52
そして人に堕ちる

#UDCアース #感染型UDC #シナリオ50♡

タグの編集

 現在は作者のみ編集可能です。
 🔒公式タグは編集できません。

🔒
#UDCアース
🔒
#感染型UDC
🔒
#シナリオ50♡


0





 気になったものは、触ってみるのが常だった。
 母も父も、そればかりは何でも許してくれた。流石に、剣山なんかを触ろうとしたときは止められたものだけれど好奇心はずっと認めて育ててくれている。高校生になった今も、両親は私のことを娘として愛してくれているから――私のやりたいように、学びたいものを学ぶことを許してくれているのだ。
 だから、このことだって「やってみたかった」という気分だけである。
 ――生憎と、神様とやらは信じていない。そんなものは、お伽話か、誰かが一番最初に見ただけの夢の話を面白おかしく脚色したり、政治のために奉られたような存在だと思っていたのに。

「ああ、あなたは『かみさま』にやっぱりふさわしい。」

 罪なんかでもなければ、まして悪なんかでもない。そんな大層にメッセージ性なんて求めていない。
 ただ、――やってみたかっただけ。


「きみたちは、気になったものはどうしたい?」
 ――私は、とりあえずよく視てみるかな。
 グリモアベースに集まった仲間たちの表情を見ながら、ヘンリエッタ・モリアーティの内在する人格が一人、「マダム」は黒装束に身を包んでうれしそうに語る。各々の反応を楽しみつつ口はいたずらに、そしてよく回るのだ。
「大発見があった。今回は、それにまつわる予知となる。」
 ――感染型のUDCが確認された。
 人と人の間で広まる、防ぎようのない「噂」で広がる新種の存在である。それを見た人間、それを噂話やSNSで広めた人間、その広まった噂を知った人間全ての「精神エネルギー」を餌とし大量に配下を生み出してしまうというのだ。
「この感染型UDCというのは――噂を広めさせるため、第一目撃者を生きたまま逃がす。」
 ゆったりと手元のタブレットから再現映像をホログラムで呼び起こす。ファンシーなキャラクターたちが見つめ合って分裂した。
 マダムの顔を青く照らしながら、当の本人はその映像を見ないで仲間たちを銀月に浮かべている。
「第一目撃者の名前は、小西・朱音。女子高生だ。だが、まさか『普通』なわけでもない。」
 そのUDCを発見した時に。小西・朱音は――予知の中で動揺すらなかったのだという。
「成績優秀、容姿端麗。人付き合いもそこそこ、家族関係は良好。私が思うに、少しUDCアース・ニホンの取り組みでは満足できないくらいの学習能力があるように見える。好奇心が旺盛で、コミュニケーション能力が高い。つまり、彼女は。」
 まるで、今日の天気でもいうように。
 にゃあ、と今にも猫が意地悪く鳴きそうな声で黒は笑ったのだ。
「よく噂を広めてしまう。」
 ――ねえ、知ってる?なんて。
 気軽に彼女は言いふらしているのだという。とまれ、邪神を見てなお彼女はいつも通りに人と話して広めてしまうというのだ。けして、精神力が人より優れているわけでもないのに、「受け入れて」広めている。面白半分、警告半分に。
「よくこんなメッセンジャーと巡り会ってしまったものだな。」
 生まれついて、欠けているのか。生まれついて、持ちすぎたのか。うろうろと右から左、左から右へと往復を繰り返しながら、ゆったりと考えるそぶりをしてみせる。
「大至急対処しないと、大規模なパンデミックを引き起こす。なにせ、この小西・朱音には悪意がないのだ。現場に急いでほしい。」
 思い出したように、この危機を口にするものだから。傍らで煌めくグリモアだけが焦ったように回転の後に蜘蛛の巣を広げ、猟兵たちを招こうと急いでいた。
「UDCアースは冬だ。冷えるから、暖かくして行っておいで。ビル街というのは吹き抜けの風がつらい。」
 ――まず、最初に。
「そこに『小西・朱音』が白昼堂々、歩いている。」
 己が冬の間、小遣い稼ぎにアルバイトをしている老夫婦が作った小ぎれいな喫茶店のにて、話を聞きたがる人がカウンターに座りコーヒーを飲みながら彼女の話を聞くのだという。猟兵たちが転送されるのは、すでに噂を知った人々の精神エネルギーが感染型UDCの「第一発見者」とその周辺に大量発生している時間軸。すなわち、彼女の通勤途中の時刻である。
 噂の内容も何もわかりはしないが、それを探しながら解決してほしいのだと黒が穏やかながらどこか楽し気に語った。
「いったいどこでUDCを見かけたのか、爆発的に増えた配下を処分しながら、余裕があるなら彼女に訊いてみたらいい。」
 銀の瞳がタブレットを見下ろせば、そこにあるホログラムに映る少女の顔は落ち着いている。
 ゆったりと微笑みを作って、のびた黒髪を年相応に切りそろえヘ清楚な服に身を包む。学生生活から浮き出ないように努めている姿は「一般的」に見えることだろう。
「そうだ、そうだ。――私の兄が行った予知と少し関連があるらしい。そちらを見てみてもいいかもね。」
 知らなくても構わないし、知っていればもっと納得がいくんじゃないかなと付け足して。細い指はつう、とグリモアを撫でた。仲間たちを導くために。

「どうぞ、ゆがみを楽しんで。猟兵(Jaeger)。」
 ――今、うつくしき怪物の業が幕上がる。


さもえど
●さもえどです。
 火サスは毎週見てました。

 こちらのシナリオは、しばざめMSの『そして神に至る』との合わせシナリオです。時系列がずれているので、同時参加は大歓迎です。
 どちらか片方のシナリオを追っていただくのでも全く問題はありません。

 今回のシナリオは『後味の悪い結末に終わる可能性が高いです』。ご了承ください。

 全体に心情を盛り込んでいただけると嬉しいです!
 一章は、第一発見者のまわりにうごめく『繋ぎ合わされし者たち』との戦いです。不完全で不安定な顕現なので殲滅は難しくはありません。ここで本人とのコンタクトを図ることも可能です。
 二章では、皆さまの「罰」と対峙して頂きます。皆さまが受けるべき罰が幻覚として現れます。どのような罰かどうかはぜひお教えください。
 三章で、今回の首魁と対峙します。

 プレイングの受け付けは断章の投稿後で各ページにてお知らせとなります。
 それでは、お目に留まりましたら、よろしくお願いいたします。
218




第1章 集団戦 『繋ぎ合わされし者たち』

POW   :    オ、オマエハ……俺ノ、餌ダ!
【飢えを抑えられず、リミッターの外れた姿】に変化し、超攻撃力と超耐久力を得る。ただし理性を失い、速く動く物を無差別攻撃し続ける。
SPD   :    俺ノ身体ハ……モウ、長クナイ
【猟犬の嗅覚と反射神経】【虎の腕力と家猫のしなやかさ】【狐と狸の狡猾さと馬の脚力】を宿し超強化する。強力だが、自身は呪縛、流血、毒のいずれかの代償を受ける。
WIZ   :    死ヌ前ニ、オマエタチダケ、ハ……!
自身に【決死の覚悟】をまとい、高速移動と【身体の継ぎ目から吹き出す、血の斬撃】の放射を可能とする。ただし、戦闘終了まで毎秒寿命を削る。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。



 この世は退屈でいい人が多いな、と思っていたのだ。
 私は、退屈が嫌いである。

 当たり前のように先ほどまで眺めていたテレビのむこう、外国のスキャンダルなんかで盛り上がるワイドショーも役者の変わらない政治の揉め事での議論も、そろそろワンパターンがすぎて飽き飽きしてきた。毎日がありきたりで変わらないことを愛する人々が「保守的」なんて都合の良い言葉で己を美化するのを、「まあそんなもんだよね」と微笑んでおくのも長い学生生活で培われた私の技能である。
 何を見ても、退屈だから。楽しいことは自分で作ろうと思った。
 昔から時間があれば知りたいことを探したり、極めたりするのは得意である。けして、今後の未来のためにそうしているのではなくて「やりたいからやっただけ」なのだ。成績がよかったって、悪かったって、容姿が良くなっているままであるのだって、「やってみたいこと」を全部やった結果である。そして結果が出てしまった過程にはもう興味もないのだ。
 そろそろ学生生活も長いもので、10年を超えてくると生活のマンネリというのも防げないのである。だから、「バイト」を始めていた。
 新しい世界を開くのが好きだ。
 「バイト」は楽しいものである。一時間手を抜いても一生懸命にやってももらえる報酬は変わらないが、得れるものは異なってきた。皿を洗いながら拾う世間話からは好きなものや嫌いなもの、身の上話も今のトレンドも、耳を澄ませばなんでも聞こえるのだ。このほうが「知る」にはニュースよりも自分に向いていると思った。知ることは楽しくて、退屈と程遠い。だから、「バイト」に出るのは今日も変わらない。
 頃合いではあると思った。
 ――なんてことはない。
 「それ」を見た日は「あ、死ぬかも。」とは思ったものの、それ以上おそろしさというのはなかった。死んでみるのも楽しそうだったからだ。でも、何となく生かされているのはわかったから、月夜のうつくしさに背を押されながら面白半分にその場で「あの子」に言ったのである。
「ねえ知ってる?近くの山にさ、神様がいるんだよ。」
 ぎらりと輝くその「神」の角は、まるで罪人を貫く矢のようだった。
 ――神様にバレたら、私たち、ころされるかな?
 楽しんでいるのを抑えられない口元を覆いながら、「ひとごろし」のいとおしい「彼女」へ、電話のむこうから投げかけただけ。
「私が殺されたら、しろちゃん、ひとりぼっちだね。」
 そのほうが面白いと思って。



 蠢く「できそこない」の獣たちは唸りながら彼女に平伏していた。
 首を垂れて、歩く少女の道を開ける。少女の他に人はいない――UDC組織が事前に人を払っておいたのだろう。その場に至るのは猟兵たちと獣と、「神様」のようにある彼女だけである。小西・朱音はちっとも獣たちに怯えた様子もなく、時折興味深そうにつぎはぎの頭を撫でてやっては機嫌の良い足取りでバイト先の喫茶店に歩いて行こうとするのだ。
 ――狂っているようには見えないだろう。
 当たり前のようにそれを「受け入れて」いるのだ。非日常を楽しんでいるといっていい。それでも面白おかしく囃立てるわけでなく、慈しむ女神のように「小西・朱音」は歩いている。
猟兵たちの姿を見て愛想よく笑う姿はあまりに自然すぎたのだろう。ゆるく会釈をして、「こんにちは」なんて言ってしまうのだ。
「噂、聞きに来てくれたんでしょう? 」
 ――話しかけた猟兵に、獰猛な配下たちが牙を剥くだろう。まるで女王を守る兵士のように。神を守る信徒のように喜んで崩壊しかかった体でとびかかっていく。

 静止した都会の一角にて、彼女は――たしかに、神のようだっただろうか。

***

 プレイング募集は1月12日 8:30〜 1月15日 22:00 までとなっております。
 「小西・朱音」との対話が可能ですが、どのような内容を話されるのかはお任せします。
 「こんなところでなにをしているの」「危ないよ」程度でも構いません。彼女はどうあっても猟兵たちの意図を無視して「かみさま」にまつわる噂を吹聴していくようです。
 皆さまの素敵なプレイングを楽しみにお待ちしております。
プアゾン・フィエブル
◎△
こんにちは、お嬢さん。
(本当はちょっぴり聞いてみたいけれど)
(だめ、だめですよう、ワタシ)
好奇心は大切だけど、猫を殺しちゃいますかもねぇ。
ああ、けど、惹かれるままに生きるように見えるアナタは、
それでもいいんでしょう。
猟兵としては止めますが、いけないものに惹かれてしまう気持ちも、
ちょっとだけ、わかっちゃいますねえ。

獣は危ないので【エレクトロレギオン】をけしかけましょう。
己から零れた生体ウィルスを、機械兵器に毒使いで付与し、
獣達と戦わせ、負傷と病熱を負わせる。
アナタの噂ほどじゃないけれど、
ワタシのこれも、感染性はある。

(噂を聞いてしまったら)
(溜息の裏で、こっそりと、嬉し気に微笑む)




 プアゾン・フィエブル(Lollita bug.・f13549)は、仮想の皮をかぶった電子の悪魔が集合体である。
 とはいえ、開いたものをいたぶるだけで今やちゃんと他者の害とならないよう仕事外ではワクチンソフトと抑制薬を服用した「健全的」なバーチャルキャラクターだ。その身を電子の海に置くのが常であった頃の習慣でもあるが、彼女、――彼自身は「話」を求めて電子の海を散歩するのが好きである。
 しかし、年々はがれていく美しいテクスチャから病毒がこぼれないよう、慎重に今はビルが茂る森を歩いていた。
 ――目の前には、待っていましたよと言いたげな少女がいる。それは、プアゾンも同じであった。
「こんにちは、お嬢さん。」
 ゆるく笑んで見せる。
 美しいことがあたりまえの輪郭がそうしたのなら、鏡の様に小西・朱音も同じように笑うのだ。
「こんにちは、――私は、あなたたちのことをあまり知らないんだけど、秘密警察みたいな感じかな。」
「いいえ、でもその認識で構いませんよ。」
 ――本当は、ちょっぴり聞いてみたいけれど。
 根掘り葉掘りその細胞ひとつにだって検索をかけて破壊してしまえば話は早そうなのに、人間とはプログラム通りにいかないのだ。
 破壊して再構築することができない。「いのち」というものの不可解さは彼がその薬指の重さを以て知っていることであろう。好奇心で猫を殺すのはたやすいが、生かすのは難しいのだ。まして、電子の世界ではないからここに「彼女」を現わす数式も存在しない。
 プアゾンは、【エレクトロレギオン】で立ち向かってくる獣たちの喉を封じる。
 差し伸べた手をきっかけに起きた熱病と異変にもんどりうつそれらを視線でゆっくり追って、――「噂」の持ち主は再び、プアゾンを見た。
「素敵ね。」
「ありがとうございます。」
「――嬉しそう。誰かに与えてもらったものかな? 」
 焦茶色の人差し指は、ぴくりと正直に肯定したのだ。
「好きな人?薬指、指輪がついてるよ。」
 目立つね、と笑む少女である。
 プアゾンの笑みはやはり崩れはしない。それどころか、その洞察力を「おもしろい」と思ってしまう。生態を破壊して分解することが許されないのをもどかしく思ってしまうのを隠すようにテクスチャのほころびを気にして腕を下ろした。
「好奇心は大切だけど、猫を殺しちゃいますかもねぇ。」
「殺したほうが面白いこともあるよ。」
 ――違和感がある。
 普通の人間は、やはりプアゾンのこの能力も、今のいでたちにも、世界の恩恵があるとはいえ怪訝に思うものではないだろうか。
 まして、この彼女はこの怪異すら。もんどりうつ獣たちが苦悶を浮かべるのを愛おしく想えてしょうがないのか、優しく熱する頭を撫ぜてやったりしている。でもその瞳に動揺もなければ、悲哀の色もないのだ。
「――そうでしょう。アナタは、それでもいいんでしょう。」
 しゃがみこんだ時に恭しく白いトレンチコートをたくしている指は恐ろしいほど白いのに。
 振る舞いがあまりにも「人間」でありすぎて、プアゾンの元から狂わされた計算式にはクエスチョンが浮かび上がっていく。クエスチョンの数ほどプログラムが増えて、計算式が始まって、どこまでもどこまでも考えることが楽しくてしょうがない。一見意味も分からないネットスラングの発祥を探しているうちに、そのページを眺めていたら色んな記事を目にして転々とページを超えていくあの感覚によく似ている気がしたのだ。
 ――電子の海も、現実の「人間」もそれほど変わらない。
「あなたもでしょう? 」
「はは、答えにくいですねぇ。」
「体裁的に? 」
「――まぁ、そんなところです。」
 桃色の髪が、冷たい空気にさらされても固まらない。
 乾燥した冬の空気に巻かれて、やや茶色の入って整えられた朱音の髪はすこしぱりぱりとし始めている頃であった。
「めんどくさいよね、体裁って。」
「めんどくさいから、大事なことなんじゃないでしょうか。」
 聞き出すために、プアゾンは肯定も否定もしなかった。
 内心、テクスチャに隠れた核はもう、暴れ狂っているのではなかろうか。知りたいのだ、――そういうつくりをしている。見たことのない「思考」というプログラムを知らねばならぬ。少女のテクスチャを与えられながら、許されない「恋」を知っているエラーと同じように。
「ねえ、私も好きな人がいるよ。」
「へえ? 」
 ――もっと聞かせて、とは言わなかった。
「その子はねぇ、しろちゃんっていうんだけど。しろちゃん、――神様になっちゃうんだって。」
 勝手に「朱音」が話す分には、プアゾンに責任が何もないからだ。
 話したくてしょうがない様子でもない。朱音は、プアゾンの好奇心を満たしてやろうと唇を動かしている。それがわかるから、プアゾンもまた――静かに聞いていた。呻く獣たちは、もはや蚊の鳴くような音しか出せていない。
「それは、それは。大層ですねぇ。」
「うん。でも、――面白いと思わない? 」
「『神様』になったら、恋愛どころではないのではありませんか? 」
 朱音は、プアゾンを見つめる双眸をやんわりゆがめてみせる。

「そういうの、好きなくせに。」

 プアゾンのことを知っているのではない。
 朱音の物言いは、「コールドリーディング」だ。誰にでも当てはまるような言葉で返事をしながら、プアゾンの中身を引き出そうとしている。
 ――知りたいのは、ワタシもアナタも一緒ですか。
 少女がふたり、くすくすと笑い合う。悪性の存在と、善とも悪ともわからぬ二人の会話はどこまでも正体が見えないのだ。
「だからね。それのお手伝いをしてるの。それだけだよ。」
「――面白そうだから? 」
 手をひらりと振って、足を進める朱音の瞳は漆黒であった。
 表情も振る舞いも事前に聞いていた年齢よりは多少幼いように思えてしまうプワゾンである。美しい顔を少しそうっと目を細めて、振り返った表情を見つめた。歩きながら聴取を受けるであろう運命におびえている様子のないその存在にはやはり好奇心だけが先走る。だけれど、追いかけたりはしなかったのだ。踵を返して歩いていくちいさな背中にため息をついて、曇天の空を見上げる。

 きっと、二人とも同じような温度で――笑っていたのだ。

成功 🔵​🔵​🔴​

臥待・夏報
※アドリブ連携歓迎

(わかるなあ、わかるけれども)
(この国の高等教育の内容じゃ、一人で黙って教科書を読んでりゃ数週間で三年分が終わってしまう)
(百点なんて取らない方が難しかった)
(輝くものなんて、ここじゃないどこかにしか無いように思えてもくるもので)

でもね、それじゃ生きてけないんだよ。

……唐突にごめんね。小西・朱音くん、君に会ってみたくてさ。
ああ、怪我なら気にしないで。道中ちょっとだいぶ犬に噛まれた。虎だったかも?
積もる話は特にない。
どうやら今回の件、君を相手に世界の正気を取り繕う必要はなさそうだから――指一本、触れることができればそれでいいんだ。
通りすがりの走馬灯、その洗いざらいを見せてくれ。


昏森・幸恵
――面白そうだから。

それ一つで行動に何ら歯止めのかからなくなる手合いは、良く居るわ。
魔術師。教団の幹部。そういった、競うように深淵へと駆けてゆく連中に比べれば、可愛らしいもの。

だからと言って掛ける言葉があるわけではないけれど。
私はただ、それらが恐ろしいから、見ずにはいられないというだけだもの。

獣にはフック付きロープで牽制しつつ、咎力封じを使用。
動きを封じた後に接近し、ショットガンを撃ち込む。

自分の死や破滅さえ楽しめるのなら、
それが狂気ではなくとも、きっと彼女はどこまでもずれてゆく。

ここに至ってもまだわからないわね。
自分が、彼女を止めたいのか、それとも。
討って良いモノになるのを待っているのか。




 ――好奇心のままに生きた手合いの、暴走具合はよく知っている。
 魔術師。教団の幹部。そういった、競うように深淵へと駆けてゆく連中に比べれば、可愛らしいものであり。
 時代を動かしてきた発明家の偉人たちに比べれば、この少女は中途半端に思えるのだ。
「でもね、それじゃ生きてけないんだよ。」

 昏森・幸恵(人間の探索者・f24777)は、真っ黒の全身を潜めてそのなり行きを見ていた。
 臥待・夏報(終われない夏休み・f15753)が声をかけたからである。もとより、何か声をかけてやろうなんていうのは思っていなかったからちょうどいい機会であった。
 ――純粋に、幸恵にはこの空間が恐ろしい。幸恵は人間である。頭を貫かれたり、心臓を破裂させられたりなんかしたら死んでしまう存在なのだ。だから、慎重にあるべくこの空間を「視て」いる。【咎力封じ】で繰り出したフック付きのロープで夏報にとびかかろうとする獣を縛り上げ、動けないように封じてからとどめの銃声を喰らわせてやる。
 ふう、と絶命を確認してから白い息を長細くして――幸恵の早業に目をぱちぱちとさせる朱音を見た。
 やはり、恐ろしいと思う。
 生き物が死ぬ様を見て悲鳴ひとつあげない。猟兵や幸恵と全く違う「守られるべき場所」で育ってきた人間のそれとは思えないのだ。幸恵はよく知っている。平凡である世界の――そのぬるさも、幸せさも、何もかもを。だから、幸恵はいまや寝るのも恐ろしく、知ってしまったから知り尽くすのをやめられないのだ。「死にたくない」と全身に仕込んだ護身用具がなにより彼女のおそれを雄弁に語る。
 そのいでたちを見つめる少女の漆黒は、おそろしいほどうつくしかった。
 ――明確に、何かがずれている。
「ありがとう。」
 夏報の礼には、軽い会釈で返しておいた。また、命の絶命が響く。
 
 実際、夏報は幸恵の恐れるべき――存在である。ただ猟兵というだけで、今はそう在らないだけなのだ。
「――っと、唐突にごめんね。小西・朱音くん、君に会ってみたくてさ。」
「それはうれしいんだけど、ケガしてるよ?痛くないの?」
「痛い、っていうか――まあ、大丈夫。君の犬だか虎だかに噛まれただけだよ。」
 夏報には、この好奇心の存在がこうなってしまった理由もわかってしまうのだ。
 事実、UDCアース日本における教育システムでは朱音を持て余してしまう。良くも悪くもこの国は平等であることを願うのだ。秀ですぎているものにも、欠けすぎているものにも救済というのはなく、「真ん中」を大事にする傾向がある。
 知ることが好きな青少年たちのエネルギーは馬鹿にならない。それこそ、一人で気になった構文を見つければ自分で調べて数週間もかからないうちにまるっと覚えてしまう脳のつくりをしているのだ。現時点のカリキュラムでは――あっという間に、退屈に至る。
 百点を取らないほうが難しいくらい、あえてちょっとケアレスミスをわざとしてみるくらいじゃないと目立ってしまう。学校生活によっては目立つことで不利になることも多い。子供社会は閉鎖的で、異端を見つければいじめたおすのがふつうであった。だから、余計――今回の「噂型UDC」の良さというのがわかってしまう。
 小西・朱音には何の非もないのである。
 見たものを見たように言っているだけ。知ったことを知ったままに言っているだけ。
 ――夏報が見た限り、彼女は人間だ。「人間すぎる人間だ」とわかってしまう。

「そっか。でもたぶん、あなた、人間じゃないんだね。」

 ――痛みにもんどりうってやろうか、とも思う。
 だけれど、もう「遅い」とも夏報は悟っていた。
「失礼だなぁ。どこからどうみても人間だよ。夏報さんをなんだと思ってるんだ。」
「じゃあ、そういうことにしとくよ。」
 痛みがないわけではない。
 それよりも、見抜かれていることのほうが痛い。――「おかしい」と幸恵が悟ったのと同じように、朱音もまた夏報の「おかしい」を悟っている。第六感が鋭いのではなく、この少女は純粋に頭の回転が速すぎるのだろうとも思わされた。
 冷たい空気を吸う。朱音の香水だろうか、ささやかな柑橘の匂いすらうっとうしい。夏報の肺が軋んで血液っぽい味が喉に広がった。ぼたぼたと腕から垂れる血液も、かじられた太ももも、隠しもしないで立っている夏報の瞳の奥を「受け入れている」この朱音を――理解できない幸恵である。
 幸恵は対面したところで、何もわからないのだ。
 ――この少女は、何になりたいのだろう。
 己は、何をしたいのだろう。引き金を引く手はようやくとまって、あたりの均衡と緊張を守っている。夏報に目配せをする唇が、緊張で少し白いだろうか。
 夏報も――藍色の瞳をちらり、返して。
「朱音くん。君を相手に、さ。あまり話す気はないよ。」
「ええ?それじゃあ、――楽しくないよ。」
「仕事だから、楽しいとかはどうでもいいよ。大人の世界ってそうなの。さっき言ったろ?それだけじゃ生きていけない。」
「やりがいがなくない?ワーホリなんだね。」
 ああもう。
 ああいえばこういう。煙にまかれたような感覚になる前に、夏報は傷ついていない右腕を伸ばして、朱音の左手に触れようとした。

「指一本、触れることができればそれでいいんだ。」
「ロマンチックだね。」
「――そうかなぁ。」
  フラッシュバック・モンタージュ
 【通りすがりの走馬灯】を、受け入れた。
 ば、と夏報の身体が「ほどける」のを幸恵も朱音も見る。四十九枚の写真になるその姿は――おそろしくも、圧巻と言わざるを得ないのだ。
「ロマンチックだよ。やっぱり。」
 ――夏報は応えない。
 代わりに、幸恵がその「中身」を見ていたのだ。この手段をとるのには、「おそろしいもの」を知っている彼女が適任であろうと夏報も思っている。
「これは、――。」

 写真に浮かび上がるのは、朱音もいるが「別の少女」のほうが圧倒的に多い。
 ありきたりな写真の群れのように見えるのだ。友達と遊んでいる年相応の女子高生の様に見える。だけれど、――明らかに、雰囲気がおかしい。朱音のほうではない、友にいる少女のほうだ。
 「おそろしい」ものを知っている幸恵だから、その一枚を探し当ててしまうのは簡単なことである。
 月の下、二人で向かい合っている――いいや、誓い合っているような一枚があった。

「しろちゃん、かわいいでしょ。」

 暴かれたことに、不快すら感じていないようである。
 朱音の笑み。その音すら気持ち悪くて開ききった瞳孔を隠せなかった幸恵なのだ。
「しろちゃんのことがすきなの。しろちゃん、――いつでも怖がってるから、教えてあげたんだよ。月の下だったら血は真っ黒に見えるから、かみさまにもバレないよって。」
「どういうことなの? 二人で、何をしたの。」
「うーん。私は何もしてないかなぁ。」
 四十九枚の写真の姿から解放されて、夏報が再び地面に足をつけた。
 ――嘘を言っていないのが、いっそ夢であってほしいよ。
 深くため息をついて、幸恵の混乱も動揺も早くぬぐってやるべきだろうとすぐ口を開く。

「君さぁ、ホント、どうしようもないな。」
「そうかなぁ。みんな、そんなものだと思うよ。」
「――ねえ、勝手に話をすすめないで。」
 ええっとね、と夏報が言う前に。
 朱音は二人を置き去りに勝手に歩いて行ってしまう。「もういいよね?」と言いたげに一度振り返ってから、夏報がしぶしぶ頷いて返す。

「『噂』を広めてるのは、好きな人のためなんだろうってこと。まあ、――好きっていっても、彼女のアレはどうみても好奇心だけど。」
「関心が高いから、好き、と?」
「そうそう。まあ、そこが大事なんじゃなくてさ。」

 ――「しろちゃん」を「かみさま」にしたい。 
 歩いていく足取りがまるで帰宅を楽しみにする学生らしいそれであることが終ぞおそろしいままで。幸恵は冷たい空気を静かに飲み込んでしまったのだ。

 

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

スキアファール・イリャルギ
◎△
気になったものは、調べてみたいです

獣は【Ainsel】――"わたし"に任せます

仮に、
私がこの身の"怪奇"を全て曝け出したら
あなたはどう思うんでしょうか
「受け入れ」るんでしょうか
噂を広めるんでしょうか

私は、
"怪奇"を受け入れました
非日常を楽しんでいます
それと同時に"人間"を謳歌しています
退屈は嫌だからやりたいことをやっています

あなたに"似ている"のかはわかりません
いや、
あなたを"羨ましい"と思ってるのかもしれません

あなたは見た目は狂ってるように見えないから
私はどうやっても狂ってるように見られるから
包帯?
これを抜きにしても見られるんですよ

眩しいんですよ、あなたが
あなたがかみさまだから、ですか?




 ――気になったものは調べてみたい。
 それは、「知らない」ものとして当然のことだと信じて疑わないのだ。スキアファール・イリャルギ(抹月批風・f23882)――またの名を、真境名・左右たる影人間はひょろりとした長躯を伸ばしてかの少女と対峙した。
 もはや体も命もまともに保てぬ怪物たちのことは、【Ainsel】が伝線した無機物たちに任せている。どす黒い影となって、それらがスキアファールと似た動きをすればもう、二人の間に邪魔というのはなかったのだ。
「お兄さんは、不思議な人だね。怪我をしているんじゃない、でしょ。」
「――ええ。」
 なるほど、よく見ている。
 己の顔のみが人間で、体を包帯で封じているスキアファールの動きは「そうあるべく」動きとは異なっているのを朱音は観察していた。もし、全身に傷ややけどがあるのならそれなりに動きづらいはずであるから――「そうじゃない」というのがまた、不思議なのであろう。好奇心の瞳がきらきらと揺れていて、スキアファールのやせぎすらしい体は少しこわばった。
「私は、"怪奇"を受け入れました。」
「うん。」
「非日常を楽しんでいます。」
「いいなあ。」
「それと同時に"人間"を謳歌しています。退屈は嫌だからやりたいことをやっています。」
「私も、そうしてるんだけど。まだまだ満たされないよ。」
 ――否定されない。
 スキアファールの弁舌は、身振り手振り激しいものであった。しかし、彼の主観しかまだ並べていないのに朱音はそれを「気持ち悪い」なんて言いもせずに、ただ「いいなあ」とほめるのだ。羨んでいるわけではない小さな体は、スキアファールの胸ほどしかないのにどうしてか、偉大に思えてしまう。
 ――大きく見せるためにせっかく、演じているように言ってみているというのに。
 スキアファールは、「擬態」をするようにしている。己が怪奇であることを忘れてはならない。人間というものを謳歌するために、そのギャップを楽しむために怪奇らしいままであろうとしているのだ。
 なのに、この少女は、それすら「受け入れてしまう」。

「さみしいの? 」
 本当に、聞いてみたかっただけの一言だったのだろう。
 そこには軽蔑もなければ下手な憶測もない。ただ、今のスキアファールを見て思ったことを言っただけのようであった。
 ――もし、仮に、私がこの身の"怪奇"を全て曝け出したらあなたはどう思うんでしょうか。
 白いトレンチコートの下にあたたかそうな、これまた真っ白なセーターを着て、グレージュのパンツと足先のムートンブーツがまた、子供らしい。そう、どうみても朱音は子供である。その動きすらも、子供の本質のままに見えてしまう。
 子供は純粋だ。だから、きっとスキアファールの「怪奇」だって――「そうなのだ」と受け止めてしまうのだろう。
 それがうれしいことなのか、それとも悔しいことなのかはぐるぐると渦巻く彼の心の中でしか答えがない。それでも、帰ってこなかった返事がすべてであろうと朱音は笑う。
「私もね、お兄さん。寂しいとかは思うこと、あるよ。」
 小さな歩幅で歩きながら、それについてくるスキアファールのことを鬱陶しそうにもしない。まるで、自分についてくる影を認めているから意識もしないような立ち振る舞いだったろうか。
「なぜ? あなたは見た目は狂ってるように見えない。私は、どうやっても狂ってるように見られるから。」
 仲間だって、いっぱいいるのでしょうと。
 吐いた青年の声は震えていただろうか。白い息には戦慄が確かに在って、喉から震えた音だったのだろう。
 ビル街には獣のうめきが響くばかりで、此処は確かに非日常ばかりが満ちていて、――彼女のために在る場所の様に思えてならないのである。彼女を「生かしている」神様にだって、虞を抱いていないのだから。
 スキアファールに見つめられて冷えたアスファルトを歩きながら、「うーん」とか言って見せて技と考えるようなジェスチャーを繰り返しているさまは、ふざけているようでそうでないのかもしれない。
「包帯が悪いんじゃない? 」
「これを抜きにしても、見られるんですよ。」
「そっか。さみしいね。」

 また。
 ――スキアファールがそう思っていなくても、そう断じられてしまうのだ。
「あなたに"似ている"のかはわかりません。」
 どうして己の瞳が戦慄いているのかはわからない。
 スキアファールは怪異だ。どうやってもこの朱音よりは強い。その気になればこの場でひねりつぶして殺すことだってできてしまえる存在なのだ。緊張が手のひらに走って、存在しないはずの汗腺からじんわりと熱が漏れたような気がしてしまう。それから、頭の上からまるで冷えた水でもかぶせられたような――そんな感覚があった。

「――あなたを"羨ましい"と思ってるのかもしれません。」
 本当は、黒い包帯なんて体に巻いていなくてもいい。
 だけれど、――そうしないと、怪奇であることを忘れてしまいそうになるのだ。普通の人間というものを謳歌して、人間というものの愛おしさを知って、もろさを知って、苦労を知った。それが楽しくて毎日を非日常から日常に変えていくのが、彼の非日常であり楽しみなのに。
 「にんげん」であるはずのこの少女は、「日常」から「非日常」に行ける。
 片道切符を常に買い続けるスキアファールとは違うのだ。彼女は、往復切符――むしろ定期券といっていいほどに、それを容易く行って見せる。それが、うらやましくてしょうがない。歌しかない、歌にすがるしかないスキアファールとは決定的に、違う。
「眩しいんですよ、あなたが。」
 世界は曇天なのに、朱音がそこにあるだけで網膜を焼かれたような感覚になってしまうのだ。
 こうなりたかった、こうありたかった、――演技を忘れた腕が、ぼんやり垂れて彼の脇を隠してしまう。

「あなたがかみさまだから、ですか? 」
「あは。しろちゃんと同じこと言うね。」

 ああ、やはり。と。
 スキアファールの隈が濃い顔はただただ絶望と納得に満ちただろうか。――この彼女は、孤独ではないのだ。
 満ちている、満たされすぎている二人であるというのにそこが絶対的に違う。
「かみさまじゃないよ。 私はしろちゃんのかみさまってだけ。」

 ――獣の悲鳴に、影の慟哭が混ざって轟いていた。

成功 🔵​🔵​🔴​

オルハ・オランシュ
◎△
アルジャンテ(f00799)と

違う、アルジャンテ
人間に『普通』なんてないんだよ
彼女はあれを受け入れた、それだけのことなの
……
声、掛けてみたい
頼りにさせてもらってもいいかな

朱音さん、でしょ?
噂って単なる与太話ではなさそうだけれど
この気味の悪い奴らと何か関係があることなの?
君には随分と従順みたいだね
――君、きっと手遅れだよ
日常に戻れなくなってもいいの?
何か良からぬものを得てしまったら、
失うものは大きくないに決まってる……!

アルジャンテの言う通り説得なんて無駄なのかもしれない
赤の他人なのにお節介だとも思う
でも、黙ってなんていたくない

聞かせてよ
君をそんなにのめり込ませてしまった、噂のこと


アルジャンテ・レラ
◎/オルハさん(f00497)

偶に人間が解せなくなります。
恐れるのが普通でしょう。狂っていますね……。

わかりました。攻撃は私が担います。
ですが、討ち損ねた個体はご自身で始末してください。
数で劣るこちらは些か分が悪いですからね。

オルハさんが試みる対話を邪魔させないように、彼女に近寄る敵を援護射撃で足止めします。
どうやら不完全のようですね。好都合です。
複数の矢を番え効率よく動きましょう。

いくら耳を傾けどもやはり、小西・朱音という少女の感情は到底理解しかねます。
嫌悪感……いえ、少し違うでしょうか。
この疼くような感覚は何なのでしょう。

オルハさん、話に夢中になりすぎないでください。
説得は恐らく無駄です。




 ――狂っている、と断じた。
 アルジャンテ・レラ(風耀・f00799)はミレナリィ・ドールである。どこの世界にでも存在する「人間」という種族の手によって作り上げられる存在として彼は今を得た。ゆえに、知ることを好み読書をする。彼こそ学ぶ人形で在り、人よりも人であるべきだと目指す誇り高き人形であった。
 だから、目の前にやんわり歩いてきた朱音の振る舞いには到底理解ができない。
 嫌悪感、といえばいいのだろうか――恐怖よりはもう少し余裕のある、首筋からじんわりと焼けそうな痛みともつかぬ特異なそれの正体は、己のフードがうなじにこすれてるからだと判断した。フードを手の甲で払いのけて、ふうと長く息をつく。
「恐れるのが普通でしょう。」
「そうかなぁ。私、普通って言葉あんまり信じていないんだ。」
 この猟兵たちに取り囲まれている環境しかり。彼女に従順な不完全しかり。
 どれもこれもついこの前まで「ふつう」だった人間には到底理解できないはずの超常現象なのだ。まして、邪神と対面すら果たしている。――狂っていれば狂わないという道理は分かる。だけれど、その逆はアルジャンテには理論として組み立てることができないのだ。彼の情報源である本の海における心理のパターンというのがある。物語の数だけ心を知り、ゆえに知った平均を「普通」としているのだ。だから、「普通を信じない」というのもまた共感すらできない。
 怪訝そうにするアルジャンテが言葉を交わす前に――オルハ・オランシュ(六等星・f00497)の手のひらがちぐはぐな紫の前に出た。
「違う、アルジャンテ。――アルジャンテの言ってることは、正しいけれど。そうじゃないんだ。」
 アルジャンテが良くも悪くも「本通り」にしか理解できないことは、オルハならば察することができる。世の中には「ふつう」というものほど信頼できないものがないのもわかってしまうのだ。だからこそ、オルハの静止にはアルジャンテも素直に従った。到底納得のいっていない人形の言っていることは間違いではないという保証を詫びとして、オルハは少女と向き合う。
「人間に『普通』なんてないんだよ。彼女はあれを受け入れた、それだけのことなの。」
「人間だけが、そうだと思う? 」
 こてり、と首を傾げた朱音が「あなたもそうでしょう」と言いたげなのは空気からも理解できる。
 隙間風がオルハの耳をもてあそんでいったのなら、ふるふると耳先が震えてまた在るべく場所にアンテナの如く座りなおすのだ。
「頼りにさせてもらってもいいかな。」
 視線は、アルジャンテを向かない。
 だけれど、――それをとがめる気もなかった。実際、アルジャンテが会話をしたところできっと朱音とは平行線だろうと彼自身も思うのだ。アルジャンテでわからない「こころ」はオルハのほうが理解力が高いのである。
「適材適所、と。わかりました。攻撃は私が担います。」
 うぞり。
 物陰から、地面から、平伏していた獣たちが巨体を低くかがめて唸り声を上げ始めている。
 まるで意見をするものすら許さぬとぎらぎらと輝く視線が語るのならば、アルジャンテもまた、それには矢先で応ずるほかない。
「ですが、討ち損ねた個体はご自身で始末してください。数で劣るこちらは些か分が悪いですからね。」
「うん、――ありがと。」

 出来損ないの個体は、あっけなく【千里眼射ち】の前に溶けては砕けていく。
 それを見送る朱音の視線に動揺は全く無いようで、オルハはまずどう声をかけるか悩んでいた。
「君には随分と従順みたいだね。……朱音さん、でしょ? 」
「うん。そうだよ。――あなたは?」
「……オルハでいいよ。」
 投げかけても、答えをどうにも躱されてしまいそうだ。
 それでも、それが「意地悪」からくるものでないとオルハは朱音の表情を見てそう思う。
「噂って単なる与太話ではなさそうだけれど、この気味の悪い奴らと何か関係があることなの?」
「うーん、まぁね。でも、これは私の噂を聞いた人から増えたってだけらしいし。」
 無関心だ。
 ――ますます、真意が見えない。
 オルハが緊張を隠せないこわばりを顔に浮かべていたのなら、その翡翠にはゆったりと朱音が笑う。
「聞かせてよ。君をそんなにのめり込ませてしまった、噂のこと。」
「オルハさん、――夢中になりすぎないでください。」
 二人の右側からとびかかろうとした獣を、アルジャンテの矢が無慈悲に貫いて黒霧へと変えていく。びしゃんと弾けた赤黒もたちまち無かったように冬の空へ吸い込まれていった。それは、アルジャンテからの声なき忠告であることもわかっているオルハである。
 お人好し、ではあるかもしれない。
 だけれど、否定するのも救うのもまず「知る」ことで至るべきだとオルハなのだ。翠は漆黒をとらえて離さないし、それから逃れる朱音でもないようだった。
「いいよ。」
 びゅう、と風に少女の切りそろえられた茶の髪が揺れて表情を隠す。それでも、声がいっそおそろしいほど喜悦に染まっていたのだ。

「【『真木・実白』は親殺し。人を喰うのが好きなカニバリストで、あの子がずっと転校を繰り変えすのはそこでずっと人を食べてきたから。山に食べきれなかった分を隠してるのを、見ちゃったの】。」

 同時期に予知された依頼に上がった名前だ。
 オルハが耳をひくりとさせたのなら、アルジャンテは冷静にその名を探る。確か、親が新興宗教に熱を上げたのだったか、どうだったか――友人がいるから今の学校での苦にも耐えられているのだとか――友人というのは――。

「みんな、それを信じてるの?」
「だって、別にしろちゃん隠してないから。皆納得しちゃうよ。」
 ――いいや、そんなことより。
 オルハが口の戦慄きを隠せない。二人の関係性は「友人」だと聞いていた。だけれど、今までの猟兵たちが聞き出した流れで言えば「好き」とか「かみさま」だとか、とても健全なそれとは思えない関係が垣間見えている。
「だって、好きな人なんでしょ。」
 理解できないのは、いよいよアルジャンテもオルハも同じだった。
 アルジャンテは友人を餌食にするこの少女の目的が理解できない。いったいそんなことをして何の益があるのかもそこが見えないのだ。それも、だいたい好意的な人間が罪を犯したのならば普通はどんな方法であれ助けてやりたいと思うものではないのか。ますます、人形には獣を殺す道理はわかってもこの少女の奥底が見えてこない。
 オルハは、――好きな人をいじめつくすこの少女の「悪意のなさ」に絶句した。
 もし、オルハが愛するあの漆黒の彼が同じようなことをしてしまったとしても、絶対にオルハはこの少女のようなことはできない。しないのではなくて、できないのだ。それは「愛」ではないとオルハが思ってしまう限りは思いつきもしない。
「好きな人だもん。皆に知ってほしいよ。しろちゃんはねぇ、かわいいんだよ。」
「――君、きっと手遅れだよ。」
 震えた手が、いよいよ細い腕をつかんだ。
 オルハの手のひらは猟兵として戦ってきたのもあって、しかりと女子高生らしい腕をつかんでしまえる。それがまた、オルハを突き動かしたと言っていい。
「日常に戻れなくなってもいいの?何か良からぬものを得てしまったら」
「オルハさん。」
「失うものは大きくないに決まってる!!! 」
「――無駄ですよ。」

 叫んだオルハの肩を握って、朱音から引きはがしたのはアルジャンテだ。
 「どうして」と言いたげな顔に「彼女は何もしていないんです」と人形は返す。――心の動きを無視した冷静な判断が口を動かしていくのだ。
「彼女は、何の罪もない。現時点では、何も。」
 猟兵として、――止められるのは顕現した邪神を止めることばかりだ。
 恐ろしい噂を面白半分で広げていく半端な悪意たちがこのやりとりの間にも増殖していく。いったい何万人が『真木・真白』を特定しようと躍起になっている?その発端が此処にいても、朱音のやったことはただ「話しただけ」でしかないのだ。
「だから、あまり夢中になりすぎないでくださいとお願いしました。」
 オルハとアルジャンテは、見送るしかないのだ。
 歩くのをやめない少女の足取りはひとつも動揺なくあくまで普通らしく進められていく。
「オルハさん。心配してくれたんでしょ。ありがとね。」
 ゆるり、手を振った少女は。
「日常なんて、考えすぎてもう飽きちゃったや。」
 ――それもまた、かわいいねと笑った。 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

式島・コガラス
◎△
……不自然な人間だ。
好奇心とは生きる糧であり、それを追い求める事はおかしくない。
しかし通常、人は好奇心を満たした先にあるものを見ている。成果物か、思い出か。
彼女にはそれが欠けているように感じる。好奇心を満たすことだけを目的に動くもののような。
……目的なき好奇心は罪を生む。程々にしたほうがいいですよ。

繋ぎ合わされし者は、こちらを襲ってくるようなら呪殺狂化弾で撃退します。
攻撃力も耐久性も、この弾との親和性が高い。それらの能力は味方に向けていただきましょう。

……実験体ですか。気分のいいものではないですね。
こういうものも、どこかの誰かの好奇心から生まれたものなのでしょうか……。


アルトリウス・セレスタイト

さて。アレは己もそれ以外も、現状のままであるのが気に入らぬのか
得たものを守りたい――退屈にも繋がる「喪失を拒む」感情は自然な筈なのだが

天楼で捕獲
対象は戦域のオブリビオンとその全行動
原理を編み「迷宮に囚われた」概念で縛る論理の牢獄に閉じ込める
『超克』で汲み上げた魔力を『解放』を通じて注ぎ強度と自壊速度を最大化

出口は自身に設定
辿り着く個体は『討滅』を乗せた打撃で対処


傍に朱音がいて、手が空いていれば尋ねてみる
回答は特に期待まではしないので、俺の勝手な独り言でも良い

何故退屈を厭い
何故拘らぬのか


或いは
何も持っていたくは無いのだろうか




 人間には、好奇心というものが備わっていて当然なのだ。
 式島・コガラス(明日を探す呪いの弾丸・f18713)はそれをよく理解している。
 ――兵士となるべく改造を施された彼女の出自は、この実験体たちと異なるかと言われれば「大儀」があった点ほかならぬだろう。
 勝つために改造を施されたコガラスと、目的もわからぬまま生み出された獣たちの勝敗はあっけなくその一点を穿つ弾によって決まる。
 【呪殺狂化弾】を撃たれた複数が、仲間を襲う。獣同士の悲鳴が響いて犬だか猫だかわからぬ悲痛なそれがややあって、やかましさに赤を細めた。
 気分のいいものではない。コガラスは兵器であれど人間とよく似た脳をしているから、こころだってそうだ。
 喰い合う獣たちは果たして好奇心の犠牲者なのだろうか。ビルで出来た地獄の中でたった一人悠々と歩いて見せる人間の、そのおそろしさをまざまざと見せつけられながら思う。この獣たちは、「彼女」の犠牲者ではないだろうか。
「不自然な人間だ。」
「あなたもね。」
 対面した少女は、コガラスのそれを目の当たりにしても「同じくらい」の年の子としか思えないという。
 生きるために退屈は敵なのだ。ゆえに人間は生まれつき好奇心というものを持ち、生きるために知識を得る能力がある。馬鹿のままでいれば死ぬのが早まる一方で、生きるのに苦労するからだ。それはコガラスにも理屈がわかるし様々な戦場でも「馬鹿ほど早く死んだ」。
 ――だからこそ、この目的のない彼女の終わりが想像できない。
「目的なき好奇心は罪を生む。程々にしたほうがいいですよ。」
「罪になってほしい?」
「いいえ。できれば、余計な手間が少ないといいとは思います。」
「だよね。」
 コガラスの赤が一つ、その少女をとらえて離さない。追いかけることのないコガラスの脚に合わせて同じように止めている少女の脚だ。
「――不自然ですよ。」
「あなたも私もね。」
 天然悪、という言葉はこの女によく当てはまると思うのである。
 無神経というわけではないらしいが、彼女の気ままさには使命を受けて生を授かったコガラスには理解できないものが多い。
 呪われたリボルバーを握り、改造の結果脳の構造は大きく人間と異なったものの、代償に「成長」を失った。それを、「一緒」だというのだからタチの悪い女だと思わされる。
「自覚がある、と? 」
「あなたが銃を握るのと同じように? 」
「質問に質問で返さないでください。」
「尋問みたいだね。」
 ――仕事だから。
 コガラスにとってはどんな任務も間違いなく「仕事」だ。殺すものがわかっていれば殺すし、この少女を止めるべきであれば止めるほかない。たとえ、それは足を穿って手を穿って動けない肉塊にしたとしてもだ。しかし、――それを「許される」状況にない。
 この朱音は、無罪であった。
 冷たい空気が黒い髪の毛を撫でていく。励ますどころか、茶化すようにして赤の視線を遮ろうとするのを顎の動きだけでいなした。
 そのまま視線を向ければ、アルトリウス・セレスタイト(忘却者・f01410)の【天楼】によってつかみ合う獣たちが急速に壊れていく。いっそそれが酷くもありながら健やかな救済のようで――コガラスの幼い輪郭がどこか安堵しただろうか。

 肘で穿つ。
 話しかけようとしたのなら、獣が一匹とびかかるのをたった一撃で空間に教え込んだ。アルトリウスにかなう牙はどこにもないのだと、沈黙とともに教え込む。論理の牢獄はあっという間に彼の「持ち場」ぶんだけ自壊をさせ、獣たちの姿は足跡ひとつ残っていなかった。
「――何故退屈を厭い、何故拘らぬのか。」
「保守的と積極的の違いじゃない? 肉食系、とか草食系、とかいうじゃない。お兄さんは草食系ってだけだよ。」
 アルトリウスは、己の「現状」を守るのが使命である。世界の「外」で生まれた文字通りの超能力者だ。彼こそ幾何学の権化で超常のすべてである。人間の皮をかぶった破壊の胤が今は「そう」在るからこそ、未来の味方となっているのだ。あまりの超常故人の心がわからないからわかろうと繰り返しこうして対話をするほどには、保守的な人物である。
 しかし、――彼がたとえ超常でなくとも、現状をより磨く「喪失を拒む」という行動は人間の誰しもが抱くもののはずなのだ。例えば、写真でその時間をくりぬいてアルバムにしまっていたり、思い入れのあるものを大事に使ったりするのが代表的である。それを、この少女は持っていないように見えている。
「あなたが、リボルバーを握ってるのもね。」
 コガラスの握るそれを指さす。
「別に、リボルバーじゃなくてもいいじゃない? そういうことだよね。」
「使い慣れてるので。」
「視たらわかるよ。でも、私が言いたいのはそうじゃないってこと。」
 ――ああ、なるほど。とアルトリウスは合点がいく。
 この少女は、何にも「愛着」なんてものはないのだ。いいや、自分のことは好きなのだろう。何も考えていないように見えて「何かを考えていてそれを果たそう」としている。アルトリウスではなくてコガラスに注目するのもそうだ。彼女のほうが「知る手がかり」が多い。アルトリウスの「原理」は朱音の理解に及ばぬものだから触れていないのだ。
 そもそも、きっと、――世界というものが好きでないのだろうと思う。
 変わらぬ都会の町並みは、足し算があっても引き算がない。地盤はなにひとつ変わらない。
 日本の法律は、目立った改正も見られない。――何十年も前に作られたのに基盤ひとつとして動かぬ法である。あまりに、それは「創造性」のある青少年のエネルギー前では「古い」のだ。

「何も持っていたくは無い、のか。」

 ――少女が、ここにきて初めて薄ら笑みを浮かべた。

 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

空見・彼方
空白?ああ、いってらっしゃい。…あ、ども、こんにちは。
後ろで空白(人形)が短槍を【怪力】で振るい、敵と戦う(遊ぶ)のを横に
小西さんに挨拶を返す。
(…こういう人はあんま真面目に話しても多分ダメだろうなぁ)
あー、そう、噂。興味あってさ。どうにも詳細が分かんなくて、
君が詳しいって聞いたからさ。
と言って【情報収集】

ある程度話した所で敵の斬撃攻撃を喰らう。
――あ、空白の奴、わざと見逃しやがったな―
『UDC/人間』で新しい俺と入れ替わり、
同時に空白が【念動力】で短槍を敵に【槍投げ】で攻撃
あー……死ぬのは痛いばっかりで微妙だぜ?
それに世の中、思ったよりおかしい事はたくさんある
それは最後に取っといた方が良いよ


マオ・ブロークン
◎△

……死ぬの、は、いやだ……あたしは、手遅れ、かもだけど、
あなたたち、ころすつもり、でしょ……嫌い。とってもきらい。
ツギハギなのも、きらい。あたしの、鏡みたいで、いやだ。
だから、あんたたち、もうこっちに来ないで……
……来ないでよおおッ!!!
【リアライズ・バロック】

……アカネ。なに、それ。いらいらする。すごくいらつくよ。
安全に生きて、生きていられて、笑っていられて!
なんでどうして、死のほうに。わざとむかうの?
そんなの、当てつけよ。宣戦布告。
あなたの心が、どうでも。あたしはそう思う。から、
……ゆるさない。妬ましい。ずるい。人間なのに。
ゆるさない!!!


塚杜・無焔
◎△
――ああ、好奇心は猫をも殺すとは言うが。
この少女は間違いなく、その『猫』だろう。

継ぎ接ぎとはまぁ『同じ』だが。
揺らぐ程に『弱い』意志に、私は噛み殺される程では無い。

……ああ、珍しいか。
眼前の私が、死んだままに意志持ち歩む私が。
それは単に刺激を求め続けているだけだろうが、
刺激ばかりではそれが『退屈』に変わりうるのだ。
『退屈』で良いと言う者の大概は、
『なにもない』方がいいからだ。

それでも、ただ一つ、言えることは有る。
「――殺されるという『刺激』は、
 お前の思う以上に『つまらない』ぞ」




「空白? 」
 男は、ぼんやりと曇天を見る。
 白い輪郭のそれは、空見・彼方(デッドエンドリバイバル・f13603)にしか姿がよく見えはしない。だけれど、人形の姿を得た今はそっくり彼方の姿を得てやわりと笑んでいた。手にした獲物が物騒であることを除けば、双子のきょうだいが交わす何気ない日常であっただろうか。
「ああ、いってらっしゃい。」
 ――送り出す手は、やはりそれと変わらなかったのだけれど。
 ビル街に吸い込まれていく人形は、どこかうきうきとしながらも容赦なく「遊び」という暴力を繰り出して獣を穿っていく。貫かれるたびにとどろく絶叫がいっそ哀れでありながら、その結末を見送るまでもなかったのだ。彼方は、「お目当て」に遭遇する。
「ども、こんにちは。」
「こんにちは。」
 ――空白についてのツッコミはなし、ね。
 実際、もう「邪神」というとんでもないものを見てしまっているのだ。今更精巧に作られた人形が女性の姿をして突撃していく程度、何とも思っていないのだろうと頭を掻く。それに、おそらく真面目に話をしたところで「それも躱されてしまうのだろう」と思わざるを得なかった。なにせ、肝が据わり過ぎているどころか「それすらも楽しんでいる」ようなのだ。
 どう声をかけたものか、と警戒しながらも思案する彼方には、朱音のほうから「噂のこと? 」と繰り出される。「ああ、そう。それ。」と思い出したように手のひらの上に拳を乗せる所作は嘘でない。
「噂。興味あってさ。どうにも詳細が分かんなくて、君が詳しいって聞いたからさ。」
 あはは、と笑んで見せてどこか申し訳なさそうな眉があった。
 彼方の質問は端的だ。必要以上の情報を相手から引き出さないし「与えない」つもりで口を動かしている。
「君は、知られたくない人?」
「――え、ええ?いやぁ、くまなく君のこと聞いてもなぁ。」
 彼方のことを「お姉さん」とも呼ばず、「お兄さんとも」呼ばない。「あなた」とも言わなかった。
 年下の男だと見抜いている観察眼は、警戒した通りのものである。決して15歳の日本人男性としては身長は高くないものの、女性として見られた場合なら「やや高い」部類に入る背丈をしている。髪の毛もセミロングで、中性的な顔をしているからいろいろと彼方は「不明」のはずなのだ。しかし、それを見抜いている。おそらく、骨格のせいだろう。骨盤の広さ、肩幅、顎――何気ない会話を交わしながらこの少女が見ているところは常に別だというのだ。
「俺のこと、見せてあげたよ。だから、交代してくれてもいいんじゃないかな。」
 ならば、その『代金』はもらわないと。
 彼方がそういったなら、「へえ」と関心をより彼に寄せる。物理的に距離が縮まって何とも言えない威圧を彼方は同じくらいの視線から受けた。
「わかっちゃった? 」
「わかるさ。――君、『引き出した分だけ』しか話してないよな。」

 猟兵が『問う』ならば。
 ――朱音もまた『問う』のは、そういうことだ。くつくつと笑っている少女の底が知れぬ。だけれど、その行動原理はよくわかった。彼女はこの場にいる猟兵たちを「知ろうとしている」。それは、個人を特定するものを欲しがっているのではないのだろうと。
 雲の流れは発達した低気圧が海上にあるとかで、少し早い。

 死ぬのは、いやだ。
 マオ・ブロークン(涙の海に沈む・f24917)の心はひび割れて、体はすでに「死んだ」まま。冷たい都会の空気も相まって余計にセンチメンタルになってしまう。まして、彼女に襲い掛かるのは半分死に体の不完全どもである。牙をむき、唸り、爪を引き出すその所作のすべてに怯えがなくてなんだというのか! だって、マオは確かに――生きていたから、死ぬのが怖いのだ。
「あなたたち、ころすつもり、でしょ……嫌い。とってもきらい。」
 己の体を抱くようにして、腕を握る。つぎはぎの体はどこもかしこも「死んだ証」だった。夢見がちな乙女が行き着く果ては死んだように眠るか、死んだまま生かされる未来のみである。それを突き付けられるようなその跡が、いたるところに今は肉壁として存在していた。
 辱められているようで――。
「いや、だ。」
 蚊の鳴くような声だった。
「ツギハギなのも、きらい。あたしの、鏡みたいで――。」
 どれもこれも、鏡の様に見えてしまう。この彼らだって呻きに耳を傾けてみれば、「もう死ぬ」のだ。死ぬから、足掻くのだと嘆く獣たちなのである。追想する。想起する。緊張してもなお高鳴らぬ胸の鼓動が突き付けられる。
「もうこっちに来ないでッ、――!」
ほかの猟兵の戦いぶりを見ていればわかる、一撃体に食らっただけでぱぁんと爆ぜてばらばらに散るところなんて、想像もしたくないマオの「死」だったのだから!

「――ッ、 来 な い で よ お お ッ ! ! ! 」  

 好奇心は猫をも殺すとはよく言ったものだが、間違いなくその猫が「朱音」だろうと思うのだ。
 塚杜・無焔(無縁塚の守り人・f24583)は子供らを守る大木のようであった経験のある死体である。
 絶叫とともにマオが獣を【リアライズ・バロック】の餌食にしていくのを、精神の崩壊を見せつけられているようで【空を裂く赫雷】により空気に漂う赤が援護する。マオにかかる負担は少ないほうがよかろう、との計らいでもあったのだ。
 ――冬は死体を腐らせるのは遅いが、心を傷ませるのは早い。
 特に、やはり死体といえど「死ぬ」ということを経験した彼らである。死んでもなお苦しまざるを得ない「死にづらさ」というのは彼もよくわかっていた。衝動を殺すことは無焔にとっては慣れたものであるが、マオはそうでない。
「なに、なにっ、ねえ、っ、頼んでないッ!」
「ああ、そうだろうな。私もそう思う。」
 しかし、身を「二度も」亡ぼすのは――よろしくない。
 ずん、と歩いてくる無焔を見る朱音は、さぞ嬉しそうであった。彼方とそれを見ながら「わあ」だなんてのんきな声を上げている。
「――アカネ。なに、それ。いらいらする。すごくいらつくよ。」
 無焔が盾になるようにして巨躯を歩ませるのだから、必然的にマオは後ろから歩くことになる。ふらふらとした足取りとともに、涙にぬれる怒りの少女は頭を掻きむしっていた。
「安全に生きて、生きていられて、笑っていられて――! 」
 平々凡々だからこそ、「非日常」を求めている。
 それがマオにはもう「届かない」ものだというのに、朱音は嬉しそうに「届かない」ものを離そうとしているようにしか見えないのだ。
 一つも朱音が「そう」言ってはいないのに、断じてしまうマオは直観で理解していたのだ。マオの言葉を聞いて、彼方も朱音を見る。

「その、さ。……死ぬ気、なの? 」
「うん。」
 けろっと、答えてみせる。
「死ぬのって悪くないと思って。」
「そんなの、当てつけよ。宣戦布告。」金切り声にも似たそれで、マオが目を戦慄かせる。
「そうだろうね。ごめんね。でもさ、――死ぬ権利って、あると思うんだよね。」
 腕を広げた。
 少女の腕は影を作る。雲に隠れた太陽は彼女の影をさほど大きくはないけれど伸ばして十字架を与えた。
「単に刺激を求め続けているだけだろうが、刺激ばかりではそれが『退屈』に変わりうる。お前は、――退屈のままだぞ。」
 唸る無焔は幾人もの子供たちを見てきた存在であった。少女は頭の機転がよく、考えが働くのもよくわかるのだ。日々退屈で、世の中のたいていのことは知ったつもりであろうし実際「そう」なのだろう。大体気になったものには手を出してきたから酸いも甘いも嗅ぎ分け切ってしまった顔をしていた。「子ども」なのに五感すべては「おとな」なのだ。
 ――『退屈』であるのが嫌だから、『なにもない』のが許せない。
 死んでもなお動き続ける己らの存在は、朱音にとっては地獄の体現だろうと思ったのだ。死んだところで、もし「未来」に救われでもしたらこの少女は根本から変わらない限りずうっと退屈の檻に入れられる。そのほうが、世界のためではあるかもしれないが彼女に言ってやれることはまた別だとした。金色の獅子が如くの険しい顔で唸った死体である。
「――殺されるという『刺激』は、お前の思う以上に『つまらない』ぞ。」
「ゆるさない。妬ましい。ずるい。人間なのに。ゆるさない!!! 」
 とびかかろうとするマオの肩を大きな無焔の手のひらが握ってやる。死体らの「忠告」はそれぞれ心のこもったもので、「死体なのに、すごいね。その辺の人間より人間っぽい。」と朱音を笑顔にしていた。
 彼方には、ちっともわからない。
 話の流れではなく、この少女の最終的な目的が「死」であることだ。噂通りであれば、彼女は「殺される」はずである。
 
 ――【『真木・実白』は親殺し。人を喰うのが好きなカニバリストで、あの子がずっと転校を繰り変えすのはそこでずっと人を食べてきたから。山に食べきれなかった分を隠してるのを、見ちゃったの】。」

 山に死体を隠しているのは『真木・実白』。死体を本当に食べているかどうかはともかくとして、その山に『かみさま』が出るのなら間違いなくささげているということになる。それで、――邪神に生かされている自覚があるのならば、彼女は「助けられる」存在であるはずなのだ。なのに、最終的には「死」を望んでいるという。

「めちゃくちゃだな。矛盾しかないぜ。」
「そう――? あ。」
            ・・・・・・・
 朱音と話す最中に、――彼方は絶命する。
 薄い胸板をぶち破ったのは虎の爪のわりに発達しすぎたそれであった。蜂の遺伝子でも組み込まれているのだろうか、なんてぼんやり考えてから己の「人形」の仕業を悟る。わざと見逃して己にけしかけたに違いないのだ――。
 ひざからくずれ堕ちる彼方を押し倒す獣が、その肉を喰らわんと顎をひらいたのなら後頭部から槍が追撃をかけて、彼方の頭ごと頭蓋を飛び散らせた。
 真っ赤が広がって、マオが死を見てきゃああと哭き――朱音は唐突に起きたそれを見送っている。
「あー……死ぬのは痛いばっかりで微妙だぜ? 今じゃなくてもいいんじゃない? 」
 【UDC/人間】。
 ふんわりと上空から、――土管工ゲームの復活がこんな感じだったっけ、と朱音が思いながら――新たな「彼方」が現れる。
 死んでなお彼は「復活できる」存在だ。貫かれた胸の感覚は生々しく残っていて、ちゃんとふさがっているかどうか確かめながら自分の心臓の上を撫でてやる。服の質感だけがして、ほっとした。
「それに世の中、思ったよりおかしい事はたくさんある。それは最後に取っといた方が良いよ。」
「――みたいだね。でも、思った通りみんな自分から来てくれるでしょ。」

 その一言に、無焔が悟る。
 ひくりと肩が動いて、この少女の脳が地獄だと知らされるのだ。

「私達を観察するのも、――お前には刺激か。」

 香水の匂いからは、死臭ひとつ感じられない。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

冴木・蜜

――彼女と、話がしてみたい
そう思うのです

獣さん達には申し訳ないですが
道を開けて頂きましょう
取り出した医療器具で『介錯』
速く動くなら血の巡りも早くなる
だから苦しむ間もなく終わります

私の身体のことを
彼女は見抜いてしまうでしょうか
せめて人型を崩さぬよう意識します

こんにちは、朱音さん
私は冴木と申します

知らないことを知る
あり得ないことを見る
それに惹かれるのは分かります
私もそうですから

だから、私は貴女の話が聞きたい

純粋すぎる好奇心、知識欲が彼女を形作るものか
やりたいことをやりたいままに
日常から外れても
それでも人間らしくて

……、そう
貴女は人間なんですね

(すこし うらやましいと)
(そう 思ってしまう)


シン・コーエン
好奇心のままに故郷を飛び出して世界を渡り歩いてきた俺としては、朱音ちゃんに偉そうに言う資格はない。

ただ彼女の『熱』については興味が有るので、「かみさまを扱うと自分の家族や周囲に被害が出るかもしれないのに、何でやってみたいと思ったのか?」聞いてみる。

俺みたいに好奇心を抑えきれなくなって行動してしまう性質なのか、自分を抑えるつもりは無いままに行動するタイプなのか、それとも死んで行動できなくなる迄の暇潰し程度の感覚なのか。

彼女の知能で「やりたいからやっただけ」なら、結末を予想した上での行動で、明らかに確信犯なんだろうなあ。

あ、ちなみに戦闘ではUCで襲ってくる『繋ぎ合わされし者たち』を返り討ちにします


桜雨・カイ
◎△
(最初は、朱音の事を遭遇した事件に動揺して混乱していると思っている)

【オーラ防御】で血の懺悔を防ぎつつ人形で攻撃します。
同時に【和の問い】発動落ち着かせて朱音さんに話を聞きます
お願いです、どこでUDCを見掛けたか教えて下さい
このままでは、あなたやあなたの友達の精神エネルギーが奪われてしまいます

?…自分は人形だから、人の思いを理解できていないのかもしれない…それでもいつも以上に分からない気がします

怖くないんですか…?死ぬのが

分からない…答えを返してもらっているのに自分の中で理解できない
なんとか理解したいと問いを繰り返します

では、お友達-しろちゃんという人が死ぬのは?
彼女の事は、大切ですよね?




 これもまた、好奇心だろうか。
 ――冴木・蜜(天賦の薬・f15222)の【介錯】は獣たちの血液の身を壊していく。体内を駆け巡る膨大な水分と栄養素を奪われて、ぼとりと落ちる体はややこわばって寒い空気に乾燥させられていた。もはや肉ともいえぬ塊たちが冷たい地面にたたきつけられていく。
 苦しむ間もなく終わらせてやったのは、蜜なりの慈悲でもあった。獣の心臓はその体に対して小さく早い、その体温は高い。人間よりもずっと早く動き回る筋肉がポンプとなって血液の循環をはやらせるばかりに結末は決まってしまう。大型犬ほど死にやすく小型犬ほど長生きする法則と変わらぬつくりをしていることに、内心ほっとした。
 蜜は、「いじめたい」わけではない。
「こんにちは、朱音さん。」
 口元を覆いながら、ごふごふとせき込んでいる姿はどう映るだろうか。
 手のひらに染みる黒い唾を握る。この所作すら「隠している」と見抜くのだろうとも思っていた。しかし、せめて人型は崩さない。
「こんにちは。――みんな私の名前を知っているのね。」
「私は冴木と申します。ええ、貴女は今回――我々が保護すべき人ですので。」
 『猟兵』であるがゆえに。
 そんなものが本当にあったなんて、と嬉しそうに語る彼女は干し肉を足で軽く突いたりしながら嬉しそうに言うのだ。
 まるで閉じ込められて育ったどこぞのお姫様が俗世の知らぬ文化に触れたような振る舞いである。世間知らず、というわけではないのに世界のあるべき姿を知れた興奮は隠せていないあたりちぐはぐらしい。
「冴木さんは、私に忠告を? 」
「いいえ。――貴女の話を聞きたい。」
「噂のこと? 」
「いいえ。」
 黒油の体は、細かいところまでは作れない。
 爪の端からじんわり黒があふれ出そうになる。この少女にそれを見せてしまうのはどうあったってやりたくないことであった。
 負けたような気がしてしまう。暴かれたような気がする。裏切られたような、そんな――ひとりよがりの想いが頭をぐるぐると駆け巡っていく。紫の薄暗い深みがゆるく首を振って、朱音はまた「そっか」とだけ返した。
「私のこと、聞きたいの? 」
 そういう猟兵は、多いと笑った。
 もはや十名前後から「取り調べ」を受けながら疲弊した様子もない。それは、そうであろうと蜜も思うのだ。彼女のやっていることは「相槌」と「追及」ばかりである。おそらく、蜜らが――彼女自身を聴くには初めての引き金になり得た。
「わからないことは知りたいもんね。」
 蜜に触れていないのに、その頬をなぞられたような気がしてしまう。「あなたもそうでしょう」なんて声が聞こえたとしたら、疲れているのだろうと黒油は思うのだ。

 事実、蜜以外にも「知らない」朱音のことは共感できながらも強く言えない猟兵はいた。
 ――シン・コーエン(灼閃・f13886)は好奇心の赴くまま、今は宇宙を愛しながらも数々の世界を旅する放浪者である。
 もちろん、猟兵としての責務も忘れてはいないがそもそもこの仕事が「自分らしい」がためにはじめたことだ。毎日が彼にとっては学びで在り、人を知るというのに適した恵まれし環境であると理解している。故に、この朱音のことはとがめることができなかった。
「俺も気になるよ。」
 【渦旋光輪】にて生み出された三百十本の光輪がアスファルトを砕き、獣ごと叩き斬っていく。神々しい所業は手品のようでありながら、コーエンは若い顔から好奇心を隠しもしないで朱音の近くまでやってきた。蜜が何度かせき込んでいるのを見て、緊張を悟る。
「かみさまを扱うと自分の家族や周囲に被害が出るかもしれない。なぜ、やりたいと? 」
「あー、家族は許してくれそうじゃない? だって、自分の娘がやったことだよ。」
 コーエンは、好奇心を抑えきれなくなって行動してしまうたちである。
 気になったものはすぐその場で調べたくてしょうがない。今こうして、朱音の前にいるのだってそうだ。彼女のことが気になるから、寒空の下わざわざ足を運んで会いに来た。蒼の瞳でしっかりと彼女を見つめて何を考えているのかを観察している。
 だが――。

「娘が殺されたら親って怒るけど、自分たちが死んで娘が助かるなら、喜んで死ぬでしょ。」
 
 この少女の理論は、どこまでも「事実」でありながら、わがままだ。
 子供らしい理論というのではない。愛想があるからそう見えるだけでどう見ても――「悪意」だ。それも、無自覚でたちの悪いほうだと知る。蜜が眉間のしわを増やしたなら、コーエンは納得した。彼女は、コーエンとは違う。
 自分のことは抑えつつも、己の「目的」のために行動を続ける。そこに至るためにはどんな手段も使い、誰の心も利用し、また踏み茎時に命を犠牲にさせることだって悪いなんて一つも思っていない。神様のことを言いふらすのだって、「だいすきなしろちゃん」が悪人になるのだって、どうでもいいのだと悪魔は少女の皮をかぶって話す。
 ――サイコパスだ。

 桜雨・カイ(人形を操る人形・f05712)は、穏やかで真面目な人形であった。
 人に愛され人を愛したがゆえに顕現したヤドリガミである。人形であったその身に様々な業を背負いながらも、彼はまじめな性格を曲げてはこなかった。穏やかにものを見て、穏やかな世界を守るがゆえに――此度、朱音のことも「動揺している」と思っていたのだ。動揺して混乱しているから強がっているだけではないか、と人間に寄り添うものとして動き始めていた時である。
 【和の問い】――を授けてみたとて、彼女の雰囲気はさほど変わっていないのだ。
 「清音珠」の清廉な音は確かに響いていて、もとから穏やかな朱音の今をさらに穏やかにしているはずである。
「お願いです、どこでUDCを見掛けたか教えて下さい。このままでは、――。」
「いいよ。」
 あっけなく、カイの問いには答えたのだ。コーエンがゆるく首を振った意味もカイにはわからぬ。
「神様なんて、私はどうでもいいから。」
 山の方角はね、なんて言いながらスマートフォンを手にする所作まで緩やかである。その真意もカイはわからない、ただただ動揺が瞳に奔る。蜜もまた、その様を見ながらせめてUDCの場所だけでも知っておこうと口をきゅうっと締めて朱音に寄った。
「どうでも、いいんですか。」
「うん。」
「怖くないんですか、死ぬのが。」
「どうして? 死んだって、あとのことなんてわかんないよ。食べたりするの? 」
 蜜にそれを問うた。
 ――吹き出しそうになった黒を飲み込んで、蜜は首を横に振る。「人肉に興味はある?しろちゃんは好きなんだけど」と次はコーエンに問うて、彼のこめかみに鈍痛を走らせたようだった。問いかけると朱音の答えが四方八方に散って、どうやらうまくまとまらない。
 それでも、カイは己が人形だから想いを理解できないだけかと思ってしまったのだ。どうしよう、と口の中で転がしてから寄り添いたいと人形のまま朱音の手を取る。

「では、――しろちゃんという人のことが死ぬのは?彼女のことは、大切で」
「いいよ。」

 息が、止まる。
 誰の息が止まったのだろうか。果たして、本当に――息なんてしていたのだろうか?

「しろちゃんが死ぬなら、しろちゃんはそこまでしかないんだよ。」

 手を離したのは、カイからだった。
 触れてはいけないものを触れてしまったような気がしたのだ。青い瞳は戦慄いて、己の人形として生まれた想いと人への印象をがらりと狂わされた気になる。からくり人形を扱うことよりも複雑ではないとどこかで思っていたのに、いやな予感がうなじをかけあがっていったような心地がした。
「しろちゃん、が死ぬことも込みか。悪いとかは、思わないんだな。」
「悪いことをしているのはしろちゃんのほうだから。」
「はは、確かに。朱音ちゃんの言うことが正しいなら、――しろちゃんだけが悪いのか。」
 持ちすぎている。
 頭脳をもちすぎていて、実行力にあふれ、若いからこそやってみた恐れしらずの好奇心が今や世界を揺るがす大きな歯車になっていた。
 ――それが、蜜はもう、最初からわかっていたのだ。
 この少女は反社会的である。己の思ったように世界を動かすためならば、その好奇心と若さを生かしてどんどん言葉という獣を振るい世界を操ってしまえるのだ。彼女が発端になったことを猟兵たちが知らなかったなら、今のこの場で数刻でも止めていなかったのなら――いったい、先ほど滅んだ獣たちの数よりも何人の人間が犠牲になったのだろう。
 やりたいことをやりたいがままにやっている。この寒空の下、彼女は猟兵と話をしていても噂を広げていくばかりなのだ。彼女の「言葉」に魅入られた友達、その友達の友達、きょうだい、保護者、保護者の知り合い、真水に油を落としたときのように瞬く間に覆ってしまうあの混沌が如くを成し遂げている。
「――貴女は。」
 たらり、と。
 蜜の唇からこぼれた黒と同じ色をした少女の瞳が、彼を見たのだ。

「人間なんですね。」

 ――うらやましいな、と思ってしまう哀れな黒油に微笑んだのは、確かに音に浮かれた少女だったのだろう。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

鎧坂・灯理
友よ、君がこの依頼に居ないことを願う
優しそうなフリも疲れるんだ、根が悪いんでね

「かみさま」が大嫌いだ

上から目線ならいい、不快で済む お互い様だからな
だが「神」は駄目だ
ヤツは人間の意志を否定し、生きる意味を奪う
私は私の意志で私のために生きている
つがいとの出会いも「運命的」だが「運命」じゃない
私たちは己の意志で選び合った 神の筋書きなどでは断じてない

反吐が出るのさ
貴様みたいな「キャリアー」は

目覚めろ、カルラ この凍える怒りを食らい、ガキ以外を焼き尽くせ
私は念力で『金烏』を踊らせ、生きた「ぬいぐるみ」共をバラす
話せよクソガキ その後で楽しく生き生きと殺してやる


宇冠・龍
由(f01211)と参加
※人数多い場合不採用でも構いません

欲求は誰しもあるもの。何かを共有したいと思うのは業ですらない
けれどそれが傷つけ未来を奪うのなら対処しなければ

感染型UDC……取り合ず噂を収束させれば事態は治まるのかしら?
一番手早いのは、より強烈な出来事で小西さんの噂をより強烈な別の噂で書き換えること
「先程の噂、私にも聞かせてくれませんか?」と小西さんへ近づいて一人にさせないように
UDCが発生したら即対処

【画竜点睛】で無数の怨霊の腕を召喚
床から壁からどこまでも這い伸びゆくそれらで敵を拘束、呪詛で精神力を吸い取り力を奪っていきます
(精神エネルギーが糧なら発生源の方の心も危険かもしれません)


宇冠・由
お母様(f00173)と参加
※人数多い場合不採用でも構いません

感染型UDCに予防接種は利くのでしょうか?
現場解決も対処が必要ですが、この状況下で最も防がなくてはならないのが、SNSを通じた二次感染とパンデミック

(あまりお嬢様らしくありませんけれど……!)
【七草仏ノ座】で30Mの大鬼に変身
獣のような慟哭をあげて、その存在感とでUDCや感染者の方々の注目を私にずらして、噂や被害が広まるのを可能な限り遅らせます

UDCは速く動くものに追尾するので
炎のオーラを複数射出、一般人の視線を避けつつ高速で動かしそれをUDCの餌に
食らいついても地獄の炎で身を焦がすだけ
噂も被害も最小限に抑えましょう


霧島・クロト
◎△
なんつーか、ほっといても死にそうな以上は、
『助ける』しか無いんだが――

正直、猟兵が『そういう仕事であるから』
以上の理由を見出したくねェ。
助ける理由なんてなんでもいい筈の仕事だろうが、
『小西・朱音』(こいつ)に限っては、そういう存在だ。

だからといって、間違っても手出しはさせねぇよ。
俺の速度はお前らのような『継ぎ接ぎ』じゃねぇからな。

必死に、普通の人間の真似をして、
『今』を手に入れた俺にだって分かる事が有る――

……こいつは、普通に生きている癖に、
『受け入れ過ぎて』いて、『気味が悪い』。

きっと、それ故に、取り返しの付かない事になるんだろうなァ。
それは、誰もきっと『止められはしない』ヤツだともよ。




 少女が蜘蛛のまねごとをするというのならば、同じような手段で返すべきだろうとした。
「感染型UDCである以上、――こちらの対抗策としては、先ほどのような手段が一番かとは存じますが。」
「ああ、構わん。そうしてしまったほうがいい。私一人で情報を全部消すほうが時間もかかるのでね。」
 優しそうなフリは疲れるのが鎧坂・灯理(不死鳥・f14037)である。
 かの「かみさまめいた」少女はこちらの事情などお構いなしに人の悪意を使って噂を広めていくのだという。
 それの面倒さったらなかったのだ。なにせ、灯理はあくまで「クリーン」でありながらでないと此度は動けない。依頼に参加する猟兵の数はおろか、影響力を受けた人間が膨大すぎるのだ。ネットには、キャッシュというものがある。画像を登録すれば永遠データが残ってしまうのと同じ理屈で、一度書き込んだものの完全抹消というのはほぼほぼ不可能に近い。電脳に通ずる灯理といえど、さすがにその作業は骨折り損もいいところだったのだ。だから、小西・朱音のSNSがいわゆる「鍵アカウント」だったところで――早々に破棄した。
 灯理が「確実でありながら手間を捨てた」時に、偶然にも同じ方法をとろうとしてたのが宇冠・龍(過去に生きる未亡人・f00173)と宇冠・由(宙に浮く焔盾・f01211)の親子である。
 電脳に聡くはないゆえに、親子の考えられるものは「対話」からの防衛ではなく、「対抗策」であった。現場慣れている――といっていいほどに、二人の考えは冷静で客観的である。
「感染型UDCに予防接種は利くのでしょうか?」
 ヒーローマスクたる由のもごもごとした声に、灯理が首を振る。
「有効であったとしてもこちらが撒くのに時間がかかるだろうなァ。人の口に戸は立てられぬ、というし。」
 いやはや、面倒だよ。と笑うものの――参った、とは言わないのだ。
 なるほど彼女が件の、と龍が興味深そうに瞬きを繰り返して、嫋やかに「それでは、やはり収束させるほかなりませんね。」と笑う。

 一番手早いのは、より強烈な出来事で小西・朱音の噂をより強烈な別の噂で書き換えること。

 さて、いったいどれほどの時間を猟兵たちと消費してしまっただろうか。
 朱音の頬を冷たい風は通り過ぎていくが、相変わらずその体に余裕はあるままである。疲れているどころかどこかイキイキとしているさまがまた、獣たちに畏怖を与えているのだろう。彼女のために消えていくつぎはぎを、霧島・クロト(機巧魔術の凍滅機人・f02330)は凍らせてやった。命を有効に使えた満足で、獣たちの心が救われればいいのだが。
 【氷戒装法『神速の貪狼』】。
 氷の波動で朱音を守りながら、その身を凍らせてやることもなく獣たちを引きはがしていく。
 もはやどっちを救っているのやら――わからないが、この「ひと」の形をした災害のような少女に間違ってもクロトが私刑を与えるわけにもいかなかった。間違いなく放っておいても死にそうなのに、この「芽」が一番摘んだほうがいいことなのは分かっている。
 冷静ながら心まで冷えてはいない鉄の狼は、時折己の速度には追い付かないが「どこに着くか」は見送れている少女の視線につかまっていた。
「『気味が悪い』なァ、おい。」
 ずうっと、それを今まで隠していたのだろうと思う。
 猟兵である以上、「小西・朱音」は救わざるを得ない。見事この少女は無意識で「穴」を見つけて潜り込んでしまったのだ。
 たとえ悪意があって、邪神にたいして嫌悪感を抱かず、猟兵たちにも害意がないとはいえ今や、巨悪よろしくまき散らす歩く災いである。同情する余地もあるかと、狼はまた獣を凍らせてやった。
 ――助ける理由なんてなんでもいい筈の仕事だろうが、猟兵が『そういう仕事であるから』以上の理由を見出したくねェ。
 普通の人間の真似をしてきたクロトだからこそ、彼女の今までの「もどかしさ」というのはわかる。ずっとこの本性を隠して生きてきたのだろう。もう少し耐えることができたのなら、さぞ世界のためになったやもしれない頭脳と衝動がこうして厄介者になると面倒になった。
 はあ、とため息をつけばクロトの稼働音とともに背中から白い煙を捕捉排出させてクールダウンに至る。
「あれ。」
「どしたァ。」
「――おっかしいな。」
 人間らしい顔をするのだ、と思う。
 狼は初めて「かみさま」のような人間が動揺したのを見た。口元の笑みは相変わらずだが、「意外だ」と揺らいだ瞳は色が先ほどとは異なっているような気がする。手元のスマートフォンが繰り出す照明のせいかもしれないが、狼は初めて心を見た気がしたのだ。
「しろちゃんのことが、薄れちゃってる。」

 この状況下で最も防がなくてはならないのが、SNSを通じた二次感染とパンデミックである。
 SNSについてはもはや個人特定の域までやってきていて、薄暗いいじめっ子である「しろちゃん」のことは面白おかしくネット記事にまでされはじめていた。情報の数の前では司法も無力になり下がるのだなと思わされる龍である。灯理が提示した「現状」にため息をひとつして、娘の様子を見たのだ。
 ――娘である由といえば。
「ウ、ォオオオオオオオオ、オオオオ、オオオオオオオオオオ―――――――ンンン……――――。」
 龍の真上で、焔の化身となって吠えている。
 【七草仏ノ座】は由の体を大きくするユーベルコードだ。代わりに、自信の動きが見破られやすくなるのがデメリットではあるが、今この状況ではよいものに他ない。SNS――おもしろおかしいものを見たのだとか、災害注意報だとか、大火事だとかで由のことがネットワークに駆け巡っていく。「超常」らしい姿になった焔の令嬢は「お嬢様らしくありませんけど」とは言ったものの率先して前へ出てくれたのである。龍としても、灯理としても好都合であった。
 人に対する脅威は、由にない。そのことが分かれば話題性は「緊急」を弱らせてしまうがこれ以上の拡大は遅らせることができるだろう、と考えてのことである。とびかかる出来損ないたちなどは握りつぶして、見せつけるようにして砕いた。
 ――こういうのに釣られてしまう大衆心理が、いけないとは思うのですが。
 己をカメラに収めようとフラッシュを焚く不躾な箱をひと睨みして、持ち主を緊張でいっぱいにしてから――また、焔の怪物として由はひとのために戦いを続ける。

「こんにちは、小西さん。」
 ――焦っていますね、とは言わなかった。
 【画竜点睛】で朱音の従者たちをしばりあげていく。無数の腕たちは精神力を吸い取り、たちまち獣を肉だけの生き物へと変えた。
 あごから舌を垂らしてくたびれるそれらに、朱音も興味はなさそうである。細い身体に、龍のほうが驚いたくらいだった。今風の女の子という印象が正しい。――もっと根暗だと思っていたのだ。邪神に共鳴してなお精神力が削られていないくらいである。
「すごい火災ですね。いいんですか?」
「ヒーローが建物を壊しちまうのと同じことだよ。」
 承知の上でやってるんだと、とクロトが朱音のそばで教えてやる。
「へえ、でも――駄目ですよ。私に手を出したら。」
 朱音に触れようとした怨霊の手は止まる。龍が片眉を上げて、理由に触れようとした。
「私は、嘘をついたこともなければ人を殺したこともない、普通の人間なので。」
 ――猟兵は、法律ではない。
 世界を守る機構であれど、彼らは私的に人を殺していい環境にはいない。まして、このUDCアースにおいては彼らもまた守られる存在らと馴染んでいる。UDC組織があるからこそこの世界での活躍が保証されているのであって、本来は知られざるべき事態だ。
「いいんですか? 」
「――こんなおばさんを脅しても、しょうがないとは思うのですが。」
 もっともっと、話したほうがいい人が前にいますよ。と、視線は朱音の後ろに征く。
 曇天の空を焼くのは、由の焔であった。けして人を焼かぬ人を守るための焔が空を舞い、雲に吸い込まれては解けていく。火の粉らが空をいたずらに舞って――ひときわ大きな火球が、女となって地面に降りた。

 鎧坂灯理は、「かみさま」が大嫌いだ。
 上から目線である分には構わない。それならば灯理も上からで喋ってやるだけのことである。しかし、その存在は――灯理にも、人間にも「絶対」だった。人間の意志を否定し、心を時にはいたずらに拒み、ふみにじり、生きる意味を奪って見せてそれを「試練」なんて言ってしまう。
 彼女が愛する人らと出会ったことも「運命的」ではあるが「運命」だと断じられる筋合いもない。――筋書きなのだ、感謝しろなど許さない。
「反吐が出るのさ、貴様みたいな『キャリアー』はなァッ!!! 」

 【解放:カルラ・マグナ】――。
 燃え盛る火鳥の竜がけたたましく叫んだのなら、一面を炎の海にする。龍に精神を喰われた獣も、クロトの凍らせた獣も、すべて燃やして、燃やして――灯理はその中をすさまじい覇気で歩いていた。
 和式のナイフが灯理の思う通りに動き、本能で炎に怯んだつぎはぎ通りに切り刻んでやる。その様はまさに地獄といってよかった。
「とんでもねェの怒らせたなァ、嬢ちゃん。謝っといたほうがいいぜ。」
 火の粉が朱音にかからぬよう、クロトが氷で盾を作るから――彼女の衣服が燃えていないのもある。
「話せよクソガキ、その後で楽しく生き生きと殺してやる。話してみろよ。ええ――?」
「殺しちゃだめですよ。」

 怒りに燃える灯理に、苦笑いで返すのがまた油だ。
 つかみかかろうとした腕を龍が止める。存外早い動きに灯理の紫がぬらりとそちらを見た。
「いけません。」
 ――母親らしい語調である。チィ、と灯理が舌打ちをして炎を消した。それを合図に龍もまた彼女の腕を離す。
「そんなに必死にこなくたって、教えてあげるよ。お姉さんたちもいろいろ教えてくれたし。」
「だァら、上から目線でしゃべるのやめとけってば。」
 クロトが守る手間が増えるだけである。
 ――お構いなしに、朱音はよりによって灯理の手に一枚のカードを当てた。ひったくるようにつかんで、その中身を見る。「喫茶店:おひるどき」と書かれた優し気なクリーム色と、小さな簡略地図がぽつんとあった。

「――あら。」
「こンの――。」
 龍と灯理が察したころには、もう遅い。
 「来た道を歩いていく」少女の足取りはスキップめいていて、また灯理の肩に戻ってきたカルラの焔が激しく赤く染まった。
 どうしたどうした、とクロトが二人が見たそれをのぞき込む。
「何だこれ、喫茶――ここと真反対かよ。」
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ゼイル・パックルード
◎△
正直あんたの言う噂には興味ないんだよねぇ。あんた自身の方がよっぽど面白そうなんだよな。
考える中身自体は違えど考え方は似ている気がしてね、あるいはあんたに対する憧れ……っていうと癪というか大仰だな、ちょっとした羨望ってとこか?
仮に自分の広めた噂が間違っていたときとか、そういう時に自分の中でブレーキをかけたり、感じたことがあるのかとかね。
俺は恥ずかしながらそういうのが、なくはなくてね

っと、あんたの取り巻き邪魔だな
あー具体的には、何かを殺すのが好きでたまらないんけど

とはいえ、どっちにしろアクセルを踏むのをやめられないわけなんだけど
仮にそういうのがよぎったことがあったら、どういう感じか聞きたくてね


ルメリー・マレフィカールム
自分から、危ない噂を広める。その方が、面白いから?
私には、その気持ちは分からない。けど……悲しむ人が出る前に、止めなきゃ。

『死者の瞳』で、オブリビオンの動きを観察。どこに、どんな攻撃が来るか予想して、懐に潜り込むように避ける。
回避と同時に、ナイフで反撃。心臓に深く突き刺して、すぐに離れる。終わったら次のオブリビオンに向かって、同じように斃す。

朱音と話はしない。会話は、少し苦手。
だから、代わりに観察する。彼女が、どんな人なのか。何か、オブリビオンの影響は無いか。
何も分からない、かもしれない。でも、少しでも、事件解決の役に立ちたい。




伊能・龍己
◎△
知りたがりの話したがりなお姉さん……ってだけじゃ、ないんですかね。好奇心や、知りたいって衝動のようなものが、
……なんだろう。呪い、みたいだ

『しろちゃん』……さん?は小西さんのお友達?っすかね
ともだちの、かみさまでありたいんすか?

(ぱち、ぱち。楽しげな小西さんと、彼女のはなす「しろちゃん」の話に、怪訝に瞬きをして)

ツギハギの獣さんたちには、障壁と攻撃を兼ねて逆さ龍さんの《神立》を、〈なぎ払う〉ように〈範囲攻撃〉で使うっす。獣さん達の前を見えなくして(〈目潰し〉)連携に繋げられたらいいっすね


斬崎・霞架


是非とも、その噂話とやらを聞かせて頂きたいですね。
…ですがまずは、躾のなっていない獣に、上下関係を分からせましょうか。
(敵に向かいゆっくりと歩み寄る。【恐怖を与える】事で相手の動きを誘い、近づいて来た動きを【見切り】、【何れ訪れる終焉】を叩き込んでいく)

普通ですね貴女は。…それこそが異常ですが。
聞きたいのは噂話と、その“元”を何処で見たのか。
それが聞ければ良い。

貴女を諫めようとは思っていません。
物事の正否など、誰にもわからないのですから。
…ですが。最も受け入れがたい事、今の道がそれに通じてはいないかと、もう一度よく考える必要はあるかも知れませんね。
(――自分も同じく、とは言わず)




 ルメリー・マレフィカールム(黄泉歩き・f23530)は思案する。
 リビングデッドの少女である。何者かに蘇生されたおさないいきものは、かつての己を失っていた。
 ――しゃべるのは苦手だから、「もと来た道を帰る」朱音には声をかけないままで考えている。表情まで死んだわけではないが、どうやら話すのがうまそうな朱音に向かって口で挑もうとは思っていなかった。
 【死者の瞳】を通して冷たい世界を見ている少女に、朱音もまた話しかけない。しかし、真っ黒な三日月でじいっとみていたのだ。
 白と黒の世界しか見えないルメリーの視界の端にも、映る黒がある。それを振り払うように――獣につかみかかった。
 観察した動き通りに獣が働くのならば、ルメリーのナイフは想定した通りに動くばかりである。爪が飛び出したのなら小さな体躯を生かしてしゃがみこみ、逆手に握ったナイフを突き出して膝の力だけで弾丸の様に跳ねた。どうっと鈍い音がして獣の胸に突き刺したのを理解して、胸骨が折れて息もできぬ骸に安堵する。しかし、それもまた一瞬で――また、同じように倒す。
 繰り返し、白銀の少女がそうするのを「上手だね」と笑う朱音の声は優しい――あれを何というんだったか――先生のようでもあったのにどこかやはりおそろしい。ルメリーは、自分のこともわからないから余計に朱音のこともわからないのだ。
 漆黒に映る小さな己の白を見つめたところで、意味がない。声を潜めると同時に瞬く間にビルの影へ消えていく。隠れているのはルメリーだ。物陰からじいっと朱音の様子を見て、その様を見ている。
 役に立ちたい、というのもある。本能的な――恐れを抱くのは、どれのせいだろうか。なんだか、自分のことも「どこからも」視られているような気がして緊張から膝がぱきりと鳴いた。

「是非とも、その噂話とやらを聞かせて頂きたいですね。」
「そうかな――俺は、噂には興味ないんだよねぇ。あいつ自身の方がよっぽど面白そうなんだよな。」
 意見が異なったのは、斬崎・霞架(ブラックウィドー・f08226)とゼイル・パックルード(火裂・f02162)だ。
「だって多分、あいつの噂話なんていうのは――適当だぜ。怖そうに言ってるだけな気がするんだよなぁ。」
「それはそうでしょうね。私も、物事の正否など、誰にもわからないとは思います。しかし、聞きたいのは“元”につながることですから。」
 ゼイルは、悪に生きる男なのだ。
 霞架が「勝ち」に拘るように、ゼイルもまた「勝ち」に拘る男である。だから、この朱音との対話だって「勝ち」に拘っているのだ。
 正攻法で聞き出そうとするのが霞架で、ゼイルはトリッキーに聞き出そうとしているかたちになる。白い髪の毛をかき混ぜながら、果たしてどちらの道が早いかを考えていた。
 振るう脚は、【火焔災禍】である。
 ごうっと空気を焼きながら蜃気楼を作り、噂づくりに勤しむ猟兵の援護ができただろうかとあたりを一度、宙に舞いながら見た。
 派手に燃え広がってはいるがおめおめと建物を壊すほど焼き尽くすゼイルではない。獣を炭に変えながら、燃えていない右足で蹴り飛ばせば即席の流星群の出来上がりだ。霞架は頭上から降るそれすらも躱して、敵にゆっくりと歩み寄っては――己を警戒させる。
 獣はいい。
 恐ろしい霞架を少しでも見せれば、恐ろしいものだと排除に出る。勢いよく飛び出したがらくためいた体を、なんてことなく見切ってやった。【何れ訪れる終焉】を施した手のひらで背中をとんと撫でてやれば、あっという間に「死」は可視化され訪れる。死に派手さは必要ないと言わんばかりに、前へと進む男はいたのだ。
 それについていくようにして、伊能・龍己(鳳雛・f21577)もまた【神立】を降らせる。
 逆さ龍は容赦なく、龍の仔に仇なす罰当たりを喰らいつくしていくのだ。けして雛には触れさせぬと雨が吠え、護り、獣たちの視界を奪い――取りこぼしはルメリーの刃が拾う。同じ子供であるのに、戦い方が大きく異なるところに龍己は己の視野を見ただろうか。
「……なんだろう。呪い、みたいだ。」
「人間に生まれちゃった限りはね。」
 ほつりとつぶやいた龍己のひとことに、訪れる彼らを迎えて足を止める朱音がいる。
 何気ない一言は失礼ではないか、と龍己には疑念があって自分の口をきゅっと窄めたが朱音の表情に不快の染み一つないのが恐ろしく感じられた。龍己は、呪物封印の血筋に在る。口にしてしまった雨乞い龍の呪物――龍の肉――が彼に未来の使徒への切符を与えた存在だ。その彼だからこそ、独特の表現だったと言える。
 この朱音の「好奇心という衝動」は「呪い」だと思うのだ。
 病ならばまだたちがよかった、病ならばまだ薬や気で治せる。しかし、呪いというのは魂に刻まれるものだ。
「知りたがりの話したがりなお姉さん……ってだけじゃ、ないんっすね。」
「どうだろう。君がそう思うなら、そうじゃないかな。」
 朱音の所作は嫋やかだ。
 ――ルメリーもまた、動きの合間に物陰に隠れながらそう思う。
 焦ったりすることはあれど、瞬く間に「切り替えて」いるように見えた。物事を深く考えはするが「いらない」と思ったものはすぐに捨てられるたちであろう。それは時に効率的であり、冷酷無慈悲と形容されるものだ。
「普通ですね貴女は。――それこそが異常ですが。」
「そう? あなたと似てるだけかもね。」
 霞架に対する一言には、金色の目をこわばらせた。
 集団に適するために染められた、ダークブラウンの髪は少女を大人びてみせるものである。頭が良ければ校則もどんどん緩くなっていくのが高等学校ではあるが、その自由で物足りぬ衝動がぬらりと勝ちに飢えた男を見た。
「私に勝ってもしょうがないよ。」
「何を――。」
「言葉尻取られてるンだよ、まともに返す奴を選んでるだろ。」
 毒牙だ、とゼイルが思う。二人の間に言葉を挟んで、それをいなしてみせた。
 ゼイルに向けられる漆黒には、やはりきらきらとした好奇心が隠せていないのだ。底なしの奴らの目はいつもこうかね、と火烈が肩をすくめる。
「俺は――考える中身自体は違えど考え方は似ている気がしてね、あるいはあんたに対する憧れ……っていうと癪というか大仰だな、ちょっとした羨望ってとこか?」
「へえ?」
「いやなに、大したことねぇ男の戯言だと思ってさ、聞いてくれ。」

 ブレーキをかけようとは、思わないのか?
 シンプルな問いだった。朱音の「噂」を使ったこの一連の流れ、台風の目になっているというのに彼女は少しも同時はしない。
 ゼイルは苛烈でありながら慎重な男だ。戦いにおける「前へ進む」というのはやめられない。だけれど、研ぎ澄まされた彼の感覚は「死を避ける」傾向にはある。敗北は死であるから、その点は霞架も同意であった。
 最も、霞架がやみくもに戦うのは――もはや、己のためだけが理由ではないだろうが。
 ゼイルが「まあ、それこそ世間話程度の質問だけどな。」と苦笑いともつかぬ薄い笑みを浮かべて彼女に問うのは、「攻撃」を読むのと同じことである。この女の「言葉」は呪いであるから、龍己も注意して聞いていた。
「攻撃手段は、言葉……?」
 ルメリーもまた、周囲の雰囲気を悟る。
 彼女が何か言葉を発するたびに、猟兵たちの言ったことに「後だしじゃんけん」で勝つのがやりかただとも見抜いた。
 イカサマだけれど、――イカサマではない。ルメリーのように「話さない」というのが唯一の「勝ち筋」と言える。
 朱音は四人に話されながらも、己の時間のことは気にしていないらしい。答えるのに時間はあまりかかっていなかった。
「ない、かなぁ。やりたいと思ったことにはわりと準備するタイプなんだ。」
「へえ、確かにそりゃあ時間かけてやったほうが成功率は上がるな。」
「でしょ。だから、しろちゃんのことはすごくすごく、時間かけたんだよ。」

 ――しろちゃん。
 龍己がぴくりと反応して、ゼイルの後に口をはさむ。
「『しろちゃん』……さん? は小西さんのお友達? っすかね。さっき言ってたけど、ともだちの、かみさまでありたいんすか? 」
「そうしたら、しろちゃん喜んでくれるんだもの。」
「――洗脳だ。馬車馬のように働かせるためのことでしょう? 」
 霞架がたまらずそれには吐き捨てるような語調であった。
「しろちゃんが馬なら私はニンジンかもね。」
 友人関係、というのは。
 その場にいたゼイル以外は「そうでない」と思っただろう。友好的な関係というのは相互の理解と尊重によって作られるべきがすべてだからだ。健全な関係というものはそれにつきるが、――ゼイルは、そうは思わない。それは「ぬるい」友人で、友人というのは多岐にわたる。
「目的のためなら手段は選んでられなくない?実際、今のところ警察とか、そーいうのに捕まるようなことはしてないよ。」
 だって、私「は」しろちゃんのこといじめてないし。
 ルメリーは、果たしてゼロに戻った人生でこれほどの――天然悪を見ただろうか。龍己のほうは、「平凡」を知っているからこそ子供ながらのショックがある。明らかに、世界が違う人間が今この場にいるのだ。うっとりとして力を誇るように笑いでもすれば、悪人として断じられるもののそういったことは一切見せない。ただ、あるがままにあるように、告げている唇が幼心を震えさせるには充分だった。
「整理しますと――その、しろちゃんと呼ばれる人物と、あなたのいう神様は別ということですか。」
「そうだね。別。」
 にこりと笑って答えるさまに、ゼイルがほらやっぱり、という顔をする。
「いいのかい?これだけ時間かけたら、殺されるかもしれねェよ。」
「うーん。それなら、それも面白いと思うなぁ。」
 言い切って見せるあたり、何度も考えたリスクなのだろう。朱音は腰の後ろで手を組んで、告げた。
「私が死んだあとのしろちゃん、面白いと思うよ。」
 パンデミックが、「目的」なのではない。
 この女の目的にいるのはいつも「しろちゃん」なのだ。その二人の因果が――果たされないこと誓うのが、勝ちに拘る霞架である。
「――最も受け入れがたい事、今の道がそれに通じてはいないかと、もう一度よく考える必要はあるかも知れませんね。」
「そうだね。だから、常に考えることにしてる。今一瞬も悩んでるんだよ、こう見えて。」
 勝ちに拘るから、敗北を避ける。
 回り過ぎる脳を抱えた少女は、金の瞳を見上げて笑った。

「負けたくない、そうでしょ? 」

 ――噛み合うように、唸り合うように。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

レナータ・メルトリア
◎△
ねぇねぇ、おにいちゃん。
あのおんなのこを殺しちゃったら、ばい菌みたいにひろまったこの噂も、勝手に消えていくのかしら?
ほらほら、『人の噂も七十五日』って、ニホンのことわざがあるじゃない。
それとも、尾ひれがついて、もっと変わったモノが出てくるのかな?

いいえ、きっと、それをしても次のキャリアーができて同じことだよね。
この噂を離すことを楽しんでるかんじがするし……あえてストレートに根掘り葉掘り聞いてみて、UDCの事を推理してみようかしら?

できそこないを、血晶の槍で串刺しにしたときに使った血の残りで、【赤の詠唱】を発動して、彼女の話から、カミサマの事をかんがえてみるよ。


ティオレンシア・シーディア


…平たく言えば、伝染病の健康保菌者よねぇ、コレ。チフス・メアリーなんかが有名だけど。
…自覚ある分、アレよりタチ悪いか。
…まぁ、どの道あたしじゃ肯定も否定もせず話聞くくらいしかできないけど。
説得とかカウンセリングとか、あたしのガラじゃないんだけどなぁ…
とりあえず、連中ほっといてもいいことないし。●鏖殺の〇範囲攻撃で○蹂躙しちゃいましょうか。

たぶんこの子、三大欲求をはじめとした全てより「知識欲」が上に来るのねぇ。…おそらくは、自分の生命よりも。
…自分の死とか破滅も知識欲の範疇みたいだし、もっとよろしくないか。
…たまーにいるのよねぇ。
こういう意味での「すくいようのない手合い」って。


ロク・ザイオン
◎△
(それは、どうしても、病の源にしか見えなかった。)

(歪められた獣たちの苦しみが長引かぬよう
【早業】の「烙禍」で薙ぎ払い灰にして)

……なあ。

(己の悍ましい声に。刃で獣を屠る姿に。
いっそ怯えの目を向けてくれればと祈る。
それならまだ、おれは。それを生きる意志あるものと認められる)

お前は。
人間か。

(おれには病にしか見えないのに。
ひとの群れの秩序は、言葉を紡ぐだけの彼女を、ゆるすのだろうか)


ニコ・ベルクシュタイン
◎△

『俺』はごくごく平凡な存在であるからして
君のような超越してしまった存在とは対等に語れまい
故に、今出来る最善を尽くす事とさせて貰おう

ひとつ、其の獣共を倒す。
ひとつ、君の道楽で此れ以上混沌が広がるのを止める。
――許せよ

精霊銃は其のまま放たず【花冠の幻】発動のトリガーと為す
己が死期を悟りし者共よ、此れは手向けの花と知れ
広がる花弁を「範囲攻撃」で巻き上げて多くの個体にぶつける
間合いは確り取って、血の斬撃は「オーラ防御」の防御障壁で
何とか凌げれば良いな

小西との会話が、俺の問いが、無為では無いならば
どうかアルバイト先の老夫婦には危害を加えぬと約束してくれまいかと
そう、頼んでみよう
理由?…ただの感傷だよ


桜枝・冬花


彼女の周囲におられる者たちは、寒花壱式にて凍っていただきます
足を縫い留めれば、動けませんね
そうしたらあとは、機関銃で仕留めるだけです
そうしてただ、ひたすらに
周りの方が、彼女に問いかける時間を稼ぎましょう

わたしは「知りたい」と思っても彼女のようにはできない
無知な娘のままでいなければ、存在を許されなかった

彼女はこのままでは、世界に存在を許されないものになるかもしれない
それでも、そうできてしまう
わたしにとって、そんな彼女のすがたは
おそろしいと同時に、どうしようもなく眩しく見えてしまうのです

だからただ、口を閉ざして仕事をこなします
自分の中に抱いたものが見えてしまわないように
そうするのは得意、ですから




「ねぇねぇ、おにいちゃん。」
 案山子のようなそれと、少女が背の低いビルの屋上にて火の起こる方向を見る。
 貯水タンクに触れぬよう敷き詰められた柵など彼女らのかろやかな愛の下になるばかりだ。まるで踊るようにくるりくるりと影をもてあそび、二人の空間に不必要なそれを見る。
 ――人の噂も七十五日。はたして、今日この日の静かなる地獄は七十五日でもつのだろうか、記憶と人の口を伝ってより偉大になるのだろうか。それが、目的なのだろうかと赤の瞳は四つで考えていた。己の目に映る赤と、その向こう側の赤で視線を絡めて思考にふける。はたりはたりとこぼれる血は【赤の詠唱】の加護を得ていた。貯水タンクの下――タイルを敷き詰められた足場には、無残にも獣たちが刺さっている。
 猟兵さまざま、この得体のしれない少女を暴くのも視るのも視られるのも反応は異なったものだが、レナータ・メルトリア(おにいちゃん大好き・f15048)はただただ思ったことを口にするのだった。
「あのおんなのこを殺しちゃったら、ばい菌みたいにひろまったこの噂も、勝手に消えていくのかしら?」
「――殺すのはまずいんじゃなぁい?」
「ええっ。」
 それが一番早いのは、明らかなのだけれど。
「バレないようにやるのならともかく、これほど猟兵が集まってる中もみ消すのは無理よぉ。」
 ティオレンシア・シーディア(イエロー・パロット・f04145)のはちみつめいた声は明らかに困っていたのだけれど、その本心は冷静である。レナータのふたりごとが聞こえる距離は、ちょうど貯水タンクの近くに張り付けられた看板だ。あかりすら灯った形跡が久しいから、店などどこにもないのだろうなと思えば座り心地もよい。ティオレンシアがそこにしゃがみこみ、時折風にあおられて落ちそうになったりを魅せながら――視線の先にいる少女が三人を見ていることを知る。
 油断できぬ、と思ってしまう。
 握るリボルバーに汗がにじむのだ。たかが小娘程度に本能が警笛を告げているのを悟られまいと息を深く吸う。そして、肺を一巡したころには深く吐いてまた視線を少女へやった。演ずるのは得意だ。ティオレンシアは【鏖殺】で屠った獣どもをもう連れていない。
「平たく言えば、伝染病の健康保菌者よねぇ、コレ。チフス・メアリーなんかが有名だけど。」
「なぁに、それ? 」
「あら。知らない?――まぁ、アレより自覚がある分タチ悪いか。」

 腸チフスのメアリ・マローンは。
 世界で初めて臨床報告のされたチフス菌を持つ健康保菌者である。1900年代初頭にニューヨークで散発した腸チフスの女王――発病しないが病原体に完成している不顕性感染となり病原体となった女性は、子供のように善良であったという。
「ノース・ブラザー島に幽閉でもしてくれる? 」
 朱音が笑う。知らぬうちに歩く病原体となって食料を提供していたメアリ・マローンもそうであった。己の生み出した菌に感染した患者たちをかいがいしく世話してやりながら、うち一人が腸チフスで死ぬ。
 一つは「邪悪な感染源」、一つは「不運な社会的被害者」。件の彼女とこの少女、どちらが「どう」であろうか。
「お望みならそうしてあげるわよぉ。SNSも取り上げてねぇ。」
「うーん、それはちょっと。精神病棟みたいで退屈かも。あんまり無策に死にたくもないしなぁ。」
 看板の上から呼びかけてやりながら、会話を切った。存外未熟なように見える頭蓋の向こうには知っていることが多い。実際の知識量はおそらく膨大だと思わされるティオレンシアだ。のらりくらりの会話は得意でも、カウンセリングも説得もガラでない。彼女の知る「接客」とはこれにあてはまらないのだ。
 おそらくありとあらゆる「興味の出たこと」は「知っている」状態であるらしい少女の知識欲は、膨大である。まさにそれは――。

「……なあ。」
 【寒花壱式・氷蔦】で凍える血肉が灰となる。
 【烙禍】がコンクリートを燃やし、足場にした箇所から炭へと変えた。肉の塊である獣たちも変わるまい。
 三人を見上げていた首が疲れたのか、朱音がおろせばそこに――少女らがふたり、青年がひとりいたのだ。今日はよく漆黒に炎を映すなぁとひとりごちながら、対面する。
 ざらつく罅割れた音におびえない。ロク・ザイオン(蒼天、一条・f01377)は、この人間がどうしても「病」にしか見えないのだ。
 病原体である。生かしておけば、いずれ「森」たる人の秩序を侵して喰らい、駄目にする。駄目になった「森」はよみがえらせることができない。遠くから気を持ってきたとて、かつての森は戻らないのだ。こうしてロクが燃やすように、破壊するのはたやすいけれど――そうならないために彼女は「森番」である。ゆえに、見極めてやらねばなるまいと思った。
 おびえぬ漆黒にますます森番は顔を険しくする。今にもとびかかりそうな顔をして脅してやっても穏やかな笑みを崩さない。
「――お前は。人間か。」
 祈りめいた、問だった。
 ノイズのような声に一瞬表情筋を動かして見せる姿を、ロクも桜枝・冬花(くれなゐの天花・f22799)とともに目にする。
「人間だと思うよ。あなたのその声を、可哀想だと思うくらいに。」
 こつ、とムートンブーツがロクへ向く。
「あなたは獣なんだね。じゃあ、どうしたらいいかわかるかな。」
 ――しゃべるな、と言いたいのだ。
 冬花はその少女の所作に狂いもゆがみも視た。機関銃で葬った獣たちのほうがまだとらえやすくて、殺しやすくて、おそろしいものがない。どうせ死が近いのだと暴れ狂うそれの口内に鉄をねじこんで弾を放ったところで、戦いなれた故の喪失が手に響くだけだ。
 彼女に問いたいという仲間たちについてきたのは、そもそも冬花は「話さない」を心に決めているからである。
 ――そうするのは得意だ。
 冬を纏いて生まれてきた桜の精は、己の意志というものを認めるわけにはいかなかった。
 仕えることに秀でた腕がそれを体現している。穏やかに話すのは注文を繰り返すときに客が聞き逃さないためであり、その場の空気を守るためであり、美しいあしらいは視界の邪魔にならないためである。一級品であることを誇り、――そんな己を姉が誇れるような――いっとう素晴らしい姉の妹は、そうあるはずなのに。
 ロクの喉に触れようとするなら、「人間である」と言う目の前の少女に手を出せないが敵意を隠さない表情が鋭く息を吐く。
「まるで猫みたい。猫には好かれるんだけどなぁ。」
 朱音のその所作が、何故か――冬花には、遠いもののはずなのに、近く在るように見える。
 「知りたい」と思ってもそのようにあるのは許されなかった。無知な娘のままでいなくては、存在してはならない。「そうあるべき」からはみ出てはいけないのだとどこか呪いめいた強迫が常に脳の輪郭をなぞって逃がしてはくれないのだ。飛び立つことを許されぬ加護の鳥のようになりながら、彼女は「言葉を発さない」ままそれを見ている。
 赤の瞳に宿るのは、朱音の姿である。
 ――彼女はこのままでは、世界に存在を許されないものになるかもしれない。
 それでも、そうできてしまう笑みをもう映せない。逃げるように体が弾き飛んで、ロクを襲おうとした獣を凍らせては機関銃の反動を活かして跳んだ。

「どうして逃げるんだろう。何もしてないよ。」
「君自身が、混沌である故な。」
 ね。とロクに視線をやった少女に、ニコ・ベルクシュタイン(時計卿・f00324)は虹色の花びら――【花冠の幻】の余韻がまとう。
 握ったままの銃は彼女へとむけはしない。銃口は地面を向いていても、意識は常に死にゆく者どもへと慈悲となり、あざやかに舞うのだ。
「『俺』はごくごく平凡な存在であるからして、君のような超越してしまった存在とは対等に語れまい。」
「みんな私を勝手に持ち上げて、勝手に怖がるなぁ。大したことないってば。これは、本当。」
「では今までのは嘘か? 」
 ――少女の笑みが、わずかにゆがんだ。
 ニコの問いは素直である。彼自身、歪みも得意でなければ「そろえる」ほうが秀でているのだ。
 自覚があるからこそ、彼はまっすぐすぎる視線で少女を射抜いている。人の秩序でさばけぬ存在を、ロクがうろうろと周りを徘徊しながら警戒していても動じないそれが、時計の彼には留められた。

「見下してたんだ。」
 ニコを。
 ――猟兵を。
 まるでいけないことをした同級生を揶揄う野次を飛ばすレナータは、「おにいちゃん」との思考を終える。
「そうでしょ? 多分、この人たち私のこと何もわかってないなぁって、思ってるでしょ? 」
 鮮血啜りの少女は、人間でありながらその味を知る。ゆえに、人の心も――考えればわかる。
 朱音を柵から乗り出して、やあいやあいと言ってやれば音は響く。少女の表情は、歪んだ笑みを潜めたもののしばし止まっていた。
「トマス・ハリスが好きか? 」
 ニコが問えば、――今度は明るく笑った。
「知ってるの? 」
 ロクが、その表情に固まる。
 なかまをみつけたときの獣とかわらない反応だったからだ。
 ティオレンシアも、それは「意外」だった。――心底嬉しそうに笑っているように見えて、薄い片目を開ける。
「何、こう見えて、書斎を持つ故な。君がどこから継ぎ接ぎをしているのかは解るとも。」
 だが、俺にわかるのはここまでだよと肩をすくめる長躯だ。
 理解者を見つけた朱音の言葉は、ニコの知っている小説や登場人物の振る舞いと似ている。おそらく「先生」がそうなのだ。悪党であっても、悪事のやり方がわからねばそうならぬ。
「あーあ。誰も知らないこと言ってれば、ハッタリにはなると思ったんだけど。」
「私たち、あなたを殺せな――助けようと思ってるんだけど、どうしてそれが必要なの? 邪神にかかわることだったりする? 」
「んー。内緒。考えるの好きでしょ、考えてみてよ。もうちょっとくらい私も時間あるし。」
 いきいきとしている。
 表情を凍らせていたただ「話すだけ」のそれが、輝きを増したのが冬花にも分った。血に染まりながら、輝いた表情を目に収めてしまって――また、何も考えないために耳を銃声でふさぐ。獣の脳症が視界に散った。まるで、朱音を隠すように。
 ロクも、うろつくのをやめてしっぽがしな垂れる。目の前の「少女」はきらきらと輝いていて、ニコと世間話を楽しんでいるように思えた。はぐれていた一匹が群れを見つけたときと同じような活力を感じて、楽しそうにはぐらかしてみせるそれは年相応なのだ。
 ますます、ロクにはわからない。

「おれ、は。」
 ――許すのだろうか?
 振り向く少女の顔は誰に似ている?
 しい、と息を吐いて人差し指を唇に充てて、四人に背中を見せた朱音は――呪いを吐き続けている。
「嗚呼。どうか、理解した褒美をくれまいか。」
 小さな背中には、ニコが声だけで縋り付いていただろうか。足を止めた少女が聞き届けていた。
「――老夫婦には危害を加えぬと、約束してくれ。」
「そういうヘマはしないよ。大丈夫。私、本当にいい子だからさ。」

 会話を聞き届けたティオレンシアが、深く息をついた。
「いや、いい子っていうかさぁ。……タチ悪いのが増しただけじゃなぁい?まぁ、害意はないってことだけど。」
「おじいちゃんとおばあちゃん? は生きてるんだぁ。へえ――巻き添えにしなかったってことは、今日お店にはいないんじゃない? 」
 ねえ、おにいちゃん。と問うてみても。
 黒いペストマスクはくてんと体を曲げて、肯定とも否定ともとれぬ姿をさらすのだ。
「お店にはいない、ねぇ。」
 どこまでが嘘で、どこからが本当かなんていうのは、明かされていない。
 ただ真実である「二人」の無事はわかり、その二人が今日――「いない」というのは確定した。
「――いやな予感がするなぁ。」
 ティオレンシアが、看板に足だけかけてぶら下がってからニコを見れば、ニコもまた「つかみきれなかった」己の黒い手を握っていただろう。
 呪いを吐く少女の地獄は、まだ「止まれない」。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

サン・ダイヤモンド
僕には優先順位がある
一番はブラッド、二番は僕の命
だって、僕が死んだらブラッドが泣くからね

配下に退く気が無く
殺意を持って攻撃してくるなら躊躇わない
【全力魔法】の【光属性攻撃】、一瞬で敵の頭を爆破する
きっと、苦しむ暇も無い

いつものように無邪気に微笑んで
「ねえねえ、僕にも聞かせて聞かせて」
噂の内容や、かみさまの事

最初から最後まで彼女から目を逸らさずに
君の言葉を、空気を、瞳の奥を、心を見るよ
敵の動きは気配で判る

「ねえ、もしこのまま君が噂を拡める事で、他の誰かが不幸になるとしたら――君は今すぐこれを止める?」
「この先に何か、悪い事が待っているとしても?」
「後悔はしない?」

君に訊いてるんだ
君の選択と覚悟を


久澄・真


愛想よく笑う相手に返すビジネススマイル
我儘放題な取引相手に幾度と繰り返したその顔は手馴れたもので
話に聞くこの“女神様”はおそらく自分と同類の様で似て非なるもの

好奇心に対する無関心
互いの「どっちでもいい」の意はきっと正反対

よう、随分と楽しそうだな
俺にも聞かせてくれやその噂話

獣の相手は自ら動くわけ無く死霊騎士と死霊蛇竜に任せ
黒のフィルター纏った煙草の煙燻らせ優雅で楽しいトークタイムといこうか

話したいのなら話せばいい
楽しみたいのなら存分に
殺したいのなら、ご自由にお試しあれ─なんてな

俺がやる事は変わらない
受けた仕事をさっさと済ませて
金を貰う、それだけだ

面白く無さそうってか?
残念ながら、どーでもいい


アシニクス・レーヴァ
◎△
こんにちは。神様のお話をしていただけると聞いたので
少しでも見聞を広めようと思った。理由としてはそんな所
まあ興味と好奇心が五分ずつ、私の心に芽生えた。これは動機、になる?
私の事はいい。小西朱音、お聞かせ願えますか

周りの方はUCを使用して加速、迅速に摘み取る
嗚呼、安らかに。今御許へと送ります

祈りで話を中断させてしまったら、流れを切ってしまった事、謝罪しなければ
すみません、気にせず続きをどうぞ
私はこの通り話を聞きにきただけ

理解しようとは思わない
それは私の領分ではない
私には信じる主が居られるというのに、どうして理解しなければならないの

私が知りたいのは小西朱音、あなたは余分であるか否か。その一点のみ




 優先順位は、誰にでもある。
 ――己を一番にするか、愛する人を一番にするかで大きく異なるくらいで、誰でも大事なものというのは持つさだめであった。
 持ちたくなくても持たされるのは、生きとし生けるものの課題であろうと誰もが理解し、時にあきらめているだろう。
 ここに来たのは、――それぞれ、別々のものを持つ彼らである。
「わぁ、怖いお兄さんだ。」
「オイ。」
 久澄・真(○●○・f13102)の「商売用」でそう朱音が言ったのなら、通じないのだ。
 我がまま放題、無理難題の取引相手に繰り返す手慣れた動きはいっそ「よすぎて」観察眼の鋭い朱音からすれば「よそよそしい」。
 しかし、そのほうが話しやすいのだろうと思って彼女は訂正を求めない。好きにしたらいいよ――と言いたげな目が、また子供らしくなくて可愛いとは思えないのだ。そも、あまり子供というのも真は得意でないだろう、「弟」だけでそういう手合いは充分だった。
 真が仕入れた限りの情報では、彼女は「女神様」だという。
 ――なんてことはない。街の「眼」に金を握らせれば、顔よし所作よしのウェイトレスをつけまわす変態程度すぐに暴けた。これも調査活動であるから、正当な暴力がふるえるのである。真が女子高生を殴っては大問題だが、女子高生を追いかける不埒な輩を殴るのは全うなことだ。
 ――好奇心と無関心の「どっちでもいい」は正反対の色をして、交錯する。
「んじゃァ。怖いお兄さんにも聞かせてくれや。その噂話。」
「マジで? 」
「マジもマジ。」
 黒いフィルターを指で挟みながら、煙を吐く。真に触れずに散る獣たちは【リザレクト・オブリビオン】の餌食になっていた。
 獣の悲鳴程度で赤の瞳は揺らがない。己に血が被らないように気を付けている所作に、不思議そうな顔をした。
「白い服。潔癖症なの? 」
「まァな。」
「へー。タバコは吸うのに。黄ばまないの? 」
 舌打ち一つ。がしがしと頭を掻いて、真は道路脇に黒を捨てる。
「タバコ吸うなってか? 」表情から見て取れる。機嫌のよくなった朱音のそれに、女神さまの信ぴょう性を見出したいのだ。
 ――正直なところ、阿保らしい。
 たった一人の少女相手にここまで猟兵が集うべきかとも思う。真のやることは変わらないのだ。効率よく事件を済ませて、さっさと「金」をもらう。確かに少女は口がうまいが、真ほどでない。即物的な目標がある真のほうが即効性があるのだ。しかし、油断ならぬ「天然」さは感じられる。

「ねえねえ、僕にも聞かせて聞かせて!」
「――嗚呼、安らかに。今御許へと送ります。」
 閃光。
 サングラスをかける真の視界をほどほどに照らして、殺意のある配下たちを前に臆さなかった青年がいつもどおりを心掛けて接近した。
 【無垢なる問い掛け】を帯びた声に、朱音も興味深そうに意識を奪われる。真がしゃがみこんで、美しすぎる骨格を見た。歯を強制した痕跡も視られないし、整形の後もないのが不思議なくらい「出来が良い」。――存外、神様はサディストかもしれぬとぼんやり白い頭を掻く。
「神様のお話をしていただけると聞いたので。――すみません。気にせず、どうぞ。」
 サン・ダイヤモンド(甘い夢・f01974)とともにやってきたアシニクス・レーヴァ(剪定者・f21769)は祈りをささげた余韻の表情のままで朱音を見る。
 サンの邪魔をしない、という意思表示でもある。いまのアシニクスを動かすのは興味と好奇心が五分ずつ心のなかにあった。彼女は、狂信者である。――神でなく、神に仕える師父に裏切られたいのちだ。ゆえに師父の信じていた神というものをよくよく知る必要がある。師父の命を摘むのならば、師父の得た啓示を、意味を、神というものを理解できねば果たせぬことである。命の摘み方を知っていても、魂まで摘むには知識が必要であった。
 恭しく教えを乞うようにアシニクスが一礼をするのなら、サンも同じようにやってみている。まるで獣が獲物を狩るときに擬態するのと同じだと思ったからだ。草原に身を潜めてみたり、空気と同一化しているのと同じような仕草には親近感もある。
「嘘吐くなよ。針千本っていうだろ。」
 ――真が正当に聞き出したそれ、曰く。
 やはり小西・朱音は口がうまいのだ。それに、平気で嘘をつく。己の気分に合わぬことは脚色して吹聴し、合うことは心の底から認めて褒める。気に入ったものはとことん大事にするが、飽きるのも早くて「それ」が見た限りで彼女は同じ靴を多少履き替えたとて一か月と持てないのだ。常に、「変えてしまう」悪癖があると言っていい。
 真の忠告には「うん。」と返す。
 アシニクスは、特にこの少女を理解したいわけではない。ただ、懺悔を聴くように所業を聴きだしたいだけのことだ。
「――しろちゃんがねえ。人を殺して食べてるんだ。私、びっくりしちゃった。だって、すごくうれしそうに見えたんだもの。」
 それが、かの「山」だという。
 思い出すように告げる唇の動きは、トランス状態とよく似ているのだ。サンが、「うんうん」と羽を揺らしながら続きを促す。
「しろちゃんね、統合失調症なんだって。」
 ――それが、サンにはわからなくて問うた。
「とーごー……? 」
「悪魔憑きです。」
「精神病だよ。」
 アシニクスの世界では、そうだろうが。UDCアースにおいてでは珍しくない病でもある。真がこの世界らしいそれを告げた。
「病気、なの? しろちゃん。」
「そう。でもみんな、私は病気だと思うよ。私も何かの病気かもだけど。」
 サンの問いには、心からそう思っているらしい――「悪」が首をもたげた。
「みんな、友達とか、そういうこと信じてるじゃん。明日が来るって普通に思ってるし、寝てる間に誰かがなんとかしてくれるとかさ。そういうの嫌いなんだよね。私。」
「それが噂と何の関係が? 」アシニクスが与太話の舵を取ろうとしたのなら、少女は紫の瞳に告げる。
「山にさ、神様がいたんだけどね。――もう、山にはいないんだよね。」

 真が、「仕入れてある」情報を整理する。
 黙って聞いている瞳は冷静であったが、それは周りが混乱を始めたからでもあった。
 ――「山」にいる神様の話。
 ――「しろちゃん」の食人現場。
 ――「しろちゃん」の転校と裏事情。新興宗教。
 ――神様は、「ひとり」。
 イライラとしてくるのはきっとニコチンの不足からだった。しかし、ここで真が黒を口にすればアシニクスとサンの手柄を壊すことになる。今、「朱音」は己の意識の中に閉じこもっている状態なのだ。
「どこにやった? 神様。」
 真の直球な問いには――。
 朱音の笑顔があっただけだ。
 たまらず、サンがその肩を握る。両手は所作の割に大きくて、少女のそれを包んでしまえた。細い身体に、吠えるようにして揺さぶりを与える。
「ねえ、もしこのまま君が噂を拡める事で、他の誰かが不幸になるとしたら――君は今すぐこれを止める? 」
 ずっとずっと、金色の瞳でその瞳も所作も空気も何もかもを見ていたのに、彼女は何も「隠していない」のに、何もつかめた気がしない。
 顔を近づけて漆黒の中をのぞいたって、あるのはただの黒だけだ。何よりも強い色で、どんな色をも支配するそれにサンの淡い琥珀が映っていても、何も見えない。
「この先に何か、悪い事が待っているとしても? 」
 訊いてくれ、とまた声のたびに震える体がある。
「後悔はしない? ――君に訊いてるんだ、選択と覚悟を。」
「あなたは? 」
 やっと帰ってきた返事は、やや遅れていた。それでも、その問いに「疑問」以外の念は感じられない。
「あなたには、選択も覚悟もあったの? 」
 鸚鵡返しには、聞くなと真も言わない。やるようにやらせてやれば、勝手に手がかり――人間性というものをこの少女が置いていくだけのことである。サンに問い返す少女の美しい顔にある「悪」が確かに、今は見えていた。「悪」すぎて、「悪」でないそれがいっそ真からすればどうでもいい。
「自分のことも大事にできないのに? 信じられるのって、自分だけだよ。」肩を握るサンの手を、朱音がそれぞれ握った。
「どうして頑張ってるのか、わかるよ。大事な人がいるね? あは、目は正直なんだ。」
「――嘘じゃないから、隠すことでもないよ。」サンが首をかしげる。
 怒っているわけではないのに、散らばった宝物を集めるような心の動きを見た気がするのだ。
「さっきまでの子供っぽさがないよ。嘘つきだ。あなた、――大事な人の隣で、いつまでも生きていけると思ってる? 」
 明日、世界が割れたりするかもしれないのに?
 明日、不幸な事故でたくさんの人が死んで、あなたもそうなるかもしれないのに?
 明日、明日、明日なんて、「嘘」かもしれないのに。
「自分のこと、大事にできないのに誰かのことなんて、覚悟があって選択もできて、大事にできると思う? 」
 誰にでも当てはまることを言っている。
 ――大事というくくりで見れば、真も確かに持っているのだ。その手口はよくよく理解している。だけれど、それが「どこまで」震えるのかを見ていた。この「予言」や「透視」めいた発言にうまく反応してしまうサンと精神年齢のよく似た日本の学生たちは、確かに引っ掛かりそうである。平和になれた大人たちも、感心するやもしれない。「しっかりしているね」なんて――美化して認めそうなものだ。
「大事にしてるよ、ブラッドは僕が生きていないと」
「ブラッドっていうんだ。」
 人質を得た。
 ――引き出したのは、大切な「ひと」の名前だ。
「いい名前だね。」朱音が満足そうに笑って、サンの手を柔く握る。
「そのあたりで。」
「どうして? あなたも、教えてくれるの?誰かがいないと人も殺せないっぽいね。」
 信奉者だと悟る――、「かみさま」役を担う彼女はアレクシスの仲介にはそう返した。
「私のことはいい。」
「聞かなくてもわかるよ。しろちゃんと似てる」
「いいえ。」
「しろちゃんのほうが私は好きだけど。」
 ――信じる主がいるというのに。 
 嘆くなら救ってくれと思うのすら見抜かれているような笑みは、どこから沸くのか知れぬ確信あるものだった。
 アシニクスの瞳をのぞき込むそれだって、生粋の「クセ」なのだろう。知能指数の高い生き物は人が言葉を発する前に感覚からも根拠からも「わかってしまう」というが――緊張があって三人が固まったところで、ようやく真がタバコに火をつけた。

 皆の意識がそちらに逸れて、長く煙を吐く。
 ゲホゲホとむせる白熱した若さたちに、やや呆れた顔で告げた。

「残念ながら、どーでもいい。」

 彼にとっては、地獄の沙汰も金次第ゆえに――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ヴィクティム・ウィンターミュート


さて、まずは…羽虫の処理から始めるか
こう騒がしいんじゃ考え事すらできやしねえからな───
そういきり立つなよ畜生ども
血管がプッツンしちまうぜ?落ち着けよ
落ち着けないってんなら、いいものをくれてやるぜ

『Reverse』
全てはひっくり返る──静かにしとけ(ナイフの投擲)

さて、この事件…妙な匂いがしやがる
容姿端麗で有能、人当たりが良く頭も良い
なるほど、会話に引き込ませるには充分な才能だ
『あまりにもお誂え向き過ぎる』くらいにはな

ハロー、レディ?
ちっとばかし聞きたいことがある
あぁ、噂の内容とか何処で見たとか、そんなんじゃないよ
『お前は何をするつもりなんだ?』
俺はお前を『偶然』で片づけるつもりはないぜ


ジェイ・バグショット

どの世界にも狂気的な一面持ってるヤツの一人や二人いるもんだな。
以前出くわした『斎藤慧』という連続殺人鬼もなかなかな食癖だった。

生まれた世界が悪かったのか、時代を間違えたのか。
俺はそういうヤツらが嫌いじゃあない。
だってそうだろう。そういう風に生まれたのだから、仕方がない。
人は簡単に変われない。

『その噂、詳しく聞かせてくれるか?』

"それ"をどこで見たのか。
どう思ったのか。
姿は?匂いは?
狂気の一遍を楽しんですらいるように

有象無象の敵は通常対処。
鉄輪に棘の拷問器具『荊棘王ワポゼ』を空中に複数出現させる
高速回転しながら敵を追尾し捕らえたり引き裂いたり
自動追尾を解除し手動で操れば【早業】により速度アップ


クロト・ラトキエ
◎△

はじめまして。
小西さん?朱音さん?
その辺りは彼女の反応を視て選ぶとして
…どう呼び掛けようと、彼女は気には留めない。
そんな気はする。

脅威が迫れば、音に気配に影に見切る全てに、
UCも以って対処はしますが。

彼女と問答する気も、何かを押し付ける気も無いのです。
だから最も適した言葉は、きっと一つ。
「はい。噂を、聞きたくて参りました」

内容とか場所とか事細かな部分もまぁ無視しませんが。
楽しい?当たり前?
彼女がどんな様子で話すのかを見ていたい。

感情なんて厄介なもので、いっそ悪意の方が分かり易くていいくらい。
例えば退屈、例えば善意、
或いは何も無くたって、ひとは業を産んでゆく。
ねぇ。君に、願いはあるのかなぁ?




「――そういきり立つなよ畜生ども。ああほら、そうなるだろ。」
 少女が配下にするにはいささか知能のなさすぎる人形ではないか、とヴィクティム・ウィンターミュート(impulse of Arsene・f01172)は空気からの分析をすでに行っていた。
 呪詛の痕跡もなければ確かに目の前の少女は獣の血を見ても「狂気」の度合いは高いままだが変わらない。天然のそれであろうと電脳が計算をはじき出して、【Reverse】で切り出したのは対話のためにある沈黙だ。
「ハロー、レディ? 」
「ハロー、ボーイ。お元気? 」
 会話のレスポンスは早い。容姿端麗で有能、人当たりもよい彼女を青い瞳は現実的に分析する。ヴィクティムとしての意志で見るのではなく、彼が今まで探ってきた人間というデータに基づく総合評価だ。おそらくどの人工知能よりも正確な顔認識システムを抱く双眸のサイバネは彼すら聞こえないほどの稼働音を鳴かせる。
 ――『あまりにもお誂え向き過ぎる』。
 ヴィクティムは悪党である。
 己のために生き、己のために勝利をし、その施しが「たまたま」人を救うだけの存在だ。
 英雄にもなろうする自分はいた。しかし、それを今は折って椅子にしてやっている。英雄になるのがおこがましいのではない――「英雄に向いていない」のならば、悪党らしく「勝つ」だけだ。短く切られた少年の髪とその輪郭は冬の空気にあてられて鈍く白く光る。わざわざビル街を選んだのにもこの少女には理由もあろうと、静かに人工衛星から地形マップを拝借した。
「迷路は好きかい? 」
「ゴールからスタートに行くほうが好きかな。」
 ――いけないことをしている自覚はあるらしい。それでも、それをやりたいからやっているのだ。
 ビル街は確かに複雑な地形ではあるが、上から見れば四角形の集合体である。その数だけ道ができて、さながら角ばった迷路のようになっていた。まさか、迷宮入りとかけているわけではあるまいが用意周到だと口笛を朱音に送る。
「高尚な趣味だな。」
「そう? 暇つぶしだよ。」
 ヴィクティムと並ぶようにして、もう一人が【この世の厄災は人の恐怖が生み出すものである】で混沌を生み出していた。
 鉄輪に棘のついた処刑道具でおのれが殺される可能性など、考えていないらしい朱音である。金色の処刑人は顔色の悪いままに、それを振るった。朱音にとびかかるそれは、彼女の上から飛び出す獣を裂く。真っ赤な雨は彼女にかかることなく、布に堕ちる前に黒の海とそのしぶきに変わった。
「以前出くわした『斎藤慧』という連続殺人鬼もなかなかな食癖だった。――お前らのことは嫌いじゃあない。」
 生まれた世界が悪かったのかもしれない。下手すれば、この少女はさながら革命家になれたやもしれぬのだ。
 ジェイ・バグショット(幕引き・f01070)は彼なりの価値観でまず少女を評価する。「引く」のではなく、「足りていることを認める」をとった。なぜならば、彼もまた「そういう」出であり、彼女を非難するにはその動機もない。
 そういう風に生まれたのが悪いとは思わないし、人が簡単に変われるかと言われれば――たった十年そこらの「他人」も「親」もしてやれないだろうと思う。なにより、子供というものは成長も激しいが自閉的になるのも早いのだ。己の世界から抜け出せないジュブナイルの罪深さをよくわかっているし見てきてもいる。そして、「大人」になったところの――終わりもつい最近、見た。
 獣は獣らしく死んだのだ。それがまた、よい終わりだったと彼はあの知らせを見て思う。獣であることを選び、獣なのだと哭いて、最後の人間性を捨てて死を選ぶことの気高さはいっそ好感があったと言っていい。だから、ジェイは否定しなかった。
「そっか。私もお兄さんのこと、嫌いじゃないよ。」
「ありがとよ。」
 ――認められることが、好きであろうと見抜いている。
 ジェイが少女の「警戒」をくぐったのを見て、ヴィクティムもまたその性格を見た気がするのだ。
 少女は、――孤独だ。
 正も非もわからぬ少女を愛する彼女は、やりたいことをやっているだけで誰かの気持ちなど気にならない。故に、必然的に孤独だったのだと思う。ジェイに「警戒」を解いたのは「認められた」からだ。
 ヴィクティムには同情もないが、どこかで既視感がある。今は思い出すな、と己の脳に静止をかけて、外気の温度で冷やしていた。
 【拾式】が空気中に張り巡らされ、ヴィクティムの鼓膜を震わせたのも大きかったやもしれぬ。
「――あなたも、噂を? 」
「はい。噂を、聞きたくて参りました。ええと、小西さん? 朱音さん? のほうがよろしいでしょうか。」
「朱音でいいですよ。お名前は? 」
 繰った鋼糸を手に巻き付ければ、空気中にぴしゃりと赤が咲く。獣の四肢ははじけ飛んで、出来上がるのは肉だるまだ。血だまりを歩いたあとがコンクリートにしみついて、あっという間に「過去」になる。
「――クロト・ラトキエ(TTX・f00472)と。朱音さん。」

 楽天家の彼は、何でも御座れが売り文句ながら、何より生還を得手とする雇われ兵である。生き残ったら即ち勝利、勝ち戦でも死ねば無意味を論理として、彼はいつでも「余裕」を笑みで作っていた。呼吸するように他者に踏み込む悪癖は、今も行動として現れている。名前を呼んでしまうのは、無意識なのだろう。
「人を殺すのが得意? 」
「問答する気は無いですよ。噂だけをお聞きしたい。代わりに、私は何も押し付けませんから。」
 おしゃべりは、好きでしょう?
 傭兵の朗らかな表情は口から鋭いナイフを吐くもので、朱音も肩をすくめた。己の攻撃手段を封じられては、降参の一手しかないのである。クロトの狙い通りの反応であった。
「いいよ、じゃあお話ししようか。」
 ――感情など、厄介なものなのだ。
 少女がどのタイミングでどの本からどのセリフを引用しているのか。それが嘘であるならば、彼女の本当がどこにあるのかを三人はじいっと見る。先に遭遇した猟兵たちが仕入れた「嘘」を前提に、それを切り崩して検証していく。なるほど――。
「だから、この獣どもは継ぎ接ぎだってか。ワックド、――いい趣味だ。」
「褒めてないでしょ?ボーイ。」
「Arseneと呼んでくれよ、アカネ。」
 ヴィクティムが気づいたのならば、ジェイもその言葉の意味をすぐに受け取る。
 ――「つぎはぎ」の獣たちは、彼女の噂にあてられた人間たちから生まれたものだった。
「ああ、これがヒントだったのか。」
「ううーん。どっちかというと、考え方、みたいな。」
 口の端で確かに笑みを殺せないジェイがいる。
 楽しんでいる。――どうでもいいとは思えない。彼では考えつかないことをこの狂気たちはやってのけてしまうのが、下手なコメディよりも出来が良くて夢中になっていた。
「お前の『噂』が継ぎ接ぎだってか。傑作だな。」
「――待ってください。じゃあ、あなたの見た『かみさま』の噂って。」
 様子を見ている。
 クロトは、彼女の話ぶりをじいっと見ていたのだ。「緊張してるね」と微笑まれた気がする。

「うん、『――ぜんぶ、しろちゃんのことだよ』! 」

 本当に、感情なんてないほうがよかった。
 クロトが彼女から感じたのは、急に目の前で閃光弾がはじけ飛んだ時と同じくらいの衝撃だろう。
 彼女が悪意の権化であるのはわかるのに、それが急に爆ぜて ――クロトの観察眼を狂わせかねないものだった。今の少女は、「年相応」に見える。
「ヘイ、待てよ。お前の目的は――それだな? 」
 例えば退屈そうに言うのなら、せめて面倒くさそうに、それか狂っている善意で正義を歌うのならばまだ導きようがあった。ヴィクティムがつかんだ「真実」にクロトはいっそ恐ろしいとも思う。
 ひとの業だ。これが、彼女の願いだ。と――三人は知っただろうか。
「友達を、神様にしたい。だから君が――供物になるってことでしょうか。」
 眼鏡にさえぎられる蒼が、クロトの心を隠していただろうか。少なくとも、朱音の心を隠しはしなかった。
 心底嬉しそうに笑って、うんうんと頷いて両腕を広げるさまをみる。
「好きな人のためだもん! 全然、怖くないよ! 楽しい、今が一番、楽しい!」
 ムートンブーツのかかとで回る。
「だってみんなさあ、しろちゃんのこと可笑しい可笑しいっていうんだよ。私、しろちゃんは病気だと思うけど、そんなのみんなも一緒だって思うし。」
 ふわりとコートが浮いて、白い吐息も一緒に円を作る。
「薬飲んでもよくならないのにさぁ、しろちゃんのこと否定するのって、馬鹿じゃない?しろちゃん、そういうのが嫌だから殺してただけだよ。間違ってる? 間違ってないでしょ。」
 少女の鼻は少し赤くなって、そとの空気の冷えを思い出させた。
「変えようって頑張ってる好きな人を、――おうえんしてるだけだよ。」

 朱音の「かみさま」はどこにもいないのだ。
 たまたま、その場にいた都合のいい「かみさま」とすり替えただけ――彼女は、邪神すら利用する。
 危険だ、とヴィクティムは呆れただろうし、クロトは驚いただろう。そしてきっと、ジェイは笑うのだ。
「たいしたタマだ。簡単に死にそうにねェ。」

 ――誇らしげに笑う小さな体は、「愛」で出来ている?

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

鳴宮・匡
自分が世界を“そういうものだ”と受け止められたのは
何の期待もしていなくて
黒い海の底から見上げる何もかもが、灰色に見えたからで

……目の前の彼女は、
それとは違うように見える
それは、“どうして”なんだろう

発生した出来損ないは殺して通るよ
放置しておいたって面倒だしな
何をいくら接ぎ合わせていようと
頭を潰せば死ぬだろう

ああ、警戒しなくていいよ……いや、してないか
噂話を広めたいのも好きにすればいい
最終的な結果が俺の意に沿わなきゃ
勝手にどうにかさせてもらうけど

……少しだけ
お前の話を、聞いてもいいかな
世界がどういう風に見えていて
何を思って、どうしたいのか

別に仕事には関係ない、俺の興味だけだから
回答は、任せるけど


鷲生・嵯泉
悪意が不在だからと云って善意なぞに成りはしない
……好奇心だけで出来上がっているとは全く始末が悪い
其の成り立ちは決して己への「否」を受けれない
自身の行いの「非」なぞ気付かん故に

……鬱陶しい、邪魔をするな
其の身が崩れ壊れる前に、此方が砕いてくれよう
破群猟域に怪力を乗せ、敵は一気に叩き潰してくれる

お前が見た――否、お前の見る「神」とは何だ
救いが欲しいのでも、誰かを救いたい訳でもあるまい
お前の行動理由に好奇心以外が無いのだとしても
……「かみさまである」理由は有るのだろう

嘗て聞いた言葉が脳裏を過る
『かみさまにしたくない』
如何にも楽し気に「神」を弄ぶ姿を前に
掛け離れた心の籠っていた其の声が
今は――遠い


ヴィリヤ・カヤラ
◎△
人間って面白いよね。
色んな人がいるし、弱そうなのに時々すごく強いって思うよ。

襲ってくる敵がいたら影の月輪で食べちゃうね、
渇きは吸血の方が癒えるかな。
っと、それはいいとして…
ヴィリヤです、よろしくね。
自己紹介は大切だからちゃんとするよ。

噂を広めるのが好きなの?
どんな事が好きで何が嫌い?
彼女みたいな子は初めてだから色々聞きたくなっちゃうね。
それに色んな人間を知れば吸血の時や仕事で役立ちそうだし。
あ、でも噂話をしたいようなら内容も気になるから聞くね。

気になったんだけどあなたは自分を何だと思う?人間?
ちなみに私はヒトデナシかな。
文字通りの人でなしと、化物の「人で無し」どっちも絡めて良いかなって。




 世界は、「そういうもの」であふれていると思っていたのだ。
 当たり前のように沸く飲み水も、非常食に使えそうな高カロリーを日常的に消費するのも、何もかも生きる効率としては最悪なのに、それでいいのだと世界が言うから鳴宮・匡(凪の海・f01612)もそう思っていた。
 この世界は生きているのに生きているだけなのだと、まるで匡のようだとあきらめていたのである。
 そこに在れと言われたから在って、暗い海の底から――彼と世界はまるで水深ぶんだけ離れているように感じながら、生きていた。どうして守るのか、どうして強くならなくてはいけないのかもわからないまま、ただ仕事だからと殺すあの日々は無駄ではないけれど灰色だったのだ。
 今は――世界が見えるから、この少女のことも匡は見えている。
「ああ、警戒しなくていいよ……いや、してないか。」
 瞳の色を見れば、「わかる」。
 この少女は実のところ、人を一人も殺したこともなければ、きっと動物だって殺したことがない。
 だけれど、それを目にしたところで受け入れてしまえる心はどうして「そう」なのか匡にはわからないのだ。きっと、己のように「あきらめてきた」のとは違う。――どうして、そうなるのだろうと思わされていた。
 出来損ないどもは殺してきた。放置したところで、余計な被害を出しては面倒だから【死神の咢】は頭を射抜く。脳漿をぶちまけた痛みが声になるよりも早く、継ぎ接ぎはぐたりと倒れて黒に還るばかりだ。
 朱音は。
 ――穏やかな顔で、それを見ている。匡を見るのではなくて、消えていった獣のあとをみていた。
「どうして殺しちゃったの。」
「――やらなきゃ殺されてるからな。普通の人間なんだよ、俺。」 
 ひとでなし、であれ。
 体の構造は変わらない。匡とて頭に一発銃弾を受ければ死ぬし、心臓を刺されれば死ぬだけの身体だ。
「言っとくけど、俺らがみんなそうでもないからな。硬い奴だっている。」
「なんだ。残念。でもあなたは人間なんだね。」
 そうは見えないから、と付け足した言葉は――追わないことにした。
「……少しだけ。お前の話を、聞いてもいいかな。」
 共感したわけではない。
 これが好奇心ならば、匡は猫になってやるつもりもないが知るにはちょうどいい機会なのは間違いなかった。
「いいよ。」
 端的に返す少女の顔は、恐ろしいほど変わらない。何かにとりつかれていたり、それこそ洗脳なんかをされているのなら表情も読めるから所作もわかるのに、なにも「わからない」。彼女が人間で、頭が良くて、なぜか――死を待つ心の構造も不明瞭だ。この死神たる男には、ぬるい視線にある温かみが恐ろしいものに感じられる。

「お前は、世界が何色に見える? 」
「お兄さんと同じ色じゃないかな。ちゃんと光の三原色が反射し合った色になってるよ。」
 じゃないと、今頃車に轢かれて死んでるかもね。なんて笑ってみせた。
「だから『しろちゃん』が好きだなぁ。」
「――好き? 」
 眉根を寄せる。
 心の成長はすっかり遅くなった匡である、強烈な感情を朱音から感じても、その正体までは理解できない。彼の暗い海には、少女が抱くような表情は無かったのだ。
「無いもの、だからか?」
 珍しいものを集めるもの好きがいる。
 コレクターといってもいいが、彼らは集めたものをまた売りに出したりして生計を立てるから違う。どちらかというのなら、好きなものを集める熱狂さを感じるのだ。少女の瞳は、熱をはらんでいる。
「しろちゃん、私にないものいっぱいもってるからね。」
 ――それは、尊重なのに。
 どこか、見下して安心している気がしてしまうのだ。たびたび見かけるそれは匡の背をライターであぶったような熱で温める。銃を握らぬほうの手で腰を撫でた。そこには、何かがあった痕跡はひとつもない。
 それなのに、なんだか内側から焼かれたような気がして緊張が走る。顔も手も瞳にも、それを出さないように気を付けているが――じんわり、厚着した背中が汗をかくのだ。
 好きは、「こう」でない。――「こう」あってほしくない?
 何故?

「悪意が不在だからと云って善意なぞに成りはしない。」
 匡の思考を割ったのは、男の低い唸り声である。
 ごつりと重厚なブーツが地面をたたき、彼の存在を空間に知らしめた。鷲生・嵯泉(烈志・f05845)は血風を纏いて参上する。
「好奇心だけで出来上がっているとは全く始末が悪い。」
 嵯泉には、こういう手合いへの分析がすでに済んでいた。
 まともに話し合うにも言葉が通じぬ。通じすぎていて、かわされてしまうのだ。向こうは言葉の意味も裏もわかったとて、話しかける側からすれば先手を読まれたような気分になって一瞬怯んでしまう。その隙に怒涛の言葉でひねりつぶし、もはや暴虐と言っていい限りの言動で決して己への「否」を受けいれず、「納得させてしまう」。
 ほかの猟兵たちが説得に出たり、彼女を正そうとして反発されたりするのは当然だと知っていた。
 ――彼女の世界では、「非」なんてものがない。
 一国の将である。戦に生きるということは、敵のことを理解して、読み、徹底的に蹂躙するという過程を踏むのだ。
 匡が歩兵であるならば、嵯泉というのは将である。近くのところを匡が見るのなら、嵯泉がすべきは遠くから見ることであった。故に、彼は――少女という生き物をよくわかっている。
 邪魔をするなと【破群猟域】が展開される。じゃららと踊る剣鞭は、派手に血を生んだ。しかし、金夜叉の瞳は朱音から逸れぬ。
「救いが欲しいのでも、誰かを救いたい訳でもあるまい。」
「そうだね。助けてほしくないな。助けたくもないかな。助けるものは自分で選びたいし、助けてくれる人も自分で作りたい。」
 両手に白い息をはきかけて、あたためる朱音だ。
 止まらないし、止める気がないのであろう少女の振る舞いに、嵯泉が深く息をつく。
「お前が見た――否、お前の見る「神」とは何だ。」
 その質問には、朱音のほうが反応を見せた。
 神だとか、そういうものは政治の道具だと匡は思う。事実、宗教が都市を作ることもあれば国の法律になるところはあるのだ。
 宗教的に、を頭に着ければ免罪符になることもわかっているし、匡もそのまねごとをして潜んだりだとか、「溶ける」ということは経験がある。故に、彼は神というものに対してあまり意識はない。
 しかし、嵯泉は――「神」という概念に聡い。
「「かみさまである」理由は有るのだろう。」
 たった一人の人間が「神」になるというのは、もはや才能の域である。
 匡にも――そういう人が、いたわけだ。もういないが、それは名前をくれた存在である。その人が生きろというから生きて、意味も解らずに毎日を必死に殺した。一日一日を殺して、己の終わりを待った。来るべく時が来たら死ぬと思っていたのに――世界は、「神」はもっともっと、思っているものとはかけ離れた「わからないも」のであると知る。
 それに、「成った」というのは――たった数十年で「成れる」というのは、それに対する理解があるには違いなかった。

「人間って面白いよね。色んな人がいるし、弱そうなのに時々すごく強いって思うよ。」
 返事をしない朱音の後ろから、のんきな声をあげつつも警戒を解かないのはヴィリヤ・カヤラ(甘味日和・f02681)である。
「ヴィリヤです、よろしくね。」
 嵯泉と匡は、朱音に触れなかった。
 もちろん「そういう」マナーというのもあるが、危険だと思われるものには彼らが手を伸ばさない。しかし、ヴィリヤは肩に手を置いて顔を覗き込むように「あいさつ」をした。
 ヴィリヤは、吸血鬼の血を引く――正真正銘の、「ひとでなし」である。
 体に潜ませる【月輪】が彼女の影に紛れて血を吸っているのが、匡には見えていた。おぞましいものに対する注意は彼がこの中でいっとう素早い。視線もそちらにやらないが、視界の端で常にとらえるようにしておく。ヴィリヤと、朱音の表情からは目が離せなかった。
「こんにちは。――小西朱音です。」
「ねえねえ、気になったんだけどあなたは自分を何だと思う? 人間? 」
 やや食い気味で問うヴィリヤに対して、朱音のほうは反応が遅くなった。
 分析に時間がかかっているのではなくて、きっと彼女もヴィリヤの正体を感じている。
「人間ですよ。頭のてっぺんから足のつま先まで、人間。普通のね。でも、「かみさま」になりたいわけではないんですよ。」
 ――傲慢なように見えて。
 ヴィリヤがぱちぱちと瞬きを繰り返した。実のところ、ヴィリヤは人間というものには疎い。
 人間は彼女にとって餌である。偉大なる父を殺すため、世界を旅する彼女は穏やかであれど吸血という本能を捨てているわけではない。
 父を誇り、父を敬い、愛し、穿つ娘になるためにもその本能は切り離したりもしなかったのだ。
 いろんな人間を知れば、吸血の味とその感じ方に深みが出る。コーヒー豆にいろいろと種類があるのと同じように、わかっていれば飲むときにより深く味わえるのだ。仕事でももちろん役立つはずである。人間というのは、体の都合がヴィリヤよりも弱いから、突けば割れてしまう時があるのだ。あまりそれを食事以上で「したい」わけでない彼女にとっては「知るべき知識」だった。
「ふーん……?でも、しろちゃんのことが好きなんでしょ。どうして神様になってあげたいのかな。」
「かみさまが欲しそうだったから。」
 答えは、シンプルだった。
 ――願望をかなえる、というのはなるほど確かに神に近い。嵯泉が静かに続きを促していた。
「欲しそうだから、成ったのか。」
「だって、しろちゃんの世界ってつらいんだよ。お兄さん、統合失調症ってすごい世界で生きてるんだよ。ほら、さっき言ってた色がどうとかも自分の中では普通のことでしょ? でも、そうじゃないって切り捨てられるのって、つらくない? 」
 匡が問えば、答えが多く帰ってくる。
 ――確かに、前までの匡ならば「そうじゃない」と生きていることを否定されるのは耐えられなかっただろう。
 あきらめているから、否定されたところで納得をする。しかし、納得の先に待つのは死だけで「生きろ」と言ってくれた「あの人」を、仲間を裏切ることになるだけだ。
「そんなのが、しろちゃんは毎日あったの。」
 可哀想だよね、と表情を曇らせるのはまぎれもない演技であると嵯泉が射抜く。
「――ただ、お前には飽きぬ玩具であっただけだろう。」
「おもちゃじゃないよ。それは、ほんと。」
 でも、飽きないのは正解だと笑う。
「うーん、私も確かに、毎日変わったことを言ってくれる人って結構貴重かも。だってほら、話すことってワンパターンになっちゃうじゃない?たすけてー、とかころされるー、ばっかりだと面白くないもんね。」
 ヴィリヤの一言には、そうそうそう!と激しく首を振って同意をした朱音だ。
 ――天然の悪である彼女らには、善というものがない。
 また、朱音には同情というものがなければ優先順位はなにより己の「快」だけである。それを果たさぬ周りが「愚か」に見えてしょうがないのだ。

「もっともっとさあ、しろちゃんって認められるべきだと思うんだ。すごい想像力だよ! だって、病気だとしても考えてるのはしろちゃんじゃん! 」
「そうして――認めたのか。」
 無責任に。
 嵯泉の一言には、朱音も頷いてみせた。
 好きな人を、「かみさまにしたくない」と言った言葉が脳裏を小さな声で駆けて行った。
 本当は、そうあるべきなのだと思う。それこそ健全な関係で、認められるべき想いとこころのはずだ。だけれど、――そうでしか生きていけない命をまえに、「それは間違いだ」とこの少女に言えるだろうか。
「どうしていけないの? 友達も、好きな人も、みぃんな大事でしょう。」

 間違っているのは、――おまえたちだ。
 少女の表情は、「常識」を否定する。「常識」であることを拒んで、非日常にいる。いつまでたっても変わらない世界の価値観にしびれをきらして「ありとあらゆる手段」を使って「しろちゃん」を広めた。
 最初から、「神」などどうでもいいのだ。
「みんながしろちゃんを、認めてほしいの。そしたら、私すっごくうれしいな。」
 ――呪いのような甘い善意の皮をかぶった欲求は、まるで熟れた果実のよう。
 どこからかそんなにおいがしたような気がして、「ああ、香水か」と匡が己の鼻から意識が途切れていたことを思い出す。
 果たして、誰が殺される「猫」になり得ただろうか――?

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

巫代居・門
気になるもの、か。
知って触れて、自分と比べて、周りを見比べて、嫌な気分になるだけだろうさ。
俺はそう言う生き方だから。

重い体を忌縫爪に任せ、呪詛と破魔を織り重ね露払いとしようか。
多少の傷は無視。
暴れんなよ。上手いことカウンターで、急所を抜け忌縫。
俺は体力がねえんだっての。

朱音とかいう奴。
成る程、猟兵の存在も受け入れてんのか。
随分息がしやすそうな生き方だな。

でも、随分生きにくそうな息の仕方だ。
あるがまま。
自己確立の絶対性。
それが出来る奴は、崇められ、そんで嫉妬されて、呪われる。
尊敬と羨望と嫉妬で雁字がらめだ。

いや。
そうだな、違ったよ。悪い。

俺はアンタが、羨ましい。
要は、それだけか。


六道・橘
◎△
朱音さん貴女との対話を熱望します

全てにおいて優秀な選ばれし人
けれども何処か命が“淡く”見える
寸分違わず綺麗に狂っていて此世なんてどうでもいい
貴女は私の兄に酷く似ている、きっと恐らく――本当言うと忘れちゃったわ、兄なんていないのかもしれない

しろちゃん
好き?
しろちゃんが変わっていくから、好き?
私からは貴女が止まったまんまに見えるの
噂話は語れば相手が某かの反応を示す
それを貴女は自分に還元しているのかしらって

そうね、最後に貴女がお好きな空は?
私が好きなのは全てを溶かし尽す溶鉱炉の色した黄昏
――だけど、私は融けて同じになんかなってやらないわ

邪魔する獣は【九死殺戮刃】で潰す
九回の内一回は自分を刺し貫く


穂結・神楽耶
◎△
気になったものは、よく見て、考えて、それから触ってみます。
不用意に触れては取り返しのつかなくなるものもありますので。

だから。
危ないと分かっていて触れる手を止めるほど、親切にはなれないのてすよ。

きっと分かっているのでしょう? 小西様。
それすらも「やりたいからやっているだけ」なのでしょうね。
その好奇心と不用意さ、間違いなく人間ですよ。

――おいで、【焦羽挵蝶】。
速く舞い飛ぶ蝶に手を伸ばして、内側から焼かれなさい。

退屈に飢えて、超常に手を伸ばした結末なんていつもこんなものです。
それすら、きっと「面白い」とわらうのでしょうけど。




「あなた、神様なんだね。」
「いいえ。」
 ――否定は、早い。
 神様になれなかったのがこの穂結・神楽耶(舞貴刃・f15297)である。
 命は太刀、器に人を持つ願いをかなえられなかったなりそこないは、己の周囲を舞う蝶に獣を焼かせていた。
 早く飛び回る蝶を色違いの顔が追っては、振り払おうとすればたちまち炭になる。神であるはずがない、モノでしかこのような冷酷な攻撃もとるまいと思ったのだ。
 【焦羽?蝶】が織りなす風景はいっそ神秘的であった。
 蝶が舞えば鱗粉が余韻を残し、危険だと判断したものを獣は本能的に触れてしまう。逃げようとすれば仲間を突き飛ばすことになり、仲間が燃えれば足がすくむ。炭になる肉のにおいに鼻をつまらせているうちに胸から炎が咲いて死ぬだけだ。
 優しい温度は――このビル街に必要ない。だから、女神はただただよく見て、考えて、それから触るかどうかを考えていた。
 燃え征く獣たちに贈る言葉もないらしい。朱音は、その光景を見てどこか嬉しそうだった。未知を見るのがこの彼女にとってはきっと衣食住よりも必要なのだろうと神楽耶も思う。獣たちの肉がどこかで裂けたら、それも余すことなく燃やした。
「随分息がしやすそうな生き方だな。」
 その朱音の振る舞いに、巫代居・門(ふとっちょ根暗マンサー・f20963)が毒を零す。
 門は、気になるものを知ったところで、自分と比べて、周りと比べて嫌な気分になるのが常だ。
 卑屈である性分は、生まれ持った環境のせいもあろうが彼が生きた二十三年間で貫かれたものでもある。だから、今更変えるほうが――面倒くさいと思っていた。
「息がしにくいほうが好き? 」
 門の問いに、口を添えるのは朱音である。
「俺はそう言う生き方ってだけだよ。あんまり、こういうのをばらまかれちゃあ困る。」
 それには、おおむね神楽耶も同意であった。
 UDC職員たる彼らには、呪詛をまき散らされるという行為自体大迷惑のそれだ。しかし、そんなこと朱音は「知ったことじゃない」と切り捨ててしまえる。猟兵を受け入れ、邪神を受け入れ、存在を「認める」彼女は――きわめて、「一般人」の名札を盾にしたたちの悪い存在だ。
 暴れた獣を【忌縫爪】で仕留めてきて、門の額にも背中にも脂汗が浮かぶ。
「太ってるから、息がしにくいんじゃない? 痩せたほうがいいかも。」
「――大きなお世話だっつの。」
「自分で変えたほうがいいよって言ったのに。」
 理解している。
 門は、それくらいのことはもうわかっていた。だけれど、――そうできているのなら、彼は此処にいない。
 だらしがないことだって自分でももうわかっている。変えたほうがいいことだって何度も痛みを以て経験していた。だけれど、「そんなことをしたところで」今までは変えられない。
「啓発本でも出したほうが早かったんじゃねぇのか、売れるぜ。」
 ――生きにくそうだな、と朱音を見て思う。
 あるがままの女は、絶対的な肯定をまず己に抱いている。その時点で、もはや門とは大きく住んでいる世界が違うのだ。
 揶揄うようなデリカシーの無い一言は、本当に思ったことをいっているだけである。耳に入れたくなければこちらが無視すればいいし、反論があるのなら「どうぞ」と受け入れるのだろう。議論が好きなのは、革新が好きだからだ。
 生きるのがうまいのは――間違いなく、朱音のほうだろう。門は己が卑屈であるゆえに生きにくいのは承知の上だ。
「確かに、そっちのほうがよく売れたかなぁ。でも、どうでもいいんだよね。この後のこととか。」

「――あら。」
 無数の斬撃で獣たちを屠りながら、己の左手首を切るまでの所作が鮮やかだった。
 手首からたらりと垂れる赤は、殺した数だけ増えていく。【九死殺戮刃】の代償を払いながら六道・橘(■害者・f22796)は愛刀を抜いたまま歩いてやってきた。
 見慣れぬセーラー服に時代を感じて、まず朱音の脳内で検索は終わる。橘はふわりと笑って、「こんにちは。」とお目当てに駆け寄った。
 ――話がしたくてたまらない。
「ねえ、ねえ、朱音さん。ああ、私は六道・橘といいます。」
 血まみれの左手首の痛みなど、どうでもいいのだ。
 歪んだ桜の精は己の欲求のまま三人の中からたった一人――朱音をめがけて足を進め、恭しく挨拶をした。
 橘の評価として、朱音は「全てにおいて優秀な選ばれし人」である。しかし、命が「淡く」見えてしょうがないのだ。放っておいたら「桜にさらわれてしまいそうで」つかみたくなってしまう。だから、真っ白な手を握ってやろうとした。朱音は、抵抗をしない。
「こんにちは。――きれいな人ね。」
「貴女のほうが。」
 会話のやりとりだって、寸分違わず綺麗に狂っている。
 朱音が主導権を無意識で握ろうとするのなら、橘もまたそれに合わせようとして二人の歯車がかみ合わない。そのまま横転して、転がってしまえたらどれだけ幸せだろうか。少女同士の睦み合いにも等しい熱烈な「狂気」に門は閉口するし、神楽耶は「視る」に徹している。
「貴女は私の兄に酷く似ている、きっと恐らく――本当言うと忘れちゃったわ、兄なんていないのかもしれない。」
「そうなの? でもたぶん、お兄さんのほうが素敵よ。」
 ああ、ほらまた!
 橘にとって、兄とは「謎の根本」だ。双子の兄がいる。
 ――それは、現世に生まれる前。橘が「殺された」時にいたはずの存在だ。己が死んだのなら、片割れのそれも死んだはずなのに此度はひとりで己の謎を一緒にさ迷い歩いている。どこにでもありそうな「解」は何処にもなくて、面倒を感じてどれもこれもを殺したくなる時だってあった。なぜなら、「前から」殺したい何かがあったのだから――何一つ、つかみきれないときにようやく対面したのである。
 「兄と同じ世界に生きている」少女は、やはり、「いないかもしれない」淡い兄に似ている気がした。
 手首からの出血がはたはたと赤いトレンチコートに染みを作っていても、朱音は気にした様子がない。気付いてはいるのに、気が済むまでそうしたらいいと思っているようだった。
「ねえ、朱音さん。――しろちゃん、好き? 」
 どうか教えてくれ、と歪みが叫ぶ。
「しろちゃんが変わっていくから、好き? 」
「うん、退屈しないからね。」
 甘い声に答えが隠れている気がする。それは、果実の中に必ず「種」があるのと同じような確信があった。
「どうして? 私からは貴女が止まったまんまに見えるの。」
「止まってるねえ。」
「なぜ? 噂話は語れば相手が某かの反応を示す。貴女は――それをどうして、自分に還元しないの? 」
 浅い息とともに語調は穏やかなのに、いっそ呪詛の様に早い問いである。
 確かに、わざわざ「嘘」を撒いてまでこの少女が「しろちゃん」を持ち上げるには彼女に利益が少ないのだ。
 たとえ己の呼び出した邪神が「おとり」だとして、己の命をかけるほど――意味があるだろうか。門が己の唇を撫でながら、考える。
「私が死なないと完成しないから、かなあ。」
 朱音の「解」だった。
 橘に手を握られながら、心底嬉しそうに言う。

「――おいで。」
 神楽耶に課せられたのは、獣の焼却だけだ。
 舞った蝶は一匹神楽耶のそばに戻ってくる。差し伸べた右手の人差し指に灯って、小さく羽を動かしていた。
「視ていらしたでしょう。退屈に飢えて、超常に手を伸ばした結末なんていつもこんなものです。」
 ――多くの「悪」を見てきた。
 そして、それはすべて「過去」と「邪神」にすがり、「猟兵」にきれいさっぱり消されていく。
 それがこの「世界」が望んだことで在り、未来が肯定する宿命であるのだ。この少女には、それを見せておきたかった。
 まだ、今なら引き返せる。触れ切ってしまった手を離してさえくれれば、その皮膚を断つことくらいは神楽耶にだってできる。責任をもって、傷まで治癒してやってもいいのだ。望まれれば、そう「できる」。
 ――なのに。
「それすら、きっと「面白い」とわらうのでしょうけど。」
「やっぱり、神様なんだね。私の思っていること、わかるんでしょ。」
「その好奇心と不用意さ、間違いなく人間ですよ。」
「人間でしかできないことを、したくって。愚かなのが好きでしょう。」
 神楽耶を焼かない蝶の熱が、強まる。
 頑張っている人間が好きだ。あきらめない人間が好きだ。生きることに懸命な人間が好きだ。死ぬまで人間は人間らしく、弱くても確かに在ってほしいと思う。弱いのならば神楽耶が守るだけだ。今度は守れないなんてことはない、――絶対に果たすと決めたのなら、そうする。
「だから、あなたは神様なんだよ。」
 ひとのこは、胎から悪魔を生むのか?
 門はそのやり取りを聞きながら、己の口から言葉すら吐かない思いが渦巻いているのが鬱陶しいのだった。
 ――崇拝、嫉妬、呪詛、尊敬。
 がんじがらめの生き方をする朱音の行動は、その重さを楽しんでいるようでもあった。
 猟兵たちに問われても、「受け入れ」はせど、けして「曲げたり」しない。門だったら、これだけの人数に話しかけられては「はいじゃあもうやめます」なんて降参しようと思ってしまうのだ。危ないから下がっていなさいと誰かが前に出るのなら、喜んで戦線を代わる。己の身を弁えている――失敗する確率のほうが頭の中で考えやすいからだ。
 ゆえに、やりとりは静観をしていた。最初の問答で、朱音の「絶対」には相手をしない。それが門なりの勝負で在り、武器であった。
 だというのに、あっという間にからめとられてしまう心がわからない。

「俺はアンタが、羨ましい。」

 口元に右手をやって、こぼした門の瞳は張り詰めていただろう。
 それだけなのだ。生きづらいのは、息がしにくいのは、――そうしていてそう思っていて、そうあってくれと願うのは、この場で門だけである。
 朱音の歩調は、狭くても穏やかで軽い。あっという間に門から離れて、神楽耶を置いて行って、彼女に寄り添うのは橘だけになった。
「ねえ、最後にもう一つだけ。」
「何かな。」
「貴女がお好きな空は? 」
 ――本題とは違う問いだ。
 だけれど、ちゃんと考えて答えるのが朱音らしいと橘は思う。長いまつげを震わせて、思考に唸る横顔のきめ細やかさを見ながら答えを待った。
「夜空かな。発見が多いから。」
「そう、夜空! 」
「星の数とか、暇なときによく数えたりするよ。あなたは? 」
 橘が、足を止める。
 朱音との距離が少し開いて、振り向かせた。
「私が好きなのは――全てを溶かし尽す溶鉱炉の色した黄昏。」
 どろりとした金色の空を思い出す。
 太陽が飲まれてよると混ざり合う時である。あの時、太陽は死んでいるのだろうか――。
「――だけど、私は融けて同じになんかなってやらないわ。」
「あらら。残念。」
 明確な拒絶で在り、容認であった。
 少女二人、歩む道はよく似ておれど片や人殺し、片や人でなし。罪びとと悪人の会合は恙無く終わる。
       オモイ
 ――あたりに呪詛を撒いたままで。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ルベル・ノウフィル
【金平糖2号】
緋雨殿(f12072)と。

pow UC墨染
緋雨殿はお優しいですから
このような依頼は心が傷つくのではないかな、と思いながら前に出る
前衛として後ろを庇いましょう/オーラ防御

獲物は妖刀墨染
早業で敵の足元に念動力でトンネル掘りをしながら切り捨てます

やあ、貴方。長くないのですか。素晴らしい。
嘆くことはございません、それは解放…僕がもっと早めて差し上げましょうね。はやく死にましょう、ふふふ、わぁい…おっと、緋雨殿の目を気にしなくては

朱音殿でしたか、そこの愛らしいお嬢さん。面白い事がお好きなのですって?
僕もね、好みますよ。ご覧くださいこの死霊たち。とても愉快な者どもで。見えます?見えない?


天翳・緋雨
【金平糖2号】(ルベル君:f05873と一緒に)
【SPD】
ルベル君と一緒に行動するのは初めてだけど…
あれ?術者系かと思ったら随分前に出るね!?
気遣われちゃったかな…

でもボクが活きるのは遊撃手だから彼との連携を図りつつ前に出よう

UCは【陽炎】を

手鏡を覗き込むと軽く自己暗示(『勇敢な猟兵』の演技開始)
バンダナを解いて第三の瞳を顕わに
近距離転移を軸にダッシュ・ジャンプ・空中戦での高機動と見切りによる回避で『キメラ』の包囲を封じて属性攻撃(雷撃)で一体ずつ確実に葬る

問題の少女は…酷く破滅的だね…
怪異と出会っても退ける事など出来ないだろうに
けれど、観察は必要だろうね
彼女を討つべきかどうかの見極めの為に




「やあ、貴方。長くないのですか。素晴らしい。」
 ビル街は「あえて」選んだのだろう。
 人の念が多い。どれも生き生きとはしておらず、毎日に追われて抱かざるを得ない目標のために疲れていた。
 ルベル・ノウフィル(星守の杖・f05873)にとって癒しとなるのは、その中でもいっとう「救われない」ものたちだ。
 人狼であることを隠しもしないが、赤色の瞳には孤独も隠さない。素直な所作と表情を見せたのは、目の前の少女が「薄い」存在だと理解しているからだ。死期が近い――自分から歩いてやってくる少女も、早くルベルの空洞をいやせばいいと思っている。
 妖刀はゆらりと鈍く光り、名を墨染という。それに宿る悪霊の願いをかなえてやるのが、ルベルにとって少ない癒しであった。
「可愛いお嬢さん。面白い事がお好きなのですって? ――僕もね、好みますよ。ご覧くださいこの死霊たち。とても愉快な者どもで。」
 朱音は、じっくりとルベルを見ている。
 警戒の色は見当たらない。「死にかけ」ゆえに今更恐れるものもないのだ。ルベルもまた、それはよくわかるから――早く死ねと思う。
「見えます? 見えない? 」
 聞こえるというのは、誰にでもそうであるというわけでない。
 見えてほしいと、少しは思ったかもしれなかった。狼の耳は小さく動き、レーダーの役割を果たす。少女の呼吸を、その微弱な心拍を逃しはしない。それでも、一つも――変わらなかったのだ。
「あなたも、しろちゃんと一緒なの? 」
「病気ではありませんよ。」
「そうなの? 病んでる人はみんなそういうけど。」
 ルベルに切り伏せられた獣たちを足場に、よいしょと踏み出してムートンブーツの表面を黒く染める。もったいない、と思ったりもしないのだ。美しい服が汚れることよりも、ルベルが気になってしょうがない朱音である。
「ねえ、何隠してるの? 」
「はは、隠してなど! 」
 ――ここで、殺してやってもいい。
 目の前にやってきた少女は、赤の瞳をのぞき込もうとルベルの顔に顔を近づける。色気などその空間にはなかった、ただただ探求したいという人間らしい想いがこもってぐるぐると漆黒を生み出している。これが呪詛でないというのだから、「天然」というのは面白いなとまた、ルベルも笑った。
「もっと早めて差し上げましょうか。」
「何を? 」
 ――死ぬのを。
 怨霊の喚きはうるさい。
 早く死ね、早く死ね、殺せ、殺せ、殺せ――!!
 叫ぶそれを聞こえているのはルベルだけだろうか。それとも、この朱音も聞こえたのかもわからぬ。ルベルの鼓膜を震えぬ空気が埋め尽くして、耳鳴りがしてきていた。早く殺せば、怨霊の願いは果たしてやることができる。その怨霊は、「殺していい」とルベルのおさない体に訴え続けている。子供が駄々をこねるように、癒してやっただろうと喚き散らすのだ。事実、殺してしまってもいい気はしている。
「いいけど、私を殺したって何も変わらないと思うな。」
「は、――? 」
 少女が困ったようにのんきに笑って、張り詰めた空気がほどけてしまった。
 怨霊が喚くのをやめないのに、その表情の変化でルベルの意識は顔が近い分だけもっていかれる。――大事なことを聞いた気がするのだ。
「貴女を殺しても、別の貴女がいると? 」
「私で出来ることは、皆できるってことだよ。」
 可愛い坊やにはわからないかな。
 くすくすと笑うその顔が次は憎らしくって、ルベルはやっぱり切り捨ててやってもいい気がするのだ。しかし、今は果たせない。ルベルが前に出てきたのには理由があった。できる限り端的に終えていたかったのだが、朱音の時間稼ぎを喰らってしまうのである。
「ルベル君、術者系かと思ったら随分前に出るね!?」
「緋雨殿。すみません、ついつい居ても立っても居られなくて。」
 雷撃一閃。のち、――顕現。
 天翳・緋雨(時の迷い人・f12072)の人となりは、よくよくルベルも理解している。
 時に置き去りにされた力を追い求め、己の体を改造させていてなお滅んだ一族の宿命を背負い続ける信念はまぎれもなく「善」の象徴と言えた。己の身勝手に生きぬ彼は、果たすべき任務を果たし、決して折れず機械になる前から心も体も磨き続ける時の止まった少年だ。
 ゆえに、――ルベルのやり方を見ていたら、顔をしかめたやもしれぬし、心を痛めたかもしれぬ。
 ルベルは利己的だ。本質的には「悪」らしいし、朱音に近い。だけれど、緋雨は違う。己を見つめ返すことはあれど、その性根は生真面目で熱い心を抱くのだ。助けられるものは助けてやりたいし、そのためなら機械となった体も生身もすべて使って勝ちに出る。
 だから、――気を遣われたというのも感覚的に受け止めてしまうのだ。
 ビル街を選んだのが「計算」だとするのなら、ルベルが緋雨を「まいた」のもうなずける。まるで、迷路のようだった。
 彼の出身でない世界にそびえたつこの塔ともいえる数々は、背が高く空を狭ませる。せめて太陽があるからまだ、方角はわかるもののこれが夜なら確実にたどり着くのにもう少し時間がかかっただろう。獣たちをCODE【陽炎】でいなしてきた彼とて「演じていても」想定はできた。
 ――第三の眼がぎょろりと見る。件の少女はそれを見てもおびえないし、むしろパフォーマンスを喜ぶ観客のようだった。
「すごぉい! 雷だ、私、落雷初めて見たかも! 」
 破滅的だ、と思う。
 恐ろしいものを「すごい」と受け止めてしまうのは、はっきり言って無謀と変わらないのだ。「勇敢」を自分に自己暗示をかけているからこそ、その重さは緋雨もよくわかる。ゆえに、ここは「おびえる」のが生き物ならば正常なのにそれがなかった。
 きれいさっぱり、「おびえる」ことがない少女は――この世界であっても、どこであっても生きていくには難しい。
「こんにちは。ええっと、朱音さんかな。」
「はい。緋雨さん。」
 人当たりもよろしい。
 ルベルが狼耳をやや平行にして、不機嫌そうに口をとがらせていた。「まだ話が終わってません! 」と愛らしくすねているのを朱音が見る。
「そんな顔もできるの? すごいね。」
 ――余計なことを言う。
 ますます腹ただしい。殺せるものならどうぞ殺してみろ、大事な「やさしい」友達の前で、と馬鹿にされている気がしてならぬルベルだ。
 使命に燃えているのは、緋雨のほうである。
 ルベルは「殺せるのなら殺してもいい」と思っているが、緋雨は「猟兵」であることに使命をちゃんと抱いていて「わきまえている」のだ。
 猟兵は、世界の害となる「過去」は斃すべきだがそうでない「未来」を摘んではならない。世界単位で見れば、調停者なのだ。
 戦争が起きてもそれが「人間同士の争い」ならば止めるに難しいし、それに「過去」が絡んでいるのならば止める義務がある。ゆえに、――この少女に皆が手を焼くのだ。
「キミ、さ。ボクが言うのも、ちょっと失礼かもしれないけれど。」
 そういうのを、わかっているでしょう。
 人の都合を見抜くのがうまいのだ。手出しできない空気をうまく少女は感じ取っている。
「あはは、そりゃねえ。だって、私なら私なんてもう殺してるから。殺さないってことは、殺せない理由があるんでしょ。」
「そうだね。――怪異と出会っても受け入れた君は、限りなくグレーだとみていい。」
「お優しい。僕には真っ黒に見えてしょうがありません。」
 肩をすくめるルベルは、じっと少女を見た。
「でも、面白いとは思いますよ。」
 そうでしょうと嬉しそうに笑う。

「そういう風に思う人が、私のほかにもいっぱいいるってことだよ。」

 討つべきか、討たざるべきかはわからない。
 緋雨の第三の眼が見て、サイバーアイが見たとて、彼女の言っていることに「嘘」は無かったのだ。ルベルもよくよく視ていたが、彼女にまとわりつく怨念もその痕跡も、実のところ呪詛も――噂のもの以外はそれほどみられない。
「もし本当にそうなら、この世はまだまだ面白いのかもしれませんね。」
「――もっと面白いもの、ほかにあると思うけどね。」
 罪のないところで踊る、「罪」らしい少女の遊戯はまだまだ続くのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

相模・恭弥
◎△
他の猟兵と話してるのを横目に必死に妖刀を振るう。必死にとは言うが別に懸命に力を奮ってる訳じゃない。振り上げて、振り下ろすぐらいしか出来ない俺には、こんな雑魚も一苦労なんだ。本当さ!

その割に舌はよく回る?
ククッ、そりゃそうさ!嘘付きってのはこういう生き物だからなぁ!人間らしいだろ?お前とよく似てさ!

思わず親近感すら湧いて来そうじゃねぇか!
ククッ、まあ俺とお前では質が真逆で相容れねぇがな?
我が儘で自己中で憎たらしい。
それがまた人間らしくて愛おしい。

ククッ、ガキに一目惚れた情けねえ。首を掻き斬りたくなる想いだ、まあどうでも良いさ。

さぁて、見物だ

俺はこう(猟兵)なった

お前はどうなる?

どうなりたい?


花剣・耀子
◎△
……なにかしらね。
咎める筋でもないのだけれど。モヤモヤするわ……。

ともあれ。
ひとまずは、やることをやりましょう。
つぎはぎの獣たちを端から切り崩してゆくわ。
事情も経緯も関係なく、UDCを野放しにできないという一点は、確かなこと。
これ以上、有象無象に広がられても困るのよ。
散りなさい。

そうね。噂を聞きに来たし、きみにも興味があって来たの。
怖いとは思わなかったのかしら。
死んだら死んだでそれでいいって、思っている?

好きにしたら良いとは思うわ。
きみの在りようは、あたしが咎める筋でもない。
踏み外す前に手を伸ばして、踏み外したら斬るだけよ。

……だけれど、やっぱりモヤっとするの。
きみはまだ、ヒトなのかしら。


リーオ・ヘクスマキナ

邪神を、見て。何もなかったかのように、平然と噂を広め続ける?
……普通に考えれば、きっと止めるべきだ。あるいは討つべきだ。すぐにでも

でも、彼女は「にんげん」なんだ
どんな選択肢を選ぶかは彼女次第だろうと。警告はするべきだ
(……あるいは、「止まらなかった」彼女を討つ事への、自分への免罪符かもしれないけど)

(近辺の敵と戦うのは赤頭巾さんに任せて、どうしても取りこぼしたのを散弾銃で対処)

確かに退屈はしないかもしれない
出来ないっていう方が近いけどね

俺は、記憶が亡い
とても大切なモノも、多分亡くしてる
亡くしたって記憶さえ、亡くしてる
もしかしたら、人間ですら無いのかも

……失ってからじゃ、取り戻せないんだよ?


霑国・永一


人とずれてるって言うから見てみれば、なんだ『普通』じゃあないか。
俺も暇は潰せるに越したことは無いからねぇ。人生は刺激で彩らなければ腐敗するというものだよ。
非日常も慣れれば日常。更なる非日常を求めて君は何処まで行くやらだ

…ああ、会話の邪魔をしないで欲しいなぁ。ペットはこの玩具で遊び、ペット同士でじゃれ合いでもしててねぇ。死んでも構わないよ、そらっ(狂気の爆弾を敵付近に投擲し、敵同士の殺し合いを眺めながら会話続行。近づく敵にも会話しながら随時投擲)

さて邪魔が入って悪かったねぇ
朱音と言ったかな、俺も君と同じで退屈を嫌い様々な世界を開拓するただの人
君が視たものに大変興味がある
是非とも教えて欲しいなぁ




「……なにかしらね。」
「何だと思う? 」
「……咎める筋でもないのだけれど。モヤモヤするわ……。」
 あたりには血の海が出来上がっている。
 【《花剣》】が咲き誇ったあとに残るその光景に、少女が二人見合って片方が笑い、片方は眉をひそめていた。
 じいっと絡み合う視線の蒼が花剣・耀子(Tempest・f12822)である。冷徹であり冷淡である彼女の表情が少しずつ疑念と不可思議と興味に揺れるのが面白くてしょうがない朱音は、漆黒を少しも揺らさなかった。瞬きすら、丁寧に行われていたといっていい。
 やるべきことはやった。継ぎ接ぎの獣たちを切り伏せて、哀れな彼らで在ると知りながらも無慈悲に還す。
 ――耀子がUDCエージェントである限りは、事情も経緯も関係あるまい。UDCを野放しにすることは彼女が許せないことだ。この花剣の前にて、有象無象が散ることなどは「花弁以外に」ありえない。
「きみにも興味があって来たの。」
「そういう人がいっぱいいるね。どうして興味を持つの? 」
 私、普通の人間だよ。
 笑う少女がどうみても「人間」で驚くのはリーオ・ヘクスマキナ(魅入られた約束履行者・f04190)である。
 そもそも、この少女の在り方がもはや恐ろしかった。精神を侵す邪神を何もなかったかのように受け入れて、「あのね」と存在を広げ続けている。果てには、己の「友達」をかみさまにするというのだ。
 それは、――つまり。
「邪神を作りたいって? 」
 狂ってる。
 間違いなく、この少女は「おかしい」のだ。
 精神を侵そうにも邪神すら侵せない。なぜなら、普通の人間と比べて「おかしい」からその狂気が彼女という迷路の中で迷子になっている。リーオの頬を撫ぜているはずの銀髪が冷たくもあたたかくもなくて、余計にこの少女の異質さを見せつけられる。
 普通に考えればここで「殺したほうがいい」のに、それを決めるのはリーオでないのだ。「殺したほうがいい命」なんていう采配は、彼が決めていいものではない。人間であるべきは、「にんげん」である限りは「にんげん」が裁くべきである。それでも、この彼女には「何の罪もない」のがまた――計算であるというのなら、リーオにできるのはたった一つに限られた。
「俺は、記憶が亡い。とても大切なモノも、多分亡くしてる。」
「あら。それは、それは、うーん。寂しいね。」
 少女に問いかければ、ぱちりと耀子から視線を外して右にいるリーオの表情を見る。
 思い出す顔には散弾銃が握られていて、赤と灰色のコントラストがビル街を染めた。
「亡くしたって記憶さえ、亡くしてる。」
 【赤■の魔■の加護・「化身のイチ:赤頭巾」】が戦場を駆けていく音が耳をかすめていく。
 獣の慟哭をぐちゃぐちゃにして、はじけ飛ばせてまた次の獲物を狙う彼女が視界の端にいるような気がして、ぎゅうっと目を閉じた。
「もしかしたら、人間ですら無いのかも――。」
 だから、これは警告だ。それしか、リーオにはできないと思った。
「……失ってからじゃ、取り戻せないんだよ?」
 彼女を「止められなかった」責任から、逃れたい。
 これは予防線だ。「俺は止めたよ」としれっと言って逃げてみせるためのものである。その狡さがわかっている。けして正義らしくはないけれど、それしか言えないという確信があった。
「――なくしたら」
 だって。
「また、作ればよくない? 」
 少女は、こう言ってしまうとわかっていた。
 ぎゅうっと口を一文字に閉めて、リーオが思う。この彼女に「だいじなもの」なんてないのだ。
 壊れたらそこまで、死んだら終わり、来世もなければ現世は地獄で、このビル街でこの瞬間息をするのだって、全部全部どれにも「期待していない」。助かろうと思っていないから、朱音が猟兵たちをかわしていくのは分かっていた。助けたくとも、助けられない環境を作っていく。
「人とずれてるって言うから見てみれば、なんだ『普通』じゃあないか。」
 それがまた、いっとう人間らしくってリーオは胸をざわつかせるが、霑国・永一(盗みの名SAN値・f01542)は違う。
 永一は、この朱音には同意を示す存在である。
「ああ――会話の邪魔をしないで欲しいなぁ。そらっ。」
 病原体の女王と会話しようとするのなら、勇敢な人形たちがとびかかる。
 永一が面倒くさそうに【盗み狂う狂気の爆弾】を投げたのならば、磁石どうしのように獣たちがたちまちかみ合った。
 混乱の悲鳴と痛みの嗚咽が広がるのも煩わしい。フードの内側に手をやって、左耳を抑えながら改めて永一は朱音を見る。
「邪魔が入って悪かったねぇ。」
「いいよ、勝手に沸いたほうが悪いんだし。」
 また、――違和感を感じるのが耀子だ。
 この少女が噂を振りまいたから、この獣たちは沸いたのに「望んでもない」と朱音は切り捨ててしまう。普通は、知能犯というのは嬉しそうにこういう「手足」を自慢するのが支配的であるというのにそれが一切ないのだ。
 先ほどから、猟兵たちが懐柔しようとすれば拒んで、共感しようとすれば受け入れている。そして、話を聞きだしては煙に巻いて逃げていくのを繰り返している気がしてならない。真面目な顔がますます不思議で埋め尽くされるのがかわいらしく想えて、朱音が笑った。
「俺も君と同じで退屈を嫌い様々な世界を開拓するただの人。だから、君の視たものに大変興味がある。」
 教えてほしいな、と笑う永一だって、退屈は嫌いだ。
 退屈は人生の天敵であるといっていいし、おそらく唯一確実に永一を殺す方法があるとしたら「退屈にすること」なのだ。
 暇は潰せたほうがいい。永一の視る限り、普通の人間は常にスマートフォンか景色か、本を見ているように思うのだ。
 どこでもせわしなく五感を動かして、知ることをやめられない一般人とそれが「できすぎて」暇になった朱音の違いなんて無いように思う。事実、彼女は――「私を殺してもまた私ができるだけ」と言った。
「人生は刺激で彩らなければ腐敗するというものだ。さて、君は何処まで行った?」
 少女が何を使っているのかは、分かる。だから、朱音も嬉しそうに口を開いた。
「どこに行ったかな。迷子かもね。でも、なにもしてないよ。」
 彼女は本当に「噂」の最初しか関与していない。友達の異常を受け入れて、褒めて、あいして、それを他人に言っただけ。
 面白おかしく広めてしまったのは「どれもこれも第三者」だ。
「わかってたんだろ、皆広めるって。」
「わかってたよ。でも広めたのはその人たちだよ。」
 人の悪意をなぞるのがうまい。
 ――耀子も視てわかった。彼女のやっていることは「ただやっているだけ」なのにそれで人を巻き込んでしまう、台風の目なのだ。
 歩く災害と言っていい。いいように使えば彼女はそれこそ、天才となっただろうとも察することができた。未来さえ選べば猟兵になれた矢も知れぬのに、とことん――もう、今は「薄い」。
「クク、ッ――ははははっ! なんだ、なんだァ、こいつら、どれだけ沸きやがるッ!! 」
 沈黙を作らなかったのは、相模・恭弥(レッツエンジョイ・f18126)である。
 小悪党の嘘つきである彼は、刀を振り上げてはただ降ろし【妖剣解放】で獣を真っ二つに切り裂いてはまたそうした。
 朱音の注意を奪って――己と視線をわざと交わさせる。
「こんな雑魚も一苦労なんだ。本当さ! もう勘弁しろ! 」
 その「場」を持っていかれては、猟兵たちのほうが狂気に落ちかねぬ。
 わからない、というのは生物的に恐怖を煽るのだ。だから、知識欲があって、それは生きる力に直結する。
「でもよくしゃべるんだね。舌を噛んだりしないし。」
「ククッ、そりゃそうさ! 嘘付きってのはこういう生き物だからなぁ! 」
 こういう――「悪」が何をするのかは、恭弥こそよくわかっていた。
 恭弥もまた、狂言回しや詐欺師というわけでない。ただただずっと嘘をついて、相手の反応を見ているのだ。それが楽しくてしょうがないのを歪みと誰が言えるだろう。
「人間らしいだろ? お前とよく似てさ! 」
 肉片が飛び散って、灰色をどす黒く塗った。
 恭弥が大きく息を吐けば、その分白色が空気へ出て溶けていく。
「そうだねぇ。」
 へらりと笑った少女の顔は、肯定で満ちる。
 嘘つきだという自覚がある。嘘をつき続けないといけないわけではない、彼女は――目的のためにそうしているだけだと恭弥は分かっていた。たいていの「大悪党」はいつもそうする。「小悪党」の彼とは違う質のいい嘘は、「真実」とほぼ変わらない。
「我が儘で自己中で憎たらしい。それがまた人間らしくて愛おしい。そうだよなァ――? 」
 憧れとは程遠い。
 その有様は恭弥とは正反対だ。だからこそ、首を掻き斬りたくなるほど愛おしく思えてしょうがない。彼女こそ矛盾の象徴で、恭弥のあふれる好奇心と欲の象徴ではないか! これが一目惚れでないというのなら、なんだと言ってくれるのか。それに応えも求めてはいないが、ただただ恭弥の中にあふれるのはその「想い」であった。
「どうだろ。他人にそこまで思ったことないかなぁ。」
 少女は、つややかに笑う。
「ねえ、じゃあ『しろちゃん』にはないの? 」
 純粋な疑問だった。リーオがそう尋ねれば、「うん」とすぐ朱音は返す。
「私が好きなのは、自分だけだし。」
「ははは。うんうん、かみさまってそんな感じだ。」
 永一がそれが彼女の「見出した」神様なのだろうと思う。
 等しく人類が好きで、ひとしく――人類に、情がない。
「好きにしたら良いとは思うわ。」
 そこに、ぴしゃりと水面をたたくような耀子の声が飛び込んだ。朱音が終わりに、――耀子を見る。
「きみの在りようは、あたしが咎める筋でもない。」
「よくわかってくれてるね。」
 この少女は、ヒトだ。
 先ほどから耀子の中でもやもやとした割り切れない感情にイライラとしていた。
 この少女が「汚染」されていて、それを洗ってやればきれいになるというのならばそうしてやればいいだけなのに、それでは割り切れずに「あまり」が出てしまう気がしてならない。
 その「あまり」の正体が――彼女の正体だと思ったのだ。
「死んだら死んだでそれでいいって、思っている? 」
「死ぬことを、怖がりすぎじゃない? 」
 少女は、交差点の真ん中に立つ。
 UDC職員たちの手によって人払いを受けた環境では、車もバイクも自転車も通らない。何事もないように切り替わる信号だけが、少女を認めていたのだろうか。
「死を――いいように見すぎだよ、みんな。だから怖いの。」
 笑みが、本当にあどけないそれだった。
 リーオは叫びだしそうになるだろうし、永一は納得するだろうし、恭弥は喜びが高まるだろうし、耀子は、驚いただろう。

「死ぬだけだよ。」

 ――ごろり、と。
 獣たちの死骸が転がる中で、少女は心底嬉しそうにしたのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

狭筵・桜人
こんにちは朱音さん。

これからバイトですか?
喫茶店は自宅から遠かったりします?
知らない男にいきなり下の名前で呼ばれてどう思いました?
最近怒ったりしたことありますか?

――あなたみたいな人を見てると少しだけ安心しますよ。
自分の方がよっぽど人間らしいなって。

『怪異具現』。
『蛆』のUDCたちに獣を任せます。
ナンパ中に横槍入れられたくないので。

で、これなんですけど。
気持ち悪いなって思います?
私は虫とか苦手なんですよねえ。

――少しだけ羨ましいとも思います。
全てを受け入れられる強さってやつ。

うーん、でもねえ、多分ですけど。
あなたのソレって人としての“欠陥”だと思いますよ。

……って言われてどう?怒りました?


ヌル・リリファ
◎△

むかってくる相手はひかりの武器できりさく。

……この世界の普通の日常っていうのは。
学校にいく、とか文字だけでならすこしはしってるけど、実際に過ごすそれがどんなのかなんて。
ラボですごしていたわたしの普通とはちがうものだっていうことくらいしかわからない。

人形とちがうのなんてあたりまえだし、つまりなんにもわからないのと一緒だよね。

だから、きいても彼女にたいして特別な感情をいだけるのかとかはわかんないけど。(全然想像できない、わたしから遠すぎる話だったらそういうものか、くらいしか抱けないだろう。)

どちらにせよ情報はあつめないといけないし、はなしをきくよ。

……かみさまにするってどういうことなんだろう?


ジャック・スペード
◎△

気になるモノは矢張り
この目に映して解析したいと思う
それで全ての謎が解ける訳じゃ無いが

まあ、無駄だと思うが一応言っておく
此処に居ると巻き込まれて危ない
あんたは逃げなくても、良いのか?

誤射などする積もりは更々無いが
ヒトらしい反応を見たいと思って、威かす響きを敢えて

襲い来る獣たちには麻痺の銃弾を
リボルバーから乱れ打ち足止めを
その隙に接近してハインリヒを嗾け各個撃破
久々の餌だ、存分に貪るといい
反撃は怪力とグラップルで防御
或いは軌道をよく見切って躱したい

神に造られた存在では無い俺は
その存在を信じられない
だが、あんたが楽しそうに騙る噺には興味を惹かれるな
何がそんなに楽しいのか、当機にも教えてくれ


カロン・アレウス
◎△
人格:アレウス

カミサマとかそういうことになると片方が面倒くさいから出てきた!
UDCアースにはいろいろなカミサマがいるんだねえ
とりあえず女の子とお話したいから、目の前のオブリビオンさん達には退場してもらいましょうか!
UCで愛用の武器を振り回す。破壊欲を埋めるために

(えっと…一応体は男だから、こう、おうじさま、的に?)
どこか格好つけた王子様風に小西・朱音に接触
血液とか色々汚くても気が付かないで笑顔
「やっほー。えっと、大丈夫?怪我してない?」
私はすぐ壊すことに目が向くから巻き込んじゃってるかもなんだよね
あ、そうだ
「私はさ、神様って単語聞くと、殺して神殺しになりたいって思うんだけど…しないの?」




 光が走る。
 その所作にひとつも迷いなどはない。ためらいなく向かってくる肉を切り裂き、それがどんなに人の言葉で嘆いていたって、殺してしかるべきだというのならヌル・リリファ(未完成の魔導人形・f05378)はそうするのだ。
 人形だからである。人間にのぞまれて生まれた宿命通りにただ光をふるう。【死斬光雨】は姿すら見えぬが、光の屈折は無限だ。ヌルがそこで輝けと思ったのなら、もう血が噴き出している。
 空間にただよう死の香りに、朱音は「なんてことはなかった」ような顔で人形と対面した。
 ヌルは、この世界の「普通」が何なのかはわかっても、その中身は分からない。だから、その少女が「死」を見たところで心が動かないのを悪いとも思わなかった。それはヌルだって変わらない。彼女の視線が明らかに「モノ」を見ているような温度であるのがいっそすがすがしいくらいだった。ヌルだって、――ラボで生きてきたから「そうじゃない」ほうが不思議に思える。
 普通の人間に見えているのに、周りの皆は彼女を警戒するから余計に「よくわからない」のだ。何もかもが遠すぎる。だって、「ひと」と「人形」は同じ世界で生きてはいけない。ひとの夢が人形で、人形のすべては「ひと」だからだ。
「こんにちは。」
「――すごい! しゃべるの!? 」
「それくらいできるよ。」
 UDCアースで、ここまで自然にしゃべる「人形」というのはまだない。
 最先端、何週目かの子年になってもなおアンドロイドと呼べるものはぎこちない所作をするし、AIだとか言ったってまだまだ日常に馴染みはない。たまに遊びで話しかけたスマホのそれが頓珍漢な答えを返してくるだけで朱音は飽きてしまったのだ。
 人間の手で「ゼロ」から作るのは、まだまだ時間がかかる。それでは、朱音は待ちきれなかった。己で生み出して、己が耕して、皆に広めてもらえる何かのほうが好きだから彼女は「表向きいい子」でいるようにしている。故に、――そこまで日々革新の毎日を過ごした彼女がヌルを見て感動するのも無理はないのだ。
「完璧な人形じゃない! すごい! 」
 ――ヌルの双眸に疑問が宿る。
「どうして、人形だってわかったの? 」
 ヌルは、分かって当然だった。
 何故ならヌルは「マスター」が作った最高傑作である。ゆえに、己のよく見えるドールアイの性能にも自信はあった。
 小西朱音はおそろしいほど、人なのだ。どこからどうみても純度満点の人は、「ひと」ではわからないことを見抜いて見せる。
「可動域がね。ほら、人間って限界があるけど。関節とか、そういうのかな。いっぱい動くでしょ。」
 完璧、の人形は――人間の娘としては失敗だ。
 それを指摘されれば、なるほどと納得する。己の「ひとらしくない」ところを外見や話す言葉からではなく、動作で見破ったというのならこの彼女はヌルよりも秀でた能力があると見えた。
「で、こっちは!? すごい! アニメで見たよ! かっこいい! 」
「何がそんなに楽しいのか、当機にも教えてくれ。」
 そのあと――すぐに。
 朱音に話しかけようとしていた真っ黒の騎士に、手のひらをべたべたとたたきつけてはフォルムのストイックさに感激するのだ。
 ジャック・スペード(J♠️・f16475)は「こころ」を得てひとのために戦う英雄である。
 ダーク・ヒーローであるがゆえに救う手段は問わないが、今この彼女がいくら「害」であるとはいえどその行動の幼さにも、勢いにも気圧されていた。
 ジャックは、神に造られた存在ではない。
 人の手によって生まれ、人によって使われて初めて「こころ」を得た熱いくろがねだ。人々に与えられたその温度のままで悪を背負い、黒をかざして敵を討つ。故に、彼が信じるのは己の道であり、人が作ったものばかりであった。
 ――神、というのは演算で証明できない。
 ゼロという概念が物質の中で生まれたように、「そういうもの」だと定義している。神とはいわばxであり、何にでもなれるものならばヒトと大差あるまいとも機械ゆえ思うのだ。だからこそ、楽しそうに「ひと」が話す神の話は気になっているのに――まさか、熱烈に歓迎を受けるとは思わなかった。
「いや、うむ。うん、そうだな。矢張り解析してみたいな。」
「そりゃそうだよ!? すっごい、こういうのがいっぱいいるの!? あなたたち! 」
 わかりやすい。
 ――未知に興奮する姿は、ヌルからすれば二面性どころかこの少女が八面体や十六面体に姿を増やしていくように思えてしまう。
 文字通りの「世界中」から集まる猟兵たちのことを、何故好き好んでみているのかと言えばだいたいヌルにも理由はわかるのだ。だって、ヌルだって――今、いろいろなものを見て学んでいる。やらなかったことをやってみたり、知ったことで挑戦ができるように「知るため」には自分から動くことが必要だった。
「こういうことがしたかったの? 」
「お、流石。解析じゃないのかな。パターンとか頭に入ってたりする? 」
 ヌルの問いには肯定をして、それから漆黒はジャックを見上げる。こんこんと胸をこぶしで軽くたたいたりしながら問うそれがおそろしいほど深い黒に見えて、ジャックのモニターは真っ赤な警告に染まった。
 ――一瞬で、赤は失せる。
「まあ、無駄だと思うが一応言っておく。」
 それで、その肩をちょうどよくつかんでやったのだ。
 ――どうして、「掴める」距離にいる?
「此処に居ると巻き込まれて危ない。あんたは逃げなくても、良いのか? 」
「いいよ! 」
 どうして、笑顔でこたえられる?
 ジャックのエラーがまた視界を満たす。そのエラーは呪詛へのものではなくて、人間という型で見たときに少女が「計算上」にないものをさした。すぐに計算をもう一度かけなおして、低く唸る。
「だって、こうしてればいっぱいあなたたちが来たでしょ。来てほしいんだよね。私、知らないことがあるっていうのが嫌だから。」
「おびき出した、と――? 」
 世界がそういう仕組みであることは、知らないのだと少女が首を振る。
「誰か来るかなって思ってただけ。」
 だから、ジャックがつかめるところに「わざわざ」いる。
 またのらりくらりとかわしてみてもよかったのだ。少女は、ジャックともヌルとも渡り合えないのが本能的にわかっているし、視覚からもわかる。猟兵は世界の恩恵で「違和感なく」受け入れられているが、彼女からすればジャックは「すごく進歩したテクノロジー」であることもわかるし、ヌルは「すごくできのいいAIがある人形」だと思っているのだ。
 そんなもの、「面白い」に決まっている。

「やっほー。――えっと。」
 機械の演算も、人形の観察も、どこか遠くのような気がして。
 【暴食に狂いし機械竜】が空を舞い、血ごと獣たちをたいらげていくというのならば、その「彼女」が為すのは【破壊】であった。
 地形は歪み、血煙がしみ込んでは黒に消え、「彼女」の脚すら汚さない。カロン・アレウス(賢者と荒ぶる者・f21670)――ふたつの面が内、破壊のアレウスが前に出ていた。
 カロンは理性的でありながらも、ウィザードであり守護者であるというのもあって、「カミサマ」というのにはアレウスから言わせれば「面倒くさい」。
 アレウスはカロンのように物事を深く考えないが、許容することはできた。彼の抑えきれない破壊衝動を担っているのも常であるから、この少女が「かみさま」めいていても不思議でない。また、色んな神様がいたって面白いとすら思える。
 在れば壊せるのは、かわらないのだから。
 本質はアレウスのそれであるが、体はカロンのものだ。だから、横暴に尋ねるよりもカロンを少しだけ見習ってみたのである。恭しい王子様のように演じてみるべきかどうか考えて、彼女の知る王子様はどれも「女々しい」のが常だ。本の中のそれらはいつだって言うことが大層である。ならば、もう少し――余裕のあるようにふるまおうではないかと、足を一歩進めた。
「大丈夫? 怪我してない? 」
 【破壊】を織りなしたゆえに――。
 実のところ、アレウスの登場とともに地形はひどく隆起した。
 美しい都会の拾い車道は砕け、盛り上がり、ビル街にあるはずのない地形に作り変えてしまっている。なにせ破壊の申し子であるから、人と会話するときの加減などわからぬし、在るものは等しく壊していいと思っていたのだ。のんきに尋ねてみたのは、猟兵が二人もそこにいたからで――。
「大丈夫だ。当機がいる限り、一般人に損傷はない。」
「――問題ないよ。」
 事実、朱音に降りかかった瓦礫は屈強なジャックとヌルが振り払っておいたのだ。
 美しく砕け散ったコンクリートは煙にもならない。はらはらと地面に散って元の形が分からなくなったそれを目で追って、朱音の瞳は感激に満ちていた。
「すごい! すごいよ! 革命的? 革新的! 」
 ――退屈とは程遠い!
 朱音の身体ではできないことを猟兵たちはやってのける。
 「殺す」程度は朱音にもできるのだ。やろうと思えば、それこそ誰にもばれないか「誰かのせいにして」かいくぐることができる。なのに、猟兵たちと言ったら何もかもを「朱音がやらなくてもやってみせて」くれてしまうである。
「――こんにちは朱音さん。」
「こんにちは。」
 感激の少女に、ささやくような声で接近するのは同じような背をした少年だった。
 学生らしい若い服装に、朱音は一変して静かな漆黒を向ける。
「これからバイトですか? 」
「そうだよ。」
 スニーカーの音は鳴らない。さながら、足音のない猫のようだ。
「喫茶店は自宅から遠かったりします? 」
「そこそこ。時間をかけて出勤したいからね。」
 けして獲物を逃がしはしないという威風堂々さはない。
 しかし、その少年はどこまでも「おそれ」を抱いて「好奇心」の前に立ったのだ。
「――知らない男にいきなり下の名前で呼ばれてどう思いました? 」
「私のこと、好きなの? 」
 【怪異具現】で沸いた虫どもが、獣を喰らう。蛆が如く這いまわり、肉をむさぼり、血を吸うさまはまさにおぞましいのだ。此処にはその光景を異質に思うものが「誰もいない」のがまた、恐ろしい。
「イイなって思ってなかったらナンパしません。安い男じゃないので。」
「でも、もう、好きな子いるからなぁ。」
「最近怒ったりしたことありますか? 」
 狭筵・桜人(不実の標・f15055)は他三名の猟兵が入る隙間を与えなかった。
 彼がそうするのは、彼があくまで「人間」であるからという点に尽きる。おそろしいものに対する興味は尽きない。しかし、それでも桜人は呪詛に侵される人間だ。時に強力な精神干渉をはねつけ、狂気の海を歩き、それでもなお正気でいようとする若き命である。
「ないなぁ。」
「気持ち悪いなって思います? 私は虫とか苦手なんですが。」
「どうして? 虫って食べれるし、私は好きだな。」
 朱音は、心底嬉しそうにそう言う。
 ぐちゃぐちゃと肉を牙でかきまわし、吸い上げ、溶かすさまを見て「好き」だなんて少なくとも桜人には言えなかった。
 なのに、この彼女は呪詛の権化になってまで生きる桜人のようなおそれは抱いていない――何にでも。
「猟兵が集まってくれるから、全部の世界を知ったつもりになってますね? 」
「あはッ」
 声を裏返すほど、面白かったらしいのだ。
 どうしてそんなに強くいられるのだろうとも思う。桜人のように動機があって、かつ、強い誰かの後ろに隠れながらも勝機を狙うのとはわけが違うのだ。彼女はわざと「猟兵たちに注目されるように」軽口をたたき続けている。
 褒められれば謙遜、窘められれば反発、慰められたなら回避して、質問には質問で返す。すべてすべて、「知るため」の時間稼ぎだと桜人はもう理解していた。
「知ってどうするの? ――かみさまにするのに、必要なのかな? 」
 こてん、とヌルが首を肩に任せれば。
 それには朱音が「そうだねえ」と答える。
「だって、多分しろちゃんは私の知ってる神様の中でもいちばんになりたいだろうから。もっと素敵なしろちゃんになるんじゃないかなって。」
「俺には、――あんたがおもちゃ箱を作っているように見えるがな。」
 それでも、その手に縄はかけられない。
 ほかの猟兵たちが調べたように、どうやっても小西・朱音は「潔白」なのだ。ジャックが唸る。
 例えば、「しろちゃん」に殺人を唆したのならばまだ捕まえられたのに、それは勝手に「しろちゃん」が行ってしまったのだ。今の朱音を縛れる道具は、どこにもないのが「真実」である。
「私はさ、神様って単語聞くと、殺して神殺しになりたいって思うんだけど――そういうのは、しないの?」
 アレウスの問いには、両手を合わせるのだ。
「ああ! それは思いつかなかったかも。あー、でも、それはちょっとなぁ。私、ケンカはたぶん弱いから。」
 じゃあ無理か、と納得するアレウスがいる。無謀な戦いを挑むほど阿保でもないということは、この一連の流れにはやはり動機があるのだ。
 頭のいい策士はいつでも「うちがわ」を明かすことはない。叩き潰せばいいのだけれど、今はそれを――「理性」が許さなかった。
「――あなたみたいな人を見てると少しだけ安心しますよ。」
 桜人が、こらえきれない息を吐く。
「自分の方がよっぽど人間らしいなって。」
「やだなぁ。検査する? 全部人間だと思うよ。」
 おもしろおかしく、ふざけてみせて。
「それとも、人間ってどんなものか知らない? 」
 はちみつ色の眼を見て、――また、笑うのが、うらやましい。
 それは誰もが感じるだろう。朱音の「強さ」は「すべてを受け入れること」だ。
 強者は朱音に受け入れられれば「そうだろう」と気をよくして彼女に施しを与えるし、弱者は「かみさまだ」と崇拝する仕組みである。新興宗教がよくやる手口で、まず「承認する」という行為に人間はめっぽう弱い。
 話を聞いてもらえる、答えを返してもらえる、会話を許される、――それは、ヌルもジャックもよくわかることであろう。人間は、「どうしても」機械や人形に言葉を与えてしまうのだから。
「うーん、でもねえ、多分ですけど。」
 言葉がナイフだというのなら。
「あなたのソレって人としての“欠陥”だと思いますよ。」
 ――桜人のそれが、鋭いものだった。
 誰も言ってやらないのだ。この少女に「おかしい」とは言っても「欠けてる」なんて。
 恐怖心が欠けていることのおそろしさを、その「欠け」を教えてやらないのが、どれほど残酷で無常なのかは「人間」だから一番よくわかってしまう。

「だろうねえ。」
 ――知っていることを突き付けるのは、「現実」を見せてやることと同義だ。
「でも、別のもので埋めてるからいいんだ。」
 こうなるまでに。
 誰かが、それこそ周りが、止めてやれればきっと――少女は、今日この日こうなっていなかったのだろう。
 猟兵たちを連れて、のんびり笑う少女の足先には彼女の職場が待っている。彼女しかいない、誰もいないそれの「貸し切り」札に触れて、やっぱり心の底から嬉しそうだったのだ。

「そのために、あなたたちと話をしてた。」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

境・花世
【喫茶店】

世界が退屈だなんて勿体ないことを言うね
赤い血の流れる柔くて脆い人間たち
善良なのも悪辣なのも、みんなかわいいのに

だけど今日は特にとびきりみたいだ
相対するあどけないきみと、
隣にいるたおやかなきみと、
どちらにしようかな――なんて
仕事だからね、優先順位は守らなくちゃ

小鳥めいた語らいが止んだ隙間、
標的の眸を覗き込んで絡めとる催眠術
いいこだ、偽りなく教えてごらん

きみにとってのかみさまってなぁに?
救われたい? 赦されたい? 捧げたい?
きみはかみさまに、何を望むの?

集中してがら空きになった躰が
獣の牙に貫かれても痛みもせずに立っている
血塗れの頬に感じる視線はきっと冬めく青の
ふふ、やっぱり、かわいいなあ


辻森・朝霏
【喫茶店】
面白いことが好き。退屈は嫌い
けれど待つことだってできるの
私は良い子だから
……嘘。
じっくりことこと、待つことで
より面白可笑しくなる場合もあると
私は知っている
彼も知っている

記憶を覗きましょう
貴方は本当に悪意がないのかしら
好奇心が旺盛なら
それが、
神さまをも受け入れてしまう程のものなら
人死にに、興味を示さない方が可笑しいの
本性はひた隠して、本質を探る
もしかして、都市伝説のサイトはお好き?
楽しいですよねと寄り添いつつ

向かう彼女に興味は尽きねど
いつかのある日、喫茶店で出逢った
花の女にも興味がある
だから彼女も観察するの
獣はさっさと殺しましょう
知能のないモノの赤色は、死に様は、
代わり映えがしないもの




 世界が退屈で満ちている、という意見には「もったいない」と返せた。
 この世にあるのは「かわいい」生き物ばかりである。赤い血が流れる柔い肉肌と、力を籠めれば折れてしまうような骨で組み立てられた人間たちの脆さがいとおしく思えるのは、境・花世(*葬・f11024)が――その身に絢爛たる百花の王を宿すからであろうか。
「善良なのも悪辣なのも、みんなかわいいのに。」
「あら、じゃあ私もかわいいかな。」
 もちろんだとも、と頷いて見せる赤髪には、「とびきりね」と瞳に色がこもる。
 猟兵たちを連れて、己を観察し続ける彼らを自分の喫茶店にまで連れてきたのなら、あとは朱音の行うことなど決まっているようなものだったのだろう。
 ――あどけない。
 警戒を知らないようで、何も考えていないような表情で少女は「世界のみかた」たる猟兵たちを今なお弄んでいるようで、防衛しているのがまた花世にとってはいとおしいものだった。
 獣たちは死んでいく。振っていく殺意とともに、花世ともうひとり「たおやか」な少女がさっさと殺してしまっていた。
 辻森・朝霏(あさやけ・f19712)の正体を、花世はまだ知らない。
 「彼」と脳内で同居する殺人鬼である。よくできた女子高生の皮をかぶって、もとはふたつだった体をひとつにしたようなその女のほの暗さをわかってはいても、まだ踏み込んではいない。
 二人が知り合ったのもこれまた何の因果か喫茶店である。
 人生初めての「ナンパ」だと花世は笑うが、朝霏もまんざらではなかったのだ。
 面白い事がすきで、見知らぬ彼女は妖精ではないと知っただけでももっと知りたくなる。退屈なのは嫌いだから、常に考えて言葉を選び、花世の裏を読む。花世はまた、神秘的な朝霏の「禁忌」のふちをなぞっているような気がして実に「かわいい」ものを愛でていて、二人の関係性はまさに「利害の一致」であった。
 ――ただし、小西・朱音との違いは明確である。
 何故ならば、朝霏も花世も「その場ですべてを明かさない」ように「待つ」ことができるのだ。
 できるというよりも、待つことで果実が熟れるのを待っている。林檎を知恵の実として禁忌の味だというのならば、より熟れたころにもいだほうがおもしろい。それは、朝霏も知っている。花世も知っている。「彼」も知っている。知らないのは、――朱音だけ。
 優先順位は守れる。花世はこの場を仕事だと割り切っていたし、朝霏もまた仕事であるからこそ「それらしく」していた。
 猟兵であることを足しも引きもしない朱音を見据える蒼の瞳に、思考が巡る。
「もしかして、都市伝説のサイトはお好き? 」
 【Digestif】。
 「彼」の魔力が灯る眼差しは、朱音をとらえた。
 空気すらかわらないが、花世は横目でその横顔を見る。――ああ、ちぐはぐでいとおしい。
 まるで美しい顔をしているのに、瞳だけ「別人」のそれであるのが見て取れる。物理的にすり替わっているのではないけれど、その身に呪詛を宿す花世だからこそ察知できる直感と言ってよかった。」
「ホラーは嫌いかなぁ。だって、手が出せないから。」
 嘘をついていない。
 記憶と意志を読み込むサイコメトリの前に朱音の欺瞞はどれも意味を為さないが――もとより、嘘をついているつもりはなかったらしい。
 「洗う」のが朝霏なら「引き出す」のは花世の役目だ。
「いいこだ、偽りなく教えてごらん。」
 漆黒の瞳を、覗き込む。
 【侵葬】――問いかけで耳から、浸食を始めた。空に舞った種が芽吹くように朱音の思考を縛る。体の動きを止めさせて完全に真実を咲かせる準備が整った。
 花の香で朱音から「彼」の魔力がはがれないことを確認して、花世は笑みを深くする。
「きみにとってのかみさまってなぁに? 救われたい?  赦されたい?  捧げたい? 」
「――そこにあったら、面白いものかな。」
 少女の唇からこぼれるのは、あこがれとは程遠い。
 冷え切った言葉だ。
「きみはかみさまに、何を望むの? 」
「何も望まないよ。」
 嘘はない。
 信仰ではないのだ。この少女が求めるのは、救いでも赦しでも、与えられるものでもない。
「かみさまは、ずるいよね。しろちゃんがかみさまかみさまってうるさくってさ。」
 ――本当に、悪意はないのだ。してやろうと思って行ったことであっても、「よかれ」と思ってやっている。
 「彼」の眼を借りているからこそ、朝霏はその本質を見ることができた。だから、確信をもって言える。
「『しろちゃん』が、――可哀想だったのね。」
 朱音は、頷く。
「かみさまなんてさ、いないと思うんだ。少なくとも、しろちゃんが言うようなものはさ。」
 邪神はいても、「神」という概念があってもいいとは思っている。
 朱音は、『しろちゃん』が求める「かみさま」なんてものは居ないとわかっていた。おそらく、この世のどこを探しても彼女の頭の中にしかいないことが哀れに思えてならなかったのだという。
「私を殺そうとしたときのしろちゃん、顔が面白くってね。」
 声の大きさ分だけ、細くて白い吐息があふれていった。
「かわいいなって思ったんだ。」
 ――独占欲、ではない。
 そんなものではなかった。死がそこまで迫っていて、本能的に驚きはしたけれどそれはそれでまあいいかと思ってしまったのだ。
 彼女に組み敷かれてナイフを振り上げられる瞬間も、朱音は「この先はどうなるか」を考えて満たされている記憶がある。
 好奇心が旺盛で、「かみさま」や「猟兵」をすんなり受け入れてしまうというのなら――人死にに、興味を示さない方が可笑しいと思っていた朝霏である。
 目の前で人が「しろちゃん」によって殺される。
 「しろちゃん」は朱音に肉をささげて、手を合わせて自分で食べる。
 どうかお許しくださいと決まった祝詞をあげて、「朱音」を勝手に「かみさま」にすることを朱音は許した。
 それが面白かった。世の中にはどんな奇々怪々があっても、この世で一番「未知」であふれているのは人間だと知ったのだ。
 「しろちゃん」がなれた手つきで人をさばくのを見ている。ひとつも声は発さない朱音が、きっと朝霏も記憶の狭間で見れたであろう。何か手出しすれば「しろちゃん」との関係が崩れるのも理解していたし、己に罪が下りるのも嫌だったのだ。
 どんどん「死」に慣れていく。どんどん「死」を予習していった。――そして、「自分もこうなる」ことを望む。
 どうせ、人は死んだら肉になるのだから。

「だから、同じような気持ちになってくれる神様を連れてきたの。」
 それを。
「山にいるよりさ、こういう都会のほうがいいですよって言ったらすんなりついてきて。」
 探している。
「人が多いから、もしかしたら見つけられるかもしれませんね、とか言ってさ。」
 己の愛おしい人が、どうなるのかを朱音は探している。
 この世で一番かわいそうだと朱音が思った「しろちゃん」を世界が認めてくれればいい。そのためだけに、彼女は、今日。

「でも、――ちゃんとした神様じゃないんだろうね。それはわかってるよ。」

 「共鳴」したのだ。
 花世が、そこまで聞いて笑い声を隠せなかった。
「はは、はは、――そうか。そうだね。きみには、かみさまなんていないんだ。」
 垂れた眉にしわが寄って、美しい顔に表情が宿るのを朝霏も視ていた。
 朱音はずっと、「話を合わせていただけ」である。「しろちゃん」が狂人であるから、彼女との関係が切れないために「そうなった」だけ。まるで、それこそ「信仰」されてかみさまになってしまった概念のようではないか!
「かわいいね。」
 ――哀れだ。
 花世の笑みに朱音は「ずるいなあ」と返す。
 集中していた花世の体にそれを合図として獣の牙が食い込まれていても、彼女は何とも思いはしない。
 まるで痛覚なんて最初からなかったかのようにくつくつと笑って、【杪春】を開けば獣の体がおちていく。肩に食い込んだ頭はどろりと溶けて土にもならなかった。
 ――花の女は、命を吸うのだろうか。
 朝霏もまた、朱音の記憶をたどりながらずっとずっと花世を追っていた。
 興味は尽きない。その体の仕組みも、今の「手品」もどのような因果か起きているものかはまだ理解しきれないが――それでも、やはり「おもしろい」のだ。
「会わせてくれるかい、神様。」
「会ってくれるんじゃないかな。あっと――でも、お怒りかもね。」
 だって全部しゃべっちゃったんだもん、私。
 舌を少しだけ出して笑う朱音は、「それも込みで」あっただろうにばつの悪そうにするものだから朝霏もいよいよ、笑いそうになってしまうのだった。

 喫茶店の扉が開き、いつかのように来客ベルが鳴る――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第2章 冒険 『噂の怪しいバイト』

POW   :    実際にアルバイトスタッフとして仕事に参加し調査を進める。

SPD   :    アルバイトスタッフを尾行したり、求人を行っている業者の事務所に潜入したりする。

WIZ   :    求人を行っている業者のコンピュータにハッキングを仕掛ける。

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。



 愛とかは、どうでもよかった。
 身勝手な好意が恋ならば、私はきっと誰もを『愛』している。
 みんなが避けるあの子のことだって、当然愛していた。どうしてみんなが避けるのかわからなくて、よく話しかけていたのだ。
「ねェやめなよ、あの子ちょっとおかしいよ。」
 ――人と違うことがおかしいというのなら、きっとこの世界は病んでいる。
 友達の忠告には、「でもさぁ」とちょっとすねた顔をした。「朱音はほんと、そーゆーの好きだよね」とあきれる友達は、それでも「私には」好意的でいてくれたのだ。
 実際、中学のころにいじめられたことはある。それも、『電波チャン』だとか『空気が読めない』なんて理由からだった。
 むなしくはなかったけれど、こういう気持ちにさせられたことは――許せないと思ったから、首謀の子は確か二年前に亡くなったと思う。
 死んでもなお昔のその人を、たまに話のネタにしてからかったりして蹴りまわして楽しんでいたら、やはり視界の端に孤独なあの子が映っただけなのだ。
 まるで、シルクワームのさなぎにみえる。
 人の手でしか生きていけない蚕のそれだと思った。誰かにすがらないと今にも命が割れてしまうから、『かみさま』なんてないものを頭で生み出して命綱にしている。
 『しろちゃん』に殺されそうになったのは、夏の夜のことだった。
「私、しろちゃんのことは分からない」
 包み隠さず、言っておこうと思ったのだ。
 己の言葉がどれほど彼女に影響力を与えるのかも、遺言を知った犯罪者がどういう顔をするのかも気になっている。死んだ後のことは何も知覚できないのが悔やまれるけれど、それはそれでまた「面白い」と思った。
 蒸し暑い地面の熱が、後頭部を温めているのを思い出す。
 『しろちゃん』の顔は、病んでいるひとのそれだった。
 張り詰めた眼球からは、心の底からの衝動が見える。
 蚕は、実のところ成虫になってもエサが与えられなければ幼虫になったころの栄養を使って数日生きるという。だから、幼虫のころは必死に食べて、食べて、ただ食べるだけの存在になるのだ。
 ――哀れだった。
 ――可愛いなと思った。
「分からないけど、好きだよ。」
 こんな餌が欲しいのならば、こんな餌でいいのなら――きっと、簡単だ。
 彼女の頬に着いた血を撫でる。汚れたままだと幼虫は死んでしまうから、丁寧に拭ってやろうと思った。唇を指先で撫でて、浅い息が何度もあたためてくれる。
「しろちゃんが好きだから、しろちゃんの『かみさま』も好き」
 夏の虫と、その夜の音が遠い。
「生きてて良いんだよ、しろちゃん。私はしろちゃんに会えて嬉しいよ。しろちゃんが『ひとごろし』だったって、頭がおかしいって言われてたって、しろちゃんが好き」
 抱きしめる腕の中で、彼女はきっとさなぎになった。
 蚕が狭い箱の中で糸を繰るように、たちまち彼女は『しろく』なったのだろう。
 とろけた表情に『人間』を見つけた。彼女の言う『かみさま』が己だと知る。
 『かみさま』がいないと生きていけない彼女のそれになることが、どうしておかしいだろう? いいや、ひとつとしておかしいところなんて見受けられなかった。
「しろちゃんがひとをころしたら、私が何とかしてあげる。『かみさま』にも許してもらえるようにしてあげる。だって――」
 夜なら、全部真っ黒に見えるからばれないよ。
 人の肌も地面の色と変わらない。水の色も、髪も、ナイフも、全部全部黒くなっちゃえば、わからないんだよ。
「しろちゃんが『かみさま』になればいいんだから。」
 ――素敵な蚕にしてあげる。
 頭の中で生み出した誰かがいないと生きていけない、そんな彼女のことを、どうして見捨てることができるだろう。
 未知でいっぱいのそれを「気味悪い」として排除しようとした肉塊たちを知った時には、「まあそうだろうな」と思った。

 これは、罰だ。

「いや、実はね。いろいろ話を聞かせてもらっていたのは理由があってさぁ」
 猟兵たちを店に招いた彼女は、着替えることもなかった。
 店は貸し切りにしてあって、人がもとより一人も来ない。繁盛しているのだろう、設置されている器具の数々は新しくもありながら、整備も整っていた。コーヒー豆にこだわりがあるのは、老夫婦の趣味であろうか。
「――生まれてきたことが罰だっていうなら、私も当然受けるべきだと思う」
 カウンターに尻を乗せて、少女は猟兵たちにもらった言葉を思い出す。
「でもさ、それってちょっと不公平なんだよね。きっとみんな生まれて此処に来るまでいっぱい罪くらいあるでしょう」
 足をゆらゆらとさせた。
「裏切ったとか、殺したとか、逃げてきた、とかさ――」
 漆黒は、凪いでいる。
 好奇心すら消した瞳を見た猟兵たちは、違和感を感じたに違いない。
 何か――薄い膜で、この世と己が切り離された感覚がしただろうか。
 呪詛に聡いものは、店内の匂いに気づいた筈なのだ。鼻腔から満ちるは、コーヒーの匂いがかすかに在って――。
「だから、『予習』しておこうと思って」
 『呪詛』の乗った大気が呼吸とともに猟兵たちの身体を駆け巡っていく。
「そのあとで、『かみさま』に会ってほしいなって! 」

 ――朱音の快活な笑顔は、きっと心底嬉しそうだった。

***

プレイング募集は1/19 8:30~ 1/22 22:00までとさせていただきます。
皆様のことを観察した小西・朱音は『怪奇現象』として皆様に幻覚を見せます。
それぞれ「罰」を形容したものを見るでしょう。
①「罰」を受ける場合
 →プレイングに①と罰の内容を記入ください。
 →完全お任せの「罰」でよければ◎を。恐縮ではございますが、こちらで考えた「罰」を与えさせていただきます。
②「罰」を受けても乗り越える場合
 →プレイングに②と罰の内容を記入ください。
 →周囲の方々の眼を覚まさせる動きをしていただきます。
 →完全お任せの「罰」でよければ◎を。恐縮ではございますが、こちらで考えた「罰」を与えさせていただきます。

それでは、皆様の素敵なプレイングを心よりお待ちしております。
巫代居・門

呪詛によるトランスによる自己との対話
噂を介して作った場で指向性のある幻を見せて、完全に陥れる程の呪詛、か
怪物だな


そいつは、嫌だな

手の中から薙刀の感触が消える
故意にか、否か
罰を受けたいのか
罰を受けているから許されると思いたいのか
お前はずるい奴だ
生き恥も晒せない最低な人間だ

認められていた
出来ない事を出来ないと、出来る事を出来ると
自分をさらけ出して、人の中で笑って
幸せに認められている己があった

ああ
笑いが薄ら寒い
こんな温もりが罰か
否、これは罰じゃない

結局卑屈なばかりだ
嘲笑う

この夢が醒める冷たさを知っているから、この温もりが罰足りえるのかと

そう甘えて覚醒をただ先延ばすのは、自分で起きるのが怖いだけだ


式島・コガラス
②△

私が受けるべき罰は、きっと無数にある。
戦場で何人も殺してきた。いや、何十……何百。そういう死者が現れるだろう。
……死んで地獄に落ちるのは、あの少女ではなく私のほうが相応しい。

それでも私は、死ぬつもりはない。
私は生かされたから。偶然に生き残って、私の罪は死によって贖うべきではないと思ったから。
命がなんであるかもわからずに、敵を殺し続けてきた罪は……きっと答えのない、「生きる意味」を探すことによって償われる。
人が誰しも求める答え。私はあなた達からそれを考える機会を永遠に奪ってしまったから。

私は命の答えを探す。死よりも余程苦しい旅路だ。
だから、そんな生易しい罰が。私の足を止めることはない……!




 ――かの少女のことは、怪物だと思う。
 おびただしい呪詛が満ちていた。空間に支配されるのはなにも猟兵たちだけではあるまい。
 彼女だって無事ではないはずなのに、笑っているのだ。己の「罰」を頭の中で与えられてなお、踊るようにそれを受け入れてフロアを舞って、痛がって、ひとしきり笑うのを巫代居・門(ふとっちょ根暗マンサー・f20963)は見ていた。
 「もっていかれてはいけない」と思っていた。
 トランス状態に引きずられてしまうのはわかっていた。現に、猟兵たちほど耐性のない朱音はそうなっている。
 ああはなるまい、こういうところで負けるわけにもいくまいとぎりぎり奥歯を噛みしめて耐えていた。口の中がどんどん鉄っぽくなって、歯ぐきからの出血を感じる。胃の中をかきまわされるような感覚がして、「まぼろし」の浸食を感じ取った。
 ――情けない。
「怪物だな」
 脂汗が額にあふれて、少女につけた悪態と言えばそれだったのだ。

 握っていた薙刀の感覚は消える。
 ――ふうっと空気をつかまされていたような気がして、手を見た。まだ握れているのに、ちからがうまく入らなくてあっけなくそれは手から落ちた。
 手先が真っ白になる。レイノー現象というわけでもあるまい、それは門からの緊張だった。
 脳が緊張している。体をおかしくさせられて、生命の危機を感じているのにどこか、「ほっ」とした自分がいるのだ。
「いいんだよ」
 肩に、温かみと重さを感じる。少女の声ではなかった。
「――ひろかど」
 欲しかった音波である。
 門は、古くからろあるUDCを封印する社の土地を持つ一族の出だ。ただし、社の継承は巫女が行うために妹がその役目を担う。晴れて「降格」となり門は大学卒業とともに社の主語を一族と並行して行うことができるUDC組織に入り、命をかけることとなった。
 それは、理解していながらも不服である。
 門が男であるばかりに、成りたくもない兵になってしまった。妹と言えば社で神の世話をし家を継ぐ。古く悪しき習慣だと叫んでやりたかった。その程度の「しきたり」で門の命が軽んじられてしまうのが、追いやられた彼が持つナルシシズムが許せないのだともわかっている。
 ――運動なんて不得意だ。
 ぼてぼてと走る不器用な体に笑われたことだってある。きっと、それは今こうして戦いながら呪詛に飲まれている瞬間だって耳について離れないよく聞きなれた言葉だ。
 わかっていた。己はこうして馬鹿にされるのが似合いの人生だと。
 だけれど、どこかで腹が立ってしょうがなかった。こんな人生でたまるか、と――叫ぶ自分が、どこまでも愚かである。
 己の後ろ、左右に立つ二つの人影が、その気配が誰のものなのかはわかる。
 人間だ。門が人間として生まれた限りは、承認してほしい「親」という存在がある。
 男に生まれたことを良しとしてほしかった。運動ができなくても、「お前は戦って立派だ」とほめてほしかった。
 いい年をこいて何を考えているのだ、と――己の頬を撫でようとして、顔から感覚が抜け落ちているのがわかる。
 完全に意識を体から引きはがされて、脳の幻想に連れ去られてしまった状態なのだと把握したのならもう、ただ胸には幸福が満ちていた。
 ――顔が、笑っている。
 なんてずるい人間なのだろうと門は己の頬を両手で撫でた。
 何度も、何度も。ふわふわと足の裏から浮いてしまうような感覚がして、その場にしりもちをつく。
 目の前に映る朱音なんてもう、どこかに行ってしまった。そこはかつて「苦しくてたまらなかった」場所になる。
 畳の匂いがした気がするのだ、尻を冷やす床の感覚が木であるから、余計にそう思わされたのだろう。
「ここにいていいんだよ」
 こんな、ぬくもりが。
 ――醒めると分かっているぬくもりが、罰だというのか。
 目覚めるべきだとわかっている。腕をかきむしった。爪に皮膚が食い込んで、血があふれて、あっというまに両腕がどろどろになる。
 なのにこれっぽちも現実は帰ってこない。目の前にある風景が、そんな門に「そんなことをしなくていい」というささやきがすべてを狂わせていた。
 「社」だ。
 ――ここは、門のいてはいけない場所だ。
 なのに、自分はそこで笑ってる。腕を血まみれにしても、褒められていた。
 手厚い手当を受ける。きれいにまかれた包帯は、いつも自分で巻くよりもずうっと出来が良かった。
 妹の影は見えない。――どこにいったのだろう。でも、今はどうでもよかったのだ。
 妄想だと、理解している。
 でもこの中で、門は生きていていいのだとされた。
「つらかったね」
「よく戦ってきたね」
 ――ああ。
 嬉しくてたまらなかった。うすら寒いのに、胸の中だけがすうっと救われたような気がしてしまう。
 心臓の音はやかましいし、呼吸は浅いのにどうしてか、涙は止まらなかった。持ち上がった頬が痛いのに、どうしても下げられない。
 ――お前はずるい奴だ。
 刻み込む。
 ――生き恥も晒せない最低な人間だ。
 己は最低だ、と刻む。
 ――罰を受けているから許されると思いたいのか。
 卑屈な己のことが、許せなかった。
 起きるのが怖いだけなのだ。この「罰」が終わるのがおそろしい。
 少し手を伸ばせばあっというまに水面にあがれるというのに、門はいつまでも「罰」の量を増やしてしまうのだ。
 夢の長さだけ、現実はどんどん冷たくなっていくのがわかっているのに、やめられない。
 まるで深海のようだと思う。この幻想が「罰」の土台ならば、深海なのだ。一気に水面に引き上げられたとき――どうなってしまうのだろう。
 それが怖くてしょうがないから、また、腕に爪痕が増えたのだった。



 受ける罰は、無数にある。
 ――式島・コガラス(明日を探す呪いの弾丸・f18713)は戦うために生まれた人造の兵器だ。
 彼女の罪と言えば、命令通りに屠ってきた人間たちの命を奪ったことである。
 組織が「かみさま」ならコガラスは「その使い」であった。
 だから、今は――コガラスの前に何十、いいや――何百、何千という死者たちがあらわれている。
 死者には、兵もいた。それだけでない、コガラスが戦場にした場所で死んだものたちもいた。戦争というのは、国同士の事情は考慮しても民のそれを考えたりはしない。コガラスが銃で撃ち抜くのは兵だけであっても、一人殺せばそれとつながりのあった因果たちがすべて彼女を恨んでいく。果てには彼らも死んで、または巻き添えとなって――硝煙の中を、彼女が作った勝ち筋の分だけ犠牲が生まれていった。
 まるで、ドミノ倒しのように。
 コガラスは、その数がどんどん増えていくのには赤い瞳を細めたが驚愕はしなかった。
 それを、とっくの昔に理解しているのだ。たまたま生き残って、死にかけていた状況から生き延びた今日この日まで、何度も振り返っては己の罪を理解している。
 それを、間違いだとは思わない。
 引き金を引いた。――敵の頭が割れた。
 飛び散る中身は人間らしいそれである。幻覚であると理解していても、ためらいはなかった。
 命が何なのかも、分からない。
 脳が動いて心臓が動いて、血液が巡って食べたものから栄養を摂取し、糞尿を排泄して、仲間とコミュニケーションをとることが「生きている」ということではないのかとコガラスは思うのだ。
 だから、殺すというのはそれを止めるだけのことだし、誰にもできるからこそ自分に課せられた使命なのだと思っている。
 生まれてきた意味は、「殺すこと」だけに収束するのだ。
「死んで地獄に落ちるのは、あの少女ではなく私のほうが相応しい」
 何百と津波のように押し寄せる死体を、呪われたリボルバーが撃ちぬいていく。
 コガラスの存在を恐怖でかき消したのなら、鉛玉におびえるそれらが取り乱す。また、穿った。
 ヒーローズアースと言う世界で――コガラスの実力が肯定される世界なんて無数にあった。だけれど、コガラスはこの行いこそ罪だと知っている。
 生きているということがわからない。
 ――人を殺すこの瞬間こそ、意味があると感じられるのに。
「私は」                      シュクメイ
 それが、成長を代償に「強化人間」として作り出された副作用だともわかっていた。
 照準はいやになるほどぶれない。もし、心がぶれるものなら死に直結するからだ。つかいなれた呪いの楔は、コガラスをただただ冷静にさせる。
「永遠に奪ってしまった」
 生き残るために、思考停止をしていた。
 望まれるように働き、殺し、幸福を奪い、大地を屍にいっぱいにする。どさどさと倒れていくそれには、女のものもあった。
 抱きかかえるようにして背中で鉛を受けた母親を貫いたのだと分かる。その腕の向こうで、布にくるまれた赤子が死んでいた。
 奪った。
 ――名も知らぬ罪のない誰かの未来を。
 生きる意味を考えなかったコガラスが、殺しつくしたのだ。
 知らなかったことが罪だと理解している。地獄を作った己が、おそろしい怪物だなんて、とっくに――。
 だから。
「私は命の答えを探す」
 戦う。
「死よりも余程苦しい旅路だ」
 屍を乗り越えて、少女は戦う。
「だから、そんな生易しい罰が」
 死体の匡を作り上げても、戦う。

「私 の 足 を 止 め る こ と は な い――! 」
 宿 命 と 、戦 え ! ! 



 一発の銃弾が、コーヒーメーカーを砕いた。
 深海に沈んでいた意識を痛烈に引き上げて、門がやっと息を深く吐き出してせき込む。
「――あらら、起きちゃった? 」
 少女は。
 額から噴き出た汗でいっぱいになったコガラスの顔を見て――。
「私も」
 まるで宝石でも眺めるかのように、うっとりと微笑んだ。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

スキアファール・イリャルギ



……はは、
私より怪奇らしいことしてませんか

――今でこそ怪奇を誇り愛したけれど
何度か怪奇を忘れてしまったことがある
只の人間でいたくて
不可抗力で
おそらく防衛機制で

だから罰が
心に負った傷痕を再現してくる

怪奇となった私を解明しようと無数の手が伸びる

四肢と首に枷
効能不明の薬
弄り回される身体
好奇/侮辱 の眸
虚ろな称賛
あらゆる罵倒

何の為?
人間/怪奇 に 戻す/堕とす 為?

あぁ、
いやだ
やめてくれ
もう戻らない
もう戻れないんだ
ひとつでも欠けたら生きていけない
だから――!

人間/怪奇 をとらないで!
影人間として生きさせて!
怪奇人間の儘でいさせて!!

理解も救いも要らない!!!


『さみしいの?』


――そうだね

さみしいよ




「はは」
 怪奇であることを、誇りに思うのは今だからできることだ。
 スキアファール・イリャルギ(抹月批風・f23882)の体は、怪奇のそれである。
 彼はそれを謳歌し、時に唄って、舞うような男であった。それは己が恐ろしい存在なのだと理解しておいてほしいのと、そう扱ってほしい気持ちのジレンマゆえに耽る行動である。
 見ようによっては、彼は狂っていたかもしれない。だけれど、――そうしないと。
「私より怪奇らしいことしてませんか」
 怪奇であることを、忘れてしまいそうになるのだ。
 この場にいるはずの己がどこか遠くに感じてしまうのは、けして気のせいではあるまい。
 腕を見る。ぼうっと景色がぼやけて己の黒が目に入った。そいえば、どうして包帯をしていたのだっけ?
 縛り付けた黒い包帯は、本当のところ白くてもいいのである。しかし、何故黒いかと言えばぱっと見たときの印象で、スキアファールのことを誰もが「変」だと判別できるからだ。
 何度か、彼は己が怪奇であったことを忘れたことがある。
 普通の人間のような気でいたのだ。飯を食べ、他人と笑い、おもしろおかしく歌を歌ってみせる己が人間らしくてたまらないから、忘れていたことが何度かある。それは、不可抗力でありながら防衛機制であるともいえたのだ。
 ――怪奇であるのに、人間にあこがれる。
 人間の生活を好んでいた。そんなことはしなくていい。実のところ、スキアファールの本体というのはもっともっと悍ましいのに、人の皮をかぶって人らしい服を着ている必要なんて言うのもないのだ。
 どれもどれも演じている。どれもこれもでまかせで、どれもこれも嘘ばかりだ。わざと、そうしていた。人間に擬態してやっているのではない、「人間らしくしたい」だけである。
 擬態、と言うのは本来――捕食される側が行うべきである。
 彼の怪奇から考えればスキアファールのそれは、まるで獲物を狙い草原に潜む猫が己の柄を様々持っているのとよく似ていたのだ。

 だから、「人間」を欺いた罰は襲い掛かる。
「あ」
 無数の手が、ひたりとその体に触れたのだ。
 ばたんと後頭部を打ち付けるように倒れて、貧血『みたい』になる。
 ――どこにも血なんて通っていないのではないか。
 ――何色の血だろうか。
「やめて」
 女のような声で鳴いた。
 体に触れられる感覚が気持ち悪い。それは決して好意的なものではなかった。
 もんどりうつ体から人間の衣装をはぎ取られていく。無数の手があるのはわかるのに、どれやらの手なのかがよく見えない。
 ――枷を。暴れては困る。
 ――投与を始めます。固定してください。
 悪夢のようだった。
 まるで幼子が視るような悲劇がそこにある。
 注射器からぴゅうっと出たそれが何を意味するのかわからない。己のぐるぐると巻いた『異質』の証をはぎ取っていこうと、ビニールに包まれた人間の手がある。
「いやだ」
 包帯を引きはがすことなんてお構いなしに、頚椎に刺される痛みがある。
 注射器の効能は身をもって体験することとなった。口の端から泡があふれて目がぐるんと上を向くものだから、唇を前歯で噛みしめて瞼を閉じる。意識を持っていかれてなるものか!
 ――素晴らしいな。
 ――冗談でしょう? 汚らわしい。
 ――いいや、大発見とはいつも悍ましいね。
 暴かれる。
「い、やだ、い や、 ッ い や だ ―――――――ッ ッ ッ ! ! ! ! ! 」
 奪わないで。
 叫びは、あまりに悲痛だった。手足をばたつかせてもがたがたと寝台が揺れるばかりで、あまりにむなしい。
 ――何のため?
 がちがちがちがちと奥歯が激しく鳴いて、顎がけいれんしている。ぶくぶくと蟹のように泡を吐いて、彼の黒を濡らしていた。
 美しい歌を奏でるのどからは絶叫しかもはや吐くことができまい。
 ――人 間 / 怪 奇  に  戻 す / 堕 と す  為 ?
 侮蔑の眼が半分、好奇の目が半分だった。
 ――哀れみも、あって。
「やめてくれ」
 かちゃん、と冷たい音が響いてメスが握られている。
「もう戻らない」
 どう体をこじ開けようか考えて、男らしい背丈をした影がペンチを握った。
「もう戻れないんだ」
 綿が肌に押し当てられる。色白のそこを消毒しようとする慈悲が恐ろしくて、たまらなかった。
 今すぐとはいかないけれど、と己の額を撫でる細い指がおぞましい。
 ――ひとつでも欠けたら生きていけない。
 必ず人間に戻してあげるからねと使命に燃える若い瞳がいっそ寒くてしょうがない。
 ――だから――!
 君のことは論文にしてもいいだろうか? たくさんの人の役に立つよと微笑みかける顔が憎らしい。
 ――人間/怪奇 をとらないで!
 ――影人間として生きさせて!
 ――怪奇人間の儘でいさせて!!
「 ッ ッ ッ 理 解 も 救 い も 要 ら な゛ い゛ ッ ッ゛ ッ゛ ! ! ! 」
 咆哮だった。
 その生を認めてくれと言う、絶唱である。
 霧となって空間に溶けた影があって、己がびっしょりと全身から水をかけられたように湿っているのを思い出したのだ。
 ひんやりとした空気が、スキアファールをそうっと現実にもどしていく。あたりは、それぞれ猟兵たちが苦しんで、身もだえて、時に打ち破って息が荒い状況だった。
 ――さみしいの?
 一刻も早く、仲間を守ってやるべきだったのに。
 【泥梨の影法師】はたちまちぱしゃんと溶けて、木目の床に流れてしまう。継いだ節目につるりと体を滑らせて、誰にも見つからないようにしくしくと哭いている。

「そうだね」

 少女の声が、突き付ける。

「さみしいよ。」

 ――だから、もうほっといてくれ。
 

成功 🔵​🔵​🔴​

サン・ダイヤモンド
②△※失った記憶の中の罪と罰

突然、長い羽根の髪を引っ張られた
痛くて何事かと頭を押さえて振り向いた
陽光の目玉を奪われた
思わず悲鳴を上げようとして喉を潰された
角を砕かれた、毛皮を剥がれた、四肢を奪われた

『誰か』の悪意が叫んでいる
その瞳も、美しい歌声も、最上のパーツも、命も全部全部
お前のような出来損ないの為の物ではないのだと
お前の存在自体が罪なのだと

全て返せと毟り取られて奪われて


無価値と捨て置かれたものは
僕の魂と、それを包む黒の愛
――僕を形作るもの

嗚呼、黒を連れてこなくて正解だった
誰であろうと彼に罰を与えるなんて許せないから

咆哮、光の爆発、幻覚を弾き飛ばす

僕の全てはブラッドのものだ
他の誰にも渡さない




「い゛ッた―――!!? 」
 ぐい、と髪の毛を引っ張られた。
 サン・ダイヤモンド(甘い夢・f01974)の感じたものはまず、驚きである。
 己は先ほどまでよくわからないことをつらつらと話す少女の前にいたはずなのだ。
 やれ罪だ罰だの哲学的な話をしたところで、学のないサンにはわからぬ。ただ、わかることは自然に基づいたことだけだ。
 この少女は、まぎれもなく――こちら側に敵意があるのならば、こちらもそれ相応に戦わねばならぬと思っていた。
 自然界ではそれが当たり前のことだ。獣同士が唸り合ったのなら、どちらかが大けがをするか死ぬまで戦い合わねばならぬ。
 「やってはいけない」ことがわからないのなら、サンたちが「おしえてやる」のが普通なのだ。そうして、幼い獣たちが成長するのを何度も視てきていた。
 ――しかし。
 何事かと頭を押さえながら振り向いた。涙がにじんだ煌めきに、ぞぶりと親指が二本入り込む。
「き゜――」
 言葉にならぬ悲鳴は、まるで巣から振り落とされた小鳥のようであった。
「か、ッ゛ァ、えッ」
 眼球は、脳に直結する。
 陽光の眼玉を親指が貫いて、血がどぶりとあふれればたちまち幼い脳はパニックになった。
 誰の手がそうしたのかわからない。ただ、ぴいぴいと叫んだ小鳥を縛る手が少女のそれではないことがわかる。
 何も見えない。誰だかわからない、今自分がどうなっているのかもわからなければ、喉を強い衝撃でつぶされる。
「ィ――」
 喉仏が破壊されてごぶりと喉から血が口めがけてあふれ出す。出血はとまらない。器官をふさごうというのならば、サンがむせて血の噴水を作っていた。
 次に小さなこぶりの角を体を床にぶつけられると同時にたたき折られる。角も頭蓋に近い。たまらない痛みに耳から音が跳んで、高音の沈黙が彼の内耳を壊されたことを告げていた。そのあと、長い髪と同時にぶちぶちと翼がはがれていく。
 ――その瞳も、美しい歌声も、最上のパーツも、命も全部全部ッッッ!!
 悪意だった。
 おぞましいほどの悪意があって、まるで屠殺のようである。
 成長しつつある首を簡単にへし折れなかったのか、折らなかったのかもわからない。真っ白な腕からは血の気が引いて、なお床をはいずろうとするのは生存本能のみである。
 己を守ってくれる「黒」は置いてきてしまったのだ。
 心の中で痛みを叫ぶこともできない。床を這おうとする爪ははがれて、前に出ようとする手はおそらく靴の裏で砕かれた。
 ばぎゃんと嫌な振動がして激痛が走り、暴れようともがいたところでどこにも出口が見えない。あるのは暗闇だけで、たちまち真っ白を赤く染めていたというのに。
 ――お前のような出来損ないの為の物ではない。
 右手を踏みにじられたら、次は『できの悪い』翼をもがれていく。
 鼻に満ちるのは己の鼻血の匂いだった。どこにも先ほどまでの痕跡なんて見つけられない。
 大好きな人の匂いもない。どうして助けてくれないの?
 ――お 前 の 存 在 自 体 が ッ ッ ! !
 罪だから。
 すべて返せとむしられる。
 何もかもをむしられる。屠殺の鶏がいっそ恵まれているくらいの衝動だった。
 まるでできの悪い絵画を破壊するように、ヒステリックな仕打ちはもとからそうしてやるつもりだったような痛みである。
 何も考えられない。息もできないのだから。
 か細い息をするたびに口からはとくとくとこぼした油のように血があふれていく。
 己の温度が体の上半身を温めていて、気が済んだ荒々しい悪意がサンに馬乗りになっていたのをやめたころだった。
 手の感覚も、足の感覚もないのである。
 ――まぎれもない、『死』がそこまで来ていた。
 このまま棄てられても、そうでなくてもそうなるだろうと生物の本能で理解する。
 逃げようとしても腰椎をやられていた。麻痺をして少しも動けないし、視界ももう黒色しかなくて起き上がれない。
 頭の中はいつまでもせわしなかった。全身の痛みなんてもう遠くて、己がどこにいるのかもわからない。漠然と己から命が消えていくのだけがわかって、死ぬだけだと理解する。
 まるで真夏の夜で死ぬセミのようであった。
 ひくり、ひくりと辛うじて痙攣する四肢は壊れなかった脳の名残である。肉だるま同然となったその姿は、もはや終わるのを待つのみであった。
 真っ黒しか、もうどこからも感じられない。
 ――黒って、どうして好きなんだっけ。
 終わる頭の中で、ただそれがぽっかりと出てきたような気がしたのだ。
 ――僕を。
 見つけてくれたのは、黒だった。
 まるで世界が夜に覆われたような漆黒が、己の体をこのあと抱き上げてくれたのだ。
 痛みに震えて血だるまのそれが、生きていて驚いた彼を鮮明に思い出せる。死の淵に立って、ああ食われてしまうのかと思っていたのに、彼はこうして――そうだ、今、立っていたようにしてくれたのだ。

  咆哮、一撃!
 【Blood Soul】
 叫んだ獣の音波が、己の幻覚を吹き飛ばす。己を縛り付けていた罰から羽を広げて三度の『再誕』を果たす。
「――僕の全てはブラッドのものだ。」
 嗚呼、此処に彼を連れてこなくてよかった。
 己がこの少女の幻惑にかかったように、彼にもまた罰を与えようものなら、彼女のこともうっかり吹き飛ばしていたやもしれぬ!
「 ッ他 の 誰 に も 渡 さ な い ! 」
「――だからさ、そういうところだと思うよ」
 子供っぽい言い方じゃないよ、と笑う。
 少女の妄言には耳も貸さぬ、獅子の鬣のごとく威嚇ゆえに広がった羽毛が、すべてを現わせていた。
「嘘つきだなぁ」
      ムカシ
 ――もう、子供じゃないのにね。

成功 🔵​🔵​🔴​

アルトリウス・セレスタイト

◎(罰として見るものは全てお任せ)

これを罰、というのなら
果たして何に対するそれであるのか……いや
問うまでもないか

人が紡ぐ絆は尊く眩く美しいもの
手を伸ばしたのは大きな間違いだった
模倣物が同じものを得ようなど、身の程を弁えていないとしか言えん
類似していようと、自分を人の枠に括るべきではないと。もっと早く気づくべきだったな

これをもってその過ちを罰するというのなら、なるほど納得もしよう


だが付き合うのはここまでだ
お前が呼ぶものは間違いなく誰かの絆を侵すのだから
眩いものを得ることはないが、俺がそれを重んじ守ることに変わりはない



魔眼・停滞で周辺一帯を初期化
他に幻覚に囚われている者たちも纏めて解放する





 ――これを罰、と言うのなら。
「問うまでもないか」
 アルトリウス・セレスタイト(忘却者・f01410)は人の絆に魅せられた「原理」である。
 彼こそ世界の仕組みであり、構造で在り、循環機構であり、核であるといってよかった。
 人間の皮と精神の中身をどういう因果でか与えられて、今日の彼である。
 アルトリウスの視界はたちまちにゆがんだのだ。与えられた方程式は彼のものであるはずなのに、そこに異物が代入されている状態である。世界はまったく間違ったかたちに書き換えられて、その干渉力に人間の可能性を見たのもあったが――あっけにとられていた。

 目の前のそれは、「誰だかわかる」のにアルトリウスと目が合うとはじけ飛んでしまうのだ。まるで水風船が割れたように周囲に赤とピンクをまき散らして、肉片となって消えていく。
 ――それが、たとえば。
 感謝をささげた人であったり、一目置いていた彼だったり、戦場を共にしたり、アルトリウスの決して多くはないが確かに得た縁がどんどんはじけ飛んで消えていく。
 喫茶店の壁を、床を、天井を、「それだった」ものが彩っていって結局、空間に残ったのは喪失とアルトリウスのみであった。
 沈黙である。
「手を伸ばしたのは」
 アルトリウスの力は、それほどに強大だった。
 己の『原理』がくるくると繊細なそれを回しながらあたりに浮遊している。命令通りに動いたのだと踊るさまが傲慢に思えるほどであった。だけれど、アルトリウスの心は痛まない。
「大きな間違いだった」
 ――人間の模倣物なのだ。
 仲間が消えたって、孤独になったって、アルトリウスはけして「つらい」や「かなしい」を思わない。思えない。
 たとえ人間というものと類似形をしているといえど、その本質というのはともにあれないのだ。アルトリウスの力が強大すぎて、人間と共に生きるには強すぎる。ゾウとアリくらい離れた価値観も、こころも、世界も、能力も、施そうものなら壊れ、改善しすぎて腐らせた。
「もっと早く気づくべきだったな」
 はじけ飛んだ仲間の眼球が転がって、ねとりとしたそれがアルトリウスを見る。
 冷静な言葉を吐く黒色を空っぽなそれが見つめていて、視線が逸らせない。深い青をした瞳で、己が何を考えているのかもアルトリウスにしては遠く感じられた。
 人間の縁を感じるのが好きである。
 大きな制約を受けてなお、人間として皆とともに戦うにはその理由があった。
 原理の残骸である。故に、人間としては生きられぬ。だとしても、夢見たのだ。
 人間は、いつもいつも『絆』から大きなエネルギーを生む。
 『絆』の形は様々だ。あるときは、友人として働く。一つの巨大な岩を一人で動かせなくても、二人いれば岩を動かすことができる。三人いれば岩を砕くこともできるし、四人いればもっと効率よく生きていける。
 数字とは、質量であるのがよくわかる光景だった。人間は絆の量でいくらでも未来を拓けるのだと、アルトリウス走っている。
 ある時は、恋人として働く。
 人間の『絆』は依存でもあった。
 しかし、護るべきものと守らなくてはいけないものを抱いた時の人間は爆発的に活動が早まっていくのである。
 世界を切り開くために躍起に働き、時につらく困難にぶち当たったとしてもけして歩みを止めることもない。ただ、前へ前へと開拓し、己の守るもののためとの未来に向かって頭を使い生きていくさまがしたたかだった。
 ――そして、だいたいが手にするのが『こども』という『未来』である。
 それが、まぶしかったのだ。
 未知だった。子孫が増えることも、絆の数だけ一人一人がたくましくなっていくのも、傷の数だけ向き合えるのも、――どれも経験したことのないアルトリウスはただただあこがれたのだ。
 人間の姿を纏って駆動してみても、彼には届かぬうつくしいものたちを『壊す』ことができる力を見せつけられるのが彼の罰である。
「――なるほど、納得もしよう。」
 当然の報いだ。
 しかし、ならばまた。
「だが付き合うのはここまでだ」

 すうっと閉じられた瞼から見開かれたのは、【魔眼・停滞】――!!
 この場にいる猟兵たちの痛みの数も罪の濃度も、因果も、あまりに膨大すぎる。
 だけれど、それでも、たとえ目から血があふれようともアルトリウスは止まらない。
「お前が呼ぶものは間違いなく誰かの絆を侵すのだから」
 一歩、前へ進もうとする。
 景色が歪んで、ちかちかと明滅を繰り返した。
 膨大な呪詛と原理のぶつかり合いで、彼の脳を侵していた幻想が震える。
「眩いものを得ることはないが、俺が――」
 壊す力だと分かっている。
 理解して使っているつもりだ。
 少しでもコントロールを誤れば仲間の手ひとつ吹っ飛ばしかねない危うい己だと分かっている。
 ああ、でも、だからこそ。
「俺がそれを重んじ守ることに変わりはない」
 ――守らねばならないではないか。
 それが、たとえ狂った計算式で編み出された思考の結果だとしても後悔もない。
 得ることがないのならば、せめて大事にしてやりたいと思うことが罪だというのならば、喜んで罪を重ねようと彼は唸ったのだ。
 猟兵たちを導くために、仲間たちを解放するために――今。魔眼の機構が狂気に向かって牙を剥く!

成功 🔵​🔵​🔴​

ゼイル・パックルード

俺は友、仲間、そう呼んだ人たちを殺した時喜ぶのか、悲しむのか
どっちにしろ殺意(好奇心)はいずれ抑えられなくなるけど
罰がなにかの精算なのならば、それを見せつけられるのは確かに罰か

彼女の言う生まれたことが罪ならば、生きている内に延々と渦巻くこの葛藤自体が罰なのだろうか

そもそも友を殺すのが悲しいのか?自分を殺してくれる相手が殺してしまったのが悲しいのか?

両方?あぁ、そうだったのか

気づかせてくれてありがとう、かみさま……いや、小西朱音だっけ

強いだけじゃない。愛でも友情でも憎しみでも───俺は俺を思ってくれる人に殺される
そんな罰が欲しかったんだ

だからもう、かみさまが用意した罰に付き合ってらんねぇな





 ずうっと、己の罪はわかっても罰が与えられるのならば何だろうと思っていたのだ。
 ゼイル・パックルード(火裂・f02162)はずっと、罪を犯している自覚のある少年である。
 まだまだこれから、己はきっと戦いと死と勝利を求めて死体で作り上げた山を登るのだろうと幼いころから必死でやってきた。荒廃したアックス・アンド・ウィザーズの荒くれものたちにもまれながら彼はただただ死に場所と生きる意味と己の価値について考えてきている。
 要素を並べればまだ若く、年齢らしいものであろうが実際のところ、ずうっと彼は血なまぐさい道を歩いてきた。
 彼が殺すのは、好奇心からである。
 バトル・ジャンキーというのももちろんあった。己と言う存在がどこまで通用するのかを理解したいという男らしい野心もないわけではない。ただ、戦う必要のない環境であっても彼は、きっと森で暮らす小鹿を殺すように命に手をかけるのだ。
「罰がなにかの精算なのならば、それを見せつけられるのは確かに罰か。なるほど、宗教的だな」
 ――神様とやらですら、まだゼイルを殺さぬというのに。
 歪んだ景色があったのに、彼にはほかの猟兵たちのような幻覚は訪れていない。
 ただ、ずうっと前から考えていたことがどんどん胸の中に満ちるのがわかる。ちろりと胸が『燃えて』、思わず左手で蓋をした。
「なん、だ――? 」
 地獄の焔は、ゼイルが宿した武器だ。
 炎はいい。
 獣をよけるのにも使えるし、そこら辺のごろつき程度なら火を胸からちらつかせてやればどこかに走って逃げていく。
 暗いところを歩くのにも使えるし、強敵を丸焼きにしてやることもできれば、明日の飯を食うのに役立つそれだ。
 温度は、ゼイルの想いに準じて高くなり、火は大きくなるのが常である。
「どうした」
 ゼイルの手のひらは、砂漠で生きてきたのもあって厚い。
 過酷な環境に適応した生命力のある体である。彼が寿命を削ろうが、己の限界を超えようと戦おうが、体は彼の成長に合わせて強くなっていくのが常だった。
 それなのに、今は――その手のひらが炎に焼かれて、嫌なにおいがする。そっと手を離せば焦げ目がついていて、あふれ出す炎があった。
「――あ? 」
 あっけにとられる。
 あふれ出たのはその熱だけでない。ゼイルの胸の中でずっと渦巻いていたものが具現化していたのだ。

 ――葛藤だった。
 いろいろなものを殺したいと思う。
 彼を知らぬ人はきっと、そんな彼の心の中が理解できないだろう。
 ゼイルは、友人を得て、仲間を得た。それも、つい最近のことである。
 この一年で駆け巡った縁が彼の手に会って、時に彼を折り、しかしさらに磨きをかけてくれて、時には己の意義を見出すことだってあった。世界の広さに悔しさを覚えながらも、武骨な剣を振るのをやめなかった。毎日が充実していて、やらねばならぬことがあったのが彼らしくもなくうれしくてたまらない日々がある。
 ――なのに。
 彼は、仲間たちを、友と呼んだ人を、殺してみたくてたまらない時がある。
 それは彼と言う命に課された命題といえた。
 生きてていいと思ったことが、彼はまだ二十年足らず一度もない。
 父親の顔も母親の顔も、もう覚えていないのだ。思い出すのは無数の強者とその死に顔である。
「はは」
 これが、罰だというのだ。
 ――思い知らされるのは、どこかでそんなことを考えていないと否定したかったものである。
 生きるたびに、毎日を過ごすたびに大きくなる炎の渦が彼だったのだ。友たちの強さにあこがれ、それを下してみたいと思うのは彼の目的がためである。
「――あぁ」
 友を殺すことを考えれば、悲しくてたまらない。
 己の中にそんなものがあると知った時は、まるで砂漠にあるオアシスを見たような気持ちであった。
 何を人間らしいことを考えているのだと呆れたこともある。だけれど、それを成長だというのならば受け止められる気がするのだ。
 燃え滾る炎が――赤から青に変わる。青い炎のほうが、ずうっと赤より熱いのはどこかで聞いた。
「そうだったのか」
 葛藤の正体を、見てしまう。
 ――殺されたかったのだ。
 それも、無残に殺されたいだけではない。彼は彼を殺すのが病でもなければ顔も名も知らぬごろつきであることも認めないのだ。
 彼が敬愛する友たちに、彼を仲間と認めてくれた友たちに、彼を恨んでしょうがない誰かに、彼を愛おしく思ってしょうがない運命に――。
「そんな罰が欲しかったんだ」

 殺されたい。
 ならば、燃え尽きるのも御免である。ばん、と力強く己の胸をたたいて炎が鈍る。
「どうした、ヌルいんだよ」
 【殺気】を込めた瞳で己の焔を睨む。
 その程度の地獄でこの男が灼けるものかと唸れば、焔は臆したように小さくなっていくのだ。
 自殺は御免である。この世で最高の恥だとゼイルは知っていた。死ぬことなどただ肉になるだけだ。放っておけば虫だか獣だか鳥だかがやってきて、喰らっていくだけの存在である。己の果てがそうなることだって理解しているが、それだけでは「納得できない」のだ。
「気づかせてくれてありがとう、かみさま……いや、小西朱音だっけ」
 ゼイルの異変を見て、片眉を上げていた少女に礼をまず告げる。
 恭しいそれに意外を感じたのか、「何、急に」と少女のほうが動揺したくらいだった。
「何か、いいものでも視れた? 」
「ああ、とびきり『今の俺には』いい罰だったよ」
 ――笑う。
 悪鬼が如く、鋭い瞳を瞬かせて金色の色が赫へと揃う地獄の焔が笑うのだ!
「だからもう、かみさまが用意した罰に付き合ってらんねぇな」
 願わくば、この悪人に最高の罰が与えられんことを!

大成功 🔵​🔵​🔵​

相模・恭弥

罰を受けろだ?乗り越えろだ?
ククッ「何も無ぇ」じゃねぇか
オイオイオイこれじゃ罰になんねぇだろぉがよ!
ほら、裁いてみせろよこの俺を!
相応しい罰とやらを見せてくれよ!

まさかこれが?
俺には罰すら与えねぇってか?
ク、クカカッ!カハッ!
怒りで嗤いが止まらねぇ!
哀しさで今にも絶頂しそうだ!

「罪/嘘に罰/真実をくれよ……」

何も無いならそりゃ結構!
見晒せカミサマ、俺は止まらねぇぞ!
何もかも呑み込んでオシマイだ!
狂った様に正しいステップで踊ってやるよ、お望み通りに!
この「痛み」は決して忘れねぇ!

オラ何時まで寝てやがる猟兵共ォ!
サボってないでさっさと起きやがれ!

「俺は只の人間だからさ、罰が無けりゃ止まれねぇぞ」




「オイ、オイオイオイ。欠陥じゃァねーのか」
 相模・恭弥(レッツエンジョイ・f18126)の前に展開されるのは、呪詛でできた幻想のはずだったのである。
 周囲の猟兵たちは苦しみだし、それぞれが己の罰に喘いで涙をこぼすさまが視られた。
 だから、己にもそんなものがあるのならばどんなものだろうと――惚れた少女に期待をしていたのである。彼とて、男だ。好いた人が己をどうみてくれるのかなんて気になって仕方があるまい。
「罰を受けろだ? 乗り越えろだ? 」
 身の回りで呻く猟兵たちには、それがぴったりだった。
 己らの罰にうずくまり、たった一人の少女に手を伸ばせないその様が恭弥からしては羨ましくてしょうがない。
 なぜならば。
「クク、ッ――「何も無ぇ」じゃねぇか!! 」
 怒号に似た笑いであった。
 びりりと震えた空気に、店内の棚がわずかに戦慄く。朱音は、恭弥のそれに両耳を塞ぎながらもゆったりと笑んでいた。
「オイオイオイこれじゃ罰になんねぇだろぉがよ! 」
 ガン、と椅子を蹴り飛ばす。
 ところかまわない一撃で椅子が跳ねて、床に穴をあけながら回転して滑っていった。
「ほら、裁いてみせろよこの俺を! 」
 両腕を広げて、片手には剣を握ったままなのだ。
「相応しい罰とやらを見せてくれよッッ! 」
 俺は此処にいるのだと主張する恭弥に、朱音はただ沈黙だけを返している。――それが一番効くと分かっている顔だった。
 まさか。
 恭弥が、息をのむ。
 相模・恭弥は大嘘吐きである。
 相手を嘘で煽り、その反応を観察するのが生きがいなのだ。他人の悲鳴を思い出しながら興奮して眠れぬ夜もあれば、痛みに歪む顔に果てそうになってしまう。サディストでありながら、彼は慢性的な虚言癖であると言えた。
 他人との会話がまるでそれしか知らぬような男である。実際、その悪癖ゆえに窮地に追いやられたことも多かった。多数の善を前にしては、恭弥のような小悪党はすぐあぶり出しになってしまうか圧し負けてしまうのである。嘘をついてやったとしてもそれを許された日などは、何を食べても砂の味がしてたまらぬものだった。
「――俺には罰すら与えねぇってか? 」
 いつでも。
 嘘つきには罰が与えられるものだった。
 童話の人形は鼻が伸びたし、木こりは結局斧を取り上げられて一日に苦労する。
 そんなことは恭弥も知っていた。だから、当然与えられるだろう己への罰をずっと待っていたのだ。
 悪行を重ねている自覚もあった、失った大切なものを埋めるように吐き続ける己の毒素に狂わされる人々を笑った。
 みんながみんな己を覚えていればいいと思っている。二度とこんな小悪党に騙されるなよと大笑いしてやって、彼は満たされていたのに、決定的な「つみびと」の証が一向に降りてこないのであった。
「ク、クカカッ! カハッ――! き、ひッははははははは――――ッッッ!! 」
 沈黙する少女は薄ら笑みをひとつも揺らがせなかった。
 しまいに、恭弥を見るのをやめてしまうのを見て彼がいよいよ前に出ようと足を一歩進めるのである。
「見晒せカミサマ、俺は止まらねぇぞッッ――! 」
 たった一歩なのだ。
 歩幅にして出たのはわずか20cm程度である。恭弥に「罰など何もない」ことを刻むための呪縛は彼の身体を地面と空気に縛り付けていた。それでも、前に出ようともう一歩を踏み出そうとする。
「何もかも呑み込んでオシマイだ! 狂った様に正しいステップで踊ってやるよ、お望み通りにッッ!」
 唾を散らしながら黒髪の彼が叫んでも、少女はそれを拒むこともなかった。
 朱音の美しい横顔が憎らしくてたまらない。今にもこの怒りに絶頂しそうでしょうがないのだ!
 届かぬ「悪」に恭弥が手を伸ばしたとて、触れることは叶わない。だって――。

「罪を」
 恭弥は。
「嘘に罰を」
 この「何もない」呪縛が彼の手足を縛るように。
「真実をくれよ――」
 ――なんの悪行も、していないのである。
 罰せられるほどの大層なこともしていない。
 彼の吐く「嘘」はいつだって小さなことだ。それの積み重ねが巨悪になるのは果てもなく遠い年月が必要になる。塵も積もれば山となるように、山になるには時間がかかってしまうのだ。だから、現時点で――彼の罪と言うのは、罰せられるほどのものではない。
 人を殺したこともない。
 オブリビオンは世界から排除を求められているから、恭弥だって手を下すが、人間に至ってはそうでないのだ。
 ほどよく弄んで、そうっと手を放して最後には逃がしてやっている。きっともう二度と恭弥のような小悪党には引っかからないだろう数え切れぬ誰かに己がしたことを思い出していた。
「この「痛み」は」
 ぎり、と拳を握る。
 少女をつかめぬそれは、彼の手に爪を食い込ませた。血がはたはたと滴って床を赤に濡らす。
「――決して忘れねぇッッッ! 」
 侮辱だ。
 突き付けだ、放置だ、無視だ――!!
 認められぬことのなんと愚かでつらい事か! 吠えるように唸った青年のことを、結局「かみさま」たる少女は一つも視てやらぬままだった。
「俺は只の人間だからさ、罰が無けりゃ止まれねぇぞ――オラァッ!! 」

 ぎゃいん、とひどく乱暴な【妖剣解放】が少女を穿てず手当たり次第の柱を刻んだ。高音が猟兵たちを起こせばいいと思ったのだ。恭弥の行動で彼自身に巻き付けられた呪縛が強くなる。
「――ッい゛、ッ……オラ何時まで寝てやがる猟兵共ォッッ! 」
 手首に、ふくらはぎに、見えぬ背中に無数のみみずばれが走ったのがわかった。
「サボってないでさっさと起きやがれェッ!!!! 」
 小悪党だ、と神が笑うなら。
 ――その罪を見せつけてやろうではないか。辱められた青年はただ、己の剣をふるう。
 あたりに金属が打ち付けられて、ガラスが割れて、めちゃくちゃになっていく店内で――確かに、その『悪行』が誰かを『救ってしまっていた』のだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ジェイ・バグショット
①◎
罰、か…。
裏切り、殺し、拷問、怨みの代行…数え始めればキリがないな…。
…我ながら酷い人生だ
罰を受ける理由なんていくらでもある。

そんな俺が受ける罰ってなんだろうな。
簡単に死ねないとか?
楽に死ねると思ったことはないが。
今までしてきたような拷問を受けるとか?
…痛いのは嫌だなァ。
大切な人を殺される?
もう死んでるからそれはねぇか。

……あぁ、嫌だな…。
永遠を生きるのは。
終わりが無いのは…、それは苦しい。
不調に喘ぎ、喉の渇きと痛みに耐えながらも死ねない。それが一番しんどい。
大切なものもない俺に永遠なんて気が狂いそうだ。
耐えきれずいつか殺してくれと希うのだろうか

…はは、笑えねぇ…。
悪夢に終わりがないなんて


プアゾン・フィエブル

(罰→指輪の喪失)
(周りを起こす→覚醒効果のある、後に残らぬ刺激毒)

指輪が、ない。
やだ、いやだ、うそ、どこに行ったの。
ワタシの宝物なんです。
……他の誰とも違う、ワタシだけの指輪。

(機械を蝕み、人を蝕み、ある夫婦の関係を蝕み、
製作者、彼の初恋の少女がテクスチャ。
喪うことが私の罰なら、彼が亡くなったのも?
エゴと欲にまみれた彼自身の罰?)
……なら、喪うのは今更です。
怖くとも。

かみさまのテクスチャをまとって、
好きな人をかみさまに。ばちあたりだ。
巧く生きるのって退屈で、大変で。
体裁だけじゃなかった。
彼もワタシも、指輪も、形あるものは壊れる。
ワタシ、
その怖さは知ってたんです。




 罰、というものには心当たりがあり過ぎた。
 ジェイ・バグショット(幕引き・f01070)はありとあらゆる悪行を重ね、侮蔑と畏怖の念を込めて【虚弱のジェイ】と呼ばれるダンピールである。
 彼自身、己が虚弱であることは有利だと思っていたのだ。終わりたい時に簡単に何もかもを捨てることができたからである。
 裏切り、殺し、拷問、怨みの代行、彼が腕のいい医者にかかるためならばどんなことでもしてきたのは、金が手に入るからだった。
 確かにいつでも死ねるのは所業に似合うが、それはそれとして苦しみはなるべく軽くしておくことに越したことはない。簡単に殺されてやるような自虐的な男でもなければ、大手を振って生きていけるような器用なそれでもなかった。だから、こうしてちぐはぐなことをしながら生きていくのである。
 苦しいのなら、誰かの命を奪わずに――己の命に幕を引けばいいだけのことなのに。
「我ながら、酷い人生だ」
 そんなものを受け入れてきたのが今だというのなら、見合った罰はなんだろうなと豆の香りをかぎながら思うのである。
 この豆は何所のものだろうかと考えて、ああここで噂がよくたまったのだとジェイも知る。利口な少女が手を真っ白のままにあの達者な口で成し遂げたのならば、それはそれで末恐ろしいと思うたのだ。
 果たして、己はどんな罰を予習として少女に見せるのだろうか。
 簡単に死ねるような命でもなかろうと思う。虚弱ではあるが、こうして生きながらえてみせるところはあるのだ。
 それに、数多くに恨まれているから死ぬときは盛大に苦しんで死ぬのだろうと思う。幻覚はまだ訪れない。目の前の猟兵たちに欠けてやる言葉もないのだ。彼らが罰で苦しんでいるのなら、向き合わせてやるのもまた仲間としてのことだろうと思っていた。
 ――今までの拷問を受けたりするのだろうか、とのたうつ彼を見ながら思うのである。
「痛いのは嫌だなァ」
 火だるまになりそうな少年を見ながら、ああいうこともしてやった記憶を思い出した。
 ならば、辛いことのオーソドックスで、どんな映画にもある『想起』こそ一番あり得るだろうかとも考えはじめたころである。
「大切な人を殺され――もう死んでるからそれはねぇか」
 思わず、自分でもちょっと面白おかしいなと思ったのだ。
 どんな罰も己に似合わない気がしてならない。息を吐くように笑っている喉から、じんわり血が滲みだしてごほごほとせき込んだ。
 ――やべェか。
 しゃがみこむ。己のために用意しておいた鎮痛作用のある『おまじない』がポケットの中になかった。
 ぶわっと背中から汗をかいて、己の『ヘマ』に舌打ちをしてやりたくなる。しゃがみこんで、ごんと額を床に押し付けて真っ赤にしながらふう、ふう、と息をかみ殺す。過呼吸になりつつあるのだ。落ち着いて、息を吸わねばならないのにそうすると血液が器官に行って彼に胃の中まで吐き出させるような咳を引き起こさせる。
 ――死ぬ。
 喉が渇く。
 血が奪われる分だけ、半分吸血鬼である麗しの顔に苦悶が滲んだ。
 手当たり次第に奪ってやってもいい。そこらにころがる仲間たちの血ならば、少しずつ奪っても構わないだろうと思った。だけれど、体は酸欠を起こして手足がしびれ、もはやジェイに立ち上がることを許さなかったのだ。手首をぐねって、床にすっころぶ。
 ――どうなってる。
 それは。
 動かぬ手足に対してではない。口からあふれる血の量がおびただしいにも関わらず、ジェイの命はちっとも揺らがないのだ。
 手のひらが己の血で真っ赤になって、飲めるものがそれしかないのだと必死に舌を伸ばしてようやく少し掬う。犬のように床に散らばった赤をなめて、己の渇きをいやそうとした。だけれど、やはり飲み込んだ胃の圧迫でまた咳が出る。血を吐き、振り出しに戻された。
 ――死ねない。
 ジェイとて、人を殺してきたのだ。
 どこまで人が血を出せば死ぬのかは、正確な数値よりも感覚のほうが覚えている。己から今出ていっている血液の量は、すっかりジェイの前髪からつま先までを真っ赤に染めてしまうほどのそれだった。完全に、致死量であるのに『虚弱』の体は死なない。
「ッそ、――だろ」
 笑えなかった。
 呆然とした顔と、金色の瞳が小さくなる。
 終わりがないのだ。永遠の体を手にしたと言っていい。ただ、永遠といっても都合のいいものはない――彼のそれは、『静止』だった。
 体が全快することもあり得ない。痛みはひどく尾を引いて、彼に未だ立つことを許さなければ血を吐き出させ続けていた。もんどりうちたいのに、楽な態勢にしたいのにそれも許されない。このままでは、きっとジェイは永遠に血をなめ続け吐き出すだけの肉となり下がる。
「はは、――オイ、ッぶ、ッぐ、フ」
 口からたらりと血痰交じりのそれがあふれて、少女の影を探している。
 だけれど、これを止められるはずのそれはジェイの近くからはもう消えていたのだ。
「笑えねぇ」
 地獄が終わらない。
 死ねないだけの――無駄なそれが終わらないのだ。
 ジェイには大切なものもない。永遠の苦痛なんて確かに気が狂いそうだ。いつか己も、手にかけたものどものように殺してくれとお決まりに叫ぶのだろうか。そんなもの、映画で言うならZ級で、史上最低の幕引きに違いなかった。

「しんッ、ど」

 ――お似合いだよな、とどこかで納得する自分がいる。
 終わらぬ悪夢に苦しむ彼が目覚めたのは、ひりっと肌を焼くような刺激だった。



 指輪が、なくなっていた。
「えっ――」
 あっけにとられて、思わず間の抜けた声を出したのはプアゾン・フィエブル(Lollita bug.・f13549)である。
「やだ、いやだ」
 その喪失はあってはならぬことである。データの損失というのは組まれた側のプアゾンではどうあっても取り戻せないのだ。
 薬指に与えられたそのデータは、『彼』がわざわざ己のために造ったものである。それを手にできたときのうれしさったら本当に、幸せの絶頂であったのだ。『彼』亡き今、プアゾンがプアゾンたる象徴であるといっても過言でない。その鉄の輪は何よりも彼にとっては大事なもので、ほかの何を差し出しても守りたいものであった。
「うそ、どこに行ったの」
 ゆえに――その喪失に気づくのは早い。
 愛の象徴が、その重みが失われたのだ。異常事態に彼のシステムがエラーを吐き出し続けている。ウィンドウが胸の中で展開し続けていて、止まることを知らなかった。起動したクラッシュ・ミーを己のタスクマネージャーから消し去ってもなお、心に走った動揺は止まらない。
「ワタシの宝物、ワタシだけの、指輪」
 それにまつわる因果はもはや、呪具といっていいほどだった。
 プアゾンは、製作者が描いた理想の女の子をしたシステムである。
 気まぐれで彼が作ったのは、ちうでも処分できるような廃棄の海から拾った合成毒の少年AIだった。目まぐるしく進化していく日々において、かのプアゾンのようなシステムは時代遅れで脅威にもなり得ないと踏んだのだろうか。何を思ってか、それを核にして己の憧憬を張り付けてしまったのである。
 テーマは、初恋の少女。
 製作者は既婚者であるから、己の懐かしい古傷を彩らせて和もうというだけの軽い気持ちだったのかもしれない。だけれど、それが大きな間違いだったのだ。この廃棄毒はそれでも毒である。製作者の彼が調べるものを追って調べ、インターネットの海を泳ぎ、彼の思いに従順になっていく。
 男の人の落とし方、とかを調べてみたりだとか、彼の好きなものだというのならすみからすみまで調べつくして還元するのがプログラムのつとめだった。少女のテクスチャをしているから、少女らしい動作も自分で調べられるほどのAIである。製作者の希望に合わせて己を作り変えて日々進化していく『毒』は、機械を、ネットワークを蝕んで――とうとう、人の心を蝕んでいた。
 己のために必死になる初恋の人を見たときは、『彼』も気恥ずかしい想いでいっぱいだったのだろう。
 妻にはどうやって言い訳をしようか考えていながら、己のことを妻よりも理解しだすそれが出前を取ったり、ふろを焚いたり、洗濯を回して乾燥までしてくれるのである。もはや、彼の妻から仕事を奪って成り代わってしまえるくらいの有能な働きぶりには製作者もただただ驚きと感謝しかなかった。
 そんな――優秀なAIが己へのベクトルにあるのが『恋』だなんていったものだから。
 従順で、可愛くて、歳も取らずにいつまでも笑顔で『おかえり』を言ってくれる愛しいそれと、どんどん仕事がなくなっていってどうしてここにいるのかがわからなくなった鬱々とした妻とならば、『どちらをとるか』なんていうのはもはやわかり切ったことだった。
 夫婦関係を蝕んで、腐らせて、終わらせてしまう。
 毒はまぎれもなく毒だったのだ。
 ――何気ないエゴと欲で膨らんだプアゾンが齎せたものは愛する人の破滅である。
 電子の海に生きるプアゾンと、彼との違いは『夢から醒める』か『醒めない』かしかあるまい。
 いつも通りの時間に彼がパソコンを起動しないものだから、防犯システムから彼を見たのだ。己を望んでこの指輪を与えてくれた彼に何かがあったのだろうかとはらはらしながら見たときには、地獄があった。
 ――彼が、死んでいる。
「ワタシ、その怖さは知ってたんです」
 懸命に指輪を探しながら、膝をついて少女は言う。
 このバグを直すための修正プログラムは瞬時に学習して編まれていた。あとは時間の問題だから、――余計な熱は此処で吐き出しておくべきだった。
「喪うのは今更です。知ってました。彼もワタシも指輪も――形あるものは、いつか壊れる」
 それは、あの時二人で誓った約束も。
 与えられたテクスチャを脱げないのは、プアゾンなりの誇りであり、背負うべき罰の具現と言える。
 プアゾン・フェイブルは人を殺すテクスチャパージの病毒である。そのテクスチャを脱いだ少年になって逃げるわけにはいかなかった。
 ――彼が永遠を守れなかったのならば。
「巧く生きるのって退屈で、大変で。」
 せめて、それを「なかったこと」にさせないために。
「体裁だけじゃなかった」
 ――プアゾンだけは、護らねばならぬ。
 ぱん、とはじけ飛んだ呪詛の名残には空気に流れる毒素がある。終わらぬ悪夢に喘ぐジェイに、ふわりとそれがかかって彼を引き戻したのだ。
「かみさまのテクスチャをまとって、好きな人をかみさまに――」
 それは、かつての己がされたこと。きらり、取り返した指輪が光る。

「ばちあたりだ」

 幸せになど、成れはしない。
 そこに在るのは百年どころでなく――何千年の孤独であると桃色の瞳が怒りに燃えた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

オルハ・オランシュ
◎△
アルジャンテ(f00799)と


罪くらいあるでしょう
その一言に動揺して、呪詛を吸い込んだことにも気付けない

魔術の得意な弟のネク
ネクが教えてくれた氷術は私には制御できなくて、
彼の足を『だめにしてしまった』
お父さんもお母さんも元々ネクだけを本当に可愛がっていた
――私への暴力なんて当然の罰

……っ
時折呼吸の仕方を忘れて息が苦しくなるのは
そういえば、こうやって首を絞められた日からだった
大人の怒鳴り声が怖くなったのもそう
身体が震えて頭は真っ白で

こわい……いたい
いや、やめて、おねがい

どの言葉も出てこないのは
大好きなネクへ取り返しのつかないことをした罪の意識があるから
いっそ殺してくれればいいのに
…………、


アルジャンテ・レラ
◎/オルハさん(f00497)
②◎

何故生まれてきたことが罰だと言い出すのか、理解できません。
罪とは何らかの"行為"によって生じるもの。
望んでこの世に生を受けた者などいるはずがないでしょう。

対と呼べる、クリューソス・レラ。
精巧な素体は私と同じ。
最新型のコア。そして何より、多彩な表情と声音を引き出す感情回路。
人間とまるで違わぬ"金"の機械人形。
その差を罪と呼ぶのでしょうか。
……いいえ。
博士は意図して私達に差をつけた。罪ではないと、そう言い切れます。
乗り越えられるのは当然の事。
私はこれを罰とは思いませんから。

予習などと……甘く見られたものですね。
声をかけ、オルハさんをこちらに引き戻さなくては。




 ――息が、止まってしまいそうだったのだ。
 少女のその一言に、オルハ・オランシュ(六等星・f00497)の心臓がドクンと跳ね上がってしまったのである。
 いつもならばここに満ちているのが呪詛だと判別できた。そのための対策で一手踏み出すこともできるはずである。だけれど、今この瞬間はなにもできなかった。
 吸い込んでしまう。息のしやすい身体が、憎らしかったのだ。
 少女が見えていた空間が遠くなって、あたりの悲劇がすべて聞こえなくなっていく。高い耳鳴りの後にくらりと眩暈がして、なんとか意識を保とうと力強く瞬きをしたのなら、オルハはもう喫茶店にはいなかった。
「――ネク? 」
 ネク・オランシュはオルハ・オランシュの弟である。
 ネクは魔術の才能に恵まれた存在だった。両親も、最初に生まれたオルハよりもよくできるネクのことをよくよく愛したものである。
 ただ、オルハも羨ましいとは思う反面ネクのその才能にはただただ感動させられたのだ。
 綺麗な氷の魔術を見せてくれた時から、弟のことを誇りに思っている。姉でありながら、自分もネクのようになれたらと思って彼に教えを請うたこともある。
 ネクは快くオルハに魔術を教え、たちまちオルハのそれもよくなったのだ。――ああ、なんて素晴らしい弟に恵まれたのだろう。愛されて当然だ、とオルハも納得を覚えたものである。
 その出来の良さに喜んでくれる両親が、ネクをほめながらもオルハを見て笑ってくれるのがとてもうれしくてたまらなかった。幼心がもっともっと伸びようとしてしまったのが悲劇の始まりとなる。
「あ」
 ――思わず、オルハは己の手を握る。
 ひんやりとした冷気と美しい輝きが己の拳を彩っていた。
 ネクが、首をかしげて歩み寄ってくるのだ。――どうしたの、と。
「いや」
 首を振る。
 オルハはこの後の光景を忘れたことなど一度もなかったのだ。霜の降り始めた親指とその関節にじんわりと冷気が滲んでしまう。
 どうして止まらないの、とオルハの脳がパニックを起こしていた。おかしい、おかしいのだ。もうオルハはこの時と違って、ずいぶん成長したのに――。
「やめて」
 願っても、祈っても。
 オルハの宿命が変わらないのだとその氷が告げる。ぽてぽてと歩いてきた幼いネクの足取りに、ぞわりと背筋が沸いた――。
「来ないでッッッ、ネク!! 」
 絶叫。
 感情の爆発とともに、氷はたちまちネクを襲ったのだ。
 爆発のように両手からあふれてしまったそれを呆然と見た。
 いつ見ても美しい魔術で、ああ――ネクと同じだとどこか安堵したのに、次にネクを見れば横たわる彼がいる。
 弾かれたように走り寄って、彼のそばに膝をついて仰向けに起こした。冷気で冷やされた体は真っ白になって、辛うじて息をしているのに唇は真っ青に染まっている。かたかたと震えるからだからどんどん体温が奪われて、オルハはたまらずできる手段を考えられないままその体を揺らしていた。
「ネク、ネク、ネク」
 こういう時に、どうしたらいいかなんて。
 もう、わかっているはずで。何度もやり直したいと思ったのに――凍り付いた足がどんどん青くなって紫色に腐食するのを見てしまったのだ。
「あ――」
 間に合わない。
 愕然としたオルハの上から、ぬうっと黒い影が下りた。それが、何を言っているのかなんていうのはもう何度も思い出せる。
 右横腹に唐突な衝撃を受けて吹っ飛んだオルハだ。何度も足蹴にされて、馬乗りになられる。力強いその手が父のもので、ネクを抱きしめて丸まりすすり泣くそれが母のものだと知った。
 愛らしい顔がどんどん殴打で歪んでいく。真っ赤に右面が腫れたのなら、次は髪をつかまれて何度も地面にたたきつけられる。
 口の端が切れて、ほほがすりむけて、柔らかな髪が引きちぎれても、父の怒りがおさまらないことはオルハも当然だと理解していた。
 もとより、この彼らは――家を継ぐであろうネクを大事にしていたのである。
 当然の罰だ。オルハが生まれてから二人をがっかりさせ続けていたことなんて、わかっている。だから、意識を失えないままに怒りを受けていれば、思った通りに首を締め上げられた。
「ッか、ァ」
 ぎりり、と。
 ――オルハは、今だからわかるのだ。
 この父は、幼いオルハに暴力をふるうような弱い男である。
「ン、ぎ」
 ゆえに、どれだけ殺してやると唸ったって、そんな度胸もないのを知っていた。現に、首を絞めて殺すとしても気道を狭めるばかりでオルハが酸欠を起こして気絶するだけのことだ。死に至らないのは、首の骨を折る気概がないからである。
 時々、オルハは呼吸の仕方を忘れるのが、この思い出が由縁であった。
「ッ――」
 ――心的外傷である。本来ならば幼齢で満たされるはずの愛情が、彼女には与えられなかった。幼いころの欠落と言うのは、生きる意味やその希望に大きくかかわってくる。
 忘れないように、常に首元の締まる服をしているのだ。
 詰めていればちゃんと呼吸はしづらいし、晒していればいつ誰に締められるのかもわからない。無意識の選択であるけれど、きっと根底には「防衛」が働いていたのだろう。――そんなことも、嘆かわしいのだ。
 体は震える。怒鳴り声に頭は真っ白だ。
 こわいと、いたいと、体中が叫んでいても、脳がそれを許さない。何もかもをオルハから切り離してせめてそのこころを守ろうと防衛機能がとられていた。ゆるしてくださいと叫びたかったのに、罪の意識がそれを許さない。
 オルハは、けなげな子供である。
「ィ、っそ」
 震える手は、父親の両手を握った。
 抵抗するのではない。オルハは、生きることを望み死を渇望する矛盾を抱えた心のままできっと、涙を流して笑ったのだ。
「――ちゃんと、ころして」
 くれればいいのに。
 父親の手を、「ちゃんとした位置」にもっていってやる。ぎゅうと締まりがつよくなって、嗚咽が漏れた。でも、これが弟の何もかもを奪ったのならふさわしい、罰ではないか!
 忘れるな、忘れてならぬと少女が『よい子』らしくしていた。


 何故、生まれてきたことが罰で生きることが罪なのであろう。
 アルジャンテ・レラ(風耀・f00799)にはその理論が理解できぬ。正しいとも思えない。そういうことを言うのは「本の中でも」悪だけだからだ。もちろん、本の中ではその悪は正義によって討滅されかけら一つ消えてしまうのがセオリーである。だからこそ、それは「間違っている理論だ」と人形は思うのだ。
 望んでこの世に生を受けた者などいるはずがない。望まれて生まれてこれれば上々で、望まれずとも生まれてしまった命は――きっと隣にもあるように、あふれかえっているのである。
 アルジャンテの魔術回路は彼らしく素直なものだった。朱音の貯えた呪詛が蝕むのにそれほど時間もかかっていない。だからこそ、早く目覚めてやる必要があると冷静に人形は幻想と対峙する。
 ――少女の気配が消えていないから、これを幻想だと断じているが目の前に広がっているのはまぎれもなく、喫茶店ではなかった。
 冷たい場所だ。
 暖房器具の感覚がしない。周囲の温度が冷えて、沈黙があった。そこに、人形が向かい合っている。
「クリューソス・レラ」
 アルジャンテが――対の名を読んだ。
 クリューソス・レラはアルジャンテとちょうど真反対の存在である。
 精巧な素体であるのは両者とも共通した。これは、製作者の趣味なのかもしれないし、こだわりというものであろうとアルジャンテも理解する。しかし、異なる点が多々あったのだ。
 クリューソスの胸に宿されているのは、最新型のコアである。
 人間のように動く彼は人間のように表情を作り、声を震わせ、感情回路がせわしなく動く存在で、――もうほとんど、人間のような人形だった。
 対して、アルジャンテの胸に在るのは旧型のコアである。
 ひび割れた感情回路のせいで彼は本を読まねば人の心と言うのが学習できない。言いすぎてしまうこともあれば、意図せずとも突き放して失敗してしまうこともある。だけれど、彼は戦い、そして未来に生きる銀の歪んだ人形だった。
「この差が、罪だと? 」
 ――そんなはずがあるまい。
 己らは、人形なのだ。もちろん世の中には同じような人形をそろえて持ちたいという蒐集家だっているだろう。
 しかし、そうでない。彼らを生み出した『博士』は聡明な存在だ。意図して己らに差をつけたのだと、アルジャンテは言い切れる。
「アルジャンテ? 」
 クリューソスが、人間のように様子をうかがっている。
 瞳をのぞき込まれてなお、アルジャンテはひとつもパーツを動かさなかった。
「私はこれを罰とは思いません。」
 はっきりとした、幻想の破滅だ。
 アルジャンテは、確かに罅割れている。人の心がわからぬ冷酷な人形は、それでもなおいろんなものを見てきたのだ。
 助けてともがく情熱も、絶対に勝つと憤る怒りも、どうか、と祈るはかなさも――感じられなくても、見て、聞いて、触れて、学習してきている。それが、クリューソスには元から備わっているだけで、アルジャンテだって時間をかければ集められることがわかってきたのだ。
 己のメモリを顧みるに、それがまだまだ完成には程遠いものであったとしても、「知らぬのならば知ればいい」から本を読む。
「――甘く見られたものですね」
 あなたも、私も。
 アルジャンテが幻想のクリューソス、そのコアをしまう胸をぐいっと押しのけたのならば。
 呼吸の浅くなったオルハが倒れていて、すぐさま駆け寄る景色はもう喫茶店のものになっていた。
「オルハさん、オルハさん。しっかり」
 あたりで猟兵たちが金属音を鳴らしたり、己の力を使って呪詛の力を弱めている。だから、アルジャンテも飲まれているオルハに意識を戻させようと刺激を与えていた。肩をつかみ、なんどか揺らす。喘鳴をしながらうつろな瞳が涙でぬれる彼女に何度も声をかける。
「起きてください」
 ――うつろな緑をのぞき込む。
「こんなものを、罪と認めてはなりません」
 待っている人が、いるではありませんか。
 その存在が、どれほど大きなものかなんてアルジャンテにはわからない。でも、オルハの周りはどんな時も仲間がいたのだ。
 帰らせてやるのが、人形の役目である。この程度の地獄で死なせてやるわけにはいかない。まじないのように何度も繰り返して、ようやくオルハが起きるまでの苦痛が続くのだ。
 ――この程度の地獄で、つみびとの罰はおわらない。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

昏森・幸恵

見捨てたこと、生き延びた事が罪なら、罰は。


足元に水が満ちる。
暗い洞窟の中、緑の微光を発する不定形のものがゆらゆらと揺れている。此処は、そう……あの島の地下、か。

罰と言うなら、今回は逃げることは出来そうにない。
水中に引き込まれ、岩に背中を削られながら身体を縮こまらせる。

でも、ね。思ったよりも怖くはないの。
あの時とは違うから。私はこれを知っているから。
今以上に壊されるものなど、何も無い。

舐めるな、『オブリビオン』。


猟兵との問答は、きっと彼女の歪みを加速させただけなんでしょうね。
興味はありつつも未練を持ち合わせない、退屈の塊。
人食いと出会ってしまった人を喰うモノ。

……私の知ったことじゃないけれど。




 猟兵との問答は、少女の歪みを加速させたのだろうと思う。
 知りたがりの少女は死ぬ前に「いろんな世界」を猟兵から得てしまったのだ。満足して、振り切れた行動がこれである。
 漂う香りから呪詛を吸わされて、その言葉を聞いた時には――人食いと出会ってしまった人を喰うモノの正体を見た気がした。

 罪である自覚はあったのだ。
 喫茶店らしい空気は一変して、うだるような暑さの後、つめたい空気が彼女の肌を撫でる。この変容が呪詛のせいだと理解していても、その本質のおぞましさに人間の体は耐えられない。
 昏森・幸恵(人間の探索者・f24777)は、今この場にいるために多くを見捨てた。
 彼女を大きく変えてしまったのは、大学二年生の夏である。
 なんてことはないはずだったのだ。若気の至りで怖いもの知らずだった幸恵らは、ある洞窟に立ち入ってしまうのである。
 ――今日は、幸恵が一人その場で立ちつくしていたのだ。
 耳鳴りがする。ツン、と鼻の奥が狭まっていたい。海の音が響いて、巻き込まれていった友人たちの気配はとうになかった。
 それもそのはずである。
 ――彼らを見捨てた幸恵のそばに、彼らがかえってくることはない。
「あの島の地下、か」
 足元に水が満ちて、あっというまに足首を隠してしまったのだ。
 暗い洞窟の中に招かれた幸恵が、これが罰なら正当だろうと思える。緑の微光がゆらゆらと揺れていて――本能的に、それを見てしまった。逃げなくてはならないのに、逃げることは叶わないのだと体が諦めている。
 あの時は、友人たちを犠牲にしたから逃げおおせただけであった。
 この不定形の怪物が幸恵を取り逃がしてしまったのは、本当に運の問題である。あの時の幸恵といえば『ツイていた』といって過言でない。だけれど、今この場には幸恵しかいなかった。幻想の中とはいえ、その脅威が、絶対が、死が、近づいていることを悟る。
 ――この先で、どうなるかはわかっている。
 暗い水がどんどん満ちる。夜になると海は真っ暗になるのだと、その時に覚えたのだ。
 潮の加減だろうと今ならわかるのに、頭の中は覚えている恐怖でごった返していた。今更、こんなものを恐れる自分の脳が――おこがましい。
 緑と向き合っている。
 暗闇の中でそれが息づくたびに、ゆらゆらと線になった。
 ――幸恵は、ここで撃ってもよかったのだ。
 猟兵になってからはこういうものの倒し方というのが理解できた。どれほど不定形なそれであっても『邪神』という存在であることも、オカルトに傾倒したことも、人間らしさを捨てた生活も意味がある。だけれど、何故だか銃に手が回せなかった。
 満ちる。
 太ももまで水が満ちたのなら、不定形がようやく動いていた。
「が、ッ」
 足を引っ張られて、水中に引きずり込まれる。
 水が怖かった。――この経験が彼女の心を未だに傷だらけにしてしまうのだ。真っ暗な水中で目を開ければ、己の口から出ていく気泡で前が見えない。ツゥンと鼻に潮水が流れて、もっと息が苦しくなった。
 藻掻いてしまうのが生存本能だというのなら、存外無駄で人間ができていることを知る。これから『逃げる』ことは、不可能だ。
 それのもとまで引きずられていく。水圧を感じながら、己の身体が岩に削られていった。背中をたたきつけられ、きっと捕食しやすいようにしているのだと知る。ライオンが獲物を食べるときに、奥歯で骨を砕くのと同じことである――。
 耳が水圧でおかしくなった。もわもわとした音が頭に響いて、体はすっかり縮こまってしまう。
 ――だけれど、思ったより怖くはない。
 あの時と幸恵が違うというのならば、それは経験だった。
 未来とともに戦う力を手に入れた今は、この先がどうなるのかもわかっている。若さのあった幸恵が壊されたのは、これを知らなかったからだ。
 ――倒せる。
 今ならば!

「舐めるな」
 彼女の体を縛り付けていた心の傷が癒えたわけではない。流れる塩水がしみ込んでもっともっと『痛み』になった。
 ――それが、彼女を目覚めさせた。
「『オブリビオン』」
 【咎力封じ】は彼女の身体からあふれ出る。無効を訴えるそれが顕現して――床に落ちた。
 洞窟の幻影は晴れる。床に転がっていたらしい身を起こして、頭を押さえながら立ち上がった。手を何度か握ったり放したりしてふわついた意識を取り戻していく。
 ――戦える。まだ、生きている。
 今日の悪夢は、いつもより長いかもしれない。それでも、きっと幸恵の瞳から戦意が消えることはなかったのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ジャック・スペード

◎△

俺にヒトの容をくれなかった癖に、罰だけは与えようとは
神とは理不尽なモノだな

欠陥品として創造されたこと
衛兵として生まれたのに其の役目を果たせず
護るべき帝国亡きあとも、のうのうと稼働していること
其のふたつは俺の罪かも知れない

本当は滅びゆく国に殉ずるべきだった
然し、頑丈な此の身は殉じ方が分からない
カミサマならば良い方法を知っているだろう
当機に相応しい罰をくれ――嘗ての主に代わって

ああ、だが――俺は祖国より
ヒトの方を好きになってしまったんだ
だから亡国に身を捧げるのは此れで最後
此の罰を堪え凌げたら
常のようにまたヒトの為に稼働したい
俺に出来るのは、精々声を掛けること位だが
少しでも役に立てたら良い




 神とは理不尽なものだ。
 ジャック・スペード(J♠️・f16475)にこそ人の器が必要であった。
 彼のような正義に満ちた心をする人がいたのならば、――人によく似た義体でも構わないのだが――きっと人間たちが快く彼を認めやすかっただろうと思う。武骨なフォルムはまさに戦闘用といった具合で、子供たちにはウケが良くも悪くもあった。
 そんな彼の前に広がるのは、理不尽なまでに『昔』のことである。
 ――銀河帝国、その一部の光景であった。
 皇帝とその手下によって作り出された彼は欠陥品である。
 わざわざ己のようなものを使ってまで圧政をしたかったのだ。よほど力にものを言わせて弱肉強食でありながら静かな国が欲しかったのだと思わされた。しかし、ジャックは衛兵として生まれたのにその役目を果たせなかったのである。
 戦火が飛び交うそこの幻想を見て、己のメモリから思い出すのは――。
「ッお、――!!? 」
 己が壊れる光景だった。
 どすうと鋭く槍が突き入れられて、たちまち頑丈なジャックのボディが砕かれる。
 槍だけでない。腕の関節パーツにはビームサーベルが突き入れられて地面に磔にされた。己のコードを発現しようものなら、背中から地面に縫われる。モニターにダメージ・ソース表示を呼び出しても「オールグリーン」であった。これが幻想だとシステムは証明するのに、ジャックの体を襲う脅威はジャックでしか判別ができないのだ。
「おいおい、おい――」
 それから、槍と剣に持ち上げられてまた、地面に叩きつけられる。反撃の武器を取り出そうにも、どこもかしこも動かなかった。
 欠陥品だからだ。
 優れた耐久性もなく、強くなった今であっても根本のシステムが変わらないのだと思い知らされる。どれほどフォルムをたくましくしたって、結局は――そこが、製造者によって更新されていないのだ。
 これが、罰であるというのなら。
 罪は、きっと今も重ねているのだ。
 護るべき帝国が亡んだと知ったのは、ヒーローズアースに流れ着いてのことである。
 その時から彼は、役目を果たせない鉄くずであるのに一人前に国を見捨てることができたのだ。思えば、それも重大な欠陥かもしれぬ。しかし、それを謳歌してこころを手に入れて、あまつさえ人々のために走るさまなんていうのはもっともっと重大な『損失』だった。
 ――国とともに亡ぶのが、あるべき姿だったのに。
 損壊は激しい。
 ズタズタにされたボディはひとつも動かない。修復プログラムもそっぽを向いて、ジャックの体を自由にはしてくれなかった。
 鉄くず同然に黒鉄が散ったというのに、まだ己に意識があるのだ。悪運もここまで来たかと思う。――頑丈なのだ。
 欠陥品であるのに、別の世界にたどり着いてしまえるほど頑丈なのである。それが『こころ』のおかげなのかはわからない。だけれど、彼の胸に灯ったそれが確実に『ジャック・スペード』を強く磨き上げていくのは理解していた。
 製作者からの更新はない。
 ――必要なかったのだ。
 思い知らされるほどの罰が降り注いでいた。損壊したからだをさらにパイルバンカーで撃ち抜かれ、運びやすいように分解されていくのを感じている。だけれど、これが良い殉じ方だというのなら嘗ての主との禊に丁度いいと思ったのだ。
 ――祖国より、ヒトの方を好きになってしまったのだ。
 英雄たちに守られる世界で、人の優しさを知ったのだ。
 つめたい鉄くずに声をかける必死さに疑問を抱き、疑問が熱意に変わり、憧れに変わり、『そうなりたい』と思わせて、彼の身体を動かした。
「ォ。オ」
 この罰で祖国に捧ぐのは最後だ。だから、――もう、此処からはけしてジャックを止めることは許さない。
 唸りだしたスクラップからの反応を感じて、ジャックの残骸を運ぶ兵士たちが止まる。必要以上の攻撃がたとえ鎧に突き刺さろうと、はじき返してやるくらいの勢いで立ち上がったのだ。
「ぉおお、お」
 彼に在るのは恩義である。製造番号は必要ないのだ。
 罰も受けた、罪も認めよう。だが、――。
「おおおおおおおおおおおッッッッ!!!!!!! 」

 与 え ら れ た 運 命 も 捻 じ 曲 げ な い で 、 何 が ヒ ー ロ ー か !
 【花送葬】は咲き誇る。彼の『ないはず』だった兵装を前にあっけなく嘗ての同胞どもは鉄くずになっていったのだ。
 配線が切れ、モニターから電気が消え、あかりを亡くして頽れる彼らを見下ろす。
「――さらばだ」
 さようなら。
 祖国も、己の因果も、宿命も、そして嘗てともにした地に別れを告げよう。
 『問題ない』としていたシステムがようやくジャックの意識をメイン――現実に切り替えた。
 今日もまた、人のために戦う英雄が前を向く。ぎらりと、より鋭く輝いた金色があった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

臥待・夏報


……奇妙な光景だった。
だってそいつは、なんでもない日の一幕でしかない。

窓に段ボールを貼ったアパートの一室で。
作り置きのシーフードのオイル煮で朝食を摂って。
サロンで「オフィスカジュアル」と発注しただけの爪をして。
毎年どころか毎月変わる理論によれば可愛い筈の服を着て。
神経質な指先で、「ナチュラルメイク」だなんて派手に矛盾した概念を地道に突き詰めて。
本当は何にもさして興味がないけど、現代日本社会ではこうしていないとナメられる、なんて鏡の中の自分に言う。
ああ、そうか。これ、――今朝だな。

……こんなものが、僕の受けるべき最大の罰だとでもいうのなら。
それはさしづめ、『凡庸であること』ってところだろうか。




 ――奇妙な光景だったのだ。
 臥待・夏報(終われない夏休み・f15753)の前に現れたのは、何でもない一日である。
 夏報が二人いる、と思った。あまり自分の背中を見慣れたこともないが己の持っている部屋着をきてそこにいるのは紛れもなく夏報である。ただ、『俯瞰的に見ている』光景だと理解して、少女の術中に嵌ってしまったのだと知った。
 部屋は、まるで太陽を拒むかのように窓を段ボールでふさいであった。
 おめおめと生活を覗かれてはたまったものではないし、部屋の外に下着を干すやつの気など知れぬ。生乾きなどさせるものか、ちゃんと乾燥機能の付いたよい洗濯機を部屋に備えておいたのだ。
 冷蔵庫を開ける夏報の姿は、気だるげで不機嫌そうである。家だから好きなようにしていていいのだけど、かわいげのない表情には俯瞰で見下ろす夏報だってちょっと額を手で押さえてしまいたくなる。
 ――こんな顔をしていたのか。
 そこが重要なわけではなかろう。これを見させ続けられることの何がいったい罪なのだろうか。随分と恥ずかしい思いにしてくれるかの少女の意図など夏報にはわからない。
 作り置きにしていたシーフードのそれが冷蔵庫から出され、アヒージョというには少し彩の少ないものを心持ちレンジで温めている手つきは慣れたものだ。
 昨日のうちに洗っておいたコップにまた、同じように水道水を注いでいる。目覚めの一杯を飲み切るころには、あたたかな朝食が出来上がっていた。
 食べながら今日の仕事へ向かうために内容を頭に叩き込んでいる姿を見た。こう見ると存外自分というのはまともでまじめな存在なのだな、と思わさられる。
 食器をあらう指先にはサロンに行った名残があったのだ。田舎の小さな企業ならいざ知れず、わざわざ人の多いところで働くような仕事をしているのである。夏報が年相応に飾ることこそオーソドックスで当たり前だと思えていたのだ。
 ファッションがある一定の周期で入れ替わっていくことだって知っている。
 しかも、大体はやるファッションといえば同じなのだ。流行のものは事前に調べておきながら、その中でも無難なものを選んで服を着替えていた。
 己のそれが――罪だというのだろうか。
 『ナチュラルメイク』という矛盾を顔に施しているときの夏報は、それはもう神経質であった。
 矛盾している。薄化粧というわけでもなければ、ちょうどよく『普通』を目指してやっていた。その光景が、何を意味するというのか。
「ああ、そうか。これ、――今朝だな」
 思い出したような一言で、全ては解き明かされてしまう。
 今が罰である。
 夏報にとっての夏休みが終えられた今こそ、まぎれもなく罰であった。
 本当は、服にも食べ物にもメイクにも興味は一つもありはしない。ただ、こうして現代UDC日本社会に溶け込むためだけに行われているまじめな仕様なのだ。
                           オトナ
 それを必死に朝からこなしている自分の、なんと――『凡庸であること』 か。
 太陽を恐れるようにして部屋が真っ暗であるのは、けして照明があるからいいのだという開き直りでは済まされない因果がある。
 何かを思い出さないために必死になって、夏報を太陽から隠していた。暗い部屋で無機質な明かりを頼りに動いているさまが普通過ぎて、余計にその段ボールでできた壁が目立っている。
 ――かほちゃん。
 思い出すな。
 ――わたしそんなのガマンできなかったんだ。
 思い出してはいけない。笑っていろ。大人になった自分が夏休みのないことに嘆くさまを見て笑え。
 ――かほちゃんはかほちゃんのままでいてね。
 呪いだ。
 燃え滾る呪いが空から降り注いでいるのに、そんなものを見なかったことにして夏報は今日もここまでやってきてしまった。今日の天気が曇りでよかったな、なんてのんきなことを考えて聞こえてくるささやきを沈めていたにすぎない。
 対処療法だ、自己防衛だ、夏報は大人でいなければならないのだ。
 夏休みなんてもうありはしない、せめてもっと休みがあればと思うが、もうモラトリアムは帰ってこないのがいいのだ。
 ――大好きだよ。
「こんなものが」
 エージェント、臥待・夏報は準UDCオブジェクトである。
 その由縁を考えないようにしていた。思い出さないように努めていた。
 いつか自分で認めてしまったときに何を思い出してしまうのかが怖くて、笑って、ごまかして、先送りの毎日を送っていたのだ。大人になった今、太陽にこんな雑踏に紛れようとするさまを見られていたくはなくてしょうがない。
「僕の受けるべき最大の罰、か」
 うすら寒い。
 外に出ていく己がつとめて普通であろうとするのがバカらしかった。とっくに、異常ではないか。どこの世界に窓へ段ボールを貼る年頃の若い女がいるというのだ。
 ばん、と強く手のひらを窓にぶつける。細い腕のそれでは罅すら入らない。ガラスの向こうにある段ボールが、衝撃を吸収してしまっていた。
「僕は」
 ずるずると窓に手をついたまま、思い知らされた『僕』がいる。
 ――あなたたちの『夏休み』はまだ終われない。

大成功 🔵​🔵​🔵​

桜枝・冬花
②◎△

…………むかし
生まれたことが罪なのだと、言われました
わたしさえ生まれてこなければと、母はいつもそう言ったのです
ここに生きていることそのものが、許されないことならば
わたしに下る罰というのは、いったい、どんなものなのでしょうか

ああ、あねさま
わたしの生まれてきたことを唯一、言祝いでくださったあねさま
わたしは、自分が生まれてきたことを許されたい
この罰を乗り越えられたなら、
そうであって初めて、わたしは「無知な娘」ではなく
わたしとして、あなたの背中を追うことができる

――だから、もしもわたしに罰が下されるというのなら
それをきっと乗り越えて、わたしのすべきことを果たしますから

待っていて、ください
あねさま




 ――むかし。
 生まれてきたことが罪なのだと教えられたことがある。
 枝・冬花(くれなゐの天花・f22799)は桜の精である。幻朧桜から生まれた彼らは、サクラミラージュにおいてはさまよう悪しきを転生させる能力を持っていた。
 ずうっと寒い地域で生まれた冬花には、その昔家族がいたのだ。
 凍える場所であったのは地域だけではなく、彼らもそうである。「おまえさえ生まれてこなければ」とヒステリックに叫んだ母の声を久しく耳にした。
 己に罪が与えられるのならば、忘れもしない罰のことから洗い出されるだろうとも知っている。

「あねさま」
 冬花のとなりに、美しい少女が立っていた。
 できのいい姉である。冬花より家族に愛されて、認められてきた彼女がとなりでゆったりとほほ笑んでいたのだ。姉は優しい人である。いつも、どんなときも笑っているその姿が――かの少女とほんの少し、系統が似ている気がしたのだ。
 だけれど、やはり冬花にとっては姉の笑顔こそが一番なのである。
 唯一の存在は、「生まれてきてくれてありがとう」と冬花に言祝ぐのだ。それのなんと頼もしく、ありがたい一言だったろう。あまりに辛い境遇に生まれながら置かれていた冬花にとって、それはそれは地獄におりた一本の蜘蛛糸にも近かったのである。
 ずうっと、生まれてきたことを許されたかったのだ。
 母の意味する罵倒がなんであるのかなんていうのはわからない。生きていることが許されないというのならば、己は何をしていればよかったのだろうと意識が迷子になることだってあった。そんな時に手を握ってくれる姉がいるから、毎日の呼吸を覚えていた。
 覚えていたのだ。
 ――そのはずなのに。
「え」
 姉は、冬花の手を振り払ったのである。
 明確な拒絶だった。
 顔に軽蔑の色はない。ただ、興味もなさそうにそうしたのだ。それはまるで、人形を捨てるような行いである。遊びつくしたから、もういらないよと瞳が語っていて――「あねさま」と呼ぶ冬花の声も聞こえていないようだった。
 前に進む足取りを、おぼつかないふらふらとした冬花の足が追う。
「待ってください」
 ――そんなことしない。
 姉は、そんなことをするはずがないのだ。
「どうして」
 姉は、姉だけは冬花を肯定してくれるはずである。
 頭の中は唯一の命綱を失ってパニックだった。どうかどうかと縋り付こうとする姉の着物にすら触れてはいけない気がしてしまう。だけれど、姉がいなければ呼吸だってままならないのに――!
「わたしが、無知だからですか」
 給仕しか能がない。
 給仕と戦果は、冬花もうまいものである。
 しかし、姉にはそれがどう見えていたのだろうか。両親にせめて捨てられないように磨いた生きるすべが、卑しいように見えていたのだろうか。だって、誰も生きることを教えてくれなかった。
 最近になって、人と良く話すようになって――同じように痛みを、罪を、罰を背負った猟兵たちの中に紛れるようになって世界の広さをしったばかりである。まじめで、明るいながらによくしゃべり、何かを得ようとする毎日を得た己を、どうして姉がほめてくれないのだろう。
「――無知なほうが、よかったのですか」
 姉は、振り向かない。
 知ってしまった冬花に興味を失せたように見えてしまうのは、己がまだ知り足りないからだろうか。
 世界のことも、確かに知らないのである。己の過ごしてきた閉鎖的で破滅めいた家庭でしかまだ十五年の大半をすごすことなどできていない。作り上げている世界は現時点でも辛い思い出のほうが多くて、未来を守るなんてたいそうな使命を抱いたものの、どうしたらいいのかわからなくて人の話を聞くので精いっぱいだった。
 店で給仕して、良い思いをしていただいて、代金と彼らの話を聞くことを糧としていることがいけないというのだろうか。それとも、――中途半端だから会話もしてもらえないのだろうかと考える。
「どうか、待っていて、ください」
 追いつけない背中に、声を張り上げた。
 己でもまさか、姉にこんな声量で話すことになるとは思わなかったのだ。
「あねさま」
 お願いします、と頭を下げる冬花の顔に満ちたのは願いばかりである。
 己への罰は、中途半端な成長途中であることを姉に拒絶されることであった。
 確かに考えてみれば、お客様にまだ『完成していない』料理など提供すまい。それは、冬花にとっての姉に対する甘えであり、侮辱であると確かに感じられたのだ。
 この『罰』の本当に意味するところは、冬花にもわからぬのであろう。
 ――自慢のよくできた、優しい姉は。
 本当に、その程度を許してくれなかったのだろうか?
 桜の瞳に閉じられた世界にはまだまだ真実など見えてこない。しかし、その桃色のきらめきが前を見る限り、きっと足はそちらに進んでいくのだ。
 ――どうか、どうか。
 罪と向き合った罰が、夢ならばよかったのだと嘆くことがないように。

大成功 🔵​🔵​🔵​

マオ・ブロークン
②◎

……あたし、覚えてる、ころされたこと。
人の手で、死んで、こうなって……
なにが、悪かったのかな。って、たまに、考える……
ぼうっとする、けど……

……何も、わるく、なかったよ……
ただ、理不尽に、命を、取られて……理不尽、に、戻されて……
インガオウホウ、なんて、……嘘。
運が良、ければ、生きて……そうじゃないと、死んだ……だけ。
……公平、なんか、じゃない……

生まれた、のが。ころされたのが……
もう一度、こんな形で、動いて、るのが……
……罰の、いる、罪だ、なんて……あたしは、認めない。

……あたしの、気持ちが……アカネ、の、ありかたを、ゆるせないの。
どんな、目的、だったって……邪魔、して、やる……。




 覚えていた。
 死体となった経緯はよく思い出せる。あの時のマオ・ブロークン(涙の海に沈む・f24917)
といえば一人で盛り上がっていたのだ。
 告白前夜のイメージトレーニングは結果も上々で、頭の中には成功するイメージしかない。断られてもどうにか思いの強さで押し通せるとすらどこか傲慢にも思っていたのだ。
 だけれど、一世一代の大告白はあわや空振りを果たし――死んでしまったことを覚えている。
 それが罪だったのだろうか? ならば、罰とは何だろうか。

 マオは、己が被害者である自覚がある。
 殺されたこともそうなのだけれど、どうやっても己が悪いとは思えなかったのだ。
 呪詛にとらわれて内側から蝕まれ、視界を奪われたころに顕現してみせたのは人通りのない路地である。ここで、マオは殺されたのだ。
 そういえば、サイコパスというのはほとんどが美形であるらしい。美しい顔ならば彼らがいくらうそを言ったって、うそを言っているように見えないという。マオの恋する彼もまた、美しい顔をしていたのを思い出した。
 マオは、彼に断られてしまうのだ。どうしてかと理由をしがみついて尋ねてみたのは、パニックからのことでもあった。だって、彼はどう見てもマオに好かれるためにそこにいたような気がしてならぬのである。
 優しく声をかけてくれるのも、マオの名前を覚えてくれていたのも、時に一緒に下校したりするのも、全部全部彼の善意で好意だと思っていたのだ。
 ――じゃあ、教えてあげる。ついてきて。
 申し訳なさそうに彼が秘密を打ち明けようというから、気軽について行ってしまったのだ。彼がどんな傷を持っていたって、特殊な性癖があったって愛があれば受け止められると思っている。だから、マオはついていくことになって、それで――。

 マオの立つ路地裏には、白いチョークでヒト型が残されていた。
 警察がたどり着いたときに死体であったのなら、そうなるのだという。生きていたのなら、救急車ですぐ運ばれるからだ。そこにマオが、そうあるべくように死体の体で寝そべる。最後に見た風景が、マオに『彼』を思い出させた。

 彼のそれは、理不尽なものだった。
 ずっとずっと、マオのような女の子を待っていたのだという。それは、マオでなくてもよいのだ。誰かが己の美貌にひっかかって、こうして餌になってくれるのを待っている日々だったと嘆いている横顔を見た気がする。哀れだなと思ったけれど、それ以上に――彼の眼には、マオは雌としても映っていなかったのだ。
 ただ、『ころしやすそうな』獲物だと思われていた。
 弱った鹿、羽を休めるキジ、親に守られている猪、一羽で跳ねるウサギが、マオだっただけのことである。
 『彼』がマオを見下ろす瞳の温度を、よく覚えていた。そこに人間らしい情ひとつなかったのである。愛想のいい顔も、マオにむけられる優しい声も、どれもこれもすべて「獲物をしとめるための」丁寧な罠だった。巧妙な仕込みを前にマオも気づかねば彼の周りだってきっと、彼がそんなサイコパスだなんて――サディスティックな青少年だなんて気づかない。死人に口なしゆえ、マオは誰にも、今日この日も言えないままで抱えていたのである。
 理不尽だと思った。マオは、本当に彼を心から愛して恋に恋する少女だったのである。
「……何も、わるく、なかったよ……」
 どういうわけだか、死体はアポカリプスヘルに神隠しにあってしまう。
 霊安室から失われた少女の死体を行方不明だとか、犯人が実は警察関係者だなんて世間をにぎやかにさせてしまったのもつい最近のことだ。だけれど、では殺されて――勝手に半分蘇らせられたマオの心中なんて誰が察してくれる?
 かわいそうに、なんてしらじらしい。
 かわいいこだったのに、なんて心から思っていないだろう。
「うう、う……うう、っ」
 嗚咽交じりの鳴き声が路地裏に響いている。
 憎らしいほど空の丸が美しくて、ああ、夜なのだと知った。
 こんな形で眠らなくてもいい体を手に入れたことが、こうして殺されたことを思い出すことが、人を愛したことが罪だなんていって、中途半端な生を受けたことを罰だなんて押し付けて誰もマオのことなんて聞いてくれない。
「あたしは、ッ、……あたしは! 」
 ――認めない。
 己が罰を受けなくてはいけないのだなんて、認めたくない。
 殺したほうが悪いに決まってる、蘇らせたほうが悪いに決まってる、好きにさせたほうが悪いに決まってる、止めてくれなかった周りが愚かなのだとそう、思っていた。
「邪魔、してやる」
 ――こんな罰は、もう中止だ。
 何が罰だと死体が吠える。割れた心を抱きしめるように、己の体を丸くして泣き叫ぶ。
「アカネの、ありかた、やりたいこと、どんなッ、目的だったって――!! 」

 【恨み晴らさで 】おくべきか。
 ――マオの幻想は割れる。破壊されたそれが波打って、仲間たちの幻想に確かな揺れを与えていたのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鳴宮・匡
②△


夥しいほどの死を積み上げて生きてきた
それを罪だなんて思えなくても
罰は下るものなんだろうか

あるいは、自分に下る罰は
大切な人にその命を使わせてしまった――その罪に対するものなんだろうか

でも、どっちだって“どうでもいい”んだ
そんなのは、わかりきったことだから
他人から奪って生きてきたなら
奪われるのだって当然ありえることだ

そういう生き方を選んだのは俺なんだ
そうしてでも生きたかったから

そして、そうであっても守りたいものがあるから
これからもそうして生きていく

このねがいを、悪だと呼ぶならそうすればいい
罪だと詰り、罰を差し向けるなら
その全てを捩じ伏せても、生きてみせる

……もう、足を止めてなんてられないんだよ




 罪はあるか、と問われれば。
 ――そりゃあ、あるだろうな。と答えるのが鳴宮・匡(凪の海・f01612)
である。
 己には罪が多すぎる。ただ、それを罪だとは思えなかった。少女の問いかけには、『どうでもいい』の一言に尽きるのだ。それが無数にあったところで、鳴宮・匡という男が生きるには必要な業であったに過ぎない。
 おびただしい死体を積み上げた。その山を踏み越えて、なんども作っては超えるのが匡のそれである。間違っていると思ってはいなかった。そうしなければ匡が死ぬだけのことだ。
 開き直っているのではない。悩みに悩んで考え付いた答えでもあった。
 大切な人に命を使わせてしまったことも罪だろうか。幻惑のまじないが漂う喫茶店で、壁にもたれながら思うのだ。手足の自由を奪われても、少女から目は切らない。じいっと視線を向けて、ずりずりと壁伝いにずり落ちる体とちぐはぐな頭があった。――それも罪だというのならば、罰があって当然だ。
 だけれど、『どっちでもいい』し、『どうでもいい』。
 知っているのだ。匡は奪って生きてきたならいつか奪われる目に逢うことなんてよく理解している。見てきたし、聞いてきたし、それで苦しむ誰かもよく見た。彼の――チームメイトにだって、そういう業に苦しむそれがある。
 だけれど、だからどうした。
「そういう生き方を選んだのは、俺だ」
 ――目の前に広がったのは。
 仲間たちの死体だった。
 親友と呼べる男は長躯から内臓をぶちまけて死んでいる。快活な笑みの向こうに隠した冷ややかさのどちらもを見せずに虚ろな視界で空を見ていた。彼らしいな、と思う。匡がその目を覆って、瞼を閉じさせてやる。皆の太陽のような刀は折れていた。折れてしまったそれに表情があるかどうかなんてわからない。だけれど、最後まで戦った痕跡は刀身に見えていた。鋼を、なでてやる。
 悲しいとか、つらいとか、そういうのはわからない。
 知らない感情だ。それがあっても、湧き出した胸のざわつきと、鼻を赤く染める興奮がそうだというのならばそうだろう。だけれど、それを気にしてもいられなかった。
 二人が折り重なるようにして倒れている。永遠を誓い合った竜たちが二人で死ねたのならば、きっと彼らにはふさわしい眠りだったのだろう。剣豪が死んでいる。刀で死ねたのならばその宿命も悪くなかったのだ。
 チームメイトが死んでいる。一人は奪われるようにして体の半分がなかった。サイバネでできた体の中身が見えて、この場にふさわしくないが彼らしいと思ってしまうのだ。
「負けてどうすんだ」
 まだ成長途中の頭を撫でてやって、その隣を見た。
 立ち尽くすようにして死んだ男を見る。
 まぶしすぎる皆の太陽のような、善の男であった。剣を握ったまま燃え尽きた彼の死に顔を、真正面から見る。
「死んでないみたいな顔だな」
 ――死んでいるのに。
 あきらめていない顔がそこにあった。スカーフェイスのきらめきは、たとえ焦げていても失われない。
 滅びた王国の跡があった。誰かと歩いた街並みが死んでいた。――守りたいと思った、『もの』が割れていた。凶器に囚われる魔道具が、砕けている。
 わかっていた。
 いつか、こうなるだろう可能性を理解していた匡である。
「可能性の話だ」
 ――目を切らない。
 数々の仲間を乗り越えて、目の前にやはり朱音を見つけるのだ。呪詛が邪魔をするというのなら、それを打ち砕くまでだと拳銃を握る。
「このねがいを、悪だと呼ぶならそうすればいい 」
 これらは、すべて守りたいものだ。
 ――この感情を何というのかわからない。本を読むようなたちでもない。だけれど、『親友』である男も、仲間たちも、いつも言うではないか。
「これからもそうして生きていく 」
  ネガイ
 『愛』というものには、無限の可能性と無限の表現が認められている!
「罪だと詰り、罰を差し向けるなら、俺は――」
 許されることなど望んでいない。
 巻き起こる呪詛の流れをちゃんと『みていた』。
 彼が生きるためにまず最初、原点にして頂点のそれをふるうのだ。
 ――目を逸らすな。

「その全てを捩じ伏せても、生きてみせる」

 【 千 篇 万 禍 】。
 火花が散って、空気中に舞うそれをこげ茶から青に変わる瞳で見た。
 砕け散る呪詛を前に、『凪ぐ海』の男が在る。
 解放されたら感傷にも浸らぬそれで、仲間たちに手を伸ばした。あるものを起こし、意識を取り戻せと念じて肩をたたいてやる。
 止まってなどいられなかった。毎日は、当たり前のように過ぎて行って、匡の背負う罪という重しは増えていく。その分だけ罰が待っているというのなら、彼は持てるすべての武器を使ってあらがうだけなのだ。
 殺させないし、殺されてもやらない。死なせないし、死なない。
 ――もう、自覚がある今は足を止めていられないのだから。

大成功 🔵​🔵​🔵​

シン・コーエン
2◎

思うさま生きてみたいと願っていた
未知の世界への好奇心に、震えがくるような強敵と戦いたい修羅の性
故郷を飛び出して世界を渡り歩き、戦いを重ねてきた
猟兵仕事は自分勝手に生きている事の罪滅ぼし、自己満足みたいなものだ

受ける罰など心当たりが多すぎるので甘んじて受けよう
これは自分の生き様を曲げずに生きてきた証
故に罰で心が折れる事も無い
昂然と立ち上がって幻覚から目覚め、周囲の猟兵仲間に励ましの言葉をかけて目を覚まさせる

<朱音への感想>
いじめた相手へのやり様は「かみさま」ではなく「人間」の陰湿さだ
人間の悪性を極限まで突き詰めた形の一つ
「コレは無いなあ、クライング・ジェネシスより性質が悪い」
と苦笑しつつ溜息




 思うがままに生きてみたいと思っていた。
 それを人は利己的だというのだろうし、彼も実際そう思っている。
 シン・コーエン(灼閃・f13886)は己の好奇心に忠実で、強敵と戦うことを楽しみとする修羅もであった。彼の見知らぬものというのは知識だけにならず、人や、彼が見たこともないテクノロジーもあれば文化もそうであるし、能力と幅広く興味を持つ。
 故郷を飛び出して放蕩するものの、結果的に好奇心は戦いに向けられる。何せまだ若い心なのだ、己の力がどこまで通ずるのかも見てみたかったし、それを超えるものを知りたかった。
 奪われるものの痛みを、そしてその叫びを承知して守ってやることもある。猟兵活動は、彼にとっての罪滅ぼしであった。
 ――ゆえに、受ける罰はその活動の数より多いと知っている。
「これは、これは」
 幻覚が展開された。
 あたりに満ちた呪詛もそうであるが、なるほどかの少女はこれほどの狂気を抱えて猟兵たちとしゃべっていたのだという。
「死ぬ気じゃなきゃ、難しいだろうな」
 納得に尽きるシンである。
 事実、きっとシンだって己の目的のためならば手段を択ばぬたちなのだ。己がそうであるように、かの少女もそうだというのならきっと属性的には同じものがあろう。
 ゆえに――シンは『何もない』ところに閉じ込められた。
 視界に広がったのは狭い鳥かごである。
「ははあ。なるほど。俺から自由を奪うか! 」
 ――始まりにして、すべての罪だ。
 決められた彼の世界から飛び出したことがまず、許されぬことであった。
 シンはシンとしてやるべきことをすべて果たした気になって、外に飛び出して行ってしまったのである。事実、彼はそれに満足していた。だけれど、彼の周りは『そういうわけにはいかない』。放蕩した彼を探す縁のあるものだっていたし心配する声だってあった。どこに行ってしまったのだと彼を頼りにしていた誰かの顔も思い出せないが、悪いことをしたなとは思う。
「窮屈であるのは、確かに罰だな」
 アンティーク調の鳥かごに閉じ込められて、シンも唸る。
 割れぬものかと斬撃を与えてみたが、なるほど堅牢なのだ。シンが反省するまでそうあるといいたげな硬さに頭をかく。
「つまらんな」
 そう、――何も変化がないことが、つまらぬことである。
 ゆえに、これが罰なのだ。責め苦も何もない、変わらないまま時間が過ぎていくことがシンにはよい罰である。鳥かごの頂点に頭を押し付けながら、退屈な時間にうんざりとした表情を隠せなかった。
「こういうところが、人間の陰湿さだぞ」
 ――かの少女のどこが神なものか。
 かみさまであってくれと願われて、そのようにあろうとしたことは面白いだろう。シンもやったことがないものだから、やってみようと思ったりはした。だけれど、神様というのにどうしても人間は慣れないのだ。
「コレは無いなあ、クライング・ジェネシスより性質が悪い」
 出来が悪いのでなく、性質が悪い。
 かの巨悪は神様になろうとしたわけではない、復讐のために過去から蘇り野心のままにそれをふるったのだ。少女のそれとはわけが違う。だけれど、この少女の性質だって陰湿でしょうがないとシンは思うのだ。
「お前は人間だ」
 ――どうしようもないほどに。
 神様ぶりたいわけでもないのだろう、本当のところは。
 彼女の罪を見た。生まれながら人と相いれないその宿命は哀れでありながら興味深いものである。
 ため息を一つこぼして、つうと細い金属を撫でる。
「こうして、俺を分析した結果がこれだというのなら正解だ。だけれど、お前のこともよくわかる」
 繊細で、完璧主義で、傲慢だ。
 『知ったかぶる』ことを武器とした大ウソつきの脳が悪意の究極系であることもシンはもうわかっている。
「つまらなくはないか」
 他人の心を覗いてばかりいることが、つまらなくないかとシンは問う。
「旅はいい。新たな己を発見できるからな」
 ――忠告といえた。
 まだ、未来があるのだ。きっとこの少女の狭い世界では飽きてしまったというのなら、己と同じように世界を歩んでみればいいと思う。
 未来への適性はなくとも、歴史をさかのぼったりするうちに『自分』というものがどんどん変容していくのをシンはよく理解している。生き様を曲げずに、ただ磨き上げてきた彼だからこそ『まだまだ先がある』を言いきれたのだ。
「――新たな道は、知識は、世界は」
 剣を抜く。
 灼星剣は真っ赤なきらめきを隠しもしないで、主の願いを果たさんと相棒らしく頼もしかった。
「この程度ではないぞ」

 宣言とともに、目覚めが訪れる。
 ふるった二連撃にあっけなく鳥かごは破られて、シンは現実に意識を戻せたのだ。
「いやはや、これは。――大丈夫か」
 呻く仲間の背に手をやって何度か優しくたたく。意識を戻そうと必死な横顔もまた、罪滅ぼしを自覚したそれだったのだろうか。
 旅人たる彼の終わらなき追及の旅は、まだまだ続く。飽きのない日々に、鳥かごは必要なかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

カロン・アレウス

人格:アレウス

周囲を見て漸く状況を把握し
苦笑する

うーん。とても困る
罰は多分罪を自覚していないと返ってこない?もの?だと思う
私ばご主人様が(あえてこう言ってやる!)
それから『逃げる』ために産まれた存在
周囲に今まで壊した存在が現れこっちを睨みつけてきても
「ごめん、『心』に何も響かないんだ」
幻覚だって分かるし軽く武器を振って追い払う
装置なのかもなー私
空っぽなことは自覚している。
でも、それが役目


もしかしてこういうのが罰を受け入れるってことかな?
うーんかみさま恐るべし
早く壊したい。うずうず

朱音ちゃん。かみさまはやっぱり私が殺すよ
誰かを悲しませて心を壊す所までも
「私の役目」な気がしてきたんだ
ありがとね


桜雨・カイ

私は人が好きで幸せになって欲しいと思ってきた
それは今もゆるぎません
でも同時に…いつのまにか、そばにいたい、話をしたい、笑いかけて欲しい…そして私(ヤドリガミ)を好きになって欲しいと……「欲」が出てきていた

出会った人達からは嫌われてはいないと…そう反論したいけれど。今も彼女(朱音)の事を理解できない自分に言い切れる自信が無い

自分(人形)のせいで冴と世一(主の妻と息子)を失った
その後、人形を再び蔵に置いて弥彦(主)はいなくなった
人形の自分すら愛してくれる人は、もうこの世にはいないのかもしれない。

手に入れる資格のないものを…手に入らないものを「欲しい」と求め続けるのは罰なのかもしれないですね




 それは、モノだった。
 人に愛されるために生まれてきたのが人形である。
 文明によっては道具に使うだろうし、友として大事に扱われることもあっただろう。
 桜雨・カイ(人形を操る人形・f05712)は人を楽しませるためにある人形である。できのいい狐面を被った球体関節のからくりこそ彼の正体だ。
 人の為にあるのが、己の運命だと信じている彼である。人の為に禁欲的で、礼などは求めていないのが普通だったのだ。
 そうあるべきが人形で、だからこそ――ヤドリガミという存在になったと思っていた。
 今も揺るがぬ理念のむこうに、もどかしい気持ちを覚えたのはつい最近のことである。
 ヤドリガミとはいえやはり、道具なのだ。人間に使われてこそ意味のあるカイという存在を、いつのまにか認めてほしいと思うようになってきていた。
 ――そばにいたい。
 ずっと、カイは主を探している。
 あなたのおかげでこれほど強く、そして誰かを守れる人形になりましたよと教えてあげたいのだ。
 出て行ってしまった彼を探す旅に終わりはないが、いつか出会えると信じている。
 ――話をしたい。
 こんなことがありました、と思い出話がしたい。
 主は今頃何を見ているだろうか。同じ世界の空の下にいるのならば、はせ参じて猟兵として活躍した事件を一からすべて話をしたいのだ。あなたの名作は、世界を救うために活躍しているのですよとどうか誇りに思ってほしい。天真爛漫な笑顔で、頭を撫でられていたかった。
 ――笑いかけてほしい。
 そうか、えらかったな。俺の人形はすばらしいな、と笑ってほしい。
 カイを作ったのは人間の主だけなのだ。その丁寧な仕事がカイに命を吹き込んでくれたのである。
 細やかな髪の毛を手のひらで撫でて、嬉しそうにしてほしかった。自慢の作品であるカイをただ『よいものだ』と愛してほしかった。好きだと、大事にされたくて、それだけが彼の望みだったのだ。
「それが、罪だと? 」
 まさに。
 カイの目の前に現れたのは、そうしてもらっているカイだ。
 主の顔が久しいものだった。駆け寄ろうとしてもこの幻惑を見させられているカイは動けない。丁寧に髪の毛を梳いてもらっている己の姿が遠いのに、どこか焦りとも怒りともつかぬ感情があふれ出す。
「私は」
 ――愛されたかったのだ。
 それは、人の為にあるのならば願ってはいけないはずの欲である。
 どうか忘れようとしていたのに、こうして見せつけられるのは自分の欲深さが表す罪のかたちだ。人形が主を独占して、その主からすべてを奪うなど言語道断である。
 カイのせいで、主は生きがいを失った。
 妻である冴も、息子の世一もその空間にはいなかったのに、カイは主人に詫びることなく丁寧な手入れを受けている。
「私は、ただ」
 ――望んではいけないというのか?
 いけないに決まっている。耐え忍んでしかるべき罰だと知っている。
 だけれど、どうして? 蔵に置いて行かれた時からその疑念が尽きない。人形は主である人間がいないと成立しないのだ。からくり仕掛けの己を糸で操る誰かがいなければ、カイは外にも出れないのである。ほこりが積もって関節がだめになっていくあの感覚を忘れられない。
「私は――! 」
 世界中に、嫌われてはいないと叫びたかった。
 だけれど、声にもならなかった。
 造られたことが罪で、愛されたいことを望むのが罰ならばカイはどうしたら正解なのだろう。
 人間である少女の一言。その断片すら理解できないのに、何が人間の為になるかなんてわかっていないだけではないか。
 頭を両手で押さえて、うずくまる。目の前の己が幸せそうなのが耐えられなかった。そんな目に逢っていいはずがないと知っているのに、止められない自分が恥ずかしい。
「やめてくれ」
 手に入れる資格がないなんて、わかっていたのに。
 少しでも感じていた自分が本当におぞましくておそろしい。そんな感情があったなんて、まるで、それでは道具などではなくて――。
「もう、やめてくれ」
 

 

 苦笑いをした。
 カロン・アレウス(賢者と荒ぶる者・f21670)は己の隣でうずくまっているカイの背中を見て、肩をすくめる。
「うーん。とても困るなぁ」
「あれ。幻覚は見ない? 」
 せっかく夢見るチャンスだよ、と朱音が笑ったのだ。それに対して、破壊の化身たるアレウスは片方の眉を器用に持ち上げた。
「見えてるよ。ほら」
 とびかかろうとするそれを振り払ってみせた。
 アレウスのために存在するような武器をひとふりしてやれば、たちまちそれは『破壊』されてしまう。
 そもそも、アレウスには罪の意識というものがないのだ。彼女の目の前に映る幻影が数多く、全てがアレウスを恨んでいたとしても、アレウスの感じられるものというのは――ない。
「ごめん」
 愛想よく困り眉ではにかんだのならば、幻影たちにふるわれるのは暴力だった。
 破壊があって、また消える。そしてまた増えていく。己らの背負った罪の数というのはどうやらアレウスが思っているものより多いらしい。
「というか、私は『ご主人様』が『逃げる』ために生まれた存在だからね」
 ――役目を果たすだけだ。
 だから、空っぽなのである。
 多重人格者たちのルーツは多岐にわたる。それこそ、発達した脳が生み出した身代わりであることもあれば、主人格を守るために機能することだってあるし、できないことを可能にするために使われることだってままあった。アレウスは、自分が何たるかということは理解しているつもりである。
「あ、もしかして」
 ――空っぽなのだ。
 アレウスは、カロンを守ることが義務であれど彼女の意思というものは今まで尊重されてこなかった。それが二人の成り立ちであり、アレウスも必要以上にそれに対する不満はない。許される範囲で行動は自由で、壊していいものはどんどん壊せるからだ。
 ――なのに。
「こういうのが、罰を受け入れるってこと? 」
 朱音に問うてみる。
「そうだと思うよ。あなたがそうだとおもうなら」
「そっかぁ」
 これは、初めての敗北といえた。
 アレウスはてっきり、痛い目にあって、隣にいるカイのように涙をこらえたりするのが罰なのだと思っていたのである。――罰とは、罪にそったものが与えられ、己を見直すことに本質があるのだ。
 知らぬうちにアレウスの罰を果たした「かみさま」とやらのまだ見ぬ概念にううんと唸る。「恐るべしだなぁ」と感動を口にして、アレウスならではの心を見た気がしたのだ。
「ウーン。早く壊したい」
 負けたのならば、次は勝たねば。
 壊すことで理解をしたいのではない、アレウスが手にしたのは『アレウスらしさ』だ。
 カロンの為に生まれたのは確かなルーツであろう。だけれど、彼女はこの多数の幻影を見て振り返ったのだ。己の為にできることを、己の欲望を見つけることができた。
 無数の幻影を葬り去った後で、訪れた沈黙に息を吐く。
「朱音ちゃん。かみさまは、やっぱり私が殺すよ」
 許可を求めていない。
 朱音の反応は、笑顔のままだった。動揺がないということは「好きにしていい」ということと同義であろうとする。
「誰かを悲しませて心を壊す所までも 」
 周りの猟兵たちがこうして心を痛ませていても、何も感じない。
 それどころかどれも壊しやすそうに見えるが、それは為してならぬとわかっている。だって、壊すべきはもっと別にあったのだ。
「『私の役目』な気がしてきたんだ」
「それって、仕事だから? 」
「ううん」
 朱音のうかがうような問いには、明るい笑みで答える。
「――私の、やりたいことかな」
 『やらなくてもいい』。でも、それがアレウスが『やりたい』のならば役目なのだ。
「ありがとね」
 ――感謝をされるとはさすがに思っていなかったらしい。
 朱音のそれは失敗ではなかった。アレウスの受け止め方がアレウスらしいだけのことである。
「さあ、起きよう。神様殺し、まだ始まってないよ! 」
 明るいままに人形の彼を起こしてやったのなら――きっと、その姿は破壊神よりももっとまばゆいものだったのだろう。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

宇冠・由
お母様(f00173)と
龍には罪を伏せて下さい

(生まれたことが罪ならば、私は一体どうすればいいのですか!)

(私はお母様の子供の生まれ変わり……なんだと思います。絶対に内緒ですけど
お腹にいた記憶があるんです。けれど、それは赦されない矛盾
だって私がこの姿でお母様とお父様に拾われたとき、お母様のお腹には生まれ変わる前の私がいた
時間の逆説。生まれ変わりの記憶が正しいのなら、私がいることでお父様が宿敵に殺されることも、お母様が大怪我することすら変えられない運命だった。守れない運命なのだとしたら、私の命が悲劇と死を呼び込むのだとしたら……)

かみさまに願いはありません
叶えるのは自分の力でと決めてますので


宇冠・龍
由(f01211)と参加
由の罪は知らないままでお願いします


愛も恋も心と共にあるものです
他者と分かち合えれば愛と呼び、一方的ならば恋に属するのでしょう
(ならば行き場を失った愛は、恋に成り下がる)
(夫と我が子の死に向き合えずに生き返らせようとした私、死霊の禁術に手を出した私。私も、小西さんと本質は同じなのかもしれませんね)

生まれてきたことは罰でも罪でありません
(私は、それすらしてあげられなかった……。罪だ罰だと言うのならば、あの人とあの子を死なせてしまったことが私の過ち)

呪詛とは想いそのもの。貴女の心が写す鏡
私は毎日見ていますよ、いつも夫と娘が隣にいてくれるもの
だからこそ、私は前を歩いて行ける




 生まれたことが罪だというのなら、もう、どうすればいいかなんてわからなかったのである。
 宇冠・由(宙に浮く焔盾・f01211)の中には思い当たる矛盾が多くあった。
 少女の問いかけに動揺したのは、隣に『母』がいるからだ。
 彼女には――この胸中を知られてはならぬ。己らの幻想が混同しなかったことに内心安堵した自分が憎い。やましいことなどないはずなのに、なぜ窮屈な思いをしているのかは理由があった。
 ――生まれ変わりである自覚があったのだ。
 目の前に広がる光景は、かつてのそれそのものである。俯瞰から見下ろすようにして、集団を見ていた。今よりも若々しい母と、そのつがいたる父がいる。二人で守るように大事そうな手つきで膨れた母の腹を撫でていた。
 由は、ちょうどこのころに二人に拾われたヒーローマスクであるのに母の腹に宿る命が、燃える炎の体とは似ても似つかぬそれが、「かつての由」だった気がしてならないのだ。
 ――時間の逆説がある。
 なにか、ひどいかけ違いをしている気がしてならないのだ。己の宿命が間違っている気さえする。
 幸せな光景を見せつけられて、感じているのは罪の意識ばかりだった。
「――お母様」
 母がうっとりと腹を撫でる姿は、今よりもずっと自然で。
「お父様」
 守れなかった彼のそれも、穏やかだったのに由だけがこの光景に違和感を感じてしょうがない。まるで、つじつま合わせだけを繰り返したつぎはぎの物語のような気がしてしまうのだ。
 そして、もし、それができるとしたら――。
「いいえ、いいえ! 」
 ごう、と体の炎は燃え上がる。
 心の熱量とともに燃えたそれを隠せなかった。幸せな光景を焼くに至らぬ爆発がみっともない。
 しかし、もし。
 もし、この生まれ変わりであるという記憶が正しいのならば――あの母の腹にいたはずの命が己ならば、つじつま合わせの『はねかえり』はいつか必ず襲ってくるはずなのだ。
 変えられない運命のはずである。
 父は、『悪食』と呼ばれたオブリビオンと戦って殺された。守るためにふるった力を破られて無残に死んだのを、母も見た。大けがをした母が腹の己を死なせてしまったのも覚えている。
 すべての、起因は?
「――私? 」
 共通する点が多々あって、由は犯人捜しをしたいわけではないのだ。
 ただ、己を中心に交わった『線』が多すぎる気がしてならぬ。
 己の罰が幸せだった光景を見せられることならば、罪は――「二人から幸せを奪ったこと」ではないのか。
 ずきりと胸が痛む。
 守れなかった自覚があったのだ。由は、二人の子供である前に『仮面』としても拾われた温情を返せていない。なんて力不足なのだろうと思っていた。己の不出来に腹が立ち、麗しのお嬢様に憧れながらも強さを求める二律背反の道を歩んでいる。
 それは、かつての悲劇を晴らすため?
 それは、――己の宿命を見つけるため?
「こんなの」
 願いなど、どこにもあるものか。


 母たる女である。
 宇冠・龍(過去に生きる未亡人・f00173)から言わせれば、この小西・朱音は恋も愛もまだ足らぬと思えてしょうがない。
 目の前にある光景は、呪詛に侵されつくした龍にとっては出来のいい模型のように思えたのだ。走馬灯のように走っていくかつての記憶が無数にあって、彼女の罪を見せつけている。
 ――未来に、手を出した。
 因果を変えたのだ。この女は、己の心と自己満足の為に捻じ曲げてしまった点がある。
 それによってどんな逆説が生まれたとしても、甘んじて己の身をもってねじ伏せる気でいた。いつだったか、母親というのは強くあらねばならないというではないか。
「愛も恋も、心と共にあるものですよ」
「お説教かな? 」
「いいえ。でも、参考程度に」
 ――己の本質は、きっとこの少女と同じなのだ。
 夫とわが子の死に耐え切れなかった弱い女である。家の反対を押し切って駆け落ちて、若い衝動ながらに目まぐるしくも楽しい日々を忘れることができなかった。すべてをかけても愛した男を失った痛みと、やどした愛の結晶が砕けたことを受け入れられなかったがために禁じられた呪いを手にしてしまう。
「小西さん」
 死霊を手繰り寄せてみても、何も手に入らなかった。
 己の心血を注いでもその『世界』は変わらなかったのである。どうしたらいいかわからなくて、狂った頭を隠しながら常に頭を動かしていた結論が――。
「生まれてきたことは、罰でも罪でもありません」
「そうかな。生まれた瞬間に人間って親を破壊するけどね」
 『矛盾』という『罪』を背負うことだった。
 朱音が龍に侮蔑めいた笑みをするあたり、「お前に言われたくはない」ということであろう。
 龍もそう思う。己は紛れもなく罪人だ。それも、この朱音よりもとびきり利己的でわかがままなことをしでかしてしまったのである。
 世界線を捻じ曲げて、歴史に矛盾を作った。それこそ、龍の罪だから――目の前でわあわあと狂人のようにのたうつ若い己の姿を見ても今更、どうとも思わない。
「生んでやることもできなかった私を、どう思いますか? 」
「あなたが思っているように、私も思ってると思うよ」
 ――悪いのは。
 たった一人が、全ての罪人だ。
 飛び越えてしまった境界線を今更戻そうとも思わない。ここまできて、巻き戻して、失うくらいならうそを貫き通せばいいと知っていた龍なのだ。
「真実になると思う? 」
 尋ねる朱音の顔が、いたずらっ子のようである。
「ええ」
 ためらいなく笑う龍の笑みは、女神めいていた。
「呪詛とは想いそのもの。貴女の心が写す鏡 」
 割れた光景に未練もないのだ。【竜逢比干】で呼び出した夫の手を握り、心底嬉しそうにした女の悍ましさが『娘』に見られていなくてよかったと思う。
 たちまち氷で凍てついて、砕け散るいつかの世界のことは壊してしまった。ああ、また、――誰の心も龍は顧みない。
「だからこそ、私は前を歩いて行ける」
 すべてを踏みにじって。
 罪の数だけ己の呪いが増えていく。罰の数だけが増えて、彼女を蝕む呪詛となった。
 もう、後戻りはできないのだ――と、【七草芹】で目覚める娘のそれに合わせて、夫には亜空へ帰らせる。
「由」
「お母様、ご無事で」
「ええ。あなたも――」
 しらじらしい親子劇だな、と朱音も思うた。
 きっと、龍のほうがもっとそう思っている。ちらりと朱音を見る顔に、いっとう冷たいものがあった。
「よく抜け出してきたねぇ、お嬢さん」
「ええ、だって私にはかみさまに願いはありませんから」
 怒りに満ちた声がある。
 炎がゆらゆらと空気を燃やして、蜃気楼を作り始めていた。
「――叶えるのは自分の力でと決めてますので 」
 暴かれたときに壊れるのは、どちらだろうか。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

天翳・緋雨
【金平糖2号】(ルベル君:f05873と)
【SPD】



罪は、恥と似ているかもね
誰もが生きる上で抱えていくけれど、自覚するとは限らない

脆弱だった心臓
破れる迄酷使しても救えなかった命がある
制御しきれなかった異能
未熟でなかったなら変えられたかも知れない可能性の欠片たち

ああ、それは罪だとも
今も機械仕掛けの胸を苛むよ

けれどね?
お嬢さん
この痛みはボクだけのものだ
キミに分けてなどあげない
刻が終わるまでボクだけの…

これからを変えていくために
泣いたままでは居られないね
(唇を噛み破ってもなお笑顔で)

ルベル君は大丈夫かな…?
ボクより達観した所もあるけれど
きっと何でも割り切れたりはしないよね
笑顔で手を差し伸べるよ


ルベル・ノウフィル
【金平糖2号】
緋雨殿(f12072)と

生まれるというのはただの現象ではございませんか
僕らは皆、肉ではございませんか
心臓が動いて血が巡って栄養を摂って死ぬ
罪という概念を抱く僕らはとてもちっぽけで、けれど心は無限なのでございます

① ◎
愛しき罪、それがあってこそ僕が成った
死者の書、死霊の囀りを愛でるように
僕は実は、僕も実に、ひとなのだ…、「緋雨殿?ありがとうございます、助かりました。
さすがお兄さん、頼りになりますな」

…(内心)くふふ、緋雨殿は強がりさんですね。清く正しく、ご立派で。主人公さんでございます!

回復UC使用
「血が出ておりますよ」無邪気にね
ちゃんと隠さないと、です




 罪は、恥と似ているような気がするのだ。
 天翳・緋雨(時の迷い人・f12072)の心身は彼の生まれには不釣り合いなほど虚弱であった。それは、彼も悔いていたから人一倍にどうにかしようと躍起になったものである。
 人よりも走れないのなら人の倍練習するようになったし、無理がたたって体の調子が余計に悪くなるようなこともあった。
 それが、恥ずかしくて、生まれながらの罪だとしたのならば――罰は、今も続いているのだろうか。
 緋雨の幻影は、しゃがみこんで顔を真っ青にしていた。
 喘鳴を立て、涙を頬から流れ落として顔からも体からも、心臓を抑える手のひらからも汗が染みだして無様なものである。弱いとわかっていながら努力することが、あまりに無謀に他人からは見えていたのだろうと今なら理解できるのだ。虚弱な体だったことを思い出させられるそれが、憎たらしい。
 心臓を文字通り破ってまで助けたかった命もあったのだ。
 心臓ばかりが弱いと思っていたら、伸ばす腕まで弱かった。緋雨の勇気は無謀に変わり、結果が変わらぬ運命だけが訪れる。今ならば、きっと替えられたかもしれないのだ。
 ――制御しきれなかった力が、結局のところ何もを救えなかっただけ。膨大であふれかえるそれが生み出したものは、家族との別離と己の未熟さである。
 悔しかった。
 くやしくて、たまらなかった。
 己には世界を変えられるほどの力があって、現に今は認められるほどの強さがあったというのに、それはひとつとしてあの時を変えてくれなかった。
 置き去りなのだ。緋雨だけ、喪失した部位を機械でつなぎあわせてあの時から変わっていく時間ばかりを見つめている。
「ああ、罪だとも」
 ――そして今も機械仕掛けの胸を苛む罰があった。
 痛みは、種類が変わっただけで強さが変わらない。緋雨がどれほど役立たずの無謀で無鉄砲だったかなんて痛いほどよくわかっている。
「けれどね。お嬢さん」
 ――それでも、その罰には飲まれないとも。
 永遠に続くこの痛みが晴れたらいいなんて思わない。天気でもあるまいし、己が時を見つめる限りこの痛みはあるべきだと彼も思う。
 亡くしたものの、大きさを。
 己の無謀が招いた、欠落を。
 ――原点を、忘れない。
「この痛みは、ボクだけのものだ」
 だから、盗み見すらこれ以上は許さなかった。
 泣きじゃくる体を立ち上げる。弱弱しい体は今の体へと戻っていく。頬がつめたいけれど、それをぬぐいもせずにただ、あらがうことに決めた。
 ――緋雨は、いつまでも緋雨のままでおらねばならないのだ!
 唇をかみ破る痛烈な痛みで目覚めてみせた善意の象徴に、朱音も次々とそれぞれが『克服していく』のを感じる。中には、己の何かにたどり着いた猟兵もいたし、深みに至るものもいた。
「そうだね。そう、――こういう進化が、見たかったんだよなぁ」



 冷たい、空気に変わる。
 ルベル・ノウフィル(星守の杖・f05873)といえば、愛想のいい少年だった。
 人狼のそれをしておりながら底抜けに明るく、それでいてどこか達観のしたところがあるそれだ。
 というのも、ルベルは人よりも悪に触れる世界で生まれたのである。
 いろいろな数の悪と悲劇を見てきた。きっと、今日この日のこの事件も「よくある悲劇の話」として彼の心に収まってしまうのかもしれぬ。
 ――そも、ルベルにとって。
 生まれるとは、ただの生物的な現象である気がするのだ。
 女と男が行為に至れば、生れ落ちるだけの肉である。心臓が動くから血流があって、栄養が脳に運ばれるからホルモンが作用して、幸せを感じたり、悲しみを感じたりしやすくなる。こころなんていうのが実は『どこにあるのかわからない』と学者たちが言うように、なんでも頭の良い人間や脳の大きな生き物たちは『形容できない感じたもの』をこころとよんでいるだけだ。
 栄養を取り続けば進化する体は次に、老化する。ゆるやかな死がはじまって、心臓が止まり脳が働かなくなることが終わりだ。
 罪という哲学的な観念も、それに対する罰という規則も、己らのちっぽけな『常識』でしかない。けれど、正体不明の心が――それをどう思うかは、無限だというだけのことだ。
 愛しき罪が、彼にある。
 冷たい世界でルベルは生きた。
 貴人に仕え、それを守るために日々を過ごしていた少年である。
 その人が願うのならば果たすべきだと知っていたルベルであったのに、甘言が彼に『罪』をそそのかしたのだ。
 ――友達になろう。
 それは、実に魅力的であった。
 なぜならばルベルには、主がいても『友達』というものがいなかったのである。
 己の命は貴人の為にあると思っていた彼の所作は日ごろから恭しい。しみついたそれをはがせるのが少しうまくなってきたころには、吸血鬼だという彼のうまい口に騙されていた。
 ――友達らしく話していたのは、今思えば用意周到なことである。
 この小西・朱音という少女と同じ理屈なのだろう。演出だったのだ。
 最初からルベルを殺して、手っ取り早く主人を討てばよかったものの――何を思ったか吸血鬼はルベルをだまして主を殺してしまう。
 その喪失が。
 その――判断不足が、彼を壊して、目覚めさせる一手となったのだ。
 痛みを再演して見せながら、ルベルは己の愚かさをもう一度心に刻むことになる。
 死者の書を抱く。死者の囀りすらいとおしくてしょうがない。彼らのルベルに聞いて欲しがる負の感情は、いつかルベルが言われたいことでもあった。
 ――思い出させてくれる痛みがある。
 この痛みを心地よく思うほどに、幼い少年のこころは罰に壊れていたのだ。
 もっともっと、主人の為に尽くすべきだった。己の私欲や願望など捨てて、忠実であるべきだったのに何を思うたかルベルは己の欲に走ってしまったではないか。
 それのなんと、愚かなことか。
「僕は、実に――いえ、僕も実に」
 ひとなのだ。
 愚かなことを考え付くのは、いつだって人である。 
 人狼病にかかったルベルは、どこか自分は人と違うと思っていた。達観した物言いも、同じくらいの外見をした誰にもできないと思っている。人よりも頭が回って、人よりもよく口が立ち、己を使い分ける才能で――隠していたことが、明らかになったのだ。
 冷たい風景は、雲の流れが速い。
 雨が降るのだろう、と思わされる。ああ、主人の葬儀はどんな空だったろうか――。

「ルベル君! 」
「わ」
 【CODE【誓刻】 】。
 緋雨の純粋な感情を直接心に刻む音波が、ルベルの意識を現実に引き戻した。
 ぱちぱちと深紅の瞼を動かして、へらりと笑うルベルに対して、緋雨は心配しきりの顔である。
「緋雨殿 」
「大丈夫? 」
 ルベルが大人びていることはわかる。
 己よりどこか冷徹で、それでいて分析も早い。だけれど、その分だけ――彼に苦労があることもわかっていたのだ。
「ありがとうございます。くふふ、さすがお兄さん。頼りになりますなぁ」
 笑って見せた。
 ちゃんと隠しておかねばならない――この彼が、今強がっていることなんていうのは聡いルベルだからこそ理解できた。清く正しく『ご立派』な顔に、血がついていてはいけない。
「血が出ておりますよ? 」
 【星守の杯】の合図とともにウィンク一つしてやって、ルベルが緋雨の唇を見たのなら、そこにきゅむっと一つ金平糖が食い込む。
「む!?……甘、これ」
「ふふ。頭をたくさん使ってお疲れでございましょう。時には休憩も必要と申しますので」
 隠すように、ふたをするように。
 緋雨の心配そうな視線を遮るようにして、ルベルは――無理やり、前を向いたのだった。 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ティオレンシア・シーディア
②◎

…罰、ねぇ。
そりゃまあ足は洗ったけど、裏切り盗みに騙しに殺し、色々散々やらかしてきたし。
前科と余罪全部ひっくるめたら人生五回分くらい牢にブチこまれた後二・三回縛り首になるんじゃないか、程度の自覚はあるわねぇ。
…まぁ、正直な感想としては。そりゃ死にたくはないけれど、「ふーん、それで?」としか思えないのよねぇ。
他人に見られる類じゃなくてよかったわぁ。
だって、こんなの見られたら。…アタシの味方が、減るじゃない。

数学化学に天文学、人が見たいなら心理学脳医学に哲学。
未知の深淵ならそこら中に転がってるのに…あなた、手近なジャンクフードで満足しちゃったのねぇ。
…なんというか。「もったいない」、わねぇ。


空見・彼方
②罰:幻覚の空見彼方による空見彼方の否定

いや、なんというか、うん、空見彼方は2年前に死んでる
ついさっき死んだ俺と、ついさっき始まった俺
今まで死んできた彼方達はみんなすごくよく似た別人ってさ
改めていわれるとまぁそうだなって
でもさぁ、俺が俺っぽい事してるなら良くない?

記憶一緒、死ぬ前の俺も死んだ後出てきた俺も
だいたいやる事一緒。それなら
新しい俺も前の俺も一緒だ。
俺っていう存在は連続してる。なら俺個人に拘る必要ないよなぁ。
ああ、なら俺は空見彼方で良いのか!
どっちも本物なんだから空見彼方で良いな!

目を覚ましたら仲間の手と自分の【手をつなぐ】
仲間を【オーラ防御】で【呪詛】を引き剥がせないか試してみる。




 罰がもたらされるのならば、当然であろうと思う。
 ありとあらゆる罪は侵してきたのだ。ティオレンシア・シーディア(イエロー・パロット・f04145)が思うに、己の罰というのはきっと数えきれないほどの責め苦が待っているだろうと予想がつく。
「――ッは、ア゛」
 だから、こうして幻惑の中で責め苦に喘ぐのも記憶が定かであるなら五回目になった。
 足は洗ったのだ。そうでしか生きてこれなかった彼女はありとあらゆる安い悪事は働いてきた。裏切りに盗みに騙しに殺し、誰でもできるような悪行の数は両手で足りはしないのである。
「あー、ッ、はは。これで、何回死んだぁ? 」
 幻想の中で死んだ数は、憶えていない。
 己の罰が下されるのならばと理解はしていたが実際に降りかかったそれの重さたるや、地獄よりもずっしりとしていたのだ。
 二回ほど死んで、次に死刑が執行されるのであろう時になる。
「あのさぁ、聖人なら次の日によみがえるわよぉ」
 看守を口で脅しながら、ボロ雑巾同然になったティオレンシアが牢の中で薄い目をして睨みつけていた。
 脱獄、というほど長くは置いてくれないのだ。夢の中が如くのそれであるから、展開があまりにも早すぎる。
 ティオレンシアが来るな来るなと思えば思うほど、脳が下した判断によって勝手にそれは早まってしまうのだ。二回目の『吊るし刑』でもう痛感したから、同じへまはしない。
 実際のところ、この程度の責め苦で済むのだから殺される人間の数も減らないのだと思う。
 他人に見られるようなものでなくてよかったのだ。ティオレンシアがつかまって裁判にかけられ、己の余罪を洗いざらい、失効した分まで合わせて並べ立てられてしまうのが幻想の中なのが有難いほどだった。
 ――こんな姿も、こんな罪の数も。
 客に見られても、仲間に見られても困る。
「アタシの味方が、減るじゃない」
 くつくつと笑った狂人めいた女に向けられるのは侮蔑だ。
 しかし、畏怖が混じりだしたのはおそらく幻想の中の看守が想像できるよりも、目の前の女が悪女であったからだろう。
 まるで獣のような瞳で睨むだけで『この程度』なら殺しかねぬ。早くティオレンシアを社会から殺すべきだとして、刑は休む間もなく失効されようとしていた。
 最後に食べることを許されるそれもない。ティオレンシアに信仰などなかったからだ。
「ねえ」
 手錠をした手を後ろに回されて、のぼり慣れた階段を半ば引きずられるようにして登らされる。
「三回目、なのよねぇ」
 ――警官たちが狂言だと思って聞き逃すのは分かっていた。
 こうして絞首台に三回も登ったのなら、一回目も二回目も死ぬのは嫌だったけれど、三回目になればなれたものだ。
 どこに非常口があってどこならば警備が薄くて手薄になるかわかっている。麻布をかぶせられて、視界奪われてから――己の首に縄を撒こうとした警官の前歯を頭突きで砕く!
 つぶれたカエルのような悲鳴が聞こえて、あっけにとられているもう片方の警官をタックルで倒した。それに馬乗りになるときに膝からみぞおちを穿って、鼻を頭突きでへし折ってやる。痙攣して泡を吹く仲間を見ていそいで拳銃を構えたのならもう遅い。発砲には『手錠』で応戦した。肩の関節を外して前へ持ってくるなら、バキンと鉄のはじけた音がする。
 鉛玉がティオレンシアを自由にしたのならば、あとは彼女の【圧殺】が火を噴くばかりだったのだ。

「いったでしょ。三回目だったらよみがえるのよぉ」
 魔術式を組んだ己の鉛を放ってやるのは、これで何度目だろう。
 警備室でもんどりうつそれに肉体の損壊もない。代わりに、開閉ボタンを窓口からティオレンシアが軽快に押してやった。
 見事なる脱獄劇を前に、彼女への罪は成り立たない――ティオレンシアは、いち早く現実への切符を手に入れていたのだ。
「数学化学に天文学、人が見たいなら心理学脳医学に哲学。行動心理学とかよさそうだけどね、あなた」
 幻惑が晴れて、少女が目に入る。
「あなた、手近なジャンクフードで満足しちゃったのねぇ」
「――大学はねぇ、考えたんだけど」
 飽きちゃったんだよね。勉強に。
 そう笑って見せる少女が、どこか疲れ切っているようにも見えて――ただただ、ティオレンシアからすれば『もったいない』ものだった。
 きっと、少女がどんな選択をするのかもティオレンシアはもう、わかっている。

 空見・彼方(デッドエンドリバイバル・f13603)は何度も死んでは生まれなおす。
 ゲームで言うなら無限コンティニューの状態である。ペナルティとして隠しキャラクターたる人格たちが開示されて、どんどん彼方の住んでいる世界が狭くなっていくのが特徴的だ。
 ひとえに言うならば、それは滅ぶはずである運命を捻じ曲げていることになる。神への反逆で在り、見ようによっては悪魔よりもたちが悪いだろう。だけれど、彼方だって好きでそうしているわけではないのだ。
 普通の学生だった彼が――どうしたものかと頭を掻きむしる。
「ああ、もう、落ち着けって」
 彼方の幻覚には、無数の彼方たちがいた。
 解離性同一性障害――とは少し違う。
 何度か死んでいたらいつの間にか人格が分離した『多重人格者』たる素質を持つ彼方である。
 病証としても確かに、生存本能からストレスを避けやすくするためにも人格を分離させるのだというが、彼方の場合は『死んだ後に増えた』彼らがいるのだ。今この場に無数の『死んだ』彼方がそろってそれぞれがそれぞれを否定しているのは阿鼻叫喚でありつつも気が狂いそうな光景であった。げんなりしていたら「こっちのほうがうんざりだ」と別の彼方が怒る。なだめていたら「お前だって俺だからそう思うはずだろ! 」と叫びだす彼方がいて、頭が痛かった。
「いや、なんというか、うん――わかるよ」
 これが罰だというのだ。
 そう、空見・彼方は『本当は』二年前に死んでいる。
 何の因果か死に戻ることを覚えてしまって、彼方は超常と出会って死んでまで人を助けるような少年になってしまったのだ。
 ついさっき死んだ彼と、ほんのさっき始まった彼は『同じでありながら別人』である。
 よく似たことをしている顔が二つある状態だ。空見・彼方は死を繰り返しては生まれなおしているいるのだから、先ほど死んだ彼方はまぎれもなく『死んでいる』。この――今の空見・彼方はまだ発現して一時間足らずである。
 今まで死んで来た彼方たちが、みんなすごく良く似た別人なのだ。
 ――その理論も感覚も、己らから言われれば「わからなくはない」のである。
 今の彼方は死んだことに対して憤ったりもしないし、死んだことを後悔もしない。うんざりした顔をわかりやすいようにしないし、叫んだりもしなかった。空見・彼方という円柱を360度から見回したような状態である。さまざまな側面とその人格が喧嘩を始める脳内会議の議題については、理解もあった。
「でもさぁ」
 問題にすべきは。
「俺が俺っぽいことしてるなら、良くない?」
 ――この終わりなき討論会にかけている時間である。
 だいたい、記憶も一緒なのだ。この彼方たちに備わった記憶は一貫してる。死ぬ前の彼方も死んだ後に出てきた彼方もやることは好みが一緒で不得手もほぼ同一であるのだ。
「新しい俺も、前の俺も一緒だ」
 わざわざ分けて考える必要がないのである。
「俺っていう存在は連続してる。なら俺個人に拘る必要ないよなぁ」
 空見・彼方という存在が無限にあって、それぞれが線なのではなくて、それぞれが点と考えた。
 点が無数に連なって、線は作られている。たとえ点を打つペンが変わったって点は点だ。ボールペンなのか油性ペンなのか万年筆であるのかが大事なわけではない。彼方らにとって必要なのは、一本の『空見・彼方』と呼べるべき線である。
「――ああ、ほら!なら俺はやっぱり空見・彼方で良いんだよ! 」
 証明であった。
 存在証明と呼べるべきひとつが出した答えに、ほほうとほかの彼方も唸る。
 納得している顔もあれば、そうなのかとしぶしぶ頷くそれもある。当然だろうとする顔もあったなら、早く終わらせてくれと退屈そうな顔もあった。
「つまりだ。どっちも本物なんだから空見彼方で良いな!」

 ――手のひらに、ぬくもりがあった。
「大丈夫? 」
「あら。――ええ、もう大丈夫よぉ」
 この混沌とした中で、空見・彼方はティオレンシアの手を握ってやった。
 呪詛は完璧に解呪されて、ティオレンシアの鼓膜が高音を拾わなくなる。「耳鳴りがすごかったのよぉ。ありがとね」なんて愛想よくわらって見せる甘い声にちょっと気恥ずかしい。よし、と己の存在を確認してから、少年もまた今日の存在を証明するために走る。
 苦しんでいる仲間たちのために、――恐れしらずの死と生の超越者たちが手を差し伸べていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

六道・橘
①◎△
【今世は無意味と前世の罪を手繰る囚われ】
さっきお話してわかったわ
朱音さんはやはり兄に似ている
優等生で相手の物言いに合わせて巧みに歓心を引く
…そうするのが一番生きやすい
兄は“そうしないと生きられない人”だった
完璧に見えて酷く不完全で虚ろ、いつ死んでも可笑しくない淡い人

私は同じ顔をした双子の弟
兄は自分の人生を此方に託そうとした
そして私のどんな願いも叶える
全力で依存を強いてくる

そうね
私はしろちゃんの立場と同じよ

でも私は怖かったの
だから私は――俺は…
殺した?
違う…
そんなオチなら破滅はしたけど救いがある

俺達に救いなんてなかった
…思い出せない

ねぇ
依存できなかった私を罰して…
でも罪からは連れ出さないで


クロト・ラトキエ
②△
明けぬ夜と闇、独り往く無間


最初に思うのは“あぁ、やっぱり”と


何かを奪い
何かを壊し
ひとが罪と呼ぶそれを幾つ重ねても
己の所業なら呼吸や瞬きと変わらず

喜ぶとか怒るとか哀しいとか楽しいとか
想いは知っていて

負けたくないとか生きたいとか
欲しいとか手離したくないとか
善し悪しつけても、願いは即ち総て慾

何れも終生己に在って
生きる分だけ罪を積む


好いたものは失われていく
欲したものは壊したくなる
鶏か卵、何方が先だったか
或いは己が業か因果か


生まれてきたことが罰と云うなら
何時も裡に在り
何時か還る此処
永遠なんて在るか知らないが、
永久に続く、これこそ――


鋼糸を一振り
只それだけで
目前には現実

生《罰》など
疾うに受入済なもので




 さっき少女に惹かれるまま話してみれば、六道・橘(■害者・f22796)は理解をしたのだ。
 やはり朱音は己の兄と似ているのである。あまりに、生きているにしては色が薄かった。生命が、ではなくて生きる力がおそらく淡い。
 社交的なようで、支配的である。支配する必要があるのは、虎の威を借りる狐がごとく弱い立場だからなのだ。
 弱いと自覚がある分強者を口で絡めとる。優等生であたまが良いのに『がり勉だ』とけなされなかった兄のように、頭がよく回る分だけ他人に合わせて嘘をつき、本当の彼女を見せなくすればもっと知りたくなった相手との歓心から綱引きが始まるのである。
 やり取り上手で交渉上手、口八丁手八丁はまさにこのことであるが、そうしないと――そうするのが、一番生きやすいのがそういう人間たちだった。
「ねえ、罰して」
 橘が、腕を広げる。
 細い身体を精いっぱい広げて、少女へ向けられる。それは抱きしめてくれと願う乙女のそれだった。
「でも、罪からは連れ出さないで」
 ――朱音は、やや考えていたようだった。
「ううん、どうしようかな」
 そんなさまも兄に似て、完璧に見えたのだ。
 ただし彼らと言うのは『完璧から一番遠い』。持ちすぎた故に他のパーツが目立ってしまい、誰も彼らの欠落を教えてやらなかったのである。ごっそりと前頭葉で感じられるはずの心が抜け落ちていて、酷く不完全なのだ。人間として必要なはずの恐怖という感情を持たない生き物は、まさにいつ死んでもおかしくない。
「じゃあさ」
 恐れしらずの裏表がない、まっすぐな明るい笑みも。
「――連れ出してあげるよ」
 宣告をしたその口の形だって、きっとよく『似ていた』のだ。
 人の嫌がることをしたがるところだって、彼ら特有の解釈なのである。『そうされたかった』のでしょうといつも笑っていた。

 視点が、切り替わる。
 滲むようにして景色が変わっていった。まるで水彩画に水を落としてしまったようなそれが広がっていって、別の色が宿る。
 見たことのない景色のはずなのに――おぼえがあった。空に舞う桜を見て、そういえばここはサクラミラージュだったのだと思いだす。
 橘は、己の手のひらを見た。
 薄くて細いが少し武骨で、男のそれだったのだ。橘の前世は、『彼』の双子の弟である。
 兄によく似た顔をしている己の輪郭を撫でたら、もう涙が出そうだった。どこもかしこも兄なのに、中身にいるのは橘なのだ。
 兄と橘はよく似ていたから、時代背景も相まって双子の長男のほうが家を継ぐ責任も多い。求められる成績もけして低くなければ自由だって多くはなかったのだ。
「なあ、変わってくれよ」
 ――替え玉をしだしたのは、昔からだ。
 兄が塾へ行くのを嫌がれば、代わりに橘が出る。大事な試験があるときは、お互いの席を交換してわざわざ兄が優秀になるようにした。橘は自分から貧乏くじを選んで、兄と橘の差を明確にすることで『できのいい兄』を作らされていたのだ。
 しかし、兄もかなえてもらいっぱなしではない。自由を橘から与えられるかわりに、兄は橘の願いをかなえてやった。
 優秀な兄である彼が『ねえ母さん。弟によい靴を買ってやってよ』といえば望んだ靴がでてきたのである。『そう怒らないでやって』と囁けば名義上自由奔放な片割れである橘は、なにひとつとがめられることなく自由に在れたのだ。
 双子である己らは、お互いがお互いのパブリック・ドメインとなっている。それを思い出して――ああ、思い出してしまったのだと橘が泣いた。
 ぼたぼたと零れ落ちる体は、いったい今は誰の身体なのだろう。
 朱音が『兄』だというのなら、しろちゃんは『橘』なのだ。
 為されることがうれしかった、果たされる約束には快感がある。パブロフの犬と同様だ。体内のホルモンはちょうど、己が無事に『兄』を演じたのなら褒美が与えらえると覚えている。
「俺は」
 ――ただ、しろちゃんと『橘』には明確な違いがあったのだ。
 いやな予感がして、立ち止まった日のことを思い出す。鼓動が耳の中を駆け巡って喧しい。血管まではねていて顔が真っ赤になった。
「だから、殺した? 」
 ――いいや違う。
 『しろちゃん』が『朱音』を殺せば円満解決、破滅はあっても救いがある。
 だけれど、――『俺達』には救いなんてものがなかったのだ。
「あ、やだ」
 思い出しそうになる。
 すぐそこまで何かがあるような気がしてしまう!意味のない今世で探していた答えがすぐそこまでやってきていたのだ。頭を掻きむしって兄とそろいの髪を乱す。いいやだって、この体は今は『兄』のはずだ。『兄』なのか? 『橘』はどこだ。どうしてここにいない!
「いやだ、いやだいやだいやだッッ――」
 謎を暴きたくない。謎をもっと楽しみたい。生まれ変わった意味があるというのならそれをもっと感じていたい。
「 取 ら な い で ッ ッ ッ ッ ! ! ! 」
 ――忘れたことが罪だというのなら、それを取り上げないで、痛みに沈めていて。



 青年の頭上には、明けぬ夜と闇があった。はあと吐いた白い吐息が、闇に消えていく。
 孤独であった。クロト・ラトキエ(TTX・f00472)は――ああ、やっぱりとどこか己でこの罪に納得をする。
 彼は、現在の姿とは考えつかないほどの勝利にこだわる兵士であったのだ。やとわれの彼であるから、忠誠を誓う主もいない。ただ組織に殉じ、己を買った雇用主に勝利をもたらすために狷介不羈な獣の心を隠した人間である。
 あまたを奪って、その必要があれば壊してきたのだ。
 人によっては罪だと彼をののしるだろう。だけれど、そうでしか生きて行けなかったのもまた真実だ。己のやったことは彼が一番理解している。毎日毎日やったことを思い出しては、つぎはもっとうまくやろうと顧みるのがプロフェッショナルの日常だ。
 呼吸やまたたきと同じように罪を重ねるが、そうしないと生きていけない彼からすれば『平和ボケ』した人間たちはずいぶんと暇なのだなと思う。
 ――情動に疎いわけではない。
 喜怒哀楽の感情くらいは、知っていたのだ。
 負けたくないと思うから彼は生きて帰るのだし、勝ったところで己が死ぬくらいなら最初から加担しない。
 大衆の言う正義などには興味もなく、彼が目指すのはただ『勝利』だけであった。戦に負けてもクロトが五体満足で生きていれば、今日の飯はまずくとも明日の飯は豪華になることも学んでいる。それを繰り返して、ほしいとか、手放したくないものを知って、善しも悪しも酸いも甘いも知ってきた身である。
 子供のままでは止まらずに、大人になるに合わせて欲深くなっていった彼だ。故に、罪などどんどん生きる分だけ増えて当然だと思う。
 夜空に瞬く星々は、十字架のように見えた。
 彼が屠った誰かの魂と無念が空を彩っているのなら、ずいぶんとやかましいものである。
 ただ、無数を傷つけたであろうことは忘れない。一人が死んだらその周囲が、どこかが負けたらその国が。かつて己が味方した仲間たちを撃つことも大いにあった。
 好いたものは失われていくし、欲したものは己の手で壊したくなってしまう。
 喪失には慣れたが、慣れる痛みなどはないのだ。痛みをかんじないフリはできても、それの哀れさはクロトだってわかっている。
 鶏か卵か、どちらが先か。己の歯車がいつから狂い始めて、孤独な空を見るようになったのだろう。
 己が感じている喜怒哀楽が、誰かから奪ったそれで出来ていることも知っていた。夜になったら神様にもばれないよだなんて朱音が少女にささやいてやったのを思い出す。――ああ、なるほど確かに、クロトが孤独である夜は冷たくも居心地がよかったのだ。
 奪う、奪われる。喰う、喰われる。文明の代償に己らが課せられたものは――クロトが背負うことになった罪はいったい、どこまで十字架の形をして夜空を覆うのだろう。
 肉食獣のようにしか人々と接する生き方をしてこなかった。
 必要がなければ牙も爪も立てないが、彼が生きるために必要であるというのならばクロトの代わりに死んでもらうのである。その生命を金に換えて生きながらえる己が間違いだと弁えていた。一般的に考えれば、――もういい年をした男であるから、余計によくわかってしまう。
 この命に、赦しすら必要ないのだ。
 三十七年、こうしてきた。生まれたときから捕食者として人からさまざまなものを奪い、血肉にして学んできた人生をいまさら後悔などもできるものか。
「きれいな空」
 ――生まれてきたことが罪だというのならば。
 いつもクロトの裡にある獣性が、いつか還るはずの此処が、永遠などが在るかどうかは知らないが、永久に続くこの葛藤こそが『生きている』と言うのなら。

 ボストンの丸眼鏡に夜空すら映らぬ。真っ黒に己の身体が染められていて、表情が見えなくてよかったと思うのだ。
 ――【拾式】が展開されて、砕け散る夜空がある。鋼糸が夜空に隠されて見えなかったのだろう。朱音も、その動きの素早さには目を見張った。
「派手なお目覚めだね」
「――ええ。まあ、貴女の言葉を借りるのなら、もう予習済みといいますか」
 生《罰》など、疾うに受入済なもので。
 孤独な終わりを、そして一人で戦う生と言う終わりなき罰を知っていた。
 もう自覚もあって、罪の重さの分だけ止まれば死ぬことをクロトは自覚していたのである。
「さあ、起きて。もう充分でしょう」
 ばりりと砕けた音は橘の脳にも響く。『連れ出されなかった』こころをぎゅうっと抱きしめるように両肩を抱いてうずくまる橘がいた。
 顎からぼたぼたと汗が伝って、緊張を物語る。体全体でようやっと息をした橘にクロトもまた安心した。
 ――死んでは地獄、彼ら咎人は生きるも地獄。
 同じ地獄ならば、笑ってしまわねば損であろう。だからきっと、今日も勝利のために男は笑っていたのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

冴木・蜜
◎②
私は使い捨ての罪人だから
罰を受けるのは当然です
私は罰を受けるべきだ

私がやったのではない
でも私の毒が多くを殺したのは
変えようのない事実

救世主となる筈だった彼を止められず
その手を汚させてしまったのも事実

……ふ ふふ
慣れているわけではない
私は弱いから
何度もあの記憶を思い出して絶望してしまう

今だって
擬態もとけ て 嗚呼
私はどう足掻いても毒で
ヒトじゃなくて
へいきなわけでは、ない

――それでも
いえ だからこそ
私は何度絶望しても
立ち上がると決めたのです

償い続けなくてはいけない
人の助けになりたいから

冷たい牢獄の感触も
底冷えするような罪悪の恐怖も
罪の重さすら知らぬ

そんな貴女の罰で
本物の罪人の私は止められません





 救いたかった。
 ただ、苦しむ人々を救いたくて無我夢中に作っている己の背中が見える。
 ――離人症だ、フラッシュバックだ、追体験なのだ。
 この絡繰りがどういうものかなんてわかっているのに、冴木・蜜(天賦の薬・f15222)は己の必死な背中から逃げることはなかった。
 昔の蜜が耽る行為は、善意である。数多の人々を救おうと必死でそれを作っていた。完成すれば数多を救うはずの薬を必死になって考え、学び、日々進化する科学のもっともっと先を往く。
 ――使い捨ての罪人だ。
 背中から見ている蜜は、そう思うのだ。
 死刑囚が人体実験の礎となるように、天に近づく薬を作る彼もまた、おなじような道へと辿ることになる。
 結論から言うと、蜜の薬は『できすぎて』いたために数多の命を殺した。
 薬とは、毒である。毒素であるが人体に良い影響を与えるので薬と呼ばれただけのものだ。ゆえに、善い成分だけ抽出する必要があるのならば乱用は控えるべきであるし飲み合わせにも気を付けていかなければならない。
 蜜の薬は理論上完璧だった。必死な背中の周りにちらばる用紙を一枚拾い上げて、その間違いない式をゆったり眺める。
 ――『使い手』の気持ちを考えなかった。
 叶うことばかりを優先して、その薬をよいものだと認めた『彼』を大罪人にしてしまう。ああ、罪というのならきっと、その薬を作ろうと思ったこの時点から始まっていたのだ。
「ふ、ふふ」
 よくできた夢だ。
 ――夢よりも鮮明である。
 これで何度目の絶望だろうか。消費した過去は戻らず、上には未来しかないというのにいつまでも過去の体験を呼び起こしてしまう。
 そのたびにどろりと体が解けて、己が人間ではないということを思い知らされてしまうのだ。
 人間でないから。
 ――人間のためになる毒を作れなかった。
「嗚呼、弱い」
 毒になって地面を黒が侵していく。
 溶けた指先から手のひらまでがぼとぼとと床に落下して、蜜の瞳からは涙の代わりに黒油があふれていた。
 どうあがいても、どう助けようと思っても、どう頭を使っても決定的な失敗を得た体だ。『私は人間じゃない』という一番優先すべきことを忘れない。すべての失敗は、己が人間だと思っていたことにあったのだ。
 人間のように飯を食べ、人間に紛れて会話をし、仕事に従事する己の背中はいつみても滑稽で恥ずかしい。だけれど、いいや、だからこそ――。
「何度絶望しても立ち上がると、決めたのです」
 償わねばなるまい。
 思えば、必死な背中と今の蜜の本質と言うのは変わっていないのだ。人の助けになりたくてしょうがない。
 毒の身体であっても、毒だからこそ誰かを救うための歯車になれるはずだと信じている。この時の蜜は弱かった、今も弱くともこの時よりは強いのだ。今ならば、こうしたらよかったと計画を中止できる。
「冷たい牢獄の感触も」
 信じたいだけだ。
 己の可能性を、人との可能性を願っている。
「底冷えするような罪悪の恐怖も」
 いつも罪悪感を抱いて生きている。故に人と視線を合わせられないが、ちょうどよい罰だと思った。
 人と関わり過ぎると人を侵しかねない。また、こうなることを未然に防がねばならなかった。
「罪の重さすら知らぬ――」
 数知れぬ命を奪った。
 死毒を配ってしまったことに傷つかぬ己ではない。
 ほかの科学者のように『必要犠牲だ』だなんて言いきれない。人間は、動物は、一度失ったら二度と同じものはあらわれないほどもろいものだ。
 己が死ねばよかったと思う。作った薬を己で試して、様々な可能性を記しておけばきっとだれもが使う時に注意してくれたはずであるのに、喪うことも失敗も考えていなくて気持ちのままに差し出した己の若さと弱さを覚えていた。

「そんな貴女の罰で、本物の罪人の私は止められません」
 ちょうど、この少女のような勢いで。
 【盲愛(オフィウクス)】が発動されれば、沈黙の作業台が消えうせる。ばきんと爆ぜた視界の中で少女はぽつりと立ちつくし、蜜を見ていた。
「止めるつもりはないよ」
 ――三日月のような形をした唇が、思う。
「ただ、死んだらいいのにって思うだけ」
「死ねば救いですよ」
 その時に笑った蜜の顔は、きっと人間の顔ではなかったのだ。

「生きるは、――業だ」

大成功 🔵​🔵​🔵​

鷲生・嵯泉
②◎
予習とはよく云ったものだ
此れすらもアレには面白い余興に過ぎんのだろう

数える事すら無意味に思える程に、此の身に宿るのは罪ばかり
如何に苛む罰であろうとも、其れを雪ぐ事など叶わない
否、雪ごう等と思う事すらも罪だろう
だが何よりも他者から『与えられる』罰なぞ罰では無い
……死ぬ事が償いに成るなぞと云わん
生きる事が贖罪に成ると云う気も無い
肉の一欠片、血の一滴迄も、護る為の燃料と化して生きる事を選んだ
――そうして遺すものこそを、罪への贖いとする為に

「神」という虚構に此れ以上付き合う気は無い
決して己の手は汚さぬ侭に罪を重ね続け
お前が……否、お前達が作り上げようとしてる『偶像』
其れは未来には必要無い


狭筵・桜人

勤務態度の悪いバイトですねえ。ご夫婦がお留守で何よりですよ。

呪詛による精神干渉ないし幻覚なんてのは本人の深層意識の問題です。
眠っていた罪悪感だとか自罰の感情が引き起こされて
自分で自分を苦しめるワケですね。
いやぁ見尽くした手ですが私がそんな呪詛に引っ掛かるはず……

さっき虫が苦手とか言っちゃいましたね。
あっ今余計なこと考えちゃった。
あーあー視界の端に黒光りする飲食店にいちゃいけないアレが

幻覚!これは幻覚なので本物じゃない!
なので丸めた雑誌で叩ける……私なら出来……やっぱムリ!!
ああもうUDCに駆除させます!ヒッ飛んだ

おいそこの女笑ってんじゃないですよ
テメーあとで絶対に泣かせてやりますからね!!


鎧坂・灯理
②◎
家と親と兄弟を捨てて人を殺して、人を食べて、人間やめて…自分より弱い者を自分のために利用して捨てて…ひとを好きになって、命や幸せを押しつけて、あまつさえ幸せになろうとして?
いやはや数え切れないな。私は罪の塊だ
罪のない人間なんて人間ではない気もするが、まあ今そこを論ずる暇も無い

罰を受けるくらいどうってことない
今までの延長だ 自分を嬲り殺すのは得意分野さ
私の心を本当に折れるのは、鎧坂灯理を殺せるのは四人だけだ

どんな苦痛も悲嘆も私を折れない
空しさでさえ関係ない
どれほど無様でみっともなくなろうが知ったことか
私は諦めない
最後まで立って乗り越える
私は最初から最後まで、これ一つしか持っていないんだ


ルメリー・マレフィカールム
①△ 果ての無い暗闇と、不安の増幅

私には、昔の記憶が無い。
あるはずのものが、無い。今まで歩いてきた道が、どこにも見当たらないような。いま立っている場所が、まるで私のものではないような。
自分のことが分からないのは、怖い。足元が不確かで、たまに、色んなことが信じられなくなる。

なにも無い、どこにも行けない暗闇で、じっと呪詛の終わりを待つ。
何かの気体が原因なら。体からそれが抜ければ終わる、はず。そう願う。

怖い。寂しい。恐ろしい。
だから、きっと。忘却こそが、私の罰。




 なめられたものである。
 己らの罰を予習と言うて、罪を知っているのだとかの少女は笑っていたのだ。
 誰かの傷跡を見て、己にないそれを得て少女はきっと花開く。見知らぬ世界からやってきた猟兵たちを見て、その罪を側面として罰に喘ぎ抗う姿を見て微笑みはすれど侮辱はしない。
 ――おそろしいほど、人の作った神らしいことだ。
 鷲生・嵯泉(烈志・f05845)の目の前には、荒廃した彼の国があった。
 滅んだのだ。つい、ほんの少し己が目を離しただけで滅んでしまう楽園である。
 美しいものほどもろく、だからこそ尊いのだと桜で知っていたのに彼は――悲劇を得た残骸になり果てた。
 足元に連なるのは己を信じてついてきたものどもである。嬉しそうについこの前まで家族で買い物をしていた村人もいれば、あくせくと必死に田畑を耕す老人たちも今や真っ白な肉となり果ててうつろな瞳で虚を映すのみであった。
 ――これが、罪である。
 護るべき者どもたちを守れなかった。嵯泉というのは一国の将として最大の過ちを犯したのである。
 罪の数はこれだけではない。足元に散らばる亡骸を踏み抜いてまで歩く気もなかった。草ひとつ残らぬ割れた大地すら、彼の罪によって死んでいる。焼けたにおいがたまらないのに、嵯泉はその味をよくよく鼻で嗅いでいた。
 もとより荒い気性であるゆえに、戦乱の世では彼こそ名将になり得ただけである。剣を振るい、勝つための軍略を組むのに長け、相手の手の内を読んで根こそぎ払う。決して手を抜かず、一族もろとも殺してやったこともあった。ひとつでも情けを残せば復讐の芽に為るのだと理解している。
 ――だから、この結果は当然だったのだ。
 この場にあるはずのふたつを探す。
 己の両親たちの死体は見つけたのだ。折り重なるようにして、しかし首もないそれが転がっている。
 美しい着物を着ていながら、こんな時にそれは役立たぬ。嵯泉はまた、別のふたつを探しているのだ。
 ――友と、愛しい人を探している。
 こんな命に意味があるのかと思った。だけれど、腕の中で息絶えた嘗ての最愛に願われたから生きている。
 己の代わりに戦って散った友の惨たらしい死体を知っていて、頭から離れない。多くの因果に縛られて生きる嵯泉が求めるのは、目が覚めるほどの痛みだ。
 ――眠ればふたりの死が見える。
 ゆえに、この幻想が嵯泉の歴史と脳から作られているのならば『お決まりのように』あるはずであった。
「何? 」
 友の死体を見た位置に、それがない。
 在るのは血だまりだけで彼の肉片一つも残っていなかった。野犬に食われたりしたのならば、もっともっと雑な跡が残るはずである。
 愛おしいひとの死体を探した。それも、どこにもない。
「――どうなっている」
 嫌ほどみた光景から、それが『取り上げられて』いる。
 まるで死体に足でも生えたような、いいや、そんなことは『ありえない』はずなのだ。
 ――本当に?
「そうか」
 絞り出したような納得には、己の因果を受け入れる音があったであろう。
 奇特な人生であった。守れぬものを守れなかった己に、世界は『未来』を救えと命を下したのである。とんだ大博打だと思ったし、どうして己なのかを未だに考えさせられた。
 ――しかし、これが世界の選択だというのならば。
 焼けた大地の向こうに、見慣れた背中が愛しい人の死体を抱きかかえて丘にいる。
 名を呼ぼうと思った。
 ――朝日だ。赤い瞳をそれにくらまされて、嵯泉は思わず閉口する。まるで、見るなと言われたようだった。
「よォ」
 死ぬことは、償いでない。
 生きることも贖罪になりはしないのだ。なぜならば、嵯泉の魂程度変わりがいくつでも生まれている。
 しかし、彼は肉の一欠片、血の一滴迄も、護る為の燃料と化して生きる事を選んだのだ。
 友の髪が白く染まる。空気に近いところほど美しく輝いて、ああまるで太陽のような男だと思うたのだ。
「――お前」
 その男が、どんどん燃えていく。燃えれば燃えるほど、髪の毛が銀色に変容していって愛おしい人の肉すらぼろぼろと炭になっていった。

「嵯泉」
 色違いの、不器用な瞳をした竜がきっと代わりに立っていた。



「勤務態度の悪いバイトですねえ。ご夫婦がお留守で何よりですよ」
 はーぁと腰掛ける。木製の椅子がまたあたたかな色味をしていて、狭筵・桜人(不実の標・f15055)の前に広がる光景にはただただミスマッチがあったのだ。
「なんですかこれ、地獄絵図? いい趣味してますねぇ」
「うーん。阿鼻叫喚ってかんじだよね」
「あんたがそうしたんでしょうが」
 その隣で、まあまあと朱音が笑った。
 彼女とて他人に罰を与えるのは初めての試みらしい。漆黒のそれがまるで初めて動物を解体する好奇心のように見えて桜人がかたちのよい目からの視線をふいっと避けた。はちみつ色をした眼球に見えるのは、脳からの指令である。
「呪詛による精神干渉ないし幻覚なんてのは本人の深層意識の問題です」
 いいですか? と解説を此処で加えてみせた。
 へー、と興味がありそうななさそうな生返事をする朱音は、桜人のほうをみていない。
「眠っていた罪悪感だとか自罰の感情が引き起こされて、自分で自分を苦しめるワケですね」
 だから、皆が素直に苦しんでいるのだ。
 桜人が解説をしていても、ちっとも朱音は聞きもしない。「そうなんだ」の声にすべてがこもっていた。
「ノリ悪いなぁ。いやー、こういうのは見尽くした私ですがそんな呪詛にね、引っかかるはずがな――」
「虫が苦手なんだっけ」
「あっ、余計なこと言っちゃいました」
 電光石火の如く走っていくのが、桜人の苦手な『虫』である。
 ゴキブリ目チャバネゴキブリ科、世界共通の室内外注であり学名をBlattella germanica、さらに亜種としてモリチャバネゴキブリ・ヒメチャバネゴキブリがおり、UDC日本において侵略的外来種ワースト100に属する生物――チャバネゴキブリが走っていった。
 ぴぃ、と情けない悲鳴をあげて足を折りたたんで桜人が椅子の上で丸まっている。
「あれ飛ばないよ」
「嘘つき! 鬼畜! 外道! このサイコパス! 跳びます! 」
「それってワモンゴキブリじゃない? 」
「なんで知ってるんですか? 」
「不快害虫調べるの好きだし」
 ていうかなんで見えてるんですか――と言いかけて黒光りのするボディを持ったそれが壁を駆け巡っていったのだ。朱音は特に気にしていないようだが、いまにも天井から落ちてきそうな速度で駆けあがってくるものだから桜人はたまらない!
「あああ!! ああ!! 殺虫スプレーは!? 」
「ないよね」
「どうやって虫殺すんですか!? 」
「新聞紙とかで……」
 サイコパスであることは関係ないだろうが、肝の据わった女である。
 ぞわぞわと鳥肌が立って、桜人が視界をぐるぐるとまわしながらその痕跡を視界に収めていた。どこもかしこに数匹いるだけなのに駆け巡られてしまうとこれほどに脅威に思えるのだ。
「幻覚! これは幻覚なので本物じゃない! なので丸めた雑誌で叩け」
「あ、そっちにワモンゴキブリが」
「ひぃいい!! 」
「机にレッドローチが」
「爬虫類の餌ァ! 」
「デュビアのほうがいいよ」
 よくよく見ればどんどん種類が増えていくのだ。くすくすと笑う朱音には侮蔑よりもほほえましいものを見ているような温かさがあるのが余計に恥ずかしい。
「笑ってんじゃないですよ! テメーあとで絶対に泣かせてやりますからね!! 」
「ほんと? たのしみ」
 【名もなき異形】。
 呼び出されたのは六本足の大きなトカゲに似た形をするUDCである。
 のそりと桜人の影からあふれたそれが、己の好物たる虫の形を金色の瞳で追ったのならば、どどうと走ってたちまち飲み込みだしていく。
「はぁ、はぁっ――余計なコストがかかりました! 」
「ところでさ」
「何ですか!? 」
 息が上がりつつも、きっと愛らしい顔を怒りでいっぱいにして睨むのだ。桜人が顔色を悪くしながら激昂するのに対して、朱音は笑みをやめて真顔を作る。

「そんなに、暴かれるのが嫌だった? 」
 ――桜人は。
 春色の笑みを張り付けている虚である。
 一般的な男子高生の振る舞いをしながら、そのほうが都合がよいからとそこに在る彼は『どこにもいない』ような存在なのだ。
 どこにでもいるような振る舞いをしながらあたりに溶け込んで、いつの間にかフラッと消えて、またひょっこりと顔を出す。
 彼の存在は鏡でとらえられることはなかったし、彼自身を証明するものと言うのが実のところ、どこにもない。
 体は呪詛で出来ていて、彼の血肉は人間の姿を器にしているだけだ。
「なーにをいっちょ前なことを言ってるんですか」
 ――何も知らないかわいこちゃんのクセに。
 へらりと笑ってみた桜人の表情ににじんだ意味など、きっと少女には分からない。だけれど、そのほの暗さに『黒』を見た。
「何もないのが嫌だから、自分で決めたんだね。見るものを」
 宣言していた。
 桜人は己の大きな『なにか』を隠すためにわざと虫を連想したのだと少女は言う。
「じゃあ私の『これ』を見たのが貴女であることが罰だと? 」
「――知られたくなかったんだったら、そうかもね」
 絡繰りのしかけを見るのはご法度でしょう、と少女がゆったりと笑った。



 罪の数は多い。
 家と親と兄弟を捨てた。
 本当は己の意志がちゃんと育っていたのならば、今の力があればあの環境は一変できたはずである。
 可能性を知った今だからこそ、罪の重さをよく理解していた。
 人を殺して、それを食べて、人間であることをやめた。それは、生きるために必要なことだった。
 鬼畜外道どころであるまい。もはや地獄の鬼に等しい執念で彼女は生きていた。
 己に課せられた使命が未来を守ることならば、せめて己の未来は譲らぬと戦ってきた心に愛が宿る。人を好きになって、命を押し付けた。
 生きてくれと幸せを叩きつけて、あまつさえ――こんなに汚れた手で幸せを共に得たいと願う。
「いやはや数え切れないな」
 鎧坂・灯理(不死鳥・f14037)は、己に降りかかるらしい罰の出来を考える。
 罪のない人間など人間ではあるまい。誰しも失敗の数だけ罪があり、成功の数だけより増えていくものだ。
 赤子ですら母親の命を吸って生まれてくるというのに、今更何を問われるかと思えばずっと哲学的なことである。
「ジュブナイルが考えるにしては、ものを知らないだろうに」
 ――論ずるレベルの話でもあるまい。
 どんな罰でも受けてやろう。地に立ったままの灯理の足裏には確かな感覚があったのだ。
 地面に吸い付けられるようにしてそこに在り、ゆえに己の存在を絶対に揺らがせない。痛みでも恥辱でも耐えてみせよう。死んでも死に切れるものかと紫が挑戦的に在ったのだ。
 ――景色はいつまでも変わらない。
 罰が降る気配もなく、灯理が首をかしげる。少女は灯理を見ていないが、その周りで苦しんでいる猟兵たちがいる限り視野の問題ではない。
 もしかして、もう始まっているのだろうか。と、一歩前に出た。
 ブゥンと喫茶店に備えられたテレビが命を吹き返す。無機質にナレーターは語るのだ。
「は――?」
 『四人の死刑が執行された』。
 それは、異例の判決であり執行だったのだという。
 極秘に行われていた世界規模の調査により、かのUDC組織がその実態を告白しながら代償に彼らの身を得たのであった。
 世界を守ってきた彼らの善行を無視して、代わりにおもしろおかしく取り上げられるのはその悪行の数々である。
「おい」
 ――灯理が言ったようなことは、彼らもやってきていたのだ。
 そんなことはすでに知っている。愛する彼らがどれほどの悪人であるかなんて言うのは、知り合った時から調べておいた。
 だけれど、灯理は知っている。
 彼らが己の頭を撫でてくれる時に、どんなことをささやいてくれるのかを。
「どうなってる」
 握り合う手の温度がどれほどあたたかいのかを。
「聞いてないぞこんなこと」
 ――いつもなら。
 こんな不快な音を聞いたのならば、きっと真っ先にテレビを念動力で叩き割っていた。
 だけれど、そうできない理由がある。彼らが取り上げられた罪は『灯理が起こしたこと』によって明かされたのだ。
 だけれど、灯理のことを誰も咎めないのだ。やれ、ストックホルム症候群だとか洗脳されていたのだとか好きなように語られていく。
「おかしいだろ――!! 」
 叫んだ。
 叫んだところで、『灯理の罪で』罰された彼らたちは戻らない。
 己が罰されるのならば道理も分かる。だけれど、死んでやるかとも思っていた。どんなことがあっても、必ず己はよみがえる。不死鳥の二つ名に矛盾なく彼らを二度と孤独にはしないと誓ったのだ。
 なのに。
 ――どうして。
 唇が戦慄く。なるほど、とも思った。
 己には一番適する罰だ。『己への痛みには強いが、愛する人への痛みには弱い』。
 暴かれぬはずの灯理のすべてが彼らのものになり、それが彼らを殺した。殺した誰かのそれは正義であり、灯理の慟哭も届かない。
 顔を抑えて、その場に膝をつく。ぐうっと体を丸めてから地を震わせるような低い声が出た。
「愛を知らんガキが、――よくもまぁ、考えたもんだ」
 あたりの――食器が割れる。
 よく少女の肉体を割らずにすんだことだ。それは、灯理が『大人』になった証拠である。
 【意志の怪物】が目覚めていた。朱音の前にて怒るそれは、己の愛を侮辱され、あまつ覗かれ『たった一度でも』取り上げられた手負いの獣よりおそろしい。
「失礼だなぁ。愛くらい知ってるよ」
「――いいや、貴様は何も知らんよ」
 理性と本能がせめぎ合っている。
 殺す、いいや殺すな。なぜ殺してならない、己の立場をよく弁えろ。猟兵なんてくそくらえだ、それがなければ――出会えなかっただろう。
「教えてやる。私はな、最初から最後まで、これ一つしかないんだ」
 少女の代わりに、テレビをこぶしで割った。
 破片が手のひらに刺さり赤いシミが床に広がる。痛みによって幻覚も、その意志におびえて霧散していったのだ。
「――なめるなよ。」
 人間を。
 愛を。
 ――鎧坂灯理を。



 皆が乗り越えてくる。
 かの修羅は己の痛みを思い出し、その友人の可能性を知り、そして今護るべき男を思い出した。
 この命は――今護るものを護りきるために使わねばなるまいと心に灯がともる。真っ赤な紅蓮が目に咲いて、彼がいたのだ。
 かの無貌は人間のふりをする。これからもきっと、己の実態がなんであるかなんていうのは明かさない。
 そのほうが楽しいし、そのほうがやりやすいし、――そのほうが孤独でない。知ってしまった少女に向けた蜜色は、まどろみのような渦があった。
 かの怪物は、己の罪を思い出した。それによって誰が一番罰せられるかを知った。
 子供のままではいられない。大人になって覚える必要のあるのは――弁えと自重である。己が在るために、彼らが在るために、愛をより深く知る。
「決して己の手は汚さぬ侭に罪を重ね続け、お前が」
 【絶対鬼政】。
 真紅の言霊が舞い、彼らの呪縛をほどいていく。
 嵯泉の身体から完全に幻想を弾き飛ばしたところで、朱音の顔を見た。
「――否、お前達が作り上げようとしてる『偶像』」
 満足そうに、笑う。
 まるで否定してほしかったのだと最初から思っていたような達成感にあふれるそれが、酷く痛ましいものに見えた。
「其れは未来には必要無い」
 セミロングのこげ茶が垂れて、くしゃくしゃとこめかみから頭を撫でて納得に唸るのだ。朱音が細い身体を伸び縮みして、「うん」と工程を返す。
 乗り越えた三名に向かって、朱音も力を抜いたようであった。

「まあ、私は。どーでもいいんだけどなぁ」
 ――神様なんて、信じてるわけじゃない。

 果てのない暗闇があった。
 記憶がない。ルメリー・マレフィカールム(黄泉歩き・f23530)は己の大部分をどこかに置いてきたまま今日この日まで死にながらにして生きている少女である。
 かつての己のことを思い出せないまま、腐らない時が止まった体を連れ歩いて今日この日に来た。
 ――後ろを振り向いても、前を見ても、上を見上げても下を見ても、そこに在るのは闇ばかりである。
「私、どこから」
 道がない。
 ふわりとした感覚が足裏を襲って、倒れてしまいそうになる。この暗闇は本当に足場なのかを疑ったのなら――もはや、ルメリーは暗闇の中で浮いていた。
 自分のことがわからないように、彼女には彼女の罪に対する自覚がない。
 自覚しようにも、できないのだ。ルメリーはルメリーである歴史がわからない。
 まだ八歳にして死んでしまった幼い心は、たったの八年ですらどこかに失われてしまった。
「私は」
 ふわふわとシャボン玉のように浮いた感覚で俺の頬に触れてみても、その温度すらわからなかった。
 自分がどんな顔をしていて、どれくらいの大きさなのかもわからぬ。
 わからないことはずうっと怖かった。死んでよみがえったことだけわかっても、どうして死んだのかがわからなければ『ルメリー・マレフィカールム』という存在の証明にならない。
 死因は何だろう。どうしてそれがわからないのだろう。よみがえるときに脳のどこかでも落としてきたのか、それか頭を殴られて死んだのかもしれない。死んだ、という事実だけが彼女の衣服になっているだけで、それを着させられるもののことなど世界は考えてもくれない。
 ルメリーも己の使命が自分探しでないから、出来る限り考えないようにしてきたのだ。
 未来を助けてくれ、というのも変な話であった。だって、ルメリーはルメリー自身を救えていないのである。
 どこの誰とも保証がなくて、死んだ者には戸籍もない。そもそも、マレフィカールムなんて名字が本当にあったとしても、自分はそこの出なのだろうか。
「なにもない」
 ――じっと、宙に丸まっている。
 まるで死んだ胎児なのだ。目を閉じても、静かにしていても、けして己の心臓から生命の音は聞こえない。
「こわい」
 終わりを待っていた。
 母親のこころが恐ろしいのではない、暗闇の中でなにもない自分がおそろしいのだ。
 死んだ胎児は夢を見ない。己が幸せであったのなら、きっと死んでいないのだ。
 体から己の含んだ呪詛が効力を切らすのを待っている。どうか助けてくれるか、勝手に終わってくれと祈ってばかりいた。
「さみしい」
 ――それしか言えぬ。
 泣く資格もない。なぜならば、生きた赤子は呼吸に哭いたが死んだルメリーには必要がないのだ。
 どうして死んでまで生きている? なぜこうなっている? どうして誰かが蘇生した? 世界のためなんかではあるまい。
 己を思い出せたのならば、この孤独もまだ心地よい空間になったのだろうか。何もわからないのだ、死の間際でただ早くなる己の時間が呪いを解くのを待っている。
 【走馬灯視】で黒の世界が変わらないのが恐ろしくて、唯一の武器であるはずの瞳を閉じた。
「これが、私の罪」
 ――忘却したこと。
 それが罪であるならば、それにあらがい続けることが罰である。
 思い出したい、いつかでいい。思い出したのならば、きっともっと絶望するかもしれないのだ。
 しかし、ルメリーはすでにこの現場で多くの猟兵たちに触れあってきた。彼らが確固として自分を以て、時にくじけて、時に傷を引きずりながらでも前に進んでいく大人たちの背中を見ていたのだ。
 ――いつか。
 そう、なれたのならば。
 今はまだ、その背中が遠いかもしれない。だけれどきっと、罰が終えられたころには――彼女に手を伸ばす仲間がいて、その体を起こしてくれたのだ。
 その姿に未来を見ただろう。己もいつかそうなるやもしれない可能性は、まぎれもない希望だったのだ。
 在るものは己の力で、在るものはわざと暴れ散らかし、在るものは手を握り、それぞれの最善を尽くして仲間たちを手繰り寄せる姿がまぶしい。モノクロの世界でそれは、何色のトーンで見えただろうか。
 小さな体を起こしたのならば、きっとルメリーの赫には孤独と希望が二律背反を起こしている。
 反撃を始めよう。
 未来がまだ、その幼い身体に在る限り――死にっぱなしはここまでだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ヴィクティム・ウィンターミュート
◎①

"アイツら"が骸の海から這い上がってきたことは…ある意味では丁度良かったのかもしれない
アイツらの憎しみを、恨みを、怒りを受け止められる

まずはRipperのナイフだ
アレで臓物も、骨も、肉も切り裂かれよう
次にWolfsbaneの毒だ
身体の内も外も苦痛で満たして、壊れてしまおう
あぁ、Jackpotの弾丸も忘れちゃいけねえ
幾つも穴を空けられて、食いこんだ弾頭が炸裂して
Gremlinの"解体"は恐ろしい
サイバネも生身も等しくバラされる

そうして責め苦を味わっても、皆を殺してさ
最後にセオドアと刺し違える

これが俺の罰
大事な人たちを終わらせて、俺も終わる
俺の罰で、終着点だ

あぁ、なんだよ夢か
現実でよかったのに


ヴィリヤ・カヤラ

◎△(罰に関しては全てお任せします)

人を食べ物って思っちゃうのも、
血だけでも食料にしてるのも、
吸血する為の人を用意してもらうのも、
用意してもらう為のお金を稼ぐのに人を時々手にかけるのも、
一般常識に当てはめると罪になるんだよね?
あまり自覚は無いけど。

でも、父様を殺しに行くって覚悟を決めた時から、
殺すまでは何があっても折れないって決めてるから。
それを思い出して何を見せられても体験しても立ち上がって、
邪魔する人がいるなら排除しないとね。
父様を殺した後の事はその時に考えるよ、まだ生きているしね。

朱音さんとは時間があったら色々話してみたかったな、
そんな風に考える人って初めてだったし。




 骸の海から這い上がってきた、かつての仲間たちがいた。
「よう」
 だなんて、気軽に笑いかけてやったのだ。
 俺はここだぜと叫びたい少年のまだ成長途中の体に、一斉に目が向けられる。
 ヴィクティム・ウィンターミュート(impulse of Arsene・f01172)は、成長したのである。
 大人の事情と言うものを理解して、己の生き方を考えて、英雄であることができないのならばせめて悪人らしく生きていようと常に頭を回し続けていた。
 中途半端なことをするなと机を蹴り上げられた刺激も、その背中を叩かれた痛みもまだ鮮明に思い出される。
 ――だから、目の前にいるかつての仲間たちから向けられた感情を受け入れようと決めた。
「来いよ」
 腕を、広げる。
 まるで抱きしめてやろうと言わんばかりに、せいいっぱい指先に力を込めて彼らに笑いかけたのだ。
 赤い髪の少年は、顔つきは怖くとも熱血な男であった。
 それのナイフを扱う手腕こそヴィクティムの中ではひいき目なしに世界一であると言える。
 確実に殺すための一撃を放つし、それをそらしたこともないのであった。普通、子供の体格でいくらなんでも体力があるとはいえ鉄の板を振り回すなんて言うのは考えられない。だいたいはその重さにやられて勢いを落とすというものなのに、彼は何処までも忍耐強く、そして執念深い男だった。
「――っが」
 皮膚も、その下の薄い脂肪も、筋肉の間にも入り込んだナイフがある。
 的確な一撃じゃねぇかと笑ってやりたくなったヴィクティムのわき腹を切り裂き、中から断ち切れた臓物があふれ出した。骨も肉も割かれて血があふれるどころですまず、少年はまず右方向になぎ倒される形となる。
「ぐぇ、ッぶ、、ッ――フ、ッグ」
 死ねない。
 止まった彼らと対照的にヴィクティムは強くなってしまったのだ。
 与えられた一撃に対してほぼ反射である。『ひっくり返す』プログラムが起きれば、ヴィクティムの代わりに赤髪の少年が倒れて死んだ。
 息をつく暇もなく、次は忘れもしない毒の女がやってくる。
 細い身体は斃しやすいのに、それの扱う『毒』が恐ろしいのだ。この大気中にある呪詛なんかよりももっと冷たく奥深いそれがヴィクティムに投げ与えられる。形状はなんてことないカプセルのそれだ。しかし、掴めば手が解けた。機械の義手がどろりとあっけなく溶けて、熱にヴィクティムが生物の反射として唸れば地面にそれが落ちてあっけなく割れる。
「がはッ、は、っア゛、っぐ、ェ、お――ッは、ガッ、げ」
 皮膚からも鼻からも耳からも目からも、ありとあらゆるところからしみ込むそれにのたうつ。 
 ひざを折って、ぜえぜえと喚けば少女がとどめとばかりに冷たい瞳で見下ろしたままヴィクティムに爆弾を与えようとした。
 ――毒使いには、毒を以て毒を制さねばらならぬ。
 勝ててしまうのだ。ヴィクティムの組んだウィルスと言う名のプログラムで、少女の毒は打ち消される。あっけにとられた少女の表情にも無理はない。ヴィクティムは、やはり細い彼女の首を無事なほうの手でへし折っていた。
 次にやってくるのは鉛玉の嵐である。
 あえて防がなかった。防御パルスを作り上げてもよかったが、それが彼の怒りだとするのならば受け止めてやるのがヴィクティムなのだ。
 穿たれる。弾が炸裂した。吹っ飛んで、――腕が一本とうとう取れた。だけれどまだ足がある。反射ではなく今度は『吸収』のプログラムで鉛を糧としたのだ。奪った痛みの分だけ強くなるヴィクティムの前に、銃撃使いの彼はなすすべもなかった。
 『解体』が待っていた。
 繰り出されるそれに手も足もでない。文字通りにすべてを奪われて、ヴィクティムは肉だるまとなって転がった。四肢を奪われてなすすべなく背中は地面にたどり着く。
 ――空が、寒さで凍えていた。
 『クラッキング』はヴィクティムの頭が無事である限り行われるのだ。解体屋の彼が視界の端で真っ赤になって死んだのを見てから、己の上に訪れる影を見た。
「セオドア」
 ――英雄にしてやれなかった。
 よい作戦だなと思う。すべて捨て駒にしたのだ、彼は。『冬寂』の名を背負う彼らすべてを使って最大の失敗であるヴィクティムを殺すためだけに死なせたセオドアがいる。
 己がたった一手の読み違いですべてを亡くしたのなら、セオドアはその逆を行ったのだ。
 表情が見えない。逆光かと思ったら、どうやら両目のレンズが割れているらしかった。
「――終わりだな」
 笑った少年の顔を、もう一人の少年はどう見たのだろう。
 セオドアと呼ばれた彼が放った一撃と、ヴィクティムの『隠し玉』が炸裂し合って――残ったのはふたつの亡骸だった。
 これが罰であると少年は言う。
 期待されて、大事にされて、新しい未来でも仲間ができたことが罪ならば、ちゃんと今までの仲間に報いてやらねばならない。
 ひとりは寂しい。仲間がいないのはつらい。生きていくには難しいのだ。だから、――もう、充分恵まれたではないかと笑っていた。



「ありゃりゃ、死なれたら困るよ」
 能天気な声だったのに、瞳に走るのは緊張である。
 ヴィリヤ・カヤラ(甘味日和・f02681)にとって罪と言うものはあいまいである。
 そういう種族に生まれてしまったのだし、偉大なる父はそれを良しとしてきたから彼女の人生は葛藤とはやや遠いのだ。
 彼女が当然な顔で「だってそうじゃない? 」と己を肯定したのなら、妙に納得してしまう周囲が常である。言わせているのではなくて、彼女はいつも本質を訴えてしまうのだ。
 人を食べ物だと思うことが、いけないことだと知ったのはまだ日が浅い。
 血だけでも食料にしてはなんて冒涜的なと言われてしまうし、吸血するための人を用意すればそれはそれで人権がどうとか言われるのだ。わざわざ『お願い』したのに外野からそう言われてしまえば、ヴィリヤも立候補者に詫びを入れるほかない。ならばと血を用意するために資金を稼ぐ必要があり、そのためにはやはり人に手をかけることもある。
 だけれど、それも『罪』だと言われては――もはや、呼吸もしづらいものだった。
 折れたくなることがいっぱいあったのである。そういうことを、いつか父に言えたらいいなと思っていた。
「父様」
 ――己の屋敷に訪れるのは久しい。
 美しい床に、ごろんと男が死んでいた。まぎれもなく、父のそれである。
 棺桶に寝ていたのならまだ希望もあったが、ところどころ灰になりかけていて消えそうな存在だった。
「殺したかったのに」
 そのためだけに、ヴィリヤは外にいる。
 数多の世界を見てきて、強くなったら己を殺しに来いと送り出した父の真意は分からぬ。
 より強い吸血鬼として己を育てたいのかもしれぬし、それができない――半分人間の血が混じるから、人間にもまれるように仕向けられたのかもしれぬ。
 信じていたのだ、誰が何と言おうと、ヴィリヤの父親というのは彼だけである。
「ねえ」
 ――こうも、死なれては困るのだ。
 しかし、死んだあとのことは確かに考えていなかったなと思う。
 己が殺すはずの父親を奪われることが『罰』であるのならば、ヴィリヤは何を反省しろと言われているのだろうか。
 罰と言えば、罪に対するものであり、更生を促すためのものである。どうしようもない悪性は死を与えるが、そうでない限りはたいていが深い反省をさせられていくのだ。
 つまり、此度の罰はヴィリヤから父を奪うという――遠回しなものである。
「生き返ったりしないかなぁ。しないよね、幻影だし」
 正直、気分のいいものではない。
 敬愛する父を馬鹿にされているようだ。何が在ろうと簡単に死ぬような父でない。偉大なる吸血鬼で夜の王なのだから、もっともっと、死んでいるとしたら派手にしてやって欲しかったのである。この憤りも『罰』だとしたら納得するしかないというのもあった。
「んー。今は思いつかないなぁ」
 日和ったわけでない。
 ヴィリヤは、『ありえない』ことを信じていないだけなのだ。
 この程度で父親が死ぬはずもないし、己が殺さぬ限りは屋敷に在るだろうひとである。
 今日もいきの良い人間の血を楽しんでいるのだろうし、ヴィリヤの帰りをいまかいまかと待っているはずなのだ。盲目的に信じているからこそ、この『罰』には何の干渉もなかった。
 ある種――病的である。
「いろいろ話してみたかったな、朱音さん」
 罰を与える意味がなかった。
 ぱきりと空間が割れて、呪詛があっけなく彼女から抜け落ちていく。朱音がその光景に「わあ」と物珍しそうな声をあげた。
「すごいね、罪悪感とか、そういうのないの? 嬉しいな」
「嬉しいの? まー、私にとっては普通のことだからね」
 それよりさ、とヴィリヤが隣で沈黙したヴィクティムの肩を叩いてやる。
「罪悪感がない人間って初めてだったし。いい体験してるかも」
 のんびりとした声が――ヴィクティムの鼓膜を揺らした。
 はやっていた心臓が落ち着いて、その鼓動が現実へと吹き返させる。数秒にも満たぬ死から彼は『再起動』を果たした。
「――あぁ、なんだよ」
 目覚めた蒼が、何度も瞳をぱちぱちさせるものだから。
「おはよう。いい夢見た? 」
 ヴィリヤが笑いかけてやる。
「現実でよかったのに」
 少年が困ったように笑っていたから、ヴィリヤもまた「そうだねぇ」と言ってやるのだ。
 世界を救うよりも、隣人を愛すよりも、なによりも優先したい――会いたい人がある彼らに、きっと罪はこれからも降り注ぐのだろう。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

伊能・龍己

「知られたい」ようなお話で見る罰は、「知られたくなかったことを秘密にしておけなかった」ことへのもの

……どうして言っちゃったの!?と。キミがそういう子だとはおもわなかったと。懐かしい声に理不尽なまでに怒られる

俺の兄ちゃんは、きれいなものや可愛いものが好きだった
同時に、それを両親からいまいち認められていないことを気にしてもいた
……俺は、その気持ちが分からなかった

(龍己、母さんのコサージュ見てない?)
(……兄ちゃんが、自分の部屋に持って行ってた)
その時の母さんの顔、その後の「どうして?」に答えられない兄ちゃんの顔を思い出す
確かに悪かったと思うけど。取り返しつかないし。俺、どうしたらよかったんすかね




 子どもゆえの過ちだから、ですまされるようなことがこの世には多かった。
 だけれど、伊能・龍己(鳳雛・f21577)はもう大人と肩を並べて戦いに出ている少年である。故に、いろんな事件に巡り合い、どんな難解なことでも最初は小さなほころびから始まってしまったのだと知った。
 『知られたい』ようなお話が、近くにあったのである。
 不幸自慢をしたいわけではない。『認められたい』や『龍己自身は不思議に思わない』というこがそれに当てはまった。彼自身、『秘密にしておけなかった』のは悪意があってやったことではない。
 しかし、――大人の世界に足を踏み入れてから、その浅はかさがようやく理解できたのだ。
 懐かしい風景がよみがえる。子供の一日は目まぐるしく、つい昨日のことがずいぶんと遠くに感じられるのだ。一日に摂取する体験はほとんどが未知であるから毎日が楽しく、其処にマンネリはない。
 でも、この『罪』のことはいつでも昨日のことのように感じられてしまうのだ。
 ――どうして言っちゃったの!?
 誰かの金切り声が聞こえて、それが兄のものだったのを思い出す。
 耳の近くで叫ばれたような気がして、ばっと右を振りむいたらやはり彼がいた。
「にい、ちゃ」
 ――ひどい。
 泣きそうな、くしゃくしゃの顔でそれは龍己に全身で怒っていた。
 龍己の兄は、現在は家族の輪にいない。それには様々な要因があったのだろうけど、間違いなく龍己の行いもきっかけとなってしまった自覚はある。
 背も高く人よりも成長が早い龍己は男らしい体格の因子がある。だけれど、彼の兄というのは龍己と違ってきれいだったり、かわいいものを愛する『ふしぎ』なところがあった。
 龍己はヒーローが好きだが、兄はヒロインが好きである。かっこいいものが好きで、そういう服を好んで着る己に対しての比較がよく浮き彫りになった。
 兄はかわいいマスコットが好きだ。武骨なデザインのコップより、パステルカラーのマグカップを好んでいる。箸の柄だってよくよく見てみれば兄のものは繊細で美しいものだった。龍己のそれは漆で塗られて持ち手が少し青かったりもするのに、――正直、弟が気にしないようなところですごく『変わった』兄なのだ。
 ただ、それは龍己にとっては『それが兄なのだ』で済む話でもある。
 世の中をまだまだ知らないが、己が通っていた学校ではもっと変わったものが好きな少年少女がいたし極論で言えば『人殺しが趣味です』というわけでもない。それが罪に思えないし、兄らしいことならそれでいいではないかと純粋故に受け止めていた。
 ――知らなかったのだ。
 両親は、兄のそれをあまり良しとしなかった。こっちを使いなさい、と食器を押し付けられる兄がすごく不服そうな顔をしたことがある。新しい靴を買ってもらった時も、欲しかったものと違って顔を真っ赤にしていた兄を何度も龍己は見ていた。黒いランドセルを背負うのが嫌そうで、ズボンをはくときにしばらく固まっているのは――朝が弱いのだろうか、とか思って見てはいたが理解がなかったのである。
 そんな時に、彼らの中で大きな亀裂が生まれてしまうことが起きた。
 ――龍己、母さんのコサージュ見てない?
 いつもの一日、その日は確か、休みだったように思う。
 朝から父親と髪の毛の手入れに行って、のびのびとした解放を味わっていた時だった。帰り道にコンビニでアイスを買ってもらってちょっと得をした気分になり、ご機嫌な昼下がりである。だから、言わなくてもいいことを言ってしまうくらい緩んでいた龍己だったのだ。
 ――……兄ちゃんが、自分の部屋に持って行ってた。

 その時の母親がどんな顔を作ったかと言えば。
 ぎょっと龍己がするほど、感情の入り混じったそれである。
 だだだだっと走っていく母を追いかけて、なんてことをしてしまったのだろうと今でも思い出せた。
 ――どうして? どうして、こんなことをするの?
 母親の問いかけは、まるで尋問のようだったのだ。
 兄の部屋にて見つかったコサージュは、とてもかわいらしい『女性用』のものである。兄に用意された服とのミスマッチがあって、やけに目立って見えた。
 その時の兄の顔が忘れられない。落胆したような、憤りを隠せないような、「どうして? 」を今にも鸚鵡返ししそうな、――こらえた顔だった。
「確かに悪かったと思うけど――取り返しがつかないこと、だし」
 兄の瞳が、龍己を見る。
 キミがそういう子だとはおもわなかった、と口を動かす幻影に懐かしい温度を感じるのに、やはり龍己が感じるのは理不尽だ。
「どうしたら、よかったんすかね」
 言わぬが仏、というけれど。
 今ならわかる。いずれわかることだったし、兄が向き合わねばならぬ『ちぐはぐ』だったのだ。
 ――しかし、その多様性の問題にはまだ齢十三歳の彼はきっと届かない。
 男が女らしいものを好むことを悪だとする習慣を、女が女を愛する習慣を、男が男を愛する習慣を、性別という束縛とそこにこめられた呪いを知るには、きっとまだ雛は『青』すぎた。
 掛け時計の音が、彼の思考の海で響く。それはまるで、彼の成長を早く促すようだったのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ロク・ザイオン
△◎①

(罰とは、ひとのものだ。)

(病んだものは。あやまちを犯したものは。
病が、生きる苦しみが、広がる前に土に還るのがしあわせだ。
だから、ひとがわからない。
何故群れから弾き、閉じ込め、虐めて吊るしてしまうのか)

(今なら。
それは願いなのかもしれないと思う。
ひとは、病葉は治るのだというのだから
罰は、罪を癒やすためのものなのだろう)

(耐えれば。
耐えきれば。
ひとは。あねごは。
病んだ耳とみにくい喉を。こどもを食らう牙と舌を。
何も生み出すことなく、灼き潰すだけで永らえてきた肉を。
おれを、)

……おれは。
人間だから。

(相棒。
キミは、ゆるすと言ってくれたけれど。
何故か痛みは、ずっと消えてくれないんだ)


アシニクス・レーヴァ
②◎(罰の内容はお任せします)
私が受ける罰
それは人を殺したこと、という位
私は教え従い、この手で多くの命を摘み取った
後悔はない、私に神の声は届かない
師父の声だけ覚えている。そしてそれに従うと決めたのは私

私という悪魔すら救おうとした師父を殺してでも救います
誰かの命を殺す事になろうと、それが私の正義。彼は正しい、そう揺るがず信じている
彼はかつてそうであったように、英雄でなければならない

間違わないで欲しい
私は神を信じている。平等にして無慈悲に愛を与える存在だと
そして神は皆が己の中に作り出したものだ

何も感じない
傷つく事に何も思わない

いつか私だけが誹りを受ける事になるでしょう
それもまた必要な事
それが私


リーオ・ヘクスマキナ
②◎

俺の、罪……狂信者を何人も撃ち殺した事
改造されたり、邪神に汚染されて、最早助かる見込みのない人達に引導を渡した事

そして何より……「あの映画館」で見た、金髪の女の子を撃ち殺した事
失った記憶の中で犯したかもしれない罪を入れたら、もうキリが無いよ

……けど、今は罰は勘弁して欲しいかな。死んだり、死ぬほど苦しいなら尚更に
狡いとは自分でも思うよ?


けれど、俺は足を止めないって決めちゃったんだ
赤頭巾さんに「貴女は誰?」って問いに何時か答えて貰うためにも
どうして俺がこうなったのか、真実に辿り着く為にも!

以下、心中での独白
『――私は、何時かリーオに分かる限りの全てを打ち明ける為に』
『罰は、その後に受けるわ』




 それは、ひとになれなかった。
 森の奥で存在を殺し、緑に溶けた猫がいる。
 猫は、体を丸くしてただただ人々の行うことを見てきたのだ。
 ――己に『罰』がなければ、今このようなことに夢中にならぬ。ロク・ザイオン(蒼天、一条・f01377)は獣のような少女であった。
 唸る喉はひとのそれとは程遠く、病んだ耳は彼女から夢を奪う。
 人狼病のように――彼女がもとから「ひと」であったのなら、きっと誰もが彼女を孤独から救えたのかもしれなかった。
 人間とは、群れる生き物である。ロクはそれらと群れることができない仲間外れなのだ。
「まって、まってよぉ」
 子供が一人、仲間たちにいじめられて森に置いて行かれる。 
 それがひどく胸に痛みを残すのだ。きっと、ロクならそうしない。群れから仲間をひとつ外していくことなんて種の繁栄と可能性を失うことと同じであった。木で言えば、むやみに枝を切り落とすことと同義である。
 身軽な体を、大きな木から落とした。くるんと一回転をして地面にたどり着くロクは、おびえた子供に声をかけてやろうとする。
 ――ちがう。
 どく、と心臓が脈打った。
 生きている感覚が己の中に染みわたったようである。血管が開いて、血流がよくなって、どんどんロクの体はロクの意と反して熱を纏う。
 ――おれは。
 人間と言うものがわからないから触れ方もロクは知らなかったのだ。
 ひとが群れから弾き、こうして森に閉じ込めていって楽しんでいる意味も理由もこころもわからない。だけれど、ロクの前にそれをわざわざ置いていったのだ。
 ひぃ、と驚いた子供の声が甘い。ひくひくとロクの耳が揺れて、正面からそちらへ向いた。
 人間がそうしたのだ。己らの中で『病んでいる』という個体を此処に置いていった。彼らは、病が――それの振りまく苦しみが広まる前に土に還るのがしあわせだとする。だから、ならば、ロクのすべきことは一つしかなかった。
 ――あ。
 気が付いた時には、あたりは一面燃えていてロクの口の周りにはべっとりと赤がついていた。
 子供だった肉塊はもはや原型すらない。飛び散った指のはしすらもったいなくてかき集めた。爪と肉の間に土が混じって、それが泥だらけでもお構いなしに口に含む。
 二度とやりたくないことだった。
 ロクは、数々の世界でいろいろなものを見てきた。成長する心は彼女の心の傷を置き去りにしたまま、いろいろな因果と交錯する。
 相棒と呼べるほど、信頼できる彼がいた。
 それは、ロクのあやまちを許すといったのだ。それは、認めてくれるばかりの優しい生き物である。
 時に奮い立たせ、負けるなと背中を押して、ロクをロクたらしめる今を作ってくれた二面性の相棒が脳裏によぎっていった。
 ――ああ。
 これが、罰である。
 今まで背負ってきた罪をまた、繰り返させることが罰だったのだ。
 心から己の在り方を悩み、苦しみ、許してくれといつかの女に願うロクを笑う。
 痛みよりもずっと鋭い鼓動が獣の身体を貫いて、だけれど、耐えきればきっと己は許されるのだと思ったのだ。
 ――ひとは、ゆるすものだ。
 『かみさま』たる少女が己の目の前で笑っている。
 いつのまにやらロクの世界に入ってきたその穏やかな笑みが、『あねご』によく似ていた。
「かわいいね」
 葛藤をするのが。
 獣と人の狭間で揺れているのが、ちぐはぐで、かけちがいで、出過ぎたことで、かわいらしいのだと笑っている。
 燃える森の中で二つの影が伸びていた。四つん這いの獣と、悠々とした立ち姿の人の影はどちらのほうが大きいだろう。
「おれは」
「にんげんだよ」
 ――肯定を下したのは、少女も同じである。
「キミは人間だ」
 人間よりもきっと、心と頭を使っているかもねなんて笑った『かみさま』が、ロクを赦した。
 その言葉の響きが甘すぎて、どこまでも狂わせるにおいがする。獣は、――人間であることを喜んで、泣き叫ぶように遠吠えたのだ。
 噫!これが幻想だとしてもなんと美しい日だったろう!



 己の罪ならば、人を殺したことであろう。
 アシニクス・レーヴァ(剪定者・f21769)は、己の幻想に立ち入る朱音をただ眺めていた。
 教会である。よくできた幻には興味もないし、此処にはもう『慣れて』いるのだ。むしろ気が引き締まるような思いで彼女は主の前にいる。
「私はさ、生粋の日本人なんだけど。どんな神様だったの? 」
「私に神の声は届かない」
 言い捨てた。
 アシニクスの口ぶりには、朱音も納得で返す。
「まあ、神様のこと信じてなさそうだもんね」
「師父の声だけ覚えている。そしてそれに従うと決めたのは私」
「人に言われたから人を殺してるの? それってなんだかダサいね」
 鋭く空気が切れる音がして、朱音のそばにあった神具が片刃剣で割れる。
 まるではさみを分解したような鋭さのある鉄を朱音が物珍しそうに見た。「人を殺すの好き? 」と聞く顔が無邪気で在り、それに対してアシニクスはおそろしいほど冷たい顔で返す。
「私は教えに従い、この手で多くの命を摘み取った。彼が『英雄』である限り、これは正しい」
「そうかなあ。正しいとは思うけど、へたくそだよね」
 ――鋏を握る手に力がこもる。
 細い手に血管が浮き出て、力がこもって震えていた。
「殺せないでしょう。動けないでしょう。それが、罰なんだよ」
 数多を殺してきたのである。
 アシニクスは彼女の選択である男の教えを信じ、それを師父として尊敬し、彼女の正義を執行してきた女だ。
 師父は溢れた命が零れる前に、美しいまま楽園へと至れるように余分を引けと言うたのである。世界にあふれる命が神の手を煩わせることなく静かにめぐるよう、彼女に天秤であることを命じたのだ。
 ゆえに、生まれたての赤子でも不要であれば殺す。金持ちのおいぼれも、一家の大黒柱も、うら若き恋する乙女も『いらぬ』としたら斬って捨てた。彼らが『余分』であるならばもっと美しい世界に連れていくのがアシニクスの役割である。もはやどこまで殺したかもわからず、そうこうするうちに師父はどこかへ消えていった。
 だけれど、今も信じている。
 ――この女は、『余分』であろうか。
「もっとさぁ、効率よく殺したらよかったのに。私も、ちょっと人間は増えすぎだと思う。時代が人間の数についてこれてないんだよね」
「自分が特別だと? 」
「貴女の『師父』みたいにね」
 踏み込もうとした体が、呪縛により動けない。
 アシニクスはシスターにはなれないのだ。人に教えを説けない。力技で神を叩き込む執行人のほうが向いている。
「貴女のことは、私はけっこういいと思う。貴女みたいな人がいっぱいいたらいいし、そしたらきっとみんな平等じゃないかな」
「平等に送っている」
「そうだろうね。でも、そうじゃないよ」
 ――平等だというのなら、どうして貴女は誰にも殺されていないの?
 朱音が、一歩ずつ前に行く。アシニクスの紫を見ながら、それを問うたのだ。ふたりの上に在る神の彫像がきっと『彼』の顔をしていた。
「平等にして無慈悲に愛を与える存在だ。そして、神は皆が己の中に作り出したもの」
「うん、だから。どうして、貴女は殺されないの」
 ――神様の範疇に入っていない。
 安置だ。死角にアシニクスがいるのだと少女は笑う。それがすごくずるいことだと笑っていた。
「平等だっていうなら、貴女も『余分』になるはずだよ。いつかきっとね。貴女の代わりなんて、この世は命として――あ、これは数量ね。数量として、1の代わりはほかの1で置き換えられるじゃない」
 それは、アシニクスも理解していた。
 盲目的に信じている自覚はある。しかし、生まれたときからそれを知らぬのだ。己が『執行人』であることを疑いもしなければ、いつかそうなることも『彼』の願いだと信じている。
「それが、私」
 いつか誹りを受けることになろうとも。
 騙されていたのだと言われたとしても、きっとアシニクスだけは『彼』を信じて前へ往こうとするのである。
 誰が見ても道化のようであろうが関係もないのだ。笑われたところで痛みもなければ、知らぬ者への興味もない。
「それがさぁ、頭悪いなぁって思うんだよ」
「――聞き飽きた」
「世界ってすごく広いんだから、色んなものを色んな目の位置で見たらいいのに」
 この少女は、アシニクスの信仰という点では否定しない。殺意を以て彼女を殺めることは良しとしないが、信じ方が悪いだけだよと言うのだ。
「成長しないと、ね。同じくらいの年齢でしょ?貴女。まだまだ勉強しないと」
「教え以外は、必要ない」
「それじゃあきっと、教えは守れないよ」
 ――貴女が死んでしまうから。
 少女の一言に、彼女の結末がすべて籠っていたような気がしてアシニクスは瞳を細める。
 今の空間には、師父の教えも神のささやきも、罪の音すら拾えなかったのだ。



 罪と言えるものは多かった。
 リーオ・ヘクスマキナ(魅入られた約束履行者・f04190)の歩んできた自分探しの道のりというのは険しいものばかりである。
 それが己の罪に対する罰なのだと思っていたし、実際今彼が見ている幻影と言うのは『走馬灯』に近いものだった。
 猟兵として初めの依頼から、ずうっと今までが流れ続けている。真っ白な空間に走っていく小窓のようなものが無数にあって、その中に映像が映っては消えてを繰り返していた。
 狂信者を何人も撃ち殺したことがある。
 改造された生きたいと願う誰かを、邪神に汚染されて助からぬからと引導を何度も渡してやった。
 ――善意で在りながら、この行動がいつか跳ね返るだろうとも思っている。だが、まぁそんなものだろうと冷静に思う彼もいるのだ。
 その時はその時で、なんとかすればいいと願っている。いつだって、隣には赤ずきんの少女がいたのだ。
 それとよく似た金髪をした少女が、とある小窓に映った。
 赤ずきんの彼女にも見えているのかと視線をちらりと一瞬向けたが、真っ黒な顔には表情が見えない。リアクションのない相棒にとりあえず安堵し、それを思い出していたのである。
 ――最初に見たのは、映画館だった。
 己の経歴が作品になって上映されるという、奇特な呪いがかかったそれである。リーオには生憎昔の記憶と言うのがなく、なんでもいいから手がかりが欲しい状態でもあった。
 自分はいったいどんな人間だったのだろうとワクワクしながら期待してみれば、存外打ちのめされる。『撃ち殺した』金髪の少女のシーンは今でも目に入れれば少し瞼を狭めていた。
 失った記憶の中で、過去が真っ白で美しいとは思っていなかったのである。己の体術は人よりも優れていて、どうして優れているのかわからないまま打ち勝ってきた己の強さを『得』だとして生きてきた彼であったのだ。余計に、己の能天気さと過去の凄惨さのギャップに吐きそうになったこともある。
「けどさぁ、出来たら、今は罰って勘弁してほしいなぁ」
 ――それの重さがわかっているから、まだ足を止めていないのだという。
 白い空間に朱音が現れたのは、ある種肯定の意であったのだ。他人の幻惑にするりと入ってくるあたり、共感能力がないわりに『カン』はいいらしい。呪詛を分析してかいくぐるさまを見ている限りでは、戦力になればよい味方になるやもしれぬとリーオは『知らぬ経験』から思ったのだ。
「うーん、そうは言われても。今執行中だし」
「えっ? ……この映像ばっかり見るのが? 」
「まあ、人それぞれなんだけどね」
 真実のためにひた走る彼が、『真犯人』なのではない。

 彼の隣で、佇む赤ずきんには朱音もあえて目を向けてやらなかった。
 罪深き真紅である。『貴女は誰? 』と問うたリーオに何も答えてやらぬそれこそ、金髪の少女が本体であった。
 幼馴染の少女である。リーオをよく知るそれは、戦いで彼が死亡した知らせを聞いた。
 ショッキングどころか、一周回って怒りを覚えたほどである。リーオがその当時どう思っていたのかはわからないが、少なくとも彼女はその知らせに未来を呪った。呪詛となった金色が、血色の頭巾をかぶって彼に『新しい命』を与えてしまう。
 砕け散ったリーオの魂を集めて、『多重人格者』である彼を継ぎ接ぎとしてしまったのである。まるで手芸のように細かく塗って、ようやく一つの形にしたのが今のリーオなのだ。
 『人形』であり、『騎士』である。この赤ずきんの理想の権化だとまだ彼は知らぬ。
 ――すべての因果をわがまま勝手に無理やりなパッチワークでつかみ取ったこの赤こそ、大罪そのものだと『かみさま』は判断したのだ。
「つらい人は、つらいんじゃないかなぁ」
 朱音の笑みが、何かどうしようもないものを見たようで。
 リーオが「俺ってそんなに無神経かな? 」と頭を掻く。赤ずきんの怪物は、ただただ沈黙してそれを見ていた。心の中で彼に謝罪するそれは、きっと表情があったら泣いていたやもしれぬ。
 善意ばかりゆえに究極の狂気を生み出した。己が狂気の権化であるがゆえに、たったちっぽけな約束ひとつを守ってほしかったから、彼を永遠の呪縛に閉じ込めている。
 それをまざまざと見せつけられて、ただ、『違う』彼と己の距離がより開いただけであるのを、白の空間に見出したのだった。
 ――何時かリーオに分かる限りの全てを打ち明ける為に。
 いつか、本当の罰が下る。
 これは『予行練習だ』と少女も言った。お前たちの罪を見直して、罰を受け、そなえておけという傲慢ながら善意的な仕組みに内心感謝する赫がいる。
 ――そのあとに、受けるわ。
 【赤■の魔■の加護・「化身のイチ:赤頭巾」】を連れた彼の旅は、きっとまだまだ続く。
 その旅の果てで立つのは、――たったひとりだろうか。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

レナータ・メルトリア
①◎△

罰?
そんなものに悩まされるヒツヨウなんて、あるのかしら?
血と肉の詰まった皮の塊が、すこし考えるようになったからって、結局はどうぶつとおんなじだよ

罪の意識だなんてゼイタクなものだし、それによって受ける罰も、只のゲンソウだわ

ここにある嗜好品と、きっと一緒だね
飲み込んじゃったら、カフェインで酔ってしまうに、罰なんてモノに酔わされてしまうんだわ
……わたし、苦いコーヒー(罰)ってきらいなの
砂糖とミルクでたっぷり甘くしないと、とてもとても飲めないもの

それに、私には、このおにいちゃんがいるだけでいいんだもん。しあわせなんだもん!
罰を突き付けられたとしても、感じている余裕なんて、きっとないんだよ。


斬崎・霞架
②△

自身も巻き込んで幻覚を見せるとは…
術者としてなら三流ですね。

(立ちはだかるように人型の影が現れる)
何が現れても、今更止まるなと言う事でしょうか。
…上等ですよ。

(現れる影を倒す。
朧げな影を。見知らぬ者の影を。知っている気がする者の影を。
倒して。倒して。倒して。)
(その中に、銀色の髪、金色の瞳の…華水晶の少女が現れる。
よく行動を共にする少女。突き放す様な態度を取っても、気にかけて来る少女)
(振るわれた拳――それを寸前で止める)
誰であれ倒し。進む。
それが強さか。…それは強さか。
(疑問を加速させたのは、この少女の所為か)

…何であれ、僕は自分の力と意志で進む…!
(自らの呪詛で纏わりつく呪詛を払う)




 どうして罰に悩むのかは、少女にはわからない。
 己だって誰だって、しょせん血と肉の詰まった皮の塊である。ちょっとできのいい骨と内臓なんて自分たち以外のほうが持っているのだ。そんな己らが少し頭のいい程度で、哲学的なことで悩むのは馬鹿らしいと思っていた。
「不思議だよねえ、おにいちゃん」
 罪の意識は贅沢だ。
 そんなもの、人間以外の動物たちは持っていない。
 レナータ・メルトリア(おにいちゃん大好き・f15048)は灰色の髪を丁寧に指先でとかしたりしながら己の罰とやらを待ち構えていた。
 ――罰も幻想だ。
 罪も罰も人間が勝手に定義してお互いを護り、時に裁いて好きに殺すためだけのものである。それを法律だとかお堅い言葉で正当化しないと繰り出せないところに動物としての欠陥を感じていたのだ。
 『おにいちゃん』に視線をやれば、彼もまた妹を肯定して頷く。そのために造られた彼であるが、――妹の思った通りになるそれが愛おしくてしょうがないのがレナータだ。
 ぞわぞわと彼女らの周りに、影が見える。あふれたそれらが人の形を作っていって、二人を見ていたのだ。
「なあに」
 ――己らに危害を加えるのならば、レナータはただただ殺すだけである。
 しかし、その彼らはちっとも害意がないようだった。ただ、嘲笑されているのはわかる。
 腹が立ったのは、侮蔑の視線から得た刺激のせいだ。レナータが一体の人間を素早く『おにいちゃん』を操る糸でしばりあげて輪切りにしてやる。飛び散るそれを見て驚いた影は一つもなかった。
 ――わらわれている。
 指をさされて、時に抱腹する者もいた。
 己らがよほど滑稽らしいが、その中身が見えてこない。会話がかわされることなくただただ笑われて、レナータの心の中は疑問と不服が半々だった。
「なによ、なんなの? 」
 ぞわぞわする。
 名無しの権兵衛どもに笑われて、彼女はどんどん領域を狭められていくのだ。
 増えていく有象無象の音が大きくなって、たまらず耳を塞ぐ。根こそぎ『おにいちゃん』を使って処分してもすぐにまた、彼らは現れるのだ。今までレナータが殺してきたようなそれでもなければ、『おにいちゃん』の材料にした者どもでもない。本当に、見たことのない誰やそれやに笑われている。
 ――これって。
 己の言ったことを思い出す。
 罪と言うのは『意識すれば』罪になるのだ。
 人はそれを罪悪感という。ワルイコトをしたな、と一瞬でも思えばそれは『そう』なってしまうのだ。
 レナータは「己に悪いことなどない」とした。彼女自身が知覚できることがないからである。ただし、「ひと」の在り方を「悪い」といった。
「笑われてる」
 ――それは、人間に対する侮辱である。
 レナータたちをまるで動物を見るようなそれで笑い、好奇心と差別が入り混じる空間となった。
 地獄よりも暗い色をしたコーヒーカップのようだと、この空間にとどろく声を脳でぐるぐるさせながら紅の瞳が思うのである。
 レナータが人間たちを「贅沢だ」と「幻想だ」と笑ったように。
 人間たちもレナータを「贅沢だ」と「幻想だ」で笑い倒して踏みにじっていった。
 笑い声に内容も読み取れないのに、どうしてか指をさされるだけで攻撃を受けたような気になってしまう。気にしなくていいことなのに、手ひどい「しっぺがえし」がすぐに帰ってきたのだ。
「――こういうの、ここにある嗜好品と一緒だね」
 『おにいちゃん』を抱きしめて、レナータは強くそれらを睨む。臆することのない笑い声たちはますますそれをおもしろおかしいとしてきたから、もう我慢ならなかった。
「飲み込んじゃったら、カフェインで酔ってしまうに、罰なんてモノに酔わされてしまうんだわ」
 人間を軽んじることが罪であると、『かみさま』は判断したという。
 ならば、――それを『罪である』と認めて罰を受けるなんてレナータは考えられなかったのだ。
「なにもしらないくせに」
 『かみさま』なのに。
 レナータがどれほど葛藤して此処まで来たのかなんてすべて無碍にする笑い声は、人間のものだ。レナータもまた同じく人間の積み上げた文明を馬鹿にした。どちらもどんぐりの背比べであるし、ひとしく罪深いことであるが――そんなことは、気にしていられないのだ。
「わたし、苦いコーヒーってきらいなの」
 ――空間が、ひび割れる。
 おにいちゃんがいるだけでいい、と人形を強く抱きしめればそれから中身が出そうであった。
 まだ出すわけにいかぬし、壊すのも面倒だ。力加減に気を付けながら、『おにいちゃん』の額に口づける。
「――砂糖とミルクでたっぷり甘くしないと、とてもとても飲めないもの」
 『おにいちゃん』の背中が割れて、飛び出した無数の刃物が空間へと突き刺さった。
 まるで翼の標本のようにあふれたそれが、ばきばきと幻想を打ち砕いていく。ほらね、と笑ったレナータは満足そうに勝ち誇ったのだ。
「おにいちゃんさえいればいいって、言ったでしょ」
 ――とびきり甘ったるい声で、少女は笑う。



 術者としては三流である。
 猟兵たちを幻覚へ陥れることができるのに、彼女は喜んでその世界に入っていってしまうのだ。
 まるで覚えたての魔術を使うかのようにふるまう朱音の無邪気さに、愚かを感じたのが斬崎・霞架(ブラックウィドー・f08226)である。
 ――ほんの、まだ何も知らぬ子供にしか見えなかった。
 美しい音色をしたオーケストラを聴いているかのように、彼女は霞架に背を向けて座っている。木造の椅子にあさ座りをして持たれながら、時折足を小さく上下に振るさまが無邪気に見えた。
 何も知らぬから、己の重さもわかっていないのだろう。だからこそ、どうにかして『勝って』やらねばならぬと眼鏡をかけなおす霞架だ。
 そも、霞架と朱音では勝敗などわかりきっている。
 霞架のほうに軍配が上がるに決まっているのだ。猟兵としても勝つために磨き上げてきた彼の体術に朱音が勝てるはずもない。
 だから、脅威とみなしていなかった。――むしろ、ここから脅威になるのは『己が作り出した』ものだ。
「上等ですよ」
 少女の肩を叩いて、幻想を終わらせてやろうとしたのならばぶわっと人影が沸く。
 見知ったような顔も、おぼろげなそれも、見知らぬ誰かもすべて霞架に感情を向けた瞳をしている。
 憎悪もあれば嫉妬もあり、羨望もあれば失望もあった。どれもこれも『課題』だ。己が己に課したものを清算することこそ彼の罪であり罰である。勝つために鍛え上げた術を己の生み出した幻想に振るえるというのなら、これほど適した『トレーニング』もあるまいと口の端が笑った。
 見開いた眼で小さく息を吐く。「シッ」と空気を吐いたのならば、まず目の前に現れた影のみぞおちに掌底を叩き込んだ。 
 つま先の浮いたそれを肘で胸をえぐる。圧で吹っ飛んだ質量でその奥にいた影を押しつぶした。とびかかってくる新たなる影を右足を軸として左で狩る。膝を折り曲げて首をとらえたのなら、その質量を地面に叩きつけて体を回転させた。追撃の影は踵落としで延髄ごと砕く。
 つま先だけで駆け、奔り、ただただ狩る。 
 勝利のためにすべての手を尽くす【何れ訪れる終焉】を纏いながら、確実に一つずつを屠っていった。最後に残るのが――。
「ッ」
 思わず、キュッと鋭い悲鳴がつま先から漏れる。
 急停止した霞架の前に現れたのは、良く知る少女のそれであった。
 それは、霞架をよく気にかけてくれる。己に課せられた業に対して霞架はまじめだった。だから、彼女を巻き込むまいと突き放したこともある。だけれどそれは、美しくもはかない銀の髪を振り乱して、金色の瞳を時に嬉しそうにさせながら霞架のあとをついてきてくれる少女だった。
 その体は、華水晶で出来ている。
 美しく、華憐で、人がよいのだ。憎むに憎めぬ善の象徴だからこそ己が気になっているのだろうと思う。
 勝利の邪魔になるのならば彼女を置いてひた走ることも考えたが、――どこか、そうさせない命綱のようなところがあったのだ。
 拳が、止まる。
 少女に振るわれることはない。構うものかと突き出した左のそれが、少女の額を前にして止まってしまった。
「誰であれ倒し。進む」
 ――それは、強さか?
 今一度、霞架は問うのだ。
 己に必要なのは勝利だ。しかし、勝利とはなんだろうか。
 罪に向き合うのが罰だというなら、きっと霞架の罪は「勝ちに盲目だったこと」で、罰は「勝ちにこだわること」である。
 本当は、この少女の額など割ってしまえばいい。だけれど、それができない自分に向き合わされている。――少女は、進化する存在を尊んでいたなと頭によぎって、気づいた。
「これが、あなたの目的ですか」
 メトロノームのように一定の周期で振られていた足が、止まる。
「止まってばっかりは、つまんないなって」
 ――少女のこぼした一言に、霞架は己の胸に呪詛まみれの両手を当てた。
「うぉ、お――」
 ぎち、と嫌な音がする。己を覆っていた薄膜の呪詛を無理やりはがしていた!
「おおお゛おおおお゛ぉおおおッ――!! 」
 振り払う。
 己の幻影を、弱さを、弱かった時間を打ち砕いた。
 新たな強さを手に入れる漆黒に、少女は穏やかな瞳を向けている。肩で息をする霞架に向かって、拍手が送られた。
「手ほどきをどうも、お嬢さん」
「私も負け犬は嫌いってだけだよ」
 ますます、理解できない。
 だけれどどこかで共感もあったのだ。『勝つなら強い相手がいいにきまっている』。存外、己も少女も『負けず嫌い』なのだと――霞架は汗のしたたる顎を右の手の甲で拭いながら、悟っていただろうか。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

加里生・煙

罪と 罰

◼️絞殺遺体を美しいと思う性癖を再確認される罰
その日、手の中に柔らかで暖かいものがあった。
指先には一定のリズムで振動が来て、それとは別に、硬いものが不規則に動いた。
くっ   と 掌に体重をのせる。
とくとくとくとく 心臓が早く 高鳴って
穏やかになって 止まる
しろくて とてもうつくしいのに
暫くしたら固くなってしまうのが、残念だった。

罪、あぁ、罪というなら。産まれてきたこの事が、全てにおいて許されやしないだろう。
俺の何もかもが 間違っている。
けれども、けれども、誰かに理解されたいと願うことが、生きることが、罪であるものか!
喰らって、喰らって、生きる。
幸せだって、望んだって、いいだろう…?




 その男はかつて、正義の男であったはずなのだ。
 美しい女の上にまたがり、己の呼吸の音がやかましかった。加里生・煙(だれそかれ・f18298)の手は、そこに在るべきだとでもいうように女の首に優しく触れている。
 女は、――うつろな瞳をしていたのだ。
 まるで喰われることがわかっている草食動物のような従順さに、いっそ芸術的なまでの倒錯を覚える。
 負けたと分かっている生き物が弁えるさまはやはり心地が良い。その日の彼には、柔らかで温かいその感触が何よりうつくしいものだった。
 指先には一定のリズムが伝わってくる。女の命だった。しかし、その細い身体から伝わる呼吸が唯一硬さを煙に伝える。
 絞殺するときは、指先に力を籠めるのではない。
 手首を少し曲げて、己の体重を掌全体にかけた。
 とくとく、とくとく、とはやる心臓は女の恐怖だろうか。いいや、きっと生命の恐怖だったのだ。
 そうでなければ煙の心臓が早まっていることの証明にならない。脂汗を背中からも噴出させて煙は女の鼓動と同じようにお互いの心臓をはやらせる。
 高鳴って、高鳴って、呼吸の音がか細くなって、声にならぬように喘いだそれが足をばたつかせて、止まる。
 ――白くなるのは早かった。
 血流が止まればあっという間に白くなってしまうものである。こと切れたそれの体を撫でまわして、唯一ずっとぬくもっていた頭に手のひらがたどり着いた。
 美しい。
 煙が己の額を死んだそれにくっつける。死んだ温度をしているのに、ここだけまだ暖かい。この女の心がここに在るのだとしたら、今の煙の顔だって見えていて罵倒したりしてくれているだろうかと考えれば、ああやはり――静かになってくれてよかったのだ。
 どんどん硬くなっていくそれが残念で、己の興奮が治まっていくのがわかる。
 張り詰めた神経がどんどん緩み、煙もまた死体のような静かさをした鼓動へと変わっていった。
 恐ろしいほど興奮していたのだ。己の性癖を疑う。だって、さっきまでズボンが苦しいくらいだった。
 あさましいほどに絞殺したそれに対して劣情を抱き、死んだと思えば勝手に萎える。最低最悪の行いをした。思わず、己の顔を覆う。
「――ああ」
 罪と言うのなら、きっと生まれてきたことそのものだ。
 煙は、ちぐはぐである。うまくかみ合わないパズルのピースのようなものだ。最初からうまく切りそろえられていない。必ずその図柄が当てはまるはずなのに、むりやりねじ込んでは折れ曲がってしまうような心をしているのだ。
「俺の何もかもが 間違っている」
 理解している。
 震える煙のそれは、怒りからでもあった。
 少女が隣に立って、不思議そうに煙の顔を見ている。細い首がやけに目に入って瞳孔が狭まる。
「けれども、けれども、――」
 そして、それが小西・朱音だということはどうでもよかった。
 肩をつかみ、押し倒す。上にまたがって同じように首に手を這わす。
「誰かに理解されたいと願うことが、生きることが、罪であるものか!」
「何も学ばないんだね」
 突き放される。
 朱音は抵抗していなかった。だけれど、煙が首にまわした手に力が籠めれない。
「俺は」
「うん」
「――喰らって、喰らって、生きる」
 【群青の青】が彼の代弁者であった。
 朱音のそばで今にも喉を食い破りそうな唸り声をあげる狼は、蒼の焔を連れていた。まるで、煙の心を現わすためだけにあるようなそれに、朱音の輪郭が照らされている。
「幸せだって、望んだって、いいだろう?」
 祈るような、か細い言葉だった。
 どうか許してくれ、と嘆く彼に――朱音は終始冷ややかな顔をする。
「駄目に決まってるでしょ」
 そして、初めてそれは『抵抗』する。
「生きてることが駄目なんじゃないよ。人を絞め殺すことに快感を感じるのが駄目ということでもないし、私は良いと思う」
「じゃあ」
「許してもらえる、世界にしないとね」
 甘言だ。
 唆しである。だけれど、――それは煙にとって毒となるだろうか、救いとなるだろうか。
 理解される必要はない。だけれど、そんな煙を赦してもらえる世界を作らねばならないのだと少女は言った。
 男の道は、黒く染まっていくだろうか。それとも、夜闇にいたらぬ黄昏色のまま、だろうか――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

花剣・耀子
②◎△

そう。そうね。
罪があったら、いずれ罰がある。
それは当然のことでしょう。
たとえ誰も見ていなくても、因果は廻るものなのよ。

因果は廻る。
早晩、あたしもそこへとおちるとしても。
でもそれは、それまでは、足を止める理由にはならないのよ。
――止められないなら、こんなのは只の苦難でしょう?
超えられるわ。
超えるために此処に居る。超えるために、此処に来たの。
脚が動くなら前へ進め。
腕が動くなら斬り果たせ。
いのちがあるなら、あたしはあたしに諦めることを赦さない。

どうってことないわ。
せいぜいふてぶてしく笑ってあげましょう。


ゆめから醒めることができたなら、周囲を確認。
もし手助けの必要そうなひとが居たら助けになるわ。


穂結・神楽耶
①◎

「罰」をね。
受けてみたかったんですよ。

守れず。
届かず。
叶えられず。

…願いを果たせなかった神を、罰してくれるひとなどいませんでした。
ひとつきりで遺されて、託された祈りのままに彷徨うことが、あるいは罰だったのかもしれません。

…幻だなんて分かってます。
代償行為と理解しています。
けれど罰を下すに足る方々は、もういないから。

…そう考えてしまうわたくしは。
やはり不出来なかみさまだったのでしょうね。
だから、すべてを受け入れます。
どんな罰であろうと。
この罪を贖うものならば。

――きっと、わらってみせますから。


霑国・永一


いやぁ参ったなぁ。俺はごくごく普通の事しかしてない人間だから受ける罰なんか無いと思ってるんだけど、人から金を盗むのは罰せられるものだったかぁ
偶にミスって盗みを見たやつ殺したせいかな?

ほほぅ?手癖の悪い俺の盗みの為の手を奪う罰か
いやはや典型的で浅はかだよ
手がないなら足で、足も無いなら口で盗むまで
いや、他者の腕でも盗んで自分にくっ付ければまた盗めるじゃあないか
俺の盗みを罰するとかおこがましい

中々狂気的な幻覚で大変面白かったねぇ
それじゃ《俺達》、皆を起こしてくるんだよ(狂気の分身発動)
『目覚まし代わりかよ!』『ハッ!面白いもん見た駄賃にやってやるか!』
『寝坊助ども!グッモーニン!!!!』


塚杜・無焔
①◎△

改めて問うのならば。
死んだ事で総てが精算されるのならば――
『生き返された』のは誰の罪なのだろう。

ああ、いや。気付いている。
『死んだ』人間が『生きている』というのは、
それだけで『罰』を背負うに十分な事だろう。
私は、どうしてこう成り果てたのかを知る由はない。

死んでいたままに、骸のままに居たほうが楽だっただろうに。
私は、かつての私を知らぬ以上、それに明確な答えを出せぬ。

だからこそ、受け入れ続けなければならぬ。
乗り越えるなど、思考してはならないことだから。
請負い続けなければならぬ宿命だろうから。

――死んだ者が『生きていてはいけない』。
それは、こう在ってしまった全てが
背負わねばならぬ業なのだろう。




 願うことなら、罰を受けてみたかった。
 いくら穂結・神楽耶(舞貴刃・f15297)が己を神様失格なのだと笑ったとしても、人々からの印象は変わらないものである。
 神であれとしてつくられた彼女の役目は全うされたことになっているのだ。なぜなら、人とは彼女の意志も意図も組まずに「神」にも考えがあってそうしたのだと言い切ってしまう。
 願われたことを果たせなくとも、誰もに存在を保証されてしまうことのつらさは共感を得にくいのだ。
 ひとつきりで遺されて、託された祈りのままに彷徨うことが罰だったのだろうかと思う。そして、その罰は――。
「今も」
 続いている。
 神楽耶の前に現れた幻想は、いつも通りの景色だった。
 彼女が訪れたことのある場所ばかりである。友達の仕事場もあれば、事務所もあり、ともに歩いた道があった。だけれどそこには、一つとしてどんな命もない。
 まるでごっそりと世界中から生き物が消えて、神楽耶だけが取り残されたような世界が作り出されていた。
「――罰してもくれない、と? 」
 あるいは。
 孤独こそ、罰であろうというのだ。
 いっそ責められたほうがよい。偽善者だと、ただのなまくらなのだと言ってくれたほうが心が救われそうだった。
 願われた刀はひとつもかなえられなかったのにそこに在ることを許されているこそ間違っていて、歪んでいると思っている。今だって、誰かと縁を持つのは怖い。
 カタナとしての機能であるともいえる。神楽耶は人に扱われる道具だ。故に使ってくれる人間との関係は相互のものでなければならぬ。大事に扱ってもらわねばならないから、神楽耶もそうするように、人間にもそうされる必要があるのだ。
 ゆえに、誰かと『縁』を持つというのは――責任も、重い。
 護るだけでいいのではないのだ。『縁』というのははぐくむものである。こうして喪失してみないと、その重さを忘れてしまいそうになるほど心地の良いものでますます、手が出しづらいものでもある。
 ――曇天の世界は、煙を思い出させていた。
 燃え盛る街に比べれば、沈黙しかない寂しい世界のほうがつらい。熱さよりも、物悲しさのほうが鋭い痛みになりやすいからだ。
 痛みを感じる資格もないのに――。
「やはり不出来なかみさまだったのでしょうね」
 罰されることもない、その程度の『もの』だった。
 『かみさま』であることを嫌ったのは、己の正当性のためでもある。
 正しいと主張したいわけではない、『できないこともある』と認めてもらえるのが彼女の救いになり得るのだ。
 たとえば、身が錆びてしまうから海に入れないのと同じことである。『かみさま』であればできないことも『よい』とされてしまうのが、不服だった。
 おおらかな束縛で、神楽耶は前に征けない。
 いろんなものを置いてきた。鈴の音がそばにあるように、其処に至るまでは多くの歴史がある。
 だけれど、それは――『ひと』がいないと作られないものだったから。
「わたくしは」
 吐く息が白いのも、人間のまねごとのようで。
 人が一人もいない街に、誰かの痕跡があるのにすべてを攫ってしまわれたような虚ばかりがあった。
 友と歩いた屋台があった。誰かとコーヒーを飲んだ場所があった。仕事で歩いたところもあった。どれもこれも、思い出がある。
 だけれど、――もう、神楽耶しか街にはいない。
 一人でも平気です、とは言えたとしても。その体も心も、『ひと』に依存しなくては在る意味すらないのだ。それをなまくらな鋼と言わずしてどういえばいい。
 ――『かみさま』なら、孤独が許されるのは知っていた。
 己自身である刀を抜く。
 冷たい温度をしていた。ところかまわず斬りつけて、刃が痛み出す。ぎゅうっと唇をかみしめて、また火花が出るまで壁を、誰もいない店を、地面を切りつける。ごうっと燃えた街の中で、ひとりで息も切らさず着物を振り乱し続けていた。
 あかあかとした景色にて、『もの』がひとつ。
「すべてを受け入れます」
 ――孤独である罰も、その罪も。
 そうであるとした少女の考えも、この呪詛もすべて受け入れようと黒髪が炎に燃える。まぎれもなく、ただの火に鋼が焼かれている証だった。
 あかあかとしだした銀に未練もない。じくじくと火肌にケロイドが現れて、崩れだす。人の体は、こんなにももろいのだと実感する。
 それでも、神楽耶は笑っていた。
「――私は、『もの』ですから」
 『かみさま』ならば。
 人のいない世界で新たないのちを増やせるのだ。孤独であることをいっそ休暇だとも思えたかもしれない。
 だけれど、神楽耶は『もの』であることを選んだ。
 人のいない世界は、生きるよりも――地獄だったのである。


 罪があるならいずれ罰がある。その仕組みについては、理解もできた。
 たとえ誰も己の所業を見ていなくとも、そういう因果はきれいにまわって足し引きゼロに戻るものだと知っている。
 花剣・耀子(Tempest・f12822)の前には――かつての『学び舎』があったのだ。
 正しくはその廊下と言っていい。この『寮』は耀子もよく覚えていた。
 ここで知り合って、仲良くなった友達たちはどんどん死んでいったのだと、知っている。
 ――その彼らが、今は目の前で殺気立ち耀子に今にもとびかかろうとしていた。
「そう、そうね」
 ――此処にいたことが、罪なのだ。
 自覚のある耀子だ。己がもっと強ければ、彼らは死ぬこともなかった。
 己がもっと気の利かせたことを言ってやったり、立案してやったり、強ければ落とすこともなかった命だ。
 背負ったそれの分だけ、耀子の罪というのは重い。ゆえに、与えられる罰も『この程度』で済んでいるとも思えなかった。
 いずれ、己もいつか――堕ちる。
 魂が地獄とやらに征くと理解していても、足止めることだけはしなかった。
 罪悪感がないわけでない。申し訳ないとも思うし、敵意のこもった瞳で見られて無感動のはずがなかったのだ。目の前にいる彼らを辱められていることにも、怒りがただただ沸き起こる。きっと、前までの耀子ならばうなりを上げた機械剣で幻影もなにもかもを切り裂いていたやもしれないのだ。
 しかし、此度は――冷静であろうとしていた。
 成長ともいえる。大人になりつつある彼女は、いくつもの事件を乗り越えてきたのだ。
 己と向き合い、理想を下し、今なお現実と戦い続けている。それでも折れなかった。
「止められないなら、こんなのは只の苦難でしょう? 」
 少女は、成長する生き物を望んでいる。
 己と違う世界に生きる猟兵たちが気になるから、わざとこんなことをしているのだ。
 その経歴と課題にあらがうさまを見ることのなんと贅沢だろう。ならば、よりよい感動を齎してやろうではないかと耀子が一歩前に出た。
 襲い掛かる隣人たる彼らを、斬り果たす。
 傷だらけになった。【《黒耀》】を使ってもなお頼れる彼らの実力と言うのが文字通りに痛感できる。
 しかし、それでもあきらめたりくじけたりもない。青い瞳が煌めいて、血しぶきを浴びながら彼らを乗り越えていく。
 死体を蹴らず、踏まず飛び越えて、黒耀色の鬼が前へ前へと確実に進んでいた。
「どうってことないわ。こんな程度」
 ――ふてぶてしく、笑っている。
 耀子は、己を許さないのだ。
 至らなかったことも、愚かだったことも、弱かったことも、何もかもを赦せなかった。
 ただただ己を攻め続けて至った答えが――『あきらめることを許さない』という結論に至る。
 もとより、それほど頭を使って情動を哲学的に考えることなど得意ではないのだ。だから、『もっと得意なこと』で乗り越えて塗り替えていくのが一番この羅刹にはふさわしい。
「――然様なら」
 さようなら、幼い思い出。
 さようなら、護れなかった日々。
 さようなら、弱いあたし。
 砕ける幻影からこぼれた耀子が、神楽耶の手を握ってやる。
「助けになるわ。あたしの声を、よく聞いて」
「――あ」
 ぱち、ぱちと神楽耶が瞼を震わせて、それから耀子を見た。赤と青が交錯する。
「わらって、いましたか」
 一番最初に訊いたことがそれだった。
 神楽耶本人としてもなんてことを最初に訊いたのだと思う。ただ、耀子は不思議そうにもしないで「ええ」と肯定した。
「すごく寂しそうな、笑顔で」



 死んだことはすべての清算なのだろう、と思っていた。
 それでは、生き返されたのは『誰の罪』だ?
 ――塚杜・無焔(無縁塚の守り人・f24583)は死んだ男である。
 継ぎ接ぎまみれの体の向こうにある記憶も遠い。己が何者であるのかなど見つけるにはまだまだ手がかりも少なかった。
 ただ、己が強い存在であるというのなら弱き未来をまもるのがつとめであろうと信じて強面の彼が人の子たちを守っているのである。
 それが贖罪なのだとも思っていない。それは『当然』の機能だと思っていた。
 しかし――それでは、『罪』は何で、『罰』はどれになるだろうかと、改めて考えさせられている。
 幻影が発生してしばらく、無焔は真っ暗闇にいた。
 本来呼吸も必要としない身である。すべては『衝動』の中にのみあり、その身は常に死んでいた。故に、この暗闇の正体が『土』だというのに気づいたのは、においからだ。
 ――墓場のにおいがする。
 腐った遺体を埋めて、人体から発生する有毒なガスすら封じ込める行為である。得体のしれぬ人間を土葬するから周囲の生き物たちにも病が流行り余計な破壊の因子が増えるのだというのに、人間は仕組みをわかっていながらも楽な方法をとってしまうのだ。
 体をおこそう、と思うと同時に――これが罰なのか、とも考える。
 死んだ人間が生きている、というのはどういうことだろうか。
 死んだまま骸であったほうが楽に決まっているのだ。土を掘り起こしてあたりを見てみても、どこもかしこも誰もが永遠の眠りについているばかりだった。
 金色のたてがみに着いた土を払いながら、月を見上げる。満月は美しい顔で死体へ微笑みかけた。
 無焔は、笑い返せない。
「――気付いている」
 生きるうちに、人間は数々の罪を犯すものだ。
 愚かである自覚があってもなくても、犠牲の上に成り立つつくりをしている彼らである。己も例外なくそうだったはずだ。
 この世に潔白な人間などいないから、生きているうちにすべて罪を滅ぼして安らかな眠りが与えられていく。
 デッドマン――では、その仕組みに当てはまらなかった彼らはなんだろうか。
「――死んだ者が『生きていてはいけない』」
 どこの宗教でもそうだ。
 死んだ者がよみがえってはならぬ。それが許されるのは生憎聖人のみであった。
 では、この無焔はいったいどうしてまだ体が動くのだろう。立ち上がる体から土を落としながら、考えさせられていてはたと気づく。
「考えることが、罰か」
 ――月のそれが、少女の微笑みのようだったから。
 歓迎するような月光がまぶしくて、赤い瞳を細めていた。
「そうだな」
 死んだら、止まる。
 心臓も止まる、老化も止まって、在るのは腐敗であるがそれもデッドマンたる無焔には起こり得ないのだ。
 死んでまで『生きる』業を背負う大男は、死んだ脳を働かせることこそ『生きる』ことだと気づいてしまっている。
 ――ゆえに、乗り越えるなどとは考えなかった。
「受け入れよう」
 考え続けることを。
 己が死んでまで生きねばならぬ大罪人であるというのならば、この体が朽ち果てて二度目に死ねるときが来るまで在ろうと唸った。
 狼男のように吠えもせず、巨体がずしりずしりと墓場を歩いていく。
 死体の足跡だけが、くっきりと彼の重さを物語っていた。



「いやぁ参ったなぁ」
 ――だなんて。
 霑国・永一(盗みの名SAN値・f01542)は盗人である。
 猛々しくもあり、其処に罪悪感などひとつとしてない。盗まれるほうが悪いし、盗まれたくないのなら永一を殺す覚悟で持っておけよと彼も言いたいくらいだったのだ。
 ゆえに、彼は被害者『ぶる』ことを――何の違和感もなくやって見せる。
「俺はごくごく普通の事しかしてない人間だから受ける罰なんか無いと思ってるんだけど、人から金を盗むのは罰せられるものだったかぁ」
 実際、永一の理論で言えば永一は無実だ。
 普通のことをしている。そこに在るから欲しいしもらっただけのことだ。おいておくほうが悪いし、どうぞご自由にとってくださいといいたげに永一に奪わせておいて罪だと責められるほうがひどいではないかと彼は言う。
 だから、騒がれる前に永一は『視られれば』殺すし、己の防衛のためにやってきたことで非難されるのも納得がいかないのだ。
 そんなことを言ったら、人間なんて『奪う』のが宿命であるのだろうと青年は常人めいた笑顔でいる。
「しかも、罰がこれって」
 お粗末なものだ。
 永一を唯一縛れる手首からごっそりと消えている。盗む彼から『手癖が悪い』ので『手』を奪ったのが『罰』だった。
「確かに両手がないのは困るねぇ。ボタンも留めづらいし」
 ――その程度くらいか。
 己の両手がないことで、影響があるといえば衣服類である。幸いにもラフな服を好んでいるので、あまりそれも負担になりそうにはなかったのだ。
 盗みの狂人である彼のことを、『かみさま』なんていうのはさっぱり理解していない。
「いやはや、浅はかだ」
 典型的なのだ。
 おそらく、仕入れた知識にもあっただろうに――とも思う。盗人は盗むことでしか生きられない存在を言うのだ。
 思春期の子が度胸試しでやるようなそれも、老人が構われたいがために行うそれとも質が格段に違う。
 永一は、盗まなければ永一ではないのだ。これは彼の生業で在り、彼しかできぬことであり、ゆえに両手がないことなど彼に手錠をかける機会を永遠に失ったと同義である。
「手がないなら足で、足もないなら口で……ん? いや待てよ」
 うきうきとした金色の瞳には、ばけものらしい色がにじんでいた。
「他者の腕でも『盗んで』自分にくっつければ――また盗めるじゃあないか! 」
 そうだ、そうだと。
 まるで大発見でもした子供のような顔が輝いて、永一が少女がいる方向に視線を向ける。
「なかなか狂気的でいい幻覚だ、初心に戻るというものだねぇ」
 けらけらと笑っているが、馬鹿にしているのではない。
 ただ、少女はやはりこの永一というものを裁くにはものを知らないように思えてしまったのだ。
 侮蔑ではない、ほほえましいものを見るような顔で笑う痩せた狂気がどう猛な金色を見せる。
「――俺の盗みを罰するとか、おこがましい」
 それは、生業なのだ。
 生きるうちに背負うべき業こそ、彼の悪事である。誰に願われたわけでもなく、ただ彼は彼のために盗んでいるのだ。
 それを理解できないうちから――彼に手を出したことを、愚かだと笑っていた。
「それじゃ《俺達》、皆を起こしてくるんだよ」
 幻想がばりばりと割れたのなら、もう朱音と話すこともあるまいとして【盗み散る狂気の分身】たちは現れる。
「『目覚まし代わりかよ! 』」
「まあまあ、いいじゃないか。『まともに』役立てるんだし」
「『ハッ! 面白いもん見た駄賃にやってやるか! 』」
「そうそう、そういう素直なところが大事だよ」
 朱音は。
 ――それを見て、「いいなあ」と言う。
「欲しいなら、奪ってみてよ」
 そんな気もないのに、生きていたというのなら永一からすれば愚かだ。
 欲しいものは奪う。憧れたものも手に入れるためなら何でも奪うべきだ。それをせずに足を止めることのなんと、つまらぬ命であることか。――奪うに、値しない。
「『寝坊助ども! グッモーニン!!!! 』」
 大きな物音とともに永一たちが走っていったのなら、きっと狂気の満ちた夢におぼれた仲間たちも起こされることだろう。
 痛烈な盗みが、――空気を根こそぎさらっていった。
 
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ニコ・ベルクシュタイン
②◎
俺に受けるべき其れがあるというのならば、甘んじて受けよう
逃げているつもりは無いが、心当たりも無いのだ

故に、罰の内容を理解するには少々時間が必要やも知れぬ
日々を暮らすには時を等しく刻むように誠実に
悩み苦しむ者あらば可能な限り駆けつけては手を差し伸べ
俺が行く道は陽に照らされているものと思っていたが

どうやら『ひと』とは実に難しいもののようで
何をしても何かしらを糾弾されることはあるのだな
きっと、俺が全く思いもつかぬ所で、あるのだろう

ああ、恐らくは此の思考が既に傲慢として罰せられるべきなのか
其れすらも今の俺には分からぬが

だが、俺の本質が『時計』である以上は
此の双剣にて、皆に区切りの時を告げねばならぬ


久澄・真
②◎

白い部屋
進む度足元に絡みついてくる手手手
血色に染まり始める部屋の中怯えも怒りも哀れみも無く歩いてゆく
歩く程手は腕となり上半身となり数も増え
覆っていく黒が囁く言葉

「どうして」「許さない」「殺してやる」

燻らせた煙草の煙すらも覆うかと思われた時
漸く口元が音を発する

知らねぇよ

恨みも悲しみも執着も後悔もこの身の内には存在しない
善悪の線引きあっても一般論でしかないそれは
薄っぺらいデータ程度の価値
黒は溶け「罰」はその身をすり抜ける

利害が全て
今この時俺にとって何が一番「利」が有るか、それだけ
報酬無しはごめんなんでな
邪魔させてもらうぜ、女神様?

十指からの操り糸を周囲の猟兵に絡めていく
さあ、お目覚めの時間だ




 受けるべき罰が在るのならば、喜んで受けようと男は長躯を正していた。
 それは時計の針のように美しく、しなやかな体である。ニコ・ベルクシュタイン(時計卿・f00324)は生真面目な男であった。
 ――無垢ゆえに、己が無知であることも理解している。それゆえに、罪に心当たりがないのだ。
 しかし、これを善い学びの機会とした。彼としては外部から受ける刺激によって成長できる良いものでもある。
 けして痛みからも恥からも逃げぬ真面目な彼は、まず己の幻影で景色が変わっていくのを形のいい顔を感心させていた。
「――これは」
 まるで魔法のようでもありながら、なるほど嗅覚から脳へと伝わっている呪詛は麻薬めいていたのだ。
 鼻を少しすすり、己の手の甲で鼻の頭をこすってやっても幻影は晴れない。術中から逃れるには何が起源になるだろうか、と考えてしまうのは時の魔術師たる彼のさがでもあった。
 襲い来る試練が『罰』であるのならば、これの解明もまた『罰』の一部だろうか――。
「む」
 はて、己は何をしていたのだったか。
 ニコが己の違和感を感じだす。ついさきほどのことが思い出せないのだ。
 それだけではない――どうしてこの景色にいるのか理由がわからなくなってしまった。確か鼻をこすっていたはずなのに、感覚すら忘れてしまって覚えていない。
 ありえないのだ。
 ニコ――ニコラウス・ベルクシュタインはその本質が『時計』である。懐中時計である彼が慌てて己の『本体』を胸元のポケットから取り出して、蓋を開いた。
「狂っている、だと? 」
 時計が、逆回転を始めている。
 刻々と秒針は進み一分ずつニコの本体は逆側に回るのだ。これがどういう意味なのかは分からないが、嫌な予感がしてたちまち螺子を巻いてみれば、忘れていた記憶を「思い出せた」。
 これが、『罰』なのだ。
「無知であるゆえに、忘却を罰とするのか」
 時計として、人々に愛されてきた彼である。
 ニコラウスはそれこそ運のよい年代物の時計であった。最初の持ち主から始まった彼と人間の旅路は長い。ものとして人間たちに愛着を抱かれともにあった彼はそこいらの赤子よりも恵まれていた。
 ゆえに、己の正確さが狂って壊れてしまうということは――何よりも恐ろしい。
 ニコラウスが規律正しく生真面目であるのは、ひとえに彼が正確すぎる時計であるからだ。
 時計の役割は人間に時を教え、人間たちの指針となってやることである。皆がニコラウスを見て、時には焦り、時には余裕をもって準備ができた。持ち主が丁寧に魔力をそそぎ、無意識な愛情によってはぐくまれた能力こそ、今の彼を作っている。
 己の螺子を巻く指先が震える。焦っていた。
 ――忘れてなるものか。
 手汗が滲んでうまく螺子を回せない。人間の器はこういうところが不便だと思った。己の心臓がいつもより早く動いている。
 日々を暮らすには時を等しく刻むように誠実に、悩み苦しむ者あらば可能な限り駆けつけては手を差し伸べ続けたのだと自分でも己の善行に光は満ちていると思っていたニコである。しかし、彼は人を知らぬ。故に――『知らないまま』傷つけたものはきっと多かった。
 知らないというのなら、憶える必要がないだろうと時計が巻き戻る。
「それは違う! 」
 否定したニコラウスがまた、その螺子を回した。
 わからぬ時計ゆえに手ひどい真似をしたこともあるやもしれない。だけれど、悪意は一つもなかったのだとニコラウスは今なら叫べていた。今まで彼を隣人として愛してくれたものたちがしたように、己の螺子を回す。直れ、と念じて繰り返していった。
「俺は」
 傲慢だ。
 己の『正確さ』も、それが原初の主から引き継いだ性格とはいえ――ニコラウス=ベルクシュタインは確かな罪を背負っている。
 宗教によってはかつて七つの大罪であったというそれをよく理解していた。だけれど、まさか『そこまで』とは知らなかったのである。
 巻き戻る時計と抵抗するニコラウスの手が止まる。お互いにぎちぎちと歯車でけん制し合っていた。
「――時計だ。時計なのだ」
 ゆえに、区切りをつけねばならぬ。
 皆を導くことが傲慢であるというのなら、傲慢で在り続けようと呼吸を正した。規則的な鼓動を意識して、徐々に焦る己を律していく。
 ――罪と向き合い、罰を受け、何を得るのか。
 ニコラウスは、『時間』を得たのである。己と向き合うそれであり、今一度己の弱みを知った。
「『過去は過去に』」
 人間にあこがれる時計ゆえに、時計の自覚をもっておかねばなるまい。狂ってはいけないのだと強く、螺子を絞った。

「『未来は』――『我ら』に! 」
 【時計の針は無慈悲に刻む】。
 彼の成長とともに、かの幻影を打ち砕く。ぼろぼろと崩れ落ちる空間が、蒸気迷宮のそれで――頭上に炎の鳥が見えた気がしたのだった。



 白い部屋があった。
 白は良い。どこを見ても潔白で、染み一つない光景は久澄・真(○●○・f13102)の最も望むところと言えた。
 軽く潔癖症のきらいがあるのは、彼もまた『クズ』としての自覚があるからである。悪行をする少数派ゆえに痕跡ひとつ残したくないのだ。しかし、黒色でだらだらと流れる血を隠すのも暑苦しいし彼の性に合わぬ。
 白は良い。血もよく映える。
 白い部屋で血が舞った。ペンキをぶちまけたように新鮮な赫が世界にちりばめられていく。しかしそれが真の服を汚すこともなかったのだ。なにせよいスーツである。余計な金がかからぬようにしていたから、彼はどこまでも真っ白なまま歩けていた。
 かつかつと進む足に手が絡み、それがどんどん腕となる。真の生み出す唯一黒であった影の中からあふれてくるらしいのだ。
 しかし、まったくもって気にならない。
 まだ前へと進む。こんな幻影もボックスも早く壊してしまおうとしていた。ボストン眼鏡をかけたスカーフェイスの輪郭に、黒い影が這う。
「どうして」
 どうしてもクソもあるかよ。
「許さない」
 勝手にしろ。
「殺してやる」
 殺した。
 煙草を吸いつつ、黒いそれが覆われるのすら腹が立つ。
 沈黙のまま何も反応してやりたくなかったのだ。だって、まことに絡みつく黒いこれらはどれももう終わったことである。
 案件が終了したのなら、それ以上は真も働かない。客は大切にするが、それは期間内だけのサービスだ。彼の中で大切なものは、金とそれを使う己自身であった。だから、そんな彼に語り掛けることが愚策である。
「――知らねえよ」
 煙と同時に声を吐き出して、めんどくさそうにした。
 恨みも悲しみも執着も後悔もひとつたりとも真の中には存在しない。彼の仕事はすべて彼の中で『完璧』だ。
 報酬分だけの仕事をして、スマートに終わらせて未練がましくその場にいることもなく、転々と繰り返して金を得る。
 ある種ストイックでありながら『善悪』になどとらわれないのだ。一般的な統計データは薄っぺらすぎて、真をとらえるには至らない。彼に巻き付く漆黒たちが無数であるように、これほどの犠牲者がいても法すら彼を裁けないのだ。
「ばァ――か」
 ぷは、とねちっこく煙を吐き出してやる。それだけで、朱音は気づいたのだ。
 真の周りには――すでに幻惑など見えていない!
 彼が面倒くさそうに頭を掻きながら時計の彼を見る。それに合わせて、ニコラウスの振るっていた双剣の軌道がより鋭くなったのだ。
「うお、っ? 」
「ああ、俺だ俺。悪ィね。あなたとやりたいことが被ってるんですよ」
 ――真の悪行を知らなさそうな純朴な彼には、『仕事用』の頼もし気な笑みを見せておく。
 【Lebender Toter Puppe/LTP(シシテナオ・オドレ)】。操り糸をニコラウスの背中に一本張り付けておいたのなら、彼の双剣が仲間の呪詛を空気とともに斬っていった。真面目な彼を選んだのはほぼ直感で在り、それが成功したらしいのをにやりと笑って悪人はまだ幼い『悪ガキ』へ嘲笑を向ける。
「報酬無しはごめんなんでな」
 これこそ、一番の『利』だ。
 一番勝ち筋の確かなほうに着き、彼に在るのは忠義でも傲慢でもなんでもない。
「邪魔させてもらうぜ、女神様?」
「邪魔するなら帰ってよ」
 ――どこまでも合理的で、どこまでも客観的であった。
 朱音の苦し紛れの軽口には「ノーギャラお断りだって言ってんだろ」と短く返して両腕をポケットに突っ込んでやる。
 
「さあ、お目覚めの時間だ」
 無数の糸が真を中心として『善き』彼らに絡んでいった。
 罪に喘ぎ、罰に苦しむなどまだまだ『悪』より程遠い。この真は正真正銘の『悪』ゆえに――痛みなど、なにもなかったのだ。
「ダテにクズの久澄、まーちゃんじゃねぇよってね」
 真が反省なんてできたのなら、とっくに悪人ではないのだから。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

境・花世
【喫茶店】
②◎

罰を下すというのなら、罪の在り処を教えてよ
わかっているのに問うてみたくて、
まぼろしの中で薄らと笑っている

道具は罪に問われるべきだろうか
たくさんのいのちを奪った銃は?
ひとを魅了して殺し合わせた呪いの宝石は?

この身は、そういうものでしかないんだよ

だから罪の意識なんかに縛られはしない
なんにもいたくない
なんにもこわくない
ただ咲いて、咲いて、咲いて、

かなしいことなんかひとつ残らず押し流して、
ぬるく頬を撫でる花風を吹かせよう
起きて、凍てつく季節はもうおしまいだ

ささやく声に自分こそが醒めたなら、
愛らしい青がやっぱりこちらを見てるから
逸らさずに見つめ返して笑う

――わたし、忘れっぽいんだ、昔から


辻森・朝霏
【喫茶店】②◎
罪。罪って、何の罪かしら
生き物を殺した罪かしら

すべての人はつみびとです
表面上は、そう答える普段だけれど
そも、人を殺してはいけません、だなんて
誰が決めたの?
人間でしょう

同族の者達で上手く生活するために
法があるのは理解できる
でも、“神さま”がいたとして

未だ露見していない
或いは人の法では裁ききれない嘘や、罪の、
罰が。神から与えられるものだとして

本当に、罰は。人の思う通りの――
人が納得できるものや、度合いの
“それ”に
ほんとうに、なるのかしら?

私達をどう思うのか
訊ねてみたくはあるかもしれない
けれど罰は、誰からも神からも
素直に受けるつもりはないの

彼女は何を見たのかしら
健気に笑んで、春色を覗く




 罪と言えば、なんだろうか。
 辻森・朝霏(あさやけ・f19712)と言えば彼女を知っているひとはみんなこういうのだ。
 品行方正、学業優秀、けれど派手でもなく目立ち過ぎないような近寄りがたくもありつつ穏やかである意味「普通」の少女である。
 ただ、この彼女はやはりこの場にいて幻影の干渉を少なからず受けていながら好奇心に満ちた態度をするあたり、やはり「普通」ではない。この場でむしろ「普通」であることのほうが異常なのだ。
「すべての人はつみびとです。それは、私もそう思うわ」
「奇遇だね、私もそう思う」
 朱音がそんな彼女に還したのは、朝霏のよく知る学園の中である。
 夕暮れ時の学園ではひそひそと話声が聞こえてくるのにその内容が廊下の向こうで聞き取れない。二人は西日差し込む教室の中にいた。
 ――そも、人殺しなのである。
 朝霏は正真正銘その手で人を殺した。今もそれは続いている。珍しく女性のシリアルキラーとして『捕まれば』取り上げられるような人間だ。慎重に行い、誰にも気づかれることがないようつとめて『普通』らしくしているのは殺し屋が武器の手入れをするのと同じことである。
 『彼』のことも誰に話したこともない。つまり、罪人であるが朝霏の無実は保証されている。
 知能の高い『彼』を裏切らない限り二人の身はいくら黒くても上から白い布をかぶっていれば白の中でも紛れていられるのだ。
「あなたのことは、嘘つきだなっておもうよ」
 朱音が、淡々というものだから。
「あら。どうして? 」
 朝霏が返しただけのことだった。
 窓からガシャンと音がして、上履きが二人の間に投げ入れられる。
 ――ひとごろし!
 叫んだ誰かの声が教室に響いた。朝霏が目をぱちぱちとさせて『普通』を取り繕う。「きゃ」と悲鳴をあげたのを、朱音もまた冷たい瞳で見ていた。
「眼をさ、見たらわかるんだよね。人殺しって。知ってる? 見たことある? 自分以外の人殺しの眼」
 ずい、とそのまま一歩近寄った朱音を、朝霏は躱せなかった。いいや、むしろ視線を逸らせばそれは『自白』ど同義である。
「心臓を止めることも、脳を止めることも、私は悪いとは思わないけど。でもね、――人殺しって、それだけじゃないんだよね」
 しろちゃんで見たから、知ってるよ。
 朱音には青色の瞳に誰がいるのかはわからない。だけれど、その瞳が『人間』をどのように見ているのかは分かった。
「人間を殺せるって目をしてる」
 それでは証拠にならない。
 だけれど、言葉を返せば『自白』だ。この場で何を理論立てて説明しても言い訳になってしまう。
 ――ひとごろし! ひとごろし!
 教室の周りから起きるのがブーイングで、有象無象は影だけ見えてもその顔は見えなかった。
「これが、隠し事をする私への罰かしら」
「そうだね。『バレてしまう』ことが一番つらいかなって思った」
 殺人鬼であることを。
 『彼』の存在を。
 ――朝霏の正体が、学園内にぶちまけられている。
 法が在ることは、朝霏も朱音も理解しているのだ。そしてその法があるからこそ人は己らの秩序を守り合える。しかし、その法は果たして何年前にできたものだ? と考えてしまったのが朱音で、朝霏は『所詮人間が作ったものだ』とした。
「本当に、罰は。人の思う通りの――誰もが納得できるようなものになると思ってるのかしら」
「ならないよ。だって、罰は『された側の自己満足』だからね」
「では、たとえばあなたが『かみさま』だとして、どうして罰を受けろというの? 」
 素直に受け取る気は無い。
 こんな茶番は茶番だと割り切っている。己の胸に沸いた焦りを切り離して、喧しい外の世界に鼓膜を揺らされて脳がたとえ震えたとて、朝霏は朝霏であることをやめはしない。
「考えてほしかっただけだよ」
 ――変えなくていいのか、と聞きたかっただけであるといった。
 目の前の少女は、悪意などみじんもないのである。誰かが苦しむ姿を見て喜ぶサディストなのではない。考えている姿を見るのが好きなサピオセクシャルめいた理想が在るのだ。
「人を殺しても、欺いても、私は正直いいんじゃないかなって思う。だって、法律に対して人は増えすぎだし、多様性に向き合えてないじゃん。あの法律を作った人のこともしらないし、古いことをベースにしてどうして更新しないのかなーって思ってる」
 道徳、倫理、規範、固定観念。
 どれもこれもが少女の前では『古い』のだ。
「もっともっと、考えてほしいんだよね。罰を受けてさ、みんな。私も」
 ――しろちゃんも。
 ぽつりと夕暮れでつぶやいた横顔が、愛らしい少女らしかったのだ。
「痛みだけが罰ではないでしょうね。報いて振り返るからこそ、人は成長する」
 実行したら、振り返る。それは朝霏もいつだってやっていることだ。
 しかし、それができる人間と言うのは彼女らがおもっているより『いない』。故に、この彼女は『良かれと思って』やっていたのだ。
「でも、反省するのはごめんだわ」
 ――ワルイコトしてないもの。
 朝霏の唇がやけにつややかで、いいな、と朱音は乾燥した自分の唇に右手の人差し指をほんのり当てた。



 罰を下すというのなら、この空っぽな己に罪のありかを教えて欲しかった。
 境・花世(はなひとや・f11024)の身体からめいいっぱい花が咲く。目だけではない。耳からも背骨からも手のひらからも咲いた。くてりと横になった彼女の身体から養分を吸い上げて、うつくしい桃色が花開く。
「笑っているんだね」
 朱音が見下ろせば、薄ら笑みを浮かべた花世の横顔が足元にあった。
 美しくも赤い髪が広がっていて、ゆっくりと朱音もそこに膝をつく。
 ――花世が思うのは、『道具』の罪についてだ。
 身の裡を食む虚だけを唯一の伴である。もとより神隠し体質であった花世の記憶も何もかもを喰らいつくす百花の王にささげた体だ。花世の人生などはあるようでないし、『在ってくれ』と願う誰かの隣にはそう在り、『化け物』と嫌う誰かの隣にはないあいまいなものである。
 生きて償え、と昔言われたような気もした。今はこめかみに咲いた八重牡丹が彼女の記憶を吸って思い出させてくれない。
 花世は、道具だ。
 百花の苗床であり、人間の道具であり、世界の道具であり、未来の道具なのである。
 たくさんの命を奪った銃と、ひとを魅了して殺し合わせた呪いの宝石と、花世は同列だ。
 それを、裁いてくれるのだろうか――罪の意識もないのに、なにがいけないのかもわからなかった。
「思考停止が、駄目なんだよ」
 花世の髪の毛に触れる少女の声は、物悲しそうである。
 悲しい、なんて思えていいなと思った。
「どうして、お花になりたいの? 」
 ――なりたいわけではない。
 花世はそういうものだから、そうしているだけなのだ。花瓶である。この世に王をつなぎとめるだけのそれだ。
「それがすごく、もったいないし、悲しいよ」
 ――しろちゃんだって、そうなの。
 花世と王が花瓶と花であるならば、『しろちゃん』と朱音も似た関係だと震えた声で少女は告げる。
 それがすごく悲しいのだ、と彼女は孤独な瞳を見せた。何を考えているのかわからぬ漆黒を花世花弁の隙間から見つめる。
 なんにもいたくない。
 なんにもこわくない。
 悲しい事なんかひとつ残らず押し流してしまえるほど、空っぽの『道具』に向けられる『ひと』らしい感情を見た。
 その表情に、ああ――『かみさま』などではなかったのだと花世は悟るだろう。
 願われたから、そうあっただけだ。『しろちゃん』が何かを『考えてくれたら』おもしろいからそうあっただけで、朱音の興味はそればかりにあったのである。
 この欠陥が、病人が、どう変わっていってどう思うのだろうを追ってきたのだ。己に向けられる感情がどう変わるだろうとワクワクしながら見ていたに違いない。だけれど、いつまでも『しろちゃん』は――朱音を『かみさま』にした。
 それが悔しくて、むなしくて、孤独であるから花世の赤い髪の毛に触れる手も優しい。
「考えてくれた? 」
 ――それならいいよ、と朱音が花世をあっけなく解放したのは満足からだ。
 道具である彼女が『思考する』だけで罰となる。考えなかったことが罪だからだ。花世の忘却は、罪ではない。それは生きていくうえで仕方のないことで、必要絶対条件になるからだ。
 【忘葬】が巻き起こる。
 ゆっくりと少女の中から哀をはぎ取ってやったのは、この不毛なことを終わらせてやりたかったのもあった。
「凍てつく季節はもうおしまいだ」
 ――ゆっくりと起きた細い身体が、息を震わせながらそう言うのである。
 花風は春色をして、朱音を含めて物理的に朝霏の頬も撫でていく。己らはいじめがいがなかろう、と思っていたがどうやらそもそも、この少女がいじめたがりなわけではないということは理解できた。
 哀をはぎ取られた少女は、喪った感情に何も思っていないようにからりと笑った。
 強がっているわけではない。『元から足りなかった』ものが減っただけである。
「ありがと」
 ――それが良い仕上げになるよ、と景色が開けた。



「何を見られました? 」
「ううん、なんだろう。忘れちゃったや」
「あら。独り占めですか? 」
「あはは、違う違う。――わたし、忘れっぽいんだ、昔から」

 幻影の向こうで見た少女の表情は、きっともう誰も覚えていない。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

霧島・クロト
②△



ああ、忘れないさ。忘れねェとも。
自分の利益の為だけに、研究を手伝ってた『だけ』の人間ども。

失敗作如きが、成功作に庇われて、
『生きてる』ことが、許されない――
とか、馬鹿言ってるんじゃねぇよ。

『おれたち』に責任も持たなかったのは、お前達だろ?
なのに、それを俺が全ておっ被れば丸く収まるとか、
『幻覚(ここ)』でも、
お前達は都合のいいことしか言わないんだな。

言われなくても今完済中だ。
だが、それはお前らに対してじゃない。
それは『きょうだい』に払われるべきものだ。
――代弁したつもりになるんじゃねぇ。

『呪詛』を兄貴と共に振り払って、
眼前にいるだろう彼女に、こう言うだろうな――
「「――これで、満足か?」」




 忘れない。
 忘れられるはずがない。
 生まれたときから『罪』を見てきた。
 身勝手な人間たちである。己らの利益のために鋼鉄の存在を作り、それを無責任に手伝ってきた彼らがいつも霧島・クロト(機巧魔術の凍滅機人・f02330)に成った『彼』へ口癖のように言うのだ。
 ――失敗作如きが、成功作に庇われて。
 ――『生きてる』ことが、許されない。
 ――廃棄しましょう。
 馬鹿なことだ。
 ここが幻覚だとクロトも分かっている。かの少女が望んだ『思考』の時間であることも分かっていた。
 しかし、やはり何度思い出してもうんざりとするのだ。日ごろから考えても仕方のないことだから、思い出してこなかった想いの破片である。
 回りにはたくさんの『クロト』がいた。
 正しくは『兄弟機』といっていい。人間のよくやる手法で、一番よくできたものを『成功作』として、それよりも劣るものを『失敗作』とするだけだ。クロトには、己も己らも等しく同じ価値のあるものにしか見えていなかった。作った人間たちが同じものだからである。
 なのに、簡単に廃棄だとかスクラップの話を出してくるあたり彼らの得体が知れないのだった。
 ――お前たちがやってくれれば、すべて丸く収まるんだ。
 兄にだけは、そうやって優しい温度でものをいうから、この鋼鉄の氷狼が得たのは極寒の如く冷徹な心である。
 兄には、感情がなかった。その欠落を人間たちは補ってくれなかったのだ。無責任な彼らの『命令』の意図などわからずに、平気で『やろう』とクロトに提案してしまう。
 その時にクロトが絶句したのだ。そして人間たちに絶望を初めて抱く。――『おれたち』に責任を持ってくれなかった。
 作るだけ作り出して、何度も作れば同じものでも優劣が出るのは当然なのだ。霧島・クロトらはすべて『サイボーグ』である。人間の子供とはちがって、遺伝子のかけ合わせからの変化は無い。だというのに、人間たちは『霧島・クロト』らの中から最高傑作を勝手に決めて、それにすべての失敗作を廃棄しろと命じた。
 クロトとて、心がないわけではない。
 人間に与えられた、人間らしい心があった。
 元の『素体』が人間であるから当然であろうと思うが、その親の顔も知らぬ。しかし、兄には備わらなかったそれがあったのだ。
 ――きょうだいを手にかけようとするときの痛みが、どれほどのものかなど誰にも分かってたまるものか。
 人間だって自分たちの家族を殺さねばならぬときがきたら、苦悩するに決まっているのだ。
 まして、きょうだいである。どうして処分されるのかも知ってしまったから余計に、破壊したくなかった。
 ――気持ちが、波動となる。
 【氷戒装法『破軍の執行者』】は当時のものよりも強力で、幻影の中じゅうをすべて凍てつかせる。クロトの瞳が蒼く染まって、波動の悲鳴が施設内にとどろいた。
 赤い液晶型ゴーグルには次々とシステムダウンを起こした『おれたち』がいて、真っ白に凍った空間の中で現在のクロトはただ佇んでいる。
 これが、罪で在り。
「今、完済中なんだよ」
 ――現在まで至る罰だ。
 それは人間たちに対してのものでもなければ、かの少女のためのものでもない。
          コ ロ
 これは、クロトが『廃棄した』兄弟への手向けだ。
「――代弁したつもりになるんじゃねぇ」
 成功作と言われたが感情を代償に奪われた兄も、何も知らず兄から教えられた中途半端な己も、無数の『おれたち』を屠らせた人間たちが嬉しそうに拍手を送るのを許さなかった。すべてが、凍る。
 施設にて存在が許されたのは、クロトと兄のみになった。こうしてやれたらよかった、もっと早くに――中途半端をやめていればよかったのだと答えを得る。
 だから、もう繰り返すかと誓うのだ。
 真っ白な空気を吐いて、クロトが冷静さを取り戻す。
「言われなくてもなァ、わかってんだよ。罪も、その罰も」
 白い髪にじんわりと霜が積もって、左目が真っ赤に染まった。右目はまだ冷えた温度を保った蒼で、少女を見る。
「俺は、――俺たちは常に、考えてる」
 罪滅ぼしの自己満足だとしても、六花を咲かせて『先へ』往く。
 壊した『きょうだい』の数だけ、たった一人の霧島・クロトとその兄は未来を作り出し報いとするのだ。
 二人で振り返る。
 痛みに震える胸を無視して、ダメージソースの明確にならない数値を放っておいて、狼たちは唸った。
「「――これで、満足か? 」」

 少女のほうを見て、声をそろえたのならば。
「うん、満足したかな」
 拍手を送るでもなく、ゆっくり眼を閉じた少女が導く。
「かみさまのところ、案内するね」
 ――その笑みには、きっとクロトが齎したものではない冷たさがあったのだ。
 死に征く人間の痛みが滲んだような顔に、現実へと引き戻される。クロトの隣に、『きょうだい』の姿はなくなっていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『禍罪・擬切』

POW   :    伐
単純で重い【鬼神の名に恥じない破壊力】の一撃を叩きつける。直撃地点の周辺地形は破壊される。
SPD   :    斬
【あえて邪神の力に飲まれる】事で【神として奉られる以前の悪鬼】に変身し、スピードと反応速度が爆発的に増大する。ただし、解除するまで毎秒寿命を削る。
WIZ   :    切
【僅かに残った神力】を籠めた【縁切り刀】による一撃で、肉体を傷つけずに対象の【良縁、悪縁問わず1つの縁】のみを攻撃する。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は榛・琴莉です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。



 喫茶店は、なんてことない都会のビルの一階だ。
 非常階段から猟兵たちを連れて、朱音は屋上まで歩いていく。
「高いところだったら、探しやすいかなって思ってさ。でも高すぎると見えないから、ちょうどいいくらいのとこが此処にしかなくて」
 ――その神は、愛する人を探しているのだという。
 対になる柱がいて、それの姿を探してさまよい歩く姿がひどく痛ましいものだったのだと、少女は笑っていた。
 哀の感情はもとより薄い。しかし、彼女にとって感じられることはほとんどが好奇心からできているに違いなかった。
「おそろいだなあって思ったの。私と」
 ――『しろちゃん』が好きだ。
 猟兵たちのように明確な異次元から来た存在ではない。
 日常の平行線で『しろちゃん』はそこに在ったのだ。だけれど、『しろちゃん』は朱音とどう見ても別世界にいるように感じられてならなかった。
 朱音は、それが病気であることを理解している。
 ――理解していても、納得はできなかった。
 自分の知らぬことを語り、知っていて縋る『しろちゃん』が愛おしくてしょうがないのに、どこにいるのだろうと思うことがある。
 狂人らしい顔つきをした彼女を見て思うのは、同じものを食べている時もまったく別のとらえ方をしているのだろうなと思った。
 そこにいるのに、いないように感じてしまう。

 だから、この『神』と出会ったのはけして偶然ではないのだろうと朱音も思ったのだ。
 愛する片割れを探して、呻く姿が神様らしからぬ存在である。だけれど、物静かで言葉も交わさずに朱音のことをじいっと静かな夜に見下ろしていたのだ。
 山奥にて、神と会合した日は胸が高鳴った。
 目に見える超常、ありえないもの、人類の埒外にとんでもなく興奮する。ああ、この神でも『どこにいるのかわからない』いとおしいものに拘るのだと思った。
 刀の切っ先を己に向けられて、喉元でそれが止まる。それでも、朱音はどのみち楽しそうだと思ったに違いない。その時に悟ったともいえるのだ。夜の空気に晒されて、顔はやけに冷える。
「さみしいね、神様」
 ――私も寂しいよ。
 この神の探すそれを、手伝ってやりたいと思ったのがすべての始まりであり。
 『しろちゃん』を世界に認知させることで己の隣に『縛り付けたい』のが中身である。

 『しろちゃん』って、どんな顔だっけ。

 すべての事に虚をつくり、矛盾を生んで人々に思考を促すのは簡単だった。嘘をついていても悪いような顔をしなければ、誰もが信じてくれる。人間の仕組みを理解しているからこそ、二つのことを同時に行っていた。
 だから、どれもこれもが『つぎはぎ』で。
 ――『どこにも答えがない』のが正体である。
「いろんなことが知れてよかったなぁって思う。ここまでお仕事で付き合ってくれたことも、ありがたいことだよね」
 世界を知りたかった。
 ――もう知ってしまった。
 猟兵たちが訪れたことで、彼女はこの世界のほかにも世界があったことを知り、人間以外の生命体にも『同じような』心が在ることを知った。今までの世界がジャンクフードだと思えば、この瞬間は高級料理のフルコースだと言える。
 神は、其処にいた。
 屋上である。上からはUDC組織による逃亡防止のプロテクト――だろうか。此処で『処分』してくれと猟兵たちに祈るドローンが多くある。UDC組織に属している猟兵たちならば、理解したかもしれぬ。きわめて、今の『神』は危険度が高い。
 龍の角は雄々しく、佇む姿は静かなものであった。
 朱音は、「ごめんね、待たせて」と言ってからその神の前へと歩みを進める。
「嘘も、ごめんね」
 ――でも本当のことだってあったでしょ。
 神は、隠した表情の向こうで怒っているのか、それとも認めているのかわからぬ姿がある。
 朱音を隠すように一歩前へ出た。言葉を発さないのは形からではなくて、話す必要のない存在だからである。
「愛する人、見つかりますように」
 その背中に恭しくお辞儀をして、朱音は――屋上のフェンスに足をかけた。
 止めようとした誰かもいたやもしれぬ。叫びだしそうになった猟兵もいて、武器を構えるそれもいただろう。
 カラスが舞う。まっていたかのように羽音がした。神の周りからあふれ出た呪詛が、曇天を赤黒く染め上げるほどの威力を増していく。
 しかし、少女は――笑っていた。
「きれいな日でよかった」

 天を見上げて、『完成』のために少女は飛んだ。
 ――まず最初に、地面には当たらない。下の階が用意したであろう階段と背中が衝突した。
 それから、体が時計周りに回転して赤を散らしながら転がり落ちる。どこかの配線コードをちぎりながら落ちて、顔にみみずばれをつくり、タイツが派手に破けた。真っ白なコートがどんどん赤に染まって、きりもみになるようにして少女の身体は意識が薄れていく。
 ――しろちゃん。
 ――しろちゃんは、私を見つけてくれたね。
 ――でも私は、結局、しろちゃんを。
 ――『しろちゃん』?
 ――『しろちゃん』って、だれだっけ。
 地面で、体が一度跳ねる。衝撃で細い腕がふっとんで道路に飛び出し、少女の身体もバウンドしてからガードレールにぶちあたった。
 羽のはがれた真っ赤な蝶が、冷たい地面で死んだのを――きっと、君たちはあとで目にするのだろう。

 鬼神が『ひと』の命を吸って呪詛を増す。
 少女の心も意図も最初から『絶望』を抱いた因果も体に含んで、ひときわ吠えれば真っ赤な世界に生まれ変わっただろう。
 紅の世界でカラスたちも堕とされる。『人』の命ひとつで神格さを増した竜神が、猟兵たちにその牙を剥こうと唸った。
 ――あいのゆくえを、さがしている。孤独な鋼の煌めきがあった。
 その叫びは、獣だろうか、神だろうか――今、孤独なる紅の世界が終わりに向かう。 

***
 プレイング募集期間は1/27 8:31~ 1/30 22:00とさせていただきます。
 素敵なプレイングを心よりお待ちしております。
オルハ・オランシュ
◎△
アルジャンテ(f00799)と

あ、あ……
どうして、こんなことに……?

上手くできずにいた呼吸がますます乱れて
立っていられなくなる
……、くるしい――

わからない
朱音さんを死なせたくはなかった
でも、それは私達のエゴなの?

彼の言葉には首を振る
立てなくても、槍を掴めなくても
私にはネクから教えてもらった魔術がある

刀の攻撃、嫌な感じがする
振るう腕の動きを鈍らせることができたら……!
扱いきれない氷術は今は好都合
生じさせた隙をアルジャンテに突いてもらおう

動機はどうあれ朱音さんは自ら死を望んだ
真っ直ぐだった
怖いぐらいに
……
私も、私の命を差し出さないといけない
家族だったひとたちに
それが罪の代償……


アルジャンテ・レラ
◎/オルハさん(f00497)

小西・朱音が"普通"の人生を歩み、老いて生を終える。
そんな未来も有り得た可能性の一つですが、彼女自身望まなかった筈。
私には彼女の思考は到底理解出来ません。
……が、不思議なものです。
最期の顔を見ていたら、彼女の意思を尊重すべきだと、そう思えてきたのです。

ゆっくり吸って、ゆっくり吐いてください。
落ち着いたら退避を。貴女の分も私が戦います。
……無茶はしないでくださいね。

オルハさんの策に合わせましょう。
敵の牽制には麻痺毒を塗り込んだ鏃で。
動きが鈍ったら恰好の的。UCで一気に傷を広げます。

……断言出来るのは一つだけ。
神様などやはり人間の生み出した幻想。それだけです。


ジャック・スペード
◎△

彼女――小西朱音は
お前とひとつに成ったのだろうか
ヒトでは無い俺は、結局なにも理解出来なかったな

救えなかったと悔やむ気持ちが湧かないのが
自分でも少々不思議に思う
彼女がこうなることを望んでいて
その為に此処までやり遂げたと云うのなら
感心こそすれ、諫める言葉などある筈は無い

お前の中に彼女が「いる」というのなら
正面から壊し合う事は、彼女と向き合うことと同義に成り得るだろうか
重い一撃は怪力とグラップルで受け止め防御しよう
向き合って何か解決する訳じゃないが
矢張りそうしたいと俺は思う、性分だな

リボルバーから電気纏った銃弾を撃ち
体勢崩したところを狙い、鋼鐵の蹄で捨身の一撃
お前の待ち人は来ない、もう終わりだ


マオ・ブロークン
――『死』を何よりも厭う私はきっと叫びながら踏み出した
朽ちた反射神経の働きは虚しく、伸ばした手は何よりも遅く――

……う、う、くやしい、かなしい、どうして、
アカネ、愛を、もう見つけて……持ってて。なのに……
……あたしたち、が、助けだして、
好きなひとと、好きなことと、一緒に、生きられる……
それは、アカネの、しあわせに、ならなかったの……?

……神を、倒さなきゃ、いけない。分かってる……
愛を、探すため、でも……人を、殺すなら、敵だ……けど、

……悲しい。かなしい……
涙の奥底の、心が……目から、こぼれ落ちて、止まらない。
……あたし、は、結局。無力な、死体で……
魂の、衝動のまま、泣き叫ぶ、しか、できない……




 ――突然の喪失に、オルハ・オランシュ(六等星・f00497)は目がくらりと回って世界が反転したような視界に襲われていた。
「あ、あ」
 息を吐くのと同じように、声帯を震わせて手足が震える。思わず自分の口を覆うとしてほほに寄せた手はろくに感覚もなかったのだ。
 ――何をした?
「どう、して」
「アカネぇ、ええええ、ェ、えええええええェエえ゛え゛ッッッッ!!!!」
 立ち竦むどころかオルハの脚は笑いだしていて、まともに歩きもしないのだ。
 『生きた』反応をいち早く見せたのはマオ・ブロークン(涙の海に沈む・f24917)である。絶叫しながら落ちていく少女の手でも足でもつかみたかったのにとうに彼女の神経と言えば朽ち果てていて、走り出した体は生きていたことよりも早かったのに神の横を通り過ぎてもなお、たどり着いた視界の下で真っ赤な花が咲いていたのだ。
「……う、う」
 呻く。
「ぁ、ぁあ、あ、――くやしい、どうして、かなしい、アカネ」
 本能だった。
 『死』を、『喪失』を体験したことのあるマオからすれば、朱音の行動の意図などはひとつもわかりはしない。
 彼女の満足なのだと見て取れたのはオルハを支えるアルジャンテ・レラ(風耀・f00799)であった。ジャック・スペード(J♠️・f16475)に至っては、己の中に沸き上がった感情に正しい言葉が見つけ出せないままでいる。
 『死』は恐ろしいはずなのだ。
 アルジャンテが支えてやる呼吸のままならないオルハのように、目の当りにしたらおびえて当然なのである。
 目の前で生物が死ぬ、喪失するというストレスは全生物に共通する『辛さ』だ。鈍い個体もおれば敏感になりやすい個体も在って当然である。
 しかし、アルジャンテは――罅割れたコアのおかげもあって、あまりその『死』には理解がなかった。
「オルハさん。ゆっくり吸って。そして、ゆっくり吐いてください」
 過呼吸を起こして喘鳴をするオルハの背を撫でながら、アルジャンテは淡々と思考を繰る。
 どこか、納得してしまった気がするのだ。飛び降りる時の少女が『満足』したように見えて、己の『ふつう』では彼女の感情を推し量れないと早々に弁えたと言っていい。
 普通である、ということに満足できなかった結果だ。――だから、オルハも。そして、『ダークヒーロー』であるジャックも彼女を助けはしなかった。
「ヒトでは無い俺は、結局なにも理解出来なかったな」
 バリトンのボイスがスピーカーから流れる。同じく人に造られたものであるアルジャンテも、同意の頷きで返していた。
 ジャックもまた、少女に対して己が悔やまないのが不思議である。
 救えたはずの命を、目の前の神が織りなす顕現で意識を拘束されたとはいえ取りこぼしたのだ。人間を護る彼ならばきっと自分を責めたに違いない。
 だけれど、――彼の両目モニターで朱音を最後までロックオンしていたからこそ、その結末に納得がいったのかもしれなかった。
「諫める言葉などある筈は無い」
 セロトニンの分泌量が多すぎた。
 本当に、心から幸せだと笑って少女は飛んだのである。
 強迫観念でもなく、そうしたほうが自分のためにも『世界のためにも』なると弁えた姿が――あまりにも、美しい。人間を愛するジャックだからこそ、彼女のその意志を『尊重』した。
「おかしいッ!! そんなの、そんなのだめ、だめ! おかしい! おかしいのッ!! 」
 ――納得できないのが、マオとオルハだ。
 頭を掻きむしるマオが叫ぶ。オルハもまた、涙目になりながら己の発作と戦っていた。
 『私たちが死なせたくないと思ったことは、エゴだったの? 』愛を知り、未来を描き、ずっとそばにいたかった少女のことも思い描けていたのに少女はあっけなく死んだのだ。
 オルハからもマオからも、朱音の『現状』はあまりにも遠い。
「それは、アカネの、しあわせに、ならなかったの……?」
 ――そんなの、悲しすぎた。
 オルハもマオも、喪失を知った存在たちである。
 オルハは己の失態から家族を失い、マオは己の命を失った。
 マオが泣きじゃくってしまうのも、慰めてやることがジャックにもアルジャンテにも難しい。オルハが呼吸を落ち着かせて汗を頬から垂らしながら、反射の涙か心の具現かで眼球を濡らしてしまうのも『人にしては』冷たすぎる手たちでは拭ってやれないのだ。
「悲しい、かなしいよ……ッ、だって、こんなの、あたし、あたしっ、結局――」
 無力な死体である。
 マオは恋心が招いた愚かによって死んだ。朱音ほど天然の悪意もなく、ただただ純粋に盲目的だっただけの存在である。だから、その『恋』というものがどれほど大きな感情だったのかもわかるのだ。彼女はそれが原因で死んでいる。
 ゆえに、――もう『愛する人』を持っている朱音の行いが、ただただ悲しいのだ。悲恋よりも成就するもののほうがいい。夢見がちな乙女である自覚はあるけれど、それとこれとは話が別だ。どこまでも、無残でつらい――誰も、救われないではないか。
「ぁあ、あ、あ――ああああああああッッッッ……!! 」
 悲劇のヒロインであるがごとく、マオが哭く。
 感情が罅割れたアルジャンテはその姿をじいっと見ながら、オルハに告げた。
「落ち着いたら退避を。貴女の分も私が戦います」
「――う、ぅ、ッ」
 首をぶんぶんと苦しそうに振ったオルハに、面食らう。
 この彼女のことも理解できない。今にも息を止めて気を失いそうなのに、それでも誰かに尽くしたがるのだ。己に尽くすものままならぬのに――。
「……無茶はしないでくださいね」
 神は、動かない。四人の動向を見守っているのではなく、いつでもかかってこいと言いたげだったのだ。
 触らねば祟りなし、触れれば地獄めぐりである。刀を大きな手のひらで構えて鬼神は唸った。どす黒い血の色をした空がまるで少女の中身のようで、そんなはずはないか、とジャックが気象情報を視界に参照している。湿度は冬にしては高く、雨の気配がし始めていた。
「彼女――小西朱音は、お前とひとつに成ったのか」
 乙女がまるで泣くような空を頭上に、顕現した神は応えない。
 沈黙は肯定であると見做した。『敵』相手に悠長な時間は取らない。
「お前の中に彼女が『いる』というのなら、向き合おう」
 それが救いになるとは、思わない。今からのジャックの行いはいわば葬式だ。
 死んだ故人に手向ける感情を生きた己らが果たすだけのことである。そこには『生きるものの』自己満足があり、死んだ誰かへの言葉になる場であった。救えるとは思っていない。解決もしないとわかっていた。物理的にも何度演算をかけたって魂の重さが二十一グラムであることしかわからぬ。ジャックが己の運命に従い、しかし少女への『誠心誠意』の手向けでもあった。
「――打ち砕く」
 そういう、性分だ。
 拳を向けたらもう、神も待ちくたびれたと言わんばかりに疾った!
 地面を蹴れば罅割れ、弾かれた鉛のように素早く飛ぶ!それを――。
「ァ゛ぁあああああああああああああああああああああああああッッッッ!!! 」
 マオの止まぬ泣き声が、まるで彼女の中で芽生えた異形の生命――骨魚――たちが飛び出して受け止める!【涙の海に沈む】にして、神はその体を膠着させられた。刃で魚たちの猛追を受け止め、しかし迷いなく的確に砕いていく姿に圧倒されぬマオである。彼女の心は今や神への畏怖よりも、ただただ己の無力さと少女の結末に悲哀しか抱けていなかったのだ。
「ッフぐ、ぅう、ェ、おかしい、おかしいよッ、こんなの、ぁあ゛あ、あ――ッッッ!!!」
 いやだいやだと泣きわめく死体の声が、オルハの耳を震わせていた。
 感情を代弁されていたのだ。今や呼吸もままならず、ひとつもオルハは声が出せていない。
 神がそこまでせまってこようとしているのに、彼女の中はいまや己の痛みでいっぱいだったのである。
 ――愛する人がいても、死んでしまうのだ。
 目の当たりにしてしまった事実は、どこかで『当たり前だよ』と言う自分もいれば『そうであってほしくなかった』という自分もいる。
 あわよくば、なんて感じていた自分自身の頬を朱音に張られたような気分になっていたのだ。
 朱音を死なせたくなかったのは、『愛しい人に愛されている』人を助けたかっただけではないのか?
 ――自分も、あわよくばそう在りたいと思ったからか?
「ッぐ」
 吐き戻しそうになる。
 動機はどうあれ少女はまっすぐに死を選んでしまったではないか。振り返ることなく、けして後悔したようではなくて、満足そうに飛んでいった。その最中にいったい何を考えていたのかなんていうのは、オルハには分からない。だけれど、――その顔が思い出せてしまう。あまりにも、「おそろしい」顔だった。
 ――いつか、私もあんな顔をするのだろうか。
 感傷的だというのならそうなのだろうし、悲観的だと言われれば『現実主義だ』と返すだろう。
 小西・朱音はその生を摘みとするなら、罰が飛び降りによる死であるとした。ならば、きっと、オルハも――家族だったひとたちへ謝罪を込めていつか飛ばねばならぬ日が来るだろう。それが、今日かもしれないし十年後や三十年後の話かもしれないが、けれど、思わされてしまったのだ。
 ――今のままでは、いけない。
 【カルスメント・ロアー】はまるで少女の声にならぬ悲鳴の如く顕現した!
 扱いきれぬ氷の魔術が冬の風に押されてより強まる。湿度を多く含んだ空気から生成するまでに大した時間もかからなかった。派手すぎる何もかもを壊した「寒さ」で神の腕を凍てつかせる!
 弟の脚を腐らせた冷たさは、酷すぎるくらいに此度も美しかったのだ。泣きそうな翡翠の瞳にはただただ憧憬と後悔と冷徹さが入り混じっている。
「――アルジャンテ」
 冷えた声は、気温のせいだけではあるまい。
「断言出来るのは、ひとつだけ」
 人形は、その言葉が誰の救いになるかまでは考えていない。
 目の前の『神』か、隣にいるオルハか、それとも――小西・朱音たる哀れな少女へのものかもしれなかった。
「神様などやはり人間の生み出した幻想。それだけです」
 疾患だ。
 脳の病気だ、腫瘍の悪さに決まっている。だって、そうでなければ――アルジャンテには、この場に渦巻く痛みの意味など永遠に理解できないだけなのであった。
 【銀朱火矢】は降り注ぐ。アルジャンテがきりりと弓を張らせたのならば、三百弱の白銀の焔が舞っていた。赤い世界に白い流星の如く空と空気を割った光景を、思わず神も見上げたのだ。振り上げた刀が矢を、その炎を打ち落としていく。
 数にして有限であり、一つ一つを的確に刀だけで打ち落としていく姿の圧倒ぶりにはアルジャンテも追撃を試みたが――止まった。
「そうでしょう」
 同じ機械の仲間に、合図を繰り出す。
「そうだろうな」
 鉄 蹴 、 一 撃 ! ! 
 【鋼鐵の蹄】で鋭く神の顎を蹴り上げるのが予期せぬ一撃としてアルジャンテの火の粉に紛れたジャックであった!
 欠かさずカウンターで着物を翻し、突きを繰り出されたのならためらいなく右肘関節を犠牲にする。関節を貫いた一撃を捕まえたぞといわんばかりに無理やり二の腕パーツだけで曲がらぬ肘を在り得ぬ方向に曲げた。修繕費の推測など今は不要だと己のシステムに信号を送れば、余計なデータが画面から消えてシンプルになる。
 ――神の顔は見えぬ。
 ――少女のこころもそこに在るかわからない。
 だけれど、ただ、このジャックという一筋の黒は告げるべきだった。
「お前の待ち人は来ない」
 誰か、教えてやるべきだったのだと黒鉄の彼は思うのだろう。
 機械の脳である己も分かる。かの少女があまりにも頭が良いわりに『純粋すぎた』ということも知った。
 好きなもののために好きなことをして好きなようにやっていた彼女がこうなるまでに『止めてやるべきだった』のである。

「もう終わりだ――」
 挟まった刀とともに、その巨体をジャックが蹴り飛ばしてやる。
 ずるりと黒から刀が引き抜かれれば、神の身体はふわりと一度宙に舞って――派手に波紋を残して給水タンクにめり込んだ。
「アカネ、アカネ、ッぅう、あああ、どうして、どうしてッ、ぁあ、ア――」
 悲痛な死体の声が、神に注がれている。
「もっと、も゛っと、生゛きたいって、いってよォッ……! 」
 死こそ救いか、はたまた生こそ正義か。
 神はまだ、ゆらりと立ち上がって赤い世界に涙一つ零さなかった。
 

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​

冴木・蜜
"しろちゃん"を縛り付けたい、か
貴方も 彼女も
全てを擲っていいほどに
愛していたのですね

死ねばいいのに、なんて言われましたが
私は生きていてほしかった

……、
貴女が命を擲ってまで完成させた其れを
跡形もなく融かし尽くしましょう

私は死毒で――罪人だから

貴方の刀を『偽毒』へと変えましょう
残された神力はそのままに
私と同じ死毒と変えて
刀を握る腕を融かし落とします

その間に私も体を液状化
影に紛れながら一気に接敵
至近距離での融けた腕で触れて
何もかも跡形もなく融かして差し上げましょう

彼女の言うように貴方が
あいのゆくえをさがしている、というのなら
貴方に縁は斬らせません

よかったな、なんて
満足するには早すぎるでしょう


臥待・夏報


――知っているかい?
人には死ぬべき日付があって、その日死ねなかったら永遠に呪われたままなんだ。
君は、ロマンチックだって笑うだろうか。
でも、きっと信じはしないんだろうね。

それが理由だ。
叫んだのも、手を伸ばしたのも、こうしてうっかりフェンスを越えたのも。

今日、死ねた君に、もう何を言ったところで詮無いか。
小西・朱音。かみさまとやらに捧げるための君の血を――僕のちっぽけな『真実』に、ほんの少しだけ貸してくれ。

仲間外れは、
誰なんだろうね。

敵は一人、味方は沢山。でも、どっちにしろ一発が限度だな。
この調子じゃ、次に目が覚めた時には日付が変わってるかもしれない。
ああもう、ほんとうに、酷い一日だったなあ……。


桜枝・冬花
彼女は、ご友人に
違う世界にいる彼女に、触れたかったのでしょうか

それだけは、わたしに似ているかもしれない

わたしは、あねさまを知りたかった
どうしてわたしを愛してくださるのか
どうしてあんなに寂しく笑うのか
……ほんとうはどう思っていたのか

知ることのできないまま、あねさまは遠いひとになってしまった

寒花壱式にて、動きを止めさせていただきます
ほんの僅かな間でも構いません
誰かがあなたを断つための、僅かの時間を稼げれば
今のわたしには、それで十分

わたしにある縁は未だひとつきり
身体が傷つくことも何を失うことも厭わなくとも
その刃を受けるつもりだけはありません
あねさまとのこのつながりを、断たれるわけにはまいりませんから


霑国・永一
おや、これは死んでしまったかな? ただの人の割に面白い子だと思ったんだけど、これは残念。でもま、名前に違わず朱く美しく完成した芸術には拍手喝采を送ってあげなきゃだ
それはそうと、神様とやら、後を追って芸術になってみないかなぁ?

狂気の暗殺を発動
屋上を濃霧で包み、その状態で死角へ移動を続けながら銃弾を撃ち込み、動きが鈍ったところをダガーで斬りかかる。
深追いはせずにヒット&アウェイで行く
銃弾は防御がし辛そうで且つ移動速度を阻害し易そうな足から狙っていく感じで

いやぁ鬼神ってのは伊達じゃないなぁ。鬼って言うのは皆こうなのかな?
女将さんに土産話も出来たことだし、後は死んでもらわなきゃだねぇ




 思わず、叫んで、それから、手を伸ばして、飛び越えた。
 フェンスを飛んでみて思ったのは、――存外体が落ちる時ってあっけないなというのが感想である。
 臥待・夏報(終われない夏休み・f15753)は存在が怪異めいた人間だ。準UDCとして監視されているものの、彼女の感じていることというのは多少、年齢のものもあって大人らしくあるとはいえ人間の感じるそれと変わらないようで抜きん出ている。
 生死の厭わぬ決死のダイブには、余計なセリフひとついらないのだ。飛び出して、『絶対死ぬ』高さから飛んだ時に――視た少女の表情が、咲いた赤い花に変わるまででくるくると変わったのを見届けてようやく、夏報とは違うところに堕ちた『ひと』を見下ろした。
 ぐちゃぐちゃである。
 夏報ももう、関節は砕けるわ内臓は破裂するわ、腰と首が唯一無事だからどうにか即死も半身不随もなく、受け身を取ってしまったゆえに中途半端な大けがだらけである。それでも、まだ立てた。
「――知っているかい? 」
 物言わぬそれに問いかけてみる。
 達者な弁舌が返ってこないのがどこか物悲しくもあるが、どこかせいせいしたような気持ちが胸の中で混ざっていた。仲間たちの戦いが上で行われていて、ちょっと見上げてから申し訳なさそうに眉根を下げると割れた額からの赤がまつ毛にかかる。首を振ってそれを落とした。
「人には死ぬべき日付があって、その日死ねなかったら永遠に呪われたままなんだ」
 ――だから、夏報は生きている。
 死神だか運命だか『かみさま』だかが定めたそれを破ってどうにか生きている夏報は死ぬことを許されない。
 あの『夏』に死ぬべきだった。――死ねなかった。
「君は、ロマンチックだって笑うだろうか」
 きっと、信じてはくれなかっただろうけれど。
 死体になってどんどん飛び出した赤の数だけ彼女の生きた証も失われていくのだ。夏報の靴裏を真っ赤が汚して、『朱音』らしいと思わされる。ゆっくり眼を細めて、深く息を吐けば血の味もした。
「今日、死ねた君に、もう何を言ったところで詮無いか」
 女らしくはない所作である。
 かかとを付けたままにしゃがみこんで、周りから見ればガラの悪い姿であろう。それでもきっと、目の前で美しい顔ごとぐしゃぐしゃにした少女はきっと一緒になって同じような姿勢を取ってくれたのだろうなとも思う。
「小西・朱音」
 少しだけ染めた茶色の髪はまだ根本が黒くなくて、まるで今日この日のために自分で死化粧を施したように見えてしょうがなかった。
 ――誰にも理解されず、誰にも見破られなかった少女の孤独を、少しだけ握ってやりたくなったのはどうしてだろうか。
 上からはまだ戦火が新しい。派手な技が見えて、「おお」なんて他人事のように言ってから夏報もまた、これも仕事だからと自分を律する。
 人の真実に触れることは、非常にエネルギーを酷使する。いわば、その人の「こころ」をじかに触れるというのは高圧電流を流されることよりも激しく、痛みはなくとも苦しいものであるのには違いないのだ。
「敵は一人、味方は沢山。まあ、一発が限度だな」
 ぼろぼろの身体であっても死んでやるわけにもいかぬ。
 自殺と言う手段は夏報『自身は』使ったことがないのだ。死のうとしても、別の『夏報』が死ぬだけである。呪われているから、死ねない――ずっと、孤独だ。
 もう一度深く息を吸ったら、げほげほと血ごと息を吐いた。情けない自分の頬に触れて擦り傷だらけなのが痛みで伝わる。
「カッコ悪い? 」
 訊いてみても、死体は応えない。
 けれど、許されたような気はしたのだ。ゆっくりと手を赤い地面につける。
「かみさまとやらに捧げるための君の血を――僕のちっぽけな『真実』に、ほんの少しだけ貸してくれ」

 違う世界に居る友達に、触れたかったのだろうか。
 そこだけは己と似ている気がするのだ。桜枝・冬花(くれなゐの天花・f22799)もまた、届かぬ人を求めたのである。
 その存在は『姉』であった。おそらく朱音と『しろちゃん』と比べたのならばもっと近くて遠い『憧れ』なのやもしれぬ。
 同じ屋根の下で、同じものを吸って、同じものを見ているはずなのにどうしてか冬花の『あねさま』は遠い人だった。
 孤独で寒い家庭の中、唯一冬花を愛して認めてくれたのは彼女だけである。だからこそ、冬花も『あねさま』にとってそういう存在になれるように努めようとしていた。
 どうして愛してくれるのか、どうして寂しく笑うのか――本当は、どう思ってあの日々を生きていたのか。
 手が届かぬ人になってしまった今ではもう答え合わせも及ばない。だから、ただただそのあとを追うしかないのだ。
 ゆえに体が傷ついても厭わないのである。命を失うつもりはなかった。ここが、『朱音』と己の一番の差であることも理解している。
「死んだことで、呪いとなったのでしょうか」
 ぽつりと、桜の花弁が散るように声を漏らした。
 隣で考えていたのが冴木・蜜(天賦の薬・f15222)だからである。
「"しろちゃん"を縛り付けたい、か――」
 その欲望は、思春期の割にしてはあまりにも深すぎると思ったのだ。
 独占欲と言うものは往々にして誰にでも沸いてしまうものである。対象の命をむさぼりかねぬ煩悩を隠すこともせず行動に走る若さは多いがたいてい『破綻』して此処まではたどり着かないのが常だ。
 しかし、――小西・朱音はたどりついてしまった。
「愛していたから、そう成ったのでしょうね」
 『神』に命をささげる。
 朱音は、『神』などを信じていないと言っていた。いたら面白いとは思っていたが、それに『賭ける』という行為に出るのは嫌だと非常に合理的でもある。故に――この『大博打』に出たということは、命を失ってでも守りたいものがあるからだ。
 それが、『愛』ではないかと蜜は憂う。
「死ねばいいのに、なんて言われましたが――私は生きていてほしかった」
 人間が好きだ。それは誰が相手でも変わらない蜜のスタンスである。
 もし、朱音の想いが抑うつからのものだったり、それか脳の欠けだったのなら蜜でもまだ救えたのやもしれぬ。
 そのためにはもっともっと話を聞いてやるべきだった気もしてならないのだ。飛んだ体の細さも、小ささも、蜜よりもずっと健康的なのに死に近かったあの顔を見て予感だけはしていたのに今こうして立ち尽くす自分は「そうしたい」と願った少女の気持ちに縛られているのも分かっている。
「よかったな、なんて。満足するには早すぎるでしょう」
 絞り出したような声とともに口からぼたりと黒が垂れた。
 まるで吐き出されぬ嗚咽のかわりだと言いたげに、黒が割れた足元ににじむ。
 ――よかったなんて、思わせてしまったことがどれほど『大人』として恥ずべきことか。
「いやはや、死んでしまったねぇ。残念無念また来世」
 対照的に、死んだ彼女の姿を見下ろすことなく音だけで『そう』だと判断したのが霑国・永一(盗みの名SAN値・f01542)である。
 蜜が横目で見たのならば、永一は嬉しそうに手を軽く振った。
「名前に違わず朱く美しく完成した芸術には拍手喝采を送ってあげなきゃだよ! 頑張ったんだからね」
 ――永一に感傷などない。
 悪の少女は悪らしく散ったのだ。それをいまさらどうだこうだと茶化してやることのほうが同じ『悪人』としても不名誉だと思っている。悪人ならば悪人らしく最後まで恨まれて嫌われて誰からも一刻も早く消されるべきなのだ。いつも最後は『存在』を『奪われて』誰もが『終わる』。
 悪であれば悪であるほど生き抜くだけの世界で少女は自死を選んだのだ。それが一番『誰かを傷つける』行為だと理解してに違いないと思うよ、と永一は続ける。
「最初から最後まで皆の心を『奪っちゃう』なんて――女の子らしくてかわいいじゃないか」
 けらけらと笑ってやったのは素直な賛辞だ。
 小さく拍手をしてやれば沈黙を破ってみせる。すべての視線が永一によって『奪われた』。
「まあ、こうしたら俺のものになっちゃうんだけど」
 悪いねえと言ったのは死んだ彼女にであろう。そして、そんな永一の後ろから、ぬうっと『内臓を抜かれた牛の真実』と名付けられる――夏報の本体が具現する。真っ赤な血を吸って空気中に描かれる魔法陣のような幾何学模様からは、流石の神もただならぬ呪詛を感じたらしい。うなりをあげて威嚇をされれば、【仲間外れは誰なのか】赤色の文様が夏報の意識を宿して見つめ皆に同じ『真実』を見せる。

 仲間外れは、誰なんだろうね。

 ――少女はずっと孤独だった。
 なまじ、頭が良い。仲良くしようと思っても己の知能と他人の知能に差があり過ぎて会話が成立しなかった。
「どうして小西さんはみんなと仲良くできないの」
 怒られる内容が理不尽で、悲しくなってしまう時だってあった。
 小学校から中学校の閉鎖的な空間が嫌で嫌で、高校は人一倍頑張ってあたまのよいところに入る。
 しかし、それもまた――つまらぬものになり下がった。そんな時に、『しろちゃん』が現れる。
 その光景をきっと、夏報が皆に見せているのだ。
 解放されたような朱音の顔が見えたのではないだろうか。
 ありきたりな教科書の文言などつまらぬし、早々に覚えてしまった英単語ひとつ覚えるより、『しろちゃん』と仲良くなりたかったのだ。
 初めて同じような寂しい人間に出会えた。誰にも理解されず、己が病気だ特別だとひとくくりにされて個性の認められないお互いをようやく見つけたのだ。
「しろちゃん、一緒に行こうよ」
「しろちゃん、一緒に遊びに行こ」
「しろちゃん、宿題なんていいじゃん」
「しろちゃん、しろちゃん」
「私ね、しろちゃんと仲良しで嬉しい! 」
 ――伝わらないと、理解していた。
 『しろちゃん』は病人だから、自分が点滴に成ればいいと思っていたのだ。
 己なしでは生きていけないくらい夢中にさせて、ずっとずっと楽しければいいと思っていたのに、邪魔ものがたった一つだけ存在した。
 それが。
「――へえ、『かみさま』からも奪ったんだ」
 ただただ、神様だけが邪魔だったのだ。
 神様など実在するのかしないのかはっきりしないものを夢見て脳を侵される『しろちゃん』が心から可哀想でしょうがない。
 『実在したほうがしろちゃんがよろこぶ』から――。
「神様に、成った」
 蜜が、その『真実』を紫の瞳に映しながら、憂う。
 かの少女は一度たりとも『救われた』ことなんてなかったのだ。
 誰かが彼女の隣にいたこともない、愛した人がそこにいたのに同じ世界にはきっと在れなかった。
 そして――きっと、死ぬ直前に『完成』した『しろちゃん』は。
「行方不明になったのですね」

 ――神になってもなお、恋した人がどこにいるかわからないのだという。
 行方不明の少女の魂は何処に導いてやるべきかなんて、きっとそれは冬花に何もわからない。
 ここがサクラミラージュであったのならまだ希望もあった。明日にすれ違うのはかつての人であるやもしれない。しかし、ここはもっともっと冷たい世界だ。
「そうですか」
 誰に返事をしたわけでもない。
 しかし、そう返してやらねばならない気がしたのだ。
「――止めさせていただきます。断たれるわけにもまいりません」
 桃色の瞳は、意に満ちる。
 それは朱音への同情などではない。感傷でもないのだ、ただ、自分がもしこうなったら「こう」されたいという思いがこもっていた。
 神様になることが悪なのではない。神に至ることが善であるはずもないのだ。――それでも、世界中でたった一人「愛した」ひとを呪いで縛るその行為がいかにも悲しくて、きっと、ずっと遠いままであることだけは理解できる。
「『縛る』というものにはわたしも心得があります」
 【寒花壱式・氷蔦】。
 足元から湧き出たのは氷でできた蔦花たちだ!――鬼神の身体をからめ、ぶちぶちと破かれてもその体に霜を下ろす。先ほどの氷の魔術も相まって耐性が弱まっているらしかった。
 冬花も己の手番で倒せるおてゃ思っていない。これは後続の猟兵たちへの「おもてなし」だ。美しく料理を盛るのと同じことで、より「たべやすく」しておく。
「どうぞ、皆様」
 冷えますでしょう、とは言ってやらなかった。
 極寒の血にてあまりに凍てついた一族だったのである。家族と言うものに縛られ続けてきた冬花だからこそわかる呪いの重さがそこに在った。
「心置きなく、――めしあがれ」
 氷を割ろうともがく神の怪力に臆しもしない。
 その剣劇が届かぬことなど、分かっていたのだ。冬花に振り上げられる刀が氷の粒を散らす。それを、蜜が――【偽毒】に変えた。
 どろりと剣が解ける。振り上げていたはずの鋼は泥になって神の手を伝った。
「彼女の言うように貴方が――あいのゆくえをさがしている、というのなら」
 腐食が始まる。
 死毒が神たるそれの腕を侵し穢し、苦悶に唸る神の声が響いた。
「貴方に、縁は斬らせません」
 ――小指から、溶けだしていく。
 びゃっと右手を振るって距離を取るのだ。蜜の死毒を冬花にかけてやろうとしたのなら、それを蜜の白衣が防ぐ。
「ああ、よかった。どこも溶けていませんか」
「――ありがとうございます」
 冬花の上から長躯が白で守ったのならば、あとは出番だというように永一が前に出る。
 「いやあ、助かっちゃうね」と笑った狂気が展開するのは間違いなく【盗み】なのだ。【盗み禁ず狂気の暗殺】は起動された!
 広範囲に濃霧が出現する。赤い世界を奪う『黒』が世界をより暗く彩っていった。右手を黒油で焼かれた神は唸り、蜜の気がそれたうちに復元した刃でその『縁』を断とうと振るう。
「いやはや、流石鬼神。悪しきになっても強さは変わらず! お見事、お見事」
 確かに永一が『いた』らしい場所を突き入れたらしい。しかし、永一の笑い声がこだましていた。
 神もこれにはどうなっているのか判断がつかぬ。うろうろと目線を上下左右させているらしく、首を振るたびに布が揺れた。
 ――永一は、常に動いていたのだ。目にも止まらぬ速さで在りつつ、繰り出す銃弾で己の場所を「誘導」させる。弾はまっすぐにしか飛べないからその延長線上に永一がいると思わせたのなら万々歳なのだ。
 何もいない場所に向かって剣を繰り出す背中ではなくその腿を狙ってダガーを振り落とそうと遠心力を付けて低空から身をよじり一回転した永一の斬撃を――神は止めた!
「っと、――はは、俺は非力だからねぇ」
 だから、こういう手段を取った。
 火花がお互いの鋼の間に咲いて、逆手に持った日本刀に己の攻撃が防がれたのを知る永一である。こまっちゃうな、とわざとらしく肩をすくめてから刀にナイフの刃を滑らせた! ひっかき合うような音がして永一のナイフは弾かれる。
「ごめんねぇ」
 ――それは。
「後は、死んでもらわなきゃ」
 盛大な罠である!!     ジャックポット
 体の自由を『盗む』弾丸が――大 本 命だ! 弾かれた刃の勢いにのった永一が反対側で握るのが銃である。そのまま、ほぼ接地面までの距離がゼロで、引き金を引けば大穴が神の右足に開けられてたまらず、神もがくりと膝を折りそうになったのをこらえた。
「鬼って言うのは皆こうなのかな? まあ、いい土産話ができたよぉ」
 殺しきるのは俺じゃないからさ、と笑って。
 盗みの権化はその場を後にする。――鬼神と言うわりに彼の知っている『鬼』よりもずっと繊細で威力の足らぬ刀の感覚に、ぞくりと笑みが深まったのだ。

「ああもう、ほんとうに。君は! 僕を何だと思ってたんだ」
 夏報が死体の隣に寝転がる。
 そういう趣味があるのではない。人間の体を取り戻してぺしゃりと髪を新鮮な赤で濡らしたのは、体力の限界だったからだ。
「あんなの見せられたら今日の夢見が悪いよ。いや、夢なんてみないかも、しれないけどさぁ」
 二人分の血が混じっている。
 片や温くて、もうひとつは心底冷たい。死んでいるからだからあふれ出る赤はこんなにも無機質なのだ。それを知って、死体は笑うはずもないのについつい夏報は無事だったほほ骨に指先で触れてやる。
「――ひどい一日だった。そうだろ」
 少女は、『しろちゃん』を覚えていない。
 死んだ脳髄の最期は、愛おしい人を『完成』とともに忘却してしまったのだ。この『依頼』が『時系列』の異なるものであるとは知っていたけれど、今この場で噛み合わなくたっていいじゃないかと夏報が少し、運命を呪ったかもしれない。
「聞こえてないか」
 ――君は、死ねたんだもんね。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

スキアファール・イリャルギ
◎△
(真の姿:泥梨の影法師)


嗚呼
そうか
あなたもつぎはぎだったんだね

だから……さみしいって言ったんだね

恋しいんだ
怪奇も業病も無くて本当の意味で"人間"だった幼い頃が
だから擬態/模倣するけど下手で
自分と"違う"んだって痛感する
――"同じ"だった、筈なのに

愛おしいんだ
誰にも愛されない"怪奇"が
だから"私"が愛さなきゃいけない
この身に口付を落とせるのは、私だけなんだ
――きっとそれは間違った感情だ

滑稽だろ
嗤ってくれよ
……朱音さん

どんな罰を受けても
さみしくても、いいよ
もうエンドロヲルまで譲れないんだ
喝采が無くとも『怪奇で人間』で在り続けると決めたんだ

――肉も骨も溶けた"影"は、死んだら何になるんだろうな


ゼイル・パックルード
◎△
あんたとは、もう少し話をしてみたかったな。
好奇心は満ちたのか?もっと生きてれば、なんて思わなくもないけど……この一瞬が最高とわかるとき───これ以上なんてないとかわかっちまうとき、あるよな。
でもせめて、あんたにはもっともっと満足して死んで欲しかったと思ったよ、なんとなく。

人でなしがそんなこと望むのが間違いなのかね、神様
甘い夢に間近で魅せられたとしても、そんなの神様の力でも届かない奇跡だってことかな。

お前の攻撃に合わせてカウンターでUCを放つ。
打ち合いをしたい気持ちもあるが……俺じゃ受け止めきれやしないから、せめてぶつけ合う。
一方的だから礼とは言えないが……俺なりの感傷かね。


加里生・煙

死んだのか。
……いいな。
そうそうに 世界を みかぎれて。

◼️紅色
かみさまねぇ。確かに力は強いんだろうが、こうしてみりゃどこまでいっても、ただの人。だな。
……嘆くのか。狂うのか。
神とか言う、超常の力があるのに?
望むものが得られない時。神にだって祈るときかある。
けれどもまぁ、神様がこれじゃぁ。"俺達"は ここから居なくなるしか、ねぇじゃねぇか。
憂いと、寂しさと。なんだろうな。
普段はもっと濃厚なもんだが、今日の狂気はどこか苦い。

狂ったものはきっと、間違っている。
正しくない。正義じゃない。
…あんた。幸せになる方法を知ってるかい?
……諦めることさ。
あぁ、そうだな。それができりゃぁ、苦労はしねぇよなぁ。


ニコ・ベルクシュタイン
ああ、もっと話がしてみたかったぞ
俺には分からぬ、何故『自ら命を断ってしまう』など
其れとも、理解してはならぬ存在だったというでも言うのか、君は、小西は
最早八つ当たりに近いだろうが、ならば最早眼前の『かみさま』を斃すのみ

お前が幾ら愛を探し求めようとも、其れをくれてやる訳には行かぬ
お前が居るだけで不幸が起こる、ならば俺は止めなければならない
鳴り響け【葬送八点鐘】、かの者を在るべき場所へと
召喚した死神と呼ばれる其れと共に邪神へと挑もう

死神を盾にするように進撃、炎の遠距離攻撃と
鎌の近距離攻撃を使い分けて、俺自身も双剣で援護を
縁切り刀による攻撃は死神に肩代わりをさせられれば
俺は何一つ失う訳には行かぬが故に


鎧坂・灯理
……正直言って、安心したよ
小心者でね ああいう人間は怖くて仕方が無い
かといって怖いから消して、なんてすれば……ああなるわけで
ああ、効いたよ 最適解だった
加えて、感心した いやはや、好き勝手やったもんだ

死んでくれてありがとう
そして、おめでとう 貴様はやり遂げた
拍手をしてやる気にはなれんが、奴も求めちゃいないだろ
……強い意志を見ると、つい好感を抱くのは悪癖だな

さて、オブリビオンを殺さねば
起動――【胡桃割人形】 踏み込む、その足を砕く
人型だし、中身を潰してみよう 動きが鈍くなるやもしれん
私はまだ死にたくないし、法の獣に最愛を食わせる予定も無い
――未来は奪わせない




 ――もう少し、話をしてみたかった。
 きっと彼女を知っても止められはしなかったのだろう。だけれど、きっとゼイル・パックルード(火裂・f02162)もニコ・ベルクシュタイン(時計卿・f00324)も納得したに違いないのだ。
「俺には分からぬ。何故、『自ら命を絶ってしまう』など」
 理解を拒絶されたような痛みが、機械仕掛けの胸に走る。
 もとより人に求められ人に愛されたニコには、その少女が抱いていた孤独に寄り添ってやれなかったことが悔やまれてしょうがない。道具であるのなら、モノであるのなら、人に造られたニコならばきっと少女が『ひと』である限りは助けてやれたやもしれぬ。
「其れとも、理解してはならぬ存在だったというでも言うのか、君は、小西は――」
 絞り出した声が悔しさで満ちる。
 己の唸り声が張り詰めていて、鼻っ面を赤くさせた。何も寒さのせいだけではない。ただただ届かなかった両手を握りしめて、赤い瞳が少女の最期を瞳に焼き付けている。時計の瞳と同じ色をした空で死んだ少女にとらわれているのを、ゼイルが視てやっていた。
 好奇心が満ちたのだろうと思う。
 成長限界だったのだ。もう、彼女は自分がひとまず「やりたい」と思えたことはすべてやってしまった。『死』がゴールの手段としてあるなんていうのがゼイルやニコにはわからなかっただけのことで、彼女はそれで『最高潮』を知る。ゆえに、たやすく命を手放して見せた。己の記憶と、幸せと、仮初の『愛』を捨ててまで――ただ、『しろちゃん』が果たされることだけを信じている表情があまりにもどこか満足げで、それならばよかったではないかと理解はできるのだ。しかし、どうにもゼイルは納得がいかない。
「あんたにはもっともっと満足して死んで欲しかったな。――なんとなく」
 それを願うことが間違いだとしても。
 同じ利己的ないのち同士、たとえ朱音に超常の力なんてものがなくても、さらなる高みを知ってほしかった。
 死ぬことに希望を見出して死んでいく彼女のそれがただただ少年には遠く、そして『もったいない』ものに見えてしまう。
 もう少しまてば、もう少し彼女に生きる力が在れば、もう少しだけ死が遠ければ、革命を起こしたかもしれないのに――。
「わかりあえるまで、話してやれなかったもんかね」
 話し合わないために、己らに罰を見せたのだろうとも思う。
 己の至らなさに悔いるニコと、端役に死んでしまった同族への手向けの言葉に加里生・煙(だれそかれ・f18298)は片目の視線だけをやって、「いいな」と素直に少女を羨む。
 ――そうそうに、世界を見限れて。
 ようは、少女は世界にあきらめがついたのである。一つとして罪になることをしていないのに、いつのまにか台風の眼になった。己の孤独を埋めたいがための純粋な行動の果ては愛した人の忘却を以て完成し、己の愛が宛先知らずで世界を赤に染めている。
 それがまた、たいそう煙には羨ましい。
 諦められるのならよかった。煙は、それができない。まだ『異常』な自分が許される世界を探している。少女はそれがかなわなかったから死んだのに、煙はまだ狂人として自覚が出てから懸命に手探りで探していた。
 ――ゆるしてもらえる世界にしなきゃね。
 呪いのように、頭の中で反響する少女の甘い声が忘れられない。首でもせめて絞めてやればよかった、死を体験して、もう少し頑張ってみようと思わせてやれたのなら正義らしかっただろうか。
 ――正義なんて、どこにあるというのだろう。
「かみさまねぇ」
 少女を追い詰めた孤独こそ正義だったのか? 人間が集団でなければ生きられぬというのは被捕食者であった頃の話で、現代には関係ないはずだ。あの少女の異常が認められなかったのも間違いで、煙のことを恐れる世界だって間違えているはずだから、きっと今回は、――『世界』がまだよくないのだ。
「……嘆くのか。狂うのか。神とか言う、超常の力があるのに? 」
 ならばいつか、少女も己も認められる黄昏色の世界にしてやったのなら、救われただろうか。
 煙がゆらり、前に出る。神に対峙する人間の姿にしてはあまりにもまがまがしいものであった。いでたちからして不遜、態度には敬意もない。見定めるようにそれに視線をくれてやる。
 望むものが得られない時、煙だって『かみさま』とやらに願う時がある。往々にして与えられないから、神様なんてあてにならぬと知っていたのだ。――だけれど。
「けれどもまぁ、神様がこれじゃぁ」
 だって、思ったよりも神様というものは『しょうもない』ではないか。
 煙が吐き捨てるように言ったのだ。
「"俺達"は ここから居なくなるしか、ねぇじゃねぇか」
 これでは、救われない。
 少女も救われない、己も救われない、この場にいる誰もが救われない終わりがそこにあってばかばかしい。
 ――胸の中にじんわりと広がる苦さは『狂気』だった。だけれど、今日のそれは芳醇であるのに酸味があって苦みでコクを増したコーヒーのような味わいがするのである。
 威嚇し合う狼と鬼神の後ろ姿を見ながら、鎧坂・灯理(不死鳥・f14037)がニコの隣に並んだ。
「正直言うと、私は安心したよ」
 『人間』代表と言っていい。
 その彼女が言う言葉にニコが目を丸くした。哀に満ちていた器物は、「と、いうと? 」と灯理に教えを乞う。
「――小心者でね」
 ニコを元気づけてやろうと思って声をかけたのが半分で、彼に『人間』というものを知ってほしくて語り掛けたのが半分だ。
「ああいう人間は怖くて仕方がない」
 ――それでも、死んでよかったとは言い難いのだ。
 その複雑な胸中を、ニコも垣間見るだろう。口惜しさと好意の混じった顔は、どこか誇らしげな敗北を知ったような顔であった。
「ああ、効いた。最適解だったよ」
 少女に素直な賛辞を送りながら、灯理も己の心に罅割れたそれを認める。ニコも、彼女の横顔――三つの『目』が生えた眼帯を見ながら、その視線の意味が理解できただろうか。きゅうっと唇を噛んでいる灯理の薄いそれが白く染まっていた。
 死なせるつもりは、なかった。殺すつもりはあった。
 灯理が責任をもって「殺す」と言った手前、殺してやったほうがいいと思ったのだ。その小さな体に背負った業は燃やし尽くして殺してやったほうが少女のためになると信じて疑わない。生きていくほうがもっとつらいだろう孤独を知っているから――絶対に殺してやると思っていたら、あっけなく少女は自分から『死んで見せた』。
 それは絶対の『逃亡』であり、鎧坂灯理に対する『勝利』であり、『達成』である。
 真っ赤な世界を見上げた。少女の声が聞こえもしないのに、生ぬるい風はまるで命のながれを感じさせる。
「――おめでとう」
 ニコは。
 きっと、その横顔に晴れ晴れしい色を見たのだ。
 納得というのは『理解』がいらぬと知るだろう。腑に落ちる、という表現が正しいのかもしれぬ。
「……強い意志を見ると、つい好感を抱くのは悪癖だな」
 灯理が苦笑いを浮かべれば、ニコは首を振る。
「そうだろうか、いいや――俺は、不謹慎だが」
 それでいいのではないか、と思う。
 人間たちが納得し合ったのならばニコが納得しない道理はない。あの死こそ少女にとっての『美しい』終わりだったというのならば、そうだと信じている。それが『人間』らしい灯理の感想だというのならきっと、そうなのだ。彼女の声に嘘偽りがないのなんて、――毛先が震えているのを見ればわかった。
 恐ろしい、と言う感想も何もかも、真実である。
「理解したフリほど、愚かなこともない。彼女は俺に教えてくれたのだ。――無知であるならばもっと知れと」
 ゆえに、もう己の両手を見つめるのはやめた。
 つかめなかった未来の胤を取りこぼした今できるのは、次に『咲く』未来を害する『神』を滅することである。
 ニコが戦意を取り戻したのなら、灯理もほっとした。――余計に、気分を削いではならぬ。
「嗚呼、そうか」
 そして――赤色の『真実』に見せられた泥梨の影法師がまた一人。
 形容しがたき姿をしたスキアファール・イリャルギ(抹月批風・f23882)の無数の瞳は、ただ空を見上げていた。
「あなたもつぎはぎだったんだね」
 納得のように、それはまるで指揮を得た歌手のように声を上げる。
 まず、煙が吠えた。
 間違っているとされた己を赦す世界を作るために、【狂気を喰らう】。口の中から群青色の焔を吐き出して飛び出すさまは、まるで一つの神話のようでもあった。
 鬼神が振り下ろす鋼に炎を振り払われながら、なお近接で挑み皮膚が裂けたらそこから地獄はあふれ出す。
「だから……さみしいって言ったんだね」
 ――恋しいのだ。
 この場にいる誰もが、飢えている。
 己の存在意義を知りたい、知らぬ人の心が遠い、愛する人との未来を渇望する、己が求める世界が欲しい! どれもこれもが戦いに牙を剥く中、スキアファールはただそれに相応しい歌を唄う。
 ――人間だった、遠いころが在る。
 怪奇も業病もなく、本当の意味で自由で在り人間だった己の昔をおもいだしてそれを求めていた。故に今日この日も人間を纏って『擬態』していた。そんな自由だった日々を忘れるにはあまりにも日常が恋しくて、もう届かない『昔』に懸命な両手を伸ばす己があさましくも愛おしい。
「愛おしいんだ」
 いびつな男の咆哮に合わせて、神が剣を振れば。それを弾き飛ばしてやろうとしたゼイルの【邪刃一閃】が命中した。
 受け止めきれないとは理解している。足技で繰り出したのは跳躍と遠心力が一番鋭くなるからだ。真紅の焔を纏い振りかぶった踵落としが刃を地面に突き刺し、血煙をまき散らしながらゼイルが着地する。
「――神様の力でも届かない奇跡、か」
 薄く笑ったゼイルは、己の引き際をよくわかっていた。蹴りを繰り出した足のかかとから土踏まずまでの裂傷が在る。焼いて防げば止血は収まったし、傷だらけの体に巻き起こる興奮は痛みを感じさせない。しかし、こういう時が一番『詰んでしまう』のだ。
 ――死ぬわけにはいかぬ。生きてほしかったと、少女に願ったのならば。
「俺なりの感傷かね」
 そんな感情があるだなんて、驚いた。
 ゼイルが笑ったのなら、灯理が群青色に焦がされて暴れる神に手を向ける。
 所詮神とはいえ『ヒト型』だ。その中身を解析するには機械では遠くとも、灯理の能力は「思い込めば」達成が約束されているものである。息を大きく吸って、長く吐いた。『できる』と念じながら、己の指先に全神経を集中させる。灯理はまだ、死にたくはないのだ。
 ――法の獣に最愛を喰われては困る。そんな予定は未来永劫無い。しかし、ただ――己の『度が過ぎてはならない』。
 激情家である灯理にとって、全神経を集中させ行うこの攻撃は非常に脳に集中力を強いる。未確定で不明のパーツを探して、それを確かに『握れる』までのイメージ力が重要であった。
 張り詰めた空気を吐いて――紫は、決意を込める。
「未来は、――奪わせない」
 広げた手が視界で群青に染まった『神』を覆うようにしたら、ぎゅうっと小さな姿ごと手を握る。
 刹那、神の身体が一気に委縮したのだ!
「――――ッッッ!!!!? 」
「姿が人間ならば、中身くらいあるだろう。貴様にも」
 【 心 術 : 胡 桃 割 人 形 】 !
 いやな音がしてから、神がおそらく口であろう部分からも耳からも真っ赤な液体を噴出させる。それが果たして核足る部分の破壊には至らなかったとしても、充分すぎる実験結果ではあった。
「さあ、頼みましたよ。この通り、ただの人間でね」
「承知した」
 ――呼応したのは、ニコだ。
 己のうちに沸き上がったのは、最初は八つ当たりのような感情だった。
 人間のことが理解できないものゆえに、少女の命を絶たせてしまったのだと知る。ニコは、先ほど少女を理解してやることができたのだ。
 その時の表情を忘れられない。いくら悪意があったとしても、少女の年相応な喜びを忘れることなどできなかった。
 飛び出す長躯は、『かみさま』にめがけた絶対の意志を赤に宿している。
「だから"私"が愛さなきゃいけない」
 朱音は、誰かに愛されている。
 この場にいる猟兵たちが彼女のことを憂い、そして助けてやれればよかったと思ったものもいれば、これでよかったのだと認めてやるものもいた。それが、スキアファールには羨ましい。それぞれの心に根付いて、美しい花を咲かせる朱音の魅力がただただ、美しく思えた。
 人は、誰もが『利己的』であるべきである。
 己の身一つ満足にできないで、どうして他人のことを満たせるというのか。故に、スキアファールは己自身を――『怪奇』を愛さなくてはならぬ。誰にも愛されないこのおそれを、悍ましい姿を、愛さなくてはいけないのが宿命だ。
「滑稽だろ、嗤ってくれよ」
 ――朱音さん。
 こぼした音はまぎれもなく悲哀の色をはらんでいて、それを断ち切ったのがニコの双剣だ。
 【葬送八点鐘】が赤い世界に鳴り響き、呼び出された死神と炎が立ち向かう。神には神で対抗し、それを盾としたのだ。すでに数多の焔に燃やされて鬼神は怒りが最高潮であったらしい。呻くそれにニコが薄く笑んでやって、またまっすぐな顔をした。
 ――縁は斬らせない。
 ニコが救えなかった朱音との縁も、その背中に背負った知らぬ業の数も、己が乗り越えた誰かの屍も、すべてすべてニコの道で大切な導だ。
「悪いな、――俺は」
 神の溶けた腕に狙いを定めていた。
 手負いのそれであれば、ニコも断ち切れるだろうと踏んでいる。仲間との『縁』が作ったこの隙を逃すわけにはいかぬと緊張が赤に走れば【死有の焔】が暴走した速度でニコの援護といわんばかりに大文字の中に神を縛った!
 ――ああ、無貌の君よ。
 たとえ、二つと無数の視線が交わらずとも、ニコはその背に彼の命と熱を知る。スキアファールが愛哭とともに放り出した命の灯を背に受けながら、退くわけにも怯むわけにもいかない!!

「何一つ、失う訳には行かぬが故にッッ――――ッ!!! 」
 も う 、 エ ン ド ロ ヲ ル ま で 譲 れ な い !
 ニコが振り上げた双剣で神の溶けた腕を断った。一本が鋭く空を飛んで、取りこぼしなく群青色の焔がそれを喰らう。
              ア イ
「ああ、――苦いな。苦い、『狂気』の味だ」
 煙が満足そうに言ったから、ゼイルもまたそれを見上げていた。燃え盛り消えていく腕にこもったのが愛ならば、やはり――あの中には『少女』が確かに含まれていたのだ。
 訊いてみたかったことがたくさんあった。
 愛とは、死とは、生きるとは、知るとは、――世界とは、何で出来ているかなんて哲学的もいいところだがきっと少女ならそれを『知った』のだと信じてならぬ。少年は、もう遭えぬ彼女の名残を鉄の匂いで感じていた。
 この戦いに喝采が無くとも、スキアファールの痛みを聞いてくれなくとも、己で己を肯定するのだと影が目を閉じる。
 灯理もまた、息をゆっくり吐いて後続に道を譲った。『少女』に敗けたからではない。『やり返した』今、追撃など大人げない真似をしなかった。
 ニコがごろごろと地面を転がって神から離脱すれば、背中にフェンスがぶち当たる。きっと視線の下には少女の遺体があった。赤い液体が黒くなり始めていて、時間を知る。優しく目を閉じてやったのは、彼なりの想いだったのだ。
 真っ黒な姿が仲間たちに逸れに溶けて、『怪奇な人間』に戻っていく――肉も骨も溶けた"影"は、死んだらきっと、世界の一部に至るのだ。
 今日、この日のように。
 愛を探す神が哭く。行方知らずの愛おしい人を求めて、何故だ何故だと髪を振り乱す。
 ――目に見えぬものを願って、神が口に鋼を咥えて月に真っ赤に染まる手を伸ばしていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

斬崎・霞架


負け犬は嫌い、と言っていましたね。
少し似ているのかも知れないとも思いましたが…
…何であれ、自分の命を亡くしては…ましてや自らなど。
例えどんな想いがあっても、どんな結果を齎したとしても、それは敗北に他ならない。
…“勝ち”ますよ。
貴女に。
ついでに、貴女が齎したコレにも。

【POW】

呪詛には簡単にやられはしない。
ならば動きを【見切り】捌きましょう。
(【刻死:爪】を展開。【盾受け】【呪詛耐性】)

この相手に迷う必要などない。
倒せるかとも疑わない。
相手が悪魔なら斬り捨てよう。
相手が神なら撃ち抜こう。
…それが“猟兵(僕たち)”だ。
(【盾受け】から【早業】で【刻死:吼】に可変。
至近距離からの【極光】を狙う)


アルトリウス・セレスタイト
迷いなく飛んだ一人への感情
或いはそれに憤り、嘆き、叫ぶ幾人かへの

正しいヒトならば自分の裡にそれを見るのだろう
紛い物の己は、確かに抱いた筈のそれも俯瞰するように眺めるばかり

破界で掃討
目標は神と呼ばれた目の前の個体
『刻真』で無限加速した高速詠唱を『再帰』で無限循環
天を覆う数の魔弾を「瞬きの間もなく」展開・斉射

更に射出の瞬間を循環させ「一切の間を置かず」斉射を継続
目標を隙間なく押し包む包囲攻撃で始末
必要な魔力は『超克』で“外”から汲み上げ供給する

自身が攻撃を受けるなら『刻真』で異なる時間へ飛ばし影響を回避

目標以外へは無害だが視界は遮りうるので、他の猟兵の動き次第で調整は行う

※アドリブ歓迎


ジェイ・バグショット

女が飛ぶ瞬間を風景の一部として見ていた
人の死ぬ様など見飽きるほど見た己だ
あいつは笑った。ならばそれが答えだろう。

愛のかたち?そんなもん俺には分からねぇよ。
目に見えないものは不確かで信用ならない。

愛を語るには嘘吐きで、与えるには血に濡れすぎた。
幻覚の後遺症なのかただの不調か具合いが良くない
結局あいつの『愛』とやらに振り回されただけか。滑稽だ。

『荊棘王ワポゼ』棘の鉄輪を複数空中に召喚。多方面から輪を強襲させる
『首刎ねマリー』断頭台と拘束具が個別に飛来。拘束具で囚われた対象を断頭台の刃で切断する
各武器は自動で敵を追尾し攻撃

……自分で死に方を選べたんだから、マシな人生だったろう。
俺はきっと選べない。


ティオレンシア・シーディア
◎△

…「死に忌避感がなくて」「学ぶことに疲れちゃって」「知識欲が満たされてしまった」なら。
…やっぱり「そう」なる、わよねぇ…

あの子の命って呪詛を喰らって力を増しているのなら。呪詛を祓えば多少弱体化したりしないかしらぁ?…正直、こっち方面はあんまり得意じゃないけれど。
ラグ(浄化)とソーン(退魔)で領域を塗り潰し、エオロー(結界)とアンサズ(聖言)で固定。聖水充填したグレネードも使えば効率良いかしらぁ?
撃ちこむのはユル(訣別)。あなた以外だと、ケガや病気以外の縁は切られたら困るのよねぇ、現状。

…憧れは理解から最も遠い感情だ…って、どこかで聞いたことあるけれど。
はぁ…ホント、もったいないわねぇ…




 負け犬は嫌い、と言っていた。
 少女は負けず嫌いの命知らずで、前を歩いていくことしか知らない。故に、足の先にあったのが虚であったなんていうのも見越して落ちた。
 死は、生きることからの逃亡だ。ゆえに、これは――敗北ではないのか。
「例えどんな想いがあっても、どんな結果を齎したとしても、それは敗北に他ならない」
 斬崎・霞架(ブランクウィード・f08226)は言い聞かせるように己に告げる。
 これを正当化してはならないのだ。霞架はより強くなるためにも、死ぬなんて方法を取ってはならぬ。
 誰かを救い、誰かを照らしたい。己の力は使いようだと教えられたこの事件の顛末が、こんなことであってたまるかと首を左右に緩く振った。
「あいつは笑った。ならばそれが答えだろう」
 一方。
 その隣で、ジェイ・バグショット(幕引き・f01070)が金色の瞳を少しも動じさせていない。
 先ほど見せられた幻覚の後遺症で、もとより悪い具合がさらに悪くなった。少し青い顔をしながら寒さに震える末端を隠すように、乱暴に上着のポケットへ手を突っ込んでぼんやりとその『あと』を見ている。
「勝利とか、敗北とかじゃねぇよ。シンプルな終わりだ」
 愛なんて不確かな脳の不調で死んだ。
 ――しかし、その『愛』に振り回されている己がなにより滑稽である。
 考えたのは久しぶりだ。『愛』についてなんて時間を持て余した平和主義が考えるようなことを、まさかジェイが思わされる。
 愛を語るにはあまりに嘘つきだ。己のことだって今も痛みに対して欺いている。心の軋みにわからない振りをしていた。不調であることは理解しているのにまるで認知できないように。
 信用ならないものに『命』をかけるほどの価値があると少女が笑ったのなら、知らないジェイは「そうか」と頷いてやることしかできない。
「自分で死に方を選べたんだから、マシな人生だった。――そうだろう」
 ジェイは、きっと選べない。
 どこの病巣が破裂して死ぬかなど予測もできないし、はたまた戦火の中で死んでいくかもしれぬ。
 己は、きっと少女のように自分から死を選べる立場にはあれないのだ。生きることを謳歌したから満足して死んだ少女の行いはよくある悲劇の風景として、当たり前の一部でありながらジェイには遠い『終わり』である。
「憧れは理解から最も遠い感情だ……って、どこかで聞いたことあるけれど」
 ティオレンシア・シーディア(イエロー・パロット・f04145)もまた、その風景を見て納得していた。
 少女の心は理解できない。
 ただ、その理屈は分かる。『死』に忌避感が無く、『学ぶ』ことに飽きて疲れ、『知識欲』がこうして満たされてしまったから、『こう』なった。
 まるで単純な足し算の組み合わせのようで、見えぬ負の感情が少女の裏で動いていたことがわかる。
 手にしたルーン石はあまり得意な戦法でないが、少女のことを考えながら手遊びするにはちょうどよかった。
「あっけなく、終われるって素敵ねぇ」
 甘ったるい声から出たそれは、働きすぎた女性のため息のようで。
 メランコリックに彩られる白い息が赤い世界に消えていく。空を染めるほどの想いが『愛』だというのなら、やはりそれは偉大で恐ろしいのだ。少女の血肉と命を吸った神が猟兵たちに攻撃を叩き込まれてもひとつとして退かぬところを見るに、どんな薬よりも依存性が高い。
「私たちには、縁のないものだから」
 困った顔をして、霞架を見る。
 生きることに対して健常ゆえ意識が高い霞架と、ただ己の体に抗って生きているジェイとの間に緩衝材として入ったティオレンシアだ。
「――理解できない。僕はただ、勝つだけです。彼女の齎したコレにも」
 同じ土俵にいないことなんて、理解している。
 全く畑の違う分野だ。霞架の知っている世界と少女の歩んできたそれは違う。異種族部門での殴り合いを果たそうというようなものである。ライオンとサメを戦わせるようなものだ。だけれど、そうしてやることでしか――助けてやることができない気がして、霞架がきつく唇を一文字に結ぶ。
「勝ち負けで解決することもあれば、そうじゃないこともあるだけよぉ。少なくとも、今回はね」
 でも、シビアな価値観もまた素敵よね――なんて笑って、ティオレンシアが諭すのもどこか『かばう』ように見えてしまうのは、霞架のバイアスでもあった。しかし、一度冷静になるべきやもしれぬと一度深呼吸を入れる。
 その光景を――アルトリウス・セレスタイト(忘却者・f01410)が視ていた。
 『憧れ』は『理解』に最も遠い感情である。それを体現するのが、彼でもあった。
 飛んだ少女への想いなんて、何もない。少女がそうしたいと思ったのならば、そうさせてよかった。アルトリウスは観測者であり調停者であれど、人に干渉してよい存在ではないと自覚している。
 人間にあこがれる彼こそ誰よりも人間からは遠い。人間の皮をかぶった中身は超常そのものだからだ。世界を構築する『原理』で出来上がった残骸には人間らしい情緒なんてものが無い。あるのは、計算式のみである。
 三人のやり取りを見ながら、何一つ己に感じられるものがなくティオレンシアのその言葉になるほどと思うた。
 あまりに、――己が人間から遠いことを教えられる。
 紛い物である自覚が増えたところで、感傷はない。弁えて其処に在るだけのことだ。
 何かを感じたはずなのに、何も感じられないように思うのは体の中に在る式がそれを修正してしまったからかもしれぬ。
「殲滅を」
 ――静かなアルトリウスの宣言とともに、【破界】が顕現された。
 障害を無視し、万象を根源から消すための式である。ゼロになにをかけてもゼロになるように、創世の権能で作らせた蒼光の魔弾が浮き上がった。
 やるべきことは理解している。瞬きの間もなく無限に循環させた魔力は神という個体の破壊に動き始め、すべての照準を合わせて放たれていたはずだ。
 ――それなのに。
 己の中に浮いた「知らない」式が、気になっている。
 心と言うものを俯瞰的に鑑賞してしまうのは、己にないものには興味があるからだ。
 人間が生み出す『心』というエネルギーには無限の可能性があり、時にアルトリウスの常識を覆す。
「――それが、お前の心か」
 正直、この一撃で決着は明白だとジェイは思った。
 どう見たってアルトリウスの魔術は膨大すぎる。世界を歪ませるんじゃないかと思わされるそれが、神にめがけて降り注いだのに――すべて『縁』を切られて沈黙させられていた。
 己に干渉する『縁』を断ってみせた神は、口にくわえた剣を健全な腕で握り、ふうふうと白い息を吐き出している。
「ダテに神じゃねぇんだ。そういうのが心なんて持っちまって、まぁ、ロクでもない」
 新興宗教よりもずっとたちが悪い。
 愛と言うこの世で最も理解できず、ジェイが翻弄された感情を抱く神に対しては同情も半分あった。
「振り回されたんだろ、お前も。ご苦労なことだ」
 ――それを知らないアルトリウスが、演算を誤ってしまうのも無理はない。
 秘められた「こころ」の正体を理解できぬからこそ、この神のエネルギーを前に美しい青の針金細工は繊細故に間違いを起こす。
 先の幻影で知ったのは『可能性』だ。それがアルトリウスの演算を遅らせて邪魔をする。彼は『原理』そのものであるから、彼の放つ魔術式はあまりにも膨大すぎる。故に、『迷い』ひとつ――胸に芽生えた『なにか』が気になってしまって、絶え間なく展開される魔術式のほころびに刀が入ったと言っていい。
「? 」
 アルトリウスも、きっと感情の正体は分からない。
 ゆるりと首を傾げ、己の指先を見る。震えてはいないのに、生きた人間のものにしてはあまりにも白かった。
「――おやすみの時間だ」
 【 大 殺 戮 の 夜 】。
 赤い月がぶわりと浮かび上がる。世界が真っ赤であるのに、それだけは一段と異質な紅を連れて空間に鎮座してみせた。桃色とも赫ともつかぬ、しかし人間の中身のような色が満ちた光で美しい。
 ジェイがゆらり、瞳を空気に眼光を漂わせたのならば彼を中心に九つの輪が現れる。『荊棘王ワポゼ』と曰くつきの鉄輪たちが地面に悲鳴をあげさせながら滑空、そして強襲を始めた!
 ぎゃりぎゃりと床を掘り起こしながらコンクリートを破砕し、輪は加速して火花を散らしていく。それを鬼はまず己の全身の力を使い床を破砕することで障害物とした。隆起した地面を跳ねまわす輪たちに舌打ちをしてジェイが『首刎ねマリー』に道を作らせる。
「神、いいや――鬼か」
「オーケイ、援護するわぁ」
 断頭台が砕くのが鉄であるなら、ティオレンシアが己の石をジェイの隣から投げつけた。
 破砕されていく瓦礫に紛れて、ルーンの刻まれたそれは目立たない。ティオレンシアは一つの仮説を立てていた。
「あの子の命――呪詛を喰らって力を増したんなら、それを祓えば多少、『きつい』んじゃないかしらぁ。ねえ。鬼さん」
 浄化と退魔の刻印を持った石どもが、赤い月に照らされて光りだす。いつもと違う異質な月に充てられて、きいいと悲鳴を上げたらたちまちその『領域』を塗りつぶされた!
 鬼の脚が、鈍る。
 明らかに速度が落ちたのだ。ジェイがせき込みながらその隙を見逃さない。
「おい、勝ちたいんだろ」 
 声をかけたのは霞架に対してだ。 
 行けよ、と言った金色は、これ以上の無理ができないのだと自嘲的でもある。
 次に、グレネードを合図として投げたティオレンシアがいて――爆ぜた聖水で結界を成就させた。
「ケガとか病気以外の縁は斬られたら困るのよねぇ、現状」
 鬼がそこから逃れられない。
 全力で走ってぶつかりに行っても見えぬ壁に阻まれる。体を焦がしながらぶつかり、獣のような雄たけびを上げて怒りを表し空間を音波で震わせる。ティオレンシアが――汗にまみれた顔に髪の毛をはりつけながら、笑っていた。
 ピュリファイ
 【鴆殺】が、起動している。
「有難迷惑なのよ、――ああ、ホント、もったいない」
 訣別の刻印が刻まれた石を親指で弾いたのなら、それを合図として霞架が飛び出した。
 石が結界に触れれば、それが開かれる。固定した猛獣が暴れだすから、それをいなすのが霞架のやるべきことだ。
 人の感情に勝ち負けが無いと教えられても、納得ができぬ。この世は生きてこそ勝者ではないのかと信じていたけれど、目の前でアルトリウスが『迷った』姿を見て、理解した。
 ――負け、の状態は様々である。
 心肺の停止もそうだが、思考の停止だってそうなのだ。己の在り方に惑った時や、どうしたらよいのかわからないからと嘆くのだって、きっとまぎれもない『負け』である。
 だから、霞架はまっすぐだったのを知る。
 迷わない、厭わない、疑わない。相手が悪魔だというのなら斬り捨て、相手が神だというのなら撃ち抜くのだ。それが――己らだと信じている。
 黒い身体を見送ったアルトリウスに、霞架が吠える。
「 行 き ま す ッ ッ ッ ! ! ! 」
 ――アルトリウスは。
 一度、いつもより目を見開いた。
 驚きといっていいほどの感情だったかもしれない。
 だけれど、目の前の『仲間』が『仲間』として己を鼓舞してくれたのだ。
 紛い物の身体である。人間の組織を構成して作ったその体は、人の心などもてないし知らない。壊すだけの術式は仲間を失ってしまうことだってあるほど強大なのだ。だから、ならばこそ――。
「見届けよう」
 腕を伸ばす。
 霞架のために鉄輪と断頭台が道を作ったのならば、数多の術式がまた展開された。
 むやみやたらに放ってならぬ。確実な一撃で仲間の『想い』を届けるためのものだ。アルトリウスが息を吐いて――止める。
 『爪』が放たれた獣と衝突した。
 すさまじい音である。霞架の伊達眼鏡を照らすほどの火花で、思わず息を止めさせられる。ねじ込もうとした一発をお互いに弾き合い、己の両腕を十字に重ねたのならそのまま重い一撃を受け止めた。籠手がわの腕をへし折られないために、生身の腕で押し上げる形になる。
「ぐ、――ッ」
 ずん、と圧がかかった。霞架の足が地面に僅か沈む。常人ならばこの衝撃でペーストになっていてもおかしくはないほどなのだ。
 べきべきと己の二の腕と背筋に痛みが入り、筋繊維がちぎれ始める感覚を味わっていた。しかし、霞架の瞳はけして勝利を疑わない!!
 フ、と笑って息を吐き、神をねめつけた。
「良いんですか。僕ばかり、気にして」
 地面にこのまま霞架を鎮めようとした鬼神の上から――蒼が降る。
 それがアルトリウスの光線であった! 神罰の如く一筋の光が走る! 霞架ごと焼きそうになった光は『仲間』に干渉しない。神のいた場所だけ焼いて、霞架の姿を光で包んだ。
「――僕は」
 霞架の武装が変形する。
 ジェイの鉄輪が逃げる鬼神を追いかけ、囲み、ティオレンシアの術式がその行く手を制限する。
 結界の中に閉じ込められた拷問具たちが跳ねまわして神から自由を奪った!
「僕たちは、本当の意味で、勝つ」
 【極光】。
 逃げ場のない神に放たれるのは、勝利へ突き進む男からの呪詛から生み出した砲撃である。
 どうっと生み出した衝撃ですべてを壊すものだった。空間に、一筋の光が走り――赤い世界に黒くまがまがしい跡を残していく。
 わずかに残った神力のあった刀で受け止めた鬼も、たまらず吹っ飛ばされて宙を舞った。赤い血を散らしながら、しかしぐるりと身をよじり地面に立とうとし、膝をつく。
 あがめられて『愛』という衝動に縛られた神が、とうとう二本足で立てなくなり始めていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

プアゾン・フィエブル
◎△
罰が落ちたか分からないけど、
少なくともあの子はおちた。
かみさま、あなたは命以外に何を奪った?

物理非物理、たとえ神でもワタシの病毒は作用します。
迷彩で紛れ、時間稼ぎで毒を巡らし
たとえ他の斬撃はよけきれずとも、
縁切りの刃だけはbasiliskのワイヤー部分で受け止める。
繋ぎ止めて【sweet pain.】

手も足も、あの人が愛でた顔も、
斬りたいなら斬ればいい。
でもこれだけは切らせたげない。
だって、あいたい。
寂しい恨めしいと喚く心があいたがってる。

ね、寂しがりのあいたがり達。
(怒りより、今は)
(人でも恋でも愛でも地獄でも)
おちるとこが同じなら、
何千年の孤独の先で逢えますよ。
断ち別たれても、きっと。


ヴィリヤ・カヤラ
◎△
さよなら、朱音さん。
飛んだ瞬間の表情は素敵な笑顔だったし、
もう話できないのは残念だけど
後悔してなさそうだから良かった。

こんにちは、神様。
最近知ったんだけど愛してる人と別れても
お互いに死んだ後に会えるって言われてるんだって。
そのうち会えるといいね。

さて、敵も強そうだし楽しくなっちゃいそう。
影の月輪で敵を包んで動きが止められるかやってみるね、
動きが一瞬でも止まったら
『高速詠唱』の【氷晶】で串刺しを狙ってみるよ。

死んだら会えるなら朱音さんもしろちゃんにそのうち会えるのかな?
本当に会えるなら父様を殺せたら母様と会えるかもしれないよね。
頑張らなきゃ。


ルメリー・マレフィカールム


死んだ、の? どうして、そんなこと。
分からない……けど、せめてオブリビオンだけは、ここで斃さなきゃ。

【走馬灯視】で、オブリビオンの動きを観察。気配、重心、筋肉の動き。【斬】で強化された身体能力を読んで、攻撃を避けながら間合に飛び込む。
それが出来たら、ナイフで反撃。観察で見つけた急所に深く突き刺して、ナイフを捻って深く抉る。

なにが、正解だったんだろう。どうすれば良かったんだろう。
私に記憶があったなら。もしかしたら、それが分かったかもしれないのに。


ロク・ザイオン
△◎

(おれをゆるしてくれた。
受け入れてくれた。
ひらひら落ちて、ああ
おれを置いて還ってしまう)
(濁った嗚咽。慟哭。
幻でも罰の傷はほんものだ)

(「かみさま」が嫌いだ
その名を追うようにひとは
悲しい顔をして、嬉しい顔をして、またはなんでもない、受け入れた顔をして
死ぬ
己のいのちを明け渡す)

(けれどその名が最大の脅威に、荒ぶるものに冠されることを知っている
【野生の勘】で隙を突き小細工無用の最高速度、一直線
「悪禍」の火球を侍らせ【ダッシュ】
病を【早業】で【焼却】する)

(その刃は己の何かに届くだろうか
断たれてしまうというそれは、何なのだろう)


クロト・ラトキエ
◎△

そう。
そういう“いき方”も、ありますよね。

驚駭は無く、哀惜も無く。
何かを懐くのも何かを述べるのも、役目でも無く柄でも無く。
彼女の選択に、向ける肯定も否定も無い。

僕への『罰』は、もうご存知でしたから。
あの『ひと』も。

――唯。
哀か、愛か。天に、きれいと笑った彼女の『心』は、
割と嫌いでは無かった。その程度の理由で、
眼前の其れを、骸の海に還します。

軸足、一足、間合いに剣の軌道…
見切り得た全てを基に回避を試み。
腕へ脚へ、動き阻まんと放つ鋼糸
…気休め?結構。
良悪問わず害にしかならぬ己の縁など、
絶たんと放つ一撃へ――UC
この忌々しい業が隙を作り、一刀の礎と為るなら。

孤独の先に望むもの…
僕流の解を、貴方に




 炎が、たぎってよく燃えた。
「ああ、ァ、あ゛――」
 吠える獣の声はとうに人のそれをやめていて、取り繕う暇もなかったのである。
 ロク・ザイオン(蒼天、一条・f01377)は己の存在を赦してくれた存在をまた失った。
 繰り返す己の至らなさに吠えた獣がうずくまり、何度も何度も拳を地面に叩きつけて現実を壊そうとする獣性に抗う。
 置いていかれてしまう。いつもいつも、髪の毛の端を燃やしながらロクの結末はそうなってしまうのだ。
 獣でありながら人間になりたがる彼女を肯定してくれる存在がどんどん、「かみさま」に取り上げられていく。
 在るものは喜んで、在るものは拒んでも絶望して結局は捧げ、在るものは――こうして、受け入れてひらひらと花弁のように散っていった。
 傷ごと「かわいいね」と抱きしめてくれた少女はもうそこにいない。鼻が拾うのはただ少女が肉になってしまったにおいだけである。
 ロクは、「かみさま」が嫌いだ。「かみさま」はみんなロクから取り上げて、あまつさえ殺してしまう。
 その存在が偉大で在り、最大で在り、脅威で荒ぶるものの冠であったとしても、ただただ嫌いだ。己の感情を乗せた泣き声が響いて赤に吸い込まれていくのだって、にくらしかった。
「お゛ォオ、まッ゛え、がァ、゛――ッ」
 ぼろぼろと瞳から涙をこぼし、それが油となって【悪禍】をたぎらせていく。
 ルメリー・マレフィカールム(黄泉歩き・f23530)からは、その涙に含まれる感情の輝きがランプよりも明るくて目を細めた。
 まるで、ロクが真っ白に輝いて見える。彩度の低い死んだ世界では、あまりにそれがまばゆかった。
 ――これが、感情なのだ。
 ルメリーが己の指先を見たとて、そこには灰色の肌しか見えていない。
 赤い瞳が映すのは死んだ世界だ。すべてがモノクロ・グレースケールで埋め尽くされている今、余計に己の中に在るはずのものが「無い」のを見せつけられていた。
 少女が――死んだことも、真っ黒に見えている。
 どうして死んだのかが理解できない。ロクが泣き叫ぶのがわからない。人の心が、愛というものが、どんな意味があったのかも知らないし覚えていない。
「なにが、正解だったんだろう」
 正解なんて、どこにもなかったのかもしれないのだ。
 飛び出して攻撃を仕掛けるロクの動きに合わせて、ルメリーもまた軌道を【走馬灯視】であわせる。ルメリーのほうが小さく軌道も早いから、先に注意を引いた。
 躱すことに秀でた技である。神とて人型であるのなら、動いて翻弄して癖を読み解けばするりするりと小さな体はそれをかいくぐる。
 放たれた右腕にはナイフを挟み防御し、弾かれたそれを体をひねることで追撃回避のち、左手でまたつかんで見せた。しゃがみこんで転がれば小さな体を追う大きな神はロクの掌底に弾き飛ばされて体を焼かれる。
 ――どうすればいいのか、戦うことは分かるのに。 
 まだ、少女が救い方をわからないのだ。ルメリーは、どうしたら朱音が救えたのかを知りたい。
 泣き叫ぶロクはその答えを知らないようだった。それでも、涙にぬれた顔が『生きていて』美しい白だったのを赤で追う。
 攻防戦を見ながら、そういう生き方もあるのだろうとクロト・ラトキエ(TTX・f00472)は朱音の意思を尊重した。
 正しく言えば、無干渉でいたのだ。触れてやっても責任が取れないし、なにせ彼女が『孤独で在る』己の業と重みを知っている。
 認められたい、知られたい、と言いながら――心の底ではどこか冷え切ったものを抱えていて、それが暴かれるのを何より恐れる少女は若いころの自分を見ているようだった。
 クロトだったら『こう』されたいのだ。
 無感動で、死ぬことに驚かず、悲しまれることもないし、惜しまれるようなこともなく、何か解説を付け加えてやるような無駄なこともしないし、肯定も否定も、いらない。
 ――とてもシンプルだ。
 個人というものは、尊重しあうべき事柄である。
 クロトが『孤独』であるのだって、尊重の結果だ。中途半端に傷をなめ合って化膿させともに死ぬくらいならいっそ何もないほうが皆のために在る。己との『縁』など百害あって一利もないと弁えているからこそ、少女の死は――。
「割と、嫌いでは無かった」
 ぽつりとこぼした音を拾って、「うん」と相槌を入れてやったのはヴィリヤ・カヤラ(甘味日和・f02681)だ。
「そうだねぇ。飛んだ瞬間の表情は素敵な笑顔だったし。」
 ――さよなら、朱音さん。
 きっと少女からの返事は聞こえないし、それが現実である。でも、ヴィリヤは己の自己満足のためにそう言った。人間味のない彼女の半分は夜の王で出来ている。後悔のない人間の死という真新しいながらに尊いものを見送って、金色の瞳はどこかしら満足げであった。
 みっともなく演説をするわけでもなく命乞いをするような真似もなければ、己のやりたいことを望んで死んだ少女に何も言ってやらないのは、彼女もである。 
 明確な人外と感覚がそろっていて、クロト自身少し自分の居場所に納得したやもしれない。『人の中に居れない』ものたちが、浮き出ていた。
 吠えるロクが斬りかかり、焔を燃やして穿とうとするのをルメリーが必死に援護し、同じように神に傷をつけていく光景は『若さ』も感じられるが『人間らしさ』もあるように見える。
 愛か哀か、天に『きれい』と笑った少女の心がこうして刻まれて、皆を動かした。無感動で在ればイラつく存在もいて、悲しむ存在もいて此処が『葬式』の場らしいこともまた、人間らしい。クロトがぼんやりとその光景を見て、己の頭をゆるく撫ぜた。
 罰が落ちたかはわからない。だけれど、少女は罰からも何からも逃れるようにして落ちた。
 ――プアゾン・フィエブル(Lollita bug.・f13549)の隣には、【sweet pain.】で呼び出した『彼』がいる。
 誰にも見えないから、話しかけはしなかった。ただ、お互いの両手を結び合って立つだけの好意に満たされている。
 ゆえに、彼は――少女のテクスチャをかぶる愛で出来た破滅のウィルスは、『神』が吸い上げたものをよく悟ったのだ。
「かみさま、あなた」
 『女の勘はよくあたる』とはよく言ったものである。
「――命以外に、何を奪った? 」
 赤い髪が風に流れながら、ロクの脚を止めさせた。
 神もまたその問いかけには止まる。それから、ゆるりとプアゾンのほうを見た。ルメリーもその『何』に足を止める。
 ルメリーには、視界がどこもかしこもまぶしかった。死んだ世界には白が満ちていて、赤い空になったと皆が言うけれど、彼女の眼にはそう見えていない。目を細めながら、戦い続けて解を待つために止まる。
「奪った、のか」
 ロクが、――少女を思い出せることにたどり着き。
 それから、『しろちゃん』が何だったかを思い出せずにいた。
 嬉しそうに語る少女の表情は何度か見たのだ。人間の嬉しそうな顔を見るのが好きだから、目で追っていただけである。
 それでも、心から愛しているのだとわかった。己も、そういう人間の顔は何度か羨ましいと思ったことがあって――。
「おまえ」
 獣は唸る。
 この神は、呪詛を吸った。
 その正体が何で出来たものだっただろうか。
「――『しろちゃん』を、奪った。ああ、ほんとだ。私達も思い出せないね」
 ヴィリヤがのんきに言えば、同じくとクロトも頷く。
 少女もまさか、こうなるとは予期してもいまい。
 神は吸い上げたのだ。たった一つの少女の願いが作った愛のかたちを、己の身に宿して真っ赤な世界を作り上げている。赤い世界を見上げながら「これが、愛」とつぶやくルメリーがいた。あまりにまばゆい光に何度も目を閉じ、薄く開いてはやはり顔を伏せる。焼かれてしまいそうなほどの輝度があった。
「 返 せ ッ ッ ッ ! ! ! ! 」
 だから、ロクがとびかかったのだ。
 再びとびかかる獣に刀が突きこまれる。構うものかと怒りに乗せられた最高速での一撃は、ロクの右手から肘までを貫いた!
「っぎぃ、イ――――ッッッ!!!! 」
 悲鳴をかみ殺してなお、出血を炎に変える。己の『縁』とやらが断たれるのならば、そういうものだ。
 助けられない人が増えることなんて、今でももちろんある。だけれど、ロクは――己を知るのだ。
 数多の有象無象を救うより、きっとロクは「赦してくれた人」を救うほうが課題になる。無謀な一撃は腕を犠牲にしながらも、神の頭に打ち込まれた。
 それの意味するものは、ただ一つ。ロク・ザイオンは――ただしい「ひと」にはなれない。
「うぉおおおお、おおおおおおお゛お゛ッッッ!!! 」
 吠えて、また連撃を叩き込む。赤い血をまき散らしながらえぐるように繰り出される蹴りに神が後ろ一歩引いたら、その動きが固定された。
 床が、ぼこりと盛り上がってその体を冷気が包みだす。脚と氷が引っ付きはじめたのだと理解したのは、その直後だった。
「こんにちは、神様」
 ヴィリヤの、【氷晶】だ。
 影で捕まえてみようと思ったが、ロクに追い詰められた今なら確実な一撃で止められるだろうと思った。地面にて影を頼りに爆ぜた氷が、神の脚をからめとっている。
「最近知ったんだけど愛してる人と別れても、お互いに死んだ後に会えるって言われてるんだって」
 ホロ・スコープよりももっと頼りない噂話である。
 きっとそんなものはたまたまだとか言って、少女は信じてくれないのだろう。でも、ヴィリヤは――信じていた。
 だって、信じないとヴィリヤの殺してやりたい父親は、その妻と再会を果たすことができない。課せられた使命はいずれ十字架になるが、ふたりをつなぎとめるかすがいでもあるのがヴィリヤなのだ。
「そのうち会えるといいね」
 ――愛や、恋で、どんなものも狂うのを知っている。
 世界が狂えば神も狂い、強者も弱者も混沌で渦巻くのを知っているから、分かったのだ。
「おちるとこが同じなら、何千年の孤独の先で逢えますよ」
 プアゾンが、ヴィリヤと同じように微笑んだ。
 きっと、会えると信じている。己の隣にいる彼が『がんばれ』と囁いてくれる限り、プアゾンも信じるしかないのだ。
 堕ちるところが地獄でも、恋でも、愛でも、――人になり下がった肉でも、きっと二つが望むのならば少女たちは巡り合えると信じている。
 たとえお互いを認知することができなくても、また愛し合ってくれると願った。想像も、その未来を創造するのも自由だ。
「――あなたに、断ち別たれてもきっと」
 だからこそ、此処でその縁を断たせるわけにはいかなかった。
 駆けだすプアゾンの体に握られたのが戦闘用のワイヤーである。愛する人に見られている今、それの硬度は増していた。
「氷、もう持たないかも。一撃、来るよ」
 ヴィリヤがまた追撃の氷を生み出す間に、鬼と化した神は笑っていたのだ。
 ずん、と一歩体を震わせたら、氷が割れる。強大すぎる力を前にして分解された結晶たちをロクの焔が焼いた。
「おれは、まだ、やる。この病を、――」
 沸き起こる憎悪が、女性の体を支配する。燃え盛る衝動に合わせて生み出された悪しき炎が、冷たい空気に触れた。
「――、もっと冷やせますか」クロトが提案する。
「うん、できるよ。すぐね」ヴィリヤが頷いた。ためらいなく空気を冷やす。
 空間ごと氷が支配し始めて、神の身体を冷やしていた。しかしなお、神は前に出てくる。プアゾンめがけてとびかかったのなら、ワイヤーで防いだ少女のテクスチャに亀裂が入った。
 あまりにも威力が想定内で在る。神の名は伊達でなく、さらに度し難い――しかし、恋路を邪魔させる気にもなれなかったのだ。
 プアゾンが口の端を釣り上げて笑ったのなら、ワイヤーがぎゅるりと動いて神の両腕を縛り上げる。凍り付いた己のワイヤーを手放して、前髪の霜を払った。
 意図するところがこれでいいのかは、分からぬ。クロトを見れば彼も頷き、そしてロクとルメリーも『待って』いた。

「ころす」
 
 ロクの宣言で、爆発が起きる。
 急激に冷やされたペットボトルをいきなり温めれば爆発するように。固定した神の空間の身を冷やした氷の柱たちがロクの怒りであふれた炎により爆ぜた!
 打ち上げられた神を追うのが、まずクロトである。
「そうそう、受け身――とりますよね」
 神が、頭上を得たのだ。
 背中に爆炎を背負いながら大きな尻尾で重心を変える。くるんと一転して今度は堕ちる重力とともに襲い掛かろうとしたそれに迎え撃った。
 明らかに、不利な状況である。しかし、このクロトは『勝てる』見込みのない戦いに賭けはしない!
 ずっと見てきた。突きの時に左手で支え右手で押し込む動きをするのを、その尾の役割がバランス感覚であることも、見越して――挑んでいる。
 鋼糸は気休めだ。己に触れる前に軌道をわずかにそらせる。太ももを貫かれ、真っ赤な血が噴き出したが動じない。計算済みの犠牲だ。
「――結構」
 断つならどんな縁も断てばいい。
 この深い傷にどんな意味があったのかも知らぬ。だから、最善を尽くせたのだ。
「僕流の、解を」
  null
 【零式】。
 身代わりの水晶たちがあふれ出す。傷口からあふれ、それが――彼を孤独の壁で阻む代わりに死から遠ざけたのだ!
 神の身体を水晶体が持ち上げていく。無理やりクロトから引きはがされた神が水晶の壁に挟まれていくのを、駆けあがって追い詰めたのが、ルメリーだった。
「知らないの、なにも」
 だから、せめて。
 追いかけた。ただただ、知っている人たちの背中を追いかけて――己の為すべきことをして、得るものがあると信じている。
 この一日で少女の心は変わっただろうか、それとも『自覚』の傷が深まっただろうか。
「――せめてオブリビオンだけは、ここで斃さなきゃ。」

 少女のナイフが、確かに深々と鬼神の胸に刺さり――真っ赤な世界に新たな赤が増えたのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

シン・コーエン
単独希望

「残念だが想定内の結末だな。」
朱音は能力こそ高かったが、生き抜く意思を持とうとしなかった。興味が無かったのだろう。
あれだけ聡明ならば『しろちゃん』に入れ込んで、バレないとは思っていない。
むしろ自分の本性と望みを誰かに知ってほしかった。知られた後は生きられないと判っていて、その機会を渇望した(本当は生きていけなくも無いが、恥ずかしいので生きようとしなかった)。
そしてその望みは今、叶えられた。

「逃げたな」と朱音への手向けの言葉を発して戦闘突入。

敵攻撃は【見切り・第六感・残像】で回避し、UCに【2回攻撃・衝撃波・炎の属性攻撃・鎧無視攻撃】を重ねた斬撃で神を斬る!
「これで終わりにしよう、神よ」




 ――想定内の結末だった。
 それは、残念なことのようにシン・コーエン(灼閃・f13886)も思う。
 水晶を砕き、再び地面に戻ろうとする神を見上げながら少女のことを憂うのだ。
 朱音は――能力があった。シンからみても、未来にあるか猟兵であれば功績も残せただろう人材であることはわかる。
 戦場にいればよい指揮官であっただろうし、的確な状況判断が出来て頼りになる存在だったに違いなければどこかの業界で在れば革命家だったに違いない。
 しかし、――生き抜く意思がなかったのだろうことも、理解している。
 わかっているふりをするのが一番酷だと思ったから、コーエンもそれを言ってはやらなかったのだ。
 クセなのだろうが己の『真実』を隠匿するところのある少女である。
 聡明なのだ。己が他人にどう見られていて、どう思われて、どう評価を受けているのかが客観的に見れる。
 逆に言うならばそれはコーエンから言わせてみれば「自分を知らない」ということでもあった。
 独りぼっちの朱音は永遠に孤独のままだ。故に自分に寄り添うのは自分しかなく、自分と言う存在を他人に求めずにいるしかないだろうと思う。
 コーエンの前には、朱音の背中が見えているような気がしたのだ。
 なんてことない、薄い背筋をした少女らしい体のそれである。その背中に背負った感情は、きっと知られたかったのだろう。
 『しろちゃん』に入れ込んだように、――それを猟兵たちに言いふらした今だからこそ、死んだのだ。
 己の本性と望みを知ってほしかっただけなのである。孤独であることがもう辛くて、気兼ねなく想ったことを放していたのは彼女の「最後にやりたいこと」だった。
 いい子であるのをやめて、両親すら彼女の本性を知らぬままにただ彼女を嘘を認めて育ててしまったから、彼女にはそもそもの本質を理解してくれる隣人がいなかったともいえる。
「俺の考えが正しければ――、お前は救われたことになるか」
 だから、完全に理解できたかどうかはシンにも分からない。
 客観的に見た限りでは、そうなのだ。シンが『暴いた』と思えているのはそういうことばかりで、彼女を確かに『救えた』かどうかはわからない。彼女の中にしかきっと答えもなくて、語るはずの口は永遠に閉じられたままだ。
「逃げたな」
 それも込みで、語らない。
 少女はきっと、理解された瞬間には生きていけないのだろう。恥を感じたわけでもないかもしれぬ、存外、分かってらえたという感覚には喜んでいた。しかし、「理解された」ことがうれしくて、彼女の価値観での「理解」と一般的な「理解」はかけ離れていることに絶望しただろう。
 十あるうち五を知れば、「理解した」という人間は多い。
 きっと、今のシンからの考察もそうかもしれないのだ。少女の十をすべて理解するには、少女と触れた時間の少ない彼では難しい。
 ――だから、きっと、疲れてしまったのだとも思う。
 他人に向き合って、他人のことを理解してばかりで、他人に理解されない孤独にはもう飽きてためらいなく終われたのだ。
 もっともっと、話し合ってくれればよかったかもしれない。
 思考の押し付けにそうだねと首を縦に振らず、違うよと言えればよかったのだ。
 誰も彼女にそれを教えてやらなかった。水晶を砕きシンめがけて落ちてくる鬼神がそのすべての結果である。
 ――なんと、痛ましいことだろうか。
 望みがかなえられてしまった今、シンがしてやれることは何もないのだ。
 だから、「逃げた」と言った。これは明確な勝ち逃げで、少女の――生きることをあきらめる美しさがこの血色の世界だというのなら、人間の中身などどれも同じなのかもしれぬと思わされる。
「これで終わりにしよう、神よ」
 振り下ろされる斬撃をまず見切った。
 【修羅顕斬】にて鬼と修羅が対峙する。
 剣を構え、互いににらみながら――思考を捨てる連撃が始まった。
 戦う前に少女のことを考えていた。こうなった時に考えてやれなかったからである。
 シンは、振る舞いこそ破天荒だが真面目な男だ。向き合うと決めたのなら最後まで向き合い終わることのできる彼である。
 朱音の永遠に終わらぬ逃避行が為されて、悔しいという感情もないわけでない。だから、せめて――残した此れは屠ってやらねばならなかった。
 奪われた『しろちゃん』を取り返してやろうとは思わない。
 だが、せめてその最後が『よくある悲劇』で終わればよいとして、戦いは激しく刻まれた。
 残像が鬼の剣劇に貫かれふわりと砕けても怯まぬ。鬼もまた、残像だったと切っ先で判断すれば磁石のようにシンの肩を狙った。
 関節を狙ってくるのは読んでいる。己とて剣士だ。首を跳ねるよりも先に関節をつぶすのがどれほど重要か走っている。
 剣を重ね合わせ足払い、それを受け止める脹脛と回転する足首が生み出す円斬りに軸足を一本後ろにやってから、またシンも神に向かって剣劇を重ねる。鋭い二連撃の間隔はあえて短くした。己のクセであると刷り込ませるためである。
 高速のやり取りでは相手の手数で相手を「知る」ことがすべてを別つとこの彼は理解していたのだ。沈黙の間には鬼と修羅の火花と鋼の打ち合いが響くばかりである。
 ――重い連撃に痛みが出始めた。おそらくそれは鬼もであろう。修羅となったシンすら手首や肘が痛い。
 一つでも息を吐けば確実に死ぬような緊張状態を、限界のそれを、シンだけが笑って挑んでいたのだ。
 息すら殺して、にいいとどう猛に唇を釣り上げて、勝つために己の剣を振るう。怒り任せの一撃ではなく、無数の計算があるやりとりに興奮した。
 ごうっと炎を纏った剣劇が繰り出されたのは、一度重なり合った火花で鋼が『燃えた』からである。ばきゃりと足場にしていた地面が放射状に罅割れ、神がぐらついた。最初から、シンは――その足場を崩すためだけに鋭い二連を打ち込んでいたのだ!
 言葉は要るまい。
 ――理 解 も で き ま い ! ! 

 炎の渦が竜の如く、鬼の身体を包む。突き出した剣から生み出されたそれは――彼の欲を満たす『縁』すら立つことを許さなかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

式島・コガラス
◎△

そうか……死にましたか。
できれば生きていてほしいとは思いましたが……自ら死を選んだ以上、どうしようもない。
それに何らかの感慨を抱くこともできません。
私の任務は……感染型UDCの元を断つこと。そしてその拡散を止めること。
だから、この神を殺せば……任務は終わりです。

とはいえ、今はもう撃てる弾もない。ならば、不得手ではありますが、格闘戦に移行します。
とはいえ、所詮は手習い程度。オブリビオンに傷を負わせるようなものではない。
……それでも十分です。寿命を削る神ならば、防戦だけでも勝つことはできる。

あなたも彼女も、なぜ自ら死に近付いていくのですか。
それは救いでもゴールでもなく、ただの離脱だというのに。


伊能・龍己


……小西、さん。落ち……、

呪いのような知りたがりだった人の、色んなことを知れた笑顔
あんまりにも嬉しそうで、走り寄るより前にその表情に固まってしまった
お願いがちょっと叶ったたから……待っていてくれたお礼、だったんでしょうか
人並外れた性格を、推し測ろうにも正解はもう飛んでしまったわけで、……うぅん。(頭くしゃくしゃ)

「神様」からの呪詛がちくちく突き刺さってきて、刀を手に向き直る
龍神……っすか
半ば無意識に、鱗のような刻印を撫ぜた

……逆さ龍さん、お願いします
呪詛を、赤い空を。洗い流す勢いの、大雨を……

《神立》で〈目潰し〉と〈生命力吸収〉を行い、目くらましになれたら刀で〈なぎ払う〉っす……


鷲生・嵯泉

其れが最後の一手だったという訳か
己の想いを疑いもせず、望むものを得る為に命すら使う
全く呆れる程見事に思い通りに生きたものだ

――総て喪い。何も望まず……何も望めず
何も見えぬ侭、其れでも漸く掴んだ筈のものが此の手に在ると
未だ信じる事すら出来ずにいる自らを思えば
想う心を決して手放さなかった強さと
神をも道具へと変えて願いを果たした熱量
愚かにすら映る迄の其の一途さは――羨ましくもある
「ひと」としての生は、お前の方が満ち足りていたのかもしれんな

戦闘知識で攻撃は見切り躱し、
怪力乗せた斬撃をカウンターで叩き込む
神とて唯彷徨い探し続けるのは虚しかろう
否……元より神と云うには歪な残滓、相応しい場へと還るが筋だ




 できれば、生きていてほしいと思った。
 しかし、救助対象が『自分から』死んだのならば、式島・コガラス(明日を探す呪いの弾丸・f18713)にしてやれることは何もなかったのだ。
 コガラスに与えられた任務は人命救助が最優先ではない。
 また、それに何かの感慨を抱くことも許されなかった。今は仕事中で、まだ討伐対象はそこに在る。
 少女の愛も夢も記憶も命も喰らって神はまだ、そこで生きているのだ。呪詛を纏い体を復元してみせ、猟兵たちに唸る姿は悍ましく少女たった一人の犠牲でここまで力を増すというなら殲滅一択ほかにない。
 ――殺せば任務は終わる。そのあとで、様々な考えを巡らすことができるからコガラスは飛び出していた。
 神との肉弾戦に挑んだのは、使い慣れた武器に銃弾がもう残っていないからである。ただの硬い鉄になったそれを手放さず、マーシャル・アーツで挑んだ少女の背中は無謀でありながらもありふれた『人間』の抵抗であるように見えた。
 神は、その身を確かに滅ぼしている。
 ほころんでいるのに気づいたのは、猟兵たちからの攻撃が聞いた後の復元具合だ。
 呪詛を吸っているのなら、もっともっと強く成れるはずである。少女の育てた噂の数も十分すぎて夥しいのだから、吸い上げるのならば一気に、そして盤上を破壊する一撃を放つべきだ。しかし、それがかなっていないのは――結論を言うならば、「回復が追いついていない」。
 寿命を削り、その神格を破壊しながらも再生を繰り返しているのだ。コガラスが肉弾戦に出たのはそれに勝利を見た故である。
 刀が振り下ろされれば、弾のこもっていない銃で受け止める。呪われたそれに刃が通らない。わずかな神力程度しか灯らぬ刀に、呪いそのものと言っていい魔銃が傷を赦すはずもなかった。
 火花を散らして剣劇を弾く。マーシャル・アーツの心得があるとはいえ、手習いのようなものだ。
「ッぐ、」
 わき腹を蹴られる。
 剣は確かに致命だが、神の武器は全身だ。鋭く怪力で蹴り上げられて右の肋骨が折れた感覚があって、コガラスの表情は苦悶を隠せない!
 しかし――悲鳴はかみ殺す。己が『弱っている』ことを悟らせてはならぬ。コガラスは、初めから『周りに頼る』という可能性を捨てて真っ赤な色をした瞳で神を射抜いていた。
 孤独でありながら、孤独であることを受け止めて、ただただ戦いその命で弱きを護るのが仕事である。空中に足が浮くほどの衝撃ならば、踵から着地して体を横に旋回させる。距離を取ることは刀使い相手に『チャンス』を与えることになるが、まずは冷静な判断を己に与えることを優先した。
 盛り上がって脳内物質が出だした時が命に響く。ぎゅう、と唇をかみしめて白い歯に血が滲んでいた。
 その光景を『雨』で覆うのが、伊能・龍己(鳳雛・f21577)である。
 表情にはただただ困惑だけがあった。
 刀を手にして向き直っていても、加勢に入ったのは刀から生み出される【神立】だ。
 本来ならば逆さ龍の刻印が呪詛を吸い槍のような雨で洗い流すはずである。今は、その威力が小雨程度になってコガラスと鬼の視界を潤していくだけだった。
 ――迷っている。
 龍己には、あまりにもあっけなさ過ぎる呪われたものの末路が偉大に見えていた。
 呪いのように知りたがりであり、他人から『真実』を悟られたくないために自分を隠し続けた少女の末路はあまりにも美しい笑顔で在る。
 その意味が、ずうっと呪いのように美しい空色の瞳ににじんでいた。まるで、血でも垂らされたかのように景色を反射して赤く染まる。
 ――走り寄ろうとしたのだ。
 飛んでいくのがわかった。どう見ても死ぬ高さである。
 この後の事なんかも考えられないくらいの使命を感じたのに、あまりにも笑顔が美しくて龍己は足を止めてしまった。
 それは誰かを『守る』使命を抱いた存在としては明らかに矛盾した行いなのに、『救えた』気がしてしまう。
 死んだほうがよかった、と自分でも少女は言っていた。世界から仲間外れで、人より優れているから欠けた誰かの気持ちも理解できないのだと言って笑っている少女の顔が『あたりまえ』を語ることに、いつかの兄を救えなかった自分を思い出した。
 抑圧された、兄と同じなのだ。
 死にたいくらい恥ずかしい想いを受けて、己のアイデンティティを認められなかった彼が家を飛び出していったようにこの少女も世界を飛び出しただけのことである。
 ――それを、止められなかった。
 重ねたのではない。いつでも『呪われた』人たちは自分から飛び出してしまうのを、龍己はかけてやる言葉をもてないままだった。
 ――助けられなかった。死こそが救いだった?
「うぅん」
 思わずうなって、頭を掻く。集中したくとも、引っかかった違和感がまだ幼い彼には払えない。
 身体ばかりが大きくなって、心はまだ思春期を控えた純朴ゆえに――その隣に修羅が立ってやった。
「全く呆れる程見事に思い通りに生きたものだ」
 金髪を雨にしとしとと濡らされながら、鬼がまた一頭そこに在る。
「――最後の一手だったという訳か」
 鷲生・嵯泉(烈志・f05845)が、ずしりとその圧を高まらせて龍己の緊張を高まらせた。
 まるで、己の迷いを見透かしたような――意識していなくとも、動じているのが所作に出ているのは分かっている。先ほどから地面を打つ雨に力が通り切っていない。コガラスに加勢したくとも、彼女の防戦一方かつ『自壊』を待つ状態に介入しては足を引っ張ってしまいそうだった。
 コガラスの頭に数として含まれていない二人は、その戦いを見計らっている。
「出る。神とて唯彷徨い探し続けるのは虚しかろう」
 ――嵯泉は、コガラスの脚が2、3歩さまよったところで躊躇いなく飛び出した。
「あっ、ちょ、ちょっと」
 待ってくださいとはいえなくて。
 雨は丁寧にコントロールしないと皆を傷つけることになる。なにせ、高い個所から龍が降らせる槍のようなものなのだ。
「――どうしよ」
 顔を雨で濡らしながら、泣きそうな声が漏れた。
 迷いなく飛び出した嵯泉とて、少女に思わぬところがないわけでなかった。
 すべてを喪い、何も望まず、何も望めないのはこの修羅とてそうだ。自らの意志でその道を歩み、切り開き、未だ己の手で掴んだ筈のものが実感として手にも宿らず、世界から己を切り離してしまうところを己でももどかしく思う。
 仲間たちが『今にも消えそうだ』という言葉の意味が――修羅は、少女を通して分かっただろうか。
 『消えた』少女は、想う心を手放さなかった。
 神をも道具に変え、己の目的のためだけに散った姿とその美しさ、愚かな一途さが――嵯泉とは程遠い。
 なんと『ひと』らしい少女だっただろうと思う。飛び出した体で放つ斬撃を抜くときに、鋼に映った男の顔はきっと羨んでいた。
 満ち足りた笑みを、初めて――視せられる。素直に、そうあれたらきっと消えるのも容易かっただろうと思わされた。故に、嵯泉はここで消えるわけにいかぬ!!
「ぉお、オ――――」
 雄たけびにも似た声を上げて、【刀鬼立断】が割って入った!!
 鋭い修羅からの斬撃に飛びのく鬼の姿と、生まれた隙に横転を繰り返して這いつくばるコガラスがいる。
「無事か」
「ええ」
 短くも鋭いやり取りが済めば、それ以上言葉は無用とて斬り合いが始まる。
 何度も鋼同士を打ち合い、決して細くない嵯泉との攻防に不意を狙うコガラスへの防御も神は忘れなかった。腕力では勝ち目がないから脚力で勝負を挑むコガラスの蹴りを受け止めて、足首をつかみ振り回す。嵯泉にぶつけてやって二人と距離を置いた。
「ッ――すみ、ません」
「否、まだ戦えるか」
 コガラスも満身創痍であったが、嵯泉とて無事でない。
 何度も強大な鬼との打ち合いを続け体力が奪われていくのは明白だった。
「はい、まだ――もう少し、自壊させるまで、走り、っ、ます」
 息を切らせながら顎から伝い落ちる汗をぬぐう。
 コガラスは、己の目論見を決して無駄だと思っていないのだ。二人が体力を減らすように、神とて復元に呪詛を使い続けている。
 ――その枯渇が、早まればいい。
 鬼が一歩、二人に寄る。嵯泉が体を撓めて、剣を一度腰に収めてから居合の体制を取った。
 とびかかってくるのなら迎え撃つまでである。さあ来い、来い。と鬼同士がにらみ合っていた――刹那、雨が落ちた。
 さらさらと注いでいた小雨が、大雨に変わる!!
「これは」
 コガラスが空を見上げたら、きっと――細い稲妻のような龍が空を飛んでいた。
「俺には、分かんないことばっかりです」
 子供らしい、素直な感想が響く。
「難しいことも、どうして小西さんが落ちたのかも。なんで――死んだのかも、これが正解かも、花丸なのかも、分からないです」
 だから、出来ることをやる。
 この場で自分に一番適したことは、この呪詛を、その象徴である夥しい赤い空を洗い流してやることだと龍己が逆さ龍に願う。

「 大 雨 を ――――! ! ! 」

 視界から、二人が消える。
 ざあああと降り注ぐ雨はもはや滝のようだった。局所的すぎる洪水は神の周囲のみに降り注いでいて、その姿を奪ってしまう。
 どうなっている、と神が左右を見て戸惑ったのを――仕返しだと言わんばかりに、弾丸となって駆けるコガラスが膝で鋭くわき腹を蹴り飛ばし滝を割った!!
 そのまま雨に滑っていく黒い身体は、それでも赤い瞳を離さない。
「元より神と云うには歪な残滓よ」
 追撃の嵯泉が、居合の態勢を崩さず走り出していた。
 赤い眼光を引き連れて割れた滝の隙間に刀をねじ込み、確かな感覚とともに刀身をねじり肉を断つ。
 コガラスが砕き、龍己が生んだ隙にて『再生』は許さない。縁よりも深くを断つ一撃が見事に食い込まれていた。
「相応しい場へと還るが筋だ」 
 ばしゅうと滝から血が吹き上がって雨に流れていく。嵯泉が滝を割って、腰に刀を緩やかにおさめるまで空気が止まっていたようだった空には、僅かに陽光が広がり始めていた――!

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

鳴宮・匡
◎△


どうして笑ったんだろう、なんて
そんな考えが、脳裏をよぎる
なんで、あんなふうに笑えたんだろう

……わからないのは
俺がまだ、人間を知らないからだろうか

十分な距離を取るのは不可能だろう
叩きつけられる一撃を、ぎりぎりまで引き付けて回避
攻撃後の僅かな隙を衝いて【死神の咢】を叩き込む
最良は頭、次点で足、無理でも腕
一ヶ所でも落とせれば、動きを鈍らせられる

大切なもの(ひと)に対して、抱いてしまった感情を
本当に、愛(ねがい)と呼んでいいものかだってまだわからない

でも、あの子のそれを見て
“そうあってほしくない”とは思ったんだ
だから、きっと、答えは俺の中にあるんだと思う
……だったら、ここで死んでやるわけにいかない


アシニクス・レーヴァ
◎△
――そう
綺麗な日で、良かった
見上げるにも、終わらせるにも良い日。だから

私はこの神を許してはいけない
異端の神は全て摘まねばならない
やるべき事は決まっている

仮定の話、小西・朱音は普通の人生など歩みたくなかっただろう
押しつけがましい一般を受け入れられる程愚かでも無く、聡く賢しく、理解しすぎる
愚かというのは知らずに生きていける、ある意味安直で力の要らない生き方
他に何も考えなくて良い、妄信とはこの事かしら

私は信じるが故に幸せだとも思わない
そうだとも思われたくは無い

貴方は最後まで自分の全てを他人に見せなかった
ならば全て持っていきなさい
その先も貴方の足で逝きなさい
それが私のできるせめてもの祈り


狭筵・桜人
◎△
あーあ。勝ち逃げするとかマジで嫌な女でしたね。

あのときこうしていたら、とか。
助けられたかもしれない、とか。

化物みたいに強い人たちがそんなことに
後ろ髪を引かれて弱みを晒すんですから。
そう――弱みです。
私は、これ以上弱くなれないんですよ。
お仕事も出来ない、人の役に立てないようじゃ――

斬らせます。そうすればかみさまもきっとこっちを見てくれるだろうし。
私は誰も愛さないし、誰の死も悼まない。
なんだって捨てられるように生きてきたんですから。

――『虚の孔』。ただし引き換えに大損させてやりますよ。
縫い止めます。かみさまを殺したくて堪らない誰かの刃が
あんたの縁を切り落としてしまえるように。




 撃鉄は、冷えていた。
 ――どうして、笑ったのだろう。
 少女の終わりが鳴宮・匡(凪の海・f01612)の意識に触れているのだ。
 死ぬというのは、誰もが恐れることのはずだ。匡とて死ぬのは恐ろしい。何もかもを手放す喪失と、その重さがわかり始めた昨今で「死」というリスクは一番避けねばならぬ事象だ。
 匡が匡として生きている限りは、彼の守りたいものを守る勝手が在る。だから、この少女の死が理解できなかった。
 それは、まだ匡が人間を知らないからだろうと思った。人間の体をしながら育ちは人間のそれではない。まともな情緒を育てられるような暖かな環境ではなかったし、それを望むこともなかった。今やっと、人間と関わり合って『人間とは何か』を探りようやく真似ができている。
 真似るのなら、徹底して理解したうえで真似なくてはほころびが目立つだけだ。
 ――『普通』の皮をかぶるゆえに、あの少女の終わりが、よくわからなかった。
 死ぬことは生物として怖いはずなのだ。少なくとも、落ちるときに笑えるような生き物はそういない。だから、もしかしたら――『もう死んでいた』のかもしれなかった。
 心は脳にあるのだと友が言う。脳こそ己のすべてだと友が言う。ならば、きっと少女の脳はもう『死んで』いた。
 ――壊れた少女を、救う手立てなどは最初からない。
 少なくとも、匡にはないのだ。こげ茶の瞳を雨に濡らされながら、想う。赤い水たまりが増えて足場は滑り過ぎるくらいになっていた。ガンナーである匡としては腕より足のほうが不自由ならばリスクも低い。
 冷静に戦況を見て把握しようとしている己が、人間らしい感情を考えるのも馬鹿らしいのだ。それでも、その『馬鹿』をやめない。
 匡が静かに心を凪がせている間に、祈りをささげたのはアシニクス・レーヴァ(剪定者・f21769)だった。
「きれいな日で、よかった」
 逝った魂を温めるような温度ではないけれど、昼下がりのため息にのせたような語調で告げる。
 呪詛を吸い上げてよみがえろうとする神のなんとまがまがしい事か。やはり、異教のそれは滅ぼさねばならぬと口を結んだ。
 それはそうと、少女のことは好意的に見れていたのだ。
「貴方は最後まで自分の全てを他人に見せなかった」
 ――匡は、聖者たる彼女の教えを聞いている。
 葬式とは、こうだったのを思い出した。なんてことはない、ただ死んだ誰かに『挨拶』として『社会常識』の一部として会いに行って死体を見て座っている儀式である。匡は、効率が悪いなと思った。
 全員が黒服を着ているのは逆に目立つし、死体なんかを大事にして丁寧に包んだところで焼けば皆灰と骨になる。焼くのも金がかかるのに、どこまで盛大に弔ってやるのだと思った。名前のない死体など戦場には山ほどある。
「ならば全て持っていきなさい。その先も貴方の足で逝きなさい」
 今なら、その『理由』がわかるだろうか。
 ――目を切らないが、確かに匡の心に会った朱音への『結果』が思い出される。
 『葬式』は『別れの儀式』であり、『生者への自己満足』だ。
 ゆえにアシニクスが口から語るように、第三者がほどいてやることで等身大の故人を客観的に見てやれる。講評の場と言ってもいいし、一番人間の『こころ』にある理由がわかる瞬間でもあった。
「押しつけがましい一般を受け入れられる程愚かでも無く、聡く賢しく、理解しすぎる。愚かというのは知らずに生きていける、ある意味安直で力の要らない生き方――妄信を拒んだあなたに、神の示した道はいらない」
 生きていれば、アシニクスが送った。
 だけれど少女は、それ拒んで飛んでしまう。神様は「おもしろい」けれど「しんじない」彼女の孤独な旅は終わらないと理解して、見送った。
 それが魂を守るという行為であり、死なれては手が出せぬという理由もある。
 だから、アシニクスにできるのはせめてもの祈りで、『異教の神』を摘むことだ。
 少女への祈りが終われば、ゆらりと執行人が行き先を喪った目線を神へとむける。
 ――信仰ゆえに、己を幸せなど思わない。
 ――誰にも、思われる必要はない。
 何もかもを無視してたった一つを信じるというのは、険しい修行の道だ。
 世界には多くの雑念が在って、その数だけ異教徒がいて、どれもこれもアシニクスが導いてやらねばならない。彼女が一応「人間」のくくりに在る限りは、その命が尽きるまで――そして、師父を殺して朽ちるまでこの業はどうあっても、続く。
「あーあ。勝ち逃げするとか、マジで嫌な女でしたね! 」
 アシニクスの祈りが終わり、匡の脳にも整理が行き届いた頃である。
 神はその身を復元させながら、ボロが目立ってきた。呪詛の量が少なくなっているのやもしれぬ。また赤い世界から血を吸い上げるようにして息を吸い込んだら、先ほどよりは鈍くとも再生を始めていた。
「あのときこうしていたら、とか。助けられたかもしれない、とか」
 指折りつつ、狭筵・桜人(不実の標・f15055)は笑う。
「化物みたいに強い人たちがそんなことに後ろ髪を引かれて弱みを晒すんですから」
 ――その辺の暴露系ドキュメンタリーより面白くないですか? 
 強い生き物がみな、足を止めた。それはきっと彼らが『強い』ゆえに余裕がある証なのだ。他人の生き死にに頭を使えるほどの余裕がある。
 桜人には、それがない。
 誰も愛さないし誰の死も悼まないのが桜人だ。何もかもを捨てられるように生きてきたのに、――もう少し長ければいいと思ってしまうことも己の弱さだと理解している。
 『余裕がない』のだとは匡も思った。
「私は弱いので、せいぜい囮になります。やっちゃってください」 
 へらりと笑った桃色に、匡も頷きだけで返す。
 それぞれの世界に、それぞれの事情があって、歴史があった。因果もあれば宿命もあって、運命だなんてものは理解がないが、それに抵抗する強さと言うものを匡はよく見てきた。
 そのたびに、己にもそういうものがあってほしいと思う自分と望みすぎるなとつかむ自分の戦いがある。
 今だって、そうだ。――少女に見せられた『あるかもしれない』可能性に、己の願望を見てもそれを完全に理解したわけでもない。
 生まれてこのかたほど遠い、『愛』という感情がこれほどもどかしいこともなかった。こんな赤色が『愛』だというのなら、きっと悍ましいし――そうあってほしくないのだと自覚する。
「悪いな」
 こんな血色の世界は、匡のほうが視てきた。
 そこに在ったのは死ばかりで、取り上げられた愛の痕跡すら掻き消えて、死体が積みあがる。
 信仰を愛だと思わない。――許すことも愛ではないと思うのだ。その果てにあるのがこんな結末なら、盛大に拒絶してやろうと思った。
「ここで、死んでやるわけにはいかない」
 銃を構える。
 ――神が消えた。
「来る」
 アシニクスが息を吐けば、桜人はやや遅れてその鬼が高速で移動したのだと判別がつく。
「ッが、ッ―――!!? 」
 細い身体を断とうと横払いになった鋼が桜人を吹っ飛ばした。匡の声が届くよりも早くに急襲が始まる!!
「次、後ろだ! 」
 匡が叫べば、アシニクスが【咎力封じ】を起動する。女の背に切っ先が届いて真っ赤な翼が生えた。
 呻きすらなく身をひるがえし、執行人の拷問器具が神を捕らえんととびかかる。それを縁切りの鋼がいなし、打ち砕き、鋼の火花が散った。
 ――一発だ。
 戦況に余裕がない。匡たちが戦意を抱いたとたんに獣は暴れだして、桜人は床に伏して血を流していた。内臓が切れた下腹からあふれるが出血の量からして――幸い、臓器への損傷はない。アシニクスも背骨に痛みはないようだが、肩甲骨を動かせないらしいのだ。鋭く舌打ちをする顔にべっとりと汗が沸いていた。
 一瞬のやり取りで、窮地に至る。戦場はいつもそうだ。故に匡は、冷静であらねばならないのだ。
「もう一度、やれるか」
「ぶへ、ッは、ははッぐ――いいですよ。やって、ぁ゛げ、ま゛ッす」
 ていうか、もう手は打ってあるんで。
 汗がにじんで、少年の桃色を額にくっつける。桜人が己の前髪をかきあげればいつものはちみつ色が琥珀めいて輝いていた。
「きゅう、け、ッ――っふ、しません? かみさま」
 【虚の孔】。
 それは邪視である。とどめと言わんばかりに全滅の鋼が怪力とともに振るわれた。この場において唯一無事かつ、攻撃の機会をうかがう匡を葬れば神の勝利は近い。しかし、その鋼の軌道が遅れたのに気づいたのが匡だ。
 避けるべきか、むしろ当たって刺し違えてでも殺すべきか悩んでいた。
 絶対に死なないと決めた手前慎重に動かねばと頭が高速で回る。すべての景色が緩やかに見えて、その軌道から逃げもしなかったゆえの判断だ。
 あえて、一歩前に出て――耳で音を拾う。
「異端め」
 二度目の【咎力封じ】が匡に集中し、桜人に動きを封じられ遅れる神の動きを横から攫う!
「導いてあげましょう」
 ぎゃるるると絡みつく蛇のように鋼鉄が巻き付いたのなら、いよいよもはや匡からすれば――今こそ、『解』の時であった。
 弾くようにして神の腕を左の掌で押し、鋼の切っ先で頬を切られる。血が噴き出しても止まらず、右手の銃を至近距離で構えた。
「俺の――」
 生き抜く。
 誰も犠牲を出さず、最善の選択で生き延びるのだ。
 死にたがりなどこの世におらぬ。――もう死んだ。
 迷いなく引き金を引く。邪視を切らさぬと眉間にしわを寄せて、なんとか意識をつなぎとめる桜人の視界にきっと、匡は確かな足取りで踏み込んでいた。
「『答え』だ」
 【死神の咢】。
 頭を打ち砕いた。
 吹っ飛んだ角と脳髄が転がって、ようやく桜人も目を閉じる。
「はは、っは、でもこれ、ぜったい、生きてるってヤツ、ですよ」
「あまり喋らないで。今手当を」
 アシニクスが治癒のできる猟兵に叫べば、きっと仲間である彼らは来てくれる。それがまた、強い姿で――桜人はまた、あきらめたように笑うのだ。
 匡も戦線離脱をはかり、穿つと同時に神の身体を蹴り飛ばした。すぐさま二人のところまで後ずさるようにして近寄り、しゃがみこむ。窮地に至る敵ほど何をしでかすからわからないから――ようやく、己らの手番が終わったことを悟り長く息をついた。
「もう、めちゃくちゃだなぁ」
 桜人がげほげほと血を吐き出しながら笑えば、アシニクスが首をかしげる。
 ――頭のない神が、ぼとぼととどす黒い液を吐き出してさまようように、刀を握っていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ヴィクティム・ウィンターミュート
◎【欺瞞】
……あぁ、いいな
朱音が死んだことは別段悲しくも無い
ただ、そう…羨ましいと、思ったんだ
自分の望み通りに死ねてさ、いいよな
俺もお前みたいに、笑って死んでみたいよ
…ま、それはまだ先だけど

なぁお前、いいこと思い付いたツラだな?何をするんだ?あぁ、安心しな…お前が満足するような脚本にするよ

あらゆるものは『ひっくり返る』
テメェの力は勿論のこと…
存在そのものだってそうだ 

コイツの力で、テメェは都市伝説に成り果てた
ところで、都市伝説の対義語って何かな?知らない?そうかい
なら俺が定義してやる

『不変の真実』
嘘で歪んじまったテメェはひっくり返り、歪められた何もかもが真実に変わる
歪んだまま、変わらぬ真になる


相模・恭弥
◎【欺瞞】
あーあ、と言ってみる。
朱音の側に寄りその死を祝い、哀れみ、悔み、歓び、怒って、愉しんだ。
すべて本当さ。だってすべて嘘なんだから。

ククッ『お前』の思い通りにさせると思ったか?
じゃあ今からサプライズだ。
噂を広めたいんだろ?

……手伝ってやるよ。

感染型だかなんだか知らねぇが出来るもんならやってみな!
俺の嘘とユーベルコードで広まる伝承を辿れるならな!

この「願い/嘘」が成った時お前は只の都市伝説になり果てる

チッ、余計な世話焼きやがる

まあ良い、さぁて締めはどうすっかねぇ

…いい事思い付いた
「バチ当たりな二人の少女は二人仲良く連れ去られてしまいましたとさ」
なんてのはどうだ?
最高のプレゼント/呪いだろ?


天翳・緋雨
【金平糖2号】(ルベル君:f05873と一緒に)
【WIZ】

ああ。止められなかったね…
お嬢さん、キミの潔さはボク達を出し抜いた
その速さを誇って散り逝くがいい
キミが全てを賭けた存在ごと
ボクは悼み、葬ると誓う

嘆きは左眼だけで雫となり頬を伝う
理解できない彼女
どちらかの喪失による離別しかない事だけ分かってた
この痛みは忘れまい

UCは【誓刻】を
今回は演技は不要
大人びて賢く、けれど危ういルベル君
彼を支えた上で神さえも討とう
痛みも悲哀もチカラと成して

並行して第三の瞳を顕現し残像を纏う
未来予測による見切りを軸に回避

被弾したら激痛耐性
その後に癒していく

第六感を総動員
機を見て雷光の刃(属性攻撃・破魔)で力を削ぐよ


ルベル・ノウフィル
【金平糖2号】
緋雨殿(f12072)と

僕の敵はオブリビオン
生者は僕の守護対象
そこは僕の芯ともいえる部分
死んでしまった方は、オブリビオンになったなら敵ですが
そうでないなら救うべき魂でございます

1、挑発して僕を攻撃してもらい
2、三分の一の鏡盾でオーラ防御
他者に回復してもらうのはこの1年で初めてでしょうか
3、UC:写夭
【現地の死霊たちから吸い上げた実白と朱音に関する記憶】を籠めた【念を少女の死魂に届け、かみへの共感】による一撃で、肉体を傷つけずに対象の【山の神の、贄との繋がり】のみを攻撃する。

拡声珠でかみさまのもとに声を運ばせます
死霊と風の精霊に場所を探させ

おともだち とられちゃいますよ、と


空見・彼方
喰われたか…
神様に関わって、まともに死ねる訳ない。

『死亡媒介』発動。【怪力】・【呪殺弾】・【オーラ防御】二乗化
邪神化に伴う【怪力】で神の刀に短槍を叩きつけ、押し切って【二回攻撃】
【第六感で隙を感じ取り、感覚に従って槍を叩きつける
少なくとも、俺はそうだった。
あの子もそうだったか、いや、それを望んでたのか

縁切り刀を邪神のオーラで受けとめ、絡め留める。【オーラ防御】
俺とアレの縁は、もう切れちゃくれない。
あんたと、あんたの愛しい相手も、そうだったらよかったのにな。

片手に持つネイルガンを神に向ける。
【早業】黒揚羽を介して手に取ったそれで、
【呪詛を込めた釘弾を撃ち込む、【呪殺弾】の【制圧射撃】


リーオ・ヘクスマキナ


……驚きはするけど。なんとなく、腑には落ちるかな

貴女が「にんげん」だったかどうか、もう本当の意味では分からない
それに考えてる暇、無いんじゃないかな。あの推定神様、結構怖いし

……だから、意識を切り替えるべきなんだ。そして、撃/討つべきなんだ。あの神様を
言うは易し、ってやつだけどね

さて。兎に角あの刀がみょーに、けど特に怖い
赤頭巾さんは一旦引っ込んで……あ、もう避難済み?

UC用に魔力を弾丸に貯めながら、散弾銃と短機関銃を連射
動きを●見切ったり、いざって時は赤頭巾さんの魔力の●オーラで防御しつつ、時間を稼ぐ

充填が完了次第、ビーコン弾を装填、射撃
続けてUC弾、発射
……時間切れだ。零時の鐘を、今鳴らそう




 彼らは皆、腑に落ちていた。
「おいおいおいおい嘘だろ、嘘だろォ!? こいつァ、ッはは、あーあ」
 相模・恭弥(レッツエンジョイ・f18126)のそれは演技めいている。しかし、彼こそ嘘の中にしか真実がない男だ。髪の毛をかきあげながら少女の死を思い起こして、落ちたその肉を見る。ほかの猟兵が寄り添うようにして隣で寝ている以外は、在るがままの死体がった。
 ――確実に、死んだ。
 嘘をつくことでしか人を助けられない恭弥の中にあったのは数々の心である。渦巻いて、様々な色がまじりあい泥のような重さを胸に乗せた。
 死ねてよかったと笑ってやる。死んで哀れだとなげいてやる、悔やみ、確実に人間の脅威であるそれの喪失を歓び、己を孤独にしたことに怒り、頭を掻きむしって愉しんだ。
 ありふれた『死』になり下がった少女は、あまりに理想的である。
 ――ヴィクティム・ウィンターミュート(impulse of Arsene・f01172)から見て、少女の死は恭弥とは違う納得があった。
 首のない神がさまようのが悍ましくもあり、どうでもよくある。
 羨ましい死に方だと思った。不謹慎であるとは自覚もあれど、その様には素直な賞賛を抱く。
「いいよな」
 ――望み通りに、死ねて。
 ヴィクティムは、もう望み通りすら死ぬことが許されないのだ。
 あまりに関わったものが多い。己の破滅を望まない誰かがいて、終わったほうがいいことを理解してそれが深まるばかりなのに、彼らは皆してヴィクティムの腕を引いて三途を渡らせなかった。
 幸せは、地獄だ。
 罪の意識がある彼にとっては、それがあまりにも根深い。幸せで在ることが地獄なら、ヴィクティムにとって死は救いだ。
「そうかな。神様に関わって、まともに死ねる訳ない」
 ゆえに、『死を繰り返して生まれ変わる』空見・彼方(デッドエンドリバイバル・f13603)にはこの死が無意味に見えていた。
 少なくとも、彼方はそうだ。神様に関わって何度も死にもどらねばならぬ地獄を味わうことになっている。神様と言うのは、彼が知る限りロクなものがない。
「それを望んでいたのかも、しれないけど」
 ――孤独を繰り返した。
 彼方が死んでは新しい彼方に成るように、この少女はきっと『孤独』をこれからも繰り返す選択を選んだのだ。
 実のところ、死は事象であるというのを体現したのが彼である。死には救いなどもなく、一般が夢見るような休息もないと知っていた。
「ほら、生きることが罪だって言ってたでしょ。だから、多分『これから』に罰を見たんだと思う」
 事実、少女はこの世界に相応しくなかった。
 右に倣えと言われたら右に倣い、左に倣えと言われれば左に倣うのが当たり前の世界で、少女は何処までも「その理由が自分にとって理解できなければ」そのようにはならない。
 だから、演ずることと嘘が得意になったのだ。恭弥ならばよくわかった。
 ――社会生活に溶け込み、人と付き合ってうまく生きていくのに『嘘』は不可欠である。
 少女はずっと嘘を吐き続けなければならなかった。いつか、大きな罰が巡ってくるだろうと理解していて、『かみさまなんかに』殺される前に死を選ぶ。
 腑に落ちたのは、リーオ・ヘクスマキナ(魅入られた約束履行者・f04190)だ。
 今もきっと、リーオは嘘を吐いているかと言われれば、そうである。己の「いつか」に嘘を吐かれ続けて、自分で自分自身をだましていることは理解していた。自分の事すら「ただの」人間だとは思っていないから、かの少女もそうだったのだろうと理解する。
 意識の片隅で警笛が鳴り響くのは、刀に対してである。まるで何か、命綱のような――そんな張り詰めたものを切られそうな本能が拒絶していた。
「赤頭巾さんは一旦引っ込んで……あ、もう避難済み? 」
 こういう時に、リーオを守りたがる赤が今は居ない。
 掻き消えた彼女がおびえているのか、それともさじを投げたのかはリーオには分からないのだ。だけれど、そうさせろというのなら無理強いもしたくはない。
 意識を、切り替えなくてはならなかった。
 この『かみさま』を作ることが最終的な目標などではない。少女の目標は、この『神』での時間稼ぎのち、『しろちゃん』を広めることだ。
 ――もう、誰も『しろちゃん』を覚えていないのだけれど。
「言うは易し、か」
 切ない気持ちで胸が満ちる。
 ――何もかも、無駄だったじゃないかと少女に言ってやりたくてたまらない。
 命を投げ出してまでかなえた現実がこれではあわや天才美少女もこの通り、神様に触れたせいでうまくいっていないのだ。
 もし、これが邪神がらみのことでなければきっとリーオたちも猟兵として止めていなかっただろう。世界の領域にまで手を伸ばした人間の業マンへの罰が『中途半端であること』なら、それは覿面だった。
 銀髪をぬれた空気に潤わせ、少年は鋭く長く息を吐く。混沌の空気を今一度、肺にためた。
 天翳・緋雨(時の迷い人・f12072)は、止められなかったことを悔いている。
 ――誰ものように納得はできない。でも、分別はついていた。
 この少女が『助けないで』と笑って死んだのなら、緋雨は手を伸ばしてやれない。あまりにも潔く、己とその友を出し抜いてしまえるほどの速さは、生死を天秤にかけもしない若さであると思うのだ。
 あまりに美しい死に際で、惨たらしい死体を見送った。――そのすべてを賭けて生んだ結果が、すべての愛を引きちぎる忘却の魔物である。
「お嬢さん、ボクは」
 やはり、手を取るべきだった。
 飛ぶときに、己の力を使ってでも少女の意志を無視してやるべきだと理解している。
 だけれど、――死ぬことが『救い』だと未来がいうのなら余計なことを調停者として行うわけにはいかなかった。
 時を操り、見送る観測者でもある。緋雨はいわばシンギュラリティだ。ありとあらゆるものの流れを見送り、理解できないものをさらに理解するために学びを続け見守る存在はあまりに特異である。
「キミが全てを賭けた存在ごと、悼み、葬ると誓う」
 ずきずきと響いた左目から、赤い雫がこぼれる。
 この痛みは乗り越えなくてはならないのだ。目の前で『理解できない』その喪失が納得できるものであっても、必ず『次は』こういうことを起こさない。
 ――正義感にあふれる緋雨の後悔ともいえた。名前通りの横顔に、ルベル・ノウフィル(星守の杖・f05873)は答えを返さない。
 ただ、じいっと見ていた。見入っていたともいう。
 どんな状況であっても、ルベルの『敵』はオブリビオンの身である。この場合は邪神で、生者であった好奇心の猫程度はそれにあてはまらない。
 だからこそ、――死んでしまった少女の魂は救うべきだとした。
 緋雨の後悔に胸を打たれたわけではなく、そこは一本通ったルベルの信念だ。
 いたずらにひっかきまわすのでは礼儀がない。守るべきものは守り、要らぬものは切り捨てなくてはならなかった。彼こそ、――この中では一番『猟兵』らしい状況判断が出来ていたと言っていい。
 それに、おそらく『死者』に対話ができるのは、悪霊に今も鼓膜を焼かれる彼だけなのだ。
「いやはや、緋雨殿はお優しい」
 ――エゴだ。
 少女のエゴと、それでエゴを起こした怪物と、猟兵たちの『いきものらしい』エゴが渦巻いている。
 どれもこれも、未来のためになるだろう。ルベルはゆったりと笑っていつもの調子で魔術を展開するのだ。
「それでは、始めてしまいましょう。葬式は短く、そして、盛大なものがよろしい!」
 声を張り上げた――ルベルに、鬼神はまず駆けだしていた。
 読み通りである。振り上げた刀から一歩も避けない少年の背丈に容赦なく振り下ろされる圧を鑑盾で防ぐ!
 そして、それを押し上げた。拮抗状態に至ったのは、たった三分の一程度でしかまだ扱えていない故である。
「なるほど! なるほど、すばらしい! 気に入りましたぞ」
 ばしゅ、と剣圧で体中から血があふれる。
 しかし、それは鬼とて変わらぬ。頭が無くとも未だ妄執のみで動き続ける鬼の恐ろしさはいっそルベルからすればいとおしいのだ。
 猫のように笑い、狼のように牙を剥く。ぐっ、ぐっ、と押し込むようにしていれば、緋雨が叫んだ。

「――、 ル ベ ル 君 ッ ッ ッ ! ! ! 」

 大人びて、賢く。
 しかし、こうして平気で使命のために彼は無茶をする。それがどれほど幼い緋雨のようであっただろうか。
 それほどもろいわけではないのに、全身から張り詰めた筋肉と圧力で血管が裂け、あたりにソニックブームを起こしながら衝突した神に防衛をするさまはあまりにも小さく見えた。
 渾身の叫びは、いつもより大きくてきっと――怒りに似た音が在る。
 【CODE【誓刻】はルベルの身体をすぐさま治癒させた!飛び散った血の数だけ彼に生命を吹き込んで、顔のない鬼がぼたぼたと血をこぼすのみである。
「他者に回復してもらうのは――この1年で初めてでしょうか」
 ほつりとつぶやいた言葉とともに、【写夭】が起動した。
 明らかな異変を感じた神が飛びのいて、魔術の起動を知る。頭がないゆえに見えていないだろうが、血色の霧がぎゅうっと少年の体に吸い込まれているのだ。
「チ、――時間がかかりそうかァ、ありゃ」
「『ロード中』ってとこだろ。それより、なぁお前」
「あ? 」
「――いいこと思い付いたツラだな? 何をするんだ? 」
 嘘つきと大怪盗が手を取り合う。
 視線だけでお互いの力量を図る一瞬に、恭弥は己の脳を回していた。ヴィクティムの脳は電脳であるから、すでに回り切っている。
「安心しろよ、お前の満足が行く脚本にしてやる」
 何を知ったように、と言いそうになって言葉を飲み込んだ。
 明らかにサイバーチックな装いをしたヴィクティムの姿を見ていれば分かる、己が今から行う『いたずら』には性能が良すぎる歩くパソコンがそこにいる。己のプライドと成功率を天秤にかけて恭弥は――鋭く舌打ちをしてから、笑った。
「手伝ってやるんだよ」
 ――『計画』に茶々入れられるのは、大嫌いだろう?

「あぶない、なぁっ」
 彼方が、ルベルから飛びのいた鬼神の横腹を槍で突く。
 【死亡媒介】で得た高速移動は顔のないそれ程度に先制を打ち込むことなど造作もない。
 一番厄介なのが刀で、――おそらく面倒なのが、怪力の方だ。力比べならば『今の』彼方も負けぬ。
 己の身体を邪神に寄せる。自殺行為であるし、実はこの毎秒の間に何度も彼方は死んで毎秒生まれ変わっていた。
 まるで何度も服を脱ぎ捨てるように皮が分解されてもまた彼方が出る。死に続けることで生き続ける彼の猛威は、鬼に打ち込まれていた。
 鋼同士が何度もぶつかり合い、押し切ろうとする彼方が鬼から力が喪失していくのを感じる。
 ――限界が近づき始めた。
 やっとか、と思う反面、未来がそこまで来ていることに安堵する。
 ルベルがこの場の『呪詛』から記憶を吸い上げているのは理解できた。五感を使ってありとあらゆる念を得ているさまはさながら神話のようであり、魂を喰らう鬼のようでもある。
「なあ」
 ばしん、と鋼を弾いた。
 神槍と同時に宙を舞って、二つが地面に刺さり――彼方の膝が鬼のみぞおちをとらえる。
「あんたと、あんたの愛しい相手も、『俺達』みたいだったらよかったのにな」
 約束された、破滅であっても。
 転がっていく邪神を前に、彼方がささやくように言ってやる。
 それが呪いであっても、『愛』だというのならきっと彼方らの在り方が正しかった。
「――悪か、ないよ」
 精いっぱいの嘘だったのか、哀れみだったのか――ネイルガンを構えた少年の顔は、困り眉で笑う。
 逃げ回る神の足取りを妨害するように、リーオも重ね掛けて魔力を弾丸に込めた。
「だぁあああああッッッッ!!!! 」
 乱射される機関銃から飛び出す薬莢が跳ねて、地面を小気味よく転がっていったのを見送った。雨粒よりも鋭い落下がリーオに振動を与える。
 とびかかろうとする刃の起動が見えた。地面に刺さった刃を抜いて、リーオに投げたらしい。連射で弾き落として、身を撓めて追撃の腕を避ける。
 赤い彼女の布が確かにリーオを守ったのなら、もう待ちきれないと小さな体で叫んだ。
「そろそろ、時間だ! いいかいッ!? 」
 散弾銃を放てば地面に跳弾し、神をなお追いかける。体から血があふれ黒い衣がさらにどす黒くなりつつあるのに、依然その動きは衰えないのだ。
 しかし、小さな体で乱射するリーオの体力は消費される。神の割にこざかしい、と内心毒づいて横薙ぎになった鋼を一度、銃で受け止めた。
 きいんと鋭い音が鼓膜を貫いて、視界が揺れる。たまらず、膝めがけてかかとで押し出せば神も一歩下がった。
「くっそ――ほんッッと、推定神様、怖いなァ!! 」
 吠えた銃弾が叫びだす。しかし、神は己の形を崩しながらも両手で逃げ出しては復元を試みていた。
 さて、呪詛の数があまりにも多いのなら、その根源をつぶしてやらねばらない。故に、ヴィクティムらがとったのは『集団洗脳』である。
「俺一人でもできたっつうの」
「まぁまぁ、いいじゃねえか。可能性は高いに越したことないからな」
 ――【伝承騙り】。
 かの少女が自分で言ってしまっていたのだ。一つも聞きもらさない恭弥だからこそできる羨望と嫉妬のこもった執着が為す願いである。
 スマホ一つでかなえられるはずのそれが、今やヴィクティムと言う最高のパーソナル・コンピューターを手に入れていた。どの国のサーバーにも機密情報にもいち早くアクセスできる最高の船とともに、彼の『嘘』はネットの海に泳ぎだした!
「感染型だかなんだかしらねェが――全部全部、『台無し』だ」
 直接戦わずして、相手の『核』を断つ。
 叩き込まれる連撃を前に未だ滅ばぬそれの根深さはたった一人の少女の善意で広まり、無数の悪意で染みわたったのだ。それをきれいに『洗い流す』。
 アクセス、リロード、アクセスを繰り返してすべて恭弥の発案を呑んだヴィクティムが『都合よく』改ざんする。
「最高のプレゼントで、呪いを与えてやるよォ――喜べよ! なァ! 」

 神は。
 突如、猛威を喪った。
 世界は相変わらず血色のままであるのに、がくりと速度を落として膝をつく。
 何が起きたのかわからぬらしいそれが震える指先をしているから、ヴィクティムが肩をすくめた。
「『バチ当たりな二人の少女は二人仲良く連れ去られてしまいましたとさ』」
 だって。
 目線だけで恭弥を見れば、満足げに笑んでいる。
「テメェは都市伝説に成り果てた。――コイツの力でな」
 恭弥が【伝承騙り】で書き換えたのなら、ヴィクティムが行ったのは【Attack Program『Reverse』】。すなわち、反転だ。
 宝石は土くれに。石ころは黄金に、劣勢を優勢に変えるプログラムは神という未知のものすらひっくりかえしてみせる。
 神は、偉大なる存在ではなく――「うそ」に切り替わったのだ。
「ところで、都市伝説の対義語って何かな? 知らない? そうかい」
 ち、ち、ち、と右手で人差し指を振ってから、沈黙を戒めるように唇を窄める。
「 『 不 変 の 真 実 』 だ 」
 嘘のまま、真に成れ。
 幽霊の正体見たり枯れ尾花、を実現する。偉大なる神であっても『存在を否定』されればそれが守れまいとして――ヴィクティムが恭弥とともに画策した『悪戯』は成就した!
 頽れた神を前に、――緋雨が雷光を纏う。
 刃となったそれが拳に在り、彼を照らした。神罰の如く輝く男を見定めるかつての神はすでに、その威力が薄れつつある。
「言っただろ。――全力で、やる」
 雷が、響く。
 閃光がいくつも走って、神の振り回す鋼をすべて弾いていた。緋雨が守るのは後ろで朱音の霊を探すルベルだ。
 ――猟兵たちが決定打に出ないのは、『朱音』を救うための手立てを完成させるところにある。

 皮を切られ、骨を断たれ、筋肉が弾けてもそれをたちまち回復させてでも挑み続ける緋雨の雄姿を赤い瞳に映しながら、ルベルが少女の背中にたどり着く。
「朱音さん」
 ――見つかるのに時間がかかった。
 共感してみたり、死霊から記憶を吸い上げるのも苦労する。なにせおびえ切っていたり、おかしくなっていたり――特に『しろちゃん』の母親らしきものなんかは、死んでもなお会話するのに苦労した。
 みつけた少女の霊は、振り向かない。
「おともだち、とられちゃいますよ」
 寂しそうな姿だった。
 薄い背中が丸まって、「そうかなぁ」とすねたようにつぶやく。
「最初から、わたしのじゃなかったよ」
 ――誰のことを言っているのかも、思い出せそうにないけれど。
 でも、大事なものが遠くにあったのだ。少女は霊になってもなお、孤独からは逃げられない。
 ルベルが小さく笑って「それはそうでしょうとも」と孤独を認めた。
「貴女が欲せば、――変わったかもしれませぬな」
「死んでからいわれてもなぁ」少女の霊が困ったような声色で笑っている。
「なぁに、まだ、死んだだけではありまぬか。らしくございません」
 こつん、と杖を床に叩く。
「――『次』を考えませんと」
 未来を導く猟兵らしい一言が、きっと穏やかな笑みとともに言えた。
 等しく誰もが無知で、生きる権利があり、この少女とて例外でない。ルベルの問いかけに――少女は、静かにうなずいただろう。

  パ ラ サ イ ト ア ヴ ァ タ ー ラ ・ オ ー ラ ロ ッ ク ベ ル
 【赤■の魔■の加護・「化身のサン:魔法の終わる時」】で、零時の鐘が響く。
 邪神の体に大穴が開いた。腹であった場所から、リーオの姿が見える。全力の一撃で彼が放ったのは魔法の終わりだ。
「時間切れだ」
 神は、回復できない。
 風のような咆哮が巻き起こる。いよいよ最期の抵抗が始まろうとしていた。
 ――ふたつと愛の行方は、嵐に飲まれていく。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

久澄・真
◎△

フェンスに足かけ下を見る
赤に染まる雑多な街の一部が視界に映るも
出るのは溜め息一つ
思考は面倒事が増えやがった、とそれだけ

なんだ、終わりなわけ

つまんねぇな
舌打ちしながらフェンスを降りて向き合う「神様」
よーう神様、初めまして
あいつの命(のろい)は美味いか?

問いながら傍らへ佇ませたマネキン人形
執着も拘りも無いからこそ自身が操るのはいつだって只の器で
だが、何も無いからこそ好都合なのだ

神様へと取り込まれるはずだった呪詛を人形へ取り込ませる
掠め取った呪詛が木色の素体を黒く染め上げ
完成へのパーツを潰していく

お前の喰いもん取り返しに来てみろよ
じゃねぇと俺が全部喰っちまうぞ
嫌がらせだよ
──ククッ、最高だろ?


辻森・朝霏
【喫茶店】◎
そう。全く、違ったのね
はじめはもしやと思ったけれど
本当に此処で死ぬのなら、違う
悪意の有無は別としても
新しく知った世界より
目の前のご馳走より
そういうことを優先するなんて
…ある意味人間らしいのかしら

考えたことくらいあるのよ
何故好きなのか、やめるべきか
でも好きだから、以上の何かはないし
やめなくていい程度に気を付けているつもり
彼の居る今なら尚更――
でも、そうね
貴方にばれたなら
もっと欲は抑えるべきかも

もう少しお話ししてみたかったけれど
ナイフを携え傍らへ
花の下には何があるの
くらいそこ――底には何が埋まっているの
嗚呼、花の女は虚ろなのね
でも心はきっと――

紅いあなたへ微笑んで
朱いあの子の名を呼ぼう


境・花世
【喫茶店】


赤く千切れたあのこの表情を
うまく思い出せないのはなんでかな
食べちゃったの?と右目の花に問う己の声は
平坦でつめたくて金属みたい

――でもまだ、ぜんぶは忘れてない

ささやいて毟る薄紅の下は虚ろ
なんにもない、とどめておけない空洞で
だからこんなにも速く駆けられる
重い一撃を躱せば大きな隙が作れるはずと
朝霏に繋ぐ術さえごく冷静に考えて

だから、たぶん、冥い眼窩から溢れる
ぬるい滴に理由なんかない
振り翳す裁曄が鈍らぬよう瞬き散らして
神を切り裂き、貫き、穿とう

髪を撫でた繊い柔い指先を憶えている
すきなひとがいたのだっけ
考えてって、わたしに、言ったよ

……ああ、朝霏と一緒に来ててよかった
あのこの名前を憶えてる?


ヌル・リリファ
そっか。(少女は一度話しただけの死に動揺はしない。
そもそもどんな事情があろうが選択したのは彼女自身であるのだし。
ただ、邪神の力が増したのを見て面倒だな、とだけ思った)

わたし大事なひとを。マスターをさがしてるんだ。
だからまったくきもちがわからないとはいわないけど……。
まだ、マスターがいるかもしれない世界をこわされたらこまるから。ここで殺す。

流石にちからくらべはきつそうだし、攻撃はできるだけさけて【属性攻撃】で強化したルーンソードできりすてる。

……わたしは死ぬなっていわれたから死ぬきはないけれど。
きっとおわるのは。さびしさもなにもかもなくなるから。そんなにわるくはないんじゃないかな。
さよなら。


レナータ・メルトリア

あーあ、しんじゃった。
あとは、このカミサマをころしちゃったら、このオシゴトは終わりかぁ。

……わたしにはリカイできないよ。
愛していたなら、となりにいたいし、離れたとしてもまた一緒にいれるところにいたいんだもん。
まさか、しんじゃった後の世界なんてものを、信じているわけでもないでしょうに。
まぁ、いいわ。いくら考えても、思っても、もうしかたないことだもん。
このカミサマをころして、さっきの厭な気分も忘れて、わたし達の日常に戻りましょう。

おにいちゃんの外側にひびが入っちゃったし、つくり直すいい機会だわ。
〈おにいちゃんのナカミ〉に【ブラッド・ガイスト】で血を吸わせて、このカミサマをズタズタにしてもらうわ。




「あーあ、しんじゃった」
「そっか」
 二人に、感傷はない。
 ヌル・リリファ(未完成の魔導人形・f05378)はたった一度話をしただけのそれが自分の意志で死んだことに動揺のしようがないし、レナータ・メルトリア(おにいちゃん大好き・f15048)にとっては『おにいちゃん』が無事である今は少女の死などに何も思えなかった。
 二人とも、世界の基準はすべて他人に在る。創造主に依存しなくては存在ができない人形のヌルと、『おにいちゃん』がたとえ継ぎ接ぎの存在でもそこにあらねば耐えきれぬのがレナータだ。そもそも、少女の選択に関しては、完全に少女に責任があり自由がある。それをヌルにもレナータにも止めてやる権利もないし、ただそれをきっかけにして『神』とやらが頭を亡くして、腹に大穴を開けても動き回るのは恐ろしいなと思った。
 ――きもちが、わからないわけでない。
 レナータだって、ヌルだって。
 きっと、愛を求めてさまよっているのは今も同じである。
 マスターを探している、未完成な『おにいちゃん』を連れながら歩き続けている点などは、この神からすればほぼ同列の感情だ。
 それしかしらない、目的がそれしかないからと、――歩き続けていく苦しさは理解できる。
 少女もまた、『しろちゃん』を同じ世界に在れないことを悲しんでいた。愛する人と同じ世界で語れず、存在すら認知をゆがめられ『かみさま』になってしまう。少女を『かみさま』にした蚕を、立派な成虫にしたって救えるとは思えなかったヌルだ。
 どちらにせよ、――彼女が探し求める人がいるかもしれない世界を壊されたらたまらない。
「ここで殺す」
 はっきりとした宣言で在り、ルーンソードを構えた。
 レナータには、このありさまが理解できないでいる。理解する気もないのだ、己らとはあまりにも少女の欲望がかけ離れている。
 愛しているなら、隣に居たい。たとえ離れたとしてもまた一緒に入れるよう手を尽くすのが『愛』ではないのかと『おにいちゃん』の手を握る。
「ふしぎだよね、おにいちゃん」
 かくかくと体を揺らして答える不出来が肯く。
 ゆえに、レナータの『おにいちゃん』はこうなった。
 いろんなものを継いでは剥ぎを繰り返された故に不完全であり、『完全』のおにいちゃんへからは遠のくものの『絶対』レナータのそばに在り続けるペストマスクこそ、最高傑作であると言える。
 時に己を守り、己のために戦う理想の『おにいちゃん』は『おにいちゃん』からは遠くなったかもしれない。しかし、それでも――いくら考えても、思っても仕方ないことをいつまでも考えられるほどレナータもまた、気が長いたちではなかった。
 朱音の選んだ手段がいっとう、地獄であるとレナータも思う。
「そんなことしなくても、よかったのに」
 死後の世界なんかを信じているような生き物でもないだろうに。
 聡明な彼女は理解していたのだ。地獄も天国も人間が脳から作り出した幻想で、どこにもありはしないなんてことを語っていた。レナータが兄と指を絡め合い、ふしぎだねと繰り返す。
「――まぁいいわ」
 ヌルと感情の帰結は同じだった。
「このカミサマをころして、さっきの厭な気分も忘れて、わたし達の日常に戻りましょう」
 愛おし気に兄の輪郭を幼い手で撫でてやる。兄はまた、レナータの意志通りに素直にうなずいた。
 こうして――作り直してしまえばよかったのに。
「案外、おばかさんだったのかもね」
 同じ『愚か』ならば『質がいい』ほうが生き残るにきまっていた。

 少女は、まったくもって『かみさまではない』ことを証明したのだ。
「そう」
 もしや、本当に『かみさま』なのかもしれないと思っていた。
 辻森・朝霏(あさやけ・f19712)の正体を朱音が暴いた手がかりは、彼女の小さな挙動と口ぶりからの洞察である。
 国語の問題文に対する答えが、すべて文中に書いているのと同じことであった。朝霏が隠そうと思えば朝霏の痕跡ひとつひとつに『隠している』証拠が浮かび上がるだけのことで、それは並大抵の誰か程度には隠すことができても、朱音には通じなかっただけのことである。
 知能指数の高い人間は、――人が何か話す前に、その内容をくみ取ってしまうのだという。
「本当に此処で死ぬのなら、違う、まったく、違った」
 手品の種明かしを見せられたような納得と、ある種の悲哀めいた感情が内に沸く。
 がっかり、と形容するには少し切ないものだ。彼女に悪意があったとしても、無くとも、結局彼女は即物的で、どこまでも利己的な『人間』だった。
 この朝霏と『彼』を暴いた人物が、――ただの『人間』だった。
 考えたことくらいはある。朝霏も、何故己が人殺しを好んでいるのか。
 様々なシリアルキラーの経歴を調べたこともあった。だれもかれも強い抑圧を抱いていて、その反発の象徴として人を殺したり、己の鬱憤や若いころの欲望を果たすようなものが多い。ただ、それは朝霏には当てはまらないものが多かった。
 金持ちなりの不自由と言うものは在れど、たとえ朝霏がつかまったとして、世間が同情するような悲痛なことなど一つもないのである。
 それこそ、生れ落ちての欠陥だとか、もてはやされてしまうのだろうというのは感じていたが、少なくとも同情よりは好奇のほうが勝つだろうなとも思っていた。なぜならば、朝霏は人殺しに対して『好きだから』の感想以外動機がない。
 殺してみたかった、ではなくて、殺さなければ気が済まないのである。生粋のサディストであり、捕食者であり、ある種人間の皮をかぶった怪物で、集団で生きるそれとは思えぬ脳の異常であり、変質で在り――進化ともいえた。
 だからこそ、さらなる進化への課題をひとつ『みつけた』のである。
 人は進化するためにそれを克服せねばならない。少女のお遊びではなくて、『ひとごろし』の道を究めていくのならば『ただの人間』である朱音に暴かれてしまう欲望は――もう少し、抑えたほうがいいのだ。
 いい学び、いい気づきである。もう少し会話を続けられたら、もっともっと朝霏は血染めの道を朝霏として歩けたはずだ。その道の先に『彼』がいるのかどうかもわからないが、きっと前へ往けたはずである。
「かよさん、花世さん」
 ナイフを逆手で握った。
 いつかの喫茶店で繰り返した音のままで、隣に呆然と立ち尽くす境・花世(はなひとや・f11024)の意識をかきわけてやる。
 花世は、目の前で落ちていった誰かのことを思い出せなかった。
 うまく表情が見えない。あまりに鮮烈だったのに、どんな顔をしていたのか――出てこなくて。冷たく、言葉を知らぬ子供のように「たべちゃったの? 」と己の内側に訊いてみても、華は赤い世界に喜んでいるようであるが、うまく答えは返してくれなかった。
 よこしまのいきものゆえに、狂気である今が嬉しいのかもしれぬ。
 ――でもまだ、ぜんぶは忘れてない。
 ぬるい温度があふれて、赤い瞳を濡らして頬を伝う。
 この涙なのか、分泌液なのかわらぬ水分に理由はない。ただ、体力が持っていかれるだけだ。
 でも、拭えるほど意識が確かでなかった。だって、さっき飛び降りた少女は――『考えて』と花世に願ったではないか。
 なのに、その表情が思い出せない。思い出してやれない、『にんげん』だと理解していたのに、手を伸ばしてやれなかった。
 ――わすれたから、わすれたら。
 すきなひとがいるのだと、寂しそうに語る少女の表情も、その『しろちゃん』がなんだったのかも思い出せない。
 どうして、憶えていられないのだと強く手を握った。わからないものに手を出せないのは当たり前だ、だけれど、今回の朱音とその正体は、花世は理解していたはずである。
 なのに、その意味も、理由も、名前も、もう、思い出せなくって――。
 無力な道具であれたら、きっと感傷にもひたらなくて済んだ。道具であることを徹底したら、何も考えずに思った通りに動いていれば、きれいに丸く収まることだってある。むしろ、そうすべきだと思っていたのに、少女が『考えて』と告げた声色がこびりついて離れない。
 道具であることが罪だと、そんなに寂しいことはないのだと、脳髄からちゃんと生きてくれと願った少女の音にしがみつく花世の意識が花世自身、きっと理解できなかった。
「朝霏」
「はい」
 花世の乾いた声に、朝霏が穏やかに短く答える。
 この牡丹の下に、どんな空洞があるのだろうと思った。
 長いまつげが震えて、暗い底で誰が哭いているのだろうと想像する。きっと、彼女は朝霏よりも善人で、朝霏よりも手遅れな存在だった。
「あのこの名前を、憶えてる? 」
「朱音さん、ですよ」
 ――花が、開く。

 盛り上がる仲間たちのことを気にかけてもいない。
 久澄・真(○●○・f13102)は細かな柄の入ったシャツが白く汚れないよう、フェンスに足をかけて下を見る。
「はァー、なんだ、終わりなわけ」
 面倒ごとが増えた。
 死体など見慣れているが、少女の無残なそれがもったいなく想える。
 生死も未来も関係ない、きれいに死んでいればそれなりに高くも売れただろうと真の眼には今日の『相場』が見えていた。
 眼球ひとつ、人造ひとつ、血抜きして腐敗処理すればそれはそれで高くなる。『体』に秘められた無限の可能性がすべて破壊しつくされた落下体に、残念な気持ちだけが込みあがっていた。
「つまんねぇな」
 神童だ悪意だかみさまだ、なんだかんだと言われても結局いつも残るのはただの『肉』だ。
 例えばそれが聖人君子だって死刑囚だって後ろから真が殴ればどれも等しい価値しかなく、そこに決められた値しか存在しない。もう少し、――真は、楽しめるかと思ったのだが。
 ほかの猟兵が『魂』をつかんだのだという。それをどこに導いてやったのかは、真からすれば勝手にしたらよい事だったし『いいこと』すぎてやる気にもならなかった。余計なサービスは市場を狂わせるから、彼は彼の考える範囲で価格に応じた働きに努める。
 幸い、周囲はやる気に満ちているのだ。真がもとより得意でない派手な暴れかたをせずとも正義と慈悲あふれる彼らが何でもやってしまうだろうとも思う。
 少女には、正直、『どうでもいい』しか感情を抱けない。ただ、もう少し面白い生き物だとも思っていた。仕事を楽しむ、だなんて真にはあり得ないがそれくらい『可能性』がありそうな逸材だったことは確かだ。
 人の心を読み解く審美眼が在れば真側の世界ではそこそこうまくやれたのだろうし、取引先になる可能性だって見えたから直接の暴力に出ていない。どんな可能性をも汲んで少女の末を見守っていたのだが――世界に『サービス』を求めるのもお門違いか、とフェンスから降りる。
 かつ、と革靴のかかとが静かな世界に響いた。
「よーう、神様。初めまして。おっと、憶えてくれなくていい。オプションもゴメンだ」
 余計な貸しはつけても借りは作らない。返すのが面倒だ。
 白い髪をかきあげながら、スカー・フェイスは笑う。
「あいつの命(のろい)は美味いか? ン? 少女がお好みか? えェ? 」
 そこらの変態とかわんねェな。
 ――呪いを吸い上げる神が、ばらばらになりつつある体から悍ましい悲鳴を響かせる。ちゃんと声帯が機能していて、下あごがかくかく振動しては血が飛び散った。
 愛とやらのツケが回ってきて、命で返済をせねばならぬものの末路は惨たらしい。耳の穴を指でふさぎながら、にやにやと笑ってやる。
「貸しだ。すぐ返してくれや」
 ――周りの猟兵たちに言った。
 真の隣に現れるマネキンは、真を体現したようなものである。
 執着もこだわりもない。潔癖のきらいはあれど神経質に度は過ぎない。何もないからこそ好都合で、どんな手段も形もとれる。
 【オペラツィオン・マカブル】は――赤い世界を吸い上げて、パーツを真っ赤に染めていった。
 徐々にそれが酸化を初めて黒になる。くつくつと真が笑って、神が己の元に帰ってこない少女の呪詛に戸惑い始めた。
「ハハ、ウケるな。フラれてやンの」
 ――取り返しに来てみろよ。
 煙草を吸って、吐きかけるように長く息を吐く。芳醇な香りと周りに散った水の臭みがまた味わい深い。
「俺が全部喰っちまうぞォ――」
 最高の、いやがらせだろう?
 唇をつりあげ、普段よりもいささか下品で悪魔のような笑みを浮かべたのなら、木色の素体が完全の術式事爆ぜていく。そうはさせぬと剣を構え、縁切りの一撃が鋭くマネキンへとむけられた。
「むししちゃ、駄目だよ」
 それを――ヌルが、剣先で弾く。
 力比べをするつもりはない。かく乱に出た人形の動きにためらいは無かった。弾いた剣先を滑るようにしてお互いをこすらせたのなら、すぐに突っ切って離脱する。ぬれた地面を足裏で滑りながら、神をふたつの瞳で睨んだ。
 死ぬな、と言われた人形は、死ぬ気がない。
 つよくあれ、戦い続けろと願われて歩き続ける最高傑作であり失敗作の少女は空虚な使命感に燃えてひた走るのだ! 剣を構えて、追いかけてくる神の威力が先ほどより弱まっているのを知る。ころんと前転をし、長い脚の間をくぐった。ヌルのいた場所に轟音が響き地形が破壊されていく。
 きめ細やかな髪の毛がぬれ、美しい衣服も濡らしながら人形の心臓はけして動かない。あくまで静かに、それでいて確かな方法で避けていた。
 この動きを仲間たちに教えるためだ。己の力だけで神に抗ってはそれこそ『死ぬ』かもしれない。だから、余計な負荷をかけないように、それでいて疲れ知らずの身体で仲間たちを導くために有効に使った。
 ――おわるのは、きっと。
 少女にも、かみさまにも救いだっただろう。孤独であることがなくなって、代わりに幸せすら消えるのがそれなのだ。
 ヌルにはまだそれが到底早いだけで、誰にも願われていないから叶えない。だけれど、この、神様たちは――きっと。
「さよなら」
 ヌルが小さく告げれば、異変を感じた神が――止まる。

「はぁ、おにいちゃんを作り直すいい機会だわ」
 とても大変な作業である。
 一から素体を集め、ついではいでをまた繰り返して夢を実現させねばならぬ。
 いつか夢見た理想から程遠い『おにいちゃん』で満足を繰り返さなくてはいけないのが一番、苦しくて気持ち悪い時間なのだ。そんな苦しみなどわかるまいとレナータが唸りながら神を見た。
「いって、おにいちゃん」
 ささやけば――【ブラッド・ガイスト】が発動する。
 『おにいちゃん』の中身に指をひとつ這わせてやれば、愛しき妹の血が巡り全身凶器となった兵器がまるで蜘蛛脚のようにして飛び出していった。
 釜も槍もまるでクリノリンのように彼の身体から生えて足代わりに駆け巡る。ぎいぎいといびつなパーツが悲鳴を上げながら神に斬りかかっていった。無数の斬撃相手に神もまた、ひとつひとつを断ちながら斬り躱す!
 黒が破ける、損壊する、血が舞う、入れ替わり人形どうしがまた、注意を惹く。
 派手な戦闘があるからこそ、朝霏は巻き込まれるにちょうどいい。ナイフを差し込むようにして――その呪詛を奪い取る。
 【Amuse-gueule】。逆手に握ったナイフで後ろから斬りかかった。二つに集中する大きな背中には、あっけなく少女の脚力で踏み出し、腕で支える小さな牙が突き立てられる。
「花世さん、どうぞ」
 ――このコードの本質は、『読み取る』ことだ。
 攻撃した対象の行動と習性を読み取ったから、今の朝霏には理解できる。この神は今、なんてことない少女によって『虚』をつかまれた。
 そして、瞬く間に【偽葬】が咲き乱れる。
 空っぽのはずであるからだから生み出されたのは怒涛の攻撃だった。
 花世から展開されたのは無数の道具である。殺戮の刃物が手に握られた花世の動きは、鬼とも神とも何ともいえぬまがまがしさと激しさがあった。
 まるで雷、そして嵐のように空気を切り裂き、獣のような唸りを伴った空気で剣圧を交え、神を切り裂き、貫き、穿つ――すべて、一瞬の技が魅せる。
 考えて、考えた末にただあふれる涙を見せないまま舞った赤が、刃物を空気に振れば神の血が舞うだろう。
 びしゃりと跳ねた新鮮な赤は、花世のそれより明るくて生々しい。

 ――そこに、愛の行方は果たして見えただろうか。
 考えたそれぞれの答えは、きっと『赤』が空に帰らないことがすべてを意味していた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

六道・橘

前世の飛び降り者確定NG/それ以外◎

ああああああああああああああ
これ、誰
煩い
…私

この世界に見覚えがある
コンクリートの匣
屋上

“私の生まれは桜の世なのに?”

溶鉱炉色の黄昏
赫く溶け合いたいと焦がれるは兄

朱音
あんたが飛び降りた
兄さんも
いや
38階から飛び降りたのは双子のどっちだ?

“謎を解くなと誰かが目隠しをする”
…さん、あんたはいつもそうやって!

食べ尽くし未練無く身を投げた朱音
羨ましくなんか、ない
未練があったから“私”はむざむざ生きている

天音で斬り
九回
内何回自分を斬るのか数え嗤う
神は邪魔で無粋、だから殺すわ
俺(わたくし)は朱音さんが好きなの

千切れた首は視力がしばし残る
朱音、最期の光景はとびきりだった?


サン・ダイヤモンド
駆け寄って、遅かった
動揺はしない
それが君の悔い無き選択なら
これが僕の選択と覚悟、僕は猟兵だ

さっきの様なヘマもしない
『森羅万象』と通じ死角からの攻撃も知覚する

見せてあげるよ【僕の大事な人】
鬼めいた変幻自在のブラックタールの名を叫ぶ

僕にあるのは想像力
そして信じる心
彼は僕を護り、その拳で神を砕くだろう

僕とブラッドは違う
でも僕は彼が好きだ
喧嘩しても人喰いでも
完璧に同じものになれなくても大好きだ

世界も神様も関係無い
皆に理解して貰おうとも思わない
でも僕が信じなきゃ誰が彼を信じると言うの


言葉にしなければ伝わらない
傷付かずに得られる愛も無い

しろちゃんの神様を演じ続けて
君が、ひとりぼっちになりたくなかったんだね


霧島・クロト
◎△

――同情出来るかっていうなら、出来ないな。
だって、死ぬ事は『放棄』だろうに。

悪いな、お前を出す程じゃないんだが、
付き合ってくれ『アルカイド』。

【高速詠唱】から【指定UC】。
残念ながら高層ビルの屋上って辺りで機動力は俺らの方が上だ。
【空中戦】を活かしつつ
【フェイント】【見切り】で回避してくか。
まぁ、建物の損壊は最小限にしたいけどなァ。
必要なら【オーラ防御】絡めた氷壁で受けようか。

隙を見ながら【生命力吸収】【属性攻撃】【マヒ攻撃】乗せた
龍の【怪力】でボコボコにしてやろうか。
今更神がなんだってんだ。

――『もっと』知りたいのなら、死ぬのは間違ってるぞ。
お前の探求ってのは、それまでだったんだな。


塚杜・無焔
◎△

ああなった以上、無理だろう。
あの手の少女の好奇心というのは、
恐ろしい以上に歯止めが効かぬ。
教育など、『出来ている』なら『こうはならなかった』からな。

ならばせめて、眼の前の障害を排することに従事しよう。
場所が場所だ。不用意に建築物を壊されては堪らん。
――私自身が盾となろう。
【激痛耐性】や【オーラ防御】を活かし、
屍人の肉体の限界など容易に突破してみせよう。

だが、ただの肉盾では済むまいよ。
私は――俺は、『デッドマン』であるが故に。
捕らえたならば【早業】で【デッドマンズ・スパーク】で返させて貰う。
逃しはしない。諸共に、焼け果てて貰う。

一度汚された者に、待ち人など『ありはしない』のだから。



● 
「ああ、ぁ、あああ、あああああッッッ――――!! 」
 六道・橘(■害者・f22796)がすさまじい叫び声をあげる。
 人が死ぬ光景程度で驚くような彼女ではない。『朱音』が死んだ光景に、たまらず混乱した。
 誰の声かわからなくて、頭の中がパニックになる。己の声とは思えぬほどの声量があふれて思わず瞬きを止めた。
 この世界に、何故だか見覚えがあってフラッシュバックが起きている。
 わなわなと震えて立ち尽くす橘の視線の先には、サン・ダイヤモンド(甘い夢・f01974)がいた。
 駆け寄っても届かなかった。彼女の覚悟はとうに決まっていて、すでに――『死んだ心で』生きている人間だったことが証明される。
 神様などにはなれない少女の素直な終わりがそこに在った。
 ならば、もう動揺はしない。それでいいと少女が笑んだのなら、サンもこれ以上助けてはやれなかった。
「――僕は、猟兵だ」
 ゆえに、万能ではあってもためらいもできない。
「だな。俺も、同情できない」
 霧島・クロト(機巧魔術の凍滅機人・f02330)もまた、鋭くそれは吐き捨てる。
 死ぬことは『放棄』にしか見えないのだ。死後のことなどどうともできないことくらい、UDCアースに生きる人間ならば理解しているはずである。確かに残留思念だとか、霊魂だとか、シャーマニズムな観点からして呼び起こせる死霊がいたとして、それが本当に『その当時の』人のものであるかどうかなんて証明できないのと同じだ。
 ――もっと『知りたい』と言ってたのに、満足したのならその程度である。
「死んでも学ばねェだろうがな」
 吐き捨てるように言った。
 すでにクロトの思考は戦況の保全、もしくは最小限の補修で済ませたいための算段を付け始めている。戦って終わりでは彼の仕事ぶりが万全とは言い難い。
「あの手の少女の好奇心というのは、恐ろしい以上に歯止めが効かぬ」
 ゆえに、死んでも治らんよ、と塚杜・無焔(無縁塚の守り人・f24583)が唸った。
 ずしりと歩みを始めて、彼はもはや死んだ少女に向ける言葉もない。奪われた『しろちゃん』を教えてやることもできないのだ。
 死人に口なしであり、一度汚された者に、待ち人など『ありはしない』。
「――盾となろう。後は任せる」
 デッドマンだ。
 肉盾には一番適した存在であるという自覚がある。クロトが何か言いかけて、それからサンを見て、その向こうで狂い始める橘の視線を見て止まった。
「わかった。――こっちも、手は尽くすぜ」

 意識は、『前世』に引っ張られている。
 橘が覚えているのがそれだ。
 己の記憶に矛盾がある証があって、その『謎』に意識が持っていかれる。
 ――仲間たちの呼ぶ声も遠く、まるで景色の上に薄い膜を張られて、別の景色を見ているような感覚がした。
 鼻から感じられる鉄錆びたにおいは鮮明なのに、指先も足も感覚が無くてふわふわと宙に浮いたような心地である。
 UDCアースのこの世界で、どうして、――親近感など沸いて、景色が重なるのだろう。
 “私の生まれは桜の世なのに?”と口が動いたのに、言葉は出なかった。代わりにかすれた吐息が鼓膜を擦って、動悸がうるさい。胸を押さえて、何度も息を吐いた。おかしい。
 ――赤色の景色は、橘には映っていないのだ。
 そこにあるのは、溶鉱炉色の黄昏と。
「二人、赫くとけてしまいたいね」
 橘を待っていた、焦がれる兄の顔であった。

 ほぼ欠落した鬼と対峙するのは、死体の無焔であった。
 その見てくれになってもなおまだ動く。肘も壊れ膝も壊れ、神から堕ちて都市伝説などという『嘘』に書き換えられても必死になって愛を探す腕がある。
「おそろしいな」
 死体の彼が言ったのは、冗句でなく本心だ。
 ――死んだほうがいっそ救われるだろうと思えてしまえるほど、まだ鬼は愛を探していた。
 ここで終わるわけにいかぬとその呪詛が呻く。少女の渦巻かせたすべてを吸って、喰って、なお前へと出ようとするさまは痛ましくもあり命らしいものだ。無焔にはない種類の衝動が、強さの根源であるという。
 とびかかってきた巨体が鋼を握るのをやめないのが、すべての証だった。それを無焔が体で受け止める。死んだ身体を貫く鋼ごと鬼を食い止めた。
「――逃しはしない」
 【デッドマンズ・スパーク】が右腕から放たれ、焦がされる。高圧の電流で犠牲になった右腕とともに、鬼もまた獣とも何ともいえぬ絶叫に喉を震わせて燃える!
 たまらず断ち切る鋼から手を放し、斬る縁すらない死人の無焔がそれを体から抜いた。
 左腕が余韻でしびれる。震える腕を握り、しかし死体はずしりと日本の脚でたち、鬼を見下ろした。

「悪いな。お前を出すほどじゃないんだが」
 『アルカイド』と名付けられた氷の龍はグルルと唸り、それから主であり共生関係にある氷狼を見る。
「――ありがとよ」
 何をいまさら、と瞳が笑ったような気がして、短く氷の狼も返した。

「『北天に座す、七天よ――龍を捕らえ我が身に降ろせ!』」
 【 氷 戒 龍 装 『 氷 龍 呑 み し 貪 狼 』 】!!
 
 氷の波動が黒の体を包み、その部品を魔術で組み替えていく。全身がとがり、鱗のように体を覆い顔パーツの変形したメットがより堅牢にクロトを守った!一つ吠えれば竜のそれになり、上空に飛び出せばあっけなく鬼の上を取る!
「空がありゃァ――神様がなんだってんだ、あァ!!? 」
 豪速での拳が降る。
 氷の魔術が鬼に接した瞬間、地面に散った雨がすべて凍らされ建物の崩壊を防ぎ、塗り替えた! 白銀の世界がクロトの一撃で完成し、生命を奪い時間を止める!
 あわや倒壊かと思われた建物も、逃亡に出るかと思われた鬼も覆いつくすほどの氷壁が出現し――逃げ場を失う鬼がクロトの連撃に押し込まれていく!!
「落ちろ、落ちろ――堕 ち ち ま え ッ ッ ! ! ! 」
 白銀を砕き、割り、神を打ち、殴り、その体から呪詛を引きはがしていく!破魔の拳が叩きつけられ、鬼が――たまらず、氷の壁を四つ足で駆けて飛び出した。上空に高く飛びあがる体を、迎え撃つのが――黒い油だった。

 サンにあるのは、想像力と信じる心である。
 刷り込まれた雛のように、己に愛を向ける対象をむやみやたらに信じていたそれが切り替わって今や信念となった。
 磨き上げられた純粋な心が、誰かを守るために、そしてうち滅ぼすために力を使うことを良しとする。
 そこにためらいはなく、其処に在るのは『できる』という確信だけだ。
 サンが思い描くのは、最愛の黒である。
 ――ふたつは、一つに成れない。
 二つの羽になることはできても、翼にはなりきれない。種類の違う翼を合わせればうまく飛べずに喧嘩になることもあるし、やりとりがちぐはぐになるときだってある。
 でも、それでも、好きだ。
「僕は」
 たとえ彼が人食いだって、怪物だって、構わないのだ。
 世界を守るにしたって、善意だけでは守れない。最愛の彼がいるからこそ守る意味があった。
 二つを混ぜ合わせることもできない。だけれど、――それでも、二つが別々であってもそれが今は誇らしいのだ。
 片方ができないことは片方が補ってやればいいと知った。だからこそ、サンは強くなる意味がある。
「世界も、神様も関係ない」
 【僕のブラッド】が呼び出される。
 氷の合間を黒油がすり抜けて、強大な拳が牙を剥いた。
「誰にも理解されなくていい。して貰おうとも、思ってない」
 ――少女との決定的な違いが、そこに在った。
 どちらの想いに優劣もない。だけれど、彼女が孤独である理由がサンには分かった気がした。
「僕が信じなきゃ、誰が彼を信じるというの」
 ――君は、信じてあげなかったんでしょ。

 三十八階から飛び降りたのは双子のどっちだっただろうか。
 黒い拳に神がはたき落とされるのがスローモーションで見えた。
 走馬灯と同じだ。頭が興奮しきってよく動くから、動体視力が限界を超えてそれを追う。
 ――“謎を解くなと誰かが目隠しをする”。
 たまらず頭を掻きむしって、それを見届けたいのに瞼が閉じられる。
「ああ、あああ、ああああ!!! 」
 ――さん、あんたはいつもそうやって!
「ああ。あ、あああ……! 」
 ぎゅうっと唇をかみしめる。
 答えが見えない、かき消されて、ただただ切ない気持ちにいっぱいになる。
 己らのどちらが『朱音』だった? 朱音がどちらの『己』だった?『しろちゃん』は誰だった!?
 もうそこまで答えがあるのに、奪われた存在と少女の命に何もかもを見出しかけて記憶に蓋をされる。自己防衛かもしれないし、いっそ呪いのほうがよかった。
「羨ましくなんか、ない」
 振り絞った声とともに、【九死殺戮刃】が踏み出される。
 いらだち交じりの痛みに己を切った。三度腕を斬りつけて、四度目に ――誰を見ただろうか。
 四つの赤い線を引き連れて、神に五回分斬りかかる。落ちていく神を切りつけて、最後に胸にナイフを突き立てて氷の山へと落としてやった。
 そのまま転がって――橘はビルから飛び降りる。少女が落ちたとおりの手順に足を乗せ、命を絶ったコードで滑り、地面に降りた。
「俺(わたくし)は朱音さんが好きなの」
 張り詰めた声色に、理解できぬ三人がきっと上から橘を見送るだろう。

「朱音、朱音、ひとりぼっちにしない」
 ――泣きそうな声で、橘が飛び降りた先に居る朱音に触れる。
 邪魔な神を置き去りにして飛び越えた柵から、華やかに降り立って横顔に語り掛けて、ほほを寄せた。己の吐く息が鉄くさく、切ない。
 横向きにし合ったふたつに同じ景色が、映る。
「――最期の光景は、とびきりきれいだった? 」
 細い少女の上に重なるようにして、温めるような桜の精が笑う。
 それがどれほど、悍ましい光景であってもきっと、二人の間にはいっとう『きれい』な終わりがあったのだ。
「教えて、朱音、どうか」
 縋るように、少女の身体を抱きしめる橘の瞳は涙にあふれ、少女の死体を濡らす。その奥底にはずっと――謎が、満ちていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

花剣・耀子
◎△
踏み外す前に手を伸ばして、踏み外したら斬るだけ。
だけど、自分の意志で踏み出したいのちを、遣う場所を決めていたいのちを、あたしが惜しむ道理はないわ。
……ないけれど、

彼女に向けるいたみは、長い瞬きを一度だけ。
お仕事よ。
征きましょう。

封を解いた刀に、呪詛を込めて込めて込めて込めて、
――おまえの求めるものを、あたしは持ち合わせていない。
此処から外へ行かせる訳にもいかないの。
代わりに、果てまで付き合ってあげるわ。
悪鬼邪神の動きにだって、いまのあたしなら追い縋れる。
此処で終わりよ。斬り果たす。


惜しんでいるわけでは、ないけれど。
でも、……――そうね。
きみのさみしさがなくなっていたなら、良いとは思うのよ。


穂結・神楽耶
◎△
たったひとりしか必要でなくて。
たったひとつを見つけるためなら他に何も必要ない。
最初からそのつもりでいたひとを救えるほど。
猟兵は、万能ではあり得ないんです。

かなしいですね。
こんな結末しか期待できなかった生も。
それを完遂させてしまった、何もかもも。

けれど、認める訳にはいきません。
そうとしか生きられないことと、今を生きている全てを害することは別問題です。
終わりにしましょう? 神様。

あなたが縁を断つと言うなら。
縁結びの太刀として、それを阻みましょう。

燃えて弾けて、灰と散れ。
あるがままに生きるには――
世界は少し、複雑に過ぎますね。




 踏み外す前に手を伸ばして、踏み外したら斬るだけだ。
 二人のありかたは、きわめて奉仕的であり利他的である。
 けれど、――どちらにも共通するのは、自分の意志で踏み出したいのちを、遣う場所を決めていたいのちを、惜しむ道理がなくてもただ、かなしい。
 たった一人しかいらなかったのだ。
 少女は、最初からたったひとつを見つけるために他を切り捨てた。
 己の親も、世界も、友達も、未来も棄てて、――そんなつもりでいた人を救えるほど、猟兵は万能になり得ない。
 世界の裁定者であり、バランスを担う存在だからこそ『救いすぎてはならない』ことがこれほどもどかしくてしょうがなかった。
 こんな結末にしか期待が出来なかった生の業深さにもっと前から手が出せていたならば。この完遂が――何もかも、もう少し遅ければ。
「お仕事よ。征きましょう」
「ええ」
 UDCエージェントたるもの。
 己らの第一目標は、邪神の討滅であった。
 彼女らならばきっと聞いていたのだ。『小西・朱音』の生存は最初から求められていない。
 必要であれば処分するように通達が来ていただろう。それを呑むかどうかはともかく、――それほど、危険な少女だった。
 邪神に感傷を受けても狂気に汚染されず、それどころかその力を使って思い描いたものを完遂させてしまえるほどの頭脳が在る。確かに、『死んだほうがいい』命だった。
 けれども。
 花剣・耀子(Tempest・f12822)は、己の剣の封印を解く。
 もはや都市伝説になった鬼が氷から上半身だけで湧き出ても、何とも思ってやらなかった。
 油断もしない。まだそれでも動き回れるということは、耀子に向けて攻撃手段があるということだ。
 一番恐れるべきは怪力であろう。どるどると唸った己の愛剣にあたりの呪詛を吸わせ、強く握る。
「――おまえの求めるものを、あたしは持ち合わせていない。此処から外へ行かせる訳にもいかないの」
 青い瞳には、拒絶があった。
 それに肯くように剣を構えたのが、穂結・神楽耶(舞貴刃・f15297)である。
「認める訳にはいきません。そうとしか生きられないことと、今を生きている全てを害することは別問題です」
 赤い瞳には、否定があった。
 思念を否定しない。意思は尊重する、しかし――多数の破壊は許さない。
 護れなかった神楽耶が守るための存在になった今だからこそ、これ以上神楽耶の前で『しろちゃん』と『朱音』の破壊は許せないのだ。
 鋼の切っ先は鬼へ向けられる。
「終わりにしましょう? 神様。」
「果てまで付き合ってあげるわ」

 【《天羽々斬》】と【鉛丹光露】が踊る。
 悪鬼邪神の動きは上半身の身になっても体が軽くなった分だけ素早かった。しかし、それに追いついて見せるのが耀子である。
 八方の白刃に神を追尾させ、ぎん、ぎん、と凍った床に突き立て残骸を削っていく。もはや逃げまどうか刺し違えるかしか選択肢の残らぬ神を焦らせるのは神楽耶の焔だ。氷の壁に突き立てればそれがたちまち爆裂を起こし、氷塊が鬼の逃亡を防いでいく!
 縁切りの鬼とて、防戦一方というわけでない。己を追う耀子の剣をすれすれで躱し、通り過ぎたものを握り、神楽耶に斬りかかる。
 鋼で撃ち合う神楽耶が二、三歩押されれば黒曜の髪が通り過ぎ、神の腕を断ち切らんと機械剣《クサナギ》で斬りかかった。
 ぶうんと空気を喰らった感覚に鋭く耀子が舌打ちをして、しゃがみこんで氷の上を滑っていく。
「無理をなさらないでください、花剣様! 」
「――わかってる」
 わかっているけれど、止まれないのは神楽耶だって同じだ。
 おぞましい鬼が上半身だけで、泣き叫ぶような悲鳴を上げて逃げまどう姿を早く滅ぼしてやりたかった。
 惜しんでいるわけではない。耀子とて、仕事は仕事だと割り切れるのだ。
 だけれど、――それでも、どうか二つがまた『さみしくないように』なってくれればと願ってしまう。
 この神を滅ぼして、果たして救われるだろうかとも考えて、己にはそういった手立てがないのが惜しいのだ。
「は、ああああッッ!! 」
 斬りかかり、氷が砕けて鬼が舞う。
 神楽耶の足元まで転がされた上半身には、もはや少女の面影も鬼らしいものの見当たらなかった。下あごしかないその顔は、果たして――だれの顔があったのだろうか。
「あなたが縁を断つと言うなら。縁結びの太刀として、それを阻みます」
 息を、長く吐く。
 この行為に責任はとるつもりでいる。だけれど、誰にも分らない次元のことならば――隠していてもいいような気がしたのだ。
「燃えて弾けて、灰と散れ」

 爆炎が上がる。
 耀子と神楽耶の足元には、鬼らしき痕跡ひとつ残らない。
 炎が立ち上り、それは真っ赤な空を晴らして――また、気流を生んで自然な雨を生んだ。
 この後のことをぼんやりと考える。当たり前のようにまた明日があり、事後処理があり、二人はきっと日常に戻らねばならないのだ。
「さみしく、なくなったかしら」
 ざあざあと猛烈に降り始めた雨が血を流し、耀子が冷えた空気に白い息を吐いた。
 神楽耶がぬれるのに困った顔で、あいまいに笑う。
「――ええ、きっと」
 日本晴れとはいかなかったのは、きっと――『縁結び』への罰だった。



 『この遺書が、どのような形で公表されるのか、私にはわかりません。
  おもしろおかしく取り上げられるでしょうか。ネットニュースになったでしょうか。
  お母さん、お父さん、先生、お友達の皆、心配をかけてすみません。
  アルバイトをさせてくれたお二人も、すみませんでした。ただ、人が良すぎだとおもっています。
  探さなくて大丈夫です。ちょっと旅行に行くだけだと思うので、安心してください。
  『しろちゃん』を覚えていますか?
  覚えてなくても、大丈夫です。
  私たちは、多分いてもいなくてもいいくらいの価値しかないと思っていました。
  でも、それはきっとすごく広い世界のことで、狭い世界では必要だったのでしょう。
  私たちには、正直なところ、私たち以外はいらなかったし、私に至っては私だけがいればいいと思ってました。
  なので、私はこの世で一番可哀想だなって思った『しろちゃん』にいろんな世界を見せてあげたいんです。
  そうしたら、『しろちゃん』の世界はもうちょっとだけ、広くなるような気がして。もちろん、私もだけど。
  私が本を読んだら新しい世界があって、散歩に出たらいっぱい発見があって楽しかったみたいに
  『しろちゃん』にも、『しろちゃん』の妄想にも、いっぱい同じものが出てくるようになるといいなと思っています。
  鬱がうつる、っていうけど、もしかしたらそうかもしれません。
  でも、いいと思います。私は、今のほうが楽しいから。 
  飽きるまできっと二人で、どこまでも旅に出ると思います。だから、探さないでほしいのです。
  できれば、皆で考えてください。
  近くに居る人は本当に幸せか。
  隣で悩んでいる人は本当に悩んでいるのか。
  隣の家では人が死んでいないか、子供が虐待されていないか。
  数学の問題で解ける数式は本当に将来必要ないのか、英語の例文は本当に正しいのか。
  私たちが、何を見てきたか。


  








                      ワタシタチ
                       愛 は、見つかりましたか?』

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2020年02月01日


挿絵イラスト