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星を堕とすうた

#UDCアース #宿敵撃破

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●奈落の底に星は輝く

 座る女の膝に乗って、子供が泣いていた。

「それで……ぼく、こーちゃんが、だいじに、してた……お人形。こわし、ちゃって」
「あっくんは謝ったんだよね。お友達……こーちゃんはなんて?」
「『あやまられてもなおらない』……『あっくんなんかもう知らない!』って……」
「そっかぁ……」

 しばらく、彼女は沈黙していた。
 泣きじゃくる子供の言葉にならない嗚咽だけが薄暗い聖堂の中を満たす。
 その背中を優しく撫でながら、女は歌を口ずさむ。
 感情の整理がつかない子供にはこれが一番だと、経験で知っていたのだ。
 ……予想通り、そのうちに震えが収まってくる。
 けれどまだ涙に濡れた目を彼女は優しく覗き込んだ。

「ねぇ、あっくん」
「……なあに、お姉ちゃん?」
「『楽園』にいきたい? 幸せに、なりたい?」

 異様で唐突な質問だった。
 現に「あっくん」と呼ばれた子供も、僅か固まって。
 ……けれど、ゆっくりと頷いた。

「……うん、ぼく、いきたい」
「そっか」

 花咲くように女は笑い、膝の上の子供を床に立たせた。
 不思議そうにする子へ、たおやかな指を立てて見せる。

「それじゃ、少し目を閉じていてくれる? おまじないをしてあげるね」
「うん! お姉ちゃん、ありがとう」
「どういたしまして」

 素直に目を閉じる子供が愛おしい。
 その頬を軽く撫でてやって、女は一歩距離を取る。

「大いなるアバドン様。――どうぞ、彼にご加護を」

 銀閃一条。
 子供の首が、鞠めいて転がった。
 頭を失った胴が力を失いゆっくり崩れ落ちる。
 だが地面に着くことはない。
 足元に生まれた影。異様に黒々とした闇がその肉と骨と魂を食い尽くす。
 悲鳴はない。苦痛はない。何も残さない。

「ありがとうございます、これでこの子も救われました」

 女はそれをごく当然と受け止める。
 嘆きしかないこの世界から『楽園』にゆけたのだと信じる故に。
 子の首を刈った鎌を虚空に消して、けれど表情は暗い。

「……なのに。まだ、足りないのね」

 傷つき苦しむ、子供達の魂の切片。
 現世に焼き付いた嘆きを集めた怨霊の聲が女の耳をつんざく。
 未だ不完全な邪神では、この世すべての悲しみを食い尽くすなど不可能だ。
 わかっている。その悲願を果たすために、彼女は還ってきた。

 もう誰も傷付かなくていい。
 二度と苦しまなくていい。
 たったそれだけの、いつか取り零した幸福を希って。

「大丈夫だよ」

 嘆き続ける怨霊を柔らかな指先が撫でる。
 向けられる絶望と憎悪と悲嘆と殺意の視線をものともせず、堕ちた聖女は慈母の微笑みを浮かべた。

「みんなみんな、楽園で幸せになろうね」

 ――女の足元。
 蠢く影が、にたりと嗤った。



●奈落を照らせ、未来の光

「子供ばかりを贄として、邪神復活儀式が行われています」

 穂結・神楽耶(舞貴刃・f15297)の表情も今日ばかりは硬く厳しい。
 それは予知の介入があってなお、全てを防ぐことが出来ない惨劇だ。
 なんせ、幾人かの子供は既に犠牲になっている。
 失われた命を取り戻すことは猟兵にだって不可能で。
 ……けれど、これから失われるかもしれない命を守ることはできる。

「申し訳ありませんが、現場の特定は叶いませんでした。ですので皆様には手がかりを追って頂く形になります」

 有無を言わせぬ進行がそれだけの事件であると暗に語る。
 疑問の視線を受けて、彼女は手がかりの名を告げた。

「『うた』」

 浸透を待つような、躊躇うような一拍の間。

「罪悪感を増幅し、自傷を誘発する『うた』です。……その衝動に苛まれた子供を慰撫することで信用を得て、邪神に捧げているようですね」

 罪悪感の根源となるのは、いつかの自分の行いだ。
 褪せぬ後悔のひとつやふたつ、誰も抱えているだろう。
 けれど。

「今、辛くても。生きていればいつか拭えるかもしれない。そんな未来を摘み取る邪神を倒してください」

 緋色の紙鳥が開いたゲートの向こう、か細い『うた』が聞こえてくる。
 負けじと鳴らされた鈴の音は、未来に行く意思を祝福するように。

「どうぞ、無事のご帰還と勝利を。よろしくお願い致します」


只野花壇
 九度目まして! 最近は『ユーベルコード』とアニソンばかり聴いている気がする花壇です。
 今回はUDCアースより、未来の象徴を食む邪神退治へご案内いたします。

●章構成
 一章/冒険『追跡戦【序】』
 二章/集団戦『嘆き続けるモノ』
 三章/ボス戦『堕ちた聖女『?????』』

 各章の詳細につきましては断章の投稿という形でご案内させて頂きます。

●プレイングについて
 アドリブ・連携がデフォルトです。
 ですのでプレイングに「アドリブ歓迎」等の文言は必要ありません。
 逆にアドリブ控えめ希望の方は「▲」、単独描写を希望の方は「×」をプレイング冒頭にどうぞ。

  合わせプレイングの場合は【合わせ相手の呼び方】及び【目印となる合言葉】or【お相手様のID】を入れて頂けるとありがたいです。
 詳しくはMSページをご覧下さい。

●受付期間
 各章の断章でご案内。
 その他、MSページやTwitterなどでの案内をご確認いただけると確実です。

 それでは、ようこそ奈落の底の底へ。
 皆様のプレイング、心よりお待ちしております。
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第1章 冒険 『追跡戦【序】』

POW   :    虱潰しに走り回り、容疑者を探す。

SPD   :    容疑者の痕跡を探し、追跡する。

WIZ   :    容疑者の行動を予想し、先回りする。

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●Scarborough Fair

 西日が眩しい。
 転移した先は、そこそこの活気がある駅の裏手だ。
 年若い子供の姿が目に付くのは、いくつかの学校の通学路が重なった地点であるかららしい。
 ランドセルを背負って歩く小学生。
 エナメルバックをぶつけ合う、鮮やかなジャージ姿の中学生。 
 単語帳やスマートフォンの画面を眺めながら自分の世界に没入する高校生。
 この地域の日常風景なのだろう、何の不安も見られないのどかな光景だ。
 なのに。
 『うた』が聞こえる。

 耳に聞こえる声ではない。
 例えるならばテレパシー。脳に直接送り付けているかのように、耳を塞いでも声を張っても、一定の音量でうたは紡がれている。

 縫い目のないシャツを作るような。
 海と波打ち際の間に土地を探すような。
 そんな不可能を可能にできたなら、私達は恋人になれる。
 それだけは全員が理解できる、無理難題を謡う歌詞。

 強制的な理解は、否が応にも思考の蓋を開かせる。
 あなたの『不可能』は。
 いつか取りこぼしたものは、何ですか?
 ……そして。もしも、それを拾えたならと。

 それは不可能だからこそ、心の奥を引っ掻くうただ。
 後悔と罪悪感を増幅して、自傷にまで至らせる邪神のうた。
 なのにただ柔らかい歌声は、猟兵達を導くのだ。


 ──さあ、楽園で幸せになりましょう。




◆プレイング受付期間
【2月20日(木) 08:31 ~ 2月22日(土) 13:00】

.
ラッカ・ラーク
邪神ってのは悪趣味なヤツしかいねえのか?
子どもばっか狙うのにも理由があんだろな。そういうトコから探せるだろか。

うた、とやらの出処が追えたら早そうじゃあるんだが。
追えそうならソレを、厳しけりゃ辛そうにしてる子に『野生の勘』とちょっとの『世界知識』でアタリをつけて【影にも耳目!】
コッソリ様子見といて、ヤバそうならお仲間にも伝えて駆けつけよう。

後悔。オレにだってあるよ。助けられちまって生きてる身なんでな。
あの時死んだのが彼女(アイツ)じゃなくてオレだったら、アイツはこんな引きずらないで、前向けてただろか。
もう割り切ったつもりだけどさ。やっぱ助けられたら、代わってやれたらよかったのになって、思うよ。



●つくりものの命、ほんものの痛み


 ──『彼女』は。
 こんな声で歌うだろうか。

 意識の底に流れるうたに、ラッカ・ラーク(ニューロダイバー・f15266)はふとそんなことを思う。
 不可能を謳う哀切のうたは、いつか落とした後悔を掻き立てるという。
 久しく思い出さなかった彼女のことは、彼の中でそういうカテゴリーに組み込まれていた。

「パセリ、セージ、ローズマリーにタイム、っと」

 節に合わせて地面を蹴る。
 雲雀の翼が羽ばたいてキマイラの体を空へと誘う。
 目立つ位置に影を落とす、そんなミスは今更犯さない。飛行は他人が想像するよりずっと静かだ。
 けれど、高く飛べば飛ぶほど地に目は届き難くなる。
 だからトカゲの手を借りる。
 【影にも耳目!】、銀瞳藍色のトカゲたちは影に紛れて主へと情報を伝える。
 『うた』は。
 絶えることなく、さりとて強くなることも弱くなることもなく。一定の音量で意識の底を占有している。

「アナログめ」

 Lac-BL1690、ゴーグル越しの電脳世界に新たな聴覚情報の入力はない。
 『うた』が音声ではないから、このルートからは辿れないだろう。
 わざと明るく発した声に少しの毒を滲ませて、トカゲ達へ次の行き先を指示する。


 ラッカ・ラークは。
 いつか助けられてしまったから生きている。

 それは猟兵として登録されるよりずっと前、まだ故郷たる世界を離れる術がなかった頃だ。
 作られた理由を知って。
 花籠を守っていた最後の花が散って。
 ……共に旅立った彼女は、初日の出を見ることはなかった。

 ずっと前のことだ。
 だから、もうとっくに割り切っている。
 区切りをつけている。
 ……その筈、だったのに。

「助けられたら。代わってやれたら……なんて」

 絵空事だよなあ、と独り言ちる。
 肯定も否定も、誰からも返されはしない。
 西日を受けたゴーグルに混ざった古いパーツがきらめくだけだ。

 過去が遺したつくりものの命。
 願いを抱えた流れ星は、きっともう留まる場所を見つけられはしないけれど。
 抱えて行くと決めたのも、いつかの自分だったから。

「行こうぜ、Iris」

 こうして呼んでしまうのも引きずり続けている証拠なのか、なんて。
 自嘲してみたところで答えは返らない。
 いつかの答えを知りたくて、電脳の片隅に演算をさせてみるけれど。
 ……過去に滅んだもの達の真意に届かないことなんて知っているから。

「ホンット、悪趣味なヤツだな」

 青い鳥は羽ばたいた。
 今はただ、未来を奪う邪神の企みを阻止する為に。

成功 🔵​🔵​🔴​

冴木・蜜
うたが聞こえる
私の紛い物の耳にも
ひとしく

そっと手を地に翳し『剥離』
指先を融かし落とす
滴る毒液に"うた"の元を辿らせましょう

…覚えています
私の作りだした薬で
数多の命が蕩けたあの日を
手のひらから零れ落ちたあの命たちを

私は忘れない
忘れられる筈もない

私は救いたかった
それはずっと変わらない
誓って言えます

それでも
私は救えなかった
数多の命を
…彼の志を穢してしまった

過去は変えられない
救えなかった命の数だけ罪悪が襲うけれど
ひとの形を失うほどの後悔が苛むけど

だからこそ
私は決めたのです
どんなに傷付こうと
ただ、これからも救い続けると

子どもは未来で希望だ
そんな彼らの命をこれ以上奪わせはしない

…必ず救います
なんとしても



●落とした雫、巡り来る雨が継ぐ

 ぽとり、ぽとりと。
 滴る毒液は血の雫に似て、けれど決して交わることはない。
 何故なら彼はひとではない。
 冴木・蜜(天賦の薬・f15222)の体は、落とした雫のひとつですら数多の命を奪える死毒で構成されている。

「お行きなさい、【剥離(ソーマ)】」

 呟いて、多少毒性の弱い液を落とす。
 子供を招くという『うた』は、蜜の偽物の耳へだって等しく聞こえる。
 その後悔と不可能を拭える楽園へ行きましょう──あなた達を救いたいの。
 哀切のうたは、歌っている。
 ひとを救いたいと願って、誓いのままに在り続ける蜜には分かる。

「行き先は分かっているでしょう」

 だから辿ることが出来る。
 それは蜜にとっては体の断片だ。少し切り離したくらいで動かせなくなるはずがない。
 先行する毒蜜が確保した安全なルートを辿りながらそっと息をつく。

「……後悔なんて、」

 『うた』に増幅されるまでもなく。
 最初に救えなかったあの日から、ずっとずっとし続けている。
 救うはずだったのだ。
 救えるはずだったのだ。
 数多の命が、蜜の目の前で蕩けるまで。

 ……救えると、信じていたのだ。

 ひとのかたちを崩した黒雫が、歩く道に線を敷く。
 喉の奥が苦しい。ひとを模した口の端を死毒が伝い落ちる。指先が形を保てない。
 うたがうるさい。
 擬態は苦手だ。
 こうやって蕩けて逝ったひとたちを見送った時から、ずっと。

「過去は変えられない。不可能には届かない。……ええ、知っています」

 数多の命を。彼の志を。己の誓いを。
 踏み躙った。
 無為にした。
 それを作りだした己の罪を、蜜はよくよく承知している。

「だから、『救いたい』のかもしれませんけれど」

 それでも、蜜は。
 蜜が、救いたいのだ。
 だからそうすると決めた。
 それだけが、あの時からずっと変わらない誓いだ。
 会話も擬態も不得手でも、そうと決めたことを続けることは得意だ。

「だから……そんなものは。まっぴらごめんですよ」

 この罪悪を、決意を、なかったことにされてしまうなら。
 冴木蜜に救いは必要ない。
 ただ、他を救い続けるだけだ。

「これ以上、未来も希望も奪わせはしない」

 必ず救います、と。
 掲げた宣誓に、少しだけ『うた』が薄くなった気がした。

成功 🔵​🔵​🔴​

ニルズヘッグ・ニヴルヘイム
起動術式、【死者の岸辺】
過去の力の出所を探るんだ、過去に任せた方が効率が良い
眠っていたところ悪いが、ちと協力してくれ

――不可能は不可能のままで良い
覆せてしまうなら「不可能」とは呼ばない
そもそも何でもかんでも覆す芽があるのは疲れるし、そのうち追い込まれて壊れちまう
よほど強靭な奴以外は、適度に思考停止しておいた方が良いのさ
「しょうがなかった」――ってな

そうであろう、生を取り戻すことこそが「不可能」な亡霊たちよ
この「うた」とやらの出所は分かりそうか。案内を頼みたい
礼にもならんが、その非業、私が貰い受けよう

(私が一番に願って覆さねばならない不可能は)
(「私が生まれて来なかった、平穏な世界」だろうしな)



●約束のない岸辺、手を繋ぐ在処

「眠っていたところ悪いが、ちと協力してくれ」

 起動術式、【死者の岸辺】。
 空間から滲み出す黒靄は地に染み付いた死者の怨嗟。
 過去のままで停止した情念は、そのまま男の力となる。
 ニルズヘッグ・ニヴルヘイム(竜吼・f01811)は、その体質故に疎まれた呪いの忌み子だ。
 死者の悲嘆も生者の情念も等しく己の糧とする身を厭ったこともあったろうか。
 今は、それだけではない。

「この『うた』とやらの出所は分かりそうか」

 問いかけに黒靄が身じろぐように揺れたのが分かる。 
 そこから感じるのはよく知る、よく向けられた感情──嫌悪。
 ただ、矛先は己ではない。

「成程。……被害者か」

 うたに誘われ、楽園を願い、そして恐らく殺された残滓。
 憎悪するのは彼の邪神で、悲嘆するのは己が身上。
 比較的新しい死霊だったから、ニルズヘッグの呼びかけに応えるのも早かったのだろう。
 そして知っているのだから、案内出来ぬ道理はない。

「ならば、その非業を貰い受けよう───」

 燃える。
 死者の怨嗟が、しろがねの炎と化して彼の呪詛と混ざり合う。
 もはや力でかなくなったそれを弄ぶのは呪詛を統括する悪魔。
 肩口に浮いた少女が、ニルズヘッグへ疑問を投げかける。
 答える表情は氷の微笑。

「いいんだよ、姉さん。不可能は、不可能のままで良い」

 例えばもしもと、思っても。
 それらすべてを覆すのはそれこそ無理だ。どう追いかけても追いかけても、いつか追い込まれて壊れてしまう。
 右の拳を握る。
 そこに刻まれているものも、いつか届かなかった後悔だけど。

「しょうがなかったんだよ」

 ──『うた』がきこえる。
 声は柔らかく、けれど優しく導くように。
 「仕方ない」で終わらない後悔へ、それを潜めたこころへ爪を立てるように。
 痛みは、それに苦しむものには甘露だ。
 だから、例えその先に破滅しかなくても。手を伸ばそうとしてしまう未来が、ニルズヘッグにもあったかもしれないけれど。

「私が覆さなければならぬ不可能は、その先にはないよ」

 拳の中に握りこむのは、約束の指輪ではなく誓約のライター。
 目指す先は楽園ではない。
 ひとと共に生きる竜は、地獄の炎をくゆらせて一歩を踏み出す。

成功 🔵​🔵​🔴​

フィーア・ストリッツ
マッチポンプで犠牲者を騙すのは怪しい教団の常套手段ですね
迷惑なので殺しましょう

さて、特にこの手の探偵業務が得意ではないフィーアとしても困ったことです
しょうがないので地道に歩きまわって探しましょう
どこぞの刑事さんも捜査は足で稼ぐと言っていましたし

件のうたが唯一の手がかりとなれば
それが聞こえてくるエリアを探すしか無いですね
うたをキャッチしたら、それが強まる方向を探せれば最上です
「しかし聞いていると非常にイライラしますね。フィーアこういうの影響されやすいのですが」
なにぶん記憶がないもので。ええ
…過去がないのに何かを後悔している
手が届かなかった…何に?
助けられなかった…誰を?

嗚呼―イライラします



●空白の過去、白紙の未来図

 甲冑めいたブーツがアスファルトを叩く。
 すれ違う人が思わず振り向いてしまう音は、普段なら立たないはずの足音だ。
 フィーア・ストリッツ(サキエルの眼差し・f05578)の表情はフラットで、けれどいつだって怒っているわけではない。

「迷惑なうたですね」

 いわゆる邪神教団とか、新興宗教だとか。
 そういう団体がマッチポンプで犠牲者を騙すのは常套手段だと彼女は知っている。
 怒るほどのものではない。──殺すべきだとは判じているが。
 だから、探索をさほど得意としない彼女が使っているのは足だ。
 足で稼いで、うたの響いてくるエリアを見つけることができれば御の字。
 ……そう、思っていたのだが。

「フィーア、こういうのに影響されやすいのですが」

 転送されてからずっとだ。
 フィーアの聴覚ではなく、意識に直接。『うた』は響き続けている。
 声は女性。伴奏を持たないアリアに表現としての強弱はあっても、途絶えることは決してなく。

「……どういうことでしょうか」

 それに導かれるように、行くべき先が“分かる”。
 音量の強弱ではない。ただ何かに引っ張られるように、自然と足がそちらへ向いた。
 警戒が先立つ。だが、それ以外のヒントもない。

「イライラしますね」

 まるで敵の掌の上であるかのような状況に自然と毒がついて出る。
 罠かもしれないと念頭に置く意識に、ふとグリモア猟兵の言葉が浮かんだ。

「……後悔?」

 そんなもの、フィーア・ストリッツにはないはずだ。
 気付いた時には記憶喪失で、猟兵としてはそれなりに長く活動しているけれど。
 こんな時に引きずるような後悔なんて、自分の中には無い筈なのだ、
 記憶はないのに、心の奥底から後悔が引きずり出される。

 涸れた井戸で洗ってくれとうたが謳う。
 手が届かなかった後悔がある。

「────何に?」

 羊の角で畑を耕してくれとうたが響く。
 助けられなかった不可能がある。

「────誰を?」

 知らない。
 分からない。
 頭が痛い。
 答えはここにない。
 けれど踵を返すという選択肢も、フィーアの中には存在しなかった。

「嗚呼──イライラします」

 毒づいても、うたは途絶えない。
 フィーアの記憶も、まだ応えない。

成功 🔵​🔵​🔴​

氏家・禄郎
不可能か……?

思えば、人生はままならない生き方であったよ
学生時代に知り合った妻と子には別れを告げ
戦場を共にした友人は軍規を護るが故に告発、銃殺刑送り

それが手に入れば、どんなに幸せだろう
過酷な任務から友と一緒に帰れば、妻と子供が迎えに来る
どんな酒よりも美味く
どんな菓子よりも甘い
そんな長い時間

でもね、無いんだ
私……僕にはどれもない
どれも帰ってこない
もう帰ってこない
彼女は別の幸せを見つけた
娘は欧米に居て、月一回会えれば良い
友はこないだ影朧になったと聞く

やり直したい、取り戻したい
でも、過去は巻き戻らない
僕は猟兵だからそれを知っている

だから、声をかけるんだ
「ねえ、うたが聞こえたという話を聞かないかな?」



●戻らない理想、踏みしめる現実

 今日の任務も過酷なものだった。
 まったくどうして、戦争というものは終わる気配を見せない。

『これを制御することが出来れば、帝都はさらに発展するだろうに』

 それは間違っていると言っただろう、アルバート。
 塹壕へグレネードが転がされる恐怖と戦うにはいい話題だったと思うがね。

『ふん。そのうちに素面の貴様を丸め込んでやる』

 先に諦めてくれよ。
 ……ああ、悪いね。ここまでだ。

『分かっている。次の任務に呼び出されるまで、せいぜい家族サービスに勤しむんだな』

 ははは、自分に相手がいないからって手厳しい。
 家族はいいものだよ。君も早く作るといい。
 さて……ただいま帰ったよ。マリー、アガサ。

『お帰りなさい、あなた』
『パパ!』

 微笑む妻は今日も美しい。随分と待たせてしまったね。
 ああ、離れている間に娘はどれだけ重くなっただろう。
 少し抱っこさせてくれるかな、リトルレディ。
 そのまま三人の家まで帰ろう。
 それから、それから、────。



「…………不可能、か」

 氏家・禄郎(探偵屋・f22632)は、ゆっくりと息を吐きだした。
 思考の片隅を占有する『うた』が見せた後悔は、確かに今の禄郎にはもう帰ってこないものだ。
 ものを知らぬ子どもがこんな光景を見せられたら、『うた』の方へ導かれしまってもおかしくはない。

「やり直したい。取り戻したい。……普遍的な欲求だ」

 けれど、【思考(コーヒーブレイク)】は終わりだ。
 どんな酒より上質で、どんな菓子よりも甘い時間。
 それが手に入ればどんなに幸せかと、夢想する時もあるけれど。
 今は苦い現実と向き合わなければならない。

「過去は、巻き戻らないんだ」

 別れた妻は、英吉利で新たな夫と幸せに暮らしている。
 妻と共に行った娘とは、月に一回会う機会がある。
 内通により銃殺刑に処された友は、先ごろ影朧になったと聞く。

 ……そもそも、猟兵になるだなんて。
 大正がたった十五年で終わった世界があるなんて、想像だにしなかった。
 未来に何が待っているかなんて、まったく神様にだって分からない。

 トレンチ帽を被り直す。
 猟兵が、オブリビオンを倒すために。今できることは一つ。


「ねえ、うたが聞こえたという話を聞かないかな?」

大成功 🔵​🔵​🔵​

榎本・英
嗚呼。聴こえる。
知らぬ歌が、数多の声が。
耳許から囁きかけてくる。
ありがとう、と。

分かっている、分かっているとも。
そんなに囁かなくても私は理解している。
後悔も罪悪感も抱かないわけがないのだよ。
私はただの人だからね。

とりこぼした物は拾えない。
未だ囁き続ける声たちに手を伸ばす事もできない。
一度きり。一度きりなのだ。
二度目の選択などないのだよ。

先程から聴こえる歌が煩わしい。
君が助けてくれるとでも云うのかい?

楽園なんてそんな都合の良い物などどこにも無い。
歌の方へ、後悔の先へ
私は歩む。

楽園とは。

そんなものが本当にあるのだろうか。
囁く声と微かな歌を引き連れて、歩む。

嗚呼。そうさ。
私は誰も救えない。



●今をうたううた、過去を語る声

 意識の底に流れるのは聞きなれぬ異国のうた。
 猟兵ゆえに歌詞は理解できても、細かな機微はやはり別世界。
 途切れず揺蕩う『うた』はどこか脳を引っ掻くような違和感を与える。
 けれど、聴こえるのはそればかりでなくて。
 いつか聞いた数多の声が、『うた』に重なり不協和音をうたっている。
 耳元。
 囁く声が告げる言葉は、ただただ感謝の五文字だけ。

「ああ。分かっている、……分かっているとも」

 榎本・英(人である・f22898)は、人である。
 推理小説家でり、殺人鬼であって、けれどそれ以前にただの人だ。
 カラの手を伸ばしたところで、そこにいるわけではない声に届く筈がない。
 だから、手の中に降り積もるのは後悔と罪悪感だけ。
 とりこぼした者を拾うことなど出来はしない。
 不可能を謳う異国の『うた』が耳につく。
 嗚呼、ひどく煩わしい。

「……君が。助けてくれるのとでも云うのかい?」

 答えはない。
 『うた』も変わらない。
 ただただ続く旋律は、不可能による愛の証明を求めている。
 そんなことはできっこないのに。

「本来、二度目の選択などないのだよ」

 命に二度目はない。
 殺した者が生き返らないように。
 犯した罪が雪げないように。
 すべては一度で決めなくてはならない。
 命を扱う物語を書いて、命を奪う英だから。命に対しては誠実に生きている。
 それが、“ただの人”というものだ。

「だから、君の『楽園』はまやかしなのだろうね」

 失ったものを拾えたら、なんて。
 不可能が可能になる、だなんて。

「そんなものが、本当にあるのなら────」

 何を望むのだろう。
 想像はすぐに沈められる。意味もなければネタにもならない仮定に思考を費やす意味はない。
 押し隠し、押し殺し。
 けれど止まぬ歌声に、後悔を引き出そうとする旋律に。
 それを謳う邪神が待つ方向へ、作った微笑みをひとつ。

「嗚呼。そうさ。そうとも」

 榎本・英はただの人だ。
 延々と囁き続ける声達に、手を伸ばしてやることだってできない。
 ────だから、誰も救えない。
 楽園ならざる世界に生きる、英はそれだけ知っていればいい。

成功 🔵​🔵​🔴​

旭・まどか
あまやかに、まろやかに
ささやくうたが、僕の中へと入ってくる

其の望む年端かどうかは知らないけれど
条件に見合うならと捧げたこの身

目論見通り、御眼鏡に適ったらしいけれど

うたが長く、強く
反芻を重ねる度
酩酊した様に、麻酔に掛かったかの様に
思考が溶けて、輪郭を亡くし
酷く、もろく、崩れ落つ

――嗚呼、僕は

“どうして”

問う聲は知らぬ音
けれど、識っている、音

足場はぐにゃりと歪み
立っているのか、いないのか

それすら理解、出来なくなる

僕が取り零した不可能は、僕のせいじゃない

叫び出したくなる衝動を
何かが霞め取り、攫って征く


導だけが明快で
嗚呼、此の先へ進めば――、

惑う下肢はふらついた侭
花に吸い寄せられる蝶が如く、其の許へ



●ほころぶ花に、ほろんだ昨日

 あまやかに、まろやかに。
 ささやくように、よびかけるように。
 うたう、うたう。
 うたっているのは声なのか。
 それとも自分がうたっているのか。
 分からぬほどに、とける、とける。

 身を捧げたのだ。
 望まれるかは知らずとも、条件にだけは合うと。
 その先に待っている痛みも苦しみも、何もかもを知らないで。
 不可能など知らなかった、ただ無垢という名の無知だった頃。

 うたう、うたう、うたわれる。
 同じ旋律のリフレイン。
 同じフレーズの繰り返し。
 めぐる、めぐる、うたは思考も輪郭を蕩かせて。
 ゆるやかに伸びるロングトーン。
 盛り上がりを作るクレッシェンド。
 彼も、うたには一家言ある。だから分かる。
 このオブリビオンは、とても、美しいうたを、うたう。
 感慨は、すぐに巡る旋律に呑まれて分からなくなってしまうけれど。

「どうし、て」

 呟きが自分の声とは思えない。
 よく知るはずの声が知らぬものと変換される。
 見慣れぬ世界、見慣れぬ建物。
 けれどそれだけは同じ、青い空が歪んでいく。
 光が分からない。
 匂いが分からない。
 風が分からない。
 確かなのは脳髄を震わせる歌声ばかりで。
 立っているのかさえも不確かななまま。

 ────おもいだす、のは。
 宵闇に覆われた疑似星の空。
 還ってしまった己の叫ぶ、声。
 
“ドウシテ”

 それは産声だったのか、あるいは彼ならぬ彼の断末魔か。
 叫ぶことができたのか、それすら妄想の中に過ぎないのか。
 分からない。
 けれど、取り零してしまったのは自分のせいではなくて。
 けれど、遺ってしまったからには背負わざるを得なくて。

「ぁ、あ……」

 それは後悔で。
 罪悪感で。
 悲嘆で。
 ────絶望だ。

「あ、ああああぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!」
『────いいよ。おいで』

 差し込まれた声は、うたう声と同じ。
 あまやかで、まろやかで。思考を溶かしながら大丈夫と抱きしめるように。
 やさしい声が呼ぶ方に、旭・まどか(MementoMori・f18469)は踏み出した。
 足はふらつく。うまく進めない。
 それでも着実に、少しずつ、堕ちた聖女のうたう懐へ。
 もしも、辿り着けたなら。

 

 ──── 僕も、『楽園』で救われますか?

苦戦 🔵​🔴​🔴​

鎧坂・灯理
【竜偵】
歌がうるさいので即座に精神防壁を展開、しっかり防いでくれよ兄貴
好きな人のために無茶をするのはぜんぜん平気だが、無茶をしないと好きにならないというのは気に入らん
何様だと思ってしまう これはもう気質の問題だな

なんですかイリーツァ殿いきなり…………なるほど?
あなたの人間性が五歳児相当ということを知っているので今回は許しますが、
次は無いとよくよく覚えておいて頂きたいものですね
代用品扱いは地雷……あー、私が最も嫌うところなので

……やはり少し怖いですね、あなたは 感性が人外過ぎる
とりあえず探索に集中しましょう
私はサイキック、テレパシーならば出所を探せばよいだけのことです


イリーツァ・ウーツェ
【竜偵】
後悔や罪悪感等は、覚えが有りません
ですが、一つ
貴方に、謝罪するべき事が御座います

初めて、貴方から依頼を受けた時
私が頷いたのは
貴方が猟兵であった為
だけでは無く
貴方に、弟の面影を見たが為です
申し訳有りません

臆病で良く吠える、大切な弟でした
もう、此方の時空には居りません

自分から話す、と云うのは
大変ですね
歌は、聞き流して居ります
私の頭の中に、私は居りませんので
頭の中を流れる物を、私は眺める事が出来ます

如何なさいましたか、社長
……
御令兄と、同じ事を仰いますね

はい
感情の匂いを、嗅いでみましょう
御役に立てれば、良いのですが



●弟をなくした兄、兄を得た妹

 皮の鎌でコショウを刈って、ヒースのロープで纏めて頂戴。
 そうすれば、私達は恋人に────


「やかましい」

 鎧坂・灯理(不死鳥・f14037)に精神攻撃は通じない。
 それのみに特化したオブリビオンの攻撃なら、あるいは通る可能性もあるだろう。だが広域に無差別にばらまかれているだけの『うた』の分際で、この意志と精神の怪物を侵すことなど不可能だ。
 【親愛:精神障壁】。
 彼女の心の裡には番人がいる。
 不愉快な『うた』のシャットアウトを任せて一息。
 無理をしなければ愛し合えないとは何様だ。まったくもって気に入らない。
 込められた精神干渉も弾き飛ばして、彼女は隣に立つ竜を振り仰ぐ。

「イリーツァ殿?」
「問題ありません。私の頭の中に、私は居りませんので」

 灯理と違い、イリーツァ・ウーツェ(虚儀の竜・f14324)に揺らぎはない。
 そもそもが人ではない、異次元にまで離れた存在だ。頭の中に流れる『うた』は、俯瞰していられる程度のものでしかない。
 だから、これは偶々岩が微動しただけに過ぎないのだろう。

「ですが」
「何か?」
「貴方に、謝罪するべき事が御座います」
「────ほう?」

 灯理の声が一段低くなったことにイリーツァは気付かない。
 そのような機微は彼の中に存在しない。
 ただ、「そうすべき」と判じたことを言葉と出すだけだ。

「初めて、貴方から依頼を受けた時。覚えておいででしょうか」
「ええ、勿論。私が忘れるはずがありません」
「当時私が頷いたのは、貴方が猟兵であった為だけではありません」
「……それは?」

 嫌な予感がする。
 サイキッカーだからか、はたまた死を重ねた経験故か。灯理の直感はよく当たる。
 それを斟酌するイリーツァではない。弛むことなく言葉は続いた。

「貴方に、弟の面影を見たが為です」
「…………なるほど?」
「臆病で良く吠える、大切な弟でした。もう此方の時空には居りません」

 己を俯瞰する。冷静を保つ。
 内なる怒りに呼応して、浮かぼうとする思念の腕を抑え込む。
 古竜として定義された男の倫理と常識は人間のそれではない。無理に換算しようものなら五歳児程度でしかないことを今の灯理は理解している。
 自分も大概であることだし。
 イリーツァの表情は巌の如く揺らがず。ただ淡々と頭を下げる。
 そこに、本来込められていてしかるべき罪悪感は見受けられない。

「申し訳有りません」
「今回だけです。次はないと心得てください」

 ラベンダー色の向こうにある柵。
 愛情ではなく観察の目線。
 唯一やさしかった手は、勝手に死んで、いなくなって、のこされて。
 そんな兄の代わりに、彼女は“嘉衣坂”に縛られていたのだから。

「代用品扱いは、私が最も嫌うところです」
「はい。記憶いたしました」

 切り捨てるように告げたところで、やはり竜は揺らぎはしない。
 意識して息を吐く。神経がささくれているのを自覚する。
 ひとと同じく、竜も竜で違うモノなのだと実感させられる。

「如何なさいましたか、社長」
「……やはり少し怖いですね、あなたは。感性が人外過ぎる」
「……」

 告げた、言葉に。
 イリーツァが珍しく目を瞠った。端から見ればほとんどない程度だが、灯理には分かる。

「どうしました?」
「御令兄と、同じ事を仰いますね」
「……有難いことです」

 だから投げかけた問いへ、返ってきた答えは予想外。
 浮かんだ温かいものを少しだけ噛み締めて、一度脇に置く。
 義兄にはまた会いに行けばいい。そうできることが嬉しいと、思う心を力に変えて。

「それでは、探索に集中しましょうか」
「はい。私は感情の臭いを嗅いでみましょう」

 灯理はサイキッカーだ。
 それがテレパシーであるならば、逆探知は容易。
 ほぼ無作為に、全方位に放たれている『うた』。
 起点まで辿り着いた思念力が彼女に座標を知らせる。

 イリーツァは【聞香】を開放。
 ひとの身ならざる嗅覚に足で稼ぐ概念は必要ない。
 うたに乗った感情の臭いを嗅いでみれば、彼に方向を知らせる。
 「それ」が珍しくて、イリーツァはひとつ瞬いた。

「何か分かりましたか?」
「はい。この感情の臭いですが────期待、だと思われます」
「……オブリビオンが?」
「はい」

 嘘という概念を持たぬ竜が頷く謹直さを知っている。
 だから、灯理は疑わない。
 思考に留め置いて、けれど果断に動き出す。

「行ってみれば分かることですね」
「はい。その通りです」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ジャガーノート・ジャック
◆ケンタッキーと
(頭の中に歌が響く。)

(ザザッ)
――"スカボロー市へ行くのですか"、か。

この世界の謳だ。
皮の鎌で作物を刈り取れ等と無理難題を歌い上げる。
――それ程に愛とは成し難きを為す、と。

同感だな。では猟兵らしく仕事をしよう。
ミッションを開始する。

(ザザッ)
(不可能――出来なかった事と取りこぼしたものなど、幾らでもある。)
(友達を救えなかった。)
(悪意と殺意を抑えきれなかった。)

(――ふと、熱線銃をゴリ、と頭を押し当て)
(それが糸で絡め取られ、動きを止める。)

――感謝する。
君も背を掻き毟るのは程々に。
("Undo"。傷を元に戻す。)

礼は不要、お互い様だ。
兎に角、進むとしよう。
(ザザッ)


ケンタッキー・マクドナルド
◆ジャックと

すかぼろー?なんだァそりゃァ。新手の食いモンか?

へ、愛とは成し難きを、ねェ。
人間様の色恋なんぞァ俺にはわかんねェけどよ――
ま、不可能を可能にすんのが猟兵って奴だ。
まァ気が向いた、手伝ってやるよ御同僚。
帰ったらハンバーガー奢りな。

(成し難き。不可能。とりこぼしたもの。神の手に不可能なんざありゃァしねェ――と言いたいが)
(逃げる為に捥いだ羽一本、まァこれは取り溢したモンだろう。)
(ああ、思い出すと古傷が疼く――。)

――おいやめろ馬鹿野郎。
いきなり物騒だな糞。
(ガリガリと苛立ち紛れに背を引っ掻きつつ、"天獣"の糸で銃を絡め取る。)

――け、あんがとよ。
ああ、さっさと済ませて飯が食いてぇ。



●落としてきたもの、拾えない過去

 電脳鎧の中身まで、精神感応の『うた』は届くらしい。
 そしてUDCアース出身であるところのジャガーノート・ジャック(AVATAR・f02381)は、その旋律を知っている。

「――"スカボロー市へ行くのですか"、か」
「すか……? なんだァそりゃァ。新手の食いモンか?」

 ノイズ交じりの呟きに、振り向いたのは先行く長髪のフェアリー。
 ジャックが此度の同行者として誘ったケンタッキー・マクドナルド(神はこの手に宿れり・f25528)はこの世界の出身ではない。
 頭の中に直接差し込まれる『うた』に、こめかみを叩いて眉根を寄せるのがせめてもの抵抗なのだろう。
 気晴らしにでもなればいい。そう思考してジャックはフルフェイスマスクを上下に動かす。

「この世界の謳だ。君にも声は届いている筈だが」
「あァ……縫い目のない服を作れだとか、皮の鎌で作物を刈り取れだとか。無理だろ」
「無理難題だ。――それ程に愛とは成し難きを為す、と」
「成し難きを、ねェ」

 普遍的なテーマだからこそ、歌い継がれてきた歌である。
 もちろんジャックには分からない理由もあるかもしれないが……そんな社会事情など知る由もないケンタッキーは軽く肩をすくめた。

「人間様の色恋なんぞァ俺にはわかんねェよ」
「……だろうな」
「けどよ、不可能を可能にすんのが猟兵って奴だろう?」

 まるでヒーローみたいに言って、ギザついた歯をむき出して笑う。
 前進するための羽ばたきは先までよりずっと力強い。

「気が向いた、手伝ってやるよ御同僚。でも帰ったらハンバーガー奢りな」
「了解した。では猟兵らしく、ミッションを開始する」
「おうよ」

 『うた』は精神干渉であるが、同時に導でもある。
 招いているのだ。
 不可能を謳ううたで、ひとの中にある柔らかい部分を掘り返して。
 その苦しみを拭おうと、そのための楽園がこちらにあると。
 ヘルメットの赤光が明滅する。
 出来なかった事と取りこぼしたもなど、幾らでもあるというのに。
 ジャックは──そうロールプレイする“中身”の少年は、今でもそれを覚えている。
 忘れるはずがない。
 友達を救えなかった。
 二十四人を殺した。
 激情のまま押したボタンと、瞬く間にカウントダウンする生存者の数。
 溢れんばかりの悪意と殺意を、抑えるつもりもなくて。
 だから、死ぬのは僕でよかったのに────

「おい、やめろ馬鹿野郎」

 ふと、気が付けば。
 額に押し付けた熱線銃と、それを絡め取る糸がある。
 変幻自在の破片、"天獣"だったか。

「いきなり物騒になってんじゃねぇよ糞」
「……感謝を」

 毒づく声に首肯で答える。
 『うた』は、聴く者を自傷にまで至らしめると聞いた。
 まったく、予想外の深度だ。彼がいなければ、あのまま引き金を引いていてもおかしくなかった。
 冷たい銃器を電子の海へ返還し、代わりの力を指先に込める。

「君も、」
「あン?」
「背を掻き毟るのは程々にするといい」

 実行、【"Undo"】。
 ケンタッキーの背中。肉を掻き壊して滲んだ血が、あっという間に修復される。
 慣れた痛みが遠ざかっていく感覚に、フェアリーはといえば軽い舌打ちをひとつ。

「け、あんがとよ」

 復元空間に入らなかった爪の中に、血の色が残っている。
 成し難きもの。不可能なこと。
 ケンタッキーのとりこぼしたものは、フェアリーの象徴とも言っていい羽だ。
 四枚あるうちの一枚、逃げる為に必要だと捥いだのはそう遠い昔のことではない。
 神域と謳われる技量で偽羽を作り上げ装着しているが、その記憶まで失くした訳ではない。
 苛立った時に背を引っ掻いてしまうのは、悪い癖だと自覚している。

「お互い様だ。兎に角、進むとしよう」
「ああ」

 ノイズの混ざった声が言うから、ケンタッキーも頷いた。
 今は気にしている余裕はない。
 しっかりと意識を保つ。
 柔らかく、甘やかに、けれど決して途切れぬ歌を追いかけて。
 けれど背に伸びそうになる手を必死に押さえつけたまま。

「……さっさと済ませて飯が食いてぇな」
「同感だ」

 嗚呼。
 『うた』が、ひどく煩わしい。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

リア・ファル
POW

ボクの後悔
銀河帝国の襲撃から脱出した時

逃げる事だけで精一杯だった事
抗う同型艦(きょうだい)達に合流も出来ず
戦うにも、ままならず

明日を目指す為に、虚空へ自身(艦)を飛ばすしか無かった事

嗚呼――。

ボクダケ イキノコッテ シマッタ――

『うた』が聞こえる

心配そうに鳴く『ヌァザ』に微笑み返し

「……平気さ。ボクの胸には、「行け」と背中を押してくれた皆の声が残っているから」
託されたものを、繋ぎ運ぼう
今を生きる誰かの明日のために

UC【森羅明察】発動

「神性、方向感知。マッピングおよび距離算出」
(情報収集、聞き耳、追跡)

「さ、行こうかイルダーナ!」
『イルダーナ』を走らせ、追撃開始!



●壊された痛み、遺された光

 機械に忘却は存在しない。
 そのデータは、彼女の中で未だ朽ち得ぬ瑕疵だ。

 八月七日。
 機動戦艦ティル・ナ・ノーグ進宙予定日前日、銀河帝国艦隊強襲。
 一番艦「ティル・ナ・ノーグ」は中央制御ユニット、リア・ファル(三界の魔術師/トライオーシャン・ナビゲーター・f04685)の判断により虚数空間へ多元圧縮退避。
 ユニット自身が宇宙バイクによる強行突破を試みることで、辛うじて脱出に成功した。

 しかし、退避できたのはたったそれだけ。

 武装以外は完成していた二番艦「マグ・メル」、三番艦「メグ・メル」は脱出を試みるも失敗、銀河帝国に抗しきれずに轟沈。
 四番艦「イ・ラプセル」の設計データ、並びに制御ユニットとして準備されていた高機能AIは建造計画途中で破壊。
 同型艦(きょうだい)の中で、生き残ったのは彼女だけだ。
 そして恐らく、新たな同型艦が作られる見込みも薄い。

 リアは覚えている。……忘れるはずも、ない。
 真空の宇宙に広がる爆炎。
 破片ひとつも残さずと徹底的に撃ち込まれるミサイル。
 幾条もの重力砲が、自分の故郷を貫いていく。

 どうして、ボクはあそこにいられなかったんだろう。
 アア、ボクダケ イキノコッテ シマッタ――

 『うた』が聴こえる。
 美しく、甘やかで、なのに息苦しさを引きずり出す『うた』が。
 大切なひとたちに育てられて学習した心が、強く絞られるようだ。
 追いかけるたびに強くなる痛みは、確かにリアの中にある罪悪感だった。
 隣を歩く銀虎猫が一声、心配そうに鳴く。

「……平気だよ、ヌァザ」

 答えた声は、震えてはいなかった。
 だって、リアは「行け」と背中を押してくれた声を覚えている。
 未来に希望を託す笑顔を覚えている。
 それがなかったら、リアも一緒に宇宙の藻屑になっていただろう。

 それがあったから。
 機械が今を生きる理由なんて、それだけで十分すぎる。

「だから、今を生きる誰かの明日のために」

 その象徴たる子供たちを守るために。
 『イルダーナ』が走り出す。

「神性、方向感知、目標確定。マッピングおよび距離算出──表定速度を守っても十五分後に到着。それじゃ、行こう!」

成功 🔵​🔵​🔴​

ティオレンシア・シーディア
×

…「地獄への道程は、善意でもって舗装されている」だったっけ?
ヘタな狂信者より、ある意味タチ悪いわねぇ…
…何をどうしてもずっと聞こえてるって、結構鬱陶しいわねぇ、コレ。

――脳裏に浮かぶのは、瑠璃の瞳に真紅の髪、自分と同じ長い三つ編み…今はもういない、あの子のこと。
気紛れで繋がった縁が何の因果か交わって、そこそこ長い付き合いになって。
――アタシの目の前で、ドラゴンに引き裂かれた。
その時はまだ猟兵じゃなかったし、そもそも多分覚醒の切欠がそれなんだけど。
…もしも、を考えなかった…とは、さすがに言えないわねぇ…

…後悔、とか。罪悪感、とか。そのテの事は感じたことなかった…ハズ、なんだけどなぁ…



●持たないはずの心、拾えないはずの痛み

 まず耳を抑えてみた。
 次に耳栓を使った。
 遮断のルーンも試してみたが、どれも大した効果はなかった。
 音ではないというのは、こうまで厄介なものなのか。

「結構鬱陶しいわねぇ……」

 冷静さを武器とするティオレンシア・シーディア(イエロー・パロット・f04145)であっても、ため息が抑えきれない。
 物理的に撃てる位置にいるならともかく、こういう術式系の相手は得意ではない。
 出来ないとは言わないのもまた彼女なのだが。

「善意でやってるってんなら、ヘタな狂信者よりタチ悪いわねぇ……」

 『うた』は今もって途切れず、甘く優しく奏でられている。
 人間は腹の中で何を考えているか分からぬ者も多い。
 が、この歌からはそういう含むようなものは感じられない。
 ……オブリビオンとは概してそういうもので、だから厄介だ。
 翻意することがないのだから、交渉戦など挑めない。
 導くような『うた』を追いかけて、十字路を右へ曲がる。

「……もしも、ねぇ」

 脳裏に浮かんでくるのは、三つ編みにした真紅の髪。
 華奢な背中が振り返れば鮮やかな瑠璃の瞳が輝いている。
 けれど、彼女は。
 あの子はもういない。

 街へ襲撃に来たモンスターへ立ち向かうのも用心棒の仕事だ。
 けれど、ドラゴンなんて大物が来ることは最悪の予想外で。
 ある種順当な結果として、ティオレンシアの目の前で引き裂かれて死んだ。
 ……それが覚醒の切欠なのだから、ティオレンシアという猟兵にとって切っても切り離せない記憶の一つだ。

「もしも、あの子を助けられたら……なんて、考えなかった訳じゃないけど」

 髪の色よりずっと鮮やかな赤色が地面を濡らすのも。
 瑠璃の瞳はわけがわからないと見開かれて、次第に光を失って。
 手にしていた武器は零れ落ちて。
 あの時、自分はどんなことを思ったのだろう。

「そのテの感情なんて、感じたことなかった……ハズ、なんだけどなぁ……」

 『うた』がきこえる。
 後悔と罪悪感を増幅する『うた』は、彼女の意識の中までもはっきり流れて存在を示す。
 導くようなうたごえが、ティオレンシアをも呼んでいる。 

成功 🔵​🔵​🔴​

鏡島・嵐
不可能なこと、か。
んー……おれに不可能なことなんて、それこそ星の数ほどある。失くしたものを取り戻すとか、大失敗をやり直すとか。
正直、出来ることをやれるだけやるだけで手一杯だ。上手く出来ねえのは当たり前だし、取りこぼしたモンなんて数え切れねえ。
罪悪感が無ぇって言えば、嘘になる。出来ることがいくら増えても、出来ねえことがまだまだあるって現実は覆らねえ。あの時あれが出来ていれば、なんて思い返すこともあるしさ。

だけど。
何にも出来ない、平凡なのが“おれ”だっていうのなら。
その平凡さを発揮しねえと、それこそ何にもならねえよ。
“未練”はある。けど“後悔”は無ぇんだ。

……さて、元凶はどこにいるんかな、っと。



●流れ行く星、手の中の光

「……不可能なこと、か」

 UDCアースを故郷とする鏡島・嵐(星読みの渡り鳥・f03812)も、『うた』の旋律を看過した一人だ。
 不可能を覆せれば、恋人になれるでしょう。
 けれど不可能だから、決してそうはなれない。
 ごくごく平凡な恋の歌は、故に平凡である嵐には共感できる『うた』である。

「そんなの、星の数ほどあるよなぁ……」

 鏡島・嵐は平凡な猟兵だ。そう、自分では思っている。 
 だから抱えた罪悪感は少なくない。
 出来なかったことも、助けられらなかったことも、失敗も、喪失も。
 ……それらを思い返して、苦しくなることだって。

 だからそれを取り返しましょう、『うた』は誘う。
 ひどく優しく、甘やかで、魅力的な文言に。
 ……けれど嵐は、首を左右に振って答える。

「何にも出来ないおれだけど、それだけはしないよ」

 出来ることが増えても、出来ないことはまだまだたくさんある。
 今出来るようになったことが、あの時出来ていれば……そう夢想してしまうことだって。
 誰にでも当たり前にある感情を、決して否定しない。
 その平凡さが、鏡島・嵐という少年だ。

「おれは平凡で、何にもできないけど。それが“おれ”だから。おれは、おれのまま進むよ」

 嵐の罪悪感に重なるのは、未練だ。
 悔しくて、けれど諦めきれないからこそ。
 その悔しさを手放すことなく研鑽を重ね続ける。

 ……それが一番の強さだと、少年は気付いていないかもしれないが。
 意識の底に流れ続ける『うた』に流されず、意志を保ち続けているのが何よりの証明だ。

 だから、未来に後悔を残さないために。
 平凡な嵐が、今出来る精一杯を。

「さて。元凶はどこにいるんかな、っと」

 『うた』の導く方向へと歩き出す。
 握った勇気は小さくても、等身大の強さで。

大成功 🔵​🔵​🔵​

カイム・クローバー
随分と癪に障るうただ。忘れちゃいけねぇ記憶だし、蓋をして、って訳じゃないが。…過去を呼び起こされるのは好みじゃない。

故郷で吸血鬼に親友との殺し合いを強要された記憶。力に目覚めていない俺は自分の命欲しさに親友を殺した。…あの時の感触と血の臭いは未だに脳裏に焼き付いて離れない。しかも、結局、その吸血鬼を未だに俺は殺せていない。…発見すら出来ていない。
そう、何も出来ちゃいないんだ。皮肉にも俺が猟兵としての力に目覚めたのはその事件の後だった。自分の無力さを呪ったよ。どうしてもう少し早く、と…。

UCを発動してうたの後を追う。珍しく今の俺は無口だ。
クソッタレな記憶。──楽園だと?吐き気がするぜ、クソ野郎



●忘れ難きもの、手に入らぬもの

「……随分と癪に障る『うた』だ」

 舌を打つ。それだけの音も『うた』にかき消されて遠く感じる。
 カイム・クローバー(UDCの便利屋・f08018)は、過去を呼び起こされることを好まない。
 忘れてはいない。それだけは決してない。
 ……だからこそ、無理矢理というのが癪に障るのだ。


 カイムは、拠点こそUDCアースに置いているが故郷は違う。
 憎たらしい吸血鬼に支配されたダークセイヴァーだ。
 あの世界では吸血鬼こそが頂点で、奴らが命じたならそれは絶対。
 彼が強要されたのは、親友との殺し合いだ。

 覚えている。……忘れるはずは、ない。
 突き刺した肉の感触。
 飛び散って、自分に降りかかった血のぬめり。
 失せていく親友の温度。
 盛大に拍手する吸血鬼の笑い声。
 助かったという安堵と、親友を殺してしまったという過ち、罪悪感、────それを取り返せないという絶望。
 『うた』に重なるようにして、すべてが鮮やかに目の前にある。

「クソッ……」

 あの吸血鬼は、どこにいるのだろう。
 殺した、どころか発見すらされていない。予知など何をいわんやだ。
 あの時は力が足りなかった。
 猟兵ですらない、ちっぽけな盗賊にしかなれなかった男は。領主として振る舞う吸血鬼に抗うなんて、考えることすらできなかったのだ。
 今は、どうだろう。
 猟兵として覚醒し、雷撃と邪神の力を得て、多くの経験を積んだ。
 銀河皇帝も、速度の怪人も、第六天魔王も、希望を喰らう大魔王も下してきた、今なら。
 ……今なら、殺せるかもしれないのに。
 ソイツが見つからない以上、すべて不可能な絵空事だ。
 親友の命が戻らないのと、同じように。

 『うた』が響く。
 頭の中で不可能を歌い上げられる。
 思わず、拳を壁に叩きつけた。
 ……けれどそうしたところで痛むのは己の手だけ。
 憎たらしい吸血鬼どころか、『うた』の元凶であるオブリビオンにさえ届かない。

「何が楽園だ。……吐き気がするぜ、クソ野郎」

 愛しい少女の面影すら、今思い出すには苦しかった。

成功 🔵​🔵​🔴​

鷲生・嵯泉
死して訪れる楽園なぞ何をも生み出す事は無い
況して子を贄とする様な輩を放置は出来ん

第六感を頼りに方向を確かめ、呪詛耐性にて抗しながら進む

――あの時。私は何故、置いて行ってしまったのだろう
あの手を放さずにいたならば、今でも笑っていてくれたのだろうか
かの背を今も互いに護り合う事が出来ていたのだろうか
ああ、死して再会が叶うなら
いっそ炎の中に総てを喪った、あの瞬間に戻ってしまえたなら――

(強く首を振り、胸へと手を遣り)……成る程、意識を蝕む、か
だが此れ以上は踏み込ません
消し得ぬ咎が己が内にある事を否定はしない
それでも――其れが在るからこそ
同じ過ちを犯す愚から目を逸らさずにいられる
罪と云う名の標なのだ



●灰残の罪科、祈燈の道標

 ────あの時。
 どうして、置いていってしまったのだろう。
 ずっと思っていた。 

 故郷を焼いた炎の中に、多くのものを置いていった。
 それは愛した彼女であり、最も背を預けた親友であり、守るべきと誓ったすべてだ。
 奪われて、殺されて、蹂躙されて滅ぼされたあらゆるものだ。

 けれど。
 手を放さなければ、彼女は今も隣で笑っていただろうか。
 やかましいくらいの笑い声が、目出度い門出の日を祝ってくれたろうか。
 親友と互いに背を護り合い、故郷をあらゆる災厄から守って、帰り着いた家では彼女があたたかな食事を用意してくれている。

 ……もう決して手の届かない理想が、胸の奥を焦がす。

 死んでしまいたい。
 再会が叶うなら、地獄の業火で焼かれてもいい。
 『不可能』を掬えるというのなら。
 いっそ炎の中に総てを喪った、あの瞬間に戻ってしまえたなら――


「……成程。意識を蝕む、か」

 首を左右に振って、鷲生・嵯泉(烈志・f05845)はこびりつく残滓を振り払う。
 陰陽師という、呪詛に対しては耐性がある己すらこうまで飲み込まれる。
 オブリビオンの精神干渉とはここまで厄介なものか。
 子供ならば何を況やだろう。
 このような輩を放置しては置けないという思いはますます強くなるばかりだ。

 『うた』は、まだ意識の底に流れている。
 忘れ得ぬ後悔を、今もって苛む心痛を、ささくれ立たせるような干渉だ。

 嵯泉は、胸に手を遣った。
 ……欲したのは、ポケットに入った煙草の感触。
 生きてほしいと願われて、共に在ると誓ったそれは。
 あの時共に朽ちなかったからこそ得られた、新たな導だ。

「消し得ぬ咎は、標だ」

 手の内に握った冰滄が硬く存在を主張する。
 在るべき場所を離れた宝石は、同じ過ちを犯す愚から目を逸らさぬ為のもの。
 罪は、罪だ。
 だがそれを手離そうなどと願うことは、決してない。

「ならば、お前に此れ以上踏み込ません」

 歩を進める。
 『うた』は、嵯泉の決意など知らぬとばかりに流れるまま。
 不可能を掬い上げた先にある楽園がどれだけ素晴らしいと謳っても。

「未来ある子を糧に、死して訪れる楽園なぞ。何をも生み出す事は無い」

 だから切り捨てる他ないと。
 火烈の視線はもう揺るがない。

成功 🔵​🔵​🔴​

レイラ・エインズワース
祇条(f02067)サンと

子どもたちに後悔を、なんて
許せないヨネ

嫌な歌……
(例えば、主が妻との再会を願った日)
(例えば、小さな約束を叶えられなかった日)
(例えば――)
(自分がちゃんと望まれた機能を持っていればと思うのだ)
(紛い物の蘇りなんて、オブリビオンと大差ないノニ)
でも――
(たくさんの約束と言葉で前に進んでるところだカラ)

大丈夫?
困ってないカラ大丈夫ダヨ
私は角灯、誰かに使ってもらってコソ輝くんだから
なんて
そうじゃなくてモ、仲間なんだカラ
このくらいお安い御用ダヨ
ソレにさ
こないだ言ったデショ?
一人で無理はしないで、って
(背中をぽんとはたいて)
だカラ、この歌声を止めに行こ
一人じゃないカラ、大丈夫


祇条・結月
レイラ(f00284)と

居場所に帰れない子どもを増やしたくない
僕は普通の学生
失くすことが怖いことを知ってるもの

けどこの「うた」が聴こえると
それを考えれば考えるほど……家族に
僕に普通をくれた人になにもしてあげられなかったことばかり、思い浮かぶかな

それから……
黙っては、見てられなくて
でも、ひとりだとヘマしそうで

それで君に頼っちゃったことを、後悔してる
なんで困らせることしか、できないんだろうって

急に謝られても困るよね
でも、ごめん

あはは、そうだったっけ、
……うん。ありがと
僕は大丈夫

(それでもこんな風に頼ったりとか)
(それを自分がしていいのか、って思うのだけど)

……だね
今は、一緒にできることを、しに



●得られなかった光、望まれた声

 例えば、作り手でもある主が妻との再会を願った日。
 例えば、小さな約束の為に盗み出されて叶えられなかった日。
 例えば、全てを欲した領主が側近に殺された日。
 例えば、例えば、例えば────。

 最初からそのために願われて、そのために作られたカンテラだった。
 だからその分、裏切られて失意に呑まれる人たちを見てきた。
 多くの人の手を、あちこちを渡り歩いて、同じだけの悲しい思いを見つめてきた。

 たくさんの約束と言葉で、前に進もうとしているのに。
 思い出す。思い出してしまう。
 自分が望まれた『  』を果たせなかったことを。
 オブリビオンを作り出すに等しい、欠陥品でしかないことを。


「嫌な歌……」

 それらすべてを飲み込んで、レイラ・エインズワース(幻燈リアニメイター・f00284)は形の良い眉をひそめる。
 転送された直後からずっと頭の中に響いている『うた』。
 後悔と罪悪感を掻き立てるそれは、邪神が贄を欲しているからで。
 連れていかれるのは、子どもだという。

「許せない、ヨネ」
「うん。……だから、君に頼っちゃったんだけど」

 レイラの呟きに答えたのは共犯者でもある祇条・結月(キーメイカー・f02067)だ。
 特別な鍵以外はごく普通の学生である彼は、失くすことが怖いと知っている。
 奪われることも、そう。
 けれど、結月はまだ十六歳。ヤドリガミたるレイラにしてみれば子どもの……言ってしまえば、邪神の狙いの範疇だ。

「大丈夫?」
「……ううん、」

 だからレイラのかけた声に、答える結月はどこかぎこちない。
 後悔を引き出す『うた』の作用だろう、彼が思いだしたのは家族のこと。
 普通ならざる鍵に選ばれた結月に、普通をくれた人。
 その人に何も出来なかったことは、今もって彼を蝕む後悔だけど。
 それ以上に。

「なんで、レイラを困らせることしかできないんだろう……って」
「へ、私?」
「うん……」

 頼ってばかりなのだ。
 自分よりずっと小柄の少女の芯の強さとか、明るさに。
 ほら、その証拠にレイラはきょとんと首を傾げる。

「困ってないカラ大丈夫ダヨ?」
「……でも、ごめん」
「いいノいいノ。私は角灯、誰かに使ってもらってコソ輝くんだカラ」

 どんなときも手放すことのないカンテラ──レイラの本体の内外で葬送の紫焔が揺れる。
 火は見る人を安心させるというが……カンテラの容量を大幅に超えるそれには、少しだけうそ寒いものがある。
 人を導く灯火に、見果てぬ夢を集める冥焔に、こんな時ばかり反駁したくなって。

「そうじゃなくって、」
「そうじゃなくても、仲間なんだカラ。このくらいお安い御用ダヨ」
「……!」

 ああ、ほら。
 そうやって彼女は結月にほしい言葉をくれる。
 後悔と罪悪感の『うた』で増幅された……言い換えれば、ずっと結月の中にあったものを、そうやって受け止めてくれる。
 上げようとした声がしぼむ。自然と俯く結月へ、レイラはそっと近づいた。

「ソレにさ、」
「……うん?」
「こないだ言ったデショ? 一人で無理はしないで、って」

 ぽん、と背中をはたく温度はどこまでも優しい。
 悲しい思いは、少しでも楽しいものにしたいから。
 そう思って、自分に課しているレイラはいつだって俯く結月の背を押す。

「あはは、そうだったね。……ありがと」
「どういたしまシテ! 一緒に、この歌声を止めに行こ」

 少女の笑顔は明るくて、それこそ暗い道行きを照らすカンテラのよう。
 ……だからこそ、そんな光に頼ってばかりでいいのか。考えてしまう結月なのだが。
 元気づけられてしまう身では文句のつけようもない。

「……だね」

 せめて隣に並んで、同じ歩調で『うた』を追いかける。
 今は、一緒にできることをしに行こう。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

ロク・ザイオン
(こどもを誘う、うただと聞いた。
手がかりがそれだけなら、素直にそれに導かれよう)

(うたが、きこえる)
(悲鳴の齎すものではなく)
(あねごが、森の尊く幼き乙女が
機嫌のよいときに、くちずさんでおられたような)

『――お前は森番になって』
(ああ)
『――人間になって』
(己は、正しいひとにはなれません)
『――そして、きっと、私を守ってね』
(もっと早くそれに気付いて)
(あなたの手を引いて)
(ととさまから奪ってでもあなたを連れ出せていれば、どんなに
己のこころは、欲は、満たされたろう)

……いたい。
(自らを傷つけるくらいなら
同じく苛まれるこどもを【庇え】)

※簡単な単語以上の発声が出来ません



●過去の旋律、いまのうたごえ

 『うた』がきこえる。
 悲鳴が齎す、彼女にだけ美しく聞こえる声ではなくて。
 その『うた』には、病のにおいが染み付いているのに。
 「あねご」と慕った、森の尊く幼き乙女が口ずさんでいた旋律にどこか似ていた。

「……」

 ロク・ザイオン(蒼天、一条・f01377)に言葉はない。
 元より口数の少ない彼女ではあったが、戦争の折りに今まで身に着けた言葉を焚べたことでその傾向はさらに加速した。
 けれど言葉があったところで、一体何を言えただろうか。
 彼女は、もう、気付いてしまっていた。

 『うた』がきこえる。
 重なって聞こえる「ことば」の主には、もう記憶の中でしか会えない。


『――お前は森番になって』

 あねご。

『――人間になって』

 おれは。
 のぞまれたような、正しいひとになれなくて。

『――そして、きっと、私を守ってね』

 それに、もっとはやく気付いて。
 あなたの手を引いて、ととさまのもとから連れ出せていたら。
 ……そうしたら、おれ、は、


「――あああああああァアアアアアアアアアアアア!!」

 【惨喝】が吠え猛る。
 弱きものを安全なところまで逃げ出させる警咆。
 病の在処を知らせる声が、子供を病から遠ざける。
 耳に直接聞こえる訳ではない『うた』から、どれだけ遠ざけられるかは分からないけれど。
 ……それでも、何もしないでいることはロクには出来なかった。

 子供をも誘う『うた』だと聞いていた。
 手がかりはそれしかない、とも。
 だから導かれることを選んだロクではあったけれど。
 ……こんな風にいつかの記憶を、後悔を、掘り起こされることを望んでいた訳ではない。

「……」

 いつの間にか強く握りしめていた拳を、意識してゆっくりと開く。
 ロク自身の握力で爪が食い込んで、皮膚に傷がついている。 

「……いたい」

 確かめるように呟いて、できた傷跡をなぞる。
 自らを傷つけたところで、どうにもならない。
 分かっている。
 ……今は、苛まれるこどもを助けに、いかなければ。
 分かっている。……分かっている、のに。


 『うた』がきこえる。
 病のにおいを漂わせる、病でしかない『うた』が。
 こどもを苛み、未来を食い潰す『うた』は。
 ……いつかの昔、ずっと聴いていたかった旋律に似ていた。

成功 🔵​🔵​🔴​

花剣・耀子
きこえるうたは、あまく。あまく。

手が届かなかったことは、何度も。
思い返す必要もないくらい、いつだってそこにある。

庇って死んだ。殺されて死んだ。薬に負けて死んだ。暴走して死んだ。間に合わなくて死んだ。
おはようを言って。おやすみを言えなくて。
手繰った先にはもうなにもない。
まるで日常のように。

不可能を可能にできたなら。
彼女らに、彼らに、師匠に。
届くだけの力が、――否。最初から、あたしが居なければ、


黒耀を握り締めて、意識を痛みへ。
自傷じゃないわ。
生きていることの確認。
誰が死んでも。誰が居なくなっても。
生きている限りは、生きるのよ。――おぼえているわ。わすれない。

……腹立たしい。
絶対見つけて斬り果たす。



●散り果てた花、未だ散らぬ剣

 『うた』がきこえる。
 あまく、やさしく、さそうように、だきしめるように。

 後悔を、罪悪感を想起させる『うた』だという。
 けれどそんなものは必要ない。
 花剣・耀子(Tempest・f12822)の罪はいつだって、彼女の中にある。

 庇って死んだ彼女の、安心させようとして引きつった笑顔。
 とても優しい子だった。しくじった彼女を放っておけないくらい。

 殺されて死んだ彼が、最期に上げた断末魔。
 とても勇敢な子だった。いの一番に敵に切りかかるくらい。

 薬に負けて死んだ彼が、その輪郭を崩していく。
 とても美しい子だった。実験の最中でも身支度を怠らないくらい。

 暴走して死んだ彼女を、斬り果たした肉の感触。
 とても臆病な子だった。本当は誰とも戦いたくないと話すくらい。

 間に合わなくて死んだ彼を、背負った重みと冷たさ。
 自分よりずっとずっと強かったのに、結局生き残ったのは自分だけ。

 おはようを言った。
 おやすみを言えなかった。
 おやすみを告げた。
 それきり話せなかった。
 それが、かつての日常だった。

 手繰っても、手繰っても、伸ばした先には何もない。
 糸はとうに切れている。
 もっと強ければ、この手は届いたのだろうか?
 もし不可能を可能にできたなら。
 もっとあたしに力があったなら。
 ……否。そもそも最初から、あたしが居なければ、

「──腹立たしい」

 ぷつり、ぱたり。
 掌から黒耀の切っ先へ、血の雫が伝った。
 新たに出来た傷と痛みに意識を収束させる。
 これは、決して敵の能力による自傷などではない。

「……あたしは、まだ、生きている」

 呟く声は、いつも通りの冷淡を保つ。
 多くが死んだ。
 死を見てきた。
 耀子はすべてをおぼえている。
 彼女は、彼らは、師は。
 まだ、耀子の中で、生きている。
 花の剣が折れるまで、嵐が尽きるまで、忘れ果てることなど絶対にない。

 『うた』がきこえる。
 あまく、やさしく、さそうように、だきしめるように。
 けれど耀子が伝えるべき言葉はただ一つだけ。
 剣の果てに斬れぬものなどないと先代は云った。
 ならば、うたう邪神とて例外ではない。

「絶対見つけて、斬り果たす」

 硝子越しでもよく分かる、碧玉の瞳が強く燃えた。

成功 🔵​🔵​🔴​

狭筵・桜人
標的は子供ばかりを狙うんでしたっけ。
それも一度信用を得てからなんて回りくどい方法をとっている。

でしたら『うた』の影響を強く受けている子供を先に見つけて
見張るなりあとを追うなりすれば引っ掛かりそうですが……。

そうだ、私も子供でしたね。
会えるなら囮はどちらでも良いです。

罪のない人間なんていないってよくいうでしょう?
喩えば人を殺したとか。

では何処までが殺人の罪悪を背負うのでしょう。
助けられなかったこと?
諦めて見殺しにしたこと?
人が死んで哀しいと思えたこともないのに。

だけど『うた』のせいでしょうか。
後悔だけは薄らと憶えてるんですよ。
……ああ、思い出した。私の失敗。
最後まで自分の手で殺せなかったことだ。



●白紙の問題、虚無の回答

「十七歳なら、たぶん『子ども』判定ですよね?」

 狭筵・桜人(不実の標・f15055)にとっては、囮が誰であろうと変わらない。
 『うた』で招いて、信用を得て──だなんて回りくどい手を使う相手だ。
 元より邪神に魅入られかけている子供でも、引っかかるかもしれない己でも。
 元凶にまで辿り着くことが出来るなら、どうだっていい。
 なので両方活用することにした。

「しかし、不思議な『うた』ですよねぇ」

 『うた』がきこえる。
 桜人の意識にも、魅入られているのだろう子供にも等しく。
 だから召喚した影の追跡者が行く先も、桜人が導かれている先も同じ方向だ。
 つまり、敵は単独犯だろう。
 ひとつ安心材料だ。仕事は楽な方がいい。

「後悔と罪悪感。罪のない人間なんてどこにもいないってよく言いますけど」

 頭の中で流れる『うた』に合わせてステップを踏む。
 緩やかな歩調に合わせて白いコートの裾が跳ねる。
 ハイカットスニーカーの黒いつま先を眺めながら、誰に問うでもない呟きを、桜人は何も考えず口に出す。

「例えば人を殺したなら、どこまでそれを背負うんでしょうか」

 今にも死にそうな誰かを助けられずに後悔するひとがいるだろう。
 諦めて見殺したことに罪悪感を持つひとがいるだろう。
 その一方で、誰を見殺しにしても共犯になっても、手を下したって何も思わないひともいる。
 桜人は三番目だ。
 人が死んだところで、哀しいなんて思えたことはない。
 ……後悔は、したかもしれない。
 それも、『うた』のせいで憶える感慨でしかないのだろうか。
 彼には何もわからない。

「あ、一個思い出しました。私の失敗」

 ────最後まで自分の手で殺せなかったこと。

 誰も聞く人がいないのをいいことに、出した言葉に色はない。
 もし聞いていたところで、それを真実だと考える人がどれだけいるだろう。
 けれど、『うた』によって喚起された想いがそれだというなら。
 邪神の宣う『楽園』で、後悔を拾い直せるというのなら。

「やり直させてもらえるんですか?」

 顔を上げる。
 春色の虚が微笑む先には、何もない。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鳴宮・匡
◆ヴィクティムと


俺の“影”は内部干渉を殺す
ある程度歌の影響を弾けるだろう
霊符で探り当てた周辺へ【無貌の輩】を散らして捜索
何らかの痕跡があればさらにその周辺へ範囲を絞り
徐々に走査範囲を狭めていく

……いつか取りこぼしたもの
自分の為に命を落とした、大切な誰かの面影が過る
後悔は尽きない
今もずっとそれだけを自分の罪だと思っていて
赦される日なんて来ないと知っている

だけど、やり直したいとは思わない

それは、“生きる”と決めて歩いてきたことも
自分を認めてくれる人達や
約束をくれたひとがいたことも
……あの人の祈りも
何もかもなかったことにしてしまうのと同じだ

だから、どんなに痛く苦しくても
この手は“今”を掴むためだけに


ヴィクティム・ウィンターミュート
・匡(f01612)と

この歌…恐らくは精神感応の類か
となると、【破魔】の力が宿った霊符には、何か反応があるはずだ
霊符の反応の強弱によって、潜伏場所の方向を割り出してみる
こっちの精神の影響は【破魔】と【オーラ防御】である程度緩和できるだろうが、どうなるか
方向が分かれば、後は匡が上手くやれる
念のため霊符の加護は与えておく

──後悔、罪悪感
そんなもの、腹の内にありすぎるくらいだ
俺は俺が嫌いだ。俺の幸福が嫌いだ
罰を受けずに、逃げるようにのうのうと生きてやがる
ナイフで自分の首を掻き切れたら、そう思うこともある
だけど、まだ罰を受けてない
だから生きる──だから、自傷なんてしない
…この霊符も、守ってくれてるしな



●取り残された者、手を伸ばす者

 辛うじて、ナイフは握らなかった。
 ありすぎるほどにある罪悪感は、『うた』によってさらに増幅される。
 後悔。絶望。苦痛。無念。
 罰してほしい。殺してほしい。……だから、手を放してほしい。
 暖かさなんていらない。冬の残滓は冬のまま、春に至らず溶け去るべきだ。

 ナイフで首を掻き切りたい。
 その衝動を、霊符を握って抑え込む。

 罰を、受けなければならない。
 そのために彼は生きている。
 だから、簡単で楽な逃げ道は選べない。
 いつかの過去、背を預けた仲間たち──『Ripper』、『Wolfsbane』、『Jackpot』。
 少なくとも三人、オブリビオンと化して現世に還ってきている。
 だからそいつらに罰されるまでは。
 それまでは、生き続ける。
 どんなに苦しくとも、寒くとも。『冬』に終わりは来るのだから──。


「どうだ?」

 鳴宮・匡(凪の海・f01612)の問いかけに、ヴィクティム・ウィンターミュート(End of Winter・f01172)は霊符を揺らして頷いた。

「ああ、バッチリだ」

 破魔の力が込められた【結界霊符『冬梅』】は、ヴィクティムの知る限り最高クラスの陰陽師からの贈り物だ。
 淡い桃色の光の明滅は、意識に流れる『うた』に反応している証拠。
 光は、西日の下でも明確なほど明るい。
 それはすなわち、敵の潜伏場所が徐々に近づいていることを意味する。
 とはいえ、本来の用途は身も護るためでしかない簡易霊符だ。ここからの絞り込みは難しい。

「だったら、あとはこっちの仕事だな」

 西日に長く伸びた、匡の影が沸騰する水面のように沸き立つ。
 飛び出してくるのは都合七十一体の影で編まれた人形だ
 【無貌の輩(ストレンジネイバー)】。
 一体一体が本体と同等の知覚能力を持ち合わせている影は、匡の命令を忠実にこなす。
 それでいて自意識は薄いのだから、精神へと働きかける『うた』の影響もあまり受けないだろう。
 指示を受けた影から路地へと消えていく。あとは結果待ちだ。

「……おい」

 声に振り向けば、影を編んだ人形の一体がヴィクティムの肩へとよじ登っている。
 そんな命令は出していないはずだが……と思考を巡らせて、気付く。

「お前のさ」
「うん?」
「装備の大半、骸の海を『強奪』した影響で変質してただろ」
「ああ。……それでこっちに向かってきたってことか?」
「かもな」
「勘弁してくれ……」

 指示を出し直せば、影はヴィクティムの肩から飛び降りる。
 とことこと駆けていく人形を見送って息を吐けば、『うた』を嫌が応にも意識させられる。
 精神への干渉を殺せるといっても、それは十全ではない。
 後悔と罪悪感なんて、拭いきれない感情を喚起させるものなら尚更。

 だから匡の脳裏に過る面影は、いつか命を落とした“彼女”のもの。
 庇われて、守られて、“呪い”をひとつ残されて。
 自分なんかのために死なせてしまったことを、許せる日なんて永遠に来ない。
 そんなことは分かっている。
 
 『うた』がきこえる。
 けれどその声は、“影”に呑まれてひどく微かだ。

 後悔はある。
 罪悪感もある。
 “ひと”のそれとは違うかもしれない、けれど確かに匡が引きずる痛みだ。
 それは、生きているからこそ感じる痛みだ。
 生きることは痛いけれど。
 祈りも、約束も、伸ばされた手も、温かい言葉も。
 自分を認めて、受け入れて、共にいてくれる“ひと”達も。
 今の『鳴宮・匡』をつくってくれたすべてを、なかったことにはしたくない。
 だから、こんな『うた』に惹かれることはない。


「お」
「来たな。……どうだった?」

 次々に戻ってきた影が匡へと還り、偵察結果を報告していく。
 外れが多いのは想定内。それすら絞り込むためのヒントだ。
 中にはきちんと“アタリ”を引いた個体もいた。
 そうして判明した進路へと、二人並んで歩き出す。

「よし、こっちだ。……平気か?」
「誰に言ってやがる。俺は精神力と論理力の化身だぜ?」
「はいはい。……そういうことにしといてやるよ」

 『楽園』なんて決して呼べない。
 彼らの生きる世界は、まだ続いている。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

ネグル・ギュネス
【向日葵】
嗚呼、嫌ってほど理解出来てしまう
この手口、この手法、この音色──いるんだな…貴女が

大丈夫、問題無い
少しばかり難儀な話になるかも知れないが、…何処までも、来てくれるか、フルール

【勝利導く黄金の眼】を起動
狙われる子供はどんな子になるか、それは解っている

虐待、愛情不足、寂しい苦しい痛い──そんな、幼いながらに満たされぬ想いを抱いた子供ばかりさ
そんな子には、敵のやり口覿面に刺さる

だから、眼で身体状態を見る
そしてその子供達が誘われるだろう場所が、当たりだ
ハッキングで街の監視カメラやモニターも抑える

悲痛に満ちてしまう
夢であれと思ってしまうんだ


そうだったな
君には話してなかったか

話すよ、俺の過去を…


フルール・トゥインクル
【向日葵】
これは、一体何なのです?このうたは……ネグルさん?
何か……いえ、いいのです
どんな理由が、事情があったとしても、私はネグルさんと一緒に行きますですから

【友繋ぎの輪】で精霊さん達の力を、後はそうですね……動物さんと話せますですし、うたについてや様子のおかしい子供を見なかったか近くの犬や猫に小鳥さんたちに聞いて回るのです

ネグルさんの考える心当たりに当てはまりそうな子供がいないか効いてみるのもいいかもしれないのです
見つけたのならつけてみるのですよ

……私の不可能は、心の中に積もるのは、後悔ではないのです
でも、きっとどんな不可能よりも近く見えて遠いものだから
隣の彼と同じ大きさになれたのなら……



●現在に追い着く、過去の呼び声

 この地に集った猟兵たちの中で、ただ一人だけ。
 『うた』を違う感慨で聞くのが彼だった。

「この手口、この手法、この音色──」

 ネグル・ギュネス(Phantom exist・f00099)。
 意識の中に流れる『うた』は、彼にとってだけはひどく懐かしくすらあった。
 洗濯物を畳みながら、料理を作りながら。
 あの頃のネグルが知らないうたを、よく口ずさんでいた。

「……ああ、間違いない。いるんだな……貴女が」
「ネグル……さん?」

 彼の肩に乗るフルール・トゥインクル(導きの翠・f06876)は、それを知らない。
 ただただ流れる『うた』にひそめた眉を解いて彼の顔を覗き込んだ。

「どうしたのですか?」
「大丈夫、問題無い」

 答える、彼の声はいつもの優しいそれではない。
 もっと硬く、表情も険しく……何かを抑え込んでいるかのような。

「ただ……少しばかり難儀な話になるかも知れない。それでも来てくれるか、フルール」
「はい。どんな理由が、事情があったとしても。私はネグルさんと一緒に行きますですから」
「……ああ、ありがとう。やはりあなたは最高のひとだ」

 甘い言葉にも、やはりどこか力がなくて。
 フルールを見つめることなく、その瞳を金へと変じた。

「敵が狙うのは、『さみしい』子供だろう」

 【勝利導く黄金の眼】。
 普段は敵の攻撃を捌くために使う機能だが、その本質は未来予測すら可能とする超高速の事象演算。
 だから、こういうことにも使える。

「虐待、愛情不足、寂しい苦しい痛い──そんな、幼いながらに満たされぬ想いを抱いた子」

 ネグルは実例をいくらでも知っている。
 あとはそのデータに合致する子供を、ありとあらゆる手段で探せばいい。
 そうすれば、きっと『うた』に誘われていく。

「そういう子を探してくれ」
「……分かりました。みんな、力を貸してくださいです」

 乞われたフルールは小さな手を伸ばす。
 【友繋ぎの輪(エレメンタル・サークル)】起動。彼女の友たる精霊たちの力を借り受け、動物たちへと話しかける。
 ネグルが機械の体を駆使した分析と電子機器方面の調査なら、彼女の調査はもっと原始的な情報収集だ。
 とはいえ侮ってはいけない。なんせ動物は、どこにでもいて色々なものを見ているのだから。
 その目の範囲は、監視カメラよりずっとずっと広い。

「ありがとうございます。──ネグルさん、見つけましたです!」

 人の波に紛れきれないほどに薄汚れた子。
 スマートフォンの画面を見てばかりの母親の手からすり抜けた子。
 フルールの声に応じた動物たちが見つけたのは、ネグルが告げた通りの愛情に飢えた子供たちだ。
 彼や彼女は一様に、『うた』の導く先へと向かっている。
 これを追っていけば、程なく現場を抑えることが出来るだろう。

「ああ、ありがとう。しかし、本当に……」

 瞳を常の紫へ戻し、ネグルは足を速める。
 裏道に入ればバイクを呼べる。そうすれば足で行くよりずっと早い。
 それだけでは理由のつかない焦りを、フルールは感じ取る。

「ねぇ、ネグルさん」
「なんだ?」
「どうして……そんなに必死なのですか?」
「……そうだったな。君には話していなかったか」

 思えば“彼女”の出現が噂されてからこっち、きちんと向き合えていなかったかもしれない。
 余裕がなかった。戦争があった。……理由はいくらでもあるが、自身の怠慢もまた事実。
 意識してゆっくりと呼吸する。
 彼女の顔を見ることは、できなかった。

「話すよ。俺の過去を……」
「……はい」

 それは喪われていた過去。
 彼が『ネグル・ギュネス』となった、悲劇に終わった回顧録。
 訥々と紡がれる過去の話を聞きながら、フルールはぼんやりと考える。

 『うた』の主は、──聖女は。どんなことを考えるひとだったのだろう。
 少なくとも、フルールの抱えた不可能は持たないひとだ。
 隣の彼と同じ大きさで、手を繋いで、並んで歩く。
 きっと、そういうことが可能なひとだ。
 ……そういうことを、したのだろうか。
 問うことは出来なくて、だからフルールも彼の顔を見られなかった。

 『うた』は、まだ続いている。
 導くように、手招くように。
 同じ方向を見る二人を、子供たちと同じ方へと連れて行く。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​




第2章 集団戦 『嘆き続けるモノ』

POW   :    何故俺は救われなかった?
質問と共に【多数の視線】を放ち、命中した対象が真実を言えば解除、それ以外はダメージ。簡単な質問ほど威力上昇。
SPD   :    誰も私を助けてくれない
自身と自身の装備、【自身と同じ感情を抱く】対象1体が透明になる。ただし解除するまで毎秒疲労する。物音や体温は消せない。
WIZ   :    僕を傷つけないで!
【悲しみに満ちた声】が命中した対象にルールを宣告し、破ったらダメージを与える。簡単に守れるルールほど威力が高い。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●Call“someone”in grief

 猟兵達が導かれた先は、駅前に反して寂れた郊外。
 特に静かな一角にある廃ホテルだ。
 かつては煌びやかだったのだろう建物はいくつも崩れ落ち、剥きだした鉄骨と瓦礫、錆と埃が目立つ。
 本来は整えられていたのだろう並木も荒れ放題。足元のコンクリートも罅割れて、いかにも歩き難そうだ。

 そんな廃墟に、唯一往年の面影を残した建物があった。
 白い壁は罅割れくすみ、半ば枯れた蔦が這っていたけれど。
 高い鐘楼とステンドグラスを持つそれは、チャペル以外の何物でもない。

 『うた』が強く響いている。
 あまくやさしく、誘うように。
 現世を厭うた子どもたちが、迷わず楽園へと至れるように。

 チャペルの入り口へは真っ直ぐな道が続いている。
 そこを行き来しているのは、赤い視線を持った黒い影。
 『嘆き』だ。
 彼女が救いきれなかった、現世に焼き付いた嘆きと痛み。それが寄り集まって形を成した怨霊達は、いつまでもいつまでも悲嘆にくれ続けている。

 構わずと、踏み込んだ。
 ────そこへ突き刺さる、赤い視線。

『どうして助けてくれなかったの?』
『どうして痛いことをするの?』
『どうしてこうなってしまったの?』
『どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして?』

 老若男女区別なく、混ぜこぜの声が思念で問うた。
 だって彼らや彼女らは、すでに死んだ者たちのさらに切片が寄り集まったものだ。
 そこに秩序立った思考も、統一された言葉もあるはずがない。
 彼ら彼女らを結び付けている悲嘆だけが、重なって問いかけを押し付ける。

 問いかけが押し付けるのは、死の苦痛だ。
 首を一閃、斬られるような。
 あるいは、焼けて潰れて血が失われていくような。

 未だ生きている者を、
 楽園に至る権利を持つ者を、
 ただ、死だけが追いかけてくる。

 選ぶべきは、打倒か。受容か。


 ♪♪♪♪♪

 『堕ちた聖女』が待ち受けるチャペルへの道には怨霊──『嘆き続けるモノ』達が徘徊しています。
 ただし怨霊達は、自ら猟兵たちへと手を出しては来ません。
 そして、『うた』はまだ聞こえています。
 怨霊を撃破していくか、『うた』と思念の影響を受けながら進むか。
 どちらを選んでも三章における有利・不利は発生しません。
 お心のままにプレイングを綴ってください。

①…『嘆き続けるモノ』を打倒する (判定:「大成功」~「成功」)
 猟兵たるを示し、怨霊達を撃破してチャペルへ向かいます。
 プレイング冒頭に①と記載してください。
 怨霊達は使用能力値に該当する言葉を猟兵へ投げかけます。
 答えを出すも出さぬもご自由に。怨霊達は手強い相手ではありません。
 ねぇ──どうして、もっと早く。どうして、いまさら。

②…『嘆き続けるモノ』を受容する (判定:「成功」~「苦戦」)
 無力であると示し、怨霊達をすり抜けてチャペルへ向かいます。
 プレイング冒頭に②と記載してください。
 怨霊達が発する思念波の影響を受け、彼らの悲嘆や死の苦痛を共有することになります。
 後悔と罪悪感を増幅する『うた』と、孤独に満ちた悲嘆の巡礼を超えたなら。
 ────さあ、楽園が待っているわ。



 
◆第二章プレイング受付期間
【2月27日(木) 08:31 ~ 2月29日(土) 18:00】


.
ロキ・バロックヒート
②×※

へぇ、楽園だって!
いったいどんな素敵なところなんだろうねぇ?
とっても楽しみ

楽園に至るまでの暇潰しに君たちの苦痛を味わってあげるよ
どれぐらい苦しんだのか、俺様に教えてくれる?
あぁ可哀想に!
慈悲をこめて彼らを抱き締めたりしてあげちゃう

でも、どんな悲嘆も苦痛も、きっと心を震わせ蝕むには至らない
もっと強烈なのを期待してたんだけどなぁ
これぐらいのものなんて、もうとっくの昔に―
…とっくの昔に、なんだっけ?
まぁ良いや
忘れちゃった

楽園が待っているんでしょう?
真っ赤に焼けたハイヒールを履いたみたいに不格好に踊って
喉が擦り切れるほど孤独にうたをうたって
さぁチャペルに向かおう
早く行かないと置いてかれてしまうよ



●もとよりすれ違うだけの

「──Are you going to Scarborough Fair?」

 『うた』に重ねて歌を紡ぐ。夕景の空に宛てられた歌声は、美しくあってもどこか空虚に。
 くるりくるりと足取り軽く、回って踊るロキ・バロックヒート(深淵を覗く・f25190)。
 場が薄暗かろうか止まる理由にはならない。元よりこの神も、己の衝動にしか従わないような手合いだ。

「なーんて。君たちにはもう聞こえてないのかな」

 踵で地面を叩いて止まる。罅割れたアスファルトから立ったとは思えないほどの音に、赤い視線が絡み付くのを感じ取る。
 次に、両腕を大きく広げてみせた。
 それは旧友を迎え入れるかのように。

「さあ、おいで! 可哀想な君たち。慈悲を込めて抱きしめてあげちゃう」

 そういう形に表出させた金の瞳を蠱惑的に歪めて。
 にっこりと歓迎の笑顔を作って見せれば。

『どうして?』
『ひとがいるひとがいるひとがいる!』
『ああ、いっしょに──』

 ……元より衝動しか持ち得ぬ怨霊達は迷わない。
 受け容れてくれる相手とあらば、それこそ誰だっていいのだから。
 混ざり合ったが故にひとつの形を持たない腕がロキへと向けて殺到する。
 救いに焦がれるようで、その実同じ地獄に引きずり込むしか出来ない手だ。

「ぁ」

 黒い腕を抱いた瞬間、痛みが来た。
 首の肉が抉れる。重厚な首輪に守られているはずの内側が裂ける。そればかりぬるついた血が、首輪に付着して塗り広げられまた抉られる。
 左足が捻じ曲がる。そこだけ何か重いものに挟まって潰されたようにひしゃげる。筋は寸断され、砕けた骨が肉の中へと散らばって火を噴く痛みを走らせる。
 けれど。
 
「………………これだけ?」

 それは空虚な、失望の声だった。
 “死”というからには、もっと強烈で熱烈な苦痛と悲嘆を期待していたのに。
 それを冠すにはあまりにぬるいから、冷えてしまう。

「これくらいなら、もうとっくの昔に──」

 とっくの昔に、
 なんだったっけ?

「──……まあいいや」

 忘れてしまうなら、きっと楽しいことでも重要なことでもなかったのだ。
 だからもうどうでもいいとばかりに怨霊達をすり抜ける。
 声はもう届かない。
 骨の露出した足から滴る血が、赤い足跡を捺していく。


 さぁ。
 楽園へと続く道に、赤い花弁を落としていこう。
 素敵なところへ行くのだから、仲間外れはいけないよね。
 チャペルへ向かおうか。
 早く行かないと、置いていかれてしまうよ。


「──You'll never be a true love of mine──」

成功 🔵​🔵​🔴​

旭・まどか
②※

幾度と無く巡るリフレインは決して厭くこと無く
周回を追う毎に優しさを増して

おだやかで、あたたかで
この微睡に委ねられたら、どんなに“佳い事”なのだろうかと

此方へと引き戻そうと隸が裾を銜え引くけれど
そんなやわい力じゃあ、ぼくのあゆみは止まらない――停められない

どうして――?
そんなの、ぼくが聞きたいよ

どうしてぼくなの
どうしてぼくじゃなかったら、いけなかったの

だってわるいのはぼくじゃない
ぼくじゃないんだもん


きみたちも
とてもつらい体験をしてきたね

つらかったでしょう

痛みに寄り添えるのはぼくも同じ痛みを感じたから


さぁ、途をあけて
楽園へ、行きたいんだ

この先へ征けば、其が待って、いるんでしょう?

ぼくをゆるして



●ひとりぼっちの巡礼


 ────どうして?

「そんなの、ぼくが聞きたいよ」

 どうしてぼくだったの。
 どうしてぼくじゃなかったらいけなかったの。
 どうして、どうして、どうして。

 旭・まどか(MementoMori・f18469)の脳裏には、ずっと『うた』が聞こえている。
 途切れることを知らず、厭くこともなく、むしろ繰り返すごと慈悲を増すように。
 ひだまりのようにおだやかで、あたたかで。
 委ねたいと思っている。
 抱きしめられたいとすら思う。
 だって、きっとそれは、“佳い事”だから。
 夢見るような足取りのまま、頬には薄く笑みすら刷いて。
 隸が裾引いて戻そうとて、やわい力に止まることもなく。
 彼は停まらない。『嘆き続けるモノ』達の領域へと踏み入っていく。

 そして、問われた。

 それはまどかだってずっと思っていた疑問だった。
 誰に問うても答えの返らない叫びだった。

 わるいことなんてしていない。
 ぼくはわるくなんてない。
 なのにどうして。どうしてどうしてどうして!
 どうしてぼくばっかり、こんな。

 背中が熱い。
 違う。傷が痛い。
 これは、だれかに、ふれられている。
 この場に他に何がいるかなど明白だ。
 そうっと、まどかは振り向く。
 怨霊と、目が合った。

 こわかった。つらかった。いたかった。
 だから、そういうもののない場所が欲しかった。
 なのに置いていかれたのだ。
 どうしてぼくだけ。どうして、わたしたちだけ。


 ─────だれも、ぼくたちを、すくってくれない。


「……おなじだね」

 一瞬にして雪崩れ込んだ、怨霊達の聲はあっという間に静かになった。
 ただ『うた』が、まどかの意識にだけ鮮明に響く。

「つらかったね」

 いや、そもそも雪崩れ込んですらいなかったのかもしれない。
 まどかと怨霊達は同じだった。
 同じだから、救うことは出来ないけれど。
 その痛みを分かち合うことはできる。
 まどかはそっと、薄い痛みを訴える首筋に触れた。
 まるで断ち切るような横一文字、じわりと滲む血はいっそ聖痕めいて。

「でも、ぼくは行くよ」

 首輪のようだと思う。
 痕を刻んで、意識させて、決して逃がさないようにとしるしをつける。
 けれど同じまどかに意味なんてない。
 切片になって尚怨嗟を叫ぶ怨霊と同じ、救われたいまどかは。
 救われなかった悲しみを置いて、楽園へ続く路を征く。

「……ゆるして」

 誰に赦しを乞うたのか。
 それすら分からぬままに。

苦戦 🔵​🔴​🔴​

榎本・英


嗚呼。未だ聞こえる。
耳障りな声もうたも離れてくれない。

引き連れたそれらは次第に私を責めるものへ変貌するような。
だから救えないと理解している。
だからそんなに叫ばなくても理解っている。

彼女たちの死に際はそれこそ誰かの話と同じように多種多様だった。
私が手を掛けた者の最期もまた多種多様だった。

君たちもそうなのだろう。
様々な想いを抱えて、それでもなお苦痛から逃れたいと訴えて来るのだろう。

私に浴びせても、私に浴びせた所で、君たちに寄り添う事は出来ないのだ。
嗚呼。その想いの数々に飲み込まれてしまいそうだ。

耳は塞がない。
理解をしているから。
足は止まらない。
先へ行かねばならないから。

その想いを引き連れて、先へ



●不可能を証明せよ

「……喧しい」

 榎本・英(人である・f22898)は、眼鏡の下の眉を僅かに顰める。
 煩わしい『うた』に続いて、問いかける声までもが意識と耳を苛んだ。

『あなたばかり救われようとしているのね!』
『ずるい、ひどい、どうして、きらい』
『どうして僕たちばかり救われなかった!?』
「そんなに叫ばないでくれたまえ。……理解っているとも」
 
 分かっている。
 英は、救えない側の人間だ。
 責め立てるような問いかけを叩きつけられて、なお手を差し伸べるようなお人よしにはなれない。
 だから踏み出す彼へと、怨霊の腕が伸ばされる。

「っ、」

 まるで刃を立てられたように、首筋に痛みが生まれた。
 そのまま横に走っていく傷は、皮一枚を切っただけ。三日と経たずに治ってしまうようなもの。
 それが、酷く痛い。
 頭が落ちてしまうかと思うほどだ。

「……成程。君たちはこうやって殺されたのだね」
 
 一撃で首を落とされて、訳も分からず死んだのだとしたら。
 きっとその痛みだけが鮮明だ。
 だから彼らの知る苦痛は、意識の間隙を縫うように押し付けられる。
 開いた傷口を細い指でなぞって、けれど英の視線はただ前へ。
 チャペルの入り口へ。

『どうして置いていくんだ!?』
「連れてはいけないからだよ」

 人の最期は多種多様で、彼女も彼も、手にかけたほとんどが同じでない。
 けれど共通することがあるとすれば……それは、やはり疑問なのだ。
 『どうして己が死なねばならない?』と。
 そして死した後ですら、己が抱いた情念に縛られて逃げられない。
 逃げ出せる人達を羨んで、悲嘆し憎悪し追いかける。

「けれど……だから、私には君たちを救えない」

 怨霊は、もう人ではない。
 死んだことのない英では彼らのその感情に寄り添えない。
 どう足掻いたところで加害者でしかない殺人鬼は、死んだ後もなお苦しむ魂の気持ちなど分かりはしないのだ。
 ただ、叩きつけられる思いの数々を聞いて、受け容れて、留めるだけ。
 まるで激流。
 傷をも生み出す思念の圧に「自分」が押し流されそうになる。

「──……好きにするといい。人とは、そういうモノだからね」

 呟く。
 懐に潜めたポーション瓶を手の中へ。
 人でなしの己を、己足らしめる命綱を握って英は行く。
 足は止まらず、されど耳を塞ぎもせず。
 想いを引き連れて、己を握って、ただ先へ。

成功 🔵​🔵​🔴​

冴木・蜜


……、そう
貴方がたは救われなかったもの、か

ゆっくりと歩を進めます
なにがあっても
どんなに苦しんでも
形が崩れても

どうしても
どんな知識を得ても 尽力しても
それでも間に合わずに
伸ばした指をすり抜けてしまう命がある

全ては救えないと
頭では理解していても
やはり私は全てを救うことを諦められなくて

現実に直面する度
ひどい罪悪が私を襲う
嗚呼、また
――ごめんなさい
無力感が苛む

大丈夫
苦しむのは慣れている
貴方がたの嘆きを聞かせてください
苦痛を教えて下さい
私がひとの形を保てなくとも

喪われたものを救うことは出来ない
だからせめて
いずれ消え逝く貴方がたの悲嘆をそのまま背負い
私はただ、歩きましょう



●罪の足跡、罰の傷跡

「……救われなかった者達、か」

 その問いかけは、悲嘆は、悲鳴は。
 冴木・蜜(天賦の薬・f15222)にとって何より馴染みのあるものだった。

 救いたかった。
 救えなかった。
 だからこそ、最期に悲嘆と絶望しか残さない聲を、よくよく知っている。

 歩き出す。
 赤い視線が突き刺さる。
 死の苦痛を、悲嘆を、絶望を共有するものと聞いていた。
 それらすべてを受け止める。

「っ」

 首に一閃痛みが走る。
 断たれて死んだのだろう。

『誰も助けてくれなかった』

 下半身が丸ごと潰れる。
 瓦礫か何かに潰されて死んだのだろう。

『どうして幸せになれなかったの?』 
 
 全身が熱い。
 火に捲かれて、焼け死んだのか呼吸ができず死んだのか。

『どうして、今更踏み入ってくるの?』

 老若男女、入り混じって。声は無数に投げかけられるから。
 蜜には分かる。分かってしまう。
 怨霊のカタチに成るだけの苦痛がそこにあったのだと理解してしまう。
 痛みに擬態が追いつかない。ぼたぼたと黒泥が零れ落ちて、罅割れた道を染めていく。

「──ごめんなさい」

 呟く。
 けれど断じて、進む。

「救いたかった。あなた達を、すべてを」

 知識があれば救えただろうか。
 もっと早く現場に来ていれば救えただろうか。
 ……そういうものではないと、知っているけれど。
 それでも救いたかった。
 けれど、蜜には救えなかった。
 声が、苦痛が、それを押し付けてくるから。嫌が応にも理解してしまう。

『今更、誰も救ってくれないのに────!』

 肺が貫かれる。
 一瞬息が出来なくなる。
 ……鉄骨か何かが、貫通して死んだのだろう。

「嗚呼。……ごめんなさい。だから、せめて」

 それでいい。
 それこそが、蜜が欲していたものだ。

「嘆きを教えてください。苦痛を聞かせてください」

 彼らを救えずとも。
 消え逝く悲嘆を背負っていくことは出来る。
 今更数十人分の悲嘆が増えたところで、蜜が救えなかった過去は変わらない。
 これから救うことで代替するのは、自己満足の代償行為でしかないことも知っている。
 それでも、すべてを救いたい。
 それだけが蜜を駆動させる唯一絶対の命題故に。

「歩きましょう」

 死という傷病は癒せずとも。
 冠した天賦に辿り着くまで、蜜が足を止めることない。

成功 🔵​🔵​🔴​

ニルズヘッグ・ニヴルヘイム

どうして誰も助けてくれなかった、か――
決まっているとも
「運がなかった」からだ

起動術式、【三番目の根】
この場にある死の体験をなるべく貰い受け、一閃で壊してやろう
そういうのには慣れているもんでな
救われたいなら全て私に寄越すと良い
些か乱暴だが、せめてその身を焼く痛苦、肩代わりして送ってやる

救いとは痛みでもある
光が強すぎれば目が焼かれよう
それでも願うのだよな。私もそうだったさ
誰かに助けて欲しかった――そういうものの味方であるために、この力はあるのだろうさ
まァ、所詮は「誰かに助けて欲しかった」私の、勝手な投影だがな

その想いごと力と変える
都合の良い楽園の主を討って、帰るためにもな


リリィ・アークレイズ
①【POW】
『運が悪かった』『テメェに力が無かった』
質問の答えはこれで満足か?
死んでも死にきれねェでウロウロする時間はオシマイだ
あの世に逝く手伝いぐらいはしてやれるぜ
せめて痛みも無ェよーに1発で確実に殺してやる
【クイックドロウ】【早業】
【零距離射撃】
それが慈悲ってもんだろ。
テメェらにとって慈悲なのかは知らねーけどよ
まァ救済だとか楽園だとかほざいてる邪神ヤローのメシやら盾になるよりかはマシだろ

死んでも働かされるのは辛ェよな
死んだんならもう休もうぜ

…さァて、全員纏めて見送ってやるからさっさと逝きやがれッ!


狭筵・桜人

どうして?
ンッフフ、どうしてだと思います?
やだなあ、簡単なことじゃないですか。

『運が悪かった』だけ。

ねえねえ、どうして救われるなんて思えたんです?
助けてもらえるのが当たり前だとでも?
誰に?家族?友達?見知らぬ誰か?
誰にも手を伸ばされなかったとて不思議がることでもないでしょうに。

期待、してたんですね。
ああやだやだ。まるで自分を見てるみたい。
私って同族嫌悪するタイプなんですよねえ。
――『名もなき異形』。喰らい尽くしていいですよ。

私は優しいので、もうひとつアドバイスを差し上げましょう。
死んだやつが喋るな。

さあて今週のラッキーガールアンドボーイを救いに行きましょうか!



●いつか救われなかった誰かへ告ぐ

 赤い視線が向けられる。
 涙のように血色の光を零して、一塊になった黒が問いかける。

『何故、俺たちは救われなかった──?』

 問う声は大の男のようであり、幼い少女のようであり。
 老若男女、多種多様の声が同時に叩きつけられる。
 だが、それだけの問いに動じるような手合いは今この場にいなかった。

「決まっているとも」

 ニルズヘッグ・ニヴルヘイム(竜吼・f01811)は、あくまで静かに。

「ンなことも分かんねーのか?」

 リリィ・アークレイズ(SCARLET・f00397)は肩をすくめて。

「ンッフフフ、とても簡単な話ですよ」

 狭筵・桜人(不実の標・f15055)は、とてもとても楽しそうに。

 意識した訳ではないだろう。猟兵の常、この瞬間が初対面の相手もいる。
 だから答えが重なったのは、偶然が生み出した必然だ。

「「「────『運がなかった』」」」

 火薬の弾ける音がする。
 リリィの射撃は経験もあって非常に正確だ。
 おまけに体内から武器を取り出すという非常識は不意打ちを生み出すのに最適の在り様。
 伸ばしかけた黒腕が半ばから千切り飛ばされて、思念の悲鳴が意識を満たす。

『痛い、いたいイタイイタイイタイイタイィィィィィイイイイイ!!』
「おっと、悪いな。痛がらせるつもりはなかったんだが」

 飄々と嘯いてクイックドロウ。
 早撃ち特化の赤唐辛子を右腕に収納、橙色の相棒を代わりに取り出す。
 急所が分からないのであれば丸ごと殲滅してしまうのが一番早い。

「死んでも死にきれねェでウロウロする時間はオシマイだ。粛々と盛大に殺してやるよ」

 【Bullet・Bullet・Fullcourse】!
 いざや召しませ火薬と硝煙。お好きなだけ喰らっていくがいい。
 お代はアンタの命ひとつ。こんなに安いパーティーはないだろう?
 引き金と共に放たれる拡散弾が怨霊の体を引き千切る。
 最短で爆発するレモネードが煽り立てる。
 蹂躙する鋼の雨を逃れんと怨霊は体を崩して逃げ惑う。

「──起きろ化物。喰らい尽くせ」

 そうして散らばる肉とも泥ともつかぬ欠片へ、【名もなき異形】が口を開ける。
 例えるならば白饅頭。口だけ黒々と塗り潰された異形のUDCが次々咀嚼、飲み込んでは怨霊へと食らいつく。
 怨霊は一体だけではない。あらゆる方向から負けじと触腕が伸ばされる。縛り付けて押し潰して、同じモノにしてしまおうと白い怪物を殴りつける。
 化物同士の闘争を春色の虚は見ているだけ。

「そもそも、どうして救われるなんて思えたんですか? 助けてもらえるのが当たり前だとでも?」

 くすくす、笑って囁く。
 聞いているかどうかは知らず、けれど揶揄う言葉は桜人の常だ。
 家族、友人、偉い人、警察、司法、見知らぬ誰か。
 「誰か」に手を差し伸べてくれるヒーローなんて、この世界に実在しないというのに。

「期待してたんですね」

 まるで自分みたいで反吐が出る。
 とっとと食われて糧になった方がまだマシな使われ方だろう。
 【名もなき異形】を追加召喚。
 横合いから食らいつかれた怨霊が上げる悲鳴は、やはり老若男女が継ぎ接ぎに混ざり合って聞くに堪えない。

『どうして、どうしてこんなっ!』
「? ああ、アドバイスが欲しいんですね。私は優しいので答えますけど───」

 向けた、銃口。
 笑みを作っていても冷え切った目が、淡々と引き金を絞る。

「死んだ奴が喋るな」

 銃声一発。
 思わぬ反撃にのけ反る怨霊の懐へ、しろがねを従える黒が突貫する。

「だがまァ、理解は出来る」

 救ってほしかった。
 自分にはできなかったから、「都合のいい誰か」に。
 それが痛みで、劇薬で、目を焼く光でしかなくても。
 ──それでも、助けてほしかった。
 届かなくて死んだ、その痛みを感じながらニルズヘッグは笑う。笑ってみせる。

「だから私を呪え。その痛苦、肩代わりして送ってやろう」

 首が痛い。
 断頭台がそうであるように、一発首を断たれたのがありありと伝わる。
 苦痛はなかっただろう。痛みを知覚する前に死ねたはずだ。
 だけど救われなかった。
 だから怨霊達は、今もって救いを望んでいる。
 そんなの、どうだっていいのだけど。

 【三番目の根(ニヴルヘイム)】──死の追体験。その情念こそが、ニルズヘッグを武器と化す。

 夕景の中、武器へと変じた竜の槍が怨霊の体躯へ差し込まれる。
 上がる絶叫。悲嘆に塗れた声に表情を変えることなく呪詛を流し込む。
 発火。
 呪詛を祓えるような熱ではない。むしろ逆、情念そのものが力を得たしろがねの炎が内側から怨霊達を焼いていく。

「勝手な投影だよなァ──」

 今、どこかの誰かを救えたとて。それで助けてほしかったいつかの自分が救われる訳ではないというのに。
 勝手な感傷にひとつ苦笑して、ドラゴンランスが弧を描く。

『ャ、イヤァッ! どうして、私達ばっかり!』

 舞い上がる。
 両断された肉片の片方はしろがねに焼かれて灰と散り、異形の口の中へ。
 残ったもう片方へ、ぶつけられたのはささやかな銃口。

「救済とか楽園だとかほざく邪神ヤローの為に、もう働くなよ」

 リリィ・アークレイズの身体は、その八割が機械である。
 作戦中の事故だった。だからそれに否やを唱えることはしない。
 けれど。
 死んだのならば、もう休むべきだ。
 せめて苦しむことなく、一撃で。

「さっさと逝きな。もう、痛まねぇからよ」

 その戦闘スタイルにはそぐわない、静かな声と共に。
 慈悲の一撃が、怨霊の涙を撃ち抜いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ジャガーノート・ジャック
①ロク/ケンタッキーと

(「何故救われなかった」。
刺さる視線は嘗て自分が殺した24人と
この姿になってから殺した者、
殺すだろう者達にも似るかのようだ。)

質問に答えるなら。
"そう選んだから"だ。

(役とも言えない役を被ろう。
"自分の選択を悔いた事のある者"としての役を。)

生も死も
数多の選択肢の果てにある。

一つ違えば
誰かがお前達を生かしたろう。
お前達だけの力で生を勝ち得たろう。
一つ違えば
"僕"はお前達と同じになったろう。
"僕"でない誰かが此処にいただろう。

――けど
そうはならなかった。

その選択肢は選ばれず
選んだ選択が覆る事はない。

(紡いだ答えが僕を傷つけようと傷つけまいと
「剣狼」で弔いの、破邪の一閃を。)


ケンタッキー・マクドナルド
①ジャック/ロクと

何故?
は、笑えるなァ泣き味噌共が。
簡単だクソが。
"テメェらが何に変えても生きようとしなかったから"だよ。

テメェらに腕無くしてでも抗おうとする度胸ァあったか?
羽一本捥いででも繋がれた牢獄から逃げようって必死さァあったか?

――死ぬくらいなら死ぬ気で抗えば良かったんだよテメェら。
失う覚悟無しに得られるもんなんざありゃァしねェ。

――俺はテメェらにァ同情なんざ湧かねェが。
俺の人形(オンナ)は憐んでくれるだろ。

(「工房」から"聖女"の人形を。愛を込め慈悲の笑みを彫り刻んだ。俺はできなくともお前なら。)

そいつァ手向代わりだ。
聖女様が手ェ引いて天国に案内してくれるだろォよ。


ロク・ザイオン
★ジャックたちと

(辿るうたに混じって、馴染んだノイズ混じりの声が聞こえて)
……。
ジャック。
(ふたりの答えを、聴いていた)

(キミたちも、きっと。
そちらがわのこどもだったのだろう)

(己にも、その問いは投げかけられる)
(「何故?」)
……ごめんね。
(言葉を失った喉からは、それしか出ない
おれも。誰も。
キミたちの嘆きを聴けなかったんだ)

(痛みに耐えながら
「焚骼」で病に満ちた怨嗟を灰に還す
旅路に、おれの手袋をあげよう
キミたちに触れられなかった
おれが掴めなかった
全ての手のかわりに)

(どうか、いつか、ふたたび芽吹いてくれ)


※簡単な単語以上の発声が出来ません



●いつか、芽吹きと赦しの春を

 もし、ひとつでも歯車が違う方向に回っていたら。
 彼らが殺されることはなかったかもしれない。
 自分の力だけで生き残ることが出来たかもしれない。

 思考回路にノイズが走る。

 もし、ひとつでも歯車が違う方向に回っていたら。
 あの中に“僕”も含まれていたかもしれない。
 怨嗟を、悲嘆を叫びながら、自分を倒す英雄を待つ怪物に成り果てていたかもしれない。

 今、こうして生きているのが自分ではなくて。
 もっと相応しい“ヒーロー”が、彼らを救っていたかもしれない。

「──けど、そうはならなかった」

 ジャガーノート・ジャック(AVATAR・f02381)のノイズ混じりの声が、怨霊の問いかけを真っ向から切り捨てる。
 生と死の境目は、数多の選択肢の果てに。
 そして一度選ばれた選択が覆ることは二度とない。

「『何故救われなかった』か。その問いに本機が答えるなら、『そう選んだから』だ」
「──アァ、その通りだ泣き味噌クソ共」

 ケンタッキー・マクドナルド(神はこの手に宿れり・f25528)が引き継いで、嘆き続けるモノを睨み据えた。
 彼の声にノイズはない。
 代わりに満ちるのは憤怒だ。
 “そう選んだ”ケンタッキーからこそ。そう選ばず泣き喚くだけの怨霊に、同情を抱くことはない。

「テメェらが何に変えても生きようとしなかった。だからそんなクソな状況に陥ってやがる」

 体の一部を──羽を一本犠牲にして、背中に傷を残して尚生きるケンタッキーには。
 覚悟も何もなく、ただ救われることだけを願って、死んで。
 生きようとしなかった輩になど。
 その悲嘆を撒き散らすだけの怨霊達に向けるのは悪態だけだ。

「クソッタレが」
「……」

 本来、そう選んだ訳ではないジャックが暫し沈黙した。
 だがその選択肢を悔いたこともまた事実──【"ROLE PLAY"】は崩れない。
 訳の分からぬ状況で、けれど確かな殺意で手を下した二十四人。
 鎧を、役目を得てから、そうするべきとして殺した無数の人達。
 そしてきっと、これからもそうするであろう者たちの、欠片は。
 このように悲嘆に塗れ、絶望し、救ってほしいと喚いて叫ぶ怨霊と化すのであろう。

「……ごめんね」

 言いたいことも、言うべきことも無数にあった。
 けれどそれを言葉にできない。
 ことばを喪ったロク・ザイオン(蒼天、一条・f01377)は、答えを返すことが出来ない。

『どうして!』
『そんな言葉で、何も変わりはしない!』

 視線が痛みを生み出す。
 首筋を裂くそれは、彼らがそうやって死んだが故の傷跡。
 首を断たれ、誰にも救われず、堆積した死の切片。

「……──」

 ロクの蒼天色のひとみが、こどもたちを捉える。
 ただ運がよく、自ら選んで、「こちらがわ」に来ることが出来た子たち。
 ただ運が悪く、取り零されて、「そちらがわ」になってしまった子たち。

「ロク、」
「……」

 聞きなれたノイズ混じりの声に、首を左右に振るだけの動作で応じる。
 今治す必要はない。痛みはあれど、気にするほどのことではない。
 その嘆きを聴きとげられなかったから、痛むことは仕方がない。
 だからロクは、己の手から手袋を引き抜いた。
 投げる。怨霊の赤い視線が一斉に向けられるのを感じて。

「もえて、」

 彼の罪を濯ぎ、共に旅路を──【焚骼】、起動。
 手袋から真白の炎が噴出した。回転する勢いのまま、散らされるのはあらゆるを灰に還す灼熱。
 手を繋ぐように、抱きしめるように、熱は怨霊達へ差し向けられる。
 不用意に近づいた怨霊が一体、あっという間に白に捲かれて燃え散らされる。
 そうなれば怨霊たちは自然と炎からは距離を取る。

『痛い、ひどい、どうして!』
「いって」

 答えず、漆黒が踏み込んだ。
 視線のそれと違う赤を引いてジャガーノートが駆ける。
 彼の手が握るのは破邪の機咢。
 天体に座す巨大な獣の殻鋼を用い、いつか刃を合わせた哀色の剣士の字を込めたそれは、彼らの生きて歩いた旅路の形。
 何か一つボタンを掛け違えていれば、ジャックの手の中になかっただろう刃だ。

「だから本機は、この選択肢を選ぶ。──オーヴァ」

 そう振る舞え。心を潰せ。
 悲劇の産物とて、彼らはすでにオブリビオン。
 ただ“在る”だけで世界を侵す、過去の怪物を放置しておく選択は取れない。
 痛んだのは機体だったか、心だったか。

『あ、あ、ぁぁぁぁぁぁあああああああ!!』

 一閃は、腐った肉を斬った感触だった。
 意識の中を悲鳴が満たす。戦いを知らず、呪うしかない怨嗟はただ身を捩るばかり。
 多くの死した命が寄り集まったからなのか、破魔を込めても早々還ることはないのか。
 だがもう疑問を発しようともしない怨霊の前へ、三枚の羽と一枚の偽羽を動かしてフェアリーが飛ぶ。

「苦しいだろ。……死にたく、なかっただろ」

 死んでから──そんなモノに成り果ててから気付くなんて。
 
「だからクソだってんだ」

 【我が手が産み、摘み取る命(プライスレス)】。
 工房の中からしずしずと姿を現したのはウェーブがかった金の長髪と白いケープを揺らす少女。
 慈悲の微笑みを彫り込まれた少女が、ほっそりとした腕を怨霊達へと伸ばす。

「そいつァ手向代わりだ。聖女サマに手ェ引かれて、天国でもどこでもいっちまいな」
『あ、あ……』

 答えを待たず。
 光が生まれて、怨霊達を飲み込んだ。
 聖者と呼ばれる者達が持つ【生まれながらの光】に似て、けれどもっと強烈で強制的な閃光が包み込む。
 一瞬、夕焼けの廃墟が眩しさに満たされて。

「……あばよ」

 何も無くなったコンクリートを前にロクは嘆息し、ジャックは武器を仕舞う。

 彼らはどこへ行ったのだろうか。
 骸の海か、それとも天国か、地獄か。
 今を生きる身に答えは分からないけれど。
 いつか、再び咲く日を願う。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

カイム・クローバー


聞こえて来るうたに焦燥感を覚えながら。銃を構えて、透明になった怨霊に反応できずに右腕を負傷して。滴る赤い血が――今を認識させる確かな痛みが。俺を焦燥感から解き放った。ああ、俺はまだ生きてる…ってよ。

過去は変えられねぇが、今を変える事は出来る。予知はいつか、誰かが必ずアイツを見付けてくれるハズだ。その時までに俺がくたばったんじゃ、借りを返しに行く事も出来ねぇわな。
二丁銃を構えて【二回攻撃】に【クイックドロウ】、【範囲攻撃】含めてUC。透明になっても其処に居るんだろ?なら、周囲一帯を薙ぎ払うぜ。
今日もご機嫌だぜ、オルトロス!

…助けてやれなくて悪ぃな。だがよ、悪夢は今日で終わりだ。解放するぜ。


鏡島・嵐

判定:【WIZ】
確かに誰も傷つけねえで済むなら、それに越したことは無ぇかもな。
おれだって傷つくのは怖ぇし、誰かを傷つけんのもやっぱり怖ぇ。
それでも。
傷つけても、傷つけられても、前に進まないといけねえ時がある。

悲しみに満ちた声は〈覚悟〉を決めて受け止める。
その懇願を振り切るのは、いつもよりずっと心が痛むだろう。
だけど。
目を開けて、鏡(まえ)を見てみろ。

傷つくのは痛い。傷つけるのも、それと同じくらい痛い。
でも、それが人間として愚かしくも正しい在り方。
そこから逃げれば、目を背ければ。いつかきっと、後悔する。
だから、覚悟しろ。おれは今から、おまえらを傷つける――!

うん――やっぱ、痛ぇな(泣きながら)



●決めたからこそ、止まらずに

『やめて! 痛いことをしないで!』
「っ、──!」

 意識に響くその声が、あまりに普通だったから。
 鏡島・嵐(星読みの渡り鳥・f03812)は戸惑った。
 『嘆き続けるモノ』──そう命名された悲嘆の集合体たる怨霊は、その前身のほとんどが被害者。
 つまり、普通の子供だ。
 その事実に思い至って、スリングショットを握る手が止まる。

「嵐!」
『そうやって、傷つけようとして──助けてくれないんだ』
「な、っ──」

 消え失せる。
 透明化、物音や体温までは──と頭は回っても体がついていかない。
 そもそも、敵の攻撃手段も分からないのだから見切るに見切れない。
 普段なら対応できただろう。カイム・クローバー(UDCの便利屋・f08018)は、それだけの経験を身に着けた猟兵だ。
 
 だが、『うた』がきこえる。
 意識を苛み、後悔と罪悪感を喚起する『うた』は。
 それに縛られた彼らから、普段通りの精彩を奪うのには十分すぎる。

 思い出す。引きずり出される。
 向かい合った親友の顔。向け合った武器の切っ先。
 それを肉に刺し、また切り裂かれた感触。

“どうして、おまえが”

 思い出の光景に、目の前の現実が重なった。
 咄嗟に右腕を盾にする。
 透明になっていた怨霊の爪が、コートごとカイムの腕を引き裂く。

「カイム!」
「……悪いな。俺としたことがトチったぜ」
「そうじゃねぇだろ──シレネッタ!」

 じくじくと、心臓の鼓動に合わせて傷が痛む。
 滴り落ちる血の色は、世界を超えても変わらない鮮やかさで。
 投げかけられる頼もしい戦友の声が、癒しを司る人魚の歌を呼ぶ。

「……もう大丈夫か?」
「ああ。サンキュ」

 万全になった両手に双魔銃オルトロスを握る。
 硬いグリップ。もっとも引きやすく調整された引き金。込められているのは特製の銃弾。
 どれもこれも、自分の歩いてきた道にあるものだ。
 今を生きる、自分のものだ。
 いつまでも過去に立ち止まっているなんて、全く“カイム・クローバー”らしくない!

「さぁ、どいつからこいつの餌食になるんだろうな!」
「急に元気になったな……」

 空を引き裂く銃弾に、嵐は思わず半目になる。
 直撃したのだろう、意識に満ちる悲鳴が痛みを訴える。
 それが、怖い。
 手が震える。スリングショットを上手く握れない。
 自分の弱さが、臆病さが。こんな時は少し嫌になる。

『助けて! これ以上傷つけないで!』
「……悪ィ、な」

 戦うことは、怖い。
 他人を傷つけることは、恐ろしい。
 けれどもそうしなければ進めないこともあると、知っている。
 息を吸う。
 覚悟を決める。

「鏡の彼方の庭園、白と赤の王国、映る容はもう一つの世界──」

 そうしなければ他人を傷つけられない。
 救いを求めながら仲間を傷つける怨霊でも振り切ることができない。
 けれど。
 そうした平凡ゆえの当たり前を失くしてしまわないとも、決めている。

「──彼方と此方は触れ合うこと能わず。いいから、前を見てみろ!」

 【逆転結界・魔鏡幻像】、起動。
 現れたのは黄金の装飾に縁どられた巨大な鏡だ。
 敵が現実を覆い隠すコードで逃げ出すならば、鏡は真実の世界を映し出す。
 黒い影が、赤い目が──透明になっていた怨霊が、鏡面に映し出される。

「! 嵐、ナイスサポートだ!」

 そして見えていれば、カイムが銃弾を外すことなどありえない。
 踊り狂えや【銃撃の狂詩曲】──吠え猛るオルトロスが獲物へ喰らいつく。
 何度も何度も撃ち込まれる銃弾に、さしもの怨霊の悲鳴も弱まって。

「……助けてやれなくて悪かった。悪夢は、これで終わりだ」

 撃ち抜く。
 いつか宿敵に辿り着いて、その体に爪を立てるまで負ける訳にはいかないから。
 銃を常のホルスターへ。消えゆく怨霊に目を伏せて見送る。

「……カイム」
「ん?」
「こういうのって、……ちょっと、痛ぇな」
「……ああ。そうだな」

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

氏家・禄郎
①※
うたと思念波に乱れる足取りを整えつつ、煙草に火をつけて煙を吸い、【覚悟】を決める

「先に言っておく。私には君達は救えない、私は聖者でも魔法使いでも奇跡の使い手でも無いからね――だが!」
その場に転がっている棒きれを拾い、持っているトレンチガンと合わせて十字架を模し
「ここで偽物のうたを聞く事が無いようには出来る」

射撃

「許しは請わない、私は君達を殺すのだから」
散弾を以って死に至らしめ、魂に鎮魂ではなく再殺を送る
銃声こそがレクイエム、僕の知っているナンバーはこれだけなのさ

「どうして? 答えてあげるよ。その終わりなき思考を止める時が来たからだ」

銀の弾も名推理も奇跡もない
所詮は探偵屋、探偵まがいの便利屋


フィーア・ストリッツ

もとよりフィーアはそういうモノですので、救いなど持ち合わせがなく
破壊とつじつま合わせしか出来ないのですよ

「その上で、今は少し虫の居所が悪いので。無意味な怨嗟に無意味な独り言を返しましょう――ただ運が悪かっただけですよ」
「世の悲劇の大半は『所詮そんなもの』です
たまたまそこに居たから
たまたま誰もあなたに気づかなかったから
たまたま間に合わなかったから
幸運にも運命に抗う力持っていた者だけが理不尽を跳ね除ける」
そう――私もありふれた不幸に何かを奪われた筈なのに

終わったモノとまだ終わっていないモノに分かたれた以上
悲劇的であろうと、苦しんでいようと
終わっていない私はそちらを受容する訳にはいかないのですよ



●冬季爛漫

 紫煙が空に昇っていく。
 タールとニコチンを吸い込む心地よさはやはり手放し難い。
 精神を乱す『うた』と疑問に絡め取られそうになっているなら、猶更精神安定は大事なモノだ。
 白い息を吐く氏家・禄郎(探偵屋・f22632)を、フィーア・ストリッツ(サキエルの眼差し・f05578)の赤い目線が睨むように見据えた。

「すみません。それ臭うので止めてもらえますか」
「ああ、嫌いだったか。それは失礼」
「いえ、単に虫の居所が悪いだけです」
「……まあ、気持ちは分からなくもないがね」

 間断なく、思念に疑問と悲鳴が満ちる。
 老若男女区別なく。けれど騒がしすぎる声は苛立つのに十分すぎる。

『いまさら、どうしてもっと早く!』
『助けてよ……どうして救ってくれないの……』
『どうしてこんなに苦しまないといけないんだ!?』
「無意味な怨嗟に、無意味な独り言を返しますよ」

 足元の小石を蹴とばして、フィーアは軽く手を握る。
 武器を握ることはない。
 彼女の最大の武器は、手に持つものではないからだ。

「世の中の悲劇の大半は、ただ運が悪かっただけ──所詮そんなものです」

 たまたまそこに居て、たまたま邪神に目をつけられたから。
 たまたま誰も邪神に絡め取られたことに気づかなかったから。
 たまたま、予知や救済の手が間に合わなかったから
 たまたま、運命に抗う力を持っていたから────。

「そして私達は、奇跡の担い手でも救済者でもありません」
「できるのは、二度と偽物の『うた』を聞かないようにすることだけ」

 銃声。
 棒切れを重ねて十字架を模したトレンチガンが散弾を噴いた。
 怨霊とはいえ、半ば実体化していたようなモノたちだ。正面から浴びせられる銃弾に抗しきれず、意識にまた悲鳴が上がる。

『痛い、痛い、イタイイタイイタイイタイイタイイタイィィィィィイイイイイ!!』
「許しは請わない、私は君達をもう一度殺すのだから」

 今この場に聖者はいない。
 ただ壊すことを以て、鎮魂ではなく再殺を為す探偵屋と竜騎士。
 世界に辻褄を合わせる為に、蘇ったモノ達を壊すだけの猟兵。

「悲劇的であろうと、苦しんでいようと。まだ終わっていないのだから、そちらを受容することはできません」
「レクイエムには騒がしいかい? あいにく、これしかナンバーを知らないんだ」

 穴の開いた怨霊達の視線が禄郎へと向けられる。
 どうして、何故、痛い、怖い、お前から、お前も、一緒に、酷い。
 マイナス感情しかない視線を受けて、彼は帽子を押さえて一歩下がる。
 恐れた? 否。
 名推理は出来ず、探偵とは名ばかりの便利屋であっても。
 銀の弾を撃たせる前座程度にはなれる。

「悪いね。ただの【戦術】だよ」
「ええ、その通り。それでは奥の手を、どうぞご覧あれ」

 喉奥に刻まれた魔術印が発光する。
 それこそフィーアの奥の手。
 呼気を吹雪へと変じ放つそれは、地上最強たる生物・竜の再現──【氷雪竜砲(グレイシャル・ドラゴンブレス)】!

 豪、と風吹く音に氷が混ざった。

 季節が塗り替わる。
 白が世界を染め上げる。
 それを為せること自体が一つの暴力だ。
 怨霊達は──ただ個人が寄り集まった集合体でしかないそれは、急激な環境の変化に耐えきれない。
 凍り付き、動きを封じられ、上から銃弾と雹に砕かれて、あっという間に散っていく。

「救いの持ち合わせがなくて、申し訳ありませんでした」

 ありふれた不幸に何かを奪われたのかもしれない少女が息をつき。

「終わりなき思考を止める時だ。さあ、もう休むといい」

 ありふれたすれ違いで別れを経験した男が銃を下した。
 静まり返るはずの停滞を許さないとばかりに『うた』が響く。
 旋律は止まっていいと、終わっていいと、懇願めいてすらいたけれど。

「……行きますか」
「ああ。まだ終わっていないからね」

 終われない二人は、チャペルの扉を目指して進む。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

鎧坂・灯理
【竜偵】①
このタクシードライバー、容赦なさすぎやしないか 地獄直行送迎係か?
約定約定と吠えるが、なぜそこまで…ニルズ兄様も異常に義理堅かったな
竜はそういうものなのか 半端者には難しいよ

兄様、兄貴…ああ、この「竜」も「兄」だったな
私の知っている「兄」は、皆必死で、苦しそうで…
他者の幸せを望むなら、まず自分が幸せになれよ

さて、と 鏖殺の手助けでもしようか
霊亀のサーモとソナーで位置を把握 破魔の塩弾を撃ち込み、【短夜妖精舞】で破魔の光を浴びせる
悲劇を哀れめ、シェイクスピア
救われなかった、か 明日は我が身だよ こうならんように気をつけて私は生きよう


イリーツァ・ウーツェ
【竜偵】
(現世に意味有る物は無い
歌は只の音 月は只の石
此世の総ては、唯存在するだけ
在るが儘に意味等無い)

救われなかった事に、理由等無い
今、我等が来た事にも意味は無い

総ては在るが儘、唯流れる
意味を見出すは、人間だけ
貴方方は、其の行いをこそ
"生きる"と呼ぶのだろうか
其れとも、"可能性"と?
其れならば雛は、"可能性"の塊だ

私は雛を守る
"守りたい"ではなく
"守らなければならない"
思い出した 此れも、誰かとの約定
"誰か"は、未だ解らないとしても

さようなら、肉を失った人間等
汝等は、雛を害する可能性
九泉の底へ送ってやろう



●可能性の彼方に待つ

 現世の全てに意味はない。
 唯在るがままに在るだけ。
 在るだけの物に意味はない。
 故にこそ、イリーツァ・ウーツェ(虚儀の竜・f14324)は静かに告げる。

「救われなかった事に、理由も意味も無い」

 悲嘆も疑問も、すべてはただの音だ。
 西に傾いた太陽が橙色を放つのも、月が空に浮かぶのも、ただの現象に過ぎず。
 在るがままに流れる世界に意味を見出すのは、人間ばかり。

『じゃあどうして! 救ってほしかったのに……!』

 人間の残滓、とうに終わった過去が悲鳴を上げる。
 赤色の視線がイリーツァを責め立てる。
 だが、巌の如き古竜は不動。
 消滅と無効化の理、堅州国の青い火が死した者の理不尽を許さない。

「救われなかった、ね。全く、こうはなりたくない」

 その背後。
 イリーツァの巨体を遮蔽に立つ鎧坂・灯理(不死鳥・f14037)は、肩をすくめて『朱雀』を変形。
 撃つ弾を選ばない変幻自在の銃は、内に破魔の塩弾を呑む。
 即発砲。
 竜の青炎に夢中になっていた怨霊は、まともに聖弾を喰らうことになる。

『あああああああ痛い! 助けてよ! どうして!』
「煩い。自分で幸せを掴もうとしない奴が、そうなれる訳がないだろう」

 強い言葉は、宣誓だ。
 今よりずっとずっと弱かった頃、もっと強い生物に焦がれて、追いかけて、強くなって強くなって強くなって──その『つがい』となった灯理だから。

「悲劇を哀れめ、シェイクスピア」

 手袋の嵌った手を振り上げる。起動、【技術:短夜妖精舞】。
 妖精が如き光の球が五指から放たれ空を踊る。
 ひとつひとつに破魔の属性を込められた魔法技術は、UDCアースの橙色の空の下だろうと些かも衰えることはない。
 
「悲劇、……これがそうならば、」

 救われたくて、救われなかった。
 それは確かに悲劇と呼ばれる部類のことだが、自然界ではごく当たり前に起こることだ。
 その必然に意味を見出すのは、どこまで行こうと人間ばかり。
 それを“生きる”と、あるいは“可能性”と、呼ぶのだとしたら──。

「私は、雛を“守らなければならない”」

 約定だ。
 負号の竜を現世に繋ぐ、誰かと交わした約定が一。
 未来を紡ぐ可能性を絶やしてはならぬという、誰かと交わした。
 それが“誰”かなどどうでもいい。
 約定は、守らなければならない。

「九泉の底へ送ってやろう」

 【黄泉平坂・押送脚】。
 破魔の妖精光から逃げ惑う怨霊の前に割り込む。
 そして縊る。
 首らしき部位ではないからその表現は不適切だったかもしれない。
 だが、それ以外の表現も見当たらない。
 青い火を纏う手が怨霊を捉え、握り、そのまま潰す。
 意識に上がる悲鳴も、滅茶苦茶に暴れる体も、まるで気にならない。
 それだけ怨霊とイリーツァでは戦闘力に差がある。ありすぎる。
 
「地獄直行送迎便ですか?」
「いえ。雛を守る……害する可能性を排除するのは、約定ですので」
「左様で。では、鏖殺の手助けを」

 破魔の光が差し込まれる。
 イリーツァには効かず、怨霊には覿面の光の球体。
 それが一斉に弾けた。
 散りながら降る光の粒は、怨霊達にとって散弾銃に等しい。

『い、や、あああああああああああッッッ!!?』

 緩む。弱まる。そこに爪を差し込む。
 内側に死の国の炎をねじ込まれて、聞くに堪えない絶叫が、唐突に消えた。
 青い火と白い光の残滓が散って、意識の中に『うた』だけが残る。
 
「道が開きました。行きましょうか」
「……ええ。参りましょう」

 何ら表情を変えず、先へ行くイリーツァの背にそっと嘆息する。
 後天的な竜である灯理には、真正のそれが分からない。
 異常なまでの義理堅さも、約定と吠える姿も。
 ……妹でしかない彼女に、「兄」という生き物の在り方は分からない。
 誰も彼も必死で、苦しそうで、自分の幸せを放り棄てたような姿しか。
 だから、呟く。

「……他者の幸せを望むなら、まず自分が幸せになれよ」

 そんな願いも、彼には届かないのだろうけど。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ラッカ・ラーク

誰も助けてくれない。まあアイツのコト考えてたワケだし浮かんじまうよな。悪かったよ。アンタはオレを助けてくれた。
誰も助けてくれない。案外、そうでもないよ。

ホラ、助けに来たぜ。
一緒に行こう。どこにだって。
なんて、な。アイツの台詞だ。感傷的ンなってバカみてえ!
その恨みだってなんだって、貰うよ。『手をつなぐ』ように差し出して噛みつくんだ。やり口が『だまし討ち』だなコレじゃ。

同調も受容もしきれない。共有したって痛いだけでわかってやれない。
だから連れて行くのさ。手を取るかはホントはアンタら次第と言いたいトコだけど。気持ち的なモンでしかないけどよ。
楽園にだって行こうじゃねえか。どこかにはあるさ。たぶんな。


リア・ファル

POW

過去を覆して救う奇跡は起こせない
だけど、放っておく事もできない

ただ……その嘆きを終わらせよう


その実、救いはあったのだろう
ただソレは、邪神ゆえの理外の理に依るモノで
先日アルダワで戦った、エリクシルの妖精の、歪んだ願いと変わらぬ、
ありふれた…邪悪なのだろう

だけど、その事実を彼に告げても……詮無き事だ
敢えて答えず、死の苦痛を己の裡に刻みつけながら、『ヌァザ』を抜く

「ヌァザ、概念指定……「悲嘆」」
UC【銀閃・概念分解】を発動し斬り伏せる

キミを助ける事も、ままならないけれど
もうキミ達が悲しみ嘆き続ける必要はないんだ

どうか彼らに安らぎを

まだ『うた』は続いている
ならば、ボクが出来る事は……



●楽園の名を夢に見て

 その実、救いではあったのだろう。
 リア・ファル(三界の魔術師/トライオーシャン・ナビゲーター・f04685)は、意識に響く問いかけに思いを馳せる。

「……どうして、ボクは救えなかったんだろう」

 リアの内に答えはある。
 アルダワ魔法学園の戦争に現れた、エリクシルの妖精と同じ。
 理外の理に沿って駆動する邪神の齎す「救い」が、ひとの希うそれと同じではないということだけ。
 その救いの結果、嘆きが現世にこびりついてしまっただけ。
 けれど。
 それはもう、今更でしかない。
 過去を覆すことはできない。
 死んだ人は生き返らない。
 現世に現れ出たオブリビオンは倒すほかにない。
 その行く末が良いものであるよう、祈るしかできない。

「ヌァザ」

 ……首が痛い。
 そうして死んだのだろう、彼らが最期に感じた痛みをあえて受けたからだ。
 けれどリアは血を流さない。
 ひとの姿を象っただけでしかない、ヒトならざるモノでは、ひとと同じ痛みと死を感じることはできない。
 その事実が、痛い。

「【銀閃・概念分解】起動。対象概念を『嘆き続けるモノ』の『悲嘆』に設定」

 猫として同行していた多元干渉デバイスが本来の魔剣形状を取り戻す。
 嘆きを終わらせよう。
 もう悲しまなくていいのだと、いつか生きた人達にせめて伝えたかった。
 本当の意味で助けることは出来なくても。
 ……せめて、彼らが安らぐことができたらと思うから。

「この煌めく銀で、今……斬り祓うよ!」

 銀剣一閃。
 光が怨霊達を貫いた。
 けれどそれによる痛みは生じないから、斬られたそれらはしばし疑問を忘れる。

「ほら、助けに来たぜ。こんな暗いトコじゃなくて、もっと広い世界へ一緒に行こう」

 だから、ラッカ・ラーク(ニューロダイバー・f15266)は笑って見せた。
 全く自分らしくない台詞だと、内心浮かぶのは自嘲。
 だって本来、このセリフを告げたのは『彼女』だ。
 提案はいつだって彼女が最初。ラッカは後追いにしかなれなくて、置いていかれてばっかりで。

『本当に……?』
『いっしょに、行ってくれる……?』
「……ああ」

 手を繋ぐように差し出した。伸ばされた黒い手が繋ぐより、指先から肉食動物のそれに変わる方が早い。
 【chimera/cat/fang.exe】。
 そういうイキモノだという機能の発露。あまり使いたくはないけれど、向き合うと決めたら躊躇っていられない。
 キバが怨霊に齧り付く。突き立てて食い千切る。飲み込んで、片を付ける。

「ひっでーだまし討ちだな、コレ」

 「ウソですよ」なんて笑って済ませれば楽だったのだろうけど。
 『うた』と共に脳裏に過る思い出がそれを許してくれない。

「……誰も助けてくれてない、なんて。案外そうでもないからよ」

 助けられたラッカだからこそ、もう怨霊達の居ない道へ言葉を放つ。
 これが本当に救いになっているかなんてわからない。
 同調も受容もできず、痛みだけを共有したって本当のココロは分かってやれない。
 だから、連れて行く。
 一緒になれば、きっといつか辿り着けると信じている。
 いつか自分が、彼女にそうしてもらったように。

「楽園っての? どこかにはあるさ、たぶんな」

 夕景の空に、まだ流れ星は見えないけれど。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

鷲生・嵯泉

死の苦痛とて此の身に宿る罪を贖うには足りはしない
己が罪を識るからこそ、お前達とは相容れない
嘆き恨む事だけを糧とするなぞ私には出来ん
喩え地獄の底へと繋がれようと――
果たすべき約束と誓いを守る事を糧に、私は生きているのだから

何故救われなかったのか、と…?
決まっているだろう……此の手が届かなかったからだ
助けを呼ぶ声に応えられず、刃は敵を討つ事が叶わなかった
唯総てが失われた事だけを此の眼が見た
あの時も今も、「間に合わぬ」悲嘆が魂迄も苛む
其れでも――否、それ故に。為すべきを見誤る事なぞ出来はしない
過去より引きずり出された苦しみ、海へと還してくれよう
――破群領域
此れ以上の苦痛は与えぬ様、速やかに絶つ


ティオレンシア・シーディア


はぁ…
ただでさえずっと歌が聞こえてて鬱陶しかったってのに、今度は視線と思念?
…流石に、ちょっと苛ついてきたわねぇ…

…いーやもう面倒くさい。
片っ端っから●鏖殺の〇範囲攻撃で吹っ飛ばすわぁ。
刻むルーンはカノ・ユル・ラグ。「灯火の導き」にて「悪縁を断ち」「浄化」するわよぉ。
「なぜ救われなかったか?」…そんなもの、「あたしが知るわけない」でしょ。
あなたたちの事なんて状況も死因も何も知らないもの。
答えようのないことあたしに聞かれたって困るわぁ。
…まあ、こいつらは「そういうモノ」なんでしょうけど。

…あー、うん。我ながらだいぶ雑になってる自覚はあるわねぇ。
あまりにもうざったいからついやっちゃったけど。


花剣・耀子
①※

過去は覆らない。変わらない。戻せない。
これは終わった後のおはなし。
そう在るだけの残映に、あたしが足を止める理由はないのよ。

うただけではなく。
問う言葉が耳に響く。

力がなかった。
運がなかった。
時間がなかった。
足りなかったから、救われなかった。
――、そんなもの、只の結果でしょう。
満足できるような解がないから、此処に焼き付いて居るのでしょうに。

おまえが何を想って死んだかなんて知ったことではないわ。
あたしはおまえではないもの。
欲しいこたえをあげることなんてできないけれど、八つ当たりには付き合ってあげる。

阻むなら、すべてを斬り果たしてゆきましょう。
迅速に。跡形もなく。
……あたしは何も取りこぼさない。



●守るべきが果てた道

 過去は覆らない。戻せない。変わらない。
 いくら問われたとて、届かなかったという結果が変わることはなく。
 ただそれを嘆くばかりの残滓に、今更相容れることはない。
 なればこそ、問いかけには刃と銃火を以て答えよう。
 いざや、終わりを迎え給え。

「──ひとつ残さず叩き潰す」

 鷲生・嵯泉(烈志・f05845)の手の中、蛇腹へと変じた『縛紅』が吠える。
 【破群領域】展開。
 視界の全てにある敵を──他者の半分しかないそれであっても関わりなく、嵯泉の刃は穿ち砕く。
 刃金が不規則に波打ち、砕き、叩きつけ、潰しながらその動きを封じる。

『どうして今更! どうしてもっと早く救ってくれなかった!』
「……ああ。その通りだ」

 思わず苦笑が漏れる。
 助けてほしいと願われた。彼は故郷の守護者足らんと在った。
 だが、その刃は災禍を滅ぼすことが叶わなかった。
 喪失の光景だけが嵯泉の瞼裏に焼き付いた全てだ。
 怨霊達の嘆きは、悲鳴は、彼にとっては全くの正当性しかない糾弾だ。

「だが、」

 だからこそ。
 必要以上の苦痛は与えない。怨霊の核となり得る部分を、怪力を以て揮われた刃が轢き潰す。
 意識に悲鳴が上がる。それに臆することなく、嵯泉はソレらを睨み据える。

「その恨みと嘆きが今を害するならば、即座に海へと叩き還してくれる」
「ええ。あなた達が欲しいこたえなんて知らないから、今更あげることなんてできない」

 せめてもの救いを求めるかのように、伸ばされた黒い腕を斬り果たす。
 花剣・耀子(Tempest・f12822)の【《花剣》(テンペスト)】だ。
 彼女の名を、コードネームを冠した斬撃が過つことはありえず。
 伸ばされる腕を、道を阻む怨霊を、ただただ斬り捨てながら進むだけ。

「救われなかったのなんて、ただの結果。満足できる解がないから、此処に焼き付いて居るだけ」

 本当に速い剣には音がしない。
 だから耀子の周りはひどく静かだ。
 意識の中には『うた』も、思念の疑問符も満ちているから、きっと彼女本人は知覚できていないけれど。
 足は停まらない。
 剣も止まらない。
 そして同じだけ、怨霊達は切り裂かれる。
 散りゆく怨霊の切片は、薄汚れた灰が散るに似て。

「そう在るだけの残映に、あたしが足を止める理由はないの」

 迅速に、跡形なく。
 揮われる剣は、ただ美しい。

「そう。あたし達は、あなた達がどうやって死んだのかなんて知らないもの」

 散った肉片同士、引き合おうとする間にグレネードが転がされる。
 場違いなほど甘やかな声で囁く、ティオレンシア・シーディア(イエロー・パロット・f04145)の携行品だ。
 爆発。
 ただでさえ火力重視の手榴弾にカノのルーンを刻んだ一品だ。魔術の炎に取り巻かれて上がる悲鳴に思わず耳を塞ぎたくなる。
 意味がないし、戦場で片手を塞ぐ意味もないからやらないが。

「たとえ『そういうモノ』なのだとしても。答えようのないことばっかり聞かれたって困るわぁ」

 苛立っているという自覚はある。
 攻め手が雑になっているのいうのも分かっている。
 それでも攻撃を貰わないのは、怨霊達の大本が敵を知らない普通の子供たちだったからなのだろう。
 そのくらいならティオレンシアにも分かる。

『どうして、もっと早く、痛い、やめて、助けて!』
「だから何?」

 射撃、射撃、続けざまに射撃!
 迅速果断に【鏖殺】せよ。
 視線も思念も、苛つくほどに向けられている以上、容赦する理由が彼女にはない。
 カノ・ユル・ラグ───「灯火の導き」・「悪縁を断つ」・「浄化」を意味するルーンの銃弾を選んでリロードしているのがせめてもの慈悲だ。

「鬱陶しいのよあなた達。見当違いの恨みになんて、いちいち付き合っちゃいられないわ」
「それに……嘆き恨むことだけを糧とするなぞ、さぞ虚しかろう」
 
 浄化の銃弾の雨を裂いて、破群の刃が荒れ狂う。
 乱れ撃つ面の制圧は当然あるはずの死角を速度で埋める鏖殺の手札。
 しなる鞭状の剣は強かに、されど不規則な動きで安全領域をさらに圧し潰す。
 二重の殺戮領域に耐え切れる防御を怨霊達は持っていない。
 引き裂かれ、撃ち抜かれ、ばらばらになりながら泣き叫ぶ。

『何故俺たちを助けてくれなかった!?』

 赤い視線がぎらつく。
 蝋燭が最後に激しく輝くように、その視線は力強い。
 けれども所詮は終わりかけた怨霊。前へと立ち塞がった耀子を押し退ける力すら残っていない。

「ただ、散りなさい」

 切り捨てる。
 黒と赤が花と散らされていく。
 その最期、爪を立てるように視線が刻んだのは首筋を真横に横切る傷だ。
 首を落とされて死んだ彼ら彼女らの、最期の具現。

「っ……そんなことされなくたって。分かってるわよ」

 ティオレンシアは息をついて、すぐに手当てに掛かる。
 恨み言のようさな最後っ屁などよくあることだ。

「嗚呼。私は忘れんとも」

 嵯泉は暫し目を伏せて、己を現世へと繋ぐ痛みを味わう。
 果たすべき約束と誓いはまだ己の手の中に。

「……もう、取りこぼさないわ」

 耀子は常に巻く包帯を縛り直すに留めた。
 傷が増えるなど、もう今更だから。

 意識の中を『うた』が満たす。
 堕ちた聖女が待ち受ける、チャペルの扉は目の前に。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ジン・エラー
①※
ブビャヘヒフハハハ!!!いやァ~~~~音に詳しかねェオレでもわかるぜ
この『うた』はクソゴミカスだ ヘッタクソなンだよ
ま、ガキにはわからね~~~ェだろうな
だろ?お前ら

まァまァまァ落ち着けってお前らよ
オレァ別にお前らを敵だとは思っちゃァいねェよ
それも"どうして?"か?ま、わかれっつゥ~方が無理があるか

お前らの痛みとやらをオレにも分けてくれよ
来いよ、いくらでも受けてやる【高慢知己】
泣いてンだろ?聖者サマが胸を貸してやるよ

──ああ、だろうな。

それで?肝心の答えがまだだったな
『どうしてお前達は救われなかったのか』

シンプルだよ

このオレに救われる為だ
【オレの救い】

あばよ。



●救済

「ブビャヘヒフハハハ!!! いやァ~~~~まったく、お笑い種ってのはこういうのを言うんだろうなァ」

 突如、夕景の廃墟に下品な笑い声が満ちた。
 彼はいつの間にかそこにいた。
 夜に溶け込むような浅黒い肌、橙の空に相反するような藍色の髪を靡かせて。
 ジン・エラー(我済和泥・f08098)は、怨霊達と視線を合わせる。

「音に詳しかねェオレでもわかるぜ。この『うた』はクソゴミカスだ、ヘッタクソなンだよ」

 な? と同意を求めて首を傾げてみせる、その動作には妙な愛嬌があった。
 だが悲嘆に塗れた怨霊達は、まるで隙だらけのジンに答えることはない。
 無数の赤い視線を向けて、思念伝いに問い掛けるだけ。

『何故、俺達は救われなかった……?』

 悲嘆の疑問は、そのまま向けられた刃だ。
 だがジンは答えない。
 むしろ腕を大きく広げてみせた。怨霊達を腕の中に迎え入れるように。

「お前らの痛みをオレにも分けてくれよ」
『……?』
「泣いてンだろ?聖者サマが胸を貸してやるよ」

 反応は劇的だった。
 目が一斉に赤く光る。それらすべてが攻撃へと転化される。
 触れられていないはずの首に一閃、傷が刻まれる。
 それは彼らが断頭により死したが故の死の具現。
 痛みというほどの痛みではない。ただ急速に力が抜けて、何もかも分からなくなるような感覚。

「だろうな」

 死を感じる。
 死に染められる。
 その感覚を受け容れて、けれど決して流されることなくジンは一度目を伏せる。
 再び顔を上げた時、そこには不遜な笑みしか残っていなかったけれど。

「イイもン貰っちまったからなァ、さっきの質問に答えてやる」

 抱きしめるように広げた腕はそのまま。
 笑うようなマスクの形をミリとも崩さず。

「シンプルだよ」

 ヒカリが、満ちる。

「このオレに、救われる為だ」

 破魔と称するには絶対性がない。それは聖者と呼ばれる人々が放つ、【生まれながらの光】によく似た輝き。
 ジンの救済の傲慢はすべて、その光に取って代わられる。
 故にこそ、そのコードの名は【オレの救い】。

『あ、あ、ああああああああああ…………』

 優しい光を浴びせられ、怨霊の体が溶けていく。
 浄化、あるいは昇華。
 己の為した光景を当然と受け止めて、ジンはやはり傲慢に笑う。

「『うた』なんかよりよっぽどイイだろ? それじゃ、あばよ」

 だからこそ、誰かは彼を称したのだ。
 ────『誰よりも、“聖者”を名乗るにふさわしい』と。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鳴宮・匡

◆ヴィクティムと

……なあ、死は救いだと思う?
俺は、思わない
死はただの終わりで、何もかもを喪うことで
俺がそれを救いだなんて言うのは自己欺瞞だ

……でも
誰かが終わらせてやらなきゃ
こいつらは過去に囚われて
どこにも行けず、救われもせず
ただ嘆き続けるだけなんだ

(――ああ、だから)
(レイラはあの時“いつか壊してほしい”なんて言ったのかな)
(望まぬままに捕えてしまった魂を、救いたくて――)

……なんでもない
要するに、殺して押し通るぜってこと
大丈夫か? なら行こう
迷わず撃ち抜くよ

悲嘆も、苦痛も理解してやれなくても
その痛みや憎しみ、恨みを受け止めて
終わらせてやることだけならできるから

だから、どうか――迷うことなく


ヴィクティム・ウィンターミュート

・匡(f01612)と

死は救いなんかじゃあ無いさ
──救いじゃないからこそ俺は…いや、なんでもない
さっさと終わらせよう
…心配すんなよ。俺は大丈夫だ

そうだ、お前を助けてくれる奴なんていない
救いを求めたって誰も来ない。信じた仲間は決して助けに来ない
そんなもんに期待してるから死ぬんだよ、馬鹿が
(憎んでくれ。恨んでくれ。それを全部踏みつけて、嗤ってやるから。一層憎悪を燃やしてくれ。一生許さないでくれ。許しは乞わないし、涙も流さないから)
『Weakness』──お前は決して助からない
残念無念ってやつだ…生き残った俺の方が利口で、強かっただけの話
恨み事は骸の海によろしく…俺には届かないだろうけど
さようなら



●今より先へ / 過去を踏み締めて

「……なあ、ヴィクティム」
「どうした、匡」
「死は救いだと思う?」
「……」
「俺は、思わない」

 目の前には、もう敵がいる。
 だから鳴宮・匡(凪の海・f01612)の目線は怨霊の方を向いている。いつでも引き金を引けるよう油断なく。けれど傍らの相方に問う声はひどく静かに凪いでいた。
 救われなかった過去を嘆く怨霊の怨嗟など、まるで無いかのように。

「死はただの終わりで、何もかもを喪うことでしかない」

 戦場傭兵として、数々の戦場を渡り歩いてきた。
 歩んだ数と同じだけ、道には屍が敷かれている。
 そんな匡が“死”を救いだなんて嘯くのは自己欺瞞にしかならない。
 それは、生きることを決めた彼の道ではない。

「ああ、死は救いなんかじゃあないさ」

 だからヴィクティム・ウィンターミュート(End of Winter・f01172)も頷いた。
 死を救いだと素面で言えたのなら。そう自己欺瞞が出来たなら。
 きっと彼は、こうまで仲間を思って苦しんではいない。

「けど」

 気付く。
 匡の銃把を握る手が心なしか強い。
 行動に支障が出るほどの強さではなく、けれど確かな意志が込められて。

「……誰かが終わらせてやらなきゃ、こいつらはどこにもいけない」

 硝子の中で瑠璃唐草の花が揺れる。
 いつか約束を交わした少女から贈られた、赦しの花だ。
 過去を映すカンテラの少女が、「いつか壊してほしい」なんて言ったのは。
 もしかしたら、自分の中で行き止まりになってしまった魂を思ってのことだったのかもしれない。
 それをまだ許せないでいて、けれど前に進もうとしているから。
 彼女に幸せを願ってもらいたいと、そう思っている。

「過去に囚われて、ただ嘆き続けるだけなんだ」
「……匡、どうしたお前」

 嘆息ひとつ。意識を切り替える。
 銃口は弛まない。どう撃てば“殺せる”か、凪の海はもう捉えている。

「……要するに、殺して押し通るってこと」
「オーケイ、それじゃあさっさと終わらせよう」
「受け止めてやるって言うかと思ってたんだけどな」
「抜かせ。……俺は大丈夫だよ」
「何も言ってないけどな」
「うっせっ」

 無駄口を、と。もし状況を俯瞰している存在がいたら思ったかもしれない。
 そんなはずはない。
 体のどこを動かしていなくとも。Arseneの仕込みは、とうに終わっている。

「自由に動けるとでも思ったか?」

 【Deviant Code『Weakness』】。
 ヴィクティムが考えうる限り、ありとあらゆるデバフを詰め込んだ理不尽が具現化する。
 何も見せない。
 何も聞かせない。
 動きひとつとれないまま、ただ苦痛に喘ぎながら命を蕩かせろ。

「救いを求めたって誰も来ない。お前らなんか誰も救っちゃくれない」

 冷酷に、青い瞳を細めながら。
 ヴィクティムの目は、今そこにいる怨霊達を見てはいない。

「そんなもんに期待してたから、そうやって死んだんだろうがよ」

 『どうして』、と。
 ヴィクティムに問いかけて憎んで恨んで呪う過去の存在は怨霊達ではない。
 ヴィクティムが本当にそうして欲しいと願っている相手は今ここにいない。
 これは予行演習だ。
 いつか訪れることが分かっている“再会”の時。
 ちゃんと憎んで恨んで嫌われて、許しを乞うことも頭を下げることもなく、ただそれを踏みつけて嘲笑っていられるように。

「苦痛に溺れて死にやがれ」

 強力すぎるコードには相応の代償が付き物だ。
 眼球内の毛細血管が割れて、右の目尻から血が流れ出ていく。
 分かっているから、匡は何も言わない。
 的同然となった怨霊達に銃口を向けた。

「だから、どうか──迷うことなく」
「恨み言があったんなら、骸の海までよろしくな」

 撃ち抜く。
 撃ち貫く。
 撃ち落とす。
 【千篇万禍】の射撃の雨。千の銃弾が音を止めれば、そこには何も残らない。
 恨みも辛みも嘆きも痛みも、受け止めることは出来ないけれど。
 終わらせようと願った、その言葉のままに。

「残念無念。さようなら」

 生き残った方が強かったのだと言いたげに。
 吐き捨てた言葉はまだ、誰の下に届くこともなく。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

レイラ・エインズワース
祇条(f02067)サンと

ココ、だネ
歌も強くなってる
無理はダメ、だからネ

過去を照らす幻灯、その燃料もまた過去の残滓
紫の焔を燃やすたびに、脳裏に響く怨嗟は、
目の前の怨霊の問いかけによく似ていて

自分はオブリビオンと何が違うのか
歌の力も相まって、何度も脳裏で繰り返す、けれど
傍らの少年にも同様のものがのしかかっているのだろう
彼を楽園に連れて行かせるわけにはいかない
大丈夫?と様子を伺えば
怨霊が消える、声が少し和らぐ
……諦めて受け入れようなんて思ってたんだケド

苦しみの中残り続けるのはきっとつらいから
呼ぶのは冥府の槍
灯すのは葬送の灯
今更かもしれない、デモ
迷わず還れるヨウニ

大丈夫
おかげでもういつもどおり


祇条・結月
①レイラ(f00284)

無理はしないよ
それじゃ勝てないしね

「どうして」
僕自身へ向け続けてる言葉で
僕もかつて「誰か」へ向けた呪い
この怨霊達は僕

それでも、きっとレイラの方が痛いのに
君はきっと辛いと言わないし
君をちゃんと知らない僕が、何か言ってもきっと届かない
でも自分だけがもらってるのは……嫌だな

怨霊達の声を封じて【精神攻撃】で消滅させてく
声は聴こえなくても、その眼差しを忘れない

僕は平気。誰かさんが最初に灯をくれたもの
だから君こそ1人で無理は……には、頼りないか
あ、愚痴くらいなら聞けるかも

笑って、軽口

「今」が楽しいって言っていたのを
諦めて欲しくないな、って

だから、ちゃんと笑って
「いつも通り」



●声の行く先

 声がきこえる。
 救われたかったと願う声。
 助けてほしいと叫ぶ声。
 傷つけないでと訴える声。
 
 それは怨霊達の悲嘆であると同時に、レイラ・エインズワース(幻燈リアニメイター・f00284)の本体たる幻灯からも届く怨嗟だった。
 紫焔の燃料は過去の残滓──こと、彼女の本体が捉えてしまった魂のほとんどは恨みと辛みだ。
 それを呼び出して戦わせる、自分はオブリビオンと何が違うのだろう。
 幾度となく繰り返した問いかけが、『うた』と共にリフレインする。

『どうして、お前ばっかり──』
「……そんなの、僕だって知りたいよ」

 祇条・結月(キーメイカー・f02067)は呟いた。
 それはかつて「誰か」に向けた問いかけで、今も自分へと向け続けている言葉。
 きっと怨霊達は、少しだけ嚙み合わせの違う自分だ。
 ひとつ何かが違えば、結月はあの怨霊達の一部になっていたかもしれない。
 今だって、少しだけ引きずられそうで怖い。

「大丈夫?」
「うん、僕は平気。誰かさんが最初に灯をくれたもの」
「フフ、それって誰だロウ?」
「分かってるくせに」

 だけど、今は独りじゃない。
 沈んでいた心が少しだけ浮くのが分かる。
 怨霊達の声が遠ざかるのが分かる。
 過去は、痛いだけのものじゃない。
 幾度となく繰り返した「いつも通り」が、レイラと結月に力をくれる。
 だから笑って目線を合わせて、「いつも通り」の軽口を。

「だから君こそ1人で無理は……なんて、僕じゃ頼りないか」

 宣告する声は、裏を返せばそれ以外には無関心だ。
 だからそれらには、結月が鍵を捻った理由が分からない。
 放たれた錠前が閉じた瞬間、声が届かなくなったことなど知りようがない。
 【術式封鎖(クローザー)】。
 大事なモノは鍵をして仕舞っておこう。声が無くなったとしても、忘れられる眼差しじゃあないから。

「ううん、そんなことナイ。すっごく助かってるヨ」
「だったらいいな。自分ばっかり貰ってるってのも嫌だし」

 彼女は今を楽しいと言っていた。それを嘘にはしたくない。
 「今」を諦めてほしくないと思うから、小さな手を伸ばすのだ。

「……あ、そうだ。愚痴くらいなら聞くよ?」
「フフ、それハもしかしたらお願いするカモ」

 いつか諦めて受け容れようと思っていた声が小さくなる。
 自分だけだったら、いつそうなってもおかしくなかったけれど、今は彼が一緒にいるから。
 結月を楽園に連れて行かせないために、自分もまだ踏み止まらなければいけない。

「エインズワースの夢を此処ニ」

 レイラは知っている。
 苦しみと嘆きだけを抱いて残り続けるのは、辛いことだ。
 だからこそ、還ることが出来る死者には灯火を。
 長杖をかざす。紫焔が集う。

「灯すは送葬、来るは冥府。今更かもしれなくテモ、迷わず還って────!」

 【再演・冥府の槍(リプロデュース・ファントムスピア)】!
 一斉に放たれる二百五十本の槍。
 鬼火を纏う槍はひとつひとつが冥府への道標。槍が突き立つと共に広がる紫焔が怨霊達を焼いていく。
 錠前に封じられて、断末魔の声は聞こえない。
 ただ崩れゆく怨霊と混ざって散る紫焔が、花弁めいて空に昇っていくばかり。
 それを見送るレイラの顔があまりに静かだったから、結月は思わず顔を覗き込む。

「……大丈夫?」
「うン。無理はしてないカラ」
「どうかな。レイラ、あんまり辛いとか言ってくれないから」
「アハハ。でも今日は本当ダヨ」
「そっか」

 ……まだ「どうして」を止められない自分では。
 ちゃんと知らない結月では、声は届かないかもしれないけれど。
 それでも、今となりにいるから。
 今は手を伸ばして、共に。

「それじゃ、いつも通りに」
「うん。行コウ!」

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

ネグル・ギュネス
 【向日葵】

赦せとは言わない
憎め、恨め、全て背負って生きてやる
俺が死する時まで

下がって支援を、フルール
此れは君が受けたら、ただではすまない
だから──いや、…だからこそ、俺が受ける。なぁに、君の大事な人は無敵さ、心配無い

何故救われなかったか
お前が、自分を救う気が無かったからだ、他人に委ねたからだ
誰も助けてくれない?
自分を救う気すらなかったから。可哀想な自分に酔ったから
傷つけないで?
──今、自分が誰かを傷つけても良いと?

全て自分の事でもあるな、ああ、痛ぇな

だから、もう休め
心安らかに、もう恨まず憎まず傷まず逝け

【破魔の断・雷光一閃】

膝を突きながら、前を見る
さあ、行こう

過去(つみ)はもう、目の前だ


フルール・トゥインクル
①【向日葵】
あぁ、なんて痛くて苦しそうな……
けれどこのままにはしておけないのです。
例え再び痛みを与えることになっても、これ以上の苦しみを受けないようにしなくては……

だというのにどうして……!
私に傷つくネグルさんを見てろと言うのですか?
……わかった、のです。

彼から一歩下がった位置で援護射撃や鼓舞を織り交ぜて支援役に収まるのですよ。
傷つくようなことがあれば【七色の奇跡】で回復を。

『傷つけないで』ですか。
私は傷つけないですよ、あなたを救ってくれるのはネグルさんなのですから。
そして私は傷ついた彼を癒せても……心までは、癒せないのです。
それだけが、私は悲しいのですよ。



●現在を置き去りに

 雷光、一閃。

「何故救われなかったって?」

 黒刀が閃く度、同じだけの雷光が怨霊を切り裂いていく。
 同じだけの悲鳴が意識に満ちる。
 拒絶を込めた悲嘆を、ネグル・ギュネス(Phantom exist・f00099)は意に介さない。
 踏み込む。斬り裂く。
 腐った肉を断つが如く、黒いからだが飛び散っていく。

「自分を救う気すらなかったから」

 飛び散った肉塊が中空で腕を形成。
 掴みかからんと伸びた腕は、小さくも鋭い光の弾丸に撃ち落とされる。

「やらせません──!」
「可哀想な自分に酔ったから」

 フルール・トゥインクル(導きの翠・f06876)の支援を受けて、ネグルはさらに奥へと踏み込む。
 切り払って進んできた、故に三方向を囲まれても動じることはない。
 訥々と漏らす、疑問への回答は正しいが故に痛いもの。
 分かっているのだろう。だから疑問がネグルを傷つけることはない。

『もう、僕たちを傷つけないで!』
「──傷つけられたから、自分が誰かを傷つけても良い理由になると?」

 深く、鋭く切り込んだ。
 血飛沫が如く飛び散るのは、やはり泥めいた黒。
 包囲するよう回り込む腕に対して独楽のようにスピン。機械だからこそ平衡感覚を失わない超速が切り刻む
 だというのに、表情を歪めたのはネグルの方だ。
 怨霊達はネグルに触れていない。
 傷つけられた、だから相手を傷つける。
 怨霊達を同じモノ足らしめている、同一の死の追体験がやってくる。

「っ、ぐ」
「ネグルさん!」

 悲鳴めいた声と共に、深い藍に沈んだ霧の杖から虹が放たれる。
 フルールの【七色の奇跡(キュア・ミスト)】。命の精霊ヴィーの齎す奇跡が傷と苦痛を拭い、癒してゆく。
 ネグルが振り返る。フルールを見る目に、いつもの笑みはない。

「ありがとう、フルール」
「ネグルさん、お願いします。私も……!」
「いいや、君はそこにいてくれ。心配ない、君の大事な人は無敵だからな」
「っ、でも……!」

 答えを待たない。
 断頭めいた首の痛みの名残を引いて、ネグルは再び『嘆き続けるモノ』の中へと突貫する。

「どうして……」

 辛く、苦しそうな怨霊達を救いたいのはフルールとて同じだ。
 けれどネグルがそれを許さない。
 いつだって先に走って無茶してしまう彼ではあるが、今日はひと際だ。
 まるで、あれら全て自分が灌がなければならない罪とでも言うように。

「ネグルさんが一番痛そうじゃないですか……」

 だって怨霊達の問いに返した答えには、彼の実感が滲んでいた。
 自分を救う気がなく、他人に全てを委ね、可哀想な自分に酔って、傷ついたことを理由に傷つけた。
 それが、ネグル・ギュネスだったのだろうか?
 フルールには分からない。
 心の内に隠した傷痕を、彼は決して見せてくれないから。
 体の傷を瞬く間に癒す【七色の奇跡】でも、心の傷は拭えない。

「ネグルさん……」

 フルールの声に、ネグルは振り返らない。
 彼女の感情に応じて色を変える霧は、深い悲しみの色から移ろうことはない。


「赦せとは言わない」

 だって、本当に間に合わなかったのだ。
 助けられなかったのだ。
 だから今、こんな事態を招いていると──深く、深く自覚してる。

「俺が背負って行ってやる。だからもう、恨まず憎まず傷まず逝け」

 上がる悲鳴はあの時に切り裂かれた子供たちのものだ。
 死んでいったのは邪神に魅入られた子供たちのものだ。
 恨まないはずがない。憎くないはずがない。

 ──だから断ち切って、進まねばならない。

 桜の花弁を象る、破魔の雷光が散っていく。
 風に乗るのではなく風を切る光が怨霊達を次々に貫く。
 夕焼けの最後の光と共に、最期の疑問が耳を掠める。

『どうして、いまさら────』
「……痛いな」

 答えを待たずに崩れる影へ、深く息をつく。
 体が重い。
 心が痛い。
 いっそ膝をついて泣き叫べたらどれだけ楽になるだろう。
 けれど、それでも、進まねばならない。

「行こう、フルール」
「……はい。どこまでだって、一緒に」


     つみ
 ────過去はもう、目の前に。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​




第3章 ボス戦 『堕ちた聖女『アイリス・エトワール』』

POW   :    断罪執行・魂魄呪うは聖歌なり
【呪詛を孕んだ歌】を披露した指定の全対象に【過去の所業から来る罪悪感と自傷衝動の】感情を与える。対象の心を強く震わせる程、効果時間は伸びる。
SPD   :    処刑執行・奈落に喰われよ大罪人
【祀る邪神アバドンの姿】に変化し、超攻撃力と超耐久力を得る。ただし理性を失い、速く動く物を無差別攻撃し続ける。
WIZ   :    大罪執行・無垢を殺すは汝なり
自身が【危機】を感じると、レベル×1体の【邪神に魂が囚われた子供達】が召喚される。邪神に魂が囚われた子供達は危機を与えた対象を追跡し、攻撃する。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主はネグル・ギュネスです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 そうあるべきとして生きた。
 そうあるべきとして手を伸ばした。
 けれど、そうあるべき幸せは私の手には残らなかった。

 ねぇ、神様。

 もしも、みんなが幸せになる世界があったら。
 だれも苦しまなくていい世界になれば。
 みんなが幸せになれたなら。



 私も、幸せになっていいですか?



.
●Shoot down the Star


 突如、『うた』が止んだ。


「おもてなしの準備、遅くなっちゃってごめんなさい。『楽園』に行きたい人、すごく多くて」

 チャペルの中は、そうと知らねば分からぬほどに荒れていた。
 椅子は砕けてなぎ倒され、敷かれているべきヴァージンロードは見る影もない。
 瓦礫の間をよく見れば、潰れたり切り裂かれたりした老若男女の死体。
 黒い正円のエンブレムを身に着けた彼らから、真新しい血の臭いだけがむせ返るほどに漂っている。

「こんばんは、皆さん」

 神を示す十字架は黒い円──アバドンを示す黒き太陽に塗り潰されて。
 月光を透かすステンドグラスを背に、女がひとり立っていた。

「あの子たちを受け容れて……救ってくれて、ありがとう」

 微笑みは穏やか。頭を下げる所作は素朴ながらも丁寧に。
 挙措と共に踊る艶やかな髪は日差しの下でさぞ映えたことだろう。
 けれど、片手に携えた大鎌は真新しい雫を零して。
 放つ声は『うた』を奏でていたそれと質を同じく。
 地面に落ちた影はいやに黒々と、在るだけで世界を侵す邪神の気配を放つ。

 それは現世の希望を黒の奈落へ届ける使者にして死者。
 『堕ちた聖女』アイリス・エトワール。

「だから、私はあなた達にも幸せになってほしい」

 『楽園』を信じ、幸いを希い、だからこそ刃を揮う彼女は。
 きっと多くを『楽園』へと導き……やがて現世を滅ぼすのだろう。
 それが子供が幸せになれない世界を憂い、子供たちを救うためだったとしても。
 子供を殺し、魂を邪神へと捧げていたのもまた真実。
 過去より来りて未来を滅ぼすオブリビオンでしかない。
 くるり、軽く回された鎌が三日月を描く。

「さぁ、楽園へいきましょう?」


 ────今こそ、星を堕とす時。



◆第三章プレイング受付期間
【3月5日(木) 08:31 ~ 3月7日(土) 18:00】

.
榎本・英


辿り着いた。嗚呼。臭う。
人でなしの好む香り。
あかくて、くらくらする。
駄目だよ。今日は駄目なのだよ。

しかし、この場の臭い。
私が愛した隣人たちも皆同じように楽園を、安息できる地を求めていたのだろう。
君もまた、楽園へと導いたのだろう。
嗚呼。君は本当に非道い。

彼等の何人が苦しまずに楽園へ辿り着いたのだろうね。
君は彼等の事を覚えているのだろうか。
私は全てを覚えているよ。
そう、私の著書の中に全て。

さて、問おう
「君は彼等の名前を、生き様を、その心を、全て覚えているかい?」

命を弄ぶ者には相応の死を与えなければならない。
君のそれは、救済ではない。
彼等も救済ではないと云っているようだ

嗚呼。私は君を否定する。



●人でなしには救えない

「嗚呼。君は本当に非道い」

 瓦礫を踏み締めて、榎本・英(人である・f22898)は非難を口にする。
 いつもなら、彼は強い言葉をあまり使わない。
 それでも、その言葉を口にしたのは“流されない”ためだ。

 あかはだめだ。
 くらくらする。
 酔い痴れたくなる。
 けれど、それが今すべきではないということも知っている。

「あら。どうして?」

 花のような女が、やわらかく笑って首を傾げた。
 その目もまた血のように赤いから、英は少しだけ持ち直すことができた。
 意識して、ゆっくりと首を巡らせる。

「酷い臭いだ。そうは思わないかね?」
「そうね。それで?」
「人でなしの好みそうな臭いだ。そんな君に、とっておきの問いがある」

 ここは、解体現場だ。
 血の出る部分を切り刻んでは地を染めて、その上から瓦礫で隠すように圧し潰す。
 分かりやすいくらいの虐殺現場──自身も作ったことがあるからよく分かる。
 ゆえに取り出した和綴じの書は、それを基に書いた著作。

「『君は彼等の名前を、生き様を、その心を、全て覚えているかい?』」

   カラ
 【人である】。
 かつて人だった者達を記録した物語から情念の獣が飛び出した。
 死による救済を、楽園への到達を、かつて殺されたがゆえに否定する無数の手が華奢な女へと殺到する。
 けれど彼女は赤黒いそれに驚いた風もなく。
 ただ妙に白い指先が、瓦礫に挟まった体をついと示す。

「ケニー・リース、三十四歳。アバドン様の救いを信じてて、私の復活をとても喜んでくれたの。今日も一番に身を差し出してくれた」

 ──獣等の手が、止まった。

「……!」
「その隣にいたのが息子のカークくん。まだ二歳だったかな。テディベアが一番の友達で、すごく大人しい子なの。だから全然抵抗がなかった」

 情念の手は、満足な答えを得るまで決して止まることのないカラの手だ。
 ……言い換えるなら、満足な答えを得たら止まってしまう手でしかない。
 答えを証明するように、堕ちた聖女はやさしく笑う。

「覚えているよ、みんな。だって私が救ったんだもの」

 その笑顔が、たまらなく気持ち悪い。
 それを臆面もなく救済だと宣える、怪物の論理が悍ましい。
 著作へと還る獣たちと共に一歩、ヒールの音と化物が近づいてくる。

「だからお願い。あなたも、救われて」

 ステンドグラスから落ちる月光が、女の影を長く伸ばす。
 それは奈落なのだろう。
 楽園へ通じると信じられただけの、死の顎だ。

 ───【処刑執行・奈落に喰われよ大罪人】。

 振り上げられる死神の鎌に自分の顔が映っている。
 もしかしたらそれは、目の前の彼女とよく似ているのかもしれなくて。

「それでも、私は君を否定する」

 死が救済ではないと、英が一番よく知っている。
 だってそんなの、あまりに救われないじゃあないか。

苦戦 🔵​🔴​🔴​

旭・まどか


――うたが、已む

霞がかっていた思考は徐々に晴れ間へと向かい

じわじ、じわり
じくり、じくり

痛む傷がその手助けをしてくれる

記された聖痕が
遺された傷跡が

疼き、熱を孕み
この“痛み”が現実なのだと雄弁に語る

けれど

きみが、連れて行ってくれるの?

絶えず反響していた『うた』は、強くて
きみの『謳』は、とても魅力的で

伸ばす両手が
歩む両脚が
ひとりでにきみへ向かう

――嗚呼
この傷を、もっと深く刻んでくれたなら


閉ざした褪紅の向こうで描く『楽園』
心躍る、しあわせな其処へ、征きたい
――逝きたかった、のに

意図せず反転されていた一撃は
きみを赤く、紅く、染めていて


嗚呼――、……やはり
おまえはぼくを、ゆるしてはくれないんだね



●けれど、その手は届かない

 じわり、じくり、傷が痛む。
 同時に、思考に掛かっていた霞が晴れていく。
 気がつけばあの慕わしい『うた』は聞こえなくなっていて、立ち尽くすチャペルには淡い月光が差し込むばかり。
 旭・まどか(MementoMori・f18469)は、少しだけ瞬いた。
 “ここ”が現実なのか、少しだけ自信がなくて。

「こんばんは」
「……!」

 けれど、そうかけられた声は『うた』の主と質を同じくして。
 弾かれるようにそちらを見れば、優しげに微笑む聖女の姿があった。

「来てくれてありがとう。待っていたよ」
「きみが……」

 月光を透かす淡い金の髪。柔らかく細められた赤い瞳。
 片手に携えた大鎌だけが禍々しく、けれど異様に似合っていたのも確かだ。
 首に刻まれた一文字の傷が、じくりと痛みを訴える。

「きみが、連れて行ってくれるの?」
「うん。──いいよ、おいで」
「あ……」

 うたうのと同じ声に、優しく呼ばれて。
 思わず一歩、踏み出してしまえば早かった。
 両手を伸ばす。抱きしめてもらえるように。
 両足を速める。少しでも早く導いてもらえるように。
 口元が緩むのを止められない。

「つれて、いって」

 痛む傷はどっちだっただろう。背中か、首の古傷か新しい傷か。
 わからない。
 どっちでもいい。
 だからもっと深く、強く刻んでほしい。
 そうすれば。
 そうなれば。
 しあわせな其処へ征けるから。
 『楽園』で、ようやく休めるから────

 無粋な甲冑の音が、ひとつ。

 剣が風切る音がして、それを弾き返す金属音。
 意志を持って揮われる刃は、やはり確かな意志を持って行使される暴力へと割り込む。
 あの中に入れれば。
 そう思って一歩を踏み出すけれど。
 巧みに位置を調整する死霊騎士が、まどかをその先へ進ませない。
 代わりにと言っては不思議かもしれないが、聖女の頬が浅く裂かれたのが見えた。
 落ちる雫はひとの赤ではなく、奈落めいて深い黒。

「嗚呼──、……やはり」

 【リザレクト・オブリビオン】。
 まどかがそうしようなどと思った訳ではなく、ただまどかの危機に勝手に召喚された死霊騎士。
 濡れた剣先を堕ちた聖女へと向ける、その挙措に遊びも油断もなくて。

「おまえは、ぼくをゆるしてはくれないんだね」

 ただそれだけの救いすら、まどかの手には入らない。
 『楽園』に逝けず、この地獄で生き続けることこそ罰だとでも言うように。

成功 🔵​🔵​🔴​

フィーア・ストリッツ
殺戮でしか救いを齎せない者が救済者気取りとは笑わせます
死による現世からの開放を救いなど「ありふれている」のですよ
そんなありきたりの手段ではなく、もう少しばかり建設的な救いを提示出来るからこそ救世主と名のれるのでしょう
「これなら繁華街のいかがわしい飲食店の方が、まだ現世に生きる者に救いを提供しているでしょう」

それは兎も角
さっきからイライラさせられていた『うた』と敵の声が似ているのでイライラ加速です
しかもまた歌っていますし…
敵の呪歌は要は「魔力を帯びた声」
なら、こちらも似た力を放ち妨害しましょう
喉の魔印に力を込め、咆哮で呪歌をかき消さんとします
そして全ての怒りを足に込め、必殺の【殺人キック】です


リリィ・アークレイズ
【SPD】…楽園? ハッ!
連れてってくれンのかよ。そりゃア良い
オレ的には一日中喰っちゃ寝出来りゃア言うこと無ェわ
…まァ? 今オレはこの世界に満足してるし
美味いモンだって喰えるから文句ねーよ

だからよォ、テメェが言う楽園にはこれッッッぽッちも期待してねーし行く気もねー!
独りで勝手にやってな!バァーカ!

ドローン部隊、ヤツの気を引け
速く動くドローンに標的を絞らせろ。お前等が囮になれば
オレも他のヤツ(猟兵)等も動きやすい。キビキビ動けよ
遠慮なんてするか削れ削れ。デケェ的は弾丸でブチ抜くに限るぜ
【傷口をえぐる】【援護射撃】

オレ等が此処に来た時点で
どうあがいてもテメェは地獄堕ち決定なんだよ
運が悪かったな!



●西風に背を向ける

「楽園? そりゃア良い。一日中喰っちゃ寝出来りゃア言うこと無ェわ」

 くるくると、手先で赤黒二丁の拳銃を弄びながらリリィ・アークレイズ(SCARLET・f00397)は唇の端を吊り上げる。
 笑うという表現を使うには少々挑発的にすぎる顔に、並んだフィーア・ストリッツ(サキエルの眼差し・f05578)の方が目を細めた。

「随分安い楽園ですね」
「そりゃそうだ。今、この世界で手に入れられる程度のもンだからなァ」

 どこか遠くにある場所が楽園なのではない。
 一度死にかけたからこそ、『今』を全力で肯定し楽しむのがリリィの生き様だ。
 回転していた二丁が急停止、佇む女の額と心臓へそれぞれ狙いを定める。

「テメェの楽園にはこれッッッぽッちも期待してねーし行く気もねー! 独りで勝手にやってなバァーカ!」
「それに、そんな救いはありふれています」

 激して笑うリリィと真逆、フィーアの表情は氷の凪だ。
 だが彼女の情動が動いていないかと言われれば断じて否。赤い瞳は敵を観察するふうに堕ちた聖女を見据えている。
 いつでも動き出せるように、甲冑の爪先が地面を叩く。

「救世主を名乗るなら、そんなお仕着せではなくもっと建設的な手段を提示したらいかがでしょうか」
「それはごめんなさい。私、あんまりものを知らなくって」
「なら、繁華街にでも出掛けるべきですね。いかがわしい飲食店の方がよほど現世に救いを提供していますから」

 それは聖女が齎す、救いという名の断絶ではなく。
 今を生きる者がただ明日へ向かうためのささやかな救いだ。
 小さく、ありふれた、けれど確かな意志を従える竜騎士を、堕ちた聖女はほんの少し眩し気に見て。
 それから、ひどく美しく笑った。

「そうね。あなた達を救ってから、少し出掛けてもいいかな──」
「……!」

 息継ぎもなく唐突に始まった『Scarborough Fair』。
 あの、耳にしているだけで酷く苛立たしい『うた』だ。
 また訳の分からない感情が呼び起こされる。無いはずの後悔が、存在しないはずの不可能が、喉の奥を引っ掻くような気持ち悪さ。

「だああ! うるっせェなクソッタレ!」
「そんな『うた』は、もう聞き飽きたんですよ」

 だが、意識に直接響かせられるならまだしも。目の前で歌われているならやりようはいくらでもある。
 呪歌など、ようは魔力を帯びた声でしかない。

「があっ!!」
「……!?」

 狙い通り。
 フィーアが喉に刻んだ竜の呪印がただの声に加護を与える。
 竜の咆哮を前に他の生物が声を上げることなど許されるものか。
 だが当然、フィーアのそれは疑似でしかない故に阻めるのは一瞬きり。だがその一瞬を逃さぬ戦上手がここにいる。

「おォっと。こっちも見てくれよなッ!」

 召喚・【Bravo・Delivery・Scramble】!
 銃器を備えたドローンが三十八体、扇状に広がったかと思えば一斉に弾丸を吐き出した。
 機械にこころは存在しない。いくら『うた』を聞いても罪悪感など覚えない。
 逆にモーターの駆動音と銃声が『うた』をかき消しながら迫りくる。

「っ、────」

 心を惑わす『うた』では間に合わない。
 そう判断したから立ち上る奈落色の影──邪神の一部が女を包み、銃の衝撃を和らげる。

「あァ、そうそう。それでいーんだよ」

 リリィも攻め手を緩めない。
 秒間数百発の弾丸で包囲網を形成、邪神の影と聖女をその場に押し留める。
 聖女なんて名前からしてお綺麗な輩、本物の鉄火場を潜ったことなどないだろう。
 銃弾の雨の間から死を運んでくる狙撃の恐怖など知らないだろう。
 楽園楽園と喧しい奴に、現世の地獄を叩き込む。

「オレ等が此処に来た時点で──どうあがいてもテメェは地獄堕ち決定なんだからなァ!」
「その通りです。だから、」

 それはスナイパーなどよりよほど荒々しい、容赦のない暴威だ。
 数体のドローンを足場に宙へ、最後の足場を蹴り砕きながら重力を味方につけて。

「ぶっ飛んでいきなさい──!!」
「きゃああああああああっっ!?」

 フィーアの【殺人キック】!
 踵を叩きつけるような蹴りが、華奢な聖女を大きく吹き飛ばす。

「オレ達を敵に回したのが運のツキだったな」

 嘲笑うようなリリィの声は、恐らく届かなかっただろう。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

冴木・蜜
……、
どんなに最善を尽くしても
救いたいと願っても
間に合わなかった何かが零れ落ちていく

私はあの時救えなかった
奪ってしまった
後悔も罪悪も数え切れないほどに

「だからキミには誰も救えない」
耳に彼の声が張り付いて、

でも
私は償えていない
だから死ねない
この歩みを止める気もない

体内毒を濃縮
うたの影響のまま切った腕から飛び散る血を利用
攻撃力重視の『黒血』

同時に体を液状化し一気に接敵
そのまま彼女に触れて
全て融かし落として差し上げましょう

私は死に到る毒
故にただ触れるだけで良い

苦しみを拭い去るために
ある筈だった未来を断つことなんて許されない
これ以上未来を奪わせはしない

楽園の扉は閉じなくては


ニルズヘッグ・ニヴルヘイム
死した後の楽園に興味はないな
生憎、貴様の導きに応じる気はない
私の落ちる先は、地獄と決まっている

起動術式、【死者の毒泉】
呼び起こすのは聖女が「救った」魂と
私が「殺した」故郷の者たち
さァ存分に責め立てろ
自傷なんぞで隙を見せずに済むように
この命こそ罪過だと、罪悪感なぞ抱くことさえ許されないと、自らを傷付けるなど過ぎた傲慢だと
――思い出させてくれ

蛇竜の槍で穿ち貫いてくれよう
世界の悲嘆と絶望を消し去りたいのは私も同じ
なればこそ同族意識も生まれようというものよ
死に幸福がないと、貴様が一番よく知っているのであろうに
なァ聖女よ――貴様にも一人くらい、「生きて幸せになって欲しい」奴が、いたんじゃないのか



●救われない世界に、まだ

 『うた』が、聞こえる。
 さっきまでよりずっとずっと強く。
 意識だけでなく聴覚にまで、罪と痛みを擦り込むように。
 そうしてしまった己を殺してしまいたくなるほどに。

「……、」

 冴木・蜜(天賦の薬・f15222)の周りに黒い泥が落ちていく。
 擬態を苦手とする彼にとってそれはよくあることだが、その量は普段より多い。
 自分の罪が、鮮やかだ。

「間に合わなかった。……救えなかった」

 いくら手を伸ばしても、手を尽くして希っても。
 命は零れ落ちていく。幸せになれない人は出てくる。
 すべてを救いたいからこそ、救えないことを蜜は知っている。

『だからね、キミには誰も救えないんだ』

 『うた』に重なって、いないはずのダレカの声がする。
 ごぽりとまた一塊、彼を構成するタールが零れ落ちる。

「呪わば呪え」

 ニルズヘッグ・ニヴルヘイム(竜吼・f01811)を、ぞっとする程の呪詛が包み込んだ。
 起動術式、【死者の毒泉(フヴェルゲルミル)】。
 死者の憎悪と怨嗟と絶望は、すべて彼の力へと転化させられる。
 灰燼色の呪いの忌み子は、今を以てかの地の怨霊に呪われ続けている。
 だからこそ。

「聞こえんよ。……その救いは、届かん」

 ニルズヘッグを責め立てる声がする。
 聞いているのも嫌になる、けれど彼の日常の一部でしかない怨嗟だ。
 生まれ出でたことが罪だったと。
 お前こそが死ぬべきであったと。
 お前が何かをするということ自体、許されざる傲慢であると───。
 いつか世界の全てだった声が齎す力は、酷く痛い。

「私の落ちる先は、地獄と決まっているからな」

 ニルズヘッグにとって、楽園とはこの世界だ。
 妹が、弟が、盟友が、親友が。『ニルズヘッグ・モリアーティ』の愛する世界こそが彼にとっての楽園だ。
 死した後にある楽園になぞ、手を引かれることはない。
 そこに行けないからこその邪竜なのだから。

「なればこそ──貴様の導きに応じる気にはなれんよ」

 耳障りな金属音を立てて、槍と鎌がぶつかり合った。
 穿ち貫く槍に対して、幅広の刃物である鎌によるガードだ。

「そう? 遠慮しなくてもいいんだよ」

 さらに押し込む。
 だがくるりと鎌が回る──跳ね上げる動きの受け流し。逆らわず槍を手放せば、槍は蛇竜へとカタチを戻す。
 ニルズヘッグの相棒たる蛇竜は小さな翼を羽ばたかせて主の手元へと戻った。傍らから離れることはない。
 
「なァ、聖女よ」
「なあに?」

 彼女の周囲に漂う怨嗟が見える。
 彼女が「救った」のだろう魂の残滓だ。
 そういうものを消し去りたい、世界に幸福を齎したいという気持ちは理解できる。
 だからこそ、問うた。

「貴様にも、一人くらい───『生きて幸せになって欲しい』奴がいたんじゃないのか」
「……そうね」

 わずかに聖女が赤い瞳を伏せた。
 そこに過る色をニルズヘッグは知っている。

「そう思いたかったひとは、もうどこにもいないから」
「……そうか」

 だが嘘だとわかったところで、一体何が出来るだろう。
 振り下ろされる断罪者の鎌を、避けるも防ぐも間に合わない。

「───なら、せめて苦しまず。眠るように」

 黒い飛沫が月光に踊る。
 鎌が断ち割ったのはそうと見える黒泥。そしてこれは、蜜の一部たる死毒の泥濘だ。
 手にある鎌がぼろぼろと腐食していくのも構わず、聖女の視線は蜜へと移る。

「あなたは……どうして?」
「救われたいとは思いません。救われるべきは私ではありませんから」

 蜜の体は、もう人の形を保っていない。
 体内の毒を凝縮し、体を液体のそれへと変じ、触れるだけであらゆる命を蕩かせる【毒血(ギフト)】と化して。 

「そして苦しみを拭い去るために、ある筈だった未来を断つことなんて許されません」

 伸ばす手を、拒むように下ろされる鎌を。
 さらに上から槍が叩き潰す。
 砕けていく死神の刃の再構成より、蜜が──液体が滑る方がずっとずっと早い。

「……こんな世界に、救いなんてないのに?」
「だが死にだって幸福がないと、貴様が一番よく知っているだろう?」
「だからこそ、楽園の扉は閉じなくては」

 まるで手を繋ぐように、白い手と黒泥が触れ合って。
 『うた』の代わりに、同じ声での絶叫が響き渡る。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ラッカ・ラーク

歌ってたのはアンタかい。
ご招待ありがとさん。ンでも、オレは十分幸せさ。
アンタはどうだい、聖女サマ。

囮役の方が得意なんでね!
小鳥達と『空中戦』『2回攻撃』でちょっかい出して『挑発』、喚ばれる子らをコッチに『おびき寄せ』とく。お仲間が余計なコト気にせず踊れるように!
子供らは『野生の勘』で『見切り』つつマジメに迎撃するよ。倒すコトが本当に救いになっているかなんて、わかんねえけど。多少のケガは覚悟の上だ。

楽園のカタチもきっとヒトそれぞれなんだろう。アンタの楽園は血のニオイがしそうだな。
オレはオレの楽園を、もうどこにも行きたくなくなったら探しに行くさ。まだまだ先の話。
ホントにあるのかもわかんねえしな!


鷲生・嵯泉
死して向かう先が「楽園」であるなぞと、信じられる程無垢では無い
死を救いと見做すには……生きねばならん理由が増え過ぎた
況してや過去の残滓が齎す其れを受け入れる事が出来るものか

攻撃を戦闘知識の先読みで見切り躱し
なぎ払いの牽制と瓦礫を利用したフェイントを使い接敵
黒符にて封術してくれよう
未来を奪われた上に魂まで囚われ、死後を使役され苛まれる
……其れ等の「うたう」怨嗟は聞こえん様だな
柄に巻いた符にて刃に破魔を乗せ、其の「影」を叩き斬る
変質したお前が何を為そうとも
幸せも楽園も邪神の餌にしか成り得んと知るが良い

他者に施される幸せなんぞに用は無い
私の「楽園」は己で築く――案内人はお前ではない



●楽園は遠く、足跡は遥か

「ご招待ありがとさん、聖女サマ」

 トカゲの瞳を細めて、ラッカ・ラーク(ニューロダイバー・f15266)は雲雀の翼を羽ばたかせる。
 チャペルでよかった。
 こういう建物は天井が高く取られているから、彼本来の領域である空を自由に使うことが出来る。
 ラッカを見上げる堕ちた聖女の様相も、よく見えた。

「『うた』が聞こえたのかな。どうだった?」
「悪くはない。けど、『いいね!』はやれねぇかな」
「残念。自信あったんだけどなぁ」
「戯言はいい」

 瓦礫を踏んで、鷲生・嵯泉(烈志・f05845)は『秋水』を引き抜く。
 災禍を断つ刃は月光の下、照り返す光を滴らせて冴え冴えと。
 柘榴の隻眼は、なお柔らかい笑みを崩さない聖女を見据える。

「他者に施される幸せなんぞに用は無い」
「強い人の言葉だね」
「『楽園』が必要なら己の手で築く。案内人はお前ではないというだけだ」

 罪を見た。
 標を思った。
 死の涯にある先は楽園ではないと知ってしまっている。
 死を求めるには、そうでない理由が増えすぎた。
 嵯泉の向ける切っ先は揺るがない。
 困ったように肩をすくめる聖女に、今度はラッカが翼を鳴らす。

「アンタはどうだい、聖女サマ」
「……何が?」
「そんなコトやって幸せかってこと!」

 パーカーの隙間から、ゴーグルから、翼の陰から──青いヒバリが飛び出した。
 【増やせば軍団!(フエルコトリチャン)】───我先とばかりにやってくる鳥たちは空から聖女に降り注ぐように襲い掛かる。

「だってやらなきゃ、誰も幸せになれないでしょう?」

 【大罪執行・無垢を殺すは汝なり】──
 静かな決意を秘めた言葉と共に、周囲に紫の靄が凝る。
 現れたのは、半透明ながら傷だらけの子供達だ。声もなく、反駁もなく、ただ襲い掛かる青い小鳥に対する盾となる。
 その表情は見えない。
 未来を奪われた上に魂まで囚われ、死後を使役され苛まれるそれの個性などどうでもいいとばかりだ。

「そういうのが好きじゃねぇんだよな、っと!」

 反転、落下。
 足癖の悪さはご愛敬、ついでに巧いちょっかいの出し方はウマの合う友人仕込みにて。
 鋭いかぎ爪を先端に、青い流星が小さな子供を蹴り飛ばす。
 冗談みたいに外れた頭が吹っ飛んで、追いかける胴体を翼が打つ。
 力なく崩れるそれは、血ではなく黒い影を零して奈落へと還っていく。

「少しは救いになんのかね」

 ついばむ小鳥を追いかける子供を追いかけて、ラッカは翼をはためかす。
 危機感に反応する子供たちは引き受けた。
 主役は琥珀と黒の剣豪へ譲り、青の獣は跳ね踊る。

「こんなんじゃない楽園は、行きたくなったら探すからさ」
 
 血のにおいがする子供たちを、今は寝かせてやるとしよう。
 子守唄にもレクイエムにも、少し激しいリズムだけど。

「いくら歌唱が巧みでも、『うたう』怨嗟は聞こえん様だな」
「何か聞こえるの? 疲れているなら休んだ方がいいと思うな」
「……お前には分からんか」

 そう、きっと彼女には分からない。
 過去から黄泉還ってきた時点で、そういう風に変質してしまっている。
 子供達がどういう姿なのかも、恐らくは見えていまい。

「迅速に済ませることにしよう」
「え、っ──!?」

 地面を蹴った。
 聖女は本来、淑やかな女性である。
 鷲生・嵯泉はといえば、本職の剣豪だ。
 その身捌き、速度、すべて素人の目に追い切れる代物ではない。
 子供たちは青い鳥たちに阻まれて届かない。

「縛れ───!」

 黒く塗り潰された【七星七縛符】が聖女に吸い付く。
 捕縛と封術を為す術式が、術師たる嵯泉の意に従い起動する。
 足元の黒い影が力ずくで術を破ろうと湧き立つのが見えて、さらに一歩。
 踏み込みと斬撃は同時だった。

「遅い」
「ああああああああああッ!?」

 袈裟に斬り落とす。悲鳴が上がる。
 吹きあがる血飛沫の色は、奈落を想起させる黒だった。
 骸の海に浸かって変質したことがありありと分かる色だった。

「……憐れだな」

 幸せも、楽園も。どれだけ真摯に聖女が願ったところで。
 堕ちた彼女では、邪神の餌にしかなり得ないと示すように。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

鏡島・嵐
楽園に連れていくのに、なんで殺す必要があったんだよ。
あるかどうかもわかんねえ怪しい場所に命懸けて行くくれぇなら、今自分が生きているとこを幸せな場所にするよう努力する方がずっといいだろ。
何よりだ。
人殺しなんて、よくねえぞ。

〈スナイパー〉で命中精度を引き上げて攻撃。
適当に〈フェイント〉を織り交ぜながら〈目潰し〉や〈武器落とし〉で無力化・妨害を狙ったり、〈援護射撃〉で手近な見方の支援を行ったりする。
それでも止められねえような攻撃は〈第六感〉や〈見切り〉〈オーラ防御〉を組み合わせて可能な限りやり過ごす。
自分や味方の負傷には《大海の姫の恋歌》を使ってダメージを癒して、倒れねえように気を配る。


カイム・クローバー
別に構わねぇよ。おもてなしなんざ気にすんな。今回は断りに来たんだ…楽園なんざクソくらえ、ってよ(中指立てて)

人間の姿で居られるよりは化物の姿になってくれた方が有難いね。変身できるんだろ?何て言ったか…邪神バカボン、だっけ?
UCを発動し、もう一人の俺と入れ替わりながら戦うぜ。【残像】を残す速度で囮と攻撃手を交互に入れ替えながら、遠距離なら二丁銃、近距離なら魔剣と武器も距離に応じて使用。【見切り】と【第六感】で躱し、【二回攻撃】に紫雷の【属性攻撃】を好機を見付けて口の中に叩き込む。邪神退治は俺の本業だぜ、こう来なきゃ面白くねぇだろ?

楽園に住むには些かグロテスク過ぎるぜ。地獄に帰るんだな、バカボン様



●つまりはいつも通りの

「そう恐縮しなくってもいいぜ。そもそも、それを断りに来たんだからな」

 カイム・クローバー(UDCの便利屋・f08018)は笑う。
 とはいえそこに含まれているのは明確な挑発。中指を立てるジェスチャーは油断も躊躇もない彼の表情によくよく似合う。

「楽園なんて胡散クセーもん、クソくらえってな」
「そもそも、なんで殺す必要があったんだよ」

 戦意に溢れたカイムとは似て非なる、静かな怒りを宿して鏡島・嵐(星読みの渡り鳥・f03812)は問いを放つ。
 二人はUDC組織の同じ支部に所属する同僚だが、思考回路と戦う理由は大幅に異なる。
 故に、カイムは嵐の問いかけを黙って見守る。
 問われた聖女の方はといえば、薄く微笑みをたたえた表情のまま首を傾げるばかりだ。

「現在(いま)が辛くて悲しいから。救うには、こうするしかないでしょう?」
「そんなことするくらいなら、今生きてるところを幸せにするよう努力した方がずっといいだろ」
「そんな努力が認められなくっても?」
「……!」

 思い出したように背筋が寒くなる。
 いくら優しげに見えても、柔らかく微笑んでいても。
 その内実は邪神の歪んだ価値観で動く、堕ちた聖女なのだ。

「そういうことなら、気が合わねぇな」
「邪神……バカボン、だっけ? もっと今を楽しんだ方がいいぜ」

 邪神が、オブリビオンが、分かり合えない存在であると知っているから、カイム“達”は己の武器を構える。
 【影に潜む自身(ドッペル・ゲンガー)】による分身、もう一人のカイムが邪神に向けて走り出す!

「あなた達を救ってからなら、それもいいかもしれないね」

 対して堕ちた聖女は、柔らかく目を閉じる。
 その足元の嫌に黒々とした影が、間欠泉の勢いで吹き上がった。

「うおっ!? なんだこりゃっ!?」
「バカボンとかいう邪神の一部だ! 壊せるか!?」
「俺使いが荒いぞ、俺!」

 オルトロスが嘶く。銃弾が空を裂いて飛ぶ。
 しかし、それが着弾した邪神の触手は小動ぎもしない。
 むしろ動き回るカイムを追いかけて、叩き潰さんと荒れ動く。

「チッ、そう簡単にはいかねぇか。嵐、大丈夫か?」
「ああ。……こんな邪神、放置できっかよ!」

 もちろん、怖い。
 今にも歯の根が合わなくなりそうだし、いつまでたってもこうしたやり取りに慣れられない自分が情けない。
 それでも、ここで背を向ける駄目な自分ではいたくない。

「じゃ、背中は任せたぜ」

 嵐の、そんな弱さの中にある強さを知っているから。カイムも笑って邪神の腕の間へと飛び込んでいく。
 引き抜いたのは神殺しの魔剣。紫電を尾と引く姿は理性のない邪神にもよく見えるだろう。

「鬼さんこちら、ってな!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!」

 左右に分かれる二人のカイム。彼らを同時に叩かんと影が分裂する。
 恐ろしい勢いでの叩きつけを跳ねるように後方へ。地面を割り砕く衝撃に逆らわず距離を取りながら射撃、射撃、射撃!
 鉛玉で傷がつかない?
 その通り。だが邪神の気は惹ける。
 案の定銃を放っていた分身に邪神の腕が殺到する。

「させるかよ!」

 阻むようにスリングショットが放たれる。
 当たっても動じないのは衝撃だけ。それによる爆発までをも防ぐ能はソレにない。
 爆発音。
 癇癪玉の破裂が一瞬、邪神の動きを止める。

「嵐、ナイスアシストだ!」

 分身が組んだ手に乗り、勢いのままカイムが跳ねた。
 神殺しの紫雷を纏い、一直線に邪神の懐へ。

「楽園に住むのにその見た目じゃグロテスクすぎんだろ。地獄に還りな!」

 炸裂。
 斬撃と雷撃と二重奏が、邪神ごと堕ちた聖女を切り裂いた。

「人殺しなんてよくねえぞ。今度還ってきたらするんじゃねぇ」

 嵐の憮然とした声は、果たして彼女まで届いただろうか。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

狭筵・桜人
死後の世界に夢見る気持ちはわからなくもないですよ。
楽園だってあるかもしれないし、悪人だって天国に行けるかもしれない。
虚実なんて生きてる人間には証明出来ないですもんね。

でもねえ、私は信じてないんですよ。
信じたくないとも言えます。死は停止。ただの終わりじゃないと。
こんな風に、カタチを歪められてしまうでしょう。

エレクトロレギオンを展開。
まずは威嚇と牽制。射撃目標を彼女へセット。【一斉発射】。
彼女が子供を喚んだなら――鬼ごっこですね。
子供たちに対しては防戦に徹して追加召喚を許さず
障害をすべてこちらで引き受けるつもりです。

つまり本体は任せます。
だって女子供に暴力を振るうのって体裁が悪いじゃないですか。


ジン・エラー

イェハブハハハ!!!
そりゃァ~~~~イイ!!!
ぜひ連れて行って欲しいもンだな~~~ァ!!
魅せてくれよ、なァ?

なンせオレは聖者でよォ
お前はなンだ?聖女か?イイねェ~~~~
ガキを救う為にガキを殺す?結構結構!

それで?その『楽園』は何処にあンだよ。

あのお空の天辺か?
"きっと"?お前が信じるそれはなンだってンだよ。
ここにねェモノを在るように語るなよクソアマが。

おうおうやってみろやその鎌でよ。
見せてくれンなら上等だ。【高慢知己】

────しょうもねェ。

こンなモンが"救い"だァ?
歌も下手なら救いも下手。
あァいいぜ、救ってやるよ。
これが救いだ。刻んで逝け。
【オレの救い】



●人間道

「イェハブハハハハハハ!!!」
「うっさ……」

 隣の桜色──狭筵・桜人(不実の標・f15055)が小声で呟こうが、ジン・エラー(我済和泥・f08098)は関知しない。
 愉快だ。まったくおかしくってたまらない。
 その感情のまま、真っ直ぐ堕ちた聖女を見据える。

「ガキを救う為にガキを殺す? 結構な聖女っぷりじゃねェか。イイねェ~~~~~」
「初手煽りとか性格どうなってるんですか?」
「それで? その『楽園』は何処にあンだよ。あのお空の天辺か?」

 青と桜を会話のドッジボールを不思議そうに見ていた聖女は、突然水を向けられて少し驚いた様子を見せた。
 だが、すぐに微笑みを取り戻す。
 黒いハイヒールに包まれた白いつま先が地面を叩いた。いやに黒々しい影がわずかに揺れて存在感を示す。

「ここに」
「あン?」
「ここにアバドン様がいらっしゃるの。悲しみしかない世界から、そんなもののない『楽園』に連れて行って下さるわ」

 そう微笑む顔に、迷いも躊躇いもない。
 本気でそう信仰しているのだ。……あるいは、そう信じ込まされているのか。
 ならばほかの子供達の救いを希望形で語ったことも納得がいく。
 彼女の言う救いとは、畢竟邪神の餌になることに他ならない。
 論破の為の言葉に迷う、ジンよりも気楽に琥珀の目を細めていた桜人の呑気な言葉が早い。

「まあ。死後の世界に何があるなんて、人間には分からないんですから。夢見たってバチは当たりませんよね」
「じゃああの奈落に飛び込むか?」
「嫌ですよ。死んだらあんな風に歪められるじゃあないですか」

 言葉と共に、どこからともなく現れた紫色の靄が聖女の周りで凝る。
 顔のない、傷だらけ、小汚いといって差し支えない半透明の子供達にいよいよもってジンは舌を打った。
 こんなものが救いであるものか。
 こんなものを救いと信じさせる神の、なんと唾棄すべきことか。

「できれば、死は停止っていうのが最高ですね。なんせそこで御仕舞になりますから」

 うたうように言って、桜人は【エレクトロレギオン】を展開。
 照準、聖女──単発射撃。
 血飛沫と脳漿がはじけ飛ぶ。頭が転がり落ちて、胴体がそれの後を追う。
 倒れたのは、ひとりの子供。
 もう死者でしかないそれが倒れたのを皮切りに、子供達は一斉に桜人と彼が召喚した機械兵器たちを追いかける。

「女子供に暴力振るうのって体裁が悪いんで、鬼ごっこでもしますかね。そちらはどうします?」
「愉快なピンク頭だな。こちとら聖者様だぞ?」
「えっ」
「救うに決まってンだろうかよォ」

 危機に応じて召喚される子供たちは桜人にばかり群がって、聖女の方へと歩き出すジンを邪魔する子はひとりたりとていない。
 自動的だ。
 子供らしくない。
 まったくもって、この世は地獄だ。

「───ったく、しょうもねェ」

 ぽつんと立ち尽くす彼女も、生前はさぞご立派な聖女だったのだろう。
 だが死んで、邪神に取り込まれて、歪んだそれはゴミ以下だ。
 『うた』も、『楽園』も、どこにもない幻想でしかなく。
 よって彼女の齎す救いは、その程度のモノでしかない。

「オレが救ってやるよ」

 【オレの救い】──ヒカリが、満ちる。
 まるで小型の太陽。聖者の輝きを纏ったジンが一歩近づくたびに、聖女の表情に怯えたような色が走る。
 救いを拒む、という分かりやすいものではない。

「そこまで堕ちてやがったか」

 単純に、聖者の放つ癒しと救済の光すら毒となるほど邪神に“呑まれている”のだろう。
 だから手を伸ばす。
 光を浴びせる。

「救いを刻んで、とっとと逝け」

 上がる絶叫が、救いを証明するのだから。

「うわ、外道……」
「何か言ったかピンク頭」
「いえいえとんでもありません!」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ティオレンシア・シーディア
やぁ…っとうざったいのが落ち着いたわねぇ…
あ―鬱陶しかった。

罪悪感はともかく、自傷衝動は面倒ねぇ。
ラグ(浄化)とエオロー(結界)で○呪詛耐性を強化した〇オーラ防御を展開。〇ダッシュで一気に突っかけるわぁ。
敵に攻撃されやすいように動くのも、立派な「自傷」でしょぉ?
むこうの武装は大鎌。なら、クロスレンジに飛び込めば動きにくいでしょ。
乾坤一擲、〇零距離射撃の●滅殺を叩き込むわぁ。
…悪いけど今あたし、最っ高に機嫌悪いの。
直接一発ブチこまないと気が済まなかったのよねぇ。

「人間が最も残酷になるのは悪を為す時ではなく、我こそ正義と確信した時」だっけ。
端的に言えば「大きなお世話」よ。
…少なくとも、アタシには。


花剣・耀子


……、随分と仕事を増やしてくれたわね。
おまえがどんな思想で動いていようと、それは一方的で不公平な契約だわ。
生きていたって一度ついた傷や苦しみが薄れるなんて保証は、もとよりないけれど。
いつかの可能性を潰す理不尽を、あたしは赦さない。

斬り果たすわ。

音なら斬れる。
存在しているなら、斬れる。
こころを侵すうたは、こころの裡で斬り伏せましょう。
あたしの斬るべきものは、弱いあたしとおまえだわ。

――いつかじゃなくていまがほしかった。
そう想うこころが、なかったとは言わないわ。
それでも、手段を違えたら立つ瀬がないのよ。
まっすぐに立って歩かないと、あたしはあたしに誇れない。

……おまえは、どこで踏み外したの。



●激発の問答、正解は何処

「……、随分と仕事を増やしてくれたわね」

 花剣・耀子(Tempest・f12822)は、UDC組織の一員だ。
 この後に控えているだろう後処理は被害者の数だけ指数関数的に増えていく。
 たとえば死んだ──殺されたらしい彼らが、何かの邪神教団の一員であっても、それは例外ではない。
 冷えた青い目に見据えられて、しかし堕ちた聖女は揺らぐことなく。
 
「だったらあなたも『楽園』で休んだら?」
「お生憎様」

 甘やかで柔らかな、けれど不可逆の問いを耀子ははっきりと切り捨てる。

「そんな一方的で不公平な契約を。いつかの可能性を潰す理不尽を、あたしは赦さない」

 機械剣《クサナギ》が使い手の意を受けて嘶く。
 この花は散らさねばならないと叫んでいる。
 確かに、生きていたって一度ついた傷や苦しみが薄れるなんて保証は、どこにもない。
 死の果てにある『楽園』の方がこの現世よりずっといいと思う人もいるかもしれない。
 それでも。
 死んでしまえば、それまでなのだ。

「斬り果たすわ」
「そう──」

 堕ちた聖女は、ゆるく目を閉じて。それから息を吸った。
 紡がれるのは言葉ではない。
 【断罪執行・魂魄呪うは聖歌なり】──あの、『うた』だ。
 不可能を希うあいの『うた』が、聴覚から意識に襲い掛かる。

「やっと鬱陶しい『うた』がなくなったと思ったら、またそれぇ?」

 ティオレンシア・シーディア(イエロー・パロット・f04145)は形の良い眉を跳ね上げた。
 意識の隅を占有する『うた』の次は聴覚に直接。確かに嫌になることこの上ない。
 従って、取り出したのはルーンを刻んだ小石だ。軽く叩いて起動してやれば浄化のラグと結界のエオローがティオレンシアの体を包んで守る。
 それでも心の隅に淀む確かな衝動が命ずるままに、思い切って踏み込んだ。

「自傷ってのは自分を傷つけるだけじゃあない。攻撃されやすいように動くのだってそうよぉ」
「……!」

 聖女の目に驚きが過る。ああ成程、箱入りらしい発想の薄さ。
 だが最高に機嫌の悪い今のティオレンシアが斟酌する道理もない。
 撃つ。
 鎌の側面に弾かれる。
 それで構わない。
 欲しいのは接敵距離。そこまでの弾はすべて牽制で、囮だ。

「あたしのことばっかり気にしてて大丈夫なのぉ?」

 言うが早いか。
 空を裂くチェーンソーのエンジン音が『うた』をかき消す。
 暴れる刃を悠々と扱いながら耀子の瞳は揺るぎもせず。

「音なら──存在しているなら、斬れるわ。あたしの剣は、そういうものだもの」

 【剣刃一閃】、振るわれた刃がチャペルを蹂躙する。
 立て直しの暇は与えない。
 ティオレンシアは聖女の懐、鎌の内側にまで踏み込んだ。

「斬るべきは、弱いあたしとおまえ」
「『人間が最も残酷になるのは、我こそ正義と確信した時』って知ってる?」

 このクロスレンジで引き金を引くなんて悠長な真似はしてやらない。
 雷管を直接叩いて撃ち込む、超高速の一撃をくれてやる。

「だから宗教って嫌いなの。救済なんて、アタシには大きなお世話よ」

 【滅殺(ブラスト)】!
 あっさりと軽い音。反して放たれた弾丸の威力は絶大に、聖女を正面から穿ち貫く。
 吹き飛ばされていく聖女を、追いかけたのは耀子の足。

「『いつか』じゃなくて『いま』がほしかった。そう想う心が、なかったなんて言えない」
「……っ、じゃあ、どうして」
「手段を違えたら立つ瀬がないから」

 まっすぐに歩く以外の道を自分に誇れない耀子だから。
 いくら懐かしい面影に出会えても、剣以外を邪神と交わすことはない。
 そう生きることが、今の耀子の在り方だ。
 だから。

「……おまえは、どこで踏み外したの」

 斬り落とす刃に紛れさせた問いに、聖女は答えない。
 いやに黒々とした影が、ただ怪しく蠢いている。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ジャガーノート・ジャック
★レグルス+ケンタッキー

(――ザザッ)
死を齎す事は断じて楽園などではない。
楽園であるのなら。
どうしてあの怨霊達はあんなに苦しんでいたと言うのだ。

いや、良い。
まともな答えが返ってくるなどとは思っていない。
そのまやかしの楽園ごとお前を終わらせる。

(ザザッ)
敵の変形・耐久性上昇を確認。
手持ちの武器では些か効きが悪い。

ロク、二つ頼みがある。
一つ。敵に突き入る隙が欲しい。
二つ。ライカを暫し借してくれ。

――君の出番だ、ケンタッキー。
最適な武器を頼む。

(組み上がった武器、大仰な機械狙撃銃めいたそれを構える。)
"天狼"か。いい名前だ、気に入った。
では、星を墜としに行こうか。
――FIRE.(ザザッ)


ケンタッキー・マクドナルド
★レグルス+ケンタッキー

は、楽園だァ?
そんなしみったれた姿になったテメェが言う楽園なんだ、さぞ愉快で死ぬ程楽しい所だろォよ!!
残念だがお断りだなァ!

俺の腕は高くつくぜェジャック――と言いてェ所だがなァ。
あいつは気にくわねェ。
今回はサービスだァ!!代わりにきっちり仕留めろよ!!

一丁やるぞ!!俺様が作ったモン寄越しな!
オラ"天獣"、仕事だ!

「剣狼」の破邪閃光を「LAIKA」の雷光で更に強化してやる。
繋ぎァ天獣のパーツだ。元々ァ同じモンから産まれたんだ、噛み合わせが悪い訳ァねェよなァ!

天宙高くに座す狼、題して「天狼」って所だな!!
ハッハァ、さァ遠慮なくブチかませ!!


ロク・ザイオン
★レグルス+ケンタッキー

(【野生の勘】で、悟る
病の匂いにまみれたお前の歌声には、こころには、嘘も欲もきっと無い
その足元の闇が、抱いた正しい祈りごと、呑んで病ませたのか)

(赦し難きは"かみさま"だ)

……まかせた。
まかせろ。
(ジャックにライカを預け
「燼呀」真の姿を解き放つ
女を呑んだ病が理性なく己を追うのなら
【ダッシュ、ジャンプ】で攻撃を躱しながら
ジャックたちが狙い易い位置へ誘い出し
灼熱の爪で【早業、焼却、鎧を砕く】
一点でも傷があれば、おれの相棒たちは逃さない)

(己で種を撒けぬ地に
己の幸福を、預けるんじゃない)

※咆哮、簡単な単語以上の発声が出来ません



●Seirios.

 “かみさま”が、嫌いだ。

 喉奥から唸りが発せられるのを止められない。
 ロク・ザイオン(蒼天、一条・f01377)の勘は警鐘を鳴らしっぱなしで、早くあの病を灼き潰したいと訴える。

 きれいなうただった。
 おだやかな声だった。
 けれど、隅から隅まで病に呑まれている『うた』だった。
 嘘も欲もなく、ただ他の為に紡がれていた祈りを病ませたのがきっと、“かみさま”だ。

「死が楽園であるのなら、どうしてあの怨霊達はあんなに苦しんでいたと言う?」
「あの子たちは取り残されてしまっていたから。こんな悲しい世界に居続けるのは苦しいでしょう?」
「はっ、そんなしみったれたテメェが言う楽園だったら愉快で死ぬ程楽しい所だろォよ! お断りだがなァ!」

 ジャガーノート・ジャック(AVATAR・f02381)の問いかけにも、ケンタッキー・マクドナルド(神はこの手に宿れり・f25528)の罵声にも、聖女の笑みは揺るがない。
 そうあることを当然として、そうすることを疑問に思っていない。
 そういう風に、歪められてしまっている。

「そう……でも、大丈夫だよ。きっと楽園で、みんな幸せになれるから」

 足元の影が蠢いて、華奢な聖女を包み込む。
 病のにおいが広いチャペルを満たす。
 UDCアースという世界において、邪神──“かみさま”のひとつと定義されるそれが、長い触手を振り上げるのが見える。
 ああ。
 病をもたらす“かみさま”など、大嫌いだ。

「──ロク」
「……」

 耳馴染んだノイズ交じりの声に振り向けば、常と変わらぬフルフェイスがそこにある。

「二つ頼みがある」

 頷き、肯定。大抵の作戦は彼が立てていて、それを疑う理由も今更ないと続きを示す。
 今のロクの状態を知るジャックは気にした風もなく、二つの頼みを口にする。

「一つ。敵に突き入る隙が欲しい」
「まかせろ」
「二つ。ライカを暫し借してくれ」
「……まかせた」

 元より彼から贈られたもの、託すに躊躇はない。
 信頼する相棒の手に可変銃器を乗せて、ロクは炎尾を引く獣の姿を解き放つ。
 真っ直ぐダッシュで向かえば、理性なき病は迷うことなくロクを追う。
 振り上げられた闇の触手の狙いはひどく大雑把だ。
 だから避けるのは易い。
 弾かれるように横っ飛び、着地直後に方向転換。
 懐へと潜り込む。

「────!!」

 咆哮に鬣が燃え輝く。爪と牙が灼熱する。
 【燼呀】が、病で作られた腕を九度引き裂く。
 
「■■■■■■■■■■■■■■■!!」

 痛みに応じたのだろう絶叫すら病に轢き潰されて聞き取れない。
 構わないと跳ね踊る、ロクは相棒を信じている。
 あの時もそうだった。
 今度もそうなると、わかっている。


「──さて、ケンタッキー」
「おう、どうしたジャック」

 闇と炎の舞踏を尻目に、ジャックはケンタッキーへそれを差し出した。
 “剣狼”。哀色の牙の名を負った破邪の機咢。
 “ライカ”。稲妻を纏う可変剣銃。
 これだけで邪神を撃ち抜けない。それだけの耐久性能があることを彼の電脳はスキャンした。
 それを覆すピースが、ここにある。

「最適な武器を頼む」
「……くっ、」

 言われたケンタッキーは。
 不機嫌に細めていた目を大きく見開いて。
 それから、高らかに笑った。

「ハハハハハハ!! 俺の腕は高くつくって知ってンだろジャック!?」
「承知の上だ」
「いいだろう。だがアイツは俺様も気にくわねぇ。今回はサービスだ───」

 工房が開かれる。
 “天獣”が神技師の意に従って形を変える。
 飾らぬ頼み、駆ける箒星の尾、いつか作り上げた武器達、理性なく暴れる邪神───
 それらすべてが彼に閃きを与える。

「代金はアイツをキッチリ仕留めることで済ませてやるよ!」

 ベースは“剣狼”。
 組み込まれた破邪閃光を発する部位に“ライカ”の雷光を組み込む。
 元より雷とはすなわち神成、裁きに通じる輝きだ。
 そういうモノ同士を繋ぎ、結び、掛け合わせ、さらに増幅させる機構を“天獣”が与える。
 
        フルカスタム・インスピレーション
 その神業──【神の御手よ、天獣に神託を与え給え】。

「どォだ!」

 同じ天体の獣から生まれた“きょうだい”をひとつとして。
 完成したのは大仰な機械狙撃銃。
 あんまりに大きすぎるから、世界中でジャックにしか使えない武器だ。
 それを受け取って、ジャックはゆっくりと頷いた。

「……いい銃だ。本気によく馴染む」
「俺が作ったんだ、当然だろう? 題して、」

 天宙高くに座す狼。
 地球から見上げる、最も明るい星。
 焼き焦がすもの。光り輝くものの意。
 獅子の心臓と同じ空に、その星は見られる。

  シリウス
「“ 天狼 ”って所だな!」
「……名も良い、気に入った」

 【"Blade Wolf"】展開。
 模倣再現実行。
 機械狙撃銃“天狼”、リンク形成──完了。
 エネルギー充填開始。

「ハッハァ、さァ遠慮なくブチかませ!!」
「ああ、星を墜としに行こう」

 照準を合わせる──労が少ないことに気付く。
 さすがは相棒。いい位置に誘導してくれた。
 ならば外すことはない。
 相棒にも、神技師にも、銘を貰った高潔な騎士にも、恥じ入ることのない最高の一射をここに!

「────FIRE.」

 破邪魔滅の極雷光が、放たれた。
 大本たる極彩色のアウロラは、ロクの炎橙を纏うことでさらに威力を増大。
 放たれた熱にようやく危機感を覚えた触手が持ち上がる、だが遅すぎる。
 ロクがずっと張り付いて与えていたダメージが即時の反応を許さない。

 着弾は、意外なほど静かだった。

 己で種を撒くことのできない地を。 
 胸に抱いた、まやかしの楽園ごと。
 染め上げた極光と雷光に、聖女は何を思ったのだろう。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

氏家・禄郎
「一つ不思議なことがあってね? 聞いてくれるかな?」

自傷衝動に逆らわず、自分の右足を撃ち抜く

「どうして、君は歌っているんだい? 罪を思い出させる歌を?」

次は左足
痛みは【マヒ攻撃】でごまかし、『思考』の意図を途切れさせない。
考えろ、そして導き出せ。

「普通なら、楽園を用意するだけで十分なはずだ。こんな人の心に漬け込む方法でなくてもね」

そして左腕
もう立つことは出来ないが顔は上げてやる

「つまりね……君はあえて真実を見ないふりをしている」

こめかみへ動く右腕を意地でも抑え込み【覚悟】を決める

「もう一つ、君のように強い力を持って戻ってきた理由だ」
「君は楽園に導く以外に何かをしたいと思っている……そうだね?」



●Nothing hurts like a truth.

 『うた』がきこえる。
 耳に直接届く歌声は、ひどくか細く寂しげだ。
 それでいて、あの罪悪感と自傷衝動を与える効能は残っている。
 だから響いた銃声は、聖女でなく己を傷つけるために放たれた。

「一つ不思議なことがあってね? 聞いてくれるかな?」
「……なんでしょう?」

 己の右足を撃った痛みに耐えながら、氏家・禄郎(探偵屋・f22632)は瓦礫にもたれる聖女を見た。
 多くの猟兵たちが彼女を倒さんと攻撃していた。
 応じた彼女も、最初の様相が見る影ないほど傷ついている。

「普通なら、楽園を用意するだけで十分なはずだ。こんな風に人の心に漬け込まなくても、それに惹かれる輩はいくらでもいる」
「……それで?」
「どうして、君は歌っているんだい? 罪を思い出させる歌を?」

 同時に左足へ発砲。
 痛みは気付けだ。
 自傷衝動に逆らわなければ、【思考】が途切れることはない。
 己を傷つけて立っていられなくなる禄郎の姿に、聖女は驚くこともなく微笑むばかり。

「……歌をね。褒めてもらったことがあるの」
「歌を?」
「ええ。『優しい気持ちが伝わる綺麗な声だ』って。そんな風に褒められたことなかったから、嬉しくって」
「なるほど、それで?」
「みんなに幸せになって欲しいから。そういう気持ちを込めてうたっているんだけど……」
「……」

 『うた』とは、感情を伝播させるのに最適の媒体だ。
 そうであるとしたら……
 邪神に歪められるより以前、彼女の根底にあるものが後悔と罪悪感だとでも言うのだろうか?
 考える。
 思考を巡らせる。
 この事件を解くために必要な断片は、何だ? 

「……なら、もう一つ」
「なぁに?」
「君が、そのように強い力を持って戻ってきた理由だ」
「……」

 発砲。今度は左腕へ。
 これで四肢の内三つが使えなくなった。
 残った右手には拳銃を握っているから、次に撃ちたくなるのがどこかなど……考えたくなる思考は、今は排除する。

「君は楽園に導く以外に何かをしたいと思っている……そうだね?」
「……」

 果たして。
 ……彼女は、ゆっくりと首肯した。

「────あいたい」

 それは聖女というより、ただの少女めいた。
 悲痛で、けれど穏やかな諦めに満ちた声だった。

「みんなが幸せになれる世界になったら、きっと『あの人』も笑ってくれるから。だから…………」

 だから。
 だから?
 僅かな沈黙。息遣いのような間をおいて、問い掛ける声は迷い子のそれに似る。

「ねぇ。……『あの人』って、誰?」
「……今の君にはきっと、手の届かない星だろうね」

 禄郎はそっと帽子のつばを引き下ろす。
 歪んで、呑まれて、その矛盾にすら気付けぬ堕ちた聖女に。
 ……必要なものは、果たして何だろう?

大成功 🔵​🔵​🔵​

リア・ファル
WIZ

専守防衛
叶うなら決着の趨勢を見守る

焼き付いた嘆きを斬ってから、ずっと考えていた
ボクが出来る事

残酷かも知れない
ただのワガママかもしれない
責められるとしても……今は、信じて、実行しよう

過去を覆して救う奇跡は起こせない

でも、今を生きる誰かが
明日の為に、過去と向き合うというのなら

繋ぎ届けよう

UC【三界の加護・戴艦石の小さな奇跡】発動

月に星に祈る

世界よ、この声が届く人々よ
献身と、親愛の絆よ
過去と向き合う者の為に

ほんのわずかな一時でも
墜ちた聖女に、在りし日の清らな精神(こころ)を――!

別れに無粋なる邪神の影は不要
どうか決着が、哀惜だけで終わらぬように

祈りが通じたのなら、
ボクも無粋はせずに微笑んで去る


鎧坂・灯理
【竜偵】
なるほど、こいつが堕とされた星か……ものの例えです 比喩です おわかり?
死霊の誘い?……スカボロー・フェアが?
あなたが歌に造詣が深いことに心底驚いているのですが、誰かに教わったのですか?
……記憶喪失の記憶を喪失してたのか?

ああ、うん、もういい 敵の目の前なんだ 詳しい話は後にしよう
少し試したいことがあるので、あれの動きを止めてください

来てくれてありがとう、那智さん さっそく頼みたい
あなたの力で、かの星の――聖女の「歪み」を「なおして」くれ
ねじ曲げられた善意を、元の形に戻してくれ
そして気付かせてやってくれ 自分がしでかしてしまったことを


イリーツァ・ウーツェ
【竜偵】
社長、御疲れですか?
彼れは星では無く、オブリビオンです
"妖精騎士の謡"は、死霊の誘致
オブリビオンが歌う物としては
最適と言えましょう

申し訳有りません
お答え出来かねます
想起が行えません
最近は能く、忘却を思い出します
封印を解いた影響です

行動を開始します 御要望をどうぞ
では、其の様に
全損傷を無視し、目標を拘束します

楽園には興味が無い
私は、楽園で育まれた物だから
罪悪感等、私には無い
私は、記録を喪失しているから
竜の師を殺した
其れは想起した
関連する情動は、紛失した儘だ

はて、私の忘却は根が深い
気付かせて呉れた事、感謝する



●『m'aider』

 自分に出来ることは何だろう。
 リア・ファル(三界の魔術師/トライオーシャン・ナビゲーター・f04685)は、ずっと考えていた。
 ヒトの手で作られた、ヒトの幸いのためにある自分が。
 かつて生きていた人たちに出来ることは何だろう。

「そう、か……」

 だから、ずっと見ていた。
 戦いに加わらず、彼らの戦いを見続けて、見届けて。
 ……ひとつ、思いついた。

「…………」

 残酷かもしれない。
 ワガママかもしれない。
 すべてが終わった後、同じ場所にいた猟兵達に責められるかもしれない。

「……それでも」

 起きてしまった過去は覆せなくても。
 今を生きる誰かが、明日の為に過去と向き合うというのなら。
 いつか生きた誰かの過去が、今を生きる誰かの背中を押すのなら。

「繋ぎ、届けよう」

 明日に希望を遺す為の造船計画、そのネームシップにして唯一の生き残り──機動戦艦ティル・ナ・ノーグのヒューマンインターフェースとして。
 自分に託された願いと祈りを、今ここに。
 手を祈りの形に結び合わせる。目を閉じる。
 すべてのリソースを奇跡の運用と結実に振り分けて、少しでも可能性を高める。

「世界に住まう人々の、明日の幸せを願う、ささやかな想いを、少しずつ束ねて。今キミに届けよう」

 【三界の加護・戴艦石の小さな奇跡】。
 「今を生きる誰かの明日の為に」、そんなささやかな優しさを集めて束ね、祈りを実現させるユーベルコード。
 どれだけの人の願いを束ねられるか分からない。
 束ねた願いが邪神の束縛を砕けるかも分からない。
 不安定で不確実で、荒唐無稽に過ぎる。

 けれど。
 それでも。

「決着が哀惜だけなんて……そんなこと、ボクはイヤだよ」

 だからどうか。
 世界の、この声が届くすべての人々よ。
 献身と親愛の絆を知るすべての人々よ。
 別れの痛みを、後悔の辛さを、知っている人々よ。
 今それに向き合おうとする者の為に、力を下さい。 

「墜ちた聖女に、在りし日の清らな精神(こころ)を――!」

 結んでいた手を、開く。
 リアの声に応えて集った人の祈りは、淡い紫の光を放っている。
 それは光でできたアイリスの花。
 可憐に咲いた花弁が、風に押されたようにひらりと落ちた。


●トリアージタグの色は

「なるほど、こいつが堕とされた星か」
「社長。彼れは星では無く、オブリビオンです。御疲れですか?」
「……比喩ですよ。わかります?」
「……申し訳ありません。そうした表現は不得手です」
「でしょうね」

 鎧坂・灯理(不死鳥・f14037)とイリーツァ・ウーツェ(虚儀の竜・f14324)の会話に気負いはない。
 ただ油断なく、星と称されたオブリビオンを見据えている。

「ですが」
「?」
「"妖精騎士の謡"は、死霊の誘致が原意ですから。オブリビオンが歌う物としては最適と言えましょう」
「『スカボロー・フェア』が? 死霊の誘い?」

 雑学の分類だ。
 だが、それを告げた竜はといえば嘘を言うような性質ではない。
 知っている灯理は隣の巨体を見上げる。

「あなたが歌に造詣が深いことに心底驚いているのですが、誰かに教わったのですか?」
「……」
「ミスタ?」
「申し訳有りません、お答え出来かねます」
「と、言うと」
「想起が行えません。最近は能く、忘却を思い出します……封印を解いた影響かと」

 答える声に、停滞も矛盾もない。
 そういう相手だと知っているが、その様子には灯理にも覚えがあった。
 とはいえ敵の眼前、突き詰めて解き明かす訳には行かない。

「……記憶喪失の記憶を喪失してたのか? まあいい、考察は後程」
「分かりました。行動を開始します、御要望をどうぞ」
「少し試したいことがあるので、あれの動きを止めてください」
「では、其の様に」

 言うが早いか、空気が弾けた。
 ただ地面を蹴って走り出す、それだけの動作がこれだけの風を生む。
 気付いた聖女が『うた』を口ずさむも、イリーツァの表情が変わることはない。

「関係ない」

 【直往邁進・大修羅】、それはあらゆる不調と負傷を消却し万全の状態で戦うためのユーベルコード。
 『うた』とて精神の不調。例外なく根の国の蒼炎が消し去ってしまう。
 否、そもそも。

「私は、楽園で育まれた」

 だから楽園に興味はない。

「私は、記録を喪失している」

 だから罪悪感等という高尚な感情を知らない。

「私は、竜の師を殺した」

 けれど、それに関連して情動は動かない。
 そのための『こころ』は紛失したらしい。

「どうやら、私の忘却は根が深いようだ」

 忘れたことすら忘れていた竜は、ようやく無知の知を取り戻す。
 巌の表情に僅かな謝意を滲ませて、けれどその手が躊躇することなどありえない。
 捕らえる。

「……っ、放して!」
「お答え出来かねます。社長の命令ですので」
「ご苦労様です、ミスタ・ウーツェ」

 拘束された聖女に満足げに頷いて灯理は、傍らの貴婦人を促す。
 柔らかな笑顔をたたえた彼女は【いつくしみふかきひとよ(ナイチンゲール)】。

「那智さん、頼む。あなたの力で、かの星の――聖女の『歪み』を『なおして』くれ」

 全てを「なおす」彼女になら、それが出来ると灯理は踏んだ。
 頼まれた貴婦人は柔らかく頷いて、イリーツァに拘束された聖女に手をかざす。
 その眼前、ひとひら。

「……?」

 光で編まれた、紫色の花弁が。
 悪いモノではなさそうだが、……と思う間もなく、それは内蔵した光を拡散させて消える。
 どうしたものかと一瞬迷うより、指示を受けた貴婦人がその力を行使するほうが早い。

 それが奇跡によって編まれた祈りの結晶だと、灯理は知らない。
 けれどそれは、同じ祈りを持った「誰か」による奇跡の後押しだ。

 荒唐無稽な奇跡は、それを行使できる貴婦人の手で形を成す。

 ねじ曲げられてしまった善意を、元の形に。
 自分がしでかしてしまったことに気づきを。
 そして、願わくば。

「────、あ」

 アイリス色の光が、消える。

「聖女様?」
「ちが、あ、やだ、わた、え、や、あ、あああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」

 それは、これまでのような負傷によるものではない。
 もっと心の奥底からの、恐慌と絶望の絶叫だ。
 核となった聖女の感情に応じて、足元の闇が吹き上がる。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ロキ・バロックヒート
×※

人はみな救いを求めている
誰もが痛み苦しみを嘆き
幸せな楽園を望んでいる
でも、そんなものはもうないんだろうね

あぁ、思い出した
人の悲嘆を聞き届けて私は生まれた
そんなもの全部壊してあげようって
でもそれは叶わなかったんだ
ごめんねぇ?なんて

面白いことに神と聖女の君と、同じところがあるんだ
それはね自らを救えないってこと!
あはは、知ってた?
そんなものが誰かを救えるわけないじゃない!

でも、もういいんだよって【甘言】を囁く
君の与えるなにもかもを戯れに受け取って
堕ちるまで理想に苦しんだ聖女のために
せめて動かなくなるまで子守唄をうたってあげる

大いなるアバドンよ
君の楽園は成就させない
いずれ星を堕とすのはこの私だから



●『人を騙す者の魅力』

 この地上に、神はいない。
 ひとが希う、都合のいい救済を齎してくれる神などどこにもいない。
 けれど人は誰もが痛みを嫌い、苦しみを嘆き、救いを求め、幸せな楽園を望んでいる。

「でも、そんなものはもうどこにもないんだろうね」
 
 チャペルを破壊せんばかりの勢いで吹き上がる闇の間欠泉を意に介すことなく、ロキ・バロックヒート(深淵を覗く・f25190)はへらへらと笑う。
 
「だって俺様ができなかったんだもんな」

 思い出す。……思い出した。
 神とは、人に願われて生まれるものだ。
 ロキが聞き届けたのは、悲嘆だった。
 ちょうど今、闇の中央で絶叫している聖女だったモノのように。
 嘆きを、悲しみを、苦しみを、ひとが厭う全てを、壊してあげようと思ったのだ。
 けれど叶わなかった。
 ごめんねぇ、なんてどこに届かせるつもりもなく呟いて。

「だって神だって聖女だって、自らのことは救えないんだ」

 歩き出す。
 近所の行き着けの店に顔を出しに行くような気安さで、闇と闇の間をすり抜けて。
 散歩でもしているような気安さで嘆きを叫ぶ聖女の下へと近づいていく。
 不規則に放たれる触手が体の表面を削るが、その程度なら安いものだ。
 ぼたり、ぐちゃり、零れ落ちる血と肉がロキの足跡に線を引く。
 そのザマこそが聖女の願った救済が成り立たないことを証明する。

「知ってた? マトモに戻ったんなら分かるよね。そんなもので、『ダレカ』を救えるわけないじゃない!」
「いやああああああああああああっっ!!」
「あはははっ」

 触手の反応が強くなる───堕ちた聖女の精神が乱れている。
 本来の心を引き戻されていなければ、こうまでうまく回らなかっただろう。
 ああ、本当に可笑しくって堪らない!

「もう苦しまなくていいんだよ。さぁ、目を閉じて。全部手放してしまうといい」

 【甘言】は、果たして届いているだろうか。
 ロキにとっては届いていようがいまいが構わない。
 どちらにせよ、彼女の精神は限界だろうから……このまま壊してしまえば、楽園の門は閉じる。
 彼女のバックにいる邪神がこの世界へと訪れることは、ない。

「だから大いなるアバドン。君の楽園は叶わない」

 囁く声は、これまでと色を変えて。
 ただ一人聖女ではなくその裏にある邪神を見ていた神は、うっそりと嗤った。

「いずれ星を堕とすのはこの私だから、大人しくしているんだね」

 毒々しいほどに甘い、ベラドンナの香りが辺りを満たす。

大成功 🔵​🔵​🔵​

レイラ・エインズワース
祇条サンと(f02067)

きっとあのヒトも何か願って
叶わず過去になったんダネ

(きっと自分も誰とも合わなければ)
(「今」に絶望していたら――)
(思い浮かべたたくさんの人、言葉)
(そうなるにはもう大事な物が多すぎるから)
これ以上、その手に罪を重ねさせないためニ
頼りにしてるからネ

呼び出すのは魔術師
私の原点
邪神に囚われたままはつらいカラ
魔術師が呼び出すのは亡者の群れ
デモ、それは冷たい死の使者じゃなくテ
包むように腕を伸ばす暖かい面影
……一緒に還ろう、ネ?

視線は送らずとも、信じてるカラ
大丈夫、やれるヨなんて私が言っていいのかわからないケド

子ども達がいなくなったラ
聖女に雷と炎を
貴女もどうか、ゆっくり眠っテ


祇条・結月
レイラ(f00284)と

そう、かもね
一人の手で抱えるには大きすぎて、零れてしまった何か

うん、あの人の罪を
そしてこれ以上、後悔する誰かを増やさないために

頼りになるかはわかんないよ、って笑って
でも、レイラまでは通さない
……お願いね
僕も、僕のできることをするから

相手の動きの【見切り】に集中
子供達の攻撃は【手をつなぐ】ように捌いて勢いを削ぐ
殺しきれないダメージ分は鍵を掛けて、

お迎えが来てるよ。ずっと、待ってたでしょ?
……がんばったね、って

――その間も油断はしない
子供達も、レイラのすることも邪魔はさせない
聖女が動けば止めに動く

……もう、いいでしょ
あなたの『楽園』は「今」じゃないはずだから



●どうか、光の指す方へ

「……きっとあのヒトも何か願って、けど叶わなくて。だからあんな過去になったんダネ」
「そう、かもね。一人の手で抱えるには大きすぎて、零れてしまった結果が、ああなんだ」

 チャペルを満たすのは、ひたすらに悲痛な絶叫と闇色の間欠泉。
 遠い理想に届かなくて、苦しくて。もうどこにも行けなくなってしまった絶望の叫びだ。
 そのこころに、少しだけ共感してしまうレイラ・エインズワース(幻燈リアニメイター・f00284)がいる。
 だって過去の怨嗟ばかりを聞いているのは、挫けてしまいそうになることもある。
 誰と心を交わすこともなく、誰と笑うこともなく、「今」に絶望していたら────。
 きっとレイラは、誰よりオブリビオンに近いモノになっていただろう。
 励ますように揺れるランタンを、水晶の根付を、少しの間見つめて。

「……これ以上、その手に罪を重ねさせないためニ」
「うん。そして、これ以上後悔する誰かを増やさないために」

 銀の鍵を手の中に、祇条・結月(キーメイカー・f02067)も凛とした表情で頷く。
 レイラに先んじて一歩、前へ。

「僕も、僕のできることをするから」
「フフ、頼りにしてるからネ?」
「頼りになるかはわかんないけど、レイラまでは通さないよ」

 鍵を持つ手を捻る。【「あかず」の扉】が開かれる。
 結月の纏う銀色に反応して触手が分裂、半透明の小柄の影を吐き出した。
 それは顔のない、傷だらけの子供達。
 邪神に魂を囚われて、死後も傷つきながら使われ続けている子供達だ。

「……ひどい」

 呟き、踏み出す。
 応じて子供達も近づいてくる。
 鍵以外はただの高校生でしかない結月だけど、だからこそ。

「大丈夫」

 人込みの中をすり抜けて、先で待っている大事な人のところへ向かっていく要領だ。
 多すぎる子供達に理性はなく、ただ危機を感じさせた対象をずっと追跡するというから。
 互いに避け合うということもなく、一直線に危機を感じさせた対象へと向かってくる。
 結月は少し避けてやればいい。
 それでも互いにぶつかり合って、予期せぬ方からダメージが来ても。捌ききれないそれには銀の光が鍵を掛けてくれる。
 結月はただ、穏やかに子供達を見ている。

「お迎えが来てるよ。ずっと待ってたんでしょ?」

 ──レイラまでは通さない。
 子供たちにも、嘆きを叫ぶ聖女にも、決して邪魔はさせないから。

「──潰えた夢を数えヨウ」

 カンテラの中で紫焔が踊る。
 それはレイラに託された機能で、本当に願われた夢は叶えられない欠陥だったけど。
 それでも今は、手を伸ばすために。

「届かなかった手、再会の願い。過去の幻だとしても、夢は今のために舞い戻る──」

 【無垢なる創造主の夢(リアニメイト・ファナティックウィザード)】。
 それはレイラの原点、はじまりの願い。
 狂気に陥るほどに純粋だった彼の姿は、少しだけ胸の奥を刺すけれど。

「お願イ」

 呼び出す亡者は、子供達とちょうど同じ数。
 どこか懐かしく暖かな面影を宿して、ゆっくりと結月に集まる子供達の方へと向かっていく。
 それが齎すのは危機ではないから、子供達は最初気付こうとしなかったけれど。
 肩を叩かれ、抱きしめられ、……ようやく、その温もりに気付いていく。

「一緒に還ろう、ネ?」

 不思議な光景だったろう。
 銀の光に包まれた少年に集っていた傷だらけの子供達。それに紫焔を纏う人影が近づいて、二人一組のペアになって消えていくのだ。
 死は、冷たいだけのものではない。
 歩き疲れた人を、個人が擦り減るまで邪神に酷使させられた者たちを安らげるのもまた、死なのだ。

「おやすみなサイ」
「……がんばったね」

 最後の一組が消えると、一気にチャペルは暗くなったように感じる。
 ただすすり泣く聖女の声が響くばかりなのもひとつ。
 ……いつの間にか、ステンドグラスの向こうから月が消えていた。
 月が沈む。夜が終わって、朝が来る。
 時間はそういう風に廻っていく。
 過去には、終わりを告げなければならないから。

「あなたの『楽園』は、『今』じゃないはずだから」

 だから今。
 その悲しみに、嘆きに、少しだけ鍵を掛けてあげる。

「あなたも、もう休んでいいんだよ」
「どうか、ゆっくり眠ってネ」

 銀の鍵が捻られる。
 それが秘めた権能で、聖女の泣き声が少しずつ小さくなっていく。


 ────ほら、夜明けはすぐそこに。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​


.

 その邪神にとっては、きっとどちらでもよかったのだろう。
 何もせずとも、とうに邪神に魅入られた聖女は無垢な子供の魂を捧げ続ける。
 仮に聖女が正気を取り戻したところで、これまで己の手で重ねてきた所業が彼女自身を苦しめる。許し得ぬ罪に焼かれて出来上がるのは極上の贄だ。
 子供の魂でも、聖女の魂でも変わりなく。
 己が復活できるだけのエネルギーが貯まるのを、邪神アバドンはただ待っていた。

 誰も苦しまずに済む『楽園』の為に。
 幸せな世界に導いてほしいと、そう願われたが故に。

 ────けれど。

 その救済を人でなしと断じる、かつての人でなしがいた。
 楽園に拒まれて、踏み入ることの出来ない傷があった。
 救いを蹴り飛ばし、撃ち砕く弾丸があった。
 救われない道を選んで歩んでいく、人に非ざる者がいた。
 いつか探しに行くと雲雀は飛び、己で築くと剣は決意した。
 どこかを探すのではなく、今を良くするために向けられた刃があった。
 ……そも、救済より終わりを願う虚もあった。
 己こそが救いたいと戦う聖者がいた。
 弾丸も刃も、押し付けの救済より自力での足跡を願った。
 かみさまの齎す病を焼いた星の輝きがあった。

 そして。
 探偵が預けたギムレット。
 楽園を願われた電子妖精の小さな奇跡。
 無知の竜と激情の竜が「なおし」。
 道化の神が嗤って。
 銀の鍵が扉を開いて、角灯が導いた。


 だから、夜は明ける。
 星を堕とす太陽は、必ず巡ってくる。



.
ネグル・ギュネス
【アサルト】
こんな形で再会とは、運命とは残酷だよな
──なあ、アイリス

君の望み、願い、渇望
叶えてやれないんだ

封印解放、限界突破、真の姿解放
黒髪に、頬に傷を持った男となりて

フルール、手に触れてくれないか
思い出を世界の敵にさせないが為に
一緒に、行こう

俺に、全てを護る力を
【双星煌花・天照】
身体強化、飛翔を得る!

歌が心を抉ろうとも、鎌に斬られても止まらない

ヴィクティムは俺を奮い立たせてくれた
匡は俺を肯定してくれた
そして、フルールは今日を煌かせ、未来をくれ、過去も愛してくれた
皆と共に、君を、邪悪から解放する!

…愛してたよ…おやすみ

正気に戻ったならば、駆け寄り、最期を看取ろう
慟哭を上げ、涙を流しながら──。


鳴宮・匡
【アサルト】


垣間見えた藤色に揺れる胸中を
律するように胸元に手を当てる
……大丈夫、いけるよ

“うた”がある内は聴覚を切っておき
序盤は、全て一射で致命打となるような箇所を狙い撃っていく

防がれても構わない
本来の狙いは子供達の気を引くこと
より危険なのはこちらだと示し、他をフリーにする
回避を主体に凌ぎ
少しずつ数を減らしていくよ

準備が整えば反攻開始
素早く動こうが、意識的に隙を作ってやればいい
ヴィクティムに気を取られた一瞬で【抑止の楔】を撃ち込み
速度と“うた”を鈍らせる

頼られたなら応えてみせる
隣に立つのは俺の役目じゃないが
その道を支えるくらいはしたいんだ
相棒、だからな

振り向かなくていいぜ
終わらせてこい、ネグル


フルール・トゥインクル
【アサルト】
この人がネグルさんの……本当に、きっと、お似合いだったのでしょうね。
私には正解が分からないのです。けれど、ネグルさんが求めることこそ正解なのだと思うのです。だから……

ネグルさんとの今を、未来を、そして大切な過去を守るために、戦わせていただくのです!

【花の精霊】を使って人間サイズに、ネグルさんの隣に立ってその手をしっかりと握るのです。
援護射撃、鼓舞、かばう、そして祈り。ネグルさんがその手で終わらせられるように力を託して、障害がないように共に駆けながら動くのですよ。

全てが終わったのなら、何も言わずに寄り添うのです。
手元にアイリスの花を一輪咲かせて。


ヴィクティム・ウィンターミュート
【アサルト】

霊符に精神集中──アクセスルート確立
構成情報を参照、成功──破魔を成すコードの抽出に成功
ベースプログラムへの組み込みに成功
制御に問題あり──苦痛から生まれるリソースを割く

陰陽道とプログラムの融合──お前専用の電霊幻想だ
歌が来る!意識をシャットダウンし、大脳サイバネによるオートモードを実行!歌が切れるまでやり過ごす

歌が切れたら意識を取り戻して行動開始
サイバネを【ハッキング】して一瞬だけ出力を高め、高速移動
奴の理性は飛んでいる…素早い俺に意識が向くのは必然
それが致命的な隙になる
行け!終わらせてやれるのはお前だけだ!

…もし最後に、アンタに言えるのなら
俺のチューマを生かしてくれて
ありがとう



●向日葵の咲く明日へ

「……すごいな、レイラは」

 厄介な障害になりそうだった子供達はもういない。
 薄れ消える藤色の炎を見送って、鳴宮・匡(凪の海・f01612)は口の中だけで呟いた。
 それを殺すことに今更躊躇いがあった訳ではない。
 ただ障害だとしか認識していなかったそれを、慈しむものと連れて行ったひかりを少しだけ感慨深く見た。

「匡」
「大丈夫、いけるよ」

 思索終了。
 頼れるチームメイトの声に、ひとつ頷いて見せる。
 大事な友人の、過去最大級……それこそフォーミュラを相手取るより厳しいかもしれない正念場だ。
 意識を集中する。
 道を開くと誓った。今はそのために。

『つっても、奴の様相もプランとは大分違うが……』
『性質が似てるなら問題ない。お前は自分の仕事に集中しとけ』
『わーってるよ』

 『うた』の対策に会話は信号回線に切り替えた。
 泣き濡れた顔を上げる彼女の周囲は、闇色の触手に取り巻かれている。
 それは幼子の魂を、聖女の絶望を喰って、現世に干渉を始めた邪神の一部なのだろう。
 それを「酷い」だとか「可哀想」だとか、おおよそひとらしい感慨は持てない匡だ。
 普段なら何の気なく排除していただけの“敵”だ。
 だけど。

『さぁ──強襲を始めようぜ』
「────ああ」

 一発、まずは根本へ。あらゆる行動の起点となる位置を抑え、こちらに敵がいることを示してやる。
 二発、座り込んだ聖女を狙ったそれは分かりやすく弾かれた。少なくとも顕現にまだ彼女が必要な証左。
 狙わない道理がない。
 三発、四発五発。少しずつ着弾地点をずらすように放ったそれは、殴りつけるようにして跳ね返される。
 直線軌道は読みやすい。回避に必要な三歩を影の中の竜が後押しする。

 決定打にならない? 構いはしない。
 こちらを狙ってくる? むしろ歓迎だ。

 風を切る音も、それまで描いた軌跡の数々も、視えているし聴こえている。
 フェイントをかけるなどという上等な知能や理性がないなら、それを見切ることは難しくない。
 こころは、こんな時だって凪いでいる。

 けれど。
 「それだけ」でないことも、もうとっくに知っている。

 かつて、その明るさを厭うていたことがあった。
 どうして自分なんかを……と。
 迷惑だと、面倒だと、ほんの一年前までは思っていた。

 今は違う。

 頼られたから、応えたいと思う。
 あの背中を助けたいと思っている。
 隣には立てなくても、その道を支えるくらいのことはしたい。
 誰でもない“鳴宮・匡”の意志で、そう思っている。
 
「っ、く」

 頬を一筋──殴りつけるそれを影が受け流す。
 遠ざかろうとするそれへ、斬撃の軌道を描くバースト。中途で千切れたそれが虚空に還るのを見る。


「精神集中──アクセスルート確立」

 本来なら。
 こんな土壇場でコードを作り出すなんて正気の沙汰ではない。
 他の誰かがやっていたら、ヴィクティム・ウィンターミュート(End of Winter・f01172)だって諭すか止めるかするだろう。

「構成情報にアクセス、解析開始───っ」

 だが、今必要だと判断した。
 ならば断固として遂行するのは当然の道理。
 起点は優秀な従業員が作った霊符。時間は優秀な射手が稼いでいる。
 ならばできる。
 否、やらなければならない。
 “人のため”の戦いなんて、二度と赴くことはないと思っていたけれど。
 そんな恐ろしいプレッシャー、二度と背負うまいと思っていたけれど。

「参照、成功──コードの抽出、ベースプログラムへ組み込み、っ」

 弾かれる。
 エラーコード、リソース不足。
 委細承知──リミッターカット。痛覚に刺激、無視。消化器系の活動低下、エラー通知をキック。すべてのリソースはプログラムの構築へと回す。

「変換、っ、マジでしんどいな……!」

 電脳電算機が危険なレベルまで発熱──無視。どこかの毛細血管が千切れる音。出血は体内。作業の邪魔にならないなら無視していい。
 自分がいくべき道も、いきたい道も、まだ朧でも。
 ずっと前を預けてきたあの戦友を助けたい。それだけは胸に輝く本物の灯火だ。
 だから。
 
「完了、っとォ!」

 己に任じた『端役』ならざるキーマンとしても、いくらでも力を貸そう。
 なぜならお前にこそ、俺達の頭上で輝き続けてほしいと思うから。
 お前が引っ張り出したんだぜ? チューマ。

「【電霊幻想:《Negru Gunes》】──悲しみを焼き焦がす為の力だ」

 プログラム成立、展開。
 それは信頼する友を強化する──世界でただ一人、彼の為だけのコード。

「その聖女を、世界の敵でいさせてやるな」

 ハッキング、オーバーロード。一瞬だけの高速移動、静音散弾銃による面制圧。
 殺到、着弾。しかし食い破れず──想定通り、触手達は不敵な笑みを溢す青年へ殺到する。

「もう動くなよ」

 【抑止の楔】。
 その力を殺す。
 もう弱点は見えている。致命的な脆弱性を晒した触手達が正確な射撃に食い千切られていく。
 闇が薄れていく。

「終わらせてやれるのはお前だけだ!」
「行ってこい、相棒」

 道が、開く。

「──ああ!!」

 ネグル・ギュネス(Phantom exist・f00099)は、フルール・トゥインクル(導きの翠・f06876)と手に手を取って駆け出した。
 今だけは、フルールも【花の精霊】として人間と同じサイズの体を得ている。
 いつもより低く、けれどぐっと高い視界の中に彼女がいる。
 こちらを呆けたように見る赤い瞳。長く伸びた金色の髪は、陽の光の下では輝いて見えたことだろう。
 
「あの人がネグルさんの……」
「ああ。……まさかこんな形で再会することになるとは思わなかったが」

 お似合いだったのでしょうね、という言葉を咄嗟に飲み込んだ。
 そうなりたかったのだろう過去を、今更掘り返しても仕方がない。
 代わりに、あらゆる疑問を一言に乗せる。

「……いいんですか?」
「ああ。思い出を世界の敵にさせないが為に。……一緒に来てくれ、フルール」
「はい。ネグルさんが行くなら、どこまでも」

 今だけは、彼の手の中に収まる大きさではない。
 導くのではなく、共に在りたいと望んだひとの顔を覗き込んで微笑むと。
 ……ずっと強張っていた表情が、よく知るかたちに緩んだ。

「君がそう言ってくれるから、俺はどこまでも走っていけるんだ」
「無茶はほどほどに、ですよ?」
「分かっているさ。……君を泣かせるのは本意じゃない」

 言い合う間に、距離を詰める間に、ネグルの銀髪が黒く染まる。
 真の姿の解放だ。ただでさえ高いネグルの身体能力は引き上げられ、さらに背中を押すプログラムを感じる。
 静かに波紋を広げる霊水。邪悪を焼き焦がす破魔の星炎。
 きっとこれは、あの二人だ。

「ヴィクティム。──匡」

 迷っていた己を奮い立たせてくれたカウボーイの。
 なんだかんだと一緒に歩いて、肯定をくれた相棒の。
 自分にはない強さを持った、最高のチームメイト達の力が共にある。

「だから──あの日の誓いを今此処に」
 
 伸ばせなかった手がある。
 失わせてしまったものがある。
 願い、思いを覆う雲を祓う為。
 あの日叶えられなった願いを叶えよう。

「我が煌きの花よ、今こそ照らそう。希望の明日へ向かう為に!」
「はい。あなたとの今を、未来を。大切な過去を守るために!」
「ならば顕現せよ、我が魂── 【 双 星 煌 花 ・ 天 照 】!!」

 精霊の力と破魔の星炎、双方を融合した旭光がネグルの体を覆う。
 明日を願う象徴たる花を供に、翔ける姿はまさしく夜明けを告げる太陽!

「アイリス。……すまない」

 けれど、伸ばせたのは救うための手でなく倒すための刃だった。
 生きたいという望みも、幸せになりたいという願いも、いつか彼女が抱えただろう渇望の何もかもを叶えてやれない。
 彼女の為に、唯一出来るのは。

「皆と共に、君を邪悪から解放する!」
「……ありがとう、ネグル」

 アイリス・エトワールは、抵抗しなかった。
 ただ微笑んで、抱きしめるように両手を広げて、一対の煌く向日葵を迎え入れる。

「それから、綺麗な精霊さんも」
「……これが正解なのか、私には分かりません。でも、どうか……静かに眠ってくださいです」
「──ええ」

 優しき精霊の祈りを宿した、星炎纏う破魔の刃は。
 真正面から、アイリスに宿る邪神だけを切り裂いた。
 

「アイリスッ!!」
「…………」
「だい、じょう……ぶ、じゃあ……ない、け、ど……」

 邪神の一部たる触手達はもうない。
 邪悪を焼き焦がす星炎も消えていた。
 なのに。
 匡とヴィクティムが駆け寄ったそこに、またそのひとの姿はあった。
 他の猟兵達がつけた傷もあってボロボロで、切り裂かれた傷には虚を覗かせて、足の方から少しずつ消えていきながら。
 それでもアイリスは、まだこの世界に居た。

「……正気に戻ってるみてーだな」
「ヴィクティム?」

 匡が訝しむ速度で、ヴィクティムは彼女の傍へと歩いていく。
 いかなる時でも警戒を崩さない彼にしては珍しいそれに匡が目を瞠ったのもつかの間。
 膝を曲げて、目線を合わせるように腰を下ろした。

「なあ」
「……なぁに?」
「俺のチューマを生かしてくれて……ありがとう」
「……!」
「……ああ。それは確かに、礼を言っておくべきだったな」
「あなたのおかげで、私達はネグルさんに会うことができましたです」

 もし言えるならと思っていたのだ。
 彼女が彼を救ったから結べた縁があった。絆があった。
 それもまた、過去にあった真実。

「……ううん。わたし、が……そうする、べき、だと……思っ、たから……で、も」

 ゆるりと首を左右に振る。
 弱弱しい仕草に、日だまりのような微笑みを乗せて。

「そう、言ってくれる人がいて……よかった」

 ……そんなところを好きになったのかな、とか。
 複雑なフルールの視線に気づいたのか、アイリスも彼女を見る。
 朴念仁の男共には分からない、同じ恋慕を抱いた女性としての共感。
 数秒の無言、奇妙な穏やかさに満ちた間に腰から下が完全に消える。
 オブリビオンと化していたから戦って、消えていくけれど、会うこともなかった人と話すことが出来る。

「彼の、こと……よろしく、ね?」
「あなたに言われなくても、私はネグルさんを支えますですよ」

 もし運命の歯車が違えば……彼を巡って不俱戴天の仲か、あるいは何もかも分かち合える友人になれていただろうか。
 けれど今のフルールにとっては、ある意味で一生かかっても勝てない“敵”だ。
 だから少しだけ、わだかまりめいたものはあるけれど。
 ネグルの隣には、もう向日葵が咲いている。
 アイリスの季節は過ぎてしまったのだ。

「私は、彼と一緒に生きますです」

 フルール・トゥインクルは、アイリス・エトワールではない。
 アイリスにはない未来が、フルールの明日には続いている。
 彼女が降らせてしまう雨に傘をかけるのは。その先の虹を共に見るのは、
フルールにしかできないことだ。

「……うん」

 頷いたアイリスは、眩しい太陽を見るように目を細めた。
 二人が歩いている姿を思い描けば、消えていく心も少しだけ和らぐようで。
 そっと、目を伏せる。
 そういう仕草の意図もなんとなくわかってしまうから、フルールは硬直したままのネグルの背を軽く叩いた。
 
「ほら、行ってあげてくださいです」
「……ああ」

 ちょっとだけ癪なのも本当だけど。
 ようやくの、今だけの機会だから。

「……アイリス」
「ネグル……」

 再会は、予想していたよりずっと静かに。
 お互い言うべき言葉に迷う間に、アイリスの体がまた一際崩れていく。胸から下はもうない。
 少しだけ、迷って。息を吐いて。
 告げる。

「……愛していたよ、アイリス」
「!」
「助けられなくて、すまない」
「…………ううん」

 力なく、けれど確かに。アイリスは首を左右に振る。
 あなたに会えて。
 あなたが見つけた世界を、太陽を、幸福を見られて。
 ……たとえ過去形でも、その言葉を貰えて。

「わたし、は……救われた、よ。……しあわせ、だから」

 ただそれだけを欲して堕ちた、過去の星は。
 満開の花のように笑って、いつかと違う言葉を落とす。

「だから、ネグル、は……ネグ、ルの、しあわせの……ため、に」

 いきてね。

「……あ、ああ……」

 吐息のような言葉を最期に。
 最後の星が夜明けの空へと消えるように。
 アイリス・エトワールは、静かにこの世から消え去った。

「っ……あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 ヴィクティムは目を伏せ、匡は視線を逸らす。
 慟哭を上げる恋人に、フルールは熱を分け与えるように寄り添った。
 手の中に、春の魔力でアイリスを咲かせて。



 堕ちゆく星に、消える光に、人は明日への願いを掛ける。
 今は雨が降っていても、いつか願いが届くように。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2020年03月11日
宿敵 『堕ちた聖女『アイリス・エトワール』』 を撃破!


挿絵イラスト