今日という日に花束を
●宙の花屋
その艦の主な産業は「生花」だった。
人類が居住可能惑星を喪ったスペースシップワールドにおいて、「自然」は縁遠いものである。
それでも、いつか住める惑星が見つかった時に備えて、或いは船で暮らすこの日々を少しでも豊かにするために、色んな花を栽培・研究している者達が居る。――それが、この艦のクルーたちである。
彼等の艦に並ぶ農耕プラントは全部で4つ。
巨大な花壇のようなそれらは、システムで調整した気温と日照時間に応じて、「春・夏・秋・冬」と、季節ごとに区分けされていた。
「春」には、愛らしいチューリップが賑やかに花開き。「夏」には、生命力に溢れた向日葵たちが仲良く揺れている。「秋」には、上品な彩のコスモスが咲き誇り。「冬」には、クリスマスローズが凛と咲く。
――この艦から彩が消える事は、恐らく一日たりとも無いのだろう。
また、この艦は観賞用の花を卸す事でも交易を行っている。他の世界で言う所の、『花屋』のような存在と云った所だろうか。
個人向けの販売スペースに飾られた花々は、訪れる人々の心をは明るく癒してくれていた。
「今日はママのたんじょうびだから、お花あげるの!」
カーネーションの花束を抱いて、嬉しそうに笑う少女が居る。
「明日は記念日だから、恋人に贈ろうと思って」
薔薇の花束を抱えながら、はにかむ青年が居る。
――此処は、交易艦『アムボレラ』。
原初の植物の名を冠する船は、ささやかな喜びと鮮やかな彩を乗せ、星の海を今日も往く。
●あなたの暮らしに彩を
「君達、花は好きかな?」
グリモアベースに集った猟兵達へ向けられた、ヴィルジール・エグマリヌ(アルデバランの死神・f13490)のそんな問いは、些か唐突なものであった。
私は好きだよ――なんて、さらりと自己主張する男曰く。スペースシップワールドで、銀河帝国の残党兵が見付かったらしい。
そこで猟兵達には、ワープドライブが搭載された宇宙船に乗り、掃討戦へと出発して貰いたい。
「まずは探査用の無人機を片付けておくれ」
その無人機は本来、惑星等を探すために作られた探査機である。ゆえに一見すると無害に思えるが、彼等もまた躯の海より蘇ったオブリビオン。その収集データは、他オブリビオンへと送信されて仕舞うのだ。
放っておくと此方の情報が残党に筒抜けと成り、後々不利になる事も有るだろう。従って、無人機を殲滅することが重要と成る。
「本命はね、帝国のエージェントだ」
或いは『元エージェント』と表現した方が正しいのかも知れないねと、男の眸がモノクル 越しに笑った。
ハッキングの術に長けた厄介な敵だから気を付けて欲しい、と説明を締め。再び話題は花の噺へと巻き戻る――。
「君達を送ってくれる船は、花で貿易をする艦なんだ」
生花の販売もしているようなので、興味が有れば何か見繕ってみるのも良いだろう。或いは、花の栽培や研究の手伝いを申し出たら、船員たちも喜ぶかもしれない。
「どちらにせよ。気に入りの花が見つかるといいね」
――だってほら。
花のない人生よりも、花のある人生の方が楽しいじゃないか。
今度こそ本当に言葉を締め括り、グリモアが眩い光を放つ。
向かう先は星海を旅する世界――スペースシップワールド。
華房圓
OPをご覧くださり、ありがとうございます。
こんにちは、華房圓です。
今回はスペースシップワールドにて、冒険譚をお送りします。
●一章 <日常>
花の栽培を生業とする交易船で、日常をお楽しみください。
次の選択肢の内、どちらか1つの行動が出来ます。
(1)花を買う。
この船の花は特殊なテクノロジーで栽培されているので、
季節を問わず色んな花が売られています。
一般的な花屋にあるような物は大体あります。
花束から鉢植えまで、お気に召すものをお持ち帰りください。
(2)花の世話をする。
船員たちのお手伝いが出来ます。
花に水をやったり、肥料をあげたり……などなど。
あるいは、花の研究を手伝うのも有りでしょう。
本章のPOW、SPD、WIZはあくまで一例ですので、
どうぞ自由な発想でお過ごしください。
●二章 <集団戦>
宇宙探査機と戦っていただきます。
●三章 <ボス戦>
帝国の残党兵とのボス戦です。
各章、断章追加後にプレイングを受付いたします。
どの章からでもお気軽にご参加いただけますと幸いです。
今回からアドリブや連携の可否について、記号表記を導入してみます。
もし宜しければMS個人ページをご確認のうえ、字数節約等にお役立てください。
それでは、よろしくお願いします。
第1章 日常
『農耕プラントで作物収穫!』
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POW : とにかく大物狙い! デカそうなのを収穫する。
SPD : 素早く収穫して量を確保する。
WIZ : 品質を見極めおいしそうな作物を収穫する。
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●花咲く船『アムボレラ』
4つのプラントを内蔵する其の艦は、途方もなく広かった。幾つものドアが立ち並ぶ居住区間を通り過ぎれば、ふわり――この世界の人々にとって、懐かしい馨が漂ってくる。それは、人類が喪って幾久しい土と花の馨。
馨を辿るように足を進めて行けば、軈て四季折々のプラントへと行き当たる。天井には太陽の代わりとして、照明器具が幾つも輝いていた。偽りの陽射しに照らされて、幾つもの花々が咲き誇る様は、まるで花畑も斯くやといった有様だ。
春は穏やかに、夏は明るく、秋は淑やかに、冬は凛と――。花々は様々な貌で、訪れる者達の眸を楽しませている。
艦内を更に奥へと進み行けば、個人向けの販売スペースへと辿り着く。其処では老若男女、様々な世代の人々が、暮らしに彩を与えてくれる花を見繕っていた。
大切なひとへ想いを込めた一輪を選ぶ者もいれば、自分の為の特別な一株を手に取る者もいる。故人を偲ぶための花束を求める者もいれば、新しい命の誕生を祝う花束を頼む者もいる。
様々な想いと共に猟兵達を乗せて、花咲く船は今、ワープドライブの旅に出る。
ガーネット・グレイローズ
◎
【WIZ】
交易艦アムボレラ、素晴らしいね。これほどの規模の船を、丸侭プラントにしているなんて。この世界では、生花はとても貴重なものだ。私たちの手で大切に守っていきたいね。
(1)宇宙船の自室に飾るための花を探して歩き回る。
灰色の薔薇は……さすがに置いていないか。ひとつひとつの花の品種を確かめ、気に入ったものを見つけるまでじっくり見て回ろう。
そう言えば、そろそろクリスマスシーズン。クリスマスプレゼントに花を添えて、大切な相手に贈る人もいるのだろう……。などとすれ違う人々を見て静かにほほ笑み。ウィンターローズ、トルコキキョウ、アルストロメリアの鉢植えを購入。
「ハハ、少し欲張りすぎたかな……」
●私のための彩を
店の奥で整然と並べられた鉢植えを眺めながら、ガーネット・グレイローズ(灰色の薔薇の血族・f01964)は、先ほど通り抜けて来た光景へと思いを馳せていた。
4つのプラントを抱え込んでいるだけ有って、この艦の規模は相当に大きいものだ。この規模のスペースシップならば、恐らく他の産業で生きて行く道もあっただろう。けれども、彼等は必需品でも無ければ、莫大な手間もかかる「生花」を敢えて産業に据えたのである。
――交易艦アムボレラ、素晴らしいね。
宇宙船「Stella Maria」を所有し、ひとつの会社の運営にも携わっているガーネットには、彼等の選択が如何に英断か理解できた。同時に、彼等が自然に抱く郷愁や憧れの強さが充分過ぎるほど伝わってくる。――何せそれは、この世界の人間である彼女の心にも、確かに存在している感情なのだから。
プラントの一角に咲いていた薔薇の赤さが、妙に脳裏に焼き付いている気がして。ガーネットは緩く首を振り、眼前で咲き誇る花々へと意識を向けた。鉢植えの中で懸命に花を咲かせるコデマリは愛らしく、凛とした娘の頬も自然と弛む。
――生花はとても貴重なものだ。私たちの手で、大切に守っていきたい。
せっかく宇宙の花屋に来たのだから、部屋に飾る鉢植えでも探そうかと、彼女は靴音を響かせながら店内を見て周る。薔薇の血族に連なる者として、やはり薔薇の品揃えは気に成る所だ。大輪咲きのピンクローズに、控えめに花開く黄薔薇、女王の品格の赤薔薇は矢張り、何よりも芳しく……。
「薔薇をお探しですか」
思索の最中、ふと降りてくるのは穏やかな聲。思わず聲の方へと振り向けば、女性店員がおっとりと、彼女へ心配そうな眼差しを向けて立って居た。
「ああ……灰色の薔薇をね」
お客様の眸の色ですね、と店員は微笑んで。それから、白薔薇が並ぶ鉢植えへと向き直る。純白、ミルク、淡黄、白にも様々な彩があれど、灰色と成ると中々見つからない。申し訳なさそうに頭を下げる店員へ、ガーネットは気にすることは無いと微笑み返した。
「気に入った物を、ゆっくり探させて貰う」
店員へ軽く礼を告げ、彼女は再び彩溢れた鉢植えの園へ。ひとつひとつ、種類を確かめるように吟味すれば、薔薇以外にも気に入りの花が幾つか見つかった。
ガーネットが纏う色と揃いの花弁を咲かせるウィンターローズ。艶やかな貴婦人めいた立ち姿が印象的なトルコキキョウ。そして、カラフルな彩の花弁を抱くアルストロメリア。――どれも高貴な彼女に似合いの彩である。
この中からひとつを選ぶとなると、やり手の女社長と云えども迷いが生じるものだ。鉢植えと見つめ合いながら難しい顔をしている彼女の横を、硝子に閉じ込めた薔薇を抱く青年がするりと通り過ぎて行く。
――そろそろ、クリスマスか。
青年が抱える硝子に飾られた赤と緑のリボンに季節を感じて、ガーネットの貌にも優しい笑みが浮かぶ。いま擦れ違った彼もきっと、クリスマスプレゼントにあの薔薇を添え、大切なひとに贈るのだろう。
「クリスマスプレゼント、か」
一族の老人たちを見返す為、日々研磨を怠らない自分自身に、偶には贈り物を呉れてやっても良い。そう思い直した彼女は、鉢植えをひとつに絞ることは止めにして、結局3つとも船に飾る事にした。賑やかな彩はきっと、彼女の船に更なる明るさを齎してくれるだろう。
「ハハ、少し欲張りすぎかな……」
苦さをにじませた聲とは裏腹に、白い麗人のかんばせにも、楽しげな笑顔の花が咲く。自分の為に花を選ぶひと時は、――きっと少しだけ特別な時間。
大成功
🔵🔵🔵
シン・ドレッドノート
アドリブ連携OKです。
せっかくですし、お店に飾るお花を買っていきましょうか…。
夜宵さんのBar【FoxTale】にぴったりなお花は…あぁ、このシーズンなら、やっぱりポインセチアですね。お店もクリスマスの飾り付けが欲しいでしょうし。
鉢植えを二つ、いただけますか?
形が良く、赤色が鮮やかな鉢植えを選んでもらいます。
一つはお店に、もう一つはお部屋に飾るために。
ポインセチアの花言葉は『祝福する』『聖なる願い』。
私達の新婚生活が、幸多きものとなりますように、祈りを込めて。
買い物を終えて一通り並んでいるお花を楽しんだら、買った鉢植えは指輪のエメラルド【永遠の輝き放つ星】に収納して、戦いに備えるとしましょう。
●花よりも赤い
宇宙には明確な四季が無い。されど生活を続けて行く以上、どうしても必要なようで暦だけは未だに健在である。ゆえに宇宙の花屋では今、クリスマスに似合いの花々がよく目立つ場所に飾られていた。
折角立ち寄ったのだから花でも買っていこうかと、花屋を覗き込むシン・ドレッドノート(真紅の奇術師・f05130)の赤い眸にも、それらは当然鮮やかな彩を伴って映り込む。
大輪の花を咲かせる赤いガーベラに、愛らしい彩のプリンセチア、シックなシルエットのシクラメン。どれも魅力的でなんだか目移りしてしまいそうだ。こんな時は花を何処に飾るのか、想像の翼を羽ばたかせるに限る。
――彼女の店に、ぴったりなお花は……。
シンが脳裏に思い描くのは、近々彼の妻と成る女性がUDCアースで営んでいるバーの風景。「FoxTale」と名付けられた其処に相応しい彩は、一体どれだろうか。
「やっぱり、これですね」
果たして彼が選んだのは、赤々とした花弁のような葉を実らせるポインセチア。UDCアースにおいても、クリスマスに定番の花だ。彼女もきっと、店のクリスマス飾りが増えて喜んでくれるだろう。愛しい人の笑顔を胸に思い描き、自然と彼の頬も甘く弛む。
しかし、ポインセチアの鉢植えと云ってもかなりの数が在る。折角の贈り物なので、矢張り質が良い物を持ち帰りたい。此処は詳しい者に見繕って貰うのがベストだろう。視線を巡らせた先には、丁度店頭に並んだ花の手入れをする女性店員の姿が在った。
「失礼。ポインセチアの鉢植えをふたつ、見繕っていただけませんか」
紳士らしく丁重に声を掛けたならば、店員は快く頷いて直に状態の良い鉢植えを探してくれる。
「形が良く、赤色が鮮やかなものが良いのですが」
「では、此方など如何でしょう」
そう言いながら差し出されたのは、他よりも些か赤みが強いポインセチアの鉢植えふたつ。火星のような赤さから、マーズリーフと云う愛称が付けられている種なのだとか。
盗賊として審美眼を誇るシンも直々に検めてみたが、大輪の葉は傷一つなく美しく、燃えるような赤色が非常に印象的である。これならば、愛しい人へ贈るものとして遜色はあるまい。
「ああ、とても綺麗ですね。これでお願いします」
「かしこまりました。ご自宅用ですか?」
「いえ……。片方は未来の妻へ贈ろうかと」
こういう場所ではお決まりの問いかけに、はにかみながら青年が答えれば、釣られて店員も「まあ!」と頬を染める。気合を入れてラッピングを施される鉢植えを眺めながら、シンはこれから訪れるふたりの新婚生活に想いを馳せていた。
大切なひとと過ごす日々は、この先きっと掛替えのない想い出と成るだろう。この花と迎えるクリスマスも、大事な想い出のひとつと成れば良い。ポインセチアの花言葉は『祝福する』と『聖なる願い』のふたつ。そのどちらも、シンと愛しい人の未来に相応しい。
――私達の新婚生活が、幸多きものとなりますように。
ささやかな幸せを噛み締めながら、シンは祈るように眸を閉じた。
指に光るエメラルドのリングは幸い、広い収納スペースへと繋がっている。鉢植えを受け取った後、もう暫し色々な彩を楽しんでみるのも良いかも知れない。残党狩りが目的とはいえ、花を選ぶ時間と云うのは矢張り特別なものなのだから。
大成功
🔵🔵🔵
草野・千秋
農耕プラントによって咲く季節の花が違うだなんて
またすごい技術力ですね
確かに宇宙と花は縁遠い存在ですが
それでも人が自然を、花を求める気持ちはあるのでしょう
僕はUDCアースの人間ですがあの世界も最近季節感がなくなって
寂しいものですね
それでもSSWの科学力はすごいなぁと思いますよ
花を買います
ええと、アベリア、スイレン、クチナシ、スグリはありませんか?
僕の恋人さんの誕生花です
クチナシの花言葉は、とても幸せです、喜びを運ぶ、洗練、優雅
これを包んでは貰えないでしょうか
できれば鉢植えで
ああ、今すぐでなくても大丈夫です
このあと来るであろう戦いのあとでも大丈夫ですので
ふふ、あの人の喜ぶ顔が楽しみです
●あなたの彩
花屋と云う場所には、どうやら色彩の魔法が掛っているらしい。しかも此処は、四季折々の彩を用意した宇宙の花屋。優柔不断な人間ではなくとも、無限に目移りして仕舞いそうだ。草野・千秋(断罪戦士ダムナーティオー・f01504)も、その色彩の魔法に魅了されている者のひとりである。
「壮観ですが、何が何処にあるのやら……」
見たことの在る花から、普段の生活に馴染の無い花まで。様々な鉢植えが置いて有るものだから、青年の口からは思わずそんな感想が零れて仕舞う。助けを求めるように周囲を見回せば、鉢植えを並べている男性店員と目が合った。
「ええと、すみません。アベリアやスイレン、あとクチナシとか、スグリは有りませんか」
申し訳なさそうに眉を下げて千秋が話しかければ、店員は快く作業を止めて、手持ちの端末で在庫を確認し始めた。
「ああ、どれも有りますよ。全て確認されますか」
「良いんですか? お願いします」
どうぞこちらへ、と促されるまま千秋は店員の後を追う。青年のささやかな花探しの旅は、斯うして幕を開けたのだった。
「農耕プラントによって咲く季節の花が違うなんて、またすごい技術力ですね」
最初に案内されたのは、春に咲く鉢植えのコーナーだ。アベリアは植木鉢から零れんばかりに其の身を溢れさせていた。ふわふわとしたシルエットの其れにそっと触れながら、千秋が感心したような呟きを零す。
「郷愁のなせる業でしょうか、執念にも見えるかも知れませんが」
そう苦笑する店員へ、千秋はゆるりと首を振った。彼の出身地であるUDCアースだって、最近は季節感が薄れて来ているのだ。いずれは彼等のように、人工的に花を育てる世界へと移り変わって行くかもしれない。
「季節が無いのは、寂しいものですよね」
なんとなく諸行無常を感じて、千秋は傍らに置かれた壺のような鉢植えを覗き込む。水が張られた其処にゆらりと浮かぶのは、淡い彩を纏う睡蓮の花。これを持ち帰るのは、少々骨が折れるだろうか。
「他のふたつもご覧になりますか」
「ええ。僕の恋人さんの誕生花ですから、是非」
未だ決めかねている千秋の様子に、投げかけられた店員の問い。それにゆるりと彼が頷けば、花探しの旅はもう少しだけ続く。
「やっぱり、SSWの科学力はすごいなぁと思いますよ」
そうして案内された先は、夏に咲く花々の一角である。観葉植物めいたシルエットにも関わらず、小さな赤い身を実らせるスグリを眺めながら、千秋は素直な関心を店員へと伝えた。
自然が存在する他の世界だって、こんなに綺麗に植物を育てるのは難しい筈だ。それを人工的にやってのけるのだから、この世界の科学力と人間の可能性は底知れない。
「宇宙と花は縁遠い存在ですが。人が自然を、花を求める気持ちは尽きないのでしょうね」
感慨深い気持ちになりながら視線を巡らせた先、優雅に八重咲く白いクチナシの鉢植えが青年の視界に入る。
――クチナシの花言葉は、『とても幸せです』、『喜びを運ぶ』、『洗練』、『優雅』。
大切なひとに似合いの花だと思うよりも先に、彼の脚は動いていた。慈しむように鉢植えをそっと抱き上げれば、案内してくれた店員に笑い掛ける。
「これを包んでは貰えないでしょうか。贈り物用です」
「かしこまりました」
頭を下げて鉢植えを受け取る店員へ、戦いのあとでも大丈夫ですよと付け加えて。千秋は胸中で恋人の貌を思い描く。このシクラメンを差し出した時、彼は一体どんな反応を見せてくれるのだろう。
「ふふ、あの人の喜ぶ顔が楽しみです」
大事な人を想いながらラッピングを待つ時間もまた、プレゼント探しの醍醐味なのだ。
大成功
🔵🔵🔵
エンジ・カラカ
(1)◎
賢い君、賢い君、ハナだ。
何買う?何買う?
相棒の拷問器具の賢い君に話しかけて花を選ぶ
アァ……そうだ。
シロツメクサ、は花屋には無いンだよなァ……。
四つ葉。四つ葉にしようそうしよう。
賢い君も大好きな四つ葉ダ。
鉢に植えられた四つ葉は野で見かけるモノとはぜーんぜん違う
群れてる。群れてるなァ。
プレゼント用?部屋に飾る?
ヘェ、ヘェ。
飾る場所は無いケド、気に入ったから買う買う。
他にもハナがたーくさんあるなァ。
君はどのハナが気に入ったンだろうネェー。ネー。
ゆらゆら揺られる君の先には白いチューリップ。
君が気に入ったのならソレも買おう。
白は君に良く似合う。
●True Love , Lost Love
此処は確かに宇宙で、射し込む陽光なんて何もない筈なのに。――それなのに、エンジ・カラカ(六月・f06959)の前には今、無限ともいえるような彩が広がっている。
彼が生まれ落ちた地、同じく光の射さぬダークセイヴァーにも花が咲くことはあるが、此処まで多種多様なものが揃う事は無いだろう。ゆえに青年の金眸は愉し気に、にんまりと三日月を描く。
「賢い君、賢い君、ハナだ」
ゆるり、それでいて弾むように紡ぐ言の葉が向かう先は、彼の相棒たる拷問道具。細い頸に赤い絲を結んだ蒼い小鳥――“賢い君”へ。
「何買う? 何買う?」
友人にでも話しかけるような気安さで、エンジは赤い絲の端を引き賢い小鳥と相談をする。彼が居る売場は、春の花を並べた一角。房のような花弁を実らせる青い花、蝶に似た色鮮やかな花弁を実らせる花、折り紙を重ねた様な橙の大輪花、――様々な鉢植えを賢い君と眺めながら、あれでも無いこれでも無いと、ひとり賑やかに値踏みする。
「アァ……そうだ」
彼の脳裏にふと浮かんだのは、緑の中にぽつぽつと咲く、白くて丸い愛らしい花。 ――シロツメクサだ。しかしシロツメクサと云えば、野原などに群生しているもの。斯う云った場所には不釣り合いな花に思えた。花屋へ飾るに相応しい縁起物なのは、寧ろ其の葉っぱの方……。
「四つ葉。四つ葉にしようそうしよう」
エンジは納得したように、座らぬ首でかくりと頷き、月のような眸をゆらりゆらりと、左右へ緩慢に巡らせた。やがて視界に捉えたのは、パステルカラーの鉢に植えられて、綺麗に陳列されたクローバーたち。
みーつけた、とにんまり笑う青年は、視界の隅に映る青い翼にそうっと囁く。悪戯の相談でもするような響きは、きっと小さな相棒にしか聴こえない。
「賢い君も大好きだろう?」
花屋で売られている四つ葉は、それはそれは立派なものだった。何と云ったって、八から零れそうな位の緑、其の全てが四枚葉のクローバーなのだから。
「群れてる。群れてるなァ」
四つ葉の鉢植えを間近で見つめる彼から、素直な感想が零れる。普通は三つ葉の方が群れている物なのに、コレは四つ葉の方が群れている。其の様を不粋とも、縁起が良いとも云わず、エンジは面白い玩具を見つけたように、白い指先で群れた彼等を弄り回す。
「アァ……コレに決めた」
最も賑やかに生い茂っている鉢植えを手に取れば、靴音を軽く鳴らして会計へ。カウンター越しに彼を迎えるのは、斯ういう場所に置いては或る意味でお決まりの台詞。
「贈り物ですか、それともお部屋に?」
されど、エンジにとっては意外な台詞だったらしい。疑問符をつけながら反芻した後に、そういう用途が在るのかと納得したように、へェと相槌を打ってみせる。しかし、彼の用途はそのどちらでもないのだ。
「飾る場所は無いケド、気に入ったから買う買う」
邪気のない笑顔でそう言い切った青年は、早々に会計を済ませて手ぶらで場を後にする。何となく他の彩も観たくなったので、購入した商品は一旦カウンターで預かって貰うことにしたのだ。
春のコーナーに再び立ち寄ってみれば、緑以外の彩も矢張り気に成るもので。自分の分はもう済ませたから、賢い君の分の花も買ってやろうと、穏やかな彩の花々ひとつひとつに、蒼い小鳥を近づけてやる。
「君はどのハナが気に入ったンだろうネェー。ネー」
無口な相棒は相変わらず黙して何も語らないが、ひとつの鉢植えの前で、ゆらゆらと其の身が揺れた。――賢い君の前で咲くは、清純な白いチューリップ。
「君が気に入ったのなら、ソレも買おう」
――白は、君に良く似合う。
人狼の青年は掌中の小鳥と白い花を見比べて、人知れずそんな事を物思う。今度こそ花屋から出て来たエンジの両腕には、対照的な意味を持つ2つの花が確りと抱かれていた――。
大成功
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六条寺・瑠璃緒
◎☆
初めて来る世界だけれど、此処だけ見れば星の彼方は思えない…
其れ程此処の人たちの郷愁が強いと云うことなのだろうか
折角だから花の世話を手伝おう
偶には土いじりも悪くない
「君、素人にも出来る手伝いは何かある?」
薔薇に胡蝶蘭、カサブランカ
花を贈られるのは慣れている
菊に百日草、竜胆、禊萩
…花を供えることにも慣れ過ぎた
あの短い彩はこうして人の手で養われ、育まれているんだね
いつか手にする誰かの誰かの哀歓に想いを馳せて慈しみ深く花たちの世話をする
花の向こうの彼らの人生が幸多きものでありますように
…おや、午時葵が咲いて居る
ちょうど満開だなんて運が良い
僕の好きな花なんだ
今度は此処に花でも買いに来ようかな
ジュリオ・マルガリテス
(2)
やあ、素敵な趣味をお持ちだね
花は良いよね
美しく凛として、とても健気だ
長い銀河の漂流生活には
心の潤いも大切だね
植物が無いならなおさらさ
ひとつ、私にも手伝わせてはくれないだろうか?
お邪魔はしないから、指示しておくれ
なにせ随分と眠っていたものでね
手際が覚束無いといけないからさ
人手の足りない場所へと赴こう
うん、水遣りに肥料、種まき
何でもするよ
このモノクル眼鏡が役立てるなら
そうして人々が笑顔になるなら
私には何よりの歓びだよ
(人差し指を立ててウインク)
よいしょ、と……
うーん、なかなかの肉体労働だね
動ける喜びというものかな
指示に感謝するよ
花のマドモアゼル、そしてムッシュ達
どうかな?
不便な所は無いかい?
御形・菘
◎☆
常日頃からエモい戦場の構築に一役、どころか主役を担ってもらっておるからのう
花々には感謝の念しかない!
なので此度の出来事は見逃せんよ
妾は花の世話と手伝うとしよう
基本コンコンコンでなんとかなってしまうのでな
一応知識だけはあるが、具体的にやったことなど無いから、実際に手を動かすのは楽しみであるな
主に力仕事は任せておけ!
土を耕すのに、クワとやらを使うのであろう
全力で地面へとブチ込む…ではダメ?
土を持ち上げて、畝とやらを作る?
肥料やりは、栄養があるしありったけ、ではないのだな
それぞれの苗の状態によって、やる量だとかタイミングまで変えるのか
う~む、まさに生き物の世話であるな! 大変だが楽しいぞ!
●スタァ三人、集えば花なり
此処は確かに宇宙船の中だというのに、見渡す限り何処も彼処も花ばかり。自身がよく知る世界の彩と何ら変わりのない花壇プラントの光景を、六条寺・瑠璃緒(常夜に沈む・f22979)は何処か新鮮な気持ちで眺めていた。
――此処だけ見れば、星の彼方とは思えない……。
四季折々の花が時折、空調から流れてくる風でそよそよと揺れる。それを見ると、まるで花畑にでも訪れている様な心持に成るのだ。紛い物ではあるが、喪われたはずの「自然」が、此処では確かに育まれている。
――其れ程、此処の人たちの郷愁が強いと云うことなのだろうか。
スタアとして長い反省を生きてきた瑠璃緒の傍らには、いつも満開の花束があった。ゆえに、花の無い世界など彼には想像がつかない。しかし喪われた物を大切に育む彼等からは、地球と云う星への憧れと郷愁が確かに感じられた。
――薔薇に胡蝶蘭、あちらに咲くのはカサブランカ。
どの花も彼にとって馴染み深いものだ。贈られるのに慣れて仕舞った、と云っても良い。それがスタァの存在意義でもあるから、仕方のない事だけれど。
――菊に百日草。竜胆や禊萩もある。
すらすらと湧き出てくるのは、弔い花の名前たち。神である瑠璃緒は不老不死であり、周囲の人々は彼を置いて皆さきに彼岸へと渡って仕舞う。ゆえに、これらの花を供えることにも、彼は慣れ過ぎていた。
「やあ、素敵な趣味をお持ちだね」
物思いに耽る瑠璃緒の思考を現実へと呼び戻すのは、甘く穏やかな青年の聲。何の話かと其方へ視線を遣れば、貴公子然とした青年――ジュリオ・マルガリテス(翠の硝子・f24016)が、花の手入れをしている男性クルーと談笑を重ねていた。
「長い銀河の漂流生活には、心の潤いも大切だね。植物が無いなら尚更さ」
「ええ。我々が育てる花が、誰かの心を癒すことが出来たら幸いです」
「癒せているさ。こんなに見事な花畑、他の世界でも中々お目に掛れないからね」
眼前に広がる光景を見廻したジュリオの眸が、緩やかな弧を描く。かつてはモノクルとして、主人の眸に美しい景色を映していた彼であるが。今は自分自身の翠の眸で、この美しい光景を眺める事が出来る。その喜びにふわふわと跳ねる心を隠せるわけがない。弾む思いのまま、青年はクルーへと首を傾けて見せた。
「ひとつ、私にも手入れを手伝わせてはくれないだろうか?」
「えっ、良いんですか? ウチはいつでも人手が足りなくて……」
「何でもするよ。この身が人々の笑顔に役立てるのが、何よりの歓びだからね」
喜色を顔に滲ませながら頷くクルーに、人差し指を立てたジュリオが、モノクル越しに流れ星のようなウインクを返す。その和やかな遣り取りに惹かれるように、美貌の少年も靴音を響かせながら彼等の輪に加わった。
「――君、素人にも出来る手伝いは何かある?」
舞台俳優の如くよく通る聲に、談笑していたふたりの動きも思わず止まる。聲の主が纏うただならぬオーラに、クルーの男性が芒と見惚れて仕舞ったのも無理は在るまい。瑠璃緒が舞台下でひとに言葉を与ふこと自体が慈悲――すなわち、ファンサァビスなのだから。
「おや、一緒に手伝ってくれるのかい。それは頼もしいね」
一方で同業者たるモノクルの青年は、のんびりした様子で笑みを咲かせ続けている。自分は未だ寝ぼけ眼だから指示が欲しい――と、教えを乞えばクルーも漸く正気を取り戻した様子。
「あっ、では、あちらの方と一緒に、花を植えていただいても……」
どうやら土いじりにも先客がいたらしい。クルーが指し示す方向に2人して視線を遣ると、其処には鍬で土を耕す派手なシルエットの女性が居た。大蛇の下半身を持ち、ドラゴンめいた四枚の翼をはためかせる、邪神のような貫禄を持つキマイラ――御形・菘(邪神様のお通りだ・f12350)だ。
懸命に畑仕事に勤しんでいた菘であるが、3つの視線をその身に受ければ、直に手を止めて顔を上げる。キマイラフューチャーの人気動画配信者である彼女は、自身に向けられた注目に対して非常に敏感だった。
「む、お主らも土弄りに来たのか? ならば妾が教示してやろう!」
鍬を得物のように握りしめ、蛇のような舌を覗かせて笑う様には迫力が在るが、彼女の台詞回しにはどことなく親しみが感じられる。そんな彼女に後続のふたりが首を横に振る訳も無く、こうして賑やかな土いじりの時間が始まった。
「このクワとやらは、全力で地面へとブチ込んではダメらしい」
「そうなのかい? 園芸も奥が深いんだね……」
プラントを鍬で耕すのは比較的腕力がありそうな成人の男女、菘とジュリオである。青年達よりも先に此方へ赴き土いじりに勤しんでいた彼女は、手付きの覚束ないジュリオへと庭仕事のコツを教示していた。
「土を持ち上げて、畝とやらを作るそうだ」
こんな風に――、と。鍬を器用に操って、実際に小さな山のように土を盛って見せれば、傍らの青年からは素直な歓声が上がった。
「なるほど! よいしょ、と……」
彼女の真似をしてジュリオが鍬を振えば、小さな山がプラントにまたひとつ増える。肉体労働に不慣れな青年は、流れる汗を手の甲で拭いながら、ふうと息を吐く。 確かに疲れるが、どちらかと云うとこれは心地よい疲労感だ。肉体を得たからこそ感じられる労働の喜びに、ジュリオの爽やかな笑みは更にきらめきを増した。そんな彼の仕事ぶりを見守る菘はどやり、胸を張って見せる。
「妾の的確な指示に感謝するが良い!」
「ああ、感謝するよ。マドモアゼル」
「それにしても、菘は手際が良いね」
繊細な体躯の瑠璃緒には鍬で土を耕す仕事ではなく、畝に花を植える役が割り振られていた。淑やかに咲く蒼いサルビアにスコップで土を掛け、ひとつひとつを丁寧に植えつける。その傍らで紅一点たる彼女の仕事ぶりを見ていた瑠璃緒は、思わず感嘆の聲を零す。
「ああ、力仕事は妾に任せておけ!」
動画配信の為に日々第一線で躰を張って居る菘にとって、これ位の農作業は苦でも無いのだ。派手に動けない事に少しだけ物足りなさを感じる気もするが、此処にはボコる怪人も居ない。ならば粛々と働いてみせるのも偶には良いだろう。
「常日頃からエモい戦場の構築に一役……どころか主役を担って貰っておるからのう。
花々には感謝の念しかない!」
自分たちが耕してきた道のりは今、サルビアの蒼い彩で包まれている。壁を三度ノックすれば何でも手に入る世界で生きてきた菘にとって、実際に手を動かして花を育てるという経験は新鮮で、何とも楽しいものであった。
「花は良いよね。美しく凛として、とても健気だ」
休憩がてらに身を屈めたジュリオは、その指先で優しくサルビアの蒼い花弁を撫ぜる。擽ったそうに揺れる花の姿は愛らしく、眺めているうちに彼の疲れも何処かに吹き飛んで行くようだった。
「……あの短い彩は、こうして人の手で養われ、育まれているんだね」
このサルビアもいつかきっと、誰かの手元に渡る筈だ。名も知らぬ其のひとは、どんな気持ちでこの花々を腕に抱くのだろう。少しだけ遠い未来の哀歓に想いを馳せ、瑠璃緒は花たちの世話を慈しみ深く続けた。
――花の向こうの彼らの人生が幸多きものでありますように。
そんな、ささやかな願いを込めながら。
「よし、次は肥料やりか。栄養が在るしありったけ……では、矢張りダメか?」
「肥料もあげ過ぎると枯れてしまう、とよく聴くけれど」
「苗の状態によって、量を調整した方が良さそうだね?」
菘が豪快な疑問を零せば、瑠璃緒が上目で頸を傾け、ジュリオがゆるりと結論付ける。気性も抱く想いも異なる三人であるが、作業の合間に話し合う光景は何処か和気藹々としていた。
「う~む、まさに生き物の世話であるな! 大変だが楽しいぞ!」
「そうだね、花々の為にもうひと頑張りしようか」
「……おや」
背伸びをして肥料の用意をし始める二人に、続こうとした矢先。近くのプラントに咲いた花々を視界に捉えて、瑠璃緒の脚がふと止まる。何事かと菘とジュリオが彼の元へ戻ってみれば、其処には満開を迎えた白く小さな花々が。
「午時葵、僕の好きな花なんだ。――ちょうど満開だなんて、運が良い」
今度は此処に花でも買いに来ようか、なんて頬を弛める瑠璃緒。彼が語る処によると、この午時葵は正午前後の数時間しか咲かない貴重な花なのだとか。
「なんと! つまり、シャッターチャンスという訳であるな?」
それを聴いた菘の動画配信者魂に火が点いた。撮影用ドローンの天地を呼べば、白い花を背にポーズを決める。
「綺麗な花を背景に記念撮影かな。私も混ぜておくれ。ムッシュー、君も是非」
「構わないけれど、綺麗に撮ってくれないと厭だよ」
「はーっはっはっは! キマフュの一番星たる妾の輝きに敵うかの~!」
異なる世界のスタァが三人並べば、画面の中に大輪の花が咲いたよう。それは、プラントに咲くどの花にも負けない、絢爛たる華やかさ――。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
シグルーン・オールステット
◎☆
(1)
SSWから離れて久しい。そろそろ戻ってみても良いかと思った。
”ワルキューレ” ボクが育った場所であり、家族といえる人たちが居た場所。オブリビオンとの戦いで壊滅し、ボクは逃げ延びることが出来たけれど、他のメンバーはどうしているのかわからない。
だから、縁起でもないし相応しくはないのかもしれないけれど。
それでも楽観してばかりはいられないから花を買いに来た。
優しいエイル、臆病だったフリスト、気紛れなスヴィプル、凛々しいスルーズ、陽気なヒルド、大人しいオルトリンデ。みんなの姉だったブリュンヒルデ……
生き延びていればいい。そう思っても心の影は消えない。
どんな花を贈ろう。
一体どれがいいのかな。
ユーディ・リッジウェイ
WIZ
花。綺麗なの。萎れていないもの。そういうの、好き、だよ。
…ここの花は、ぜ、全部、綺麗だね。すごい。
それなら、黒いやつが、欲しいな。黒い花。黒い薔薇、黒い百合、黒いチューリップ。なんでも好きだよ。あるかな?
すぐ枯れるのが、いいんだ。だから、切り花で、ください。いつまでも咲いてるのは嫌だ。
もし沢山売ってるなら、花束にしたいな。あんまり、値段が、高くならないくらいで。お金、そんなに、ないから…。
へ、部屋に飾ろ。ふふ。
でも、た、戦うの、苦手だなあ。機械も、よく、わかんない。こないだ、わたしの電子レンジ、爆発したんだよね。なんでだろ。
こんなに花が綺麗なんだし、こ、来なかったら、いいのになあ。
◎☆
●誰かのための彩を
宇宙の花屋は其の店先にも、様々な彩を飾っている。この世界において殆ど意味をなさない暦の上では、季節は一応冬である。ゆえに、ポインセチアにクリスマスローズといった、クリスマスにぴったりの花々で、店先は賑やかに彩られていた。
しかし、それらを眺める少女――シグルーン・オールステット(銀光の乗り手・f23940)の表情は浮かないものだ。緑色の眸を寂しげに伏せて、物思いに耽る様は視る人に憂いを感じさせる。その理由は、彼女の生立ちに在った。
サクラミラージュで運び屋をしているシグルーンの故郷は、このスペースシップワールドである。幼い頃から戦士としての英才教育を施されていた彼女は、スターライダーの特殊部隊“ワルキューレ”の一員として、かつてはこの星海を勇敢に駆けていたのだ。
――そろそろ戻ってみても良いかと思ったけれど。
久しく離れていた故郷にいざ帰ってみると、思い出されるのは“ワルキューレ”で過ごした日々のことばかり。
シグルーンにとって特殊部隊は、彼女を育んでくれた大事な場所であり、仲間達は家族同然のような存在だった。――それが或る日、オブリビオンとの戦いによって壊滅してしまったのだ。
彼女は逃げ延びる事が出来たけれど、他のメンバーたちの消息は誰一人として知れない。落ち延びた先に辿り着いたサクラミラージュの人々は、彼女の事を親切に介抱してくれたけれど、知らない世界に一人ぼっちなのは矢張りつらい。――でも、彼女達と駆けまわった世界で一人ぼっちなのは、もっとつらかった。
――ボクは、此処に相応しくないのかもしれない。縁起だって悪いし。
それでも、楽観してばかりはいられない事など、シグルーンだって分かっていたから。斯うして花を買いに来た。しかし何の為の花なのか、未だに名前を付けられない。
だからこそ迷ってしまって、彼女は身動きが取れなくなってしまった。何処に行ってしまったのか分らない彼女達に、一体どんな花を贈ればいいのだろう。答えは出ないまま、ただ時間だけが過ぎて行く――。
右を見ても、左を見ても、至る所に花が在る。その総てが綺麗に手入れされていて、萎れている物なんて何一つないものだから。ユーディ・リッジウェイ(あのひとのいないせかい・f22369)は見惚れたように、ほうと熱の篭った溜息をひとつ。
「……ここの花は、ぜ、全部、綺麗だね。すごい」
心のままに感嘆を零しながら、静かな靴音を立てて、彼女は宇宙の花屋で暫しの彩惑い。少女の黒い眸に映る彩は、生命力に満ち溢れたものばかり。赤に黄色、ピンクに白、どれも愛らしく咲き誇り、誰かの手に取られる時を今か今かと待ちかねている。
――花。綺麗なの。萎れていないもの。そういうの、好き。
可憐な彩に心を解されたのか、大人しげな印象の少女の貌にも、自然と明るい彩が滲む。けれども、ユーディが求めるのはそう云った愛らしい彩の花では無い。
――黒いやつが、欲しいな。
少女が探しているのは、彼女が纏う彩と同じ黒い花。大事なのは種類ではなく、彩だ。薔薇でも、百合でも、チューリップでも良い。彼女はきっと、なんでも好きになれる。
うろうろと、色彩の海の中で迷いながら歩いて行けば、目当ての彩は意外と直に見つかった。なにせ銀のフラワーベースに活けられた“それ”は、穏やかな彩の春花たちの中で、一等鮮やかな彩を放っていたのだから。
「黒い百合……」
闇を切り抜いたような彩を纏い、俯くように花を咲かせる其れはクロユリ。彼女が拠点としているヒーローの世界においても、寒い地方などで見る事が出来る花だ。
そう馴染の在る花では無いけれど、立ち姿がほんの少し自身と似ている様な気がして、ユーディはこれを買い求めることにした。さいわい、フラワーベースには十分な量が活けられている。
「あ、あの……」
おどおどと少女が零した小さな声は、擦違いかけた店員の耳に無事届いたらしい。お困りですか、と丁重に掛けられた声に首を振って、ユーディは淑やかに項垂れるクロユリを指さした。
「こ、これ。花束で。お願い、します」
拙く紡がれた言葉に頷いた店員は、活けられた花を一本一本、丁寧に束ねて行く。余り金額が嵩張ると払えないからと、7本ほど束ねたところで綺麗な包装紙に包んで貰った。
「其方の花は、鉢植えの方もございますが」
黒い花束を嬉しそうな雰囲気で受け取る少女へ、店員がそう控えめに勧めてくる。鉢植えの方が、この彩を長く愉しめると思っての事だろう。しかしユーディは、穏やかに頸を振って見せた。
「すぐ枯れるのが、いいんだ。だから、これで、だいじょうぶ」
厚意に軽く礼を告げたあと、花束を優しく抱きしめて少女は其の場を後にする。花はいつか枯れるからこそ、美しく咲き誇る事が出来る。そして人はきっと、其の刹那の彩を愛するのだろう。
――いつまでも咲いてるのは嫌だ。
他のひとのことは知らないけれど、自分は枯れない花なんて愛せないと思う。慈しむかのように漆黒の彩に貌を寄せれば、鼻腔を擽るのは香水よりも艶やかな花の馨。なんだか満たされた気持ちになって、少女はうっそりと笑った。
「へ、部屋に飾ろ。ふふ」
そうして出入口まで脚を進めた時、途方に暮れたように店先で立ち尽くしている少女の姿が視界に入った。銀色の髪に緑色の瞳――たしか、自身が入店した時も、彼女は此処に居たような気がする。
店先にも鮮やかな花々が飾られているから、先ほどは其れを吟味しているのかと思ったけれど、もしかしたら違うのかもしれない。
ユーディはひとの疵を癒すことに忌避感を抱いている。店先に居る彼女は怪我をしているようには見えないけれど、例えば心の疵だって怪我の一つに違いないのだ。
正直に言うと、いま声を掛けることだって怖い。けれども『癒すこと』はユーディの生きる術だから、見逃す事など出来なかった。
「な、なにか、探してるの」
「……うん。花を贈りたくて」
少女――シグルーンの緑の眸が、ユーディの抱える花束へと向く。明るく飾られた店先には些か昏すぎる、クロユリの花たちが其処に在る。
「それ、誰かに贈るの」
不思議そうに小首を傾ける彼女に、ユーディはふるふると首を振って見せ。花束を抱く腕に力を篭めながら、たどたどしく言葉を選ぶ。
「じ、自分用なの。あなたは、誰に?」
問いかけられた少女のかんばせに、ふと陰りが射した。彼女は暫し沈黙して、やがて絞り出すように言葉をつらつらと零す。
「……みんなに、贈りたい」
誰よりも優しかったエイル、臆病だったフリスト、猫のように気紛れだったスヴィプルに、いつでも凛々しかったスルーズ。
陽気なヒルドはムードメーカーだったし、オルトリンデは他の皆よりも大人びていた。みんなの姉のような存在、ブリュンヒルデの事も忘れられない。――生き延びて居て欲しいと願っている。それでもやはり、心に差した影が消えることは無いのだ。
悼むように紡がれた響きに、ユーディは少女の疵の深さを知る。彼女もまた、怪我を負ったひとなのだ。躰の疵は治せても、心の疵を為す術をユーディは持っていない。物理的に癒せない相手へどう接するべきか思案して居たら、再び少女の言葉が降って来る。
「どんな花が、いいのかな」
「……白い百合も、綺麗、だったよ」
心の翳りを払ってやることは出来ないけれど、どうやら背中を押してあげる事なら出来そうだ。店の中を振り返りながら、ユーディはそれとなく中へとシグルーンを促した。
「白い百合……。わかった、ありがとう」
ほんの少しだけ微笑むように頬を弛めて、シグルーンはそっと花屋の中へと入る。彼女もまた色彩の海に惑いながら、誰かのための彩を探すのだろう。
少女の細い背、そしてふわりと揺れる短い銀髪を見送った後、ユーディは大きく深呼吸した。なんだか大仕事をした気分だ。けれども、本当の戦いは此の先に待ち構えている。
「た、戦うの、苦手だなあ。機械も、よく、わかんない」
彼女にとってこの世界は分らないことだらけなのだ。電子レンジは何故だか爆発するし、自身が外の世界に連れ出された意味だって、実のところよく分かって居ない。けれど分らないなりに、何とかちゃんと生きて行ける。
「こんなに花が綺麗なんだし、敵なんて、こ、来なかったら、いいのになあ」
黒彩を纏う少女のそんな密やかな聲を聴いたのは、きっと腕に抱いたクロユリだけ――。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
清川・シャル
f04633 あーちゃんと同行
宇宙でお花って凄いね?
季節関係なくお花を選べるって凄い贅沢かも…!
あーちゃんに花の事を教わりながら、選んでいきましょうか!
情報収集でスマホで花言葉等を探しつつ。
桔梗、カスミソウ(青)、ブルースターで小さなブーケを。
これは彼に、なんですけどね。もうすぐ誕生日だし。
あの人さり気に繊細だったりするんですよ、多分。
本命を選びつつこっそりとなんですけど……ブローディア、ムスカリ、カスミソウ(白)で、あーちゃんにミニブーケです!
ふぅ、お花選ぶの時間かかっちゃった…
あーちゃんはいつも人の為にこうやってお花を選んでるんだよね
ほんと凄いなって思うんだ
人の為に選ぶの、楽しいね!
アオイ・フジミヤ
シャル(f01440)と
宇宙の星々を巡る船に芽吹く花々
美しいね、そしてとても不思議
この花達は何処まで運ばれるのだろう
何処で根を下ろすのだろう
宇宙で育った花をお店に置きたい
たくさんの国を巡る”時”を抱えた花なんて素敵よね
誰かの為に選ぶのは楽しいよね
一緒に選んで貰いつつ花屋の目でたくさんの珍しい花を選んで
何とか抱えきれるくらいの量を購入
もう一つは三日月型の丸い籠を使うよ
春の赤いチューリップ
夏のグロリオサ
秋の紅葉やケイトウ
冬の南天や赤椿
いろんな赤を三日月に活けてシャルへ
彼と一緒に見てね
幸せなクリスマスになるよう願いを込めよう
可愛いこの友達が選んでくれた花は私に力をくれる
ありがとうシャル、大好きよ
●互いのための彩を
星々を巡る船の中に咲く花、それは想像していた以上に鮮やかな彩に溢れていて。清川・シャル(無銘・f01440)の蒼い眸は、星を鏤めたようにきらきらと輝いた。
「宇宙でお花って凄いね、あーちゃん」
確り者の少女だって、視界を埋め尽くすほどの花々に囲まれたら、やはり年相応に心が弾んでしまうもの。大切な友達の前とあらば、心の内から溢れる喜びを抑える必要もない。
そんな彼女の無邪気さを眩しく思いながら、アオイ・フジミヤ(青碧海の欠片・f04633)はゆるりと頷き、静謐に紡いだ言の葉を相槌とする。
「美しいね、そしてとても不思議」
こことは異なる世界で花屋を営む彼女にとって、眼前に広がるこの光景は興味深いものだった。生花というものは誰の手に渡ろうと、最終的にはひとつの場所に収まるものだ。それは家の庭かも知れないし、誰かの部屋の花瓶の中かもしれない。
けれども、居住可能惑星を、そして根を張る土を喪ったこの世界において、これらの花々が一体どの場所に収まるのか。アオイには、中々イメージする事が出来なかった。
――この花達は何処まで運ばれて、何処で根を下ろすのだろう。
叶うことならば、ひとに愛され、大切に愛しまれるような場所で育ってほしい。花を愛するオラトリオの乙女は、胸裏に密やかな願いを抱き、碧色の眸をそっと瞼に隠す。
「季節関係なくお花を選べるって凄い贅沢かも……!」
年少の友人から零れた聲に喜色を感じ取れば、アオイの貌も思わず優しく綻んだ。視界いっぱいに広がるのは、多種多様であるがゆえに、季節感を感じさせない鉢植えたち。地上の花屋では、きっとこうは行かないだろう。
「宇宙で育った花を、お店に置きたい」
「あーちゃんのお店に?」
かくりと首を傾け自身を見上げるシャルへ、アオイは優しく頷いて見せる。彼女がここで花を求めるのは、物珍しいからだけではなく――。
「たくさんの国を巡る”時”を抱えた花なんて素敵よね」
「素敵……!」
夢見る少女の如く軽やかに其の理由を紡げば、眼前の少女は感動したように量の指先で口を覆う。その蒼い眸は、今にも星が零れ落ちそうな程に煌いていた。
「私は、彼に花を選ぼうかなって」
他方でシャルが花を求める理由は、誕生日を目前に控えた婚約者へのプレゼントとするため。季節を問わず様々な花が並べられているから、ブーケのラインナップだって選び放題だけれど、選択肢が多いと余計に迷ってしまうのもまた事実。
「あーちゃん、花のこと教えてください!」
「ええ、私が役に立てるなら喜んで」
何処までも和やかに言葉を交わしながら、乙女ふたりの花選びが始まる――。
「うーん、彼に似合うのは……」
シャルの視線は上下に行ったり来たりと忙しない。スマートフォンで花言葉を調べながら、目の前に活けられた花々をひとつひとつ吟味しているのだ。少女は愛らしい桜うさぎのスマホカバーを握りしめ、ああでもない、こうでもない、と難しい貌でひとりごちている。
「誰かの為に選ぶのは楽しいよね。――これとか、どうかな」
微笑ましげに瞳を緩ませるアオイが指し示すのは、星のような容の花弁を咲かせる蒼い花――桔梗の切り花だ。
「シャルの目と揃いの色だから」
彼も喜ぶかもしれない、と。軽やかに告げたなら、少女の眸がぱちぱちと瞬きを零す。急ぎ端末に視線落としたシャルが、桔梗の花言葉を調べてみれば、其処に燦然と輝く「永遠の愛」というフレーズ。婚約者に贈る花にまさしく相応しい代物だ。
「あっ、じゃあ、ブルースターも良いかも。青いカスミソウも加えて……」
ひとつ彩を決めてしまえば、あとは容易い。ブーケの中でそれぞれが喧嘩しないように、調和を意識すれば良いだけのこと。
彼女が選んだブルースターも、カスミソウも、桔梗より小ぶりで彩も幾分か淡い。きっと蒼いグラデーションが海を思わせるような、そんな爽やかなブーケに成るだろう。
「どれも愛を誓う花だね」
幼さを遺す指先が選んだ彩を観たアオイが悪戯に囁けば、少女は少しだけ背伸びをして見せる。彼の事は大切だけれど、なんだかんだで自分の気持ちには素直になれないのだ。
「あの人さり気に繊細だったりするんですよ、多分」
そうなんだ、と微笑ましげに頷くアオイの貌にも、思わず穏やかな笑みの花が綻んで。その様はまるで、宇宙の花屋に新しい彩がまたひとつ増えたよう。
「先に会計して来ます」
照れて仕舞ったのか、ぱたぱたとカウンターまで走って往くシャル。その姿を見送ったアオイは花屋としての視線を活かし、店に持ち帰る花を吟味する作業へと戻る。
彼女の腕に下げられた籠には既に何株か鉢植えが並べられているが、まだまだ余裕は在りそうだ。
天然のクリスマスツリーのようなシルエットの花、時計のような容をした花、鞠のように丸く花弁が連なる花、髭を生やした黒猫を想わせる見た目の花。
気に成るものを片っ端から入れて行けば、籠は大分重くなった。細腕の限界をそろそろ悟り、湧き上がる探究心にブレーキを掛ける。
――だって彼女の買い物は、もう少しだけ続くのだから。
「おまたせしました!」
どれほどの時間が過ぎた頃だろうか。大切そうにブーケを抱えたシャルが、小走りでアオイの元に戻ってくる。
先に会計へと赴いたのはシャルの筈なのに、年長の友人は何時の間にやら会計を済ませていたらしい。アオイは両手に重そうな袋を幾つもぶら下げていた。おまけに其の細腕には、丸い花籠まで揺れている。
「それ……重くない?」
「大丈夫。それよりも――」
心配そうに尋ねてくる声に首を振り、一旦アオイは地面へと戦利品を詰んだ袋を置く。それからシャルに向き直れば、腕に揺れる花籠を可愛い友人へと差し出した。
「はい、早めのクリスマスプレゼント。彼と一緒に見てね」
三日月を模った其の籠に咲くのは、四季の赤い花たち。春は愛らしいチューリップ、夏は艶やかなグロリオサ、秋は淑やかな紅葉やケイトウ、冬は可愛い南天や赤椿。――クリスマスに相応しい赤い彩が、いまシャルの前に華やかに詰め込まれている。
「わあ……! ありがとう!」
予想外の贈り物に頬を染める少女の姿に、アオイの頬もふわりと弛む。幸せなクリスマスになるようにと、そんな願いを込めた贈り物は、どうやら彼女に喜んで貰えたらしい。けれども、贈り物を用意していたのは彼女だけではないようだ。
「私も、時間かかっちゃったけど……」
シャルから控えめに差し出されたのは、愛らしいサイズのブーケ。背筋を伸ばして凛と咲くブローディアと柔らかな印象のムスカリに、白いカスミソウが清楚な彩を添えている。
――先ほど彼女が選んだ物が愛情のブーケなら、こちらは友情と信頼のブーケと云った所だろうか。
「あーちゃんは、いつも人の為にお花を選んでるんだよね」
今日みたいに――と、付け加える言葉には尊敬の彩が滲んでいた。色の組み合わせだとか、花が持つ意味だとか、そういう物を気にしながら花束にする花を選ぶのは、想像以上に難しいことだった。けれど、今日学べたのは、もっと尊いこと――。
「人の為に選ぶの、楽しいね!」
花のような笑顔と共に紡がれた言葉を聴いて、アオイの心には仄かな温もりが広がって行く。そっと小振りのブーケを受け取れば、胸にこみ上げる想いのままに、其れをぎゅっと抱き締めた。ふわりと香る仄かな匂いは、初夏に感じるいのちの馨。
――可愛いこの友達が選んでくれた花は、私に力をくれる。
「ありがとうシャル、大好きよ」
「うん、私も!」
互いに花を贈り合った乙女ふたりは、大輪の花にも負けぬほどの、華やかな笑顔を咲かせるのだった。花も恥じらうとは、まさにこのこと――。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ディイ・ディー
志桜(f01141)と冬のプラントへ
アムボレラか
最古の種の名を冠した船で咲いた花ってのも洒落てて良いよな
俺は行きつけの喫茶店に飾って貰う花選び
文字通りに華がねえんだよな、あの店
鉢植えにしたいからシクラメンかクリスマスローズあたりか
志桜はどの花がいいと思う?
赤いのに白いのにピンク、どれにするか悩むな
志桜、悪いが店に飾る花を選んでてくれないか?
俺は向こうで少し別のを選びたくってさ
……よし、決めた!
志桜は部屋に飾れる花が欲しいって言ってたよな
ほら、これ
テラコッタの鉢入りの一重咲きの白いクリスマスローズ
少しだけ桜みたいで志桜に似合うと思って
花束を贈るのは気障過ぎるだろ
だから――今日という日に、君に花を
荻原・志桜
ディイくん(f21861)と冬のプラント
わたしは自分の部屋に飾れるものを探しに
喫茶店に飾る花?
そしたらマスターが喜びそうなの選ぼう
いつものお礼ですーって!
お店に飾るならシクラメンかなぁ…
クリスマスローズも可愛くて好きだけど
あとはポインセチアとか?クリスマス過ぎると飾り辛いかな
りょーかい、任された!
店に合うようなの探してみるね
目に留まるのはピンクと白のグラデーション
わたし好みで選んでいいのか悩むけどコレ!
ディイくーん、決まったよー!
あ、かわいい!桜みたいだね
うん? え、わたしに?
花と彼を何度も見つつもしっかりと抱きかかえる
…ありがとう、大切にするね
白い花弁が揺れ
思わず花が咲くように頬をゆるませた
●君へ贈る彩
笑うように花弁を開いたパンジーに、空を見上げる白いデイジー。恥じらうように花開くのはサザンカで、スノードロップは鈴のように愛らしい。――冬に咲く花もまた、彩り豊かなものばかりだ。
「冬」を冠したプラントで栽培された花々の園へ、彩惑いの旅に出たのは荻原・志桜(桜の魔女見習い・f01141)とディイ・ディー(Six Sides・f21861)のふたり。
「アムボレラ、か」
交易艦の名を反芻するディイは、その名の由来たる植物に想いを馳せて、愉快気に口角を上げる。
「最古の種の名を冠した船で咲いた花ってのも、洒落てて良いよな」
物事の謂れや由来に気が向くのは、青年もまた曰く付のヤドリガミであるゆえか。どうやら満足いく花選びが出来そうだと、ディイは不敵な貌にわずか、期待の彩を滲ませた。
「色んなお花が咲いてるよね。どれをお部屋に飾ろうかな……」
彩に乏しい印象の冬でも、愛らしい花弁を咲かせる花は意外と多い。迷っちゃう、なんて眉を下げる志桜は、しかしどこか楽し気だ。
「俺は喫茶店で飾れるような花を選ぶか」
あの店は文字通りに花が無いとぼやきながら、ディイは行きつけの喫茶店の内装を脳裏に思い描く。カウンターにテーブル、そしてソファ、店の中にはただ其れだけ。矢張りなにか彩が欲しいところだ。
「ヘキサに飾る花?」
青年の言葉を耳朶に拾った志桜は、ぱちぱちと瞬きを零す。彼女も彼と同じく、件の喫茶店の常連客であった。思い返してみれば彼の言う通り、確かに花は無いかも知れない。
「そしたら、マスターが喜びそうなの選ぼう。いつものお礼ですーって!」
自分たちが選んだ花が馴染の店の彩となる――。そんな光景を思い描けば自然と気合も入るというもの。喜ぶマスターの顔を想像しながら、少女は煌く緑の眸で咲き誇る花々を見廻した。この時期は矢張り、赤い彩の鉢植えが多いように思える。
「シクラメンか、クリスマスローズあたりか」
ディイの視界に映るのは、控えめな花弁が集うシクラメンと、俯き気味に白い花を咲かせるクリスマスローズ。どちらも派手過ぎず、喫茶店のような憩いの場に飾るのに相応しいように思える。
「志桜はどの花がいいと思う?」
傍らの少女に問えば、うーん、と真剣に悩んでいるような聲が返ってくる。志桜は何度もピンクの眸でふたつの花を見比べたあと、控えめに片方の鉢植えを指し示した。
「あのお店に飾るならシクラメンかなぁ……」
クリスマスローズも可憐で好もしいけれど、落ち着いた雰囲気の喫茶店に飾るには、少しだけ可愛すぎるような気がしたのだ。
「シクラメンか。赤いのに白いのにピンク……どれにするか悩むな」
「色々あって迷っちゃうよね。あとはポインセチアとか?」
でもクリスマス過ぎると飾り辛いかな、なんて。再び悩み始めてしまった志桜へ微笑ましげな視線を向けるディイは、ひとつの企みを思いつく。悪戯に頬を弛ませた青年は、少女へと敢えて申し訳なさそうに言葉を落した。
「志桜、悪いが店に飾る花を選んでてくれないか?」
「りょーかい、任された!」
自分は向こうで少し別の物を選びたいのだと、そう告げて走り去る青年に頷いて。志桜は引き続き、店に飾る花を吟味していく。夢見るような言動で、周囲に心配されがちな彼女である。頼りにされるのは何だか新鮮で、悪い気がしない。
大きく丸い眸を更に見開いて、シクラメンの彩を検めて行けば、軈て目に留まるピンクと白。淡くグラデーションする其の彩は、まるで朝焼けを映す海のよう。
――わたし好みで選んでいいのか悩むけど……。
こういう贈り物選びは、フィーリングが大事なのだ。コレに決めた、と思い切って手を伸ばす。両手で確りと抱えた其の鉢植えからは、ほんの微かに艶やかな香りがした。それに心癒されて、穏やかに綻ぶ少女の白い頬。
「マスター、喜んでくれるといいな」
馴染の喫茶店にこの朝焼けの彩が加わる様を夢想して、夢見がちな少女は胸を高鳴らせる。宝物を愛おしむように、志桜はシクラメンの鉢植えをぎゅっと抱き締めた。
「……よし、決めた!」
一方、ディイも長い彩惑いから漸く抜け出せたらしい。清楚な彩の鉢植えに囲まれた彼は、何やら決心した顔をしている。彼の理想とする花を探すのに少し手間取ってしまったけれど、さすがは宇宙の花屋。探せば其れらしいものが有るものだ。
贈る相手の事を想えば、普段は余裕の表情を崩さない青年の貌にも優しい彩が宿る。喜んで貰う自信は十分にある。けれど矢張り、此れを受け取った時の相手の表情を想像すれば、それだけで口端が緩んでしまうのだ。
――サプライズと云う物は、きっと世界で一番優しい悪戯なのだろう。
そっと鉢植えを抱えたディイは、己を待つ友人の元へと靴音を鳴らして戻る。その足取りが少しばかり急いて居たのは、きっと気のせいではあるまい。
「あっ。ディイくーん、決まったよー!」
シクラメンの鉢植えを抱えたまま、部屋に飾る彩を探していた志桜は、遠目に青年の姿を見つけて無邪気に片手を振った。軽く片手を挙げ返したディイの腕には、可憐な花の鉢植えが抱かれている。
「ああ、ピンクにしたのか。綺麗な彩だな」
「ディイくんもそう思う? よかったー!」
自分の好みだけではやっぱり心配だった、と青年の反応に胸をほっとなでおろす志桜。懸念が晴れたら次に意識が向かうのは、彼の腕の中に在る彩で。
「あ、その花かわいい! 桜みたいだね」
「ああ。志桜、部屋に飾れる花が欲しいって言ってたよな」
言ってたけど……なんて。不思議そうに返された言葉に青年は軽く笑い、何でも無いような雰囲気で眼前の少女へと、其の鉢植えを差し出した。
「――ほら、これ」
「え、わたしに?」
ぽかん、と目と口を開いて固まる少女からシクラメンの鉢植えを受け取って。新たに手渡すのは、温かみのあるテラコッタの鉢に入った白いクリスマスローズ。一重咲きの其れは、どことなく桜の花に似た容をしていた。
桜の鉢植えは流石に無かった。けれど、彼女らしい花を贈りたくて、ディイは彩の海の中、桜のような花を懸命に吟味していたのだ。
「志桜に似合うと思って」
少女は未だに信じられない様子で、彼とクリスマスローズを交互に見比べている。それでも、確りと鉢植えを抱きしめているのは、彼の厚意が何よりも嬉しいから。
「花束を贈るのは気障過ぎるだろ」
だから――。今日という日に、君に花を。
其れはきっと、心の内をひとに見せぬ青年が少女に贈る、偽り無きまごころ。
「……ありがとう、大切にするね」
彼の気持ちは少女にも無事伝わったらしい。桜に、少女に似て可憐な白い花弁がふわりと揺れて。志桜は花にも負けぬような、大輪の笑顔を咲かせて見せたのだった。
大成功
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メンカル・プルモーサ
◎
……ふむ、綺麗な花も良いけど花の研究の方に興味があるね……
品種の改良等は大変な物と聞くし…この感じだと肥料周りの研究もやっているのかな?
…それと、花に対する病気やその対策となる薬、等もありそうだ…
……んー、薬効のある花、となるとまた別分野かな……?
その辺の研究については話が出来る人を探して色々と聞いてみるとしよう…
…私の知識がなにか役に立つこともだし、なによりこう言ったことを聞いて質問して見識を広げるというのも楽しいからね…
…最後に……何かお勧めの花があったらそれを買おうかな…
●花が咲くのは地上だけに非ず
メンカル・プルモーサ(トリニティ・ウィッチ・f08301)は研究者である。
ガジェット研究者の一族として名高いプルモーサ家の次女として生を受けた彼女は、人並み外れた好奇心と知識欲を持ち合わせていた。
――ふむ、綺麗な花も良いけど。
その気性は、この花咲く艦においても何ら変わる事は無い。通された研究室の広い窓から、巨大なプラントに咲く色とりどりの花々を見ても、メンカルの胸中に最初に湧き上がるのは鮮やかな彩への感動では無く。この花を栽培する技術についての関心である。
「花の研究の方に興味があるね……」
そもそも、人工的な環境で植物を育てる事にも限度がある。人工灯が天然の太陽に敵う筈も無し、艦内で育てられた植物と云う物はどうしても脆弱になりがちなのである。――つまり、宇宙環境は生花の大量生産に向いて居ない。
しかし、彼女の眼前に広がる此のプラントはいま、様々な彩で溢れていた。人工照明でも健やかに育つよう、何か工夫がされているのだろうか。
「品種の改良とか、大変だって聞くけれど……」
彼女が零したそんな疑問を拾うのは、案内役を買って出た若い研究員の男性だ。
「ええ、先人たち……我々の祖父母の代でしょうか。とても苦労したと聞いていますよ」
彼が話す所によると、この交易艦『アムボレラ』も最初は、マーガレットやパンジーなど、育てやすい花に比重を置いて栽培していたらしい。
それらの花は売り物としてだけではなく、遺伝子組み換え技術や、品種改良技術の実験台としても使われていたようだ。
そうして紆余屈折の末、彼等の艦は漸く人工の灯でも健やかに育つような花を生み出すことが出来たのだとか。
一方で他の育ちにくい植物たちといえば、貴重なサンプルである。大量に栽培できる技術が確立されるまで種は厳重に保管され、花開く姿を観たひとなど当時はほとんどいなかった。結局この艦を彩る花々が、四季折々の様相を呈し始めたのは少し前――10年ほど前からの話らしい。
「なるほど。じゃあ、今は……肥料周りの研究が中心かな?」
興味深そうに頷いた少女は、研究室に幾つも立ち並ぶ培養液のような物へ視線を向ける。彼女の眸を覆うセンサ付のハーフリフ眼鏡――アルゴスの眼が解析したところによると、花の栄養と成り得る成分が多数見受けられた。
「はい、今は花を長持ちさせる肥料を研究しています。あとは、薬の研究ですね」
「薬……?」
「ええ、花に対する病気やその対策となる薬です」
ほう、と感心したように頷くメンカル。自身の想像通り、この艦は様々な工夫を凝らして、宇宙で花を栽培しているらしい。その様は地上の世界の農業と、大きな違いなどないようにすら思えた。
「……んー、薬効のある花、とかの研究は?」
ひとつ気になっているのは、この艦の花は全て観賞用として想定されていることだ。花は種類によっては、漢方薬などの材料にも成る。折角様々な種類の花が咲いているのだから、ひとびとの為に活用しなければ勿体ない。
「ハーブではなく、薬になる花ですか?」
彼女の意外な問いかけに、研究員の目が丸くなる。この宇宙の世界において、漢方と云う物は旧文化の遺物と成っているのかも知れなかった。けれど、薬学の知識は幾らあっても困りはしないだろう。
「例えば、シャクヤク……。根を乾燥させたら、風邪薬にもなる」
メンカルは自身が持ちうる知識と、アルゴスの瞳が伝えてくる情報を総動員して、淡々と花の薬効について説明していく。若き研究員は彼女の講釈に熱心に耳を傾け、それらの内容を書き止めていた。
かつて猟兵達は銀河帝国との戦闘で、「オロチウイルス」の解析作業を行っている。そして彼女もまた、危険を顧みず其の作業に挑んだ英雄のひとりであった。
この世界の人々にとって、猟兵は新たな知識や発見を齎してくれる存在ともいえる。ゆえに、聞き手の相槌にも自然と熱が入るのも仕方のない事であろう。
メンカルと研究員の間に暫し、知的な話の花が咲く。幾つか質疑応答を終えたのち、彼女は研究室を後にした。
――貴重な知識の礼にと贈られた、鮮やかなデザートローズの花束を抱いて。
大成功
🔵🔵🔵
バンリ・ガリャンテ
何て生き生きと咲くんだろ。
まるでお艦の皆さんの熱意や真心を誇るよう。
花達が毎日を彩るから、暗い宙を何処までだって行けるんだね。さびしくない。
(2)お世話って俺なんかで務まるんだろか。水やりに肥料やりくらいしか思いつかねぇが、まぁ何とかなるだろうなんて舐めてかかっちゃあいかんな。
それらしく身支度も整えて袖まくり。船員さん方に色々教えて頂きながら真剣真摯にお世話をするよ。
せっせとお水をやりながらお歌を聴かせてみたりもしようか。お花さんたちが健やかに、人々と寄り添い共に幸せであるように。アムボレラの色彩が星星の海を照らし、いつか大地に巡り合うように。そんな歌を口ずさもう。
【アドリブ大歓迎です!】
●Never forget you
巨大な花壇めいたプラントには、見渡す限りに花ばかり。その光景を目の当たりにしたバンリ・ガリャンテ(Remember Me・f10655)の唇は、心の底から湧き上がる感動を零す。
「何て生き生きと咲くんだろ」
プラントの花は容も彩も様々であるけれど、そのどれもが胸を張って咲き誇っているように見えた。
――まるでお艦の皆さんの熱意や真心を誇るよう。
此の艦を訪れたのは初めてだけれど、それでも。此処のひと達が愛情をこめて花を育てていることは、このプラントの彩を見るだけで十二分に理解することが出来た。
「花達が毎日を彩るから、暗い宙を何処までだって行けるんだね」
“さびしくない”と云うのは良いことだ。天涯孤独の少女はそう笑って、一度だけ大きく伸びをする。このプラントの太陽は作り物だけれど、沢山の彩に囲まれていると、なんだか日向ぼっこでもしているような気分になる。
年頃の少女らしく洒落た仕立てに身を包む事が多いバンリだが、花の世話を行う今日ばかりは其の装いも異なっている。彼女がいま纏っているのは、艦のクルーに借りた女性用の乗組員服。装飾は控えめであるが桜のようなピンク色が愛らしく、どこか軍服めいた仕立てに成っていた。
「花のお世話って、俺なんかでも務まる?」
プラントで花の健康状態を確認しているクルーへと、服の袖を捲り上げながら何となく問いかけてみる。すると、穏やかな頷きと優しい笑顔が返ってきた。
「元気に育って欲しいという気持ちが有れば、花は応えてくれますよ」
クルーから水撒き用のホースを受け取りながら、なんだか人間みたいだな、とバンリは胸中で感想を零す。花にも人間の心が分かるのなら、真摯に取り組まなければなるまい。ホースを握る指先にも、自然と熱が篭る。
「水って、勢いよくかけちゃ駄目だよな。お花さんたち、驚くだろうし」
「そうですね。水圧はほどほどに。でも、たっぷりあげて下さい」
わかった、と頷く少女はもう一度ホースを確認する。先端にはシャワーヘッドのようなものが着いていた。これで散水するのだろうか、ならば念入りに水やりしたほうが良さそうだ。
手順を頭の中で反芻したのち、バンリはゆっくりと蛇口をひねる。ホースから吹き出す水は恵みの雨となり、プラントに咲く花たちに潤いを与えて行く。
――雨の匂いがする。
立ち込めるのは濡れた土の馨。斧と魔法の世界で憩うことの多い少女にとって、それは馴染の在る香りだ。
こんな散水を雨と呼ぶなんて、本当は間違っているのかもしれないけれど。それでも、この世界の人々が喪って久しい、優しくて懐かしい恵みの馨が此処に在る。
ひとごとなのに、それが何だか嬉しくて。弾む心のまま唄でも歌いたい気分に成った。バンリはすぅと息を吸い込み、可憐な旋律と共に息を吐く。
♪ 嬉しい時も 悲しい時も ぼくの傍には いつも君がいて ♪
――お花さんたちが健やかに、人々と寄り添い共に幸せであるように。
♪ ぼくらふたり 星をこえて 海をこえて どこまで行こうか ♪
――アムボレラの色彩が星星の海を照らし、いつか大地に巡り合うように。
細やかな慈雨が降り注ぐなか、少女の歌声は優しい願いを乗せて、プラント中に流れて行く。彼女の想いに応えるように、パステルカラーに色づいた花々が、空調のそよ風に揺られ優しく笑った。
いつか大地に根を張る時、そよ風に吹かれる度にきっと、彼等はバンリの歌声を思い出すだろう。それは、いつの日か必ず訪れる、いまは泡沫の物語。
大成功
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的形・りょう
「これが宇宙船かあ〜。へえ〜」
宇宙に来たのは初めてです。出動前はえもいわれぬ不安がありましたが、いざ来てしまうと呆気ないですね。仕事中ですが、手持ち無沙汰だしちょっと歩き回ってみますか。ちょっとだけ。
地面のない世界でも、草花を愛でるという文化が残っていることに感心します。ここの世界の人達が、私の出身世界にある、いちめんの田畑を見たら何を思うでしょうか。
そうだ。出身世界では私は、農園を運営する旅団に所属しているのですが、そこの人達のために、地球でも栽培できそうな植物の種を持ち帰れないでしょうか。今まさに目の前の子供が抱いている、贈り物として選ばれた花たちのように、きっと喜ばれるはずですから。
●旅する種
転送された世界には、想像以上に「普通」の光景が広がっていた。巨大な花壇めいたプラントは、確かに見応えのあるものだ。しかし其れを覆う壁や天井は、それなりに文明の発達した世界において、“ドーム”と呼ばれるようなイベント施設に近い。
これはUDCアースの大都市にある屋内型のプラント施設――なんて云われてしまえば、あっさり信じて仕舞いそうなほどに、この艦の有様は未来感に欠けている。
「これが宇宙船かあ〜。へえ〜」
的形・りょう(感情に呑まれる人狼少女・f23502)は、プラントの周辺をぶらりと歩きながら、感嘆とも納得ともつかないような緩い感想を零す。
彼女がこの世界――スペースシップワールドを訪れるのは初めてだ。彼女が生きている世界において、宇宙というものは馴染みの薄い存在である。
果たして宇宙でちゃんと息が出来るのか。そもそも防護服も無しに宇宙に行って大丈夫なのか……なんて。諸々の不安は尽きなかったが、いざ到着して仕舞うと呆気ないものだ。今はこうして、時間を潰す為に歩き回る余裕すら生まれている。
「普通の建物に見えるけど、宇宙なんだよな」
ふと立ち止まり壁に付けられた窓を覗けば、りょうの視界に無限の闇が広がる。まるで夜空が地上へと降りて来たよう。仄かに煌く無数の光は、この宇宙を照らす小惑星たちだ。この光景を見ると、確かに自分はいま宇宙に居るのだと再確認できた。
「しかし……地面のない世界でも、草花を愛でる文化は残っているのか」
人狼少女の視線は再び、鮮やかに咲き誇る花々へと向かう。デイジーやポピーといった、素朴な花が揺れる風景はどこか牧歌的に見えて、少女に思わず郷愁の念を思い起こさせる。
――ここの人達が、田舎に広がるいちめんの田畑を見たら何を思うのだろう。
ここのプラントは花壇のように区切られているが、本物の自然には涯が無いのだ。けれど、この世界の人々がその事を実感することは無い。
ここまで生花を育てた艦の人々に感心の念を抱く一方で、もう天然の自然に触れる事など出来ない人々に思いを馳せれば、りょうの胸がちくりと痛んだ。
沈みかけた思考を振り払うように首を振る彼女の傍らを、花束を抱えた小さな女の子が通り過ぎて行く。腕に抱くカーネーションは母親にでもあげるのだろうか。楽しそうに笑顔を咲かせた彼女を観れば、りょうの脳裏にある想いが過った。
「ああ、そうだ。お土産……」
りょうはUDCアースでとある農園に所属している。そこの人達のために、地球でも栽培できそうな植物の種を持ち帰ったら、きっと喜ばれるのではないか。
宇宙船の中と地球の農園では生育環境は異なるし、品種改良を重ねた花々が地球の自然を乗り越えられるかは分らない。けれど、宇宙に咲く花というのは矢張り珍しいものだ。
もしそれが地球に根を張って綺麗な花を咲かせたら、農園の人たちの笑顔も咲くことだろう。比較的育てやすいパンジーなら、上手く育ってくれるかもしれない。
そうと決まればあとは行動あるのみ。りょうの脚は明確な目的を持って、花売り場へと向かう。その胸に、周囲のひとたちの笑顔を思い描きながら――。
大成功
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レッグ・ワート
そんじゃ俺は手伝うか。ついでに普段花卸してる船の名前も聞いとこう。ほら、行く予定の奴いたらお勧め吹き込めるから。
大型機は入り難い場所での(怪)力仕事や作業機の運転はいけると思うし、フィルムで加減調整すれば多少細かい作業も問題無い。クルーにきいて、気になってはいたけど何となく後回しにしてた仕事があったらフォロー行くわ。……出入り少ないトコに物騒仕掛けられてても嫌だし。とまれドローン浮かせて周りの情報収集しつつ、この船オリジナルの品種や設備、その中の気に入りの話でも聞きながら作業してくぜ。当人達には言わないが、生体が関心事を話す時のバイタル値いいよな。たまにそのまま閃いて暫く戻ってこないの込みで。
●Sound collector
交易艦に硬質な足音が木霊する。音の主はモスグリーンの彩を纏う機体、ウォーマシンのレッグ・ワート(脚・f02517)だ。折れてしまいそうな程に細い、背骨にも似た胴体で上半身を支える彼は、碧く光るセンサーアイでプラントに広がる花々を見廻した。
機械仕掛けの眸は彼にとってのモニターである。其処に映った視覚情報は彼のブレインへと、花の種類や健康状態、そして花を構成する組成物の情報などを伝えてくれる。
一通りプラントの状態をスキャンしたレッグは、この現場は現在人手不足であると判断を下した。
「そんじゃ、手伝うか」
何処か軽い響きを伴うぼやきを零して、彼は手近な場所に居たクルーに声を掛ける。ウォーマシンたるレッグの造詣は、人とは些か異なるものである。しかし、だからこそ担える仕事も有る筈だ。
レッグの見立て通り人手は何時でも不足して居るようで、クルーは手伝いの申し出に大層喜んだ。そうして彼へと斡旋された仕事は、研究用のプラントの整備である。
なんでも、この艦は「四季」のプラントだけにとどまらず、「梅雨」のプラントの運営も考えているのだとか。そこでレッグには、作業機を運転して新たなプラントの土を耕して欲しいとのこと。
人間の底知れぬ探究心に面白さを感じながら、ウォーマシンの男は快く頷きを返す。トラクターのような機械に乗り込みながら、序とばかりにこの艦の得意先なども聴いてみた。
「ほら、行く予定の奴いたらお勧め吹き込めるから」
「有難うございます。そうですね……リゾート艦が主でしょうか」
この世界におけるリゾート艦は、少しだけ特別だ。喪われた筈のビーチリゾートを再現したりと、どこか閉塞感のある宇宙船での生活を忘れさせてくれる、そんな嗜好の艦が珍しくないのである。
そんなリゾート艦が、本来なら宇宙に咲くはずの無い花を欲しがるのは無理のない話だ。幾つか聴いた艦の名前を確りメモリに記憶したレッグは、トラクターの電源を入れエンジンを掛ける。長閑な空気を切り裂く、激しいエンジン音が聞こえた。
軽やかな稼働音と共に土を耕す其れに揺られつつ、彼は頭上に浮かせたドローンたちへと情報収集の指示を出す。自身が他に手を貸すべき仕事がないか調べるために。そして、目立たない箇所のセキュリティチェックも行うために。
「――精査といくか」
ドローンは従順にプラントの周辺を飛び回り、花咲く船の彩を楽しむ人たちや、この艦で日常を送る人々の聲を集めていく。
『ねえ、この宝石みたいな薔薇。アムボレラのオリジナルなんだって』
『うっそ。じゃあ、買っとかないと!』
『春ブロックの空調、少し効きが悪くないか』
『あそこは花粉が凄いからなあ。メンテついでに掃除してみるか』
『秋のブロックって過ごしやすいよねー』
『わかる。ベンチとか欲しいよね。あそこでランチ食べたい』
ドローンが伝えてくるのは、珍しい花やお気に入りの場所、或いは施設の状態についてなど。ほんとうに何気ない人々の聲ばかり。しかし、レッグにとって其れは作業用のBGMに丁度良い、上質なラジオ番組のようなものであった。
トラクターを操縦しながら、聲に耳を傾けるウォーマシンの青年は、脳裏に流れ込む話者たちの生体情報を検めながら、誰にともなくぼやいてみせる。
「……生体が関心事を話す時のバイタル値、いいよな」
興味を惹かれたら其のまま暫く戻ってこない個体もいるが、それ込みで彼等――ひとが持つ好奇心と云うものは好もしい。
花咲く船が目的地に辿り着くまで、あともう少し。それまでは、ドローンが運ぶ聲に耳を傾けることにする。
――情報を再現できる機械仕掛けの青年にとっては、彼等の聲もまた彩に溢れた花のようなものなのだ。
大成功
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第2章 集団戦
『宇宙探査機群』
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POW : 探索ノ妨害ヲ感知、障壁ヲ展開スル
非戦闘行為に没頭している間、自身の【全身を障壁で覆い、超光速通信アンテナ】が【データ送信を続ける。障壁が破壊されるまで】、外部からの攻撃を遮断し、生命維持も不要になる。
SPD : 探索ノ障害ニ遭遇、対象ヲ排除スル
【超光速通信アンテナで敵データを送信して】から【対抗策を受信。それに基づいてレーザー光線】を放ち、【素早く的確に弱点を狙うこと】により対象の動きを一時的に封じる。
WIZ : 探索ノ続行ハ困難、宙域ヲ離脱スル
【ピンチだと判断すると、収集したデータ】と共に、同じ世界にいる任意の味方の元に出現(テレポート)する。
👑7
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●探査するモノたち
軈て花咲く船が辿り着いたのは、宇宙の塵捨て場とでも表現できそうな領域だった。漂流している大きな瓦礫は、朽ちたスペースシップの破片だろうか。艦の前をふよふよと通り過ぎて行く鉄の欠片たちは、きっと人工衛星の残骸だ。
此処は宇宙で、見える景色は今まで辿って来た航路と変り映えしないのに。この領域に立ち込めるのは死の気配。――まるで丑三つ時に墓場に居るような、そんな厭な雰囲気だ。
交易艦『アムボレラ』は、オブリビオンと渡り合えるだけの軍事力を持っていない。安全ラインたる此処に留まり、花と共に猟兵達の帰還をただ待つだけだ。ゆえに、此処から先は猟兵達のみで進まなければならない。
乗組員たちから盛大に見送られながら、宇宙の花畑に暫しの別れを告げ。猟兵達は無数の漂着物が漂う星海を泳ぎ往く。予知された探査機も、残党兵の隠れ家も、きっと此の先に在るはずだ。
――さいわいなことに、その旅路は意外なほど短いものであった。この屑鉄の漂着場に不似合な煌きが、猟兵達の目に留まらぬ訳が無かったのだから。
機体をよく磨かれた白い探査機が、其の身に取り付けたアンテナをぐるぐると動かしながら、宇宙の鉄屑たちの間を縫うように周囲を巡回していたのである。感情の一切篭らない機械音声が聴こえて、猟兵達は耳を澄ます。
『定時連絡、マスターニ探査結果ヲ報告スル』
『コチラハ異常ナシ。然シ、スペースデブリ多シ』
『精度二懸念アリ。更ナル調査続行ヲ推奨スル』
どうやら敵は味方と通信中らしい。恐らくは件の帝国残党兵だろう。通信の内容から、彼等はまだ猟兵達には気づいていないようだった。ふと、探査機たちとは異なる音階の聲が聴こえる。
『――引き続き探査に励め』
冷たく低い聲は其れだけ言い放ち、ぶつりと切れて仕舞ったようだ。無人探査機たちは相変わらずアンテナをぐるぐる回しながら、その場をうろうろと巡るのみ。
『了解シタ』
『探査ヲ続行スル』
『次ノ定時報告マデ、各自“探査二励メ”』
無機質な返答をする探査機たちのアンテナが、ふと動きを止める。それらは何故だか一斉に、猟兵達の方を向いた。当然、本体である探査機たちも一緒に――。
『適性反応ヲ確認。目標、イェーガー』
『脅威率100%、速ヤカ二排除セヨ』
清川・シャル
f04633 あーちゃんと同行
さて、戦闘ですね。
先にあーちゃんのUCに合わせましょう!
瞬く星々の中、お花を給仕されるなんて!すっごい贅沢……しかも戦闘中って非日常だし、刺激が凄い!
なのに和やか!
うっとりしてしまいますね。
さて、準備が出来たらシャルもスタンバイですよ
UC発動
Amanecer(一斉発射、衝撃波、串刺し)の熱光線と、ぐーちゃん零(制圧射撃、範囲攻撃、吹き飛ばし)での射撃で全弾ランダム発射
念動力で的確に当てます
同じ箇所に当てていって、破壊を狙いましょう
あーちゃんがいつもサポートして守ってくれるのは分かってるけど、
万が一には氷の盾で防御しましょう
守り守られ、素敵じゃない
だって友達だもん
アオイ・フジミヤ
シャル(f01440)と
生物が生きることのできないこの空間が
こんなにも美しいなんて皮肉だと思う
けれど、猟兵になってよかったなぁ、なんて
心のどこかで思ってしまった
非日常の空間で、非日常の色を見て
でも日常の友達と共に戦えるのだから
うん、美しい星海を泳ぐ貴重な経験に浸ってる場合じゃないわね
じゃあ雪を降らせましょうか
UCで花を給仕しましょう
雪柳、スノードロップなどの”雪”を彷彿とさせる白い花々を中心に
この美しい空間で、雪はきっと映えるでしょう
シャルが美しく戦えるように
降頻る花の雪で彼女を無粋なレーザー光線から守れるように
いくらデータ収取しても
心を通じ合って取る行動など予測できないでしょう?
●花雪と雨弾
この世界は、まるで星空だ。昏い闇の帳で無数の恒星が、きらきらと淡い煌きを放っている。この星海では鉄の破片とも擦違うことも有るけれど、それ以上に星やその欠片と擦れ違う頻度の方が高かった。
――生物が生きることのできないこの空間が、こんなにも美しいなんて。
深海といい宇宙といい、ひとの目の届かぬ世界はどうしてこうも美しいのだろうか。世の摂理に皮肉を感じて、アオイ・フジミヤは長い睫毛を伏せる。
――けれど、猟兵になってよかった。
同時に彼女の心に湧き上がるのは、星海を泳ぐという貴重な経験への喜びと高揚。自分はいま宇宙と云う非日常の空間で、煌く星々が放つ非日常の色を見ている。けれど、日常の友達がその感動の傍らに居て、これから一緒に戦ってくれる。――その嬉しさに、アオイの心はふわりと浮いて弾む。
「探査機、結構いますね。どうしましょう、あーちゃん」
蒼い乙女の思考を戦場へと手繰り寄せるのは、敵の規模を数えていた可憐な友人――清川・シャルの聲。星屑にも負けぬ程の煌きを秘めた彼女眸と視線を合わせれば、自身が戦場をどう彩るべきか自然に答えが見えてくる。
「じゃあ、雪を降らせましょうか」
人差し指で己の唇を封じ、言の葉を軽やかに響かせて。蒼い乙女は季節も気象も無い此の世界に冬を喚ぶ。
「わあ……!」
光の射さない暗闇の世界に、ぽつり、ぽつりと舞う白雪。星海においても匂やかな其れは、氷の結晶にあらず。
パウダースノウを思わせるような雪柳に、綿雪を想わせる如き愛らしさのスノードロップ。――いわゆる“雪”を彷彿とさせる花々が、煌く星を背にふわりと舞い降りているのだ。
「この美しい空間で、雪は映えるでしょう」
――'Ukuli'i ka pua,onaona i ka mu'u.
それは、小さなおまじない。花と人を結ぶ為の、不思議な祈りの力。降り注ぐ花々は小さいけれど、この昏い世界へ確かに芳しい花の馨を届けている。
アオイが給仕する雪は、可愛い友人の眼も十二分に楽しませてくれたようだ。シャルは白い頬を染めて、燥ぐように鈴音の聲を弾ませる。
「瞬く星々の中、お花を給仕されるなんて! すっごい贅沢……」
雪華を映すシャルの蒼い眸は、オリオン座も斯くやと云った輝きを放っている。少女は年相応の無邪気さで、この光景に凄い凄いと繰り返していた。
「戦闘中って非日常だし、刺激が凄い! なのに和やか!」
浮き立つこころのままに燥いで、降り注ぐ白い彩をうっとりと見上げる少女は、誰が見ても十分に楽しんでいると云えるだろう。アオイはそんな友人の姿を見て、微笑ましげに笑う―――と同時に、人知れず安堵の吐息を零した。
何と云ったって、蒼い乙女が用いた此の“おまじない”は、給仕する花を楽しまぬ無粋者の動きを鈍化する“術”でもあるのだから。
アオイがちらりと敵の様子を流し目で窺えば、探査機たちは宇宙に花が降るという現象に混乱を極めているようだった。
『不純物ヲ観測、サーチスル』
『C2H4、C15H20O4、C19H22O6……』
『解析エラー、再解析ヲ要請スル』
鈍化の術の所為で解析や通信に手間取っているのだろうか。或いは花という概念を知らぬ個体なのかも知れぬ。どちらにせよ、こころの無い彼等は花を元素記号や物質でしか捉えられないのだ。
いっそ滑稽にも見える機械達の恐慌を少しだけ哀れに思いながら、蒼い乙女は羅刹の少女の背中をそっと押す。――勝負を付けるなら、今のうちが良いだろう。
「さあ、シャル」
「うん! ありがとう!」
力強く頷いたシャルは、のろのろと解析を続ける探査機たちの前へと躍り出る。彼女の背には召喚した桜色のスピーカーやアンプが並び、その細い腕には鮮やかなピンクのアサルトライフル『ぐーちゃん零』が握られている。
その幼さが残る体躯には似合わぬフル装備。されど、それでこそ彼女の技は、最大限の威力を発揮することが出来るのだ。精神を研ぎ澄ますように息を吸い込んで、軈て大きく息を吐きだす。鈴のような聲と共に――。
「戦場に響きし我が声を聴け!」
白花の雪が降る星海に似つかわしくない、鈍い射撃音がとめどなく響き渡る。桜を模ったスピーカーと円形のアンプ達からは、桜色の熱戦が放たれて。障壁を展開する前の探査機を、ひとつふたつと、次々に撃ち落としていく。
彼女の細腕から放たれる30発の弾丸は、凡そ尽きる事の無いような勢いで休む間もなく飛んで行った。狙いは運よく障壁を貼る事が出来た探査機たちだ。念動力で軌道を調整しながら、繊細かつ大胆な銃撃で、少女は障壁へと大きな穴を空けて行った。
壁さえ崩してしまえば、勝機はもはや此方のものだ。形を為さない障壁の隙間から探査機へと、容赦のない熱線が飛び、白い機体は無残にも焼け落ちて行く。
――全弾発射によって行われる苛烈な攻撃は、さながら宇宙に降る強雨のようだった。されど、同じく降り注ぐ白雪花とて、ちゃんと己の役目を果たしている。
碧い眸で戦場を見渡すアオイが捉えたのは、いまシャルを狙わんとしているレーザー光線。乙女は友人のために祈り、すると戦場に舞う白雪の量がさらに増えて行く。
可憐な少女をうつくしく彩る為に降頻っていた花はいま、目晦ましとして視界を埋め尽くすほどに降り注いでいた。
視界を奪われた探査機は、センサーを駆使してターゲットの位置を再確認するが、シャルの激しい攻撃はそんな猶予など与えない。花嵐の隙間から標的へと照準を合わせれば、少女は迷いなくライフルの引鉄を引いた。
すると激しい連射音と共に探査機のボディに無数の穴が開き、デブリと化した其れは星海へ流れて行く。
「いくらデータを収取しても、心を通じ合って取る行動など予測できないでしょう?」
彼女たちに有って、探査機たちにないもの、――それは“絆”である。探査機たちはデータ収集に長けているが、連携しようにも通じ合う心が無い。ゆえに、それぞれが最適な行動を取るのみ。すなわち、個人プレーが多くなりがちなのだ。
けれど、シャルとアオイは、其々をフォローしながら戦場に在る。互いの心が分かっているからこそ、相手が求める動きで立ち回る事が出来るのだ。その事は当然、戦場において有利になる。
だからアオイは、眼前に光線が迫っていても動じない。愛らしくも頼もしい、友人ならばきっと――。
「守り守られ、素敵じゃない」
少女の可憐な聲が銃声に紛れ、ふたりの絆を証明するかのように凛と響く。間一髪のところで蒼い乙女の前に展開されるのは、透き通るように美しい氷の盾。それは不粋なレーザー光線を、敵の方へ軽々と跳ね返した。
「だって私達、友達だもん」
いつもサポートしてくれる友人を、自分も護って見せるのだと言外に告げて。シャルはそっと友人に目配せひとつ。それを受けたアオイも、花咲くような笑みを返す。
気心の知れた友人同士、言葉など無くても眸だけで通じ合える。互いの想いを確認したふたりは、花と弾丸を星海に降らせ続けた。
――強雨も白雪も、未だ暫くは止みそうに無い。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
シン・ドレッドノート
◎☆
【SPD】
貴紅に騎乗、デブリの影に隠れながら敵探査機の様子を確認。
怪盗の単眼鏡の望遠機能で目標の構造を把握します。
「ターゲット、確認。…行きますか!」
デブリから一気に飛び出して、紅い軌跡が残るランダム回避運動で探査機に接近します。
「マルチロック、目標を制圧する!」
【乱舞する弾丸の嵐】で真紅銃、精霊石の銃、4対のライフルビットを複製。
一斉発射でフェイントの弾幕を張って敵のセンサーを妨害している隙に、
手に持った精霊石の銃で、敵のアンテナを一つずつ各個に狙撃します。
狙撃の間も貴紅の自動操縦で高速移動しつつ、避けきれない攻撃は魔盾のビーム障壁で逸らし、カウンターでレーザー砲口に弾丸を撃ち込みます。
ジュリオ・マルガリテス
◎#☆
おや!
さっきの可憐な花々と打って変わって
苦しそうな方達よ、御機嫌よう!
参ったね、私は強くないのだけれど
すっかり敵意を向けられているじゃないか
まだ壊れるには惜しいからね
せめて仲間の一助と成るように努めようか
錬成カミヤドリで大量のモノクルを召喚してぶつけよう
長いチェーンをまとわりつかせて、
少しは邪魔出来ると良いけれど
さあ、私の分身は痛いかい?
年代物だからね、硝子の破片が飛び散るのもご愛嬌さ
ーー君たちも可哀想に
主人に恵まれなかったのだね
憐れみは失礼にあたるのかな
いいや、それすらも感じないだろうか
運命の歯車は回ってしまった
大切なものを害なす者には抗おう
それが私のーー元主のやり方だ
覚悟はいいかね?
メンカル・プルモーサ
◎☆
…ふむ、これが帝国エージェントへデータ送ってるオブリビオンか…
んー…障壁を張ったとしてもデータの送受信をしているということは…データは素通りということ…
それならば、受信するデータに【開けてはならぬ玩具箱】によりウィルスを封じた圧縮データ(玩具箱)を仕込んで…そこを足掛かりにハッキングを仕掛けようか……
…そして『間違った』情報をエージェントに向けて発信するように仕向けよう…
……まあ、エージェントなら気が付きそうだけどそこは電子戦での宣戦布告ということで…
……取りあえずハッキングにより障壁やテレポートに機能不全にさせて…あとは仲間に任せてボスへの情報送信をかき乱すことに集中しよう…
●それぞれの戦い
宙に漂う無数のデブリは、この場を陰気たらしめているが、壁や目晦ましとするには絶好の大きさだ。
愛機たる純白のスペースバイク『貴紅』に騎乗したシン・ドレッドノートは、大きな瓦礫に身を潜めていた。この壁のようなデブリは恐らく、朽ちた艦の残骸だろう。
これが普通の海ならば、沈没船でも連想して怪盗たる麗人の興味も一所に燃え上がるだろうけれど。生憎ここは星の海であり、戦場である。シンの興味は一見すると何の変哲もない、無人探査機たちへと向いていた。
「……随分と大きいですね」
怪盗の必需品たる片眼鏡越しに、彼の右目は敵機の構造を正確に読み取って行く。かつては宇宙の人々の為に働いていた探査機だ。新規惑星の開拓などで、活躍を期待されていたのだろう。
彼等が抱くアンテナは高速通信可能な代物だ。翼のように生えた四角いパーツは、太陽光を吸収する為のパネル。――彼等はどうやら、太陽光エネルギーで動いていたらしい。一方で胴体じみたパーツには、レーザーの発射口であるとか、惑星の構成元素をスキャンする為のレーダーなどが備え付けているようだった。
「注意すべきはアンテナと胴体でしょうか」
的確に分析を終えたシンは、紅の眸で周囲を見回す。歴戦の猟兵たる彼ならば、無人探査機に遅れを取る事も有るまい。しかし、何と云っても数が多いのだ。この先に待ち構える残党の事を想えば、単騎で突入して消耗することは避けたいところだが――。
果たして、差し伸べる手はすぐ近くに在った。彼が潜むデブリの傍らに、もうひとつの壁と成るデブリがふよふよと漂ってきたのだ。其処で相席するかのように潜んでいるのは、モノクルの貴公子たるジュリオ・マルガリテスと、灰魔女たる少女――メンカル・プルモーサである。
「……おや、マドモアゼル。喜んでおくれ、頼もしいムッシューがいるよ」
「ん……。ふたり居れば安心して、前線任せられる……」
煌く見目の青年は戦場においても鷹揚に言葉を紡ぎ、大人しげな少女は冷静に戦況を判断してみせる。シンにとっても、彼等の登場は心強いものであった。怪盗たる麗人は現れた2人へと快く双眸を緩めてみせた。
「宜しくお願いします。私は前に出ようと思うのですが」
「じゃあ、私もお供しよう。搦め手なら少しは使えるよ」
愛用のバイクがあるシンは機動力に長けているので、前線に出て敵を撃ち落とす役割を。自身の本体を複製できるジュリオは搦め手に長けているので、敵の動きを止める役割を、それぞれ担うことにした。
「攻撃は任せていい……? 私はボスへの情報送信をかき乱すことに集中したい……」
「それは重要ですね。前線は任せてください」
「ああ。マドモアゼルに火の粉が飛ばぬよう、尽力するとも」
快諾する青年2人に礼を告げれば、メンカルは腕に取り付けた小型のコンピュータ『マルチヴァク』を起動する。このハッキングツールで、上手いこと敵を混乱させられたら、後の戦いでもきっと有利に成るはずだ。――ゆえに、少女のフォローも本作戦においては重要と成る。
「ターゲット、確認。……行きますか!」
「ああ、君達の一助と成るよう努めよう」
紳士ふたりは自分たちが課せられた任務の大きさを確かめるように頷き合い、デブリの影から星の大海原へと躍り出た。
其の場の誰よりも疾く動いたのは矢張り、バイクで宙を駆けるシンだ。軌道を読ませぬランダムな動きで、あっという間に探査機に接近すれば、挨拶代りに純白の銃から粒子のビームを撃ち放つ。
咄嗟の事に反撃も叶わず焼け落ちた探査機と距離を取るように、一旦バイクは大きく旋回した。高貴なる紅が通り過ぎた後、其処には鮮やかな紅が残像の絲を引いている。――眼にもとまらぬ速さとは、まさにこのこと。
『奇襲、奇襲。データヲ解析セヨ』
『レーザー光線、発射用意』
しかし、敵も黙って見ているだけでは無い。白く輝く機体に備え付けられたレーダーで、戦場を高貴にかける麗人を捉え、シンと彼が乗るバイクのデータを解析しようとする。
そんな探査機の企みを邪魔する為に、スポットライトの射さぬ世界で、朗々と聲を響かせる貴公子がいた。
「可憐な花々と打って変わって、苦しそうな方達よ――御機嫌よう!」
怪盗紳士の鮮やかな立ち回りに水を差そうとする無粋者へ、ジュリオは大仰に腰を追って見せる。まるで観客へと熱の篭った視線を乞うように、優雅かつ確りと。
『新タナ標的ヲ確認』
『データヲ解析スル』
――参ったね、私は強くないのだけれど。
戦場という大舞台に立って仕舞った以上、声を張り上げずには居られないのがスタァの性だ。それゆえに、すっかり敵として認識されてしまっている。
「まだ壊れるには惜しいからね、同朋の為にも抵抗させて貰うよ」
だって彼の背には、残党兵に情報戦を仕掛けんとする少女が居るのだ。“マドモワゼル”を守れずに朽ちて仕舞うなど、スタァの名どころかきっと、――男が廃る。
「運命の歯車は回ってしまった。大切なものを害なす者には抗おう」
それが彼の、そして彼の元主のやり方だから――。翠の眸を瞼に隠したジュリオが、その神経を集中させれば、虚空より出ずるは28個のモノクル。片眼鏡のヤドリガミたる彼は、自身の本体を瞬時に複製してみせたのだ。
まるでコンダクタァのように気取った調子で腕を上げ、通信を始める探査機たちを指し示せば、従順な彼の分身たちは自ら無骨な機械へとぶつかりに行く。
『損傷ハ軽微、戦闘ヲ続行スル』
『然シ、身動キ、困難……!』
モノクルの特攻は彼等のボディに浅い傷しかつけられないが、ジュリオの狙いは別の所にあった。モノクルに連なる長いチェーンを幾つも彼等に纏わりつかせて、其の身を封じる戒めとしたのだ。
「私の分身は痛いかい?」
何処までも穏やかに笑みながら、青年はチェーンの縛めを振り解こうと暴れる探査機たちを、自らの分身たちの手でギリギリと締め付ける。その衝撃で幾つかのレンズは割れ、硝子の欠片が星海にきらきらと飛び散った。
「さあ、ムッシュー」
貴公子が呼ぶのは紅の影――ノーブル・スカーレットと駆けるシンである。長い金の髪を揺らし、大きな軌道を描いて旋回してきた麗人は、自身が其の身に纏う銃器を両腕から溢れるほどに喚ぶ。
「感謝します、ジュリオさん。貴方が繋いでくれた一手、必ず活かしましょう」
先ほどビーム粒子を放った『真紅銃』、金の縁取りが麗しい純白の長銃『精霊石の銃』、そして蒼い宝玉が嵌った4対のライフルビット――。それらがいま62個ずつ生成されて、身動きの取れない探査機へと総ての銃口を向けていた。
『脅威反応アリ』
『対象ノユーベルコードヲ、スキャンセヨ』
身動き取れないながらも、探査の役目を果たそうとする機械たち。しかし、麗人はそんな事など気にも留めず、ただ高らかに吠える。
「マルチロック、目標を制圧する!」
念力により一斉射撃の要領で弾かれた、数多の銃器のトリガー。それは弾丸の嵐を招き、凄まじい音と共に苛烈な乱舞を披露した。夥しい数の弾丸が探査機の白いボディに風穴を空け、彼等をスペースデブリへと変えて行く。
軈て戦場に静寂が戻れば、其処には視界を埋め尽くすほどの硝煙と、運良く生き残った僅かな敵機体が残るのみ。――されど、生き残った筈の探査機たちにも、明らかな混乱が生じていた。
『解析ニ失敗』
『エラー、エラー』
宙に舞い散る硝煙は探査機のセンサーを妨害し、ユーベルコードの解析に深刻なエラーを引き起こしていく。これで暫くは時間を稼げるだろう。
「だまし討ちのようで心苦しいが……。退場して貰いますよ」
シンは其の腕に抱く精霊銃で敵のアンテナを狙い、極めて正確に撃ち抜いた。鈍い発 砲音と、固いモノが割れたような音が戦場に響き渡る――。
「……ふむ。あれが帝国エージェントへ、データを送ってるオブリビオンか」
瓦礫の影から貌を覗かせてセンサ付の眼鏡越しに、仲間達の雄姿と敵の行動を観察していたメンカルは、未だ混乱を続けている探査機たちへと狙いを付けた。
今は未だシンの弾幕が機能しているけれど、硝煙が晴れてしまえば最後。此方の情報が完全に筒抜けに成ってしまう。ゆえに、この火薬のにおいと煙が晴れるまでの間に、彼女は電脳勝負を制さねばならない。
「障壁内でもデータの送受信が可能ということは……データは素通りということ……」
――それならば、受信するデータに細工をしてやれば良い。少女はハッキングツールであるマルチヴァクに保存された圧縮データへ、ユーベルコードを注ぎ込み始めた。
「戯れの箱よ、誘え、導け、汝は悪戯、汝は欺瞞。魔女が望むは開けて魂消る玉手箱」
ウィルスを秘めた其のデータは、開けてはならぬ玩具箱。髑髏マークが飾られた其れは、明らかに怪しげな代物であるが、だからこそ開けてしまいたくなる。――すなわち“トロイの木馬”である。送り先は勿論、硝煙の中で懸命に通信を行っている探査機たちだ。
混乱している今こそがチャンス。前線で派手に立ち回ってくれているふたりの為にも、失敗する訳には行かない、と。少しの緊張感を抱きながら、メンカルはデータの送信ボタンを押す。
『データヲ受信、ウイルスノ可能性アリ』
『警告、開ケルナ、危険。警告スル――』
『ウイルス、……パンドラノ箱、開封』
耳を澄ませば聞こえてくる、無機質な電子音の葛藤たち。呆気なく崩れ去った守りに満足気に頷いた少女は、電子戦の第一部を無事に制することが出来たようだった。
「……まあ、エージェントなら気が付きそうだけど」
そこは、電子戦での宣戦布告ということにしておく。自身が使役する探査機たちが敵の手に落ちたと知れば、未だ姿を見せぬ残党兵も、きっと悔しがることだろう。少しばかり晴れやかな想いを抱き、メンカルは紳士ふたりの雄姿の観察へと戻るのだった。
「マドモアゼルは上手くやったようだね」
「ええ、あとは我々の手で片付けましょう」
彼等の眼前の探査機たちは、メンカルのお蔭で現在『間違った』情報を残党兵に向けて発信し続けている。これでふたりの戦術が、敵の棟梁に届けられることは避けられた。情報戦に長けた相手は当然、不審に思って逆に通信をしてくるのだが――。
『――応答しろ、探査機ども。状況はどうなっている』
『戦況、異常ナシ。データハ既ニ解析済ミ』
『対抗策ノ送信ヲ要求スル、マスター』
『そんなもの、貴様らには不要だ。せいぜい時間を稼ぐといい』
冷たく言い棄てる聲と共に、ぶつりと通信は途絶えてしまった。哀れな探査機たちは、今の主に見捨てられてしまったらしい。対抗策を得られなかった彼等は、闇雲にレーザー光線を放ち始める。ハッキングにより、自分たちの有利不利すら正しく理解できなくなった探査機たちには、他の味方の元へワープするという選択肢など無かったようだ。
統計に基づかぬ完全にランダムな攻撃と云うのは避け難いものだ。身を焦すように熱いレーザー光線は、バイクで高速移動していたシンの傍らを通り抜け、ジュリオの片腕を強かに撃ちぬいた。
されど彼の端正な貌は痛みに歪むより、気の毒さに萎れていた。腕に咲いた赤い花を撫ぜながら、彼等を憐れむようにゆるりと言葉を紡いでいく。
「君たちも可哀想に。主人に恵まれなかったのだね」
貴き紅の軌跡を描く麗人の動きを横目に捉えながら、貴公子は自身の分身たるモノクルたちを再び喚ぶ。念動力で勢いよく探査機にぶつければ、長いチェーンを引っ掻けてぐるぐると巻き付ける。
――憐れみは失礼かな。……いいや、それすらも感じないだろうか。
闇雲に暴れるだけの彼等に、心や感情が在るとは思えない。同情を振り払うように首を振ったジュリオは、華麗に宙を駆ける麗人へと目配せをひとつ呉れた。
「長らくの探査、お疲れ様でした。そろそろ休むと良いでしょう」
自動操縦させたバイクで目標と一気に距離を詰めたシンは、探査機のレーザー砲口へと長銃の銃口を射し込みながら、穏やかな台詞をそっと囁く。
其の白い指先が引鉄を引けば、銃弾は探査機のボディを食い破り、やがて派手な花火を宇宙に幾つも咲かせるのだった――。
成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴
ミハエラ・ジェシンスカ
◎☆
私に花を愛でる機能はなくてな
悪いが戦闘まで待たせて貰ったぞ
まずはフォースレーダーによる【情報収集】
敵の配置及び通信帯域を探り出した後に【通信妨害】使用
【情報収集】を同レベルの【ジャミング】へと転化し、データ送信を防ぐ
さぁ、どうする?
そのまま穴熊を決め込んだところで貴様らが果たすべき使命は果たせんぞ
大人しく障壁を解除して戦闘行為に移ったなら良し
【念動加速】ないしは【念動力】で飛行しつつ応戦
ドローンで遠間から牽制しつつ敵の攻撃を【見切り】
その隙を掻い潜って【カウンター】で斬り付ける
オブリビオンになってなお使命に殉ずる姿を
同じマシンとして見事と言うべきか哀れと嗤うべきか
いずれにせよそれも終わりだ
御形・菘
データ送信を続ける、任務を全うするその執念は高く評価できるが、妾に対しては悪手極まりないぞ!
全力速攻で落とすとしよう!
右手を上げ、指を鳴らし、さあ降り注げ流星よ!
はーっはっはっは! この技は宇宙空間でこそ真に映える!
360度全周からの殺到だ、嬉しかろう!
アンテナだとか正確に狙いをつける必要もない! 外れたとしても他の奴に当たるであろう
攻撃力を上げて、全力でブチ込み続けてくれよう!
一応、共に戦っておる皆の衆には当てんように調整はするがな
そして、フリーの妾が妾が見守るだけのはずがなかろう?
あくまで星の役目は障壁破り! トドメを差すのは直接、妾の拳に決まっておる!
さあ左腕にボコられ砕け散るがよい!
●stop the show
星海を巡る探査機たちはインプットされた任務を果たすため、聴く人も居ないというのに、ただひたすらに機械の音声を響かせ続けていた。
『コチラ猟兵ヲ発見』
『探査妨害ノ恐レアリ、障壁ヲ展開』
『コレヨリ敵データヲ解析スル』
そんな無機質な聲と共に、敵探査機の前身を囲むように半透明の障壁が現れ、御形・菘へとレーダーの蒼い光が無遠慮に向けられる。スポットライトならまだしも、そんな悪趣味な視線を浴びる気には成らないので。菘は大蛇の如き下半身を人魚が海を泳ぐようにくねらせて、其の光をすいと避けてみせた。
当然レーダーの光は其の後を追いかけてくるが、鬼ごっこにでも興じるような軽やかさで彼女は其れから逃げて行く。
「いかなる時も任務を全うしようとする、その執念は高く評価できるが」
如何せん相手が悪い。探査機と鬼事で戯れている彼女は、歴戦の猟兵であり、ハジける未来都市――キマイラフューチャーのスタァである。ゆえに、戦い方のスケールも人並み外れていた。
「妾に対しては悪手極まりないぞ!」
呵呵と高らかに嗤いながら、菘は右手を上げてパチンと指を鳴らす。――刹那、蛇神たる彼女の招集に応えるように、宇宙の彼方から来るのは煌く無尽の流れ星。
「さあ降り注げ流星よ!」
号令をかけるように挙げた腕を勢いよく振り下ろせば、流星たちは探査機が展開する障壁に向かって、とめどなく堕ちて行く。願いを掛ける隙も無いほど苛烈な流星群に、固い筈の障壁がミシミシと軋んだ音を立てた。
「はーっはっはっは! 360度全周からの殺到だ、嬉しかろう!」
この技は宇宙空間でこそ映えると、本日の撮れ高に上機嫌な菘だが、味方に当たらぬようにと範囲を調整することは怠らない。『天地』と名付けた撮影用のドローンは今もばっちり稼働中だ。いくら自由なキマイラフューチャーといえど、視聴者的にフレンドリーファイアはご法度である。
然し、戦場を共にしているあの味方は、先ほどから静かに何をしているのやら。菘が流し目をついと向けた先には、骨を剥き出しにしたような胴体と、褐色の女性の貌を持つウォーマシンが居る。――ミハエラ・ジェシンスカ(邪道の剣・f13828)だ。
探査機を前にして沈黙していたミハエラは、敵の情報を解析し返していた。彼女の周囲に展開されているのは、“フォースレーダー”。サイキックエナジーの照射により、敵機の配置や通信帯域を探り出す優れ物のレーダーである。
ミハエラには花を愛でる機能が無い。ゆえに敵機たちとの戦闘こそが、彼女にとっての重要事項。“悪”のフォースナイトはいま、敵の解析結果を黙々と其の身に受信していた。
「……通信帯域は割り出せた。これより“通信妨害”を開始する」
誰にともなく粛々と告げる言葉を拾うのは、彼女が展開していたレーダーだ。それは敵の解析を中断し、次の瞬間には通信を妨害するノイズを放出している。
ミハエラの視界に映っているのは、空爆のように降り注ぐ流れ星。障壁へと全力でぶつけられた其れは、少なくない数の半透明な壁を突き破り、敵の通信活動を力尽くで妨害していた。其方の対処は、術者のキマイラに任せておけば問題は無いだろう。
従って彼女が対象とするのは、未だしぶとく障壁を貼り続けている運のいい機体たちだ。通信機能を持つ機械にしか感じられぬ不快なノイズを出しながら、ミハエラは煽るように敵へと言葉を紡いだ。
「さぁ、どうする?」
通信を妨害された探査機たちは、混乱したようにエラーエラーと喚いている。恐慌状態に陥った時の言動と云うものは、ヒトも機械も変らないようだ。敵は今まさに、思考する能力を喪っていた。
「そのまま穴熊を決め込んだところで、貴様らが果たすべき使命は果たせんぞ」
だから、自分たちだけでは最適解を導けぬ無機物たちを、フォースナイトは凛と導いてやる。――ただし、破滅の方へ。
『解析困難、敵排除ヲ優先スル』
『レーザービーム発動』
彼女の言葉に誘導されたかのように、探査機たちの身を守る障壁がぶつりと消えた。その代わりに、白いボディに備え付けられた銃口が彼女たちの姿を追うが、それが予測できぬミハエラでは無い。
戦場にドローンとして飛ばした光の剣を、白い探査機へ嗾けて牽制とする。念動力で操られた其れは、固い音を立てながらふたりに向けられた銃口に疵を刻んだ。
「おお、残りの壁も消えたか!」
竜の如き頑健さを誇る左腕を振い、崩れた壁の向こうから敵を強かに殴りつけながら、菘はこれで戦い易くなったと喜色を浮かべる。蛇の下半身で鉄屑と化した探査機を払い除ければ、気合を入れ直すようにブンブンと左腕を回した。
一方のウォーマシンは、あくまで冷静に首肯するのみ。赤い眸で攻撃対象を見据え、敵の隙を突く最適なタイミングを見計らっている。
「私も舞台に混ぜて貰うぞ。撮れ高は期待してくれるな」
「案ずるな! 既に撮れ高はマックスであるからな!」
何処か満足気な菘の声を背中で受けとめながら、ミハエラは流星の如き勢いで星海を飛ぶ。ドローンが創った一瞬の隙、――探査機の銃口から放たれたビームを、光の剣が弾き返した其の瞬間――を見逃さず、彼女は敵の懐へと潜り込み隠された第三の腕を展開した。
「オブリビオンになってなお、使命に殉ずる其の姿。同じマシンとして見事と言うべきか」
――それとも、哀れと嗤うべきか。どちらの立場を取るにせよ、ミハエラが彼等に下す結論は変らない。
「貴様らの探査活動は、これで終わりだ」
明るい輝きを放つフォースセイバーが、探査機の固いボディを一刀両断する。そのまま擦違うように敵の傍を通り抜けて行くフォースナイトの後ろで、胴体を泣き別れにされた敵機が派手に爆ぜた。
「では、此方も終わらせるとするか! 勿論、締めは妾の拳と決まっておる!」
遠くで見える爆炎と、銀灰の髪を撫ぜる爆風に高揚するこころの侭。思い切り左の腕を振り上げれば、菘は手近なデブリを蹴り飛ばし、助走をつけて残る敵へと接近した。赤く長い舌を出して嗤う様は壮絶であり、いっそ妖美ですらある。
「さあ、左腕にボコられ砕け散るがよい!」
巨大な竜腕に全体重をかけた、トドメの一撃。様々なパーツを散らかしながら、探査機は遠くへ飛んで行き――軈て難破した艦の残骸と強かにぶつかり、轟音と共に爆炎を噴き上げるのだった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
草野・千秋
宇宙の瓦礫……
そうですね、まるで丑三つ時にお墓に
居るようなそんな雰囲気を感じさせます
宇宙探査機群
文字通り宇宙探査のプロですね
こちらも気を抜いてはいられない
機械音声でいつまでもお知らせし続けるだなんて
何やら物悲しいものもありますが
無人探査機も命を持たないものとはいえ
何やら哀れなものを感じますね
無機質な返答しかできないのも悲しいですが
敵に回るなら相手になるまで
さて、集団戦ですか
先手を切ってUCを発動させます
勇気をもってこの戦いに挑みます
僕は僕が信じた正義のために!
以下はスナイパー、2回攻撃、一斉発射、カウンター、捨て身の一撃で
敵に襲いかかる
敵攻撃は戦闘知識、第六感でかわす
●冷たき流星雨
星海を泳ぐ草野・千秋の眼前を、人工衛星の部品めいた鉄屑がふよふよと横切って行く。地上の海水浴場では絶対に出来ない体験に、思わず翠色の眸もぱちりと瞬いた。
「これが、宇宙の瓦礫」
進み行くほどに増えて行く瓦礫の数々。此処は矢張り、宇宙に散った無機物たちの漂着場なのだろうか。凡そ命の気配を感じられない場の雰囲気に、千秋の背筋に冷たいものが走る。
「まるで丑三つ時にお墓に居るような、そんな厭な感じがしますね……」
こんな寂しい処からは早く抜け出したいものだが、そうは行かないと現実が物語っている。無機質な機械音声を響かせて彼の前に立ちはだかるのは、白い宇宙探査機の集団。
『イェーガーノ反応アリ』
『コレヨリ解析ヲ開始スル』
『バリアー展開』
虚空に向かって自身の行動や伝達情報を報せ続ける様が、何やら物悲しく思えて青年はそっと眸を伏せた。探査機同士、せめて会話をしていたのなら、脅威として彼の眼に映っただろうが。
――これではまるで、壊れた玩具のようではないか。
「……どこか、哀愁を感じてしまいますね」
しかし敵として立ちはだかるなら、相手をしない訳にもいかない。かつて宇宙探査のプロとして活躍していたのであろう、彼等への敬意を胸に抱き、千秋は凛と前を見据えた。
「畳み掛けます!」
ユーベルコード、展開。
“ordinis tabes”――「秩序の崩壊」の名を持つ銃火器から、きらきらと煌く冷たい銃弾が、流れ星のように敵へと降り注ぐ。先手を切って放たれた其の苛烈な星屑の雨は、障壁が展開されるよりも速く敵の元へ届き、其の白いボディを穴だらけのスクラップへと変えて行く。
『敵攻撃、苛烈。障壁ノ構成ヲ急ゲ』
『不可能、間ニ合ワナ――』
壊滅の危機に瀕して居ても、探査機たちは相変わらず機械的な反応しか返せずに、銃弾の流星雨に射抜かれて散って行く。その様を見守っていた千秋は、矢張り悲しげに眉を下げた。
「命を持たないものとはいえ、無機質な返答しかできないのも悲しいです」
彼等はそもそも、この世界の人々の生活を豊かにする為に作られた探査機の筈だ。それなのに、オブリビオンと化して仕舞った所為で、こんな戦いに身を投じさせられている。
何だか悪い事をしてしまったような気持ちに成る千秋だが、首を振って迷いを払い除け、手に持った蒼銀の剣にぎゅっと力を篭めた。
「――それでも、僕はこの戦いに挑みます!」
彼の胸には勇気が燃えている。それは、自分の道を貫き通す力と成るものだ。一斉発射する銃弾の雨に背中を押されて、青年は足場に丁度良いスペースデブリを蹴り駆ける。
狙うは銃弾の撃ち漏らし――、一番近くに位置する探査機だ。捨て身の勢いのままに肉薄すれば、腕を大きく振り被る。
「僕が信じた正義のために!」
蒼銀の剣が二度宙を切り敵の機体へ十字を刻めば、其処から血の代わりに電気が洩れる。千秋が素早く後ろに退き其れと距離を取った刹那――、彼の探査機は轟音と共に爆ぜた。
燃え盛る炎に照らされた彼の横顔から憂いが取れないのは、ヒトの持つ温かさゆえか。されど未だ戦は終わらない。
千秋は再び剣を構え、冷たい銃弾の雨の中を凛と駆けるのだった――。
大成功
🔵🔵🔵
ガーネット・グレイローズ
やはりな…木を隠すなら森の中ともいう。敵はこのデブリ帯に潜伏していると見て間違いない。さて、まずはあの探査機を始末しないと。
調査が出来るのは、そちらだけじゃないぞ
にわとり型ドローン『メカたまこEX』を飛ばし、デブリの陰に隠れながら対象を〈撮影〉。データは手元の端末に送信させよう。
【ブレイカーシップ・ブレイブナイツ】を発動し、自律式の宇宙船を召喚。機体に搭載したビーム砲、ミサイルなどによる〈援護射撃〉で味方を支援する。〈メカニック〉の知識を元に、敵の構造上脆い部分を狙って攻撃してやる。
敵がこちらのデータを盗んだら、すかさず63機を合体させてパワーアップ。機体の情報を更新して仕切り直しといこうか?
的形・りょう
母船で借りた推進パックで目標域に移動しながら、独りごちます。
「月のない星空って、いいな…」
船外服が多少窮屈でも、生まれて初めてなくらい解放的な気分で、星空を楽しめています。
さて戦闘ですが、
母船でうろついている間に拾った金属くずや鉄パイプなどを材料に【メカニック】【武器改造】を活かし手製のチャフ弾を作成しておきました。
信管と炸薬は積荷からくすねました。ごめんね。
それを武器「り式特工具甲型」で発射します。
辺りを鉄粉と電磁波まみれにして通信を遮断したら、通常弾で各個撃破を狙います。電池容量的に15発くらいしか撃てませんし、防御手段もありませんが、自分一人ならこれが最善手。やるしかありません。
◎☆#
●星海に煌く者たち
宵の帳に囲まれた此の宇宙空間には、無数の恒星が煌めいているけれど、丸い月は何処か遠くで隠れん坊。狂気を齎す月光の輝きに怯える事なく、満点の星空を楽しめる喜びに、的形・りょうの頬は仄かに緩む。
「月のない星空って、いいな……」
彼女の身を包むのは他の猟兵たちと同じく、銀河帝国戦の際に齎された船外服――着衣や防具の上から着用出来る、透明フィルムのような宇宙服だ。
さすがは文明が高度に発達した世界、動き辛さも殆どない。ゆえに今、彼女は心身ともに自由であった。
――こんな開放的な気分は、生まれてはじめてだ。
こころに広がりゆく開放感に、星海を渡る彼女の足取りも自然と軽く跳ねる。手近なデブリを蹴れば、その細い躯は楽しげに宙を舞った。暫しの心安らぐひと時。
然し、其の穏やかな逍遥を阻む影が現れる。敵オブリビオン――無人探査機群だ。
『イェーガー、発見』
『データノ解析ヲ急ゲ』
無機質な機械音声は、淡々と敵意を伝えてくる。りょうは腕に抱いた軽機関銃――『り式特工具甲型』に力を篭めた。元々この機関銃は奇妙な形の工具一式である。彼女は其れらを上手い具合に組み合わせ、電磁投射銃として用いているのだ。
――防御手段など無いが、此処には私ひとりだけ。ならば、やるしかない。
敵から放たれるレーダーを避けながら、りょうは機関銃を構え其の銃口を敵に向けた。重たいトリガーを引けば、辺り一面に鈍い音が響き渡る――。
◆
宇宙の漂流物と云うのは見事に丈夫な無機物ばかり。どこぞの難破艦から剥がれた床のようなデブリに潜みながら、ガーネット・グレイローズは敵の様子を窺っていた。柳眉を顰めながら、白い探査機たちへ険しい視線を向ける様は、星間武装組織のメンバーとしての風格に溢れている。
「やはりな……」
木を隠すなら森の中。機械が隠れるなら、鉄屑の海や、探査機群たちの中。敵はこのデブリ帯に潜伏していると見て、まず間違いないようだ。
「さて、まずはあの探査機を始末しないと」
敵を遠目で観察しながら、ガーネットはニワトリ型のドローン『メカたまこEX』を起動する。可愛いフォルムではあるが、機械仕掛けの灰躰に碧いラインが走る様は、メカと呼ぶに相応しい。
機械仕掛けの敵へと挑むにあたって、先ずは敵機の構造などを把握することが肝要と成る。メカたまこは星海において目立ちやすいフォルムであるが、仮に気づかれたとしても探査機の撮影さえ成功すれば問題ないだろう。
「頼んだぞ、メカたまこEX」
ガーネットは灰色の鶏の背をそっと押し流し、探査機群たちへと接近させる。ドローンが送ってくれるデータを直ぐ活用できるように、片手には確りと情報端末を握りしめて。
――調査が出来るのは、そちらだけじゃないぞ。
こころの内で宣戦布告じみた台詞を零しながら、情報端末と鶏の背を交互に見遣る。果たして、敵機の撮影は意外なほどにすんなりと上手くいった。受信音に反応したガーネットが端末へと視線を落せば、其処に大きく映されたのは――人工衛星と探査機を合体させたようなフォルムの、白いオブリビオン。
構造を把握するため、指先で液晶を弄り画像を拡大させると、彼女は有る事に気付く。其処に映っているのは敵機だけではない。銃のような物を構えた、狼の耳を生やした少女も映っていたのだ。
「同朋が交戦中か、支援した方が良いな」
素早く戦況を察知したガーネットの対応は素早かった。デブリの影に身を潜めた侭、光を齎す英雄騎士たちを自身の元へと招集する。
「勇敢なる騎士たちよ、今ここに集え!」
彼女の呼び聲に応えるが如く次々に現れるのは、機体へ1から順繰りに数字を描いた戦闘用の小型スペースシップ。――“ブレイカーシップ・ブレイブナイツ”だ。その数は実に63機、ちょっとした軍隊のようである。
「さあ、往くぞ」
出発の号令は手短に、されど勇敢なる騎士達には其れだけで事足りる。小型の船団はいま、星海を泳ぎ往く。――味方の一助と成る為に。
◆
少女が構えた機関銃が、パッシブ・デコイの弾丸を放つ。りょう手製のチャフ弾は宙へと電波を妨害する物質を撒き散らし、敵の通信を確実に阻害している。
因みに信管と炸薬も含めた材料は、艦の方に相談したら快く融通してくれた。頼んでみるものである。この世界における猟兵達への信頼は、それほどまでに篤いのだ。
エラーを吐いて混乱する敵を見下ろしながら、人狼少女は再び敵へと銃口を向ける。次の狙いは、未だ通信が阻害されていない探査機たちだ。
「折角の星見を邪魔するなんて、ほんとに不粋だな」
不機嫌そうに唇を尖らせながらトリガーを引けば、チャフ弾が再び弾けて敵の通信を阻害する。一見すると順調極まりないりょうの作戦であるが、本人は決して状況を楽観視していなかった。
――電池容量的に、そろそろこの手は限界か。
チャフ弾の代わりに普通の弾丸を素早くリロード、デブリを蹴って手近な敵へと肉薄すれば、至近距離で有りっ丈の弾を撃ち込んでいく。――装甲は固い。けれど、力押しで落とせない訳では無い。彼女の銃弾が尽きた頃、探査機は黒い煙を上げながら活動を停止して、星海を力なく漂うデブリと化した。
これならいける――、と。今後の方針を確認しつつ銃弾をリロードする、そんなりょうの後ろに迫る影が在る。
「……!」
振り返りざまに引鉄を引くが、敵の動きを止める決定打には至らない。探査機から強かに激突された少女の細い躰は、宙を舞い星海を漂う残骸へとぶつかった。少し切れた額から、赤い血がぽたりぽたりと滴るが、りょうの闘志がそんな事で折れる筈もない。
燃えるような赤い眸で再び迫りくる敵を睨めつけ、トリガーに指を掛けた。――その刹那。りょうの背後から飛んで来た数多の弾丸が、敵機のボディに無数の風穴を空ける。
何事かと少女が振り返れば、其処に居るのは63機の小型スペースシップ。そして、其れを指揮するダンピールの姿も在る。
「無事だな。援護しに来た」
後方支援は任せてくれ、と紅の麗人――ガーネットは凛と語る。願っても無い其の申し出に、りょうは静かに頷いてトリガーに力を篭めた。彼女の方針はあくまで各個撃破だ、ならば狙うは未だ混乱から冷めやらぬ機体のみ。
「ああ……私は前に出る。背中は任せた」
残骸を蹴り助走をつけて、りょうは再び星海を駆ける。肉薄した機体へと銃口を押し当てて、銃声を5発響かせれば黒煙を上げながらまた一機、敵が落ちて行く。黙々とやるべき事に向き合う姿は、りょうの真直ぐな気性を何処までも現していた。
前に出る仲間を援護するのが此方の仕事と、ガーネットは視線を巡らせる。此方へと解析のレーダーを放ってくる敵の前へ、立ちはだかるのは小型艦たち。
「さあ、撃ち落として仕舞おう」
彼女が高らかに宣言したならば、ブレイブナイツの銃口が火を吹いた。彼等が放つビームは白い探査機に黒煙を上げさせて、ミサイルは探査機たちを炎に包む。
しかし運のいい機体も居るのだ。苛烈な攻撃から生き残った探査機は、彼等を解析しようとレーダーを向ける。小型艦はなまじ数が多いので、総てが其の解析から逃れられた訳では無かった。
『解析率15%……30……50』
無機質な声が無慈悲にカウントを進めるが、ガーネットは動じない。なにせ彼女が操る艦隊には、ちゃんと奥の手が在るのだから。
「勇敢なる騎士達よ、――合体!」
高らかなる号令に、63機のスペースシップが集う。自立する彼らは其々が上手い具合に組み合わさり、軈てひとつの大きな艦となる。突然の機体情報更新に、探査機たちはついて行く暇もない。本日何度目かのエラーを吐いて再度の解析を試みようとするが、ガーネットがそれを許すはずも無かった。
「さあ、仕切り直しと行こうか」
宣告は何処までも凛と響かせて。さっと片腕を上げれば、一気に振り下ろす――。
其れを合図としたように、英雄たちの集う艦は其の巨大な主砲から、光輝くビーム砲を撃ち放った。
戦場が眩い輝きに包まれる。やがて其の光が消える頃、――彼女の前に立って居る敵はだれも居ない。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
エンジ・カラカ
機械?機械?
危ない危ない。
こーんなに沢山いたら邪魔だなァ……。
うんうん、そうしよう。
まとめて倒してしまおう!
思いっきり息を吸って吐き出す人狼咆哮。
ハナをちゃーんと持って帰るンだ。
だからさっさと帰ってもらおうもらおう。
おびき寄せでおびき寄せて、それからまとめて咆哮。
機械に毒って効くのカ……?
効かない気がするなァ……。
トドメは味方任せでコレはあくまでおびき寄せと
咆哮をお見舞いするだけ。
敵サンの攻撃は見切りと自慢の足で回避するする。
耳もいいンだ。
音を聞いて避けるコトも出来る。
アァ……機械って不思議だよなァ。
バンリ・ガリャンテ
◎
活力を頂いたからね。孤独の海の中一人きりでも、花の彩りが見える。仲間の息遣いが聴こえるよ。
あなた達は寂しげね。ただ情報を拾って伝えて、その為だけの泡沫。せめて俺の歌でおくろう。
俺の何が知りたいの?近づいてくる奴らにゃ高らかな【HERE ME】を。真空にだって響く音たちだよ。聴いてけ。
歌声を衝撃波に変え範囲攻撃。光速通信アンテナってのは部位破壊できんのかしら?情報収集中の個体は力の限り鎧無視攻撃を試みる。いやらしく探られんのは嫌よ。
逃げだされねぇようある程度弱らせたら確実に1体1体仕留めるよ。行かせない。あなた達はこの海で散るんだ。
レーザーは見切りや武器受けで対処しよう。
●星海に響く聲
暗闇の世界に浮かび上がる、芒と輝く無数の白い機体。星海において余りにも鮮やかな其れらを前にして、エンジ・カラカはきょとんと首を傾けた。月めいた眸が丸みを帯び、紡ぐ言葉には疑問が滲む。
「機械? 機械?」
危ない危ない、と。緩やかに危険を察知しながら、青年は遠目に敵を数えてみる。イチ、ニィ、サン……。両手から溢れたところで、指折り数えるのは諦めた。すると腹の底から込み上げて来るのは、危機感などでは無く――。
「こーんなに沢山いたら邪魔だなァ……」
至極素直な感想であった。わらわらと湧いてきた敵機を前に、エンジはひとり納得したように頷いて、その貌ににんまりと笑みを浮かべる。
「うんうん、そうしよう」
まとめて倒してしまおう――。そう結論付けた人狼の青年は、すう、と思い切り息を吸い込み、軈て大きく吐きだした。月に啼く狼のように、激しい咆哮を伴って――。
其の咆哮は空気を震わせながら、敵の元へと至る。余りにも激しい振動に、いくつかの探査機の表面パーツにはバキバキと罅が入った。
『敵性反応ヲ確認』
『サーチヲ開始スル』
遠くから音波攻撃を行われた探査機たちは、当然ながら其の音の主をサーチし始める。サーチ時間は拍子抜けするほどに短いものだった。咆哮の主たるエンジは、その場から一歩も動かずに、探査機へ向けてゆるりと手を振っていたのだから。
『敵ヲ発見、追尾スル』
無機質な聲を響かせながら、人狼の青年へと迫り来る探査機たち。この手は十分使えそうだと満足気に嗤い、エンジは星海をゆるりと泳ぐ。されど、逃避行に決して全力は出さない。
彼の目的はあくまで敵の“おびきよせ”。捕まえられそうで、もう一歩足りないような、そんな絶妙な距離感を保ちながら、口元に笑みを湛えて機械仕掛けの鬼を手招く。
猟兵のデータを解析しようと敵が放つレーダーの絲が偶に飛んで来るが、それは持ち前の健脚でするりと避けた。丁度良いので振り返って、敵の食いつき具合を確かめる。
どうやら見える範囲の敵は、上手く惹きつけられているようだ。そうでなくてはと、青年は人知れずギリリと犬歯を覗かせて嗤う。“コレ”は釣り糸に垂らされた餌で、彼等は飢えた魚たちだ。――つまり。逃げ切らないと、生き残れない。
「ハナをちゃーんと持って帰るンだ」
先ほど花咲く船で買い求めた白花と四つ葉を思い浮かべれば、エンジの足取りもふわりと弾む。
――だから、さっさと帰ってもらおうもらおう。
青年はもう一度、大きく息を吸い込んだ。新鮮な空気で灰を満たせば、それを一気に宙へと吐き出す。激しい咆哮は探査機たちの躰を震わせて、新たな罅を刻んでいく。
決定打にはなり得ないけれど、エンジの狙いはあくまで誘導だ。笛吹き男が鼠を誘うように、音と動きで敵を誘い続けるのみ。
しかし、どこまで惹きつけようか。探査機たちが加速する音を聴き、泳ぐように宙を蹴って逃げながら青年は首を捻る。この広く昏い宇宙で、仲間と邂逅を果たす事は出来るのだろうか――。
「アァ……見つけた見つけた」
どうやらその心配は無用だったらしい。遠く見えた人影に青年の眸がゆるり、三日月を描いた。
◆
煌く星の間を幾ら往けども、擦違うのは鉄屑ばかり。孤独の星海のなかを泳ぐバンリ・ガリャンテは、ひとりきり。されど、彼女のかんばせが翳る事は無い。
なにせ光の射さぬ世界でも懸命に生きる花々に、活力を貰ったばかりなのだ。瞼を閉じれば、鮮やかな花の彩が視える。それに……。
――仲間の息遣いが聞こえる。
聴こえたその響きが幻想か本物か、バンリに知る術は無かったけれど。それでも、自分は孤独ではないのだと信じられた。
――きっと今も、この海の何処かで、誰かが戦ってるんだ。
視えなくとも、その事実が彼女に力を呉れる。淡いピンクの眸を確りと開き、少女は星海を泳ぎ続ける。暫しのあいだ、静かな時間が流れ往く。
唐突に其の静寂を引き裂いたのは、獣の咆哮のような響きだった。
「!」
少女は思わず立ち止まり、周囲を見回す。確か人狼もあんな咆哮を放つ筈だ。もしや近くで仲間が交戦して居るのかも知れない。声のした方を辿るように泳ぎ始めるバンリだが、果たして其の同朋は向こうからやって来てくれた。
「ハロゥ。機械はコレがおびきよせた」
あとはヨロシクヨロシク、と。青年が軽く片手を挙げる物だから、少女は釣られる侭にハイタッチ。彼が引き連れてきた探査機を見遣れば、咆哮によるものか機体には無数の罅が刻まれている。機体の所々が錆びているのは、彼が齎した毒によるものか。
「機械にも毒って効くんだなァ……」
感慨深げな青年の台詞に成る程と頷いて、バンリは探査機群の前に立つ。新たな敵の品定めをするように、彼等が放つレーダーの光がスポットライトのように彼女を照らした。
「俺の何が知りたいの?」
少女は敵機たちへと挑むような響きを投げかけてみるが、帰ってくる言葉はロボットらしく、お決まりの台詞ばかり。
『新タナ敵ヲ発見』
『レーダーニ捉エタ。解析ヲ開始スル』
「あなた達は寂しげね」
かつてはこの世界の発展の為に、任務を果たしていた無人の探査機群。然しオブリビオンと化した今は、ただ情報を拾って伝える為だけの泡沫に成り果てている。
機械仕掛けの彼等には貌なんて無いけれど、無機質な聲で行動報告を繰り返す様が、バンリには壊れた玩具のように見えた。
誰も聴いて居ないのに、延々とルーティンを繰り返す様は、見ている方も寂しくなるものだ。
――せめて俺の歌でおくろう。
彼等もまた寂しいいのちに違い無い。ならば、その終幕くらいは心を込めた歌で彩ってやろうじゃないか。そう思えば、この無遠慮なスポットライトも、少しは我慢してやれる。
「真空にだって響く音たちだよ。聴いてけ」
啖呵を切った刹那、少女は大きく深呼吸。軈て彼女の唇から零れるのは、無垢で無慈悲で、其れで居て情熱的な歌声。
“HEAR ME”――其れが此の旋律のタイトル。自分はいま此処に居るのだと、何処かの誰かに伝えるような唄。口吻を強請るようなデバイスに歌声を注げば、彼女が紡ぐ旋律は戦場中に拡散された。
其の聲は真空すら震わせて、探査機たちの装甲をバリバリと剥がして行く。度重なる音響攻撃に耐え切れず、黒煙を上げて堕ちて行く敵機を横目に、高らかに歌う少女は宙を駆けた。
情報通信中の個体がいたのだ。あれから倒さねばなるまい。公演中に余所見をする不粋な機体に肉薄すれば、其のアンテナに革命剣を振り下ろす。
「いやらしく探られんのは嫌よ」
鈍い音を立てて崩壊した其れに一瞥を呉れて、バンリは乙女心の分らぬ機体のボディにも鋭く剣を突き刺した。躰中から電気を放出しながら、力なく沈んでいくスクラップ。
その様を見届けて、彼女は中断していた歌を再開する。高らかに歌う程、無垢な旋律が敵に黒煙を噴き上げさせる。少女はその隙を突いて、革命剣を振い敵を鉄屑に変えて行く。球に飛んで来るレーザー光線は、革命剣の剣身で軽く跳ね返した。
「思い通りにはさせない。あなた達はこの海で散るんだ」
宣告めいた台詞を零すバンリの革命剣が、レーザーの粒子を纏いきらきらと煌く。剣を正面に突き出した少女は、足元のデブリを蹴って宙を飛ぶ。その勢いのまま、探査機の固いボディを容赦なく突き刺した。
びりびりと其の身に秘めた電気を放出する敵機から、ずるりと剣を引き抜いて、バンリは軽やかに宙を舞う。――その瞬間、壊れた探査機が轟音と共に爆ぜた。
満天の星空に花火でも打ち上げたような、そんな華やかな光景が星海に広がる。その様を芒と眺めるエンジから、ぽつりと洩れる感嘆の台詞。
――あんな無骨な機械が、こんなに鮮やかな華を咲かせることが出来るなんて。
「アァ……機械って不思議だよなァ」
星海に華が咲き、歌聲が溢れている。今ばかりは、此処に孤独なんて無い。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ユーディ・リッジウェイ
WIZ
い、いやだなあ。戦うの。怖いよ。で、でも、ひ、ひとが怪我するの、もっと嫌だしなあ。
や、やらなきゃ。し、死ぬのも、駄目だから。
『ピンチだと判断すると』、どこかに行っちゃうんだよね。
ひ、ひとが、ピンチ、危険だと、判断するのは、痛かったり、怪我したりした時だ。あ、あと、数が、減った時。
じゃあ、数を減らさず、痛めつけずに、逃がさなかったら、いいんだ。
UC:ララバイで、蜘蛛の巣を張って、テレポートしようとした、探査機を、ぜんぶ捕まえて、ね、眠らせる。これで、に、逃げるの、止められたら、あとは、こ、壊すだけだもんね。か、回復しても、死ぬまで殴れば、死ぬんだし。
誰かの、手伝い、できるなら、やる。
◎☆#
シグルーン・オールステット
◎☆
”ワルキューレ”のみんなへ贈る花は手に入れた。一人一人を思い出した後で宇宙に流そう。
でもその前に猟兵としての仕事を果たさないと。宇宙を走るのは久しぶりだ。このところは地上ばかりを走っている。”愛馬”も身を包む”白い羽衣”も変わりはないけれど、ボクはあの頃のように走れるだろうか?
「オーラ防御」「地形の利用」「吹き飛ばし」でデブリを弾き飛ばしたり利用したりして”Pegasus”を走らせ探査機に突撃。
共に翔ける仲間がいないとしてもバイクを駈る事への思いに変わりはなく。UCの力で妨害も障壁も超えて走り抜けて破壊します。
レッグ・ワート
無人て。いや無人だけども。
通信範囲や指向がみえてこないか、迷彩起こしたドローン放して情報収集。今回撮らないから向きも関係ないし、なるたけデブリの影や流れに合わせて大人しく。……別にハッキングとか仕掛ける訳じゃないが、探査機相手にもつかなあ。
とまれこっちも手近なデブリ影を転々と。フォローや仕掛け時だったり、ドローン他気付かれたらとっとと出るよ。もし中継個体がいるならそいつ優先で押さえたいもんだ。何にせよ動き時には防盾つけた宇宙バイクの運転で轢きに行く。見切り避けつつゴッドスピードライドの加速でデブリと盾受けサンドしたりな。硬すぎたり多少進路ショートカットしたい場合はドリル状に防盾切り替えようか。
●駆ける双羽、絲を張る蜘蛛
静かに星海を揺蕩うデブリは、かつての誰かの夢の欠片でもあり、誰かの日常だった物の残滓でもある。されど戦闘に挑む者たちにとっては、其の身を隠すのに丁度良い壁だ。朽ちた艦の残骸の如きデブリに長躯を隠し、レッグ・ワートは周囲の状況を窺っていた。
蒼いアイセンサーが捉えるのは、ひたすら自身の行動を報告し続ける探査機たち。その様を遠目から眺めるレッグはふと、この世界に転送される前、“無人機”を倒せ――と。そう頼まれたことを想いだす。
「無人て。いや無人だけども」
どこか釈然としないような呟きは、昏い宙に吸い込まれていく。何はともあれ、敵が何であれ、オブリビオンである限りは倒さなければならない。
「とりあえず、通信範囲や指向、探ってみるか」
ひとりぼやいたレッグが星の海へと解き放つのは、光学迷彩を施したドローンたち。彼等は暗闇へと溶け込んで、忍び寄るように探査機へと接近していく。
――別にハッキングとか仕掛ける訳じゃないが、探査機相手にもつかなあ。
一抹の不安はあるが、今は彼等の報告を待つほかあるまい。漂うデブリの動きに合わせて、機械仕掛けの躰を静かに稼働させるレッグ。とはいえ、漂流物の進路は酷く気紛れだ。
潜んでいる残骸が敵へと接近し始めたら、他のデブリへと俊敏に飛び移り、その陰にまた潜む。――それを何度か繰り返しているうちに、上手く星海に馴染んだドローンが敵の情報を送信してきた。
ドローン曰く。彼等は見ての通り、其の身に備え付けられたアンテナで高速通信が可能である。また探査機は基本的に、自分たちの行動指針をアナウンスするのみ。連携を行えるほどの意思疎通は、不得手としているようだった。
「肝心の通信範囲は結構狭いな。残党は意外と近くか」
いっそ其方を叩きたいような気もするが、数の多い探査機たちを掃討する方が先決だ。どのみち彼等を倒せば、自ずと道は開けてくるだろう。
好機を手繰り寄せるため、レッグはもう暫く気配を潜めることにした――。
◆
静かな星海にエンジン音が響き渡る。宇宙バイク――“天馬”が宙を駆ける音だ。それは女性だけで構成された特殊部隊、“ワルキューレ”専用の特別機である。“愛馬”の激しい蹄音が耳朶に届く度、シグルーン・オールステットの脳裏には、かつての仲間達の貌が浮かんでは消える。
宇宙の花屋では数多の彩に迷っていた彼女だったが、ワルキューレのみんなへ贈る花はちゃんと手に入れることが出来た。
――ひとりひとりを思い出した後で、宇宙に流そう。
勿論、その前に果たすべき任務が有る事は分かっている。だから彼女はこうして、懐かしい世界を掛けているのだ。――宇宙探査機群を殲滅するために。
――宇宙を走るのは久しぶりだ。
運び屋の仕事を始めてからというもの、このところは地上ばかりを走っている。地上と違って道が無い分スピードを出しやすくは有るが、無数に散らばるデブリは走行の邪魔だ。ぶつからぬよう走るには、相応の技術が必要と成るだろう。
彼女の天馬が駈ける度に、身を包むスーツを飾った羽根が揺れる。それを横目で捉えた少女の眸は少しだけ曇った。“愛馬”も身を包む“白い羽衣”も変わりはないけれど。
――ボクは、あの頃のように走れるだろうか?
今はもう、共に宙を翔る仲間はいない。それでも、ワルキューレの一柱としてこの世界を駆けていた事は忘れられない。
シグルーンの胸には今もなお、バイクで駆けることへの情熱がある。だから、眼前に白い探査機の群れが視えて来たとしても、彼女は天馬のスピードを落とすことはしない。
「きっと翔けて見せる、この宙を――!」
有りっ丈の勇気と思いを振り絞り、少女は強かにアクセルを踏んだ。高らかな蹄の音が響きわたり、天馬の名を冠する宇宙バイクが宙を飛ぶ。
『敵ヲ発見シタ』
『障壁ヲ展開、敵データヲ解析、送信スル』
探査機たちが放つ無機質な音声と共に、彼等の躰を守るように半透明な障壁が展開される。しかし、その壁がシグルーンを怯ませることは無い。
「――さぁ行こう。どこまでも、どこまでも」
愛馬に語り掛けるように言葉を紡げば、彼女の全身に力が漲る。それは、あらゆる障害を物理的に乗り越える力。アクセルを踏み込んで、攻撃を阻む壁に向けて突撃する。
果たして、戦乙女たる少女が翔る天馬は、堅牢な筈の障壁を突き破り、探査機の白いボディを勢いよく轢き潰した。
止め処なく湧き上がる爽快感と、バイクで駆けることの喜びに、少女の頬は自然と弛む。すると、彼女の高揚に応えるかのごとく、天馬は其の速さを増した。
共に翔る仲間はもう居ないけれど、――やっぱり宇宙を走るのは楽しい。シグルーンの心に溢れる想いも、彼女自身の加速も、もはや誰にも止められない。
戦乙女はボーリングの弾がピンを弾き飛ばすかのように、敵機を轢き飛ばしては其の機能を停止させていく。
『敵ノスピード上昇、解析ヲ急ゲ』
「そうはいくか」
戦乙女のスピードに翻弄され、慌てた様な音声を零した探査機へと激しい衝撃が襲う。今こそ仕掛け時と判断し、戦場へ躍り出たレッグだ。彼が運転する宇宙バイクが、勢いのままに白いボディを轢き潰せば、探査機は力を喪い沈黙した。
他の機体からすかさずレーザー光線が飛んで来るが、軌道を見切ってひらりと回避して。レッグは再び変形させたバイクと共に宙を駆ける。狙うは障壁が崩れた後も、しぶとく生き残っている探査機だ。
防盾が燦然と輝くバイク――其のゴッドスピードライドの加速は留まる事を知らず、獲物と定めた探査機を跳ね飛ばす。宙を漂うデブリへと敵機を強かにぶつけたならば、後は此方のものだ。
レッグは全体重をバイクに込めて、デブリと防盾でサンドするように探査機を押し潰す。その後バイクは軽やかに宙を舞い、不穏に放電する探査機から離れたところで――。
戦場全体へと轟音が響きわたり、スクラップと化した敵機はデブリを巻き込みながら盛大に爆炎を噴き上げた。
◆
戦況はいま、ふたりのバイク乗りによって有利に動いていた。無機物から次々に盛大な花火が撃ちあがる様は、何処か壮絶な光景に思えて。デブリの影で戦況を見守っているユーディ・リッジウェイの黒い眸が、ゆらりと心細げに揺れる。
「い、いやだなあ。戦うの。怖いよ」
逃げることはしないけれど、それでもあの焦げ臭い戦場に出て行くのは勇気が要る。彼女はどちらかというと、後方支援に長けている猟兵だ。ゆえに、あんな風に戦場を駆けまわるのは得意ではない。
それに一歩間違えれば、自分も爆発に巻き込まれてしまうのではないかと、そう思いたくなる程の迫力にこの戦場は満ち溢れているのだ。
――で、でも、ひ、ひとが怪我するの、もっと嫌だしなあ。
なんといっても、この戦場でひとが怪我すると頼られるのは確実にユーディなのだ。他人を「癒すこと」への忌避感と恐怖は、戦場に身を投ずることへの恐怖に打ち勝った。
「や、やらなきゃ。し、死ぬのも、駄目だから」
唇をきゅっと引き結び、黒き少女は確りと前を見据え耳を澄ませる。戦況を見守って居て気付いたが、探査機たちは自身の行動を逐一報告する習性を持っているらしい。
彼等の言葉に注目していたら、癒すことしか出来ない自分でも、もしかしたら仲間の手助けが出来るかも知れない。そんな事を想いながら――。
――たしか、『ピンチだと判断すると』、どこかに行っちゃうんだよね。
ひとが危険だと判断するのはどんな時か。闇医者として生きている彼女には、何となく察しがついた。たとえば痛い時や怪我をした時、ひとの身体は命の危機を感じるように出来ている。
しかしながら、今目の前にいる敵はひとではなく機械である。痛みを感じることなんて多分無い筈だ。それなら、考えられるのは……。
「あとは、数が、減った時……」
これしかない――と考えたユーディは、戦場に残る探査機たちの数に注目する。数を数えるのは得意じゃないけれど、敵の数は明らかに減っている。
そろそろ逃げ出してしまうかも知れない、と頭の片隅で思考した瞬間。少女の耳に無機質な聲が届いた。
『探査部隊、壊滅ノ恐レアリ』
『戦場カラ離脱シ、マスターノ元へ向ウ』
推論した通りの展開に、どうしよう、と少女の鼓動が跳ねる。前線に出ているふたりの猟兵に任せて居れば大丈夫な気もするけれど。敵機を更に減らして仕舞ったら、芋づる式に彼等を取り逃がしてしまうかも知れない。
――痛めつけずに、逃がさなかったら、いいんだ。
やってみせると決意を秘めて、ユーディはユーベルコードを展開する。彼女の足許から隙間なく張り巡らされていくのは、血色の蜘蛛の巣。
女郎蜘蛛が張る絲に似た網は何処までも伸び往き、テレポートしようとした探査機を一機残らず捕まえた。当然、敵機は網にかかった魚のように暴れるけれど、彼女の術はこれで終わらない。
「子守歌を歌おう」
――あなたがそれを望むのならば、わたしの喉に血が滲むまで。
ララバイと銘打たれたこの術は、網に捕らえた者を眠らせるのだ。探査機たちも勿論、例外ではない。もがき続けていた敵機は、一機、また一機と強制スリープさせられていく。難点は睡眠中の対象を回復させてしまう事だが、恐らく問題は有るまい。
――か、回復しても、死ぬまで殴れば、死ぬんだし。
足止めさえしてしまえば、あとは頼もしい仲間達が彼等を壊してくれる。そう信じて少女が安堵の溜息を吐いた、その刹那――。ユーディの細い躰を巨大な影が覆う。
『敵発見、攻撃行動ニ移行スル』
逃走もせずに解析を続けていたのであろう、無人探査機の白い躰が少女に迫っていた。無慈悲で無感情な聲がまるで宣告のように響き、機体に備え付けられた銃口からは光線が放たれた。
「……っ」
間一髪で左に避けたことで、どうにか致命傷は避けられはしたものの。レーザー光線は少女の白いかんばせに赤い線を刻む。己の鮮血をそぅっと拭う、彼女の指先は震えていた。――軽傷ではあるけれど、痛いものは痛いのだ。
『敵ノ生存ヲ確認、攻撃ヲ続行スル』
再び響いた無慈悲な宣告と共に銃口が向けられる。万事休すかと思った、その時――。白い探査機めがけて勢いよく、漂流していた鉄屑が飛んで来た。
バランスを崩す敵機へと容赦なく突進し、その機体を遠くへと吹き飛ばすのはシグルーンが翔る天馬である。
「ねえ、だいじょうぶ?」
怪我をしてるけれど――と、緑の眸に心配そうな彩を浮かべた戦乙女へ、こくりと頷くユーディ。どうなったのかと、探査機が飛んで行った方を見遣れば、其処には苛烈な光景が広がっていた。
「もういいから、お前も寝てろ」
雑に言い棄てるレッグのバイクが、強かに探査機を轢き潰す。ショートカットするためにドリルと化したバイク備え付けの防盾が、序とばかりに固いボディを抉り抜ければ、敵機は躰中から電気を放出して其の動きを永遠に止めるのだった。
抜け目のない敵の無力化を横目で確かめたシグルーンは、強制スリープさせられた敵機たちへと視線を落す。
「あとは、蜘蛛の巣にかかった敵を壊せばいいのかな」
「……うん。だから、あ、あとは、お願い、します」
彼等が再起動する前に、轢き潰してしまった方が良いだろう。控えめに頼むユーディに頷いて、シグルーンは天馬のアクセルを全開にする。仲間の意図に気付いたレッグも蜘蛛の巣を辿り、探査機たちへと永劫の眠りを与える為に宇宙バイクを加速させた。
ふたつの激しいエンジン音と共に、宇宙に満開の花火が咲く。軈てそれが総て消え失せた時、星海を漂う白い機体はもう何処にも居ない――。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
第3章 ボス戦
『帝国エージェント』
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POW : ゴールドアイ
【金色の瞳】に覚醒して【歴戦の白兵戦型ウォーマシン】に変身し、戦闘能力が爆発的に増大する。ただし、戦闘終了まで毎秒寿命を削る。
SPD : 仕込み帽子
自身が装備する【鋭利な刃を仕込んだ帽子】をレベル×1個複製し、念力で全てばらばらに操作する。
WIZ : ハッキング
対象のユーベルコードに対し【電脳魔術のハッキング】を放ち、相殺する。事前にそれを見ていれば成功率が上がる。
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●亡國の窮鼠
探査機群たちの残骸を乗り越えた先――。
猟兵たちの視界に飛び込んでくるのは、朽ち果てた大型スペースシップ。船体に空いた大きな穴から中に入れば、鈍い機械の稼働音が聞こえる。
微かな音を辿り飛び込んだ先は、充分な広さを誇る操縦室。真正面の壁に備え付けられた巨大なメインコンピューターは、ただ青い画面のみを映している。
――帝国の残党兵は、其の前に立って居た。
機械仕掛けの躰でスーツを着こなす其の立ち姿は紳士的だが、彼の貌は異形そのもの。猟兵達をじっと見つめる赤いモノアイが、暗闇に芒と光る。
「探査機どもめ。偵察の役に立たぬなら、せめて足止めにと考えたが」
冷徹な聲に僅かな失望と軽蔑を滲ませて。単眼の男は呆れたように帽子を目深に被り、ゆるりと頭を振った。
「期待を掛けた私が愚かだったようだ」
猟兵達を睨めつけるモノアイが、燃え盛る炎の如く苛烈に煌く。男の機械仕掛けの五指が、準備運動でもするかのように、バキバキと音を立てて蠢いた。
――操縦室に、殺意が溢れる。
「私は必ず、貴様らから逃げ延びてみせるぞ。イェーガー」
かつて帝国エージェントとして暗躍していた男は、その胸に亡国の栄光と矜持を抱き、不敵な宣戦布告を放つのだった――。
ガーネット・グレイローズ
奴は、帝国の諜報員だな。アムボレラは大きな船。
制圧されて帝国残党の手に渡れば、強力なウォーシップに
改造されるだろう。……それだけは避けなければ。
船の人々と、あの美しい花たちを守るために!
SPDで勝負をかける
敵は仕込み帽子を複製してくるので、武器で相殺しつつ
距離を詰めて接近戦へ持ち込もう。
帽子の軌道は<第六感>を働かせ、皮膚感覚で感じ取りながら対処する。
<念動力>で鋼糸を操り、素早く薙ぎ払って飛来する帽子を防ぎつつ反撃だ。
全身にブラッドエーテルの赤い波動をまとい、
【烈紅閃】による宇宙カラテを繰り出す。
<メカニック>知識で敵の体の構造上脆い部分を見抜き、
弱点を狙って打撃するぞ。
●紅き拳
かつり、靴音を響かせながら操縦室に現れた麗人――ガーネット・グレイローズは、対峙するこの敵に覚えが在った。洒落た佇まいに、赤く輝く不気味なモノアイ。印象的なその姿、忘れられる筈もない――。
「帝国の諜報員か」
灰色の眸を険しく細めて、機械仕掛けの其の貌を視線で射抜く。敵は破壊活動や諜報活動に長けた厄介な相手だ。それが此処から逃げ遂せたらどうなるか、ガーネットにはよく分かっていた。
――アムボレラが、危ない。
仮にエージェントが此の地から逃げ出すことに成功したとして、宇宙の漂流場の入り口で待機する交易艦に気付かぬ訳があるまい。この抜け目ない敵はきっと、赤子の手を捻るより簡単に艦へと潜んでみせるだろう。誰にも気づかれぬ事など無く……。
交易艦『アムボレラ』は大きな船だ。制圧されて帝国残党の手に渡れば、強力なウォーシップに改造される可能性がある。それだけは、避けなければならない。
――船の人々と、あの美しい花たちを守ってみせる!
決意に灰の眸を燃やすガーネットは、ブレードワイヤーを其の白い指先にゆるく絡ませる。宇宙怪獣の躰すら引き裂く其の絲は、暗闇の中でも鈍い輝きを放っていた。
「荒事は避けられないか」
分かってはいたがね、と。男はため息交じりに首を振り、自らが被る帽子の鍔を掴む。――その瞬間。彼の周りに現れるのは、刃物を仕込んだ無数の帽子。
大仰に腕を広げた敵は、気取った調子で機械仕掛けの指を鳴らす。それを合図としたかのように、念力で操られた帽子が一斉にガーネットへと襲い掛かった。
「伊達男然としている癖に、レディファーストを知らないようだな」
帽子から伸びる鋭利な刃を相殺するのは、彼女が念動力で操る絲――“スラッシュストリング”だ。ワイヤーを手繰りながら、ガーネットは非憎げに口端を上げる。鋭利な絲を薙ぎ払うように動かせば、宙を飛ぶ帽子たちは粉々に分割されて地に堕ちた。
それでも休みなく襲い掛かる仕込み帽子は、皮膚に感じる風圧と第六感で推測して避けてみせる。凶刃を見事に躱せば、宙を舞う帽子は勢いよく壁に突き刺さり、もはや身動きを取る術もない。
――そうやって、麗人は少しずつ敵との距離を詰めて行く。
「退け、小娘」
危機を感じたエージェントは、鋼の腕でガーネットを薙ぎ払おうとするが。その動きは、麗人の細腕による組手でがしりと制された。彼女の掌中でギリギリと、鋼が軋む音がする。
「“それ”は禁句だぞ、お前」
いまガーネットの躰中に纏わり付いているのは、ブラッドエーテルの赤き波動。纏うオーラで敵を威圧し、依然として片手で鋼の腕を掴みながら、灰色の眸は間近で敵の弱点を観察する。ウォーマシンには機体差こそあるが、人型の場合は恐らく“ココ”にコアが在る筈だ。
彼女は血色の如き赤を拳にも纏わせて、思い切り腕を後ろに引く。そして、その反動の侭に勢いよく敵の胸を貫いた――!
「ぐッ……!」
ガーネットが放ったのは烈紅閃、苛烈なる宇宙カラテが為す業だ。苦しげな呻き声を伴って機械の男は宙を舞い、巨大なスクリーンへと背中から激突する。
モニターに大きな罅を刻み、ずるりと床にへたり込む男。その明滅するモノアイを見つめながら、麗人は不敵な笑みを咲かせて見せた。
「諜報員として生き残る事を望むなら」
――女の扱いも、心得ておくべきだったな。
大成功
🔵🔵🔵
的形・りょう
「国敗れてなおその執念、とても尊敬します。格好いいじゃないですか」
「でもこちらも仕事なんで。貴方は逃げられない」
あの機械の体にしては苛立ったり闘志を漲らせたり、人間味を感じるのが不思議な所です。
精神は生身だとしたら、恐れ竦んだりするのかも…。UC【激情咆哮】も有効かもしれません。
余ったチャフ弾を手投げで起爆させて敵の電子系の行動を妨害、あとは間合いを詰めて、後はこの血で真っ赤な染まった手で、妖刀を振るって戦います。
情や怒り以外で誰かと戦うのは初めてです。
最初は憎くない敵を斬れるのかと思いましたが、純粋に戦いを楽しんでしまいそうになっているのは、人狼の闘争心の表れなのでしょうか。
◎☆#
シン・ドレッドノート
アドリブ連携OK
【SPD】
新しい宙域に進出しようかと言う大切な時期に、いつまでも帝国の残党に好き勝手されては困るんですよね。
「骸の海へと還りなさい、亡国のエージェント!」
【紺青の剣戟】を発動、大量のソードビット&ライフルビットを召喚。仕込み帽子をライフルビットの一斉射撃で撃ち落しつつ、弾幕を突破してきた帽子はソードビットで迎撃します。
ビットで潰しきれなかった帽子は閃光の魔盾のビームで盾受けします。
「ターゲット・ロック…そこだっ!」
ビットで帽子を迎撃している間に、真紅銃・精霊石の銃からカウンターの射撃を敵に撃ち込みます。
味方が攻撃する際は、援護射撃で敵を牽制したり、注意を惹きつけましょう。
●朱、紅、赤
其の身を襲った強い衝撃に、暫し壁へ背中を預けていた機械の男は、漸く損傷から回復したらしい。不安定に明滅していた赤いモノアイが鮮やかな輝きを取り戻せば、彼は軋む体に鞭打ってゆるりと立ち上がる。
コートを叩き埃を払う彼の姿は伊達男然としているが、其の身に纏う殺気だけは整えた身なりで誤魔化すことも出来なかった。
エージェントは帽子を目深に被り直し、操縦室に乗り込んできた新たな客人たちへと視線を遣る。招かれざる客は獣の耳と尾を持つ少女と、中性的な貌を持つ麗人のふたり――。
「いつまでも帝国の残党に好き勝手されては、困るんですよね」
麗人――シン・ドレッドノートは其の紅の眸で真直ぐに敵を見据え、凛とした聲を響かせた。
いま、スペースシップワールドは大切な時期にある。オブリビオン・フォーミュラたる銀河皇帝が倒れた後、人々は新しい宙域に進出しようとしているのだ。
それを帝国の残党に邪魔されては、この世界の未来は閉ざされてしまう。――それだけは、何としても避けなければ成らなかった。
「心外だな。皇帝陛下の庭を好き勝手荒らしたのは、貴様らの方だろう」
逆賊どもめ、と。忌々しげに怨嗟を漏らす男の胸には、未だに亡き皇帝への忠誠心が燃えているようだった。
或いは、今なお其れが“刻み込まれている”――と、そう表現したほうが正しいのやも知れぬ。なにせ彼はそう設定された機械なのだから。
「国敗れてなおその執念、とても尊敬します。格好いいじゃないですか」
執念とも云える敵の生き様に頬笑する的形・りょうは、燃えるような朱い眸で今宵の獲物を見定める。敵を追い詰める猟兵たちが狩をする猫ならば、帝国兵は窮鼠と云った所か。
追い詰められた敵は、時に凄まじい力を発揮すると聞く。なるほど、妖刀の贄として不足は有るまい。
全身に少女の視線を浴びた機械の男はというと、相変わらず帽子に手を添えたまま、釣れない素振りで頭を振るばかり。
「敬意は行動で示して貰いたいものだ。――私を見逃せ」
ふたりの猟兵を睨めつける単眼の輝きが、明らかに色濃くなる。痛いほどの敵意と殺意を肌で感じながら、りょうは其の貌から笑みを消した。戦闘への昂ぶりに朱い眸が燃え滾る。
「いいえ、こちらも仕事なんで」
まるで鏡合わせのように、釣れない台詞で敵を一蹴。そして鞘からそうっと妖刀を抜いた少女は、迷う事なく其の切っ先を敵へ向けた。荒々しい殺気を放ちながら、それでいて淡々と、――ただの“事実”を語る。
「貴方は、逃げられない」
少女の啖呵を聴くや否や、異形の貌から舌うちの如きノイズが洩れる。隔して、火蓋は切られた。
ぱちん、と軽やかに伊達男が指を鳴らせば、宙には無数の仕込み帽子が現れた。――かと思ったら。それらは念動力に操られ、鋭利な刃をちらつかせながら、ふたりの元へ飛んで行く。
「ビット展開、目標を切り裂く!」
シンは唐突な攻撃にも素早く対応してみせる。彼が喚ぶのは、蒼く透き通る刃のソードビット。そして、蒼い宝玉がはめ込まれたライフルビット。それらを合わせて124本――。
「洒落た帽子ですが、撃ち落とすとしましょう」
まるで号令をかけるように、麗人が飛来する刃を指し示したならば。ライフルビットたちの銃口は一斉に宙を向き、即座に弾丸の弾幕を展開する。
その結果、多くの仕込み帽子が其の躰に風穴を空け、無残にも墜落して行った。運よく弾幕を避け切った帽子はソードビットが相手取り、帽子を襤褸布へと変えて行く。
そうやって鮮やかに繰り広げられる銃剣乱舞の合間を、素早く走り抜ける影がある。――りょうだ。彼女は着実に敵との距離を縮めながら、その腕を思い切り振り被り、手製の弾丸を宙へと投げた。
其れは彼女の腕から離れた直後、派手な爆風を引き起こしながら起動する。――ひとには効果が薄いが、機械には天敵と云っても遜色ないそれは、チャフ弾の爆発だ。
「パッシブ・デコイか。小賢しい真似を」
電波を遮る鉄屑たちは、アイセンサーをはじめとして、男が内包するあらゆるセンサー系統を狂わせた。然し男はあくまで冷静に自分の貌を手で覆い、戦場は宙を舞う帽子に任せて、センサー系統の修復に集中し始める。
その無防備な状態は、猟兵達にとってまたとない好機。今のうちにと敵へ肉薄したりょうは、自らの血で染まった掌に確りと妖刀を握りしめた。
機械仕掛けの片腕を落してやらん、と。刀身を振り被り、勢いよく振り下ろす――。
「小賢しいが……。嗚呼、余りにも古典的だ」
――がちん。
金属と金属がぶつかりあう音がする。人狼少女が死線を降ろした先、センサー系統を復帰させたエージェントが、振り下ろされた刃を両掌で確りと挟み込んでいた。
機械仕掛けの巨碗がギリギリと音を立て、鈍く輝く刀身と共に少女へと迫ってくる。有りっ丈の力で柄を握りしめ、抵抗を続けるりょうの爪は痛々しく割れ、垂れた鮮血が床を濡らした。
あともう一押しで、少女の額を返す刀が割らんとした、――その時。ふたりの頭上から剣呑な雨音が響く。天より降り注いだ鉛の雨が、エージェントの躰を強かに撃ちつけたのだ。
衝撃に刀を抑える力が緩んだ隙を突き、りょうは敵の腹へと蹴りを入れ素早く距離を取る。後退さった男が睨めつける先にいるのは、逃した獲物では無く――。
「女性に手をあげるなんて、紳士的ではありませんね」
端正な貌に涼しげな微笑を浮かべ、悠然と長銃を構える麗人――シンである。彼の的確な援護射撃は、気位の高い敵の注意を惹くのに覿面だった。
苛立たし気な無言を貫いた男は、ぱちんと再度指を鳴らし仕込み帽子を嗾けるが、その攻撃は無数の銃と剣に阻まれ麗人の元へ届く事など無い。
――躰は機械なのに、苛立ったり闘志を漲らせたり。人間味を感じるのが不思議だな。
勝機を手繰り寄せられぬ現状に、不機嫌を隠そうともしない敵を観察しながら、りょうはそんな事を物思う。
――精神は生身だとしたら、恐れ竦んだりするのかも……。
帝国のエージェントは機械特有の冷たさを持つ男だが、情緒に関しては人間と近い所もあるような気がする。彼女は自分の勘を信じることにした。大きく息を吸い込めば、全力の咆哮と共に、思い切り息を吐き出す――!
「……!?」
操縦室を巨大な音の振動――激情咆哮が襲う。少女が放った圧の大きさに男の身が竦み、思わずその動きが止まった。その瞬間こそ、本当の勝機。
「ターゲット・ロック。……そこだっ!」
シンはすかさず、銃の照準を敵へと合わせ迷いなく引鉄を引く。純白の銃は赤い光線を放ち、精霊を宿す長銃からは鉛玉が飛んで行く。
「くっ……!」
赤い光線はエージェントの洒落た外套を焼き、鉛玉は男の腕を勢いよく貫通した。苦悶の声を漏らしながら腕を抑える残党兵に、迫りくる影がもうひとつ。
「……最初は、憎くない敵を斬れるのかと思ったが」
爪から溢れる朱で濡れた妖刀を、確りと握りしめた人狼少女――りょうだ。刀身を妖しく煌かせて、少女はふわりと男の懐に潜り込む。そして少しだけ腕を引いた後、――ぶすり。敵の腹へと妖刀を突き刺した。
帝国の“狗”を手に掛ける喜びに、狗殺しの妖刀は爛々と煌いて。今はその切っ先を、機械仕掛けの男の背中から覗かせている。
「貴様っ……」
『形勢逆転』とは気持ちが良いものだ。悔しげな男の聲に、自然と口角を上げるりょうは、其の身に流れる“衝動”に思いを馳せる。
りょうが情や怒り以外の動機から戦うのは、今回の仕事が初めてだった。だから、常よりこの刃が鈍るのではないかと、彼女は密かに懸念していたのだ。
しかし其の懸念は杞憂だったらしい。――現に彼女はこうして、碌に知りもしない男を妖刀の贄としている。
――人狼の性、か。
男の身体から刀をずぶり、力を篭めながら抜けば、りょうの心に仄暗い愉しさが湧きあがる。闘争における命の遣り取りは、彼女が内に秘める獣性を満たすに相応しい。
秘めた感情を気取られぬよう、少女は再び敵の腹を蹴り物理的な距離を取る。腹から盛れる冷却液を抑える男が倒れ込んだ先、宙に浮かぶ無数の銃口が彼を狙っていた。
「さあ、骸の海へと還りなさい。亡国のエージェント!」
凛と響いた麗人の聲を掻き消すように、鉛の雨が轟々と降る――。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
六条寺・瑠璃緒
出遅れた…花の世話に夢中になりすぎて居たみたい
黒幕は君かい
君が逃げるなら、構わない
音速の数倍の速さで追う迄だ
UCを発動し、接敵
「君の矜恃は立派なものだ。亡國への忠義など、ヒトですらそう易く持ち得ないものだろう」
僕にも、物好きな機械の友人が居る
ゆえに、君には愛惜を覚えるよ
Nocturneで絡め取りつつ生命力吸収を
機械と云えど命は有るのだろうから
「だからこそ逃すことは出来ないけれど、君の勇姿は覚えておくよ」
攻撃は透過しつつ、折を見てSerenadeでカウンターを
嗚呼、其れにしても、機械もヒトも、聞けば聞くほどにそう変わらないものだね
花を…一輪くらい貰って来れば良かったか
…怒らないで、善意だから
●
無数の銃弾に貫かれ蜂の巣と成った帝国エージェントは、それでも未だ稼働することが出来た。穴の空いたコートを脱ぎ捨て、被弾の衝撃で取れた帽子を被りなおす。
腹に空いた穴を検めれば、冷却水の放出は既に止まっていた。修繕ドックに入らない限り、この疵が塞がる事はないだろう。――ならば、早く脱出しなければならない。
機械の男はスーツケースを抱え、逃亡のための一歩を踏み出すが。其の歩みは新たな猟兵に阻まれる事と成る。
「黒幕は君かい」
朽ちた昏い船の中、その聲は場違いな程によく響いた。まるで此処が舞台上であるかのように――。
ヒトよりも精巧な聴覚センサーが、当然その響を無視する筈もない。かつり、脚を止めた男が振り返った先、赤いモノアイに映るのは――其の身に翳を孕んだ、美貌の少年の姿。
「だとしたら何だ。道を開けろ」
人なら思わず見惚れてしまうような、彼――六条寺・瑠璃緒の立ち姿にも心を動かさず。会話は無用とばかりに、男は月並みな台詞を言い捨てる。
そのようなな不粋に動じる瑠璃緒では無い。不気味に輝くモノアイを灰の眸で静かに見据えれば、彼の足許から仄かな闇が湧きあがる。
「君が逃げるなら、構わない。――音速の数倍の速さで追う迄だ」
その宣告は何処までも静謐で、だからこそ冷徹だった。仄かな闇、すなわち昏い神気を全身に纏った瑠璃緒は、其の躰を本来の姿――神霊の姿へと転じた。
ぞっとする程の神々しさと、ほんの僅かな禍々しさを纏い、美貌の少年は宙を翔る。そして神たる彼は天の上から、自身の姿を追う単眼へと慈悲を賜すのだ。
「拍手喝采は許してあげる」
裏を返せばつまり、それ以外は受け取って遣らないと云うこと……。滑り込むように敵の懐へと舞い降りれば、其の身を彩る夜半の闇で男を包み込んだ。
「――笑わせる。私が喝采を捧げるのは、皇帝陛下ただひとり」
高らかな宣言と共に、エージェントの眸が金色に灯る。――彼はその寿命を代償に、歴戦のウォーマシンとして覚醒したのだ。
男は機械の腕を手刀とし、その鋭い一閃で纏わり付く闇を薙ぎ払った。まるで、少年の慈悲など拒むかのように。
当の瑠璃緒は気を悪くした様子も無い。彼は諜報員が見せた忠義に灰の眸をゆるりと細め、至極穏やかに言の葉を紡ぐのだった。依然として纏う闇を嗾けながら――。
「君の矜恃は立派なものだ」
神である彼は気骨ある者ならば、たとえ敵であっても賛辞を惜しまない。機嫌を損ねた機械兵の腕から重たい拳が飛んできたが、そこは神霊の躰で透過して事なきを得た。
「亡國への忠義など、ヒトですらそう易く持ち得ないものだろう」
いくら拒絶を受けても、凛としたその姿勢を崩すことなく、瑠璃緒は慈悲を示し続ける。
実際、慈悲のこころを抱く度に、瑠璃緒は強くなる。しかし、彼の慈悲は総てが打算によるものではない。瑠璃緒にも、物好きな機械の友人がいる。だからこそ、亡國のエージェントに抱く想いは敵意だけに在らず。
「君には愛惜を覚えるよ」
その台詞に滲んでいた優しさに、機械の男が気付くことはあるまい。相変わらず絡みつく闇を重い脚で踏みつけ、時には拳で振り払いながら、男は彼の慈愛を一蹴した。
「貴様の寵愛など、要るものか」
されど――機械の男は既に、瑠璃緒の掌中に在る。なにせ彼が操る夜想の彩は、男の躰に絡みつく度に、その生命力を刈り取っているのだから。
――機械と云えど、やはり命は有るのだろう。
だからこそ、エージェントを逃す訳には行かなかった。命有るモノにはこころが宿り、こころ有るモノには意志が宿る。――ゆえに、残党兵たるこの男にもきっと、帝国復興の意志がある筈だ。そして、それは何れ、世界を滅ぼす歪みと成る。
「君の勇姿は覚えておくよ」
自らの愛惜と世界の運命を天秤にかけて想い悩むほど、瑠璃緒は青くない。見送るのは慣れている、とばかりに紡いだ言葉が気に喰わなかったのか。機械仕掛けの長い脚が、少年を蹴り倒そうとするが――。
その攻撃は盾のように顕現した、朧な白い翼により防がれた。役目を果たした翼は誇らしげに羽ばたいて、戦場へと白羽根の雪を降らせていく。
「……ッ!」
そして、それは不敬なエージェントへ凶器と成って降り注ぐ――。
――嗚呼、其れにしても。
機械もヒトも、聞けば聞くほど、見れば見るほど、そう変わらないものだ。防御姿勢だってほら、こんなにも似通っている。
白羽根に切り裂かれる男を観つめる、瑠璃緒の胸には憐憫の念が湧いていた。きっと彼は此処から逃げられない。ならば、せめて――。
「君を送る為の花を……一輪くらい貰って来れば良かったか」
その台詞を聴覚センサーが耳聡く捉えたのだろうか。金の眸を苛烈に輝かせた男は、少年を睨めつけた。
「……怒らないで、善意だから」
それに――。
花の馨も躯の海までは、きっと届かないだろうから。
大成功
🔵🔵🔵
メンカル・プルモーサ
◎☆
……ここで逃すとまた厄介なことになりそうだし……逃がさないよ……
帝国はもうなくなったのだから諦める…とも行かないよね…それは判る…
…さっきの戦闘で何処まで情報漏れたかだけどまあ、やりようはあるか…
まずは【空より降りたる静謐の魔剣】を数回放って敵の●ハッキングを誘うよ…
…そしてその電脳魔術を解析…仲間のUCへの●ハッキングに合わせて【崩壊せし邪悪なる符号】による術式のカウンターハッキングで無効化するよ……
…ウォーマシンを出して…と言うか変身してきたらハッキングでセンサー類を狂わせて援護だな…
術式も交えて相手の足止めと妨害に専念しよう……
草野・千秋
◎☆#
まだ帝国兵の残党が残っていたのですね
命を持たないものとは言え探査機が捨て駒にされたようで
なんとも言えない表情をしつつ
亡国の栄光にすがるとはまた虚しいことです
もうその国はないのですよ
僕は守らねばならないのです
SSWの人たちを、そこに咲く綺麗な花を
見立ててもらったんですよ、愛しいあの人への花を
勇気で戦いに立ち向かいます
UCで防御力上昇
スナイパー、2回攻撃で攻撃
敵が白兵戦型ウォーマシンに変身するなら
怪力、グラップル、2回攻撃に切り替えこちらも白兵戦で挑む
鋭利な帽子に向かってはスナイパー、一斉発射、早業で打ち落とす
敵攻撃は戦闘知識、第六感でかわし
激痛耐性、盾受けで耐える
●勇気を胸に、知性を眸に
操縦室の床に散らばる白い羽根を、苛立たしげに踏みつけながら。機械仕掛けの男は自身の損傷を検分する。――未だ、大破には至らない。其れだけ分かれば十分だった。
所々破れたネクタイを締め直しながら、かつての帝国エージェントは来たる敵を迎え撃つ。
「まだ、帝国の残党が残っていたのですね」
操縦室に現れた猟兵はふたり――。
その内のひとりである草野・千秋は、エージェントを見るなり複雑そうに眉を下げた。彼を見るとどうしても、星海で戦ったあの探査機たちを想い出して仕舞うのだ。
命を持たない“もの”とは言え、彼等は確かに捨て駒にされていた。その事実が、正義感の強い彼の心を沈ませる。
「ここで逃すとまた厄介なことになりそうだし……。逃がさないよ……」
もうひとりの猟兵――メンカル・プルモーサもまた、エージェントの前に立ちはだかった。知識欲の強い少女にとって、スペースシップワールドは大事な研究対象である。それを荒される恐れがあるのだから、彼の逃亡は見逃せない。
「――ならば、貴様らを片付けた後に、堂々と出て行くとしよう」
男が放つ殺気が強くなる。肌がひりつく程のプレッシャーにも圧されず、勇気を胸に飛び出したのは千秋だ。
「もう貴方の国はないのですよ。それなのに何故」
諭すように言葉を紡ぎながら、千秋は銃火器の照準を素早く目標に合せて引鉄を引く。銃声は1発、されど放たれた弾丸は2発――。
「決まっている。あの銀河帝国の栄光を、もう一度この手に!」
宙に伸ばされた機械仕掛けの手を、2発の弾丸が貫いた。然し、当の男に憔悴の様子は無い。見ればエージェントの赤いモノアイが、鮮やかな黄金へと移り変わっているではないか。歴戦のウォーマシンへと覚醒した男は、随分と頑丈なようだった。
「……亡国の栄光にすがるとは、また虚しいことです」
憐れむように眸を伏せた青年は、銃火器を仕舞い込み、拳をぎゅっと握りしめてファイティングポーズを取る。相手が白兵戦に長けているなら、此方も白兵戦に臨むまで――。
「援護する……」
少女の頼もしい申し出に頷いて、千秋は敵の元へと走り往く。その背を見送ったメンカルは、蒼い眸を瞼に隠し朗々と詠唱を語り始めた。
彼女の足許には蒼い術式が展開され、何処からか吹いた風が彼女の白衣と灰の髪をふわりと浚う。
「停滞せしの雫よ、集え、降れ。汝は氷雨、汝は凍刃。魔女が望むは数多の牙なる蒼の剣」
完璧な詠唱と共に出るは、無数の魔剣。それらは、虚空より現れるや否や、勢いよくエージェントに向かって落下していく。
「そんな玩具が当たると思われてはな」
その術式が喚んだ魔剣は、その数325本。あまりにも殺意が篭り過ぎていた。――ゆえに、男は其れが陽動であることに気付かない。
帽子を目深に被った男は、降り注ぐ剣へと意識を集中させ――ハッキングは即完了。メンカルの術式は電脳魔術で紐解かれ、無数の魔剣は虚空へと還って行く。
少女はアルゴスの眼で其の様を、――彼の電脳魔術が彼女のセンサによって紐解かれて行く様を、ただじっと見つめていた。
金の眸に覚醒したエージェントは、寿命を削りながらも、俊敏な動きで千秋を相手取る。機械仕掛けの長い脚が腹にめり込めば、青年は思わず片膝を付いて蹲る。口端から血を垂らし咳込む千秋を、機械の男は今まさに踏みつけんとする。
「……そうはさせない」
状況を見守っていたメンカルは、腕に取り付けた小型コンピューターを急いで起動し、敵のセンサー系統をハッキング。足元を狂わせた男は、何もない地面を強かに蹴り上げた。
「――チッ」
その一瞬のミスが、戦場では致命傷となる。舌打ちに似たノイズが男の貌から零れたのと、蹲った青年の腕が男の足を掴んだのは、恐らく同時であったのだろう。
千秋は機械仕掛けの足を掴む腕に渾身の力を篭めて、男の躰を引き倒す。そうして素早く立ち上がれば、態勢を整える為に一旦敵と距離を取った。
口端にこびり付いた赤を拭いながら、優しげな緑の眸を静かに燃やす。
「僕は負けられないんですよ」
――僕を信じてくれた人の為にも!
彼の心に湧き上がるのは、決して挫けない正義の心。それは確かな力と成り、彼の守りを堅牢なものにしていく。
「くだらんな。その信頼ごと折ってくれよう」
エージェントは再び帽子を目深に掴み、千秋が紡ぐ術へと意識を集中させる。――その瞬間を、メンカルは待っていた。
「邪なる力よ、解れ、壊れよ」
ともすれば焦燥に振り回されそうになる己に目を瞑って。冷静に紡がれ始めた詠唱と共に、彼女の足許には再び術式が展開される。されど、編む内容は先ほどとは異なるモノ。
「汝は雲散、汝は霧消。魔女が望むは乱れ散じて潰えし理」
――“崩壊せし邪悪なる符号”、展開。
彼女が編んだ術式は、情報を分解する魔術。すなわち、敵と同じユーベルコードを無効化する術式である。彼女は先ほど、敵の電脳魔術を完璧に解析している。ゆえに、成功率は期待できるだろう。しかし、問題はその速度である。
メンカルの術式と、帝国エージェントの電脳魔術。情報戦を制したのは果たして――。
――ハッキング、エラー。
「何!?」
「間に合った……」
想定して居なかった出来事に、冷徹さを引き剥された男が吠える。メンカルは其れを見て、自らの勝利を悟った。漸く解れた緊張にほっと胸をなでおろせば、自分が僅かに汗をかいていることにようやく気付く。
後方支援に徹していたメンカルもまた、戦場で不安や恐怖と戦っているのだ。其れに気付かなかった帝国兵が、この戦いを制することが出来なかったのも当然であろう。
「嗚呼……探査機を狂わせたのは貴様か。礼はさせて貰うぞ!」
事前の探査が上手くいかなかった原因に漸く辿り着いた男は、メンカルの方へと駆ける。あろうことか、戦闘態勢を整えるヒーローに背を向けて――。
「帝国はもうなくなったのだから諦める……とも行かないのはわかる……」
けれど、猟兵が此処で退く訳には行かないのだ。自身に向かってくる敵を前にしても、メンカルは決して逃げない。新たに編んだ術式で、襲い来る敵の脚を止めて邪魔をする。
それでも尚、彼女の術式にしつこく食い下がってみせた男が、少女の首を掴もうと腕を伸ばしたその瞬間。
「――僕は、守らねばならないのです」
挫けない正義の心で自身に完全な強化を施した青年が、男の腕をギリリと掴みあげる。渾身の力を込めて敵の拳を押し返せば、もう片腕の拳も飛んで来る。
「放せ!」
男の動きはヒトとそう違いは無い。だからこそ、千秋は自身の持つ戦闘知識と第六感をフル稼働させ、敵の動きを読み切った。――次の拳は、恐らく顔面に飛んで来る。
読み通りに遣って来た重い拳を受け止めて、千秋は己を奮い立たせるように胸中で言葉を紡いだ。
――この世界の人たちを、そこに咲く綺麗な花を、守らなければ。
愛しいあの人への花だって、自分たちの後ろで待機している艦で見立てて貰ったのだ。だからこの戦いは、彼にとっても譲れない勝負であった。
「絶対に貴方を倒します!」
胸の奥から湧き上がる力に身を任せれば、腕に全体重をかけて、組み合う敵を突き飛ばす。男がバランスを崩した其の瞬間、千秋の鋭い拳が機械仕掛けの腹を強かに打ち付けた。
あまりの衝撃に聲もなく宙を舞った男は、其の躰から不穏な電流を放ち続けている。黄金に輝くモノアイが一瞬だけ色を失くし、すぐに芒と赤い煌きを灯した――。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
清川・シャル
f04633 あーちゃんと同行
どんな理由があれ、無力のものを攻撃するの良くないです。今回はお花なんだけど。
綺麗だったんですよ。あーちゃんとの思い出も増えたんだから、絶対守るんです。
逃がしませんよ。
先手メインはあーちゃんに任せつつ
私は敵の攻撃が当たらないようにあーちゃんに気を配りながら氷盾を何時でも展開出来るようにしておきます
同時に動きを封じる為にぐーちゃん零に氷の魔弾を打ち込み、凍らせる狙い
毒使い、マヒ攻撃、呪殺弾も付与可能な魔弾を念動力で確実に当て、制圧射撃、範囲攻撃、吹き飛ばし狙い
上手く行けばそーちゃんを担いで前衛に出ます
UC発動
呪詛を捨て身の一撃を、なぎ払いつつ鎧砕きを狙います
アオイ・フジミヤ
シャル(f01440)と
あなたを逃すわけにはいかないわ
宇宙に生きる人たちを一方的な力で押さえつけるのは許さない
花を愛する人々と、花を運ぶ船を守りたいの
UCで勿忘草の雨を降らそう
花は非力ではない、仕込み帽子の攻撃を相殺する
広範囲にわざと攻撃して意識を集める
おそらくハッキングで相殺されるので、
シャルの氷盾を信じ、自分の盾受けも使って
あえて前に出て衝撃波で攻撃
あとはシャルにバトンタッチ
高火力の攻撃だから大丈夫だとは思うけれど
シャルに攻撃が及ぶようならひたすらにUCを高速詠唱
あなたは感じないでしょうね
力で押さえつけようとするものの本当の美しさを
私の友達はこんなに美しく強い
●花雨と桜鬼
苦々しげなノイズを漏らしながら、帝国エージェントは床から起き上がる。殴られ凹んだ腹部パーツを検める彼のモノアイは、従来通りの赤い輝きを放っていた。
「パーツの交換が必要だな。――しかし、この脚は未だ動く」
ボロボロに成って尚、逃走の希望を喪わない男に対峙するのは、蒼い乙女――アオイ・フジミヤと、羅刹の少女――清川・シャルのふたり。
「あなたを、逃すわけにはいかないわ」
蒼い乙女がさらりと言の葉を紡げば、男の赤い眸が音を立てて彼女を睨めつける。モノアイの凝視には底知れぬ不気味さを感じるが、アオイがそれに動じることは無い。――彼女の隣には頼もしい友人が居るのだから。
「宇宙に生きる人たちを、一方的な力で押さえつけるのは許さない」
決意を秘めて放つ言葉は、碧い眸で前を見据えて確りと。常ならば軽やかに響く聲も、今日ばかりは重さを纏う。それはアオイが、心から花を愛しているから。
――花を愛する人々と、花を運ぶ船を守りたい。
だからこそ、蒼い乙女のこころは奮い立つ。ここで男を逃がしてしまえば、真っ先に狙われるのは恐らく、後方で待機するあの花咲く船だ。
花と人を結びつける仕事――花屋を営む彼女に、そんなことを見逃せるわけが無い。
「うん、逃がしませんよ」
友人の真剣な眼差しを横目で見た少女もまた、同じことを想ったのだろう。その胸に決意を抱きながら、大きな頷きをひとつ。
――どんな理由があれ、無力のものを攻撃するのは良くないです。
漸く銀河帝国の脅威から解放されたこの世界で、穏やかに生きる人々の営みを、今更邪魔しようとするなんて許せない。
――それに、あーちゃんとの思い出も増えたんだから。
シャルの脳裏で鮮やかに蘇るのは、傍らの友人と巡った花屋の記憶。この世界に咲く花は、どれも一生懸命に咲いていて、とても綺麗だった。
ふたりの想い出の場所が、今日またひとつ増えたのだ。だから、この世界も花咲く船も、――絶対に守ってみせる。
「そうか。……では、此処で散るがいい」
呆れたように言葉を吐き捨てた男が、ぱちんと指を鳴らした。――途端、ふたりへ向けて刃を仕込んだ帽子の群れが襲い来る。
「あーちゃん!」
「任せて、シャル」
友人に確りと頷いて、蒼い乙女は魔道書を開く。風も無いのに捲られゆく頁に視線を落しながらも、彼女が戦場に招くのは“碧き春”。
「私の“海”、遊んでおいで」
手に抱いた少年少女の物語へと優しく語り掛けてやれば、はためく頁が一枚ずつ海色の花弁へと転じて行った。それらは、淡い彩の雨となり戦場へと降り注ぐ。
海から訪れたような雨は、宙を縦横無尽に飛ぶ帽子を次々に撃ち落とし、敵の攻撃を無力化していった。されど、刃が鈍く煌く帽子は幾らでも湧いて来る。
「花ごときで私を止められると思ったか」
舐められたものだ、と。花嵐と距離を取りながらも、せせら嗤う男の聲に首を振り。アオイは戦場全体を埋め尽くすように海彩の花を降らせ続けた。
花は必ずしも非力では無い。この花嵐は現に敵の攻撃を相殺しているし、今から目晦ましにも成るのだ。
敵の攻撃を抑えるアオイの様子に気を配りながらも、シャルはライフルの銃口を敵へと向けた。狙いを合わせるのもそこそこに、次々に引鉄を引いて様々な銃弾を撃ち込んでいく。
襲い来る凶弾を知覚した男は、素早い動きで躱そうとするが。彼女の放つ弾丸は、念動力で其の軌道が調整されている。ゆえに、其の魔弾から逃れる事など出来ないのだ。
「チッ……鬱陶しい連中め」
冷徹な男が悪態を吐くのも無理はない。逃げ延びる為の脚に凶弾を受け、その衝撃で壁へと吹っ飛ばされたのだから。
脚に張り付く氷は彼の動きを鈍らせ、立ち込める冷気で男の命を削って行く。赤いモノアイで戦場を見渡せば、未だに降り注ぐ碧い花雨が複製した帽子を殲滅しかけていた。
「――嗚呼、邪魔だ」
忌々しげな台詞と共に男は帽子を目深に被り、意識を集中させる素振りを見せる。――電脳魔術のハッキングだ。
敵が編んだ魔術は不粋にも乙女が降らせる魔法の種を解き明かし、戦場に降り注ぐ春を追い払った。
「シャル、お願い」
「うん。あーちゃんの事も、絶対に護るから!」
気心の知れた友人同士、その一言で互いのやるべき事を悟る。シャルは急ぎ氷の盾を蒼き乙女の前へと展開し、アオイは少女とその盾の力を信じ、敢えて前へと出て見せる。
――ただ、護られるだけなんて嫌。
自身もまた氷の守護を与えてくれた少女や、大切なひとを守り、隣で共に歩んで行きたいと願う乙女は、覚悟を決めて敵の懐へ潜り込んだ。
そして鮮やかな花火が咲く霊符を、思い切り機械仕掛けの躰へと投げつけた。大切な記憶は彼女に確かな力を与え、碧い衝撃波がエージェントに襲い掛かる――。
轟音と衝撃が消え、やがて戦場に静けさが訪れる。敵は何処か、と首を巡らせる乙女の蒼い眸は、未だ晴れぬ鉄埃の奥――よろめきながら辛うじて立って居る男の姿を捉えた。
すぐさま畳み掛けるように、海の彩を喚ぼうと詠唱を零しかけた乙女の貌へ、機械仕掛けの腕が伸びる。
「そう易々と同じ手を喰らうものか」
攻撃を阻む氷の盾を何度も殴りつけながら、男は苦々しげに赤い眸を明滅させる。氷の盾に蜘蛛の巣の如き罅が広がって行く様を、アオイはじっと見つめていた。
「あなたは、感じないでしょうね」
力で押さえつけようとするものの本当の美しさなど、きっと機械仕掛けのこの男には分るまい。彼の持つ力はただの暴力であり、そこに優しさや温かな感情など、無いのだから。
「くだらんな。美しいのは、滅亡せし我らが帝国のみ」
吐き捨てる様に紡がれた台詞と共に、氷の盾がぱりんと割れる。詠唱などさせるものかと、機械仕掛けの腕が乙女の頸に伸ばされた。
「あーちゃんに、触らないで」
その刹那。少女の大人びた聲が、男の聴覚センサーに届く。同時に機械仕掛けの体に襲い掛かったのは、酷く重たい衝撃。――無数の棘が実った桜色の金棒による殴打だ。
「……!」
鉄屑を飛ばしながら吹き飛んで行った男を見つめるシャルの眸には、確かに修羅が宿っていた。金棒を引き摺りながら、羅刹の少女は敵の落下地点へと駆ける。
少女らしからぬ怪力で思い切り金棒を振り上げれば、思いつく限りの呪詛を込めて、無骨な敵へと振り下ろした。
「私の友達を傷つけようとした貴方を、絶対に許しませんから」
何かが潰れたような音と共に、操縦室の一角が金棒の余波で激しく凹む。母親譲りの其の苛烈な技は“鬼神斬”。地獄の鬼の元へ敵を招く、苛烈なる一撃だ。
無残に潰れた腕から、濁った冷却水と火花を撒き散らす男を遠目に眺めて、蒼き乙女は思う。あの男にはやはり、押さえつけようとする者たちの強さも、美しさも分らなかったのだ。
「私の友達は、こんなにも美しく、そして強い」
アオイが感嘆の吐息と共に芒と零した言葉は、果たして可憐な少女の耳朶に届いただろうか――。
勿忘草の馨が仄かに漂う部屋のなか、鈍い打撃音がもう一度響く。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
御形・菘
お主が何の目的で活動をしようが、妾にとってはどうでもよい! むしろスパイ超カッコ良い!
その手段として花を踏み躙ろうとした、その一点がお主の許されざる罪!
この件を最初に聞いた時点から、お主に使う技は決まっておった!
右手で、眼前の空間をコンコンコンっと
はーっはっはっは! ようこそ妾の統べる世界へ!
お主は僅かにも心が震えまい、実に哀れで嘆かわしいぞ!
さあ出し惜しみなく見せるがよい、お主の全力を!
そして妾はそれを凌駕しよう、エモさでもってな!
攻撃力が限界まで高まった妾の左腕で、ボコり倒してくれよう!
この場にロボを招くのは割とレア、真正面から殴り合ったらさぞや素晴らしい記録となるに違いない!
●散華世界にようこそ
潰れて火花を散らす片腕を検分するエージェントの貌には、相変わらず赤い輝きが灯るのみ。
もはやこの有様では使い物に成らぬ――と。躊躇なく自らの腕を千切り捨てた彼は、スーツケースから取り出したスペアパーツを嵌めこんだ。
「暫く馴染まないだろうが……。鼠ひとり位なら、問題なく相手取れるな」
関節の動きを確かめていた男が、刺すような視線を向けた先には、蛇とドラゴンを掛けあわせたようなシルエットのキマイラ――御形・菘が立って居た。
「蛇神たる妾を前にして鼠とは……面白いなお主!」
大蛇の如き下半身を妖しくくねらせながら、菘は男の無礼を鷹揚に笑い飛ばす。対する機械仕掛けの男は、冗談など解さぬ様子。苛立たしげに新品の指を動かして、また直に訪れるであろう激戦へと備えている。
「貴様の遊びに付き合っている暇はない。そこを退け」
「お主が何の目的で活動をしようが、妾にとってはどうでもよい! ――むしろスパイ、超カッコ良い!」
押し通ろうとする男の前、菘はぬるりと立ちはだかり、不敵に長い舌を覗かせ笑った。……かと思えば、眼前に居るスパイの見本のような男に、ついつい本音を漏らす。
こいつも邪魔をする気か、と。怪訝そうに自分から距離を取る男を上から下まで見回して、蛇神たる彼女は高らかに宣告した。
「その手段として花を踏み躙ろうとした、その一点がお主の許されざる罪!」
“エモい”動画の配信者である菘は、日頃から花々の世話に成っているのだ。彼女の動画を彩る花々への侮辱は、すなわち菘自身への侮辱でもある。――ゆえに彼女は、帝国の残党兵を見逃せない。
「花など何の役にも立たぬ飾りだろう」
それがどうしたと云わんばかりの男の態度に、大袈裟な溜息を吐いた菘は、ヒトめいた右手を宙に掲げて、ゆるく拳を握る。グリモアベースでこの件を聴いた時から、無骨な帝国のエージェントに、この技を見せつけてやりたいと思っていた。
「その台詞、後悔するでないぞ?」
ニヤリと妖しげに笑った菘は、眼前に広がる空間をきっちり3回ノックした。一体何をしているのかと、男が怪訝そうに赤いモノアイを点滅させた瞬間。――朽ち果てたこの戦場に、色とりどりの花々が咲き乱れた。
戦場を彩るのは、本来地面に根付く事の無い薄紅色の“蓮花”たち。そもそも、宇宙に花が咲く事などないのだ。そう考えると、この戦場にお誂え向きの花ではないか。
システム・フラワーズの粋な導きのエモさに人知れず感動しながら、菘は戦場中に高笑いを響かせる。
「はーっはっはっは! ようこそ妾の統べる世界へ!」
「なんだ、これは……」
さしもの帝国エージェントも、これには面食らわざるを得なかった。システム・フラワーズに値する発明は、未だこの世界に存在しない。――ゆえに彼は、この術を正しく理解することが出来ないのだ。
「お主は僅かにも心が震えまい、実に哀れで嘆かわしいぞ!」
甘やかな馨に包まれてうっそりと笑う菘のこころは、画面映りの素晴らしさに高揚を続け、留まるところを知らぬ。
けれども、機械の男にとってこの光景は、ただの舞台セットにしか見えないのだ。情緒に欠ける男は、憐憫の響きに矜持が傷つけられたことを知り、その赤い眸を煌々と燃やした。
「こんな手品に、惑わされる訳がないだろう」
機械仕掛けの掌で貌を覆った男は、反論を重ねながら腕を降ろす。彼の眸はいま、黄金色に輝いている。――その寿命を代償に、歴戦のウォーマシンとして覚醒したのである。
「さあ出し惜しみなく見せるがよい、お主の全力を!」
強化された敵を観る菘の眸が、愉しげに三日月を描く。この場にロボットを招くなんて、滅多にないことだ。真正面から殴り合ったら、さぞや素晴らしい記録となるだろう。
「そして妾はそれを凌駕しよう。エモさでもってな!」
菘の竜爪の如き左腕には、既に力が漲っていた。華に彩られたこの世界は、菘に果てしないほどの感動と高揚を与えてくれている。
“エモい”という感情が有る限り、彼女がこの空間で負ける事など有りはしないのだ。
「笑止。情緒など家畜の餌にして仕舞え」
反論する男の聲は何処までも冷徹だ。機械仕掛けの脚が床を蹴り、エージェントは鋼鐵の腕を大きく振り被る。対する菘は、邪神に相応しい貫録で敵の突進を待ち構え、鏡合わせのように大きく左腕を振り上げた。
「ならばお主は、その家畜の餌に負けるのだ!」
双つの拳がぶつかり合う――。其の衝撃は空気を激しく震わせ、朽ちた船の壁を無残に剥ぎ飛ばした。
――ぱきり。
打合いを制した菘の拳が、男の拳を容赦なく殴り飛ばす音が響く。
悠然と笑う蛇神の御前にて。機械仕掛けの男は信じられない物を見るように、眸に宿る金の灯を明滅させていた。
成功
🔵🔵🔴
ジュリオ・マルガリテス
ご機嫌よう、紳士殿!
愛ある追い掛けっこなら歓迎だけれど
どう転んでも悲劇になりそうだ
やれやれ、私も腹を決めるとしよう
話し合いの解決は、はなから期待していないのでね
野蛮な振る舞いをお詫びしよう
私は少々怒っているんだ
一つだけ聞かせておくれ
…君は、使役される者の気持ちを考えたことはあるのかい?
用済みだと見捨てて遺棄するだなんて
余りに酷いじゃあないか?
今にも泣き出しそうな心に蓋をして、無駄だと識り乍らも尋ねていた
…私もヤドリガミだからね、感傷的になってしまったのさ
私はね、ムッシュ
使役者を大切にしない主人は大嫌いなんだよ
心から血飛沫を散らすように
Rose de sangをお見舞いしよう
これが貴方への餞だよ
●紅薔薇葬送
蓮花の馨が残る戦場に取り残されたエージェントは、吹き飛ばされた己の掌を拾い上げる。腕から垂れた導線と掌を繋ごうとするが、工具も無い此の場ではうまく接続できる筈もなく――。男は結局あきらめたように、機械仕掛けの掌を乱雑に投げ捨てた。
「ご機嫌よう、紳士殿!」
昏い船に不似合なほど爽やかな聲が響けば、赤いモノアイがぐるり、新たな敵へと焦点を合わせる。
「……あまり、機嫌は良くないようだね」
穏やかな笑みを湛えた青年――ジュリオ・マルガリテスは、芝居掛った仕草で肩を竦めて見せる。その悠然とした振る舞いが男の気に障ったのか、赤く輝く単眼から刺すような視線が向けられた。
――やれやれ、私も腹を決めるとしよう。
モデル兼俳優であるジュリオにとって、『愛のある追い掛けっこ』は、慣れっこであり歓迎するところである。
しかし今回彼が挑む演目は、命を掛けた追想劇である。どう転んでも悲劇になる事は間違いないだろう。
世界の為に大人しくやられて下さいと頼まれて、「はいそうですか」――なんて、頷く敵など居ないのだ。それを分かっているからこそ、ジュリオは話し合いでの解決など期待していない。――残党兵の生に幕を引くため、彼はこの戦場へと遣って来たのである。
「君を見逃す事など出来ないんだ。野蛮な振る舞いをお詫びしよう」
礼儀正しく腰を追って見せれば、対峙する敵からは舌打ちじみたノイズが零れた。その悪態の付き方がヒトに似ていたものだから、ジュリオの眉が迷うように下がった。
「貴様ら、私に何か怨みでもあるのか」
帝国エージェントからしてみれば、猟兵達は初対面の癖に逃亡を阻止してくる、厄介かつ不可解な存在である。
ゆえに手酷くボロボロにされたこの男から、怨み言のひとつやふたつ、漏れ出たとしても仕方のない事だろう。
「怨みと言うほどでもないけれどね。――でも、私は少々怒っているんだ」
モノクルの硝子越し、翠の眸が湧きあがる感情に揺れる。彼はそれを“怒り”であると称していたが、恐らく実際は違うのだろう。
ジュリオのこころは今、泣き出しそうな程に震えているのだから。
「……君は、使役される者の気持ちを考えたことはあるのかい?」
ジュリオは探査機戦において、対峙している男の聲を聴いていた。ゆえに、この冷徹な男から彼が求める答など、帰ってこないであろうことなど識っている。――それでも、尋ねずには居られなかった。
ジュリオもまた、モノクルすなわち無機物を本体とするヤドリガミである。彼は幸いにも主人に恵まれ、ヒトの身体を得ることが出来た。だからこそ、使い棄てられた“モノ”を見ると、彼等の無念を想い感傷的に成らずには居られないのである。
「用済みだと見捨てて遺棄するなんて、余りに酷いじゃあないか?」
「何の話かと思えば、探査機どものことか。馬鹿馬鹿しい」
やれやれと、ニヒルに首を振る男から、探査機たちへの想いなど微塵も感じられない。無事な腕で面倒そうに帽子を弄りつつ、残党兵は冷徹な響きで諭す言葉を切り捨てる。
「連中に慈悲は無用。任務を全うできないならば、我ら機械に存在意義など無い」
自分は探査機たちとは違うと、言外にそう告げる男の傲慢を目の当たりにして、青年は悲しげに瞳を伏せた。
エージェントも、ジュリオも。ヒトの手によって生み出された存在なのに、抱いてる思想も価値観も全く違う。理解しあえる日など、きっと永遠に訪れる事はないのだろう――。
「私はね、ムッシュ」
ゆえに青年は、美しい世界を映す為の双眸で、確りと男の貌を見据える。分かり合えなかった悔しさに、今だけは蓋をして。
「――モノを大切にしない主人は、大嫌いなんだよ」
湧き上がるとめどない悲しみに、心が血飛沫を散らすかの如く。彼の革命剣が薔薇の花弁へと転じて行く。優雅に巻き起こる真紅の花嵐は、亡國に縋る男の身体を苛烈に切り裂いた。
「これが貴方への餞だよ、ムッシュー」
躯の海にも此の薔薇の馨が届くようにと、密やかな希いを込めながら。情緒の欠けた男へと、ジュリオは別れの花嵐を手向けるのだった――。
成功
🔵🔵🔴
日埜・晴翔
アドリブ、連携歓迎
ブルスクは見たくねぇが、それを立て直すのも楽しそーじゃん
電脳世界伝いに【ハッキング】して、システムエラーの修繕を優先。
ゲームキャラを召喚(UC)し、攻撃の誘引に20体、自身の守護に2機合体させた2体使用。
修繕の見込みがなかった場合でも【時間稼ぎ】と【だまし討ち】の為に作業は続行。いざという時は【逃げ足】で回避。
ハッキングで解析できた部分があれば【暗号作成】でデータを暗号化して味方に共有。
追い詰めたと思ったか?まだ残機はあるんだぜ!
ピンチになった時、もしくはチャンスが巡ってきた時に残機2体を合体させて攻撃。
もし残機が殲滅したら楽しそうに笑って生身特攻。
ゲームはこうでなくちゃな!
レッグ・ワート
だめに決まってんだろ。そちらさん逃げたら厄介も物騒も増えるわ。
とりま俺は逃走防止の嫌がらせ。バイク乗りいるのに宣言したり、操縦室で堂々って事は足持ちかね。いつから青画面だったかも知れないし、時限式に隔壁か何か操作した可能性もあるか。とりまルート割り出したり潰せる奴いればかばいながら時間稼ぐ。
戦う時は前出る。見切り避け武器受けしつつの鉄骨ぶん殴り。各位置情報収集にドローン放して、出入口やら壁際やら距離とられ難いようにしていくよ。向こうの被弾嵩んだら仕掛ける際音で察せる事もあるだろうし、聞き耳も忘れずにだ。物騒レベル上げそうなら、少しでも怪力で押えてそのまま無敵城塞といきたいね。オンオフは適宜な。
●It is what it is.
薔薇の花嵐に捲かれた帝国エージェントは、其の躰に無数の疵を負っていた。自身の損傷状況をスキャンすれば、想像通りブレインからは既に黄色信号が放たれている。
胸裏にじわりとが広がって行く焦燥を振り払うように、男は巨大なブルースクリーンに無事な方の手を翳す。
今日はハッキングの効きがどうも良くない。恐らくは、事前情報のない敵ばかり相手にしている所為だろう。今からでも敵の情報を収集するべきかも知れぬ。
男は奇跡的に其の容を維持した探査機の残骸に、敵の情報が残っている可能性に賭けたのだ。
電脳魔術でシステムの修復をもくろむ男の聴覚センサーにふと、ふたり分の足音が届く。いちいち振り返らずとも分る。――新たな猟兵たちだ。
「……取り込み中だ。邪魔をするな」
相変わらず敵に背を向けた侭、男は一旦スクリーンから腕を離して指を鳴らす。――ぱちん。軽やかな音が響けば、虚空で無数に複製される仕込み帽子。
男はその内のひとつを手に取り、ふたりの猟兵に向かって後手に放り投げた。
「だめに決まってんだろ」
機械仕掛けの腕で軽くそれを払い除けたレッグ・ワートは、当然ながら敵の台詞を一蹴する。頼まれたからと云って攻撃を止めるほど、彼はお人好しでは無い。
「そちらさん逃げたら、厄介も物騒も増えるわ」
そんなのは御免だとぼやきながら、レッグは蒼いアイセンサーで抜け目なく、操縦室を見廻した。こうして追い詰められているというのに、敵に動揺した様子が無いのが気がかりだ。
それにあのブルースクリーン。明らかに何かありそうで怪しいではないか。時限式の何かを操作した可能性も十分あり得る。
――操縦室で堂々ってことは、足もちかね。
ブレイン内で推理を組み立てながら、エージェントを観察するレッグの見立てによると。敵は未だ闘志も逃走の意志も失っていない。ならば彼がやるべき事は、ただひとつ。――“嫌がらせ”だ。
レッグは即座にドローンを部屋へと放った。それらを出入口や壁際など、逃走経路と成り得る場所を塞ぐように配置すれば、敵への立派な牽制となる。
今回はドローンの迷彩機能もオフにしてある。――ゆえにオブリビオンたる敵は、彼等の存在を意識せざるを得ない。
「ブルスクは見たくねぇが、それを立て直すのも楽しそーじゃん」
巨躯を誇るレッグの隣に並び立つ日埜・晴翔(嘘つき×快楽主義の軟弱メンタル・f19194)は、何処か軽薄に言葉を零し眼前のスクリーンへと視線を向ける。
バトルゲーマーである晴翔にしてみれば、ゲームステージは厄介な程に燃えるもの。
愉しげに口角を上げる青年は、自作のスマートグラスから電脳世界を伝い、離れた位置から朽ちた船のメインコンピューターへとハッキングを挑む。目指すはシステムエラーの修繕だ。
勿論、彼も無防備に解析に挑むわけでは無い。晴翔がグラスから喚ぶのは、額に数字を刻印した26体の自作ゲームキャラクター。
その内の4体を2機ずつ合体させれば、彼らをボディガードとして両脇に置き。20体を敵へと嗾けて、――そこで漸く晴翔の電脳戦は始まりを告げたのだった。
「解析するなら時間稼ぐぜ」
青年へと軽い調子で行動指針を告げたなら、レッグは彼の前へと躍り出て壁と成る。自身の電脳魔術に横入りされたエージェントは、いたくお冠のようだった。
「邪魔をするな、と。私はそう云った心算だが」
冷徹な聲に苛立ちを滲ませながら、男は虚空に浮かぶ仕込み帽子のひとつへ手を伸ばす。その鈍く煌く刃を欠けた腕の先へと無理やり嵌めた男は、漸くふたりへ向き直った。
其の赤い眸は、怒りに燃えている――。男の激情に呼応するかの如く、帽子は一斉に猟兵達へと襲い掛かった。
「だから、だめだって言ったろ」
こっちの話も聞けよ――なんて、ぼやくレッグは強化鉄骨を盾として帽子の襲来を防いだ。勿論、晴翔に飛んで来る帽子を鉄骨で薙ぎ払う事も忘れない。
とっとと距離を詰めたいところだが、コンピューターを修繕している晴翔が倒れてしまっては元も子もないだろう。
先ずは帽子を減らすのが先とばかりに、レッグは鉄骨を振り回し小煩い飛来物を叩き落としていく。ちらりと蒼い眸で敵の様子を捉えれば、向こうも押し寄せるゲームキャラクター相手に大立回りしているようだ。
腕の先に嵌めた刃で一体ずつ彼等を切り裂いていく男の姿を記憶して、レッグは解析を続ける晴翔へと視線を遣る。此方は此方で孤独な戦いを続けていた。
「こりゃ持久戦だな」
レッグが総ての帽子を叩き落とすのが先か。それとも、敵がゲームキャラクターを殲滅するのが先か。――答えは直に出た、殆ど同時だったのだ。
「貴様はどう見てもこちら側だろう。反逆者め」
侮蔑を滲ませながら駆けてくる残党兵の眸は、黄金色に輝いている。歴戦のウォーマシンとして覚醒したはずの敵を、レッグは容赦なく鉄骨でぶん殴る。衝撃を受け止めた男の腕が、ミシミシと厭な音を立てた。
「今更昔の話をされてもなあ」
ヒトならざる怪力で鉄骨ごと敵を押さえつけながら零す言葉は、相槌と云うより寧ろ独り言に近かった。敵の躰が軋む音が更に深刻さを増したなら、レッグは鉄骨を振り上げて、勢いよく男の身体に振り下ろす――!
「ガッ……!」
苦しげなノイズを気にも留めず、深緑の機人は鉄骨で敷き潰した敵を床へと縫い付ける。エージェントが身動き取れないことを確認すれば、無敵城塞を発動して序に全体重を鉄骨へと預けてやる。――何せ、動けやしないので。
退けと云わんばかりに、機械の男は腕に嵌めた刃を飛ばすが、超防御モードに転じたレッグの身体には疵ひとつ付けることも出来ない。
悔しげに鉄骨を持ちあげようとする男の聴覚センサーに、戦場にそぐわぬ軽やかな音色が届いた。音の方を見れば、青画面だったコンピューターが息を吹き返しているではないか。
「情報は取れたぜ。今から味方に暗号で送る」
修繕が完了したコンピューターから、探査機の残骸に残っていた仲間の戦闘データを抜き取って、晴翔はニィと笑って見せる。藍色の眸に隙のない光を宿しながら――。
「お疲れさん。足の方はどうだった?」
「ああ、脱出ポッドの暗証コードも無効化しといた」
癇癪でも起したように拳で床を殴る残党兵へと、逃げ場のない現実を突き付けた所で、レッグは超防御モードを解除する。
怪力が緩んだその隙を突いて男は戒めから逃れるが、既に其の身には別の脅威が迫っていた。
「――まだ残機はあるんだぜ!」
残る二体のゲームキャラクターを合体させた晴翔が、彼等と共に生身で特攻して来たのだ。楽しげな笑みを浮かべた青年は、デバイスにより強化した脚力で思い切り敵の身体を蹴り飛ばした。
「ゲームはこうでなくちゃな!」
壁に激突する残党兵に、キャラクターたちを嗾けながら晴翔は笑う。
ゲームは人のプレイを眺めるよりも、自分でスリルを味わった方が、何倍も面白い――。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
エンジ・カラカ
逃げる?どうやって?
賢い君は絶対に逃さないンだ。
コレは支援に徹する。
トドメは味方任せ。
薬指の傷を噛み切り、賢い君に食事を与えよう。
敵サンは逃げるンだって。
燃える赤い糸を張り巡らせて迷路を生み出そう
うんうん。逃げ切れる?逃さない。
迷路の中で迷う敵サンには属性攻撃を追加でお見舞いしてやろう
属性攻撃は賢い君の毒。
じわじわと追い詰めるコトが出来ればイイ。
賢い君は情熱的だろう?
絶対に逃さないサ。
敵サンからの攻撃は見切りを使っておく。
アァ……自慢の足なンだ。
あっさり捕まりたくはないねェ。
相殺されても賢い君は諦めないサ
次はどんな手をうつ?
シグルーン・オールステット
◎☆
”天馬”で乗り込みます。宇宙空間でもスペースシップ内でも関係ない。「ジャンプ」「地形の利用」で縦横無尽に走り回れるから。
UCを使って来ても小細工は必要ない。武器をいくつも複製して飛ばしてくるならその隙間を超スピードで駆け抜ける。隙間を抜けないほどなら、「オーラ防御」「吹き飛ばし」も併用して弾き飛ばす。
なんにせよ複製したうえでそれらをバラバラに操作するというのなら、その間本人は足が鈍るよね。
「ボクは帝国との決戦には生憎参加することが出来なかったけれど、代わりにここで後の火種と成り得るモノを潰させてもらう」
「特殊部隊”ワルキューレ”……今はボク一人だけど。任務を遂行する」
●赤絲が導く先
「嗚呼、まったく忌々しい連中め」
あらゆるパーツから不穏な火花を飛ばしながら、帝国エージェントは壁伝いに何とか立ち上がる。当初の紳士的な佇まいは、もはや見る影もない。
彼が満身創痍であることは、誰の眼から見ても明らかであるが。――それでも、男は諦めない。
「まさかこの脚で、逃げ伸びるハメになるとは……」
ひとりごちる男の苦々しい聲を、耳の良い人狼は聞き逃さない。新たに此の操縦室へと足を踏み入れた猟兵――エンジ・カラカは、座らぬ頸をかくりと傾けた。
「逃げる? どうやって?」
此の操縦室にはいま、エンジとエージェントしかいない。敵はどうやら、上手く逃げられると考えているようだが。エンジの方には獲物を取り逃す心算など、さらさら無いのだ。
青い小鳥――“賢い君”の頸へと結んだ赤絲に、そっと薬指を絡めながら。青年は男の不気味な貌へにんまりと笑って見せる。
「賢い君は、絶対に逃さないンだ」
無邪気に告げられた其の台詞は、何処までも宣戦布告めいていたから。対峙する敵の赤い眸が、闘志に煌々と光る。
「では、その玩具を壊してやろう。貴様も一緒にな」
壁に刺さった仕込み帽子の刃を抜き取り、欠けた掌の代わりとした男は青年の元へ駆ける。
対するエンジは逃げる訳でもなく。のんびり左右に揺れながら、敵の襲来を待ち構えるのみ。彼は傷痕の残る薬指を口許に運び、其の鋭い犬歯で疵痕を噛みきった。
たらりと垂れる鮮血は、賢い君の嘴へと運んでやる。賢い小鳥は与えられた新鮮な食事に歓喜するかの如く、其の小さな躰を剣呑に震わせた。
「賢い君、敵サンは逃げるンだって」
――そんなこと、この賢い君が赦す筈がない。
赤い血が垂れる薬指で、エンジは赤い絲を引く。その絲はまるで、恋の焔に包まれたように、轟々と燃え盛っていた。
しゅるり、しゅるりと、何処までも伸びる赤い絲が、軈て戦場を埋め尽くせば、愛に惑う心の如き、炎の迷宮のできあがり――。
「こんなモノで私を封じられるとでも?」
鼻で嗤うようなノイズを漏らした男は、腕から生えた刃を絲に向けて勢いよく振り下ろすが、――赤い絲は千切れない。切っても切れない“縁”を体現するかのように、強固に結びついたまま、相変わらず其処に在る。
「うんうん。逃げ切れる?」
舌打ちをしながら刃に絡まった炎を振り払う男を、編まれた絲の向こう側から見つめながら、エンジは再びにんまりと笑った。
「――逃さない」
彼の掌中では“賢い君”が、更なる餌を求めてカタカタと震えている。青い小鳥に飾った絲を手繰り寄せれば、迷宮に張り巡らされた赤い絲がエージェントの躰に触れ、機械仕掛けの躰に毒を滲ませる。勿論、情熱的に燃ゆる炎を其の身に移すことも忘れない――。
「チッ……ふざけた真似をする」
じわじわと追い詰められ、体力を削られていく帝国の残党を、青年は何処までも愉しげに眺めていた。青い小鳥の丸い頭に指先で触れながら、にぃと犬歯を見せて嗤う。
「賢い君は情熱的だろう。絶対に逃さないサ」
どこか掴み所のないエンジであるが、『逃がさない』という確固たる意志だけは、敵にも確りと伝わっている。ゆえに、エージェントはこの迷宮の“解除”を優先することにした。
其の身に触れる毒を堪え凌ぎながら、帽子を押さえて“ハッキング”に集中する――。
「次はどんな手をうつ?」
どうやら赤い絲の迷宮が相殺されてしまうのも、時間の問題であるようだ。けれど、術者であるエンジに焦燥の彩はない。
決して狩を諦めない“賢い君”へと、青年は内緒事のように耳打ちをするが……。
「次は、ボクと天馬に任せて欲しい」
その言葉に応えたのは青い小鳥ではなく、宇宙バイク“天馬”に搭乗し操縦室へと突っ込んで来た少女――シグルーン・オールステットだ。
「アァ、バイクだ。走れるのカ?」
月色の眸を僅かに丸くするエンジへ、少女は首肯をひとつ返した。操縦室は宇宙バイクが走るべき星海と比べて随分と狭い。しかし、彼女の愛馬にはそんな事など関係ないのだ。
「だいじょうぶ。天馬なら、何処でだって走り回れるから」
「じゃあ、任せた任せた。コレは支援する」
相変わらずにんまりと笑う男は、少女の前で赤い絲を引いてみせる。その絲の先を視線でたどれば、其処には半分消えかけている赤い絲の迷宮が在る。
“あやとり”みたいだ――なんて。そんな事をぼんやり物思いながら、少女は天馬のアクセルを踏んだ。激戦の影響で凹む船床を飛び越えて、天馬は空高く翔る。
向かう先は機械仕掛けの男――帝国エージェントの懐だ。燃え盛る赤い絲が消えた瞬間を見計らい、シグルーンの愛馬は敵の傍へと着地する。
「また増えたのか。本当に貴様らは鬱陶しいな!」
新たな敵襲に聲を荒げた男は、無数に複製した帽子を猟兵達へと嗾けた。仕込まれた刃はふたりの急所を突かんと、鈍い煌きを放っている。
しかし、このふたりに小細工は通用しない。エンジは攻撃の軌道を見切り、凶刃を素早く回避した。勢い余って壁や床に刺さる帽子を、横目で流す月の眸は爛々と。
「アァ……自慢の足なンだ」
あっさり捕まりたくはない、と。人知れず言葉に矜持を滲ませながら、エンジは再び其の身を翻した。
一方のシグルーンは、襲い来る凶刃たちの隙間を超スピードで駆け抜けている。しつこく食い下がってくる帽子は、勢いのままに轢き飛ばし。少女はただ、エージェントだけを目指して我武者羅に突っ込んで往く。
――複製した帽子をバラバラに操作する間、きっと本人は足が鈍るよね。
念動力で何かを動かす時には、その対象に集中することが必須である。ゆえに、敵を狙うなら今がチャンスだ。
彼女の意図を察したのか、エンジが操る赤絲が再び、機械仕掛けの男の身体に絡みついた。それを視認したシグルーンは、ハンドルを握る腕にぎゅっと力を込める。
脳裏に過るのは、家族のような仲間達と過ごした、あの特殊部隊での日々。そして、壊滅した部隊の中で、深手を負ってひとり逃げて行く自分の姿。
――帝国との決戦には、生憎参加することが出来なかったけれど。
それでも。いまの彼女にだって、出来ることは有るのだ。
「その代わりに今ここで、後の火種と成り得るモノを潰させてもらう」
アクセルを全開にしながら、少女はその胸に覚悟を抱く。仲間のいない宇宙を駆けるのは、矢張り少しだけ寂しいけれど。彼女は走る事を止められないのだ。
――今はボク一人だけど、それでも!
帝国の残党兵に届くように。そして、今も星海の何処かに居るかも知れない仲間達へと届くように――、少女は高らかに宣告する。
「特殊部隊“ワルキューレ”。任務を遂行する」
主の凛とした聲に応えるように、天馬は轟々とした蹄音を響かせながら、かつて帝国に仕えていた男を強かに跳ね飛ばす――!
呻き声のようなノイズを零す男のモノアイには、風圧で揺れる白い羽が虚ろに映っていた。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
ミハエラ・ジェシンスカ
◎☆#
なに、そう言うな
こちらが貴様の予測を上回ったというだけの話だ
ほう、ただ逃げ延びるばかりが能というわけではないらしいな
再起動したフォースレーダーによる【情報収集】で敵の挙動を捉えつつ白兵戦に持ち込む
攻撃を【見切り】【武器受け】で捌き
【カウンター】で反撃
必要ならば隠し腕とドローンも加えて6刀*【2回攻撃】の手数で押す
これでどうにかなる程度の相手ならこのまま押し切るまでだが……
ああ、確かに貴様は歴戦のウォーマシンだ
だが、故にこそ敵の脅威を見落とすような愚は犯せまい
悪心回路(アイテム)を起動
同時に【殺気】を放射し【恐怖を与える】【鏖殺領域】
僅かにでも「何かしてくる」と勘付けばそれこそが致命となる
パウル・ブラフマン
愛機Glanzに【騎乗】したまま
操舵室に派手に突撃ィ!
どもー!エイリアンツアーズでっす☆
日頃鍛えた【運転】テクを駆使して
敵を翻弄しちゃうぞ♪
機動力マシマシ希望の方は後部座席へどうぞ!
UC発動―行くよ、Glanz!
壁面走行や
操舵室内の備品を発射台代わりにした【ジャンプ】など
【地形の利用】を念頭に
仕込み帽子をFMXの要領で躱しまくっちゃうぞ☆
ただ避けているだけに見せかけ
展開したKrakeの射程圏内に標的が入ったら
【スナイパー】宜しく首から上を狙って【一斉発射】ァ!
アムボレラはこれから
ホリディシーズンで大忙しなんだから邪魔すんなよ。
帝国に居たモン同士、仕方ねぇからケツは拭っといてやる。
◎☆同乗歓迎!
●牙を剥く者たち
宇宙バイクに強かに跳ね飛ばされて、不安定に明滅していたエージェントの眸が、漸く本来の輝きを取り戻した。
身体中がミシミシと軋む音を聴きながら、男は自身の損傷度をスキャンする。――被害甚大、早急に修繕すべし。
「――それが出来るなら、疾うにそうしている」
こうなって仕舞えば、ブレインの中で響く警告音すら厭わしくて堪らない。此の身からパチパチと放出される火花の音も聞き飽きた。煩わし気に首を振る男の聴覚センサーに、再び鋼鐵の蹄が床を駆ける音が届く――。
「どもー! エイリアンツアーズでっす☆」
戦場にそぐわぬ明るい聲と共に、白銀の宇宙バイクが操縦室の壁を派手に突き破る。運転しているのは新手の猟兵――パウル・ブラフマン(Devilfish・f04694)だ。
無骨なフォルムに艶やかな蒼き光線を纏う彼の愛機“Glanz”の後部座席には、女性型のウォーマシン――ミハエラ・ジェシンスカの姿も在る。
「そして私は、ただの同乗者だ」
運転手に調子を合せたのか、淡々と名乗る彼女の貌に表情は無い。或いはバイザーに隠されて、窺えぬだけかも知れぬ。
「次から次へと湧いて来るな、貴様らは……!」
Glanzが轟かせるエンジン音は、先ほど宇宙バイクに轢かれたばかりの男の神経を逆なでするには十分だった。
一向に自身へ勝機が向かぬ事への苛立ちをぶつけるように、男は複製した帽子の群れをバイクに向けて嗾ける。
天から降り往く刃の雨を仰いだパウルの貌には、相変わらず愛嬌のある笑みが浮かんだ侭だ。旅行会社『エイリアンツアーズ』で運転手を務める彼には、鍛え抜かれた運転テクニックがある。
「行くよ、Glanz!」
何度も共に戦場を駆けて来た愛機を呼び、パウルはアクセルを全開にした。爆音の如きエンジン音を轟かせたバイクは、凄まじい勢いで操縦室を駆け抜ける。
降り注ぐ仕込み刃はバイクのスピードに着いて行けず、その半数が床に刺さって動きを止めた。――しかし、残りの半数は諦めずに彼等を追ってくる。
後部座席に搭乗するミハエラだって、当然ながら運ばれているだけでは無い。フォースレーダーを再起動した彼女は、サイキックエナジーの照射により、念動力によって飛ばされてくる凶刃の軌道を演算する。
「ルートを変えた方が良いな」
後方から端的に紡がれた言葉を受けて、青年の碧い眸が不敵に煌いた。愛機たるGlanzは彼にとっては足のようなモノ。どう動かせばいいかは、良く分かっている――。
「おっけ♪ じゃあ、しーっかり掴まっててね!」
忠告もそこそこに、パウルはアクセルを踏み込んだまま、愛機を極限まで横倒しにする。そして、戦闘の余波で出来た床の窪みに車輪が突っ込んだ瞬間、触手で地面を蹴り上げて壁へと移る――!
翻弄されて動きが鈍った帽子は、後部座席のミハエラが光剣で薙ぎ払った。それでも襲い来る刃を、赤黒い光が受け止める音を聴きながら。パウルは愛機を走らせ続けている。軈て辿り着いた先は、操縦席の前に広がるコンソール。
其れを発射台代わりにして加速度のままにジャンプすれば、Glanzは空を翔けた――。
「ウェーイ!!」
運転席で浮遊感に歓声を上げる青年と、再び光の剣を振って凶刃を無力化する女性の姿は対照的である。しかし、戦場を共にする者同士、互いが何を考えているのかは何となく想像がついていた。
「そんなふざけた曲芸で、私を倒せると思うのか」
気付いて居ないのは、鼻で嗤うようなノイズを漏らした此の男だけ――。
軈てバイクが床へと着地した瞬間、いつの間にやら展開されていた、固定砲台の銃口が男の貌を確りと捉えていた。
「なっ
……!?」
パウルは闇雲に逃げ回っていた訳では無い。彼の触手の裏に潜む固定砲台、“Krake”の射程圏内に標的が入る瞬間を見極めていたのだ。
「アムボレラはこれから、ホリディシーズンで大忙しなんだから」
邪魔すんなよ――、と。言い放つ青年の貌からは既に、愛嬌が消えている。彼と銀河帝国は、深い因縁で結ばれていた。帝国に鹵獲され使役されていた日々のことを、どうして忘れられようか。
ゆえに、『帝国』という単語を聴く度に、そして『帝国兵』を観る度に、パウルの天真爛漫な蒼い眸は闇に沈むのだ。
「帝国に居たモン同士、仕方ねぇからケツは拭っといてやる」
“元帝国の鹵獲兵”から“元帝国エージェント”への餞別は苛烈なものだった。
固定砲台より飛び出した弾丸が、機械仕掛けの男の顔へと一斉に降り注ぐ。固いモノが割れるような音が、辺り一面に響き渡り、そして――。
どすり、仰向けに倒れた男は、未だ“稼働している”。フォースレーダーで、いち早く敵の生存を確認したミハエラは後部座席から飛び降りて、倒れた男にゆっくりと歩み寄った。
「ほう――。ただ逃げ延びるばかりが能、というわけではないらしいな」
ぱらぱらと、貌からパーツの破片を零しながら緩慢に起き上がる男の眸は、黄金色に輝いている。
煌々とした輝きから放たれる圧と殺気に、そう多く残されていない寿命をこの男は削ったのだと、彼女は直に理解出来た。
「私を愚弄するのもいい加減にしろ」
男は立ち上がるや否や、驚くべき速さでミハエラに肉薄する。目にも留まらぬ勢いで振り下ろされた手刀を、2本の赤黒い剣で受け止めれば、彼女の細腕はミシミシと厭な音を立てた。
これだけでは足りないかも知れぬと、ミハエラは更に2本の隠し腕を展開するが――其れだけでは無い。半自立飛行型のフォースセイバーを2体呼べば、彼女は恐るべき6刀流の使い手と成る。
残る4つの赤黒い剣を2回ずつ振う反撃には、白兵戦に長けた敵もさすがに、防御態勢に回らざるを得なかった。
男は警戒する様にミハエラと距離を取り、黄金の眸で彼女をじっと観察する。腕を構えたまま動かない其の佇まいは、表情の伺えない貌と相俟って底知れない迫力がある。
――これでどうにかなる程度の相手なら、このまま押し切るまでだが……。
次の動きを思考するミハエラの眼前に、男の鋭い拳が迫る。――速い、だが軌道を見切ることは可能だ。
首を後ろに傾けて見事躱して見せた彼女の貌に向けて、反対側から拳の代わりに備え付けられた鋭い刃が迫る――。
ぱきん、と彼女のバイザーに罅が入る音がした。もっと奥へ、果ては其の貌まで――と。凶刃を射し込もうとする腕を、ミハエラは4つの腕で押し返す。そこに飛行する双つの刀の助太刀も加われば、男はまたしても後退を余儀なくされた。
「……ああ、確かに貴様は歴戦のウォーマシンだ」
対峙する敵の強さは疑いようがない。故にこそ敵は、彼女に勝つことなど出来ないのだ。罅割れたバイザーの奥、ミハエラは壮絶な笑みを咲かせる。
――悪心回路、起動。
「!?」
突如として放たれた先ほどとは段違いの殺気に、情緒に欠けている筈の男の脚が竦む。歴戦のウォーマシンとして覚醒した敵は、対峙する相手の殺気には特に敏感である。つまり、脅威を無視することなど出来ないのだ。
彼女が展開した鏖殺領域は、情緒を持たぬ敵すらも疑心暗鬼に陥れる――。
濃密な殺気が“痛い”。
嗚呼。いつから私は、“切られて”いた――?
「ガッ……!」
その刹那、男の片腕がザクリと切り落とされて、からからと床に転がった。しかし、ミハエラは腕一本動かしていない。
敢えて言うならば――惑わされた帝国エージェントの心が、己の躰を切り裂いたのである。
「騙したな、貴様ッ……!」
「なに、そう言うな」
片腕を抑えて崩れ落ちる男に歩み寄りながら、邪道の剣たるウォーマシンは笑う。赤黒い6つの剣先は総て、帝国エージェントたる男へと向けられていた。
「こちらが貴様の予測を上回ったというだけの話だ」
「――反逆者め」
ただの事実を伝えるように、淡々と敵の敗因を指摘すれば。悔しげな視線が返ってくる。静まり切った戦場に、怨めしげな聲が反響する。
「最高の“賛辞”に礼を言おう」
皮肉とも冗談ともつかぬ台詞を零したならば。論理エラーを抱えた機体の眸が、赤々と燃える。
悪心回路と歪んだ忠義が導くままに、ミハエラは6つの剣を“帝国兵”に向かって容赦なく降り下ろした――。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
バンリ・ガリャンテ
◎
よう。
俺は銀河帝国の事も、なんならこの世界の事だって良く知らん。けどね。人々と花達の彩る艦にのって宙を泳いだら心地良かった。
何も知らない俺は、それだけであなたを滅ぼす事にするよ。
寿命を削るそのわざは俺もよくやる。どれほどの時を亡くすんだろね。無くせねぇもんのために。
不気味な眼の奥に潜むものを見せつけてくれ。よく闘おう。
どんな手数も見切れるよう神経研ぎ澄ます。
踏み込んでくる脚へのカウンターローキック、目線を落としてボディへのフェイントから顔面ストレートパンチ。どれも渾身の【灰燼撃】さ。
哀れモノアイをぶっ潰してやる。
宇宙の片隅でやり合おうよ。あなたと俺の最初で最後さ。
ユーディ・リッジウェイ
WIZ
あなたが、な、何をしたいのか、わたしは知らないけど。
きっと、今みたいに、戦いがついてくるんだよね。もちろん、怪我も。
何度も何度も何度も治されて。その度に怪我を、するひとが。最後にどう言うか。あなたは知っているのか。
いまでも、わたしの耳には、あのひとたちの声が聞こえるよ。
大嫌いな、あの声が。
あの声が、また響くのは、いやだ。
胸元の指輪を握り締めて、UCを発動させるようなふりをする。この指輪にそんな力ないけど。それに対して相手が何かしようとしたら、UC:フーガを使って影を召喚、攻撃。足止めくらい出来たらいいなあ。
安心して。死ぬのは楽なことだ。
だってみんな、やっと楽になれるって言ったもの。
◎☆#
●Last Melody for You, Last Dance for Me.
もはや半壊していると称しても差し支えない男は、床に転がる腕部パーツを乱暴に拾い上げ、無理やり其の腕へと押し込んで見せる。――嗚呼、しかし辛うじてぶら下がるこの腕で、一体何を為せるというのか。
それに生き延びることが出来たとしても、この有様では果たして再起できるかどうか。壁へと凭れ掛かりながら、帝国のエージェントは自身の身の振り方を考える。逃げ延びる術が無いのなら、いっそ……。
「――よう」
沈んだ男の思考を現実に引き戻すのは、可憐に響いた気安い聲。貌を上げた男の視界に映るのは、纏う彩も浮かべた表情も対照的な少女ふたり。
其の貌に浮かべた笑みに、未だ幼さを遺す少女――バンリ・ガリャンテと、漆黒を纏う大人びた雰囲気の少女――ユーディ・リッジウェイである。
「本当に次々と、よくもまあ、湧いて来るものだ」
悪態を吐く男のモノアイが、敵襲に赤々と光る。バンリは大きく開いた桃色の眸で、不気味に輝く男の眸をじっと見つめる。
――俺は銀河帝国の事も、なんならこの世界の事だって良く知らん。
だから、対峙するこの帝国兵に対して、何の恨みも感慨も抱かないけれど。この世界に対しては、少しだけ思う所があった。
「人々と花達の彩る艦にのって、宙を泳いだら心地良かった」
偽りの自然のなか懸命に咲く花々に、水と歌声を注いだ時間も。孤独の星海を悠々と泳いだ時間も。彼女にとっては、大切な想い出のひとつである。
ゆえに、敵へとぶつけてやる言葉は決まっていた――。
「何も知らない俺は、それだけであなたを滅ぼす事にするよ」
少女が告げる軽やかな宣戦布告に、敵の眸は不安定な明滅を繰り返し――、かと思えば、いきなり眩い金の輝きを灯し始めた。
「では、全力で抵抗させて貰おう」
一触即発の雰囲気のなか、余裕の無い男が勢いよく足を踏み出した、その瞬間。
「あなたが、な、何をしたいのか、わたしは知らないけど」
戦場に拙い少女の言葉が響きわたる。――ユーディの聲だ。何事かと脚を止めた男に向けて、彼女はおずおずと言葉を連ねた。
そもそも彼女だってこの敵に明確な敵意を抱いているわけでは無い。それでも、彼がこの星海に解放されることを、どうしても見過ごせない理由があるのだ。
「きっと、今みたいに、戦いがついてくるんだよね。もちろん、怪我も」
少女にとって、それはとても『怖いこと』だった。自分が怪我をすることが、ではなく――ひとが怪我をすることが、とても怖いのだ。
されど、機械仕掛けの男が其の感情に共感することは無い。呆れたような溜息めいたノイズが返って来るばかり。
「だから、どうした。帝国の威光を取り戻す為ならば、多少の犠牲も仕方がない」
機械らしい、あまりにも冷たい言葉。――それは、ユーディのこころに、ある種の嫌悪感を呼び起こす。
「……何度も何度も何度も治されて」
少女は乳白色の指先で、己の貌を包み込む。其の掌は湧き上がる感情を押さえつけるように、口許へと下がり往き。軈て紡ぐ言葉の響きを曇らせる――。
「その度に怪我を、するひとが。最後にどう言うか。あなたは知っているのか」
ヒトの生死に興味の無いこの男は、きっとそれを知らないし、この先知ることも無いのだろう。だからこうして、平気で動乱を巻き起こそうとするのだ。
「いまでも、わたしの耳には、あのひとたちの声が聞こえるよ」
口を覆っていた掌で次は耳を塞ぐ。されど、脳内から響く聲には意味が無い。
『たすけて、たすけて、たすけて』
――大嫌いな、あの声が、いつまでも聞こえている。
『もう、いっそ……』
その聲に最後まで耳を貸さず、漆黒を纏うユーディは頭を振った。その黒い眸に滲む彩は恐怖が半分。そして、決意もちょうど半分――。
「あの声が、また響くのは、いやだ」
大人しげな少女が己の金の眸と目を合わせて、胸元に輝く銀の指輪を握り締めたものだから。エージェントは、ユーディへと狙いを変更して俊敏に駆けた。
――この指輪に、そんな力はないけど。
ユーディの思惑通り、機械仕掛けの男は指輪を奪いにかかる。未だ健在の片腕が、彼女の頸を締め上げるように掴んだ、――その刹那。
「な、に……」
男の脚に鋭い衝撃が走った。モノアイが其の眼下を見下ろせば、歪な黒い影たちが彼の脚へと牙を突き立てているではないか。
不意の攻撃に弛んだ戒めから抜け出して、ユーディは己のこころに渦巻く嫌悪感と恐怖のままに、36体にも及ぶ影を敵へと嗾けた。
歪な彼等はエージェントを取り囲み、纏わりついては其の躰を齧って行く。その様が些か苛烈なのは、少女の“怨み”が僅かに篭っているからか。
一方のバンリはといえば、歪な黒い影相手に立ち回る敵の姿を見つめていた。少女の眸には、負荷のかかった躰中から火花を散らし、それでもなお影と戦い続ける帝国エージェント――否、壊れかけた機械の姿が映っている。
「寿命を削るそのわざ、俺もよくやる」
男の消耗の理由を理解したバンリは、妖しげに光る其の単眸から決して目を逸らさない。それどころか、俺も混ぜてと云わんばかりに影たちの元へと駆けて行く。
彼女は銀河帝国のことも、この男のことも知らないけれど。それでも――。
「どれほどの時を亡くすんだろね。無くせねぇもんのために」
彼にとって“無くせないモノ”とは何なのか、それが純粋に気に成った。――だから少女は、其の不気味な眼の奥に潜むものを見たいと希うのだ。
「過ぎた時間に興味は無い。私は残された時間で、貴様らを道連れにする」
男の長い脚から回し蹴りが飛んできたら、バンリは屈んでひょいと避ける。残党兵の赤いモノアイの奥にはきっと、妄執とかつての栄光と、――帝国兵としての矜持が在った。
「上等だ。――宇宙の片隅でやり合おうよ」
少女が誘うように笑みを咲かせれば、男は再び踏み込んでくる。その瞬間、敵の脚へと素早く、それでいて思い切りローキックを叩きこんだ。
バランスを崩しながらも踏み止まる男。その胴体へと視線を落としたバンリは、腕を勢いよく後ろに引く。彼女の動作に気付いた敵は、鋼の片腕でボディを庇おうとするが――。
「!?」
然しそれは、フェイントだ。
満面の笑顔を咲かせた少女から放たれた拳は、彼の顔面に向けて脅威のスピードで飛んで来た。
「これが、あなたと俺の、最初で最後さ」
――ぱりん。
あまりの衝撃に、哀れなモノアイが潰され、硝子が儚く砕け散る。吹っ飛んだ男の身体を受け止めるのは固い床では無く、歪に蠢くユーディの影たちだ。
最早ノイズを零す機能すら喪った男は、電池が切れかけた玩具のように震えながら、軈ては其の躰総てを影に呑み込まれていく――。
「安心して。死ぬのは楽なことだ」
男の聴覚センサーが、少女の言葉を捉えられたかは分らない。けれど、ユーディは其の言葉をこころから信じているのだ。
――だってみんなも、そう言っていたもの。
残党兵と歪な影が消え去ったあと、朽ちた船の操縦室には静けさだけが取り残される。残党兵から解放されたこの艦もまた、孤独に星海を彷徨い続けるのだろう。
昏い海をひとり漂う舟に思いを馳せ、バンリはそっと剥がれ掛けた壁を撫ぜる。こころのなかでそっと別れを告げれば、笑顔で仲間へと振り返った。
「――さてと。それじゃあ、帰ろうか」
漆黒の少女へと努めて明るく聲を掛ければ、不器用な相槌と控えめな頷きが帰って来る。
「う、うん。船のひとたち、きっと、待ってる、よね」
「お花さんたちにも、もいちど挨拶して行かないとな」
頷き合った少女たちは、肩を並べて星海の航海へと再び挑む。もはや彼女たちの往く手を遮る探査機も居ない。星海の平和も、それから花咲く船の平和も。猟兵達の活躍により無事、守られたのだ。
交易艦『アムボレラ』は、これからも鮮やかな彩と、人々の細やかな想いを乗せて星海を巡り往くのだろう。
いつか、花が根付く本物の大地に辿り着く日まで――。
大成功
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