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そして神へ至る

#UDCアース #感染型UDC #宿敵撃破

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 暗い。
 最初の家のようだと思った。電灯が変えられることは滅多になくて、いつもじりじりと耳障りな音を立てていた。昼に電気がつくことはなく、時に夜をも黒の中で過ごした。響くのは母の、否――あの女の狂ったような声だけだった。
 嗅いだことのある異臭が鼻を衝く。何だっただろうと考える間もなく思い当たる。
 血だ――。
 金属のにおいだ。夥しくまき散らされる鉄のにおいだ。それが、目の前から漂って、鼻腔にこびりついて取れなくなる。
 呆然と立ち尽くす少女の眼前に闇がある。二つの丸い金色を浮かべて、ぬらぬらと香る金気が彼女を見ている。
 耳元で囁く声がした。これで良い。これが良い。これで大丈夫。だから行きましょう。
 よろよろと、少女が踵を返す。異形のばけものの視線を、その背にじっと浴びた。
 行かなくちゃ。
 そうしたら良いのでしょう。
「――『かみさま』」
 零れた声は、どこか恍惚と響いた。


 ――その少女に捕まったら、金気のにおいを纏う大女への生贄に捧げられて、誰からも忘れられてしまう。
 低く紡いだニルズヘッグ・ニヴルヘイム(竜吼・f01811)が竜尾を揺らす。一つ息を吐いて、彼は首を横に振った。
「有体に言って都市伝説めいた話だが、今回はそいつが本物になったというわけだ」
 感染型UDC――。
 人々の噂話で増殖する、新種のUDCだ。姿を見た者、噂を流した者、存在を知った者――全ての精神エネルギーを使い、眷属を増殖させる。
「溢れ出したそいつらが、噂を広めるために敢えて見逃された第一発見者の周りで大量発生する」
 機に乗じて禍根を絶たねば、次は世界的なパンデミックになる可能性すらある。噂話をこそエネルギーの源とするが故か、首魁は最初に目撃された場所から動いてはいない。話を聞いてそこに向かえば――道中は変質しているかもしれないが、対峙することが可能だろう。
「で、第一発見者の名は『真木・実白』。見た目は普通の――地味な女子学生だな」
 エージェントによる調査で、大まかな来歴は資料に纏まっている。
 母子家庭の出身らしい。母は父の死をきっかけに新興宗教へのめり込み、その影響で困窮していたという。十三のときに母が行方不明になり、その後に川の下流で体の一部のみが発見された。
 それ以来、親戚の家をたらい回しにされているらしい。学校では妙な噂を立てられては転校することを繰り返し、現在の学校が五校目になる。在籍と登校日数の最長記録を更新中で、あと数日で半年になるという。
「有体に言っていじめられっ子と言う奴か。ただ、まァ――理由も分かっているというか。どうもうまく話が通じそうにないというかなァ――」
 歯切れ悪く視線を逸らして、ニルズヘッグは一つ唸った。
 母の死の後、中学時代に精神科への通院歴がある。彼女を担当した医師は死亡している。他殺とみられるが犯人は未だ捕まっていない。
「通院の理由は、妄信する『かみさま』とやらの声が聞こえる――というものだ。シャーマンではないようだから幻聴であろうがな。死んだ母親の影響やも分からん。何を指すのかは、予知の範疇では分からん。新興宗教の神なのか、別物か、対話の機会があれば探ってみるのも悪くはないかも知れんな」
 というのも――。
「どうもその、『かみさま』というのが、今回の件に関係しているようで――何らかの企てである可能性も否めんのだ」
 眉根が寄るのはそのせいだ。
 実白本人が噂話に出てくる『少女』だと噂されている。以前までの学校で類似の噂を立てられたときは、外に出られぬどころか、カーテンを明け放すことにさえ異常な抵抗を見せるほど耗弱したらしい。
 だが今回、噂の渦中にある彼女は明るい。それを否定するような言動はしないし、気にしている様子さえない。転校など考えてもみないとばかりの態度のようだ。
 理由は、実白と極めて親しい友人の存在だ。聞けば学校でもべったりで、離れたところを見たことのある者の方が少ないとの話である。
「親しい友人がいれば、多少なり疎まれたとて問題はない――という思い自体は理解出来る。だがそれだけでは、ここまでの余裕は少々不自然だと思うのだよなァ」
 とまれそれは余談だと、ニルズヘッグが手を翳す。空間に浮かび上がるのは、夕景に照らされたシャッター通りだ。
「実白とかいう娘が、敢えてこの寂れた場所を通学路にしている理由は分からん。が、見ての通り人もいなければ、充分に広い。好都合には違いあるまい」
 現れるのは『傍観者達』と呼ばれる存在だ。その名の通り、こちらに対し攻撃を行う意図は見せない。放っておいても消えていくが、これもまたオブリビオンの一種である。出来る限りここで絶っておくべきだろう。
 戦闘が終われば落ち着いて話も聞けるだろう。実白から情報を聞き出して、その場へ向かえば良い。
「が、その道のりも変容している。端的に言えば『罪の具現化』だ」
 それは取り返しのつかないものかもしれない。或いは、取るに足らない些細なものかもしれない。その大きさを問わず、犯した罪が目の前に現れる。
 ――何も乗り越える必要まではないと、ニルズヘッグは目を伏せる。
 心の強さも、その罪への対処も、問われていない。ただの幻影だと無視するのでも、目を伏せて通り過ぎるのでも構わない。真実、ただの幻だ。
 それでも――一度は、それを見る必要があるという。
 それだけのことだ。
「あァ、それから。似たような予知がもう一つ出ている。時系列としては若干のずれがあるようだから、良ければそちらの方にも協力してやってくれ」
 気を取り直すように、ついと指さしたのは対角線上にいる黒装束。そこまでを語ってから、ようやくニルズヘッグは顔を上げる。
「少々不穏なのが気になるが――如何なる結末であろうとも、我々の仕事はオブリビオンを打倒することだ。世界の愛と希望を示すため、よろしく頼むよ」
 破顔した彼の手元で、グリモアは禍々しい光を放った。


しばざめ
 しばざめです。
 火サスはたまに見ます。

 こちらのシナリオは、さもえどMSの『そして人に堕ちる』との合わせシナリオです。時系列がずれているので、同時参加は大歓迎です。
 どちらか片方のシナリオを追っていただくのでも全く問題はありません。

 今回のシナリオは『後味の悪い結末に終わる可能性が高いです』。ご了承ください。

 全体に心情を盛り込んでいただけると喜びます。
 一章は、第一発見者を囲む『傍観者達』との戦いです。その名の通り傍観を旨としていますので、殲滅は難しくはありません。対峙するオブリビオンの性質上、ここで実白とのコンタクトを図ることも可能です。
 二章では、皆さまの「罪」と対峙して頂きます。皆さまが罪だと認識していることは勿論、罪だと思っていないこと、覚えていないことでもOKです。
 三章で、今回の首魁と対峙します。

 一章プレイングの受け付けは『1/12(日)8:31~』となります。断章はそれまでに投稿します。二章以降はMSページでお知らせします。
 それでは、お目に留まりましたら、よろしくお願いいたします。
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第1章 集団戦 『傍観者達』

POW   :    静観
【自身から溢れ出続ける赤い液体】が命中した対象を高速治療するが、自身は疲労する。更に疲労すれば、複数同時の高速治療も可能。
SPD   :    観戦
【自身の身体の一部】を代償に自身の装備武器の封印を解いて【自身は弱体化。対象の装備武器を殺戮捕食態】に変化させ、殺傷力を増す。
WIZ   :    観賞
【対象の精神に「生きる力」を削ぎ落とす衝動】【を放ち、耐えきった、或いは回避した者に】【強制的に自身の力の一部】を宿し超強化する。強力だが、自身は呪縛、流血、毒のいずれかの代償を受ける。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。



 きっかけは何だったか、よく覚えていない。
 気付けばいつも何かを唱える母の声が聞こえていて、そのうちそれに紛れて『かみさま』の言葉が聞こえるようになった。
 いつしかそれは、母の声がしなくても、柔らかい温度で囁きをくれるようになった。
 父は写真の中にしかおらず、電灯はいつも変えられず、風呂には黴が生えていて、薄いドアで隔てられた外からは時々男性の怒鳴り声がして、そのたびに母は狂ったように何かを唱えた。
 『かみさま』がお救いくださると――。
 母は言った。
 だからあのとき、声を聞かせてくださる『かみさま』は、己を救ってくださるのだと思った。耳の裡に囁くそれが本物であるならば。いつも母がそう言っていたように。
 『かみさま』は――。
 その場に現れて颯爽と全てを片付けてくれることこそなかったけれど。
 天啓という形で、お救いくださった。
 だからその恩義に報い、恵みに感謝するために、手を合わせて。
 食べて。食べて。食べて。食べきれなかった分は、謝りながら捨てて。気持ちの悪い感触に泣いて。それでも食べて。食べて。食べて。
 だって。
 ――残したら、『かみさま』に怒られちゃうもの。


 夕景に蠢く無数の影が見えるだろう。
 斜陽が赤々と照らすそこに、人影はない。人のような姿をした無貌のばけものが、漫ろに猟兵たちを見る。
 その中央で――。
 向かってくる足音を聞いてか、顔を上げる娘がいる。一つに縛った黒髪と、眼鏡の底から覗く黒い瞳が、救世主を見付けた刹那。
 ――彼女の表情は、僅か歪んだように見えただろう。
 その唇が紡ぐ小さな独り言は、きっと誰の耳にも届かない。しかし目の良いものには克明に見えただろう。小さく動いた口許が、一体何を呟いたのか。
 ――『かみさま』、どうかおたすけください。
スキアファール・イリャルギ
○◇
かみさまは――、
いつ私を"救/掬"おうと手を伸ばしますか

敵は彼女へ向かう道筋にいれば倒す
迂回なんて面倒はことは嫌です

彼女は、逃げますかね
その耳を塞ごうと手を伸ばせば
逃れようともがきますかね

天啓は聞こえますか
耳を塞いでも?
なんて言ってるんでしょう
よかったら私にも教えて下さい
ねぇ、だって
気になるじゃないですか
かみさまの言葉なんて聞いたことないし
それを聞いたら私も
すくわれるんですか?

――もう、救いは求めてないけどね


あぁ、【叉拏】みたくなってますけど
彼女は一般人ですからしませんよ?
しませんけど、

試してみたくは、なっちゃいますね
"あなたは何故苦しむの?"と問うてみたい

……だからしませんってば


臥待・夏報
※アドリブ連携歓迎

(まあ居たよな。クラスにひとりは、霊感少女が)
(馬鹿にされても何をされても、平気な顔して笑ってたんだ)
(あの頃の僕はただ、彼女を拒絶する勇気がなかっただけで)
(――いつも隣にいたのだって、別に優しさなんかじゃなかった)

立ち向かうべき現実から眼を逸らさせるだけの好意なんて、あまねく暴力だと思わないか?
……今のは女の子らしくない発言だったかな。
忘れてね。

ああ、目立たないけど夏報さんずっと居たんだよ。
何もしない彼らに混ざって、真木・実白を傍観し続けていたわけさ。
瞼の裏で君とふたり、だ――『次』は、そうだね。情報収集の成果として。
彼女についてひとつくらいは、何かを言い当てられるかな?




 神の手が伸ばされる先は決まっているのだろうか。
 スキアファール・イリャルギ(抹月批風・f23882)――或いは真境名・左右――には、その声が聞こえたためしはない。
 なれば己はすくわれぬ存在か。影人間より悍ましい包帯の下には、神ですら触れたくはないか。
「かみさまは――」
 無貌の傍観者たちが行く手を塞いでいる。塞いでいるのではないのか。動かないだけだ。ただ漫ろにある。
 ――どちらでも同じだ。
「いつ私を‟救/掬"おうと手を伸ばしますか」
 紅い液体が弾けて落ちる音を聞いている。どろどろと形を失うひとがたを見ている。
 包帯の下の。
 無数の――目が。
 スキアファールが迫れば、実白が凍った悲鳴を上げるのが聞こえた。伸ばした影法師の手から逃れようとする姿が、はっきりと目に映った。
 するりと。
 耳を。
 撫でるように――。
 塞いだ大きな手から、少女が逃れる術はない。きっと今は、幾分か雑音を引き連れた、籠った音が響いているのだろう。スキアファールはそう思う。聴覚を塞がれると、そうなるのだ。
「天啓は聞こえますか。耳を塞いでも?」
 問いかける。雑音交じりのそれが、実白の耳に届いている。
「なんて言ってるんでしょう。よかったら私にも教えて下さい。ねぇ、だって、気になるじゃないですか。かみさまの言葉なんて聞いたことないし」
 捲し立てる言葉が彼にもまた訴えかける。
 ――使ってしまえば良い。その超常の力を。試してしまいたいのなら。
 それが許されないと思うのは、眼前の少女が今しがた壊した無貌とは違う、息をしている人間であるからだ。けれど試してみたい。問いかけたい。彼女の命の灯と引き換えに。
 その思いの全てを、別の言葉に代える。
「それを聞いたら――私も、すくわれるんですか?」
「ええ」
 震える声が戻ってくる。神の声に縋る少女の瞳はこぼれんばかりに見開かれて、スキアファールを見返していた。
「『かみさま』の言うことをちゃんと聞いてれば、幸せになれるんです」
「ああ、そう――」
 そうなのだろう。この少女は、事実幸福になったのだろうし。
 スキアファールは。
 ――もう、救いは求めてないけどね。
 その問答を、じっと見詰めていた瞳がある。
 クラスに一人はいるのだ。霊感少女というものが。そういう外れた人間は、大抵の場合は敬遠されて、のちに嘲笑の的になる。物理的な害が及ぶほどのそれを、誰かはいじめと呼ぶのだったか。
 ――あの子は、平気な顔で笑っていたんだっけな。
 そういう少女の隣にいる人間が、腹の底で何を考えていたかといえば。それは決して綺麗な感情ではなかった。
 拒絶する勇気がなかった。変わった娘を指さして嘲笑う人間たちと、同じ生き物になれなかった。だから彼女が隣にいても何も言わなかったし――頭が変な子だな、と、は思ったけれど。
 それで。
 かみさまに。
 あの子は。自分は。
 ――かほちゃん。
 ちがうよ。
「立ち向かうべき現実から眼を逸らさせるだけの好意なんて、あまねく暴力だと思わないか?」
 水は燃えない。街も燃えない。燃え尽きるべき遺影は己だけ。だって何も覚えていない。覚えていないことにして、臥待・夏報(終われない夏休み・f15753)がゆるりと首を傾げる。
 朝焼けを前にする夜のような、深い藍色の瞳が瞬いた後には、少女然とした女が一人残るだけだった。
「……今のは女の子らしくない発言だったかな。忘れてね」
「あなたは」
「ああ、目立たないけど夏報さんずっと居たんだよ」
 それは、スキアファールが実白の注意を引いていたからではなくて――。
 無貌で佇むそれらの中に、ここに来てからずっと紛れていたひとつが、夏報だったのだ。
 その藍色の瞳が、影法師の男に向けられる。それから実白へ移る。夜空の色をしたそれを通して、真木・実白の裡にある一番星を見ようとして――スキアファールの懐いたそれが、きっと正解を引き当てると悟る。
 だから。
「『あなたは何故苦しむの?』」
 彼が引くことを許されない引鉄を、代わりに空砲としてみせた。
 軽やかな問いが、漫ろな影法師を『にんげん』に引き戻す。解放された実白の耳朶にもう一度、一歩距離を詰めた夏報が問いかけるのだ。
「『あなたは何故苦しむの?』――夏報さんは知ってるよ」
「苦しくないですよ」
「『かみさま』がいるから、ですか」
「そうです。『かみさま』が救ってくださるから」
 夏報の揺らがぬ声に、スキアファールの低音が乗る。返す実白の声はひどく穏やかだ。
「『かみさま』は、わたしに囁いてくれるんです。いつだってわたしの味方でいてくれる。昔からそうでしたけど、今は隣にもいてくれるんですから」
 ――それは、『かみさま』以外の何でもないでしょう。
 問いかける声には確信があるようで、けれど夏報はもう、彼女の瞼の裏側に、星を見付けた。
 ずっと一緒にいたからだ。最初から、ずっと。
「君は、君自身の『かみさま』を肯定したい」
 声に出すことで、己を縛るように。
 スキアファールの黒い包帯が、幾ばくか彼自身を拘束する力を強めた。にんげんの形を保つ影法師の横に立って、夏報の藍色がちらちらと瞬く。二人を見つめ返す実白の瞳に、もう怯えの色はない。
「だって、『かみさま』はわたしを肯定してくれたんですよ。『かみさま』のことは、わたしが肯定しなくちゃ」
 胸に手を当てて、娘は嫋やかに嗤った。
「――あの子のこと、本当に分かってるのは、わたしだけですもの」

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

イリーツァ・ウーツェ
【竜偵】
思いますに
此の人間が、元凶の一で有りましょう
此処で排除しては?

承知いたしました
では、其の様に

鎧坂殿の隣にて、UCを展開
領域内に於ける、敵由来の総て
赤い液体や放つ衝動、力の一部
敵その物に至るまで
全て、消滅させる

殺さない理由
私には、思い付かない
だが、私は雇われた身
雇用主に従う迄の事


鎧坂・灯理
【竜偵】
だめです やめてくださいね
ああいうのは下手に切ると 悪化することがありますから
対処療法は駄目なんですよ ちゃんと根っこから切らないと
なのであれにも話を聞きます 不愉快ですが

まあ、聞くというか全部見せてもらうというか……
なので邪魔が入らないようにしっかり防衛してください
頼みましたよ

起動――【無知の知】
真木実白の過去を圧縮して追体験する
この技の良いところは「混同しない」ことだ
さあ、全部見せろ

きっと不思議がっているんだろうさ
ヤツは強い、いくらでも後出しで片付けられる
だがな
「私は違った」から、根っから絶たないと安心できん
今は私が主だ 従ってもらおう




「思いますに」
 無機質な深緋の瞳が瞬きもなく実白を見詰めている。呼気は不定――吸気もまた同様に、声を発する前に一瞬のみ揺らぐ。
 無貌の傍観者達と変わらない。ただそこに在る竜は、ただそこに在るだけであるが故、何らの他意も遠慮もなかった。
「此の人間が、元凶の一で有りましょう。此処で排除しては?」
「だめです」
 イリーツァ・ウーツェ(負号の竜・f14324)の抑揚のない問いかけに、赤を孕んだ紫の目が細められる。
 ――鎧坂・灯理(不死鳥・f14037)が、この竜を自称するものと共に仕事をするのは、これが初めてではない。ともすれば傍観者へ紛れてしまいそうな黒の長躯を、人間らしい激情を埋めた隻眼で振り返る。唇に浮かべた笑みは防衛のためのそれだが、男はそれに気付かない。
 それを知っている。
 知っているから、女の低い声は凛と続く。
「やめてくださいね。ああいうのは、下手に切ると悪化することがありますから」
 ――特にあれはそういう手合いです。
 指先を振る。他者を――実白を指し示す行為はしない。刻み付けられた礼節の片鱗であり、こちらの行動を気取らせないための打算だ。
「対処療法は駄目なんですよ。ちゃんと根っこから切らないと。なのであれにも話を聞きます――不愉快ですが」
「承知いたしました」
「邪魔が入らないようにしっかり防衛してください。頼みましたよ」
「では、其の様に」
 イリーツァの巨躯が、うっそりと一歩を詰める。並んだ灯理を見下ろす深緋に、しかし彼女は映っているだけだ。その意図を読むことも、真意を問うことも、竜はしない。
 言われたことを遂行する。
 それが約定だ。
「寄るな」
 それは要請であり――。
 ――宣言である。
 漫ろに揺らめく無貌の黒の存在が掻き消える。元よりそこには何もなかったとばかり、斜陽が地面へ差し込んだ。損壊の痕も、存在の痕跡も、影の一つさえ、どこにもない。
 イリーツァは動いていない。己が内側にある力の一端を、僅か覗かせただけに過ぎない。その証拠に、彼は手袋を外していないのだ。黒い薄布を解かぬことこそが、明確な敵対と、肉体に宿る人外の力を扱う意志を持たぬことを告げている。
 今や、竜の立つ場より六十四メートル――その範疇に残るのは今を生きる者たちのみだ。
 実白と対峙した灯理は、二人分の怪訝を感じ取っている。一つは目の前の少女から。もう一つは、隣の竜から。
 ――殺さない理由が思い付かない。
 娘はともかくとして、竜についてはそんなところだろうか。
 イリーツァは強い。ここであの娘を殺したとて、後出しで幾らでも解決策を出してくるだろう。
 竜とは――。
 そも、それだけ強い生き物である。だがその男が別格だと感じるのは、箍のなさが故だ。
 自我とは生来与えられた軛だ。仲間を殺さず、同族に牙を剥かず、人を護る。このイリーツァと呼ばれる竜がなぞらえているのは約定という形で示された表面のみで、自ら考え出した解は何もない。
 『約定を守る』――ということさえも。
 『約定だから』、そうしている。
 灯理はそうではない。極めて人間らしい感情に裏打ちされた自我の軛を、誰よりも強く持つ。それが故に人間の殻さえ脱ぎ捨てた。
 だから、安心出来ないのだ。脳裏に強くある恐怖が、根源を絶たねば易々と眠ることさえ許さぬと責め立てる。
 そして今、この場において立場が強いのは灯理だ。
 故に。
 ――起動、無知の知。
「さあ、全部見せろ、真木・実白。貴様の味わったものを」
 脳裏に無数に映し出される記憶の全てを、紫水晶は客観的に見据えている。視点こそ真木・実白のそれだが、鎧坂・灯理はその全てを己と切り離している。
 ――母の唱える『すくいたまえ』。切れかけた電球。叩かれるドア。男の怒鳴り声はそれだけで程度が知れる。腹が減っているが、飯がないことは分かっている。
 ――赤く染まった部屋。母の骸。ぬるついた体液の感触。口に詰め込まれる鉄錆の味は灯理も知っている。
 ――ひときわに輝く誰かの顔。灯理は面識がない。さっぱりとした少女。向ける感情は、崇拝。
「貴様、人喰いか」
「――だったら、どうします?」
 薄らと笑った娘に、動揺する気配はない。灯理もまた同じだ。彼女のつがいとて人を食い、己もまたその業に足を踏み入れた。今、隣に立つイリーツァも同様に。
「貴方が喰らった――そのニンゲンは」
 不意に声がする。深緋が瞬きもなく実白を見下ろす。
 ただの疑問だ。脈絡も空気も感じ取っていない。感じたことを抑えることすら、学んでいない。
「貴方を害したのですか?」
 ――害さないニンゲンは、喰らってはいけない約定である。
 幽かに首を傾いで疑問を呈する竜に、実白は首を横に振った。
「わたしじゃなくて、わたしの大切なものを、穢しました」
 真っ直ぐに響く返答に、イリーツァは黙考を返し――。
 灯理はただ、眉根を寄せた。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

白神・杏華

……たぶん、これまで大変なことがあったんだよね。
私にはそれはわからないし、初対面の人に話すようなことでもない。
けど、あなたが辛い目に遭っているのなら助けたいし、力になりたい。
他の皆ほど頼りにはならないかもしれないけど、彼女の話を聞きたいな。

……その前に、周りのオブリビオンを何とかしないとね。
レプリカクラフトで鉄パイプとかの単純な打撃武器を生成。
それに対して観戦を発動させて、武器を強化するよ。
そして強化された武器はそこら辺に捨てる。次に、また新しい武器を生成して強化させる。
こうしてるうちに体が崩れていくんだよね?
これを繰り返して敵を撃破する。直接攻撃は苦手だけど、これなら……!




 神様というものに祈ったことはある。
 それは例えば、初詣のために当たり障りない願いを述べたときであったり、高校受験の成功に向けて願掛けをしたときであったりした。
 前者はともかくとして――。
 後者は、相応に熱の入った祈りだった。
 ごく平凡に平穏に、英雄譚とは遠く生きて来た白神・杏華(普通の女子高生・f02115)の知る『かみさま』とは、そういうものだ。裏を返せば、そういうものでしかない。
 ――叶えたい願いがあれば熱心に祈る。そうでなければ当たり障りのない未来を願う。それらが本気で、願ったから叶ったなどとは思わない。おみくじだって、当たり外れに一喜一憂して、次の年には委細など忘れてしまう。
 恐らくそれこそが、杏華が『普通』であることの証明なのだ。
 目の前には無数の影が蠢いている。実白に声を届けるには、この群れを退ける必要があった。
 徐に持ち上げた手に念じる。頭の中に思い描くのは、一本の鉄だ。
 中が空洞になったそれを突き出して見せれば、虚ろな傍観者は一斉に顔を向けた。赤い液体を吐き出し続ける穴が、生理的な悍ましさを感じさせないではない。それでも怯んではいられないのだ。
 ――己の手にある鉄パイプが、知らない力を纏う感覚があるのだから。
 こちらを見る一つが崩れた。同時に杏華の手が得物を放り投げる。再び生み出すのはバールである。単なる粗製の鉄に過ぎないそれが、重い感覚と共に凶器としての力を増した。
 再び投げ捨てて――。
 空いた間に、足を進める。
 模すのは精巧なものでなくていい。武器になりさえすれば、傍観者達の性質を利用して、自壊を招くことが可能だ。
 特別な力を持たないが故――杏華の最大の武器は、観察眼である。
 全ては、目の前に立ち尽くす彼女に声を届けんがために。
「……たぶん、これまで大変なことがあったんだよね」
 吐き出した声に、実白の黒髪が揺らいだ。
 杏華は。
 普通に生きている。両親がいて、一緒にゲームをする弟がいて、恙なく暮らす街で、女子高生をしている。日々の小さな悩み事があって、そろそろ将来を考えなくてはいけないかもしれないと、大人になった己を夢想することもある。
 ――実白には、そんなことはないのだろう。
 だから分からない。『かみさま』に縋るほどの過去を聞くような親交もない身で、おいそれと問いただすことは出来ない。
 それでも。
 彼女が、ここに来た理由は――。
「あなたが辛い目に遭っているのなら助けたいし、力になりたい」
 他の皆ほど頼りにはならないかもしれないけど――と、一つ前置きをしたのは、超常の中にあって、杏華の普通さは異端だったからだ。
 取り柄がないと思っている。華々しい活躍の舞台は遠い。だから、そういう『目に見える強さ』を持つ者たちのように、胸を張って任せて欲しいとは言えないのだ。
 杏華に出来ることは一つだけ。
「あなたの話を聞きたいな」
「わたしの話――?」
 瞬いた実白が何を言いたいのか――目を見ただけで、すぐに知れた。
 疑問の色だ。真っすぐで、どうしようもなく澄んでいて、どこか――おそろしい。
「わたしの話なんか、ないですよ。空っぽです。わたしには何にもないんです。わたしにあるのは」
 ――『かみさま』だけ。
 うっそりと笑い、胸の前で手を組む娘に、杏華は半ば反射的に声を上げた。
「そんなことないよ」
 そこにいるのだ。杏華の眼前に、実白はいる。息をしている。瞬いている。生きている。
 確かにここに生きているのに、空っぽだと言うことが――。
 杏華には分からない。
 けれど発するべき言葉も見つからなかった。己では、彼女の辿ってきたものは分からない。
 それを理解している。
 だから。それでも――。
「そんなこと、ない」
 確かな声で首を横に振れば、実白は首を傾いで瞬いた。

成功 🔵​🔵​🔴​

ユルグ・オルド
◯/祈れば信じれば救ってくれるだなんて
カミサマとやらは随分、椀飯振る舞いだ
いや、ケチつけたいワケじゃアないんだケド
――思考停止ってのは楽な生き方だとは、言わずにおこう
少女に乞うのも酷な話で
縋る路を絞った周囲の所為か
胸糞悪いのには変わんねェわ

錬成カミヤドリで呼ぶのはシャシュカ
雨の代わりに刃を降らせ、影ごと貫いて
漏れたら迎え撃つだけさ
刃自身はただの道具で
人の身で揮ったら罪になる
大義名分があれば免除されんのかな
赦してくれとも願ったことはないが

切れ味で仕留めそこなったら、後悔くらいはする、っかなァ
答えのない堂々巡りはさておいて

救ってくれるカミサマとやらの
その救いってどんな形をしてるの




 ――祈れば信じれば救ってくれるだなんて、カミサマとやらは随分、椀飯振る舞いだ。
 ヤドリガミである。
 人に愛された器であるが故に自我を得たものを、そう称するらしい。ならばまあ、それは神のなりたちとして何ら間違いはないだろう。とはいえ己が成り立ちすらも忘れたと哂うのがユルグ・オルド(シャシュカ・f09129)だ。何となく他人事めいて実白を見るのも、それが故かもしれなかった。
 ユルグは特段、彼女の在り方にケチをつけたいわけではない。
 己に何もかもを教えてくれる『かみさま』を信じたいというのならば、信じるのもまた一つの道なのだろうと思う。それが人間から見て正道だろうと邪道だろうと、彼女にとってはそうあることこそが道であるのだろうとも思う。
 ただ――。
 ――思考停止ってのは楽な生き方だ。
 と、思うのもまた事実だ。
 声は飲み込む。口には出さない。それを少女に乞うのは残酷だ。
 こう――なってしまったのは。
 択ぶ道がなかったのだろう。前に進むことしか出来ぬ時間の中で、縋るものを絞られれば、目の前に提示されたものを掴む以外に出来ることなどないのだ。
 だから、それは周囲の所為でもある。
「胸糞悪いのには変わんねェわ」
 零れた声と共に、呼び起こすのは己である。
 正確には己が複製か。鍔なしの片刃が中空を埋め、漫ろ蠢く無貌のばけものへと降り注ぐ。
 夕景に似合わぬ雨の代わり、少女を囲む無気力なものどもを刃が貫く。シャシュカと呼ばれるその剣が、長く伸びる影ごと異形を穿って、赤黒い液体へと変えていく。
 漏れた者にはその手の刃をくれてやる。ひとつ振り下ろすだけで霧散するそれを見遣り、地に突き立つ複製を見遣り、ユルグの紅い瞳はふと思案に烟る。
 刃とはただの道具に過ぎない。ユルグの本体とてそれは変わらない。だからきっと、降り注いだ複製に罪はない。
 だが人の身で揮えば罪過となる。彎刀の宿神は今、恐らく客観的には罪人である。突き立った剣と同じであるのに。
 それを決めるのも人で、裁くのもまた人だ。なれば大義名分があれば赦されるか。そうして得た赦しは、何から賜ったものなのか。
 ――赦してくれとも願ったことはないが。
「切れ味で仕留めそこなったら、後悔くらいはする、っかなァ」
 ひとつ。
 冴え渡る白刃にて消し去ったそれと一緒に、堂々巡りの問答も置き去りにして。
 少女の前に立った男は、跳ねる声で問うのである。
「救ってくれるカミサマとやらの、その救いってどんな形をしてるの」
 対する娘は一つ瞬いた。すぐにゆるゆると唇が笑みをかたどって。
 ――ああ、信徒とはそういう顔をするものなのだな。
「きっと人によるでしょうけど。わたしの隣にいる救いは、女の子のかたちをしています」
「なるほどねェ」
 蕩けるような笑みをくれたその娘に、ユルグはただ、そうとだけ呟いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

シキ・ジルモント
○◇/POW
第一発見者…実白、だったか
彼女に当たらないよう、ユーベルコードで周囲の敵だけを撃ち抜く(『スナイパー』)
治療される前に倒しきってしまいたい

実白の無事を確認したら、噂について率直に尋ねる
「“金気のにおいを纏う大女”の噂、知っているなら教えて欲しい」
UDCを広めるなら、拒まない筈だ

それと…
「何に助けを求めていたんだ?」
答えが無くてもその様子から『かみさま』の情報が得られるかもしれない

最後にもう一つ
「一体、何から助けて欲しい?」
どうせ助けを求めるなら目の前の手を取る気はないかと問いかける
助けたいと思っているのだと、はっきり示す

…この手で、壊す以外に出来る事が、何かを助ける事が出来るのなら


桔川・庸介
ヒイッ!こ、こいつら……襲ってこない、のかな?だいじょぶ……?
お、俺は戦える力とか無いし、とにかくあの子に話を聞いてみるよ。
周りの敵には目もくれない、というより精一杯目を反らしながら
まっすぐに真木さんの方へ向かおう。

あの、えっと。最近よく聞く『噂』ってやつ。
君が詳しく知ってるって、友達から聞いてきたんだ。
良ければ内容とか、……噂について苦しいこと、あれば教えてよ。
ここに居る俺らみんな、こー見えても真木さんを助けに来てるんだ。
だからさ、なんか……思い当たる変なこと、あったりしないかな?

しっかり話せばきっと伝わるはず!って、俺は疑いなく信じてるけど。
……真木さんの目が。ちょっとこわい、かも。




 斜陽に照らされる傍観者達は、ずろずろと不快な音を立てて、くり貫かれた顔から赤い体液を零している。
 嗚咽か、或いは慟哭か。それとも笑っているのか。声なく何かを示す、見るだに化け物然としたその姿から、桔川・庸介(「普通の人間」・f20172)は努めて目を逸らした。
 ――その通称の通り、それらはただ『見て』いるだけだ。そういう話であるが。
「こ、こいつら……襲ってこない、のかな? だいじょぶ……?」
「大丈夫だろう。敵意はない」
 シキ・ジルモント(人狼のガンナー・f09107)の唇が紡いだ端的な情報を、少年の焦げ茶色が見上げる。
「そ、そっすか――」
 そうは言われても――。
 ごく『普通』に生きている庸介からしてみれば、この怪異の群れは何もせずとも恐ろしい。寧ろ何もして来ない方が不気味に思えるほどだ。
 それでも、届く声があるのならば、届けたいと思うから――。
 無数の化け物が視界に入らぬように、目を伏せて走る体勢を取った彼に、人狼の手が翳される。
「待て。進路を開ける」
 言うや構えたハンドガンを手に、シキの鋭い眼光が傍観者どもを睥睨する。稲妻の如く放たれた銃弾が、実白の周囲を囲むそれを消し去って、二人の目には一本の道が見えた。
「あ、ありがとうございます」
「いいや。行くぞ」
 例に端的な声を返して――。
 歩を進めるシキの後ろをついて、庸介は実白の前に立った。
 娘の瞳が、精悍な長躯を見上げている。シキの瞳は揺らがない。碧玉が如き深い青に、黒髪を結わえた姿が映り込んでいる。
「“金気のにおいを纏う大女”の噂、知っているなら教えて欲しい」
 不意の言葉に瞬く実白へ向けて、重ねるように歩み出た庸介が声を上げた。
「あの、えっと。最近よく聞く『噂』ってやつ。君が詳しく知ってるって、友達から聞いてきたんだ」
「あ、そんなに広まってるんですね。良かった」
 にこりと。
 笑う顔は――彼らのよく知る思春期の少女と、変わりないのだが。
「廃倉庫にね、大きい女の人がいるんです。丸い、お月さまみたいな金色の目で、こっちをじっと見てるんですけど」
 ――食べちゃうんですよ。
 笑顔を崩さぬまま発せられる言葉に、庸介は僅か怯えた顔を見せた。
「た、食べる?」
「そうです。黒い影で、ばくって。食べられちゃうと、もうその人は誰からも忘れられちゃうんです」
 実白の手が。
 中空を掴むように動いた。『食べる』表現であることは容易に知れる。分かりやすい怪談に年相応の振る舞いを見せ、一歩を退く庸介とは裏腹に、シキはただじっと口許に手を当てる。
 ――廃倉庫と言われた、その場所を頭に入れて、二つ目の問いを投げかける。
「さっきは、何に助けを求めていたんだ?」
「『かみさま』ですよ。わたしの大事な大事な『かみさま』です」
「それは、あんたを助けてくれるのか」
「ええ! 今だってどうすれば良いか教えてくれてます」
 ならば――この問答も、『かみさま』の手の内か。
 人狼の尾が揺らいだ。いたく楽しげに笑う眼前の少女が、信仰に心底から傾倒しているのは間違いがないと見える。
 ――だとするなら。
「一体、何から助けて欲しい?」
 それが、シキの一番訊きたいことだった。
 傍観者の群れの中で怯えることもなく、『かみさま』に縋り幸福そうに笑うこの娘は、最初に何から助けてもらおうと言葉を紡いだのだ。
 信じ祈りながら助けてくれと願うこの少女は――信じる者から受ける裏切りの深手を、負うことにはなるまいか。かつての己と同じ絶望を、いつか知ってしまうのではないか。
 満月の夜に狂い、何かを壊すだけのこの手が、他者の絶望を防ぐ救いに転ずることが出来るならば。
「どうせ助けを求めるなら、目の前の手を取る気はないか」
「――どういう?」
 意を掴みあぐねたか、首を傾げる実白に向けて。
 もう一つ、伸ばされる手がある。
「ここに居る俺らみんな、こー見えても真木さんを助けに来てるんだ」
 庸介には――。
 己の奥底に蠢く同居人が見えない。見えていない間、彼は少々面倒くさがりで、漫然とした日々を楽しく消費することが好きで、深刻な悩みと言えばテストの赤点回避くらいの、ごく普通の高校生だ。
 そのひたむきで真剣な眼差しの奥――裡側より問いかける声も知らないままに、少年は少女に問う。
「だからさ、なんか……思い当たる変なこと、あったりしないかな? 噂について苦しいこととか」
 シキと庸介の問う言葉は、最終的には同じ目的に収束する。
 実白の抱えるものの一端を見付けたい。それを掴むことさえ出来れば、彼女を救う糸口に手が届く。
 そうすれば。
 ――彼女は『かみさま』から脱することが出来るかもしれない。
 じっと返答を待つ二人に向けて、実白は首を傾いだまま、唇を震わせた。
「『かみさま』が。教えてくれたことから外れたことがあったら、助けてもらうんです。そのたびに、『かみさま』は新しい答えをくれます」
 それに。
「『かみさま』の手なら、ここにあるじゃないですか」
 ほら、と示された先に、二人の目は何も見ることが出来ない。思わず眉根を寄せるシキの横で、庸介の足は思わず一歩を下がる。
 黒い瞳が虚空に投げかけられる。何もないそこに手を絡めるようにして、実白はいたく愛しいものを見るように目を細めた。
 それから。
「――あなたたちは」
 どこかあどけない表情が、純粋な疑問を投げかけるように、顔を引きつらせた二人を見据えた。
「何から、わたしを助けるんですか?」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

冴木・蜜
虐げられ続けて
不信を極めて
救いを求めたその先で
「かみさま」に縋ってしまうのは理解出来ます

私も経験がありますし
今も縋るものが無いわけではないですから
彼女に寄り添いたいですが…

人型は崩さぬよう意識をしておきましょう
戦闘行為は最低限
目に付く傍観者を麻酔銃で撃ち抜く

傍観者からの攻撃は回避に徹して
敵の合間を潜り抜け
実白さんの元へ

こんにちは、真木さん
私は冴木といいます

かみさま、とは一体何なのでしょうか
私は知らない
だから声の聞こえる貴女に教えて頂きたくて

お母さまからなんと聞いていたのでしょうか
貴女の信ずる「かみさま」とは一体何なのでしょう
寄り添う隣人か
救う救世主か

「貴女」の御話を聞かせて下さいな




 死毒に寄る者はない。
 浴びせられる言葉に底冷えする心地を知っている。誰にも顧みられぬ牢の空気を知っている。人外に向けられる針のような視線すら、その身に焼き付いている。
 絶望の暗渠に立たされ、冴木・蜜(天賦の薬・f15222)もまた、己が『かみさま』に縋ったことがある。
 不信とは、恐れるが故の拒絶である。これ以上傷付きたくないと悲鳴を上げる心が、信ずることをやめてしまうのだ。期待せねば傷付かない。己にも――周囲にも。
 その思いを理解している。今とて、縋るものがないわけではない。黒い死毒の体の奥底にまで染みわたった劣等感と卑屈は、実白の懐くそれと奇妙に共鳴した。辿った道のりも、種族も違う。それでも仄暗い心の裡のひとつが、彼女の傷付き果てた心に寄り添いたいと告げた。
 ――だから。
 苦手な擬態を解かぬよう、意識を整える。
 怖がらせたくはない。なればこそ、戦闘行為もまた最小限に留められた。蜜の手にある麻酔銃が秘かに針を撃ち出して、実白の元へ向かうに邪魔なものだけを撃ち抜いていく。
 貫かれれば消えるそれらが。
 くり貫かれた顔で、蜜を見ている。
 視線の煩わしさは感ずれど、彼の意識の大半は目の前の少女へ向いていた。
 蜜の紫水晶は、実白の目を見下ろしている。白衣を見るなり警戒した様子を見せた彼女に向けて、上げるべき声を探すような間を開けて――。
「こんにちは、真木さん。私は冴木といいます」
 穏やかに笑んでみせれば、少女は幾度かの瞬きを返答とした。
「『かみさま』の声が聞こえると伺いました」
「――はい。聞こえます」
 細く、しかし揺らがぬ返答を、男の目がじっと見つめ返す。聞こえているのだろう。決して聞こえないはずの声が、実白の中には確かに実在している。
 蜜は――あのとき、牢の中で。
 ないはずの声を聞いただろうか。聞こえていたとして、それが聞こえるはずのないものだと理解していただろうか。そうであれば良いと願ったものが――己の耳に届いたように感じていただけだと。
 真実、彼には敬愛する者がいたけれど。
「『かみさま』、とは一体何なのでしょうか」
「あなたは、知らないんですか?」
「ええ。だから声の聞こえる貴女に教えて頂きたくて」
 努めて柔和な表情を保つまま、致死の瞳は少女を映している。彼女の中にあるものを見んとしていることに、少女は気付くだろうか。
「お母さまからなんと聞いていたのでしょうか。貴女の信ずる『かみさま』とは一体何なのでしょう」
 ――『貴女』の御話を聞かせて下さいな。
 紡がれた言葉を最後に、蜜は口を閉ざした。その心に寄り添うならば、これ以上の声は余計だと判じたのだ。
 暫しの沈黙がある。そののちに彼を見上げた黒い眼差しが、喜色の声と共に歪む。
「あの人は、『かみさま』を本当に心から信じてはいなかったんです。嘘の『かみさま』を祀ってたんですよ。だって本当に信じてたら、『かみさま』の言うことを嘘だなんて言いませんから」
 それで。
 実白の唇が滔々と声を吐き出す。
「わたしの信じる本物の『かみさま』は、いつだってわたしに教えてくれるんです。わたしが困ってるときには、絶対、わたしに天啓をくれるんです。ずっとずっと誰にも見えなかったけど、とうとう出会えたんです。ようやくわたしも少し『かみさま』に近付けたから、ご褒美をくれたのかなって、思います」
「――貴女の『かみさま』は、貴女の隣人なのですね」
 ああ――と、思う。
 彼女の隣には神と呼ばれるものがいるのだ。こうまで縋られて、なおもこの娘を遠ざけず、退けず、さりとて救いもしない神が。
「貴女の『かみさま』は、何という名前なのでしょう」
 問うた声は静かで。
 ――笑みと共に返される声もまた、ひどく静かな色を孕んだ。
「『あかねちゃん』です」

成功 🔵​🔵​🔴​

空見・彼方
女の子の方は他の人に任せる。

…あんたらは一体何を見てた?
【オーラ防御】で伸ばしたオーラと、傍観者達の【手をつなぐ】
オーラを介して【精神攻撃】彼らと精神を繋ぎ、記憶を【盗み】
記憶から【情報収集】

精神を繋げば俺も影響を受ける。
死にたかないけど、生きる力が削がれる衝動は分からないけれども、
【狂気耐性】俺の精神が耐えられる所まで記憶を探る
限界になったら、空白(人形)頼んだ。

『空廻』人形がネイルガンで【呪殺弾】
彼方の頭を撃ち、黒揚羽の異界に放り込む。
そのまま傍観者達に微笑み、ネイルガンで傍観者達にも攻撃。
俺は『観賞』を死んで相殺。新しい俺が黒揚羽から出てくる。

かみさまね…そいつは全うな神様かねぇ?




 空転する精神の歯車に呑み込まれかけたことを思い出している。
 邪神における汚染は、ただ全く別の地で暮らしていただけの男子学生を、この斜陽の中にまで連れて来てしまった。いつしか慣れた死の感触と、衝突し混じり合った矛盾と狂気が心を穿ち、少しずつ解離していく自分自身の裡に別人を作り出していく。
 その心地もまた幾度も味わったものだ。
 なればこそ――。
 空見・彼方(デッドエンドリバイバル・f13603)が見据えるのは、狂気に呑まれた娘の方ではなく、彼女を見つめ続けていたであろう化け物たちの方だった。
「……あんたらは一体何を見てた?」
 零れる呟きを聞き取ってか、数体が彼方を見遣る。くり貫かれた顔と目が合った気がして、思わず僅かに眉根を寄せた。
 ――さりとて、それで止まるほど、戦いに不慣れなわけではない。
 伸ばしたのは不可視の思念だ。一体の手を絡め取り、異形の体の中を走るものに己が意識を同調する。
 探るべきは記憶。人とは異なるものと繋げば、流れ込む思念が渦となって心を蝕む。
 ――だから何だ。
 狂気に冒されることとて今更だ。そんなことを恐れる時間はとうに置き去ってきた。得体の知れぬものと衝突し、融解し、冒涜の海に沈む心を繋ぎ止めて――彼方はここにいるのだから。
 その脳裏に。
 ――少女の姿が見える。このシャッター通りだろうか。ちらちらと切れかけた街灯が瞬いている中を、ゆらゆらと歩いていく。
 その後方に、少年の一団がいる。何やら怯えたようなそぶりを見せる者、過剰なまでに胸を張って見せる者、馬鹿にしたような目で少女を見る者。その反応は多種多様だが、概ね何やら緊張しているような空気だけは纏っている。
 肝試しだなと、直感的に悟る。
 案内される先に、噂の大女がいるのだろう。少女――恐らく実白は、一人自然体でいるように見えた。どこか覚束ない足取りは軽い。それが余計に少年たちの恐怖を煽るのかもしれないが、本人はひどく楽しげに先導している。彼らには見えないだろう表情も、彼方の視点からはよく見えた。
 無邪気でどこかおそろしい笑顔だ。
 まるで友達に好きなものを紹介してみせるような。或いは――。
 ――獲物を定めた獣のような。
 その指先が。
 あっち――と、路地の先を示して。
 彼方の心に走るノイズが増える。狂気の狭間に沈みかけ、映像が認識出来なくなる。風景が歪む。声が遠のく。ざわざわと頭の中を巡る雑踏がある。何も見えない。何もかも見えすぎる。過去と未来が混ざって、融解して、己が見えなくなって――。
 ――弾ける。
 彼方によく似た人形が立っている。その手にあるネイルガンより吐き出した銃弾が、彼の頭を貫いたのだ。
 その周囲より、無数の揚羽が飛び立つ。魂を運ぶ静かな羽音が、斜陽を遮って螺旋を描く。原形をとどめず赤を吐き出す主人の体を、人形が無造作にその中へと放り込んだ。
 それから。
 物言わず微笑むそれは、次の標的を傍観者達と定めた。
 引き金を引く。呪詛の弾丸が無貌を蝕み、赤黒い液体へと変えていく。
 質量あるものを穿つ重い音のみが響く、物言う者のなくなった夕景の中で――。
「――それも『かみさま』の思し召し、か?」
 黒揚羽の海より、吐き出された手が地を掴む。一つの傷も残さず、魂のゆりかごから現れた彼方は、撃ち抜かれた頭に掌で触れる。十を超える死の経験を超え、黒い瞳は眼前の少女のみを遠く見た。
「……そいつは全うな神様かねぇ?」
 零れ落ちた独り言は届かない。物言わぬ人形もまた、ただ隣で笑むのみである。

成功 🔵​🔵​🔴​

昏森・幸恵
……彼女は、素直に憐れむことが出来る。
選ぶことの出来ない不幸に導かれているだけなのだろうから。

僅かばかりの親近感も湧く。
自分はこのような囚われ方でなくて良かったという安堵も。

だから、傍観者達をショットガンで散らした後は、出来る限り優しくしてあげたいと思うわ。
目線を揃えて、嫌がられなければ手を握って、落ち着かせてから話を聞く。

貴女に何が起こったのか。
何が起こり、何を聞き、何と出会い、そして赦されたのか。

彼女の友人について、下手に触れるのは得策ではないか。
けれど、最も彼女を揺さぶる点もそこであろうから、時間がかかっても慎重に探りつつ話をしていきたい。

出来れば、この子は救いたいわね。




 こわいということを知っている。
 あの日からずっと、こわいものの中にいる。この身を轢き潰さんとする感情の波は、何を買い集めても鎮まることなく、昏森・幸恵(人間の探索者・f24777)を『普通の人間』の岸辺から遠ざけていく。
 さりとて彼女は、平凡を知らぬわけでもなかった。なればこそ、あの日に得た狂気の中に『まともな』感情も呼吸をしていて――。
 ――実白という少女を、憐れだと思った。
 狂気の淵にいる。きっと幸恵よりもずっと早くから。ともすれば物心ついたときからかもしれない。抗い難い不幸に冒されたその来歴を、素直に可哀想だと思う。
 理不尽の底に沈められ、己の力が及ばぬ場所へ導かれた娘に、親近感を抱きすらする。同調には至らず、心に安堵の過るような、幾らか歪んだものではあるけれど。
 ――自分は、こんな囚われ方でなくて良かった。
 忘れることの出来ないことがある。三ヶ月にも及ぶ入院は役に立たなかったのか、それとも功を奏してここまで戻って来られたのか、ともかく幸恵は己の力でここに立つことが出来ている。
 だから、成せることもあるのだ。
 周囲に蠢く傍観者達に向けた銃口は悟られない。まるで実白の元へただ寄るだけのように、歩を進めては引鉄を引く。隠匿をこそ突き詰めて、射程を犠牲にした猟銃は、その手の中でただ静かに過去を刈り取っていく。
「真木・実白さん、よね」
 問いかければ、少女は浅く頷いた。
 だから――幸恵は努めて優しく微笑んで、じっとその目を見る。ゆっくりと伸ばした手の意味を知ってか知らずか、ただ立つだけの実白は、掌を包み込む温もりを拒まなかった。
「私は昏森・幸恵。よろしくね」
「よろしく、お願いします」
 細い声に動揺はみられない。だから、挨拶に応じるように頷いて、幸恵は声を続けた。
「教えてほしいことがあるのだけど――」
 ――実白の身に何が起きたのか。
 何を聞き、何と出会い、赦されたのか。
 『ただの人間』が道を踏み外す理由のひとつを、幸恵はその身で知っている。だからこそ確信していた。実白にも、己が狂気を知ったのと同じように、契機があったのだと。
 事実その推測は的を射ていて――。
「『かみさま』の声を、最初に聞いたのは、最初の家です」
 陶酔に埋もれる娘は語り出す。狂気にも似た、純粋な信仰のはじまりを。
「でも、何があって聞こえるようになったのかは、よく覚えてないんですよ。小学生になるくらいからだと思いますけど」
「それが、今も聞こえているのね」
「そうです。今は聞こえるだけじゃなくて、傍にもいてくれるんです」
 あまりに純粋な喜色を孕んだ声を上げるものだから。
 幸恵は一瞬だけ、言葉に詰まった。およそ有り得ないことを語る唇に、一つたりとて疑念はない――完全に猟奇に染まればそうなるのか。
 その感情は、逡巡として表に出す他は呑み込んだ。
「傍にいてくれる『かみさま』は、どんなもの?」
「女の子です。わたしと同じ学校で、ずっと傍にいてくれて。皆がひそひそ話をするたびに苦しくなるんですけど、『かみさま』が言ってくれるんです。『しろちゃん、大丈夫だよ』って」
「そう――」
 ――拠り所を、ただの人間を、『かみさま』と言ってしまう。
 およそ健全な関係ではない。それを許容する件の相手も底知れない。幸恵が想定していたより、あまりにも閉鎖的な関係性だ。
 それでも、こわいことから逃れるようにして『かみさま』を見出してしまったこの子を、出来れば助けたい――と。
 その思いが通じることを祈るようにして、幸恵の掌が僅かに力を強めた。

成功 🔵​🔵​🔴​

風見・ケイ
○◇
母『だった』女の祈り――呪いに耳を塞ぎ
喚く腹に黴臭い枕を押し当ててやり過ごす。
彼女もそんな夜を過ごしたのだろうか。
……似ている、と思った。
でも、だからこそ、『わかるよ』なんて言えやしない――わかられてたまるか。

【独りよがりの愛】
誰そ彼の怪物にはご退場願おう。
心削る不愉快な視線。厄介事を押しつけあう大人たちを思い出して、反吐が出ます。
見るな、聞くな――私に触れるな。
動かぬ的ならば、私でも中てることは容易い。

こんばんは。怪しい者じゃないですよ。探偵です。
……話を聞かせてもらえないかな。君が見たもの。聞いたもの。

この手を掴んではくれないだろう。そんな確信めいた予感。
でも、放ってはおけなかった。


霧島・クロト
○◇
まず、邪魔なのは『冬眠』させて片付けちまおう。
眠らせたらとっとと排除してしまって。

――さて、問題は、こいつの有り様だ。
余りにも『守られていない』。
けれど、俺みたいな反骨心も、
ひとりだけで立ち上がる根性も、こいつ自身には無い。

……じゃあ、そんな都合のいい弱者に手を差し伸べた、
『かみさま』っつーのは何者だよ。
まるで『飼い慣らされている』ような感覚しかねェ。
何も護ってくれないのにな。

本物の『かみさま』ってのは居ないだろうが、
それに相応する存在は居るだろうよ。
きっと、それは――
昔の俺が、兄貴に見た『それ』と同じ、救いの光ってやつだろう。
……ま、こいつはもっと危うい『何か』を見てる気がするけどな。




 刻まれる無自覚な悪意が、如何に心を孤独の縁へ押しやるか。
 果てに瓦解しかけたそれを繋ぎ止める光明を、霧島・クロト(機巧魔術の凍滅機人・f02330)は見たことがある。
 失敗の烙印を押されたそのいきものが見出したのは、『兄』への――。
 だが。
 クロトは実白にはならなかった。彼の救いの光は、彼女が見るよりずっと確かで、暖かいものだったのだ。
 なればこそ、彼は奇妙な同調を感じ取ってなお、少女の言う『かみさま』の存在を否定している。
 ――本物の『かみさま』などいない。いるとするなら、それに相応するような、神ではない存在だ。
 崇拝の対象になってなお、平気な顔で彼女にそれを信じさせている。そんな『かみさま』が本当に救いの手であるはずがない。
 彼女が、その黒い瞳に何を映しているにしろ。
「――危ういもんを見てる気がするな」
「ええ。私もそう思います」
 浅く頷いて目を伏せた風見・ケイ(消えゆく星・f14457)が零す溜息もまた、クロトが懐いたのとよく似た同調の色を孕んでいた。
 脳裏にありありと蘇る呪いがある。母『だった』女はそれを祈りと呼んでいた。耳朶を狂ったように駆け巡るそれに耳を塞いで、祈れど願えど満たされぬ腹を黴た枕で圧し潰して、全てが過ぎ去るのを待った。
 実白にも――同じような夜があったのだろうか。
 似ている。
 だからこそ、易々と手を伸ばすことなど出来ない。
 知ったような口を聞きながら、憐憫と同情の手を伸ばす者に、いつだって心の裡で叫んでいた。言葉だけで。その来歴に触れたからと。確かに味わった苦しみも絶望も悲哀も、『想像を絶する』なんて言葉で纏めてしまうような者たちに。
 ――わかられてたまるか。
「まァ、まず、邪魔者を排除するとするか」
 実白に向けて、一歩を踏み出したのはクロトが先だった。夜に傾く凍てた冬の空気が更に深く冴え渡り、立ち尽くす漫ろな傍観者を包み込む。呼び起こされる眠気に抗うすべなく、無貌は次々と力を失った。
 彼に遅れてひとつ足を進めたケイは、未だ立つものたちへと怪異を嗾けた。
 無貌より感ずる心削る視線は、いつか厄介事を押し付け合う大人たちが彼女に向けたのとよく似ていた。かつて傷を刻み込んだそれを、今はひどく不愉快だと思う――或いは、思えるのか。
「見るな、聞くな――私に触れるな」
 睥睨するように、残る視線たちを睨む。燕の姿で飛ぶ怪異が奪った五感を、彼女が知覚することはしない。意味がないからだ。荒事は別人格へと任せているケイであれ、回避も攻撃もしない的に当てることは出来る。
 そうして動きを失った全てを、クロトの銃が無造作に撃ち抜いて――。
 瞬く実白と二人は、対面を果たす。
「こんばんは。怪しい者じゃないですよ。探偵です」
 女性としては長躯のケイが、実白と視線を合わせるようにして屈む。
「……話を聞かせてもらえないかな。君が見たもの。聞いたもの」
「見たもの――聞いたもの――ですか」
 質問の意図を掴みあぐねたのか、首を傾げた少女は、しかし本当にそれだけだったようだ。警戒や怪訝の何一つも示さないまま、ケイに向けて声を上げる。
「噂の――ええと。鉄みたいなにおいの、大きい女の人を見ました。この先の廃倉庫にいるんです。あ、廃倉庫って言ってもいっぱいあるんですけど。『あれ』は喋りませんでした」
「――成程なァ」
 ごく素直なありさまに、目を眇めたのはクロトだ。まるで噂の内容に同調するような調子で、しかし頭は別のことを考えている。
 驚くほど無防備で無警戒でありながら、『かみさま』により堅牢に心を守る。あまりに歪である。それが『守られていない』ことの何よりの証左だ。正常に育たなかった心は、その機能のうち幾つかを停止することで瓦解を防ぐ。実白の場合は――自我であろうか。
 守られていないのはクロトとケイて同じだった。けれど失敗の烙印を押された機人には、これで終わってたまるかと叫ぶ反骨精神があった。超常を身に飼う女には、それでもひとりで立たんとする心があった。
 そのどちらもが、眼前の娘には欠如している。
 ならば。
「聞いてるのは、『かみさま』の声ですよ。わたしが失敗したらどうしようって思うとき、『かみさま』は正解を教えてくれるんです」
 陶酔の表情で告げる都合の良い弱者に、そうまで優しく接する神とは何だ。
 まるで飼い慣らされた犬だ。主を心底信頼して尻尾を振る。主の命であらば何でもこなす。犬と違うのは――そうまで懐いたところで、求める庇護すらも得られていないということと。
「『かみさま』の存在が、わたしを守ってくれるんです。素敵でしょう」
 ――彼女が、『守られている』と強く錯覚していること。
 クロトの溜息は深く沈黙を落とす。隣でケイが静かに頭を振った。
 きっとこの手を掴んではくれないと、女は予感していた。それは確信に極めて近いもので――。
 それでも、そうして深みに沈む少女を放っておけなかったのだ。
「それが、君の大事なもの?」
 独り言のように零れた声にも、実白は深く頷いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

鏡島・嵐
判定:【WIZ】
「生きる力」を削ぎ落とす衝動は〈狂気耐性〉や〈覚悟〉で耐える。
立ちはだかる奴らは一応倒すけど……力を流し込まれるってのはなんか気味が悪ィな。

余裕があるなら、実白って娘の様子を窺う。立ちはだかる連中を倒して、彼女がどういう反応をするんか気になるし。
こっちに怯えるんか、それともただ震えて混乱が過ぎ去るのを待ってるんか。

……。
……こういう場合、どう接すればいいのかわかんねえな。
「神さまなんて居ない」なんて言葉じゃ救えねえ。だからって、心が軋んで悲鳴を上げてる奴を見て見ぬフリってのもなんだか寝覚めが悪ィ。

祖母ちゃん……おれの祖母ちゃんだったら、どうしたんだろう。

※アドリブは適当に。




 背筋を撫でる感覚がある。
 産毛を下からなぞられているような、冷えた悪寒が走る。生きる力を削ぎ落とされる――というのがどういうことなのか、鏡島・嵐(星読みの渡り鳥・f03812)にはよく分からない。
 そも、『生きたくない』と思ったことがなかった。
 父母の姿を見ることが出来なくなったのちには、祖母が我が子も同然とばかりに愛してくれた。いっそ命を絶ってくれと思うほどの痛苦も、死んで逃れたいと思うほどの飢えも知らない。戦いにどうしようもなく怯えてしまう性質とて、己の命を守りたい臆病な本能が、どうしようもなく湧き出るからだ。
 だから――。
 注ぎ込まれる念にも、戦士のそれというには弱い覚悟で応じることが出来た。
 死を覚悟していて、死への誘いには抗えない。この場に必要だったのは、嵐の懐く死への恐怖としての覚悟だったのだ。
 ぬるりと心の芯を絡め取る無気力を跳ね付けて、彼は手製のスリングショットを構える。足許に転がった石をゴムに引っ掛けて放つだけの単純な構造は、しかしそれ故に破壊力をそのまま撃ち出せる。
 頭を――。
 破壊するその一瞬、嵐は目を瞑った。
 嫌な音に詰めていた息を吐き出す。己の命が脅かされることは殆どないと言われても、確かに命めいた何かを穿ったという後味は変わらない。
 そうして――開いた道の先で。
 黒い瞳と目が合った。
 ――実白の様子を見ておこうとは、最初から考えていたことである。
 彼女を囲む傍観者達を討つ猟兵たちを見て、少女がどんな感情を示すのか。その超常の力に怯えるのか、或いは震えて立ち竦むのか。
 その――どちらも。
 恐怖より出でる反応だ。嵐はごく自然に、彼女はこの騒乱に怯えるものだと思っていた。
 だから。
 ――何の感情も映すことなく、ただじっと彼を見詰める黒いまなこに、底知れぬ深淵を見た。
 恐怖がある様子はない。動揺も、怪訝もない。警戒している様子さえも見受けられない。彼が戦いに身を置くことは分かっているだろうに、己を取り囲む異形を壊す同年代の少年を前にして、実白はどこか茫洋と立ち尽くすだけだった。澄み切った黒が、幾度かの瞬きに遮られながら、嵐を見ている。
 何も考えていない――。
 普段嵐がそう言うよりも、きっとずっとおそろしい方向に。
 究極の思考停止を、彼は知らない。震える足を律さんと努力し、戦いに身を投じるたびに己の臆病さを自覚し、さりとてそれから目を逸らすことなく足を進めていく――嵐の在り方は、彼の自覚の如何に関わらず、考えることをやめた空虚の脳とは対極に位置する。
 彼女に届く言葉が己の中にないことを、改めて突き付けられた気分になった。どう接すれば良いのかが分からない。何か言葉を紡ごうとして、その全てが頭の中のフィルタを通れずに消えていく。
 『神さまなんて居ない』と声にするだけでは救えまい。それで手が届く場所にいるのなら、きっともっと以前に誰かが助け出している。だからといって、軋み血をにじませる心を深淵に投げ捨ててしまったかのような彼女を放っておくことも出来ない。
 救いたいものを救う――そのために、嵐は足が竦み総身が震えるほどの恐怖にも立ち向かい、泥まみれになって転がっても前に進んでいるのだ。
 青いリボンに触れる。金糸の刺繍が施されたそれに答えを求めるように。
 占い師は心に添わねばならない。ただ結果を提示するだけで、人の心は癒せない。だからきっと、敬愛する贈り主であれば――彼女をあの漆黒から救い出すことも出来るのだろうと思うのに。
「祖母ちゃんなら、どうしたんだろう――」
 胸の裡に問いかけても、祖母は優しく笑うだけだった。

成功 🔵​🔵​🔴​

ティオレンシア・シーディア
○◇

カミサマ、カミサマねぇ…
まぁ、ヒトが何を信じてようがその辺はあたしどうでもいいし。他人に迷惑かけなきゃ好きにしたら、としか言えないわけだけど。
…また、あんまりタチのよろしくないのに憑かれたみたいねぇ…
正直あたし、説得とかガラじゃないんだけど。
とりあえず、連中ほっといてもいいことないし。●鏖殺の〇範囲攻撃で○蹂躙しちゃいましょうか。

…困った時だけ縋って都合よく応えてくれる、なんて。そんな都合のいいモノ、ホントにカミサマなのかしらねぇ。
…仮にそうだったとして。あたしには後々もっと酷い事になる疫病神か、なにもかも一切合切吹っ飛ばして御破算にする死神くらいしか心当たりないんだけど。


塚杜・無焔
○◇
――一先ず、だ。要らぬ『観客』は排除しよう。
話はそれからでも遅くはない。

……きっと、私はお前のような者を助けようと思うだろう。
だが、お前は、それも『かみさま』のお陰だと言うのかもしれん。
その言葉に、私は少しばかり後悔をするのだろう。

もう少し早ければ、
もう少し違った世界を見せられたやも知れぬと。

だが、世界の違う以上に、死人に助けられるなど、
この世界の市井の者らは望まぬし、迫害の種にするだろう。

そうでなくとも、迫害にも似た境遇に有るのに、
『かみさま』はこの少女を『守らない』のか。
案外、『かみさま』はとうにお前を嘲笑っているのかもしれんな。

それでも『信じる』のだろう?
……恐らく、答えは――




「カミサマ、カミサマねぇ……」
 女性としては高い背と、美しい見目に反して、斜陽に甘い声が転がる。
 ――ヒトが何を信じていようが、本来ならば関係のない話だ。
 ティオレンシア・シーディア(イエロー・パロット・f04145)は、そのことを冷静に理解している。この世界には信仰の自由というものが法で保証されていて、ならば何を信じたところで個人の自由だ。それが他者に害を及ぼさないのならば、敢えて言及して詰る意味もない。
 それは、そう――なのだが。
 目の前で何をするでもなく立ち尽くす少女のそれが、およそ健全な信仰と呼べないことは、ティオレンシアの目には容易に知れた。まるで底なしの泥濘に足を取られているかのようだ。それも、沈むことを歓迎しているようなそぶりでさえある。
「……また、あんまりタチのよろしくないのに憑かれたみたいねぇ……」
 あらゆる人間を見て来た――あまりよろしくない人間たちも含めて。冒険者の酒場を兼ねたバーをやっていれば、例え立地が裏路地であれ、清濁あらゆる人種が訪れるものだ。そうでなくても、彼女の来歴は――特にこのUDCにおいては――荒んでいると評されるものになるだろう。
 その姿が明らかに病んでいたとして、それが分かったとして、問題は。
「正直あたし、説得とかガラじゃないんだけど」
「――一先ず、だ。要らぬ『観客』は排除しよう。話はそれからでも遅くはない」
「そうねぇ。とりあえず、連中ほっといてもいいことないし」
 長躯の死者が、言葉を零した女へ声を掛ける。頷いたティオレンシアの手には既に銃がある。
 殲滅を得意とするのは、塚杜・無焔(無縁塚の守り人・f24583)も同じである。
 神速のリロードとファニングにより吐き出される、無数ともいえる弾丸が傍観者達を撃ち抜いていく。その横を馳せるのは赫い雷撃だ。
 無焔の身より生まれる緋色の電流が、銃弾を受けぬまま留まるものを討つ。時間にすればほんの数秒の間に、目の前にあるのは沈む西日を受ける少女のみとなった。
 その――どこか浮世離れした表情を見るにつけ。
 無焔の心に浮かぶのは、子供らを守っていたときのそれと変わらぬ思いだ。ただ穏やかに、安寧に包まれる雛らを見守る心は、実白にもまた救いの手を投げかけようとする。
「……きっと、私はお前のような者を助けようと思うだろう。だが、お前は、それも『かみさま』のお陰だと言うのかもしれん。その言葉に、私は少しばかり後悔をするのだろう」
「どうしてですか?」
 ――死者の姿を前にして、少女の声は揺るがない。
 その姿に、男は更に確信を深めるのだ。
「もう少し早ければ、もう少し違った世界を見せられたやも知れぬと」
 だが。
 たとえばこの血の巡らぬ手が届いたとして。
 死者に救われた者を、この世界の人々は暖かく迎え入れはしないだろう。迫害の種はそこら中に転がっている。
 そうでなくても、既に迫害に近い状態にあるこの娘を――。
 神は助けていない。そう思うのは、ティオレンシアもまた同様だ。
 守られていない。実白もまた、それを疑問に思ってすらいない。困れば祈りを投げかけて、さすれば応答がある。
 そんなものが。
「……困った時だけ縋って都合よく応えてくれる、なんて。そんな都合のいいモノ、ホントにカミサマなのかしらねぇ」
「あは」
 それは――初めて実白が上げた、笑声だった。
「『かみさま』ですよ。『かみさま』は、ひとの声に応えて何かをしてくれるじゃないですか。今までどんな『かみさま』に祈っても願っても何も叶えてくれなかったけど、わたしの『かみさま』は、叶えて助けてくれるんです」
 己の思ったことを叶えてくれるものを、『かみさま』と呼んでいる。ティオレンシアの眉根が僅かに寄った。
 その心のありさまは、ただの身勝手と何が違うのだろう。
 実白を許容し、その行いの全てを正当化し、この『信徒』の手を使って全てを罰する。それを彼女もまた受け入れる。ひどく自己中心的で、閉塞した世界だ。その中にいる住人は幸福なのだろう――とも、ティオレンシアは悟っている。それ故に付け入る隙が多い――と、相手と状況次第では、思うこともあったかもしれない。
 ――その関係性が健全だとは思わないが。
 それに、もし――仮に、その言説が間違いでないのだとして。
「あたしには後々もっと酷い事になる疫病神か、なにもかも一切合切吹っ飛ばして御破算にする死神くらいしか心当たりないんだけど」
「――ああ。案外、『かみさま』はとうにお前を嘲笑っているのかもしれんな」
 同意するのは無焔だ。この娘は既に、手ひどい裏切りの最中にいるのではないかと――思う。
 思うけれど。
「それでも『信じる』のだろう?」
「はい」
 返る答えが明瞭であることも、二人はきっと知っていた。
「あの子がわたしのこと、『普通』に好きじゃないの、知ってます。それでも良いんです。だってわたし」
 ――愛されるなら、『普通』じゃなくても良いんだから。
 底知れぬ声音で囁く実白の瞳に、狂気の光が仄差した。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

鷲生・嵯泉
「かみさま」が救ってくれる、か
随分と都合の良い代物な事だ
救いを求める心迄も否定はせんが
其れ故の弱さを心得ねば己が存在すら危うくなるだろうに

何をせずとも邪魔は邪魔
先ずは破群領域にてオブリビオンは早々に一掃してくれる

「神」は人など救わない、唯其処に在るに過ぎん
お前の「かみさま」は何を救い、誰を助けると?
そんな勝手な事を言い出すのは神ではなく「ひと」だ
ならばこそ其処へと行き着いた経緯を聞かねば何も解らん
……「かみさま」が何をしているのか、話して貰おう

自身で勝手に祀り上げた「神」に心を縛り上げられた、其の姿に覚えが有る
其れが幸福か否かは他者が計れるものではないが……
――『歩く事』を望むなら邪魔になろう




 願えば神が救ってくれるのなら、あの日の残照などに囚われずにいるのだろう。
 祈り、信じ、縋る。その想いをただの逃避だと一蹴するほど絶望を知らぬわけではなく、さりとてその道を選べるほど己を棄て去ってもいなかった。信ずれば報われる都合の良さを、都合が良いと判ずる力がその身に残っていることを、幸と呼ぶのか不幸と呼ぶのかは判らずとも。
 鷲生・嵯泉(烈志・f05845)は、『かみさま』を信ずることが出来ない。
 或いは、それ故の弱さに身を委ねることを良しとすることが出来ない――という方が、正しいのやもしれない。あらゆる光明の絶えた精神の死の淵にあって、縋る場所を持てば余計に脆くなり、その危うさはいずれ己が存在をも呑み込む。怜悧な頭はそれを感覚として理解していたし、理解出来ねば眼前の娘のようになるのであろうことも分かっていた。
 その姿に辿り着くまでの道は、嵯泉の歩幅からすればひどく短い。それでもひしめき合う傍観者の群れが、とめどなく赤を散らして蠢いている。
「邪魔だ」
 ただ一声。
 無貌が反応するより先に、蛇腹の刃が頭を穿つ。斜陽に踊る黒が紅い液体を纏う。手首を翻せば、嵯泉の振るう剣は二つ目の群れを襲う。
 黒剣の刀身を汚す紅を払い――。
 柘榴の隻眼が眇められた。刃を手に距離を詰める長躯の男を前にして、実白の瞳は驚くほどに凪いでいる。
「『神』は人など救わない。唯其処に在るに過ぎん」
 ――救うのなら。
 ――あの日、神に命を乞うたかもしれない者がいた場所が、全て灰に還ることもなかったろう。
「お前の『かみさま』は何を救い、誰を助けると?」
「わたしを救ってくれました。今だって、わたしを助けてくれます」
 陶酔の表情で実白が笑う。吐き出される吐息が弾んで、ほら――と腕が広がった。
 示される先に――嵯泉は何も見ることが出来ない。
「『しろちゃん、こうすれば良いんだよ』って。わたしに教えてくれるんです」
 いっそ無邪気にも見える仕草に、嵯泉は僅か瞑目した。
 覚えがある――。
 己が祀り上げた『神』に、いつか心を縛られた姿を知っている。その瞳が死の先に見据えていた神も、そうして『かみさま』にとって都合の良い道を示していた。
 手を広げる少女に。
 ――どうすれば良い、と。
 窺うような目で嵯泉に解を乞う姿が重なる。己が意志で物事を決めることに、ひどく躊躇する手を思い出す。
 なればこそ、嵯泉はその意志を問うて――怯えながらも示される、その意を違えてはやるまいと、思うのだが。
「――そんな勝手な事を言い出すのは、神ではなく『ひと』だ」
 眼前の娘が縋る『かみさま』は、彼女の意志を通すことなどしていない。聞いてすらいないのかもしれない。自我を持つことを許されなかった娘を利用しているだけだ。
 文字通り救われたような表情をする実白にしてみれば、それは途方もない幸福であるのだろうことは容易に知れる。
 それでも。
 『歩く事』を選ぶなら――邪魔になるだろうから。
「……『かみさま』が何をしているのか、話して貰おう」
「何を?」
 鸚鵡返しに、少女が微笑むまま首を傾げた。
「あの子は何もしてないですよ」
「――何もしていない?」
「だって、『かみさま』はわたしに教えてくれるだけですから。教えてもらった通りにするのは、わたしなんです」
「其れは」
 つまり――。
 ――己が手を下すことなく、この娘に総ての責を。
 眉間に皺が寄るのを隠せない。実白が何をしたのかは知らないが、きっと噂を広めることとて、『かみさま』とやらの指示によるのだろう。
 矢張り――とだけ、思う。
「其れは、唯の人間だ」
 低く零された声の意味を掴みあぐねたとばかり、実白は曖昧に笑った。

大成功 🔵​🔵​🔵​

斬崎・霞架


感染型のUDCですか。
何であれ、敵ならば斃すだけですが。

さて、まずは周りの邪魔者を退かしましょうか。
…とは言え、戦う意思も持たない木偶の坊では。
さっさと消えて頂きましょう。
(無造作に【呪詛】を叩き込んでいく)

さて、実白さんでしたか。
彼女が第一発見者だと言う事ですが。
彼女が“首魁”と会った位置から、ソレは動いていないはず…でしたね。
ならば実白さん、貴女が異形に出会った場所…
――いえ、最初に『かみさま』の声を聞いた場所を教えて頂けますか。


何を信じ、求めるかは人それぞれです。
ですが、僕は神など求めない。神は都合良く人を救いなどしないでしょう。
…居るとすれば、それは神を騙る…神に似たナニカ、ですよ。




 厄介なものだと思う。
 斬崎・霞架(ブラックウィドー・f08226)の手が纏う呪詛が、無造作に漫ろな影を一掃する。何らの抵抗もなく消えていくそれらに目もくれず、彼の腕は次の傍観者へと伸ばされた。
 感染型のUDC、というのは、最近になって発見された新種だ。その効率の良い悪質さに、些か思うところがないではない。
 が――ともあれ、敵であるというのならば斃すのみだ。
 木偶の坊たちに呪詛を叩き込む。内側から溢れる禍の力に耐え切れず、弾けるようにして赤黒い液体が飛び散る。
 勝利をこそ至上とする霞架にとってみれば、動かぬ異形のことなど思考するにも値しない。ただ立ち尽くす邪魔を取り払い、彼の視線は神への崇拝を語る娘へと向く。
 ――彼女が第一発見者だという。
 見る限りはごく普通の少女と変わりないように見える。纏う雰囲気はその中に飼っている何か病的な――恐らくは信仰を感じさせるが、街中ですれ違っただけであれば振り返ってまで見はすまい。
 違和感といえばその程度に過ぎない。
 しかし間違いなく、彼女はその性質が故にキャリアーに選ばれてしまった。噂を運び、邪神を強大に育て上げるにはうってつけの娘だろう。
 なれば、その根源はここで絶たねばなるまい。
 近寄る黒づくめの足音に気付いて、実白の瞳が持ち上がる。澄んだ瞳が青年の瞳を見た。眼鏡越しに見える、どこまでも透徹した黒い眼差しに、霞架は穏やかに笑んでみせる。
 ――此度の首魁は、彼女が初めて会った場所から動いていないはずだと聞いた。
「実白さん、貴女が異形に出会った場所……」
 否。
 彼女の『かみさま』が何を示すのかが分からぬ以上は。
「――いえ、最初に『かみさま』の声を聞いた場所を教えて頂けますか」
 いつもの通り、友好的に質問を示す。瞬いた少女の揺らがぬ瞳と見詰め合って暫し。
 おもむろに唇を開いた実白が、透き通る声を上げた。
「異形って『あれ』のことですか。鉄みたいな香りの女の人」
「ええ。噂になっているものですね」
 くすくすと――初めて、彼女は年相応の娘のような、はしゃいだ笑声を漏らした。さも面白いことを見付けたとばかりに霞架の眼鏡の奥を覗き込む。
 揺らぐ感情に裏は見て取れない。
 なさすぎるとさえ――思う。
「『あれ』は『かみさま』じゃないですよ。『かみさま』は、あんなかたちはしてません」
「――それは失礼しました」
「あは。謝ってくれるんですね」
 笑声は。
 侮蔑でもなければ、皮肉でもなかった。
 ただ本当に、『そう思ったから言っただけ』だ。何も考えていない。ともすればそれは、『かみさま』が咎めなかったからかもしれないが。
「『あれ』がいるのは、廃倉庫です。どこにいるかは、後で案内しますから。それまで内緒です」
「そうした方が良い――と、『かみさま』が?」
「そうですね」
 二度ほど、首が縦に揺らぐ。茫洋とした仕草は、しかしどこか芝居がかっても見えた。霞架の温厚な笑みが崩れるのをその目に映しているはずなのに、浮かぶ感情の変化にはまるで気付かない様子だ。
「その方が――『かみさま』は喜ぶので」
 ころころと笑う。
 霞架には――。
 そうして信じ込むことを、咎める気はない。求める救いがそこにあるのならば、彼女にとってはそれが最良の選択だったのだろう。
 だが、彼自身がそれに溺れることはない。戦いにおいて勝利を神に願うこともしない――そこにあるのは、己が強さであるのだから。
 都合良く救い、しかし決してこの娘を守ることなく、己がもたらす『救い』に縛り付けるものなど。
「……居るとすれば、それは神を騙る……神に似たナニカ、ですよ」
 零した声を見上げて、実白はまたころころと笑った。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ゼイル・パックルード
○◇
都合のいいことにはだいたい裏があるって考えるもんだが……今まで都合が悪いことばっかり起きたら、そりゃ都合のいいことに縋りたくものか。

あんたは神様を信じて、かみさまはあんたを救ってくれてるんだって?
そいつはすごい。いや、どこの世界も信心深いヤツの考えることはぶっ飛んでてわかんねぇな。
少なくとも母親を救ってくれなかったヤツを信じる気にはならねぇもんなんじゃねぇの?俺母親いねぇからよくわからないが、俺なら裏を感じちまうね
いや、皮肉もあるが単純な疑問でね。あと、もしその神様がいなくなったらどうするのかとかもね

いきなりぱっと湧いた力なんて、いつ失うかわからないからな
適当に話したら聴衆を狩るとするかな


ルメリー・マレフィカールム
あの人が、実白?
『かみさま』が何なのかは、分からない。けど……オブリビオンが彼女を傷つける前に、斃さなきゃ。

『死者の瞳』で、オブリビオンの動きを観察。誰の、どんな武器を強化するか見て、それに当たらないように動く。
反撃は【銀閃】。回避行動を予想して、避けようとした先で当たるように、ナイフを投げる。周りにオブリビオンが居なくなるまで、それを続ける。

実白と話はしない。会話は、少し苦手。
だから、代わりに観察する。彼女が、どんな人なのか。『かみさま』に繋がることはあるか。
もし、彼女が噂の中の『少女』なら。何かがある、かもしれないから。

〇◇




「あの人が、実白?」
 白銀より零れた声は、僅か離れた位置に立つ対極の色を見据えている。
 ルメリー・マレフィカールム(黄泉歩き・f23530)の赤い瞳が、無表情に実白を眺めやった。
 ――一度は死の淵を見た身だ。蘇生にしたがい記憶の大半をそこへ置き去りにしてきてしまったし、その中に『かみさま』があったかどうかも思い出せはしない。
 自分の知る物事の中から、その解に行き着くことは難しいだろう――と思う。生前の記憶を探して歩くルメリーには、茫洋と立ち尽くして笑う実白の目に何が見えているのか想像もつかない。
「『かみさま』が何なのかは、分からない。けど……」
「俺にもさっぱり分からんね」
 傍らの少女の声と比べるとすれば、呆れが多分に含まれているということになろうか。ゼイル・パックルード(火裂・f02162)は片眉を持ち上げ、これ見よがしに肩を竦めて見せた。
 ――彼の生い立ちもまた、さして良いものとは言えない。
 恵みの少ない砂漠にあって、生きるために犯した罪は数知れない。傭兵としての仕事をもらえる年齢になるまでの間にも幾重の積み重ねがあった。刷り込まれたのは冷静でいること――何しろ騙された者から死んでいくのが掟であったから。
 彼はそういう死に方を求めてはいない。
 だから、都合の良い話に裏があることを勘繰ることは、当然のように思えていたが。
「今まで都合が悪いことばっかり起きたら、そりゃ都合のいいことに縋りたくものか」
 独りごちるように言って、歩み出す。その背に向けて、ルメリーが未だ黄色さを残す少女の声を投げた。
「オブリビオンは、私に任せて」
「話には行かねぇのか?」
「会話は、少し苦手」
「分かった」
 それ以上の言及はしない。
 炎を纏ったゼイルの足は進路を開くに充分だ。踊る地獄の火焔が最低限をなぎ倒すのを横目に、ルメリーの懐より取り出されたナイフが斜陽に煌めく。
 ――一本も外さない。
 一度は死を見た。骸の海に落ちる寸でを引き戻されて、記憶と引き換えに体を得た。その紅い瞳に、世界は死の間際を映すのだ。
 視界から色が抜け落ちる。無数の傍観者達の動きが明瞭に視認出来た。それらの幾らかが、焔の軌跡を残して蹴り上げるゼイルを見ている。
 異形の指先を――。
 持ち上げたように見えたから。
 まずはそれに向けて一本を投擲する。気付けば回避するはずだから――その足が下がった先に刺さるように。
 その横にいるものには回避行動さえも許さない。ほぼ同時に突き立った刃が、赤黒い液体に変わった傍観者達から零れ落ち、アスファルトに跳ねた。
 ルメリーが無数の無貌を過去に還す間――。
 実白の目の前へ辿り着いたゼイルの口許は、静かな弧を描いたまま問いを発した。
「あんたは神様を信じて、かみさまはあんたを救ってくれてるんだって?」
 青年の言葉に首を傾げた少女の瞳が、昏い色を孕んで瞬く。虚空に目を向けた彼女が、焦点の合わぬまま笑うのを、ゼイルはじっと見据えている。
「はい。今もここにいますよ。ね」
「そいつはすごい。いや、どこの世界も信心深いヤツの考えることはぶっ飛んでてわかんねぇな」
 ――聖職者といわれる者は、大抵ゼイルとは相性が悪い。
 目的あって信仰を繕う欲深であっても、この少女のように何もかも丸ごと信じ込んでいる信徒であっても、どうにしろ彼とは全く違う価値観で生きているのだ。
「少なくとも母親を救ってくれなかったヤツを信じる気にはならねぇもんなんじゃねぇの? 俺母親いねぇからよくわからないが、俺なら裏を感じちまうね」
 皮肉交じりの声が孕む意味は、しかしそれだけではなかった。
 単純に疑問に思う。母というものが――というよりは血族というものが、大事だという人間は多い。その母が熱心に祈って救われなかったものを、どういう理由で信じる気になったのか――。
 ゼイルの疑念に応えるように、実白は嗤った。
「お母さんは救われなくて当たり前ですよ。だってわたしの『かみさま』は『かみさま』じゃないって言いましたもの」
「あんたの言う『かみさま』ってのは、信じた奴しか救ってくんねぇの?」
「あたりまえですよ。どんな『かみさま』も、そうでしょう?」
 ――あれだけ世で信じられている神も、教義が違えば信徒同士の殺戮を良しとしてしまうのだから。
「お母さんが信じた神様は、お母さんを助けませんでした。だから『かみさま』じゃなかったんです。わたしの『かみさま』は『かみさま』だから、わたしを助けてくれました」
 滔々と語る少女を、ゼイルは眉根を寄せて見遣り――。
 ルメリーはじっと観察していた。
 粗方の殲滅は終わった。ナイフを仕舞った彼女は、先に言った通り実白への接触をしない。代わりに遠目に見詰めている。近くにいれば見逃してしまうような、総身の動きを見るようにして。
 感情をほとんど感じさせない虚ろな瞳と同じ、体はその場から動いていない。表現をする際に自然に出るはずの動きが何一つない。緊張しているようにも見えないものだから、『意図してそうしている』というよりは、『自然にそうなっている』と言った方が良いのかもしれない。
 しかし。
 その指先が、しきりに携えた鞄に触れている。ルメリーの瞳は、そこに結ばれた小さなストラップを捉えていた。優しく、間違っても壊さないように――。
 まるでそこに、『かみさま』の一端が宿ってでもいるかのような手つきだと、少女は目を眇める。
 そうしてじっと観察を続ける紅玉の先で。
「じゃあ、もしその神様がいなくなったら、あんたはどうするんだ」
 その――。
 ゼイルの問いに。
「いなくなったりしませんよ。ずっと、ずっと、ここにいるんですから」
 答えともつかぬ言葉を零して、実白は唇を持ち上げた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ニコ・ベルクシュタイン
○◇

元を正せば、俺とてお前達と同じ『傍観者』だったのにな
ただ時を刻むだけにして、其れ以外の事は一切為さぬ
なのに今はどうだ、俺は憤りすら覚えているぞ
お前達が、其処の娘を救ってやれる存在では無い事にだ
オブリビオンなぞに期待しても仕方が無いとは言え――

俺達ならば救えるのか、という問いは一先ず呑み込んで
魔導書を広げ【花冠の幻】を発動、花弁を広げた「範囲攻撃」で
少しでも多くの個体を一度に巻き込めるよう工夫する

救うべきものが其処に居る限り、俺は生きる事を諦める訳には行かぬな
少しでも、だ
何なら花弁で切り裂いた「傷口をえぐる」ように指を立ててやろうか

真木に問えるならば、神に祈るという行為についてを
俺は知らぬ故


アシニクス・レーヴァ
○◇
あら、奇遇ね。ここで信心深い人間に会えるとは思ってもいなかったから
とても、そう、興味がある
会話できるのはまたとない機会、逃せばいつになるかわからない
「あなたはなぜ、かみさまに救いを求める?」
「それは、本当に。偽りなく口にできる?」
失礼があったのなら申し訳なく
ですが、どうしても確かめずにはいられない
その場限りの信心を口にして逃れようとするものも
人を唆し貶めるものもいた
あなたはどう?
私は、ただ信じているだけ
それが正しいのならなぜ疑うのでしょう
押し付けがましいのは承知の上
ですが、私はこうする事しか知らない
それでいい、私は忠実なら神の僕
私は救われなくていい、ただ、救われる人がいるのなら続けるだけ




 こんなところで信仰に出会えるとは、何たる僥倖か。
 信徒と呼ばれる者は、この世界には存外に少ない。信教の自由なるものがあるせいか、或いはどの世にもまして命が飽和しているせいか。この機を逃せば、次に同じような者に会えるのがいつになるのか分からない。
 だから――言うなれば、目の前の娘に。
「――興味がある」
「そうか」
 アシニクス・レーヴァ(剪定者・f21769)が小さく呟いた声へ、ニコ・ベルクシュタイン(時計卿・f00324)の低い声が重なる。
 その秒針は、今は規則正しく動いてなどいない。その揺れが故に、落ち着き払ったいつもの声さえ繕えない。
「為れば先に往くと良い。あれらは俺が引き受ける」
 傍観者達を指さして言えば、端的な礼を言った死神の信奉者が躍り出る。紫紺の瞳は宝石のように煌めいて、しかし一つとて異形を見てはいない。
 ――その背から視線を外して、ニコは揺らめく無貌を睥睨した。
「元を正せば、俺とてお前達と同じ『傍観者』だったのにな」
 ヤドリガミだ。その起源はモノである。数多の主の生涯を見届けて、その愛が百の年に満ちたとき、そこに生まれた自我こそが、今ニコと呼ばれる時計卿なのだ。
 いつか己に縋る主の死を見届けた。あれは今思えば、死の淵に神に縋るような思いと似たようなものだったのかもしれない。
 ニコは『かみさま』ではなかった。救いなど与えられなかった。
 なればこそ――なのだろうか。
 この無貌の傍観者に、奥底より湧き上がる怒りを抑えられないのは。
 ――この傍観者どもは、深淵に沈む娘を救えない。
 己自身である時計とも違う、心の芯とも言うべき場所に迫る昏い無気力を振り払うように、ニコの金の瞳は意志の力を帯びる。
「救うべきものが其処に居る限り、俺は生きる事を諦める訳には行かぬな」
 己らに実白が救えるかどうかは――分からずとも。
 この手が少しでも、届くかもしれないというのなら。
 舞い散る虹薔薇の花弁が無貌を切り裂く。体を覆う痛苦に声なく悶えるそれの傷口を裂くように、手袋に覆われた指先が掴む。
「此処で諦めるのなら――疾うに諦めている」
 舞い散る花弁が斜陽に煌めく中を――。
 悠然と歩くアシニクスは、実白に優雅な一礼をしてみせてから、そっと花唇を震わせた。
「あなたはなぜ、かみさまに救いを求める?」
「なぜ?」
 考えたことがなかったとばかり、実白が瞬いた。ゆるゆると首を傾げながら、何かに耳を澄ませるように視線を動かす。
 ややあって――返答があった。
「どうすれば良いか分からないからです。わたしだけじゃ、絶対失敗しちゃうから。今まで全部そうでした。『かみさま』が教えてくれないときは、全部失敗で――でも『かみさま』が教えてくれることは、全部正しかったから」
 ――アシニクスには、それが『かみさま』よりの啓示であることが、すぐに分かる。
 同じ狂信者と類される者であるが故か。それとも、賢しさの欠片も見せぬ少女の、不釣り合いなほどに幼げな仕草のせいか。
 自ら語る言葉を持たない娘に、重ねて問う。
「それは、本当に。偽りなく口にできる?」
「はい。だって『かみさま』、『今は嘘を吐かなくていいよ』って言ってくれてますもの」
 にこりと笑う実白の、信仰そのものに。
 アシニクスが見て来たような、姑息な偽りの信心も、神の名を騙り人を唆し貶める色もない。
 だからだろうか。
「あなたもそうでしょう?」
 真っ直ぐに見返す黒い瞳は、確かにアシニクスの瞼の裏を見透かしていた。
「わたしね、出来ることって全然ないんです。全然駄目で、でも、皆が何を考えてるのかは、『かみさま』に教えてもらわなくても分かります」
 まるで幼子のような口調で言葉を吐き出して、実白は教義を違える女だけを見ている。糾弾の意もない。許容の意もない。好奇でさえない昏い色が、その瞳を覆っている。
「あなただって、信じてるんでしょう? あなたの大事な『かみさま』」
「ええ。私は、ただ信じているだけ」
 目を伏せたアシニクスは――すべきことを見出した。
 押しつけがましいだろう。それも承知の上だ。忠実な神の僕に出来ることなど、最初からこれしかない。
 彼女はこの世の余分を狩る使徒で、剪定者だ。
「ですが、私はこうする事しか知らない」
 たとえ己が救われずとも、それが誰かを救うなら。
「――待って頂こう」
 光を孕む指先を止めたのは、手袋についた赤黒い体液を拭うニコだ。頬に散ったそれは血のようにも見えるだろうに、二人の狂信者は、その痕に何らの反応も示さない。
 怯えさせてはなるまいと止めていた足で、一歩踏み込む。
「俺にも訊きたい事が有るのだ」
 静かに告げて、実白の前にしゃがみ込んだ長躯は、眼鏡の底からじっと娘を見詰めた。
「真木よ。神に祈るとは、どういう行為だ? どんな意味が有る? 俺は知らぬ故」
 ニコの意識に神の存在はない。彼の体はモノに由来し、その自我を得たのは幾多の人間の愛が故だった。今こうしてここにいられるのも、この時間に生きる者たちが居場所を作ってくれたからだ。己が意志で選んだ唯一の人にも、感謝はあれど崇拝の心地はない。
 だから――。
 何かに縋り祈るという、その思いが分からない。
 実白の瞳がニコを見つめ返す。ゆるゆると笑みをかたどった彼女は、静かな声で質問に応じる。
「指を組んで、念じるんです。『かみさま、おたすけください』って。そうすると『かみさま』が天啓をくださって、わたしは生きていけるようになるんです」
 あなたもやってみると、きっと生きられるようになりますよ――と。
 微笑む実白の瞳には、ただ純然たる善意だけが揺らいでいた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ヴィクティム・ウィンターミュート
〇◇

ふーむ……妙な話だな
よくある不幸な話が土台にあることは確かだ
何かを失い、削ぎ落し、それでいて得るものは少なく
何かに縋っていなければ、何を中心に生きていいかも分からない
縋った先が『かみさま』ってことなんだろうが…

さて、それだけって話でもなさそうだ
くせーのは『親友』だろうな
学校じゃべったり?そりゃあつまりだ、『縋る先』ってことだろ?
『かみさま』と『親友』のこの類似点…何かあるな?

っと、まずはこいつらを処理しねーと
Void Linkスタート
物質変換プロトコルを実行…完了
『虚無』の相手でもしとけよ、傍観者ども

さぁーて、レディ?
大好きな親友ちゃんのことを聞かせてもらおうか
しらばっくれはナンセンスだぜ


クロト・ラトキエ
○◇

こんにちは、お嬢さん。

挨拶も表情も場にはとても不似合いでしょうが、些細な事。
だって、ただ素直に、

貴女の『かみさま』のお話が聞きたいのです。

彼女の過去には関われず、
彼女の救いを知りはせず、
彼女の望みは判りはしない。
ならば純粋に、教えて欲しい思いのみで、
彼女の言葉で聞くしか無いかなって。

傍観者へ対処が要るなら、
UCで防御力は上げておきますが。

…ああ。
『かみさま』にも、名前なんてあるんですかね?

心は閑か。
かみさまとは何処に御座すか。
如何な姿、如何な声で、如何に導きくださるか。
僕は知らない。
けれど、もし。
与える事も、奪う事も、
何もせず何も出来ず何もをさせるだけならば、
それはひとと何が違うのだろう?




 生憎と、神を信じるということに向いていない性分だ。
 二人の間に横たわる感想は似たようなもので、しかし思考は全く違う方向を指し示す。
 クロト・ラトキエ(TTX・f00472)は好奇にも似た思いを。
 他方、ヴィクティム・ウィンターミュート(impulse of Arsene・f01172)は『かみさま』の解への最短経路を。
 無数の傍観者に囲まれた娘を見遣り、先に片眉を持ち上げたのはヴィクティムである。
「妙な話だな」
「そう思います?」
「どう聞いてもそうだろ。よくある不幸な話が土台にあることは確かだが、それだけって話でもなさそうだ」
 失ったものを取り戻すかのように足掻き、その過程で儘ならぬ波に身を削られ、しかし手元に戻って来るものは少ない。それを続けるうちに瓦解した心を繋ぎ止める術を持たず、粉々になってしまった精神の代わりに縋る先を求めた。
 実白は、それを『かみさま』と呼称する。
 それそのものはよく聞く話である。ごまんとある不幸のうちの一つで、ヴィクティムにも内情は理解出来ないでもない。世間的には『可哀想』だと称されて然るべき弱者が、真木・実白という少女だ。
 ただし――。
 その裏側にある実態は、どうなのか。
「じゃあ、訊いて来ましょうか」
 軽やかに踏み出したのはクロトだった。年齢にすればおよそ二回り違う少年を横目に、いつもの通りの気楽な笑みをひらめかせる。
「この調子で、まともに話が出来るものかね」
「『かみさま』に向ける感情は、僕たちには分かりませんよ。なら、彼女の言葉で聞くしか無いかなって」
 一つ唸るヴィクティムのサイバネも、多量の情報を彼女から話を聞くという結論に収束させている。元より解が一つしかないならば、懸念事項を考慮したとて意味はないのだが――博打を避けて確実な成果を得ることをこそ求められた元工作員としては、考慮せぬのも落ち着かないのだ。
 まあ――同道者の最適解も同じならば、そう反対する理由もない。
 そうと決まれば。
 義手を叩く。滑らせた指が慣れた調子で呼び出すのは、最近になって強奪した力の一端である。
 ――Void Link start.
 物質変換プロトコルを実行――完了。
「『虚無』の相手でもしとけよ、傍観者ども」
 呼び出された不定形の影が、物言わぬ異形どもを喰らうのに手を振って、ヴィクティムもまた悠々と歩き出した。
 二人分の影を前に、沈みかけた斜陽の中に立つ少女が瞬きをする。虚無に食われる声なき化け物を背にして、穏やかな微笑を浮かべるクロトの不釣り合いさを咎める者は、この場にはない。
「こんにちは、お嬢さん。クロト・ラトキエと申します」
「――真木・実白です」
 名を差し出されれば名を。
 実に素直に返す娘のことを、彼は知らない。知らねばこそ、判りもせぬ望みにも、知りもせぬ救いにも、関われもせぬ過去にも手を伸ばすことなく、問うのみだ。
「貴女の『かみさま』のお話が聞きたいのです」
 ――彼女しか知らぬのだから。
 黒い瞳でクロトと見詰め合う少女を横目に、ヴィクティムが糸口を掴まんと目を眇める。極端に視野の狭いらしい実白は、その様子に気付くそぶりもない。
「『かみさま』は――ううん、わたしが『かみさま』の一部なんです」
 ぽつりと、少女の唇が言葉を紡ぐ。
「いつでもわたしの隣にいてくれるのが『かみさま』ですけど、わたしの一部なんかじゃないんです。だってわたしは空っぽだから。空っぽのわたしに何かがあるわけないじゃないですか。だからわたしは『かみさま』なんです。『かみさま』の中の一部が、わたし」
 どこまでも強い自己否定は――存在そのものを抹消せんとしている。持つべき自我を得られなかった実白は、『かみさま』への依存によって、更に意志から遠ざかっている。
 ――それを見ても、クロトの心は閑かに凪ぐだけだ。
 神とは何処に御座すものか。その声も、姿も、導きも、彼は知らない。そんなものとはひどく遠い世界で生きて来た。戦場で信仰が役に立つことなどない。縋る間に死体が一つ増えるだけだ。
 だが――もしも。
 彼女を囲む傍観者のように、何をもせず、何をも出来ず、何をも信徒の手に頼るだけのものが『かみさま』と言うのなら。
 ――それはひとと何が違うのか。
「……ああ。『かみさま』にも、名前なんてあるんですかね?」
「ありますよ」
 問うたクロトに、弾んだ声が返る。
「『あかねちゃん』。あかねちゃんっていうんです。可愛い名前でしょう」
 ああ、やはりか――と。
 クロトが『かみさま』をひとだと確信したと同時に、ヴィクティムも解に辿り着く。
「そいつは『親友』ってヤツのことかい」
 実白の顔が輝いたのが、正解であることを告げている。ならばと彼は目を眇めた。
 ――ヴィクティムは、最初から『親友』の存在を疑っていた。
 彼女が最も白い目で見られているであろう学校で、いつも行動を共にするというのは、即ち縋り先であるということだ。『かみさま』と呼称される存在との類似点を見逃すわけにはいかない。
「さぁーて、レディ? 大好きな親友ちゃんのことを聞かせてもらおうか」
 ――しらばっくれはナンセンスだぜ。
 ゆらりと手を振ったヴィクティムに頷いて。喜色を孕んだ声音が弾む。無邪気な表情は恋の夢に浸かった年頃の乙女のようだ――と、そのサイバネが無意識に判じたのは、彼がその表情を見知っていたせいだったろうか。
「あかねちゃんは凄いんですよ。わたしの知らないことを全部教えてくれます。考えつかないようなこともしてくれるんです。凄く頭が良くて、色んなことがつまらないけど、わたしのことは楽しいから好きって言ってくれます。あかねちゃんだけなんですよ、わたしのこと、好きって言ってくれるの。だから、あは、わたし――」
 歪む。
 うっそりと、陶酔に変わった笑みが、黒い瞳を蕩けさせている。およそ二十にも満たぬ少女が浮かべるには悍ましい相貌で――。
「あかねちゃんのお陰で、もうすぐ、完成させられるんです」
 実白の唇が、昏い声を紡いだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

九泉・伽

かみさまに救い請える人の話を聞きたい
【黄泉比良坂】使用
煙草吸う現し身が傍観者を棍でなぎ払うのを遠目に対話

君のかみさまは今もそばにいる、なら苦しくないね
おれも多分そう
かみさまに満たされていたら、何の価値もない自分が透明になってやがてはなくなってくれる
それは確かに救いだとおれは思うよ

君は君を害するひとを処したようだね
湧き出た気持ちはどうだった?
…そう
教えて欲しいんだ
どうしたら君みたいに清々しくなれるのか
おれも昔おれを苦しめたであろう人が君の云う所のかみさまの下僕消された
…でもそれはおれを罪で縛り付けるだけ、今も

最後におれのかみさまを紹介するよ
あの人だよ(と、現し身を指さす)
…もういない、かみさま




 神に溺れている。
 九泉・伽(Pray to my God・f11786)の顔に黒子はない――今は。神に救いを乞えたこともない――嘗ても。
 心許せる人がいた。寄り添ってくれる人がいた。ただそれだけのことだ。きっと、神に出会ったなどという大仰な話ではなかった。
 けれど、だからこそ。
 ――目の前の少女のように、神に救いを乞える者の話が聞きたかった。
 呼び起こした己は煙草を咥えている。黒子のある目元でちらと彼を見た黄泉比良坂よりの使者が言いたいことは、声にされずとも分かっている。
 それらの全てにいつも通りの言い訳をして、伽は深く息を吐いた。
 無貌の傍観者達が消えていくのを遠目に見遣り、彼の足は少女の前へ歩み出る。その眼を通してぼんやりと、彼女の中にいる『かみさま』の在り処を見た気がしたのは――伽もまた彼女と同じ、何にも成れなかった者だったからかもしれなかった。
「君のかみさまは今もそばにいる、なら苦しくないね」
「はい。――あなたは? あなたも、『かみさま』がいるんですか? 『かみさま』がいれば苦しくない?」
「そうだね――おれも多分そう」
 言いながら、ふと赤い瞳が遠くを見た。
 努力という言葉で素養のなさを覆せるなどというのは嘘だった。才覚のあるなしというのは、いわばスタートラインの違いである。幾ら走法を研究したとて、才がなければ遥か後方から走り出すことになる。その差を埋めるのは、並大抵のことではない。
 そういう意味で、弁護士になるという夢は――。
 否。
 『弁護士になれという夢』は、最初から砂上の城に過ぎないものだったのだ。
 逃げだと罵られた最適解が、劣等感を成して心に凝っている。だから、実白の思うことも分かるのだ。
「かみさまに満たされていたら、何の価値もない自分が透明になってやがてはなくなってくれる。それは確かに救いだとおれは思うよ」
 ついと視線を戻して、伽は穏やかに声を上げる。
「君は君を害するひとを処したようだね。湧き出た気持ちはどうだった?」
「ようやくだって思いました。ようやくこれで大丈夫だって」
「……そう」
 それは。
 ――羨ましいと、思う。
「教えて欲しいんだ。どうしたら君みたいに清々しくなれるのか」
 どうすれば良いのか分からない心地が、ずっと胸の奥にあるのだ。己の『かみさま』がもう死んでいると告げられて、教えてもらったことに報いようと頼みごとを引き受けて――。
「おれも昔、おれを苦しめたであろう人が、君の云う所のかみさまの下僕に消された」
 父母は死んだ。
 確かに己の行動が契機であったのだ。そんなつもりでなかったと言い訳したところで変わらない。伽が自ら選んだ道の先には、父母の骸が転がっていたと、その事実は厳然とそこにある。
 ふと視線が掌に落ちた。
「……でもそれはおれを罪で縛り付けるだけ、今も」
「わたしにとっても罪ですよ。だから、最初はどうしようって、凄く怖かったんです」
 思い返すように、少女の唇が紡ぐ。先までのそれとは違う、同胞に対する強い同調を隠しもしない声だった。
「この学校で『かみさま』に会って、『良いんだよ』って言ってもらいました。『しろちゃんがひとごろしでも好きだよ』って。だから、良いんだって」
 ――だからあなたもそういう『かみさま』に出会えると。
 きっと実白は、そう言いたいのだろう。
 そうだと――良いのだろうか。
 瞑目した伽には分からない。分からないまま、話に付き合ってくれた礼だとばかりに、瞼を持ち上げる。
「最後におれのかみさまを紹介するよ」
 その指が示すのは。
 呼び出した――紫煙の香りを纏う。
「……もういない、かみさま」
 力なく幽かな笑みを浮かべた伽の指先を追って、実白の視線がもう一人の男を見る。煙草を咥え、黒子があって、傍観者達を相手取る彼を。
「いなくなっても一緒にいてくれるんですね。わたしの『かみさま』と、そういうところは、きっと同じ」
 誰かの『かみさま』をじっと見据えるままに、少女は笑みを浮かべた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鳴宮・匡



……かみさま、か
そんなものが救ってくれるような世界だったら
こんな銃(もの)はとっくに要らなくなってるはずなんだけどな

周りにいるやつらは全部撃ち殺すよ
何処を破壊すれば死ぬか見極めて
治療の間もなく一撃で殺す
そのほうが弾が無駄にならないしな
……まあ、どうせ殺した傍から出てくるだろうけど

俺も昔は、誰かが自分の傍にずっといて
いつだって守ってくれるんだ、なんて思ってたな
誰かの“せい”にして生きるのはきっと楽で
それでいいと思ってたよ
……大事なものを喪うまでは

別にお前の生き方に、口を出すつもりはないけどな
そうしていたいなら、そうすればいい
でも、断言するけど
何があっても、「かみさま」は責任を取ってはくれないぜ




 トリガーを引く。
 死神の咢が静かに唸る。牙が頭に突き立つまでに時間は要らない。目標が死の海に還るのを見届けるより先、既に二発目が別個体の胸を抉っている。
 再生の狂気を届かせる暇は与えない。如何な重火器にも存在する反動を制御する術は腕に叩き込んである。頭が何を考えていようと、オール・クリアに支障はない。
 つごうワン・マガジン――鳴宮・匡(凪の海・f01612)の眼前より、無数に漫ろめいていた異形の全てが消える。
 慣れた手つきでマガジンを取り替えた。湧き出てくる傍観者達は、幾ら相手をしたとてきりがない。それを理解していても、身に親しんだ警戒が、敵を前に隙を晒すことを許さない。
 それは――。
 斜陽に照らされる影が少女一人きりだったとしても、同じであろうけれど。
「……かみさまが救ってくれるような世界だったら、こんな銃(もの)はとっくに要らなくなってるはずなんだけどな」
 ――そして己の意義もなくなるだろう。
 卑下ではない。過去の己であれば、そこに幾ばくかの自嘲を紛れ込ませたことを否定は出来ないが、今の匡は違う。殺戮と破壊によってのみ形作られてきた身は、真に平和な世界にとっては罪を犯しすぎているし、無用な力を持ち過ぎているだろうと――事実として思うだけだ。
 未だ心は見出せない。あると言われたものを、この手で肯定するには至らない。人間の身の裡に、異形のこころを飼った『ひとでなし』の自認は、匡の中に凝っている。
 そうとしてしか生きられないのなら、それは仕方のないことだったのだからと――『ひと』は言う。
 ――言ってくれるけれど。
「誰かの“せい”にして生きるのはきっと楽で、それでいいと思ってたよ」
 見目より重い足音で、匡は少女と相対する。
「……大事なものを喪うまでは」
 ――今考えてみれば、実白の言う『かみさま』に限りなく近い存在だったのだろう。
 ずっと続くと思っていた楽園は水底に沈み、もはや還れぬ過去へと成った。思い浮かぶ痛みが生々しい傷口から瘡蓋の疼痛に変わっても、名をくれた彼女の大きさは変わらない。
 誰かが傍にいてくれる。ずっと守ってもらえる。
 幼い子供の懐くような、根拠のない淡い幻想は砕かれた。目の前で永久に喪われた者の祈りを呪いに変えて――その果てに、匡は己の足で立つと決めた。
 だから、今は。
 『そうあるべきだ』と纏った、『ひと』の繕いをやめる。
 丸い瞳を瞬かせる実白に向けて、無感動に――目を眇める。
「別にお前の生き方に、口を出すつもりはないけどな。そうしていたいなら、そうすればいい」
 どうでも良いから。
 どうでも良くないものに牙を剥かないなら、好きにすれば良い。
「でも、断言するけど。何があっても、『かみさま』は責任を取ってはくれないぜ」
「知ってます」
 返る声がひどく凪いでいた。透明に響いたそれに、匡は何らの意思も見出せない。
 黒い瞳が透き通っている。その頭の裏までをも見透かせるようなのに、その奥には何もない。空っぽの器が、『かみさま』の意を得て立っているだけのような、虚ろな微笑みが顔に張り付いている。
 その唇が開くのを。
 匡はただ、目を切ることなく見返している。
「あの子が責任を取る必要なんかないんです。全部わたしがやってることですから。それで良いんです。『かみさま』は、ただ、そこで笑ってくれれば良いんです。あの子に責任なんか、一つだってありませんもの」
 ――嘗ての己は、こんな顔をしていたのだろうか。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ヴィリヤ・カヤラ
○◇
敵は倒しておいてねって言ってたから、
【氷晶】で出来るだけまとめて倒すね。
彼女とお話したいからサクッといきたいかな。

ヴィリヤです、よろしくね。
自己紹介は話す切っ掛けにもなるから良いよね。

っと、彼女は少し血の匂いが濃いね、
この匂いは何となく分かる気がするかな。
ねえ、人間は美味しかった?
私は血しか要らないけど、全部食べてるの?
もし不味かったり味を気にしてないならダメだよ、
食べる行為は美味しくないと勿体ないし幸せになれないからね。

食の話になっちゃったけど、
人を食べたあなたはこれからどんなモノになりたいの?
人間?かみさま?それとも化物?
私的な意見だけど化け物は意外とつまらないからオススメしないよ。


レナータ・メルトリア
〇◇
このコはすっごくしあわせね
だって、『かみさま』なんていう、たすけてくれるモノがいるんだもの
それがいいものだったとしても、わるいものだったとしても、どっちでもいいわ
…きっと、ささいなことだよ

わたしが信じたカミサマなんて、何にもしてくれないわ
どれだけ祈っても助けてはくれないし、何を捧げても本当に欲しい物は与えてはくれないんだもん
わたしを見ていてくれるのはおにいちゃんだけで、見ていいのもおにいちゃんだけなんだよ

だから、そんな爛れた貌のモノに視られるのは、すっごく不快だわ
こんなモノの力なんて受け取りたくないから、UCで無効化しちゃって、
血晶の槍でこっちを向けないように、かおを串刺しにしちゃうんだよ




 信ずるものがあるという。
 それそのものは誰にでもあるだろう。レナータ・メルトリア(おにいちゃん大好き・f15048)とて、縋るものも祈るものも持っていた。
 視線の先に立つ少女の顔が、沈みゆく斜陽に烟る。その顔がわらっているような気がして、レナータは声を零した。
「このコはすっごくしあわせね」
 ――実白の言う神とは、彼女を助けるものだという。
「だって、『かみさま』なんていう、たすけてくれるモノがいるんだもの」
 ほつりと地に落ちる呟きには、確かな羨望の色が強く乗っていた。
 レナータにはそういうものがいない。彼女の意に従い、彼女を助け、いつでも隣に在るのは、物言わぬ『兄』だけだ。
 だから――実白が『たすけられている』と言うのならば。
「それがいいものだったとしても、わるいものだったとしても、どっちでもいいわ。……きっと、ささいなことだよ」
「確かに。それは私もそう思うな」
 他方、灰色の少女の響きとは打って変わって明るい声で応じるのは、青のダンピールたるヴィリヤ・カヤラ(甘味日和・f02681)である。うんうん――と二度ほど頷いた彼女は、にこりと笑って一歩を踏み出した。
 ――刹那。
 降り注いだ氷の刃が、無貌たちを薙ぎ払う。凍てた爆風を纏って赤黒い液体に変わるそれを後方に残して、蜜色の瞳が瞬く。
「こんにちは――こんばんは、かな? ヴィリヤです、よろしくね」
「真木・実白です」
 よろしくお願いします――と。
 浅く頭を下げた少女の髪に、親しんだ香りが纏わりついている。ヴィリヤの鼻腔はそれを『おいしそう』だと思ったし――。
 自分よりも、もっと深い場所まで喰らっているのだとも、直感的に悟る。
「ねえ、人間は美味しかった?」
 単刀直入な問いかけだ。
「私は血しか要らないけど、全部食べてるの?」
 ――ヴィリヤは半魔の身である。
 人間の倫理も後付けとはいえ学んでいるから、それが『正しくない』と言われるものであることは知っている。ときたま忘れてしまうし、心底からそれに則ることも出来はしないけれど。
 だから、少女に問うたのも、咎める意図は殆どなくて――。
「もし不味かったり味を気にしてないならダメだよ、食べる行為は美味しくないと勿体ないし、幸せになれないからね」
「そうだね。せっかく食べるなら、おいしいほうがいいよ。わたしも、おいしいもののほうが好き」
「そう――なんですか?」
 レナータの同調に、かくりと首を傾げたのは実白の方である。
「幸せになるために食べたわけでは――あ、でも、ううん――『かみさま』の言うことを聞いたのは幸せですけど、食べたから幸せになったわけでは」
「勿体ないよ! 食べるのって凄い力があるんだよ!」
「そうなんでしょうか――わたし、味があんまり分からなくて」
 昔からそうなんです、と少女が言う。これからは美味しいものを食べた方が良いよ、と二人分の声が応じる。
 一頻り食べ物の――恐らく三人にとってみれば同じモノの――話をして、取り直すようにヴィリヤが少女を見た。
 すっかり食物の話に興じてしまったが。
「人を食べたあなたはこれからどんなモノになりたいの?」
「と、いうと」
「人間? かみさま? それとも化物? 私的な意見だけど、化け物は意外とつまらないからオススメしないよ」
 その――言葉に。
 少女の瞳は、じっとヴィリヤの瞳の奥を見た。
「あなたは、ううん」
 ふるりと首を横に振った実白が、ヴィリヤから視線を外す。
 ――その先に揺れるのは、鉄錆のいろが絡みつくアッシュグレイだ。
「あなたたちは、化け物なんですか?」
 漂うのは鉄のにおい。むせ返るようなそれを、きっと三人とも知っている。人間というには歪で、けれど確かにいきものである三つの影が、翳る日に長く伸びている。
「そうだねえ。ヒトからしたら、そうなるのかも」
「――なんだか、あなた、『かみさま』に似てますね」
 どこか虚ろな興奮を孕んで、実白の唇から零れた声に。
 いいなあ――と。
 横合いからかけられた言葉の方を見れば、レナータが立っている。ずろりと地面より這い出る無貌に目もくれず、彼女はじっと、『かみさま』に助けられているという少女を見据えた。
 確かな羨望を孕んだ眼差しだった。無邪気で歪ないきものは、同じように無垢に歪んだ、しかし全く別のいきものと見詰め合う。
「わたしが信じたカミサマなんて、何にもしてくれないわ。どれだけ祈っても助けてはくれないし、何を捧げても本当に欲しい物は与えてはくれないんだもん」
「あは。それじゃあ、わたしの『かみさま』のこと、信じてみます?」
「ううん」
 ――それは、良い。
 レナータには支えがあるから。
「わたしを見ていてくれるのはおにいちゃんだけで、見ていいのもおにいちゃんだけなんだよ」
 だから――。
 地より這い出る傍観者達の、くり貫かれた顔から発せられる視線が、不快でたまらない。
 ごうと揮われるのは血色の槍。赤い体液を零す顔を穿つように、斜陽に明々と煌めくそれを見遣りながら、ヴィリヤはもう一度だけ、傍らの少女へ問うた。
「――ところで、本当は何になりたいの?」
「あは、誤魔化せたと思ったのに。内緒じゃ駄目ですよね。教えます。『かみさま』は、『言っても良いよ』って言ってるし」
 にこりと。
「『かみさま』の求めるものに」
 ――歪む表情を見て、蜜色もまたゆるゆると笑った。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

花剣・耀子
○◇
『かみさま』、……そう。そうね。
彼女が見ているものを知りにゆきましょう。

とはいえ、沸いた影を残す心積もりだってないのよ。
これもお仕事の一環。
無貌の影法師を斬り祓いながら、まっすぐ向かいましょう。
回復されるなら、回復できなくなるまで斬るだけよ。

きみにとってのかみさまは、助けてくれるなにかなのかしら。
姿を見たことはある?
手を取ったことはある?
――その声は、どこから聞こえるの。

善い悪いを言いに来たわけではないのよ。
きみが『かみさま』を真実信じていても、利用しているだけでも、利用されているだけでも。
あたしの仕事は、変わらない。

ねえ。『かみさま』は、きみに何を望んでいるの。
聞いたことはあるのかしら。


ヌル・リリファ
○◇
周囲のオブリビオンはひかりの武器でけしさる。

……彼女のかみさまっていうのは。
わたしにとってのマスターみたいな存在なのかな。
彼女は人形みたいなものなのかな。

……ああ、でもたすけてほしいってねがうならちがうね。
人形は主人をたすけるけど、ぎゃくはしなくていいものだもの。
わたしはマスターにたすけてほしいから、マスターの人形でいたいわけじゃないし。

そうだとすると、やっぱりわたしにはよくわからない。
わたしはかみさまを信仰したこともしたいとおもったこともないし。
“ひと”のことを、あまりわかってもいないから。

かみさまのことや、彼女のことや、たたかうべきUDCのこと。
おはなしきけば、すこしはわかるのかな?




 斬られたことに気付いた者が、幾ついたろうか。
 閃く白刃が斜陽に紅をさす。《花剣》・耀子(Tempest・f12822)の剣が散らすのは花のみにあらず、地平を埋める異形の全てを平らげる。
 花嵐が屠り損ねれば、光が奔って首を刈る。視認することすら許さぬ閃光の刃が、相対するものどもを斬り落として無へと還す。
 ヌル・リリファ(未完成の魔導人形・f05378)が、実体を持たない光の全てを消し去った後に、傍観者達の視線は一つとて残ってはいなかった。
「……彼女のかみさまっていうのは」
 ふと無垢な瞳を細めて、ヌルの唇が声を紡ぐ。
「わたしにとってのマスターみたいな存在なのかな。彼女は人形みたいなものなのかな」
「『かみさま』、……そう。そうね」
 耀子のそれは応答ではなかった。己の裡にあるものを見返すような、含んだものを噛み砕くような調子だ。
 青い瞳どうしが一度視線を噛み合わせる。
「かみさまのことや、彼女のことや、たたかうべきUDCのこと。おはなしきけば、すこしはわかるのかな?」
「どうかしら。分かることはあるでしょうけれど、全ては分からないかもしれない」
 いつとて現世はそういうものだから。
 彼女でなければ、見えないものがある。魔導を操る人形の瞳にも、蛇を飼った羅刹の目にも、映らぬ何かがある。
 知り得ない。知り得ないけれど、暴くべきものが、実白の黒い球の奥にある。
「彼女が見ているものを知りにゆきましょう」
 ふわりと足を進める耀子にならうように、ヌルの足も地を踏む。二人分の足音が、赤黒い液体の広がる斜陽を裂いて、静かな邂逅は成された。
「きみにとってのかみさまは、助けてくれるなにかなのかしら」
 開口一番に問うた眼鏡の奥の青い瞳を、実白が見ている。数歩ばかり遅れて並んだヌルの目に、その表情はいたく虚ろに映った。
 冷淡に眇められた耀子の目はうつろわない。沈み行く斜陽に翳って、少しずつ黒い無貌に近付く『かみさま』の信徒に、問いかけを重ねる。
「姿を見たことはある? 手を取ったことはある?」
 『かみさま』は、『いる』のか。
「――その声は、どこから聞こえるの」
「ここから」
 ふいと指さされたのは、実白のとなりを埋める虚空だった。
「女の子のかたちをしています。手を握ったら握り返してくれます。『しろちゃん』って呼んで、助けてくださいって祈ったら、わたしを助けてくれます」
「そう。今も?」
「今も」
 虚ろを指が絡めとる。
 まるでそこに誰かがいるような仕草だった。見えているのだろう――と、耀子は思う。鬼の目には映らぬ何かが、実白の網膜には焼き付いているのだ。
 二人のやりとりに思案していたヌルは。
「たすけてほしいってねがうなら、わたしのマスターとはちがうね」
「マスター? あなたには、そういう人がいるんですね」
 ほつりと落とした呟きと共に目を細めれば、返る実白の声は穏やかだった。
 ――ヌルがマスターの人形でありたいと願うのは、そのひとに救いを見出したからではない。
「人形は主人をたすけるけど、ぎゃくはしなくていい。そういうものだよ」
「わたしと『かみさま』とは逆ですね」
「――そうだとすると、やっぱりわたしにはよくわからない」
 ゆるりと首を横に振る。
 神を信じる――ということが、救いを求めて祈ることだというのなら、ヌルはそうしたいと思ったことがない。ところどころが掠れて歪んだ記憶の中にも、きっとそういうことはなかった――のだろう。
 まして彼女の来歴は『ひと』のそれでない。未だよく理解の出来ない生き物の、その中でも特殊な感情は、理解しようと思ったとしても落とし込めない。それに似たような情動さえも、彼女には覚えがないのだから。
「あたしたち、善い悪いを言いに来たわけではないのよ」
 『かみさま』を信じることは間違いだと――そう取られるかもしれない言葉を重ねてしまったけれど。耀子もヌルも、事の善悪は論じていない。
 耀子はただ問うただけで。
 ヌルはただ分からなかった。
「きみが『かみさま』を真実信じていても、利用しているだけでも、利用されているだけでも。あたしたちの仕事は、変わらない」
「そう、ですか。良かったです」
 ――彼女の言う仕事が何なのかも分からぬだろうに。
 『かみさま』を否定されていないと知った娘は、それだけで深く安堵の表情をかたどった。
 だから、もう一つだけ。
「ねえ。『かみさま』は、きみに何を望んでいるの」
 ――聞いたことはあるのかしら。
 花嵐の鬼が紡ぐ声に、魔導人形の澄んだ青い眼差しに――。
 信奉者の唇は、喜悦の声を返した。
「わたしが、『かみさま』になることです」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

一郷・亞衿


『金気のにおい』『大女』『誰からも忘れられてしまう』……か。
そういう奴には心当たりがあるけど、神様云々についてはよくわかんないな……まあ、込み入った事情は誰かが調べてくれるでしょ、多分。あたしが主に知りたいのは噂話の方でね。

敵が残ってたら怪異召喚して片して、実白って子に件の噂に関して何か知ってることが無いか訊ねよう。
一般人を害する気は無いけど、正直今あんまり心に余裕無くてさ。邪魔するなら誰であれ潰す、くらいの気でいるから。

ところで、『生贄』って何となく見返りを得るために捧げるものってイメージがあるんだけど、噂の少女は何か利益得たりしてたのかな?
例えば、嫌いな奴を世界から消して貰ったりだとか。




 呼び起こされた『それ』を視認して数拍。
 声なきまま悶え狂う傍観者達へは一瞥もくれない。歩を進める先にいる少女の他に、目に入っているものはない。
 『かみさま』が何なのか、一郷・亞衿(奇譚綴り・f00351)には分からない。
 今はそれよりも気になることがあった。語られる噂の中心になっているらしい彼女に、問わねばならない。
 ――真木・実白の事情や真意については、この場に集う誰ぞが問うてくれるだろうから。
 亞衿は、己の成すことを為す。
「ねえ、噂について教えてくれない?」
 開口一番に問えば、少女はいらえることなく首を傾げた。
 斜陽を浴びる紫水晶に、普段の賑やかな色はない。亞衿が見据えるのはただ一つ。実白の瞳の奥にある首魁の姿だ。
「答えないなら答えないでも良いけど、何するかの保証は出来ないよ。正直今あんまり心に余裕無くてさ。邪魔するなら誰であれ潰す、くらいの気でいるから」
 一般人に危害を加える気などないけれど――今はそう思えているだけだ。目の前の少女が敵なのか味方なのかも分からないから、己の力を振るうべきでない相手だと思って、幾分かの分別が発揮出来ている。
 だが、その返答次第では。
 無数の無貌を狂気の淵より突き落とした、見てはいけないものが、もう一度現れるかもしれないくらいには――。
 じっと見据える亞衿の目に宿った色に、実白が何かの反応を示すことはなかった。
 実白が見詰めているのは、相対する黒髪の少女越しに見える景色――その虚ろの中に見えているらしい何かだ。超常のものに慣れ親しむ亞衿であればこそ、それが『視えないモノ』であることは容易に想像がついた。
 暫し、対話するように視線を泳がせて――。
 実白はゆるりと笑う。
「良いですよ」
 ――亞衿が拍子抜けするほど無警戒な声だった。
「ありがと」
 その思惑が何であれ、喋ってくれるというのならそれに越したことはない。マスクに隠した口許に手をやって、彼女は眼前の娘が語り出す噂に耳を傾けんとした。
 斜陽に翳る顔が黒く染まって見えなくなるのが――まさしくお誂え向きの怪談めいていると思う。
「このシャッター通りをね、夕方に女の子が歩いてるんです。その子に声を掛けたり、噂に興味があるようなそぶりを見せると」
 つい、と実白の細指が伸びる。北の方角。
「この先の廃倉庫。そのうちの一つに連れていかれて、鉄みたいなにおいの大きな女の人に、食べられちゃうんです。そうすると、誰からも忘れられて――自分がいたってことも、誰も覚えてなくなっちゃうんですよ」
「へえ。生贄みたい」
「間違ってはいないですね。いけにえ」
 マスク越しの声を訥々と繰り返した少女は、まるで花でも咲くような軽やかさで、楽しげに噂を振りまく。
 ――食べられた人々のことは誰も覚えていない。
 ――それなのに噂が広がるのは、それに餌を運ぶ少女が語るから。
 ――だから夕暮れのシャッター通りは歩いちゃいけない。ましてそこにいる少女に、声なんて掛けては。噂に興味など示しては。
「わすれられちゃいますよ」
「あたしたちは大丈夫」
 今から『それ』を討ちに行く――とは、言わなかったけれど。
「ところで、『生贄』って何となく見返りを得るために捧げるものってイメージがあるんだけど、噂の少女は何か利益得たりしてたのかな?」
 ――例えば、嫌いな奴を世界から消して貰ったりだとか。
 囁くように低く零せば、一陣の風が駆けた。その声に灯った重い響きとは裏腹に、実白が笑う気配がする。
「それも、まあ――間違いではないのかなって思いますけど」
 くるりと爪先が円を描いた。
「ただ単に、嫌いな人の方が連れて行きやすかっただけですよ。『かみさま』とわたしのこと、面白がってるような人の方が、ついて来てくれるから。だから――嫌ってる人ばっかり消えちゃったのは、偶然ですね」
 ついて来てくれるなら誰だって生贄にするのだから。
 黒く塗り潰された顔が言う。浮世離れした調子に、亞衿の返す声はどこまでも冷えていた。
「隠さないんだね」
「隠しませんよ。だって、『かみさま』は噂を広めて欲しいんですもの」
 実白の手が――。
 今更、唇を塞ぐように、人差し指を立てた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

穂結・神楽耶

「かみさま」は。
ひとを救ってはくれません。
ソレが声をかけたとしても、聞くことを決めるのはひとの方です。
「かみさま」の囁きを――啓示を。
実行したのはあなたでしょう? 真木様。

「かみさま」はずっと、見てるだけ。
この傍観者達のように。
何もしません。
ただ囁いて、見て、わらうだけ。

それだけのことで、救われた心地でしょう?
ソレ以外の何者も、差し伸べてはくれなかった手だから。

でもね。
「自分が思った通りに救ってくれる」かみさまなんて。
物語と想像の中にしか、いないんですよ。


――そんなモノになれたら良かったのに、なんて。
届かない後悔に、今もずっと焼かれているんですから。




「『かみさま』は」
 軽い足音が、ひび割れたコンクリートを叩く。
 燃える。盛る。朱殷の昏い赤色が、夕景を遮る。いつかの悔悟に抱かれる無名のかみの名残が、花唇を揺らして弾ける音の奥より囁いた。
「ひとを救ってはくれません」
 ――燃えて、尽きて、その果てに。
 あかあかと照らす斜陽に燃え残ったひとつこそ、穂結・神楽耶(舞貴刃・f15297)だった。
 神は囁くかもしれない。与えるかもしれない。けれど、それだけだ。行いを強制はしない――出来ない。
 だから、その娘がたとえば神の囁きに縋ったのだとしても――。
「『かみさま』の囁きを――啓示を。実行したのはあなたでしょう? 真木様」
「ええ、そうですよ」
 凛と響く声に、返るのは空虚な笑みだった。
 何の躊躇もなく腕が広げられるのを、神楽耶は見ている。影が濃く落ちて、液体ごと燃え尽きた無貌がいた場所に広がっていく。
 何もかも呑み込むように、実白の目が伏せられた。かみの名残は――目を逸らさない。
「『かみさま』はずっと、見てるだけ。この傍観者達のように。何もしません。ただ囁いて、見て、わらうだけ」
 けれど――分かっている。
 それこそが得がたい手だった。或いはそれすらも得られぬ生だった。誰も自分を見ない。誰も自分に手を差し伸べない。
 そういう人間にこそ、『かみさま』は必要とされる。ひとの望みが結実した祈りの残滓は、他者の願いと想いを、そのなりたちが故に理解出来てしまう。
 彼女の『かみさま』が――或いは人でなかったのなら、彼女は救われただろうか。
「――それだけのことで、救われた心地でしょう?」
「あなたって」
 見透かしたような声と言葉を受けて、実白が瞬く。
「神様みたいですね」
「いいえ」
 否定の声に鈴の音が乗る。
 りん、と鳴り響いたそれこそが、神楽耶が神に成れなかったあかし。未来へ向かう背を押すやさしさの象徴で、置き去ることも出来ぬ過去の音色だ。
「わたくしは、神様ではありません」
 ――成れなかった。
 誰かを救うものになりたかった。そうあれと願われて生まれた魂は、果たして全てを守れなかった。灰燼と消えたそれを記憶に留め置くことすら出来ず、せめてこの手が一つでも届けば良いと、己を削って現在を守る。
 息継ぎすら出来ない在り方の果てに、誰かの何かを救えたとして。
 救えなかったことが――変わるわけではない。
「『自分が思った通りに救ってくれる』かみさまなんて。物語と想像の中にしか、いないんですよ」
 ほつりと零れた声を拾い上げて――。
 『かみさま』に縋るひとは、ふと目を眇めた。
「本当に、神様みたい。ああ、でも、だから」
 ――分からないんですね。
 指先が虚空を掴む。ゆるく手を握るような仕草の先にも、神楽耶の目に映るものは何もない。
「わたしね、神様に祈りました。でも助けてはくれませんでした。あなたの言う通り」
 ――でもね。
 娘の爪先がゆるゆると踊る。不格好なひとりの舞踏の奥に、黒い瞳は誰かを見出している。
「『かみさま』は、わたしが一番欲しかったものをくれたんです」
「――何が、欲しかったんですか?」
 問うて。
 応えがあることを、望んだのか――それとも、問いたくなどなかったのか。
 自分にも分からないまま、あかがねの瞳を見遣る黒い瞳の奥が、神の成り損ないを透明に見据えた。
「『存在意義(かみさま)』」
 揺るがぬ声だった。
「わたし、『こうしてれば良い』ってものが、欲しかったんです。考えるのって辛くて苦しいし、お腹も減るし、その割に失敗ばっかりだし。だからもう、考えないで良いものが欲しくて」
 ――『かみさま』に縋っている。
「『かみさま』は、『存在意義(かみさま)』でいるだけで、『わたしの思った通りの』救いなんですよ」
 最初から、彼女の救いは『彼女の頭の中』にある。都合の良い投影先が、たまたま隣にいるだけだ。
 神も、そうでないものも。
 どこにもいないから――どこにでもいる。
 神楽耶は目を伏せる。由来が故にひとの意志を阻めない。
 ――縁を断ち結ぶ刀は、『それ自身』との縁を斬ることは、出来ない。
 けれど。
「それは」
 ――ただの、思考停止だ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

辻森・朝霏

かみさま
――ええ、そう呼ばれるのは容易でしょう
だってこんなにも弱っているのですもの
私や彼でなくたって、この子はきっと簡単に堕ちる
ねえ?
こんなの、見飽きるくらい見てきたでしょう?
誰にも気付かれない様に、ひそり、
内なる彼に語りかける

邪魔がいるなら排除して、記憶を覗く
唯一の理解者って甘美な響きよね
でも本当に、“共犯者”なのかしら?
彼女は貴方を、ただ、面白がって、
観察しているだけなのではないかしら?
善良な少女の皮を被って
二人きりの対話なら、珍しく本性を露にさせて
揺さぶる様な言葉さえかけるの

どんな答えが返ってきても、きっと彼は甘く笑う
人間らしい人間も、人外よりも人外らしい人間も
彼はどちらも、愛するもの




 斜陽は閉じる。夜が来る。
「かみさま」
 ひそり、囁いた声は誰にも拾われない。己の裡の“彼”以外、ちいさな声を聞く者はない。
 シャッター通りに傍観者達はもういなかった。だから今ここに立つのは、正真正銘ふたりだけ。
 辻森・朝霏(あさやけ・f19712)と。
 真木・真白だ。
 ただこうして見詰め合っているだけなら、互いにまるで善良な少女のよう。或いは品行方正な異国の地を引く生徒会長で、或いは教室の隅で静かに口を噤む一般生徒である。
 ――けれど、朝霏には分かっている。
 実白の『かみさま』になるのに、大した労力は必要ない。朝霏や“彼”でなくたって――彼女が『かみさま』と呼ぶ誰かでなくたって、弱り切った心に差す光明になるのは簡単だ。
 『かみさま』以外に、誰もそれをしなかっただけ。
「ねえ? こんなの、見飽きるくらい見てきたでしょう?」
 うちがわへ向けて声を落とせば、いらえる声は朝霏に対してのみ向けられる調子だった。それをこれからの作業への同意とみなして、彼女は柔らかく睫毛を伏せる。
 ――実白の『かみさま』を、覗いてしまおう。
 ――食後の酒を楽しむように。
 垣間見たのは脳の奥底、記憶の坩堝。そこに転がるうち、美しい色を放つものを幾つか。
 その全てに、『しろちゃん』を見て笑う、同じ少女の姿があった。例えば学校。例えば帰り路。例えば、鉄錆の飛び散るどこか。全ての場面で同じ笑顔をして、『かみさま』は囁くのだ。
 ――良いんだよ、しろちゃん。
「唯一の理解って甘美な響きよね」
 今度は、明確に対象を持った声だった。
 今は夕景にふたりきり。壊れた監視カメラも、今や消えてしまった無貌も、朝霏の真実を映しえない。覗き込んだ記憶の奥にいるさっぱりとした少女の姿も、“彼”と彼女と実白しか知らない――秘密。
「でも本当に、“共犯者”なのかしら?」
 きらめく碧眼はどこまでも柔らかく笑う。甘やかな声は春の風のよう。けれど言葉の切っ先は、容赦なく実白の心に向けられる。
 ――突き立てるなんて、まさか。
 少しだけ――そう、少しだけ。引っ掻いて、揺さぶってみせるだけ。
 確かにちらりと見せた牙を、利口に煌めかせてみせるだけだ。
「彼女は貴方を、ただ、面白がって、観察しているだけなのではないかしら?」
 どんな返答でも良かった。
 頭の裡で共にいる“彼”にとっては、何だって愛しいものであるに違いがないから。
 相対する少女は。
「――そうだったら、いけないんですか?」
 心底不思議そうに――首を傾げた。
「わたしは『かみさま』に助けてもらってます。だから、わたしも『かみさま』を楽しませる。あの子ね、面白いことが好きなんですよ。わたしが面白いって思ってもらえるうちは、それで良いんです」
 ――おたがいさまでしょう。
 そのさまは、まるで――。
「そう。ええ、そうね」
 甘い声でわらう“彼”の意を得たとばかり、善良な娘が華やかな笑みを唇に浮かべた。
 それを――見遣り。
 実白は、じっと朝霏を見る。
「あなたたちは、『かみさま』のこと、止めようとしてるんですか?」
 ゆらりと。
 その手が携えた鞄へと伸びた。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 冒険 『追跡』

POW   :    持久力で長時間の追跡や追跡途中にある障害物の排除を行う

SPD   :    素早い動きでピッタリマークしたり、対象にバレても振り切られないようにする

WIZ   :    対象の動きから逃走経路をシミュレートし先回りをしたり、見失っても継続追跡可能にする

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。



 それまで、『かみさま』は声だけだった。
 性別も年齢も判然としない、ただ優しいことだけが分かる声だった。現実に拒まれたわたしにとって、それだけが唯一の縋る先だった。
 現実に目を遣っても、快いものなど見えはしない。腫れ物に触れるような気遣わしい瞳、或いは明らかな侮蔑と冷笑――漏れ聞こえるのはいつも同じ憐憫の色か、さもなくば『かみさま』を否定する言葉だけ。
 ――夏の夜だったように思う。
 発作的にナイフを振り上げたのが何故なのか、覚えていない。組み敷いた体は柔らかくて、ころしてしまったらまた肉を喰らわなくてはならないというのに、それでも何十人もころしてきたというのに。
 彼女が上げたのは、罵声でも命乞いでも悲鳴でもなかった。
「私、しろちゃんのことは分からない」
 彼女の瞳は見たこともないくらいに凪いでいた。頬についた血を優しく拭って、指先が唇に触れる。そのやわらかさに黙り込む。
「分からないけど、好きだよ。しろちゃんが好きだから、しろちゃんの『かみさま』も好き」
 優しく。
 抱きしめられて――髪を梳かれる。
 ナイフが転げ落ちて地に跳ねた。魔性の声だ。心の奥底に浸み込むように、初めて得た肯定がわたしの形を作っていく。
「生きてて良いんだよ、しろちゃん。私はしろちゃんに会えて嬉しいよ。しろちゃんが『ひとごろし』だったって、頭がおかしいって言われてたって、しろちゃんが好き」
 ――初めて、ころしたくないと思った。
 彼女に何もかもを捧げても良いとも思った。心の髄から、この『かみさま』の望むように生きようと思った。他の誰が何を言おうとも、彼女のために生きていける。
 人の姿を取った、『かみさま』の囁きは続く。
「しろちゃんがひとをころしたら、私が何とかしてあげる。『かみさま』にも許してもらえるようにしてあげる。だって――」
 囁く声が遠のく。現実逃避の時間は終わりだ。
 ――目の前にいる人々は、きっとこの計画を邪魔しに来たのだ。こんなところを見られるつもりじゃなかった。いつか誰かに聞いたような言葉をかけてくる彼らは、きっとあかねちゃんの――わたしの邪魔をする。
『思い出して』
 『かみさま』の声が囁く。あかねちゃんの柔らかな声がする。
 ああ。
 思い出した。
 ――夜ならころして良いんだ。


 西日が沈む。
 猟兵たちに対峙しているのは実白だけだ。鎖していく逆光を浴びて、少女の手が己の鞄へ伸びる。
「近寄らないでください」
 ――その手にナイフを携えて、娘はいたく冷たい声音を零した。
 それから――。
 あ、と一つ声を上げる。持ち上げたナイフを何の躊躇もなく己の首に押し当てて、少女はゆらゆらと後ずさる。
「こっちの方が良いか。わたしがいなくちゃ、あそこには行けませんもんね」
 夜が来る。藍色と紫の境が消えて、満たされた静寂に月明かりが落ちる。
 猟兵たちは気付いただろうか。街灯が心許ない光を放つ下に、何か――人間の原型を留めぬ影がある。幾人かの瞳はそちらを見ただろう。それに反応するように、実白の声が喜色を孕むのも。
「あは。それ、お母さんです。わたしの『かみさま』は『かみさま』じゃないって煩かったので、食べちゃいました。しょうがないですよね。だって信じてくれないんだもの」
 ――自慢げに。
 己が犯した罪を語って、娘の足は下がっていく。
 二つ目のシャッターの横に、影法師が立っている。白衣だけが克明で、他は判然としないまま、宵闇に紛れている。
 それを――指さして。
「そっちの先生も。『かみさま』とわたしを引き離そうとして、あんな狭い箱の中に閉じ込めようとなんかしたんですよ。『かみさま』とわたしはいつも一緒だけど、『かみさま』があの子のかたちをしてる間は離されれば離れちゃいますし、そんなの許せなかったから。でも食べなくても大丈夫ってあの子が言ってくれたので、あは、本当に大丈夫でしたね」
 ――だって今日まで誰も気付かなかった。
 気付いた者もあるかもしれない。この娘は今、己の罪を見せびらかして、自慢している。歪んだ自己顕示への歓待に声を震わせて、下がるごとに現れる骸たちが犯した『叛逆』を語るのだ。
 或いはクラスメイト。或いは隣人。或いは親族でさえある。どれもこれも、華奢な手が散らした命たちだ。
 その中に、一つだけ――。
 異質な影があるだろう。無数の人間の塊のような、それでいて不定形の何かを――実白がちらと見た気配を、感じる者もあったろう。
「あれはね。生贄です。沢山でしょう。沢山連れて来ました。そうしたら『あれ』が食べてくれるんです。食べるとみんな忘れちゃって、でもわたしはここに来るたび思い出すんです。みんなみんな、わたしを馬鹿にしてたなって。あは」
 零れる笑声は恍惚の色を孕む。己を虐げた者たちへの報復を、さも可笑しげに語るのだ。
 よろよろと足が下がる。陽が閉じる。夜が来る。
「もうすぐなんです。もうすぐ完成するんです。ずっとずっとずっと煩くて煩わしくて『かみさま』を否定する人たちを全員ころしたら『かみさま』は絶対わたしの味方でいてくれるってそう思ってたけどそんなことしなくても一緒にいてくれてわたしの隣に今も。知ってますか、『かみさま』は今あの子の姿をしてますけどわたしには声が聞こえるんですよ今もほら聞こえませんか。聞こえないでしょうね。あなたたちはあの子の友達じゃないし」
 捲し立てる声の後。
「――だから、邪魔しないでください」
 底冷えする声と共に、猟兵たちの罪が現れる。
 或いは人の形を。或いは現象を。眼前を埋め尽くすほどに光景が広がるかもしれないし、ただの一つの物であるかもしれない。
 それでも。
 ――かの娘を追わねばならない。

※プレイングの受け付けは『1/19(日)8:31~』とさせていただきます。
※二章では、合わせで頂いたプレイング以外は原則お一人ずつの描写となります。
※「罪」への向き合い方の方向性を、プレイング内で示して頂ければ幸いです。
ゼイル・パックルード
ああ、ヤツはそういう存在なんだな。
狂ってるとも思わない。ヤツにとっては、かみさまを否定するヤツはゴキブリや蚊以上に鬱陶しかっただけだろう。

人を殺しをしたことが罪?喰うか喰われるかの世界で、それが罪になるか?

なら、人殺しを楽しんでいたのが罪になるのかね。それともいずれ友や仲間すら殺そうとする心根か?
それすらも楽しみに感じてこうして笑っていることか?
そんなもの、突きつけられるまでもなくきっと悪辣だろう
だがそれを自覚してもかみさまなんかに突きつけられたところで知ったこっちゃない

なぁかみさま?きっとお前だって、そうだろう?

それに、仮に罪なんてものがあるとするなら、大切なのはそれを犯した結果だろう?




 ――ああ、ヤツはそういう存在なんだな。
 狂っているだの、頭がおかしいだの、そういう感想は全て置き去りにした。『かみさま』の御許で生きて来た真木・実白という娘にとってみれば、背信は何にも代えがたい罪であり、罰が必要だから――『かみさま』の言に従って――与えて来ただけのことだろう。
 そうしなくては生きられなかったから。
 それは、ゼイル・パックルード(火裂・f02162)が人殺しと成った理由と、大筋変わりない。
 最初から脳髄は冷えていた。いつとて冷静である。不動であれなかった者から死んでいくような状況を生き抜いて来た。
 だから、今も心は揺らがない。
 月色の瞳に映した薄闇の道の先に、己の罪を見ている。どれもこれも顔など碌に覚えていないが、きっと己が殺して来たものだろう。皆一様に武器を携え、影法師の顔に怨みの念を貼り付けて、ゼイルを見据えているように見える。
「だけど、俺が殺してなかったら、お前らが俺を殺したんだろう?」
 一歩。
 踏み出しながら、問う。
 そういう世界だったのだ。明日を生きるため、誰もが罪を犯さずにはいられなかった。殺さねば死んでいて、弱い方が死んだ。それがたまたま同族だっただけのことだ。それを罪だというのなら――生きるために動物を喰らうことだって、等しく罪であるべきだろう。
 ――光景が揺らぐ。
 霧散した影が新たな形を作る。見知った顔が並んでいる。月光に晒されるのは、己の中に潜む悦楽への衝動だ。
「まあ、殺せるさ」
 密やかに。
 静かに唇に笑みを刷く。この焔の腕は、いずれ味方にも牙を剥くだろう。この心の奥にある甘美な衝動が、赤い液体を蜜が如くに待ちわびている。
 笑って言葉を交わす仲間へ、肩を並べる友へ、いつか焔の牙を突き立てる。血の一滴に至るまでをも地にぶちまけて、その中で己だけが立つ。いつか、砂漠の中で武器を交えた相手のように。
 その――何と、楽しいことだろう。
 今更である。
 突き付けられるまでもない。これは悪辣だ。背徳だ。背信だ。人倫に悖る悪魔の所業だと罵られるに違いない。人殺しで、加えて人でなしでもあるときた。
 それでも、ゼイルの金が三日月のように歪むのは。
 声なき罵倒が、彼に何をももたらさないからだ。
 言葉は凶器だと誰かが言った。人を殺せる武器なのだと言った。それでも、ゼイルにとって、そんな戯言はそれこそ程遠い世界にしかない。
 声は――言葉は。
 ナイフの切っ先ほどの冷たさも孕んでいないし、生温い血風の香りにも程遠い。そんなものは、彼の心を一片だって躍らせたりしない。
「なぁ『かみさま』? きっとお前だって、そうだろう?」
 振り仰いだ空に月が見えた。薄明かりが地に落ちて、ゼイルの影を僅かに濃くする。
 己の命を紡ぐ行為が、そのために奪った何かが――或いは、それに享楽を見出す心が悪なのだとしよう。
 だとしたら、先に見たそれは何になる。生きるに必要のないまま奪い去り、発作的な衝動だけで積み上げて来た屍の山。生きることを保証され、その上に存在意義を求めて誰かを奪い続ける行為は、果たして――。
「まあ、何でも良いか」
 たとえば、罪などというものがこの世に存在するとして。これが拭い去れぬ業なのだとしても。
「――大切なのは、それを犯した結果だろう?」
 地獄を飼った悪党の足は、迷わず地を踏むのだから。

大成功 🔵​🔵​🔵​

白神・杏華

現れる罪はダークセイヴァーやUDCアースの死者。
かつて私が予知をして……結果、助けられなかった人たち。猟兵のみんなを送っても、間に合わなかった人たち。

……ずっと謝りたかったんだ。
もっと私に力があれば、あなた達を助けられたかもしれない。死者を出さずに解決させられたかもしれない。
どれだけ謝っても、足りるものじゃないよね。

でも、私は止まらないよ。
ここで足を止めたら、あなた達が死んだことも無意味になってしまう気がするから。
これからも人を助けて……助けられて……進んでいくよ。

そこから零れ落ちてしまった皆の事も、絶対に忘れないから。
ごめんなさい。そしてさようなら。
まずは、目の前の女の子を助けてみせるよ。




 グリモア猟兵は万能ではない。
 予知の凄惨な光景の全てを救えるわけではない。己が戦って、直接に手を伸ばせるわけでもない。他の猟兵が差し伸べた救いが――全ての命に届くこともない。
 この邪神はびこる世界や、闇に鎖された世界においては、決して珍しくもないことだった。たとえば別のグリモア猟兵の元に予知がひらめいたとて、その手が拾えるものは全てとはなり得ない。
 ――それを、必然の犠牲だと言う者もいるのだろうけれど。
 予知の当事者であることの多い白神・杏華(普通の女子高生・f02115)にしてみれば、届かなかった無辜の民の死は、己の罪に違いなかった。
 目の前にある血だまりの中に、折り重なって倒れる人々がいる。子供も老人も、男も女もあった。その傍らにしゃがみ込んで、杏華は目を伏せている。
「ごめんなさい」
 ずっと――謝りたかった。
 何も知らぬまま、信じたものに亡者と成された子供たちがいた。殺人事件の末に死した男がいた。狂焔の中で壊滅した村があった。
 その全てに、彼女の見ていた予知は届かなかった。
 頭によぎるものの中に見ていた地獄から、その命を拾い上げられなかった。それでも生きている人間たちは、救いに来てくれたというだけでも杏華に感謝すらするのだろうけれど――死んだ人間にとってはそうではない。
 あと少し介入が早ければ。
 あと少し予知を見るのが早ければ。
 もっと力があれば――。
 それが怨嗟なのか、それとも杏華自身が脳裏に聞く自罰の声なのか、判りはしない。骸は骸だ。目の前で折り重なるそれらは動かない。
 彼らに言葉を幾ら重ねたところで、望まぬままに過去になってしまったことは変わらない。だからせめてと、少女の指先は冷たい肉塊にそっと触れた。
 ――誰も死なない大団円など、この世にはないのかもしれない。彼らを救えたとて、別の人間がそれ以前に犠牲になっていることを、変えられはしないのかもしれない。
 それでも――猟兵は。
 杏華は。
 その未来を夢見ていたい。力があれば救える命が多くなるということを、それがいつか荒唐無稽な大団円に届くことを――信じていたい。
 だから、僅かな祈りの後に立ち上がる。
「私は止まらないよ」
 決意を零す。ここで足を止めれば、彼らの死を無駄にしてしまうと思うから。もう亡くしてしまったものの前で、いつまでも泣いて蹲ったとて、未来を紡ぐことは出来ないと思うから。
「これからも人を助けて……助けられて……進んでいくよ」
 呼べば応えてくれる声があること。
 それを永久に喪ってしまった人々のこと。
 何もかもを忘れずに、この胸の裡に刻んで――その重みと共に、前に進む。
「ごめんなさい。そしてさようなら」
 二度目の謝罪は揺らがなかった。永久の別れは、言えるときが来て良かったとさえ思う。
 ――本当なら、謝罪も離別も、告げることなど出来ないはずだったのだ。
「まずは、目の前の女の子を助けてみせるよ」
 宣誓と共に見仰いだ空に星が瞬く。そのひかりを受けて、希望に燃える瞳が、オーロラを宿した。

大成功 🔵​🔵​🔵​

スキアファール・イリャルギ

罪は、忘れたこと

ひとつは
怪奇を忘れて人間で居たこと
ひとつは
全てを忘れて「アリス」で居たこと

ひとつは
「アリス」としての記憶が朧げなこと

悍ましい怪奇を大勢の前で晒してしまった
そのことすら忘れ、不思議の国の中で歌い続けてた

そして今、大切な何かを忘れている気がする

こちらをじっと見つめるだけの影
影絵のように真っ黒な女の子
まるでアリスのような容姿で

怪奇は忘れまいと戒めることで向き合ったけど
「アリス」となって忘れたことは世界の法則なのだと諦めたけど

この子は、この罪は何?
教えてくれよ
何も知らないんだよ
知らなきゃ何もできないんだよ!

なんで、
なんで何も言ってくれない!!

(それともこれは、防衛機制?)




 忘却とは、人間の持つ最良の機能だ。
 全てを憶えていれば潰れてしまう。記憶は間違いなく負荷なのだ。この脳と呼ばれる機構の容量は少ない。防衛策として生み出されたそれは、時に必要なものさえ眠りに就かせていく。
 それが故に――厄介な大罪とすらなり得る。
 スキアファール・イリャルギ(抹月批風・f23882)にとって、忘却とは罪だった。だから、彼の前には今、何もない。
 ――怪奇を忘れた。人間と成った。
 ――全てを忘れた。『アリス』と成った。
 ――『アリス』を忘れた。朧と成った。
 過去の土台が掠れているのだ。どれもこれもが曖昧だ。全てを忘れ、記憶の楔をかなぐり捨てて、監獄(アライサム)から逃れたはずだったのに――その先にあった『アリス』でさえも、今はもう霞掛かっている。
 何もかもが歪んでいるのだ。無数の目に見える現実も、数多の口が紡ぐ言葉も、聡い耳に入る音さえも。
 一つの音すら響かない、宵闇の商店街の中にいる。影法師である己の姿などすぐに融けて消えてしまうだろう。全ての目を閉じれば、どこにいるのか分からぬほどに。
 この悍ましい怪奇を――。
 忘れていた。だから人前で晒してしまった。
 それすらも忘れて、終わらぬ不思議の国で歌い続けた。最後のページが破れたまま、己の存在が何だったのかすら朧なままで。
 ――そして今。
 零れ落ちた記憶の中に、大切なものを置き去りにしてきた気がする。
 歪んで成った現実の中に、それが立っている。街灯の光に照らされた影が、色濃く地面へ落ちている。
「教えてくれよ」
 不思議の国のアリスは応えない。スキアファールのような迷い人でなく、兎に導かれ穴に落ちた少女のようなそれは、漆黒を揺らめかせてただ立っている。
 ――黒い包帯が解けていく。
 怪奇であることを忘れぬと戒めた。かつて犯した忘却の罪に二度とは溺れぬと誓った。
 『アリス』となって全てを忘れたことは、世界の法則だった。彼が如何に望んだとて、記憶を保ち監獄から放たれる術はなかった。その罪を飲み干して、背負わねばならないことを、諦めて受け入れた。
 では――。
 ――目の前の少女は何だ。己の犯した過ちとは何だ。すっかり抜け落ちた記憶のページには、何も書かれていない。
「何も知らないんだよ。知らなきゃ何もできないんだよ!」
 どろどろと零れた体が『にんげん』を失っていく。無数の目が覗いた。黒い包帯が嘲笑うように地に同化する。
 切れかけた電球の下で――。
 少女は立ち尽くしている。
「なんで、なんで何も言ってくれない!!」
 償えない。贖えない。何も覚えていないのは、何も知らないのと同じだ。
 己が彼女に犯した罪が分からない。顔も、姿も、服さえも――白紙は黒く塗り潰された。
 ――或いは、己が塗り潰したのか。
 覚えていたくないから。覚えていられないから。人間の持つ忘却の機構は、怪奇の記憶さえ奥底に眠らせたか。
 思い出せないのだ。覚えていないのだ。本当は知らないのか。
 だって――名前すらも。
「君は、誰なんだよ」
 零れ落ちた声に応えがなかったのは、果たして男の望み通りだったか――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ヴィクティム・ウィンターミュート


俺の罪は…裏切り、いや…
夢を、見た事だ

分不相応な夢なんて無ければ、何も壊さずに済んだ
夢を持たなければ人は成長しないと、誰かは言うけれど
結果が失敗なら、全て無駄だ
失敗は糧になる?馬鹿を言え

あれだけ犠牲にして、あれだけのものを壊しておいて!!
釣り合うわけがない!
何をどう言い訳したところで、あの夢から生じた全ては最悪だ!
たとえ今、沢山の得難い関係を紡いで、幸福な生活が出来ていたとしても

全てを投げ捨てて、過去の失敗を帳消しにできるなら、喜んでやってやる
背負っていかなければならない
償えなくても、一生な…

足を止めるな
この罪が生み出した、冬の全てを殺すまで!
その先が自分の終わりでも、決して躊躇などするな!




 たとえば罪というものがこの身を苛むとして、その本質がどこにあるかを知るのは最大の命題なのではないかと思う。
 笑い合っている。冗談を言ったのは誰だったろう。およそ最下層の貧民たちからは想像し得ない、穏やかな時間が眼前にある。
 立ち尽くす少年は、その中にいない。
 まるで最初からいなかったかのようだと思う。いなくても良かったのだと言われているようですらある。
 ――そうだったら良かったのに。
 唇を引き結ぶ。彼は確かにその中に存在してしまって、それが故にこの光景を永久に引き裂いた。
 少年だったのだ。
 ストリートに生まれ落ち、誰をも頼れぬ中で生きて来た。人生経験は――富裕層の生活を享受する同年代の少年たちからすれば――積んで来ていただろう。それでも、分不相応な夢に心を躍らせてしまうような、ただの少年と変わらぬ心根があったのだ。
 もうすぐ結実するはずだった願いより、抱いた野望にこそ未来を見るような。荒唐無稽な理想が、現実に成るような。
 ――そんな夢を見た。
「失敗は糧になる? 馬鹿を言え」
 零れた声が震えている。目の前にある光景には届かない。何より幸福になってほしかったはずの暖かな居場所が、永久の冬に鎖した張本人を見ていようはずもない。
 夢を抱かなければ成長はないと語る者たちは、知らないのだ。たった一度の掛け違えが、全てを決定的に引き裂くさまを。
 成長したのかと問われれば――しただろう。敗北は即ち罪業だと知った。失敗は即ち絶望だと知った。一度の誤算が何もかもを台無しにすると学んだ。
 ――だから何だというのだ。
「あれだけ犠牲にして、あれだけのものを壊しておいて!! 釣り合うわけがない!」
 慟哭が天を衝く。叩いた地面に金属音がするのが――己の冷えた義手が嘲笑うようで、余計に虚しい。
 ――上手く行くと思った。
 ――自分を過信した。
 言いざまは幾らでもあるだろう。けれど、弁明に意味など生じない。全てはもう、過去に融け落ちてしまったのだ。
「何をどう言い訳したところで、あの夢から生じた全ては最悪だ!」
 のうのうと幸いを得ている。
 繋いだ手が数多ある。引き留める手が数多ある。冬寂の墓標でしかなかったこの名を呼んで、笑う者たちがいる。
 かけがえのない縁に囲まれた。友がいる。チームがある。年相応の少年めいた軽口を、誰かが拾って応じてくれる――。
 そうだとしても。
「全てを投げ捨てて、過去の失敗を帳消しにできるなら、喜んでやってやる」
 己が紡ぐのと同じだけのものを、生きて幸福になってほしかったはずのものから――根こそぎ奪ったのだから。
 この命で片が付くなら安いだろう。たかだか一人の裏切り者が命を地獄に投じるだけで、地獄に叩き落としてしまった全ての帳尻を合わせることが出来るというのなら。
 よろよろと立ち上がる。青い瞳にいつかの幸福を焼き付けて、少年の背は進む。灰色の髪を宵闇に溶かし、小柄な体躯が消えていく。
 ――全ての冬を終わらせれば、春が来る。
 ――たとえ、そこに己がいなくとも。
 己にはもう、冬寂の墓標――ヴィクティム・ウィンターミュート(impulse of Arsene・f01172)になる他に、道はないのだから。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鎧坂・灯理
【竜偵】
やはり「かみさま」は害悪だな。確信したぞ私は
首に乗せてるだけの頭なんざタダの重しだろ、切り落としてしまえ!
自分で考えるのをやめるなら、意志を完全に捨ててしまうなら、そんなものは人間とは言わないだろう!
クソッ……こっち見ないでいただけます?

罪か。私の罪といったら兄を殺したこと――ではないな
あれは「人間の私」の罪だ。そも、あいつの自殺だし
今の……「怪物の私」の罪など一つだろうよ

「人間をやめたこと」だ
ほかに無い

どう向き合わせてくるのかは知らんが、それはもう「越えた」
今の私は、自分の意志で怪物をしているんだ
だから、どけ。貴様では力不足だ
私の足を止めていいのは、対等な者だけ
我がつがいだけだ


イリーツァ・ウーツェ
【竜偵】
(能く鳴る肉と、此れは思う。快不快の無い、事実として。)
(後ろ向きに歩く姿を、器用と感じる。)
(雇い主を見る。怪物が、人間を語っていた。)

(殺した物が現れる。食べた物、消した物の群れ。)
(白い竜と、青い龍の形。“竜”の師、兄の友達。)
(美しい、海都の住民。杖中の、姫の家族と臣民。)
(地平迄をも埋め尽くす、人間を含む沢山の生物。)

此の現象に、何の意味が在るのだろう
邪魔をするなら、消して追う
唯の幻影なら、無視して追う

(何も思わない。面倒とも、如何でも良いとさえ。)
(映しはしたが、視ていない。)
(“罪”等、此れは知らない。)

参りましょう。




 ――能く鳴る肉だと思った。
 後ずさりをしながら嗤う少女の影を、深緋はただ見ていた。瞳に映しただけのそれを、果たして見ていると言って良いのかは知らずとも。
 ただ、器用な真似をするものだと思った。見えぬ後方に向けて足を進める挙動は、およそ竜が想像もせぬものだったから。
 隣で低く唸る声を聞く。獣じみたそれは確かに人間の形をした声帯から発せられている。鎧坂・灯理(不死鳥・f14037)がその先に何を見ているのか、イリーツァ・ウーツェ(負号の竜・f14324)は分からない。
 竜の目が見詰める虚空に、灯理は昔日の己を見ていた。
 背の低い、眼鏡の少女――その奥からこちらを見る紫水晶の双眸。唇に浮かべた不敵な笑みが憎らしいほど『人間』だ。
 ――兄を殺したのは、己が未だ人間だった頃の罪だった。
 今思えば罪とすら言えないかもしれない。あの日、己の全てだった兄は、今やすっかり心的地位を落として共にある。
 なればこそ――分かる。
 過日の灯理を歪め、壊し、記憶を封じさせるほどまでに痛めつけたあれは。
 ――兄の身勝手な自殺だった。
 今見ているのは、怪物として成った鎧坂・灯理の罪である。そのやわらかな人間の殻を脱ぎ捨てて、とうとう竜とまで昇華して、この世の理に逆らったこと。
「だから何だ」
 こんなものが何だという。貴様は人間を棄てた怪物だと誹りを投げる過日の己を、隻眼が真っ直ぐに睨み遣る。
「今の私は、自分の意志で怪物をしているんだ」
 伴侶に突き放された。
 いっそ心が壊れた方がましだと思うくらいの狂乱の中で、それでも自我を保って乗り越えた。そうして得たこの身で、人でない伴侶たちに並び立つために、灯理はここに立っている。
 その覚悟は――。
 『ひとのままであること』を、とうに越えた。
「だから、どけ。貴様では力不足だ」
 人に連なる全てを棄てた。並び立ちたい者と並び立つために、寿命までをも捻じ曲げようとしている。そうして昔日の己が手にしていたものを破り捨てた灯理は、それでも『灯理』を棄てていない。
 彼女は。
 ――意志の怪物(insane)である。
「私の足を止めていいのは――対等な者(つがい)だけだ」
 ざりりと踏み込む隻眼に、煌々と宿る意志の焔を――。
 微動だにせぬ竜が見ている。
「やはり『かみさま』は害悪だな。確信したぞ私は」
 吐き捨てる声は、イリーツァの耳にはただ音としてのみ認識出来る。言葉の意味は分かれども、そこに籠もった『怒り』を理解することが出来ない。
 ――理解しようとも、思わない。
 灯理の意志が、彼女の見る幻影を掻き消しているのであろうということを、事実として知覚する。それ以上のことはない。それ以下でもない。
「首に乗せてるだけの頭なんざタダの重しだろ、切り落としてしまえ! 自分で考えるのをやめるなら、意志を完全に捨ててしまうなら、そんなものは人間とは言わないだろう!」
 ――人を語るのだな。
 ――化け物であるというのに。
 揶揄の色は揺れない。純粋に疑問に思っただけだ。好奇心であると言い換えても良いのかもしれない。彼女にニンゲンを問うたら、答えはあるだろうか。それとも今のように、苛立ちの色で睨み上げられるだけだろうか。
「クソッ……こっち見ないでいただけます?」
「承知致しました」
 言われれば視線を逸らす。
 雇用主には従う。猟兵は補佐する。そのどちらにも矛盾しないからだ。
 イリーツァの眼前――虚空だったはずの場所に浮かぶのは、今は亡き者の群れだった。
 或いはそれは食したものである。生物はモノを食うと言われたから、喰らった。
 或いはそれは消したものである。己を害そうとしたから、そうした。
 或いはそれは白竜であり、青い龍である。兄の友人だった。『竜』の師だった。
 或いはそれは海都の住民である。携えた杖の中に住まう、姫が治めた国だった場所。
 有象無象が列を成し、大挙と成してイリーツァの前に立つ。その表情を眺める瞬きをしない瞳が、無機質に疑問の色を浮かべた。
 ――これは何の意味を持っているのだろうか。
 ともあれ進むには邪魔である。すい、と伸ばした手が無造作に先頭へ触れた。
 刹那に。
 ――全てが消える。
 竜は、罪というものを知らない。己が何をしたのかも知らない。それがどんな意味を持っていたのかを、考えることもない。
 約定に沿う。
 イリーツァが成しているのは、ただそれだけだ。
「参りましょう」
「ええ――『かみさま』とやらの頭をカチ割ってやらねば、私の気が済みません」
 傍らの怪物へ抑揚のない声を零せば、怒りを噛み潰すような温度が返った。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

昏森・幸恵
見捨てた。

踏み留まった所で死体が増えただけでしょうし、あの時私が正気だったとも思えないけれど。友人と呼べた人達を、見殺しにしたのが私の罪。
今生きていること自体が罪。

……今まで、それどころではなかったから意識しなかったけど。
こうして見せつけられると辛いものがあるわね。

だけど、今の私は敵と異能の存在を知っている。
武器がある。意思がある。乗り越えられる、筈、だから。
お願い……そんな恨みがましい目で私を見ないで。


影の追跡者を召喚、実白を追う。
やはり、時系列が狂っている。出会う前から神の声は聞こえている。
自分を肯定してくれた存在にそれを被せただけ。
なら――でも、どうかな。無理かしら。相手が「あれ」では。




 何もかもが狂っていたあの場において、満ちていた狂乱だけはよく覚えている。
 焼き付いて消えないとさえいえるだろうか。楽しいだけの一日になるはずだった些細な日が、凄惨な光景を晒して目の前に横たわっている。
 見捨てた。
 それが昏森・幸恵(人間の探索者・f24777)の罪である。
 言い訳は幾らとて利くだろう。あの惨憺たる日に彼女らを襲ったのは、あまりに常識外れの出来事だった。あの狂乱の中で何人がまともな判断を下せたかは分からないし、己が命を守ることさえ覚束なかった人間の中には、幸恵も入っている。
 冷静に思考を回さずとも――そこに彼女が残ったところで、骸が一つ増えるだけだったろうことは容易に想像がつく。結果を見れば、逃げ延びたことで亡骸が一つ減ったのは、得難い幸運だったのかもしれない。
 ――結果だけを見ればの話である。
 友人だった。狭い交友関係の中にも確かにあった、友情のよすがだった。あの日までは。あの絶望までは。
 その全てに背を向けた。一人に手を伸ばすことも出来ず、一人に寄り添うことも出来ず、ここで共に果ててしまおうと覚悟をすることも出来ずに、断末魔と悲鳴と人の死んでいく音の全てから己の命だけを守った。
 ここに生きている。
 それそのものが罪だ。
 広がる血だまりを見ている。友だった肉塊を見ている。それを胸の裡に思い描くことすら儘ならない日々だったけれど、突き付けられてみれば酷い光景だった。
 ――勝てなかったのは。そうして全てを見捨ててしまったのは。
 幸恵が何も知らなかったからだ。異形も異能も、己の生きる世界の外側にある恐怖を知覚することが出来なかったからだ。
 今は違う。
 異能を手にした。敵を知っている。もう二度と繰り返すことなく、乗り越えられる。
 そのはずだ。
 ――そのはずだから。
「お願い……そんな恨みがましい目で私を見ないで」
 絞り出すような声にも、虚ろな眼球たちは瞬き一つ返さない。その全てが幸恵に向いている。ただ独り生き残った女を責め立てるように、瞳孔の開ききった目が乾いている。
 もう――。
 見たくないのか。
 見られたくないのか。
 振り切るように首を振る幸恵の横に、影が現れる。得た異能の一つは、主人の命に違わず、先に見た少女の道行きを辿り始めた。
 時系列が狂っている――最初に覚えた違和感が、確かな形を取る。彼女の言う『かみさま』の声は、今『かみさま』と呼ぶ存在に出会う以前より聞こえている。
 だから、実白は。
 救済を与えてくれるものどうしを重ねて見ただけだ。それは究極――彼女が『あかねちゃん』と呼んだ娘でなくとも良かったということでもある。
 ならば――ああ、だが、あいてが『あれ』では。
 忍び寄る血だまりに足を取られる前に、ゆっくりと幸恵が歩を進める。一抹の諦めを胸に忍ばせ、軋む心に鞭打って、漆黒が宵闇に溶けていく。
 ――その背を、友だったものの瞳が見送っていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

臥待・夏報


……奇妙な光景だった。
だってそいつは、なんでもない日の一幕でしかない。

高校の帰り道、シャッター商店街、ゲーセンなんて名ばかりのボロボロの遊技場。
僕がUFOキャッチャーを遊んでいるあいだ、春ちゃんは2人分のアイスを食べていた。
彼女は楽しそうに、UFOに捕まる牛の話をしていた。牡牛座にはきっと宇宙人が居るんだ、って。
なんでそうなる。僕は呆れ半分にため息をついて、ごく適当な返事をした。
「大体、仮に宇宙人がいるとしたら、牡牛じゃなくてケンタウロスだろ。アルファ・ケンタウリの地球型惑星だよ」

……こんなものが、僕の犯した最大の罪だとでもいうのなら。
それはさしづめ、『凡庸であったこと』ってところだろうか。




 届かぬ星に手を伸ばすのは、あまねく少女の原罪だ。
 夕暮れだった。時を戻したかのように、塞いだ陽は光を取り戻して、二人分の影を伸ばしていた。
 シャッター商店街の中に辛うじてやっている遊技場には、ゲームセンターだなんて御大層な看板は似合わない。経営も内装も傾いていそうなそこに置いてあるUFOキャッチャーに、今と変わらず百円硬貨を突っ込んで、今と変わらぬ臥待・夏報(終われない夏休み・f15753)がつまらなさそうな顔をしていた。
 奇妙だと思う。
 何の変哲もない放課後の光景そのものというよりは、そんな光景こそが罪たり得ると突き付けられていることが。
 アームが景品を掠める。持とうとすれば零してしまうから、少しずつずらすように出口に近付けていくのだ。今だって、同じように景品を取っている。
 その横で、『春ちゃん』は二人分のアイスを食べている。
 夏報の固まった表情とは裏腹に、春ちゃんは楽しそうに笑っていた。いつもそうだったような気もする。
 楽しげな親友の唇から零れるのは、いつもの霊感少女の戯言だ。
 UFOキャッチャーを見ていたせいだろうか――。
 その日の主題は地球外生命体だった。UFOに捕まって臓腑を抜かれた牛の話をしていた。
 キャトルミューティレーションと呼ばれる現象が古今東西で報告されているのは、夏報もよく知るところだ。数多の家畜で報告されている異常死のうちの一つだ。何故か牛ばかりが取りざたされるから、概ねキャトルミューティレーションと言って思い浮かぶのは、謎の光を発するオーソドックスな円盤に、牛が吸い込まれていくさまだろう。
 その超常に関する話も粗方頭に入っていたし――。
 だからだろうと思う。
 ――牡牛座にはきっと宇宙人が居るんだよかほちゃん。
 そんな連想ゲームのような言葉に溜息を吐いた。今だって同じことを言われたら同じように思う――どうしてそうなるんだ。
 あのときの夏報は、だから――。
 それをそのまま口にした。
「大体、仮に宇宙人がいるとしたら、牡牛じゃなくてケンタウロスだろ。アルファ・ケンタウリの地球型惑星だよ」
 届かぬ星の先、ケンタウロス座には数多の知的生命体がいると言われている。
 特にアルファ・ケンタウリには、信仰を主とする宇宙人と、科学に傾倒する宇宙人がいる。両者は相いれず、最終的には信奉者が安住の地を求めて旅立つこととなった。
 それは、まるで――。
 二人の影が伸びる。つまらなさそうに筐体のボタンを押す隣に、両手をアイスで塞がれた黒がいる。
 信じなかった。
 火星の川が枯れていないことも。牡牛座に住まう宇宙人のことも。アルファ・ケンタウリの文明も。ビッグバンから連なる時間に外側に神様がいることも。
 これが。
 こんなものが、犯した最大の罪だった。
 名をつけるなら、さしづめ――『凡庸だったこと』。
 炎が、呪いのように揺らめいた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

冴木・蜜

白衣を纏った一人の男
嘗て私と共に人を救う研究に傾倒した彼

数多に積み重なった死体の上に立ち
血塗れの手を差し伸べる彼こそが
私の罪の形



何度も見てきた夢
何度も突き付けられた罪

長い間苦しんで 悩み抜いて
やっと理解しました

私が苦しむ貴方を止められなかったから
貴方は道を踏み外して
沢山の人を殺して
罪を犯した

私は誰かを救いたかった
その癖、貴方を救えなかった

理解しています
だから私は紛れもなく罪人で
その罪から逃れてはいけない

一度だって
貴方のことを忘れたことはない
許して、とはいいません

でも
私は貴方にもう一度会わなくてはいけないから
ここで罪に押し潰されるわけにはいかない

だからこそ
此処で足を止める気はありません




 夢の果てに見た絶望は、もう二度と覆らない。
 薬液に一滴でも別の液体が混じれば、それは永久に純粋なものには戻らない。共に見たはずの夢に混ざった歪みの一滴が、全てを損じて何もかもに幕を引いたのだ。
 差し伸べられる手が血に染まっている。救うはずだったものが、その足の下に重なっている。冴木・蜜(天賦の薬・f15222)を見る『彼』の目は、いつものように笑った。
 ――罪のかたちは、幾度も夢に見たものと相違なかった。
 ただ、いのちを救いたかった。誰かの救いになれば良いと思っていた。それだけの透明な願いは叶うことなく、彼らの救いは全てを殺す毒に変わった。
 人は己らと違うものを嫌う。意識して形を成さねば、とろけて黒い液体へと変わってしまう蜜は、彼らと同じ場所にはいられなかった。
 そんなものに数多を教えてくれた者がある。同じ夢を見て、同じ薬学書を捲りながら、語らう時間の喜びさえも刻み付けてくれた。蜜をかたちづくるのは、彼の声が紡ぐ古びた薬学書の知識に端を発した感情だった。
 ただ一つ――。
 違ったとすれば、それは。
 蜜にはある未来への時間が、彼にはなかったことだったのかもしれない。
 その歪を見過ごして――数多の命を死に追いやった。
 夢に見るたびに突きつけられて、その度に絶望した。深い闇の中でまどろむように苦しんだ。出口のない思考の中に溺れて、息も出来ぬと喘いで、それでもその果てに答えを見つけたのだ。
 ――光明ではなかった。
 苦しんでいることを知っていたはずだった。その歪をきっと感じていたはずだった。それでも彼の病床に寄り添うことしか出来なかった。――彼に教えられて数多を知った蜜には、彼を救うすべが分からなかった。
 道を踏み外した彼が数多を手にかけ、ただ一匙の悪意で罪を犯した。
 同じ罪を。
 ――否。
 誰かを救いたいと宣ったくせに、救いたかった彼一人さえ救えなかったという罪と一緒に。
 蜜は――背負っている。
「一度だって、貴方のことを忘れたことはない」
 一歩を踏み出す。鉛が括り付けられているかのように体が重い。
 それでも歩み寄る。これが罪人の痛苦だというのなら、蜜は決して、それから逃げるわけにはいかないのだ。
「でも、私は貴方にもう一度会わなくてはいけないから」
 許してくれと乞うことはない。どうあっても許されないからだ。罪過は罪過であり、彼に引鉄を引かせてしまったことへの償いなど、もう出来るはずもないのだから。
 それでも。
 ――罪に押し潰されるわけにはいかない。
「此処で足を止める気はありません」
 ただ、そうとだけ告げて。
 死毒の歩みは、手を伸ばす彼の横をすり抜けた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

桔川・庸介

『罪』を見るって予知で聞いて、なら行けるって思った。
俺の罪なんて、精々備品を壊しちゃった…とか、
約束に少し遅刻したとか。その位なら、怖くないだろって。


人が凍りついてる。何十人も。
知ってる顔ばっかりだ。同級生、昔の先生、近所の人、…
首が曲がってたり、目が潰れてたり、ていうか凍ってるし、
みんな……しんでる、っぽい。

何度も気絶しかける。衝撃で…ていうより
なにかが無理に俺の目を閉じようとする、みたいで
腕に爪を突き立てて、先へ進む。

妹も居た。父さん、母さんも。氷の中に。
今朝だって普通に挨拶したのに。

ぐちゃぐちゃの心に、別の何かが囁いて来る、
おれが、……ころした?って?
混乱して。わかんない、なにも……




 大丈夫だと思ったのだ。
 自慢にもならないほど普通に生きている。今日ここに来るのだって、両親と妹に手を振って、気を付けるのよ――だなんて、男子高校生には少々子供扱いが過ぎるような言葉をもらったのだ。
 犯した罪業などさしたるものではない。備品を壊したのが思い付く限り最大の罪で、そうでなければ少々の遅刻や友人との悪ふざけや、その場しのぎの誤魔化し程度のものだろう。そんなものには、恐怖しなくて良い。
 ――では、目の前のこれは何だ。
 凍り付いた人々のかたちに、桔川・庸介(「普通の人間」・f20172)は見覚えがある。かつての知り合い。今の知己。帰る先で夕飯を用意してくれているであろう家族ですらある。
 その全てが死んでいることを、庸介は本能で悟った。
 潰れた瞳。ひしゃげた体。胸に空いた刺し傷。あらぬ方向に曲がった首。一様に半開きになった口から、青白い舌が覗いている。
 その氷像が、無数にも思える数で、道に連なっている。
 一つ一つの顔を――確認したくもないのに、覗いている。何かの間違いではないかと思った。知らない人間の顔があれば、ああこれは何か手違いだったのかと思えるような気がしたのだ。
 希望は叶わない。
 焦茶色の瞳に知った顔の酸鼻な最期が映るたび、庸介の意識は遠のいていく。まるで瞼を誰かに塞がれているように、視界が狭くなって世界が明滅する。頭の奥でぐるぐると巡る何かが、彼にこれ以上の進行は許さないと訴えている。
 ぼんやりと砕ける意識の中で――。
 ――半ば無意識に、腕へ爪を立てていた。赤く零れる体液の感触と痛みが、少年の自我を辛うじて現実に繋ぎ止める。
 進まなくてはならない。何のためにそうせねばならないのかも、撹拌される脳髄と衝撃に遠のいているけれど。
 足は進む。
 ああ――何なんだよ。
 喉を潰された同級生とは昨日遊んだじゃないか。目を失った中学時代の後輩とは三日前に通話をしていたじゃないか。体中に傷を作った昔の恩師からは今年だって年賀状が届いた。後頭部が潰れた近所のお婆さんは今朝も花壇に水をやっていただろう。
 首を絞められた母は庸介を子供扱いして。
 胸を一突きされた父は今日だって仕事に行って。
 足が潰れた妹は行ってらっしゃいと手を振っていたのに。
 ――お前が殺したんだ。
「わかんない」
 頭の内側に囁く何かを聞いた。首を横に振って、骸の合間を潜り抜けていく。
「わかんない、なにも……」
 何が現実で。
 何が幻影で。
 ――何が罪なのか。
 よろよろと足が進む。物言わぬ氷像の最中を歩いていく。ぐちゃぐちゃに掻きまわされて、己の存在すらもぐらぐらと揺らぎ始める脳髄の底で、よく知った誰かの笑い声がした気がした。

大成功 🔵​🔵​🔵​

シキ・ジルモント

何人もの人間が血を流して倒れている
野盗の一団だ、そして手を下したのは…
まさかと見た自分の手は真っ赤に濡れていて

現れた『罪』は、忘れようもない過去
満月を見て理性を失い、衝動のまま人を害した事
手を濡らす血が、倒れた人間が幻でも、それは紛れもない事実

…大丈夫、今は月は満ちていない
そう自分に言い聞かせ、『罪』の中を先へ進む
廃倉庫と、実白は言っていた
彼女を追って、そこへ急ぐ

『来るな、化け物』と、あの時向けられた言葉が聞こえる
…その通りだと、自分でも思う
こちらを恐れる視線も罵倒の言葉も受け入れ進む

結局この手は、壊す事しか出来ないのかもしれない
それでも今はやるべき事がある
あの少女を、今一人にしてはいけない




 人の世界の基準には、心神喪失という減罪があるという。
 なれば己は赦されたのだろうか。何に赦されるのか。社会も死した者たちも赦さず――己さえ赦さぬというのなら。
 ひどい鉄錆の香りが鼻孔を刺した。瞬いた碧眼に惨憺たる死の痕が映る。
 何もかもが果てた後だった。
 身なりからして野盗だろうか――と、シキ・ジルモント(人狼のガンナー・f09107)の頭のどこかが判ずる。夥しい量の血液と、何かに引き裂かれたような傷口は真新しく、動かぬ喉と鮮紅を夜露に晒していた。
 茫然と立ち尽くす手に、ぬらりと嫌な感触を覚える。
 滴り落ちた液体が、月の仄灯りに照らされていた。赤く、地に落ちたそれより幾ばく黒く変色したものが、この手を汚している。
 錆びた香りがする。頭痛が酷い。現実の認識を拒む脳髄が、それでも答えを否応なしに導き出す。
 思わずと見仰いだ空に――。
 あの日の満月はない。
 だから、シキはシキを保ったまま、足を進めた。
 ――満月の夜は、人狼にとって魔の時間だ。さながら人が狼に変わる物語が如く、理性は引き裂かれて手負いの獣に堕ち、本能に支配された身は苦悶を食い破るかのように凶暴性を引きずり出す。何もかもが白んで、次に赤く染まり、気付けば柔らかい生き物たちは死に絶えている。
 その静寂を、初めて知った夜だった。
 今ここで血に濡れる手も、倒れ伏した見覚えのある野盗たちも、何もかもが幻覚だ。この血の香りさえ。
 だとして――過去に浮かべた骸であることに、変わりはないけれど。
 一歩踏み出す。この先の廃倉庫に首魁がいると、実白は言った。きっと彼女もそこに向かっただろう。取り返しのつかないことになる前に、進まねばならない。
 倒れ伏す骸に近付いて――。
 ――来るな化け物。
 耳にありありと響いたそれが、幻聴なのか現実なのかを疑った。臥した人間のかたちは動かない。それでも。
 その目が、あの日の怯えを孕んでシキを見た。
 刺すような視線と罵倒の言葉が流れていく。背に当たるそれらが体を貫くようにして、堆積した痛みが胸を抉る。
 その通りだ。
 自分でも、そう思う。
 だからこそ足は止めない。何もかもを受け入れて、逃げることも耳を塞ぐこともせず、前に出るたび増えていく絶望の断末魔を聞き留める。
 結局――壊すことしか出来ない手なのかもしれない。
 化け物でしかないのかもしれない。そうだとしても――今は、成さねばならぬことがある。
 見据えた先に宵闇が広がる。あの向こうにいるはずなのだ。
 今、一人にすべきでない少女が――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鳴宮・匡



目の前に映る影はただ一つだ
自分を庇って死んだあのひとを模った黒

夥しいほどの屍を積み上げて生きてきた
人間や、社会、常識なんてものが
それを罪だ、悪だと言ったところで

俺は、そうは思えない
あのひとを死なせてしまったことを許されぬ罪だと思っても
それ以外の人間をどれだけ殺しても、悪いなんて思わない
そういう“ひとでなし”の化物だ

でも、そんなのわかりきっていたことだ

自分が醜いものだってことも
自分のことを許せる日なんて来ないことも

知っている
それでももう、足を止めないと
それでも生きるのだと、決めてしまったから

顕れた罪から、目を切ることはしない
それがどんなに痛くても

その痛みを受け入れて
……歩かなきゃ、いけないんだ




 罪と呼ばれるものならば、無数に犯して来た。
 足許に這い寄る血の香りを知覚していた。後方に積み上げられているであろう骸の山が、堆く積み上がった死の気配で手招いていることも知っていた。
 振り返ることはしない。
 『ひとでなし』という言葉を知ったのは、いつだったろう。人間になり切れねば社会にも常識にも馴染めず、謗りを受けるばかりの身が平和と遠いことを知ったのはいつだったろう。
 人間とは――。
 異なるものを排して初めて、安寧を得る。
 脆弱な身を群れによって補う、人間の普遍的な性質である。異端を排し、彼を孤独に至らしめたそれこそが、根源的には殺戮者でしかない鳴宮・匡(凪の海・f01612)の身を生かし続けて来た。
 『そうでしかない』ことを嘆いた。
 けれど、死んだ人間に心底詫びたことはなかった。
 どうでも良いものに心を砕けない。そうあれと纏った『普通』の仮面の上に感情の真似事を投影して、波立たない海の如く人間に紛れていたひとでなしは、目の前にただ一人の影だけを見ていた。
 戦地で死にかけた幼子を拾い上げ、戦いの中で生きていける知恵を叩き込み、そうして傍に置いていた少年を庇って、祈りと共に死んでいった。
 ――残響を、少年に与えた名に残して。
 凪の海に落ちる唯一の波紋だったもの。水底より鳴る静かな響き。心の底へ沈めたあの日の楽園――そのひとを喪ったことだけを、どうしようもない罪だと思う。
 胸の奥が軋む。足許に纏わりつく赤は何の感傷ももたらさないのに。揺らめく影を見詰めるだけで、無数の針が心臓の内側から差し込まれているようだった。思わず握った服にぐしゃりと皺が寄る。それが余計に、胸を刺す。
 どれだけ殺しても。
 どれだけ死なせても。
 ――匡は、大切な人を喪ったこと以外を『苦しい』とも思えない、ひとでなしの化け物だ。
「でも、そんなのわかりきってたことだ」
 動かない影を視る。もう己に伸ばされない手を視る。語り掛ける声は己の裡側に響いて、虚しく消える。
 ――知っている。己はもう、己を永久に許せない。
 ――醜い化け物のまま、ひとに成れずに呼吸を続けていく。
 繋がれる縁の全てが安らぎになって、安らぎを得るたびに痛みが走る。元より生きるに向かぬ壊れた者は、その理由さえも目に映していた。
 何より自分が――自分を責めている。
 けれど。
 それでも生きると決めてしまった。届かせたい願いをこの手に握ってしまった。
 前に出る。一歩、喪った影に近づく。目を伏せれば楽だろうか。そのまま走り抜けてしまえば、この苦しみも振り切れるだろうか。
 ――それでは、全てを沈めたのと変わりない。
「そうだろ」
 零した声に影がさざめく。無数に殺した己自身の残滓の中で、赤い瞳の竜が鳴いた気がした。
 だから。
 ――目は切らない。
 痛みを抱えたままで、夥しい死を背負ったままで。
 匡の足は、いつかの影を追い越した。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鏡島・嵐

罪を犯したんなら、ちゃんと相応しい罰を受けなきゃならねえ。
罰を受けたんなら、ちゃんと赦されなきゃいけねえ。

今でも思い出せる、猟兵としての初陣。
恐怖に呑まれて動けないおれ。おれを庇って大怪我をした仲間。

何の覚悟も無いまま戦おうとした罪に対して。
そんな自分の代わりに他の誰かが血を流すという罰を下され。
「気にするな」という温かい声と共に、赦しを与えられた。

誰でもいい。おまえの「かみさま」でもいい。その罪に相応しい罰を下した奴はいるんか。
もし誰もおまえを罰しなかったんなら、それは誰も――「かみさま」すら――おまえを赦さなかったってことじゃねえのか。
もしそうだとしたら――それは、すげえ残酷じゃねえか?




 罪には罰を。罰には赦しを。ただそれだけの理が儘ならないことを、歯痒く思う。
 赦されないなどということはないのだろうと、鏡島・嵐(星読みの渡り鳥・f03812)は思う。相応の罰を受けたのならば、その果てに赦しは必ず存在するのだ。
 ――目の前で、己を庇って重傷を負った、あのひとのように。
 怖かった。命を奪うことも、奪われることも。経験を積んだ今でさえ、総身の震えを殺せない。情けなく鳴る歯の根を噛み砕けない己への怒りが、後から涙となって湧き上がることすらあるほどに。
 経験を遥かに積んで来た。この身が確かに戦いのために研ぎ澄まされていくことを、戦場に立つたびに実感する。
 それなのに、心が追い付かない。今になってすら恐怖を打ち砕けない。戦士としての覚悟など、殺し殺される場を肯定するような在り方など、嵐には到底届かぬ境地だった。
 だから――。
 初めて戦いに身を投じた嵐が動けなかったことは、当然だったのかもしれなかった。
 竦む足が前に出ることは叶わなかった。目の前で繰り広げられる剣戟の応酬も、体を裂かれる敵も味方も、それでもなお武器を振り上げることをやめない腕も――嵐にとっては全てが恐ろしくて、ただ己の得物を握ったままで、そこに立ち尽くしていたのだ。
 その隙を。
 命のやり取りが――許すはずはない。
 琥珀色にまざまざと死を見た。ここで終わるのだと思った。
 ――予想した衝撃は、果たして嵐を襲わなかった。
 代わりに目の前で膝をついたひとがいた。夥しい赤を流してなお、そのひとが息を失うことはなく――生まれた隙に切り込んだ数多の同胞が、代わりに敵の息の根を穿った。
 全てが終わって、一命をとりとめたそのひとに、嵐はただ頭を下げた。何の覚悟もなく戦場に足った挙句に人の命を危険に晒したことへ――それこそ不甲斐なさで涙を噛みながら、謝ったのだ。
 そうして、そのひとは。
 否。
 そのひとと、嵐と共に戦った仲間たちは。
 ――気にするな。
 ――新米を補佐するのは先輩の務めだ。
 ――お前はこれからなんだから。
 そう言って――今、目の前の幻影が笑うように、笑ってみせたのだ。
 嵐は償ったのだ。己の罪を。なればこそ、もう罰されるようなことなどない。
「誰でもいい。おまえの『かみさま』でもいい。その罪に相応しい罰を下した奴はいるんか」
 声を張り上げる。宵闇に溶けた少女に、この言葉が一片でも届くように。
「もし誰もおまえを罰しなかったんなら、それは誰も――『かみさま』すら――おまえを赦さなかったってことじゃねえのか」
 罰が下されないということは――永遠に赦されないということだ。
 罪業の暗がりの中に閉じ込められて、そのまま溺れていく路しか残されていないというのか。
「もしそうだとしたら――それは、すげえ残酷じゃねえか?」
 零れ落ちた声が、宵闇に響いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

空見・彼方
○罪:2年前、雨が降ってた学校帰りの通学路。
2年前、初めて死んだ時。あの日空見彼方は死んだ。
あっけなく、何かにぶつかって、自転車ごととんで死んだ。

その後、新しい俺がでてきた。
あの時は驚いた…目の前に自分の死体があって。
うん、大分錯乱してた。覚えてる覚えてる。首とか凄い曲ってた

今更だよなぁ。俺が本当に俺なのか、なんて。
些細というか、なんというか、俺が俺ならそれでOKだよな!

と速攻幻覚をかき消し、相手の使った力【呪詛】を頼りに
【第六感】で大本を感じ取り追跡。

うん、ヤバイなぁって思ってたけど、やっぱヤバかったな。あの娘。
どうにかしてあげれないかなぁ…俺には分かんねぇ。




 雨音を劈く風切り音がする。
 あれが車か何か――現実に存在することを許されているようなものだったら、空見・彼方(デッドエンドリバイバル・f13603)は、あのときに死ねたのだろう。
 降りしきる雨の中だった。自転車通学者にとって、天から落ちる雫は厄介な邪魔者以外の何にもなりはしない。見慣れた帰途の夕景が灰色に濁る中でタイヤを走らせて、家に辿り着くはずだった。
 ――何が。
 起きたのか、分からないという顔をしていると思った。
 高速で突っ込んで来た何かが、自転車ごと己を跳ね飛ばす。ひしゃげる自転車のハンドルすらも紙屑のようなのだから、地面に跳ねる彼方の体など、それより脆い何かに違いなかったろう。
 忘れもせぬ二年前の情景である。
 雨に広がり水たまりと同化する赤黒い体液が、自転車をじわじわと染め上げている。静寂は暫し続いた。そこで初めて、彼方は己が出て来るまでに使った時間を知った。
 無数の揚羽蝶が飛んでいる。魂を運んで来るのだ。
 よろよろと――。
 何があったのか分からないといった様相で、先に死んだはずの少年が現れる。目の前に広がる酸鼻な光景に目を見開いて硬直した後に、その胸が浅く息を始めた。
 よろける。尻餅をつく。蹲る。頭を掻き抱いて、己の骸から目を逸らす。
 ああ、そうだったなあ――思い出す彼方の方にはもう、懐古の思いの他には何もない。あのときのことを鮮烈に思い出すには、あまりにも死に慣れてしまった。
 気付けば二人目の己も死んでいた。三人目が出てきた端から死ぬ。黒い髪の骸が積み上がる。首がひしゃげ、四肢があらぬ方向を向いて、腹に大穴を開けて、無数の彼方の黒い瞳が一斉に問う。
 ――お前は本当に空見・彼方か。
「今更だよなぁ」
 幾つの己を殺して来たのか分からない。あの日、死んで蘇った――或いは蘇ったとさえ言えないのかもしれない――自分が自分であるかの証明など、端から出来はしないだろう。
 だから、今生きている彼方が彼方の意識を持っていれば良い。
 この身が精巧なクローンでも、何らかの力で生み出された偽物でも、意識を連続させているだけの何かであっても、その意識さえ後から歪められた記憶の産物なのだとしても。
 些細なことだ。彼方は今、彼方として生きている。
 問いかける己の横をすり抜けた。骸の山が遠ざかる。逃げようとも思わなかったが、ただ、この先に進む必要があったのだ。
 ――ヤバイなぁって思ってたけど、やっぱヤバかったな。あの娘。
 思い返した相貌に気が重くなるのを抑えきれない。その生い立ちがどうあれ、それが極めて手遅れに近い在り方であるのは間違いがない。
 もう――何十人も、他人を殺してしまった。
「どうにかしてあげれないかなぁ……俺には分かんねぇ」
 そうして踏み外してしまった者の行き着く救いは、彼方には想像も及ばなかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ティオレンシア・シーディア


ふーん…まぁ、そういう子もいるわよねぇ。
殺した数を誇る、って気持ちは今一共感しにくいけど。
…そのあたりの事さえなきゃ、別にほっといてもよかったんだけどねぇ…

…罪、かぁ。
そりゃまあ足は洗ったけど、裏切り盗みに騙しに殺し、色々散々やらかしてきたし。
私刑で犯して殺しても飽き足らない、ってくらいに恨みを買った覚えは…まぁ正直数えるのもアホらしいくらいには、程度の自覚はあるわねぇ。
…生きるためにどうの、とか言い訳するつもりもないけれど。
正直な感想としては,「ふーん、それで?」としか思えないのよねぇ。
…他人に、見られてないわよねぇ?
だって、こんなの見られたら。…アタシの味方が、減るじゃない。




 一つ零した声は、ひどく他人事めいた色を孕んだ。
「……まぁ、そういう子もいるわよねぇ」
 数多の罪を犯したらしい。幾多の人間を殺し、喰らい、贄に捧げてまで、彼女は『かみさま』に傾倒している。それが己の生み出した幻覚であるにも拘わらず。
 事実として、そういう人間がいないわけではない。心を病む理由などそれぞれであるし、病んだが故に信仰に傾倒する者もあれば、歪んだ信仰に冒されて病む者もあろう。彼女はそのどちらかである――というだけだ。心に病理を飼った人間は、おおよそ一般的な観念からは理解出来ないことをしでかすものである。
 その精神性に対して否定はない。犯した罪の数を誇る歪んだ自己顕示欲には、いまいち共感は出来ないが。罪だと自覚しているのなら隠蔽するのが流儀というもので、誇示するのは悪手である。
 ティオレンシア・シーディア(イエロー・パロット・f04145)は――。
 実害がないとあらば、彼女を放っておいてやるのも良い方策だと思うのであるが。
 何しろ、背負った罪が十で下らぬのは、ティオレンシアも同じなのだ。
 細い瞳が見据える先に、夥しい数の憤怒が渦巻いている。或いは怨嗟とさえいえるだろう空気の淀みを、皮膚にありありと感じ取っている。
 それも当然の話だ。彼女の人間としての尊厳を根こそぎ奪い尽くして、嬲り殺しにしてなおも足りないと、憤怒に震える者は多かろう。それこそティオレンシアでさえ数える気が失せるほどに。
 ゴロツキとしての生活からは既に足を洗ったとはいえ、およそ悪徳と呼ばれるものは全てその身に被って来たのだ。他者を蹴落とし、騙し、略奪して来た――時には命すらも。
 ――そうせねば生きられなかったから。
 などと、尤もらしいことを言う気はない。不可抗力だと主張したところで、奪ってきたものは奪ってきたものだ。買った恨みが消えるわけでもなし、今目の前につきつけられているものが変わるでもない。
 とはいえ。
「ふーん、それで?」
 零れた声は凍てついていた。
 それ以外に感想が思い浮かばない。それを罪だと自覚していないわけでもないが、罪過として認識することと、心に後悔を留め置くことは話が別だ。
 ティオレンシアは――。
 ただ、悪いと思ったことがないだけである。
 憎悪と絶望の視線の中を、何らの抵抗もなく歩き出そうとして、ふと足を止める。巡らせた視線が他の猟兵たちを探るが、この暗がりに姿を見ることは出来ない。
 自分に見えないということは、他人にも見えていないということだろう。よほどの知覚を持っている者が、己を視認しようとしない限り。
 だから今度こそ、何の憂いもなく歩き出す。
 ――だって、こんなの見られたら。
 ――アタシの味方が、減るじゃない

大成功 🔵​🔵​🔵​

クロト・ラトキエ


“世間”や“常識”が何を『罪』と呼ぶかくらい識っている
“人間”という社会的動物に不都合無く溶け込める程度には
ただ――


埋め尽くす影の群
さもありなん

直に手に掛けた命
誰かに摘ませた命
扇動した戦、斃れた兵、渦中に呑まれた民
万では足りぬ
数えもならぬ

己を無二の友と呼んだ主
己が淡い想いを懐いた娘
己を拾い育て形作った男

全て、この手で


――ただ

生まれきた
生きている
生きていく

そんな理由など不要ず
『それ』を悪いと思えた事が無い


夜ならころして良い
それは…いい言葉
UCを纏う
鋼糸を振るう
無数の影を再殺する

果たして彼らは本当に『罪』か?
『歪み』と真に呼ぶべきは何か?
…否。識ってるとも

“罪は”
笑む
“在るとも。ひとり、此処に”




 罪に罰をと願うのは、人間だけだ。
 ただ一つの個体として生きていくには余りに脆弱な生き物は、群れを成して生きることを選んだ。社会と名付けられたそれには、他の生物が持つものとよく似た独自の規則が存在する。
 ――それが、法規と呼ばれる『かみさま』である。
 そこまで知っていて、罪業の何たるかを知らぬはずがない。一般社会の通念における罪も贖いも、その言葉の意味するところも、人の皮を被り笑むクロト・ラトキエ(TTX・f00472)の中に在る。
 この昏いシャッター通りが、罪業の鏡であるという。ならばこうもなろうと、納得の意を波立たぬ表情に浮かべて、男は広がるものを見た。
 地平を埋め尽くす影である。
 人型のそれが何なのか、クロトなればこそ理解出来るのだ。
 この手で殺した。吹き込んだ言葉が殺した。何気ないそぶりの提案が殺した。生まれた戦火の中で兵が死んだ。惑う民草に、広がった災禍から逃れるすべはなかった。
 全てを殺した、その中央に――いつでも男が悠然と立っていたのだ。
 手にかけた全てが一様に問う。
 ――何故だ。
 ああ、そうだろう。彼らにとってのクロトはどこまでも穏やかで、柔和で、大人しいかと思えば親しみやすい冗談も発して、いつの間にかそこにいるような、そういう男だった。
 そうなるようにして来た。
「生まれてきた」
 組んだこともあった肩を叩く。己を無二の友と称し、全幅の信と共に笑った主の影を通り去る。
「生きている」
 触れたいと思ったこともあった頬に指先を滑らせる。かつて淡い想いを懐き、会うたびに心を躍らせた娘より歩き去る。
「生きていく」
 繋いだこともあった手に触れる。少年だった彼を拾い、毒(クロト・ラトキエ)として作り上げた男の元を過ぎ去る。
 ――そんな大層な理由はない。必要がない。
 『それ』を悪いと思えた事が無い。
 懐いた想いも、懐かれた想いも、向けられた信も、恩も。
 クロトにとっては、何一つ関係がなかったのだ。彼らは死んだ。己が殺した。罪だというなら罪だろう。顕在化して目の前に現れるそれらが問うのも、それが取り返しのつかない罪過だったからだろう。
「『夜ならころして良い』か」
 指先が術式を紡ぐ。溢れた力が身を覆う。水が、風が、炎が、男を毒へと変えていく。
「それは……いい言葉だ」
 鋼糸が踊る。
 主君の頭を裂いた。娘の腹を穿った。育ての親の首を刎ねた。無数の影に、再びの死がもたらされた後には――。
 ――静寂の帳だけが落ちる。
 果たしてこれがクロトの罪か。罪とも思えぬ影の群れに問いただされることを、罪業などという言葉で呼んで構わないのか。
 否。
 もう識っている。
「罪は」
 『歪み』は。
「在るとも。ひとり、此処に」
 ――無数の死の上に立ち、ただ笑った。

大成功 🔵​🔵​🔵​

穂結・神楽耶

己の罪なら嫌と言うほど承知しています。
斯く在るべきと願われた在り方を、果たせなかったこと。
護るべき者達を守れず、逆に守られて生き残ってしまったこと。

焔と、
悲嘆と、
──鈴の音。

……どの記憶を失おうと、これだけは。
『穂結・神楽耶』の原点たる罪だけは、絶対に忘れない。
わたくしがわたくしで在る限り、ついて回るものです。
今更「これがお前の罪だ」と突き付けられたところで揺らぐはずがない。

護れなくて、救えなくて、ごめんなさい。
だからこそ。
いつかは届かなかった手を、今度こそはと伸ばすのです。




 神は運命に逆らえなかった。
 それはさながら、西洋における神話のように。定められた亡びを知っていたはずなのに、それに甘んじ死と世界の再生を受け入れるしかなかった者たちのように。
 ――願いを果たせず、全ては灰と溶けた。
 伸ばす手が空を掠めている。炎の熱気が今にも頬を焼くのに、白い肌に焦げ付きが残ることも、腰に佩いた本体が焼ける感触もない。
 助けて――と。
 熱にあえぐ声に、穂結・神楽耶(舞貴刃・f15297)の手が届くことはない。
 燃え尽きていく愛しい場所が目の前にある。迫る熱がこの身さえ焼こうとする。炎の前にあっては、その権能を果たすことも出来ない鉄に過ぎない刀は、全てと共に融解していくはずだった。
「穂垂」
 りぃん。
「ねえ、穂垂」
 ――わたくし、生き遺ってしまったのですよ。
 幻影の炎は届かない。神楽耶を焼くことなどない。それなのに、目の前で笑う者がある。
 ――もう、姿さえ朧だというのに。
 豊穣の女神として願われた背柱の鈴は、その祈りに違わず優しいものだった。ふわりと羽織が被せられて、守護の祈りが熱を遠ざけていく。
 護るためにあった。村を護る信仰を元に生まれた刀は、その手を何があっても届かせねばならないはずだった――この身に代えてでも。
 忘れようはずがない。何もかもを灰にして、たとえこの身が破滅の焔に呑まれたとしても、この記憶だけは。
 神楽耶の始まりだった。名すら燃え尽きてなおそこに遺ってしまった神が、灰の都と片割れの名を借りて、穂結・神楽耶として笑い始めた最初の記憶だった。
「護れなくて、救えなくて、ごめんなさい」
 懺悔は確かな重みを持って響く。過去の残映の中に向けて投じられたそれに、応える声はない。
 ――そうだとしても。
「今度こそは、必ず」
 ちいさな手を強く握り込む。
 願われたから。祈られたから。斯く在れと生まれたから。
 ――そうではない。
 神楽耶は今、己の足で歩いている。五百年にも及ぶ長い歳月を経て、自らの意で他者の祈りを果たし、いつか大切なものと共に燃え落ちる運命を覆すと決めたのだ。
 神には覆せなかった。覆せぬから神の成り損ないとなった。悔悟の焔にすら燃え残ってしまったこの体は、ひとめいた悪戯な笑みと、今を生きている友と、数多に届く手を得た。
 りぃんと澄んだ鈴の音は、あのときの願いを繰り返すばかりではない。
 ――がんばって。
「ええ。頑張ります」
 目の前のそのひとがたに笑いかける。炎の熱さはどこにもない。凍てた冬の空気に、神楽耶の足は自分の力で立ち上がった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

九泉・伽
※二つ目人格『伽』(煙草を咥えて火をつける

俺は極々普通の一般人だったからさ
誰かを殺したいとかなかったや
ただひとつ
神様なんていやしない
いたら平均寿命の半分で病死なんてひっどいめに遭うわけないもの

*罪
両親共筋金入りのガン家系
母は俺を産む為に治療を遅らせ25歳で死亡
42で死んだ父の遺言が「煙草はやるな」
だけどヘビースモーカーで肺ガンで死んだ親不孝
俺は「命のバトンをつないでくれ」って期待に応えず独身で35歳で死んだの
両親は必死で血を遺したのにねー、途絶えさせちゃったや
でも俺には「命を繋げ」って願いは重たかった
そう
死を看取らせるって重荷に苦しめられたからさ、誰かに背負わせたくなくて一人で死んだの
それが罪




 煙草はやるなと、父は言い遺した。
 それをすっかり破って、口に咥えた毒に火をつける。吸い込む紫煙が、いつものように夜空にくゆって消えた。
 九泉・伽(Pray to my God・f11786)は、極めて普通の感性を持った一般人だった。なればこそ壮大な罪を犯したこともなく、願望を懐いたこともなかった。どちらかといえば、先の少女が自慢げに語った影らに近いような――そういうものだった。
 一つ、取り返しがつかない罪があるのだとすれば。
「神様なんていやしない」
 吐き出した煙もまた、どこぞの宗教では背信行為なのだったか。
「いたら、平均寿命の半分で病死なんてひっどいめに遭うわけないもの」
 目の前の病床で硬く目を閉じる、己くらいのものだろう。
 ――癌の家系に生まれた。
 筋金入りだった。一族郎党、突然死よりも認知症よりも先に病に冒されていた。日本人の死因で言えば一位は部位を問わぬ癌だそうだが、その順位への貢献率といったらなかっただろう。
 案の定――両親も癌を患っていた。
 授かった子供と己の命を天秤にかけ、母は前者を取った。治療を遅らせた挙句、病魔が巣食い弱った体に妊娠と出産の負荷をかければ、いのちの刻限が近付くのは明白だ。
 彼女が二十五の若さで永久に息を止めて以来、伽は父に育てられてきた。
 その父も、四十二で病床に斃れた。ただ実感を持って煙草だけはやるのじゃないと告げられた言葉に逆らった男がどうなったかといえば――。
「そりゃ、こうなるよねぇ」
 煙草の味はしっかり舌に馴染んでしまったものだから、父の遺言はあっさりと破られた。お陰ですっかり汚染された肺は、彼の遺伝子に色濃く潜んだ病魔を刺激するに至り――。
 三十五のとき、共に歩む伴侶もなく、一人で過去となった。
 父が、母が、必死に繋いだ血だったのだ。そこに込められた期待も分かっていて裏切った。命のバトンを繋ぎ、子を成して、これから続く未来に一片でも生きる者を遺して欲しい。
「俺には重たかったよ」
 固く目を閉じた己は応えない。父の声も母の声もない。静かな暗がりは、病室ではなく霊安室だな――と、今更ながらに思った。
 伽は。
「――そう」
 死を看取る苦しみを知ってしまった。看取らせるということがどんな痛みを遺すかを、この心に刻んでしまった。未だ若かった彼に、その痛苦は余りに鮮明すぎた。
「誰かに背負わせたくなくて一人で死んだの」
 言い聞かせるのは誰にだっただろうか。伏せた瞳の前を、紫煙が通り抜けていくのだけを感じる。
 凍てた空気に死を思い返した。ああ――あのとき、何を考えたのだっけ。
「それが罪」
 咥え煙草のまま、ぽつりと零した言葉の奥に、無表情な己の顔を見た。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鷲生・嵯泉

……己が罪を問うならば、数える意味も無い程に
故国の滅んだあの時。たかが1人で何をか出来た筈も無い……それでも
此の燎原の世界に、お前達を見送らずとも済んだだろう
共に逝く事も出来ず。唯生き残ってしまった灰残の罪
未来を奪われた命への鎮魂、もう何を得る事も赦される事も無く
独り生き、潰えねばならん――筈だった

だというのに――今は
共に生き、歩む者を得て、少しでも長く在りたいと望みを抱いて
そして其れ故に、大切なものを苦しめ続けている
知りながら、変える事に踏み切れない
ああ……此れこそが今の、最大の、本当の罪だろう

――解っている
だが目を逸らしはしない
此の程度の苦しみなぞ、あの苦しみに到底及びはしないのだから




 幾度も夢に見た燎原に、葬列を見送っている。
 皆一様に死装束を纏っている。骨壺を抱え、並んだ棺の間を一列に歩み去っていく。素足が砂利に塗れているのは見るだに痛々しいが、ああ痛みを感じるのは生者だけか――と思う。
 知己の背を見送っている。
 白い葬列より僅かに離れた場所に、黒が差している。鷲生・嵯泉(烈志・f05845)の纏う軍服は、こういうときばかりよく目立った。
 数える意味すら失うような棺桶らが、嵯泉の犯した罪の証左である。
 もし――。
 あの日の故郷に嵯泉が残っていたとして、何を成せるわけでもなかっただろう。葬列を歩く死装束が一つ増えるだけで、故国の全ては灰に巻かれて消えていただろう。
 それでも、潰えていれば。
 父母だった亡骸を前に膝をつくこともなかった。無二の親友の酸鼻を極める骸に吼えることもなかった。幸福をかたちづくる愛した人が、魂を喪う重みを知らずに済んだ。
 ――ここに、ただ独り遺されることもなかった。
 葬列の一番先を行く長躯を見る。先陣を切るのも人を強引に引き摺っていくのも得意だった男は、死出の道ですら前を往く。
 一番後ろを、ほっそりとした女性が歩み行く。淑やかに一歩を引いて、優しく笑む彼女は、最期まで共に逝く者たちに道を譲った。
 遺るのは、灰残の将が独りのみである。
 尽きた未来を歩むことなく、背を向けて広大な海へと還る。その鎮魂のためにせめてもと連ねたのは、墓標というには簡素な石積みだった。棺の代わりに道を埋めているそれを、柘榴の隻眼はただ見据えている。
 ――見送る者の手は、何も掴まない。
 ただ独り、告げられた願いと祈りだけを懐いて生き、潰えるはずだった。この無数の墓標の他に、嵯泉が抱き得るものなどないはずだと――魂に刻んで、歳月を重ねて来た。
 そのはずだった。
 一人佇む男が、己の首を絞めている。俯く表情は見えず、ただその腕が自らを塞いでいることだけを知る。
 ――一歩を退くことも。
 ――その手を解くことも出来ないと知りながら。
 立つ嵯泉の目は、己が罪を見る。共に生き、歩む者がある。亡くしたものだけを抱いたはずの手を、掴もうとする者がある。
 約束の祈燈が身を繋ぎ止め、心を配る木札が命を繋いだ。目を輝かせて己を師と慕う竜が在る。共に戦う手が増え、背を預ける行為に理由をつけることを止めていた。
 ――果てがこれか。
 変えることに踏み切れない。大切なものを苦しめていると知りながら。
「ああ……此れこそが今の、最大の、本当の罪だろう」
 理解している。
 だとしても、目を逸らすことはしない。魂の軋むような死の淵を知っている。いっそ砕かれた方がましだと、血を吐く痛苦を知っている。
 ならば――此れしきで。
 重い軍靴の音が、幻影を裂いて前へ往く。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ルメリー・マレフィカールム
〇 果ての無い暗闇と、自責の増幅

私には、昔の記憶が無い。
家族のことも、友達のことも、好きだったことも、嫌いだったことも。なにも、思い出せない。
たくさんの恩があったとしても。たくさんの罪があったとしても。どこの誰に返して、償えばいいのか。それが、分からない。

なにも無い、どこにも行けない暗闇で、じっと現象の終わりを待つ。
それしか、できない。過去を無くしてしまっているから。向き合い方を、忘れてしまっているから。

辛い。悲しい。情けない。
だから、きっと。忘却こそが、私の罪。




 街灯の光が耐えきれないとばかりに切れると、それだけで簡単に何も見えなくなった。
 知りたくて――。
 抱き続けた胸の奥の虚空が顕現したかのようだ。何もかもを覚えていない。何もかもを忘却の彼方に置き去った。
 それは或いは、いのちの禁忌を知らず犯した存在となってしまった少女にとって、副反応のようなものだったとしても。
 ルメリー・マレフィカールム(黄泉歩き・f23530)の罪は――忘却だ。
 家族がいたのだと思う。いのちというのは、父母なしには生まれて来ないものだから。
 友達もいたのだろう。ルメリーほどの歳であれば、子供らは集団で遊ぶことを好むから。
 好きだったことがあったはずだ。何の楽しみも抱かずに生きていくのは難しい。
 嫌いなことも持っていたように感じる。好きなものがあるなら、その反対も必ずあるはずだ。
 ――そのどれも。
 街灯の落ちた暗がりには映らない。死の間際を映すような、全てを鮮明に近くする目は、宵闇の中に何も見出せない。
 無垢な少女の足は、目の前の暗闇に踏み出すことさえ出来なかった。その果てに何もないことを知っている。
 唇が誰かを呼ぶこともない。
 ――誰か助けて、と。
 呼ぶはずの存在を覚えていないから。生きていた頃の自分が頼る先だったはずの誰かの顔を、思い浮かべることも出来ないから。
 誰も――。
「だれも、こないよ」
 もしかしたら家族などいなかったのかもしれない。友人など知らないのかもしれない。好きも嫌いもなくて、絶望の中を漂うだけの生だったのかもしれない。数多の命をその手にかけたかもしれない。
 或いは――その逆に。
 大事なものが沢山あったのかもしれない。返しきれないような恩を抱えて生きていたのかもしれない。これからも幸福に生きていくはずで、それが理不尽に断ち切られた側だったのかもしれない。
 ――その全てを覚えていない。
 恩があったとて返す先は見つからず、罪業があったとて贖う先がない。だから、ルメリーを苛むのは忘却の空虚だ。
「ごめんなさい」
 自分の存在すら融かされそうな夜の中で、確かめるように服を強く握る。
 向き合い方を忘れた。向き合う先すら分からない。何を見ることも出来ないことこそが、過去を忘却に溶かしたルメリーが抱きうる、唯一の罪なのだ。
 己が――情けない。
 せめて向き合いたいのに。せめて一かけらでも、覚えてすらいない罪が浮かび上がるなら――まだ何かを出来たかもしれないのに。
 彼女に出来るのは、ここで全てが過ぎ去るのを待つことだけだ。
 誰に対して謝っているのかも分からないままで、街灯の明かりがじりじりと音を立てて戻るまで、少女は闇の底に立ち尽くしていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

アシニクス・レーヴァ
あら、存外『正常』な考えを持っていたよう
私も異教の徒は遺さず摘み取るから、改めて言う事はない
ですが、なぜそれを貴方は人前で述べた?
自身の行いは誇示するものではない。それは粛々と積み重ねる日々の私たちがやらなければならない事
理由が必要なの?
それは何故なのでしょう
少し、興が冷めました

私を正常とも異常とも言う人はいる
何をして異常なのか、と聞かれれば
私は手を出した欲の程度だと思っている

罪はこの身へ
いつだって祈らずにはいられない
私は常に間違ってはいけない
私は、私が正しいという罪を重ね続ける

私は貴方の食欲と罰の必要性について異を唱える事はない
ですが、貴方の役に塗れた罪は度し難いもの
だから、私は貴方を摘む




 背信に罰が下るのは当然の摂理だ。
 信仰とは得てしてそういうものである。同じ神を信ずれども異教であれば悉くを滅ぼす。己らの抱く教義をこそ絶対と主張するならば、それから外れた行いを神の真意と騙る者どもに神罰を下すのは、信徒の義務とさえいえた。
 少なくとも、アシニクス・レーヴァ(剪定者・f21769)にとっては、背信者を罰する行為そのものにさしたる異はなかった。
 それでも紫の瞳に冷ややかさを宿しているのは――。
 ひとえに、『かみさま』と呼ぶものの盲目的な信奉者である真木・実白が、その罪過を誇ったからに他ならない。
 異教徒の剪定は信徒の務めである。なればこそ誇示することも晒すこともする必要はない。神の教えを守り続けることに理由はないからだ。
 ならば彼女には――。
 理由が必要だったのだろうか。あんなにも信仰を傾けておいて、その行為に理由が必要なのか。
 それが心底の信仰であるというのか。
 紛いの信奉者への熱を失って、アシニクスの足は街路を行く。
 ――その眼前に現れるのは。
 彼女自身だった。じっと紫の瞳がこちらを見ている。問いかける――極めて自問に近い――色はただ一つ。
 これは摘むべきか否か。
 その姿を、時に狂っていると人は言う。盲目だと嗤うものもあった。異常なまでの信仰心だと怯える者もあれば、敬虔な信徒だと喜ぶ者もいた。
 アシニクスは、誰の目に見ても異常な存在であるわけではない。
 ならば何が正常と異常を分けているのかと問われれば。
 彼女は、手を出した欲の程度の差であると応じるだろう。
 まして欲というのは指向性を持っている。即ち、己が持たぬそれを、人は理解出来ない。アシニクスからすれば、実白という娘はごく狂っている。恐らく実白からしても、アシニクスの考えは解せないと言うだろう。
 異常と正常の境界とは、共感の可否に過ぎないのだ。
 それは――眼前の己が言い張る『正しさ』に、何の絶対もないということでもある。
 それでも祈る。祈らずにはいられない。アシニクスは間違っていないから。間違ってはいけないから。
 主よ。憐れむ時間があるのなら、お救いください――と。
 曖昧な境界を踏み砕き、常に正しくあり続けるということこそが、彼女が背負う罪業である。
「私は貴方の食欲と、罰の必要性について異を唱える事はない。ですが、貴方の厄に塗れた罪は度し難いもの」
 前に出る。宵闇の彼方へ融けた少女の姿へ、見出した『正しさ』を投げかける。
「――だから、私は貴方を摘む」
 それは、溢れた余分であるからだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

斬崎・霞架


本当に、人も様々ですね。
(“至って普通に狂ってる”少女に戦慄を覚え、それに苛立ちと自分が“人である”と思ってしまった事に無自覚に安堵しつつ)

これが僕の罪…ですか。
(周囲に現れる無数の“赤い人の影”。その多くは子供の様な体躯で)
(恐らくは忘れている過去の――いや、本当はもう殆ど思い出している幼少の頃の、自分が殺した者の影)
(そしてその奥にいる、一人だけ赤くない、銀色の髪と金色の瞳の女性。…生みの、母)

貴女が言うままに、殺して来た事が僕の罪か。
…それとも、生み出された事自体が罪か。
(母に与えられた恐怖を、未だに覚えている。視界が霞む。震えが止まらない。)
(それでも…一歩でも、少しでも、前へ)




 それを狂気だと判ずる力が残っていることは、きっと幸いなのだろう。
「――本当に、人も様々ですね」
 噛み潰すような声が漏れる。
 寒気のするような感情を身に浴びた。それが不幸な――それこそ有り触れた生い立ちから生まれた『普通』の狂気であることが、背筋を逆撫でするような寒気をもたらしている。
 その反応の――何と人間らしいことか。
 身を震わせる感情が、湧き上がる苛立ちに変わるのに時間は要らない。それでも、整った顔立ちのどこかに安堵の色を潜ませて、斬崎・霞架(ブラックウィドー・f08226)は陽の落ちたシャッター通りを見遣った。
「これが僕の罪……ですか」
 零れ落ちた言葉に、はしゃぐ黄色い声が聞こえたような気がした。
 鮮紅というには黒を孕んだ人影が、霞架の周囲を取り囲む。まるで子供のような体格で、遊んで――と唱えるかのように纏わりつくそれらが、めいめいにはしゃぎ回っている。
 過去を忘却している。
 忘れ去っているということにしておいた方が、いっそ賢明だったほどに。
 どこまでも奥底に閉じ込められていたはずのそれは、知らぬ間にパンドラの箱と化していた。最後に残るのが希望であると言われても、果たして本当にそうと肯定して良いのか分からぬような代物だ。
 霞架は――。
 幼少の頃に人を殺していた。
 子供たちを――ということになるだろう。血を頭から被ったような様相で、揺らめき続ける影たちが、それを証明している。
 何故かと問われれば。
 目を上げた先に、一番見たくなくて、見たかったものがあった。
 銀の髪は彼に似ていない。受け継いだのは金色の瞳の方だ。煌めくそれは星のようで、しかし霞架にとっては息を止めるほどの畏怖の象徴でもある。
 生みの母だったひとだ。
「貴女が言うままに、殺して来た事が僕の罪か。……それとも、生み出された事自体が罪か」
 足が竦んだ。
 魂に刻み付けられたおそろしさは、記憶を葬ったところで消えはしない。母は何より恐ろしかった。呼吸もままならないほど。胸が痛くなるほど。
 視界が歪んで霞む。動悸が止まらない。頭の奥で鳴り響く耳鳴りが頭痛に変わって、姿勢を保つことすら出来なくなる。
 ――世界が揺れている。
 ――何よりおそろしいものを、見るなとでも言うように。
「それでも――僕は」
 一歩。
 絞り出すような声と共に、足を踏み出す。目の前にいた赤い影がぐしゃりと潰れて、こどもの泣き声が響いた。
 その音をよすがにするように、意識を保つ。乱れた息を堪えるように、無数の影を崩しながら、その赤を纏わりつかせて前に出る。
 そうして――。
 限界を堪えてきつく目を閉じた後には。
 宵闇の電光しか、残ってはいなかったのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ヴィリヤ・カヤラ

罪って自覚は無いけど
人を吸血したり、たまに食べ物って思っちゃったり、
吸血する人を用意してもらうのに貰った仕事で
人を手にかけちゃったりするのも罪になるんだよね?
吸血も輸血パックが飲めたらもっと楽なんだけど
飲めないからしょうがないし。
罪って分かっていても生きて父様の頼み事を叶えるには必要だから、
それで罰を受ける事になっても止めるわけにはいかないんだよね。

父様の頼み事は実白さんが「かみさま」を大事にするのと同じくらい
私にとっては大事な事だから邪魔を排除するのも分かる気がするよ。
それに死んで「かみさま」になれるなら良いけど、
そうじゃないなら止めた方が良いと思うな。
折角ここまで頑張ったのに勿体ないよ。




 これを罪だと言われてしまうのなら、生きることこそが罪だということになってしまうのではないだろうか。
 元より価値観が人間のそれとは違うのだ。己を形作った城は吸血鬼たる父のもので、その血を半分継いだヴィリヤ・カヤラ(甘味日和・f02681)にとってみれば、人間の倫理観とはごく遠いものとしてしか感ぜられないのである。
 とはいえ紛れて生きていくためには知識が必要だった。社会性の動物である人間という生き物は、罪という規則で秩序を保っている。
 であらば――。
 目の前に零れる夥しい赤たちを、一般的に罪だと呼ぶことは知っている。
 ヴィリヤとて無理に血を吸うことはしない。ただ、提供してくれる人間がいるのなら、対価として相応の願いを叶えることも必要だというだけのことである。これが嗜好品だとか、輸血パックで事足りるのに生体のそれが欲しいだとか――そういう理由であれば、確かにそれは『良くないこと』なのだろうが。
 生体から直接得る血でなくては受け付けないのだ。まして他者のいのちの結晶をこそ糧とする種であれば、ヴィリヤにとっては吸血も、その対価として人間を手にかけるのも、まさしく死活問題だ。
 違う生き物を殺す――ということに、さしたる罪悪感もない性質である。
 人間とて家畜の肉を食らう。貧困にあえげば罪を犯してでも食を得たくなるだろう。本質的にはよく似た、そういう話なのだ。
 罪だと言われれば、そうだろう。
 それでも――ヴィリヤは絶えることを良しとはしない。
「罰を受ける事になっても、止めるわけにはいかないんだよね」
 地に零れる赤は、とっくに致死量を超えている。それなのに骸は見つからない。
 ――おいしそうなのに、勿体ないと思う。
「生きて父様の頼み事を叶えるには必要だから」
 世の中を知って力を付けたら俺を殺しに来い――と、父は言った。
 愛しい家族の願いは、ヴィリヤの何よりの優先事項だ。それはさながら、実白が『かみさま』と言ったそれと、相違ないほどの拘束力を持っている。
 ――だから、邪魔立てする手を排することへの共感は、胸の裡に懐くことが出来た。
「実白さん」
 宵闇へ声を投げる。届いているだろうか。
「死んで『かみさま』になれるなら良いけど、そうじゃないなら止めた方が良いと思うな」
 少女の姿は見えないし、応答も返らないけれど、足を進めながら言葉を零す。
 死とは全ての終わりである。その先を見ることもなければ、知ることも出来ない。だから一番慎重になるべきなのだ。命を投げ出すなどということは。
 『かみさま』になることが目的だというのならば、死してそれを叶えられる確信があってからにするべきだ。
 ――だって、そうでなくては。
「折角ここまで頑張ったのに勿体ないよ」
 赤を裂く青は、人の形をして笑った。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ユルグ・オルド
◯/ああ、よく沸いてくんのな
こんなに抱えてよくやるわ
盲信とは恐れ入る、歩き出すのは影の中

まァ、罪の意識もないんなら
たすけてもらう必要もない、か
だから俺も無縁だとは思ってたケドも

ふと足止めて、ただ何気なく振り返る
人影を確かめもせずに振り抜いて首を刎ねたら元の鞘
倒れ伏すのは自分の現身で、面白くもなくて鼻を鳴らす
感慨もなく見下ろしてから、眺めてる
ひとに成り果てたのがいけなかったね

忘れたとも、忘れたさ、
憶えてなけりゃ意識もできない
だから呼んだ声までサービスで聞こえてはこないけど
ちょっとオマケしてくれてもよくない、なンて
抜け落ちた情もふざける頃にはいつもの調子
カミサマなんてロクなもんじゃないね




 蠢く影は無数だ。
 その全てが少女の犯した罪であるという。一歩進めばたちどころに浮かび上がる漫ろが、どろどろと助けを乞うように蠢いている。
 腰に佩いたユルグ・オルド(シャシュカ・f09129)自身が、抜き放たれることはない。
 幻影であるという話だ。別段、斬って解放出来るわけでもないだろうし、襲って来ることもないのだろう。彼自身の罪であるわけではないのだし。
 ただ――。
「こんなに抱えてよくやるわ」
 小娘だ。その細腕で人を殺め続け、その出所は全て信仰のためにあったという。
 盲信とは全く恐れ入る。彼女自身が罪に手を染めることで状況は変わったかもしれないが、別段、物理的な救いがあったわけでもないだろうに。
 ――ああ、いや。
 少女のかたちをした救いとやらはあったんだっけね――。
「まァ、罪の意識もないんなら、たすけてもらう必要もない、か」
 ユルグ自身にも言えることである。
 そうと知らないものを罪だと言われたとて、思うことさえないのだから仕方がない。そういう意味で、一振りの刃は極めて罪より遠い場所にあるのだけれど。
 まあ――。
 見えるというのだから、見えるのだろうさ。
 ふと足を止めた。赤い瞳はゆるゆるといつもの調子で振り向きながら、腰の刃をさも当然のように抜き放つ。冴えた剣戟には果たして何らの抵抗もなく、幾分の感触を知覚するころには鞘の中へと戻っていった。
 首が転がっている。
 金色の髪をした男だ。遅れて倒れ伏した体躯は丁度同じ程度。赤いまなこが虚ろにこちらを見た。
 思わずといった風に、鼻を鳴らす。
「ひとに成り果てたのがいけなかったね」
 零れた声音がひどく凍てた。似たような表情をしていただろう。何せ己の現身など、よくよく知っているものだから。何の捻りもない直面を、面白げに笑えという方が無理だろう。
 ――忘れたとも。
 ――忘れたさ。
 声が擦り切れてからは早かった。記憶は耳から失われて、そのくせ死の間際まで残るのは聴覚らしい。全く不条理な知覚と記憶の齟齬には、根本的には無機質であるユルグも逆らえなかったというわけだ。
 その声にこそ応えるために、虚ろは歪を成したというのに。
 今や聞こえやしないのだ。罪を見ているというのに、全くサービスの悪いものである。
「ちょっとオマケしてくれてもよくない?」
 ――なんて。
 笑うころには声が跳ねた。振り仰いだ空に星の瞬きを見る。
 憶えてもいなければ、意識も出来ようはずもない。面白味もなければ持て成す気もないと来て――。
 ああ、と吐息が漏れた。
「カミサマなんてロクなもんじゃないね」

大成功 🔵​🔵​🔵​

霧島・クロト




――こりゃ、UDCに研究所が襲われた日か。
並び立ってるのは、分かるとも。
同じ風に生まれた、同じ顔の『きょうだい』だからな。

俺以外のみんなは、全員が何かしらを『奪われた』から。
感じる為の心を。自分の意志で立つ為の身体を。
折角目覚められたってのに――全部、泡になっちまったから。

なぁ、俺が失敗作でなきゃ、
あの日、お前らの誰か一人でも多く守れたか?
『兄貴』も、俺の身代わりにならずに済んだのか?

……今、聞いても、無駄なのは分かってるんだけどさ。
だから、『待っててくれないか』。
「――ぜんぶ、とりかえしてくるから」

『おれたち』が、本当に、
人間として生きるために必要な――全部を。
何時になるか分からないけど。




 覆せなかった終幕への贖いは、今からでも間に合うものだろうか。
 狂乱の中にいる。立つ己だけが冷静である。目に映すのは忘れもしない光景で、二度目を見ているのだから当然か。
 並び立つ機人は皆、めいめい、霧島・クロト(機巧魔術の凍滅機人・f02330)と同じ顔をしていた。
 研究所――クロトの生家に襲来したのは、UDCだったという。とはいえそう呼ぶことを知ったのも先の話で、あのときの彼はそれを化け物だと思った。
 同じように生まれ、同じ顔をして、同じ時間を過ごした『きょうだい』たちがいる。今はもう、そんな顔をしなくなってしまったな――とだけ脳裏をよぎって、郷愁にも似た淡い痛みが体の裡側に凝った。
「なぁ」
 奪われてしまった。
 体が消え果て、そこに何も残らなかった者もいた。生命としての歓びを紡ぐための心を失くした者もいた。いつかの表情も、いつかの温度も、嵐めいた暴虐の中にかき混ぜられて――。
 後に残ったのは、ただひとり何も失わなかったクロトだけだった。
「俺が失敗作でなきゃ、あの日、お前らの誰か一人でも多く守れたか?」
 もし――彼に十全の力があったなら。
 それで、この惨事を覆せなかったのなら。
 今と同じように、無力が身を苛んだだろう。凍てついた針はいつとて心を刺しただろう。終わらぬ後悔と罪悪感に蹲る日もあっただろう。
 けれど――。
 ――今ここで、己にあった欠陥を悔いるようなことは、きっとなかった。
 失敗作の烙印が罪過と成ったのか。或いは罪過ゆえに失敗作の呪縛が余計に縛るのか。どちらでも関係はない。どうにせよ、今言えるのは。
 覆しうる『もしも』が、目の前に転がっているということだけだ。
「『兄貴』も、俺の身代わりにならずに済んだのか?」
 縋る先だった。
 クロトの代わりに奪われてしまったそれは、もう応えない。応えることが出来ない。人間ではなくなってしまった。人としてあるためには、殻を喪っても、中身を喪ってもいけない。
 ここで何を問うたとて無駄だろうと思う。もう応えられる者がない。クロト以外の全てのきょうだいは、ようやく目覚め得たはずの全てを泡と変えて、歪んだものにされてしまったのだ。
 だから――言えることが、贖いが、あるならば。
「――ぜんぶ、とりかえしてくるから」
 静かに零した決意が静寂に響く。遅すぎる開花に力を宿した氷狼の牙に出来ることがあるならば、それは不始末の決着だろう。
 あの日の全てに報いるために。
 きょうだいが――。
 ――クロトらが、人間として生きるために。
 果てのない道の先に、必要なすべてを取り戻す。いつになるとも知れぬ心願の成就まで。
「『待っててくれないか』」
 首肯も、返答もないと知っていても。
 氷狼の足は、凍てつく冬の空気を裂いて、前へ進む。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ヌル・リリファ
(ぱちりとめをさましたわたしにマスターがいくつかといかけて。
それへの返答をきいて、ひどく落胆した表情をしたマスターのすがたがうつっておわった。)

……。

(これはわたしが生まれた時の記憶だ。

あの時わたしはマスターの望む答えを返せなかった。
マスターのために造られたわたしが、マスターの期待に応えられなかったことはひどく罪深いことであるのだとおもう。)

ごめんなさい……。

(失敗作であるなんて申し訳が立たないとおもう。
さらにいうなら、それでも最高傑作であるくせにその性能を活かせない自分が不甲斐ない。)

……。

(ここで止まることも、最高傑作に相応しい行動ではないとおもうけれど、すぐには足がうごかなかった。)




 知覚――或いは人間が意識と呼ぶもの――が瞬いて、聴覚野が機能し始める。
 視覚は明瞭。組み込まれた機構の状態は安定している。眼前にいるそのひとをマスターと認識して、人形は指示を待つ。
 一つ。
 マスターに問われれば、人形は一つを返す。言語の認識、応答の明確さにも問題はない。音声も良好だ。機能そのものには、何らの問題も見当たらない。
 けれど。
 問答の終わり、マスターと呼ぶひとの表情が変わっているのも知覚して――。
 ヌル・リリファ(未完成の魔導人形・f05378)は、与えられた情報との照合により、それを落胆だと判じた。
 それだけだ。
 罪と言われて見せられた映像は、極めて断片的な一部である。それでも、ヌルが立ち尽くすには充分すぎた。
 ――『零(ヌル)』と名付けられた人形が、マスターと呼ばれるひとの元で、生まれたときの記憶である。
 問いかけの奥にある思惑を知ることもなく、知りたいと願うことすらも人形には許されないものだと思ってきた。人形は、主の手足となり、主の命に忠実に、主を満たすためにある。なればマスターの言葉の裏側にあるものなど疑ってはいけないし、知る必要もない。
 ただ――自分は最初から、主を満たせなかったのだという事実だけが、棘のように残っている。
 マスターのために造られた。そのひとだけを意義として、絶対の存在として稼働した。ならばその期待に応じられなかったのは、ひどく深い罪業なのだろう。
 街灯の電光が、白々しく闇を裂いている。いなくなってしまったそのひとの姿は、もう宵闇のどこにも見て取れず、辺りには静寂だけが揺らいでいる。
 頬を撫でる風が冷たいのだと知覚する。それが余計に胸を締め付ける。
 ――失敗作だった。
 最初からそうだったのだ。期待する反応を返すことも出来なかった。最高傑作と言わしめたこの体には、憧れる姉妹機ですらも超えるほどの力があるはずなのに、それを引き出すことすら出来ない。
 出来ないことばかりが浮かぶのだ。主を探すためにラボを出たけれど、未だに見つけられない。最高傑作らしい行動を選ぶには力が足りない。この体たらくでは、主の犯した『間違い』というのを、取り返すことも出来ないだろう。
 まざまざと見せつけられる己の至らなさに、他の姉妹たちには存在しなかった場所が痛む。きしきしと締め付けるようなそれが、いつまで経っても抜けてくれない。
「ごめんなさい……」
 ――最高傑作であるのに。
 ――他の誰でもない、マスターの人形だというのに。
 軋んだ足は、最高傑作には相応しくないほど竦んでいた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

辻森・朝霏

ずっと、明かしたかったのかしら
見せびらかしたかった?
まるで子供が母親に、成果を自慢するかのよう
受け入れて貰えないであろうことを
そっと陰に隠すのではなくて
主張した上で、殺すのね
嗚呼なんて、生き辛い子

ふつうのヒトがいうような
“神さま”が本当にいるならば
真っ先に私を殺すはずなの
人の枠から外れているから

でも私達は、未だ消滅してはいない
なら、神さまがいたとして
私達のような者の行動も
犯す、犯した罪さえも
傍観するか
若しくは寧ろ――楽しんでしまうような
そんな神さま、なのではないかしら

信じているわけではないけれど
それはそれで面白いとは思うの
さあ、会いにゆきましょう
此度のソレは“違う”と知りながら
嘯いて、笑って




 こどものような衝動だと思う。
 ずっと誰かに言いたかったのだろうか。罪過に手を染めていることを、これだけの屍を積み上げてきたことを。それも懺悔としてではなく――自らの手柄として。
 狂っていると言う者もいるだろうその感情の奥に、辻森・朝霏(あさやけ・f19712)は無垢なこどもの瞳を見た。
 まるで、母にテストを見せびらかすようだ。ねえ見て百点だったんだよ――と告げるその声と、実白の発した支離滅裂な言葉の調子は、よく似ていた。密やかに隠して葬るのではなく、誇り、主張し、そのうえで――また殺す。
「嗚呼なんて、生き辛い子」
 目の前にある己の罪に、ひそり笑みを浮かべて、朝霏の青い瞳が瞬いた。
 もしも神というものがこの世にあるならば、それが或いは罪に罰を与える『善き』ものであるというのなら――。
 朝霏は。
 否――『朝霏たち』は。
 この世から消えているはずである。罪を犯し、隠し、指先で塞いだ唇の中の秘密にして来た。品行方正な生徒会長は『ただひとり』だったし、これからもそうだ。
 そんな人とも知れぬ生き物は、きっと善なる神の逆鱗に触れている。後の人々がこのような『過ち』を犯さぬように凄惨に殺されるだけならまだしも、もしかすれば存在ごと抹消されてしまうかもしれない。誰の記憶の裡にも朝霏は存在しなくなって、そうなれば“彼”も一緒に消えていくだろう。
 それなのに、朝霏は未だ、“彼”と共にここにいる。誰の記憶からも消えないし、惨憺たる死にざまを夜露に晒すこともない。それどころかご丁寧に、自分の罪なる物を目の前に並べ立てられている。到底一人分では足りぬ血だまりの中に立っている。
 朝霏はこれを、『わるいこと』だと知っている。
 知っているから隠したのだ。穏やかないち女生徒のそぶりで、酸鼻を極める光景には眉を顰め、犯罪心理学に惹かれる至って善良な娘の毛皮を纏っている。
 『かみさま』は、分かっているものを見せるくせ、彼女らを裁かない。
 だとするならば――。
 きっと、その『かみさま』とは傍観者なのだ。
 犯した罪を見詰める者たちを、外側から見ている。己のために手を血に染める娘をも見るだけだ。
 或いは。
「寧ろ――楽しんでしまうような」
 罪業に塗れたにんげんという生き物を。その動揺を、向き合い方を、竦む足を、時に何も感じず進む歩みを。
 ああ、それは――何と『つみぶかい』ことだろう。
「信じているわけではないけれど、それはそれで面白いとは思うの」
 神などではない。この先にいるのは彼女ら猟兵が討つべきものであり、実白が崇めたのは幻聴と、思い通りの『かみさま』になることさえも楽しむ娘だ。
 それでも、ひそり。
 共にいる“彼”に囁きかける。甘い笑い声が返ってきて、やはり“彼”もそう思うのだな――と、唇をほころばせる。
 どこまでも善良に。血の香りの中では不釣り合いなほどに。
「さあ、会いにゆきましょう」
 軽い足取りは、夜の最中に消えていく。

大成功 🔵​🔵​🔵​

レナータ・メルトリア
○◇
あれ…これって、おにんぎょう?
…ううん、ちがう。これは、わたしがさいしょに作った一番目の『おにいちゃん』だわ。

わぁ、懐かしい。塔にいたころに作ったものだもん。
おにいちゃんがしんじゃって、その代わりにおにいちゃんの……いいえ、ちがうわ。おにいちゃんは『ここ』にいるもの。わたしの傍でずっとまもってくれているもの。
これをみていると、悲しみ? それとも喪失感? そんなものに心が包まれて、沈んでいく様な嫌な感じ

わたしには、零番目の――ほんとうの――おにいちゃんなんていないわ。いるのはこのおにいちゃんだけだもん。
ばらばらにして、おにいちゃん。気分が悪いわ。




 軽い音が鳴る。
 目の前に転がったそれを、レナータ・メルトリア(おにいちゃん大好き・f15048)の赤い瞳が見詰める。力を失った体躯は人間のそれのようにも見えて、けれど無機の質感で月光を反射している。
 ――人形だ。
 それも、このかたちには覚えがある。
「わぁ、懐かしい」
 傍らの『おにいちゃん』と共に歩み寄る。隣にいるおにいちゃんより遥かに昔、レナータが一番初めに手掛けた人形だ。
 今見れば粗がある。けれど、今隣にいるおにいちゃんと大きく変わっているところは、見た目にはそう存在しない。レナータが作る人形は、いつだっておにいちゃんばかりだ。
 記憶は遡る。おにいちゃんと呼ぶ人形を初めて造り出したのは、彼女がまだ塔に住まっていた頃のことだ。『今の』レナータをかたちづくったそこで、少女の手は、今もなお彼女を守り、隣を歩む人形――その割にはよく壊してしまうけれども――を作り上げた。
 どうして作り出したのかといえば。
 あのときは――そう。
 塔で一緒にいたおにいちゃんが死んでしまったから、その代わりに。
 ――死んでしまったから。
「……いいえ、ちがうわ」
 頭を振る。
 死んでしまったおにいちゃんなどいない。おにいちゃんは隣にいる。『ここ』にいる。今だって、物言わぬ無機の瞳がレナータを見守っている。外敵があれば彼女のことを守ってくれるし、話も聞いてくれる。猟兵として戦うことになっても、どんな仕事にだって一緒について来て、レナータの盾となり武器となってくれているではないか。
 だから、思い出すべきことなど何もない。
 この一番目の『おにいちゃん』の前に、レナータの傍に何かがいたこともない。
 それなのに――何故。
 心の底に堆積した澱が、ぐらぐらと煮立つような感覚がある。『一番最初のおにいちゃん』から伸びる糸が奥底に伸びていて、それに引っ張られて何かが湧き上がる心地がする。
 胸の奥が痛い。戻らない空白を自覚した途端、あらゆる感情を虚しさが覆って、他には何も見えなくなる。
「――どうして?」
 おにいちゃんはおにいちゃんだけのはずなのに。何もないはずなのに。
 零番目(ほんとう)の『おにいちゃん』など――レナータにはいないのに。
 締め付ける感覚が強くなる。目を閉じて、目の前の人形が見えなくなれば楽になる。
 ああ――だから。
 これが見えなくなってしまえば、こんな気持ちも。
「ばらばらにして、おにいちゃん。気分が悪いわ」
 指より伸びる糸をたぐれば、『おにいちゃん』の体を突き破る武器たちが、はじまりを斬り刻んだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

風見・ケイ
何かの彫刻みたいに、首から上が無いスーツ姿の女性。
真っ白なはずのシャツが、零れた血に染まっている。

――早見先輩。なんだか最近、夢以外でもよくお会いしますね。

警察時代、先輩と私はUDC事件に巻き込まれた。
深淵を前に足がすくんだ私を庇って、先輩が犠牲となった。

……本当は恐怖じゃない。
一瞬だけ思ってしまったんだ。
誰よりも強く正しく在った貴女は
振り向いてくれなかった貴女は
『私が死ねば泣いてくれるだろうか』

だから貴女に突き飛ばされた時。
私が貴女の『大切なもの』になっていたんだと知って、
貴女が死ぬというのに、私は笑顔を――

いつか『あの日』を終わらせたら、お話ししましょう。
それまでは、見ていてください。




 街灯に落ちる影を見ている。
 正確には影を落とすそのひとか。ひとと呼んで良いのかも、もう分かりはしないが。
 物言わぬ姿はまるで彫像のようだ。そう思うのも、風見・ケイ(消えゆく星・f14457)だけかもしれない。
 少なくとも誰も、うつくしいとは言わないだろう。
「――早見先輩。なんだか最近、夢以外でもよくお会いしますね」
 応えはない。
 それもそうだろう。彼女は死んだときの姿を留めている。
 首がないのだ。
 真っ白で糊の利いたシャツが、溢れ出た血で染め上げられて台無しになっている。羽織るスーツは黒くて――街灯の元にあっても鉄錆の色を見て取れないが、水分を含んでいることだけは分かった。
 ケイは。
 警察官だったことがある。まだこの世の裏側に隠された超常も、理不尽な冒涜者も知らなかった時分の話だ。
 事件なり事故なり、そういうものを起こすのも、大抵は普通の人間である。けれど普通でないものが一番巣食うのもその領域で、そういう意味で警察とは極めて冒涜の境界に近い仕事だった。
 ――今になれば、そう思う。
 知りもしない化け物が現れた。精神の深淵にまで入り込んで、全てを嘲笑いながら壊していくような――今のケイがUDCと呼称するそれを、ただの人間だった彼女は直視した。
 足が竦んで。
 だから、襲い掛かる死から逃げられずに――。
 ――違うな。
 あのとき心によぎったのは、恐怖などではなかった。目の前にある死よりも先に、隣の女性のことを考えていた。
 およそ完璧な人だった。
 ケイでは追い付けない背中だった。いつとて正義感に溢れていて、誰よりも強く立ち、後輩に振り返ることのなかった、そのひとは。
 ――『私が死ねば泣いてくれるだろうか』。
 この冒涜の中で、目の前で後輩が死んでいくこと。その光景を目に焼き付けること。きっと見つかるだろう、壊されすぎた変死体の前で、彼女は一粒でも涙をこぼしてくれるだろうか。
 衝撃があって――。
 ケイの体が突き飛ばされた。襲い来る死よりケイを弾き飛ばしたのは、他の誰でもない、先輩そのひとだった。
 ああ――大切なものに、なれていたのだな。
 よりにもよって、彼女のいのちが壊される瞬間に、ケイはただそれだけを思って。
 唇に。
 笑みを――。
「いつか『あの日』を終わらせたら、お話ししましょう」
 色の違う両目で、あの日の最期を見る。背筋をただして、腕を持ち上げる。
「それまでは、見ていてください」
 敬礼を解いて、物言わぬ彫像の横を歩き去る。見仰いだ空は澄んでいた。
 ――煙草が吸いたいな。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ニコ・ベルクシュタイン
罪、とな
此の『ひと』の姿を得てより今まで
俺なりに『正しく』在ろうと生きてきたつもりではあるが

其れこそが『罪』だとされるならば
今俺がこうして『のうのうとひとの世を謳歌している』事こそが
そうだと言うのならば――否定は出来ない

ああ、そうとも
どうしようも無かったのだからと目を背けて来た
俺に救いを求めて、しかし如何する事も出来ずに死んだ人が居る
今も独り寂しく朽ちていくだろうかの人を弔いにも行かず

弁明を許せ
俺に与えられた世界はあまりにも眩しく
『ひと』として生きるのがこんなにも素晴らしいと知って
其れに溺れてしまっていたのだ

君が言うように『かみさま』が本当におわせられるならば
赦されるのか、罰せられるのか――




 冷えた場所である。
 生命の息吹がないということを、冷えていると認識出来るようになったのも、全てはこの身をひとたらしめる者がいたからだ。懐中時計に温度を感じる力はないし、まして命を暖かいと思うこともない。
 ニコ・ベルクシュタイン(時計卿・f00324)の前にあるのは――。
 迷宮である。アルダワ魔法学園の地下に存在するうちのひとつだった。
 そこに、骸がある。
 有り触れた話だった。幾ら学園が手厚く『生徒』らを扱ったとしたとて、迷宮を選択するのは彼らの自由だ。
 相手は災魔と称されたオブリビオンである。己の腕に見合わねば命の危険もある。学園の中でこそ、常に命を懸けて戦っているということも忘れそうになるような、平和な時間もあろうけれど。
 だから――。
 実力と難度を見誤り、深入りしてしまって――猟兵と呼ばれる存在の介入もなかったのだとしたら。
 ただ独り息絶えることは、当然なのだ。
 ひとの姿と成ったときから、ニコは努めて清く在ろうとした。人間としてのありようを知らぬなりに、正しさを選び取ってきたつもりだ。
 『ひととしての罪過』は――確かに、大したことはないのだろうけれど。
 今ここで、ひととして生きていることをこそ罪業と成されるのなら、首を横に振ることは出来ない。
 ――魔法の懐中時計。
 強い魔力が込められているとされたそれに、死に瀕した主が縋った。助けてくれと喘ぐ声を今も覚えている。己がモノであったが故の落命だった。この姿を手に入れていれば、あんなことになるより先に助けられたはずの――ニコをニコたらしめたひとの最期だった。
 それを、どうしようもなかったと思って来た。
 事実、あのときのニコに成すすべなどなかったのだ。けれどそれを己で言い訳とし、目を逸らし、弔いもせずに温もりの中にいる。繋ぐちいさな手を取って、ささやかな幸福に笑い合うことを受け入れている。
 あのひとは、きっと今も――迷宮の奥底で、独り冷たく朽ちていくというのに。
 それが罪過で――。
「弁明を許せ」
 目を逸らしてしまったのは。
 逸らせるほどに、この世がうつくしかったからだ。
「俺に与えられた世界はあまりにも眩しく、『ひと』として生きるのがこんなにも素晴らしいと知って、其れに溺れてしまっていたのだ」
 朽ちた骸に触れる。黒い手袋越しに伝わる温度はどこまでも冷え切っていて、ニコの温度さえも奪わんとするほどだ。
 けれど。
 全てが道連れにされてしまう前に、ニコは手を離す。
 昏い道行きの先を見る。眼鏡の底で僅かに目を眇めて、盲信に祈る少女がいるであろう方へ声を零した。
「君が言うように『かみさま』が本当におわせられるならば」
 赦されるのか、罰せられるのか――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

塚杜・無焔




見覚えのある、子どもたちの姿が群れ為している。
振り払えばそうして進むことも可能だろうが。
それは、出来はしない。
何故なら、彼らは……
――私が守りきれずに『溢れ落とした』子らなのだから。

私の世界は、この世界よりも酷く、壊れている。
そして、最も理不尽に、力なきもののみが苦しみを受ける。

それ故に――
ああ、分かっている。お前達は、そう言いたいのだろう。
『どうして守りきってくれなかったのか』と。
それは、私の、俺の。
至らなさ故に背負い続けるべき十字架だろう。

――私が責め苦を受けるべきならば、受け続けよう。
けして、お前達が苦しむ必要など、
最初からありはしないのだから。

これからは、せめて、『増やさぬ』ように。




 この世界の子供らは、己の故郷よりずっと恵まれているように思う。
 壊れた世界に取り残されてしまえば、人間の境界は曖昧になる。獣に近くなった条理は数少ない資源を争い淘汰を始め、強者は生き、弱者は死ぬという、単純な理を根付かせる。
 塚杜・無焔(無縁塚の守り人・f24583)の守る子供たちは、弱者だった。
 世界そのものが理不尽な暴虐に晒されたとき、弱者には身を守るすべすら与えられていない。誰かを頼らねば生きられぬ生き物が、誰かを守る余裕を失くした世界において居場所を与えられることはなく――なればこそ、死した巨躯はちいさな雛らを守ってきたのだ。
 けれど、如何な崇高な願いを抱え、そのために邁進したとて、その身には限界がある。
 人の体には二つの手しかない。抱え上げられるものなど知れていて、全てに届くことなど決してない。
 ――責めるような瞳には、そんな言い訳など出来はしないけれど。
 無焔の眼前に広がる光景の中には、ただ子供たちだけがあった。そのどれもの顔に見覚えがある。覚えている。
 忘れようはずもない――。
 無焔が守れず、溢れ落とした子らだった。
 不意に発生する災禍の嵐より逃れるすべは多くない。死人である身とはいえ、無焔の体は一つしかないのだ。ただひとりで多勢を相手取ることも、或いは全ての子供らを抱えて逃げることも、出来はしなかったのである。
 だからこそ、大きな瞳に宿る溢れんばかりの感情が――無焔の心を穿つのだ。
 ――どうして守りきってくれなかったの。
 分かっている。
 苦しかったろう。怖かったろう。痛かったろう。圧し潰されるような恐怖の中で死んでいったろう。
 生きたかっただろう。
 今を生きる子らがいるのに、なぜ自分が死なねばならなかったのかと、無焔を責め立てる瞳が告げている。
 守ると決めた。決めてしまったからには、責任が生ずる。誓いを守れなかったのならば、罪業を背負い続けねばならない。
 それこそが、彼の背にのしかかる十字架なのだ。
「――私が責め苦を受けるべきならば、受け続けよう」
 零れ落ちた声は、それでも優しかった。
 最初から、彼らが苦しまねばならない道理などなかったのだから。せめてその死の先に、何の痛苦もなく眠れるように。これ以上の不条理が彼らを襲うことなどないように。
「これからは、せめて、『増やさぬ』ように――」
 僅か瞑目して握りしめた拳を解き、巨躯が宵闇を裂いて――先を往く。

大成功 🔵​🔵​🔵​

花剣・耀子


好きにすれば良いとは思うのよ。
それがきみの意志であるならば。
善き悪しきを他人が言おうと、為したいだけ為すのがヒトでしょう。
でもね。意志を以て為したことには、相応の因果が廻るのよ。


行く手を阻む、影。人影。屍。
あたしたちを庇って死んだ子。
あたしに剣を託して死んだ子。
あたしと同じ戦場で死んだ子。
おとなになれなかった、もう居ない子どもたち。
重なる人影はさかしまに。過去へ。

罪だというのなら。
それは、必要だったときに力のなかったことが罪。

虚無感。無力感。罪悪感。
憶えている。憶えている。……、――憶えているわ。忘れない。

忘れないから、足を止めないと決めたのよ。
過去に膝を折ってたまるものですか。
逃がさない。




 因果応報というのは、得てして存在するものだ。
 ものごとの善し悪しなど基準次第で、同じ人間の中ですら揺れ動く。他人に何を言われようとも、為したいことを為すのがヒトと呼ばれる生き物だ。ならばそこに、花剣・耀子(Tempest・f12822)の問うべきことなど残っていない。
 そうしたいのなら、好きにすればいい。
 それを意志だというのならば、貫き通せば良い。
 信仰も祈りも、己のためにある。心の慰めで、救済で、だからこそヒトは『かみさま』をつくりだした。
 ならば――。
 意志を持って為した何かに、巡る因果が応報となって戻って来るということは、知っておかねばなるまいと思う。
 ――耀子の目の前にあるのは人影である。
 折り重なって頽れる骸だ。影でしかないけれど、彼女にはそれが何なのかが分かっている。
 見えている。
 誰も――おとなには、なれなかった。
 目の前で血を噴いて倒れたひとがいる。庇われ生き残る苦しみを初めて知ったときだった。もっとうまくやっていれば、強くあれば――唇を噛んで、蝕む罪悪に身を委ねた夜があった。
 耀子が揮う剣のうちの一振り、その持ち主だったひとがいる。託された身を虚しさが蝕んで、いのちの終わりに託されたものの重みに悶えた日があった。
 同じ戦場に立って、二度と帰らなかったひとがいる。言葉を交わせもしないまま晒された骸に、己の無力を嫌というほど味わった帰途があった。
 その全てが――。
 落ちていく。
 力を失った体躯が飲み込まれていく。先には虚空が広がっていた。成程これが過去の集積する場所なのだな――と、眼鏡の奥の青が瞬きもせずに思う。
 罪だというのならば。
 手を伸ばすことも出来ず、すくい上げることも出来ず。本当に必要だったそのときに、この手に力がなかったこと。
 苛む痛みを知っている。過去になってしまった者たちも、無力だった罪も――贖いが出来るはずもないほど、取り返しのつかないことだ。もうどこにもいない。声は届かないし、手を伸ばすことも出来ない。いくら強くなったとしても。いくら、力があったとしても。
「――憶えているわ」
 忘れない。
 それは痛苦に苛まれ、幾度も夢に見たからではない。『忘れられない』のではない。自ら律し、その記憶を辿り、何度とて無力の海にあえぎながら、それでもこの頭から、おとなになれなかったこどもたちを喪わないと決めたのだ。
 だからこそ――。
 耀子の足は前に出る。過去の前に膝を折り、蹲って立ち止まってしまったら、誰がこの先へ持っていくのだ。思い出を。記憶を。痛みを。
「逃がさない」
 ただひとつ零した声は、いつもと同じ冷淡なそれだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

一郷・亞衿


あの廃村で『奴』と遭った時、彼女と一緒に逃げず、立ち向かっていれば。
彼女──あたしの唯一無二の親友は、あたしを庇って世界から消失せずに済んだかも知れない。
態々具現化されるまでも無く、あたしが今ここに立っているのは過去に犯した罪の結果。あの時逃げたから、こういうことになった。

……もしも、の話なんて、言い出したらきりが無い。
今はただ、やるべきことをやろう。

忘却された人々を此方に引き寄せる方法について、ずっと考え続けてきた。異能の技を数多く編み出してきたのも、全部この時のため──この宵闇の中でなら、纏めて霊を呼び出せる筈。
力を貸せ、とは、口が裂けても言えない。だから……一緒に『叛逆』しようか、皆。




 もしもと紡がれる言葉で全てが変わるなら、きっとこうはなっていない。
 ――あのとき、廃墟に行かなければ。
 ――あれと会う前に引き返せば。
 ――一緒に逃げようとしなければ。
 ――隣を走るひとの動きに気付いていれば。
 そんなことは――。
 もう、幾度繰り返したか分からないのだ。
 ひどい異臭が鼻を掠める。むせ返る鉄の香りの中で、金色のまなこが見えぬ顔に光っている。尼僧のような姿は、しかし穏やかさなど一片も孕まずに、何やら奇怪な生物じみた異形の腕を伸ばして、彼女らを捕らえんとする。
 動いたのは、一郷・亞衿(奇譚綴り・f00351)が先だった。
 隣にいた親友の手を掴む。全速力で走りながら悲鳴を上げた。それでも足りなくて、気付けばそれの手が伸びて――。
 ――消えたのは、親友の方だった。
 何もかもがなくなっていた。存在したという事実すらも。不自然な空席は、まるで最初からそうだったかのように、誰にも顧みられることなく埃を被った。クラスの名簿からは名が消えていた。亞衿に親友がいたことも、あの家に子供がいたという事実すらも、誰の記憶の裡にもなくなっていた。
 逃げてしまった。
 百も承知の上で見た情景に、紫紺の瞳が眇められる。今ここに立っていることこそが、あの日の罪の結晶なのだ。あのとき立ち向かっていれば、結果がどうあれ、少なくとも亞衿がこの場にいることはなかったはずだ。
 ――だから。
 繰り返した後悔の果てに、ようやく成ったこの道の先で、成すべきことを為しに行く。
 踏み出した足の向こうに見るのは、幾重にも凝る犠牲者たちだ。実白というらしい少女が贄に捧げた者らだという。
 彼らに。
 あの怪異に飲み込まれ、全ての存在を奪われてしまった者たちに。
 声を届ける方法を見つけ出すために、異能の技を編み上げ続けて来た。幾多の怪奇を蒐集し、あらゆる魔術に手を伸ばし、その全てを絡め編み、ようやっと一つを結実させた。
 お誂え向きに日は落ちた。誰そ彼時は終わりを告げて、人間の時間が終わる。ここからは全て、人ならざる思念たちの領域だ。
 一歩を踏み出すごとに呼び起こされるそれらへ語り掛ける。マスクに覆った唇を震わせて、亞衿は少し、ほんの少しだけ間を置いた。
 力を貸せと――。
 怪異に出会い、生き残った亞衿が、その被害者たちに言えるはずがない。忘却の彼方に去り、誰かに思い起こされることもない本当の『死』に呑み込まれた者たちに、届く言葉ではないだろう。
 だから。
 もう一歩、前に出る。
「……一緒に『叛逆』しようか、皆」
 ――因果応報を思い知れ。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『十尺比丘尼』

POW   :    臓腑抉り
【全身を奇妙に蠕動させて】から【腕を伸ばし、鋭く変異させた手での近接攻撃】を放ち、【対象の体を抉り、部位欠損や激痛を与える事】により対象の動きを一時的に封じる。
SPD   :    接近遭遇
【ふわりと浮かび上がった後、瞬間移動する事】により、レベルの二乗mまでの視認している対象を、【近接攻撃】で攻撃する。
WIZ   :    怪光焔
【両目を見開き、そこから放つ稲妻めいた閃光】が命中した対象にダメージを与えるが、外れても地形【を焼き、独特の金属臭を周囲に立ち込めさせ】、その上に立つ自身の戦闘力を高める。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠一郷・亞衿です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。



 それを見付けたのは、偶然だった。
 金気の香りはひどく嗅ぎ慣れていて、体中に染みついた罪業とよく似ていた。だからこれは――わたしに与えられたチャンスなのだと思った。
 あかねちゃんが死んでしまう。
 死んでしまうかもしれないと言った。そんなのは許せなかった。あかねちゃんがいなくなってしまうことではなくて、あかねちゃんが『わたしじゃない何か』の手で、この世を過ぎ去ってしまうということが。
 あかねちゃんはわたしの『かみさま』だ。縋っても祈っても助けてくれなかった神様によって、わたしの何より大切な生きる意味が奪われてしまうなんて、許せない。
 神様があかねちゃんをころすという。
 ならば。
 山の中にいる神様なんかに、奪われてしまう前に。
 わたしは。
 ――わたしが。


 猟兵たちが辿り着いた先の倉庫で、実白がゆらりと振り返る。
 胡乱な黒い瞳が、無表情にナイフを構えた。その切っ先は揺れない。身構える猟兵たちとは裏腹、その足は彼らから遠ざかった。
「わたし、あの子を愛してます」
 ――零された吐露に、怪訝の表情を作る者もいたろうか。
「ずっとずっと、何で生まれて来たんだろうって思ってました。生まれて来ない方が良かったって思ってました。皆もそう思ってた。母さんも、先生も、どの学校にいる子も。見れば分かります、そのくらい。見下してました。そうじゃなきゃ、憐れんでました。――あなたたちだってそうでしょう。でもあの子は」
 一歩。
 下がる。
「――生きてて良いって言ってくれました。そのままで良いって。こんな不出来なわたしでも、友達(たいとう)になってくれるって。愛してくれるって。だから、わたしは――あの子が、わたしの『かみさま』がいなくなるなら――わたしが」
 震える手を押さえつけるように、左手が添えられる。両手で握った刃を凝視する黒い瞳が、一度――大きく息を吸った。
「あの子の願いなら何だって叶える。あの子がわたしの願いを全部叶えてくれたみたいに。今度はわたしが、あの子の助けになる。あの子が欲しいものは全部手に入れるし、あの子が望むなら何だってころします。ひとごろしだって、あの子は、友達って呼んでくれるから」
 幽かな月光を頼りにかたどられていた輪郭が、一歩を下がるごとに曖昧になる。影に溶ける少女の黒髪だけが光を反射する。
 声色が変わる。
「利用されてたって良いんです。これが信仰じゃなくても良いんです。あの子が『かみさま』じゃなくたって良い。あの子は、わたしだけの『かみさま』でいてくれれば良い。わたしの隣で、わたしだけの隣で――わたしだけが、あの子を分かれば良い」
 陶酔の声と共に、実白の手に入る力が増した。汗ばんだ肌とグリップが擦れて、湿った音を立てる。
「これは愛じゃないって、先生は言ってました。ただの依存だって。間違ってるって。でも、だとしたら、あの子がわたしを友達って呼んでくれたことも、あの子が許してくれたことも、あの子がわたしのままでいて良いって言ってくれたことも、全部間違ってるってことになるじゃないですか」
 涙の如く零れ落ちる水滴の意味を、推し量ろうとした者もいるだろうか。
 ――それが異常な興奮による発汗だと、気付いた者もあるかもしれないが。
「そんなの許さない。あの子は一つだって間違ってない。わたしが間違ってたとしたって、あの子は間違いじゃない。それを証明します」
 震える声と共に、不規則になった呼吸が泣くように喘鳴を繰り返す。持ち上げられた瞳を見開いて、実白の視界は確かに猟兵たちを映しているはずなのに、現実を飛び越して見えないものを見ている。
「――あの子は、わたしが『正しく』生きるより、『間違って』死んだ方が喜びます。あなたたちには分からないかもしれないけど、わたしには分かります。友達だから。愛してるから」
 猟兵たちは気付いたろうか。その震えの意味に。
 彼女は恐れているのではない。
「だから、わたし」
 ――恍惚の笑みで。
「あかねちゃんのために、『かみさま』になる」
 走り出した者がいるだろう。武器を構えた者がいるだろう。そのどれもが届かずに、少女の姿が闇と消える。落ちたナイフが床に跳ねて、軽い音を立てて転がった。
 そして。
 実白と呼ばれた娘の、心と体と愛と願いと存在を、その全てを喰らって。
 ――金気を纏う、物言わぬ『かみさま』が顕現する。
※プレイングの受け付けは【1/26(日)8:31~1/29いっぱい】とさせていただきます。
臥待・夏報
〇◇

他人の信仰に理解を示して、自分は何にも信じない。
外側の光に惹かれるくせに、その内側には何にもない。
――物分かりがいいだけの、虚無だ。

なあ、そんな奴の一体全体どこがそんなにすきだったのさ。
教えてくれよ、『  ・  』。

答えをきかせて――いつだって声のリズムは一定で、解読するまでもないくらい単純で、だけど大事なことはひとつも教えてくれない。
僕を僕たらしめる全てを徹底的に解剖しながら『時よ止まれ』と囁くだけだ。こんなのどこが美しいんだ。
燃える遺影だ。
かつてあった心の輪切りだ。
お前が神様だって言うなら、今度こそ僕を殺してくれ。

地上に答えがないんなら――
こんな惑星、『真実』の呪詛で焼き尽くしてやる!


ニコ・ベルクシュタイン
○◇

歯車が噛み合わなかった、などという大仰なものでは無い
ただ、釦を少し掛け違えてしまっただけに見える
其れだけで、ただ共に在りたかっただけという望みが叶わないのか

外的要因――お前達邪神の所為ならば八つ当たりにでも斃して終わりだ
此の精霊の炎は俺の怒りの具現と知れ、【疾走する炎の精霊】
其方から迫って来るというならばむしろ都合が良い
攻撃される前に「クイックドロウ」で其の脳天を撃ち抜いてくれる

はは、しかし其れで死に至る貴様ではあるまいな
何処を抉られようと強く歯を食いしばり「激痛耐性」で耐え
「2回攻撃」でもう一度炎弾を叩き込む

俺には最早お前を斃す術しか持たぬが
本当は、誰もが笑顔で居てくれれば嬉しく思うのだ




 果てない寛容は、虚ろだ。
 柔らかさなどではない。世で肯定的に取られるような美しいものではない。己と違うものを排することで群れを守る人間という生き物のうち、全く理解の及ばぬものを理解せぬまま受け入れられるのなら、そちらの方が余程おかしい。
 他人の信仰に理解を示して、自分は何かを信じるつもりなど更々ない。そんな風に紡がれる肯定は無責任だ。自分の外側に用意された光には敏感で、手を伸ばそうとするくせに、内側に目を遣れば何もありはしない。
 昔からそうだ。河原で椅子を見かけたときだって、凡庸な答えに終始したつまらなくて鮮やかな傾きかけた遊技場だって、『彼女』の隣から遠ざかろうとしていなかった間だって――。
 臥待・夏報(終われない夏休み・f15753)は、物分かりの良いだけの虚無だった。
 『あかねちゃん』にしても、そうだろう。平凡な狂人と狂った凡人がたまたま出会って、互いに隣にいることを許容した。歪められた現実を、歪まない現実しか映らない目で見ようとした――そういう振りをしただけの人間だ。
「そんな奴の一体全体どこがそんなにすきだったのさ」
 教えてくれよ――。
 唇が紡いだ名前が誰のものだったのか、夏報だったものも分からない。眼前の大女の、暗闇に溶けた顔と同じように、ぐずぐずと輪郭を喪っていく。脳髄の奥底に焼き付いたものが『夏報さん』を融かして、再構築して、誰もが知っていて誰も知らない『だれか』に変わる。
 声が渦巻く。潰裂する鼓膜の奥から出られずに、裡側から頭を叩いている。そうだ、そうだろう。いつだって同じことしか繰り返さないこの声の持ち主が誰か知っているだろう。
 知らないか。
 知らないよな。
 見えないはずの未来に脳を啄まれる前に、『だれか』が目の前の異形へ腕を伸ばす。融けた『夏報さん』の残骸が、何もかもぐちゃぐちゃに壊れてしまう前に。
 こうなってしまったことに、大仰な理由などない。あの日のどこかで間違えただけだ。始まりを間違えてしまっただけだ。
 ――ただ、釦を少し掛け違えてしまった。
「お前が神様だって言うなら、今度こそ僕を殺してくれ」
 己を取り戻さんとする異形が、実白を食らって神と成ったそれに食らいつく叫びを、ニコ・ベルクシュタイン(時計卿・f00324)が紅い瞳に映し込む。
 歯車が噛み合わなかった――という言葉の意味を、根本的にはモノである彼は、人間よりも深く重く捉える。
 最初から合わぬ形のものを合わせようと、互いに掘削したというわけではないだろう。寧ろ歯車が噛み合ってしまったからこそこうなっている。
 避け得ぬ別離を自ら早め。
 或いは自ら破滅を招く歯車が――。
 分かっている。分かっているのだというのに、肚の奥底が煮えている。ただ共に在り、隣で笑い合いたいというだけの些細な願いすら、歪んで潰えてこの世から消え去った。
 それが――邪神の齎した災禍であるというのならば。
 取り出した銃口は揺るがない。呼び寄せた業火の精が、指先を撫でて燃える熱を砲身に宿す。纏う炎はトリガーを引くより先に具現して、ひどく凍てたニコの赤を映し出す。
 八つ当たりに過ぎないのかもしれない。元より狂った彼女らは、笑い合う足許に数多の骸を積み上げて、故も知らぬ誰かを食い潰しながら生きていくだろう。それでも、奥底にあったのはただ凡庸で、誰もが未来を望む理由とよく似た、澄んだ祈りであったのだ。
 皿のような金色の眼が闇に浮かんでいる。夏報だった誰かを通り越し、眼前に現れたそれに、時計卿の指先は冷静だった。
 ――焔が。
 脳天を貫いて、ごうと燃える。
 異形が苦しむ様子はない。そのまま異形の爪先がニコを抉る。横腹に空いた穴から人間を模した機構が覗くのに、しかし彼は嗤った。
「はは、其れで死に至る貴様ではあるまいな」
 手袋をしていて良かったと思う。
 耐性を以て捻じ伏せたとて、浮いた脂汗で銃身が滑ることを咎める術はなかろうから。
 二発目の銃弾に、ようやく巨大な体が怯んだ。一歩をよろけたそれの後ろから、必死の形相の『だれか』が掴みかかる。
「答えをきかせて――きかせろよ」
 ざりざりと混じり合った音の奥に、『応え』は渦巻いている。一定のリズムが苛む。そうやって囁くくせ、大事なことは何一つ教えてくれない。
 ――時よ止まれ。
 止まったのだ。止まったとも。夏報は『夏報さん』になり、ただ永久に終わらぬ夏にいる。夏報を夏報として留め置く何もかもを、癇癪を起した子供のように壊し回って、徹底的に解剖している。
 醜い。
 醜いよな。
 さながら燃える遺影だ。輪切りにされたかつての心だ。ホルマリン漬けのそれがこちらをじっと見ている。
 こたえがない。
 ――それが答えかよ。
「地上に答えがないんなら――こんな惑星、『真実』の呪詛で焼き尽くしてやる!」
 吼える。
 その顔を真正面から見詰めて、ニコは目を眇めた。
 ――救われないのだな。
 知っている。
 見て来たもののうち、救いを得られなかった者が数多いることを。大多数を救って是と成すのは生きている者の特権で、終わり果てた者たちにとってはそこが最果てだった。痛苦と絶望の中で途絶えたそれらに、二度目の機会は与えられないということも。
 手の届く嘆きの方が少ない。進んだ針は二度と戻らない。もしもを幾度繰り返したところで、未来は変わらない。
 この場において、ニコに出来ることは、この歪な夢へ幕を引くことだけだとしても。
「――本当は、誰もが笑顔で居てくれれば嬉しく思うのだ」
 誰にも届かぬ吐露が、悲鳴じみた音に紛れて消えた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

穂結・神楽耶
○◇
おめでとう。
あなたの祈りは叶いました。
けれどその為に捧げた全てが報われるほど、世界は優しくない。
誰にだって生きて、幸せになる権利はあるのに。
それを放棄したひとは、かみさまだって救えません。

【朱殷再燃】――
焔にてこの身を盾に。閃光に何も焼かせはしません。
これ以上、何も喰わせはしない。

ねぇ。
喰らうばかりの、何も救うことはない『かみさま』。
「あなたがいなければ」――なんて、部外者の八つ当たりでしかないのでしょうね。
だって彼女達はその結末を肯定したのだから。
彼女達の救いとして、正しく『かみさま』だったあなたを。
肯定できないわたくしは、不出来な『もの』として。

斬り果たします。
骸と還りなさい。


ヴィクティム・ウィンターミュート
〇◇

…そーかい
それがお前の選択ってやつか
別に、目くじら立てるような真似はしないさ
自分が望んだ満足な死に方できたのが…羨ましいってだけ
世の中救われねえ奴なんて山ほどいるんだしさ…幸福な方だろうよ

──俺ぁ、どんな終わり方するのかな
死ぬか、悪魔になるか、それとも……
Void Link、スタート
調子はどうだい?"虚無"で浸してくれ…
『かみさま』だってアッサリ死ぬんだぜ…そこんとこ理解してたか?

お前が俺の前に来てくれんなら、待ってればいい
準備しておけば…幾らでも虚無を展開できるからな
クロスカウンターの要領で顔面をつかんで、虚無を流し込め
始まりを削り、虚無に還すんだ

あえて言っておくよ
どうぞ、お幸せに




 凛と響く祝福は、冴えた月光に煌めく太刀に似た。
「おめでとう」
 あかがねが燃える。喪い果てた故郷の夢を、重ねて来たものの全てを薪として、穂結・神楽耶(舞貴刃・f15297)と名乗る太刀が前へ出る。
 ひとを祝福するかみの名残は、ひとの願いの成れの果てへと目を上げる。自身の身長の二倍はあろうかという巨躯の神が、盛る破滅の焔を前に、ただ静謐だけを満たして立っている。
「あなたの祈りは叶いました」
 だからこそ、都合の良い終わりは認めない。
 眼前のそれは、もうひとではない。神楽耶が手を伸ばすべきものを、ただ歓びの裡に棄てた。
 ――神だ。
 ――そう呼ぶのも烏滸がましいと思うのは、それを救いだと思わない者だけだ。
 本来、神とは相対である。祟れば怨霊であり、祀り鎮めて益へと転ずれば神になる。ただひとりでも、信仰を寄せるひとに齎すものが救いであれば、それは神なのだ。
 なればこそ――神楽耶は、かみになれなかったものであるのだから。
「……そーかい。それがお前の選択ってやつか」
 後方にて低く零すヴィクティム・ウィンターミュート(impulse of Arsene・f01172)の息は白い。冬の静寂の狭間にあって、物言わぬ神と、かみになりたかったものをバイザー越しに見詰めている。
 信仰に興味はない。祈るだけで空から食べ物が降ってきたのなら、彼は大層な夢に屍を築くような真似はせずに済んだ。
 だから――彼が問うているのは。
「別に、目くじら立てるような真似はしないさ。世の中救われねえ奴なんて山ほどいるんだしさ……幸福な方だろうよ」
 自らの望む幕引きを、身勝手を通して手に入れたことへの羨望だ。
 生きたいと願う者があれば、死にたいと願う者もあるだろう。その果てにある最期の瞬間が、己にとって最良である保証はどこにもない。ただ絶望の中で意識を途切れさせるより、恍惚の一瞬を永遠の終わりとする方が、余程幸福であろう。
 バイザーの奥で瞬く知己に、かみさまの顔をした太刀は、己が本体を抜き放って目を伏せた。緩やかに振られる首だけが、いつものやわらかさの片鱗を面差しに加える。
「誰にだって生きて、幸せになる権利はあるのに。それを放棄したひとは、かみさまだって救えません」
「ハッ――そいつは良い」
 ――自嘲は押し隠す。Arseneは、そんなところを晒しはしない。
 けれど頭の中に渦巻くのは、ただ遠くない未来に訪れるであろう最期のときだった。ヴィクティム・ウィンターミュートという個の終わりは、裡側にてアクセスする骸の海へ還るだけではない。
 或いは擦り切れた人間性で、ただ勝利のためだけに在り続ける――悪魔となり得ることさえある。並行世界の先にある数多の終わりを思案して、碧眼は僅か眇められた。
 ――そのどれもが、今は必要ないけれど。
「調子はどうだい?」
 Void Link、スタート。
 呼び起こされた虚ろが宵闇を裂く。以前の戦いにて奪い去った力の使い勝手は非常に良い。制御に使う力は尋常ではないが、それを補って余りある多彩さだ。
 例えば。
 ――ものごとのはじまりを喰らうことも出来る。
「『かみさま』だってアッサリ死ぬんだぜ……そこんとこ理解してたか?」
 眼前に現れた巨躯に、悪党が嗤う。
 伸ばされる爪を避けることはしない。小柄なヴィクティムの頭を潰さんとする腕と同時、その顔が届く距離にあるうちに。
 手を伸ばせば――。
 ごうと盛る焔が異形の爪を焼く。伸ばされた腕を遮らず、ただその身を盾として、清澄なる紅い瞳が神を見る。
 目の前でひとが傷つくことを――。
 神楽耶が許そうはずがない。
「ねぇ」
 ――喰らうばかりの、何も救うことはない『かみさま』。
 自身のはじまりである真木・実白との因果を絶たれ、歪な伝承の他に何も持たなくなったそれが、爛れた腕でもがき狂う。破滅の焔は途絶えない。いつか神楽耶と呼ばれた都市を焼き果たし、その果てに何をも壊すことだけを約した終わりの色だ。
 迸る悔悟は朱殷を湛え、漆黒の虚無と混ざり爆ぜる。
「『あなたがいなければ』――なんて、部外者の八つ当たりでしかないのでしょうね」
 救ったのだから。
 確かな救いを齎したのだから。
 ヴィクティムが放った台詞は間違いではない。生きるより死ぬことを選ぶのも、またひとの意志であるから。
 だから神楽耶は――神楽耶の意志で。
 救いを齎す『かみさま』に成り損なった、不出来な『もの』として。
「斬り果たします」
 抜き放つ太刀の澄んだ音に、ヴィクティムは目を伏せた。
 ――死ななくてはならないということが。
 己にとって救いでないことを、どこかで願っている。ただ最果てだけを見て歩んできたはずの、何も芽吹かぬはずの凍土の雪解けが、僅かな揺らぎとなっている。
 今ここで、終わりの幸福を否定する焔の熱を――あたたかいと思う程度には。
 だから。
「あえて言っておくよ」
 双眸は冴え渡る。虚無に浸され、全てを否定され、存在のよすがを喪おうとする神を否定するために。
「骸と還りなさい」
「――どうぞ、お幸せに」
 重なった声と刃が、その身を穿って決意と代えた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

スキアファール・イリャルギ
〇◇
(真の姿:泥梨の影法師)


真白さん
あなたが羨ましい
「かみさま」は間違ってないと言い切り
全てを捧げられるのだから

私は"私/怪奇"を愛した
誰も愛してくれないから
慈悲が悍ましくて
憐みが憎らしくて
侮辱が恐ろしくて
好奇が気持ち悪かったから

理解も救いも拒んだ
私だけが"私"をわかればいい

間違った感情だろうね
でもそうしなきゃ
「正しさ」に押し潰されそうだった

かみさまは私をすくってくれない
かみさまの生贄になろうと罪は贖えない

晒した時に始末されていれば
全てを忘れた儘喰われていれば
扉を潜らず野垂れ死んでいれば
影絵の子だって、きっと私が居なければ

――全部結果論だ

これからも間違い続けるよ
そういう生き方しかもう出来ない


冴木・蜜
……間違うな、と
正しく生きろと言うつもりはない

でも
死が唯一の愛の証明になるなんて
認めるわけにはいかない

貴女を否定するつもりもありませんが
その愛の証明
跡形もなく融かし尽くします

他の猟兵のサポートをします
体内毒を濃縮
身体を液状化し物陰に潜伏し
機会を伺いましょう

かみさまが攻撃動作に入ったら
敢えて身を捻じ込み
攻撃を受けます

攻撃を受けた瞬間
飛び散った己の肉体さえ利用し
攻撃力重視の捨て身の『毒血』
諸共全て融かしましょう

私は死に到る毒
故にただ触れるだけで良い

液体の身である私であれば
肉体の欠損はどうとでもなる
流石に痛みはありますけど

愛に狂い 苦しみ 
神まで妬み
そして
愛に殉ずる

貴女はどこまでも「にんげん」ですね




 救いだったのだろう。
 否定しうるほどの材料がない。この身は不定形の黒だ。人であることを戒め、人であらんとしようとも、底にある人外への誹りは避けようもない。
 黒い包帯は巻き付かない。スキアファール・イリャルギ(抹月批風・f23882)を『にんげん』として押し留めるよすがは闇と溶け、崩れ落ちた影法師が無数の瞳と唇を開いて神を見た。
「あなたが羨ましい」
 ――神と呼んだ誰かの正しさを証明するために、己が命を捧げる。
 そうまで心を預けきった者がいることこそが幸福だろう。それが理解であるかどうかは問わずとも、『理解された気になる』ような出会いを守るため、破滅をも厭わずその身を捧げられることこそが。
 スキアファールに――。
 そんな相手はない。継ぎ接ぎだらけの半生に、裡にあった嘆きに気付く者は現れず、果てに見た監獄からその身を歪んだ不思議の国へと投じた。
 宿した怪奇を愛する者はなかった。
 だから自分が愛した。
 ――間違ったのだろう。
 間違ったのだ。間違うしかなかった。孤独に耐えられるのはいつか愛された記憶があるからだ。己が己を肯定しているからだ。土台がないから他者を求めているのに、その誰かが現れぬのなら――自分が『誰か』になるしかない。
 だから。
「私は、これからも間違い続けるよ」
 静かな宣誓と共に蠢く影法師の傍――その物陰で、冴木・蜜(天賦の薬・f15222)のかたちを成した死毒が、紫の目を閉じる。
 僅かの瞑目は黙祷に似た。すくえなかったいのちへの哀悼の色を孕み、しかし決して静謐なだけではない。
「……間違うな、と。正しく生きろと言うつもりはない」
 この場の全てに向けた声だった。
 どうしようもない罪過を抱いている。罪びとでない者など、この世界にはないのかもしれない。皆が皆、己の抱いた業と対峙しただろう。元より、一つの道も踏み外さずに生きていくすべなどないのだろう。
 蜜とて間違えたのだ。取り返しのつかない間違いの果てに亡くした大切なものの幻影に苦しんで、人に成りすますことの下手な死毒の体を引き摺って、それでもなお生き続けている。これまでに積んで来た些細な間違いなど、数えるのも馬鹿らしいほどに――。
 生物とは、息をしているだけで、道を踏み外す。
 ――だとしても。
 ――だからこそ。
「でも、死が唯一の愛の証明になるなんて、認めるわけにはいかない」
 次の声は、明確に眼前の神へ向く。
 死は証明ではない。
 終わりだ。虚空である。その先にあるのは虚しさと悲しみの他に何もない。だからこそ蜜は死毒の手を差し伸べんとした。畏れ憚られ続けたこの身が一片の希望になることを夢見た。
 見ようによれば、それは唯一にして最大の救いであろう。
 だが美化してはならない。選び得る選択肢の全てが塵と消え、この世への絶望が全てを歪める前に、どうしようもなく選ぶ『最期の手段』であらねばならない。
 でなければ。
 ――何も、すくわれない。
「貴女を否定するつもりもありませんが、その愛の証明――跡形もなく融かし尽くします」
 死の間際の人間に似て、巨大な体が蠕動する。伸びる異形の爪先が狙うのは、目という急所を無数に持ったスキアファールだ。ごうと空を裂き振りかぶられるそれの前へ、蜜の身が踊り出る。
 黒くほどけた死毒が飛び散る。
 抉れたその身に激痛は走れど、意識を持つ液体の身にとって致命とはなり得ない。きっと人の姿を持っていれば歯を食いしばったろう。唇から零れ落ちる黒を拭ったかもしれない。
 その全ては、液体となった蜜には必要のないことだ。
 時間の経った血が如く、神の全身へ迸った毒蜜が、その身を終わりへ融かさんと牙を剥く。
 悲鳴と形容するにも悍ましい咆哮が、廃倉庫を揺るがした。見悶える巨女の隙、隠れた耳を塞がんと伸ばされるのは、耳聡い影法師の腕だった。
「かみさまは私をすくってくれない。かみさまの生贄になろうと罪は贖えない」
 慈悲も憐みも侮辱も好奇も受け容れられなかった。理解を拒み己だけを友とした。『正しい』在り方の重圧に溺れ、己を喪う前に自らの手で首を絞め、その痛みを証明としてここに在る。
 怪奇を忘れたときに始末されていればと思えども。全てを忘れたままに食い散らかされていればと願えども。扉を潜ることなく絶えていればと祈れども。
 ――そうすれば、影となった少女も救われたのだろうと後悔を重ねたところで。
 全ては遅い。遅いからこそ、もう、生きるすべはこれしかない。
「――『あなたはなぜ苦しむの?』」
 悲鳴のような歌が響く。体を蹂躙する死毒と歌声に、神と呼ばれたものがもんどりうつのを、黒だけが見詰めている。
 愛だという。
 どう否定されたところで、それを愛情だというのなら、貫くのなら、紛れもなく愛だろう。自らの首を絞めるだけの愛に最期まで笑いながら果てる姿はいっそ狂気的で、しかしひどく救われてもあった。
 その果てに神すら妬み、歪んだ祈りで焼き尽くした。
 心の髄までをも焼き果たす焔に身を殉ずる――。
「――貴女はどこまでも『にんげん』ですね」
 狂う神の奥底に、蜜の視界は確かに、ひとのかたちを見た。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

空見・彼方
走り出した。嫌な予感は当たった。そうなるんじゃないかと思った。
ああ、畜生。
空白は気付いていたか、いやそんなこたぁは良い、今は…

フォースセイバーを手に斬りかかり【属性攻撃
敵の瞬間移動に合わせたように【二回攻撃】短槍を持った人形が続き、
人形の攻撃で動きが止まった所に【早業で追撃。

どう言ってたら止めれたのか、いや、
相手の目から放たれた閃光を『空廻』と【オーラ防御で受け切り相殺。
吹き飛ばされ、地面を転がり伏す

もうとっくの昔に引き返せない所にいっちまってたか…
猟銃で【だまし討ち・暗殺】敵を狙い【スナイパー】
【呪殺弾を撃ち込む。
……さっさと、終わらせよう。
電動丸鋸とネイルガンに持ち替え、駆ける。


風見・ケイ
間に合わない
羨ましい
助けたかった
美しい
違う
また目の前で

推定3メートルの怪物。私ではひとたまりもないな。
抱きしめるのは無理だし、心臓を撃つ暇も無さそうだ。

左足を差し出し、腹を指さす。
抉られる直前
――なんてね。君にはあげないよ。先約があるんだ。
【星に願いを】『かみさま』には『おほしさま』を。
抉りにきた部位を捧げる。
足ならともかく、臓腑がなくとも腹に穴は開くだろうが、覚悟して耐える。
……償いにもならない、自己満足だ。
すべてを捧げた君には敵わないかもしれないけど
この子、結構大食いなんだ

(わたしが死んだら、あの女がお母さんに戻ってくれるかな)
(私が死ねば、あの人の心に少しでも私が刻み込まれるだろうか)




 間に合わない。
 馳せた体が判ずるのに時間は要らず、或いはその最期を見透かすかのような諦めと動揺に満ちて、同時に悟った。
 跳ねるナイフの音は空虚だ。
 歯を食い縛ったのは空見・彼方(デッドエンドリバイバル・f13603)で、目を見開いたのは風見・ケイ(消えゆく星・f14457)である。
「ああ、畜生」
 神と成ったそれを前にして、少年の悪態が掠れた吐息に変わった。予感だけはずっと抱いていたのだ。ただ曖昧な感覚の中に蠢いていた。傍らで佇む人形には、或いはその結末すらも見えていたのかもしれないが。
 きつく目を閉じるのも刹那、武器を構える少年の横で、ケイは見開いた瞳に少女の成れの果てを映した。
 ――助けたかった。
 美しい。
 ――違う。
 金気の香りが鼻を刺す。奥底より湧き上がる恍惚を覆うように感傷を浮かべた。 
また目の前で、この邪神というものに、みすみすと誰かのいのちをくれてやってしまった。頭を振る彼女の前に、少年の影はとうに敵前へ躍り出ていた。
 斬りかかる彼方の刃が空を掻く。想定している。溢れ出た力が重い光となって神を焼くまでだ。
 刹那に消えて、後方に回り込んだそれには、傍らの人形が槍を打ち込んだ。怯んだ隙に引き抜かれたそれを、温度も躊躇も持たぬ指先がもう一度叩き込む。
 深く。
 抉る刃に身を穿たれて、少女のそれとは掛け離れた獣の呻きが地を這う。彼方の瞳が眇められて――しかし、容赦はない。
 追撃の剣が深く食い込んだ。
 溢れた力が内側を焼く苦悶に、怪物の悲鳴が轟く。その悍ましい声が鼓膜を震わせるほど、彼方の引き結ばれた口許に力が籠った。
 ――どう言えば救えたのか。
 否。
 信じ続けていたのだ。そこに在るものが神でなくても良いと言うほどまでに。他の声など聞こえてはいなかっただろう。もう――神の他に、心にいられる者などなかった。瞳の奥の空虚には、既に唯一で絶対の言葉があったのだ。
 盲目的に信ずるということを理解出来る者は、きっと少ない。
 そしてそれが分かるようになったころには、もう何の手も届かないのだ。
「もうとっくの昔に引き返せない所にいっちまってたか……」
 ならば。
 彼方に出来ることは、一つだけだ。
 満月めいた金色の眼が光る。それを避けることはしない。
 ――避ける必要がない。
 幾度も重ねて来た死である。最早最初の自分自身など遥かに遠い記憶になってしまった。あの雨の日からそう年月が経っているわけでもないのに、積み重ねて来た数多の痛苦と死の感触は、思ったよりも早く『ただの人間』だったころを遠ざけていく。
 熱が――。
 灼いて。
 いとも容易く床を転がった体は、幾度か跳ねたのちに力を失って地に臥した。獲物の死を一瞥すらすることなく、化け物はケイの前へと現れる。
 その眼に。
「どうぞ」
 穏やかに左足を差し出して、横腹を指したケイが笑う。
 償いにもならない。
 死んだものはかえらない。目の前の少女もそうだし、あの日に亡くした大事なものもそうだ。だから、これはただの自己満足だ。
 掠れたひかりに祈ったところで、何にもなりやしない。
「――なんてね」
 どう、と音を立てて、体の一部がいびつに歪む感触がある。
「君にはあげないよ。先約があるんだ」
 抉られた腹から空虚を零しながら、痛苦に預けて身を倒したケイが――わらう。
 消えゆく星を食らい、空間を引き裂く異形が吼えた。自らを宿した女の前で、ただ暴虐だけを成したそれが、敵と定めた神を喰らわんと奔り出す。
 悪食の大喰らいは、すべてを捧げた娘に敵うだろうか。
 倒れたケイの瞳が、黒揚羽の群れを見る。痛みの奥底に、死ぬんだな――と思う。
 全てが茫洋としていた。このまま蕩けてぼやけて、廃倉庫の暗がりに隠れて見えない角に消えていくのかもしれない。
 もしもそうなったら――。
 狂い果てた幼いころの全てが、元に戻ったりしないだろうか。がんばったね――えらかったね――そう言って抱き寄せてくれる暖かな眼差しが、もう一度自分を見てくれたりしないだろうか。
 或いは。
 消えてなくなったことに疵を懐いてくれないだろうか。脳裏をよぎる面影が歪むなら、この体が虚ろに消えることに、少しは意味を見出せるかもしれないのに。
 右腕から漏れる異形の光が明滅する。身に宿した超常が、神と成った少女を喰らい尽くさんと吼えている。黒揚羽はケイの上を通り過ぎ、転がった骸を引き摺る人形の元へ形を成した。
 彼方の体が吸い込まれるように消えた。その裡側から這い出る手が、猟銃を構えている。
 吐き出された銃弾が――。
 ケイの呼んだ異形を避けて、もう一つにぶち当たる。喰らわれ抉られて悲鳴じみた咆哮を上げるそれに向けて、新たに現れた無傷の彼方が駆ける刹那――。
 目が合う。
 少年は女を見ていた。瞳に浮かぶ色は、同族への意識に似る。
 曰く。
 ――そっちもか。
 首肯の代わりに目を細めたケイに、ただ一瞬の交錯はそれで終わる。馳せた彼方の手にある剣が閃いて、異形と異形のさなかに小柄な体が踊り出る。
「……さっさと、終わらせよう」
 ただ一言と共に飛び散る漆黒の体液が、彼方の頬を汚した。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ゼイル・パックルード
○◇
愛だの依存だのは俺にはよくわからないけど───まぁ、こんだけのことを、自分も他人も躊躇いなく殺せるんだから想いの強さは本物だろ。
強すぎる何かは、それだけで間違いと見なされちまうけどね。

俺にはその想いの何分の一も理解できないだろう。

だけど……そんなものになっちまったら動きのパターンはんかっちまう。
【見切り】とUCで瞬間移動前後の動きを見れば、無傷とは言わないまでも負ける気はしない。

せめてお前自身が何かを喰らって、その想いのままで立ち塞がってくれたのならもっと楽しかっただろうに……。わずかでも残ってくれればと思うよ。

たとえこれが黒幕で如何に強かろうとも、人でない神様なんかに負けはしないさ。


ヴィリヤ・カヤラ
○◇
「愛」も色々あるから家族以外の誰かを愛してる
っていうのは私にはよく分からないんだけど、
私が父様と母様を愛してるのと似た感じで良いのかな?
それなら頑張ったのも分かるかも。
実白さんの最後の表情を見ても後悔してるようには見えなかったし、
愛してる朱音さんの為に「かみさま」になれたんだね良かったね。

こんにちは「かみさま」
それじゃあ、さよなら。

「かみさま」だし強いかな、テンション上がっちゃうかも。
黒剣の宵闇で敵の動きを見ながら斬り込んでいくね。
敵の攻撃で欠損か出血したら血の月輪で敵を一瞬でも縛れたら
【四精儀】で下から氷柱で突き刺せるかやってみよう。

実白さんもう少し話してみたかったな。




 神へ至らねばならぬほどの愛を何と呼ぶのか、知るわけではない。
 そも他者への情というものに理解が浅い。感情が揺さぶられることがないではないし、相応に仲良くも振る舞うだろう。紡いだ縁そのものに何らの愛着もないというほどの思考はしていない。なればこそ、それを自ら能動的に切ることもしないだろう。
 ――ただ。
 そうまで他者に重きを置くということが、分からないだけだ。
「私が父様と母様を愛してるのと似た感じで良いのかな? それなら頑張ったのも分かるかも」
 頷いた青は朗らかだ。ヴィリヤ・カヤラ(甘味日和・f02681)には、実白と呼ばれた娘の最期の表情が見えている。
 明らかな達成の顔だった。ここまでの人生はそのためにあったのだろうとさえ思わせるような――真実、命を懸けて成すべきことの最果てを見たのだろう。
 父の願いを叶えるためにと、ヴィリヤの成した全てが結実する日を思う。自分もまた、似たような顔をするのだろうか――。
 笑みを崩さぬまま神を見る蜜色の視線に釣られ、ゼイル・パックルード(火裂・f02162)の金色もまた同じものを映す。
 僅か眇められたそれが孕む温度は、隣の女性より些か低い。
「──まぁ、こんだけのことを、自分も他人も躊躇いなく殺せるんだから想いの強さは本物だろ」
 ゼイルに家族はない。
 故に、家族と呼ばれるものを常識の範疇にしか抱いていない。実体験の伴わぬ愛情の温度は遠く、写真の中に見る理想像に郷愁を抱く感性を、最低限の倫理として学んだに過ぎない。
 曖昧に返した相槌にも、ヴィリヤはにこやかに深く頷いた。
「愛してる朱音さんの為に『かみさま』になれたんだね」
 ――良かったね、と。
 紡ぐ表情は無垢な祝福に満ちていた。
 それは救いだったのだろう。実白は己が死によって成る邪神との同化を是とした。本願を叶え、自らが神と成り、『あかねちゃん』への愛を成したのだろう。それを嘆く道理はないし、別の道を模索する必要などもあるまい。
 神が全てだった。
 だから総てを捧げた。
 人外の道理は――それを咎めたりしない。
「強すぎる何かは、それだけで間違いと見なされちまうけどね」
 ぽつりと零した台詞が、焔と共に廃倉庫へ転がり落ちる。半魔と同じくその想いの一握のみを解す彼は、しかし極めて現実的に光景を見る。
 目の前の異形は、神などではない。
 邪神だ。人を食らい、意志なく破壊を齎す災厄に過ぎない。それに対して何を見出しているかは、ただ個々の目によるというだけのことだろう。
 実白と呼ばれた娘と、『あかねちゃん』と呼ばれた神は、確かにこれを望んでいたのだろうと思う。当人たちにとってはこの上ない終わりだろう。想いの行き着く最果てに、この空虚以外の何も齎さぬ異形があるというのなら、それでも構わないのだろうが――。
 心は燃えない。
 ――ゼイルは『人殺し』だ。
「せめてお前自身が何かを喰らって、その想いのままで立ち塞がってくれたのなら、もっと楽しかっただろうに」
 突如として眼前に現れた皿のような目が、腕を振り上げるから。
 単純な軌道を見切って体を捻る。自重の乗ったそれに合わせるように、焔を纏う足で蹴り上げれば、如何な巨体とてひとたまりもない。
 体勢を崩したそれに、間髪入れずに二撃目を叩き込む。
 心躍るはずの戦いの場において、ゼイルの瞳に浮かぶのは冷えた光だった。
 攻撃に移る動作も、軌道も。あまりにも単純だ。意志と駆け引きが――スリルが介在していない。一撃の隙に互いの技の粋を叩き込む、戦いの悦楽は、その強い情念と心が生み出すものなのだ。
 彼は理性なき獣を狩りたいのではない。
 ――人間を、殺したいのだ。
「わずかでも残ってくれればと思うよ」
 ごうと燃える一撃が、容赦なく女の脇腹を抉った。叩き付けられた先に立つのはヴィリヤだ。
「――実白さん、もう少し話してみたかったな」
 ぽつりと転がる声は本心だった。彼女が如何なる想いでそこに至ったのか、神と呼ぶそれに対する崇敬とは何なのか、その情念が彼女の中にあるどんな思いと重なるのか――。
 ただ、知ってみたかった。
「こんにちは、『かみさま』」
 ――抜いた剣に、迷いはない。
「それじゃあ、さよなら」
 湾曲した柄を握り込み、宵闇に紛れた刃を踊らせる。抉った体が体液ともつかぬ黒を吐き出して、悲鳴のような咆哮を上げるそれが地に転がる。
 その眼より放たれた閃光が、ヴィリヤの皮膚を掠める。
 反抗に笑った。強いものは楽しいと思う。ただ無抵抗に殺されていくだけでは、そう面白くもないだろう。
 だからヴィリヤも、全てを使う。
 零れ落ちる鮮紅がずろりと蠢いて――神の体を縛り上げた。鎖の如く絡みついたそれから、巨女が抜け出すより早く。
 氷の刃が――その身を貫く。
 もがくそれを留め置かんとして、氷柱が堅固になる。溢れ返らんとする地に満ちた魔力の制御に歯を食い縛る彼女の前方より――。
 ――跳躍した身が足を振り下ろす。
「人でない神様なんかに負けはしないさ」
 凍てた瞳に宿すゼイルの焔が、音を立てて燃えた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ルメリー・マレフィカールム
〇◇

……助けられなかった。
今の私には、斃すことしか出来ないから。だからせめて、あのオブリビオンが被害を出す前に、そうする。

【走馬灯視】で、オブリビオンの動きを観察。視線と、【接近遭遇】の浮上の初動を見て、攻撃を避けるように動く。
避けたら、瞬間移動される前にナイフで反撃。観察で見つけたオブリビオンの急所に深く突き刺して、すぐに離れる。

……もっと、あの人を観察していれば。もっと、理解できていれば。もっと、説得ができるだけの経験──記憶があれば。止められた、かもしれないのに。


シキ・ジルモント
○◇/SPD
…これで満足か、真木・実白
転がったナイフから意識を外し、届かなかった手で銃を構える

敵性反応を滅すべく獣の本能が
更なる被害を防ぐべく人の理性が
『かみさま』を斃せと命じる

ユーベルコードを発動
瞬間移動の後の近接攻撃は増大した反応速度によって回避を試みる
回避行動は直撃を避けられる最低限に留め、再度姿を消す前に『零距離射撃』で反撃する

救えなかった後悔が過る、金気の匂いに先に見せつけられた“罪”を思い出す
それを無理やり捻じ伏せ、ただ目の前のものを壊す為に動く

たとえ実白が望んだ結果でも受け入れる訳にはいかない
今は情を排し、壊すだけの化け物となってでもこれを斃す
…考えるのも悔やむのも、その後でいい




 跳ねたナイフの軽い音が、いやに鮮明に耳の奥へ反響した。
 場を埋めていた声は聞こえない。猟奇に満ちた異様な空気もない。ただ朧々と照らす月光に、異形が静謐を湛えて立っている。
「……これで満足か、真木・実白」
 吐き捨てるような自嘲を孕んだ声が零れた。
 中途半端に伸ばしたまま止まっていた手を降ろして、シキ・ジルモント(人狼のガンナー・f09107)の指先は愛用の得物を握った。異形の爪先に抉り取られる前に。満月に似た金色の眼に灼き果たされる前に。
 全身が総毛立つのは獣の本能だ。己の領分を侵食する敵性に、しまい込んだ獣性が否応なしに反応している。
 それを咎めようとしないのは、人間としての理性だった。野に晒しておけば新たに人を喰らい、そうして力を蓄えて、いずれ世界を滅ぼすためだけにある過去の残滓を――殺せと命ずる。
 並び立ったルメリー・マレフィカールム(黄泉歩き・f23530)の指先もまた、眼前の異形に向かって伸ばされていた。
 届けば良いと思った。
 少女の不穏な胸中を観察して、何か届くものがないかと探ったけれど。
 こう――なってしまえば。
「今の私には、斃すことしか出来ないから」
 ――だからせめて、あのオブリビオンが被害を出す前に、そうする。
「ああ」
 先の少女が構えたのと同じ得物――ナイフを手に、ただそうとだけ零したルメリーへ、シキが僅か目を伏せる。
「――俺もそう思っている」
 弾ける。
 眼前へ現れた爪へ、シキの体は異常な速度で反応した。己が裡に飼ったどうしようもない獣の本能が、神の繰り出す一手に警鐘を鳴らしている。軋む体に命の薪をくべ、獣の勘で逸らした体は、果たして抉るそれに掠りもしない。
 同時に退いたルメリーもまた、人間というにはあまりに速い。一度死し、その間際の認識を再現する眼は、その一打までの猶予を永遠ともいえる長さに引き延ばす。
 見えてしまえば――。
 叩き付けられた爪が地を抉る。左右に飛びのいた体のうち、先に動くのは大柄な人狼のそれだ。
 鋭く尖る獣の碧眼に映した獲物を、銃口は決して逃がさない。
 鉄の咢が唸る。吐き出された弾丸が至近の体に届くまでに、時間は要らない。抉られた体から溢れる、体液というには濃すぎる黒が、宵闇に紛れて金気の香りを鼻腔に届けた。
 金色の――。
 丸い瞳は。
 満月のようにも見える。鉄錆の匂いが纏わりつく。穿った傷口から溢れる。止まない。消えない。
 ――紅い。
 違う。
 救えなかった。届かなかった。壊すことしか出来ないと、あの道行きで再びに突きつけられた。罵る声は今も脳裏に鮮やかに蘇る。この身に宿った理不尽な暴虐の力に、何より嘆いて来た男の声なき慟哭と祈りは、今とて銃砲の音に掻き消されて誰にも届きはしない。
 人心を喪えばただの化け物に過ぎぬこの身に、齎しうる救いなど――。
 ぐらつく内心は、しかし足を支える芯までもを折りはしない。今はただ、目の前の脅威を圧し潰すことだけを考える。心の表層に浮かび上がった疼痛も、癒えないまま無理矢理に引き剥がされた瘡蓋から溢れる何かも、全てに蓋をする。
 今のシキが持ちうるのは、壊すことしか出来ないこの獣性だ。けれど――だからこそ、眼前の少女だった神に届く一撃となり得る。
 ならば。
 何も見えない化け物でも良い。
 ――少なくとも、今は。
 撃ち込まれる銃弾の後隙に、死者のまなこは好機を見た。
 観察はルメリーの得意だ。だからそうすれば、何かが見えると思った。自分の記憶を探して目を凝らすように――実白と呼ばれた少女のこころの痛みも、見えると思った。
 見えたのだ。
 間に合わない――ということが。
 抉り込ませたナイフは的確に急所を貫く。人のかたちをしているものは、それがどんな異形であれど、ルメリーの刃を止められはしない。瞬間移動の浮動は挟み撃ちを避けるように、少女の背後に回り込まんとしているように見えた。
 だから。
 頭を下げれば、それで事足りることも、分かる。
 そのまま振り上げたナイフが逆袈裟に装束を斬り裂いた。立て続けに撃ち込まれた銃弾が傷口を抉る。
 ――届かなかった。
 もっと見ていれば良かったのだろうか――紅い瞳を眇めた少女の奥底に、確かな悲哀が揺らぐ。
 何も知らない。自分自身すら知らない。罪と向き合う方法も分からない。そんな娘に、彼女を止める言葉など思いつかなかった。
 観察していれば。理解していれば。何でも良いから声を上げていれば。
 ――記憶があれば。
 道のりとは経験なのだ。その全てを死の際に落として、抱き得たはずの思い出の何もかもを対価にして立つルメリーには、自分自身に当て嵌めて考えるだけの経験がない。
 だから観察している――のかも、しれないけれど。
 それでは足りなかったのだ。足りなかったからこうなっている。道行きのただ一つだけでも拾い上げられていたらと――繰り返すのは、後悔の残響だけだ。
 痛いほど噛み締めた唇に、それでも得物を構える手は揺らがない。感情を奥底へ沈めた二人の静かな嘆きだけが、夜の廃倉庫に響いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

鎧坂・灯理
【竜偵】
クソが 好き勝手しやがって勝ち逃げか
いや、知ってるさ そんなことは考えてないんだろうよ
最初(ハナ)からこいつは自分のことしか愛してない
自己愛の塊だ

ああ、だけどそうだな 自己愛も「愛」には違いないさ
愛に満ちたサナギから怪物が孵ったってだけの話だ
私によく似てるよ だが私はこうはならない
「私」まで背負わせる真似はしない

いいだろう、私の愛を見せてやる
伸ばす腕を焼き落とす 私に触れるな
始めから終わりまで、すべて間違いなのが貴様だろう
なら、それを肯定する「あの子」も間違っているのさ

抑えます、イリーツァ殿
あの娘を消してしまってください


イリーツァ・ウーツェ
【竜偵】
・基本方針
伸ばされた腕を私が掴み
胸部を蹴り飛ばす
横合いから鎧坂殿が敵を焼き
伸びた状態の腕を焼却
私が敵の頭部を掴み
UCを使用して、内部の真木・実白を“消す”
抵抗は鎧坂殿が念動力で抑える

人間を喰らい顕現した神だ
贄を橋頭堡としている類
ならば、必ず中に在る筈
其れを消せば消えるだろう

私は愛など知らないが
貴様を殺せる
他猟兵等の役に立てる
存在の理由には充分だ


白神・杏華
○◇

実白ちゃん……。
いつも無力感に苛まれるんだ。私がどれだけ助けたいと願っても奇跡みたいなことは起きない。私はいつもただ見ているだけしかできない……。
うまくやればこの結末を変えられた、とも思わない。彼女は私達が来たときから……いや、もっと前からこうして死ぬことを目論んでいたはず。
だから、私に何かできるとしたらここからだよ。まだ終わらせはしない。

私はあなたを助けたい。ただ生きることが救いじゃないとしたって、誰からも忘れられて消えるなんて結末は許さない!
その存在を、願いを。愛と体と心をこの世界に引きずり戻す。
これが荒唐無稽なものだとしても、少しでも可能性があるのなら。こんな形で終わらせてたまるか!




 明確に響いた舌打ちは、月光に苛立ちだけを映して消えた。
 月下に燃える竜の面差しがある。隻眼が捉える異形の存在には、既に実白と呼ばれた娘の面影など残ってはいない。念動力を使うまでもなく、心などないと知れた。
「――クソが。好き勝手しやがって勝ち逃げか」
 怒りと反骨のみを杖にして生きて来た。穏当なやり口など命を争う場において通用したためしはない。全ては如何に打破するかにある。
 そういう生き方をする鎧坂・灯理(不死鳥・f14037)に――最初から己の我を通すことの他に意図がないことが分かっていたとして、この惨状を赦せるはずなどなかった。
 結果として――。
 真木・実白の『やりたいこと』を通させてしまったのである。
 こうなるくらいならば最初から殺しておけば良かったのではないだろうか、とすら思う。あのときならば、まだやりようは幾らでもあっただろう。これこそが『取り返しのつかない』ことなのだ。人の身で時間は巻き戻せないし、遠い未来視は出来ない。
「ああそうだろう。愛に違いはないが、貴様の言う『先生』の言う通りの大した依存だ。自己愛の塊め」
 愛に満ち満ちた蛹から怪物が這い出る。灯理とて辿って来た道に違いはない。その愛の質こそ違えど、経過だけを見れば同様だ。
 違うところがあるとすれば――。
 灯理のそれは自らの堅固な意志によるもので。
 実白のそれは自らを愛したいがための拒絶反応だったというだけのことである。
 よく似ているが、灯理はこうはなるまい。寧ろたった一つの根底を違えているが故の――ある種の同族嫌悪である。
「私は、つがいに『私』まで背負わせる真似はしない」
 愚か者のすることだ。自律した人間の関係とおよそ遠ざかる。そんなことは頭を使わずとも容易なのだ。片方の言うことに従っていれば良い。対等などとは程遠いありさまだ。
「参りましょう」
 傍らの巨躯に無造作に声を投げれば、頷いた竜は己が足を踏み出した。
 イリーツァ・ウーツェ(負号の竜・f14324)に戦意と評されるほどの感情はない。ニンゲンの肉が、怪物の肉と成っただけだ。元よりやることは定められていて、彼はそれに従うのみである。
 愛など知らない。イリーツァの出自は極めて無生物的である。その情動や常識はおろか、生物としてのありさまさえも知らないのだ。まして人間が抱き名付けた複雑な感情の機微など理解のしようもない。
 なればこそ――。
 この場において、彼が彼自身の意義を証明する手段があるとするならば、それはこの異形を討ち、猟兵の役に立つと知らしめることである。
 意志の介在せぬ深緋が、深い苛立ちの匂いを纏う女の横をすり抜ける。蠕動と共に伸ばされた巨躯の腕をただ片手で掴み遣り、何らの動揺もなく拘束したそれの胸に向け、渾身とすら言えぬ所作で足を突き出した。
 ――いとも容易く吹き飛ぶそれを。
「始めから終わりまで、すべて間違いなのが貴様だろう」
 愛の薪が燃やし尽くす。
 灯理の放つ焔は、全ての出所を情念とする。故に彼女に宿るそれは無尽蔵に燃え盛るのだ。数多の愛を一つに束ね、そうして尚も束ねた紐ごと食い破らんとするそれを御し、己がものとし、怒りにくべて火力を増す。
「なら、それを肯定する『あの子』も間違っているのさ」
 焼き落された腕にもんどりうった怪物の動きが、不自然にのけぞったままに止まる。
 ――不可視の鎖が、その体を縛り上げているとでもいうかのように。
 灯理の念動力が縛り上げたそれは、最早容易には砕けない。のたうち回らんとする動きごと押さえつけられた神へ、歩み寄るのは竜だ。
「抑えます、イリーツァ殿。あの娘を消してしまってください」
「承知致しました」
 ――仮令、それが神だったとして。
 喰らった人間を礎としていることに間違いはない。ならばその中核を消し去ってしまえば、その身を保つことさえ出来はすまい。
 だから消す。
 感慨などない。虚無に満ちた瞳の奥に言葉だけを覚え、約定という理でその身を成す。なれば要請には応じる。敵は殺す。猟兵であるから。
 そこに、それ以外の理由などない。
 苛立ちに満ちた紫水晶とは裏腹、戻る声はただ静寂に満ちている。音を立てて盛る焔に腕を焼かれる異形へ、無造作に黒い手袋が伸び――。
「待ってください!」
 少女の声が、その最期を引き留める。
 ――白神・杏華(普通の女子高生・f02115)が灯理らの意図に気付くまで、時間を要したのは。
 彼女の中に芽吹いた無力感が、僅かの間、足と思考を止めたからだった。
 いつでも見ているだけだ。願うような都合の良い大団円は訪れず、平凡さだけを掴んできた手が超常に届くことはない。願ったとて届かぬのに、ならば己がと手を差し伸べられるような力は持ち合わせていないのだ。
 特に今回はそうだったろう。
 最初から届くはずのない声だった。こうなることこそが望みだったのだろうとも分かっていた。
 けれど――。
 だからこそ――手札を切らずに諦めることなど、出来はしない。
「私には、実白さんに出来ることがあるんです」
「あれは人を殺さずには生きられません。何をしたところで、同じことを繰り返しますよ」
「それでも――です」
 浅く頷く少女の瞳を、紫水晶の隻眼が見返す。その脳髄の奥底に何を見たのか、ふと目を眇めた灯理が、どうします――と、同行者へ声だけを投げた。
 制止を受けた姿勢のまま、不動を保っていた竜が、ゆるりと顔だけを二人へ向ける。その長躯からすればひどく小さいであろう顔を見較べて、黙考と咀嚼の後に、無機質な声を上げた。
「ニンゲンを護る。猟兵は補佐する。約定には反しません」
 眉間に皺を寄せたのは灯理だ。
 しかしその声は、杏華が予想するよりも静かだった。
「――ええ。良いでしょう。機は一度だけですが」
「はい」
「それが終わり次第、消します。構いませんね、イリーツァ殿」
「承知致しました」
 イリーツァが一歩を引いた。いとも容易く離された腕には何らの情も籠っていない。
 だから、与えられた機会を――己一人では成せないことを、成す。
「実白さん!」
 叫んだ名が消えてしまう前に――。
 差し伸べた手が、届くのならば。
「私はあなたを助けたい。ただ生きることが救いじゃないとしたって、誰からも忘れられて消えるなんて結末は許さない!」
 届くはずのない声だろう。実白自身がそれを望んでいない。『あかねちゃん』の死に耐えうるだけの心を持たなかったその娘は、ただ彼女の死の前に己を消すことを願った。
 だとしても。
 これが杏華のエゴに過ぎないとしても。
 ――どんなに荒唐無稽な夢とて叶える力が、人間にはあるのだから。
 この手が届く限りは終わらない。終わらせない。
「こんな形で――終わらせてたまるか!」
 咆哮の刹那――。
 ふと正気に戻ったような、ふわりとした浮遊感が体を包んだ。
 ――わたし。
 ――『かみさま』になったよって、あかねちゃんにおしえてあげないと。
 腕の中に倒れ伏した少女の体から解き放たれた魂が、そう囁くのを確かに聞いた。質量のない二十一グラムがその腕に遺るのを、杏華は確かに感じ取る。
 そうして。
 すり抜けたそれが――昇る。
 何もかも見えなくなって、現実感が戻って来る。冷えた廃倉庫に差し込む月の光に少女の影はない。
 ――助け出したのは、その魂だ。
 今この場で、彼女の吐露を聞いた者たちの記憶を保証した。この怪異を斃し、全てが塵と消えたとて、ここに立つ全ての猟兵たちは、この息をしていない体の持ち主を――真木・実白の存在を、忘却することはないだろう。
 手が届いたのは――。
 『それだけ』だったのか。
 それとも、『そんなにも』だったのか。
 分からぬまま、杏華はただ、腕に残る重みを抱きしめる。きつく目を伏せたその姿を一瞥して、灯理が低く問うた。
「良いですね」
「――はい」
 ひらりと長躯の女が手を振った。同行者はそれで理解しただろう。念動力によって全ての動きを封ぜられた怪異がもがき苦しむのに、今度こそ躊躇なく手が伸びる。
「総ての糸が消えました。只の脱殻です」
 その発声の意図を――。
 同行者はおろか、当人ですら理解はしていなかっただろうが。
「去ね」
 無機質な深緋に映し込んだ怪異の奥底にあった残滓が、砕けて消えた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

斬崎・霞架


…歪んでいる。笑って…あんな表情で、自ら死を選ぶなど。
残念ですが、僕ではどうあっても貴女を救う事は出来なかったでしょう。
そして申し訳ありませんが、貴女が残したコレも、消させて頂きます。
…せめてもの、僕の身勝手な手向けとして。
(【刻死】を手甲で展開)

【POW】
まずは相手の動きを【見切り】つつ可能なら【カウンター】を入れましょう。
どういう存在であれ、ただの雑魚…ではないでしょうから。
隙があれば…仕掛けます。

【刻死:蹄】に可変。
【ダッシュ】で一気に詰めます。
多少の事なら、【激痛耐性】で無視して突っ切る。
…“かみさま”モドキ、ここで終わらせましょう。
僕が、先へ進む為にもッ
(ユベコの一撃を狙う)




 死を忌避するのは生物の本能だ。
 なればこそ、心は叩き込まれた恐怖を忘れない。まして人は心と体のどちらをも護らねばならない存在だ。外側にある恐ろしいものが心身を滅ぼさぬよう、一度感じたそれを魂に刻み込むことで生きている。
 通り来た道に映し出された罪業は――。
 どちらかと問われれば、心を殺すためのものだったのだろう。薄暗い過去を背負った者にとって、あの道行きが足を軋ませるに足ることは容易に想像出来る。
 それを幾度も歩み行き――。
 精神の死の淵に身を投げることも、己が体を捧げることも、笑って受け入れられたというのなら。
「……歪んでいる」
 零した言葉と共に頭を振った。理解の及ばぬ娘だとは理解していたつもりだが、抱いた狂気は斬崎・霞架(ブランクウィード・f08226)の想像を遥かに超えている。
 眇めた瞳に映す静寂が、不気味に月光を反射している。喰らった娘との全てのよすがを絶たれたそれは、数多の傷を負ってなお立っていた。
 金気の香りが鼻を衝いた。蘇った過去の心地に、飽きるほど嗅いできたその匂いに、霞架はただ目を眇める。
 ――立ち止まらなかった。
 無数の子供らの影を見て来た。それを踏みつぶすようにして歩いてきたことまでも、この心のうちに取り戻してしまった。それでも――何より恐ろしい母の幻影を前にしてさえ、そうして歩みは進められたのだから。
 蠕動する身が黒い液体を撒き散らしながら伸ばす爪先に、屈してやる道理などない。
 臓腑を抉らんとする腕の軌道より身を捻る。頬を掠め、薄く赤を引いたそれに向かって、霞架の腕が腰に佩いた刃を抜き放つ。
 ――宵闇一閃。
 黒く夜に紛れた刃が腕を穿つ。紡がれた膨大な呪いが神のそれを上回り、裡より喰らって焼き果たす。
 霞架の言葉は――。
 きっと届かなかっただろう。届かなかったと思ってしまった時点で、最早伸ばすべき腕すらなくなる。猟奇の果てに顕現した神の金色と見詰め合って――救えないのだと。
 否。
 彼女の言う『救い』が、己の思うそれと全くかけ離れていたことを知ったのだ。
 宵闇に紛れ、朧な月光だけを頼りに姿を成した剣をしまい込む。苦悶の声を上げる化け物に目を眇めて、彼はただ静かに声を上げる。
「申し訳ありませんが、貴女が残したコレも、消させて頂きます」
 ――せめてもの手向けとして。
 目的を達し、あんなにも解放された顔で死んでいった娘に、そんなものは必要がないと分かっている。だからこれは彼の勝手だ。
 弔いは。
 生きる者の特権である。
「……“かみさま”モドキ、ここで終わらせましょう」
 手甲より零れ落ちた黒が足に纏わる。重苦しい呪いを孕んだそれが蹄の如き鎧と化した。
 思い出してしまえば忘れ得ぬ過去がある。直視した罪がある。それでも、恐怖を乗り越えた。ここにまだ立っている。
 ――この呪いと共に、霞架は。
 生きていくのだと。
 そう――決めた。
「僕が、先へ進む為にもッ」
 推進力となった鎧に包まれた足は軽い。体を掠めた二撃目に怯むことなどありはしない。
 そのまま、数多の呪詛を孕んだ腕が、死の因果を刻むべく、神と呼ばれたそれを穿った。

大成功 🔵​🔵​🔵​

加里生・煙

殺したくなるような 愛。
俺とは少し違えども、…そうか。なぜだろう 少しだけ 笑えてくるのは。

◼️目を瞑る
間違ってる?あぁ、大いに間違ってるな。正しくない。狂気に満ちている。

苦虫を噛むような苦さで、けれどもどこか甘い。そんな狂気に満ちていた、……小さくて、向こう見ずな、ただの子どもだった。
うまく生きることは出来ただろうか。……自分の思う 愛 を見つけることが出来たなら、羨ましくも感じてしまう、な。

……なぁ、アンタ。
神様になったアンタを喰らえば、愛が、満たされることが、どんなことかわかるのか…?

いや、わかるわけねぇか。
あの子はあの子。俺は、俺。
神様になりたいヤツの考えることなんざ、わかるかよ。




 ――例えば、愛する人を殺したくなったとして。
 それが真実愛の暴走なのか、心の奥底に飼った欲求の暴発なのか、或いは歪んだ執着心の発露なのか、誰にも分かりはしないだろう。
 己の中に在るからと、全てが分かるわけではない。愛であると信じ込んだところで、本当のことなど見つかりはしない。御大層な言葉を扱う専門家も、己の抱くそれが全く正しい感情であるなどと、きっと断じられはしない。
 加里生・煙(だれそかれ・f18298)は――。
 ともあれ、己の中に在るそれを、真木・実白のものとは違うと感覚的に判じた。
「……なぁ、アンタ」
 目を閉じる。
 愛しいものを殺したい――。
 その欲求を理解はする。黄昏色を閉じ込めて、普通の男の自覚の下に隠してきた。それでも芽生えてしまえば溢れるのは早く、堅牢な正義の檻に閉じ込めたそれが訴える『いとしさ』に、煙は未だ愛を見出せない。
 飢えだ。
 渇望なのである。
「神様になったアンタを喰らえば、愛が、満たされることが、どんなことかわかるのか……?」
 空白を抱えている。それを埋めるものを探している。疼く胸の裡に死の色をした黄昏を飼っている。
 狼が嗤う――。
 首を横に振って、煙は細く息を吐き出した。蠕動する肉が見える。空を切って届かんとする爪先がある。
 ――それは己ではない。
 己ではないから――喰らったところで、分かりはしない。
 神様になりたいと言った。そんなものになりたいとも、その存在を心底から肯定したこともない男には、その心地が理解出来ない。それをこそ充足だと言われたとて実感がない。
 きっと胸の空白には足りぬだろうとさえ、思う。
 唇が持ち上がる。いやに自然な笑顔が浮かんだのを自覚した。目の前に在る死を前にして、ただ頭の中が澄んでいく感覚がある。
 この場に満ち満ちた全てが、蒼い焔へかたちを変える。遮るように燃え立つそれが、神と成ったものの腕に燃え移って盛り行く。
「間違ってる?」
 ――真木・実白はそう言った。
「あぁ、大いに間違ってるな。正しくない。狂気に満ちている」
 だからこそ殺す。だからこそ喰らう。普遍的な常識から拵えた堅牢な正義の檻は、正しくないものを討ち続けることによって証明される。最大多数の最大幸福を優先し続け、世間の正しさに身を委ねなくては保たれない。
 ああ――だが。
 少女の抱いた狂気は苦かった。年若い娘が追い詰められた絶望の淵に、しかし一片で絶対の甘さを孕んでいた。
 それを、羨ましいと思う。
 上手く生きられたのだろうかと思う。そうはあれなかったからこうなったのだろうとも。それでも、その最果てに唯一の『愛』を見付けて、それに殉じて笑って身を投げた。
 そのさまは――。
 とても、満たされていて。
 喰らったところで決して己のものにはならぬ充足が、煙にはひときわ輝く一番星のようにさえ見えたのだ。手を伸ばして届かぬ星の元へ逝くために、全てを棄て去ってしまえるのなら、あんな顔も出来るものなのかと思う。
 ――だとして。
「あぁ」
 目の前で苦悶する怪物の顔は、少女のそれとは遥か掛け離れているから。
「正しくないな」
 嗤う狼が、蒼い焔の中に啼いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鳴宮・匡



俺のことを許して、約束と、前を向く勇気をくれた人がいる
その言葉を嘘にしたくなくて、歩いていた
それがなかったら、一人で立つことだってできなかった

だから、この想いが
正しくて歪みのない愛(もの)だなんて
言えやしないけど――

移動先を見切って迎撃
目線の動き、体の向き
狙いを絞る情報には事欠かない

この想いは
依存だと言われたら、そうだったろう

でも俺は、そのままでいたくなかった
生きることを誰かの為(せい)にしたくなかった
それだけの違いだ

だから、お前の愛(それ)を否定はしない
でも、そうなった以上お前は俺の敵だ

だから、殺すよ

振り向かなくたって外さないけど
ちゃんと真正面から向き合う
……お前のことを、覚えておくために




 愛も依存も分からない。
 いつか解せないと称したそれの体現に、しかし銃口は揺らがなかった。
 ――愛のために全てを棄てるという決断を、鳴宮・匡(凪の海・f01612)は理解しない。
 共に歩みたいひとがいる。己を許し、約束を交わして、足許に落とした視線を前に向ける力をくれたひとがいる。
 未だ囚われた宿命ともいえる罪業を身に宿した藤色を――たすけたいと思う。
 たすけるためには命が続かねばならない。単純な摂理へ身を投じたことだって、確かに理由の一つではあった。
 けれどそれ以上に。
 ――この身で、一緒に生きていきたいと願ってしまったから。
 匡は決して死のうとは思わない。どうあれ道の先に決まった終わりを、少しでも先のものにしたいと足掻いている。
 呼吸するためだけに繋いできた体で願いを懐いた。何もかもを壊すだけの手にある温もりが、ずっとここにあれば良いと思った。『なかったこと』にしてきた全てをすくい拾う、花のような笑みを嘘にしたくなくて、鎖に繋がれた足を引き摺るようにして歩いて来た。
 ――それがなければ、一人ここで立つことも出来なかったと分かっている。
 真実の愛を語れる立場にない。そも、これを愛と呼んで良いのかさえも分からない。ここにあるものを『ここにある』と疑いなく抱きしめることさえ出来ないのに、他者へ向けた感情に衒いない眼差しを向けられやしない。
 だとしても。
「俺は、そのままでいたくなかった」
 実白と匡が抱いたものの違いは、ただそれだけだ。
 神と成った娘へ銃口を向ける。転移してくるであろう場所も挙動で判断がついた。
 生き物である以上、どうあれ無意識の動きは次の行動を志向する。その幽かで致命的な隙を捉える目が、僅かに擦れる足の音を聞き分ける耳が、むせ返る金気の香りの中にさえ敵のそれを嗅ぎ分けている鼻が――。
 消えた体がどこに現れるかを、精確に伝えて来る。
「お前の愛(それ)を否定はしない」
 後方。距離およそ十五メートル。
「でも、そうなった以上お前は俺の敵だ」
 撃ち抜くだけなら簡単だった。それでも距離が僅か開いているのに任せて振り返る。
 皿のような目を。
 少女の狂気を喰らった怪物を。
 振り下ろされる爪を。
 己と同じ、愛と呼びたい何かを懐いて死んだ娘を――。
「――だから、殺すよ」
 『なかったこと』には、しない。
 禍を穿つただひとつの銃弾が、千の祈りを篇んで唸った。
 生きることを誰かの為(せい)にして、死ぬことすらも他者に殉ずる。その姿はいつかの己と同じだ。だからこそ、目の前で苦しむその姿を、忘れはすまいと焼き付ける。
「赦されたかったんだよな」
 死ぬことを。
 この痛いだけの命が、終わっても良いと赦されるときだけを待っていた。今だってきっと、その方が楽だと知っている。何の無駄もなく、悩むことも苦しむこともなく、真綿の海に沈んで呼吸が出来なくなっていくのだ。
 そうして迎える死を――。
 いつか、欲しいと思ったことがあった。
「でも、俺はもう――歩くって決めたから」
 違えた道の先にいつかの自分を見送った気がして、匡はただ、訣別だけを零した。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鏡島・嵐
○◇
クゥの背中から他の味方を〈援護射撃〉で支援。相手を〈目潰し〉で足止め。攻撃が飛んできたら〈第六感〉〈見切り〉で躱す。

間違い、か。うん、確かに間違ってるよな。
人を殺したのも食ったのも、いけねえことだし、間違いだけど。
それが些細に思えるくらい、致命的に間違えていたとしたら。

『かみさま』はおまえを救っちゃいなかった。
いつも傍にいるように思えたのはただの錯覚で、本当はもっと距離が離れてた。生きてる世界が違ってたって言ってもいい。
互いが互いの世界にいねえのに、その事実から目を背けてまで相手を救おうとした。
それが、おまえとそいつが犯した、一番の間違いだ。

……救いきれねえモンがあるってのは、哀しいよな。


ティオレンシア・シーディア
〇◇

…ナニカをカミサマとして、それに縋るってだけだったのなら。個人的にはホントにほっといてもよかったんだけどねぇ…
…「化け物は、人間でいることに耐えられなかったものが成り果て、成って果てるもの」…どこで聞いたんだったかしらねぇ…

そっちから近づいてきてくれるなら好都合。瞬間移動と攻撃の間に○カウンターの●明殺を差し込むわぁ。
刻むルーンはギューフ・アンサズ・ユル。
「愛情」の「言葉」にて「悪縁を断つ」…まぁ、どこまで通じるか、はあたしにもわからないけど。

「人間は、自分が見たいと思うものを見たいようにしか見ない」…そういう意味で言うのであれば。あなた、どこまでも「人間」だったわよぉ、きっと。




 害なき信仰は自由だ。
 自由に伴う責とは、この場合は自己完結に依る。誰にも邪魔されぬ信仰とは、即ち誰のことも邪魔をしないものだ。そうであり続ける限り、その善し悪しを糺すような資格は誰にもない。
 とはいえ――。
 概ね、宗教とは弊害を生む。教義を一つ定めるということは、即ちその他の全てを否定することとなる。
 その最果てに行き着いたのであろう静謐が、眼前にある。
「……ナニカをカミサマとして、それに縋るってだけだったのなら。個人的にはホントにほっといてもよかったんだけどねぇ……」
 ティオレンシア・シーディア(イエロー・パロット・f04145)の悩ましげな吐息に乗るのは、心底の本音である。
 他人が何を信じようが自由だ。言い換えるなら、勝手だともいえる。真木・実白が如何に神の信奉者であろうとも、事を起こして世界の敵になり果てることさえなかったのなら、ティオレンシアが剥くべき牙などありはしなかっただろう。
 それはきっと、鏡島・嵐(星読みの渡り鳥・f03812)にとっても同じだ。
 現れた小さなライオンが、相棒の要請に応じて姿を変える。風の唸りのように吼える巨大な焔の内より、嵐の背の二倍はあろうかという百獣の王が、凛と澄んだ瞳に敵意を映して唸った。
 その背の温もりが、体の震えを押さえてくれる。咄嗟に足が動かずとも走ってくれる相棒は、間違いなく漲る緊張を解いてくれる。
 だからだろう。
 ――零れた声が、思うよりも震えていなかったのは。
「間違い、か。うん、確かに間違ってるよな」
 静謐なる神と化して、想いを告げた口を失くした娘は。
 人を殺した。喰らった。それは確かに罪だろう。人の世であれば死を以て償いと成されるようなどうしようもない罪業を、赦されぬような数だけ重ねたのだ。
 けれど――。
 ふわりと消える体に重ねるように、その手にあるスリングショットを構える。照準を補正するのは足下のライオンだ。現れるであろう方向を即座に嗅ぎ分けて、相棒の弾丸が違わず敵を穿つようにと足を向ける。
 ――当たり前の罪業を、罪と糾弾するのは誰にでも出来ることだ。
 だから、嵐はそれを今責めたりはしない。それよりずっと間違っていたことがある。眇めた瞳に、早鐘を打つ鼓動に、確かに神と成ろうとした娘の成れの果てを映す。
 最大の間違いを、今――射貫こう。
「『かみさま』はおまえを救っちゃいなかった」
 重苦しい願いと祈りの果てに見た救いの幻想は、真実幻想でしかなかった。
 体だけは傍にあっただろう。それでも心は別の世界を生きていた。狂人の見るそれと凡人の見るそれは次元が違って、決して噛み合うことはない。
 それが噛み合う日を夢見て、果てに己が命さえも投げ捨てた。決して己の世界には在ってくれないものを救うために、その役に立つために――。
 そのすれ違いのまま、何もかもを果てさせた娘と。
 娘を肯定した誰かの間違いを。
 ――銃弾が打ち砕く。
 嵐の放ったそれが、ティオレンシアの背後へ現れた神の目を穿つ。ごく一瞬に過ぎなかったはずの隙が、急所を抉られて僅かに深くなる。
 それを逃すティオレンシアではない。
 細い瞳に映し込んだ怪物が、苦し紛れに放つ一撃が届くより前。
 切りたくない切り札を。
 『後の先』にも似た『先の先』を。
 閃くナイフに乗せて、放つ。
 ――化け物は、人間でいることに耐えられなかったものが成り果て、成って果てるもの。
 聞き覚えのある、しかしどこであったのかも思い出せないような言葉が脳裏をよぎる。人間から少し外れて、しかし人であることを強いられ続けたものたちの最果てだ。目の前のそれとてそうだろう。信仰という化け物じみた想いに浸され、それに縋らねば生きてもおれず、果てに成ったのがこの神だ。
 ああ――。
 けれど。
 ――何でも良いと、少女は言ったのだな。
 人間は、自分が見たいと思うものを見たいようにしか見ない。
 紡いだのは愛。重ねて主神を司る言葉。世界を支える伝承の樹が、悪しき縁を絶ち穿つ。
 ――明滅する極星が、宵闇に閃くしるべとなる。
「……そういう意味で言うのであれば。あなた、どこまでも『人間』だったわよぉ、きっと」
 絶叫は断末魔に似ている。まともに体を穿った声が、ダガーが、神を焼いて『ひと』との縁を絶ち切っていく。
 そうして力の源を抉られていく神の終わりに、嵐はただ目を伏せる。
 震える手は、声は、届きはしなかった。遥かな深淵の中に最初からあった命は、零れ落ちたと称するにも遠かった。
 この結末こそが、少女らにとっては、確かな救いであったのだろうけれど――。
「……救いきれねえモンがあるってのは、哀しいよな」
 ただそれだけの想いを懐いて、少年は息を吐いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

鷲生・嵯泉

――眩暈がする

何処かで見た姿、何処かで聞いた言葉
嘗ての己が言葉を思い起こす
ああ……そうか、恐れている理由がよく解った
こんな風にしてしまう――なってしまうかもしれんのか
そうだな、此れでは受け入れられる筈も無い
だが、どうすれば良い……どうすれば良かった
いっそ、最初から会――?
――っ、違う。そうではない筈
こう「成らぬ」為にこそ費やすべきものが在る
未だ生きている
此の手も言葉も此処に在り、届く筈なのだから

(強く首を振る)
――剣怒重来
総て返してやろう
動きの阻害と成り得る攻撃以外は敢えて受けて増強を図り
なぎ払いの牽制から接敵し、怪力をも加えて叩き斬る
神なぞではない、お前は唯の想いの……過去の残滓に過ぎん




 知らぬことを解するのは難しい。
 元より複雑なのが人心である。まして手の伸ばし方すら過去に置き去ったのなら尚のこと、その全てに手が届くなどとは到底思っていなかった。
 だからこそ。
 ――弱々しく零された拒絶の真意を、今になって知る。
 己が意志をこそしるべとして歩く鷲生・嵯泉(烈志・f05845)が、心底から神に縋ったことはない。なればこそ、神と称したものを心に懐かねば立つことすらままならぬ心地を味わったこともない。
 嵯泉の抱いた過去には、確かな幸福がある。友があり、家族があり、愛したひとがあった。帰るべき場所はいつでも開かれていて、それをごく当たり前に慈しんで生きて来た。全てが残照と消えた今であっても、うつくしい記憶の底に肯定を懐いて生きている。
 だから。
 解らなかった。
 それこそ、あるべき愛の全てを持たず、絶対の神に心を預けきった成れの果てを――眼前に突きつけられねば。
 戦場だ。それすらも遠のくほど、地が揺れる感覚に歯噛みした。脳裏を回るいつかの姿と声に、思わず額に遣った手袋の下が、ぞっとするほど冷えている。
 無償の肯定が怖いと言った。
 そうだろう。
 ――そうだろうさ。
 最果てにこの姿を見ていたのなら、何にも預けることなど出来ようはずがない。ただひとつの肯定に縋って、何もかもを誰かのためだけに傾ける思考停止に身を委ねることを、歩くと定めた心が赦すはずもないだろう。
 だが。
 ならば。
 ――何が出来る。
 認めてやることも、願いを留めてやることも出来ないのなら、存在の否定を繰り返す声に何を返せば良かったのだ。例えば時を戻せるとして、どこからやり直せば怯えさせずに済んだのだ。
 安心して欲しかった。信じて預ける場所が在れば良いと思った。その願いそのものが、このどうしようもない静謐を招くというのなら。
 ――いっそ、最初から。
 否。
 強く頭を振る。きつく瞑った目は戦場に在ってはならないと、自らを律して標的を見据える。硬質を取り戻した柘榴の隻眼に、月光を金に弾く琥珀の髪が映る。
 身を覆う不可視に身を任せ、抜き放つ黒曜が宵に紛れた。身を焼く怪光に身を翻すことすらせず、前傾姿勢のままに真っ向斬り込む嵯泉が、ふと目を眇める。
 受けた傷は、身を穿つ力に。
 力は総て、命に。
「お前は神なぞではない」
 凛と響く否定の声は、果たして誰に向いたのか。
 こうとせぬために、最果てを見ぬために、抱いたものがここにある。取り返しがつかなくなるより先に、費やすべき声と手があるはずだ。
 未だ死してはいない。
 生きる理由は見つからずとも、この手が掴んだはずのものを信じられずとも。
 ――生きたいという願いだけは、強く誓いと代えて、この身に刻んだ。
 だから、今は。
 ――帰らねばならない。
「潰えろ」
 過去へと還った想いを懐き、神と成った娘の胴を、冴えた煌めきが深く穿った。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ヌル・リリファ
○ ◇

(彼女が死んだこと自体には何の感慨も抱かなかった。
ただ、最高傑作なら呼び出す前に止めれただろうか、と思っただけだ。)

……いまは必要ない。
(感じたものを追い出す。
最高傑作はどんなときでも戦えるものだとおもうから。これ以上、それに相応しくない自分でありたくはない。)

UCで強化、ルーンソードできりすてる。
相手の攻撃はアイギスではじくけど、攻撃を優先。
痛覚はきれるし、うでやあしがおとされてもたたかえる。やりにくくはなるからできるだけふせぐけど、敵を殺せるならかまわない。
(失敗作が傷つかないように戦いたくないのですが自覚はない)

……嗚呼、でも。
最高傑作は本来、このくらいは余裕でたおせたんだろうか。


花剣・耀子
○◇
そのこころは、おまえだけのものよ。

好きになさい。
生きたいなら抗えば良い。
終わりたいなら止まれば良い。
かみさまになりたいなら、……試して御覧なさいな。

――おまえを、その先へは行かせない。
斬り果たすわ。

動きを良く見て、致命傷だけは避けるように。
抉られようと千切られようと、呪詛で無理矢理塞いで、剣の間合いまで踏み込みましょう。
いま死ななければ其れで良い。
腕が残っていれば、充分よ。

ゆるしがなければ、生きてはいられない。
そう在ったから、こうなっただけのこと。
それの、善い悪いを言いに来たわけではないのよ。
あたしは仕事をしに来たのだわ。

すきなひとに伝える声もなくして、如何するつもりだったの。
……ばかね。




 ああ、死んだのだな。
 そうとだけ思った。
 伸ばしかけた手が届かなかったことも、発しかけた声がどこにも行かずに体の裡で消えたことも、ヌル・リリファ(未完成の魔導人形・f05378)には何らの感慨ももたらさない。
 ただ、何かがそこにあるとするなら。
 ――目の前に在る静謐は、自分が最高傑作であったなら、きっと呼び出されるより先に消えていただろうということ。
 ゆるく頭を振る。胸の軋みも、心を満たす冷たい水のような心地も、気のせいだ。
 ここは戦場だから。何があったとしても、いつでも武器を握り、凛と敵に立ち向かわなくてはならない。
 最高傑作と評されておきながら、これ以上、その称号に相応しくない振る舞いを晒したくはない。
 だから。
「……いまは必要ない」
 人形らしからぬ軋みを振り払うように頭を振る。抜き放つ剣が麗々とした切っ先を晒し、暮れ行く月光に光を灯す。
 同時に冴えた音を立てた白刃が、その輝きを受けてにわかに姿を露わにした。
「好きになさい」
 花剣・耀子(Tempest・f12822)の声は揺らがない。元より善し悪しを語りに来たのではないのだ。幾度も重ねたように、それは本心である。
 その生い立ちを聞いた。
 終わりのない緩やかな苦痛の中で、誰かにゆるしを乞うて生きていたのだろう。少女はただ、誰かに与えられる絶対の肯定だけを望んだ。それがたまたま、『あかねちゃん』と呼んだ神だった。
 その果てに見たのが、この怪物だったというだけのことだ。
 だから、《花剣》に迷いはない。始めるのは互いの譲れぬ主張のぶつけ合いだ。
 ヌルと耀子は、猟兵としてその命を絶つ。
 生きたいなら存分に足掻けば良い。
 終わりたいというのなら動きを止めていれば良い。
「かみさまになりたいなら、……試して御覧なさいな」
 それが善と称されるそれであれ、悪と糾弾されるものであれ、耀子のすべきことは変わらない。敵を討つ。仕事を果たす。それがたとえ、だれかが神と呼んだものであろうとも。
 そのために、ここに来たのだから。
 馳せるのは同時。動きも似通ったものだった。蠕動する身の予備動作を感じ取ったとて、少女らは決して見躱すようなことはしない。
 差異があるとすれば、片や魔導の力を持つ人形で。
 片や剣と呪詛に後押しされる、羅刹であることだ。
 ヌルの周囲に浮かぶ光盾は、襲い来る爪を防ぐ手段としては最適だ。しかし少女はそれを十全には扱わない。ただルーンソードに流し込む力を増幅させて、ただ一閃を喰らわせるのみを見据えて前に進む。
 ――だって。
 ヌルは失敗作だ。
 心の奥底、少女人形の気付かぬ遥か深くに、突き付けられた事実が燻っている。最高傑作に成れなかった。神に成ろうとして、こんなものになってしまった彼女と同じ。
 失敗作だった。最初から。主の期待に応じるためだけに生まれて来た身で、一番はじめに主を失望させたのだ。
 ならば、何も惜しむ必要はない。
 切り離した痛覚は何も感じやしない。器物の体は破損したとて問題がない。腕を穿たんとする爪を展開したシールドで弾き、足を掬わんとする動きを避けるのは、ただそれがなくなれば動きにくいからというだけでしかない。
 ――嗚呼、でも。
 眼前に迫る爪に左腕を差し出す。砕けて地に転がったそれを一瞥すらしないまま、少女人形の瞳は何らの感情も映さず前に進む。
 ――最高傑作は本来、このくらいは余裕でたおせたんだろうか。
 突き刺さった刃の対価に、体の一部を破壊されることだって、なくて済んだのかもしれないのに。
 少女人形の碧眼に映る深淵のいろを遮るように、白刃が翻る。
 突き立ったルーンソードの仄かなひかりに照らされる耀子もまた、全身を裂かれ、衣装を血に汚している。溢れ出る赤がいのちを奪わないよう、呪詛で無理矢理に塞いだ傷口には、きっと漆黒の大蛇が染み入るように巻き付いている。
 構わないのだ。
 ここで死なねば良い。いまを生きて、この異形を討ち果たせば。耀子のすべきことは、それに終始する。
 だから――必要なものだけを、護った。
 ただ、冴えた白を握り込む腕だけを。ひとつの傷跡さえ見て取れぬそれは、不思議なほどにうつくしく。
「――おまえを、その先へは行かせない」
 放たれるのはただ一刀。獣めいた叫び声を上げるそれに、ふたりぶんの碧眼がふと眇められた。
 軋む胸中に俯いたヌルは、思わず左手を胸に添えようとして――それがもう、遥か後方に転がるがらくたとなっていたことに気付く。
 引き結んだ唇に、きっと血の通うにんげんであったなら、白く色を失くすほどに力が籠る。ルーンソードを突き立てる右腕が、代わりとするかのように柄を深く握り込む。
 もう届かぬ声の果てに、眼鏡の底の瞳が揺らめいた。
「すきなひとに伝える声もなくして、如何するつもりだったの」
 ばかね。
 零れた声に乗った色が、冷淡の殻をすこし破る。耀子の腕は、それでもただ、少女の願いの終わりのために振り上げられた。
「そのこころは、おまえだけのものよ」
 深く。
 強く。
 抉るように差し込まれた剣たちが、肉を断つ音がした。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

クロト・ラトキエ
○◇

そう。
そういう“いき方”も、ありますよね。

驚駭は無く、哀惜も無く。
何かを懐くのも何かを述べるのも、役目でも無く柄でも無く。
彼女の選択に、向ける肯定も否定も無い。

僕の『罪』は、もうご存知なのでしょう?
『かみさま』さん。

――ただ。
如何なカタチであろうと、それが最期まで彼女の『芯』と、
唯、その事実のみを受け入れて。
眼前の其れを、骸の海に還します。

距離、邪魔でしょう?
…近い方が此方も好都合。
彼我を一気に駆け、
蠕動が合図なら、視るは腕二本。
張った鋼糸で無理矢理にでも己の軌道を逸らし回避…
厳しくとも直撃は避け。

間合いが取れれば迷い無く
UC――肆式

痛めども、悼めども。
戦場。
死ねぬなら、立ち止まれません故


塚杜・無焔
○◇

彼女がそれを選んだのならば、
『尊重してやる他ない』。
彼女が唯一見つけられた、『同志』なのだから。
故に私は、この後悔を吐露する事も本来ならば、許されぬだろう。
だからこそ、向き合わねば、ならない。

――死んでいる身だからこそ、受け止められる物もあるだろう。
あれは、彼女ではないが、彼女であるものだろう。
【激痛耐性】を以て、【限界突破】。
『その手』を取ろう。彼女が背負っていた痛みに比べれば、
この痛みなど生温い――が、
【デッドマンズ・スパーク】だ。放しはしない。
【属性攻撃】【マヒ攻撃】【鎧無視攻撃】で、諸共。

「――間違いではないが。それを選んだことは……。
 ……疑いようのない『失敗』だと思うぞ、私は」




「そう。そういう“いき方”も、ありますよね」
 驚愕はなかった。悼みも悔悟も、ない方が当然だろう。
 武器を構えることもしない。慎重に様子を窺っていた人々が一斉に動き出した刹那にも、彼の足はその場に留まったままだった。
 ――クロト・ラトキエ(TTX・f00472)は、手を伸ばさなかった。
 それが全てだ。
 唯一持ちうる芯を貫き通した。その決断に後悔も未練もなかったのだろう。なればそこに何かの言葉を零すなど、死毒(クロト)の持つべき役割でもなければ、柄でもない。
 軽やかな足が、手遅れになった神の前へと歩み出る。揺らめかせる体の全てに仕込んだ生きるための術を、研ぎ澄ませた呼吸のような殺意を、一つとして悟らせぬまま。
 ――神と成った娘のことは。
 肯定も否定もしない。嘆きも喜びもしない。凪いだ心に一つの揺らぎさえ落とさない。
 最上の、『どうでも良い』の証左だ。
 クロトと同じように沈黙を保って、しかし彼とは真逆の悔悟を心にくべる巨躯がある。塚杜・無焔(無縁塚の守り人・f24583)の握った拳が、飲み下しきれない心証を静かに伝えた。
 ――尊重するほかない。
 彼女が自ら選んだ道だった。唯一見出した世界の全てに殉ずることを良しとするのなら、無焔の手がそれを否定して、彼の思う幸福がために身を救うことはない。
 それが――真なる救いと言えぬことを、知っている。
 出来ることといえば、本来ならば吐き出すことも許されぬ悔悟を、抱えて飲み下す痛みに耐えることと。
 彼女の願った神へ、向き合うことだけだ。
 出来ることがあるということを、無焔は必ずしも良いとは思わない。それは時に否定だ。互いへ痛みを齎すだけに終わることとてある。彼女に声を届ける行為は、きっとそれに値した。
 ならばこそ。
 今、ここで――義務の如く降りかかる『向き合い方』を、葬送の雷を呼ぶ薪とする。
「距離、邪魔でしょう?」
 穏やかに。
 笑うクロトの声に応じるように、その身が蠕動する。
「僕の『罪』は、もうご存知なのでしょう?」
 慈しむべき総てを殺した。
 それを悪とも思えぬままに、築き上げた過去を再び殺した。人の顔に隠した殺意は、いつでも何度でも彼らを毒牙に掛けるだろう。その過去を幾度振り返れど、クロトの顔を彩るのはただ凪いだだけの笑顔なのだろう。
 どうしようもなく――。
 ――欲したものを、壊したくなる。
 人として生きるために、必要なすべを知っている。願いを懐いて、それを他の人間が持っていることをも知っている。己の中にごく当たり前にある感情の揺らぎが、他の者たちの営みにあることを知っている。
 だからといって。
 彼の天秤が、他者に傾くことはない。
「ならば貴女を悼むのは、僕ではないとも知っている筈」
 伸ばされた腕は思うより速い。一気呵成に踏み込みながらの回避が間に合うものではなかった。
 しかし、生き残ることをこそ至上の勝利とする男に、先見出来る危機への対処が施されていないはずはない。
 張り巡らされた細糸が――。
 馳せるクロトを無理矢理に引き倒す。心臓を抉らんとする単純な軌道より逃れながら、決して地に叩き付けられず、その歩みが進むよう。
 そうして尚も左腕を穿とうとした異形の手を。
「――間違いではないが」
 おおきな掌が掴む。
 無焔は死者だ。
 生者の想いを止めようとは思わない。選び往く道の先に幸あれと願い続けて、取りこぼした命の数に嘆き、刻まれた衝動が裡を燃やす限り死ねもしない体で、護ると定めなければ負う必要もなかった十字架を背負っている。
 それでも。
 ――死したこの手が受け止められるものは、あるはずだと思う。
 この神は真木・実白ではない。けれど、彼女が夢見、昇華することを願った存在ではある。
 利き手が裂かれる嫌な感触があった。背筋を駆け上る激痛を噛み殺し、己が撒き散らす赤を横目に目を眇める。
 惜しむ身など、とうにない。
 幾度死んだとて蘇る。二度目の最期は遠く掠れ、きっと今とて燻る衝動の火が、壊れた己をそのもとに手繰り寄せるだろう。
 彼女の抱いた痛苦は如何ほどだっただろう。少なくとも、そんなものの腕一本を捧げて足るようなものではないとは思う。
 そう――分かっているから。
「それを選んだことは……疑いようのない『失敗』だと思うぞ、私は」
 弾ける雷は諸共に。
 死した身を焼き、穿ち、神経を絶ち切る。苦悶の悲鳴の全てを呑み込んで、迸る雷撃がふたつの骸を焼き尽くす。
 その最中に。
 至近へ飛び込んだクロトの指先が、己が体に隠した殺意の全てを解き放つ。
「では」
 ――痛んだところで。
 ――悼んだところで。
 立ち止まることを赦されないのが戦場だ。死にたくないのなら、死ねないのなら。
 生きたいのなら――。
「おやすみなさい」
 ――命を脅かすものは、全て殺す。
 迸る刃が、絶叫を貫いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

桔川・庸介

我ながらフツーの感性だと思う
悪いことしたなら法律で裁かれた方が良い、って思うのも
誰かがヤバい事に巻き込まれてたら助けたいのも
でも自分が追い込まれたら、死にたくなくて逃げちゃうのも

だから俺、なんでこんな事してんのか分かんないんです。
違う、彼女の心があるなら説得を、いやダメだもう逃げないと
あんな腕で刺されたら即死だし、なんで、わかんないよ
さっきからずっと頭ん中がぐしゃぐしゃで!

どっかから突然現れた凶器を慣れた手で握って
どうせ造り直せるから怪我なんて気にもせず
あの光る目を狙えばいい、視られないように
(きっと"俺"もパニクってたんだ、バレたら駄目なのに)

「殺せる」と証明するように、身体だけが動く。




 掻き回された心の裡側に、浮かび上がるものがある。
 追い詰められた人間の抱く感情は、究極の自己の顕現だ。精神の輪郭を削ぎ落とされた最たる絶望の淵にあって、人の裡にある感覚は余計に強く浮き出る。
 そういう意味で、桔川・庸介(「普通の人間」・f20172)の本性は、極めて凡人的だった。
 ――罪を犯したなら、法で罰されなくてはならないと思う。
 だから眼前の少女が罪を償わずに死んでいくのを止めようと思ったし、然るべき罰に晒されて、己の犯したものの重さを見詰めれば良いと思った。けれどぐちゃぐちゃの心にぶつけられた無数の情報に圧されて、足はうまく動かなかった。
 ――誰かが超常に巻き込まれていれば、助けたいと思う。
 だから少女に手を届けようと思ったのだし、自らが殺したと囁く何かの声を聞きながら、腕についた爪の痕から鮮紅を溢れさせてここに来た。
 ――それでも、こんな化け物からは、逃げたいと思う。
 死にたくないのだ。庸介が歴戦の戦士であれるのは画面の中だけで、本人は武器の一つだってまともに握ったことのない素人だ。
 それなのに。
 何で。
 伸ばして届かなかった手の中に――一振りのナイフがあるのだ。
 金色の皿のような眼が見ている。次の目標が己であることは容易に知れた。彼女の心がその奥に一片でも残っているのなら、こんな行為を止めて人間に戻るよう説得をしなくては。いや駄目だ。あの目を見ろ。背筋が粟立つじゃないか。人間の理性などない。不規則に蠢く体から異形の腕が伸びる。掠れば死ぬ。死ぬんだ、きっと。
 逃げなくては。
 死にたくない。
 ――どうして。
 伸ばされた爪先を避ける。左腕が裂けた。冷えた夜気に晒された傷口に血が満ちて、一気に熱へ変わって溢れ出す。
 まあ良い。
 良くねえよ。
 握りやすいようにへこんだナイフのグリップが、妙に手に馴染んだ。溢れ返った赤は脳髄が焼ききれるほど燃えているのに、どうしてか足は止まらない。
 目だ。
 目を狙わなくては。
 早く。見られないように。
 ――バレたら駄目だ。
 何がだよ。
 涙が溢れて視界が歪む。呼吸の雑音が耳の奥に反射して、遠くに聞こえる呻き声が煩わしい。
 ――ああ。
 ――この声、俺か。
 躊躇なく振り上げた腕が、寸分違わず金を穿つ。暗がりに紛れて見えなくなれば、ようやく安堵した。
 これで、何にも気にせず――殺せる。
 失われていく命の色に、死の危機を告げて動きの鈍る体に、渦巻く心の中に誰かが生まれる。淡いそれが宵闇に紛れて、その度に強く輪郭を持つ。
 死にたくないと喚く何かごと、振り上げたナイフは神を貫いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

九泉・伽
>黒子なく煙草吸わぬ青年『 』は語る
おれとみさまはMMOで出逢いほんの数回話しただけだったけど
あらゆる者が見下してくる
その中で向けられる対等は尊重
漸く世界がおれを認識してくれて呼吸ができる感じ

かみさまを失ったおれは、君の恐れが人よりちょっとわかる
でもね、しろ。君は決しておれには勝てないんだ

おれは
消えてしまったかみさまを此の世におれの躰に連れ戻した
君の段階を超越してる

(口元に煙草、火をつければ泣き黒子浮かび瞳は氷点下の赫と変ず)
(甘言は既に放った、紫煙を吹きかけ棍で突く)
【虚言譎詐】使用

死んだらそれまでだよ
俺が言うのもなんだけどさ

ねえキミはまだあかねちゃんを想ってる?
そう
なら、そのままさようなら




 『かみさま』がおわす場所は様々だ。
 真木・実白にとって、それは己の頭の中であり、耳の裡であり、或いは現実世界の隣だった。
 九泉・伽(Pray to my God・f11786)と名乗るひとの『ひとりめ』にとっては――画面の向こう側だった。
 どこか茫洋とした眼差しの男の手に煙草はない。左目の淵をなぞるように、憂えた指先が『かみさま』を探す。
 何と言うことはない。現実世界にいき場がなくて、在り処のひとつにしていたオンラインゲームを通して見つけたひとだった。ただの数回の会話で互いの何が分かるはずもなかろうけれど、少なくとも男にとっては、そのひとときに確かな充足があった。
 声を聞いてくれる。応えが返って来る。ごく普通の、当たり前の人間としてのやり取りをしてくれる。『かみさま』が見ている世界の中に、当然のように、確かに男が存在していた。
 そこには――弁護士になり損ねた男も、期待に応え損ねた子供も、合理的な選択を逃げだと罵られた誰かもいなかったのだ。
 誰しもに見下されるだけのいのちに、きっと価値はない。だからあの瞬間、対等に言葉を交わしてくれる誰かを得るまで、彼は死んでいた。彼に出会って初めて、殺された瞬間の血に烟った世界を、拭ってくれる腕を得たのだ。
 死んだものに命を吹き込むのは――それはもう、『かみさま』の所業だろう。
「漸く世界がおれを認識してくれて呼吸ができる感じ」
 彩を取り戻した世界は、しかし長くは続かなかったのである。
 神は死んだ。味気ない病室の白に埋もれて、救世主は物言わぬ骸へと変わったのだ。
「かみさまを失ったおれは、君の恐れが人よりちょっとわかる」
 ――でもね。
「しろ。君は決しておれには勝てないんだ」
 男はもう――。
 ――真木・実白を超越した。
 左目の淵をなぞった指先が外される。その下に隠れていた黒子を晒し、既に咥えていた煙草に火をつける。
 眼前に現れた金色を見据えて、伽の唇が笑みをかたどる。
 その赫い瞳ばかりが、冬の温度を湛えて。
「死んだらそれまでだよ。俺が言うのもなんだけどさ」
 煙を吹きかける。手にした棍が、巨体を叩いた。
「ねえ」
 囁いた理解という名の甘言が、煙の香が、棍のもたらす痛みが。
 ――神と成った娘のちからを縛る。
「キミはまだあかねちゃんを想ってる?」
 見上げた金色の瞳の先に、神を想い死んだ少女はいたろうか。
 少なくとも伽には、望む応えが見えていた。
 だから、目を眇める。むせ返る金気の香りを隠すように烟る煙を吸い込んで、手にした得物を振り上げる。
「なら、そのままさようなら」
 ――神は。
 信奉者の体躯を代償に、連れ戻されたのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

レナータ・メルトリア
あのコは…いなくなっちゃったんだ…
誰かの為に自分を使いきるなんて、すっごくゼイタクな使い方だわ
でも、ざんねんね。もうあのコと血の味についておしゃべりすることも無ければ、料理のレシピについて、おはなしする機会も無くなっちゃった…
彼女の結末はロマンチックではあるけれど、邪神なんてものにに成ってしまったから、ただただ、ふつうの猟兵としてのオシゴトになってしまったわ

攻撃はおにいちゃんで『盾受け』してもらって、その間に【深紅の憂鬱】を『一斉発射』して、できた枯花から血晶の槍をたくさん伸ばして『串刺し』を狙ってみようかしら

でも、本当に残念だね。
だって、ああいうことを話せるひとって、あんまりいないんだもの




 いなくなってしまった。
 傍らの兄を見上げる。ペストマスクがこちらを見ていた。指先の糸を操り、己の体を引き寄せるよう指示を出す。
 レナータ・メルトリア(おにいちゃん大好き・f15048)を守るように立つ『おにいちゃん』に、彼女は花唇をひらいた。
「誰かの為に自分を使いきるなんて、すっごくゼイタクな使い方だわ。ね、おにいちゃん」
 ――その結末は、ロマンチックだと思う。
 そうまで心を傾けて、己の命の決定権さえ委ねるような人がいて、そのために正しく己の全てを使いきる。そういう生き方は――勿論、死に方も――純粋に、情熱的な物語のようで美しい。
 けれど。
 レナータの心に、確かな落胆が渦巻いている。
 人の味を知っていた。真木・実白は肉までもを喰らっていたようだけれど、処理されない肉を喰らうということは、血も啜っていたのだろう。血をこそ命の糧とするレナータにとってみれば、貴重な話の合う人間だったのだ。
 血の味について話をしたかった。
 考え出したレシピの数々を紹介したかったし、彼女から新しいレシピを聞いてみたかった。
 それこそ、彼女が生きていたのなら――レナータの工房で、一緒に料理をするのだって良かったかもしれないのに。
 もう叶わない夢となってしまった。目の前にあるのは意志を持たずに漫ろめく邪神が一体だけだ。こんなものとは言葉も通じないし、人の味を知っていたとして、語らうことも出来ないだろう。
 この対峙は、ただの猟兵と邪神の邂逅に過ぎず。
 楽しいお喋りの時間は訪れずに。
 レナータの成すべきことは、ただの味気ない仕事になってしまった。
「ざんねんね」
 金色のまなこが人形遣いを見遣る。月光に煌めくそれが怪光を放つのを、傍らに控えた兄が身を挺して受け切った。
 焦げた匂いを纏う彼をぐいと眼前に立たせたまま、レナータの血が凍てた冬の空気と共に凝結する。浮かび上がった無数とも思える深紅の針が、神と呼ばれた怪物を標的として飛び立った。
「でも、本当に残念だね」
 ――咲き誇るのは憂鬱の花。
 鮮やかに咲き誇った深紅が見る間に枯れ果てる。倉庫を赤く染め上げたそれらが、むせ返る金気の香りを一層強くする。
 神へと成りたがった娘を喰らった邪神に、逃げ場はない。
「だって、ああいうことを話せるひとって、あんまりいないんだもの」
 少女の指先が血を操る。
 迸る無数の槍が怪物の体を貫いた。その巨躯から零れ落ちるのは黒い体液と思しき何かだ。
「ああ、やっぱり血じゃないんだ」
 残念でならない。
 もうあれは、人ではない。
 苦悶の声を上げる化け物を喰らうように、枯花の大地より溢れる槍が、再びその身を貫いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

辻森・朝霏

かみさま、かみさまと言うくせに
かみさまじゃなくても良いと言うのね

かみさま、友達、共犯者
そう、名前は何でも良かったの
それが本当に、それでなくたって
ただ、
唯一でありたかった、なりたかった、
だけなのね

でも、依存は依存よねと彼へ呟く
誰かに、何かに執着するって
時にはとても気持ちの良いことだもの
経験はないけれど、
人々を見ているとそうらしいと感じるの
多くの人に認めてもらおうと努力するより
それさえ手放さなければ、と思えるなら
ずっと簡単だし、ある意味幸せなのでしょうね

けれど
自分は間違っていないと吠えるだけなら兎も角
自分が間違っていたとしても、
あの子は間違いじゃない
そう心から言える彼女は
突き抜けていて、かわいい




 くすりと、唇を笑みがくすぐる。
「かみさま、かみさまと言うくせに、かみさまじゃなくても良いと言うのね」
 何と愛しいことだろう。最初から名前などどうでも良かったのだ。真木・実白と呼ばれた少女の中には、自分にとっての唯一を表す言葉が『かみさま』しか存在しなかっただけのこと。
 『かみさま』でも。
 友達でも。
 共犯者でも。
 ――全て本質は同じ。呼び名を変えただけの、『ただひとり』だ。
 ただひとりのただひとりでありたかった。ただひとりでありたかった。何と幼く少女らしい激情だろう。歪んだ感情の行方を目の前に、辻森・朝霏(あさやけ・f19712)は秘かに囁く。
「でも、依存は依存よね」
 “彼”の首肯が聴こえた。
 誰かに縋らねば生きていけないという心地を、朝霏は知らない。けれど想像することくらいは出来る。周囲には沢山の人々が生きていて、それらをただじっと、純粋で淑やかで善良な少女の裡側で見詰めているのだ。
 誰でも、何でも構わない。ただ一つに執着して熱狂して、生きる指標をそこに定めることは、時にひどく甘美な心地を伴うらしい。
 自分の中に芯を持ち続けることを美徳とする割に、人間というのはそれが難しい生き物のようだ。多くの人に認められる努力を己の中に飼うよりも、ただ一つの大切なもののために己をも捻じ曲げて生きようとする方が、それはまあ――楽なのであろうけれど。
「『それしか出来ない』子の依存は、少し違う気がするわ」
 吐き出した笑みは美しく。色素の薄い少女の掌には、慣れた調子で握るナイフがある。
 眼前に現れた金色に笑いかける。それはさながら、通う学校で交わす挨拶の如く、優美に。
「御機嫌よう」
 迸る。
 薄らいだ月光に、刃が閃く。何の変哲もないナイフが鋭く肉を抉り、怯んだ隙をめがけてもう一撃を叩き込む。
 躊躇はない。
 何度も繰り返した秘め事であれば、指先が揺らぐこともない。
 苦痛の咆哮を聞く。黒い体液が地を汚す。既に枯れかけたその叫びに、神と成った娘が最期に残した声が蘇る。
 ――自分が間違っていないと吼える者は多い。
 結局、証明したいのは自分の正当性なのだ。肯定してくれる誰かに縋って、その人だけを求めても、その果てに見ているのは『絶対の存在に肯定される自分』だ。
 けれど。
 ――彼女は違う。
 自分が間違っていたとして、あの子が間違っていないことを証明すると言った。
 その感情の、何と愛しいことだろう。心からそう言える心の機微をこそ――ひとは、狂気と呼ぶのだろうけれど。
「突き抜けていて、かわいい」
 甘く蕩けるような囁きと共に、朝霏の秘め事が振り下ろされた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

アシニクス・レーヴァ
憐憫も薄ら汚い命を見る目も覚えがある
だからといってそれ以上の感想は無い

素直に願いが言えるのは良いこと
報われることも救われることも確約されませんが
大凡人らしい情だと思う

貴方は人だった
だが私は受け入れないと言うだけで

私にとって貴方も神も等しく咎人
引かねばならない余分である
大人しく差し出されるとは思っていない
こちらも手荒くしてしまうそれはどうかご容赦を

なるべく苦しまずに摘むのが良いと思うのですが
もし痛み苦しみがあれば言って、善処する

言いたいことは、きちんと面と向かって言うべきだと思う
私もその為に人を探している
今度会えたのならしっかりと言いなさい
その為に貴方は声を持っていたのでしょう
実白、お休みなさい


霧島・クロト
○◇
それで満足したのならば、いいさ。
けれども、それは一時的な物だ。
短絡的に事を起こすしかなかったことが――
お前達『ふたり』の不幸とも、言えるんだろうな。

【オーラ防御】【全力魔法】で、真正面から受け止める。
そうしたならば――
『貪狼の水鏡』はバカ正直に、全てを映し続ける。

お前を俺は『見ていればいい』。
なら1分程に『何度も』撃ち込むには十分だ。
コピーしたUCを成るべく途切れなく乱射して、
【怪力】を乗せた【2回攻撃】の【マヒ攻撃】【属性攻撃】で、
そのまま殴りきってやる。

――残念だが、二人の話は
『此方側』は美しいままに終わっといて貰う。
だから、お前は、既に『お呼びじゃない』のさ。




 吐息は白い。
 冬の気配は遠のかない。放たれた室内に渦巻く冷気に放った声は、思うよりも低い調子で響いた。
「それで満足したのならば、いいさ」
「ええ」
 機人の漏らした呟きを、目を伏せた聖女が引き取る。
 遠くから見るには、祈るような所作だった。アシニクス・レーヴァ(剪定者・f21769)の長い睫毛がふるり震えて、紫水晶が澄んだ色を灯したのを、霧島・クロト(機巧魔術の凍滅機人・f02330)がバイザー越しに見遣った。
 ――憐憫や。
 ――侮蔑や。
 そういう意味を孕んで向けられる瞳は、いかに隠そうとしたしたところで如実に内心を伝えて来る。それを知らぬわけではない。
 クロトはそれに叛逆せんとした。
 アシニクスは、それを歩みを止める理由としなかった。
 静謐な神の立つさまを見る。抜き放たれた片刃の救世主の煌めきを眼前へ翳し、命摘む聖女の瞳はゆるやかに細められる。
「報われることも救われることも確約されませんが、素直に願いが言えるのは良いこと。大凡人らしい情だと思う」
「まァ、否定はしないさ。けれども、それで満足したって、一時的な物だ」
「そう――だから、あれは余剰」
 ふと吐き出された信奉者の言葉の真意を、救いの手を失ってなお歩いて来たクロトが解することはない。
 ――ただ。
「そりゃ、余剰だろうよ」
 『悲劇的でうつくしい少女たち』の物語の終幕を飾るにしては、少々醜すぎる怪物だとは思う。
 言うや構えたガントレットより冷気が放出された。凍る温度が冬を巻き込んで増幅する。いつか失敗作と呼ばれ、ともすればそれが故に何も守れなかった男は、得た力を以て今を馳せる。
 眼前に現れる異形の腕が振りかざされる。クロトの赤い瞳は揺らがない。
 兄のそれには及ぶまい。どれだけ鍛え、力を御せるようになったとて、きっと永遠に彼には敵わない。それは己の手腕の問題ではなく、心に在る絶対の憧憬が成す壁である。
 だとしても。
 ――氷は、そう簡単には壊れない。
 不融の冷気が盾となる。爪を受け止める衝撃に軋む己の腕に、しかしクロトは小さく嗤う。
 鏡面に映る己の姿を、化け物は見ただろうか。映し出された今の姿を、その裡側へと喰われた娘は直視しただろうか。
 ――それをどう思うかを、クロトは知らないけれど。
 この程度の一撃は、ぎらりと光る貪狼の飢えを満たすには至らない。水鏡より吐き出されるのは、先に神が放った一撃と寸分違いない。
 己が体を抉る『己の腕』に、怯んだ怪物が一歩を下がる。既に傷付ききった体から、黒く吐き出される体液はとめどない。その傷を更に深く抉るように、間髪入れずに二撃目を叩き込む。
 鏡に映し出せる時間はおよそ一分。出来うる限りの傷をと振り抜かれるクロトの腕より、異形が鏡映しの己を穿たんとする。
 ――その横より、咎を縛る聖女が馳せる。
 アシニクスの眼は静かだ。操る手枷を叩き込み、瞳と同じ静謐な声が氷天を揺らす。
「貴方は人だった」
 ――だからと、やるべきことは変わらないが。
 人であれ神であれ、咎は総て摘み取るが教義である。抗うすべを得た相手だから、すべきことは増えるけれど――行き着く先は同じだ。
 余剰を狩る。溢れた命を、美しいまま終わりにする。神の御手を煩わせることなく、楽園へ至れるように。
 その意は救済だ。なればこそ、彼女に苦痛を強いる意図はない。出来ることならば一撃のもとに葬ってやるべきだが、この神にそれは通用しないだろう。
「もし痛み苦しみがあれば言って、善処する」
 猿轡がぶつかって、声を失わせる。ロープが縛る体でまともに動けはしまい。もがくそれから視線を切ることなく、アシニクスはふと息を吐いた。
 これで――。
 導きのときは近くなろう。
「短絡的に事を起こすしかなかったことが――お前達『ふたり』の不幸とも、言えるんだろうな」
 唸る氷狼の鏡がほどける。術者の意で消えた盾の代わり、その手を覆うのは堅牢なる氷の拳だ。
「――残念だが、二人の話は、『此方側』は美しいままに終わっといて貰う」
 爪のような形を成す。狼の腕は、獲物を決して逃がさない。
 ――少女たちの結末は、哀しくとも、報いがなくとも、救われていた。
「だから、お前は、既に『お呼びじゃない』のさ」
 叩き付けられた爪が肉を抉る。飛び散る黒い液体は、既に神が限界に近いことを物語った。
 だからこそ――。
 血に塗れた聖女は、その命に導きをと、祈る。
「今度会えたのならしっかりと言いなさい。その為に貴方は声を持っていたのでしょう」
 言いたいことがあるのなら、面と向かって伝えるべきだ。
 そうするために、アシニクスはこのあてどない旅を続けている。余剰を摘み、命を狩りながら、信ずる神へどうしようもない祈りを捧げて――それでも、己の口で伝えなくてはならないと思うのだ。
 だから。
 早く、彼女に次を与えてやらねばならないだろう。安息なる眠りの先で、またいつか、咎を背負ってまでも愛した誰かと声を交わすために。
「――実白、お休みなさい」
 白みかけた空の境界を遮るように、聖女の刃が神を穿った。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

一郷・亞衿
◯◇

攫われただけでまだ生きている、なんて、都合のいい話は無い。勿論、わかってた。
……ごめん、由梨。今度は、あたしが守るから。
だから、あいつを──あのクソでかいだけの単なる化物を、ぶっ殺しにいこう!一緒にっ!

今のあたしはあの頃とは違う。それに、一人じゃない……猟兵仲間もいる訳だしね。
改めて相対して解ったけど、奴の攻撃には予備動作が存在する。動きは見切り易い方。
昔は体一つで暴力駆使してやってたんだ。呪具がこの手にあるんなら、化物一匹風情にやられるかよ!

犯した罪は消せない。
『真木・実白』がやったこと、彼女という人間が存在したことは、記録に綴って記憶しておくよ。
それが彼女への断罪で、せめてもの贖罪だ。


ユルグ・オルド
〇◇/だってそう、そのままじゃ生き難いだろう
そうは、思うケドも、まァ、遣る瀬無いこともあるよネ
どんな形の信仰だろうが思慕だろうが、そうでなくたって
知らないから判じることもない

なっちゃったんならやることは一つ
ナイフ一本よりかは上等じゃない
あれじゃ心が痛むもの
飛び込むべきか、待ち構えるべきか
はかってはみるけれど待ってるのも柄じゃない
低く構えたなら地を蹴って駆け出しそう
多分、アンタのままでも躊躇いはしなかったけど
一回目はもらっても仕方ねェかな
二回目は往なして切り込みたいトコ
かみさまでも、首を落としたら死ぬのかな
慊でもってかみさまとやらを殺しに

それで彼女は、救えたかい
――勿論俺には聴こえないんだけど




 黎明が夜の帳を開けていく。
 白んだ空の合間に月が掠れる。夜と朝のあわいに、三つの人影が映り込む。
「……ごめん、由梨」
 ――あの日に消えてしまった親友は、ただ化け物に攫われただけで、まだどこかで生きている。
 そんな都合の良いハッピーエンドはどこにもないと知っていた。それでも目の前に突きつけられてしまえば、軋む心に蓋をするすべもない。
 一郷・亞衿(奇譚綴り・f00351)の目の前にいるのは、引き寄せた亡霊のうちから見つけ出した、ただ一人の親友だった。
 この日のためだった。
 怪異の力を身に宿し、集め続けたのは――彼女に声を届け、あの日に縺れた因果に終止符を打つための。
「今度は、あたしが守るから」
 軋む胸元を握りしめる。睨み上げた巨躯から、今度こそは逃げたりしない。
 隣に立った長い髪の少女の手を握って――己の培った力の全てを、その魂へ。この手を離したりしない。絶対に、今度こそ。
「だから、あいつを──あのクソでかいだけの単なる化物を、ぶっ殺しにいこう! 一緒にっ!」
 頷いた少女と一緒に、亞衿もまた走り出す。手にしたカッターナイフの他に武器はない。今はただ、あの日の何も知らなかった少女と同じ力しか持たぬ亞衿には、己が経験によって作り上げられた呪具を手にすることが相応しい。
 不自然な蠕動が腕を伸ばす。いつかと同じようにそれが狙うのは――。
「由梨!」
 過る光景に、親友の死を見た。
 霊体となった彼女を怪物の眼前から退けようと、亞衿の手が咄嗟に伸びる。己が身を呈さんとする彼女だけを見る金色の眼には、冴えた銀月の輝きは映らない。
 それでは。
「はいよ、っと」
 ――ユルグ・オルド(シャシュカ・f09129)の冷えた刃が、避けられようはずもない。
 両断された異形の腕が宙を舞う。既に傷を負いすぎたそれは、横合いからの斬撃に耐えられはしなかった。黒く体液を撒き散らすそれから距離を取りながら、男の手がくるりと己が本体を回す。
 並び立つ亞衿の表情は、マスク越しにも安堵していた。
「ありがとう」
「いいえ」
 跳ねる声と共に、シャシュカが身を翻す。
 まァ友情ってのはうつくしいケド――呟いた声は届いたか否か。
「これ以上、遣る瀬無いコト増やしてもネ」
 そういうものは、目の前の少女の成れの果てだけで充分だ。
 獲物を定め切れずに彷徨う瞳に、待つか否かを考えるのもどうだろう。そも後の先など性に合う話でもなく、構えた刃と共に、ユルグの体が低く沈む。
 ――きっと、少女のままでも躊躇などなかった。
 元より刃は殺すためのもの。そうでなければ芸術品だ。現身で人の肉を断つ感覚に怯えることもなし、何より本体が肉を抉るのである。
 なればこそ、その信仰も思慕も、或いはそうでなかったのかもしれない感情も。
 量りはすれど、判りはしない。
「かみさまでも、首を落としたら死ぬのかな」
 真っ向よりの一太刀。片腕の異形が刃に届くはずもない。裂いたのは鱗で、赤い瞳には傷の一つもない。
「だってそう、そのままじゃ生き難いだろう」
 ――そうとは思えども。
「それで彼女は、救えたかい」
 応えのない問いを吐き出す声はただ、跳ねもせずに転がり落ちて。
 とうとう武器の全てを奪われた化け物を、黎明の光が照らした。
 その因果への――決着のときが来る。
 親友の手がその首にかかるのを、亞衿はまっすぐに見据えた。悶える神に何かを成す力は既にない。手に握り込んだのは数多の過去の血を浴びた呪具一つだけ。
 それでも構わない。
 親友がいる。味方がいる。知識を付けて、数多を集めた亞衿は――逃げ出したままの少女ではおれなかったのだ。
「昔は体一つで暴力駆使してやってたんだ」
 馳せる。
 親友が頷いている。その顔に確かな笑みが浮かぶのを見て、唇を噛み締める。
 喜んでくれているのだろうか。それとも、祝福してくれているのだろうか。分かりはしないけれど――ただ、その穏やかで優しい表情に、亞衿は目元を乱暴に拭う。
 代わりに灯したのは。
 決意だ。
「化物一匹風情に――やられるかよ!」
 振りかざしたカッターナイフが、朝焼けを受けて赤橙にひらめく。力の限りに跳躍した亞衿の振り抜いた腕は、寸分違わず怪物の首を穿つ。
 断末魔の悲鳴を掻き消すように――。
 ひとごろしの時間の終わりを、茜色の空が告げる。
「犯した罪は消せない」
 化け物を神と呼んだ少女に語り掛けるように、迸りほどける黒へと声を投げる。
 たとえその存在も、罪も、想いも心も愛も、誰もが忘れてしまうのだとしても――。
 真木・実白という娘が存在したことを。
 そこにあった、確かな心たちを。
「記録に綴って記憶しておくよ」
 それが。
 それだけが――。
 誰にも忘れられたかった少女への断罪で、誰からも忘れられたくなかった少女への贖罪だと。
 目を伏せた亞衿の手の中で、因果は放たれ過去へと消えた。


 普段と何ら変わりないテレビの画面を、ニュースが横切っていく。
 バイト先の屋上から飛び降りた少女の話題が、センセーショナルに報じられている。切り取られた遺書の内容が幾度も流されて、コメンテーターの言葉が無責任に放たれる。
 その後に流れた、身元不明の少女の遺体に関する話題は、簡素な情報と捜査中との銘だけを残して数日の間に消えた。
 いずれ自殺した少女も、話題に埋もれて消えるだろう。覚えているのはただ、骸の少女の独白を聞いた誰かだけ。
 ――『少女たち(かみさま)』はもう、どこにもいない。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2020年02月01日
宿敵 『十尺比丘尼』 を撃破!


挿絵イラスト