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遊戯場の見せる悪夢(ゆめ)

#ダークセイヴァー #設定掘り下げ系 #シリアス #心情系

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#ダークセイヴァー
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●領主館に広がる悪夢
 その領主館には、『遊戯場』と呼ばれる場所があった。
 といってもカードやダーツ、ビリヤードなどのいわゆる一般的な『遊び』をする場所でも『賭け』をする場所でもない。

「さあ、ゲームをしましょう」

 広い遊戯場の奥、高い位置に設けられた特別席に座るのは、この辺りの領主であるヴァンパイア。
 よく通る耳障りの良い声でゲームの開始を告げると、遊戯場の大部分を成す平らでなにもない場所に放たれた領民の青年が、びくりと肩を震わせた。
 遊戯場と呼ばれるその場所はとても広く、だが四方は高い壁で覆われている。連れてこられた領民が押し込まれた扉は外から施錠されており、叩いても体当りしても開かない。
 その扉の向かいの壁――それを見上げると、そこには上質な観覧席が設けられており、程なく現れた黒い髪の領主がそこへと座した。
 そして彼女が告げる、ゲーム開始の合図。
 青年には、どんなゲームが行われるのか全く知らされていない。
 彼が唯一知っているのは、領主館に召された領民は、二度と戻ってこない――それだけだった。

●グリモアベースにて
 そこに立っていたのは、薄紫の髪を持つ一人の女性だった。ぼんやりとしているように見えたことから、誰かと待ち合わせでもしているのだろうかと、特に気にしなかった猟兵も多いだろう。
「……ねえ」
 けれども突然彼女の背後の景色がダークセイヴァーのものに変わったからして、猟兵たちは彼女がグリモア猟兵であると知ることが出来た。
「ダークセイヴァーでの事件を予知したわ。誰か行ってくれるかしら……」
 そう告げる彼女――グリモア猟兵のクローディア・リンメル(空駆けの賢者・f22128)は、自身の話を聞いてくれている猟兵がいるかどうか特に確かめもせずに口を開いてゆく。
「ダークセイヴァーのとある地方の女性の領主……ヴァンパイアでありオブリビオンでもある彼女は、普段から気まぐれに領民を召しているの」
 特にこだわりがあるわけではないようで、ある時は青年、ある時は少女、ある時は幼児、ある時は老人……と、自身の領民から特に規則性もなく召してゆく。ご多分に漏れず、召された者が帰ってくることはない。
「私が視たところ……この女領主はとても悪趣味な遊戯(ゲーム)をしているわ。人の思い出やら感情が好きみたいね。召した領民の思い出や感情を弄び、それを見て楽しんでいるのよ」
 召した者の嫌う相手と大切なヒトやモノを使ったり、出来ることなら忘れてしまいたいほどの記憶を具現化して、その反応を楽しんでいるのだという。
「思い出とか感情とか……その人の大切なもの、他人が踏み入っては行けないものを無理やり引き出し、踏みにじる――そういう領主よ」
 だがクローディアによれば、その領主館の警備が薄くなる日があるという。
「その日に攻め入って、領主を倒してほしいの」
 告げてクローディアはこく、と一つ頷いた。

「今回、侵入するのに一番適しているのは、領主が遊戯(ゲーム)に使っている遊戯場よ。外から入れる扉が一つだけあって、そこは遊戯場に付属した牢屋に繋がっているわ」
 牢屋はいくつかあるが、突入したタイミングでは囚われ人は誰もいないという。だから無視してそのまま、遊戯場に繋がる扉を開ければいい。
「ただ、遊戯場には掃除をしているオブリビオン――ダンピールの少女たちが何人かいるわ。彼女たちを倒さないと先へは進めないし、倒しているうちに領主が自分から出てくるかもしれない。けれど……」
 口ごもって、クローディアはしばし黙し。そして再びゆっくりと口を開く。
「遊戯場に繋がる扉を開けたら、ダンピールの少女たちはあなたたちの『大切なヒトやモノ』に見えるはずよ。親類だったり愛する人だったり、思いの深い相手だったりパートナーである動物や精霊だったり――とにかく、あなたたちが『大切だ』と思っている相手の姿があなたたちを襲ってくるわ」
 もちろん実際に襲ってくるのはオブリビオンの少女である。だからなんとかして目の前に見える『大切な』相手が偽物だと自身を納得させ、その幻惑を断ち切る必要があるだろう。もしひとりでは無理そうであれば、誰かの力を借りても良い。
「今回の強襲で領主を倒すことができれば、領民たちも、いつ誰が召されるかと怯えて暮らすことはなくなると思うの。だから、お願いするわ」
 そう告げてクローディアは、相変わらずぼんやりとした顔でグリモアを起動し始めた。


篁みゆ
 こんにちは、篁みゆ(たかむら・ー)と申します。
 はじめましての方も、すでにお世話になった方も、どうぞよろしくお願いいたします。

 このシナリオは皆様の過去や心、精神に触れる心情重視シナリオです。

 第一章はダンピールの少女たち(オブリビオン)との集団戦です。
 といっても普通の集団戦ではなく、相手の姿は皆様が『大切』だと思うヒトやモノに見えます。
 大切な相手に襲われる――その状況に対する心情や、それを破る対処法などを考えていただければと。
 もちろんひとりでは無理そうな場合は誰かの力を借りても大丈夫です。
(自分は正しく敵の姿に見えるから、誰かを手助けするという形もOKです)

 第二章は、この館の主である女領主との対決となります。ここでは忘れてしまいたい記憶や嫌う相手、大切な相手の姿を見せられるでしょう。

 第三章は、第二章までが成功していれば、この世界で健気に咲く花々を見ながら、物思いにふけったりのんびりと過ごしたりという時間を予定しています。

●第一章冒頭文追加について
 オープニング公開後、軽く冒頭文を追加する予定ですが、オープニングで侵入についての概要などは記載してありますので、冒頭文追加前にプレイングをお送りくださっても構いません。

●グリモア猟兵について
 現地まではグリモア猟兵のクローディアがテレポートしたのち、猟兵のみなさまをお喚びする形となります。
 クローディアは怪我をしたり撤退する猟兵のみなさまを送り帰したり、新たにいらっしゃる猟兵の皆さまを導いたりと、後方で活動しており、冒険自体には参加いたしません。
 ※第三章に限り、お誘いがあればクローディアも参加させていただきます。

●プレイング再送について
 プレイングを失効でお返ししてしまう場合は、殆どがこちらのスケジュールの都合です。再送は大歓迎でございます(マスターページに記載がございますので、宜しければご覧くださいませ)

●お願い
 単独ではなく一緒に描写をして欲しい相手がいる場合は、お互いにIDやグループ名など識別できるようなものをプレイングの最初にご記入ください。
 また、ご希望されていない方も、他の方と一緒に描写される場合もございます。

 皆様のプレイングを楽しみにお待ちしております。
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第1章 集団戦 『混血の落とし子』

POW   :    落とし子の牙
【自らの血液で作られた矢】が命中した対象に対し、高威力高命中の【牙による噛み付き攻撃】を放つ。初撃を外すと次も当たらない。
SPD   :    血の盟約
【主人である吸血鬼に自らの血を捧げる】事で【黒き祝福を受けた決戦モード】に変身し、スピードと反応速度が爆発的に増大する。ただし、解除するまで毎秒寿命を削る。
WIZ   :    落とし子への祝福
【邪悪な黒き光】が命中した対象を高速治療するが、自身は疲労する。更に疲労すれば、複数同時の高速治療も可能。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 扉を開けると、グリモア猟兵の情報通り、そこは牢屋が並んでいた。だが牢屋の中に囚われ人はおらず、猟兵たちはそのまま先の扉を目指す。
 扉の向こうからは、物音が聞こえる。事前に話に聞いていた、ダンピールの少女たちが掃除を行っているのだろう。
 猟兵たちは、意を決して遊戯場へと繋がる扉を開ける。

「――!」

 扉の先の広い空間は、高い壁で囲むようにして作られており、そしてその空間にいるのは――自分が大切だと思っている相手だった。

 ああ、なぜだろう。
 大切な、大切だと思っている相手が、こちらへと牙を向いて――……。


 ****************************

※マスターコメントへの記載を忘れてしまいましたが、プレイング受付は10/15(火)8:31からです。

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ルフトゥ・カメリア
大事な奴なんてどうせ皆死んで、……あ?

見えたのは予想もしない、同い年程の少女
琥珀の瞳に自分と同じ薄藤の髪
自分の唯一、何処かで生きていると信じている大切な双子の妹の成長した姿
辛うじて薄ぼんやりと記憶にある妹は幼児でしかないのに
記憶にある筈もないのに確かに知っている、愛しくて堪らない見知らぬ誰か

はく、と唇が動く
名前も分からない
自分の本名すら分からないのに呼べるはずがない
ただ瞬間的に呆けたのは確かだった
思い出せと、頭が、胸が、痛い

痛む頭に手を当てた瞬間、少女から向けられる攻撃
思わず止めようとしたのは、

……馬鹿じゃねぇの、

傷口から溢れ出る炎
瑠璃唐草の炎に巻かれた少女を見る瞳は、痛みを堪えるそれだった


アウレリア・ウィスタリア
ボクの瞳に写るその姿
ボクには見覚えのない背中
けれど私には知っていると感じさせるその背中……
私と同じ髪色で私より頭1つ分は大きな青年

あぁ……私が忘れていて
そして思い出したあの背中だ
私の片割れ
本当の家族
きっとそうだ
生きているのなら、彼はこんな姿になっているのでしょう

私は私の片割れを殺せる?
いえ、私にはできない
だからボクがやろう
私を苦しめるものはボクが滅ぼす
前に進むため
そうすると決めたのだから

【蒼く凍てつく復讐の火焔】
鞭剣に蒼炎を纏わせ容赦なく斬りつけます
ボクも私も、まだ片割れの行方を知らない
これは幻影だと言い切れる

それでも心に残るこの凝りはなんでしょう?
ボク、私は……誰と戦って……?

アドリブ歓迎



 遊戯場内に佇む『その人』の背中。その背中を視界に収めた時にいだいた不思議な感覚を、アウレリア・ウィスタリア(憂愛ラピス・ラズリ・f00068)はうまく言葉にすることが出来ない。
「……、……?」
 遠い遠い記憶。奥の奥の奥のもっと奥。アウレリア自身さえそれを引き出せぬ場所が。
 心の裡の裡の裡。大切な大切な大切な場所。無意識に大切なモノの欠片をしまい込んでいる場所が。
 ――ざわざわする。その背中に見覚えなんて、ないはずなのに。
 気づいて欲しいと、思い出して欲しいと、自分の中の名状しがたい『何か』が訴えている。

 自分と同じ、藤色の髪。
 顔が見えぬから、瞳の色まではわからぬけれど。
 背丈ばかりは自分より頭一つ分は大きい青年の、背中だ。
「ああ――……」
 吐息とともに声が漏れた。心にストンと、答えが落ちた。
(「あれは私が忘れていて、そして思い出したあの背中だ」)
 目の前の、青年の姿――それはアウレリアの片割れ。本当の、家族。
(「生きているのなら、彼はこんな姿になっているのでしょう」)
 あの時、桜吹雪の中で思い出した幸福色の記憶。その中でアウレリアの手を取った、同じ髪色を持つ同じ背丈の少年。
 ようやく取り戻した記憶にあるその姿が、自分と同じく歳月を重ねたのならば、きっと――……。

 嗚呼、目の前の『彼』が鉈を手にとって、ゆっくりと振り向こうとしている。
(「私は私の片割れを殺せる?」)
 その自問への答えは明らかだ。
(「いえ、私にはできない。だからボクがやろう」)
 呼び出すのは蒼の炎。50を超えるその炎は、絶対零度の凍てつく焔。
(「私を苦しめるものはボクが滅ぼす」)
 前に進むため、そうすると決めたのだから。
 すべての記憶を思い出したわけではない。けれども生きる目的を得たアウレリアは、歩みを止めることを選ばない。
 前へ進むことが、真実を、運命を引き寄せると信じているから。
(「ボクも私も、まだ片割れの行方を知らない」)
 だから、この目の前の青年は、幻影だと断言できる。
 喚び出した焔を『ソード・グレイプニル』へと纏わせたアウレリアは、床を蹴り、ふた色の翼で青年との距離を詰める。
 青年が振り向く前に鞭剣がその姿を切り裂き、動きを阻害するよう絡め取る。容赦なく放たれるその攻撃が傷を増やすたびに、その傷口を凍てつく焔が苛んでゆく。

 醜い悲鳴が上がる――それは、女性の甲高い声だった。

 ずるり、鞭剣が捕らえていた対象が床へと伏し、そして灰となって崩れ行く。
 幻影は消えた。それでもアウレリアの心には、凝りのようなものが残っている。

「ボク、私は……誰と戦って……?」

 呆然と呟いた自身の視界の端に、自分のものではない藤色がちらついた。

 * * *

 遊戯場の中にいる敵が大切なモノの姿に見えると、グリモア猟兵は言っていた。だが。
「大事な奴なんてどうせ皆死んで、……あ?」
 ルフトゥ・カメリア(月哭カルヴァリー・f12649)の大切な相手は、皆、もうこの世にいない。だとすれば、見えてもそれが幻影であると、見破ることは出来るだろう。
 しかしルフトゥの瞳に映ったのは――ひとりの少女の姿だった。話にあったダンピールの少女の姿が見えているわけではない。
 だって。
 目の前の彼女は自分と同じ藤色の髪を持っていて。
 その瞳は、自分の唯一である双子の妹と同じ、琥珀色だったから。
 辛うじて、薄ぼんやりと記憶にある妹の姿は幼児のものなのに。
 不思議と、目の前にある彼女は、今の自分と同じくらいの年頃へと成長した姿だった。
 当然、記憶にあるはずもない。なのに、確かに知っていると心がざわめく。
 絶対に何処かで生きていると、信じてきた。確かに大切な存在だ。
 けれどもなぜ、記憶に残っている幼児の姿でないのだろうか。
 その理由なんて分かるはずがない。ただ、本能が訴えている。
 目の前の見知らぬ誰かが、愛しくて愛しくて堪らない、と。

「……はく……」

 動いた唇は、何を紡ごうとしていたのだろうか。
 彼女の、妹の名前もわからない。
 自分の本名すらわからないのだ。それなのに呼べるはずなんてないだろう。
「っ――……」
 その姿を目にして、瞬間的に呆けた――それだけは事実。
 頭の中、胸の奥が、痛い。思い出せ、思い出せと追い立てるように響く痛み。
 嗚呼、痛む頭に触れた指先が、冷たい。

「――!!」

 目の前の彼女が、何かをこちらへと放った。それが赤い矢であると認識するより早く、ルフトゥは――否、ルフトゥの体内に宿る炎が反射的に溢れ出し。

「……馬鹿じゃねぇの、」

 呟きの続きは紡がれない。
 彼の傷口から溢れ出した瑠璃唐草の色をしたそれは、地獄の炎。
 彼女は炎に巻かれ、苦悶の表情を浮かべて叫ぶ。
「……、……」
 口を固く引き結んで彼女を見つめるルフトゥの赤椿は、痛みを堪える苦痛の色を宿していた。

 やがて灰となって崩れた彼女の身体。
 それを見下ろす視界の端にちらつく藤色は、自分のものだろうか?

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

誘名・櫻宵
🌸櫻と人魚
アドリブ歓迎

リル?リルのこと攻撃してなんか…
あたしが見えてるのね
切に紡がれる人魚の言葉に瞳を伏せる

愛しい人魚がどこかに泳いで行ってしまうその前に
殺(愛)して食べてしまえたらと求む私は、確かにいるわ
そうすればあなたは私だけのもの
…私を裏切り去ろうとした、過去の女を殺してそうしたように
でももうそんな悪龍はいらないわ
そんな悪龍に堕ちたくないの
楽しげに歌い笑うリルの隣で穏やかに咲いていたいの
…そう願ってるのよ

リル
あんなのとあたしを間違うなんて傷つくわ
後ろから人魚に目隠しを
破魔込めた桜翼をはためいて「哭華」でなぎ払い斬り裂くわ
リルを惑わせないで
あたしの姿でやめて頂戴
リルに暴力する趣味はないの


リル・ルリ
🐟櫻と人魚
アドリブ歓迎

櫻。櫻宵
ねえ、櫻、何で僕を攻撃するの?
僕が嫌いになった?それとも、僕を殺したくなった?
この首は、君にあげると決めているけど――待って
殺して食べるのはもう少し、堪えてよ
もう少しだけでいい
君のそばにいたいんだ
そばで歌わせて――
櫻の笑顔を、見ていたいんだ

君の刃を水泡のオーラ防御でいなして泳ぎ避けて言葉投げかける

目隠し、後ろからの声音にハッとする
櫻宵……嗚呼、君だ
ごめんね、ごめん
そんなつもりじゃ
偽物を追い払う
けど君を傷つけるなんてできないから、このまま目隠ししていて

僕の櫻を、彼の想いを穢させない
歌唱に宿る怒り
惑わした敵と惑わされた自分への
歌うのは「氷楔の歌」
凍らせ砕いてしまえ!



 扉の先に見えたものは――。
「……櫻。櫻宵……」
 扉を潜った時はすぐ傍にいたはずの、愛しい櫻が何故か目の前にいる。
 白珠(しらたま)の人魚――リル・ルリ(想愛アクアリウム・f10762)は、目の前で花を咲かせる大切な唯一の名を紡いだ。
 けれどもその声は、喜色にも愛色にも染まってはおらず。怯えと戸惑いが色濃く見える。
 だって。
 彼の。
 血染めの太刀が。
「ねえ、櫻、何で……」
 咄嗟に張ったオーラが幾分か、刃の勢いを殺してくれたけれど。
 ひらり……斬りつけられた部分、白絹の衣が剥がれ落ちそうになる。
「……僕を攻撃するの?」
 戸惑いばかりの天色(あまいろ)の瞳。白珠の君はひらりと游ぎ、刃を避けるように遊戯場の中へ中へと。

「リル?」
 先に扉を潜った人魚姫の言葉に、誘名・櫻宵(屠櫻・f02768)は驚きを隠せなかった。
「リルのこと攻撃してなんか……」
 そう、桜花纏う千年桜の君は、白珠の君を攻撃してなどいない。第一、半歩後ろにいたのだから、彼の前に回り込んで攻撃をするなんて――。
「……あたしが見えてるのね……」
 彼が游いだことで遊戯場内の様子が見て取れる。櫻宵の瞳には、長い髪を揺らしながらリルを追う少女の姿が映っていた。
 グリモア猟兵の言葉を思い出す――嗚呼彼の瞳には、目の前のダンピールの少女が、大切なヒトに見えているのだ。
 それが自分であったことを喜ぶべきか。否、切々と訴えかけるように紡がれる白珠の人魚の言葉は、櫻宵の心を強く強く締め付けた。

「僕が嫌いになった? それとも、僕を殺したくなった?」
 振り下ろされる刃をするりと游いで避け、時には避けきれずに白絹の衣が破れる。それでもリルは、目の前の千年桜の君を見つめ、言葉を紡ぐ。
「この首は、君にあげると決めているけど――待って」
 いつか下したその決断が、揺らいだわけではない。ただ、ただ――まだ足りないのだ。
「殺して食べるのはもう少し、堪えてよ」
 だってだってだって、こんなにもこんなにも君を愛して――君への愛で溺れているのだから。
「もう少しだけでいい、君のそばにいたいんだ」
 多くは願わない。『水槽』から出られたこと、君へと思いが通じたこと、それだけで、人生の幸運を使い尽くしてしまった気さえするのだから。
 でも、でも。
 あと少し、あと少しだけでいい。
 我儘な希(ねが)いかもしれないけれど。
「そばで歌わせて――櫻の笑顔を、見ていたいんだ」
 今にも天色の瞳から、雫が結晶となって零れ落ちそうだった。

 嗚呼、痛い痛い痛い痛い痛い――リルの真っ直ぐな言葉が、真っ直ぐな想いが櫻宵の頭の先から爪先までを包み込み、締め付ける。
(「愛しい人魚がどこかに泳いで行ってしまうその前に」)
 けれどもそれは、彼の純粋な想いが齎した痛みではない。
(「殺(愛)して食べてしまえたらと求む私は、確かにいるわ」)
 むしろ彼の心に反応した櫻宵自身の裡が、その痛みを発している。

(「そうすればあなたは私だけのもの……私を裏切り去ろうとした、過去の女を殺してそうしたように」)

 事実、白珠の君が紡ぐように、彼を自身の唯一に――否、自身を彼の唯一へと。自身だけのものにして他の誰にも見せない聞かせない触れさせない――そうしたいと望む心はある。
 そうする最後のすべを行使したいと望む自分がいるのを、櫻宵は自覚している。
 けれども、けれども。
(「もう、そんな悪龍はいらないわ。そんな悪龍に堕ちたくないの」)
 自身の腕で自身の体をぎゅっと抱いて、櫻宵はゆっくりと首を振った。次に游ぐ人魚を見つめた瞳は、宿した感情で灰桜色に見えた。
「楽しげに歌い笑うリルの隣で、穏やかに咲いていたいの……そう願ってるのよ」
 妖艶さの消えぬその瞳を細め、櫻宵は早足で遊戯場内を進み行く。彼が目指すはもちろん、白珠の人魚の元。

「リル。あんなのとあたしを間違うなんて、傷つくわ」

 必死に游ぎまわっている人魚の背後。櫻宵は白磁の腕を伸ばし、桜色の指先を游がせて、人魚の目を隠す。
「っ……!?」
 リルの身体がびくりと跳ねるのが、直に伝わってきた。
「櫻宵……嗚呼、君だ……」
 目を隠し、甘い毒から護ってくれる櫻の枝の間から、はらりはらりとこぼれ落ちる雫。
「ごめんね、ごめん……そんなつもりじゃ……」
 本意ではないとはいえ、自分の犯してしまった過ちに。
 その甘い毒から解き放ってくれた彼の温もりに。
 今にも力が抜けてしまいそうだ。
 けれども、それではいけない。リルは心奮い立たせて。
「偽物を追い払うよ。けど君を傷つけるなんてできないから、このまま目隠ししていて」
「ええ、もちろんよ――リルが望むのならば」
 耳元で、春色の声を紡ぐ。その声に、揃いの耳飾りが揺れた。
 櫻宵を狙い、もう一体ダンピールの少女が接近してきているが、連携などさせはしない。これ以上、共に傷つくことなど――。

「僕の櫻を、彼の想いを穢させない」

 リルの声に宿るのは、いつもの穏やかな彼からは想像できないほどの怒り。
 それは大切な千年桜の君の姿を模して惑わした敵と、惑わされてしまった自分への、怒りと戒め。

「リルを惑わせないで」

 破魔の力を宿した桜の翼は淡く光を宿し。

「あたしの姿でやめて頂戴」

 はためかせれば、桜吹雪が敵たちを飲み込む。

「リルに暴力する趣味はないの」

 雅やかな桜吹雪は、見た目とは裏腹に高い殺傷力を持ち。
 櫻宵の心を表すかのように、激しく鋭く少女たちを切り裂いてゆく。

「凍てつく吐息に君を重ねて 氷の指先で爪弾いて 踊れ 躍れ 氷華絢爛――君の熱 全て喰らい尽くすまで」

 桜吹雪に重なるように紡がれた、玲瓏なる歌声。けれどもそれは、ただ妙妙たるだけにあらず。
 凛と響き渡るその音色は、激しく熱を奪い、凍てつかせるほどに冷たい怒りを宿していた。

「凍らせ砕いてしまえ!」

 桜の花弁が歌声で凍てつき、更に鋭さを増して。
 彼女たちの悲鳴はすべて、歌声に勝ることはない。
 嗚呼、花弁が落ちた場所には、僅かに灰が残っているだけだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

マリス・ステラ
【桜星】

「主よ、憐れみたまえ」

『祈り』を捧げると星辰の片目に光が灯る
全身から放つ光の『存在感』で敵を『おびき寄せ』る

「咲夜、援護は任せます」

六禁を持って前に
咲夜への攻撃は『かばう』

現れた敵の姿は、友人や猟兵の同志達

「本物の彼らであれば、私は疾うに倒されていたでしょう」

敵の中に円月──咲夜の弟もいる

「もし本人であったとしても──」

【光をもたらす者】を使用

蝶の姿をした星霊達が広がり光線を『一斉発射』
星の『属性攻撃』は弧を描いて流星のように

「咲夜、あなたにも見えたのではありませんか?」

咲夜の反応が少しおかしくて微笑む

そして私は思う
彼ならば、

「それでいい」

当然のように首肯するだろうと
進みましょう、咲夜


東雲・咲夜
【桜星】
マリスちゃんが信じて預けてくれはる背中
護りたくて、ちからになりたくて
《神籠》を開き振るえば吹き荒ぶ花嵐が
彼女の隙へと寄せ付けず

せやけど、視界の端に捉えた存在
此処に居る筈あらへんうちの『大切なひと』
燈華くん…!

マリスちゃんの問い掛けには視線を泳がせて
…うちにとって、素直な欲望をぶつけられるんは弟のえっくんやけど
一緒にいて元気になれるんは燈華くん
彼はうちの安らぎの燈火

桜吹雪の障壁で攻撃を防ぎつつ
頭では理解しとっても
見慣れた面影にいざ攻めの手が緩んでしまう
それでも…マリスちゃんの放つ燦めきが
うちを導いてくれるから

伴に天へ昇る月光の如く
たんと霊力を籠めた一矢を引き絞って
ええ…幻影ごと貫いて…!



「主よ、憐れみたまえ」
 祈りを捧げたマリス・ステラ(星を宿す者・f03202)の片方の瞳――星辰の形で現れた聖痕に光が灯った。
 彼女が全身から放つそれは、彼女の存在を知らしめるに余りある光。
 遊戯場の中へ入れば、敵の気配はすぐに感じ取れた。
「前へ出ます」
 マリスは『六禁』を手に、傍らに立つ東雲・咲夜(詠沫の桜巫女・f00865)へと告げる。
「咲夜、援護は任せます」
「任せてな、マリスちゃん」
 前へと進み出た彼女の背中。やや咲夜より背の高い彼女。その身体は力を込めれば折れてしまいそうな、咲夜とそう変わらない、一般的な女性のそれのように見えるけれど。
 女性の美しさを集約したような彼女は、光を纏っていて。その光は意志の強さ、祈りの強さを体現したかのような心強さがある。
(「マリスちゃんはうちを信じて背中を預けてくれはったんや」)
 それがわかっているからこそ、その信頼に応えたくて、彼女を護りたくて、彼女の力になりたくて。思いばかりが溢れてしまいそう。
 咲夜は手にした『神籠』を開き、想いを乗せて振るう。紫から青へのグラデーションに染まる扇は、淡い色の花弁を喚び、花嵐を作りてマリスを護るように後方から包み込んだ。
 その嵐の勢いは、咲夜の想い。
 溢れそうだったそれを、嵐が吹き荒ぶ力へと加えた。
 敵が複数体、マリスへと向かってゆく。
 行かせない――そう思った咲夜は。

「――っ!?」

 視界の端に捉えた『青』に、意識を持っていかれた。
(「此処に居る筈あらへん……」)
 それはわかっているのに。わかっているのに。
 しっかり瞳で捉えても、そこにいるのは『彼』――咲夜の『大切なひと』だった。

「燈華くん……!」

 思わずその名を呼んだ。
 嗚呼、花嵐の勢いが、弱まっていく。

 * * *

 マリスへと向かってくる敵たちは、それぞれ見知った顔をしていた。彼らの愛用する獲物を手に、彼らの容貌で迫りくる。
 それは友人や、同士である猟兵たち――けれども、マリスは微塵も揺らがない。
 だって。

「本物の彼らであれば、私は疾うに倒されていたでしょう」

 そう、彼らの強さを、マリスは識っている。認めている。だから。
 その中に、咲夜の弟の姿が見えたとしても。

「もし本人であったとしても──」

 マリスが喚び出したのは、蝶の姿をとった多くの星霊たち。一等星たるマリスの周囲に広がる彼らが、一斉に光線を放った。
 弧を描いて流星のように降り注ぐ光は、幾条も降り注いで彼らを貫いて。
 痛みに膝をつく彼らは互いの傷を癒そうとするけれど、次から次へと降り注ぐ光条に対しては焼け石に水だ。

「咲夜、あなたにも見えたのではありませんか?」
「えっ……」

 振り向かずに紡がれたマリスの言葉に、咲夜は我に返った。そして自身の見たものを口にするのは恥ずかしくて、思わず視線を泳がせる。
(「……うちにとって、素直な欲望をぶつけられるんは弟のえっくんやけど」)
 咲夜に見えたのは、弟の姿ではなかった。その意味は、咲夜自身が一番良く知っている。
(「一緒にいて元気になれるんは燈華くん。……彼はうちの安らぎの燈火」)
 彼のことを想うだけで胸が暖かくなるのは、彼のともしびが咲夜の心に宿っているから。
 ああ、でもそんな彼が、険しい表情でこちらを攻撃してくる。咄嗟に桜吹雪を障壁として防いだけれど。
 これは偽物だと、幻影を纏った敵なのだと頭では理解している。
 でも、見慣れた面影に対していざ攻めようとしても、無意識に手が緩んでしまっていた。
「大丈夫ですよ、咲夜」
 咲夜が視線を泳がせたことに、目の前の敵への攻撃が精彩を欠いていることにマリスは気がついていて。そっと微笑みを向ける。
 そして再び敵へと視線を向けたマリスと星霊たちが、光を放つ。
「マリスちゃん……」
 その燦めきは、まるで咲夜を導いてくれているかのよう。
 だから。咲夜も覚悟を決めた。不思議とそれまで揺れていたものが、ぴたりと止まったように感る。
「伴に天へ昇る月光の如く……」
 その手に顕現させたのは、月光の輝きを集約したが如き弓矢。番えるのは、たんと霊力をこめた光の矢。
 狙いをつけて引き絞り――。

「ええ……幻影ごと貫いて……!」

 放たれた矢は光の軌跡を生んで、そして。

 * * *

 遊戯場の床に、灰が積もっている。
(「もし、本人であったとしても」)
 マリスは思うのだ。彼ならば――。

 ――それでいい。

 当然のようにマリスの行いを、首肯するだろうと。

「進みましょう、咲夜」
「そうやなあ。行こか」

 ふたりは視線を合わせて、頷きあった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

セシル・エアハート
◎どうして?
もう二度と会えないはずなのに。
どうして、こんな所に…?
…ルイン 。大切な、俺の弟。

あの日、お前は俺の目の前で殺された。
なのにどうして、あの日と変わらない笑顔のままでいるの…?
もしかして俺に会いたくてここに…?


いや、そんなはずない。
目の前にいるのは大好きだった弟じゃない。
オブリビオン、俺達の倒すべき敵だ。
…ごめんね、ルイン。
兄さんはまだそっちには行けないんだ。
やらなきゃいけない事が、たくさんあるから。
…だから、しばらくの間待っていて。



 きらきら、きらきらと、遊戯場の明かりに照らされて。セシル・エアハート(深海に輝く青の鉱石・f03236)の肌に構成(やど)る深い青が光を生んだ。
「……どうして?」
 その震える声は、目の前の人物に届いただろうか。思っていたよりも掠れている自分の声に驚く余裕などない。
 だって。
(「もう、二度と会えないはずなのに」)
 セシル自身がそれを、一番良く知っているのだから。
 けれども今、目の前にいるのは。
「どうして、こんな所に……?」
 彼自身とよく似た少年。セシルには少年の面影があり、少年が歳を重ねればセシルとよく似た青年に成長するだろうとわかる。

「……ルイン」

 震える唇で紡いだ名は、大切な、大切な弟のもの。
 その名の音を合図とするように、セシルの頭の中に記憶が溢れ出す――……。

 幸せな記憶、幸せな記憶、幸せな記憶――公爵家に生まれ、何不自由なく育てられた。
 この幸せがいつか壊れるなんて、十(とお)の子どもに予測できただろうか?
 突然瓦解した――瓦解された幸せな日々。両親と、兄弟と、使用人たちと、笑って暮らしていたあの家は、10歳のルインにとっては世界の半分以上を占めていた。
 突然目の前が、未来が、明日が、塗りつぶされたのだ。

 それは、静かにやってきた。
 足音を立てず、気配も抑えて、そして、声を上げる暇(いとま)さえ与えずに、一撃で使用人たちの命を奪い。
 彼らはこの家の主から、その奥方から、そして子どもから――命(みらい)を奪い取ったのだ。
 10歳の子どもにその光景は、その事実は衝撃的すぎて。理解が追いつかぬセシルのブルーサファイアの瞳には、曇りが広がった。
 両親も、兄弟も、使用人も殺されたというのに。
 あの家の中から、セシルだけが連れ去られたのだ。

「あの日、お前は俺の目の前で殺された」

 生気を失う前の一瞬、弟の瞳が恐怖に染まったのが忘れられない。

「なのにどうして、あの日と変わらない笑顔のままでいるの……?」

 足音のない絶望が訪れる直前まで、ともに笑い合っていたその顔で。

「もしかして俺に会いたくてここに……?」

 それは、裏を返せばセシル自身が弟に会いたい、そう願ったということ。
 揺れる青で弟を見つめるセシル。だが、少年のまま時を止めた弟は、斧を引きずってセシルへ向かって来た。
 言葉を紡がず、あの日の笑顔のままで。

(「いや、そんなはずない」)
 徐々に近づいてくる弟の姿を見つめたまま、セシルは自分に言い聞かせるように。
(「目の前にいるのは大好きだった弟じゃない」)
 そうでもしなければ、このままその斧を、身体で受けてしまいそうだったから。
(「これはオブリビオン、俺達の倒すべき敵だ」)

「……ごめんね、ルイン」

 セシルの足元から、背後から舞い上がった色とりどりの薔薇の花びらが、目の前の少年を包み込む。
「兄さんはまだそっちには行けないんだ」
 身の丈に合わぬ斧を振り上げる弟――それが真に弟ではないと、わかっているけれど。
「やらなきゃいけない事が、たくさんあるから」
 花びらに巻かれながらもセシルへと斧を振り上げるルインに。
 シルバーバングルを嵌めた手を、向けた。

「……だから、しばらくの間待っていて」

 弟の姿が崩れ落ちてゆく。
 床に降り積もる灰を、しばらくの間、セシルはじっと見つめていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

氷雫森・レイン

(敵の見目は命の恩人かつ今の飼い主たる羅刹の乙女)
生き物は皆自分が生き残る為の術を備え持つ
但し今を生きる存在でないオブリビオン如きがそれを持つのは業腹だわ
けれど魔法や念動力では太刀打ちし難い大太刀を振るわれるのを見切って躱す度、長く鋭い黒曜石の爪を見る度、岩が侵食される様におかしな考えが頭に忍び寄る
強い貴女、私の導きなど無用な貴女
「貴女に私は要らない…」
だからいつも敵にそうするように首を求めようというの
考えが狂うほど少しずつ避け損ねて傷を負ってゆく
そこで思い出した
本物相手ならこんな手傷は有り得ない
秒で首を落とされた筈、それに
「…そうね、貴女は強くて美しいものの首が欲しい人だわ」
UCは涙と共に



 ひらりひらりと雨色(あまいろ)の翅で羽ばたいて、氷雫森・レイン(雨垂れ雫の氷王冠・f10073)は遊戯場の空気を吸い込んだ。
 目の前に見える敵の姿に動じることはない。確かにそれは、レインの大切な人の姿ではあるけれど。
(「生き物は皆、自分が生き残る為の術を備え持つもの」)
 自身の姿を敵対する者の『大切な相手』の姿に見せる――それもまた、本来の敵であるダンピールの少女達の自衛手段なのかもしれないと、ふと思った。
 けれども。
(「但し、今を生きる存在でないオブリビオン如きがそれを持つのは、業腹だわ」)
 レインへと迫りくるのは、大太刀を手にした羅刹の少女。
 ひらりひらりと衣を靡かせるその所作は、蝶や花弁が舞うが如く。
「っ……」
 彼女の大太刀は、魔法や念動力では太刀打ちし難い。得物が大きければ大きいほど認めやすくなるその動作を見切って、レインは寸でのところで身を翻す。
 嗚呼、長く鋭い黒曜石の爪が空を切る。
 嗚呼、黒く染まりゆく刃が掠っていく。
 目の前の『彼女』が本人ではないと、本来の敵が纏う幻影だと、最初は理解していたはずなのに。

(「ああ……強い貴女」)

 ぎりぎりのところで躱すのが精一杯で。けれども躱して舞うたびに視界に入るその爪と角。
 じわじわと、じわじわと、岩が水にその身を削られ侵食されていくように、レインの思考は歪んでいった。
(「私の導きなど無用な貴女……」)
 彼女は強い。そんなこと、とうに知っている。
 自身の命の恩人であり、今の飼い主である彼女は、その咲き誇る花のような容貌に強さを兼ね備えていた。
 だから、だから、貴女は強い。だから。

「貴女に私は要らない……」

 ――だからいつも敵にそうするように、首を求めようというの?

 ああ、刃を避けきれなかった。
 ああ、肩口を爪で引っ掛けられた。
 レインが攻撃を避け損ねている原因は、疲労ではない。
 意識が、考えが、想いが――徐々に蝕まれ、絶望色へと染まっていく。
 それと比例するように、レインは少しずつ傷を重ねられて――。

「――? ……!!」

 思考に靄がかかったかのような、ぼうっとしたそれが急に晴れた。
 そうだそうだそうだ。これは、『違う』。
 だって彼女は強いのだから。
 本物の彼女が相手だとしたら、レインがその太刀筋を見切ることなど、いたぶるように徐々に手傷を負わせられることなど、ありえない。
 それこそ、秒で首を落とされていたはずだ。
 それに――。

「……そうね、貴女は強くて美しいものの首が欲しい人だわ」

 呟きとともに目の前の彼女へと落ちるのは、轟雷と鋭利な雹。
 目の前の『彼女』が苦しみの声を上げ、膝をつく。
 そこに容赦なく落として落として落として――。

 だって、気がついてしまったのだもの。
 自分は彼女に首を狙われるほどの、資格(つよさ)を持たぬのだと。

 レインの深い色の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

手毬・トキ
あゝ、ようやっと御出でになったの
わたくし、ずうと待っていましたのよ
嬉し気に細めた眼には情念を

すらりと抜く籠釣瓶
囁く聲には莞爾と笑って

ええ、勿論
殺して好いわ!

逢いたかったの
殺したかったの
贋者だとて浸っていたいの
だって私云ったでしょう?
あの日私云いましたものね
愛しているから今宵貴方は殺さないと
愛しているから次は殺しますからねと
愛しいヒト 将来の約束をした
ようやっと此の乱刃を、貴方の紅で染められる
贋者だって構わないわ
貴方の其の眼が、私を見てくださるのなら

愛しいヒトなら艶然と笑って
姿が戻れば、もう興味も抱けない
愛しているからみんなみんな殺したけれど
貴方だけは殺せない
貴方だけは、未だ来てくださらない



「あゝ、ようやっと御出でになったの」
 遊戯場に足を踏み入れた手毬・トキ(人間の殺人鬼・f23145)は、目の前に現れたその敵の姿にすっと眼(まなこ)を細めた。
「わたくし、ずうと待っていましたのよ」
 嬉しげなその瞳に宿るものは、情念。
 嗚呼、嗚呼、嗚呼――抑えがたきそれを放つため、トキはすらりと『籠釣瓶』を抜いた。

 ――■シテ好いノ?

 紅刃の囁く聲。
 答えなど決まりきっていると、莞爾として笑うトキ。

「ええ、勿論。殺して好いわ!」

 ああ駆け出した乙女は、躊躇いなく鈍く光る太刀を振り下ろす。
「逢いたかったの! 殺したかったの!」
 振り下ろして振り上げて振り下ろして振り上げて振り下ろして――贋者だとて浸っていたいの、と。
「だって私云ったでしょう? あの日私云いましたものね」
 艶然と笑いながら太刀を振り下ろす少女の瞳は、その奥に狂気に似た色を宿している。
「愛しているから今宵貴方は殺さないと。愛しているから次は殺しますからねと」
 嗚呼、愛しいヒト。将来の約束をした貴方。
「ようやっと此の乱刃を、貴方の紅で染められる」
 紅潮した頬。それは愛しいヒトに出会えたから、だけではない。
 再会だけではモノ足りぬ。けれどこうして心(よっきゅう)を満たせるのならば。
「――贋者だって構わないわ。貴方の其の眼が、私を見てくださるのなら」

 ザシュッ、ザシュッ、ザシュッ……斬撃だけでなく、刺突も交えて。
 愛しい人の姿を纏った偽物とて抵抗を試みるが、トキのその笑みにそぐわない容赦なく畳み掛けるような攻撃に、まともに傷を与えられない。
 だがもし反撃で傷を負ったとしても、トキはその手を緩めることはないだろう。

「――……嗚呼……」

 トキの攻撃の手が止まった。馬乗りにしていた愛しい人の姿は、ダンピールの少女へと戻り。
 興味を失ったトキは、これまでの執着が嘘のように彼女の上からあっさりと退いて。
 その姿が灰になる様子すら、見ようとはしなかった。

(「愛しているからみんなみんな殺したけれど、貴方だけは殺せない」)

 こんなにもこんなにもこんなにも、愛して愛して愛して愛しているというのに。

(「貴方だけは、未だ来てくださらない。一体、いつになったら――」)

 その答えを知るモノは、この場にはいなかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

クトゥルティア・ドラグノフ
※アドリブ共闘大歓迎

この救いのない遊戯、なんとしても止めないと!

お父さんとお母さん。
私の目の前で死んだ愛しい二人がいる。
オブリビオンに生きたまま喰われて、悲鳴も上げれず死んだ二人が。

まあ偽物に決まってるよね。
真似る人を間違えたね。
本当にお父さんが生きてて敵対してるなら、戦闘開始の瞬間に私は死んでるだろうし、お母さんはそもそも戦闘能力が皆無。
つまり中途半端に戦闘力のある君たちじゃあ、私の大切な人を真似るのは絶望的に向いてないんだよ!

オブリビオン風情が私の家族を真似るなんて烏滸がましいんだよ!

煮えたぎる怒りの限り鋭槍月光を【投擲】。
鎖で繋がったら【怪力】で周辺を巻き込みつつぶん回し捩じ伏せてやる!


ナギ・ヌドゥー

大切な人なんてぼくにはいません……
昔々にはいたのかもしれないけど、今はそれを思い出す事も出来ない。
でもひょっとしたら、女領主に会えば消された記憶を見せてくれるのか……?

皆は大切な人が見えてるのか。
じゃあぼくも空気読んで苦しんでるフリしましょう。
UC「虚飾暗行」発動、催眠効果のある演技で敵を惑わします。
『や、やめてくれ……どうしてあなたが!?い、嫌だ許して下さい……』
等と泣きながら許しを請い、油断させる。
『うああああぁあああ!来るなあああああああ!』
と、背を見せ地を這い、安易な攻撃を誘う。
なるべく引きつけた所でスパっと【暗殺】。

――この瞬間だけはこの空っぽの心が満たされる……至福の時間だ



「……、……」
 遊戯場へと足を踏み入れる。先に接敵した他の猟兵たちの声や戦闘音が、ちらほらと耳に届く。
「……、……」
 注意深くあたりを見回したナギ・ヌドゥー(殺戮遊戯・f21507)は、ふたつの意味で得心がいった。
 他の猟兵たちの様子が敵を前にしているにしてはおかしいのは、恐らくグリモア猟兵の言っていたアレが原因だろう。
(「皆は、大切な人が見えているのか」)
 躊躇う者、言の葉を紡ぐ者、明らかな動揺を見せる者――では、ナギは?
「大切な人なんて……」
 呟きはすぐに床へと落ちた。そんなもの、今のナギにはいない。
 幼少の砌に強制的に改造された肉体。その副作用なのか代償なのか、改造当時の、それ以前の記憶は消されているようで。今のナギにはつゆほども思い出すことができなかった。
 昔々――非道な改造を受ける前は、自分にも大切な人がいたのかもしれないけれど。それすらも、わからない。
 そもそも大切な人がいるという感覚すら、よくわからないのだから――。
(「でもひょっとしたら、女領主に会えば消された記憶を見せてくれるのか……?」)
 心に浮かんだのは、まずは疑問。次に淡い期待。裏切られたとしても、それほどダメージを受けぬほどの、淡い淡い期待。
 本気で期待することなんて、とっくの昔にやめてしまっていた。唯一期待するといえることがあるとすれば、目の前にした対象が本能を満たしてくれるかどうか――それくらい。
 だから、だから。
 ナギへと向かってくる敵の姿は、長い髪を靡かせた黒服の少女たちである。
 ダンピールの少女、そのままである。
 彼はしばし彼女たちの様子を、月をこごらせたような銀の瞳で見つめて。
 そして、突然『ソレ』を始めた。

「や、やめてくれ……どうしてあなたが!?」

 瞠目し、手を、身体を震わせて。怯えと驚きとを混ぜ返した瞳で少女たちを見つめる。
 ――けれども見えているのは、真に少女たちの姿だ。
 膝を付き、掠れた声で、適当に思い浮かんだ名を呼ぶ。
 ――けれども見えているのは、真に少女たちの姿だ。

「い、嫌だ……ゆる、許してください許してください許してください!」

 半狂乱に許しを請い、涙を流して手を祈りの形に組む。
 ――けれども見えているのは、真に少女たちの姿だ。

 ニヤリ、少女たちの口元が、笑みを形作った。
 
  * * *

(「この救いのない遊戯、なんとしても止めないと!」)
 グリモア猟兵の話を聞いた時にすでにそう、強く決めていた。クトゥルティア・ドラグノフ(無垢なる月光・f14438)の正義感の強さや守ることへの強いこだわりは、父親の影響を受けたものである。
 その父親が、遊戯場の中に立っている。
 その隣には、母親が寄り添っていた。
(「お父さんとお母さん」)
 しかし両親の姿を見ても、クトゥルティアは、クトゥルティアの心は微塵も揺れ動かない。
 クトゥルティア自身が受け継いだ父の愛用の品を、こちらへ殺意を向けて近づいてくる『父』も身につけているけれど。
 彼と連携するようにして距離を詰めてくる『母』の纏う衣服は、クトゥルティアが一番良く覚えているそれではあるけれど。

 こちらへ向かってくるふたりは、確かにクトゥルティアにとって大切な人たち。彼女の目の前で死んだ、愛しいふたり。
 オブリビオンに生きたまま喰われて、悲鳴を上げることすら許されぬ最期を迎えたふたり。

 でも。
(「まあ、偽物に決まってるよね」)
 ひとつ息をついて、クトゥルティアは『鋭槍の指輪』を意識する。
「真似る人を間違えたね」
 形相を変えて迫りくるふたりに、彼女はその場を動くことも防御態勢を取ることもせずに言葉を投げた。
「本当にお父さんが生きてて敵対してるなら、戦闘開始の瞬間に私は死んでるだろうし、お母さんはそもそも戦闘能力が皆無」
 英雄と呼ばれた父ならば、クトゥルティアを敵と認識した瞬間にその命を刈り取っているだろう。
 そして戦闘力を持たぬ母ならば、武器を手にこちらへ向かってこようとするなどありえない。それこそ、父がさせぬだろう。
「つまり中途半端に戦闘力のある君たちじゃあ、私の大切な人を真似るのは絶望的に向いてないんだよ!」
 両親の皮を被った敵たちが、その武器でクトゥルティアを狙う。
 けれどもまだ、クトゥルティアは動かない。
 しかれども敵の攻撃が、彼女に襲いかかるより早く。

「オブリビオン風情が私の家族を真似るなんて烏滸がましいんだよ!」

 無詠唱で喚び出されたサイキックオーラの槍が、煮えたぎるほどの怒りを孕んで投擲された。
 避けようとするいとますら与えられなかった敵たちは爆発に巻き込まれて吹き飛んでいき。
 爆炎が消えて床から立ち上がろうとする彼らは強制的に体勢を変えられる。
 その身体はサイキックエナジー製の茨の鎖で繋がれており、鎖の元はクトゥルティアの手の中。

「後悔する間すら与えないよ!!」

 人並み外れた力で鎖を、その先に絡め取られている『両親を演じていた者たち』をぶんぶんと振り回し。
 その粗末な擬態への駄賃だとばかりに全力で――叩きつけた。
 
 * * *

 粗末な演者たちの姿が灰へと変わりはじめると、鎖から手応えを感じることはできなくなった。
 もう目の前の敵たちは消えるのみだろう、そう判断したクトゥルティアはあたりを見渡して。視界に捉えたのは、怯えた様子で少女たちの接近を許している一人の少年――。
「あぶなっ……」
 言葉紡ぐより早く、反射的に床を蹴って駆け出した。

「うああああぁあああ! 来るなあああああああ!」
 震える手を、力の入らない身体を、なんとか動かして――いるように見せながら、ナギは少女たちに背を向ける。そして床を這い、ちっとも前へと進んでいないのに必死に逃げようと藻掻く――という絶好の『得物』を演じてみせた。
 誰かが近づいてくる気配は察知している。けれども。
 黒き祝福のオーラを纏った少女たちの動きが、飛躍的に機敏になったから。
 揃って鉈を振り上げる気配――間合いとしては十分だ。
 くるり、それまで怯えてまともに動けなかった者の動きとは到底思えぬ滑らかさと素早さで、ナギは少女たちの急所を流れるように切り裂いて――。
 その演技と催眠効果で誘発した単調な攻撃。単調で安易なほど、隙を突きやすい。
 鉈を落とし、膝をついた少女たちが悲鳴もあげずにそのまま崩れ落ちた。

(「嗚呼、嗚呼――この瞬間だけはこの空っぽの心が満たされる……至福の時間だ」)

 悦び、快楽、本能と欲望を満たすそれに恍惚と口元を歪めるナギ。彼の反撃を見て足を止めたクトゥルティアは、ゆっくり彼へと歩み寄る。
「危ないかと思ったけど、杞憂だったみたいだね」
「ええ。ご心配おかけしましたか」
 彼女が差し出した手を素直に借りて、ナギはゆっくりと立ち上がった。

 遊戯場に舞う灰が、だいぶ多くなった気がする。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

リーヴァルディ・カーライル
…ん。晴久が掛けたこの呪法がある限り、
私の吸血衝動は彼にのみ向かうもの。
姿を模しただけの偽物に惑う気は無いわ。

…それでも、感情を抑えられないのは。
この私の手で、貴方を傷付けないといけないから…ね。

自身の恋人の芦屋晴久の姿が見えたら吸血鬼化してUCの発動を試みる
“魂の呪痕”による呪詛により自身の第六感へ干渉してUC停止
大切な人の存在感がある残像を見せる敵の精神攻撃を見切り、
常以上の気合いと殺気を以て、怪力の踏み込みから突撃
傷口を抉る呪力を溜めた大鎌をなぎ払うカウンターで仕留める

…この私の怒りに触れた以上、
お前も、お前の主の運命も決まっている。

安らかに眠れとは言わない。消えなさい、永遠に…。



 遊戯場の床に立つリーヴァルディ・カーライル(ダンピールの黒騎士・f01841)の視線の先にいるのは、大切な大切な恋人。
 けれどもそれが本物の彼でないことを、彼女は理解している。
 でも身体の裡が、本能が疼く――。
(「……ん。晴久が掛けたこの呪法がある限り、私の吸血衝動は彼にのみ向かうもの」)
 目の前にいる、姿を模しただけの偽物に惑う気などさらさらない。
(「……それでも、感情を抑えられないのは」)
 胸にそっと手を当てて、抑えきれぬその感情を思う。
 その理由を、リーヴァルディは知っている。
(「この私の手で、貴方を傷付けないといけないから……ね」)
 金色の髪に見慣れたサングラス。その彼が動き出すのと同時に、リーヴァルディは吸血鬼化を試みる。
 増大する吸血衝動を、『魂の呪痕』による呪詛を利用して抑えながら、自身の第六感へと干渉させた。
 彼女の吸血衝動は、恋人である彼だけへと向かうもの。
 それは呪縛であり、呪詛であり、そして愛の証だ。
 だからこそ、ただ彼の皮を被っただけの相手に吸血衝動を向けてしまうのは、不本意甚だしい。
 元々並外れた第六感を持つ彼女だ。少し干渉して刺激をしてやれば、歪ませられた自身の認識が蘇ってくる。

 もう、近づいてくる『ソレ』は、愛しい人には見えない。

 黒き祝福を纏った少女の動きが、素早さとキレを増した。それでも、リーヴァルディにとってはまだ遅い。

『やぁぁぁぁぁぁぁっ!!』

 接近してきた少女は床を蹴り、跳ぶことで最後の詰めを試みる――だが、着地とともに振り下ろされようとしていた鉈が、リーヴァルディに届くよりも早く。

「はっ!!」

 常以上の裂帛の気合と殺気をこめて、一歩踏み込んだ彼女は。
 大鎌――『過去を刻むもの』を薙ぎ払うように振るい――。

『がっ……』

 少女の脇腹へと大鎌の先端を突き刺し、更に大鎌に溜め込んだ傷口を抉る呪力を流し込んだ。

『あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?』

 深く脇腹に突き刺さった刃は、少女の身体が衝撃で吹き飛ばされたことで抜けた。だが、それは少女にとって僥倖ではない。
 遊戯場の壁に叩きつけられた少女の身体が、壁に寄りかかってずり落ちる。
 リーヴァルディは吹き飛んだ少女との距離を素早く詰め、痙攣しながらも起き上がろうとする少女へと鎌を向けた。

「……この私の怒りに触れた以上、お前も、お前の主の運命も決まっている」

 蹲って立ち上がれぬ少女。しかし手心を加える理由はない。
 だから。

「安らかに眠れとは言わない。消えなさい、永遠に……」

 リーヴァルディはその少女へと、鎌を振るった――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

黒鵺・瑞樹
アドリブ連携OK

一番大切な人はいた気もするけどもう心から削ぎ落した。
だから大事な人は今まであった人すべてすべて、同じぐらい大切な人。
そんな俺には何を見せてくれる?

俺は猟兵として生きると決めた。だからどんな姿であろうと敵対するのであれば、
殺す。

右手に胡、左手に黒鵺の二刀流。
【存在感】を消し【目立たない】様に死角に回り、可能な限り奇襲をかけ【マヒ攻撃】【暗殺】を乗せたUC野分で一撃離脱の攻撃。
手助けが必要そうならする。
敵の攻撃は【第六感】で感知、【見切り】で回避。回避しきれないものは黒鵺で【武器受け】して受け流し、【カウンター】を叩き込む。
それでも喰らうものは【激痛耐性】【オーラ防御】で耐える。



 一番大切な人――かつてはいた気がする。
 けれどももう、それも心から削ぎ落とした。
 だから、一番はいない。
 大切な人といわれれば、今まで会った人すべて、と答えよう。
 嘘偽り無く、同じくらい大切だと、思っているのだから。思っているはずなのだから。
 一番はもう、裡(こころ)にいないのだから。

「そんな俺には何を見せてくれる?」

 挑発的に――否、自身を揶揄するかのように呟いた黒鵺・瑞樹(界渡・f17491)へと向かってくるのは、一体の敵。
 その姿は。
 カシャ、カシャ、カシャ……映写機のフィルムのコマが一つ一つ進むかのように。
 シーンが次から次へと切り替わるかのように。
 シャッターを切るたびに、レンズが捉える光景が変化するかのように。
 ダンピールの少女という『スクリーン』に、今まで出会った人の姿が、次々と、順繰りに映し出されていった。
(「ああ、これじゃあ意味がないんじゃないか?」)
 大切な人の姿を見せる、それは動揺や油断を誘う意図が強いだろう。けれどもこうして瞬間的に見える姿が変われば、少なくとも瑞樹はそれを本物とは思わぬし、動揺も生まれない。
 人によっては次々といろいろな相手に見えることで、混乱を誘うことができるだろうけれど。
 ただ、ひとつ気になる事があるとすれば――次々と映し出される覚えのある姿の中に、濃い靄で形作られたような人物が時折挟み込まれていることだ。しかもその靄の人物が映し出されている時間は、他の人物のそれより長い気がする。
「……、……」
 もしかしたら、削ぎ落としたものの残滓だろうか?
 けれども。
(「俺は猟兵として生きると決めた」)
 右手に『胡』、左手に『黒鵺』の柄を握った瑞樹は。
(「だからどんな姿であろうと敵対するのであれば――殺す」)
 躊躇いも戸惑いも自覚することはなかった。
 己の気配を極限まで消して、物音を立てずに素早く敵の背後へと回り込む。両の手に宿す刃のみを信じて、瑞樹を見失った敵を斬りつけた。

『がぁっ……』

 背後から斬りつけられた敵がよろめく。その時にはすでに、彼は敵とは距離を取っていた。
 敵は瑞樹の姿を探し、身体に黒きオーラを纏ってゆく。再び瑞樹を視界に捉えた敵の動きは、先程までより格段に素早くなっていた。
 だが、鉈を握るその手が震えていて、しっかりとその柄を掴めていない。ならば見切るのは容易だ。
 それまで瑞樹がいた場所に振り下ろされた鉈が、そのまま敵の手からこぼれて床に突き刺さる。先程斬りつけた際に刃に乗せた麻痺の力が効いていたのだろう。
 敵の攻撃を見切って躱した瑞樹は、流れるようにそのまま、先程と同じくふたつの刃を振り下ろして――。

 映像が切り替わることをやめた時、そこには人型に降り積もった灰しか残っていなかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

三上・チモシー

そういえば、ダークセイヴァーって初めて来たなぁ(室内だからよくわからないけど)

敵の姿:緑髪の自分(真の姿と似ているが猫は連れていない)

あれは……前にUDCアースで見た…
えっ、何これどういうこと?
あれが自分の大切な人なの?

うーん、前みたいな不安な感じとか怖さは無いなぁ
偽物だからかな
それとも、知りたいって思うようになったからかな

敵に向かって突撃
血液の矢は【見切り】で避け、接近して『灰燼拳』を叩き込む
顔はやめておこう……気分的に

やっと知りたいって思えるようになったんだ
前に進む勇気をもらったんだ
だから、この程度で惑わされたりしないよ


――本当に知りたいの?
声が聞こえた



(「そういえば、ダークセイヴァーって初めて来たなぁ」)
 今は室内だからよくわからないけれど、遊戯場に付属している牢屋へと入る前にちらっとみた空は、暗く淀んでいた気がした。
 そんな事を考えながら遊戯場へと足を踏み入れた三上・チモシー(カラフル鉄瓶・f07057)は、自身を待っていたかのようにこちらを見つめているその存在を見て。
「あれは……前にUDCアースで見た……」
 思わず言葉が漏れた。
 あのひとを、自分は知っている。
 UDCアースの京都。不思議な現象が起こると噂になっていた料亭で視た、『選ばれなかった未来』の映像にいた『自分』だ。
 今のチモシーと顕著な違いを持つのは、その髪の色。チモシーと違い、目の前のそのひとの髪はすべて緑色だ。
(「えっ、何これどういうこと?」)
 湧いたのは混乱と疑問。
(「あれが自分の大切な人なの?」)
 当然のことだ。チモシー自身、あの人物の正体を知らぬし、大切だと思っている自覚もない。
 けれども不思議と、あの時に感じた不安や恐怖は感じない。あの時は最終的に、乱される余裕もないほど心が疲れ切ってしまったのに。
(「うーん、前みたいな不安な感じとか怖さは無いなぁ。偽物だからかな?」)
 敵が鮮血の矢を作り出す。鏃をしっかりとチモシーへと向けて。
(「それとも、知りたいって思うようになったからかな」)
 あの時見えたのは、目の前の人と、家にある写真より年をとった茶トラの猫。
 目の前の人物を大切な人だと思うということは、自分は――……。
 もしかして、と浮かんだ推測は、確たる裏付けのないもの。以前だったら、即座に打ち消してしまっただろう。
 けれども今は、知りたい――その思いが強く出る。
 飛来する矢に突撃するように駆け出すことでそれを避け、チモシーは自身によく似たその人物との間合いを詰めた。近くで見れは見るほど、やはり自分とそっくりで。あの時視たあの人の姿で。
 それでも目の前のこれの中身は、正しく敵である。だから。
(「顔はやめておこう……気分的に」)
 繰り出した拳は、顔を避けて。内臓に大きなダメージを与える位置へと、その凄まじい威力で叩き込んだ。
 だって自分にそっくりな顔を殴りつけるなんて、ぞっとしない。

『がっ……』

 身体を折った状態で衝撃により吹き飛ばされた敵は、遊戯場の壁にめり込む勢いで激突して。

「やっと知りたいって思えるようになったんだ」

 なぜ、自分の『選ばれなかった未来』の光景が、あの緑髪の人物と年をとった茶トラ猫の光景だったのか。

「前に進む勇気をもらったんだ」

 なぜ、ヤドリガミになる前の記憶を持たぬはずの自分が思い出した記憶が、『好奇心旺盛な小さな身体』のものであるはずのそれと、強く強く熱さを厭う記憶だったのか。
 茶トラの猫を抱いて鉄瓶で湯を沸かす姉妹の記憶。そしていつもいるはずの茶トラの猫がおらず、気落ちして、あるいは泣き続けている姉妹の記憶の中、聞こえてきたあの声。
 熱いと嘆いていた声。
 熱さに強いからだをあげると招く声。
 この記憶が、この思いが誰のものであるか。
 どちらかの声が、自分のものなのかもしれない――そんなふうに考えるようにもなっていた。
 あの時と比べて、確実に自分の心境は変わっている。
 もらった勇気を編み込んだ心は、真実を知ろうとしている。

「だから、この程度で惑わされたりしないよ」

 壁にめり込んでからずり落ちた敵は、動かない。
 指先から、足の先から、灰になっていく。

 ――本当に知りたいの?

 すべてが灰となるのを見届けようとしているチモシーの耳に、そう問いかける声が聞こえた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

城島・侑士

妻の名は花

妻がいる
今朝、玄関で俺を見送ってくれたそのままの姿で吸血鬼の屋敷にいる
穏やかな夜を思わせる黒曜石の瞳で微笑み
俺を安堵させる柔らかな声で
2人きりの時にしか呼ばない呼び方で俺を呼ぶ「ゆーくん」と

クローディアから事前に聞いて覚悟はしてたが
いざ目の前にいるのを見ると武器を持つ手が震えるし足がうまく動かない
あれは偽者で敵だと頭じゃわかっちゃいるが愛する女と同じ姿をしているものが傷つき血を流すのを見ると胸が苦しくなる
しっかりしろ!
花は戦えないし
こんなこと絶対しない

偽物が油断するその時までオーラ防御でひたすら耐久
反撃は隠し持っていた小刀で
急所を狙い一撃で終わらせる


…悪趣味過ぎるだろ
領主は必ず殺す



「ゆーくん」
 その声に、その呼び方に、目の前にいる彼女の姿に、遊戯場へと入った城島・侑士(怪談文士・f18993)の足は、地に縛り付けられた。

 妻だ。妻がいる。
 目の前にいるのは、確かに今朝、玄関で自分を見送ってくれた姿そのままの、彼女だ。
 柔らかな黒髪を持ち、穏やかな夜を思わせる黒曜石の瞳で微笑んでいる。
 いかなる時も侑士を安堵させるその柔らかな声で、ふたりきりの時にしか使わぬ呼び名で侑士を呼んだ。

 ここは、吸血鬼の屋敷だ。妻が、彼女が、花がいるはずなどないのに。

(「事前に聞いて、覚悟していたはずだが……」)
 グリモア猟兵から聞いた話で覚悟していたはずなのだが、いざ目の前にいるのを見ると、武器を持つ手が震える。足がうまく動かない。
 だが敵は待ってはくれない。愛しい妻の姿をした敵は、鉈を手に侑士との距離を詰めて――。

 ガッ……!

 微笑みを浮かべたまま振り下ろされたそれを、オーラで防御を厚くした腕で受ける。痛みが、ガツンと侑士を目覚めさせようとする。けれども。
 彼女は自身の武器を持たぬ方の腕を、なんの躊躇いもなくその鉈で切りつけて。赤い血が流れる量と比例するかのように、黒いオーラを纏ってゆく。
 そして――先程よりも素早い振り下ろしで、振り上げで、横薙ぎで、侑士を斬りつけ続ける。
 目の前のこれは偽者で、敵だと頭ではわかっている。
 けれども愛する女と同じ姿をしているものが傷つき、血を流すのを見ると胸が苦しくなるのも無理からぬこと。
 でも、でも、でも。

(「しっかりしろ!!」)

 ひたすら鉈の襲来を耐えながら、侑士は自身に活を入れる。皮肉にも痛みが重なるごとに、それを助けてくれた。

(「花は戦えないし、こんなこと絶対しない!」)

 それは誰よりも、己が一番良く知っているではないか。
 だから、その一瞬を待つ。
 いつまでも反撃してこない侑士に対し、敵が油断するその隙を。

 トンッ……。背中に触れるのは、遊戯場の壁だろうか。鉈を受けながら少しずつ後退していた侑士は、敵の猛攻が緩くなったのに気がついて。
 敵から見れば今の侑士は、追い詰めた得物なのだろう。抵抗しない侑士は、容易にその命を刈り取れる得物――敵は自身が圧倒的優位に立っていると感じているはずだ。
 そう見えているからこそ、隙が生まれた。

「っ!!」

 待ちの姿勢を崩さなかった侑士は、床を強く踏んで敵との距離を埋める。
 これまで一切反撃をしなかった侑士が動くなど、敵は考えもしなかったのだろう。
 彼が隠し持っていた小刀は、深く深く心臓に突き刺さり。
 力の抜けゆく敵の体が崩れ落ちて――それを、侑士はそのままにすることが出来なかった。
 妻の身体がそのまま倒れ伏すようで、放ってはおけなくて。差し出した腕で、命の灯がきえゆくその身体を支えた。

 ゆっくりと優しく床に横たわらせた妻の身体が、髪の長い少女のものへと変わり。
 次の瞬間、一斉に灰となって床へと積もった。

「……悪趣味すぎるだろ」
 ぐっと、爪が食い込むほどに拳を握りしめる。
「領主は必ず殺す」
 握り込まれた怒りは、この仕掛けの主へと向けられた。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 ボス戦 『リウ・メイファ』

POW   :    殺戮遊戯
【炎で出来た騎馬軍団】を放ち、自身からレベルm半径内の指定した全ての対象を攻撃する。
SPD   :    鏡想遊戯
戦闘用の、自身と同じ強さの【相手が嫌う相手自身】と【相手の大切なヒトやモノ】を召喚する。ただし自身は戦えず、自身が傷を受けると解除。
WIZ   :    追憶遊戯
戦場全体に、【出来る事なら忘れてしまいたい記憶】で出来た迷路を作り出す。迷路はかなりの硬度を持ち、出口はひとつしかない。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主はシン・バントラインです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


「あら、随分と派手にやってくれたのね」

 ――声が、聞こえた。

 猟兵たちが弾かれたように声の主を探せば、その人物は遊戯場の奥の壁――その上に設えられた特別席ともいえる、ただひとりのための観客席に座していた。
 すらりとした白い脚を組んで猟兵たちを見下ろす彼女は、耳障りの良いよく通る声で告げる。

「私の従順な下僕たちをダメにしてくれて……」

 その声には敵意と言うよりも、期待と愉悦が混ざっているように聞こえる。

「ど う も あ り が と う !」

 赤い服に身を包んだ彼女は、赤い手袋をはめた手を組み、紅をひいた唇を笑みの形に歪めた。そして。

「私ともゲームをしましょう? 見せて頂戴、あなたたちの思い出を。あなた達の感情を。
 ――あなた達が勝ったら、ご褒美――私に近づく権利――をあげましょう」

 妖艶で鮮烈な彼女は嗤う。
 高い位置から猟兵たちを見下ろして。

「私はリウ・メイファ。私の城に立ち入ったのだから、覚悟はできているのでしょう?」

 そう言い放った彼女メイファは、遊戯場というゲーム盤に、猟兵たちを囚えるべく仕掛けを発動させたのだった。

 * * *

 猟兵たちの挑むゲーム――メイファへの道は2種類用意されている。ただし、一人が挑めるのはどちらか片方だ。

 ひとつは『出来る事なら忘れてしまいたい記憶』でできた迷路。こちらはその記憶を見せつけられてなお、立ち上がり、進む意思を持つことができれば、彼女への道が自然とわかるようになることだろう。
 もちろん一人で挑まなければならないという決まりはない。誰かと共に立ち上がり、前へ進むことを決意するのも手だ。

 もうひとつは『自身が嫌う相手』か『自身の大切なヒトやモノ』、またはその両方が行く手を阻む道だ。
 道を塞ぐそれらは、猟兵たちの心を削ってくるだろう。それでもなお、目の前の相手を消滅させることができれば、道はメイファへと繋がる。
 こちらももちろん、一人で挑まなければならないというルールはない。

 メイファは高みの見物よろしく、猟兵たちが苦しむさまを見下ろしている。
 なんとか彼女の元へたどり着かねばならない。
 そして、彼女を倒さなくては――。

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※プレイング受付は11/1(金)8:31からです。
※ゲームの攻略方法とメイファへの攻撃手段の両方をご記入ください。
(文字数的に厳しければ、ご選択いただいたユーベルコードを元にこちらでアドリブで戦闘描写を入れさせていただきます)

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誘名・櫻宵
🌸櫻と人魚
アドリブ歓迎

リルはどこ?
早く見つけなきゃ…それにしてもこの桜並木の迷路
優しい日差し桜吹雪
知ってるわ
この先の桜の木の下で微笑むのは
羅刹の女…サクヤ
かつて愛した女

忘れたいのに
記憶にこびりついた過去の醜い傷痕は今も疼く
確かに愛していた
でもあなたが愛したのは私の家で
欲しかったのはこの血筋
勘当された私など不要よね

だから私
離れようとするあなたを殺して食べて離れないようにしたの
あの時私は幸せだった
愛を手に入れた満足感
愛の味は何より美味

こんなのは唯の化物…醜い悪龍ね
サクヤはもう要らないの
過去の私ごと桜吹雪に散らしてしまえ

リル!
微笑みながら思う
もう繰り返さない
けして
私はリルとひとの世に生きるんだから


リル・ルリ
🐟櫻と人魚
アドリブ歓迎

Grand Guignol!
黒燕尾服の男…座長が嗤う
嬌声と万雷の喝采

今宵の演目は愛憎の物語
1人を巡り2人が殺し合う愛の物語
身を侵す熱病の果て
愛の果てにあるものが何なのか
ご覧あれ!

櫻とはぐれた
はやくはやく
座長に捕まる前に
過去から逃れるよう迷路を游ぐ

さぁリル
私の歌姫
歌いなさい
狂わせなさい

あの3人は僕に優しくしたから殺される
座長は僕に近づくものを許さない

歌えないのか?悪い子にはお仕置が必要だ

僕は歌った
歌って殺した殺し合わせた
魔物だ、僕は

1人でいなきゃダメなのに
もう1人には戻れない
大事なのは今だよ
櫻宵の傍で共に生きるんだから
誰にも邪魔はさせない
僕らを苛む悪夢全て歌いとかしてやる



 女領主の耳障りの良い声を聞いた記憶はある。けれども気がつくと誘名・櫻宵(屠櫻・f02768)は、桜並木で出来た迷路の中にいた。
 視線を動かしても、道の分岐らしきものはあれども出口らしきものは見えない。
「……リル? リルはどこ? どこにいるの?」
 声を上げてもいらえはない。さっきまで確かに、あんなにも近くにいたのに。
 彼もまた、女領主の『ゲーム』に挑まされているのだろう。
(「早く見つけなきゃ……」)
 気ばかりが急く。勘に頼ってとにかく道を進んでいくけれど、出口はおろか白珠の人魚の尾鰭すら見えない。気配すら感じない。
 何処までも何処までも、桜並木が続くばかり。
(「それにしても、この桜並木の迷路……」)
 なんだか嫌な予感がする。
 優しい日差しが降り注ぎ、穏やかな風に花弁が流されてできた桜吹雪。
(「……知ってるわ」)
 知っているのに――否、『知っているからこそ』。
 あれだけリルを探して駆け回っていた足が、無意識のうちに止まっていた。本能が、そうしたのだろうか。

 知っている。この先には大きな大きな桜の木があるのだ。
 知っている。その桜の木の下には、ひとりの女性がいるのだ。

「……、……」
 動けと強く念じても、拳を叩きつけても、足は動いてくれない。それは、この先にあるだろう光景を知っているから。忘れようと、何度も忘れようと蓋をしたそれを、思い出させられたから。

『櫻、櫻。僕の櫻――櫻宵』

 嗚呼、頭の中をかき混ぜて、そして恐怖を吹き飛ばすように、彼の声が響いて聞こえた。それは櫻宵の記憶の中から響いたものなのかもしれない。けれどもそんな事、今はどうでもいい。
(「リルっ……!!」)
 そうだ、彼のところに一刻も早くたどり着かなければいけないのだ。そう思うと、不思議と足は動き出してくれた。

 引きずるような足取りで、櫻宵はその場へと辿り着いた。
 そう、記憶に違わぬ桜の木が眼前にあり、そしてその下に立つ羅刹の女が微笑んでいる。
「っ……」
 痛い。痛い痛い痛い。
 現実に傷を負ったわけではないのに、ヒリヒリと痛む。じわじわと、毒に侵されるように息苦しくなってゆく。

「サ――」

 女の名を呼ぼうとして、櫻宵はその口を袖で覆った。
 サクヤ――それが目の前の彼女の名だ。
 そして彼女は、櫻宵がかつて愛した相手。
 けれども彼女に関する記憶は、忘れたくて忘れたくて忘れたいもの。
 なのに過去に負った傷は、醜い傷跡となって今も櫻宵の記憶にこびりついている。

「確かに愛していたわ」

 ああ、頭が外から締め付けられているかのように痛い。

「でもあなたが愛したのは私の家で、欲しかったのはこの血筋」

 心臓が痛いほどに鼓動するのは、焦燥と嫌悪と恐怖からか。

「勘当された私など不要よね」

 櫻宵が言葉を投げかけても、彼女は微笑みを崩さずに彼を見つめている。
 まるで沈黙が、こうして微笑みをもって見つめられることが、彼に与える罰だとでもいうかのように。

 嗚呼、ここから先は最も思い出したくない。
 嗚呼、嗚呼――『今の』櫻宵はただ彼女の姿を捉えているだけだというのに。
 彼女はまるで、何かに噛みつかれたかのように大量の鮮血で落ちた花びらを染めて――地面へと倒れ伏した。
 そしてその身体は、徐々に、徐々に消えてゆく――。

(「あの時、私は幸せだったわ。愛を手に入れた満足感。愛の味は何より美味」)

 そう、彼女の傍らには――目視できぬ櫻宵がいるのだ。
 彼女の命を奪ったのは。
 彼女のすべてを喰らったのは。
 ――櫻宵だ。

 離れようとする彼女を引き止めたい、自分だけのものにしたい――そんな想いが櫻宵に行動を起こさせたのだ。
 けれど……もうわかっている。目の前で再現されなくても、彼は十分わかっている。

「こんなのは唯の化物……醜い悪龍ね」

 舞い散る花びらと同じ色をした右目から、一筋の泪が零れ落ちた。

「サクヤはもう要らないの」

 こんな過去なんて……。
 過去の自分ごと、桜吹雪に散らしてしまえ――!!

 * * *

(「櫻とはぐれた……!?」)
 確かに、確かに傍にいたはずなのに。狼狽するリル・ルリ(想愛アクアリウム・f10762)に状況を把握するいとまを与えぬようにとばかりに響き始めたのは、嬌声と万雷の喝采。

『Grand Guignol!』
「!!」

 聞こえてきた男の声に、反射的にリルは肩を震わせた。
 嫌だ、嫌だ嫌だ――身体が勝手に震え始め、秘色の細糸がさらさらとさざめき始める。
(「嗚呼――」)
 震えるリルの前に姿を現したのは、黒の燕尾服を纏った男――見世物劇場『享楽の匣舟』の座長。

『今宵の演目は愛憎の物語。一人を巡り二人が殺し合う愛の物語』

 座長が前口上を紡ぎながら嗤う。

『身を侵す熱病の果て、愛の果てにあるものが何なのか、ご覧あれ!』

 ああ、ここは、リルにとって忌まわしい――何重もの意味で思い出したくないあの場所だ。
 逃げなければ。本能が告げる。
 座長に捕まる前にと、見覚えしかない景色でできた迷路を游いでゆく。
 あの男に捕まれば自分が何をさせられるのか、知っているから。だから急ぎ、游いで游いで游いで――。

『さぁリル、私の歌姫』

 それでもあの男の姿は、声はずっとリルを追ってくる。
 本能的恐怖で気が狂いそうだ。

『歌いなさい! 狂わせなさい!』

 嗚呼、座長のそばにいるあの三人のなんと悲壮な表情か。
 リルに優しくしたばかりに、リルによって狂わされようとしている者たち。
(「座長は僕に近づくものを許さない」)
 今回が初めてではない。リルに近づいた者は何者であろうと、座長に始末されていた。
 こうして見世物のように、見せしめのように。
 これは、リルに近づいた者だけに与えられる罰ではない。
 人を惹きつけてやまぬ白珠の人魚自身にも罪がある、と。
 だから彼への罰でもあるのだ。
 白珠の人魚に近づけばこうなる――こうさせられる、と。

『歌えないのか? 悪い子にはお仕置が必要だ』

 座長がそう告げてしばらくののち、リルが游ぐ先で彼らが殺し合いを始めた。
「あっ……あっ……」
 リルの歌声こそ聞こえぬけれど。姿こそ見えぬけれど。それはリルが実際に目にした光景と違わない。
 歌って、殺した。殺し合わせた……あの時の光景だ。
「……魔物だ、僕は……」
 吐息のように絞り出した声。喉が熱を持ったように熱い。

(「ひとりでいなきゃ駄目なのに」)

 そうだ。リルに近づいた者は、皆、座長が――。
 自分に近づいた者が命を奪われるさまを見せつけられて、自分の手で命を奪わさせられることで、彼の裡へ満ちていくのは。

 ――ひとりでいなければならない――呪詛のようなその気持ち。

 でも、でも、でも。
(「無理、だよ……もう、ひとりには戻れない」)
 ああ、脳裏に浮かぶ愛しい櫻の笑顔。熱くひりつく喉が、歌だけでなく呼吸さえも邪魔しようとしている。
(「大事なのは今だよ。櫻宵の傍で共に生きるんだから」)

『ねえ、リル――』

 嗚呼、千年桜の君の声が、不思議と耳に響く。それはリルの記憶が齎したものかもしれない。けれどもそんなのは、些事だ。
 嗚呼、脳裏に浮かぶ櫻が、耳元で響くその声が、喉の熱と痛みを取り除いてくれる。

「――誰にも邪魔はさせない」

 かつてあの男に脅され、言われるがままに歌っていた彼とは明らかに違う。
 今の彼は、常は凪いだ湖面のようである瞳に強い意志を宿し、男をしかと見つめた。
 もう、震えはない。

「僕らを苛む悪夢全て歌いとかしてやる――」

 * * *

「リル!」
「櫻!」
 互いの姿を再び認めることができたのは、ほぼ同時だった。
 見えた出口へと全速力で向かえば、いつの間にか迷路は消えていて。
 近くに忌まわしい女領主の姿が見えた。

「あら、お め で と う ――!!」

 言葉とは裏腹に声に殺意を乗せたメイファは、素早く作り出した炎の騎馬軍団をふたりへと放った。
 その声もまた、耳障りの良いものであったけれど。

「あなたの声より、リルの声のほうがずっとずっと素敵」

 櫻宵はそっとリルの手を取り、今度は離れないようにと強く握りしめる。

「もう繰り返さない。けして」
「誰にも、邪魔はさせない」

 騎馬軍団が迫りくる。その熱が肌をヒリヒリと灼くけれど、ふたりが動じることはない。

「私はリルと」
「僕は櫻宵と」

 浮かび上がる桜の花びらと泡が、ふたりの意思。
 それは未来への、誓い。

「ひとの世に、生きるんだから――!」

 騎馬軍団の奥に座すメイファを狙って放たれた桜の泡吹雪は、炎たちを巻き込んで彼女の元へと向かっていった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ナギ・ヌドゥー

『出来る事なら忘れてしまいたい記憶』?
タダでさえ少ない記憶を忘れたいだなんて、
そんな物あるわけが……

――これは……初めて『自らの意思で』人を殺した記憶か……。
奴隷兵として使役されていた時は完全に洗脳され自意識など無かった。
解放された時に意思は戻ったのに……
結局オレは己の殺戮衝動に屈して……

ククク……で?
UC「禍ツ罪咎」発動
これが今までオレが殺してきた咎人達の怨霊だ
そんな記憶に屈する様な心など消え失せたわ!
怨め!呪え!その怨念がオレをより強くする!

どうやらアンタは消えた記憶は再現できない様だな。
もう用はない、死ね。
ソウルトーチャーよ、拘束触手で奴を捕えるのだ!
高速移動で斬り刻み餌にしてくれよう



「……『出来る事なら忘れてしまいたい記憶』?」
 ぽつり、小さく零したのはナギ・ヌドゥー(殺戮遊戯・f21507)。
 その声色は、その言葉が指すものに心当たりがあるという怯えが姿を見せるもの、ではなく。
 その言葉が指すものがすぐにはわからずに、虚を突かれたもの、でもなく。

 ――その言葉のあまりの皮肉さを、嘲笑うようなもの、だった。

(「タダでさえ少ない記憶を忘れたいだなんて、そんな物あるわけが……」)

 非道な改造を強制的に施されたナギには、強化人間となる前の記憶がない。今、彼が持っている記憶は、人生の半分にも満たないのだ。
 その記憶の中に忘れたいと思うようなものなど――……。

 女領主のゲーム開始の声ののち、ナギの周囲の景色が突然変化していく。先程までは遊戯場という広い空間にいたのに、肌に触れる空気が突然、圧迫感を帯びるものへと変じた。
 なにゆえか。
 ナギは頭を動かさずに視線だけを動かして、耳をそばだてて、咄嗟に状況を把握しようとする。このような場合、下手に動いたり声を上げたりするのは悪手だと彼は知っている。
 そして情報として捉えたのは、現在自分が通路のような場所にいることと――その通路を構成している壁に映し出されたモノ。

(「――これは……初めて『自らの意思で』人を殺した記憶か……」)

 奴隷兵として使役されていた時のナギは完全に洗脳されており、自我など持ち得なかった。ただただ武器を振るい、光線を撃ち出して、目の前の対象を屠るだけのただの『コマ』だったのだ。
 けれども今、彼のいる通路に映し出されているのは、洗脳も解かれ解放されて意識も自我も戻った時の――。
 改造されて以来、副作用のようについて回る殺戮衝動。自我を有するナギは、当然それに抗った。抗って抗って、抑えようとして抑えようとして……けれどもその、血溜まりが凝って乾いたようなどす黒い衝動は、ナギを苛み続けて。どんどん、どんどん侵食していって。

 ああ、そうだ。確かこんな顔をしていた。
 それはオブリビオンでもない、けれども骨の髄まで醜悪な、ただの人間だった。
 己よりも明らかに力がなく弱い――そんな相手に躊躇いもなく、暴力を振るうことが出来る人間。
 刃を振り下ろしすぎて、ただでさえ抵抗の出来ぬ相手がたとえ永遠に動かなくなろうとも、歯牙にもかけぬ人間。
 なんの関わりもない、ただただ日常を平穏に過ごしているだけの相手を、気まぐれで痛めつけるような人間。
 ああ、そうだ。だから――コレなら殺してもいいやと思ったんだった。

 目の前で繰り広げられる理不尽な蹂躙に、正義感が働いたわけではない。
 ただただ、己の殺戮衝動を抑えきることが出来なかっただけだ。
 結局、己の殺戮衝動に屈してしまっただけだ。

 ナギの視界に広がる光景の中では、先程まで惨劇を引き起こして笑っていた男が、のたうち回っている。
 泣きながら、赦しを請うている。
 自身の穢れた血に塗れながら、神に祈っている。
 これは、そいつを殺すまでの、ナギ視点の映像だ。

 嗚呼、こんなものを見せられるなんて――酷く滑稽だ!

「ククク……で?」

 口元を笑みの形に歪めたナギを、どす黒い何かが覆った。よく見れば、うっすらと顔のパーツがいくつも見て取れる。
「これが今までオレが殺してきた咎人達の怨霊だ」
 そう、彼が纏う怨霊は、一体や二体ではない。とても正確には数え切れぬほど混ざりあったそれは、恨みの声をあげるかのように不気味に揺らめいている。
「そんな記憶に屈する様な心など、とうに消え失せたわ!」
 ならばなぜ、これが『出来る事なら忘れてしまいたい記憶』として現れたのだろうか。
 彼の無意識下までは、知る由もない。

「怨め! 呪え! その怨念がオレをより強くする!」

 パリ……ンッ……!

 怨霊たちを煽る声とその強い覚悟と意志が、迷路の出口を生み出した。

 * * *

「どうやらアンタは、消えた記憶は再現できない様だな」
 消された記憶を見ることができれば――そんな淡い淡い期待をいだいていたが、それは消え失せた。

「あら、そんな 面 白 い も の を持っているの? 私の下僕になるならば、それを引き出してあげても――」
「もう用はない、死ね」

 メイファのその提案が本当に実現可能なものか、ただの甘言なのかの判断はつかない。ならば、やることは決まっている。

「ソウルトーチャーよ、拘束触手で奴を捕えるのだ!」

 自身の持つ『ソウルトーチャー』から放たれた拘束触手が、メイファへと向かう。彼女はナギへと火炎弾を放って応戦してきたけれど。
 怨霊を纏い、常以上の速度を得たナギの方が断然早い。
 滑るように彼女が座す観客席へと接近した彼は、その速度のまま容赦なくメイファを斬りつけた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

セシル・エアハート
◎…懐かしい人が道を阻んでいる。
あの時と変わらない姿。変わらない穏やかな笑顔。
……兄さん。大好きな、マリアム兄さん。
聡明で、優しくて。誰よりも家族想いだった。
そんな貴方を俺は誰よりも尊敬してた。
ねえ、兄さん。
あの時、最期まで俺を守ってくれたね。
命の灯が消えようとしても最期まで俺を心配してくれてたね。
せめて兄さんだけでも助かって欲しかった。
でも…永遠に帰って来なかった。
ああ、兄さん。会えて嬉しいけど。
今ここにいる貴方は兄さんじゃない。
貴方は作られた、ただのまやかし。
だって兄さんはもう…帰って来ないから。

この先何が起ころうと。
もう何も恐れない。
大切な家族の分まで、精一杯生き抜いてみせるから。



「……どうして……?」
 セシル・エアハート(深海に輝く青の鉱石・f03236)の口からこぼれ落ちたその言葉には、疑問以外の感情がこめられていた。
 その大部分を占めるのが疑問であることは否定できないが、その他にも驚嘆や戸惑い、そして嬉しさが混ざっていることも否定できないはずだ。
 女領主のゲーム開始の声で、遊戯場の空気が変わった。他の猟兵たちの気配もあまり感じられなくなったけれど、そんなことよりもセシルは目の前に現れた人物に心臓を鷲掴みにされた思いだった。
 その人物の背後には、貴族の屋敷にあるような豪奢な扉が見える。それがメイファへと繋がる『道』なのだろう。
 けれども今のセシルには、その扉もただの背景としか認識できない。
 だって彼の前に立ち、彼の進もうとしている道を阻んでいるのは――。

「……兄さん」

 大好きな、兄なのだから。
 聡明で優しくて、誰よりも家族想いだった兄が、あの時と変わらない姿、変わらない穏やかな笑顔でそこにいるのだ。
 それはありえないことだとセシルは誰よりも知っているはずなのだが、兄のその姿を再び認識した時点でそんな考えは奥の奥へと押しやられた。

「……マリアム兄さん」
「なんだい、セシル」

 嗚呼、姿だけでなく、この名を呼ぶ声も兄そのもの。耳朶に染み入る懐かしい声に胸は更に締め付けられ、思考が甘やかな靄で覆われていく気がする。

「ねえ、兄さん。あの時、最期まで俺を守ってくれたね」
「当然だよ。私はセシルたちの兄なのだから」

 紡ぐ言葉に返される声。それは兄の口癖だった。
 兄は自分が兄たることを、庇護すべき、支えるべき弟たちがいることを、その生き様の中枢に置いたような人だった。そんなに年が離れているわけでもないのに、兄に対する安心感は絶大なものだったし、彼が大丈夫だといえば本当に大丈夫な気がしたものだ。
 セシルたち弟よりも学ぶことがたくさんあったはずなのに、求めればいつも相手をしてくれた。
 出かければ必ずお土産を持って帰ってきてくれたし――それは買い求めたものだけでなく、季節を知らせる植物のたぐいのこともあった――、自分が貰ったお菓子や自分のおやつを、惜しげもなく弟たちへと差し出してくれて。
 何かあれば必ず手を差し伸べてくれる、そんな安心感を与えてくれる存在だった。

「命の灯が消えようとしても、最期まで俺を心配してくれてたね」

 セシルの記憶から引き出された『あの時』の兄は、傷を負って血を失った蒼白な顔をしている。けれどもそれでも自分のことよりも、セシルのことばかりを心配して。

「せめて兄さんだけでも助かって欲しかった」

 ――セシル、ここで待っているんだ……私は……部屋の外で、敵を……。……隠れて、待って、いるんだ……。

 息も絶え絶えに、とぎれとぎれに紡がれる言葉が彼の現状を示していた。けれど。
 兄の身を案じつつも頷いたセシルの頭を撫でた彼が、いつものように笑ったから。だから――そっと扉を締めて廊下へ出る兄を、引き止めることが出来なかった。

「でも……永遠に帰って来なかった」
「……だから、今こうして帰って来――」
「ああ、兄さん。会えて嬉しいけど」

 兄の言葉を遮るように重ねたセシルの瞳の海は、水面のように揺れながら、悲しげに細められて。

「今ここにいる貴方は兄さんじゃない。貴方は作られた、ただのまやかし」

 気づいていた。気づいていたのだ。けれども、そのありえない奇跡に溺れたい――そんな感情(こころ)があった。
 でも実際に溺れてみて、かつて告げられなかった言葉を紡いでみてセシルが辿り着いたのは――奥の奥へと押しやったはずの現実(こたえ)。

「だって兄さんはもう……帰って来ないから」
「セシルっ……」

 色とりどりの薔薇の花弁に包まれた『兄』が、彼の名を呼んだ。
 それが、最期だった。
 もう、『兄』の声は聞こえない。
 花弁が全て落ちた先に見えたのは、豪奢な扉。セシルはしっかりとした足取りで扉の前まで歩み寄り、金古美のドアノブへと手をかける。

(「この先何が起ころうと。もう何も恐れない」)

 この遊戯場で見せられた家族の姿が、セシルの心を強くしてくれた。十の頃から心の奥で澱となっていたわだかまりを、減らしてくれた。未来(さき)へと進む道を、見せてくれた。

(「大切な家族の分まで、精一杯生き抜いてみせるから――心配しないで」)

 ドアノブを掴んだ手に力を込め、扉を開ける。
 道は続いているはずだ。

 * * *

「あら、いらっしゃい。もう、いいの?」

 扉を開いた先には、メイファの座す観覧席があった。そこに座る彼女は、すでに猟兵達による傷を負っているようだけれど、まだ余裕の表情だ。

「大切ことは、もう済んだんだ。だから、俺は生きる」

 亡き家族に誓うように告げたセシルは、極彩色の花弁をメイファへと放った。

大成功 🔵​🔵​🔵​

マリス・ステラ
【桜星】

忘れたい記憶
浮かぶのは、吸血鬼の少年の憐憫と失望に満ちた瞳

「キミは祈るべきだ。そのほうが美しいよ」

邂逅は夜と闇の世界
オブリビオンの彼は敵であり、私は戦い、完膚なきまでに敗れた

「キミを僕の奴隷にしよう」

その宣言が退廃の日々の始まり
時も場所も選ばず、私は愛欲と悦楽に溺れた
祈りを忘れ、彼に抱かれ、どこまでも堕ちていく
これが女の幸せだと、それで良いと思ってしまった

けれど、全てを委ねた時が終焉でした
彼の寵愛を失い、故に私は祈りを取り戻した

「どれほど溺れたとしても、自ら立つことを諦めてはいけなかったのです」

咲夜はそんな私を見て失望するだろうか?
それでも、私はもう諦めたりしない

「主よ、憐れみたまえ」


東雲・咲夜
【桜星】

お美しい領主さま
燃える赩はうちと正反対

うちの『忘れたい記憶』――

東雲家に伝わる大切な御役目《守姫》
うちは水の気が強い為《水守姫》と称される
彼ノ世と此ノ世の狭間世界の番人で在ると共に
万神を魂へ降ろし、現世の安寧を保つ巫女

数えで六つ、当主となる儀式の折
歴代巫女に継承される扇《神籠》
触れた瞬間、幾重もの記憶が脳裏を駆け巡った
戦場で身を裂かれた者
強い力を疎まれ闇討ちを受けた者
御霊を受け止め切れず気をやられた者
凄惨な殉職が数え切れぬ程

せやけどうちは
うちを護ってくれはる幾つもの絆と生きてきました
あの日からずっと

行きましょう、マリスちゃん
どんな過去が在ろうと
『今』目の前で耀いてはるんがあんさんや



(「お美しい領主さま。燃える赩はうちと正反対――」)
 座して嗤うメイファを見上て、東雲・咲夜(詠沫の桜巫女・f00865)がふとそんな思いを抱いたその時。
 周囲の様相がぐるりと様変わりを始めた。
 ぐにゃりと周囲が歪んだと思ったのは、一瞬のこと。次に現れた景色を見て、咲夜は思わず呟いていた。

「うちの、『忘れたい記憶』――……」

 そう、突如変化した景色は迷路の壁をスクリーンにして映し出されていた。

 * * *

 ――どくんっ。

 突如現れた迷路のような壁を見て、マリス・ステラ(星を宿す者・f03202)は反射的に息を呑み、そして自身の心臓が飛び出さんばかりに跳ねたことを自覚した。
 いつも落ち着いている彼女の視線の先に映し出されたのは、出来ることならば忘れてしまいたい記憶――。

(「これは――……」)

 一瞬心乱されかけたマリスだったが、数瞬の後にその光景が現れたのは当然であると自身で納得していた。けれども気にかかるのは、背中に感じる温もりの相手。

 今は背中合わせにふたりはそれぞれの『忘れたい記憶』を見ているけれど、彼女が振り向いてこれを見たら――?

 * * *

『あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』
『ひぃぃぃぃぃぃっ!?』
『ひゃはははははははは!!』

 幾重もの叫びが、恐怖が、嘆きが、混乱が――様々な感情と様々な『死』が、幼い咲夜へと入り込み、脳裏を駆け巡った。

 戦場で身を裂かれ、痛みと終焉の恐怖に声を上げる者。
 強い、強すぎる力を疎まれ、闇討ちで声すら上げるいとまもなく命を奪われた者。
 肉体(からだ)と精神(こころ)の器が足りず、御霊を受け止めきれずに気が触れてしまった者。
 この他にも、幾重もの『殉職』が、数え切れぬほどのそれが、幼い咲夜の裡を駆け巡った。

 数えで六つ。普通であればこんな幼い子どもに見せる光景ではない。それこそ気を病んでしまうだろうし、根深いトラウマとなり心を閉ざしてしまう原因にすらなりうる。
 けれども咲夜は、いわば『普通』の幼児ではなかった。
 咲夜は東雲家の娘。『守姫』という大切なお役目を代々受け継いでいる東雲家の娘として、もっと幼い頃から修行をしてきた。
 水の気が強い咲夜は『水守姫』――彼ノ世と此ノ世の狭間世界の番人で在ると共に、万神を魂へ降ろし、現世の安寧を保つ巫女――の任に着くために。
 だからすでに、普通の同年代の子どもと違い、精神的な訓練も受けた上だった。
 けれども。
 当主となる儀式の折、歴代巫女に継承される扇『神龍』に触れた瞬間に否応なしに流れ込んできたその凄惨な記憶は、咲夜の全てを蹂躙するかのように駆け巡っていって。
 今なお忘れたいと思っているのだから、当時の幼い咲夜が抱いた恐怖はいかばかりか。
 恐怖を感じられていればまだいい。それすら感じられずに自覚なく壊れてしまうよりは。

 あの時はただ、恐怖のみが先行していた。
 いくら耳をふさいでも、目を閉じても流れ込んでくるそれに感じたのは、単純な恐怖と嫌悪。
 けれども歳を重ねるに従って、『その記憶』の本当に意味することがわかってきて――儀式の時とは別の恐怖と不安が襲い来た。

 ――『守姫』となった自分もあのように、命を失う、奪われる可能性が高いのだ、と。

 知ってしまった。知ってしまった。一度考え始めると、その不安と恐怖が血液と同じ様に体の中をぐるぐると回って。気が付かなかったふりなど、考えないようになど、忘れることなど、できなくて。
 本能的な恐怖が、常について回っていた。

「……、……」

 今、咲夜は十九歳。年が明ければ二十歳だ。今の彼女は、自分の目の前に広がるその光景を、静かに見つめていた。
 それは、諦観してしまったからではない。恐怖に心が麻痺してしまったからでもない。

(「うちは」)

 今、彼女がしっかりと立っていられるのは、影に日向に支えてくれるものがあるから。

(「うちを護ってくれはる幾つもの絆と生きてきました――あの日からずっと」)

 だから、この迷路で迷うことは――ない。

 * * *

「キミは祈るべきだ。そのほうが美しいよ」

 そこに映し出されたのは、少年の姿をした吸血鬼(アクマ)の憐憫と失望に満ちた瞳。
 夜とも闇ともつかぬ――否、その両方が同居しているのであろうその世界で吸血鬼たる彼と、マリスは出会った。
 それが、この記憶のすべての始まり。
 オブリビオンである彼は敵で、当然のごとくマリスとは相容れないものだ。だから、マリスが彼へと挑んだのも、至極当然の流れ。
 けれども彼我の力の差は埋め難く、完膚なきまでに叩きのめされたマリスに、彼はこう告げた。

「キミを僕の奴隷にしよう」

 それは『提案』ではなく、『決定事項』だ。敗者であるマリスに選択権はない。
 この宣言をもって、退廃の日々は幕を開けた。

「マリス、こっちに来るんだ」
「キミに拒否権はないんだよ。わかっている――よね?」
「ほら、みんなに見せてあげようよ。キミの全身が紅潮するのを。聞かせてあげようよ。その星の転がる声が甘さを帯びるのを」
 
 彼の求めは時も場所も選ばない。ゆえに拒否権を持たぬマリスは、時も場所も選ばず、愛欲と快楽に溺れさせられた。
 嗚呼、目の前の少年――否、男と呼ぶにふさわしい彼は、今日も自分を求める。
 聖者であった彼女は祈りを忘れ、男に抱かれ、愛欲と快楽に絡め取られてどこまでも堕ちてゆく――これが女の幸せであると。このままそれを甘受していれば良いと、そう思ってしまった。
 けれどもそんな日々に、終焉は訪れる。
 マリスが彼にすべてを委ねると、まるでその時を待っていたかのように彼はマリスを見限った。
 飽きた玩具を捨てるかのように、簡単に。

 肌を重ねる男とかつての自分。それを見つめる今のマリスの瞳に浮かぶのは、拒絶や嫌悪というよりも――後悔に近い。
(「けれども私は、彼の寵愛を失ったがゆえに祈りを取り戻したのです」)
 背中を合わせていた咲夜の温もりが遠ざかる。彼女がこちらへと振り向く気配がした。

「私は――どれほど溺れたとしても、自ら立つことを諦めてはいけなかったのです」

 自らの足で立つことを放棄し、思考をも放棄した――そんな、自分でさえも忘れたい自分を見て、彼女――咲夜は失望するだろうか?
 心が、揺れる。不安が、広がる。それでも。
(「私はもう、諦めたりしない」)
 主よ、憐れみたまえ――瞳を閉じて口の中で小さく呟いたその時、マリスを温もりが覆った。

「行きましょう、マリスちゃん」

 瞳を開ければ、咲夜の声は驚くほど近くで聞こえて。
 自分が彼女に優しく抱きしめられているのだと理解するまで、幾ばくかを要した。

「どんな過去が在ろうと、『今』目の前で耀いてはるんがあんさんや」

 咲夜の瑞々しい愛(藍)の瞳に見つめられ、マリスは頷いていつものようにアルカイックな笑みを浮かべた。

 * * *

「次々と、忌々しいわね」

 迷路の出口から出た途端、聞き覚えのある声と共にふたりへと熱が迫ってきた。
 そこが先程まで見上げていた女領主の観客席であり、迫りくるのが彼女が放った火炎であると理解するよりも早く。熟練の猟兵たる本能でふたりは動いた。
 マリスの祈りと咲夜の舞から放たれる雫の鎖が合わさり、神々しく輝くそれは火炎の勢いを削ぎながらメイファへと向かう。
 透明な水の匣たる結界も祈りの輝きを帯びて彼女を閉じ込め、逃げ場を無くした彼女は雫の鎖に絡め取られる他なかった。

 それは互いへの想いが、信頼が、揺らがぬ証。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

黒鵺・瑞樹


大切なものは俺を打ち直してくれた主を始め今まで出会ってきた人達。想い出のすべて。
攻略方法はシンプルに戦う事。
本物でなくとも主であれば純粋に力比べができるし、俺を阻むのであればどんな人であろうと斬るだけ。
俺が出たとしても、既に心臓と首と二度。今更何が出ても倒すだけ。

右手に胡、左手に黒鵺の二刀流。
【存在感】を消し【目立たない】様に死角に回り、【マヒ攻撃】【暗殺】を乗せたUC五月雨、および柳葉飛刀を投擲して攻撃。
敵の攻撃は【第六感】で感知【見切り】で回避。回避しきれないものは黒鵺で【武器受け】で受け流し、胡で【カウンター】を叩き込む。それでもくらうものは【激痛耐性】【オーラ防御】で耐える。



 黒鵺・瑞樹(界渡・f17491)は酷く落ち着いていた。
 自分にとって大切なものは、本体である黒刃のナイフを打ち直してくれた主を始め、今まで出会ってきた人達――想い出のすべて。
 主が出てくれば、それが本物ではなくとも純粋に力比べが出来る。
 他の誰が出てきたとしても、自身の進まんとする道を阻むのであれば、どんな人であろうとも斬るだけ。
 万が一自分が出てきたとしても、すでに二度、心臓と首とに『前科』がある以上、戸惑いなど生じるはずもなく。
(「今更誰が出ても何が出ても、倒すだけだ」)
 実にシンプルな結論ではあるが、そこに至るまでは多くの『覚悟』を必要としたはずだ。負った『傷』も少なくないだろう。
 そんな瑞樹の前に現れたのは――。

「……また会えたな」

 紡いだ言葉の意味を知るのは、瑞樹だけ。目の前に現れた『彼』は、蒼い花弁の海での再会など知らぬ。それでも、瑞樹はその言葉を選んだ。

「この先に進むのか?」
「――ああ」

 背丈は瑞樹とほぼ同じ。髪の色も瞳の色も顔立ちも――だって、瑞樹は『彼』の姿を模して、自身のカタチを作り上げたのだから。
 首の後で銀の髪をひとつに括った姿も同じ。違う部分を指摘するならば、やはり目の前の彼の髪に巻かれている、太陽を凝らせたような橙に白い線が入ったバンダナ。瑞樹が首に巻いている長いスカーフと、線の入り方がよく似ている。

「じゃあ、仕方ないよなぁ」
「ん、わかってる」

 彼の手に握られているのは、黒い刃のアサシンナイフ――そう、瑞樹の本体たるもの。目の前の彼は、瑞樹の主であるゆえに。
 実際に自分の本体を握っている主を客観的に見るのは、なんだか不思議な感じだ。
 複雑であり、それであって嬉しさも共存している。

「上手く使えるのか?」
「鍛えられたし、……振るわれた記憶が残っているからな」

 彼が視線を向けたのは、瑞樹が手にしている刃達。右手に打刀の『胡』、左手に自身の本体である『黒鵺』の二刀流。
 瑞樹の言葉を受けて彼が浮かべたのは、悪戯を思いついたような、上手く仕掛けた罠に得物がかかるのを待っているような――期待と楽しさの混ざった子どものような笑み。もともと童顔なのも相まって、実年齢よりも更に幼く見えた。

 そして――先に動いたのは、彼の方だった。

 その笑みを瑞樹が懐かしく思った瞬間、彼の姿は目の前から消えていた。
(「上か!」)
 跳んだ――そう判断した瑞樹は床を蹴り、彼の着地点から離れる。先程瑞樹がいた場所に軽々と着地した彼に向けて、死角となる位置から『柳葉飛刀』を投擲する瑞樹。だが。
 風に乗るように回転しつつ、彼は刃で『柳葉飛刀』を叩き落としながら、瑞樹へと距離を詰めてきた。
(「速い――っ!」)
 あっという間に詰められた距離。振るわれた『黒鵺』を自身の『黒鵺』で受け流し、カウンターとして『胡』を叩き込んだ。しかし手応えは浅い。
 彼は刃が受け流されるのを察知すると、力の流れに逆らわずに体重を移動し、『胡』から受けるダメージを減じていた。
(「簡単には斬らせてくれないか」)
 瑞樹が『胡』を引き戻した直後、オーラを纏った彼が再接近して来て――。
(「間に合わないっ!」)
 咄嗟に出来たのは、オーラを利用した防御体勢を整えるだけ。オーラのおかげで本来よりも傷は浅く済んだのは確かだが、そもそもあちらの攻撃もだいぶ強力なものだった。痛みに何とか耐え、衝撃を利用して距離をとった瑞樹は、気配を消して目立たぬように位置を変えようとする――だが、彼は暗殺者だ。卓越した暗殺者の中には、故意に消された気配を辿ることが出来る者もいる。暗殺術はまだ彼に及ばぬということか――ならば。
(「これならどうだ?」)
 瑞樹は移動しながら自身の背中に隠すように、複製した『黒鵺』を召喚した。そして、数振りまとめた第一陣を彼へとめがけて。

「っと……!?」

 彼がそれを回避するのも織り込み済みだ。複製した『黒鵺』は、一振りずつ念力で自由に操作できる。だから、第二陣を放つと同時に彼が『避けきったと思っている』第一陣の向かう方向を修正して、彼が第二陣を避けるだろう先へと――。

 ザシュザシュッ……。

 彼の身体に刺さり、斬りつける黒刃には、麻痺の力が宿っている。彼が俊敏な動きをすればするほど、その力は早く体中を巡り。

 カシャンッ……。

 足を止めた彼は、麻痺により自身のナイフを握り続けられず、それを落としてその場に膝をついた。

「ああ、強くなったんだなぁ……」

 そう告げた彼は、心から嬉しそうに笑っていた。

 * * *

 先程まで彼が膝をついていたその場に、扉が出現していた。迷うこと無く扉を開けて飛び込んだ瑞樹は――観覧席から動けぬメイファの上に出現し。

「っ……!!」

 落下の際の勢いと自重を利用して、彼女の背中へと『黒鵺』による傷を走らせた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

クトゥルティア・ドラグノフ
※アドリブ共闘大歓迎

進むべきは『出来る事なら忘れてしまいたい記憶』でできた迷路。
私は過去に勝たなきゃいけないんだ。

あぁ、両親がオブリビオンに生きたまま食べられる。
私を庇って父さんと母さんが!
燃える故郷、崩壊していく幸せ。
それを乗り越えあるのは周囲からの迫害。
一緒にいると不幸になると言う噂。
どれも辛かった、思い出したくない!


だけれど、私はもう折れないし腐りもしない!
力を手に入れ、正しい使い方も教わった。
復讐に駈られることももうない!

【勇気】と【覚悟】を胸に、私はこの迷宮を進もう!


たどり着いたなら、最初に偽物とはいえ父さんを見せたお礼だよ。
父さんの技で貴女を倒す!

(文字数足りないのでお任せします)



「っ……!?」
 自身の目の前に出現した、迷路のような通路。その壁に映し出された情景を見て、クトゥルティア・ドラグノフ(無垢なる月光・f14438)は一瞬息を詰めた。

 嗚呼、数刻前まで他愛のない『日常』が繰り広げられていた漁村に、阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっている。
 突如訪れたオブリビオンの大軍団は手当たりしだいに村を、村人たちを蹂躙していった。
 まだ6歳だったクトゥルティアには村が襲われる理由もわからず、ただただとても怖いものが来たと、それだけしかわからなかった。

「逃げるのよ!」

 母に手を引かれたクトゥルティアは、幼いながらも必死に走った。けれども突然の恐怖に思うように足を動かせず、足がもつれ、つまづき、母の足手まといになっていることは明らかだった。

「大丈夫よ、大丈夫だから」

 けれども母は、クトゥルティアを見捨てることはなかった。転んだ彼女を優しく助け起こし、手を引いて再び走り出す。
 何度転んだことだろう。クトゥルティアの足の負傷を案じた母は、意を決したように彼女を抱き上げた。
 成長に個人差があるとはいえ、6歳の子どもを抱き上げるのは結構な力を要する。もともと非力な母だ。自分を抱き上げることが出来たとしてもそのまま走ることは難しいだろうということは、幼いクトゥルティアでさえわかった。

「母さん、おろして! 私、だいじょうぶだから!!」
「……、……」

 必死に訴えた。それでも母は、自分を下ろしてはくれない。
 明らかに息が上がり、言葉を発する余裕すらないのだろう。移動速度も定まらない。
 嗚呼、今こうして母の顔を見たら、限界を超えた無理をしているその表情に、娘をなんとしてでも護るという母親の矜持と強い意志が感じ取れて。

「かあ、さん……」

 胸にこみ上げてくる思い。瞳の端が熱くなる。
 嗚呼、でも、この先を知っている。クトゥルティアは知っているのだ。

「ここにいたのか!!」

 聞こえてきたのは、力強い声。その声だけで人を安堵させる彼は、伝説の英雄と呼ばれた父のもの。
 クトゥルティアの視界が更に高くなる。母ごと父に抱き上げられたのだ。
 母と自分を抱き上げながらも、父が走る速度は早く、安定している。
 ああ、きっと大丈夫――根拠のない安堵にクトゥルティアが満たされたその時。

「ぐぁっ!」
「きゃあっ……!?」

 強い衝撃に襲われた。それだけはわかった。けれども視界が塞がれていて、何が起こったのかその時にはわからなかった。
 ただ母と共に我が家へと逃げ込み、暖炉の中にある隠し扉に押し込まれたのはわかった。

「ここから出てきちゃ駄目よ」

 母にそう告げられたのは覚えている。
 次の瞬間、家が屋根ごと、上半分削り飛ばされたことも。

「あなた!」

 母の悲痛な叫び声。完全に締め切っていない隠し扉から見えたのは、醜悪で暴力的な生き物が、父らしき者を握りしめている光景。
(「あぁ、両親がオブリビオンに生きたまま食べられる……」)
 その光景を前にして、今のクトゥルティア呼吸すら忘れて。視線を動かしてこの光景から目をそらすことも出来なくて。
(「私を庇って父さんと母さんが!」)
 先ほどの強い衝撃は、オブリビオンに追いつかれた父が自身の身と引き換えに、母ごとクトゥルティアを自宅へ近づけようと投げた時のもの。
 ほぼ痛みを感じなかったのは、母が自分の身を呈して、クトゥルティアを抱きしめて守ってくれたから。

 そして。

 むしゃっ……ぶしゃぁーっ!

 頭を口に含まれ、もぎり取られた父の身体から、赤い雨が降ってきた。
 父の身体を咀嚼しながらソレは母へと手を伸ばして。

 むしゃあっ……。

 母は上半身を噛みちぎられて、そして咀嚼されていった。
 その光景を目撃してしまったクトゥルティアは、いつの間にか気を失っていた。
 気がついた時には暖炉奥の隠し扉から繋がる地下室の階段下に、横たわっていたのだ。
 身体のあちこちが痛い。
 恐らく気を失った時に持ち上げて開けるタイプの扉が自動的に閉まり、自身は急勾配の階段から転落したのだろう。
 どのくらい気を失っていたのかはわからない。
 けれども外からは、何も聞こえてこなかった。
 悲鳴も怒号も剣戟の音も、人や動物の営みの音さえも――。

 * * *

 喉が、酷くひりつく。うまく声が出せない。けれども映し出された情景は、まだ続いていた。
 故郷は燃え落ち、幸せは完全に崩壊した。
 それでも生を選んだクトゥルティアに、世界は優しくなかった。
 一緒にいると不幸になる、呪われる――そんないわれのない中傷と迫害を受け、それでも、それでも生きてきたけれど。

「……どれも辛かった、思い出したくない!」

 心からその言葉を吐き出したら、口の中に血の味が広がった。無理矢理声を張り上げたことで、ひりついていた喉から出血したのだろう。
 けれども、その想いは吐き出さねばならなかったのだ。
 それは、とうに乗り越えたものだった。それでもこうして見せられれば、傷口から血が吹き出す。
(「だけれど、私はもう折れないし腐りもしない!」)
 そうだ。今のクトゥルティアは力を手に入れ、その正しい使い方を教わり身につけた。復讐に駆られて走り回っていたのはもう過去のこと。
 クトゥルティアは一歩、踏み出して。足が動くことに安堵の息をついた。そしてそのまま、歩み始める。
(「お父さん、お母さん」)
 しっかりとした足取りで、クトゥルティアは『過去』を踏みしめて乗り越えてゆく。
(「勇気と覚悟を胸に、私はこの迷宮を進むよ!」)
 強い意志をもって誓いを胸にすれば、あの頃の自分の家の玄関扉が見えた。

 * * *

 扉を開けた先にクトゥルティアが見たのは、メイファの背後に瑞樹が落下してくる光景だった。彼が構えたナイフからその行動を予測し、クトゥルティアはメイファへと距離を詰めにかかる。

「あまい――」

 彼女の言葉が正しく形を成す前に、瑞樹が彼女の背中を斬りつけた。クトゥルティアへと向かって放たれようとしていた炎の騎馬軍団は、中途半端な状態で向かってくる。
 けれども下位互換とはいえ父の技で力を開放したクトゥルティアには、その中途半端な騎馬軍団の動きは鈍すぎて。

「最初に偽物とはいえ、父さんを見せてきたお礼だよ」

 騎馬たちを軽々と避けて彼我の距離を詰めたクトゥルティア。

「父さんの技で貴女を倒す!」

 自身から生み出したその刃で、父の技を使い――父娘の協力攻撃ともいえるその斬撃は、赫を纏う女領主を見事に斬りつけた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

アウレリア・ウィスタリア
いつの間にか隣にいる彼(f12649)
そして目の前に立つ二つの影
大きな白翼を持つ琥珀の瞳の男性と彼に寄り添う紫の髪をした黒翼の女性

お父さん、お母さん?

隣から聞こえる同じ言葉
ハッと見上げる先には私と同じような髪色に首を飾る見覚えのあるチョーカー

私はキミを知っている?
記憶にはないけど心が訴えてる
キミは私の半身

行く手を阻むのは記憶の中にある朧げな両親の姿
横に立つのは見覚えのある彼

あぁ、私はまた前に進める
【空想音盤:追憶】
さぁ、吹き荒れろ花の嵐
幻を吹き飛ばし、その先でほくそ笑む敵を切り刻め
私はまた私を取り戻した
この想いは何者にも侵されはしない

これは歓喜の歌
私の心は狂気に染まりはしない

アドリブ歓迎


ルフトゥ・カメリア
f00068と

立ち塞がるのは、薄茶の髪にネモフィラを咲かせた白翼の騎士と、赤い眼鏡をかけた赤い瞳の黒翼の女性
騎士はただ大きな翼を広げて立っているだけなのに
女性はただ騎士に寄り添っているだけなのに
息が詰まる、踏み出せない

……父さん、母さん

薄ぼんやりと、断片的な記憶の底から咄嗟に零れた声
同じ言葉がすぐ隣から聞こえた
はっとして見た先に母と同じ色の髪と、父と同じ琥珀の瞳
互いの首に揃いのチョーカー

……嗚呼、お前だ
ずっと、探してた俺の半身

泣きたくなる程の安堵と歓喜
話したい、名を知りたい
その為にも、……先に進む
てめぇなんぞに構ってられるか、邪魔すんな
吹き荒れる花弁の嵐
父と同じネモフィラが敵を穿つ

アドリブ歓迎



 いつの間にか、隣に彼が/彼女がいた。
 けれどもそちらへと意識を向けるより先に、ふたりは目の前に現れたふたつの人影に、視線と思考を奪われてしまった。

 ひとりは、薄茶の髪にネモフィラを咲かせ、その大きな白い一対の白翼にネモフィラの蒼を映した男性。琥珀色の瞳をこちらへと向ける彼は白い騎士服に映える蒼いマントを纏い、自ずと天(そら)へ羽ばたく姿が想像できる――そう、まるで天騎士とも言うべき姿。
 もうひとりは、紫色の長い髪に角を持ち、赤い縁の眼鏡の向こうから赤い瞳でこちらを見つめている女性。腰の位置から生える黒い翼を持つ彼女は、首元に紫水晶のついたチョーカーをつけ、美しい脚を惜しげもなく晒している。
 騎士は、ただ大きな翼を広げて立っているだけで。
 女性は、ただ騎士に寄り添っているだけで。
 何か言葉を発したわけでも、こちらへと何かしたわけでもないのに。

 ――どうしようもなく、息が詰まる。胸が痛む。足が、縫い付けられてしまったかのようにそこから動けない。

 アウレリア・ウィスタリア(憂愛ラピス・ラズリ・f00068)とルフトゥ・カメリア(月哭カルヴァリー・f12649)。ふたりは互いが同じ光景を目にしていることに気がついていない。
 動けないふたりが何とか出来た唯一のこと、それは。

「お父さん、お母さん?」
「……父さん、母さん」

 薄ぼんやりとした断片的な記憶から、その記憶の奥の奥、底から溢れ出して無意識にこぼれたそれを声に出すこと、それだけ。

「「!?」」

 その時、ようやく気がついた。
 隣から同じ言葉が聞こえたことで、彼と/彼女と自分が同じ光景を見ているのだと。
 その意味を考えるより先に、反射的にはっとそちらを見やれば、互いの髪色が同じであることにも気がついた。
(「あのチョーカー……」)
 彼の首元には、アウレリアのものとよく似た黒いレース生地のチョーカー。違うのはそこについている石だけ。
(「母さんと同じ色の髪……父さんと同じ色の瞳……それに、あのチョーカー……」)
 彼女の白と黒、翼のふた色は、両親からそれぞれ受け継いだものなのだろう。何より互いの首元のチョーカーは、明らかに揃いのものだ。
 ルフトゥの赤椿の瞳と、アウレリアの狐珀の瞳が、しっかりと互いを捉える。
 先に口を開いたのは、アウレリアだった。

「……私はキミを知っている?」

 愚問だと、わかっていた。だって、だってこんなにも、心が訴えているのだもの。

「……嗚呼、お前だ」

 ルフトゥは自身の声の震えに気がついていたが、そんなこと、今はどうでもよかった。早く、早く伝えなくては。

「ずっと、探してた俺の……半身……」
「あぁ……キミは私の半身」

 彼のその言葉に、アウレリアの心が必死に訴えてきたそれが、すとんと自身の中に着地した。記憶にはないけれど、心は確かに覚えていたのだ。

「っ……」

 彼女と話したい。名前を知りたい。
 泣きたくなるほどの安堵と歓喜が、血液代わりの地獄の炎を伝い、ルフトゥの中を駆け巡る。

「……あれが……」

 行く手を阻むふたりは、記憶の中にある朧げな両親の姿と一致する。そして隣に立つ彼には/彼女には――確かに見覚えがある。
(「あぁ、私はまた、前に進める」)
 さぁ吹き荒れろ――アウレリアの起こしたネモフィラの花嵐が、大切な人たちの幻を吹き飛ばす。
(「……話をするのは、先に進んでからだ」)
 幻が吹き飛ぶのと同時に花嵐は幻の背後の壁を、カーテンを開けるかのように開いた。開けた視界に映ったのは、赫い女。

「てめぇなんぞに構ってられるか、邪魔すんな」

 ルフトゥが喚び出したネモフィラの花嵐が、メイファへと向かう。

「私はまた私を取り戻した。この想いは何者にも侵されはしない」

 アウレリアが再び放った花嵐は、ルフトゥのネモフィラと自然に融合し、父譲りのその花は正しくつがいと噛み合って。より一層大きく鋭い切れ味でメイファを穿つ。

 嗚呼、彼女が紡ぐ旋律は、表情として浮かぶ代わりに歌となって溢れ出した感情。
 それは歓喜の歌だ。
 万難に耐え、自身の一部を切り離して何とか生きてきて、ようやく、ようやく真実の欠片を手にした喜び。

(「私の心は、もう狂気に染まりはしない――」)

 とうとう半身を見つけた。
 ああ、今ならきっと――俺たち/私たちは、無敵だ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

三上・チモシー

迷路に進む
何を忘れているのか知りたいから
教えて、きみのことを
(……思い出しても、どうか嫌わないで、いなくならないで)


猫がいなくなった
姉妹が悲しんでいる
鉄瓶には何ができる?何もできない
ならどうすれば?
そうだ、猫が戻ってくればいい

呼び止めた猫を閉じ込めて
逃げないようにしっかりと鍵をかけて
人と成るには足りない自我に猫を加えたなら
そして──猫は鉄瓶のヤドリガミとなった

これが、未熟で身勝手な鉄瓶の忘れたい過去
忘れさせた記憶



えっチモシーに嫌われるのイヤで忘れさせたの?しょうもなっ(空気読まない灰燼拳)

……だってほら、さっきの敵の姿、きみも見たでしょう?



 三上・チモシー(カラフル鉄瓶・f07057)の前に広がる迷路に映し出されたのは、実家のお寺の部屋。見慣れた景色だ。
「何を忘れているのか知りたいから、教えて、きみのことを」
 自身の本体である南部鉄瓶を大切にいだいて、穏やかな声でチモシーは語りかける。

 ――……思い出しても、どうか嫌わないで、いなくならないで……。

 先程問いかけてきた声が応えてくれた。その声は震えていて、縋るようにチモシーに乞うたけれど。チモシーの願いを拒絶することはなかった。

 誰もいなかった部屋の中に、灰色髪の姉妹の姿が浮かび上がった。
 この風景はチモシーも知っている。寝る前に南部鉄瓶で沸かした白湯を飲むのが日課になっている姉妹の様子が、いつもと違った日のものだ。
 UDCアースで見たその光景がやはり鍵になっているのだと、チモシーは静かにじっと、それを見つめる。

 ――おかしい。今夜は猫がいない。妹は一度も鉄瓶を見ず、ずっと泣いている。

 聞こえてきたのは先程からチモシーに話しかけてきた声と、同じ声。

 ――ああ、あの茶色の猫はいなくなってしまった。だから姉妹はふたりとも、悲しんでいる。

 元気のないふたりを見つめる鉄瓶は考えた。
 鉄瓶には何が出来る?
 こうして湯を沸かす以外に、ふたりに何ができる?
 だがいくら考えても辿り着く先は、同じ行き止まり――何も出来ない。
 それでも鉄瓶は諦めなかった。自分を大切に使ってくれる姉妹に、なにかしてあげたくて。けれども鉄瓶は鉄瓶以上でも以下でもなくて。
 なら、どうすれば?

 ――そうだ、猫が戻ってくればいい。

 ようやく見つけた道。自我を持つにまで至っている鉄瓶には、姉妹の傍で嘆いている猫の声が聞こえた。まだ現世に留まっている、その魂を見つけることが出来た。

『――熱い、あつい、あついのはいやなの、だれか、たすけて――』

 夏の日差しが殊更強い日だった。猫は熱された道路へと飛び出して、車に跳ね飛ばされて――焼けてしまいそうなほど熱い地面に長いこと横たわっていたのだという。
 勝手に外に出ちゃダメだよと、いつも口を酸っぱくして言われていた猫だったが、みんなが自分を置いて行ってしまう扉の向こうが常に気になっていたようだ。
 今日は不幸な偶然が重なって、その扉をきちんと閉め忘れたことに誰も気が付かなかったのだという。
 ああ猫は、はねられた痛さよりも地面の熱さを強く覚えたまま、息を引き取ったのだろう。だからこんなにも、熱いと鳴いているのだ。ならば。

 ――可哀想に、こちらへおいで。熱に強い体をあげる。

 ピクッ……鉄瓶の呼びかけに、姉妹の傍で嘆いていた猫の魂が反応を示した。

『本当?』
 ――ああ、本当だよ。代わりに――。

 寄ってきた猫の魂に、鉄瓶は告げる。

 ――君のぜんぶを頂戴。

 呼び止めた猫の魂を自身の中に閉じ込めた鉄瓶は、猫が逃げないようにしっかりと鍵をかけた。
 そして人の身を得るのには歳月の足りぬ鉄瓶は、己の自我に猫の魂を加えて――。

 そして誕生したのは、寺で愛用されていた南部鉄瓶のヤドリガミだ。
 そう――猫は南部鉄瓶のヤドリガミとなったのだ。
 寺の家族たちが、ヤドリガミのチモシーのことを猫のチモシーの生まれ変わりだと信じているのも、間違いではなかったのだ。
 ただ、ヤドリガミとして生じたチモシーは、猫としての記憶を忘れていた。
 鉄瓶が、忘れさせたから。

 これが、未熟で身勝手な鉄瓶の、忘れたい過去。

「あー……そういうことかぁ……」
 チモシーがぽろりと零すと、目の前の光景は迷路とともに消えていった。それは彼が、すべてを受け入れる覚悟をしていたから。すべてを受け入れたから。
 なんとなく、そんなかんじなのかなーとちょっとチモシーは予想していたけれど。
(「あれっ? 忘れさせた理由って……」)
 ふと考えて辿り着いた答えに、思わず口が勝手に動いた。

「えっ、チモシーに嫌われるのイヤで忘れさせたの?」
 ――……、……。
「しょうもなっ」
 ――えっ。

 彼のその感想に、鉄瓶が驚きの声を上げる。チモシーは目の前の観覧席を包み込むネモフィラの花嵐に、怯みもせず突っ込みながら鉄瓶へと言葉をかける。

「……だってほら、さっきの敵の姿、きみも見たでしょう?」

 蒼の花弁に深く深く抉られて、メイファは突如花嵐の中から現れたチモシーに反応することが出来ないようだ。そんな彼女にチモシーは、躊躇うことなく拳を打ち込んで。彼女が座したまま身体を折るのを見届けずに、花嵐の中から離脱した。

 髪の色こそ違うが、チモシーにそっくりの敵――チモシーの目に『大切な相手』として現れたその姿を考えれば、鉄瓶の心配は杞憂に過ぎなかったのだと、おのずと知れた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

城島・侑士

許さない
許さない
偽者とはいえ俺に妻の姿をした者を殺させた
手足を潰して早く殺してくれと懇願するくらいの苦痛を味合わせてやるよ

過去に俺を虐待していたヴァンパイア共が塞ぐ道が現れる
奴等は記憶の中と同じで下卑た笑みを浮かべていた
はははは!ぶっ殺してやりたいと思ってる相手をわざわざ出してくれるなんてな
次は子供を出してくるんじゃないかと思ってたんだぜ?
静かに息を吐き気合を入れ過去の悪夢にハンマーを振り下ろす
…この場に妻が、子供達がいなくてよかった
きっと今の俺は酷い顔をしている

メイファ戦
得物を銃に変え
咎力封じからの二回攻撃
主に足を狙う
相手からの攻撃は館内の遮蔽物に身を隠してやり過ごすかオーラ防御で対応する


リーヴァルディ・カーライル


…私の前に現れたのは幼い頃の記憶。
異端の神の狂信者だった母に短剣で刺され、
左目に生贄の聖痕“代行者の羈束”を刻まれた日の幻

…ん。つくづく人を不快にさせてくれる。
はこんな光景を見せてくるなんて…。

…だけど、無駄よ。
…人類に今一度の繁栄を。そして、この世界に救済を。
大切な人達から託されたこの誓いがある限り、私が折れる事は無い。

吸血鬼化した生命力を吸収してUCを二重発動(二回攻撃)
大鎌の刃に闇属性の“過去を世界の外側に排出する力”を溜め、
殺気を込めて大鎌を振るい“闇の竜巻”を起こし、
呪詛のオーラで防御ごと傷口を抉るようになぎ払う闇属性攻撃を行う

…骸の海で後悔しなさい。
この私の怒りに触れた事を…。



(「許さない、許さない――」)
 心のなかに満ちるそれは、体内を巡る血液を沸騰させるそれは、強い怒り。
(「偽者とはいえ俺に妻の姿をした者を殺させた……」)
 嗚呼、城島・侑士(怪談文士・f18993)の奥の奥から呼び戻されたそれは、かつて常にいだいていたそれと似ているようで明確に異なるモノ。
(「手足を潰して、早く殺してくれと懇願するくらいの苦痛を味合わせてやるよ」)
 許さない許さない許さない――その呪詛めいた感情によって呼び戻されるのは、かつての自分に似たモノだ。
 強くなれば誰にも何も奪われないと気づき、力を身につけた。けれども力を、自信と安心を得たと同時に、すべてのものが敵に見えて――戦って戦って戦うしかなかったあの頃の。
 奪われる前に奪え――そんな暴力的な思考に、疑問すらいだかなかったあの頃の自分。
 けれどもソレと似て非なるのは、今の侑士の怒りの根源には『愛する者』の存在が在るということ。
 ただ己のために、『戦うこと』自体のために力を奮っていたあの頃とは違う。愛する者、大切な者を、自身の想いを弄ぶように穢された――それゆえに彼は、子どもたちには決して見せない自分を露出させようとしていた。
 見た目は20代の青年たる侑士の菫青色の瞳が、『父』としての彼が持ち得ないカタチを見せる。細められたそれは鋭く、明確な敵意を映して目の前に現れた人物たちを見据えた。
 侑士の行く手を塞ぐように立ちはだかったのは、どれも見覚えのある顔だ。
 それはまだ身体も小さく、年端も行かなかった頃の記憶。けれどもその顔を忘れるはずはない。

「はははは! ぶっ殺してやりたいと思ってる相手をわざわざ出してくれるなんてな!」

 ああ、心から嗤った侑士の顔には、父親としての面影は残っていない。
 目の前にいるのは、かつて侑士を虐待していたヴァンパイア達。

『この半端者が!!』
『えらそーな顔してんじゃねーよ!!』
『謝れば許してやってもいいけどよー』

 あの頃の侑士には、彼らに抗う力がなかった。

『なんだよ、反抗する気か!?』
『その目つき、気にいらねーんだよ!!』

 侑士がダンピールだから。吸血鬼から見れば半端者であるその存在が気に食わなかった――だけではないだろう。
 ただそこに、いくら殴っても蹴っても痛めつけても――殺してしまったとしても――誰も咎めぬ存在がいたから。
 なにかの腹いせに、単なる暇つぶしに。理由のない、理不尽な仕打ちで憂さを晴らすために、侑士は虐待を受け続けた。

「次は子供を出してくるんじゃないかと思ってたんだぜ?」

 だが、今の侑士はあの頃の無力な子どもではない。
 戦う力を手に入れ、数多の戦場を渡り歩き、力の使い方を学び――そして、大切なものを持っている。
 大切なものが出来ると弱点が増えると、誰かが言っていた。ドラマや小説などのフィクションの中でもよく使われるセリフだ。
 けれども侑士にそれは、当てはまらない。
 否。確かに妻や子どもたちには弱い。甘くなってしまう自覚はある。けれども何もなかった自分がそれを手に入れることができたのは奇跡で、そして彼らは侑士にとって何よりも尊いものであると魂に刻まれたから――彼らのためならば、侑士はいくらでも強くなろう。どんな手を使ってでも、万難を排してみせよう。

 ふう……静かに細く息を吐いて、『ブラッドマネー』を握る手に力を込める。スイッチを切り替え、気合を入れて奴らより先に踏み出した。

「ハァッ!!」
「くたばれっ!!」

 暫く使っていなかった『ブラッドマネー』の重みを、実感する。若い頃にこれを使っていた時は、そんなこと気にならなかったのに。
 記憶の中と同じ下卑た笑みを浮かべて侑士を従わせようとする奴らを、その重いハンマーで殴りつけ吹き飛ばして押しつぶして。

(「……この場に妻が、子供達がいなくてよかった」)

 きっと今の俺は、酷い顔をしているから――……。


 けれどもハンマーを振り終えた時。

(「ああ……そういうことか……」)

 過去の悪夢を全て屠ったその時、侑士は知った。
 その重みは、今の侑士が抱えている大切なものの重さであり、『重い』は『想い』に通ずるのだと。

(「日本語だからこその言葉遊び……いや、言霊の力、か」)

 家族の顔を思い浮かべたその時、乾いた血の色をした牢屋の扉が開いた。
 道は、未来(さき)に通じている――。

 * * *

(「ああ――……」)
 リーヴァルディ・カーライル(ダンピールの黒騎士・f01841)は目の前に生じた迷路のような空間に映し出された光景に、息をついた。
 それは、彼女の幼い頃の記憶。
 
『かあさま?』
『怖いことはなにもないわ、リーヴァ』

 波打つ銀糸に澄んだ蒼い瞳。赤い髪飾りと赤と黒のドレスが、とても良く似合っていた母。母の優しい声に、幼い自分はそれ以上問うことはなかったけれど。
 なぜ自分が祭壇に横たえられ、動けないほどに拘束されているのか――その疑問は消えていない。

『リーヴァ、いい子ね。もう暫く、いい子にしているのよ』

 母のその言葉を聞くと、何故かいつも頭がぼーっとして、ふわふわしてきて、目を開けているのに眠っているような不思議な感覚に陥った。 
 ――けれども。

『あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?』

 左目に走った強烈な痛みは、幼子には到底耐えられるものではなく。少しでも痛みを逃すために四肢を動かしたいと思っても、それは強固に拘束されて叶わない。
 幼いリーヴァルディは、自分に何が起こったのかわからなかった。ただただ左目が、痛くて熱くて。痛みが怖くて。
 かあさまたすけてかあさまたすけてかあさまたすけて――心から願っても、口から溢れるのは叫びと呻きと荒い息のみ。

『――、――、――――――!』

 かあさまがなにか言っている。けれどもリーヴァルディはそれを、言葉として認識できなかった。
 ただただわかるのは、左目に何かが無理やり宿ろうとしている感覚。左目が、何かと繋がろうとしている感覚。

 わからないわからないわからない。
 どうしてこんなにいたいのあついのくるしいの。
 こんなにもこわいのになんでかあさまはたすけてくれないの。
 なんでなんでなんで――。

 浮かんだ疑問符は、いつの間にか落ちた意識の中へと消えていき。
 リーヴァルディが再び目覚めた時には、そんなもの、どうでもよくなっていた。
 だってかあさまが、だきしめてくれたのだもの――。


「……、……」
 その光景を見据えていた今のリーヴァルディは、表情を変えることはない。
「……ん。つくづく人を不快にさせてくれる。こんな光景を見せてくるなんて……」
 それは幼い頃の、母との記憶。
 異端の神の教信者だった母に、あの時、短剣で刺された。あれは、リーヴァルディの左目に生贄の聖痕たる『代行者の羈束』を刻まれた日の光景。

「……だけど、無駄よ」

 以前だったらわからない。けれども今のリーヴァルディは、もはやこのくらいでは揺らがない。だって。

「……人類に今一度の繁栄を。そして、この世界に救済を」

 大切な人たちから託された誓いがある。この誓いがある限り、リーヴァルディが折れることは無い。
 誓いの言葉により、彼女の前に広がる迷路は一本道へと変化してゆき。
 確たる足取りでその道を進んだリーヴァルディは、血色の薔薇が絡みついた扉を開けた。

 * * *

 侑士が扉を開けたその先には、蒼い花弁で囲まれた観客席があった。花弁はすでに収束しつつ有り、その奥にメイファの『赫』が見える。
 そして自分より数瞬遅れて出現したその気配に、侑士は声をかける。それが誰であるのかなど確かめなくてもいい。ここにいる以上、目の前の『赫』以外は『猟兵』という、少なくともこの場においては志を同じくする仲間だ。

「援護する。行けるか?」
「……ん」

 その短い諾の声を聞くと同時に、侑士はメイファの力を削ぐべく三種類の拘束具を放った。花弁に加えて身体の中心部――人体構造的には急所である部分に、凄まじい威力の拳を打ち込まれた彼女は、拘束具の飛来を察知できていない。それでなくともこれまでこの場に辿り着いた猟兵たちの攻撃で、彼女は満身創痍であったのだから。
 リーヴァルディは手にした『過去を刻むもの』の刃へと、二重発動分の力を溜める。その間に侑士は『シミュラクラ』でメイファの足を狙った。念には念を入れて彼女の動きを封じにかかる。

「……骸の海で後悔しなさい」

 闇の属性を持つ『過去を世界の外側に排出する力』を溜めた大鎌に、これ以上無いほどの殺気を込めたリーヴァルディは、それを思い切り振るう。
 すると出現した闇の竜巻は、メイファだけを包み込んで蹂躙し――。

「この私の怒りに触れた事を……」

 床を蹴って一気に距離を詰めたリーヴァルディは、呪詛をこめた薙ぎ払いでメイファの胴を引きちぎった。

 * * *

「……どう、して……」

 観覧席に残ったメイファの下半身は、傷口から徐々に灰へと変わっていく。流れ落ちた血も、鈍色の灰へと姿を変える。

「なん、で……あんな、に……過去……」

 床に落ちた上半身は、もう首の近くまで灰化している。それでもメイファは、猟兵たちを見据えて。

 領民たちの心は、感情は、揺さぶってやればすぐに壊れた。
 面白いけれど、すぐに使い物にならなくなって、飽きた。
 飽きたら次のオモチャを持ってこさせればよかったけれど。
 目の前の彼らは、領民の持ち得ぬ記憶や過去や想いを持っていて、心が昂ぶった。
 けれども彼らは――ひとりとして壊れなかった。折れなかった。

「……あなた……ちは……こわれ……」

 どうしてだろう。なぜだろう。
 疑問とともに輪郭を濃くしていく昂ぶりに、メイファは思った――ああ、このままもっと遊んでいたい、と。楽しみたい、と。

 嗚呼、彼女の頭がもう灰になっていく。
 そうなる直前に彼女は疑問を口にしたけれど、その答えを待つだけの時間は残されていなかった。
 いや、答えなんて要らなかったのだ。
 きっと、彼女は猟兵たちが目の前のものを乗り越えていくさまを見ていて、答えにたどり着いていたから。

 彼女は最期まで口元に、歪んだ笑みを浮かべたままだった――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第3章 日常 『花咲く季節』

POW   :    花の側まで近づく、花を愛でる

SPD   :    花の香りを楽しむ、花を愛でる

WIZ   :    花の造形や生態を思う、花を愛でる

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 鮮烈な『赫』い領主は散り、領内に訪れたのは、もう誰が召されるのかと毎日怯えずにすむという安堵。
 猟兵たちが近隣の町へ女領主の討伐を告げれば、最初は疑いと戸惑いの視線を向けてきた人々も徐々にその実感を得ていったようで。
 見えるのは安堵と喜びの表情だった。

 もしかしたら今後、別の領主が現れるかもしれない――けれども誰もそれを口にはしない。
 領民たちだってその可能性を十分にわかっているはずだ。けれども今は、束の間であっても解放された喜びに浸っていたい……その気持ちも十分にわかる。
 この世界で浸透している支配体制を崩すには、未だ足りないものが多い。
 けれども、今まさにそこで苦しんでいる人たちを救うことは出来たのだ。

 ひとりの少女がそっと猟兵たちの手を引く。
 ありがとう――そう告げた彼女は、お礼に秘密の場所を教えてあげる、とこっそり耳打ちしてきた。

 * * *

 少女から耳打ちされた場所へ向かった猟兵たちを迎えたのは、ここがダークセイヴァーだということを頭に置かなければ、取るに足らない場所だと思えたかもしれない。
 けれどもこの、夜と闇に覆われた世界でその場所は、非常に貴重な場所である。
 そこは葉が落ちかけた木々が作り出す森の入口から、奥へ奥へと入った場所。少女がそこへと至る目印を教えてくれなければ、たどり着けなかったかもしれない。いや、それ以前に、こんな場所があることすら気づかなかっただろう。
 森の奥の奥にあったひらけた場所には――。

 ――小さな泉と、その周辺に咲く小さな花々による花畑があったのだ。

 ひとつひとつの花はとても小さい。けれども寄り集まってひとつの景観を作り出しているのをみると、力を合わせてこの世界で生きている人々たちの命の輝きのようだ。
 泉の周りの木には、幹の下の方に少しずつ白い花が咲いている。地面に咲く白い花は泉に近づくにつれて青みを帯び、泉のふちまでいくと完全に青い花となっていた。
 ひとつひとつの花は指先に乗るほどの大きさで、どの世界の花とも似ていないような、けれどもどこかで見たことがあるような、名もなき花。
 この、奇跡が凝ったような場所で、静かにものを思いながら、いましばらく時を過ごそうではないか――。

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※プレイング受付は11/15(火)8:31からです。
 受付締め切りについては、マスターページや旅団『花橘殿』、Twitterなどで告知させていただく予定です。

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※訂正※
 誤→11/15(火)8:31からです。
 正→11/15(金)8:31からです。
 申し訳ございません、どうぞよろしくお願いいたします。

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セシル・エアハート
◎小さな花をいくつか手に取って。
花びらをそっと撫でてみる。
こんな真っ暗に包まれた世界でも、皆健気に生きているんだね…。

爽やかな風の音を感じながら。
今はもういない大切な兄弟を思う。

マリアム兄さん…、…ルイン。
もう帰って来ないって分かってても。
…せめて幻でもいいから二人に会いたかった。
願うなら、今すぐにでも…会いたい。

……!?
誰かに呼ばれ、振り返る。
…何だ、風か。
もしかして、二人が俺に会いに来てくれた?
…なんてね。
兄さん、ルイン。ありがとう。
貴方達の分まで、精一杯生き抜いていくから。
…きっとどこかで見守ってくれているよね?



 瑞々しい植物と、泉の澄んだ水の香りがセシル・エアハート(深海に輝く青の鉱石・f03236)の鼻孔をくすぐる。
 空には夜と闇が広がり、僅かばかりの光が差し込むのみ。
 小花が作り出すグラデーションの絨毯が、ちょうど青色へと変わるあたりで、セシルはそっと膝を折った。花を踏んでしまわないようにしゃがみ、「少し分けてね」と告げていくつかの青い花を掌へと乗せる。
 白い指先でその小さな花たちをそっと撫で、ふと空を仰いだ。他の世界であれば昼には陽の光が、夜には月の光が煌々と降り注ぐことは珍しくない。
 けれどもこの世界では――僅かばかりの光が射すことすら稀で。
 そんな中で植物が生き続け、花を咲かせるのが楽ではないだろうことはセシルにも分かる。
「こんな真っ暗に包まれた世界でも、皆健気に生きているんだね……」
 敬意のような感心のような、感嘆と感慨の入り混じった声色で告げれば、小花たちは柔らかな風に揺れ、セシルの掌の上で誇らしく笑んでいるように見えた。
 さわさわ、さやさやと、セシルの耳朶に触れるのは風と、僅かばかりの葉を擁した木々の音。
(「マリアム兄さん……、……ルイン……」)
 セシルの心のなかに広がるのは、大切な兄弟への思い。
 彼が遊戯場で出会ったのは、記憶にあるままの笑顔で斧を引きずる弟の姿。
 セシルの前に立ちはだかりながらも、記憶にあるままの優しい表情と声色で語りかけてくる兄の姿。
 ふたりはもう、二度と帰ってくることはない――それはセシル自身が一番良く知っている。理解している――けれども。

(「……せめて幻でもいいから、ふたりに会いたかった」)

 願って叶うものならば、今すぐにでも――会いたい……。

『――セシル』
『――兄さん!』

「っ……!?」

 誰かに、呼ばれた気がした。
 反射的に振り返ったセシルだが、そこにいるのは苦境でも力強く咲く花たちのみ。
「……何だ、風か」
 少しばかり落胆の色を乗せて紡いだけれど。
(「もしかして、ふたりが俺に会いに来てくれた?」)
 そう、思いたくて。思わずにはいられなくて。
「……なんてね」
 そんなことあるわけないとわかっているのに、それでも、この世界に射し込むかすかな光のような可能性に、思考を巡らせることをやめられない。 
「マリアム兄さん、ルイン。ありがとう」
 そっと掌の上に咲く青に視線を向けて。
 花の青とセシルの瞳に輝く青が、向かい合う。
「貴方達の分まで、精一杯生き抜いていくから」
 辛い環境でも花を咲かせる小さい花に、自然と自分を重ねる。
 あの悲劇から7年。突然刈り取られた幸せ、奪われた家族。与えられるのは苦痛と絶望のみで、決して楽に時間を重ねてきたわけではない。
 それでもここまで生きてたのは――。

「……きっと、どこかで見守っていてくれているよね?」

 希うように告げたセシルを、柔らかな風が応えるように包み込んで撫でていった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ナギ・ヌドゥー

花を愛でる趣味なんて無いんですけどね。
そんな無粋なぼくでも、この花畑はとても綺麗に感じてしまいます。
こんな残酷な世界でも懸命に生きようとする人達の願いが伝わってくる……


――自分にまだこんな感情が残っている事に少し驚く
あの『忘れてしまいたい記憶』が現れたのも無意識下での抵抗心だったのかもしれない
……この先ずっと良き猟兵を演じ続けたら、
いつか自分にも『大切な人』というものができるのだろうか?
……いや、それはありえないか

過去は無く未来も見えず
在るのはただ内なる狂気のみ
暗い穴の途中で留まる事は出来ない
地獄の底に堕ち切るまで屍の山を築き続けよう――



 白から青へと移りゆく、優しいグラデーションの花の絨毯。ゆっくりと視線を動かして色の移り変わりを眺めたナギ・ヌドゥー(殺戮遊戯・f21507)は、小さく息をつく。
(「花を愛でる趣味なんて無いんですけどね」)
 そんな自分の無粋さを、ナギは自覚している。けれどもこの花畑は、彼の心に『綺麗だ』という思いをいだかせた。
 不思議だが――不思議ではない。
(「こんな残酷な世界でも懸命に生きようとする人達の願いが、伝わってくる……」)
 まるでこの花は、この救いのない世界で懸命に命の灯火を燃やし続けている人々のように見えたから。

「っ……!?」

 一瞬ののち、ナギは思わず目を見開いた。
 自然と浮かんできたその思いを自身が受け止めていることが、信じられなくて。
 この景色を捉えた自身の中から、そんな思いが浮かんでくるなんて、信じられなくて。
(「――ぼくの中に、まだこんな感情が……」)
 もう、そんなもの、とっくに無くなってしまったと思っていたのに。
 記憶と一緒に、遠い遠い昔に、置いてきてしまったと思っていたのに。
 もしかしたら……あの『忘れてしまいたい記憶』が現れたのも、無意識下での抵抗からだったのかもしれない――。
 そう思うと同時に浮かび上がってくるのは、小さな灯火。

(「……この先ずっと良き猟兵を演じ続けたら、いつか自分にも『大切な人』というものができるのだろうか?」)

 遊戯場に入ったその時、ナギには敵であるダンピールの少女がそのままの姿で見えていた。敵は『大切な人』の姿を借りて現れると、グリモア猟兵は言っていたけれど。
 今のナギには、それに該当する心当たりがなかった。もしかしたら、消されてしまった記憶の中にはいたのかもしれないけれど。
 ダンピールの少女がそのままの姿で襲ってきた――それが事実を示している。潜在的にすら、今のナギには『大切な人』がいないと。
 だから、ふと、考えてしまった。
 少しばかり、期待してしまった。
 この先、それがあり得るだろうか――と。

(「……いや、それはありえないか」)

 自身の裡(うち)に浮かんだ灯火は、自ら吹き消した。
 過去はなく、未来も見えぬ。彼にあるのは、ただただ内なる狂気のみで。
 暗い穴の中を歩いている以上、途中で留まることは出来ない。灯火が見えたとしてももう、そちらの道を選ぶことなど――……。
「……、……」
 果たして自分先程、希望をいだいたのだろうか。
 自分の中には少しでもそれを、望む心があるのだろうか。
「……、……」
 自分のことなのに、自分のことだからこそ、なんとも結論づけるのは難しい。
 今はただ、暗澹たる穴の中を歩み、地獄の底に堕ち切るまで――屍の山を築き続けるだけだ――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ルフトゥ・カメリア

f00068と

……何か、まだ夢見てるみてぇで落ち着かねぇけど、……お前が見付かって良かった
……は?誰が弟だ、お前が妹だ

ちっちぇ……と見下ろす身長差
「妹を守ってあげるんだよ、×××はお兄ちゃんなんだから」そう言われた記憶が朧気ながらにもあるから、間違っていない筈だ

否定する彼女の仮面をぺいっと奪って、真正面からもっと顔を良く見よう
折角再会したんだ、仮面越しの必要なんてねぇだろ
(俺が護るべき妹、俺の片割れ。やっと見付けた安堵と喜びで、ついつい表情は緩む)

ルフトゥだ、ルフって呼ぶ奴もいる
俺のは適当に付けた名前だし、お互い本当の名前じゃねぇだろうけど
それでも良い
今度こそ、二度と忘れない
今度こそ、護る


アウレリア・ウィスタリア

青い花、綺麗ですね(f12649と共に)

わた……ボクはキミを見つけられてよかった
幻かもしれなかった思い出が真実だった
姉としてホッとしています
(想像してたよりでっかい弟ですね)

自分が妹だとは思っていない
覚えていない
だってはっきり思い出せたのは小さな
でも大きな背中だけだったから

だから自分が妹って言われたら否定します
言い争うなか仮面に手をかけられても抵抗はしない
彼が危害を加える気がないのはわかっているから

自然と微笑んでしまって
言い争うことがこんなに楽しいなんて

改めまして
私はアウレリア
親しい人はアウラって呼びます

私は本当の名前は覚えていないけど
彼は覚えているのだろうか?
大きな……兄かもしれない彼は



 小さな泉のほとり。青の花咲くそこに、ふたりは立っていた。
 別々に行動することなど、今は考えられなくて。連れ立って、グラデーションの絨毯を歩いた。
 けれどもどちらとも、黙ったままだった。なんとなく、落ち着かなくて。口を開いては言葉を紡がずに閉じ――そんな風にして、とうとう泉のほとりまで来てしまった。
 お互い、訊ねたいことも伝えたいことも、あふれるほどあるというのに。
 どうしても、第一声が紡げなかった。
 まだ、これが現実だという実感が薄い。
 それでも頬を撫でる少し冷たい風が、僅かだけれど鼻孔をくすぐる草花の香りが、これが現実であると教えてくれたから。
「……何か、まだ夢見てるみてぇで落ち着かねぇけど」
 そっと、隣に立つ彼女に、ルフトゥ・カメリア(月哭カルヴァリー・f12649)は赤椿の視線を向ける。
 ああ、幻ではない。消えてなどいない。自分と同じ髪色の彼女は、ここにいる。身長差のせいでつむじばかり見えて、黒猫の仮面のせいもあって表情は伺えぬけれど。
「……お前が見付かって良かった」
 絞り出すようにルフトゥが告げると、彼女がゆるりとこちらへと振り向く。
「わた……ボクはキミを見つけられてよかった」
 彼の方へと顔を向けて、視線を合わせようと彼の『赤』を探す。それは思ったよりも上にあって、アウレリア・ウィスタリア(憂愛ラピス・ラズリ・f00068)は彼を仰ぎ見るような形になった。
(「……想像してたよりでっかい弟ですね……」)
 それでも。
「幻かもしれなかった思い出が真実だった――姉としてホッとしています」
 彼に出会えたことでわかった。
 朧気な記憶は、苦難に耐えるために自身が作り出した幻ではなく。
 本当に、『アウレリア』と呼ばれる彼女自身のものだったと証明されたのだ。

「……は?」

 だが。嬉しさとこそばゆさの入り混じったような顔をしていた彼は、アウレリアの言葉にやや表情を歪めて。

「誰が弟だ、お前が妹だ」
「――姉です」

 感動の再会といった空気が、緊迫したものに変わってゆく。

「俺が兄だ」
「アナタは弟です」

 アウレリアは自分が妹であるとは思っていなかった。
 だってはっきり思い出せたのは小さな――でも大きな背中だけだったから。
 かつて思い出した記憶の中で、自身と旋律を紡いだ女性が、今では母親であるとわかる。
 自身と同じ琥珀色の瞳で優しくこちらを見つめていた男性が、今では父親であると分かる。
 けれどもあの時のアウレリアにとってそのふたりは、いまいち現実味のないもので。
 でも、でも。
 自分と同じ髪を持つ同じ背丈の少年の存在だけは――不思議と実感できていた。
 魂が(こころ)が確証を持っていた。何をもってしても埋められぬ自分の隙間には、この少年がぴったりとはまる――否、もとからそこは彼の場所だったのだと。

「お 前 が 妹 だ !」

 弟だ妹だと言い合う中、ルフトゥは気がつく。彼女の顔がずいぶんと、下にあることに。
(「ちっちぇ……」)
 口に出したら怒るだろうか。こくりとそれを飲み込んで、ルフトゥは彼女の反論を待たずに一気に紡いだ。

 ――『妹を守ってあげるんだよ、×××はお兄ちゃんなんだから』

「そう言われた記憶が朧気ながらにもあるから、間違っていない筈だ!」
「私は覚えてないのだから、アナタの勘違いという可能性もありま――」

 言葉の途中で、彼の手が己の顔へと伸びてくるのに気がついた。けれども、アウレリアは抵抗しない。
 だって彼に危害を加える気がないのは、本能でわかっているのだから。
 ふたりとも、知っている。
 緊迫した空気が剣呑なものへと変わることなど、ありえないと。

「折角再会したんだ、仮面越しの必要なんてねぇだろ」

 手にかけた黒猫の仮面は、簡単に剥がすことが出来た。ぺいっと奪ったそれを片手に、ルフトゥはじぃっと彼女の素顔を見つめる。
(「俺が護るべき妹、俺の片割れ――」)
 ずっと、ずっと、ずっと、探していた。
 辛うじて残っている薄ぼんやりとした記憶の中の彼女は幼児で、自身も同じく幼児であった頃の記憶であろうと推測されるそれは、疑い始めれば脆く崩れ落ちてしまう砂の城のようだった。
 けれども本能が、魂が、片割れを渇望していて。
 だから、探して、探して、探して――いつか必ずこの手で護ると強く誓っていた存在が、今、目の前にいる。
「――、――」
 ああ、やっと、手の届く所に。
 安堵と喜びが溢れて、表情が緩むのがわかるけれど。今日くらい――。

「ふ――……」
 取り去られた仮面。
 仮面越しでなく、直に彼の『赤』を琥珀色で見つめて、絡め合う。
 初めて会ったわけでもないのに。けれどもそれは、初めてによく似ていて。
 彼がとても優しい顔をしたから、アウレリアも自然と微笑んでしまった。
 言い争うことが、こんなに楽しいだなんて知らなかった。
 一方的に向けられる悪意ある罵倒には、もう何も感じないようにと感情を切り離してしまった。
 けれども今のこれは、明らかに違う。
 優しくて、暖かくて。
 だから。
(「私は本当の名前は覚えていないけど、彼は覚えているのだろうか?」)

「改めまして。私はアウレリア。親しい人はアウラって呼びます」

 はにかむように笑って告げれば。

「ルフトゥだ、ルフって呼ぶ奴もいる」

 彼もまた、すぐに名乗り返してくれた。

 今更名乗り合うなんて、なんだか不思議でおかしな感触だけれど。互いに記憶が欠落しているのだ。だからこれは、必要な儀式。
(「俺のは適当に付けた名前だし、お互い本当の名前じゃねぇだろうけど」)
 それでも、良い。
 今はそれで、十分だ。

「アウレリア――アウラ」

 今度こそ、二度と忘れない――誓いと戒めを編み込んで、その名を呼ぶ。
 今度こそ、護る――何者からも、何事からも。

「……ルフトゥ。……ルフ?」

 大きな――兄かもしれない彼の瞳を見つめてその名を紡げば、彼が嬉しそうに微笑ったから――……。

 風が吹き、足元に咲く小さな青い花が揺れる。
 それは互いの髪を彩る青い花に似ていて。
 父母だと確信したあのふたりを繋ぐ色にも、よく似ている気がした。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

黒鵺・瑞樹


適当な木影に腰かけて色が変わる花を眺めながらさっきまでの事を思い返す。

鏡の様に映した姿のはずだけれどやっぱり違ってた。
髪は主の方がやや癖があったし瞳も違ってた。何より戦い方。
体術とナイフが基本だった主と、剣術が主となった俺と。
考え方は限りなく近いけど主の方が割り切りは良かったかもな。
一歩裏路地に行けば安全を保証出来ない下町と、自然厳しくとも人々が助けあって生活してる出羽との差か。

近づこうと思っても結局は別の存在。
本歌と写しは別もの。
大事なものも本当は忘れたわけじゃない。自分の中で消化できて過去の物に出来ただけ。
今の自分を確立できたから揺らがなくなっただけなんだ。

ただ一言が俺を支えてくれてる。



 根本に近い幹から地面にかけてぽつぽつと白い花を咲かせる木々が、小さな泉と花畑を囲んでいる。木々自体の葉は落ちかけているのに、白い花は咲き、そして泉に向かって青へと変わる花の絨毯を作り出していた。
 黒鵺・瑞樹(界渡・f17491)はその、幹に咲く花を潰してしまわないようにと場所を選び、腰を下ろして幹へと寄りかかる。自然と漏れた息はため息のようであって、ため息ではない。
 白から青へと徐々に色を変えゆく花を視界に収める。その光景はまるで、変化や成長の過程を表しているかのように思えた。

 彼がそうしながら思い出すのは、さっきまでの出来事。
 ダンピールの少女を『スクリーン』として次々映し出された、『大切な人』たち。
 赫い領主の声で始まった遊戯(ゲーム)。
 彼の前に現れたのは――。

(「鏡の様に映した姿のはずだけれど、やっぱり違ってた」)

 思い返せば思い返すほど、気がつくのは類似点ではなく相違点。

(「髪は主の方がやや癖があったし、瞳も違ってた」)

 蒼い花弁の海で再会してからしばらくぶりにまみえた主とは、刃を交えることになった。
 そうなる可能性があることは、予想していて覚悟もしていたけれど。
 実際に刃を交えてみて実感したのは、彼との違いばかり。
 何より、戦い方にそれが顕著に見えた。
 体術とナイフが基本だった主に対し、今の瑞樹は剣術を主としている。

(「考え方は限りなく近いけど、主の方が割り切りは良かったかもな」)

 その差が戦い方にも、如実に現れているように思えた。
 主が育ったのは、一歩路地裏に入れば安全を保証出来ない下町。殺すことを躊躇っていては、自身が殺される――だから殺すことに躊躇いはなく、割り切りも良かった。死者は何も成さないと、実感をもって知っているからこそ。
 対して瑞樹がヤドリガミとして身体を得て長らく過ごしたのは、厳しい自然の中でも人々が助けあって生活している出羽国。
 幼い頃、生まれたての頃に長らく過ごした場所の『色』は、自覚がなくともその人の中へと染み付くもの。その下地の色の違いが、自然と差として現れたのだろう。

(「近づこうと思っても――結局は別の存在、ということだな」)

 姿かたちを似せても、口調を真似ても、考え方を参考にしても――完全に『同じ』モノになることは出来ない。
 それは、誕生の時点ですでに違うからかもしれない。
 経過した時間と降り積もった時間の中身が、違うからかもしれない。
 心を、持ってしまったからかもしれない。
 瑞樹は彼を『見ていた』けれど、彼の下地の色を頭では理解出来ても、自分のものにすることは出来ない。
 だって『彼』と瑞樹は、正しく『よく似た別の存在』なのだから。
 本歌と写しは別のもの――そう考えると、なんだか上手く腑に落ちたきがした。

 風が小さな花たちを揺らし、水面も小さく揺れる。その揺らぎが、ダンピールの少女たちに映し出された人の姿が、次々と移り変わるさまに似ているように思えて。
(「――……」)
 大事なものはもう、心から削ぎ落とした。
 けれども時折挟まれた黒い靄のような人影が、真実を如実に表していた。
(「大事なものも、本当は忘れたわけじゃない」)
 自分の中で消化できて、過去の物に出来ただけだ。
 今の自分を確立できたから、揺らがなくなっただけなんだ。
 けれどもその境地に至るまでは、様々な苦悩も悲嘆もあった。
 それでも、ようやくたどり着けたと、感じられる――。

 ああ。
 ただ一言が――俺を支えてくれてる。

大成功 🔵​🔵​🔵​

クトゥルティア・ドラグノフ
※アドリブ大歓迎

やっと終わったね。
もう体も心もボロボロだよ……
「ふん、その様では及第点だな……」
その声は父さん!?
そうか、疲労と傷で陽光月光が発動しちゃったか……
イタチザメのキマイラ、水色髪で、今私と同じコートを着た父さん。
こうしてしっかりと会うのは何だかんだで12年ぶりだね。
相変わらず辛口評価だけど、それが今では私のためだって言うのはわかってるから。
「だがよくやった、クー。立派になったな」
偽者ではない、本当の父さんは、体も心も大きくて……
私は、いつかこの背中を越えなければならない。
それを心に刻みつつ、12年ぶりの親子での日常を楽しもうと思うよ。



 白から水色を経て青へと変わる花の絨毯を歩き、小さな泉のほとりに辿り着いた。
 そっと腰を下ろせば、思いのほか身体が重く感じる。
 敵の根城にいる時は勿論だが、女領主を倒し近隣の町へとそれを報告した時も、そしてここに来るまでも、無意識に緊張状態が続いていたのだろう。
 それはあの遊戯場で見せられたモノのせいかもしれない。
 一度腰を下ろした今、クトゥルティア・ドラグノフ(無垢なる月光・f14438)の緊張の糸は切れ、その全身を倦怠感が包み込んでいる。すぐには立ち上がれそうにないけれど。
「やっと終わったね」
 その白い指先を泉の水へと差し入れれば、水の冷たさと清涼感に癒やされる気がして。
「……もう、体も心もボロボロだよ……」
 つい、零れ出たのは小さな弱音。
 両親の影を被った敵を排除し、思い出したくもない辛く、苦しい記憶を乗り越え――けれどもそれを幻だ、過去のことだときっぱりさっぱり気持ちを切り替えることなど、まだ出来なくて。
 その記憶は目に焼き付いて。第三者視点から見た記憶が、幼い頃の恐怖で狭まった視界から見た記憶を補完し、新たな記憶としてクトゥルティアの中に根を張ろうとしている。
 それは確かに辛く苦しい記憶だ。けれども新たに得た『事実』が、その絶望に抗する力を与えてくれる気がした。

「……父さん、母さん、……ありがとう」
『ふん、その様では及第点だな……』
「!?」

 ぽつり、紡いだそれは、両親のおかげで今の自分がいると再確認したから。
 そして聞こえてきた声には、覚えが……覚えがありすぎて。
 弾かれたように振り向いたクトゥルティアの背後に、その声の主はいた。

「その声は、父さん!?」

 そう。座しているクトゥルティアからは見上げるほど大きいその人は、英雄にしてクトゥルティアの父。
 イタチザメのキマイラである父は、クトゥルティアと同じ水色の髪。腰に剣を佩き、今のクトゥルティアが纏っているのと同じ薄菫色のロングコートを纏っている。
(「そうか、疲労と傷で陽光月光が発動しちゃったか……」)
 その父が、自身のユーベルコードにより喚び出された存在であると、理解したけれど。
 こうして座ったまま見上げる恰幅の良い父は、幼い頃に見上げた父の姿と同じで。
 あの戦いの、あんな記憶を見せられたあと、だからだろうか。
 こみ上げてくるものがあって、クトゥルティアは少しの間、言葉を紡げなかった。
「……父さん」
 それでもしっかりと父を見据えて。
「こうしてしっかりと会うのは、何だかんだで12年ぶりだね」
 笑んで、みせた。
 あの頃と同じ、屈託のない笑顔になっているかはわからないけれど。
 父の辛口評価は相変わらずで。あの頃はそれが悲しくて悔しかったけれど。今ではそれは、ぜんぶクトゥルティアのためだったということがわかるから。

『だがよくやった、クー。立派になったな』

 ああ、口元を緩めた父の手が、伸びてくる。
 くしゃくしゃと無造作に頭を撫でるものだから、髪の毛は乱れるし愛用の大型ベレー帽は頭から落ちかけるけれど。
 その撫で方はあの頃と同じで。
 その手の大きさも変わらなくて。
(「偽者ではない、本当の父さん――体も心も大きくて……」)
 頭から落ちかけたベレー帽を両手で支え、クトゥルティアは父から視線を外さない。
 けれど、少しだけその姿が曇って見えて――慌てて手で目元を拭った。
 父が大きくみえるのは、その体躯のせいだけではない。
 その心根、その人柄、その実力――すべてが相まって、父はとても大きく見えた。

(「――私は、いつかこの背中を越えなければならない」)

 並ぶことができれば、次は超えることを考えなくてはならない。それはわかっている。けれども再度、心に刻んで。

「父さん、せっかくだから一緒にのんびりしようよ」
『ん?』
「隣に座って」

 クトゥルティアに乞われた父は、よっ、と声を出しながら腰を下ろす。
(「やっぱり、まだ、大きい」)
 子どもの頃感じていたそれとは違うけれど。
 彼女にとって父は、大きいままだ。

「ここの水、綺麗だし飲めるのかな?」

 両手で泉の水を掬って。

 今このひと時は、12年ぶりの親子水入らずの時間――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

城島・冬青
お父さん…城島侑士(f18993)と


お父さん?
やっぱりお父さんだ!
この近くで仕事だったんだ
私もこの近くで護衛の依頼を受けてさ
あ、もう終わったよ
お父さんの方はどう?
…反応が鈍いというかテンション低いですね
何かあったのかな?と思うけれどそれを聞いてどうにかするのは私の役目ではないので気分転換に花畑を見に行ってみますか!
サービスで手も繋いじゃうよ

可愛い花だね
珍しいしパートナーへお土産に摘んでいくつもりだったのだけれど…やめとこう
なんか勿体無いし
ところでお父さん
指先冷たいね
冷え性なんじゃない?
可哀想だから温めてあげるね(両手で包むように温める)
そうそう
今日の夕御飯はカレーだってさ!
だから早く帰ろうね


城島・侑士
冬青(f00669)と


背後から声をかけられて驚く
娘もこちらの世界で仕事があるとは聞いていたが
近くだったとは思わなかった
というか…
娘は妻似だから
その…なんだか気まずい
普段なら仕事帰りに娘に会えるなんて疲れも吹っ飛ぶくらい嬉しいのに
逆に気を遣われてしまう始末…
にしても手を繋いで歩くのなんて久々だ

ここの世界で花が咲いてるなんて珍しいな
小さくて愛らしくて…でも力強い逞しい花だ
冷え性?
うぐ…否定したいところだが体温があまり高くないのも事実だ
…冬青の手は温かいな
普段刀を使ってるからか思ったよりも掌が硬いのは怒られそうなので言わない

カレーだと!?
こうしちゃいられない
今すぐ帰ろう!
最低でも三杯は食うからな!



 嗚呼、望み通りにあいつらと女領主を斃したというのに。なぜ心はこんなにも晴れないのか。
 わかってる、わかっている。
 偽者であるのは確かなのに、妻の姿をした相手を手に掛けた――その事実が、城島・侑士(怪談文士・f18993)の心に影を落としているのだ。
 姿を模しただけの敵を倒した侑士に、非はない。
 けれども侑士の心から、罪悪感が消えてくれない。
 妻への愛に変化があったわけではないのに。いや、むしろ妻への愛が深くて――深くて深くて深いから、だろうか。

「お父さん?」
「!?」

 だから森の入口で掛けられた声に、びくりと大きく肩を震わせてしまった。

 ――……一瞬、妻の声かと思った。

 そろりと首をめぐらせれば、視界に入ったのは当然妻ではなく。

「やっぱりお父さんだ!」

 太陽を凝らせたような、鮮やかな色の髪を揺らしながら向かってくるのは、娘だ。
 彼女もこちらの世界で仕事があるということは聞いていた。けれどもこんなに近くだとは思わなかったし、まさかタイミングよく、こうして出会えるなんて。
「この近くで仕事だったんだ? 私もこの近くで護衛の依頼を受けてさ」
「あ、ああ……うん」
「あ、もう終わったよ。お父さんの方はどう?」
「……終わったよ」
 娘――城島・冬青(六百六十九番目の宿木・f00669)はいつものように天真爛漫で明るい表情を浮かべ、声をかけてくる。普段の侑士ならば、仕事帰りに冬青に会えたら疲れも吹っ飛んで、彼女に鬱陶しいと言われるほどに喜ぶのだが。
(「……冬青は花に似ているからな……その、なんだか、気まずいというか……」)
 彼女から視線を逸らすことはしないが、気まずさが先行してしまって。つい、こう、いつもの調子が出ない。
「……反応が鈍いというか、テンション低いですね」
「っ……」
 もともと敏い冬青である。ここまであからさまに普段と違う態度の父を見れば、何かあったのかなとは思う。けれど。
(「それを聞いてどうにかするのは、私の役目ではないからなぁ……」)
 だから、今、冬青にできることは。
「お父さん、この森の中に行くの?」
「ああ。小さな花畑があるらしくてな」
「私も一緒に行ってもいいかな?」
 父の菫青色の瞳を見上げて、そしてそっと手を繋ぐ。普段なら、こんなサービスはしないのだけれど。
(「……気を使わせてしまったな」)
 娘が気遣ってくれているのが分かる。父親として情けないと思う半面、娘から手を繋いでくれたことを素直に嬉しく感じ。
「よし、行くか」
 久々に繋いだ手。
 冬青の手は、少し前までは侑士の手にすっぽりと収まる小ささだったのに。今はもう、掌に収まりきらない。
 侑士の手が、物書きなのにゴツゴツしているのが今なら分かる。すっぽり包まれていた頃は、気にしたことなどなかったのに。
 けれども。
 繋いだ部分から伝わるものは、昔と変わらなかった。

 * * *

 小さな花が、泉に向かって咲いている。
 泉の色が徐々に染み込むようなグラデーションに、ふたりは一瞬息を呑んで。
「ここの世界で花が咲いてるなんて、珍しいな」
 この世界出身の侑士には、娘よりもこの光景の希少さがわかる。
「小さくて愛らしくて……でも力強い逞しい花だ」
「うん、可愛い花だね」
 この夜と闇の世界で、微かな光を糧に咲く花は、決して大きくはない。けれどもこうして咲いている、ただそれだけで、十分彼らは強い。
(「やめとこう……なんかもったいないし」)
 花畑があると聞いたときには、パートナーへのお土産に摘んでいくつもりだった冬青だが。実際にこの光景を目にしたら、摘み取ってしまうのが酷くもったいなく思えた。

 それに――今、冬青の手の中には、手放したくないものがあるから。

(「はっ……!?」)
 そんな風に思ったことが、なんだか恥ずかしいようにもくすぐったいようにも感じて。冬青は繋いだままの手から視線を上げる。でも。
 見上げた父の横顔が――……。
「ところでお父さん。指先冷たいね。冷え性なんじゃない?」
「冷え性?」
 突然の娘の指摘に彼女へと視線を向けた侑士は、すぐにでも否定をしたかったものの……体温があまり高くない自覚もあって、言葉に詰まる。

「可哀想だから、温めてあげるね」

 けれどもそんな侑士の様子を見ているはずなのに、冬青がとった行動は、揶揄でも忠告でもなく。
 その細く白い指先と両の掌で、そっと侑士の手を包み込んだのだ。
 じんわりと、じんわりと、彼女の熱が侑士の手へと移っていく。
 熱だけでなく、その気持ちも……。

「……冬青の手は温かいな」

 余計な言葉を添えずとも気持ちが伝わるのはきっと、本物の家族だからだろう。気兼ねせずに気持ちを言葉に乗せて交わすことが出来る、そんな相手だからこそ。
「……、……」
 普段刀を使っているからか、思っていたよりも彼女の掌が硬く感じる――のは怒られそうなので黙っておくことに決めた侑士。
「そうそう」
「……?」
 と、彼女が口を開いたものだから、まさか考えていることが伝わってしまったのではと少し身構えたけれど。
「今日の夕御飯はカレーだってさ!」
「カレーだと!?」
 彼女の口から紡がれた情報に、心配は全て吹き飛んだ。
「だから早く、帰ろうね」
「こうしちゃいられない! 今すぐ帰ろう!」
 妻のカレーは世界一美味しいのだ。いや、妻の手料理はカレーに限らずすべて美味しいのだがっ!!
「最低でも三杯は食うからな!」
 そう告げた侑士は、冬青の手を握り直して花畑に背を向ける。
(「やっと、いつものお父さんに戻ったね」)
 手を引かれて早足で歩く冬青が笑みを浮かべていたことに、侑士は気が付かないふりをした。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

三上・チモシー

緑髪の人が手を差し伸べる
猫はその人に前足を伸ばした


鍵は消えた
いつでも外に出られる

……いや、どこにも行かないけどね
だってねぇ、13年ヤドリガミとして生活してるんだよ?
今更猫に戻るとか、成仏するとか、無いでしょ
っていうか、前までの不気味な感じ何だったの?
蓋を開けてみたらただの黒歴史隠蔽で微妙にムカつくんだけど
花で本体デコってやる!

どうせ、チモシーを無理矢理閉じ込めたと思って気にしてるんだろうけど
思い出したよ、チモシーは自分の意思で手をとった
きみに感謝した
だから、大切な人として現れた
そう、だからこれでいいんだよ
めでたしめでたし

花まみれになった本体を持ち上げる
目を合わせるように

これからも、よろしくね



 何も出来ないと嘆いていた緑色の髪の人物が、手を差し伸べる。
 熱いのは嫌だと嘆いていた茶トラの猫は、その手に前足を乗せた。

 ――そして、契約は結ばれた。

 けれどもその事実をその人物は、猫の記憶の奥深くへと封じて、鍵をかけて扉を締めた。

 今、鍵は消えた。
 真実を知った猫は、いつでも外に出ることが出来る――。

 * * *

「……いや、どこにも行かないけどね?」
 ――えっ。

 白い小花の中に座った三上・チモシー(カラフル鉄瓶・f07057)の言葉に、彼が手にしている南部鉄瓶の人格は驚きの声を上げた。

「だってねぇ、13年ヤドリガミとして生活してるんだよ?」

 そう。自我を持ってはいるが、人の身体を得るには足りぬ鉄瓶は、死しても飼い主の姉妹の傍で嘆く茶トラの猫の魂を取り込んで、融合し。
 そうしてヤドリガミとして生まれたのが、今のチモシーだ。毛先が黄緑色なのは、ふたつの魂が混ざりあった証。
 寺の家族は猫の生まれ変わりだと、彼に猫の名前をくれた。姉妹と並べると少し浮いてしまう気がするその名前が、それでもよく馴染んで感じられた理由が、今なら分かる。

「今更猫に戻るとか、成仏するとか、無いでしょ」
 ――えっ……。

 鉄瓶は、真実を知ったチモシーが離れていってしまうことを恐れていた。自分がしたことが、猫をだまして魂を縛り付けるという悪行だと、きっと肉体を得てから思ったのだろう。
 けれども恐らく、鉄瓶にとって猫はもう、大切な存在で。
 猫が離れていくことで人としての形を保てなくなるかもしれないという心配よりも、猫に嫌われるのを恐れた。

「っていうか、前までの不気味な感じ何だったの?」
 ――……それは……。

 だからUDCアースでは、猫が思い出したいと思わないようにとおどろおどろしい演出をしていたのだけれど。

「蓋を開けてみたらただの黒歴史隠蔽で微妙にムカつくんだけど」
 ――……。

 その表現が的確すぎて、鉄瓶としては言葉もない。

「えぇいっ、花で本体デコってやる!!」

 白い花と水色の花を鉄瓶にたくさんつけていき、まるでチモシーは憂さを晴らしているようにみえるかもしれない。
 けれどもそれは、半分あたりで半分間違い。

「どうせ、チモシーを無理矢理閉じ込めたと思って気にしてるんだろうけど」
 花を飾る手を止めて、チモシーはそっと人差し指を鉄瓶へとあてる。
「思い出したよ、チモシーは自分の意思で手をとった。きみに感謝した」
 それは、ダンピールの少女の姿が自分にそっくりの緑髪の人物に見えたことでも明らかだ。
「だから、大切な人として現れた」
 そう告げても、鉄瓶がまだ不安を払拭できていないのが分かる。
「そう、だからこれでいいんだよ。めでたしめでたし」
 だからこそ、ちょっと強引に話をハッピーエンドに持っていくチモシー。
 今ならば、UDCアースの料亭で見た『選ばれなかった未来』の意味もわかる。あの中の猫は、人としてのカタチを得た鉄瓶と仲良く遊んでいた。
 どちらにしても、チモシーが鉄瓶を嫌いになるなんて――ありえないのだ。

 そっと、花まみれになった鉄瓶を持ち上げる。それは、目を合わせる行為に似せていて。
 本体である鉄瓶と、今更分離する気は更々ない。だから。

「これからも、よろしくね」

 新しく、始めよう。
 今度は正しく、『ふたり』で。

大成功 🔵​🔵​🔵​

マリス・ステラ
【桜星】

「ありがとうこざいました、咲夜」

水面を見つめる咲夜に声をかける
彼女が抱えるもの、その重みは私にも見えていた
けれど、私は自分のことで精一杯で、しかし咲夜は

「あなたも苦しかったはずなのに」

ですが、咲夜は抱きしめてくれました
そして私の名を呼んだ

「咲夜?」

私へと伸びる手が髪に挿す一輪の白花
微笑む彼女に、今日は驚かされてばかりです
私も花に手を伸ばし咲夜の髪に飾る

「これでお揃いですね」

アルカイックな笑みを向ける
咲夜の優しさ、慈しみ、全てが美しく見える
抱えるその闇でさえも

「咲夜、あなたのことを教えてください。咲夜自身の言葉で」

もっとあなたを知りたいから
私も咲夜に話したいことがあります
いつかきっと


東雲・咲夜
【桜星】
束の間やったとしても
町の人等の穏やかな顔つきを見たら
あんじょう気張った甲斐あったなぁって
何度でも、駆けつけましょう

泉面から移ろう彩に心奪われ
思わず速歩に近づいて
暗い…せやけどだからこそ、密やかで美しい

マリスちゃんにあないな過去があるやなんて
思いもよらへんかった
いつも凛と、誇り高く背筋が伸びとって
せやけど其れも積み重ねた日々あればこそ

神秘的な彼女やけど、うちと変わらん女の子なんやなって
もっと仲ようなりたいなって
純粋に思ったの

白花を一輪、耀く彼女の髪に注し
ふぅわり小さな蛍の如き灯りが仄かに浮遊する
其れは静謐に佇む泉水をも優しく照らすように
ふふ…神霊達も、よう似合ってはるって言うてるよ



 それは、本当に束の間の平穏かもしれない。未来(さき)などわからぬから、いつまでその平穏が続くか、いつそれが壊されるかはわからないけれど。
 だからこそ、尊く感じるのだろう。
 束の間だったとしても――。
(「町の人等の穏やかな顔つきを見たら、あんじょう気張った甲斐あったなぁって」)
 何度でも、駆けつけましょう――そう約束して町をあとにした東雲・咲夜(詠沫の桜巫女・f00865)は、花畑に向かって木々の合間を行く最中も、領主討伐を告げた際の村人たちの表情を思い出していた。
 怯えることに疲れ果てて、生きている気力すらもう殆ど残っていない――そんな町の人にとって猟兵たちがもたらした報は、まさに希望の光。
 小さい、けれども大きな光に照らされた彼らの穏やかな表情を守ってあげたい、心から思ったのだ。

「わあっ……」
 突然開けた視界。それを占めるのは、泉から木の足元まで移ろう彩。
 思わず感嘆の声をあげて足早に花畑に近づいた咲夜は、膝をついて地に咲く小さな白に触れ、そして白を辿って泉まで続くグラデーションを見つめる。

(「暗い……せやけどだからこそ、密やかで美しい」)

 夜と闇に覆われたこの世界で密やかに咲く花々は、豪奢さは持ち合わせていない。けれどもこの世界の空の下という情景が相まって、他では真似できない美しさを持っていた。

「ありがとうございました、咲夜」

 ゆったりと近づいてくる足音の主はわかっていたから、咲夜は警戒していなかった。咲夜の視線が泉まで到達したその時、足音の主は咲夜の横で歩みを止め、言葉を紡ぐ。

 マリス・ステラ(星を宿す者・f03202)は思う。
 あの迷宮で咲夜がマリスの『記憶』を見たように、マリスもまた、咲夜の『記憶』を捉えていた。
 そしてそれが彼女の抱えるものであり、酷く重く、そして放棄することが許されぬものであると知った。
 けれどもあの時、マリスは自分自身がみせられた『それ』で心が、思考が満たされて。
 自分のことで精一杯だった。『それ』を受け止めることでいっぱいだった。
 でも、そんなマリスに咲夜は――。

「あなたも苦しかったはずなのに」

 ――それでも彼女は、マリスを暖かく抱きしめてくれた。

「そして、私の名を呼んだ」

 マリスのその言葉に、咲夜は泉を見つめたまま口を開く。

「マリスちゃんにあないな過去があるやなんて、思いもよらへんかった」
「……、……」

 いつも凛としていて、常に誇り高く、背筋が伸びていて。それが彼女であると思っていた。そんな彼女しか、知らなかった。
 けれどあの光景とあの時の彼女の言葉は、今の彼女は積み重ねた日々の上にある――そんな当然のことを思い出させてくれたと同時に。

「マリスちゃんは神秘的で、気高くて、特別な存在のように思えとったけど」

 ゆるりと視線を彼女へと移せば、咲夜を見下ろしている彼女の瞳の星が、微かに揺れているように見えた。

「うちと変わらん女の子なんやなって。もっと仲ようなりたいなって」

 近くの小さな花を一輪摘み取って。咲夜は立ち上がる。

「――純粋に思ったの」
「……咲夜?」

 そっと伸ばした手で、彼女の輝く髪にその白を飾る。小さな花は、彼女の煌めきには敵わないかもしれないけれど。それでも、これは『証』だから。
 ふぅわり……小さな蛍の如き灯りが、仄かにふたりの周りを浮遊する。
 その灯りは徐々に広がりゆき、変化をいだく花々と静謐に佇む泉水をも優しく照らし出した。

「ふふ……神霊達も、よう似合ってはるって言うてるよ」

 優しく微笑む彼女に、マリスは少しばかり瞠目して。けれどもいつの間にか、星の揺れが収まっていることを感じていた。
(「咲夜には……今日は驚かされてばかりです」)
 ゆっくりと膝を折り、マリスもまた花へと手を伸ばして。それを咲夜の、柔らかな色を映す髪へと飾る。

「これでお揃いですね」

 彼女の優しさ、慈しみ――すべてが美しくみえる。抱えるその、闇でさえも。だから。

「咲夜、あなたのことを教えてください。咲夜自身の言葉で」

 もっと、彼女のことを知りたいと思った。何も介さず、彼女自身の言葉で語られる、彼女のことを。

「うちのこと?」
「ええ」

 マリスもまた、彼女に話したいことがある。
 いつかきっと――けれどもそれは、そう遠くない未来に訪れるだろう、そんな気がして。
 マリスはいつものように、アルカイックな笑みを浮かべた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

リーヴァルディ・カーライル


…ん。綺麗な花畑ね。本当に素敵。
…なんて、少し前までの私ならば考えられないけど…。

人類に今一度の繁栄を。そして、この世界に救済を…。

託された誓いを果たす事だけを考えて、
ひたすらにこの世界の為に戦っていた頃と比べれば、
私の心は弱くなった。脆くなったけど…。

…それでも良いと言ってくれた人がいる。
一人じゃないと教えてくれた人がいる。
たとえこの場にいなくても繋がっている人がいる。

…だから大丈夫。恐れるものは何もない。
…こんな事ばかり思い浮かぶをのは、
やっぱり偽物の彼を見たから…かな?
次に来る時は、彼と一緒にこの花畑を見に来よう。
夜と闇に覆われた私の故郷にも、
素敵な場所があるんだと教えてあげましょう。



 眼下に広がる小さな花たちは、白から青へ――柔らかなグラデーションを作っている。
 微かな光に泉が淡く照らされて、小さくとも花が咲くこの空間が、どれだけ希少で貴重なものか……それをこの世界を故郷とするリーヴァルディ・カーライル(ダンピールの黒騎士・f01841)は、誰よりも理解し、体感していた。
「……ん。綺麗な花畑ね。本当に素敵」
 紫水晶の瞳にその光景を映した彼女の口から零れたのは、感じた思いを素直に表した言葉。少し前までの自分だったら、こんな言葉を零すなんて、こんな感情をいだくなんて、考えられない。もしかしたら、勧められたとしてもこの場所に足を運ぼうとすら思えなかったかもしれない。

「――人類に今一度の繁栄を。そして、この世界に救済を……」

 紡いだのは、託された誓いを表す言葉。この誓いを果たすことだけを考えて、リーヴァルディはひたすら戦っていた。
 この世界のために、この世界のためだけに。
(「あの頃と比べれば、私の心は弱くなった。脆くなった、けど……」)
 自覚はある。
 ただひたすらにヴァンパイアを狩っていたあの頃は、心が揺らぐことはなかった。
 けれども今は、怒りや憎しみ以外の感情に揺さぶられることがある。それを弱くなった、脆くなったと思っているけれど。

(「……それでも良いと、言ってくれた人がいる」)

 だからリーヴァルディは、今の自分の心を受け入れることが出来る。

(「ひとりじゃないと、教えてくれた人がいる」)

 弱さと脆さを絶対悪だと、自身には不要なものだと、思うことはなくなった。

(「たとえこの場にいなくても、繋がっている人がいる」)

 それを受け入れることは、あの頃の自身が持ちえなかったものを得た証左なのだと思える。
 だから大丈夫。今の彼女に恐れるものはなにもない。

「……、……」

 こんな事ばかり思い浮かぶのは、考えてしまうのは……やはり、偽者の彼を見たからだろうか。
 大切な大切な――……。
 そっと、もう一度花畑を見渡す。ここは大切に守っていくべき場所だ。

(「次に来る時は、彼と一緒にこの花畑を見に来よう」)

 彼と共に見れば、今とはまた違った想いをいだけるかもしれない。
 共にした時間は、大切な思い出となることだろう。

(「夜と闇に覆われた私の故郷にも、素敵な場所があるんだと教えてあげましょう」)

 それが彼女の故郷ならば、尚更――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

リル・ルリ
🐟櫻と人魚
アドリブ歓迎

櫻、みて
綺麗な花が咲いている

青い花の絨毯に腰掛けて尾鰭を泉に浸す
清らな水が全て洗い流してくれる
隣で項垂れてるどこか子供のようにも見える櫻の頭を優しく撫で
迷宮で過去を見た
罪の記憶だ
けれど君の声がきこえて助けてくれた
君がいたから過去に挫けずにすんだんだ

ありがとう

その言葉は心から
僕に出逢ってくれて
好きになってくれてありがとう
おかげで今の僕がある
そんな顔しないで
過去があるから現在があるんだ
未来も

もちろんだよ
そんなの死ぬほど幸せに決まってるだろ!
いいんだよ
そこまであいしてくれてるってことでしょ?
嬉しいよ

近くの花の命を一輪摘みとって
君の桜の横に飾ろう
桜に寄り添う僕の青

一緒にいきよう


誘名・櫻宵
🌸櫻と人魚
アドリブ歓迎

過去から噴き出した
真っ赤な桜吹雪がやまないの

泉に揺蕩う真珠を見やり瞳を伏せ
優しく頭撫でるその手に胸が痛む
私もよ
真っ赤に咲いた花が
倒れ伏す姿がリルと重なって
重ねた過去は白珠に似合わぬ真紅の記憶

それはリルの強さで私は何も
むしろ支えられているのは私の方

リルは…私と共に生きられるのを、家族になれるのを幸せだと思ってくれる?
サクヤは全てで否とした問
怖かった
戒めど漏れ出す悪龍本性と愛を喰らいたい欲望を
いつかきっと
ぶつけてしまうかもしれない未来が
…そうやって受けいれてくれる優しい人魚
あなたが笑っていてくれるように
繰り返しはしないわ

一緒に

どうしましょう
嬉しくて
薄紅の桜吹雪がやまないの



「櫻、みて。綺麗な花が咲いている」
 花畑に辿り着いた白珠の人魚――リル・ルリ(想愛アクアリウム・f10762)は、うなだれたままの千年桜の君の手を引いて、すい、と泉へと游いでいった。そして青い花の絨毯へと腰を掛け、尾鰭を澄んだ泉へと浸す。
 嗚呼、尾鰭に染み込む水はとても清らかで、すべてを洗い流してくれるようだ。
「……、……」
 そっと、自分に倣うように隣に腰を下ろした彼へと視線を向ける。子どものようにも見える、うなだれた彼。誘名・櫻宵(屠櫻・f02768)の角に咲く桜の花も、しゅんとして見えた。

「櫻、僕……迷路で過去を見たよ」

 そろりと白い指先を、彼の淡墨の糸へと伸ばし、優しく撫でながら。

「僕の、罪の記憶だ」

 ぴくり、彼が震えた。けれどもリルは言葉を紡ぎ続ける。

「けれど君の声が聞こえて、助けてくれたんだ」
「……私もよ」

 己の頭を優しく撫でる白珠の人魚の言葉に、櫻宵は俯いたまま、同意の言葉を発した。
 彼の、どの言葉に対する同意? ――全てに対してだ。
 櫻宵が迷路で見たのも、過去の記憶。罪の記憶。足が竦んで動けなくなった櫻宵を助けてくれたのは、この優しい手の持ち主の声だった。
 嗚呼、まだ脳裏から消えぬそれは、咲き誇る花びらの上に咲いた真っ赤な花。
 櫻宵が己が手で、咲かせた花。
 そこに倒れ伏す『彼女』の姿が、嗚呼――白珠の人魚と重なる。
 重ねたそれは、白珠には似合わぬ、罪が燃える真紅の記憶。

「君がいたから、過去に挫けずにすんだんだ」
「それはリルの強さで、私は何も――」

 リルの言葉に、櫻宵はまだ瞳を伏せたままだ。
 むしろ支えられているのは、自分の方だという自覚があったから。
 けれども。

「ありがとう」
「……!!」

 彼が紡いだのが、飾り気のない素朴で率直な言葉だったから。
 その一言に乗せられた想いが、心からのものであると感じられたから。
 弾かれたように、櫻宵は顔を上げて。
 彼の澄んだ瞳に――囚われた。

「僕に出逢ってくれて、好きになってくれて、ありがとう」

 嗚呼、彼の持つ秘色と白妙が歪んで見える。

「おかげで今の僕がある」

 嗚呼、強く意識しなければ、すべてが零れ出てしまいそう。

「そんな顔しないで。過去があるから現在があるんだ――未来も」

 どうして彼は、今、櫻宵が欲しい言葉をくれるのだろう。
 罪悪感や不安や絶望――櫻宵を覆って塗りつぶそうとしていたそれが、彼の銀細工の声色に乗せられた想いで晴らされてゆくのを感じる。

「……リルは……」

 何度か唇を開いては閉じを繰り返し、ようやく絞り出した声は、想像よりも震えていたけれど。

「……私と共に生きられるのを、家族になれるのを、幸せだと思ってくれる?」

 それでも櫻宵は、それを紡いだ。
 その問いは、まるで縋るかのような色を帯びている。
 だってそれは、サクヤが全てで『否』とした問いだから。
 だから、だから、だから――白珠の彼が唇を開くのを、断罪される前の心地で見つめた。
 でも――。

「もちろんだよ!」

 断罪は成されなかった。

「そんなの死ぬほど幸せに決まってるだろう!」

 彼は刹那ほども思い悩まずに、そう言い放ったのだ。だから、櫻宵は震える唇を開く。

「……怖かった……」

 戒めても戒めても自身の中から漏れ出す、悪龍の本性。愛を喰らいたい欲望が。
 いつかきっとそれを抑えることができなくなって、彼にぶつけてしまうかもしれぬ未来が。
 愛ゆえに、愛ゆえに、愛ゆえに――それは衝動となって、櫻宵を覆い尽くしてしまうだろうから。

「いいんだよ」

 けれども彼は、優しく微笑む。

「そこまであいしてくれてるってことでしょ?」

 嬉しいよ――そうやって受け入れてくれる、優しい人魚。

「あなたが笑っていてくれるように、繰り返しはしないわ」

 告げた櫻宵の瞳から、桜の珠がほろほろと、こぼれ落ちていった。

 そんな彼を見つめたまま、リルは片手の指で桜の珠を掬い取る。
 もう片方の手で摘んだ花の命を、彼の桜の横に飾れば――小さく首を傾げた彼と同じように傾げたリルの耳で、揃いのピアスが揺れた。
 桜に寄り添う青は、リルの青。
 告げる言葉は――ひとつ。

「一緒にいきよう」
「……!! 一緒に……」

 ぶわりっ……。目の前の彼の桜が、今が盛りとばかりに花開いて。
 ふたりを分かとうとするモノから護るように、桜吹雪が二人を包み込む。

「噫、どうしましょう……」

 ――嬉しくて、薄紅の桜吹雪がやまないの――。

 そう告げる彼の瞳にまた、桜の珠が生まれ始める。
 白珠の人魚は心満ちた笑顔を浮かべながら、優しくその腕を伸ばし――己が白い胸元へと、閉じ込めるように桜を抱きしめた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2019年11月28日
宿敵 『リウ・メイファ』 を撃破!


挿絵イラスト