かった神社ではそんな和邇の神様を祀っていたらしく、鳥居をくぐった境内の左右に置かれた狛犬は、犬の代わりに鯱の様な格好の鮫の像が置かれていた。
 だが、それも大きく破損し、朽ちていた。
「さぞや立派だったろうに」
 いや、今でも立派だけどな!と喜介が笑うが、それでも勿体無いという想いは拭えない。
 狛犬代わりの鮫像だけではない。むしろそれ以上に神社は破壊し尽くされていて、殆どが瓦礫の山へと化していた。
 破片さえ細かく、執拗に掘り起こされたのか地面も凸凹とし、元がどんな建物であったかはまるで見当もつかない。
 きっと御神体やらなんやらが有った筈の本殿も宝庫も無く、全ては朽ち、果てていた。
「届いてくれると良いんだが……ッ」
 喜介は瓦礫の前まで歩を進め、本殿があったであろう場所へ向かって口を開く。
 目的は簡単でとても大事な事。
「おれは喜介! 梅ヶ枝・喜介! 訳有ってこの島の宝を守りに来たモンだ!!
 おっ始める前に挨拶だけでもと思って寄らせてもらった! ちと騒がしくするがどうか見逃してやってくれ!!!」
 境内によく通る喜介の声が響く。
 裏手の森まで届いたのか、鳥の囀りに混じって山彦が返ってきた。
 無論、返事はない。
 はいどうぞと言って貰えたならやり易いが、そう上手くはいかないものだ。
 これはただ喜介が喜介らしくあるために必要な事。
 無人だろうと同郷の島だろうと、喜介はそれを理由にでかい顔が出来るほど面の皮は厚くない。
 多少不器用で、俗にいう馬鹿な所もあり、一本気故周囲を振り回す事も有るが、決して唯我独尊ではない。
 喜介は喜介なりにいつも誰かを気遣い、誰かを守ろうとしている。
 今回の挨拶もその心情の現れだ。
 お邪魔しますの一言くらいあっても罰は当たらんだろうと。
 妙に律儀で義理堅い。そんな喜介の挨拶だった。
 しかし折角来たは良いものの、神社は瓦礫の山でしかない。
 手掛かりを探すのなら瓦礫をどかしながらになるが、さて、喜介にその気は有ったか。
「崩れてるって言ってもなあ。壁やら屋根やら引っぺがすのはちっとばっかし無礼な気がすんだよな」
 もし御神体やらが瓦礫の下敷きになっているなら救い出したい気持ちも有るが、力任せにしては逆に押し潰してしまいかねない。
 此処には来たのは挨拶の為。
 思う所は有れど、神域は基本不可侵が常だ。
 もし瓦礫をどかして手掛かりを探すにしろ、そいつは神社ではなく家屋相手にしたい。
「まあ一番好き勝手出来んのは森だよな! いざやいざや! この陸鮫が、森の鮫が参ろうぞ!」
 言って笑い、喜介が神社の向かって礼をする。
 そうして振り返って向かう先は広大な森だ。
 去って行く喜介と入れ替わり、今度はシェフィーネスが神社へ訪れる。
 先に集落へ寄ってきた彼は神社にメガリスがあるのではと踏んでいた。
「少なくとも島民が宝と認識していたのは神社の御神体だけだったからな」
 それがメガリスでないのなら島民も知らない何かがこの島にある事になる。
 ただ、御神体や神社を守ろうとしたという記録は集落で見つかったが、具体的に何をやったかは分かっていない。
 修介は何かを掴んだようだったが一度報告の為引き返してしまった。
「さっきの猟兵に声を掛けた方が良かったか……まあ、必要なら後でそうすれば良い」
 さて、と、シェフィーネスが眼鏡を掛け直す。
 一見すれば破壊し尽くされた神社。
 しかしよく見れば破壊の程度には明確な差が存在する。
 例えば鳥居や狛犬(鮫)だ。これらは傷付き破壊されているが跡形も無いと言う程ではない。
 同じく境内に存在する石灯籠や一部の建造物は破壊が少なく、無傷の物まで存在する。
 それとは反対に、拝殿・本殿は勿論、宝物殿から社務所に到るまで、全てが徹底的に破壊されている。
 それも相当手荒にひっくり返したのか屋根と床の瓦礫が上下入れ替わる程に荒らされていた。
「物取りの仕業だな」
 そう断ずるのに迷いはない。
 鮫を使っての強盗など聞いた事は無いが、そうでなければ辻褄が合わない。
 特に本殿など、宮司であっても先ず立ち入らない場所に、何故鮫が殺到する必要がある。
 島民の誰かが御神体を守る為に本殿で戦ったのなら分かるが、そうなら今度は別の場所がこうまで壊れている理由が無い。
 別の場所に御神体を持って逃げたと言うのでもなぜ神社内で逃げまわったかが分からない。
 そもそもこうまで破壊し尽くされておきながら瓦礫の下から遺体が出て来る事が無いのだから、島民を喰らった後に建物を破壊したと考えるのが妥当だろう。
「原因はメガリスではなく、それを欲した何者か……。そう考えるのが自然だろうな」
 それにしても、とシェフィーネスが境内を歩き回りながら思う。
 随分と、立派な神社だと。
 サムライエンパイアの知識はあまり無い。ただ、調査するにあたって付け焼刃の知識だけは資料で貰っている。
 その知識が無くても分かるくらい集落の方はお世辞にも立派とは言い難く、破壊されていなかったとしてもみすぼらしさを感じただろう。
 対して神社の方は作りからして格が違う。
 本殿を含む社殿も、宝物殿や社務所も、手水舎や鳥居、狛犬に至るまで。寂れた孤島の島民が作ったにしてはしっかりとし過ぎている。
 なんなら本殿しかないと言うのも想像していただけにこの事実には驚いた。
「荒神信仰では無いと言う事か?」
 借り物の知識では断言は出来ないが、資料を読んで想像していたものとは違った気がした。
 古来、人々を脅かす存在を神として祀り上げ、静まりたまえと願うことが有ったという。
 鮫が守り神などと聞いた時にはその類だと推測した。つまりは鮫による獣害に悩まされた島民が鮫を神として祀って出来た信仰だと。
 だが、それなら余裕のない島民がこんなに立派な神社を建立出来るはずも無いし、その手の信仰でよく見られる『生贄』等の儀式の存在も感じられない。
 飽くまで初めから神として祀っていたのだろう。
 神聖な物、大切な物として、我が身を挺して守る程に。
「やはりメガリスは鮫に因んだ物か?」
 島民か鮫に何らかの影響を与えるメガリスであれば、その影響を『加護』と称して祀る事も有り得る。
 ただ、そうなると鮫が島を襲った理由が説明出来ない。
 メガリスより略奪者の影響の方が強いと言うのなら未だにこの島を鮫が襲い続けている理由が分からないからだ。
 恐らく略奪者は鮫を操りメガリスを手に入れようとしている。そして、その鮫がまだ島を徘徊していると言うことは、メガリスはまだ見つかっていない。
 そもそも鮫が集まってくるのは略奪者のせいなのか、メガリスの影響なのか……。
「くく。精々利用し甲斐のある物であってくれ」
 シェフィーネスは呟いて、社務所を目指した。
 集落と同じく書物などの手掛かりを探すなら本殿よりそちらだ。
 集落で観た通り金目の物が根こそぎ奪われているのなら本殿や宝物庫には瓦礫しかないだろう。
 重要なのは書物。
 島民の中でも特別な存在であろう神主が何か書き残していないか。
 シェフィーネスは、そこから調べてみる事にした。



●悔い残しの亡霊
 島の大部分は森である。
 寂れ朽ち果てたと評される割に森は豊かであり、動物こそ多くはないものの、自然だけならば決して朽ちも果ててもいないと見える。
 むしろ鬱蒼と生い茂る草木の密度が難なのか鮫の姿も少なく、それならば他の場所より楽かと思いきや草木が邪魔で調査も難航していた。
「なんで私がこんな目に……」
 ぶつぶつと文句を言いながらシノギが森の中を歩く。
 草木は『飽和埋葬(リッチ・システム)』で呼び出した死霊海賊達が切り払ってくれてはいるが、それでも歩き難い事この上ない。
 もともとシノギは森に入る心算も集落や神社に足を運ぶ心算も無かった。
 喜介と修介の二人と別れた直後に華麗なるUターンを決め、即座に死霊従者を大召喚。浜辺にチェアーとパラソルを設置させ自身は優雅に寝そべりながら従者に探索命令を出したのだ。
 だが、良かったのはそこまで。
 死霊従者が従者のくせに戦闘用でしかないと言うことを忘れていたシノギは、結局現場に出て指揮を執る羽目になったのだった。
「自己判断出来ないのは問題ですね……まさか何をもって『手掛かり』と呼ぶかの定義にここまで苦戦するとは……」
 何でもいいから持って来いと言えば本当に何でも持って来るし、あやしい所を探せと言えば島全部怪しいとか鮫が怪しいとか言い出すし。
 海賊とは基本的にならず者。不勉強で不教養が当たり前。
 言ってわかる利口な海賊はそうは居ない。
 だからこそ船長が必要なのだ。
「まったく、船長はさいこうですね!!!」
 やけくそ気味に叫びながらシノギは死霊従者に命令を飛ばす。
 こうなったら意地でも寛いでやると、従者数人にチェアーとパラソルを担がせた。
 傍から見ると神輿の様だが、シノギは気にしない。
 しかし幾らかの予想外が存在したとは言え、シノギは海賊団率いる大船長。グリードオーシャン以外の海をも渡って来た海賊の中の海賊だ。
 失せ物や宝を探すのであれば探偵やトレジャーハンターにも引けを取らない。
 従者が意外なポンコツぶりを発揮したものの、海賊の勘が冴え渡り、最低限必要な情報は確保していた。
「まあ、情報の分析は元から私の仕事でしたしね」
 だから予想外なんて事は無いと言い訳しつつ、シノギが森の中のある場所へ辿り着く。
 そこは、何の変哲も無い森の中。
 木々が並び、草木が茂る、ただの森。
 だがそこには、白骨死体が一つ、転がっていた。
「見付けましたよ、手掛かりを」
 待ってましたとシノギが上体を起こす。
 白骨死体は片腕が無く、血の色に染まった和服を着ていた。間違いなくこの島の島民だろう。
 集落や神社に向かわせた従者からの連絡では島民の遺体は一つも見つからないとの事。おそらく鮫に喰い尽くされたのだろうと修介が報告していたが、ここに一つ、遺体を見付ける事が出来た。
 無論それだけでは痛ましいだけで情報には成り得ない。
 この島民がメガリスを持って鮫から逃げ回り、此処まで逃げ延びたが力尽きてしまった、なんてドラマが有れば良かったのだが、残念ながら島民の遺体は何も持ってはいなかった。
 なので、遺体からではなく、島民本人から情報を毟り取る。
「さあ、起きて下さい。知ってる事を洗い浚い話して貰いますよ」
 ぱんぱんと手を叩くシノギ。
 その目には、遺体の傍らに佇む亡霊が見えていた。
 島民の霊。つまり、島で何が起こったのかを知る人物。
 情報源としてこれ以上の物は無いだろう。
 だが、島民は口を閉ざした。
『去ね、海賊風情が! 賊に語る言葉はねえ! 和邇様に喰われてしまえ!』
 代わりに吐いた言葉はあまりにも冷たく、シノギを拒絶する。
 それに傷付くシノギではないが、しかしこうもはっきり拒絶されると面倒だ。
「あのですね、私は海賊ですが、今回ばかりはあなた方の味方ですよ?」
『嘘吐け! どうせ俺らや和邇様を傷付ける心算だろう!』
「そりゃサメは殴りたいですが」
『ほれ見ろ! やっぱりそうでないか!』
「ちゃんと今回は我慢しますよ」
『信用出来るかぁ!』
 取り付く島もない。
 いや、この場合はシノギが悪い気もするが、しかし仕方ない。
 とは言え霊を相手に脅したり拷問に掛けたりというのも難しい。
 どうしたものか、と考えていると、遠くからザバザバと鮫が泳いできた。
「おう、どうした海賊よ! そんな所で木に向かって話すとは、さては山賊に転職する気か!?」
「別に森の声を聞く気はありません。なんなら波の声も聞く気は無いです、捩じ伏せます」
 やって来た鮫は喜介だった。
 からからと笑いながら森中を駆け回っているらしく、鮫皮のあちこちに木の枝葉ががくっついている。
 あと、白骨死体もくっついている。
「……その死体、どうしたんですか?」
 思わず訊いたシノギにも喜介は笑顔のまま「拾った」と返した。
「森のあちらこちらで見かけたんでな! 弔ってはやれないが、せめてキチンと葬ってやらねェと!」
 だから持って歩いて墓地を探しているらしい。
 それだけなら良いのだが、本人が気付いていないだけで、普通に亡霊も拾ってきている。
「憑いてますねー」
「ん? そうか。野垂れ死んでおきながら葬られンのは幸いか!」
「いえ、そうではなく」
 シノギの目には喜介が背負った死体の数だけ島民の霊が見えるのだが、喜介には見えないらしい。強い力を持つ霊、例えばシノギの死霊従者は見えているようだが、島民の方には気付いてもいないようだ。
 そんな喜介に対し、島民達は何故か有難がっていた。
『おお、お侍様、和邇様の御姿のお侍様。わしらの骸なんぞを、おぉ、おぉ。ありがたや、ありがたや……』
 そんな感じの事をずっと言っている。
 サムライエンパイア由来のこの島ではサムライを特別視する価値観でもあるのだろうか。
 喜介と言う刀を差した男が鮫皮に身を包んで遺体を葬ってくれるとなれば、それはやはり有難いのだろう。
 気が付けばシノギに暴言を吐いた島民の霊も喜介に頭を下げていた。
 曰く、『和邇神様の御加護を感じる』とも。
「そう言えば神社に行ってましたっけ?」
「挨拶は完璧だ! 抜かり無し!」
 成程。とシノギが頷く。
「そう言うことで島民の皆さん。今ならその無念、この『和邇武者』が晴らしてくれますよ」
「わにむしゃ?」
『和邇武者……!!』
 何の事だと笑顔のまま首を傾げる喜介の後ろで島民達が盛り上がる。
 予想通り喰い付いた。
 しめしめと思いながらシノギは続ける。
 既に得た情報と、予想を交え、次に欲しい情報を得る為に。
「この島の和邇様を狂わせ、島を襲わせた者が居ます。それを討ち、和邇様を解放する為にも、知っている事は全ては為して下さい。
 敵の居場所と宝の在り処が分かれば、全てはこの和邇武者様がどうにかして下さいます」
「わにむしゃー?」
「しゃにむにーみたいに言わないでください」
 口から出まかせだったが、島民達は盛り上がり、涙を流して喜んだ。
 やはり鮫を大切に思っていたのだろう。
 たまには善人ぶるのも良いが、しかしシノギは海賊。お約束は忘れない。
「報酬はちゃんと貰いますが」
『えぇ……』
 大顰蹙である。
 これだから海賊は、帰れ還れ、と喚く島民。
 そもそも払いたくとも財の全てが奪われたと嘆く者まで出る始末。
 それを聞いてシノギは返す。
「有るじゃないですか、お宝。敵の懐に」
 と、まるで当然の様に。
 それが島民の物であるなら、それを寄越せと言い放つ。
 まあ、断られようが奪い取るまでだが、海賊はコソ泥や火事場泥棒ではない。胸を張り堂々と奪い去ってこそである。
「だって、サメが無事ならいいんでしょう?」
 さすがに和邇ヶ島の平和なんて宝を奪った所で何の得もしない。なら捨ておいてやるから我慢しろ。
 言外にそう含めたシノギの一言で、島民は皆呆然と立ち尽くす。
「ふうむ。よく分からんが、まさに乗り掛かった舟だ! おれも海賊団わにむしゃーに混ざらせて貰うぜ!!」
 そんなシノギに和邇武者喜介が同調した。
 こちらは宝に興味なんぞ無いようだが、郷に入っては郷に従え、船に乗ったら船頭に従えと言う事らしい。
「だれがわにむしゃーですか! 話聞いてましたか!?」
「なにも聞こえなかった!」
「でしょうね!!!!!!」
 笑う喜介と怒るシノギ。
 そんな二人を見てぽかんとしていた島民達は、やがて静かに頭を下げた。
 ――サメが無事ならそれでいい。
 それはまさしくその通りだ。
 命も棲み処も何もかも全て奪われて残った物は、恨みだけだ。
 だが恨みと鮫とどちらが大切かと言えば訊かれるまでも無い。
 奪われた物の中で一番の宝物を武者と海賊が獲り返してくれると言う。
 命を捧げて守れなかったものを、代わりに守ってくれると言う。
 ならば返す言葉は一つだけ。
 こんな島に残った宝が有るのならそんなものは全部くれてやる。
 どうせやらんと言っても獲ってくだろうし、残されたところで何にもならん。
 だから、と、島民達は誰ともなく進み出る。
『何でも聞いてくれ』
 縋る様な眼で、島民はそう言った。
 神輿風ビーチチェアーに寝そべったままのシノギへ向かって。



●血の海を泳ぐ鮫と鮫
 和邇ヶ島近海は鮫が多い。
 異常なまでに多いが、しかし鮫しかいないわけではない。
 鮫が餌にする魚や貝の類も目立たないが存在していた。
「餌の減少で絶滅した鮫もこの海でなら生きられるってことかしらね」
 荒れた海では大漁になるとは聞くけれど、とグレイが武装商船から海を見る。
 かなり恵まれた海なのだろう。グリードオーシャン故に沖は滅茶苦茶な海流が有るが、島の周辺まで近付けばだいぶ波も収まる。
 小型の鮫、穏やかな鮫も、そう言った所を泳いでいる様だ。
「島に近い程穏やか……という傾向ですが、島に上陸するような鮫は全て大型で人を襲う種類ですね」
 同乗する七曜も海を眺め調べているが、どうにも理に適わない部分があるらしく、首を捻っている。
 大きい違和感は二つ。
 一つは海中の餌が豊富でありながら無人島にまで鮫が上陸すると言うこと。
 もう一つは、鮫が島に集まるものと離れるものに分かれること。
 思えばグリモア猟兵も「島から逃げて来た鮫が」と言っていた。つまり島に集まる鮫と離れる鮫が居たのは始めから分かっていたと言うことだ。
 加えて、逃げた鮫は「怖いのが居る」と言っていたとも。
「その怖いのってのがどこにいるか探れないもんかねえ」
 マチルダがボトルシップを駆り、荒れた海の上をすいすいと進んでいく。
 逃げる鮫に集う鮫。集う鮫も逃げ始め、逃げた鮫も舞い戻る。
 その異常行動は島の周辺で見られ、ある程度島に近付いた鮫はもう逃げ帰っては来なくなる。
 怖いのが島にいるのか、島に近付かない様に怖いと思わせる何かがあるのか。
 ただ、それを確認しようとして、もう一つの異常行動に気が付いた。
「共食いしてますわ……!」
 ニィエンが海の上を歩きながら口元を押さえる。
 鮫が鮫を襲う。それ自体はよくある事だ。
 ただ、全くの同種が喰らい合う事は少ない。それでは子孫を残す事も出来ないからだ。
 ましてやこれだけ餌の豊富な海で、どうして同族で喰らい合う必要があるのか。
「縄張り争いに似てるにゃ?」
 なるべく濡れたくないけどお金も払いたくないナミルが勝手にマチルダの船にしがみ付いたままそう言った。
 縄張り争い。近寄らせないための威嚇と迎撃。
 それが結果として共食いの様に見える。
 だが、それにしてはやはり異常だ。
 種を越えて同じ縄張りを守る島近くの鮫達と、その縄張りに固執する外側の鮫達。
 それだけ二分しながら、ある鮫は島側へと泳ぎ抜けた後、島を守る側として外側の鮫に食らい付いた。
 一見すると鮫が島を巡って争っているようだが、それにしては奪う側と守る側の線引きが分からない。
「島に近付くと、島を守らされるようになる。……そう見えますね」
 七曜がそう結論付けた。
 鮫が近付いては逃げるのも、近付き過ぎると帰って来なくなるのも、それで説明がつく。
「見慣れた光景だねえ。海賊が島とか街を占拠するとこんな感じになんのさ。
 周囲は敵に囲まれて、あたしらは外側で迎撃、内側で略奪ってね」
 マチルダがそう言って島の上を指差す。
 島の空には鮫の大群が泳ぎ、陸上に何かないかと探していた。
「そうなると近付き過ぎた鮫は操られて島の防衛に参加させられると言うことかしらね」
「サメをあやつるなんてひどいね。これが『コワイの』かな」
 ブルースがグレイの言葉に頷きつつ、海の中を泳いでいる。
 喋らないと直ぐに見失うくらいに馴染んでいるが、それ故に危険を感じるのだろう。
 もし鮫を操る敵やメガリスが有るのなら、果たしてブルースはどうなってしまうのか……。
「シンチョウにしらべてみようか」
 そう言って、ブルースは一度海中へと沈んでいったのだった。



●海上探知・船上戦
 海は広い。
 何を今更馬鹿な事を、と思うかも知れないが、それは非常に重要な問題だ。
 グリードオーシャンは真面に航海が出来ない程に荒れ狂った海であり、しかも和邇ヶ島近海には夥しい数の鮫が棲む。
 それを調査しようなどとはいわば自殺行為の様なものだ。
 猟兵であれば可能だとしても、困難である事に変わりはない。
 広く、荒れ狂い、鮫が潜む海。
 それは、正攻法で挑むには余りにも障害が大き過ぎた。
「ソナー不能です! 引き上げます!」
 七曜が叫ぶ。
 しかし引き上げさえ上手く行かず、七曜が船上で慌ただしく走り回っていた。
 愛用の蒸気式拡声器『Angels Bit』を用いたソナーによる海中探査。それは平時なら最も効率的な手段だった筈だ。
 だがこの荒れ狂う海で鮫だらけの海の中に拡声器を沈めれば流されるは噛み付かれるわで一瞬起動する事さえ困難を極める始末である。
 運良く機動さえ出来れば鮫の動きを読んで回避出来るのだが、しかし初めから触れたままでいる海流を躱す事は出来ず、流されまいと堪えれば今度は鮫が躱せない。
 ハードな依頼を共に駆け抜けたタフな愛機がこの程度で壊れるなんて事も無いが、そもそもの目的である海中探査の方は諦めざるを得ない状況だった。
 最悪、拡声器を奪われかねない。
「こっちも燃える展開さ! はっは! やってくれるねえ!」
 マチルダの方も難航しているらしく、楽しげな声が荒れた海に消えていく。
 ボトルシップに喰い付く鮫の群れを押し退けようにも数が多く、破壊されないまでも飛び乗って来る鮫を蹴落とすだけで手一杯だ。
 剣と銃を引き抜きどちらが上か教えてやるのは簡単だが、敵は大群、一匹二匹をびびらせたところでその恐怖は波及せず、次から次へと恐れ知らずの鮫共が襲い掛かって来るだろう。
 切りが無いとはこの事だ。
 一刻も早く鮫の大群を突破し、例の共食いラインまで到達しなければならない。
 奇しくもそこはマチルダが調べようと思っていた『鮫が少ない場所』だ。荒くれ者を捩じ伏せ従わせたいのはやまやまだが、今は先を急ぐに限る。
「わたくしの船は平気ですわね。いっそ蹴散らして進むべきかしら」
 グレイは船員に適宜指示を飛ばし、状況を読む。
 鉄甲船は更に先まで進み、上陸組の四人を下ろして引いて行ったが、そんな僅かな時間でも相当な無理をしたのが分かる有様となっていた。
 グレイの船でも同じ事が出来たとして、周囲への影響は甚大なものになる。
 鉄甲船が無茶をしたが故に今現在鮫に囲まれて身動きが取れなくなっているのだから。
「サメにテをだすのはやめたほうがいいね。『シタ』のがくるかもしれないよ」
 言いながらグレイの船にブルースが乗り込んでくる。
 驚いて突き落とそうとする船員を下がらせながらグレイが頷いた。
「下の、とは?」
「くやしいけど、イマのボクよりでかいやつ」
 そう言うブルースはユーベルコードにより巨大化していた。
 元から巨大なバイオモンスターであるブルースが三倍ほどにまで巨大化し、更にはサメ映画特有の特殊能力を得た姿は、そこらの巨大鮫では太刀打ち出来ない存在だ。
 なにしろ下半身は巨大蛸である。
 悍ましくうねり絡み付く触手は筋肉の塊。どんな荒波の中でも船底に張り付くのなんてわけが無い。
 しかしそんなブルースをもってしても自分より巨大だと言わしめる存在。それは20m、30m級の大怪物。最早鯨の域であり、鯨だとしても最大級の体躯を持つ。
「一匹や二匹ならどうにかなるかもしれませんが……」
 と、マチルダの船に上がって来たニィエンが言葉を濁す。
 でかいとは言えオブリビオンではない。猟兵が本気を出せば敵わぬ相手ではないだろう。
 ただし、それでも消耗はするし、何より今以上に鮫が襲って来ないとも限らない。
 鯨並みの超巨大鮫が何匹居るのかもわからないのだ、下手に手を出すのは危険だろう。
 ブルースは数が少ないなら少ないで手に掛けたくないとも思っている。
 犠牲は最小限に留める。
 これは感情的な選択であり、そして合理的な選択でもあった。
「ナミルのペンデュラムは海の中にむかってるにゃ」
 そう言って無賃乗船猫がマチルダの膝元で鼻を鳴らす。
 手にしたペンデュラムは島の方を指しているが、確かにやや下向きにずれている。
 もしペンデュラムが正確にお宝の位置を示しているなら、島の地下、海中に宝がある事になるが……、
「確かめるにも先には進めないよ! 蹴散らすか仕切り直すか、好きな方を選びな!!」
 マチルダが叫んだ。
 海賊の戦略眼で見抜いたのか、彼女は荒れる海と鮫の嵐の中でも正確に前方と後方を指差した。
 先へ進めば例の『鮫が居ない場所』に辿り着くが、そこは島側と海側の鮫が牽制し合っているが故の空隙だ。そこに猟兵達が立ち入ればどうなるかはまだ分からない。
 後方は島から離れる方向。鮫の数は減るし、島に集まろうとする鮫達ならば島から離れていく者を執拗に追いかけては来ないだろう。
 一時撤退。それは勿論、依頼の失敗を意味するわけではない。
「――退いて下さい」
 そう七曜は言った。
「現状、鮫に気を遣っては時間と体力を浪費する状態です。少しずつ進むか皆殺しにするつもりで進むかしか出来ません。
 ただし、一度退いて改めて皆さんの力を合わせれば、今よりはマシな状況が作れるはずです」
 そう言うだけの根拠は有る。
 それは改めて示すまでも無く、ここに到る過程で知れていた。
 鮫が邪魔で近付けない、だが鮫自体は少なくとも『鮫が居ない場所』までは近付ける。鮫が邪魔なのは単なる障害物としてではなく、あくまでこちらの進行を邪魔してくるからだ。
 鉄甲船による強引な突破が周囲の鮫の敵意を買った。そのせいで襲われ、邪魔になった。だがそれは近海全ての鮫にではない。
 仕切り直し、別の場所から別の方法で近付くだけで、鮫の邪魔を減らせる。
 つまり、少なくとも今の状況よりはマシになる。
「とりあえず私がソナーを下ろせる程度の鮫密度まで後退を。そして改めて、皆さん探索場所の希望は有りますか?」
「あたしは『鮫の居ない場所』だね。船にとっても都合がいい。そこらの海と島側のサメがどうなってるかちょっかい掛けながら調べてみるさ」
「ボクはカイチュウタンサクにいくよ。このへんのはコウフンしすぎててムリだけど、はなれればてつだってくれるサメもいるとおもう」
「私も海中で宝探しをしたほうがいいですわね。私にも心強いナマ……竜の護衛がついていますので」
「ナミルも海にゃ! お宝に突撃にゃー!」
「海中か海上かで言うならわたくしは海上でしょう。少し試したい事も出来ましたし」
「では、私も海上にて探索を行います。グレイさんは引き続きお願いしますね」
 海中探索をブルース、ニィエン、ナミルが。
 海上探索をマチルダ、グレイ、七曜が受け持つ。
 ならば後は簡単だ。
 海中探索担当の三人(鮫と猫と自称竜王)を探索ポイントまで届けるだけだ。
 無茶をして消耗するのを恐れていたが、役割が決まれば多少の無茶も融通が利く。
「どきなフカヒレ共!! あたしの航路で跳ねてんじゃないよ!!」
 笑顔のままどすの利いた声を上げ、マチルダが片手で舵を切る。
 空いた片手に持った『シー・ミストレス』も主と共に咆え、船に食らい付いた鮫の横っ腹に弾丸を喰らわせた。
「護衛艦はわたくしの船が務めましょう。さあ、乗りたい方はどうぞこちらへ!」
 商魂逞しいグレイもマチルダに続いて後退を始めた。
 流石に喰い付いた鮫の数が多く、足取りが重いが、問題無い。
 それらを無視してしまえるからこその武装商船である。
 無論、二隻の強引な退却はそれ自体が鮫を刺激する事になる。それでも前進するよりは遥かに容易く、二隻とも鮫の大群を振り切る事に成功した。
「ワニ追ってこないにゃ!」
「はっは! あたしの船に追い付けるもんかい!」
 ナミルがぴょんぴょん飛び回り、マチルダがガッと腕を組んで中指を突き立てる。
 鮫は鮫で船に轢かれようと銃で撃たれようと平気な顔して泳いでいるが、それで良い。
 余計な犠牲を出さずに済んだとブルースも頷きながら触手で船に喰い付いたままの鮫を引き剥がしてはリリースしている。
「あっさり逃げられましたね!」
 ニィエンがそう言うが、そう思ってしまう程に二人の操舵技術と指揮能力が高いだけだ。
 荒れた海と鮫を潜り抜けるだけで普通の船乗りなら悲鳴を上げる。
 大海広がるグリードオーシャンでも海へ出るのは覚醒者のみだと言うのも納得の舵手泣かせだ。
 ちなみに、波と鮫にぐわんぐわん揺すられる船に乗っていられるだけでも相当の能力が必要になる。無論振り落とされでもしたら貪欲なる海から骸の海へと沈んでいくことになるだろう。
「いやー、サメがへるだけでおだやかなウミになったきがするね」
 流石パニックホラーの申し子、とブルースはそう言って一度ユーベルコードを解いた。
 代わりに海を覗き込み、拡声器を投じた七曜がユーベルコードを発動する。
 響き渡る『反響の福音(エンジェルスビットオーケストラ)』は対象の攻撃を回避するユーベルコード。不可避を回避する不条理の唄。
 しかし七曜はその為だけに拡声器を海に落としたのではない。
 ソナーは回避の為だけではなく、何よりも海中把握の為に用いられる。
 七曜の拡声器もそうだ。荒れた海流、大量の鮫、魔術やメガリスの影響。それらをノイズと化したエコーを聴きながら七曜が一つ一つ分析していく。
 専用の機械や術式が必要になるレベルの荒業をユーベルコードの力を借りて成していく七曜。その真剣な姿を見たグレイが部下に命じて拡声器周囲の鮫を追い払わせた。
「鮫を郡とみなし、魚群回避ルートを模索……海流パターンの解析は失敗、次善策として海流の影響の少ない航路を計算……!」
「鮫が集まってきています!」
 調査を急ぐ七曜にニィエンが叫ぶ。
 まだ大した量ではないが、言葉通りに鮫が少しずつ船の周囲に増えてきていた。
「やはり聞こえますか……!」
 七曜も分かってはいた。ソナーの、『音』の影響を鮫も受けると言う事を。
 どんなに薄まった血の匂いでも嗅ぎつけるという嗅覚が有名な鮫だが、水棲生物によく見られる鋭敏な聴覚も持ち合わせている。
 音の反響を利用するソナーを陸上生物である人間が利用するくらいに水中では音の通りがよく、聴覚が重要になってくる。鮫も嗅覚だけではなく聴覚に頼るのは当然の事。
 聞き慣れない七曜の出す音が鮫達を誘き寄せてしまうのも当然の事だった。
 だから、七曜は急ぐ。
「にゃ! ワニが飛んできてるにゃ! ――やっぱりサメにゃ!?」
 海中から飛び出し、飛行しながら迫る鮫。それを見ながらナミルがあたふたと駆け回り、猫パンチで鮫を海へと叩き込んでいく。
 それでも七曜は航路を示さない。
 グレイもマチルダも船を止め、ニィエンとブルースも鮫を極力傷付けない様に応戦する。
 逃げながらの探索も出来なくはないが、逃げた先でも鮫を呼び寄せるだろう。
 それなら今ここで調査を終わらせ、集まって来た鮫を置き去りにしていった方が後々が楽になる。
「――お待たせしました! 解析完了です!」
 七曜が顔を上げて叫んだ。
 本来の目的であるメガリスの探索はこの際後回しだ。元より堅実な七曜はこの海域のマッピングを目標としていた。
 そしてその目的は果たされた。
「大まかな鮫の分布と海流を把握! 海図を描く時間は惜しいので口頭で伝えます!」
「お願いするわ」
「その前に、こいつを流してやんな!」
 頷くグレイの方へ、マチルダが何かを投げて寄越した。が、それは船に届かず海に落ち、あっと言う間に鮫達の餌食となった。
「い、今のは?」
「そこらに居たただの魚だよ!」
 七曜へとマチルダが返す。
 何故そんな物を、と思うのも一瞬。七曜は、咄嗟に今の『魚が出した音』を拡声器から海へと垂れ流した。
 鮫は聴覚も優れている。
 そして鮫は、海に落ちた動物や弱った魚が暴れる音を聞きつけ、襲い掛かって来るのだ。
「上手く行きました!!」
 叫びながら拡声器を回収する七曜の眼下で鮫の大群が何も無い場所に殺到していた。
 血の匂いも新たな音もしないとなれば偽装工作にも直ぐに気付かれるだろうが、それでも良い。
 周囲の鮫の注意が一斉に逸れた。その瞬間に、二隻の船が離脱する。
「抜けたにゃー! これでナミルも突っ込めるにゃ!」
「待ちなって。勝手に乗ったり降りたり忙しない猫だねえ」
 濡れんのがイヤなら大人しくしてなとたしなめられてナミルが引っ込み、その間にも船はぐんぐんと荒波を越えていく。
 七曜の海流予測は飽くまで目安。グリードオーシャンの荒れ狂う海を読み切るなんて事は到底不可能だ。
 それでもマシな航路を示してくれたなら、後は二人がどうとでもしてくれる。
 マチルダとグレイ。船を操る二人は、磨き上げた航海術でうねる海原を掻い潜る。
 オブリビオンを討つだけならばまず役に立たないであろう航海術。しかし、それ無くしてはオブリビオンの元には辿り着けない事も有る。
 それらを併せ持つ者が存在し得て、事実こうして二人はここに居る。
 ユーベルコードなどと言う超常に頼らずとも、貪欲なる海を制覇する二人が。
 それこそが海賊であり、あるいは商人であり、即ち猟兵だ。
「あっさり着いたわね。流石の航路だったわ」
 などと言うグレイだが、実際は簡単な道程では無い筈だった。
 それでも本人以上に乗っていた七曜や他の猟兵達があっさりだと思うくらいスムーズに目的地へと辿り着く。
 そこは島の裏側。
 海岸部から上って集落、更に上がって神社が見える方面を『正面』として、切り立った崖とそこから続く森しかない『背面』だ。
 こちら側には上陸ポイントが少ない(と言うより普通には上がれない)からか、島周辺に陣取る鮫の防衛線が薄い。海中ではやはり鮫同士が睨み合っているが船で往くならこのポイント以外無いだろう。
「気を付けて下さい。予想通りなら、島側の鮫はより効率的かつ執拗に攻撃を仕掛けてきます」
 島を守ろうとするのなら、そしてそれが何者かの意志の下であるのなら、絶対に。
 だから船は『鮫の居ない場所』で止める。
 役割の分担。海上探索組が無茶をするのは、そこまでだ。
 だから、ここからが暴れ時。
「ようやく本気を出せそうだねえ! 船は任せたよ!」
「え、ボク?」
 マチルダが意気揚々と腕をぶん回し、ブルースに操舵を押し付けて海へと飛び込んだ。
 疑問に思いながらもブルースはマチルダの船へと飛び移る。
「わたくしも少しだけ本気を見せますわ。帰りは乗員が増えるよう、アピールが必要でしょう?」 
 グレイも部下へと操舵を任せるが、それは元から。
 この船『Ora et labora(オーラー・エト・ラボーラー)』はユーベルコードによって召喚され武装を纏い船員を大勢乗せた、いわばユーベルコードで出来た船。
 グレイが本気を出したなら、その船は自然の摂理さえ捻じ曲げて奔って往ける。
「護衛艦としての務めを果たすわ。あらん限りの火力で鮫の注意を引き付けましょう」
 その言葉に合わせ、幽霊船員達が船の大砲を海へ向け、手の空いた者は空いた手に銛を掴んで海面を覗き込む。
 殺す気は無い。飽くまで威嚇だ。
 ただ、決して無視し切れないだけの火力を見舞う。
 注意を引き過ぎて『鯨並みの超巨大鮫』まで現れようと、退く気は無い。
 商談も同じ。引き際と同じくらい粘り強さも必要だと、グレイは知っている。
 そしてここは押し時だ。
「さぁ、きびきび働きなさい!」
 グレイの号令が船中に響く。
 幽霊船員が呻く様におうと応え、グレイも自らマキナ・ファルクスを狙撃銃へと組み替えて構えた。
 それと同時に大砲が海に波紋を起こす。
 魚雷でもない砲弾を敵戦でも陸地でもなく海中へと叩き込む。当然ながら本来より極端に威力が減るが、相手は鋼の戦艦ではなく生身の鮫だ。
 海に落下した流れ弾ではない。海へと向けて撃ち込まれた砲弾は、その衝撃をもって鮫達の肌を打ち、押し退ける。
 ましてや金とユーベルコードの力で強化された大砲の火力は凄まじく、威力が減じてこれなのかと目を疑う程巨大な水柱を次々と打ち建てていく。
「サメ死んだにゃ?」
「飽くまで威嚇砲撃よ」
「威嚇砲撃ってなんですか!?」
 海賊や海の商人にはよくある事。
 運良く砲撃を潜り抜け船に近付けた鮫達も幽霊船員の銛に突き刺され、のたうちながら撤退していく。
 こちらも飽くまで威嚇らしく、命を奪うほど深くは突き刺さない。結果として鮫達の怒りを買い、目論見通りヘイトを集める事に成功していた。
 ついでに自前のメガリスまで振り回し、鮫釣りに興じている。
「私も手伝います!」
 一仕事終えた七曜もだからと言って引っ込まず、海流と砲撃で荒れた海の中を敵影探知で支援する。
 そしてそれは、やがて鯨級の超巨大魚影を捉える事になった。
「――今だ!」
 海からマチルダの声が届き、その直後にオーラー・エト・ラボーラーの真下の海面が山の様に盛り上がった。
 それが砕けて落ちる様は瀑布の如く、生まれた波紋も津波級だ。
 その高波に尻を持ち上げられる様にしてマチルダの船が押し出される。
「ナルホド、そういうことね!」
 マチルダの声と高波を受け、漸く自分が舵を任された理由を察したブルースが海へと飛び込む。
 こんな荒れた海を進める者はグレイとマチルダくらいなものだ。
 例外が有るとすれば、巨大化し、船を牽引出来るブルースを置いて他に無い。
「ゆれるよ!」
「ゆらせにゃ!」
「えっ」
 巨大化し、異形の蛸足と五つの頭を持つ鮫と化したブルースの心配にナミルがノリノリで返して拳を突き上げる。
 マチルダの船を蛸足と吸盤で掴んで固定したブルースが追い風ならぬ追い波を受けて泳ぎ出すと、ニィエンが振り落とされそうになって悲鳴を上げた。
 それはまさに鮫映画並の大迫力だ。
 B級とは決して呼べないスーパーアクションだが、それならそれでも良い。
 まだまだ犇めく鮫群を押し退ける様にブルースが突き進む。
 その後ろで、グレイ達は見事に捕まっていた。
 超巨大鮫。それはシーサーペントやシロナガスクジラさえ上回る程の超巨大怪魚。
 船底に噛み付かれたオーラー・エト・ラボーラーが粉砕はされないまでも海面からは浮き上がり、航行不能へと追い込まれていた。
「金の重みをこうも軽々しく持ち上げられるなんて、立つ瀬が無いというのかしら……!
 総員! 次の武装を出しなさい! ――二匹目の怪物が来るわよ!」
 言った端から、再び巨大な水柱が上がった。
 今度は噛み付きではなく体当たり。氷山に激突したかのような衝撃を受け、如何な武装商船オーラー・エト・ラボーラーと言えど大きく軋んで嫌な音を立てた。
 代わりに噛み付きからは逃れ、海へと落ちてくる。その衝撃も並々ならぬが耐え忍ぶ。
「その巨体で空まで飛んだら世界中の鮫魔術を恨むわよ……!」
 メガリスはまあ、恨めないけど!などと言いながらも笑うだけの余裕を見せたグレイが再び船員へ指示を飛ばす。
 その目がマチルダ達に言う。行け、と。
「悪いね、押し付けさせてもらうよ」
 マチルダも笑みで返し、そうして剣と銃を取る。
 海賊とは海の覇者。
 故に、海に飛び込んだマチルダは、鮫を圧倒的に凌駕する。
「さあ、どっちが捕食者かたっぷり教えてやるよ!」
 吼えるマチルダが水を蹴れば、荒れた海流を貫き加速する。鮫を振り切り、鮫に追い付く、恐るべき機動力を発揮する。
 それだけではない。シー・ミストレスは銃でありながら深海でもなんら問題無く弾丸を撃ち出し、曲剣メイルストロームを振るえば荒れた海流の中に新たな海流を斬り込める。
 二振りのメガリスに摂理を捻じ曲げる水中機動。水中戦において、今のマチルダに勝る者などどこにもいない。
「海賊って船おりたほうが強いんですね……」
「そんなわけ……いえ、おシノギ殿も嬉々として船おりて上陸してたわね、そう言えば」
 驚く七曜と妙に納得した風のグレイを置いて、マチルダは自分の船へと一気に追い付いた。
 追い波とブルースの牽引を受けて鮫群を突っ切った舟を易々と抜き去ってマチルダは再び両手のメガリスを構えた。
 スタートダッシュだけで乗り切れる程、鮫の密度は薄くない。
 目指す『鮫の居ない場所』まで鮫群を切り開く必要があった。
 そしてそれはブルースの仕事ではなく、マチルダの仕事。
 自分の船を導き、その行く先を切り開くのが船長としての務めだ。
「安心しな、殺す気は無いよ。その代わり、海賊(あたし)の怖さを子々孫々にまで語り継ぎな!!」
 海中においてさえ喉を震わせ声を響かせるマチルダ。その両手が振るわれる度に鮫は裂かれ、穿たれる。
 脚が水を蹴る度に彼女は加速し、急激に曲進し、深海にまで適応した肉体は上下左右前後の全てを魚より自由に飛び回る。
 それが『アクアティック・プレデター』、大海の捕食者と化すユーベルコード。
 そしてその不条理を操るのが、『渦潮のマチルダ』だ。
 その名の通り、彼女に捕らわれればもはや逃げる事など叶わない。
 深海よりも深く沈み海の藻屑となりたくなければ、渦中へと飛び込まず、逃げだす他に無い。
 逃げた鮫には、その鮮烈な美しさが、身を刻む苦痛と共に遺伝子へと刻み込まれていく。
「いい子だ。ちょっと根性なしに過ぎるがね」
 逃げ出す鮫達を見逃してやりながら笑んで、マチルダは更に前へと進んでいく。
 渦潮が動けば逃れる鮫もまた増える。
 運悪く渦中へと捕らわれた者もマチルダの慈悲と暴力により弾き出されていった。
「どうだい、あたしの船の乗り心地は?」
「生きた心地がしませんですの……!」
「タイクツなくらいカイテキだよ」
「お宝もってかえるときもお願いするマスにゃ!!」
 落ちかけた竜王、ぶれない猫と恐れない鮫の返答に笑って返し、マチルダは脚を振る。
 海を蹴飛ばし、鮫を蹴散らして、そうしてついに、船は『鮫の居ない場所』へと辿り着いた。



●海中探索・深海戦
「あたしはここを調べて待つよ」
 そう言ってマチルダが船を止める。
 そこは『鮫の居ない場所』。なんらかの要因で島側と海側の鮫が別たれ、争い、出来た場所。
 そのラインを越えれば海側の鮫は帰って来ない。
 では、島側の鮫がラインを越えるとどうなるのか。
 何故、ラインは一定の場所に存在するのか。
 メガリスの影響か、あるいは別の何かが介入しているのか。
 調べる事は幾らでもある。
 面倒だが、しかたないさとマチルダが言った。
「でも一番面倒なのは任せるよ。こっからはあんたらの仕事だ」
「任せてください!」
 ニィエンが意気込んで真っ先に船を下りる。が、海には飛び込まず、荒波を踏み付けて海の上に立っていた。
 ブルースも船から剥がして離れつつ一本持ち上げて振って見せ、ナミルも濡れるのを嫌がりながら船の縁に立つ。
「船のせてくれて助かったにゃ! お宝見っけたら見せてあげるマスにゃ!」
「くれないのかい?」
「見せるだけにゃ!」
 ナミルがいやいやしながら笑顔で海へと飛び込んで行く。
 さて、急に静かになったねとマチルダが一息ついて、そうして誰も居ない海へと泳ぎ出した。

「さあ、いよいよ出番ですわ! 私は鮫が多いところまで行ってみますわね!」
 ニィエンがそう言って荒波を飛び越えていく。
 ここまで特に何もしていない事を気にしていたのか、単に退屈だったのか、うんと両手を広げてから島へ向かって走って行った。
 水上歩行に空中浮遊を合わせた謎の移動方法は、足元から無数の鮫が喰らい付かんとしてくる危険な散歩だ。だが、海中よりは遥かに安全で見晴らしも良い。
 鮫はユーベルコードを使わない。飽くまでその身と、せいぜい鮫魔術による改造や食べたメガリスの力を使うくらいだ。
 だから鮫を避けるなら海に入らないのが最適解なのだ。
 飛べる鮫は普通の鮫ではない。普通ではないと言う事は多くは無いと言う事。
 そして普通の鮫は海の外の音や臭いを感知する事は出来ない。
「良い感じです!」
 思った通りに行くのが楽しいのかニィエンが微笑む。
 襲ってくるのは飛ぶ鮫ばかり。視覚も有る鮫は偶にニィエンに向かって噛み付いて来るが、注意すべき事柄の大半が『足下』に集中している以上、注意散漫にならずに済む。
 メリットが大きい。
 代わりに上から見て調べる事しか出来ないが、いざとなれば飛び込めばいいだけだ。
「ボクたちもいこう!」
 ブルースも仲間に呼びかけながら突っ込んで行く。
 ただその言葉はナミルに向けたものではない。
 睨み合いの末に生まれた間隙。海側から来た猟兵は当然、海側のライン端に居る。
 ブルースは、そこから島を睨んでいる鮫へと呼び掛けたのだ。
 島側の鮫と海側の鮫が争っているのは知っている。この空隙が出来たのは拮抗しているからだとも。
「『コワい』んだよね。それは、ボクよりコワいかい?」
 言いながらブルースは巨大化する。
 下半身を蛸に、頭を六つにふやし、更には悪魔にもゾンビにもなって竜巻や砂嵐さえ纏ってみせる。
 鮫と言う概念。
 天災に数えられる者。
 ただ巨大なだけではなく、あらゆる脅威を併せ持つ。
 鮫とはパニックホラーの申し子だが、ならばブルースはパニックホラーの権化。
 鮫でありながら鮫を脅かすなど造作もない。
「ダイジョウブ。ボクがいるんだ。コワいものなんてなにもないよね?」
 その言葉を切っ掛けに鮫の大群がラインを越えた。
 元より島側へ攻め込もうとしていた鮫達だ。ブルースの威容が与えた恐怖は背中を押しただけに等しい。
 普通にやれは逃げて散り散りになりそうな鮫達もブルースに追われるようになりながらも一丸となって島側へと突き進んでいく。
 そうしながら、ブルースは鮫がなにを怖がっているのか聞いて回っていた。
 あそこには怖いのが居る。
 有る、ではなく、居る。
 つまりメガリス以外の何らかの脅威が島のどこかに潜んでいると言う事だ。
 あそことはどこか、そして何が怖いのか。
 効き出せば良い情報となる。が、
「もうきたか……!」
 思ったよりも早く、島側の鮫が向かってきた。
 なるべくなら被害を抑えたい。そう願うブルースは、そこで鮫に退くように言った。
 もとより情報集集が優先で護衛にしたいわけではない。強いて言うなら島側に飛び込む時に一斉攻撃を受けたくなかっただけだ。
 鮫も空隙を作るくらいには無謀な攻撃を仕掛けようとは思っていないらしく、あちこちで噛み付き合いが始まるも大抵は海側が逃走する事で致命的な負傷は出ていなかった。
 それでいいと、ブルースは混乱に乗じて島側へと飛び込む。
 そこで感じたのは鮫達の異常、ではなく、自分の異常だった。
「んん!? なにこれ……きもちわるい……!?」
 ブルースが呻く。
 全身を何か得体の知れない毒水に浸したような、鮫肌が逆立つ様な嫌悪感。
 悪寒が全身を震わせ、水温が急激に下がった気がする。
 耳鳴りや頭痛さえ微かに感じるほどに、唐突に異常が重なり合う。
 気持ち悪い。
 そうとしか言いようが無い。
 ただ、それが鮫を狂わせているのだと、ブルースは本能で察していた。
「ナガイはしたくないね……!」
 このままでは自分もおかしくなるかも知れない。
 例の「怖い」の正体がこれかは分からないが、少なくとも恐怖を覚える異常事態なのは確かだ。
 それに、やはりと言うかなんと言うか、
 ブルースの威容も、言葉も、島側の鮫には一切通じなかった。
 殴ろうとも、締め上げようとも、噛み付いてさえも。
 島側の鮫達は、一切の恐怖を抱かず、それどころか意思疎通が何一つ出来なかった。
「あやつられてるね、カンゼンに!」
 でなければこのキング・オブ・ホラーたるブルースが欠片も恐怖を与えられないなんて事は無い筈だ。
 いや、時にサメ映画は恐怖と混乱以外にも笑顔や欠伸を生むものだが、いやしかし。
 兎も角このままでは進行もさることながら調査もままならない。
 その威容と怪力で今まで狙われていなかったブルースも島側の鮫には当たり前の様に襲われる。
 協力も得られない、邪魔は絶えない、調査が出来ない。
 何も出来ないなら、それを逆手に取るしかない。
「しょうがない……みをもって、このきもちわるさをしらべてみようかな……!」
 幸い鮫でありながら操られずに済んでいるブルースだが、得体の知れない気持ち悪さだけは感じている。
 これが『怖い』から発せられる何かしらの影響であるなら、より気持ちの悪い場所へ向かえばなにか手掛かりを得られるかも知れない。
 人間探知機ならぬ鮫探知機、と言うと鮫を探知する機械のようだが、そうではなく。
 そうと決まれば残る道など強行突破のみ。
 先ずはと島へと向かってブルースがその巨体をうねらせた。
「ナミルが先に行くマスにゃぁーーー!」
 と、その脇を黒猫がばたばたと泳いでいく。
 その手には黄金のペンデュラムが握られ、その切っ先が真っ直ぐ島へと向いている。
 ペンデュラム泳法、ではなく。一応ユーベルコードではあるものの使い方が正しいかは甚だ疑問の残る技だった。
「えっと、すすむさきがおなじってことは、『コワいの』と『おタカラ』はちかいバショにあるのかな?」
 ブルースは若干引きながらそう考える。
 強行突破するなら仲間が居た方が良いのは確かなのだが、ナミルがそういう感じで無いのは見て分かる。
 と言うか呼吸はどうするんだあれ。
 よく見たら呼吸どころか周囲の鮫の攻撃も全部無視してるし。
「……こっちがカッテにキョウリョクしたほうがいいかな」
 その方が良い。もたもたしてたら多分あの猫浮いて来なくなるし。
 初めは鮫に手伝ってもらおうと思っていたのに気付けばブルースが手伝ってばかりだ。
 いや、ブルースも鮫だが。
 ある意味「サメに手伝ってもらおう」の言葉通りの展開ではあるのだが、どこか納得出来ないまま、それを振り切ってブルースが泳ぐ。
 ナミルが突き進むおかげで鮫群がそちらを狙い、結果として少しだけ前が空く。そこに突っ込んで行ってナミルに追い付き、追い付いたら一度ナミルを海上まで持ち上げて跳ね飛ばす。
「なにするにゃーーーー!!」
 悲鳴、ではなく怒りの声が聞こえるが無視。
 跳ね上げられた空中からでもペンデュラムに引かれ、やがて再度海へと突っ込んで行く。それを追ってブルースも突っ込む。
 半ば壁役兼お宝探知機になっているナミルを一方的にサポートするブルースと言う構図はなかなかハマっていたのだがそれも当然長くは続かない。
 鮫が何者かに操られているのなら、より効率的な布陣を敷くのは当然の事だ。
 鮫はナミルを追わずに待ち構え、ナミルが通り過ぎたなら今度はブルースに食らい付く。
 二匹とも引き返したり大きく反撃してこないのを知って取られた作戦は少なくともその時点では適切であり、途端に二匹の損害は増えていった。
 なにより直進と言うのが拙い。
 ブルースの巨体ではそれこそ相手を喰い尽くすつもりでなければ受ける被害が大きい。
 襲って来ない巨大な鮫など恐れ知らずの操り人形(鮫)にしてみれば的でしかないのだろう。
 かと言って、操られているとはいえ罪の無い鮫をブルースは殺さない。
「もつかなこれ」
 まあ、サメ映画のサメは不死身だから平気だけど。
 と、強がった直後、真上から鮫の群れが飛来した。
 鮫、と言うには胴が長いそれらは、二匹ではなくその周りの鮫へと襲い掛かる。
 ただ妙に長いだけではなく他の鮫より遥かに強い援軍は、ニィエンが召喚した『ナマズシャーク・トルネード』だ。
「上から見えたのでお邪魔させて頂きました! この先、鮫の密集地ですわ!」
 ニィエンもやって来て叫ぶ。
 曰く、この先は島の真下へと向かい、そこは上からでは真っ黒に見えるほどの鮫の大群で埋め尽くされているらしい。
 ナマズシャークを連れ立ったニィエンは無傷に等しい。ここから更に分厚い鮫の防衛網を突き破るにはこれ以上の無い戦力だ。
「つよいナマズにゃ! よくやったにゃ!」
「ナマっ……! 竜ですの!」
「うーん、これはラブカ(羅鱶)のイッシュかな。ナマズみたいにながいけどれっきとしたサメのナカマだよ」
「だから竜ですの!!」
 そんな頼もしいナマズシャークに対して感謝しながら好き勝手言う二匹に訂正を入れながら、ニィエンが構える。
 調査するにも鮫が邪魔だ。
 不殺を全うするなら更に強力な防御力が必要となる。
 そして防御力とは、防衛力とは、相手方を見て分かる通り、数の暴力が最も有効だ。
「現れよ! 竜の群勢! バハムート・レギオン!」
 ニィエンが片手をかざして命じれば、渦巻く海流の魔法陣から更に大量のナマズシャークが現れる。
 数の暴力には数×質の暴力を。
 強い個より弱い群、弱い群より強い群。至極当たり前の道理だ。
 個としては圧倒的なナミルとブルース、しかし二匹では決して出来ない事をニィエンは行える。
「私のナマズ……ごほん! バハムート・レギオンでも無敵とは言えませんわ。それにメガリスが鮫に食べられてしまうかも知れません。急ぎましょう!」
 ぐっと拳を握るニィエン。彼女の指示でナミルを一度海から引き揚げた竜も戻り、猟兵達は陣形を組み直す。
 と言ってもニィエンがブルースの背鰭に捕まり、三人の周りを50を超える竜の大群が守っているだけだ。
 竜は強い。
 ナミルやブルースに戦闘力では遠く及ばないまでも、そこらの鮫が相手ならちゃんと手加減出来るだけの余裕が有る。
 加えて、『怖いの』の影響を嫌ってか、超巨大な鮫やそれ以上の怪物級が深海から上がって来ないのも助かっていた。
 中型、大型程度なら何とでもなる。
 そして嬉しい誤算がもう一つ。
「――ちかいにゃっ!!」
 ナミルが覚醒した。
 お宝が近付いて来たのを感知したペンデュラムとナミルが、纏った呪詛の濃度をいきなり跳ね上げる。
 それは鰓呼吸のブルースさえ息が詰まるような悍ましい瘴気を放ち、目に見えないまま物体に干渉する程まで凝り固まっていく。
 ブルースとニィエンは一抹の不安を覚えるが、ナミルは呪詛猫。呪い、呪われる程強くなる。
「じゃ、ま、にゃぁ!!」
 その凝固した呪詛をもって、ナミルが行く先の鮫群を蹴散らしだした。
 ペンデュラムを握ったままで放つ呪詛での薙ぎ払いは、本人にしてみれば攻撃ですらないのだろう。
 元より殺す心算は無い、ただ退かせばいい。
 この程度、ナミル的には無視してるのと同義だ。
 一刻も早くお宝の下へ辿り着ければそれで良いとナミルが目を爛々と輝かせて思う。
「息大丈夫ですの!?」
「ダイジョウブじゃないでしょ! いそごう!」
「わかりましたわ!」
 完全に突撃モードに入ったナミルは息継ぎをも忘れ、仲間の声も届かない。
 ならばと二人は追いかける。
 幸いナミルが加速すれば後ろの二人も加速出来る。水流的にもだが、元々海中では二人の方が速いのだ。
 そして速ければ速いほど鮫の追撃を撒き易い。
 正面からの鮫は一度やり過ごさなければならないが、それをナミルが全て押し退けていた。
 それでも息継ぎしないのなら限界が来る。せめてと消耗の少ないニィエンが更にナマズシャークを呼び出してナミルの背を押した。
 更なる加速。手負いのブルースの最高速だ。
 加速するほど水圧で潰れて死にそうになるが、そこは呪詛で耐えて頂きたく。
「ぶにゃあ……!」
「あっ、限界ですの!? どうしましょぅ!」
「いやスイアツのせいじゃないかな」
 潰れそうになってもペンデュラムを離さずユーベルコードを解除しない不屈で強欲な呪詛猫を先頭に、猟兵達は突き進む。
 とうに島の下へと潜り込んでいたのだろう。辺りは深海のように暗く、闇の中で蠢く鮫の群れはまだまだ密度を増していく。
 それでも、三人は突破した。
「ぶはにゃー!」
 ぼんっ!とナミルが海から飛び出した。
 ペンデュラムが急に上を向いたと思えば、突然空気に触れたのだ。
 だがそこはまだ闇の中。
 当たりの一切が見通せない場所で、ニィエンとブルースが顔を出す。
「地下空洞、ですわね」
「うん、むこうがリクチみたいだよ」
 ニィエンが言うと、ブルースが二人を連れて少し進んだところへ向かう。
 陸地、ではある。
 暗過ぎて何も分からないが島の地下にある空洞と海が繋がっていたらしく、そこは真っ暗ながら空気と地面が存在した。
「あっ、壊れたにゃ!」
 すると突然ナミルが泣きそうな声で叫んだ。
 手にしていたペンデュラムが、あっちこっちを出鱈目に指し示しだしたのだ。
「ペンデュラムってこういうコワれかたするの?」
 それこそまるで陸に打ち上げられた魚の様だ。びくんびくんと落ち着かないペンデュラムはちょっと気持ち悪い。
 と、それは兎も角として、ニィエンが海へと向かう。
 ナミルとブルースは負傷しているが、猟兵なら少し休めば治るだろう。
 それより今はここの調査を。
 そしてそれ以上に連絡を取らなければならない。
「ふふふ。私の竜はとても優秀ですの。伝令も頼めるのですわ」
 得意げに胸を張るニィエンの命を受け、何体かのナマズシャークが外へと向かって泳いでいった。
 ここまでの護衛力から見ても問題無く外へと辿り着くだろう。
「べんりなナマズにゃ」
「ラブカだって」
「竜ですわ!!!」
 寛ぐ二匹にムキになるニィエン。
 その背後では今も海から襲い来る鮫をナマズシャークが追い払っていたのだった。



●和邇ヶ島の深淵
「枯れ井戸に横穴か……。時間稼ぎにしかならない小細工だが、鮫にはよく効いたみたいだな」
 シェフィーネスが呟き、井戸の底で息を吐く。
 残された書物を読み漁り、井戸の手入れの頻度が気になって調べに来た。
 そうすると井戸が枯れており、ではなんの手入れだと思った所、桶を下ろす縄が妙に新しく頑丈だったと言う話。
 あとは縄を伝って降り、横穴が見付かったというだけ。
「一寸先は闇、か」
 横穴の先は見えない。
 辛うじて足元一歩分だけ見え、どうやら下っていくようだとだけ知れる。
 この先に、宮司は逃げた。
 残された書物にはそうすると書いては有ったがここまで痕跡は無い。
 書物も完全無傷と言うわけではなかったので、分からなかった事は多い。
 島が襲われたのはメガリス含む金目の物目当てだとは思うが、どうにもそれを行った者の正体が見えない。
 予知が確かなら、コンキスタドールが関わっている筈だ。
「ぶつかる前に何か情報を得られれば良いが……」
 呟きながら横穴を覗き込む。
 どうあっても先は見えないが、ただの闇だ。灯りを持ち込めば良いだろう。
 ただし、この先にも鮫が居るなら話は変わる。
 微かに鼻をくすぐる潮の香り。それが横穴の先から漂ってくるのをシェフィーネスは感じ取る。
 和邇ヶ島の地下へと降りる隠し通路。
 そこへ逃げ込んだ宮司と、未だ何かを探す鮫達。
 その謎もメガリスへ至る頃には明かされるだろうと、シェフィーネスが歩き始めた。
 井戸の縁から覗き込む、シノギの死霊海賊に手を振って。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第2章 冒険 『闇の中へ』

POW   :    自ら闇の中へ飛び込む

SPD   :    気配を消して進む

WIZ   :    注意深く行動する

👑11
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種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●和邇ヶ島の腹の中
 そこは和邇ヶ島の地下に広がる大空洞。
 巨大ながらも堅牢であり、一切の光が差し込まない。
 出入口は一つ。
 和邇神神社の裏手にある枯れ井戸の底、その横道に入って下り坂を延々降りて来ると辿り着ける。
 だが、そのたった一つの出入り口の他に、島民に伝わる戒めの噂話が有った。
 曰く、森には幾つも奈落へ通じる穴が有ると。
 それを封じているのが和邇地蔵と呼ばれる鮫の石造である。
 それを除けて、土台になっている井戸の石蓋の様な物を退かせば、そこには子供一人がギリギリ落下しそうな穴が現れる。
 猟兵が侵入するには狭く、通れたとして何処に落ちるか分からない。だが、それは明り取りの様に地下空洞へ光を差した。
 それも一つ二つではない。
 どれだけ走り回ったのか、島中の鮫地蔵を退かしたらしく、地下空洞の森方面は人の目でも何が有るか分かるくらいの薄暗がりへと変わっていた。
 それでも地下空洞の一部が見えたに過ぎない。
 地下空洞はただただ広く、その一部が海に沈んでいる。
 地下空洞の海には鮫も居り、外の海からも次々と入ってきている。
 ただし、外の海から入ってくるという鮫用ルートを、何故か猟兵が通って入ってきていた。
 しかもどうやら外で周囲の鮫を制圧してルートを確保したらしく、ほぼ安全に侵入して来る始末である。
 山から井戸を通って降りて来るルート。
 海から深海を通って上って来るルート。
 二つの道を得たが、その何方も近くにメガリスの気配は無い。
 此処に在る、それは確かな筈だ。
 そう確信した猟兵達は何れかのルートから侵入し、周囲を探索し始めた。
ニィエン・バハムート
さて、このまま海側からのルートを探索するつもりですが…地下空洞ですの…さっきのように無闇に数を増やしてもリスクがあるでしょうか…私の竜がメガリスに取り込まれる可能性もなくはないですし、コンキスタドールに存在を喧伝してしまうせいで向こうからの奇襲チャンスを作ってしまう可能性も…。

ここは地道に静かに【宝探し】と行きますわ。そしてUCを使うことを意識しながら道中バハムート・コイン…金貨をどんどん捨てていきますの。
このUCは基本的には取引に使うものですが、これでも一応代償を支払っていることになるはず…だといいのですが。
メガリスを見つけるという行動が成功するように内心で自分を【鼓舞】しながら進みますの。


ブルース・カルカロドン
口調:カタコト(『映画』以外の漢字はカタカナ)
協力・アドリブ歓迎

深海ルートからいくよ
気持ち悪さが増す方向に行けば、自ずと目的のメガリスは見えてくるはず
幸いにして探索方法のあてはある
「イッスンサキはヤミというやつか。ボクにとってはそうでもないけどね」

UC発動、蛸足鮫&索敵強化モード
元々持ってるロレンチーニ器官を強化する
それによって【情報収集】能力を強化、感知した電磁波から周囲の様子を読み取る

八本の蛸足でペチペチと地面を確かめつつ、注意深く移動するよ
敵や障害を察知したならば【なぎ払う】あるいは【串刺し】だ

まだまだオブリビオンの姿が見えてこない現状
他の猟兵との連携も視野に入れつつ、慎重にいこう


グレイ・ゴースト
わたくしはこっちのルートを選ぶわ!

というわけでわたくしは海から行きましょう
泳ぐのは結構得意でしてよ?

最低限の服だけ残して後の余計なものはアルカに仕舞っていざ海へ
わたくしは呼吸の心配もいらないしその辺りは楽ちんね
鮫と出くわしても今は戦闘が目的ではないし避けて進みましょう

狭いところはUCを発動してすり抜けて
深海を通ってどんどん奥へ向かいます

(これだけ厳重に隠されているのだからお宝にも期待できそうね)

地下空洞へ侵入できたらぱぱっと服を着て探索を開始
他にどなたかいるならご一緒しましょうか

鮫たちが何かを探しているのならその痕跡を辿れば何か見つかるかもしれないわ
メガリスまではもう少し、かしらね


シノギ・リンダリンダリンダ
井戸ルートにそのまま向かいましょう
死霊をはしごみたいにして降ります
しかし薄暗いですね。光源が必要でしょう
【海賊船の恐るべき猟犬たち】で炎の柴犬を召喚
彼らを光源としましょう。なにより可愛いです

数が多いですし、他の猟兵の方々にも数匹ついていってもらいましょうか
応援や助言や恩返し。便利な子たちですよ?

御神輿状態は天井が高いなら続行で
さて。まぁ大きな島の地下空洞。探索のし甲斐がありますね
未だ衰えぬ私の「宝探し」、「失せモノ探し」の嗅覚を発揮させましょう
和邇ヶ島一番乗りの称号は私のものです
え、なんですか子犬さん達。がんばれ?おーよしよし、がんばりますよーとってもがんばりますからねー!(なでなで)


ナミル・タグイール
びちょびちょだし壊れちゃうしさんざんデスにゃ…。
でもお宝オーラは近い気がするにゃ!ナミルが貰うマスにゃー!

真っ暗にゃー。
でもナミルは猫だから暗くても見えるにゃ!(目を光らせる猫)
…それでも暗すぎるから明かり欲しいかもにゃ。
光るものはー…これがあったにゃ!自慢の斧にゃ!
金ピカで照らしてあげマスにゃ。優しい猫にゃ!(斧から破滅の呪いの輝きをぎらぎら放つ)
(強欲度と猫度も上がって夜目がきく)

何が有るか分からないけどきっと奥にいいものがあるにゃ。
奥へ奥へ突き進むデスにゃ!
邪魔な物はぎらぎら斧でどっかーんにゃー!(周りの被害は考えない猫)
力仕事がいりそうなら手伝うけどお宝はナミルのだからにゃ


マチルダ・メイルストローム
海ルートから侵入

さて、自分の感覚を信じて進んでるうちに怪しいところに着いたはいいけど、一番乗りとはいかなかったみたいだね。
ま、間違った場所には来てなさそうってのはよしとしとこうか。

たかが暗いだけで音をあげてちゃ深海生まれの名折れさ。【ディープシー・センス】を使って、空気や水の流れを感じ取ることで周囲の状況を把握して地下空洞を進むよ。

地下空洞内の海だってあたしには関係ないね。こういうところに住むやつはだいたい視覚よりも嗅覚や聴覚、触覚で獲物を探すのが上手いもんだが、【ディープシー・センス】があれば遅れをとることはないさ。
あたしに襲い掛かってくる命知らずがいたら、この剣と銃で返り討ちにしてやるよ!


茲乃摘・七曜
【深海ルート】
心情
……、密度的に沈むんですよね、私

準備
Angels Bitsの自律駆動で自身の周囲に空気の膜を生成し呼吸を確保
鮫が怖がるモノを警戒しつつ何者であるかを探る
「他に望む人がおられれば、協力して事にあたりましょう

行動
海中洞窟についた傷や壁面の滑らかさから鮫が主に使用するルートと近づこうとしない場所を確認
※真新しい傷に特に注意し捜索、近くに鮫がいればその動きにも注視する
「コンキスタドールの可能性もありますが、鮫が恐れるということは鮫と同じ領域で行動している可能性が高い…はず

流転
捜索し終わった部分に魔術杭を撃ち込み目印を刻む
「それと、鮫が新たに入り込んでこないように道を塞いでおきましょう


シェフィーネス・ダイアクロイト
アドリブ◎
一章の続きで山ルート
メガリス獲得の為なら他猟兵と協力可
情報聞き出し真相解明へ

メガリスの眼鏡で周囲確認(暗闇でもある程度遠く迄視認
(メガリスは或る条件を満たさなければ現れない仕組みか?)

和邇ヶ島の地下へと降りる隠し通路を注意深く進む
逃げた宮司の足取り掴めればと探索
横穴の奥まで行く
何かを探す鮫達より先に掴めれば
書物を再度読み直す

和邇武者…か
どうにも胡散臭い
島襲撃は人と仮定するなら鮫を利用し操れる者…?

敵らしき者と遭遇後は一定の距離保ち制圧射撃
二丁拳銃で蹂躙
傷口抉り重傷狙い

此処のメガリスは私が手に入れる

島民の安全等は保証してないが
結果的に島を守る行為が出来てれば良し
利用価値あるものは消さず


梅ヶ枝・喜介
聞くところに依らば怪しいのは奈落に通じる穴
ここから先の道程は、ともすれば地獄下りよ
なればこそ民草のむくろを背負って行くわけになるまいて

さりとて野っ原に置いていくんじゃ如何様にも不憫極まる
ちと他のヤツらに出遅れるが、一度神社までとって返して境内に納めておこうかい
神さんよゥ!暫く面倒見てやってくんなさいよ!

さてこれで後顧の憂いは無くなった!
おれァまだ和邇ヶ島一番乗りを諦めたわけじゃあないぜ!

後追いになるのなら近道をすれば良い!
奈落に通じるなぁんて大層な話ならよ!進むべきは下と相場が決まってら!

洞穴に降りて真下真下へ掘り進むぜいッ!
鬼が出るか閻魔と合間見えるか!
このさめむしゃーの目で確かめたらァ!


上野・修介
※アドリブ、連携歓迎
山から井戸を通って降りるルート。

「無人島に地下空洞、ワクワクする響きなんだがなぁ」

この先、戦闘は避けられないだろう。
警戒レベルを引き上げ、奥を目指す。

手をフリーにできる様、胸の辺りにクリップ式のライトを付け灯りを確保。

先ずは観【視力+第六感+情報取集】る。
目付は広く、周囲を警戒。

進行しながら周囲の状況、気配等、不審な点があれば他の猟兵に伝達。

トラップに関しては埒外なので対応できる猟兵に任せる。

敵の強襲、奇襲があれば戦闘し対応。

武器は素手格闘【グラップル+戦闘知識】
UCは防御強化

基本的には【カウンター】重視
派手にやり過ぎると崩落の危険もあるので極力静かに。



●骸の還る場所
 オブリビオンとは、過去から現れ、現在を蝕み、未来を絶やす者共の事。
 この世界ではコンキスタドールと呼ばれ海賊からさえ略奪の限りを尽くす。
 そして過去とは『骸の海』に積もるもの。つまり骸の海こそ猟兵の敵の本拠地と言える。
 だがそれだけではない。
 骸の海は誰しもが還る場所。全ての可能性が、あらゆる出来事が、役目を終えて眠る場所なのだ。
「とうに還ったと聞いてもよ、捨て置くには如何様にも不憫極まる」
 梅ヶ枝・喜介(武者修行の旅烏・f18497)は道中見付けた島民の亡骸を背負い直す。
 数はそこまで多くない。逃げ切れた者は殆ど居なかったのだろう。加えて骨と襤褸しか残っていないとなれば喜介ほどの益荒男でなくとも無理なく全てを背負ってしまえる。
 どことなく切ないものだが、その想いは無用だ。
 強欲な女海賊が言うには「見守りもせずに成仏しやがりました」とのこと。
 島民達の骸は此処に有れど、魂は骸の海に還ったと言う事だ。
「魂が海に還ったってェんなら、骨は土に還るべきだよな」
 その話を聞いて喜介が考えたのはそう言う事だ。
 とは言え島民から墓所の在り処や葬儀の作法を聞いたわけではない。だからと言って適当に土を掘って埋めるだけでは捨て置くのと何ら変わらないので、喜介は踵を返して神社へと向かっていた。
 徹底的に破壊し尽くされたその神社は、猟兵の探索により掘り起こされたものの、それ故に少しだけ瓦礫が除かれていた。
 加えて喜介も瓦礫を退かし、流石に本殿付近は避けて拝殿と思しき場所に骸を下ろした。
「神さんよゥ! 暫く面倒見てやってくんなさいよ!」
 パンパンと手を打って喜介は拝む。
 放っては置けぬが背負っても行けぬ。此処から先は地獄下りなればこそ。
 見付けた怪しい場所は奈落へと通じていると言う。そんな所に民草のむくろを連れて行ける筈も無い。
 だから神さんに頼む。
 それで一先ずは善しとする。
 島民は死に絶えた。
 島は滅んだ。
 守り神たる和邇神様とやらは何も守れなかったと言われても仕方が無い。
 ただそれでも喜介は民草の安らかな眠りを守ってくれると信じて、祈り、頼むのだった。
 ――まだ、和邇ヶ島は滅んでなどいない。
 ただ考えずともそう思うが故に。



●暗中模索・深海ルート先行組
「びちょびちょだし壊れちゃうしさんざんデスにゃ……」
 ナミル・タグイール(呪飾獣・f00003)が暗闇の中で消沈する。
 ただでさえ闇に溶ける真っ黒な猫が、背を丸めて小さくなると余計に見付け難くなる。
 ただ壊れていると言ってもナミルのペンデュラムは黄金製のお宝だ。捨てるわけなど無く、未だビクンビクンとそこら中を指し示すそれをナミルはぎゅっと握り締めていた。
「ダイジョウブ、きもちわるいホウコウへいけばメガリスはみえてくるはず」
 ナミルを探知機扱いしていたブルース・カルカロドン(全米が恐怖した史上最悪のモンスター・f21590)からしてもペンデュラムの故障は痛い所だが、代わりに自身が探知機となっていた。
 先程から感じていた嫌悪感はより強くなってきている。それをメガリスの影響だろうと判断したブルースは、感覚を頼りに探索を続ける心算だ。
 勿論それだけでは方向しか分からない。この危険な闇の中を進むには別の手が要るだろう。
「私の竜がメガリスに取り込まれる可能性もなくはないですの」
 同じく鮫の異常行動をメガリスの影響と判じたニィエン・バハムート(竜王のドラゴニアン(自称)・f26511)は先程活躍していた竜達を封じる事にする。
 ここでは数の利を活かし難く、逆にメガリスの影響やコンキスタドールに感知され易くなるとの不利を見越しての事だ。
 ニィエンの竜は竜であって鮫ではないのでメガリスの影響を受けないかも知れないが、そもそもとしてメガリスの影響が鮫にしか影響しないのか、影響を与えているのが本当にメガリスなのかも確定はしていない。
「ところで、そのペンデュラムは本当に壊れているんですの?」
 と、ニィエンがナミルに問う。
 ナミルのペンデュラムは沈黙したのではなく、滅多矢鱈に其処等中を指し示す様になったのだ。狂っているとしても力を失ったわけではないのだろう。
「もしかして、このへんってオタカラだらけなのかも?」
 ブルースはふとそんな事を思いつく。
 ナミルのペンデュラムは正確にはメガリスではなくお宝を感知していた。とすれば、此処に到着して突然おかしくなったのは其処等中にお宝が有るからで、別に壊れたわけでも狂ったわけでもないのかも知れない。
 勿論根拠は無い。この島にそんな大量のお宝が隠されているなんて話は別動隊からの報告にさえ存在しなかったのだから。
 しかしナミルにはその希望だけで十分だった様で、途端に顔を上げて飛び上がった。
「いわれてみれば、お宝オーラは近い気がするにゃ! ナミルが貰うマスにゃー!」
 さっきまでただビチビチしてるだけの壊れたペンデュラムが、今はビチビチ指し示す方向が多い程に期待が高まる。強欲の呪飾猫とはかくも現金な者である。金だけに。
 ただし他二人はそこまで楽観的ではない。
 特にニィエンは敵の奇襲を警戒し、静かに進む心算だった。
 地下空洞は暗いだけではなく、陸地と海が入り混じり、その何方にも鮫が潜む。
 ただの探索であれば煌々と灯りを焚いて大声で仲間とやり取りしながら進めただろうが、此処ではそうはいかないのだ。
「オンミツってやつだね」
「はい。なので、ここからは別行動で」
 少し申し訳なさそうに言うニィエンにブルースはこっちこそと返し、ナミルは負けないにゃ!と対抗心(と言う名のお宝独占欲)を燃やす。
 そうして分かれた二匹と一人。
 しかしニィエンには口には出来なかった言葉が有った。



●暗中模索・深海ルート後続組
 和邇ヶ島近海は猟兵の到着以前は膠着状態となっていた。
 猟兵達の調査の結果、浮き彫りになったのは島に異変が起こり周囲の鮫が島民を襲い始めたと言う事。
 そしてその鮫達は島中を荒らして金目の物を掻き集め、島に近付く者を無差別に攻撃していると言う事。
 不明点は多い。
 未だ抱えたままの多くの謎。それは解き明かされる前に、更に深みを増していく。
「退いて行った……?」
 茲乃摘・七曜(魔導人形の騙り部・f00724)が島の方を見て呟く。
 島を守っていた鮫の群れ。それが、船から見て分かるほど露骨に退いて行くのだ。
 島の上空に飛んでいる鮫は居なくなっていない。となると、防衛ラインを下げて守りを固めたと見るべきか。
 ……やはり鮫は何者かに操られている。
「こちら側の鮫はそのままですけど、問題ありませんわね」
 商船の主、グレイ・ゴースト(守銭奴船長・f26168)はそう言って船を進めた。
 退いて行ったのは島側の鮫だが、相変わらず海側の鮫達は一定以上島へと近づこうとしない。散々威嚇という名のヘイト稼ぎを続けたグレイの船でさえ島へと近付いた途端に追って来なくなった。
 ――何匹かは近付き過ぎて、島側の鮫へと寝返ったようだが。
「退いたとはいえ影響は残っているようですね。私達にしてみれば安全圏が広がっただけですが」
「そうね。でも、これから先に進むなら今まで以上の鮫の大群に襲われるのでしょうね」
 防衛線を下げたと言う事はそう言う事だ。
 広範囲の防衛を捨て戦力を集中させる。それは防衛線と言うよりは包囲網に近いだろう。
 鮫の行動は『近付けさせない』から『逃がさない』に切り替わったのだろうと推測出来る。
 しかし既に飛び込んで行った猟兵達に集中している分、新たに飛び込むのは容易になったとも言える。七曜とグレイは楽が出来ると言って良い。
 それは同じく海で戦っていたマチルダ・メイルストローム(渦潮のマチルダ・f26483)も同じなのだが、気が付けばその姿は無い。
 グレイの船より先に進み一人猛威を振るっていた彼女が何時の間に姿を消したのかは分からないが、船ごと消えている所を見るに、機を見てさっさと突撃したのだろう。
 彼女は生粋の海賊にして腕利きの船乗りだ。敢えて他の猟兵と協力しなくとも勝手に進んでいけてしまう。もはや仲間からの連絡や連携がなくとも直感一つで地下空洞を見つけ出せるだろう。
「まあ他の心配は置いておくとして、こちらも向かいましょう。
 勿論大切なお客様を船から突き落とすことはありませんわ。ちゃんと下船できるようにサポートの用意もあります」
 そう言ってグレイはウィンクして見せる。
 サービスは無料(ただ)ではない。ましてや商船の主たるグレイに対して、チップも無しに結構ですとは言えないだろう。
 なので七曜は代わりに笑顔でこう返す。
「経費で、お願いします」
 請求はグリモア猟兵まで。
 それは、決して広げてはならない恐るべき猟兵商法であった。



●暗中模索・井戸ルート
 枯れ井戸は長らく誰も利用していない、と思わせる為か、周囲に雑草が伸び放題になっている。
 足繁く通っていた宮司も草木を踏まぬ様にしていたのだろう。お陰で井戸そのものが見付かり難くなっていた。
「こっちだ」
 先行していたシェフィーネス・ダイアクロイト(孤高のアイオライト・f26369)は一度引き返し、井戸の横で猟兵達を待っていた。
 仲間の支援の為に、ではない。軽く進んだ所で敵の気配を察知したからだ。
 他人を信用する気は無いが、利用出来るならする。そのスタンスは変わらない。必要なら此方から協力するのも止む無しだ。
「縄を伝って下りるなんて疲れそうですね」
 そう言いながら死霊達を井戸底に蹴落とすシノギ・リンダリンダリンダ(強欲の溟海・f03214)はシェフィーネス以上に他人の利用が上手い。
 上手いと言うか、最早それが自然体である。信用とか信頼とかいちいち考えていない気がするくらいに。
 蹴落とされた死霊達は肩車で連なっていき、健気にもその身をもって梯子となっていた。酷い。
「逆に下りにくそうだな」
 それを尻目に上野・修介(吾が拳に名は要らず・f13887)は縄をするすると下りていく。デバイスもチョークも無いが安定安全に下りていく姿はプロのそれである。
 クライミングの技術を持たないシノギからしてみれば骨梯子は合理的なのだろうが、結局下り難かったので死霊に自分を背負わせて梯子を下りさせている辺り、もう何が合理的なのか分からない。
 虐げたいだけでは、とも思うが、ゴーストキャプテンとは人望有ってこそ。その暴君ぶりもまた魅力なのだろうと無理矢理納得した。
 それを見ながら後に続くシェフィーネスは油断すると自分の方がいい様に利用されそうだと警戒心を強めていた。
「それで、この先は闇と言う事か」
 井戸の底へと降り立った修介が横道を覗き込む。
 魔法の闇と言ったものではない、純粋に陽の光の届かない暗黒だ。随分と深い闇だがこれなら持ち込んだライトでどうとでもなる。
 逆に言えば道具に頼らざるを得ない場所だと言う事。ここへと逃げ込んだと言う宮司は松明の一本でも持ち込んだのか、それとも目につかぬ様に暗闇へ身を投じたのか。
「私はこの眼鏡である程度は見える」
 シェフィーネスは眼鏡型メガリスを掛け直し、修介に先を促す。
 このメガリスは万能ではないが、少なくとも地下空洞を探索するのに支障は無い。問題なのは飽くまで敵の存在のみ。
「わかった」
 と、修介が頷いた。
 今のやり取りだけで己の役割を理解したのだろう。それを拒む心算も無い。
 とすれば後はシノギだけだ。
 死霊が鬼火で辺りを照らせるのならそのままで良いのだが、そうでないなら死霊達も真面に戦えるかが不安である。
 当然ながらシノギも超一流の海賊にして猟兵。この程度の障害に打つ手無しとは言う筈もない。
 むしろ修介のライトもシェフィーネスの眼鏡も鼻で嗤うような態度で肩を竦める。
「……鼻で嗤う時は無表情崩せ」
「ああ、嗤われたのか」
 修介にしか通じていない。
 しかしめげない気にしない。
 シノギは片手を正面に突き出し、高らかに叫ぶ。
「出でよ!! 海賊船の恐るべき猟犬たち!!!!!!」



●財宝の在り処
 鮫の感覚器官は人間とは大分異なる。
 分かり易いのが呼吸器官。所謂鰓呼吸も異なる点なのだが、鼻も人間と違って呼吸器としての役割は持っていない。
 そして鮫と言えばロレンチーニ器官だ。これは電磁波を感知する器官であると言われている。
 更には眼も違う。
 瞬膜と言う瞼を持つ鮫がいたり、或いは白目を剥く鮫が居たりと、目を保護する機能が充実しているくらいに鮫は視覚にも頼っている。
 その最たる能力がタペタムによる暗視能力。僅かな光でも感知し、深海でも見渡す事が出来る。
 駄目押しにもう一つ、側線と言う器官が有る。こちらは周囲の振動を感知する器官で、聴覚とも触覚とも呼ばれる。
 このようにあらゆる感覚が優れている鮫なのだが、それはバイオモンスターであるブルースも同じだ。
 それどころかユーベルコードにより『サメ映画のサメ』と成ったブルースはファンタジーの領域に突っ込んでおり、下半身の蛸足や鋼を引き裂く牙は勿論、鮫特有の感覚器官も理不尽の域まで強化されている。
「うん、くらい。けどモンダイないかな」
 きょろきょろと巨大な鮫頭を振りながら言う。いかなタペタムと言えど一切の光も無いのなら何も見えない。だが波の代わりに肌を撫でる空気が、周囲の空間を僅かに教えてくれる。
 海中でしか作用しない様なロレンチーニ器官も、大気中を泳ぐ敵影を短距離ながら感知出来ている。
 流石に地下空洞の全てを知覚出来るわけではないが、探索するには十分だろう。
「ナミルも平気にゃ! でも暗すぎるにゃー」
 ぷるぷると身体を振るって海水を跳ね除けたナミルが立ち上がる。
 ナミルは猫だ。猫と言えば夜目が利く。これもまたタペタムの恩恵である。
 タペタムは割と色んな動物が持ち合わせているので、逆に突然の光に弱く、動物を撮る時にはカメラのフラッシュを焚いてはならないと言う暗黙の了解の原因になっている。
 しかし繰り返すがタペタムは万能ではない。と、ナミルも感じていたので、何かないかと手持ちのアイテム(ほぼ呪物)を漁り始めた。
「これがあったにゃ!」
 じゃーん!もとい、にゃーん!と取り出したるは黄金の大斧。やはり呪物であり、しかも凶器である。
 金ぴかの『ぴか』は「ぴかぴか輝く」の『ぴか』。
 ナミルの『破滅の黄金斧(カタストロフ)』がその封印を解き放たれれば、呪いの輝きを纏い辺りを照らす。
 文字通りの金ぴかなのだが怖気が走る程の呪詛の輝きは、眩いのに闇より暗い。
「金ピカで照らしてあげマスにゃ。優しい猫にゃ!」
「ありがとう。うん、まぶしいね」
 ビカー!と光り輝く黄金斧は、しかし太陽の様に目を焼く事は無い。
 むしろ、目を惹いて止まない。それはもう、目を離せくなるくらいに、目を奪う。
「チョクシするものじゃないなー」
 その輝きさえ呪詛そのもの。目だけでなく心さえ奪われかねない黄金斧からブルースが目を逸らした。
 危険ではあるが、輝きは本物で有益だ。深淵の様に暗い洞窟もナミルの呪詛に照らされ、二匹なら問題なく見通せる程度には明るくなった。
 加えて呪物の封印解放に伴い呪獣化が進んだナミルは、その目を爛々と輝かせて更なる深淵を見通している。
 これで探索するのに障害は無い。
 後はナミルのペンデュラムとブルースの嫌悪感でメガリスを探すだけだが、そこにも問題が無いわけでもなかった。

「「――ッ!!」」

 二人の表情が同時に様変わりし、触手と大斧を振り上げて振り返る。
 その先には巨大な魚影。
 敵襲。しかし、鮫ではない。
「シャチだ! いや、こいつは……っ!」
「オブリビオンにゃ!!」
 ずどん!!と振り下ろされた触手に叩き落とされた空飛ぶ鯱。その頭をナミルの黄金斧が叩き割った。
 今まで襲って来たのとは明らかに違う、濃厚な敵の気配。それに、鮫ではない。
 オブリビオン。それも、猟兵達も扱う様な『ユーベルコードによって召喚・使役されるオブリビオン』の気配だ。
「これってもしかして、サメのマツロ!?」
 所謂『配下』や『眷属』と呼ばれるものか。鮫を操っているのがメガリスではなくコンキスタドールであるならそう言う可能性も無くはない。
 現に、ブルースの抱く嫌悪感は今し方打ち倒した鯱へと向いていた。
「これじゃあボクのかんかくはあてにできないかな……」
 気が付けば嫌悪感はそこら中に点在している。
 いや、嫌悪感自体はずっと濃厚なままで、それが凝縮された危機感とも思える場所を幾つか感知していた。
 ロレンチーニ器官で感じ取れる生物の居場所ともその危機感は一致する。これはメガリスの在り処と言うよりオブリビオンの居場所と見た方が良いだろう。
「殺しちゃったにゃ……。でも、オブリビオンなら仕方ないデスにゃ?」
「そうだね。しかたないしかたない」
 ちょっと動揺するナミルにブルースが同意する。
 配下と言えどオブリビオンはオブリビオン。場合によってはユーベルコードを使って来ないとも限らないし、そうでなくても存在そのものが世界を蝕む。
 それに鮫じゃないなら島に元から生息していた種ではない気もする。
「なら良かったデスにゃ!」
 にぱっと笑うナミルの笑顔も黄金並みに眩しい。
 呪獣化が進んでより獣感が増している事も有って、いっそう愛嬌が有る。近付いたら呪われるが。
「それより、ペンデュラムはどう?」
 と、ブルースが確認する。
 自分の感覚が探索の指針に成り得ないなら、もう一つの探知機を使うしかない。
 幸いナミルの探知機は『お宝探知機』だ。オブリビオンに反応する事は――
「このシャチを指してるにゃ」
 ――有るようだった。
「おタカラなの? これ……」
 どう見てもそうは思えない。
 オブリビオンとは言っても元は単なる鯱なのだろう。鮫魔術の様に強化された個体と言うわけでもない。
 強いて普通でない所を上げるなら、平然と空を飛んで襲い掛かって来たと言う事だが、正直グリードオーシャンではよく見る光景なのでなんとも。
 とブルースが考えている内に、ナミルが「さばいてみるにゃ」と言って大斧を振り回した。
 腹を裂くとかじゃなく、ぶつ切りにされる鯱の死体。
 その腹からは飛行能力の元となったのであろうメガリスと思しき物の欠片と、金貨が何枚も転がり出した。
「金ぴかにゃっ!!?」
 瞬間、目を輝かせたナミルが金貨を回収する。あまりの速さにブルースの全感覚でも察知出来なかったがそれはいい。
「カイシュウモクヒョウのメガリスって、これじゃないよね?」
 吸盤でぺたりとくっつけて破片を持ち上げる。欠片だからか、非常に弱々しいメガリスだ。これでは魚が空を飛ぶくらいしか出来ないだろう。
 ニィエンやグリモア猟兵が「鮫がメガリスを食べてしまうかも」と心配していたが、もしかして既に食べられていた?
 だとしても、不思議なのはそのメガリスには嫌悪感を感じないと言う事。
 やっぱり嫌悪感の発生源とメガリスは別なのだろう。
 しかし、それでも。
「ペンデュラムとボクのかんかくにたよろう」
 初志貫徹。
 ペンデュラムがオブリビオンの腹の中のお宝に反応し、嫌悪感もオブリビオンに反応するのなら、それらを端から全部潰していく。
 そうすれば最後に残ったお宝と嫌悪感に辿り着けるだろうし、途中で辺りを引くかも知れない。
 手当たり次第に地下空洞を歩き回るより余程マシだ。
「お宝オーラは近い気がするにゃ! 次はこっちデスにゃー!!」
 ブルースほど頭を働かせていないナミルも当然同じくペンデュラム頼りだ。
 直感で奥へ進むほど良い物が有りそうだと判断したらしく、ブルースを置いてまで走り出す。
 呪獣化により強欲にも磨きが掛かっているからか普段以上にブレーキが利いていない。ブルースが慌てて追い付いた頃には既に二三体のオブリビオンを両断し腹から宝を回収していた。
「にゃにゃーっ! 天国デスにゃー!!」
 金銀財宝に小さなメガリスがジャラジャラと出て来るオブリビオン。まるでゲームに出て来る金をいっぱい落とす敵の様だ。
 単純に火力が高過ぎるナミルと巨大化による広範囲攻撃を得意とするブルースの二人ではオブリビオン化しているとは言えそこらの海棲生物程度では相手にならない。ナミルが言った通り天国の様に金銀財宝が回収できた。
 狐か狸に化かされている気分にもなる程に。
 順調に本来の目的以外の宝を回収し続ける二人。
 その大斧と触手が地面と敵を揺るがす度に二人は財宝を背負っていくのだった。



●追い求めたメガリスは
 近海に配置された鮫達による防衛線。それは、猟兵達が地下空洞に至ると同時に退いて行った。
 それを目の前で目撃したマチルダが己の感覚を信じて追いかけていった結果、自らもすんなりと地下空洞に到着した。
 ともすれば先行組に追い付きそうなものだが、流石に進入時には退いて行った鮫達も鰭を止めて振り返ったので再度戦闘となったのだった。
 結論だけ言うと、邪魔だから伸した。
「さて、こっちで良かったかねえ」
 などと言いながら地下空洞の陸地へと上がるマチルダ。余裕である。
 先行組に追い付くなら更に走って奥へ向かうべきだが、地下空洞は広い。闇雲に走り出した所で出会えるとは限らないだろう。
 それに今は仲間ではなくメガリスを探さなければとマチルダは辺りを見渡した。
 暗い。
 他の猟兵達は灯りも用意しているだろうが、岩等の障害物が邪魔になっているらしく、見渡したくらいでは何も見えやしない。
 それでもマチルダは躊躇い無く歩き出した。
 灯りは要らない。地下空洞の海にだって躊躇い無く飛び込む。
 邪魔する奴は、やっぱり容赦なく叩きのめした。
 が、地下空洞に潜む敵はこれまでとは違う。
「――へえ」
 一撃見舞って気絶させる。その心算で放った攻撃が直撃しながらも、闇の中の敵はマチルダへと食らい付く。
 それは偶々タフな個体だったと言うわけではない、斬って撃って恐怖を刻んでも地下空洞の敵達は誰も怯まないし命を惜しまないのだ。
 決して強くは無いが、命知らずの特攻とあればマチルダに牙が届く事も有る。
 それを察してマチルダが感じたのは危機感ではなく、嬉々感だった。
 歯応えの無さに飽いていた。
 雑魚相手に威張って見せて何になる。
 しかし死に物狂いで食らい付こうと言う敵相手なら話は別だ。
「そんなに死にたきゃ、御望み通り、骸の海に沈めてやるよ!」
 吼えて構えた剣と銃は一瞬前より速く、鋭さを増していく。
 敢えて避けていた急所を今度は逆に狙い澄ます。
 例え己の掌さえ見えぬ深淵のただ中であろうと、深海生まれがこの程度の闇で音を上げるわけがない。
 粗方周囲の敵影を一掃して、マチルダは掠り傷に滲んだ血をぐいと拭った。
「やっぱりコンキスタドールか」
 足下に転がる死体は気配だけでそれと分かる。
 咄嗟に『骸の海』と言ったのもその為だ。明らかに鮫ではないものが多数を占めていたのも特徴的と言える。
 ここまでは鮫、ここからは鮫以外。
 もしかすると鮫もいずれコンキスタドールになるかも知れないが、そうなれば屠るだけだ。何方にせよ大した障害ではない。
 ただそれはマチルダだからだ。
 例えば、ナミル、ブルースの二人と分かれたニィエンは真っ暗闇の中で静かに移動している。
 これは敵に見付からない為も有るのだが、少なくとも目が見えないと言うペナルティは大きい。
 メガリスボーグである彼女は通常の感覚器官の代わりに竜に属する感覚を持っているのかも知れないが、それがどんなものかは彼女にしか分からない。
「あちらで暴れているのは……声からするとマチルダさんですか。灯りもないのに見えているのですのね」
 感心しながらなおも地味に進んでいくニィエン。
 暗く、海と陸地が入り混じり、石柱も所構わず生えている地下空洞は、這って歩いてさえ海に落ちる危険が有る。
 しかし敵は鮫。下手に灯りを点ければ見付かる可能性はぐんと上がる。如何に魚が近視と言えど光源くらいは直ぐに感知するだろう。
「ステルスめいてきましたね!」
 小声で言いながら、ニィエンは手持ちの金貨を遠くへ投げ捨てる。キィン、と澄んだ音が鳴ったり、ちゃぽっと水音が響いたりして、それが敵を遠ざけてくれたりもする。
 しかしそれだけならわざわざ金貨を捨てる必要も無く、別の理由の為に対価を支払っているのだった。
 宝探しを助けるユーベルコード『ゴーイング・マイウェイ・アロガント』。
 本来は取引等に用い、『バハムート・コイン(金貨)』を代償にしてあらゆる行動に成功するという最高のチートスキルである。
 無論、代償がネックではあるのだが。
「これでも一応代償を支払っていることになるはず……だといいのですが」
 元は取引用。つまりは対価としてバハムート・コインを用いる事で代償とするユーベルコードである。
 今回は『メガリスの発見』を願うので取引相手はメガリスの持ち主となるのだが、それは恐らく存在しない。したとして会えてはいないので、取引は行えない。
 なので、代償としてただただバハムート・コインを投げ捨てているのであった。
「行動が成功するということは、まず行動しなければならないということ。……でも、どれくらい探せばいいですの?」
 不安になってくる。
 暗闇の中を手探りで、敵を避けつつあてもなく、というのは、例えユーベルコードの力が有っても心許ない。ましてや代償が支払えているかも不明である以上、本当にあても見込みもなく彷徨っているだけの可能性も有るのだ。
 ただ、ニィエン本人は不安に思っているが、ユーベルコードは機能していた。
 取引における対価とは『支払うもの』であり、代償とは基本的には『支払わされる』ものである。故に支払った分の何かを得られる取引より、ただただ無為に失われていくだけの放棄の方が代償としての効果が高かったようだ。
 ちなみに、捨てた金貨をナミルが拾ってしまう可能性がほぼ確定レベルで高かった為、ニィエンは単独行動を選択した次第である。
「――! なんとなく、近い気がします!」
 そんな地道にコインを捨てつつ進んでいたニィエンが顔を上げた。
 その瞬間、眼前に巨大な竜が突っ込んで来た。
「竜!?」
 恐怖や驚愕より先に驚喜してしまったニィエンが咄嗟に飛び退く。
 すぐさま立っていた場所に巨大な牙が振り下ろされ、地面を大きく抉る。
 頭部に生えた一対の角。
 闇の中に輝く憤怒に燃ゆる瞳。
 整然と並ぶ巨悪なまでに鋭い牙。
 暗闇でその殆どが見えないが、間違いない。
 あれは、
「鮫だねえ」
「さ……っ、えぇ!?」
 何時の間にか横に立っていたマチルダの言葉にニィエンがショックを受けた。
 が、マチルダはニィエンと違って見えていないまでも敵を感知している。
 ユーベルコード『ディープシー・センス』によって強化されたマチルダの触覚は鮫の側線器を遥かに凌駕する繊細さを持つ。
 水や空気の動きから周囲の動きや物体の位置まで知り得る、天然のレーダーと化している。そのマチルダの感覚から、眼前の竜は竜っぽい鮫だと断じていた。
「角も有るし鰭に爪まで生えてるけどね。シーサーペントならぬシャークサーペントってだね」
「シャークサーペント!」
 成程と手を打つニィエンがひやりと殺気を感知して身を退いた。直後に打ち付けられた鮫竜の尾が地面を砕く。
 シャークサーペントとは見掛け倒しではなく、そのパワーも海竜に匹敵する様だ。
 そして、この敵もまたオブリビオンと化している。
「段々と歯応えも出て来たねえ! だけど、その程度であたしに噛み付いて来るなんざ思い上がりも大概にしな!」
 マチルダが飛散する石飛礫を目も見えないままに全て躱し、間を置かず肉薄した鮫竜に波のうねりの如き斬撃を叩き付ける。
 竜に近しい鮫の肌とは言えマチルダの斬撃には耐え切れず、暗闇に鮮血が舞った。
 そうして斬られた腹から血濡れたメガリスが零れ落ち、鮫竜の死骸はただの鮫へと変化する。
「竜化のメガリス……!」
 それを見ていたニィエンが声を上げて飛びついた。
 間違いない。鮫の腹から出て来た虎目石の様な宝玉は『竜属性を与えるメガリス』だ。
 勿論依頼とは関わりの無いメガリスでは有るが、ニィエン的には宝と呼べる一品に変わりない。
「そうか、目的のメガリスの情報が少ないから……」
 ニィエンの『ゴーイング・マイウェイ・アロガント』により成功へと導かれた『宝探し』。その宝とはメガリスを指してはいたが、どの様なものかを一切知らなかったニィエンは兎に角メガリスを探していた。
 結果として、メガリスを喰らった鮫を見付けてしまったという事らしい。
「お? なんだい、結構いいもん喰ってんじゃないか!」
 と、マチルダの方も嬉しそうな声を上げる。鮫竜の腹からはメガリスだけでなく財宝まで出て来たからだ。
 マチルダは聞いていなかったが、上陸組の調べでは鮫達は金目の物を奪っているという。
 鮫を追い払うだけで済ませていたので気が付かなかったが、オブリビオン化した敵の中にも金品が隠されているらしい。
「こいつは楽しくなってきたね!」
 メガリスなんて探すより奪い取った方が楽だ。そう思っていたマチルダにとってこれほど嬉しい事は無い。
 なにせメガリスを探すついでに敵をぶちのめすだけで財宝が手に入るのだから。
「私はこのままメガリスを探しますわ」
「じゃあ勝手について行かせて貰うよ。そいつみたいにメガリス喰った奴は他のもんも飲み込んでそうだからね」
「お願いしますわ。きっと最後には目的のメガリスに辿り着けるはずですの!」
「いいね。そんでのこのこ出て来たコンキスタドールからも全部巻き上げて依頼完了ってわけだ」
 俄然やり易くなってきたと二人が頷き合う。
 ただ闇雲に探す事も出来るが、指針が有る方が良い。ついでに宝が手に入るなら寄り道・空振りも無駄ではない。
 とは言え、鮫竜やそれ以上の敵が大量に出て来ると面倒だ。
 所詮は配下レベルとは言え相手していてはメガリスどころではなくなるし、手加減出来ずに腹の中の財宝ごとぶっ飛ばしかねない。
 だからここまで通りニィエンは地味に静かに進み、マチルダはそれを追ったり先行したりしながらついて行く事にする。
 ニィエンが投げ捨てている金貨も気になるが、そちらには目を瞑る。
 そうして再びニィエンは当て所も無い手探り探索を再開した。時々不安に駆られる自分を心の中で鼓舞しながら。



●略奪者の棲み処
 七曜の歌魔法は世界に響き奇蹟を齎す。
 それは『Angels Bits』を通してでも再現され、自律駆動状態になった二機の拡声器から流れる歌は七曜の周囲に空気の膜を生み出していた。
 これで酸素の心配は無い。消費しても生み出せるし、それはユーベルコードを使うまでも無いので消耗も最低限で済む。
 ただし問題が無いでもない。
「……、密度的に沈むんですよね、私」
 ぼそ、と零す七曜。
 体重が重い軽いの話ではなく、飽くまで水に浮くかどうかの話だ。
 いわば浮袋の無い魚と同じ。特に浮力の高い素材で作られてはいないミレナリィドールである七曜は黙っていればどんどんと沈んで行ってしまう。
 勿論泳げないわけではないが、流石に魚の様にとはいかない。
 周囲は大抵の魚に追い付き喰らい付く鮫達の縄張りだ。バタ足で進もうと思えばどれだけ邪魔されるか分かったものではない。
 それで悩む七曜に快く手を貸してくれたのがグレイだ。
 当然無償ではないが、経費で落とせば実質無料。
 そうして提供されたサービスは、水流が七曜の身体を空気の膜ごと運んでくれるといったものだった。
 その水流そのものが『In aqua sanitas(イン・アクア・サニータス)』によって流体となったグレイ自身なのだから猟兵は末恐ろしい。
 もともとセイレーンなのでソーダ水で出来た身体では有るのだが、ユーベルコードの恩恵まで得たとなればただのソーダ水ですらない。
 鮫が邪魔しても狭い隙間を掻い潜る様にしてするすると進んでいく。七曜が膝を抱えないといけない場面もあってやや窮屈そうにはしていたが、それでもかなり楽に地下空洞へと侵入出来た。
「すごいですね……!」
 純粋に感動する七曜が船を下りる前に預かっていたカードをグレイに返す。
 グレイはそのカード、『アル力・ムーニー夕』から服を取り出し、身に纏いながらウィンクして見せた。
 身体は水になるが服はそうもいかないらしいのがやや不便そうではあるが、それにしても便利な技よとはだけた胸を張る。
「それより、水になっていた間に酷い違和感があったわ。水に異物が溶け込んでいるような……」
 と、グレイが顔を曇らせる。
 グレイ自身が海に溶け込んだからこそ分かる違和感。『自分以外にもこの海に溶け込み紛れている何者かが存在する』という根拠の無い確信。
 それが何かまでは分からないが、情報として共有しておいた方が良いだろうとグレイは判断した。
 それを聞いた七曜は「益々警戒が必要ですね」と頷き、銃を抜く。
 右と左に一丁ずつ、歌とは程遠い破裂音を響かれる凶器。それを握り締めた七曜が術式とユーベルコードを弾丸に込め、弾倉に装填する。
 狙うは入り口。
 地下空洞内にも幾つか海は存在するが、その中でも巨大な鮫が侵入出来るだけの大穴は少ない。
 全てとは言わずとも幾つかを封鎖出来れば敵の増援が大きく遅れる事になるだろう。
 それもただ塞ぐわけではない。
「――封印術式『流転』――」
 七曜が囁くと、入り口を囲う陸地や壁面に撃ち込まれた魔術杭が起動する。
 展開した魔法陣は入り口に蓋をする様に存在し、飛び込めば永遠に動けなくなる魔術的トラップである。
 ただの蓋では強引に突破されかねないが、これなら突破しようとした者は捕らわれ、後続の邪魔にまでなるという寸法だ。
「その技も便利そうね!」
「はい。愛用しています」
 グレイの言葉に七曜は微笑で返す。
 知略巡らす七曜の戦い方に合わせ何を封じ何を抑えるかを変えていく『流転』は、ただ強力なだけのユーベルコードではない。その真価を発揮するのは七曜の作戦有ってこそだ。
「とりあえず真後ろはどうにかなりましたが、この先もこのままとはいかないですよね」
 地下空洞目掛けて退いて行った鮫達は、ほとんどが地下空洞手前で止まっていた。が、地下空洞に敵が居ないわけではない。
 幾らかの鮫に混じり、大量のオブリビオンが徘徊しているのを二人は感じ取っていた。
 後続だからこそ知り得る。周囲から漂う戦いの気配と血の匂い。既に地下空洞内で戦闘が開始されているのは明白だ。
 ただ、二人とも戦闘には消極的だった。
 オブリビオンの気配もするが、そうではない鮫もいる。避けられる戦闘なら避けた方が良いだろう。
 探索指針は鮫の行動の調査。
 鮫は何かを探している。
 この地下空洞でも猟兵達より先に探索を開始しているのなら、鮫の行動を観察する事が地下空洞の情報を得る近道だと判断していた。
「痕跡を辿れば何か見つかるかもしれないわ」
「鮫が恐れる何かも見つかるかも知れませんね」
 操られている鮫はもう恐れるも何も無いだろうが、注意深く観察していれば鮫を操る何かを見付けられるかも知れない。
 それがコンキスタドールである可能性も有る。下手に遭遇すれば戦闘になるかも知れないが、先に見付けて観察出来れば貴重な情報にもなるだろう。
 鮫が恐れる以上、それは鮫の近くに居た筈。
 それともう一つ。この鮫だらけの状況でメガリスが奪い去られていないのなら、鮫はメガリスを回収出来ていないか、していない可能性が高い。
「前者なら鮫が調べてない場所を探せば良いだけ、って寸法ね」
 グレイが言う。
 先に探索している者が居るならそこから情報を買い上げるのが最短だ。商戦は情報戦。情報は分析してこそ最も欲しい情報が導き出せる。
 その為にも先ずは探索しようと二人は歩き出した。
 のだが、
「……見えませんね」
「……ええ。調べようがないわ」
 暗闇の事を忘れていた。
 足下どころか目と鼻の先さえ見えない闇の中では手探りで進むのさえ困難だ。これでは探索どころではない。
 二人共人間とは違う身体構造をしてはいるが、だからと言ってレーダー搭載しているわけではない。人型である以上、大抵の能力は人並みに留まっている。
 つまり光が必要だ。
「情報では陽が差し込んでいる場所があると聞いていたけれど……海側からのルートだと見えないみたいね」
 どうも地下空洞は見通しの良いワンルームではないらしい。足下に点在する海との出入り口や石柱の存在からも分かるが、思いの外障害物が多そうだ。
「私の属性弾で灯りは出来ますが、当然敵に見付かり易くなりますね」
 元々目印代わりに魔術杭を地面に打ち込みながら進む心算で居た七曜がそう言った。
 あるいは空気の膜を纏ったように光を纏う事も出来る。ただ、暗視能力を持つ鮫からしてみれば僅かな光でもあっさり発見されてしまうだろう。
 とは言え他に手はない。障害物が七曜達の明かりも遮ってくれると期待しつつ、二人が再び歩き始めた。
 薄ぼんやりと光る魔術杭。非常灯の様に微かな灯りに照らされた地面や海面はてらてらと艶やかに輝く。
 時折、その灯りをつるりとした鮫の肌が反射し、二人はおっと息を潜めた。
 操られているとしてもただの鮫なら脅威ではない。が、一度見付かれば現状では振り切る事も出来ず、手加減してあげられるかも分からない。
 避けられる戦闘は避けるというスタンスはこの状況でも変わっていなかった。
 そのお陰か、だいぶ時間は掛かったものの、探索は無事に進められていた。
 地面や石柱に残る傷。鮫の痕跡。泳ぐ鮫達の行動ルーチン。
 調べてみればすぐ分かったが、やはりオブリビオンが存在していた。それも鮫だけではない、海棲生物なら何でも居るのではないかと言う程にバリエーションに富んだオブリビオン群が悠々と泳いでいたのだ。
 これが鮫の恐れたものだろうか。
 鮫は操られているが、オブリビオン化はしていない。オブリビオン化はしていないが、オブリビオン群と行動を共にしている。
 見るからに鮫とオブリビオン群を操っているのは同一の存在だろう。
「オブリビオンまで絡んで来るなら、鮫を操っていたのはメガリスじゃなくてコンキスタドールで確定ね」
 グレイが分析しながら進む。
 他の猟兵達が既に戦闘を開始している影響か、二人の出す光や音よりも他所で焚かれたより強い光や戦闘音などに引かれている様だ。結果的に二人は鮫に襲われずに進めている。
 操っているコンキスタドールが何処に居るかも分からないが、この調子ならいずれ行き着くだろう。
「怖い……コンキスタドール、操られる、なのに鮫が集まる……、鮫を支配下に置くのがコンキスタドールの能力なら、鮫が集まってくるのはメガリスの力……?」
 七曜は確かめるように一つ一つ口に出す。
 和邇ヶ島が滅ぶ以前から鮫の多い島であり、滅んだ理由がコンキスタドールの襲撃であるなら、鮫が集まる理由とコンキスタドールには繋がりが無いと断じられる。
 しかしまだメガリスの暴走とコンキスタドールの便乗の線が薄いまでも消えず、未だ宝と敵の正体が掴めないが、一先ずは置いておく。
 それより重要なのが鮫達の調査の杜撰さだ。
「殆ど調べてないようね」
 と、グレイがばっさり言い捨ててしまうくらいには適当だった。
 そもそもとして鮫の鋭い感覚器の数々は獲物を捕らえる為に特化している。メガリスや金品を探索させる方がおかしいのだ。
 結果として鮫は『宝が有りそうな所に噛み付いて丸のみにする』以外の行動を取らず、民家や神社と違って収納場所の無い地下空洞では何に噛み付いて良いかすら分かっていないようだ。
 宮司が持って逃げた物がメガリスで、きちんと隠せていたとしたら、未だに見付かっていないとしても不思議ではない。
「出揃いましたかね」
「そうね」
 七曜にグレイが答える。
 鮫の感覚器には引っ掛からず、隠し場所だとは思われない場所。
 そして隠したのが宮司なら、先ず海の中には隠せないだろう。
 神社と集落をモデルケースとすれば更に深く分析出来る。
 鮫は何を破壊し、何処を探した? 何を見落とし、何処を素通りした?
 条件が次々と浮かんでいく。
 後はただ、その条件に当て嵌まる場所を探すのみ。
 二人は静かに頷き合い、地下空洞の更に奥へと進んでいった。



●深淵、或いは、神域
 闇を照らす炎が揺れる。
 火の粉を舞わせ、天井までも照らし出す。
 天地から伸びた石柱が紅く染まりてらてらと照り返していた。
 周囲は闇を払われ、そこに立つ猟兵達の姿もはっきりと浮かび上がらせている。
 その猟兵達はと言うと、シノギが召喚した炎の猟犬を見下ろしていた。
 炎の猟犬。
 ユーベルコード『海賊船の恐るべき猟犬たち』によって呼び出された大量の炎は、その全てが炎で出来た猟犬の群れである。
 ただし、戦闘力は無い。
 炎だが熱くもないし何も燃やせない。
 見た目も猟犬と言う響きに反して非常に愛らしい柴犬の子供である。
 それが猟兵達の足下に大量に召喚され、思い思いにうろちょろしているのだ。
「どうです、可愛いでしょう?」
「……ああ、そうだな」
「……」
 自慢気にふんぞり返るシノギに修介が辛うじて返事を返すが、シェフィーネスは黙ってしまった。気持ちは分かる、と修介も其方をちらりと流し見る。
 当のシノギは「でしょう!」と満足げなだけで気付いていない。むしろ積極的に炎の仔犬を抱き上げたりして遊んでいる。
「あー……、悪いが、この子等は使えるのか?」
 そんな様子にシェフィーネスが言葉を選んで問えば、やはりシノギは胸を張って返す。
 確かに愛らしくも戦闘力を一切持たない仔犬達は頼りなさげに見えるだろうが、わざわざユーベルコードで呼び出すほどの存在だ。無害だが無益で無能なわけがない。
 そもそも柴犬は愛らしく人懐っこいが古くから猟犬として人と共に暮らしていた犬種。和の国を代表する、れっきとした猟犬である。
 勿論小型犬なので犬達だけで狩りは出来ないが、猟犬の仕事はそれだけではない。獲物の位置を知らせる、周囲を警戒する、獲物を囲い込むなど、数と賢さと小回りを活かした支援は十分に可能である。
「応援や助言や恩返し。便利な子たちですよ?」
 言いながら一匹抱っこするシノギ。そしてそのまま数人残していた死霊にチェアーを担がせ、自分は仔犬と一緒にそこへ寝そべった。わざわざ炎で照らし天井の高さを確認してから実行する辺り、ただの考え無しではないと知れる。
 ただしこの『御神輿おシノギ』に寛げる以上の意味はない。強いて言うなら敵味方からヘイトを買い易いくらいだ。
「皆さんにも何匹かつけてあげます。あ、『恩返し』のためにもちゃんと恩を売ってあげてくださいね」
「ああ、助かる」
 じっと見ていた修介はシノギの言葉と自分の観察眼から仔犬が役に立つと判断する。恩の売り方は考えなければならないが、とりあえず足下に居た一匹の頭を撫でてやり、肩へと乗せた。ぬくい。
「隠密も何も無いな」
 やや呆れた様に言ってシェフィーネスは炎から遠ざかる。
 便利なのは確かだろうが、どうしたってデメリットは有る。ここは一歩下がって二人から距離を取る事で暗闇に紛れるメリットの方を取った方が得策だろう。
 幸い、探索も囮役も二人がこなす。シェフィーネスはその分闇の中から周囲を警戒すれば良い。
 それに、扱うユーベルコードの性質上、隠密のメリットは普通より遥かに大きい。例え単身であったとしてもシェフィーネスは隠密行動を選択していただろう。
 状況に即すのは修介も同じだが、環境だけではなく、敵や仲間にも合わせて最善を選び取るのが修介流だ。むしろライトより広範囲を照らしてくれる仔犬達には頼もしさすら覚えていた。
 仔犬の光源としての明るさより、数による範囲がここでは大きい。石柱等の障害物による死角と影が、仔犬達の数によりカバー出来ているからだ。必然的に先を行き斥候となってくれているのも大きい。
 特に敵にやられて困るものではないが、敵襲から守る事が出来れば仔犬達に恩を売り、恩返しに期待する事も出来るだろう。
「助かる」
 と、シノギにも言ったように肩に乗せた仔犬にも言ってやり、改めて丸い背中を撫でてやる。すると千切れんばかりに振られた尻尾が後頭部にぺしぺし当たり、やたらとぬくい。
 観察眼が売りの一つである修介にとっては視界の確保は死活問題。先ずは此方が恩に報いねばと拳に意思を宿らせる。
「さっそく来てますよ」
 シノギが神輿の上から警告を発する。
 御神輿おシノギの隠された性能『見晴らしが良い』を存分に発揮した索敵能力により、修介は瞬時に反応する。
 襲い掛かって来たのはまたも鮫、鮫、鮫。
 よほど仔柴が目を惹いたらしく、第一陣からしてそこそこ大群だ。が、修介にしてみれば数の暴力さえ非力に過ぎる。
 噛み付こうと襲い掛かって来る鮫は、構造上、牙より先に鼻先の方が頬を掠める。そこに先手を打って掌底を叩き込めば衝撃で口を紡ぎ、つんのめる。それを更に横薙ぎに蹴飛ばして隣の鮫に激突させ、そのまま反転し別方向から迫る鮫を肘鉄で叩き落とした。
 流れるような連打で次々と鮫を気絶させていく修介。シノギは仔犬達と一緒にそれを応援しているだけだ。
 この程度なら十匹同時に襲って来ても問題にならないと思った直後、天井すれすれから鮫が降って来た。
「――っ!」
 一瞬、修介が止まる。
 そして差し出す様に持ち上げた腕に鮫が喰らい付き、ベキ、と嫌な音を立てた。
 直後、噛み付いた鮫の両目が破裂する。
「早まったか?」
「いや、正しい判断だ」
 シェフィーネスのヘッドショットが鮫を瞬殺した事を、修介が確認する。
 訊いたのは助ける判断の是非ではなく、殺す判断の是非だ。
 修介はそれを確認する為に敢えて咬まれたのだが、予想通り、その鮫はオブリビオンだった。
 と言ってもシノギの海賊死霊の様な存在だろう。オブリビオンではあるものの強力なユーベルコードを使って来ない、所謂配下系オブリビオンだ。
 オブリビオンであるなら、討たねばならない。例え蘇ったとして本来は死者なのだから、見逃したとして世界を脅かし続けてしまう。
「和邇ヶ島の鮫だろうか」
 だとすれば心苦しくはある。躊躇いはしないが良い気持ちもしない。
 しかしシノギは顔色一つ変えず、死霊の一体に何やら命令を飛ばす。すると死霊が神輿から離れ、鮫のオブリビオンの死体を解体し始めた。
 何を、と問う暇もない手際の良さで死霊は鮫のはらわたを引き摺り出し、さらにそこから血塗れの何かをほじくり出した。
 それは、金貨だ。
 他にも少ないながら宝飾品が幾つか有る。
 恐らく金品を喰らっていた鮫なのだろう、そのまま腹を宝箱代わりにしていたのを調査結果を聞いたシノギが予想していたらしい。
 だからと言ってこれ幸いとして奪うのか、とシェフィーネスが思った直後に、シノギが「やっぱり」と言った。
「ほら、金貨ですよ金貨」
 ダブルピースで指の間に血塗れ金貨を挟んで見せびらかすシノギ。それを見てシェフィーネスも直ぐに気付く。
「サムライエンパイアの貨幣って小判とか文銭なんでしょう? なら、このサメはこの島の外から来たやつですよ」
 見せた金貨はグリードオーシャンの貨幣だ。
 たまたま余所で金貨を喰らった鮫が後に和邇ヶ島近海に棲み付いたというのなら筋は通るが、その可能性は低いだろう。
 シノギの言った『外から来たやつ』とはそう言う意味ではなく、この場に連れて来られたコンキスタドールの配下だという事。
 つまり、和邇ヶ島の鮫とは呼べず、討ち滅ぼした所で罪悪感を感じる必要も無い。
「そうか。それならやりやすい」
 と言っても咄嗟の判断で撲殺するのは事故が怖い。呼吸と精神統一により強化した肉体は変わらず『防御力強化』へと特化させたままにする。
 ちなみに、あまりの強固さのため、先程噛み付いて来た鮫は歯が砕けていた。
「私はやり難くなった。まあ、仕事はこなす」
 シェフィーネスの方は島民にも鮫にも配慮していない。犠牲が出ようとメガリスを回収出来れば生き残った者は救われるだろう。それ以上の事は依頼の対象外だ。
 しかし鮫を守ろうとする者と組むなら相手方の意思を尊重しなければ足の引っ張り合いにまで発展する可能性が有り、それは正直面倒だ。
 ただ、その殺さずに倒すなんて面倒ごとは相手がやってくれるので、シェフィーネスの仕事は明らかなオブリビオンを撃ち殺すだけになる。メリットデメリットを考えればまだメリットの方が大きい。
「ふむ。気絶させる係、射殺する係、そして財宝回収係ですか。良いチームですね!!!!!!」
「解散するか」
「賛同しよう」
 シェフィーネスでも一応一方的な搾取は避けていると言うのにシノギは全くぶれなかった。
 と言っても仔柴の貢献も含めてシノギの活躍である。一概に何もしていないわけではなく、高みの見物をしながらなんだかんだで辺りの様子を窺っている様でもあった。
 そんなシノギを仔柴達も応援し、それをでれでれになったシノギが甘やかしながら進んでいく。
 調査は修介が買って出た。
「無人島に地下空洞、ワクワクする響きなんだがなぁ」
 元より冒険・探索は好きだ。卓越した観察眼をもってして何かしらの手掛かりが無いかと地面や石柱、時に天井をも見渡している。
 明るくなった空洞内は上下に無数の石柱が生え連なる、まるで鮫の口の中の様だった。
 トラップが有るとすれば天井の崩落だろうか。衝撃を与える事は避けたいが、となると鮫を殴るのではなく締め落した方が良いかも知れない。
 シェフィーネスも神社の方で掘り出した書物を読みながら後に続き、周囲を警戒しながらも新たな情報が無いかと頁を送る。
「和邇武者……か。どうにも胡散臭い」
 当然シノギの口から出任せなので文献にその様な者の存在は見られない。が、代わりに『和邇神様』の話が幾らか出て来た。
 曰く、和邇神様は鮫の姿をした神だが、人の姿を取る事も出来るとか。
 或いは半人半鱶の神とも言われていたとか。
 そうして、この地下空洞にて、人からも鮫からも崇められ、そのどちらをも愛し守っていたとか。
 探索には一切活きる気がせず、シェフィーネスは適当な所で書物を閉じた。
「この様子だと、宮司の足取りも追えそうにないか」
 言いながら天井付近に潜んでいた海蛇のオブリビオンを撃ち落とす。
 鮫や他の生物もそうだが、地下空洞に居る敵は全て大型の捕食者だ。宮司が逃げ込んだ後に地下空洞にも魔の手が伸びたとして、恐らく集落と同じで死体を残さず食われてしまったと考えるのが妥当だろう。
 守る事に必死で託す事に思い至らなかったか。出来れば遺言でも残っていて欲しいが……と思った時、天井付近から破砕音が響いた。
「崩落ですか?」
「いや、距離が有る」
「あっちは、やけに明るいな」
 軽く騒然とするが、影響がないと見て全員が落ち着いて音のした方を見た。
 明るいと言っても暗黒が漆黒になったくらいだが、そう言えば陽が差し込む場所が有るのだったなと思いだす。
「――向かって見よう」
 修介が直感的にそう言った。
 と言っても何となくではない。
 調べた限り、地下空洞は殆ど人の手が入っていない自然洞窟だ。だと言うのに此処に繋がる階段を作り、出入り口の管理を徹底していたと言うのは不自然だ。
 何かしらに利用していたのでない限りこんな場所と地上を繋ぐ意味は無い。もし書物の通りこの地下空洞こそが神の棲み処だったとするにしても、それなら神社同様に何かしら宗教的な建造物が有ってもおかしくないはずだ。
「神の棲み処か……」
 同じくシェフィーネスも陽の当たる場所には興味が有った。
 宮司の痕跡は地下空洞に入って直ぐに消えてしまったが、人の手の跡ならぬ人の足の跡なら多少は見つかったからだ。
 辿れるほどはっきりした物ではないし、年代的にはかなりの時間を掛けて少しずつ削れていったようにも見えた。獣道に近い。
 ほんの僅かに擦り減った地面が向かっていたのが陽の当たる方向だったと言うだけなのだが、もう一つ、シェフィーネスは『神の棲み処』と言う言葉に引っ掛かりを覚えていた。
 その言葉に聞き覚えが有る様な……。
 まるでデジャヴの様な違和感。それが何なのか判明するのは、この直ぐ後の事だった。



●神の坐す処
 奈落の底へは呆気無く辿り着いた。
 まあ強引も強引だったが、喜介は木刀で奈落の口を抉じ開けたのだった。
 子供一人が通れる隙間を喜介が通って来るのはまあまあな困難ではあったが、引っ掛かるからこそ地下空洞まで真っ逆さまにならずに済んだとも言える。
「おお、上手く行ったな! これも神さんの思し召しってェやつかもな!」
 呵々と大笑いしながら辺りを見渡す喜介。
 地下空洞は真っ暗闇だと聞いていたが、流石に陽だまりの出来た此処ら一帯は森の木陰くらいの暗さになっていた。
 これなら支度も出来ずに飛び込んだ喜介でも探索出来る。当然周囲のみに限られてしまうが、それでも喜介は『和邇ヶ島一番乗り』を諦めたわけではなかった。
 メガリスとやらがどんなものかも知らないが、きっと見っけてやるからなと意気込む喜介は、しかし始めの一歩を踏み止まった。
「……成程、ここが神さんの御膝元だったのか」
 言って、改めて辺りを見る。
 そこには地上にも有った『鮫地蔵』がそこら中に立っていた。
 鮫地蔵は、奈落の穴を塞いでいた。その奈落の穴は子供がうっかり足を踏み外して滑落する事も有るという話だった。
 そうして行方不明になった子供は『神隠し』に遇ったとされていたが、しかし、その亡骸は地下空洞に落ちて来ていたのだろう。
 きっと、宮司はそれを知っていた。
 知っていたが、子の骸を親の前に持って帰るのを躊躇ってしまったのだろう。
 だから神隠しだという事にして、この場に人知れず埋葬する事にしたのだ。
 鮫地蔵は墓だ。よく見ればその台座に人の名が刻まれている。
 そしてこの習慣は長く続いたのようで、鮫地蔵は比較的新しい物も有れば磨かれ過ぎて大分擦り減ったものも存在していた。
「しかしこうなると掘れねェなあ……!」
 参ったな、と頭を掻く喜介が木刀を肩に置く。
 本当は地面を掘り返してみる心算でいたのだが、さすがに人様の墓を掘り起こすわけにはいかない。
 地下空洞を奈落や地獄を称した喜介は、その更に地下にこそ何か有る筈だと踏んでいたのだった。
 ちなみに、グリードオーシャンに落ちて来た島は全て浮き島だ。大陸や列島など、地面が世界の底に続く場所は無い。もし地下空洞を馬鹿正直に掘り返すとすれば、恐らく空洞内は地面が消え失せ全てが存在しない海底へ向かって沈んでいっただろう。危うい。
 思い留まったが諦めない男・喜介は、ならば別の場所を掘り進めれば善いと判断する。
 が、その前にしなければならない事が有る。
 陽の当たらぬ深淵から、顔を出す数多の亡者。
 地上で鮫地蔵を退かし始めてから随分と経つ。急に光の差すようになったこの場所に地下空洞に居た鮫達が寄ってきていたのだろう。
 問題は鮫に混じって摂理に反した者共まで存在するということ。
「鮫も民草、斬る気はない。されどのさばる骸となれば話は別だ」
 確証は無いが、鮫ですらないオブリビオン達はきっとこの島とは縁も所縁も無いのだろう。
 ならば斬る。むしろ斬ってやるのが救いですらある。
 死してなお何者かに操られているのなら、その糸を斬ってやらねば哀れに過ぎる。
 奈落に潜るのはその後で良い。
 墓を荒らさせない為にも疾く討たねばと喜介が構えた。
「さあ参れオブリビオン!! その未練、おれの剣で断ち切ってやらァ!!」
 振り翳した木刀に気焔が宿る。
 吼えるわにむしゃーの一刀は、数多の亡者の頭蓋ごと奈落の底を砕いていった。



●眠る場所
 地下空洞での戦闘は激化の一途を辿っていく。
 元より敵の巣窟となっていた地下空洞で一度悶着を起こせば敵が殺到するのは自明の理。
 猟兵が降りかかる火の粉を払う程に火勢は増していき、遂には火の海へと変じてしまうのだった。
「地味に進むのはこれが限界ですの!」
 暴れ回る海獣型オブリビオン郡から逃げながらニィエンが叫ぶ。
 抱えた幾つかのメガリスの中には依頼目標の物は無さそうだが、それでも手放す気は無い。他の鮫に食べられでもしたら大変だからだ。
 同じく幾らか小銭を稼いだマチルダも返り血と共に汗を拭って撤退を始めた。
「こりゃ本格的に動いてるねえ! 波の飲まれる前にさっさと合流しな!」
 他の猟兵が奥にいる筈だが、このままでは散り散りのままオブリビオンと相対する事になるだろう。だからと言って引けを取る心算も無いが、舐めて掛かるには敵の量が多過ぎる。
 それに、マチルダの勘が正しければ裏で手を引くコンキスタドールはかなりのお宝を溜めこんでいるだろうから、絶対に逃したくないのだ。こんな所で雑魚を蹴散らしている間に余所で本命が討たれましたなんて話にだけはしたくない。
「追い付きました!」
「無事で何よりですわ」
 走り抜ける二人に七曜とグレイが合流する。
 七曜が魔術杭をそこら中に撃ち込みながら、グレイが情報を精査し次の探索場所を定めていた。
 二人もまた追い払い切れない敵郡に追われていたが、問題は無い。既に目的のメガリスの在り処は相当絞れているのだから。
「これから残る有力候補へ向かいます!」
 七曜は叫び、魔術杭ではなく属性弾をオブリビオンへと撃ち込んだ。墜落しながらも突っ込んで来る巨大魚を華麗に跳んで避け、奥へ奥へと走っていく。
「きっとそこに他の方も集まって来るはずですわ」
 と、先頭を走るグレイの言葉通り、行く先は戦闘音で満ちていた。
 それだけではない。幾つもの石柱を抜けて進んだ四人は、急に開けた場所に出た。
 そこには地面から生える氷柱の様な石柱が無く、遮蔽物が無い分より燦々と黄金が輝いている。
「力仕事はお任せにゃぁぁー!!」
 輝く黄金、それを手にしたナミルが叫んで、巨大な斧を振り回す。
 斧自体の破壊力もナミル自身の攻撃力も跳ね上がっている今のナミルに敵はいない。辛うじて残っていた石柱ごと、集まって来たオブリビオン群を薙ぎ倒していく。
 そしてその光景は天井付近でも見られた。
 天井からも垂れ下がる無数の石柱。その中でも特に太い柱へ触手を絡ませた巨大な鮫と蛸のキメラが、残りの触手でオブリビオン群を薙ぎ払っているのだ。
 言うまでも無くその怪物の名はブルース。時に折れた石柱を武器にし敵へ突き立て、時に触手で殴っては絞め殺し、時に牙で容赦なく食い千切る。
 人語を忘れたのかと思う程にただ淡々と敵を喰い散らかす姿はまさに『鮫』だ。
 辺りは血と死骸の雨が降り、その腹から零れた金ピカをナミルが戦闘の隙を縫って拾っていく。そしてその度に呪詛を取り込んで強くなる。
 力仕事云々と入っているが、そんなものは無く、強いて言うならナミルが回収した大量の財宝を抱えて歩く事が唯一の力仕事である。
「二人とも! ちょっと場所を変えますの! こっちですのよ!」
 ニィエンが呼び掛けると大暴れしていた二人が気付き、暴れながら寄ってくる。
 ブルースの蛸足が数体纏めて薙ぎ払いながら移動までこなしているのを見て、マチルダは「攻撃範囲も重要かねえ」と腕を組んだ。
 そうして海側ルートを通ってきた全員が合流し、敵を薙ぎ払いながら進んでいく。
 その先でも戦闘音は激しく、また、ナミルの黄金斧よりも煌々と灯りが燈されていた。
 灯りの正体は、炎で出来たたくさんの仔犬達。
 わんわんきゃんきゃんと鳴きながら猟兵を支援し応援を続けている。
 その中で拳を振るう修介も流石の物量に圧倒され、シノギと仔犬達を守るので手一杯になっていた。
「戦わないのか?」
「戦ってますよ?」
 修介の問いにシノギが返す。
 確かにシノギが召喚した仔犬達は一生懸命戦っている。戦闘力は皆無だが、戦闘に貢献出来ていないわけではない。
 ただ修介が言ったのはシノギ自身についてだったのだが、知ってか知らずがシノギは寝ころんだまま返すだけだった。
 まあ良し。本当に拙い時は手を貸してくれるだろうと見込んで放置する。
 逆にそこまで協力するのに積極的ではないシェフィーネスの方が仕事をしていた。
 修介の拳はどうしてもリーチが短く、攻撃範囲が狭い。守勢に回れば軍勢を押し返す事が難しいのが難点だ。
 それを補うのがシェフィーネスの制圧射撃である。
 修介が敵を食い止めれば、その隙にシェフィーネスの紡ぐ弾幕が次々にオブリビオン群を沈めていく。
 今にして思えば、仔犬の灯りも追い風だった。
 光が強いほど落ちる影もまた濃くなる、と言うのは、比喩ではない。目の構造上、明るいものを見れば瞳孔は閉じ、結果として暗い場所がより暗く見えてしまうのだ。
 つまり仔犬達が敵の目をも照らすお陰で闇に潜むシェフィーネスがより見つかり難くなっているという事。そして見付かっていないからこそ、弾丸は寸分違わず敵の急所を撃ち抜ける。
 こんな混戦の最中の乱射であろうと、弾幕は誤射の一つも無く、敵郡を蹂躙していった。
「うむ。仲間は利用するに限るな」
 その身を一切危険に晒す事無く一方的に敵を殲滅出来る。これほど楽な戦闘はあるまいとシェフィーネスが頷く。
 そんなシェフィーネスの目が、敵郡の向こうに別の仲間を発見した。あちらはあちらで敵を蹂躙しているらしく、犇めき合う敵の大群が薙ぎ払われ宙に舞う様子が見て取れる。
 無茶苦茶だな、と思う次の瞬間には、海側ルートから侵入した猟兵達が合流した。
「ゴブジでなによりだよ」
 言いながらオブリビオンを千切っては投げるブルース。流石の御神輿おシノギもその巨大怪物を見上げる形となり、殴りたそうにうずうずしていた。
 しかしてその巨体を上回る、鯨級超巨大魚が現れた。
 大きさとは強さ。それを知るブルースは咄嗟に薙ぎ払いから受けに回り、その尋常ならざるオブリビオンの巨体に触手を絡ませ受け止めた。
 気分はシロナガスクジラ対ダイオウイカだが、実際にはそれらよりお互いの方が強い。
「力仕事にゃっ!」
 と、一瞬の均衡を横合いから飛び出したナミルが大斧でぶった切ろうとする。
 しかしそれより早く、飛び出した和邇武者の一刀が巨大魚の額を叩き割った。
 一撃で沈む超巨大オブリビオン。怪物化したり呪獣化したりでフィジカルモンスターと化した猟兵達の中でさえ、喜介の極まった一刀の破壊力は頭一つ抜けていた。
「にゃー! ナミルの獲物デスにゃ! 返すにゃあ!」
 ナミルはそんな一撃を目の当たりにしても微塵も気にせず噛み付いていく。
 ちなみに「食べたかったのか」という問いに「金ピカ獲りたかったデスにゃ!」と返した。魚より金を欲するナミルの辞書に『猫に小判』の文字は無い。
「猫には小判ってやつだな」
 などと言いながら謝る喜介。強烈な一刀は巨大魚ごと地面を陥没させ、その骸が海に沈んで行ってしまったのだった。
「あれだけでかいとちょっとした船みたいですね」
「なるほど、宝を呑み込んだ正に『宝船』ってやつだね」
 シノギがその様子を見て言えばマチルダが奪い甲斐が有ると言って笑う。海賊達は今日も平常運転だ。
「ところで、向こうには何かあったか?」
 猟兵達が集結し、敵郡相手にしても余裕が出来た所で修介が問う。
 相手は喜介だ。喜介は、皆が向かっていた陽の当たる場所からやって来たのを修介は見逃さなかった。
 ただ、期待や推理に反し、喜介は「いや、墓しか無かったぞ」と返す。
 地下墓所。神隠しに遇った子供達の眠る場所。神の棲み処と言われているが、それ以上の物は何も無かった、と。
「だからこうして探索中だ! 奈落に通じるなぁんて大層な話ならよ! 進むべきは下と相場が決まってら!」
 ぶんぶんと木刀を振り回す喜介は笑っているが真剣だ。
 奈落の底の底を抜け、その先に待つのは鬼か蛇かはたまた閻魔か。
 閻魔は最初の死者、最初の『過去』だ。会えるもんなら是非も無し。なにがあるかはこのさめむしゃーの目で確かめたらァ!と喜介が意気込み猛り吼える。
 それを修介が止めるのも当然の事。
「何が有るかは、はい、明らかですね……」
 と、肩を掴まれた喜介に七曜がおずおずと言う。
 そうして指し示すのは、さっき喜介が叩き落した巨大魚が落ちて行った穴だ。
 地下空洞を掘れば、海に行き着く。それをその穴がこれ以上無く雄弁に語ってくれている。
「なんと! こんなに底が薄いとは!」
 喜介は驚き、首を捻る。
 余程『下』に有ると思っていたのか、どうしても地面を掘りたいらしく、海と地面の間に有んのか?などと考え込んでいる。
 が、直ぐに立ち直るのは、馬鹿の考え休むに似たりと知るからか。
「それなら地蔵だ。地蔵のとこまで戻ろうぜ!」
 で、出て来た答えがそれだった。
「鮫地蔵と言うのは墓だったのでしょう? そこに埋められていると?」
 グレイが興味深げに質問する。
 と言うのも、鮫地蔵という石像には鮫は興味を示さないと思ったからだ。
 地上ではその下に隠されていた穴も地上の鮫達は発見出来ていない。もし墓石代わりの地蔵の下に隠されているのなら、まだ見つかっていない事にも合点がいく。
「ふむ。地蔵の下に奈落有り、か。島民の言う通りだったわけだな」
 シェフィーネスが闇の向こうで呟く。
 恐らく、その推理で当たりだ。後はどの地蔵の下かが分かれば……。
 などと話し始めた所で、シノギが神輿から降りた。
 降りたのを、修介と喜介は見ていた。
 瞬間、理解する。
 この女、この期に及んで出し抜く気だと。
「――子犬さん達!」
 叫ぶシノギが走り出し、わんと応じた炎の柴犬達も駆け出した。
 無論向かう先は陽の当たる場所、鮫地蔵の墓所。
 どの地蔵の下かなんて、仔犬とシノギの冴え渡る失せ物探しの嗅覚でどうとでもなる。
「ええい、負けてたまるかよ! こうなりゃ早いもん勝ちだ!」
「させるはずがないです殴りますよ? 私の子犬さん達がね!」
 一歩遅れて走り出した喜介の眼前に二十頭余りの仔犬達が立ち塞がる。蹴散らして良いものかと逡巡した一瞬の隙を突いて仔犬達は喜介の顔面に飛び掛かりしがみ付いた。
「うおおぉぬくい! もふい! 前が見えねえ!!」
 振り払っても次々よじ登って来る仔犬達に悪戦苦闘しながらも喜介は進む。だが、そんなスピードではシノギには負い付けない。
「ふっふっふ! 和邇ヶ島一番乗りの称号は私のものでぐえーっ!」
 高笑いしながらシノギがすっ転ぶ。どうも寝っ転がったままでいたのが響いたのか、足が攣ったらしい。
「自業自得だな」
 その横を悠々と修介が走り去る。飛び掛かって来た仔犬達を傷付けず受け流すなど、修介にしてみれば造作も無い事だ。
「ちくしょう! しかし子犬さんなしで鮫地蔵を見付けられますか!?」
 此処に来てまた情緒が爆発したシノギの絶叫に修介は振り返って答える。
 言葉ではなく、指で。肩に乗せた仔犬を指し示しながら。



●和邇ヶ島の守護神
「千尋大和邇(ちひろのおおわに)。神社に有った書によれば、豊玉姫と同一、あるいは姉妹の神ともある。
 海神の娘。巨大な和邇の姿であり、人の姿を取る事も出来た、と」
 シェフィーネスが持って来ていた書を開いて読み上げる。
 千尋大和邇。その名前は、鮫地蔵の台座に刻まれていた。
 土壇場でユーベルコードを解いたシノギと、それにより追い付いて来た喜介。そして先行した修介との三つ巴の戦いを制したのは、情報面で先を行った修介だった。
 神名も集落の調査中に知ったのだろう、右往左往する他二人を尻目にあっさり正解へと辿り着け、そしてその下から御神体を取り出したのだった。
「千尋大和邇は地下空洞に棲み付いていた。和邇ヶ島はその頃から鮫の多い土地だった。
 ある日地下空洞へと落ちて来た人間を介抱し、やがて結ばれた事で、千尋大和邇は人と鮫の守り神と成る」
 修介が語るのは集落で見つけた民話の一つ。事実かどうかは知らないが、少なくとも目の前の御神体はその話を元に作られた物だろう。
 巨大な鮫を象った木像。その咢に填め込まれた深い海色の真珠。
 間違いない、これがメガリスだ。
 負けてやや不貞腐れているシノギが神輿の上から覗き込むくらい財宝としての価値も高いだろう。
 ただ、その効力は予想されていたものとは大分違っていた。
 和邇神の加護。和邇ヶ島の島民に、即ち人と鮫に恵みを齎すもの。鮫を操る事も狂わす事も無い、素朴で優しいだけの加護だ。
 喜介が加護を得たのは『郷に入っては郷に従え精神』のお陰だろう。郷に入り、島民として迎えられた喜介は僅かばかりの加護を得た。
 そこまでは予想通りの者もいた。
「まさかここまでとはなあ!」
 喜介が声を上げる。
 ニィエンも息を呑み、七曜とグレイも辺りを見渡して微笑んだ。
 マチルダとシェフィーネスは端的に「欲しい」と零し、そしてブルースはただ喜んだ。

 鮫が、正気に戻ったのだ。

 オブリビオンを除く操られていた全ての鮫が、猟兵達、いや御神体の傍へと集まってきていた。
 恐らく島を襲ったのはこの島の鮫達ではない。
 この島の鮫は操れないと感付いた何者かが、『鮫のオブリビオン』を使って島を襲った。
 そして宮司が御神体を隠し、メガリスの効力が弱まった所で島の鮫を操る事に成功した。
 後は島民を滅ぼし、残ったメガリスを探すだけ。と言う所で猟兵がやって来たのだろう。
 鮫がオブリビオン化しなかったのは、恐らく、弱まったとはいえ加護が有ったからだとも推測出来た。近海にも居た鮫以外の魚達は地下空洞に入ってからはオブリビオンしか見ていないからだ。
 神は居た。
 守っていた。
 そして今度はその加護を、猟兵達にも齎して下さった。
「きもちわるくなくなったよ!!」
 と、急にブルースが声を上げる。
 コンキスタドールが鮫を操っていたなら例の嫌悪感はブルースを操ろうとする力への拒否反応だ。それが消えたのは加護の、メガリスのお陰。
 心を惑わし操るコンキスタドール。それに対し、猟兵達は心強い助力を得た事になる。
「これなら私の竜も安心ですの!」
 ニィエンの呼び出す竜も操られかねなかったが、その心配がだいぶ薄まった。
 後は気をしっかりと持ち、最低限の対策をすれば良い。
「良い宝だけど、貰うのは後にした方が良さそうだ」
「そのようだな。ただ、代わりの宝は敵が持って来てくれるだろう」
 マチルダにシェフィーネスがくくと笑って言うと、眼鏡を掛け直した。
 鮫は正気に戻ったとはいえ、この地下空洞には未だ数え切れないほどの敵が潜んでいる。
 その敵のボスがメガリスの存在を感知したのか、向こうは向こうで騒めき出した。
 地下空洞を封じる包囲網は未だ健在。コンキスタドールは、今から宝を奪いに来る。
「おう下がっててくれよ同胞よ! 島民は守らなきゃならねえ! 間違っても出しゃばってくれるな!」
 喜介は木刀をすいと掲げて周囲の鮫を下がらせる。御神体も一緒だ。奇しくも陽の当たる鮫地蔵周辺一角は避難所代わりとなり、それを背にして猟兵達は立ち並ぶ。
「そうでした。まだお宝貰っていませんでしたね。こうなったら根こそぎ丸っと頂きましょう」
 シノギも不満の捌け口を敵へと定める。メガリスは駄目だったが、貰って良いとお墨付きのお宝が有る。
 どれが島を襲った奴か分からないから取り敢えず皆殺しにして腹を掻っ捌こう。
 七曜も無言で術式を手繰り、封印の様子を確かめる。『流転』は破られていないが、何処まで持つかは分からない。
 相手次第ではまだ使えるが、下手に余力を裂かずに目の前の敵に力を集中する策も有りだろう。
「お宝来いにゃ! 金ピカ持って来いにゃ!」
 そわそわし過ぎて小躍りし始めたナミルの瞳が黄金斧と同じく呪詛の輝きに塗れる。
 オブリビオンが宝船ならそれを率いるコンキスタドールは旗艦。やって来るのは宝船の大船団だ。
 大判小判がざっくざくとなればナミルじゃなくても気が昂ぶるだろう。
「さあ、総決算の御時間ですわ」
 構える猟兵達にグレイが言った。
 地鳴りと海鳴りが同時に聞こえる地下空洞。
 見詰める先の暗黒がほんの少し揺らいだ気がしたその直後、地下空洞の暗黒を突き破り、オブリビオン郡を乗せた津波が押し寄せて来たのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『微笑みの海神』

POW   :    陸を呑み込む食欲
【周囲の海水を吸収する能力】を使用する事で、【より強力な毒を持った触手】を生やした、自身の身長の3倍の【全てを呑み込む欲望の巨神】に変身する。
SPD   :    物欲ショットアンドドレイン
命中した【散弾のように飛ばした金貨や宝石群】の【形状そのもの】が【エネルギーを奪い本体に送るイソギンチャク】に変形し、対象に突き刺さって抜けなくなる。
WIZ   :    肉欲バッカルコーン
【タコやイカなどの吸盤を持つ触手による拘束】【快感を刺激する毒を分泌するクラゲの触手】【とっておきの太く禍々しい触手】を対象に放ち、命中した対象の攻撃力を減らす。全て命中するとユーベルコードを封じる。
👑11
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種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主はアリュース・アルディネです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●和邇喰らう貪婪
 海神。
 海の神、あるいは海そのもの。
 その名を持つコンキスタドールも正に海そのものだ。
 海水で出来た身体を人の形へと変じて現れたコンキスタドール『微笑みの海神』は、己の一部を津波に変え、配下達を乗せて猟兵達へと放つ。
 押し寄せる軍勢と壁の如き高波は猟兵達を鮫諸共押し流すだろう。
「見つけてくれてありがとぉ」
 溶けるような甘ったるい声で言うと海神は笑う。
 あれだけ見付からなかったメガリスを猟兵達は容易く発見してくれた。その事には感謝しなければならない。
 異界の海神の娘、その神の力が宿ったメガリス。それを取り込めば、微笑みの海神は更なる力を得られるだろう。
 欲深き海グリードオーシャンを体現する海神はただ欲する。
 力を。
 命を。
 宝を。
 全てを。
 故に与える。
 海神の配下が持っていた財宝を奪われようと気にしない。
 欲しければ持って行くと良い。
 ただ、全ては海に返る。
 全ては、海神の物となる。
 全てを配下に加えたならば、配下の持つ者は全て海神の物と同じ。
 だから好きに奪うが良い。
 好きに抗うが良い。
 全てはやがて海に返る。
 微笑む海神の、昏き胎の中へと。
梅ヶ枝・喜介
裏で糸を引いてたのがワダツミたぁ驚いた!
自然の化身そのものが相手ならば!
世界そのものを敵に回すようなもんよ!

へへっ!僥倖ゥ!
研ぎ澄ませた撃剣が世界に通じるか試せる機会なぞ滅多にない!

後ろは民草の眠る墓!
隣にゃ不撓不屈の仲間!
前には強大に過ぎる敵!
その奥に控えるは世界そのもの!

これで滾らずいられるか!
この一戦!もはや避けも隠れも眼中に無し!

おれの剣の後ろにゃ何一つとして通さねえ!
なにせ不器用だからよ!毒も傷も二の次だ!
軍勢も高波も真っ二つにして、地に足刺しても真っ直ぐ突き進む!

死んだ連中よ!神サンよワニ公どもよ!
とくと御覧じろ!
この世に応報はある!!
今からそれを!おれたちが!見せてやるぜッ!!!


ブルース・カルカロドン
【むにー】
サメ映画のサメのロレンチーニ器官は電磁波を受信するのみならず、発信することもできる
そして電磁波を用いて、他のサメを統率することもね
狂った状態ならともかく、今ならボクの声も他のサメに届くだろう

サメ達に指示を出して、戦いのサポートをさせるよ
雑魚の足止めや猟兵達の足場や乗り物にはなれるだろう

前にボクを襲ってきた一部の強そうなサメ達にはシノギ配下の死霊とタッグを組ませ、チェーンソーシャークライダー軍団にする
ボク自身はシノギを乗せて、ボスを叩きにいくよ
チェーンソーとシャークが無敵のコンビなのはいうまでもないね

さあ、サメの楽園は目の前だ
同胞らよ、猟兵とともに敵を打ち破れ


上野・修介
※アドリブ、連携歓迎
「厄介だな」

相手は毒持ち。
しかも軟体系で物量もある。

「だが、闘りようはある」

調息、脱力、戦場を観【視力+第六感+情報収集】据える。
敵味方の戦力、総数と配置、周囲の地形を確認。

まず装備のクライミングロープを周囲の岩石の中で適当な大きさの物に括り付け、即席の流星錘を作成【戦闘知識+地形の利用+ロープワーク+投擲】
極力触手に触れないよう注意。
ボスへの牽制と取り巻きの排除を主眼に他の味方を援護するように立ち回る。
と共に呼吸を練り、内功を高め、ボスが体勢を崩す瞬間を狙い、UCによる震脚を以て取り込んだ海を割り、そしてそこから勁を得て掌底を叩き込み本体を砕く。【グラップル+戦闘知識】


ニィエン・バハムート
タコ、イカ、クラゲ、触手……海の神を名乗る割に、なんかしょぼいもの出してきましたわね。
ふむ…この島で起きたことへの意趣返しというわけでもありませんが、久しぶりにプレーンな鮫魔術というやつをお見せしてあげましょうか。
グリードオーシャン名物!シャーク・トルネード!!

あなたが呼び出す程度の存在など!サメに【捕食】される雑魚にすぎませんわ!
この島でいいように使われた同族の無念が晴れるような【蹂躙】を見せてやりなさいサメども!
私はサメの1体に【騎乗】しながら【空中戦】でサメや共闘者たちを援護します。

私は道中でお目当てのメガリスは手に入ったのであなたはもうどうでもいいんですのよ!さっさと消えてくださいな!


ナミル・タグイール
金ピカきたにゃー!
金貨はいっぱい貰ったけどまだ足りないにゃ!あれはナミルが頂くデスにゃー!(真珠には興味なくて金ピカしか見てない猫)

誰かにとられる前に突撃して確保にゃ!【捨て身略奪】
ぎにゃー!へるぷにゃ!(溺れ)
…金ピカは好きだけど水は嫌いにゃ!金ピカだけ寄越せにゃ!

ムカつくし水全部ふっとばしてから金ピカ奪ってやるにゃ。
【呪詛】マックスで強欲まっくすにゃ!欲望なら負けないにゃ!
欲望のままに呪いででっかくなってこれで溺れないにゃ!敵よりでかくなってやるにゃ
でっかい攻撃なら水にも当たるはずにゃ!吹っ飛べデスにゃー!(周囲の被害や洞窟なことは頭にない猫
毒なんて呪いみたいなものにゃ!慣れてるにゃ


シェフィーネス・ダイアクロイト
アドリブ◎

(あのメガリスは此の島の維持には必要な物
ならば私は同等の…別の宝を必ず手に入れる
その為にも先ず
邪魔者を消す)

帰すのは貴様唯一人だ
楯突く相手を誤ったようだな
私を阻む敵は鏖あるのみ

メガリス(眼鏡)越しの菫青の眼で標的確認
敵の金貨や宝石群に一瞬価値を見出すも冷静に対処
後衛
他猟兵を隠れ蓑にしUC使用
搦め取られる前に制圧射撃、継続ダメージ
傷口を抉る様に銀の呪殺弾で追撃
二丁小銃で触手を射る
銀の弾丸が粗く荒く削る

噫、その微笑
我が物に出来ると思いあがっている
鼻につく
総て喰らい尽くせ(獰猛に笑む

最後は弾丸一つで
敵に背を向けて外さず撃つ

See you never

戦闘後に余裕あれば和邇を一頭手懐け目印残す


茲乃摘・七曜
心情
ふむ…、海そのものでしたか

指針
攻め来るオブリビオン群が集団として機能しないように要所を封じる
「さて、海が相手の得手であろうと足元を掬って見せましょう…まぁ、空も飛ぶようですが

行動
距離を取り海神と従う群れの動きを見定め、吶喊するであろう仲間のフォローを主軸に行動
攻撃はAngels Bitsによる収束した衝撃波でオブリビオンの感覚器を乱すように戦闘し包囲されないよう留意
「財宝も敵も沢山…我慢はされないでしょうね

流転
海水や空気の固定を行い仲間の足場を作り、空間を使用し戦える状況を作り物量に押しつぶされないよう補佐
「洞窟のものは海神が吸収する海水を僅かにでも減らせそうなら時期を見て使ってみましょう


シノギ・リンダリンダリンダ
【むにー】
お前の方針は私も理解します
全てのお宝は私の物ですが、それを分け与えるのも大海賊の嗜み
そう。何か勘違いしていませんか?
強欲の海の名は、お前の物じゃありません。私のものです
お前のお宝も、尊厳も、全て蹂躙し、略奪してあげます
私の前で勘違いを吐いた罰です

今まで極力動かなかったのはボスの為
【飽和埋葬】で戦闘用海賊死霊を召喚
集団戦術は船長としての嗜み。呪詛を込めた剣戟、呪殺弾で蹂躙です

さて、丁度いいのでブルース様。上を失礼しますよ
ブルース様に搭乗し、E.B.T.Gを取り出す
ついでにブルース様が操るサメにも半数くらいチェーンソーを持たせた海賊死霊を乗せる
鮫にチェーンソー。無敵のコンビですね!


マチルダ・メイルストローム
このあたしだって永遠じゃない。いつかは海に還るだろうさ。
だがそれは今じゃないし、ここでもない。
もう一つ言うなら……あんたみたいな鬱陶しい神の元になんざ還る気はないね!

【シーウェイ・レイジ】を使用、UCにより強化された技の冴えと『早業』で金貨や宝石群を剣で切り飛ばし、銃でぶち抜きながら自称神に切り込むよ。
あっちがまた津波で押し流そうとしたら秘宝「メイルストローム」の水流を操る力で出来る限り抑えつつ、配下をぶった切りつつ泳いで向かおうか。水中戦でも戦力が落ちないのはあたしの強みだ。

接近したらひたすら切って撃つ! 海水で出来た体だろうが関係ないね、神だろうと何だろうと死ぬまで殺せば死ぬんだよ!


グレイ・ゴースト
あら、わざわざお宝をくれるなんて優しいじゃない
貰えるものは全部もらっておくわ!

まずは津波をどうにかしないといけないかしら?
アルカからリーベルタースを取り出して波に乗りましょう
水の扱いはお手のものってね

そのままインフィニタースをばら撒いて周囲の防御に回します
高速で波に乗りながらわたくしはパイプを咥え戦闘開始

「さぁ、お金儲けの時間です」

パイプの力で周囲の水分を集めてUCを使い発射
水の弾丸で飛んでくる金貨や宝石を撃ち抜くわ
そのまま水溜まりに入れておいて後で回収するとしましょう

勝手に持っていっていいんでしょう?
あなたに貰わなくても勝手にするわ

適宜他の方のサポートをして
戦闘終了したらお宝を回収よ



●断崖絶壁に臨む
「コイツぁ驚いた! 裏で糸を引いてたのがワダツミとはな!」
 快活に笑う梅ヶ枝・喜介(武者修行の旅烏・f18497)が木刀を振り上げた。
 切っ先が天を衝く、最上段の構え。しかしそれも敵の巨大さから見ればなんとちっぽけなものか。
 迫り来る壁の如き断波。その中程にさえ喜介の剣は届かない。
「海を斬るなんて非効率の極みですね」
 言いながらシノギ・リンダリンダリンダ(強欲の溟海・f03214)は御神輿に戻って寝そべっていた。
 何の備えもしないどころか自ら無防備を晒す行為が効率的だとは思えないが、シノギは何時だってシノギである。ちょっと津波に粉砕されそうだからと言って慌てふためくようなたまでは無い事だけは喜介にもよく知れていた。
「斬った所で凪ぐわけではない。モーゼに倣うのなら押し留める奇跡が必要だな」
 上野・修介(吾が拳に名は要らず・f13887)もやや否定的な意見を述べながら自分の支度を整える。
 しかし此方も波に対して備えているのではない。何故か手頃な石柱に手持ちのロープを括っているだけだ。
 手際良く即席の装備を用意したものの一見して津波に有効とは思えない。
「私を阻む敵は鏖あるのみ。だが、あの津波はただの海水のようだな」
 ちらりと殺意を覗かせたシェフィーネス・ダイアクロイト(孤高のアイオライト・f26369)だったが津波を見やって緊張を解く。
 海神は海そのものだが、迫る断波は肉体の一部では無いようだ。
 かと言ってユーベルコードでも無い。ならシェフィーネスにとっては向かい合う必要すら無い。
 そうして四人も居る猟兵の内、津波に立ち向かったのは一人だけ。
 このまま不貞寝を始めそうなシノギも、ロープの具合を確かめている修介も、喜介を手伝う気は無いらしい。
 シェフィーネスに至っては既に姿を消している。
 そんな非協力的な仲間達を相手にしても喜介は気を悪くするでもなく、返って僥倖と猛って見せた。
「自然の化身そのものが相手ならば! 世界そのものを敵に回すようなもんよ! 研ぎ澄ませた撃剣が世界に通じるか試せる機会なぞ滅多にない!」
 一廉の剣士として、一人の男として、挑まずには居られない。
 この剣が真に天へ届くのか。この切っ先は自然の摂理という不条理さえ断てるのか。
 時に天災に脅かされる人々の暮らしを、喜介が木剣一つで守ってやれるものなのか。
 知りたい。
 故に、手出しは無用だ。
「この一戦! もはや避けも隠れも眼中に無し!」
 例え剣が通じずとも。
 例え無様に敗れ、無残に散ろうとも。
 先んじて断ち切ったのは己が退路。同時に断たれた迷いと未練が覚悟へ変わる。
 迷い。即ち、疑念。
 高さもさることながら、津波は横の範囲が余りに広い。
 そこに縦斬をぶち当てて、よしんばそれで海を割ったとして、それで津波が止まるだろうか。
 否。海が割れても津波は止まらない。
 辛うじて目の前で海が割れれば喜介は直撃を避けられるだろう。だが、それでは喜介が後ろに庇ったものは守れない。
 ならばどうする。
 何度も斬るか? 横っ走りで駆け抜けながら津波を千切りにすれば良いのか?
 それとも横に斬るか? どうにか身体を傾ければ一刀で津波を割れるかも知れないと?
 足りない頭で考えたって上手く行く絵は描けなかった。
 しくじれば仲間が傷付き、民草が死に絶える。
 物は試しで済む話ではない。
 迷う。
 迷いに迷う。
 それを断ち切り、初心に返る。
 ――馬鹿に成れ。
「おれにはこれしかねぇからよ!!」
 にっと笑って構えた剣に、気合いと覚悟の火が燈る。
 不器用なのは自覚している。だから、出来る事を精一杯にこなす事しか出来ない。
 梅ヶ枝・喜介に出来る事は、たった一つだけ。
 馬鹿の一つ覚え。
 振り上げて、振り下ろす。
 渾身の一撃。
 全身全霊を捧げたただ一振りの剣。
 全ては一刀の為に。一刀は全ての為に。
 構えてしまえば何の事は無い。
 己を信じる要も無し。
 剣を疑う余地も無し。
 その心さえ、一刀に捧げるべし。

「おれの剣の後ろにゃ何一つとして通さねえ!」

 放った誓いを最後に、喜介はその身を剣に差し出した。
 剛脚が地を穿ち、刀身が空を斬る。
 那由多の彼方まで繰り返してきたその技は、
 技とも言えぬ一刀は、
 ただ、真っ直ぐに海を裂く。
 真っ直ぐに、真っ二つに。
 この地下空洞に溢れた津波を、端から端まで斬り結ぶ。
「……相変わらず馬鹿げた威力だな」
「馬鹿ですからね」
 シノギと修介が頷き合う。
 その目に映るのは地下空洞の向こう端。
 喜介の斬撃が海を割り、続く衝撃が割れた海を押し開く。
 そうして視界を覆う断崖絶壁は、ただ一刀の下に斬り伏せられたのだった。
「うおぉ! ッぷ! 塩辛ぇ!」
 そんな出鱈目を成し遂げた男は砕けた波の余りを浴びてわちゃわちゃしている。
 斬った所で津波は止まらない。
 それでも極限まで威力を削がれた高波は、余り残った勢いだけを叩き付けるように迫って来ていた。



●黄金の海
 津波。
 海神にとっては身動ぎ一つで引き起こされる程度の災害。
 それでも人の身には余る脅威には変わらないのだが、猟兵達にはそれに抗う力が有る。
 猟兵達だけではない。地下空洞の天と地から生え並ぶ無数の石柱、『鮫の牙』が、海神に食らい付いていた。
 踊り狂う激流は藻掻き苦しむ様に苛烈さを増し、海鳴りは破砕音混じりの轟音を轟かせる。
 神との戦いは、この世の終わりの様な光景だった。
 津波は無数の石柱を容易く圧し折るが、勢いは徐々に確実に減じていく。
 これは和邇島の人々の抵抗の証。
 地の利を最大にまで活かし切った、津波封殺の陣。
 海神は自らこの場を選んだが、それは不利をおしての決断だ。
 ここで見逃し、地上へ出れば、猟兵達は空へと逃げられる。故に挑まざるを得なかった。
 グリードオーシャンの特異な気流は島と島の間を飛んで渡るのを阻害するが、島の極近辺での飛行までは封じない。そうして一度捕り逃せば猟兵達はそのまま異世界へと逃げ果せる事が出来るのだから。
 それは完全敗北だ。
 欲望の海そのものを謳う海神がここまで手を尽くして目的の宝一つ手に入れられないなど在ってはならない事。
 だから、挑んだ。支配下たる海戦を捨て、自身にとっては窮屈な屋内戦に等しい地下空洞での決戦に。
 挑む事を、選ばされたのだ。
 そしてその結末として、天の災いたる津波があろう事か喜介の一刀により斬り伏せられたのだった。
「こうなる事を予見していたとするなら、この島の神と人も侮れないわね」
 そう口にしてグレイ・ゴースト(守銭奴船長・f26168)は銀色のトランクを振り回す。
 神と言えば予知、託宣と言えば予言だが、滅ぼされているわけだから未来予知出来なかったのだろう。
 だからこそ、グレイは評価する。
 強襲を受けて数日で滅んだなら極限状態で咄嗟に書いた筋書きだったろうに、その出来が余りに良過ぎる。加えて、鮫達の為にとその身を奉じた覚悟の程も。
 それを商人として評価せずにはいられない。
「見事なロスカットだわ」
 意見役として欲しかったくらいだとグレイが唸る。
 商人の取引は先見の明が明暗を分ける。グレイが真面な商人かと言えばそうではないが、だからこそ薄利多売・安心安定の商売は見込めない。
 時に思った様に稼げない時、どころかこのままでは余計に損をするなんて状況に陥った時、被害が拡大する前にケリを付ける。それが損切り、ロスカットだ。
 儲ける事も大事だが、損しない事も同じく大切であり、そのどちらの為にも『先を読む力』が必要となる。
 ……もし、まだ和邇ヶ島の人間が生きていたなら、海神を撃退した後に残った財宝で島の再建も出来ただろう。
 それは叶わなかった。
 叶わなかったが、だからこその儲け話だ。
 和邇ヶ島島民の無念を晴らす為にもここで遠慮など一切しない。
 ここまでが和邇神が書いた筋書き通りなら、ここから結末を描くのが猟兵の役目。
 そして、算盤を弾くのがグレイの仕事だ。
「さぁ、お金儲けの時間です」
 言って、グレイは銀のトランクから一枚のサーフボードを取り出した。
 ここに来てまさかのサーフィン。しかしダンパーならぬ断波に乗るのは自殺行為だ。正直そのまま津波に突撃していれば瓦礫や海魔が居なくとも粉砕されて終わっていただろう。
 だが津波は石柱に噛み付かれ、喜介に斬り伏せられて、相当威力を減じていた。
 断波ならぬダンパーならば乗りようはある。
 それが冒険商人にとっても過ぎた冒険である事は確かだが、グレイはただの冒険家では無い。商人としての才覚に、冒険家としての胆力、サーファーとしての技術に加え、サーフボードである『リーベルタース・タブラ』の力も有った。
 リーベルタースとは波も風も乗りこなす何よりも自由な板。とは言えそれで津波に乗るばかりか波に逆らって海神を狙うと言うのは無謀という名の大冒険である。
 だが、冒険せずして何が商人か。
 冒険商人の醍醐味は、手付かずの財源を丸ごと懐に収められるという事。板切れ一枚で荒波に挑む。そのリスクを負ってこそ最高のリターンは有るのだ。
 グレイがリーベルタースを引っ掴んで石柱の上に跳び上る。一際大きなその石柱に波が激突した瞬間、ボードを胸に飛び出した。
 爆発する波と石柱。その勢いで押し返される高波に突き刺す様にして、リーベルタールが飛び掛かる。
 うねる激流に板一枚挟んで座るグレイはそのまま転覆しないだけで奇跡でしかない。
 一方向に向かって寄せてくる波に対して逆らわず乗りこなすのがサーフィンだ。ただの高波ならいざ知らず、荒れ狂う激流を逆走して敵の元へと向かうのは至難どころの騒ぎではない。
 ただし不可能でもない。
 荒れ狂うからこそ一瞬生まれる逆波。これを逃さずフロントサイトメインで乗り継いでいけば……。
 が、それは奇跡や魔法の類である。
 それを技能だけで行うなど、やはり正気の沙汰ではないし、グレイの腕ならばそれが可能になると言うわけでもない。
 グレイの腕が有ろうと、リーベルタースが如何なる自由を謳おうと、それは無理だ。
 敵は意思を持つ波。どれほどの超絶技巧を凝らしても、海神を乗りこなす事など出来はしない。
 ――ひとりでは。
「来たわね」
 グレイが荒れる波に揺られ、ボードに片膝を付いたまま彼方を見やる。
 高波を挟んでやや離れた足下付近。そこで瀑布の如き水飛沫が上がった。
 壁や石柱に激突した波の飛沫、ではない。あれは明らかに何者かが津波を吹き飛ばしている光景だ。
 津波相手に正面から挑む様な向こう見ずは今依頼で見た顔では約二名。一人は実際に津波を斬り伏せた梅ヶ枝・喜介だが、彼の撃剣とは範囲が違う。
 であればもう一人の方だ。
 あれほどの威力なら高波が寄せて返るのを待つ必要も無い。あの衝撃で生まれた逆波を利用するだけで良い。
 無論荒波を乗りこなさねばならないが海神の意思が介在しないのならばグレイにとってわけの無い事だった。
「水の扱いはお手のものってね」
 ふ、と笑ってグレイが水面を軽く蹴る。滑り出したリーベルタースに脚を着き、胸を張って腰を落とす。そこが嵐のただ中よりも過酷な海だと思わせない綺麗なライディングでグレイは波の隙間を縫っていく。
 一方で綺麗さとは無縁の行いが繰り広げられていた。
 津波相手に正面勝負。そんな事が出来るのも、やろうと思うのも、喜介を除けばただ一人。欲に目が眩んだナミル・タグイール(呪飾獣・f00003)だけだった。
「金ピカきたにゃーっ!!」
 ひゃっほー!と大はしゃぎで剛爪を振るうナミルは、纏った黄金の呪詛により極限まで強化されている。
 黄金を求める。その一点に対しては他の猟兵やオブリビオンの追随を許さない。
 だがその強欲故に『一度黄金は後回しにして敵を討つ』といった行動を選択出来ないナミルは、ただただ津波を打ん殴っては砕けた水飛沫の中から黄金を回収するだけになっていた。
 呪詛のみならず己の欲さえ力に変えたナミルであっても、この場の海水全てを吹き飛ばすには足りないらしい。
「さいこーにゃ! よりどりみどりデスにゃー!!」
 叫びながらも剛爪を振るい、邪魔な津波も瓦礫も配下オブリビオンも諸共に蹴散らしていく。
 水は苦手だ。
 海なんて以ての外だ。
 毛皮が濡れるし息も出来ない。
 ナミルだって、溺れたいだなんて思わない。
 でもとっくに溺れている。
 取り返しがつかない程に、余りにも深いところで。
 欲望の海の、底の無い海の、一筋の光も届かない場所で。
 その欲望の水圧が、欲圧が、ナミルをぐしゃぐしゃに圧し潰して、変貌させていく。
 内なる欲で膨れ上がった、巨大な呪飾獣へと。
「これは凄まじいわね」
 予想以上だわ、とグレイが遠巻きにナミルを眺める。
 波の上に立つグレイが仰ぎ見る。それほどまでに巨大化したナミルは天井に頭をぶつけない様に猫背を更に丸めて、黄金の爪を振るった。
 ド。と、音か衝撃か判別出来ない振動が轟き、波が爆裂した。
 押し迫る激流に叩き込まれた強烈なカウンター。その衝撃で諸共に砕け散る事も無く、ナミルが逆の手で追撃を放つ。
 爆発的な膂力に任せた攻撃に見えるが、実は攻撃ではない。
 掬い上げるような爪撃は波を吹き飛ばしているだけ。そこに含まれる瓦礫も配下も舞い上げられはするが粉砕はされていない。
 理由は簡単。波の中には黄金が有るからだ。
 爆ぜ飛び宙に舞った飛沫と瓦礫と配下と財宝。その内、黄金だけを超高速でナミルのペンデュラムが回収していく。
「大量にゃー!」
 吹き飛ぶ海水に吹き荒れる呪詛の嵐。
 ナミルの欲望に突き動かされるペンデュラムだけでは黄金回収の手が足りず、最終的には黄金以外を再度蹴散らして強引に掻き集めていた。
 ただ、そのポテンシャルを海神には一切向けられないのがナミルである。
 呪詛による強化と欲望による巨大化は、波を破壊するに足る膂力と海に溺れない体躯を齎す。しかしそれだけでは海神には届かない。
 届かないと言うか、届かせない。
 誰がどう見てもナミルは真面にぶつかるべき相手ではないので、海神もその辺りは弁えているだろう。
 波と黄金でナミルを釘付けにしている間に他の猟兵を片付ける心算と見える。相手がナミルだけなら海底へ金塊を放り込めば良い。それでナミルは勝手に沈んでいくから。
「そんなところかしらね」
 言いながらボードの上でパイプをふかすグレイ。
 気付けばナミルへ押し寄せる波の中に配下オブリビオンの姿は無く、黄金の量もコントロールされている。獲り難い金貨の類が多いのも抜け目無い。
 初撃の津波はとうに消え失せ、今押し寄せているのは二波か三波か。ただの身動ぎと違って今の高波には海神の意思が感じられた。
 どんな飢えも渇きも嚥下の瞬間だけは満たされる。
 ただ欲するだけではなく与える事が出来る海神だからこそ取れる、対物欲戦法。
「流石、とは言えないわね。そうは問屋が卸さないのだから」
 問屋本人たるグレイがニッと笑ってパイプに口を付ける。
 火種の無いパイプを通して吸い込まれるのは大気ではなく水分。海神の毒気さえ浄化し蓄えた『水種』を、ボウルから送り出す。
 そうして周囲に浮かび上がる幾つもの球体。それは、圧縮された水の弾丸。
 火種代わりの水種は、新たな火種へと成り替わる。
「――Bang!」
 グレイの指が鉄砲を表し、指先を言葉と共に跳ね上げる。
 発砲のジェスチャー。愛らしい銃声は、攻撃の合図。
 宙に揺蕩う水弾がグレイの視認する対象へ向かって一斉に放たれた。
 津波を粉砕するナミルとは真逆の繊細で精密な銃撃。荒れ狂う水面に穴を穿ち、その奥に潜む財宝を撃ち落とす。
 弾丸は海に混じる前に財宝ごとパイプの力で回収し、安全圏へと放り出す。ただし金貨等黄金の類は程々に。
「おっと」
 ついでに、周囲に浮かせて防御に用いていたコインもそっと目立たない場所へと隠しておく。
 流通を制御し消費者の需要を高めるのは商人得意の市場コントロール。だが、抑圧し過ぎて消費者の不満を買ってはいけない。商人は飽くまで売る立場だ。黄金をちょろまかしたと知れればナミルの標的が海神ではなくグレイになるのは確実なのだから。
「にゃにゃにゃ……っ! まだまだ足りないデスにゃぁあっ!!!」
 欲望が爆ぜる。
 一時の快楽さえ得られなくなったナミルが半身を海に浸しながら進撃を開始する。
 目論見通りだが、ナミルには黄金探知機が有る。万が一にも引っ掛かれば最悪海の藻屑にされかねない。
「海神がまだまだ黄金を隠し持っている事に期待するしかないわね」
 迫る巨獣が起こす逆波に乗りながら、グレイは冷静になる為にもパイプをふかす。
 浮かぶ水弾が次々に財宝を撃ち落とす荒波の射的場で、黄金を黒く照らすケダモノの咆哮が響き渡っていた。



●地底海戦
 地下空洞は広い。
 ナミルの巨大化は陸地に足を付けば天井に頭がぶつかり腰を曲げる必要が出るが、地底湖の最深部だと底に足を付けては頭どころか爪の先さえ海上へ届かない。
 縦だけではない。その何倍も横には広く、島全域の地下全てがこの空洞と繋がっているのではと思う程だ。
 海神にとっては屋内戦。だが、『海』なんて巨大なものが戦えるくらいに広大な戦場であると言う事に変わりはない。
 小さな人間にとっては空が見えないだけで屋外戦と何ら変わりないと言っても良い。
 ロケーションは昏く暗い夜の海。星代わりの天井の穴が微かに闇を和らげている、とは言え、海はただただ黒い。
 船乗りは勿論、猟師だって灯り無しには近寄らない、世界で最も得体の知れない深淵。
 猟兵と言えど、コンキスタドールと言えど、あらゆる戦場の中でもほぼ全員が苦戦するであろう場所。
 そこへ、嬉々として殴り込む海賊が一人。
 マチルダ・メイルストローム(渦潮のマチルダ・f26483)。
 海賊でありながら海上戦のみならず、船を下りての海中戦さえ得手とする本物の海の覇者。
 光も空気も無い深海においてさえ衰えるどころか激しさを増す彼女にとって、黒い海など見晴らしの良い丘の様なもの。怯む理由は露ほども無い。
「ちょっと泳ぐにゃゴミが多いけどねぇ」
 ふんと鼻を鳴らした海賊は肩を持ち上げて、そのついでの様な雑な動作で銃を撃つ。
 出鱈目な軌跡を描きながら、それでも放たれた弾丸は的確に海の中のゴミを弾く。金銀財宝と呼ばれる類のゴミを。
 黄金狂いのナミルや見境無しのシノギと違い、マチルダはそこらの安い宝に興味は無い。どうせ狙うなら『真の宝』だ。もし海神がマチルダの望む物を持っていたとして、それをこんな雑な使い方はしないだろう。
「ま、それはそれとして、残っていたら帰りに拾って帰っても良いけどね」
 ゴミ同然に扱われていても宝は宝だ。無事に残ったのなら置いて帰るのも勿体無い。
 その為にも、先ず一番最初に奪わねばならない物が有る。
 そうして『渦潮のマチルダ』が愛銃片手に迫り来る津波を眺めている傍で、同じく大仰な二つなを持つ猟兵が一人、これも同じく津波を見渡していた。
 竜王、ニィエン・バハムート(竜王のドラゴニアン(自称)・f26511)。
 そのままで深海適性を持つ深海人でありながら、自らその種族特徴を切除していった狂気のメガリスボーグ。
 そこまでして獲得した能力は『竜化』のみ。
 故に竜王。
 狂気故に力を得て、力の代償に更なる狂気を孕んだ竜王だ。
 例え自称であろうとその称号に偽りは無い。
「なんか、しょぼいもの出してきましたわね」
 そんな竜王が狂気も醒めた様な顔でそう言った。
 黒い壁。
 その中に見える散りばめられた財宝。
 その輝きに隠れた瓦礫の山と、更にその陰に隠れたオブリビオン群。
 ニィエンが見詰めていたのはその敵影。海神の配下。謂わば使徒だ。
 しかしニィエンの目に映る敵の姿はとてもじゃないが神の使いとは思えない。
 事実、御使いなんてものではないのだろう。
 財宝と同じ。ただ胎の中へと引き摺り込んだだけの、犠牲者達。それを表すのは非力な魚群や貝類の数々、ではない。それらにさえ劣る、なぜそこに居るのかも分からない『人間』の姿だ。
 瓦礫と共に波間で揺れる、溺れ藻掻き苦しむだけのオブリビオン。そんな有様だと言うのに、瞳には殺意を宿し、真っ直ぐに猟兵達を睨み付けている。
 悪趣味極まりない。
 あるいは猟兵の良心に付け込み攻撃の手を緩めさせる心算かも知れない。いや、そうだとしても悪趣味には変わりない。
 ニィエンがしょぼいと言ったのは飽くまで戦力としてだ。神の武器としても、神の使徒としても、オブリビオン群はしょぼいと言って良い。
 ただ、見下して嘲笑する気にはなれなかった。
 しかし認める心算は無い。
 だから「しょぼい」と断じ、ニィエンが前へ出る。
 見下すのではない、事実格下なのだと分からせる。海の神だろうと、竜の王には敵わぬと。
 そしてもう一つ、分からせてやるのだ。『鮫』の強さを。
 ニィエンが叫ぶ。
 竜王に憧れ、竜王へと変じた猟兵が。
 その身体も技も竜王の名に相応しい物へと進化させて来た少女が。
 それでも変わらず残していた、グリードオーシャン最古の魔法の名を。
「グリードオーシャン名物、シャーク・トルネード!」
 詠唱と共に、ニィエンを青い光が包み込んだ。
 それは渦と成り、やがて陣を成す。蒼く輝く召喚の魔法陣。その真円を通って現れたるは八十頭近い鮫の群れ。
 強靭にして凶悪な鮫達に、鮫魔術は更なる強化と武装を施していく。
 回転鋸を生やした改造鮫の軍勢は列を成して渦と成り、手始めに迫り来る水の壁へと噛み付いた。
 鮫に食い千切られ、砕ける波。それだけでは留まらない波の水圧を鮫の大群が身を挺して遮り、回転鋸に巻き込んでいく。
 そこから生まれるのは津波を巻き取った竜巻。文字通りのシャーク・トルネードだ。
 捕食者の大群を内包する竜巻は、迫り来る波も敵も財宝も端から削り取っていく。
「好いねぇ、略奪はあたしも好きだよ」
 海から波を奪い取る、恐るべき鮫の暴威を前にしてマチルダが笑った。
 如何にマチルダと言えど津波に正面から突っ込んで行って無事では済まない。ユーベルコードやメガリスの力を使って漸く潜り込めると言った所だろう。
 しかしマチルダが手を打つより先に喜介の木刀が、ナミルの暴走が、津波を斬り伏せ、殴り飛ばした。
 続く第二波も第三波も砕け、益々荒れ狂う。そしてトドメにニィエンが、鮫達が、眼前に突破口を作った。所謂好機だ。
 重要なのは津波を捩じ伏せる事じゃない。海神を捩じ伏せる事。
 なら目の前に架けられた渡し板を自分から外す理由も無い。
 マチルダが笑い、駆け出した。
 走りながらでも放たれる弾丸は財宝を撃ち落とし、砕けた波に切り込めば宝石群を割り砕く。
 どうせ波に揉まれて傷だらけの財宝だ、遠慮は要らない。
 振るった剣をもう一度切り返した所でざぶんと海へと飛び込んで行く。
 飛び込んだ先には荒れた水流と無数の瓦礫。ユーベルコードなんて埒外とは比べ物にならないが、こんな瓦礫でも殺傷力は有る。具体的には大勢の人間に囲まれて四方八方から凶器で殴り付けられるくらいの効果が。
 加えて海中で普通の猟兵なら動きが鈍る。考え無しに飛び込めば猟兵と言えどあっと言う間に襤褸切れ同然にされるだろう。
 それはニィエンが呼び出した鮫にとっても言える事。
 物量と破壊力で押してはいるが、鮫達はその身体に少しずつ傷を負っていく。
 例え八十近い数の鮫が居ても、相手はほぼ無尽蔵。実際は破壊力だけでごり押ししているに過ぎず、僅かながらでも物量によって削っているのは海神の方だ。
 だから物量を削ぐ。
 海水や雑魚配下程度で鮫肌は傷付かない。狙うのは固く鋭い財宝と、重く巨大な瓦礫だけ。
「ああ、成程。これは確かに『しょぼい』ねぇ!」
 マチルダが奔る。
 荒れた海も無数の瓦礫も関係無い。邪魔な物は何であろうと切って打って押し流す。
 秘宝『メイルストローム』が敵郡を切り払いながら水流を操り、荒れた海を逆流させる。
 秘宝『シー・ミストレス』が激流に呑まれ押し留められた凶器を、地上と同様の速度と威力の弾丸で撃ち砕く。
 両手に構えた剣と銃は、マチルダの自慢の秘宝だ。
「海を荒らすのは海賊だってこと、教えてやらないとねぇ!」
 マチルダの笑みが深く、凄惨になる。
 その両手が振るわれる度に海流も瓦礫も蹂躙され、続く竜巻と魚群が全てを薙ぎ払って行った。



●布石
 シェフィーネスは地下空洞の壁際を駆けていた。
 砕かれた波はシェフィーネスを呑み込む事は無く、時折膝下を攫って行くのみだ。
 が、それはまだ序章。
 津波が海神にとって身動ぎ一つで引き起こせる災害であるならば、海神のユーベルコードは天災を上回る強力なものである筈なのだ。
 だったら波打ち際で遊んでいる場合ではない。
 そう、遊んでいる暇は無いのだ。
「……今、砕けて飛んで行ったブローチ……。さっきのはタンザナイトの……あの瓦礫は彫刻か……。傷有りでも付加価値が……世界を跨げば更に……元世界への返還は――」
 シェフィーネスの目が眼鏡の奥で細まる。
 観察は重要だ。だが、どうしても視線が財宝に向いてしまう。
 ぞんざいに扱われる宝物群は価値の低い物が多い。だが決して無価値ではない。金貨や黄金が分かり易いが、中にはちゃんと価値の高い物も有るのだ。
 それが波間に揺れ、誰も手を出さず、自分が手を伸ばせばあっさり手に入ると知れているのだから、目を奪われて仕方が無い。
 何度も言うが遊んでいる暇は無い。今は戦闘中、作戦行動中だ。荷物を増やし動きを鈍くしていては戦闘に支障が出る。
 それに、手にした財宝を持ち帰れるとは限らない。コンキスタドールは倒せば消えてしまう者と骸が残る者とが居るが、何が残るかは現時点では不明。持ち物である武具や財宝も然り。此処で飛び付き掻き集めたとして、それがそのまま手に入るとは限らないのだ。
「配下オブリビオンの死骸と宝が残っているのを見ると海神の物も残りそうだが――」
 だとしても今は見送らねばならない。
 最後に笑うのは自分だ。それは最初から変わらない。
 その為に今出来る事は。
「布石を置きましょう」
 と、闇に溶ける黒色の貴婦人が言った。
 シェフィーネスの立ち回りに追従する茲乃摘・七曜(魔導人形の騙り部・f00724)は走りながら二挺拳銃で魔導弾をばら撒く。浮遊し追従する拡声器から逆位相の音波を流して銃声を掻き消す、即席サイレンサー付きだ。
 ばら撒かれた魔導弾はそこから更に『杭』を創り出して拡散させる。周囲に穿たれた杭は次々と増え続け、それでもなお七曜は弾丸をばら撒き続けた。
「そんなにばら撒いて大丈夫か?」
 シェフィーネスが、心配と言うよりは確認する様に問う。
 布石は多いに越した事は無いが七曜の穿つ杭は魔術的な生成物だ。原理は詳しく知らないが、俗に言う魔力切れを起こすかも知れない。
 その懸念を感じ取ったのか、七曜はにこりと笑って頷く。
「全てを起動するのは不可能でしょう。ですが、都度部分的に発動すれば問題有りません」
 今作っているのは起点。
 七曜の有する強力無比なるユーベルコード。その弱点が発動の遅さだ。
 魔導弾をばらまき、杭を配置して、それから起動する。その工程故に直接魔導弾を敵の額にぶち込むより何手も遅れてしまう。
 それを補う為の下準備であり、下準備の弱点を補う為の広範囲大量設置である。
 全てを使う心算は無いとはそう言う事。
 それを聞いてシェフィーネスも頷いた。
「それなら良い。利用させてもらう」
「ええ。是非ご活用を」
 言って姿を消すシェフィーネスを七曜が送り出す。
 シェフィーネスは敵も味方も全てを利用する。今も暗闇を利用して隠密行動中だ。
 対する七曜は仲間を有利にする為に動く。必要に応じて攻撃もするが基本的には支援行動が多い。
 利用する者と利用させる者。互いの利益が一致すればよりやり易くなるというもの。
 残された七曜は濡れたスカートの裾をたくし上げながら盤石を成す為にまだ走り続けた。



●嵐の前の
「外したか……ッ!」
 がくりと膝をつき、喜介が突き立てた木刀に寄り掛かる。
 渾身の一刀は津波をこそ両断したものの、肝心の海神には当たらなかった様だ。
 しかし膝をついたのは悔しいからではない。単純に、疲れたからだ。
 渾身。つまりは全身全霊を注いだ一撃。それがただの一刀であろうと代償は尋常ではない。
 ただし全てを捧げたと言っても本当に全てを失ったわけではない。飽くまで疲れただけである。
「ここまでも突っ走ってましたし、妥当でしょう」
 不甲斐無し!と自分の膝を叩く喜介に、シノギが言う。次いで、まあ私はその点だらだらしてましたので、などと宣う。
 確かに此処までシノギは殆ど何もしていない。ユーベルコードで部下や仔犬を使役していたが、なんなら碌に自分の足で歩いてすらいないのだ。
 疲労度で言えば喜介は勿論、修介や他の猟兵達、もっと言えば海神より疲れていないと言える。
「私が今まで極力動かなかったのはボスの為。お宝も戦いも美味しいところは全部持って行ってあげます」
 ふんと鼻を鳴らし、御神輿から降り立つシノギ。
 そこへ巨大な鮫が一匹、宙を泳いでやって来た。オブリビオンではなく、和邇ヶ島の島民でも無い。下手な魔物より怪物然とした巨大鮫、ブルース・カルカロドン(全米が恐怖した史上最悪のモンスター・f21590)だ。
 ブルースは砕けた津波から飛び出す配下オブリビオンを喰い散らかしながらやって来て、巨大化を解きながらシノギの前で停止する。
「おまたせシノギ。さあのって!」
「ええ。ブルース様、上を失礼しますよ」
「おう、動くんじゃあなかったのか?」
「ただの乗り換えだな」
 よいせっと鮫の背中に乗るシノギ。それを確認して再度巨大化するブルースを見上げながら喜介と修介が突っ込んだ。いつもながらシノギは他者にどう言われたところでぶれはしない。ブルースの背鰭を背もたれにしてまたトロピカルなジュースを飲んでいる。
 ブルースの方はそこまで図太くは無いのか、喜介の方をチラッと見た。
 喜介の一刀は津波を斬った。それはブルースも見ていたし、それが和邇ヶ島の島民達の為だという事も知っている。
 和邇ヶ島の生き残りは全て鮫だ。鮫魔術による改造を受けたわけでも無く、大半はメガリスを喰ったわけでもない、ただの鮫。中には素の体躯がブルースの何倍も大きな個体も居るには居るが、だからと言って海神に敵うわけではない。
 だから守ると喜介は言った。
 だがブルースの考えは違う。
 鮫達は突如異世界に落ちて来て、そして海神に襲われて、訳も分からぬままに同郷の友も身体の自由も全てを奪われてきた。
 それで、どうして黙っていられる?
 鮫とはそんなにか弱い生き物だったか?
 牙を抜かれた鮫は鮫じゃない。何度牙を抜かれようと何度でも牙を生やし、喰らい付くのが鮫というものだ。
 だから、連れて行く。
「ごめん」
 ブルースが喜介に言った。
 何が、と喜介が問う前に、後ろで守られていた鮫達が飛び出していく。
 大型の捕食者も、小型で大人しい者も、傷付いた者も、力無い者も、関係無く。
 砕けた津波の余波が齎した浅瀬を這う様にして、声無き声で雄叫びを上げながら鮫の大群が突撃を開始した。
「――そう言う事かぃ」
 それを見て喜介が理解する。
 鮫の目に宿っている物は憤怒と憎悪、そして覚悟だ。
 だが何よりも、故郷を取り戻すという強い意思の光が見える。
 ならば止められはしないだろう。
 それは喜介も同じ事。
「そんならおれも往くしかねえ! 矢面にはおれが立つ!」
 ドンと胸を叩いて喜介が走り出す。
 守るべき民草が前へ出ると言うのなら一緒に言って守ってやるしかないだろう。後ろに居てくれないのなら喜介が一番前に出れば良い。
 少しばかし疲れてはいるが、それで少し休ませてくれとも言えるわけも無い。むしろ立ち上がる民草を見て疲れなんて吹っ飛んだ。頼まれたって休んでられん。
 つまり鮫達もそういう想いだったという事だ。
「後ろは民草の眠る墓! 隣にゃ不撓不屈の仲間! 前には強大に過ぎる敵! その奥に控えるは世界そのもの! ――これで滾らずいられるか!」
 吼えて構えて前に出る。
 その後ろで修介もロープを手繰る。
「意気込んでいるところを悪いが、役割は辛くて地味だぞ」
「上等ォ! 端から地味な事しかできねえからな!」
「やってること地味なのに結果が派手なんですよ、控えてくださいお宝が減ります」
「それはこまるなぁ。マトがデカいからね、ボク」
 シノギは割と本気で迷惑そうだがブルースは冗談交じりに言って胸鰭を持ち上げる。
 流石の喜介も今回ばかりは手数勝負だ。もう先の様な大破壊は無いだろう。無い筈だ。多分。
 不安は残念ながら拭えない。ただ、誰も『守り切れない』とは疑わなかった。
 疑いもせずにブルース達が前に出る。その巨体故に泳げぬ浅瀬に、増やした胸鰭を突き立てて。
 喜介は鮫を守る為に、ブルースは鮫を導く為に。何方にも、そして鮫達にも前に出る理由が有り、それを譲る心算も無い。
 背に乗るシノギも今度ばかりは本当に戦う気らしく、ピンク色のチェーンソーのエンジンを吹かした。
 ドルン!と唸る振動でブルースがびくりと強張り、それに気付いたシノギが必要以上にドルンドルン鳴らすのも準備運動みたいなもの。
 最恐の怪物『サメ』と、その怪物が恐れる『チェーンソー』。
「ついでに予備のチェーンで手綱を作ってブルース様を調教! これで無敵のコンビですね!」
「チギャウ……チギャウ……」
「あ~?」
 ドルン!と唸るチェーンソー。ビクつくブルース。正解と言えと恫喝するシノギ。どうにも物理的だけでなく精神的な上下関係まで生じている気がする二人である。
 本能的な恐怖、と言うよりはサメ映画りサメとしてのお約束がブルースを縛っているのだろう。最恐ゆえに弱点は多く、そして克服し難い。吸血鬼みたいなものだ。
 実際にはブルース相手にチェーンソー一本でどうにかなるとは思えないのだが、それはそれ。どんなに出鱈目な怪物でもそれを上回るトンデモ理論でオチが付く。それが映画で、ブルースだ。
「ふむ。折角なので部下もサメに乗せましょう」
「それはイイとおもうよ。うん、セイカイ! セイカイ!」
「ついでにチェーンソーも持たせましょう」
「ドウシテ……ドウシテ……」
 順当に行けば海神はサメ映画のサメを打倒し得る手段を持っていない筈なのに、どうしてシノギはサメ特効兵器を大量に持ち込むのだろう。実はこう見えてエンターテイナーなんだろうか。……畜生。悔しいし恐ろしいが、実に映画映えしてしまう作戦だ。
 うう、と呻くブルースを余所に、シノギはチェーンソーごと召喚した死霊従者を鮫に跨らせていた。鮫達も猟兵を恩人として、仲間として認識しているらしく、大した抵抗もせずに死霊を乗せる。
 これも人に慣れた和邇ヶ島の鮫だからだろうが、それ以外は普通の鮫だ。
 その意志を尊重するにしても、手綱を握り、守ってやらねばなるまい。
「さあ、そろそろ行くぞ。もう始まっている」
 修介がそう言って前を向く。
 気付けば津波も高波ももう来ない。だと言うのに、闇の向こうには黒い水柱が連なり壁となっていた。
 壁の向こうは窺い知れず、ただ壁の上からうねる竜巻の様な触手が見えるのみ。
 あそこに海神が居る。
 響く海鳴りに混じる戦闘音は四人の元にも届いていた。
「いこう」
 ブルースが短く返し、巨体を更に巨大に変える。
 獰猛な瞳が横に幾つも連なり、増やした胸鰭が地を掴み、小さな船なら一口で真っ二つに出来る顎を開く。
 チェーンソーの大袈裟な振動音が、まるでブルースの唸り声の様にヴヴヴと響いた。
「海なんて所詮舞台。主役を喰えるなんて思い上がりも甚だしい。何より、私の前で『強欲の海』を騙った罰を、刻んであげましょう」
 シノギが無表情を崩す。
 何度も崩壊していた情緒。乱気流の様なテンションの中で、凪ぐでもなく荒れるでもない今のシノギは、――静かに、笑んでいた。



●欲望の海
 ある世界では海は七つ在るとした。
 七つの海を股に掛け、海の覇者は財宝の全てを手にすると。
 財宝とは、誰もが望む物。あらゆる欲望の向かう先。その欲望を破滅を齎す罪と呼び、七つの大罪と呼ぶ事も有った。
 誰にでもある、何処にでもある、あらねばならない数多の欲望。それは海と同じ様に底無しで、時に溺れてしまう者も居る。
 無くてはならない物だけど、過ぎては身を滅ぼす物。それが欲。
 七つの海は世界の全て。全ての欲を満たした者こそ海の覇者。
 七つの海は七つの罪。七つの罪は七つの欲。
 海も、罪も、欲も、全ては何処かで繋がっている。
 海を七つの分けようと、それはただの分類分けに過ぎない。
 本物の海は何時だって一つだけだ。
 それが欲望の海。
 それが、微笑みの海神だ。
 その海を制した覇者は居ない。
 今も昔もこの先も、欲望は常にあらゆるものを呑み込んでいくだけ。
 人の内より出でて人の身に余る物。海は、その欲望の受け皿としても、この上なく最適だった。
 欲だけでない。人の身そのものも、人ならぬ者の身も心も、者ならぬ物の全ても。
 海は全てが還り、全てが沈み、全てを擁する、万物の末路。
 即ち、海神とはこの世全ての神である。
「抗うだけ無駄だけれど――抗いたいなら抗いなさい。ぜぇんぶ受け止めてあげるわぁ」
 どろりと暗く重たい愛に満ちた言葉。
 混じり気の無い神の愛を前に、しかし人は恐れ戦く。
 猟兵とて同じ事。七曜は背筋に走る悪寒に冷や汗をかきながら弾丸を装填する。
 不気味だ。
 七曜の仕込みは進み、残るはここ、海神の視界の内のみとなっていた。
 しかし敵の眼前で仕掛けた罠にの効果など高が知れている。それでも布石として、或いは警戒される事自体を策の一環として仕掛けに来たのだが、海神には見えている筈の仕込みを気に掛ける素振りさえない。
 企みさえ受け入れ呑み込むとでも言う心算か。それとも既に看破されているのか。
 道中に仕掛けた杭を呑み込み解析されたならそれも有り得るが、その気配は七曜には伝わっていない。術式は刻まれたまま、発動の時を待っている。
 だとすればただの余裕。それは油断。つまりは怠惰。過剰な自尊心から来る慢心か、或いはどうなるのか試したい知識欲と言うものだろうか。
 どちらにせよ欲望の海らしく、そして都合が良いが……、
「仕込み甲斐が無いですね……!」
 こうまで無防備となると正面戦闘と変わらない。
 これも一種の覚悟の部類。
 罠も策も受け入れる事で虚を突かれる事を回避する。
 思考の停止、行動の鈍化、あらゆる不利を跳ね除ける。
 罠に自ら引っ掛かる事で罠の効果を最小限に抑え、戦略の主導権を握ったままにする。
 そうしたのが単なる性質の問題だとしても、策謀家として非常にやり難い相手である事は確かだ。
 シェフィーネスはどうするだろうか。そう考えながら七曜が海神を見上げる。
 七曜以上にやり難いのではないだろうか。と思う反面、海神の性質さえ利用するのだろうと言う読みもある。
 あるいは修介ならばこの不気味な神の正体を見抜けるだろうか。
「それにしても……」
 海神が七曜をちらりと見る。
 戯れの様に脚を滑らせて、その余波で高波を起こした。
 攻撃、なのだろう。波に含まれる財宝も瓦礫も水自体も直撃すれば一発で挽き肉コースだ。
 単に防いでも波から飛び出す配下達に喰い付かれる。低級オブリビオンのユーベルコード並みの破壊力と厄介さでありながら海神はそれを気軽に手軽に乱発する。
 手加減しているのだろうか。
 七曜はなんとか波を避けているが、それは避けられる距離を保っているから。
 牽制、と言うよりはちょっかいに近い。
「……やっぱり、ぞわっとします」
 背筋を駆け上がる悪寒はさっきも感じた。
 神の寵愛。それは一方的で、全ての欲を煮詰めた様で。
 中でも情欲を強く感じるのはそれが全生物の持つ原初の欲望だからか。
 舌なめずりする海神の微笑みを前に、七曜の涼し気な微笑みが強張った。
「恐怖は理解出来れば利用し易い」
「いらっしゃいましたか」
 波を躱す為に駆け込んだ石柱の陰にシェフィーネスが居た。
 端的な助言に頷く七曜を眼鏡越しに一瞥し、シェフィーネスは視線を海神に戻す。
「見て分かると思うが、面倒な手合だ。これ以上の面倒を見る気は無い」
「ご心配無く。自分の面倒は自分で見ます」
 七曜が返しつつ笑みを作り直した。今度は自然で嫌味の無い微笑だ。
 どれだけ布石を打っても、七曜が倒れれば全ては無駄になる。また、術式発動の扱いが下手なら仲間の邪魔にもなるだろう。
 強力なユーベルコードだからこそ扱いを誤るわけにはいかない。利用して貰うべき仕込みが足を引っ張る結果になっては笑えない。
 シェフィーネスの言葉はそういう事だ。何でも利用するシェフィーネスだからこそ、自ら利用価値を失う様な真似は見過ごせない。
 ならば価値を証明するしかない。
 ……いや、それだけでは足りない。
 利用し、利用される。
 相互利用。
 互いの価値を信じ、互いの価値を高め合う。
 実利主義的ではあるがそれも一つの連携だ。
「シェフィーネスさん。あなたにとって価値の高いものは何ですか?」
 ふと、思い付いて問う。
 連携の大前提。相互利用の為の、相互理解。
 敵を欺く為にも味方に全てを伝えるべきではないが、先の様に端的にでも何か聞けた方が良い。
 それに同意する様にシェフィーネスが小さく頷く。
「隠れ蓑だ」
 返す言葉は正しく端的。
 だがその一言で全てが通じる。
「正直、派手に暴れる者の方が私にとっては利用価値が高い」
「それは私もです」
 と、ここに来て相性の悪さを吐露しつつ、しかし七曜も頷いた。
 大暴れする猟兵の隙を塞いだり、敵に隙を作って援護したり、それが七曜の戦い方。
 大暴れする猟兵が作った敵の隙を突き、自分の隙を突かせない、それがシェフィーネスの戦い方。
 何方も戦場の前線に立つとは言え、タイプとしては後方支援型と火力支援型だ。支援する相手が居なければ持ち味を活かし切る事は出来ない。
 なら七曜とシェフィーネスが組むよりも、他の攻撃的な猟兵達をアシストした方が良いだろう。
 だから、これは最後の布石。
「私は時間を停止させられます」
 七曜が言った。
 正しくは違うが、効果としては似た様な物。
 万物の流転は万象を封じ込める。
 事象は小さな枠の内で完結し、循環は永遠に繰り返す。
 物体でも、時間でも、空気でも。
「隠れ蓑、ご用意出来ますよ。足場も、壁も」
 告げて、七曜はワイドブリムの鍔を引き下げる。
 影の落ちる白い肌。黒尽くめの淑女が闇に溶ける。
「――成程」
 姿を消し、何処かへと走り去った七曜に、届かない言葉を零す。
 時を止める。
 隠れ蓑が作れる。
 足場も、壁も。
 それを聞いて、途端に打たれた布石の価値を知る。
「利用し甲斐が有りそうだ」
 見やる先の海神は変わらず笑みを湛えたまま。
 神は時折魔導弾を放つ七曜見逃した事を悔いる事になるだろう。
 いや、七曜だけではない。
 何もかもが思い通りになると思い上がった事全て、後悔させてやる。
 その悔恨さえ利用する。
 シェフィーネスは眼鏡の奥の菫青を細め、銀の弾丸を取り出した。
 成聖済の純銀は『魔を祓う』と言う呪詛を帯びる。人々の希望と祈祷は『呪い(まじない)』として望んだままの力を与えるのだ。
 それは神聖さとは真逆だが、それ故に信心など無くとも扱える。仮にこの銀弾に神聖な力が宿っていたとしてもシェフィーネスはそれをも利用するだろう。
 銀の弾丸。纏うは魔を祓う呪詛。即ち『浄化』と『祓魔』の二つ。
 更に付け加えるならジャイアントキリングの概念。倒せぬ者を倒す切り札としての、『下剋上』の呪詛。
 一つ一つはユーベルコードに劣るものの効果は十分。それだけでもそれなりに価値の有る成聖済の純銀を無駄遣いしたくない。使うのなら確実に効果を発揮する時と場所でだ。
 それを見極める為にも他の猟兵達には暴れて貰わねばならない。
 さしあたっては、海神の感覚器官について知りたい。
「塩水で眼球と鼓膜まで作っていると言うなら、それも利用するまでだ」



●波状攻撃
「――見えた!」
 グレイがパイプから口を離して呟く。
 荒れる波の向こうに海色の人影、海神を捉えたのだ。
 姿だけは慈母の様だが、サイズ感は海坊主に近い。鯨でさえ仔猫の様に抱き上げられそうだ。
 成程、身動ぎ一つで津波を引き起こせるわけだと納得し、グレイが再びパイプに口付ける。
 浮かぶ水球が弾丸と成り、海神へと向かう。が、幾ら撃ち込んでも弾丸は海神の肌に波紋を浮かべるだけで消えていった。
 相性の問題か、距離による威力減衰のせいなのか、はたまた海神が何らかの防御策を講じているのかは分からない。取り敢えずこの方法では此処から有効打を叩き込むのは難しそうだ。
「無防備ってわけじゃないのね、さすがに」
 宝に関しては勝手に持っていっていいと言う様な振る舞いだが、和邇ヶ島のメガリスと海神自身の命は例外の様だ。
 話が違うとごねてもあの手の手合はのらりくらりと勝手な自論で煙に巻くので会話不能と大差無い。
 商人として実力行使は品が無いと思うものの仕方が無い。武器商人や冒険商人には荒事にも対処出来るだけの戦闘力が求められるものだ。
 まあ、今回はグレイ一人でどうこうする必要も無い。
「たぁりぃなぁいぃにゃぁあああ!!!!」
 グレイの後ろから呪詛に塗れた咆哮が迸る。
 黄金に目が眩み正常な判断力を失ったナミルだ。
 元より判断基準が独特な呪詛猫ではあるが、今はもう敵味方の区別すらつかないだろう。その証左とばかりに周囲の地形を削り破壊しながら進撃を続けている。
「利用するのもされるのもここまでかしら」
 これ以上はメリットよりデメリットの方が大きい。そう判断したグレイは、ナミルが起こす波に乗って一気に距離を離し海神へと詰め寄っていく。
 黄金狂いのナミルの傍では伏せていた金貨・インフィニタースもこれで心配なくばら撒ける。
 代わりに都合の良い波は減るが、最悪パイプで水を集めて自ら波を作ればいい。
「それにしても……」
 予想はしていたが、予想以上の海模様だ。
 見渡す荒れた海はその内を窺い難いが、それなのにとんでもない物が潜んでいるのはよく分かる。
 海獣・海魔の類、魚類・貝類・頭足類、加えて沈没船に無数の宝、得体の知れないメガリスの数々。
 何処から奪ったどういった物なのか。それは商人の目を以てしても見抜けない。
 特に拙いのはメガリスだ。
 見た目からその効果を予想出来ないのは厄介で、ユーベルコードや配下オブリビオン程の力は無くとも足元を掬われる可能性は大いにある。これなら機雷が浮いてる方がまだマシなくらいだ。
「その分、報酬として見るなら破格も破格。稼がせてもらうわ!」
 怯みそうになるのを抑え、グレイは再び水の弾丸を放つ。
 狙うは宝。
 報酬の確保兼、驚異の排除。
 海賊も多い面子の中で財宝狙いと言えば欲に負けたような印象もあるだろうが、これは真面目に実益重視である。
 動き回る配下オブリビオンは狙い難く、個体によっては一撃で屠れない者も多い。海神も言わずもがな、水弾で撃ち抜いた所で涼しい顔で微笑むばかりだ。
 比較して財宝狙いは敵を狙うより当て易く、また海中の障害を排除する事で味方が動き易くなる。敵郡の排除は動き易くなった仲間がしてくれれば良い。とすれば、役割分担的に先陣を切って財宝を狙うグレイの作戦は最適解と言って良い。
 ただし、最適解には最警戒するのが常。
 グレイが積極的に海神を狙って来ないと察した敵陣の動きは迅速で的確だった。
「まあそう来ますよね」
 グレイが咄嗟に膝をつく。
 一瞬僅かに沈むボード、グレイの上を海水で出来た触手が薙ぎ払う。
 海神の攻撃だ、と認識し身構える隙を突く様に、今度は海面下から配下オブリビオン達が飛び出して襲い掛かってくる。
 その内の最前列に居た大蛸を水弾で乱射して勢いを殺し、そのまま盾代わりにしてさっさとその場を離脱する。その退路を狙って振るわれる海神の触手もしっかり先読みし、潜り抜けた。
 まるで好きにしろと言わんばかりの海神ではあるが、実際に猟兵の行動すべてを看過するわけではない。
 何をしても良い。けど、こちらも何でもする。
 何を持って行っても良い。だが、持って行った物も含めそれ以上の全てを奪う。
 それが海神の在り方。
 グレイの行動を許すでも許さぬでもなく、ただ粛々と対応する。
 メガリスは見つけられず、猟兵達に先を越され、こんな閉所で戦う事になった事は、出し抜かれたと言って良い。それでも微塵も焦りを見せず淡々と猟兵に対処する海神は、ある意味で予想外だ。
 もっと欲望に忠実な、ともすれば理性など有って無い様な怪物の可能性も有った。同種のコンキスタドールにそんな可能性が存在していてもおかしくないくらいに。
 いや、実際に欲望に忠実ではあるのだろう。
 今は理性的でともすれば読み易い迎撃が多い分、いつ豹変するか、何をしてくるのかが嫌な圧として精神に負荷を掛けてくる。
「でも、わたくしにかまけていていいのかしら?」
 圧を掛ける相手が違う。
 グレイの目的は脅威の排除。つまりは支援活動だ。
 それを封じた所で猟兵達は止まらない。驚異の中にだって飛び込んで行く。そして、グレイに触手を伸ばしている隙を突いて海神を堕とす。
 だからどう転んでもグレイの行動は全体への支援となるのだ。
 ――それを、海神が理解していないとも思えないが。
「急に泳ぎやすくなったと思ったら、サルベージ船が居たのかい」
 ふと声がしたと思った直後、グレイに迫っていたオブリビオン群が細切れになった。
 波が真っ赤に染まって、一瞬で海流に押し流されたのち、ざばりと顔を出したのはマチルダだ。
 まるでプールサイドで佇む様に見えるが場所は大荒れの海の上。サーフィン中のグレイに並走して事も無げに話し掛ける様は異常でしかない。
「高値のゴミはこちらで回収させて貰っているわ」
「そりゃ助かる。代わりに生ゴミはこっちで片付けといてやるよ」
 笑って返したマチルダが直ぐに悍ましい程の怒気を放った。
 道中ひたすらに鬱陶しい瓦礫にも手を焼いたが、マチルダ相手にも喰らい付こうとする配下共はなお腹が立つ。
 自称神を切り刻む、その行く手を阻む身の程知らずのオブリビオン群。
 容易に蹴散らせるとは言え、それでもまんまと時間稼ぎをされている事も含めて、憎たらしいったらない。
 ふつふつと静かに煮えるハラワタ。噴き出す怒気は沸騰した血潮の蒸気だ。
 それらはマチルダの眼前を朱く染め、その全身に憤怒の力を齎す。
「神も神なら信徒さえ鬱陶しいね! そんなに死にたきゃ鮫の餌にしてやるよ!」
 吼えるマチルダ。
 応じる様にうねり押し寄せる高波に、メイルストロームで操る水流を叩き付けた。
 末端は爆ぜ、盛り上がった海面はそのまま真っ直ぐ沈み込む。高波に乗じて攻め掛かろうとした配下達も同様に、相殺で生じた急激な水圧に潰されながら沈んでいく。
 それは一瞬。
 波が通じぬなら泳ぎ出す。
 だが、その一瞬の間を逃す程マチルダは優しくないし、遅くもない。
「もう一遍死んで出直しなぁ!!」
 鮮血と肉塊が海中に舞う。
 荒れ狂う水流を意に介さず縦横無尽に泳ぎ回るマチルダを捕らえられる者など居ない。
 捕らえるどころか逃れる事すら不可能だ。
 正面から斬り伏せ、横合いから蹴り飛ばし、背後から撃ち殺す。
 深海を撃ち貫く銃や、海流を引き裂く剣よりも、マチルダ自身の強さが余りに常軌を逸していた。
「とんでもない速さね……」
 グレイがそう呟く間に片手で足りない数の死体が波間に消える。
 斬ったのか撃ったのかも捉えられない早業で進む仲間。その進路上にある沈没船をグレイが水弾を束ねた水砲でバラバラにした。
 その瓦礫を剣と水流で押し退けてマチルダはなおも進む。
 海の覇者を阻める者など居ない。
 居るとすればそれは、海そのもの。他ならぬ海神だけだ。
 だからマチルダには直ぐに分かった。秘宝『メイルストローム』で操れない急流が周囲のオブリビオンごとマチルダを薙ぎ払った時、「それが海神だ」と。
「――やっとお出ましかい」
 零す言葉には、怒気と殺気が混じり込む。
 向けた先は自称・神。こちらを見下ろし微笑んでいる性悪女だ。
 今の海流は海神の身体の一部、おそらくは触手だろう。元より海水で出来た身体だ、海に沈めば他の海水と区別はつかない。
 海神相手に海中戦を挑む不利は、海の覇者と言えど避けられず、計り知れない。
 操れない海流、見えない攻撃。例え毒や精神汚染を跳ね除けたとしても、海神の身体の中を泳ぐのは自殺行為に他ならない。
「でも、これで確定だ。あんたは海じゃない。少なくとも『この世全ての海』じゃあないって事だ!」
 マチルダが怒りに任せ水流を生む。
 それは海神の身体とは違う、純粋な海を用いた海流だ。
 生み出したうねりが、目に見えない海神の触手とぶつかって押し退け合う。
 海を名乗る神が、海に邪魔されているなんて、傑作だ。
 思えば和邇ヶ島の神も海神の娘で海の神だと言う。初めからこの海神は別の海神と争っていたのだ。
 全てのものは海へと還る。
 それはマチルダもそうだ。彼女とて永遠ではない、いつかは海に還るということを受け入れてもいる。
「だがそれは今じゃないし、ここでもない」
「いつかもどこかも変わらないわぁ。死に方を選べるうちに死んでおくのも手だと思うけど、どうかしらぁ」
 周囲の毒気を弾き飛ばすマチルダの覇気を、更に上からねっとりと包み込まんとする妖気が纏わりつく。
 ようやく辿り着いた。
 ずっと見えていたのに言葉を交わすだけで随分と泳がされた。
 だと言うのに返ってきた言葉もまた鬱陶しい。
「わたしに還ればわたしの宝をあげるわよ? 失われた財宝の数々はもうわたしの中にしかないのだから」
 言葉と同時に繰り出される触手が海面を貫き、マチルダの行く手を塞ぐ。
「いつか行くなら今じゃなくて良いって言ってるのがわからないのかい。それともう一つ言うなら……あんたみたいな鬱陶しい神の元になんざ還る気はないね!」
 その触手も言葉も蹴っ飛ばして振るう刃が更に前へとマチルダを押し進める。
 だが、マチルダの身体がじくりと痛んだ。
 怒気を孕み覇気を纏い殺気を宿すマチルダに怯みもなければ恐れもない。故に海神にも気付かれはしないが、しかし確実にその身は蝕まれつつあった。
 配下共に咬まれた覚えはない。
 瓦礫に打たれた覚えもない。
 ともすれば触手の毒気にやられたか。
 でなければ、自らを蝕んだか。
 マチルダは心身を侵す激痛さえ気力で捩じ伏せ、剣を振るった。
 秘宝が生み出す海流を竜巻にして叩き付ける。その衝撃が、海神が放とうとした津波を抉り、吹き飛ばした。
「いいえ、同じことよ」
 ぎり、と奥歯を噛むマチルダに、にたりと微笑む海神が向き直る。
 愛おし気に、脳までとろけた様な狂った瞳で。
「いずれはわたしも還って、――呑み込んで――、わたしが『骸の海』になるんだからぁ」
 それが、欲望の行き着く先。
 世界は一つではない。
 海だって一つではない。
 だけど『骸の海』は一つで、そして全てが還る場所だ。
 微笑む海神が、欲望の権化が、そうなる事を望まぬわけが無い。
 いずれは全てがわたしに還る。それはつまり、そう言う事。
「は! 大層な夢を語るね!」
 笑った。
 それがどんな感情から発せられたものかは分からない。
 つい気に入ったのか、あるいは嫌悪が極まったのか、単純に度を越した怒りが笑いに変わっただけかも知れない。
 ただ分かるのは一つだけ。
 この神は殺すべきだ。
 今、ここで。
「あんたがあたしの還る海さえ呑み込まない様に、念入りにぶっ殺してやるよ!」
「好きにするといいわ。出来るならねぇ」
 猛るマチルダの全身に力が漲る。と同時に走る苦痛を噛み殺し、水を蹴った。
 海神の身体は操れない。逆に言えば操れない海水全てが海神本体だ。
 だったらそれをぶっ殺す。
 流れを操れないと知れた端からぶち抜いてぶった斬る。
 元より海水で出来た身体に急所など無い。なら、あの喋る頭部をぶち抜くのも極太の触手を捩じ切るのもダメージとしては同じはずだ。
 ただし、事はそう簡単には進まない。
 水流を操れない海神の身体。その中にも財宝は有るのだ。
「……ッ!」
 水中から見えない海流がマチルダを襲い、それをマチルダが斬り飛ばした時に気が付いた。
 海神の身体に含まれた財宝。それが海流に乗ってマチルダへと迫り、至近距離で放たれる。
 宝石や金貨が散弾の様に、いや、榴弾の如く炸裂した。
 ――鬱陶しい。
 瓦礫や配下どころではない。
 咄嗟に切り払い、避けようとしたが、躱し切れなかった物が幾つかマチルダの皮膚に減り込んだ。
「あら、わたしの方が好き勝手してるみたいねぇ」
 くすっ、と海神が嗤う。
 金貨も宝石もマチルダのシー・ミストレスとは違う。水中で弾丸の様に放てば一気に勢いを減衰させられる。
 加えてメイルストロームの水流操作があればマチルダに届き得る物など無い。
 それを全て覆すの様な戦法に、マチルダが息を漏らす。
 うねる水流。海神の触手。
 それを受け流した直後、至近で炸裂する宝石群。
 ――鬱陶しい。
 銃床で金貨を叩き、斬撃で宝石を斬り飛ばす。
 自分の周囲の水流だけでも操って迫る財宝の弾丸を押し退ける。
 それでも、幾らかは肌に突き刺さった。
 触手から離れれば、海神と距離を取れば、恐らくは躱し切れる。だがそれは海神にとっても同じだ。
 距離を取ってしまえばマチルダの攻撃は弾丸しか届かなくなり、その弾丸も距離を理由に防がれてしまうだろう。
 離れた位置で銃を撃つだけで勝てる相手ではない。
 だが、近付けば確実に削られる。
 ――鬱陶しい。
 そのもどかしさが生む怒りが、殺意が、マチルダを極限まで強くする。
 一掻きで爆ぜる海水、稲妻の様に奔る身体、振りかざす剣と銃が金貨や宝石ごと触手をズタズタに引き千切る。
 そしてその反動はマチルダをも苦しめる。
 それだけではない。マチルダが受けた金貨や宝石の弾丸は、イソギンチャクへと変じ、マチルダからエネルギーを吸い出していく。
 力を振るう程に傷付くマチルダ。対し、海神はマチルダから奪ったエネルギーで触手を再生し始めた。
「どこまでも鬱陶しいやつだね!」
 吼える様に叫んだマチルダが、一瞬で身体に生えたイソギンチャクを細切れにした。
 この程度でどうにかなるようなやわな身体はしていない。
 強化されるのは攻撃力だけでもない。
 触手の毒も、財宝の弾も、マチルダには大したダメージを与えてはいない。
 この程度で。
 鬱陶しいだけの攻撃で、海の覇者が止められるものか。
「わたしのセリフね、それ」
 にこりと海神が微笑んだ。
 瞬間、マチルダの身体を海神の触手が打ん殴る。
 触手を受け流し、攻撃に転じようとしたその瞬間に、第二第三の触手が飛んで来たのだ。
 極めつけは海上からの一撃。
 不意を突かれ物量でも圧され捌き切れなくなった所を叩かれ、そしてトドメに海神が津波を引き起こす。
 咄嗟に操った水流で相殺し、せめて押し流されない様にと構えた所でマチルダが固まった。
 相殺した正面の波。そこに浮かぶ金貨群。
 相殺出来ず横を抜けていく波にも勿論、金貨や宝石が含まれている。
 囲まれた。
 そう認識した時には退路は無く、マチルダは笑って武器を構えるしかなかった。
 が、
 構えた直後にマチルダの身体が水上に放り出されていた。
「……はあ?」
 思わず間の抜けた声が出た。
 何が起きたかはギリギリ理解出来る。何か得体の知れない巨大な物に下から掬い上げられたのだ。
 その勢いで天井すれすれまで打ち上げられたが、追撃は無い。
 それもその筈だ。マチルダが見下ろした海上では、海神と得体の知れない何かが向き合っていた。
 真っ黒な毛皮に無数の黄金と呪詛を纏った巨大な怪物、ナミル・タグイール。あんなものと対峙してしまえば海神と言えど余所見している余裕は無い。
 マチルダにしたってなんで掬い上げられたのか分からなかったが、いや待てよと思い付く。
 つい一瞬前まで、マチルダは金貨に囲まれていたな、と。
「金ぴかゲットにゃぁあああッ!!!」
 どっぱぁぁああん!!!と弾け飛ぶ海水。
 海神かただの海かなんて区別は無い。ただ金貨を奪い取るのに邪魔な物は海水も瓦礫も宝石群さえもぶっ飛ばしていた。
 海神と並ぶかそれ以上の巨体を手に入れたナミルにとって金貨なんて砂粒みたいなものなのだが、黄金に関しては神懸かり的に目聡いナミルは見逃さない。
 なんならこの状態でも砂金の一粒を見逃さないし見逃せないだろう。
 そんなナミルがここまで辿り着いたのなら、始まる事はただ一つ。
 戦い、ではなく、強奪だ。
「持ってる金ピカ、全ッッッ部寄越せにゃあああああ!!!!」
 剛爪が振るわれる。邪魔な水をぶっ飛ばして、宙に浮かんだ金塊を片っ端から奪い去る為に。
 海水で出来た身体には防御と言う概念が無い。身の固めようが無いからだ。そこへ強烈な一撃が加えられれば成す術無く海神が爆ぜて散る。
 無論、それだけで勝てはしない。海水には防御の概念同様に負傷の概念も無い。何某かの決定打が無ければナミルの爆撃じみた猫パンチでも海神を仕留め切るには至らないが、確実に削れてはいるらしく、海神が少し考えるような素振りで後退する。
 ナミルはそれを、追わなかった。
 それより黄金に夢中だ。
 ナミルのユーベルコード『満たされぬ欲望』は、黄金への渇望を爆発させ、それに比例した身体サイズと戦闘力を得る。
 マチルダの使うユーベルコードと似ていながら代償も無しにマチルダ以上の力を得ているのは、ひとえにナミルの欲が余りに強過ぎるから。それは呪詛と呼べる程に、それ自体が多大な代償と成る程に。
 何よりも大きな代償は冷静な判断が出来ない事と、傍から見ても何の感情が爆発しているか分かり易いという事だ。
 それが分ってしまえば対策は容易。
「黄金が欲しいなら、幾らでもあげるわよぉ」
「欲しいにゃ! 寄越せにゃ!!」
 案の定、海神の言葉にナミルが喰い付いた。
 攻撃(強奪)の手は緩めないが、その目は真っ直ぐに海神を見る。
 そこへ取り出された海神の秘宝は、濡れた様に輝く美しい黄金の真球。
 その黄金球に海神が指を付けると、とぷん、と指が沈み込んだ。
 まるで水の様な黄金。沈んだ指がそのまま貫通し、黄金球は黄金の指輪となった。
 不思議な事にそれは勝手に外れたりはせず、海神の流動的な身体にもしっかりとフィットしていた。
「本当は指輪じゃなくて腕輪なのだけれど……。これはわたしの最愛のメガリス、『滴る黄金』よぉ。ドラウプニルなんて別名もあるわねぇ」
「むにゅむにゅした金ピカにゃ!? 寄越せにゃ!」
「ただムニュムニュしてるだけじゃないのよ? なんとこれ、月夜の晩に滴り落ちて、新たな黄金を生み出すのぉ」
「増える金ピカにゃ!? 寄越せにゃ!!」
 ぎらぎらと欲に塗れた瞳を輝かせ、黄金を強請るナミル。
 メガリス『滴る黄金』は確かに一級品の大秘宝である。
 金の卵を産む鶏や金の成る木に並ぶ黄金製造機。しかもそれ自体が黄金だ。
 だが、だとしても、それを得たナミルが止まるわけはない。
 次を寄越せ、もっと寄越せと喚くに決まっている。
 だからと言って交渉も不可能だ。目の前でちらつかせた時点でそれはナミルに奪われる事が確定しているのだから。
 では何故そんな宝を出したか、マチルダにはよく分かっていた。
「はい、どうぞぉ」
 交渉は無かった。
 惜しみもしなかった。
 海神の取って置きの黄金はあっさりとナミルの手に渡り、同時にナミルの身体を津波が呑み込んだ。
「にゃぶっ!」
 突如顔面を覆う海水。
 ナミルは咄嗟に目を閉じ、黄金を手放さないように握り込む。
 だが咄嗟に出来たのはそこまでで、肝心の踏ん張るとか身構えるとかはやっている暇が無い。
 それでもナミルの巨体なら堪えられただろう。しかし、その巨体も僅かに縮み、結果として海底から足が浮いてしまっていたのだった。
「どんな渇望も、嚥下の刹那は満たされる」
 ほんの一瞬だけ満たされた渇望、それは同時にほんの一瞬ナミルの強化が解けた事を示す。
 今回はグレイのサポートも無し。加えて海神自ら一撃を放ったのだ。
 津波が直撃し押し流されるナミルの頭の中は「黄金を手放したくない」でいっぱいになっている。それもまた渇望ではあるが、その渇望では海神に挑む理由が無い。
 駄目押しとばかりに巨大な触手郡を一斉にナミルへと叩き付け、更に流されるナミルの周囲へ金塊を浮かべてやった。
 ここで踏ん張れば周りの金塊はどっかへ流されてしまう。全てを欲するなら一緒に流されながら取らなければならない。
「ぎにゃー! へるぷにゃ!」
 その抱え切れない強欲故にパニックに陥った黒猫は、黄金と共に流されていったのだった。
「あの子はまた後で。毒もあまり効いていないみたいだし……あらぁ?」
 強敵ナミルをあしらった海神が声を上げた。
 天井付近まで打ち上げられたマチルダが居ない。
 ナミルの強襲があって意識から外してはいたが、どうせ退かないだろうと思っていた。
 退いたのか潜んだのか、……もしかするとナミルと一緒に押し流したのだろうか。
「うふ。考えてる暇も無いのねぇ」
 海神が妖艶に微笑んで、踵を返す。
 その動作だけで周囲は渦を巻き、渦潮が広がっていく。
 その先に、新たな敵が迫って来ていた。



●火花散らす軍勢
 鮫の感覚器、ロレンチーニ器官。
 極微弱な電位差を感知する電気受容感覚の一種。略して電覚。視覚・聴覚に並ぶ鮫の特徴的な感覚器官の一つだ。
 余りにも突出した能力で、筋肉が発する微弱な電流すら感知すると言われる。
 無論、鮫でありサメであるブルースにもその器官は存在する。『サメ映画のサメ』へと変貌している今ならロレンチーニ器官もかなり強化されている。
 と言うか強化の域を越えて進化していさえいる。
「ゼンシン! ゼンシン! ススメーッ!!」
 ブルースが宙を泳ぎながら吼える。
 肉食獣とは違う、怪物らしい気味の悪い咆哮だが、しかしそれは鮫には通じない。
 和邇ヶ島の鮫達は人に慣れてはいるが会話が出来たわけではない。当然ブルースの言葉が通じるわけもない。サメ語なるものがあれば話が別だがブルースの言葉は片言の人語である。
 だが鮫達は従う。宙を泳ぐ空群はその背に死霊従者を乗せて、海を泳ぐ海群は最前列に喜介を置いて。
 間違いなくブルースを指揮官として動く鮫の大群は近付くオブリビオン群を容赦無く、時に過剰な程執拗に、喰らい付いて骸へと変えていく。
「すごいですね、ロレンチーニ器官。受信だけじゃなく送信もできるなんて」
 シノギが言いながらブルースの頭をぺちぺちと叩いた。
 頭の先に存在する器官。本来は電気を感じるだけで発する事など出来ないが、そこはブルース。サメ映画のサメに不可能は無い。
「サメ映画のながいレキシのなかにはデンキザメもいてね。たとえばシャーク・ショッ……いや、あれはただのタイデンでハツデンとはちがうかな? デカいデンキウナギみたいなのだとでもおもってよ」
「ロレンチーニ器官を発電器官に改造したデンキウナギなんていませんよ。鼻から臭い出してるようなもんじゃないですか」
「でもメ(目)からコウセン(光線)はでるじゃん?」
「出ますね」
 成程納得、と言いながら掌の代わりにブルースの頭をポムと叩くシノギ。
 扱いが雑ではあるが、気を抜くとマジモンの拳かチェーンソーが振り下ろされかねないのでブルース的にはこれでもほっとしていたり。
「ところで」
 話は変わって、シノギはブルースの背をよじよじと移動して下を覗く。
 やや前方、まだ浅瀬ではあるが一応海の底を歩く男が一人。喜介だ。
 鮫、つまり和邇ヶ島の島民を守ると息巻いた彼は息も出来ない海底を進む羽目になっていた。
 それも全ては鮫の為。時折流されてくる瓦礫を得意の一刀でバラバラに叩き割る。その為にも海の中でさえ地に足付けてなければならない。
 ちなみに呼吸は撃剣の衝撃で周囲の水が吹き飛んだ瞬間のみ可能である。
「地味ですねぇ」
「いやいや、たすかってるよ」
 思ったよりも敵は遠く、物量は限り無い。
 鮫群は野生ながらエリート集団。中でもブルースが目を付けた一部の鮫達は怪物化したブルースにもチェーンソー吹かすシノギにも恐れない。
 そんな鮫達でも流石に押し寄せる荒波の中を逆走しつつ瓦礫を避けるのは無理が有る。加えてオブリビオン群の相手をしながらとなれば被害は更に大きくなるのだが、喜介の一刀はそれら全ての悪循環を断ち切っていた。
 波を吹き飛ばせば逆走は無くなり、瓦礫を打ち壊せば被弾も無くなり、敵郡を怯ませれば苦戦も無くなる。
 ブルースの指示が有ってもどうにもならない、指示通りに動けない状況と言うのを、喜介が悉くぶち壊してくれている。
 助かる、と言うのは本音だ。
 逆に喜介に任せるべき場面や喜介の攻撃を阻害しない位置取り等の指示は適宜出していた。
「シノギのほうはどう?」
「ぼちぼちです」
 シノギの部下、海賊死霊達は鮫よりは数が少ない。代わりに鮫と違って命知らずで使い潰しが効くと言う利点がある。
 なにより、強い。そこらの配下オブリビオンなら問題にならないくらいの戦闘力は有している。問題は海と言うロケーションだが、鮫達が足代わりになってくれているので機動力も敵と同等かそれ以上だ。
 あと喜介と違って呼吸の必要が無いのが地味に便利だったり。
 海群は機動力、空群はチェーンソーを活かして蹂躙を押し進めていく。
 ついでにお宝を回収するのも忘れない。歩を進めるにつれシノギとその部下たちが段々豪奢に飾られていくのが印象的な一団だった。
「どのお宝も保存状態最悪ですけど稼ぎとしては悪くない。ですが『わからせる』のはこれからです」
 シノギが言って、チェーンソーを叫ばせる。怨嗟の籠った亡者共の雄叫びに、ブルース以外の鮫達まで本能的に震え上がった。
 その直ぐ後、眼前の高波が捻れ、横に流れ出す。
 宙を泳ぐブルース達は気付く。ただ波が横に流れたのではない、それは高波を呑み込む程の渦潮が発生したのだ。
 発生源は無論海神。人型を取りながら大小無数の触手を生やした肢体が振り向き、その余波で周囲の海水が振り回された結果の渦潮だった。
「今度は大勢ねぇ。愉しませてあげるわぁ」
 薄霧がかかる程の水飛沫の中でも熱っぽく感じる声だが、覚えるのは等しく寒気。微笑みの海神が誘うように指を蠢かせ、猟兵達を見下ろしていた。
 嫌な笑みだ、と思った瞬間、視線を切る様に水柱が上がる。
 発破に似た衝撃波。その発生源は魚雷や機雷ではなく喜介である。
「民草に手ェ出そうったってそうはいかねぇ! 先ずはおれと一戦交えてもらおうか!」
 嬉々として吼える喜介。一瞬ただの名乗り上げかと思うブルースだが、巻き上げられた水柱の中に不自然な水の塊を見て察する。
 触手だ。
 海水で出来た海神の触手は海中では殆ど目に見えない。
 視覚だけではなく、嗅覚でも捉えられず、筋肉すら持たないが故に電覚にすら掛からない。
 辛うじて水の動きにより聴覚と触覚が機能するが、これだけ荒れた海の中ではただの水か海神かを見極める術など無いに等しい。
「いやらしいね。いろいろと」
 呟くブルースの前では、乳房に似せた水袋を両腕で抱き上げ強調する海神。やたらと煽情的なのも欲望の化身故だろう。
 有難い事に精神を侵食する媚毒の類は和邇神のメガリスで中和出来る筈だが、全ての毒が無効化されるわけではない。迂闊に突っ込めば不可視の触手により毒を受ける可能性は高い。
 ……どうしたものか。
 指示を出す以上、全ての鮫の命運はブルースに掛かっていると言って良い。
 命を惜しむような鮫は居ないがだからと言って特攻させるのは違う。
 喜介の剣が守れるのも切っ先が届く範囲のみ。
 さて。そうなると頼れるのは一人だけだ。
「シノギ」
「わかってますよ」
 ブルースのいつになく真剣な声に、いつも通りの声でシノギが返す。
 ブルースとは違ってシノギの指示に言葉は要らない。霊感か魂で察しろとばかりに一瞥するだけで、死霊の海賊達が動き出した。
 構えたチェーンソーを、サメの鼻先へ。
 騎馬兵の突撃槍になぞらえたチャージの構えだ。
「私の部下が乗ってるのは守らせます。鮫にチェーンソーは無敵のコンビなのでこれで安心です。他のは取りこぼした雑魚の処理にでも当てましょう」
 海神以外のオブリビオン群も厄介だが、そちらを余った鮫に任せる。
 ヤバそうなのを喜介とシノギの部下達が処理出来れば文字通りの雑魚や水死体程度は難無く食い散らかせるだろう。
 その雑魚共を見逃した結果メガリスを盗まれると言う大事故も避けられるので雑魚狩りだって無駄ではない。
「ありがとう。じゃ、そういうフォーメーションで!」
 バチン、とブルースの鼻先が爆ぜる。
 つぶらな瞳が獰猛な血の色を帯び、怪物が進撃を開始した。
 鮫は咆えないし喋らない。静かに忍び寄り一口で全てを食い千切る。
 ただし今回は正面戦闘。望まれるのは沈黙ではなく鬨の声。
 故に、ブルースに代わりシノギが、シノギに代わりチェーンソーが咆哮を上げた。
 エンジンの唸りは憎悪、刀身の金属音は悲哀、爆音は地獄の合唱を織り成し、更なる地獄を形作る。
「愛らしいのに悍ましい……いいわぁ。そういうのも味があるわねぇ」
「お前が味わうのは苦痛だけです」
 恍惚に微笑む海神へ、シノギが狂気に満ちた笑みを浮かべた。
 見開いた目と三日月に裂けた口。手にした呪詛の塊が、彼女が生み出した地獄に見える凄惨な笑み。
 しかし海神は並の神経なら引き攣る笑顔を見て更に笑みを濃くするばかり。
 欲を言うならば、その苦痛さえしゃぶりつくしたい、と。
「――気に食わない」
 ぼそ、と、シノギが零す。
 なに?とブルースが尋ねる前に銜えさせられたチェーンソーのチェーンが引かれ、口の端にぐさりと減り込む。
「走れブルース様! 私に後悔させないでくださいよ!」
「ハイ!!」
 手綱に操られるまま、映画の中の怪物が現実に牙を剥く。
 巨大化し発達した胸鰭を馬の前脚の様に持ち上げて嘶いた直後、急加速して海神へと突撃した。
 続く空群も一斉に空を飛び、群れを成して飛び掛かっていく。
 海の神へ挑む魚の群れ。その結末など火を見るより明らかだ。
 海神が手首を返し追い払う様に振るった途端、足下の海水がうねり、水の壁と成って鮫群の進撃を阻む。
 凄まじい水流とそれに含まれる瓦礫の山が歴戦の人食い鮫や超古代の巨大鮫さえ怯ませた。
 飛び込めば成す術も無くズタズタにされる。
 神へと挑む身の程知らずにも一目で分かる力量差。その向こう側で、海神が微笑んだ。
 が、唯一ブルースだけが何事も無かったかのように水壁を通り抜けた。
「あら」
 虚を突かれ驚きながら海神が逆の手を返す。
 突破はされるだろうと読んでいたが、まるで無視されるとは思わなかった。だからか咄嗟に同じ手を使った。
 再度聳え立つ水壁。それを再度何事も無く通過するブルース。
 水も、瓦礫も、ブルースの巨体を只々通り抜けるだけだった。
 傷を付ける事も進路を変える事も出来ない、文字通り擦り抜けて迫るブルースには力量差すら眼中に無い。
「これぞゴースト! サメ映画のサメをはばめるモノはない!」
 物質透過能力はサメの嗜みとばかりにブルースが笑う。
 砂漠でも室内でも泳げる鮫が、瓦礫や水流で封じられるものか。ましてや今のブルースは死にすら阻めぬ鮫である。
 鮫を捕らえたいのならサメ映画のアンチ・シャーク・サイエンス(略してASS)を学んで来るべきだ。捻り出されるものは総じてクソだが、オチは付く。
 残念ながら今の海神に作れるのは配下と触手くらいなもの。二枚目の水壁もすり抜けられ、最後に振るえたのは二本の触手。
 だがこれはユーベルコードだ。
 現実を書き換える道理知らずの異能力。
 ならば、例え物質透過能力を以てしても、その能力ごと蝕める。
「かも知れませんね」
 シノギが呟く。
 実際はどうか知らない。
 海神の触手が直撃しないまでも毒と精神汚染でブルースを侵す事もあるだろうし、ブルースのユーベルコードが海神を上回る可能性も大いに有り得る。
 が、試してやる心算は無い。
 眼前を覆う直径数メートル級の巨大触手に、チェーンソーの刃が食い込んだ。
 劈く様な悲鳴と共に上がる水飛沫。まるで潤滑油の様にチェーンに絡み付いた呪詛が、海神の毒気も神気も喰い千切っていた。
 宙に舞った触手の末端がするりと解けて海へと還る。そうして降り注ぐ雨さえ擦り抜けてブルースが突っ込む。
 近付けば近付く程に明確になる体格差。鯨もかくやと言わんばかりに巨大化したブルースでさえ一口では食べ切れない御尊顔に、針の先の如く微細なチェーンソーが触れた。
 瞬間、火花の代わりに水飛沫が上がる。
 それも尋常では無い勢いで撒き散らされ、血であり肉である海水をごっそりと削り取った。
 流体故の修復能力が仇となって次から次へとチェーンに巻き込まれたのだろう。それが刀であれば擦り傷程度にしかならない筈が、シノギが斬った海神の頬は惨たらしいくらいに抉れていた。
 しかしそれも一瞬。シノギ達が通り過ぎ、その姿を追って振り返った海神の頬は、初めと同じく嫋やかな水面を湛えていた。
 無傷、なんて事はない。
 海神には膨大だが有限である体積が存在する。それを削る事は文字通り血肉を削ぎ落すのと同じ。
 それが分かっているから海神は幾重にも壁を用意していたのだが、無敵の神体さえ傷付ける無敵のコンビには通用しなかった。
「シノギサイキョー! チェーンソー様サイキョー!」
「得意げなところ悪いのですが、水壁貫通は私の股間がウルトラウォシュレットするので控えてください」
「あっ、それはゴメン」
 ギリギリと引き絞られる手綱から伝わる憤怒に、ブルースが真面目に謝った。
 壁を抜けられるのはブルースだけ。下手するとシノギの股座に瓦礫や財宝が直撃する大事故も有り得る。特にオブリビオンに噛み付かれる事態は何としても避けたいところ。
 そんな懸念を解消するのがサメ軍団だ。
 二人にやや遅れながらも水壁を突破して来た鮫と海賊霊は、手土産代わりにオブリビオンの死骸をばら撒く。朱に染まる海が盛り上がろうと、すかさず死霊が電ノコを振り下ろし、鮫が喰らい付き、壁が壁を成す前にオブリビオンごと打ち砕いた。
 無敵のコンビはシノギとブルースだけじゃない。即席だがシノギとブルースの指揮下で完璧な連携を取れる死霊と鮫のコンビもまた無敵である。
「そんなにがっつかなくても良いのにぃ」
 困った子たちねぇ、と零す海神を、気付けば無数の軍勢が取り囲んでいた。
 渦巻く海原の水面下でさえ睨み合う鮫と神の軍勢達。
 ただならぬ気配はシノギの振るう鋸の呪詛だけが原因ではない。和邇ヶ島の同胞を奪われた鮫達の恨み辛みもまた呪怨となって海神を取り囲んでいた。
 崇めたのも愛したのもお前ではない。
 お前は我等の神ではない。
 そんな拒絶の意思が、憤怒と憎悪が、鮫でなければ泣き出していた程の悲哀が、ロレンチーニ器官を通じてブルースにも流れ込む。
「さあ、サメの楽園は目の前だ。同胞らよ、猟兵とともに敵を打ち破れ!」
 ブルースが吼える。
 鮫に似つかぬ口上を。
 言葉は電磁波と成り、電磁波は火花と成って鮫達の心に火を点す。
 神も友も奪われて最後に残った寂れた故郷。その楽園だけは奪わせない。
 声無き声で鮫達が雄叫びを上げる中、海賊死霊達もまたチェーンソーを振り上げ、呻き声を轟かせていた。



●竜と神
「聞こえましたわね、サメの声が」
 ざあざあと降り頻る海水の雨を浴びながら、ニィエンが彼方を見やる。
 悲痛なまでの怒りの咆哮。その声にならない叫びは荒波に阻まれてなおニィエンへと届いていた。
 鮫の生きる世界では奪い奪われる事など日常に過ぎないが、だから怒りを覚えないなんて事は無い。
 例え和邇ヶ島の滅亡が自然の摂理であったとしても、例え滅ぼした元凶が自然の化身だったとしても、嘆き苦しみ、怒り狂う事さえ自然な事だ。
 鮫と言えどたかが魚類。知恵持たぬ者の心など無きに等しい。――そう断じて聞き流すには、ニィエンが聞いた声は余りにも鮮烈過ぎた。
「私も負けていられません。一刻も早く馳せ参じなければ!」
 自ら無念を晴らそうとする鮫達。しかしそれは新たな無念を生みかねない。
 幾つもの濁流が荒波の壁を作り出し、それを強烈な渦潮が呑み込んでいく。その拮抗を崩し、渦潮が天へと延び、折り重なる荒波を根こそぎ巻き上げていく。
 片や海神の起こした津波。片やニィエンが起こした竜巻。二つの天災のぶつかり合いには配下の海棲生物まで呑み込まれ、両者は喰らい合い、殺し合いながら、海原を赤く赤く染めていた。
 そんな地獄めいた惨状を制し、ニィエンの竜巻が津波を押し返す。
 実際には竜巻を召喚したわけではない。召喚したのは鮫の大群であり、竜巻は鮫達が飛翔により引き起こした余波だ。
 海神の身動ぎが高波を生む様に、鮫魔術により強化された鮫の大群も遊泳で竜巻を起こせる。
 その上ニィエンの呼び出した鮫の数と質はそこらの鮫魔術師の比ではない。地下空洞と言う閉所で渦巻く風が海水を巻き上げて凄まじい暴威と化していた。
 問題は竜巻自体を操っているわけではないので制動がほぼ効かない所だが、大した事は無い。
 元より竜巻はおまけに過ぎず、津波を押し返すのに都合が良いから使っているだけ。
 そんなものより、それを引き起こした鮫軍団の方が脅威であるのは当然だ。
「他愛無い。それで海神の神使とは情けないですね」
 蛸に烏賊に海月に磯巾着にと、兎角触手の多い物ばかりが選出された海神の配下達は、そのどれもが取るに足らない雑魚ばかり。竜巻と鮫達によって真面に身動き取れないままいい様にやられていく。
 それは海神によっていいように使われていた和邇ヶ島の鮫達と同じ。圧倒的な力を前に捩じ伏せられていく。
 思い知らせる様に、叩き付ける様に、ニィエンはオブリビオンを一匹残らず蹂躙していった。
「あらあら、みぃんな還っていくわねぇ」
 蹂躙と進撃の果てに漸く辿り着いたニィエンに向けられた言葉。
 海神は、ハラワタを撒き散らしながら千切れ飛ぶ配下達を見下ろしながら笑っていた。
 焦りも煽りも無い。ただ当然の様に受け入れ、寧ろ労いさえする様な笑顔。
 ――自らの指揮で死に追いやったと言うのに。
「まるで他人事……そうやって島のサメも操っていたんでしょう?」
「操ってなんていないわよぉ。ただちょーっとだけ、欲望に忠実になってもらっただけよ?」
 海棲生物は文字通り海が棲み処だ。棲み処である海神を守るのは当然の事。更に毒や精神侵食で暴走させてしまえば、本能の赴くままに暴れるだけの存在になる。
 守るべきは海。それ以外は敵。
 和邇ヶ島の鮫は生存圏たる『海』と同列に『島』を想っていたが、それでも『誰が敵かも分からない』状態に陥り、結果として『島近海に近付く者全てを攻撃する』と言う形で暴走し続けていた。
 それが原因で和邇ヶ島沖では鮫同士の睨み合いや喰らい合いが勃発し、多くの血が流れた。
 操ってはいない。
 ただ、自分に都合が良くなるよう、毒を撒いただけ。
「それを! いいように操ってるって言うんですわ!」
 バツンッ!と音を立てて水が弾け飛ぶ。
 怒りのままに咬み千切られた海神の触手。ニィエンが駆る鮫の一撃を合図に、数十の鮫の群が一斉に海神へと襲い掛かった。
 ニィエンの鮫だけではない。逆方向からは空を飛ぶ鮫に跨った海賊死霊と、それを率いるシノギとブルースが。水面下でも鮫達が必死に弱いオブリビオンに噛み付き、時折喜介が爆破じみた斬撃を放っている。
 猟兵達に囲まれ、配下も瓦礫も財宝も、己の身体さえも喰い千切られ、それでも海神は笑っていた。
「余裕ですか」
「えぇ、もちろん」
 ニィエンが口の端を吊り上げれば、海神が目を細めて嗤う。
 そして、海水で出来た数多の触手を繰り出した。
 それは他の触手とは違う。それぞれが色を帯び、形をより独特な物に変じていく。
 例えばそれは頭足類の触手。筋肉の塊で、吸盤が幾つも並び、敵を捕らえて締め付ける。
 或いはそれは海月の触手。細くて長く、力も無いが、強力無比な毒を持つ。
 海にして神。形持たぬ不定の概念。故に借りる形は下位存在である人や海棲生物のものばかり。
 だがそれは、姿形が似せたとて、下位存在では体現出来ないほどの脅威。
「――ッ!」
 ニィエンが息を呑み、跨っていた鮫の進行方向を曲げた。
 寸での所で避けた触手群がそのまま後ろからついて来ていた鮫達へと向かう。
 しょぼいと言い捨てた配下達と同じ触手。鮫達の牙と鋸で噛み千切るのは容易だ。しかし海神の触手は質も量も桁違いだった。
 喰い千切れば内から侵され脳が快楽に犯され瞬時に廃魚と化し、鋸は触手と吸盤が纏わりついて切れ味が鈍りやがて捕らわれる。それでも触手の数を減らせれば押し勝てたのかも知れないが、何よりもその数が多過ぎた。
 なにせ相手は海そのもの。その気になれば地下空洞内の地底湖全てを触手に出来る筈だ。例えその前に海神が形を維持する力を失うとしても、そこに至るまで物量作戦を仕掛けると言うのは無理が有る。
 見れば反対側でも触手に押し返され、シノギ達がチェーンソーで、喜介が木刀で、それぞれ触手をバラバラに引き裂いている。
 物量では敵わない。
 当然の帰結。ただ、ニィエンも初めから量で押す気は無い。
「立て直しを!」
 鮫達に指示を飛ばし、触手を躱しながら後退する。
 如何な物量を誇ろうとも根元から距離を取れば密度は減り、躱し易くはなる。それを利用して立て直した鮫達は綺麗な隊列を組んだ。
 噛み千切れないなら回転鋸を使うしかない。だが鋸は触手に絡め取られる。一匹では。
 隊列を組んだ鮫達が触手群に突撃する。鬱蒼とした密林の様な触手を片っ端から刎ね飛ばし、少しでも刃に触手が絡みそうなら別の鮫がそれを斬る。
 毒も精神侵食も多少ならば和邇ヶ島のメガリスが軽減し無効化出来る。直接流し込まなければ害は無い。
「私は道中でお目当てのメガリスは手に入ったのであなたはもうどうでもいいんですのよ! さっさと消えてくださいな!」
 束ねられた触手群をズタズタに引き千切り、鮫の魚群が突破する。
 密集地帯を抜けて向かう先は海神。その道中に蔓延る無尽蔵の触手群に、軌道を変えたニィエンが襲い掛かった。
 蹂躙する。ただそれだけを目的に。
 敢えて竜化のメガリスを用いないのは、海神が見下し、使い捨てた鮫達の怒りと強さを示す為。
 我が身を削ぎ落し竜化を押し進めた狂気の竜王とて、捨てた物を見下していたわけではない。
 だから、まだ、この技を覚えている。
 棄てられず、変えられず、竜王ではなかった頃からずっと従えてきた鮫達を。
「シャーク・トルネード!!」
 再度突っ込むその前に、ニィエンが新たに鮫を呼び寄せる。
 宙に渦巻く魔法陣が光の竜巻と化し、内から鮫魔術による改造を受けた巨大鮫が飛び出して来る。
 竜化はしない。
 見せつけるのだ。
 海神の触手も配下も、鮫に捕食されるだけの雑魚に過ぎないと。
「それならぁ、これならどうかしらぁ?」
 海神が嗤う。触手の向こうから。
 紐状に渦巻く海水が色付き、触手と化して襲い掛かって来る。
 蛸や烏賊に似た怪力触手。
 海月に似た媚毒触手。
 加えて、一際巨大で禍々しい、取って置きの触手。
 もはや何を元にしたかも分からない、一薙ぎで鮫数匹を肉塊に変える程の暴力。それが他の触手郡に紛れ、突如それらを引き千切りながら現れた。
「ッ甘いですわ!」
 ニィエンが叫び、同時に鮫達が隊列を崩して散開した。
 鮫の強靭な筋力による急加速は大雑把に振るわれる超巨大触手を避けるなど造作も無い。
 散会と集合の隙も超巨大触手が他触手を蹴散らすせいで問題にはならなかった。
 とっておきすらこの程度。
 そう思った瞬間、再び超巨大触手が現れた。
 今度は眼前。引き千切られ海水に戻った触手が飛沫となって、その向こうから一際巨大な触手が振るわれる。
「散開――ッ!」
 号令。
 応えて、鮫が動きだす。
 が、間に合わない。
「――なに……っ!?」
 爆ぜる音がした。
 水と、それと肉が。
 ニィエンが振り返れば、明らかに数を減らした鮫達と、赤い肉片と、拉げて回る鋸の刃。
 それをそうした触手は、先程のものとは明らかに違う。
 流麗ささえ感じる澄んだ海水の触手。その中に、淡く輝く光の筋が見えた。
「『流る龍鬣(りゅうりょう)』」
 声がした。
 笑みを噛み殺した、嘲りの声が。
「元は竜の鬣や龍の髭。私の身体にも適応する『竜化のメガリス』よぉ」
 竜化。
 ドラゴンの姿や力を与える秘宝。
 ユーベルコードとメガリスを融合したその触手は取って置きの中の取って置き。数は用意出来ない分、特別強力な切り札だ。
 出し抜かれた、と言う気持ちは無い。損害は大きいがニィエンは無傷だ。
 だが、そんな事はどうでも良い。
 それより問題なのは、
「あなたが鮫の強さを示すならぁ、私は竜の強さを再認識させてあげるわぁ」
 意地の悪い笑い声が聞こえた。
 海神は言外に語る。
 人も、鮫も、竜さえも。
 所詮は神の傀儡に過ぎぬと。 



●愛故の侮辱
「まいったね、ちかづけないよこれ」
 ブルースがぼやき、自分を絡め取ろうとする触手から離れるように泳ぐ。
 背に乗ったシノギもチェーンソーを振るいながら同じ事を思ったらしく、さすがに突っ込めとは命じない。
「回転数が落ちますね。毒以外にも面倒な効果があるみたいです」
「ぼくのスピードがおちてるのもそのせいかな」
 チェーンソーが触手を切り刻むたびに、少しずつチェーンが遅くなっていく。
 攻撃力の減少という、恐らくはユーベルコードの効能。ほんの僅かではあるが信じられない物量で重ね掛けされるその効果が確実に二人の力を奪っていった。
 一度大きく後退するかして効果が消え去るのを待ちたいが、そうすれば折角刻んだ触手が海水に戻り、再び海神の身体へと吸収されてしまう。
 かと言って強引に突破しようにも、触手群に隠れた『取って置き』が邪魔をする。
 ブルースでも全てを回避するのは難しく、透過すればシノギに直撃し、それをチェーンソーで防ごうとも両断する前に衝撃でぶっ飛ばされるだろう。
 だから突破するなら部下や鮫達も動員して犠牲を出しながら削り合うしかない。
 それさえもシノギなら躊躇わない。どうせ死霊達は死霊だ、死にやしないのだから。
 が、それでもそうしないのは、海神を挟んで反対側で振るわれる触手が原因だ。
 ニィエンとニィエンが呼び出した鮫達が翻弄され、喰らい付いている超巨大触手。その一本だけが遠目で見ても別格に強い。
「アレがこっちむいたらマズイよね」
 と、冷静に分析しつつ回遊するブルースがシノギの様子を窺う。
 一応、手綱を握っているのはシノギだ。シノギが突撃するのなら従う心算でもある。痛手深手は避けられないとして、それでも鮫とチェーンソーは無敵のコンビ。やってやれない事は無い。
 しかしシノギは手綱を引かず、鞭を入れる事も無い。
 ただ一言、「は」と言って笑った。
「舐めてますね、完全に」
 シノギの目が淀む。
 見詰めた先の海神は相も変わらず余裕の微笑。
 全てを与え、全てを奪う。強欲なる海は、その気紛れひとつで救済も滅亡も与え得る。
 だがそれは思い違いで思い上がりだ。
 シノギの淀んだ瞳がじぃっと海神を見据えた後、ふいに外される。
 同時に引かれた手綱は海神とは逆方向。ブルースが驚きながらも戦域を離脱する。
 直後、入れ替わる様に誰かが二人の隣を通り過ぎた。
 一瞬鮫かと思ったが、違う。それより明らかに小柄な、かつ圧倒的なスピードを誇る何かが触手群に突っ込んで行く。
「なにあれ!?」
「さあ? どこぞの海賊でしょう」
 ブルースに雑な返答を返す間にも突撃した人影は触手群を凄まじい勢いでバラバラにし、巨大触手さえ集中砲火でぶち抜きながら海へと落ちていく。
 その超高速は驚くべき事に飛翔能力ではなく水泳能力から生じたもの。海に落ちた途端に更なる加速を得て視界から消えてしまっていた。
 海中でも触手に苦戦していた鮫達が驚き、喜介がごぼごぼと空気を漏らしながら笑う。
 その影の正体など知れている。
 シノギと同じ、海神の思い上がりと勘違いが気に喰わなくて仕方ない、そんな誰かだ。
 海神は全てを与え、全てを奪う。海の様に深く広い愛ゆえに。
 だがその愛は、ある種の人が小動物を潜在的に見下し、その弱さや愚かさを愛おしいと思うのと同等のものだ。
 故にその愛は侮辱と同じ。
 見下し、見限り、見ている様で何も見ていやしない、一方的で自分勝手な愛情。
 それだけでも受け入れ難いと言うのに、海神は事も有ろうか目を離したのだ。
 ナミルが現れた途端、その海賊から目を離した。
 それは、単純な脅威として、海神やナミルより格下として扱ったのと同じ。
 文字通り「お前など眼中に無い」と言われたようなものだった。
「気に喰わないねぇ!」
 引き攣った様な笑みを浮かべて海賊が奔る。
 海を、そして空さえも、海豚や飛魚の様に超高速で泳ぎ回り飛び回るマチルダが、怒りと共に弾丸をばら撒くと同時に剣を振るう。
 海中であろうと決して衰えぬ破壊力を有する弾丸の軌道を、操った水流でもって強引に曲げる。それは追尾弾と化し、海中で犇めく配下も触手も逃さずに撃ち抜いて行った。
 蹂躙。
 その二文字を表すのは、単身で身を投じた一人の海賊。
 無視され見逃された屈辱がハラワタを煮えくり返し、吹き零れた激怒がマチルダの四肢に行き渡る。
 爆発する憤怒が殺意へと昇華され、身に纏う覇気へと洗練される。
 怒気は戦闘力を増し、殺気は技の冴えを増し、覇気は精神を固めていく。
 覇気によりあらゆる精神干渉を跳ね除けるに至ったマチルダは、怒りながらも狂わない。
 敵を見誤らず、隙を見逃さず、己を見失わない。
「このあたしを舐めた奴は、全員ぶっ殺す!」
 吼える様な宣言と共に脚が水を蹴れば、荒れた海流をぶった切って諸共に触手群を寸断した。
 この速度、この威力を前にしては、鈍い配下共など瓦礫と変わらない。成す術なんて探す暇も無い程一瞬で細切れにされ、慌てふためく隙すら与えず穴だらけにされていく。
 そうして溢れ出た血の色の煙幕が海に溶け込んでいた触手を浮き上がらせ、マチルダの絶対的な暴力によってズタズタに引き千切られた。
「出て来な海神ぃ! あたしの手で死ぬまで殺してやるよ!」
 凄惨な笑い声と宣戦布告。
 触手なんぞでは止められない、覇者の凱旋。
 それを食い止めんとして振るわれるのは、やはり触手。
 ただし、その内には無数の金銀宝石が含まれていた。
「二度も同じ手は喰わないよ!」
 マチルダが触手に向かって弾丸を撃ち込んだ。
 衝撃で触手が爆ぜ、弾丸が金貨や宝石を撃ち砕く。
 しかし直後、新たな宝石が触手から放たれた。
 その宝石はマチルダの放った弾丸と同じ形をした宝石弾。否、マチルダの放った弾丸を宝石化した、宝石弾だ。
「これはねぇ、『瞬く輝石』っていう、石化の中でも珍しい宝石化のメガリスよぉ」
 海神が笑う。自慢気に、愛おし気に。
 海神の掌の中で輝く巨大な輝石。その輝きを浴びた瓦礫や弾丸、死骸の山が、次々に美しい宝石と化していく。
 それを今度はユーベルコードと触手の水流で操り、散弾の様にしてばら撒いた。
 マチルダが喰らった攻撃と同じだ。
 宝石や金貨自体の殺傷力は低いが、喰らえば、喰われる。
 撃ち込まれた弾丸は磯巾着に変じ、魔力や生命力、ユーベルコードやメガリスの力、あらゆるエネルギーを吸い出し、海神の力へと変換するのだ。
 マチルダが振るう三種の力も奪われる。それは忌避すべきだが、それ以上に嫌悪が勝ったマチルダが剣を振り上げた。
「しつこいねぇ! あんたにはそれしか無いのかい!」
 散弾と言えど、今のマチルダにとっては躱せないほどのものではない。
 ライフル弾でも躱せそうな彼女に対し、弾速より範囲を取った散弾では尚の事容易い。
 斬撃と剣圧に加え、弾幕を駆使したマチルダが、あろう事か真正面から宝石の散弾を突破した。
 だが、そこで攻撃は終わらない。
 剣と銃とで撃ち砕かれた宝石が弾き返されながらも磯巾着へと姿を変える。
 それだけならそのまま落ちていくだけで問題は無い。が、海神は笑ってメガリスを掲げた。
 宝石は磯巾着へ。
 そして磯巾着は、再び宝石へ。
 まるで永久機関の如く宝石化と生物化を繰り返し、散弾は絶え間無くマチルダを襲い続ける。
「――ッほんっとに鬱陶しいったらないね! いい加減にしな!!」
 激情に駆られ振るった両の武器が全方位から迫る無数の散弾を叩き落とす。
 生物化も宝石化も一瞬では終わらない。そのラグが有るからこそ追い詰められたりはしないのだが、余りにもしつこ過ぎる。
 それに砕けば砕く程に数は増え、粉にした所で海神がしれっと追加の宝石を投げ込んでくる。
 終わる気がしない攻防は、エネルギーを奪えないまでも消耗させてやろうと言う魂胆と、進退窮まった姿を見て楽しもうと言う性の悪さが見て取れた。
 ここまで気に障るばかりの敵もそうはいない。
 わざと煽っているならまだ分かるが、恐らく海神のあれは天然だ。
 このイヤらしい攻撃方法も挑発や嫌がらせではなく、ただただ愛でようとしているだけ。
 耐え切れずに被弾し、そのまま死んだとしても、海神は「あらあら」で済ませて骸を奪い、辱めるだろう。
「やっぱり、あんたなんかに還るわけにはいかないんだよ!」
 拒絶を叫び、マチルダの剣が触手を斬り飛ばした。
 毒と宝石を運ぶ触手は、切断され、海神から離れれば海水に戻る。
 戻ったとしても直ぐに海神に還ってしまうが、その前にマチルダがその水流を操った。
 マチルダと同じ名を持つ剣、メイルストローム。その水流操作の力を以て、ただの海水に戻った触手を宝石群へと叩き付ける。
 どうせ海神に還るなら、とっとと還れ邪魔臭い。そう言わんばかりに弾き飛ばされた海水と宝石群、ついでに磯巾着が、大きくマチルダから距離を取らされた。
「あら、宝石要らないのぉ?」
「そんな傷だらけで混じりもんだらけの屑石なんていらないね! あんたからの贈りもんなら尚更さ!」
 それでもしつこく飛来する宝石を砕いて止めて水流で押し返し、突っ返す。
 地下空洞の闇の中、水飛沫と宝石片が星屑みたいに煌めいて、その陰で忌まわしき神と怒れる者とがかち合った。
「へぇ、――やるものねぇ」
 感心は本心だった。
 無尽蔵の触手と、永久機関と化した宝石群。その分厚過ぎる攻撃と防御の荒波を切り開き、ついにマチルダの刃は神に届いたのだ。
 浅い。僅かに脇腹を引っ掻いた程度の攻撃だ。
 しかしそれを皮切りにしてマチルダの猛攻が、――始まらなかった。
「ッ!?」
 ガクン、と、脚が取られた。
 触手に絡め取られたかと振り向きざまに剣を振るうも、そこには何も無い。
 触手でも無ければ磯巾着でも無い。毒でも無いし、そもそも海神が原因ですら無い。
 一拍遅れて、マチルダが気付く。
 これは、自分のせいだ。
 怒りを始めとした感情を力に変えて戦ったマチルダは、ナミルと同じ末路を辿ったのだ。
 怒りのままに剣を振るい、その切っ先が漸く届いた。その瞬間、ほんの僅かではあるが、気が晴れてしまったのだった。
 それだけならきっと大した事は無かっただろう。
 怒りなんてこの神相手なら次から次へと湧いてくる。微かに晴れた所で、それ以上に新たな怒りが煮え滾るからだ。
 だと言うのに足を取られたと勘違いする程に脚が重くなったのは、『代償』のせい。
 肉体強化の枠を超えた戦闘力強化は、マチルダが操る二つのメガリスにまで及ぶ。その力は絶大ではあるが、それ故に綻ぶ筈の無い制御すらも緩んでしまう。
 緩んだ制御が齎すのは力の暴走による『自傷』か、力の侵食による『被毒』か、或いは、緩んだ制御が自身にまで影響を及ぼす事による『呪縛』か。
 いずれにせよ得た力がそれらのデメリットを凌駕している内は良い。
 だが気を弛めた瞬間、代償は突然やってくる。
 疲弊した肉体が一度倒れれば起き上がれなくなる様に、まるで全ての力が急激に失われたかの様に。
「下手打ったかい……!」
 怒りは力。
 殺意さえ技の冴えとし、覇を唱えた。
 だが結局怒りは怒り。御した心算でも視野が狭まった事に気付けない。
 これではあの猫の呪詛と同じだと、そう思った時、頭上に微笑む海神が見えた。
 何度見ても腹の立つ、舐め腐った微笑が、――爆ぜた。
 正確には、頭部に何かが着弾した。
 元より海水で出来た中身の無い頭部は爆ぜた所で直ぐ元に戻る。が、頭を吹っ飛ばした何かは続けて首や胸を撃ち続け、その内に沈む財宝や宝石を排除していく。
「あれは……」
 何かとは、水の弾丸。
 水飛沫に紛れて海神の周囲に浮かんでいた水の珠が、次々と海神の身体へ撃ち込まれていく。それも正確に、確実に、内包する宝石群を取り除く様に。
 水弾は宝石を砕かない。磯巾着は撃ち抜くが、宝石の散弾を丸ごと水で包んで押し退ける。やっている事はマチルダの水流操作の精密操作版だ。
「いかがかしら、わたくしの商品は」
 ふと、頭上で声がした。
 海上、マチルダの上で波に乗っている女が一人。
 こんな戦場でサーフィンしてる上にパイプまで吹かしている、ある意味海神以上に舐め切った態度のグレイ・ゴーストだ。
「強欲商人が。海賊相手に恩を売ろうたぁ、ずいぶん冒険したもんだねぇ」
 気に喰わない、なんて思いながらマチルダが笑う。
 そうだ、恩など買うものか。
 ユーベルコードを解き、メガリスの制御を安定させ、自身に及んだ呪縛を解く。
 代償が呪縛だったのは幸いだ。一番容易に立て直せる。
 つまりはまだ戦える。
「買って欲しけりゃついてきな! あんたの方が礼を言うくらい儲けさせてやるよ!」
「いいわね! その儲け話、乗りましょう」
 海賊と商人が結託する。
 それを見下ろし、なおも海神は微笑を浮かべていた。



●神堕とし
 神とは上位存在だ。
 概念を生み出すもの、或いは、概念そのもの。
 神を討つとは概念を超越し概念を消し飛ばすという事。それは文字通り世界を変えるに等しい行為。
 人の手では……否、人ならざる者の手によってでも、叶わぬ事。
 だと言うのに猟兵は抗う。
 そして、鮫も同じく。
 ただの魚風情がどうして神に敵うなどと思ったか。そもそも敵う心算など無かったか。
 それが今まで暮らしていた母なる海だとしても、故に討ち果たせば陸に打ち上げられ死に絶えるとしても、そんな事はどうでも良いのだ。
 ただ気に喰わないから喰らい付く。
 鮫の中に有るのは血の色をした欲望のみ。
「――ダメだ! これいじょうはとめられないよ!」
 ブルースがそう叫ぶ時にはもう鮫達は暴走を始めていた。
 海神の毒気による精神侵食。その狂気から脱して冷静になったのは確かだが、だからこそ海神を前にして冷静ではいられない。
 自らの怒りによって自らが狂う。そうしてブルースの制御と指揮を振り切った鮫達の進撃は始まった。
 瓦礫や財宝に削られ、血を撒き散らしながらも触手に喰らい付く。夥しい数の触手が鮮血に染まった鮫の群れに次々と喰い千切られていく様は傍目には快進撃にも見えたかも知れない。だが実際には命をすり減らしていくだけの自殺行為だ。
 触手の毒ごと喰らい、ただただ傷付く鮫達を嘲笑う様に、千切れた触手が蘇る。海水で出来た触手など幾らでも再生成出来るしあらゆる意味で痛くも痒くも無い。それでも攻撃の手を弛めない鮫達を見下ろして海神が微笑んだ。
「戦術もクソもないですね……! ならせめて、務めを果たしなさい!」
 船長として多くの海賊を率いるシノギの集団戦術もこうなってはどうしようもない。命じられた死霊達も鮫と同じく傷付く事を厭わずチェーンソーを振り回す。
 それで幾ばくかの鮫を守れたとして、死霊が乗っていない鮫は守れない。眼下では喜介の撃剣による防衛ラインを飛び越えて敵に噛み付こうとする鮫が続出していた。
 鮫が前に出てしまっては喜介も本気で剣を振るえない。そうなると被害は一気に拡大する。
「攻め切るしかないですね」
 ふう、とシノギが息を吐く。
 相手は神。思い上がり、酷い勘違いをしている痛々しいコンキスタドールだが、このままでは勝てない事くらいはシノギにも分かっている。
 面倒でも慎重に手順を踏まねばならない。大海賊とて船も無く航海に出て地図も無く宝島へ辿り着けるなんて事は無いのだ。それもシノギなら出来なくもない気はするが、それはそれ。
 だから、仕方ない、と息を吐く。
「ま、時間稼ぎは十分でしょう」
 誰ともなく呟く。
 集団戦術は大海賊の嗜み。
 だからこうなる事はある程度予想出来ていた。
 そして、こうなっても大丈夫だという事も。
「必ずあの神を地に堕とす」
 宣言と共に、シノギとブルースの隣を岩が飛んで行く。
 その岩に結ばれたロープが突出した鮫に絡み付き、強引に引っ張り戻す。次いで血だらけの鮫を引き戻した反動で、ロープの端を掴んでいた修介が飛び出して行った。
 シノギが集団戦を得意とする様に、修介は情報戦を得意とする。それは戦闘に至るまでの長期的な諜報戦ではなく、戦場において戦いの中から見破る洞察戦。
 見徹。
 その為の時間は十分過ぎるほどに齎されていた。
 即席の流星錘を用いた空中移動。それは、水中では調息が使えず、毒水相手では素手で打つのも躊躇われる修介が編み出した戦闘術。
 十分な加速を得た岩とロープは海水の触手を易々と両断する。元より防御力皆無の身体だ、何の変哲も無い岩と縄でも引き裂ける。どうせ再生されるが体積を削り取るだけならばこれで十二分だ。
「闘りようはある」
 修介は確信していた。
 敵だけではなく、仲間も戦場も、そして自分をも観据える修介にとって、他の猟兵達が稼いだ時間は何よりも貴重な財宝だった。
 相手は毒持ち。しかも軟体系で物量もある。相性は最悪で、修介の武器である呼吸・肉体・意思が全て無効化されかねない。
 流石は上位存在にして海そのものを自称するだけは有る。
 だが、それでも闘りようはあるのだ。
 例えば、神話に学ぶ神殺し。それには大きく分けて二つの事例が存在する。一つは神ないし神に等しい者が神を殺す例。もう一つは、神が人の位にまで堕ちて来て討たれる例。
 純粋な神であればおおよそ死なぬものを、混じるなり堕ちるなりして人の手の届く場所にそっ首を晒す神が居る。見る事も触れる事も叶わない筈の存在が、わざわざ人の前に死ねる身体に宿って現れるのだ。
 海神もそうだ。海でありながら形を持つのは既に海ならざる者へと変じている証。
 あとはその形作った足を掴み、引き摺り降ろしてしまえば良い。
「流石は海だ。『透けて見える』ぞ」
 修介が鮫を踏み付けて弾き飛ばし、回転させた流星錘で触手を打ち払う。
 霧散した海水が肌を濡らす感触。構わず放った錘が、今度はするりと躱された。
 触手もただ無抵抗で千切られるわけではない。その変幻自在な肉体は衝撃の吸収だけでなく回避にも長けていた。
 避けられた錘を引き戻し、その加速を利用して逆側の錘を放って見れば、今度は触手が『ただの海水』へと解けて錘を躱して見せた。が、綱が真下に引かれ急に軌道を変えた錘を躱せず、解けた触手はそのまま爆ぜる。
「余りに見え透いているが、罠ではなさそうだ」
 呑み込む様に呟いて修介が宙に立つ。
 七曜が用意した足場の一つは、修介が被り、打ち払った水で塗れていた。
 水。
 海神の肉体を構成するもの。
 海神が人型や触手を作ろうと、海水は基本的に海水のままだ。少なくとも海水が臓器や筋肉を作っているわけではない。
 だから修介は当たりを付けた。『海神の目は、何も見えていない』と。
 そもそも光を受容する器官である眼球が海水で作られた半透明性では役に立つはずも無く、ましてや海神は殆ど常時微笑んでいる為に目を細めるか閉じている。瞼もまた半透明ではあるが、それで見えているとはやはり考え難い。
 逆に考えれば目が見える必要は無いのだろう。ここは和邇地蔵を退かして明り取りを作るまで真っ暗闇だった地下空洞で、海神も光届かぬ深海や夜の海である筈なのだから。
 そうなると海神の索敵能力は視覚以外に頼らざるを得ない。
 鮫のロレンチーニ器官や海豚のエコーロケーションなどを模す事は出来るかも知れない。が、それは海中でなければ機能し難く、陸を襲い鳥をも落とすならば他の器官が必要だ。
 例えば、それらよりもっと単純で分かり易い感覚器、触覚。
 海神は海、即ち海水。その波や飛沫に触れた物を感知出来るのなら、他の感覚器など粗末で構わないだろう。
 そして検証は終わった。
 触手を弾き、浴びた返り血ならぬ返り水。それが身体からだらだらと滴っている間の攻撃はかなりの確率で回避される。逆に水滴を弾き水に触れなければ大抵の攻撃は通る。
 配下のオブリビオンの動きからも敵の位置を探れるのだろうが、それでは精度が格段に落ちる様だ。
 見据えている。見え透いている、海神の情報を。
「――ッふ!」
 鋭く息を吐き、見えない足場を蹴る。
 荒ぶる波が中空へ撒き散らすはソナー代わりの波飛沫。それを丸ごと飛び越えて天井すれすれから縄を振るう。
 ぼばッ!と音を立てて触手が爆ぜた。
 一拍遅れて他の触手が迎撃に向かうが、修介は既にそこに居ない。
 触れられねば知れぬ触覚では、移動と攻撃を同時にこなす修介は捕らえられない。
 七曜が用意した足場が、天井から生えた石柱が、各々好き勝手に暴れ回る鮫と死霊達が、全て錘と縄を通じて修介の足掛かりとなる。
 追えるものなら追ってみろとばかりに猛攻を仕掛ける修介に対し、海神の反撃は滑稽な程的外れな方向へと飛んでいた。
 相性の不利。
 完封も有り得た天敵。
 それを、修介は一方的に蹂躙する。
「人知の及ぶ神など、神ではない」
 ロープに結んだ岩をより大きく重い物に取り換えながら修介が語る。
 死霊と相乗りした鮫の眼下ではあらぬ方向を見て微笑む海神。こうして俯瞰してみれば何故触手を必要以上に大量生成したのかもよく分かる。
 敵を近付けない為、ではなく、近付いた敵を素早く感知する為だったのだと。
「堕ちたな、神よ。人の手が届く場所まで」
 言って、修介が鮫の背から跳ぶ。
 渾身を持って振るわれた一撃。
 流星の名の如く打ち下ろされた岩石が、振り返った海神の頬面を思い切り殴り飛ばした。
 


●大過の大渦
 海の底が知れた。
 無限大・無尽蔵に思えた存在も、ただの巨大な水溜まりだと分かってしまえば威厳など何もない。
「まるで夜明けね」
 グレイがパイプに口付けて微笑んだ。
 月も星も無い夜の海は怖い。自分が何処に居るのか、何処へ向かえば良いのか、何処に何が潜んでいるのか、何もかもが分からないから。
 しかし陽が昇れば全ては一変する。明るみに出た海はただ広いだけで何も無いと直ぐに知れるからだ。
 ましてや海の底にさえ陽が差し込むほどになれば怯える者など誰も居ない。美しい海だと感動すら覚えるだろう。
 そうして人は海を愛でる。海神が人を、全てを、愛する様に。侮り、見下す、その証として。
「安心しな、あたしは格下相手にキレ散らかすほど短気じゃないからさぁ!」
 グレイの視線を受けてマチルダが返す。
 海に生きる海賊は海辺の観光客とは違う。海を相手に油断や慢心などする筈も無い。
 格下扱いも格上扱いもしない。そんなものは決着と共に知れる事。今はただ真っ直ぐに怒りをぶつければ良い。
「無様晒してないで、さっさとこっち向きなぁ!」
 怒号が響き、弾丸がぶちまけられた。
 海中を水流ごとぶち抜く無数の凶弾が、水流よりも遥かに分厚い水の触手に防がれる。
 まだ海神は死んでいない。
 頭部を跡形も無く吹き飛ばされても揺らぐ事さえなく、マチルダの弾幕を上回る数の触手を振り回した。
「――……うふ」
 ごぼ、と、水が泡立つ。
 頭を失った首の断面から、ごぼごぼと笑い声が溢れ出す。
「うふ、ふふふ。うふうふふふふ……」
 零れた水と泡が渦を巻き、何事も無かったかの様に再生成される海神の頭部を猟兵達が見上げていた。
 その間にも続く笑い声が徐々に異常性を帯びていく。
 可笑しくて堪らない。
 愛しくて堪らない。
 嬉しくて堪らない。
 そんな歓喜に淀み濁った笑い声が響く。
 闘争心も欲の内、戦闘狂としての資質も持ち合わせる海神だが、今笑っているのはそれが原因ではない。
 猟兵達が強くて、手こずって、追い込まれてなお喜んでいるのは、信じているからだ。
 それだけの力を持つ存在も、いずれは海に還り、我が物に出来るのだと。
「くふふふふふふっ!」
 微笑みが哄笑へと変わり、触手の群れが洪水へと変わった。
 一斉に水面へと叩き付けられた触手群がそのまま海中へ潜り解けて海流へと変わる。膨大な衝撃と質量が巨大な波紋となって周囲の全てを押し退けた。
 水圧だけで瓦礫も財宝も拉げ、配下オブリビオンまでもが潰れて圧死していく。その死の波紋はマチルダさえ押し返す。
 深海に適応し自在に泳げるマチルダとて例外ではない。潰れて死なぬだけで尋常では無いが、さしもの海賊と言えどこの洪水を真向から泳ぎ切る事は叶わない。
「ッどこまでも鬱陶しい!」
 それでも捩じ伏せんとする憤怒が脚を伝い、限界まで圧縮された海水を更なる圧力で蹴り飛ばした。
 押し寄せるは何もかもが潰れた残骸。財宝も宝石も生物も区別がつかなくなったそれらを曲剣が切り刻む。
「――ッ!」
 剣を握る手が軋む。
 柄を通じて流れ込む力の奔流は反動にして代償。蝕まれたマチルダの動きは精彩を欠き、自身の腕力さえ制御が利かなくなっていく。
 ならばと逆の手に握った銃を乱射し、巨大な瓦礫を蜂の巣にして脆くなったそこへ手加減無しの前蹴りを叩き込む。巨大船のどてっばらにさえ風穴を空ける一撃にも反動と代償は伴い、逆の手からも痺れが伝わり感覚を鈍らせる。
 知った事かと、マチルダが奥歯を噛み締めた。
 どいつもこいつも鬱陶しい。マチルダの邪魔をするのなら、毒だろうが呪縛だろうが、捩じ伏せてやる。
 剣と銃、両の柄を握り潰さんばかりに握り締め、マチルダが更に水を蹴った。
 それが悪手なのは知っている。
 ただでさえ制御が利かなくなっているのにその上で更に力を引き出そうとすれば遅かれ早かれ必ず自滅する。それはきっと、海神を捩じ伏せる前に。
 だがここで流されて再び戦線離脱していられるか? 舐め腐って嗤いやがった神さま気取りに背を向けられるのか?
 それは無理だ。
「舐めんじゃないよ……ッ!」
 それは自己嫌悪。
 己を過小評価する己への憤怒。
 そんな自身への殺意さえ力に変えて、マチルダは最後の波を切り裂いた。
 激流が散って波飛沫越しに海神のにやけた面が見えた。
 そこが、限界だった。
 とうに限界を迎えていた肉体が、腕だけでなく全身が、遂に瞬き一つ出来ないほどガチガチに強張った。
 舌打ちする事さえ出来やしない。そのまま沈んでいくしかない。
 届かなかった。
 もう一度ユーベルコードを解いて立て直さなければ。
 と、そんな事を考えたマチルダを、数十もの弾丸が撃ち抜いた。
 一つ一つは大した威力も無い、マチルダの強化された肉体では皮膚を突き破る事さえ出来ない小石だ。しかしその弾丸が撃ち込まれた箇所から、一瞬で力が霧散するのを感じた。
 ――またあの磯巾着か。
 そう思ったマチルダだが、直ぐにそれが違う事に気が付いた。
 奪われ霧散した力は、メガリスの力。即ち『毒と呪縛』のみ。
 ふと目をやればマチルダに撃ち込まれた白い弾丸が、どす黒く変色していくのが見て取れた。
「商人といい、あたしを利用しようって奴が多いみたいだね」
 く、と短く笑い、マチルダが四肢へ力を込めた。
 先程とは違う。完全に制御を取り戻した肉体とメガリスがぶっ壊れそうなほどの力の奔流を滾らせる。
 聖銀による浄化がマチルダの代償を肩代わりした。なんとも簡単なようでいて大胆な作戦だ。思い付いた奴は頭のネジがぶっ飛んでいるに違いない。
 しかし上等。
 利用したいなら利用されてやる。
 ただし、御し切れるなどと思うな。
「このあたしを舐めた奴は! 全ッ員!! ぶっ殺す!!!」
 獰猛な咆哮が海鳴りを掻き消して轟いた。
 直後、振り上げた曲剣がその刀身の如く海流を捻じ曲げる。
 恐るべき海、その象徴たる津波を、意のままに。
 曲げられた海流は海神を中心に渦を巻き、超巨大な渦潮へと姿を変えた。
 操れない海神の触手が渦に巻き込まれ引き千切られていく。その様を見渡し、マチルダが笑い返す。
「覚悟しな!」
 言葉と共に放たれた無数の弾丸を触手群が防ぐ。
 爆ぜて千切れ水飛沫と化す触手、防ぎ切れなかった弾丸が海神の肌にもクレーターと言う波紋を立てていった。
「くふ、ふふふ……っ!」
 対峙した海神はなおも笑いなんがら触手を振るい、それをマチルダがメイルストロームで斬り飛ばす。
 しつこく繰り返される金貨や宝石の散弾。今度はマチルダの方が捌き切れないその弾幕を、脇から放たれた水弾が撃ち落としていく。
 視線を上げればサーフボードに立つグレイの姿。自由なる板は、風の波にさえ乗っていた。
「良い大渦ね、風も気持ち良いわ」
 荒ぶる波は風を起こす。津波に倣って向かい風だった先程とは違い、マチルダの起こした渦潮に連れ添う風は乗り易い。
 ついぞ空まで飛んで見せたグレイの放つ水弾は次々と宝石を撃ち落としていく。
 それでも、海神の力は抑え切れなかった。
「ふ。ふ、っはははは!」
 堪えきれずに笑い出した海神の手の上で『瞬く輝石』が燦然と輝いた。
 薄暗い地下空洞の中で一段と眩く輝く石。その光を至近距離で浴びた瓦礫やオブリビオンが次々と宝石化して行く。
 厄介なのはそれらがユーベルコードの弾丸に使われると言うことだけではない。
 最も厄介なのは、輝石の効果範囲に迂闊に近付けないという事。ユーベルコードほどではなくとも瓦礫や配下よりは余程邪魔なのは確かだ。
「出来ればあれも回収したいところなのだけれど……!」
 流石に防御が厚い。
 海神の内側に激流が渦巻き、グレイの水弾もマチルダの弾丸も隠された輝石を撃ち抜くには至らない。
 何処からかの狙撃でも浄化し切れず、白銀は黒く染まって沈むばかり。せめて攻撃に集中出来れば、と、グレイが歯噛みする。
 海神の武器はその質量から生まれる物量。数え切れないほどの触手群は攻撃・防御・再生成を繰り返し絶えず分厚く聳え立つ。
 余裕ぶってはみてもグレイだって攻め切れないのが現状だ。
 周囲にばら撒いた死神のコインが金貨の散弾と相殺し、撃ち落とし合う。これ以上踏み込めばコインも水弾も足りなくなるのは自明の理。
 何かもう一つイベントを起こさなければと、グレイは戦場を見渡した。
「問題無い」
 銀弾がグレイを掠め、マチルダへと突き刺さった。
 再び侵食を始めたメガリスの毒気を浄化し、マチルダが再度暴威と化すのを確認し、シェフィーネスが頷く。
 利用価値の塊みたいな猟兵二人、グレイとマチルダ。その仕事ぶりは凄まじいが、眼鏡に適ったのはその二人だけではない。
 アイオライトと銀弾が導く死出の路を歩むは怒りに気が触れた鮫の群れ。
「己が価値を示せ。そして今までのツケを払わせてやれ」
 踏み躙り、踏み倒してきた価値の数々はもう海神が孕む財宝程度でどうにかなる額ではない。
 銀弾の狙撃で撃ち抜かれ浄化された触手を鮫がいとも容易く食い千切る。反撃さえ気にも留めず進む鮫達を、背に乗った海賊死霊がチェーンソー片手に守り抜く。
 マチルダの憤怒に劣らない烈火の如き激怒。
 邪魔をするものに限らず、再生したばかりの触手も、碌に戦えないオブリビオンも、漂うだけの瓦礫や財宝も、見境無く、躊躇い無く、余す事無く全てに喰らい付き咬み千切る。
 シノギの部下とブルースの指揮、シェフィーネスの援護射撃まで合わせた所で鮫は鮫。ただの一魚類に過ぎない。
 だと言うのに、その進撃は海神を凌駕した。
「――っ!」
 海神の顔から笑みが消える。
 見誤ったのだ、その価値を。
 欲望の海を名乗りながら、鮫達が持つ価値と欲望の多寡を。
 神でありながらそんな事も知らなかった愚物に鮫の進撃を止められる筈も無い。
「そんなに還りたいのなら、今直ぐにでも沈むと良いわぁ……!」
 止められないのなら受け入れてしまえば良いと、海神が両手を広げる。
 これまでだってそうしてきた。これからだって変わらない。
 無防備になった海神へと鮫の群れが喰らい付く。
 群がる鮫が水で出来た身体を食い千切り、その膨大な容量を着実に削り取る。
 その惨状を見下ろして、海神が『瞬く輝石』を発動した。
 同時に放たれる宝石と金貨の散弾が鮫達の進撃を阻み、強引に突っ込んだ者を宝石へと変えていく。
 メガリスを撃ち抜かんと放たれた銀弾も魔弾も悉く宝石へと変じ、海神の残弾に加わるだけ。
 結局は届かない。
 届かないまま、薙ぎ払われる。
 もう一つのメガリス、『流る龍鬣』を取り込んだ龍尾が如き巨大触手が振るわれた。
 ただの一撃でも掠れば肉片と化す。それはニィエンの呼び寄せた鮫が証明していた。
 だが、その証明を否定したのも、ニィエンだった。
「これがドラゴンですって……ッ!? 全ッ然大したことありませんわ!」
 振るわれた龍尾。それを受け止めたニィエンがにっと笑う。
 再召喚した鮫達も回転鋸を唸らせ、超巨大触手を受け止めていた。
 今度は挽き肉になどならない。ニィエンの鮫魔術を受けた改造鮫軍団が海鳴りの様な咆哮を上げて突撃を開始した。
 押し返された龍尾をうねらせもう一度振るおうともニィエンは何度だって受け止める。竜の鱗を模して圧縮された海水に鋸の刃が噛み合って火花の如き飛沫が散った。
「ドラゴンに抗うって言うのぉ?」
 理解出来ないと海神が問う。
 ニィエンは竜王を名乗り、竜王である事に固執していた。
 竜化を受けてドラゴンテイルと化した触手を相手に、鮫と鮫魔術だけで抗うのは主義に反しているとも言える。何せ鮫がドラゴンに劣ると断じていたのは彼女の方なのだから。
 だがそれは違うとニィエンが笑った。
「ドラゴンは、強くて格好良いからドラゴンですの。弱いくせに竜を名乗るなんてむしろ恥知らずですわ」
 ドラゴンが鮫より強いのは確かだ。
 だからこそ、鮫に押し止められたこの触手をドラゴンとは認めない。
 何も矛盾などしていない。ただ、海神ではドラゴンがドラゴンたる証明を出来なかっただけの事。
 そう、ニィエンは抗ったのではなく、試しただけだ。
「やっぱり、この触手は単なる『雑魚』ですの!!」
 それが結論。
 ドラゴンならば敵わない。
 だがそうでないと知れたのなら、敵わぬ理由は一つも無い。
 敵は海。たかが、海だ。
 海など竜王の背に支えられた塩水に過ぎない。
 でかいだけの水溜まり風情が、竜王に歯向かうなど笑止千万。身動ぎ一つで津波が起きるどころか零れ落ちて消えるだけの癖によくもまあ神を名乗れたものだとニィエンが鼻で嗤う。
「世界魚気取り……業が深いのねぇ」
「他人のことが言えた義理ですの?」
 睨み合う神と竜。そして鮫。
 再三振るわれた龍尾がニィエン率いる鮫群と激突し、喰い止められる。
 それどころか龍尾に沿って鮫が泳ぎ、鋸でズタズタに引き裂いていく。
 それは正しくシャーク・トルネード。大群が一個の竜巻と化し、巨大なチェーンソーと成って竜の尾さえも切り刻む。
 ニィエンは自らが乗った鮫に命じて龍尾を抑え込みながら裂け目へ手を伸ばし、『流る龍鬣』の一束を奪い取った。
「っ本当に、狂おしいほど業突く張りなんだからぁ……!」
 メガリスの強奪。
 ニィエンの目的を察した海神が別の触手を生成し、ニィエンへと放った。
 龍尾だけで止まらないなら戦力を追加するだけ。それだけの物量を海神は有している。
 だが、それは失敗だ。
 それは自己否定。
 欲するままに与えると言う自論への矛盾。
 メガリスなど奪わせてしまえば良かったのに、思わず止めに入ったのは、何もかもが間違っていた。
「自らの価値を貶めたな?」
 どこからかシェフィーネスの声が聞こえた。
 と同時に飛来する弾幕が触手群を水泡に帰す。
 だが全てではない。まだ間に合うと、更に触手を動員したのが決定打となった。

 その攻防の隙に、鮫が海神に喰らい付いた。

 腹や脚、触手とは違う。喰らい付いたのは胸の中央の、その内側。
 心臓部に沈めて守っていた、『瞬く輝石』だ。
「――……!」
 絶句。
 笑みも言葉も失って、海神が自身に潜り込んだ鮫を水圧で押し潰す。
 深海よりも破滅的な水圧に圧し潰されて鮫が血を吐くが、飲み込んだメガリスは吐き出さない。
 元よりメガリスは猛毒。喰らえば取り込むか死ぬかの二択。決死の覚悟無くしてその決断は有り得ない。
「よくやった」
 シェフィーネスの銀弾が海神を穿つ。
 水圧に押され威力が落ちた弾丸が周囲の毒を浄化し、潰された鮫の身体を打つ。
 一発ではない。海神をごく一部でも制圧せんと放たれる弾幕は水圧の壁をぶち抜いて鮫を打ち、遂には鮫を海神の身体の中から弾き出した。
 無論無事ではない。内側からは宝石化され、外からは水圧で潰され、威力が落ちていたとはいえ無数の弾丸を浴びたのだから。
「いいもん見せてもらったよ。お陰でもういっぺんキレそうだ」
 もはや骸と化した鮫を水流で受け止めてマチルダが労う。
 そのままグレイの方へ放ってやれば、グレイの水弾が鮫を包み、戦域外まで運び出した。
 直後、足下で爆発が起こる。
 天上をぶち抜かんばかりの勢いで上がった水柱の根元には、民草を守ると誓った喜介の姿があった。
 マチルダの渦潮のお陰で地に足付いたまま海中から脱した喜介。その剣と心がどこまでも熱く激しく昂ぶっていた。
「やってくれたな、ワダツミよぉ」
 鬼の形相。
 音を立てて振り上げた剣。
 それに並び立ち、修介が息を吐く。
 事ここに到れば流星錘は必要無い。喜介と並んで地に足をついて、真っ向から拳を突き付ける。
 そして二人は、同時に息を大きく吸い込んだ。



●蹂躙
「よりによって誰も乗せてなかった鮫が吶喊しましたか。これだから命令聞かないやつは嫌なんですよ」
 シノギが長々と溜息を吐いた。
 鮫の暴走、指示の無視。あまつさえ無謀な突撃の末の撃墜だ。
 やっぱり集団戦もクソも無い。所詮は烏合の衆で鮫畜生だったと言うこと。
「こちとら大海賊なんですよ。ならず者を束ねてなんぼなんです。それが下僕に勝手に死なれたら評判がた落ちです最悪です」
 苛立ちをぶつける様にブルースの背中をガシガシ蹴りながらチェーンソーを吹かす。
 気に喰わない事だらけだ。
 何もかもが思い通りにならない。
 その最たるものが、あの神だ。
「だから、本気の本気でぶち殺します」
「――ああ、そういうこと」
 ブルースが頷いた。
 嗜めた方が良いかとも考えたが、不要な様だ。
 シノギは分かっている。思い違いなど一つも無く、ただ自分が為すべき事を、成したいと思う事を。
 だからブルースは従う。銜えさせられた刃付きのチェーンを噛み締めて。
「ブルース様」
「わかってる」
 バチン!と紫電が奔る。
 劇場版ロレンチーニ器官による電磁放射。それはテレパシーの様に戦場へ広がっていく。
 我を失った鮫にも、ニィエンの鮫にも、ブルースが指示を出した。
 通じるかは分からない。ここからはもう博打と同じだ。
 ただその博打を討つタイミングには意味が有る。
 シノギが口を耳まで裂けんばかりに釣り上げて笑った。
 蹂躙、開始。
 その命令と同時に水柱が上がった。
 喜介と修介、並び立つ二人の武人が放った剣戟と震脚が、大地を打った衝撃だ。
 七曜が幾重にも張った『流転』の防護を全て叩き割り、あわや地下空洞の底をぶち抜きかねない衝撃。
 それは大爆発を引き起こした。
 衝撃で吹き飛ばすだけではない。瞬間的に加えられた膨大に過ぎる圧力が熱を生み、海水を一瞬で蒸発させたのだった。
 水蒸気爆発は地面付近で引き起こされ、海神は丸ごと宙に浮いた。恐るべき事象だった。海が揺らぐどころか浮かされるなどと、誰が思い付くと言うのだ。
「――砕く」
 修介が更に追撃を放ち、叩き込まれた掌底が水と空気を叩き海神の身体を更に押し上げる。
 押し上げられた海水が風と海流で渦を巻き、浮き上がったまま回転を始めた。
「あらぁ、なにを……?」
 傾いだ身体で海神が首を傾げる。
 その疑問に答える者は居ないが、直ぐに海神は思い知らされた。
 それは海神を閉じ込める巨大な揺り篭。
 海神の肉体は海水で出来ている。例え損傷しても海水を取り込めば元通り。故に不死身の神である。
 だがこの揺り篭はそれを許さない。
 海神から切り離されただの水へと戻った海水は遠心力で外へと弾き出される。逆に海神自身は渦の中心に捕らえられ逃れる事は許されない。
 神を殺すには先ずその不死性から破壊しなければならない。この渦潮こそが、不死殺しの法。
「これで、あんたは死ぬまで殺せば死ぬってわけさ」
「……素敵ね。不遜だわぁ」
 笑うマチルダに触手を伸ばす。
 触手の内側から放たれる宝石の散弾。
 何度も繰り返した攻防。見飽きたとばかりに肩を竦めたマチルダの眼前で散弾と触手が薙ぎ払われていた。
 代わりに目の前を横切っていくのは鮫の大群。渦潮の流れに乗って、その流れを加速させながら周囲の触手をバラバラに喰い千切っていく。
「蹂躙ですわ! 所詮は雑魚、鮫の餌だと思い知らせてやりなさい!」
 叫ぶニィエンの手には輝く『流る龍鬣』。強力で厄介だった龍尾をも喰い破った鮫群はもはや遮るもの無しとばかりに泳ぎ回る。
 更に内側にはシノギとブルースが率いる鮫群も暴れていた。
 ニィエン同様に渦潮を加速させるように回転しながら財宝を奪い、オブリビオンを蹴散らしていく。
 海神が揺り篭から逃れようと藻掻こうとも猟兵四人が作る渦潮からは出られない。触手を伸ばしてみてもそれはチェーンソーで切り落とされ、銀弾で浄化された後に喰い千切られる。
 気付けば地下空洞の中心に集められた海神と海水が巨大な竜巻の様に渦巻いていた。
「これぞシャーク・トルネードですわ!」
「りゃくしてシャークネードだね!」
「それだとブルース様が死にそうですね」
「ゼンゲンテッカイ!」
 わーわー騒ぎながら飛び回る猟兵達の賑やかさに反比例して海神は少しずつ追い詰められていく。
 ――どうしてこうなった?
 湧いて出る疑問に答えなんてない。
 神さえ知らぬ事の答えなんてどこにもない。
 もしその答えが確かに存在するとするならば、海神はやはり、神などではなかったと言うだけの話。
 そんな事は認められるわけが無い。
「っく、ふふふ!」
 だから考えない。
 笑う。
 笑え。
 微笑んでこそ、海神は海神なのだから。
「メガリスも全部、あげちゃったわね……! ああ、でもいいの。全部全部全部最後には還ってくるんだからぁ!」
「還りませんよ」
 ピンクのチェーンソーが、海神の腕を斬り飛ばした。
 何時の間に、と考える暇も無い。鯨をも上回る巨体へと膨れ上がったブルースが海神の胴を喰い千切る。
 慌てて再生した肉体へ降り注ぐ銀弾の雨。毒が浄化され、海神の体内を泳ぎ回る鮫達を援護する。
「たかが銀弾でやられてなんかあげないわよぉ」
 ユーベルコードで強化・生成された猛毒ならば浄化ごと喰らえる。
 海水を紫色に濁らせる程の毒を生み出し、振り回す。内に沈む瓦礫も配下も溶けるほどの猛毒が銀を一瞬で消し炭に変えていった。
 が、銀弾は防げても、金弾は防げない。
 シノギがその掌から放った黄金の呪詛弾が、紫色の触手を弾き飛ばしていた。
「ふむ。効きますね」
 黄金は最強の猛毒。
 銀が毒を浄化するのに対し、金は毒を汚染する。
 他に反応し変質する銀とはまるで対照的に我を貫き全く変じないのが金だ。その猛毒の如き呪詛は、別の毒に触れれば喰らい合い、膨れ上がる。
 別に呪詛弾が強いわけじゃない。強いのはむしろ海神の毒の方で、だからこそ制御が難しい。
 つまり毒を強くし過ぎたせいでちょっと毒を追加されると崩壊する様な不安定な代物になっていただけ。
 奇しくもそれはマチルダのユーベルコードの代償に似ていた。
「どうして――」
 考えるな。
 そう思っても、海神の口から疑問が吐いて出る。
 全てがおかしい。
 最初から、何もかもがおかしい。
 和邇ヶ島の神と島民にしてやられた、とは思った。ただ、だから何だとも思っていた。
 猟兵は思った以上に厄介だった。面倒だとは思っていたが、追い込まれるなんて考えてもいなかった。
 不利な地形での戦闘。
 不死封じ。
 毒の浄化、あるいは暴走。
 宝石や財宝の奪取。
 いずれも初めから何者かに仕組まれていたかのように噛み合って、全てがご都合主義みたいに進んでいく。
 それはまるで神に定められた運命の様に。
 デウス・エクス・マキナが猟兵に味方したかの様に。
 ああ、でもそれは、
 まるで自分がそれらの神に劣ると自覚するようだった。
「やっと気づきました?」
 気が付けば再び眼前にシノギが居た。
 掌からは黄金の弾丸。
 片手に桃色のチェーンソー。
 巨大なサメ映画のサメに跨り、大量の部下を従える大海賊。
 そんな彼女が静かに頷いた。
「お前の方針は私も理解します。全てのお宝は私の物ですが、それを分け与えるのも大海賊の嗜みですから」
 方針。
 海神の自論。
 欲しければ与えよう。どうせいずれ全ては海へと還る。
 その考え方に理解を示したシノギは、しかし、海神を突き放す。
「その方針は私のものです」
 だって、全ては私のものですから、と。
 海神のものではないし、海神のものにもならない。
 飽くまで全ての宝はシノギ・リンダリンダリンダただ一人のもの。
 だから海神は間違っている。
 思い違いも甚だしい。
 神とか海とかどうでもいい。
 それ以前の、たった一つの過ち。

「『強欲の海』の名は、お前の物じゃありません。私のものです」

 シノギの無表情が言葉と共に崩れ去る。
 その後に現れたのは歪に歪んだ凶笑が一つ。
 ぶっ壊れた情緒とぶっ壊れた感性が織り成す、ぶっ壊れた笑顔だった。
「ひ――ッ!」
 海神の微笑みが引き攣る。
 死を連想するほどの恐怖。
 ぞくぞくと身の毛がよだつ感覚に、海神は思わぬ興奮を覚えていた。
 と同時に、触手を生やし襲わせる。
 虐げられたいと言う被虐心も欲の内。しかしそれでも生存欲の方がまだ強い。
「ヘンタイめ」
 殺到する触手をブルースは一回転して尾で薙ぎ払う。
 相手にもならない。
 グリードオーシャンではどうだか知らないが、映画界で海の神と言えば『サメ』である。
 誰もが鮫を崇め讃え我先にと鮫を題材にした映画を撮りたがるもの。
 端役にすらなれない上にサメ映画界では舞台としてさえ採用されない事が有る海ごときにブルースが後れを取るはずも無い。
「さて、気付いたのなら後はわかりますね?」
 凄惨な顔でシノギがにたりと笑う。
 分からないわ、と引き攣った笑みを返す海神へ、片目を細めて更に歪に笑って見せた。
「私の前で勘違いを吐いた罰です。お前のお宝も、尊厳も、全て蹂躙し、略奪してあげます」
 ひゅっ、と海神が息を呑んだ。
 引き攣り過ぎて凍り付いた笑顔のまま、海神が触手を振るう。
 背中だけでなく身体からも直接生やした無数の猛毒の触手。
 それら全て、ブルースの牙とシノギのチェーンソーがバラバラに切り刻んでいた。
「かみは、バラバラになった!」
 よっしゃ!とガッツポーズするシノギを乗せて、ブルースが残った触手や下半身も吹き飛ばす。
 チェーンソーはなにもサメ映画のサメ特効ではない。ホラー映画界でも有名だし、何故か神殺しの神器としても知られている。
 人や世界を娯楽のつもりで好き勝手にする神はチェーンソーでバラバラになるのがお似合いだ。
 蹂躙せよ。
 その言葉に従った鮫達と海賊死霊の一団がうねる触手群を切り裂き、財宝を略奪する。
 さあここからが本番だ。
 海賊は高々と笑い、次の瞬間には物凄い衝撃を受けて吹き飛ばされていた。
「だいじょうぶ?」
 などと軽い感じで言うブルース。
 痛む首を抑えながら下を見れば、渦潮を利用して高速回転する触手の群れが確認出来た。
 あれにぶん殴られた、割りに、ブルースが平気そうなのはブルースだからだろう。シノギが直接喰らっていたら少なくとも戦場外まで吹っ飛ばされていたに違いない。
「往生際が悪いですね……!」
 全く、と溜息交じりに手を翳す。
 放たれた黄金の呪詛弾が海神へと沈み込むが、海神はそれを吸収し、自分の残弾へと変えてストックした。
 元々金貨や金塊を内包する海神だ。呪詛弾も上手く受け止めれば奪うのはわけない。
「うふふ。プレゼントなんて嬉しいわぁ」
 ねっとりとした声色をごぼごぼと響かせて海神の身体が再生成される。
 容量を削ることが勝利条件。しかし幾ら大渦に閉じ込めたと言え、その量は未だに膨大。シノギの呪詛弾は効いているがそれを全く実感出来ないくらいに海神は平然とそこに居た。
「欲望の海。その名を奪い合うなんて、思っても無かったわぁ」
「奪い合うもなにも初めから私のものです。まだ分かってないんですねこの阿呆」
 呆れながらも乱射した呪詛弾は全て奪われ、還す刃で振るわれた触手がブルースを打ち据える。
 銀弾の浄化が間に合わず、打ち込まれた毒がブルースの鮫肌を爛れさせた。
「……ん!? これガソリン!?」
 正確には違うが、似た匂いと感触。
 映画の撮影現場で何度か嗅いだことが有る超危険物。
 引火性抜群の猛毒。それはつまり、『爆弾』だ。
「うふふふふ……! これなら効くかしら? 死ぬかしらぁ?」
「サメ映画にりかいがあるのはうれしいけど、このくらいじゃオチがよわいなあ!」
 大口を開けて喰らい付くブルースは海神の肉体と一緒に銀弾も飲み込んだ。
 出鱈目だがこれほど強力な解毒剤は無い。ちょっと口の中に血の味が広がるがそんなのは鮫的には御褒美だ。
「いつまで保つかしらぁ!」
「それはこっちのセリフです!」
 しつこく食い下がる海神の触手。油混じりで濁った七色のそれを、黄金の弾丸が穿つ。
 引火して爆散するかと思えば、黄金を呪詛ごと取り込んで海神がにたりと笑った。海神もまた、わざと銀弾に身を晒して強制的に毒を解除していたのだ。
 利用し合い、化かし合い。
 神と猟兵との知恵比べ。
 その結末はシノギの言葉の通りになった。
「勘違いしてる阿呆が正しく計算なんて出来るはずないんですよ」
 前提からして誤っているのなら、積み重ねた謀略に価値は無い。
 勘違いに勘違いを重ねた作戦は妄想でしかない。
 それを示す様に、海神が突然爆散した。
「え……――?」
 捥げた首が振り返る。
 その先に映るのは漆黒。
 黄金と呪詛を纏った闇色の化け猫、ナミル・タグイール。
 奪った『滴る黄金』の呪詛まで取り込み理性の切れ端さえ手放した怪物は、――海神が奪った『黄金の弾丸』を奪い取りに来たのだった。
「にゃはっはははは!!! 金ピカにゃ! 金ピカにゃ!! 金ピカは全部、ナミルのものにゃあああああああ!!!!」
 狂った咆哮が地下空洞に響き渡り、大気も海もビリビリと震え上がる。
 それを聞いたグレイが慌ててコインをしまい、先に掌と残弾を隠したシノギが笑う。
 黄金はただの財宝とは違う。
 黄金を求める呪詛はただの欲望とはわけが違う。
 黄金は、手にすれば手に入れる程に強まる無限欲望の呪詛。
 無尽・無窮・無際限。それこそが黄金の恐るべき呪詛。
 何よりも魅力的でありながら何もかもを破滅させる究極の欲望。
 それをただの渇望と一緒くたにして満たしてやった気になったのが大きな勘違い。
「――なに、それ」
 海の底は知れた。
 だが、獣の底は知れないまま。
 底無しの欲望の持ち主がどちらかなど言うまでも無い。
 シノギさえ一目置かざるを得ない欲と業の持ち主は、渇望に比例し巨大化した腕を振るう。
 その手に握られた黄金斧も『滴る黄金』から生み出された金塊と呪詛を纏い、ナミルと同等に巨大化していた。

「 ヨ コ セ 」

 それはケダモノの口から洩れた呪詛そのもの。
 振り下ろされた黄金が、海神の触手と下半身を纏めて粉砕した。



●報い
 どうしてこうなったのだろう。
 海神は形を失い飛散しながら考えた。
 この島のメガリスを狙った時から間違えていた、なんて事は無い筈だ。
 意外なほどしつこく抵抗され、それでも追い詰めて制圧して。その時にはメガリスを隠されていたが、それが失敗だろうか。
 地下空洞に誘い込まれたのはわざとだ。むしろ最高の地形だと思った。地上で戦えば逃げられる、それに比べれば狭いくらいが何だ、と。
 むしろ狭い事こそアドバンテージだった。
 津波の威力が減じた所で問題にもならない。海の怖さはそんな所には無いのだから。
 ただ、その怖さを、海としての本領を発揮することは出来なかった。
 何故。
 どうして。
 結局何も分からず、考えがぐるぐると回る。
 回りながらも海神は身体を再生する。地に叩き付けられ飛び散った身体の幾らかはもう帰って来ない。それでもまだ容量は有る。体積の全てを失わない限りは敗れはしない。
 体積。そう、体積だ。
 どうして体積が減る?
 何故海の質量が有限になっている?
 そこだ。そこだったのだ。初めからおかしかったのはそこだった。
「――そう。あなただったのねぇ、わたしの『敵』はぁ……」
 漸く気付けたと海神が顔を上げる。
 地に叩き付けられ、惨めにも這いつくばる様な姿で。
 その視線の先に立っていたのは、ワイドブリムを目深に被った一人の淑女。
 七曜が海神とは違う清楚な微笑みを浮かべて頷く。
「そう認識して頂けるほど有効だったんですね」
 返した言葉の通り、七曜はそこまで有効だとは思っていなかった。
 七曜の張り巡らせた布石の一つ一つは大した事は無い。
 地下空洞の保護は喜介と修介が憂い無く全力を出す為に有効だったが、その手柄を七曜一人のものにする程の貢献度ではない。
 足場の確保も有効だが同じだ。今もシェフィーネスの隠密と狙撃ポイント確保に役立っているし、何より負傷した鮫を守り運搬する簡易的な盾と滑り台として機能している。
 どちらも七曜ではなく利用者の活躍の方が目立つ。
 サポーターとして立ち回っていた七曜をそれでも初めに敵と見做すのならば、残る理由はただ一つ。

 封印術式『流転』による、地下水路の封印。

 これにより海神は海水を無尽蔵に吸い上げ巨大化し、地下空洞を海水で満たすと言う必勝の戦術が取れなくなった。
 無限に増え続ける筈の体積は有限のまま目減りしていき、ついぞ猟兵達に追い詰められた。その元凶こそが、今目の前で微笑む淑女、茲乃摘・七曜だ。
 道中、地下空洞探索時から今の今まで時間を掛けて大漁に仕掛けた七曜の杭が、要所を確実に、そして幾重にも封じ込めている。
 杭の存在を知らない海神が幾ら触手を振るって『流転』を破ろうとも都度術式は張り直される。それは海神をいくら攻撃しても殺せないのと同じだ。
 猟兵や鮫達はそれでも諦めなかったが、海神は早々に諦め、『流転』の突破よりも猟兵への応戦を優先した。
 それもまた、シノギの言う勘違いの一つ。
 何一つ正しく認識出来ず、正しく判断出来ない哀れな神が、最早ぼろぼろに崩れた微笑みを浮かべて立ち上がる。
 ――この猟兵さえ殺す事が出来れば、逆転し勝利する事が、最悪でも退却する事は出来る。
 そう考えたのは正しい。
 それ故に、困難だ。
「おおっと! それ以上は進ませねえ!」
 だん!と一歩踏み出して喜介が七曜の前に出る。
 喜介の剣より後ろには何であろうと通さない。その誓いを破らねば、海神の攻撃が七曜に届く事も無い。
 無論、誓いなど立てなくとも並び立つ修介も同じだ。守ってやらなければならないほど七曜がか弱い存在では無い事を知っているが、負担を軽減する意味でも自分が前に出ることが最善だ。
 そして海神の頭上からは雨の様に降り注ぐ海水と共に他の猟兵達も降りて来る。
 進めないが、戻れない。
 海神は誘い込まれ、地に堕とされ、追い詰められていた。
 その事を漸く海神も理解する。
 全てはいずれ海へと還る。
 微笑みの海神もまた、骸の海へと還る日が来たのだと。
 海もまた海へと還る。寄せては返す波の様に、雲と成り河を伝う雨の様に。
「うふ。ふ。ふ、ふ、ふ」
 海神はぎこちなく笑った。
 それが最後だった。
「――ふふっ」
 それを最後に、海神は微笑を取り戻した。
 揺蕩う海の如き慈愛に満ちた微笑み。
 海神のあるべき姿。
 その笑みに直感的な危険を感じた瞬間、海神の背から触手が飛び出した。
 無数の触手が降り注ぐ海水を吸収し、体積を増していく。ナミルの一撃で大きく削れたとはいえ未だ地下空洞の大半を覆えるだけの質量を持った神へと。
「下がんなぁ!」
 降り注ぐのは海水だけではない。
 怒号と共に、無数の弾丸もが降り注ぐ。
 一つ一つが深海の分厚い水さえ難無く貫く銃弾、それを、触手が変じた激流が力づくで捻じ曲げた。
 マチルダの放つ弾丸と言えど横からの力に弱いのは変わりない。軽いが故に突風にさえ逸らされる弾丸では横からの水流には抗えない。
「っまた操れなくなってるのか……!」
 だからこそマチルダの水流操作が抜群のシナジーを持っていたと言うのに、再び水流のコントロールが海神に奪われた。
 ここまで体積を削ったからこそ海神自身の制御能力は確固としたものとなり、海神に触れた海水全てが海神へと変じてしまう。
 そして海流によって逸らされるのはシェフィーネスの銀弾も同じ。
「……知ってか知らずか。もし後者なら少しは知恵を使う気になったか」
 やや苦々し気に口にしたシェフィーネスが暗所へと隠れる。
 海神の感知器官は主に触覚頼り。シェフィーネスはそれを踏まえ視覚・聴覚・触覚に掛からぬよう行動している。
 敵に気付かれていない限り正確な狙撃を可能とするシェフィーネスのユーベルコードだが、それを防がれるのは存在を感知しているからだ。
 シェフィーネスの具体的な居場所ではなく、陰に潜む敵の存在を感知している。
 どれだけ曖昧であろうと『敵に狙われている』と警戒されるだけで狙撃の成功率は下がる。海神はこの土壇場でその域に達する事が出来たようだった。
 警戒、したのだ。
 あれだけ見下していた猟兵達を。
「っっっにゃあああああああああああ!!!」
「ふふっ」
 咆哮と微笑が交差する。
 直上から振り下ろされた巨大斧の刃に横から鉄砲水が叩き付けられ、その衝撃で撒き散らされた水飛沫に混じって宝石の散弾が飛散した。
 巨大化し分厚くなった毛皮を宝石弾では貫けない。ただ毛の中に潜り込んで磯巾着へと変異したそれは、呪詛や渇望のエネルギーを吸い取り、海神へと送り込む。
 芯を逸らされたとはいえ途轍もない膂力で叩き潰され弾け飛んだ海神が、奪ったエネルギーも使って今までとは比べられないほどの超高速で再生した。
 直後、突如として暴風が吹き荒れる。
 ナミルの一撃の衝撃で飛び散った飛沫が飛び散りながらも再生紙触手へと作り変わり、同時に薙ぎ払われたのだ。
 それは暴風ではなく暴力。咄嗟に身構えていた猟兵達を海水が打ち据えた。
「行かせッねえ!!!」
 喰らった腹部が内から破裂したような衝撃を食いしばって堪え、喜介が撃剣を叩き込む。
 だが、渾身の筈の一撃は防がれた。
 うねる触手の先端は音速を越え、無数の触手が衝撃波を引き連れて喜介の木刀に激突したのだ。
 質量は物量。至高の一刀に触手一本では太刀打ち出来ずとも、無数無量にて迎え撃てば一太刀如き返り討ちに出来る。
「ッ……これが『世界』かよ……!」
 遠くて、重い。
 剣を振り抜く事さえ出来ずに抑え込まれた喜介のもとに更に大量の触手が押し寄せる。
 それを、横合いから修介が踏み潰した。
「うふ、健気ねぇ。助け合い、庇い合い。美しいわぁ」
「……」
 二人の様子を見て海神が笑い、修介が眉根を寄せた。
 余裕を取り戻している。
 折角崩した体勢も精神も凪いでいる。ここからまた崩すのは容易ではない。
 追い込まれてなお。……いや、追い込まれたからこそ落ち着きを取り戻した海神。
 出来ることならこのまま二人と七曜で気を引きたいが、それすらも上手くはいかない。
「毒を食らわば皿までですわ!」
 空中からの強襲。ナミルの巨体の陰から現れたニィエンと鮫の一群が海神へと喰らい付く。
 しかし開いた鮫の口に、海神が直接触手をぶち込んだ。
 銀弾による解毒の隙を与えないカウンター。流し込まれた猛毒は鮫も鋸も諸共に溶かし腐らせる。
「肉を喰らわば、骨の髄までぇ」
 どろりと濃ゆく甘い声で海神が笑い、ニィエンが鮫から飛び降りる。
 溶かされたのは最前列。ただし残る後続も解毒されてなお重傷を負わされた。
 泳ぎと鋸の回転が止まった鮫など海神にしてみれば海の藻屑と同じ。ニィエンが飛び降りた直後には、残った鮫達も触手と宝石の散弾で血と肉片へと変えられていた。
「さあ、一緒に還りましょう? 私に、骸の海に!」
 死へと誘う神が笑う。
 広げた両手と共に幾度でも再生する触手が振るわれる。
 猛毒と散弾。攻撃も防御も回避さえも物量と猛毒とで押し流す。
 必殺の猛攻が地上の四人へと向けられた。
「私は囮ですの」
 瞬間、ニィエンが笑って飛び退いた。
 空中からの強襲を仕掛けた鮫はニィエン達だけではない。
 時間差で落ちて来たシノギとブルースが和邇ヶ島の鮫達や海賊死霊と共に飛来する。
 だがそれも通用しない。
 海神の触覚は飛沫として宙を広がり――
「いいえ、押し通します」
 七曜が宣言した。
 同時に、周囲に浮かんでいた足場が割れた。
 封印術式『流転』により封じられた空気。それは足場として活用され、砕ければ空気が爆ぜる。――その空気に封じ込められた『歌』と共に。
「あら――」
 海神の声が掻き消える。
 解き放たれた歌は魔法。七曜の声により世界を震わせる衝撃波。
 自律式拡声器『Angels Bits』も駆使してそこら中に仕掛けた音響トラップが大気中に舞う海水を吹き飛ばし、海神の感覚器を搔き乱す。
 それでも振るわれた触手は、しかし、ブルース達を捉えられず出鱈目に振るわれた。
「そんなもの、当たるわけないっつってんですよぉ! この神様気取りの勘違いスライムが!!!」
「シノギ、じょうちょしっかりして!」
 出鱈目に振るわれた触手を出鱈目なパワーで斬り飛ばしながらシノギが叫び、ブルースが駆ける。
 正直さっきのナミルの一撃の方が避け難かったなとブルースが感じた通り、後続達も触手を避けては喰い千切り、易々と突破する。
 七曜の歌は海神のみならず、海中の配下オブリビオンや鮫達の感覚をも乱す。それをブルースの指揮で束ねる事で成すのは一方的な攪乱と蹂躙。
 その惨状に海神が追加の触手を生成する間にニィエンもまた鮫の大群を呼び出していた。
「これで最後ですわ。欠片も余さず、魚の餌になりなさい」
「い、や、よぉ」
 刹那、爆発的に生み出され猛威を振るう触手群。
 それが水圧を利用したウォータージェット式の超超高速攻撃。質量を活かした戦い方の一種だ。
 攻撃範囲を犠牲にした分桁違いの威力と速度を持つ触手群に、鮫と仲間を庇った猟兵達が後退する。
 後退すれば、隙間が出来る。
 出来た隙間を埋める様に更に夥しい数の触手が生え揃う。
「相変わらず、鬱陶しいねぇ!」
 その悍ましい姿を真上からマチルダが制圧する。
 降り注ぐのは無数の水弾。マチルダの水流操作の力で高速回転を得た、言わば水のライフル弾だ。
「最後は一気に稼がせて貰うわね」
 海賊と商人の合わせ技。
 水流を操れないのなら、操れる水を作り出せばいい。
 無数のライフル弾と化した雨は海神を打ち、穿ち、貫く。その内に潜む配下や財宝諸共に。
 ただ、それは悪手だ。
 配下を殺し、財宝を奪う。それと同時に、水弾は海水と混じり、海神へと吸収される。
 全てがそうなるわけではないが、海神にとって最重要なのは容量の確保。元よりほとんど機能していない配下などより散った水を掻き集めてくれる方が余程助けになる。
 渡りに船だと海神は笑い、そしてその笑顔が直ぐに掻き消える。
「……吸収出来ない」
 何故という疑問は浮ぶより先に答えを知る。
 撃ち込まれた水弾、その中心に、銀弾があったから。
「猟兵三人分の攻撃だ。さぞ痛かろう」
 シェフィーネスがどこかで呟いた。
 銀弾に纏わせた水は浄化の呪詛を得て聖水と成り、海神の肉体を神ならざるただの純水へと浄化していく。
 取り込むならば浄化の力を汚染しなければならないが、それを成す前に弾丸は海神の肉体を貫通し支配圏から逃れていた。
 利用出来るものは何でも利用する。
 狙撃が困難になったのなら自分を囮にして別の手段で攻撃する。
 シェフィーネスはただ淡々と合理的に事を進めるだけ。
 海賊も、商人も、利用価値があるのなら利用する。その為に自らの価値を割いてやるのも吝かではない。
 そうして生まれた攻撃は、これ以上無く的確かつ確実に海神の肉を削ぎ落とす。
「――ッふふふ!」
 ぎし、と噛み締めた歯が鳴る。
 海水で出来た歯が軋むほどの圧力。圧し固められた海水は分厚い壁になる。
 海に防御力は無い。有るのは攻撃力のみ。水圧により受けた攻撃を圧壊させると言う、防御ならぬ暴挙である。
 銀弾も、水流も、圧し潰してしまえば問題無い。銀の呪殺弾は『浄化』するだけで『消滅』させるわけではないのだから、水圧の壁は穿てない。
 これで――
「またあたしを侮ったね」
 冷たい声が降る。
 マチルダの、凍てつく殺意に染まった声だ。
 その言葉と共に降り注ぐ水のライフル弾が、竜巻と化した。
 グレイのパイプによる形状固定と操作を崩す程の超高速回転が竜巻へと変じ、分厚い水壁を掘削する。
 更に、その中核となった銀弾に『シー・ミストレス』の弾丸が叩き込まれた。
 煮え滾る憤怒により膨れ上がった激流の竜巻が、凍てつく殺意により研ぎ澄まされた神業の追撃が、海神を水壁ごと捩じ伏せる。
「くふっ」
 血を吐く様に海神が笑った。
 ここまでやられて、さも愛おし気に。
 マチルダの激情もまた欲の内。それを一身に受けて嬉しく無い筈がないと。
 その激情に呑まれ再び隙を晒そうとも、グレイが海神の武器を的確に奪い取るせいで反撃がままならない。
 肉を殺ぎ、武器を奪い、少しずつ、少しずつ海神を追い詰める。
 蹂躙。略奪。
 全てを奪うと、シノギは言った。
 それが罰だと。
「っふふふ!」
 受け入れよう。罪も、罰も。
 その上で海神は、欲望の儘に抗う事を決めた。
 そうして振るおうとした触手は、しかし、今度は修介に踏み潰された。
 続く掌打で弾き飛ばされ、生じた距離をニィエンの鮫軍団が一気に詰め掛ける。
 肉体と精神を侵す毒はそれら肉弾戦特化の敵を阻む盾。それも浄化の呪殺弾に殺され、剥ぎ取られる。
 何をしようにも機先を制され潰される。
 分かっていた。
 だから覚悟を決めたのだ。
 それでも抗わずにはいられない。
 和邇ヶ島の人が最期まで抗った様に。
 和邇ヶ島の鮫が最後まで戦った様に。
 なぜならそれは、それは、きっと、欲深いから。
 希望と言う名の欲望が決して消えずに残っていたから。
 その一欠片の僅かな欲が、欲望の海の最も深い場所にあることを知っている。
 知っているし、持っている。
 だから海神も抗う事にした。
 戦う事にした。
 どうせ全てはいずれ海へと還る。
 ならばこそ、欲望の儘に。
 ここで満足して逝けるのなら初めから欲望の海など名乗らない。
「うふふふふ……!」
 微笑みは色濃く。
 千切られた触手から更に触手を生成し、修介を打ちのめす。
 ああ、転びさえしない。まるで動じず正確に捌いて見せた。
 鮫達も触手を引き裂き進み、ただの一瞬も怯まない。
 同時に全方位に放ったウォータージェットも、呪詛の洪水と黄金斧に正面から爆砕された。
 爆砕、爆破、爆散を繰り返し、削れていく身体。
 その全てが、透明なグラスに閉じ込められた。
 そこら中で響く歌の衝撃に惑わされ、自らが封じ込められている事に海神は気付かない。
「『流転』――最高硬度」
 地下空洞の暗闇に七曜の杭と魔法陣が浮かび上がる。
 今更その原理の一端を察した海神だったが、もう遅い。
 同じグラスの中に立つ、喜介の剣が、その事を告げていた。
「とくと御覧じろ……ッ!」
 吼える喜介が切っ先を振り上げた。
 言葉は海神に向けられたものではない。それは和邇ヶ島へと向けた言葉。
 死んだ連中、神サンにワニ公どもよ、と。
 知らせる為に振った剣の名は応報。
 世の不条理を断つ。そう決めた喜介の剣はその理を示すのだ。
 善に報いを。悪に報いを。
 報われるべきは報われ、報いを受けるべきは報いを受ける。
 この世に応報はあると、確信を持って告げていた。
「ならばあなたもいずれ、『世の理を捩じ伏せ続けた報い』を受けるのねぇ」
 その言葉は一服の毒。
 ユーベルコードという世界の在り方さえ超越する力を扱うものへ向けた皮肉。
 正しく在ろうとする者が正しからぬ力を用いる事に対する警鐘。
 彼等は猟兵。彼等もまた、理を外れた者。
 世界の在り方に反する存在。
 喜介の存在そのものが不条理だと、彼はいずれ知るだろうか。
 知った所で知らぬふりをするのだろうか。
 馬鹿であろうと、努めるのだろうか。
 或いは、いずれではなく、とうの昔に。

 ――ああ、その瞬間の彼の顔を見たかった。

 そんな事を考えながら、
 海神は最後まで、ただ、微笑みを浮かべていた。



●雨が去って
 罅割れたグラスが砕け、消えていく。
 封印術式は内を封じるもの。外側からの攻撃を防ぐ結界とはやや違う。
 循環による封印式、という原理からも、外からの干渉に強くは無い筈なのだが、今回は質も量もかなり無茶をさせていた。
「ごまかし切れてよかったです」
 ふうと安堵の息を漏らして七曜が汗を拭う。最終盤は七曜自ら歌ったり銃を撃ったりすら出来なくなっていた事を海神は見抜いていただろうか。
 修介はその辺りを見抜いた上で立ち回っていたようだが、いちいちそれを口にしない。
 ただいつものように息を吸って、吐いて、拳をじっと見つめていた。
「天敵か」
 厄介の一言で片づけて良いものか。
 結果だけ見れだ圧倒出来ていた。目立った負傷も無く、逆に有効打を何度も叩き込んだ。
 しかし戦いが長引けば猛毒でのロープ切断も有り得ただろう。足場が無くなる程の巨大化もだ。
 その時、修介には何が出来たか、考える。
 観据えるのは目の前の敵だけではない。決して己から目を逸らしてはならない事を、彼は知っていた。
 圧勝しようと満足はしない。それもまた、高みを目指す彼の欲。
「しかし一件落着ってな! ワダツミ討伐! 世界平和だ!」
 ぃよっし!と喜ぶ喜介は流石に肩で息をしていた。
 結局何度剣を振っていたか分からない。素振りには慣れているだろうが、実戦でああまで連打するのは稀だろう。
 一振りごとに渾身だからこそ、喜介は全てを守り切った。
 途中和邇ヶ島の鮫が一匹重傷を負ったが、それも無事に生き延びたので良し。
 ちなみに件の鮫はシェフィーネスが銀弾を撃ち込んで腹の中のメガリスを砕いて浄化したのだが、一部の猟兵は荒療治が過ぎるとドン引きしていた。
「さいごまでハデにていこうしてくれたねー」
 怪物の姿を解き寝そべっているブルースも大怪我をしながら生き残った鮫の一匹である。
 海神はグラスに閉じ込められてからもそれはもうしつこいくらいに悪足掻きを続けた。おかげで海神だけでなく猟兵達も色々と削られており、当の海神は地下空洞上に広がった霧雨となってしとしと降り続いている。
 ただしブルースに大怪我を負わせたのはナミルである。海神を地面に叩き付けた一撃、その巻き添え喰らう前にシノギを口の中に匿ったのだが、その結果内も外もボロボロになっていた。
 そんな彼は怪物でありながら和邇ヶ島の鮫達に英雄視され、大人気になった。ので、囲まれないよう陸地で休んでいる次第である。
「やっぱり鮫とチェーンソーは無敵のコンビだと証明されましたね。そして私こそが欲望の海で、この世全てのお宝は私のものだと言うことも!」
 いえーいと無表情でダブルピースを決めるシノギにぐったりしたままブルースが胸鰭で拍手する。すぐ鮫を殴る上にチェーンソー振り回すシノギだが、妙に仲は良いらしい。
 ちなみに海賊死霊達まで使って戦闘中にお宝をこっそり回収していたシノギ。ついでに和邇ヶ島の鮫達もお宝飲み込んでないかブルースを通してチェックし回収している辺り抜かりない。
 なお、和邇ヶ島島民の私物や私財の大半は鮫にあげた。古い着物とかぼろい工芸品とか、お宝って言えるようなものじゃないから。
「思わぬ出費だったわね……」
 ほくほく顔(無表情)のシノギとは対照的に肩を落としているグレイは、海へと繋がっている水路の一つの脇でしゃがみ込んでいた。
 儲けで言うのならシノギに次ぐほど稼いではいるのだが、最後の最後で黄金を手放す羽目になったのだ。
 商人とは幾ら得したかではなく幾ら損したかで考えるものらしく、特に今回失った黄金の総額は世界によっては家が建つくらいなので頭が痛い。
 シノギが回収した黄金もロストしていたが、あっちは「施すのも海賊の嗜みですから」と余裕ぶっていた。それが優しさとは違うとは分かっているが器の違いを見せつけられたようで微妙に複雑である。
「ぎにゃー! へるぷにゃー!」
 そうやってどんよりしていると水路からナミルが上がってきた。大量の黄金を抱えてあっぷあっぷしているが、別に誰かに沈められたわけではない。
 海神との戦闘後、暴走したままだったナミルをどうにかする為にグレイとシノギが黄金を水路に投げ込んだと言うのが事の顛末である。
 ナミルは黄金欲しさに飛び込んだのち、溺れ、気付けばユーベルコードも解除された状態で浮んで来たと言う所。
 そのナミルを救い上げて救出料を取ろうと目論むグレイだが、ナミルが黄金を手放すわけも無く、ただ溺れる猫を眺める商人の図式が続く。
「終わってみれば呆気なかったねぇ」
 マチルダがんん、と背筋を伸ばして凝りをほぐす。
 死ぬまで殺すの宣言通りに斬って撃って薙ぎ払った女海賊。海相手に海中で正面衝突しながら結果快勝して見せた剛の者である。
 海神の強力なメガリスとマチルダの持つ二つのメガリスの衝突はある意味メガリスそのものがいかに危険な物かを示していた。
 それらと比べれば和邇ヶ島の御神体などは安心安全で物足りないくらいだろう。
「追加報酬ももらえて私は満足ですの!」
 物足りなさを見せるマチルダと違って満足気にメガリスを手に掲げているニィエンは、今回ある意味で一番の宝を手に入れているかも知れない。
 海神所有の『流る龍鬣』含む、幾つかの竜化のメガリス。効果量や形状などは様々で実際に使えるかはまだ分からないが、宝には違いない。
 海神の扱いが雑過ぎて無傷で回収できた財宝が少なかった中でニィエンが回収したのはいずれも敵が取り込んでいた物。つまりほぼ無傷の状態である。
 使えなかったとしてもそれなりの価値は保証されているようなものだった。
「あまり稼げなかったな」
 反対にそう零したのはシェフィーネスだ。
 彼は時も場所も選ばない蛮族共とは違い、ちゃんと戦いに集中していた。それ故に儲けが少なくなると言うのは非常に酷な話である。
 そちらにあまり興味を示さなかった喜介や修介、七曜とかとは違って、普通に残念に思っていた。
 しかし此処は和邇ヶ島。財宝やメガリスを得られなくとも人に慣れた鮫や希少価値の高い鮫の特産地としては価値がある。
 が、その鮫も殆どがブルースや喜介に夢中である。やはり表立って指揮を執ったり守ったりしていた者が人気になるのは当たり前か。
「仕方が無い。まずは、一匹だけで納得しておこう」
 言いながら短く笑い、シェフィーネスは鮫の背を撫でた。
 それは宝石の眼を持つ大きな鮫。無謀にも『瞬く輝石』を喰らい、内側から宝石化しかけた者だった。
 浄化しても眼が宝石化したままなのは砕いた筈のメガリスを取り込んだからか、単純に治らなかったのか、それは分からない。ただ視力を失っても第三の眼でもあるかのようにシェフィーネスを認識出来ていた。
 それだけでなく、随分と懐いてもいた。
 命の恩人だとでも思っているのか、何か惹かれる部分でもあったのか。見る目がある、と言うのは皮肉になってしまうが。
 兎に角一先ずは一匹手懐ける事に成功したシェフィーネスが立ち上がる。鮫の利用価値を探るのも、残った財宝の回収も、後ですればいい。
 可能ならこの鮫が宝石化の力を使えないか試したいがそれもまた今度。
 気が付けば他の猟兵達は既に撤収し始めている。
 海神だったもの、霧雨も、いい加減降り止んだ様だ。
「See you never」
 呟いて、去り際にシェフィーネスが銀弾を放つ。
 振り向かず背後へと放たれたそれは、雨水の溜まった窪みを撃ち抜いた。



「――また、会いましょう――」



 誰も居なくなった暗闇の中。
 水溜まりから微かに笑い声が零れて、消えた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​


●和邇ヶ島
 その島には何も無い。
 全てが失われた廃墟が残るだけの島。
 人が暮らしていた痕跡も草木に埋もれ、やがてはその名前さえ失われるだろう。
 ただどうしてか、その島には鮫が多く暮らしていた。
 大小問わず、あらゆる鮫がこの島の傍を離れず、守る様に回遊しているのだ。
 その理由を知る者はもう居ない。
 語り継ぐ者も居らず、やがては不確かな言い伝えさえ消えるだろう。
 でも鮫達は知っている。
 鮫達は覚えている。
 だから、鮫達は待っている。
 英雄の帰還と、人々の再来を。
 またいつか、この島が人と鮫との楽園になる事を。

最終結果:成功

完成日:2020年09月05日


挿絵イラスト