●晦冥
「センセ、センセ。温泉旅館でゆったりしたく無いっスか? ゆったりしたいっスよね?」
やや強引に話を切り出した小日向・いすゞ(妖狐の陰陽師・f09058)は獣の耳をピンと立てて君を見上げ、まるで狐のように瞳を細めて笑った。
「で、保養ついでにちゃちゃーっと仕事を一つ頼みたいンスよねェ」
曰く。UDCが山より大量に下ってくる予知が見えたそうで。
都合よくその山にはUDC組織の保養地が存在する為、そこでUDCを惹きつけて欲しい、と彼女は言う。
「そのUDC達は人々の中に存在する、『強い力』を目印に山を下ってくるみたいっスから。猟兵がその場所に訪れているだけで、勝手に惹きつける事ができちゃうって訳っスよォ」
温泉、サウナ、岩盤浴に美味しいお料理。
なかなかハッピーで浮かれた言葉の羅列。
保養地――温泉旅館のパンフレットを取り出したいすゞは、真っ直ぐに差し出して。
「UDC達は自分達以外の生き物を見かけると、威嚇代わりに『その者に起こりうる未来の中で、一番酷い未来』を見せて、怯んだ隙に逃げようとするっスよ」
勝手に現れた挙げ句にそんな物を見せてくるのは最悪っスけれど。
と、いすゞは肩を竦めて。
「ま、ま、ま。そんなヤツらが人里まで降りてくると人里は大混乱に陥っちゃうっス! でも、まァ。酷い未来を見せられて心を折られる位、センセ達はきっと得意でしょう?」
なんて冗談めかして笑った彼女は、喉を鳴らしてくくく、と笑った。
「未来といったって、確定している未来って訳じゃァ無いっス。悪い夢程度の話っスよ。――それに例えそれが絶対に起こる未来だとしたって、センセ達ならばきっと変えられるでしょう?」
視線を交わすいすゞの瞳には、信頼の色が宿っている。
ではでは頼んだっスよォと狐尾を揺らした彼女は、掌の中でぴかりと光を瞬かせた。
絲上ゆいこ
こんにちは、絲上ゆいこ(しじょう・-)です。
スーパー温泉も、ひなびた温泉も大好き。
サウナも最高ですよね。そういう訳で温泉です。
●第1章:前日夜から~昼にかけて、秘境温泉宿
1章では温泉宿をエンジョイしていただきます。
様々な温泉、サウナ、岩盤浴。
個室露天風呂付の客室だってあるに違いません。
美容エステに、マッサージ。
山の幸、海の幸、美味しいお料理に舌鼓。
20歳を越えた方は、お酒だって振る舞われます。
大体ありそうな物は言えばある事でしょう、だって温泉は最高ですもの。
大切なのは保養する事とエンジョイする事です。
●第2章:夕方、山の中或いは温泉宿の中にて捜索
小動物の形をしたUDCを探していただきますが……。
UDCに発見されると『その者に起こりうる未来の中で、一番酷い未来』を見せられて、体験させられます。
大体発見されます、これはそういうシナリオです。
それは確定された未来ではありませんが、現在起こりうる中で一番酷い未来です。
その者の一番の不幸であるだろう未来を、プレイングにミチミチに記載下さい。
これはそういうシナリオです。
●迷子防止のおまじない
・複数人でのご参加は冒頭に「お相手のキャラクターの呼び方とID」または「共通のグループ名」の明記をお願いします。
・3名以上でのご参加は、グループ名推奨です。2名でも文字数が苦しい時はグループ名を使用してみて下さい!
●その他
・プレイングが白紙、迷惑行為、指定が一方通行、同行者のID(共通のグループ名)が書かれていない場合は描写できない場合があります。
そして、このシナリオはつじMSの『水底の私』とふんわり合わせでございます。
合わせイラストを並べるとかわいい程度ですが、ご都合よろしければシナリオ欄で並べて見て頂けると嬉しいです。
それでは、今回もよろしくお願いいたします!
第1章 日常
『山奥秘境隠れ家的温泉宿』
|
POW : 美味しい料理に御満悦コース
SPD : 卓球に遊具にアクティビティコース
WIZ : 温泉にサウナ、岩盤浴のリフレッシュコース
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喜羽・紗羅
WIZ
(温泉! 酒! 呑まずにはいられない!)
呑むなバカ! そんな事より温泉よ! 岩盤浴よ!
これでもただの女子高生
一度でいいから体験してみたかったのよ、こういうの!
幾ら猟兵でも時間の都合やら何やら一杯あるし
お金だって……そんなに無いし
(バイトしろバイト)
だから、これがお仕事でしょう!?
ちゃんと堪能しなきゃね、お仕事♪
あれ……水着着用かしら? ちゃんと用意してるけど!
温泉、サウナ、岩盤浴――体重凄い落ちた気がする
エステにマッサージ、ああ……!
肌の張りが違うわ(その歳で何言ってんだか)うるさい!
お料理は(酒だ!)無いわよそんなの!
ああ、最高だわ。温泉最高だわ
(これで呑めりゃもっと最高なんだがなぁ)
ハーバニー・キーテセラ
いやぁ、年が明けたと思ったらぁ、また慌ただしく駆け抜けた日々でしたねぇ
それもようやくひと段落となったのならぁ、心の洗濯は必要不可欠というものですよぅ
ということで、兎耳やらなんやらは今は置いておいて、全力で羽休めを
温泉、サウナ、岩盤浴……etc
あるというのなら、あるだけ楽しまねばというものですよ
身体の垢も、心の澱も、まとめて洗い流しましょうか
はてさて、そういえば、ここの温泉の効能とかってなんなのでしょうね
美肌とかそういうのがあればぁ、身体がふやけて、トロトロになるぐらいに温泉三昧です
そして、出来上がるであろうは茹兎ならぬ、見事な茹蛸
……ばたんきゅ~
●かぽーん
見渡す限りの大自然。
『秘境』の名は伊達では無い。
風に揺れる湯気、鼻をくすぐる硫黄の香り。
やや古めかしい佇まいの温泉宿ではあるが、それは見た目だけだ。
露天風呂を始め、つぼ湯に、くすり湯、炭酸風呂。
マッサージにエステにドクターフィッシュ。
岩盤浴――チムジルバンを模したサウナ施設などなど。
「わぁ……!」
施設案内の看板の前で、瞳をぴかぴかと瞬かせた喜羽・紗羅(伐折羅の鬼・f17665)は掌を合わせて。
『温泉地と云やぁ、酒に、芸者! これが呑まずに――』
「呑むな、バカ!」
心肝で響いた声に、思わず口頭で突っ込んでしまう紗羅。
『あぁ? 温泉まで来て呑まねぇなんて本気かよ……もしかしてガキか?』
「私の中で猛碌するのやめてくれる?」
彼女の中のもう一人の人格――無頼漢のご先祖『鬼婆娑羅』がやれやれと嘆く様。
紗羅は心の中に一人おじさんを飼っているとは云え、猟兵と言う一皮を剥けば現役の平凡な女子高生だ。
猟兵でも、女の子。
一度で良いから、温泉にサウナに岩盤浴、エステ。
なあんて、自分磨き体験をしてみたかったのだ。
普段は時間の都合もあるし、お金だってそんなに無いし……。
『だからバイトしろって言ってるだろ、バイト』
「だから、これがお仕事でしょ!」
茶々をいれる鬼婆娑羅の言葉に肩を竦めた紗羅は、歩み出す。
向かう先は――。
「はあぁ~……、やっぱり温泉は良いですねぇ~」
心地よい風の吹き抜ける、露天風呂。
年明けから慌ただしく駆け抜けた日々が一段落したとなれば、心の洗濯は必要不可欠。
全身全霊、休める時には休むもの。
この時ばかりは旅の始まりを告げる兎云々は横に置いておいて。
湯船に浸からぬように纏めた髪をアップにしたハーバニー・キーテセラ(時渡りの兎・f00548)は、長い耳まで朱色に染めて、幸せな吐息を零した。
掌を窪ませて湯を掬えば、とろとろと零れて行く湯。
サウナ、岩盤浴、垢すりにエステにマッサージ。
ありとあらゆる旅館の施設を制覇した彼女が最終的にたどり着いたのは、温泉旅館の原点とも言える露天風呂であった。
「ふふふ~。身体も心も、纏めて洗い流されるようですねぇ」
「はぁー、本当ね。温泉って……本当に最っ高……!」
その横で岩に肘を付いて。
「それに色んなサウナを巡って、エステで磨いて貰って、マッサージをしてもらって……」
同じく湯に浸かった紗羅も、施設を制覇済み。
心から蕩けそうな吐息を零して、ゆるゆると顔を揺すり。
「はいはぁ~い、本当にぃ、全部楽しかったですねぇ~」
「ええ。体重もすっごい減った気がするし、肌の張りが違うわ……」
蕩けそうな笑顔で応じたハーバニーに、コクコクと頷く紗羅。
『その歳でなーに言ってんだか。それになぁ、サウナで落ちた体重なんて水分が出ただけだ、ああでも今酒を呑』
ええいうるさい。
鬼婆娑羅が心肝で何か言っているけど紗羅は首を振って、無視、無視。
「となるとぉ。やっぱりぃ、最後の仕上げはぁ、じっくり温泉ですねぇ」
「そうねえ」
温泉は浸かれば浸かるほど、何だかお肌すべすべのしっとりになる気がするもの。
その上。
――この温泉が美肌の湯と謳われると聞いてしまえば。
リラクゼーションを全て味わい終えた二人が、最終的に温泉三昧になるのも仕方の無い事なのであった。
ほかほか、ぽかぽか。
体も心も芯まで温まって、身体の垢も心の澱もまとめて洗い流すような感覚。
白い肌の上で湯を滑らせるように、掌を沿わせたハーバニーは青い青い瞳を細めて。
「はぁぁ、でもぉ、少しばかり浸かりすぎたかもしれませんねぇ……」
ぱしゃん、響く水音。
「……ん?」
紗羅は目を丸くして――。
「……ぶくぶく~」
「……えっ、ハーバニーさん?」
ハーバニーの艶っぽく染まった朱色の頬。
……目はぐるぐる。
の、のぼせてる!?
「は、ハーバニーさーんっ!?」
「ばたんきゅー……」
慌てて温泉からハーバニーを引っ張り出す紗羅。
それは見事な茹で蛸ならぬ、茹で兎のできあがり。
――温泉もサウナも適度にお水を飲んで、適度に休憩を挟みながら計画的に入りましょうね!
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ラビ・リンクス
ナユ/f00421
ナユについてきゃハズレ無しで美味いモンが食える…俺は学んだ
あったまった!
出た後でいーモン見つけたぜ
苺牛乳と、フルーツオレだって
ナユ一緒に飲もうぜ、食前酒!
木の棒がイマイチ慣れねーけど
全部凄ェ美味い!
ナユの真似をして、恐れなしにあれこれ口をつけていく
天プラってのが一番気に入った
魚は生でも食べれんだな、色硝子みてェ
このピスタチオクリームみてーなのもつけんのかな
苺ゼリーの欠片の様な鮪の切り身を大量のワサビと共に口へ
…ぐぇ!!
耳を根元からひん曲げて叫んだり
甘さ控えめ系プリン?…あ、何か色々入ってる
薦められた茶碗蒸しに夢中になったり
苺なら、一つでも二つでも!
騒がしく美食を堪能する
蘭・七結
ラビさん/f20888
期待に満ちたあかい視線を感じるわ
共に行きましょうか
湯に身を浸し一時的な温度に包まれる
姿を認めておかえりなさい、を
温泉というの。お気に召したかしら
苺牛乳を受け取り、かちりと乾杯
おいしい宴のはじまりね
箸を手にして山と海の“おいしい”に舌づつみ
天ぷらの咀嚼音が心地好い
数多のご馳走に溜め息が零れてしまう
視線を移せば山葵を盛ったお刺身が運ばれて
ラビさんそれは――嗚呼、
制止は間に合わずそっとお茶を差し出す
からいは、いたいものね
つい溢れてしまう笑みを袖口に隠し
やさしい茶碗蒸しで癒してちょうだいな
瞬きの度に変わる表情に笑みが止まず
締めくくりには瑞々しい果物を
まっかなイチゴ、おひとついかが
●おいしいがいっぱい
ご機嫌な兎耳がゆらゆら揺れる。
「あったまったーー!」
揺れる耳の間に畳んだタオルを乗せて。
ぱしゃーんと格子戸をまあまあな勢いで開いたラビ・リンクス(女王の■■・f20888)の頬は、ほんのり朱に染まった湯上がり色。
「はい、おかえりなさい」
部屋の中で応じた彼女の白い肌もまた湯上り色。
長い髪は纏めて、浴衣を纏った蘭・七結(こひくれなゐ・f00421)が首を傾いで。
「温泉はお気に召したかしら?」
「外やら内やら、同じフロなのに色んな入れ物に入れる意味が解んねーと思ったケド……。色々試してみたら、思ったより悪くねェもんだなあ」
ラビは既にご馳走の並んだ机越しに、うきうきと七結の前へと座り。
「ふふ、そう。お気に召したなら、ナユもなんだか嬉しいわ」
彼の様子に七結は、鈴を転がすように笑って眦を緩めた。
「あ、そうそう。フロを出た所でいーモンが売ってたぜ。……えーっと何とかミルク……」
と、ラビが取り出したのは薄紅色と、クリーム色の牛乳瓶。
「ああ、そうだ。苺牛乳と、フルーツオレ。な、食前酒にどうかな?」
「まあ、それは素敵なお土産をありがとう。では遠慮無く、いただこうかしら」
七結はひんやりと冷えた苺牛乳を受け取り。
栓を抜いてから小さく瓶を掲げれば、ラビがにんまりと笑って。
応じるように、かちりと瓶を交わす音。
それはささやかだけれど、おいしい宴の始まりの合図だ。
春の山菜やお野菜をふんだんに使った稲穂色の天ぷらに、麓の漁港から毎日運ばれてくるという魚や貝のお刺身。
薬膳を取り入れたという小さな小鉢が、ぴったりと隊列を組んでずらりと並び。
さくりと歯を立てればほろりと口の中で解ける、春のはじまりを告げるふきのとうの天ぷらのさわやかな苦み。
机の上に並んだご馳走達に、七結はほうと吐息を零し。
「どれもおいしそうで、目移りしてしまうわ」
何から楽しもうか悩んでしまうほど、たくさんたくさんのおいしい。
「全部凄ェ美味いから、何から食べたって良いと思うぜ。俺は、そうだなー。この天プラってのが一番気に入ったかも」
さくさくと白身魚の天ぷらを尻尾まで齧って。
七結の綺麗な箸使いとは違ってぎこちない箸使いだけれど。
料理を選ぶ動きに迷いの無いラビは、どんどん料理を口へと運んで行く。
次に狙いを定めたのは、透明感のあるぷりぷりのお刺身だ。
「この苺ゼリーみたいなのも、魚だよな?」
「ええ、お刺身というの。生のお魚を切ったものよ」
「へえ、魚が生でも食べれんだなー。このピスタチオクリームとカラメルソースみてーなのをつけんの?」
言うが早いか。
ラビは沢山のピスタチオクリーム……否。
わさびをたっぷりとマグロに乗せて、醤油にどぶん。
「ラビさんそれは、」
はた、と異変に気付いた七結が声を上げるが――。
「――嗚呼……」
時、既に遅し。
「ぐぇ
……!!? 辛ッ!? 痛ッ
!?!?」
つうんと鼻に抜ける痛みに似た辛みに、赤い瞳に涙が溢れる。
足先をばたばたさせながら、ウサギの耳を根元から曲げて叫ぶラビ。
「……からいは、いたいものね。それは、わさびと言って、とっても辛いのよ」
ついつい溢れてしまう笑みを袖口に隠しながら、七結はそっと暖かいお茶を彼へと差し出して。
「やさしい茶碗蒸しで、お口を癒してちょうだいな」
次に勧めたのは、湯呑によく似た器に入った茶碗蒸しだ。
「うえー……、いてえ……、鼻がひりひりする……これを食べれば良いのか?」
お茶を飲みながら、涙目で眉を寄せるラビは七結に勧められるがまま。
暖かな茶碗蒸しを手に取って、一口ぱくり。
「あれ、プリンかと思ったら甘くねーじゃん……。ん? 何か色々入ってるな……?」
甘い物だと思って口にいれたものだから、ラビは少しだけ怪訝な表情。
しかし、よくよく味わってみれば出汁と卵の優しい味わい。
百合根にかまぼこ、三つ葉に鶏肉。
いろんな味わいが一つに詰まった甘くないプリンに、ラビはにんまりと頬を綻ばせ。
そんな彼の様子が微笑ましくて、七結は眦を優しく緩める。
「食後には、まっかなイチゴもあるそうよ」
「苺なら、一つでも二つでも!」
ラビが睨んだとおり、ナユについてきゃハズレ無しで美味いモンが食える。
少しだけ例外もあったけれどそれはそれ。
彼の赤い瞳は、期待と楽しみに満ち満ちて。
この旅でどれだけ『おいしい』に出会えるのだろうか?
二人の宴は、華やかに、和やかに。
まっかなあまあい果実を頂くまで、もう少しだけ続くのであろう。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
御園・ゆず
温泉まんじゅうと温泉たまごを売店で買って、足湯へ向かいます
ローファーと靴下を脱いで、足をちゃぽん!
あったかーい!
ほかほかの温泉まんじゅうを頬張りながら、読書タイム
春の風や空気を感じながら読む本は最高ですね
微かに香る、花の香り
甘くてキュンとする、恋する乙女のような可愛い香り
本から視線を外して風景を眺める
ああ、春がきた。
なんてすてきな、希望の季節
ひらり、前髪に降った花びらをつまんだ
文庫本にそっとはさんで今日の思い出
たのしい、すてきな日だ。
●はるかぜ
湯口より絶え間なく注がれる温泉が、水面に波を生み出している。
脱いだ靴下を重ねて、畳んで。
踵を揃えて、きちんと並んだローファー。
風に交じる硫黄の香り、温泉の香り。
少しだけまだ肌寒い風も、ほかほかの湯気に包まれてしまえば心地の良いもので。
売店で手に入れた蒸したての温泉まんじゅうと、温泉たまご。
それに読みかけの文庫本をお供に。
御園・ゆず(群像劇・f19168)は、日除けのついた足湯コーナーの一画に腰掛けていた。
ちゃぷちゃぷ、足先を揺らすと跳ねる湯。
「んー……、あったかーい」
思わず声を零したゆずは、柔らかな吐息を漏らしてから。
まだアツアツの温泉饅頭を一口ぱくり。
ここの温泉饅頭には山芋が入っているそうで、むっちりとした皮に少しだけしょっぱい品の良い甘さのこし餡が良く合っている。
サービスだとつけてくれたほうじ茶も一口啜って、文庫本の頁をまた一つ捲る。
静かだけれど、穏やかで充実した時間。
ゆるゆると流れる春の風。
暖かなお湯を足先で弾いて。
それに美味しいおやつと、お気に入りの一冊があれば。
なんて優雅な時間の過ごし方なのだろうか。
何とも言えない充足感に少しだけ眦を緩めたゆずは、饅頭をもう一口頬張り。
そこでふ、と本より目線を上げた。
「……――」
ゆるゆると流れる風の香りに交じる、春の香り。
微かに微かに香る、春の花の香り。
それは胸裡をきゅっと擽るような、ほのかにあまい香り。
その香りがまるで恋する乙女のように可愛く思えて、ゆずは視線を上げる。
ぷっくりと膨らんだ蕾に、大きくその身を開いた薄紅色の花弁。
ぴんと揺れる葉は、それが人の手の入った桜で無い証拠のように胸を張って。
桜、桜。
風に誘われて、ざあと葉と花弁を揺らす山桜。
ああ、春の香りだ。
ああ、春がきたのだ。
冬が終わって、花が咲いて。
なんてすてきな、希望の季節。
そこに。
ひいらりひらり、一枚こぼれ落ちてきた花びらをゆずは摘みあげて。
そうっと文庫本に挟んで、花びらを閉じ込める。
今日の思い出を、小さな栞に。
お饅頭はもう最後の一口。
口へと放り込んでしまうと、文庫本を一度閉じて。
山桜を見上げると、ゆずは瞳を細めた。
今日は、たのしいすてきな日だ、なんて。
大成功
🔵🔵🔵
グレイ・アイビー
悟郎(f19225)
アニキもぼくもお互い話すのが上手い方じゃねぇんですけど、アニキが一生懸命話すもんでぼくも頑張って応えますかね
言葉に詰まったり、可笑しな話し方は気にしねぇでください
昔の、奴隷の頃からずっとこんな感じで勉強する機会がなかったんで
たくさんの料理に目を丸くして吃驚
アニキ…どれだけ頼んだんですか
黙々と勧められるまま食べますけど、ぼく肉は好きじゃねぇんです…食べないと駄目ですか?
せっかくぼくの為に頼んでくれたのものを無駄にするのは申し訳ねぇです
頑張って食べましょう…
暖かい場所で腹一杯になれるなんて思いもしませんでした
ぼくは運が良かった
アニキに感謝しながらこの幸せを噛みしめましょう
薬師神・悟郎
グレイ(f24892)と
グレイは最近知った腹違いの弟なんだが…
歳も離れてるし今まで知らなかったこともあってどう接するべきか悩んでいたんだ
だが、これは仲良くなる良い機会だと思い誘ったが喜んでもらえるだろうか?
美味しい料理を頼み「あれも上手いぞ」「これも食べろ」と沢山勧める
この子はまだ若いし、腹一杯食わせてやりたい
言っておくが、食わず嫌いは駄目だぞ
苦手な物も俺が頼んだからと頑張って食べる弟に笑みが零れる
…良い子なんだよな
この後は少し休んでから温泉に行こうか?
サウナや岩盤浴もあるらしい
この辺りを散歩してみるのも良いな
グレイはどうしたい?何か好きなものは?
今日は兄貴らしく弟に優しいところを見せてやろう
●きょうだい
グレイ・アイビー(寂しがりやの怪物・f24892)は、薬師神・悟郎(夜に囁く蝙蝠・f19225)の腹違いの弟だ。
しかし悟郎はグレイという弟が居る事を、ほんのつい最近まで知らずに暮らして来た。
グレイは母親を失くしてから、勉強をする事すら許されず奴隷として生きてきたそうで。
その上――グレイとは歳も離れている。
悟郎は苦手な物も多いし、器用なタイプでも無い。
そして何よりも、話す事がそこまで得意では無い。
悟郎は最近『弟』であると知ったばかりの彼と、どう接するべきかを悩んでいた。
そんな所に飛び込んできた、温泉旅館の誘い。
これはグレイと仲良くなる、良い機会では無いだろうか、と。
思い切って誘って見たのだが――。
「……アニキ……、どれだけ頼んだんですか?」
琥珀色をまあるくして。
グレイは机の向こう側に腰掛ける悟郎を見やる。
「ここのお勧め料理を、全部用意して貰った」
二人の向かい合う机の上には、山の幸、海の幸。
天ぷら、お刺身、塩焼き、煮物。
蒸し物に、何よりも沢山の小鉢がたっぷり。
ぱちぱちと石の上で焼き音を立てる牛ステーキに――。
「この小鉢は薬膳のバランスも考えられているそうでな、ああ。それにそっちの刺し身も麓の漁港から毎日運ばれてくるもので、旨いぞ」
「は、はい」
空腹で過ごす事は辛いものだ。
それにグレイはまだまだ若いし、腹一杯食わせてやりたい。
悟郎はグレイの為に一生懸命なのであろう。
その気持ちが理解できるからこそ、グレイは勧められるがままに料理を口へと運ぶ。
しかし。こんなに沢山の料理を一気に食べるのは、初めてかも知れない。
「その石は溶岩石でな、熱いから触るんじゃないぞ。その石は焼いた肉の脂を……」
悟郎が指差す先は、石の上で音を立てる牛ステーキ。
「あの、……アニキ」
眉を少しだけ寄せたグレイが、申し訳無さそうに悟郎を見やり。
「申し訳ねぇですけど……。ぼく肉は好きじゃねぇんです」
食べないと駄目ですかと。
首を傾ぐグレイに、フードの下の瞳を少しだけ細めた悟郎。
「……喰わず嫌いは駄目だぞ」
「う」
言葉に詰まって、グレイは肩を跳ねる。
この料理達は悟郎が自分のことを思って、選んでくれた料理達だ。
決して口の上手い方でも無いように見える悟郎が、一生懸命に話してくれている事もよくよく解る。
だからこそ、だからこそ。
こくりと喉を鳴らして、手を前へ。
――せっかくぼくの為に頼んでくれたのものを、無駄にするのは申し訳ねぇです。
じいっと苦手なお肉とにらめっこしてから、グレイは一口ぱくり。
彼の選んだ事は、頑張って食べる事。
「……」
――この子は、本当に良い子なんだよな。
悟郎が駄目だぞ、と窘めたからだろう。
苦手だと言っていたのに。
肉と真剣に向かい合って食事をするグレイに、悟郎は眦を緩めて。
「苦手な物も食べられて偉いな、グレイ。……そうだ、食事を終えたら少し休んで温泉に行かないか?」
だからこそ彼がアニキと呼んでくれるなら、精一杯兄貴らしく。
「他にも色んな施設があるらしいし、グレイはどうしたい?」
柔らかい口調で尋ねる悟郎に、グレイは目をぱちくり。
「そうですねぇ……。なら、折角ですし温泉に行ってみてぇです」
スープを一口啜ったグレイは、ほう、と息を吐いて。
ぼくは運が良かったのだろう、と思った。
――奴隷時代には考えられないくらい暖かな場所。
自分を気遣ってくれるアニキ。
こんな場所で腹一杯食事を食べられて、優しい言葉をかけてもらえて。
ああ、幸せってこういう事なのかもしれねぇです。
アニキに感謝をしねぇとですね、なんて。
お肉と再びにらめっこしながら、グレイは考えるのだ。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
木下・蜜柑
温泉宿に釣られて来たよ!
仮にも大スタア、この手のレジャーにはうるさい私を満足させられるか勝負だよ!
まあ、良い温泉にはやっぱ敵わないわけだけど……
あと一つ歳とってればお酒なんかも楽しんでたんだけどねぇ……
ああ、効能とかよくわからないけどお仕事で疲れた身体に効くぅ……
サウナもいいよね。
私結構に負けず嫌いというか自分で自分いじめるのは金銭面以外でなら好きだし、
長居してのぼせたりしてると思う。
女の子が出しちゃいけない感じの唸り声は義父譲りね。
それにしても、起こりうる中で一番酷い未来かぁ……
商人でスタアだからなぁ……
ロクな事にならない気がするなぁ……
……温泉エンジョイだけして帰っていい?
●ぴかぴかスター
「ふふふ。サクラミラージュをいつか実質的に支配する大商人の卵で巫女で大スタアのこの私を、満足させられるか勝負だね!」
この手のレジャーにはうるさいらしい木下・蜜柑(値千金の笑顔・f22518)は、スタア特有の見えないカメラに向かって、ピカピカキメ顔。
2カメさんちゃんと撮れてる?
うん、じゃあ行こうか!
次のシーンだよ!
「んあぁあぁー……」
エグめの唸り声。
――まあ。
勝負とか言ってみたけれど、温泉に満足度勝負で勝てる訳も無く。
「効能とかもう全く解らないけれど、お仕事で疲れた身体に沁みる……効くぅ……」
数十分後には、露天風呂で蕩けている蜜柑が観測されていたそうな。
それにこの施設ではチムジルバンを模してサウナの種類も豊富だったものだから。
「ぁああ、……あったまるうー……!」
こちらはお腹の上や、目の上等特に暖めたい場所に石を置くのもお勧めだそう。
敷き詰められた丸い石にじんわりじんわりゆっくりと温められる、石サウナ。
「ンンンンンッ! あっつ……あぁー、でも効いてる感じー。すっごい汗が吹き出してきた……!」
サウナ石にアロマ水を注いで、さわやかな香りと共に熱波を生み出し。
大きな団扇で熱風を吹き付けられる事で大量の汗を掻く、ロウリュウサウナ。
「はぁー……、ぽかぽかしてきた……」
ヒノキでできた床。
沢山のハーブが吊るされた湿度の高い室内でじんわりじっとり身体を暖める、スチームハーブサウナ。
「んあぁぁああっ、冷た……ッ! えっ、でもこれ一番効いてる気がする……!」
汗をかいてから水風呂やクールルームで、休憩を繰り返し。
サウナの後と前には、忘れず水分補給も忘れずに。
義父譲りのちょっとスタアで無くとも、女の子がお聞かせしてはいけない系の唸り声を上げつつ様々なお風呂やサウナを巡った蜜柑はすっかり血流が良くなり、最早『整い』つつあった。
「はぁー……。お酒が飲める歳なら、この後お酒を飲んだらきっと美味しかったんだろうなぁ」
よもぎ風呂に浸かりながら、大きなため息。
きっとつめたーく冷やしたミルクを飲んでも美味しいのだろうけれど。
冷たいお酒ならばきっともっと美味しいのだろう、なんて想像を重ねて。
「……」
ぐるぐる考えを巡らせていると、ふ、とこの場所に来た理由を思い出してしまう。
今はこんなに楽しいけれど――。
「……起こりうる中で一番酷い未来かぁ……」
商人でスタアの蜜柑に起こりうる、一番酷い未来を見せられる。
そんなの、どう考えたって。
「ロクな事にならない気がするなぁ……」
ぱちゃん、をお湯を跳ねた蜜柑は首を小さく振って。
――温泉だけエンジョイして帰っちゃおうかな。
なんて、小さく小さく呟くのであった。
大成功
🔵🔵🔵
テオ・イェラキ
オリオ(f00428)と
客室付きの露天風呂でひとっ風呂あびた後に、妻と二人でマッサージを体験してみよう
出来れば二人横に並んで、施術してもらえるような状態だな
そもそもオリオが随分と興味を持ったが故に、二人そろって試してみるのだが
A&Wではあまり経験したことが無いからな…正直、自分も少し楽しみだ
うむ…
横で楽しそうにしている妻の顔を見ていると嬉しいが…なんだ
あれなんだろうな、俺が悪いのだろうが…全然気持ち良くないぞ
一生懸命やってくれてはいるのだが、マッサージ師の女性の力が俺の筋力を全く突破出来ていない
終えた後、ジュースでも買って二人で飲みながら一休憩
妻が楽しそうで何よりだ
次は、そうだな…お前に頼もう
オリオ・イェラキ
テオ【f00426】と
夫婦で温泉なんてとても素敵
早速堪能しましたの
朝から露天風呂付き客室で夫の背中を流して…
逞しい体を沢山眺めて…あら
ふふ、独り言ですわ
ねぇテオ、わたくしエステやマッサージに興味ありますの
ご一緒して下さる?
日々獲物狩りなどで体使ってますもの、
きっとこってる?筈。沢山綺麗にして下さいませ
まぁ。体を解されるのはこんなに心地良いのね
わたくしも夫にできたら…あらテオ?
…確かに貴方の筋肉は強靭ですものね
やはりわたくしがマッサージできるようにしますわ
こう見えて力ありますもの
それに夫を労るのは妻の務めですわ、なんて笑いかけ
温泉にエステ、楽しい事を沢山覚えましたわ
飲み物を手に夫に寄り添い満足げ
●きんにくだるま
家族風呂として客室に備え付けられた露天風呂。
「沢山逞しい体を……、ふふ、堪能しましたわ」
美しき黒をまとめ髪に。
夫――テオ・イェラキ(雄々しき蛮族・f00426)との入浴を満喫したオリオ・イェラキ(緋鷹の星夜・f00428)は、満足げに花笑み浮かべ。
「ん? 何か言ったか?」
「いいえ、何でもありませんわ」
独り言ですわ、なんて。
テオが首を傾ぐと、オリオは小さく否定に首を揺すり。
「それよりも、テオ。わたくしはエステやマッサージに興味がありますの」
普段より大剣を振り回して、得物を狩り回っているオリオ。
きっと身体もこっているに違いないと、オリオは先程から目をつけていた備え付けのパンフレットをテオへと手渡して。
エステ・マッサージで、身も心も綺麗に。
料金とプランの書かれたパンフレットを手に、テオの視線はオリオとパンフレットを二往復。
「おぉ? ……まぁ、オリオが興味を持ったなら行ってみるか」
「ご一緒して下さるのですね。ふふ、楽しみですわ」
そういう訳でテオとオリオは二人並んで、施術を受ける事となった訳なのだが――。
アックス&ウィザーズではあまり経験のした事の無い、マッサージ体験。
顔の上にタオルを被せられ、ぐっと押し込まれた親指が筋肉を沿うように移動して行く。
施術師の女性の巧みな手付きによって、筋が解されて柔らかくなって……。
なって、なっているのか?
いや、なってないな。コレはなってない。
うん、全然なってない。
少しばかり怪訝な表情で、眉を寄せるテオ。
タオルの隙間から横を覗けば、施術を受ける妻――オリオの姿。
彼女はすっかりと身体を解されているのであろう。
心地よさげに長い睫毛を揺らす妻を眺めるのは嬉しい。
そりゃあ勿論、楽しいけれども。
どうにもこうにも自分自身への施術は、どうこうされている気が全くしない。
施術師は一生懸命やってくれているのは解るが、テオの筋肉が施術師の指先を全て押し返しているようだ。
ううむ。
バーバリアンの筋肉を破れるモノはそう無い事は、喜ぶべき事なのかも知れないが。
施術時間が終えるまで、まだまだ時間はある。
揺れる、揺れる、蛇の尾。
――施術後の事。
爪先を跳ねれば、お湯の飛沫も跳ねて。
「……一生懸命やってくれた事は、解るのだがな」
折角だからと立ち寄った足湯で、夫婦二人並んで意見交換会。
「まぁ。……確かに貴方の筋肉は強靭ですものね」
トマトジュースを啜るテオの顔を、きりりとオリオは見上げて頷いた。
「やはり、そうですわね。――それでは」
身体を解される感覚は、とてもとても気持ちが良かった。
「テオの身体は、わたくしがマッサージできるようにいたしますわ!」
それこそテオにマッサージをしてあげたい、と施術を受けながらオリオは考えていたのだ。
そして、そして。
何よりも――。
「夫を労るのは妻の務めですものね」
雄々しく逞しい、オリオの鷹を労う事がこの世界の施術師が行えないのならば。
力にはこう見えて自信がありますわ、と。
拳をきゅっと握ったオリオに、テオは小さく吹き出して。
妻が楽しそうな事は何よりも幸せで、楽しいもので。
「そうだな。……次はお前に頼もうか」
「ふふ、お任せあれ!」
しぼりたてのオレンジジュースを両手で包み込み、テオの腕へとぴたりと寄り添うオリオ。
温泉に、マッサージに、エステに。
今日は楽しいことを沢山、沢山覚えた日。
是非マッサージはモノにしてテオに披露しなければ、と。
オリオはもう一度、心の中で誓うのであった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
遠千坊・仲道
猟兵に囲まれて温泉旅行か……昔の俺だったら歓喜と緊張で三日三晩寝込んでるところだ。
……いや、正直今でもちょっとは緊張するぜ?
こんなビッグイベント、猟兵ファンなら誰だって舞い上がるに決まってんだろ。なんたって生で貴重なオフショットが見られるんだからな。あわよくば写真撮影したりインタビューしたりできるかもしれねえし?だが、日頃体張って世界救ってる猟兵たちにはしっかり休養してほしいよな。俺の我儘でその邪魔するのはどうなんだ?ファン失格だよな。有り得ねえ。
……いや、というか俺も一応は猟兵なんだ、普通に仲間として片隅に加われば良いのか……
(などと本人は至って真剣に、悶々と考え込みながら岩盤浴を楽しむ)
●テレビウムは妖精なので暖めても平気
岩盤浴室。
石を通して感じる柔らかな熱は、じわじわと身体を暖めてくれているが――。
その顔にあたるテレビモニタには、ざらざらとした砂嵐が流れるばかり。
椅子の形をした石の上に座り込んだテレビウムは、膝の上で掌を合わせて。
どこか落ち着かなさげに親指をくるくるくるくる。
――千坊・仲道(砂嵐・f15852)は今、酷く緊張をしていた。
猟兵に囲まれて温泉旅行。
こんなビッグイベント!
あの追っかけ時代にキマイラフューチャーで行われていたとすれば。
キマイラ達は三日三晩の宴の後、仲道は三日三晩寝込んでいた事であろう。
そう、こんな状況。
いやいや、っべぇーわ。
猟兵達のファンならば、誰だって舞い上がるに決まっている。
生で貴重なオフショットが無料公開?
いや、いや、いや。
あわよくば写真撮影やインタビューだってできてしまうかもしれねぇ。
いやいや、っべぇーだろ。
親指が回る、回る。くるくる、くるくる。
いや、待てよ。
日頃体張って世界救ってる猟兵たちには、しっかり休養してほしいよな……?
折角のオフで楽しんでいる猟兵達に、俺の我儘で邪魔をするのはどうなんだ……?
駄目だろ。
ファン失格だよな、マジで有り得ねえよ。
危ない所だった。
推しの大切な時間を奪うような駄目なファンに……。
「……いや。というか俺も一応は猟兵なんだ、普通に仲間として片隅に加われば良いのか……?」
砂嵐が流れるばかりの彼の顔――テレビモニタからは、仲道の感情は読み取りにくいものだ。
しかし今彼の中でものすごい葛藤が行われている事は、雰囲気で伝わってくるものだ。
ファンとして、見守るべきか。
猟兵として、猟兵達の仲間の輪に入っても良いものか。
……え?
いや、ヤバいな。
仲間? 俺が? 加わる?
岩盤浴によって暖められた部分とは、違う場所から変な汗がでてきた気がする。
しかしこれは、本人にとってメチャクチャ真剣な問題だ。
岩盤浴の一画で随分と長い間同じポーズを取っている仲道は、結論の出ない脳内議論を続けるばかり。
親指が、くるくる、くるくる。
回る、回る。
大成功
🔵🔵🔵
宵馨・稀由
🐈黄昏
アドリブ歓迎
ロゼ、温泉に行こうか
豪華な食事をして熱い湯につかって…リフレッシュするのもいいものだ
無邪気にはしゃぐ薔薇の精の姿に既に癒される
え?混浴?!そ、そ!それはダメだろう!?(必死に赤い顔を隠す
もしや揶揄ったのか?!
酷いな…鼓動が止まない
それでも君の笑顔に安堵する俺がいる
湯浴みの後の君はきっと朝露に濡れた薔薇のよう
一瞬過去に翳るロゼごと、包めるよう笑み向けて
駆け寄る姿に鼓動隠して冷えた牛乳を渡す
どうだった?
ああ、男湯の方も絶景だったよ
梅に桜が咲いて……春なのだと感じたよ
春薔薇も咲くだろう
折角だからゆっくり見てまわろうか
おや、もう夕飯の話か
ロゼは食いし坊だからな
今度は俺が揶揄う番だよ
アンジェローゼ・エイアロジエ
🌹黄昏
アドリブ歓迎
わぁ、素敵ですね!きゆ!
ゆっくり温泉につかってたくさん美味しいものを食べるのです!
……混浴にいたします?なんて
悪戯に紫紺の瞳を覗き込む
うふふ!冗談ですよ!
きゆの反応が可愛らしいから、つい
……本当は
ひとりきりで温泉にはいるのが寂しかった
…黙っておきましょう
久々の温泉で身も心もほっこり
私を待つ彼の姿にほんの一瞬、過去が重なり―すぐに笑顔を浮かべる
きゆ、お待たせしました!
お風呂上がりは牛乳です
最高でした!露天から見える景色も綺麗で
桜の時期なんですね
春の……懐かしい
見てまわりましょう
夕飯は何でしょうね!たのしみ――そんな!
私が食べることしか考えてないみたいにっ
揶揄うなんて
酷いです!
●愛しき薔薇
「……混浴にいたします?」
アンジェローゼ・エイアロジエ(黄昏エトランジェ・f25810)の碧色は悪戯げに揺れて、宵馨・稀由(散華メランコリア・f22941)の紫紺を覗き込む。
「えっ? こ、え、えっ!? 混浴?! そ、いや、えっ、そ、そそそ、それはダメだろう!」
「……うふふ、冗談ですよ!」
体温の無い陶器の身体だと言うのに、がらんどうの心臓がときんと痛むよう。
一瞬で頬を朱色に染めた稀由に、アンジェローゼはくすくすと花のように笑って。
「なっ、あっ、……も、もしや揶揄ったのか?!」
「うふふ、ごめんなさい。だって、きゆの反応が可愛らしいから、つい」
つい先程まで、素敵な場所だと無邪気にはしゃいでいたかと思えば。
一瞬後には艶っぽく笑うアンジェローゼに、稀由は振り回されるばかりで。
――それでも彼女の笑顔に安堵してしまう気持ちも、本当で。
「それでは、きゆ。入浴を終えたらまたここで待ち合わせしましょう!」
「ああ、そうだな。ではまた後で」
胸を撫で下ろした稀由は、こっくりと頷いて。
男湯へと歩いてゆく彼の背を、じいとアンジェローゼは見送る。
小さくなれば、ついていけるかも知れない。
……本当は、ひとりきりで温泉にはいるのが寂しかった、なんて。
言えない気持ちに、蓋をして。
じっくり温泉で温まれば、きっと身も心もほっこり温かくなるに違いないから。
――入浴を終えれば、浴衣を羽織って。
「……」
言葉を紡ごうとしたアンジェローゼは、思わず息を飲んでしまった。
彼女を待つ稀由の姿が、記憶の奥に押し込めた筈の姿と重なって、見えたから。
見えてしまったから。
ふるる、とアンジェローゼは小さく首を振って。
努めて笑みの形に唇を擡げて、笑顔を浮かべる。
「お待たせしました、きゆ!」
「いいや、全然待っていないさ」
そんな彼女の様子を知ってか、知らずか。
――いいや、気づいているのであろう。
だからこそ稀由は彼女を包み込むように、柔らかく眦を落として笑い。
冷えた牛乳瓶を差し出して。
「女湯の大浴場はどうだった?」
「うふふー、最高でした!」
受け取った牛乳を飲んで、早速ひげを作ったアンジェローゼはぴかぴか笑顔。
「露天から見える景色も綺麗で……! 桜の時期なんですね」
「ああ、男湯の方も絶景だったよ、露天風呂から望める庭園に梅に桜が咲いていてね」
春なのだと感じたよ、と稀由は小さく首を傾いで。
「春の……」
――懐かしい、と思ってしまった。
ぱちぱち、と瞬きを重ねるアンジェローゼ。
「ねえ、きゆ。庭園を見てまわりましょう!」
「そうだね、折角だからゆっくり見てまわろうか」
きっと、きっと。
あの郷のように、春薔薇も咲くだろうから。
浴衣姿の二人は並んで歩き出す。
「……ねえ、きゆ」
「何だい、ロゼ」
くすくす、と笑ったアンジェローゼは稀由を見上げて。
「夕飯は何でしょうね、とってもたのし」「おや、もう夕飯の話か? ロゼは食いし坊だもんな」
アンジェローゼの言葉に重ねるように、稀由が言い放った言葉にアンジェローゼは大きく瞳を見開いて。
「――そんな! 私が食べることしか考えてないみたいにっ」
「違ったのか?」
アンジェローゼは拳をきゅっと握って、抗議を一つ。
そのまま碧色と紫紺色の視線が交わされれば――。
「……ぷ。は、ははは」
先に吹き出したのは、稀由の方であった。
「揶揄うなんて酷いです、きゆ!」
「いいや、今度は俺が揶揄う番だよ」
プリプリ怒ってみせるアンジェローゼに、稀由は本当におかしげにクスクスと笑いながら。
――二人は並んで、春の花の散歩路を歩き行く。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ザッフィーロ・アドラツィオーネ
宵君f02925と
宵と共に個室露天風呂付の客室にて寛ごう
腰の傷を晒すのは躊躇する故常はラッシュガードを着るも
宵と二人ならばとサーフパンツのみで温泉に
湯に浸かれば徳利と二人分の猪口を乗せた盆を湯船に浮かべ満足気な笑みを
やはり風呂は良いな…宵へ視線を向け行く―も
宵の姿がいざ視界に入ればついぎこちなく視線を逸らしてしまうやもしれん
…べ、別になんでも、ない、ぞ…?
誤魔化す様に猪口へ手を伸ばし一気に酒を煽りながらも、手に添えられた手指に気付けば猪口を置きその手を握りつつ熱の滲む顔を誤魔化す様空に浮かぶ月を見上げよう
…何処かの文豪も愛しい相手と共にこうして月を眺めたのだろうな
ああ、本当に月が綺麗だな、宵
逢坂・宵
ザッフィーロ(f06826)と
かれと一緒に個室露天風呂付きの客室を利用しましょう
僕も背中の傷と石を晒すのは気が引けますからね……
個室があって本当良かったです
同じくサーフパンツのみで露天風呂の湯船に浸かりましょう
湯に浮かべられた盆とその上に載るものに笑みかければ
酔いが回りやすいので一杯だけですよと声をかけて
視線を逸らされて首を傾げつつ
ああ、そんなに一気に飲んでは倒れてしまいます
相手の手に手を伸ばし宥めつつも零された言葉に己も月を見上げ
ええ、綺麗ですね
自分の分の猪口を取り月に向かって掲げればその中身を飲み下し
湯気越しに見上げる月……
やはり、きみと見ているから美しく見えるのでしょうね
●月
客室に家族風呂として備え付けられた露天風呂。
大浴場に比べればその大きさは小ぢんまりとしたものであるが、二人で入るのならば十分な大きさであった。
空に浮かぶはまあるい月。
水面に浮かせた盆の上には、徳利と二人分の猪口。
「やはり風呂は良いな……」
心地よさげに銀色の眦を緩めたザッフィーロ・アドラツィオーネ(赦しの指輪・f06826)は、吐息を漏らし。
「酔いが回りやすいので、一杯だけですよ」
盆の上に乗せられた徳利にふっと笑った逢坂・宵(天廻アストロラーベ・f02925)が、湯船へと浸かろうと足を伸ばした。
生まれるであろう波から盆を守るために盆を掴んだザッフィーロは、思わず宵を見やって。
――青白い月明かりを浴びた宵の肌は、より一層白く見える。
背の傷と石。
その身体を視界に納めてしまったザッフィーロは、ついぱっと視線を逸してしまい。
「……?」
逸らされた視線の理由が解らず、宵が首を小さく傾ぐと。
「……べ、別になんでも、ない、……ないぞ?」
視線を反らしたまま。
どもりまくりのザッフィーロは、下手くそな言い訳を一言。
その言葉を口にしている事自体が、何かがあるという証拠ですら在るのだけれども。
誤魔化すように猪口に手を伸ばしたザッフィーロは、徳利より酒を注ぐと一気に中身を煽って。
「ダメですよ、ザッフィーロ。そんなに一気に飲んでは倒れてしまいます」
そんな彼を嗜めるよう。
猪口を握るザッフィーロの手の上に、宵は自らの掌を重ねて制止する。
「あ、……ああ」
手を添えられてしまえば、ザッフィーロもその手を止めるしか無く。そのまま重ねられた掌を握り返した。
ザッフィーロの頬に滲む熱。
これは酒のせいか、それとも風呂にのぼせているだけか。
宵の姿を直視しないように、ザッフィーロの視線は自然と空を見上げていた。
その視線につられたかの様に。
宵も空を見上げれば空に浮かんだ大きな月は、湯の泡の香りがする湯気を薄く纏っている。
「……何処かの文豪も愛しい相手と共に、こうして月を眺めたのだろうな」
ぽつり、と呟くザッフィーロ。
「ええ、綺麗ですね」
彼の言葉にこっくりと頷いた宵は、猪口へと酒を注ぎ入れる。
小さな小さな水面に、大きな月が照り返して。
猪口に閉じ込めた月ごと、宵は酒を飲み下す。
「――やはり。きみと見ているから、美しく見えるのでしょうね」
なんて。
柔らかに響いた宵の声に、ザッフィーロはふ、と小さく笑った。
本当に、本当に。
そうなのであろう。
「……ああ。本当に月が綺麗だな、宵」
青白い月明かりを浴びた宵の肌は、より一層白く見えて。
ザッフィーロはそのまばゆさに、瞳を細めるばかり。
死んでもいいわ、なんて、言いはしないけれど。
二人を見下ろすのは、手が届きそうな程大きな月ばかり。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ニルズヘッグ・ニヴルヘイム
秘境温泉という響き、良いよなァ
ともかく今は楽しむとして、後のことは後の私に任せよう!
暖かいところは大好きであるから、折角だし温泉は欠かせないと思うのだが……タトゥーが入っていても大丈夫なのかな?
いやタトゥーというか生まれつきの刻印というか痣というか……うむ、どう言い訳してもタトゥーにしか見えんな
取り敢えず客室を風呂付にして、風呂はそっちで楽しむとしよう
何はともあれ、飯も楽しみだな!野菜と海鮮に酒だ酒だ!
……何だよ蛇竜、酒を入れて戦えるのかって?
ほどほどにするし、まァどうにかなるって
その辺も後の私に任せる!楽しむのが大事だって言われたろ!な!
●楽しい温泉
綺麗な黒の鱗、蛇めいた竜を傍らに。
客室に案内されたニルズヘッグ・ニヴルヘイム(竜吼・f01811)はからりと格子戸を開くと、その室内をぐうるりと見渡して。
畳の張られた部屋の真ん中には、大きな机。座椅子は2つ。
大きめの窓の外は、山桜咲き誇る山、山、山。
「いやいや、秘境温泉という響きは本当に良いよなァ!」
その呼び名に恥じず、秘境も秘境。
山の奥。
施設としてはUDC組織の保養地の為、まあまあ整っているのだが。
秘境らしい秘境にはなかなかテンションが上がるものだ。
まあ、ちょいと面倒な仕事も後に控えてはいるのだけれども。
後の事は、後のニルズヘッグが上手くやってくれるだろう。
後のニルズヘッグは何とかしてくれる頼れるヤツだ。
万事任せておこう。
灰燼色の長い尻尾毛をゆらりと揺らして、部屋に備え付けの露天風呂を確認。
「うむ、うむ! うむ! 何だ、なかなか良さげじゃあないか」
自らに刻まれた刻印は、どう言い訳してもタトゥーにしか見えないもので。
のびのびと風呂を楽しむためにお願いした部屋であったが、なかなか気に入った。
ニルズヘッグは並々と張られた湯をちゃぷりと掬うと、蛇竜を見やって。
「何はともあれ、飯もそろそろ運んで貰えるように頼んだものな。楽しみだなあ」
山の幸に、海の幸。
新鮮な野菜に、麓の漁港から毎日運ばれてくるという魚。
「それになんたって、酒だ酒!」
じ、っと何か言いたげにニルズヘッグを見やる蛇竜。
む、と眉を寄せたニルズヘッグは、肩を竦めた。
「……何だよ蛇竜、酒を入れて戦えるのかって? 大丈夫だよ。ほどほどにするし、まァどうにかなるって」
なあ、と大きな竜の羽根を一度畳んで、開いて。ニルズヘッグは首を傾ぐ。
「大体、その辺も後の私がうまくやってくれる筈さ! 心配するな、蛇竜。楽しむのが大事だって言われたろ? な!」
蛇竜は納得しているのか、していないのか。
ちろりと赤い舌を一度覗かせる事を、返事の代わりに。
「じゃあ、まずは飯が運ばれてくる前にひとっ風呂と行こうかな」
ベロベロになってしまったら、折角の温泉も楽しみづらくなってしまうもので。
何にせよ、後のことは後のニルズヘッグに任せてしまおう。
あいつは頼りになるやつだよ。
なっ。
大成功
🔵🔵🔵
花邨・八千代
【徒然】
風呂上りの一杯はやっぱコーヒー牛乳よな!!!
っかー!うっめぇー!
良い湯だったよなー、なんか肌すべすべする。
いやー、美女に磨きがかかっちゃうぜー。
どーだぬーさん、惚れなおした?
さて風呂上りだし飯だ飯!山海珍味の御膳!
そんでもってうまーい酒、これに限る!
あ、ぬーさんこの海鮮鍋うまいぞ!
めっちゃ魚の出汁出てるー、酒がすすむなァ。
ほら、ぬーさんも一杯!
それにしても良い宿だなァ、これで仕事じゃなかったらもっといいのに。
飯食い終わったらまた風呂入りたい!俺!
……なんか、ちょっといいなこういうの。
んふふ、こういうゆっくりした旅行してみたかったんだ。
今度は桜夜も連れて来ようぜ、良いとこなんだしさ。
薬袋・布静
【徒然】
めっちゃ同意したる
風呂上りはコーヒー牛乳よなー
ええ湯やったわ…やっぱ広い湯はええよな……
おんおん、綺麗キレー…
おっさんみたいにコーヒー牛乳飲んどる別嬪さんやけどなー
惚れ直すも何も、お前しか見とらん時点で惚れっぱなしやわ
――安心したか?
りょーかい、飯な
酒は程々にしとけよ、面倒見るの俺なんやから
ちっとは落ち着いて食えや
って言うても無駄なん知っとるので自分の分をちゃんと確保する
確かに美味い。が…少し味わう気分に浸るだけで
鍋が秒で消えそうな勢いなのも相変わらず
酒のペース早いぞ、お前ェ……
仕事なん覚えてるやったら食うだけに集中せぇ
風呂は入る余裕があったら、な
そーやな…
今度はお桜夜も連れて来ようか
●酒気帯び運転
「っかーー! うっめぇー!!」
首からフェイスタオルを下げたままの花邨・八千代(可惜夜エレクトロ・f00102)は、腰に手を当ててたった今一気に飲み干したコーヒー牛乳の空ビンを手に。
「風呂上りの一杯はやっぱコーヒー牛乳よな!!!」
「それに関してはめっちゃ同意したるわ」
ベンチに腰掛けてゆっくりとコーヒー牛乳を飲む薬袋・布静(毒喰み・f04350)が、頷きすらせずに同意を示した。
「しっかしええ湯やったね……、やっぱ広い湯はええよな……」
「おー、良い湯だったよなー。なんか肌すべすべしない?」
「はいはい、せやな」
ぬーさん触ってみてみて、と八千代は腕を差し。
布静は彼女の頬を両手で包んで、もにもにと揉んでやる。
ついでに唇をむ、っと引っ張って。
「ぬーさん、なんか俺の扱い雑じゃね???」
「あーん? めちゃくちゃ丁寧やろが」
「なんだよー、じゃあやり直すから丁寧にしろよな?」
「おん?」
仕切り直し。
牛乳瓶を回収ボックスに仕舞った八千代は、くるりと振り返り。
「いやー、肌もしっとりすべすべ。美女に磨きがかかっちゃったなァ」
「おんおん。流石流石、綺麗キレー。おっさんみたいにコーヒー牛乳飲んどる別嬪さんやけどなー」
むむ、と赤色を揺らした八千代はぐっと布静へと顔を寄せて。
交わす赤と茶の視線。
「どーだぬーさん、惚れなおした?」
そんな彼女の首筋へと腕を回して抱き寄せれば、布静は耳元へと囁くよう。
「惚れ直すも何も。――お前しか見とらん時点で惚れっぱなしやわ」
――安心したか? と、布静が付け足せば、ふへ、と笑った八千代。
「さて風呂上りだし飯だ飯! 山海珍味の御膳!」
「りょーかい、飯な」
「そんでもってうまーい酒!」
「……それは程々にしとけよ、面倒見るの俺なんやから」
「ぬーさんは頼りになるなァ」
「とんだ別嬪さんやなあ……」
「んむむううぬー」
再びほっぺたをもにもにされる八千代なのであった。
――くつくつと煮える海鮮達。
美味しい香りに、美味しい湯気。
「あ、ぬーさんこの海鮮鍋うまいぞ!」
酒がすすむなァ、なんて。
八千代が一瞬で食べ物をかっさらって行くのはいつもの事。
「ほんま、ちっとは落ち着いて食えや」
自分の分を確保する布静は、言うだけ無駄な事を知っていても言わずには居られない。
確かに魚の出汁が具材にもしみていて美味しい鍋だ。
しかし、もう具は殆ど無い。
いやあ、いつもどおりやな~~~~。
「ほら、ほら、ぬーさんも一杯!」
「酒もペース早いぞ、お前ェ……」
ウキウキの八千代に、眉を寄せる布静。
彼女は余りに気にした様子も無く、手酌でくっと酒を煽って。
「それにしても良い宿だなァ、これで仕事じゃなかったらもっといいのになァ」
「仕事なん覚えてるやったら、食うだけに集中せぇよな」
「ぬーさん、酒空いてるじゃん!」
「人の話をききーや」
「聞いてる聞いてる。……なあ、ぬーさん。俺、飯食い終わったらまた風呂行きたいな」
「風呂は入る余裕があったら、な」
「んひひ、やった。約束な!」
布静の背にぶら下がるように。
肩に顎を乗せて頬を寄せた八千代は、そのままだらりと彼の肩から腕を垂らし。
「なー、なー、ぬーさん。……なんか、ちょっといいなこういうの」
「そーやなあ」
こういうゆっくりした旅行してみたかったんだ、なんて八千代は付け足し。
酒気を帯びた吐息をほう、と零した。
「なー、なー、ぬーさん。……今度は桜夜も連れて来ようぜ、良いとこなんだしさ」
「……そーやな」
布静はこっくりと頷いて――。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
榎本・英
旅館で殺人事件。
ありがちなネタではあるが、実際に足を運ばなければ分からないこともままある。
嗚呼。山の幸がとても美味しい。
この食事に毒が仕込まれていたり
はたまた突然電気が消えて叫び声が聞こえてきたり。
良いね。
しかし、こうやってネタを考えながらなんて久し振りだ。
どこにでも仕事は付き物ではあるが、今日はなぜか妙に筆が進む。
食事を忘れてしまう程にね。
嗚呼。今日は月も綺麗だね。
目の前には贅沢な食事にそして見上げると月。
何かが起こりそうではあるものの、とても美しい景色だよ。
こんなにのんびりとしてしまって良いのだろうか。
……私は人だからこんなにのんびりする事が当たり前だったね。
もう少し煮詰めたら風呂に行こう
●文豪
山奥の旅館で起こる殺人事件。
密室、怪しげな夫婦、若女将と大女将の確執――。
使い古された、ありがちなネタではある。
しかし、だからこそ。
実際に足を運ばなければ分からないこともままあるものだ。
榎本・英(人である・f22898)は人間の文豪である。
平凡な日常を過ごす平凡な推理小説家、たまには秘境の温泉に足を踏み入れてみたりはするが、別段殺人事件の容疑者になって、見事にその事件を解決などは決して、しない。
即ち。
存在するだけで殺人事件を呼んだりもしない、平々凡々なただの人である、と言う事だ。
安心して呉れ。
運ばれてきた食事をつまみながら、英は手帳に筆を走らせていた。
どこにでも仕事は付き物ではあるが、なぜか今日は妙に筆が進むもので。
この食事に毒が仕込まれていたら?
その毒の隠し方は?
そもそも毒で在ることすら発覚させないというのは?
はたまた、突然電気が消えて絹を裂くような悲鳴が聞こえるなんてどうだろうか。
悲鳴は聞こえど、死体は上がらず。
人が消えてゆくのも良いかも知れない。
「やあ、良いね」
冷えゆく食事を尻目に、忘れぬうちにと英は文字を綴る。
大きな窓を見上げれば、まあるい青白い月。
――冷えゆく贅沢な食事に、青い月なんて。
いかにも何か起こりそうな、美しい景色じゃないか。
嗚呼。
こんなにのんびりとしてしまって良いのだろうか?
手を一度止めて、まあるい眼鏡の奥で英は瞬きを1つ、2つ。
嗚呼、そうであった。
「……私は人だからこんなにのんびりする事が当たり前だったね」
ならば、もう少し煮詰めたら風呂に行くのも良いだろう。
風呂に浸かれば、また新しいネタが出てくるかもしれない。
そうだ、風呂と云えば――。
英は筆を走らせる。
……なぜか今日は妙に筆が進むもので。
それはもう、食事を忘れてしまう程にね。
大成功
🔵🔵🔵
大紋・狩人
【仄か】
(裸足の子がスリッパは珍しい。
湯浴みを共にした内心の照れを紛らし)
良いお湯だったな、ラピタ。
うん。用意があるらしいよ。
ラピタ、生魚は食べたことは?
僕もまだ。咎める人は、此処にはいないさ。
(海の幸、膳の命に感謝。
山葵つぅん。涙目。戦人なので堪える。でも)
うん、美味しい!
……あっ辛い? ん、分かった。
ラピタはどれが好き?
僕はこれ。甘くないプリン(茶碗蒸し)
きみの右斜め奥の……そう、それ。
木の実かな?
細い……これか、美味しいね。
ハーブの風味とよく合う。
……小さく繊細な器や料理が沢山。
箱庭やドールハウスみたいだ。
手触りいい器もあるよ。
外の世界に出ることも増えたが、
毎回、色んな発見があるんだな。
ラピタ・カンパネルラ
【仄か】
(綺麗に洗って貰った髪がふかふか!盲人は友と手を繋ぐ)うん、湯浴みはやっぱり良いね
部屋に行けば、ご飯もあるのだっけ
(指で触れる膳の細やかさも、お箸にも、初めてではないけど不慣れな驚きと楽しさ)
魚を生食なんて、叱られてしまいそう。ふふ。
カロン(狩人)?
毒でも盛られていた?
……これ?
んぁぁわぁ(つーん)(助けを求め差し出す皿)
右、斜め、奥。
手探り、
これ。
わ。プリンの中に色々入ってる。
柔らかいまあるい……これ好きだな※銀杏
僕ね、生魚のお皿にあったハーブ(大葉)と、とろっとした細いの(甘海老)が好き。
陶器でも木でも無い手触りと軽さ。食器も楽しみながら、ご馳走様。
ね、旅はやっぱり、いいものだね。
●おいしいを一緒に
おそろいの香り。
おそろいの浴衣。
ラピタ・カンパネルラ(Dabih・f19451)の灰の髪は普段の倍くらいふっかふか。
以前は足湯、今日は共に湯浴みを。
ぱた、ぱた、ぱた。
普段履くことの無いスリッパの音は、ラピタと湯を共にしたという狩人の照れを紛らわせるように響く。
「良いお湯だったな、ラピタ」
大紋・狩人(遺灰かぶり・f19359)は、ラピタの手を引いて。
「うん、湯浴みはやっぱり良いね。部屋に行けば、ご飯もあるのだっけ?」
「そう、用意があるらしいよ」
かろ、かろ、かろ。
狩人が格子戸を開くと、二人の背は戸をくぐり抜け。
ラピタの赤い瞳を通せば、世界は全て淡く朧気で。
だからこそ狩人はラピタの手を引いて、大きな机に立ち並ぶごちそうの前へと共に座る。
「そうだ、ラピタ。生魚は食べたことは?」
狩人の問いに、綺麗な器を指先でなぞるラピタは小さく顔を上げて。
「そっか、魚を生食なんて、叱られてしまいそう。ふふ」
そうしてお箸を手に取ったラピタは、甘やかに笑った。
そんなの、きっとお腹を壊してしまう、って。
「実は僕もまだ。それでも、咎める人は此処にはいないさ」
海の幸、山の幸。
小さくすべやかな器に盛られた、箱庭やドールハウスみたいに繊細な料理達。
膳の命に感謝を捧げて、いただきます。
狩人は宝石みたいに透き通った刺し身を箸でそうっと摘んで。
この緑色をたっぷりつけて、タールを薄めたみたいな汁にもつけて――。
「……っ!」
そうして狩人は目を見開いて、息を詰まらせた。
辛味が鼻をすっと突き抜けて、辛いというよりは痛み。
ぷるぷると小さく身体を震わせて、狩人は耐える。
だって狩人は戦人だもの。
あのざらっとした緑をつけすぎたせいなのだろう。
狩人は戦人なので、ちゃんと分析だって出来る。
「……カロン? 毒でも盛られていた?」
異変の雰囲気に感づいたラピタが、首を傾ぐ。
「美味しい!」
「わあ。それ、美味しい時の反応だったの? ……これかな?」
美味しい、と聞けばラピタだって食べたい。
「あ」
狩人が制止する間も無く、ラピタはわさびをひょいと摘んで、ぱくり。
「う、わ! んぁぁ、わぁ、わ、わあわ、わあ?」
「それはこっちの生魚に少しつけて、一緒に食べるんだよ」
「んなぁ……、毒かと思った」
つんと鼻を通り抜けた風味に、唇をきゅうっと尖らせてラピタは涙目。
改めてたべたお刺身はとっても贅沢な味わいで、毒なんかじゃなくてちゃあんと美味しかった。
「ラピタは、どれが好き? 僕はこの甘くないプリンが気に入ったな」
「プリン?」
狩人の言葉に、赤い瞳を膳へと向けるラピタ。
「えっと、きみの右斜め奥の……」
右、斜め、奥。
朧気に映る世界の中。
ラピタはすべやかな食器をなでてなぞって、手探りで指定された器を探す。
「そう、それ」
狩人のナビゲートの元、手にした碗は温かい。
スプーンに持ち替えて、ゆっくりとすくい上げる器の中身は――。
「わ、これ、プリンの中に色々入ってて、いい匂いがする」
ふんわり香るゆずの皮、ぱくりと一口頬張れば。
舌の上で滑らかで、柔らかいまあるい……。
「やわらかくて、ころころしてるやつ。これ好きだな」
優しい出汁に沈んだ銀杏は、なんとも言えない香ばしい風味。
「あ、入っていた木の実かな?」
首を傾げる狩人に、ラピタはこっくり頷いて。
「僕はね、生魚のお皿にあったハーブと、とろっとした細いのが好き」
「細いとろっと……あ、これかな――。ん、美味しいね」
ラピタのお勧めの甘海老と、大葉を狩人も一口。
手触りの良い器。
見たことの無い形。
はじめての味。
あれも、これも、まるで魔法みたいに贅沢だったり、不思議だったり。
「ね、旅はやっぱり、いいものだね」
「そうだな。外の世界は本当に、毎回色んな発見があるものだな」
きっと。
二人で出かけるからこそ、見つけられる発見だって。
沢山、沢山。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
日輪・黒玉
守田・緋姫子(f15154)と同行
呼び方は緋姫子さん
緋姫子さんに誘われ、温泉旅行です
いつものように無表情気味ですが、旅行、ましてや友人と共にというのは、初めての経験なので耳をぴこぴことさせながら内心かなり楽しみにしています
山を登るとのこと、コンパスと地図に服装としっかりと準備していきます
……緋姫子さん、持つのは構いませんが、何をこんなに入れてきたのですか?
温泉でゆっくりした後は卓球勝負……やるのは初めてですが、ルールさえ分かれば運動の分野で緋姫子さんに後れを取るわけにはいきません
怒涛の追い上げで本気で勝利を目指しましょう
……まぁ、その後のゲーム勝負では奮戦虚しく負け越してしまうわけですが
守田・緋姫子
日輪・黒玉(f03556)と同行
呼び方:クロタマ
友達の黒玉を誘って温泉旅行!友達と初のお泊まり旅行にテンションアップを隠せない。登山用のリュックにデジタルアナログ問わずゲームとか色々詰めてきた。だが、私のクールなイメージを保つ為に極力感情は表に出さない。ちょっとニヤニヤしてるだけだ。
......しまった重たい……。すまん、クロタマ、代わりに担いでくれ……。
一番楽しみなのは温泉卓球!二人で温泉を堪能し登山の疲れを癒やした後は浴衣でいい汗をかきたいぞ。
肉体派猟兵の黒玉には運動神経勝負では歯が立たないと思うので、ボロ負けした後は得意なゲームでリベンジを誓う。今夜は徹夜だ!
※アドリブ歓迎
●お泊まり女子会
生い茂る緑に囲まれた、如何にもな温泉旅館の前で。
高い位置で纏めたツインテールと同じ色、薄紅色の獣耳がぴこぴこと揺れている。
日輪・黒玉(日輪の子・f03556)の本日の服装は、登山に向けてマウンテンパーカー。
ショートパンツより伸びる足は、ロングゲイターで包んで。
ポケットに潜ませたコンパスと地図を確かめれば、準備は万端。
今日は登山も含んだ、温泉旅行。
しかもただの旅行では無い。
まあ、まあ、仕事という事はさておいて。
『友達』と一緒に行く初めての旅行、である。
――常のつんとした表情が崩れる事は無いが、獣耳がひょこひょこと揺れている。
そう。
常のつんとした表情を崩す事こそ無いが。黒玉は内心、今日という日をとても楽しみにしていたのだ。
「ま、待ってくれクロタマ……、鞄が重たくて……。すまんが、手伝ってくれないか?」
彼女の横で友達――守田・緋姫子(電子の海より彷徨い出でし怨霊・f15154)は、驚かんばかりに膨れているチックサックを一度下ろした結果持ち上げられなくなってしまっていた。
瞬きを一つ、二つ。
黒玉はやはり表情を変える事無く彼女を真っ直ぐに見据えて、至極当然の疑問を口にする。
「……緋姫子さん……。持つのは構いませんが、何をこんなに入れてきたのですか?」
「それは……、まあ、なんだ。後のお楽しみってヤツだ」
黒玉より10cmは低い緋姫子の背。
すこし顎を引けば長い前髪に遮られて、少しだけ泳いでしまった緋姫子の目線は辿られる事は無いだろう。
「はあ……、いえ、構いませんけれども」
よいしょ、と緋姫子のリュックを持ち上げる黒玉。
言ってもフロントまで運べばどれほど重たい荷物であれ、後は旅館の者が手伝ってくれるだろう。
しかし、緋姫子のクールでクレバーな印象を保つ為にも――。
友達との初めてのお泊まり旅行に浮かれすぎて、身動きすら取れなくなってしまう量のゲームを鞄の中詰めこんできたなんて事実を悟られる訳にはいかない。
すまんクロタマ、持ってくれてありがとう。
緋姫子は友人に感謝するばかり。
今日は沢山、沢山。
友達と遊んで過ごそう、なんて心の中で誓いながら。
――温泉旅館と言えば。
温泉を楽しむ事は勿論だが。
ひなびたゲームコーナー。
よく分からないペナントや、何故か地元で取れた野菜まで置かれたお土産コーナー。
ちょっぴり大人なお酒の自販機に、ワンコインで動くマッサージ椅子。
そして、そして。
なによりも、卓球コーナーだ。
浴衣で卓球をしたいと言う、緋姫子の念願も叶いはしたが――。
ルールさえ把握してしまえば肉体派人狼たる黒玉が、インドア派怨霊系バーチャルキャラクターたる緋姫子に負ける道理も無い。
そりゃあもう清々しいまでの敗北を喫した緋姫子はまだ、黒玉に対して挽回の一手を隠していた。
――そう。
身動きがとれない程に鞄に詰め込まれた、あのゲーム達だ。
「と、言う訳でクロタマ。次はゲームで勝負だ!」
「構いませんけれど、緋姫子さん先程随分と卓球で疲れていた様ですし、大丈夫ですか?」
「フフ……、勿論大丈夫だ。クロタマこそ、疲れを敗北の理由にするんじゃないぞ」
「ええ、まあ。まだまだ卓球も出来ますけれど」
「いいや! ゲームをするぞ!」
これ以上運動神経を酷使してしまうと、明日筋肉痛が来てしまう虞すら在るので緋姫子はぷるぷると左右に首を振って。
アナログゲーム、デジタルゲーム問わず。大量に詰め込まれたゲームを机の上へと並べて行く。
あの荷物はコレだったのかと内心納得をした黒玉は、ゲームをしげしげと眺め。
「ふむ、ふむ。……色々用意されてきたのですね」
「ああ。折角だから温泉旅館をモチーフにしたホラーゲームだって用」「いえ、他のゲームにしましょう」
喰い気味で緋姫子の言葉を遮る黒玉。
いえ、決して怖いとか、そういうわけじゃないのですけれど。
どうせならば、ほら、二人で対戦できるゲームのほうが良いでしょうし、そういうゲームって一人用だったりしますでしょう。ねえ? ねえ。
「そうか、……フフ、クロタマ! 今日は徹夜でゲームをするぞ!」
「……明日はお仕事もありますけれど」
なんて窘める黒玉だってわくわくしている。
なんたって、今日は友達と初めてのお泊まり旅行なのだから。
一緒に温泉に入って、一緒にごはんを食べて、一緒に遊んで。
――この後めちゃくちゃゲームで負けるとしたって、友達と過ごす夜が楽しくない訳が無いのだ。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
シキ・ジルモント
温泉か、たまには良いな
仕事が控えているとなると、そうだな…
初日の夜は食事をメインに楽しんで酒は控えめに、早目に休んでおこう
そして次の日、人の少ない早朝を狙って本格的に温泉を満喫する計画で行く
人の多い風呂に入るという事にもだいぶ慣れたし、それはそれで悪くはないが
周りを気にせず広々とした湯に浸かるのもいいものだ
変わった風呂も気になるが、やはり露天風呂は外せない
…これだけ人が少ないと警戒心が薄れて、つい湯の心地よさに負けいつになく気を抜いてしまうな、
足を伸ばして全身の力を抜いて、ゆったりくつろいで…
誰かが近付いてきたら慌てて姿勢を正す
緩みきった姿を見られてはいないだろうかと内心で焦りつつ、平静を装う
●春告げ鳥
湯に浸かるならばと獣尾も綺麗にシャンプーで洗い、仕上げのかけ湯。
早朝の大浴場には、シキ・ジルモント(人狼のガンナー・f09107)の他に人影は無く。
外へと続く戸をゆっくりと開くと、シキは貸し切り状態の露天風呂へとその身体を委ねた。
細く息を零すと、湯より立ち上る湯気がゆらゆらと揺れる。
春先とは言えきんと冷えた冷たい空気、見下ろす形で臨む花の咲き乱れる庭園。
空を見上げれば、ぼんやりと白みだした空に薄靄が掛かっていた。
「……、ふう」
頭はきんと冷やされながら、全身を包む湯が身体をじわじわと温める感覚に吐息を零してしまうのも仕方が無い事であろう。
この上半身と下半身の温度差こそ、露天風呂の神髄であるのだから。
なんとなく掌で掬い上げた湯を、水面へとゆっくりと零す。
このとろみのある湯質は、美肌の湯と謳われているそうだ。
シキは別段美肌に興味が在る訳では無いが。
美味い食事に合う酒は幾つも用意されていたにも関わらず、前日から酒を控えめにして。
早起きに努める程度には、温泉を楽しむ気概はある。
周りを気にせずに広々とした風呂に浸かる事は、何とも心地良く。
――人の姿が見えぬ事も相まって、ついつい何時になく気が抜けてしまう。
足をぐうっと伸ばして、背を浴槽の壁に預けて、全身の力を抜いて――。
変わった風呂も良いけれど、やっぱり露天風呂は落ち着くものだ。
顎をぐっと擡げて、ほう、ともう一度溜息を零した。
その瞬間。
戸の方で小さく響いた音に、シキは姿勢をさっと正す。
緩みきった姿が人に見られる事は、決して好ましい事では無い。
表情こそ代わりはせぬが、シキは音のした先へと視線を這わせ――。
大浴場の内側へと続く戸の上。
音の主はそこにとまった黄緑色の小さな鳥。――一匹のウグイスであった。
……やっぱり大きな風呂で過ごすことで、気が抜けていたようだ。
瞳を一度瞬かせたシキは、ふ、と鼻を鳴らして身体を弛緩させて。
「!」
その直後に開いた戸から露天風呂へと向かってくる人影を認めれば、慌てて背をもう少しぴんと伸ばしてシキは平静を装った。
ほうほけきょ。
春を告げる一声を響かせたウグイスは、薄靄の掛かる空へと翼を広げて――。
大成功
🔵🔵🔵
サン・ダイヤモンド
ブラッド(f01805)と前日夜の客室露天風呂
これが露天風呂……はあ、きもちいいかも……
ブラッドもはやくはやくう
(彼の体積分お湯だばー)きゃー!
ふふ。お湯、いっぱい溢れちゃった。ふふふ
(でもなんだかおかしくて、嬉しくて
溢れたお湯の分『彼がここにいる』って実感したの)
何見てるの?
だいじょーぶだよ
それにそんなこと言ったら僕の方が……(抜毛の心配)
んーんー、今は心配事禁止〜!
(ぺたりと彼に寄り添って)ふふ。……ブラッドの体もポカポカしてる
……ずっと、こうしていたい
(僕の髪は羽根で出来ている
それにとっても長いから独りじゃ手入れも難しい
ブラッドがいないと僕はダメになる)
ねえ、ブラッド
僕、幸せだよ
…大好き
ブラッド・ブラック
サン(f01974)と伴に個室露天風呂
流石にこの格好(甲冑)で入るわけにはいかないが、かと言って本来の姿(ブラックタール)で入るのも気が引ける
勿論無闇に零れたり溶け出す体では無いが…サンが呼んでいる
「嗚呼、解っている」
観念し融合(人型)を解き、本来の姿でサンと共に湯に浸かる
大量の黒い汚泥の様な俺の体が折角の良い湯を汚しやしないかと気が気でない
だのにお前は気にせず触れる
これでは何時迄も気にする俺だけ馬鹿の様で
安堵と苦笑と幸せと
嗚呼、何もかもが解される
「のぼせてしまうぞ。上がったら羽油を塗って髪を梳いてやろう」
「…嗚呼、俺もだ」
怖いぐらいに幸せだ
少しだけ…今だけは
この幸せに溺れていてもいいだろうか
●おぼれる
少しだけ低い天井。
い草の香りがする、広い畳張りの和室。
山桜が灯火のように並ぶ山を臨める大きな窓。
食事の後には、ふかふかのお布団を仲居さんが用意をしてくれた。
――何と言ってもこの部屋の特徴としては、個室露天風呂が付いている事であろう。
「ねえ、ブラッド! はやく、はやくう!」
湯気に混じる湯の泡の香り。
サン・ダイヤモンド(甘い夢・f01974)がまあるい湯船の中から、手招きをする。
「……嗚呼、解っている」
二メートルにも迫る大きな身体、甲冑を纏った黒。
眼窩の中で光を揺らめかせながら、ブラッド・ブラック(VULTURE・f01805)は少しばかりの決断を迫られていた。
猟兵達が賜る世界の加護は、どのような姿でどのような世界に居たって住人達に違和感を抱かせはしない。
例えば温泉に入るだけならば、甲冑姿の侭であったとしても周りの住人達には違和感は抱かせないかもしれない。
だが、それとこれとでは話が別だ。
サンが一緒に温泉に入りたいと望んでいると言うのに、この姿の侭で入浴する事は憚られるものだ。
しかし。
ブラッドは――黒い液状の生命体、ブラックタールである。
人型を形成する事が苦手なブラッドは甲冑姿――鎧竜鬼との融合を解いてしまえば、汚泥のような姿を晒す事しか出来ない。
地を這うばかりの黒く醜い肉塊。
勿論。
ブラックタールが液状の生命体とは言え、湯に入る事で零れたり溶け出したりする訳では無いのだけれども。
折角の温泉を、折角の湯船を。――そして楽しい筈のサンの今日の記憶を。
ブラッドの身体が汚してしまいはしないかと、ブラッドはゆらゆらと落ち着き無く瞳の光を揺らして。
「ねえ、ねえ、風が吹いてもお湯も温かくて気持ちがいいんだよ。ブラッドもはやくおいでよ」
再び急かす、サンの催促の言葉。
ブラッドは心臓も喉も腸も無い、黒だけの詰まった身体の奥を蠢かせて。
腹を括った彼は、甲冑を形作るUDCとの融合を解く事を選んだ。
「あ、やっと来、……きゃー!」
そうして湯に身体を納めてしまえば黒の体積分、湯船より溢れた湯がざあと流れ出す。
その様子がいかにもおかしいと楽しそうな声をあげて、童のように笑ったサン。
「ふふ、お湯、一杯溢れちゃったね。……ふふふ」
そのまま洪水を起こした湯を掌で掬いあげて、サンはどこか愛おしげにその湯を傾けた。
とろりとした湯質の温水が、手首を伝う。
――この溢れたお湯の分、『ここにブラッドがいる』と実感する。
一緒に温泉に入っている、一緒にこの場を共有している。
それって、とっても、なんだか、楽しくて、嬉しくて。
心の奥まで温泉が暖めてくれるみたいだと、またそれがおかしくてサンは唇に笑みを宿し。
ふに、と柔らかなブラッドの身体に寄り添って、少しだけ体重を傾けた。
「……ねえブラッド、何見てるの?」
「俺の身体が折角の良い湯を汚しやしないかと、な」
「ふふふ、だいじょーぶだよ。それに、そんな事言ったら僕の方が汚しちゃうかも」
ブラッドは本当に心配性だなあ、とくすくすと笑うサン。
サンの髪は羽根で出来ている。
とっても長くて、独りじゃあ手入れだって難しいくらいだ。
足先だって羽毛に覆われているし、大きな尻尾だってある。
抜けた毛が、今だって水面にぷかぷかと浮いているのに。
「それは……」
「だーかーらー、今は心配事、禁止~~!」
言葉を淀ませたブラッドに、ぱしゃっとお湯を掛けたサン。
どれだけブラッドが己の身体を醜いと思っていたって。
どれだけブラッドが己の身体を化物だと思っていたって。
この『光』だけは変わらず、ブラッドのこころに、からだに、何でもないことかのように触れるのだ。
これでは何時迄も気にしているブラッドだけが、馬鹿者の様ではないか。
「……ブラッドの身体もポカポカしてるね」
人型すら取れぬブラッドにぴったりと寄り添ったサンは、心地よさげに長い睫毛を揺らして。
「……ずっと、こうしてたいなあ」
その言葉はブラッドがここに在る事を許し望む、暖かな光の言葉。
身体を震わせて、貌を持たぬ苦笑が漏れた。
安堵と幸せが肚に満ちるよう。
――嗚呼、温泉とはここまで何もかもが解されるものなのだな。
「ずっといたらのぼせてしまうぞ。……風呂から上がったら、羽油を塗って髪を梳いてやろう」
「ふふふ、やった。うれしいなあ。……幸せだなあ」
そんな事、ブラッドだって同じ気持ちだ。
湯の中で形の無い黒と、白の掌が重なる。
青白い月が、二人を見下ろしている。
君が、お前が。
いないときっと。
僕は、俺は、ダメになるだろう。
「ねえ、ブラッド。……大好き」
「――嗚呼、俺もだ」
……少しだけ、今だけは。
怖いくらいの幸せに溺れて、満たされていても、良いのだろうか。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
浮世・綾華
嵐吾さん(f05366)と
温泉、気持ち良かったですねえ
髪?ああ…手伝います(両手にドライヤ持ってブオオ
あ、俺髪結うのとか得意なんですよ
任せて任せて――できた(ゆるっと可愛く三つ編みにした
似合ってる似合ってる(得意げ
あ、俺いちご牛乳
ぷはー、あまうまいっ
あ、あれなんデス?
卓球?温泉と言えば、卓球。成程
勝負なら嵐吾さん相手だって負けませんよ(しゅっしゅ
狐卓球流免許皆伝て(ふふと笑いながら腕まくり
最初は下手でも慣れれば動きを予測し
ふふ、そこだー!
ロイヤルキツネクラッシュ!!(容赦ないネーミング
尻尾!?それはなしじゃ!?
勝敗お任せ
楽しかったケドめっちゃ汗かいた…
あは、やった
じゃあもっかいゆったりしましょ
終夜・嵐吾
あや君(f01194)と
ええ湯じゃったね~
しかし仕事あるんじゃよ。はいこれ(ドライヤー二刀流させ)
お、では髪はお任せしよ
三つ編みはまとまるしええよね、ありがとなぁ
さて風呂上がりの醍醐味、わしはフルーツ牛乳
(腰に手を当て)ぷはっ、んまいっ
ん?あれ?
ああ、卓球じゃね。卓球とは赫赫云々
よしやろか
ふふ、そんなこといってええんかの?
わしは狐卓球流免許皆伝ぞ(きりっ)(いまつくった)
そーれ!(わりとゆるっと魔球の🔰)
ふはは、手加減し…あれっ?(スカる)
…あや君上達がはやいの
ではわしも本気を出し…しっぽあたっく!(ルール無視)
狐卓球流ではしっぽはたしなみじゃあ!
熱い戦いじゃったね
ふー…もっかい温泉いこかぁ
●ばばんばんとバトル
むっと湯の花の香りに満ちる、脱衣場。
「気持ちよかったですねえ」
すっかり浴衣まで羽織り終えた浮世・綾華(千日紅・f01194)は、バスタオルを畳みながら。
「はー、ほんにええ湯じゃったね~」
へんにゃり笑ってフェイスタオルを首にひっかけたまま。
青みがかった灰色の獣耳を終夜・嵐吾(灰青・f05366)が上機嫌に揺らすと、ぴぴぴと水滴が跳ねて。
「しかしまだな、仕事があるんじゃよ」
「仕事?」
「うむ、これじゃよ」
頷いた嵐吾が両手に構えたのは、ドライヤーであった。
彼の長い髪と、二本のドライヤーを交互に見比べた綾華はこっくりと頷いて。
「ああ、髪。手伝います。俺、髪結うのとか得意なんですよー」
「お、ではお任せしよかな」
「うんうん、任せて任せて」
嵐吾より二刀流ドライヤーを引き取った綾華は、鮮やかな手つきで熱風を操り。
巧みな手さばきであらゆる角度から嵐吾の髪を乾かしだし。
「――でーきたっ」
そうして綾華は嵐吾の髪を、仕上げにゆるっと可愛らしく三つ編みに纏め上げ。
「どうですかね、お客様?」
嵐吾はおお、と耳を立てて。
「そうじゃなあ、結構なお手前で。……三つ編みはまとまるしええよね、ありがとなぁ」
「どういたしまして」
うんうん、似合ってる似合ってる。
どやっと満足げに笑う綾華の横をすり抜けて、嵐吾の視線の向かう先。
「さて、大仕事を一つ終えてもらったしの、次は風呂上がりの醍醐味としよか」
自販機の硝子ごしに並んだ、沢山の牛乳瓶。
「あ、俺いちご牛乳ー」
「わしはフルーツ牛乳かの」
腰に手を当てて、つめたくてあまーい牛乳を喉に流し込めば暖まった身体を心地よく牛乳が冷やしてくれる。
んまいっ。
やっぱりお風呂上がりと言ったら、これでしょう。
「……って。あれ? あれはなんデス?」
牛乳瓶を回収ボックスに片しながら、綾華はぱっと目に付いた台にその視線を縫い止められた。
真ん中で区切るように網の張られた、不思議な青色の台。
食事用の机だとしたら、椅子も無くて不便そうだし。
真ん中に不思議な網を貼る必要も無いだろう。
「ん? ああ、あれは卓球じゃね」
「……卓球?」
「そう。この世界のすぽーつじゃよ」
そうして嵐吾は語り出す。
古来より温泉と言えば浴衣を羽織って卓球だと、定められているのであると。
そのルールは過酷かつ激しく、白球を追うラケットは青春である事を。
あとふつうにめちゃくちゃたのしいことも教えてくれた。
「……ってことで、折角じゃしやろか」
「成る程
…………、温泉と言えば、卓球。卓球といえば温泉という訳ですか」
綾華はこっくりと頷くとラバーの貼られたラケットを、口元を丁度隠すようなフォームで構え。
「勝負をするなら、嵐吾さん相手だって負けませんよ」
「ほう。――そんなこといってええんかの?」
嵐吾はラケットを手に取りながら、切れ長の琥珀色の瞳で綾華をひたりと見据えて。
「わしは狐卓球流免許皆伝ぞ?」
「狐卓球流免許皆伝て」
たった今できたばかりの流派の免許を皆伝した嵐吾。
くすくすと笑った綾華は、腕まくり。
「さーて、やろか。わしの魔球を受けてみよ!」
そうして嵐吾の放ったゆるゆるーっとしたピンポン玉が、戦いの火蓋を切ったのであった。
「こう、ですかね!」
こん。
綾華が軽く当てたボールは、ぽーんと跳ねて嵐吾の前へと。
「ふはは、手加減はせ……あれ?」
狙いを定めて。鋭く振りかぶられたラケットが空中を扇ぎ、嵐吾の横をすり抜けてゆくピンポン玉。
「成る程、こういう感じ」
「いや、いやいやいやいや、勝負はまだまだこれからじゃからの!!」
ルールこそ知っているが、狐卓球流免許皆伝かつ初心者の嵐吾。
ルールはさっき知ったが、運動神経と猟兵の勘で喰らいつく初心者の綾華。
こん、こんと軽い音を立てる玉がいったり、来たり。
そこそこ白熱する、二人の男達の熱い戦い。
「ふふ、そこだー! ――ロイヤルキツネクラッシュ!!」
綾華の力強いスマッシュ!
でも高貴な狐は壊さないで欲しい。
「ほう! ではわしも本気を出すこととしよか。――しっぽあたっく!」
「待って!? 尻尾!? それは禁じ手じゃ!?」
「狐卓球流ではしっぽはたしなみじゃあ!」
「狐ずるい!」
狐卓球界ならば大健闘であったのだろうけれども。
普通に点数でも、判定結果でも嵐吾の反則負け。
綾華は勝利の吐息をふうと漏らして、額の汗をぐいと拭って――。
「はー……。楽しかったケドめっちゃ汗かいた……」
「うむ、楽しかったの。……さて、もっかい温泉いこか」
「ハーイ」
勝っても、負けても、身体を動かすことは楽しいもの。
熱い戦いのあとは、熱いお湯で汗を流して。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
金白・燕
【DRC】
アドリブ、マスタリングはお任せです
今度の任務は他施設の視察と我々の休養、ですか
確かに、お2人には良く働いています
次の催しに使えそうな物を視察しつつ、2人に良く休んでもらいましょう
メトロは何処でも元気ですねえ
楽しそうで何よりです
湯着を羽織ってそろりと湯船に入りましょう
正直、こんな豪勢な場所を自分が使うのは初めてですね
こういった場所へのツアーもよく集客できそうですね
ああ、仕事がしたい仕事がしたい
今の思いを企画書に書き上げてしまいたい
仕事をしなければ
ほーう、ブーツ良い度胸ですねぇ
骨兎に齧られてしまったら良いですよ
触れた温かみからは目を逸らした
……後で湯上りに、ギュウニュウ飲みましょうね
ブーツ・ライル
【DRC】で。
アドリブ、マスタリング歓迎
_
俺たちの休養、が、任務…だと?
…(どこか険しい顔)
…何か裏があるのではと、心の内で密かに警戒しつつ
滅多に無い折角の機会だ
堪能させてもらうとしよう
…悪戯してくるメトロには、くすぐりの刑を処す
_
示された手順に倣ったのちに湯船へ
無意識に強張っていた身体が少しばかり解れるのを感じ、くしゃりと前髪をかき上げて、一つ息を吐く
泳ぐメトロを視界に捉えつつ、燕の言葉に相槌を打つ…が
……また仕事のこと考えてンな、コイツ
ハア、と溜息一つ吐き出して
その頬を少しだけ伸ばしてやる
…何だと?
結局骨兎に齧られメトロに湯を掛けられるが
そんな混沌の中でも
目を逸らした燕には気が付いていた
メトロ・トリー
【DRC】
アドリブ大好きだよ!
!
げえ〜クソ女!あ!間違えちゃった〜
我らがレディから依頼だってえ!?
どうせクソみたいな任務なんだろ〜?いじいじ~
え!?慰安旅行
!?!?!?
でもお、任務じゃあないか…
ーーー
ぷっはーーー!
やっぱりギュウニュウだね!
そうしてぼくたちはハッピー温泉慰安旅行に来たのであった〜わあいわあい!
なんだかブーツ先輩は険しい顔だけど、ぼくは構ってほしくて、耳を引っ張ったりして悪戯しちゃうんだきゃー!きゃはは〜!
みてみて燕くん!
イエス!どぼん!
ぼくは温泉へ飛び込み!
華麗にクロール!
バタフライばたばた!
たっのしー!
最後はふたりにばっしゃーん!
えへへ!楽しむなら一緒のほーが良いもの、ね?
●お仕事は休暇です
混ぜられる前のイチゴミルクみたいな髪の毛と、ぴんと伸びたウサギの耳。
大きな瞳をぐりぐりと揺らしたメトロ・トリー(時間ノイローゼ・f19399)が、大きな大きな声をあげた。
「げええ~~、クソ女……あ、間違えちゃった、間違え間違え。えーっと、そう。我らがレディから依頼だってえ!?」
わあと騒ぎ立てるメトロは、ころんと転がってから飛び跳ねて。
「どーーーうせクッソみたいな任務なんだろ~?」
いじいじと指をこねくり回してまあ聞くけどさあ、って表情。
「…………、え? 慰安旅行
!!?!!?!!?!?」
そうして。
次の瞬間には、文字通り飛び上がって驚くのであった。
「施設の視察、及び……我々の休養、ですか」
微笑みを浮かべた唇。金白・燕(時間ユーフォリア・f19377)は噛み砕くように呟いて、瞬きをひとつ、ふたつ。
確かに、確かに。
メトロもブーツ・ライル(時間エゴイスト・f19511)も良く働いてくれている。彼等に休暇は必要であろう。
それに他施設の視察ができるのならば、こちらの観光資源を利用した新しい催しを考える事もできるに違いない。
仕事に尽くすことこそ彼の幸せ。
生きる思考と仕事が直結している燕には、既に『自らの休暇』という概念がすっかり奪われている。
「……俺達の休養が、任務……だと?」
その横でわなわなと囁いたブーツは、切れ長の瞳に睫毛影を落として。
白手袋に包まれた掌を顎に当てて、思案する。
何かがおかしい。
あの社長が休暇を与える等と、甘言を吐く訳あるだろうか。
どこか、何か、裏があるのでは無いだろうか?
……しかしそれが、本当に、ただの休暇だとしたら。
そりゃあ滅多に無い折角の機会だ。
温泉宿に訪れる余裕なんて、ここの所。
……いいや。今までずっと、ブーツには全く無かったもので。
本当に休暇なのだとすれば、堪能させてもらうとしよう、と。
こっくりとブーツは頷いた。
「なんだいなんだい! 険しい表情で考え込んでいる様子のブーツ先輩の耳を、ぼくは構って欲しくて引っ張ったり押し込んだりするのであった!」
「そうかい、そりゃ何より。止めろ」
宣言しながら耳を弄るメトロを押し止めたブーツは、そのままメトロを蹴り転がすと。彼の脇腹をくすぐる刑に処す事とする。
悶えるメトロ。
「わああ、わああ、きゃは、ははは! くすぐったい! くすぐったいよ! でもでも、二人とも、休養とか言ってるけど結局任務じゃあないか。かわいそうに、脳がもうダメになってしまったんだなあ! だからくすぐるのをそろそろ止めておくれよ!」
そういう訳でドレッド・レッド・コーポレーションの三人は、素敵な秘境に位置する温泉
「に、ハッピー温泉慰安旅行に行くのであった〜、いえーい、ぴーすぴーす、わあいわあい!」
すみません、メトロさん地の文に割り込まないで。
かぽーん。
古来より伝わる風呂場で放たれるという風流な音。
直前に調べておいた手順に倣って、身体を丁寧に洗い。
かけ湯をした後に湯船へと浸かるブーツ。
「……ふう」
無意識に強張っていた身体が、暖かい湯に解されてゆく感覚。
ブーツは前髪をかき上げて、安堵に似た吐息をひとつ。
そこに響いたのは、やたら元気な声であった。
「みてみて燕くん!」
「おやおや、メトロは何処でも元気ですねえ」
「イエス! どぼん!」
燕が微笑むと、ぴしっとポーズを決めたメトロが温泉へ華麗に飛び込む。
力強いクロールからの、バタフライ!
縁を蹴ってターン! 出来ない!
風呂の底に頭をぶつけて、ぷはっと顔を上げるメトロ。
「たっのしー!」
「ええ、楽しそうで何よりです」
柔らかく笑んで応じた燕は湯着を羽織り、ブーツの横でしっかり肩まで浸かっている。
「しかし、こんなに豪勢な場所を自分が使うのは初めてですね……」
そうしてほう、と感心したように燕は周りを見渡し。
「いえーい、燕くんみてるー!?」
「ええ、見ていますよ」
返事はしている。
しかし燕はメトロを見て、見ていない。
ああ、そうですね。
この温泉は確か美肌効果があるそうですし、女性向けにキャンペーンを組む事も良さそうです。
幾つかの場所を組み合わせてツアーにすれば、更なる集客が見込めそうですし、……。
ああ、仕事がしたい仕事がしたい。湯に入っているのも勿体ないが、モニタリングは必要だ。そうだ、そうだ。今の思いを企画書に書き上げてしまいたい。仕事を、仕事を、仕事を、ああ、仕事をしなければ。
見ているのに何も見ていない、燕の瞳。
――……また仕事のこと考えてンな、コイツ。
ブーツは肩を竦めて、燕を横目に。先程の温泉の熱に解される吐息とはまた別の、大きな溜息を零した。
そうしてブーツは燕の頬を左右に引いて、むいっと伸ばしてやる。
はっと顔を上げた燕は、一瞬瞳を逸らして――。
「ほーう、ブーツ良い度胸ですねぇ……。骨兎に齧られてしまったら良いですよ!」
「待て、待て。お前の今の仕事は、休養だろ」
――ブーツにその視線の意味を考える時間を、与える事無く。
ずももも。
燕の心の動きに合わせて、風呂から現れる骨兎。
「……何だと?」
本気で出すのかよ。
「えっ、ずるーい! ぼくも一緒に楽しむもんね!」
クールに背泳ぎで近づいてきたメトロは、骨兎に噛み付かれているブーツと燕にお湯をばしゃーんと跳ね飛ばし。
骨の兎は現れて人を齧るわ、泳ぎまくるわ、湯が掛けられるわ。
混沌とする大浴場。
「……後で湯上りに、ギュウニュウ飲みましょうね」
「えーー、いいね、ぼくも飲みたーい!」
燕が呟いた言葉に、メトロは両手を挙げて同意を重ねて。
そんな彼等の横で、ブーツは湯に沈んでいた。
そう。
――ウサギちゃん達はその後に起こる事なんて、まだなあんにも知らない。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
橙樹・千織
温泉でお酒…
心なしか嬉々とした色を瞳に浮かべ、ひょこひょこと尻尾が揺れる
スイーツのビュッフェがあればご機嫌に尻尾を揺らしながら楽しんでみたり
半ば迷子になりつつ、宿の中を散策してみたり
夜は露天風呂でのんびりゆったり
はぁ…やはり温泉はいいですねぇ
景色を眺め、お酒も少しずつ飲んでいれば、ふと思い出すのは友人達の姿
んん、一人もたまにはいいですが…
なんだかほんの少し、寂しい気もしますねぇ
以前は一人でも出かけていたけれど
最近は友人達と、ということが多かったからか、なんとなく物足りない気もする
いつの間にか寂しがりになってしまったのですかねぇ…?
苦笑しながらまたのんびり温泉とお酒を楽しんで仕事に備えましょう
●おいしいお時間
ケーキに合わせてお酒を出してくれる、と言われたものだから。
甘いケーキに合わせるのは、紅茶のお酒。
壁一面が硝子張りのカフェ。
窓の外には、とっぷりと夜に沈んだ山が臨む事ができる。
たっぷり露天風呂を楽しんだ後には、散策がてらの迷子を楽しみ。
たまたま見つけたスイーツビュッフェにてケーキを突く橙樹・千織(藍櫻を舞唄う面影草・f02428)の山猫の尾が、上機嫌にゆらゆら揺れる。
「はぁ……、温泉も良かったですけれど、ケーキも美味しいですねぇ」
青白い月が照らす山桜を眺めながら、地元の野菜を使ったと言うケーキを突き、突き。それは甘さ控えめで、夜に食べてもなんとなく罪悪感の少ない素敵なケーキだ。
グラスを傾けていると、ふ、と彼女の脳裏を過ぎったのは。
何故だろうか、友人達の姿であった。
「……んん」
たまには一人も良いけれど。
ケーキとお酒が美味しければ美味しいほど。
なんだかほんの少し、寂しい気もしてしまうのだ。
以前は一人でもよく出かけていた。
しかし、――最近は友人達と出かける事が多かったもので。
なんとなく手を止めてしまったフォークでケーキを突くと、ぱたん、とケーキが倒れた。
千織は肩を竦めて、ふ、と唇に苦笑を宿した。
全く。
お仕事で訪れたというのに、こんな気持ちになってしまうなんて。
誰かがいないと、なんとなく物足りないなんて。
「いつの間にか寂しがりになってしまったのですかねぇ
………?」
小さな小さな囁き声。
そうしてフォークでケーキを突き刺すと、ぱくりと口へと収めてしまう。
ようし。
もう一つくらい、スイーツを取りに行こうかしら。
後、お酒をもう一杯くらい飲んで。
……温泉にだってもう一度行くのも良いかも知れない。
一人だって楽しむ方法は、沢山知っている筈なのに。
なんて考えていると、もう一度浮かんでしまった苦笑。
ゆるゆると左右に首を振った千織は立ち上がって、ビュッフェコーナーへと向かい――。
大成功
🔵🔵🔵
リル・ルリ
■悠里/f18274
お肉、お魚にお野菜に、可愛いご飯とカッコイイご飯と綺麗なご飯だ!
名前はわからないけどどれもおいしそうだ
温泉の後は悠里と豪華なご飯を食べる
ずうっと楽しみにしてたんだから!
…普段は酒癖が悪い櫻を見張る必要があったけど、今日は!思い切り食べるんだ
ヨルももりもりお魚を食べて丸い子ペンギンになった
じゅーしなお肉も美味しいしこっちの煮物も美味しい!悠里はどれが好き?
お刺身も美味しい
ふふ
君も意外と食べるんだね
和んだ
あの、悠里
ずっと言いたかったんだ
その……
よかったら、僕の
お友達になって、ほしいんだ
緊張しながらやっと言えた
そうなれたらもっと
楽しいもの
ほんとう!?
君の返事に今日一番の笑みが咲く
水標・悠里
リルさん/f10762
さてさて、机の上が賑やかですね
ええと、これはなんていう名前何でしたっけ
指先に蝶を呼び、浴衣に着替え
今日くらいはゆっくりと鰭を伸ばしてくださいね
意気込むリルさんとヨルさんを眺めつつ料理を頂きます
こちらの蒸し物も中々
お刺身も脂がのって新鮮で美味しいです
ヨルさんに小さく切ったお刺身をあげつつ暖かい汁物に口をつける
い、意外ですか?
その、外に出てから初めて目にするものも多くて
姉さんに頬張るとお饅頭みたいねって言われて
…今のは無かったことに
私で宜しいのですか
友達の意味もどうすればいいかもまだわかりませんが
私もそうなれたらいいと思っていましたから
案外素直ではないのですよ、お察しください
●
浴衣を羽織った子ペンギンは、畳の上でめいっぱい背伸びして。
机の天板にちょっこりとフリッパーを添え、わくわくとした瞳で賑やかな机の上を眺めている。
「ええと、これはなんていう名前でしたっけ?」
深い空色の瞳が真っ直ぐに、箸の先の甘く焚き上げられた豆を見つめている。
水標・悠里(魂喰らいの鬼・f18274)は、箸を手に首を傾ぎ。
「……えっと」
澄んだ空色の瞳が、瞬きを一度二度。
桜を模した芋を口にしたリル・ルリ(想愛アクアリウム・f10762)は小さく頷いて、その答えへと辿り着いた。
「名前はわからないけど……。どれもおいしい可愛いご飯と、カッコイイご飯と、綺麗なご飯だ!」
「確かに、間違えはありませんね」
小さな笑みと共に悠里が相づちを打てば、子ペンギンのヨルが応じるように手を上げて。
笑みを更に深めた彼は、ヨルへと小さく切ったお刺身を一切れ差し出した。
――温泉を楽しんだ後には、おいしい香りに包まれて。
すべやかな手触りの器に収められた、様々な味わいの小鉢たち。
宝石みたいにぴかぴかした、麓の漁港より毎日運ばれてくるというお刺身。
石の上でじゅうじゅうと音を立てているステーキは、山菜味噌を添えて。
稲穂色の天ぷらに、焼き魚。ぷるぷるの茶碗蒸しに――。
浴衣姿の二人と一匹の前へと立ち並んだ、ご馳走たち。
「このお肉すっごくじゅーしーだ。この煮物も美味しかったし、ほんとうにどれもおいしいな」
普段は酒癖の悪い龍の見張りが忙しく。
こういう食事の時はいつも気を張っているリルも、今日ばかりは肩の力を抜いて。ずっと楽しみにしていた料理に舌鼓。
「ねえ、悠里はどれが好き?」
「こちらの蒸し物も滑らかな舌触りで、中々。――お刺身も脂がのっていて、歯ごたえが新鮮そのもので美味しいですね」
一番は決めかねているのであろう。
悠里は豆ごはんを口にした後に、あおさの香りが立ち上る魚の出汁がきいた味噌汁を唇に寄せて。
うん、これも美味しい。
次に焼き魚を箸先で割って――。
「……ふふ。意外と君も、食べるんだね」
彼のなんとなく小動物めいた印象の食べっぷりに、ヨル用の皿にお刺身を追加していたリルが小さく笑い声を漏らし。
「……! い、意外ですか? えっと、その……初めて目にするものも多くて……」
リルの指摘に目を丸くした悠里は、勢いよく動いていた箸をすこしばかり鈍らせて、しどろもどろ。
ゆっくりと魚の骨を避けて、避けて。
世間を余り知らぬ自覚はある、外に出てから初めて知ったものだって多い。
――今のように『世界』を巡るようになる前は、閉じ込められるように育ってきた。
そのため。
食い意地がはっている訳では無くて、新しいものを口にする事が楽しいという事もあるに違いない。
そう、……。
あれ?
「あ、でも、頬張るとお饅頭みたいねって姉さんにも言われ
……、……」
あっ。これもしかして、食いしん坊報告になりますか?
考えていた事をそのまま口にしてしまった悠里は、言葉を途中で飲み込んで。
「……?」
悠里の途切れてしまった言葉にリルが顔を上げ。
気まずそうに視線を泳がせた悠里は、ぽそりと言葉を告いだ。
「……今の話は無かったことにしてくれますか?」
「あは。ははっ、――うん、わかった」
和んだ、と。
ころころと笑ってリルは頷き、彼の言葉に了承を重ね。
「――あの、悠里」
それから仕切り直すように笑みを飲み込むと、神妙な表情を浮かべたリル。
真っ直ぐに視線を向けて、彼の名を呼んだ。
「……その代わり、とか、そう言う訳ではないけれど。……ずっと言いたかった事があるんだ。その、……」
「はい」
次に神妙な表情を浮かべる事となったのは、悠里であった。
なんとなく座り方を正して、深い空と澄んだ空の視線を交わし合い――。
「……よかったら、僕の。……お友達になって、ほしいんだ」
そうなれば、きっと、もっともっと楽しくなるはずだもの。
リルは緊張しきった様子で言葉を紡ぎきり。
悠里はその瞳に睫毛の影を落として、二度瞬きを重ねた。
「……私で、よろしいのですか?」
悠里は『友達』の意味も、『友達』がどうすれば良いのかも、まだ知らない。
『友達』なんて、いなかったのだから。
でも、それでも。
「……私で、良いのならば。そうなれたらいいと、思っていました」
「わっ。ほんとう!?」
少しだけなんだか照れくさい気がして、悠里ははにかむように頷いて。
今日一番の笑みで応じたリルが歓声をあげた。
――『友達』がどういう事なのか、何をすれば良いかはまだ分からない。
素直に言葉を紡ぐ事だって、苦手だけれど。
なんだかとっても素敵な響きだとは、おもう。
だからこそ。
何をすれば良いかなんて、これから探してゆけば良いのだろう。
「あっ、ヨル!」
……けぷ。
おおきなげっぷを一つ。
そんな二人の横で勝手に食べ続けていたヨルは、食べ過ぎてまん丸になって転がる事となった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
スキアファール・イリャルギ
――心が折れるなんて
慣れてもないし慣れちゃいけないですよ
にしても、
……温泉。
(自分の躰を見る)
……。
(頭がりがり)
すっごい不釣り合いだ……
温泉の中で呪瘡包帯はダメですよね
力さえあれば人間の躰にはなれるけど
人前で包帯無いのは落ち着かない
マッサージ系も触られるのがダメだし……
個室露天風呂付の客室でひとりのんびりするくらいしか
いやのんびりするって言ったって
音楽聴いて歌って、ご飯食べて、風呂入って寝て――
……スキアファールさんそれ普段の生活と変わってないですね
わざわざ保養地に来る意味あるんですか
いや猟兵としての仕事はありますけど……
あ、でも料理とお酒美味しい
(なんだかんだで嬉しそうな痩せの大食い)
●歌を灯して
「うーん……」
客室に備え付けられた個室露天風呂の脱衣所に響く、小さな衣擦れ音。
スキアファール・イリャルギ(抹月批風・f23882)が全身を覆う、黒包帯――呪瘡包帯を解くと。
彼の姿が一瞬だけ、陽炎の如く揺らいだように見えた。
筋肉も肉も薄い痩身、白い白い肌。
黒い瞳の下に刻まれた深い隈。
「……温泉にはすっごい不釣り合い、だよなぁ」
スキアファールは頭をがりと掻いて、見下ろした自分の身体に対してぼそりと評価を下した。
満ち満ちる湯気に混じる、湯の泡の香り。
身体を洗ってしまえば、かけ湯もそこそこに。
スキアファールは、とろりとした湯へとその身体を沈める。
湯が被らぬ位置に置いたスピーカーより響く、気に入りの音楽。
月を見上げながら歌を口ずさみ、スキアファールはのんびりと瞳を細めた。
――様々な種類の風呂があると言う、大浴場に興味が無い訳では無いけれど。
スキアファールは影人間の怪奇人間。――怪奇で、人間である。
自らは怪奇である。
しかし、同時に人間でもある。
悍ましき怪奇である自らを、人前に晒す事は望ましいとは思ってはいない。
その為、人前で包帯を外している事は落ち着かないし。
人に自らの身体を触らせる事――マッサージもダメとなると。
――音楽を聴いて、歌って、ごはんを食べて、風呂に入って、寝て。
普段の生活と、さほど変わらぬ過ごし方となってしまう事は致し方の無い事であった。
そりゃ勿論、個室の温泉は贅沢だし。
のんびりすると言う意味では、頼めば食事が出てくるし、片付けもしてくれると成ればぐうたらランクが上かもしれないけれど。
わざわざ保養地に来る意味があるのかは、少しばかり疑問が残る所であった。
「……いや、猟兵としての仕事もありますけれどね」
肩を竦めて、ちゃぷりと掬い上げた湯で顔を洗う。
春先とは言えまだ少し冷たい風に冷やされた顔を、湯がじわじわと温める感覚。
脳裏に過ぎるは、今回の仕事のこと。
「――心が折れるなんて、慣れてもないし慣れちゃいけないですよ」
零れるように漏れた言葉は、湯気に混じって風へと溶けて。
ぐっと伸びを一つ。
筋を伸ばすみたいに、首を左右にゆっくりと動かした。
よし、風呂を出たらまたあの美味い酒と料理を用意して貰いましょう。
食べる事は好きだ。
再び口ずさむ歌。
歌うことも好きだ。
……なんだかんだと言いながらも。
スキアファールも、一時の休養を楽しんでいるようで。
大成功
🔵🔵🔵
ファルシェ・ユヴェール
のぼせる寸前まで温泉を満喫したのち、
お借りした温泉宿の浴衣姿
宿の部屋の窓を開けて夜空を眺めつつ、
日本酒というものを少し頂いてみようかと
冬は越しても夜はまだひやりとした風の冷たさで、
けれど今はそれが心地好く
温泉、という文化は、私が過ごした故郷にはありませんでしたが
けれど少し、思い出深い
……想い人と初めて言葉を交わしたのが、温泉の話題だったもので
あの時の温泉も、請けた任務のご褒美のようなものでしたから
彼女は行けなかったのですよね……
お声掛けして一緒に来れば楽しんで頂けたかと少し思うものの
この後の仕事内容を考えれば、緩く首を振り
……無事に戻ったら、改めて誘ってみましょうか
――楽しい未来の想像を、今は
●きみはたいせつだから
から、から。
乾いた音を立てて、一つの客室の窓が開いた。
無数のきらめく星々と、青白い月が見下ろす山々。
吹き込む風は春先とは言え、まだ冷たさが残っている。
しかし温泉を満喫したばかりのファルシェ・ユヴェール(宝石商・f21045)には、その冷たさこそ心地が良いもので。
広縁に備え付けられた椅子に腰掛ける彼は、窓の框より手を引くとその指先をグラスへと伸ばした。
日本酒、という酒は飲み慣れぬ酒である。
透明度の高い、とろりとした液体に満たされたグラスを傾ける。
鼻腔を抜けて行く華やかな香りに、さらっと喉の奥を通り抜けてゆく甘み。
その旨みに瞳を少し細めたファルシェは、金糸の髪を小さく掻き上げ。
喉を抜けてゆく冷たい熱を、吐息に溶かした。
悪くない味だ。
彼の白い肌を淡く紅潮させているのは、じっくりと使った湯の為か、酒の為か。
――『温泉』。
「……ふ」
その単語に思い当たった瞬間、唇に笑みが浮かんだ。
――今となっては失われた都。
『温泉』という文化は、ファルシェの過ごした故郷では見た事の無い文化である。
しかしファルシェにとって、その言葉は少しばかり思い出深い場所でもあったのだ。
――それは初めて彼女と、言葉を交わしたあの日。
彼女は酷く疲れた様子でたまには温泉でも入って、と言っていた。
ファルシェは彼女の勧めた通り、湯を楽しんで帰ったのだが。
あの日の彼女は結局。転送の発動維持の為に、湯に浸かる事は出来なかった様子であった。
グラスをくるくる回すと、透明な酒がゆるい渦を生む。
「お声掛けすべき、でしたかね……」
しかし、今日声を掛けていれば。
一緒にこの場所に訪れれば、きっと彼女も温泉を楽しんで貰えていた事だろう。
ゆったりと身体を暖めた後は食事を共にして、少し晩酌を楽しんで。
甘いものを少し頼むのも良いかも知れない、きっと彼女は、笑って頬張って――。
――なんて。
明日の仕事内容まで想像が至ると、ファルシェは小さくかぶりを振った。
そう。
彼女を温泉地に誘う事は、今日で無くとも良いだろう。
無事に戻る事ができれば、改めて声を掛けてみよう。
彼女には、楽しい想いを沢山して欲しいのだ。
浴衣より伸びる足を組み替えると、ファルシェはぽかりと空に浮かんだ月を見上げ。
明日は昏い未来を見ると、知っている。
――ならばせめて今は楽しい未来を想像しよう、と思った。
明日の昏い未来に絶望せぬよう。
楽しい光に満ちた、未来を。
大成功
🔵🔵🔵
誘名・櫻宵
🌸宵戯
いいお湯ねえロキ!
褒められ甘やかされて気をよくすれば角の桜も咲き誇る
お酒いいの?いつもはダメなの
今日はなんて良い日なのかしら!
ふわふわ
心地よいわ
うふふ
酔ってないわ
ふたりで飲むのは久方ぶりかしら(すりすり甘える
いつも夜に飲んでいたけれど(距離が近い
桜を観ながらの花見酒もよいわ(寄りかかる
でも
あまくておいしい赫がほしいわ(首筋を甘噛みする
…ダメ?むー!
ひゃん!
擽ったいわ
これ?私のなかにいる八岐大蛇の証
呪の一種よ
可愛いでしょ
ロキこそ
この邪魔な首枷は何?
噛みにくくて嫌
とって!無理?何故?しりたいわ
教えてよ
秘密―
強慾な神様?
つうと首筋に紅爪這わせ艶美に笑む
何がほしい?
何かしら?
望むならあげようか
ロキ・バロックヒート
🌸宵戯
宵ちゃんと温泉
いやぁ宵ちゃんはいつ見ても綺麗だよねぇ
お楽しみのお酒も飲んじゃおう?ね?
今日は二人きりだし止めないよ
酒癖の悪さも承知の上
飲んだら忘れるのも知ってる
それも今夜は楽しんじゃう
近い頬を撫でて甘えさせて可愛がる
あ、でもここで齧るのは駄目だよ
これ以上はだーめって止める
宵ちゃんの呪印を指でつーっとして悪戯したり
これ何だっけ?
八岐大蛇かぁなるほどね
ふふ、湯に浮かぶ呪印はそそるよね
この首輪は外れないんだよねぇ
こういう時はちょっと邪魔
え?なんでか聞きたい?
とっておきの秘密を教えてくれたら良いよ
なんてね
欲しいものはなんだと思う?
言えば君はくれるのかなぁ?
擽った気にして笑ってそんな戯れ言ばかり
●戯言
青白い月を薄く覆う湯気。
「うふふ、いいお湯ねえ!」
春先の香りの風が湯気を攫えば、その額より伸びた角に桜を宿した龍。
誘名・櫻宵(屠櫻・f02768)は、上機嫌に掬った湯を水面に零した。
「いやぁ、ホント良い湯。それにいつ見ても綺麗な宵ちゃんも一緒だし、華があるよねぇ」
湯船に浸かっているというのに、首元には重厚な首輪が嵌ったまま。
ロキ・バロックヒート(深淵を覗く・f25190)が楽しげに言葉を紡げば、石造りの縁に置いた酒瓶をツンと突いて。
「ま、折角個室の露天風呂がついた部屋を借りたしさ。今日は飲んじゃおう、ね?」
褒め言葉か、それとも飲酒の許可の為か。
角へ更に桜花をぽぽぽと咲き誇らせながら、口元を掌で覆った櫻宵。
「まあ! お酒、飲んでもいいのかしら? いつもは止められているのよ」
「そっかぁ、んー、でも、いいんじゃない? 俺様は構わないよ」
「やん、ロキったら。うふふ、今日はなんて良い日なのかしら!」
やっぱり櫻宵が花が咲き乱れたのは、飲酒許可の方だったのかもしれない。
その笑みにも花を咲かせて、櫻宵はグラスへといそいそと酒を注ぎ。
駆けつけ一杯。
くいっと一度飲み干してから、ロキの酒と自分の酒を改めて注いだ。
うふふ、毒味、毒味。
「そう言えば、ふたりで飲むのは久方ぶりかしら?」
「そうだね」
しなだれ掛かるように、櫻宵はロキの肩へと頬を寄せる。
――ロキは櫻宵の酒の弱さも、酒癖の悪さも、飲んだ後記憶を飛ばしてしまう事も。
全て承知の上。
全部、全部知った上で、ロキは悪戯げに笑って。
まるで甘えた猫を構うように、櫻宵の頬に掌を添えて人差し指で擽る。
逆の手で、櫻宵の注いでくれたグラスを摘んで一口啜り。
「いつも夜に飲んでいたけれど、桜を観ながらの花見酒もしたいわね」
しなだれ掛かった櫻宵が、頬に添えられたロキの掌に頬を擦り寄せながら呟き。
「うん、ソレも良いね。向こうの方には山桜も咲いてるみたいだけれど、まだ満開とは」「でも」
言葉を被せられたロキは一度だけ瞬きを。
グラスに唇を寄せたまま、櫻宵の顔を見下ろした。
白い鼻先をロキの褐色の首筋に寄せた桜龍は、艶っぽく薄紅色の視線を金色と交わして。
「――あまくておいしい赫がほしいわ」
首輪と顎先の間へと、甘く歯を立てると――。
頬へ添えられていたロキの掌が、櫻宵の鼻をきゅっと摘んだ。
「ここで齧るのはダーメ」
「……むー!」
「それよりさ、これ何だっけ?」
唸る櫻宵を軽く躱して、ロキは櫻宵の左肩に宿る蛇を指先でなぞる。
指の腹で擽るように、そうっと、そうっと。
「ん……っ、ひゃんっ!?」
くすぐったさに肩を跳ねた櫻宵が、ふるる、とかぶりを振って。
「それは、私のなかにいる八岐大蛇の証――、平たく言ってしまえば、呪の一種よ」
可愛いでしょう、と笑む櫻宵。
「ふうん、確かに。……八岐大蛇かぁ、なるほどね」
ロキは未だ指先で蛇をなぞりながら、その頭の数を数える。
ひい、ふう、みい。よ、いつ、む、な、や。
肩を幾度も擽ったさに、櫻宵がその背を撓らせて肩を竦め。
「ふふ。湯に浮かぶ呪印は、何ともそそるねえ」
その様子にロキは、ほんとうにおかしいと言った様子で唇を笑みに歪めた。
「もう! ロキったら。あなたこそ、この邪魔な首枷は何? 噛みにくくて邪魔だわ!」
瞳を細めた櫻宵が、反撃と言わんばかりにロキの首輪より伸びる鎖を引いて。
「あはは、この首輪は外れないんだよねぇ」
「えっ、何故かしら?」
「んー、なんでか聞きたい? それならさ、宵ちゃんのとっておきの秘密を教えてくれたら良いよ」
なんてね、と。
首に繋がれた鎖を引かれながらも気にした様子も無く、ロキは揶揄るよう言葉を紡ぎ。
空いてしまったグラスに手酌で酒を注ぐ。
その酒を横から奪った櫻宵が、くっと飲み干して吐息を吐いた。
「……秘密――、秘密ね。全く、強慾な神様なこと」
たっぷりと酒精の籠もった息。
つうとロキの首筋に指先を這わせた櫻宵は、唇へと妖艶に笑みを宿して。
「ねえ、あなたは何がほしいのかしら?」
「ふうん、欲しいものはなんだと思う? ――言えば君はくれるのかなぁ」
ロキがオウム返しに紡いだ言葉。
長い睫毛を揺らして、薄紅の視線が揺れる。
「……望むならあげたって、良いわ」
擽ったそうに笑ったロキは、肩を竦めて笑って。
櫻宵が飲み干してしまったグラスに、もう一度酒を注いだ。
どうせ朝になる頃には、この言葉も櫻宵は忘れてしまうだろうから。
「そりゃいいねえ」
戯言、睦言、譫言。
夜はまだまだ、明ける事は無い。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
佐那・千之助
クロト(f00472)の風呂はどうせ烏の行水じゃろ?
そなたに温泉の悦びを知って頂こう!
何故男同士でタオル…えっ内側に武器でも仕込んで…?
ところで根本的な疑問じゃが湯に漬かったことは?
いやすまぬ、つい…
(でも赤子のお風呂デビューを見守る親みたいな心
強引すぎたかな、慣れなさ過ぎて困ってないかな、と躊躇いがちに
…どう、かの?こんな休息は、苦手…じゃない?
彼の幸せをひとつでも増やせたら…なんて勝手な願いは胸に秘め
私の我儘に付き合ってくれてありがとう
景色も隣も良い眺め、と淡く笑む
そなた簪が似合うな
温泉で酒を呑むのが良いらしい
私もしたこと無いからこの機会に(くい
あっ、やば
舐める程度にしておこ…
こ、こらっっ
クロト・ラトキエ
千之助(f00454)に誘われた先は、
魅惑の露天付個室でした…。
この子、僕を甘やかす気満々では?
あ、お気遣いなく。僕は後程…
等と辞してみるも。
…烏の行水。ハイ。バレてる。
髪は簪で上げ。タオルだけは堅持して。
(兵的に身一つは心許ないという事で!)
入った事くらいありますよ!と
…ほぼ仕事上で、とは伏せ一応ツッコミ。
解ってないなぁ、なんて。少し笑ってしまう。
君が僕を思って、見せてくれる景色。
我儘なんて言いながら教えてくれる経験。
全て、幸福以外の何物でもない、と
…表情に全部、出てしまっている気がするのですが。
風呂で酒は、より回るのでは…と思うも。
すすすと寄って。さ、も一献♪と。
ワク故の悪戯心、ご容赦を☆
●しあわせ
格子戸を開けば、少し広めの玄関。
手前に見える障子を開くと、い草のにおいがする和室に広縁が見える。
障子を開けずに、横の廊下の奥を覗き込めばトイレに洗面所。
そして――。
扉を開くと春の風と湯の泡の香りが、室内へと飛び込んできた。
「おや、こちらは露天温泉に繋がっているのですね」
個室に専用の温泉がついているなんて、実に贅沢な作りの部屋を選んだものだ。
湯気の立ち上る石造りの温泉を見やったクロト・ラトキエ(TTX・f00472)が、確認したしもう良いですよね、な表情でスッと扉を閉じようとすると。
その手を押し留めたのは、佐那・千之助(火輪・f00454)であった。
「折角じゃからの、今日はそなたに温泉の悦びを知って頂こうと思っていての」
赤い太陽のような長い髪が、風に靡いている。
目線を宙に泳がせたクロトが、小さく頷いて。
「成程、お気遣いありがとうございます。それでは、僕は後ほどに……」
「いいや、待て待て。クロトはどうせ、一人ではいると烏の行水しかせんじゃろ?」
あっ、バレてる。
目線が更に何処かに泳いでいくクロト。
「今日はそなたに温泉の悦びを知って頂こう!」
「……ハイ」
二度目の千之助の宣言。
これは頷くまで同じセリフしか聞けないタイプの強制イベントであるな、と悟ったクロトは渋々と返事するのであった。
そうと決まれば、さっさと服を脱ぎだす千之助。
渋々と簪で髪を纏めて、タオルを装備するクロト。
「……?」
その姿に千之助は瞬きを1つ、2つ。
「……えっ、内側に武器でも仕込んでおるのか?」
「違いますよ、……何となく心許ないでしょう?」
クロトの根本には、何処までも傭兵が染み付いている。
例えば今、襲撃をされたとして。
全裸で逃げるよりは、タオルが一枚でもあった方が絶対に良いだろう。
水を含んだタオルは鋭く振り回せば、敵を倒すことは敵わずとも怯ませる事くらいは出来るかもしれない。
目を覆えば目を潰すことも、鼻と口を覆えば呼気を奪う事も出来る。
千之助はただ肩を一度竦めて。
「そうか……。ところで根本的な疑問があるのじゃが、湯に浸かったことは?」
「そ、そこまで疑って……!? は、入った事くらいありますよ!」
ほぼ仕事上で、とは言わないクロト。仕事上でなら、湯に浸かったことくらいある。本当ですよ。
「す、すまぬ。つい……」
そんなクロトの勢いに、頭を掻いた千之助は苦笑を浮かべて。
それでも、クロトがお湯で足を滑らせないか、のぼせないか。はたまた湯に沈んでしまわないか、なんだかじわじわ心配になってきてしまう。
心境はまるで、赤ちゃんのお風呂デビューを見守るお父さん。
それでも風呂に行かぬ訳にも行かない。
扉を改めて開くと衣服を纏わぬ身体に絡みつく、春先の少し肌寒い風。
まずはかけ湯をして身体をささっと洗ったら、温泉でじっくり温まってしまおう。
肩までしっかりと湯に浸かれば、千之助にとっては風が冷たいからこそより心地良く感じる。
しかしそれが、クロトにとってどうかは解らない。
クロトの幸せを、ひとつでも増やしたい。
千之助は千之助自身が温泉を好きだからこそ、クロトにも好きになって貰いたい。
「……どう、かの? こんな休息は、苦手……じゃない、か?」
しかし、割と強引に声を掛けた自覚はあった。
そのような想いは全て千之助の自己満足で、自分勝手な思いである事も知っている。
だからこそ、問う言葉は戸惑いがちで。
「……私の我儘に付き合ってくれて、ありがとう」
なんて、不安げな言葉まで付け足してしまう。
そんな千之助の様子に、クロトは肩を竦めて。
小さく、小さく、笑った。
ああ、彼は解っていない。
「苦手じゃないですよ」
解っていないのだ。
「……君が僕を思って見せてくれる景色も、我儘なんて言いながら教えてくれる経験も。幸福以外の何物でもないのですから」
千之助がクロトの事を思って、温泉に入ろうと言ってくれた事。
肩を並べて一緒に入る湯。
――嫌な訳が無いだろう。
「そうか。……うむ、景色も隣も良い眺めだ」
クロトの返事に安心したように、千之助は笑って。
「……そなた、簪が似合うな」
緊張していたのだろう、今更気がついたようにほつり、と言葉を紡いだ。
「そう、ですか?」
そこまで彼が緊張していた事、気遣ってくれていたことを悟ったからこそ。
クロトは擽ったそうに、花が綻ぶように笑って応え。
そして最初から気になっていた、風呂の縁に置かれた日本酒の瓶へと手を伸ばした。
「……ところで、コレは?」
「ああ、それはの。温泉で酒を呑むのが良いらしいときいたゆえな」
「……へえ?」
瞬きを1つ、2つ。
クロトは千之助が決して酒に強くない事は知っている。
しかも身体を暖めて血行が良くなった状態で酒を飲んだりすれば、より酔いは回るであろう。
クロトは一転、悪戯げな笑みに唇を歪めて。
「ではでは、まずは一献♪」
「うむ?」
クロトが2つの盃に酒を注ぎ、まずは自らが飲んで見せる。
誘われたように盃を傾けた千之助は、目を丸くした。
「うむ、うむ!?」
あっ、これは回る。まずい。
気づかない振りでクロトはもう一杯酒を注ぎ。
「ささ、もう一献」
クロトは酒に対して完全に『ワク』であるが故に、自分がこの場でいくら飲んでも酔わないであろう、と踏んでいた。
しかし、彼は――。
「こ、こらっっ!」
完全に彼が揶揄う体勢に入っている事に気づいた千之助が慌てて嗜めるも、既にその頬は赤く赤く染まりだしていた。
それは湯にのぼせたのか、酒に酔ったのか、または――。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ユルグ・オルド
やーや、良いネ、極楽だわ
露天風呂に酒ときて
もうなんも云うことない
盃片手に遠く眺めて
ああこの後何食おうかなァ
なンて、どうでもイイこと考えてられんの
この世の束の間の至福を煮詰めたような
温まってくる温度に、アア、でも、
あがんのもめんどくさくなってくる
このままほろ酔い気分で眠ったら気持ちイイだろうな
いや、さすがに風呂では不味いかな
こういう娯楽施設がタダならUDC職員に是非なりたいわ
まあそもそも定職もないんだけどさァ……
管巻いて呷るもう一献、
んふふ、そう、この世にヤなことなんて何もないて気分
このまま浸かってりゃ腑抜けちゃいそ
――ッて解っちゃいるんだけども、あと少し
●極楽
温泉より立ち上る湯気が、薄幕のように空を覆っては溶け消えて。
青白い月がユルグ・オルド(シャシュカ・f09129)を見下ろしている。
ユルグもまた、月を見下ろしている。
盃が揺れると、満たされた酒に映った月もゆらゆらと揺れて。
揺れる月ごとユルグは一気に酒を呑み干した。
「やーや、良いネ、極楽だわァ」
個室に備えられた露天温泉であれば、酒を呑みながら風呂に入ったって咎める者は誰も居ない。
ユルグはその唇に絶えることなき笑みを宿したまま、再び盃に酒を満たして。
この後は何を食おうかなァ。
酒と湯で随分と温まっているだろうし、冷たい物も良いかもしんないな。
アア、でも、あがんのもめんどくさくなってきたなァ……。
ぬくい、ひやされる、ぬくい、のむ、うまい、ぬくい、ひやされる、きもちいい。
この世にある束の間の至福をぐるぐると掻き回して煮詰めたような、心地の良い時間。
露天温泉特有の、湯に浸かっている部分は温かく、湯より出ている部分は風が冷やしてくれる心地よい感覚。
このままだと本当に永久に入っていられそうだ。
このほろよい気分で眠ってしまったら、本当に気持ちイイだろうな。
――いや、流石に風呂で寝ると不味いかな。
でも、気持ちイイだろうなァー。
ぐだぐだとループする思考。
風呂の縁に頬杖を付いて、ユルグは逆の手で盃をゆらゆらと揺らす。
盃に映った月が、ぐるぐると渦に飲み込まれた。
――こういう娯楽施設がタダならば、UDC職員になってしまう事も吝かでは無い、なんて。
「まー、そもそも定職もないんだけどさァ……」
へら、と笑って更に盃を開けてしまえば、最後の一滴まで喉へと流し込んで。
どうでも良い事を考えられる心地よさ。
「んーふふ、この世にヤなことなんて何も無ェのかも」
そんな事は無い事も知っているけれど、今はそんな気分なのだ。
心地よさ、程よい眠気、温かい湯。
このまま湯に浸かっていると、きっとユルグは腑抜けきってしまうだろう。
解っている。
解っちゃあいるけれど。
「……んー、もう少しダケ」
今はもう少し、もう少しだけ。
この怠惰にも心地よい極楽を楽しんでいたいもので。
大成功
🔵🔵🔵
筧・清史郎
【白】個室露天で晩酌
景観眺めのんびり湯に浸かれるとは、とても良いな
ああ、酒と勿論食も共に楽しもう、菊里(共に笑み
まぁ相変わらず白な俺とで申し訳ないが、背中でも流そうか伊織?(こけし絵のスポンジ手に
あひるさんとぴよこも愛らしい
桶の湯船に浸かるポポ丸もご機嫌で何より(毛が濡れ貧相になっているが満足気なひよこ
酒を酌み交わすのも良いな、お酌しよう
晩餐もまた楽しみだ
確かに、特に甘味は別腹だな(微笑み
瓶飲料は苺牛乳やフルーツ牛乳が好みだ(甘党
射的…ぬいぐるみさん…是非お友達を迎えに行こう(そわ
菊里のおやつも仕留めねばだな
伊織の射的の腕にも期待している
こうやって楽しく美味しく過ごす時間、何とも贅沢で至福だな
呉羽・伊織
【白】個室露天で晩酌
目の保養…はこの景勝で良しとしてっ(泣いてないヨ)
清史郎は今日もアリガト…って何ソレ!
(白一色に遠い目もとい景色見渡したり
桶の中であひる玩具と眠るぴよこや
満足気なポポ丸に和みつつ逃避し)
しかし平和な温泉って最高だな~
色んな冷えや疲れも吹き飛…(こけし&過る記憶から目を背け)…よし晩酌なっ
いや寧ろ晩餐みたいだケド!
相変わらず別腹どーなってんの
(戦きつつも笑って酌み交わし)
湯上がりは甘いのでまた乾杯だな、こりゃ!
そーいや射的も見掛けたし、腹ごなしに遊ぶのも良いな
景品は清史郎や雛達が好きそーなもふもふから菓子まで揃ってたし――頑張るしかないなもう!
何とも贅沢三昧な保養になりそーだ
千家・菊里
【白】個室露天で晩酌
見事な景観でお酒もご飯も進みそうですね、清史郎さん
(伊織は何も進歩なくて残念ですねぇと生暖かく流し)
雛桶も素晴らしい癒しで――今宵は色々冷える心配もなく温まれて何よりですよ
あ、涙拭きます?(こけし柄手拭いを伊織へ)
では保養の友を
(いつの間にか酒や肴が乗る桶を浮かべて御酌し)
おや晩餐は別腹ですよ
山海の幸に甘味まで、目一杯腹一杯堪能しなくては(清史郎さんに頷き)
湯上がりといえば此処では瓶飲料も醍醐味とか――ふふ、これも味わい尽くさねばなりませんね
射的は是非またもふいお友達を増やしましょう
そしておやつも射止めましょう(きり)
食べるも飲むも寛ぐも遊ぶもよし
まだまだ楽しみが一杯ですね
●たのしくて、おいしいじかんを
遠く木々の立ち並ぶ山々の光景には、山桜がぽつりぽつりと灯火のように。
見下ろす形で臨む事の出来る庭園には、春の花が咲き誇っている。
薄靄のように揺れる湯気。
客室に備えられた露天風呂では、男が三人並んで湯に浸かっていた。
「このような景観を眺めながら、貸し切りでのんびりと湯に浸かれるとは、とても贅沢で良いな」
長い髪をまとめ上げた筧・清史郎(ヤドリガミの剣豪・f00502)が、ゆるりと笑んで。
「ええ、見事な景観でお酒もご飯も進みそうですねぇ」
こっくり頷いた褐色に黒の毛並みの狐。千家・菊里(隠逸花・f02716)は長い髪を納める形でタオルを頭に。狐耳だけぴょっこり隙間から飛び出している。
「ああ。酒と勿論食も共に楽しもう、菊里」
「はい、今宵は色々冷える心配もなく温まれて何よりですよ」
和やかに清史郎と菊里が言葉を交わす横、ぷるぷると震える男。
「……目の保養、は、この景観で良しとして……っ」
同じく髪をまとめ上げた呉羽・伊織(翳・f03578)は、左右に首を振る。
そう。
折角の貸し切り個室露天風呂だというのに、肩を並べているのは男三人。
むさ苦しくも男が三人。
目の保養も何もあったものじゃないけれど、まあ景観は綺麗だモンな、なんて伊織は恨み節。
しかし伊織がこういう感じなのは、平常運転。
だからこそ周りだって、慣れきった対応だ。
「あ、涙拭きます?」
菊里は生優しい視線でこけし柄の手ぬぐいを差し出し。
「ああ。相変わらず白な俺で申し訳ないが、背中でも流そうか?」
清史郎がこけし絵のスポンジをさっと取り出した。
「背中を流してくれるのはありがたいけど泣いてねーし! 何ソレ!? 何処でそんなの買うの!? 売ってんの!?」
泣く伊織も黙るこけし柄。
そんな彼等の前を流れる桶の中には、浅く張られた湯の中に二匹のひよこと玩具のアヒルが収まり。
どやっと胸をはっていたり、アヒルの上で寝ていたり。
くるくる回って移動して行く雛桶の存在も、きっと目の保養と伊織の心の安定には役立っているのであろう。
たぶん。
「しかし平和な温泉って最高だな~、冷えも疲れも吹き飛びそうだな」
一通りじゃれ合いをすませれば、伊織は細く細く息を吐いて。
横を見れば、こけしスポンジとこけし手ぬぐい。
――温泉、こけし。
伊織は自主的に封印を施したはずの記憶が遠くから呼び覚まされようとしている気配を感じて、掻き消すようにざぶんと水面を軽く叩いた。
「……よし晩酌をしよう!」
せっかくの個室風呂なのだから、酒を呑まないなんて損である。
いいや、むしろ。
酒を呑んで忘れたいことだって男にはあるものなのだ。
伊織さんの周り、どうしてそんなにこけし推しなんですか?
「うむ、酒を酌み交わすのもまた良いな。是非お酌をしよう」
「あ、そのような事もあろうかと、保養の友を用意しておきましたよ」
提案にこっくりと頷いて、微笑んだ清史郎。
言いながら菊里がささっと引っ張り出してきたのは、酒瓶と盃。そして酒の肴を乗せた桶であった。
それらの桶はひよこを乗せた桶と共に、ぷかぷかと水面に浮かべられ。
ひよこたちは新たに現れた船を、アヒルの背に乗って興味深げに覗き込んでいた。
――なんたってその肴を乗せた桶の数が、身動きが取りづらい程だったもので。
「いや、寧ろ晩餐みたいだケド!?」
伊織は桶をひっくり返さぬ為にも身動きが殆どとれず、とりあえず食い気味に声をあげた。
大飯食らいの食道楽。菊里の保養の友達はちょっと多すぎる。
「おや。晩餐は別腹ですよ」
「そうだな、晩餐もまた楽しみだ」
何を言っているのかな、と言った表情。
清史郎の注いでくれる酒を盃で受け止める菊里に、清史郎はニコニコ頷き。
「ええ、まったく。山海の幸に甘味まで。目一杯腹一杯堪能しなくては、晩餐とは言えぬでしょう」
「確かに、特に甘味は別腹だな」
菊里がしみじみと呟くと、更にうんうんと清史郎が更に同意を重ねるものだから。
「相変わらず別腹どーなってんの
……!?」
やだ、ここ食べ物について正常な判断ができる人が少なすぎる。
渡された盃を受け取りながらも、伊織は慄くばかり。
しかし、まずは乾杯。一献傾け。
「そう言えば、湯上がりといえば此処では瓶飲料も醍醐味と聞きます。――ふふ、これも味わい尽くさねばなりませんね?」
鼻腔を抜ける、酒の甘い香り。
そうして盃から顔を上げた菊里は、小さく笑った。
「おお、瓶飲料は苺牛乳やフルーツ牛乳が好みだ」
「そりゃ、また乾杯だな!」
清史郎と伊織としても、醍醐味と聞いては飲まぬ訳には行かぬ。
それに温まった身体に冷えた飲み物を流し込むのは、想像するだけでいかにも旨そうに感じる。
大量の酒の肴をちびちび抓みながら。
和やかに重ねる言葉。
湯に浸かりながら、酒を酌み交わす贅沢。
そこに。
ふ、と伊織は思い出したよう。
「そーいや射的も見掛けたし、腹ごなしに遊ぶのも良いなー。景品は清史郎や雛達が好きそーなもふもふから菓子まで揃ってた気がするし……」
「……もふ。……ああ、是非お友達を迎えに行こう」
もふもふ、という言葉に素早く反応した清史郎は、掌をぎゅっと握りしめて、開いて。
使命感に似た感情をその瞳に宿す。
「いいですね。そしておやつも射止めましょう」
先程からめちゃくちゃ食べているのに、まだ食べる気まんまんの菊里。
「そりゃあもう、頑張るしかないな!」
盃を傾けて、伊織は悪戯げに笑った。
食べて、呑んで、温まって、食べて、食べて、もふもふして、遊んで。
ぴよ、とひよこが一声鳴いた。
まだまだお楽しみの時間はこれから。
きっとこの保養は楽しくて、贅沢な至福の時間となるのであろう。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
九琉・りんね
【団地】
揺歌語さんと。奢ってくれるというので。
ちょっとぐらい甘えても……いいよね?
正直、私には払えないし……
はふ。すごい、すごかったです。なんだかこう、いい温泉でした。
気持ち良かった〜〜……
わ、ご飯、すごい、これ、ええ?こんなに出るんですか!?
あ、私、これ好きです!この魚の!
あっ、こっちはその、あの、別に好き嫌いとかじゃ……なくてですね?あの、えと。
……うう、はい……ありがとうございます………
あっ、あの、揺歌語さん。
その……もう一つ……甘えても、いい、ですか?
(女湯の通り道にあったゲームコーナー。そこにある小さめのうさちゃん人形が、頭から離れなくて)
揺歌語・なびき
【団地】
一人じゃ寂しいって言ったら
りんねちゃんがついてきてくれてほくほく
たくさん奢らなきゃね
あ、ただいまぁ!ごめんね、おれ長風呂で
でもお湯よかったねぇ(ほわ
ほこほこで、きっと健康になるよぉ
うんうん、温泉と言ったら豪華なお料理だよねぇ
お魚すきなんだ?
いいよいいよ、おれのも食べて
あ、この炊き込みご飯も美味しいよ
天ぷらもサクサクだ
…(じ
ふふ、おれね、それすきなんだ
よかったら分けてくれる?
わぁ、ありがとぉ!
控えめでもお願いされると
つい甘やかしたくなる
うちの子は良くも悪くも
我儘は言わないからなぁ
ん?なあに?
わ、わ、かわいい!
あれ欲しいよね、わかる
だっておれも欲しいもん!
よし…がんばろっか(小銭じゃらり
●あまえても、いいですか
「ただいまぁー」
障子を開けば、い草の香り。
自由に呑んで良いと中居さんに聞いた緑茶を、急須より湯呑に移していた九琉・りんね(おてんばまりおねっと・f00448)は、揺歌語・なびき(春怨・f02050)の声に振り向いて。
「あ、揺歌語さんおかえりなさい」
「ごめんね、おれ長風呂で。待ったでしょ、ご飯用意してもらえるように声かけてきたからねぇ」
「そ、そんな、大丈夫でした」
ふるふるとなびきの言葉に首を左右に振るりんね。
――元々は一人じゃ寂しいし、付いてきてくれるならば奢るから、と。
自らの住む団地でなびきが声を掛けた所、りんねが付いてきてくれると言ったのだ。
だからこそりんねには、奢ってもらうという引け目がちょっとだけある。
なびきからすれば付いてきてくれた事がなにより嬉しくて、そんな事気にしなくても良いと思っているのだけれども――。
「そうそう、温泉のお湯、ほんとよかったねぇ。ほこほこで、きっと健康になるよぉ」
「は、はい。すごい、すごかったです。なんだかこう、いい温泉でした。美肌だってかいてありました!」
気持ち良かった~~……、なんて。
りんねがとろけそうな笑顔で言うものだから、なびきもほわっと花笑んで。
――失礼いたします。
そこにかかった、中居さんの声。
「は、はーいっ」
りんねが返事をすれば、慣れた手付きで仲居さんは夕食を机へと配膳しだし――。
「……えっ、わ、えっ!? す、すごい……こんなに出るんですか!?」
机の上を覆うほどに並んだ料理達に、りんねは黒曜色の目をまんまるにして驚いた。
なんだか髪の毛だって、彩度が上がっている気がする。
ぴかぴか、ちかちか。
宝石を並べたみたいな小鉢に、おいしそうなお刺身。
黄金色の天ぷらに、お肉に、茶碗蒸しに、お吸い物――。
豆とキノコがたっぷり入った炊き込みご飯も。
思わずお腹が鳴ってしまいそうなくらい、おいしいかおりが部屋に満ちて。
「うんうん、温泉と言ったら豪華なお料理だよねぇ」
二人が向かい合わせに座れば、りんねが用意してくれたお茶も置いて。
いただきます。
きれいな色に炊かれたお魚の煮物。
箸を差し込むとほろりと骨から外れて、りんねはひとくちぱくり。
「わあ、わあ、私、これ好きです! この魚の! すっごい美味しい!」
「お魚すきなんだ? なら。いいよいいよ、おれのも食べて」
すっと差し出されたなびきの煮魚。
りんねは目を丸くして、なびきを見上げて。
「えっ、い、いいのです、か?」
勿論、と頷くなびき。
茶碗を手に、なんでも無い様子でご飯を一口。
「いいよいいよ。あ、この炊き込みご飯も美味しいねぇ。天ぷらもサクサクだ」
「あ、ありがとうございます
……、……うん、美味しい……!」
ほわーっと微笑むなびきの様子に、おずとおずと皿を受け取って食べるりんね。
美味しいものを食べたら、りんねだってまた笑顔になってしまう。
次はこっちの緑色の小鉢を一口。
「……!?」
目を丸くするりんね。なんだかねっとりしていて、苦い。
神妙な顔で小鉢を見て――。
顔を上げると、ぱちり、とひびきと目があってしまった。
「あっ、こ、その、違います、別に好き嫌いとかじゃ……なくてですね?」
「……ふふ、ねえ、りんねちゃん。おれね、それすきなんだ。さっきの煮魚をあげたから、それを分けてもらえると嬉しいなぁ」
「え、……あ、っ、うう、……はい。……ありがとうございます……」
「わぁ、ありがとぉ!」
りんねの控えめな、控えめなお願いや欲しい物を感じてしまう度。
ついついなびきは甘やかしたくなってしまうのだ。
共に暮らす羅刹の少女――うちの子は良くも悪くも我儘は言わないもので。
叶える事は、すこしばかり嬉しいものだ。
あと普段まあまあ雑に扱われているので、丁寧に接されるのも新鮮で嬉しい。
「あ、あの………あの、揺歌語さん」
「ん? なあに?」
なびきは奢ってくれる、と言った。甘やかしてくれているのも解る。
だからこそ、だからこそ。
「その……もう一つ……甘えても、いい、ですか?」
りんねは、もう一つだけお願いしたいことが、あった。
「あの……」
――風呂の通り道にあった、ゲームコーナー。
キャッチャーの一つの中に居た、小さめのうさちゃん人形。
「わ、わ、かわいい! あれ欲しいよね、わかる! だっておれも欲しいもん!」
「そ、そうですよね、かわいい、かわいいですよね~~!!」
「じゃあ、よし……がんばろっか」
「……お願い、します!」
狙うは、うさちゃん。
崩した小銭はを握りしめ。
――なびきとりんねは、いくさ場へと向かい行く。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ジン・エラー
【六抜け】
あっっれェ~~~~オイオイオ~~~イ
フォーリーじゃァ~~ねェ~~~~の
独り寂しく露天風呂か~ァ?聖者サマが付き添ってもいいンだぜェ~~~
ブビャヒハハ!!そォ~~~~~ンなヤな顔すンなって!!!
別に変なこたァ企ンでねェ~~~よォ~~~~!!!
じゃ~~~ァ賭けでもするかよフォーリー
『どっちがサウナの熱さに耐えられるでショウ』
サイコーに面白そうだろ?
負けたらこの後のメシ代奢りな。
お互い馬鹿やって、お互いぶっ倒れて、
あァ~~~たまにゃァいつもと違う旅館、違う景色で呑む酒もい~~いもンだァ
そンじゃ、乾杯。
フォーリー・セビキウス
【六抜け】
…偶には一人静かに風呂で一杯やるのも悪くないな。
夜風にさざめく木々、降り注ぐ月光を肴に呑む酒も旨い…と思っていたんだがな。
無粋な声がすると思えば、無駄に楽しそうだなお前は。
恩を仇で返すって言葉、知ってるか?
…フッ、だがまぁ、良いだろう。オレに賭けを挑むとは、面白い。
馬鹿め、良いカモにさせて貰うぞ。
………んぁ?……どっちが勝った?クソ、意識が…。
…同感だ。あそこじゃこんな事は出来ないからな…クッ、ハハ。
馬鹿げた夜に。乾杯。今宵は羽を伸ばすとしようじゃないか。
…ところで、相手が女将じゃなくていいのか?後で知ったら嫉妬しそうなんだが。
対処は任せた。私は知らんからな。
●おきゃくさま、こまります
湯の泡のかおりする湯気。
遠くみえる山桜、夜風に木々がさざめいて。
ぽっかりと浮かぶ青白い月だけが、露天風呂に浸かるフォーリー・セビキウス(過日に哭く・f02471)を見下ろしていた。
――筈であった。
「あっっれェ~~~~オイオイオ~~~イ、そっこにいるのはフォーリーじゃァ~~ねェ~~~~の~~~??」
楽しそうに跳ねる声。
フォーリーにとって聞き覚えのある、耳障りで無粋な声。
「独り寂しく露天風呂か~~ァ? 聖者サマが付き添ってもいいンだぜェ~~~」
「……何でそんなに無駄に楽しげに煩ェんだ、お前は」
赤銅色の肌に、青い髪。
そしてアレだけ煩い男を、フォーリーは一人しか知らない。
ぺったらぺったら歩いてきたジン・エラー(我済和泥・f08098)に向かって肩を竦めたフォーリー。
「誰かと居るのにも飽いただけだ、部屋に帰って寝ていいぞ」
「ブビャヒハハ!! そォ~~~~~ンなヤな顔すンなって!!! こんな場所で会えた事、奇遇だとは思わねェ~~~のか??? 別に変なこたァ企ンでねェ~~~よォ~~~~!!!
」
「……お前、恩を仇で返すって言葉知ってるか?」
静かに過ごす事ができなくなった事をしっかりとその鼓膜に刻んだフォーリーは、肩を竦め。
お、と首を傾いだジンはその裸を恥じることの無い様子で、フォーリーの目前へとしゃがみ込むとその鼻先に指を突きつけた。
「知ってる知ってるゥ。じゃ~~~ァ、賭けでもするかよフォーリー? 『どっちがサウナの熱さに耐えられるでショウ』なァ~~~~~ンてのはどうだ? サイコーに面白そうだろ?」
「……フッ、だがまぁ、良いだろう。オレに賭けを挑むとは、面白い」
ざばり、と立ち上がったフォーリーは露天風呂から出る。
「オッ、ノリが良いねェ~~~、負けたらこの後のメシ代奢りってのでどうだ?」
「馬鹿め、良いカモにさせて貰うぞ」
ぺったらぺったら。
滲む足跡を残して、二人の向かう先は高温サウナだ。
――数十分後。
茹で蛸のような色になったフォーリーと、赤銅色の赤みが増したジンは休憩コーナーに転がされていた。
「……ん、ぁ……? ……クソ、意識が……、どっちが、勝った?」
「ブヒャ、ブア……、ゲホッ……。わっかんねェ~~~、な」
互いに意識を失って倒れたようで。
猟兵だか、UDC組織の職員だかが助けた後に。
そうして後はバカをやったのが猟兵なら転がしておけば良いと判断されたようであった。
「あァ~~~、たまにゃァいつもと違う旅館、違う景色で呑む酒もい~~いもンだなァ」
「……同感だ。あそこじゃこんな事は出来ないからな……クッ、ハハ」
ジンの言葉に、フォーリーは苦笑に似た笑みを重ねて。
「ンジャ、飲み直しに行くかァ~~~」
「ああ、馬鹿げた夜に乾杯と行こう」
今宵は羽根を伸ばすとしよう、と。
フォーリーは歩き出したジンの横を歩みだし――。
はた、と思い出したようにジンの顔を見下ろして首を傾いだ。
「……ところで、相手が女将じゃなくていいのか?」
「ア?」
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
杜鬼・クロウ
【蜜約】
名呼ばず
時折意味深
羅刹女誘う
アルダワ戦争も終結
また温泉?と思ったか
…今度は゛ごっこ゛じゃねェから(真顔から笑みへ
戦い続きで疲れたし癒してくれや(冗談半分
温泉後
美味な酒と料理に舌鼓
佇まいが様についてンなァ
流石宿の女将
あーんされたら一瞬驚くが
女の手を掴み引き寄せ余裕でぱくり
ンまい
じゃァ俺も
あーん返し
すると思いきや自分で食べ
ニヤニヤ顔で弄る
食べたかったのかよバーカ
お前って首以外に好物は?
なら俺の苺ヤるよ(皿へ
肉ねェ…
俺が顔色なんざ窺うかよ
そういや羅刹女を最近夢で見たわ
バレンタインの時(淫靡な…ナースの格好
ああいう格好も嫌いじゃねェが(湿気ある髪触れ
飾らないお前にも
惹かれる(何故?何処に?不明
千桜・エリシャ
【蜜約】
――!またそういうことを!
ま、まあ労うくらいはして差し上げますわ
温泉後
浴衣を着てお料理をいただきましょう
そりゃあ仕事で慣れていますから
それに癒やしてくれと仰ったのはあなたよ?
ふふ、お酌しますわ
うん、これ美味しいですわ
クロウさんもいかが?
あーん…って、ちょっと?
むぅ…
じゃあいただこうかしら
あーん…って、もう!
してやられて頬が更に膨らむ
好物ですの?
お肉と苺かしら
あら、他意はなくてよ?どんなお肉も好きですけれども
…これで機嫌をとったつもりかしら?
いただきますけれども
あなたの夢にもお邪魔してしまったかしら?なんて
そう…幸せな悪夢を見れたようですわね
私からのバレンタイン
気に入っていただけました?
●蜜約
麓の漁港から毎日運ばれてくるという魚や貝のお刺身。
薬膳を取り入れたという小鉢が沢山立ち並び。
春の山菜やお野菜をきれいな稲穂色の衣が包んでいる。
魚のアラを出汁に使ったというお吸い物に、茶碗蒸し。
器にも、盛り付けにも、目にも美しく、楽しくなるようにと。
心遣いの感じられる沢山の料理たち。
「なァ、また温泉、と思ったか?」
薄紅色に染まる湯上がりの肌を浴衣で覆った杜鬼・クロウ(風雲児・f04599)は、相違う瞳で桜色の瞳を射止めるように。
「……安心しろよ、今度は“ごっこ”じゃねェから。戦い続きで疲れたし癒してくれや」
そうして揶揄るように笑って、肩を竦めた。
「――! またそういう事を……! 全く、……労るくらいはして差し上げますけれど」
一瞬言葉を詰まらせたように息を呑んだ千桜・エリシャ(春宵・f02565)は、小さくかぶりを振り。
い草の香りがする客室。
座椅子に座る二人は、机の上に綺麗に並んだ食事を囲んでいた。
クロウが杯を傾ければ、慣れた手付きで酒を注ぐエリシャ。
「しかし、佇まいが様についてンなァ」
「そりゃあ仕事で慣れていますから。――それに癒やしてくれと仰ったのはあなたよ?」
エリシャは桜源郷と呼ばれる温泉街にてある旅館を譲り受け、女将として働いている。
酌等は普段より行っているものだから、それは手慣れた手付きで。
勿論、今日は仕事では無いのでご飯だって摘むのだけれども。
魚の煮付けを一口頬張り、小さくエリシャは頷いて。
「うん、これ美味しいですわ。クロウさんもいかが?」
そうして箸の先には煮魚を。
はい、あーん。
「……」
「って、ちょっと……?」
彼女の動きに少しだけ瞳を見開いたクロウは、その細い手首を掴んで引き寄せ魚をぱくり。
「ンまい」
「むぅ……」
「じゃァ、俺も」
と、クロウが刺し身を箸で摘んでエリシャへと差し出せば。
「では、いただこうかしら」
エリシャが口を開いて、あーん。
その次の瞬間。すっと引き返した箸は、クロウの口の中へと。
「うん、ンまい」
「……って、もうーっ!」
ぷう、と頬を膨らせて眉を寄せるエリシャ。
「食べたかったのかよ、バーカ」
揶揄り口調で、クロウはニヤニヤと笑って。
ぷりぷりとしながら食事をするエリシャを改めて見やった。
「そう言えば、お前って首以外に好物ってあンのか?」
「そうですわね……。お肉と、苺かしら?」
瞬きを一度、二度。
こてん、と首を傾いだエリシャは、朴葉の上で焼ける肉を頬張り。
「なら俺の苺ヤるよ、しっかし、……肉ねェ」
デザートの小鉢をエリシャの方へと押しやったクロウは、ぽつりと付け足し呟くよう。
きれいな器の中でぴかぴかと輝く赤い苺を見下ろしたエリシャは、先程とは逆方向に首を傾ぎ。
「あら、他意はなくてよ? どんなお肉も好きですけれども。それで……これで機嫌をとったつもりかしら?」
「ハ、俺が顔色なんざ窺うかよ」
先程の意地悪を忘れてはいないエリシャが、再び頬を膨らせて尋ねるとクロウは肩を竦める。
そうして。
「そういや最近、羅刹女を夢で見たわ。……バレンタインの時だったか」
炊き込みご飯を口に放り込んで、酒を呷ると思い出したかのように言葉を零した。
「あら、あなたの夢にもお邪魔してしまったかしら?」
桜色の瞳を笑みに細めて。
くす、と笑ったエリシャは、きっと複数人から同じような話を聞いていたのであろう。
「ああ、……ああいう格好も嫌いじゃねェが」
そうしてクロウは湯上がりの香りがする、エリシャの髪へと手を伸ばす。
――それでも、飾らないお前にも惹かれる。
……何処に? 何故?
エリシャは、小さくただ微笑むばかりで。
「そう……、幸せな悪夢を見れたようですわね」
私からのバレンタインプレゼントは、気に入っていただけました? なんて。
ゆうるりと髪を揺らした。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
フリル・インレアン
ふわぁ、温泉宿ですよ。
温泉宿、温泉楽しみですね。
あ、あれは卓球ですね。
アヒルさん、やってみますか?
ふえぇ、そんな器用にラケットを嘴に咥えてスマッシュとか打たないでくださいよ。
でも、私だっていつまでも負けっぱなしじゃないですよ。
クーナ・セラフィン
温泉…とてもえんじょいできるものとは聞いてるけども行った事ないしにゃー。
実際どんな感じなのかわくわく気分でれっつごー。
UDC…はまた後で、今は温泉タイム!
挑むのはごくフツーの露天風呂。
温泉と言えばこれが定番と聞くし、まずはここから。
しっかり身体を洗ってざぶーん…には小さいけども入ってゆっくりまったり。
これが極楽…?猫は水が苦手というけれども、その気が知れないにゃー。
温まってさっぱりしたらフルーツ牛乳頂いてから温泉定番のアレ、マッサージ機に挑戦!
…体型的に合わせるには苦労するけどあれこれ頑張っていざ実戦。
何か変な声出る気持ちよさにこれは…ずるい…とか温泉っぽい事全力で満喫!
※アドリブ絡み等お任せ
●楽しい夜
温泉。
温泉宿。
「ふわぁ、見て下さいアヒルさん。つきましたよ」
――とても楽しいところだと、思う。
アヒルさんをぎゅっと抱きしめたフリル・インレアン(大きな帽子の物語はまだ終わらない・f19557)は女湯ののれんの前で、自らのガジェット――アヒルさんに声をかけて。
温泉。
温泉宿。
「おおー、でっかいにゃー」
――とても楽しいところだとは、聞いたことがある。
ケットシーであるクーナ・セラフィン(雪華の騎士猫・f10280)は基本的には猫なので、毛繕いをすれば事足りる。
しかし湯が嫌いな訳ではけして無い。
騎士はルールを守るもの、かけ湯はしっかりと行った。
では、あとは実際に立ち向かうだけである。
肉球でぺったらぺったら湯に濡れた床を踏みしめたクーナは、露天風呂へと対峙して。
「……ふあぁ、温かいですー……」
肩までしっかり湯に浸かると、身体の疲れが全部湯に溶け出してゆくよう。
「……あ、アヒルさん、見て下さい。ネコさんですよ」
先に露天風呂に浸かっていたフリルは、ちいさなケットシーが湯へと飛び込む姿を見た。
クーナにとっては、人間サイズの露天風呂はプールのようなもの。
ねこかき、あしかき。
それこそ最初は少し、わたわたとしてしまったが――。
体の力を抜いて、頭と耳だけを水面に。
ぷかぷかと浮くクーナは、ほうと息を吐く。
「……これが極楽、ってやつかにゃー……」
クーナが横を見ると、ガジェットのアヒルさんもまたぷかぷかと水面で揺れて。
白い湯気に混じった、湯の泡の香り。
人も猫も、アヒルさんも。
温泉の温かさと心地よさは、きっと共有できるものなのであろう。
――温泉を上がってからも、お楽しみはあるもので。
風呂上がりの牛乳。
風呂上がりの扇風機。
風呂上がりの――。
「ん、にゃ、にゃ、にゃ、にゃ、にゃ、にゃ、にゃ」
マッサージ椅子に挟まったクーナが、もみ玉に挟まれて揺られていた。
マッサージというよりはもみくちゃにされているが、揺れていた。
「にゃ、にゃ、にゃ、にゃ、にゃ、にゃ」
なにこれ、なにこれ。ずるい。
マッサージ椅子って変な声が出る程度には気持ちが良いものだと、クーナは知ってしまったのだ。
揺れる、揺れる、猫が揺れる。
――風呂上がりといえば、浴衣で――。
「あ、アヒルさん。あれは卓球ですね。……やってみますか?」
浴衣姿でも帽子は忘れずに。
ぷかぷか浮くアヒルさんに導かれるように卓球台へと向かい合うフリル。
まずはラリーから、と、ピンポン玉を軽く打ち込むフリル。
まっすぐにアヒルさんを見やって――。
「負けませんよ、アヒルさ」
スコンッ!
「ふえぇ……、待ってください、今どうやってその嘴でスマッシュを打ったんですか?」
卓球台の角ギリギリを攻めて打ち込まれた玉は、フリルの立つ後ろの壁へと勢いよく弾き飛ばされて。
フリルはちょっと涙目になってしまう。
……でもでも。私だっていつまでも負けっぱなしじゃないですよ。
こん。打ち込む白玉。
「あ」
次の瞬間には、豪速球のスマッシュが返球されていた。
「ふえぇ……」
フリルは涙目。
――思い思いの温泉の過ごし方、思い思いの休養。
夜は、まだまだ、これから。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
花剣・耀子
養生よ。養生をします。
先月は色々あって忙しかったしおおよそ中破していたので、ちゃんと休まないといけないのよ。
そう、これは自己管理。メンテナンス。休むことも仕事というものなのだわ。
決して温泉に浮かれているわけではないの。
でも前日入りするわね。せっかくだもの。
温泉は夜に入って深夜に入って早朝に入って朝に入って昼に入るのが礼儀なのよ。
……浮かれてはいないわ。養生です。
ごはんのおいしいお宿は好きよ。
お山なら、山の幸をいただきましょう。
もう春だもの。山菜は出ているかしら。きのこも美味しい。
おにくがすきよ。おにく。
食べるか寝るか浸かるかしかしていない気がするわ。
もう此処に住んでいい? だめ? そう……。
●本日のお仕事は養生です
薬膳のバランスを考えられているという沢山の小鉢。
焼けた溶岩岩。朴葉の上でぱちぱちと音を立てるお肉。
山の幸、海の幸。
天ぷら、お刺身、塩焼き、煮物。
たくさんのごちそうと向かい合う花剣・耀子(Tempest・f12822)は真剣な表情だ。
浴衣姿だし、髪の毛は温泉に入りやすいように纏めたまま。
しかしこれは、養生。
戦争では出ずっぱりで、戦って、傷ついて、治って、戦って。
だから、今日は養生をしなければ行けない日なのだ。
耀子はこっくりと頷くと、美味しい炊き込みご飯を頬張る。
美味しい。
ほろりと苦味が口の中で優しく解ける山菜の天ぷらも。
さっくりぷりぷりの、きのこの天ぷらも。
ぱちぱちと音を立てるお味噌がいい匂いの、焼き立てのお肉も。
宝石みたいにきれいなお刺身も。
ここはご飯の美味しいお宿でよかった。
養生に本当に向いている。
前日の夜に訪れる事が出来てよかった。
なんたってここの宿は本当に養生に向いているもので。
良く噛んで耀子はお肉を飲み込む。
そう言えばしぼりたてのジュースもあると聞いた、後でまた買いに行かなければ行けない。
なんたってこれは養生だから、身体に良いものを食べて、よく休む事は大切な事である故に。
ちゃんと休むためにも、温泉は先程も入ってきたけれども。
夜に入って、深夜に入って、早朝に入って、朝に入って、昼にも入らねばならないのだ。
ハードスケジュールに見えるだろう。
これは自己管理、メンテナンス。
働きすぎた身体をよくよく解して、栄養をしっかりととって、ふかふかのお布団で眠ることもお仕事である。
それに、まだ全ての変わり風呂も楽しめていないし。
否、浮かれては居ない。
――耀子の名誉の為にも重ねて伝えさせて頂くが、これこそがお仕事、これこそが養生である。
マッサージやエステもあるそうだけれど、時間があれば試さねばならないだろう。
仕事であるからして。
まあ、でも、もう。
ココについてから食べるか寝るか浸かるかしかしていないけれど。
「……うん、おいしいわ」
もう、……ここに住んでも良いかしら?
良くない?
だめ?
……そう。
――ならば。
これからはより一層身を引き締めて、温泉に取り掛かる必要があるであろう。
肌だってすべすべしてきた気がするし。
重ねて報告させていただくが、これは、お仕事である。
ちゃんと耀子には、養生という仕事が課せられているだけなので、ある。
大成功
🔵🔵🔵
レイブル・クライツァ
…個室の露天風呂
万が一を考えると、ゆっくり個人で楽しむ方が良いのかしら?
遠慮しなくて済むのは助かるわ…
別に見た目は継ぎ目が無い、ほぼ人ではあるし
人らしくは出来るけれども、万が一の変色とか動作異常音で驚かせたりとかが、心配ではあるから
…それにしても、湯加減が絶妙で落ち着くわ
(落ち着いた頃に用意された食事が豪華過ぎて呆然)
ご飯が美味しいのは、例えその後が憂鬱でも
タダで美味しい目だけあっては駄目、と言い聞かせられるわよね?
えっと、レビューとか書けるのなら貢献したいなとは思うのよ。
退治することが報酬とするにしても、それとこれとは別な部分は有ると思うの
依頼の件を抜きにして、また来れる機会が有ったら、って
●★★★★★
レイブル・クライツァ(白と黒の螺旋・f04529)は、ミレナリィドール。
人形である。
製作者のこだわりにより限りなく人に近い彼女の身体には、継ぎ目は無い。
万が一。
変色や、動作異常音が起きたとしても、基本的には世界の加護によりそういうモノ、だと認識がされるだろう。
しかし、それを知っているからと言って。
落ち着いてエイブルが入浴できるかと言えば、別の話である。
UDC組織の保養地だけあって、人々に目立たない形で入浴できるように設置されているのであろう。
――多くの客室に備えられた個室露天風呂は、レイブルにとってもとても落ち着く施設であると言えた。
「それにしても……お湯加減が本当に絶妙だったわ」
ふかふかと湯の泡の香りがする湯気と、浴衣を纏ったレイブルはほう、と吐息を零して。
い草の香りのする客室の真ん中に用意された大きな机。
お風呂上がりの香りのする髪を揺らし、伝えた時間通りに用意してもらっていた食事の席へと腰掛けた。
「……?」
おかしい。
料理が豪華すぎる気がします。
宝石のようにきれいなお刺身達。
さくさくとしているであろう、きれいな黄金色の天ぷら。
焼き魚、茶碗蒸し、朴葉焼き、蟹グラタンに、たくさんの小鉢達がこちらへと立ち向かってくる兵隊の如く胸を張って並んでいる。
え、多くないかしら?
え、……豪華すぎないかしら?
「……まあ、味まで良いとは、」
ぱくり。
一口天ぷらをかじったレイブルは、ほう、ともう一度息を吐いた。
――ご飯が美味しいのは、例えその後が憂鬱でも。
タダで美味しい目だけあっては駄目、と言い聞かせられるわよね?
……ええと、不思議ね。
これ、どこかでレビューとか書けるのかしら?
少し貢献ができるならしたいな、と思ったりするのよ。
そもそも一般人も宿泊できる施設なのかしら、ここ。
いえ、その、退治することが報酬とするにしても、それとこれとは別な部分は有ると思うの。
解るでしょう?
――食事の品数も多く、その味にも大満足。
多くの客室に個室の露天風呂が備え付けられている豪奢な作りも、大浴場まで行かなくても温泉が楽しめるという点で◎。
是非近くに宿泊する際は、というよりも、この宿を目的にして旅行をしたいと思える宿でした。
絶対リピありです。★5。
「……また、ここに来ることって、できるのかしら?」
依頼の件を抜きにして、また来れる機会が有ったら、なんて。
レイブルはすこしばかり難しい顔で、考え込んでしまった。
大成功
🔵🔵🔵
篝・倫太郎
【華禱】
個室露天風呂付の部屋でのんびり
サクラミラージュのあの温泉宿の仕切り直し、みたいな……?
あれはあれで、別に反省する必要ねぇからしねぇけど
でも、邪魔が入ったのは確かですしぃ?
はっ!
どうしてあんたはそう微笑ましいもの見る目で俺を見るの……
言い訳じみてるのは自覚あるけど
そんな顔しなくてもいーじゃん……
拗ねたり笑ったり、自分でも忙しないなって思うけど
夜彦と過ごすのはいつだって感情が大騒ぎ状態だから仕方ない
美味い料理に舌鼓をうって
今度は子供達も一緒に、なんて笑って過ごす
なぁ、夜彦
一緒に寝ような?
別にやましい事はなーんもねぇだ……ろ
蹴らねぇよ……けーりーまーせーんー
俺を幾つだと思ってんの、あんた……
月舘・夜彦
【華禱】
倫太郎殿と露天風呂付の個室で過ごします
サクラミラージュの時は敵を欺く為にやるべき事がありましたから
ゆっくり寛ぐ訳にはいきませんでしたからね
倫太郎殿、仰る事は分かりますので最後まで言わずとも良いのですよ
あの時はあのようにするのが正しかったと結論を出したのですから
そう拗ねずに……あぁ、お茶淹れましょうか?今度は普通のお茶を
個室ならば子供達も露天風呂ではしゃいでも気にせず楽しめるでしょう
そうです、彼等にはお土産を買っていかなければ
一緒に、ですか?……倫太郎殿は寝相は悪くありませんでしたかね
ふふ、冗談です
私も貴方と同じ事を考えておりました
今夜は二人ですし、まだ夜は肌寒いです
一緒に寝ましょうね
●やりなおし
広縁の奥。
窓の外を見やれば、青白い月が見下ろしている。
さざめく木々に交じる山桜。
「あの温泉宿の仕切り直し、みたいな……?」
篝・倫太郎(災禍狩り・f07291)は、座椅子に腰掛ける月舘・夜彦(宵待ノ簪・f01521)の横に座って。
薬膳を取り入れたという沢山の小鉢。
麓の漁港から毎日運ばれてくるという魚。
春の山菜に、たけのこの炊き込みご飯。
煮物に、焼き魚に、天ぷら――。
立ち並ぶごちそうたちを前に。
夜彦は倫太郎の言葉にこっくりと頷いて。
「そうですね……、あのときは敵を欺く為にやるべき事がありましたから。ゆっくり寛ぐ訳にはいきませんでしたからね」
夜彦はくっと笑って、あのときとは違って落ち着いて食事をできる、と。
刺し身に山葵を乗せて頬張った。
「まぁ、あれはアレで別に反省する必要ねぇからしねぇけど……、でも、邪魔が入ったのは確かですしぃ?」
「……倫太郎殿、仰る事は分かりますので最後まで言わずとも良いのですよ?」
唇を尖らせて言葉を紡ぐ倫太郎を、宥めるように笑いかける夜彦。
彼等はあの後『反省会』を行った。
否、あれは反省会なんてモノでは無かったのかも知れないけれど。
夜彦は瞳を細めて倫太郎と視線を交わしてから、彼の空になってしまった茶碗に炊き込みご飯のおかわりをついでやる。
「あの時はあのようにするのが正しかったと結論を出したのですから、そう拗ねずに」
「……はっ! どうしてあんたはそう微笑ましいもの見る目で俺を見るの?」
自然と優しくなっていた夜彦の視線が、咎めるモノでないからこそ倫太郎はバツが悪そうに。
――言い訳じみてるのは自覚あるけど、そんな顔しなくてもいーじゃん。なんて。
「……あぁ、お茶も淹れましょうか?」
今度は普通のお茶を、なんて笑いかけられてしまったら。
毒気を抜かれた倫太郎は、小さく吹き出して。
「……んじゃ、あったかいのを頼むわ」
感情エスカレーター。
すねたり、わらったり、倫太郎だって忙しない、と思っている。
――でも、彼を一緒に過ごす時間はいつだって、感情が落ち着いてくれない事も事実で。
それはそれで、仕方ないのかも知れない。
先程は拗ねていたので、ただかっこんだだけの炊き込みご飯を次は味わいながら頬張り。
「ん、うまい」
「ええ、美味しいですよね。そちらの小鉢も美味しかったですよ」
「……ハイ」
夜彦には倫太郎がむくれたまま、味も考えずにかっこんでいた事がバレていたようだ。
ちゃんと次は味わって小鉢の中身を口に運ぶ倫太郎。
「今度は子ども達も一緒に来たいなあ」
明日の仕事じゃ、子ども達はちょっと連れてこれなかったからな、なんて倫太郎が付け足せば。
「……ちゃんとご飯を食べていますかね、あの子達」
でも、夜彦は顔をあげて
「でも、そうですね。個室ならば子ども達も露天風呂ではしゃいでも気にせず楽しめるでしょうし……、ああ、そうです。お土産も買って帰らなければいけませんね」
「おー、何なら喜ぶだろうなあ」
「そうですねえ……」
穏やかな時間。
和やかな時間。
大切な、時間。
ふ、と倫太郎は夜彦の腕を引いて、彼を見やった。
「なぁ、夜彦。……今日は、一緒に寝ような?」
「一緒に、ですか?」
「別にやましい事はなーんもねぇだ……」
「……倫太郎殿は寝相は悪くありませんでしたかね?」
「ろ」
揶揄るように、悪戯げな表情で夜彦が応じて。
何とも言えない表情を浮かべた倫太郎。
「蹴らねぇよ……けーりーまーせーんー。ええー……俺を幾つだと思ってんの、あんた……?」
「ふふ、冗談です。私も貴方と同じ事を考えておりました」
ふ、と鼻を鳴らして笑った夜彦が、倫太郎を引き寄せて。顔を寄せれば、ひみつの話のよう。
「――私も貴方と同じ事を考えておりました」
今日は、ふたり。
夜はまだ、肌寒い。
今日は一緒に、眠りましょうね。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
第2章 冒険
『真実探し』
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POW : しらみつぶしに探す。
SPD : 技能を発揮して探す。
WIZ : 情報を集めて探す。
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
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●水底に沈む未来
木々生い茂る山も、旅館も、すべてすべて呑み込んで。
世界が飴のごとく滑らかな光を受けて、鮮やかな茜色と影を地へと落とす。
逢魔時、大禍時。
昼と夕方の移り変わる時刻、黄昏どき。
他界と現実を繋ぐ時間の境目と考えられてきたこの時間は、魑魅魍魎が蠢き出す時間だと旧くより言い伝えられてきた。
そう、今、まさに。
そこかしこに『何か』の気配を感じるような気がするだろう。
否。
そこに『ソレ』はいるのだ。
部屋の隅に、屋根の角に、木々の梢に、山桜の影に。
き、き、き。
扉の軋むような小さな鳴き声。
――未来を見通す、宝石のような瞳を持った単眼の小さな獣は。
君を、見つけた。
榎本・英
黄昏の空美しい景色の筈なのに
嗚呼。何故だろう視界が悪い。
煙のような、霧のような景色にこの指が溶けている。
真っ白。
いや、景色が悪い訳では無い。
これは、私自身が煙となり景色に溶けているのだ。
この世から存在がなくなってしまう。
目の前には横たわる君
手を伸ばしても、伸ばしても、煙の指は届く事無く
君の身をすり抜けるだけで、それでも恐ろしい程にこの指に感覚はある
嗚呼。なんと、冷たい。
真冬の寒さなんて、生温い。
冷たさに触れた煙の指は、やがて花弁に姿を変えて
ゆびさきから散って行く。
儚く美しい花弁すらも、降り注いだなら君をすり抜けてしまう。
なんと残酷な未来。
しかし、そんな未来は必要ない。
私はここでいきている。
●誰そ彼
何故だろうか、居心地の悪さを感じる。
何処かで何かに見られているような感覚。
踏みしめた道が、あかに染まっている。
茜に照らされて山があかくあかく燃えるように、こんなにも明るいというのに。
――どうして、こんなに視界が悪いのであろう。
これは霧か、煙か、一面がけぶっている。
「嗚呼」
しかしそこで、英は気づいた。
そうではない。
これは英の指先が溶けているのだと。
――英自身が煙となって溶けているのだと、気づいてしまった。
「これは困ったね」
この世から、英という存在が失われてしまう。
目の前には、横たわった『君』。
手を伸ばしても、伸ばしても、煙の指は溶けてすり抜けるばかり。
だと言うのに、この指には感覚が残っている。
君がこんなにも、冷たい。
君がこんなにも近いのに、遠い。
渇慾するかのように、伸ばす手。
すり抜ける手は真冬の寒さなんて生温い程に、冷えて、冷えて。
この役に立たぬ指では、筆を握る事も叶わない。手を引く事も叶わない、君の顔を見る事も叶わない。
君は顔をうつ伏けたまま、横たわっている。
英はもう一度、手を伸ばす。
冷たい、冷たい。
氷に手を押し込んだかのように、冷える感覚だけを残す指先。
眼鏡の奥で英があかを揺らすと、はらりと指先が解けた。
それは止めることも出来ず、留める事も出来ぬ。
するすると解ける指先が花弁となって、指先から散ってゆく。
それでも。
その花弁すら、君には届かない。
降り注いだ端から儚くも美しく、花弁は君をすり抜けてゆく。
英はひとだ。
ひとである。
ひとであるのだ。
だからこそ、この手を。
氷柱を背に差し込まれたような怖気にふる、と体を揺らして。
身を刺す居心地の悪さに、英ははっと顔を上げた。
茜色の空は煌々と輝いており、山はあかに染まっている。
煙は見えない、視界はどこまでも鮮明だ。
「……なんと残酷な未来だ」
細く糸のように吐息を漏らした英は、絡みつく視線の先を見やった。
あんな未来は、必要が無いものだ。
――私はここで、いきている。
大成功
🔵🔵🔵
ニルズヘッグ・ニヴルヘイム
私を知る誰もが死に絶えた世界の先、暗い牢獄の中
身を繋がれ、独り死を待つのみ
人に討たれることが望みだった
いつか呪いの力と共に絶対悪に成り果て
私を打ち倒した人間に名誉を与えることだけが、人に幸いを齎す手段だと思って来た
それでも今は、暖かく受け入れてくれる人があって
帰ると誓った場所があって
私が生きていることを幸いだと呼ぶ者がある
それらが全て死に絶え、打ち捨てられ、誰からも忘れ去られることは
最悪の未来に違いあるまい
――だとして私に何が出来よう
そうと望まれれば、受け入てしまう
これが未来の果てだとしても
回避しようとすら思えない
……そういう生き方しか出来ない
あァ、良い酔い覚ましだ
さっさと仕事を終わらせよう
●獄窓
赤く染まった空がひどく眩しく、そこかしこに何かが蠢いている気配がする。
この感じであれば例え酒が全部抜けきっていなくとも、敵を見つける事は簡単であろう。
勿論……酒が抜けきっていなくとも、というのは例え話だけれど。
勿論。
「なあ、蛇竜」
ニルズヘッグが地を踏みしめると、こちらを窺う気配がそっと強張ったように思えた。
その気配の中に感じる敵意に、ニルズヘッグは金の瞳を眇めて竜へと手を伸ばし――。
突然、鼻の奥に灼けるにおいを感じた。
皆、皆、皆、皆。
誰もが死んだ。
死んだと思った。
いいや、死んだ。
ニルズヘッグを知る誰もが、死に絶えた。
ここは牢獄だ。
鉄の匂いがする鎖に、ニルズヘッグは身を繋がれている。
彼はここで独り、死を待っているのだ。
ニルズヘッグは呪われている。
人に討たれることが望みだった。
いつか呪いと共に絶対的な悪と成り果てて。
ニルズヘッグを打ち倒した人間に名誉を与えることだけが、人に幸いを齎す手段だと思って来た。
殺して、生きてきた。
生きたいと思った。
思っていた。
それでも、それでも、それでも。
プレゼントを初めてもらった。
一緒に食事を作った。
釣りにだって行ったし、妹とチョコレートを作って贈りもした。
可愛いと思った、守りたいと思った、嬉しかった楽しかった、友達だって、親友だって。
たくさんがあった。
知らないたくさんを知った。
ああ、ああ、ああ。
――居場所。
暖かく受け入れてくれる人がいて、帰ると誓った場所があって、ニルズヘッグが生きていることを幸いだと呼ぶ者がいた。
――だから何だ?
全て過去だ。
焼け朽ちる肉のにおいが蘇る。
断末魔の絶叫が耳の奥にこびりついている。
死ねばいい、と思っていた。
死ねばいい、と思っている。
おまえが代わりに死ねば良かった、と言った者が居た。
今は何も無い、誰も居ない。
誰が何と言おうと、世界は愛と希望に満ちていたはずなのに。
世界に愛と希望を示す筈であったのに。
みんなみんな死に絶えて、打ち捨てられて。――誰からも忘れられてしまった。
「――だとして、私に何が出来るというのだ」
しゃら、と鎖が撓った。
そうと望まれれば、受け入れてしまうだろう。
これが最悪の未来の果てだとしても、回避をしようとすら思えない。
ニルズヘッグには、そういう生き方しか出来ないのだ。
はっと目を見開く。
意識に張られた霧が、ゆっくりと晴れるかのような感覚。
ニルズヘッグは知らぬうちに膝を付いていたようで、ゆっくりと立ち上がった。
「あァ、良い酔い覚ましだ。……さっさと仕事を終わらせようか」
その『未来』を見たのは一瞬の事であったのだろう、茜に山を染める太陽の位置は全く変わっては居ない。
蛇竜を腕に這わせたニルズヘッグは、顔を上げて――。
大成功
🔵🔵🔵
スキアファール・イリャルギ
(血溜りの中で大勢の人が狂死してる)
――母さ、ん
父、さん
――" "さん
(自分の両親が
己の心の支えになった桜の精の医師が
死んでる
"怪奇"が、居る
無数の目と数多の口
不定形の悍ましき影
――【泥梨の影法師/私】だ
人間を忘れて怪奇に堕ちた己が
只の化物になった自分が
大切な人達を忘れて
あの子が遺した"ひかり"も失って
殺して
喰った)
ぁ
あぁ、ア、あ゛――
ア゛ア ア ァ ァ ァ゛ッ ッ゛ッ !!!
ちがう、なん、で――なんでッッ!!
(怪物が嗤ってる
怪異が哭いてる
人間じゃない声で
忘れたくない
傷つけたくない
失くしたくない、のに
自ら全てを壊した、行止り
どんなに塞いでも
見えて、聞こえるから
否定し、泣き叫ぶ事しか――)
●屠戮
普段どおり黒い包帯を巻きなおした体。
頭以外の肌をそっくり全て包んだ包帯にゆるく服を引っ掛けて、地を踏むスニーカー。
スキアファールは茜に染まる空を見上げて、ぐるりと周りを見渡した。
「……気配はあるのですけれど、ねー」
集まってきているのに隠れているのは何なのだろうか、……怯えているのだろうか?
肩を竦めてもう一歩スキアファールが足を踏み出した、その瞬間。
ぞわ、と。
嫌な気配が影の体をすり抜けていった。
見下ろしたスニーカーが、血に染まっていた。
いいや、違う。
スニーカーだけでは無い。
全てが血に染まっていた。
笑い声、嗚咽の声、悲鳴。
全てが聞こえて、全てがもう聞こえない。
どれもこれも、全て皆もう、生きてやしないのだから。
目が飛び出すほど笑顔を浮かべているもの、顔が歪んだまま戻らなくなるほど怯えた表情を浮かべているもの。
誰も動かない。
皆動かない。
……――母さ、ん? 父、さん……、“ ”さん……?
両親が、スキアファールの心の支えとなってくれた桜の精の医師が。
死んでいる。
動いていない。
息をしていない。
狂い死んでいる。
どうして、どうして、どうして。
目の前に、『怪奇』が居た。
不定形のおぞましき影。
ゆらゆら揺れる闇の奥に、口と目が無数に覗いている。
なんて耳聡そうな、なんと冒涜的な、なんて、なんて、おぞましい化け物か。
あれは、あれは、あれは。
スキアファールだ。
『人間』を忘れて『怪奇』に堕ちた己だ。
ただの化け物と成って、大切な人たちを忘れて、あの子が遺した『ひかり』も失って。
全部、
殺して、
喰ったのだ。
その事に、気づいてしまった。
その事を、思い出してしまった。
落ちているのは、人であった肉塊達。
もう動かない、もう笑わない、もう生きていない。
あ、あ、あぁ、ア、あ――?
あ、ああぁああぁああああぁああああああああああ。
違う、違う、ちがう、ちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがう。
あんなの、あんなの私じゃ。
なんで?
……なんでッッ!
どれだけ叫ぼうとしたって、全て怪異の嗤い声にしかならない。
浅ましくおぞましく響く、啼きごえとしかならない。
スキアファールは人では無い声で、笑う、啼く。
忘れたくない、傷つけたくない、失いたくない、のに。
ここは行き止まり。
自らで全てを壊した、行き止まり。
どんなに目を塞いでも、化け物は目を見開いている。
どんなに否定して、泣き叫んでも、怪異は嗤うばかり。
血溜まりに沈むスニーカーは、もう履く事はないのであろう。
だって、私は、人ではなく。
――怪異なのだから。
はっ、と顔をあげたスキアファール。
スニーカーはきれいなもので、血に沈んでいたりなんかしない。
酷く頭が痛む気がして、こめかみに掌を添えて――。
「……確かに、心を折ろうとしてくるようですね」
重い溜息を吐いてから、スキアファールは瞳を眇めた。
大成功
🔵🔵🔵
ロキ・バロックヒート
🌸宵戯
見たものは世界に星が堕ち全てが崩れる穏やかな滅び
あぁ、これが一番酷い未来?
私にとっては待ち望んだ終末じゃないか
なんだ、つまんないな
微笑みすら浮かべて
なにもかも堕ちていくのを眺める
…?
いや、でも、おかしい
どうして
これが終末だというなら
なぜ
私がまだここに『居る』の?
もしかして滅ぶものの中に私は―
うそだ
こんなに終末を待っていたのに
世界を破壊するために生まれた神なのに
世界に私は居ないの?
あぁ、私に滅亡を祈った者すらいなくなる
なんでもいい
私をどうか×××して
今の私はまるで人のような顔をしているんだろうね
首筋の痛みを感じてから
やっと呼吸ができる
ころしてちょうだい
約束だよ
きっと酔ってる君は忘れるけど
誘名・櫻宵
🌸宵戯
目覚めは布団の中
温泉に入ってたはず
ロキが着替えさせてくれたの
桜瞬く
いつもの館
静かに桜が舞い紅色が咲く
何故こんなに壊れてるの?
噫
着物が赫く重い
皆はどこ
何故私ひとりなの?
妙に満腹ね
桜も満開よ
ねぇ
返事をして
するわけないわ
愛しいひとも
可愛いあの子も
頼もしいきみも
全部
私が喰い殺したの
龍が嗤い酔う
酒(絶望)に?
いいえ
絶望(あなた)に
とても愛おしい顔する神(ひと)
酔い蕩ける笑みむけ優しく抱き締めて
優しく撫でて頬擦りを
甘やかし
首筋に牙をたて命を啜る
あなたがここに「存在する」(必要だよ)と教え込む
ねぇロキ
私のかみさま
嘯く聲は甘やかに
―いつか
あなたをころさせて
ええ
約束
とうに酔いは覚めて
別の何かに酔うている
●殺業
ふかふかと何かに包まれながら、ロキは世界を見ていた。
星が落ちる。
巨大な星に砕かれた世界は、まるで剥がれ落ちるみたいに地表が割れて、溢れて。
それは穏やかなものだ。
ロキがずっと待ち望んでいた『終末』だ。
あっけなく壊れた世界に、ロキは肩を小さく竦めて。
「なんだ、つまんないな」
自然に浮かんだ笑みを唇に宿したまま、ロキは呟く。
溢れてゆく世界。砕けてゆく世界。
何もかも落ちてゆく、堕ちてゆく。
その様をロキは――。
「……?」
そこで、はた、と気がついた。
いや、でも、これは、おかしい。
どうして、……どうして?
「これが終末だというのならば。――なぜ私は、まだここに『居る』の?」
それはロキが『滅ぶもの』の中には、含まれていないと言う事。
それはロキが『滅ぶこと』が、出来なかったという事。
それは――。
嘘だ、嘘だ、うそだ、うそだうそだうそだ。
どうして。
これほどまでに、私は終末を待っていたというのに。
私は世界を破壊するために、生まれた神だというのに。
どうして壊れて行く『世界』に私はいないの?
星を堕とすのはこの私だった、滅ぼせないならば終末に至るまで待てば良いと思っていた。
――ああ、ああ、まって。
待ってほしい。
私に滅亡を祈った者すら、いなくなるというのに。
私を、――私を残して。
なんでもいい。
だれでもいい、私を、私をどうか。
『 』して。
――『 』してよ。
はた、と櫻宵は布団の中で目覚めた。
美しい桜源郷に佇む春暁の館。
ちらりちらり、舞う薄紅色の花弁。
桜が咲いている。
桜が咲き誇っている。
歩み慣れた廊下――、否。
不思議と見慣れぬ形となった廊下を、櫻宵はゆっくりと歩みだす。
「……どうしてこんなに館が壊れているのかしら……?」
羽織った着物が酷く重い。
歩む度に生まれる、鮮紅色の足跡。
皆の姿が見えず、櫻宵は周りを見渡す。
どうして、私ひとりなの?
どうして、こんなにお腹が満たされているのかしら。
桜が咲いている。
桜が咲き誇っている。
壊れた館、散る薄紅色の花弁、散った赫。
「ねえ、誰かいないのかしら、……返事をして」
返事なんて、あるわけが無いのに。
返事なんて、きこえるわけが無いのに。
本当は、知っているわ。
――愛しいひとも、可愛いあの子も、頼もしいきみも。
全部、全部、全部。
私が喰い殺したのだから。
ああ、とろけるほど甘かった。
ああ、ほんとうにそれは、美味しくて、美味しくて。
龍が嗤う。
酔った瞳をゆらゆらと揺らしている。
何がそんなにおかしいの? 何にそんなに酔っているの?
酒――絶望に?
いいえ。
絶望――あなたに。
「……っ!」
はた、とロキは目を見開いた。
布団の中。
奥歯を噛み締めて、自らをぎゅうと抱きしめるように二の腕に爪を立てた。
あれは、ただの悪夢であったのであろうか。
それとも聞いていた『最悪の未来』であったのだろうか。
脂汗が浮かんでいる。肌が粟立っている。
ロキはきっと今、まるで人のような顔をしているのであろう。
「……ロキ」
まるでそれは、悪夢をみた童を甘やかすかのよう。
その愛おしき神の頬を優しく撫でて、なぞって。
未だ酔いに蕩けたような笑顔を浮かべた櫻宵は、ロキを優しく抱きよせる。
そうして。
風呂の中でしたように重厚な首輪の鎖を引くと、今度こそ本当に首筋へと牙を立てた。
首筋より血を、命を、啜られる痛み。
その痛みを感じて、やっとの事でロキは息をする方法を思い出す。
吸って、吐いて。
同時にどっと汗が吹き出した、だと言うのに何故か酷く体は未だに冷たく感じる。
「ねぇロキ、――私のかみさま」
甘やかに囁く、櫻宵の声。
首筋に開けられた傷口より朱が滲む。
そうろりと赤い赤い舌先に疵を刳られて、思わずロキは弓形に背を撓らせる。
その体を抱きとめた櫻宵は、更に血を舐り啜る。
それはロキがここに、『存在する』と教え込むように。
「いつか、あなたをころさせてね」
櫻宵の蜂蜜みたいに甘たるい囁きに、荒く肩で息を零したロキは小さく頷いて。
「……ころしてちょうだい」
ロキは櫻宵の小指を握り、約束だよと重ねる言葉。
――きっと酔ってる君は忘れるのだろうけれど。
「ええ、約束」
笑う櫻宵は、とうに酔いは覚めている。
それでもロキの冷えた指先を、櫻宵はただ受け止めた。
今は、別の何かに――。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ルーチェ・ムート
幾つもある未来への道
ボクが思う不幸ってなんだろう
自分にもわからない
隣に彼が居た
迎えに来てくれたんだ
再び繋いで貰ったことが嬉しくて
甘い微笑に心から幸せを感じる
鎖の音すら心地良いのに
なんで?
色んな声が聞こえるんだ
ルーチェってボクを呼ぶ
みんなの
ボクの仲間の声
なんでみんなそんなに傷だらけなの
どうしてボクの手はこんなに赤いの
どうしてみんな泣いてるの
なんで
彼は
よく出来たね、僕の駒鳥(かみ)
冷たい指先で撫でてくれた
あなたは名をくれないまま
吸血鬼の為に仲間を裏切り
果ては望んだ名すら貰えない
二兎を追う者は一兎も得ず
彼を選んでも希望は叶わない
仲間を選んだら彼とは逢えない
災厄なボク
最悪な未来
嗤えも哭けもしない
●慰み
薄紅を抱いた白髪が揺れ。
ルーチェ・ムート(无色透鳴のラフォリア・f10134)は、旅館の中をひとり歩いていた。
どこかに潜むいくつもの気配を感じながら、ルーチェは警戒をしながらぐうるり周りを見渡して。
未来は一つでは無い。
今ルーチェがこの廊下を右に行くか、左に行くかだけでも未来は変わるであろう。
その中でルーチェが選んで不幸だと思う未来とは、何だろうか。
――そんなの、ボクにも解らないや。
そうしてルーチェは廊下を、右へと曲がり。
そこには、……否。
隣に彼が居た。
「やあ、迎えに来たよ僕の駒鳥」
甘やかに、かみと呼ぶ。
艶やかな黒髪、あかいその瞳。
微笑を浮かべた彼の人。
気が付けば、檻の中にルーチェは捕らわれていた。
その事が本当に、本当に嬉しくて。
繋がれた鎖が撓ってしゃらりと音が立てた事すら、嬉しい。
嬉しい、嬉しい。
ボクは歌だけでいい。
ボクにはあなたの所有物でいい。
それなのに、それなのに。
「……なんで?」
しゃら、と再び鎖が撓って音を立てた。
――ルーチェ。
遠くから、近くから。
声が聞こえる。
それは、皆の声だ。
ルーチェの仲間の声だ。
――ルーチェ。
「どうして、みんな……」
ルーチェの名を呼ぶ皆は傷だらけで、今にも泣き出しそうな顔。
いいや、泣いている。
そこでルーチェは気づいてしまった。
満ちているのは、とても濃い鉄の匂い。
無意識に指を擦り合わせるとざらりと砂のように赤褐色がこぼれ落ちて、その上に染まった鮮やかな赤がぬるりと滑った。
掌が真っ赤だ。
「……なんで……」
ルーチェは息を呑んで、掌を見下ろす。
そんな彼女を、冷たい指先で彼は撫でてくれる。
「よく出来たね、僕の駒鳥」
褒めてくれるその声は、ルーチェを酷く満たすのに。
彼は未だに名前さえくれない、名前さえ貰えない。
名さえ刻んでくれれば。
名さえ貰えれば。
この檻の中で、ずっとあなただけの所有物で在れたのに。
彼――吸血鬼の為に仲間を裏切ったと言うのに、望んだ名すら貰えやしない。
そこには幸せは無かった。
ただ、歌を望まれた。
声だけが、ボクの意味だと思っていた。
それなのに。
彼を選んでも、名が貰える訳でも無く。
仲間を選べば、彼とは逢えない。
目を見開いたルーチェは、薄靄がかった思考が徐々に晴れゆく事にかぶりを振って。
「……っ」
そこには彼は居ない。
勿論、傷ついた仲間たちだって居ない。
ただの廊下。その奥に感じる、何かの視線。
二兎を追う者は一兎も得ず、なんてよく言ったものだ。
災厄、最悪。消えない呪い。
これこそがルーチェにとっての不幸だと真正面からぶつけられれば、頭から冷水を被せられたような気分であった。
ルーチェは白い掌を見やって、細く、細く息を吐く。
ああ全く、――嗤えも哭けもしないや。
大成功
🔵🔵🔵
浮世・綾華
嵐吾さん(f05366)と
いつの間にか一人
あれ――って、嵐吾さ
先に見えた彼に手を上げた瞬間
何者かによって一瞬にして血だまりの上へ倒れる
ひゅ、と喉が鳴った
それから次は愛しいあの子
そして今度は大切なあいつ
…酷い未来
分かってる、言い聞かせるように繰り返す
でも、
いつも手を引いてくれた片割れの死の記憶が蘇る
大好きだったものが簡単に壊れる瞬間
何よりみたくないものだ
だから守りたいと思って
気持ちすら守りたいと思って
なのに出来ることなんて
いつもひと握りだってない
嗚呼、何の
何の為に、――
耳に聴こえた音に肩を揺らす
大丈夫、彼はいる
心を落ち着かせるように息を吐いた
大丈夫かなんて、聞けやしないから
…嵐吾さん。行きましょ
終夜・嵐吾
あや君(f01194)と
どこにおるんかね~
あ、なんか――おる
穏やかに笑うわし
その傍におるのは、毛先は同じ灰青の、けれど――赤を持つ
しばし前に姿をちらりとだけ、視界の端にとらえたアレ
嬉しそうに笑っとるアレの存在は決して認めたくないもの
アレに笑いかけ、親し気に手を伸ばし頭撫で
笑いかけられ、にぃちゃんと呼ばれ
まるで本当の兄弟のような
嗚呼、最悪じゃあ
反吐がでる、最悪、絶対あってはならん
今までの己全ての否定
そんなの認められん、酷い結末じゃ
盛大な舌打ちと零すが口端はあがる
わしはアレを縊り殺すんじゃと昏い欲と共に
が、傍らにあや君おるのを思い出し――この顔は見せたくないと片手で口元隠す
そじゃねと、ただ返して
●過る
茜色に染まる空、煌々を照らされる山々に山桜が揺れている。
嵐吾がぐっと伸びを一つ、尾をゆうらり揺らして。
「さってと、敵を探さんと。どこにおるんかね~」
振り向いて綾華を見たと、……思った。
そこに綾華は、居ない。
そこに居たのは、自分。
茜色に沈んだ世界で、嵐吾が笑っていた。
そして。
その横で嬉しそうに――嵐吾と同じ灰青の毛先に赤を持つ、『アレ』が笑っていた。
「にぃちゃん」
『アレ』が嵐吾に甘やかに声を掛けると、嵐吾は親しげに手を伸ばして『アレ』の頭を撫でる。
その事にはにかんだ『アレ』が、嵐吾の手を引いて。
楽しげに交わす言葉に、弾ける笑い声。
嵐吾は頭にのぼった血が、一瞬で引いていくような心地悪さに肌をぞっと粟立たせる。
――それは姿も見たくない名も口にしたくない『アレ』と嵐吾が、本当の兄弟のように和やかに言葉を交わし過ごす光景。
その光景を見せられるばかりの嵐吾は、ぎりと歯噛みをする。
以前『アレ』が現れようとしたときは、視界に確りと捉える前に叩き伏せた。
しかし今は手を伸ばそうとも、その手は届きはしない。
「……最悪じゃあ」
反吐がでる。
最悪の光景だ。
絶対にあってはならない事だ。
目が逸らす事が出来ない。
否。
例え彼が目を瞑っていたって、それは見せつけられるのであろう。
根本から否定すべきモノと、和やかに過ごす自らの姿。
――『最悪の未来』。
ソレは嵐吾のコレまでの歩みを、全て否定する光景。
ソレは嵐吾にとっての、最悪の結末。
自然に漏れる舌打ちが、低く響き。
裏腹、嵐吾の唇に宿ったのは笑みであった。
――わしは『アレ』を縊り殺すんじゃ。
引き歪んだ口角、琥珀色の瞳の奥で昏い光が揺れ――。
「……あれ?」
顔をあげた綾華もまた、嵐吾を見失っていた。
おかしい、さっきまで隣に居たはずなのに。
「あ、嵐吾さん」
茜色に染まった山。
木々の間をすり抜けた先に、嵐吾の姿を見た。
待って、と。
手を上げた、その刹那。
灰青を跳ねさせた彼が、一瞬で崩れ落ちてその身体が血の海に沈んだ。
「……ッ!?」
――よくよく綾華が周りを見渡せば、地の色は黄昏に染まっている訳では無い。
それは全て、血で染まっているようであった。
愛しいあの子が見えた。
「止め、」
瞬間。
その胸が割けて、白い彼女が真っ赤に染まった。
次は大切なあいつが見えた。
ひび割れるようにその身が砕けて、綾華はただ息を呑む。
なんて酷い未来だろうか。
これは現実では無い、必ず訪れる未来でも決して無い。
分かっている、分かっている、分かっている。
自らに言い聞かせるように綾華は繰り返して、その掌をぎゅっと握りしめる。
それなのに、分かっているのに。
――さや。
脳裏に蘇るのは、いつも手を引いてくれた片割れを失った記憶。
大好きだったものが簡単に壊れる瞬間なんて、もう見たくないのに。
守りたいと思っている、気持ちすら守りたいと思って。
なのに、できることなんて。
――いつも一握りだってありゃしない。
「嗚呼、嗚呼。何の、何のために、……俺は……」
纏まらない言葉を吐き出しながら、綾華は血が滲むほどに拳を握る。
血色に沈む世界。
血に沈んだ、大切な人たち。
「……あや君」
そこに響いた声は、脳に烟った靄が晴れるような響きであった。
はっと顔を上げた綾華は嵐吾の姿を見やって、大きく息を吐く。
「……嵐吾さん……」
その身体は、血に沈んでなんかいない。
大丈夫だ、大丈夫だ。
生きている。
嵐吾はここに居る。
「行きましょ」
一気に跳ねた胸の奥が、ときときと痛い。
心を落ち着かせるように息を吐いた綾華。
彼に何を見たかとか、大丈夫かなんて聞けない、聞けるわけもない。
「そじゃね」
――この顔は、決して彼には見せられぬ。見せたくはない。
掌で口を覆ったまま、瞳を細めて小さく応えた嵐吾。
彼等はその視線を交わす事も無く。
叩きつけられる敵意の先――敵を睨めつけた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
金白・燕
【DRC】
アドリブ歓迎
可能であれば個人での描写希望
赤い空
飛んで落ちた
黒い壁
吊って揺れた
汚れた街
落ちた揺れた、沢山のひとがた
崇高な赤と違う、穢れた“あか“に塗れた
レディ、メトロ、ブーツに良く似たひとがた
たくさんのひとがた
優秀ですねぇ
私が毎日描いているものの再上映をありがとうございます
1人きり、みんな、私を遺して
知っていますとも
いつでも置いていかれる側なのは、私
骨兎が下顎骨を揺らして
ははは、良いでしょう
全部転べ、落ちろ、壊れてしまえ
俺の死体が足りない辺りも
ああ、優秀だな
ラムネをざらざら溶かしても、何かが足りない
……煙草、持ってくるんでしたねぇ
早く仕事を下さい、レディ
●ワーカーホリック
メトロとブーツと歩いて居たつもりであった。
しかし気がつけば、燕はひとりであった。
そもそも分かれて歩こうと、言ったのかもしれない。
そもそも分かれてなんか、居ないのかもしれない。
燕は、――赤い空を見ていた。
跳んで落ちた。
黒い壁。
吊って揺れた。
汚れた町。
落ちた、揺れた、沢山のひとがた。
赤く染めた、赤く染まった。
崇高な赤とは全く違う、穢れた穢れたあか。
あれはレディでしょうか。
そう、ならあれはメトロでしょう。
やあ、ブーツ。
それだけでは無い。
たくさんの、たくさんの、あかに、あかく、穢れたひとがた達。
なんて不愉快で、反吐が出そうな穢れたあかなのだろう。
ああ、レディ、レディレッド。
貴女の赤は、あれほど崇高だと言うのに。
燕はその赤をよく見知った歩みで踏みしめて、小さく肩を竦めた。
「あなたは良くお仕事のできる優秀な方のようですね、きっと同僚ならば信頼のおける仕事をきちんとこなしてくれる方なのでしょう」
その光景は、燕の毎日描いているものとぴたりと一致している。
丁寧な仕事だ。
拍手を贈ってあげたって良い。
燕はひとりきりだ。
「みんな、みんな、みんな、私を遺して逝くのでしょう。――知っていますとも」
燕が歩けば、その後には赤の足跡が一人分だけ。
カカカカカカ。
骨兎が下顎骨を揺らして、音が響いた。
「ははは、良いでしょう」
――全部転べ。
落ちろ。
壊れてしまえ。
いつでも置いていかれる側なのは、私なのだから。
「本当に丁寧な仕事だ、――ああ、優秀だな」
――ここに俺の死体が足りない事だって、本当によく出来ている。
ふ、と気がつけば、あんなにも地に満たされていた死体が全て消えていた。
肩を竦めた燕。
ざら、ざら、ざら。
燕は一気に薬の形をしたラムネを、口へと流し込む。
ああ、全然足りない。
満たされない。
燕は薬の形をしたラムネを、もう一つ。
「……煙草、持ってくるんでしたねぇ」
ああ、レディ。レディレッド。
情けないこの時計うさぎに、道を示して下さい。
早く早く、この時計うさぎに仕事を下さい。
ざら、ざら、ざら。
ラムネを溶かして、齧って。
大成功
🔵🔵🔵
メトロ・トリー
【DRC】
き、き?
ふたりと正反対にぴょん!
!
メトロくんの考え得る最悪の未来とは?
そりゃ、返還、さ
き、き?
きみがなんで?
クソ女が連れ出したのか、牢に繋がれたはずソレが目の前にいた。それは俺の足元に跪く、ごめん、ごめん、俺が悪かった。と、呻く。ソレを俺は踏み躙る。靴底で。こいつが悪いんじゃあないってことはもうずっと、狂った頭のどこかでわかっていて、わかっているはずなのに、踏み躙らなきゃ、ぼく、傷つけたいのはきみじゃあないのに。時計くん、ごめんね。きみを殺したくないから、ぼく、きみと決別したのに。きみが痛くないようにちゃあんと頭を踏むよ、固定しよう、ぼくは断頭台。
きみの首がコロリと転がって、
あーあ。
●クロックノイローゼ
メトロとブーツと歩いて居たつもりは無い。
気がつけば、メトロはひとりであった。
そもそも分かれて歩こうと、言ったのかもしれない。
そもそも分かれてなんか、居ないのかもしれない。
「さあてさて。メトロくんの考え得る最悪の未来とは、なんだろな!」
き、き?
ぴょん、と跳ねたメトロはぐるりと回りを見渡す。
うんとあつい紅茶の池に飛び込む事?
それともクロテッドクリームとあまーいジャムの乗ったスコーンの一つも無い、味気のないお茶会?
改行を失った発言欄?
いいやいいや、決まっているよ。
「そりゃあ、返還に決まっているよ!」
ほらほら行くよ。
さあさ、飛び込もう!
そうしていちごミルクの髪を押さえて草を蹴って跳ねたメトロは、赤の瞳を大きく見開いた。
き、き?
――きみが、なんで?
あーあ。さいあくだ、とメトロくんは思ったよ。
あのクソ女が連れ出したのだろうか。
牢に繋がれている筈のソレが目の前に居た。
ソレはメトロの足元に跪いて。
「ごめん、ごめん、……俺が、俺が悪かった」
馬鹿の一つ覚えみたいに同じ事を呻くモノだから、メトロはクロッケーの槌にされたフラミンゴみたいな勢いで足を踏み降ろしてしまう。
踏み躙ってしまう。
「やあ、やあ。ごめんよ、時計くん。ぼくの傷つけたいのはきみじゃあないのに。時計くん、ごめんね」
決別した筈の時計。
こいつが悪いんじゃあないってことは、もうずっと。3月のうさぎみたいな頭のどこかでも分かっているのに。
でも、だめ、踏み躙ってしまうよ。
メトロくんは我慢ができない。
ごめんね、まっておくれ、ああ、ごめんよごめんよ!
「ごめん、ごめん、俺が悪かった」
呻くソレ。
ああ、ごめんね。
「きみを殺したくないから、ぼく、きみと決別したのに! だからぼくは、きみが痛くないようにちゃあんと頭を踏むよ」
メトロがぎゅっとソレの頭を踏み躙り直すと、きちんとソレの頭は靴裏によって固定されてくれる。
ぼくは断頭台だって上手くできるさ。
首を切られるのは、ぼくじゃあない。
や! 首をはねておしまい!
瞬間。
ころり、とソレの首が転がった。
ぼくは、肩を竦めてかぶりを振るよ。
ハリネズミみたいに転がった、時計くんの首。
そうかあ、これが最悪の未来なんだって。
「あーあ」
瞳を瞑って開いた時には、もうその首は失われていた。
メトロはその瞳を眇めて、嘆息する。
言っただろう。
時計くんの話は、よしておくれって。
やめろって言っただろ、ふざけてんじゃねえぞ。
やだやだやだやだ!
すっかりぼくはいやになってしまったので、自責の念で腹をきろうと思うのさ!
大成功
🔵🔵🔵
ブーツ・ライル
【DRC/描写は各々単独希望】
アドリブ・マスタリング歓迎
-
もう充分英気を養えた。
さて──仕事の時間だ。
_
視界が歪み、酷い目眩を耐えて辺りを見回す
そして俺の爪先が赤いことに気付いて
足元に何かあるのに気付いて
其処には、
「…燕、メトロ」
彼らが、見るも無残な姿で転がっていた
「…」
さらりと髪を梳いてやる。随分と苦しそうな顔だった
だがな、違うのさ
燕とメトロは──"こんな、瞳の色ではない"
くつりと喉の奥で嗤う。口端が微か月を描く
──ああ、最悪の未来だったとも
が、悪いが合格点はやれねえな
「燕とメトロが殺されるわけがねえだろ。
──俺が、護るからな」
俺を見つけた?
馬鹿言え
──俺"が"、見つけたんだよ
●ナイトシンドローム
燕とメトロは気がつけば居なかった。
回りを見渡しても、ブーツはひとりであった。
そもそも分かれて歩こうと、言ったのかもしれない。
そもそも分かれてなんか、居ないのかもしれない。
――いいや、本当に、ブーツはひとりなのか?
歪む視界。
世界をひっくり返されたような目眩がブーツを襲い、赤い瞳を細めた彼は額に指を押し当てる。
それでも目を瞑る訳には行かない。
それは彼には、回りに敵が居るという証拠であるように思えた。
ぐっと地を踏みしめ直すと、足先に何かが触れ。
「……――!」
見下ろした視線の先に転がっていたソレに、ブーツは思わず息を咽んだ。
もう目眩はしていない。
ブーツはひどい隈の残る、ソレの頬へと手を添えた。
冷たい。
「……燕」
白に交じる金が、煤け汚れている。
垂れた耳が千切れていた。
――前々より余り眠れていない事がよく解る酷い顔をしていたが、こいつは一段と酷い顔をしている。
苦しんだのであろう。
身体だって、少しばかりしかまともな形をしていない。
ブーツが燕の残骸から視線を横へと移せば、転がった立派な帽子。
その下に落ちている、白と赤の混じり合った髪より伸びた長い耳。
「メトロ」
その肉の名をブーツは囁き、指先で髪を梳いてやる。
彼もまた、酷い有様だ。
くるくるころころと表情を変えていた彼の顔は、苦しみの表情を貼り付けたまま。
その表情を変える事は、もう叶わぬようであった。
ソレの見開かれた瞳は、もう何も見ていない。
ソレが言葉を紡ぐ事は、もう無い。
息を細く吐き出したブーツは、立ち上がり。
「よく出来ている、と言ってやりたい所だが。悪いが合格点はやれねえな」
そうして。
彼は喉を鳴らして、くつと笑った。
「違うさ、全然違う。……燕とメトロは『こんな、瞳の色ではない』」
転がっている肉が本物でないと断言したブーツは、唇に三日月の笑みを描いて。
仲間の形をしたモノへはもう目線を向ける事も無く、視線を感じた気配の先だけを睨めつける。
晴れる視界。
確かに、最悪の未来を見せられた。
ブーツが護る事の出来なかった、という最悪の未来だ。
その未来自体は可能性の中に存在するのであろう。
ああ、あるだろう。
それでも、それでもだ。
「何より、燕とメトロが殺されるわけがねえだろ。──俺が、護るからな」
一気に地を蹴ったブーツが、小動物の顎先を引っ掛けるように爪先を捻り込む。
俺を見つけた?
馬鹿言え。
――お前は、俺が。
「見つけた」
宝石のような単眼を見下ろしたブーツは、吐き捨てるように言った。
大成功
🔵🔵🔵
ハーバニー・キーテセラ
うぅ~、ちょっとはしゃぎ過ぎましたかねぇ?
頭がまだ少しくらくらしますよぅ
ということで、手団扇扇ぎながら涼を求めて温泉宿の中をぽてりぽてり
あ~、生き返りますねぇ
……ただぁ、なんだか先程からあんまりよろしくない視線を……
片足が吹き飛んだ
意志に反して傾ぐ身体、平行を保てぬ世界
どさりと無様にうつ伏せと倒れ込めば土の味
せめてもの反撃とヴォーパルを構えれば、その腕もさようなら
立ち上がろうにも、片手片足では如何とも
ああ、これでは……もう、誰も何も案内が出来ませんね
死ぬことの恐怖よりも、それを奪われたことの痛みがなによりも強かった
欠けた手足の先から、どくりどくりと何かが零れだして、もう指先一つも動かせない
●片道切符
よくよく温められた身体は、指先や頬を朱色に染めて。
――と、いうには少しばかり温まりすぎたかもしれないけれど。
「うぅ~……、ちょっとはしゃぎ過ぎましたかねぇ?」
まだ頭が少しくらくらする。
顔をぱたぱたと掌で仰ぎながら、備え付けられたベンチで涼むハーバニー。
彼女は涼しい場所を求めつつ宿の中を歩き回った結果、良い感じの木陰で休む事のできる休憩所を発見したのであった。
途中で見かけて欲しく成ってしまった、冷たいミックスジュースを一口。
「はぁ~、生き返りますねぇー……」
幸せな吐息を零したハーバニーは、ふるふるとかぶりを振って。
「……さて、そろそろ出てきても、良いですよぉ~」
そして得物に片手を添えた彼女は、――居心地の悪い視線を向ける何かに視線を向けることも無く声を掛けた。
瞬間。
ばつん、と音が爆ぜた。
「……あ、れ?」
――半ば程残ったミックスジュースが、掌から滑り落ちて床に広がる。
いいや、それ以上に床に広がる物があった。
ぼたぼたと、ハーバニーの左足より吹き出る真っ赤な鮮血だ。
足が爆ぜた勢いに負けて傾いだ身体が、意思と反して床へと転がる。
まるで悪夢の中のように、身体が重い。
「あ、……ぐ、……ッ!」
爆ぜた肉の断面はぐずぐぐに焼けたように。半ばから無理やり断ち切られた骨が、筋肉が、見えている。
痛みは勿論あった。
それよりも酷いのは熱だ。
熱い。
次に訪れたのは怖気。
自らが動けなくなる前に、せめて、と。
愛用の得物――小さな拳銃を構えて視線の先へと構えるが――。
「……ぅ、あッ……!」
先程よりも軽い音を立てて、腕が弾け跳んだ。
衝撃に対して、無意識に噛み締めた歯が口の中を傷つけたのであろう。
唇の端から血が溢れているが、それを拭える腕はもう一本しか存在しない。
片手、片足。
この状態で立ち上がれる程、彼女の身体は頑丈にも器用にも出来ていなかった。
それに例え猟兵であろうとも。
このままでは血が足りなくなって死んでしまう事も、考えるまでも無く理解ができていた。
残った指先が震える。
それは死へと向かう自らの身体を恐れる震えでは、無い。
――ああ、困りました、とハーバニーは思う。
この身体では――もう誰も、何も、案内が出来ませんね。
冒険の始まりは、兎が案内するものだ。
では、終わりは?
――それはやがて訪れるであろう、死よりもずっと恐ろしい感情。
自らの意味を奪われてしまったような喪失感。胸の奥がときときと痛んだ。
命が流れ出す音が、ハーバニーの長耳の奥でとくとくと響いていた。
命の色が床に広がる事は、ハーバニーにはもう止められそうにも無い。
寒い。寒い。寒い。
身体が震える。
目の前に転がった腕の握りしめた、死出の旅路への片道切符。
自らから離れてしまったって、健気にも得物を手放さなかった指先。
ハーバニーは残った腕を伸ばして、その拳銃を掴もうとした。掴めなかった。
もう指先すら、動かない。
ココが。
ココこそが――ハーバニーの行き止まり。
びくん、と身体を跳ねるハーバニー。
「……ッ!」
先程の目眩とはまた違った感覚。
頭に烟った靄が一気に晴れて行くようだ。
ミックスジュースのカップより溢れた中身が、足元に広がっていた。
「あれが、……起こりうる未来、ですか」
肩を跳ねる呼気を落ち着けるように。
拳銃に指先を這わせたハーバニーは、視線の先へと警戒する。
腕はある、足もある。
ならば――ココはまだ、ハーバニーの行き止まりでは無いのだから。
大成功
🔵🔵🔵
薬袋・布静
【徒然】
いつものようにどこ迄も前へ進み
楽しいと咲い紅に染まる花鬼
其処らの女と違く男よりも強く丈夫な鬼が
動けずに居る己を背に嫌いな紅に染まり進んでく
“大好きだぞ”
やめろ、聞きたくない
そんな別れを言うような愛など
錨のように重く重く伸し掛かる呪いにも似た言葉が焼き付き離れない
―嗚呼、憎い…動けんこの身が憎い…
また失ってしまう
何も出来ずに見る事しか出来ずにあの鬼を失う
過信しすぎた鬼への強さに甘えた結果がコレだ
アイツなら大丈夫だと油断が招いた
腕が捥げようとも脚が折れようとも
あの鬼は進むのを止めない
―おねがいや、やめてくれ
―もうええ、ええから
嗚呼…
こんな未来認めん、認めるもんか
お前が居ない未来など要らない
花邨・八千代
【徒然】
視界に満ちるのは赤と白
縁起がいいと寿ぐにはひどく生臭い色
くちゃくちゃと何かを食む音がした
視線を上げた先で蹲る自分の背中がある
その傍らに転がるのは動く気配のない、先ほどまで自分の隣にいた筈の男
やだ、やだ、見たくない
いやだ、やめろ、やめて
忙しなく揺れていた頭の動きがとまり、不意にこちらを向く
べったりと、その口と手を汚す赤いそれが何かを知っている
いっそ無邪気に笑った口元からぼとりと長い臓物が落ちた
その繋がる先は男の腹だと、見えずともわかる
「おいしい」
動かぬ躯に頬を寄せて笑う姿に怖気が走る
光のない男の目と視線が絡んで逸らしたくとも逸らせない
嗚呼、なんて地獄だ
叫ぶことすらできないなんて
●薬師と鬼
「……ぬーさん」
「ああ、来とるな」
八千代の声掛けに、ただ瞳を眇めた布静。
探すまでも無く、向こうから敵が来てくれる事は好都合であろう、とは思えたが。
思ったよりもその気配の数は多いようにも思えた。
「……ま、しゃあな――」
その言葉を紡ぎきる事が出来ず、布静は息を咽む。
――視界の先に、彼女が見えた。
前へ、前へ、前へ。
いかにも楽しそうに笑みを作った彼女。
一歩も足を踏み出す事も出来ぬ布静を置いて。
その背を、彼女の髪のインナーカラーと同じ色に染めた羅刹。
彼女は敵へと拳を振るって肘を叩き込むと、重たげな薙刀で弧を描く。
しかし敵の数は、多く強大だ。
隙を狙って横殴りに叩き込まれた脇腹への一撃を、躱すことも出来ずに受け止める小さな身体。
それを避けんかったんは、俺がココにおるからか?
それでも彼女はこちらを振り向くことも無く、その背を向けたまま。
愛しい強くて丈夫な鬼は、花が色づき綻ぶように紅に染まってゆく。
「なあ、ぬーさん。俺、ぬーさんの事大好きだぞ」
きっと彼女は、笑っているのだろう。
やめろ、聞きたくない。
それは心の奥へと投げ込まれた鎖の切れた錨のように、深く深く沈んで行く。
それは呪いにも似た、愛の言葉。
――嗚呼、憎い。……動けん、この身が憎い。
また失ってしまうのだろうか。
また何も出来ずに、見ている事しか出来ないのだろうか。
アイツなら大丈夫だ、と油断をした。
アイツならできるだろう、と過信をした。
俺は、俺は、アイツに甘えとった。
へしゃげた彼女の腕が、目の前に落ちた。
それでも彼女の歩みが止まる事はない。
それこそ鬼神でも宿ったかのように、大嫌いな紅色に染まった彼女は前へ、前へと立ち向かってゆく。
それなのに。
それなのに。
布静の足は、一歩だって動いてくれない。
――お願いや、もう、もうやめてくれ。
もうええ、ええんや、ええから。
「布静」
鼓膜を震わせる彼女の声。
それは別れを告げられる時の声に、よく似ているように思えた。
やめてくれ。
俺は、お前を――。
ぞん、と。鋭くも鈍い音が響いて、手毬のような何かが転がってきた。
てん、てん、てん。
布静は唇を戦慄かせて、ソレを見る。
「……!」
紅色、朱色。
それは落ちた椿の花にも似て。
見開かれた赤。
胴体から切り離されて、布静の爪先まで転がってきた八千代の首。
何も映すことの無くなったその赤い瞳は、布静の茶色い瞳をじいと見ていた。
――嗚呼、こんな未来。
こんな未来、認めるものか。
――や、やだ。
視界に満ちた、赤と、白。
それは縁起がいいと寿ぐには、ひどく生臭い色。
おぞましくも汚らしい咀嚼音が、八千代の鼓膜を震わせる。
八千代は、八千代の背を見ていた。
目の前でうずくまった八千代は、何かを食んでいる。
いいや。
ソレが何か、なんて、知っている。
認めたくないだけだ。
見たくないだけだ。
やだ、やだ、やだ、やだ、やだ。
いやだ、やめろ、やめて、……やめて。
うずくまる八千代から、じりじりと後ずさった八千代は『ソレ』と目があった。
ソレは、八千代の愛しい人。
隣に居た筈の、男。
見開かれた茶色の瞳と、八千代の赤い瞳の視線が交わされる。
いいや、知っている。
本当は彼の瞳はもう、なにも映しちゃいない。
ぼてん、とあかいろが落ちた。
それは彼であったもの。
うずくまっている八千代はそのあかいろを拾い上げて、口へと運ぶ。
そして、ふ、と振り返って。
八千代の瞳と、八千代の瞳がぱちり、と合った。
「おいしい」
甘やかに笑った八千代の鋭い歯は、彼の肉を食んでいる。
千切れた青い指先。
溢れた臓物。
彼より千切った頭部を愛しげに抱き上げると、その八千代は頬を寄せて。
頬に頬を寄せ、滴る鮮血を赤い舌が舐めあげて。
見たくないのに、見ることがやめられない。
やめろ。
声が、出ない。
嗚呼、嗚呼、嗚呼。
なんて地獄だ。
やめろ。
そうして口づけをするように、八千代は大きく唇を開いて――。
やめてくれ!
おねがい、だから。
「……千代!」
「――ぬの、せ!」
びくり、と跳ねた肩。
互いの名を呼ぶ声で、はたと正気を取り戻した二人は視線を交わし合って。その身体に傷が無い事を知る。
「――嫌なもん見たわ」
「……俺も」
苦虫を噛み潰したように眉を寄せた布静に、八千代は同意を重ね。
「ま、敵さんも来たようやし。行こか」
「そうだな。……やろうか、ぬーさん」
「おー」
交わす言葉。いつもと同じ調子で交わされる言葉が、こんなに安心できるモノであるなんて。
肩を竦めた布静は、細く細く息を吐いた。
――そうやな。
お前が居ない未来なんて、認めないし、要らへん。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ラピタ・カンパネルラ
【仄か】
星、川、木立に花々
色彩の嵐が全部
燃えている
僕の目には強い魔力が必要で
だから僕は強くなって世界が見たくて。
けど、眼球も偽物で、皮膚もまだらな、不完全な僕は
器になりきれないのか
炎が流れ出る
綺麗だ。綺麗、頭が壊れそう
星空って雨粒みたいだ
花弁ってあんなにやわらかい
赤って炎の色じゃない
ねえ、ねえ
笑った瞬間、目が切り裂かれた
炎の怪物の討伐かな
目から血が溢れてまた暗闇
血が炎に変わり燃え広がる
いやだ
全部灰になんてしたくない
止まらない
僕を庇う重み
勇ましくて優しい声、灰のにおい、カロン、カロン
腕を回した側からまた燃える
皮膚から炎が溢れ出す
カロンが燃える
全部灰へ
ああ僕
君の背中すら抱けないのかな
それは
やだなあ
大紋・狩人
【仄か】
緑も花も、夜天も流れも
全て灼け果てた世界。
猟兵達に囲まれ、哀しそうな少女。
赤い眼が裂かれている。
光だけ見える故、燃える花畑に幸せそうに笑った、きみの危うさ。
ただ、綺麗なものにこがれた女の子。
傍らには僕。
斃れ、首が転がっている。
庇ったのか。
最後まで守り通せる者しか、
体張って庇ってはいけないのに。
再び無力に大切な人を殺されるのか。
戦人失格だ。
怖いよ、遺すのは。
寒いな、火に包まれているのに。
きみは寒くないか。
手を伸ばし返したい。動けない。
悔しい。哀しい。届かない。雫、視界が滲む。
蒼炎に貪り喰われ、
灰へ。
ただ手を取り温めることも、
願いも生も幸いも、叶わず。
燃え痕となる。
(いやだ。
させるかよ!)
●灰
全て、全て、灼け果てていた。
緑も、花も、空も、流れも。
全て、全て、燃えていた。
星も、川も、木も、花も。
それは本当に綺麗だった。
ラピタのあかい義眼は、魔力を通す事で視界が与えられる。
強い魔力があれば、世界も見えたはずなのに。
強くなりたかった、でも。
皮膚もまだらで、眼球も偽物。
不完全なラピタは、器になりきることが出来なかったのだろう。
だから、美しく見える炎が好きだった。
踏み出した脚先で炎が、小さな花を焼いて散った。
また一歩、踏み出した先で灰と化した草花が塵と溶けて消える。
燃える、燃える。
綺麗だ。
頭の奥がじんと痺れるくらい、これがきっと感動なんだろう、と思う。
星空って雨粒みたいだ。
花弁ってあんなにやわらかい。
ねえ、ねえ。
赤って炎の色じゃない?
なら、この、一面の蒼は?
綺麗だな、綺麗だ!
響く足音はたくさん、たくさん。
きっと、このきれいな風景を見に来たのであろう。
こちらへと訪れた皆に、ラピタが笑いかけた瞬間。
その赤い目が、裂かれた。
炎の怪物の討伐だと、口々に皆が言っている。
目から溢れる温かいもの。
血が、血がでているんだ。
血が炎に溶けて、その血がこうと燃え上がる。燃え広がる。
やだ、やだ、やだ。
おかしいな、止められない。
全部灰になんか、僕はしたくないのに!
止められないんだ!
そんなラピタを優しく抱いた身体、それは灰のにおいがした。
虚ろも見えぬ暗い世界で。
これは、彼だと思った。
カロン。
ねえ、カロン、カロン。
そうだ、鼓膜を震わせる優しくて勇ましい彼の声。
万一。
誰かに叱られる時は、僕も並んで叱られようと、言っただろうなんて。
見えぬけれど彼はきっと、僕を庇っているのだと、思った。
僕の炎は優しい腕を燃やしてしまう。
優しい背を焦がしてしまう。
どうして、どうして。
燃えてなんか、灰になんか、したくないのに。
それでも炎は、残酷なまでに綺麗に燃えている。
狩人は、もうずっと見ているだけであった。
狩人は、もう動くことができなかったのだ。
彼女を庇った身体から、ころんと転げた首。
狩人の視線の先には、怒声を上げる人々に囲まれて困ったように眉を下げた少女の姿。
その姿がひどく哀しそうで、狩人はもう自分の指が無い事がとても残念であった。
もう狩人には、悲しむ彼女の手を引く事もできない。
彼女の、あかい瞳が裂かれている。
彼女は、ただ、きれいなものを見たかっただけなんだろう。
彼女は、ただ、きれいなものに焦がれていただけなんだろう。
炎だけがはっきり見えた、と彼女はいつか言っていた。
燃える花畑で幸せそうに笑った、きみの危うさ。
僕には守れなかった。
首だけになってしまった狩人は、その姿をじっと見ている。
きっと少女を庇おうとしたのであろう。
最後まで守り通す事も出来ないというのに、その身体を張って無残にも何も守れぬ屍を晒して。
首だけになってしまった狩人は、何も守れない。
――再び。
再び大切な人を殺されるのか。
何も守れず、何の力にもなれず。
――戦人失格だ。
烟る煙が灰を纏って、炎が燻っている。
怖いな、遺していくことは。
寒いな、こんなに火は燃えているのに。
ねえ、君は寒くないか?
手を伸ばしたいのに、離れてしまった胴体は随分と燃えてしまった。
動けない。悔しい。哀しい。届かない。
全部、全部、全部、燃えて。燃えて。
燃えた。
願いも、命も、幸いも、叶う事無く。
背を抱くことも、手を繋ぐことも、伸ばされた指先を取ることも。
ひとつも許されないで、すべて、灰燼と成る。
それは、やだなあ。
いやだなあ。
「させる、かよ!」
「カロン」
吠えた狩人を、ラピタは呼ぶ。
――ふたりとも随分と悪い夢を、見せられていたようであった。
彼女が人でなくなってしまう、『その者に起こりうる未来の中で一番酷い未来』。
肩で息をした狩人は、ゆっくりとその心と吐息を落ち着けて――。
「……行こう、ラピタ」
「うん、敵だ」
ラピタの手を握ると、歩みだした。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
テオ・イェラキ
オリオ(f00428)と
『その者に起こりうる未来の中で、一番酷い未来』か…
俺にとって一番嫌な、酷い未来とは妻を失うもの
それ以外なら、どんな苦難があろうともオリオと共に乗り越えていける
幻覚の内容はどこかの世界における戦場だろうか
腹を抉られ、血みどろになっているオリオが見える
汚れるのも厭わず抱きしめ、必死に血を止めようとするが、こうなっては俺は無力だ
畜生、誰か、誰か来てくれっ!
誰かに助けを求めても、荒れ狂う戦場の中でこちらに駆け寄ってくれる余裕のある者はいない
段々とオリオが冷たくなってくるのを感じていく
駄目だオリオ、俺を置いていかないでくれ
お前が生きていてくれない世界なら、俺はもう…
オリオ・イェラキ
テオ【f00426】と
…ここは?
星の光が視えない、何もない暗闇
夜ではない場所
どうしてわたくし、こんなところに
何かを見た気がし、て…
黒の中に一つだけ存在する色
ああ、ああ
倒れ伏したあの方。わたくしの、わたくしの緋鷹
――テオ
どうして
わたくしが護ると誓いましたのに
共に居ると告げましたのに
触れた貴方が氷のように冷たい
わたくしを抱きしめたあの熱さが無いなんて
ねぇ、広がる紅は一体誰に傷つけられたの
夫の隣にいる為に、毎日剣を振るい己を鍛えても
…守れもしないなんて
なんて、なんて
わたくしは無力なのかしら
貴方もわたくしを置いて逝くの?
幼き日失った片割れのように
あぁ…光が観えない
今すぐあなたの元へ、飛んでいきたいのに
●命の色
空の茜色が世界を飲み込み、何かを連れてくるかのように。
夜が近づくにつれて、蠢く無数の気配が膨れ上がってきていた。
オリオと並んで、膨れあがる気配を追ってきたテオは肩を竦めて。
「『その者に起こりうる未来の中で、一番酷い未来』を、見せられるなんてどうもぞっとしないがな」
「ふふ、けれど未来を知っているという事は、回避も行いやすくなるものでしょう」
「うむ……、まあそうだなあ」
言葉を交わした二人が道を曲がった、その瞬間。
鋭く冷たい氷柱を押し込まれるような悍けが、身体を駆け巡った。
雄叫び、怒号、剣戟。
いくさ場の音が響き渡っている。
逞しいテオの腕の中には、オリオがすっぽりと収まっていた。
オリオはひゅうひゅうと笛を鳴らすような音を漏らしながら、肩で息をしている。
もとより白い肌は、今や蒼白と表現するのがぴったりの色。
「て、お」
「――無理に喋るな、オリオ!」
腹を深く抉られたオリオは、その身体の中身を外へと曝け出している。
傷口を抑えるテオの掌よりも大きな傷。
彼女の命がとぷとぷと傷口よりこぼれて、あふれだすのが見えるようであった。
テオの腕の中はこんなに暖かいのに、握るオリオの掌はどんどん冷えてゆく。
どうして俺は、彼女の傷を癒やす術を持っていないんだ。
「畜生、誰か、誰か来てくれッッ!! 重症なんだ!」
怒号の一つとして、いくさ場の中に溶け消えるテオの声。
誰もが戦っている。
誰もが人を庇う余裕すら持ち合わせていない。
荒れ狂う戦場の中で、テオの腕の中でオリオがどんどん冷たくなっていく。
「わたくしの、い、としい緋鷹」
「喋るな、オリオ、駄目だ。……俺を、俺を置いていかないでくれ」
解けた夜の色の髪がそろりと流れて、黒薔薇がまた一輪地へとこぼれ落ちた。
オリオは、小さく笑ったように見えた。
「……かなしまない、で」
「……駄目だ」
臆面もなく涙が溢れた、溢れた。
どれだけ鍛えたって、彼女を護れなければなんにもならないのに。
全て、全て、無駄な事だ。
彼女の居ない世界に、意味なんて――。
「お前が、お前が生きていてくれない世界なら、俺は、俺はもう
………!」
彼女の強張っていた身体が、弛緩したように感じた。
オリオの黒い瞳から、意思の色が溶け落ち――。
それは音の無い世界であった。
星の光も無い、夜の空気もない、何もない暗闇。
「……ここは?」
どうしてオリオはこんな場所にいるのであろう。
それでも昏い闇の中で、何かを見た気がして。
形の良い眉を寄せて、彼女は瞳を細めた。
何かが倒れている。
黒の中で、その赤だけが酷く鮮明に見えた。
オリオは駆け出す。
倒れ伏している大きな体。
それは、彼女の夫。
テオ、その人。
「テオ、……テオ、どうして?」
大きな体へと寄り添うと、鍛え上げられたその肉体は氷のように冷えていた。
「……わたくしが、護ると誓いましたのに……、共に居ると告げましたのに」
ほつりと零す言葉には、深い絶望の色。
彼の与えてくれた熱は、その身体からはもう感じる事ができない。
傷つけられた傷口から、命が出ていってしまったのだろうか。
闇の中では解らぬが、オリオの掌はテオの命の色で真っ赤に染まっているのであろう。
一体この傷は、誰に傷つけられてしまったのであろう。
彼の隣に居るために、毎日剣を振るって己を鍛えたというのに。
「護れも、しないなんて――」
嗚呼、嗚呼、嗚呼。
なんて、なんて、なんて。
「……わたくしは無力なのかしら」
じっとりと冷たい血が身体を濡らす事も厭わず、倒れたテオに身体を寄せるオリオ。
貴方もわたくしを置いて、逝ってしまうの?
幼き日に失った、あの片割れのように。
わたくしの、わたくしの緋鷹。
どうして、どうして。
ここは、あまりにも昏い。
光が、観えない。
――今すぐあなたの元へ、飛んでいきたいのに。
それすらも叶わぬだなんて。
ぱつん、とテレビのチャンネルが入れ替わるように。
視界が切り替わる。
「……は、……ッ」
目の前には――。
はっと顔を上げたテオは思わずオリオの手を取って、妻の顔をまじまじと見やった。
白い頬にはうっすら紅が差している。
美しき瞳には、意思の色が灯っている。
……生きている。
「……テオ」
オリオも細く彼の名を呼ぶと、きゅっとその掌を握り返して。
こっくりと頷いたオリオが、彼女より手を離すと得物へと手を添えた。
「ああ、――来る」
ああ、全く嫌なものを見せられた。
ああ、全く。
――絶対に、護ると。
一気に膨れ上がった敵意へと二人は構えて――。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
御園・ゆず
UDCを探せと言われましても
……どんな姿なんですか?不親切すぎます!
小動物というからには山にいるのでしょうか
春の匂いが満ちる山に足を踏み入れましょう
蜂蜜色の光が差す道を進むと、カサリと音が
バッと振り返ると
『非日常』である猟兵になってから出会った優しいヒト達が血濡れで倒れている
『日常』である学校のオトモダチがケタケタ嗤いながら優しいヒトたちを傷付けわたしに言う
「あんたなんかに救いなんてあるわけが無い。一生ワタシ達の奴隷なの。一生虐められてみじめに生きなさい!」
どうして
何故こんなヒト達の為に死にそうになりながら戦わなくちゃいけないの?
UDCなんかより
ヒトの方が恐ろしいよ
こんなチカラ、欲しくなかった
●悪意
小動物としか表現が出来ないと言われたって、もう少し方法があったであろう。
姿も解らぬモノを探せと言われる事はゆずにとって、とても不親切に感じられた。
しかし、文句を言った所で敵はやってくる。
動物と言うからにはきっと山にいるのであろうという推論から、草木ごと全て飲み込む濃い蜂蜜色に染まった山道を、ゆずは歩いていた。
春のにおいがする風。
そこかしこより感じる気配。
ああ、これは確実にいるな、と。
ゆずが得物に手を伸ばそうとした、瞬間。
――見られている。
得物を抜いて、振り返ったゆずがその銃口を向けた先。
うめき声。
見覚えのある人達が、血濡れで倒れていた。
――それは猟兵という、『非日常』で出会ったヒトたち。
ゆずにも優しく接してくれる、優しいヒトたち。
ケタケタと響く、耳障りな笑い声。
見覚えのある人達が、倒れ血塗れになった彼等を蹴り上げた。
――それは学校のオトモダチたち、『日常』で出会ったヒトたち。
ゆずを蔑み、媚び諂わなければ仲間外れにするヒトたち。
「ねえ、あんた。救いがあるとでも思っていたの?」
ぐりと優しいヒトの頬を、オトモダチの靴底が躙った。
靴に付いてしまった血を汚らわしいものと言わんばかりに彼の服で拭いながら、オトモダチは言葉を接ぐ。
「あんたに救いなんかある訳無いじゃん。あんたは、一生ワタシ達の奴隷なのよ」
あはは、とオトモダチに同調してオトモダチ達が笑った。
その顔をゆずは、見上げる事すら出来ない。
「一生虐められて、みじめに生きるのがあんたにはよーくお似合いよ!」
笑い声、笑い声、笑い声。
嗤い声、嗤い声、嗤い声。
どうして、どうして、どうして?
――何故。
こんなヒト達のために、命を、身体を張って。
死にそうになりながら、苦しみながら戦わなくちゃいけないの?
こんなのUDCなんかより、ずっとずっとヒトの方が恐ろしいよ。
こんなチカラ、欲しくて手に入れた訳じゃない。
こんなチカラ、欲しくなんてなかった。
普通でいたかった、ヒトに溶け込んでいたかった。
そう、ありたかった。
茜色の差し込む山道。
銃口をまっすぐに構えたゆずは、もう未来を見てはいない。
しかし。
ゆずの耳の奥にはオトモダチの嗤う声が、残ったままであった。
大成功
🔵🔵🔵
ラビ・リンクス
ナユf00421と
満腹の余韻を邪魔する声
ざわついてきたなと問いに答え
食後の緑茶を口にする
同時に口に広がるやたら甘ったるいパイの味
何だと手元を見れば視界を区切る首輪が無く
開けた視界に大鎌を握る己の手と
首だけになった『知人』達
薄情にも焦りすら感じず
何より強烈な感覚に囚われる
これが未来とやらには思えずに
今まさに首を断ち切った感触も、
この味も自分はとっくに、
--帰れない
可笑しな言葉が勝手に口をつくと同時
いつもの歪なトランプが遠くで何かを切り刻む
消えていく鎌と首
いつの間にか首の戻った隣人へ
サイアクだった?と聞いてみる
俺は夢でよく見るヤツだったァ
剣を吞気に構えて戦いながら笑って
美味い土産も買おうぜ
皆への!
蘭・七結
ラビさん/f20888
ゆうるり移ろう時間のなか
とがり耳に触れる雑な声色
嗚呼、なんて喧しいこと
あなたにも届いているかしら
部屋の片隅、ひとつきりの眸
吸い込まれるようになにかが視える
噎せ返るあまさが纏わりつく
染まる口許と指さき
あかい水面と共にわらう鬼
ひとにゆるされ解き放たれたもの
もとめてころしてはいけないの?
おんなじ貌の鬼が問う
いたずらなものをみせるのね
あなたは何をみているのでしょう
嗚呼、至極でサイアクね
可笑しくて笑みが溢れてしまうわ
振り返らないまま先導するだけも
手を引かれるまま後に続くだけも
どちらのなゆともお別れを
隣に並び共に立ち向かう
それが今のわたしの答え
過ぎ去った後は売り場で甘味を探しましょう
●あまいあじ
「――嗚呼、なんて喧しいこと。あなたにも届いているかしら?」
「あァ、ざわついてきたな」
食事を終えた後の、ゆったりとした時間。
温かい茶の注がれた湯呑を片手に頷いたラビは、七結のあかいろの瞳を見てから周りを見渡して。
その先でひたり、と。
宝石のような単眼と、彼は目があった。
それは、まるでテレビのチャンネルを切り替えたかのようであった。
口の中にやたらと甘ったるいパイの味が広がっている。
ラビは気づかぬ間に立っていた。
何だよ、と。
視線を落とせば、いつも目に入る筈のラビについている大きな首輪が見当たらなかった。
「……ああ」
気がつけばその手には、死神めいた大きな鎌を握りしめている。
こつ、と足先に何かが当たった。
あかい瞳。
ナユだ。
足元に転がる、無数の首、首、首。
どの顔も、どの顔も、どの顔も、ラビは知っている、見覚えがある、言葉を交わした事がある。
ラビは納得したように小さく鼻を鳴らして、鎌を見た。
血に濡れた刃。
焦りすら無い。
口の中の甘さ。
今まさに首を断ち切ったのであろう手の感触。
こんなの、自分は、とっくに。
「――帰れない」
勝手に言葉が溢れた。
いつもの歪なトランプが遠くで何かを切り刻んでいる。
これは、知っている。
――むせかえる、あまさ。
しっている、このあまいかおりは。
唇に紅を引いて、その指先を染めて。
あかいあかい水面に映る鬼は、笑っていた。
ねえ。
――もとめてころしては、いけないの?
七結とおんなじ貌の鬼は、首を傾いで甘やかに笑った。
そのあかがとても色鮮やかだったものだから、七結は瞳を笑みに揺らして。
『ひと』にゆるされ、解き放たれた鬼をまっすぐに見やった。
「――嗚呼、至極でサイアクね」
ほんとうに、いたずらなものをみせるのね。
くすくす、と七結は笑う。
そう。
振り返らないまま、先導するだけも。
手を引かれるまま、後に続くだけも。
どちらのなゆとも、お別れを。
――隣に並び、共に立ち向かう。
それが、今の七結に出せる唯一の答えだ。
「ねえ、あなたは何をみたのかしら?」
「あー。俺は夢でよく見るヤツだったァ」
「まあ、そうなのね」
切り替わるときだって、まるでテレビのチャンネルを切り替える時のように。
ぱつん、と切り替わった視界に七結とラビは得物を構えて。
七結の下には身体がある。
七結は酷くあかい紅を引いてはいない。
「ああ、そうだわ。無事過ごすことができたなら、あまいお菓子を買って帰りましょう」
「ハーイ! 土産も買おうぜ、皆への!」
「ふふ。そうね、楽しみだわ」
そうして膨れ上がる敵意を見やった二人は、同時に地を蹴った。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
シキ・ジルモント
衝動のまま獣人の姿を取り爪を振るった
手当り次第、何度も何度も
その嫌な感触をはっきり思い出し
血塗れで倒れる見知った者達の姿を前に立ち尽くす
これは、俺が…?
人狼の特性…満月を見て凶暴化し理性を失った自分が
見知った者や親しい者を傷付け命を奪う事
それが、『一番酷い未来』
凶暴化によって他者を害した過去の記憶は、今でも夢に出る程
あの時は襲って来た野盗だった
気付いた時には両手は血に濡れていて、全部動かなくなっていて
もし同じ事が起こり見知った者や親しい者が近くに居たとしたら、この光景は現実に…
いや、違う、違う…!
そんな事はしないと否定する
根拠など何も無いが、そうでもしないと
この震えが止まりそうになかったからだ
●満月の夜
夕焼け色は鮮やかに世界を飲み込み、シキはその眩しさに瞳を細めて前をまっすぐに見た。
肌に感じる居心地の悪さは、敵意を持った何かが潜んでいる事の現れであろう。
獣の耳をアンテナのようにピンとはったシキが、一歩踏み出すと。
同時に。
何かが動いた気配に耳が跳ねさせて、彼は振り向いて――。
ぽっかりと丸い月はまるで、空に空いた穴のようであった。
シキは、鋭く伸びた爪を振るう。
肉が抉れる。
血が溢れる。
鳴き声、叫び声、怯え声、怒鳴り声。
傷口から命が零れ落ちてゆく。
猛る狼は、それでも止まる事は無い。
全ての声を叩き潰すまで、振り上げた拳がその肉を喰らい尽くすまで。
人狼病。
ダークセイヴァーの病だ。
感染すると獣の特徴を持つようになり、満月を見ると凶暴化する身体と成る。
――あの時は、襲ってきた野盗であった。
気づけば全てが冷たくなっていた。
転がった血塗れの野盗達。
血に濡れた両手がお前のせいだと責めているように感じられた。
では、これは。
今殴りつけたコレは何だ?
牙を立てて、爪を立てて、怯えているコレは。
ああ、この顔を、シキは、知っている。
知っている。
シキは今、親しき者の命を喰らっている。
「――ッッ!」
びくん、とシキは身体を跳ねた。
とくとくと心臓が跳ねて、血液が大量に流れて行く感覚を耳の奥で感じる。
短い呼気を何度も吐いて、シキは見開いた瞳で道の先を睨めつけたまま。
……もし。
満月の夜に凶暴化してしまったとして。
――その時にもし、見知った者や親しい者が近くに居たとしたら?
シキの手は、今は血に濡れてはいない。
しかし、もしそんな事があったとすれば。
あの光景は、薄氷の向こうに存在する未来の光景だ。
薄く割れやすい境界。
それはいつだってシキの横にいる、未来であるように思えた。
ぞぞと粟立った肌。
違う、違う、違う。
――俺はもう、あんな事は絶対にしない。
否定するシキには、その否定を信じられる根拠なんて一つも無かった。
しかしシキは、そのように自分に言い聞かせる事しか出来ない。
――この震えが、止まるまで。
大成功
🔵🔵🔵
橙樹・千織
眼前には燃え盛る糸桜の森と櫻の館
その手前には銀髪をポニーテールにした蝙蝠羽の男
道化の様な男はニタリと嗤う
「アぁ、逢いたかったヨお嬢さン!」
光景と存在に目を見開き
手が全身が震える
あぁ、あぁ…そんな
悪しき縁が、繋がってしまった?
…、お前は彼方の存在のはず
何故お前が此処に!
「アの美しい翼が欲しいノに、今の君はそうじゃなイ
けれど私は知っていル!姿を変えた君ハあの翼を持っているだろウ!」
質問に答えずケタケタ嗤う男は全身血塗れ
まさ、か…それ
嘘
だってそんなこと
みなさんが…こんな奴に
「君に姿を変えさせるにハこれが一番早イ
みーんな、■んでしまったヨ
君のせいで、ネ」
あらゆる負の感情が綯交ぜになった巫女の絶叫が響く
●きみのせい
燃える、燃える。
全部、燃えている。
燃え盛る糸桜――枝垂れ桜は花の変わりに炎を咲かせ。
立ち並ぶ桜の奥で、千織のよく見知った櫻の館にも炎が咲いていた。
「アぁ、逢いたかったヨお嬢さン!」
銀糸の髪を一括りにしたコウモリ羽根の男が、道化のようにニタニタと千織へと嗤いかける。
だいだい色の瞳を見開いた千織は、刀の柄を握りしめようとするが力が入らない。
震える指先。
短く呼気を何度も繰り返して、粟立つ肌。
カチカチと奥歯が震えて音を立てている。
ああ、ああ、ああ。
そんな。
――悪しき縁が、繋がってしまった?
「……お前は彼方の存在のはず……、何故、何故お前が此処に!」
にたりと笑った男が、赤く染まった上着をくっと引いて。
千織の鼻先に顔をよせて、瞳と瞳をまっすぐに交わした。
「アの美しい翼が欲しいノに、今の君はそうじゃなイ!」
彼を染めているのは、赤。
命の色。
それは、それは。
「けれど私は知っていル! 姿を変えた君ハあの翼を持っているだろウ!」
とん、とバックステップを踏むと。
血に濡れた刃を真っ直ぐに千織に見せつけるように。
男が首を傾いでまた意地の悪い笑みを見せた。
「まさか、……それ、」
嘘だ。
だって、そんな事。
「ネ! 君に姿を変えさせるにハこれが一番早イヨネ~」
こんな奴に、こんなやつに、皆が、皆が。
「みーんな、みんな、みんな、 んでしまったヨ」
戦慄く身体を抑え込もうとしても、身体が言うことを聞いてくれない。
千織は、立っていることで精一杯だ。
男は、本当に大切なものを取り出すみたいに『ソレ』を掲げた。
「――君のせいで、ネ」
それは、首だ。
ぽたり、ぽたり、溢れる血。
「あ、あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
響いたのは絶叫。
森を守る守護の巫女は、ただ、ただ負の感情が全て綯交ぜになった甲高い声をあげて。
森が燃える。
桜が燃える。
館が、燃えている。
全て全て、灰燼へと。
「あ、ああ……あっ、ああ……」
戦慄く身体をぎゅうと抱きしめると、ひゅうひゅうと喉が笛のように音を立てた。
千織にはここが、宿のどの辺りなのかは解らない。
しかし、一つだけ分かっている事があった。
――今、彼女は敵に見られている。
大成功
🔵🔵🔵
ファルシェ・ユヴェール
宿近くの山中、木々の合間を捜索
…今の私が恐れる酷い未来と云うのなら
恐らくは、愛しい人を喪う幻覚でも見るのでしょう
大丈夫
それが現実でないと知っている
生まれ育った世界で、取り返しのつかぬ絶望感を知っている
今更、現実でないものなど
――大丈夫、耐えられる、と
然し
見得たものはそれではなく
かつて死にかけた時と同じ――それ以上の痛みと虚脱感
何故
大切なひとが出来て尚、恐れるのは自分の死である、と?
私は、そんなにも自分本位だったと
…否、
『君が認めてくれる限り、』価値あるもので居られると
そう微笑んだ姿が脳裏に浮かび
そしてあのひとが崩折れる姿を幻視する
存在価値を縋らせた
その己が失われたら、
駄目だ、それでは――彼女は
●価値ある者
地を踏みしめると、ブーツの先がさくと音を立てた。
茜色に染まる山中、木々の合間より盛れる空の色がファルシェを照らしている。
――今の私が恐れる、酷い未来。
きっとそれは、愛しきあの人。
アメシストを贈った彼女を喪う未来の可能性であろう。
想像をすれば確かに恐ろしく、肚の奥がむずむずするような居心地の悪さを感じる。
しかし、ファルシェはそれが現実で無いと理解している。
可能性の低い未来。
ダークセイヴァーで生まれ育った彼は、取り返しのつかぬ絶望を既に知っている。
大丈夫。
今更、今ある現実でないモノを見せられた所でファルシェの心が揺らぐ事など無いだろう。
――さくり、さくり、足音を響かせて。
その瞬間。
視界の奥が歪んで、『ソレ』が見えた。
ザッピングされたテレビのように、ちらついて、彼を呑み込んで――。
血が溢れる様を見た。
白い肌を貫かれ、命が零れ落ちてゆく。
その身体は、力なく膝を突いて――。
「……ッ!」
それは幾らでも見憶えがあるものと、吐き捨てる事ができぬ映像。
吐き気すらする。
以前死にかけた時と同じ、――いいや、ソレ以上の痛みだ。
酷く身体を蝕んだ虚脱感に、ファルシェはかぶりを振った。
私は、そんなにも自分本位だったと言うことだろうか。
彼女を失うよりも、怖い事が?
大切なひとが出来て尚、恐れるのは自分の死である、と?
そう。
彼が『見た』ものは、――死する自分の姿であった。
アメジスト色の瞳の奥を揺らして、ファルシェは細く細く息を吐く。
否定するかのように、もう一度左右にかぶりを振る。
脳裏に浮かんだのは、あの日の彼女。
『君が認めてくれる限り、私は少なくとも君にとっては『価値ある物』で在れる』。
そう彼女は、アメシストを撫でて笑った。
想像の中の彼女が、膝を突いて崩れ落ちる。
それは先程みた、自分の姿を重ねるように。
「……駄目だ、それでは、――彼女は」
君にとっては『価値ある物』。
それは存在価値を、『自ら』に縋らせてしまったという事だ。
では、その己が失われたとしたら?
――彼女は、彼女はどうなってしまう?
下唇を噛んで、ファルシェは瞳を閉じる。
駄目だ。
そう、気づいてしまった。
今は、――敵が、来ている。
大成功
🔵🔵🔵
遠千坊・仲道
予知を見て、依頼を受けてくれた猟兵を予知の現場まで転移させた。
怪我ひとつなくとまではいかなくても無事に帰ってくるだろ、と気楽に待っていた。
それくらい、予知の内容では難しくない任務のはずだった。
だけど猟兵は、あいつらは、いつまで経っても帰ってこない。
転移させられるのは俺だけだから、別の猟兵が偵察や救助に向かうのを見送るしかなかった。
何度も、何度も。
誰も帰ってこなかった。
やがてグリモアベースにノイズが走り、歪んだ景色に猟兵の、仲間の姿が映る。
泣き叫ぶこともできず、ただ唖然と立ち尽くす俺のそばで、空間が揺らぐ。
破滅の象徴が、そこにいた。
……冗談キツいぜ。
あいつらが負けるわけねぇだろ。
……そうだよな?
●暗澹
旅館の中を、仲道は歩いていた筈であった。
しかし、今は。
――そんな訳ないだろう、と。思った。
転送の発動維持の為に、仲道は待つ事しか出来ぬ事も承知の上であった。
そりゃあ、怪我ひとつ無い事を想像していた訳では無い。
送り出した猟兵達が、怪我をしてこない事のほうが稀なのだから。
それでも予知の内容を考えれば、難しくない任務の筈であったのだ。
送り出した者が誰も帰ってこないなんて、誰が想像できただろうか。
仲道は転送の発動維持の為に、此処を動く事はできない。
できる事と言えば、別の猟兵を更に送る事だけだ。
「なあ、頼んだぜ猟兵。きっと、あいつらと帰ってこいよ?」
笑って大丈夫だよ、と言ったあいつも。
「なあ、……絶対こんなのおかしいよな、……あんたは帰ってくるよな?」
危なそうならすぐ逃げるさ、なんて言ったあいつも。
「……気をつけて」
難しい顔で頷いた、あいつも。
誰も、誰も、誰も、帰ってこなかった。
何度も、何度も援軍を頼んだ。
誰も、誰も、誰も、帰ってこないんだ!
おかしいだろう!
俺は見送るしかできないんだぜ。
世界の風景が揺らぎ移り変わる風景に、ノイズが走ったように見えた。
揺らぐ世界。
ただそこに立ち尽くす仲道は、呆然とするばかりで。
――揺らぐ、揺らぐ世界。
顔のモニタの砂嵐は、何も映していない。
いいや、映している。
砂嵐はそのまま。
揺らぐ世界越しに、モニタへ鏡のように映り込んだソレは。
――先程送り出した猟兵達が、屠られている姿であった。
「……冗談キツいぜ」
なあ。
あいつらが負けるわけねえだろ?
なあ。
だれかそう、言ってくれよ。
「…………は
、………、ッ」
びくん、と背を跳ねた仲道が、砂嵐の奥からざらりとした声を零した。
敵に見られたのであろう。
敵が近くにいるという事であろう。
――悪い夢を見た。
憧れて、信頼した者たちが、ただ屠られる姿。
小さく頭を振った仲道は、敵が居るであろう廊下に向かってゆっくりと構えて――。
「嫌なモン見せてくれるぜ……」
吐き出すように、呟いた。
大成功
🔵🔵🔵
フリル・インレアン
ふぇ、ど、どうして、コレがここにあるんですか?
ここはアリスラビリンスではなくてUDCアースのはずですよ。
いつか見つかるかもと思っていましたが、これは酷すぎですよ。
どうして私の扉がこんな時こんな場所で見つかるんですか。
いつも一緒にいてくれたアヒルさんはこの扉の向こうの部屋に行ってしまっていてお別れの言葉も伝えられないですし・・・。
それにどうして、私の扉が温泉と脱衣所を隔てるドアになっているんですか。
こんな格好で元の世界に帰れるわけがないですし、ここで悩んでいても湯冷めして風邪をひいてしまいます。
ふええええぇ、これは酷すぎですよ。
●かぽーん
「ふぇ、ど、どうして……?」
それは故郷へと繋がる『自分の扉』だとフリルには解った。
それはアリスラビリンスの、どこかの不思議の国にあるべきもの。
ひとりにひとつしか存在しない、他人は決して入ることの出来ぬ『自分の扉』。
――いいや。
そもそも今、フリルは何処に居るのだろうか。
本当に此処はUDCアースであっただろうか。
アリスラビリンスの温泉の国だったような気もする。
「……でも、いつか見つかるかもと思っていましたが、これは酷すぎですよ……」
ふるふるとフリルは左右にかぶりを振った。
アヒルさんは既に扉の向こうに行ってしまった。
お別れすら言わせてくれなかったアヒルさんは、最後の最後までアヒルさんであった。
しかし。
フリルはひとりきり、扉の前で立ち尽くす。
「……どうして。温泉と脱衣所を隔てるドアが、私の扉になっているんですか……?」
そう。
ここは未だ風呂場。
ハンドタオルで身体を隠したフリルは、困った顔をする。
見えるはずの脱衣所は見えない。
いえ、こんな格好で元の世界に帰れるわけが無い。
しかし、ここで悩んでいても湯冷めして風邪をひいてしまうだろう。
「ふえぇ……」
フリルは困ってしまう。
「こんなの、こんなの、酷すぎですよ!」
拳をぎゅっと握りしめたフリルが目を開くと。
そこは温泉宿の休憩コーナーのベンチであった。
ふわふわとアヒルさんが浮いている。
――つまり、あれは。
ありえる未来のウチの一つ、がフリルに見せられた結果だったのだろうか。
「ふええええぇ……、あの、あれ……、自分の扉ってひとりに、ひとつですよね?」
『未来』を見せられた筈のフリル。
それは可能性が低くとも、『未来』であると聞いている。
つまり、フリルの扉は……どこかの不思議の国で温泉と脱衣所を隔てるドアになっているという事だろうか?
「……こ、これは酷すぎですよぉ……」
あまりの事に敵が迫っていることに気づきながらも、フリルはちょっと涙目になってしまう。
え、えー。
多分偶に場所移動とか、ある、んですよ、ね?
……ふえぇ。
大成功
🔵🔵🔵
水標・悠里
リルさん/f10762
物音を辿って見に行けば一面が鮮やかに塗りつぶされていた
その中に自分も返り血で赤くなった人が居る
よく知っている
これは過去ではない、未来のこと
ならばそこに居るのは彼女ではない、私だ
この赤色は、倒れているのは大切な人たちのもの
一と多数、秤に掛ければ簡単なこと
なのに失われるのはいつも多数の命
また繰り返していく
なぜ私だけが立っているの
なぜ私だけが残っているの
私の所為で、また
お前はそういう奴だと笑う声が聞こえる
姉さん、どうして
こうなる前にどうして息の根を止めてくれなかったの
手に触れた温もりでやっと見えていたものが消える
ごめんなさい
私が私で居るために消えないでと願うのは愚かでしょうか
リル・ルリ
■悠里/f18274
悠里を追って泳いでいたはずなのに
ここはいつもの桜の館
桜が舞って
あかが踊って、ことり、
堕つるは愛しき龍の御首
あかい桜が零れおちる
安らかに幸せそうに眠る君を抱きとめる
じわりと咲く、白を蹂躙する赤の享楽
――酷く心は穏やかだ
冴えて、静かで、冷えていた
凍てつく湖面の瞳細める
これが未来だと
笑いが零れる
ふざけるなよ
こんなの、僕がゆるすわけないだろう
こんな未来は――許さない
張り詰めた空気震わせ叫ぶように歌って、歌って
未来を破る
例え幻惑であろうとも、僕の櫻を穢すなど許さない
悠里!
佇む君の手を握りしめ
大丈夫だよ悠里
―そんな未来は、ありえないんだから
君が君であり、僕が僕である限り
許してはいけない
●あかにそまる、あかにおちる
音がした。
それは微かな音であったけれど、悠里が覗き込んだ先は一面があかに染まっていた。
たしかに外は空の茜が差し込んで蜂蜜色になっていたけれど。この色は空の色では無い、あかいろであった。
人が倒れている。
あかに染まっている。
鮮やかなあか。
沢山、沢山人が倒れている。
あかに染まっている。
冷たいあか。
命であったものは、その力を失っているのであろう。
あかい屍が折り重なる中で、ひとりだけあか色に染まっているというのに立っている者がいた。
黒曜色の角が二本額から伸びている。
柔らかそうな黒髪が、さらりと肩を撫でた。
あかの中にあって、空の色をした瞳。
よく知っている。
悠里はその貌を、よく知っていた。
これは過去では無いと、知っている。
だからこそ立っているアレは、よく似た貌を持つ彼女では無い。
これは、悠里自身だ。
大切な人たちの命が、流れ落ちた後の色。
あか、あか、あか。
一と多数、秤に掛ければその答えは、本当に簡単なことであるはずなのに。
何故。
失われるのはいつも『多数』の方なのであろうか。
間違えた。
また繰り返している。
何故、私だけが立っているの?
何故、私だけが残っているの?
何故。
私の所為で、また。
あかに染まった悠里が幽鬼のように、ふらりとその足を前へと踏み出した。
誰も生きていないのに、嗤い声だけが聞こえた。
お前はそういう奴だ。
お前だけがまた。
音のない慟哭が、空を突く。
どうして、どうしてどうして。
姉さん、どうしてこうなる前に、私の息の根を止めてくれなかったの。
手に触れた温もりで、やっと見えていたものが、見えなくなる。
消えてしまう。
「――……ごめんなさい」
ごめんなさい、ごめんなさい。
でも、消えないで。
私が、私で居るために。――消えないで、と、願ってしまう。
同時にそれを願う私は、自分勝手で愚かなのだろう、と思う。
空を掻いた尾が、花弁を弾いた。
「……あれ」
リルは瞳を瞬かせる。
これは山桜の花弁では無い。
桜鳥居を抜けた先。
美しい桜源郷に佇む春暁の館。
ちらりちらり、舞う薄紅色の花弁。
桜が咲いている。
桜が咲き誇っている。
そこに、ぱっとあかいろが散る。あかい桜が零れおちる。
見慣れた廊下に、あかいろが墜ちる。
ことり。
てん、てん。
転がった愛しき龍の御首が、綺麗なあかい線を引く。
昼間に見る夢のように、生暖かい風が吹く。
薄紅色がはらはらと零れ落ちる世界の中で、そのあかだけはひどく鮮やかで。
椿の花が風に揺られて自然と落ちるかのように、そうある事こそが自然であるかのようにすらみえた。
リルはただそれを見下ろしてから、そのあかを胸に抱いた。
風が待ってほの白い花弁がリルの上に舞い落ちるけれど、リルは瞳を閉じる事は無い。
僕の腕の中で。
君は安らかに幸せそうに、どこか居心地の良い様子で長い睫毛を風に揺らしている。
きれいな顔だと思った。
リルの白が、あかに染まる。
リルはあかが白い胸を染める事を、厭わない。
それはあかが白を溶かして、白を蹂躙しながら享楽にふけっているようであった。
それでも。
リルの心はひどく穏やかで落ち着いている。
手を伸ばしても届かぬと思った桜が、今、胸の中にある。
頭はひどく冴えている。
心は静かに、冷えている。
深い瑠璃色。
凍てついた湖を写した青い瞳に、睫毛の影が落ちる。
リルはまた、あかを見下ろし。
思わず零れた笑いを、ころころと鈴のように響かせて。
ふざけるなよ。
「こんなの、僕がゆるすわけないだろう」
――こんな未来は、許さない。
許せる訳があるものか。
吠えるように、叫ぶように、唇を開いた人魚は、未来ごと喰らうかのように、獰猛にすら響く歌を紡ぎだす。
水底すら揺るがし震わせるその歌は、高く高く響いて。
はらり、はらり、落ちる桜。
落として成るものか、穢させてなるものか、赦してなるものか。
例え幻惑であろうとも、僕の櫻を――。
「悠里!」
空を掻いた尾びれが跳ねて、悠里の掌をぎゅっと握った。
その温もりに、悠里ははっと顔を上げて――。
「大丈夫だよ、悠里」
もう一度ともだちの名前を呼んだ人魚は、悠里の青色と視線をまっすぐに交わす。
「リル、さん……」
「――そんな未来は、ありえないんだから」
君が君であり、僕が僕である限り。
赦してはいけない、未来だ。
「……はい!」
小さく頷いた悠里と背中合わせ、リルは胸の前で掌を握りしめる。
そうして二人は、取り囲むいくつもの敵意を睨めつけて。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
サン・ダイヤモンド
【森】
突如として放り出された『宇宙』
心と体を支える安心感の正体は
僕を包む黒い翼の彼(ブラッドUC『比翼の鳥』)
目の前に見えるのは巨大な敵『クェーサービースト』
これは過去の光景(『星の海に』)
そしてまた起こり得る未来
不可避の物質分解波
オーラの加護も役立たず
僕を護った彼の躰が崩壊・融け消えてゆく
焦燥、絶望、抵抗
『――サン、お前だけでも』
強大な光の中、僕を庇う彼の静かで有無を言わせぬ声が
『死ぬな』
合体を解除され敵の攻撃範囲外へ突き飛ばされ
――独り、墜ちていく
僕は無知で無力で
まだだまだだまだだ
まだ足りない
彼を護れるぐらいにもっともっと
僕から彼を奪おうなんて
誰・何であろうと
反骨、咆哮、憎悪
――ユルサナイ
ブラッド・ブラック
【森】
サンが居なくなった
行先を記すよう約束した置手紙も無く
誰に訊いても何処を探しても見付からぬ
何の手掛かりも無く待ち続ける
お前がいつ帰ってきてもいいよう、寂しくないよう
俺達の家『大樹の森』で、何年も何十年も
…俺の事が嫌いになったのだろうか
違う、そんな筈は無い
サンを疑うなんて俺は、でももしも、いや違う
俺が餓え狂ってしまうなら
他者がサンを害すなら
何としてでも律してみせた、護ってみせた
伴に生きると誓ったのだから
俺が生まれてきた意味は命の意味はきっと
お前と出逢う為に
人を喰い、死も選べずに
終わりの無い孤独と意味の無い命が続く
サン、サン
せめてお前の骸を抱きたい
お前が居なくなった森は再び朽ちて
嗚呼、真っ暗だ
●誓い
ブラッドは随分と長い間、此処で待っているように思えた。
それは事実かもしれないし、ただの気の所為だったのかもしれなかった。
確実に分かっている事実は一つだけ。
行き先を記すように約束した置き手紙も無く。何処を探しても、誰に訊いても見つからず。
その行方の痕跡もひとつも残さずに――サンはいなくなってしまった。
心当たりをすっかり当たってしまったブラッドは、サンを待つ事しか出来なくなってしまった。
帰って来る時には腹を空かせているかも知れない、もしかしたらくたびれているかもしれない。
ブラッドはサンがいつ戻っても良いように、果物を用意しておくことにした。
眠りやすいように、寝床だって整えておこう。
どれほどの日時が立ったのだろう、もう数えるのも止めてしまった。
毎日、毎日、毎日。
黒は待ち続ける。
サンが帰ってきたときに、寂しくないように。
彼との大切な思い出の詰まった、この場所で、何年でも、何十年でも。
ふとした瞬間に、ブラッドの頭の中を過る言葉。
『俺のことが、嫌いになったのだろうか』。
――違う。
あの日誓ったのだ。
サンはブラッドと生きると、ブラッドはサンと生きると。
お前は未来をくれると言った、その言葉には嘘は一つも無かった。
だから、ブラッドは疑わない。
疑えない。違う、違う、違う。疑っていない。
かつて呪われた黒い森と呼ばれた森には、大樹がしっかりと根を張り。再び命を育んでいた筈であった。
しかし、癒やしの白を失った森は、再び朽ちてゆく。
果物を探す事だって、随分と難しくなってきた。
――例えばブラッドが、餓え狂ってしまうならば。
例えば他者が、サンを害そうというのならば。
何としてでも律してみせた、護ってみせた。
しかし、今。
あの眩しい光は此処には居ない。
それでも伴に生きると誓ったのだから。
ブラッドが生まれてきた意味は命の意味は、きっとサンと出逢う為にあったのであろう。
風に揺れる花のように、ちらちら揺れる眼孔の奥の光。
――生きる為に人を喰らい、死を選ぶ事もできず。
癒えることのない渇き、終わりのない孤独。
「ああ、サン、……サン」
お前と在る事が出来ないのならば、この命にもう意味など無いというのに。
空に光が瞬いては、昏く沈んで消える。
声をだしたのは何時ぶりだっただろうか。
――せめて、せめて。
「お前の骸を抱きたい」
昏く低い声が、朽ちた森に響く。
なんて、なんて。
此処は暗いのだろうか。
周りを見渡す限りの昏い色。
赤に白に青に瞬く光が、宝石箱をひっくり返したみたいに輝いている。
くろがねの鎧と翼を纏ったサンは、何もない昏い空間を飛翔していた。
サンの白い身体を包み込む黒は、サンを優しく受け止めてくれている。
大丈夫。
心も身体も、彼が支えてくれている。
一緒に在ってくれる。
サンの視線の先には、惑星とも揶揄されるその大きな物体。
冒涜的に蠢く触手が跳ねて、青い水晶体がぴかぴかと瞬いてる。
これは過去であって、過去ではない。
再び訪れ得る、未来だ。
槍のように走った触手が真空を巻き上げて、瞬きが大きくなる。
迫る触手に対してサンの纏ったブラッドは黒をぎゅっと凋めたかと思うと、そのまま爆ぜてしまうかと思うほどに膨れ上がった。
一瞬で収縮した黒が虚空に推進力を生み、紙一重で触手を避ける。
大きく伸ばされた黒の翼。
しかし二人の予測よりも、放たれる光線の範囲は大きかった。
「サン」
「……ブラッド!」
サンの鼓膜を直接震わせて、低い彼の声が響いた。
彼の声はおだやかで。
なんだかそれは、――ときの声のようで。
鼻の奥で灼けつくような匂いがしたように思えた。
あの時みたいに、ブラッドは捨て身でサンを庇う。
太い光線を受け止めた黒が纏ったオーラの加護なんて、まるで紙みたいに弾かれて。
「……ああ、サン」
自らを抱いた黒は、驚くほど優しく甘やかに言葉を紡ぐ。
それはなんだか、お別れを告げるときの声のようで。
視界を埋め尽くす白い光線の中で、黒が眩しい。
「お前だけでも、――死ぬな」
それはそれ以上、サンが何も言えなくなってしまう言葉。
優しい静かな声と共に黒からはじき出された、サンの身体が宇宙を堕ちてゆく。
いいや。
ここには上も下も無い、弾かれた分だけ跳ね飛ばされてゆく。
サンは音のない世界で、金の眸を見開く。
目の前で巨大な光線が黒を呑み込んで、解かして、崩して。
巨大な敵は未だあおい光を瞬かせて、触手を蠢かせていると言うのに。
確かにそこにブラッドがいたのに、塵すら残さず何も無くなってしまった。
僕は、本当に、無知で無力で。
護られていると思った。
彼がいれば大丈夫だと思った。
それなのに、それなのに。
まだだ。
まだだ、まだだ、まだだ。
今のサンの、掌では彼を掴むことが出来なかった。
足りないのだ。
足りない、足りない、足りない。
彼を守るための『力』が、足りない。
音のない世界に、音が満ちた。
僕から彼を奪おうというのか。
その黒は、その黒は、その黒は。
サンはまるで、獣のように吼える。
僕と生きると言ったんだ!
僕は未来を、あげると言ったんだ!
祈るようにはじまった音は、叛骨の響きの奥に憎悪が満ち満ちいる。
そうだ、そうだ、そうだ。
相手が誰であろうと、何であろうと。
「――ゆるさ、ない」
敵を睨め付けた彼の白い羽根髪が、爆ぜた魔力によって大きく大きく膨れ上がり――。
「……、サン」
声がした。
ばっと肩を跳ねたサンが、確かめるみたいに一気にブラッドを抱きしめる。
ここは宇宙でも、大樹の森でもない。
宿の近くの、散歩道。
「ブラッド! ……ブラッド、ブラッド。そこに、ちゃんといる?」
「ああ、居るさ」
怖い夢を見た。
怖い未来を見た。
背に掌を添えて柔らかに抱き返してくれたブラッドは、ちゃんとここにいる。
少しだけ窘めるように。
一度サンの頭をくしゃりと撫でたブラッドがサンを離すと、彼を背に隠すように構えて。
「サン、今はこちらが先だ」
「……うん、ブラッド。行こう!」
サンは一歩だけ踏み出して、ブラッドの横に並んで構える。
二人を睨め付けている、敵意に向かって。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
喜羽・紗羅
いつか、そんな日が来るんじゃないかと恐れていた
今でも思い出す。親友を手に掛けたあの感触を
いつかまた、そんな事が起こるんじゃないかと
『だからよ、言ってんだろ』
嘘よ
『成っちまったんだ、諦めろって』
嫌よ
目の前には家族だった人達が
お父さん、お母さん、お婆ちゃん、弟、妹、ああ……
どうしてこんな事になってしまったの?
『だから、これ以上はさせねえ』
止めて。トリガーに手をかけてアイツの前に
『……退けよ。お前は殺せねえ』
私は、殺せる。殺すしかない
『止めとけ。怪我するぜ』
後ろを見ろよ、あんな風になりたいのか?
……嫌、もう。何もかも
『だからお前だけは、そうはさせねえって』
本当に、信じていいの?
ああ、それだけは本当だ
●信実
いつか、そんな日が来るんじゃないかと、ずっと恐れていた。
今でも鮮明に思い出せる、あの日の事。
邪教徒に唆されてUDCと化した親友を救うことも出来ず、ただ殺める事でしか止められなかった、あの日。
その感触も。
その感覚も。
この掌が忘れてくれない。
――あんな気持ち、もう味わいたくは無いと思ったのに。
あんな感覚、もう御免だと思っていたのに。
壁にぺったりと背をつけた紗羅は、小さくかぶりを振り。
「だからよ、言ってんだろ」
その横に立つもう一人の紗羅――鬼婆娑羅がやれやれと言った。
「成っちまったんだ、諦めろって」
「……嫌」
彼女の赤い瞳を見る事も出来ずに、紗羅は一言紡ぐ事で精一杯で。
ずっと、ずっと、恐れていた事。
あの日をなぞって、更に悪くした様な。
お父さん、お母さん、お婆ちゃん、弟、妹――。
向こう側に在るのは、家族だった者たち。
「……どうしてこんな事になってしまったの?」
それは答えを求めながらも、答えがある訳では無いと知っている。
吐露に似た言葉。
あの日と同じ言葉。
「だから、これ以上はさせねえ」
得物を握り締めた鬼婆娑羅は、小さく呟き。
「……止めて」
彼女が足を踏み出そうとすると同時に。
トリガーに手を掛けた紗羅は、鬼婆娑羅の前へとひたりと差し出した。
「……退けよ。お前は殺せねえ」
短く言い放つ鬼婆娑羅。
彼女の赤瞳の奥に宿った意思は、揺らぎすらしていないように見える。
「いいえ。私は、殺せる。――殺すしかないもの」
言葉を揺らぎ重ねる紗羅。
彼女の茶瞳の奥では、ゆらゆらと意思が揺れている光。
「止めとけ。怪我するぜ」
かぶりを振った鬼婆娑羅は、ちらりと見やった目線だけで語る。
あんな風になりたいのか? と。
嫌。
――紗羅だって、そんな事分かってる。
分かってるからこそ。
瞳の奥が揺らぐ。
そもそも紗羅は、本当に普通の女の子であったのだ。
平凡な女の子で、あったのに。
「……嫌、もう。何もかも。……嫌よ」
ああ、今にも心ごとぺちゃんこに潰れてしまいそうだ。
下唇を噛んだ紗羅は茶瞳を細めて、今にも零れてしまいそうな滴を瞳に留め。
「だからお前だけは、そうはさせねえって言ってるだろうが」
「……本当に、信じていいの?」
「ああ、それだけは本当だ」
「……分かった、わ」
縋る場所も無いように思えた。
絶望だけが全てを埋め尽くしたように見えた。
それでも、信じて良いと、言うのならば。
瞬間。
ぱっと視界が切り替わったように感じた。
ここには、お父さんも、お母さんも、お婆ちゃんも、弟も、妹も、居ない。
居るのは――。
『おい、聞こえてるか?』
……ええ、聞こえているわ。
『来るぞ、構えろ』
……もう、最悪の目覚めってやつね。
『知っていただろ、目覚めが良くなる訳が無い仕事だって』
そうね。
胸裡に響く言葉に口に出す事無く言葉を紡いだ紗羅は、自らを睨め付ける敵意に身を低く構える。
ああ。
――あれが万が一にも起こりえる未来なのだとしたら。
そんなの、最悪ね。
大成功
🔵🔵🔵
揺歌語・なびき
黄昏時はすきだけど
幽世の匂いは嫌だなぁ
ふと消えた幼いルビーの彩に
大丈夫かな、なんて気が逸れて
雪と色硝子の双眸が
痛々しいほどに綺麗だった
そんな風に笑う子じゃないだろうに
「たからは無力でした」
ちがうよ
「全部無意味でした」
そんな訳ないだろ
「大丈夫」
やめて
「あなただけは救えます」
それ以上言うな
「なびきのおよめさんになるから」
だめだよ
きみは
きみだけは
おれを赦しちゃいけない
「だから」
「泣かないで」
抱きしめてやることもできず
催す吐き気は自己嫌悪で
やっぱりこれが
許し難い仮定なんだろう
何処かで夢想する
己が、何よりも
正義の味方が
心ごと殺されてなるものか
あの子の全てが
なかったことになる未来なんて
おれが尽く殺してやる
●正義の味方の壊し方
茜色に染まった空が、一面に光を差し零していた。
いつの間にか姿が見えなくなっていた、紅玉髪の彼女。
大丈夫かな、なんて。
ぼんやり考えながらも、なびきは庭園を歩んでいた。
彼女だって猟兵なのだから、心配する必要なんて無いのかも知れないけれど。
狼の耳を揺らしたなびきは肩を竦める。
ああ、見られている。
そう、思った時には既に飲み込まれていた。
流されていた。
きっと触れれば柔らかいだろう、くすんだ琥珀色の髪。
いつかの雪の日と色硝子を宿した瞳に、長い睫毛が影を落としている。
きみはそんな風に、笑う子じゃないだろう。
そう思ったのに。
なびきはその瞳が綺麗だなあ、なんて考えてしまっている。
きみは、まっしろで、無垢で、ひたむきで。
それなのに、それなのに。
「たからは無力でした」
「ちがうよ」
なびきはかぶりを振る。
それは違うよ。
「全部無意味でした」
「そんな訳ないだろ」
なびきはかぶりを振る。
それも違うよ。
「大丈夫」
「やめて」
なびきは、――彼女を見た。
笑っている。
そんな風に、笑わないで。
「――あなただけは救えます」
「やめて」
それ以上、それ以上言わないで。
お願いだ、言うな。
きみは、きみは、未来ある弱者を救う正義の味方であるはずなのに。
「なびきのおよめさんになるから」
だめだよ、だめだ。
「だから」
エンパイアできみと出会ったあの日から、おれは、きみを。
……だから、だめだ。
きみは、きみだけは。
おれを赦しちゃいけないのに。
きみはただ弱いおれを、可哀想におもっていてくれているのだろうけれど。
「泣かないで」
膝をついたなびきは、ただ彼女の吸い込まれそうな瞳を見上げる。
泣いているのはおれなのか、きみなのか。
そんな事も、もうわからない。
抱きしめる事もできない掌が虚空をぎゅっと掴んで。
胃を締め付ける痛みが、吐き気を訴えるばかり。
己を嫌悪する感情が強く、強く、募るばかり。
これがおれの最悪の未来。
これがおれの、行き止まり。
――ああ、最悪だ。
これが許し難い未来だと見せつけられているのに。
それでも何処かで夢想している己が、何よりも――。
自らの爪が食い込んで、血が滲むほどに握り締めた拳。
正義の味方が心ごと殺される未来など、誰が望むと言うのか。
揺れる視界の奥。
移り変わった世界は元通り。
見えるものは、今だけ。
行き止まりの未来はもう、見えやしない。
そしてコチラへと向けられている気配が、敵だという事もなびきは知っている。
黄昏のにおいは好きだ。
……でも、――幽世のにおいは嫌だなぁ。
短い嘆息。
――あの子の全てがなかったことになる未来なんて。
「おれが尽く、殺してやる」
そうして得物をぐっと引き絞ったなびきは、瞳を眇めた。
大成功
🔵🔵🔵
鷲生・嵯泉
夕暮れ時は寧ろ好む処だが……一番酷い未来、か
総てを喪ったあの時以上の無残など無いと思えども、其れは過去の事
今の己にとって、其れは――
一面の墓標、死体ばかりの焼野原
見知った者達が物言わぬ抜け殻と化して転がる
何をも護る事も出来ず、再び総てを炎の内に喪う
……駆け寄って来る灰の影。色違いの瞳、其の目の前で
身体が、手が、勝手に動き
抜いた刃を首に当て、淀み無く引き斬る
散る赤の向こう側、霞む視界に映る呆然とした貌
しかし其れも、己が身を焼く炎に遮られ見えなくなる――
――ああ、そうか
結局私は何も護れぬ事を、再び喪う事を
そして……置いて逝く事を何より恐れている
だから、此の手に得る事を忌避し続けているという事か……
●幽世
此処に在るものは未来だ。
石榴色の瞳で奥を見通すように、鷲生・嵯泉(烈志・f05845)は烟る煙を見ていた。
焼け野原に吹く風が、琥珀の髪を攫って尻尾毛を揺らす。
もう嵯泉はわざわざ確認をしたりはしない。
それは今日この場に在って、幾つも幾つも、何度も何度も、重ね見た光景。
見知った顔が、落ちている。
何も言葉を持たぬ肉と成った、ひとの抜け殻が転がっている。
一面の墓標。
此処に在るのは、墓と死体ばかり。
総てを失ったあの日以来、何も残ってはいないと思っていた。
事実、何も無かったのだ。
焼け落ちた世界の記憶以外。
伽藍堂になった自分の中には、何も。
視界の端で、灰色の影が掛けてくる様を見た。
意識をせずとも、身体が勝手に動く。
色違いの瞳。
踏み込みと同時に抜き放った白刃が、首へと交わされて淀みの無い太刀筋で引き斬られる。
ぱっと紅が散って、影が地へと倒れ伏す。
とくとくと流れる紅の色は、鮮やかで。
その紅が散った向こう側、霞む視界に映った呆然とした貌。
――しかしそれすらも、己が身を焼く炎に遮られて見えなくなってしまう。
烟る煙。
はた、と嵯泉は気付いてしまう。
自らの恐れている事を。
自らの怯えている事を。
――過去には総てを失った。
護るべき総てを、失った。
しかし。
今は伽藍堂であった身に、新たに得たものが確かに息づいている。
あれ以上の無残など、無いと思っていた。
しかし、しかし。
結局嵯泉は恐れている。
何も護れぬ事を、再び喪う事を。
――置いて逝く事を、何よりも恐れている。
だからこそ。
嵯泉はこの手に得る事を、忌避し続けている。
……この身に得たものが、確かに息づいているものだから。
――晴れた視界。
烟る煙はもう見えやしない。
差し込むは茜色の光、逢魔刻の橙色。
山桜に落ちたその光に、赤い瞳を眇めた嵯泉は刃の柄を握り締める。
未来を見たという事は、敵が見ていると言う事だ。
犇めき蠢く気配に向かって、嵯泉は構える。
――伽藍堂であった身に見えてしまった『一番酷い未来』の意味を、反芻しながら。
大成功
🔵🔵🔵
月舘・夜彦
【華禱】
彼はいずれ逝く
それは足掻いても変えられぬ未来
私にはそれだけで苦しいというのに
長く生きて、一つまた一つと消える命を見続けるのに疲れていて
きっと……愛しい者が死を迎える時、私はもう耐えられないだろう
だからこそ、彼はその時を迎える頃に私を壊す
私をつれていく為に、私を残さない為に
それを伝えられて、安堵はしましたが
死期を覚るのはそう簡単に出来るものではない
人の死は時に突然やってくるのだから
もし彼が私の知らぬ内に命を落としてしまったのならば
私は如何すれば良いのでしょう
どんなに苦しくとも、与えられた命として
自ら絶つ事さえ出来ぬ私は
過るは戦場
奪い合う場所にて、刃を向け、乞う
どうか、どうか
私を殺してくれ
篝・倫太郎
【華禱】
普通に、何事も無ければ、先に逝くのは俺の筈だから
ずっとずっと、考えてたのは『遺して逝く』ことばかりだった
可能性がない訳じゃないのは判ってた
エンパイアの……故郷の危機には無茶もするから
それでも、盾である俺が居るから、居るはずだから……
そう、慢心してた
本体をその身に着けて戦場に赴く
それはあの人の矜持だから
夜彦が夜彦である、存在証明のようでもあって
止められないまま……
判ってたはずだった
本体が壊れれば、ヤドリガミはその生を終える
特殊な生まれ、特殊な終わり
それだからこそ
『遺して逝く』のは自分だと思ってた
その俺が、遺される……?
考えもしなかった
泣きたいのに、叫び出したいのに
涙も絶叫も、何も出ない
●遺
定命。
幾ら、彼らが共に在ると望もうが。
必ずいつか、その関係は終わる。
夜彦だって、器物が朽ちてしまえばいつか壊れてしまうだろう。
しかしきっと。
その時が来るよりもずっと早く。
羅刹の身は喪われて逝ってしまうであろうと、夜彦は知っている。
幾つもの命が喪われて逝くのを見た。
消える命を見る事に、夜彦はすっかりと疲れていた。
だからこそ、だからこそ。
彼は逝く前に、夜彦を壊すと言った。
夜彦をつれて逝く為に。
夜彦をひとりで遺さぬように。
――その言葉を聞いたとき、夜彦は安堵したのだ。
ひとりで遺らずにすむのだと、心から安堵をしたのだ。
しかし、次は別の不安が湧いてきた。
――人はそうそう死期を悟る事は出来ぬものだ。
突然死が訪れる事なんて、ままある事なのだから。
彼が夜彦を壊す前に。
与り知らぬ場で命を落としてしまったならば。
不意の事故で命を落としてしまったのならば。
……夜彦は一体、どうすれば良いというのだろうか。
夜彦の命は、与えられたものだ。
それはどれほど苦しくとも、自ら命を絶つ事は出来ぬ呪いめいたものだ。
ならば。
夜彦に選べる選択は、余り多くは無かった。
――これは、未来の話だ。
しかしきっと、そう遠くない未来だ。
遠くで烟る煙。
勝ちどきの声と、命を奪い合う声が重なり融けて。
夜彦は真っ直ぐに倫太郎を見て、刃を突きつける。
敵に向ける刃と同じ構え。
乞う。
「――どうか、どうか。私を殺してください」
置いて逝かれる位ならば。
――いっそ、ひと思いに。
器物に宿った、特殊な命。
幾ら、彼らが共に在ると望もうが。
必ずいつか、その関係は終わる。
彼だって、器物が壊れてしまえば死んでしまう。
その可能性があることは、知っていた。わかっていた。
――しかし、その時が来るとは思ってはいなかった。
倫太郎は『遺して逝く』側だと思っていたものだから。
粉々に砕けた竜胆の簪を、倫太郎は握り締める。
仮初めの身体は、簪が砕けてしまった時点で壊れてしまった。
声も出ない。
泣き出したいのに、叫びたいのに。
なにも、でてこない。
倫太郎は彼の盾である筈だった。
故郷の危機に対して、多少無茶をするとは感じていた。
しかし、倫太郎は護れると慢心していたのだ。
戦場のただ中、倫太郎は砕けた簪を握ったまま。
――器物を持ち歩くのは、ヤドリガミの矜持なのであろう。
事実、器物を身につけて戦う者がヤドリガミには多い。
仮初めの身体は傷つけても、真に傷つくことは無い。
だからこそ器物を持ち歩く事は、人が人として肉体で戦う事と同じ事なのであったのだろう。
――それは彼にとっても同じ、存在証明であったのだろう。
だからこそ、倫太郎はその行為を止める事は出来なかった。
正々堂々と戦う彼の、矜持であったのだから。
いっそ閉じ込めてしまっていれば、彼が壊れてしまう事も無かったのだろうか。
仮初めの身体は、解け消えて。
遺ったのは、粉々に砕けた簪だけ。
――俺が、遺されるなんて。
考えも、しなかった。
倫太郎は掌が傷つく事も厭わず、彼の遺った欠片をぎゅうと握り締める。
紅色が、その手首を伝い――。
ぱちん、と電気を消したように世界が掻き消えた。
目の前に広がっているのは、茜色の空。
――彼の姿。
「夜彦」
「倫太郎殿……」
言葉を交わす、手を伸ばす、貝のように指を結んで、握る。
ああ、生きている。
まだ、生きている。
「さ、はじめようか」
「ええ、まだ死ぬ訳にはいきませんからね」
小さく唇に宿した笑み。
肚の底に残った昏い気持ちを振り切るように、結んだ指先を離すと彼等は背中合わせ。
睨め付ける敵の気配へと、警戒を向けて。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
佐那・千之助
クロト(f00472)を、
奪われることが最たる不幸
戦う道具のように生き、我が身を顧みず敵を屠るのに
あたたかな手は遠ざける
治療も睡眠も最低限、温泉経験昨日まで0
頼むから幸せになってくれと
私で適うなら幸せにしたいと
…独り往く筈の身で
手を離せなくなった唯一のひと
私に炎の力は無かった
闇夜の故郷を照らす光が欲しくて、焦がれて…強奪した
吸血鬼の父の、大切な者を犠牲にして
奴は復讐する…私の大切なひとを手にかける…
故郷に連れて行かなければいいと思っていたが
―敵が世界を移動する能力を得たら?
『好き』だけで精一杯で、それ以上を望まないのは
この想いが、彼を死へ繋ぐのを無意識に怖れていたから
とうに、最愛なのに
クロト・ラトキエ
千之助(f00454)は
常闇の世を照らす陽
…独り往く明けぬ夜に差した、曙光
仕事柄、気配には鋭敏
嘗てなら
“一番”酷い未来など思いもしなかったろう
己にあるは現在のみ、世界に人は己のみ
何もが“等しく”有象無象
生死も如何なる在り様も、
「あぁ、そう」と受け入れていたろうに
ひかりが、昏く
知る二藍がない
想いを、願いを、祈りを、倖いを、
まるで全て取り零してしまった様な、姿は――
解るのは、
何も出来ない事
きっと其処に己はない事
手に出来た筈のかの人の倖いを、
己が引き留めたが為に失わせた事
好いたものは例外なく失くした
己の業か因果が
君のひかりを、しあわせを、
希望を、奪うと云うなら
…それ以上に、耐え難い事など、あるものか
●その光
「探せとはいうが、探すまでも無く集まって来とるの……?」
「そのようですね」
頬を掻いた千之助の言葉に、苦笑を零したクロトは鋼糸を指で撫ぜて。
「……まあ、やるしかないでしょうし。好都合と言えば好都合ですね」
「そなた、そういう所ポジティブよな」
蠢く気配、怯えに混じった敵意の香りは濃厚なものだ。
きっと今にも――、未来を見せられるのであろう。
それは、それは、望ましくもない、未来が。
――明けぬ夜に差した曙光。
常闇の世を照らしたいと望むその陽が、――昏く、昏く。
知る二藍は、もうありはしなかった。
想いを、願いを、祈りを、倖いを。
全て、全て。
取り零してしまった様な千之助の姿。
クロトは理解してしまう。
クロトには何も出来ない事を。
そこにクロトは介入が出来ぬ事を。
――千之助が手にできたはずの倖せを、クロトが引き留めたが為に喪わせてしまった事を。
「……ああ」
漏れる言の葉は、絶望に溶けて。
彼の昏く陰ったひかりを、ただ見つめる事しかできないのだ。
かつてのクロトならば、『一番』酷い未来など思いもしなかったと言えるのに。
かつてのクロトならば、そこにあるのはクロトだけで。
――それ以外の全ては、何もが等しく有象無象であったのに。
今は、今は、今は。
好いたものは例外なく失ったクロトの業か、因果か。
君のひかりを、しあわせを、希望を。
――クロトが奪ってしまったのだとしたら。
それ以上に耐えがたい事が、あるものだろうか?
彼を慰める権利すら、ありもしないのに。
彼の背に手を伸ばすことも、出来ない。
千之助は、炎の力を持ち合わせた者では無かった。
この力は、故郷の明けぬ夜をただ照らしたくて。光が欲しくて、焦がれて――。
吸血鬼である父の大切な者を犠牲に、奪った力だ。
だからこそ、千之助は怯えている。
知っているからだ。
あの吸血鬼が復讐にくるであろう事を。
千之助の大切な者を壊しに来るであろうと言う事を。
――千之助が、したように。
世界を越える力を得たオブリビオンを見た。
――父がその力を得ないという保障は無い。
千之助は、怖いのだ。
クロトを奪われる事が。
兵として生き、人としての生き方も最低限以下の、あたたかな手を遠ざけようとする彼が。
傷を癒やす事もせず、眠ることもせず、娯楽さえ知らなかった彼。
彼を千之助以外の者が幸せにできるのならば、それでも良かった。
――千之助には、独りで往くだけの理由があったのだから。
大切な者など、作ってはいけなかったんだから。
それでも、捨て置けなかった。
手が離せなくなってしまった。
唯一となってしまった。
幸せにしたいと、願ってしまった。
この想いがいつか、彼を死に繋ぐと無意識の中では知っていたというのに。
だからこそ、好き以上を伝えぬように、それ以上を望まぬようにしたというのに。
血に沈んだ、クロトを千之助は見ていた。
――伝えれば良かった。
とうに、最愛だと。
もう伝える事も、出来ない。
それはまるで水中で息を止めていたかのよう。
視界が移り変わった瞬間。
二人は息の仕方を思い出したかのように同時に息を吐き出した。
「……いや、本当に。なかなか嫌な攻撃ですね」
「うむ……、無辜の民にこの気持ちを味合わせる訳にはいかぬようだ」
「ええ、では。暴れましょうか」
「良い案じゃ、全て燃やしてしまおう」
敵の気配に肩を竦めたクロトと千之助は、同時に構えて。
――悍ましき行き止まりを振り払うかのように、地を蹴った。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
呉羽・伊織
【白】
またごはんのはなし…
いやまぁ、良い湯と思い出に水差す輩は摘まみ出さねーとな
英気は養った
後の楽しみも出来た
大丈夫
――人として歩み出したが故に、色々と思うところも出来たものの、だからこそ乗り越えられたりもするんだよな
(不意に2人が消え、山桜が朱に染まり――失くしたと覚って)
……
予想はついてたとはいえ、嗚呼――こりゃ最悪なんてもんじゃない
(あの屈託ない笑顔や、緩くも楽しい空気を欠いた未来なんて)
こんなのは、嫌――
否――こんなのが、あってたまるか
あの2人となら必ず、悪くない未来がある
こんな所で立ち止まってちゃ、合わせる顔がなくなる
ちょっと偶に散々な目に遭う事もあれど!
楽しい未来を切り開きに行こう
筧・清史郎
【白】
道具で在った俺には正直、未来自体ピンとこない
だが人として過ごし、人と触れ合い、分かった事はある
人は未来に希望を抱き、不安にも思うものなのだと
未来は何れ今になるからな
俺は生に執着もないし今が楽しければいい
なので、見せられる未来に興味はある
人も音も風景も、何もない未来―それは『無』
箱で在る時、主ごとに俺の扱いは様々で
宝物庫で何年も保管されたままの時もあった
当時は箱で在った故に何ともなかったが
人として様々な体験をしている今―『無』は確かに、非常につまらぬな
そう思えば、何処にでも俺を連れていたあの遊び人の主
俺の姿があの人の様なのも分かる気がするな
無に桜吹かせ
良き未来を拓くべく、二人と合流しようか
千家・菊里
【白】
楽しい時間はあっという間ですね
でも一仕事後の美酒もまた格別
妙なものは祓い除け、また打上晩餐を
何を見ようと、後には笑い飛ばしてやるとしましょう
――その花影に潜むは誰そ彼
(視界染める夕闇が炎に変わり)
成程
俺にとっての酷い未来とは――
(さして怯まずいっそ他人事の様に呟き)
思い出を作った場所も
笑い合った仲間も
そして美味しい御馳走も
殆ど全てが焼き尽くされた地獄絵図
此は一度辿った過去の筈
其をまた繰り返す未来など
皆と再び晩餐を味わえぬ結末など
――ああ、でも大丈夫
彼らはこの程度で消えはしない
消させもしない
行き止まりの壁等、軽々と乗り越えるなり叩き壊すなり出来ましょう
そうしてまた一緒に、楽しい未来を掴みに
●拓く未来
茜を透かした黒と藍が、春の風に揺られて靡く。
山道に足を踏み入れる清史郎は、燃えているかのように山が黄昏に染まる様を見上げ。
――ヤドリガミである清史郎は『道具』で在った。
『道具』であった彼には、『未来』などと言われても正直ピンと来ない。
あの太陽が沈み、月が空に昇る。
それは明日が今日に成るという事だ、それは明日という未来であろう。
しかし未来という言葉は、それだけでは無いらしい。
「もう仕事の時間だなんて、楽しい時間はあっという間ですね」
たおやかに狐尾を揺らした菊里は、ぽつりと呟いた。
彼は今日一緒に行動している面の中では、唯一元より肉体在るいのちとして生を受けた者である。
「でも、一仕事後の美酒もまた格別でしょう?」
「エッ、何かまたもしかしてごはんの話してる??」
「逆にそれ以外の話に聞こえていたとすれば、伊織は耳が悪いですねぇ。さ、妙なものは祓い除け、また打上げの晩餐といきましょうか」
「うむ、それは良いな」
伊織の言葉に悪戯げに笑った菊里。
唇に形よく笑みを宿した清史郎も頷く。
「いやまぁ、……良い湯と思い出に水差す輩は摘まみ出さねーと、だけどネ」
伊織もまた、ヤドリガミである。
彼もまた、『道具』であった。
しかし。――人として歩み出したが故に、『未来』を知る。
だからこそ乗り越える事ができると、知っている。
その点については、清史郎も知る所だ。
人として過ごし、人として触れ合う事で。
――人は未来に希望を抱き、不安にも思うものなのだと、知った。
だからこそ、興味深い。
清史郎は今が楽しければいい。俺は生に執着も無い。
――ならば、俺の『最悪の未来』とは?
ふ、と。
音が消えた。
いいや、音だけでは無い。
先程まで、視界一杯に満ちていた茜色も。
山桜の揺れる道も。
共に居た者達も。
何も聞こえない、何も見えない、何も、無い。
清史郎は道具――、桜を宿した硯箱だ。
何も無くなってしまった世界で。
清史郎は人の手から人の手へ、幾度も渡り過ごした日々を思い出す。
宝物庫で幾年も陽の光を浴びずに、過ごした日々があった。
逆に何処に行くにも、清史郎を連れ回した者も居た。
今の清史郎の姿は、彼の姿を写したモノである。
人としての経験を積んだ、今。重ねてしまった、今。
宝物庫で幾年も陽の光を浴びずに過ごせるかと言えば。
――いいや、それは無理だ。
ふわもこもなく甘いものも、語りある者もない、そんなにつまらぬ日々。
「……あぁ、確かに嫌なものだな」
柔く笑んだ清史郎は、何もない世界を見る。
一面の黒。
――行き止まりの未来。
あの遊び人の姿を清史郎が写している理由も、なんだか分かった気がした。
清史郎の掌の中で、桜が咲いた。
そろり、そろり。
零れ落ちる花弁は、何もない黒に薄紅色を散らして。
ふ、と。
――伊織の視界から、二人が消えた。
山桜が夕焼けの色とは違った、朱色に染まっている。
ああ、失くした。失くしてしまった。
伊織は足を止めてしまう。
予想はしていた。
しかし、しかし。
想像以上にそれは居心地の悪い事であった。
自らの頬に掌を添える。
そのゆびさきすら、朱色に染まっていたのかもしれない。
あの笑顔も、悪戯げな軽口も、緩やかな楽しい空気も。
失ってしまったと、思った。
「……こんなのは、嫌、だ、――な」
零した言葉毎飲み込むように、息を飲んだ。
伊織は足を止めてはいけないと思う。
これは、見せられた『最悪』の未来だ。
ならば、悪くない未来だって必ず在る筈だ。
だとしたら、こんな所で立ち止まってちゃ、合わせる顔がなくなるだろう。
あの2人となら必ず――、見える未来も在る筈だから。
顔を上げた伊織はその朱色を忘れぬように、眸へと焼き付けて――。
「成程」
ふ、と。
菊里がかんばせを擡げれば、空が燃えていた。
それは比喩ではない、炎だ。
煙が烟り、灰燼と化しだした世界は何が燃えているのかすらも判別が付かぬ程。
しかし菊里には、それが何なのかが解ってしまう。
「俺にとっての酷い未来とは、こういう事かい」
赤い眸に揺れる炎をただ映して、菊里は呟く。
思い出を作った場所も、笑い合った仲間も、美味なる馳走も。
燃えてゆく、焼き尽くされて灰燼と化す。
しかしこれでは、一度は辿った過去と同じだ。
過去を再び繰り返し、――晩餐を味わえぬ未来だ。
菊里は肩を竦めて、かぶりを振る。
爆ぜる炎が頬を撫で、焦げ臭さ、鼻の奥で燻る灼けるにおい。
「彼等がこの程度で、参る訳も消える訳もないでしょう」
大丈夫。
――大丈夫。
俺が、それを許すわけも。
消させる訳もないのだから。
「大丈夫ですか、伊織」
「いやホント聞きたいんだけれど、そんな得体のしれないモノどこで買うの??」
菊里の差し出したこけし型の水筒に伊織は眉を寄せて。
「売店で売っていたぞ」
「だからといって買う!?」
笑いながら得物を構えた清史郎が、茜色に藍を揺らし。赤色を眇めた菊里もまた、得物を構える。
――大丈夫。
皆で居れば、楽しい未来を拓く事ができると信じている。
呆れた様に肩を竦めながらも、伊織は笑みを深めた。
後の楽しみだって待っている。
さあ、来いよ。全部斬ってやる。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
逢坂・宵
ザッフィーロ(f06826)と
浴衣に着替えザッフィーロと手を繋ぎつつ敵を探すも
敵に発見されたなら一転、暗闇の幻覚の世界へと
目の前にあるのは僕を庇って血塗れで倒れ伏した
僕の心を照らすシリウスが地に堕ちた姿
その姿を見て目の前が真っ赤になって―――
手にした揃いの守り刀に視線を落とし
軋むような小さな鳴き声に周囲を見渡しましょう
―――星による轢殺すら、生ぬるい
ザッフィーロ、独りにはさせません。僕の唯一の星を奪ったモノどもに、地獄よりも激しい苦しみを与えてやりますからね
それからは―――
震える手に温もりを感じた瞬間、一緒に逝きましょうと言いかけた言葉を飲み込んで
……ザッフィー、ロ……?
ああ、僕は、何を……
ザッフィーロ・アドラツィオーネ
宵f02925と
浴衣にて宵と手を繋ぎ敵を探すも軋む様な鳴き声が聞こえると共に雪の幻覚に囚われる
それと共に庭に鮮やかなエンパイアには珍しいポインセチアの赤を捉えれば慌て宵を探すように視線を漂わせるも
白い雪の中、前所有者と同じく雪に埋もれる様に事切れた宵を捉えれば腕の中に抱き寄せよう
ああ、お前も俺を置いて、逝くのだな…
そう呟けば、赤毛の所有者の形見の剣を手に周囲へ視線を向けようか
…大丈夫だ。今回は仇を打った後、俺も逝く故
…少しだけ、待っていてくれるだろう?
そう立ち上がり足を進めかける…も
手の先から伝わる体温に気づけば幻覚が消えるやとしれん
…っ!幻覚、だったか
…宵、宵。正気に戻れ。俺はここに居る故に
●道連れ
ちらちらと振る雪の白の中で、緋色の苞を胸を張るように広げた猩々木がひどく鮮やかに見えた。
庭だ、とザッフィーロは思う。
同時に。
先程まで手を重ねていた宵が、見当たらぬ事に気がつく。
ほんの少し前まで握っていた筈なのに、その掌はもうずっとひとりで在ったかのように冷たい。
「……ッ!?」
失ってしまった、と何故か思った。
ザッフィーロは雪に沈んだ世界の中を見渡すと、愛しきあの黒髪を探し求め。
見慣れたその背に視線を止めた瞬間、彼は地を蹴って駆けた。
「……宵」
じゃく、と音を立てる雪。
ザッフィーロが急いた理由は、――雪に埋もれるように宵が倒れていたからである。
――ザッフィーロを所有していた者が、命を落とした日と重なる姿。
慌てて駆け寄ったザッフィーロが宵の身体を抱き上げると、長い黒髪がさらりと流れ。
冷たくなってしまった身体には、とてもいのちが残っているようには思えなかった。
「ああ、――お前も俺を置いて、逝くのだな」
呟いたザッフィーロは、甘やかしい声で彼に耳打ちするように。
「――大丈夫だ、すぐ俺も逝く。少しだけ、待っていてくれるだろう?」
携えた剣――、過去の所有者の肩身を撫でたザッフィーロは宵の身体をもう一度雪に横たえて。
そうして立ち上がったザッフィーロは、先をまっすぐに見据える様。
それは愛しき彼の仇を討つ意思を、固めた者の姿。
終えれば直ぐにでも、お前の元へ逝こう。
だから、もう少しだけ。
――。
宵は瞳を見開く。
自らを庇ったザッフィーロが倒れ伏し、いのちの色をした水たまりに沈んでいた。
宵の心を照らすシリウス。
ザッフィーロがもう二度と立ち上がる事は無いだろうと、察した瞬間。
宵は揃いの守り刀に一瞬視線を落としてから、睨めつけるように周囲を見渡した。
「――星による轢殺すら、生ぬるい」
爆ぜる魔力。
ああ、ザッフィーロ。
決してひとりにはさせません。
愛しきシリウス。
僕の唯一の星。
星を奪い落としたモノどもに、地獄よりも激しい苦しみを与えよう。
全て、全て、全て。
倒した後。
震える掌。
それから――、一緒に逝……。
ふと。
冷えた指先に、熱を感じた。
「……ょう、宵、宵!」
鼓膜を震わせる声音に、びく、と宵は肩を跳ねた。
「……ザッフィー、ロ……?」
ちいさくかぶりを振った宵の手を、たしかに握りしめたザッフィーロは彼と視線を交わして。
「ああ、……俺は此処に居る」
「……ザッフィーロ」
その掌へと力を籠めて、確かめるように握り返した宵は思い出す。
今、どうして、ここに居るかを。
「全く、悪い夢でした」
「本当にな」
彼等にひしと向けられる敵意が彼等を見ていると言うのに、二人は小さく笑い合って。
ああ、ちゃんとそこにいる。
「さて仕事を終わらせましょうか」
「ああ」
まだここは、行き止まりでは無いのだから。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
クーナ・セラフィン
一番ひどい未来、ねえ。
未来は定まってはいないけれども割と信憑性の高いのが何とも嫌なUDCだ。
確実に悪い未来が見えるとも限らないし、さてさて捜索頑張ろうか。
覚悟を決めて温泉宿内でUDCを捜索。
体験させられる未来は自分が倒れる未来。
倒れる事自体は別に怖くはない、けれども。
そこから続くのは私と、クーナとそっくり同じ姿の存在が人々を傷つけている未来。
過去として蘇り、私達の姿と能力を振るって現在を蝕むオブリビオン、
そんなのが好き勝手暴れる未来とか最悪の未来と言うしかないじゃないか。
死に方自体は覚悟はできててもその後までってのはなあ。
……酷いもの見せて貰ったお礼参りきっちりしないと。
※アドリブ絡み等お任せ
●骸の海
クーナは死んだ。
クーナは死んでいた。
――生き物はいつか死ぬ。
知っている。それこそ幼いケットシーであっても、いつかは知る概念であろう。
死に方は様々。その死に方に納得がいくかいかないかは置いておいても。
当然の帰結として、生き物はいつか死ぬ。
つまりその事自体は、当たり前の着地点である。
しかし、その後。
その後に、クーナは――。
鋭く突き上げられた槍に、貫かれたヒト。
小さなケットシーは一度得物を引き抜いた傷口へと、少しだけ角度を付けてもう一度。
抉りこむように槍を差し込むと、楽しそうに笑った。
「あは、あははは。当たりみたいだね! なあに、避けられないののかにゃ?」
それは、クーナの姿をしていた。
そっくり同じ姿を写したその姿の中身は、酷く捻れて、折れて。
それでも捻じくれてしまった自らの芯を、護ろうとしているようにも見える姿。
――排出された過去、無限量の液体『骸の海』。
時間に飲み込まれた失われた過去が滲み出し、世界に再び受肉を果たした存在オブリビオン。
クーナであったものの残滓は怪物と化して、人々を傷つけ、蝕み、虐殺している。
自らの手を離れた先の未来の可能性。
ふと、その映像がテレビを切ったようにぷつんと終え。
クーナはこめかみを押さえて、小さく何度も耳を揺らした。
「……は、あー……、全く。酷いものを見せてくれるね」
不機嫌そうに尾を揺らし、かぶりを振る。
最悪の未来だと、思った。
宿の渡り廊下。
左右に配置された窓より、ひしと寄り合い蠢いて。
敵意をこちらへと向ける視線を、いくつもいくつも感じる。
「……お礼はきっちりするよ」
きゅっと槍を握りしめたクーナは、窓へと手をかけて――。
大成功
🔵🔵🔵
守田・緋姫子
クロタマと行動
(徹夜でゲームをしたので昼まで寝ていた)
さて、仕事をするとしよう。黒玉と二人で山の中を探し回る。
死の猟犬も山に放ち、オブリビオンを探す。
【想定しうる最大の悪夢】
私にとっての「最悪」は、昔と同じように独りぼっちに戻ることだ。あの薄暗い小学校で何年もずっと独りでゲームをしていたあの頃には戻りたくない……。
オブリビオンを探していたら、変わり果てた姿のクロタマの亡骸を見つけてしまい、号泣。なぜ私を置いていった!
途中で黒玉(本物)に起こされ、正気に返る。夢だったことに気付き、涙を見られまいと顔を背ける。な、泣いてなんか無いぞ!
日輪・黒玉
緋姫子さん(f15154)と行動
(徹夜でもしっかり通常通りに起床していた)
狩りの時間ですね
山で獣狩りなど、誇り高き人狼である私にとっては造作もありません
緋姫子さんの呼び出した猟犬と共に先行して探索を行いましょう
木々を踏み台に【ジャンプ】と【ダッシュ】で軽やかに進んでいきます
【悪夢】
身近な人……家族や友人を大切に思う私にとっての悪夢となれば、それらの喪失に他なりません
一旦情報整理のために緋姫子さんの元へと戻れば、そこには物言わぬ姿となって倒れる緋姫子さんと自身の家族たち
……起きて。起きてください。起きて!!
普段の冷静さはなくなり、ただ動揺するままに駆け寄って、体を揺さぶりながら声を掛け続けます
●大切な人達
「ん、んんん……」
欠伸を噛み殺した緋姫子は、ぐっと腕を擡げて。
首を左右に振る。
肩がぱき、ぱき、と音を立てた。
「大丈夫ですか、緋姫子さん」
「ああ、昼まで寝た事だしな」
黒玉が常の色を変える事も無く尋ねると、大丈夫と言いながらももう一度伸びをしてから目を擦る緋姫子。
結局、本当に朝までゲームをしていた緋姫子と黒玉。
夕刻から仕事だからと緋姫子は昼すぎまで寝ていたし、いつもどおりの時間に起きて黒玉はそれはそれでゆっくりとした一日を過ごしたようであった。
そうして来るは、仕事の時間。
二人は並び、茜に染まりだした山道へと歩みだしていた。
「さて、クロタマ。仕事をはじめようか」
「はい、狩りの時間ですね」
黒い猟犬を喚び出す緋姫子に合わせて、黒玉が地を踏み込んだ瞬間。
黒玉はそのまま足を留めて、茜に解ける桃色の髪を揺らして顔を上げた。
――見られている。
人が倒れている。
おそらくその身体はもう冷たくなっているのであろう、と黒玉は思う。
そして――黒玉は、目前に倒れている者の名を知っていた。
ふかふかとした藍色の体毛、一房だけ桃色の鬣を持つ狼人。
「兄……」
その横には父も倒れている、そして――。
「ひ、きこさん?」
友人が、倒れていた。
倒れている者達よりいのちの色が失われていると知っていて尚、黒玉は皆の屍に寄り添い。
その身体を揺らす。
「……起きて、」
完全に弛緩しきったその身体は、くにゃりと揺らされるがままに揺れて。
「起きて、起きて……、起きてください」
揺れる、揺れる、揺らす、揺らす。
常の感情の薄い表情など考えられないほど、動揺するがままに歪んだ顔。
黒玉は家族を大切に思っている。
友達も大切に思っている。
それなのに、それなのに。
だれも、かれも、息をしていない。
動いてくれない。
溢れてこぼれた雫は熱い。
どうして、どうして、どうして。
動いて、くれないの?
「……ッ、クロタマ!?」
かくん、と崩れるように黒玉が膝をついた。
その唇から血泡が零れ、首を掻きむしる。
「……っ、く、ふ……ぅっ!」
「大丈夫か。……クロタマ、クロタマ!?」
慌てて駆け寄った緋姫子は、苦しむ黒玉に声を掛けることしかできない。
空色の眸を血走らせて、びくん、と跳ねた黒玉がそのまま地へと倒れ――。
「ひき、……こ、さ」
言葉を紡ぎ切る事無くひゅ、と息を呑み込んだ黒玉は、眸を見開いたまま。
呻くことすらなくなり、動かなくなってしまった。
緋姫子はその掌をぎゅっと握りしめて、引いて。
今動かなくなったばかりだというのに、急速に失われていく熱。
「くろ、たま?」
呆然と呟いた緋姫子に応えてくれるものは、居ない。
ざ、と駆けた春風の足音が、耳の奥で酷く痛い。
「そんな、う、そだろう? ……冗談だといってくれよ、クロタマ」
いつもならば応えてくれる彼女は、もう動かない。
ぽろ、と黒曜の色をした眸から溢れる熱い雫。
うそだ、うそだ、うそだ、うそだと言ってくれ。
――私はまた、ひとりぼっちになってしまうのか?
友達を失って、ひとりで過ごすだけの、あの頃に?
いいや、それだけでは無い。
友達を、失うなんて。
「……クロタマ、クロタマ! だめだ、私を、置いていかないで
、…………なぜ、私を置いていくんだ!」
後から後から熱い雫が零れ落ちる。
止められない、止まりはしない。
ぎゅうと黒玉の身体を抱き寄せて、緋姫子はただ友の死に慟哭する。
どうして、なぜ、なんで。
「……こ、さん、緋姫子さん!」
「っ!?」
黒玉の声にびくん、と跳ねた緋姫子は彼女を見やり。
ふるふると周りを見渡す。
茜色に染まる山中。
――そして先程までの光景が、敵によって見せつけられた最悪の未来であった事を悟った。
眦を擦って、慌てて緋姫子は黒玉に背を向ける。
ないてない、泣いてなんか無いもん。
しかし万が一にも涙の跡を見せたくは無い、ああでも。
「嫌な夢を見せられたものですね」
呟いた黒玉の声に。
――彼女が生きていて良かった、と、思った。
「ああ、全くだ」
黒玉の言葉にこくんと頷くと、緋姫子は喚び出した黒い犬を足元に侍らせて。
「たっぷりお返しをしないとな」
「はい、行きましょう!」
ここはまだ、行き止まりでは無い。
黒玉と黒い犬は、同時にこちらへと向けられる敵意へと踏み込み飛び出した。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
九琉・りんね
手分けで探すことになったけど、小動物の子かぁ……
このうさちゃんみたいに、実は可愛い子だったりして……
……あれ?揺歌語さん、いつの間に?
……あの、どうして、そんな目で見るんですか、
私、何か悪いことを……ぁうっ
いたた………
……え?なんでみなさん、ここに?
もしかして、一緒の旅館に──
『お前のせいだ』
……ぇ?
『お前が、弱いから』
『守られてばかりだから』
……違う、私は、
だって、
『みんな逝ってしまった』
違う、
違う違う違う違う!!!
何が"違う"?
わかってるくせに。
ほら、大好きなあの人も
まるで儀式のように、祭事のように
狂炎に身を焦がしている
それでも貴女は、やっぱり微笑っていて
そんな顔、させたくないのに。
●赤に燃ゆる
小さなうさちゃん人形をきゅっと抱いたまま。
手分けをして探そうと声をかけてから、駆け出したりんね。
そういえば、彼はちょっとぽんやりしていたけれど、ちゃあんと聞いてくれていただろうか。
でも、彼も猟兵だし、大人だから。
大丈夫だろうと、りんねは山道をぽーんと跳ねた。
茜色に染まった空の色を、紅玉の髪が飲み込んできらきらと煌めいている。
UDCは小動物だと聞いた。
実は、このうさちゃんみたいに可愛い子だったりしたら――。
「……あれ? 揺歌語さん、いつの間に?」
ふ、と気がつくと。
りんねの前になびきが立っていた。
灰緑の髪より獣の耳をピンと立てて、りんねを見下ろしている。
「……あの、どうして、そんな目、」
瞬間。
なびきがりんねの頬をしたたかに打った。
「ぁ、ぅっ!?」
突然の事に受け身を取ることもできずに、地へと転がるりんね。
ころん、とうさちゃんの人形がその場に落ちる。
「いた……っ、わ、私……、な、なにか悪い事を……?」
混乱する頭、黒曜色の眸をじんわりと揺らしてりんねは問う。
いいや、気がつけばなびきだけではない。
そこに居たのは、鮮やかな桃色の髪の女に、金糸のような髪を靡かせた男。
くすんだ髪より角の伸びる少女に、いつも眉間にシワのある眼鏡の男。
華やかに笑う女に――。
「……え、なんで、みなさんここに? もしかして一緒の旅館に――」
見知った幾つもの人々の影に、困ったように笑うりんね。
打たれた頬が、じんじんと痛い。
「お前のせいだ」
「……え?」
「お前が弱いから」「守られてばかりだから」「お前は何も護れない」
口々に攻め立てる声。冷たい言葉。
りんねは目を見開いて、地に転がったまま皆を見やる。
「ちが、わたしは……、だ、だって!」
「お前のせいで、みんな逝ってしまった」
「違う、違う、違う違う違う
!!!!」
ひゅ、と喉を鳴らしてりんねは悲鳴じみた声をあげる。
なにも、なにも違わない。
私は、私は、私は。
違う、違って欲しい。
違うのに。
――大好きなあの人も、狂炎に身を焦がしている。
ねえ、儀式みたいだね。
おまつりみたいだ。
それなのに、貴女は、やっぱり微笑っている。
……どうして、ねえ、そんな顔、させたくないのに。
貴女は、貴女は、私は……。
世界がぱちんと切り替わった。
世界は何も変わってはいない。
燃えるような茜色は、何も燃やしては居ない。
空の色が、山に落ちる。
「……あれが、最悪の、未来……」
りんねはポツリと呟いて。
その胸に抱いたままのうさちゃん人形を、きゅうっと抱きしめた。
――周りでは、敵の気配が蠢いている。
大成功
🔵🔵🔵
ユルグ・オルド
咥え煙草に火を点けて
空へ立ち上る煙を送り
機嫌好く歩いた散歩道にふと
人っ子一人遭わないてのも不思議なもんで
はてと傾げて行きながら
知った人影を見つけて名前を呼んで
振り返ることもなく過ぎ去って、はァ?
急いでたのかしらと踵返せば雑踏に
人避け歩いて、やっぱり、なんだ
知った顔一つないなッて
ひとつ、影が延びていく
煙吐きつつ共に浮かぶのは
旅館へ行く前の言葉で、詰まり
アア、ああ。そうなら笑うとも
可笑しくて仕方がない
どっちだろうな、無意識に柄へと手を遣って
別に抜くような相手もいないし、なァ
これを、これが。
悪い夢であることが、
それとも、悪い夢だと、思うことがか
どっちもふざけてるわ
●刀の夢
くゆる煙は、燃えるような茜に溶け消えて。
ご機嫌良好な様子で歩むユルグは、ほう、とその唇から煙を吐き出した。
旅館周りに張り巡らされた散歩道の一つ。
これだけ山の中であれば、都会では何かと言われがちの歩き煙草を注意するものも居ない。
否。
アスファルトの上を歩いていた。
歩みと同じリズムで、咥えた煙草がゆらゆら揺れる。
不思議だ、人っ子一人見かけぬ散歩道。
首を傾いだユルグは、ふかと白煙を吐いて。
「お、」
そしてその赤の視線の先に、見知った人影を認めれば、ユルグは手を小さく上げてその名を呼んだ。
――しかし、その人影はユルグに反応する事も、振り返る事も無く過ぎ去ってゆく。
「……はァ? なぁに、急いでたのかしら」
無視をされてしまった。
ユルグは肩を竦めて踵を返しせば、雑踏が彼を飲み込んだ。
ああ。なんだ、やっぱり。
人を避けてすいすいと歩むユルグは、その雑踏に見知った顔ひとつ無い事を確認するかのよう。
延びる影を、見やる。
ふか、と白煙を吐く。
ふと旅館へ訪れる前の言葉が脳裏に過る。
アア、ああ。
そうなら笑うしかないだろう。
笑うとも。
可笑しいな、可笑しい。
そうかァ。
無意識に伸びたのは、自らの柄。
柔く撫でて、赤色を細めた。
ああ、別に抜くような相手もいないし、なァ。
笑うしかないのだろう。
これを、これが。
――悪い夢であることが、それとも。
悪い夢だと、思うことがか。
「……どっちもふざけてるわ」
ふか、とユルグは白煙を、吐く。
気がつけば、周りは茜差す山道へと戻っていた。
「んふふ、……そっか」
悪い夢、最悪の未来、そっか、アレが。
肩を竦めたユルグは器物の柄に掌を這わせると今度こそ、その刃を抜いた。
――視線の先。
敵意がこちらに、向けられているもので。
大成功
🔵🔵🔵
ジン・エラー
【六抜け】
小動物って言ってもよ~~~ォ
"何の"かわからなきゃ探す意味がなくねェ?なァ?
───気づけば、何処とも言えない場所にいた
例えば、「ああ、これは夢なのだな」と自分を夢の中で眺めているような感覚
地に足は着いているのに、幽霊のような浮遊感
行き交う人々は、幸せそうな笑顔で溢れていて
あの人も、あの子も、よく知っているアイツらも
嫋やかに振る舞うくせに、その実、歳相応である小娘も
臆病なくせに、それでも嗄れる喉を精一杯絞り出す少年も
随分とまァ、幸せそうじゃねェの
…要するに、オレは御役御免ってワケか
光に照らされた世界に、ヒカリは必要ない
この世界に、救いなど、在りはしない
───だからどうした。
ああ、
フォーリー・セビキウス
【六抜け】
小動物…なんのだよ。探すの無理じゃないか?片っ端から見つけていくしかないか…面倒な。
視力と情報収集、第六感で探す
…?おい、ジン?何処行った…クソ、勝手に逸れるなとアレほど…
気がつくと周囲は鎮まり帰っていて、どことも知らない場所に立っていた
…コレは。幻術か?
辺りを見渡すと、フイに人の気配が現れる
いや、正確には人だった物。その残骸
それは桜を散らした様な黒髪の女、日の様な明るく眩しい金髪の女
、可憐な銀髪の少女、陰気そうな金髪の小説家の女etc…女が多いな。
そこに有るのは顔見知りだった物達
…随分とつまらんな。
その対策は取ってある。未来視などなくとも、予測は出来るんだよ。失せろ。
見つけたぞ。
●残滓
黄昏色は山を飲み込んで。
落ちた枝を踏んで、草を蹴って。
山道を進む、2つの影。
「なァ、な~~~、いやァどォ~~~~~~考えても小動物って言ってもよ~~~ォ。『何の』かわからなきゃ探す意味がなくねェ? なァ?」
「ったく、ノーヒントだと探すのなんて無理じゃないか?」
それは悪態を付きつつも、まあまあ真面目に探しているジンとフォーリーであった。
フォーリーは、ふと真横から向けられた視線へと振り向き――。
その視線の先に居ると思われた同行者、クソ騒々しい声が聞こえなくなっている事に気がついた。
「……おい、ジン?」
はぁ、と大きめの溜息を零す彼は、肩を竦めて。
「クソ、あの馬鹿何処行った……? 勝手に逸れるなとアレほど言ったのに……、態度のデカさに脳が萎縮でもしたのか……?」
そこでフォーリーは、更に気がついた。
あの山桜も見えぬ。
あの赤い空も見えぬ。
ここは先程までいた、山道では無い。
警戒した様子で、フォーリーは周りを見渡す。
――これは幻術だろうか。
金色の眸を細めた先に、彼はまずやれやれとかぶりを振った。
桜散る黒髪の女。
陽の光のように眩しい金糸の髪の女。
長いまつげの下には深い隈、甘やかしい髪を地に広げた女。
透き通るような銀髪の可憐な少女。
地に落ちて、倒れているのは、女ばかり。
顔見知りであった者達が物と成った姿。
「――随分とつまらん事をするな」
これが最悪の未来だと言うのならば、あまりにつまらないものを見せられている。
――未来視など無くとも、予測はできるものだ。
ジンは自らが何処とも言えぬ場所に居る、と思った。
明晰夢のような、居心地の悪い感覚。
見渡す世界は、幸せな色に満ちていた。
あの人も、あの子も、よく知っているアイツらも。
みんな、みんな、みんな、みんな。
幸せそうな笑顔を浮かべている。
へぇ。
そうか、そうか。
振り返る。
艶やかに嫋やかに、――振る舞うくせに。
その実歳相応である小娘が、笑っていた。
横を見る。
自らを欠陥品だと呼ぶ、――臆病なくせに。
それでも嗄れる喉を精一杯絞り出す少年も、笑っている。
へぇ、へぇ。
随分とまァ、幸せそうじゃねェの。
良い事だ、幸せっつーのはさ。
ま、でも、それは。
「……要するに、オレは御役御免ってワケか」
ジンはマスクのジッパーを横に引く。ぢ、と音を立ててマスクが閉じる。
光に照らされた世界に、聖者のヒカリは必要ない。
この世界に、救いなど、在りはしない。
だから?
───だから、どうした。
ああ、
そういう事だろう。
ひしと感じる視線。
突き刺さる夥しき数の悪意。
「おい、お前、……ジン。聞こえてるか?」
「……あァ~~~~~、よ~~~~~~ゥく聞こえてンぜェ」
いつもの調子。
フォーリーの声に眼を開いたジンは、茜色に溶ける藍色の髪を揺らして。
「なら、構えろ」
「ウェハヒ、そォね、りょォ~~かい」
未来を見せられていた、それはまるで悪い夢のようで。
フォーリーに促されるがままに構えたジンは、マスクの下で笑った。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
杜鬼・クロウ
【蜜約】
俺の目の前で民がむざむざと虐殺され誰も護れない
そんな未来を予想した
何時か見た樹の下
咲くは血桜
赤い月
一人の鬼が人だったモノを喰らう
転がる頚を鞠の様に手遊ぶ
…ッ何で、こうなるンだよ!(悲痛
聲は届かず
崩された共存
総ては救えない
完全に墜ちた、のか
なら
お前を止めるのは
俺の役目だ
羅刹女に首筋噛ませ【蜜約の血桜】使用
噎せ返る香
炎宿した玄夜叉で心臓一突き
迷わねェ
これで最期だ
お前は鬼でもあるが人でもある
そうだろ…エリシャ
やめろ…礼など
人として殺す
血塗れの羅刹女を抱え涙雫す
冷たい花脣へはな落とす
また俺は棄てた(また、なのか
世界を選んだ
でなければ
俺が人の器を得た意味が無ェから
…こんな未来にはさせねェよ
絶対
千桜・エリシャ
【蜜約】
切欠はきっと些細なこと
あんなに必死に抑えていた
自制心は簡単に揺らぎ
私は悪鬼羅刹に堕ちた
親しい者の肉は美味で
愛しい者の首は私を満たす
ずっと、ずっと、ずっと欲しかった
だから
もっと、もっと、もっと欲しいの
鬼の慾に涯などない
慾望のままに蹂躙して
首を愛で肉を喰み骨を砕くほど
私の“人”の心が死んでいく
気付けば己の姿さえ
鬼たる異形に成り果てて
人の言葉さえ忘れてしまって
――それでもあなたは私だってわかってくれるのね
嗚呼、けれども
今の私は万物の捕食者
謂わば世界の敵
ならば、あなたがそれを討ち滅ぼすのも道理ね…
最期の施しは懐かしい味
ありがとう
私を殺してくれて
…あなたにこんな役目を負わせるなんて
本当に酷い未来
●ねがいこう
赤い月がクロウを見下ろしている。
首が転がっていた。
幾つも、幾つも。
誰も守れなかった、誰も救えなかった。
幻朧桜に咲いたあかい花。
見事な枝ぶりの桜へと腰掛けたエリシャは、木を彩るあかの一つを手に。
――その御首を、優しく抱いた。
きっかけは些細な事であった。
あんなに、あんなに必死に抑え込んでいた自制心は、簡単に揺らいで。
ぷつん、と切れてしまった。
甘い甘い、血の味。
甘い甘い、血のかおり。
御首に歯を立てれば、熟れた果実よりもずっと美味で、心から満たされるようであった。
ずっと。
そう、ずっと、ずっとね。
欲しかったの。
だから。
もっと、もっと、もっと。
欲しいの。
欲しいわ。
血のあかで艶やかに彩られた桜鬼は笑う。
鬼の慾に涯などないものだ。
慾望のままに蹂躙をした。
その御首を愛でた、その御首を斬った、その肉を喰らった、その骨を砕いた。
人の心を殺して、人の心が死んで、人の形を失って、人の言葉を忘れて。
万物を捕食する者……世界の敵と成った彼女でも。
そう、――それでもあなたは私だってわかってくれるのね。
首を手慰みに転がした桜鬼。――異形と化したエリシャは幻朧桜の上で笑っていた。
対峙するヤドリガミはまっすぐに彼女へと相違う視線を向けるて、ぎりと下唇を噛む。
「……ッ、なんで、何で、こうなるンだよ……ッ!」
それは一つの雫も溢れてはいないというのに、慟哭に似た響き。
彼女の紡いだ言葉は、意味を成さず。
彼女へ告げた言葉は、届きもしない。
――彼女が完全に、鬼へと堕ちたというのならば。
「なら。お前を止めるのは、俺の役目だ」
クロウが刃を構えれば、彼女の応えはわかりやすいシンプルなものであった。
跳ねれば、桜の花弁が夜空に白と散る。
そうしてエリシャは、クロウの腕を掴み上げるとその喉仏へと喰らいついた。
甘い血。
それはあの時と同じ、エリシャの舌先を痺れさせる甘い味。
――それは、まるで、上質な美酒のようだと、エリシャはあの時と同じ様に思う。
「……迷わねェ。これで最期だ」
クロウの甘やかな囁き声。
首を喰らわせる事で彼女を繋ぎ止めた彼は、――炎を宿した黒の魔剣でエリシャの胸を貫く。
ああ、――あなたにこんな役目を負わせるなんて。
血泡を零した彼女は、眦を緩めてきっと笑ったのであろう。
言葉の無い唇だけの動き。
ありがとう、私を殺してくれて。
「……お前は鬼でもあるが人でもある。……そうだろ、エリシャ?」
こたえは、ない。
彼の腕に抱かれて、鬼と化した娘はもう動く事は無い。
親指で拭う様に、その唇に血紅を施して。
開いたままの眸を閉じてやり。
――血塗れの彼女を抱えたまま、クロウはあつい雫が頬を伝う事を止められはしない。
また、まただ。
俺は、また。
――世界を選んだ。
クロウが人の器を得た意味の為に。
世界の為に。
――棄てたのだ。
はっとエリシャは顔を上げた。
一瞬意識を持っていかれていたようである。
周りを見やれば、黄昏の茜の差し込む窓。
そして宿のそこかしこより感じる、敵意の視線が全身に感じられ。
……それが今の『行き止まり』を見せていたのであろう事は、想像に難くなかった。
「構えろ、往くぞ羅刹女」
その横で低く構えたクロウは得物の柄へと手を添えて、ちらりとエリシャを見やり。
「ええ、往きましょう」
あの時と同じ様に、エリシャは眸を細めて頷いた。
その相槌に前を見据えなおしたクロウは、細く細く息を吐く。
ああ、ああ。
あんな未来は、絶対訪れさせねェよ。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
花剣・耀子
何であっても、行き止まりは死。
この世界へと干渉する術をうしなう、終着点。
あたしにとって、あたしが死ぬことは然程最悪でもないのよ。
それは最初から決まっていることで、いつそうなっても良いように備えているのがあたしたちだもの。
これまで何人見送ってきたと思っているの。
あたしに順番が回ってきたって、あの子たちがその番になったって。
それは只の結果に過ぎないのよ。
――最悪なのは、その結果を恨んでしまうこと。
あたしが。あの子たちが。
恨んで怨んで厭って呪って、守ろうとしていた何もかもを、壊そうとしてしまうこと。
壊して、しまうこと。
終着点からの折り返し。
呪詛が過去へと立ち返ることを、あたしたちはよく知っている。
●呪詛返り
耀子にとって、耀子が死ぬことは『最悪』では無かった。
それは生まれた時から、決まっている事。
それはあの場所へ訪れた時から、決まっている事。
何人も、何人も、その終わりを迎えて。
何人も、何人も、その終わりを見送った。
いつかは耀子も見送られる。
死はこの世にとって干渉する術を失う、終着点ではある。
その順番が耀子に回ってきたとしても、あの子達の番が回ってきたとしても。
それはただの結果、然るべきこと。
いつそうなっても良いように、耀子は――否、土蜘蛛の者達は備えている筈なのだ。
茜色に染まった庭園を、耀子は歩いている。
幾つもの蠢く気配を、感じている。
幾つもの悪意が、旅館の周りを包み込んでいくようだ。
はた、と。
耀子は足を止めた。
黒曜の髪が、さらと揺れる。
――ただの結果、然るべきこと。
でも、本当に?
もっともっと、良い逝き方はあったのではないの?
あんな物に頼らなくて良い未来も在ったのでは無いの?
ああ、ああ。
恨んでしまった。
憎んでしまった。
怨んでしまった。
厭ってしまった。
呪ってしまった。
守ろうとしていた何もかもが、壊れてしまえと願ってしまった!
時の流れは流動的で、過去は骸の海に注ぎ込まれる。
捻れて、溢れて、あふれて。
願いはいつしか呪詛となる。
ああ、ああ。そう、そうなのね。
終着点は、折返し地点と成る事もある。
世界へにじみ出た『過去』は、願いを呪詛に、呪詛を祈りに。
金色の眸を持つ機械剣を携えた少女は、眼鏡の奥に冴えた青の色。
長い黒曜の角、沢山の包帯。
捻れて、溢れて、あふれて。
全て壊れてしまえ、と、囁いて。
――オブリビオンと成った耀子は、喰らうべき世界を睨めつけた。
彼女は人々行き交う町中へと、機械剣を構え――。
冴えた青を眇めた耀子は肩を上げて、下げて。
「……ああ、困ったものね」
そんな事になってしまうとしたら、……何のためにこの剣を振るっていると言うのだろうか。
耀子は自らの身を刺し貫く視線の先を、手繰るように。
得物を構えると、振り向いて――。
大成功
🔵🔵🔵
レイブル・クライツァ
私の名前を呼ぶ声
完璧に人間になったのだと喜んでいるのに、その唇が紡いだ望みは
私以外を壊して二人きりの屍の海が見たいだなんて
貴方は本当に我儘ね
―――アレで足りなかったなんて、考えが未だに筒抜けなのかしら?
二人よりも劣っていたのに”壊せた”のは、二人が人間だったから
私があの二人に対して得た感覚が、同じモノだと想定出来たから
その状態を崩す芸術は、簡単には出来ないのが常識だというから
貴方を壊して終わりにするなら、振り回された二人の偽りで消さなくてはならない
貴方の望みがそれで終わりなら、分の悪い騙し合いに勝たなければならない
…その前に、幻想を追うのを終わりにしたい所だわ
私に選ばせるなんて、随分と悪趣味ね
●ヒト
私の名を呼ぶ、声が聞こえた。
「まあ、貴方は本当に我儘なのね」
完璧に人間になったと喜んでいるのに。
――私以外を壊して、二人きりの屍の海が見たいだなんて。
仕方ないわ、分かったわよ。
しかし、まあ、困ったわね。
――アレで足りなかったなんて。
未だに考えが筒抜けなのかしら?
レイブルは継ぎ目の無い肌が傷ついて居ないかを点検しながら肩を竦める。
――二人よりも劣っていたのに『壊せた』のは、二人が人間だったからだ。
レイブルが人であるからこそ。
レイブルがあの二人に対して得た感覚が、同じモノだと想定出来たから、壊せたのだ。
そしてその状態を崩す芸術は、簡単には出来ないのが常識なのでしょう?
ねえ。
――……。
例えば、貴方を壊して終わりにするならば。
振り回された二人の偽りで、消さなくてはならないわ。
例えば、貴方の望みがそれで終わりなら。
分の悪い騙し合いに、勝たなければならないの。
レイブルは肩を竦めて、溜息を零す。
「……その前に、幻想を追うのを終わりにしたい所だわ」
本当に悪趣味。
私にそれを、選ばせようとするなんて。
ザッピングするように見えた、とぎれとぎれの『未来』。
レイブルは金の眸を眇めて、透けた黒いヴェール越しに茜色に染まる白い髪を揺らした。
「そう。……それが貴方の能力なのね」
蜂蜜色の眸を揺らして、見えた未来にすこしだけ考えを馳せるように。
くるり、と振り向いたレイブルはその視線の先をまっすぐに見やる。
「でも、そろそろかくれんぼはお終いにしましょうか」
レイブルは低く構え、得物を手に――。
大成功
🔵🔵🔵
第3章 集団戦
『千里眼獣プレビジオニス』
|
POW : 未来すら視る単眼
【未来の一場面を視ることで】対象の攻撃を予想し、回避する。
SPD : 千里を見通す獣
【視力強化・視野拡大・透視・目眩まし耐性】により、レベルの二乗mまでの視認している対象を、【見失うことなく追尾し、鋭い爪】で攻撃する。
WIZ : 幻の千里眼
【すべてを見通す超視力に集中する】時間に応じて、攻撃や推理を含めた「次の行動」の成功率を上昇させる。
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴
|
●誰そ彼に
黄昏色の空は、明々と。
見せつけられた未来に、戦意を喪失している猟兵はいない。
群れを成し猟兵達を取り囲む、小さな千里眼獣はアンテナのように耳をピンを立ててたまま。
警戒と敵意を顕に、猟兵達を睨めつけている。
きい。
そこに号令の様に響いた、甲高い鳴き声。
けして強くも無く勇敢でも無い彼らは、地を爪で掻いて。一斉に猟兵達へと飛びかかる。
――それはまるで小さな力を合わせて、大きな力を掻き消そうとするかのように。
テオ・イェラキ
オリオ(f00428)と
最悪、本当に最悪の気分だ
そっと隣で顔色を青くしている妻の横顔を眺め、ゆっくりと呼吸を整えよう
オリオ、大丈夫か?
血の気が引いていたはずの身体も、怒りと共に急激に血が駆け巡る
先ほどの幻覚も気に入らないが、何よりもオリオにこんな表情をさせている自分が不甲斐ない
こんな状況を作り出している原因を、捻りつぶさなければ俺の正気が保てなさそうだ
潰す
いくら攻撃を予知されようと、いくら避けられようと、我武者羅に斧を振るう
当たらないのであれば、当たるまで振るえばいいのだ
悪いな、今日の俺は舞う気分では無いのだ
戦いが終われば、そっと妻を抱き寄せよう
その存在を、しっかりと確認するように
良かった……
オリオ・イェラキ
テオ【f00426】と
あぁ、わたくしの緋鷹
――今はその熱さを感じられただけで
大丈夫ですわ、わたくしは蛮族の長が妻
戦いましょう
小さき子達、おいたが過ぎますわ
御礼は全力を以て
怒れる夫にほんの少しだけの悦びを胸に秘め
共に剣を振るいましょう
視れたとしても、回避するのは己が力量
それを超える手数が来たとして対応できるかしら?
荒れ狂う夫の猛攻を花の嵐で彩りましょう
その小さき姿を、全方位から切り刻む
御覧なさい、さぁ
彼方方が視る未来は如何なる一手を投じても同じ
それでも逃げるのなら、この大剣が吹き飛ばす
…少々手荒くなったかしら
今わたくし手加減できませんの
許して下さる?
終いに夫へ寄り添いますの
大丈夫…傍に、居ますわ
●近くに
沢山の1つ目が全てを見通すような鋭い視線に、敵意を混じらせて睨めつけている。
その一つと視線が合った、瞬間。
牙を剥いてカチ飛んできた獣を巨大な斧の刃でいなしたテオは細く細く息を吐いて、横目で妻を窺った。
「オリオ、大丈夫か?」
「あぁ、わたくしの緋鷹。――わたくしは大丈夫ですわ」
今はただ、彼の熱を。
彼が生きているという事を感じられたという事実だけで十分だ。
焦燥にくすんでしまった顔色を恥じるかのように様に、オリオはかぶりを振って応じる。
そう、今は成すべきことを成す時。
オリオはテオの妻。
――雄々しき鷹の一族の長が妻である。
ならば今は、背を伸ばして前を向き。
「戦いましょう、テオ」
「……ああ」
彼女が気丈に振る舞うからこそ、テオは奥歯を噛みしめる。
ああ、最悪の気分だ。
見せられた可能性も気に入らないが、――彼女にこんな表情をさせてしまった自分が一番気に食わない。
不甲斐ない、許せない。
敵の数は数多。
地に轍を生むほどに踏み込んだテオは上半身をぎゅっと引き絞り、一気に開放した肉が軋むほど力任せに斧を叩き込む。
衝撃によって引き剥がされた地の表面が、礫の如く爆ぜ。
軌道を読んでいた獣達も、その勢いに横薙ぎに弾き飛ばされる。
重ねて斧に弾き飛ばされた獣達とは逆方向から、鋭く飛び跳ねた獣がテオの身体へと牙を立てて。
テオはただそれを睨めつけると、勢いを付けて腕を振り払う事で獣を地へと叩きつけた。
「お前達だけは絶対に、潰す」
先程まで完全に血の気が引いていた身体を、せわしなく駆け巡る血。
この感情の名前をテオは知っている。
怒り。
彼女にあのような表情をさせてしまった不甲斐ない自分を。
彼女をあのような表情をさせるまで苦しめた敵を。
――叩き潰してやる、握りつぶしてやる。
攻撃が読まれて避けられるのならば、当てられるまで振るって、潰そう。
敵が喰らいついてくるのならば、甘んじて受けて、潰そう。
そうでなければ。
そうでなければ……――きっと俺は正気を保っていられない。
テオはただ斧を振り上げて、叩き落とす。
「全く。小さき子達、おいたが過ぎますわ」
鉄火の間に在って尚、胸の奥がほんのり温かい。
怒りのままに斧を振るう夫の姿に、小さく小さく唇の端を愉悦に擡げたオリオは星空の如く昏い大剣を手に。
――未来までも見通しているのでしょう?
ならば、コレは避けられるかしら?
「さあ、よく御覧なさい」
そうして警戒した様子の獣たちを一瞥すると、その大剣がぞろと溶けた。
星屑のように瞬く黒薔薇の花弁と化した大剣は、渦を巻いて花の嵐と成る。
鋭い刃の如き花弁が、獣達へと喰らいつき。
攻撃を読んでいた獣達の選んだのは、花弁を操る主への特攻めいた突撃であった。
吹き荒ぶ花弁をその身体で押し留めた獣の後ろから、鋭く地を蹴った獣がオリオへと向かってその爪を向ける。
「悪いな、今日の俺は舞う気分では無いのだ」
すかさず側面から回り込むように踏み込んだテオは獣とオリオの間に割り入り、その身が傷つく事も厭わず獣の爪を腕で受け止めると、力任せに斧を捻り込んだ。
渦巻く星空色の花弁が、振り下ろされる斧を彩り。
傷つく事も厭わず鬼神の如く振るわれる斧は地を爆ぜて、礫に重ねて纏わりつく花弁は刃となって身体を蝕む。
ぎいと鳴いた獣は、その背を竦ませるよう。
幾つも重なった獣達の屍を見やると、――きっと勝てる未来が見えなくなったのだろう。
ふと踵を返した獣達が、その場より逃げ出そうとするが――。
「潰すと言っただろう」
「今、わたくし手加減できませんの。――許して下さる?」
ステップを踏んで前へと回り込んだオリオが黒薔薇の花弁を渦巻かせて。
花弁を水平に薙ぎ払えばそれは再び形を取り戻し、夜を纏う大剣と化せば獣を切り裂く。
きい、と小さな鳴き声を上げて、怯んで足を止めた獣。
力を込めれば、膨れ上がる筋肉。
獣達が足を止めた隙を逃さず、背後より迫った巨大な斧が振り下ろされる。
無骨でただ重いだけのその一撃は、獣達の仮初の命ごと叩き潰し。
テオは敵へと踏み込む勢いそのまま、オリオの前へとステップを踏んで斧を地に突き立てると。
――先程とは打って変わって、壊れものを扱うようにそうっと彼女を抱き寄せた。
「……良かった」
吐息に混じり零すように呟く言葉は、吐露に似て。
――彼女がそこに居るということを確かめるように、彼女を強く掻き抱く。
「大丈夫、わたくしはここに」
その腕にオリオは、ふ、と小さく笑って。
ゆっくりと彼の背へと腕を回して、眸を瞑った。
「……傍に、居ますわ」
「そうか。……そうだな」
そこにいる。
そばにいる。
共にいると、誓ったからには。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
ロキ・バロックヒート
🌸宵戯
(力もないのに世界を壊すなんて無理だ
『私』はどうしてわかってくれないの
何度も何度もできなくて
そのうち役割から目を背け
『私』も滅ぼしてくれる終末を待ち望んだ
あぁこれは未来じゃない
今の―
もし終末でさえ終わらせてくれないなら
どうすれば良いのだろう)
あれはただの夢なのに
うまく笑えない
痛みがほしい
…かみ、さま
私が?
…いいよ
私が櫻宵のかみさまになってあげる
だからいつか私を―
穏やかに笑って櫻宵の小指を噛む
私の愛は壊すこと
その時は憐れな君に愛(救い)を
待っても終わりが来ないならつくればいい
でもそれまで面白くないと詰まらないよね
だから全部嗤って愉しんであげる!
神と龍
私たちは人でなしの道を歩むしかないんだ
誘名・櫻宵
🌸宵戯
夢をみてまず思ったことが
噫、美味しそう。綺麗だわいいなぁ…って
もう嗤っちゃう!
私は、どこまで―
そうよ
夢なのよ、ロキ
いつもの笑顔がお留守になってるわ
笑んで頬を摘む
まだ夢心地なら、また傷みをあげようか?
私は神など信じない
神様が本当にいるなら
私をこんなカタチにつくりはしない
ロキ
あなたなら
私のかみさま
かみさまになって頂戴?
ええ
約束よ
彼の手をとり
小指を噛んで傷と痛みを刻む
そしてあなたの愛を頂戴な
…八岐大蛇を殺すのはいつだって神なの
調子が戻ったかしら
楽しまなければ損よ?
獣をなぎ払い呪殺して
斬って抉って蹂躙した果て「喰華」
綺麗な桜になりなさい
どうせこれが私という龍なのよ
ならば
慾ごと喰らって咲いてやる
●人でなし
『私』はどうしてわかってくれないの?
――力も無いのに、世界を壊すなんて無理だよ。
何度やったって、何度したって、できなかった。
だから、だから。
そのうち、自分の役割から目を背けて。
――『私』をも滅ぼしてくれる終末を、待ち望んだ。
それなのに。
それなのに。
もし終末でさえ、終わらせてくれないなら。
もし終末でさえ、『私』を滅ぼしてくれないというのならば。
――ねえ、どうすれば良いのかな。
どうすれば、良いんだろう。
ロキの胸中をこの渦巻く不安は、未来じゃない。
今だ。
――この感情に抗う術も知らぬ、どうしようもなく無力な今だ。
あれはただの夢であるはずなのに、うまく笑うことすら出来ない、ロキの現在なのだ。
ああ、痛みがほしい。
痛みがほしい。
痛みがあれば、きっと。
この気持ちだって。
「……っ!」
小さな痛みにロキが目を見開けば、引き絞られた首輪に繋がる鎖。
櫻宵が先程首筋に開けた傷口を、指先でなぞっていた。
「ロキ――、いつもの笑顔がお留守になってるわよ」
呆けていたロキに向かってくすくすと笑った櫻宵は、ロキの紅色を指先に宿したまま。彼の頬をむいーっと摘む。
無理やり笑みを形作らされる、ロキの口。
それから櫻宵は彼の唇をなぞると薄い血紅を引いてやってから、ロキの瞳をまっすぐに覗き込んだ。
「ねえ、全部夢よ。――まだ醒めないの?
ならば、もっと傷みをあげましょうか?
櫻宵の問う言葉は、甘く響き。
「……ぁ、」
蜂蜜色の瞳の奥を揺らしたロキが、応える前に。
小さく首を擡げたと同時に、櫻宵は重ねるように言葉を紡ぎだした。
「私はね、――神様なんて信じてないの」
「……うん?」
櫻宵の突然の告白に、ロキは瞬きを重ねる。
「だって神様が本当にいるならば、私をこんなカタチにつくりはしないでしょう?」
「そうかも、ねぇ」
そこでやっとロキは、小さく笑った。
どうしようもなく『神』である自身を前にして、そんな事を言ってくれるか、と。
「だからね、あなた。……あなたなら、きっと」
櫻宵の視線は蜂蜜色を見つめたまま。
長い睫毛が揺れて、揺れて。
「ロキ、……私のかみさまになって頂戴?」
「……私が?」
「そうよ」
一瞬だけ呆けたようにロキは肩を竦めて、その唇に穏やかな笑みを宿した。
そうして真っ直ぐに、まっすぐに、櫻宵の薄紅色の瞳を覗き返し。
「……いいよ、私が櫻宵のかみさまになってあげる」
ねえ、だからいつか私を――。
口にはしない望みを宿して、しなやかな白い指先へと指を伸ばす。
そうして櫻宵の手を取ったロキはその甲に口づけるかのように唇を寄せて、桜を宿した龍を見上げ。
誓いの如く、小指を噛んだ。
それは神を望まれ、神と成り、神に祈るかのように。
「ええ、約束よ」
櫻宵は彼の褐色の掌を握り返すと、甘やかに笑って。
誓いの言葉を交わすかのように、小指へと歯を立てかえした。
疵は誓い。
痛みは契り。
指切りげんまん、嘘ついたら――。
「――あなたの愛を頂戴な」
こわして。
ロキの『愛』を理解するが故に、櫻宵は願う。
八岐大蛇を殺すのはいつだって神なのだから。
――私ね、すごく、美味しそうだと思ったの。
綺麗だわ、なんて思っちゃったの。
……お砂糖に漬けた花なんかよりずっと、ずっと、あまぁくて、美味しかったの。
もう、嗤っちゃうわよね。
私は、私は、どこまで。どこまで――。
「……でもそれまで面白くないと詰まらないよね? だから全部嗤って愉しんであげるよ」
待って来ないも終わりならば、つくればいいだけ。
ロキはいつもの調子でくすくすと笑って、やっとの事で部屋の隅でじいとこちらを見ている獣の気配へと視線を向けた。
――獣達は、怯えているのだ。
怯えているからこそ敵意を向ける、怯えているからこそ明確に攻撃をしかけて気はしない。
ロキが獣達を睨めつければ、影より立ち上るはいびつな形をした黒い黒い鳥だ。
「そうね、楽しまなければ損よ!」
刃を構えた櫻宵が、くすくすと笑って頷いた。
影と同時に踏み込むと、垂直に薙ぎ払われた獣達。
「さあ、綺麗な桜になりなさい?」
「いやー、ふふ! ほーんと良いもの見せてくれてありがとう!」
人でない二人は、人でなしの道を歩むしかない。
歪な黒い鳥は獣達を鋭い嘴で突き、咒に薄紅色の花弁が咲き誇る。
神と桜龍は、艶やかに嗤って、嗤って。
獣を喰らい、潰す。
――それはまるで慾ごと喰らって、鮮やかに咲こうとするかのように。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
シキ・ジルモント
…落ち着け
今は仕事の完遂を、敵の殲滅を考えろ
呼吸を整えユーベルコードを発動、敵へ反撃を行う
増大したスピードで敵へ銃を構え射撃を叩き込み、反応速度で攻撃を躱す
戦いながら自分の力を制御できている事を確かめる
ただ闇雲に攻撃するのではなく、周囲への影響や味方の生存も考え最適な行動を判断するよう意識して
普段通りに戦える事に安堵する
大丈夫、あれはただの幻覚だ…今は、まだ
見せつけられた最悪の未来は、ずっと恐れてきた物だった
この先も死ぬまで恐れ続けるのかもしれない
…自身への戒めとしては相応か
油断してあの姿を誰かに曝すより、傷付けるより余程良い
こんな自分が、人の側で生きる事を、性懲りも無く選んでしまったのだから
●憂虞
咄嗟に物陰へと姿を隠した、シキへと向けられる敵の視線。
得物を持つ右手の手首を、左手で押さえつけるように握り締めたシキは浅い息を吐いて吸って。
落ち着け、落ち着け、――落ち着け。
瞳を細めて、気配を頼りにシキは敵の姿を探る。
先制で仕掛けてくるのは確かに先程の『未来』による威嚇のみのようでは在るが、視線に感じる敵愾心は本物であろう。
――威嚇とは言え、あのような未来を見えるモノ達。とても無害とは言えぬ獣共。
これは仕事だ。
ならば今は、ただ。――仕事を完遂するべきである。
不要な感傷は、今で無くとも良い。
息を深く吐いて、瞳を一度閉じて、開く。
青の奥に宿るは、肉食獣の光。
獣の膂力で地を一気に蹴り上げたシキは、影より飛びだしざまに銃を撃ち放った。
軽い音と共に、頭部の真ん中に宝石めいた目玉が一つだけの獣が、血を流して地へと伏せる。
そこかしこに潜んだまま、仲間を穿たれた事に敵愾心を高めた獣がシキへと針のような視線を一気に向ける。
一斉に飛びかかられると、どれほど弱い獣であろうとも戦いづらかろう。
シキは圧をかけるように続き様にハンドガンを撃ち放ちながら、足を止めぬように駆け続ける。
次々に仲間が穿たれ行く事に、覚悟を決めたのであろうか。
き、と軋むような音を立てた獣が、飛びかかり様に鋭い爪をシキへと振りかざし。
その爪をハンドガンの銃口で受け止めたシキは、そのまま滑らせて銃底で額を叩き付けると。
勢いに地へと伏せた獣の瞳を撃ち抜いた。
――普段通り、周りは見えている。
片足を踏み込ませて、獣の上を飛び越えてから。
捩った上半身。腰を落とすと奥歯を噛んで、振りほどくように放った蹴りが円を描く様。
踵で横より飛びかかってきた獣を叩き落としながら、シキは内心で息を吐く。
――普段通り、戦う事は出来ている。
大丈夫、あれはただの幻覚だ。
……今は、まだ。
銃を撃ち放ちながら、シキは獣の光を宿した瞳で敵を睨め付ける。
ずっと恐れてきた『可能性』。
その可能性を改めて未来として提示されてしまったのだ。
――その恐れは、この身が果てるまで尽きる事が無くなってしまったのだ。
肩を上げて、下げて。
いいや。
例え今日映像として見る事が無かったとしても、その恐れは一生シキを蝕んでいたのであろう。
……自身への戒めとしては、相応か。
可能性を理解していればこそ、油断は減るであろう。
獣である自らを曝して人を傷つける可能性を考えれば、自らが恐れ続ける事のほうがずっと好ましいものだ。
敵を片付けながら、シキはゆうらり尾を揺らす。
その恐れこそきっと、自らが自らであるが為の楔なのであろう、と思える。
だから、大丈夫。
シキは自らの獣を恐れながらも人の側で生きる事を、性懲りも無く選んでしまったのだから。
成功
🔵🔵🔴
浮世・綾華
嵐吾さん(f05366)と
そして、この空だ
懐かしい色
――こんな色、なんて言いたくないのに
それをこの世で一番美しいもののよに言う人といた日々が過り
そんなにいとしいって顔すっから
彼奴が――…なのに
笑っていてほしい
大切と言ってくれる人がいて
無下にしたくない
でも
嗚呼、なんでこんな
彼奴じゃなくて俺が壊れていれば――
共に戦う人に刃が向かえば心臓が揺れる
嵐吾さんは俺の助けなんていらないだろう
それでも
駆けて――見通されても、だから何
避けられなきゃあ
意味、ねーだろ
数多の鍵刀踊らせ
潜り抜け手にしたそれでなぎ払う
嵐吾さん、邪魔、しねーから
一緒に戦わせて
返答に泣きそうになったのは何故か
貴方と並び立てる今が、いとしく
終夜・嵐吾
あや君(f01194)と
黄昏色、か
まだ明るい、まだ沈んでいない
いつもは意識などせぬのに、この色はアレを思い出させるもの
早く沈めと苛立ちが募りかけるのを、隠す
ちらり、傍ら見れば何かを思っていても決して、戦えぬというわけではないと判断して
先に向かってくるものをひとまず払う
いつもなら燃やしたり、じゃけど――たまにはな、というより
やつあたりするなら己の手がよかろうよ
虚、おいでと右腕に三爪を借りて
向かってくる敵を、未来を見て避けられても追おう
逃げられるくらいが丁度良い
邪魔、しねーからの声に笑って
邪魔なんて思っとらんよと
思うことはわしもある
あや君もあるんじゃろう
けどそれに触れることなく、ただ共に戦おう
●赤
燃えるような空の色。
傾いた陽が世界を茜色に染め、伸びる影。
眩しいほどに輝く空だと言うのに、落ちる影はこんなにも昏い。
懐かしい色だ、と綾華は思う。
同時に――こんな色、なんて思いたくも無いのにと、綾華は思う。
綾華を大切と言ってくれる人が居る。
笑っていてほしい、と思える人が居る。
その気持ちを無下にはしたく無い、その気持ちを裏切りたくも無い。
それでも。
それなのに。
黄昏の赤を、この世で一番美しいもののように言う人と居た。
あんなにいとしいって顔をして、だから、彼奴が――。
……なのに、なのに。
過ぎる記憶が、綾華を責めるよう。
過ぎる過去は、綾華を呪うよう。
嗚呼。
――彼奴じゃなくて、俺が壊れていれば、良かったのに。
嫌な可能性を視た。
嫌な未来を視た。
……過ぎた事を、祈る気持ちはとめどなく。
綾華はただ鍵刀を薙いで、獣を捌き払う。
「……」
嵐吾の目にも、綾華は未だ何処か他の場所を視ているように見えた。
しかし。
それでも戦えぬ程に感傷に浸っている訳ではなさそうだ、と嵐吾は瞳を眇めて、飛びかかって来た獣を尾でいなした。
踏み込みと共に前へと視線を戻せば、余りに眩い空の色。
一瞬、彼は眉を寄せる。
――黄昏刻の空色なんて、普段は意識もしないというのに。
息を細く吐いて、自らの内心で募る感情を噛み殺そう。
指先まで意識を張り巡らせて、努めて普段通りを装おう。
蜂蜜色の瞳の奥にだけ、揺れる焦燥。
早く、早く、早く、夜に沈め。
沈んでしまえ。
空の色は未だ、先程『見てしまった』アレと重なる赤色。
小さく息を吐いた嵐吾は、真っ直ぐに腕を伸ばす。
「虚、おいで」
ざわ、と蠢いた黒が嵐吾の腕に宿って爪と成る。
燃やす事は、確かに好きだ。
――でも。
八つ当たりするなら己の手が良かろう、と嵐吾は思ったのだ。
幾つもの気配が蠢く茂みを、軽く振りかぶって爪で薙げば獣たちが一斉に逃げ出した。
獣を追った嵐吾は、軽い踏み込みから掬い上げるように腕を払いあげる。
これはあくまで八つ当たり、――逃げられるくらいが丁度良い。
身を小さく屈めると、更にもう一歩踏み込んで。
「っ、と!」
刹那。
踵を返して、嵐吾へと牙を剥いた獣。
嵐吾は黒の腕をガードにあげるも、それすら読んでいたのであろう。
獣は隙間を縫って、嵐吾へと迫り――。
カッ飛んできた鍵刀に、獣の小さな身体は弾き飛ばされた。
彼に敵の牙が及ぶ、と思った瞬間。
ぼんやりしていた綾華の心臓は、身体を軋ませる程に跳ねたのだ。
「……嵐吾さん!」
鍵刀を振るった綾華は赤の瞳を揺らして、『今』共に戦う者の名を呼ぶ。
きっと、きっと。
綾華の助けなんて要らなかったのだろうけれども。
「――嵐吾さん」
それでも、それでも。
改めて、綾華は彼の名を呼んで。
「邪魔、しねーから。……一緒に戦わせて」
祈るように、願うように。
乞うた綾華の言葉に、一瞬きょとん、とした嵐吾が瞬きを二度重ねて。
「なんじゃ、あや君。……邪魔なんて思っとらんよ」
小さく笑った嵐吾は頷いて、綾華と背中合わせになるようにステップを踏んだ。
「……ありがとうございマス」
彼が背を護る形で立ってくれて良かった、と綾華は思う。
なんたって。
――彼と並び立てる今が、うれしくて、いとしくて。
彼の言葉が優しくて、なんだか泣きそうな気持ちになっていたものだから。
きゅっと唇を引き絞って、綾華は刃を敵へと向けると力を練り。
「行きましょ」
「そじゃね」
先程と同じ言葉を、再び交わせる事が嬉しい。
二人は背中合わせ。
綾華は幾つも生み出した鍵刀を空中に侍らせ、嵐吾は黒の爪を纏った腕を構えて。
――きっと。
思う所は、互いにあるのであろう。
口に出せぬ思いはそのままに。
ただ、今は。
向かい来る敵へと、存分に八つ当たりをするとしよう。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
榎本・英
それが本当の姿と言うわけだね。
君はあまりにも馬鹿げた物を見せてくれたようだ。
私は消えないよ、あの子も挫かない。
ここでさようならをしようか。
君もまた抗うのだろうが。
さて、君に問おう。
『なぜあの景色を見せた。』
獣の君は言葉を話すことが出来るのだろうか。
私は動物の言葉も理解できない。
もし君が答えたとて、恐らく満足しないだろう。
私はあの景色を望んでいないのだから。
きっと、最悪の未来を望む人はいない。
情念の獣が一つ目の君に絡み付いている間、
部位破壊で着実に動きを止めよう。
まずは足から。
素早く移動してもらっては困る。
私はただの人だからね、君の動きについて行けないのだよ。
嗚呼。残酷な未来はいらない。
幸せを。
●のぞみ
山桜が茜色に揺れている。
英の前へと姿を現したのは、丸い宝石のようなひとつ目。
小さな獣たちは、敵意も露わにじっと英を睨め付けている。
「――それが本当の姿と言うわけだね」
いかにも居心地の悪い視線に、眼鏡の奥であか色を眇めた英は小さな嘆息。
「君はあまりにも馬鹿げた物を見せてくれたようだ。……私は消えないよ、あの子も挫かない」
窘めるような口調。
あの最悪の可能性のように。
あの行き止まりのように。
もう指は烟っては居ない、花弁と散りもしていない。
そうして英は真っ直ぐに獣たちのひとつ目を見やったまま、よく響く声でひとつ訊ねた。
「君達は、なぜあの景色を見せたのだろうか」
その言葉に宿る力は、情念の獣を喚ぶ。
英の前へと顕れた獣に警戒した様子で、小さな獣は毛を逆立ててうなり声を上げる。
――獣の彼等は、もちろん人では無い。
人ではない彼等は、人の言葉を持たぬ。
しかし小さな獣たちは不運な事に英が満足する答えを与えるまで、喚び出された獣は還る事は無いのだ。
情念の獣はその無数の手で獣へと絡みつき、その動きを食い止める。
英は満足な答えが得られぬ事に、肩を竦めて。
「――私はただの人だからね、君たちの動きにはついて行けないのだ」
ぱちん。
ぱちん。
糸切り鋏の音。
動かなくなった獣が積み重なる。
残酷な未来はいらない。
ただ、幸せを、幸せを。
――英は、あの景色を望んではいない。
きっと、最悪の未来を望む者はいない。
だからもし。
「……君たちが人であったとしても、きっと満足できなかっただろうね」
ぱちん。
ぱちん。
手に絡め取られた獣が動きを止める。
――英はただの人である。
だからこそ、ただの幸せな未来を望むのだ。
成功
🔵🔵🔴
逢坂・宵
ザッフィーロ(f06826)と
僕の恐れは唯ひとつのみ
それを突いてこようとは……実に姑息なことしかできない者どもですね
不愉快な夢を見せてくださった礼は確りお返ししてさしあげましょう
きみから離れるなどできませんよと笑って
ザッフィーロの援護を行いつつ随時戦況の把握に努めます
「衝撃波」で敵を「吹き飛ばし」つつ敵をできる限りひとまとめにしようと
あなたがたの次の行動は成功するかもしれませんが
僕はその上を行きましょう
「高速詠唱」「範囲攻撃」「一斉発射」「属性攻撃」「全力魔法」を交えた
【天撃アストロフィジックス】で攻撃しましょう
―――星による轢殺すら生ぬるいと申しました
塵すら残らぬまま骸の海へとお帰りなさい
ザッフィーロ・アドラツィオーネ
宵f02925と
…本当に悪趣味な幻を見せてくれた物だ
宵を失う等…。…宵、俺から離れるなよ?
戦闘が始まれば宵の前に立ち『かば』い『盾受け』しながら『カウンター』にて敵を宵が集めている方向へ『吹き飛ばし』つつ息を吸おう
攻撃を見通す瞳、か
ならば見通したとて避けられぬ様にしてしまえば良かろうと唇から毒性のある黒霧…【罪告げの黒霧】を周囲の敵へと放って行こうと試みよう
…吸ったとて皮膚に触れたとて侵食し動きを鈍らせる麻痺毒の霧…これは避けられんだろう?
動きが鈍ればメイスで『吹き飛ばし』ながら宵へと視線を向ける…も
怒りが滲む宵を見れば瞳を細めよう
本当に…ここ迄怒る宵を見るなど。…どの様な幻を見せたのだろうな
●流星
山が茜色に染まる、黄昏刻。
真っ赤に燃える空から覗く陽が眩しいほどであるのに、伸びる影はひどく昏い。
「――本当に悪趣味な幻を見せてくれるものだな」
得物を手に。
眉間に皺を寄せて、瞳に嫌忌の色を揺らしたザッフィーロは小さく呟いた。
彼等の前に伸びる未来には、様々な可能性が眠っている。
敵は進みうる可能性の中で、一番酷いと感じる未来を見せて威嚇をするとは聞いていた。
理解をして、此処に来たのだ。
想像も、理解もしていた筈だ。
しかし、しかし。
実際目前にしてしまうと、これほどまでに気持ちが揺さぶられるものだと思ってもいなかった。
「はい。――不愉快な夢を見せてくださった礼は、しっかりお返ししてさしあげましょう」
理解して尚、姑息な事をするものだと宵は思ってしまう。
……宵にとっての恐れは、唯ひとつ。『最悪の可能性』を見る事で、彼の中でその気持ちは確信と成った。
見やるは彼の背。
愛しくも逞しい、彼の背。
ザッフィーロは――宵を失う未来。
そして、宵はザッフィーロを失う未来を視た。
それはひどく、残酷で、苦しい可能性。
「ああ。宵、……俺から離れるなよ?」
「……きみから離れるなどできませんよ」
視線に気がついたのだろうか。
ザッフィーロの掛けた言葉に宵は小さく笑って。
もう、きみから離れる事なんて、本当にできないのだから。
『最悪の可能性』をなぞらぬようにと杖を握り締めた。
敵は戦闘が得意で無いからこそ、遠回りな威嚇を行うのであろう。
向けられる視線には、確かな敵意がにじみ出している。
一匹たりとも、逃がしてやるつもりは無い。
宵はザッフィーロの背後より物陰に隠れた敵達の気配を頼りに、星宿す杖より魔力を薙ぎ。
堪らず飛び出してきた獣をザッフィーロは淡い光の盾で押し留めると、メイスを叩き込む――が。
巧みに方向転換した獣は、すり抜けるようにその一撃から身を躱し。
「成る程。攻撃を見通す瞳、という奴か」
「――ならば、その上を行けば良いのでしょう?」
ザッフィーロの言葉に、杖をくるりと回した宵が相槌を打てば。
振り向くことも無く、前を行くザッフィーロは敵をいなしつつ頷く。
「ああ、避けられぬようにしてしまえば良かろう」
そうして彼は、大きく息を吸って、吐きだした。
それはザッフィーロの穢れ――毒を宿した昏い色の吐息だ。
「これは避けられんだろう?」
「……星による轢殺すら生ぬるい」
満ちる毒に合わせて。
小さく呟いた宵は、星の杖に魔力の奔流を叩き込む。
魔力が蠢き、満ちて。
編み上げられた数百本にも上る星の矢が瞬き犇めき、宵の背後に立ち並び。
「――塵すら残らぬまま、骸の海へとお帰りなさい」
そうして敵群へと叩き込まれたのは、降り止む事の無い星の矢の雨。
逃げだそうとする敵の退路を奪う形で、メイスを振り翳したザッフィーロが踏み込み薙ぎ払う。
ふ、と交わした視線。
宵の瞳奥に宿った怒色に気付いたザッフィーロは、その色に目を奪われてしまう。
――彼がここまで怒りを露わにする事は本当に珍しい事だ。
彼がここまで怒りを露わにする未来の可能性とは。
一体、彼は何を視たのであろうか。
ザッフィーロには解らぬ事だ。
しかし、……それはきっと碌でもない悪趣味なものなのであろう。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
ルーチェ・ムート
キミがアレを見せてくれたんだね
これはたっぷりお礼をしなきゃ
だってそのおかげでわかったことがある
ボクは彼も仲間も選べはしない、優柔不断な欲張り者だって
千里眼を使わせる暇を与えないくらい素早く
血鎖で捕縛を試みよう
これは感謝だから
優しさ含めて歌う夢幻イノセント
たとえ当たらなくたって地面を白百合で染め上げてしまえば
キミが見通すボクより早く強くなれる
歌を止めずに血鎖をそのまま念動力で操るよ
四方八方から創造
キミを穿つもの
地から天から突き刺して範囲的に、串刺しにしてしまおう
咲くほど避けられなくなる
黄昏、そう
こんな時刻に気付けた愛情
絶対にボクを守ってくれるおまもり
みせてくれてありがとう
絶対にあんな未来にしない
●お礼
茜色が、ルーチェの甘い色の髪に溶け込んでいる。
ルーチェが対峙したのは、小さな獣。
まるい宝石みたいな真ん丸のひとつ目に、碧色の毛並み。
肩を竦めたルーチェは、深紅の鎖を手に言葉を零した。
「キミがアレを見せてくれたんだ、これはたっぷりお礼をしなきゃね」
甘くて、苦しい可能性を見た。
最悪で、災厄で、まるで呪いのような可能性だ。
でも、――そのおかげで理解出来たことだってある。
ボクは彼も仲間も選べはしない、優柔不断な欲張り者だって事。
鋭く放った血鎖が、小さな獣の足を絡め取る。
すばしっこく、未来を見て行動の出来るというのに彼等を捕らえることはそう難しくは無い。
――幾ら先が見えたって、身体の能力が付いてこなければ宝の持ち腐れというものであろう。
ルーチェは歌う。
甘い歌を。
ルーチェは咲かせる。
白い花を。
――これは感謝の歌だ。
ルーチェがどのような者であるかを教えてくれた彼等への、お礼の歌だ。
彼女の口ずさむ歌は、黄昏に染まる世界の中で浪々と響き渡る。
同時に空中で腕を引けば、念で宙を泳いだ血鎖が鋭く駆けた。
絡め取られた小さな獣は為す術もなく穿たれ、倒れ。
茂みに隠れていた小さな獣がうなり声を上げてルーチェへと向かい来る。
白百合の花を蹴って、跳ねるルーチェの身体は軽い。
軽い足取りでバックステップを踏むと、血鎖が更に獣を貫いて。
加護に咲く白百合は、咲けば咲くほどに敵は避ける事も出来なくなるであろう。
茜色に揺れる白い花弁。
――黄昏刻。
こんな時刻に気付けた、愛情。
それは絶対にルーチェを守るおまもりと成ることだろう。
「ねえ、キミ。――みせてくれてありがとう」
絶対に、絶対にあんな未来をなぞったりはしないから。
……だから。
キミは、おやすみ。
成功
🔵🔵🔴
スキアファール・イリャルギ
……嗚呼
わざわざ来てくれてどうも
よくも心を抉ってくれたな
――狂い死んでくれ
【XYZ】で生まれた怪奇で組み付く
逃がさない
眼を潰し躰を燃やしてやる
呪詛や恐怖で蝕んでやる
死の欲動に呑まれて自壊しろ
跡形も無く消えろ……!
忘れてなるものか
人間も、怪奇も、忘れちゃいけないんだ
"怪奇"は人間を殺す道具であってはならない
幼き日の惨劇を繰り返しちゃいけない
影として何も残さぬように
怪奇人間として己を燃やし尽くすまで
人間を謳歌し、"人間"として命を終えてやる
私は生きる為に怪奇を愛し
この怪奇と共に死ぬと決めたのだから
この選択の行き着く先が己の破滅でもいい
私が、"私"として死ねるのなら
誰も失わずに済むのなら――本望だ
●生命賛歌
燃えるような茜色に染まった木々の影より、コチラを睨め付けていた気配が姿を現してくれる。
スキアファールはもういちど、息を吐いて。
まあるい宝石のようなひとつ目。
小さな小さな獣たち。
――嗚呼。
「わざわざ来てくれてどうも、――狂い死んでくれ」
よくも、よくも、よくも。
心を抉ってくれたな。
行き止まりを見せてくれたな。
怪奇人間の昏い心が喚ぶは『怪奇』。
小さな獣たちに絡みついて、組み付いて、スキアファールは掌をぎゅうと握り締める。
「逃がさない」
逃がさない、逃がさない、逃がさない。
そのまるい目を潰してやる。
躯を燃やしてやる。
呪いで、恐怖で心を蝕んでやる。
き、と軋んだ声を立てた獣たちは、目前に居る仲間の喉笛へと喰らいついた。
――それは、きっと、介錯であったのだろう。
死の欲動に飲まれた獣たちは、喰らいあう。
血を零して、肉を千切って。
死んでいる。
動いていない。
息をしていない。
――狂い死んでいる。
ああ、ああ。
忘れるものか、忘れてなるものか。
人であろうと、怪奇であろうと、忘れてはいけないんだ。
――『怪奇』は人を殺す道具であってはならない。
あの日の惨劇は、――もう繰り返してはいけない。
「嗚呼……」
その場に集まっていた獣たちは喰らいあい、もう動かない。
スキアファールは重苦しい息を吐いて、かぶりをふった。
揺れる黒髪。掌をぎゅうと握り締める。
……私は生きる。
生きる為に怪奇を愛し、この怪奇と共に死ぬと自らで定めたのだから。
だからこそ人間を謳歌して、人間として命を終えてやる。
この『怪奇』たる影は、何も残さぬように。怪奇人間として、己を燃やし尽くすその日まで。
私が、『私』として死ねるのならば。
誰も失わずに済むというのならば。
例え、例え。
その選択の先で、己が破滅したとしたって。
「――本望だ」
スキアファールは敵であったモノを見下ろして、ぽつりと囁いた。
成功
🔵🔵🔴
喜羽・紗羅
コイツが元凶か……
(何か可愛いような――ううん、違う)
そうだよ、化け物の類だ
気を付けろ、心どころか身体までやられたら
(分かってる。大丈夫よ)
地形を利用して気配を殺しながら近づく
予測して回避するってんだろ。いいぜ
こちとらそれなりに鍛えてるんだ
脚の速さだって負けやしねえよ
ダッシュして追い込み飛び掛かる
着地の瞬間、僅かに隙が出来るだろう
そういうフェイントを噛ませて――選手交代だ
(上手くやれよ)
うん。もう……迷わない
二つ目は私自身が剣刃一閃――一撃で仕留める
鬼の動きは予想したでしょうけど
私の方はどうかしら?
そんなに綺麗じゃないわよ、私の剣
続いて偽装バッグの射撃で残りをなぎ払う
ここで絶対に、終わらせる!
●夢の終わり
今にも山間に沈みそうな陽があかあかと燃やすかのように世界を染めている。
萌葱色の毛並み、顔の真ん中に嵌められた宝石のような猫のような瞳。
UDCアースに存在するとされる動物のどれとも違う形をした、小さな獣たちは紗羅を取り囲むように。
木の上、茂みの影、木陰――。
そこかしこに潜みながら、敵意に満ちた視線を紗羅へと向けていた。
「……へぇ、オマエらが元凶って訳か」
空の色よりもずっと赤い瞳を細めた紗羅――鬼婆娑羅は太刀を手に、好戦的に唇を歪めて笑った。
『わ……、可愛い』
胸裡に響く紗羅の思考。しかしすぐに語気が弱まり、ふると首を一度揺すったように感じられた。
『……でも、ううん、そうね。……違う』
「ああ、そうだよ。――こりゃあ、化け物の類だ。気をつけろよ、心どころか身体までバッサリやられちまったら――」
『分かってるって、……大丈夫よ。あんたこそ、分かってるわよね』
「そりゃな」
言葉を紡ぐのは鬼婆娑羅ばかり、周りからみれば全て彼女の独り言のよう。
未来を見せて逃げようとする、という事はあの獣は本来、根は臆病なのであろう。
こちらが怯んで逃げ出すまで、目を離す事も出来ずにこちらを睨めつけるばかり。
鬼婆娑羅は、一歩踏み出して。
「よっ」
振りかぶった足で円を描き、木の幹を思い切り蹴り上げると。
大きく揺れた木の枝の上から、ひょろりと獣が一匹落ちて来た。
わたわたと慌てた獣は逃げられぬ事を悟ると、牙を剥くが――。
「――こちとらそれなりに鍛えてるんでね」
足場の無い空中で不意に構えた攻撃など、当たる訳も無い。
さっと腰を落とした鬼婆娑羅がまっすぐに刃を横一文字に駆けさせると、獣が真っ二つに成って落ちた。
視線に混じった敵意が深まる。
「逃げようたって、そうはいかねえぞ」
茂みから飛び出した獣が一匹駆け出した瞬間、鬼婆娑羅は追い駆けだし。
逃げられぬと悟った獣は前足で制動をかけて、ひゅういと鳴いた。
「……おっと?」
――逃げられぬならば、倒すしか無い。
一斉に蠢き出した獣たちが、彼女を包囲する形で姿を現し。
じわじわと包囲を狭めながら、鬼婆娑羅の刃に警戒した様子で大きな瞳を見開いて――。
ぴくり、とその切っ先が揺れたその瞬間。
「選手交代だ」
未来を見た獣たちが一斉に飛びかかってきた。
『――上手くやれよ』
「……うん。……もう、迷わないわよ」
茶の瞳。
一瞬で人格を切り替えた紗羅が裂帛の気合を上げ、刃を振り抜いた。
それは鬼婆娑羅程の切れ味ではない故に。
――鬼婆娑羅の動きを予測していたであろう、敵達の意表は突けたのではないだろうか。
「ねえ。そんなに綺麗じゃないでしょ、私の剣」
幾匹かの獣を切り裂いた刃をガードに上げて、紗羅は苦笑をしながらバックステップ。
そうして太刀をさっと納めると、スクールバックを擡げ――。
「まだこっちの方が、得意なのよ、ねっ!」
鞄から覗いた銃口が、獣たちを一掃せんと弾を吐き出し出した。
脳裏に過るは最悪の可能性、最悪の未来。
紗羅は小さく首を振って。
「――ここで絶対に、終わらせるんだから!」
大成功
🔵🔵🔵
橙樹・千織
夢から完全には覚醒出来ず、耳に残る道化の声
あぁ…五月蠅い
煩い、うるさい、ウルサイ、黙れ!!
アレはただの夢
けれど、これから起こり得る未来
なら、アレが起きるというならば
館を離れなければいけない
彼らは一人ではないから大丈夫
“前”の繰り返しにはならない
私が離れればアレは起きない
…けど
もう手遅れだとしたら?
既に縁を結んでしまった、それに気付かれてしまったとしたら?
(ほんとはこの心地良い場所を手放したくないだけ)
獣と並び立ち嗤う道化の幻影を見る
お前にあの子達はあげない
近付くことも許さない
翼を得るだけでお前が満足するとも思えない
なら…
わたしと共に死ね
(もう、ひとりになるのは…)
錯乱状態のまま薙刀を手に戦闘を
●言い訳
粘着質な笑い声が、今も耳の奥にこびり付いている。
脳裏にへばりついた、あの嗤う顔。
銀の髪に、コウモリ羽根。
首。
最悪の可能性、最悪の未来。
もうその姿も、声も、この場には一つも存在なんてしていないと言うのに。
霞みかかった頭のこめかみを押さえながら、千織は頭を揺すって。
「ああ、ああ……五月蠅い、煩い、うるさい、ウルサイ。黙れ、黙れ黙れ、黙れッ!!」
全てを否定するかのように千織は吠えた。
分かっている、今見たアレは、今は存在しないただの夢。
しかし、これから起こり得る未来の可能性だ。
「……っ、……く」
同時にこみ上げる怖気と吐き気、千織は下唇を噛んで前を見た。
感じる視線。
感じる敵意。
奴らは隙を見計らって逃げると聞いた。
薙刀を手にした千織は、視線を感じた気がする茂みを逆袈裟に斬り上げて。
ばさばさと散る枝と葉。
慌てて逃げ出そうとした宝石のひとつ目を持った小さな獣の姿を認めると、刃を振り上げきっていた千織は薙刀の柄尻を獣へと叩き込んだ。
――アレが本当に起きる『未来』だと言うならば。
わたしは館を離れなければいけない。
『前』を繰り返してはならない。
わたしが離れれば、アレは起きない。
…………わたしがいなくても、彼らは一人じゃないから、大丈夫。
逃げられぬと悟ったのか、腹を括った獣たちが一斉に飛びかかってきた。
千織はその牙に、爪に、傷つけられながらも我武者羅に薙刀を振るう。
空の茜色よりも、ずっと赤い血の雫が散る。
その表情には、いつもの笑顔は残っちゃいない。
――けれど。
もう、手遅れだとしたら?
既に縁を結んでしまった、――その事に気付かれてしまったとしたら?
気付かれてしまっていると、したら?
泡沫のように湧き上がる感情を潰すように、千織は息を零す。
『ほんとハ、コの心地良イ場所を、手放したくナイだけじゃ、ないのかイ?』
脳裏で道化がにたりと笑った。
「あ、ああああ……っ、ああ、ああ、ああ」
吼えるように音を漏らした千織。
敵意を害意に変えた獣達の背に、何かが見えるかのように橙色の瞳を細めて、睨めつけて。
お前に、あの子達はあげない。
近付くことも、許さない。
お前が翼を得るだけで、満足すると本当に言えるか?
いいや、いいや。
そんな事、無いだろう。
ならば、ならば。
「……わたしと共に、死ね」
千織は薙刀を花弁と散らして、獣たちと相対する。
――ああ、本当は、もう、ひとりになんて。
成功
🔵🔵🔴
ラビ・リンクス
ナユf00421と
敵は強者の元に集うという
数の多さを口にする隣の花を見て笑い
ナユに魅かれて集まったんじゃねェかなァ
軽口を叩きながら武器を構える
おいしいモノならいくらでも大歓迎
その話ノった!
これは負けらんねー
なんせ俺の財布は軽いんだ
んじゃ往コっか
軽い足取りで「其方」へ踏み出す
やっぱ道は自分で作んなきゃな
せっかくの美味しい料理と苺
随分な味で上書きしてくれやがって
俺、は首ダケなんて甘くないぜ
何体居たのかワカんねーくらい
みんな別々にしてやるヨ
見覚えのない仲間だか手下だかを呼び出して囮にしながら
一閃二閃刃を重ね
…ホントに何体倒したんだっけか
ナユが言うなら俺の勝ちかな?
るんるんで次なるおいしい道へ誘おう
蘭・七結
ラビさん/f20888
いたずらな“もしも”にさよならを
おいしいとサイアクを充分に堪能したわ
準備はよいかしら
では往きましょう、共に
今のなゆはとてもつよいのよ
嗚呼、それにしても数が多い
其方はお任せしましょう
此方はなゆに任せてちょうだい
数が勝る方が――そうね
おいしいをご馳走する、でどうかしら
決まりね
まだ見ぬ未来なんていらない
この目でみない限り認めない
悪縁はちょきんと絶ち切って仕舞いましょう
どうかお覚悟を
なあんて
破魔を乗せ薙ぎ払い
戯れを込めて騙し討ちも忘れずに
隣に立ち並んでひとつに向き合う
心地がよいものね
絶ち切った数なんてとうに忘れてしまった
それはヒミツ
なゆの負けね
頼もしいあなたに何をご馳走しましょう
●うわがきほぞん
こちらへと向けられた、宝石のようなひとつ目に浮かぶ敵意。
逃さぬという意思を見せれば、小さな獣たちはその色に害意を混じらせた。
「しっかし、すっごい数だなァ」
敵は『強い力』を目印に寄ってくる、と聞いた。
刃を前へと突き出して牙を鯔したラビは肩を竦めて、七結を見やるとどこか悪戯げに笑う。
「ナユに魅かれて集まったんじゃねェかなァ」
「ええ、今のなゆはとてもつよいもの」
最悪の可能性、悪戯なもしも。
おいしいもサイアクも、十分に堪能したのだから、と。
七結も花綻ぶように笑むと、昏い色の鍵杖で飛びかかってきた獣を叩き落した。
「……嗚呼、でも本当に数が多いわ。其方はあなたにお任せしても良いかしら」
此方はなゆに任せてちょうだい、なんて。
七結はラビと背中合わせの形に、ステップを踏んで。
「そうね。――数の勝る方が、おいしいをご馳走する、でどうかしら?」
「いーね、その話ノった!」
提案に元気に頷いて笑みを深めたラビが、腕を大きく薙ぐ。
動きに合わせて姿を現したのは、変な色のトランプ兵、煙の猫に帽子の男。
叩き落とされた小さな獣達が、ラビの見覚えがあるような無いようなものたちと成って堵列する。
「それでは決まりね」
――たのしい終幕といきましょう。
こっくり頷いた七結は、まっすぐと前を見据える。
大きな瞳を揺らめかせて、きっと未来の軌道を読んだのであろう獣は刃を躱し。
そのまま突っ込んで、まっすぐに七結へと向かって爪を擡げ。
七結は鍵の柄を差し出すと、その腕を受け止めた。
そして爪を立てて柄に留まろうとした獣を、ぐるんと刃を振り回すことで地へと落としてやる。
「負けられんない戦いになったなあ、なんせ俺の財布は本当に軽いんだ!」
刃を前へと差し出す事を号令として、ラビの目前で警戒する獣たちへとトランプ兵が槍を向けて。
ラビも合わせて、地を蹴り上げる。
首だけなんて、甘い事を言わないで。
一体全体、何匹いたのすら解らなくなってしまう位。
「みーんな、別々にしてやるヨ」
道は自分で作るもの。
確定していない未来の可能性なんて、全部ぜんぶ上書きしてやろう。
視線を落とせば、いつも目に入る大きな首輪。
そのままきゅっと踏み込んで。
突っ込ませたトランプ兵へと飛びかかる獣に向かって、ラビが水平に差し出した刃。
一閃。
すり抜けざまに断ち切られた首がころんと転がる。
「ふふ、なゆも負けるつもりはないわ。たのしみね」
蝶のように身を翻した七結は、水平に刃を二度切り返し。
ひとつだけの瞳をまあるくした獣は、その動きに駆けるのを止めて地へと足を突っ張った。
首を断ち切られないギリギリの距離。
獣は鼻先まで引き付けた刃の先をスカして空振りさせると、大きく後ろに跳ねて。
七結はまた小さく笑った。
――まだ見ぬ未来なんて、ひとつもいらない。
この目で見ない限り、認めない。
悪縁はこの刃で、ちょきんと絶ち切ってしまいましょう。
掌の中で握り直した、大きな黒鍵の柄。
踵を返した獣に向かって、ぴょんと跳ねて。
「どうかお覚悟を」
なあんて、ね。
えいと、綺麗な半円を描いた刃先が薙ぎ払われると、ちょきんと獣が絶ち切られた。
逃げられぬとなれば、次々と向かい来る獣たち。
ラビの喚び出した煙の猫が、誂うようにくるり回って煙を烟らせる。
――そうね。
絶ち切った数なんてとうに忘れてしまう程、倒した時には。
そのときにはきっとなゆの数は、頼もしいあなたの数に負けてしまっているに違いないわ。
だって今でさえ、とうに忘れてしまっているのだもの。
なゆの、負けね。
紫色の瞳の眦を緩めて、七結は刃を振るう。
怯んで後退しようとした獣も、飛びかかってくる獣も、ぜんぶぜんぶ真っ二つ。
牙を剥いて喰らいつく獣も、あわてて踵を返した獣も、ぜんぶぜんぶ別々。
お宿の料理と、あまあい苺もおいしかったけれど。
次のおいしい時間も、きっと。
おいしくて、しあわせな時間にいたしましょう。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
ニルズヘッグ・ニヴルヘイム
どんな奴かと思えば随分と小さいなァ
ま、どうでも構わんか
礼を言おう。貴様らのお陰ですっかり酒が抜けたよ
――目標を見誤ることもなさそうだ
厄介な目を潰させてもらおうか
現世失楽、【悪徳竜】
その出で立ち、目が最大の武器なのであろう?視覚を奪うついで、呪詛で蝕んで集中力も削いでやるとしよう
ふはは!良い未来を見せてもらった
その礼だと思って、まァ遠慮せず受け取ってくれ
ちと苦しいだろうがな
――未来やら可能性やら
そういう自由ってのは「ひと」に許されたものだ
私は可能性のあるものの選択に従うのみ
それがこの身に「最悪」を齎すとて構わんさ
であるから今は、未来を守るため、貴様らの足掻きを無駄としてくれよう
●避けるまでもない事
薄く雲がかかった西の空。
沈みだした陽は茜色に輝き、ニルズヘッグの影を昏く長く伸ばしている。
木陰から、茂みから、建物の影から。
感じる幾つもの視線、視線、視線。
その敵意が感じられる視線からは、逃げるタイミングを見計らっているような雰囲気を感じる。
足元で、かさ、と音が立った。
「おや、どんな奴かと思えば随分と小さいなァ」
一瞬で蛇竜を長槍と成したニルズヘッグは、そのまま鋭く槍を振り下ろし。
手応えと共に穂先を擡げると、顔の真ん中に宝石のようなひとつ目が嵌った獣の姿。
振り抜く事でその獣を投げ払って、地へと落とすと、ニルズヘッグは瞳を眇めた。
「ま、どんな大きさだろうと構わん。――貴様らには礼を言おうと思っていてな」
あらゆる角度から感じる視線に交じっていた敵意は、一瞬で害意に対する害意へと移り変わり。
その針のように突き刺さる視線に笑みを深めたニルズヘッグは、燃える地獄で獣を睨めつけ返した。
「貴様らのお陰ですっかり酒が抜けたよ。お陰様で、――目標を見誤ることもなさそうだ」
そして長槍を引いて、獣達へと逆の掌を突き出すように振り抜けば――。
現世失楽、悪徳竜。
場へと冷たい霧が、烟り満ちた。
視界を奪う霧の中、ニルズヘッグは一気に地を蹴って。
呪詛を宿した槍の穂先が、獣を一気に刺し貫く。
同時に後ろから飛びかかってきた獣に対しては、槍を引いて。
柄を引きざまに腹へと叩き込んでやった柄尻が、飛びかかろうとする獣の身体を後ろへと引き戻す。
「ふはは! 良い未来を見せてもらった駄賃だと思って、遠慮せず受け取ってくれ!」
――ちと苦しいかもしれぬがな。
笑って戯けるように言葉を紡ぐニルズヘッグ。
柄で身体を突かれただけだと言うのに。
その刃に貫かれた訳でも無いのに。
小さな獣は、呪詛に蝕まれて泡を吹いて苦しみだす。
仲間たちの様子にあわてて飛びかかってくる獣に、あわてて逃げようとする獣。
「ふは、そんなに焦らずとも全部倒してやるぞ?」
腰を低く落としたニルズヘッグはかぶりを振って。
構えた槍が円を描き、冷たい霧を掻き回す。
薙いで、貫いて、蝕んで、倒して。
――未来やら、可能性やら。
「自由ってのは、『ひと』に許されたものだろ。私は『可能性のあるもの』の選択に従うのみさ」
その選択に従った事でニルズヘッグが『最悪の可能性』へと向かったとしても、構いはしない。
槍を握る腕に、籠もる力。
たとえ。その事で打ち捨てられ――誰からも忘れられてしまったとしても。
今のニルズヘッグには、そういう生き方しかないのだから。
脇をしめて。
腰を落として。
槍を突き出して、真っ直ぐに瞳を貫き喰らう槍の穂先。
「――しかしな。今は未来を守るために、貴様らの足掻きを全て無駄としてくれよう」
敵を貫いたニルズヘッグは、西の空へとぽつりと呟いた。
成功
🔵🔵🔴
ブーツ・ライル
【DRC】
アドリブ・マスタリング歓迎
_
…お前たちは何も悪くない。
ただ。そう。一つだけ言うとしたら。
運が悪かった。
それだけだ。
……仕事故に、俺はお前たちを殺す。
存分に恨め。
お前たちには、その権利がある。
▼戦闘
燕とメトロを極力庇う
が、彼らの攻撃の邪魔にならぬ様配慮
(息を合わせずとも、二人の行動のタイミングはとっくに把握している。俺にとってさして難しい事ではない)
俺が発動するユーベルコードは『Avenger』
目立たない特性や暗殺の技術も用いて、獣らを仕留められる様試みるが──燕やメトロの攻撃の為の陽動としての機能も狙っていく
罪も無く、唯受け入れられざる存在故に散りゆく彼らへの、餞として。
「──眠れ」
金白・燕
【DRC】
アドリブ歓迎です
さあ、楽しいお仕事の時間ですよ
ああ、メトロもブーツも集まって頂けて良かったです
定刻に皆様もお集まりでまあまあまあ
さて、貴方達の未来へご案内致しましょうか
今回はご優待を頂きましたからねえ
こちらからも相応しい返礼を
貴方方へ、レディから頂いたGIFTをお分けしましょう
幸せですか?幸せですね?良かったです、ええ。
薔薇の輪を抱えて、みぃんな幸せに転べ。
力が無いのならば仕方がない事でしょうか
世界は善意に溢れてなど居ないのですから
ええ、恨むなら恨んで下さい
レディのため、仕事のため……いや、俺自身のために
貴方達を轢いてでも進む事しか出来ませんから
メトロ・トリー
【DRC】
ぼくはぼくはぼくは!
もう機嫌が悪いったらないよ!もう!
定刻!?やだやだ時間通りだなんて最低!
運が悪かった!?冗談じゃあないよぼくにあんなもん見せやがって、よ
首を切って、さあ!
判決を決めよう!
ーーー
もう燕くんたら社畜なんだからも〜
ぼくはぼくは燕くんが楽しそうで可哀想でヨヨヨ
ブーツ先輩が辛そうで、嬉しいなあ〜
きゃは、は!やさしいブーツ先輩が顔を顰めるぐらい!
ぼくはコイツらを真っ赤にしてやるのさ!
ギィィィ『GIFT』!
その目ん玉!的にしていーんだろう?
オラ、ダーツだよ!
あれ?あれれ!?逃げちゃあだめだよ!
きゃは!は!外すわけねえだろが、死んでから後悔しな
俺が断頭台だ。
死刑!死刑!死ね!
●贈るもの
ブーツはその表情を崩す事無く、獣に爪先を捻り込む。
そこに両手をぶんぶんと振りながら現れたのは、ブーツ先輩のかわいい後輩のメトロ・トリー。
そう、ぼくだ! ぼくはぴょんとしたよ!
「もう! ぼくはぼくはぼくは! もう、もうもう、機嫌が悪いったらないよ! もう!」
このままではモー、牛になってしまうかもしれない!
彼と共に歩みながら。
ぽんと両手を合わせた燕は、いつもの薄ら笑みを浮かべ。
「おや無事にメトロもブーツも見つけられた事ましたね。では、次は。さあ、楽しいお仕事の時間ですね」
「もう、もうもう。燕くんたら社畜なんだからも〜」
メトロがきゅっと握った拳を顔に寄せて、ヨヨヨってする横で。
燕が周りを見渡すと、様々な場所に潜んだ敵たちが見受けられた。
その向けられている視線は、どれも強い害意と怯えの混じった視線だ。
確認を終えた燕はいかにもお仕事な笑顔を崩す事の無く。
帽子の鍔を持つと、慇懃無礼なまでに丁寧なお辞儀をひとつ。
「皆様も定刻にお集まりのようで、まあまあまあ。それでは、貴方達の未来へとご案内致しましょう」
「あっははは。なになに、やだやだ、面白い冗談言ってる? はあ? 定刻!? あー、やだやだ、時間通りだなんて、最低!」
いつもの笑みを張り付かせた燕と、ころころと表情を変えるメトロ。
「燕、メトロ」
短く彼らの名を呼んだブーツは、はぐれてたった今合流できた仲間たちに視線を向け。
足元に転がっている敵であったものを踏まぬように、一歩を踏み出す。
それは仲間を傷つけられた事によって敵意から害意へと変わった視線を、その身で一手に引き受けようとしているかのようだ。
そうして小さく顔を上げたブーツは一匹のひとつ目を視線がぱちりと合い、小さく言葉を零した。
「……お前たちは、何も悪くない。ただ、そう。一つだけ言うとするならば」
燕とメトロの前を庇うかのように彼らの前に立ったブーツが、瞳を瞑って、開く。
「運が悪かった、――それだけだ」
「ウンウン、ブーツ先輩はやさしいなあ。ボクも真似をしよーっと! お前たちは、悪く、……わる、悪いでしょ!! 運が悪かった!? もう! もうもうもう! 冗談じゃあないよ、ぼくにあんなもん見せやがって、よ!」
メトロは言葉を紡ぎながら、ワンブレスの中で情緒はめちゃくちゃ。
ブーツが帽子の鍔を小さく引くと、爪先に力を籠めて地をギリと踏みしめた。
「……仕事故に、俺はお前たちを殺す。――ああ、存分に恨め。お前たちには、その権利がある」
「えひひ、えふ、ふへ。なんだいなんだい。キュンときたよ、ブーツ先輩が辛そうで、嬉しいなあ〜」
そうと決まれば、メトロはぽーんと飛び跳ねて。
背をぴんと張った燕も、獣達へと向かって小さく腕を伸ばした。
「さあ、さあ! 首を切って、さあ! 判決を決めよう!」
「はい、ご優待を頂きましたので、相応しい返礼が必要でしょう」
崇高な赤。――レディより賜った贈り物をお分けしよう。
GIFT。
燕の手には、薔薇の花冠。
メトロの周りには、ナイフにフォーク、スプーンにお皿――大量の銀食器!
「きゃは、は、はは! やさしいブーツ先輩が顔を顰めるぐらい! ぼくはコイツらを真っ赤にしてやるのさ!」
宝石みたいな瞳をぐりぐりと揺らして。
ちいさなひとつ目の獣達は仲間たちを害そうとする敵より身を守るために、爪を出して、牙を剥いて。
彼らの攻撃を確実なモノとするが為に、ブーツはその身を敵達の前へと曝け出す。
ブーツが木の幹を蹴り上げれば、枝の上から様子を伺っていたひとつ目が身を滑らせて。
落ち行く身体に、すこん、と銀のナイフが突き刺さった。
「その目ん玉、的なんだろ? おらおら~、ダーツ! ダーツだよ!」
横から飛びかかってきた獣には、軽いステップで身をずらすだけ。
その瞬間。
燕の投げた薔薇の輪が、獣にぱさりとぶつかって。
――ブーツは二人の攻撃するタイミング位、打ち合わせずとも身体が理解をしている。
彼らを護り、彼らを助け、――確かな一撃を敵へと捻り込む。
山桜の下に、薔薇の花弁がはらはらと舞う。
「あなたは幸せですか? 幸せですね? それは、それは、とても良かったです、ええ」
燕が笑う。
お仕事程ではないけれど、貴方達が幸せになれるのならば!
力が無いのならば、力の在るものに翻弄される事は仕方の無い事だ。
世界に善意なんて、ほとんどありはしない。
世界は善意になんて、溢れていない。
だから、だから、レディから頂いた幸せをお分けしよう。
みぃんな、みんな、幸せに転べ!
それでも、――そう、それでも。
「……ええ。それでも、恨むなら恨んで下さい」
それはレディの為、仕事の為。
否。
――自分自身の為に。
燕は力のない彼らを轢いてでも、前へ進む事しか出来ないのだ。
「ねえ、ねえ、逃げちゃあだめだよ!」
西の空より差し込む茜色よりも、尚赤い薔薇に包まれながら燕は呟く。
銀食器をガチャガチャ鳴らせば行進をする兵隊めいて、メトロはぴんと跳ねた長耳を揺らす。
次は、そっちの影に、向こうの影!
「きゃは! は! 外すわけねえだろが、死んでから後悔しな。有罪! 有罪!」
白と苺色の髪に茜の光を解かして、茜色より尚赤いまあるい瞳を揺らしてメトロは指差し確認。
あっちも有罪、こっちも有罪。
「知っているだろう! 俺が裁判官の断頭台だ! 死刑! 死刑! 死ね!」
死んでから弁護士を呼んでもいいんだぞ。
ぼくは丁寧にクソバカ1つ目野郎を狙って、銀の食器を投げつける。
おやおや、銀が血まみれだ! こりゃあ、ブーツ先輩の顔が見ものだね! どうだい、ブーツ先輩。ぼくはブーツ先輩を窺うよ。
敵の群れを横っ飛びで躱したブーツは、腰を落として。
鋭利な刃物のように鋭い動きで、ぎゅっと引き絞った筋で足を振り放つ。
半円を描いた足先が獣たちを蹴散らして、彼らの腹をぶち破り、ぶち抜いて。
それは罪も無く。唯受け入れられざる存在故に、散りゆく彼らへの餞として。
「──眠れ」
帽子の鍔をきゅっと引いたブーツは、動かなくなった彼らへと小さな言葉を贈った。
成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴
九琉・りんね
【団地】
あ………
ゆ、りかご……さ…………
さっきまでのことは全部幻で
それでも、
頬がまだ痛むような感覚も
体の震えも
止まってくれない
ごめんなさい。ごめんなさい。
私は、弱くて。
誰かの後ろじゃないと、戦えすらしなくて。
前を往く人の、袖を引っ張ってしまう。
…臆病者なんです。
そして、そんな私を信じてくれる人たちを、私は信じられなかった。
……だから、ごめんなさい。
私は、
私を信じてくれた、揺歌語さんを信じたい
──だから、今度は!
私が信じて、助ける番だ!
庇う勢いそのまま【クリスタライズ】を彼に
例え意味が無くても、私が傷ついても
構うもんか
あとは、お願いします
……はいっ!
私も、甘いの…食べたいです!
揺歌語・なびき
【団地】
縮こまるルビーに迫る魔を撃って駆け寄れば
ひどく怯えていた
間違いなく、おれに対して
きっとそういう目に遭ったのだ
嫌だな、可哀想に
ただでさえおれは人でなしなのに
決してこの手で触れず
しゃがんで目線合わせ
さっきまでの懺悔を隠し真人間のフリを
がんばったね
よく、がんばった
もう少しだけ、がんばれるかな
あの子ほど愚かでもなく
ただの幼いごく普通の少女に
戦場に立つ君は立派だと伝わればいい
りんねちゃんを後ろに
おっと、ちょっと強い衝撃
その体温を確かに受け入れ
すべての一つ目をぶち抜こう
【スナイパー、鎧無視攻撃、呪殺弾、呪詛】
終わったらもっかい温泉入ろっか
おれ甘いもの欲しいからさ
スイーツ食べてから団地に帰ろうよぉ
●懺悔
「りんねちゃん!」
なびきの声に、酷く怯えた様子でりんねがびくりと肩を跳ねた。
紅玉色へと牙を剥いた獣へと放たれた弾が、その害意を弾き飛ばす。
「あ……」
なびきが歩み寄れば、戦慄く唇。
それはそこかしこより向けられている敵意の混じった視線に、怯えている訳ではなさそうであった。
「ゆ、り、……かご、さ……」
途切れ途切れの言葉。りんねの黒曜石色の瞳の奥が揺れる。
なびきはその様子に確信をする。
ああ、間違いなく。
この子はおれに対して怯えているのだ、と。
――ああ、さっきまでの事は、全部ぜんぶ、今では無いのに。
大量にある未来の中の、最悪の可能性だというだけなのに。
夢であって、幻であるはずなのに。
理解はしている、理解はしている、はずなのに。
それでも、それでも、それでも。
頬がまだじんと痺れている気がする。
身体が震えることが止められない。
その桃色の瞳と、視線をあわせる事が出来ない。
――きっと、きっと。
なびきは、りんねが『そういう目』に遭ったのだろうと思った。
嫌だな。
可哀想に。
……ただでさえ俺は、人でなしなのに。
手を伸ばしたら壊してしまいそうで、壊れてしまいそうで。
なびきは腰を落として、りんねと視線を合わせる。
先程までの痺れる程に甘くて、痺れる程悲しい言葉への懺悔を、りんねにはひとかけらも見せる事も無く。
『人間』のフリをする。
『大人』のフリをする。
「ごめんなさい、……ごめんなさい」
りんねは懺悔を零すように。
「私は、弱くて。……誰かの後ろじゃないと、戦えすらしなくて」
黒耀石に溢れるほどの涙を湛えて、言葉を紡ぐ。
「前を往く人の、袖を引っ張ってしまう。……臆病者なんです」
「うん」
なびきはただ頷いて、相槌を打つばかり。
彼女が言いたい事を言い終えるまで、耳を傾ける。
「そして、そんな私を信じてくれる人たちを、私は信じられなかったんです」
く、と喉を鳴らしたりんねは、先程まであれほど恐ろしかった桃色を見やって。
震える言葉を。
「……だから、……だから、ごめんなさい」
「うん」
「でも。私は……、私は、私を信じてくれた、揺歌語さんを信じたいです……」
「……がんばったね。本当によく、がんばった」
こくこくと頷くなびきに、りんねは戦慄きそうになる唇を一度噛んでから。
「……それじゃあ、もう少しだけ、がんばれるかな?」
「……はい!」
強く頷くりんねに、なびきは眦を緩めて見せた。
――あの子ほど愚かでも無く、ただ幼いごく普通のまっすぐな少女に。
戦う力を持ったという理由だけで、戦場に立つ決意ができる君は本当に立派だと伝われば良い。
――必ずしも正義の味方である必要は、無いんだ。
「りんねちゃん、ちょっと後ろに居、」
りんねを庇う形で立ち上がったなびきは、小さな銃を構えて。
そのなびきに、りんねはぎゅうと抱きついた。
今度は――私が信じて、助ける番だから。
りんねの力によって、すう、と姿が透明と成った二人。
――姿を消した二人に対して、向けられていた視線が彷徨ったような気がした。
「あとは、……あとはお願いします……!」
小さな声の奥に通った決意。
……ああ、この子も。
なびきは小さく喉を鳴らしてから、姿を現した獣を撃ち抜き。
そして小さな声で、ぽつり、ぽつりと言葉を紡ぎだした。
「ねえ、りんねちゃん。……全部終わったらもっかい温泉入ってからさ。おれ、甘いものが欲しいから、スイーツを食べてから団地に帰ろうよぉ」
「……はいっ! 私も、甘いの……食べたい、です!」
「うん、決まり」
ぎゅ、とりんねの抱きつく力が強くなった気がした。
うん、……大丈夫、大丈夫。
なびきはそのままゆっくりとすり足で移動しながら、次の獣へと狙いを定めて――。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
大紋・狩人
【仄か】
蒼炎が草を食む。
夢の続きには、しないさ。
ラピタ。
傍にいるよ。つないでる。
ワルツなら心得があるんだ。
【壁の花、一輪】
踊ろう、一緒に。
奮う戯れと真摯な顔に、力強く応えて。
足元から火護りの花が広がり、
広い花園を形作る。
祈り、かばう、火炎耐性、覚悟。
全て篭めて仄かな護りを、殊更強める。
敵が逃げるなら追跡と地形の利用、
斜め前。後ろの方だ。
きみの炎なら追いつく。
悪夢と悪い未来だけ、
くべてしまおう。
蒼い花畑みたいだ。
見える?
綺麗だよ。
ラピタ。悪い夢にね、
一つだけいい景色があった。
大切に想う子が
幸せそうに笑ってたんだ。
それだけは
もう一度。
背に回された手を思い返して、
抱き返す。
ああ、やっと
きみに届いた。
ラピタ・カンパネルラ
【仄か】
動揺、したんだろう
足裏からちりちり炎が拡がって、
カロン、
ここにいて。
踊るように、一緒にいてよ
悪い未来をわらうよう
少しおどけて、けれど真摯に。
獣を逃さぬよう、身体から溢れる炎を撒く
《蒼炎と踊る》、燃え盛る。
まるであの未来の裏付けだろ。だからって恐れたり出来るものか、諦めたいものか。手をつなぐ、狂気耐性。
斜め前、僕の後ろ。
拡がる花の迷宮が、焼きたくはないものを護ってくれる。だから、君を、君の花を信じてーー獣よりも疾く、無差別に焼き落とす
強い光が見える眼だ
炎の花園が、よく見える
綺麗
うん
あの景色が見れて、本当に、
本当に
僕は、嬉しかったんだよ!
夢では動かなかった君の腕
生きてる
燃えてない
良かったぁ
●君とワルツを
ラピタの足裏から、蒼い炎がちりちりと拡がっている。
草を食む、青い匂いの煙が烟る。
「……ラピタ、傍にいるよ」
握る掌にきゅっと力を籠めた狩人は、ラピタだけに聞こえる声で呟いた。
「そう、カロン。ここにいるんだ、ここにいて」
それは未来の可能性だと聞いた、それも最悪の。
それでもラピタの胸は、ときときと痛むものだから。
「うん、つないでる」
――夢の続きには、しないさ。
針のように全身を刺す視線の気配。
きっとラピタにとっては、本当に針に刺される程の気配に感じているだろうから。
狩人は指に指を絡めて、握りしめて。
「わかる。ボクと、踊るように、一緒にいてよ」
「ああ、それは良い。ワルツなら心得があるんだ」
悪い未来をわらいとばすように。
わらうように。
ラピタの戯けた願いに、まっすぐな表情。
それをまっすぐに受けとめた狩人は真摯に、力強く応えよう。
さあ、お手を。
ええ、喜んで。
手を取り、舞う足取り。
視線を向ける獣達が気付かぬように、逃さぬように。
いち、に、さん。いち、に、さん。
緩やかに刻むステップより溢れる蒼い炎。
炎の中で、燃える事無く、枯れる事のない花が咲き誇り。
それは蒼い炎の加護を宿した、花園の迷宮と成る。
燃える蒼の中、二人は踊り、少し笑った。
燃える、燃える。
綺麗だ。
綺麗だな、綺麗だ!
――ねえ、まるであの悪い未来の裏付けみたいだ。
ラピタの心によぎる、蒼。
燃える、燃える、燃える。
それでも君の花が、焼きたくはないものを護ってくれている。
君の首は、ちゃんとくっついているのだろう。
恐れない、諦めない。
握った手は、ぬくい、あたたかい。
「……ああ、来た。斜め前、後ろの方だ」
「斜め前、僕の後ろ」
「うん。大丈夫。……きみの炎なら追いつく」
「うん、やれるさ」
蒼が近づく獣を喰らい、燃やし尽くす。
きい、と小さな声がした。
大丈夫、大丈夫。
君の花は、焼きたくはないものを護ってくれていると、思う。
ラピタの心は、揺らぐことは無い。
君の言葉を信じて、君の花を信じて、獣の駆ける速度よりも疾く、焼き尽くそう。
それに、炎はラピタの目にだって、よく見えるものだから。
「ねえ、蒼い花畑みたいだ。ラピタ、見えている? 綺麗だよ」
「うん、よく見える。……炎の花園だ、……綺麗だな」
悪夢と悪い夢を燃して、蒼は煌々と燃え上る。
西の空は茜色に染まっている。
狩人の目には、茜が差す蒼の花園。
ラピタの目には、蒼の花園。
違うものを見ているけれど、おなじものを見ているんだ。
「ねえ、ラピタ。悪い夢にね、一つだけいい景色があったよ」
「うん、僕もそう思った。……僕はね、あの景色が本当に、本当に嬉しかったんだよ」
ラピタの言葉に、狩人はうん、と零して頷いた。
――大切に想う子がね、幸せそうに笑ってたんだ。
本当に、本当に良い光景だと、思ったんだ。
だからそれだけは、もう一度見たいと、思っていたんだ。
そうして茜色に照らされたラピタの表情をまっすぐに見やった狩人は、眦を緩め。
蒼に燃える花園の中で二人、くるりとステップを踏んだ。
狩人の背へとラピタは手を回して、くるくるり。
そうだ。
今の狩人には、指がある。
腕がある、身体がある。
見るばかりで無い、君を護れる、君が灰にしたくないものだって、護れるんだ。
ラピタの背に狩人は腕を伸ばして、彼女を抱き返す、抱きとめる。
ああ、ああ。
やっと、きみに届いた。
そうだ。
今のカロンには、指がある。
腕がある、身体がある。
生きてる、燃えてない。
……良かったぁ。
ラピタの朧な視界にはっきりと燃える花とは別のあたたかさに、ラピタは顔を埋めて。
背を抱くことも、手を繋ぐことも、伸ばされた指先を取ることも。
今はぜんぶ、ぜんぶ、許されているのだから!
いち、に、さん。いち、に、さん。
君と、も少し、踊っていたいなあ。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
リル・ルリ
■悠里/f18274
悠里、悠里は必要だよ
僕の大事なお友達だよ
まだなったばかりだけど、いなくなって欲しくないんだ
君をしりたい
そんな夢なんかに、飲み込ませないよ
歌唱に鼓舞を込めて歌う「月の歌」
傷を癒して、秘めた力を解放して
君はとっても強いんだから
支えるよ
その背中を
寄り添うよ
その心と
揺蕩う水泡のオーラ防御で悠里を守る
僕の友達に手を出さないでよ
歌う歌う、君のため
歌は僕
少しでも力になりたいから
未来なんて見通せないからいいんだろう
水槽の外にでられた僕みたいに
笑ってるよ悠里
君の手はとても暖かだった
結べて嬉しかったんだ
だから
また手をつなごう
そうして笑ったら
きっと心もつながれる
大切なともだち
僕は君とそうありたい
水標・悠里
リルさん/f10742
私は……いえ、僕は誰かの役に立ちたい
存在を、生き方を肯定して欲しい
皆と共に歩いて行きたい
でも先ほど見た未来の光景を思い出すと、もしかしたらと不安になる
これは、リルさんの歌
立ち竦む手足に力が戻る
取り繕えど僕は弱い
虚勢を張らないとたっていられない
千里眼獣の前に立ち扇を広げ[祈り]と共に舞い鎌鼬を招来
攻撃は[かばう][オーラ防御]で引き受けます
躊躇ってはいけない、躊躇うほどに誰かが傷ついていく
一度繋いだ手を離すのが怖い、けれどまた繋げると信じ奮い立たせて
死霊の蝶による[呪詛]の[範囲攻撃]で[恐怖を与え]ます
先ほど繋いだ温もりを手放すことがないように
どうか貴方はいつも笑っていて
●手を繋ぐ
背に感じる熱は、確かにリルがここに居る事を示すよう。
悠里はその事がひどく眩しく感じて、息を咽む。
――悠里は、誰かの役に立ちたい。
――悠里は、存在を。……自らの生き方を肯定して欲しい。
共に歩いて行きたい。
それでも、それでも。
先程見た『未来の可能性』は、その願いをそっくり否定するかのようであった。
お前はそういう奴だ。
お前だけがまた。
ああ、なんて、自分勝手で愚かなのだろう。
竦んでしまいそうな、いいや、足が竦んでいる。
これでは、敵の思う壺では無いか。
「悠里」
――背に感じる熱は、確かにリルがここに居る事を示すよう。
「悠里は、僕の大事なお友達だよ」
リルには決して、悠里の考えている事が解る訳では無い。
でも、酷い可能性を見せられた事は、知っている。
ありえない未来を見せられた事は、知っている。
例え友達になったばかりだとしても、リルが悠里の友達である限り。
赦してはいけない未来であったのだろう、と思う。
「僕はね、悠里にいなくなっては欲しくないんだ」
だからリルは自分のできる事をする、という事を知っている。
悠里、君を知りたいよ。
悠里、君をそんな可能性なんかに、飲み込ませたりしないよ。
鼓舞を籠めて、加護を籠めて。
人魚は喉を震わせて、幽玄の歌声を紡ぎ歌う。
その歌は悠里を信じているからこそ、力強く心を揺さぶる歌声だ。
さあ。
傷を癒して、秘めた力をすべて僕に見せてよ。
しっているよ、君はとっても強いんだから。
支えるよ、その強い背中を。
――寄り添うよ、その心と。
きい、と獣達が一瞬怯んだように思えた。
逆に悠里は、竦んでいた掌をきゅっと握りしめた。
ふわふわとしていた足が、地に付いたように気がした。
視界の端で幾重にも重ねられたシフォンジョーゼットのレースのような鰭が揺れている。
悠里の心の奥底から、力を呼び覚ますように響く声。
――どれほど取り繕えど、悠里は自分が弱いと思う。
それこそ、虚勢を張らないと立っていられないほどに。
そこかしこより感じる針のように突き刺す視線は、痛い程。
きっと心が折れる事を、期待しているのだろう。
きっと逃げ出す事を、期待しているのだろう。
でも、それでも。
――友達が祈ってくれた、歌ってくれた、信じてくれている。
水泡が悠里を守るように、ぷかりと浮いている。
「ありがとう、リルさん。……僕は、」
黒に蒼が宿った扇を開いて、悠里は一歩を踏み出す。
歌に合わせて、風雅な足取り。
滑るように滑らかに悠里は舞い踊る。
ひら、ひら。
ふと姿を現した黒い蝶が大きな翅をゆらゆらと揺らめかせて、悠里の周りをゆうるり廻る。
その舞いに誘われたかのように、風が刃と成って渦巻いて跳ね。
風の刃は1つ目の獣を喰らい裂く。
リルは歌う。
悠里の為に。
リルは歌う。
悠里の力に、すこしでもなりたいから。
――未来なんて見通せないから、分からないからいいんだろう。
あの水槽の外へと、リルが出る事ができたように。
歌は響く、花は咲いた。
だから悠里は躊躇わない、躊躇ってはいけない。
――躊躇う程に、誰かが傷つくのだ。
鎌鼬を駆けさせて、呪詛の蝶を舞い揺らす。
――ねえ、悠里。
君の手はとても暖かだったね、結べて嬉しかったんだ!
――ねえ、リルさん。
貴方の手は温かかった、どうか、その手握らせていて。――いつも笑っていて、ほしい。
――悠里。
僕は、笑っているよ。
だから、また手をつなごう。
笑っていれば、きっと心だって繋がれるから。
――悠里は、――リルさんは。
大切な友達なのだから。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
薬袋・布静
【徒然】
ズレとるんよなあ〜
お前のかぁええと思う感性ホンマに理解出来んわ
俺は要らんからな
ま、嫌なモン見せられたのは違いない
その落し前をつけてもらおうか
【潮煙】の青煙の海を游ぐホオジロザメを呼び
周囲の鬱陶しい敵を喰らう側で【蛟竜毒蛇】で動きを鈍らせる
八千代が前に出過ぎるのであれば庇う
っとに、前を見過ぎるのも考えもんやわ
お前が何見たんか知らんけどな
俺はあんな未来認める気ィなんぞない
もし、その道を辿るとしても変えたるわ
っとに、八千代は調子狂わす天才やなあ…
はぁ、終わったら岩盤浴とコーヒー牛乳な
せやな、この胸糞悪い気分を晴らして帰ろうか
お桜夜への土産物も買ってな
嗚呼、これから先も――ずっと生きていこうな
花邨・八千代
【徒然】
やーなもん見せやがってこのちび!もふもふ!
毛皮引っぺがしてちょっとおしゃれなマフラーにしてやる!
ちょっと可愛いとか思ってねーからな!
勢いよく前に出て【ブラッド・ガイスト】だ。
黒塚に血を纏わせて怪力任せにぶん回すぞ。
かかってくるのを片っ端から薙ぎ払って叩き潰す。
それこそ塵芥みてーにな。
あの未来を俺は否定しねェ。
でもそこに至るかは俺次第だ。
お前なんぞに決めさせてたまるかよ。
ぬーさん、とっとと終わらせてもっぺん風呂だ!
俺今度は岩盤浴ってのやってみたい!
あとコーヒー牛乳おかわり!
まだまだ楽しもうぜ、折角温泉来てんだし。
桜夜に土産も買って行かんとなー。
この先もずっとずっと、一緒に生きていこうぜ。
●薄皮饅頭がお土産にはおすすめです
宝石のような大きな猫めいた瞳が、ひとつ。
二人を取り囲む獣たちは、じりじりとその距離を詰めて。
「やーーい! このちび! もふもふ! やーなもん見せやがって、ちょっと可愛いとか思ってねーからな!」
そんな円のど真ん中。
八千代は頬を膨らせて悪態を付きながら、手の甲を鋭い歯で噛んで朱色を零すと一気に地を蹴った。
逆の手には黒塗りの薙刀。
手の甲より流れる血を喰らわせれば、薙刀は命を喰らう姿へと形を変える。
「なんか、ズレとるんよなあ〜。お前のかぁええと思う感性だけは、ホンマに理解出来んわ……」
「毛皮引っぺがしてちょっとおしゃれなマフラーにしてやる!!」
「いうとくけど、俺は要らんからな」
やれやれと肩を竦めた布静は、八千代の素敵なファッション提案をばっさりと切り捨てて。
ぷかりと煙管をふかした。
――海洋生物の精霊を宿した煙は、布静の周りに空を泳ぐ水族を呼ぶ。
「ま、嫌なモン見せられたのは違いないけどな、落し前はつけてもらおか」
一斉に八千代へと飛びかかった、ひとつ目の獣たち。
ぎゅうっと身体を引き絞ると、吹き荒ぶ風のように刃を放ち。
刃で捉えられなかった獣を八千代は蹴り倒す。
そうしてバックステップを踏むと、返す手で更に背より迫っていた獣たちを水平に薙ぎ払い。
大きな口を開いたサメが、ウミウシを侍らせて獣を喰らう。
「っと!」
地に柄尻を引っ掛けて、高跳びの要領で高く跳んだ八千代が更に前へ、前へ。
――あの未来を俺は否定しねェ。
でもそこに至るかは俺次第だ。
八千代は祈るように、吠える。
「俺の事を、お前なんぞに決めさせてたまるかよ!」
そうして全て喰らいつくそうとするかのように、薙刀を力任せに振り下ろした。
踏みしめられた地に罅が走る事も構わず、八千代は獣に向かって更に刃を振るう。
「……」
ぷか、と煙管をふかしながら布静は瞳を細めて。
肩を上げて、下げた。
「っとに、前を見過ぎるのも考えもんやわ……」
八千代が横を通り過ぎようとした瞬間に、布静は彼女の首根っこをひっつかみ。
「んべっ!?」
今にも彼女に喰らいつかんと、上から降り落ちてきた獣の額を煙管の頭でこん、と叩いた。
鰭を揺らして、サメが駆ける。
逆の手にひっつかんだ女と視線を合わせて、布静はまっすぐに、まっすぐに。
「あんなァ、……お前が何見たんか知らんけどな。俺はあんな未来認める気ィなんぞ無いわ」
「ぬーさん……」
「――それにな。もし、お前がその道を辿るとしても、俺がその道を辿りそうになったとしても、そんなもん絶対に変えたるわ」
「……ぬーさん!」
いつの間にか、八千代の顔はいつものめちゃくちゃウザいあの表情になっていた。
あー、……もう。
「っとに、八千代は調子狂わす天才やなあ………」
柄にもない事を言った、と。
八千代の首根っこから手を離すと、布静は小さくかぶりを振って。
「なあ、ぬーさん、とっとと終わらせてもっぺん風呂にいこうぜ。俺、今度は岩盤浴ってのもやってみたい!」
「あー、はいはい」
「んで、とコーヒー牛乳もおかわり!」
「はぁ、わかったわかった。終わったら岩盤浴とコーヒー牛乳な」
「やった、約束な!」
華やかに笑った八千代の姿は、入りすぎていた肩の力を抜いたように見えた。
薙刀を伸びやかに振り上げ、もう一度だけ八千代は布静を振り向き。
「……まだまだ楽しもうぜ、折角温泉来てんだしさ」
「せやな、この胸糞悪い気分を晴らして帰ろか」
布静もそんな彼女に絆されたように、眦を緩めた。
――桜夜への土産物も忘れては行けないし、と付け足して。
そうしてぽつり、と付け足すもう一つの言葉。
「……この先もずっとずっと、一緒に生きていこうぜ」
「嗚呼、これから先も――ずっと生きていこうな」
憂いを断ち切ったかのように、鬼は跳ねる。
聖者たる薬師は肩を竦める。
まだ見ぬ未来を、二人で作る約束を重ねて。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
御園・ゆず
こびりついたままの嗤い声
向けたまま動かせない銃口
……あんな未来、わたしが阻止する
人差し指に少し力を籠めるだけで、鉛玉が飛んでいく
普通の女子中学生には耳慣れない銃声と、漂う硝煙の香りがわたしをこの世に引き戻す
来るのならどうぞ、一斉に
一息で骸の海へ送って差し上げますので
FN Five-seveNをスコーピオンに持ち替えてありったけの鉛玉を浴びせる
鋭い爪で裂かれようとも、それがどうした?
流れる血を舐めとれば、わたしはあたしに成り代わる
血を流すたび
弾を吐くたび
わたしは日常から遠ざかり『埒外』になっていく
…それでもいい
優しいヒトたちをまもることができるのなら
――わたしは、悪魔にだってなってやる
●まもりたいもの
嗤い声が、耳の奥にこびりついている。
かたかたと手ごと、小さく銃が震えている。
その銃口を安定させるべく、その身体の震えを抑えるべく。
ゆずは奥歯を強く噛み締めて、噛み締めて。
「……あんな未来、わたしが阻止する」
口にする事でその意思を確かなモノとするかのように、言葉を紡いだ。
人差し指に力を籠める。
トリガーを引く。
腕に響く反動と逆方向に、鉛弾がまっすぐに跳んでいく。
きっと『日常』である学校のオトモダチ達は、作り話の中でしか聞いたことの無い音。
銃声と、漂う硝煙の香り。
その弾は外れこそしたけれど、ゆずの心を取り戻す一撃であった。
震えが消えてやっとの事で生きた心地を取り戻したゆずは、まっすぐに敵を見据える事ができた。
緑色の小動物めいた獣。
顔の真ん中に蜂蜜色の、猫の目をもっと大きくした宝石のような瞳が嵌っている。
動物園なんかでは絶対飼育されないタイプの『モンスター』、『化け物』、『UDC』。
これがゆずの『非日常』の『日常』。
ゆずは白が混ざるおさげを跳ねさせて、茶の瞳を細め。
「来るのならどうぞ、一斉に。……一息で骸の海へ送って差し上げますので」
拳銃を短機関銃に持ち替えながら、ゆずは宝石みたいな大きな瞳を見やって言った。
グリップとフォアグリップに手を添えて。
言うが早いか、撃つが早いか。
たらたたたたたたたたたた。
弾を吐き出し、獣たちを撃ち尽くす。
一匹の獣が逃げられぬと悟った瞬間に、鋭い爪を振るうがゆずは避けようともしない。
流れる赤色。
――『わたし』は、『あたし』に成り代わっている。
神さまなんてこの世に居ないことはしっているもの。
自らを傷つけた獣の額に銃口を直接押し付けて。
「ばぁん」
腕を流れる血を舐め取ったゆずは、更に地を蹴って逃げ出そうとする獣たちを追いかける。
殲滅する。
弾を吐き出す。
血を流す。
『わたし』は、『日常』から遠ざかってゆく。
一つの命、かわいそうな命。
『埒外』となってゆく。
でも。
それでもいい、と、ゆずは思うのだ。
弾を吐く。
血が溢れる。
――優しいヒトたちをまもることができるのなら。
わたしは悪魔にだって、なってやる。
成功
🔵🔵🔴
鷲生・嵯泉
余計なものを見せて寄越したものだ
あれが事実と成るも成らぬも知れたものではないが
御蔭で自覚したものも在る……此の礼はせねばな
散って動かれるのは鬱陶しい
戦闘知識を利用し、衝撃波を使って誘導して追い込み
或る程度纏まれば怪力を乗せた斬撃で一気に叩き潰す
――破群猟域
生憎だが視認したものを逃がさないのはお前達だけではないと知れ
攻撃は第六感に因る先読みにて見切り躱し、武器受けにて弾き落とす
千里を見通す眼であっても己が死は見えなかった様だな
未来は決まったものでは無い、か
ああ、其の通りだ、向かう先は己で選ぶ
其の結末は決して定まってなどいない
例え定められているものが在ったとしても――望む未来の為に砕いてくれる
●選ぶ未来
死体ばかりの焼野原はもう見えない。
その意味を考えれば、考えるほど。
嵯泉がゆるゆるとかぶりを振れば、蜂蜜色の尻尾毛も揺れる。
「全く余計なものを見せて寄越したものだ」
――あの『最悪』。
未来の可能性が事実と成るも、嵯泉の識ったことでは無い。
しかし、それによって自覚したモノがある事は、一つの事実としてあった。
ばらばらと様々な場所から、敵意の交じる視線は感じている。
西の空に沈む赤色は、その全てを照らしてはくれていないけれども。
「――ふっ!」
裂帛の息。
嵯泉は刃を構えて、円を描くように斬撃を撃ち放つ。
「生憎だが、視認したものを逃がさないのはお前達だけではないと知れ。……此れは礼だ」
潜んでいる場所ごと斬られてしまえば、その姿を現すしかあるまい。
深い緑色の身体に、大きな宝石みたいなひとつの瞳。
草食獣のようなイメージなのに、大きな爪は肉食獣じみているように見えた。
きいきいと鳴く獣達を追い込むように、斬撃を放ち、鞭状に延びる刃を跳ねさせて。
――未来は決まっている訳では無い。
例えば。
今すぐこの場で足を切り落せば、未来は確実にそのように変わるであろう。
例えば。
今すぐこの場で自らの命を断てば、未来はその場で失われるだろう。
――向かう先を選ぶのは、己だと言うこと。
其の結末は決して定まってなどいない、と言うことだ。
かっ飛んできた獣の爪を、鞭剣で弾いて。
横から噛み付いてきた獣を踏み倒し、潰し、薙ぎ払う。
「千里を見通す眼であっても、己が死は見えなかった様だな」
皮肉げに笑った嵯泉は、肩を竦めて。
動かなくなってしまった獣の変わりに、飛び込んできた別の獣。
刃を構えてバックステップを踏むと、嵯泉は目の位置で真一文字に刃を構えて。
そう。
例えば、その未来が定められているもので在ったとしても。
「私の望む未来の為に、砕いてくれよう」
体重を乗せた一撃を獣に叩き込みながら、嵯泉は小さく囁いた。
成功
🔵🔵🔴
レイブル・クライツァ
捉えたと思ったのに、刃は貴方の首を捉えて刎ねた
確認したかった事がそのまま無くなって、重力と一緒に落ちて
私が本来の用途をこなす為に必要としていた人が、居なくなって
かわりに作られた存在だったから、兵器は不要になれば廃棄だけれど
人にほぼ近いから、用途を変え存在は出来る
――私の壊し方が判らないまま、幾つもの散り際を見るだけの世界
粉々にしても、固体として残れば再生出来てしまう様になっているの
だから、不要になったら終わりたいわ
邪魔だもの
こういう時、人はどんな感情を抱くのかしら?
只のモノだから判らないわ、私
…また夢だったのね
答えを出す前に覚めたら罰にならないのに
嗚呼そうだ…お礼(仕返し)に夢で葬ってあげるわ
●或いは悪夢
西の空が燃えるように赤い。
軽い踏み込みで地を蹴って、鋭く跳ねるレイブルの身体。
美しき白絲を透かす黒のヴェール。
茜色が透けて、淡く昏い色の影を地に落とす。
そのまま通り過ぎてしまいそうなステップで、上半身を引き絞り。
弧を描いた刃は確かに首を捉え、椿の花にも似た柔らかさでほた、と首が落ちた。
振り返ったレイブルがその首を見下ろし。
「……」
それから、少しだけ蜂蜜色の瞳の奥を揺らした。
長い睫毛の影が、二度、三度、瞬きに落とされる。
その首は、貴方の首。
確かに立っていた筈の地面が、ぱっと消えた。
空の茜色は赤黒い血の色と成って、揺れて、混じって。
確かめたい事が、そのまま無くなってしまった。
かしゃん。
どこか遠くで糸操り人形が、床へと落ちる音がした気がした。
レイブルは、落ちてゆく、落ちてゆく。
レイブルの生まれた理由。
レイブルの本来の用途。
こなす為に必要としていた人が、居なくなった。
――レイブルは継ぎ目すら見えぬ、自らの肌理の細かい腕へと視線を落とす。
レイブルは、かわりであった。
しかしほぼ人と同じ見た目であるレイブルは、本来の用途より不要と成った後も廃棄される事は無い。
用途を変えて、存在はできるであろう
――違う。
はらはらと零れ落ちる花弁。
「私はね。粉々になったとしても、固体として残れば再生出来てしまう様になっているのよ」
私の壊し方が解らない、判らない。
花弁が散る、落ちる。
幾つもの散り際を見た、見ている。
「不要になったら、終わりたいわ。――邪魔だもの」
例えば人であれば、こういう時はどういう感情を抱くのかしら?
ねえ。
レイブルは指を伸ばす、白い指先。
その美しい指先は継ぎ目も無く、まるで人の指のようであった。
「……私、只のモノだから判らないわ」
――西の空が燃えるように赤い。
はっと顔を上げたレイブルは小さくかぶりを振って、払うように刃の柄を握り直した。
「……また、夢だったのね」
足元に落ちているのは、山桜の花弁ばかり。
針のような敵意の混じった気配はそこかしこより感じられるが、どうやら首は落とせなかったらしい。
嗚呼。
答えを出す前に覚めたら、罰にならないのに。
肩を小さく竦めてから、彼女は蠢く気配たちへと話しかけるように周りを見やって。
「ねえ、あなた達。……それでもお礼をしたいの、夢を見せてくれてありがとう」
お礼――仕返しに、夢で葬ってあげるわ
まるで人間のように鋭く呼気を漏らしたレイブルは、軽い踏み込みで地を蹴って、鋭く跳ねる。
「……良い夢を」
魔力の残滓を散らしながら。
潜む気配達が逃げ出そうとすら出来ぬ速さで、白刃が駆けた。
成功
🔵🔵🔴
杜鬼・クロウ
【蜜約】
機嫌悪ィな
気になったンだが
お前の真の姿はアレか?
…成程
白は紅へ
血肉喰らう悪鬼は
恐ろしい程美しく
其れが余計に
人を外れた存在と思わせて
(内に飼う妖異の大きさに触れた
同時に
そんなお前だから、
お前は慾に底がない女
いずれ必ず、その時は来る
ならば
仕向けるか
全部、全部
俺に)
世界には渡さねェ
゛俺゛の敵となればイイ
外道のお前に阻まれる俺じゃねェよ(鼻で嗤う
誰も犠牲出さない為と免罪符を掲げ
お前の総て
欲しくなった
(あァ、まさしく
戀や愛以上の、
俺の慾…そうか゛やはり゛)
UC使用
霆で複数体へ補助攻撃
未来を知るのは
今を往く者だけに許される特権
路を引くのも
俺だけだ
玄夜叉に焔宿し羅刹女と交互に倒す
黄昏空に夢見鳥が舞う
千桜・エリシャ
【蜜約】
…さあ、どうかしら?
あれは私の数多ある未来の一つに過ぎませんわ
(なんて
本当はいつだって隣り合わせの未来
それをまざまざと見せつけられたら…
穏やかでなんていられるはずがない
あの姿だって本当は――)
千里眼だなんて余計なお世話…
おいでと喚ばうは死霊の鬼
衝撃波での支援をお願いして
敵に向き合い刀を抜くも
…クロウさん?
あなた、何を考えて
そんなこと私は…
あなたにはこのまま真っ直ぐ正道を進んで欲しいの
外道の私を気にかける必要なんか…
惑い揺れる心を否定するように刀を振り
斬っては首を落として
(嗚呼、この程度では
あの未来には遠く及ばない)
それがクロウさんの慾ですの?
…私を満たせるものなら
やってみればいいですわ
●路
横を見やれば、昏い色に桜を宿した二本角。
彼女の纏う桜花弁が、不機嫌そうにぞぞめいているようにクロウには見えた。
「――……気になったンだが、お前の真の姿はアレか?」
あかい夜。
涯無き慾の先。
薄紅色のはなを散らし、喰らう悪鬼羅刹。
相違う色の視線を桜色の羅刹へと向けたクロウは、疑問を口に。
「さあ、……どうかしら? あれは、私の数多ある未来の一つ。可能性に過ぎませんわ」
それにかぶりを振って応じたエリシャは、本当に何でも無い事のように答えた。
何でも無い筈なのに、それでも桜色の奥が小さく小さく揺れてしまう。
ぞぞめく桜花、舞う蝶は落ち着かぬ。
――嗚呼。
最悪の未来の可能性。
それは、本当はいつだって隣り合わせの未来なのだ。
そんな事、エリシャが一番良く良く知っている。
足りない、足りない、御首が足りない。
私を昂ぶらせる、御首が、足りない。
蕩ける程、甘い肉。
蕩ける程、甘い血。
骨を砕いて、心を砕いて……。
――知っているからといって。
それをまざまざと見せつける事に、穏やかで居られる程エリシャは出来た娘では無かった。
きっと、あの姿だって本当は、……本当は。
「ヘェ……成程」
肩を一度上げたクロウは、顎に指を寄せてまるで考え込む様に呟いた。
彼女の中に確かに、在る修羅。
あかに塗れた悪鬼羅刹は、確かに人を外れた存在であった。
そして。いいや、だからこそかもしれぬ。
そこに底しれぬ恐ろしいまでの美しさを、クロウは見た。
――嗚呼。
最悪の未来の可能性。
確かに彼女の中には、慾の悪鬼羅刹が在るのだろう。
涯無き慾。
クロウは思うのだ。
いずれ必ず、その時は来る、と。
――ならばいっそ、仕向けてしまおうか。
全部、全部、……俺に。
「……クロウさん?」
全身に針を差すような、確かな敵意の視線を感じている。
向こうから敵が仕掛けて来ないのは、まさに逃げるタイミングを見計らっているのかもしれない。
考え込んだ様子のクロウを、エリシャは見やり。
「……決めた。お前は世界には渡さねェ」
「……あなた、何を……」
眉を寄せるエリシャの瞳を、クロウは覗き込む。
「お前の行き着く先が道理から外れた時には、『俺』の敵となればイイ」
交わした視線。
逃げる事も出来ず、エリシャは彼の相違う色を見やる。
「……クロウさん。あなたはこのまま真っ直ぐ正道を進んでほしいの。……外道の私を気にかける必要なんか、ありませんのよ」
一度堕ちれば戻る事は出来ぬであろう、修羅の道。
エリシャは言い含めるように、ゆっくりと言葉を紡ぎ。
クロウは、はっと鼻を小さく鳴らして嗤った。
「見くびられたモンだなァ。外道のお前に阻まれる俺じゃねェよ」
それに犠牲は絶対に出させねェよ、とクロウは言葉紡いで。
「言ったろ、俺の路はお前でも、誰であっても。阻めねェ」
「……それがクロウさんの慾ですの?」
「あァ、そうだ。お前の総てが欲しくなったンだ」
これは恋でも無い。
愛でも無い。
それ以上の、クロウの『慾』だ。
言葉にしながら、彼は『やはり』と思う。
「へぇ、……そうですの」
ゆる、と首を揺すったエリシャは彼から視線を外す事に成功する。
そうして、敵意の視線の先。
ひとつ目の獣の姿を視界に捉えると、一気に地を蹴った。
「……私を満たせるものなら、やってみればいいですわ」
零す言葉。
自らの揺れる心ごと断ち切るように、エリシャは大太刀を振るって椿のように獣の首を落とし。
返す手でもう一匹。
それでも、それでも、満たされる事は無い。
知っている、知っている。
――嗚呼、この程度ではあの未来には遠く及ばない、なんて事。
彼女が駆けるに合わせて、クロウは禍鬼を侍らせて。響き駆けるは、霆の光。
そうして彼は、その眩しさに瞳を細める。
未来を知るのは、今を往く者だけに許される特権だと。
嗚呼。
「路を引くのも――俺だけだ」
燃える茜と、咲く桜花を瞳に映じて。
クロウは小さく小さく、囁いた。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
筧・清史郎
【白】
俺の最悪の未来、なかなか興味深かった
だがやはり、あの様な未来は御免だな
過去の存在が視せる未来などには惑わされない
友と共に、さぁ参ろうか
二人と連携はかり、協力し合おう
再び無の未来を見通されても、ならば俺が無に桜を咲かせよう
【空華乱墜】の桜花弁舞わせ、二人の動きに合わせ隙作らぬよう畳み掛け
敵弱る気配あれば機会逃さず、斬撃を見舞おう
敵の攻撃は確り見切り躱し、避けきれぬ場合は扇で受ける
友への攻撃もカバーし合えればと
ああ、早々に終わらせよう
晩餐や甘味を共に楽しむ未来が待っているからな
…こけしは楽しい未来では?(首傾げ微笑み
野暮な未来を視せて貰わずとも結構だ
良き未来を、俺達の手で切り拓いていくからな
千家・菊里
【白】
黄昏と共に夕食の香りも深まって――ええ、やはり味わうは最高の未来に限りますね
真っ黒焦げな行き止まりではなく、程好く焼けた山海の幸溢れる未来へ向かうべく――此処に在ってはならぬモノは、おうちへ送り還しましょうか
時に波状に時に同時に技重ね、隙作らぬ様に連携を
俺は炎を合わせ火力高め、二人に迫る敵や弱った敵を重点的に燃やしに
この炎は、最悪と災厄を焼き尽くす為にこそ
あっ…長引き過ぎて食い逸れた…
なんて惨い未来のおかわりは無用、心配も無用
誰かが立ち止まる前に、敵ごと掻き消し合って進むまで
さて、晩餐も――あと温泉饅頭やこけし土産選びも待っていますからね
皆で揃って、その未来へ
悉く、明るく彩り直しましょう
呉羽・伊織
【白】
何があろうと揺るぎないのは良い事だ――が、な~!
ウン、然し最悪なモノを味わった後は楽しく口直しするのが一番
此処は奴等にとっての行き止まり――過去の化身がのさばる未来は閉ざそう
力を合わせる
其は奴等だけの強みじゃない
俺とて強かない
だが心強い仲間がいる
――その眼を以てしても隙等見出だせぬ、同心戮力ってのを見せに行こう
早業と2回攻撃でUC重ね放ちより多数を牽制
闇で目潰し
毒で集中阻害
特に仲間狙う奴を優先
2人が傷付かず畳み掛け易い状況を
また酷い未来(一瞬嗤うこけしが…うっ)が過れど即座に助け合い切り払い
…いや何選び?その未来も変!
俺はこけしよりも君達が笑ってくれてればソレで十分ダヨ
最高の未来を共に!
●ともに
茜を透かした春風に、山桜が揺れている。
西の空に沈みゆく陽は、未だ空に在る。
きっとあの未来は、時間にすれば一瞬で映じられたのであろう。
それを証するように感じる、射るような敵意の混じった視線。
蠢く気配が確かに、じっとこちらを睨めつけている感覚。
肩を擡げた清史郎の胸裡に残る、昏い場所。
何も聞こえない、何も見えない、何も無い世界。
――その未来の可能性は、なかなか興味深くはあったが。
「だがやはり、あの様な未来は御免だな」
確かめるように、清史郎は言葉を零した。
「――ええ、やはり味わうは最高の未来に限りますね」
宿の方面より漂う夕餉の香りと、獣の気配に警戒をしながらも相鎚を打つ菊里。
「そう。真っ黒焦げな行き止まりではなく、程好く焼けた山海の幸溢れる未来へ向かうべく……」
「え、何、何が焼けたって?」
菊里の言葉に首を傾ぐ伊織。
伊織をスルーした菊里は、西の空を背負って言葉を更に紡ぎ。
「――此処に在ってはならぬモノは、おうちへ送り還しましょう」
「待って、絶対今変な事言ったよな?」
懸命な伊織の指摘。
「ああ、過去の存在が視せる昏い未来などに惑わされはしない。……さぁ、参ろうか」
「イヤー、何があろうと揺るぎないのは良い事だヨネ? イヤ、でもさ」
しかし清史郎がいつもの調子でまとめるものだから、伊織はやれやれとかぶりを振った。
「マーウン、そうだな。最悪なモノを味わった後は、楽しく口直しするのが一番」
きりりと表情を引き締めると、伊織は格好いい顔をした。
「此処は奴等にとっての行き止まり、――過去の化身がのさばる未来は閉ざしてやろう」
「ところで伊織、今の表情はよそ行きの奴ですか?」
「アーーッ!!」
菊里に茶化され、突然恥ずかしくなってしまう伊織。
そんな二人の間を縫って、清史郎は駆けた。
――丸い宝石のようなひとつ目、緑色の毛並み。
真ん中に嵌った蜂蜜色の瞳に茜を宿して、三人を睨めつける小さな獣。
例え何も無い未来を映し出されようと。
未来に何も無いのならば、清史郎が彩どって見せよう。
無に桜花を。
手に持った桜花が溶けるように散り、花弁の刃と成る。
花弁を纏って、重ねて駆けるは闇に染む暗器。
伊織の手裏剣が幾重にも放たれる。
獣達が群れる事を力とするのならば、伊織にも友がいる。仲間がいる。
一人では決して強いとは、とても言い切れぬ伊織ではあるが。
友と心を同じくして力を戮す事はできると言い切れる。
例え、――こけし。
「いや何でも無いデス」
昏い未来の可能性が訪れど、助け合えると信じている。
瞳を細めた菊里が、狐火を燃え上がらせる。
「――戦いが長引きすぎて晩餐を食いそこねる未来の可能性など、お気遣いは結構です」
「また変な未来見せられてナイ!?」
「この炎は、最悪と災厄を焼き尽くす為にこそ――!」
今ちょっと格好つけてるところなのでやっぱり伊織の指摘はスルー。
爆ぜた狐火が、獣達を追い詰めるように烟る。
渦巻いた桜花を手へと滑らせた清史郎が、二人の前へと割り入り。
花弁が掌の中で蒼き刀と化せば、破れかぶれに飛び込んできた獣を斬り伏せた。
「ああ、合わせてくれるか菊里、伊織。――野暮な未来を視せて貰わずとも良き未来は、俺達の手で切り拓いてゆく事を教えてやろう」
「言われなくても!」
「勿論! 晩餐も――あと温泉饅頭やこけし土産選びも待っていますからね」
唇に笑みを宿した菊里が、再び炎をその腕に纏い。
伊織が暗記を手に、ぱっと振り向いた。
「何選びって? また変な未来の話してナイ?」
「……ふむ? ……こけしは楽しい未来では?」
「エッ!? えー……、俺はこけしよりも君達が笑ってくれてればソレで十分ダヨ?」
首を傾いで微笑む清史郎に、伊織は硬い口調で返す事しか出来ない。
格好をつけていても、どこか締まらない三人組。
烟る狐火の中心。
逃げ場を失くした獣達に向かいながら、地を蹴った清史郎は常の笑み。
「しかし、そうだな。早々に終わらせよう。――晩餐や甘味を共に楽しむ未来が待っているからな」
「ええ、あの食いっぱぐれる最悪の未来は最悪でしたからね」
「菊里、やっぱ変な未来見せられてたヨネ?」
戦場に在って浮かぶその笑みは、心強い友たちがあってこそ。
――ならば。
皆で紡ぐ未来も、きっと。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
サン・ダイヤモンド
【森】
彼と合体、敵の届かぬ宙に浮き呼吸整える
行くよ
急降下、『破魔爪』で避ける間も苦痛も与えず敵の頭を踏み砕く
それから敵の群れを乱す様地を駆け
気を引き翻弄する様に飛んで跳ねて
気取られぬ様【死の氷柱(ブライニクル)】降り立たせ
静かに忍び寄ったそれは
地と敵の体を凍らせ敵の動きを鈍らせる
再び視えた彼の死に叛骨の魔力が爆ぜて
要らない
迷いも弱さもそれを生む優しさも
弱い僕は要らないんだ!
大気震わす悲痛な激昂の叫びで
残る敵を芯から凍らせ衝撃波で破壊
膝をつく
僕には過去の記憶が無い
自分が誰なのかも何処から来たのかも
どうなってしまうのかもわからない
「ブラッド…僕がどうなっても、傍にいてくれる?」
微笑み安堵、気を失う
ブラッド・ブラック
【森】
一斉に襲い来る敵からサンを包み庇いUC
翼広げ敵弾き共に飛翔
敵が未来を視るならば、視た所で回避できぬ速さを以て相対しよう
サンと心通わせ呼吸を合わせ二人でひとつの獣となる
変幻自在の鎧と翼でサンを護り
地を行くならば
翼に簒奪の牙生やし巨大な腕の如く振るい
敵を握り潰す様大食いまた薙ぎ払う
視えたのは
俺を失ったサンが世界の敵となる姿
悪夢の中
何故お前を捜し続けなかったのか
捜し出し拒絶されるのが怖かったんだ
だからただ口を開け
お前が帰ってくるのを待っていた
俺はお前に甘えてばかりで
俺が動かなかったから
お前の心を一人にしたのは俺だ
「一人になぞするものか
たとえお前が何処へ行こうとも必ず見付けて摑まえてやる」
絶対に
●いっしょにいて
ぷくりと膨れ上がったタールの黒がほどけて、伸びて、白い躰を包み込む。
射るような敵意の視線より護るかのようにサンを包む、ブラッド自身で形作られたくろがね色の鎧。
大きく広げられた黒の翼は、西空の茜を背負って。
一人では飛べぬサンも、ブラッドと二人なら空を翔ける事もできる。
細く息を吐いて、サンは言う。
「……行こう、ブラッド!」
「ああ。行くぞ、サン」
それは簡単な話だ。
未来を視て回避を行うのならば、避けられぬ速さで喰らえば良い。
くろがねを纏った真白の彼は風を切って。
一瞬でひしめく獣達へと距離を詰めると、猛禽の足を覆う鋭い爪で彼らの頭を、蹴り砕く、踏み砕く。
翼に命を刈り取る刃を宿したブラッドが、大きく腕のように翼で薙ぎ払い、薙ぎ食らう。
避ける暇も、苦痛を与えられる暇も、与えてはやらない。
二人でひとつの獣は、未来を見る小さな獣たちを過去へと蹴り還す。
敵意を害意へと、そして畏怖へと変えた小さな獣たちは、宝石みたいな大きな瞳を揺らして。
刹那。
サンの蜂蜜色の瞳が、ゆらと移ろいだ。
「サ、……」
言葉を紡ごうとしたブラッドも、また『未来』を視た。視せられてしまう。
その可能性の中には、己の姿は見えぬ。
白を侵すあか。
走る亀裂。
光は、光は、眩しい程だと言うのに。
ありもせぬ背を震わせる禍々しさは、何だというのか。
その未来の可能性では――ブラッドを失ったサンが、世界の敵と化していた。
嗚呼、どうして。
俺はお前を捜し続けなかったのか。
嗚呼、知っている。
俺は拒絶されるのが怖かったんだ。
待っていることに甘えていた。
お前がひょっこりと帰ってくる甘い希望に酔っていた。
ただ口を開いて待っているという、孤独に酔って。
自らの恐怖と対峙する事も無く。
一人で待つという、独りよがりの孤独を落とし所としたのだ。
気付いてしまった。
気付かされてしまった。
せめて骸を抱きたい、なんて。
朽ち行く森の中で、癒えることの無い孤独に酔う日々。
それはそうだ、癒やすつもりが無いのだから。
どれほど痛くとも、俺は恐怖と向かい合うべきであったのだ。
未来をくれ、と言ったのはどの口だ。
――俺はお前に甘えてばかりで、お前の言葉に向き合う事が何よりも怖かった。
否定され、拒絶される事が、怖かった。
お前を迎えに行けなかったのは、俺の心だ。
俺が、お前の心を一人にしたのだ。
嗚呼。
「サン、……サン!」
――きっとブラッドの胸裡をあつく燃やしたのは、自らに対する怒りだ。
「お前を一人になどするものか! ――たとえお前が何処へ行こうとも必ず見付けて摑まえてやる!」
絶対に、絶対に。
――ブラッドがはたと気がつくと、目前には茜色の空が拡がっている。
「……い、」
「サン、……大丈夫か?」
「要らないッ!」
吼えるサン。
ブラッドは一瞬、その黒をぞわりと跳ねさせて。
同時にサンが見せられた未来の可能性に、心を惑わされているのだと気がついた。
「――迷いも、弱さも、それを生む優しさもッ! 弱い僕は、弱い僕には要らないんだッッ!」
空気を震わせる激昂の叫び。
ぱん、と爆ぜる音がした。
それはサンの魔力が氷柱を生み出す音、嵐となって荒れ狂う音だ。
敵の臓腑すら凍らせる魔力が、獣へと向かって放たれた音だ。
大きく腕を振るったサンの動きに合わせて、雨のように氷柱が茜色を宿して降り落ちる。
害意も敵意も、悪夢のような未来な可能性も。
全て叩き潰すまで、砕き潰すまで。
「ブラッドを、護れない僕になんて……、何も、」
零すように言葉を紡いだブラッド。
彼はそこで初めて、くろがねの鎧に覆われている自らに気がついた様に。
愛おしいものを抱く動きで、そっと鎧ごと自らの胸へと腕を交わし。
「……ねえ、ブラッド、……僕がどうなっても、傍にいてくれる?」
サンには過去の記憶が無い。
自分が誰なのかも、何処から来たのかも。
何なのかも、――なにもなにも、わからない。
それでも、それでも、きみは。
ブラッドは。
「勿論だ」
鎧より響いた声にサンは安堵した様子で、眦を落とすと、ふ、と気を失った。
彼の放った魔力により、周辺に敵はもう存在しない。
茜差す、山の路。
ぐにゃりと黒を歪ませて鎧から人の形を取ったブラッドは、サンを抱き上げて地に立っていた。
……嗚呼。
一人になど、もう、絶対にしない。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
佐那・千之助
クロト(f00472)の初温泉が…
熔かそ(UC2回攻撃
あ、荒らさぬよ。敵だけ上手に焼くとも
未来が見える。気がする。
これが彼のトラウマになって
温泉に怯えるようになり…
入浴時間が更に短くなり…
つらい…
彼の強さを信頼してる…でも
戦場を渡る糸は細くて
小さな獣が掻い潜るのでは
喰われても、何でもないと笑うのではと
不安の数だけ押し潰されそう
獣に黒剣を突き立て、幻を掃…
え、怪我は現実?幻であれ
…当然。そなたを守るため私が居る
そう、今は頼ってくれるのじゃな
嬉しくて過保護になりそう
先刻の血溜りの幻
自覚無き事が見えた分
心の整理がつき、きっと今よりも前に進めるだろう
死ななきゃ?本当その通り
そなたの命が在るだけで私は…
クロト・ラトキエ
千之助(f00454)に、
心配性かつ考え過ぎの気配が…。
UDC組織の保養地、とはいえ折角の旅館。
極力荒らさぬ様。
“視る”事の強化に、追尾…
成る程、君らを逃さぬ此方にも好都合。
視線、跳躍、脚の挙動に爪の振り…
見切り、躱すに注力し、鋼糸は己が軌跡にただ舞わす。
来ると判っているなら、知識に照らし応じるは難くない。
視得るだけでは意味が無い。
こう使うのだと…体感されませ。
引き、張る。鋼糸を檻に。
範囲は広く、より多く
――拾式
いすゞの声が蘇る。
『きっと変えられるでしょう?』
…えぇ。
あれとて、識ったからには…
死ななきゃ何とかなりますとも!
傷など。
何でもないですよ、と笑う。
だって…
君が手を貸してくれるでしょう?
●しるということ
茜に揺れる空。
燃える太陽の色を宿した髪が、かぶりを振るに合わせて小さく揺れた。
旅館のそこかしこより、射るような視線を感じる。
交じる敵意。
この視線が先程の最悪の未来――、可能性を見せてくれたのであろう。
頭を抱えた千之助は、こめかみを小さく揉む。
――ああ。
折角のクロトの初温泉が、このような最悪の感じになるとは。
いいや、仕事であることは理解していたし、最悪の未来が見せられる事も重々承知している。
しかし、しかしだ。
よくよく考えてみれば。
どれ程心地の良い湯だったとしても、直後に嫌なモノを見せられてまた楽しむ気になるだろうか?
嗚呼、嗚呼。
千之助には未来が見える、いや、そんな気がする。
この一件がクロトの温泉への……いいや、風呂へのトラウマとなり。
温泉に怯えるようになり。
――ただでさえ烏の行水の入浴時間が短縮されるようになり――。
シャワーで最低限の身なりを整えるだけの入浴。
心地の良い湯船に浸かる事もなく、様々な温泉地を巡る楽しみも知らず。
ああ……なんてつらい未来。
別に獣に見せられた訳では無いが、考えるだにめちゃくちゃつらいのう。ぴえん。
「……」
何となく獣の視線以外に嫌な気配を感じたクロトは、その指に鋼糸を纏い。
また何か考えすぎていますね。
千之助が何やら妙な心配をしている気がして、彼をちらりと見やった。
そう。
その糸すらも千之助からすればあまりに頼りのない細さで。
彼の強さを信頼しているとは言え。
もし、あの細い彼の糸を獣が掻い潜り、彼を傷つけたとしても。
彼はきっと、何でもないと笑うのではないだろうか。
――困ったの。
それは先程、彼を失う『可能性』を視た為だろうか。
それとも、以前よりもずっと彼の事を深く想ってしまっている為だろうか。
千之助の胸裡に沢山の不安がふつふつと湧き上がっては、溜まってゆく。
クロトはそんな彼の気配を感じながらも、糸をただ舞うように揺らした。
「来ますよ」
「……うむ」
短い言葉で千之助へと呼びかけるクロト、黒剣を構えた千之助は小さく頷く。
武器を構えた二人より、獣が逃げ出そうとしていることがクロトにはありありと見える。
だからこそ。
ぐい、と腕を引くと引き絞った糸は重なり、編まれ、紡がれて。
獣たちを捉える檻と成る。
「――拾式」
き、と軋むような音を立てて鳴いた獣の目前で、仲間たちの首が落ちた。
未来を視るまでも無く逃げられぬ事を悟れば獣は、敵意を害意と成して。
踵を返すと二人へと襲いかかる。
――来ることがわかっていれば、避ける事もそう難しくはない。
ひょい、とクロトは跳ねて、跳んで。
脳裏に過るは、狐の言葉。
――例えそれが絶対に起こる未来だとしたって、センセ達ならばきっと変えられるでしょう?
「ええ。……識ったからには」
小さく呟いたクロトに、牙を剥いた獣が飛び込んでくる。
間に割入る形で踏み込んだ千之助が、黒の刃に炎を宿して獣を薙ぎ払い。
「……あ」
クロトの腕へと喰らいついた一匹の獣が、その肉を引きちぎるところを視た。
「怪我、が……」
くん、と糸を引いたクロトは、いつもの笑顔で笑う。
「何でもないですよ、死ななきゃ何とかなりますとも!」
「!」
先程の想像をなぞる彼の対応。
それでもその形は、千之助の考えていたものとはまた違った。
「だって……、君が手を貸してくれるでしょう?」
「……当然じゃ。そなたを守るため私が居るのでの」
――ああ、頼ってくれるのか。
頼ってくれるのだな。
彼が傷ついているというのに、思わず緩む頬。
ごまかすみたいに腕を振った千之助は、獣たちへと炎を鋭く爆ぜさせた。
――ああ。ああ。
見えていなかったものを、見せてもろうた。
きっと、今よりも私は前に進めるだろう。
死ななきゃ何とかなる。
本当にその通り。
――そなたの、そなたの命が在るだけで。
「……よし、後もう少しであろう」
「はい、ラストスパートと洒落込みましょうか」
視線を交わした二人は、戦場の中で笑う。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
月舘・夜彦
【華禱】
傍に居るだけで掻き乱されていた精神は
刃を抜いて敵を見据えられる程までに落ち着いて
彼の存在の大きさを改めて知る
それでもあの時の悲しみも苦しみもすぐには消えない
また見せられたとしても今は違う
彼の名を呼ぶ
慰めの言葉は可能性ある未来への肯定と逃避
私達が欲しいものは、そんなものではない
様々な可能性が立ちはだかろうとも、もう独りではないと
――私は信じております
往きますよ、倫太郎殿
勇気と覚悟にて恐怖を振り払い、倫太郎殿の拘束術を合図に攻撃
視力にて拘束された敵の数が多い方へ早業の抜刀術『神風』
2回攻撃となぎ払いにて一掃する
触れた手の熱は存在の証
何度でも、貴方を導きます
ですから貴方も私を導いてください
篝・倫太郎
【華禱】
背中越しに夜彦の温度
ほっとする
けど、少しぐらつく
あぁ、また悪夢を見せるつもりなんだろうか
最悪の可能性はもう見たのに?
これ以上がまだあると言いたい?
そう思った瞬間、呼ぶ声が聞こえる
叱るような、案ずるような、
確かめるように、信じるように……
呼ばれる、自分の名前
悪ぃ、少し引き摺られた
気を引き締め直して応戦
拘束術で範囲内の敵全てを攻撃と拘束
拘束から逃れた敵を華焔刀でなぎ払い
刃先返して2回攻撃の範囲攻撃
以降はフェイントも混ぜて対応
案じる夜彦の気配に笑って
大丈夫だって、あんたがちゃんと導いてくれるから
だから、ちゃんと戦えてただろ……?
確かめるように、もう一度
指先の体温を分けて
喪えない温度に安堵して
●てのひらの熱
背に感じる熱。
彼が傍にいる。
その事実だけで、気持ちが落ち着いて行くのを感じる。
――乞うた事。
――遺された事。
思いを馳せれば、飲み込まれてしまいそうだ。
抉られた心はすぐには回復出来ぬもの。
直後なのだから余計であろう。
ちらりと見えた宝石のように大きな1つ目、細長い瞳孔。
鋭い敵意に彼らが力を乗せれば、また悪い未来を見せられてしまうのであろう。
――もし、あれが最悪で無く。
もっと悪い可能性がある、と言うのならば。
倫太郎は短く息を吐いた。
立っているだけで、頭痛がする気が――。
「倫太郎殿」
「!」
一瞬で敵の攻撃では無く、自らの心の揺らぎに惑っていた倫太郎の意識が引き戻される。
夜彦は言葉を次ぐ。
「――私達の前に、どのような可能性が立ちはだかろうとも」
慰めの言葉は、耳聞こえが良いだけの逃避だ思う。
最悪の可能性を肯定する言葉ともなろう。
ならば、必要な言葉は――。
「もう独りではないと、私は信じておりますよ」
「……悪ぃ、少し引き摺られた」
倫太郎はかぶりを振る。
ああ、嗜めるように。
案ずるように。
確かめるように。
信じるように。
その言葉は、倫太郎の胸に染み渡るもの。
「いいえ、……私もです」
ふ、と夜彦が小さく息を漏らす音。
倫太郎は顔を見ずとも夜彦は、笑っているのであろうと思った。
「往きますよ、倫太郎殿」
「おう!」
同時に二人が地を踏むと、倫太郎が周りへと見えぬ鎖を打ち放ち。
そこかしこに潜む獣達へと夜彦が白刃を駆けさせて、幾度も斬撃を重ね放つ。
見えぬ鎖を引き絞りながら、倫太郎は華焔刀を駆けさせ。
小さな獣達を、確実に、確実に減らして行く。
あの蜂蜜色の大きなひとつ目に覗き込まれたって、もう大丈夫。
大丈夫。
――あんたが導いてくれるから、ちゃんと戦える。
全て終えれば、もう一度手を繋ごう。
私は何度でも貴方を、導きましょう。
――だから、この手を離さないで。
そのあたたかな手の熱で、私を導いてください。
手を伸ばして、貝のように指を結んで、握りましょう。
きっと結ばれた手に感じる温度は。
二人がそこにいるという、証なのだから。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
フォーリー・セビキウス
【六抜け】
…なるほど。確かに一眼でわかる。いや、一眼どころじゃ無いか。無数の目で、逆に見られているのだからな。
フン、それは貴様の専売特許だろう?あれは子猫ちゃんなんて生優しい物じゃ無い。あんなドラ猫、私にはとても手懐けられそうも無いからな。
一つは弱いが、集まれば大きな力となるか。
人間と同じだが、違うのは死を覚悟した獣程厄介な物は無い…
あぁ、任せろ。
害獣駆除と洒落込もう。
伊達にデカい目をしていないか、さっきのはその応用だな。
なら取れる未来を制限してやろう。向かう先はただ一つ、死だ。
逃げ道を封じるように武器を周囲に展開し、一斉発射して串刺しにする
ジンにも逃げ道を塞ぎ攻撃させる様な指示を的確に出す
ジン・エラー
【六抜け】
クヒャハフ、
こォ〜〜〜〜ンなチビ助どもが正体ってマジか
フォーリーお前手懐けてみろよ
"子猫チャン"の相手は得意だろ?
あァ〜〜〜〜お前らアレだろ
その"眼"か
未来を見せられるンだから、未来見て避けたり当てたりも簡単ってことね
どォ〜〜りで気持ち悪ィ訳だ
ンじゃ、小賢しいのは頼ンだフォーリー
オレは突っ込ンでくらァ
なァ〜〜ンだよ得意だろ?そォ〜いうの。なァ?
当ててみろよ、未来でも見て
ま、オレには当たらねェンだが【天意無法】
そうビビるなよ子猫チャン
オレはお前らを救いに来たンだ
【オレの救い】
●たのんだぜ
山道のそこかしこに隠れている、気配達。
木陰よりちらりと見えるまあるい宝石のような一つ目。
顔の真ん中に嵌った、まるで猫のような瞳孔。
緑色の毛並みに、鋭い爪。
それはこの世界――UDCアースの動物園では絶対に飼育されていないタイプの動物。
わかりやすくモンスターであった。
「……なるほど」
フォーリーは小さな獣達のその容姿に、思わず納得したように頷いてしまう。
確かに『一眼』で解る。
――いいや、『一眼』どころでは無い。
大量の獣の数だけ、眼がこちらを睨めつけている気配。
「クヒャハフ、ゲヒャヒハハ!! こォ〜〜〜〜ンなチビ助どもが正体ってマジかァ~~。フォーリー、フォーリー! お前さァ、手懐けてみろよ。『子猫チャン』の相手は得意だろ~~~ォ?」
そんな敵意の視線等気にしてもいないように見えるジンが、フォーリーの背をばんと叩こうと掌を上げて。
めちゃくちゃうっとおしそうにその掌を避けたフォーリーが、冷ややかにジンを見やった。
空振りした掌の勢いでジンはその場をくるんと一回転。
「フン、それは貴様の専売特許だろう? ――あれは子猫ちゃんなんて生優しい物じゃ無い」
「ほォ~~~~?」
「全く。あんなドラ猫、私にはとても手懐けられそうも無いからな」
やれやれとかぶりを振ったフォーリーに、興味があるのか無いのか。
既にジンは相違う瞳を、獣達へと向きなおらせている。
そこでジンは気づいたぞう、と言った様子の無闇に喧しい声を上げて。
「あァ〜〜〜〜、そっか、そっか。お前らアレだろ? その『眼』か」
声をかけられた獣は、視線を交わしたまま。表情のない瞳でじっとジンを視ていた。
「ほぉん。未来を見せられるンだから、未来見て避けたり当てたりも簡単ってことね。どォ〜〜りで、気持ち悪ィ訳だ」
「……ああ、伊達にデカい目をしていないか、さっきのはその応用か」
頷いたフォーリーが指先でとん、とこめかみを叩く。
「一つ一つは弱くとも、集まれば大きな力となるか。……それは人間と同じではあるが」
こちらを睨めつけているのは近づくな、という威嚇だろうか。
力を目印に山を下ってきた、と聞いたが。
奴らがその力にどうこうしようとせず逃げようとしている内は、そこまで強い脅威とは成らぬであろう。
しかし。
もし彼らが死を覚悟して、こちらに立ち向かって来た場合は酷く厄介な事と成るだろう、とフォーリーは思う。
――だからといって、あの獣たちを駆除せぬ理由には成らぬのだけれども。
「ンじゃ、小賢しいのは頼ンだぜフォーリー。オレは突っ込ンでくらァ~~」
「……ああ?」
「なァ〜〜ンだよ得意だろ? そォ〜いうの。なァ? なァ? な~~~ァ!」
ジンの言葉にうるせえなあって顔をするフォーリーが、肩を一度上げて、下げて。
「ああ……任せろ、害獣駆除と洒落込もう」
馬鹿と鋏は使いよう、と言うだろう、ならば存分に使ってやろう。
「ジン、そっち側の木陰に潜んでいる奴らを頼んだ」
「かしこまり~~~、ってねェ~~~!」
言葉を紡ぎながら、フォーリーはぐるりと魔力で増やした武器を展開してやる。
道を一本道にしてやろう。
――未来をお前達が視るというのならば、その未来を制限してやる。
「おっ、いい顔してんねェ~~、子猫チャン」
茂みに向かったジンは、唸って牙を剥き出した獣へとひらひらと掌を振って。
「……当ててみろよ、未来でも見て。ま、オレには当たらねェンだがなァ~~」
ウヘヒャハハハみたいな笑い声を上げたジンは、突然じ、っと獣の眸を覗き込んだ。
「そうビビるなよ子猫チャン、オレはお前らを救いに来たンだ」
どこか柔らかく眦を和らげるジン。
――瞬間。
ぴかりとジンの聖者としての光が、茜差す山道へと満ちた。
その光を合図とするように、驚いた獣達は茂みより飛び出し――。
「来たな」
ジンの立ち位置から計算をしたフォーリーは、敵が飛び出してくる方へと向かって既に武器の配置を完了している。
「……お前達の向かう先は唯一つの行き止まり、――死だ」
そうして指揮をするように。
指先で弧を描けば、獣たちへと向かって武器が殺到した!
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
守田・緋姫子
■心情
やってくれたな
......。なんてものを見せやがるんだ。皆殺しにしてくれる。
悪趣味な幻覚の内容にひどく腹を立てている。元々オブリビオンは大嫌いだが、今回は特に不機嫌。微塵も容赦するつもりはない。
「クロタマ、どっちがたくさん倒せるか競争しないか?決着を付けよう。負けた方が罰ゲームだ。某超大手動画投稿サイトで乙女ゲームを実況プレイするのだ」
自分で考えた罰ゲームだが、負けたらかなり恥ずかしいので本気を出すぞ。
■戦闘
刃物の連続召喚による射撃で弾幕を張り、オブリビオン共を薙ぎ払う。
クロタマが危ない場合は包丁を持ってそちらに突っ込む。クロタマと背中合わせになったり。
※競争の勝敗はお任せ、アドリブ歓迎
日輪・黒玉
緋姫子さん(f15154)と行動
……不愉快な光景を見せられました
ええ、とても
もはや、一切の容赦なく、一匹残らず、黒玉が狩ります
……競争、ですか?
ああ、構いませんが
乙女げーむというのはよく分かりませんが狩りで私が負けるはずがありませんので
(勝敗はお任せします)
残像を一斉に召喚
【ジャンプ】【ダッシュ】【スライディング】【踏みつけ】で周囲の木々を利用しながら、移動し、一匹ずつ複数体で追い込んでから確実に仕留めていきます
集中させる時間など与えません
緋姫子さんに忍び寄る輩が居れば、蹴りかかって狩ります
●競争
「なあ、クロタマ」
茜に紫色を烟らせて。
幾つもの刃物をその背に侍らせた緋姫子が、友達へと小さく首を傾いだ。
「――どっちがたくさん倒せるか競争しないか?」
「……競争、ですか?」
木陰に潜んでいたまあるい宝石みたいな1つ目の獣を、ローラーブレードに仕込まれた刃で蹴り倒しながら。
不思議そうに彼女の言葉をオウム返しした黒玉は、瞬きをひとつ、ふたつ。
「ああ、対決の決着を付けよう。――負けた方は罰ゲームだぞ」
「構いません、けれど。……罰げーむですか?」
「そうだ! 超大手動画投稿サイトで乙女ゲームを実況プレイするのだ!」
「……? おとめげーむ、というのはよく分かりませんけれど、良いですよ」
――なんたって、黒玉が狩りで負ける訳も無いのだから。
「言ったな、――では、勝負開始だ!」
緋姫子はちゃっかり今まで倒した分をノーカンにして、きゅっと構えると。
どこに獣がいようとも絶対に倒す意思を眸に宿して、一斉に刃物を弾幕の如く射出を始めた。
――自分で言いだした罰ゲームだが、実際にやりたいとは思わない。
なんたって、想像するだけでかなりめちゃくちゃとてもすごく恥ずかしいものだ。
ならば、本気を出すしかあるまい。
こうして。
乙女ゲーム実況プレイを賭けた、戦いの火蓋は切られたのであった。
「!」
空色の眸を細めて、黒玉は駆け出す。
敵は大量にいるとは言え、有限。
無差別かつ広範囲に攻撃をされては、黒玉の倒す分がそもそもいなくなってしまう可能性がある。
「――負けていられませんね」
きゅっと息を呑んで駆け出した黒玉は、黒い残像を纏って。
ローラーブレードで風を切れば、薄紅色の髪がふかふかと揺れた。
――ああ。
それにしたって不愉快な光景を見せられてしまった。
とても、とても。
――容赦をする気持ちにはなれない。
獣の気配を尖らせた神経で察知する。
腰を落として、振り上げた足。
蹴って、切って、弾いて、砕いて。
「……あ、」
連撃の途中。
視界の端に入った、森を薙ぎ払う緋姫子に迫る小さな影。
爪を剥き出した、小さな獣。
「緋姫子、さんっ!」
勝負の事を忘れたかのように、駆け出した黒玉は一気に跳ねて。
緋姫子と敵の間に割入ると、思い切り振り上げた踵を叩き込み!
「なんだ、クロタ、……マッ!」
振り返った緋姫子は、上ずった声を漏らし。
慌てて黒玉に向かって、まっすぐに包丁を突き出した。
「!?」
咄嗟に身を捩る黒玉。
「……危ないところだったぞ」
「あ、ありがとう、ございます」
そうして。
ぱちぱちとまばたきを二度重ねた黒玉は、どこか驚いたように言葉を零した。
黒玉に向かって飛びかかってきていた獣を包丁で突き倒した緋姫子は、ばくばくと跳ねる心臓を落ち着けるように息を吐く。
……知っている。
例え噛まれたとしても、あのくらいで黒玉が倒れる訳は無い。
しかし過るは、先程の光景。
――思い出すだけでムカムカしてくる。
ああ。そうだ。
私は絶対に、絶対に、容赦なんてしない。
「ま、まだ競争中だっ! 油断するんじゃないぞ!」
「……はい」
そんな緋姫子の言葉にふ、と肩を竦めた黒玉は眦を和らげて――。
なにかと和んでしまった黒玉が後に、乙女ゲームを実況プレイする事になってしまう事を――今はまだ誰も知らない。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
ファルシェ・ユヴェール
……そう
結局はそうなのでしょう
私は何処までも自分本位
彼女の為になった気で、己の理想を押し付けた
けれど、それでも
存在意義を求める彼女に
貴女は素敵なひとなのだと伝えたかった
見せられたそれは
今、此処で抗えねば、容易く現実になる未来
だから
無事に戻る
それが今出来る最善
どくり、脈打つ音を裡に聞けば
瞳は真紅に染まり
この身に力が宿る
避けられぬよう、逆に仕掛けさせて反撃で落とす
それは、己の最も得意とする戦い方
……もし何事もなく生き抜いても、
いつか置いて先に逝くのはきっと己の方なのでしょう
けれどこの先を
長い時間を、共に過ごせたなら
ずっとずっと、彼女のこころに
あたたかいものを残せるように
嗚呼、本当に――自分勝手な、
●自分のこと
結局の所。
――そう。
結局は、そう、なのだ。
ファルシェはかぶりを振って、そのアメジストの眸をこちらを睨めつけている獣達へと向ける。
――ファルシェは何処までも自分本位で在ったのだろう。
その結果見えたモノが先程の、『最悪の未来の可能性』だ。
彼女の為になった気がしていた。
そのくせ、ただ、己の理想を押し付けていただけなのでは無いだろうか。
ずっと側にいる、なんてどの口が言ったものか。
けれど。
それでも。
だとしても――。
存在意義を求める彼女に。
貴女は素敵なひとなのだ、と伝えたかった。
それは一つとして間違えのない、ファルシェの本心だ。
――しかし。
見せられた『最悪の未来の可能性』は、ファルシェの胸裡の奥の奥を読み取ったかのように酷く虚しい可能性を見せた。
それは。
今此処で抗えねば、容易く現実になる未来だと、思ってしまったのだ。
アメジストの眸に、西空の茜色が映じられる。
揺れる紫に、朱色が混ざる。
――それは決して空の色では無い。
ファルシェの半分が、ヴァンパイアだという事実だ。
今ここで出来る最善を。
――無事に戻ることで、彼女に。
とく、とく、耳の奥に脈打つ音が響く。
一時的とは言え、血統に――ヴァンパイアに覚醒すれば。
彼女の元へと無事に帰る事もできよう。
ぞわぞわと悍ましき気配に、獣達が毛を逆立てて。
爪を剥き出してファルシェへと、その腕を振り下ろさんと飛びかかってくる。
攻撃をしにこちらへと向かってくるという事は、こちらからも攻撃ができる、という事であった。
硬く握った拳で飛びかかってきた獣を叩き落とすと、ファルシェは構える。
……仕掛けさせて、反撃で倒す。
それは彼が最も得意とする戦い方だ。
――全ては無事に帰る為に。
例えば、何事もなく生き抜いても。
いつか置いて先に逝くのは、きっと己の方なのであろう。
彼女はなんたって、機械人形なのだから。
……けれど。
この先の長い時間を、共に過ごせたなら。
ずっとずっと、彼女のこころに、あたたかいものを残せたなら。
獣を叩き落としながら、ファルシェは小さく笑ってしまう。
嗚呼、本当に、本当に。
「――自分勝手な、ものだ」
あかに染まった瞳を、彼が揺らがせて――。
成功
🔵🔵🔴
フリル・インレアン
ふえぇ、そうですよね、起こりうる未来ですよね。
可能性のひとつですよね。
でも、可能性はあるんですよね。
覚悟はしておかないといけませんね。
ふえええぇ、裸で元の世界に帰る方じゃなくて、アヒルさんにお別れが言えない方です。
未来の可能性が視えたのはよかったかもしれませんが、人を襲うのはいけません。
なので、倒させていただきます。
ふえぇ、攻撃が全然当たりません。
あ、未来が見えるんですよね。
ということは元々見えない攻撃ならどうでしょうか。
サイコキネシスなら見えないから回避が困難なはずです。
●追いかけっこ
何者か。
敵の気配が迫ってきているのを感じて、かぶりを振ったフリルは思考を切り替え。
――ようとして失敗した。ふええぇ。
どうしたって脳裏に過るのは、先程視てしまった『可能性』。
あれは飽くまで未来の可能性のひとつ。
けれど裏を返せば可能性はあるという事。
――不条理にも程があるが、覚悟はしておかないといけない事。
否。
覚悟が必要なのは、裸で元の世界に帰る方じゃなくて。
いつも一緒のアヒルさんにお別れが言えないかもしれない、という未来の方なのだけれども。
兎も角、未来の可能性を知れた事は良かったとして。
「――人を襲うのはいけませんよね」
あちこちの影からこちらを覗き見る獣たちが先程の事態を引き起こしたものだと悟ったフリルは、光の剣をぎゅっと握りしめる。
たとえ獣たちの行動が、怯えた上での威嚇だとしても、――迫り来るそれを放置しておく訳には行かぬのだから。
「倒させていただきます……!」
決意を込めて、前へ。
そして間髪入れず、実体を持たぬ刃を一閃させる。
合わせてガジェットのアヒルさんが、嘴で同時に仕掛け――!
獣たちはひょーいと跳ねると、両方ともさらっと躱してしまった。
「ふえぇ……」
そのままの勢いで何度か剣を振るっては見たが、結果は同じ。
アヒルさんも頑張って……いるのかは定かでないが、全然追い付けないまま。
まあるい宝石みたいな1つ目の獣に向かって、ぱたぱたし続けている。
「ど、どうしてでしょうか……? 全然当たりません……」
あ、そういえば。未来が見えてるんでしたっけ。
あまりにも正確かつ素早い回避動作からそれを察し、ならばとフリルは不可視の『腕』に攻撃手段を切り替える。
『サイコキネシス』。
シンプルな不可視の攻撃ならば、たとえ未来が視えていようとも――。
「……あっ」
とはいえ、『そこにいたら攻撃される』程度のことは読み取れるのだろう、伸ばした『腕』を、獣達はひらひらと躱してしまう。
――しかしそれでも諦めず、もう一度試したところでそれは起こった。
フリルの見立て通り、不可視の手ならば未来視でも攻撃範囲を見切る事は出来ない。
逃げる方向が悪かった一匹の、その尾をサイコキネシスで捕まえることに成功したのだ。
「や、やりました!」
フリルが喜びの声を上げる。アヒルさんも多分褒めてくれているだろう。
見れば、尻尾の先を掴まれた獣は、宙吊りにされたそこでじたじたと暴れていた。
……え、何かかわいそうになってきたんですけれど。
攻撃しないとダメなんですか? ……やっぱりダメですよね?
ふえええぇ……。
成功
🔵🔵🔴
花剣・耀子
中々見られないようなものを見せてくれて、有り難う?
いつかあの場所に辿り着くとしても、現在のあたしには関係のないことなのよ。
無いものを惜しむことも、来ていないものに怯えることも。
とうのむかしに止めてしまったの。
おまえ自身も先を読むのね。
……なら、シンプルに行くとしましょう。
見える限りの獣と見える限りの空間を狙って、
避けられる場所がなくなるまで斬るわ。
八つ当たりよ。遠慮せず全部持って行きなさい。
確かにその目は厄介だわ。
何も知らずに行き会っていたらあたしだってどうなっていたか判らない。
――でも、一手遅かったわね。
“きっと変えられる”、って。
先にそう信じてくれたのだもの。
応えるくらいの意地は張るわよ。
●ないものねだり
振り放つ白刃。
「ねえ、お前たち。中々見られないようなものを見せてくれて、有り難う」
眼鏡の奥の冴えた蒼。
耀子は返す手でもう一度白刃を放ちながら、言葉を紡ぐ。
――獣が先を読むのならば、先を読むだけ無駄にしてやれば良い。
簡単よ。
見える限りの獣と、見える限りの空間を狙って、避けられる場所がなくなるまで斬れば良いだけなのだもの。
「あたしがいつかあの場所に辿り着くとしても、現在のあたしには関係のないことなのよ。……聞いているかしら」
花を散らして、草を薙いで。
獣のかりそめの命を刈り取りながら、庭園の全てを平らげる勢いで耀子は機械剣を振るう。
「無いものを惜しむことも、来ていないものに怯えることも、あたしはとうのむかしに、止めてしまったの」
きっ、と。
軋むような鳴き声で、まあるい宝石みたいなひとつ目の獣たちがめちゃくちゃに振り回される剣と、その軌道に生まれる白刃から逃げ惑う。
解るわ、怖いわよね。
「遠慮しなくて良いわ、八つ当たりよ。――全部持っていきなさい」
木陰に隠れた小さな獣に向かって、服裾を揺らして耀子は一気に地を踏み切って。
木陰――木ごと袈裟斬りにばさりとなぎ倒す。
嗚呼、ごめんなさい。
――命はそんなに重たいものじゃ、ないけれど。
あたしたちよりは、きっと長く生きる筈だったのだろうに。
耀子は肩を上げて、下げて。
「確かにお前のその目は厄介だわ。何も知らずに行き会っていたら、あたしだってどうなっていたか判らないもの」
でも。
「……一手遅かったわね。『きっと変えられる』なんて、信じられてしまったのだもの」
狐の想いに応じるくらい、意地は張らせてほしい。
茜差す西の空。
黒耀石の角と髪に沈み行く陽のあかが揺れて、混ざる。
鬼灯を透かしたみたいな、まっかな光。
機械剣を振り上げた耀子は、周りから自ら以外の気配を感じ無くなっている事に気がついた。
――つまり。
この獣を倒してしまえば、この庭園の平和は取り戻される、と言うことだ。
「そうだ、お前。もう一つお礼を言いたいことがあったわ」
1つ目を見下ろして白刃を放った耀子は、冴えた蒼を細めて。
「此処のごはんと、温泉はとても心地よかったわ。――しっかり養生ができたもの」
もう動かない獣に言葉を零すと、耀子は踵を返す。
荒れ果てた庭園。
倒れた木々。
――もしかすると、後で組織からお怒りを受けるかもしれないな、なんて少しだけ思った。
成功
🔵🔵🔴
ハーバニー・キーテセラ
お風呂で折角汗を流したというのにぃ、また随分と嫌な汗をかいたものですよぅ
お返しはぁ、たぁっぷりとさせてもらいますからねぇ?
相手が千里見通す眼で襲い来るなら、こちらは敢えてと動かずに後の先とカウンター狙い
聞き耳、見切り、情報収集と音で相手の動向を捉えましょ~
振るう爪の動きに合わせ、兎の足と咎力封じをプレゼント
その体躯を踏みつけて、ロープやら何やらと合わせて身動き封じさせてもらいましょう
そして、止めにヴォーパルから弾丸もありったけとプレゼント
ふふふ~、千里でも万里でもぉ、御自分の終わりをじっくりと見ていってくださぁい
全部終わればぁ、またお風呂の入り直しですかねぇ
今度はのぼせませんよぅ
●お肌がつるつるになる未来もあります
「……もぉう。お風呂で折角汗を流したというのにぃ、また随分と嫌な汗をかいたものですよぅ」
ゆるゆるとかぶりを振ったハーバニーは、ゆっくりとベンチから立ち上がり。
小さな拳銃を手に、自らを睨めつけている気配達の位置を探る。
殺すつもりならば、先程の未来を見せている間に近づいて来ても良い筈だ。
ならば、やはり。
獣たちは聞いていた通りに威嚇をして、逃げ出そうとしているのだろう。
――力に惹かれて山を降り、次はその力に怯えて逃げ出そうだなんて。
「夏の虫みたいな話ですねえ……」
獣たちの本当に望んでいた事は、ハーバニーは想像もつかないけれど。
――人々にこの調子で、嫌な未来を見せ続けるのは許しておける事では無い。
「お返しはぁ、たぁっぷりとさせてもらいますからねぇ」
ありありと視線より感じられる敵意に、肩を竦めたハーバニーは銃口をまっすぐに構えて。
トリガーを引くと、ぱあん、と空気を裂く音を響かせた。
緑の毛並みを逆立てて、思わず獣が一匹木陰より飛び出してきた。
威嚇射撃、というよりは音で驚かせただけだ。
しかし自然界に無い音は、きっと獣たちには驚くべき音だったのであろう。
飛び出してきた獣の丸い瞳を狙うように、続けてもう一発。
「え~いぃ」
仲間を害されれば、獣たちの敵意は害意と成る。
2匹、4匹、とハーバニーへと向かってくる数は膨れ上がり。
ハーバニーは後ろ足で獣を蹴り上げ、ヴォーパルの銃底で額を叩き割り。
ロープと手枷を嵌めると、その動きを封じる。
「ふふふ~、千里でも万里でもぉ、御自分の終わりをじっくりと見ていってくださぁい、ね?」
拘束されて転がった敵を、爪先でかるく蹴り上げたハーバニーはいつもの調子で笑う。
止めには、ヴォーパルの弾丸もありったけプレゼント致しましょう。
狙うまでも無い距離、まだまだこちらへと向かい来る気配を警戒しながら。
弾を幾度も叩き込んで――。
「……ふふふ、一汗かいたらぁ、またお風呂の入り直しですかねぇ」
今度はのぼせないように、お水を飲んで、休憩をして。
――そう、そう。
未来はこうやって明るいモノのはず。
意地の悪い可能性を提示するだけならば、未来なんて見ないほうが良いのかもしれない。
ああ。
そう言えば、足湯に入りながらアイスを食べる事もまだしていない。
「それでは、さようならぁ」
膨らむ明るい希望に。
唇に宿した笑みを深めたハーバニーは、獣の瞳へと真っ直ぐに弾丸を叩き込む。
成功
🔵🔵🔴
クーナ・セラフィン
気配を辿ってみれば中々の大所帯。
心を折れればよかったんだろうけどもねー。
…それが失敗したらただ怒らせるだけなのに。火に油?
まあそんな訳で、加減だとかそういうのはないから。ご愁傷様。
相手の動きを観察しつつ寄ってきた相手を槍で迎撃。
その眼の力が全ての起点なのかな?視界も広いし此方の槍捌きも上手く捉えてる。
けれども視線自体が攻撃とかじゃない。実際に攻撃するにはその爪で…近づかないと駄目なんだろう。
だからこちらの戦術はカウンター。攻撃の瞬間に槍を合わせ、そのまま流れるようにUC発動。
見えていてもそれに体がついてくるかは別。避けられない自分の終わり、そんな悪夢をお返しにしてあげる。
※アドリブ絡み等お任せ
●ねこのひげ
茜差す渡り廊下の窓を抜けて、クーナは下生えの上へと音も立てずに着地する。
そこから見える茂みの中、建物の影。
彼女の鋭敏な感覚とピンとはったヒゲは、有象無象と蠢く気配をひしひしと感じていた。
「いやー……思ったより大所帯だね」
警戒心の高まり。
射抜くような視線の強さを察して、彼女は低く槍を構える。
先程の悪夢が、威嚇のようなものだとしても。
相手の心を折れれば良いとして、こうして失敗すれば火に油、怒りを煽るだけではないか?
肩を竦めたクーナは自らの感じている苛立ちを客観視しながら、不憫な生き物だと溜息を吐いて。
「――まあ、加減だとかそういうのはないから」
ご愁傷様。
皮肉気に言った彼女は、鋭く地を蹴った。
敵の実力に確信が持てない現状、まずは牽制から。
それでも素早最短距離で放たれた一突きを、獣は身を屈める最低限の動きで躱してしまう。
ほう、と感心するようにクーナは息を吐き。
そうして獣の金の眼、その瞳孔が絞られるのをクーナは見た。
牙を剥き出しにして威嚇する声は、周囲に潜んでいる仲間達に伝播する。
「……ふうん、ここからが本気ってこと?」
警戒レベルが害意まで引き上げられたのだろう。
鋭い爪を剥き出した獣たちは、一斉にクーナへ襲い掛かって来る。
跳ねる、蹴る、登る、四方八方にすばしっこく跳びまわり。
迫り来る爪による攻撃を、クーナはその槍を軸にして捌いていく。
連携自体は拙いもの。
しかし数の多さと、時折妙に鋭い一撃が混ざる波状攻撃は少しばかり厄介で。
守勢に回るクーナの迎撃の槍はまたも躱され――けれどその全てをしっかとその瞳で映じている。
「やっぱり、全ての起点はその眼かな?」
獣の頭部にある、金に輝く大きな1つ目。
視界の広さは見た目そのままであろうし、こちらの槍捌きも上手く捉えているように見える。
そして。
ここまで爪による近接戦闘を仕掛けてくる者ばかりであることから、飛び道具は持ち合わせていないのであろう。
ならば、付け入る点はいくらでもある。
即座に構えを変えたクーナは、こちらに迫る一匹に狙いを絞って、攻撃の瞬間に槍を合わせた。
カウンターとして放たれたそれを攻撃姿勢に入っていた獣は躱しきれず、爪を弾かれ体勢を崩す。
「見えていても、それに体がついてくるかは別だよね」
さあ、どんな未来が視えているかな?
流れるように、逆巻く風のように。クーナはしなやかにその身を捻る。
練り上げられた槍術。その一つ一つを繋いだ連撃が、次々とその退路を塞いで行き――。
最後には。
不可避の槍が、哀れな獲物を貫くのであった。
成功
🔵🔵🔴
ユルグ・オルド
おはよう、それともはじめまして
夢見てる間に襲わないなんざ行儀がいいネ
それとも逃げ出す準備が間に合わなかった?
まァどっちでも構わないケド
地続きの今を、本分を始めよう
大人しく待ってる余裕があんなら先にいこうか
振り抜いたなら駆けだして
呼ぶのは錬成カミヤドリ、一から十とその先を
一つ目じゃア追い切れぬほどを波状に間隙なく
雨と降らせて波のように踊ってその間を切り抜けて
その挙動を追いかける、爪を躱す
指先から刃の先まで通うような間隔と
踏み込んだら急停止
ねェその目に逃げ遂せる未来は見えた
そんなら残念、何度だってそれを砕いて書き換えたげる
予言を裏切る、未来をあげる
●選ぶ
西の山間へと今にも沈もうとしている太陽を、東から夜が追いかけている。
冴えた色を湛えた片刃を手に。
ユルグは背には赤を、前には昏い夜を受けて地を蹴った。
ひしめき、蠢く敵意の視線。
一気に距離を詰めたユルグより、逃げ出そうとしたひとつ目の獣が毛を逆立てて。
その首根っこをひっつかんだユルグは、まあるい宝石のような瞳と一度視線を交わして言葉を紡いだ。
「おはよう、それともはじめましてかな。アンタたち思ったよりお行儀がいいんだネ」
最悪の未来。
最悪の可能性を見せている間に、獣は襲ってこなかった。
それとも逃げ出す準備が間に合わなかっただけだろうか。
「……まァ、いいや」
暴れる獣を投げ捨てたユルグは、唇に笑みを宿して。
「――地続きの今を、本分を始めよう」
獣が地へと再び降り立つと同時に、鍔のない片刃の彎刀の影が幾重にも空に宿った。
雨の如く降り落ちる、70にも及ぶ刃。
そこかしこより窺う敵意の気配が、明確な害意と化してユルグを睨めつける。
その手に握った刃を駆けさせて、降り落ちる刃を躱し避けて。
刃を縫って飛び跳ねてきた獣を斬り伏せる。
その仲間の躰を盾に、地を這い潜り迫る1つ目。
威嚇に毛を逆立てて、しなやかに地を蹴った獣がユルグへと腕を振り上げ――。
その爪が届く紙一重で足を止めたユルグは、金絲めいた髪を風に梳かして真一文字に刃を構えた。
「……ねェ、その目に逃げ遂せる未来は見えた?」
避けられた一撃、空を斬った爪。
獣はただ地へと着地をして――。
「何度だって、それを砕いて書き換えたげる」
ああ、残念だったネ。
「アンタの未来なら、俺にも見えたわ」
ひゅ、と爪先を獣へと抉りこむように蹴り上げたユルグは、空に浮いた獣のその身を一閃してやる。
雨と降り落ちる刃は、害意を砕き、敵を貫き、未来を喰らう。
刃の雨の中、ユルグは赤の瞳に空を映じる。
時間は止めどなく流れる。
未来は望もうが、望まずとも訪れる。
それでも、それでも。
例え、それが確定している未来だとしても。
……予言を裏切る、未来をあげる。
「なんて、ネ」
見上げた空には、茜と宵色が混じり合い。
――細長い月と明星が少し離れて輝いているのが見えた。
成功
🔵🔵🔴