19
サヰコロジカル・チルディッシュ

#サクラミラージュ




「おかあさん。」
 その子供は、気狂いであるといわれていた。
 子供にとっては、そんな基準などよくわからないものである。この『サクラミラージュ』という世界で、狂っているといわれるくらいなのだから――本当に、そうなのかもしれないが。
 目の前にいる黒く澱んだ悲哀のそれにもたれかかり、母親がこんな姿に変貌してしまったのだと信じて話しかけている。
 狭い部屋の中はすっかり散らかっていて、ああまた友達が来る前には綺麗にしておかないと叱られそうだな、と長くなった黒髪と鈍く澱んだ黒い瞳が面倒くさそうにした。
「おかあさん。」
 黒は、応えない。
 ただ、「子供」の嘆きのような想いを体に得て暴れ狂うことだけを繰り返していた。
 「子供」に応えてやれるだけの知能が、今はなかった。確かに「誰か」の意識はあるのに、心の中にノイズが入り混じりすぎてもはや、誰の想いかなんて言うのは分からない。それでも、「子供」のために。子供のためであれば。もう――「誰」の子供かなんていうのはわからないけれど。
 今日も、桜の舞う世界で悪しき竜となった想いは破壊を繰り返す。己の存在がわからないのを嘆くように、「子供」を否定する世界に抵抗するように――。



「お集まりいただき、ありがとうございます。ミステリはお好きですか?」
 それでは、作戦会議といたしましょう。――と、だいぶ慣れては来たものの、やはり仲間たちを集めて円陣としたヘンリエッタ・モリアーティ(Uroboros・f07026)である。
 新しく発見された世界、「サクラミラージュ」に関心のある猟兵たちに参考資料として――己らの「特殊」なタブレット端末から3D映像を呼び出すことで、効率的に皆に説明しようとしていた。
「影朧――、彼らが不安定なオブリビオンであることをご存知ですね?」
 集まった一人一人に軽く目を合わせながら、ホログラムの映像はまず最初に、黒く澱んだそれを呼び出している。
 『影竜』、と名称づけられた存在だ。不安定な存在たちが凝集し、この竜のようなかたちをとっている。「これが、今回の『救済』してほしい対象です。」とヘンリエッタがやや強調して皆の反応をうかがっていた。
 サクラミラージュは、特殊な世界である。
 この世界では世界を亡ぼす種である「オブリビオン」に相当する「影朧」との対話が可能であり、倒した際にも「桜の精」なる存在が「癒やし」てやれば、いずれ転生でき未来へと貢献できる仕組みになっていた。
 ――しかし、戦うよりも、『護る』。つまり、説得や救済というものは中々に難しい。
 共感や肯定などを不得手とする猟兵も多いやもしれないが、「これを機にそういったことを知ってみてもいいかもしれませんね」だなんて「共感者」であるこの黒の悪徳教授は微笑んで見せるのであった。
「これを匿っている少女がいます。」
 匿うことで。
 何が起きるかといえば、会話ができて心が在って、たとえ存在に嘆くことができたとしても――影朧たちは其処にあるだけでたちまちに周囲の心に悪しきを働きかけてしまう。よって、「世界の崩壊」にどうしてもつながってしまうのだ。

「殺された『母親』に似ている、と言い張っているようでした。」

 私の予知では、と銀の瞳を少し好奇心で煌めかせながら、細身の女は笑う。――かの少女を説得することで、おそらく影朧を隠している場所もわかるのだろう。

「ただ、この『母親』が本当に『母親』かどうかはわかりません。そのあたりも推理していただきたくって。」
 なぜ、母親は殺されたのか?どうやって殺されたのか、どうして彼女がそれに依存してしまっているのか。そこを考えてやらねばきっと少女を見つけたところで、猟兵たちへ円満に『母親』を明け渡せないのだ。
「どうやら、兄さんの予知との――ああ、失礼。ニルズヘッグ・モリアーティとの予知と同じ時間軸のようですが詳しい関連は不明ですね。」
 ご興味のある方は、ぜひ。と掌を上にして右手を対角線上にいるであろう竜の男、ニルズヘッグ・ニヴルヘイム(竜吼・f01811)へ向ける。知っていても知らなくても、この案件には有利も不利もなさそうであるが楽しみたいのなら見てみてもいいやもしれない。

 『影竜』を作り出していたホロの形が――町の形へときりかわっていく。たちまち再構築されたのは、一軒の大きめな食堂だろう。
 猟兵たちが飛ばされるのはまず、鍋がうまいと評判の店なのだ。そろそろ涼しくもなってきて、鍋がはやりだしていく。
「食事中、って生き物はたいてい気が緩むんですよ。警戒が溶けるといってもいい。きっと話も聞きやすいのではないかと。」
 「サアビスチケット」なるものがあるために、猟兵たちは鍋を嗜むための金品は必要ないのだ。
 鍋を愉しみながら推理をし合うもよし、集めてきた情報を交換し合うもよし。そこに居る誰かから「容疑者」を突き詰めて、影朧のことを聞き出してやるのも悪くない。
「皆さんならではの方法があると思いますから。」
 ――そこは自由にやっていただければ。
 薄く笑んだ困り眉には、猟兵たちへの期待が在る。
 未来を切り開いてきた彼らだ、たとえ――ほとんど手掛かりのない状態であったとしても、己らの力で切り開いてしまえるのだろう。
 そういえば、他の黒華はヒントを出していたから、自分も何か手助けになるようなことは言えないだろうかと悪徳教授が考えるそぶりをして。

「『親子関係』って、呪いのようですよね。」

 ――余計に悩ませたらどうしよう、といってからちょっと焦っていた。
 気にしないでください、と両手を振ってから紅い蜘蛛の巣をしたグリモアを広げていく。未来の使途たちを転送するために、――招くように。

「人間ほど謎が多い生き物もいませんよね。――さあ、いってらっしゃい、猟兵(Jaeger)!」

 ご武運を、なんて言って見せる声を耳にしたのなら、きっと猟兵たちはめくるめく桜色の夜に足を踏み入れる。
 さあ、いざ人間が織りなす摩訶不思議のこころの在り処を頼りに、かの悲劇の存在を救い出せ――!


さもえど
 十二度目まして、さもえどと申します。
 動物ものに大変弱いです。

 こちらのシナリオは、しばざめMSのシナリオ『』とやんわり連動しています。
 依頼そのものの時系列においては別となりますので、同時参加も大歓迎です。

 まずは鍋を楽しみつつ、殺された母親の事件について調べていただければと存じます。お店の中にいる人がいろいろと知っているかもしれませんね。
 プレイングは10/4(金)8:31~の受け付けとさせていただきます。お目に留まりましたら、どうぞよろしくお願い致します!
219




第1章 日常 『お鍋を食べよう』

POW   :    牛鍋を食べよう

SPD   :    桜鍋を食べよう

WIZ   :    ラッコ鍋を食べよう

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​



 あたたかな食欲の香りが、きっと猟兵たちの鼻腔をくすぐるだろう。
 鍋屋『なべ吉』と大げさな筆文字で書かれた看板が、まるで店のしめ縄のように飾られている店が在った。
 商売繁盛、満員御礼――には少し足りないが、猟兵たちが訪れることでそれには届くか、店員たちは『超弩級戦力』の存在たちにきゃあきゃあと大賑わいであろう。

「本日はどのような事件の調査で? 」
「あっしら知ってるこたァなんでも提供しますぜ! 」
「おうい!――鍋だ、ボサっとしてんじゃァないよ!はやくもてなしな! 」

 わいわいがやがやとにぎわう店内は、猟兵たちの訪れによって余計に活気づいていく。
 『サアビスチケット』を支給された猟兵たちは、この店内では無制限で無料に食べ放題だ。
「聞いたかァ。あっちの家が壊されてた話。」徳利を傾ける中年の男は眉間にしわを寄せて、隣の仕事仲間で在ろう同じような背格好の男に問う。
「おうよ、可哀想なこった。まアだ死んでねェだけマシだったんじゃねえか。」話をふられた男は、酒も入ってかやや大げさに頷いて――それでいて悲劇的にことを語った。
「あれってやっぱり、影朧の仕業なのかしら。」困ったような顔をする貴婦人は、顔立ちこそいいものの箸の持ち方は不器用だ。
「やあねェ、『あの子』が噛んでるんじゃないでしょォねぇ 」箸をきれいに持てるほうの貴婦人は、やや顔の出来がよろしくないらしい。
「ヤダ。やっぱりそう思う?『黒沢』サンとこのお嬢ちゃん、すっかり見なくなったもの―― 」噂話が好きらしい貴婦人は、二人の貴婦人に具材をよそってやっていた。

 食器同士の触れ合う音と、騒ぎながらも陰のある日常がそこにある。

 君たちの好きな味や具材をつつきながら、店員たちと推理をしてもいいし、話を聞いてもいいだろう。幸い、店内はとても協力的な人間であふれていた。
 さあ、手口は自由に、発想は柔軟に。かの殺人事件の真相を暴き、「影朧」を匿う少女の存在を示せ。
 そうすればきっと、食べる鍋ももっと美味しくなることだろうから――。
吉野・嘉月
サアビスチケットで鍋が食べられなんて猟兵様様だな。せっかくだし牛鍋でも食べて腹ごしらえでもするかー。

他の猟兵と会ったら情報共有とか意見交換なんかもしておきたいね。
猟奇探偵なんていっても大した推理力なんて持っちゃいいないんでね使えるコネは使っておかないとな。

血縁だけで『親子』を語ることはできないが。絆やら縁っての時々鎖になっちまうからな。
絡みついて雁字搦めになって傷付いて。そんな親子関係も確かにある。
それに血縁だけが親子関係ではないしな…だからどのような形でも仮初めでもそれらは親子なんだろうさ。

あぁ、これはただの俺の意見だよ。
今回の親子は特別厄介そうだ…。

アドリブ連携歓迎。


鎧坂・灯理
鍋は要らない。店には入らない
悪意と騒音が多い場所は苦手なんだ
とは言え情報は必要か

BPハックでは範囲が足りん
店の屋根に登り【ココロ図書館】を店内一帯に展開する
人と通路に重なるよう壁を作れば、記憶が読めるだろう
余計な情報は要らない
黒沢家、最近出た死者、破壊された家の場所、ここいらの地理
これらに関する事柄さえ浚えれば推理は出来る

「母」は必ず子の元へ帰る、被害ポイントを見れば現在地が絞れる
恐らく「母」によって死者が出ている
被害者の共通点は?
黒沢家の母娘の素性、素行、母の死について
一人では宛てにならん 複数の視点が要る

情報と準備は戦の基礎
そして護るも戦の内だ
私は勝つ、必ずな


加里生・煙

仕事のついでに旨い肉が食えるとは聞いたが……いや、なんだ。こういう歓迎はどうも 初めてで戸惑うな……

◼️調査
新しい仕事。と なると、どこかしらに血の臭いでもすると思ったが、今日はそうでもないらしい……少なくとも、今は。
賑やかなのはいいけれど、歓迎されるのはどうも苦手だ。俺はそんな いいもんじゃぁない。

黒沢に、あの子 ね。気になるワードだが。憶測を含んだ話を聞くのは、なんだかあの子に悪い気がしてくるな。
あの子のことをきちんと"知っている"人は、ここにいるだろうか。
いつもこういう時はアジュアに任せるんだが……まだ、血の臭いがしないのはきっと 幸い なのだろうし。
たまには、俺自身でやってみるさ。


ジャハル・アルムリフ

紛い物の母親
…親子、呪い…

…鍋…

つい目前のそれに視線を注ぐ
肉ならば、やはり牛
素朴かつ深い味わいに舌鼓

言葉交わす術は不得手と言えて
師より受けた手ほどき
果たして上手くゆくだろうか
――追加の具材に悩む顔をして
隣客と同じものをと注文
…失礼、実に旨そうに見えた故

無事に乗ってくれれば
遠く離れた田舎町から出て来たばかりで
美味いものと面白い話に餓えていたのだ、と
世間知らずの箱入りと見せ

家屋が破壊されたと噂に聞いたが
ふむ…やっと見つけた宿を失っては困るな
悪さをしている子供が居るのなら
叱って正してやれぬものか

等と、あからさまに足らぬ知識と隙だらけの言葉で
情報知る者を誘ってみる

嗚呼、それは恐ろしい話だ





 どんちゃんと、祭り騒ぎとはいかずとも店内は騒がしい。
 ぞろぞろと猟兵たちが店の中に入っていく場面で在りながら、ひとり人知れず店の屋根に坐すものが居た。
 ――鎧坂・灯理(不死鳥・f14037)は、『電脳』猟奇探偵である。
 どこの誰が作った鍋に何が入っていても、ある程度の猟兵たちならば体内で解毒してしまうだろうが、人間である灯理はそうはいかない。よって、鍋を口にすることは無かった。
 立ち上る店内からの食欲をそそる匂いも、屋根に目立たぬように座る灯理には届かぬまま空へと消えていくのみである。
 食器の重なる音と、げらげらと笑いあう盛り上がった空気もたった一人で此処に乗り込んでいる今は「苦手」以外の何者でもないのだ。
 もとより、「臆病な気質」であるから――身を護るために傲慢であり続ける彼女である。わざわざ神経をすり減らしてまで情報を集める必要もあるまい。
 しかし。
「BPハックでは範囲が足りんな。」
 ふう、とため息一つを零して屋根から町を見ていた。この鍋屋は大きな「よりどころ」でもあるらしく、見るからにティーンも老人も仕事帰りの誰かもまんべんなく集めてしまうような大衆向けの場所に想わされる。
 しかし、その分ノイズも多い。灯理が普段使う『BPハック』をのせた花びらたちで一人一人を解析するには数も多いようであった。ならば、視点とやり方を変えるのみであろう。幸いにも内部には猟兵たちも多いし、「そういうこと」が得意なものが対話をするのなら、灯理だってこの場にふさわしいやり方をするまでのことだ。

「余計な情報は要らない。」

 明確な『意志』を乗せたまま、あたり一帯に展開される不可視の心術は【心術:ココロ図書館(マインドライブラリ)】!
 店の内部をスキャンするようにして、思念の波がすべてを包んだのならそのまま勢いづいて町全体を覆いつくす迷路となった!電子回路のように組まれた道順は、ゴールを灯理として此処に住まう皆の思念を情報とし伝達をはかってゆく。
 人と通路に重なるよう、あえて迷路の壁を作ったのは――記憶の取りこぼしを防ぐためである。一人一人の記憶が今やかの事件の痕跡だ。

「推理の時間だ。」

 安楽椅子なんていうのは、この女に相応しくない。
 常に動き、常に頭を使い、常に考える。事件は起こる前に解決する。なぜならば、事件は――恐ろしいものだからだ。
 調べるべき語句はまず、黒沢家、最近出た死者、破壊された家の場所、ここいらの地理。まるで図書館で目当ての本でもインターネットから探すような手軽さで、欲しいだけのワードを絞って抽出していく。灯理の脳に刻まれていく思念の数と、それから関連語句の数は夥しいものから徐々に減らしていた。
「一人では宛てにならんな。複数の視点が要る。」
 ――だからこそ、この場はうってつけだ。
 己の下にて、猟兵たちの談笑や舌鼓が聞こえだす。にやりと笑って見せた灯理には、確信が在ったのだ。


「猟兵様様だな。」

 ひらり、一枚のサアビスチケットを見せたのならば、彼らの前に置かれたのは豪勢な牛鍋である。
 ぐつぐつ、にらにらと煮えてみせ、おいしそうなにおいを漂わせるそれに――毒も何も入っていないように見られるし、なにせ吉野・嘉月(人間の猟奇探偵・f22939)は猟奇探偵専門でしか動かぬ探偵だ。それはもう、愛好している煙草も最近世知辛くも金額があがってばかりなものだから、生活がより厳しくなっていく彼にはこのような状況、願ったり叶ったり以外の何物でもなかった。
 久々の豪勢なご馳走に、嘉月はなんだか肩の力を抜かれたような気がして、よいしょと声を出しつつも胡坐をかいて座敷に座ってみる。
 長年いろいろな人間の尻を乗せてきたらしい座布団は少しくたびれてはいるものの、まだまだ現役だ。尻を落ち着けるにはむしろちょうどいいくらいの硬さで気にもならぬ。それでいて、相席する皆の顔も見ていたものだが――どうやら感じるところは皆同じらしかった。
「せっかくだし腹ごしらえでもするかーってね。」
「いやぁ……仕事のついでに旨い肉が食えるとは聞いたが……。」
 同じく、サアビスチケットを使ってご馳走を手に入れてしまったのは加里生・煙(だれそかれ・f18298)である。
「いや、なんだ。――こういう歓迎はどうも 初めてで戸惑うな……。」彼の言う通り、今まで彼が訪れてきた場所で、だいたい事件といえば血みどろなので在った。
 歓迎されていても、それは「脅威に対抗できる存在」としてのものであって、このように明るくもてなされるようなところでない。
 それに、「超弩級」なんて派手に持て囃されるものだから、猟兵である時間よりも常人であった人生のほうが長い煙にとっては何もかもがちょっと慣れない歓迎会のようであった。
 ――俺はそんな、いいもんじゃぁない。
 心の中で何かしらの罪悪感を抱いてしまいながらも、人間でしかない体は食欲に弱い。ぐう、と低く胃が唸るのが憎らしかった。
「まぁまぁ、難しい顔してないで食べてみたら?何事もまず腹ごしらえからってね。」
 年の近そうな嘉月と相席ができたのは――幸運であったと言える。煙はきっとあまりにも若すぎる手合いと一緒にいては気を使いすぎていただろうし、もしやこの鍋の味もわからなくなっていたかもしれない。彼のことなど名前と「探偵」であることしか知らないが、それでも当たらず触らずの距離でいる嘉月だってまた、気楽に彼とは話せていた。
 それから。

「紛い物の母親――……親子、呪い……鍋……。」

 煮えて汁の染みる具材を、座布団の上で正座をしながら食い入るように見つめる青年はほほえましい。「よそおうか?」と嘉月が言うのなら、きらきらとした夜空色の瞳を彼に向けて、「いいのか」ととりわけ皿をぎこちなく持っていったのはジャハル・アルムリフ(凶星・f00995)である。
 肉ならば、やはり牛。
 この店内をそろそろと歩いてみて、任務である「調査」を重ねながら此処にようやくたどり着いたジャハルには、この牛鍋は褒美ともいえた。
 よい色まで煮込まれたスープをまずすくって、それからバランスよく箸で白菜と人参、えのきとニラをそえてやる。ねぎはすっかり汁色に染まっていて柔らかくなっていた。豆腐ひとかけ、崩れぬように網目のある貴金属で嘉月がすくったのならば、ようやくお待ちかねの牛肉がてんこ盛りによそわれていく。ジャハルがある種、食べ物に喜ぶさまは無垢な少年なようにも見えて――やはり竜というのは、肉が好きなのだろうかと思わされる煙なのだった。

「で、何か分かった?」煙のぶんも同じようによそってやりながら、嘉月が問うてみる。
 ジャハルが皆のとりわけが終わるまで礼儀正しくも待ちきれないように待っているのを見て、わずかながらに気を和ませていた煙がはっとしていた。
「ああ――そうそう、まあ、一応。いろいろと。」
 今回は、煙の隣にアジュアがいない。
 この鍋がもし血色で出来ていて、浸っているのが牛でなくヒトの肉だったのならば、きっとかの狼が喜び勇んで出てきたのだ。煙の中の狂気を喰らい続ける狼は、今やふてくされたように全く出てこようともしない。たまには己で調べてみるのもいいだろう――なにせ、煙は元警察官である。このような事件のあらましを洗うのは、久しぶりかつ、少しやる気もあふれるものであった。
 ジャハルもまた、嘉月に頷いている。
 ――この星守の竜たる彼は、忠義以外を知らぬ。だからこそ、言葉を交わしてのらりくらりもできなければ、誰かを問い詰めるようなことは手も足も使わねばうまくいかなかった。
 それはよろしくないのだ、と師より受けた手ほどきが在り――ようやく今、それを活かすことも結果的にはできたのだ。頷くさまはどこか誇らしげで、この褒美を受け取るに値するといいたげな表情だった。
 嘉月がからりと笑って見せて、「じゃあ食べながら話そう。」と言うたのならば、各々が両手を合わせて「いただきます」を唱和する。

 数刻前に、さかのぼる。

 まず、ジャハルは――「何も知らない」ところを活かすことにしたのである。
 正直者で、真っすぐすぎる黒色の彼である。変に着飾ったほうが滑稽になってしまうやもしれぬ、それは師の恥になってしまうだろうと考えてのことだった。
「同じものを。」
 彼の隣で追加の具材に悩む、土建屋の男がいた。
 ジャハルのように整った顔立ちではないが、肌の黒さは同じくらいだろうか。短く角切りになった頭と、目つきの鋭い顔と、それから普段よく使っているのだろう筋肉のつまっていそうな体が特徴的であった。
 一見、無口そうにも見える。しかし、追加の具材に悩んでいた彼が選んだのが「でざーと」なるものらしいから、案外子供舌の可能性――精神年齢が幼い――もあった。
 現に、同じものをといったジャハルに目を丸くしていて。
「アンタァ、この辺じゃ視ねェ顔だな。」
 独特の訛りのある声は、低くはあるが酒にもたばこにも焼けてはいなかったのだ。己の話す言葉が通じたのを安堵するかのように、ジャハルは薄く笑む。
「失礼、実に旨そうに見えた故。――いかにも、遠く離れた片田舎から来た者よ。」
 此処には美味いものと、面白い話があると聞いて狭い田舎などから飛び出してきてしまった。だなんていう「設定」を最小限の言葉数で語って見せる彼だった。
 嘘のポイントは、「嘘だと思わない」ということと、「喋りすぎない」ということだ。
 後者はもとより会話を得意としないジャハルには染みついていたものだし、「嘘だと思わない」という点においては「別世界から来た」というのを自覚していれば「言い方」の問題である。何の違和感もないことを確信したのなら、あとは自信満々であることだけが重要であった。
 かの師が――間違えたことをジャハルに教えることもあるまい。すべての条件がそろったうえで、ジャハルは今、見事「箱入りらしく」振舞えていたのだった。

「ああ、どうりで。どっかの王子様かと思っちまったよ、俺ァ。」
 柚子シャーベット、というらしいそれを二人でカウンター席でつまみながら、土建屋の男は薄く笑む。
 言葉遣いは荒いようであるが、場の空気もあってか今はどうやら人と話す気ではいるらしい。「となると、アレかい。気になるのは最近の事件かい。」と銀食器を咥えながら言うてくれたものだから、然りと頷くジャハルである。
「家屋が破壊されたと噂に聞いたが、――やっと見つけた宿を失っては困る。悪さをする子供の仕業か? 」
 ならば、叱って正してやれぬものだろうか。なんてシャーベットの酸味と甘さを愉しみつつも、目的を忘れない黒が問うてみた。
 この男を選んだのは、彼が「土建屋」であることも大きいのだ。独特のズボンと、煤まみれの白いシャツには汗が染みて、木くずが肩に乗っている。案の定、「いいや。」だなんて首を振ってみる彼はきっと「修繕」だってしていたのだ。
「ありゃあ――そういう話じゃァねえとおもうなァ。」
 おかげで商売は繁盛なんだけどな、といってみる顔は、成果の割に深刻そうである。なぜかと問うてみれば「台風でも来たと思っちまったよ、あの壊れっぷりは。」と気の毒そうに土建屋はいうのだ。

 それはもう、大層な壊れぶりであったという。
 まるで大きな爪に掻かれたように、ごっそりと屋根は削られてしまっていて中にいた家族たちが生きていたのが奇跡であったくらいだ。
 たまたま今日、この土建屋の彼が修繕に行ったのは「無事」だった家族の家である。それでも大けがをしたりして、松葉づえをつく小さな女の子が哀れであった。
 何の恨みがあってそんなことを、神様はするのだろうか――なんて思いながら、今日もはやく「家」に帰れるように仕事に努めたのだという。

「しかも、結構金持ちの家ばっかりがかまいたちか嵐かで知らねえが、壊れてくンだ。俺らはいい、金がもらえるからよ。だけンど、どこもかしこも所帯持ちばっかりよ。小さい子が怪我したり、死んじまうのはかわいそうでならねェ。」
 ここの柚子シャーベットはうまいというのに、やはり今日も美味くは食べれないらしい。
 はあ、とため息をついて見せた無骨な男の顔に憂いが宿って、ジャハルも――困り眉を作ってみたのだった。

「嗚呼、それは恐ろしい話だ。」

 嘆く土建屋の彼が握る器には、溶け始めたシャーベットが黄色い溜まりを造り始めていた。

「――というのが、俺の調べた情報だった。」
 むしゃむしゃと肉をほおばりながら、数回目のおかわりを重ねてようやく語り切った彼である。
 なるほどね、と嘉月が言いつつもどこか愉し気なのは「本職」らしい。煙が神妙な顔で聞きつつも、豆腐を崩さぬように箸で器から拾っていた。
 ほぼ間違いなく、今回の「救済」対象であろうと皆の意見が一致する。
「俺の成果も聞いてくれるか。」
 といっても、大したものじゃないかもしれないが――と前置きをして、あつい豆腐に息を吹きかけて、ずるりと口に含んでから煙も情報を口にすることにした。

 黒沢、あの子、――憶測ばかりが飛び交う悪意の話は、どうにも得意でない。
 語る人によって印象は変わるものだからしょうがないが、煙にとってはどれもこれも、少々野暮ったくおもえていたのだった。
 なんだか、見知らぬ少女を余計に孤独にしてしまうようで悪い気がするのである。過去の残骸にすがって、母親を探し続けている少女の背中を煙は見たことがないのだけれど寂しいものなのだろうなと思わされていた。
 できることなら、――同じ視点で会話ができる相手がいたほうがよい。
 【影の追跡者の召喚】で、己の影に探させる。無数のノイズを聞き分けながら、一人の男が部屋の隅にて「何も知らねぇくせに」とつぶやいたのを拾った。
 これだけ人がいて、たった一人だけにしか理解者が居ないのは、どれだけ孤独であろうか。そう煙が想うころには、もうすでに体がその男の前にあったのである。どかりと座って、片目で彼を視ていた。
 煙が派手に座ったものだから、気の小さいらしい男は驚いて肩がはねる。ぼさぼさの頭が特徴的で、普段は文字をかいているらしい。右手にはペンダコがあって、ところどころ指には墨のあとがあった。
「あ、あんた――超弩級かい。」
「そうだとも。」
 ちょっと恥ずかしいけれど、と頭を掻きながら煙が言う。こういう時は、堂々としてやるに限るのだ。
 身なりがいいとはお世辞にも言えない書生の彼は、気が小さそうな男である。しかし、きっと努力に打ち込む生き物であるからプライドも高かろう。「黒沢について、教えてくれないか。俺には、彼女が孤独に思えてしょうがない。」と言葉を選んだ煙である。

 書生の彼が、「ああ、」とか「うう、」とか言うのをしばし待つ。揺らがぬ瞳に――しぶしぶと、語ろうとする口は歯並びが悪かった。

 書生の彼は、もとはといえば黒沢家に一時期己の文を渡していたのだという。
「ちょっと、文字が書けるんだ。だから、書類の代筆とか、広報とかやってて。あそこの家は、みぃんな人がよかったよ。金持ちなのに、やさしかった。」
 己を雇ってくれたときの感動は、長年の努力が認められたようで忘れられない。黒い瞳に滲んだ涙がきっと彼の隠した想いの数だろうと煙も続きを促した。
「お嬢さんは、とくに優しくて。俺のこと先生、先生、って慕ってくれたもんだ。気狂いなんかじゃない、気狂いなんかじゃ、ないよぉ。」
 深くため息ひとつ吐いたのならば、彼はぐしぐしと手拭きで顔を拭く。
 鍋を食う場所で酒を飲んで、つまみだけでやっている彼にきっと食欲は無いのだ。だけれど、さみしいからこの場所に来ている。
「そのお嬢さんは、なんて言うんだ?」
 せめて名前だけでも、教えてくれないか――と、煙が問うた。
 この書生の彼は、黒沢への想いが強すぎる。いっそ、病んでしまっているくらいには誰よりもかの事件について悩んでいるようだった。
 原稿への疲れか、それとも憂いからか。その顔にはクマが色濃い。煙に問われてようやく視線があった痩せた体は、骸骨のようでありながらちゃんと色を取り戻しつつあった。

「黒沢、蘭。蘭ちゃんだ。」
「わかった。仲間にも伝えとく。――しっかり喰えよ。」

 とんとん、と肩を二度確かに叩いてやってから、サアビスチケットを一枚使って彼に鍋を頼んでやった。
 書生の彼はすまないすまないと嘆いたけれど、煙は気にするなと背を撫でてやる。認めてくれた人を失うのは、家族を失うのと同等に――辛い。
 鼻水を垂らさないように、一生懸命食べる彼の顔から少しでも影が消えた気がして、煙はこの場にやってきたのである。

「没落、かね。」

 嘉月が顎を撫でながら、うむむと唸る。
 そうだろうな、と煙がしょんぼりするものだから、「君が落ち込んでどうするんだい。」と笑ってやる。
 ジャハルが「それが親子と何の関係があるのだろうか。」と素朴な疑問を投げかけたのなら、嘉月が「あぁ、これはただの俺の意見だよ。」と彼の小皿にまた具をとりわけてやろうとした。

「多分、母親は事故で死んだか殺されたかしたんじゃないかな。」

 家を狙う、ということは家族を狙う、ということでもある。とかの猟奇探偵は云うのだ。
「血縁だけで『親子』を語ることはできないが。絆やら縁っての時々鎖になっちまうからな。」
 絡みついて雁字搦めになって傷付いて。そんな親子関係も確かにある。
 だけれど、どんな親子だって――行きつく先は皆同じ感情だ。親は子供の神になってしまいたいし、子供は親こそ絶対の存在であると信じてならない。今回の『影竜』には様々な意識が混じっているものだけれど、それが全部「誰かの親」のものであるとするのなら、この孤独な黒沢蘭の衝動に応じて暴れてしまってもきっと不思議ではなかった。

「どのような形でも仮初めでもそれらは親子なんだろうさ。」

 牛と卵は他人だけどね、と笑って。牛の肉をよそってやりながら、ゆで卵はサイドメニューで頼んである。こういうの、汁にひたすとうまいんだよなんて教えてやればジャハルは新たな知識を得たように、目を輝かせるのだった。

「子のために暴れるのは、――子のためにならないけれどな。」

 だけれど、己の子供が気狂いなんて言われたら怒鳴り散らしたくなるのが親のさだめやもしれぬ。
 はたして、正しいのは世間か「親子」か――また大きな難題を掘り当ててしまった気がして、とりあえず煙は柚子胡椒を小皿に乗せながら、思考をかき消したのだった。

 そんな男三人の会話をもとに、情報を洗っていたのが灯理である。
 尤も、情報はどれもこれも「話半分」で聞いておくのがよいだろうと――検証に検証を重ねていたのだ。
「『母』ならば必ず子の元に帰るだろうな。」
 子供のために暴れているというのならばなおのこと、そうであろう。
 実際、土建屋の彼が勤めている場所を洗ってやれば数か所目星は付き始めていた。目撃情報がないあたりを見れば、すべて犯行は夜中に行われている。
 母親めいたかの影竜によって殺された、もしくは傷を負ったのは皆、裕福な家庭のものたち。
「――悲劇は悲劇を生む。」
 同じ目に合わせてやる、という意志を強く感じられた。
 かの母親の死も同時にたどっていた灯理にとって、その思念はまるで鈍器のようでもある。
 母娘は、絵にかいたような優しい家庭を作っていた。父親は起業家で成功をおさめ続けており、次は政界への進出だって考えていたようなくらい順風満帆であったという。
 しかし――あっけなく、黒沢家は没落してしまった。
 あまりにも善意の生き物でありすぎた彼らは、悪意の脅威に気づくことは無かったのだろう。金持ちは恨まれ、優しい人間は食い物にされ、夢は踏みにじられるのが「お決まりだ」。
 ――胸糞が悪い。舌打ちをする灯理の気持ちも、尤もである。
 
 母親は、惨殺される。

 正しくは、「母親のみ」が「運悪く」殺されてしまった。
 父娘がたまたま一緒に動物園へ出かけた白昼で、彼女は屋敷に押し入った誰かに殺されることとなる。狂気は大きな刃物で、死体はずたずたに裂かれて――怨恨か性癖かはわからないが、ひどい有様であった。
 血肉となった母親を見て、子供が狂うのなどは道理であろう。灯理とて、「半神」である片割れを失った時はそれはたいそう苦しんだものだった。

「しかも、捕まっていないのか。」

 おそらく、慣れた刺し傷から前科者であろうと思われていた。
 同じような手口で殺す手合いは、「猟奇探偵」なんてものがある世界では多すぎる。絞るにしては目撃情報も少なく、まして人の良すぎるくらいであった黒沢家が大打撃を受けたことのほうが人々の注目は集まっていたのだ。

 ――おそらく、もう犯人はこの世にいない。

 洗ってやるのが、可哀想なほどに痛感させられる灯理である。彼女の思念波はすっかり町を覆ったのだけれど、結局――同等の手口を繰り返す誰かはいなかった。
 私怨であれなんであれ、刺すのが好きな犯人は、きっと最期の獲物に「狙いやすい」彼らを選んだのであろう。どこにも、彼らの次に同じような手口で殺されるような案件は見当たらなかった。
「被害者を加害者に、か。考えたものだ。」
 子を残さずとも、植え付けるように。
 痛烈な現場は、きっと父親よりも子供に刺さった。――脳裏から離れないほど、強く。
 情報と準備は戦の基礎で、護るのも作戦の内である。今日はこれ以上、誰かを憐れな母娘が傷つけないように見張ってやるのもよかろう。
 容量が増えて使える情報の増した頭を少し撫でてやりながら、屋根の上で胡坐をかいて頬杖を突く灯理の紫には、きっと憂いと、意志があった。

   トメル
「私は勝つ、必ずな。」

 暗闇に、まだ影は潜めない――。 
 

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​

毒島・林檎
【WIZ】
え、マ、マジッスか!? ジーマーッスか!?
鍋が、タダで食える……!? こ、この世の桃源郷か……!?
じゃ、じゃあこのラッコ鍋を……ラッコ鍋って何だろう……まぁいいや、それも美味しそうなのでこれも絶対に美味しい、デス!

こ、こほん、まァ、タダ飯食らう以上は、アタシも一層頑張りまっせ。
お鍋をつつきながら、『あの子』についての話題にさりげなーく持っていくッスよ。
そ、そういう話題になったときなら、なおさらそこに食らいつきたいッスねぇ。
アタシは【毒使い】。そういう【陰鬱】とした話題には、色々と敏感デスし、詳しいッスよ。
……見た感じ、お箸を綺麗に持ててる、あのご婦人サンとお話するのが良さそうッスね。


叢雲・源次
【義煉】

普段の俺の姿でも違和感は無いのではないだろうか…しかしそこまで言うのなら仕方あるまい、付き合おう

俺の知る竜というのは…竜王、竜宮の神、竜宮様…祀られる神のような存在だ
神…邪神の概念はこの際捨て置くとし…神と言うのはヒトを監視、あるいは守護する存在とも言える…神といえば鬼子母神という概念があるが…殺された母親はもしや子を守ろうとして殺されたのでは…と思う
そしてそれは今でも続行されている…

ところで、(ラッコ鍋)そろそろ煮えたようだが…妙に思考がぐらつく
クロウ、いつにも増して偉丈夫に見えるな…なんだ、これは
義体が熱い、この衝動は一体…


「なるほど、そうか。」
何故か腕相撲をした
やたら盛り上がった


杜鬼・クロウ
【義煉】◎
服装はモダンボーイ風

…護る難しさはよく知ってる

テメェも着るンだよ!形から入れ!
オイ源次、シメは後だ
まずはネタ集めすっぞ

事前に夜雀召喚
少女の場所把握
異変後すぐ知らせる様に伝達

源次と鍋屋で情報通な輩見つけ話聞く(情報収集・聞き耳
鍋は食べずグラス持って近づく

母親はそもそも少女の本当の母か?根拠となる資料は(煙草吸う
周りから見た母親の評判、名前、死亡時の状況(自殺?他殺?)が知りてェ(鍋の具追加
母親が死んだ時、少女はどこにいた?
少女が依存する何かを持ってるとか
親子の絆が呪い…同感だな(己の弟思い出し

さて俺も鍋食うか
うっ何だこの鍋…眩暈がする、暑…(ムワッ!脱ぎっ
源次ィ
腕相撲しようぜ(ギャキィ


ヴィリヤ・カヤラ

説得って苦手なんだけど頑張ってみようかな、
子供の気付かない間に殺す方が得意なんだけど…。
推理は本当に苦手だから私は情報だけ集めて
推理は得意な人に任せたいかな。

鍋って食べた事無いけど寒くなると
美味しいってネットの記事で見たよ。
お鍋も楽しみたいけど情報収集だね。

ダンピールの容姿が利用できそうだから、
こっちを気にしてる人がいたら『コミュ力』を使って警戒させないように、
にっこり笑って話を聞いてみようかな。

最近似たような事件があったかどうかとか、
話に出てきた黒沢家の子供の事とか、
後は気になる事があれば聞いてみたいかな。

親子関係って色々あるよね。
私のも驚かれるけど、そんなに変わってるかな?


サン・ダイヤモンド
【森】◎
桜?ラッコ?海にイタチ??
まだまだ世界は知らないものだらけ
店と食材に感謝し楽しんで食べる
ブラッドにもラッコをあげる

(心を交わした(と感じた)オブリビオンがいた※月隠夜想
悲しい人だった
困惑、躊躇、悲痛
それでも倒すしかなかった
還る海はせめて優しい花畑であってほしいと願った)

この世界はとても素敵
皆、助けられる
嬉しい あって良かった

何か知っていそうな人へ
人懐っこく友好的に【無垢なる問い掛け】
『あの子』について聞いてみよう

あの子はどんな子?変わってしまったの?何があったの?

ねえ、『影朧』って知ってる?
皆は、『あの子』も、『影朧』も、幸せになってほしい?

僕は『あの子』も『影朧』も助けたい 頑張るよ


ブラッド・ブラック
【森】◎
桜は馬、ラッコは――海に浮かぶ鼬だ
俺も本物を見た事は無いが……折角だ、御馳走になろう。有難いな
喜ぶサンを愛おしむ

「――嗚呼。助けよう」
これ以上犠牲が出る前に、止めよう

親を亡くした動物は生きてはいけない
人間はどうだろうか
父親はいるのだろうか
いるなら娘をどう思っているのだろうか
母親はどんな人物であったのか
今、娘を想い、護ってやる者はいるのだろうか

どんな事件があったのか
犯人の心当りは、狙いは何だ

猟兵だということは隠さずに、なるだけ威圧感を与えないように
何でもいい、『救済』に必要な情報をかき集める
他の猟兵との情報共有も大事だな
万が一不審な動きをする者がいれば足でも引っ掛け詳しく話を聞いてみよう





「え、え、っ、マ、マジッスか!? ジーマーッスか!?」

 店に入ってからというものの、毒島・林檎(蠱毒の魔女・f22258)の興奮はさめやらない。
 鍋がタダで食べられる。この世界は猟兵たちを超弩級の戦力として歓迎し、たった紙切れひとつでありとあらゆるもてなしをしてくれるというのだ。
「鍋が、タダで食える……!? こ、この世の桃源郷か……!?」
 動揺を隠せない林檎が小さく震えながら、店員に苦笑を受けながらも「ほ、ほかの世界は、こういうの、な、ないんスよ!?」と己の驚きがあたりまえであることを主張しつつも案内された座敷に座る。
 周囲を視てみれば、さっそく猟兵たちが鍋をつつきながら話しているようだった。繁盛する店であるからして、長机に客がそれぞれ相席し合ってしまうのは致し方なかろう。それでも、――一番最初に座らされた林檎が落ち着いてメニューを眺める時間程度はあったらしい。
「じゃ、じゃあ、このラッコ鍋を……ラッコ鍋って何だろう?」
 店員に珍味――というよりもあまり聞いたことのない――鍋を頼みながらも、周囲に漂う香りが「おいしそう」であることには変わりない。ならばこの肉もおなじヒトの手で作られているのなら、絶対に美味しいのだろうと期待してもよかった。

 ――さて。
 タダで食べる、という以上はたかが紙切れ一枚のもてなしといえど、猟兵には与えられる権利であったとしても林檎は働かねばならぬ。
 それこそ、彼女の理念であり信念でもあった。もてなされっぱなしではせっかく座った尻だって居心地が悪い。

 影朧が暴れていること、それに殺人事件がかかわっていること、それに関するのがかの歪んだ親子たちではないか、ということ。
 はてさて、点は多いのに線を繋げるにはまだその数が足らない気がしてしまうのだ。猟兵たちと情報の共有をするのならば、林檎にも手持ちで情報が在るほうが良い。

「よォし――。」

 これだけ盛んな店内でただでさえ猟兵たちでにぎわいはじめている。まだ、料理が届くまでには時間が在りそうだ。
 己の場所であることを主張するために、魔傘【甫紫】に変形させた杖を己の代わりに座布団に寝かせてやったのなら林檎はたちまち――『毒』の通じそうな相手の元へと駆けていった。


「普段の俺の姿でも違和感は無いのではないだろうか。」
 厳格な顔つきで、それでいて素朴な疑問を隠せない――そんな男が彼、叢雲・源次(蒼炎電刃・f14403)である。
 超弩級の戦力で在りながら、超弩級の真面目である彼は、今や形から入るように促されて普段のスーツ姿とは大きく違っていた。

「テメェも着るンだよ!形から入れ!」
 いいから余計なことは考えるんじゃねぇ!と、生来の癖であろう粗暴な口調にはどこかほほえましさも含まれている。
 杜鬼・クロウ(風雲児・f04599)はこの大正浪漫の未だ潰えぬ桜吹雪の世界に相応しいファッションでいた。
 普段は派手で威圧的な服装である彼であるけれど、今宵ばかりは世界観に徹底した所作である。やはり、他人に取り入るには奇抜さよりも親しみやすさのほうがよいとも考えていた。
 源次の言う通り、スーツ姿というのも悪くはない選択肢であるが、その姿は「仕事着」というのがどうしても目についてしまう。
「かってェカッコしてるやつには、警戒しちまうもンなんだよ。」
「――そうなのか。」
 仕事だ、と思わされれば、緩む口も締まってしまうということだ。相棒はまだ素直でクロウの指摘には「なるほど」と頷いておとなしく従ってくれるからよい。二人して山高帽子を手に、クロウはロイド眼鏡なんてものをかけている。セーラーパンツと――源次の剣はステッキ代わりにまぁ、見えよう。二人のワイシャツは真っ青で、そのネクタイは真っ赤であった。
「目立つ。」源次が冷静な声で言う。
「目立ってナンボなんだよ。」ならば、クロウも冷静に返すのだった。

 これぞ、モボである。
 
 世界のことを知るにはまず世界になじむことから――そのステップを越えたのならば、あとは静かに「ネタ集め」としゃれこめばよいだけのことだ。【夜雀】たちはすっかり暗闇の夜空に紛れてその業務にうつっていた。
 目的は、「少女」――もとい、黒沢 蘭の居場所の察知である。彼女がこの騒動の渦中にいるというのならば、居場所を知っておいたほうがあとから説得に向いた猟兵たちにも効率がよかろう。

「テメェは場所とってな。ちょいと話聞いてくらァ。」

 源次は実際――対話には向いていないやもしれないが、普段は喫茶店に身を置く身であるから、素面の相手ならばうまくやれるやもしれない。しかし、この場にいる手合いの様子は店内に入ってから「場に酔っている」ことからおとなしく従うことにした。
 酔っぱらいに真面目な言葉が刺さるとも思えないし、なによりクロウのほうがこういう場には向いていよう。
 素直に頷いて見せてから、源次が場所取りに来たことを告げたのならば――店員は先ほどの毒林檎の魔女が坐していた長机の座敷に彼を案内したのだった。
「お仕事でいらしゃるのなら、お仲間が近いほうがよろしいと思って。」
「気遣い、痛み入る。」ひとつ丁寧に会釈をしたのなら、ゆっくりと武人は腰を下ろす。

 よその家のあらぬ噂は面白くてしょうがない。
 在りもしないことを加算して、あることを引いたとしても誰もその真意などをまともに受け取ることも無いのだ。
 それでも、かの「黒沢家」が大打撃を受けたというのはある種悲劇のようなカタルシスとエクスタシィをこの町を確かに覆っている。それだけは変わらなくて、この彼女らの口が止まらなかったのも致し方なかろう。
「えェ――っ!?あ、愛人!?まじっすかァ!?」
「ええそうよ、黒沢の旦那さまったらあれからちょっと気ィがおかしくなっちゃったッてウ・ワ・サ!」
 にぎやかに会話する三人官女に紛れた林檎が大げさに声を上げたところで、掻き消えてしまうからこそこの場はやりやすい。
 毒使い――毒というのもいろいろある。こうして人の口から放たれて人の耳に入り、脳を侵す「ことば」だってずうっと毒なのだ。
 林檎が目を付けたのは、あの箸をきれいに持つわりに顔の醜い女である。
 箸を綺麗に持てるところを視るに、育ちはいいのだ。しかし、どうも――人へのデリカシィというのはかけているらしい。そこのギャップが受けるんスかね――なんて林檎が考える前に女は機関銃のようにぺらぺらと喋っていくものだから、なるほど頭の回転もよろしいらしかった。

「じゃあ、『あの子』ってどうなっちゃったんスか?」

 沈黙。

「な、な、何かまずいこと、き、聞いちゃいました――!?」とわたわたしながら動きを止めた三人官女に林檎がめくるめく顔色を窺ってやる。実際焦ったのもあるが、「知らない」雰囲気ではないらしいことは確かだった。
 そして、その間に入り込んでくる男の声もある。
「俺にも聞かせちゃくれねェか?」
 眼鏡をかけたクロウの姿はいっそ理知的にも見える。顔の整った美青年である彼の来訪は、「あら!」と三人官女の息を吹き返させていた。「色男じゃアないの!」とはしゃぐ箸の持ち方のなっていない女はさぞ嬉しそうで、クロウはうっすらと微笑んでやる。
 【魔除けの菫(シンデモハナレナイ)】。
 今や、クロウの整ったすべてから放たれる所作も言葉もすべてが乙女心を「煽る」美しいそれになっていた。
「聞きてェことがいっぱいあんだよ、お嬢さんたち。」
 だから、俺らに話せよ。とほぼ命令口調で無礼に振舞ったところで女性たちは喜んでしまうばかりだったのだ。これだけ警戒が薄れれば、林檎も語り掛けやすい。
「ああ、そうそう!あの『あの子』のことなんだけどねェ、あそこの母親――。」

 黒沢蘭は、品行方正で愛らしい女学生で在った。
 桜吹雪の似合う彼女は、どこまでも華憐でこうして外に出てこなくなってしまう日までは毎日美しい服に身を包み、彼女のために桜が在るように思わされるほど表情にも幅が在って儚げであったともいわれる。
 黒沢家は富裕層で在る割に、金の価値というものをよくよくわかっていたらしい。けして裕福だからと――それこそ、仕事のためだからこそ着物などはよいものにしていたが、一般庶民と一緒のような場所で買い物をして、子供たちに勉学に励ませても手取り足取りするような教育はよろしいとしなかった。
 この大正浪漫の延長線上においては――ある種変わり者の家の子である。「へええ」とその話を聞きながら頷くのは、ヴィリヤ・カヤラ(甘味日和・f02681)だ。

「そんなに変わってるかな?」
「そりゃァ、金持ちって言えば道楽モンばっかよォ!」

 黒沢家の方針は、やはり人間らしく温厚で在りながらもヴィリヤの家と同じような方針で動いているのではないかと――ヴィリヤは思うわけである。
 子供に世界を教え、己の生き延びる手段を己で探させて、痛い目も失敗も、己で勝ち取った成功の味も知らせて親をいつか越えさせるような自立した親子関係と家族の方針は、ヴィリヤにとってはそっちのほうがずっと健全で当たり前のように思えていた。
 にこにこと笑いながら、酔っぱらう男たちから会話を少しずつ拾うわけである。ヴィリヤは自分でもよくよく思わされるが推理に向いていない。ならばできることは情報収集であろうと、美しい顔と愛想のいい己の能力を活かして男たちを集めたのだった。
 なるほど、鍋を喰らうようなくらい彼らはエネルギーを必要としていたようである。
 ここの鍋は庶民向きであり、高級な身分の者はたいてい毛嫌いするか、そもそも眼中に入れないらしいのに――ここにもよく黒沢家はその当主と妻と娘がよく来ていたのだという。
「ここの店作るときの金も貸してくれたそうだぜ、なんでだっけなァ。」
「投資の一環とかじゃなかったっけなァ。一応、あれも商売のつもりだったんだと。」
「へえ、すごく優しい人だったんだね。」
 ――優しいからこそ、壊されたのであろうが。
 ヴィリヤの家と、黒沢家が決定的に違うのは「脅威」の話である。
 ヴィリヤの家はヴァンパイアの家系だ。人間の血を呑み、支配し、世界も彼らを滅ぼそうとするくらいの権力が在る。よってその魔族の娘であるヴィリヤなどがどうどうと外を歩いても誰もまず、狙おうとはしない。振舞い方は正しい家だ。
 しかし、この黒沢家はどこからどう見ても人間の家系である。刺せば血が出るし殴れば気を失うだろう。どうどうと外を歩くにしては少し無警戒かもしれないし、こんなに人が集まる場所でいろんな角度から観察されてしまうことくらいはわからなかったのだろうか。――優しい人だから、皆も優しいと思ってしまったのであろう。
「最近似たようなことは在ったの?」
「いんやァ、無い無い。黒沢家が殺されてから、ピターッと止まっちまった。」
 もうちょっと前まではたまぁに同じようなことが在ったんだけどなァ。とお互いの顔色を視ながら男たちは労働上がりの小汚い上着を腕まくる。鍋が彼らのところに用意されたのを視て、ヴィリヤは立ち上がることにした。「ありがと」とひらひら手を振ってやれば、ヒュウヒュウと指笛と「また聞いてくれよォ!」と両腕を振って別れを惜しむ男たちの声を背に受けたことであろう。


「桜?――ラッコ?」
「桜は馬、ラッコは――海に浮かぶ鼬だ。」
「海にイタチ??」
「俺も本物を見た事は無いが……。」
 長机に人影が集まってきている。クロウが源次の隣に座り、林檎は予定通り自分が目印にと置いた傘を退けてそこに座る。それからヴィリヤが仲間の気配を感じて「推理苦手だから!」とからから明るく笑いながらやってきたのならば、歓迎され、そして――サン・ダイヤモンド(甘い夢・f01974)とブラッド・ブラック(VULTURE・f01805)もその場へやってきていた。
 今ここに居る誰も彼もは、情報を握っている。
「じゃァ――鍋でも喰いながら交換といこうぜ。」にやり、クロウが笑ってやったのなら「賛成!」とヴィリヤが微笑む。林檎もおずおずと頷いて、源次は相棒の自信ありげな顔に確信を抱いて沈黙をしていた。
 さて、この白と黒の二人は、何を持っていたのかというのならば。
 神妙ながらに恐れを与えないよう、慎重に声を絞り出す黒の怪物は「正常」なほうの手を小さく上げた。

「では、まず俺たちからでもいいか。」

 ぐつぐつと鍋が煮えて、具が崩れぬまでの時間で済む。

 ――ブラッドとサンは、サクラミラージュの存在を知った時に驚いたものである。
 サンはとくに喜んだ。消えゆく『彼』をその幼い腕で抱きしめた悲しい日を覚えていたのだ。何も知らぬ彼の脳にはあまりにも悲壮でいとおしい過去は色濃く刻まれる。
 オブリビオンと心を交わせてしまえたのがあまりにも衝撃で、それでいて困惑をさせられて、躊躇い、胸はどこまでも痛みに満ちたものだった。オブリビオンはだいたいどこの世界においても「討伐」の対象である。それが、悲しくて、哀しくて。
 せめて還る海はつめたい海水などではなくて、優しい花畑であってほしいと――サンは願ってその日を追えたのだけれど、このサクラミラージュという世界は「救済」ができる場所である。

「とても素敵――皆、助けられる!」
 あってよかった。
 そんな救いのある世界があったのなら、きっとサンが抱いたその思いだって報われるはずであるから。喜びに満ちた顔を視てブラッドもまた、おそろしい黒色の中に穏やかな蛍光色を宿らせていたのである。
「――嗚呼。助けよう」
 サンの優しさが救われたような気がして、己の瞳と同じ色をした花びらが舞う世界ごと愛おしくなってしまう。
 喜びはしゃぐけれどもサンは、かの『黒沢 蘭』を救うために意気込んでおとなしくブラッドの隣を歩きはじめていた。
 子供でありながら、戦うことをやめないサンを隣に感じながらブラッドはあらためて、母子のことを思うのである。

 ――親を亡くした動物というのは、生きていけない。
 動物はみな、親から狩りを学ぶ。虫などはそもそも生まれる数が多いから、何千匹と生まれた後で外のものに食べられてせいぜい生き延びるのは一〇匹程度であろう。あんなに小さな虫でもそうなってしまうのであるから、人間が生き残る確率というのも極めて低いに違いなかった。
 母親を亡くしたのならば、父親はどうなってしまったのであろうか。
 没落したのだと聞いたが、父親こそ気が狂ってしまったのではなかろうかとも思わされるブラックである。ブラックとて、サンが居なくなればきっと正気ではいられないのだ。
 母親と父親の人物像はまだあやふやで、深堀のしがいもありそうであった。そしてこんなに幸せな家庭を壊した犯人の目的は、なんだったというのだろう。

「考えることが多いな、情報をかき集めて共有をしよう。」
「わかった!じゃあ、僕がちょっと聞いてくる。ブラッドは此処で見てて!」
「ん――。」

 見てて、といわれて頷くよりも早く。
 サンがぴゃあっと店内にはしっていくものだから、とりあえずブラッドは店員に案内されるのを待っていた。危ないことがないように『視ていて』といわれたのもわかるし、きっとブラッドが聞くよりはサンが聞いたほうがよかろうと思って――彼もまた待っているのだけれど、どこか嬉しくも切ない気持ちである。
 振り払うように、ブラッドにおずおずと話しかける店員に「あやしいものでない」と主張するチケットを見せていた。

「ああ、あなたも――あの家のことをお調べなんですか?」
「尤も。唯、なにせこういう外見でな。中々、話すのに苦労する。」

 苦笑したらしいブラッドの様子はいびつで恐ろしいけれど、仕事であるからどうしても話す必要のある店員は――存外この黒の彼が交流のできない生命体でないことを知って、「何かお知りになりたいことが在れば、お手伝いできればいいのですけど」と自分の頬に手を添えながら困った顔をした。
 店内はまだ賑やかなれど盛り上がり切ってはいない様子で、これから猟兵が多く来るものだからむしろ従業員たちは非番を呼び出して仕込みをにぎやかにしている所である。彼女はどうやらちょっと暇を持て余しているらしく、緩く結われた黒髪のお団子はまだ後頭部で綺麗な形を保っていたのだ。ブラッドが少し声を潜めて、ゆっくりとした口調で尋ねてみる。
「ならば――黒沢家の当主のことを、知っているか?」
「ああ、あのお方ですか。お会いしたことありますけれど。」
 そのことなら、と顔を明るくしたのも束の間で、親しみやすい顔つきに影が落ちる。「すまん、話したくないか。」とブラッドが気を遣えば、「いいえ、でも、人のことを悪く言ってしまいそうで」と店員も気を遣った。

「悪く言ってしまう、というのは?」
「――去年、自殺なさったんです。旦那様。」

 ブラッドが耳にした、父親像は――サンが訪ねた年若い女集団も知っているくらい、有名なものだった。
「死んじゃったの。」
 サンが、受け止めきれない悲劇を鸚鵡返しする。さすがにきゃあきゃあと先ほどまでサンを見て騒いでいた女学生集団も、話の重さに少し落ち着きを取り戻していたらしかった。
 サンのぶんも用意されたミックスジュースと、彼女らのそれが汗をかき始めていたのは、きっとそばにある鍋の精ではあるのだが。
「なんかねぇ、奥さまが亡くなってから蘭ちゃんもおかしくなっちゃったけど、私ら、一番やばいのってお父さんだったんじゃないかなって思うの。」
 この彼女らは――偶然にも、『黒沢 蘭』がつい最近まで通っていたらしい学校の生徒たちであった。
 蘭のことを聞きたくて、どんなふうに変わってしまったのか、どうしてそうなったのかを知りたかったサンにとっては予想外な「原因」を耳にすることになる。
 優しい父親が、無惨に殺された母親の死をきっかけに女遊びに奔ってしまったらしい。
 尤も、孤独を埋めたかったのだろう――と彼女らは云うのだけれど、サンも思うに、埋まらなかったのだろう。サンとて、ブラッドのかわりに成るものなんていないと思うし、そんなものを見つけてしまう自分が恐ろしい。
 だからこそ、かの父親がそうなってしまうことは宜しくないとも思ったがあまりにも衝撃的な事実である。子供という未来のことを放っておいて、死んでしまったのだから。
 女遊びにふける父親は一気に人が変わってしまい、皆が想像する金持ち像らしくなってしまった。誰かが助けようとしても、「おまえに何がわかる!」と喚いてその手を拒絶し、皆で楽しく食べられるこの店にも寄り付かなくなっていく。そして、どんどん蘭の様子も変わってしまったのだ。

「あの子も、いい子だったのに。」

 もとより、お嬢様ではあれど負けん気が強くて、強かに何事にもまじめに励むような女学生であったという。
 成功した父親のことを誇りに思うが、それを振りかざすことは無く。己に勉強を教えてくれる書生にはよくなついて、よく勉強を教えてもらいにいっては頭を悩ませながらも成長していた愛想のいいクライメイトは、どんどん狂気に蝕まれていった。

「話、聞いてあげたかったんだけど。」
「大人の事情には首突っ込むなって、うちの父親も言うからねぇ」
「そういうものなのかなって、思ってたんだよね。」

 悪いことをしてしまった。
 ――後悔の念は場の空気で言っているわけではないらしい。サンは純粋であるから、彼女らの声に嘘がないことはよくわかってしまった。
 だから。

「ねえ、『影朧』って知ってる?」
 ふり絞って、尋ねてみる。
 女学生たちは「もちろん」と応えてみせる。「あの事件に蘭ちゃんがかかわってるって、ホントなの?」と聞く声は心配そうだった。
 サンは「まだわからないんだ。」と首を左右に振りながらも、「でもね」と言葉を続けてやった。

「皆は、『蘭ちゃん』も、『影朧』も、幸せになってほしい?」

 ――その問いに、皆が頷いたからこそ、今ここでサンとブラッドは情報共有をするに至る。
「なるほど、な。」と源次がつぶやいて、皆の皿に具材を丁寧にとりわけてやっていた。
 クロウと林檎が、サンとブラッドの報告を聞きながらまず鍋の汁をすすって、お互いに視線を合わせる。

「アタシとクロウさんが聞いた話は、ですね――」
「母親は『怪奇人間』かもしれねえって話だった。」

 噂好きの主婦が持てあましたらしい根も葉もないブラック・ジョークの中にも裏が取れそうなものがあったのだ。
 クロウが片目を閉じて、林檎に続きを促したのなら林檎に皆の視線が集まる。一度「ひぇ」と委縮してみたものの、おずおずと毒林檎の魔女は報告を始めた。

「なんでも、母親は『影竜』の一部になるには相応しい――なんてアタシは解釈したんスけど……。」

 かの母親は、いつも長い手袋をしていたそうである。肘まで隠すくらいの黒手袋は「太陽光アレルギィ」のせいだといっていたけれど、どんな日でも厚着であったのにはさすがに誰もが不思議がっていたらしい。
 しかし、どこからか仕入れた情報によれば、あの箸がきれいに持てる貴婦人がさぞ楽しそうに、怪談話でもするように言うた声が憎らしくて毒らしくて、林檎は忘れられない。

「か、体に、鱗がびっしり、あったらしいっスよ。」

 きっと呪われているのだ、とか。どこかで買ってきた女なのだ、とかいう邪推が付きまとってはいたらしい。
 あまりにもよすぎる人間の粗を探そうとする悪意というのは、いつどこでも尽きぬものだ。ヴィリヤも「でも、いい人だったらしいからね。」と己の情報をまじえることにした。
「いい人だったのに、どうでもいいこと気にされちゃって――こんな風になっちゃったのは可哀想だね。」
「そういう巡りだったんじゃねェかねぇ。」
 納得したくはないが。クロウがガシガシと頭を掻きながら、空になった己のとり皿にまたよそう。

「俺の知る竜というのは――、竜王、竜宮の神、竜宮様……祀られる神のような存在だ。」
 竜に相応しい、という言葉を聞いて口を開いたのは源次だ。
 スピリチュアルからの観点が必要だと思わされたのは、桜の舞うこの世界があまりにも「転生」などを重要視するからである。
 事実、邪神の類は置いておくとしても――神というのは元来人を監視し、あるいは守護し、世界のバランスを護る存在だ。

「神といえば鬼子母神という概念があるが、殺された母親はもしや子を守ろうとして殺されたのでは……と思う。」

 あくまで、推測に過ぎないが。
 本当に犯人が殺したかったのは、かの母親であろうか?もしや、娘のほうではなかろうか。
 母親が子供の神様になりたがって――本当に、「かみさま」のようになってしまったのではないだろうか。なりそこなった体の分まで、この娘を悲劇から守りたいだけなのではなかろうか。
「なるほどね。だから――外に出かけさせてたっていうのは、考えられるかもしれねェ。」
 クロウが拾ったのは、母親の情報もであるが、事件当時のものでもある。鍋の具材を追加させて、また煮えるのを待ちながら皆が思考にふける。
「親子の絆が呪い――同感だな。」
 己と、己の弟がそうであるように。
 この親子はやはり、誰かに断ち切られたところで「斬っても切れぬ」ような関係になってしまったのだろう。
 幸せなはずだった家庭は壊されて、心の拠り所を亡くした主人は狂って自殺し、遺された娘は――クロウの蝙蝠たちがまだ反応を示さない限り、こうして外に出てくることもない。

 ふう、と皆がため息を吐いたのは、たった一つの家庭に渦巻く噂に疲れたからやもしれなかったが――。

「何だこの鍋……眩暈がする、暑――。」

 クロウが上着を脱ぎ始めたように、皆がどうにも体がほこほことし始めていたのだった。
「ブラッド、ラッコってコリコリしててかたいけど、なんだか体があったまっちゃうね。」
「――うん?そうか。秋の夜は少し冷えるから、よく食べておくといい。」
 黒と白が和やかに会話しているけれども、その隣にいた源次は己の義体の温度が異常に高まるのに動揺していた。妙に思考がぐらついて、クロウを見つめる瞳には別の色が宿っていた。
「クロウ、いつにも増して偉丈夫に見えるな――なんだ、これは。」
「え、え、エッ!?マジっすか!!?ここでおっぱじめちゃうんスか!?」
「なになにー?何始めるの?」
 ぎらぎらとした源次の瞳には、明らかにクロウを見つめて温度の高まりが現れている。クロウもまた、それにニヒルな笑みで応答するものだから、きゃあきゃあと林檎ははしゃいで、ヴィリヤはただならぬ空気に一緒になって喰いついたのだ。
「源次ィ。」
 熱っぽい吐息を吐きながら、己のネクタイを抜くクロウがいる。
 きゃー!!と我慢ならずに黄色い声援を上げた林檎がいて、同じくきゃー!!と意味も分からないが面白いから叫んだヴィリヤの前で、頭の上にハテナを浮かべたブラッドとサンがいた。

「腕相撲しようぜ。」
「なるほど、――そうか。」

 がしり、と男同士の無骨な手が組まれる。

「ブラッドはやらないの?」
「い、いや――俺は、机を壊しそうだ。」
「あっ、アッ、そういう!?そっちっスね!?」
「いい!?行くよ行くよ――!!レディ、ファイッッ!!!」

 事件の謎も、噂の真意に疲れたのなら笑ってみてもいいだろう。
 きゃあきゃあと各々盛り上がりながらさぞ盛大な猟兵たちによる汗水たらしての腕相撲は盛り上がったに違いない――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

エドガー・ブライトマン

レディ、今回の旅はミステリー!謎解きだって
大事な情報は後でメモしておこう。私、忘れっぽいからさ

賑やかな貴婦人らの近くの席につく
この場所なら、話も聞きやすいだろう

しかしナベ?とやらは初めてだなあ……
ねえ、そこのマダム?私はこの国の文化に不慣れでね
食べ方を教えてもらっても?(微笑み)
私は見るからに他所の国の者だろうし、不審ではないハズさ

上手く輪に溶け込めたなら、ようやく本題

さっき話が聞こえてきたのだけれど、家が壊されたって?
ウウン、小さな子がそんな事件に関わりそうに思えないが
何を知ってるんだい?

噂話の中にも、すこしは有益な情報もあるだろう

……ところでずっと左腕が痛いんだけど
妬いてるのかい?レディ


ジュジュ・ブランロジエ

エレニアさん(f11289)と
牛鍋食べながら情報収集

コミュ力などで好感度を上げお客さん達と仲良くなる
より多くの話を聞きたい

・黒沢さんのお母さんの生前の様子や蘭ちゃんとのエピソード
・黒沢さんのお母さんの前の被害者について
・まだ屋敷が壊されていないお金持ちの家

影朧が本当のお母さんじゃない根拠が見つかればいいな
次の標的になりそうなお金持ちの家がわかれば警告しにいけるかも
偽りの親子だとしても引き裂くことになるのは気が重いなぁ
でもやらなくちゃ!

もちろん情報収集だけじゃなく牛鍋も楽しむよ!
お肉やわらか~い!

推理(?)って難しいね
探偵さんだったら一分で真相に辿り着いたかもしれない
なんて無茶なことを真顔で


エレニア・ファンタージェン
ジュジュさん(f01079)と
お鍋を食べるお仕事なんて素敵ね!
ここでは猟兵であることを隠さない方が良いのね

蘭さんとお母様のことはもっと知りたいわね
性格、好きなもの嫌いなもの
行方不明だし、お気に入りの場所とかも

黒沢家が裕福だったのなら、近い属性の方に聞くのが良さそう
とりあえずお鍋にはしゃいで、話しかけ易い雰囲気で誘惑
次に狙われることに怯えているかもしれないし、相談に乗るのが良いかしら
あ、ついでだから鍋奉行もお願いしましょう
エリィお肉が食べたいわ

お金持ちであること以外に被害者の共通点は?
特にその家の母や子は?
話しづらそうにしていたら催眠術で喋らせる

ええ、本当、先生がいたらすぐ解決させてくれるのに…


鵜飼・章
ラッコ鍋が食べられるの?
好奇心には抗えない
ついでに事件の話も聞く位の気持ちで
今は深入りするのはよそう

往々にして無関係な他人程無責任に色々喋るけど
中でもお喋り好きなのは『暇なおばさん』だ
品性は容姿や所作にも滲み出る
この店の客達は…うん、実にいいね

積極的に話を聞くと盛られそうだ
只の観光客として貴婦人達の近くに座り食事をする
話しかけられれば愛想よく応えて世間話に混じるし
そうでないなら珍味を堪能する
いずれにせよ情報は勝手に入ってくる
僕に【コミュ力】があるならね

何せ無責任な噂話だ
ノイズは混ざるだろうけど
仲間の得た情報と合わせれば何か見える筈だ

僕が注目したいワードは『佐登子』かな
他の事件で聞いたものだから





「推理って難しいね。」
「ええ、本当、先生がいたらすぐ解決させてくれるのに……。」
「ほんとほんと、探偵さんだったら一分で真相に辿り着いたかもしれないのに……。」
 はぁ、と二人のため息が重なる。鍋で煮られるのはどうやら牛肉だけではないらしい。
 「鍋を食べることが仕事なんて素敵ね。」なんていって喜んでいたのに、今やエレニア・ファンタージェン(幻想パヴァーヌ・f11289)はぼやけた視界の中でせめてもの備わっていない食欲を奮い起こすばかりであった。
「あ~!お肉やわらか~い!!」とジュジュ・ブランロジエ(白薔薇の人形遣い・f01079)がやや投げやりに言ったのも無理はない。
 二人でどうにかして推理をしようにも、あまりにもピースが少なすぎたのだ。
 やや遠くで腕相撲に盛り上がる猟兵たちから話を聞こうにも今や歓声と嘆きのメロディーに覆われて聞く気にはなれないし、なにせ人も増えてきたものだから余計に探りづらい。
 ので、もう楽しもう!という気分になってしまうのも致し方なかった。それに――楽しそうにしていれば隙だらけのふたりのところに、話しかけやすくなるのではないかと思うのである。そう、たとえば。

「お嬢さんたち、――超弩級ってやつかい?」

 猟兵に興味がある、若い土建屋の男たちとか。
 この世界では猟兵であることを隠さないほうがいいらしい。珍しい世界ね、なんてエレニアが想いながらもジュジュは元気に「はい!」と返事をした。そうすれば、どよどよとする汗臭くも真面目そうな土建屋たちが顔を見合せる。
「何かお困りかしら?」とエレニアが問えば、然りと一度皆が頷いて見せた。
「いやあ、儲かるのは良いんだけどよォ。あんまりにも、ちょっとなァ。」

 大きな爪で屋敷が破壊されていくのは、風が吹けば桶屋が儲かるのと同じことで。
 一つ家が壊れたら、壊しきるのも修繕するのも、彼らの仕事になるばかりで、最初はそれこそこの鍋屋にて突然の景気の良さに喜んで飲んで食ってしていたものだけれどだんだん仕事が増えすぎて、犠牲になった家族たちが痛ましくてしょうがないのだという。
 人の不幸で酒が飲めるほど、彼らも仕事人ではないのだ。
「なんとか――俺らで助けになれればいいんだが、とは思ってるんだけどなぁ。」
「それじゃあ、えーと。どんなお屋敷が壊されてるのかとか、教えてもらえないかな?」
「そうね、そこが分かれば次に狙われる屋敷のこともわかるかも。さすがジュジュさんね!」
 ジュジュの使命は、世界中の人をジュジュの手が届き続ける範囲で笑顔にすることである。
 頼もしく笑んで見せて頷くジュジュに、エレニアも称賛を送った。素直な想いもあるし、この笑顔の申し子たる友人は「頼りになる」と思わせることで相手に話しやすくさせる目論見もある。
 女二人を頼るというのも、男である彼らのプライドが邪魔してしまわないように、エレニアがひそりと【阿芙蓉の雫(オピウム・レメディ)】を鍋の香りに乗せてやったのなら屈強な男たちはジュジュの声に乗せられて求められる情報を次々と渡していったのだった。
 痛ましいことを痛ましいままに思い出させてやるよりは、多少霞んでいたほうがつらくなかろうと――危険な白は善意で笑む。


「ねえ、そこのマダム?私はこの国の文化に不慣れでね。食べ方を教えてもらっても?」

 箸も持ったことなどない。
 実際――彼の風貌は異国の第一王子がごとくのそれであったから、誰にもこのフレーズは違和感がなかったことであろう。
 それに、この大正浪漫の世界である。金髪碧眼の美男子がひとつ微笑んで見せたのなら、まるで桜の世界に一凛のヒマワリが咲いたかのような威力があった。

「は、はひ。」

 腑抜けた貴婦人の反応も致し方あるまい。
 見るからによその国の、まるでお伽話から出てきてしまったかのような存在がエドガー・ブライトマン(“運命”・f21503)その人である。
 エドガーは自分の顔の美しさをよくわかっている。今回の旅が謎解きだと聞いて、真っ先に思い浮かんだのは後で自分が得た情報をメモすることと、それから美しさを活かしての交流術であった。
 ちくちくと痛む左腕は、きっと彼が体の中で飼う――狂気の薔薇が爪を立ててしまっているのだろう。あとでひとつ、詫びをしてやらないとなとは思うものの、なにせ忘れやすい頭なのだ。思い浮かんだときでよかろうと、左腕を右手で撫でてやった。
「ところで、――さっきあちらで話が聞こえてきたのだけれど。」
 空色の瞳は、白色の女神と笑顔の人形師が聞き取りを始めている場へとちらり、動く。
 それに合わせてエドガーに話しかけられた貴婦人も、黒色の髪がおさげに束ねられてゆるりとほどけつつあるままに一緒に視線を向けていた。まだ年若く、化粧はしていても薄い。少し疲れた風であるのは、こういう場所に慣れていないか無理やり旦那に連れてこられたからであろう。
「家が壊されたって?なんでも、小さい子がそんな事件にかかわっていると聞いたのだけれど。」
 そうは思えないのに、とエドガーが何も知らない顔で――実際、知らないのだ――白々しく聞いてみた。
 異国の旅人はえらく距離が近いのが常であるから、こそこそと耳の近くで舌を打ちながら話してやれば、びびびと疲れ顔の貴婦人は髪をはねさせる。

「……何を知っているんだい?」

 その反応が、あまりにも――。
 男慣れをしていない反応でもあったけれど、それとは違う緊張が彼女の背筋を走っていった気がするのだ。
 旦那のそばから離れて、こうしてカウンターでエドガーにつかまってしまうような彼女である。きっと喧騒が苦手ながらの視点で世界を見てきたのであろう。見たいことも、きっと見たくないこともあったはずだ。

「話してみないか。そのほうが、君もすっきりするんじゃないのかな。」

 辛そうだ。と添えてやれば――貴婦人は唐突に瞳を潤ませてしまった。
 ああ、と嘆いてエドガーが白いハンカチを取り出してやる。背中をさすってやりながら手渡せば、彼女は嗚咽を始めてしまったのだ。

「私が、見てしまったんです。」
「何を見たの?」

 優しい声色に、まるで舞踏会へと誘われるかのような軽やかさを感じてしまって、涙でぬれた顔をようやく持ち上げた貴婦人は、救いを求めるようにエドガーを見た。話していいのか、少し迷ってから目の前にある白が彼の優しさだと信じて、口を開く。

「なんでもよォ、あの影竜、宮子さんじゃないかってみんながいってるンだよ。」
「ミヤコサン?――ミヤコ、宮子。ええっと、それはつまり。」
「黒沢ンとこの、奥さんじゃねぇかなって。」

 そうであってほしく、なかったのだけれど。ジュジュが前髪を右手でかきあげて、神妙な顔つきをする。
 どんな時でも笑顔を忘れない彼女なのだけれど、今この時だけはエンターテイナーでありながら笑顔を作る舞台装置をくみ上げるような心地を感じていたのだ。
 ぐつぐつと煮える鍋にあくが出始めていて、エレニアに掬わせるには少々酷であるから、ジュジュが救おうとするのならば男衆がすかさず代わりにと武骨な腕で代行してくれる。

「これ、後味悪い話になるんじゃないかなぁ……。」
 エレニアをちらりと見てやるジュジュには、気まずさがあった。
 ――本当の母親でなくとも、子供と偽りの母親を引き離すのは嫌だというのに。孤独な子供の気持ちというのは、親でしか埋められてやれないのを、笑顔を作るジュジュにはよくわかっている。
 鍋の底を作るのが親であるのだ。ジュジュは底のある鍋にめいいっぱい汁と具を入れてやるに過ぎない。底の抜けた鍋にジュジュがいくら笑いの具材を入れてやったところで、その鍋が満たされることなんてありはしないのだ。
「ちなみに、何故皆さんはそう思われたのかしら?」
 エレニアが疑問をまっすぐに聞いてやれば、一人の男は短く切られた黒髪を撫でながら答える。

「だって、宮子さんの体は真っ黒な鱗でいっぱいで――!!」

 私が、そんなことを知らなければ。
 か細く喚く彼女が、周りを気にする女でよかったと思いながらエドガーは背を撫でてやっていた。
 この女は、エドガーも思っていたことだが身なりはいいのにしぐさが一々臆病で、どこか下流の気配をさせてしまっている。
 震える手を握ってやろうとすれば、痛む左腕が少し震えはじめていたから、右手で代わりにしかりと両手を握ってやった。白いハンカチごと逃がすまいと包むようにして。
「君が、見てしまったんだね?」
「は、い。いちばん、たぶん、さいしょに――こわくて、わたし、しゅ、じんに、いっちゃって。」
 なんてことのない、無害な隣人の正体が化け物であったものだから。
 影朧に敏感なこの世界の生まれであるこの貴婦人は、みんなに触れ回ってしまったのである。それは善意だった、気を付けたほうがいいという周囲への警告であり、けして彼女を追い詰めるつもりはなかった。みんなが知っていたほうが、みんなのためにもなるし、自分のためにもなるし、きっと――彼女のためになろうとも思った。
 なのに、彼女はどこまでも平素は人間であって、「殺されて」しまったものだから。
「よけいな、こと――!!」
 嘆く婦人の背をぽんぽんと撫ぜてやって「よく話してくれたね」などといえる自分が白々しくエドガーは思える。
 かの宮子婦人が死んでしまったことに、竜であることはきっと関係がなかっただろうに。それでも、妙な噂を広めてしまったのを罪に感じるこの乙女をまず救ってやることこそ王子様のつとめである気がしてならない。
「大丈夫、もう、大丈夫だよ。私が解決するとも。」
 明日には忘れていそうな約束だけれど、その信念だけはいつだって揺るがないのだ。
 結局、あの影朧のベースは間違いなく「本物の母」なのだろう。それに付属しているのが、きっとこの一連の事件で犠牲になった誰かたちの思念の塊ではなかろうか。

 ――なんて、まことしやかに皆が言うのだ。
 エレニアも、彼らの言葉に冷やかしがあるようには思えなかった。実際、かの黒の華が言うには「影竜」は思念の集合体でもある。たった一人の巨大な感情に、同じような感情たちが集まったといえば不都合はないだろう。

「ちなみに、このお母さんが殺される前にも被害者はいたのかな。」

 ジュジュが少し、辛そうに尋ねるものだから。エレニアが自分のつまんだ牛肉を、彼女の皿によそってやる。
 そして、それと同じタイミングで――彼女らの後ろに座っていた人影がようやく動く。
「ああ、それ、僕も気になるな。」
 そのやり取りを背中で見ていたのが鵜飼・章(シュレディンガーの鵺・f03255)であった。
 積極的に話を聞くと、盛られそうだなぁと思っているしさらに章は自分が「人でありながら人でない」存在だという自覚がある。
 好奇心のままに普段は食べられないようなラッコ鍋なんていうものに手を出してしまった彼である。彼に性欲はほとんどないから――せいぜいこりこりした食感を口の中でもてあそぶ程度なのだが。深入りをするのを避けていたのは、この店内にいる人間たちを観察した結果でもあった。
 往々にして、この店内にいる人間はほとんどが「無自覚な悪意」を口から吐く傾向にある。早い話が、誰もが無責任であるのだ。
 それは、尤もそうあるべきであろう。他人よりも自分が大事であるべくが人間というものだ。だから、『暇なおばさん』ほどよく話してしまうだろうし、その話は大体が「ノイズ」で満ちている。品性も所作も大げさで、油の浮いた顔を拭かないくらいには容姿だって仮初なのだから――そんなものだろうと章も値踏みをしていた。
 話しかけられれば、観光です。と愛想よく返して一掃してやるし、後ろに背中を合わせるようにして座っている女性二人はどうやら猟兵らしかった。彼女らのほうが情報を集めるのがうまく、的確に質問できている気もする。
 では、あと章にできるのは「聞こえた」情報からの推理のみであった。

 章が珍味を楽しんでいた時に降りてきたフレーズが、章の気になる「誰も話していない」ピースだったのである。
 思わず振り向いて、二人の猟兵の間に挟まるようにして顔を突き出してしまっていた。
「だって、気にならないかい?気になるよね。」
「ええ、気になるわ!エリィ、先生ならこういうときくまなく探してくださるって思ってたの!」
「探偵さんなら、確かにこういうところ、聞きそうだもんね。」
 ――なるほど二人が『探偵』の手伝いをよくしているらしいのは、章の中で質問の的確さからの整合性が取れた。
 安心して章も、彼女らの輪の中に入れるというものである。
「僕が注目したいワードは『佐登子』なんだ。知っていることを教えてくれないかな?」
 別の事件で聞いたものだから、なんて付け加えて章が訪ねてみれば、皆が「ああ、あの子かぁ。」と嘆く。
「あの子も可哀想だった。ありゃあ、もう――皆が驚いたよなぁ。」

 土建屋の彼ら、曰く。
 『佐登子』は最初の犠牲者だったのだという。
 最初は、子供相手になんてむごいことをするんだと思わされたそうであった。めった刺しになって無残な姿で死んでいた娘を見た母親は、すっかり狂ってしまったらしい。まるで、――気味が悪いくらいにこの事件とは立場が逆になってしまうように。
 次々と裕福な家が襲われて行って、最後の犠牲者となったのが黒沢家の「黒沢 宮子」であった。

「『佐登子』ちゃん、黒沢のお嬢ちゃんとも仲良かったんだよォ。あの子がイッチバン、泣いてたなァ。」
「思えば、あンときからちょっとおかしくなっちまってた。友達が、友達が、なんていってよォ。死んじまった『佐登子』ちゃんのこと、まだいるみたいに思ってたンかね。」

 それは――受け入れられなかったのだろう。
 章が目を細めて、かの孤独に狂う少女の背中を見た気がする。誰にも彼にも、いまや己の衝動で影朧を操っておかしいことをしかけているんじゃないかなんて思われているような、哀れな少女はただただ現実が受け入れられないだけなのかもしれない。

 助けて、お母さん、お母さん、なんとかしてよ――お母さんでしょ。

「暴れてるのは、……メッセージな気がするな。」

 唇を指で撫でながら、章が言う。すっかり口の中で味のしなくなった美味しくもなければ不味くもないようなたんぱく質は飲み込んでしまっていた。
「――メッセージ?」
「助けて、って言ってるように僕は感じられる。もがいているような。だって、怒っていたら動物って普通、かみつくんだ。」
「ああ、わかるわ。エリィもよく犬にほえられるの。噛みつかれるんじゃないか、って、怖いのよ。」
 なるほど。とジュジュが納得して頷いたのを見て、遠くにいたエドガーも彼らに混ざろうとこちらに歩いてくるのが見えた。
「ちょうどいい、彼とも情報共有をしようよ。」と章が言うたのならば、「ああ、まって。最後にもうひとつ」と立ち上がろうとする彼に静止をかけてジュジュは問う。

「――次に狙われそうなお金持ちの家、とか。検討ついてたりしない?」

 そう、彼女が問うたのなら。
 男たちはしばし考えて、具の少なくなったジュジュたちの鍋の中を見ていた。

「そりゃあ、もう。黒沢のお屋敷しかねェだろうなぁ。」

 いまだ狂気と孤独に苦しむ、狂人と呼ばれる娘がいる、かの場所こそ――残っているのがおかしい。
 皆の意識が、鍋屋から少し離れた場所にある大豪邸へとむけられていたのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

霧島・龍斬
【POW】◎

人間、同じ釜の飯を食えば兄弟――それはどの世界でも言えることだ。
一蓮托生、とまでは行かねぇがな。

牛鍋が一番『食べ慣れてる』し、
何より酒が回ってる連中なら舌が軽いだろ。
巧く舌を滑らせることを狙いながら【情報収集】だ。
思わず水面下で【恫喝】してるようにも見える
【殺気】が漏れちまうかもしれねぇが――
許してくれ、俺ァ飯を不味くしに来た訳じゃねぇ
ただ単に『穏やか』に話すのが不慣れってだけさ。

……戦場帰りってのはこういうのが辛いのさ。

「――おおっと、詳しく聞かせちゃあくれねぇか兄さん方よぉ」
「なぁに、怖がらせる意図はねぇさ、何分俺はこういう体面で穏やかに交渉するのに『慣れてない』ってだけさ」


レイニィ・レッド

鍋ですか
いえ、自分は遠慮しておきましょ

怪物が席を共にするっつーのも
邪魔するようで忍びねェですからね
それに……いえ、今は関係無ぇですね

自分は『赤い雨の孤影』です
肉体を雨に変えて街に降り注ぎ
目ぼしい情報を集めましょ

雨は等しく降り注ぐ
降り注ぐ雨粒
伝い染み込む雨水 水溜り
全て自分の目と耳だ

これほど噂している奴らが居るならやりやすい
人の好奇心っつーものは底が無ェですから
根掘り葉掘り漁っては
自分の手柄とひけらかす輩がいるでしょう

自分は特に人に聞き出しにくい話に耳を立てましょ
そうだな…気狂いの娘について
奴さんがそう噂されるに至ったのには
大なり小なり理由があるでしょう

――、親子か
血の繋がりは呪いに違いねェ


ヴェポラップ・アスクレイ
【ヴィックス(f22641)とペア】

・目的
説得材料集め

・行動
鍋の前で食前の祈り
その間に吉野らの情報を傍聴
なるほど母を殺された令嬢がホシですか
此れは救ってやんなきゃいけません
ねぇ?シスタァ・ヴィックス

市井の声を集めます
主の御言葉をお伝えするのも良いが
主より近くで生きる者の言葉も無碍にはできねぇもんです

適当な者に教職者である事を明かし
適当な理由を付けて瓦解した黒沢家の所在を訊きます
酒はいけますか?結構
お好きなものをどうぞ
何事も等価の交換が肝要でしょう?
イヒヒ

父親の所在も分かれば御の字ですが…
ヴィー、あまり盛り過ぎていけませんよ
俺まで気持ち良くなっては厄介だ

※アドリブ大歓迎です


鳴宮・匡
一人で食べることは未だに慣れないし
知らない相手と食事を囲めるほど無警戒でもない

駄目元で、店の手伝いができないか聞いてみよう
下拵えから給仕まで、なんでもいいんだけど

手伝いをしながら、店員と言葉を交わしたり
給仕や片付けをしながら、店内の客にそれとなく訊ねる

“今の”黒沢蘭、という少女の人となりや
どのあたりでよく見るのか
判るなら、影朧と思しき被害に遭った家の場所

“母親に似た”影朧を匿う
多分、俺はその子供と同じようにはしないだろう
その“影”が、どんなに大切な誰かに似ていたとしても

死は終わりで、別れだって知っているから
ちゃんと、そう教えてもらったから

――もし、そうでなかったら
俺も、同じになっていただろうか


ヴィックス・ピーオス
【ヴェポラップ(f22678)とペア】

・目的
少女を説得する材料集め

・行動
ヴェポラップと同じく鍋の前で祈りつつ
周囲の情報を聞く
えぇえぇ、アタシたちが救ってあげましょう
ブラザァ・ヴェポラップ

ケヒッ、情報集めはポーラのやつに任せて
アタシは裏方にでも徹しようかね
ヴェポラップが周りの人達から情報を集めている後ろで
ユーベルコード『奇々怪々・薬剤人間(ストレンジ・ドラッガァ)』を発動
アタシの体の一部分を自白剤の成分を含んだ気体に変え
周囲に撒き散らすことで情報を引き出しやすくするよ


ケヒヒ、心外だねぇポーラ。
アタシがそんなヘマをするような女に見えるのかい?


ヴィクティム・ウィンターミュート


──さて、レッグワークのお時間だ
鍋をくれ、なんでもいいから沢山だ
カロリーが欲しくてね──ついでに話でも聞かせてくれよ

家が壊されてたんだって、そいつは物騒だ…どこか分かるか?
店にいながら遠方の調査をするなら、手駒が必要だな
『Balor Eye』を展開、事件の現場に向かわせる
もっと黒沢の嬢ちゃんのことを教えてくれよ、な?

さて、数機のドローンは小さいサイズにして、店内をうろちょろさせよう
直で聞く情報も重要だが、他愛もないような与太話にも情報は隠れてることがある
確証がないが故に話す必要無しと判断された話、とかな

どんな情報も拾い集めて、精査する
一人じゃ手が回らんが、そこは協力さ
推理はそこから、かね





「鍋をくれ、なんでもいいから沢山だ。」

 ヴィクティム・ウィンターミュート(impulse of Arsene・f01172)は、自称超一流の端役でありながら、他称に「一流すぎる」とよく言われるような少年である。
 未だ成人にも満たぬ彼であるが、彼の脳は年齢など関係ないとありとあらゆる障害と疑問を踏み越えていくだけのキャパシティが備わっていた。彼こそ、歩くスーパーコンピューターで在り、他者を英雄にする舞台装置である。
 今から彼が及ぶのは、「レッグワーク」こと聞き取り調査であった。正しくは『盗み見』かもしれぬ。すでに数機のドローンが人間たちの足元をかいくぐり、座敷の下に掘られた足場に入り込んでヴィクティムに音波を届け続けている。
 直で彼が目立って聞いてみてもよかったやもしれないが、それは――腕相撲で盛り上がっている「英雄になる資格がある」猟兵たちだとか、探偵らしい動きで皆から話を聞きまわっていたり、罪の懺悔をする誰かを抱き留めたりしていやっている彼らこそふさわしいに決まっていた。
 この端役、「超一流」ゆえに――出番というのを弁える脳の空きくらいは残してある。
 ころころと転がっては地面に足を生やし、まるで蜘蛛のように壁を伝い、ヴィクティムからも視認の難しい程度の大きさになってから【Balor Eye(バンジョウヲオドルマガン)】たちはこの内部を支配していった。その見事な仕事ぶりは、ヴィクティムの脳をエネルギーとするものだから、この彼にもやはり「カロリー」が必要である。この場は、彼の独壇場に相応しいものがそろいすぎていたのだ。
 ぴ、と指に挟んだ「サアビスチケット」を見せるようにして彼はカウンターに座って先ほどの宣言をしてみせる。
 ――その顔はきっと、勝利に満ちていたのだけれど。

「ヘイ、何やってんだ?チューマ。」
「何って、手伝い。」

 イマイチしまらなかったのは、まさか目の前に現れる店員がチームメイト――鳴宮・匡(凪の海・f01612)だなんて思っていなかったからである。
「何でもいいんだろ?じゃあ、イノシシな。」
「そりゃあ有難いが――いやいや、答えになってねえ。」

 匡という男は、戦場で生まれ戦場に生き、戦場で死ぬ――はずの男である。
 つまるところ、彼の心はいつも緊張状態にあった。油断をすれば誰かが目の前で死ぬこともあったし、死んだ仲間の体で飢えを凌ごうとする難民たちを見かけたこともあったであろう。戦争、というのは限りなくこの世の地獄だ。
 地獄に生まれ、地獄で生きて、地獄を知ったからこそ、彼は己の心を無視することになる。
 それこそ極限の緊張状態を無視して、生きるために確実な手段をとれる「凪」の状態であった。そして――それはもう、生来の癖である。この場の誰もが心優しいのはよくわかっていた。
 確かに、店の中を見回してみれば目の前のチームメイトも理解が及ぶように、悪意だって混じっている。それは確かなのに、誰かしらやはり「可哀想に」と言葉尻にはつけてくるのだ。
 匡だって――演じてそう言ってやったことだってあった。共感すれば人は匡に警戒を解いて殺しやすくなってくれるものだから。でも、匡の「可哀想に」と彼らの「可哀想に」は決定的に温度が違う。

 ――だから、そんな自分がこの場に混じってしまうのがいいことなんて、思えない。

 それに、何が入っているかどうかも、自分の手で作ったものでもないから確認できないのである。本能が、口にするわけにはいかないと命令を下したのならば、もう匡のやることは限られていた。

「もちろん、仕事も兼ねてだよ。忙しいのは確かだしな。」
「へえ――そういや、厨房の中には駒を送ってねェ。」
 よくもいけしゃあしゃあと、とお互いに思ったことだろう。
 ヴィクティムがいたずらっぽい顔を浮かべたのなら、匡は伝票に桜鍋のオーダーと、烏龍茶を一つ記して背中を向けた。
「情報は集めたんだろ?」
 仕事に忠実なヴィクティムは、にやりと笑んだ顔を隠しもしない。匡もまた、彼がそういう――「勝利」に拘る支配欲の強い少年であるからこそ、答えを用意していた。
「ある程度は。そっちはどうなんだよ。交換しようぜ、平等にさ。」
「オーケー。チルだ、匡。そういうの、好きだぜ。」
 匡が、多少なりとも周囲に気を使われているのを自覚しながらも目の前で具材をカウンターからは見えないよう、まな板で切り続けているのを電脳の少年は小型の「目」で見守っている。
 ――ここからは、ただの「客」と「手伝い」の話だ。

「ぎ、っ――!!」

 悲鳴を、かみ殺す男たちがいた。
 目の前にあるのは、ただの葉巻のはずだったのだ。それのにおいが独特で、「変わってんなァ、一本よこせや」だなんて酔っぱらったついでに絡んでしまった仲間は一人、そこで酔いつぶれてしまったかのように倒れている。
「――詳しく聞かせちゃあくれねぇか兄さん方よぉ」
 今にも泡を吹きそうなくらいに、体がそこに縛り付けられたような気がしたのである。
 男たちは、この世界の中では珍しく派手な服装をしていた。多少現代的であるともいえるかもしれない。いわゆる、チンピラと呼べるような彼らであろう。
「い、言います、いいますッ、てェ」
「旦那、旦那どうか、怒らんでてくださいっ」
 泣きそうな顔で彼らが言う羽目になったのは――この店内の中に錯綜する一つの話題のせいであった。
 「黒沢 蘭」についてを皆が嗅ぎまわっているというから、いわゆるアウトローに身を日ごろから置く彼らの中では真っ先に思い浮かんだ単語があるというだけだったのだ。
「なぁに、怖がらせる意図はねぇさ、何分俺はこういう体面で穏やかに交渉するのに『慣れてない』ってだけさ」
 それより、と己の顎を撫でながら笑うのは霧島・龍斬(万物打倒の断滅機人・f21896)である。
 低い声をうならせながら、彼らをくつくつと喉仏を上下させて笑う凶悪な機人がそこにいた。龍斬が、牛鍋を食べなれているだけの理由でつつきながら、ぼうっと待ちぼうけていたずらに噛みついたわけではない。

 ――このように、酔っぱらって気の大きくなった阿呆に食らいついて聞き出すほうが「うまい」というだけである。

「なあ、なんだって?その――人斬り、死にやがったってェ?」

 ざらりとした声に、好奇心と残念そうな色が混じる。もし生きていたのならば、同じ鋼の使い手として斬り合ってみたかったというのに。ときっと龍斬なら思うたやもしれぬ。彼は、この和やかな雰囲気に溶け込めないほどのいくさ狂いなのだ。
「は、はひ、あのやろう、死にやがったんです、最後は、じ、自殺で。」
「ハ!!」
 ひとつ、ガンと大きくテーブルを割らない程度の力で叩いてやった。「寝ぼけたこと言ってんじゃねェ、自刃だぁ?」とドスをきかせて、一つカマをかけてやれば「ああ、これ以上は隠せない」と思わせることに成功する。ペラペラと早口に、どうか命だけはと乞う哀れな男たちは、喧嘩で着いたのであろう筋肉をお飾りのようにして震わせていた。

 ――チンピラもとい、三下の彼ら曰く。
 その人斬りは、まぎれもなく『黒沢家』を破滅に追いやった彼である。
 もとより、手口は一貫して人をめった刺しにすることであり、だいたいは裕福な家庭を狙っていた。
 その殺した数は、彼らの『上役』が依頼した分も含めて、この町ならずどこかの町をも揺るがせるような強い執念が感じられるほどであったという。
「もとはといえば、どっかの小間使いだったと聞きます。」震えながら、「寝かされている」仲間の背中を撫でてやりながら涙目で龍斬に知っている中でもとびきりを伝えたのだった。
 経歴がほとんど見当たらないほどの、小さな存在が――大きな存在である富裕層を穿つには、「何かが」あったに違いない。
 しかし、龍斬はやはり気に入らなさそうである。ぐつぐつ煮える鍋にあくが浮かんでも、お構いなしに豆腐を箸で器用に掬ってはそのまま小皿に移さず口の中に放り込んで見せた。舌を焦がすことなく溶けて胃に流れていく質量など、機械で出来る彼の体にとっては脅威にもならぬ。

「じゃあなんで、ンなに殺す必要があった?最後の自刃が、気に入らねぇ。」

 同じひとごろしとして。
 やはり、戦いに近いとはいえど彼が狙うのは無抵抗なものである。龍斬と違って、その戦いには懸けるものがあまりにも「軽すぎる」気がして彼はまた、八つ当たりのように長ネギをかみ砕いていたのだった。
「人斬りのクセに、みみっちいことをしやがるもんだ。なぁ、そう思うだろう?」

 青年の顔をした――歴戦の剣豪がにたりと笑う。やはり、空気はどこまでも凍り付いていて、三下の彼らの表情などはこわばっていたのに、その下で牛鍋が煮えるのがなんだか可笑しかったのだった。

 そして、また別の場所にて祈りをささげる神の御使い達らしい姿もある。
 ゆっくりと鍋の前でささげられた命たちに祈るようで、彼らの耳はいつも周りを拾っていた。たっぷり時間をかければかけるほど、彼らに集まる注目は多い。それもまた、狙い通りである。
「なるほど――母を殺された令嬢がホシのようです。おまけに、助けてと仰るようで。」
 双眸は、お互いにゆるりと開かれる。
 藍色の髪と藍色の瞳、揃ったふたつは「お掃除係」。似非・救済の名のもとに、今日も彼らは穏やかに暮らすべく、そして派手に散るべく――お互いの存在を認知して、嗤った。
「此れは救ってやんなきゃいけません。ねぇ?シスタァ・ヴィックス」
「えぇえぇ、アタシたちが救ってあげましょう。ブラザァ・ヴェポラップ」

 ヴェポラップ・アスクレイ(神さま仏さま・f22678)とヴィックス・ピーオス(毒にも薬にもなる・f22641)は似て非なるような生き物たちである。
 此度の目的は一致しており、「救済」であり「薬」である彼らは「説得」の材料集めを第一としているのである。
 だから、どちらかというのならば彼らがやりたいのは、推理ではなくて「情報収集」なのだ。
 ヴェポラップの後光は常に色を切り替える。きらきらとにじいろに輝く彼の神々しさは、いっそこの空間に間違って天使などが降りてきたのかもしれないと民たちは思うものである。「おお」とか「まあ」とか感嘆を拾ったのならば――裏方に回るのはヴィックスだ。目立つのが得意でない彼女は、「薬」である。
 場の空気にすっかり酔っている輩からは、話を引き出したところで夢と現実の境目もつかぬようなものであろう。
 現に、「あんた、神様の使いか何かかい」なんて感動で今にも泣きそうな顔で尋ねてくるものだから、ヴェポラップは「いかにも。」だなんてそれらしく答えてやっているではないか。
 ああいう手合いを――「導く」のは彼のほうがよっぽどうまい。下手な宗教勧誘なんかよりもよっぽど説得力もあろうと、ヴィックスが笑みを隠しきれずに祈り終えた肉をよそうしぐさでごまかすのに精いっぱいであった。
 ヴェポラップは――ほとんどが、それらしい理由で己の行動を説明している。「主の御言葉をお伝えするのも良いが、主より近くで生きる者の言葉も無碍にはできぬものです。きっと、主もそう仰る」と麗しい顔のままにいうものだから、吹き出す前にヴィックスが仕事をしようと動いた。
 視線が、ヴィックスに刺さる。「盛り過ぎてはいけませんよ」と言い聞かせるような鋭い藍色には一度、にやりと返してやって「心外だねぇ」と口元いっぱいで語ってやったのである。

 【奇々怪々・薬剤人間(ストレンジ・ドラッガァ)】。

 ヴィックスの足元が、「消える」。誰にも見られない場所を消すのが、一番混乱を招くまいと思うた彼女は、先ほどからきれいに正座をしていたものである。膝の付け根から足首までを薬に変えて、――自白の効果を乗せた薬剤たちはほぼ間違いなく、ヴェポラップに導かれるままやってきた酔っぱらいの輩どもの脳を鼻から侵入した薬が侵す。

「ほら、お酒はいけますか?結構。お好きなものをどうぞ。」

 すっかり、まるで考えるという力を抜かれたような彼らの光景は異様ながらに「酩酊」に近かった。
 くったりと机や柱にもたれかかって力なくうなずく彼らに余計に酒を飲ませるのはヴェポラップである。その顔に浮かぶ笑みは、間違いなく――天使よりも、もっと悪魔らしかったにちがいない。

「何事も、等価の交換が肝要でしょう――?イヒヒッ」
「ケヒヒ、どのツラでそんなこと言ってんだか、恐ろしいお人だぁね。」

 夢と現も余計にわからぬ、過去と未来も分からぬように、とろとろに脳を溶かしてやりながら笑う御使い達が引き出した情報は――「蜘蛛」に届いていたのだった。
 きっとそれをわかっていて、この似非たる彼らも動いたのやもしれぬ。

「黒沢蘭が疑われる理由は、日中にめったに外に出ないのに夜になったら『活動的すぎる』ところじゃないかな。」
「へえ、そりゃあ――今俺も拾ったぜ。ははあ、なるほど、あの娘が『前日に』歩いたところにあるお屋敷が、次の日にゃフューミゲイション!つーわけね。」

 匡の拾った情報の「ウラ」を、今や情報の管理人となったヴィクティムが検証するわけである。
 ようやく彼らの前に鍋が出てきたものだから、ヴィクティムの食べっぷりを見ながら、匡は手作業をやめることなく思考と会話を続けた。

 ずる、とえのきを束で吸い込んで、ごりごりと口の中で弄ぶヴィクティムのそれは、「情報に基づいた」ものらしい。そうしていれば年相応なのにな、なんてからかってやっては機嫌を損ねてしまいそうでもあって、匡は緩く笑んでやりながらも続きを促した。

「娘のほうは、――ありゃあ完全に、『あてられてる』んじゃないかってハナシだぜ。」
「犯人に、ってこと?」

 似非の彼らが引き出した情報によれば、かの殺人犯は「わざわざ」当主ではなくて「その妻と娘」を常に狙ってきたのだという。特に、よく娘を狙ったらしい。これは少女性愛の歪んだアプローチではないかとも思われたのだけれど、――当時の現場に響き渡る悲鳴は、「当主」のものが大きいに違いなかった。
 だから、この町にて目立つ金持ちを毛嫌いする反社会的な団体は「彼」を雇ったのである。

 ――「妻と娘」を狙えば、生意気な「当主」たちには死よりも苦しい生き地獄というものを味合わせてやれるものだから。

「ああ、そうか。」と匡がどこか納得してしまったように、声を上げた。玉ねぎを刻んだ瞳からは涙一つ出やしない。手拭きで軽く手を拭いてから、何度目になるやわからぬ手洗いを始める。
「理論がわかったかい?」
「――なんとなく。」

 かの殺人犯が、どうして最後に「娘」を殺さないで「母親」を殺したのか。
 母親は、自分たちが狙われていたことをもしかしたら理解していたのかもしれぬ。だから、わざわざ主人と娘を外に出して、己だけがあの屋敷にいたのではなかろうかと匡は思うのだ。
 ――きっと、匡がかの殺人犯と同じような立場で動くのならば。

「好都合だったんだ。」

 ひとでないから、ひとごろしの気分はよくわかる。
 あいにく、匡に人殺しに対する達成感なんてものは持ち合わせていないのだけれど、「もし」として仮定したのならば――かの殺人犯は、「己の後継」を作ったのだ。
 わざと、目の前で母親を痛ましく無惨に殺してやる。まだ色恋も知らぬような年ごろであったであろう少女が見るには、あまりにも痛烈すぎる肉塊はきっと彼女の心を歪ませて、脳裏に焼き付いたことだろう。
 大好きな母親を殺されて、たったそれ一つが原因で彼女の世界は瞬く間に壊されていく。頼るべき両親は身勝手に殺されて、己を護ることなんてしないまま――両親に愛されていたであろう他人だって他人のことで精いっぱいで、少女の世界なんていうのはどうでもよくなってしまった。
 そして。

「現に、今あの子がやらされていることは、『殺人犯』の焼きまわしだ。」
「だから、「助けて」って母親は言ってるわけだな。」

 母親は、娘の願いをかなえてやりたい。娘は、己の痛みを皆に知らせたい。母親は――できることなら、娘の痛みごと世界を壊してやってもいいのにそれがこの娘のためにならぬから、どうか呪縛から解いてくれないかと爪痕を残していくのである。

 己らが、そう「終わった」ことを刻みながら、どうか忘れないで、手遅れになる前にと叫んでいながら嵐を絶えず巻き起こしていく。

「痛ましいねぇ。」

 はは、と苦笑い一つこぼして、ヴィクティムは外を見る。雨が――降り始めていた。
 匡は、共感できても、きっと少女に出会ったところで「それはいいことだ」とは言ってやれない気でいる。一品料理に、と軽く冷えたトマトをきれいに切りそろえてやったのなら、深く、ため息を一つこぼしていた。

 もう、匡は「死」というものを理解していた。
 かの少女も、きっと理解はしているのだけれど、そこに母親がいる限りは「いつまでも一緒に」いてほしいのであろう。同じ痛みを知っている誰かがいることは貴重で、依存してしまいたくなってしまうものだ。
 だけれど――死は終わりで、別れだと知っているからこそ、匡はきっと少女を理解はできない。でも、やはり想像させられてしまう。

「そうはならねえよ。させねえし。」
「――まだ、何も言ってないだろ。」

 まな板に染みるトマトの汁がやけに赤々しく見えていた。

 雨が降る。
 天井に座していた電脳探偵が、ぱっと大きな傘を咲かせたものだから、容赦なくそれは降ることができていた。
 ――【赤い雨の孤影(レイニィ・レッド(Rainy red・f17810))】は、文字通りの雨男に成って今、この町全体に降り注いでいる。
 怪物であると自分を認める彼は、人間同士の食事場を邪魔する気にはなれない。ならばこうやって、ひとしく降り注ぐ雨となって彼の陣地を増やして情報を握るほうが、ずうっと気が楽であった。
 瓦に落ちる無数の雨粒は、衝突とともに数を増やして傾斜にそって流れていく。そして、水たまりになって――この赤ずきんの意識を増やしていくのだ。
 今や、人気のない空き家も、道路の一本一本も、街頭だって雨が滴っていればどれもこれも雨男の目と耳である。
 
「――、親子か。血のつながりは呪いに違いねえ。」

 そうでなければ。
 彼が降り注いだのは、街であればどこでもである。爪痕の残る悲惨なそこにだってもちろんたどり着いていた。生々しい傷跡は、い草にまでたどり着いてぬいぐるみを破いて綿を吹かせるどころでは終わらなかったらしい。
 ――クマのぬいぐるみは、真っ二つに斬れていて、その断面を赤黒くしていた。
 持ち主の血であろうと、その繊維を伝う赤の怪物は察してしまうのである。だからといって――痛むような胸も、今はない。だけれど、やはり子供の夢をかなえたいというのは、いびつであっても純真であっても、親に課せられる呪いであることは間違いのだ。この惨状が「治りきらない」場所の多さから、雨男はかの殺人鬼のやり方にもいっそ秩序を感じるのである。

 気狂いに至らせた気狂いというのは、ここまでくると恐ろしいほど利口だ。

 ぽたりぽたりと地面に滴りながらも、彼の意識は真っ暗な世界を漂う。――鍋屋とは正反対の道のむこうに、女の影を見た。桜を叩き落としながら、彼は地面に伝う。

 ――誰だ?

「やだよ、やだよ。」
 しゃくりあげる声は、存外幼い。ああなんだ、迷子かと一瞬思って拍子抜けを起こしそうになった赤が――その『白さ』に驚いた。
 暗闇に浮かぶ髪は、白髪である。おそらく、生来のものではない。度重なる不幸と心労によって、己の細胞を殺してしまった証であった。痩せこけて、肌も青白くまるで死人のように、くたびれた着物を羽織るだけで彼女はそこにいたのだ。

「お母さん、なんでよ、お母さんでしょ――蘭のいうこと、聞いてよ。」

 目を真っ赤に充血させながら、顔にしたたる液体は赤ずきんの雨やら彼女のものやら、どちらのものかもわからぬ。だけれど、赤は彼女に確かに触れていた。

「どうして、うちをこわそうとするの。お母さん、家のこと、ちゃんとしてよ。外に出ないで、そこにいてよぉ」

 狂人らしい姿で、黒沢蘭は裸足のままに冷たい地面を歩いている。
 彼女の目にも頭にも、何が映っているのかはわからない。だけれど、レイニィ・レッドには――彼女が癇癪を起しているわりにはやけに喋る言葉に目的があった気がするのだ。

「おかえりって、いってくれなきゃ、いやだぁ!ああー、ああ、あ!」

 会話は、今は無理そうである。赤の彼もこういう手合いは一人で挑むには心もとないものがあった。
 いくら化け物めいているかの竜もどきの子といえど、本物の化け物を見ては余計に錯乱するのではないかと面倒ながらに考えて、雨は一つに収縮して鍋屋の前に帰る。
 ぴたりとやんだ雨の音に、多少心が動いたのか少女の泣き声もやんだ。

「はあ、子供のお守りが必要そうですね――そういうのは、得意な人にやってもらいましょ。」

 そういう手合いくらい、いるだろうと。赤の帽子に手を突っ込んで頭をかいてから、彼の足元にやってきていた「蜘蛛」を見ていた。
 雨上がりの夜に、まだ虹はかからない。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

リル・ルリ
🐟櫻と人魚


鍋、は初めて
やたら身体が熱い気がする

奴隷である僕は母…親はしらない
母が恋しいという感情も、よくは分からないな
どんな人か気になる気持ちはあるけれど

その子は母を、また殺されてしまうと思っているのかな
大事な人が傷つく姿は見たくないものだと思うんだ
奪われたくないものだって
その母、を僕にとっても櫻に置き換えれば気持ちもわかる

家族を知らない僕に教えて欲しい
家族の話を
櫻と一緒に少しずつ情報を探るよ
必要なら歌おうか心を解いてもらえるように

(君にとっては耳が痛いかもな
君は元恋人であるあの女を殺して食べた
弟…なんて言ってるけど僕は知ってる
一華はあの女の子どもだろう
そして君は

ところで櫻
これ
何の鍋なの?


誘名・櫻宵
🌸櫻と人魚


何か熱いわね

母親…
子は母を恋しがり母は子を思う…というわ
あたしの母は父に気に入られようと必死であたしの事なんて、その為の道具にしか見てなかった
恋しいと思う情もなく
愛された記憶なんてないから少し羨ましい

母は子の為に悪龍にもなり得るのね
見事な壊れっぷりだそう
その子の死んだ母はどんな人だったのかしら
その子は母に愛されていたのかしら
その家に関する噂や家庭環境、彼女等の日常の話を知りたいわ
父親の話も
呪華飛ばし探り
人好きする笑みを浮かべ誘惑話をききだすわ
犯人は以外と近くにいるのかもしれない

(母を殺められた子なんて耳が痛い
一華…「弟」の母を殺して食ったのは紛れもなく私)

珍しいでしょ?
ラッコ鍋よ


コノハ・ライゼ


なべ!
遠慮も何もなく諸手あげて楽しむわ
何がオススメ?
ナンて気安く輪に入ってついでにお話聞きましょ
噂話に目が無い――フリも容易いモノ

同じ立場の目線ってヤツで
子連れの輪に入れるとイイかしらネ
狂い子との流言も、いつどう湧いたのやら

『あの子』が噛んでる、なんて聞こえたけれど……
聞けば凄惨な事件の被害者側とか、ナゼそんな噂が?
事件後お嬢サンとお話したヒトとか、いないかしら

家族を失う気持ちってのは、中々理解出来るモノじゃあない
ケド残されたヒト……そのお嬢サンの笑顔くらい、取り戻したいじゃナイ

我ながら、よくそれらしい事が言えたモノだケド
子供は幸せにならなくちゃあいけない
それは少ない記憶の中の、ホントだから


アルトリウス・セレスタイト
親心が逆しまに破滅を呼ぶ前に終わらせるならば
速やかに、滞りなく至るべきだろうな

店には入らず街中の人目のない場で調査
界離で全知の原理の端末召喚。淡青色の光の、二重螺旋の針金細工
原理を辿り情報を直に得る

影朧を匿う少女の所在
少女の母親が殺害された件の詳細
母親と少女の人となりや周囲との関係
影朧に依存してしまう理由
影朧が次に事件を起こすタイミング
その他役立ちそうな情報を網羅

他の猟兵が得た情報への補完として、適当なタイミングで擦り合わせておく


どうせなら
送り出すことを教える「母」になってもらいたいものだ


鷲生・嵯泉
……此の喧噪は落ち着かんな……
必要な要件を済ませたら早々に出るとしよう

旨い食事に加えて酒が入れば、口も更に滑りが良くなろう
酔い加減の者に声を掛けてみるとするか
襲われた家々に関しての話であれば、訊ければ何でも構わん
……気分良く聞ける物ではないが、無責任な噂話こそ人は容易く口にする
其処からの必要情報の精査は後でも出来よう
共通項、連鎖項目、或いは正反対の項目
そういったものを洗い出す

人と人の関わりなぞ家族であろうと呪いの様なモノだろう――
そう思う処もあるが
其の関わりの繋ぎ方次第でもあるのだろうという事も、今なら解る
しかし影朧と化し、誤った繋がりを続ける事は不幸にしかならん
……どちらにとってもな


花剣・耀子

お鍋。お鍋ね。良いわよね。夜はちょっと冷えるもの。
ここはやはり牛鍋かしら……。
文明開化の味というやつなのよ。

いえ、お鍋をもりもり食べる為だけに来たわけではないのだけれど。
食べつつ耳を澄ませておきましょう。
“善良”なヒトの、悪気のないウワサは、そのヒトたちが正しいと思えることほど口に上るでしょう?

気持ち良く喋っている所に一品差し入れて、話に加わりにいくわ。
ちょっと頼みすぎてしまって。良ければ一緒につつきません?

あの子。お嬢ちゃん。
姓もわかっているのなら、どんな子か知っているヒトもいるかしら。
その、家族のことも。

そこに真実があるかどうか、いま判る事ではないわね。
事実を拾って、憶えておきましょう。





 海に慣れた体であろうか、この店内に入った時からどうにも熱気を感じていたのである。
 人魚の体で器用にい草を擦り歩き、リル・ルリ(想愛アクアリウム・f10762)は連れ立つ誘名・櫻宵(屠櫻・f02768)とともに、障子で仕切られた窓のそばに座して煮え立つ汁を眺めていた。
 鍋を食す、というのは初めてである。リルが煮えるそれに興味深そうに、それでいて慣れない熱い液体の様子におそれながらも食い入るようにして視線を注いでいるものだからほほえましい。櫻宵は上品に己の口元を着物のすそで隠して笑う。

 ――こうしていれば、うつくしいおんなふたりが楽しんでいるだけのように見えた。

「姿が見えたんだって、あの子。」
「まあ、そうなの。入ってくればいいのに。」

 あの子――黒沢蘭についてリルが共感できることは少ない。
 リルは、なにせ生まれが奴隷である。母親どころか父親もわからないし、自我が芽生えた時にはもう「いない」ものであった。
 見世物劇場の匣にて美しい声で歌う彼を、両親はきっと見てもいない。リルも、自分にまさか親がいるとも思えなかった。果てしない海の底にて、今更途方もなく彼らを探すよりも今は目の前で鍋のあくを取り除いている櫻宵とともにあるほうに時間を使いたい。
 ただ、興味はある。その親たちがリルと同じような姿であったのかも、どんな気持ちでどう出会い、己が今恋を知って、鍋に煮られる具材よりも毎日あつくさせられているような日々の結果がリルなのかどうかも――。

「また、殺されてしまうと思っているのかな。」

 リルの純粋な疑問に櫻宵もまた、考える。
 子は母を恋しがり、母は子を思うという――しかし、櫻宵の母はそうでなかった。
 彼女は、母親ではなくて「女」だったのである。
 櫻宵の父親に気に入られようと、彼の愛を一身に受ける女であろうと必死すぎるあまり、彼女は「母親」にはなれなかった。腹を痛めて生んだであろう彼のことなどは、繋ぎとめるための道具に過ぎない。
 ――そんな母親を見てばかりだったから、今更恋しいとも思えないのは当然であった。もしかすれば、櫻宵の知らぬところで愛されていたやも知れないが、そんなことは子供に届かなければただの「女の自己満足」にすぎない。
 櫻宵が美しい桜であるというのなら、かの母親は醜い雑草のような存在である。だから、余計に櫻宵にはこの子供がうらやましくも思えたのだった。

「そうかもしれないわね。――この世界には『転生』があっても、次に母親が生まれてくるときはもう『母親』ではないのだから。」

 煮だった豆腐が崩れないうちに、ガスコンロを止める手があったのだ。
 かちりと櫻宵が汁を空気に返してしまう前に炎をかき消して、小さな皿にバランスよくいとしの人魚へと具材を繊細に盛る。
 リルは、その言葉を頭の中で繰り返して「僕も、そう思う。」と頷く。
 リルは家族を知らない。だけれど、目の前にいる櫻宵は家族よりも大事な存在だ。もし、リルがこの少女と同じ運命を背負うとして、――櫻宵をたとえ一瞬でも手放したいと思うだろうか。

「かなしいね。」

 人魚の声色に乗った悲嘆は、恋心も含まれている。
 目の前にて肉を盛りつけ、それからねぎをそっと添えて、ほかの野菜を箸で探している櫻宵はこの場であっても瞳に憂いがあった。それはほとんど無意識であろうし、そんな面をリルに見せたかったわけでもあるまい。
 だけれど――この元悪竜は、愛しい女を喰ったいきものである。
 愛し合う二人の末に生まれた存在があることを、大体はもうわかっているのだ。彼が一生懸命隠そうとして、「弟だ」なんて言い張る櫻宵の言葉はいっそ冷たくて冷たくて、リルの胸は凍りづいてしまいそうでもあった。

 もし、その女が――『生まれて』きたら?

 考えないように、人魚がゆるく首を振ったのを櫻宵は余計な一言すらかけないままにとり皿を置いてやった。
 ほくほくとした湯気がリルの視界をようやくクリアにさせて、現実に心を連れ戻す。「めしあがれ」と笑う彼の前にだって、ちゃんと小さな鍋が出来上がっていたのだ。
「うん、いただきます。ところで、櫻。」楽しんで食べなくては、と無理やりにでも笑顔を「演じた」リルのそれはいっそ完璧である。
「はい、めしあがれ。なあに?」返事をする櫻宵は、ふうふうと息を吹きかけて箸の先を冷ましていた。
 それを見て初めて、リルも冷ますことを知る。魚の体にこの熱は少々熱すぎる。内臓を焼かれるかもしれぬ――とは思っていたものだから、めいいっぱい息を吹きかけることにした。
「これ、何の鍋なの?」
「珍しいでしょ?――ラッコ鍋よ。」
 に、とほほ笑んだ櫻宵の思惑には、意味があったのだろうか。

 しばらくしてから、どうにも体が熱くなったという人魚がはやる胸と駆け巡る鼓動の熱さましも兼ねて歌を唄う。

「『――ゆらり 蕩ける めざめの朝。』」
「『泡沫に消える痛み、ありのまま すべて包みこんで抱きしめてあげる。』」
「『愛を灯す歌、君に 癒しの灯火を』――。」

 美しい歌声に――皆が目を細めていた。最初こそ「いいぞいいぞ」だなんて騒がしくしていたというのに、まるで高級なオーケストラでも聞いてしまったかのような心地で、店に座す彼らは【「癒しの歌」(メルヴェイユ)】を聞くことになる。
 その裏で飛び交う【呪華(カゲアソビ)】の黒蝶は、ひらひらと壁にもたれる櫻宵の上にある窓から外へと飛んでいく。

「遊びにいらっしゃいな、お嬢ちゃん。」

 ――いざなうように、いたずらに。
 美しい歌声が響くこの鍋屋に、白髪の少女は瞳を丸くして、こちらに歩いてくるものだから。ゆったりと櫻宵は双眸を閉じてあたたかな己の体温とともに、向かいに座って穏やかに鍋をつつく猟兵たちの話を聞いていた。

「ンもぅ!皆真面目ねぇ。もっとパーッと騒いだほうが楽しそうじゃナイ?」
「――速やかに、滞りなくやるべきだと思った。俺は。」
「……此の喧騒は落ち着かん。今くらいが、丁度良い。」
「考えもはかどるでしょうしね――ああ、でも、お鍋はいいわ。おいしい。牛鍋はやっぱりはずれがないわ。文明開化の味ね。」
 ぷりぷりと怒るようなふりをしながらも、愛嬌たっぷりなコノハ・ライゼ(空々・f03130)が鍋の具材をよそってやる。
 花剣・耀子(Tempest・f12822)は鍋をじっくりと味わいながらも、席を一番玄関の近い場所でとっているあたり、騒がしい中で鍋を味わいつつも思考を巡らせるのは持て余したのだろう。
 鷲生・嵯泉(烈志・f05845)はもとより、先ほどここにたどり着いたばかりで早々に外に出てやりたかったし、アルトリウス・セレスタイト(忘却者・f01410)は外で得た情報をこそりとすり合わせに来たはずが、ライゼに見つかって玄関に背を向けながらちょこんと座敷に座らされている。
 
 ようやく静かになり始めた店内には、心地のいい人魚の歌声が響くのである。彼らが小さな声で会話したところで、誰かに漏れる支障もなければ、お互いの声が聞こえぬこともあるまい。

 アルトリウスは、己の持っている情報を――まず、牛肉を食べるよりも先に彼らに告げることにする。
 人の体を持ちながら、ひとのこころをかたどるだけの精神を抱く彼である。そもそも、この鍋を囲うて猟兵はおろか一般人と話をするなど、事態を後退させかねないと思われた。だからこそ、彼は人気のない場所を選んでいく。
 誰もが彼を認識できないような、店と店の間の細い道にて発動された式があった。

「『顕せ』。」

 【界離(カイリ)】――。
 彼の手の中に現れたのは、全知の端末である。淡く青色に光る二重螺旋はこの『未発見だった』世界にもそうそうに通ずるものとしてその姿を形どっていた。
 彼こそ、世界を逸脱してしまった文字通りの「超能力者」である。
 正しくは、人ではなくて――まるで数式や、魔術式がそのまま人の皮と服を着て歩いているようなものであるのだけれど、この場において彼は『情報』を探るについてはだれよりも『直』で正しいものを得ることができていた。

「少女は、己の「屋敷」に母を匿っている。」

 ありとあらゆる富豪の家が壊されて、最後に残った「富豪」の家といえば――かの、黒沢家のみであると誰かが言うていた。
 その情報が正確であることをジャッジできるのは、このアルトリウスだけなのである。

「ンー、じゃあアタシが拾ったウワサとかも、全部わかっちゃうってことよね?ウソかホントか。」
「勿論。」

 こく、と頷いた銀髪は、「当たり前だろう」という顔色である。彼には、それが普通なのだ。――彼こそ、『模範解答』を持つ存在であるとライゼがわかったのならば。

「では、何故母が――助けてほしい等思うのだろうな。」
「子供のわがままに、もう付き合いきれないって言ってるように思うわ。」

 こころを「考える」のはこの耀子と嵯泉こそふさわしい。彼ら二人は、『善良』な人ほど悪げなく――本当のことばかりをいうのに、話の軽さ重さにかかわらず少し酒を注いでやればぺらりと耀子に言うてしまうし、嵯泉になどは酒を一本おごってしまうのだ。
 気分よく聞けるものではない。――誰かから聞いたことは、別の誰かから聞けば正反対になってしまうし、惑わされてばかりになってしまうのだ。此処にいる人間の数だけ、ものの見方というのは存在する。

「正しい。母親は、『母親であること』をもうやめたがっている。」
「でも、二人はすごく仲良しな母と娘だったって聞いたケド?」

 だからこそ、ここに必要なのは「答え」を握っているアルトリウスであり、「問い」をたくさん持ってきたライゼなのである。

 ライゼは、この輪に入るまでに子連れにピンポイントで話しかけていた。――いわゆる、同じ立場の目線というものを探っていたのである。
「ねえねえ!此処って何がおすすめかしら?」なんて気安く明るく、接客もこなすかの狐にかかれば一般人などたやすく取り入られてしまうものだ。
 誰もかれもがこの狐の耳に、こうだああだと言うのを一つも忘れやしない。

「仲良しだったのに、『母親をやめたい』って――ケンカ中ってことかしら?」
「――或いは、『卒業』か。」

 嵯泉は、人と人との関りなぞ、家族であろうと呪いのようなモノだと思っている。――しかし、その関りが「ひとそれぞれ」であることも、今は理解できていた。
 母親を己に縛り付けて、まだ甘えたいのだと喚く娘の夢もかなえてやりたいのだろう。嵯泉からすれば、娘が「うらやましい」といった幸せな家を打ち壊すことなどは、母親の「仕事」のつもりなのだろうなと思わされるわけである。
「欲しいと言ったものを買ってやるのと変わらない。」
「――うらやましいから壊してくれ、なんて。それはそれで、確かに母親はこのままじゃいけないって思うでしょうね。」
 死んでもなお、こうして残った思いばかりを引き連れて――かの体は「母親」だけのものではない。
 「母親」はもうやめたがっていても、母親に付属した多くの魂はまぎれもなく怨嗟からわいたものであろう。「影竜」という性質上、暴れ狂う己の体の制御などできはしなかったのだ。そう予想できる耀子は、いっそこの親子が哀れである。
「でも、子供は親に甘えることが当然だって思ってる。」
「依存してしまう理由は、かの影朧が『かなえてしまう』からだ。」
 アルトリウスが、答えを提示する。うーん、と唸るライゼは冷静な彼らに比べれば表情の幅が広くて感受性も豊かに見えた。

「ケド、――そのお嬢サンの笑顔くらい、取り戻したいじゃナイ。」

 我ながら。
 よくもまあ、それらしい事が言えたものだと思わずほほに右手を添える。苦笑いを浮かべた彼の顔には、まぎれもなく自嘲もあった。
「確かに、死んだお母さんを『いまだに』振り回していることは罪だと思うワ。でも、お嬢サンは――この後の未来を、孤独で生きなきゃいけないンでショ?」
 愛らしい子供の駄々とは程遠いのに。
 かの黒沢家の彼女は、今だ一人で藻掻き苦しんでいるようにしかライゼには見えないのだ。何が夢で現で、己のどの気持ちが、どの記憶が本当のものかもわからないくらいに狂ってしまったものだから――黒い髪は真っ白になってしまったのだという。

「子供は幸せにならなくちゃあいけない。」

 ふり絞るように、ライゼの喉から出たのは――空っぽの彼の中にある、数少ない真実の声である。

「――そうだな。」

 では、幸せになるために己らに何ができるだろうか。
 赤い瞳を細めてみせる嵯泉には、どこか金色の瞳を持つ灰色の竜が見えたものだが――、生憎嵯泉の体は一つであるし、そこまで思いを傾けてもやれない。
「影朧と化し、誤った繋がりを続ける事は不幸にしかならん。どちらにとってもな。」
「考えましょう。斬ることはできるけれど、救うことって大変だわ。」
 こうやって一緒に、鍋でも食べながら慰めてやれたのなら、――もう少し早くに手が届いたのならば、と耀子は己の箸を握る手を見る。
 猟兵たちの思いが交錯する。ひとらしいこころを持ち合わせぬ銀色の「超能力者」は、彼らの心の動きから己の心を学んでいた。
 しばし、沈黙があって、人魚の歌声が耳に心地いい。この胸に宿った「気持ち」を言葉にするには、ちょうどいい思考時間があって。

「どうせなら。放り出すのではなく、――送り出すことを教える「母」になってもらいたいものだ。」

 ようやく、アルトリウスが「正解」以外の言葉を吐いた頃であった。
 かの母親が、黒沢家を『破壊』して逃げ出してしまうまで、あと一日ある。
 人魚の歌声に引き寄せられた少女がここにやってくるのも、きっと「忘却者」は分かっていたのだ。

「そうだろう、黒沢 蘭――。」


 やせぎすの四肢と、こけた頬。
 ぼさぼさになった白髪に、栄養の足りていないがために老婆のように縦線の入りたくった指と足の爪。
 ひどいクマを作って、泣いていたばかりの瞳は充血しきっている。

「おかあさん、つれてくの?」

 ――そう尋ねた因果は、きっと彼女の勘であったやもしれぬ。

 思春期の体は崩れ落ちて、糸が切れたように小さな音を立てて玄関に倒れ伏したことであろう。
 慌ててライゼがその体を起こしてやって、嵯泉は外を警戒せんと飛び出したし、耀子もともに飛び出して彼とは背中合わせにて真反対を見渡す。

「いない。影竜はいないわ。」
「――、一人で、何故歩いた?」

 嵯泉がまだ警戒を解かずに、振り向かないまま「答え」を知るアルトリウスに問う。
 無機質な色で包まれた彼は、手元の二重螺旋の針金を眺めながら――その問いに解答を示した。

「『いうことを聞いてくれなくなってしまった』。母親は、この娘の情念を喰って――暴れだそうとしている。」

 それが母親らしい事だというのならば、きっと幼稚だと思う。

「『退治されたい』からな。」

 ――二度と、母親になど生まれるものか。

 愛しい子供を外に逃がして、かの母親は屋敷の底で泣く。
 おおお、おおお、とうめく体は人の体でもなければ、もはや竜らしいともいえぬそれであった。
 お母さん、と甘える娘とずうっと一緒にいてやりたい。孤独にしてしまった年の数をうんと上回ったって、いつでもこうして呪われし体で抱きしめてやりたいのは本当だった。
 でも、もう――己にそんな資格はないのだと悟ったのは、娘の「わがまま」が己を強くしてしまうほど苛烈になってしまったからである。
 
 これ以上は、一緒にいてやれない。
 ――ああ、可愛い娘。お前はどうか、幸せで在って。

 そんな言葉は、きっと人の言葉ではなかった。
 風の音とも雄たけびともつかぬ声が――桜吹雪とともに、猟兵たちのいる鍋屋に届いたことであろう。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第2章 冒険 『物理トリックと云ふ芸術』

POW   :    力業には力業で対抗して生き残る。

SPD   :    とっさに仕掛けを回避して生き残る。

WIZ   :    トリックを見破って生き残る。

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​


 ――悲鳴のような風の音がしただろう。
 今日の日は少し風が強い。昨晩鍋屋の前で確保された黒沢蘭の容態は、完全によくなったとは言えないが会話が可能な程度にはなったらしいと、医師とのつながりある土建屋の彼らが猟兵たちに伝えていた。

「ただ、やっぱり狂っちまってるよォ。お母さん、お母さんって泣いて、話にならねえ。」
「屋敷に帰りてェって言ってよぅ。見てるこっちが可哀想だって思っちまうくらい。」
「やせ細っちまって、飯もろくに食ってねェのか――影朧の影響かどっちかね。」

 桃色の花弁は、風の吹くまま流されていく。
 母親の慟哭と悲鳴を乗せて、ああ早く殺してくれ、と叫ぶ彼女のそれとともに導かれたのは黒沢家であろう。
 かの屋敷は、――どういうことか、からくり仕掛けであった。一説では、母親も娘の心も殺された父親が疑心暗鬼に陥って己の自殺とともにこの絡繰りたちを仕掛けたのだという。

 ――門を開けば壁に仕掛けられた無数の銃口が君たちをきっと襲うやもしれない。
 ――足を踏み入れた大理石がきっかけになって、上からシャンデリアが落ちてくるかもしれない。
 ――扉を開けたら上から猟銃で撃たれるやもしれない。

 まるで張り詰めた人間の心を現したような、その屋敷の地下にてかの女の悲鳴は聞こえることだろう。
「ああ、私が。私が、あの子を産んでやらなければ――。」
 竜となった母親の泣き声は、どこまでもどこまでも悲壮であった。
 君たちは、君たちならではの方法でこの屋敷を切り抜けてもいいし、切り抜けるだけで詰まらぬというのならこの屋敷のことを「調べて」見てもいい。
 ――そこにはきっと、母親としての「彼女」の人生が眠っているのだ。

 また、屋敷に立ち入らずとも。
 ――説得に必要な要素であろう「黒沢蘭」を見舞いに行ってもいい。
 大きな病院の閉鎖病棟にて、彼女は寝かされている。
 彼女は、どうやら母親に癇癪を起しているようであった。頭を掻きむしって、点滴の繋がれた腕を乱暴に振り回すものだから今はベッドに拘束されている。
 舌をかんだり唇をかんだりするものだから、猿轡までかまされて――まさに、その様は「狂人」へのそれであった。
 彼女の瞳は憎しみとさみしさでぬれている。

 ――どうして、おかあさん。
 ――なんで、お母さん辞めちゃうの。
 ――お母さんのせいでしょ、お母さんが死ななかったら。
 ――どうして、どうして、どうして!
 ――あの男を殺さなかったの!!

「 あ あ あ あ 、 あ ぁ 、 ア゛ 、 あ ――――― !!」

 心の治療に詳しくても、そうでなくても。
 この彼女がきっとこれから歩む未来を「幸せ」であるために君たちができることはたくさんあるだろう。
 話をしてもいいし、手を握ってやってもいいし、叱ってやってもいい。君たちならではの方法で、この娘を――母から立てるようにしてやるのもよい。

 親も「ひと」で子供も「ひと」だ。
 親は子供の神様にはなれない、ということを君たちが伝えてもいいだろう。だって君たちは、「救う」資格のある「未来の使徒」なのだから――。

 さあ、猟兵たちの足はどこへ行く?
 ――本当の「からくり」は人間の中にしかないのかもしれない。

 
 ※プレイングの募集は台風の様子を見ながらまた告知したく存じます。
 ※皆さま、どうか台風お気を付けくださいませ。
◇10/14追記:二章のプレイング募集は『10/15(火)8:30~』からとさせていただきたく存じます。
また、今後の進行状況によっては再送をお願いさせていただくこともあるやもしれませんが、その際はまた追ってMSページ・該当旅団・Twitterにてご連絡させていただきますのでよろしくお願いいたします。
ジュジュ・ブランロジエ

エレニアさん(f11289)と黒沢邸へ

蘭ちゃんの様子も気になるけど何て言ってあげればいいかわからないや……
酷い形で急にお別れしたんだもん
影朧でも再会したら離れたくなくなっちゃうよね
でもそれじゃ駄目なんだ

私達は黒沢邸の仕掛けを突破しよう
壁に聞き耳たてて何らかの駆動音や空間があるか探る
仕掛けが起動する前にモーターや歯車を壊し無効化を試みる

無効化できないものはオーラ防御+複数攻撃
エレニアさんにも範囲広げて守る
そして強行突破

幸せな日々の舞台だったお屋敷が殺戮の絡繰り屋敷になっちゃうなんてね
こんな所に住んでたら気が休まらないよね
ああ、でも所々に幸せだった頃の名残が……
うん、本当にその通りだと思うよ


エレニア・ファンタージェン
ジュジュさん(f01079)と

何をどうしたらこんなからくり屋敷を作るのかしら
ともかくジュジュさんに危険のないようにしなくては

いつもより少し先の方に杖をついて足元の仕掛けを警戒しつつ
UCで蛇達を召喚
露払いとして先を行かせたり、第六感やジュジュさんの聞き耳で怪しいものを見つけたら仕掛けを解除させたりするわ
Adam&Eveもエリィとジュジュさんの周りを巡るよう侍らせて盾代わりに
見つけた仕掛けは大鉈で全て壊します
…邪魔臭いわ

家族…家族というものエリィにはわからないけれど
父親が為すべきはこんな絡繰屋敷を作ることでなく自死することでなく、もっと娘に寄り添うことだと思うわ
心の弱い人間って…嫌いよ





脈打つ機械の鼓動がある。
壁に愛らしい形をした耳を重ねてやれば、心臓のようにも聞こえたかもしれない。ただ、その心臓がゼンマイや歯車で出来ていなかったのならきっとジュジュ・ブランロジエ(白薔薇の人形遣い・f01079)は笑っていたのだ。
「何をどうしたらこんな絡繰屋敷を作ってしまうのかしら。」
憂う声を、モーターの息遣いを聴きながら拾ってみせる。「わからない」と返事したジュジュには、病んだ人間の世界というものがよくわからないのであった。
何処に何の仕掛けがあって、だいたいどうしたら動くのかはわかるのにこれを作り出した人の心の闇深さというのは、何処までもこの演出家にはわからぬ。
エレニア・ファンタージェン(幻想パヴァーヌ・f11289)といえば、【禁域の守り蛇(アウリン)】で呼び出したしもべである蛇たちに友人を守らせていた。霧がかった瞳には、ちっともこの屋敷の全貌などは見えていない。
だけれど、この屋敷を作り出した人間の闇というのはよくよく見えていた。ジュジュが人の作り出した「もの」を精巧に知ることができたのなら、エレニアは人の闇をその体で感じてきた存在である。探知するものが二人してうまく噛み合っているものだから、やはり友人関係は無敵の城であり戦車でもあるのを感じている。
こんこんと何度か壁を手の甲で尋ねるようにして、ジュジュは敏感に屋敷の内部を「聴いて視る」事とする。あまりにも神経質なまでに組み込まれた内部と裏腹に、見た限りで屋敷の中は洋風かぶれであった。
「和風と洋風の間――本当に、発展途上って感じだね。」
「まあ、そうなの?エリィ、ずっと床が木で落ち着かないわ。」
足元はぐらぐら、ぎりぎりと鳴いてエレニアに止まることを許さないようでもある。
常に歩み続けないと酷い目に合わせるぞと威嚇するような軋みに、その正体がよくわからないエレニアは心が落ち着かない。恐ろしいわけではないのだ、ただ――目の前の友人に
「何か」があっては困る。そっちの方が、「代わり」でしかない自分の体が損傷するよりも恐ろしい。
「どう?ジュジュさん、エリィたちは前に進んでも大丈夫かしら。」
「うーん、……うん、こっちは大丈夫だと思う!」
からりと声だけ明るい友人の顔色は伺えない。エレニアの瞳は何処までも煙で惑わされていて、この友人の表情を読んでやることは出来ないのだ。だけれど、その声の異変を知ることは耳が補っていた。

「――どうかしたの?」

いつもなら。
この友人は「大丈夫」と言う。「大丈夫だと思う」とは随分とまた、自信が無さげに聞こえていたのだった。
真白の女神の質問には、うう、とジュジュも唸ってしまった。のらりくらりとしているようで、かの女神は己の友人の変化には聡いのである。隠してしまうのも無駄な気はするし、友人の純粋な質問には答えてしまうのがきっとジュジュのエンターテイナーとしての気質でもあろう。

「わからないんだ。」
ジュジュは。
本来ならば、あの悲劇で狂わされた娘を――黒沢蘭をすぐに笑顔にしてやるべきだと思った。
だけれど、ジュジュにはどういう方法で笑顔にしてやればいいのかわからない。あまりにもかの少女に与えられた「不幸」は質が良すぎた。
かの母親の死体はきっと、目にしてはいけないものだったに違いない。切り口からは血が溢れて、脂肪がめくれて、皮なんて皮らしい形をしていただろうし、内臓からは昨日皆で食べた飯の名残なんてものがあったのかもしれないのだ。
血にまみれて人形のようになって、無造作に床に寝転がらされた母親の痛みも、それを見てしまった子供の痛みなんていうのは、ジュジュにはきっと理解できない。
想像ができてもそれ以上の衝撃が小さな体を襲ってしまったから、生半可な慰めでは余計に抉ってしまう気がして、彼女の見舞いには行かなかった。
「でも、――それじゃ、駄目なんだ。」

本来ならば。
今までジュジュが面白おかしく演出することで笑顔にできた子供達がいただろう。
時には勇気を与えて、時には生きる意味すら与えて、彼らの「夢」になったことだってある。だからこの少女にだって同じようにしてやるべきだったのに、あまりにもジュジュには痛みに同情させられてしまうのだ。
居なくなってしまった存在ともし、「再会」することができたのなら。
ジュジュだってきっと、離れたくないだろう。ましてそれが親の存在であるとしたら、たとえどんな生き物にだって「親」と言うものへの存在からは逃げられないように。
だから、――呪いだと思ってしまう。そんな考えをしては、笑顔を与えることは出来ないのに今はあまりにも笑顔にさせるための「納得」が足らない。
「どうしたら笑ってくれるかな。」
我武者羅に、屋敷の中の絡繰を解除していく。
仕掛けが起動してしまう前に、手品用のナイフ一本いつものように投げてランタンを一つ砕いてやった。溢れ出た「ガソリン」は爆発することなく滴るに終わる。

エレニアは、そんな友人の吐露を静かに聴きながら蛇たちで露払いをしてやる。
杖をいつもの幅ではなくて、少し前に差し出すようにして足元を警戒しながら思い悩む友人を襲おうとする絡繰を原初の蛇たちで打ち砕く。きらきらと粉々になったガラスの粒子を撒きながら砕け散ったシャンデリアは友人を美しく演出してくれたことであろう――見れないのが惜しいわと思いながらジュジュの思考を邪魔しなかった。

「ねえ、ジュジュさん。エリィには――家族というものはわからないの。」

エレニアは、物である。
それは例えなどではなくて、実際に彼女は阿片靴の女神であった。
阿片を吸う極上の煙管こそこのエレニアの正体である。人々を惑わせ喜悦の向こう側へと連れて行った罪深き器具でありながら、こうして人と今は手を取るのが彼女の在り方であった。だから、この友人の憂いの本質というのは共感ができない。そこは先に「友人」として詫びておく彼女なのだ。

「でも、――邪魔くさいわ、もう!」

がしゃん、悲鳴一つ上げて。
ジュジュのことを襲おうとしたショットガンは、彼女らがたまたま開いたこの書斎にて呆気なく滅ぼされてしまうのである。思わず身を守ろうとオーラを纏ったものの、目の前でエレニアの蛇が脅威を噛み砕いてしまったものだからジュジュは目を丸くしていた

「あのね、エリィ思うの。父親が為すべきはこんな絡繰屋敷にあの子を閉じ込めることでもなく」

こつ、こつ、と杖はエレニアの苛立ちを表しているようでもある。
かつん、とぶつかったのは書斎用の机らしい。埃を被ったそれが語るのは長らく持ち主が留守にしてしまっていることだ。
ジュジュがその机の染みを見ることができて――ようやく悟る。そのまま上を見上げてしまったのは、念のためであったに違いない。

「自死することでもなく、――もっと娘に寄り添うことだと思うわ。」

この書斎で、かの富豪は死んだ。
天井にきつくロープが巻かれたあとがあって、和作りの天井にある屋根を支える木々が少し歪んで痛々しい傷がそのままである。誰も、彼らを治せないのがまるで、この家族に与えられた孤独のようでしょうがない。ジュジュは――友人の言葉には「そうだね」と頷いた。
この屋敷は、きっと「守る」ために絡繰細工になっていたのであろう。
傷つけられた娘が、幸せのあとが、これ以上彼の手が届く範囲で痛めつけられたりしないように――これ以上壊されないようにきっと、異常ながらにその気持ちだけは「正常」に働きすぎた結果だ。
書斎に置かれた本たちの前に、ささやかに座る写真立てがある。
ジュジュがそれに足を向かわせたのなら、エレニアも同じくつま先を同じ方向にむけた。

「笑ってもらおう、だって、笑えるんだもんね。」

写真の向こうは、幸せに満ちていた。
親子そろって、写真に向かってそれぞれの温度を掌で感じながら笑む姿がある。
――こうあるべきで、取り上げられた笑顔がそこにあったから、ジュジュは確かな声で友人に言うたのだ。エレニアもまた、彼女の克服を知って嬉しそうに笑んでみせる。

闇も痛みも、理解しなくていい。
その代わりに、人は歩み続けなければならない。エレニアは立ち止まってしまう弱い生き物が嫌いだ。この父親なんていうのはまさにそうである。
だけれど、この友人は違った。

「ええ、笑顔にしましょう。できるわ、だって――ジュジュさんだもの!」

頼もしく笑んだ最高の演出家と共に歩む。病みで満ちた書斎を振り返らずに歩いていくジュジュの後ろを、エレニアがついていく。エレニアも「どうせ見えない」光景をわざわざ見る必要がないから、蛇の後ろ尾でドアを音なく閉めさせた。
「こんな屋敷になってたら、気も休まらないよね!」
「ええ!だからエリィたちがリフォームしてあげましょう。その為にはまず、壊さないと!」
きゃいきゃい、きゃらきゃら。
お互いに笑いながら痛みの後を壊していくさまはきっと、ジュジュにとっては「舞台」を整えてやるようなものだったに違いない。彼女が人を笑顔にするにはまず、いつだって「舞台」が必要なのだ。
動く動機はできた。己の行動を裏付ける理由も、この友人が与えてくれた。だからもう――揺らがない。

そして、その隣にて微笑む女神は満足そうだったのだ。
次に訪れる猟兵たちが歩きやすいように、それでいて笑顔の手がかりを探す友人の邪魔はさせまいと――赫の瞳はひどく静かであったことであろう。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ヴィックス・ピーオス
【ヴェポラップ(f22678)とペア】

・目的
黒沢蘭へのお見舞い

・行動
ケヒヒ、体を動かすのは得意な奴らに任せるのが一番だ
アタシたちは悲劇の少女を救い出してあげましょう
さっきはポーラの独壇場だったが
少女が相手ならアタシの出番だね。
部屋に入り蘭の前に座りUC『極楽浄土・夢幻世界』を少しづつ発動。
彼女を幸せな夢の世界へと誘う。

憎しみは何も生まないなんて聖人ぶった事は言わないが
そんなに憎んだところでアンタの苦しみは何も解消されはしない
ならいっそ全てを忘れ眠っちまいな。夢だけはアンタに寂しい思いをさせはしないからね。
おやすみなさい…どうか神のご加護があらんことを…

なんて少しばかり大袈裟だったかい?ポーラ。


ヴェポラップ・アスクレイ
【ヴィックス(f22641)に同行】

・目的
黒沢蘭の見舞

剣を取れば剣に滅ぶ……なんて言っても
マァこの手の輩は主上の御言葉など聞きゃしない
こういう時はシスタァが親身たっぷりに寄り添ってやるのが一番さ
どうせどっかの誰かが聞き耳立ててるだろうからな

・行動
他の猟兵がいないタイミングを狙って入室
ヴィーがUCを発動する間、第三者が入らぬよう入口付近で待機
怪しまれたらUCで適当に誤魔化し追い払う
関係者なら今後の展望を訊いておきつつ
退院後の行き場が無いなら協力は惜しみません云々

上出来だよヴィック
精々気持ち良く寝かせてやれ
イヒヒ





 ――お見舞い、というには少々仰々しい二人がいた。
 体を動かすのは得意でない。黒い服に身を包んだ二人は「それらしい」格好をした似非である。だけれど、理念といえば「都合よく」揃っているともいえた。
 聖人でありながら聖人ではない、ヴィックス・ピーオス(毒にも薬にもなる・f22641)とヴェポラップ・アスクレイ(神さま仏さま・f22678)は死神でもなければ毒でもあり薬でもあるような彼らである。
 彼らが病院に訪れたのは、ひとえに「体を動かすのが得意なほうに任せたほうがいい」というものであった。
 この少女に同情など、ないわけではないが――さほど、強いものではない。やりやすいように、職務を忠実に熟すのがいつだって彼らのモットォに寄り添っているのである。ヴィックスは「パッと弾ける」ように。ヴェポラップは「恨みつらみを買わない」ように。そこから導き出されたのは、これから猟兵たちが奪ってしまうだろう「母親」への妄執に憑かれた哀れな少女に導きを齎すことである。
 ようは、自己満足の二人なのだ。だから、神々しくあるからそこにいるだけで存在感を攫っていくヴェポラップはともかく、ヴィックスの手になんて見舞いの品一つありはしない。最も、ヴィックスの場合はヴィックス自身が見舞い品のようであるからでもあった。
 軋む院内の廊下に、「きひひ」とヴィックスが笑みを漏らす。

 きしきし、ぎいぎい、きひきひ、ぎ、ぎ。

 どこからが廊下の音で、彼女の隠れた笑みであるかもわからぬ。
 顔だけは粛々としたシスターらしいものにしておくように、ヴェポラップが言うてくれたものであったから、いよいよ「ナアスステヱション」なる場所にたどり着くまでには「よそいき」の顔に戻しておいたのである。
 幸い、まだ面会に他の「超弩級」は来ていないらしい。ヴェポラップがそれをナアスに確認したのなら、薄く笑んだヴィックスが顎を引いて頷いたのだ。

「マァ――この手の輩は主上の御言葉など聞きゃしない。」

 二人が歩くのは、ナアスの言葉通りに歩めば閉鎖病棟のはずである。
 まるで独房のように、そこには廊下が長くある。壁のように見えて、よく見れば小さな小窓と番号が振り分けられていて「部屋」であることが辛うじてわかる程度であった。「哀れだねぇ、どうかお許しを」なんてヴィックスが言えば「それらしい」。ヴェポラップも一つ、目を伏せて短く祈ってから歩くことにした。
 習慣めいた動作でありながら、相手を見定めているあたり神に対する冒涜でありながらも――人間に対する敬意はある。
「何番だったか。」
「362番だよ。ボケてんじゃないだろうね。」
 ――ぶち込むよ。なんていたずらっぽく笑うヴィックスを手のひらで払いのける動作でヴェポラップは返す。
 呻き声が聞こえる。ああ、とか、うう、とか夢を見ているのか現実を見ているのか、脳に巣食った悪魔にうなされながら頭をしきりに壁にぶつけて確かめる迷える民がいたって決して神は救いやしないのだ。
 彼らが救われるに値しないことをしたかもしれないし、「今はまだその時ではない」のかもしれないし――はたまた、神様なんて言うのはどこにもいるようでいないのかもしれない。
 彼らは神のメッセンジャーらしい服装をしながら、心のどこそこでは「救い」の正体を知っているのであった。
 この脳に苦しむ哀れな子羊たちだって、わかっているはずである。うわごとのように言う「宇宙人のせい」だとか「怪しい電波が」とか「国家が」なんていうのが本当の敵ではないことを。それを抑える薬は「救い」にはならないことを――「薬」は「かみさま」でないことを、この二人ならばこそよくよくわかっていた。

 歩みを止める。
 二人分のかかとが音を立てて止まった。
「ヴィー、こういう時はシスタァが親身たっぷりに寄り添ってやるのが一番さ。」
「ああ、そうだろうねポーラ。アタシの出番だとも。」

 ヴィックスがためらいなく、ドアに手をかけた。
 それを見て、当たり前のように廊下側を向いて――無機質な木製の壁を見るヴェポラップである。
 そも、この二人がどうして此処に来たかといえば理由はシンプルだ。絡繰りには説法も薬も効かない。だけれど、「対人」相手であればこの二人は「特効薬」にもなり得る。それに、ヴィックスを向かわせたのはかの少女が母親にとりつかれているからでもあった。
 似非・神父のような恰好をしていても、ヴェポラップは男性だ。亡くした少女の父性に語り掛けることはできたとしても、効果は薄かろう。それに、狂人相手に説法は向いていないのである。言葉の意味も正しく伝わるかもどうかわからない相手に、無責任なことはしない――穏健派ゆえの判断でもあった。

 だから、ヴェポラップは相方であるヴィックスに任せることとする。誰も彼女の邪魔をしないよう、彼は門番の役目に買って出た。

「――どうせどっかの誰かが聞き耳立ててるだろうからな。」

 脳裏によぎるのは、かの電脳の王である。
 少年のような風貌だというのに、ヴェポラップの知っている彼というのは「どこからでも」侵入をしてくるのだ。確かな手腕があるからこそ、情報の伝達も早かろう。盗み聞かれるほうがかえって都合がいいのである。ヴェポラップからすれば、「この後」のことはあとから来る同業に任せてやったほうがいい。

「そこの貴方、――面会ですか?」
                       カウンセリング
「ええ。病院からのご指示で、身寄りのない彼女の 問 診 を。」

 いけしゃあしゃあと。だけれど、「穏やか」に誰の恨みを買わないのならば、嘘も方便である。
 「まあ、そうでしたか」と恭しい所作でナアスは頭を下げていた。大正時代とは言え発達しているのがこの世界であるが、この閉鎖病棟とやらはずいぶん隔離されているらしい。此処にて仕事をする彼女の顔色だって、けしていいものだとは言えなかった。
                       コ チ ラ
「退院後の行き場にも困ると聞いておりますので、当教会は協力を惜しみません。」
 ――【縷々綿々・胡乱説法(ラウンドアバウト・スピィカァ)】。
 立派な超常の詐術である。きらきらと輝く光は、わざとささやかなものにしておいた。見るからに、目の前のナアスは疲れ切っていてこの病床に蝕まれているようにも思える。ヴェポラップにとっては、好都合だ。
「つかぬことを、――貴女、少し外の空気を吸われたほうがいい。苦労は美徳ではないですとも。就労の間に休息を得ることは、決しておかしなことではない。」

 外の足音のうち、一人分の軽いものが遠ざかっていくのをヴィックスは耳で拾う。
 相方はどうやらうまくやってくれたらしい。「上出来だよ」と心の中で賛辞を送りながら、丸眼鏡に――薄暗い室内を映していた。

 部屋の中にあったのは、小さな小窓である。
 それから、着替えなどが最低限入れられているのであろう箪笥と、天井には監視カメラがあった。トイレなどは透けていて、そこまで視られてしまうらしい。
 そして――寝台の上にいる少女は、大きなベルトで四肢を固定されて布団を着せられていた。

 寝ているわけではない。彼女の濁り切った黒が、虚空を見つめているのをヴィックスも近くに歩みを進めて理解する。
 心ここに在らず、というのはこういうことであるらしい。歩く足取りは穏やかなものにしておいて正解であった。

「憎しみは何も生まないなんて聖人ぶった事は言わないが」

 そこから、振動を少なくさせようと心がけてゆっくりとベッドの端に座ってやる。
 軋んだ音に反応して、少女の左手ががくんと揺れた。つかみかかろうとしたのかもしれないし、殴りかかろうとしたのかもしれないけれど、それは叶わない。
 猿轡をかまされたのは、きっと――死ねないようにだ。舌をかまないように、口から唾液をこぼれさせてでも彼女には「医療的に」適切な処置がされている。

「そんなに憎んだところでアンタの苦しみは何も解消されはしない。」

 いっそ、哀れであった。この「処置」は彼女の救いにならない。
 ヴィックスはこの少女の倍近く生きているから、――それ以上の苦労もしているから、痛みの正体を知っている。その克服だってどうすればいいのかわかる。
 だけれど、それを突き詰めるのはこの少女次第なのだ。きつく縛られ、自由を奪われ、人間としてのよろこびを取り上げられた彼女の心を支配する「病原体」はどうしようもない理不尽への憎しみである。きっとそれが、この少女の心を蝕んで、じきに脳も蝕んでしまうことは――わかっていた。

「休まらないんだろう。」

 脳も、心も。
 見ず知らずの他人の勝手にかき回されて、休まるはずの家庭すら奪われて、与えられるはずだった愛すらも壊される。
 そのあとといえば、他所の家にはかかわれぬと――当たり前のことであるが――無責任な周囲に寄り添いもされないで、傷口を化膿させて、痛みに苦しみ喘いでいたら「母親」との最悪の再会を果たした。
 この少女は、まぎれもなく「過去」に蝕まれ続けることになっている。今この瞬間も、張り詰めた瞳の奥がそれを物語っている。
 口づけを落とすくらいの距離で、ヴィックスがいつの間にやら少女のことを見ていた。
 苦しみよりも憎しみでこわばった体に、声はない。声をあげられないのではなくて、必要ないと脳が判断している。だけれど、瞳の奥はずっとずっと、怒りに満ちていた。

「――眠っちまいな。」

 ヴィックスには。
 かの少女の心に耳を貸してやることはできない。
 ヴェポラップほどの話術があれば、違ったかもしれないがこの彼女は「薬」である。薬にできることは、「害す」ことだ。
 薬と定義される「毒素」であるからこの少女のことは「癒せ」はしない。だけれど、その脳に「きっかけ」を与えてやることはできる。

「夢だけはアンタに寂しい思いをさせはしないからね。」

 ゆっくりと瞳を閉じる声は、優しいものであった。
 【極楽浄土・夢幻世界(ビュウティフル・ドリィマァ)】――狭い室内を満たすには十分すぎる「睡眠導入剤」である。
 彼女に与えられる抗精神薬なんかより、ずっとずっと質のいい毒が張り詰められる少女の瞳と、その脳を微睡ませはじめた。

「おやすみなさい。」

 燻り狂える少女の左腕はしばし硬直をしたものの、くたりと力を抜いておとなしくなった。その左手を、ゆっくりと、それでも確かに握って念じてやる。

「どうか神のご加護があらんことを――。」

 それらしいことを言えたものだと思う。
 ゆっくりと、音を立てずに部屋を出たころには相方に向かって「少し大袈裟だったかい?」と聞いてみた。
 茶化される前に自分で茶化しておいたと言ってもいい。「上出来だよ、ヴィック」と笑む彼は首尾よく為された救済が心地いいのだ。相方の行いを茶化してやる意味もない。
「精々気持ちよく寝かせてやれ。そのほうが後も仕事をしやすいからな。」
「だろうね、――よおく寝かせておいたとも。『話しやすいよう』に。」

 いひひ、ぎいぎい、ぎしし、ぎちぎち。

 救いの糸を垂らしておきながら、蜘蛛の顎よりもおぞましい足音と笑みをたてて。
 二つの救済者たちは病床を後にする。ほかの仲間たちが仕事をしやすかろうと、ゆったりとヴィックスの「毒素」が少女の部屋からほかの部屋へと染み出していた。

「サアビスしておいたよ。」
「なんだ、上機嫌じゃないか。イヒヒ」

 ス ク イ ノ ア ト
 静かすぎる沈黙 が、――病棟に満ちている。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

レイニィ・レッド
…やれやれ
自分はこういうのは得意じゃないンすよ

怪物が子どもに会う訳にもいかない
自分は屋敷を調べましょ

からくりは勘で回避しましょ
結局は人の仕掛けたモンです
やられて嫌なコトを徹底的にイメージすりゃあ
ある程度は予想がつくでしょう
予想外のモンが来ても
咄嗟に鋏で叩き落してしまえばいい

咄嗟の一撃は加減できませんから
ブッ壊しちまうかもしれませんけど
まァイイっすよね

ついでに母娘の事も調べましょうか
自分が何を叩き斬ればいいのか
ハッキリさせる材料にもなるでしょう

こんなからくり屋敷でも
生活できそうな部屋の一つや二つある筈
娘の部屋があれば手っ取り早いんですが

あの娘のことだ
母親との思い出は大事に仕舞っているでしょう





子供相手は苦手だ。
まだ食らいついてくるような勢いがあればいいけれど、弱り切った子供はタチが悪い。まして、弱り切ってこれ以上傷つけられる前に自分から狂人に成り果ててしまうと言う――いわば、究極の防衛本能を働かせる手合いとなんて真面目に取り合っては此方まで引きずりこまれそうである。
レイニィ・レッド(Rainy red・f17810)の世界に、「狂人」というのは裁くのに中々苦労する。
何故ならば、かの病棟にて夢見る少女とよく似た境遇にある子供たちと言うのは往々にして「理念」がない。そんなものが芽生える前に情緒をとりあげられておかしくなってしまった。
彼にはその存在を攻めてやることはできないし、そんな理由も生じ得ない代わりに、助けてやる気になれないのである。赤ずきんは、よくよくわかっている気でいたのだ。この悲劇の子供たちというのは、いずれ成長した時に己の法に触れるのである。
幸い、この場には赤の怪物よりも子供の傷に挑もうとした誰かもいたものだから、ならば邪魔するわけにもいかないかと――子供の夢を侵す前に、自分の領域を決めた彼だ。

黒沢邸は、豪邸というよりもまるで一つの施設であった。
「身寄りのない人を匿ったりしてたんでしょうか。」
そんな事で一体なんのビジネスになったのだろう。世の中を作るのは金であり、その上に立つ意志こそ最も尊ばれるべきで、この赤ずきんが思うに、恐らくこのびっくり箱となった住居にもその痕跡があるように思えるのである。彼がとった手段は「破壊」ではなくただしく「探検」であった。
「よっと」と声を小さく上げたのなら、自分の体はいつもよりも大きく動く。体を振り子のようにして大きく振ったのなら、起点となるのは先程から捕まっていた廊下のランタンだ。高い天井の近くに、壁から生えるそれは近づいてみれば思ったよりも大きい。両手を焼かないようにかさには触れないで、首に手を回した体を次のランタンへと投げる。また掴んで、あたりの様子を伺う。
「流石に赤外線なんてものは――あったりしますよね。」
だいたい。
金持ちの家というのは警備が大袈裟だ。監視カメラもつければいいと言わんばかりにつけているやつは、往々にして敵が多いことをアピールしているようにしか見えない。己の視界を遮るようにしてゆっくりとレーザーポインタが赤を赤で照らすものだから、目を細めて舌打ちを一つする赤ずきんであった。

彼の体は、色素が薄い。体を構成するそれが少ないということは、必然的に彼の体が光に弱いことを物語る。目深に被った赤のレインコートで遮るために、少し顎を引いたのならば。

「豆鉄砲じゃア、殺せませんよ。」

暗闇の向こうで、鉛玉が唸ったのを聞く。
速度を上げて弾き出された銃弾を、白銀のハサミでまず一つはたき落としてやった。片手だけで体をむやみに支えるわけにもいかないが、このドッキリばかりの心落ち着かぬ屋敷である。絡繰屋敷のこの家に休むところがあるとするのなら、何処だろうか。
自由落下をするのは拒まれる。無数の赤の光たちは赤の怪物が落ちぬところにまで鉛玉を打ち付けていくのだ。木の壁にめりこんだのを確認してから赤ずきんは軌道を読みつつも軽やかに壁を蹴って徐々に高度を落としていく。
弾は真っ直ぐにしか飛べないから、それを知っている赤ずきんは攻略に苦労しなかった。
息を切らすことなくくぐり抜けてみせる両足は、高く上がるし鋭く壁を蹴れる。怪物らしい力を手に入れた体こそが織り成す御技といえた。この彼は、何処までも冷静でありつつ、己の使命のためには手段を選ばない

「正統防衛ということで、ここはひとつ。」

文句を言われたところで、聴いてもやりませんが。と緩く言葉を引き連れながら。
弾の襲撃がやむであろう場所まで、彼は走る。床など足をつければ剣山でも出てきそうで面倒くさい。壁を蹴ってじぐざぐと動く彼の早すぎて迷いない軌道に、鉛玉は追いつけて居なかった。

――娘がここに住んでたってぇなら、せめて娘の部屋くらいは「何もない」でしょうよ。

まして、此処から出さなかったのだろうし。
勢い任せて右肩から目当ての部屋にぶち当たる。簡単にドアはひしゃげて、赤の怪物の侵入を許した。開けた拍子にショットガンでも上から放たれないか瞬時に想像して、ごろんと一回右に横転させてみたものの流石に「実の娘」を相手するはずの空間に悪意は置けなかったらしい。

「親っていうのは、いっつも子供が弱点なんですよね。」

悪意合戦はどうやら怪物の勝ちである。負けてやる気はひとつもなかったのだけれど――とまれ、この怪物は娘の残り香すら失せたその部屋に来てしまった。
静まり返った火花はいっそ寒々しい。
「ハッキリさせましょ。」
それから、躊躇いなく赤ずきんは部屋の中を漁るのである。年端のいかない娘の部屋を漁るなど何の背徳感もない。寧ろ、彼を今ここまで借り立たせているのは胸の中にある不快感であった。


なにを裁けばいいのか、わからない。


彼は手にする裁ちばさみのような男である。
己の決めた図面通りに人を裁断し、この世には彼の望んだ人間だけが残れば良い。
いたずらに命を刈り取っているのではなくて、彼の視界に映るものはすべて「正しい」か「正しくない」か、なのだ。
裁けぬ悪すら裁き、人に害なす善すら殺す。
それこそ、ダークヒーロー・レイニィ・レッドの生き方であった。だからこそ、今この状況というのは大変もどかしくてしょうがない。今回の案件はどちらも「哀れ」でしかないのだ。
まだ親に執着するような年頃の少女である。そうそう思い出も捨てれまいと踏んだ赤ずきんの考えは正しすぎた。机の引き出しを引けば写真。タンスを開ければ写真。筆箱の中を開ければ――「髪の毛?」

かの少女にかけられた呪いは、実に複雑でありながらさらなる重さがある。

死んだ存在をこれ以上怪物も裁いてやることは出来ない。かの犯罪者が「正しくない」のはこの怪物の前では明らかであった。しかし、赤の怪物は死者の魂を食うような生き方はしていないのである。ならば、何が正しくないかといえば――。
手に握ったのは筆箱で、その中にある栗色の髪の毛を見る。長さ的と老いからして、これの持ち主は少女ではなかろう。

「乳離れできない、でっかい赤ん坊みてェなことしやがって。」

思わず呆れた声も出るというものだ。
子供が親に向ける期待もよくわかる。親というのは「そこに居るのが当たり前」なのだ。特に小さい頃は親が作る世界こそが全てで、親こそが子供の神であって、親こそ法である。
だから、目の前で全てを失った「ていど」で此処まで狂う少女には呆れたし――これを、影朧になった今でも叱ってやらない親は間違いなく、「正しくない」。

「なにが子供の為になるのかなんて考えちゃいねえ。ああ、これだから。子供が子供を産んだようなものですね。」

かの母親とて――未熟な情緒だったのやもしれぬ。
怒ってやれるほど強くもなければ、赤の怪物のように強く言い切ることもできないまま子供を育てて居たのであろう。なるほど、「正しくない」。

筆箱を埃っぽい窓を開けて、投げ捨てる。センサーに引っかかったらしいそれがちゃんと鉛玉に撃ち抜かれて髪の毛を飛散させたのを見送って、ようやく赤ずきんはすっきりとした。

「――手のかかる親子ですよ、ホント。」

子供用の勉強椅子にもたれかかるようにして、二回転。
はー、と長くため息をついた白色の肌には、きっと憂いがあって、それから真紅の瞳には――鉛玉よりもずっと鋭い殺意が宿って居たのであろう。
キリトリ線には、もう充分だった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鎧坂・灯理
挑戦は大事だ
小娘の説得を試みる
額に触れてUCを使用、ハッキングとテレパシーを応用し、脳内に「入り込む」
記憶を直に見て、真っ向から黒沢蘭と対面しよう

精神力を黄龍で強化し、鳳凰の術式を起動し、索冥に意志を注ぎ込む
「私」を護る準備を固め、覚悟を決めたなら防衛戦の始まりだ

さあ、叫べよ黒沢蘭
貴様の言葉を残らず聞かせろ
苦しみも悲しみも吐き出せ
私は逃げも隠れもしない
ぶつけてみせろ、そうだ殺す気で来い!
頭が壊れそうだな!だが絶対に潰れんぞ!
全て受け止めてやる!

私に貴様は救えない 他人だからな
貴様を救えるのは貴様だけだ
闇しか見えないか?気分はどん底か?
ならば後は上がるだけだ

生きろ黒沢蘭
生きて、世界を見返してやれ


エドガー・ブライトマン

私はラン君のもとを訪れよう


やあ、キミがラン君だね
私の名はエドガー。通りすがりの王子様さ
よかったらすこし話をしよう
いやなら私が話しているのを見ていて

痛いよねえ。その拘束じゃなくて、キミの心
ゴメンね、私はキミの事情をすこし知っている

私にも愛する母がいる。とても優しいんだ
しかし私は母のもとを離れ、こうして長く旅をしている
寂しい時だってあるけど

どうしてかわかる?母が誇りに思うような私になるためさ
母は私を大切に育ててくれた。私はそれに報いたい

きっとキミのお母さんはね
ラン君に前を向いてほしいと思っているんじゃない
体が離れようと、キミとお母さんは離れ離れにならないよ
心と血が繋がっている

血縁って、強いからさ





 閉鎖病棟と聞いた。かの少女が『また』閉じ込められたのは――一般的な思考ではどんな場所かも想像できないような場所である。
 たとえ其処が、かのUDCアースと存在する場所と定義が変わらないのなら、それはそれは冷たくて、日の光すら余計なストレスであるから侵入を許さないようなところであろうと鎧坂・灯理(不死鳥・f14037)は思う。
 本来、彼女は「少女」の心に触れるよりも、「屋敷」に向かったほうが得意であった。救うよりも壊すほうが簡単だからである。
 人間相手ではないから余計な良心も痛まないし、もの相手なら容赦なく力はふるえるはずだった。余計なストレスも己の心にかからないし、責任も降りかかることがないのに、今日この日の彼女はこの病める場所を選んだのである。

 ――挑戦は大事だ。

 人を、人の文明を大きく進歩させてきたのは「挑戦」であった。
 失敗を過失とはせず、「その方法だと失敗する」とプラスに考えて、何度も何度も試行錯誤を繰り返した人の道が今にある。
 この浪漫譚で止まったままに発展した世界だって、きっとここに住んでいる種族に「ひと」がいるのならばそう変わるまい。灯理は、それを信じているしだからこそ此度彼女はあくまで「自分の進歩のために」この病棟へやってきたともいえる。
 ――黄龍。
 サイキックである灯理の能力を底上げし、それを支える金の相棒は彼女の指でとぐろを巻いていた。彼女の覚悟が揺るがないよう、その意志を縛るように座す。
「さて、私は行くが。」
 何度か右手を握って、ひらいて。それを繰り返しながら、左目で己の横を見る。右目は「右脳」を強化するために観測鏡帯『霊亀』を動かしていて忙しい。
「――どうする。」

 貴様は、と言わなかったのは隣にいる彼があまりにも「そんな」言葉とはかけ離れた存在らしいからである。

「どうもこうも、ラン君のもとに訪れるとも!」

 貴公子――というか。
 王子様らしい振る舞いは、いっそこの大正時代の沈黙する病棟にはミスマッチである。しかし、彼が歩くところといえばこうして輝きが満ちて光がともるのが常なのだ。
 エドガー・ブライトマン(“運命”・f21503)は「通りすがりの王子様」である。そんなタイミングよく通りがかるはずがないのだが、そのほうが体がよいからそう語っているのだろうなと灯理も早々に彼と世界観を合わせることにした。それくらいの説得力が、彼には「ある」気がするのである。
 事実、エドガーはまぎれもなく「王子様」である。その身にオウガの貴婦人を宿しながら、こうして今日も迷えるお姫様の卵を救おうとかいがいしく世界を渡り、誰もの救いであろうとして忙しい。
 しかし、それこそ彼が「軽薄」でない意志の持ち主の証である。灯理の隣で、意気揚々と、しかし、しっかりと足を踏み込んでかの病室に向かう姿は勇ましいものであった。
 灯理もそれを見ているからこそ、彼の邪魔はしないし、己も己のすべきことをする。――一人で挑むよりは効率がよかろう。不得手なことに孤独で挑むのは無謀といえた。

 先の猟兵のおかげで、異様なこの空間もとい、閉鎖病棟には沈黙が訪れている。
 いびきなども聞こえないほどにどっぷりとすべての患者が寝かされているのであろう。この状況は、灯理にとっては好都合であった。余計なノイズがないのは思考が巡りやすい。脳が正常に波形をたたき出しているのをカウントしながら、エドガーの隣を同じ歩幅で歩く。
 エドガーも微笑みを絶やさないまま、しかしきりりとした形の整った眉と美しい美少年らしい顔を緩ませはせずに病室の扉に触れた。
 彼らが超弩級であることを、この病院内のすべてが知っている。施錠はあらかじめ解かれていたし、侵入するには容易すぎた。

「キミが、ラン君だね。」

 二人、病室にて。――ようやく、沈黙を与えられた悩める少女の部屋に訪れる。
 エドガーの青がこころなしか少し陰ったのは、彼女の気持ちに多少の共感があったからだ。対して、灯理の紫は揺らがない。
 灯理にとって「親」というのはきっと「孵化器」のようであった。己らの勝手で灯理とその半分を作って、勝手な道を敷いて、勝手に運命を決めた彼らである。
 今でもまだ息災であの世界で生きているのだろうし、歯車なのであろうが――まあ、思い出すのもうっとうしい。今の灯理はもう「大人」だった。
 だから、眠る黒沢蘭のそばに勢いを止めないままに近づく。

「――何を!?」思わず、エドガーは己の前を行って縛り付けられたままの少女に鬼気迫る勢いで突っ込んだ灯理を見た。
 ・・・・
「入り込む。」灯理は、振り向く。
 エドガーの前に己の右手を差し出していた。握れ、と顎で合図をして、エドガーもしばし考えて狂気の薔薇がいない右手で握る。
「脳は、電気信号だ。ロマンスのかけらもないことを言って恐縮だが、王子様よ。そういうものなんだよ。」
 不遜に笑む彼女の手は、エドガーの手と同じくらい硬い。女のものであるのは彼女の所作からなんとなくわかる程度のものだったけれど、力強さはこの王子と同等である。エドガーも、ならばと口を開いた。
「私は王子様さ、ええと」
「鎧坂灯理だよ。鎧坂でいい。」
「そう、カイザカ君。いいかい、エドガー・ブライトマンは王子様なんだ。夢見る少女の夢の中に入るくらい、なんてことはないよ。」
 胸を張る、少年だ。
 金の髪が揺れる。しかしそれは、決意からであった。空色の瞳の奥は深海の色をしていて――藤色の怪物はこの王子の器量を見た。
 審美眼というものが灯理にはある。きっと黒のつがいを選んだのが「けして間違いではない」ことから極めて正確だと証明された。だから、この少年の手をもう一度しっかりと握ってやる。

「ミスタ・ブライトマン。」
「何だい?」
「――少し、痛いぞ。」

 いうや否や。
 ばちん、と――小さな閃光が二人の手の間で爆ぜて、部屋を一瞬照らしたのである。

 右手が焼けたかと思って、エドガーが反射で目を閉じた。そして、次に開いた頃にはもう病室にはいなかった。
「ここは。」
「夢の中にご招待だ。」
 【技術:BPハック(ブレインサイコハック)】。本来の予定では眠れる少女だけに使おうと思っていたが、一人くらい増えたところでなんてことはあるまい。
 体内に流れる微弱な電気を、彼とつないだ後にすぐさま眠れる少女の左手に触れて、ジャミングさせただけのことである。あとは妨害したままお互いに占拠しあえば、ここは灯理の戦場となった。

 と、解説してやってもよかったのだけれど。
「すごいね、魔術師のようだ!」
 感動するエドガーにそんなことを言ってやるのは、少し『ロジカル』過ぎる気がしてよしたのである。恭しく小さく一礼してみせて、「では、魔法が解ける前に」と藤色を彼から離した。
 エドガーもつられて、蒼を同じ方向に向ける。灯理の意識が向いた先には、少女がひとりぽつんと座っている。
 華奢すぎる体をしていた。体重はたぶん、あの調子だと三〇を切っている。風に吹かれれば倒れてしまいそうな少女が座る空間は、己らと同じ場所に違いなかった。小さなオルゴールの音が聞こえるのを、集中したエドガーの耳が拾う。意識を夢に寄せれば、鮮明に当たりの景色が見えてきた。

「――屋敷だな。」

 黒沢邸は、まだ絡繰り仕掛けでない。
 彼女の夢の中で、ここが「そう」であるということはきっと、からくり仕掛けをこの少女は望んでいなかったのであろう。つくづく余計なことをしてしまったものだな、と灯理は見ず知らずの彼女の親に呆れた。

「やあ、ラン君。」

 エドガーは、ほとんど衝動のままに彼女に話しかけていた。
 歩きながら、華奢な背中が震えたのを見る。その体に拘束具がいまだにあるのは、きっと夢の中ですら彼女はそれを「いや」だと思っているからだ。
 夢は、追体験であると聞く。記憶の整理――エドガーには縁遠い話ではあるけれど、ともかくこの少女が夢の中でまで縛られているのが、可哀想でしょうがなかった。
 痛々しいさまに、「痛いよね」と声をかける。「私の名は、エドガー。通りすがりの王子様さ。」
 お決まりのような文句ではあったのだけれど、その言葉に乗ったのはやはり「使命感」だ。灯理は、しゃがみこんだ少年の背に隠された少女を見据える。

 ――黒沢蘭は、すっかりこけた頬をしたままに「王子様」を見た。

「おうじさま」
「そうだよ。」
「うそ、――いないもん。」
「夢だから、いるのさ。」
「 い な い も ん ッ ッ ッ ! ! ! 」 

 叫びとともに、暴風が巻き起こったかのようで。
 ばりばりばりばりとけたたましく、かの少女がいた空間が「ひび割れ」た。傷に触れられそうになって本能的な拒絶を現わせたのである。
 心からの拒絶が「夢の中」では風圧となって、エドガーの「からだ」を襲う!「わ、」と声を上げた王子様の背は、魔法使いの手によって支えられた。

「なあんだ、元気そうじゃないか、ええ?」

 悪魔めいた笑みとともに。
 意志の怪物である――灯理は低い声を唸らせながら王子様を片手で支えて、彼の肩を超えた首を少女に向ける。
 よろけてしまう王子様が正しくて、この向かってくる怪物が異常なのだ。「ひ」と声をあげた少女の声には間違いなどない。しかし、灯理は問いかけをやめなかった。

「叫べよ、黒沢蘭。もっとだ。」

 こんな「風圧」ごときが、なんだというのだ。

「もっとだよ、なあ。貴様の言葉を残らず聞かせろ。」

 がるると牙をむきだしている獣のような横顔に、エドガーはおののく。
 しかし、この険しい顔をした女のそれは、間違いなく「善意」であり、「救い」の一手なのだろうと思う。だって、彼女はエドガーを手放さない。
 
「苦しみも悲しみも全部吐き出せ。」

 こんな言い方しかできないから。

「――私は逃げも隠れもしない。」

 灯理は、ずっとエドガーを離さなかった。
 優しい物言いは、この王子様のほうがずっとうまい。己ができるのはただただまっすぐすぎる言葉のみで対話することだけだ。
 くす玉を割るような行為で、癇癪球に火をつけるような行いであったとしても、これしかできない。「救う」ための一言は、優しさで守るよりも直接的なもののほうがいいと思った。
 「自分だって」、助けられたときは「そう」だったのだから――。

 エドガーは眼前で目の前に爆発が起きたような気がしたのだ。
 柔らかな金髪が巻き上げられて、とうとう蒼は細くなる。灯理の瞳がこの風圧で開いているのを横目で見て、おそろしかった。
「そうだ、殺す気で来い!!すべて受け止めてやるッッッ!!!」
 目の前の少女の声は、叫びとともに風圧になったらしい。泣きわめいているのは分かるのに、その声はすべて耳元できえていく。
 いいぞいいぞとけたたましく笑う灯理の声だけが風に乗って夢の中を支配した。「頭が壊れそうだな!――だが、絶対に潰れんぞ!」
 彼女が言う通りに空間は割れて、亀裂が無数に走り始めている。――まずい、と思ってしまうのは本能的なものだったのだろうか。エドガーが思わず、風圧を生み続ける少女の体を抱き寄せたのは咄嗟だった。

「ゴメンね」

 三人の距離は、近くなる。
 灯理が、寄せられた小さな体を知って笑うのをやめた。声が届く範囲でいれば、もう大きな声を出してやることもあるまい。
 少女もあっけにとられて、夢の中とはいえ久しぶりの人間らしい優しい温度に驚いているようだった。

「すこし、話をしよう。」

 いやなら、見ているだけでいいから。
 ――勝手に、この少女の事情を知っている。エドガーたちはそれが「仕事」であるけれど、傷を「知ったつもり」になられているこの黒沢蘭にとっては、そんなことは有難迷惑であろう。
 だから、エドガーがこの少女に選んだ説得のカードは「重ね合わせる」ことだった。

「私にも、愛する母がいる。」

 エドガーが生き物である限り、親がいるのは常だ。
 しかし、彼はこうして長くの旅に出た。母親を離れて、時にさみしい思いをしながらも救う手を求める民たちの「王子様」であり続けている。
 弱きを助けて、悪しきをくじき、その体を剣のようにして決しておれぬ心がある。愛する王子の記憶を蝕む嫉妬深い貴婦人に脳を喰われながらも、こうして今日も、大好きな「民」を救おうと走る。
 それは、美徳ではあっても苦労の多い道のりだ。わかっている、だけれどそれに挑み続けるのがこの彼なのである。

「それは、なぜかっていうとね。」

 ――母が誇りに思うような私になるためさ。

 白くなった、黒髪を撫でてやった。
 夢の中でさえ、「望んだとおり」の姿に成れない少女をいやすように、ぎこちなく痛む左手で撫でてやる。
 嫉妬に狂う貴婦人に、若しかするとこの後この記憶は喰われてしまうやもしれぬ。だけれど、構わなかった。――この場には「証人」となる灯理がいる。
 沈黙して見守っている怪物は、けして、お伽話に出てくる「討つべき相手」ではない。藤色をちらりと見てうれしそうに笑った。

「キミのお母さんはね、大切にキミのことを育ててくれただろう。私もね、そうしてもらったんだよ。」

 難しい言葉で話すと、きっと狂人には通じない。
 レディを幼い子供のように扱うのは、少し憚れたけれど致し方ないことだ。

「ラン君に、前を向いてほしいと思っているんじゃない。自由に生きてほしいと、思っている。」

 どぶ色の瞳に、蒼が差す。
 ああなんだ、照らしてやればいい色をしていたんじゃないかと灯理が息をひとつ吐いた。

「血縁って、強いからさ。そう簡単に、離れ離れにならないよ。――心と血は、繋がっている。」

 論理的に考えたって、彼の言っていることはきっと正しい。
 DNAに刻まれた親の情報は、細胞レベルでしみ込んでいるのだ。だから、この彼が語る夢物語は根拠がある。
 灯理は――自分が納得したからこそ、彼の言葉に倣うことにしたのだ。考えのある人間らしい「救い方」を試すいい機会でもある。

「生きろ。生きて、世界を見返してやれ。」

 ――母親から離れたくない、という気持ちは。
 情緒だけなら一般的な人間の手順を踏んで成長した灯理だからこそ、わからない。子供は親から自立をしたがるものだ。
 だけれど、この「少年」であるエドガーが「さみしくても頑張っている。そんな自分を誇ってほしいから」というのが「子供らしい承認」であるというのならば、それに従ってやるべきだ。
 子供の価値観を、「大人」となった今の価値観で救うのではなくて、「レベルを合わせてやる」。――灯理だって、そうやってようやく呪いから救われたのだから。

「今がどん底だろ。じゃあ――」

 ぽん、と二人の頭に手を置いた。
 ちょうどよく両手があってよかったと思う。それで足りたことだって、まるで何かのめぐりあわせのようでもあった。

「後は、上がるだけだ。」

 魔法が解ける。
 ぱちん、と小さな雷鳴とともに夢の世界が崩れていった。
 人間の意識は「耳」から入るのだと灯理が思い出したところで――皆の意識が現実へと変える。
 エドガーが目を開いた時には、黒沢蘭の視線がこちらを向いていた。灯理も、おそれる必要がないのだと言いたげに微笑んでいる。

「泣いているのかい。」

 少女が、声を上げられないけれど、泣いていた。
 どうしたらいいのかわからなくて、笑ってばかりいた。狂ってしまったと言われた彼女が、命と心を守るための本能的な防衛から笑い続けていただけのことを、誰もが見破れなかったのを――あばいたのが、猟兵たちであった。

「泣けたのかい、ラン君!」

 よかった、と言うエドガーの顔だって、どこか安堵からか泣きそうだったから灯理が「ふ、」と思わず声に出して笑む。
 泣いてどうするんだ、とか。行くぞ、とか。エドガーに声をかけてやりながら、それ以上の手ほどきはいるまいと灯理が背を向けた。きっかけは十二分に作って、かの少女は先ほど「殺人鬼」の呪いから解かれたばかりだ。潤んだ瞳にはちゃんと蒼の輝きが移っていたし、――もう濁らないだろう。
 あわてて電脳探偵の後を追いかけるエドガーが、しゃくりあげる彼女に振り向いて、少年らしく笑って見せた。

「大丈夫だよ、――王子様なんだ!」

 ぱたぱたと走っていく音は、どうしようもないくらい弾んでいた。小さくなっていく音にさみしさを感じながら、蘭はまだ、ここが夢のような気がしてならない。でも、もう夢ではないと知ってしまった。痛烈で、鮮烈で、それから――強い想いを教えてもらったのだから。頭がやけにすっきりしていたから、思わされてしまったのだ。

 ああ、きっと。この未来もお伽話では――終われない!
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

吉野・嘉月

俺は年頃の娘さんの相手は上手に出来ないだろうからね。そっちは他の人に任せるよ。
鍋つつきながら見てたが「超弩級」の猟兵っていってもほんと色んな人がいるもんだな。
正直普通にちょっと毛が生えたくらいの俺に出来ることはしれている。
だからそれをやるしかないだろう?
一度受けた依頼を放り出すのは嫌だしな。

【情報収集】をしよう。
黒沢家についてもっと。もっと。
主に調べるのは母親のことだが父親のことも調べる。からくり屋敷なんてよっぽど器用じゃないとできないしな。改造するにも人手やら材料は必要だろう?

からくりは複雑だけど仕組みを理解すれば意外と簡単だったりするのかもな…心だってもしかしたら…。


アルトリウス・セレスタイト
最後に遺したものがこれなら
最後に何を求めたか、その解がこびり付いているかもしれんな

界離で時の原理の端末召喚。淡青色の光の、格子状の針金細工
屋敷の奥、「母」の元を目指す
道中は罠を敢えて我が身で受け、その度に受けた罠を元に時を遡行
「父」が拵えた屋敷が何をどうしたいと願ってものであるか
その執念と、源である「なにか」を一つずつ傷と共に刻み込む

己の身がどこまで人なのか不明だが、致命となると判断した時だけそれを避けるように回避
行動不能となりそうなら魔力で強引に動く

「母」へ辿り着いたら同様にして「聴く」
最早言葉はなかろうから仕方ない


父と母が娘に向けたもの
親を持たぬ身では、こうでもせねば実感できん





 目指す座標は、地下である。
 アルトリウス・セレスタイト(忘却者・f01410)は躊躇うことなくその先にいる「母」を目指していた。
 彼の体は、その超常を以てしても傷だらけとなっている。しかし、彼の涼しい顔は変わらない。
 床を踏みぬいて壁から現れる剣山に横っ腹を貫かれて壁に磔にされ、脳を揺らされながらとどめの槍が天井から降って彼の腰部を貫いたところで――致命に至らないから――彼が死ぬことはない。
 その体は、人間であるけれど。彼の持つ力は「人間」のそれではないのだ。
 【界離(カイリ)】。彼の周りを浮遊する形を変える格子状の針金細工は、淡い青で彼の頭を照らしている。それが小さな起動音を立てれば彼の「脳」や「心臓」が無事な限り時間を遡らせてくれる。彼の体は傷がつく前に戻る仕組みだ。
 まるで、目の前に広がるのは「出来の良すぎる」映画のようで、ははあ、とため息をつかされる。

「なんでそこまで――いやはや、猟兵っていってもほんと、色んな人がいるもんだな。」

 吉野・嘉月(人間の猟奇探偵・f22939)は、リボルバー銃を握っていたとて。
 目の前のアルトリウスのようなことはできない。そもそも、つかさどっている超能力が違うから当たり前ではあるのだけれどやはり世界の広さというものに驚かされてしまう。
 彼の自己評価が「普通にちょっと毛が生えたくらい」であるからの言葉であった。この依頼を途中で投げ出してしまうのは夢見が悪いし、なによりまだ好奇心は満たされないから嘉月は此処にいる。
 たまたま絡繰りを潜り抜けようとするアルトリウスがいたから、彼がその身で罠を壊し始めた後を歩くことにしたのであった。
 ――破滅的な方法であることは、気になる。
 だけれど、嘉月にはできないことだ。現にアルトリウスにも考えがあってそうしているのだろうし、滴る赤がまた姿を消して、蒼が彼の姿を元通りにさせている光景を見続ける。

「なあ、痛くないのか?」

 純粋な疑問である。
 いくら「超弩級」と称される己らだって、痛覚までがそうであるとは言いがたい。遮断できることはあるだろうが、こころというのも痛みを感じるのだし目の前の彼の行為は――建設的とは言い難い。
 アルトリウスは、探偵の問いに足を止めた。

「痛いとも。俺の体は人間だ。」

 淡々とした声は、冷静である。「じゃあ、別の方法にしないのか?」と問うてみる嘉月だ。
 このアルトリウスは、確かに別の方法をとれる。もっと効率のいい方法だって知っているけれど、彼は血みどろを繰り返しては巻き戻して、考えていた。
 否の意思を伝えるにはどうするのだったか――、ゆっくりと首を左右に振って見せる。鋭い銀色が揺れた。


「父と母が娘に向けたもの。親を持たぬ身では、こうでもせねば実感できん。」

 その言い方は、まるで。
「ああなんだ、そうか、そうか。」嘉月が納得のいったように笑う。モダンな衣装に体を包んだ彼が納得したのなら、アルトリウスもまた前を向いた。
 ――彼は。「こころ」というものが人間のそれではないらしい。己の顎を撫でながら、目の前にいる白黒の「謎」を見た嘉月である。
 人間に「ちょっと毛が生えた」程度の嘉月だって、かの少女にかけてやるべき言葉はあれど面会は避けた。
 お人好しな割に、己のパーソナルスペースが広く、人をあまりそこには入れたがらない彼である。同情も共感もあったところで、接し方に困ってしまうだろうと思った。それでは、あの少女のためにも嘉月のためにもならない。
 多分、それは――このアルトリウスはもっとむいていなかったのだ。

「知りたいのだ。何が、ここまでさせたのかを。」

 好奇心と、使命感の混じった声である。無機質に見える彼はきっと彼こそ針金細工のような男なのだ。
 嘉月にできることが、このアルトリウスにはできぬ。彼には、人の情緒というものが備わっていない。生まれたときから「超弩級」すぎて、そうでない誰かの心を知らないから――面会にはいかなかった。
 だから、彼は「超能力者」らしく、その身に彼らの想いを受けることにしたのである。

 歯車に足がひきつぶされても。
 手のひらを銃弾が打ち抜いても。
 腰椎を飛び出た棒で打たれたって、「原理」で時間を巻き戻す。

 なるほど、強大すぎるというのも苦労が多いらしい。吹き飛んで血を出す彼のさまを見ながら、彼の「履修」を納得の言った顔で嘉月は見ていた。
 文字通り、このアルトリウスはその体に「刻み込んでいる」のだ。
 人間の心は絡繰りよりも難しい。一つの仕組みが分かればそこになにかかが必ず付随するようなものではない。わかっているから、嘉月は割り切っているけれど、アルトリウスはわからないから割り切れないのだ。血を吹き出しながら、彼は追想する。流した血の分だけ、この空間が「父」と「母」の記憶を彼に伝えていく。その心を説かれて、数式の解を求めて彼はまた悪意に貫かれて先を往く。

「絡繰りは複雑だけど、仕組みを理解すれば意外と簡単だったりするのかもな、人間だってもしかしたら――そうかもよ。」
「そうだろうか。」
「うん。難しく考えすぎなんじゃないか?ほら、頭がよさそうだから。」

 だから、アルトリウスでわからないことを嘉月が考えるようにする。
 アルトリウスが収集した情報を、彼の体を犠牲にしてすべての絡繰りを発動させた部屋にて共有することにした。――客間らしい。あしらいがほかの部屋とは違って、使用人用のものではあるだろうがやはりこまやかだ。壁ひとつの模様すら華美過ぎずさみしいものではない。

「母は、此処で殺される。」
「客間で?」
「――『雇ってしまった』。」

 かの連続殺人犯は、もう死んでしまったという。
 黒沢家を狙い、その周囲を殺してきた彼の所作を「さかのぼる」ことで見ていたアルトリウスだ。
 初老の角刈り頭だった。白髪が混じりだして、だけれどこぎれいなワイシャツと、執事らしいベストなんか身に着けたままここで「母」をめった刺しにしている光景を見る。
「ははあ、使用人の中に紛れたのか。ということは、元はどっかの使用人かな。」
 使用人の中に扮するのならば、使用人らしい振る舞いができねばならない。
 大金持ちとて暇でない。特にこの、黒沢家というのは絶えず回る家である。けして子供を孤独にはしないけれど、懸命に大きな歯車として小さな町を回す程度には力を使う家であった。だからこそ、――使用人として求められるのは即戦力の素養であろう。
 今更初老の男にマナーを教えてやるような時間がない。つまり、ある程度どこかで経験があって、それなりに働ける人材を雇っていたはずである。

「あれが殺したかったのは、彼らではない。」

 アルトリウスは、言葉を続ける。

「――あれを作った金持ちどもだ。」

 探偵が汲む。「そりゃあ、ひどい話だ」と。
 殺人鬼は、私怨の生き物である。確かにめった刺しなんて、加害することによほど性的興奮を抱かなければ変態だって御免なのだ。処分に困るし、足がつきやすい。
 だけれど、この殺人鬼は刺すだけ刺して、発見者の心に傷をつけれるような様にかえたらさっさと姿をくらませられるよう処分をして、逃げて行ってしまった。
 それがまるで、己の使命であるように。このアルトリウスのようにぶれない人物であったのだろう。
 
「そりゃあ、ほかの金持ちはもっと冷たいからな。使用人のことなんて、家具とか、下手すら絨毯みたいに思っている奴もいるよ。」
「――人間どうしでもか。」
「人間だって思ってない。」

 肩をすくめる。「人は、金を持つと気が大きくなるんだよ。」と嘉月が言うものだからアルトリウスには「そういう」情報が加算される。
 ただの銀や銅や紙幣に、そこまで人を変えて動かす力があるとは。この超常には、人間の薄暗さがいまいちよくかみ合わなかった。

「そんで、雇ったのは父親だったわけだ。」

 そりゃあ、頭もおかしくなるだろ――。
 嘉月の言葉とともに、アルトリウスも考える。
 確かに、アルトリウスにはまだないが、たとえば大事な仲間たちがいる。その仲間たちが、殺されてしまうとしたら。
 己が「受け入れた」誰かが原因で、壊れてしまったとしたら確かに、どうしたらいいかわからなくなってしまいそうだ。
 時間を遡って、原理を使えるだけ使って、そんなことを「なかったこと」にすることだってできるかもしれない。だけれど、果たして遡ったところで「なかったこと」にはできるのか?
 途方もない痛みを、見た気がしたのだ。血まみれになった愛するつがいと、その様を見てとうとう壊れた娘の顔を見て、父親は哭いた。
 男ゆえ、父ゆえ、せめて残ったこの娘だけは守らねばならぬ。――どうにかして、どうとしてでも。

 気の狂った娘に、これ以上誰も刺激を与えてほしくなかったのだ。
 己が病んでいることだってわかっていたらしい。この絡繰り屋敷を作らせるのだって、使用人たちを使った。彼らは「父親」に雇われた義理があるものだから、異様な視線を向けつつも要塞のようにしていった。
 それに、それが彼のためになると思った。まさか本当に稼働するわけであるまい、とも。

「ここはいわば、城砦なわけさ。無敵のな。――普通の人間だったら、何もできやしないくらいの。ああ、こっちのほうが隔離病棟だったってワケだ。」

 娘に言うのだ。
「危ないから、外に出てはいけないよ。」と。

 ――追想は終わる。
 アルトリウスの蒼には、憂いがあった。

「急ごう。」

 こんなところは、早く壊してしまわねばならない。
 表情の変化に乏しい彼である。だからこそ、その体に心を刻んだから――ミリ単位の変化であろうが、わずかに眉根が寄っていた。

「そうだな。解決してしまおうか。」

 部屋から出た廊下の向こう、風が吹き抜けている。
 オオオオ、と泣くのはまさか空気であるまい。目標とした位置に、明らかな敵性反応があったからまたアルトリウスは躊躇いなく歩き始めた。
 彼にとって、きっと謎はずっと終わらないのである。嘉月もまた彼の背中に微笑みかけながら、果敢に挑む彼に沿う。

「いやあ、若いな。」
「そうか?」

 そんな、噛み合うようで噛み合わない会話を問答しながら。
 きっと彼らは、「謎」への歩みを止めなかった。もう言葉にもならない「母」の慟哭を聴いてやりながらかつてあった幸せと、砕かれた心を拾い集めて――。

「この事件に、犯人はいない。」
「もう死んでいる。」
「そういうこと。」
    ココロ
 その「事実」を握ったまま、影は二つ、さらなる罠を打ち砕いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

サン・ダイヤモンド
【森】◎蘭
ひとりぼっちは怖い
だって、僕だって
暗い森の中に独り置き去りにされて
ブラッドが見付けてくれなかったら僕は死んでいた
僕にはブラッドしかいない
ブラッドがいなくなるなんて考えられない
独りじゃ生きていけない

今彼女は独りだ
想像する
辛い、苦しい、痛い、哀しい
涙が溢れる
だけど生きていかなきゃいけないなら

だから、だから
いつでも遊びに来るから
僕と友達になってよ!
だから……ひとりぼっちは寂しいよ

ねえ、お母さんに逢いたい?
お母さんの気持ち、聞いてみよ
何も言わないまま置いてくなんて、ダメなの!

惑う心は破魔で照らして
生前の母を自身に降ろす
どうか声をかけてあげてほしい
優しく抱きしめてあげてほしい

背に滲む血は隠して


ブラッド・ブラック
【森】◎蘭
蘭を悪いようにはしない引受先を探し
当てが無ければ帝都の力も借りて

怪しい者では無いと優しく声掛け
引受先があれば今後の心配は要らないと其の話
そして犯人が既に死んでいる事を伝える

優しかった父と母を、彼らが教えてくれた事を、お前は覚えているか

犯人は死して尚お前達家族を汚そうとしている
増悪に溺れてはならない
奴の狙い通りになってはならない

父と母が愛したお前に、今迄のお前の努力に
誇りを持ちなさい
お前の魂はお前の家族を傷付けた卑劣な奴に汚されていいものではない

目線を合わせ拒絶されなければ手を握ろう
俺の手は両親と違い冷たいだろうが

母を送ってやってやろう
そしてまた逢う時には元気な姿を見せてやろう
…大丈夫


鵜飼・章
◎見舞いに行く

よく眠れた?
職員が居ない隙を見計らい
可能そうなら一時的に拘束を解く
平気平気
僕が怒られるだけだから

相変わらず人間は酷いなあ
きみは何もおかしくないのにね
耐えられない程悲しいことがあったから
ただ当たり前に絶望したんでしょう

噂話するひとって僕は信用しない
だから何も聞いてないし
聞きたいのは最初からきみの話だけ
昔の事でも今の話でも
きみが何を見てどう思ったか
『きみ』の話が聞きたいな

きみと僕は赤の他人
だから聴ける事もあるよ
多分

なにが悲しくてどうなりたいか
上手くは言えないだろう
言葉にする手伝いができれば
少しは楽になるかな

彼女は明確に何かを恐れ
母の面影を頼っているようにも感じる
そこは気に掛けておこう





 にゅるりと、黒が這う。おぞましい粘液めいたそれは人を溶かすこともあれば、人を食らうこともあるかの森の怪物のものであった。
桜舞う帝都中に散る花弁とともに、桜が浸した下水を這い、壁と影の色と同化をしながら染み渡る彼はブラッド・ブラック(VULTURE・f01805)。
 その超常の力である【BLOOD BLACK(ブラッド・ブラック)】は彼を孤独な怪物らしく誰にも知られないように帝都をはびこらせていたのだ。誰も足元を這う黒いしみなど気にはしないし、それくらいこの世界は華やかである。飛び散った体の「部位(パーツ)」であるそれらを通しながら、桜色の世界をやはり美しいのに、どこか憂いを覚えてしまうブラッドなのだ。

「どう?ブラッド、見つかりそう? 」
「――、施設はいくつかある。」

 見るからに鎧をまとって重厚なブラッドが「怪しいものではない」と言っても説得力はないかもしれないが、サン・ダイヤモンド(甘い夢・f01974)がそばにいれば話は別だ。サンは、容姿こそ美青年のそれであるしブラッドとは対照的で無垢かつ純真さと無邪気さを人に与えるには十分すぎるくらいの印象がある。白い羽をひこひことさせながら、ブラッドの隣を寄り添うようにしながらも歩いている姿は背丈の割にはずいぶん幼い情緒を伺わせた。
 きょろきょろとあたりを見回す瞳は、不安そうである。
「新しいお父さんと、お母さんはいないの? 」
 問う金色に、桃色は複雑そうな光を右往左往させて返事をした。
 サンとブラッドが訪れたのは、呪縛から解かれたままの少女が泣き続ける病棟である。その雰囲気は、サンがいままで見てきたであろう医療施設なんかよりもずっと静かで森よりも暗いものであった。
 物悲しい雰囲気は、情緒の純粋なサンにとってはおそろしいもの以外の何物にも見えない。――孤独というのは、この彼の心に傷をつけていったことがあるのだ。
 先ほど受付でみたナアスたちの余韻が恋しい。ここにはただ長い廊下があって、その天井には光がないのだ。森ですら頭の上には太陽があって月があったのに、そんなものも「刺激」になってしまうから、許されない。
 守るための牢獄といっても、サンにはきっと差支えのない場所であった。サンが己の傷を思い出すのも、無理はないだろうと隣に在る黒の怪物も思う。いびつでないほうの腕にすがりつく白をただ受け入れて、心の整理をさせてやる時間にしたのだ。病室の位置はわかっているし、急ぐ必要もあるまい。
「もどっても、蘭は一人ぼっちなの? 」
 孤独は、心に根をはるのだ。
 サンは、かつて森に一人であった。正しく言うのなら、置き去りにされてしまった。その時の絶望感たるや、彼にしかわからないほどの苦痛である。
 何も知らなかったのだ。サンは、座って歌ていればいいだけの存在であったのに、「神聖な」ものではなかった。必要なはずだった翼も持てないままに、作られた体とともに、身勝手で心まで投げ捨てられることになる。どうしてこんなことになったのかわからないままに、孤独が彼を襲った。
 未知なる森の地は、聞いたことのない音ばかりで。弱るサンの体を狙う獣たちの息遣いと、まっすぐ過ぎる意志におびえ、逃げ出そうとする足ははだしだから、石が刺さり木の枝で切り、痛みばかりを訴えて。それでも、「生きねば」という本能だけでどうにかして孤独と戦っているときにブラッドが「見つけてくれた」。
 親のようでいて、彼という世界がなければ生きていけなかったひな鳥である。
 ブラッドもまた、かの少女の今後を憂う。
 黒沢蘭を引き取ろうとする人間は、そうそう存在しなかった。それは、そうであろうとも思わされる。ブラッドは人を食うゆえ、人のことはよくわかっていた。人とは、子供を持つと負担がどうしても増えてしまう。
 子供がほしいであろう恵まれぬ夫婦に、見つけた時のままの姿で、その心をしたままの蘭を渡してやるのもまた酷だ。ただですら、己だってサンを育てながら一緒に考えて悩みあう日々があったのである。だから、きっと――「そうすぐには」助けられないだろうなとも思っていた。
 しかし、何もしないままというのも落ち着かぬ。せめて己らのように縁があって、絆が紡がれるよう――そうなりやすいように、心の傷だけでも「閉じ込められないくらい」によくしてやれないものかと考えながら、怪物たちはここにやってきたのである。
 孤独が恐ろしいのは、彼らだからこそわかっている。

「あれ。先客かな。」
 邪魔をしちゃった?と軽やかな口ぶりと振る舞いで微笑む美青年が、彼らに追いつくくらいに思いを馳せたころである。鵜飼・章(シュレディンガーの鵺・f03255)はいつも通りの柔らかな笑みを携えたままに、黒白の彼らに会釈をひとつ繰り出した。
 【パブロフの犬】によって。章の存在は、手薄になった閉鎖病棟内では誰もが「認識」できない。ここに立ち入ろうとする懸命なナアスがいたなら、不可視の黒がきっと邪魔をしているのだ。
「いいや、まだ情けないことに入れてもいない。」
「いろいろ、考えちゃって。」
 感受性が豊かなのであろうサンが、泣きそうな顔をするものだから。
 章はやはり美しい心をした人外たちを好ましく思うのである。生まれついて、章には人らしいこころがない。それは脳の欠けかもしれないし、心の抜けやもしれぬ。だけれど、そうあることが異常だとわかっているから、彼は人のこころを好奇心のままに想像して「補う」ことにした。
 だから、目の前で悲しげにするこの怪物たちだって、己と等しく「同じ気持ち」であることを理解するのである。眉をさげて、「うん」と章もうなずいた。
「じゃあ、そろそろ巻き返そう。大丈夫、いい子だよ。だいたい、傷つく子っていうのは『いい子』だけなんだ。」

 ――『悪い子』は、傷すらつかないものだから。
 病室に歩む章の足取りが、あまりにもためらいなく意志に満ちているものだから、サンもブラッドも彼の後ろをついていくのである。
 指定された番号の位置まで歩みを進めたのなら、あとは丁寧にドアを開いてやるだけだった。

 少女は、まだベッドにくくりつけられたままびすびすと鼻をすすって泣いていた。
 そのさまは聞いていた年齢よりも少し幼いように見えてしまう。まだ歩き方を知ったばかりのような幼さを見てしまったのは、「母親」のそばにいすぎたために摩耗し、あまりにも細すぎて小さすぎるからだのせいであろう。
 章は――それを見て、一目散に彼女を縛るベルトをほどこうと手を伸ばした。
「ま、まって、まて」
「大丈夫だよ、よく眠れた? 」
 少女の声は揺らぐのに、章の声はひとつも揺らがない。
 手早くまず右腕を柵と縛る一本目のベルトをはずして、手の中でくるくると丸めて床に捨ててみせる。この光景が見えているのかどうなのかは知らないが、構うものか。ひとつ、天井を見上げたブラッドが声を漏らす。
「いいのか。」
「平気平気。僕が怒られるから」章は、天井を見ない。
「じゃあ、僕も! 」
 縛り付けるなんて、人間はひどいことをする。
 この三人は皆が種族が違っていたけれど、そう思っていたのだ。こんなことをしてやっては、余計に彼女を孤独の牢獄へつなぐだけである。
「すまないな。怪しいものではない。――説得力はないかもしれないが」
「ブラッドだよ!僕はサン。蘭を助けに来たんだ。」

 何が起こっているのか。
 少女が瞳を右往左往させて目を回しそうだから、章は二人を己の人差し指で自分の口を閉じさせてみせる。そうすれば、二人とも同じように仕草を真似してから――意味を察して沈黙をした。
「君にこんなことをするのは、間違えてるよね。」
 だって、君は何もおかしくないのに。
 章はゆるく笑って、目のまえにいる痩せこけた少女の顔を見た。
 人間は、ひどい生き物だ。こうやって「ふつう」と「ちょっと違う」だけではじき出して、つまみあげて縛り上げてしまう。そうしないと生き物として「おそろしい」からそうしてしまう習性があるのはわかっているけれど、この少女は生き物として正しい心の動きをしたに過ぎないというのに。
「耐えられないほど、悲しかったんでしょう。」
 だから、おかしくなっただけだ。ただ、当たり前に目の前にあったものを奪われて、絶望しただけなのに。この少女をここに縛る誰かだって、自分の大切なものをとりあげられたらそうなるはずなのに。

「僕はね、何も聞いてない。聞いてないから、君の話を最初から聞きたい」
 噂話を、章は信用しないのだ。
 ベッドに腰掛けてやって、寄り添うように彼女の瞳を見る。輝きが戻っていたから、今なら話が通ずるとも思った。今の彼女の心なら、章だって想像できる。
「ど、して」
 震える声は、枯れている。
 水を汲んでやろうと、供えられた洗面台にブラッドが視線をやったのならぱたぱたとサンが駆けていった。
「赤の他人だからね。」
 君じゃない。君の身内でもない。
 指で示しながら、章は己と彼女をきちんと線びく。「だから、何もわからない。無責任に、聞けるだけだよ。」
 緩やかな語りかけは、言葉が少々狂人あがりの少女には難しいかもしれない。それでも、敵意がないことだけでも伝わればいいと――章は思うのだ。この少女らの背後にはまだ「何かが」あるかもしれない。さあ、「欠けた」章はそれを想像せねばならなかった。
 そのためのヒントは、噂話なんかにはないのだ。「本人の」口から利かねばならぬ。
 少女の体を章が起こしてやって、コップに汲んできた水がなみなみとしていたから笑ってしまったのだ。サンが章に微笑まれながらも、少女にコップを差し出す。
 細い指を見て、胸がきゅうっと苦しくなった。

「友達に、なろうよ! 」
 ――飛び出た言葉は、その苦しみから逃れるためやもしれぬ。
 突然の提案に、狂人の少女は目を丸くしたし、章は「いいね、すごくいいと思うな。」と寄り添う。ブラッドは、地面にゆっくりと腰を下ろして少女を見下ろさないよう気を付けていた。
「友達、なんて。」
 この少女は、わかっている。
 己がどういわれて、どう扱われているのかなんて狂っていてもわかるのだ。だから、余計に孤独のままでいた。誰にも寄り添ってもらえない、痛みに理解なんてしてもらえない。ただただ「わかったふり」をされて、不幸の生き物にされて終わるだけだと思っていた。

「誇りを持ちなさい。」
 だから、ブラッドは「親」としての立場からも少女を支えてやる。
 ――わかってきたのが、わかるのだ。大好きな父と母がいなくなって、果てに彼女は最初に「友達」も殺されているという。唐突に壊れたのではなくて、徐々に壊された心を察するに、ブラッドは己の体だって弾けてしまいそうなくらい切なかった。
「お前の魂は、お前から何もかもを取り上げた奴に汚されていいものではない。」
 サンが差し出しながら、お願いをしたコップを一緒に握るようにして、少女の手と彼の手をいびつな手のひらで覆う。冷たかろうと思った。こんな手では両親のかわりには程遠かろうとも――これから待ち受けるであろう孤独をいやすには、あまりにも無骨であろうと思う。だけれど、それでよかった。

「俺たちが『友人』に選んだ。」

 病人ではなくて、『友人』とした。
 章は、先ほどから微笑みっぱなしである。人は愚かだけれど、「ひとがた」はそうでない。章が欠落していたって、こうやって輪を組めばお互いがお互いを補い合えるのが「ひと」である。
「怖くないよ、もう大丈夫。こんなところに、いなくていいよ。」
 連れ出すのは、いけないかもしれないけれど。
 でも、――もう、呪縛から解かれた彼女に、太陽のひかりひとつでも浴びさせてやりたいのだ。苔むした布団のように草臥れる前に、ふかふかにしてやりたいのが常ではないか。
 章はきっと、羽化に失敗しそうなさなぎを見守るときのような顔をしていた。
 決まって、はらはらドキドキさせられるのだ。背中を破る繊維が、きれそうで切れないときなんて言うのは余計な手を加えたくなる。だけれど、そうしてはためにならないから、――章は静かにしておく。

「お話しにくいなら、僕がお母さんと逢わせてあげる。お母さんに逢いたい? 」
 サンは、一方で必死だった。
 狂気と正気のはざまにやってきた少女が、ぼんやりとした顔のままでまだ水が飲めない。あと一押しが足らないというのなら、自分が何をできるかを考えて――自分の『感受性』にかけた。
「お母さんだって、何も言わないまま置いていくなんて、ダメなの! 」
 ――そうされたことがあるから。
 余計に、サンはこの少女に笑ってほしかった。せめて孤独に震えて泣くのだけは、止めてやりたかったともいえる。「呼べるの?」と章が好奇心を交えて、代わりに問うてみればしかりとサンはうなずいた。

 【魂の器(ディアレスト)】。

 サンは、「純粋な」生き物である。
 その体に悪意はなく、芽生えた想いはまだ清らかで、情緒は幼い。だからこそ、彼の体には「神秘的」な力が干渉しやすかった。寄り添う黒の彼だって、彼を「光だ」とよく形容するのはそれ所以であったかもしれぬ。
 病室の中に、穏やかな光が満ちる。それはサンを中心に一旦収束して――彼に、因果をもたらした。降霊術である。
 章はその様を見ていて、素直に感動しただろう。やはり、人の思いがなすのは非科学的でありながら、奇跡であるのだ。愚かで、みにくくて、それでも輝くのをやめない人のこころは――こうして、世界の干渉を受けて顕現できる。

「話してくれるね? 」

 『本当』を知っている存在たちに、微笑む。
 サンの表情は、ふと眉を頼りなさげに下げていた。それから、章を見て――そのそばでコップを握る娘を見る。枯れた唇がぱりぱりとしていて、彼女の体を腐食が蝕んだのを悟ってから、「ごめんね」といつもと違う声色で告げ、大きく腕を広げて抱きしめてしまった。
 まるで、そうすべきが当然であるというようにブラッドも見守る。章も安心したようにして、二人を邪魔しないようにベッドに残ったベルトを地面においやっていく。こんな様を親に見せてやるのは酷だ。
「おかあ、さ」
「ごめんね、蘭。ごめんね。」
 友達になろう、といった彼が。
 『母親』を宿したと悟ったのは、半ば反射的で本能が告げたのやもしれぬ。そうあってほしいという願望だったのかもしれないし、見ようによっては『くるっていた』かもわからない。それでも、今のこれこそが「本当」だ。

「――お母さんは、蘭を殺されたくなかったの。」

 母が言うには。
 たまたま、この家にかの殺人鬼がいたのを知っていたのだという。
 ほとんどの記憶を『影竜』になってしまった己の怨念が持って行ってしまったものだから、うまく思い出せないのだけれど――「蘭を狙っている」のがわかったから、父と蘭の代わりに「私を殺してくれ」と願い出たのだと。
「それが、思い通りだった。」
 それこそ、犯人は狙っていたのだという。
 結局あれがやりたかったことといえば、「新しい」自分をつくることであった。
 心と信念はかわらないのに、体はどうしようもなく老いていくばかりである。だけれど、彼の目的は、怨嗟は、まだまだ晴らされない。「次世代」の自分を作り、恨みを連鎖させることで、彼の思いは生き続けるようにしただけのことを目的としていたから――蘭をつつきまわして、出てきた「母親」を殺すことを最初から計画していた。
 友を殺し、追い詰めて、そのあとで警戒心の高ぶった母親を「待っていました」と言わんばかりに奪う。そして、見事少女を狂気に突き落として「再演」させていた。

 そこまで言って、母は沈黙する。少女も、否定ひとつしないまま母に抱きしめられていたから、間違いもなかったのだろう。
「誰も、助けてくれなかったの。」
 枯れた声で、泣く。
「お母さんも、お父さんも、みんなを助けたけど、だれも。ああ、あ――だ、だめだった。だから、わ、私、ゆ、許せなくって。だれも、なにも、わかって、くれないから。わたし、わたしおかしくなんて、ないっ、のに!だから」
 ――あの男を、ころしたの。

 儀式の完成は、かの男を殺すことによって成された。
 ちょうど、サンが母親の魂を降ろしたように。この蘭だって、男の意志を降ろすことになる。もう、何もかもがどうでもよくなっておかしく成り果てるには、そうそう時間もかからなかった。

「そっか。」
 章が、うなずく。ブラッドもだまっていた。
 それから、二人で視線を合わせる。――目の前の「友達」が正気のうちに殺人鬼相手とはいえ「ひと」を殺したことは、この場にいる三人、母親をいれて「四人」しかいるまい。母親だとて、サンに呼応できた「数少ない理性」のほうだ。

「何も聞かなかったことにしておくよ。」
 からっと、章は笑った。
 両手を振って、己が無防備であることをアピールする。
「ああ、何も聞かなかった。」ブラッドも重々しく頷いて、目を伏せた。
 それは、「完全犯罪」といえる。かの殺人鬼の死だって、もうとうの昔に処理をされたに違いない。なにせ多数の幸せそうな富豪たちを殺してきたのだから「しかるべき」処置がされたと皆が思って、黙認したのだろう。
 だから、友人である彼らは科の少女が狂ってしまうはずの「きっかけ」を「なかったことに」した。
 母親も、娘も――母親はサンの体のままで、瞬きを数度してから微笑んで、目を閉じたけれど――驚く。
 サンがサンの意識を取り戻して、くらりとふらついたのを待ち構えていたブラッドの手が受け止めた。「あ」ととっさにコップを片手で握って、手を差し出そうとした少女がいる。その手を、サンが苦悶に笑みを浮かべながらつかんだ。
「怖かったね、がんばったんだね。蘭。」

 それが、ほしかったのかもしれない。
 涙がまた溢れそうになるから、皆で「早く水を飲んだほうがいい」と伝えて、枯れた体を潤してやる。
 人間の体を作るのは、ほとんどが水分だ。章は、その様を見ながら思わされるのであろう。――この彼女が、ようやく「生き返った」のを。

「ねえ、蘭。また遊びに来る。来てもいいでしょう?だめ?」
「き、ても――」
 いいけども。今日は「なぜか」沈黙の多いこの病棟は、普段は得体のしれぬうめき声や言葉に満ちていて、目の前の「友達」が来てくれるには窮屈ではなかろうか。少女がどうしようと思っていればブラッドは「大丈夫だ。」と声をかけた。
「上で、しかるべき対応がされるだろう。こうして言葉をかわせるようになったのも、――声は聞こえていないだろうが、様子でわかるはずだ。」

 時間は、かかるだろうけれど。
 次にサンやブラッド、章がやってくるときには、少女は病院の外にいるかもしれないし別の病棟にいるかもしれない。
 朝になったら陽が見えて、夜になったら月が上るような。そんな「日常」がきっと始まる。それまでは、孤独かもしれないけれど。

「だから、……大丈夫。」

 子供に言い聞かせてやるような口ぶりで、ブラッドがその頭を撫でてやったのなら。僕も僕もと言うかの「光」が鉄のにおいを抱えているのもわかったから、両手でお互いの頭を撫でてやった。

「じゃあ、行こうか。次はお母さんにも伝えてあげよう。『もう大丈夫です』って。」

 章が立ち上れば、ブラッドはサンを抱えた。「疲れただけだよ」とサンが「友達」に笑みを向けるのがまた、いじらしい。その背は血のしたたる代償を受けているというのに。
「ああ、その前に。怒られにいかないとね。」

 ――ここが病院でよかったね。
 章がナアスたちに、許可なく拘束具を解いたことによるデメリットを右から左へ受け流す間に、サンはブラッドと一緒に背中の止血だけでもと処置をされることとなる。
 彼らのかけた時間と、痛みの分だけ。きっと秘密は共有されて、――母の憂いも落ち着いただろうか。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

霧島・龍斬

『黒沢邸へ』

――ああ、どうして
こぉんな、『戦場』を創り上げる程に荒れちまったかねぇ。

残念ながら、娘の心を知るに、俺には同じ場に立つ資格はねぇ。
つまりは――母親の残した『遺物』を知らなきゃならねぇのさ。

【視力】【暗視】に頼るだけじゃ『死ぬ』。
【第六感】ってのが最後の後押しになんだ――
抜けれるならとっとと抜け、
駄目なら【早業】【鎧無視攻撃】で斬り捨てて強行突破。
【鍵開け】も必要なら、な。

「殺戮屋敷だぁ? こっちは『ただの』俺にとっての日常だ――」
「だからこそ、気に入らねぇ」
「幸せっつう俺の立ち入るべきでない跡地に、俺が立つ権利があるなんてとんだお笑い草じゃねぇか」
(その言葉は自嘲を含んだようで)


ヴィクティム・ウィンターミュート


──嬢ちゃんの心に働きかけるなんざ、俺にはできんよ
悪党には、心に寄り添うなんてことはできやしねえんだ
だから…俺は俺なりのやり方で、絡繰り屋敷を探る

セット──『Dilution』
俺はトラップの探知や解除に注力"しない"
ただただ情報収集と、観察と、事件の流れを纏めることに心血を注ぐ
それでだけで、トラップは俺を感知しないし──よしんば巻き込まれても、攻撃は遮断される
他にこの護りが欲しい奴がいれば、そいつにも

とにもかくにも情報を集めねえと
何かの記録、痕跡、あるいは残留する超自然的何か…
手あたり次第、片っ端から洗うしかねえ

哀れんでやれるほど出来た人間でも無いが…
最善を尽くして、報いてやらぁ
それが俺の…





 からくり屋敷におとずれた猟兵たちの中には、娘と同じ立場にはたてぬ「悪党」どもだっていたのだ。
 霧島・龍斬(万物打倒の断滅機人・f21896)は、そのわかりやすい筆頭といえる。彼は、殺すことができても家族というものへの執着も未練も理解できない存在だ。
 彼が執着するものといえば、この屋敷に馬鹿正直に挑んでやる気にもなれないままに蹴破った窓から侵入したときに飛び出した刃物どもである。
 龍斬めがけて降り注いだ痛みの象徴どもに、にいいと口角を釣り上げてから――どれこれもが悲鳴を上げて空間を舞い落ちていった。散らした火花は早々に空気に消えていって、髪の毛ひとつ焦がすことない。
「――ああ、どうしてこぉんな、『戦場』を創り上げる程に荒れちまったかねぇ。」

 龍斬には、「息子」が多くいる。
 正しくは、「息子とされる機体たち」だ。この龍斬は、つがいこそ持っていないが「後継」のある存在である。ゆえに、彼は家族のぬくもりというものには縁遠い。体だって人間のそれではないし、この屋敷のからくりごときの文明では追いつけないほどに中身は配線やら電波やらで冷たくなっている。できのいい戦士である彼の情報をもとに作られたこの体のように、「息子」たちだってそういう「冷たい」存在だ。
 だからこそ、わからぬ。ゆえに、刀を振るう。

 身になじんだ『凍狼孤月』を振るう太刀筋は、彼の記憶がまだ霞んでいたとてその切っ先を少しも狂わせはしない。深く重心を腰に落として、前へ足を一歩踏み出せば居合とともに叩き斬られる銃弾どもである。からくりはいい、人間と違って「正確」だから照合がしやすいのだ。
 この歴戦の戦士たる龍斬にとって、これほどウォームアップに適した場所もなかろう。壁を蹴って飛んでくる弓矢をかわし、落ちてくるシャンデリアなどは飛びかかって迎え撃つ。「シイッ」と息を吐いて刀を一振りしたのなら、空気を割いた衝撃波で真っ二つにしてみせた。悲壮な音を立てて砕け散る精密なそれを振り返ることなく彼はまた前へと進む。
「殺戮屋敷だぁ? こっちは『ただの』俺にとっての日常だ――」
 ぎらぎらとした瞳だけで見つめるだけでは「死ぬ」。たかが、その程度の屋敷だ。
 死に満ちて殺意に満ちて、誰も彼もを許さない。そんな屋敷にこの男は今、命のやり取りを行いながら心のありかを探している。鍵を開けるのを面倒に思うほど、腹ただしい思いを隠せないままに。
「だからこそ、気に入らねぇ」
 扉を蹴りで開けて、鍵を壊せば内部で張りつめていた糸がちぎれて部屋の床が起きる。剣山のそれが飛びかかるのが、なんだというのだ。十文字に切り刻んでめちゃくちゃになった部屋に沈黙をもたらしてやった。

「幸せっつう俺の立ち入るべきでない跡地に、俺が立つ権利があるなんてとんだお笑い草じゃねぇか、ええ? 」

 ぎらりとした藍色の瞳に、自嘲めいた笑みが宿る。
 彼こそ、――いくさぐるいの餓狼だ。彼が知る限りで彼はこの世の「しあわせ」から一番遠く、一番縁のない生き物のはずである。この狼が幸せを食い荒らし、滅ぼさせて、あとに残すのは踏み抜いた地面と枯れて凍った草花どもだけであるのが常であった。
 だのに、この屋敷は彼をここに招いてしまったのである。
「つまりよ、こういうのは無駄だってことなんだよなぁ。」
 親の気持ちは、わからぬ。
 彼は「親」であるけれど、つがいがあって得たものではない。そうだとしても、きっと親の気持ちはわからないままでいたかもしれなかった。
 だから、この事件の「少女」の心を知るには至らないと思ったし、かけてやるべく声も思いつかなかったのである。それでも、前へ前へと進むのは「わからないまま」で「負ける」のは納得がいかないからだ。
 知る必要がある。「足らない」と言われるのなら、親の気持ちというものをこの彼に補う必要があった。おいて行かれる子供に寄り添う資格を得るために、刀を振るい続けねばならぬ。――『母親』とはどのようなものだったのかを、これから向かう地下にむけて探し続ける龍斬だった。

「腹痛めて生んだテメェの子供が、ぴいぴい泣いてんだ。――顔くらい出してみやがれ。」

 幸せの跡を、探るように。
 幸せを知らぬ戦のけものは、凶悪な笑みに眉根を寄せさせたまま、屋敷を「踏み荒らし」た。

 さて、またここにもひとり悪党がいる。
 餓狼が踏み荒らすのなら、この少年は彼なりのやり方で屋敷を探っていた。彼はサイボーグであるけれど、かの餓狼が目立ちすぎるくらいの暴虐をもつのなら、静かすぎるくらいの静寂を支配するいきものである。
「Set,――『Dilution』」
 ヴィクティム・ウィンターミュート(impulse of Arsene・f01172)は、勝ちにこだわる悪党である。
 仲間内の中では愛想のいい顔をするものの、彼だってまた、あの病んだ少女の心に触れられない存在であった。「そう思っている」。勝ちにこだわる彼は、負けの率が高いやり方をとらなかった合理的な存在である。『Arsene』はいつでも勝利を手にしていなければいけない。正確に計算ができないスーパー・コンピューターなんてものは認められないのだ。

 【Stealth Code『Dilution』(ココニハダレモイナイ)】。

 起動されたステルス・コードは彼の存在を秘匿する。目の前にある紫色のゴーグルがこの屋敷の地図を作り書き込むさまは早すぎるほどであった。この程度、この彼にすれば大した所業でもないのだろうが――彼こそ端役であるゆえ、この情報が「通じやすい」龍斬への干渉を始めた。

「あ?」

 どこからともわらぬ電波を受ける。龍斬の脳膜、その向こうに――焼けつくようなモニタの文字列を見た。同じサイボーグの電脳干渉であることは、その接続の速さと送受信から読み取れる。さきほどから直感のままに罠を打ち砕き、かわし、引き当てていた餓狼の効率が少しでもよくなればよいとかの黒子が送った情報の密度は膨大だった。

「ハッカーかァ、はは、いい仕事をしやがる。」
>THX.

 チャットを一度だけ返して、その情報法収集能力の精度を「顧客」に実感してもらうのが一番いい。
 ヴィクティムは、――トラップの探知や解除に注力"しない"ことにした。
 事件の時系列を整えて、情報を集めて、部屋の観察を行う。それは彼の肉体で行うのではなくて、彼が指定した「龍斬」の安全を保障する代わりに、彼から情報を得る。「龍斬」は安全に彼の目的が果たせる仕組みとなっていた。
 ――とにもかくにも情報を集めねえと。
何かの記録、痕跡、あるいは残留する超自然的何かまでが、今やヴィクティムの調査対象だ。手あたり次第、片っ端から洗う。このArseneがわからないことは「あってはならない」。だからこそ、彼は己を「あの少女を哀れんでやるほどできた人間ではない」と思う。

「最善の手を尽くして、報いてやらぁ。それが俺の、――」
 いつも通りの、ニヒルな言い回しのつもりだったのに。
 はたと己の口を右手でふさいだ彼である。今、「なんてことを」言おうとしたのだろう。端役であることをまさか忘れたわけでもあるまい。目の前のゴーグルに流れるおびただしい情報にはちゃんと集中してたはずである。コンマ一秒の途切れだってすぐに取り戻して見せた。なのに、――何を言おうとした?

「写真か。」

 ありとあらゆる罠が、龍斬の存在を認識できなくなった。
 これを好機とばかりに、彼はある部屋に訪れる。なんてことはない、たまたま空いていた部屋かもしれないが「わからない」可能性をつぶすために狼はここに立ち入った。どうやら、書庫ではあるけれど――すべてが「アルバム」のようである。
 白黒テイストの写真がある。色の復元をさせるのは、機械である彼の技術では手早いものであった。色の情報をほしがれば、黒子である見知らぬ工作員がすぐさま復元処置を施して、彼の瞳に色彩をもたらす。

「なんだ、ずいぶん若ぇ嫁さんだな。」

 まるで、かの母親は。
 この大正時代という時であったからもしれないが、若いうちに嫁に行ったらしい。写真に写る姿はまだ十代後半くらいだろうか。それに、「怪奇人間」であったという。体に鱗だの爪だのとげだのが見えないように、常に厚着をしているようだった。
「もうちっと、仰々しい姿をしていると思ったが。」
 何せ、『龍』だというのだから。
 もしかすると、人間に近い姿を保てる「毛の生えた程度」だったのかもしれない。しかし、はたと龍斬は気づくのであろう。
 ――娘の赤ん坊のころの写真がない。

「ははあ、なるほどね。」
 ヴィクティムが、写真の年代をさかのぼる。
 かの母親の経歴を洗いながら、仕入れてくる情報を精査して――ひとつの点に気づいた。母親は、若いころの「戸籍」がどこにもない。ちょうど黒沢家に嫁ぐ前に籍が登録されて、一か月後に添い遂げているのだ。それに、かの狼がみた写真に「娘は」写っていたけれど、どれもこれも厚着をさせられている。
 春の桜の下であろうと、暑そうに母親とアイスを食べていたって、肌寒くなってきた秋の空の下であっても、口元から白い息のでる冬になっても。

「娘も、――龍だって? 」
 もう一つの閉じ込められるべき理由が、そこにあった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

加里生・煙
今から、慣れないことをしに行くのかもしれない。なんて。
……かける言葉も見つからないが。俺は、会いたいと思ったのだから。この行いがどうか。よいものでありますように。

◼️黒沢蘭のもとへ
こんにちは……君。
……ここにくれば、かける言葉が見つかるかと思ったが。どうやら俺はそれほど器用じゃないらしい。

頭を撫でて。拒否されるかもしれないけれど。何度でも、優しく。
彼女を見ていると自分の心が抉れるようにも思える。
……愛されているよ 君は。
とても。とても。
あぁ、きっと それを伝えたかったのだと納得して。

愛されているさ。君は。
(愛しているからこそ人は狂うのだ)

苦しみを忘れはしないで。愛されていることを 覚えていて。


鳴宮・匡
黒沢蘭のところに行くよ


……きっと“親”っていうのは
悲しいこととか、辛い記憶に囚われないで
生きていくことを望むんだと思う
あの人が、そうだったから

でもそれを、俺の口からは言えない
“こころ”のない自分が紡ぐ言葉が、本当かがわからない
ただ彼女を納得させるために
尤もらしい言葉を吐いているだけかもしれないから

……何も、言ってやれない
けど、何かはしてやりたくて

だから、ただ、受け止めようと思った

彼女の手を握って、
――別に爪を立ててくれてもいいし
軋むくらい握り締めたって構わないから

苦しいことや痛いこと
誰かに伝えたかったこと、ただ叫びたいこと
……自分の、したいこと

なんでもいいから、全部、話して
……全部、聞くから





 男二人は、かける言葉が見つかっていなかった。だけれど、今から行うそれがどうか「正解」で、どうか「正しい」ものでありますようにと祈りながら、あえて不得手な行動に出る。

「こんにちは……君。」
 加里生・煙(だれそかれ・f18298)は、元はといえば警察官であるが今はもはや狂気に食われながら狂気を生み続けるいきものである。さすがに、病院に相棒のオオカミを立ち入らせるわけにもいかないから、今日はおとなしくしてもらっているのだけれど――手順を踏んで煙が立ち入ったころには、黒沢蘭は拘束からは解かれていたのだ。
 前の猟兵たちが無断で立ち入って、それから彼女を哀れんで解放したとは聞いていたけれど。その拘束具は、この彼女が絶望の淵にいたときに自罰をするおそれがあったからである。まだ、この窓の小さな――おおよそ飛び出しても肩でつっかえてしまいそうな部屋からの外出は認められない。
 そんな彼女に、煙がかけてやれる言葉など「土壇場」でもなかなか出てこない。出てくると踏んでいた煙は、まずったかと己の額を撫でた。自分よりもはるかに大きい煙を見上げながら、震える少女はまるで小さな犬のようで。

 その彼の隣で、病室にともに訪れた影がもう一人いる。
 鳴宮・匡(凪の海・f01612)もまた、目の前に現れた光景と少女に何も言えなかった。取りあえず、とあてがわれたらしい点滴を刺された腕はほとんど骨と皮である。栄養を流されながらただ「生きる」ことは許されているらしい彼女の姿は、胸が痛むものであった。
 立ち止まった煙と対照的に、匡は彼女にかけてやるべき言葉がわかっている。
 煙よりも匡は「親」から離れられていないし、いつまでもきっとその瞳には「あの人」がいる。匡にとっての「あの人」は、まぎれもなく「親」であった。

 ――匡が今まで殺してきた中にも、「親」という生き物はいる。

 殺さなくても、無害そうな顔をしていれば通りすがる雑踏の中にも、ほとんどそういう生き物はいた。どれもこれもが子供に必死で、大事そうにはぐれないように手を握っていたり、自分は食べないで子供に何かを食べさせてやったり、銃弾から子供を守ろうと抱きかかえて逃げている。どれもこれもが、まず「守って」、それから「生かそう」としていた。
 匡のいう、「あの人」もそうである。血煙の日々にて、匡に微笑みかける優しい色をしたあの人の瞳は、いつだって「希望」を訴え続けるような色で「生きろ」といた。

 ――悲しいことと、つらい記憶が世界のすべてではないのだと。

 もう、匡の中で答えは決まっていた。だけれど、それを「こころ」のない――機能していない――己が紡ぐ言葉にしたところで「意味」があるのかも、本当かも、「正解」かもわからない。
 もしかしたら、この目の前で「生きる」ことを強いられはじめて、狂気から現実に帰るらしい彼女がごねてしまったときの「対処法」として頭の中に思い浮かんだだけやもしれないと思うと、いよいよ自分のことに信頼がおけなくなっていた。
 信じられるのは、自分自身と鉛玉だけのはずであったのに。

 だから、無言のままに匡は病室へ入る。
 少女の体がおびえて震えた。それでも、それを気にしてはやらない。そこで立ち止まってしまってはいよいよ匡は何をしてやればいいかわからなくなってしまう。やや広めの歩幅で距離を詰めたのなら、素早くしゃがみこんだ。傅く王子様には程遠い、血まみれの戦士であるけれど――ゆえに、これしかできないのを許されたく思う。こげ茶の瞳は、わずかに蒼をともしていた。

「なんでもいいから、全部、話して。」

 爪を立てても構わないから。逃げたいなら、逃がさないけれど、抵抗したっていいから。
 匡はためらいなく、彼女の右手を握る。左手ばかりが動いていたのは、右腕に点滴が深く刺さっていたからうまく動かせなかったらしい。――それを選んだのは「抵抗されない」という点での彼に組み込まれた反射からの結論であった。

「苦しいこと、痛いこと、――これのこと、も。」
 とぎれとぎれながらに、選ぶ。
 弱りきった彼女の痛みがこれ以上ひどくならないように、余計な傷を与えないのを意識して、匡は彼女に言葉を紡いでいた。失敗するのは怖い。失うのはいやだ、あたらしい傷だってほしくない――彼女の思いは、よくわかるともいえる。
 これ、といった匡の言葉につられて、煙がはっとして動いた。彼と同じように隣でしゃがんでみせて、握られた手を見る。暗い部屋であるから、――部屋の明かりすらストレスになってしまうから――視認するには難しいくらいであったけれど、あきらかに手のひらには「煙にはない」ものがある。

「鱗。」

 鱗がある。
 それは鎧のように、小さく少女の手の甲の中心で威嚇のように毛羽立っていた。
 ――彼女の母親が「龍」であるというから、もしかしたらと思ってはいたけれど、まさか予想が当てはまってしまうとは思っていなかった。獣の黄昏色の宿していない片目が、見開かれている。

「愛されているよ、君は。」

 その姿を見て、煙がこぼしたのはそれだった。
 だってなお、あの母親は生きている内も、死んでいるあいだも、こうして子供を守るための種を残していったではないか。彼女の体は、きっとこの手の甲だけではなくて、いろんなところに「龍」の血が表れ始めているのだろう。
 生物が危機感を感じた時に、威嚇行動してしまうように。この鎧はまぎれもなく威嚇だった。

「お母さんと、おそろいなの。」

 ――それが、本当はいけないことだって知っていた。
 みんなにはなくて、自分だけにはある。そんな小さな少女の秘密を母親は守っていた。父親もそうだ、だから『くるっても』この小さな彼女を閉じ込めていた。この病院だってそうだ、『くるっている』だけでここまで閉じ込めたりはしない。
 ――怪奇人間の子供に、遺伝している特性がある。
「友達にも、内緒にしてたの。佐登子ちゃんにも」
 匡は、『見ていた』。この彼女はどうやらストレスを感じると、その特性が出やすいらしい。ストレスと言っても精神的なものだけではない、季節の変化や温度の上下だって立派な「身体的」に考えられるストレスである。
 だからきっと、普段は「みんなとおなじ」なのに、――体が生命の危機を感じると、無意識に発現してしまうものがこの「鱗」だったのだ。それはまるで、じんましんのようであるのに、治しようのないもののようで余計に無念を感じてしまう。

「でも、お母さんは、こうなってでも君を体の中から守っているんだね。」

 それが、煙ならではの視点だったのかもしれない。
 煙にとって、その鱗は悲劇の象徴であるけれど、「呪い」ではなかった。生物としてふさわしい「防衛機能」のように見えている。だって、あだなす何かにしかるべき対処ができるものを、生まれながらに持っているというのは――得ではないか。

「とても。とても、――愛されているさ、君は。」

 だから、その鱗を憂う必要もないのだと煙は言う。

「外に、出たいの。」
「うん。」
 頭を撫でる煙の手のひらに、後押しを受けたように、少女はその願望を話してみた。
「お外に、出たい。お昼間に、もう、一緒に、歩いてくれるひと、いないけど」
 みんなみんな死んでしまったけれど。
 彼女の存在を否定する世界かもしれない、これからも奇異の目で見られて心が苦しくなってしまうかもしれない。それでも、この少女は「もう一度だけ」外に出てみたいというのが望みなのだという。
 鱗の生えた手で、匡の手を握る彼女の力はあまりにも「強すぎた」。だからこそ、かの殺人鬼を殺すに至ったのだろうなと納得ができる。ぎりりと手のひらに爪痕が残るけれど、匡も気にしていないし、少女も気にかけられなかった。

「お母さんに、ごめんなさい、したいの。」

 ――それこそ、正気で言ったのかは匡にしかわからなかっただろう。
 光のともった瞳はすっかり涙でぬれきっていて、ゆがんで、焦点なんてあるようでなさそうだった。でも、匡は己の観察眼と経験と、口が動くままに言ってしまったものがある。

「わかった。掛け合ってみる。」

 外に「外出」できるかどうかを、匡がどうにかしてみせたくなったのは、匡だって計算外だっただろうか。
 無理難題な「したいこと」であれば聞くだけで終わっただろうが、この彼女の「したいこと」は本当にささやかで、否定されるべきことではなかったはずだ。
 煙にも目を配ってみれば、片方の瞳だけで彼も同じようにうなずいた。
 だから、匡は――もう一度、優しく少女の手をしっかりと握ってから、病室を後にする。己の「手段と目的」を得た彼の足取りは正確すぎるくらいだった。煙も、病室から出ようとして次の猟兵の訪れを伝える。
「最後に、もう一人かふたりくらい、君のもとを訪れる仲間がいると思う。その時に、結果は伝えてもらうよ。外に出れるかどうか。」
 くしゃりと、白髪を撫でた。

「でも、どうか――孤独の苦しみを忘れはしないで。」

 それは、進言であろう。
 悲劇を、もう彼女に繰り返させてはならないし、「黒幕」の思い通りにもさせてはならないのだ。

「愛されていることを、覚えていて。」
 君は。
 世界にだって、母親にだって、父親にだって愛されていたのだよ、と。
 きっと煙のその言葉は無責任な狂気のものではなかったし、「正気」であったのだろう。そうであると、煙自身が一番願いたかった。少女の頭を撫でる手が、本物ではなかったのならば「正義」は為されない。

 恭しく、丁寧に病室の扉を閉めた煙が、廊下へと歩き始めたのなら早々に匡がナアスを捕まえて、淡々と冷静に己の身分と「超弩級」であることを生かして説得を試みているようだった。
 彼だけでは、信用されないかもしれないから――煙も、ひとつ深呼吸をしてその輪に入り込む。

           ミライ
 ――すべては、皆の「愛」のために。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

毒島・林檎
悲しい。
苦しい。
胸が締め付けられる。
……伝わるっスよ。
その「毒」が。
その「蠱毒」が。
その――「猛毒」が。

……アタシは高尚なことを言える口は持ってねぇ。
だから、この身をカラクリ屋敷に寄せることで、その「毒」を飲み込んでみせるッスよ。

目が、耳が、その仕掛けに追いつかねぇなら「無理やり追いつくように」すればいい。
覚醒魔毒【Caffeine】、アタシの身体を「冒せ」。
強化された五感で……全力で挑んでみせる。
特に、反応速度が必要な仕掛けなら願ったり叶ったりだ。
食らうリスク?
ハ――無傷で突破できるほど甘くはないのは百も承知。
アタシがぶちかますことはただひとつ。
全力で、某の「意思」と向き合うことだけだ。





 共感能力、なんて言い切れるようなものでもない。
        ノロイ
 ――これは、「毒」なのだ。
 どうしようもなく強すぎる「毒」である。「蠱毒」であり、「猛毒」であるから薬にもならぬ。
 この事件にあるのは、まぎれもなく人間たちの「毒」だった。生み出された悲劇は毒の結果で、悲しいほどに彼らはうまく毒に侵されて死んでいったのを、毒島・林檎(蠱毒の魔女・f22258)は毒の魔女であるからこそよくよく理解していた。
 ――高尚なこと言える口は持ってねぇ。
 それは、けして自虐でない。
 林檎は実際、毒使いである。『毒魔術』のプロフェッショナルでありながら、髑髏の中身は毒で満ちている歩く爆弾たる彼女は、かの少女の痛みを取り除く資格がないと冷静に判断していた。
 ――それ以外にも、できることはある。
 この林檎がたとえ少女の心をいやすには強すぎる「毒素」であったとするのならば、より強い「毒性」で「毒」を吸収することは可能である。
 覚醒魔毒【Caffeine】を躊躇いなく体に打ち込んで見せた瞳は、すっかり決意に満ちていた。普段のおどおどとした挙動不審なそれとは違い、うってかわって強気な色を見せる。実際、彼女に屈さぬ「毒」などおらぬのだ。

「アタシの身体を「冒せ」。――飲み込んでやるッス。」

 この勝負は、「勝てる」とも。
 まず、跳躍をひとつ繰り出した。五感を強化する「毒素」は彼女の体を蝕んだ果てに、その体を超人のそれへと侵してやるのだ。飛びはねた細い体躯はまず天井を蹴る。そうすれば先ほど林檎がたっていた場所には無数の矢が突き刺さっていた。さすがに自動追尾はないらしいが――鼓膜を振るわせる小さな音は、今や林檎には「なんでも」教えてくれるほどの波である。

「ぶちかます。」
 ぎらりと、にらんで。
 怒りというよりも、使命感だったのやもしれぬ。「毒」で満ちたこの屋敷を見た時に、その味をきっと林檎は全身で理解した。「異質」である娘を守るために、この「父親」は誰彼にも分け隔てなく優しくしていたのだろう。そういうところを、きっとかの殺人犯は「選んでしまった」。
 ――善意だけで、人は動けない。悪意とバランスがとれて、はじめて人は前に進むというのに。
 中途半端な善意を見てしまった気がしたのは、林檎も同じだったから。己のほほをかすめていった鉛玉には振り向かなかったし、足も留めなかった。「悪いの、てめぇだろうが!」と叫んだ顔はやはり怒りよりも使命にあふれている。
 かの父親への思いは、届かないかもしれない。だけれど、林檎には「その結果だけでも」届けたい相手がいる。林檎には、高度な探索能力もほかの猟兵のように実用的な魔術はないのだけれど、それでも、やり遂げたいことがあるのだ!

「中途半端にオヤジしやがって、死んでんじゃないよ!」

 気分が高揚しているのもある。覚醒魔毒はいわば、飛び切りの興奮剤だ。
 頬を浅く裂かれたはずなのに、そこから滴る血がおびただしいのは体中がいまや信じられないくらいの速さで体を強くしていたからである。どの仕掛けも「反応」を問われるものばかりだから、今の「誰よりも早く動ける」林檎にとっては絶好の場であった。
 ――これは、意志と意志とのぶつかりあいだ。

「なめた『毒』をばらまきやがって!」
 その結果が、ああではないか。
 守るために人を使うのなら、その傲慢さを理解すればよかったのだ。弱きを助けるということに必要になるのは、行動力でだけではない。沈黙という『血清』だとて必要なはずである。そんな中途半端な『毒』ではこうやって、林檎のように『強力な毒』を持つ誰かに叩き伏せられる。
 現に、林檎は己に飛びかかってきた鉛玉たちをすんでのところで残像を残して避け始めていた。
「さいごまで、ちゃんとやってやればよかっただろ!」
 ――こんな、破滅的な終わりでなくたって。
 まき散らした毒が鉛玉を焼くにおいを、鼻で拾う。きっと、父親の中ではひっそりと娘は死んでいく筋書きだったのだ。
 己が消えて、誰も娘を助けられないままに娘は孤独に、それでいて静かに死ぬはずだったのである。みなと同じ体を持てなかった、「狂った」細胞を持つ娘のことも何もかも「黙って」いるはずだった。
「なんで逃げたんだよ、なぁ、てめぇ――!」
 林檎の叫びがとどろく。こんなことは、許してもやりたくなかった。
 ひどい毒だ。猛毒だ。誰やそれやの思いが掛け違って、最悪の結果を生んで、すべてを殺して死んでいく――それを止める手段は、知っているからこそ残された「意志」とこの林檎は戦い続ける。
 納得がいくまで、もう戦えなくなるまでやりあおうではないか。

「本当の毒ってやつを、見せてやるよッ!」 
 守れる。
 本当は、毒だって使い方が良ければ「薬」になるし治せるものであり、もしかしたら少女の傷だって、彼の傷だって治せたかもしれないものなのだ。
 だから、それをよくよく林檎は教えてやる気でいる。誰も、彼女を捕まえられないように――止められまい。興奮した全身が脈打つのを、その体が疲弊するのを理解しながらも、毒の魔女は好戦的に笑んでみせた。
 重心を変えて、攻撃の音が止む。それから、壁がきりきりと音を立てて次なる「毒」を吐き出そうとしているのがよくわかった。感嘆ひとつくれてやって、林檎は凶悪な顔を隠さない。
 恐れるものか。
       ノロイ
 彼女こそ、蠱毒の魔女なのだから!

           ・・
「かかってこいよ、次はどれだ?」

 ――毒を以て、毒を制せ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ヴィリヤ・カヤラ

うーん、サクッと突破しても良いような気もするけど
屋敷を少し見て回ってみようかな。
壊れちゃった家族でも壊れる前があったと思うし。
化け物って言っちゃダメかな……影朧と人間が、
元々は違ったとしても親子になれたのかが気になるし。

見てみるならキッチンか母親の部屋かな?
他は『第六感』で気になる所があれば見てみるね。

あの母親と料理とかしてたかな?
こっちの人たちの生活は良く分からないけど。
一緒に作るとか、好きな物を作ってあげたりしてたかも?

母親の部屋なら娘から貰った物とか?
二人の絆が分かりそうな物を探しても良いかな。
見つけてもどうして良いのか分からないけど、
絆を見つけて安心したいのかも?


ジャハル・アルムリフ

母…と聞けど
懐かしさどころか
顔すら知らぬなど薄情だろうか

閉じこめたのは出さぬ為か、入れぬ為か
救わせぬようで死なせたくもなかったのか

疑問は捨て置き
黒剣構え、【竜追】にて一気に
風で弾ききれぬ分は高めた防御で
あるいは剣で断ち、尚防げぬ分は耐えて前へ
起点となる機構らしきものあらば破壊を

…家族のいた屋敷ならば
記録のひとつもあるだろう
絵姿か思い出の品か、文書か
暴きすぎるのは好まぬ故
偶然見つけるものは兎も角
見得る範囲に留め

"そと"が如何に煩かろうと
種族の差など些細なものだったろう
少なくとも「親子」にとっては
それだけは、自分にも解る

…かぞく、か
こんな顔で笑っていたのだな

ならばせめて、壊れたままで終わらぬよう





 生まれながらにして、竜は竜であったのだから。
 己の宿命が決まっていたのなら、生きることにためらうことはなかったといえる。
 ジャハル・アルムリフ(凶星・f00995)もまた、母に飢えた少女とは言葉を交わすにはどうにも感覚が違い過ぎた。
 ――薄情だろうか。
 いいや、知る必要がなかったから知らなかっただけである。
 ジャハルは、竜なのだ。星守の使命を抱いて明確に生きるさだめを知っている彼は、きっと少女よりも強い信念を同じ齢にして感じていた。
 今もやはり、「人間」と比べてしまうと情緒は幼く無骨――純真で素直な彼である。そうであるからこそ、彼はその瞳に星を宿すことを許されているのだろう。
 「龍」とはいえ、「人間」として育てられることを決められてしまった少女のことは、多少哀れにも思う。
 家族のぬくもりというのは、生まれもって「強さ」を自覚していたジャハルには不必要なものであった。早々に巣立って、今もなお世界を駆ける黒色の彼である。
 しかし、この少女はそうでない。

 ――この屋敷は、出さぬためにも、入れぬ為にも機能していた。

 ジャハルの疑念は、早々に「そういうこと」に秀でた仲間たちが暴いていった。だから、あとは最深部と言われるかの「母」が座す場所へと向かうのみである。
 それでも、ジャハルには――家族というものが理解できない。

 それがどうして、こうなってしまったのかも。
 人の悪意に詳しくないばかりに、戦いしか知らぬとためらわなく振るわれる黒剣の軌道はいっそすがすがしいものであった。
 【竜追(リュウツイ)】を纏う彼の戦意だけは、どんな疑問相手にも揺らがない。
 彼に向って飛んでくる無数の針があったのなら、すべて暴風で打ち消してやる。跳ね返した次にピアノ線が張り巡らされる場所へと飛んだのなら、鍛えられたしなやかな四肢が斬られる前に風圧で断つ。
 きぃい、と小憎らしい雑音を立ててもんどりうつ蛇のようなそれらをかいくぐったのなら、地面に大穴があいたとて、大きく跳躍してから、足元で風圧を起こして二段を踏んで飛ぶ。
 軽やかな動きのように見えて、重厚な技の数々であった。壁はひしゃげ、砕かれた悪意たちは床にめりこみ、もはや原型すら戻せまい。
 きいきいと歯車が小さく鳴いて威嚇をさせたところで、ならば、それが発動する前にと剣で壁を打つ。
 内部の絡繰り――その起点を破壊したのなら、ひとまずの沈黙が訪れた。

 破壊の限りは、この彼の十八番である。

 呪詛を背負っていたとて、その在り方は変わらない。壊すことが「できる」と知っている彼は、かの牙も爪もその振るいかたを知らぬ少女とは違う。
 この程度、因果に呪われどなお輝く凶星にとっては造作もなかった。だからこそ、やはり――。

「わからない。」

 つぶやく声は、嫌悪感のない、純粋な疑問に満ちた声であった。
 龍を龍として育ててやらないことも、それを隠そうとしていたことも、誇れといってやらなかったことも。
 丁寧に守っては鱗も頑丈に育たない。せっかく得た牙も爪も、使い方を知らないのなら「ついている」だけではないか。どうして、彼女自身に戦わせてやらなかったのか。
 人間の考えと憂いというのは、このジャハルにとっては未知すぎるのだ。こころのできかた、感じ方が根本的に違うのだから致したない。
 しかし、知らないままというのはよろしくない。わからないことは知るべきで、――他人の領域を荒らすのは好まないし暴きすぎるのも好きではない。
 だから、目についたものを知ることにしようと思っていた。それこそ、この彼らの「幸せ」が「日常」であったことと、「家族」をこの素直な竜に教えてくれるとも思っている。

「あ、来たんだね。お先に失礼してるよ。」

 だから、声がかけられたのは――きっと、「母」が導いたせいかもしれぬ。

 ヴィリヤ・カヤラ(甘味日和・f02681)はますます己の知っている「家族」とこの「家族」のギャップに好奇心があった。
 少女をかわいそうだと思うのは、ただ単に「壊れてしまった」からだ。家族というものはこのヴィリヤにとっては誇りで、それでいてかけがえのない存在である。それを実際、壊されることを考えて見れば――自分の手でならともかく、他人に――その胸中を想像するのはたやすい。
 だからこそ、あの「母」なる影朧を「化け物」と言ってやるのは間違っている気もしてきた。
 ――影朧と人間が。もともとは違っていたとしても親子になれたのかも気になる。
 そもそも、「母親」とは「ちょっと人間と違う程度」の人間であるし、今の「母」はそれに不要なものが引っ付いて回った存在だ。
 今のままの彼女を葬ってやったところで、果たしてそれは本当に「母親」が転生できるのだろうか?

「邪魔なものが多いから、どうかなあって思ってさ。」

 今回の影朧は。
 「影竜」と呼ばれる存在である。それは、色々な怨念が形をとった存在と聞いていた。
 ジャハルもそれは理解している。ブリーフィングで配られた情報の中にちゃんと記載があったし、戦う相手のことは「よく覚える」頭をしていた。

「ゆえに、知る必要があると思った。家族のいた屋敷ならば、記録のひとつもあるだろう。」
「そうだね、ちゃんと『母親』だけは呼び起こして、次に転生させてあげないとかわいそうだと思うな。」

 救済である。
 彼らがこれから行うのは、『討伐』ではなくて『救済』なのだ。
 恨みの想いにばかりに浸食されたかの母を、次の生に変えて、恨みを宿された少女の心を救い未来へと歩かせるのが今回の成功である。
 だからこそ、ヴィリヤは真っ先に家族の痕跡を探していたのだ。ジャハルは暴くことに抵抗があるが、ヴィリヤは暴かないと「人間」の気持ちがわからない。
 わからないままであると、ただただ殺すことしかできないからこそ、この半魔は調べていた。

 ヴィリヤは目星をつけて訪れて、たまたまそこにジャハルが通りがかったのが、「キッチン」である。

 すっかり埃も積もって、長く使われていないらしい。
 ――少女が痩せていたことも思い出して、料理の仕方がわからなかったのだろうとヴィリヤは思う。
「こういうところに、思い出があると思うんだよね。」
「何故、そう思う。」
「キッチンは「母親」たちにとっては仕事場だし。」
 そんなものを見つけても、どうしたらいいかはわからないけれど。
 思い出の品でも見せてやれば、恨みに縛られた自我くらいは呼び起こせたりしないだろうか「――あくまで、想像でしかないけれどね。」なんてヴィリヤは無責任に笑った。
 でも、ヴィリヤもジャハルと同じように「眺めて」回っているだけだ。引き戸を引いたり、余計に荒らしてやったりはしない。
 罠が発動するかもしれないというのもあるが、自分だって「探しまわされる」のは不快だし、幸せを踏み荒らしてやるのもあまり好ましくはない。

 黒の長躯と、蒼の細身が共に「家庭」の仕事場を見て回る。

「あ、ほら、写真。いやされたいんだよね、仕事中って。」
 ヴィリヤが指差した先には、オーブントースターがあった。
 使われていたころは、そこで食パンでも焼いていたのだろう。少し古びた様子だったあたり、この家の主たちは物持ちもよかったらしい。
 だいたい、それが使われるのは朝の忙しい時間といえる。一般的な家庭でいえば、父親は外に仕事へ出て、子供は学校に行くために準備を慌ただしくはじめるものだ。
 黒沢家は「富豪でありながら庶民的な」生活を好んだ。「ふつう」を求めた結果にそう落ち着いたのかもしれぬ。
 だから、「母親」が朝に追われるのは望んだことで、必然だったに違いないのだ。そこに「癒し」となる写真たてがあるのも、――暴かずとも、無意識の中で心は読めただろう。

「…かぞく、か。」

 ジャハルは、思うのだ。写真に納まった彼らの姿を見て、その溢れんばかりの無垢な顔を見て思わされたといっていい。
 この家族にとって、「外」なんて言うのはうるさいだけのものだった。
 ――種族の差で苦労したこともあろう。母親は籍がなくて、きっと父親との恋愛に陥ったときだって苦労したに違いない。添い遂げるまでに色々な葛藤があって授かった幸せを得て、きっと彼らはこう思っただろう。

「こんな顔で、笑っていたのだな。」

 「種族の差なんて、些細なものだ。」と――。

 それだけは、この竜にもわかる。
 いかに種族が違えど、それでも己にやさしく接して、ものを教えてくれる存在というのは在るのだ。
 悪辣で、同族食いで、怨嗟に蝕まれていても「生きろ」とすべを教えてくれる師がいるように、「絆」や「縁」の前ではどんな害意も働きをなさないはずである。
 ――それをせめて、証明してやらねばなるまい。

「正直、私にはこういうの、あんまりわからないんだけれどさ。」
 
 ――この程度で、家族が壊せると思ったら気に入らないんだよね。
 かの殺人鬼が、「もう壊した」気でいるのが許せない。家族というのは少女にとってもヴィリヤにとっても特別なものだ。この程度で、血のつながりという斬っても切れないくらいの濃さをどうにかできるなどと思わせたままでいるのが純粋に、彼女は不快だった。

「ならばせめて、壊れたままで終わらぬよう。」

 導いてやろうとジャハルがいうのなら、「うん!」と微笑んでヴィリヤも笑む。
 人外たちに、人の家庭というのはわからない。その考え方もあり方もそれぞれが違いすぎる。だけれど、それは人同士でも同じことだ。
 寄り添えずとも、「誰も悪くない話」でこれ以上幸せが苦しめられるのは、哀れでしょうがない。絶望ばかりの未来など、恨みがましい過去になる前に絶やしてやるのが猟兵だ。

 導けるほど、ひとの心を知らないけれど。
 それでも、鋭い黒と美しい蒼が地下へと歩みを進めていく。悪意を壊し、檻を破壊してもう誰も閉じ込められないようにこじ開けていく。

「ちゃんと『取り戻して』くれますように。」

              シャシン
 ヴィリヤの手には、小さな「幸せ」が握られていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

リル・ルリ
🐟櫻と人魚


すごい館だね、櫻
罠だらけだ…迷いそうだよ
こんな所にいては病んでしまう

空中浮遊で泳ぎ、オーラ防御を水泡にして漂わせ、罠を避け身を守るよ
うん、気をつける
だから櫻も気をつけて
君が防ぎ損ねた攻撃からは僕が「花籠の歌」歌って守るんだ

きっと父親も狂ってしまっていたのだろうか
ちらと櫻を見れば渋い顔
…過去を思い出しているのかな
少し心が痛い
けど大丈夫だよ、と櫻の手を握る
大切なのは今だと自らに言い聞かせ

聲がするのは地下?
そこまでいけるかな?

生活の痕跡や思い出…幸福だった家族の記憶にふれつつ先へ
もしかしたら外からは見えない家族の姿がみえるものもあるかも
僕も思う
彼女らの、幸せな思い出は穢されたくないって


誘名・櫻宵
🌸櫻と人魚


家の中に罠を仕掛けるだなんて
守りたいにしては病的で
懇ろ逃がさないための牢獄のようね

第六感で罠の気配を察しつつ先に進むわ
オーラ防御の桜花を舞わせ攻撃を防ぎ
防ぎきれぬものは「散華」で壊して道を開くわ
こんな仕掛けよく作ったわね
その暇で子供と向き合えばよかったのに
(…なんて人の事言えないけど

リルを守り庇う
気をつけて游いで

…母を求む子供の声なんて
聴いていられない
母であるうちに子を守るために死にたいのね

(私が殺した彼女も子を守る為に私から離れようとしたのかしら…
違う
アレは私の家紋が欲しかっただけよ

幸せの名残を見る度に切なくなるわ
もう戻らないならせめて
想い出だけは穢されぬまま
安らかにと思うのよ





「すごい館だね、櫻。」
 ふわふわと浮きながら、身にまとった泡とともに屋敷を泳ぐ人魚がいる。
 技術という結界で空間を支配する圧力は、彼の心をよくよく蝕んだ。もちろん、罠を踏み抜いてしまわないようには心から気にかけて入るけれど、泳いでいるのは何も体だけではない。
 心を浮かせながらも、張りつめた空気におそれるのはリル・ルリ(想愛アクアリウム・f10762)だ。
「ええ――気をつけて游いでね。」
 「うん」と愛しの人魚が頷いたのなら、満足そうにしながら彼の前を歩くようにするのが櫻――もとい、誘名・櫻宵(屠櫻・f02768)である。
 己らを襲うのはとある父親の「狂気」ともいえるほどの念である。家族を守りたい、これ以上誰にも空間を害されたくない、幸せを損なわれたくないばかりに、少女が狂っていくのを認めながらに放置したすえの膨大な改修であった。
 砦というには、猟奇的過ぎて。
 城というには、閉鎖的過ぎる。まるで、これでは牢獄のようだと桜がゆるりと瞳を細めるのも無理はなかろう。
 実際、今彼らが訪れているのは限りなく深部であった。もう一息で地下にたどり着くかという具合で、二人は休息として一度立ち止まることにしているのだ。
 
 ここまで来るまでは。
「――『ラ・カージュ 花を飾って。』」
 第六感の優れた櫻が罠を見つけたのなら、それを桜の花びらでまずつぶす。それでもかばいきれないものは、人魚の彼がいとしい声色で歌を歌い、【「花籠の歌」(ラ・カージュ)】を精製して体制を立て直させる時間を作った。
「『ラ・カージュ 閉じ込めて。ラ・カージュ 雲戀う鳥などいない。』」
 無敵の水槽は彼を閉じ込めていたもののはずであろうに、今やこうして櫻の龍を守るための鳥かごとなる。
「『ラ・カージュ 閉じ「『アムール・オン・カージュ 君を守る、花籠を』」
 攻撃の振るわれる方向が分かったのなら、櫻の瞬きと視線の合図とともにリルは鍵を開けるだけだ。
 飛び出した櫻が桜の花をまといながら不可視の龍の牙をむく。それは風圧となって、まとった櫻たちをぶち破りながらもけしてこれ以上の攻撃も抵抗も許さぬと蹂躙を起こすのだ!
「こんな仕掛け、よく作ったわね。」
    チルカ
 ――【散華】。
 吹き飛ばされたのが何の罠だったかを見る隙も作らないで、二人は果敢に前へと進んでいた。桜が先陣を切って、その後ろでリルは後衛に徹するものだから彼の表情は見えない。
 だけれど、その攻撃の数々はリルだからこそ「いつもと違う」と悟れたのかもしれなかった。
 まるで、足掻くように、その「病」の数々を否定していく彼の太刀筋は怒っているようでもあったし、悲しんでいるようでもある。愛しの櫻のまとう空気が「つらい」と言っている気がするのだ。
 声をかけようと、思った。リルだっていつまでも彼に守られているほど観賞魚というわけでもない。むしろ、ずっと前線で罠を砕いて戦う彼の「とりこぼし」はすべてリルがなんとかしてやっている時点で、もう同等に「手を取り合えている」に違いない。

 それなのに、一度目は伸ばした手で触れてやれなかった。

 その着物のすそをつかんで、抱き寄せて匣の中に閉じ込めてやればきっと体力も回復するし、「つらい」のだってなくなるはずなのに。
 リルの一番の武器であり癒す道具であるはずの歌声すら、この櫻の龍には届いていない。
 ――じゃあ。
 伸ばした手は、彼の心に届くだろうか?

 櫻が思い出しながら、振り払うようにして感情を不可視の刃に乗せていたのは思い出していたからだ。
「そんな暇があったなら、子供と向き合えばよかったのに。」
 なんてことは、よくも言えたものだと自分を振り返る。いいや、己はそうではないといいたいだけかもしれなかった。
 そもそも、黒沢蘭に櫻と人魚が逢うことをしなかったのは、母親を求める声が櫻には傷を焼くような行為であるから、できなかったのである。
 リルは、どうしてか「知っている」けれど櫻は好んでその話をしないが――かれには子供がいる。
 いまや弟という体で身元を保証してやっているがかの少年はまぎれなくこの龍の子であった。かつて愛し合ったはずの女と作った種が芽吹いた存在である。
 愛し合っていた、はずなのに。

 ――彼女も、子を守るために私から離れようとしたのかしら。

 この悪龍は、呪われていた。
 愛に飢えて、愛を知らぬゆえに、愛を食べる生き物である。その宿命は呪い以外の何物でもなくて、きっと逃れられない彼の業なのであろう。
 艶やかな瞳が、薄暗くなってく地下を歩きながら思い出していた。
 その後ろにいる人魚の存在を忘れているわけではないのに、どこか遠いものに感じているのは傷跡のせいであろうか、それともこの空間に満ちている人の情のせいであろうか。
 何もかもが遠い。遠く遠く遠く遠く――沈黙ばかりだ。

 ゆったりと、振るわれた麗しい四肢たちをほぐしてやるように首を回したり肩を緩く鳴らしたりしてみる。後ろの人魚を無意識に気遣ってか、櫻は丁寧な所作をし続けていた。

 ――アレは、私の家紋がほしかっただけよ。

 言い聞かせるように。そう思わないと、自分の何かがほどけて崩れそうな気もした。
 悪いように考えようと思えば、いくらでもそうできるのだ。だけれど、そうしなかった。自分を守るために、櫻は己の記憶だけを確かにまた歩み始めていく。今自分の背を守る人魚は、きっとそんなことで悩む己を喜ばしくなんて思わないだろうと思っていた。
 余計な心配をかけるわけにもいかないのに、ここに至るまでに見た光景が余計に櫻の心を蝕んでいるのがもどかしい。だから、振り払うようにまた、飛びかかってきた悪意に牙を振るった。

 リルは、櫻のことを愛している。
 愛というにはいささかわがままで、衝動的に「青い」かもしれない。それは、きっと彼の未熟ながらに勢いのある若さゆえでもあったやもしれないが――でも、胸を張って言えることだった。
 彼を愛しているから、よく見ている。花が移りゆくさまも、散りそうなさまも、美しく咲き続けようとするはかなくもしたたかな色だって。何もかも、愛しているからこそよくよく見てやっていた。だから、この場で彼が胸を痛ませるとリルだって痛くなる。
 幸せの名残は、この屋敷に未だ多かった。父親はできる限り、「元の」時のままに残しておきたかったようである。
 洗おうとしておいておかれた洗濯物、畳んだままで敷かれることなかった布団、乾燥機の中にはいったままの食器、開けられていない荷物はどう見ても子供向けで、わざわざこんな地下に置いておくくらいだから「サプライズ」だったのだろう。
 このプレゼントを――何かの節句に渡すはずだったろうに。
 それはリルですら胸中を曇らせるものである。この櫻には余計に響いただろう。その表情に、すべて答えがあったから――今の今までは、リルだって黙って彼の心を置いておいた。

 だけれど、もう我慢してやることはあるまいと彼の手を強く後ろから握る。

 痛覚を伴った触覚を味わって――ややひんやりとした温度を渡されて、はたと櫻が歩みを止めた。
 どうやらずいぶん歩いてしまったらしい。ここはどこだろう、と何度か目を瞬かせて、あたりがほとんど真っ暗になり、足元の非常用と思われる灯りのみが己の道を照らしている。
 奈落の底のような感覚を受けてから、「大丈夫だよ」といとしい人魚のささやきで、ここがかのからくり屋敷であったことを思い出す。
 ――夢中だった。
 過去を思い出して、ただただやみくもに歩んでしまったけれど、幸いにも二人とも衣服ひとつ傷などない。
「っ、――ごめんね、リル。」
「ううん。」
 過去にふけって、彼を置いてけぼりにしたことに。
 ぞっとする。己の脳はどこまで過去に侵されているのだろうと櫻が憂いながらも、しっかりしなくてはと眉根を寄せていた。恭しく礼儀正しい所作で人魚に頭を垂れたのなら、「顔をあげて」とそれは中断される。
「大丈夫だよ。ここにいるよ。櫻が考えたいなら、僕が守ってあげる。」
 ――いやだ。
「でも」
 本当は、そんなこと、一秒たりとも許せない。
 だけれど、「愛している」から、それを許すのだ。
「大事なのは、今だから。」
 言い聞かせるように、人魚の彼は櫻のかれを見る。ああやっぱり、美しい彼が己に焦点を当てて見つめてくれるのはいつだって心地いい。
 ふわりと笑んで見せたリルの瞳に、さみしさがあることをわからないほど櫻も身勝手ではない。
 気まずそうに、一度床を見てからぽつりとこぼした。「想い出だけは穢されぬまま、安らかにと思うのよ。」それはきっと、己が「傷」を腐らせてしまったからの想いであろう。
 その傷口も、化膿具合も深さも、治すのに何十年と、もしかしたら一生治らないかもしれない傷であるのをわかっているリルである。
 そこまで子供じゃないよ、と思いを乗せて。

「僕も思うよ。彼女らの、幸せな思い出は穢されたくないって。」

 寄り添うように。
 憂う龍の額に己の額をくっつけて、歌うようにささやいてやる。
 ――一人だけで、戦わなくて大丈夫だよと手を固く握ってやれば、その手が少し「男」らしいことに櫻は笑っただろうか。

 櫻が舞う。泡が踊る。
 ふたりの傷をいたわりながら、この狂気を壊して新しい幸せを見つけるために。
 どうか、思い出の中の真実が歪められてしまわぬうちに、奥にて哭く哀れな龍を助けてやろうとお互いに誓い合っていた。

 二人の想いも、未来をも、守りあうために。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

叢雲・源次
【義煉】

黒沢邸の調査に乗り出す
からくりによって防衛された屋敷か…いつぞやのサムライエンパイアでの戦いを思い出すな

だが、俺の知覚性能も捨てたものではない。
悉く看破してみせるとも。

インターセプター起動。策敵モード
邸宅内部スキャン…実行。
… … … 完了

邸宅内部マップデータ更新… … … トラップへのマーカー…完了

これでトラップの位置は把握した
念の為アナライザーによる視覚情報を分析
インターセプターで精査したデータと合わせトラップの位置や内部構造を加味し調査を開始する

回避不可のトラップに関しては収束眼光 精密照射モードにて事前に無力化する

…さて、ここまでして隠したかったものが何か…クロウ、ぬかるなよ


杜鬼・クロウ
【義煉】
アドリブ◎

源次、その服だと動き辛いだろ
お前の部屋から予備持ってきてた(仕事着に着替え
…娘のコトは気になるが今は少しでも良い結末を迎えられるよう最善を尽くすのが先だ

夜雀は引き続き蘭がいる病院へ
何かあれば報せる様に
屋敷内へ
ジッポ持参(灯り代わり

仕掛け解除は全て源次に一任
源次の後を歩く
情報収集に特化
屋敷にある日記や写真、調度品など交渉に有利に働く様な物を探す
隠し部屋探索
最後は悲鳴がする地下へ
母親の言い分を黙って聞く
体に鱗があるか確認

お前を殺した殺人犯の顔は見たのか(分岐点とは関係ねェかもだが
…結局の所、お前はどうしたい
一番娘の為になるのは…
(皆が幸せになる結末は…その鍵はきっとある筈なンだ





 いつぞやの侍の時代にて、からくり仕掛けの屋敷があったことを思い出す。
 ――あれにくらべれば、この程度造作もなさそうではあるが念には念を入れてよいだろう。叢雲・源次(蒼炎電刃・f14403)は生真面目かつ、警戒を一時すらも怠らないような彼であった。
 相棒の杜鬼・クロウ(風雲児・f04599)はジッポの調子を見ながら、なんどか金属音を立てて灯りをともしたり消したりをしていつも通りの姿で挑んでいる。
 今はもはや、戦うことだけを考えているのだ。源次もいつも通りの仕事着――フォーマルスーツで歩みを進めている。
 多くの障害物はこなしてきて、いよいよジッポの炎が揺れる風向きと傾き加減からして地下であろうか。クロウが色違いの瞳を炎で揺らしながら、源次にアイコンタクトを送る。
 
 相棒は、段取りのいいヤドリガミである。
 人に取り込むときは寄り添うための衣装を知っているし、それを用意してはいるけれど、こうして場に合わせたものだって用意してくれるのが常だ。
 源次がこういうところに気が回らない分、クロウがそれを補ってくれるからこそ心おきなく源次は能力を振るうことができる。

「――娘のコトは気になるが今は少しでも良い結末を迎えられるよう最善を尽くすのが先だ。そうだろ」
「ああ。」

 源次は、かの少女の心を解かせないことに申し訳なさを感じたりはしないけれど。
 この相棒はどうも、人情味があるというか「ヤドリガミ」という生き物の本質で人には「やさしい」。
 人に使われて初めて命を持つ存在であるからこそ、彼が今源次と屋敷を攻略する道を選んでついてきてくれた胸中など源次にも察せられないものであることは確かだ。
 だから、せめてとこの機械仕掛けの男は己の「性能」をフルで扱うこととする。
 この相棒の憂いをすべて拭い去り、任務を完了させるためのすべてを――その体から、解き放っていた。

  >インターセプター起動。策敵モード
  >邸宅内部スキャン…実行。
  >… … … 完了_

 キイイ、とモーター音が隣の相棒から響く。右目から首の結合部分までで漏れる赤の光が鮮やかで、クロウは視界の悪い屋敷の中で目を何度か細めた。輝かしいそれはささやかであるのに、どうもこの地下というのは暗すぎる。
「そもそも、なんで地下なんて作ってんだ。」
「避難用、拷問用、折檻用、――あとは、倉庫などだろうか。」

  >邸宅内部マップデータ更新… … … トラップへのマーカー…完了
  >アップデート開始 … … … ストリーミング機能をオンにします
  >インストール開始 … … … 完了_

 【収束眼光(メーザー・アイ)】。
 赤色の瞳――その眼光が高速で屋敷を駆け巡った結果である。
 源次はこの建物をすべて掌握したも同然だった。だから、からくり仕掛けの悪意も執念もすべて先読みができている。
 クロウと歩きながら、余計な体力を使わないように二人にとって効率のいい手段で歩き続けている。念のためにクロウに背中を守らせるように後ろにつかせていた。
 クロウもクロウで、――ずうっと、己の超常を使用している。

「まさか、ここまで来て拷問趣味があったなんて聞いた日にゃ、帰っちゃうぜ俺。」

 冗談交じりに笑いをひとつ。だけれど、その瞳は笑んでいない。
 「それはなさそうだ」と言葉だけでしっかりとクロウを支えてみせる源次である。この男は愛想こそないものの、嘘はつかないし正直だ。
「構造的に、倉庫だろう。地下まで回す金はなかったか奥まで行けば手薄だ。」
「地下までたどり着かねえって思ってたんじゃねえか。」
 ――闇にまぎれて羽音がする。【奏上・三位一体之祓剣(レゾナンス・イクシースピリット)】にて魔力で己を強化したクロウの体躯に、何匹かの蝙蝠が帰ってきた。
 源次が目の光を収束して、「手薄」という割には殺意の溢れた落下するギロチンを焼いたのなら、風圧と炎を交えたクロウの魔術がそれを溶かす。
 蝙蝠たちの音に耳を澄ませながら、「どーやら、大丈夫らしい。」と相棒に情報を渡す。
 源次は、ひとまずその報告を聞いて「達成度」を計算しなおしたようである。「そうか」と返事する声色は満足そうであった。

「クロウ、ぬかるなよ」

 ――最奥はもう、すぐそこであろう。
 ジッポの炎が空気を焼く。その体は常に一定に傾いていたのに、ぴたりと止まった。もう風が流れないからであろう。
 大きな門があった。どうみても、重厚で、それでいて檻ではない。
「倉庫の割には、えらく頑丈だな。」
「――金庫だ。」

 ははあ、とクロウも己の顎を撫でる。
 ここにいっぱいの金塊でも「前まで」は入っていたのだろうか。それとも、今でも入っているだろうか?
 何せ、これほどの絡繰りを「作れる」くらいの資産があったというのなら、二人が並んでもあともう4人はならべそうなそれの幅を顧みるに、相当な富豪である。
「からくり屋敷のほうが金持らしい振る舞いっつーのも皮肉だ。」
「金は人を狂わせるに一番だからな。」
「言うねえ。」
 相棒の冗句ではない――感想を聞いてにやりとひとつ溢すクロウである。
「とっとと開けちまおう。」
 クロウがひとつ、息を吸うた。そうすると、不可視の魔術たちが彼のうちから湧き出していく。豪奢な玄夜叉を差し出したのなら、それが――ぎらりと相棒の赤を受けて鈍く輝いた。
 ジッポの炎すらそれは飲み込んで、まるで一つの矛となる。炎が風の魔術でとぐろを巻いて、相棒の視線――その熱で焼かれて弱くなった鉄を打ち砕いて見せた。

 衝撃、熱波、瓦解。

 ばらばらと崩れ落ちる鉄の感触がしたなら、とびこむ。
 敵の一手が来るのを警戒しての動作ではあったのだが、その予想通り体勢を低くして滑り込む己らの頭上を大きな黒いかぎづめがさえぎっていった。
 体があると思うていた。
 その体に鱗があるかどうかを見てやろうと、思っていたのだ。

「――チ、」

 思わずクロウが舌打ちしたのも無理はない。彼に襲いくる手の圧力は源次がその体で引き受けた。がいん、と金属の衝突音がして、革靴のそこを減らしながら踏ん張る。
 クロウも源氏も覆ってしまいそうな真黒な手があった。手というべきか、爪というべきかわからぬ――。

「龍よ。」

 憂うように、聞こえただろうか。
 低く重い声色で、源次がそれを切りつけて押し出す。浅くは切込みを入れたようではあるが、生半可な攻撃ではすぐに靄のような体は修繕されてしまうらしい。

 母は、――もう、母であるかどうかもわからぬ姿となっていた。
 大きな金庫である。広くて、何人でも猟兵たちが寝ころべるところであろう。そこに、かの悪龍は座していた。
 その体を作るのは些細な怨念から、根深い怨念まである。――人の想いの数だけ、その体はいくらでも肥大できるのだ。

 金持ちが気に入らぬ。
 わが子をどうして殺してくれた。
 娘を止めてくれ。
 助けて、助けて、助けて、助けて助けて助けて助けて助けて助けて――しあわせになりたい。

 どれが、誰の想いかもわからないだろう。
 雑音とも取れる無数の鳴き声に、源次が戦闘態勢になるには十分すぎる危険度があった。クロウもためらわずに俺の体に魔術を宿す。
「おい、しっかりしろよ――お前はどうしたいンだよ!」
 だから、そこにいる「母」を呼び出さなくては「救済」にならないのだ。
 無数の怨念に眠れる彼女を呼び起こして、声を届かせねばならない。その核が彼女であるのなら、表層意識に出てくるはずなのだ。

「奥に閉じこもりやがって、――母親なら、最後まで娘のためになることを考えろッッッ!」

 ぐわりと牙をむき出しにして、人のためにある神は荒ぶる。
 その相棒である機械の男も、彼の想いを為すためにこの悪しき龍を討たんと鋼を構えていた。

「断つ。」

 ここで、悲劇を。そしてその、因果を。
 ――次なる「明日」が、よりよい幸福をよぶために。 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

コノハ・ライゼ


蘭ちゃんと話しに

喪う気持ちは分からない
壊れたモノの直し方も
でも壊れる音は、知ってる
傷付いた子供は敏いから視線合わせず並ぶように座る

声が届かないのも、声を掛けて貰えないのも、寂しいネ
でも死んでしまったのはお母さんのせい?

お母さんだって何でもはできないでしょう
だから無念で、心配で。変わってしまった……影朧に
君が駄々をこねては、幸せを祈る事も出来ず
悪いだけのモノになってしまうヨ
思い出してあげて
本当のお母さんの事
壊れる前に、ご両親からもらったモノを

蘭ちゃん、食べ物はナニが好き?
体が元気になったら作ったげる
きっと、世界で2番目に美味しく作れるわ

触れた体の脆さに放っておけないと感じたのは
模倣か、それとも





 ――突入を果たしたと聞いた。
 だから、コノハ・ライゼ(空々・f03130)が果たすことはたった一つ。悲劇の娘を連れて行くことだけだ。
 手を引き歩けば、それだけで済むのかもしれない。だけれど、それはこのライゼにとっては好ましいことではなかった。
 そんなことは「医者でもできる」ことで、今から彼が行うのは「医者にはできないこと」でなければならない。
「こんにちは、蘭ちゃん。」
 病室に訪れれば、ほかの猟兵たちの手引きもあって少女の顔色はいいとは言い切れないけれど、病人のそれとしては軽くなったように見えた。
「こん、にちは。」ちゃんと、投げかけられた言葉には適した言葉で返してくる。ならば、ほとんど正気と言っていいにちがいない。
 ほっとしたと同時に、さて、どうしてあげるべきかと考えさせられる「からっぽの」彼であった。

 ライゼには、喪う気持ちというのがわからない。
 喪ったことはある。だけれど、それを恐れるがあまりに彼が喪ったのは「彼」自身なのだ。
 この体は「あのひと」を模したもの。いとしいあのひとが生きるはずだった未来を未だに描き続けて、還れない。還る気もない。
 それに、――壊れてしまったものの治し方もわからない。だから、医者にはなれないのだ。

 外出許可を、得た。
 超弩級である歴戦のユーベルコヲド使いの要請は、願いであり希望であり未来であり絶対でもある。このサクラミラージュに植え付けられている「常識」というものにしたがって、猟兵たちはみごと悲劇の少女の首輪も腕輪も取り壊した。
 お母さんに謝りたい、という少女の願いをかなえるのが達成条件のひとつであるとからくり屋敷に挑んだ猟兵たちとの共有ができたであろう。ばさばさと小さな体を精一杯に昼を駆ける蝙蝠たちが屋敷のほうへ飛んでいったのを、小さな窓からライゼも見ていた。
 連れ出すのは、簡単だ。
 ――壊れるのだって、同じくらいで簡単である。
 だから、ライゼはすぐさま引っ張り出すのではなくて、最低限の補強をすることにしたのだ。傷の治癒はできない。それはやはり、ライゼの領分でない。

「ねえ、話をしましょうか。いいえ、これはお説教カモ。」
 お説教、は。
 本来、心を病んでしまった相手には一番行ってはいけないことである。
 半端な技術では病んだ相手の傷口をえぐるようなことにつながるのが常であった。だから「一般的には」ご法度とされている。しかし、このライゼはこの少女の痛みは理解できなくとも、「壊れる」ことはよくわかっている。
「声が届かないのも、声を掛けて貰えないのも、寂しいネ。」
 隣に並ぶようにベッドに腰掛けて、少女の瞳と視線を合わせる顔に笑みはない。だけれど、無機質なものではなくて、言い聞かせるようなものだった。
 叱責とも、怒声ともちがう。

「でも死んでしまったのはお母さんのせい?」

 少女、――黒沢蘭は。
 お母さんは、絶対そこにいる存在だと思っている。
 それは、当たり前だ。日常で、当たり前にあるはずの幸せの形なのだ。
「お母さんだって何でもはできないでしょう。」
 それは、わかっている。ライゼだってわかっているからこそ、痛みを思い出しながら、かつての己に重ねられない少女を見ながら話しかけていた。
「おかあさん、だって、おかあさん、おっきい、龍だって、いってて」
 震える声は、少女の駄々らしい。
 ――やはり情緒は幼くて、修繕されたある程度の傷がほころびやすいことが分かった。ライゼは、連れ出す前に声をかけて正解であったとも思う。
「ぜったい、ぜったい、つよいって、おもってたもん」

 あっけなく、龍は殺される。
 子供にとって親とは神同然だ。
 子供にとって親とは世界である。
 とりかごであり、法律であり、地面であるのが普通なのだ。

 だけれど――普通というのは。
「――だから無念で、心配で。変わってしまった……影朧に。」
 あっけなく壊れてしまうから、普通なのだ。
 手を握ってやる所作は、自然なものだっただろう。言い聞かせるような意志が空っぽの瞳に宿るのは、きっと蘭が見ていた。
 このひと、きれいな目をしている――。
「悪いだけのモノになってしまうヨ。それでいいの?」
 お母さんを、悪いものにしてしまう。このままでは、この少女はきっと連れて行ったところでまた「親」にあてられて荒れ狂う龍となるだろう。
 今度は――もしかしたら、二人そろって影朧になるか、同等に暴れ狂うことになって事態が悪化するかもしれない。
 打算だった、計算であった。だけれど、ライゼにとっては。

「思い出してあげて、本当のお母さんの事。」

 ――触れた体の脆さに放っておけないと感じたのは、模倣か、それとも。
 きっと、「ほんとう」だろうか。

 母は、きっと、普通の女性だった。
 少女の知っている母親は「お母さんは強いのよー」なんて言ってのんきにみかんを向いたり、あかぎれを作りながら皿を洗うような人である。
「うそだぁ」とか「ぜったいそんなことない」とか言ってみる娘ににやりと微笑んで、「がおー!」だなんていって追いかける。
 きゃあきゃあと笑いながら、娘が逃げていく背中を見て、うれしくもあって切なげな顔をするのが、その人だった。
 母親は、どうしようもなく「怪奇人間」である。
 どうしてそうなってしまったのかもわからない。彼女の体は「龍」だった。
 感情が高ぶると体に現れる異常をどうにかして隠して生きていた。子供ができて、愛する人と家庭を作って、守るものが増えてきた。
 だから、守ろうとした。

「お母さんは強いんだから。」

 この脅威をここで食い止めることはできないかもしれない。
 だけれど、どうか子供の命を奪われるくらいなら――この思いを怨嗟にして、この殺人鬼と刺し違えてやると思ったのがすべての始まりだったのだ。

 負けない、戦う、絶対に娘を傷つけさせたりしない。絶対に、絶対に、絶対に――!!

 たとえ何十、何百、何千と経ったって、必ず貴様の因子すべてを「殺し返して」やると思ったのが。
 あの姿だったのを、ライゼは少女の憧憬を聞きながら察してしまうのだ。

「蘭ちゃん、食べ物はナニが好き?」
 ――少女がそれ以上、深みに落ちてしまわないように。
 親の心、子知らずとはいうけれど、知らぬが仏というのもある。己を守ろうとした母親が己のために「本当の」龍になってしまったことなんて、これからずっと、永遠に知らなくていい。
 「そういうものだった」と思ってくれれば、きっと幸せに違いなかった。だから、ライゼは突拍子のないことを尋ねてみる。
 ちゃんと反省したご褒美よ、だとか言って、やせた背中を優しく手のひらでぽんぽんと撫ぜた。

「体が元気になったら作ったげる。ね、きっと、世界で2番目に美味しく作れるわ」
「……。」しばし、視線が右往左往して、申し訳なさそうにおずおずと口にしたのは「オムライス」。
 にこりと笑んで「アタシも、卵好き!」という一言を合図に、二人でベッドから立ち上がった。

「じゃあ、行きましょっか。お母さんに、もう大丈夫って言ってあげましょうね。」

 ――もう、怒らなくて「大丈夫だよ」。と。
 もう、怖いお母さんじゃなくていいんだよと言ってやるのは、己らよりもこの少女のほうがふさわしかろう。
 ライゼが緩く笑みながら、少女の手を握ってゆっくりと歩き始める。業の深い事件であるけれど、これを「呪い」と言わずしてなんという。

 おぼつかなく歩く少女の足に、用意された靴と、いつも通りの服を着せてやった。
 可愛らしく彩って、母親が一番「望んだ」姿で少女を逢せてやろうと組んだライゼである。

 ――自分だったら、そうされたいと思ったから。
 きっと、彼の心はどこにもないけれど。今の彼がそう思うなら、かつての「彼」だってそうしただろう。己の体を作る思い出が、そうであるように。


 狐と龍の少女は歩き出す。
 かの母親が哭く場所へ。閉じ込もった地下室へ。破壊の始まったあの屋敷へ。
 何もかもを恨みだした――すべての因果を、許すために。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『影竜』

POW   :    伏竜黒槍撃
【影竜の視線】が命中した対象に対し、高威力高命中の【対象の足元の影から伸びる黒い槍】を放つ。初撃を外すと次も当たらない。
SPD   :    影竜分身
【もう1体の新たな影竜】が現れ、協力してくれる。それは、自身からレベルの二乗m半径の範囲を移動できる。
WIZ   :    影界侵食
自身からレベルm半径内の無機物を【生命を侵食する影】に変換し、操作する。解除すると無機物は元に戻る。

イラスト:芋園缶

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



 かの殺人鬼は、己を殺す時に問うたのだ。

「お前か娘か、どちらかを助けてやろう」と。

 殺人鬼のいびつな笑みを、忘れることができない。あれは、己こそ今この場で一番強く、神に等しいという顔で己らを裁きたがった。
 ナイフをこちらに向けて、きらめく鋼で問いを投げかける顔を覚えている。忘れることができないのは、恐怖よりも怒りに満ちたからだ。
 ――娘は、死んだ友達がいる。
 その友達と、約束をしていたのだという。買い物に行くというから、小遣いを用意してやらねばと思ったのなら「お母さん、待って」と止められてしまった。

「自分でちゃんと、お母さんのお手伝いをしてからもらうお小遣いのほうがいいわ。」

 その言葉に秘められていたのは、己へのいたわりもあろうが。別の目的がにじんでいるように見えていたのである。
 友達のことは、とても大事にしていた。彼女が死んだ日をきっかけに食が細くなり続けるのを、どうにか解消できないかとも思っていた矢先に――わが伴侶は「男」を雇ってしまう。
 彼の「審美眼」を信じてはいなかった。怪奇人間の己を――知らずに――嫁に選んだような彼である、お世辞にも「見る目がある」とは言い難い。
 その代りに、彼は問題解決力に長けていた。己がいざ普通の人間でないと知ったときの彼は「驚いたけれど、でもやはり、君のことは好きだとも!」と笑って今これほどまでの力を身に着けている。
 だから、きっと――そういう「段取りのいい」ところは、娘も継いだだろうと思っていたきっかけがあるのだ。

 娘はその小遣いをどう使うのだろうと、彼女との時間のために貯めていたそれをどう抱えるのかを見守っていた日々がある。
 苦しそうに、二人で遊びに行くときに使おうとした巾着袋を押し入れにしまって傷口に蓋をしていた。それは、そうするほうがいいのだろうとも己だって思わされていたのだ。
 だけれど、次の日にはそれがあるべき場所になくなっている。はて、メイドなどが魔が差してかよかれか、持って行ってしまったのだろうかと考えたものだけれどちゃんと娘が持って行っていた。

「佐登子ちゃんに、お花を買ったの。」

 それが、娘の――彼女の大切な「友人」への贈り物だったという。

 腹が立ってしょうがなかった。
 この場で己こそが一番強く、命を裁き、己らの幸せを奪うにふさわしいという顔をする男は娘の友人を奪ったいきものである。
 殺してやろうと思った。たとえ、己がここで死んでも己の恨みで殺してやるのが当然だと思った。

 ――娘の友人、その母の悲しみも知っている。同じ、腹を痛めて頭を悩ませながら子供を産んだ立場だ。無念もわかる、だけれど彼女が「まだ」生きているのは。

 そこまで考えて、首を左右に振った。ナイフも同じように、からかうように動く。

「どうする?」

 子供なら、また作ればいいだろう。
 などといびつな口はいうのだ。愛し合っている男と女ならできるものもできるだろうと。いくらでも替えを作ればよかろうと。明日があるように次があるではないかと、そうさせたくはない癖に!

「殺してごらんなさい。」

 ぐるると唸った己ののどに、さすがに目の前の「ただの人間」は身構えたらしい。
「ははあ、噂は本当か。こいつは、愉快、傑作!」
 握っていた鈍色は逆さになる。確実にしとめるための牙を形どって、己のいのちにさだめられた鎌のようでもあった。
 構うものか。構うものか。

「――母は強いのよ。」

 呪ってやったのだ。
 痛みが襲う、痛い、熱い、苦しい、痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い―――!!
 その分だけ、呪ってやると思った。鉄のにおいが脳を満たして、男の荒い息遣いと己の命の終わりを聞きながらそれでも、顔だけはけして涙ひとつ流さぬ怒りの顔であった。
 報いよ。わが子とわが身とわが幸せと、我らがいとしき隣人たちの幸せを奪う罰を受けろ、神が裁いてやらぬというのなら、この龍こそ裁いてやる!

 ―――お 前 が 死 ね !!





 猟兵たちは、黒沢蘭を連れて邸を訪れることになったものもいただろう。
 「救済」には必要な要素に違いない。彼女は、戦場に連れて行ってやってもいいし、外に待機させておいてもよかったのだ。
 だけれど、蘭はふるりときっと体を震わせる。その体は病人用の姿ではなくて、それらしい――母親ができる限り生前に見た姿に模したものであった。
 無数の意識の中で荒れ狂う感情しか持ち合わせぬ母親を、引き戻すための要素として猟兵たちが準備させたものに蘭は身を包んで己の家を見上げる。
 ざわり、その身に宿る鱗が浮き上がった。
 隠そうと努めていた「親子」の証を、今はもう隠す必要がないから――友達にも打ち明けられないままだった痛みを、警戒とともにあらわにする。

「おかあさん、怒ってるの。」

 少女に、ざらりとした頬の感覚がしきりに訴えていたのだ。

 地下にて。
 慟哭とも暴風ともつかぬ痛みの風が吹いたことだろう。
 猟兵たちの耳をふさぐような風圧で、影竜はそこに顕現していた。無数の命とその怨嗟を――犠牲者の数だけ――引き連れて、竜は赤い涙のような体内をちらつかせて哭く。

   タスケテクダサイ 
 ――殺してやる。

 もはや、誰が、どの声が何のものかも猟兵たちには聞き取れないかもしれない。
 今や守りたかったものまで壊してしまいそうな怨嗟をはらんだ彼女が、この頑丈そうな金庫に逃げ込んだのは最後の理性だったのだろうか。

 ――何もかもを、壊してしまう前に。
 ――恨みに心が食われてしまう前に!

 暴れだす影は脈打って、無数の槍を地面から生やして地獄を作り出す。
 痛みのままに、怒りのままに、奪われるのを恐れるままに、抗うように暴れる存在は悲劇の生き物である。

 さあ、猟兵たちよ。
 かの怒りに狂える母の痛みをねじ伏せて、その魂を救い出せ――!

***

 三章のプレイング受付は『10/23(水)8:31~』とさせていただきたく存じます。
 想いや熱意のこもった皆様の素敵な救済を楽しみにお待ちしております!
鳴宮・匡
行こうか、って黒沢蘭を振り返って


会いたいんだろ
大丈夫、ちゃんと守るから
怖がらなくていい

もう、手は繋がない
多分そうしなくても、大丈夫だと思うから
――“ひと”は強いな、と思うよ

連れて行くといった手前だ
黒沢蘭の身柄を守るのを第一とするよ
そうと認識しているのなら、親が子を撃つはずはないけれど
巻き込まれることだってあるだろう
銃撃はそれを撥ね退けることを第一に

自分へ向いた攻撃の対応は二の次
影に潜んだレディが、うまく逸らしてくれるだろうから
合間に、相手の動きを牽制するように射撃する

……“こころ”のない俺には
何も、言ってはやれないけど
彼女が伝えたいことを伝えられるまでの時くらいは
ちゃんと、稼いでみせるから


吉野・嘉月

助けてくれと言われたら助けたくなるのが人情ってもんだろう?…いいや、分かってはいる此れが俺の厄介な性分だって言うのは。

俺には影龍になった母親に敵うような力も傷付いた娘を癒す言葉も持たない。
でもこの世界の住人だからこそできることもあるだろう?
それが唯一の強みだよ。

【情報収集】
娘さんがこれから過ごすに相応しい場所を用意しよう。猟兵になった今ならいろいろ融通もきくし。
閉じ込めたり縛りつけたりしない。
あんたら家族の人柄が今生きる。
死してなお残せるものもあるだろう?
黒沢家の娘が困っているならと手を貸すお人好しが居るはずだ。
大丈夫だ。
娘の今後は任せておけ。これが俺にできることだ。


霧島・龍斬

「……親ってのは、こういうものなんだろうな」
「だが、これは『親』じゃない、半端の殺しの果てが築いた『慰霊碑』だ」
――だからこそ、ここまで『歪んだ』アンタを斬りに来た。

なぁに、恨みをぶつけたければ発散すればいい――
【見切り】【残像】、そして【第六感】……
それぐらいの死地を渡り合う為の業ならとうに『背負った』。

間合いになれば此方の番だ。
氷の【属性攻撃】と【破魔】を乗せた【早業】の【鎧無視攻撃】。
【氷戒葬剣『歪曲凍葬』】――要らぬ『歪み』は貰ってくぜ。

「――なぁ、アンタこそ親なんだろう。俺の知らぬ親の『責務』って奴を知ってるんだろ」
「だから、だ。『此方側』(ひとごろしのせかい)に来るんじゃない」





 少年には、「家族」がなかった。
 亡くしたといっていい。持たなかったといっていい、持てなかったともいえるし、それを持たないようにしていたのもある。
 当たり前だった。戦う日々には、捨てるものも亡くすものも少ないほうがずっといい。それは、たとえば転がった薬莢の数が少ないほうがいいのと同じことだ。殺した人間の数が少ないうちに戦いは終わればいいし、的確に、僅かな弾数で打ち抜いてやるのと何ら変わらない。
 ころりと転がる金色のそれを見るように、何も感じなければいい。何もなくなさい、痛みを憶えない、何も求めないから――少年は無敵だったのだ。

「行こうか。」

 
 鳴宮・匡(凪の海・f01612)は少女を振り返る。
「会いたいんだろ。」と突き放すようでいて、でも確かにごつごつとした彼の手は彼女の細い手を握っていた。まだ小さくて、罪の味も知らないようで、「母親」に充てられて血に染まった手を隠すように握る。
 少女は、体の芯を詰まらせたようにしながら匡の力に抗えない。ごくりと唾を飲み込んだ顔が険しくて、ああ、きっと己も同じ顔をしているのだろうかと思わされる。
 こういう時に、かけてほしい言葉はなんだったろうか。正解を探す。彼の瞳は、人をよく「視て」、彼の耳はよく「聴く」し、彼の手はよく「障る」。
「大丈夫。」
 ――ちゃんと守るから。
 怖がらなくていい、と言って、あえて匡は彼女の手から己の手を離した。少女がその痕跡を目で追う。
「ついてくるかは、考えな。」
 ああ、まるで。
 憧憬のあの時に言えたらよかったような一言が、彼の口から出るのだ。
 それは、今がきっと「正解」だと信じている。少女が一歩前に出るには少女自身の力で歩みだしてもらわねばならないのだ。己でこの運命を選び、悩み、生きていくことを今一度彼女に選んでもらわねばならぬ。
 だけれど、匡は彼女の反応を待たないままに屋敷へと突入したのだ。そうしなくても大丈夫だ、という確信は「観察」によるものではない。
 絡繰りの息絶えた屋敷を見据えて、彼女に背中を向けて――今までの彼では考えられないようなことだけど――「経験」がそう語っていた。だから、己を信じたのだ。匡が力強い足取りで歩いていくのを、少し遅れて小さな足音がついていく。

「まって、お兄さん! 」

 ――ああ、やはり。“ひと”は強いな。

 『人でなし』を背負う彼が、歩みだせたように。ひとでなくても、ひとらしいこの少女が歩めないはずがなかったのである。
 もはや彼らを地下へと招く風音すら脅威ではない。破壊されつくした家の中を見て、猟兵たちの「超弩級」をまざまざと見せつけられる少女である。
 蘭が、目を瞬かせてしまうのも無理はないと思った。「お兄さんも、強いの?」と問う声は期待も恐怖も入り混じる。
 ――お母さんを、たおせるの?
 匡は。
 頷いてしまうのは簡単だった。だけれど、しばし考える。伏せられる瞳の色は、いつも通りの色のはずなのに――どこか、瞬く光があった。
 それは砕けたシャンデリアの反射かもしれぬ。彼の脳を埋めたのは「お兄さんも」というフレーズだ。己と誰かを同列に考えることなんて、この匡にはありえない。いつだって己は、世界のどこかで仲間外れにされていながらも誰かの幸せを見ているだけの存在だと思っていた。
 社会になじめない一匹狼なのではない。この世界が人だらけなら、彼は「ひとでない」から混じれないだけだと思っている。

 でも、今は。

「――連れて行く手前だから、な。」
 言葉を選ぶ。
 誰かと己を同列に語ることなんて、あってはならない。それがいかに罪深い行為であるかもわかっている。
 己ほど価値のない生き物もいないと思っていたし、墓標には名前すら刻まれないだろうとも思っていたのに。――いるのに。

「強いよ。」
                            ソルジャー
 拳銃を構えて、歩き続ける姿はきっと――少女の前では、「戦 士」らしかったのだ。




「助けてくれと言われたら助けたくなるのが人情ってね。――いやはや、分かってるが我ながら厄介な性分だ。」

 こりゃまいった、なんて頭を掻きながらも彼の動きは躊躇いもなければ静止もない。
 吉野・嘉月(人間の猟奇探偵・f22939)は、探偵である。探偵ゆえに、余計な手段は使わないのだ。
 彼は先の匡のような射撃術や、派手な力技や、それこそ因果を捻じ曲げてしまうような超能力はない。どこまでも「ひと」らしい猟兵である。その彼こそ、「ひと」らしい武器を存分に活かせるのが今であった。
 彼にはたつ弁もなければ、うまい聞き手にもなるような能力はないけれど、それでも「探偵」らしい能力が一つある。

「娘の今後が母親としちゃあ、心配だろうな。」
 ――俺が父親でもそう思ったかもしれないね。なんて最後のほうは冗談だったやもしれぬ。
 浪漫もドラマも、この探偵には持ち合わせがないけれど、それでも彼ができることといえば「日頃の行い」ともいえる情報の通さであった。
 先の電脳探偵も、電脳の王とて、この「地」にはこの嘉月に詳しくあるまい。彼こそ、この「サクラミラージュ」における猟奇探偵である!

「やァやァ、ちょいと失礼するよ。」

 わざわざ地形を調べなくたって、ドローンを飛ばせなくたってこの探偵には足がある。
 効率を重視されては確かに埋もれてしまうやもしれないが「ああ、なんだい吉野さんじゃないかい! 」なんて信頼の得方とその速さは誰も右手に出ないだろう。
 「どうも、どうも。」と言って腰掛けるのは、昼下がりのカフェである。「てらす」なんて言われる特等席は、今や噂と井戸端が大好きな貴婦人たちの集まりだ。
「この前はありがとねェ、うちのタマ。まさか寺に子供産んでるなんて思ってなくてェ」
「そうそう、前の事件、やっぱりあの人が犯人だったでしょォ!怪しいなって思ってたのよ、アタシ。」
 ぴいちくぱあちく。
 緊張感がないところがありがたい。張りつめた空気ほどこの探偵は浮いて仕方がないのである。
 煙に巻こうにも、味方も相手もぎらぎらとしてては謎も疑問もなにもかも白日の下にさらされて台無しなのだ。やはり、ミステリヰというのはもっと味わって考えねばなるまい。

「ねえ、実はさ。また聞きたいことがあるんだよ。」

 身を乗り出すようにして、テラス席に肘を置く。手ごろな椅子はこぎれいな装飾をしていたのに、見慣れてしまえばどうということもないのだ。尻を休ませてやってからにやりとひとつこの嘉月が笑ったのなら貴婦人たちはお互いのほほを寄せ合うくらいの勢いで彼に顔を詰め寄らせる。
 ――面白い話に、退屈な主婦たちというのはいつだって弱い。

「あら、あの黒沢のとこのお嬢ちゃん。治りそうなのね? 」
「治るもなにも、ありゃあ影朧の仕業だからね。すぐよくなるさ。」
「アァ、なんだ。よかったわ。アタシ、黒沢にはお金を貸してもらったこともあったのさ。」
「――ええ? でも、どうするんだい。身元、信用できるところに預けられるのかい? 」

 いよいよ貴婦人たちの顔がみんな同じに見えてきて、最初はいったい何人いたやらわからぬ。
 苦笑いを浮かべてやりながら、「そうなんだよね」と嘉月が言うた。――この住人たちの反応こそ、「好機」であるともいえる。

 かの黒沢の家は、死してなお残すものがあったのである。それが、この絆だ。
 金を貸した、かくまってやった、助けてやった、働き手を紹介してやった、医者に連れて行ってやった。
 ――かの当主が、「守るため」にやってきたのであろう数々は、まぎれもなく今も生きているといえる。嘉月の瞳には、まるでいのちの線をつなぐようなものが見えていたのだ。
 誰もかれもが、かの少女のことを心配している。誰もかれもが思考を回して、どうにか助けてやれないもんかと口をそろえているのだ。
 これこそ、この探偵の「武器」である。

 ――これが、俺にできることだ。
「ああ、そういえば――。」

 口元を緩く浮かせた嘉月の前に、一人の貴婦人が思い出したように口を開く。

「サトコちゃんとこの、お母さんが――。」




 影竜は、そこに「在った」。
 おのれの「娘」であり、遺した仔竜を視る。

「ああ、ァ、あ、あああ、あ、あ、ア、あ。あ――」

 その声は、もう人のものとはいいがたい。だけれど、匡も――彼に守られている少女も、傷つけられてはいなかった。

「おかあさ、ん。」

 蘭の声が震える。母親に怒られるのとは、わけがちがう。本当に「竜」となってしまった母親の姿はおぞましいものだった。これを「母」だと信じてやまなかった狂人の自分は、間違いなくおかしくなっていたことを思い出させられる。
 がくがくと足が笑いだして、その場に蘭が座り込んでしまう。だけれど、匡は視線をそちらには向けないで「母」を見ていた。
 ――経験上の話である。

「ああああああああああああああああ――――――――ッッッッッ!!!!!! 」
「――娘は、狙わないだろ。」

 母親は、娘に手をあげられない。
 それは「しつけ」ではあり得る行為かもしれない。だけれど、一般的に急所にならないところを叩いたり、叩く真似をしようとしたりする傾向があるのだ。
 この「身を挺してまで」娘を守った母親が、そんなことをするとは思えないし――攻撃を仕掛けられるのなら、匡だ!!

 銃声である。鉄のそれが吠えたのなら、まず匡へと向かった無数の槍――その一撃を躊躇なく打ち砕いた!
 【伏竜黒槍撃】、【落滴の音(ティアーズ・レイン)】にて相殺!!
 その破片が散ろうとするものなら、陰に潜んだ「なにか」が少女の体も、匡の体も覆うようにして一つの球となる。
「ひゃ」
 叫んだのは――「母」と同じ黒い塊になった「竜」が防御壁となったからかもしれない。一瞬で肥大したそれが、主人を守ったと同時に霧散して影に浮く。
 ぷかりとまるで海に投げられたウキのように浮かんだ仔竜は、名を「レディ・ブラッド」。主と、主の「守りたい」ものをその不定形の鱗という鎧で守る存在である!
「ありがとう、レディ。」
 竜には、経緯を示すのが順当だ。「むー」と小さく鳴くそれは、黒い靄のような体をじりじりと沸かせながら次は少女に巻きつくようにして憑依する。
 ――匡の持ち物だというのなら、大丈夫だろうか。
 うるんだ瞳は、明らかに「母」への畏怖からであろう。その顔を覆うようにして黒が抱きしめてやった。親の削られるさまを「また」見せてやる必要はあるまい――匡が頭の奥でそう判断したのは、耳で「音」を拾ったからだ。

 響いたのは、男の低い音である。

「……親ってのは、こういうものなんだろうな」

 ――直後、怒涛の冷気!!

 ずん、と確かな覇気とともに、真っ白な魔術を引き連れてその男はやってくる。
 ずんぐりとしながらも戦うためだけに在るような体は、狼男と見間違うほどの険しさがあるのだ。
 匡の前髪を少し凍らせながら、その男は冷気だけで――影竜の槍もその残骸も、見事氷くずに変えて見せた。

「だが、これは『親』じゃない、半端の殺しの果てが築いた『慰霊碑』だ」

 声は、悲哀にも満ちているようで、淡々としている。
 歴戦のこころがあるのだ。数多の戦場を血で染め、白く塗り、彼は怨嗟も憎悪も闘争も引き連れてはすべてを蹂躙した男である。
 ――だから、「半端」が招いた悲劇は許せなかった。

「 こ こ ま で 『 歪 ん だ 』 ア ン タ を 斬 り に 来 た 。 」

 霧島・龍斬(万物打倒の断滅機人・f21896)はここに君臨する!!
 構えた刀身はオーバー・テクノロジーの産物だ。与えられた肉体は、未来の技術が生んだ鎧である。恨み程度ぶつけられたところで揺らぐようなつくりでない!

「ぎぃいい、い、い!!あ、あああああ―――――ッッッ!!!! 」

 娘に向けられぬ、確かな怨嗟で!
 叫んだ竜の声は悲壮だ。今度こそ破裂するように槍たちが再び吹き出した!!
 全身から鋭い黒を吹き出したのを視た匡は、――己のまだ歴の浅い相棒を信じて――振り返らない。己の身を守るのは後だとも思う。だけれど、何よりも大事なのは「己を含む誰もが無事であること」だ!

「視えてる。」
 
 ぎゃりがりがり、と悲鳴を上げて槍たちは鉛玉によって打ち砕かれていく。匡の頬を黒が裂いて血が噴いても気にしない。この程度は「想定内」だ。
 素早くマガジンを入れ替えたのなら、また早撃ちを繰り出す。撃ち落される千本を超える針たちは次々届かず消えていく!
 無論、龍斬を狙う黒どもも同様だ。匡の視界で「視えている」すべては、彼の破壊対象である!!

 吠える。銃は、吠えたのだ――!! 

「――言いたいことがあったら、今のうちに言えよ。」

 匡は、前へ出なかった。守るべき「少女」が後ろで黒い竜に巻かれて脅威から遠ざけられている。
 その少女に声が通るように、いつもよりやや大きな声で――波立つ水面を隠しながら、彼が言ったから。

 どう、と走った龍斬の勢いに、少女がはっとさせられる。
 龍斬の速さは、もはや銃弾とさして変わらないものなのだ。広い金庫の端から端を駆けるのに、まるで距離など関係ないといわんばかりの一歩目で「翔けて」いる!
 ぎゅお、と彼に裂かれた空気が彼に巻かれて、その氷の軌跡を見せつける。きらきらと舞うダイヤモンドダストたちすら彼の破魔が乗っているといえた。

「なぁ、アンタこそ親なんだろう。」

 白銀に輝いて奔る躰は、二歩目で跳んだ。空気の抵抗を波状の白で残しながらも、その体をふくらはぎの力だけで跳ねさせる。
 構えた剣は――縦まっすぐに伸びていた。

 この龍斬には、仔はいるのだ。
 だけれど、彼らの「祖」であっても「親」にはなってやれない。そのことを、「面白い」とは思うのだけれど。――やはり、「親」と同列に語られる資格がないと思うてしまうのだ。
 
「俺の知らぬ親の『責務』って奴を知ってるんだろ」

 彼の手は、すでに爪のはしまで血に染められていたのだから。
 おびただしいほどの命を殺して、その果てに得たのが――こんな宿命である。それを、手放しで喜んでやれるものか。握った牙を構えた今この瞬間だって、心も顔も笑っている。
 人を殺した、殺して殺して、戦いつくした。その目的も、終わりも、使命も忘れるほどに挑んだからこそのこの体だ。この命だ、この現在だ――!!

 ――こんな己が「親」だなんて、どうして言ってやれるものか。

         ヒトゴロシノセカイ
「だから、だ。『 此 方 側 』に来るんじゃないッッッ!! 」

 餓狼が、吠える――!!

  ヒョウカイ  ソウケン   ワイ キョク トウ ソウ
 【氷 戒 葬 剣 『 歪 曲 凍 葬 』 】 ! !

 ゆがみ切った彼だからこそ、この「母」の歪みがよく見えた。
 巨体を落とすエネルギイと、その体にまとった氷の魔術が爆ぜて――この彼ごと刀として、振り落とさせる!影竜がただ茫然とそれを見上げていたのが龍斬にとっては確信を憶えさせた。

 ――やっぱり、人殺しどころか喧嘩もしたことがないだろ。

 振り下ろされるそれに、咄嗟過ぎる動作があだとなる。己の顔をかばうようにして両手を伸ばした影竜の、その腕を――断ち切った!!

「子供を抱けねえ手など要らんよな? 」

 悲鳴。
 竜がその体を溶かしながら、ああ、ああ!と泣きわめく。怨嗟の権化である赤い中身がぎらぎらと光りながら、身もだえていた。
「おかあ、さん――。」
 竜の子は、己の母親が「ひどい目」に在っているのを思い出して、それでも何かを言おうと口をはくはくと黒い靄の中で動かしている。
 匡が、それを見て「レディ」と命令を下した。影のそれはたちまち、彼の足元へと還る。
 ――もんどりうつ巨体のさまを見せるのは、酷だ。ずん、と娘のそばまで刀を肩に乗せながら龍斬は斬り落とした勢いを落ち着かせるついででやってくる。

「アレは、――。」

 悪いことをしたとも、おもっていない。
 ぎらりとした藍色の瞳は、一度影竜を見てから、また少女を見下ろした。
 なんと声をかけるかも――少し考えて、やめる。考えたほうが余計なことを言いそうだった。

      おく
「ちゃんと、葬送る。」

 殺すわけではないのだと、告げる。死んだ魂は二度死ねぬ。この彼こそ、それを体現していたのだ。
 少女にそれ以上かけてやる言葉もなくて、――頭をわしわしと撫でてやれればよかったのに、力加減を誤って捻り殺しそうでもあったし――破魔の気をまとったままの狼がのしのしと歩いて行ったのならば、匡も少女にしゃがみこんで目線を合わせてやった。

「大丈夫だって、言ったろ。」

 彼女の未来だって、この母親の無念だって。
 銃弾では晴らせなくとも、「仲間たち」がいつだってこうして段取りよくやってしまうのだ。今度こそ、しっかりと視線を合わせて小さな手を握ってやった。

「お母さん――私、あしたも、ちゃんと」
 少女が、身もだえる黒に告げるのは、宣誓かもしれぬ。
 探偵が「吉報」を手に入れてきたのを聞いたわけではないし、それは匡の耳にも龍斬の耳にも届いたとしても、まだ少女の耳には「母」の音でいっぱいで届いていなかった。
 ――だから、これは。

「生きるよ。」

 少女だけの、決心だったのだろう。 



「ほら、やっぱり。行かなくてよかった。」
 探偵は笑う。
 嘉月は実際、地下に足も進めないで、ただただ屋敷の前で次の備えた猟兵たちに情報を回しながら、少女の明日と「母」の「次」がうまくめぐることだけを信じていた。
 腰掛けた手ごろな岩は、屋敷のまわりに在る庭のほんの一部だ。ぼうぼうと生い茂った雑草に彼を触れさせないちょうどいい大きさに満足して、嘉月は夕暮れに近い空を見る。うつくしき桃色が笑っているような気がした。

「芽吹きの時が来たんだよ。」

 桜の花が、散ったのなら次は芽を生やすように。
 ――死してなお、君たちは愛されていたのだと微笑む顔は、きっと誰よりもよく「うつくしさ」を知っているからこその表情だったのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

エレニア・ファンタージェン
ジュジュさん(f01079)と
何このお話は!このままじゃ後味が悪すぎてよ
エリィこんなの許さないわ

UC使用、見せる幻覚は彼女の記憶の中の幸せだった日々
特に蘭ちゃんの笑顔や幸せな場面にフォーカス
幻覚に溺れる為の呪詛と誘惑、催眠術をのせて
与える感情は愛惜と、戦うことへの虚しさ
「転生したいでしょ?この頃に戻れるのよ」

ジュジュさんの挑発に敵が乗れば、無防備に彼女を庇いに行くフリをしつつ、Adam&Eveに攻撃を防がせ、だまし討ち
侵食する闇は…あらそう、光が効くの?
エリィも見よう見真似でSikándaに光属性攻撃を纏わせて振り回すわ
光属性でも呪詛と生命力吸収はちゃっかりと


ジュジュ・ブランロジエ

エレニアさん(f11289)と

このままでは悲しすぎるよ
優しい心を持った人だもん
転生して、次こそ最期まで幸せだといい
でもまずは蘭さんとちゃんとお別れできるように場を整えることを考えよう

UC終幕へ導く光を矢に宿し二回攻撃
悲しみや苦しみが少しでも癒えるように
心まで届くよう、深く
宮子さん以外の犠牲者達の悲しみも消したい

視線が私に向いたらオーラ防御を展開しつつ跳んで黒槍を躱す
影が前に伸びるなら後ろへ、それ以外なら横へ
視線がエレニアさんに向きそうなら声をかけて挑発
こっちだよ

侵食する影には光属性付与したオーラ防御+範囲攻撃でエレニアさんと私を守る
影を弾いた直後にUCの光を纏わせたナイフを投擲
影には光を





「――何このお話は!このままじゃ後味が悪すぎてよ!」

 思わず、叫んでしまったのである。
 ただでさえ彼女の肌は白い。まるで吹き出したやかんの様に怒り出すエレニア・ファンタージェン(幻想パヴァーヌ・f11289)は煙管のヤドリガミだけれど、この「にんげん」が作ってしまった物語には文句もつけたくなってしまうのだ。
 頬を赤くして思わず抗議をした友人に頷くのは、ジュジュ・ブランロジエ(白薔薇の人形遣い・f01079)である。
「うん。――このままでは、悲しすぎるよ。」

 もんどりうつ黒いそれを見ながら、これを救わねばならぬとまた思わされてしまうのだ。
 悲哀に満ちた翡翠の色も致し方あるまい。笑わねばならぬというほうが酷であった。事実、エレニアも思うように、ジュジュも感じていた。
 ――この事件の「犯人」は、二人いて、どちらももう死んでしまっている。
 ――この事件の「犯人」は、結局誰もいなかった。
 殺された母親も、殺した男も、もうどこにもいないというのに、今この場にあるのはまぎれもなく「殺された」皆の無念と核に「母」だというのだから、もうエレニアには我慢ならない。
「ああ!エリィこんなの許さないわ!ねえ、ジュジュさん!」
 ハッピーエンド至上主義、というわけではない。
 然るべき罪人に下った死をいまさら悔やんでなどやらぬ。だけれど、エレニアは「それ」によって振りまかれたうっとうしい埃のような「不幸」が気に入らないのだ。

 これでは、まったくかの罪人の思う通りではないか!

 エレニアが憤慨するのも仕方あるまい。その頬を、赤い瞳をより赤くしても仕方ない。ジュジュも「そのまま」なのはいやだった。
 ――こんなことは、認めてはならない。認めないために、ジュジュは笑わなければならない。
 ぱしん、とひとつ両ほほを己の両手で叩く。エレニアがその音に目を瞬かせていたから、「大丈夫」と笑った。

「やろう。私たちが、舞台をつくってあげよう。」

 優しい心を持った人たちだった。
 この竜を作る怨嗟は、皆が皆被害者だった。たった一つのゆがみがこれほどの命を奪ってその魂を風にさらって、ここまで肥大したという。
 響き渡る声はもはやだれの嘆きなのかも聞き取れぬ。だけれど――この世界には「次」が用意されているのだ。地下に桜は咲かないけれど、それでもそれを運ぶのがジュジュたち猟兵の役目だ。
 だから、もう表情は曇らせなかった。
 今からこの場は、誰もが夢見る――人形劇よりもずっと美しい話の終わりになる。

 身もだえる黒が、ひくひくとしながら傷口からあかあかとした感情を見せたままに溶けている。
 ゆっくりとその顔を持ち上げたのなら、「ぎゃああ」と哭いて目の前にある白に対する警戒を隠せなかったのだ。

「かわいそうに。もう見る夢もないのね。」

 ――エレニアには見えている。
 「感じている」と言っていい。彼女の身の回りは、いつも夢うつつに飢える誰かでいっぱいだった。だから、この執念の化生を縛るのが何かがわかってしまうのだ。
 恨み、悲しみ、怒り、絶望――そんな生半可な語句では語れないほどの、痛みがある。じくじくと全身を焼かれるような疼くそれに、この怪物が苦しめられているのが分かった。
 人間ではない「宮子」の心が基盤になってしまったのは、その体質からであろう。
 人よりも、「怪奇人間」は体が強かったり弱かったり、その性能は個体によってさまざまであろうが今この場で考えられるのは「受け皿」に成り得てしまうほど、この竜の女には「強い」執念があったのだ。

「お母さんは、強いのでしょう。」

 ――そういったと、聞いている。

「でも、エリィたちのほうが『最強』よ。」

 念を押すように、女神は笑んだ。その笑みには、その痛みを包み込むようでありながらこれ以上の暴虐を許さないと決意が見える。
 竜が「ぎ、」と哭いて黒槍を作ろうものなら、――その視界を、さえぎっていった小さな影があった。

「こっちだよ!! 」

 ば、と勢いよく視界の端から現れて、鋼糸で天井に杭を打ったのならば遠心力で彼女はまるで振り子のように飛び回る!
 大道芸――命綱すらないが、ジュジュは顔面いっぱいに笑みを浮かべて竜の注意を奪った!
 竜は、何を攻撃したらいいのかわかっていないらしい。静止したままのエレニアよりも、己の視界で動き回るジュジュのほうに槍がそれていった。
 娘以外の動くものはすべて敵であるといわんばかりの動きに――ジュジュはいっそ安心したのだ。「娘さんのこと、わかるんだよね! 」と声をかけながら余計に注意を奪う。
 母とは違う靄の竜に覆われていた娘がへたり込んでいるけれど、母の動きをしっかりとみていた。その表情には張りつめているようで、どこか救いを探している色をしているものだから――上空を何度も普段は人形を操る鋼糸で飛び回るジュジュは、応えてやらねばならぬと思う。
 
 その緊張を、笑顔に変えるための魔術を知っているのだ。
 
 槍がジュジュに向かって無数に投擲される!!空気を割いて、ひゅご、と風が哭いた。
 エレニアの耳がその音を拾って、即座に彼女のしもべである原初の名を模した蛇たちが踊る!!
 真っ白のそれらが大きな体で槍たちをまとめて締め上げていくのは無数の破砕音だけで伝わるのだ。ばりばりと黒槍は砕け散ってあたりに黒霧を降らす。
「――数が多いわ。」
 面倒くさい、と悪態をつかなかったのは。
 エレニアは、あまり子供が得意でない。子供はエレニアと気質が似ているのだ。好奇心のままに動き、身勝手にあることを「エレニアよりも」許されている。
 しかし、己と同じ空間にあるかの少女は違う。まるでそこに「縛り付けられてしまった」かのようにへたり込んで動けないそれの息遣いが、あまりにもむごたらしい音だった。
 耳障りだわ――。
 だから、「救う」必要がある。か細い息の根も、目の前の悲惨な呪詛も、このエレニアの耳に相応しすぎて気持ちが悪い。

 槍を砕かれ、体を削られ。

「オオオ、オオオオオォオオ、オ―――」

 竜は哭く。
 子供がどこかにいるのに、そのどこかがわからない哀れな親猫のようにも見えてしまう。ジュジュは己に向かってくる黒を、エレニアの蛇たちが砕いたのを視ながら――その一匹の頭に着地をした。
 ワイヤーを仕込んだ服の中に戻して、その様を見て「やりがい」を奮い立たせる。泣いている人を笑顔にするのは、いつだって難しい。
 だけれど、――。

「『終幕へ、そしてその先へ ── 光とともに』!!」

 それができるのが、プロフェッショナルだ!
 まず、宣言とともに投げられたのが無数のナイフだった。彼女の得意な「装置」である。
 普通の人は「狙った場所」に投げられるナイフを見るだけで、「おお! 」とか「すごい! 」なんて思ってしまうのが常だ。実際、精密なコントロールを得るのに日頃からの練習は欠かせない「地味」ながらに「わかりやすい」奇術である。
 そのナイフたちを見て、蘭の表情は凍ったけれど――すぐに、「あ」と驚いた顔をした。蛇の上から反応を伺わずとも、ジュジュにはその表情が想像できる。
 きらきらと反射しながら舞う鋼たちは、「母」だけを避けて地面に突き立っていくのだ。「はずした」のではない。狙い通りであるのは、「母」を見ている蘭だからこそわかったのだろう。
 「母」は、その動きの意図にまったく気づいていない。それが、ジュジュにとっては好都合である。
 
   マジック
 ――奇術とは、いつも『予想外』でなければ成立しないのだ!

    ラ ス テ ィ ン グ ナ イ ト
「――【終 幕 へ 導 く 光 】」

 ぱちん。
 確かに、ジュジュが指を鳴らした。大きな大蛇の片方に乗って、槍をしめあげながらジュジュを守る友人のしもべと、その手を借りながら彼女の奇術は成立する。
 舞台は整った。『お客様』、『役者』、『シナリオ』――では、最後に必要なのは?

 ス ポ ッ ト ラ イ ト
「影には、光を! 」

 空間が、輝いた!
 無数の「照明」になったのは、ジュジュから放たれた光のみではない。「母」を突き刺すことなく、誰もの視界を奪い去るほどの光源を作るのは、ナイフたちだ!
 純粋な、光の反射である。お互いを反射しあってその数は倍、屈折したこぼれを拾ってさらに反射すれば乗!光に弱いエレニアが目を閉じていても、その輝きは瞼の中すら照らす。大きな帽子をすこし目深くかぶって見せれば、その真っ白な肌も使って――すべてを照らしたのだ!
「あらそう、――光が効くのね? 」
 影竜の勢いが止まった。
 怨嗟の声も、生み出される槍も、地上を這っているはずのその体の残骸だって今は動けない。
「影は、強すぎる光に充てられると小さくなってしまうんだよね。」
 奇術には、いつだって「トリック」があるのだ。
 ふふ、と明るく笑ったジュジュの理論に「やっぱり、ジュジュさんはすごいわ! 」とエレニアがいう。
実際影竜の体が小さくなったかどうかなんていうのは、エレニアには関係がない。
 その体の勢いが止まってしまったのが「すべて」を肯定しているのだから、躊躇いなく幻惑の魔術を使う!それこそ、この「奇術」の完成なのだ!

「ハッピー・エンドにしましょう。」

 ――こんな悲劇は、書き換えてやるわ。
 煙の女神が語るのは、「在りし日」の話である。
  オニンギョウアソビ
 【阿芙蓉遊戯】。
 風も通らないこの金庫にて、その魔術が完成するのは一瞬であった。
 ふわりと心地のいいかおりが、竜に夢を見せている。――在りし日の香りが、その心を包んだだろう。
 い草の香り、皆でよく行った鍋屋のにおい、帰り道のにおい、子供の頭のかおり、一緒に暮らした日々の軌跡がその頭を包み込む。
「ォ、ア――? 」
 おそらく瞳であるらしい赤がうるんだのを、ジュジュも確認できた。蛇のエスコートとともに地面に降り立って、フラッシュバンが収まってもなお体をちろちろと怨嗟に燃やされながらも、幾分か小さくなった竜の沈黙を見守る。
「お母さん。」
 ――張りつめたような声は、少し穏やかだった。
 蘭には、この幻惑はもたらされていない。少女が受け止めるべきは現実だからだ。だけれど、「母」にはいまだ幸せの煙が効いている。

「転生したいでしょ?この頃に戻れるのよ」

 女神の、かどわかしだ。
 そこに在るよりも、次へと連れて行こうと煙が意識を手招いている。血の様にぼたぼたと流れてはまた黒に飲み込まれる赤いしずくは、「母」の心だろうか。
「宮子さん。」
 ジュジュも、呼びかける。
 催眠術も奇術なのだ。本来は呼びかけてやるべきではない。だけれど、今この煙は「想起」をおこさせるための起爆剤である。
 無数の怨嗟を身に宿して、ひとつがまとめて吠えている。誰の意識でそうなっているのかもわからないままに体を呪詛で焼かれるつらさなんて、「いくら強くても」耐えがたい。

「――もう大丈夫だよ! 」

 笑顔で、奇術師は宣言した。
 その「大丈夫」に根拠はない。だけれど、これからも自分たちは「未来」を守っていく。
 このやせ細って弱った蘭の「明日」はつらくて苦しいかもしれないけれど、それでも、「未来」がある限りいくらでもまた「希望」がある。
 ――次に生まれ変わってくる時には、蘭の「母」としてではないかもしれないけれど。
 そんなことを憶えていなくったって、忘れたって、魂まではきっと忘れるものかと信じている呼びかけだったのだ。

 黒の影は、まるで凪いだかのように叫ぶのをやめた。
 ちろちろと燃えるような湧き立つそれが収まったのを見て、エレニアも長く息を吐く。

「きっと、後悔なく、逝けるでしょう?」

 ――だから、怨嗟なんてここに全部置いて行って。
 そのぶんだけ付き合ってあげるわ、なんて女神が己の武器に光をまとって構える。彼女が笑うものだから、ジュジュも笑った。

「とことん、やろう! 」

 ナイフを構えた演出家が挑戦的に笑ったのなら。
 少女二人の勢いに負けじと竜が吠える!!音波は衝撃をまとって、その心にある怒りを――まだ燃ゆる全てからの解放を望んだ一声であった。ならば二人は『最強』の手前、応えてやらねばと光を身にまとって走り出す!

 まだ、舞台は終わらない――!!

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

レイニィ・レッド
結局のところ
自分は斬ることしか出来ませんから
やるべきことは変わらねーんですけどね

…斬るべきものはハッキリしました
さァ 仕上げです
アンタの痛みを斬り落としてやりましょ

よォく母竜を観察しつつ
新たな影竜が召喚されたら
『赤ずきんの裁ち鋏』を鳴らす

目立たなさを活かし物陰を渡り
瓦礫さえも足場に
戦場を飛び回って
竜どもを攪乱しながら
刻んでやりましょう

分かりますか
子は親を選べないんです

あの娘の母親はこれからも
アンタしかいねェんだ
そのアンタが産んでやらなければ
なんて言うんじゃねぇ

愛していたンでしょう?
そのアンタが産んだ存在ごと否定するんじゃねェ

アンタの恨みも殺意も歪みも
何もかも
この鋏で断ち斬ってやる


ヴィリヤ・カヤラ
◎△
写真を母親に見せるのもあるけど、
持ち主に返さないといけないから持っていくね。
幸せって分かる良い写真だから、
攻撃で蘭さんも写真も傷付かないように気を付けるよ。

影竜は母親に戻ってるかもしれないけど、
幸せな思い出を見るのは良い事だと思うし。
写真を見せる時は母親に近付けるなら出来るだけ近付いて、
攻撃の心配が無さそうなら蘭さんに持って行って貰って
親子二人で見るのも有りかな?

もし攻撃しないとダメな時はなるべく痛くない方が良いと思うから……
【ジャッジメント・クルセイド】かな。
眩しいと思うから蘭さんには気をつけてもらうね。

大変な事もあるかもしれないけど、
人間と少し違っても何とかなるから蘭さんも大丈夫だよ。


花剣・耀子
◎△

親子の情は、記憶に薄い。
だから実感はないし共感もできない、けれど。
……たいせつなひととは、ちゃんとおわかれをしないといけないのよ。

慰撫する手なんて持っていないわ。
あたしに出来るのはひとつだけ。
その怨嗟を斬り祓いましょう。

まっすぐに影竜を見据えて向かいましょう。
道しるべを立てるのは、このせかいのひとのお仕事。
そこまでの道を付けるわ。
怨嗟も呪詛も、ここに置いて行って頂戴。

死んだら死んだでそこまでの話。
届かなかった痛みも、守れなかった悔いも、何もかもが消えて失せる。
……、それでも、のこるものはあるから。
のこしたいものだって、あるのでしょう。

重なるばかりの声ではなくて。
あなたの声で伝えてあげて。





 結局のところ、この雨男は――いかなる大掛かりな奇術を見たって、魂の震えを見たところで手にした鋼を唸らせることしかできないのだ。
 しゃき、しゃきとリズミカルに鳴くそれは男の心を表せている。ただ、斬ることしかできない赤の怪物だ。
 レイニィ・レッド(Rainy red・f17810)のやるべきことというのは、いつも変わらない。
 彼がやるのは「断じた」ものを「その通りに」斬るということだけだ。チャコペンでなぞられた線を浮かせた布を丁寧に切り取るように、彼の世界はそれで終わる。
 シンプルかつ、シンプルゆえに繊細な価値観が求められる。彼の「法」は彼にしかないゆえに、この件にはずいぶんてこずらされた覚えがあった。
 目の前で光の明滅があって、光に弱い瞳を細めながら眉をひそめている。――雨の日に好んで殺しをする理由は、いくつもあっただろう。
 ひとつ、雨は血を洗い流す。
 彼のDNAも殺される罪人の痕跡も、足取りも。雨が降る限り雨は彼の味方なのだ。きれいに拭い去っていくそれはもはや天の祝福であった――そんなものは、いらないのだけれど。
 それでも、都合のいい「道具」として「雨」を使うこの男は、「雨」を好んだのだ。
「なんでここにゃ、空がないんですかね。」
 ――雨は、「光」から彼を守る。

 赤い瞳をしばし瞼でおさえてやりながら、それでも目の前にいる「黒」を見た。沈黙するそれからは殺意がうかがえない。
 本体の疼きはおさまったようなのに、その体の端々から無数の「影」たちが今度は意志を持ち始めた。ずるりと「同じくらいの」大きさをした竜が首を増やす。
「おやおや、まァ。」
 ――やりがいがありそうだ。
 光に心を奪われた「母」のかわりに「怨嗟たち」がぞろぞろと姿を生み出される。すべてが「竜」の姿を模しているのもまた、圧巻であった。
 しかし、この赤ずきんはその程度で臆したりも怯んだりもしない。もう、彼のやるべきことは決まっている。

「さァ、仕上げです――アンタらの痛みを斬り落としてやりましょ。」

   ジョギリ・ジョギリ
 【赤ずきんの裁ち鋏】と、また。その腹を開いて狂った中身を引きずり出してやろうと、赤ずきんは己の「雨」を呼ぶ。空間にただよう水分がすべて彼の鎧となるのと同時に彼の迷いが無くなったことをしめす鋭い音が、皆の鼓膜を震わせたのだった。




 ヴィリヤ・カヤラ(甘味日和・f02681)の手に渡ったのは、一枚の写真である。
 それは――持ち主に返してやろう、というだけの動機だった。これを使って竜を伏せさせるわけでなく、そもそもこの脅威を脅威と見なしていない。
 なぜならば、ヴィリヤだって、この竜と同じである。

「ねえ、お母さん。人間と少し違っても何とかなるから蘭さんも大丈夫だよ。」

 蘭をかばうようにして、彼女は前に出た。引き締まった足が己の前でしなやかに在るものだから、主の体を見上げてしまう蘭である。
 ――美しいひとは、半魔の女だ。
 ヴィリヤはその成り立ちからして「人間と少し違う」。彼女はダンピールで、半分は人間の身だ。もう半分はかの世界にてすべてを支配する王族の血が流れている。
 もちろん、「そう」であるからこそ苦労することもあった。今だって、苦労している。
 ――ヴィリヤの世界と、皆の世界はあまりにも「違い過ぎた」。
 この家族の成り立ちも、それを取り巻く周囲とのギャップも、この半魔にはいまいちつかみきれない溝がある。しかし、それで思い悩む彼女ではない。
「なんとかなるよ、ね。」

 平和ボケをしている、というわけではない。
 実際、彼女の周りを取り巻く今があるのだ。猟兵として、「ひと」とかかわるにはちょっとずれた世界で生きてきたけれど、彼女にもつながりは多い。
 現実はつらいことばかりではない。確かに、そんなヴィリヤを受け入れられないとか、恐ろしいだなんて思ってしまう人もいるだろう。だけれど、それを「追わない」ことにしていれば痛みすらかんじないし、そういう「別の人」だと心の中で割り切ることもできた。
「大変なことがいっぱいあるとは思うけど。」
 手にした写真を見た。
 ――うごめきだした影たちは、なるほど「母」とは似ても似つかない。金色の瞳で竜たちを生み出す「母」を見た。

「幸せな日々を思い出せたら、違うんじゃないかな。」

 毎日は、当たり前のようにやってくる。
 この影たちがいかに恨みを吐いたとて、当たり前にそれはくるのだ。それは、この世界が存在する限りの道理である。
 苦労はしていいだろうが余計な痛みは必要ない。ヴィリヤがゆるりと笑んだのなら、己の背で隠された少女にかんばせをむけてやる。
「ねえ、これ持っておいてよ。ほら、全部終わった後に『みんなで』見るのにちょうどいいかも。」
 ――仏壇なんていうのがあるんだっけ?
 ヴィリヤにはなじみのない文化ではあるが――そもそも彼女の家族はそうそうに死ぬような存在ではないし――人間というのはいつだって「亡くした」人を大事にする傾向があるではないか。
 少女に一枚の写真を手渡した。「もし危なくなったら、これを見せてやるといいよ。」とも入れ知恵する。奪われた痛みにあえぐこの影どもを黙らせるにはちょうどよかろう。
 鋏の噛み合う音が聞こえて、ヴィリヤもしばし考える。

 今から戦うべきは、「被害者」だ。

 ――なるべく痛くないほうがいいかな。
 「人道的」であるならば。「目を閉じていてね、邪魔をさせないから」と己の唇に人差し指をあててやりながら、魔性の蒼鬼は笑う。
 その体から、光が漏れ出していよいよ蘭は反射的に目をつむる。先ほどの「奇術」よりももっと苛烈な光が、ヴィリヤによって呼び出されようとしていた。



 花剣・耀子(Tempest・f12822)は親子の情が記憶に薄い。
 親子、なんていうものを忘れてしまうほどに――彼女の生は戦いと葛藤に明け暮れていたといえる。
 剣を振って、振って、振って、そればかりをしてきたものだから、大事なものまでも斬ってしまって、彼女はここにいるのだ。「奪ってきた」側の立場であるから、「奪われた」彼らの気持ちに共感もできなかった。
 だから、――実感もない。それでも、己の従える写真を宿す凶悪な刀を握る手は確かなのだ。

「……たいせつなひととは、ちゃんとおわかれをしないといけないのよ。」

 少女の頭を撫でてやることも。その母親のいのちをいたわってやることも。
 この耀子には縁遠い。できることはたった一つ、とてもシンプルで余計なことを考えたがらない耀子らしいものであった。
 ――親子の別れを邪魔するというのなら、ここで切り払うだけのことである。
 沸き立つ怨嗟どもは数を増す。増えていくのは被害者の数だろう。家を壊されて下敷きになった『彼らの』犠牲者も含まれているに違いなかった。

「いいでしょう。」

 どるる、とまた握る機械剣《クサナギ》は哭く。
 耀子の命が燃ゆるのを感じたように、――その頭から思考を奪っていくほどの音波を立てて。
 いのちを平らげるためのそれを抑えるように、耀子の手のひらは力がこもって白くなる。「平らげては」失敗だ。
 きゅ、と確かに口を一文字に閉口させてやって鬼は影竜をにらむ。最奥で、沈黙をしたその存在へ。

「怨嗟も呪詛も、ここに置いて行って頂戴。」

 そもそも、これからの未来を創るのは「このせかいのひと」の仕事だ。
 猟兵の救いを求める事件なんて、きっとまだまだいっぱいある。この親子だけに全力を注ぐことは耀子ならなおさら無理だ。だからこそ、無責任なことはしない。
 半魔に守られている少女を見る。――歩けるだろうか。歩けるだろう。手にした写真を眺める顔は徐々に生気も戻っていくばかりだ。

「どっとはらい、といきましょう。」

 いつでも、どんなときも「死んだら死んだでそこまでの話」なのは変わらない。
 この少女を助けて、これからこの少女が死ぬか死なないかは本人次第なのだ。届かなかった痛みも守れなかった悔いも、この忘れられない日だって、きっとすべてが消えうせるときだって「いつかは」やってくる。
 それでも――こうして竜が顕現してしまうほどに、いのちを大事だというのなら。それでも残したいものがあったのならば、それは残してやらねばならぬ。

 瞳に宿るのは情ではない。この鬼に宿ったのは「使命」だ。
 わかることはひとつだけ。できることもひとつだけ。ああ、ならば――やらねばならぬ!
 握った「オロチ」の唸りがいよいよ耀子から逃れて飛び出してしまいそうだったのをきっかけに、鬼はただ翔けた!

 大股一歩、大きく走り出して。
 弾かれた毬のように大きく飛びはねたのなら、まず「一匹」分身した影竜がそれを迎え撃つ!
 ――なるほど痛みは全員同じ重さがあるらしい。ぞぶりとその体に機械剣を突き刺してやった耀子の瞳孔が小さくなった。闇に刀身がのまれていくばかりで、――断った気がしない。
 にいいと、胸に刺さった矢に笑う影竜から響くのは怨嗟の声ともつかぬ未熟なわめきだ。
 耀子と「オロチ」を胸に受けたまま――それは飛行を始める!「な、」と思わず耀子も呆気にとられた。まさかもがくだろうとは思っていたけれど、上空に飛ぶとは考えていない。
 光に弱いけれど、今は耀子にその持ち合わせはないしどうにかしてこの影竜から離れてその動きに合わせて攻撃を繰り出すべきかと思ったが、それも憚られる衝撃があった!
 落下している。
 ――速度をどんどん上げて、地面めがけて黒が落ちる!!

 舌打ち一つしてやりたくなった。胸からどうにかして剣を抜けないか考えたけれど、足でけっても足までからめとられてしまう。
 間違いなく地面とぶつかってはこの影竜は「分身の胸」程度ですむだろうが、耀子はそうでない。背中からすべての衝撃を受けて――命が残ればいいほうだった。
 考えろ、考えろ、頭を休めるな、今は――。
 エンジンの音に集中する。どるるると竜の胸で唸る刃を感じた。己の足に確かにある感覚を思い出した。引っこ抜けない、ということを考えて、余計にエンジンをふかした!

「引いてだめなら、押せばいいんでしょ」

 貫 く ! ! 

 黒が、麗しい黒に貫かれたのだ!
 急所に大きな穴をあけて、呆気にとられたのか――己の体を盛大に地面に叩きつけてしまった「分身」がおいてけぼりであった。
 その頭上に、まだ勢いに任せて宙に浮いた体がある。耀子だ!!

「押し通したわ――。」

   スパークル
 【《黒耀》】。
 己の技術を極大に高めた一撃で、彼女は押される圧よりも力強く穿ったのである!
 黒い髪を扇のように広げながら、漆黒の存在は追撃を仕掛けようと今度こそ、その蛇を上空で構えなおした。
 ――貫けばいいなら。

 がうん!と強くエンジンが哭いたのなら、流星のようだった。
 真っ黒な星が空間を割ったように。そこに筆で墨でも引いたかのように――落ちる!!
 目指すはその頭。不定形の存在とはいえ核はそう「いきもの」と変わるまい!! いななきとともに全身で空気の抵抗を感じながら落下する耀子を、待っていたといわんばかりに横から襲う影がある。
 ――分身は一体ではない。

「こちらも、一人じゃないわよ。」

 大きな掌のようなもやが、右から凪ごうとしたのならば。
 その手のひらを切り裂く鋼の音があったのだ。耀子の動きを止められないまま、分身を穿たれて竜はおののく。

 赤ずきんは、ずっと息をひそめていた。
 彼が得意とするのは「奇襲」だ。宣告なしに襲うことこそ彼の「効率的な裁き方」である。
 だから、音の大きな獲物を使う耀子にまぎれておくのは都合がよかったのだ。雨をまとって、体を「雨」としたのなら、あとはこの空間に漂うにふさわしかった。
 文字通り戦場を飛び回ったのである。彼の本体を残しながら、無数のカメラとなった「雨」たちは彼の一部となる。空気を渡っていったそれらが「分析」に役立って――今彼は、誰にも気づかれないままに鋏を振るった!
 切り払った手のひらの向こうから顕れた顔に、問うてやる。

「――アンタは、正しいか? 」

 凶悪な笑みをそのままに!
 地面からの破砕音がすべての結果だ。己が空間を蹴ってまで「助けた」仲間はどうやら見事「断ち切った」らしい。
 ならばもう気にかけてやる必要もないと、赤ずきんは鋏を両手に握り果敢に攻め立てる!
 図体が大きい影竜相手に、己の命を削りながらも挑みかかる赤の怪物はまぎれもなく「早すぎた」。
 ひと突き目。竜の胸に穴が開く。
 肺はきしむ。
 ふた突き目。竜の頭が消し飛ぶ。
 口の中が乾く。
 み突き目。とうとう影が一匹消えうせた。
 ――口の中に鉄っぽい味が染みる。

 だからなんだ――彼が行うべきは執行だろう!
 凶悪に笑んだままの彼が訴えるのは、言葉よりも行動だった。見せつけるように次の竜へと体を動かす。止まることなく、足場を蹴って、戦火で吹き飛んで宙を舞う床も壁も蹴って、天井を蹴る。
「わかりますか。」

 ――子は、親を選べない。
 たとえ、この母親が「産んでやらなければこんなことには」と思っているのが本当に心の底からのものであるのなら、それこそ取り除いてやらねばならない。
 駆ける。次の影竜の翼を鋏で大きく切り落として、吹き出した赤の感情を身に受けたとて――「雨」となった彼の体は「証拠」を消す。
「あの娘の母親はこれからも、アンタしかいねェんだ。」

 そんなことも思い出せないのなら、思い出させてやる。
「愛していたンでしょう?そのアンタが産んだ存在ごと否定するんじゃねェ」
 ――愛とやらも。
 この彼にはわからないとも。まだ十八しか生きていない、血みどろの怪物などにはわからないとも!
 それでも、鈍く光る鋏を向ける手が疲労で震え始めようとしていても、切っ先だけは「母」をめがけてゆるがないのだ!


 光が差す。無数の光が、増えすぎる影竜たちの数を減らしていった!
「光に弱いんだってね。弱体化なら任せといてよ。」
 ――ひとの痛みには共感できないから。
 【ジャッジメント・クルセイド】は降り注ぐ。己の視界を円で囲うように腕を躍らせて、ふふと笑むヴィリヤがいた。
 無数の光は黒をどんどん焼いていく。その悪しき心を燃やすのは断罪のそれであった!みるみる小さくなっていく影たちに容赦なく蛇を躍らせて、切り刻んでいく耀子だ。
「こんな――重なるばかりの声ではなくて。あなたの声で伝えてあげて。」

 お母さんであることから、逃げないで。

 胸の切ない痛みは、きっと走り過ぎたせいだ。そうに違いないのに、どうしてか耀子の声はきゅうっと狭まってしまう。
 オロチがどるると小さく哭いて小さくなった怨嗟をまるごと平らげたのならば、どんどん母親のこころは浮き彫りになっていくのだろう。
 ――届いてほしいと、思ってしまう。そんなことを考えてやれるような身ではないのに。

「アンタの恨みも殺意も歪みも――」

 光に赤を焼かれる。この黒と同じ痛みを味わっているけれど、その心の奥まではわからない。
 だからこそ、その心を切り出す。そのために彼らは前へ前へと武器を振るう!

「何もかも、この鋏で断ち斬ってやる」

 それしか、「怪物たち」にはできぬ。
 壊す、断つ、斬る、穿つ。各々の獲物を振るいながら、やや勢力の衰えた痛みの象徴たちを潰していく。
 救済などうまくできるはずはない、それでも――『救い方』は選べるはずなのだ。

 剣が唸る。鋏が重なる。光がまた救いのために差す!
 怒涛の蹂躙を前にどんどん影は小さくなっていく。屋敷は震えて――少女の体も震えた。

 これが、「未来へ生きる」強さなのだと。
 つむった瞼に彼らの姿は浮かばないのに、誰もの意志があまりにも鮮明で――竜の子は、自然と哭いていた。

 守るようにして、少女もまた己の身を抱く。手にした写真に在るのは、「未来のため」への笑顔だったのだから。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ヴィックス・ピーオス
ポーラ(f22678)と

・行動
ポーラと同じく一抜けした速さを活かし金庫へ

ケヒヒ、まぁそう言うなよポーラ。
娘を守るための親の愛ってやつなんだから。

あん?母君っていうと…あぁ、アタシと同じってわけかい。
ケッ、こんな力無きゃ無いほうがアタシはいいと思うけどね。
まぁ、自分の能力にどっぷり浸かってるアタシが言っても説得力はないだろうけどね。

それじゃあ、星でも見ながら祈りを捧げな

・戦闘
UC『過剰投薬・本能覚醒』使用

爆発的に上がった認知機能で攻撃を避けながら
前線に突っ込む。

ケヒャヒャ!怒りに狂う母親が相手だっていうならこっちもそれ相応に狂ってないとねぇ!

・戦闘後
祈りを捧げるポーラの隣で阿片を吹かす。


ヴェポラップ・アスクレイ
ヴィー(f22641)と

・行動
病院をイチ抜けした早さを活かして金庫へ

沢山お食べになられたようで……魂もさぞ肥え太っておられるでしょうね
嘆かわしい

ところでシスタァ・ヴィックス
魂は両親から遺伝する、という観点があります
もしやしたら御令嬢も母君と同じ力を持つかもしれませんよ
イヒヒ

マァ閑話休題というやつです
では……首を垂れて裁きを受けなさい


・戦闘
融合変身して前線へ立つ
鎧装で攻撃を捌きつつUCで攻撃
UCは動きを鈍らせ他の皆様に攻撃してもらう狙い
後は手裏剣で急所を……シスタ・ヴィックス?あまり前に出ては……
ヴィックス?ヴィー?
やっべ
ありゃア相当注入⦅い⦆れてるわ
ちょっと離れよ

・戦闘後
母君の魂の安寧を祈る





 沸き立つ戦場にて、凪いだように立つ二人がいる。
 病院から抜け出した速さから、たどり着くの早かった。それから「元から」いた猟兵たちの動きを糧に敵を分析する時間もあった。
「沢山お食べになられたようで……魂もさぞ肥え太っておられるでしょうね。ああ、嘆かわしい」
 肩をすくめている神父は、果敢に挑みに行くようなたちではない。
 ヴェポラップ・アスクレイ(神さま仏さま・f22678)は短くそろえられた髪を戦火に撫でられながら、ため息をひとつついた。
 神父らしいことを言っておくのは損ではない。彼が素を見せるのは隣に立つシスタァだけである。仮にも「服装」も「振る舞い」も聖職者らしいのだから、この行いにはまず嘆きを演じておくのだ。
 ――実際、親子の愛とは驚かされる。
 もし、彼が親になったら同じようなことをするのだろうか。いいや、きっと彼にその未来はないのかもしれない。
 この母親のやることというのは、なんとも「美徳」であった。二人で作戦を立てた時に、シスタァがこの母親の愛を「素晴らしい」といったのには頷いたものである。
 ――親子の絆は呪いに違いない。
 だけれど、それが「素晴らしいものであれ」と。そうあれかし、と願われているのだからこの話だってきっと美しいものになる。
 彼らがいくら己の勝手で動いたって、彼らは確かに正義で世界の特効薬になるのだ。ああ、なんと――都合のいいことか!
「ケヒヒ、まぁそう言うなよポーラ。娘を守るための親の愛ってやつなんだから。」
 ヴィックス・ピーオス(毒にも薬にもなる・f22641)のほうは、己の性根を隠しもしない。
 実際、隠すだけ損であるとも思っているに違いなかった。どうせ、これほどの戦いの勢いの前では己らの名前なぞ残ったほうが奇跡であろうとすら思える。
 派手な思いと想いのぶつかり合いに、「おおー、やってるやってる。」と口笛を鳴らせて笑うのだ。
 そろそろ彼らに交えて仕事でもしようかと二人の「観察」が終わったところで、「ところで、シスタァ・ヴィックス」神父が声をかけた。
「あん?」と片眉を上げて、ヴィックスは相棒に視線を向ける。
「魂は両親から遺伝する、という観点があります。」
 ――もしやしたら御令嬢も母君と同じ力を持つかもしれませんよ。
 イヒヒと意地悪く笑ってみるヴェポラップが説くのを耳に入れて、「――あぁ、アタシと同じってわけかい。」とヴィックスが返事を返す。
 遺伝性。
 それは、病にもよく見られることだ。糖に侵されやすい両親を持つと子供も糖に弱くなったりする。
 最も二人の種と卵、それから母親の血を吸って子供なんて言うのは作られるものだから、それも「しょうがないこと」だろうと思うのだ。
 それを――ヴェポラップは面白そうに笑うが、ヴィックスは眉をひそめて笑う。
「ケッ、こんな力無きゃ無いほうがアタシはいいと思うけどね。」

 遺伝するのは、「欠け」だけではない。
 欠けるのは、まだいい。人の同情を誘うではないか。
 足を生まれながらに持ち合わせていなかったり、目が見えないことを「しょうがない」と思って、耳が聞こえないとわかれば譲られるような道が多々あるし見受けられるのは事実だ。
 しかし、逆に。「持ち過ぎた」ものへの対応というのは、いつだって残酷なのである。

「まぁ、自分の能力にどっぷり浸かってるアタシが言っても説得力はないだろうけどね。」

 ――センチメンタルな顔で。
 そんな顔をするのだな、とヴェポラップが横目で見る。
「それでも、うまく使っているのなら――いいンじゃないか。」母君も喜ばれるよ、とは言わなかったけれど。
 使える能力を使っているのは彼女の生き方だ。そうやってきっと、この竜の少女も生きていくかもしれぬ。

「ありゃあ、卵なんだよな。知ってるかい、ヴィー。蘭と卵はどっちもランって読むそうだよ。」

 ヴィックスが己の薬を体の中で巡らせる。
 ぐるぐるとそれは渦巻いて、彼女の体内をどんどん煮立たせていくのだ。

「ああ、なるほど。では、『宮子』というあの母親は、やはり母らしい。」

 彼らは、あの親子の成り立ちなど知らぬ。
 ここに入り込むときに多少拾いはしたけれど、それを聞きこんでしまうよりも早くに体が地下へと向かっていた。
 「仕事」を全うするためだ。「正しき」が迷った子らを放っておけないと駆け込んだだけのことだ。 
「宮子、宮子――アー、なるほどね。」
 戯れでこの神父が己に謎を渡すわけでない。好き勝手に評する彼らは「素直」なのだ。
 己の体内から染み出した毒が思考を奪うよりも早く、星のまたたきを見たようにちかちかと視界が明滅する。
 二人の周りを影がどんどん囲っていくのを視界に入れながら「けひ」と息を吐いたヴィックスが笑んだ。

  ヒステリー
「『子宮』か。」


 ――謎を解くのは、楽しかろう?

「では――首を垂れて裁きを受けなさい。」

 先手に出たのはヴェポラップである!
 【哀毀骨立・友愛之矢(ノンヴァヰオレンス・フレンドシップ)】。飛翔する怨霊たちは相棒特性の安定剤を手にいている。
 ――ヒステリックにはトランキライザーはちょうどよかろう。
 それは慈悲である、それは適切である、それは執行である!!
 怨霊たちが影につかみかかって、迷える魂のうち一つと衝突をしていた。続いてヴィックスを狙う別の分身にも怨霊を向かわせる。
 そも――己らだけで勝とうなどとは思っていない。この善行に加担したという経歴が大事なのであって、目立ちすぎることなど必要なかろう。神は傲慢を嫌うのだ。
「シスタ・ヴィックス?あまり前に出ては――。」
 はずなのに。

「ヴィックス?」

 鼓動が、まるで伝わってくるかのようだった。
 前に出た相棒の姿は、よろけている。まさか無茶でもさせたかと思うが、その可能性は極めて低い。
 ヴィックスとヴェポラップの関係は対等だ。お互いがお互いの活躍にふさわしい場所を見出したのなら、譲り譲られ前に出る。
 だから、調整という面であれば「間違いなどはなかった」はずなのであるのに。その熱も、興奮も、息遣いも、すべて自分からのものであるような錯覚をヴェポラップは覚えさせる。
 それくらい、目の前の彼女は――。

「ヴィー?」

 変わり果てた目つきで、悪魔の様に笑うのであった。
 警笛。頭の中でぐわんと鐘が鳴ったような気もして、「やっべ」と思わずふさわしくない声が出た。
 怨霊たちは襲う。どんどん己らの障害に成り得る存在たちにつかみかかって、もみくちゃになりながら床を転げ、天井にぶつかり、食い合っていた。
 ――時間は稼げてしまったのだ。

「ケヒ、ケヒャ、ケヒャヒャヒャヒャッ!!!キタキタキタァ―――――ッッッッ!!」

  ハイドォプ・マッドシスタァ
 【過剰投薬・本能覚醒】の発動までの時間は充分だった!
 吠えるように一度大きく笑ったのなら、そのまま笑い声を連れて小さな女の体は駆けだす!
 怒りに狂う亡者どもと「母」が相手だというのなら、己だって相応になってやらねばつり合いがとれぬ!肯定を聞くよりも早くに鋭い掌底が「ありえない」力でメイスを振らせた!

  ぱ ぁ ん 

 はじけ飛んだ影の顔面と、飛沫となって宙をまった赤に――すべてを悟る神父である。
             イ
「やっべ。ありゃア相当、注入れてるわ」

 ちょっと離れよう、と思ったのがあと少し遅かったのなら、彼の顔面は赤で染まったかもしれなかった。
 声のするほうに攻撃を仕掛けただけのことである。ヴィックスがメイスで、ボールでノックするかのように影竜と怨霊をまとめて凪いだのなら先ほどヴェポラップがいた足場を真っ赤に塗りたくった!
 ペンキをぶちまけたような赤と怨嗟に、「けひ」と笑う。
「けひひ、ひぃ」
 息を吸う。
「ひい、ひっ、けは、ははははははッッ――」

 この場に満ちた怨嗟も悔悟も恐れも知ったことでない。――そうなくなってしまった。

「ケヒャハハハハハハハハハッッッッ―――!!!!」
 
 彼女がやるべきは闘争で、彼女がやるべきは余計なものの排除で、そのために全身で大きなメイスを振るう。
 己の力が強すぎて砕けそうなメイスの柄を握りなおして、持つ場所を変えた。ぎらりと輝く瞳を隠せない丸眼鏡に、今や写る全てが殲滅対象である。

「おお――神は仰せになった。」

 破壊。
 破壊、粉砕、殲滅、蹂躙、――根絶。
 それは新たな「未来」を生むための行為であるなら、神は「執行」だという。ならば、この行いは「誰がやったところで」正しいのだろう。
 正気か?なんて思いながらも、祈りをささげるヴェポラップの前では破壊の限りが尽くされている。
 血のような赤にまみれて一心不乱に『薬』が『害』を殲滅していくのはいっそ気持ちのいいものではあったけれど。

「いけませんよ、ああなってしまっては。」

 ――幸い、何度か戦場が輝いたりしていたもので。
 少女の瞳は瞼に隠されて、大きな声で哭く武器を持った猟兵もいた。だから、きっと彼らのこの争いは目立たない。
 恭しくそこにある十字架の様に、男は両腕を広げてそう言ったのだから。さしずめ、ヴィックスは黙示録の天使であろう。

「アーメン。」
        ダレ
 それは、きっと神も望まない。
 少女に聞こえるように声を張って、「それらしい」祈りだけささげてやる。怨嗟を殺しつくして一角を静かにしたのなら、ヴェポラップの前まで歩いてくるヴィックスの顔に疲労の色はなかった。
 棒状に包んだ紙を咥えて、まるでたばこでもふかしているかのように歩いてくるのは――ほっとしたけれど。

「まだキメんのか。好きだねぇ」
「やだねぇ、ポーラ。これは格別、アタシの仕事後の楽しみだよ。」

 痛みにも悲しみにも、興奮にもこれが一番効くのさ――。
 反省するそぶりもなく仕事を終えて、阿片を巻いた紙を吸うシスタァがだらんと床に座るものだから、「そりゃ違いない」と笑ってまた神父は祈る。

 ――ああ、どうか救いたまえ!
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

リル・ルリ
🐟櫻と人魚


辛くて苦しげで、寂しそうで
これが――母の哀しみ?
苦しみを絶とう
殺すのではなくて、救うんだ

響かせる歌唱に破魔と櫻への鼓舞を添えて
歌うのは「星縛の歌」
星の瞬きに、影龍の苦しみをとかして消して
僕は、櫻を守るんだ
駆ける櫻が傷つかぬよう水泡のオーラ防御で君を包んで

家族の愛なんて知らないけど
知りたいと思う
君となら。知れると思う
きっと、いつかね
だから話して欲しい
僕も櫻の痛みを一緒に背負うから
……僕はその子のおかあさん、になれるのかな?なんて思う僕がいる

苦しいことは全部祓って
やさしい想い出を抱えて
癒されたら、また今度
お疲れさま
僕は子を愛し守ろうとする――そんな母という存在が少しだけ

羨ましかったよ


誘名・櫻宵
🌸櫻と人魚


その叫びは死への懇願?殺意の慟哭?
母が子を想う心を、みせて頂戴!

振りかざす太刀と舞い散る桜のオーラに破魔を這わせ
思い切りなぎ払い2回攻撃
衝撃派で視線遮って傷抉るように斬り裂くわ

リルの歌と水泡が守ってくれる
私にはリルがいてくれる

私は父親にはなれなかった
あの子は弟よ
それが一番いいの
母を喰い殺した父などいらないの
だから兄として見守るわ
あの子に唯一できる事
それでも
愛しいと想う気持ちはあるのよね
リルにはちゃんと話さなきゃ…

リルの歌に背を推されるよう跳んで、放つ「祓華」
悪龍は綺麗に斬って祓って
解放してあげる

「お母さん」はもうお休みね
お疲れ様
ゆっくりと巡って
気が向いたらまた、還ってくればいいわ





 ――影たちの悲痛な叫びが聞こえる。
 無理もない、彼らは「よそもの」である猟兵たちに「導かれて」いくのだ。
 それが、この無垢ゆえに何も知らぬ感傷的な光景過ぎてただただ見送るばかりである。
「これが――母の哀しみ?」
 リル・ルリ(想愛アクアリウム・f10762)に、母の痛みなどわからぬ。
 分かろうにも、彼には母というものが物心ついた時からいなかったし、「母」ぶる存在は彼から最愛の心を縛るばかりで譲ってくれない。
 だから、印象としては悪かったというのに、彼の「耳」は敏感だった。
 音を操る身であるからというのもある。何も知らなかった心だったからというのもあっただろう。

「なんて――。」

 胸が締め付けられる。
 きゅう、と痛んだ胸に槍は届かない。目の前で最愛たる誘名・櫻宵(屠櫻・f02768)――櫻が刈り取ってしまっていた。
 舞う桃色はこの世界のものではないけれど、かれの瞳に宿る戦意は人魚の心に触れさせることすら許したくなさそうだった。
「その叫びは死への懇願? 殺意の慟哭? 」
 空気は、震えている。
 無数の影が同じ姿をして哭く。痛みに、恨みに、悲しみに、どれにも当てはまるだろう悲痛な音が二人を包んでいた。
 ――リルには似合わないわ。
 ちきり、と再び屠桜を握る千年桜の龍がいる。かれの運命にふさわしい人魚に、この音を聞かせるのは堪えがたい。

「――母が子を想う心を、みせて頂戴! 」

 挑戦的に笑んだ顔は、いくさぐるいのそれである!
 龍が吠えたのなら、己の着ている着物のことすら忘れて大股で一歩踏み込んだ!床を割り、強固であろうこの金庫をいともたやすく踏み抜くさまはまさに行進といえる!
 この程度の殺意、桜の龍の前ではまったくもって無意味!【 祓華(リンネ)】をまといながらも龍は竜に挑んだのだ!

 いとしい人が、飛び込んでいくから。
 リルは、歌うことしかできないわが身を思う。
 ――もし彼に足があったのなら、もし彼が歌姫でなかったのなら、もし彼が、「観賞魚」でいなかったのなら。

「『――綺羅星の瞬き 泡沫の如く揺蕩いて』」

 響く音色で、泡を動かす。音波を発したリルに合わせて、まるで空中を泳ぐ音符の様にそれが影たちを捕縛した。
 複製品であるから――作ろうとした悪意の槍があったのを、見逃すような櫻でない!
 身構える龍を『大丈夫』と撫でるように、泡たちがその体をかすめてまた、悪意を縛り付けていた。

「『―― 耀弔う星歌に溺れ 熒惑を蕩かし躯へ還す』」

 この彼らが、苦しんでいるのはわかる。わかりすぎるほど、その「声」はひどいものだった。
 リルが顔に苦悶を浮かべながらも、その声の品質を落とすことはない。彼は――絶対の歌姫であるのだ。この程度でのどを壊すような今までを送っていない!
 瞬く星のような輝きを、かの猟兵たちの光をうけながら輝く泡があった。
 時間にすれば秒にも満たないそれが、竜たちの視線を奪ってその怒りをうやむやにしてしまう。美しい輝きが、考える時間を与える。
 己が誰で、何で、どうして怒ったのかを。
 ――そこがどこで、誰の前で、どうなっているのかを見つめ返させていた。
 奔れぬリルの代わりに泡たちがいとおしい人を守っていく。「黙って聞いててくれ」なんて思いながらも、その歌声は揺るがない。
 ここで心が「なにか」で揺らいでは、声に差し障る。己ののどを右手で撫でてから、左腕を大きく広げて――歌唱は山を迎える。

 【星縛の歌】を聴きながら、ああやはり、この人魚のことをいとおしいと思ってしまう櫻なのだ。
 この龍は結局のところ、父親にはなれなかったのだ。――そんなかれのことを、人魚はいとおしいと思う。
 「息子」なのに「弟」として接してしまうのは、母親を食った父親なんて、存在してやるべきではないからだと思ってしまう。――そんなかれのやさしさに、人魚は家族の愛を見る。
 だから、せめて「兄」として見守ろうとして今も戦い続けている。――そんなかれの持つ「愛」を知りたいと人魚は願っていた。
 家族を、息子を、いつわりを、いとおしいと思ってしょうがない。――だからどうか、かれの「愛」を一緒に作れないだろうかと考える。

 ちゃんと話さなきゃ。――ちゃんと、聞かなきゃ。
 いつか、未来でかぞくになるために。

 いつか、いつかをこの戦場で惑いも痛みも断ち切りながら考えてしまうのは、彼らが生きている証に違いなかった。
「苦しいことは全部祓って、やさしい想い出を抱えて」
 いとしき櫻が前へ踏み込んで、その刀を居合の構えで握る。
 腰を落として、体を撓めてぐるると唸る喉は龍のそれにちがいなかった。狭まる瞳孔は、一瞬を見極めて――。
「癒されたら、また今度。――お疲れさま」

 解放の、一撃を放つ。

 切り伏せた影の数はもはやわからぬ。その魂が、その嘆きが、無数過ぎて「ほんとう」があったことも知らぬ。
 だけれど、――迷うことなく断った。龍は、無数の竜の胴を不可視の剣圧にて見事四方八方切り刻んで見せたのだ!

 きよらかな音がようやくリルの耳に届くようになって、ほうとため息をつく。
 「ありがとう」とほんの微かに聞こえて、リルの耳に模したヒレが震えた。「どういたしまして」と笑む声は小さくささやく。
 ――母親になれたこの人が、うらやましい。
 母親として終わったのだろうか。何人もの痛みを背負って、割れてしまった痛みは消えたのだろう。
 リルと櫻が手を握り合うころには、きっとすべてが穏やかだったときだ。

「ゆっくりと巡っておいで。気が向いたらまた、還ってくればいいわ」
 いつかまた、桜の芽になるときまで。
 また写真を見にきて、また娘の成長を見守って、時にたましいから祝福してあげればいい。この世界は、――二人が守ったこの場は、それを許してくれる想いでいっぱいだったのだから。
 細くもしっかりとした手を握ってやる。冷たい温度をした人魚の手を温めるようにして、剣を握っていた龍の手が包む。

「お疲れさま。」
「うん、櫻も」

 ――桜の舞うことのなかったこの金庫に、いとしいひとの花弁が舞った。


 
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

アルトリウス・セレスタイト
言葉は届くほうが良いだろう

界離で全知の原理の端末召喚。淡青色の光の、二重螺旋の針金細工
影竜の攻撃を意図的に受け、怨嗟も含め其処にある感情を残らず解析
どれが、誰の、何に対するものかまで選り分けて、黒沢蘭へのそれを探し出す
彼女は恐らく誰かが連れてきているだろう

受ける攻撃の内、致命となるものだけは『刻真』で自身に触れた瞬間に「終わった後」へ飛ばし回避
他は受けてから「癒えた後」に自身を送って回復する

自身が打たれる内に影竜が落ち着きそうなら、蘭に声を掛けれそうに落ち着くまで続けさせてみる
自身はそうそう死にはしないと判断

無理そうなら、母の気持ちを自身から蘭に伝える


鎧坂・灯理
娘に傘を貸す
戦場だからな、流れ弾程度は軽く防ぐ
持っていろ
ああ、そうだ……黒沢蘭
佐登子が約束を破ってごめんねと言っていたぞ

接近戦を挑む
念動力で己を強化、双睛を起動し更に身体強化
相手の動きを霊亀で分析、玄武で防ぎ、受け流す
糸刃と化した毛髪で切り飛ばし、朱雀で殴り
鳳凰と索冥に念動力を流し込み守りを強化

母親が分身を出したなら、きっと私を挟み討ちにする
私の周囲を覆う「壁」となるだろう

さあ――謳え、我が心

思い出せ御母堂、己を見失うな!
娘を愛していたから!護り抜くために怒りを抱いたのだろうが!!
ならば怨嗟など愛で殺せ!!「母は強し」ならば勝て!!


鷲生・嵯泉
助けてくださいと願う声を無視する事等出来よう筈も無い
何よりも、娘を護ろうとした母の嘗ての心
其れを拾わずして護る刃なんぞと云えようか

戦闘知識と第六感にて先読みして攻撃は見切り
武器受けで弾いて後ろへは通さない
激痛耐性で軽傷は無視して正面から当たってくれる
死した身と化した今でも大切な「仔」なのだろう
骸の海へと還る前に、自身が何の為に命を賭けたか思い出せ
此の一刀に総てを乗せ
恨みを砕き、心残りを絶ち、過去を断つ為に斬る
私には救う事は出来んが……此れで解放する事位は叶うだろう

遺される者の痛みと残す者の痛みと
比べる事等出来はしないだろうが……
だが心であれ、想い出であれ
――お前が遺すものを、娘は忘れはしまい


鵜飼・章


いいお母さんだね
間違いにきちんと憤れる正しくて優しいひと
でも世界は優しいひとに優しくない
だからきみ達はこんなに傷ついてしまったんだね

宮子さん
なぜ人を殺してはいけないかご存知ですか
そこにどんな正しさがあれ
『ひとは人を殺すと自分が苦しむ』んです

誰かを呪う事は己の醜さを呪う事
ひとの優しさは生物的な弱さで
傷つかない人間が生き残るのは
いきものとして、正しい
僕もそれはおかしいと思う

けれどあの男を呪わないで
他でもないあなた達が傷つくから

僕は生まれつき心ない人間で
それでも優しくありたいから
あなたじゃなく世界を殺すよ
どんな痛みも背負わないから
あなたを楽にしていいかな

喰い尽くせ【悪魔の証明】
大丈夫
何もなかったよ





 ――母、というのは強いという。
 真っ赤な花が咲いた。大きな赤い傘となったそれがぎゅうっと目をつむったままの少女の上にやってくる。
「まぶしいのなら、使うといい。――それから、よく見ていろ。」
 鎧坂・灯理(不死鳥・f14037)の手に握られたそれは半ば強引に少女の手に握らされる。己のことを抱きしめて見守っていた少女に、「鎧」を授けた。
 この電脳探偵が行動を先の猟兵たちに任せていたのは、彼女は彼女なりに情報を集めていたからだ。
 ――正しくは、精査していたといっていい。目の前で無数の影たちが徐々に削られていく光景を見ながら、灯理はおのれの「霊亀」を稼働させていた。
 「母」たる竜は己の姿を模した怨嗟を顕現し、それに守られながら沈黙しているという。
 嘆かわしいことだ、と舌打ちをひとつした。思い出の中にとどまるのもよかろうが、「これから」に向けて尻を叩いてやらねばならないらしい。
 もう、言葉も話せないくらいに人としての在り方を失ってしまったというのなら――灯理にできることは、「震い起こす」ことだけだった。
「ああ、そうだ――。」
 黒沢蘭に振り返ったのは、ことの「おわり」を知っている彼女だからかもしれない。
 かの少女には、慕う女友達がいた。それが「友達」の域で終わることだったのか、それとも終わらぬことだったのかは「想像」していない。
 己の武具はすべて今や「強い」相手にむかって動き出している。優秀な頭脳はいくつもの平行作業を繰り返していた。確実に、より絶対に勝つために。
 だから、紫の瞳だけが「黒澤蘭」を向く。――危機を感じて変質した肌は、なるほど「竜」らしい。鱗がほほに、腕に、手の甲に現れているのが美しかった。
 瞼を細めて、告げる。

「佐登子が約束を破ってごめんねと言っていたぞ。」

 その一言を聞いて。
「佐登子ちゃん、が。」

 少女の声は、震えた。
 どうして発想が及ばなかったのだろうと蘭は思う。母が「いる」のなら大事な友人だって――殺された彼女だって「いる」に違いない。
 もう、無事に輪廻に乗れたのだろうか。彼女は、迷うことなく救われたのだろうか。視線が惑うから、灯理はひとつ鼻で笑ってやった。
「自分の――これからのことを、前向きに考えろ。そのために、『視ていろ』」
 まとめた後ろ髪が、戦火でなびく。まとう意志が視認できるほどの熱を放って今度こそ、すべての「目」が竜を見た。

「さあ――謳え、我が心。」


      メーデー
 猟兵が、救援を願う声を無視できようはずもない。
 己らよりも少女はきっと、これから長く生きるかもしれないのだ。その命を――助けてくれと願ったこの「母」の想いを無下になどできようはずもない。
 鷲生・嵯泉(烈志・f05845)は、すべてを失った男である。
 生まれてきてその日まで、彼は格別な悲劇というものを経験したことはない。恵まれた家庭で――確かに戦乱の世ではあったけれど、何とも知れぬ肉を食うこともなく、ただただ彼は与えられた運命通りに生きていた。
 炎がすべてをさらってしまうまで、彼は「恵まれて」きたのだ。だから、「落ちる」痛みを知っている。
 鍛えられた体で、少女に寄り添ってやろうということはなかった。ただ、見知った顔が話しかけていたから「大丈夫」であろうと判断する。
 彼が握るのは、護る刃だ。
 ――守れなかったことがある。だから、より一層力強く握っていたのやもしれぬ。赤い瞳に「竜」どもをとらえて、息を静かに吐いた。
 
 この場には、助けるものが多すぎる。守ってやるべきものがあふれていた。

 「母」の体から出づる多くの執念から作られる影も、その痛みの声の数も、仲間たちが無数に切っても斬っても減ったように感じられない。
 だからといって、この修羅がここで退くわけにはいかぬ。刀を一度、手で躍らせてやったのなら沈黙とともに腰を落として、機を待った。

 獲物を前にした、虎のような構えであったかもしれぬ。
 腰を低く落として、足は己の歩幅より大きめに後ろにやる。駆け出す力がうまくめぐるように、怪力をすべてふくらはぎに流し込んだ。
 ぎらぎらと鈍く輝く赤色は、――想いばかりが乗っている。

 この嵯泉とて、「遺された」側なのだ。
 奪われたといっていい。彼の立場は黒沢蘭と変わらない。だからこそ、「遺される」痛みには同調してしまいそうで障らなかった。
 ゆえに、――「遺すもの」の痛みはわからぬ。
 計り知れない、と言ったほうが間違いでなかった。事実、この「母」は今もなお苦しんでいるのか、「おお」「おおおお」と不定形ないななきを上げるばかりで、「核」らしく静まっている。
 憧憬を思い出させられて、悲しんでいるのやもしれぬ。しかし、根底にあるのは「怒り」なのだ。
 龍には――「逆鱗」があるという。この一件は、あの男はどうやらそれに触れてしまったらしい。こうなったら、もう竜はその気が収まるまで暴れなければ眠れないのだ。

「心であれ、想い出であれ。」
 赤に、とらえている。
 瞳の奥底に燃えるのは、同情よりも鮮烈な使命だ。
 広い金庫であるとはいえ、足場は戦いによって不安定だ。天井などはいまにも崩れそうな気さえする。この不安定に想いの入り乱れる場所で、嵯泉が通すたった一つの「こころ」の道を探った。
 
「――お前が遺すものを、娘は忘れはしまい。」

 おそろしい母を、最期に残していいのか?
 そうでなかろう、そういう思いで呪いになったのではあるまい。言葉を持たなくなってしまった「母」に切っ先を向ける。無数の「壁」が存在した。だから、これをどうにかして――突破せねばなるまい。

「自身が何の為に命を賭けたか思い出せ。」

 ここから先は、言葉もいらぬと。
 床を蹴った体は、いっそ鉛玉のようであった。



 この「宮子」のことを、出来の悪い母親だなんて思えない。
 優秀な母だったのだろうな、と冷静に鵜飼・章(シュレディンガーの鵺・f03255)は評していた。
 間違っていることには怒れる、というのは女性にしては珍しい傾向だ。たいてい、女性というのはしゃべるために脳が発達している。
 痛みを感じたり、不快に思ったことは「話」にして「外」に吐いて泣き寝入るのが統計的に多い。
 事実、彼女らがほしがるのは「解決」ではなくて「同情」や「共感」であり、その痛みを埋めるだけ同じ話をいろなところで繰り返す必要があるのだ。
 しかし、この「母」はそうでなかった。
「――世界は優しいひとに優しくない。」

 風も吹かないし、空もないのに。
 この金庫には仲間たちの攻撃で不可思議な「せかい」が出来上がっている。章の黒髪を撫でていく風は、明らかに「つくられた」ものだった。
 風に乗った断末魔のようなそれに少し顔をしかめて、痛みを知る。彼女らの「傷」を知る。

「なぜ人を殺してはいけないかご存知ですか。」

 ぽつりとつぶやいた言葉は、届くと信じている。
 無数の騒音も、爆発音も、きっと竜にはどこか遠くに聞こえたのだ。赤い涙を垂らす顔は、章のほうを見た。
 四方を黒で囲まれながらも、「お姫様」でいる気はないらしい姿に思わず章もほほがゆるむ。

「そこにどんな正しさがあれ――『ひとは人を殺すと自分が苦しむ』んです。」

 一般的に。
 生まれの「欠け」がない限り、人にナイフを握らせて、「さあ、殺していいぞ」と人間をくれてやっても大抵がそれを拒絶する。
 どこまで残虐な生き物だといわれていたとしても、人を殺める経験をしてしまった人というのは最終的に己すら殺してしまうこともある。
「傷つかない人間が生き残るのは、いきものとして、正しい。」
 ――それが、ひとの『やさしさ』なのだ。人を呪うことに抵抗を憶え、殺すことに躊躇して、当たり前のように困惑するのが「人」である。持ち前のもので、それがないものが『ひとでなし』なのである。
 章のように。「傷つかない」生き物が人間として生き続けるのは――自然で考えれば望ましいことなのに、世界としては「おかしい」のだ。
 「世界」なんていうのは「自然」がないと生きていけないし「ひと」だってその二つがないと生きていけないのに。
 誰もが矛盾して、誰もがその在り方をゆがませてしまう。ここまで、「彼女たち」のこころをもてあそんで傷つけて辱めたこの世界を――許さない。
「僕もそれはおかしいと思う。」
 自罰めいた言葉だったかもしれない。
 それでも、――優しくありたいと思う「彼」の在り方は、間違っているだろうか?
 すべての生き物を愛して、「あいしていない」彼のことを、誰が許さないだろうか。傷ついても痛むような心なんて持ち合わせていない、背負えるほど背中も広くない。
 空間に細い腕を広げる。真っ白なコートが彼の中にある「悪魔」のざわめきとともに広がった。
 薄い笑みには罪悪感などはない、だけれど、「許して」ほしそうに竜を見る。彼が「ひと」ではないことを、こんな「世界」を、――「あの男」を。
「もう、呪わないで。」

 同じところまで、落ちなくていいから。
 
 黒の魔術は「ないもの」を作り出す。
 無数の黒槍が向かってくるというのならこちらは針だといわんばかりにそれらは――章の中にある「いたみ」を具現化したような鋭さがあった。
 何が証明できるだろうか?痛みを?傷を?それとも――「やさしさ」を?

「――【悪魔の証明】」

 「なにも、ないこと」を?



  
 言葉は、届くほうが良い。
 己にそれは「ない」ものだ。熱量のこもった猟兵の衝動も、ぎらつく使命の意志も、慈愛めいた冷たい思いも、どれもこれもアルトリウス・セレスタイト(忘却者・f01410)には持ち合わせていないものだった。
 彼は「すべて」から生まれた存在である。彼こそ「すべて」であるはずなのに、体は窮屈な人のものだ。
 「ひと」の体をしているから、「ひと」の心を求めるのは、アルトリウスにとっても誰にとっても当然のことだった。
 だから、彼は人の心の動きをよく「視て」いる。
 己の躰はそうそう死ぬまい。「原理」を扱う肉体は、二重螺旋の機構に守られていた。だから、自殺行為ともとられるような――戦い方を挑んでいたのだ。

 長身の体が、地面に叩きつけられてから大きく跳ねた。

 【界離】を使用している。
 ごぶ、と口から血を吐いたところで、致命に至らないのならば――彼は口の赤をぬぐうことなく、飲みこともなくまだ前へと進んだ。
 影たちがこれは好機といわんばかりに攻撃を叩きつけてくる。頭や心臓を割られそうになったのならば、時間軸をいじって「なかった」ことにした。
 めちゃくちゃな行いかもしれないが、それが「持たない」アルトリウスには必要だったのだ。

 彼は、――すべてを掌握できるような力があるのに、「心」だけがぽっかり抜け落ちている。
 だから、この依頼にやってきたのかもしれない。己にしかできない「無茶」があると分かっていたのだろう。
 足を掴まれる。
 大きく振りかぶる黒い影は――「母」のものもあるが「誰か」も入り混じっている怒りを叫ぶ。
 それを、藍色を細めながら聞き届けてやるよりも早くに打ち付けられる。床に。何度も、何度も!
 首を折られる前に「なかった」ことにして、頭が割れる前に「なかった」ことにする。二重螺旋が彼を守る限り、彼はそれが「できた」。
 ――人の痛みは、直接受けねば解析ができないのだ。
 この全知全能にひとしい身である彼とて、「ない」ものを埋めるのは文字通り骨を折らねばならぬ。
 解析する。ストレス値を、痛みを、誰の音波かを、照合して――結論を見出すまで挑む。落ち着くことのない無数の影たちが、再びアルトリウスにまだ襲い掛かろうとするあたりが「竜」らしい。
「まだ、あるか。」
 すべてを、知らねばならぬ。
 体中がひしゃげていた美しい体はあっという間に元に戻る。文字通りの「超能力」に、竜たちはおびえる様子はないあたり、壊せるのならばなんでもよかったのだろう。
 ――それほどまでに、憎らしくて、呪っている。

「ならば、来い。」

 いくらでも、受け入れては繰り返してやると。
 アルトリウスが低い声で唸ったのならば、その背中から熱波が襲った!

「――?」
 髪の毛が温められて、己の想定外が起きたことだろう。
 アルトリウスが振り向いた先には、紫の瞳をした意志の怪物がいる。

「思い出せ御母堂。」

 怒りとは、「我を失う」ものである。
 それを、この怪物はおのれの「つがい」から学んだのだ。
 ――頭が焼けそうになるくらい、怒りというのがすべてを生み出すかわりにすべてを壊しつくすことも知っている。
 だから、そんな自分はいつも伴侶にどう言ってやっている?

「――己 を 見 失 う な ッ ッ ッ ッ ! ! ! ! 」

   ラブデスオーバーロード
 【心術:暴愛過剰装填】!!
 鋼をも溶かす灯理の「意志」が黒い影どもを焼いていく! 叫びに合わせて放たれたそれらが、アルトリウスを襲うはずの脅威を消し飛ばした!
「――おお」
 思わず、声が漏れる。「こころ」に疎い彼とて、この「熱量」は規格外であろう。己の体が焼かれることを「なかった」ことにして、アルトリウスがコートを払った。
「助かった。」
「礼に及ばん。だが、言いたいことは言わせてくれ。」
 ずん、とまた一歩前に出る。
 長躯はこの後の迎撃を理解していた。「やりたいこと」があるらしい藍色の瞳を見たのなら、あとは――任せても問題なかろうと踏んだ。
 つま先は、床を焼く。

「娘を愛していたから! 護り抜くために怒りを抱いたのだろうがッッッッ!! 」

 咆哮とともに!!
 二 波 目 が 文 字 通 り 、 爆 ぜ た ! ! 
 どうっと現れた熱波がまたはい出てくる泥のような怨嗟をすべてさらって燃やしていく!

「ならば怨嗟など愛で殺せ!!」

 三波目でいよいよ周囲が溶け落ちそうになる。これは――まずいかと理解したアルトリウスが、空間へのダメージを「なかった」ことにした。
 的確に「影」たちのみを消し飛ばすことに成功する熱波に、その成功度に、仲間の「強さ」に笑う。

「「母は強し」ならば――」

 息を吸う。
 特大の心が己の中で熱量となって、その体に眠る思いをまた起爆剤とする。
 恐ろしいとも。己よりも強い猟兵たちがこの場に無数にいて、皆がこの脅威と冷静にやりあっているのなんていつだって信じられない。
 だが――。

「 勝 て ! ! 」

 負 け な い ! !
 吠えるような熱波がひときわ強く爆風を生む!助けるための想いを乗せたそれが、次は仲間たちの背中を押したのだ! 飛び出したのは、嵯泉である!
 赤い炎をまとってしなやかな金が走る、走る、走る!! 腰に携えた二本の剣を離さない手のひらも、突っ込んでいく体も一瞬で汗が噴き出した。
 熱量のせいもある、だけれど――彼の使命がうちで「余計に」燃えたのだ!
 助けてくれと、言うたではないか。ならば、助けてやろう。それこそ――この嵯泉がいまだ刀を振るう覚悟である!
 熱波に乗って突っ込んでいく嵯泉に、いよいよ影竜も「ああ!」と悲鳴を上げた。明らかに見つけた金色は脅威で、それに対する恐れが乗った声であったのだ。
 たまらず無数の槍が呼び出されて、嵯泉の軌道を阻もうとするが――それはすべて黒の針が穿つ!!

「大丈夫。」

 戦場にいる仲間たちに告げるものではない。
 赤の傘を握った少女のそばにやってきて、章は笑んだ。

「何もなかったよ。」

 無数の鴉が、悪夢を食おうと――放たれる。
 槍を打ち砕いた針が未熟な分身を磔刑にしたのなら、それを隠すように黒い獣たちがくらいつくすのだ。
「鳥葬というのがあってね。」
 光景は――凄惨なものかもしれない。それでも、誤解はされたくはないからと、少女の隣でしゃがみ込むようにして章はそれの横顔を見た。
 少女の顔は、驚いているといってもいいかもしれない。少なくとも、不快そうでなかったから、章も少し意外だった。
「ああして、鳥たちが食べて――また草木を育てるものにかえるんだ。そしたら、次はウサギや牛なんかが育って、僕たちやオオカミとか、そういうところに還ってくるでしょう。」
「きれい。」

 どの猟兵が言ったのだったか。
 そういえば、この少女は――この後の行き先が「きまった」のだという。
 救われるはずのこの命が、自然の在り方を見て「きれい」なんていう純粋なこころがまだ生きていたから章も満足そうに笑んだ。
「うん、とても。」

 ――あるべきものが、あるがままにめぐるのが当然である。
 過去にそれを縛られているというのなら、断って解放せねばなるまい。金色の夜叉がくれないの眼光を置き去りに――唸った。

「――断つ。」

 宣告。
 刹那、一撃!!!
  トウキリツダン
 【刀鬼立断】の間合いに入った「母」の胸を「十字」に切り刻んだ。そしてその傷口にぽっかり空いた穴から――転がるようにして嵯泉は出ていく。
 がらがらと刀が舞い、それから転がったのなら素早く体制を立て直した。無数の熱波も止んだ。
 ――断てたはずだ。確かに手ごたえのあった手のひらに剣を一本離してしまったことを思い出して、嵯泉は急いで体勢をたてなおす。

「ぁ、あ」

 か細い、女の声が聞こえた。
 それを待っていたのが、アルトリウスである。――彼は、ずっとその「こころ」を届けるためにここにいたのだ。
 痛みを知って、怒りを知って、恨みを見て、無念を知った。
 しかし、それを作る「核」というものがわからない。みるみるうちに小さくなった「核」たる想いはまた「破裂」するように膨張を始めた。
「苦しいか。」
 ――どうして。
 断っても断っても、怒りは爆ぜてしまうのだ。大きな体が水風船のようにばらけたのなら、黒が飛び散る。
 先ほどよりも小さくなった痛みのあとたちが、「きいい」と言葉にならぬヒステリーを叫んでいた。

「何か、伝えたいことはあるか。」

 ここまで、「母」を強くしたものは何だ。
 爆ぜた影がみるみる小さくなって、アルトリウスの手に乗るくらいになってしまう。
 ――こんなちいさな「いのち」が。
 ねとねととしたそれを両手で拾って、銀の男は静かに問うた。

「しあわせに、なって。」

 全ての、想いは。
 その根源にあったのは恨みでも、呪いでも、なんでもなくて。
 ひとつの心理をこの全知は見たのやもしれぬ。そこにあった解は、まぎれもなく「祈り」だった――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

エドガー・ブライトマン

終わりの時間さ。いや、始まりでもあるのかな
痛みを越えた先に、きっと何かが生まれるんだ

花が散ろうと次の蕾が生まれるように
龍となってしまった、狂ってしまったキミ
大丈夫。キミが守った彼女は綺麗な花になるだろう
だってあんなに綺麗な瞳をしているんだから

だからね。キミは安心して『いきたまえ』

“Aの慈愛”を発動、対象は私自身
何度攻撃を受けようと、この剣で牽制しつつ龍に立ち向かう
――やだなあ、大丈夫さレディ
私はこの身に慈愛を受けている

そろそろ恨みは発散出来たかい?
《早業》《捨て身の一撃》
かつてはきっと、キミもラン君と同じ色の瞳だったんだろう

さあ、キミが次の蕾になる番だ
大丈夫、きっとキミに桜の花はよく似合うさ


コノハ・ライゼ


守るのは得意なヒトに任せるわ
「お母さん」に聞かなきゃなんねー事があるもの

右人差し指の「Cerulean」を燻銀の剣と変え【天齎】発動
蘭ちゃんへ流れ弾が行かない軌道で接近、斬りつける

まったくどうしようもなく強い母親ネ
そんなだから今でも辛い
そろそろ全部手放したっていいンじゃナイの

ケドひとつ
産んでやらなければじゃなく、産み出会えた幸せを
伝えるのが最後の強さじゃあナイの
それはきっと、あの子をずっと守る

らしくない?いいえきっとあの人ならこうした
だからオレはこうして生きてる
あの子も、生きて幸せになんなくちゃ

さあ思い出したなら一つ教えて頂戴
アンタのオムライスのコツ
アンタの次に美味しく作るって、約束したから





 目に見えてわかる。
 ――終わりが始まっているのは、明らかだったのだ。
 影竜の大きさはみるみる溶けだして小さくなって、全知の彼が手のひらに乗せてやってくる。衰弱しきったそれをまだここにつなぎとめようとするのは、彼女の「怒り」を含んだ怨嗟たちだ。
 すべてを、呪いを、断ち切らねばならないらしい。この呪いを断ち切った先に何かがあるとするならば、その体が溶け切ったころには何が生まれるだろうか。
「始まりでもあるのかな。」

 エドガー・ブライトマン(“運命”・f21503)はレイピアを握る。
 すべての悲劇の花が散り始め、新しいつぼみを作ろうと輪廻が巡るこの空間にて、猟兵たちは果敢に未来へと手を伸ばす。
 むろん、この王子もそうである。
 小さくなってあとは縛られるばかりの粘液めいた竜に、優しい蒼を向けるのは当然のことであった。
 ――かの竜は、子供を守ろうとしただけの存在である。
 竜であることも、その仔の未来も、人とは違うことも何もかも背負っていくはずだったものを、『おいていけ』と無理やり奪われてしまった。
 だから――心の準備だって、できていなかったに違いない。それが未練となって犠牲者たちの同じような後悔を、その祈りを怒りに変えてしまうことは至極、「そうなるだろう」と思わされた。
 爆ぜた影が無数に散って、一回り小さくなった無数の怨念を竜として根ざす。とけかけた床の熱を気にせずそこに「咲く」黒い花に、エドガーもこころを割いた。
「――龍となってしまった、狂ってしまったキミたち。」
 この影たちも、犠牲者だ。
 彼ら一人一人の悲劇を調べはできないけれど、その痛みは「蘭」が抱えるものとそう変わるまい。
 狂ってしまいたくなるほどの不条理を考えて、エドガーも思わず口を一文字に結ぶ。美しい顔が張りつめて、それからふわりと笑んだ。
「大丈夫。」
 左の手首はじくりと痛んだけれど、それは警告だったのだ。
 “レディ”の名を持つその悪魔にも、苦悶一つ浮かべないままに笑みを向けていた。何も、問題はないのだと。

「きれいな花に、なるだろう。」

 ここにいる誰もが、きっと!
 ――慈愛があふれる、金色の髪をした空色の瞳で笑う王子を彩るこころがあった。
 おとぎ話は、いつだって王子様が竜に勝つ。それは、救いのために。そして――世界をあるべきものに巡らせるために。かつんと鋭くブーツが唸ったのなら、少年は駆けだしていた!



 守るのは、得意でない。
 コノハ・ライゼ(空々・f03130)は「あの人」の道を歩くにせものだ。
「まったくどうしようもなく強い母親ネ」
 ――こんな痛みを背負えるような存在ではない。
 ライゼの目の前に今も広がっているのは、怨嗟の竜どもだ。一匹増えればまたもう一匹が分裂して、己らの軍勢を作り上げる悪しきものども。
 だけれど、その声はどこまでも悲しく、いたましくて、聞くに堪える。これを背負いながら、なお今ここに縛られて苦しめられているちいさないのちが哀れでしょうがない。
「そろそろ全部手放したっていいンじゃナイの。」
 幸せになって、って言ったんでしょ。
 こねそこねた餅のような不定形をした母が、少女の手のひらに渡された。ライゼもしゃがみ込んで、それに語り掛ける。
 ――手放す、ということばに蘭がすこし固まったけれど、でも頷いた。ここにいる猟兵たちと約束したのだ。
 「生きる」と。
「謝ンなさい。それから、ちゃんと言ったげてヨ。」
 ライゼが、「母」に説く。
 いくら死ぬ間際になっても「まだ死ねぬ」強さがいとおしい。こんなことを思うのも、こんなことを言ってしまうのも――「彼」らしくない。
 でも、きっと「あの人」ならこうしたに違いないのだ。ライゼが模す「あの人」はきっと、ライゼの愛するままにする。

「ごめんね」

 か細い声は、女のものだけれど。
 ――かすれて弱り切って、でも優しいものだった。ぶわ、と思わず蘭の瞳が潤む。
 まだ泣くには早い。親の死に目に会えなかった娘が、「今度」はちゃんと見送れるように見守る。

「うまれてきてくれて、ありがとう」

 当たり前の感情だった。
 そんなことは、毎日思っていた。
 だけれど、当たり前すぎて伝えられなかった想いだった。
 この子が幸せになればいいと願って、生きてきた。小さなこの竜がいつか好きな人を見つけた時に相談にのって一緒に悩んで、すべてを話して、――喧嘩をしたとしても親子はきっと未来へと毎日を繰り返すと信じていた。
 だから、失言をしてしまったときに「ああ、どうか助けてほしい」と思ってしまったのだ。
 こんな宿命に生んでしまったことも、こんな痛みを与えてしまったことも。怨嗟の中で母親は頭を掻きむしりながらどうにかできないかを叫んで叫んで叫んで――そうして、救いを掴む。

 母にも見えないそれを手のひらにのせながら、娘は自覚する。
 ああ、わたし――愛されていた。
 いよいよ涙がこらえきれなくて、あふれだす水分をライゼが見やった。二人の空間を邪魔するわけにいかないと立ち上がって、前を向く。
「さあ、思い出したなら。一つ教えて頂戴。」
 己の獲物を構える。指に宿った輪っかが燻銀の剣となって、ライゼに意志を抱かせた。

 ――「オレ」はこうして生きてる。
 ――「あの人」と「オレ」の考えはきっと、同じはずだ。

 正当化かもしれない。許されないかもしれなかった。
 後から考えてみれば「違う」かもしれない。だけれど、後悔はないはずだ。

「アンタのオムライスのコツ! アンタの次に美味しく作るって、約束したから」

 伝えておいてよね、と駆けだすライゼの表情は――「あの人」のものだったのだろうか。



 慈愛の薔薇が魔術のかたちをとって咲き乱れる。
 【Aの慈愛(ノブレス・オブリージュ)】は発動されていた。前へ進む少年は痛みなどもろともしないと言いたげに、その勢いを衰えさせない。
 助けたいものがあるのだ。彼が握る白銀の薔薇は、「助ける」ために竜どもを穿とうと前へ!前へ行く!
「――さあ、キミが次の蕾になる番だ!! 」
 槍どもが彼の前に展開されても、ちっとも怯みやしない正義がそこにあった!
 美しいだけでは終われないこの王子様である。愛らしいだけの花ではおさまらぬ!切っ先でまず眼前に迫った竜を穿とうと腕を突き出したのなら、それはいともたやすく胸へと刺さった!
 レイピアの基本は「突き」だ。しかし、「貫かねば」ならぬ。この影は不定形だから――にいいと笑う竜が嘲りを隠せない。
 少年の動揺などは一秒にも満たなかった。「母は強し」というのなら、この魂たちだって強いに決まっている。だから、「想定外」は歓迎だ――。
「楽しいかい。私も、楽しいよ! 」

 負けぬ。
 負 け て は な ら ぬ !

 踏み込みをさらに前へ!振るわれるレイピアがしなやかに宙で踊ったのならば、たちまち影は「裂かれ」た!
 黒をちょうど八等分へ無数に裂く早業は、誰の目をも惹くほど美しいに違いない。貫くには少年の体では限界があれど、「薙ぐ」ならば話は別だ。
 不定形の煙のようなその体を布の様に引き裂いて祓う。追撃の別個体から現れた槍が肩を貫き、膝を貫いても王子様は止まらない!!

 慈愛の加護を受けていても、痛みというのは脳にたどり着いた信号だ。
 だから、――先の誰かが言っていたように、操りにくくてしょうがない。この彼には打ち消すことなどはできない。

「きっとキミに桜の花はよく似合うさ。」

 それでいい。
 蒼のひとみにはらはらと汗ばんだ金が落ちる。前髪の隙間から除く顔は、煤で汚れて血なんかも額から出ていた。
 それを花弁が――まるで彼の一部となるように、慈愛の魔術が入り込んでふさいでいく。汚れはとれないけれど、構うものかとエドガーはまたレイピアを振るった!
 しゅん、と空気を裂く音とともに、影たちを無数の桜へと変えていく!ばらばら、ぼろぼろと黒い体が消滅して――花びらの形を模して空気に溶けた。
 
「安心して『いきたまえ』――。」

 ここには、もう「王子様」が来た。
 ならば、これ以上民たちが惑うことなどないようにこの怨嗟を一身に受けて屠らねばならぬ。少年はまたレイピアを握る。呪われた左手が痛んで、彼女の悲痛を伝える。
 しかし、どうか許してくれ――と想いながらまた一歩進んだ。だくだくと汗が流れて、彼の体に疲労を知らせる。傷は癒せても栄養素までは補えない――しかし、けして膝をついてやるものか。
 もはや使命よりも、若い意地だったかもしれぬ。それでも王子は笑んで、前へと行こうとした。

 その上を、駆ける狐がいたのだ。

 【天齎(テンセイ)】。
 空模様の色を引き連れて、それが文字通り空を作ったのを金色の王子が見た。
 ――美しい。
 瞬きとともに、奇跡の技を見送った少年にライゼは緩く笑んでいただろうか。地面に着地をする前に、己の銀を構える。
 ばたばたと衣服がはためいて、彼の勢いを物語っていた!
「そぉヨ――安心して、行きなさイ」
 銀色の牙が深々とまず一匹の首に食らいついた。体を振り子のようにして、そのまま大きく器械体操めいた動きで前に回る。
 ぎゅるんと紫が――鋭く描いたのなら、あっけなくぼとりと首が落ちた。無残に地面に在るのは、椿のようだったろうか。
「次はもっと、綺麗に咲けるから。」
 離脱ついでにもう一匹に手をかける。さほど大きすぎないものになってくれたから、「ひと」を殺すのと同じくらいの高さで考えられていい。 
 手のひらで牙を研ぐように逆手に持つ。次に穿つのはその脳天だった。牙を両手で構えて、右の掌底で深く「押す」!

 ぞぶりと影に入ったなら――あとは重さと筋力に合わせて貫かれた。

「――「次」は、幸せになンなさい。ネ。」

 つま先だけを着地させて、弾むように次へ走る。金色のうつくしい「王子様」も果敢に竜に挑んで、薔薇を散らしながら戦っているのを振り返った。
 幸せへの未来を信じて、猟兵たちは皆が今、それぞれの無念を屠っている。
 思いがぶつかり、まじわり、呪いがとけて、祈りは天に還ろうと必死にもがいていたのだ。散らないはずの桜を散らしたのは誰だったか、ライゼの頭に桃色が乗る。

「こんなにも、ひとって美しい。」

 ――そう思ってしまうのは、不謹慎だっただろうか。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ヴィクティム・ウィンターミュート
◎△

──俺には、親子の愛は分からない
向けたことも、向けられたことも無いからだ
だから、アンタの気持ちを真に理解してはやれないけど…
『もういいんだよ』って…言うことはできる

終わったんだ 娘はもう、脅かされないんだよ
アンタは守った、守れたんだ
この娘の想いを、命を
だからもういいんだ…もう、終わっていいんだ
蘭はこれから先、俺達が護るから──そろそろ、眠らないかい?

大丈夫、もう痛くない…もう苦しくない
セット──蘭、こっちへ
今からお前の母さんが安心して眠れるように、子守唄を頼めるか?
…ありがとう、いい子だ

もう誰も傷付けないよ…影ごと、眠ってくれ
どうか娘の歌で──
Nighty night(お眠り、母さん)


ブラッド・ブラック
【森】◎
蘭を母のもとへ連れて行き守護する
蘭は俺が必ず護ると誓う
母にも万が一にも蘭を傷付けさせはしない

【盲目の殻】
足元含み蘭と退避者を覆う半透明な箱となり安全を確保する

娘の為にこうまでして
「お前の母は強いな
お前はちゃんと、愛されている」
覚えておいてほしい

蘭には己を誇れ等と言ったが
俺は俺自身を誇れていない

怪物と化した俺に微笑んでくれたのは
俺に無償の愛を注いでくれたのはサンだけだ
今直ぐにサンを庇いたい、敵を滅したい
だが其れをサンが良しとしないなら

「サンは俺のたった一つの宝なんだ
これ以上傷付けないでくれ、頼む……!」

この無力な怪物の
愛し子を想う悲痛な叫びが聞こえるか
どうか母としての意識を取り戻してくれ


サン・ダイヤモンド
【森】◎
着替えた蘭へ
可愛いよ、とっても似合ってる
お母さん、一緒に助けよ
蘭の声、きっと届くよ

竜を前に
大丈夫!僕は蘭の友達で、ちょーどきゅーだから!
ブラッド、蘭をお願い
止めないでね

敵ではないと、竜の怒りも悲しみも真正面から受け止める
致命傷はオーラ防御で軽減
大丈夫 だってもっとずっと痛かったのは

どんなに傷付こうと前へ 竜から目を逸らさない
僕は皆を助けたいんだ
心を伝える様に優しく竜に触れる

はじめまして、僕はサン 蘭の友達だよ
蘭のお母さん、そして、皆
悲しくて、苦しくて、たくさん痛かったよね
助け、遅くなってごめんね
頑張ったね もう大丈夫だよ
もう、全部終わったから
一緒に帰ろ

決して苦痛は与えずに あるべき姿へ


杜鬼・クロウ
【義煉】◎

源次(彼の手に己の手重ね
もし只殺める為にその刀を揮うなら…分かってンな
この親友を信頼してこそ
俺は集中出来る(武器取らず

対話(おはなし)しようや

ヤるコトは母を呼び起こし娘の声を届ける
出来たら転生もさせてェ

歪に拗れたその心(おもい)
それに圧し潰され壊れて最期だなンて
それでイイのか?ンな訳ねェよ
ちゃんと思い出せ
よく見ろ
守りたいものがあるなら貫き通せ
親ならば
何が一番の倖せかをもう一度、

俺に親はいねェが
親代わりの主は…居るだけで支えで
親って強ェンだわ
娘も本当は…解ってるハズだ

お前はやり直せる
総て血で染まってねェ
これ以上罪を重ねるな

救わせてくれその魂
お前ら親子の間には
呪いじゃなく絆(あい)がある


叢雲・源次
【義煉】 ◎

「……。」
(刀の鯉口を切った瞬間に手を置かれる。無言。ただ、構え、備える)

※以下独白
サクラミラージュを訪れて分かった事がある
敵たるオブリビオンを浄化し転生させるという手段を本懐としている点において、きっとこの世界の根源は「慈愛」なのだろう
だからこそ、人は愛に苦しみ、堕ちる
そんな彼らに対しこの世界の根源に則って俺が出来る事はおそらく、無い
だからこそ……
※以上

「そこまで吼えたのならば、成してみせろ。」
この優しき男が成すべき事を成す為に、俺は斬る


クロウの傍らで、彼の命を貫かんとする影の槍を斬る
一寸たりとも触れさせはしない

彼の言葉が届くまで、俺は幾度と無く影の槍へこの刃を振るおう





 親のおらぬ身だ。
 ありきたりの悲劇だと彼はきっと笑う。悲劇なんかではない「当たり前」だともいうやもしれなかった。
 ヴィクティム・ウィンターミュート(impulse of Arsene・f01172)は、親の愛というのに疎い。
 ――わからないといっていい。この戦場で果敢に挑む英雄たちの心が読めなかったように、彼には「あるべきはずの」愛情がなかった。
 親代わりになる誰かもいないまま、子供同士の社会で泥水をすすって生きてきたのだ。
 この悲劇だって、「あたりまえ」だと思ってしまうだろう。
 ――親が死ぬことなんて、ふつうだ。
 それがちょっと早いか遅いかの違いくらいで、立って歩くのは「子供」である。
 そうやってヴィクティムは暗い道で生きてきたし、今だって立っている。運命に「勝って」彼はここでまだ心臓を動かしている。
 ゆえに、この彼らの痛みは理解しきれないだろうなと思った。

 目の前で、蘭は「母」を抱いている。
 ちいさな黒になってしまってなお、娘の手のひらでやすらぐそれはもはや竜ともいいがたい。
 ――人の魂は、21グラムしかないのだという。
 それが医学的に見れば欠陥だらけの実証かもしれないが、それでも「そう」信じたいのが人間だ。だから、きっとあの黒の重さだってそれくらいしかないのだろうなと冷静に青が見ていた。
 冬寂である。冷たい脳内の思考回路は、けして憤る必要がなかった。穏やかに、ヴィクティムはそれを見ている。

 大切なだれかが死ぬ感覚は、知っていたから。
 ほしいのは、――この物語が「勝利」で終わるためには、何が必要かはわかっていたのだ。
 差し出がましいだろうか、それとも端役としての役割だろうか?考えるよりも先に、体が動いていたのは何故だろうか。




「蘭は、必ず俺が護る。」

 他人に言われたところで、何も安心できはしないだろうが。
 いまだ暴れる竜たちの数は多い。たましいを弱らせてなお、それに今を縛られている「母」にブラッド・ブラック(VULTURE・f01805)は触れた。
 黒は、まるでとろけてしまってブラックのすべてのようである。
 ――彼とて、こうして固形になってはいるけれど黒油の生き物だ。
「お前の母は強いな。お前はちゃんと、愛されている。」
 死んでなお、たましいだけになってなお、まだこの世界にて魂まで殺されなかった存在を素直にブラッドは感心した。
 泣きじゃくる蘭の頭を撫でてやろうにも、己の手では殺してしまいかねない細さと、心の哀しみがあったのだ。
 ――そういうことは、自分にふさわしくない。
 生き物は、生まれた時から「できること」が決まっている。
 ある程度制限されているのを『限界』として、その幅が広がったことを『超えた』と言っているだけだ。
 ブラッドはそれをやや、わかりすぎているから――悲観的に己のことは考えていた。生きろ、お前はお前自身を誇れ、なんて怪物の娘に言っておきながら、彼は彼自身を誇れない。
 わきまえている、というには卑屈すぎることもわかっていた。だって、泣いている少女の肩すら抱いてやれないのだ。

「絶対に。」

 だから、行動で示したほうが早いと思っていたのだ。
 ブラッドが誓うのならば、そのわきから出てきたのは――うつくしい彼のひかりである。

「ねえ、蘭。可愛いよ。とっても似合ってる。」

 なぐさめだ。
 ぐしぐしと泣きわめく彼女が「在りし日」のように彩られているのを、まずサン・ダイヤモンド(甘い夢・f01974)は触れた。

「ねえ、お母さん。見えてるよね。きれいだね、蘭。」

 ――終わりに見える光景が、美しい娘のものであるのは、きっと母もうれしかろう。
 赤い瞳なのかわからぬ亀裂が潤んだのが見える。痛みも感覚ももはや通り過ぎて、そこにあるのは「たましい」だけなのだ。
 痛いほどわかってしまうから、サンは笑むのだ。

「はじめまして、僕はサン。蘭の友達だよ。」
 ――遅くなってごめんね。と黒を撫でた。己の愛している黒とは質の違う滑らかさに、ふふと思わず唇がほころんでしまう。
「僕はね、ちょーどきゅーだから!だから、大丈夫だよ!」
 それしか言えない。
 幼い頭では、己に与えられた使命なんかよりも前に出てくるのは気持ちばかりなのだ。
 理論を説明するようなすべもなければ、その価値すらわからない。だけれど、サンだってきっと痛みに襲われたのなら「大丈夫だ」と言われたほうが安心するのだ。

「ブラッド。」

 すすり泣く蘭を見上げる黒が、その手のひらにすり寄っているのを見る。
 ――そういえば、親は子を撫でるのに、子は親を撫でないのだなと思って。
 そっと、サンはかしづく黒の頭を撫でた。ごつごつとした鎧めいた姿は、やはり頼もしい。撫でられたブラッドは、何が起こったかわからないような顔で桃色をぐるぐると光らせる。

「止めないでね。」

 蘭を任せた。
 ――サンは、前へと歩みだしたのだ。無数の竜が無念を抱いたままに、送られる仲間たちをうらやんでか繰り返す咆哮がいっそむなしい。
 助けてくれ、どうか、導いてくれないか――。とすがろうとする亡者の念どもが、ブラッドには哀れで憎らしい。そんなことは、ブラッドが一番彼に叫びたいのを我慢しているのに。
 それでも、わが子の様にかわいがっているはずのひなどりが慈愛の笑みを浮かべているのは、その背中からでも悟れてしまったのだ。

「悲しくて、苦しくて、たくさん痛かったよね。」

 ――一緒に、帰ろ。
              アイ
 大きく広げた両腕から――【ego】が放たれる。
 わがままな想いは、瞬いて。金庫を明るく照らして今度こそ、その重さすら溶かし始めていたのだ。



「源次。」

 杜鬼・クロウ(風雲児・f04599)の相棒は、生真面目だ。
 叢雲・源次(蒼炎電刃・f14403)の相棒は、優しすぎる。
 刀を手にかけたのは視線を向けずともわかったともいえる。虫の息ならば早々に送ってやったほうがよかろうと思って刀の鯉口を切ったのならば、それに手のひらが縄のように巻きついた。
 源次は――静止を受けて素直に止まった。色違いの瞳をした相棒の表情をしばし横目で見て、刀は少女の手のひらにある黒へ向けられない。
 敵意がそれたのを確認して、クロウは己の豪奢な武器を地面に置いた。ごとりとした重たい音と、光の反射がまた仰々しい。
 ちゃらりと彼の身に着ける銀たちが音を鳴らせて、ゆっくりと長躯をしゃがませた。

「なア、寝物語になっちまうかもしれねエけど。おはなししようや。」

 「母」である自覚はあるだろうが、やはりこの怨嗟に縛られたまますべて屠ってきれいに終わるわけにはいかない。
 それは、戦績としてならば万々歳のはずであった。源次は、黙して考える。
 ――この世界にきて、彼には新しく「わかった」ことがあった。
 それは「分析」でもない。「解析」しきるにはいささか感覚的すぎる。だからきっと、これは「考察」なのだ。
 サクラミラージュという世界は、あまりにも優しい仕組みをしている。
 今まで相棒と訪れてきた世界はどれも「倒す」のが一般的には正解であった。まして、その魂が「めぐる」なんていうのは考えたことがない。
 予想外の連続が源次の計算を狂わせて、この世界にはと0と1で終われないことが無数にあるのだと教えられた気がしてしまう。
 天の使いのような存在が光を放ちながら、敵の中に挑もうとするのを――源次も前へ出て援護することにした。「はなし」はきっとヤドリガミであるクロウのほうが道理が通ってうまかろう。

 この世界の根源は、「慈愛」なのだろうと思わされる。
 短い髪の毛を熱波でかき混ぜられながら、モーターの稼働音が彼の体を満たし始めた。
 「慈愛」などと源次はかけ離れた存在なのだ。彼は、その体に組まれた電気回路の様に単純でありながら複雑な存在である。
 ――この世界は「やさしすぎる」。だからこそ、人は愛に苦しんで堕ちることが許されている。
 それは到底、源次には理解のできない次元だった。だからこそ、彼は余計な言葉をひとつも溢さないで刀を構える。できることはいつでもシンプルで、無骨な彼らしい。 

「そこまで吼えたのならば、成してみせろ。」

 その声は、きっと――「母」へ確かに響いただろうか。

 影の槍が生まれたのならば、竜をサンが消し飛ばすのだし源次はただただ切りかかるだけである。
 目の前で最愛のひかりが傷つけられないままに、それでも全身から魔力を放出させて愛を叫ぶさまを見て――ブラッドが歯噛みした。
 【盲目の殻(モウモクノカラ)】となった体が脅威からすべてを守っていた。本当は目の前にいるいとしいひかりのことだって、この中に閉じ込めてしまいたかった。
 だけれど――そうもいくまいとして、精一杯叫んだのだ。

「どうか、どうか――俺のたった一つの宝なんだ!」

 か細い唸りが、「これ以上傷付けないでくれ」と祈る。サンの体を傷つけるのがメリットでないとわかったのなら、源次は的確に白を守った。
 【電磁抜刀(リニア・ブレード)】。電撃をまとったその刀が、黒と刀を「くっつける」ようにして電光石火をさせる!
 空気を伝った雷撃が確かに神速を彼にもたらせたのならば、花弁となって槍が消えていくばかりだった!

 
 ヴィクティムは。
 何も言わないで、四角の中に取り込まれている。
 目の前に、ヤドリガミたる『英雄』がいる。ヴィクティムのなかに「無い」はずの何かが、疼いていた。
 想いのぶつけ合いが行われていて、床なんかは震えていて。彼の電気回路じかけの耳すらきっと振るわされていたのだ。
「圧し潰され壊れて最期だなンて、それでイイのか?ンな訳ねェよな。」
 にんげんよりも、人間らしいことを言うクロウは。なんだか内緒話でもしているような気がして笑ってしまう。
 口元をいひひと右手で抑えながらも、手のひらにいる「母」の魂を送るために――語り掛け続けていた。ヴィクティムが立ち尽くしているのを気配で感じたのなら手招いてやる。
 少年が、何も言わないで歩いてくるのならば、話の続きを始めたのだ。

「俺に親はいねェが――、親代わりの主は……居るだけで支えでさ。」
 ヴィクティムには、ない。
 そんな感じ方はなかったし、親代わりなんていなかった。

「親って強ェンだわ、な?」
 蘭に同意を得るようにして視線を配らせたクロウが語ることも、ヴィクティムにはよくわからない。
 だけれど、クロウが誇らしげに――あたたかな表情で語るものだから、「そういうものなんだ」と思わされてしまう。
 蘭が、こくこくと頷く。それは、この母の「怒り」も、今ここでまだすべて呪いに飲まれぬ強さも手にしているから――よくわかった。
「おかあ、さんっ、ねえ」

 ――負けないでよ。

 きっと。
 母がまた生まれ変わってくるころには、己の背丈はうんと伸びている。
 幸せな家庭があるのかどうかはわからないけれど、きっと真面目に生きている。母を思い出しながら、オムライスなんて食べて。
 今日この日を「しあわせ」な思い出として時折思い出しては、「母」の幸福を祈って涙を少し流して眠っているのだろう。
 そんな自分を見かけたって、もしかしたら「母」は覚えていないだろう。だけれど、――それでも。きっと。

「また、会えるよ。また、――また、かぞくに、なろ」

 今度は、私だって強くなるから。

 このたましいは、幸いにもまだ血ですべてが染まり切っていない。クロウはその確信があったから、ゆっくりと目を伏せた。
 そんなことは、ヴィクティムにはわからない。彼にわかるのはだんだんとそのともしびが衰えていっていることだけだ。
 だから、最後に――「悪党」だけれど、「子供」の手のひらがきっと、その黒に蓋をした。

「終わったんだ。娘はもう、脅かされないんだよ。」
 黒の四角の向こう側で、竜たちの声はどんどん消えていく。
 数が減っていくのは、その視界に移さなくとも無数のドローンが解析をしていたから、ヴィクティムの脳内ではカウントダウンが始まっていた。
「アンタの勝ちだよ。」
 ――だから、もう、終わっていいんだ。
 蘭の肩を抱いたのは、少年らしい腕だった。涙を流す資格などは彼にない。だけれど、その痛みを背負って誓うことはできる。
「蘭はこれから先、俺達が護るから──そろそろ、眠らないかい?」
 しゃくりあげながら、消えゆくたましいを送ろうと蘭が鼻をすする。クロウも、黙して祈りをささげていた。
 魂の質量がたった21グラムだというのなら、なんと――価値あるものだろう。
「今からお前の母さんが安心して眠れるように、子守唄を頼めるか?」
 優しい声だった。
 ヴィクティムの声帯を震わせたその音波が、いったいどうして出てきたのかはきっと彼にもわからない。
 脳内に小さなエラーが増え始めていたけれど、気にしていなかった。四角のむこうで源次が刀を振るい、竜の息の根をまた止める。振る槍を砕き、己の義体を傷だらけにしてでも走り続けているのがわかった。
 ブラッドが心をしぼませながら祈り、サンは愛をうたってひとりひとりを抱きしめて、見えぬ空へと返していく。
 子守唄を頼まれた蘭は、ためらわずに頷いたのだから、すべて「完璧」だ。

「ありがとう、いい子だ。」

 ――悪い子なんて言うのは、己だけでいい。
 
  >Set_Order?
A>Sleep Code: Nighty night_
  >... ... ... OK_


 自然と、歌っていたかもしれぬ。
 蘭のか細い子守歌は、宮子ゆずりのものだ。
 ――この親子に課された業を、思い出すクロウがいる。哀れで、いとおしくて、つらいものだった。
 たったひとつの鬼が起こした殺意が、それこそ呪われていたのだろう。手あたり次第目に着けた獲物を殺して重ねたそれを、この親子に巻き付けたのだ。
 だから、きっとこの「親子」に呪いなんてものはなかった。それがわかれば、クロウだって救われた気になる。
 ――相棒は、そんなことをわかってはいないだろうけれど、教えてやるのもまたよかろう。
 クロウは満足げに口元を笑ませて、穏やかな息を繰り返した。眠ってしまいそうなくらい、心地のいい歌に合わせて喉を震わせながら。

 

 雷が哭く。愛が世界を包む。黒が祈り、護る。金色のモノは穏やかに歌い、――そして。

 少年は、許したのだ。

 お眠り、お母さん
「Nighty night――。」

 痛みのない優しい世界で、きっと「宮子」の人生はこんどこそ幕を閉じる。
 手のひらのなかで、きっと竜は微笑んでいた。娘の手のひらいっぱいに、あふれるほど――桜を乗せて。




 少女は、朝を迎える。
 激動といってよかったし、猟兵たちは今日もまだこの帝都で事後処理を手伝っているのだと聞いた。

 おいしいオムライスのレシピを、起きてすぐにナアスにボールペンでかきとってもらう。
 自死するリスクはないはずだけれど、限界を超えたりした体や心は急激な変化がありがちだから――まだ病院から出るには難しかった。
 つまらないけれど、「それでもいい」と思う。明日はまた来るし、猟兵たちも最後にここに訪れると約束してくれたのだ。
 だから、ちゃんと食べたくない野菜が入っていてもご飯は残さず食べるようにしているし、やせぎすの体に与えられるリハビリなんかもちゃんと受けていた。
 ――寒くなってきたというのにこの帝都には変わらず桜がふぶいている。雪のようだとも思うし、まだ早すぎる気もした。

 こう感じるのは、何年ぶりだろう。
 当たり前のような気持ちを抱いて、息をするだけなのに、なんだか「生まれ変わった」ような気がしてならない。

「黒沢さん、面会ですよ。」

 猟兵たちかなと思って、思考はそちらに奪われる。
 「違いますけど、」というナアスの笑みが不思議で、首を傾げた。「他に誰が来てくれたの?」あてがない。
 ――深い付き合いのある友人は、死んでしまったものだから。
 冷たい風が胸に吹かれたような気がして、きゅうと胸の前で手を握る。祈りのようでもあったし、痛みで己を思考の海へ投げないためのものでもあった。
 ナアスについていって、おずおずと歩く。途中で息が上がって、手すりにもたれながら「いい運動」をしたものだ。
 ようやく面会室に立ったときに――その来訪者の正体を知った。

「家族になりたい、というひとがいて。」

 ――見覚えがある。
 こぎれいにしてはいるけれど、その顔は親しんだ「友人」のようだった。
 緊張をしているのだろうか、白い下地をつけた顔は少し化粧が崩れ始めていて、赤いリップはそれでもなお鮮烈だ。

「佐登子ちゃんの、お母さん」

 桜が咲く。
 また今日も、このサクラミラージュではつぼみができて、花開く。巡り巡って、きっといつか――いとしいだれかの隣に、還ってくるまで。
 それまで、幸せである世界を作ろう。人々と、――「猟兵」たちで。幸せであるための心を、何度も探して説きながら。


 悲劇にまみれた親子の絆の浪漫奇譚。これにて解決。
 めでたし、めでたし。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2019年10月27日


タグの編集

 現在は作者のみ編集可能です。
 🔒公式タグは編集できません。

🔒
#サクラミラージュ


30




種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠山田・二十五郎です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


挿絵イラスト