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月ノ裏側

#UDCアース


●月ニ鳴ク
 琴の音が聞こえる。
 それは西洋風のいわゆるハープではなく、サムライエンパイアやサクラミラージュ、それから古のUDCアースにあるような和琴と呼ばれる物。指先に爪を履いて弦を弾けば、鮮烈な音色が波となって鼓膜を振るわし、高雅な赴きの中には哀切と憐憫とが入り交じる。

 ──還リタイ。

 演奏を止めて月を見上げる女の口唇は、確かにそう動いた。

 ──還レナイ。

 だけど琴の音のようなか細い声はそうも奏でた。
 見上げる月は彼女の故郷であり、還るべき場所なのに、彼女を愛し彼女の愛を繋ぎ止めようとする者達が彼女を地に縛り付ける。優しい彼女は恩ある老父母を、真摯な愛を寄せてくれる男を無碍にも出来ず、一人月夜に琴を弾いてはその音の中に本音を隠すのだ。

『還さないよ。だって姫は私の物だからね』
『宮様……』

 それは身なり卑しからぬ風流な公達であったが、どこかひどく歪な存在であった。
 姫が邪な微笑みを見て後退ると、宮様と呼ばれた公達は裳を踏んで彼女を逃がさなかった。そして月の見守る中で姫の衣を剥ぎ、今宵もまた自らに懐けながら、楽しそうにこう言ったのだ。

『知っているかい? 言葉は魂を持つと言うが、それは口から発せずとも紙に書いただけでも良いのだ。だから人型に名前を書いて釘を打ちつけたり、燃やしたりするのは呪いになる』

 男は紙を懐から取り出すと自ら写し取った物語の尾に、月の姫が帝の皇子と結ばれ、次々と子を成す未来を書き加えた。
 それは姫の希望を断ち、未来を縛る呪い。
 月によって狂わされた男の性。
 こうして男は物語の結末を自ら好むものへと変え、好まぬ結末を描いた原本を焼き捨ててしまった。

 男の子どもを幾人も生まされた後に産褥で死んだ姫の無念と怨念を知るのは、ただ月と、姫の部屋に置かれていた珍らかな薄青の香炉だけだ。

●月ニ乞フ
 マレーク・グランシャール(黒曜飢竜・f09171)は竜である。
 ドラコニアンである彼が見た夢には、袿を着た平安時代の装束を纏い、和琴を奏でる美しい女性が映し出されていたという。

「恐らく平安時代、『竹取物語』のifの世界を描いた『竹取異聞』に、実在の女性の悲しみが取り込まれて現代に伝来したものなのだろう。本来ならその『異聞』は擬作、あるいは補作と呼ばれる原作を元にした二次創作的なものあるはずだが、写本として作られ、故意に原本とすり替えられたものならタチが悪い」

 本来写本とは電子複写機が存在しない時代に、手書きで筆写することで複製を作成したものである。写本が作られることによって多くの文学作品が、あるいは公的な記録が消失を免れ現存することになったのは言うまでもない。
 対して偽作・補作とは、物語の描かれていない部分を想像で描く外伝や、原本のストーリーを元にして作られた二次創作だ。

 しかしその写本は後の帝となる東宮が愛する妃の心を繋ぎ止めるために原本と寸分違わずに写本を作成したもの。意図的に帝と結ばれる結末に書き換えた上で原本を焼き捨て、すり替えが行われたものと見られる。
 こうして写本は呪具となり、運命を歪められた女の怨念が写本に取り憑いたのではないか……というのがマレークの推測だ。

「実際、『竹取物語』は原本が現存しておらず、最古の写本は室町時代の天皇の手によるものだ。件の写本、『竹取異聞』が天皇家に伝わり、正しい写本を後代の天皇により作成し直すことで浄化・封印を試みた可能性もありそうだ。しかし……」

 歪められた物語を正しく書き改めることで呪いを打ち消す……その方法は間違いではないのだが、幾つか難点があったのだろう。
 例えばその天皇が、呪いを掛けた男の種に連なるものであったかどうか。皇統は長男から次男へ天皇の位が継がれ、長男の血筋が絶えることもある。
 また原本が燃やされて写本からの写しであったなら、誤字等により原本と異なっている可能性も。
 呪いを完全に打ち破るには至らず、一時的に封印したに過ぎなかったのではないかとマレークは続けた。勿論あくまでの推測の範疇、真実は分からない。

「それでも千年以上保ったなら大したものだと思うがな。もしかしたら後世に問題を先送りするしか手立てがなかったのかもしれない。ただそれとは別に一つ、気になったことがある」

 保琳。

 マレークは告げると同時、文字を記してみせた。
 『竹取物語』の原作者なのか、それとも『竹取異聞』を書いた天皇の号なのか、それとも天皇に呪術を教えた者の名なのかは分からない。
 猟兵達はオブリビオン化した写本と向き合う内に自ずと保琳の謎に迫ることになるだろう。

「行き先はUDCアースだ。真実の愛について神が語ったという『教典』を奉ずる新興宗教がある。その『教典』が『竹取異聞』だ」

 現地UDCエージェントの調査によれば、案の定、信者の周辺で失踪事件が続いている。失踪者は信者の親子兄弟、夫婦、場合によっては恋人や友人など。いずれも邪神復活の贄とされたのか遺体は見つかっていない。
 猟兵達は『教典』を奉ずる邪神教団の拠点を見つけ出して潜入。邪神が完全復活する前に儀式を阻止して叩くという流れになるだろう。現地UDCエージェントには既に協力を取り付けてあるという。

「調査、潜入の方法は任せる。信者に接触するのも、失踪者の足取りを追うのもな。但しその教団は『愛する人の魂と私の涙を神に焼べ、永遠の愛を誓いましょう』という謳い文句で信者を獲得しているようだから、永遠の愛を望んでいるふりは必要となるかもしれない。姫を繋ぎ止めた宮様がそうであったようにな」

 愛する人と思うような関係を築けずに悩んでいるか、愛する人の心変わりを怖れているか。いずれにせよ運命をねじ曲げても思い通りの結末にしようという、我が身を焦がす激情を問われることになりそうだ。

 マレークは掌の上のグリモアを輝かせて転移を促す。
 水晶の形をしたグリモアの中では燃えさかる愛のように蒼い炎が燃えていた。


八島礼
 はじめまして、あるいはお久しぶりです。八島礼と申します。
 この依頼は『竹取物語』の異聞、あるいは悲話をモチーフとする依頼です。

●参加について
 採用人数は少数、描写は戦闘よりも心情重視です。
 行動の連携は二名様まででお願いします。その際には相手のお名前を書くかグループ名を最初にお書き下さい。
 各章断章追加後に募集開始で、受付締切、再送期間等はお手間ですがマスターページでご確認ください。再送をお願いしたり、章と章の間が大幅に期間が空く可能性もあります。

●第1章
 調査を進め邪神教団拠点を見つけ、潜入に手立てを整えるのが目標、フラグメントにある行動選択肢は一例です。
 調査の際に『愛する人と思うような関係を築けずに悩んでいる』か、『愛する人の心変わりを怖れている』か、愛に関する悩みをお持ちの方がスムーズに調査が進みます。噓を演技で尤もらしく見せることも出来ますが、スキルの有無で成功度が変わります。

●第2章
 邪神教団の拠点に入信希望者として乗り込みます。
 邪神教団の巫女たるオブリビオン達が愛の欲望を煽り、望む未来を見せた上で「さあ殺せ」と迫ってきます。
 それを殲滅するのが目標ですが、敢えて欲望に溺れるのもありです。

●第3章
 復活しかけている邪神教団の『教典』である『竹取物語』の写本のオブリビオンを撃破するのが目標です。
 運命を歪められた女性の怨念を晴らさないと後味の悪い結果で終わります。

 しばらくぶりの依頼ですが、精一杯皆様のPCを描かせていただきます。
 私のマイペースぶりに合わせてくださる優しい御方がおられましたら是非ご参加くださいませ。
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第1章 冒険 『死がふたりを分かつとも』

POW   :    唆された者へ脅しをかける

SPD   :    類似の事件が無いか調査する

WIZ   :    囮となり信奉者達に接触を図る

👑11
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 マレークが転移させた場所は都心から電車で北に一時間以内、少しばかり古びれた雑居ビルが立ち並ぶ駅前の裏通り。竹取物語や古文書には不釣り合いな猥雑な風景。
 視線を空へと向ければビルからビルへと張り巡らされた電線は蜘蛛の糸のようにも見え、まるで地上に囚われた籠の中の鳥のようにも思えた。
 それはまるで檻。出て行こうと思えば出て行けるはずなのに、出て行くことが許されない檻。
 電線越しに見る月は煌々と地上を照らし、愛の檻の息苦しさに喘ぐ者達を何も言わず見守っていた。
シホ・エーデルワイス
アドリブ&味方と連携歓迎


竹取異聞…
確かにお姫様にとっては悲しい結末です
けど…

還れない
逢えない

姫、老父母、帝
原作ですら誰かが悲しい思いをしてしまう…


愛する人の定義に仲の良い人も含まれるとして
普段押し込めている悩みを元に
【覚聖】と<コミュ力、礼儀作法>で囮として信者と接触


新しい生活が始まってもうすぐ1年
様々な出会いがあり
その一割ぐらいの方とは突然音信不通になりました

何の前触れも確信できる心当たりもなく

忙しいだけかもしれないし
会えるような心境ではないのかもしれない

だから
時が来るのを待つ事にしました

でも…
私はこの不安とどう向き合えば良いのか
分かりません…

貴女様は私が答えを出す手助けをして下さいますか?



●星は見えない

 ビルの谷間から夜空を見上げれば、そこにあるはずの星は見えない。ただ一人月だけがぽつんと途方に暮れている。

「まるで私みたい」

 シホ・エーデルワイス(捧げるもの・f03442)には己の髪と同じ色の白銀の月が、唯一生き残った自分のように思われた。

 シホにはかつてたくさんの《私》がいた。
 それは自分と同じ容姿、同じ心を持った、姉妹ではなく同じもの。人はそれを同位体と呼ぶのだろう。
 けれど大勢の中から選ばれ救い出されたのはシホ一人。他の選ばれなかった《私》は死んで骸の海に飲み込まれた。

 もっと生きたい──。

 切なる願いは波に攫われ、生への執着からオブリビオンとして《私》を甦らせる。
 だけど海の底に葬られたはずの優しさは、潮騒となって時々シホの耳に届くのだ。

 私を止めて──。
 私を救って──。

 それは我が身を犠牲に世界を救おうとした《私》の、最後の良心であっただろう。
 シホが《私》のことを忘れていても、それは遠くにしまわれていただけなのだと。

「残された私に出来るのは、助けを求める人を救うことだけ……。《私》も、それから写本の姫のことも……」

 《私》にとって生きることが望まぬ結果となったように、竹取異聞の姫にとっても地上に残り続けることは不幸でしかなかったのだろう。
 だけど正本のとおりであったとしても、姫を慈しんで養った老父母が、姫を真摯に愛した男が悲しむ。
 誰かの願いが叶えは他の誰かの想いが犠牲となり、そっと祈った我が身の幸福は他者の幸福を奪う悪となる。
 想いのひたむきさ、願いの強さは時として結末を歪めることをシホは身をもって知っているのだ。

 シホは胸の十字架を強く握りしめた。
 何かを祈るとき、言葉にならない想いがあるとき、いつもしてきたように。

「シホさん? お待たせしました。私がmanamiです」

 manamiと名乗った三十代の女性信者は、仕事帰りに待ち合わせた駅前の飲食店ビルの前に佇むシホに声をかけてきた。
 現地のUDCエージェントが探し当ててくれたこの女性は、SNSで成長と共に自分と疎遠になっていく妹への愛を書き綴っていたが、最近になって妹の死を仄めかす内容へと変わった。

「manamiさんの呟き、読んでいて胸が痛くなりました。私もずっと連絡を待っている人がいるんです。我が儘言っちゃ駄目だって分かっているのですけど、会えないのがこんなにも苦しくて。毎日毎日返事を待っているのが辛いんです……」

 カフェというより喫茶店と呼ぶに相応しい深夜営業の店に入ると、シホはmanamiと向かい合い、己の悩みを打ち明けた。

 帰国子女として日本に帰ってきてからの新しい生活、新しい友達。だけど親しくなった人は皆次第にシホへの興味を失い、やがて連絡が途絶えた。
 忙しいだけだと、嫌いになった訳じゃないと、時がくるのを待とうと言い聞かせるけれど、それは再び自分に気持ちを向けてくれる時のことなのか、それとも自分の胸が痛くなくなる時のことなのか──。

 小さな口唇を震わせ語るシホの脳裏に、猟兵となった後に知り合った人達のことが浮かんだ。記憶がほとんどなかったシホにとり彼らは心の拠り所だったが、その何割かは音信不通。また新たに誰かに捨てられるのではないかと考えると、不安で胸が締め付けられる。
 そんな普段見せることのない気持ちをベースに作り上げた噓であった。

「シホさんが私の妹だったら、私もこんな風に悲しみはしなかったかもね」
「manamiさん……」
「ごめんなさい、何だか年頃が同じのせいかあなたを妹と重ねてしまって……」

 シホのユーベルコード【覚聖】は優しい心や魅力を大幅に引き揚げるもの。さらにコミュニケーション力に優れ礼儀作法も心得ているシホは、大人しくて優しい理想の妹を演じ上げた。
 それは溺愛するあまり唆されるまま邪神復活の贄として愛する者を捧げたであろう姉の心を掴んだ。

「全ては私の心次第だとは分かっているんです。いつかは現実を受け止めなければならないって。でもまだ大丈夫なんじゃないかと考える自分がいるんです。それでいつまでも答えを出せなくて……。manamiさんは私が答えを出すのを手伝ってくれますか?」

 シホは十字架を握って女性信者に懇願する。

「ええ、もちろん。良かったらシホさんも私が行っているサロンに来てみる?」

 信者が話を切り出したとき、シホはこれだと思った。
 新たな待ち合わせの約束を取り付けて喫茶店の外に出ると、月が相変わらずそこに浮かんでいる。

「星はたくさんそこにあるはずなのに、どうして見えないのでしょうね」

 周りにいたはずの数多の友人、数多の《私》。
 シホは呟くと見えない星に想いを馳せた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

五条・巴
鳴くか乞うか
僕の末路は、どちらなのだろうね。
僕とその帝の違いは、きっと──。

潜入できるよう信奉者を 誘惑 して近づく。

縋り付くように。
迷子になってしまった子供のように。

ねえ、僕には何が足りないのだろう?

僕、もっともっと、近付きたい人がいるんだ。
その人は皆に愛されてて、それを受け入れて。
そして残酷なまでに平等に光を、温かさを届けるんだ。

僕は、何をしたら、何ができたら、彼女に見てもらえるかな…?
どれだけ伝えても届かないんだ。

僕のこの感情は、紛れもなく愛だと、焦がれ続け、いつか身を滅ぼしてしまう愛だと。
そう謳って。

…彼との違いなんてないだろう。

本当の月に焦がれてるなんて、君達は知らなくていい事だよ。



●月は遍く

 駅前ビルの7Fラウンジから見下ろす夜の街角で、少女が月を見上げているのが見えた。
 エーデルワイス──あの猟兵は確かそんな名前だったはず。それは五条・巴(見果てぬ夜の夢・f02927)の愛銃に彫られた花と同じ花の名だ。

 還リタイ──。

 グリモア猟兵が見た姫君は、月を見てそう呟いたと言う。
 竹取物語に実在の女性の話がリンクしているのだとしたら、恐らくは月は望郷の念を呼び起こすトリガーであったのだろう。何故なら月は幼い頃から見てきたもの、別れた故郷の人々も見ているはずのものだから。

 還サナイ──。

 姫君を溺愛した宮様は、月見る女に竹取物語を重ねたのだろう。
 だから竹取物語の写本を作って結末を変え、原本を燃やしてすり替えることで呪をかけた。女の運命を己の元に繋ぎ止めたのは、果たして女が帰りたがったという理由だけだろうか。
 そして巴が女より男の側にシンパシーを感じるのも、同性だからという理由だけなのか。

「あら、あなた……どこかでお会いしたかしら?」

 待ち合わせた女は巴を見て首を傾げる。
 もしこれが都心のスクランブル交差点であったなら、この秋に発売されたフレグランスの街頭広告と彼とを見比べただろう。
 化粧品ブラント『L²T』の新作オーデ・トワレの広告塔に起用された注目の若手モデル。それが五条・巴だ。
 彼のユニセックスな魅力は甘くもあり、涼やかでもあり、正にこのライトブルーの『Melt』のイメージそのものであり、男は彼にならって女受けする香りで気を惹こうとし、女はこの香りを纏う彼の肌を想像する。
 だが今は芸能人であることを隠し、女の問いを微笑みで受け流した。

「いえ、初対面だよ。それよりも時間を取っていただき、ありがとう」

 ハタチの若者は中年に差し掛かろうかという人妻に人懐こく微笑んで礼を言う。ふわりと心を溶かす香が流れた。

「僕、もっと近づきたい人がいるんだ。その人は皆に愛され、誰のことも拒みはしない。全ての愛を受け入れて、平等に光を注いでぬくもりを届けるんだ。……残酷だよね」

 愛されていない訳ではない。だけど大勢の中の一人として愛されることが苦しくて、苦しくて、自分だけを見てと訴えても誰かに与えたのと同じ愛が返ってくるだけ。
 竹取物語の姫に求婚した男達も、姫のただ一人の男になろうとして難題に取り組み、それをこなすことが出来ずに世間の笑いものになった。恋に身を焦がす自分も傍目にはさぞ滑稽に映るのだろう。だが見目良い青年が迷子のように途方に暮れて縋り付いてくるのは、年上の女の母性本能を酷くくすぐった。

「僕は何をしたら、何か出来たら彼女に僕だけを見て貰えるのかな……? どれだけ好きだと伝えても皆と同じようにしか愛されない……僕が願っているのは、そんなんじゃないのに」

 長い睫が作る影は巴の繊細な顔立ちを縁取る。
 焦がれ続けていつか身を滅ぼすと分かっていても止められぬ愛。それは全ての女性に優しく、女性からモテた男のただ一人の女であろうと、結婚してなお願い続けた人妻の心を捕らえた。
 巴は竹取物語の帝を思い出し、女の唯一の愛を得ようする青年のストーリーをこう仕上げた。

「もし僕に力があったなら、彼女を力尽くで閉じ込めて誰とも会わせない。そして僕だけのものにして僕だけを見て貰うんだ。帰りたいと言っても帰さない。帰りたいなんて言えないよう、彼女の中を僕でいっぱいに満たすんだ。だけど、ああ……どうしたら……」

 竹取物語の帝が宮中に迎えて姫を閉じ込めようとしたように。竹取異聞の宮様が子を成すことで姫を繋ぎ止めたように。力尽くの愛で彼女を愛の檻に閉じ込め、愛の鎖で繋ぎ止めたい。
 だけどどうすることも出来ずに迷子のように途方に暮れる彼がいた。

「自分だけのものにしたいの?」
「ええ、彼女が僕だけを見て、僕だけに語りかけてくれるように」
「でも束縛したら嫌がられるかもよ」
「それならいっそ彼女を殺して僕の心に閉じ込めたい。あなたなら分かってくれるよね?」

 巴は向かい女を見つめたまま、テーブルの上に置かれた彼女の手に指を伸ばす。月は手を伸ばしても触れることが出来ないけれど、目の前の女は心を握ることさえ巴の意のまま。

 Melt──それは女も男も蕩けさせる魔性の香り。巴という青年の持つ甘い毒。
 女は頷くと己の世話になったメンタルコーチを紹介すると約束してくれた。

 愛していると鳴くか、愛してくれと乞うか。
 自分の結末がどちらになるのかなんて分からない。竹取異聞の宮様との違いなんてないのだろう。

「本当の月に焦がれているなんて、知らなくていいことだよ」

 女と別れラウンジを出た巴は、遍く清かな光を注ぐ残酷な月を見上げながら呟いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

逢坂・宵
ザッフィーロ君(f06826)と

まずは失踪された方の身近な方々へ聞き込みを、ザッフィーロ君とともに行いましょう
そのなかで普段の言動等、疑いを持てる方をピックアップして改めて接触し
愛についての悩みがあることを告白、入信についてお伺いしましょう

悩みは……そうですね、「愛すれば愛するほど、いつか来るであろう死別の時が怖い」
「独り残して逝くのも、残されるのも考えれば考えるほどに恐ろしくなるのだ」と
哀しみの演技とともに伝えましょう
まあたとえ本当にその時が来たとしても、道行きの供に一緒に連れて行くのですが

離れることはないのだろうが、ではなく、離れませんよ
そうでしょう? と手を握り返しながら笑みかけましょう


ザッフィーロ・アドラツィオーネ
宵f02925と

失踪した者の身近な者へ宵と共に聞き込みを
信者と思しき人物が浮上したら接触、入信に興味がある旨を伝えよう

悩みは…そうだな
どちらかが先に召された後、残された場合も残した場合も想像するだけで苦しく胸が締め上げられると演技と共に告げようか

…だが、本当に悩むならば、宵の幸せの為なら手を離す事も厭わぬと決めていたというに永遠に共に在りたいと欲が出てきてしまったと言う事かもしれんが
まあ、朽ちる迄共にあると誓った故離れる事はないのだろうがとついぞ声音を漏らしながら繋いだ宵の手を強く握る…も
宵の言葉を聞けば眩しそうに瞳を細め頷こう
朽ちたとて共に在ると誓った故に
死さえも別つ事は出来ん。そうだろう?



●天の蒼、地の蒼

 見上げる夜空に目を凝らしても、深い夜空の蒼に飲み込まれてそこにあるはずの星は見えない。
 あるいは夜の女王たる月の威光によって残酷なまでに存在を掻き消されたかのように。
 ビルとビルとに切り取られた空には電線が張り巡り、まるで囚われているような錯覚にさえ陥る。それはどこかひどく息苦しくさえあった。

「月は見えるのに星が見えない。どうにもここは窮屈さを感じて、自分が虫籠の中の秋の虫になったような気分になる」

 ザッフィーロ・アドラツィオーネ(赦しの指輪・f06826)は厳つく眉を顰めるけれど、傍らの宵闇色の青年は気にした風もなく暢気にこんなことを呟いた。

「秋の虫とは言い得て妙です。鈴虫は月鈴子とも言います。月から落ちてきた鈴だと。だけど囚われているのだとしてもザッフィーロ君と一緒ですから楽しいです。それに」

 僕がいますよ、と──。

 逢坂・宵(天廻アストロラーベ・f02925)は天体の動きを計測する天図盤のヤドリガミだ。人知の限りを尽くして開発されたものであるだけに博識で、同時に浪漫と憧憬をも内包している。
 その宵の口唇から頼もしげな言葉が零れると、自分を映す瞳の蒼が情熱の赤に染まって紫になったかのようにさえ思えて、ザッフィーロは宵には適わないと降参する。
 宵の発想の豊かさ、そして好奇心。それらはザッフィーロにはないものだから。

 ザッサィーロはかつて高位の聖職者の為に作られ、その指を飾って赦しの象徴とされた指輪のヤドリガミである。
 指輪というものは宝石や貴金属を我が身から離さず所有するもの。あるいは人と人とが約束を交わして互いに誰かのものであるという証を立てて嵌めるもの。言うなれば所有と独占の顕示だ。
 ザッフィーロは赦しの力の源と言われながらその身は所有者の物だった。だからこそ縛られることなく自由に天に想いを馳せられる宵を羨ましく想い、好ましいものとして愛しんでいる。
 だけど時々、本当に時々、指輪としての性質が顔を現すときもあるのだ。それはきっと屋敷の中に愛した女を閉じ込め、子を生ませて己に縛り付けた男と同じに。

「僕は星でも月でもなく、ザッフィーロ君を見ていました。月明かりに照らされていると肌の色がより神秘的に見えるなどと。気づきませんでしたか?」

 宵が見ていたのは夜空ではない。
 彼が見ていたのは天上の蒼ではなく、土色の肌をした地上の蒼。ザッフィーロの非の打ち所のない彫刻めいた端正な横顔。
 天図盤たる宵は太陽や月や星の動きを見つめて天の理を探り当てて来たけれど、ザッフィーロと出会うまで天に夢中で、地上のことなど考えたこともなかった。
 地球内部から産出される宝石はマグマの高熱と高圧、そして長い冷却期間を経て精製されるもの。宝石となるまでには溶液やガス、表層水に加えて成長環境などの様々な奇跡的条件を要するという。
 それを宝具と成した指輪は紛うことなく大地の奇跡の具象。だが宵にとって彼と出会えたことこそが奇跡のように思えて、どれだけ見つめても興味は尽きない。

「気づかなかった。宵と同じものを見ようとして夜空ばかりを見ていたからな」

 ザッフィーロの言葉に宵は瞼を瞬かせ、ザッフィーロにはそれが星の煌めきに見えた。
 虫籠のような場所にいても、たとえ星が見えなくても、星は確かにそこに在る。

 だけど、いつか──。
 そう思いかけたとき、ザッフィーロの上着の中で振動があった。それは待ち合わせた男からの着信。二人は失踪者の周辺人物を漁り、実際に会った何人かの証言かの中から容疑者を絞り込んで接触を計った。

「お時間を取って頂いてありがとうございます。佐藤さんについてお話しを伺いたいのです。いえ、連れ戻そうというのではなく、その……愛について悩んでいると聞いていたので、望みが叶ったのか知りたいのです。僕と佐藤さんは同じ悩みを持つ仲間としてネットを通じて交流がありました」

 宵は個室居酒屋に入ると、礼儀正しさと険の無さとを武器に、初対面の相手に切り出す。
 コミュニケーション力になら自信がある。吊るのは簡単。同性愛者を装うのも。
 尤もヤドリガミである彼らは元々器物であり、外見の性別はあれど心は人間ほど性別を気にしていないのだが。

「何故私に?」
「直感だ。そう言う者同士の」

 ザッフィーロは主な交渉を宵に任せ、要所要所で合いの手を入れる。それは宵を補うという意味もあるが、用心深く、相手の言葉を引き出すためのもの。さらに思わせぶりな短い言葉に相手の共感を得るための仕込みを入れてくる。
 さすがだと宵は内心感心しながらも苦悩する青年を引き続き演じる。

「愛すれば愛するほどいつか来るであろう死別の時が怖いのです。独り残されたら生きてはいけない。同じように悲しませるから彼を独り残しても逝けない……。愛が永遠ならばいいのに肉体は心を裏切って朽ち、運命はある日無情に命を断つかもしれない……それを考えるだけで、僕は……」

 それは演技ではあるが、かつては一度考えたこと。ヤドリガミでなければ今なお悩んでいたかもしれない。

「想像しただけでも苦しくなる。世間の目を気にして生きなければなないというのに、死んでまで宵を苦しめたくはない。宵を独り残すくらいなら、いっそ……」

 ザッフィーロは隣に腰を下ろした宵の手を強く握り込む。強く、離したくないという想いを込めて。

「……アキヒロと同じことを言う」

 アキヒロ、それが失踪者の名前らしい。ファーストネームで呼ぶ相手との関係は問うまでもないだろう。二人が睨んだ通りだ。

「佐藤さんも?」
「ええ、私を残していきたくないと」
「そうでしたか……。いえ、それ以上深くはお伺いしません。ただどうか、僕達を救うと思って教えて頂きたいのです。僕達はどうしたら永遠の愛を貫いてこの苦しみから逃れられますか?」

 質問を宵に任せながらザッフィーロは「残すくらいなら、いっそ」という言葉の続きを考える。それは恐らく自分が先に死ぬ、ということだったのではないだろうか。

 相談に乗って貰う内、自分の知り合いのカウンセラーを紹介するという運びとなり、二人は男と別れた。だが一抹心の中に溶けきれない粒が残った。

「彼を苦しみから救うためならどんな悲しみにも耐えてみせると、それが愛だと言っていましたが、先に逝く方は遺された者の悲しみは思わなかったのでしょうか」
「さあな。ただ言葉通りとは限らん。苦しみから救ったふりして自分だけの物にするため、邪神の生け贄に差し出したのかもしれんぞ? 竹取異聞の男の愛が利己的でしかなかったように」

 真相は見えない星のように闇の中。
 サッフィーロは不可解な愛を理解しようと考えあぐね始めた宵の手を握ると、昔、姫が見ていたはずの月を見上げる。

「俺も宵の為ならこの手を離すことも厭わぬと決めていたのに、永遠に共に在りたいと願ってしまった」
「でもそれは過去のことでしょう?」
「無論。今は朽ちるまで供に在ると誓ったゆえ、離れることはないのだがな。死さえも別つ事は出来ん、そうだろう?」
「ええ、指輪より天図盤の方が物質的に先に朽ちそうですけど、やがて朽ちる日が来たら道行きの供に一緒に連れて行きます」

 離れない、例え我が身が後に残ろうが。
 離さない、例え我が身が先に果てようが。

 想いを込めて握った手を宵が強く握り返してくると、ザッフィーロが月を見上げたまま眼差しを撓ませる。
 宵の指には大地が生み出した自然の美、小さな蒼石を嵌めた揃いの白銀の指輪が煌めく。
 月の光に掻き消されて見えない星の代わりに。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

紫丿宮・馨子
ああ…ここにもあの本が

保琳は
遠い昔に自身の最後の主、承香殿の女御を呪殺したはぐれ陰陽師
肉体を得てのち
彼について調べている際に彼の書いた歪んだ物語の写本をいくつか入手している
この本もその一冊
だいぶ前にいつの間にか
世界を渡る自身の元から消えてしまっていた物

こんな形で利用されてしまうなんて
わたくしの元にあった時に何かできていれば…

でも
魂の宿ったモノを処分はできなかった

式神朱雀と手分けして情報収集
失踪者の周囲に聞き込み
恋愛相談をしていた占い師やカウンセラーなど相手を探す
見つかれば相談

わたくしは
お慕い申し上げている方がおりますが
わたくしに向けられる彼の想いは
わたくしのモノとは違い…

思い詰めているのは本当



●月の火影

 月を見ている。
 月を見ている女を見ている。

 簾を上げて見る月に照らされ、女の影は丈なす黒髪の広がりと重なって座敷の上に黒を敷いていた。まるで女の心から影が漏れ出したかのように。
 それともあれは女を縛る呪であったのかと、紫丿宮・馨子(仄かにくゆる姫君・f00347)は月を見ながらいにしえ見たはずの情景に想い馳せた。

 馨子は大陸より伝来した珍らかな青磁の香炉であり、彼女がこの国に渡った頃はまだ製造はおろか交易品としてさえ極めて稀な頃。小さな香炉は献上されて姫宮の部屋に置かれ、それからは幾人もの女の一生を見届けてきた。
 竹取異聞と呼ばれる写本と共鳴した姫君の一生も恐らくは見ているはずなのに、それが誰であるのか、何故か思い出せないでいる。

「ああ……ここにもあの本が。写本の数だけ運命を歪められた姫君がいるということでしょうか」

 恐らくは現代に伝来するまでの間に写本からまた写本が作られ、それぞれの姫君の姿も写本ごとに少しずつ異なっているのだろう。葬り去られるのを見届けたはずの写本が未だにこうして世を騒がすのは、そう言った事情であるはず。

 馨子は最後の主、承香殿の女御と呼ばれた女を呪い殺した男のことを思い出した。
 肉体を得てのち知ったはぐれの陰陽師。数多の結末を歪めた写本の制作者。
 その名は保淋──。

「写本に魂が宿っていると知って処分出来なかったことが、こんな形で徒なすなんて……」

 保淋を探すうちに写本のいくつかを手に入れたが、いつの間にか馨子の元から消えてしまった。
 さっさと処分していればと思うものの、ヤドリガミである彼女に同胞を殺す真似は出来ず、結果として今回の事件を招いてしまったのではないかと不安が付きまとう。
 それが馨子の元にあったものであったとしても、そうでなかったとしても。

 月を見上げる馨子の元に、式神である朱雀が還る。
 失踪した者の周辺人物に占い師やカウンセラーの類いの元に通っていた者がいるのではないかと予想を付けた馨子は、式神を人型に変え手分けして探りを入れた。
 そしてその予想は的外れではなかったと、今朱雀からの報告で確信を得る。
 失踪者の関係者、周辺人物のうち、同じ占い師の元に通っていた者がいた。

「わたくしにはお慕い申し上げている方がおります。でもわたくしに向けられる好意は、わたくしのそれとは異なるのです」

 馨子は早速式神を回収すると、予約を入れて接触を試みる。
 対面してすぐに女はオブリビオンであることが分かった。だが件の写本の姫君の化けた姿だとも思えない。むしろ配下の者なのだろう。
 馨子は占い師が妖しい薬や術を使ってこないか警戒しながら演技する。今はUDCアースという土地柄に合わせて上品なスーツを着ており、どこかの企業の秘書といった雰囲気だ。
 その馨子が「お慕いする方」と言えば、自ずと勤務先の上司か何か、目上の者だと勝手に想像してしまう。占い師に相性を占うため詳細を教えて欲しいと言われると、年上の地位も財産もある男をでっち上げたが……。

 思い詰めているのは本当。馨子には確かに慕う相手がいる。占い師に語ったのとは違うけれど。
 愛のために暖められることもあれば、自分の向ける想いと相手の想いとの温度差に傷付くこともある。

 馨子は知らなかった。愛がこんなにも狂おしく、どうしようもないものだと。

 かつては部屋の片隅で、数多の男と女が睦み合うのを見てきたのに。
 かつては香を燻らせながら、数多の女が泣き濡れるのを見てきたのに。

「あの人はどうしたらわたくしに想いを向けてくださるのでしょう?」

 相手はオブリビオン。答えは期待出来ない。
 たがその問いかけには切なる響きがあった。

 占い師は馨子に永遠に自分だけを見つめ、自分のものにするお呪いがあると告げた。
 改めて次の予約を入れて馨子は占い師の元を去る。

「どうしたら、あの人は──」

 月はこんなにも明るく見えるのに、側に散りばめられているはずの星は見えない。
 そして愛もまた──。

 月に向かって問いかける馨子を月が照らす。伸びる影は黒い裾野を作り、いにしえ見た女に似ていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

白藤・今鶴羽
・思いは時に重く、枷ともなるもの。
本来の姿を歪め、『枷』として産み出された物語。
物語は人の心を震わせるもの…

・激情。
愛情というよりも、執着、でしょうか。
そういう物語を好む層も、一定数いらっしゃいますよね。
人に迷惑をかけない限り、萌えはどのような嗜好にも、平等ですから。

『理解』ではなく、『実感』してみたいと。
思うことも無くはない、ですが。
永遠の愛…創作物でないそれは果たして、実在するのでしょうか…?
そう思い悩むこともまた、執着なのでしょうか。

・探し求めてやまない方(本)がいる。
概ね間違っていないとは、思いますが…
行方をくらませた大事な方を探し求めている、そういう体で信奉者に接触できれば、と。



●無限のif

 風に揺られて電線がそよぐ。月光に照らされた電線は針金みたいに銀色に見えた。
 それはそれで美しく、描くならどのような技法を使えばいいだろうと考えてみる。
 ある者は電線を銀色に描き、またある者は電線の外枠が発光しているようにエフェクトをかけて表現するだろう。
 作り手が変われば表現も変わるもの。それが創作物。それは絵も文も変わらない。
 だが結末を変えて原作を抹消するのは、行きすぎた愛だ。

「物語は人の心を震わせますが、強すぎる想いは時に、枷となるもの……」

 白藤・今鶴羽(ヤドリガミのゴッドペインター・f10403)はペンタブレットのヤドリガミであり、歴代の持ち主の想いを創作物として表現するのを手伝ってきた。
 その中には原作と舞台が異なるパラレルワールドものもあったし、主人公ではない登場人物の視点で描かれるアナザー・ストーリーもあった。だがそれはいずれも原作ありきの二次創作。作り手は原作を愛していたが、原作は作り手であった彼ら、あるいは彼女らの思い通りにはならないから、満たされぬ分を新たな創作に昇華することで満たしてきた。
 だが原作をないがしろにし、作り替えさえするのなら、それは愛と言うよりも……。

「愛と言うよりも、執着……でしょうか。竹取物語に対しても、現実にいらっしゃった姫君に対しても」

 そう言う愛執を好む者はいる。それは理解出来るのだけど、今鶴羽には実感がない。何故なら彼は数多の萌えを紡いできたペンタブ。絵空事を描いてきただけで、そこに何一つの体験も実感もないのだ。
 そも、永遠の愛などと言うものは存在するのか。いつまで生きれば永遠と言えるのか。何をもって永遠と認めればいいのか。創作物でもないそれは果たして実在するものなのか。
 そう思い悩む事もまた執着なのでしょうか、と……思いながら佇む今鶴羽は、元より中性的な柔和な雰囲気を纏う彼のこと、どこか悩ましく儚げにさえ見えた。

 今鶴羽は待ち合わせた推定信者とコーヒーショップに入ると、買ったばかりのラテを両手に持って小首を傾げる。

「貴方が丸山円さん、でしょうか? はじめまして、伊万剣と言います」

 もろに何かのマンガかゲームから出てきたような今鶴羽を見て、萌えの分かる男はコスプレイヤーかショップの店員と勝手に勘違いしてくれたようだ。
 丸山円、というのは男のハンドルーネーム。だから今鶴羽もまたハンドルネームを名乗った。

「探し求めて、やまない、人がいるんです。でも、行方を、くらませたまま……見つからないのです」
「SNSで知り合ったんだったな」
「ええ、とても素晴らしい、才能を持った人、でした。多くの方の、憧れの、的で……」

 今鶴羽は丸山円という冴えない三十代のサラリーマンにお悩み相談という体をとり、恋心を打ち明けた。
 但し今鶴羽が探し求めてやまないのは、人ではなく本。神絵師が描いた二次創作同人誌。ある日より作品の更新が止まり、作者の近況も分からなくなっている
 丸山円はSNSで失踪した別の絵師にファンをこじらせて粘着していたらしいことが調査で判明している。但しリアルでの接触はない。

「自分のためだけに、と思ったことさえ、あります。でも自分の知らないところで、他の誰かのために、というのは気になるのです、よ」
「わかるわかる。作品が見れたらそれでいいって言うのが、いつの間にか自分のためだけに描いてってなって、他のジャンルに移ったりするのも嫌だし、ゲームやったり映画見てる暇あったら描けよってなるよな」

 それは愛ではなく執着です、よ?
 しかし相手はヤンデレ。肯定しておく。

「丸山円さんは、どうやって、自分だけのものに出来たんですか? 自分にも、出来ること、ですか?」
「できる」
「どうやって、です?」
「神様に祈る」

 男は具体的なことは言わなかったが、どうやら好きな相手を自分で連れて行かなくてもいいらしい。警察の捜査でも足が付かなかったのはそれゆえだろう。
 でも邪神の使徒が動いたとして、それで贄にするため殺したとして、どうやって永遠に繋がるのかは分からない。何か催眠術でも行われたのだろうか。

 今鶴羽は男から紹介された神主のところに早速電話を入れ入信希望と伝えた。

「物語は、無限にif、があるから面白いと思います、よ?」

 物語は星の数ほど無限に存在するはずなのに、原作をすげ替えifを葬る。
 今鶴羽はコーヒーショップを出ると、月光を浴びて銀糸に見える藤色の髪を梳きながら、月だけが浮かぶ星の見えない空を見上げた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

リタ・アレキサンドライト
俺様ヤンデレとかおなかいっぱいだよォ!
最後に愛は勝つって言うけど、ボクはヤンデレ執着愛よりもっとド直球らぶらぶの方がいいけどなあ?
まあ世の中には束縛系(物理)とかもいるからちょっとヒトの好み幅広すぎだよね!
大丈夫、ボクにもいつか素敵なオウジサマが…
あれ、王子様?え、なんで?ボク男なのにおかしくない?
ていうかその物語の王子様、どう見てもヤンデレだよね?!

なーんて思いながら調査、調査かー
行方不明になってるの信者じゃなくてその周辺なんだ?
それ、下手人や情報元は…
よし!行方不明者のすとーかーのフリしてどこに隠したの!返してよぉぉぉぉって迫ってみよ!
なにか重要なことポロリするかもしれないしさ!



●ボクという続編

 月に照らされ夜道を行く男の影は一筋路地に伸びている。
 男は月しか見ていない。
 届かぬものに、恋い焦がれ、追い求め、夜空に散らばる星も、歩道を歩く人も、一切が見えなくなってしまっている。

 そしてその男の影を追う、夜目にも艶やかな薄紅色の髪の少女……もとい少年が一人。

「行方不明になっているの、信者じゃなくてその周辺なんだ? それって相手の気持ちは無関係に自分の想いを遂げるために邪神に差し出したってことだよね!? それで『これでキミは永遠に僕のモノだね』なんて言うんだ? 俺様ヤンデレとかおなかいっぱいだよォ!」

 リタ・アレキサンドライト(バーチャルキャラクターの戦巫女・f17197)は追いかける男の心の内を想像して奮えた。
 現地のエージェントの調査では、失踪者である少年とこの男の間には教師と生徒という接点しか見えてこない。
 だが夜遊びしていた生徒に対し、担任として指導するうちに愛が芽生えたのか、それともその夜遊び自体が密会の建前だったのか、男が永遠を望んだことは間違いない。

 リタはバーチャルキャラクターだ。
 キマイラフューチャーの種族の一つであるバーチャルキャラクターは人格も実態もあるが創造の具現化によって生み出されたもの。いにしえに流行した乙女向け恋愛シュミレーションゲームの、主人公少女と攻略対象イケメンキャラとの間に出来た子……という設定になっている。
 愛の結晶として生み出された彼だが、その愛すらも作られたもの。主人公を操るプレイヤーの選択肢次第では別のイケメンキャラとの愛が育まれることもあったはず。
 そう、竹取物語の写本のように。

 創作とは作り手の意向によって幾通りにも結末が作られるもの。そして原作者の手を離れ、登場人物同士がカップルとして描かれたり、異世界を舞台に描かれたり、二次創作物が作られることもある。
 だからこそリタは竹取物語の写本が駄目だとは全く思わない。ただちょっと個人的な嗜好が自分と合わないというだけだ。

「最後に愛は勝つって言うけど、ボクはヤンデレ執着愛よりももっとド直球にらぶらぶの方がいいけどなぁ? でもヒトの好みは幅広いから。世の中には束縛系が好きっているよね!」

 あの人もそうなんだろうかと、リタが男の背を見つめたとき、追跡者に気づいた男が振り返る。
 リタは電信柱に隠れる。しかし特徴的な桜色の髪は月光に照らされ色づき、隠れるにはあまりにも目立ち過ぎた。

「私の後を付いてくるとはストーカーか?」

 声優になれそうな素敵なバリトンボイス。インテリジェンス漂う真面目そうなスーツの男は、リタに対し不信感も露わに問いかけた。

「……そ、そうだよ! お兄さんが秋葉くんをどこかに隠したんでしょ? 知ってるんだからね!?」
「秋葉亮平か? 何故私のところだと思ったんだ? それにしても見慣れないが、他校生か?」
「幼馴染みってヤツ。……って、騙されないんだからね!? 会ってるの、見たんだから!」

 男はいつどこで見たのかをリタに問うことはしなかった。
 その代わりリタの意図を探るようにじっと見つめる。眼鏡が通りすがる車のヘットライトに照らされて光ると、余計にヤンデレ風味を増して怖かったが、リタは己に「大丈夫、いける!」と激励を入れ、男に詰め寄った。

「どこに隠したの!? ねぇ、秋葉くんはどこ!? 返してよおぉぉぉぉ!!」

 端から見れば美少女が大人の男に泣き付いているかのように見える。男はリタを少女だと、本当に秋葉という少年の幼馴染みだと、涙に騙され信じ込んだようだった。

「秋葉はもうどこにもいない。死にたいと言っていたから、多分」

 その言葉が真実とすれば、永遠を願ったのは少年の方だったのかもしれない。男の顔には永遠の愛を得た満足感や幸福は感じ取れなかった。
 男はリタをその場に残し去って行ったが、リタは翌日変装をし、また男の後を付けた。結果、怪しげ占いサロンの入ったテナントビルの中に消えるのを目撃。接触したことが揺さぶりとなり、効を奏したようだ。

「永遠が欲しいなら、続編作るとかじゃ駄目だったのかな? 続編キャラのボクにもいつか素敵な王子サマが現れるのかな? ヤンデレじゃないといいな! あれ、王子様? ボク男なのにおかしくない?」

 男がビルの中に消えると、リタは月を見上げて問いかける。
 本編の結末が気に入らなくても、続編で幸せな結末を迎えることも出来たかもしれないのにと真っ直ぐに月を見上げる瞳は、紛うことなく未来を信じる少年のものだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

村井・樹
【秘匿するべき禁忌の術式】や【世界知識】を合わせて、教団の旗印を探します
その際はあえて【存在感】を出し、私の元に教団の人物が接触してくるよう【誘惑】します
教団の者と接触できれば、私自身の悩みを話すことで、彼らの心を引き寄せましょう

「私にも、最期まで愛し、守ると心に決めた人間が、ただ一人おります。……ですが、何時まで、【私】は共に在れるのか。【私】は、いずれ不要と断じられるのでは無いか。……もし、消えてくれと、二度と現れるなと命じられたら。その時の事を考えると、今にも、気が狂ってしまいそうなのです」

尤も、その人間というのは【村井・樹】……【僕】の事なのですが。

※プレ外の言動、アドリブ等大歓迎



●私という写本

 駅前商店街の外れ、空室も目立つ古いテナントビルに新しく入居してきた住人は、血のインクで描かれた古い書物のページを捲った。
 悪魔召喚の儀式について書かれたそれは、中世に作られた魔導書の写本の、そのまた写本である。電子複写機のない時代、人々はこうして手書きで文章を写し、世に残してきた。
 写本の元となるものを底本と呼ぶが、必ずしも底本が作者の手によるオリジナル、すなわち原本であるとは限らない。作者自筆であっても草案と清書とが存在する場合も。
 従って複製され伝存した写本同士を見比べると、誤記だけではなく底本にしたものが何かによって差異が生じるのも当たり前。それが古文書の世界であると理解はしているけれど。

 村井・樹(Iのために・f07125)を名乗る今の自分は、元の村井・樹にとって原本と少し違った内容になった写本のようなものなのだろうか。

 樹は多重人格者である。この村井・樹という器の中に、紳士な代弁者の樹と不良な執行者の樹がいる。同じ村井・樹なのに。今の自分は欠けた存在だ。
 それゆえに人格の統合を目指すのは当然の帰結であったが、果たしてそれは幸福な結末なのだろうか──。

「ああ、お客様ですね。どうぞそちらのソファにおかけください。私どもの会では愛を求める人に神の愛の極意を伝授しております」

 事務所を借りた樹は『月神奉愛会』と名乗る怪しげな看板に掲げ、『愛と涙を神に捧げれば愛は真実となり永遠に紡がれる』などと住宅や商店にダイレクトメールを送った。無論それは件の邪神教団をあからさまに模したもの。敵を誘き出すための罠。
 教団からの偵察に送り込まれたと見られる若い女性は、樹の手の中の書物を凝視していた。

「ああ、これが気になりますか? これは月の女神の預言の書、私は『教典』と呼んでいますが。あれは『教典』を見て描いた月の魔方陣です。今はお呪いのようなものですが、あなたに真摯に愛を求める心があれば月の女神のあの魔方陣を通じて真実の愛を授けてくれるでしょう」

 持ち前の存在感で堂々と嘯き、ユーベルコード【秘匿するべき禁忌の術式】により寸分違わず邪神召喚式を模す。その精巧さは邪神の使徒が見ても容易には見抜けない程である。

 オブリビオンが化けたと思わしき女は樹の魔方陣を見て逡巡する素振りを見せた。

「私にもこの命尽きるまで愛し抜き、守ると心に決めた者がただ一人おります。……ですがいつまで私は共にあれるのか。私はいずれ不要と断じられるのではないか……」

 樹はモノクル越しに目瞼を伏せる。穏やかで優しげな顔は翳りを帯び、どこか悩ましいまでに妖しく見えた。
 女の目が樹に釘付けになる。悩める様は誘われてみたくなるようでもあり、手折ってみたくもあるようでもあり、居ても立ってもいられぬ不安感を掻き立てる。

「もし消えてくれと、二度と目の前に現れるなと命じられたなら……その時の事を考えると、今にも気が狂ってしまいそうなのです」

 今ここにいる優しげな自分は《私》だ。そして同じ肉体の中に悪ぶる《俺》がいる。そして《私》でも《俺》でもない《僕》……本来の村井・樹が戻ったとき、この《私》はどうなるのだろう。
 分かたれた《私》と《俺》が《僕》の中に存在するのか。それとも吸収されて消えるのか。それは誰にも分からない。作者自筆本が発見された後の写本が、文書学において価値があっても、文学的にみて価値が下落するように、《私》という写本、《私》という個も省みられなくなるのだろうか。

「だから私は月の女神を崇め、真実の愛を永遠のものとすべく活動しているのです。ですがまだまだ真実に到達出来そうにはありません」

 樹はそう締めくくって女を帰す。……と同時に自分の中に取り込んだ紫色のUDCが姿を現す。

「さあ、メメ君。彼女に案内して貰いましょうか」

 四つ目の怪物に微笑みかけると樹は女の跡を追う。今はまだ《私》の仕事。
 事務所の外に出ると月が出ている。
 月には兎が住んでいると言うけれど、裏側には何者がいるのだろう。《僕》もそこにいるのだろうかなどと樹は考えたのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ファン・ダッシュウッド
愛、ですか
永遠に続く愛が存在するのならば、そうだったならば
僕は……昔を懐かしむのは、此処までにしておきましょうか

失踪者の捜索は他の方に任せて
僕は信者らしき人を探してみようかと
誰かを求める様に【誘惑】をすれば、見つかるでしょうか……

信者の方を発見次第、接触を試みます
永遠の愛を得られる、と噂でお伺いしましたが
本当に……あの人が、永遠に愛してくれる様に?

突然、申し訳御座いません
苦い過去がありまして、人付き合いを避けていたのですが……
とても眩くて、でも触れたい
そんな女性と出会ってしまってから、ずっと……胸の奥が痛くて、苦しくて
僕は、どうすればいいのか【演技】

……まあ、話の一部は嘘なんですけれどね



●さようなら月

 月には兎が住んでいるという。
 だけど僕は一人地上にいて、夜なのに明るく照っている月が灯りの点る家に見えて、月の兎達の楽しげな笑い声まで聞こえてきそうな気がする。
 だから──。

「さようなら。ああ、いえ、間違えました。こんばんは、初めまして」

 ファン・ダッシュウッド(狂獣飢餓・f19692)は、待ち合わせた自分より年上の男性に人懐こい笑みを浮かべて会釈した。

 耳が生えている。
 そして妙に衣装も髪もモノトーンで、まるで箪笥の奥にしまわれたまま忘れられていた白黒写真を見ているようだったが、猟兵であることの恩恵からか不穏さは上手いことファンという青年を物寂しげに見せていた。
 優しく細やかだけど、それゆえに傷付きやすそうな。
 それは間違いなくファンの持つ一面であった。

 ファンは呪いの子として生まれてきた。
 一体誰がそんな呪いをファンにかけたのか分からないけれど、孤独は強烈な殺人衝動としてファンの孤独を加速させる。

 憎いから殺すのではない。
 楽しいから殺すのでもない。
 淋しいから殺すのだと、理解出来ても止められるほど単純な染みではなくて、切り裂き抉り取らなければならない程、孤独はファンの心に根付いている。
 だから離れていく誰か、まだ手の届かない誰かさえ殺してしまわなければ、草木の如き孤独に覆われ兎である彼は生きてはいけない。
 兎は淋しいと死んでしまう生き物だから、死なないためには孤独に陥らぬよう、先回りして殺さねばならないのだが──。

 孤独を考える前にまずは愛について語らねばならないと、ファンは気を取り直して立ち呑みどころで出会った男と隣り合う。
 初対面のふりをしているが、彼こそ現地エージェントが探し当てた信者であり、彼の勤務する会社では行方不明となった女性社員が出ている。
 連絡が付かないことを不振に思った親から捜索願いが出されているが、男性と特定の関係ではなかったことから会社同僚に対する聞き込み調査を受けるだけで警察からはマークされていない。
 だが同様の失踪事件との共通項からエージェントの捜査対象と浮上したという訳だ。

「そうですか。あなたもそんな苦しい恋を……」

 ファンは酒に酔って口が軽くなった相手に対し、最初は聞き役に徹することで心を捕らえた。ファンの柔和さはとても殺人鬼には見えなかったが、それは人畜無害のふり、敵を油断させて喰らうための擬態である。
 男が語る片思いの切なさ、やるせなさを酒と共に聞き流すうちにセミナーという言葉が出ると、待ってましたとばかりにファンは聞き役から話し役へと己の立ち位置を変えた。

「僕にも想う人があります。でもまるで月を見ているようで、毎日会っているし手も届きそうなのに、ちっとも近づけやしないし触れられないんです」

 ファンは手元のグラスを見つめて揺らし、カランと氷の音を立てる。

 衝動を抑え込めば胸は締め付けられるように苦しく、声は息苦しさに掠れる。
 酒気を帯びた琥珀の吐息は、悩ましい溜息となって口唇から零れた。

「苦い過去がありまして人付き合いを避けていたのですが……。その人はとても眩くて、でも恐れ多いと分かっていても触れたくて。そんな女性と出会ってしまったらどうすればいいのでしょう? 彼女と出会ってからずっと胸が痛くて、苦しくて……僕はどうすればいいのか……」

 ぎゅっと胸元で服を握り、切なげに眉を寄せる。恋の痛みに胸を貫かれた瀕死の体で。

「突然こんなこと……申し訳御座いません。何だか初対面とは思えなくてつい話してしまいました」
「いや、気にしなくていいよ。お互い様だからね」

 男との間にいつの間にか同じ傷を持つ者同士、共感が芽生えていた。但しそれは男が勝手にファンの上っ面だけを見て同志と見なしているだけ。

「君もセミナーを受講してみたらどうだろう?」

 男はファンに恋愛相談のセミナーがあることを教えてくれた。

「永遠の愛を得られると噂で聞いたことがあります。本当にあの人が、永遠に愛してくれるように?」

 太鼓判を押す男から次のセミナー開催場所と日時をファンは聞き出した。場所はレンタル会議室。疑いが向けられたときに足が付かないための予防線なのだろう。
 ファンは早速その場でスマートフォンからセミナーの申し込みを済ませると、男に礼を言って別れた。

「愛、ですか。永遠に続く愛が存在するならば、もしそれが手に入るなら僕は……」

 仕事帰りのサラリーマンで賑わう商店街で、けばけばしいネオンと酔っぱらい達の喧噪を余所に一人月を見上げる。
 煌々と照らす光も、笑い合う声も、決してファンのものになりはしない。これまでも、これからも。

「昔を懐かしむのは、此処までにしておきましょうか。親しくなってもいずれ離れていくなら殺してしまえばいいですよね、会ったらすぐに。だから──」

 さようなら月。

 ファンは「こんにちは」と言いながらナイフを握った。

大成功 🔵​🔵​🔵​

マリス・ステラ
緋翠(f03169)と参加

「愛に強制力はありません。むしろ対極にあるもの」

少しずつ知ってください、緋翠

「愛する人の魂と私の涙を神に焼べ、永遠の愛を誓いましょう」

謳い文句を述べた上で、
ご相談したい事があって探していました
そう告げる表情は『祈り』にも似た憂いに満ちている

「……彼は自らを何かの歯車として振る舞い日々を過ごしています」

隣に座る緋翠はどう思うだろうか?
話を続ける

「彼とは、私が望むような関係ではありません……」

視線だけ僅かに隣に動き、変わらぬ緋翠に目を伏せる
自らの『存在感』で信奉者の意識を惹く

「もし願いが叶うなら、愛を得られるのなら、私は全てを捧げましょう」

信者達の慈悲を、神の導きを求める


緋翠・華乃音
マリス・ステラ(f03202)と共に


「愛を呪術――呪縛で得た訳か。……なぁ、マリス。愛とはそんな強制が出来るものなのか? 俺にはアイが全く分からないんだ」


行動:情報収集及び信者の捜索

UDC組織で失踪者のリストや個人情報を得た後、
現地にて実際に聞き込みの調査や何か失踪の痕跡が無いかを辿る。
また、周辺への聞き込みの際には「愛」というフレーズを用いて話し、信者であるかどうかの反応を窺う。
加えて、ある程度目立つように捜索を行い、向こうからの接触も待つ。

演技には自信が無いので信者との対談は主にマリスに任せる。

『愛する人の魂と私の涙を神に焼べ、永遠の愛を誓いましょう』
  ――永遠の愛に、どれだけの価値が?



●月の国

 月に焦がれる。
 数多の男に微笑みと優しさを向けても、決して一人のものとはならぬ女を想い続けるように。

 だが緋翠・華乃音(終ノ蝶・f03169)は愛が分からない。
 目に見えぬ不確かなものを、肉体が滅べば消えるものを、何故そんなにも欲しがるのか。
 誰かの望みで歪められた運命を、望まぬのに繋ぎ止められた感情を、愛と呼べるのかも。

「なぁ、マリス。愛とはそんな強制出来るものなのか? 俺には愛が全く分からないんだ」

 華乃音の口唇はアイという音を紡いでも、そこに意味はなく、心を伴わない。
 ただ愛についての定義と、物語の中で演じられる愛とを知っているというだけだ。

「愛に強制力はありません。むしろ対極にあるもの。だけどそれを呪術により強制するのなら、それは愛ではなくただの悪です」

 マリス・ステラ(星を宿す者・f03202)は夜空から華乃音に視線を移すと、諭すように答える。

 マリスの瞳の中には星があった。
 道に迷える者達を導く希望の星が。

 そして胸の中には愛があった。
 罪を犯した者をも裁かず許す愛が。

 マリスは希望の象徴である星を宿した花器のヤドリガミであり、愛の象徴である花を器に入れて人々の心を潤す存在。ゆえにいつも誰かの慰めたらんと祈ってきた。
 その彼女が強制出来る愛には悪しき力が作用していると断じる。

「そう言うものなのか?」
「はい、それは呪縛でしかありません。身体を鎖で繋ぐのと変わりません」
「そう言うものなのか……」

 アイとは──。
 共感のないまま言葉を紡ぐと、少しずつ知って下さいとマリスが祈りを口にする。
 華乃音は頷くことも出来なかった。定義でも理屈でもない自分自身の愛を探すことが出来るのか分からなかったからだ。
 だが愛を探すことは宛がなくとも、失踪者を探すことは出来る。

 UDCエージェントから譲り受けた失踪者のリストからその足取りを追い、聞き込みと現地調査を行う。その周辺にいた人物についても。他の猟兵とも手分けして調査した結果、得られたのは失踪者自身ではなく、その周辺人物についての共通事項だ。

「失踪者ではなく周辺人物がこの街に来ていた。目的もなしにふらっと降車するような場所じゃない。この街が基地。だけどアンテナは複数」
「どういうことですか?」
「看板を上げて営業しているカウンセラーや占い師もいれば、セミナーの名目で単発イベントを開催しているケース、それから主婦のためのおしゃべりサロンなんてのもあった。簡単に足が付かないように出店を作っていたんだな」

 広い都会で、この都心にある街に何度か来ていたらしいことが分かっただけでもそれは収穫。グリモア猟兵がこの地に飛ばしたのは間違いなかったようだが、華乃音は集めた情報から推理を一歩進める。そこに至るまで例えばハッキングのような非合法な手がなかった訳ではないが、踏み込まねばここまでの結果は得られなかっただろう。

「さすがです、翡翠」
「俺が出来るのはここまでだ。後は任せた」
「愛に悩んでいるふりをして向こうから接触するよう仕向けたのでしょう?」
「そうだけど、俺は……」
「いてください」

 役目は終えたとばかりの華乃音をマリスが引き留める。その目に宿る星に見つめられると、否とは言えぬものがある。

「いてくれるだけでいいのです。それだけで説得力が増しますから。いえ、いないといけません」

 マリスが何故そう言うのか分からぬまま、華乃音はマリスに付いていくことになった。道場、と銘打っているが、これもまたアンテナの一つだろう。駅前のテナントビルに赴くと、薄紅色の髪の美少女然とした猟兵が隠れてビルに入っていく男を追跡しているのが見えた。
 そのビルの4階で華乃音はマリスと並んで巫女を名乗る袴姿の女に対面する。

「愛する人の魂と私の涙を神に捧げたら永遠の愛が手に入る……そうミヤカネさんから伺っております。実はご相談したいことがあってずっとこちらのような場所を探しておりました」

 マリスは信者と思わしき女の名を持ち出す。
 華乃音が調べた中で尤も自分と歳が近く、友人と偽っても違和感がない相手だ。
 教団の謳い文句を意識してカマをかけるマリスに、女は微笑みの裏で警戒しているようだったが、その警戒すら揺らがせるほど、マリスの祈りは切なものだった。

 マリスはひたすらこの事件が解決するよう、その糸口が掴めるよう祈っていた。だが時折隣の青年へと視線をやることであたかも恋の悩みに苦しんでいるかのように見せた。
 それは演技力の賜物ではない。マリスの星の巫女としての存在意義そのもの。そして愛を知らぬ華乃音のことを案ずる心もまた、手ぐすね引いて次なる贄を探す邪神の使徒の心を捕らえる。

「彼は自らを何かの歯車として振るまい、日々を過ごしています。だけど私は彼に誰かのための犠牲に徹して欲しくはありません。彼自身の幸福を自らの心の赴くまま求めて欲しいとも思っています。だけど……」

 マリスが物憂げに瞼伏せると、瞳の中の星は翳り、星が囁くような軽やかな声音が掠れて萎む。

「彼はその時に私を求めてくれるでしょうか? 彼とは私が望むような関係ではありません……。彼にとって私は命じられたから側にいて守るだけの存在、ただそれだけなのです」

 華乃音はどう思っているのだろうと盗み見すれば、華乃音は涼しい顔。単純に演技や説得に自信がない、愛についてよく分からないから余計な口出しせずに控えているだけなのだが、そういった態度はマリスが哀切に訴えれば訴えるだけ人形めいた感情を持たぬ男に華乃音を見せる。

「もし願いが叶うのなら……愛が叶うのなら、私はこの身の全てを捧げることも厭いません。私は彼に望まれ、彼の心を捕らえるただ一人でありたいのです」

 マリスは指を組み、祈りを捧げる。
 和装の彼女が指を組んで祈る姿は鎖国時代のキリシタンめいた禁忌と、命がけの祈りとを強調する。ユーベルコードにより強化された祈りは神に通じ、月神の使徒を嘯く者達の心に救済の慈悲を埋め込んだ。

「分かりました。愛の煉獄に囚われた貴方がたを救わねばなりませんね。月の女神に祈りを捧げるには覚悟も必要です。我が身を業火に投じる覚悟で改めておいでください」

 巫女はそう言って次の満月の晩を指定する。

「さすがだな。邪神の使徒を信じ込ませた」
「祈りの力です。口車に乗せるのが上手い訳ではありませんので。それにオブリビオンとて元は人間……永遠の愛を望む心くらい知っているでしょう」

 そこに訴え共感を誘ったのだとマリスは言う。
 マリスは元は花器。人間から愛でられ、乞われる存在。人と人の愛ではなくとも、永遠に手元に置いておきたい、眺めていたい、自分だけのものにしたいという気持ちなら分かる。
 愛とは愛し愛されたいという欲望。
 尽きることなき欲望を完全に満たすのが永遠だとしたら、人は満たされぬ何かを終わらせるため、永遠を欲するのではなかろうか。
 だが手に入れても果たして自分だけなのだろうかと疑い、一つ手に入れればまた次が欲しくなる。マリスを欲した所有者達がそうであったように。

「愛する人の魂と私の涙を神に焼べ……か。人を殺めてまで、我が身を滅ぼすまで欲しいものなのか、愛って。永遠の愛にどれだけの価値が?」
「価値はその人が決めるもの。他人が決められるものではありません。その人が永遠だと思えるか否か、全てはそこですが、目に見えない不確かなものである以上、いつまで疑わずにいられるか分からないのです」

 マリスは愛する人を生け贄に捧げたとて、永遠は手に入らないという。そう言う強固な思い込みに囚われて不安や疑念を忘れているというだけで。

「永遠の愛とは、あの月のようなものかもしれません」

 夜空に君臨する月は女王然としており、いにしえより存在するそれ、欠けてもまた満ちる月は永遠のもののように見える。
 マリスの言葉に吊られるように華乃音は月を見上げ、そして月には死者の国があるという話を思い出す。

 あの月に自分が送った魂がいるのだろうか。
 その月の国には永遠があるのだろうか。
 
 死者の魂を運ぶ蝶が死んだら、蝶もまたあの月の国で永遠を手に入れるのだろうか。

 心の中に問う華乃音を見つめてマリスが祈る。
 いつかこの青年が愛を知り、孤独な心が癒されますようにと。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第2章 集団戦 『雲の鏡へ言の葉映ししもの』

POW   :    現化の献身
自身の【欲望に苛まれる人への奉仕行動】の為に敢えて不利な行動をすると、身体能力が増大する。
SPD   :    欲望の現出
【鏡へ映した相手が望むままの姿の存在】が現れ、協力してくれる。それは、自身からレベルの二乗m半径の範囲を移動できる。
WIZ   :    現身の露呈
戦闘用の、自身と同じ強さの【鏡へ映した相手が最も畏怖する存在】と【最も敬愛する存在】を召喚する。ただし自身は戦えず、自身が傷を受けると解除。
👑11
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●月鏡

 カンウンセラーに占い師、そしてメンタルコーチ……猟兵達が接触したのはそれぞれ別であったが、そのいずれもが邪神の配下によって経営されており、洗脳めいた甘い言葉で猟兵達を次なるステージへと誘う。
 入信希望者を集めた教団の本部はこの街の郊外にある廃業した旅館を買い取ったもので、大宴会場であったであろう畳部屋の上座は御簾が下ろされ、その奥に誰かいるのか、それとも誰もいないのか、遠くからはよく分からなかった。
 確かめようにも巫女が御簾の前には明らかにオブリビオンと分かる女が幾人も侍り、容易には近づけてくれないだろう。入信にふさわしい愛の求道者だと証明してみせなければ。

「『愛する人の魂と私の涙を神に焼べ、永遠の愛を誓いましょう』、月の女神はこのように申しておいでです。貴方がたの求める永遠の愛を見せていただきましょう」

 猟兵の前に巫女が座ると、静かに青磁の香炉を置いた。
 それはかつて姫君の手元にあったものではなく、もっと新しい時代のものである。
 だがそれは酷くいにしえのそれとよく似ていて、誰しもが一瞬目を奪われた。そして焚かれた香に意識を巻き取られていく。
 気づけばそこに愛し求める人がいて、望んだ永遠が手の届くところにあった。

 ある者は、愛する人と死ぬときも一緒だとお互いに刺し違えるだろう。
 ある者は、愛する人と一体になろうとして殺してその身を食べてしまうだろう。
 またある者は愛する人を殺し、屍に向かい何度も愛の言葉を繰り返すだろう。

 愛が叶ったと、幸福な幻を見せられたまま──。

【第2章概要】
 永遠の愛が手に入る幻を見ることになります。
 お一人でご参加の方の場合、邪神の巫女が愛する人に見えます。お連れ様とご一緒の方はお連れに対し恋愛感情がなくとも愛する人に見えることがあるかもしれません。
 特に愛する人がいないという人も、潜在願望や記憶を操作され、愛を望んでいたかのような錯覚を与えられます。
 敢えて「香を嗅いでしまったふり・騙されたふり」することも出来ますが、その場合は演技として愛を求めるふりをしてください。

 なお幻惑を見せられていても土壇場でそれに気づき、巫女を倒すことになります。戦闘シーンと幻惑シーン、どちらに比重をおくかはお好みに合わせます。戦闘シーンがメインな方は最初の一文字目に「戦」を、幻惑シーンかメインな方は最初の一文字目に「幻」を書いてくださいね。

プレイングの募集・再送についてはお手間ですがマスターページをご確認ください。
ザッフィーロ・アドラツィオーネ
宵f02925と

何があるか解らぬ故宵と手を繋ぎ畳の部屋へ
警戒心は持ちながらも
鼻に届いた香の香りと共に瞳に朽ちかけた器物を抱える宵の幻が映ればついぞその幻に引き込まれてしまう
その様な兆候は無かったと頭では理解せども焦燥感が胸を焼けば
懐の短刀を手にし己の人差し指に嵌る本体へ向けよう

お前一人を送り出す訳には行かぬと、己の本体へ短刀を振り下ろさんと試みる―も
指に絡む宵の指とその指に嵌る己と揃いの指輪を捉えれば動きが止まる
…俺は何を、考えて…?

正気に戻れば怒りと共に巫女へ影から呼び出した【蝗達の晩餐】を
…この怒りは巫女に対する物か惑わされ宵を残し逝きかけた己に対する物かは解らぬが…報いは受けて貰おうか


逢坂・宵
ザッフィーロ君(f06826)と


ザッフィーロ君と手に手を取り合い示された部屋へ
御簾の向こうを見上げかけるも、漂う香の匂いにくらりと平衡感覚がなくなれば世界が歪んで見えるでしょう
手を握るきみの手に嵌まる美しい黄金製の指輪――それが錆び冠する石も濁りいまにも朽ちそうなのを見たならば
哀しげな顔をした彼が何度も謝りながら
何故か僕の手にある僕の本体に小刀を向けている

嗚呼、僕はいまからあの刀に貫かれるのだろう
でもそれは許しません たとえ守り刀といえども、きみの息の根を止めるのは僕ですから

繋いだ手を強く握りしめ覚醒したなら
不愉快なものを見せてくれましたね
お覚悟を
【天撃アストロフィジックス】で攻撃しましょう



●とこしえの、さようなら
「行くぞ、宵」
「ええ、一緒に」

 ザッフィーロ・アドラツィオーネ(赦しの指輪・f06826)の手に逢坂・宵(天廻アストロラーベ・f02925)が重なる。
 如何なる災いからも愛する者を守らんとする心と、如何なる苦難をも供に乗り越えんとする決意を込めて。
 それは幾千の言葉よりも雄弁に二人の絆の強さを物語る。

 手を重ね、握り合う。
 ただそれだけで彼らは通じ合い、どこまでも強く、どこまでも遠くに行けると言うのに。
 ただそれだけで彼らは信じ合い、どこまでも永く、どこまでも続くと思っていたのに。

 だけど時は無常に流れゆくもの、全ての物には終わりがあるもの。
 気づけばいつか来たる時に備えて繰り返した言葉は、いつしか彼らの行く末を定める呪文となっていたのだろう。

 そう──書物に書かれることで確定された未来が、姫君の無限の可能性を塗り潰したように。
 彼らはやがてくる別れを、逝くときも同じと思い込むことで他の結末を辿れなくしたように。

 彼らにとってそれは果たして幸福な結末なのか。
 竹取異聞と同じ、歪められた結末ではないのか。

 永訣の不安と一抹の疑問。
 それは消しきれぬ熾火のように心の奥底で燻り続け、流れる香によって呼び覚まされてしまう。

「何故だ宵……さっきまでそんな兆候はなかったのに。何時からだ? 何時から俺に隠していたのだ?」

 ザッフィーロは宵が天図盤を抱えているのを見た。
 それは美しき真鍮が錆びて朽ち、触れれば今にも脆く崩れそうで、天の動きを指し示すことは二度と無いことは明白。
 もし彼が夜の匂いにも似たその香を吸い込んでいなければ、宵がついさっきまで何も持っていなかったという不自然さに忽ち気づいたことだろう。

 もう彼をこの腕に抱きしめることは出来ない。
 もう彼は自分の名を愛しく呼んではくれない。

 覚悟していたはずなのにいざその時が来てみると、悲しみは満ちて容易く心を攫う。
 きっと彼は別れの時を告げたくなくてこれまで言えずにいたのだと、敵の術中に落ちた心が解釈を都合良くすり替える。

「時が来たのだな。お前と出会えて幸福だった。供に過ごした時間は掛け替えも無く、供に逝くことに何ら未練はない。だが宵よ、今少しだけ耐えてくれ。俺がこの指輪を自ら砕くまで」

 ザッフィーロの褐色の指が宵の白い頬を指の背で撫でた。幾晩眠りに着く前に慈しんで来たように。
 親指は睦言を紡ぎ出す口唇の縁を撫で、最期の言葉を告げさせぬように開きかけた口唇に宛がわせ、吐息ごと封じる。

 それ以上言葉はなかった。
 代わりに口唇だけが音もなく動く。

 いつまでも、供に、と──。

 宵はその時、ザッフィーロの指に嵌まる黄金の指輪を見た。
 常しえの輝きを持つ黄金が既に色褪せ、青き貴石は罅割れて今にも砕けてしまいそうになっているのを。
 もし彼もまた敵の陣中で魔香の呪に囚われていなければ、自分が気づくまでザッフィーロが異変を隠すなどあり得ないと、すぐにも疑っただろうに。
 心の奥底にくすぶる熾火は容易く不安に煽られ燃え上がってみせるのだ。

「このときが来たのですね。覚悟はしていました」

 宵は穏やかに来たるべき時の到来を、己が定めた命運を受け入れた。
 ただ少しだけ時が来るのが早かったと、もう少し長く彼と時を刻みたかったと、そんな幾許かの想いがあるだけ。それもまた彼と共に迎える最期の瞬間を逃すまいと、たった今未練は断ち切った。

「でも少しだけ言わせてください。ザッフィーロ君、何かあったらすぐに教えてくれたっていいじゃないですか。水くさいですよ。僕に後追いさせる気でしたか?」

 わざと恨み言を言って相手にそんな事はないと言わせる。互いの気持ちを知りながら繰り返した夜毎の愛の駆け引きもこれが最後。
 ザッフィーロがわざと「それもいいかもしれない」と返すのを満足げに見つめながら、己の口唇を慈しむザッフィーロの指を啄み返す。

 この男らしい骨張った指先が好きだった。
 その指に嵌まる青い石の嵌まった指輪も。

 数多の男が権威を求めてその指輪を嵌めてきたけれど、その指輪が愛したのはただ一人。
 数多の女が赦しを乞うてその指輪に慰撫されたけれど、その指輪が望んだのは宵だけだ。

「謝らないでください。僕の望みを叶えてくれるのでしょう? ええ、ええ、供に参ります。悠久の時の果てまで」

 すまない、と謝りながら向けられた小刀の先には自分がいた。
 いつの間にか腕に抱えていた朽ちかけの天図盤。それを見たとき、なんだ、自分ももう逝くんじゃないか、置いて行かれるなんて心配する必要なかったのだと少し笑った。

「でも、君に僕を砕かせません。だからそんな思い詰めた顔はしないでください。君の息の根を止めるのは僕ですから」

 そう言って口唇を押し止めようとする指を払うと瞼の帷を下ろす。
 息の根を口唇で止めにいくために。

 だが、死しても離れまいと強く握った指が、その指に嵌まる揃いの白金の環が、二人にこれは偽りだと教える。

 それは青い小さな石を囲む蔦模様。
 それは二人を絡め合わせた蔦模様。
 それは目には見えぬ二人の愛と絆を示すもの。

「……不愉快なものを見せてくれましたね。お覚悟を!」

 宵の腕に最早天図盤はなかった。宵帝の杖を向けて【天撃アストロフィジックス】を唱える。
 惑わされた者を正しき方へ、星が導いてくれるだろう。

「全くだ。よくも見たくないものを見せたくれたな? この報いは受けて貰うぞ!」

 ザッフィーロの怒りは蝗となってその身を影と為す。【蝗達の晩餐】は惑わされて死んだ者達の無念を纏うように膨れ上がり敵の生気を奪い取る。
 幻惑に弄ばれたとはいえ愛する者を残して逝きかけたなぞ、当面己を許せそうにすらない。

 流星の矢が降り、蝗が食い散らす。
 まるで黙示録に描かれた終末のように。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

五条・巴


僕を見てくれている。
だれが?この場にいる皆が?

君が。君が僕を見てくれている。
嬉しい、嬉しい、気持ちがいい。

嗚呼、逸らしちゃダメだよ。僕を見てて?
君という愛しい存在は、僕を見ているだけでいいんだ。

君の魂も涙も、ひとつも神になんて上げない。
僕の傍にいて、僕だけを見て。
それだけでいいんだ。
ね?

香炉の匂いは届くけれど、自分の身に纏うMeltの香りに混ぜ合わさってゆく。
その名の通り、君と僕の心も体も、距離は無いに等しく、熔けて、融けて一緒になるんだ。
僕の愛し方はこうだよ。香炉につられるまでもなく。
我儘でごめんね?

嗚呼、僕から目を逸らした。
”月”

君は愛して(見て)くれないんだね。
それならいっそ――



●いっそ、月
 みんなが僕を見る。
 みんなが足を止め、目を逸らさず、息さえも止めて。

 五条・巴(見果てぬ夜の夢・f02927)は誰かに見られることに慣れていた。
 芸能人としての知名度をさっ引いても、巴という存在は人の目を惹き付ける。まるで夜空に浮かんだ月を、人が見上げずにはいられないのと似て。
 だけど巴自身は視線を苦にしたことはない。むしろもっと僕を見て、もっと僕を求めてと煽り立てるように香りを放ち、男も女も魅了する。
 
 なのに巴自身は数多の誰かではなく、ただ一人に見つめて欲しいと熱望していた。
 魔香によって目の前の女が、愛しい誰かに見えるのは必然。
 巴は女に手を伸ばす。

「嗚呼、誰を見ているんだい? 目を逸らしちゃ駄目だよ。僕だけを見て。ね?」

 指先が触れた頬は白く滑らかで冷たかった。
 それでも曲線を滑らせながら彼女が実存することを確かめる。

 モデルになる前から皆が巴を振り返った。モデルになるとより多くが巴の一挙手一投足に注目し、その姿をずっと眺めていたいと掲載された雑誌を、出演した映像を求め出した。
 化粧品メーカーの新作フレグランスの広告塔に起用されて街頭広告にまで姿を見せるようになってからはなおのこと。これまで巴を知らなかった者までがその姿を記憶した。

 誰かから送られる秋波は巴に快感をもたらすけれど、それはこの容姿だけを求められてのこと。心までは求められていない、自分という偶像を見ているのだと心の何処かは冷めている。

 嗚呼、僕を見つめて、僕へ触れて。
 嗚呼、僕を求めて、僕を熱くして

 多くから求められる青年の中に、これほど狂おしい欲望が眠っていると、誰が知るだろう。
 迸る情熱はその身から匂い立ち、甘露なのか爽快なのか分からぬ得も知れぬ香りとなって分泌する。

 そう、彼が宣伝する『Melt』の香気を引き立てるように。

「君の魂の一欠片も、涙の一粒も、誰にもあげない。神様にだって捧げさせるものか。僕の側にいて。僕だけを見て。それだけでいいんだ」
「ええ、巴。勿論。貴方だけよ。でも貴方も私だけを見てくれないとイヤ。貴方を他の人に触れさせたくないわ」

 女は巴の手に己の手を重ねる。触れて重ねるだけの手なのに、どこか握り込まれているようで、どこか溶け合うようでもあった。

「君と僕の身体と心は距離なんてないに等しい。お互いの匂いと体温とを混ぜ合わせて溶けて、融け合わせて一緒になる。僕達は一つの香りを奏でるんだ」

 重なる手を掬って口唇へと導くと、香炉から漂う香りと巴が纏う香りとが絡まる。絡まるけれど──溶け合い一つの香りとなることはなかった。

「嗚呼、君は。僕から目を逸らしたね。僕を見つめていたい、僕と一つになりたいなんて、噓だ。君はただ僕に自分を崇めさせていたいだけ。交じる気持ちなんてこれっぽっちもないんだ」

 口付けた手から離れた口唇が宣言する。その愛は偽りだと。
 もし巴が『Melt』の香りで武装していなかったら、香炉から漂う魔の香りに絡め取られていたままだったろう。
 だが香りもまた彼の武装。多くを虜とした魔の香も、巴の心までも犯しきれない。

「君は見てくれないんだね。それならいっそ──」

 顔を上げた巴の目に、女は愛しい誰かの姿ではなかった。
 自分の願望を移すだけの鏡、邪神に魂を売らせる使徒。

 邪法が通じていないことを悟った巫女が巴から逃れようとした瞬間、数十匹の牡鹿が取り巻く。
 それは己から視線が逸れていることを感じると現れる召喚獣。
 巴の独占欲の具現、目を逸らした者を戒める雷の使い手。

「僕の愛し方はこうだよ。僕は僕から目を逸らすことは許さない。我が儘でごめんね?」

 邪神の使徒が討ち砕かれると、巴は御簾を見据える。

 ──“月”。

 トモエ、と己と同じ名を、月の女に向かい呼びかける。
 あの御簾の向こうにいるのは恋い焦がれた女なのか、それとも──。

大成功 🔵​🔵​🔵​

白藤・今鶴羽
戦幻比重おまかせ

・永遠の愛、望んだ永遠
机に、作業台に、パソコンに向かう誰かの背中。
わき目もふらず、一心不乱に。
いつかは終わるそれも、束の間の休息の後にはまた始まる、はず。

本当は、ゆっくりと休んで欲しいのです
魂揺さぶる萌えの為に心身を捧げるあなたが心配ですから
でも永久(とこしえ)にこのままで…そう、思ってしまう事も…あるのです

そっと離れる手…
今はせめて、ひと時の休息を…

???
背中など見えないはず、です、よね…?
(自分はペンタブなので、持ち主が『原稿中』なら手の中にある筈)

鏡…ぶしゃー(グラフィティスプラッシュ)で塗り潰せば。
何も映らず、或いは、歪んで映るのかも、しれません。



●背中は、見えない
 それは小さな背中だった。一心不乱に背を丸め、机に向かって作業する。
 恐らくは女、それもまだ若い女の背だ。夜もこんなに更けているというのに、机の上の灯りを頼りに、一人黙々と作業をし続ける。

 白藤・今鶴羽(ヤドリガミのゴッドペインター・f10403)は振り返らぬその背を見つめながら、愛しげな眼差しを向ける。

(本当は、ゆっくりと休んで欲しいのです。夜更かしは身体を壊します、よ? ……と言っても、貴方は聞かないでしょうけど)

 今鶴羽の眼差しには心配げな色も含まれていたが、声を掛けるどころか独り言を発することすら躊躇われた。
 音も無い一人の部屋の中、PCとペンタブレットに向かい作業する音だけがする。
 それは職人の、精魂込めた神聖な作品作りの時間。集中を事欠けば神と崇められる程に心揺さぶる萌えは生まれて来ない。
 それを邪魔したくなくて、そんな貴方をずっと見ていたいけれど、それは身を削るに等しいことだからやはり心配ではあるのだ。

(あれはどなた、でしたでしょうかね? 夢の世界から戻らなかった方もおりました)

 今鶴羽の本体であるペンタブレット。それを使い多くの優れた作品を生み出してきた彼女はいつしか文字通り還らぬ人となった。
 神作品を生み出せば生み出すだけ、今鶴羽と過ごす時間は増えたけど、それに比例して睡眠は削られ、彼女の寿命まで蝕む。
 突然の頭痛、ふらついてベッドに倒れると痛みをやり過ごそうと枕に頭を押し付けて布団を被り……そのまま目覚めることはなかった。

(だから自分は、何度ももう寝た方がいいと心配していたのです、よ? いえ、自分の声は聞こえていなかった、でしょうけど)

 小首を傾げながら思うのは、あの時彼女を止めていれば……と言う後悔の念。
 もし、もう寝た方がいいですよと言えていれば。
 いっそ強制的に不具合を起こすべきだったかと。

 だけど後悔は先には立たぬもの、過ぎた時は戻せないもの。
 スペックが旧式になっても長年愛用してくれた彼女はもういない。

(いつかは手を止めて休んでも、それは束の間の休息、ですよね? 仮眠したらまた原稿と戦います、よね? だけどしっかり休むこともしないと、駄目、ですよ?)

 今鶴羽はそう言って彼女の肩を叩こうとしたけれど。
 脇目も振らず自分と向き合う彼女をもっと見ていたくて。
 二人だけの空間、二人だけの時間をずっと続けていたくて。
 肩を叩こうとした手が止まる。

(ああ、どうしてキミを止められない、のでしょうね? こんなに心配してるのに)

 神なる彼女の手は数多の萌えは紡いでも、今鶴羽の内にある矛盾に気づいてはくれない。
 今鶴羽は優しく彼女の肩に手を置いた。

「今はせめて、一時の休息、を──……???  背中など見えない、はず……ですよね?」

 今鶴羽はペンタブレット、常に作者と向き合ってきた存在。
 なのに今彼女の背後に立ち、彼女の背を見ている。本体がペンタブレットであるならば、持ち主が原稿中であるなら決して見るはずの出来ない背中をだ。

「ダウト」

 ぶしゃーっと、今鶴羽はライトタブペンから背中めがけて光をぶち撒けた。それは一見ただの光。だが特殊な塗料で出来ていて、彼女を白く塗りたくっただけでなく、周辺一帯まで塗り潰した。

「な、何するのよ! 原稿の邪魔をしないで!」
「だからダウト、です。記憶を再現している訳でないのなら、良かったです。もう一度見たくは、ないですから」

 ぶしゃーと【グラフィティスプラッシュ】で女が何か言うのも構わずに塗りたくる。
 白い塗料は持ち主がR18作品を生み出にあたり、泣く泣く印刷所を通過するために入れた修正の白。およそいいところに不本意入れねばならなかった白に対する作者の無念、その結晶。
 悶絶する敵の顔面にぶしゃー。口の中にペンタブを突っ込みさらにぶしゃー。
 気づくと邪神の巫女達は昇天し、香炉は白にまみれて転がっていた。

「キミも早く月に帰って眠った方が、いいですよ?」

 今鶴羽は御簾の奥に向かって言った。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ファン・ダッシュウッド


永遠の愛
僕が望むのは、アリス
決して帰る事のない、簡単には死なない
そんな優しいアリスを僕は、僕という殺人鬼は――
殺してしまいたいと、欲するのでしょうね

何処へも行かない様に、四肢を刃で繋ぎ止めようとして
ナイフを振るっては、アリスに傷付けられて
そんな時間が心地良くて、でも……終わってしまう事が恐ろしい

刺し違えてしまおう、なんて声が聞こえた気がして
アリスと同時に死ねる様に、ナイフを
僕のアリス、初めまして
そして、永遠にさようなら……いや、違う
僕のアリスは居ない、居ないんです、居ないんですよ
居ないと思わなければ、だから……僕にこんな幸せはいらない……!

『九死殺戮刃』で幻影も、敵も
全て刻んでしまいましょう



◆さよならなんて、いらない
「ああ、アリス。僕のアリス。君はどこにも行かない? 簡単に死んだりしない?」

 ファン・ダッシュウッド(狂獣飢餓・f19692)の目にその娘は迷宮に彷徨い込んだ召喚者に見えた。
 ──アリス。
 彼女の本当の名前は知らない。どこから来たのかも知らない。
 この世界に来た異世界人は皆、老いも若きも、男も女もアリスと呼ばれるから。

 ファンは熱望していた。
 元の世界に帰ることなく愛し合える、自分だけのアリスを。
 幾度刺そうが死ぬことなく殺し合える、不死身のアリスを。

 これまでもファンの前に何人もアリスが現れ、何人も愛したり殺したりしたけど。
 みんなみんな帰るか死ぬか、ファンだけをそこに残していなくなってしまうのだ。

 だけど今度のアリスは違う。
 帰らずにずっと側にいて、死なずにずっと慰めてくれる。
 永遠の、僕だけの、アリス──。

「君は僕を閉じ込めたりしないよね? 僕を置いて行ったりしないよね? 僕を一人にしないよね?」

 畳みかけるように尋ねれば、その都度娘の口唇が『勿論』と答える。まるで用意された回答を繰り返すだけの機械人形のように。
 だからその言葉が噓か真か、愛し合って確かめたくなる。
 だからその存在が現か幻か、殺し合って確かめたくなる。

「ああ、挨拶がまだですね。こんにちは、僕のアリス。僕はファン。見ての通りの時計ウサギで、職業はこれでも竜騎士です」

 兎の耳は人の良さそうな微笑みを縁取り、顔の横で優しく垂れている。
 だけどその手に握られた刃は使い込まれ、凶暴な光を湛えていた。

 だってアリスはいつも僕の前に現れてはいつの間にか消えてしまうから。僕の元に繋ぎ止めてしまおうか。
 手も足もバラバラにして、ここからどこにも帰れないように。

 だってアリスはいつも僕の側にいると言っては容易く裏切ってしまうから。僕の中にしまい込んでおこう。
 目も耳も削ぎ落として、魂さえも抉り出してしまえばいい。

「早速ですが、さようなら。僕はこれから君を愛して、君を殺します。僕達はずっと一緒です」

 ファンは娘に刃を振り下ろす。
 娘の胸元は裂けて白い乳房に赤い肉が覗けて見えた。

 もう一度刃を繰り出してみる。
 娘の白い首筋から赤い血が噴水のように噴き出した。

「ああ、君もいつものアリスと同じなのかい? もう楽しい時間は終わりなのかい?」
『いいえ、ファン。私は永遠の貴方だけのもの』

 娘の手にもまたファンと同じ刃が握られていて、微笑みと供にファンの胸へと飛び込んでくる。
 腹に感じる鋭い痛みは強烈な快感となって脳天を突き抜けて。
 腹から流れる生ぬるい血は迸る情熱となって全身を駆け巡る。

 ああ、何て楽しいのだろう。
 アリスが僕の愛に応えてくれる。

 ああ、何て嬉しいのだろう。
 アリスが僕に同じ愛を返してくれる。

『一緒に刺し違えましょう』
「そうですね、僕のアリス。僕達は同じ時を生きて、同じ時に死ぬんです。僕は置いて行かれないし、君に僕を連れて行く。何て素敵なことでしょう」

 これまで数多のアリスがファンの前を通り過ぎていった。
 だけどさよならさえも言えないままに居なく無って、やり場のない思いだけが孤独と供に残された。
 だから先にさよならを言い、居なくなる前に刃を振るって、殺し続けて孤独を紛らわせてきたけど。

「ごめんなさい、分かってしまいました。それが噓だって。君が現実じゃないって。だって僕のアリスは居ない、居ないんです。居ないんですよ! 居ないと思わなければダメなんです! 僕にこんな幸せはいらない……!」

 ずっと側にいて欲しいのに。
 ずっと愛されていたいのに。

 殺してしまうから──。

 灰色の瞳が狂気に輝く。
 ユーベルコード【九死殺戮刃】の刃が娘を切り刻み、夢見たアリスは消え失せた。

 もう、さよならなんて、いらない。

 「こんにちは」と「さよなら」を繰り返す男は心の中で呟き、アリスの名を知らないことに気づく。
 虚空を埋めてくれるなら誰でも良かったのだと。
 あと何人殺せばこの空洞は埋まるのだろうかと。

大成功 🔵​🔵​🔵​

リタ・アレキサンドライト
戦でも幻でもどっちでもいいよ!
あと他の人と絡み歓迎だよ

これがボクの王子様!
ちょー顔見えないんですけどォ!
隠れてる面積が広いほどチラリが眩しく輝くって言うけどー!

あっやばいこれ優しそうに見えて腹黒鬼畜で独占欲駄々洩れ、闇堕ち寸前のヤバいヤツじゃない?!
監禁エンドとか断固としてゴメンなんだけどォ?!
リテイク!ちぇんじ!絶対ナシで!ヤダヤダヤダ、やり直しを要求するぅー!

えっ…幻…なーんだ(ちょっと残念そう)
オトコの純情弄ぶのとか絶対!許さないかんねー!
ユベコ全開でいくよー!
増援(召喚物)はシカトして本体に集中攻撃、大丈夫いける!



●王子なんて、いらない
「これがボクの王子様!」

 リタ・アレキサンドライト(バーチャルキャラクターの戦巫女・f17197)の目にはそれが自分を迎えに来た王子様に見えた。かぐや姫を迎えに来た月世界の王子様に。
 ボクはかぐや姫だったんだ──と思いながらリタがもっとよく見ようと、被ったマントフードの中を覗き込めば、リタに向かって優しく微笑む口元が見えた。

『キミを迎えに来たよ、リタ。ボクだけのかぐや姫。さあ行こう、キミとボクとが住まう月の世界、永遠の愛の城へ』

 王子様の口唇から女性向け恋愛AVGのような甘い台詞が漏れる。その声は数多の女子を虜にしてきた人気声優の物によく似ていた。

「でも、フードでちょー顔が見えないんですけどォ!」

 手を差し伸べる仕草は洗練されていて、高貴な輝きを放っている。すらりとした肢体も、優しげな口元も、イケメンの予感がひしひしとする。
 なのに騎士風の衣装の上に着るマントが邪魔で、隠れてる面積が多すぎた。

 リタは王子様の手に己の華奢な手を重ねようとしながら、顔をよく見ようと腰を屈めて上から見上げる。

 もしこの時王子様が自らフードを外すまで待っていたら、キレイ系お兄さんタイプとでも思ったことだろう。
 もしこの時他の猟兵と一緒に任務に赴いていなければ、優しげな微笑みの裏の顔には気づかなかっただろう。

「あっ、やばいやつこれ。『キミはボクだけを見ていればいい』とか、『ボクに溺れて帰りたいなんて言えなくしてあげる』とか、優しそうに見えて腹黒鬼畜で独占欲ダダ漏れ、闇落ち寸前のヤバイやつじゃない!?」

 バーチャルキャラクターであり、女性向け恋愛ゲームを起源とするリタは、この王子との行く末がメリバだと気がついいた。
 読み手の解釈によりハッピーエンドかバッドエンドか分かれるもの。
 王子様の愛を一身に受け続けるという意味ではハッピーだが、囚われて自由を奪われるという意味ではバッド。果ては『永遠に一緒だよ』なんて殺されるやつだ。

 それに心なし人畜無害そうな笑みが殺人鬼の時計ウサギの某ファンさんだとか、柔和でヘタレ風味もあるところが多重人格者の某ムライさんに似ている、気がする。
 次第に本性現して監禁、拘束、四肢切断、薬漬けにして陵辱を繰り返した末に殺害。遺体までも辱められるエロゲー的な展開がリタの脳裏に過ぎった。

「監禁エンドとかネクロフィリアとか断固としてゴメンなんだけどォ!? ヤダヤダ! ダメ、絶対! こんなの絶対チェンジ! リセマラを要求するぅ──!!」

 リタが差し伸べられた手を払いのけると、王子様はリタの手首を捕まえながら言った。

『拒むならその口唇から声が出せないようにしてしまおう。逃げようとするなら足を切り落としてしまえばいいよね』

「ほら──!! やっぱりヤバイやつじゃないかァ──!! グッドナイス・ブレイヴァ──ッ!!」

 リタは全力で召喚呪文を唱える。
 リタの姿を追いかける為だけに召喚されたドローンが、可愛いだけの男の娘から凜々しい男装の少女騎士めいた風貌に変化するのを具に映し出す。
 《名も無き月下の花》と銘打った薙刀がその手に現れ手首を掴む王子様を斬り付けると、すかさず男女兼用の制服が強化された。
 リタの戦い振りはドローンによって撮影、ネット配信されており、今頃動画サイトではバーチャル・チューバーリタちゃんと鬼畜王子との戦闘シーンが中継されている。
 視聴者により『リタちゃん変身キター!!』と一斉に応援コメントが弾幕となってスクリーンを覆っていた。

「分かる、分かるよ! キミ達の熱い応援が!」

 リタは今、視聴者の応援を一身に感じていた。
 かくなる上は最後まで見せる、否、魅せる。それがバーチャルキャラクターの務め。迫り来る増援物には目もくれずに今一度薙刀を振るうと、ドローンが絶妙なアングルでその様を拾う。
 『斬』の筆一字と供にポーンと王子様の首が跳ね飛んだ。

「オトコの純情を弄ぶのとか、絶対許さないんだから! えっ、幻……なーんだ……」

 リタはちょっと残念そうに落ちた首を拾う。
 だけど隠れているほどチラリが輝くというもの。晒された王子の素顔を確かめる前に幻は消えた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

村井・樹

俺達の目には、『少年』の姿の【僕】が映るだろう
愛しい、もう離さない、どこにも行ってほしくない
懐かしい面影に歩み寄り、この腕で抱き締める、以上に強い力で、絞めあげてしまうかもしれない

……だけど、『紳士』のヤツが掴んだ糸口、それを手繰り寄せるのが俺の仕事だ
見え見えの罠に、この俺が雁字搦めにされてどうする?
そうだ、アンタが【僕】を真似る気なのは、とっくにお見通しなんだよ

何故なら、この【第三の人格】が、それ以上にエージェントとしての経験が、それを知らせてくれるからだ

敵が油断してる間に鋼糸を『ロープワーク』で操り『不意討ち』を仕掛け、邪魔する巫女の首根っこを締め上げてやる

※プレ外の言動等大歓迎



●僕なんて、いらない
「ああ、やっと……やっとだ。やっと、見つけた」

 村井・樹(Iのために・f07125)が香を嗅いだとき、そこには既に《僕》がいた。
 あの日分かれたままの少年の《僕》が。

 多重人格者たる樹は、《僕》が居なくなったときに生まれた。
 代弁者であり紳士な《私》と、執行者で不良な《俺》。相反する二つの気質は、性格から人格へと変化して樹という一人の男を構成している。
 だけど一つの肉体を共有する二人は、居なくなった《僕》を探し求めていた。
 例え《僕》が戻ることで二つが一つに戻り、《私》も《俺》も消えることになったとしても。《僕》がいない、ただそれだけで自分が本当の自分ではないような、そんな気がして。

「もう離さない。どこにも行くな」

 樹は強く少年の《僕》を抱きしめる。
 強く、強く、狂うほど愛しく、悶えるほど切なく、求め続けたかつての自分を。
 強く、強く、骨が軋むほど強く、呻きが聞こえるほど強く、時を埋めるように。

『もうどこへも行かない。僕は君とずっと一緒だ』

 《僕》がそう呟いたとき、違う、と自分の中で彼が言う。

 違う──《俺》は紳士のヤツの仕掛けで掴んだ糸口だったことを思い出す。
 違う──《私》は不良のほうがこれは罠、倒すべき敵だと念ずるのを聞いた。

「騙されるものか。《俺》の仕事は紳士のヤツが見つけたものを手繰り寄せること。見え透いた噓はやめろ。アンタが《僕》を真似る気なのはお見通しなんだよ。そんな罠に引っかかるほど《俺》は易くはないぞ」

 答えたのは《俺》だった。
 《俺》は《私》が知恵を懲らし、他の猟兵とは違って邪神教団に対抗するような妖しげな宗教事務所を作り出して敵をまんまとおびきだすのに成功したのを知っている。さらに偵察にきた邪神の使徒を追跡したのも。
 そこまでは《私》の役目。そして邪神の罠を看破して突破口を開くのは《俺》の役目だ。

 《私》と違って《俺》は反抗的だ。人が言うこと為すことを素直に受け取らずに反発する。
 だからこそニセモノの言う言葉を信用せず、噓という前提で見る。
 ましてや樹はUDCエージェント。邪神の使いそうな手は経験上熟知している。それに──。

「何の備えもなく敵陣に乗り込むほどバカじゃない。【第三の人格】が告げてんだよ、その香炉が怪しいって」

 《私》が巧妙に仕掛けを用意したように、《俺》もまた先手を打っていた。
 樹のユーベルコード【第三の人格】は敵の人格を一時的に我が身に宿すことで攻撃を予想し回避するもの。
 香炉が見えたときそれが怪しいと踏んで咄嗟に息を止めた。そのことで吸い込む量が他の猟兵よりも少なく済み、いち早く立ち直れたのだ。

 何故魔香が通じないのかと驚く《僕》にボロが出て、巫女の顔が覗く。
 仮面を脱ぎ捨て攻撃に転じようとする巫女の手首に樹が放った糸が絡まり、強く引いて身を寄せると《僕》の顔した敵の一斉攻撃を防ぐ盾にする。
 仲間の攻撃を受けて《僕》が消えた。騙し討つのもまた樹が得意とするところ。
 もう一度糸を放つと巧みなロープワークを手繰り、不意打ちして敵の首を締め上げ、欺いて盾にし、意表を付いて討つ。
 硬軟自在の剛糸の使い手は敵同士を相打ちさせ、樹たった一人にその場にいた巫女の悉くが消滅する。

 そこに柔和でちょっと頼りないいつもの樹はいなかった。
 いるのは樹という名の、凄腕UDCエージェント、あるいは猟兵だ。

「隠れてないで出て来い。そこで見てんだろ?」

 《俺》と《私》が同時に視線を御簾の向こうへと向ける。
 猟兵が惑わされるのを、配下がやられるのを何もせず高見の見物していたであろう、邪神に向かって。

大成功 🔵​🔵​🔵​

桜雨・カイ

香の影響で意識が朦朧

最近サクミラの依頼で何人も出会った影朧を匿う人
たったひとりを思う

時には歪みと分かっていても、そばにいたいと願う
そんな強い感情
人を「愛する」とは…どういう「思い」なんですか?

…あなたが教えてくれるのですか?
触れたり触れられたり、間近でささやかれる声も
感覚も感情も初めてで、このままこうしてられたら…

……?自分は、なにを?
このまま彼女を手にかけてしまう…でもそうすればずっと一緒に…
扇から精霊があらわれ、正気に戻る
とっさに精霊の力をかりて、振り払います

…自分の中に暗くて強い感情が生まれた事を知った
怖い、このまま底の見えない暗い感情が
なのに、ふりほどけない自分の感情が。



●わたしは、知りたい
 部屋に入ると既にそこは芳しき香が燻っていた。
 その匂いはどこか懐かしく、人形の鼻腔さえも擽った。

 これはそう──月の見える縁側で嗅いだ、十五夜の芒を風が撫でる匂い。
 人形であった頃の、懐かしい、主と、主の妻と子と過ごした頃に嗅いだ──。

 桜雨・カイ(人形を操る人形・f05712)は操り人形のカドリガミである。主がいた頃はまだ人形であったが、妻子が死に、主が姿を消してから操り人形の本体から別れて人間の現し身を得た。
 それが想い出の香だと思ったのは、彼が主人を探し続けているせいだろう。
 心に掛けた鍵を開かせ願望を晒し出させる誘発剤。願望が具象化したように見せる麻薬。それがこの部屋の中に満ちる匂いの正体なのだと。

 カイはこれは罠だと頭を振った。主恋しさを手玉に取られるのは想定内。
 だがカイは予想外の幻惑を見た。それはどこかの依頼で出会った美しい女だった。

 ああ、この衣服にこの髪型、これはサクラミラージュのものだ。
 カイは目の前にいる悲しげなその女を見たとき、口唇が開くまでもなく彼女が愛する人を失ったのだと悟った。

「貴女もまた影朧と知りながら匿っているのですか?」

 カイはサクラミラージュに行くようになり、その世界におけるオブリビオン──影朧を匿う人達に出会った。

 ある時、影朧は事故死した妻によく似ていた。
 ある時、影朧は病死した子どもによく似ていた。
 ある時、影朧は殉職した夫によく似ていた。

 似ていると言うだけで本物か偽物か分かろうものなのに。
 本物ではないと心のどこかで気づいているはずなのに。

 死者が影朧として復活することも、桜の精によって転生することもあるこの世界はとても残酷だ。
 もしや愛する人なのではないかと思わせてしまうから。
 二度と大切な人を失いたくないと願わせてしまうから。
 歪なものに縋れば縋るだけ綻びは出るのに、愛がそれに気づくまいと暗示をかける。

 どうしてそこまでして愛に縋るのか。
 人を愛するとはどう言う想いなのか。

「貴女が教えてくれるのですか? 愛するとはどういうことか。どれほど強い想いなのかを」

 カイには分からない。間近に熱っぽく見つめ合い、滑らかな肌と触れ合えば愛が分かるのか。
 だから知りたい。耳元で吐息ごと喘ぎを聞き、柔らかな口唇と重ねれば愛が分かるのか。

「それが愛だと言うのなら、それを永遠にするにはどうしたらいいのでしょう?」

 女は言った。境目が分からなくなる程に融け合い、一つのものになってしまえば愛が分かると。
 女は誘った。永遠が欲しければ自ら手に掛け、魂を食らってしまえば愛は己だけのものになると。

 それはカイが知らなかった感触で、覚えたことのない欲求だった。
 ずっとこのまま彼女を繋ぎ止めていられたら。主のようにいなくなる前に自分のものにしてしまえば……。

 カイの手が女の喉へと伸び、手にした巡り扇が床に落ちる。
 だが扇に宿りし数多の精霊達が、目を覚ませとばかりにカイの眼前を飛ぶ。

「……自分は、何を?」

 カイは己が人形ならざる感情と感覚を持ったことに目を見張り、そしてそれは果たして本当に己の心かと訝しんだ。
 【エレメンタル・ファンタジア】の竜巻が怪しげな香りを吹き飛ばし、サクラミラージュの女に化けた邪神の巫女を振り払う。

「確かに私は知りたいと願いました。でもあなた方からそれを教えて貰えるとは思えません、いいえ、きっとこれは誰にも教えられないことなのでしょう」

 人の心は不可解だ。主の側にいたいのに、どうして彼は妻子を捨てていなくなったのだろう。
 人の愛は不可解だ。愛する人の側にいるのに、どうして永遠を信じてはいられないのだろう。

 カイの中に疑惑は確かにあった。
 だが自分の中にも深淵があった。
 愛し愛されたい、誰かを繋ぎ止めたいという愛欲が。
 それは澱んだ檻のようで、深みに嵌まれば底なしの煉獄。

 カイは頭を振るって扇を拾った。
 今宵生まれたこの感情を今は見ない振りをして。

大成功 🔵​🔵​🔵​

緋翠・華乃音
「幻」

マリス・ステラ(f03202)と共に

永遠に醒めない夢だとしたら、それはきっと現実と同じこと。
夢という檻に囚われ、永遠の愛に身を浸していられるのなら――

「マリス……」

愛を知らない俺に、愛を教えてくれた人。
その身体を抱き締める。
そうすれば確かな愛を感じられるから。

「……傍に居て欲しい」

幸せになって欲しいという献身が自分の愛なれど。
零れた言葉は、きっと心の底で望んでいたこと。

視界を閉ざす優しい闇の中。
溶け合うように重なった身体から、
彼女の体温と鼓動が素肌を通して伝わってくる。

――名前?
ああ……そうだった。
教えるから、今度からそう呼んで欲しい。

醒めない夢なんてない。
微睡みの時間は、もう終わり。


マリス・ステラ
「幻」

緋翠(f03169)の側に

気付けば誰もいない
巫女も信者も誰ひとりとして

「──緋翠?」

彼は?
頭を廻らすと、すぐ側に佇んで
その手を取れば冷たい"ぬくもり"
安堵に笑みが溢れる

「あなたまで消えてしまったかと思いました」

消えた?
一体誰が──そんな思考も消える
不安と焦燥感が募り、繋いだ手が震える

「緋翠……」

繋ぎ止めないと彼も消える
抱き寄せて唇を重ねる
それ以上に、吐息を混ぜ合わせるように
いつしかそれは、深い深い貪り合うキスに変わる

乱れる吐息

私達の間を銀の糸が引く
永遠の愛だけが彼を繋ぎ止める
彼の名を口にしようとして、私はわからなくなる
緋翠は名前だっただろうか?
愛しいあなたは誰?
愛しい人の名を私は知らない



●私は、知らない
 畳の部屋に並んで座せば、目の前に小さな香炉が置かれる。
 仄かな煙が二人の間に流れるけれど、花とも樹木とも付かぬ香りは男と女の距離を縮め、隔てた心の壁をも曖昧にしてしまう。

 気づけば使徒も信者も誰も居なかった。
 向こうに見えていたはずの御簾さえも。

「──緋翠? ああ、よかったです。あなたまで消えてしまったのかと思いました」

 何もかもが消え失せたとき、マリス・ステラ(星を宿す者・f03202)がしたことは彼を求めること。
 不安げに彷徨う指が彼に触れたとき、暖かさではなく冷たさに安堵する。
 マリスにとって彼の「ぬくもり」とは、冷たさの中に感じる血潮であったから。

「マリス……俺達は、一体……」

 触れる指先を感じたとき、緋翠・華乃音(終ノ蝶・f03169)がしたことは彼女を確かめること。
 虚ろに彷徨う視線が彼女と絡まるとき、冷えた心に暖かなものが満ちた。
 華乃音にとって彼女の「ぬくもり」とは、愛を知らぬ身に寄り添う熱であったから。

 いつもであれば。お互いを慮って励ましに手を握るだけだったろう。
 いつもであれば。お互いを気遣って慰めに手を繋ぐだけだったろう。

 だけど二人を試すように香は流れる。
 柔らかな煙が目には見えぬ頑なな壁をも溶かすように。

「緋翠」

 彼を呼ぶその声に不安を滲ませた揺らぎがあった。
 彼を呼ぶその目に焦燥を滾らせる刹那あった。

 誰かの為に祈り、誰かに応える花の器のヤドリガミである彼女は今、神秘を纏う常とは違い、か弱きただの女に見えた。

「マリス」

 彼女を呼ぶその声に悠久を求める響きがあった。
 彼女を呼ぶその音に欲望を満たす色があった。

 誰か為に殺し、誰かを見送る瑠璃の死蝶である殺人鬼の彼は今、氷の仮面を脱ぎ捨てて、貪欲なただの男になった。

 彼までどこかへ行ってしまうのでは無いか、そんな想いがマリスに則を超えさせる。
 彼女がくれる愛を受け止めて感じていたい、そんな願いが華乃音に堰を切らせた。

 抱き寄せたのはどちらからかは知らない。
 抱きしめたのはどちらからなのかも。

 ただ己に確と繋ぎ止めたいという心と、深く結びつけたいという欲とが、壁を無きものにして二人を重ね合わせる。

 最初は身体だった。
 抱きしめた彼女の身体はか細く、こんなにも奮えているから閉じ込めてしまいたくなる。
 抱きしめた彼の身体は力強く、こんなにも求めているから囚われてしまいたくなる。

 次は口唇だった。
 触れ合わせた彼女の口唇は柔らかで、こんなにも優しげだから幾度も啄み確かめたくなる。
 触れ合わせた彼の口唇は強引で、こんなにも狂おしげだから無理矢理にも絡めたくなる。

「……緋翠……」

 それはこの続きをと望む甘い吐息だった。

「……傍にいて欲しい」

 それはこれから先を願う切な吐息だった。

 瞼の帷が下りた。
 もう二人には何も見えない。お互いさえも。
 ただ抱きしめ合う身体で情熱を感じ、噛み合わせた口唇が情欲を伝えて蠢き合う。

 華乃音はマリスに幸せになって欲しいと願っていた。
 愛を知らない自分にさえも愛を傾け教えてくれた人。それは闇の中に差した一縷の光芒のようで、その温かさに凍った世界が融けていくようにさえ思えた。

 だけど彼女は遍く人のために祈る慈愛の人。
 独り占めしてはいけない、これは自分だけのものではないと言い聞かせてきた。
 だから口から付いて出た言葉はきっと、心の底に眠っていた希求。
 彼女に暖められたい、彼女を感じたい、彼女に愛されたい、彼女と一つになりたいと。

 マリスもまた華乃音に側にいて欲しいと願っていた。
 愛を知らず儚くどこかへ消え去ってしまいそうな蝶。それは死者の国目指して飛ぶ魂のようで、その美しさに手を伸ばすことさえ憚られるように思えていた。

 だけど彼は群れからはぐれた迷子のような人。
 どこへ飛んでいくか分からない、いつ飛んでいるのか分からないから繋ぎ止めたい。
 それは我が身を差し出しても叶えたい、自分でも知らなかった願望。
 彼を繋ぎ止めたい、彼に繋がれたい、彼を縛り付けたい、彼と一つに結ばれたいと。

 求め合い、縺れ合い、舌が絡まる。
 けれど結ばれたと思っても解けるそれは、永遠を願えば願う程に叶わずに、だからこそ無我夢中で貪り合う。
 口唇はこんなにも噛み合わせて深いのに、どうして舌は結ばれてはくれないのだろう。
 舌に掻き混ぜられ唾液が弾ける音がした。途切れる呼吸を繋ぎに口唇が離れる。

 名残惜しげに引き合う銀糸が切れたとき、マリスは花の匂いを嗅いだ。
 ああ、これはいつもの彼の匂い、愛しい彼の──。

「あなたは誰? 私はあなたの名前を知らない……」

 恍惚と呟くその声は、いつものように緋翠と呼んではくれなかった。
 ああ、これはいつもの彼女の声、愛しい彼女の──。

「名前? ああ、そうか。マリスは知らなかったな。俺の名は……」

 ──華乃音。
 彼がマリスが知らないその名を呟いたとき、永遠は不意に終わりを告げた。

「醒めない夢なんてない。微睡みの時間はもう終わりだ」

 華乃音が促すとマリスは彼から離れ、胸の前で手を組み祈りを捧げる。
 ユーベルコード【黄金律】は次なる手を成功へと導くだろう。
 華乃音もまた【異理の血統】を成就させ、己の戦略と直感、そして演算能力をもって攻撃力を上げる。
 夢から醒めたならば猟兵に戻り戦うだけ。
 だけど夢から醒めたなら元の二人ではない。

「行きます、華乃音」

 抱きしめた身体が伝える鼓動も。
 嚙ませた口唇が教える衝動も。

 体温を失い感触が消えても、忘れることは出来ない。
 マリスが呼ぶ彼の名が、夢ではなかったことの証だ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

シホ・エーデルワイス

アドリブ歓迎


仲間達と楽しく会話する幻影
互いに話を聞き合い言葉を返し合う

私にとって理想的
けど同時に違和感
いつも皆私の話を最後まで聞き
言葉を返してくれた?

一見皆自由に振る舞っていて
実際は私のテンポに合わせていた

皆の望みなら良い
でも私はありえない事を知っている
だって私は皆の自由気ままな振る舞いに惹かれているから

そうか…私の求める愛は力づくでは得られない
例えば繊細な硝子細工の様に壊れやすい

相手の自由を侵害して得ても
壊して支配しただけ
私が愛する皆じゃない

他人への気遣い等で負荷が少しでもあるなら
反応しないという選択は心を守る為に必要だと気付く
それは私も同じ


世界を滅ぼす愛と決別する覚悟で
敵を【終癒】で葬送



●私が好きな、みんな
 かつては大宴会場であったらしい旅館の大広間。そこは連夜に及ぶ宴会で賑わい、多くの人の喜びに満ちていたのだろう。
 だけど今、一人座すその場所はがらんとして、目の前に巫女服姿の女だけがいた。
 女は邪神の使徒──オブリビオンだ。それは一目で分かったが、身構えた瞬間、周囲はかつての賑わいを甦らせる。
 目の前に置かれた香炉の香りが、どこか料理から立ち上る湯気の美味しそうな香りに似ていると思ったからかもしれない。
 それともこの場所にかつて多くの人が集い、楽しみながら酒を酌み交わしたのだろうと意識しすぎたのかもしれない。

 気づけばシホ・エーデルワイス(捧げるもの・f03442)はみんなの輪の中にいた。
 みんな……それはかつて出会った全ての人達であり、猟兵として供に戦う仲間。
 別れたはずの人も、離れていったはずの人も、死んだはずの人も、話したことのない人も、みんなシホの周りにいて、「はじめまして」「久しぶり」と声を掛け合う。

 ああ、私の周りにはこんなにも人がいて、みんな私と話したかったのだ。
 猟兵となった頃には名前と生まれた日しか覚えていなくて、何処から来たのか聞かれても応えられず、何が好きなのかさえも言えなかった。
 だけど今の自分は臆せず自分のことを話せるし、皆も私の言葉に耳を傾けてくれる。

 ああ、私の中にはたくさんの《私》がいて、《私》達はお互い語りたかったのだ。
 猟兵となる前に消えてしまった《私》達に、今自分がこの世界で何を見て何を知ったのか語りたくても、《私》は何処かに消えていなかったから。

 だけど夢中になって話すうちに、ほんの些細な疑問でシホは気づいてしまった。

「私はこんなにおしゃべりだったでしょうか? それにみんな私の話を最後まで聞いて言葉を返していてくれていた?」

 引っ込み思案で寂しがり屋の娘はいつだって聞き役だった。
 だからこれはきっと私の理想。私の願望。

 皆私に気遣い私のテンポに合わせてくれる。
 それが皆の意志や望みならいいけれど、きっとそれは違うだろう。
 そこには自由がなかった。シホに合わせてくれているだけで彼らが自由に振る舞っている訳では無い。
 そんなことをして欲しい訳じゃない。だっていつだってシホは彼らの、あるいは彼女らの自由気ままな振る舞いに心惹かれていたから。

「これは噓。これは私の心が見せる幻ですね」

 シホは自分に語りかけ、話を聞きたいと言ってくる人達を今、毅然とその存在を否定する。
 願望に溺れ、本質を見失えば、好きだった何かを壊してしまう。

 愛は力尽くでは得られないもの。
 愛は支配してはいけないもの。
 シホの望む愛はありのままの、自発的で自由なもの。

「私の求める愛は誰かの望みを叶えるために誰かの自由を奪うことがあっては意味がないものです。私が願ったからと言ってその通りになったとしても、その人達は私が好きな人達ではなくなってしまっているから」

 シホは目の前にいる男に向かって言う。
 モデルもしているとのだという猟兵は、シホに否定されると忽ち元のオブリビオンに戻った。

「何故呪術が破られたか分からないでしょう? 人に気遣うことが負担なら、反応しないという選択肢があってもいいはずだって気が付いたのです。それはきっと心を守り、無理せず自然と付き合っていくために必要なこと」

 全ては鏡なのだとシホは悟った。
 鏡は姿を映し出しても、裏側も奥底も映せないし、熱や匂いを伝えることも出来ない。

「だから私は貴方が見せる愛と訣別します」

 ユーベルコード【覚聖】により存在感を増したシホは、呪術をも自らの内なる輝きで打ち消した。シホは御簾の向こうの存在に語りかける。

「貴女も貴女自身が望まぬ愛に縛られなくてもいいんです」

 男の願望により運命を歪められた女に向かい、迷いなき眼差しを向けた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

紫丿宮・馨子


嗚呼、常日頃から
儀式で香炉が悪用されるのが気になっておりました
あの香炉も――

遠のいた意識
現れたのは
何度か戦いと時間を共にした彼

わたくしが他者と自身を隔てていた壁に
罅を入れて手を差し伸べてくれた方

たくさん甘えてしまった
今のわたくしはあの方の庇護対象でしか無い
けれども目の前の彼は
わたくしが欲しいようにわたくしへ気持ちを――

甘い夢に絡め取られそうになる
このまま夢を見ていれば
心痛めずに済むのでしょう

けれども
いいえいいえ
それはありえない
わたくしは強くなろうと決めた
あの方の隣に立てるように
その結果想いが届かなくとも

正気に戻ったら
戦闘などで香炉が壊されぬよう確保を
これ以上この子に
悪事の片棒を担がせません



●変わる、わたくし
「嗚呼、常日頃から儀式と称して香炉が……わたくしの妹達が悪用されるのが気になっておりましたが……この子も……」

 紫丿宮・馨子(仄かにくゆる姫君・f00347)の目に映ったのは、妖しげな香を燻らせる小さな青磁の香炉だった。
 いにしえ大陸より伝来しためづらかな青磁の香炉のヤドリガミである馨子にとって、香炉は全て自らの同胞。
 ましてや青磁の香炉となれば誰の作であろうが姉妹のようなもの。
 だが彼女達の運命は必ずしも幸福とは限らない。器物としての死、損壊と別に、人々を楽しませ、和ませるために作られたはずの香炉はしばしば悪事の片棒を担がされるから。
 その身の中に他人を眠りに落とす香、欲情を煽り立てる香、精神を崩壊させる香を入れられ、それを拒否出来ぬまま撒き散らせと従わせられる。
 己の焚きしめた香により、犯される女、殺される男を見るのは,どれ程辛いことであろう。

 そして今も──。

 媚薬であろうか、睡眠薬であろうかと考える前に馨子は堕ちた。
 遠のく意識に眠っては駄目と首を振るった後、目を覚ましてそこにいたのは何度か同じ戦場に立ち、供に時間を過ごした彼。

「どうして此処にいらっしゃるのですか?」

 彼はこの依頼に参加していなかったはず。そう真偽を正す前に慕う心が奮えて理性をぼやけさせる。

 愛とは罪深きもの。
 執着はおろか縁づくことさえも禁忌と戒めて他者を隔てて来た馨子の、頑なな心の壁に罅を入れた人。

 愛とは欲深きもの。
 壁の内に籠もり誰にも触れず触れられず、一人孤独に打ち震える身に暖かな手を差し伸べてくれた人。

 彼に壁の中を見られることが、自分に触れられことが、嫌ではなかった。
 もっとわたくしを見てと、もっとわたくしに触れてと、願ってしまうほどに。

 嗚呼、これ以上差し出される手に甘えては駄目。
 嗚呼、これよりもっとと甘い言葉を求めては駄目。

 だって今の自分は彼にとってただの守るべきものだから。
 狂おしいまでに激しく恋い求める一人の女ではないから。
 それは同情と呼ぶべきものであって恋情ではないのだと、言い聞かせてはいるのに心は納得してはくれない。

 彼の口唇が動く。

 ──お前の壁の中に入れてくれと。
 ──お前の肌の匂いを嗅がせてくれと。

 ──俺の側に居てくれと。
 ──お前の側を決して離れないと。

「永遠の愛を二人で燻らせていこう」
「駄目、いけません……」

 馨子はもう一度首を振るった。
 甘い甘い、身を焦がすような毒に身悶えしながら。
 深い深い、身を溺れさすような愛に沈みかけながら。

 幾重にも重ねた単を脱ぎ捨てれば、やるせなさに囚われることはなくなる。
 いっそこの身を彼に委ねて口唇を重ねてしまえば、切なさから逃れられる。

 だけど夢は夢のまま、美しいまま──。

「いいえ、いいえ、それはありえない。これは愛ではありません。これは執着、これは夢。わたくしが欲しいのは理想の結末ではないのです」

 馨子は彼の手を拒むと、然と夢と訣別する。

「わたくしはあの方の心が欲しい……それは否定しません。あの方にわたくしを見て欲しい、あの方の側に居たい。だけどその為にあの方の在り方を歪めようとは思わないのです。変わるのはあの方ではなく、あの方の未来でもなく……わたくし!」

 馨子はユーベルコード【馨る抱擁】を唱え、魔を打ち破る力を強めた。もう馨子は幻に騙されはしない。愛した男は姿を消し、代わりにオブリビオンが姿を現す。馨子は邪神の巫女を討ち取ると己の決意を紡ぎ出した。

「わたくしは強くなろうと決めたのです。あの方の隣で供に立てるように」

 愛する人を変えるのではなく、自分が変わるのだ。

 例え想いが届かずとも。
 例えこの身が果てようとも──。

「あなたももう何も言えぬまま魔香を焚かずとも良いのですよ。供に変わってまいりましょう。これから、ゆっくりと、時をかけて」

 馨子は今はまだ物言えぬ香炉を拾って語りかけた。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『写本『かぐや墜つ』帰れなかったかぐや姫』

POW   :    なぜわたくしを、燃やしたのですか?
【飛来物を反射する眩い月の光】【徐々に傷を癒やす温かい月の光】【憎悪に満ちた、鋭い刃の切れ味を持つ月の光】を宿し超強化する。強力だが、自身は呪縛、流血、毒のいずれかの代償を受ける。
SPD   :    ただ帰りたい、そう願っただけなのに
自身に【、触れた対象の郷愁を掻き立てる淡い月の光】をまとい、高速移動と【対象を追尾し、精神を蝕む衝撃波】の放射を可能とする。ただし、戦闘終了まで毎秒寿命を削る。
WIZ   :    わたくしの気持ちなど、おわかりにならないでしょう
【涙を流すこと】により、レベルの二乗mまでの視認している対象を、【酷い怒りと哀しみで心を満たす光の矢】で攻撃する。
👑11
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 御簾が上がる。
 そこにいたのはお伽噺のかぐや姫さながらの美しい平安装束の女性。

「貴女がたはどうして幸福を手放そうとするのでしょう? 愛する人を亡き者にすれば魂は同化し、自分だけのものとなります。そして貴方がたが死ねばその愛は永遠のものとして何者にも侵されることなく在り続ける……。なのにどうして? どうして思い描いた通りの結末を否定するのでしょう?」

 女はそう言うと悲しげに眼差しを伏せる。
 まるで信じられないと言うように。
 まるで悲しいとでも言うように。

 女はまず信者となった者に愛する者の魂を捧げさせ、その上で最後の仕上げとして信者の魂をも喰らうつもりだったのだろう。愛だの永遠だの述べたとしても、それはただの綺麗事、偽善ですらないエゴだ。

 だが一方で猟兵達は女の自分勝手な論理の裏に、人ならざる者の本性を見た。すなわち愛と言う呪いで意のままに運命を歪める《呪本》としての在り方をだ。同時に《呪本》の裏に、今目の前にいる女の、本当の心が隠されていることも。

 ──還リタイ。

 女の口唇は扇で隠されている。だが猟兵達は確かに女の声を聞いた。
 愛と言う衣を脱ぎ捨て、囚われた魂を解き放ち、月へ還してくれと。

 猟兵達は挑むように女を見る。

 保琳という男のかけた呪術を打ち破ること。
 歪んだ愛の化身となった姫の魂を昇天させること。
 『竹取異聞』を《呪本》から従来の古典籍へ変えること。

 月の裏側に隠された本来の姿を取り戻すために。


【第3章概要】
 
 皆様は第2章において理想の愛の結末を自ら否定した状態にあります。そのことが効を奏し「どうして?」という疑問を邪神に抱かせることに成功。愛を呪いとして運命を歪めさせる邪神の神格と、愛という呪縛からの解放を望む姫の人格とが分離しつつある状態です。
 戦闘必至となりますが、皆様のアプローチで裏側に押しやられた人格が神格を抑えて表側に出ると、オブリビオンは弱体化します。

 既にこの写本の姫は宿敵主によって討伐を完了しており、骸の海に還ることはなくなりましたが、願わくば皆様の手で悲しいこの姫君の魂を昇天させ、写本を呪いの道具から後世へ伝えられるべき古典籍に生まれ変わらせてあげてください。
 描写は戦闘シーンを心情や主張を交えて書く感じで、1・2章に比較してさっくりめで行きたいと思います。

プレイングの募集・再送についてはお手間ですがマスターページをご確認ください。
桜雨・カイ
愛する人を自分のものにしたい…エゴという感情を知ってしまった。
彼女を助けるのが正しいと頭では分かっているのに、生まれた感情についていけてない

それでも…
自分が見続けてきた愛情(主と妻)は温かくて幸せそうでした
人を愛するというのは、そうであって欲しいと思うんです

状況がどうであれ今の自分にできることを。
神格を押さえ彼女の人格が表にでやすくする為に【援の腕】発動。《呪本》の呪術を少しでも浄化します。
触れればまともに呪いが来ますが覚悟の上で本に触れます

今の自分は混乱しているけど…でも知ってることがあります
愛する人を亡き者にしても…自分だけのものにはなりません
そして人は泣くより笑っている方がいい、と


村井・樹
【俺】達が同じ樹から生まれた枝葉なら、アレは大本を蹂躙する宿木って所か?

おい【紳士】、姫様の方はお前がリードしな
邪神はともかく、姫様は、これ以上人が死ぬのは本意じゃねぇんだろ
なら、こう伝えてやれ
「帰る道は、【私】達が切り開いて見せましょう。それまでどうか、貴女も、貴女なりに共に戦ってはくれませんか?」
とでも。
姫が少しでも元気になりゃ、こっちの手間も減るだろ
邪魔は絶対にさせない
『挑発、存在感』を発揮することで、敵の攻撃を俺へと誘導
それを『盾受け』で受け流したり、メメとの『フェイント』でうまくかわし『時間稼ぎ』をしよう
敵とは一定の距離を保ち、決定的な隙が出来たらキツい『カウンター』を叩き込んでやる


逢坂・宵
ザッフィーロ(f06826)と

僕は生きる喜びを知ってしまったから
大好きな人を愛する喜びを知ってしまったから
この血の通う手で彼の手を握り、ともに同じ方向を向き
そして笑いあいたいのです

いずれ二人とも朽ちる日は来るでしょうが
もう、自ら破滅を選ぶ道は捨てました
愛とは擁くだけでなく、交わし合うことでこそ幸福を感じます
生ある喜びを彼と分かち合いたいから
かぐや姫、貴女を月へと送り届けて差し上げましょう

ザッフィーロの援護に回りつつ
敵からの攻撃は「オーラ防御」で防ぎながら 「高速詠唱」「属性攻撃」「全力魔法」を使用した
【天航アストロゲーション】で攻撃しましょう
おやすみなさい、かぐや姫


ザッフィーロ・アドラツィオーネ
宵f02925と

死ねば愛しい相手は自分だけの物になる、か
己と共に在り続けて欲しいと望み宵が朽ちる時は迷わず共に逝くとは決めては居るが、宵の意思を無視し未来を閉ざすなど出来る訳なかろうに
それに今が一番の幸福だと誰が決めた?
俺は今以上に宵を幸せにする予定なのでな

戦闘時は前衛
相手から宵を隠す様『かば』い盾になりつつ行動
『怪力』を乗せたメイスを振るいながら至近から【狼達の饗宴】にて炎の狼達を嗾けよう
又、敵の視界から宵を隠し視認させぬ様狼達を配置させんと様試みる

本当に愛おしい者を得ると己の欲や望みよりその無事と幸せを願ってしまう物だ
お前の月に居る親族も同じであったろうに
…さあ、魂だけでも月に還ると良い


緋翠・華乃音
マリス・ステラ(f03202)と共に


「愛なんて、俺には分からない」

興味すら無い。
それが“永遠”であろうとも“偽り”であろうとも。

――けれど、

還りたいと嘆くのなら。
魂が在るべき場所へと還ることを望んでいるのなら。

その魂を返すのが蝶の役割。
――いや、交わした約束なのだから。

蝶が不規則に羽搏くような虚実自在の立ち回り。
仕掛けるのは常に死角より。
ダガーナイフと拳銃を用いてヒット&アウェイを繰り返す。

「還る場所――そんなものすら、俺には」


シホ・エーデルワイス
アドリブ歓迎
馨子さんを援護


先の発言に対して
依頼『罪は冷たく静かに降りしきる』で思い出した
夫人の説得に失敗した事が脳裏を過る

失礼
望まぬ愛を拒みたくても抗えるかは別の話でした

あの時
夫人は夫の暴力により支配されていて
私は夫人の苦悩に寄り添えなかった

私が姫を救う事はできず
言葉も姫に届かないかもしれませんが
救える者の手助けをする事はできます

覚悟の眼差し


何故望んだ愛を拒むのか?
その愛が皆を苦しめるからです!


衝撃波は軌道を第六感と聞き耳で見切り
音属性攻撃の誘導弾で相殺のカウンター

相殺しきれなければ呪詛耐性と狂気耐性のオーラ防御を纏ってかばう

庇いきれず馨子さんが負傷するか
攻めに転じる時点で
彼女に【犠聖】を使用


マリス・ステラ
緋翠(f03169)の側に

「……愛に満たされたい。それが偽りであっても」

紛れもない私の願望です
しかし、それは私だけの話、彼には関係のない事ですから

「主よ、憐れみたまえ」

『祈り』を捧げると星辰の片目に光が灯り全身に輝きを纏う

「還りたい──あなたならわかるのではありませんか?」

六禁を振るい、攻撃を『武器受け』しながら彼に言葉をかける
戦闘では盾役として前に出る

緋翠を『かばう』
ダメージに『オーラ防御』の輝きが星屑のように散る

「還るべき場所があるというのは幸せなのかもしれません」

私にはないけれど、彼にはあるのだろうか?

「主よ、主よ……」

聚楽第の白い翼がぎこちなく広がると輝きを束ねる

【星の導き手】を使用


五条・巴
先程も言ったじゃないか。
愛する人の瞳に僕が映っていて欲しいと。

どんな景色を見てどんな生活をしてきても、最後に目にするのは僕なんだ。
僕はそれを一生見ていたい。

…まあ、理想なんだけどね。

君が還りたいと願ってしまったのなら、それは仕方ない事だ。
そう思わせてしまった相手が悪い。

送ってあげよう。
この矢の切り開く道が君の願った先への道となりますように。

正直月に行けるのは羨ましい。
僕だって行きたい。
けどまだやり残したことが沢山あるからね。
満足したらそちらに行こうかな。

さあ、おやすみ

この後の物語の行く末は、月で、見ていて。


ファン・ダッシュウッド
思い描いた通りの結末を何故、否定するのか……ですか
僕個人の答えを述べるならば
其れが決して有り得ないから、ですよ

……アリスと同じく、貴女も還る事を強く望むのならば
兎の一匹として、送り届けて差し上げましょう

クロを槍形態に
【範囲攻撃】で、刃の様な月の光を出来る限り多く弾き飛ばそうと
敵の攻撃の手が止んだ頃合いを見て
【暗殺】を狙い、殺意を込めたナイフを投げようかと

……反射する光とやらを誘発させられれば充分
そうでなくとも、障壁諸共吹き飛ばしてしまいましょうか
【串刺し】を狙い、UC:砕禍を使用

はじめまして、月の姫君
そして、貴女に永久の眠りを
……さようならよりは、適した言葉になっていればいいのですが


紫丿宮・馨子
UC使用
シホ様に視線で合図

そうでございますね
貴女は歪んだ愛によって地上に縛り付けられた存在
そう思えば歪んだ愛を唱えるのも納得というもの

永遠とは
一等儚きもの
けれども
誰もが一度は惹かれるもの

わたくしとて
永遠を望まないわけではありません
けれども貴女の唱える幸福では、永遠では
誰も幸せになれませぬ
貴女とて
それはわかっているのでしょう?

思い出しましょう
貴女の本当の望みを

姫の傍で懐剣振るい
彼女を縛り付けるものを斬る

式神朱雀を侍らせ
さあ「迎えに来ましたよ」
わたくしが導きます

梅花筆で月と牛車と迎えの者達を描く
今度こそ――還りましょう

貴女を「正しく」導くのが
わたくしの償い
わたくしの役目
後の、保琳の事は
お任せ下さい


白藤・今鶴羽
アドリブ・共闘歓迎

・思い描いた通りの結末?
亡き者とされた方が、何かを生み出すことはありません。
言葉も、想いも。
問いかけてかえる応えは、その方のものではなく…
自分自身の記憶、若しくは…想像、妄想でしかありません。

…それなら、亡き者として手に入れようとする意味は、どこにあるのでしょう…?
巻き込まれた方は、きっと、迷惑なだけでしょうし…?

・戦闘
ぶしゃー(グラフィティスプラッシュ)とはあまり相性がよくなさそう、ですね…?
足場が悪くなれば高速移動時に転んだり、しやすくなるかも…しれません
共闘する方がいるなら、錬成カミヤドリも使い、押し込む隙を突いたりして、援護を担います。


リタ・アレキサンドライト
アドリブ歓迎!
絡みOK!

なにこれあざとい!
悪役令嬢なんてレベルじゃない、ガチ女狐の匂いがするよぉー!
ホントのヒロイン力ってやつを見せつけてやるから、覚悟キメといてよね?

…んん?あれ?ヒロイン…
…じゃなくてヒロイン力!だからセーフ!

『月が綺麗ですね』?
ボクの方がずっとキャワイイよね!

『お月様が見てる』?
いいじゃん見せつけてやるよォ!

愛とか恋とか言うけどさ、トゥルーエンドが誰にも必ずハッピーとは限らないじゃない?
愛じゃなくても…隠しキャラルートに見せかけた全員友情大団円エンドの方が素敵だったりもするんだよね!

・戦闘
がんばる
ドローンカモン!
全力でぶちかます
隙を見て煽りをねじ込む
あざとさなら負けない



●悪役令嬢の裏の顔(リタ、今鶴羽)
「何これ、あざとい! 悪役令嬢なんてレベルじゃない、ガチ女狐、もしくはサークルの姫の匂いがするよぉー!」

 どうして、どうしてと嘆く女に向かって叫んだのはリタ・アレキサンドライト(バーチャルキャラクターの戦巫女・f17197)だった。
 バーチャルキャラクターであるリタは、乙女ゲームの登場人物のあらゆる傾向をテンプレートとして熟知している。だからこそ見抜いた。その美しい嘆きの涙が、相手に罪悪感を植え付けて追い詰め、周りの人に同情を抱かせて外堀を埋める行為だと。
 だからすかさず偽善を見抜き、飛んでくる月光の矢をひらりと躱す。

「そもそも、これ、妄想ですよ、ね?」

 白藤・今鶴羽(ヤドリガミのゴッドペインター・f10403)も飛んでくる月光の矢に塗料をぶしゃーっとぶちまけて輝きを消すことで攻撃を凌ぐ。
 この「ぶしゃーっ」こそ今鶴羽のユーベルコード、【グラフィティススプラッシュ】である。光るライトタブペンの穂先からそれを放つ今鶴羽は、憤りを露わにするリタとは対称的に淡々と作業。

 だが今鶴羽もまた女の言い分の裏を読み取っていた。否、言い分というより行動の根源というべきか。
 彼が指摘するように、今この場に彼女を愛し己の元に縛りつけ、宮中に閉じ込め続けた男はいない。そんなものはとうの昔にあの世に行っていて、還りたいという想いが現世に繋ぎ止める無念となり、写本に取り憑いて残されているだけだ。彼女を縛り付ける相手も、彼女自身も、最早この世には存在しない。あるのは愛の妄執、残骸だけ。

「亡き者とされた方が、何かを生み出すことはありません。言葉も、想いも、今ここで僕達に問いかけてくるのも、かつての記憶、あるいは想像……妄想でしかありませんよ、ね?」

 貴女もとっくに死んでいます、よ?……と、今鶴羽は小首を傾げてみせる。
 猟兵達は皆、宮様なる男に溺愛された末に自由を奪われ、郷愁を胸に死んでいった女の霊が写本に取り憑いて甦ったと思っているフシがある。だが今鶴羽はそれが記憶の再現であり、ただの映像と同じだと考えていた。
 それでもゲームと同じでエンディングに辿り着く為には攻略が必要。だからこそ恋愛攻略ゲームの登場キャラクターであるリタに助力を求めた。

「そう! このままいくと全滅するバッドエンドルートだよ。倒すだけならグッドエンド、姫様を浄化出来たらトゥルーエンド。ゲームクリアする為にホントのヒロイン力を見せつけてやるから! 覚悟キメといてよね!?」
 ビシッと指を差して宣言する美少女、だがリタは男だ。
「リタさんは、ヒロインじゃなくてヒロインをサポートする友人キャラ、ですよね?」
「これまで引き立て役に徹してた友人が真のヒロインなんだよ! んん、あれ、ヒロイン?」
「なるほど、下剋上ですね。後で隠し攻略対象になる方、なのかと思っていましたが」

 リタが自分は女じゃないからヒロインじゃない、でも『ヒロイン力』だからセーフと自己解決。その横で今鶴羽は塗料をせっせと播き散らしながら、別の理由で納得した。

「亡き者にして手に入れようとする意味は、どこにあるのでしょう、ね? 巻き込まれた方はきっと、迷惑なだけ、でしょうし……?」
「そう言う他人を省みない一途さがさ、自分に酔っていると言うか、もうヒロインの資格ないから! ドローン、もう一度カモン!」

 今鶴羽が戦場を塗り潰すとリタが【グッドナイス・ブレイヴァー】でドローンを召喚し直した。ドローンが撮影する映像は絶妙なアングルでリタを捉え、彼を悪に立ち向かうヒロインに仕立てくれる。この動画はリアルタイムでキマイラフューチャーの視聴者に配信され、モニターには今頃応援メッセージが段幕のごとく横スクロールされているはずだ。

「『月が綺麗ですね』って、ボクの方がすっとキャワイイし、『お月様が見てる』とか上等だよ! いいじゃん、見せつけてやるよォ! 愛とか恋とか言うけど、トゥルーエンドが必ずハッピーとは限らないじゃない!?」
「そう、ですね。誰かの萌えは誰かの萎え、と言いますし?」

 今鶴羽もまた達観した顔で静かに賛同する。今鶴羽のかつての主がそう言っていた、気がする。好き勝手に萌えを紡いでも、他人の嗜好にはとやかく言わない。そんな人だった。
 このかぐや姫の物語の問題は正にそれ。男にとってのハッピーエンドが女にとってはそうとは限らない。

「愛じゃ無くても、全員友情大団円エンドの方が素敵だったりもするんだよね!」
「みんな違ってみんないい、ですからね? 幸せもそれぞれです」

 リタが祈りを捧げると『名も知れぬ慎ましき祈りの花』と名付けた聖痕が輝き、花と葉を纏った薙刀『名も無き月下の花』の威力が上がる。今鶴羽もまた魔鍵『セキュリティトークン』で、月光の矢を叩き落とした。
 視聴者の声援は完全にリタと、その友人枠として認識されたらしい今鶴羽のもの。涙を流そうとも誰も女に同情しない。

「盛り上がってきました、ね。そろそろな頃合いでしょうか。あ、足下に気を付けて下さい、ね?」
「分かった! そろそろ全力でぶちかましてキメるよ! さあ来い、ビッチ! どっちのヒロイン力が上か勝負だよォ!」

 リタは煽りを入れると、塗料で滑って体勢を崩した敵めがけ、薙刀を手に流星の如く飛び込んだ。

●流れる星の階(宵、ザッフィーロ)
 どうして、と女が繰り返す。
 どうして欲しいものがあるのに自分だけの物にしないのか。
 どうして望み通りの幸福が得られるというのにそれを拒もうとするのか。
 女には理由が本当に分からないようで、その問いかけには自分の考えが受け入れて貰えないことへの驚きと悲しみがひしひしと込められていた。

「僕は生きる喜びを知ってしまったから。大好きな人と愛し合う喜びを知ってしまったから。この血の通う手で彼の手を握り、共に同じ方向を向き、そして二人で笑い合っていたいのです」

 逢坂・宵(天廻アストロラーベ・f02925)は女に向かって己の意志を告げた。
 ヤドリガミである彼らは仮初めの身同士。だけど繋ぎ合う手から確かに感じ取っている。
 暖め合おうとするぬくもり。
 励まし合おうとする強さ。
 そして伝え合おうとする愛をだ。
 それは自分が相手に求めるだけ、相手に与えるだけではいけないもの。互いに互いを思いやれば強く握るだけではなく、時には緩めなければいけないものとして。

「向き合うこと、手に入れることだけが愛ではありません。それは愛かもしれないけれど、愛し合うこととは違います。だから僕はザッフィーロ君を手にかける事も、ザッフィーロ君を道連れにすることもするつもりはありません」

 宵の結論にザッフィーロ・アドラツィオーネ(赦しの指輪・f06826)もまた我が意を得たりと口角を上げる。宵がそう答えるであろうことなど彼にはとうにお見通しだ。
 何故ならザッフィーロは宵を信じていた。想いを通じ合わせていた。
 天図盤たる宵は天の動きを見定めるのと同じに、愛の神髄をも見極めるだろう。あるいは互いに視線一つ交わさずとも、彼ならば自分と同じ方を向き、自分と同じよう考えるだろうと。
 それでもザッフィーロが笑みを浮かべたのは一瞬。すぐに秀でた眉間に皺を寄せ、愛に繋がれ己を見失った女を見やる。

「死ねば愛しい相手は自分だけのものになると誰が決めた? 少なくと殺めた相手ではなかろう」

 ザッフィーロは女の唱える愛が一方的で、双方向ではないと指摘する。
 ずっと貴方だけを見つめていたい。ずっと私だけを見つめて欲しい。
 それは相手と向き合うことではない。相手の心を知ろうとすることでも、相手の心を思いやろうとすることでもない、ただの執着。それは決してしはならぬことと己に言い聞かせて。

「己と共に在り続けて欲しいと望み、朽ちるときは迷わず共に逝くと決めてはいるが、宵の意志を無視して未来を閉ざすことなど出来る訳なかろうに。宵の望みは俺と共に生きること、俺と共に未来へと歩んでいくことだ。それに今が一番の幸福だと誰が決めた? 俺は今以上に宵を幸せにする予定なのでな」

 宵は愛とは擁くだけでなく交わし合うものだと言う。
 ザッフィーロもまた愛とは己の欲より愛しいものの幸福を願うものだと答えが出ていた。

「予定、じゃなくて『絶対幸せにする』でしょう? 幸せになりますとも。二人で共に。これからもっと」

 心知れた相手に軽口叩いて告げる言葉は、婚姻の誓いにも似ていた。だが今二人の目の前にいるのは神では無く、邪神。

「私のお気持ちをお分かりになって下さらないのですね。愛し合っている、分かり合えると思っていてもそれは幻。目には見えぬものを信じてもいつかは裏切られるだけ。それならば何故今のうちに愛を確かなものとしないのでしょう……」

 女は涙を流す。だがそれは己の不幸に酔いしれ、己を理解しない者に対する遠回しな非難。二人の心を打つはずもない。彼らは既に共に見上げる星空の美しさを知っていて、向き合って視線を交わさずとも、互いの存在を感じ、愛を信じていられるのだから。

「最早問答は無用だ。如何なる讒言も俺達には通用せん。さあ、狼達よ。あそこにいる哀れな女を食らい、思う存分好きなだけ暴れて来い」

 繋いだ手を離してザッフィーロが前へ出ると、放たれた悲しみの月光の矢に狼の群れが食らい付いた。否、それは狼ではなく、飢狼の如き焔。飛ばされる光の矢を鋭い牙が噛み砕く。
 ザッフィーロのユーベルコード【狼達の饗宴】……それはまさしく飢えた狼で、背で庇う宵に一矢たりとも当てまいと、女の怒りも悲しみも月光の矢ごと飲み込んで膨れ上がる。
 炎で宵を隠しながら駆け、間合いを詰めてメイス《stella della sera》を振るうと、あと少しというところで女が気づいた。
 だがそれもまた予想の内。メイスの先端がもう数歩踏み込むと見せかけて伸び、仕込んだ鎖が女の細身に絡まる。
「無体な!」
 女は巨大な針のような月光の矢でザッフィーロを貫かんと試みる。
「させませんよ!」
 宵はザッフィーロの大柄な身を盾に、そして自身もまた襲い来る負の波動を凌ぎながら機を狙っていた。

「かぐや姫、いえ、かぐや姫という虚構に捕らわれた貴女を月まで送り届けましょう。彗星からの使者が空より堕つるとき、時には地平に災いをもたらす。それでもその美しさは人々を魅了します。思い出して下さい、貴女もまたそうであるはずです!」

 宵が全力で唱えるユーベルコード【天航アストロゲーション】の召喚の文言は、そのまま女へのメッセージでもあった。
 天から地上へと下りたかぐや姫。彼女は今、隕石が大地に災いを振りまくように、邪神として人々に災禍をもたらしている。だが本来天から下り来たる者の美しさは人々を魅了するもの。彼女の美が、愛が、誰かを救うこともあったはずだと。

「おやすみなさい、かくや姫。この彗星が貴方の魂を月へと導くでしょう」

 隕石が泣かれる星となり鎖に捕らわれた女めがけて降る。美しく尾を引き、室内であることさえも忘れてしまう程に。

「さあ、魂だけでも月に還ると良い。お前が愛した者も、会いたかった者も、それから本来のお前もきっと月に居るだろう」

 ザッフィーロが呟き、宵の手を取り直す。そして流れる星が月へと向かう階となるのを二人並んで消えるまで見守ることにした。

●目の前の月(巴)
 どうして、どうしてと女は繰り返す。涙さえ流し、その涙を月の雫から怒りと悲しみの矢へと変えて。
 この廃ホテルを訪れたときには他の猟兵もいたはずなのに、相変わらず異空間で分断されているのか今この場にいるのは五条・巴(見果てぬ夜の夢・f02927)、ただ一人。
 だが巴は一人であることを気にせず、むしろ一人であることを好ましくさえ感じている素振りで、飛んでくる矢を躱しなから女の問いに答える。

「先程も言ったじゃないか。愛する人の瞳に僕が映って欲しい、僕だけを映して欲しいと」
「ならばどうしてそうしないのでしょう?」
「君には分からないのかい? 簡単なことだよ、生きて僕の前にいて僕を見て欲しい……死んだ者には僕を映すことは出来ない。それだけのことだよ」

 巴は女と自分の間の決定的な認識の違いを指摘する。
 巴が言う自分だけを見てというのは、物理的な行為、眼球が自分を捕らえ、脳が認識することが前提となる。だが女が言うのは己のことだけを考えていて欲しいという欲望の成せる技。それだけに眼前にいるか居ないか、生存の有無まで問いはしない。
 だから巴にとって目の前に自分を見つめる相手が実存しない限り、求める愛の成就は決してあり得ない。巴にとって愛とは今ここに愛する人がいる、それが第一義なのだから。

「どんな景色を見て、どんな生活をしてきても構わない。過去に誰を見つめていたのかも。だけど今は僕だけを見つめて欲しい。命が絶える最後の瞬間、目にするのは僕であって欲しい。僕はそれを一生見ていたい。だからこそ僕が死なせては駄目ってことさ」

 理想なんだけどね、と巴は呟いて銃弾で光矢を弾く。
 怒りも悲しみも、月に恋い焦がれる身には不釣り合いな感情だ。

「君が還りたいと願ってしまったのなら、それは仕方がない事だ。そう思わせてしまった相手が悪いってこと。愛し方を間違えたってことだよね」

 束縛し、抑制する。彼女の身も、愛さえも。
 だけど縛られれば縛られだけ、抑えられれば抑えられるだけ、逃れたい、離れたいと願ってしまう。
 愛とは互いに見つめ合うこと。だけど見つめ合い続けて他を見ることを許さないような愛ならば、息苦しさに逃げ場を求め、追い詰められていく。だから僕を見て、僕だけを映してと願いながら、巴は「それ以上」を望まない。
 巴の月が巴を見つめ続けるために物理的な手段で自分だけのものにすることも。ひたむきな愛も欲が過ぎれば、愛とは喚べぬおぞましい澱んだものになることもあるから。

「輝く月も夜が明ければ消えてしまう。だから明の明星が輝く前に送ってあげよう。この矢の切り拓く道が君の願った先の道へとなりますように」

 詠唱と供に番えた矢が電光を放ち彗星の如く幾筋も尾を描いて女へと向かう。

 月に行きたくないと噓になる。
 焦がれる場所に行けたならどんなに良いだろう。
 だけどやり残したことはたくさんあって、だからこそそれに満足したら行けばいい。それを微笑みながら見守ってくれる、月とはきっとそんなもの。

「さあ、おやすみ。いずれ僕もそこに行くから。それまで僕のことも、この物語の顛末も、あの月で見ていて」

 巴が彗星の矢と供に彼女を送る。
 流れ星がまた一筋、月まで軌跡を作り上げた。

●月に蝶(緋翠、マリス)
「……愛に満たされたい。この花の器に花を盛るように。例えそれが偽りあっても」

 自分は冷たい器で出来ていると思っていたのに、今なお彼の余韻が残っている。
 口唇にも、身体にも。
 強く、激しく。
 容易く消えぬ炎となって。

 彼が欲しかった。
 愛と言う花を咲かせて満たされたかった。
 だけど同時にその欲望はいくら注いでも足ることを知らぬ強欲。求め続ければ我を失い相手をも破滅させるもの。

「それは紛れもない私の願望、私は緋翠の名が知りたかったし、緋翠を繋ぎ止めたかった、還る場所でいたかった。だけどそれは私だけの話、彼には関係ないこと」

 彼の心を求めない、そう言い切るマリス・ステラ(星の織り手・f03202)の横で緋翠・華乃音(終ノ蝶・f03169)はいつも通りであった。
 死者の魂を送る蝶。心に空虚と寂寞とを秘めながら誰も求めず誰も受け入れることのない一匹の蝶。それが華乃音。
 マリスと抱きしめあったことも、口付けたことさえも絵空事のような顔をして、彼は今、片手に拳銃を、もう片方にダガーナイフを握っている。

「……愛なんて、俺には分からない。興味すらない。そんなも同情や慈悲はいらない。それが永遠であろうとも、偽りであろうとも」

 愛とは何だったのか。
 腕の中で奮えていた優しきものが愛なのか。
 口の中で蠢いていた激しきものが愛なのか。
 それを愛だと言うのなら自分にはひどく不相応なもので、愛し合う男女の行為は頭で識っていても、身をもって知るのは憚られる気がした

「あれは俺の感情じゃない。誰かの元へ、還るべき場所へ還りたいと願う、お前の中にいる姫のものだ」

 華乃音は自分が欲した愛をかつての姫君のものと断じた。あれは呪いの香に煽られて植え付けられた願い、すり替えられた感情だと。
 だからこそ痛いほど感じたこの想いを遂げさせてやらねばならない。魂を還すのが蝶の役割。そうすれば自分の中に芽生えた何かも消えるかもしれないから。

「守よ、この彷徨う人の魂を憐れみ、還るべき場所へ辿り着かせ給え」

 華乃音の決意を読んだかのようにマリスが祈る。祈りによって瞼は伏せられても、その星辰の輝きは片眼の睫の間より漏れ、全身を煌めきが覆った。
 星の輝きを映すマリスはあの時確かに華乃音の還る場所たらんと欲した。
 それは自分の心裏返しなのかもしれない。人から人へと受け継がれ主を変える花器に、還るべき場所と言うものはない。だからこそ自分の原点である場所や、終着点である場所、そしてそれを希求する人に憧れさえ抱いている。

「還りたい? あなたなら分かるのではありませんか? 還るべき場所があるというのは、ただそれだけで幸せなのかもしれません」

 だから自分が辿り着けるかどうかさえ分からない場所に彼女を帰すのだと、マリスは祈り、飛んでくる月光の矢を星の欠片を鍛えて作った扇・六禁を振るって落とす。
 砕けた矢が星屑のように散って乱舞する。それは天女か舞い踊るかのように殊更に優美だったが、神々しいまでの星の輝きが誰かを隠さんとする隠れ蓑であることに誰が気か付いただろう。
 扇の風がまた星の粉を撒き散らす。例え月の光が我が身を突き刺さろうとも、マリスは一歩も引かずに。

「主よ、主よ」

 マリスが星の光を集めて放ち返す中、身構える女の背後に蝶が迫る。
 それはまるで死者にたかる蝶のように、何処からか現れ、振り返ったときには姿が見えない。居たと思ったのが幻ではない証に女の纏う錦の衣は切り裂かれ、まるで死体に群がる蝶に蝕まれているかのようであった。
 それこそ夜の静寂に生きる華乃音の得意とするところ。目立たず、敵の側にいつの間にか忍びより、痛みを与えてはまた闇に紛れ、やがて命を削り取る。

「どうしてわたくしを苦しめるのですか? どうして分かってくださらないのですか……」
「あなたは自分の考えを押し付けているだけ。相手の心を意のままにしようとしているだけ。でも愛とは尽くすこと」

 マリスは敵の意識が華乃音に向かぬよう、問いに応える。例えこの身が傷付き、花の器が砕かれようとも、華乃音を助けて見せる。この女を月に還して見せると、擬翼を広げ、目一杯輝き、詠唱と共に星光の矢が一斉に尾を引き放たれた。

「天と地に遍く救済を。導きの星が矢となり地上の迷える魂に届けられますように」

 【星の導き手】と名付けられたユーベルコードはまるで流星群に見えた。星が集まる先目指し蒼い蝶が駆ける。

「還りたいと嘆くなら。魂が在るべき場所へ還ることを望んでいるのなら。月へと還るがいい」

 それが蝶の役目、交わした約束。
 銃声が響く。それは引き金を引くと同時に例え視線を向けずとも着弾する魔弾。ユーベルコード【弥終の穿】によって放たれた弾丸はマリスの星の矢よりもなお早く女の頭を撃ち抜いた。

「……俺には還る場所なんて、そんなもの、俺には──」
 俺にはないと呟いて華乃音が銃口を下ろす。
「還るべき場所があるというのは幸せなことなのかもしれません。私にはないけれど。でも還る場所は作れるものではありませんか?」

 マリスが攻撃を受けて破れた衣装を手繰り寄せて肌を隠しながら、そう穏やかに言い添える。華乃音は自分を隠し続けて傷付いた彼女に、上着を脱いで羽織らせた。
 如何に猟兵とて無敵じゃない。如何にヤドリガミとて不死身じゃない。星の巫女として眩い彼女も、こうして見ればただの女だと。その献身が勇気のいることであったと改めて思いながら。

「緋翠の匂いがします」

 マリスはいつも通りに彼を呼び、どこかなつかしい春の名残の桜のような彼の匂いを嗅いだ。

●枝と宿り木(樹)
 どうして、どうして。木の葉が風に揺らしてさんざめくように音色を奏でる。
 村井・樹(Iのために・f07125)は他の猟兵が女の涙を『あざとい』と思ったように、どこか異様なものを感じ取った。それこそまるで大樹が枝を枯らしているのに宿り木だけが丸く茂っているような。

(アレは大木を蹂躙する宿り木ってところか? だが俺達はさっき姫様の声を聞いた。枯れてか細くなっちゃいるが、『カエリタイ』ってな。あいつはまだ死んじゃいない)

 村井を構成する一人である《俺》は、呪いに犯されてもなお消えぬ残留思念を確かに聞いた。還りたい、還りたいと叫びからは、もうこんなことしたくないという反発さえも。

(おい【紳士】、お前も気づいているだろ? 姫様の方はお前がリードしな。邪神はともかく、姫様はこれ以上誰かが死ぬのを見たくないんだと。姫が少しでも元気になりゃ、こっちの手間も省けるだろ)
(言うまでもありません。元よりそのつもりです)

 《私》は心の中で《俺》に頷き返す。
 これは彼らの頭の中で繰り広げられた劇場。でもだからこそ《私》は《俺》が作戦を表に出しつつ姫を気遣っているのを感じ取っていた。

「今涙を流し嘆いている貴方の中に、還りたいと叫ぶ貴女がいるのを感じます。帰る道は《私》達が切り拓いて見せましょう。だからどうか貴女も戦ってはくれませんか?」
「ああ、どうして私の言葉に耳を傾けてはいただけないのでしょう? 私はただ理解して欲しいだけなのに」

 紳士たる私が言い募ると、女は予想通り涙を流す。説得や話し合いが通じる相手ではない。だが揺さぶらねば解決には繋がらない。

(おい、もっと畳みかけろ)

 《私》が女の中にいる姫に呼びかけ、《俺》が存在感を示して己へと惹き付ける。彼が多重人格者だと知らぬ者から見れば、彼が戦いながら女を挑発しているようにしか見えなかっただろう。
 だがそれこそが彼らの策。ユーベルコード【修羅双樹】によりいつしか二人は分離していた。正確には身体を《俺》に明け渡し、《俺》が《私》を少し離れた場所に召喚。村井・樹は今、二つの身体に一人ずついた。

「還りたいのに肉体が邪魔になるのなら、その肉体を私達が滅ぼします。その為に力を貸して欲しいのです。自分に繋ぎ止めたいという気持ちと、還りたいと願うことは相反するものです。願ってください、強く! 還りたいと!」

 《俺》が立てて衝撃波を受け止める最中、背後から《私》が語りかける。《俺》は《私》の邪魔をされぬよう行動で挑発し、UDCのメメ君と絡繰り人形のメメ君を巧みに操り、どちらが本物か惑わすと時にはフェイントを仕掛け、時間を稼ぐ。

「さあ、勇気を出してください。貴女の本当の望みを!」
「私は……還リタイ……」

 しつこく追いかけてくる攻撃の手が緩み、眩い光が鈍る。今だと、《俺》はすかさずカウンターに出ると引き金を引いた。
 催眠弾は女の肉体を眠らせ、肉体に縛られた姫の心を浮かび上がらせる。
「さあ、行って下さい。でも貴女はそうじゃない」
 《私》が促すと姫の魂が誰かが作った天の川のような道を行く。

(あそこに《僕》もいるのでしょうか)

 二人の樹は月を見上げ、一人に戻ると欠けた《僕》の行方を思った。

●僕を月で待っていて(ファン)
「僕個人の答えを述べるならば、それが決してあり得ないからですよ」
 それが女の問い──何故思い描いた通りの結末を否定するのか──に対するファン・ダッシュウッド(狂獣飢餓・f19692)の答えだった。

 アリス、アリス、元の世界に帰らないアリス。
 アリス、アリス、何度刺しても死なないアリス
 僕が愛し、僕と愛し合える、僕だけのアリス。

 だけどそれは己の願望に過ぎず、そんなアリスなどこの世に存在しない。
 何故ならアリスは帰るべき場所があるものだから。
 何故ならアリスは死んだら天国に行くものだから。
 ファンの前に現れることがあっても、留まり続けることはない。

 穏やかに微笑む彼の傍らに寄り添う漆黒の仔竜。それはファンが危険因子として幽閉されていたときから側にいたもの。仔竜は彼がアリスを強く求める度、全てを貫く槍となる。今また仔竜は黄金の玉石が嵌まった槍となり、彼の手の内にあった。

 ああ、そうか。
 ファンは愛しげに目の前の女を見つめて、元より優しげな眼差しをたわめる。彼女はアリスと同じ。帰るべき場所があるもの。

「還りたいですか?」
 ファンは槍を構えると月光を集めて我が身を武装する女の中の《アリス》に問いかけた。
『──還リタイ』
 女の口唇が幽かに震え、そう呟くのを垂れた長い兎の耳が拾う。
「貴女も還ることを望むのならば、兎の一匹として送り届けて差し上げましょう」

 それが月にも住むという兎の使命だと、ファンはクロと名付けた槍を振るった。鋭い穂先が生み出す軌跡が月光を裂く。

 この月の姫君の中に《アリス》たる本当の彼女がいるのなら、纏った月の光を打ち消すことで呪縛を払えるのではないか。だから出来るだけ多く、出来るだけ広く。
 月の光は刃にも似て、弾け消える光の粉さえも鋭く肌を掠めそうになる。槍を旋回して弾き飛ばすけれど、それはただの目眩まし。殺意を秘めて刃物を投擲するが、隠し投げた刃は月に照らされ露わとなり、弾かれた。

「ああ、素敵だ。貴女とこうして殺し合えるなんて」

 ファンの口唇から恍惚が漏れた。このアリスは手強い。だがそれがいい。
 銀光の姫君との戦いに決着を付けるべく、モノクロームの兎は呪文を詠唱する。

「はじめまして、月の姫君。貴女に永久の眠りを」

 ファンは『さようなら』とは言わなかった。月に還るのならきっと、兎が死んだら会いに行けるかもしれないから。

 だから待っていて。
 あの月で待っていて。

 心の中で呟き、漆黒の凶槍と貸したクロが力強く姫君の身体を貫いた。
 反射する月の光も何もかも黒く飲み込み、障壁諸共打ち砕く。その一撃に地上では叶わぬ想いを込めて。
 この世界でアリスが自分と供にいることが出来ぬなら、自分がアリスの待つ月に会いに行けばいい。

(さよならは約束の言葉なのかもしれませんね)

 ファンは仔竜に戻ったクロを肩に乗せると砕かれた床の上に立ち、月へと上る女を見る。ぼんやり考えたのはいつか月の兎となる日のことだった。

●月は縺れる銀の糸(カイ)
 どうして亡き人を今なお追い求めるのか不思議だった。元はサクラミラージュという世界で影朧を匿う人達への理解と好奇心……だから知ればそれで満足するはずだった。

 なのにどうして自分は、今こんなにも恋焦がれているのだろう。
 なのにどうして自分は、今こんなにも切なく悶えているのだろう。

 この身は人ならざる操り人形。人の形をした現し身のはずなのに。
 どうして心は芽生え。
 どうして愛を求め。
 どうして身体は誰かと繋がりたがり。
 どうして一つになろうとするのだろう。

 どうして、どうして、どうして──。

 その問いかけは月の女の口唇から漏れる音と呼応し、呪縛のようにヤドリガミたる桜雨・カイ(人形を操る人形・f05712)の心を操る。
 感情に芽生えた人形が初めて知った愛の深淵。それはひどく澱んで濁っているけれど、清らかで優しく、そして切なくも愛おしい何かで、己の感情を持て余し踊らされる様は、端からみればさぞ滑稽に映るだろう。彼女を助けるのが正しいと頭では分かっているのに。

『宿下がりを許せばこのまま姫は戻ってこなくなるかもしれぬ』

 カイの心に雪崩込んできたのは男の声だ。恐らくは呪本の持ち主であった、宮様。
 それは宮中で大勢に傅かれながら心を許せる相手もいない孤独な男。
 唯一身分は劣るが純真で欲のない姫君だけを溺愛し、依存した男。
 厚く遇することが幸福にすることだと信じ、里帰りさえも許さなかった男。

 エゴとは何かを知り、芽生えたエゴに翻弄されてカイは思い悩むけれど、敬愛する主を思い出したとき、闇の底にわずかに光か差した。

 主とその妻は時折喧嘩しながらも互いを思いやり、仲良く寄り添っていた。
 主とその妻は意に反したことをする我が子を、叱りながらも慈しんでいた。

 そこに光があった。
 それが愛だと思った。

 愛が幾つもの姿を持つものならば、主のように互いの幸福を願い合う、そんな愛がいい。

「そうですか……姫君を救うだけでなく、姫を愛した人をも救うことにもなるのですね。だったらなおのこと、姫君に表に出てきて貰わねば」

 絡まり、がんじがらめになった愛の糸を解きほぐせば。
 肉体の残り香のような呪縛から解き放たれれば。
 二人心を打ち明け、労り合い、供に満足たる幸福に居たる道もあったのではないか。

 カイは自分に向かう月光の波動を堪え、女に両の腕を伸ばす。今の自分に出来るのはこれだけ。だがそれは【援の腕】、腕の和に包んだものを柔らかな光で解き解す浄化の法であった。

 伸ばす指先が呪本に触れると、チクリと傷みを感じる。隙間から流れ混んで来るような負の感情を堪え、己の感情の奔流に惑いながら、カイは自分だけが気づいた男の残滓に呼びかける。

「愛する人を閉じ込めたり亡き者にしても自分だけのものにはなりません。それから人は泣くよりも笑っている方がいい。人を愛するとは暖かく幸せであること……人を愛するということは、そうであって欲しいと思うんです。貴方も、愛する人の笑顔が見たかったのではありませんか?」

 そう問いかけたとき、カイの腕から光が膨らみ、そして零れた。
 繭から銀糸が解けるように、姫を縛り付けた呪い、男の愛が解けた。

●月の心(シホ、馨子)
 永遠を求めていないと言えば嘘になる。
 紫丿宮・馨子(仄かにくゆる姫君・f00347)は一度瞼の帷を下ろすと、己の中に存在する願望、あるいは欲望と静かに対峙してそれを認めた。
 求めすぎてはいけないと己に言い聞かせるけれど、押し殺そうとすればするだけ慕う心は炎となり、燃やし尽かさなければ消すことなどできない。それは己が思っていた以上に強い想いであったようで、そうと知って驚く自分が此処にいる。

 だけど、それでも。
 だから、それゆえに。
 馨子は己の中に潜む愛の業火を認めた上で、こう女に宣言する。

「永遠とは一等儚きもの。けれど誰しも一度は心惹かれるもの。わたくしとて永遠を望まない訳ではありません。けれども貴女の唱える幸福や永遠では誰も幸せにはなれませぬ」

 馨子は己の心の在りようを認め、己の進むべき道を見定めた。
 愛して欲しいから彼を閉じ込め自分だけのものにするのではなく、愛していたいから彼の隣に並び立てる自分になるのだと。
 それは険しき道での相手に振り向いて貰えるとは限らない。だが振り向いて貰えずとも、隣に立つことを許され、同じ方を向いて行けたらそれでいい。少なくとも愛する人に何かして貰おう、変えさせようとは思わない。

「わたくしの望む幸せは、わたくしだけではなく、恋しい人をも幸せにして、誰からも祝福されるもので御座います」

 彼もまた幸福だと思ってくれること。
 周りの人達からも祝って貰えること。
 そうでなければきっとこの道はいずれ先細り、行き詰まってしまうだろう。

「今の貴女は歪んだ愛によって地上に縛り付けられた存在。歪んだ愛を唱えるのも納得というもの。だけど貴女とて本当は分かっているのでしょう? 」

 馨子は嘆いて見せる女に問いかける。女の中に眠る、いにしえの姫君に。

「分かっている……でもそれに抗えるかは別の話ですよね。貴女もまた宮様という人を愛していて、抗って深く傷つけてしまうことを怖れたのではありませんか?」

 馨子の問いかけに続けたのは、シホ・エーデルワイス(捧げるもの・f03442)だった。
 シホの言葉は一見する馨子の問いを否定するようにも聞こえる。だがそれはシホだからこそ言えることだ。

 シホはかつての依頼で夫の暴力に耐える夫人の説得に失敗したことがある。状況こそ違えども宮様が姫君に向ける愛はそれとよく似て、シホは暴力から救い出そうと夫人に説得を試みた。だが出来なかった。
 シホは思い至らなかったのだ。夫人もまた夫を愛していること。夫の暴力に怯えながらも夫の愛を求めていることを。それは共依存と呼ぶものなのだろう。

(あの時の私は問題を解決することばかり考えて夫人の気持ちに寄り添えなかった……。今もきっとそう。還りたいと願う気持ちがあっても逃げだそうとしなかったのは、姫君自身が宮様を愛していたからではないでしょうか……)

 姫君は還りたいと嘆きながら、宮様を嫌ってはいない。呪いから解放されたいとは言っていないのがその証拠のように思われた。

(姫君に私が宮様の理不尽な愛を拒んでと言ってもきっと出来ないと思います。でも馨子さんなら、あるいは……)

 だから手助けするのだと、シホは覚悟の眼差しを女へと向けた。

「そう……私はただ還りたいと願っただけ」
 女は答えると同時にその身を眩い銀の光で包み込んだ。それは心の奥底の柔らかい部分を撫で、郷愁を掻き立てる。
 馨子はかつて女御の部屋に置かれていた頃を思い出し、シホはいなくなった自分と同じ者達のことを思い出した。懐かしい、もう戻れないあの頃の風景。それはどんなに手を伸ばしても届かないはずなのに、もしかしたらと思わせてしまう。
 それが敵のユーベルコードであり、懐かしいと思えば思うだけ精神も肉体も囚われてしまう。そしてダメージの蓄積が前へ進むこと、生きて未来へ進むことを引き留めてしまうのだろう。

「貴女は先程何故望んだ愛を拒むのかと聞きましたが、それはその愛が大切な人も皆も苦しめるからです」

 シホは馨子の前に進み出ると、己の狂気への耐性をもって馨子の心を守る壁となる。例え我が身、我が心が壊されようと、馨子が無事ならそれでいいと。
 シホもまた己の道を見定めた者。続く感情攻撃の波を第六感とわずかな衣擦れの音を聞き取ることで見切ると、聖なる拳銃が放つ音響誘導弾で女が纏う月光を掻き消した。

(ありがとうシホさん)

 馨子は郷愁を振り切るとシホに合図を送って攻撃に転じる。
 愛に囚われた女を正しく導くこと。それが自分の償い。そして役目だから。

「思い出しましょう、貴女の本当の望みを。疾く現れよ、香炎纏いし朱の鳥!」

 馨子は星獣たる朱雀を召喚すると、その炎と共に姫へと迫った。
 月属性の持つ負の波動が馨子へと襲い掛かる。それは精神を蝕み肉体をも浸食するはずのもの。だが馨子の心は何者にも犯されはしない。

(馨子さんは傷つけさせません。だから成し遂げてください)

 そう、シホは馨子が受けるべき苦痛の全てを我が身に引き受けていた。シホのユーベルコード、【犠聖】の成せる術だ。そして召喚した朱雀の生命力が馨子の戦闘力を引き上げている。彼女に纏わり付く光が綻んでいるのを見つけると、馨子は懐剣を振るってそれを断ち切った。
 月光が糸となり、一つ、また一つと切れては解れ、月の眩い光に隠された女の本当の姿が現れる。
 女は今にも泣きそうだった。愛にがんじがらめにされ、途方に暮れていた。

「さあ、迎えにきましたよ。わたくしが導きます。還りましょう、今度こそ。月へ」

 馨子は梅花筆を執り、空中に月と牛車を描く。

「ああ、ああ……月が……!」

 女の目から涙が零れたとき、朱雀の炎は女の身を焼き尽くし.魂だけとなった女の魂は天へ続く星の道へと踏み出した。

●月ノ裏側
 いつしか流星は二つとなり、三つとなり、幾筋も作られた道は階となって月へと続いていた。幻惑により分断された戦場が元に戻ると、側には他の猟兵達がいて、廃墟となっていた旅館の崩れた天井からは夜空が見えている。

「何描いてんの? ん、お内裏様?」
 リタがライトタブペンを取り出した今鶴羽を窺うと、彼は馨子が描いた絵に何やら描き足していた。それは雛人形のお内裏様そっくりだった。
「お二人を見ていたら、こうするのがいい、気が?」
 コテンと音を立てるように小首を傾げる今鶴羽が視線を向けたのは、宵とザッフィーロ。
「僕達ですか?」
「はい、一人で、じゃなくて二人で。同じ道を歩むのがいいのかな、と」
 宵が今鶴羽に言われて隣を見れば、ザッフィーロと目が合った。姫が姿を現して以来一度も互いを見つめていなかった二人が、今しばらくぶりに視線を合わせた。
「そうだな。それがよかろう。離れないよう手も繋いでやればいい」
 俺達のように──とザッフィーロの口唇が声には出さずに紡ぐのを見ると、宵は眼差しを眇めて繋ぐ手に力を込めた。

 向き合わずとも繋ぐ手が心を結び付けている。
 だけどそれは一方的に繋ぎ止めるものではなくて。挫けそうになるのを励まし、惑いそうになるのを導き、いつでも心は寄り添っていることを示すための愛だ。

「ありがとう存じます。皆様のおかげで、呪本に囚われた姫君も、愛の深みから抜け出せずにいた宮様も、これで救われたことでしょう。それからこの子達も」

 馨子の手には、自分と違う作者による青磁の香炉と、ただの写本となった『竹取異聞』があった。
 馨子が「この子」と呼んだこれらの物は、長らく呪詛の道具として使われてきた。だがこれらもまた悪しき呪から解き放たれ、これから人の手で大切にされればいずれヤドリガミになることもあるかもしれない。ヤドリガミである馨子にはそれが嬉しかった。

「シホさん、貴女が姫の気持ちに寄り添わなければこの解決はありませんでした」
「同じ過ちをおかさずに済んで良かったと思います。でも私だけの力ではないと思います。皆様の力です。カイさんも、ですよ」

 シホは確かに姫君の心を正しく理解し、解決への大きな糸口となったことは間違いない。かつて苦い思いをしたことが経験として今回に活かせた。今度は救えた……そのことはシホに安堵と自信をもたらし、心の中に残された澱が少しだけ熔けた気がした。
 だが同時に彼女だけの活躍でこの結果じゃない。それこそリタと今鶴羽をはじめとする他の猟兵達がこの恋愛劇の問題点を指摘し、幾つもの道筋の中からバッドエンドに至るルートを排除していなければ、この結末はなかった。

「ボクもそう思うな。ハッピーエンドは幾つものパターンがあるけれど、トゥルーエンドはいわば隠しルートだからね」
 それが乙女ゲームの真骨頂だと言われればカイが気恥ずかしそうに微笑む。
「私のおかげ……と言われると、何とも面映ゆいですね。実は意図した訳じゃないんです」
 実のところ全くその通りだ。カイは別に意図して宮様の心を引き出そうとした訳では無く、それは偶然の産物なのである。
「私は男の人の側から見て、何が最良だったのかという解法を与えたんじゃないかと思いました」
 それは女で年若いシホには出来ないこと。シホに言われてカイはあの時何を考えていたかを思い出す。

 カイは戦いの中で己の主人だった男と、その家族の姿を思い浮かべていた。それが理想の夫婦、理想の家庭として。
 宮様という男とて愛した姫との間に愛を育み、暖かな家庭を築くことを願わなかった訳ではなかろう。だが姫の心が離れていくのではないか、周囲に引き裂かれるのではないかと疑心暗鬼になるあまり道を見失った。カイが思い浮かべた理想の像が、きっと宮様にそれを思い出させたのだろう。

「一緒に送れたならいいじゃないか」
 シホがどう言おうと自分は何もしていませんと謙遜しまくるカイに、華乃音が素っ気なく言った。一仕事終えた後なのに涼しい顔をしているのは、死者を送る蝶の常。
 しかし彼の中に変化が全くないのかと言えば嘘になる。俺には還る場所なんてない、と口では言いながら、心では還る場所を求めていることを暴かれた。惑わされ、言わされたのだとしても。
 そう、彼は多くの蝶を見送りながら、自分もまた還る場所を無意識に探している。それをマリスに求めたのは、たまたま彼女がそこにいたからか、それとも──

「祈りましょう、緋翠。姫と宮様が月の世界で幸せになれますように」
 星の巫女たるマリスは手を組み合わせ、言葉通り月へと旅立つ二つの魂の幸福と安寧を祈る。そして心密かにこう付け足した。

(華乃音が還る場所を得られますように)

 マリスは彼の名を知った。真の望みを知った。還る場所がないのは自分も同じだけど、その事を苦に思ったことはない。
 回帰願望の有無はきっと流転する魂を持って生まれた者と、後から魂が芽生えた「物」との違いだろう。還る場所を望む彼にどうしてあげればいいのだろう……気づけば祈るのではなく、考え始めている自分にマリスは気が付いた。

 そんなマリスと華乃音から少し離れた場所で、ファンは一人月を見上げていた。
 華乃音と同様に送るだとか還るだとかを意識しながらファンが華乃音とは違うのは、自分もいずれ必ずそこへ行くという確信があることだ。
 帰って行ったアリス。死んでいったアリス。彼女達と同じように自分もいつか月へ行く。今は姿が見えないだけ、彼女達は見えない月の裏側にいて、自分を待っていてくれる。
 地上にある限り数多の中で孤独な兎は、女の姿が消えてもずっと月を見上げていた。

「随分食い入るように見つめているね。君も月に恋い焦がれているのかい?」
「そうかもしれません」

 ファンに尋ねた巴もまた月を眩しく見上げるが、巴は月へ行きたいとは思っていない。
 手を伸ばせば届きそうなのに実際には届かない。こんなにも眩しいのに実際は光を浴びているだけ。目に見える姿は表側で裏には別の顔がある。それが月。
 だけどその心を許しきらない距離感が巴は好きだ。そして巴もまた誰かにとっての月であり続ける。映像であれ画像であれ、例え巴が自分を仰ぎ見る誰かのことを顔も名前も知らなくても。

「しかし……ぶっちゃけ保琳とか言うのが絡まなかったら、こんなにはなっていなかったと思います」
 それぞれの想いで月を見上げている頃、《私》である樹が呟いた。
 最初に疑惑感じたのは《俺》だった。目に見えるものを疑ってみるのは《俺》の役目。《俺》はみんなが大団円だと感じている中、問題の大元が全く解決していないことに警鐘を発した。そのことは《私》も重々感じている。
 姫君。宮様。香炉。写本。そしてそれらによって死んだ人達。
 それらは宝琳というたった1人のために悪の手先となり、不幸に陥り、命を失った。

「リタさんの言葉を借りれば、トゥービーコンティニューでしょう。終わっていない、でも今は追うことが出来ません」
 いつもは温和な《私》が悔しさをわずかに滲ませる。
「後のことはお任せください。必ず……必ずいつかわたくしが」
 馨子は決意を込めると、今鶴羽に促され写本に書かれた『保琳』の二文字を塗り潰し、写本から呪いを祓う。

「どうか月で宮様とお幸せに」

 そして最後に馨子もまた月を見上げる。宵とザッフィーロがそうであるように、いつか自分も慕うあの方と共に歩むのだと、流星が消えてもずっと、今は道が見えなくなってもずっと見つめ続けていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2020年03月01日
宿敵 『写本『かぐや墜つ』帰れなかったかぐや姫』 を撃破!


タグの編集

 現在は作者のみ編集可能です。
 🔒公式タグは編集できません。

🔒
#UDCアース


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種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠紫丿宮・馨子です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


挿絵イラスト