月満ちる夜、海底にて
●グリモアベースにて
「キマイラフューチャーでちょっと変わったイベントがあるんだけど、どうかな?」
興味を惹く仕事を探しているであろう猟兵たちに声をかけ、佐伯・キリカ(陽気な吸血魔法使い・f00963)は笑みを向ける。
「といっても、もちろん怪人との戦闘も待ってるんだけどね。でも、まずはイベントについて説明しよっか!」
そのイベントの名は『月夜の水底』といって、お祭り騒ぎのキマイラフューチャーにしては珍しく、静謐に満ちているという。
「イベントといっても、ホログラムの仮想空間を作れる場所で行われるものでね。そのホログラムの内容が、とっても素敵なんだよ。なんと、満月の日の海底を堪能できるんだって」
もちろんただ眺めるだけではない。そこはそれ、楽しいことが好きなキマイラフューチャーだ。
「海の中で、自分の好きなもの……もちろん、データ上のもなんだけど……そういうのを浮かべてその風景を眺めたり、深海魚やくらげのようにたゆたってみることもできるんだよ。……実はね、これだけじゃないんだ。ここだけの話……」
そこまで言って、キリカは声を潜めた。
「あんまり知られていない楽しみ方があるんだよ。なんと、アバターを作って、匿名で『いらないもの』をそっと捨てていけるんだって。……といっても、その『いらないもの』はあくまで擬似的に再現したデータ、なんだけどね」
どのような楽しみ方――あるいは別れ方――をするかは、その場所を訪れた猟兵次第。ただ、雰囲気を重視したこの場所で派手に騒ぐのはNGだとか。
月夜の水底をひとしきり堪能したら、怪人集団との戦闘となることが予知されている。
「怪人の名前は『トラウマメイカー』。カートゥーンキャラクターの頭部だけが積み上がって、不気味な表情をしている怪人だよ。彼らはイベント会場の近くに現れるみたいだから、すぐに駆けつけられると思うんだよ」
トラウマメイカーたちを倒しきれば、今回の襲撃を目論んだボスが現れる。そうキリカは続け、集った猟兵たちを見渡した。
「せっかくの静かなイベントを楽しんだ後に悪いんだけど……怪人たちの撃破、よろしく頼んだよ! 猟兵さんたちなら臨機応変に対応できるって、わたしは信じてるよ」
そう言って瞳を輝かせ、キリカは猟兵たちを送り出した。
雨音瑛
今回はキマイラフューチャーにてよろしくお願いします。
●月夜の水底
満月の夜の海の底を体験できる仮想空間です。深海魚やくらげのようにたゆたったり、好きなものを浮かべたりできます。
アバターを作り、匿名で自分の「いらないもの(を、データで再現したもの)」を捨てる際は、アバターの姿と「いらないもの」を指定していただければと思います。
●補足
第2章、第3章開始時に何かしら追記する予定です。
第1章 日常
『つきはそこから』
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POW : 深海魚の心地で游ぐ
SPD : 名無しの匿名希望さん
WIZ : 偽物アバターの独り言
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薬師神・悟郎
「…知らなかった。世界にはこんなに綺麗な場所があるのか」
輝く海底の世界に感嘆の息が漏れる
頭が魚の形をした、藍色の着物を着た魚人のアバター
それが今の俺の姿だ
最初は不気味に思えたが、じっと見てるとこれはこれで可愛いんじゃないかと思えてくるから不思議だ
今日は『和船模型』を持って来た
木製の、両手で抱えるほどの大きさの物だ
それを捨てるというよりも、流すようにそっと手放す
船が新たな旅路へ向かう光景に「あれは何処へ向かっていくのだろう?」と微かだが、わくわくと興味が湧いてくる
船の姿を見送った後は、この夢のような世界が終わる時間が来るまで堪能するつもりだ
月夜の水底の光景を心行くまで、しっかりと目に焼き付けよう
薬師神・悟郎が感嘆の息を漏らして見上げた頭上には、柔らかな光が煌めいている。
海の底に差し込む満月の光は、どこまでも優しい。
「……知らなかった。世界にはこんなに綺麗な場所があるのか」
冷たい夜の色を纏う半吸血鬼も、今は頭が魚になっている魚人のアバター。金の瞳も灰色の髪も白い肌も、それらの片鱗も見えない姿で藍色の着物を纏っている。
アバター作成当初こそ不気味に思えた魚人の姿だったが、見慣れてくるとこれはこれで可愛い、とすら思えるのだから不思議だ。
悟郎が歩みを進めるごとに、砂を踏む音や気泡の立ち上る音が聞こえる。ふと呼吸が心配になるが、これは仮想現実だと思い直して安堵する。
安堵の息は頭部にあるエラを通して出たのか、自分の側面からぽこぽこと気泡が上がっていくのを見て少し面白くなった。
いつまでもどこまでも歩いていけそうな海底は、静寂に満たされている。
そろそろか、と悟郎は持ち込んだものに視線を落とした。
両手で抱えるほどの大きなそれは、木製の和船模型。
捨てる、というよりは流すように悟郎がそっと手を離すと、和船は海流に乗って気ままに泳いでゆく。
乗り手のいない新たな旅路に、寂しさはない。ただ期待に満ちた目をした魚人が見送っているからかもしれない。
「あれは何処へ向かっていくのだろう?」
和船を視線で追いながら、誰に言うでもなしに悟郎は呟いた。さあ、どこに行くんだろうね、と言わんばかりに和船は不思議な軌道で流れてゆく。
また現れた水泡に、少しの間視界が遮られた。それはほんのわずかな時間だったが、和船の姿はあっという間に小さくなっている。
左右に揺れながら流れてゆく和船を、悟郎はただ眺めていた。
その姿が米粒程度になって、点になって、もうぼんやりした青しか見えなくなるまで。
最後にひらりと手を振って、悟郎は踵を返した。
太陽や明るい場所を含め、悟郎には苦手なものが多い。しかしここに太陽はないし、光は海によって和らげられて間接照明と同等か、あるいはそれより少し落ちるくらいの明るさだ。
見知らぬ魚たちは光に戯れ、悟郎の頭上を通過して影を落とす。
幾種類もの海藻は、悟郎を海の奥深くへと誘うように水流に揺れる。
悟郎は、瞼の無い魚の目にこの世界を焼き付けていた。
時間が許すまで、ずっと。
大成功
🔵🔵🔵
ザジ・クルーシュチャ
エフィ(f19819)と
そうか、偽物なんだね
君が歩くというなら何処へでも
海の底も夜の果ても
隣にいるよ、僕のアリス
…僕の中にある海は、そうだな
昏くて触れ難いモノだけど
こんなかわいい生き物ばかりの海なら
いつまでもいたくなるね
浮かぶアリスを見守って
うまく浮けそうにない僕は
眩しげに底から眺めるばかり
そうだね、君は得るといい
与えられなかったもの
触れられず通り過ぎていったもの
ぜんぶぜんぶその手にして
こころを満たしていけばいい
そして叶うならその側に
…僕をおいていて
(…すまない、エフィ
まだ僕は最初のアリスを捨てられないけど
いつかアリスと呼べば
それが唯一、きみになればいい
いまはそのおもいだけ
沈めずにおくよ
斜城・エフィ
ザジ(f19818)と
海の底とはまた、面白いな
ホログラム…つまり偽物だろう?
遠慮はいらないな
海底散歩だ
天を仰げば揺れる満の月
海には確か…魚がいるんだったな
それと珊瑚、たこ、くら…げ?
見た事がないんだ
多少変でも笑うなよ
お前の知る海はどんな風だ、ザジ
くらい、海?夜か?
かわいい…なら、まあ、いいが
歩く足が底を離れて、漂う海の中
揺れるそれは空を飛ぶのとも少し違う
…いらないものを捨てられる、か
おれにはそんなもの無い
元々捨てる程に持ってはいない
だから拾ってばかり
抱え切れない程になったらその時考えるさ
これからきっと
沢山の事が、待っている
そうして、その凡ては
お前の隣で抱えていくんだ
その手引いて、浮かぶ月の様に
「ホログラム……つまり偽物だろう?」
そう口にするまだ幼いアリス適合者に、車掌姿の時計ウサギは緩く笑って肯いた。アリス適合者――斜城・エフィが遠慮不要の海底散歩を始めると、時計ウサギ――ザジ・クルーシュチャは速度を合わせて隣を歩く。それが海の底でも夜の果てであっても隣にいることを、ただ誓いながら。
進むたびに舞う砂の欠片が、月の光に反射して輝いている。ふと立ち止まって見た満の月は、海の模様を重ねて揺れていた。
海には確か、と話し始めたエフィの言葉の続きを、ザジは静かに待つ。
「……魚がいるんだったな。それと珊瑚、たこ、くら……げ?」
自信がなくなってきて首を傾げ始めた自分に気付いて、エフィははっとした様子でザジを見た。
「見た事がないんだ、多少変でも笑うなよ。……お前の知る海はどんな風だ、ザジ」
尋ねられ、ザジは天を仰いだ。
「笑わないよ。……僕の中にある海は、そうだな。昏くて触れ難いモノだけど――」
「くらい、海? 夜か?」
エフィが問うと、鮮やかな熱帯魚たちが二人の周囲をぐるぐると回り始めた。数周回ったところで魚たちは遠くへと行ってしまったが、頭上ではくらげが繊細なダンスを踊っている。
「こんなかわいい生き物ばかりの海なら、いつまでもいたくなるね」
手を伸ばそうとするが、すぐに触れられないのを思い出す。ザジは手を止め、すぐに引っ込めた。
「かわいい……なら、まあ、いいが」
熱帯魚たちが群れを成してどこかに行くのを見送って、エフィは砂を軽く蹴った。
先ほどまで海の底を歩いていた足はゆっくりと離れ、エフィの身体ごとふわりゆらりと海の中を漂う。海の底を背に、月の光を顔に受けて。
空を飛ぶのとも、少し違う。ただ不規則で不安定な揺れを感じながら、エフィは月の光に赤い瞳を細めた。
いらないものを捨てられるという、このホログラムの空間。
けれどエフィには、捨てられるようなものなど無かった。
元々、捨てるほどのものなど持ってはいないのだ。だからまだまだ拾ってばかりで、取捨選択を考える必要もない。
でもいつかはきっと、抱えきれないほどのものが出来てしまうのだろう。そうなったら、いつ、何を捨てる?
(「――抱え切れない程になったらその時考えるさ」)
苦笑ともつかない笑みをわずかに滲ませ、エフィはくるりと体勢を変えた。海の底に見えるのは、手を振るザジの姿だ。
手を振ろうか、どうしようか。そんな些細なことを考える時間も含めて、これからはきっと沢山のできごとがエフィを待っているに違いない。
手を振るザジは、眩しそうにエフィを見守っていた。エフィと違ってうまく浮けそうにないからと、しっかりと海底に立って。時折水流がザジを揺らすが、少し足に力を入れれば意図せず浮かんでしまうことはない。
そうやって海の底から眺める風景には、たくさんの魚たちが重なる。
ゆったりと訪れた鮫には、まるで恐怖を感じなかった。ホログラムであることはもちろん、王者のような風格を持って悠々と泳いでゆく鮫は他の何物にも興味を持たず、ただ自らの進路を思うがままに泳ぎ行く。
ザジが鮫の尾びれを視界の端で眺めていると、海の中を不思議そうに漂うエフィがようやく手を振ってくれた。
(「そうだね、君は得るといい」)
与えられなかったものや、触れられず通り過ぎていったもの。全部をその手にして、こころを満たしていけばいい。
ただ、叶うのならば。
思わず呼吸を、振る手を止めて、ザジは願うように祈るように数秒だけ目を閉じた。
(「その側に……僕をおいていて」)
とはいえ、そのような希望はもしかしたらザジにとっておこがましいものかもしれない。ザジは、目を開けて月光に泳ぐエフィを視線で追う。
(「……すまない、エフィ。まだ僕は最初のアリスを捨てられないけど……いつかアリスと呼べば、それが唯一、きみになればいい」)
今は砂を蹴って浮かぶ勇気はない。それでも、そのおもいだけはどうにか、沈めずに済むように。まだ思うことしかできない願いは、言葉にはしない。
いつまでも浮かぼうとせずに海底に佇むザジを見て、エフィはゆるゆると高度を下げ始めた。
ザジに手がとどくところまで降りて、声をかける。
「あっちの方に珊瑚が見えたんだ。行ってみないか? ……たぶん、あれが珊瑚、だと……思う……」
「珊瑚でも、珊瑚でなくてもいいよ。きっと、とってもきれいだったんだよね?」
ザジが、手を伸ばす。エフィも頷いて、手を伸ばす。
そうだ、それが珊瑚でなくても構わない。いっそ幻だったとしてもいい。エフィの拾ったもの凡ては、ザジの隣で抱えてゆくのだから。手を引いて、浮かぶ月のように。
どこか厳かに、でも悪戯をするようなこころもちで。
アリスとうさぎは、不思議な海底を行く。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
斬断・彩萌
いらないもの。それって、私の中にもあるの――?
(分からない、いらないものなんて私にはないはずなのに、こんなに心が痛む)
アバターはふわふわ人形の女の子
私が捨てたかったもの、それは――家柄
いつどこに行ってもついてまわる家柄に嫌気が刺していたの
暖かい家庭ではあったけど、厳しいお稽古も勉強も、友達を選ばなきゃいけないのも、幼い私には辛くて
でも捨てきれないと分かってる。家名は私を形作る一部
家柄のお陰で色んな事を学べた、得られた。それは間違いなく、良かったこと
だから、これはあくまで捨てるフリ。
もし私が普通の家の普通の女の子だったら…違う未来があったのかもね?
なんて思いながら、揺蕩う。
※アドリブ歓迎
いらないもの、いらないもの、いらないもの。
何度繰り返しても浮かんでこないその存在に、斬断・彩萌はただ首を傾げる。
見えやしない心の奥底まで自問自答して、それでも見つからないのならば――彩萌は「いらないもの」を持ち合わせてはいないのだ、きっと。
けれど、どうしてなのだろう。
彩萌の心が、こんなにも痛むのは。
彩萌が再び首を傾げる頃、彼女の姿はアバターのそれへと変わっていた。
髪の色も目の色も元の彩萌とはまったく違う、ふわふわした人形の女の子。
毛糸でできた金色の髪は歩く度にふわんふわんと揺れ、赤いボタンの目には海の色が重なって少しだけ紫色に見える。濃いピンクの糸でできた口は、いつだってにっこり。白いブラウスとピンク色のスカートの端にはレースがたっぷりと縫い付けられていて、水底に透けた影を落とす。
いつもの自分とは全然違う姿で、彩萌は海の中をゆらゆらと漂っていた。特に理由は無くもう少しだけ上に行こうとして、肩のところでつなぎ止められた腕をくるりと回す。
そこを、名前も知らない銀色の魚たちの群れが通り過ぎて行く。彩萌のかたちを避け、その先でまた合流して。
フェルトの肌を撫でてゆく魚たちはどこから来て、どこにゆくのだろうか。
「みんな家族、なのかな?」
思わず口をついて出た言葉に、彩萌ははっとした。
そうだ、捨てたかったものは――家柄、だ。
財閥の一人娘として生まれた彩萌には、いつどのような場所に行っても『家柄』がついて回った。普通の家の子どもなら許されるようなことが許されない生活に、嫌気が差すこともあった。
稽古や勉強はひたすらに厳しく、友人を選ぶ自由はまるで無い。制約しかなかった生活は、彩萌にとってはあまりにも辛かった。温かい家庭、ではあったのだが。
家柄や家名はどうあっても彩萌を形作る一部だから捨てきれない、と理解している。家柄や家名を捨ててしまえる、と思えるほどに無邪気で無謀にはなれない。
斬断の家柄があったからこそ学べたことも少ないし、得られたものもたくさんある。それらはすべて『良かった』と、手放しに喜べることばかりだ。
だから「でも」と考えてしまうのくらいは許されるだろう。
(「もし私が普通の家の普通の女の子だったら……違う未来があったのかもね?」)
くすり、と自虐にも似た寂しさを含めて笑ったつもりでも、人形の顔は最初から最後までずっと笑顔だ。
あくまで「フリ」として。何かを放り投げるような仕草をして、彩萌はまだまだ海の中を揺蕩う。
大成功
🔵🔵🔵
月待・楪
すげーな、これ…
どんなもんかと思ってたんだが…アルダワのアレにも似てる
好きなもんな…こういうことに浮かべて違和感ねェモノか
…とりあえず、丸くてふよふよしてるクラゲと人懐っこいイルカ、あたりか?
その辺りと一緒にふわふわ漂うのが気持ちよさそーだしな
……水中からの満月って結構不思議な感じすっかも
海は暗いはずなのに、月が明るいからそこまで暗くないっつーか…
月の光が、ちらちらしてて…それを魚が隠したり反射して…
ふぁ…ぁー…すげぇ、ねむい、かも…
あー…でも………どうせ、満月なら
宝石みてーな、真っ赤なストロベリームーンでも、よかったのにな
そしたら、あいつの、瞳と……
(アドリブetc歓迎)
ナギツ・イツマイ
人の身を借りてみるのも面白いかも知れないね。
初老の総白髪にスーツでキメたナイスなおじさまに変身だ。
ささやかな海流を呼び出そう。
そう、この海の水をそのまま使って。
出来るかな。
やってみないとわからない。
でもやってみよう。
人1人か2人が乗れるほどの海流と戯れよう。
もちろん誰が乗ってもいいよ。
もがくよりも優雅に波に乗って駆けよう。何せ広いからね。
姿勢制御は愉快な仲間たちの[平衡感覚]に任せて波乗りだ。
誰かが落としてしまった何かを探そう。
本当はとても大事なものかも知れない。
UC/no.146使用。周りの水を暖流の流れにして制御。高速移動
[重石合]併用、姿勢制御
索敵と他pcへ移動能力の補助
月待・楪はぐるりと周囲を見渡して、長いため息をついた。
魚たちは、金色や銀色、あるいはメタリックな赤や緑に煌めきながら通り過ぎてゆく。海藻の間から立ち上る気泡は大小さまざまで、目で追っても追っても終わりがない。ヒトデらしきものはのっそりゆったり、時々砂に飲み込まれながらも懸命に移動している。
「すげーな、これ……」
どんなものかと期待半分、実際目にするとアルダワ魔法学園で見かけたものにも似ている。
ただ眺めているだけでも充分に楽しめるが、それだけでは勿体ない。好きなものを浮かべられる、という情報を思い出して、楪は考え込んだ。
「……こういうことに浮かべて違和感ねェモノがいいよな」
ここは海の中。そうなれば、海の生き物なんかがいいかもしれない。
「……とりあえず、丸くてふよふよしてるクラゲと人懐っこいイルカ、あたりか?」
顔を上げ、手を頭上にやる。楪の手の先で、淡く青く光るクラゲと、つぶらな瞳がかわいいイルカが生まれた。
「一緒に漂うのも気持ちよさそーだな」
「それなら、こんなのはどうかな?」
楪に声をかけたのは、スーツでキメた初老の男性。今は総白髪のナイスなおじさまは、実のところシャーマンズゴーストであるナギツ・イツマイのアバターだ。
ナギツは片目を閉じ、指を鳴らす。
「調和は天秤の上に」
まるで、奇術師の合図。自信満々に見えても、実のところ成功するかどうか、本人にも解らなかったりする。
水泡の立ち上る音に、直線的な音がかぶさった。たちまち、楪とナギツの周囲にささやかな海流が巻き起こる。
見事な結果に、ナギツの口角が上がった。
彼らを乗せて持ち上げた海流は温かく、例えるなら――そう、ベッド。
「こいつは……面白いな」
「気に入っていただけて何より。では、よい旅を」
ナギツは軽く頭を下げ、自らも海流に身を任せた。
アバターとはいえ、普段と違って人の身だ。知らぬ感覚でホログラムの中を揺蕩うのは、少しだけ難しくも思える。
それでももがかずに、外見に違わぬように優雅に波に乗る。
何せ、この世界は広いのだ。
真珠が入っていそうな貝の群れも、岩陰に身を潜める華やかなヒレをもった魚もゆるやかに見送って、ナギツは波と共に海底を行く。
バランスを崩して転倒しそうになった時は、平衡感覚に身を任せてすぐに体勢を立て直す。岩にぶつかりそうになったり、海藻の茂みに突っ込みそうになった時も同様に。
慣れれば、狭い岩の間もするりと通ってゆける。
ある程度こなれてきたところで、ナギツは海の底をきょろきょろと見回した。
探しものは、自分の所有物ではない。
ここを訪れたキマイラフューチャーの誰かが落として――あるいは、捨てていったものだ。
どんなものも見逃さない、という意気込みで探した先で見つけたのは、半分ほど砂に埋もれた輝きだった。
宝石かあるいは海賊のお宝か、なんて悪戯めいた希望を胸に、ナギツは輝きを拾い上げた。重量は感じられないから、小さなものだろう。
砂を払ってじっくり見れば、それは深い青色をした石が銀色のチェーンにぶら下がった、いたってシンプルなペンダントだった。
「どんな人が落としていったのだろう。……本当はとても、大事なものかも知れないのに」
指で摘まんで月光にかざした石は、ナギツの白髪に薄い青を落とす。
かつては見知らぬ誰かの一部を成していたものは、今はただの物体。ナギツは不思議と感慨を覚え、いつまでも透ける光を眺めていた。
背中を海流のベッドに預け、寝転がるような体勢で楪は水面の方を見上げた。先ほど浮かべたクラゲもイルカも、楪の周囲を漂っている。
水中から見える満月は、想像していたものよりずっと不思議な感じだ。真っ直ぐに差してくるはずの光は屈折し、あちらこちらに朧気なスポットライトを落としている。
ホログラムとはいえここは海の底、しかも夜。本当のそれならば暗いはずなのに、月の明るさのおかげでちょうどいい暗さ、あるいは明るさを保っている。このホログラムを作った者の意図か偶然か。
どちらにせよ、心地よい空間であることは確かだ。
海流や水面が揺れるのに合わせて、月の光がちらちらと動く。断続的に魚群が月光を隠し、同時に鱗に反射した光が楪の視界を飾ってくれる。
思わず楪の口から出たのは、大きなあくびだった。
「……すげぇ、ねむい、かも……」
こういう睡眠カフェみたいなものがあったら、流行るかもしれない。風景やオブジェを選べたり、カスタムできるとなお良い。
それなら楪は満月を、どうせなら宝石のように真っ赤なストロベリーを選ぶことだろう。
(「そしたら、あいつの、瞳と……」)
思考は続けど、落ちる瞼には逆らえない。
まどろみの中に、楪の意識は溶けていった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
マッド・クイーン
アレンジ歓迎
POWで海底散歩!
泥の体を持つ女にとって海中は未知の場所であり、それが仮想空間であったとしても、得るものは数多くあれど捨てるものなどひとつもなかった。
「これが海なのですね。わたくしは本当に素敵だと思いますが、貴方はどうですか?」
海底を気ままに歩きながら女は自身に付き従う男へ問い掛けたが、意思を持たぬ操り人形にすぎない男は何も喋らなかった。
「貴方がそういうヒトだということはわかっていましたが」
女が男と出会ってから幾度となく繰り返してきた会話ごっこ。暫くして女は遥か頭上を指し示すと再び口を開いた。
「月が綺麗ですよ」
男はいつもと同じように沈黙をもって答えたが女はそれで満足だった。
マッド・クイーンという女は、泥の体を持っていた。
半分が液体で半分が固体のようなその体にとって、海中は未知の場所だ。だから、今彼女が歩く仮想空間において得るものはあったとしても捨てるものは何一つ、無い。
捨てるもののないこの旅路においては、全てが未知で好奇心の対象。視線を移動した先に見えるひとつひとつを丁寧に丁寧に、瞳というカメラでシャッターを切るように収めてゆく。
珊瑚礁に潜む魚たちがおっかなびっくりこちらを見ているのに対して、マッドの歩みに恐れはなく、むしろ軽やかですらある。
「これが……『海』というものなのですね。わたくしは本当に素敵だと思いますが、貴方はどうですか? 綺麗? それとも、不思議? あなたの言葉で聞かせていただきたいのです」
マッドが問う相手は、彼女に付き従う男。どれだけ待っても返答がないのは、彼が意思を持たぬ操り人形にすぎないからだ。
少しだけ頬を膨らませ、マッドは男を上目遣いで見る。
「……貴方がそういうヒトだということはわかっていましたが。こういう時くらい、何か言ってくれてもいいでしょう? 実に得がたい経験なのですよ」
海が未知ならば、こちらの言葉は既知。マッドが男と出会ってから幾度となく繰り返してきた行為、いうなれば『会話ごっこ』だ。
すぐ目の前で小さな魚が連れ添って泳ぎ行くのを見て、マッドは目を見開いた。深い青色をした体は、見る角度によってまったく違う色となる。ひらひらと揺れる背びれや尾びれはあまりにも薄く、向こう側の景色が透けて見える。
「見てください、これはなんという魚……ああ、もう行ってしまいました。――でも。まるで私と貴方みたいな寄り添い方でしたね」
もう記憶の中にだけしかない煌めきを思い出しながら、マッドは目を細めた。
そんな風に出会うものや通りがかったものに足を止めて口を開いて、思ったことを言葉にする。いつしか言葉少なになっても、歩きながら見る風景はどれも新鮮だ。
まやかしの海底を訪れて、どれくらいの時間が経っただろう。不意にマッドがはるか頭上を指し示した。降り注ぐ光の持ち主は、二人の頭上で波に揺蕩っている。
「ほら。月が綺麗ですよ」
男の沈黙はいつもとまったく変わらない。
けれど、いや、だからこそ。マッドは満足そうに微笑んで、男へと微笑みかけた。
大成功
🔵🔵🔵
一門・楔
徹ゲーして眠気やべェし一休みしようかと思ったけどよ…なんかおもしろいことやってんじゃん?
アバターはふよふよしたいしくらげを選んだが…なんかウサギマークついちまったな?まあ可愛くてオレっぽくないしいいか
わざわざアバターを紛らわしくしたのは捨てたいものがあったから…気休めだけどな
ハート形のちいさな「いらないもの」を沈める
オレのアリスはもういない
いない理由は…思い出したくない
だから思い出ごと、微妙に残った不完全燃焼の想いをこっそり捨てたい
ま、ただのデータなんだけどなァ。これでしばらくはアリスのこと忘れていられそうだ
(初恋のアリスは楔が暴走して殺している。描写はなくても大丈夫です)
廃ゲーマーの生活は不規則だ。というか、睡眠時間が極端に少ない。
徹夜でゲームをしたため一休みしようと思っていた一門・楔はこの施設を見つけ、て笑みを浮かべる。それはまるで、スプラッタホラーゲームで見事な成果を上げた時のような。
気怠い態度で受付を済ませ、アバターを作成する。欠伸をかみ殺しながら端末を操作して、できることを確認してゆく。
「ふーん、アバターはプリセットから選ぶこともできるんだな。そんじゃ、ふよふよしたいし……くらげに……」
なんて操作をしているとウサギマークがついてしまい、さらに「これに決定しますか?」という質問に「はい」を選択してしまったことに数秒間目を見開いたが、
「まあ可愛くてオレっぽくないしいいか」
と、そのまま海底の世界へと入って行った。
水面近くを出現ポイントにした楔は、まずは目的――アバターを紛らわしくしたのは、このためだ――を達成すべく、掌の上にあるものへと視線を落とした。
「……気休め、だけどな」
ハート型のちいさなそれは、楔にとっての「いらないもの」だ。
掌を返して、海に沈むハートを見つめる。
「オレのアリスはもういない」
言い聞かせるように確認するように口から出た言葉の先は、胸の中だけにしまっておく。
いない理由は思い出せない、あるいは思い出したくないから。
だから捨ててしまいたいのだ、思い出ごとこっそりと。微妙に残ってしまった不完全燃焼の、この思いを。
「……なんて、大層なこと考えても『コレ』はただのデータなんだけどなァ」
もう、小さなハートは見えない。青と緑が混じった海の底に、消えて行った。
困ったように笑って、楔は先ほどまでこわばっていた肩の力を抜いた。これでしばらくはアリスのことを忘れていられそうだ、と。
楔は体を少しだけ沈め、海流に体を任せて海中を漂い始めた。
仰向けになると見える月光にびくりとして一度目を閉じてしまったけれど、再びおそるおそる目を開ければ、決して眩しくないことが解る。
耳元あたりをタコが抜けていくのには少し驚いたが、伸び縮みするように泳いでゆく様子にはいつまでも見入ってしまう。なんとなしに水平に一回転すれば、出来た気泡を通りすがりの赤い魚が分断してゆく。
そんな風にどこを見ても何をしても、あまりにも穏やかな世界が続いているものだから。
楔は、静かに寝息を立て始めた。
大成功
🔵🔵🔵
海月・びいどろ
うみのそこから、見る月は
みなもに歪んで、とろけてる
息が出来る、偽物のそこ
仮初めの姿は、ずいぶんと前に
いなくなったヒトの形
射し込む光に、泳ぐさかなに
ふいに手を伸ばしてみる
…ここは、とても、心地がよいね
懐かしいような、気持ちになるよ
匿名で流れていく言葉も
異なる姿で浮かべるものも
電子の海、あそこに、似てる
このうみにかえすなら
あの月と同じ色した花を一輪
いつの頃に咲いたものだか
誰と見たかったのか
もう、わからないけれど
……ううん、“ボク”は知らないのだけど
ゆらゆら、揺蕩う花の行く先を
高く高く、昇ってゆくのを
何故だか目が離せなくて
うみのそこから、ずっと、見守っていた
ホログラムの世界で、電子のこどもはひとつの姿を選択する。
いわく、ずいぶんと前にいなくなったヒトだという。
海月・びいどろはそのヒトの目で、海の底から水面に歪んで蕩ける月を眺めた。不定形の月は反射と透過を繰り返して、二度と同じ形にはならない。
ふと思い立って歩き始めたびいどろは、息を吸って吐いてを繰り返し、発生した気泡を指でなぞった。本物の海の底ならば不可能なことも、このホログラムの中ならばできる。
「……おもしろいね」
偽物だと解っているから、安心して色んなことを試してみることができる。
海の模様がついた砂を歩いて不規則に立ち止まり、泳ぐ魚と射し込む光に手を伸ばしてみる。
ほんの数センチ届かなかった魚はびいどろに目もくれず、身体をくねらせながら泳ぎ去って行った。背中の鱗が月光に反射する様は、蝶が鱗粉を撒き散らすのに似ている。
細い糸、あるいは薄い布のような月の光は掴めない。本当の世界であってもそれは無理だと、びいどろはなんとなく理解していた。
でも、ここはとても心地がよい。びいどろの何を刺激するのか、不思議と懐かしい気持ちにもなる。
その答えは、すぐに見つかった。
薄青色に発光する海月に絡まっては解ける「匿名の言葉」が、教えてくれた。
匿名で言葉を流せることと異なる姿を選択できることは電子の海にも似ているのだ。
先ほどまで見知らぬ空間であったこの場所に一気に親近感を覚え、びいどろは今はいないヒトの顔で微笑んでみた。
そこでやっと、思い出す。見上げる月と同じ色をした花を一輪、持ってきていたことを。
ずっと手にしていたはずなのに、自身を取り囲む風景に夢中ですっかり忘れていた
さて、誰かと見たかったはずのこの花は、いつ咲いたものだったのか。
「おかしいな……わからない。わからないのに、持ってきた、なんて……」
いや、違う。
びいどろは静かに首を振った。
「……“ボク”は知らないんだ」
そう呟いて花を持つ手を頭上に掲げ、惜しむように手を離した。
揺蕩いながらゆっくりと昇ってゆく花の様子は、不思議と目を引く。
ゆらゆら、ふわふわ。どことなく海月に似ている、ようなキモする。
花弁は散ることなく、茎と葉は欠けることなく。月に向かって吸い込まれるように、ひたすらに上昇してゆく。一方通行しか許されていないような光の道を、通って。
海の底に佇むびいどろは身動きひとつせず、月の花が還ってゆくのをいつまでも見守っていた。
大成功
🔵🔵🔵
第2章 集団戦
『トラウマメイカー』
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POW : 突然のマイナーチェンジ
自身が戦闘で瀕死になると【作画が違う本人】が召喚される。それは高い戦闘力を持ち、自身と同じ攻撃手段で戦う。
SPD : 崩壊した作画のままでオンエア
自身の身体部位ひとつを【濁ったインクの怪物】の頭部に変形し、噛みつき攻撃で対象の生命力を奪い、自身を治療する。
WIZ : 脈絡のないファニーファニーフレンズ
戦闘用の、自身と同じ強さの【可愛いガールフレンド】と【オッチョコチョイな友人】を召喚する。ただし自身は戦えず、自身が傷を受けると解除。
👑7
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴
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悲鳴とともに、ホログラムの映像が消えた。
先ほどまで息を呑むような海の底であった場所は、コンクリートで囲まれた無機質な室内となる。
無機質な室内に戻ったことに肩を落とす者もいれば、悲鳴の主を探してすぐに部屋を出る者もいる。
肩を落としていた者もすぐに現実を受け入れ、部屋を出た。
すると、何やら変な声が聞こえてくる。最初に聞こえた悲鳴と違うのは確かだ。
「遊ぼう遊ぼう」
「作ろう創ろう」
「何して遊ぶ? 何作る?」
「「「トラウマつくって、あーそぼ!」」」
「あいつらが、こ、ここ、ここを取り囲んで……! かかか、かいじ、怪人だろ、あれ……!」
受付の者が窓の外を指差したまま、腰を抜かしている。
ビビッドな着ぐるみの頭だけを積み重ねたようなその姿は、確かに怪人そのもの。それが何体も、器用に跳ねながらこちらへと向かって来る。
猟兵ならばすぐに理解できるだろう。
彼らが『オブリビオン』である、と。
ナギツ・イツマイ
水の中の感覚を忘れずに優雅にいきたいね。
さて、小さな天秤を取り出し、鈴の声を借りて人々に語りかけよう
鈴の声だけど聞こえるべき人には通じるはず。
さあ、少し刺激の強いショウの始まりだ。元気な人は応援してあげよう、小さな子らと、体が弱い人は此方へおいで、少しばかりのお茶席を用意しているよ。
【一息】使用して必要とする者を無限茶室に匿う、子供用にジュースも用意
邪魔しに近ずく輩には、周りの空気を集め、少し留めて、解き放つ、海流の操作を思い出そう、あのように緩やかではなく激しくだけどね。
空気の圧力を使った衝撃波を放って弾き飛ばそう、キャッチボールだ。
活性化1使用し風の鉄砲水でソニックブームを発生させる。
+
優雅な所作で鈴のついた小さな天秤を取り出し、ナギツ・イツマイは人々へと語りかける。とはいっても、媒体は声ではない。天秤についた鈴が、声の代わりだ。
それは小さな音ではあるけれど、水に水滴が落ちて生まれる波紋のように、聞こえるべき者に届いてくれると信じて。
さあ、と呼びかけて始まるは、たとえるならサーカスの客寄せか。
――少しばかり刺激の強いショウの始まりだ。元気な人には応援を、小さな子らと身体が弱い人はぜひ此方へ。気持ちばかりではあるけれど、ちょっとしたお茶席が待っているよ。
鈴の音を借りて発せられたメッセージが、付近で逃げられずにいたキマイラたちに届く。
キマイラたちが天秤に触れると同時に、彼ら彼女らは天秤の中に吸い込まれていった。けれど心配は無用、中はユーベルコードによって作られた無限茶室。子どもにはジュースも用意しているから、お茶が飲めない子も安心だ。
さて、茶室の外は安心とは正反対な状況なわけで。『トラウマメイカー』がひしめき、隙を狙っては攻撃を仕掛けて来る。
天秤に多くの人々が吸い込まれて行ったのを見て、数体のトラウマメイカーはナギツを取り囲むように展開した。
ナギツは周囲の空気を集め、少しの間自らの付近に止めた。注意深くトラウマメイカーの動きを観察し、タイミングを見計らって解き放つ。
すると積み重ねられたぬいぐるみの首は次々と吹き飛び、建物に当たっては消えて行った。
そんな風に空気の圧力を利用した衝撃波を放ちながらトラウマメイカーを1体ずつ倒してゆくナギツの所作は、まるで水中にいるかのようだった。時折広げる腕は水をかきわけるように、泳ぐように。ホログラムの水中で得た感覚は、今もナギツの中に在るようだ。
「なるほどなるほど、それじゃあ可愛いガールフレンドとオッチョコチョイな友人を呼ぶとしようか!」
何がなるほどなのかナギツが解せぬうちに、リボンをつけた頭部だけが集まった個体と、ずれた眼鏡をつけた頭部だけが集まった個体が出現した。彼らは器用に跳ねながら迫ってくる。
――そうか、次に風の鉄砲水を喰らいたいのは君だね?
鈴に音を預けて、ナギツは狙いを定める。その相手はガールフレンドでもなく友人でもなく、二人を召喚したトラウマメイカーだ。
衝撃波はちょうどガールフレンドと友人の間を抜け、トラウマメイカーに真正面からぶつかった。召喚したトラウマメイカーに傷を負わせればガールフレンドと友人は消え失せる――の、だが。
衝撃波はトラウマメイカー本体にかすり傷を負わせるどころか各頭部全てを勢いよく弾き飛ばし、落ちた先で沈黙に至らせたのだった。
成功
🔵🔵🔴
マッド・クイーン
人々の心へ新たな傷を刻み込もうとは、なんと邪悪な!
我が騎士よ、わたくしと共に怪人を討伐しなさい。
我が国民よ、戦いを観察し、何か気付いた事があれば直ぐに報告しなさい。
戦いの功労者には勲章を……国民7号、何ですか?
話の途中ですが発言を許します。
ふむ、敵に召喚された者ではなく敵本体を攻撃すべきだと言うのですね?
一理あります。
他ならぬわたくしとナイトも似たような関係ですから。
すると敵の狙いもナイトを操るわたくしとなるのでしょうか?
もしそうならば好都合です。
わたくし自身を囮とした"フェイント"&"なぎ払い"にて敵本体へ攻撃を加えます。
消耗戦になりそうですが泥仕合はむしろ望むところです。
騎士を背に、マッド・クイーンは腕を広げて陽気な小人たち――マッドいわく、国民――を召喚した。
それを見て、『トラウマメイカー』は勢いよく跳ねた。
「よしきた、僕も仲間を呼ぼう!」
「呼んだ? あたし可愛いガールフレンド!」
「呼んだ? ぼ、ぼ、ぼくはオッチョコチョコチョイな友人!」
「「「それじゃあいっしょに遊ぼうよ!」」」
ピンク色がどぎついガールフレンドと、継ぎ接ぎだらけの友人は左右に揺れながらマッドへと近付いて来る。
「残念ながら、わたくしは貴方たちと遊ぶには身分が違いすぎます」
マッドは指先を操り、その隣に絡繰り人形の騎士を立たせるようにした。
「我が騎士よ、わたくしと共に怪人を討伐しなさい」
返答はないが、これを是と受け取るマッド。満足そうにうなずき、マッドは続ける。
「我が国民よ、戦いを観察し、何か気付いた事があれば直ぐに報告しなさい。戦いの功労者には勲章を……」
ぴしっと挙手する小人のうち、一人が何か言いたそうに進み出る。
「……国民7号、何ですか? 話の途中ですが発言を許します」
小人がぺこりと礼をしたのを見て、マッドはかがみこんだ。耳打ちする小人いわく『敵が召喚した者ではなく敵本体を攻撃すべき』だという。
「ふむ、一理ありますね。他ならぬわたくしとナイトも似たような関係ですから」
すると、敵の狙いもナイトを操るマッドとなるのだろうか?
であれば、マッドにとっては好都合だ。
自ら進み出たマッドは、トラウマメイカーのガールフレンドと友人2体を相手取った戦闘を仕掛けた。
小人が指差す方向に攻撃を回避したり、ナイトを用いてフェイントを仕掛けたりする。
しかしガールフレンドと友人の動きは存外素早く、直後に本体へと狙いをつけたマッドの視界をすぐに遮って体当たりをする。
軽く吹き飛ばされるさなか、ナイトで自らを支えるように動き、マッドはガールフレンドと友人、そしてその奥で不気味に揺れるトラウマメイカーを見た。
「消耗戦への覚悟はとうにできています。それに泥仕合なら、むしろ望むところですよ」
強気の笑みを浮かべてナイトを操るマッド動きは、ダメージを受ければ受けるほど、戦いが長引けば長引くほどに洗練されてゆく。
ついには最小限の動きでフェイントを仕掛けた後、マッドがトラウマメイカーに攻撃を仕掛けられる距離となった。ガールフレンドと友人がすぐ追いついてマッドの正面へと回り込もうとするが、既にマッドの薙ぎ払いはトラウマメイカーへと到達していた。
「泥の国を育て上げるまで、こんなところで倒れるわけにはいかないのです!」
ガールフレンドと友人がマッドに攻撃をしかるが、こちらは到達しない。
代わりに、マッドが狙ったトラウマメイカーを含め十体ほどの個体が一気に吹き飛んだ。
成功
🔵🔵🔴
ザジ・クルーシュチャ
僕のアリス、エフィ(f19819)と
なんだか愉快な仲間じみた相手だね
あれを排除したらいいんだろう、アリス?
ならまずは、選り分けから始めようか
ユーベルコードを展開して
迷宮にオブリビオンだけ選び
放り込んで迷わせる
ふつうの人は早く逃げるといい
うっかり中に入ったら
妖精は区別なく食べてしまうからね
…アリスも、妖精か気になるからって
入ってはだめだよ?
唯一の出口でアリスを背に棺を構えて
出てくるやつの攻撃は盾受けで防ごう
倒すのがアリス任せでも
せめて傷つけないよう
もし攻撃がアリスに向けば盾も自分の身も使ってかばい
心配してくれたのかい?
大丈夫、僕は痛みに鈍いから
治療は…はい、仰せのままに
僕はアリスのものだからね
斜城・エフィ
ザジ(f19818)と
そうだな、あの世界の何処かにもいそうな顔だ
ザジが迷宮を作り出す前に一般人を逃すよう声を掛け
おれたちが何とかする
出来るだけ離れていろ
慌てずともいい、だが急げ
あれに喰われると痛いでは済まない
放り込まれるオブリビオンは迷宮の黒妖精を知らない
まあおれも、あんまりじっくり見た事はないが
長居はしたくない場所だな
迷宮の出口で銃を構え待って
「よく生きて出られたな」
出迎えは銃弾ひとつ
もし傷の少ない奴を見れば、賛辞の一つも出るものだ
だがその先はない
ここで終わりだ
従者に敵の相手をさせぬよう
確実に仕留める
近接は銀のフォーク構え、前に出る
…後で治してやるからな、覚悟しろ
沁みるぞ、と舌をぺろり出して
『トラウマメイカー』たちの姿を見て、ザジ・クルーシュチャはくすりと笑った。
「なんだか愉快な仲間じみた相手だね」
「そうだな、あの世界の何処かにもいそうな顔だ」
斜城・エフィは積み重なった顔を上から順番に見る。愉快な表情やキッチュな形状は、愉快な仲間達といっても遜色ない。
だからといってザジもエフィも、手加減するつもりは毛頭無いのだが。
「あれを排除したらいいんだろう、アリス? ならまずは、選り分けから始めようか」
漆黒の瞳を瞬かせてザジはアリスに合図をした。
未だ残る一般人を見つけて、エフィは声を張り上げる。
「ここはおれたちが何とかする、出来るだけ離れていろ」
「う、うん! 僕たちには何もできそうもないから、た、頼んだよ!」
「慌てずともいい、だが急げ。……あれに喰われると痛いでは済まないからな」
エフィがちらりと見た先で、ザジはユーベルコードの展開準備に入っていた。
それだけではない。ザジの周囲を、複数体の『トラウマメイカー』、そしてトラウマメイカーの召喚したガールフレンドと友人が取り囲んでいたのだ。
「あそんでくれる友だちが来たよ! それじゃあいっぱい遊んじゃおう!」
「ガールフレンドともあそんでね!」
「友人ともあそんでほしいな!」
ザジは肯定も否定もしない。
代わりに口から零す言葉は、明瞭に。
「さぁ、走ってkitty。妖精たちに齧られず、出口に辿りつけるかな?」
とたん、戦場となっていた街並みが石畳の迷路へと変わった。
中に放り込まれたのは、トラウマメイカーのみ。エフィの声がけのおかげで、普通の人々は誰一人迷い込むことはない。
でも、もし中に入ってしまったのなら?
ザジは知っている。うっかり中に入ってしまったのなら、そこに住まう黒き妖精たちが見境無く食べてしまうということを。
「……アリスも、妖精が気になるからって入ってはだめだよ?」
「わかってる。おまあ、れもあんまりじっくり見た事はないが――長居はしたくない場所だな」
そんなことを話しながら、二人は迷路の外側に沿って歩き出した。
目指すはひとつ、迷路の出口だ。
待つこと数分、聞こえてきた物音でエフィとザジは身構えた。
エフィの手には銀の銃と身の丈ほどのフォーク、ザジが構えるのは棺だ。
「よく生きて出られたな」
ほぼ無傷のトラウマメイカーへの出迎えは、賛辞の言葉と銃弾ひとつ。それ以上は何も無い、ただここで終わるだけだ。
乾いた音が響けば、連なった頭は不気味な表情を浮かべたままその場に倒れる。
「アリス、もう一体……!」
棺と自身の身体を盾に、ザジは別のトラウマメイカーの前に躍り出た。トラウマメイカーの頭部のひとつが歪み、怪物のような形相となってゆく。
倒すのを任せても、せめて“アリス”が傷つかないよう。
ザジに噛みついたトラウマメイカーは彼の生命力を吸収しているのか、みるみるうちに傷が癒えてゆく。
「見た目の割にしぶとい奴らだ」
しかしエフィが素早く突き刺したフォークによるダメージは治癒のそれを上回り、積み重なった頭部がひとつ、またひとつと落ちてゆく。どうやらもう一体を倒すことに成功したらしい。
ひとまず安堵したエフィは、ザジの傷を見て告げる。
「まだ生き残ってる奴がいるとも限らない、もう少し出口で待機する。……後で治してやるからな、覚悟しろ」
「もしかして、心配してくれたのかい?」
沈黙。から、数秒。
「沁みるぞ」
と、舌をぺろりと出すエフィ。
「……はい、仰せのままに」
緩い笑みを浮かべるザジは、実のところ痛みには鈍い。けれど、ザジはザジのアリスであるエフィのもの。だからエフィの行為は何であれ、喜ばしい。
大成功
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月待・楪
ったく…せっかく人が和んでんのを邪魔すんじゃねーよ、クソが!
いい度胸だ、テメェらにトラウマ作ってやるから覚悟しろ
恋人に友達?
何が増えようが知ったことかよ
まとめてぶちのめす…!
【見切り】回避しながら【カウンター】で牽制
【クイックドロウ・2回攻撃】で怯ませて【念動力】で地面に叩き付けて【マヒ攻撃】
ハッ、いくら盾を増やそーがなァ…火力で上回れば問題ねェ
【EasterLily】でハンドガンを作って周囲を取り囲む…逃げ場なんざねーよ【スナイパー】から逃げられるわけねェだろ?
せっかくの空間を邪魔しやがって…写真撮り損ねたじゃねーか!
蜂の巣になってくたばれ、バァカ!
不機嫌であることを隠しもせず、月待・楪は『トラウマメイカー』たちに向けて引き金を引く。
何度も何度も、弾切れとなっては素早く空になったマガジンを捨て、リロードする。
「ったく……せっかく人が和んでんのを邪魔すんじゃねーよ、クソが!」
心地よい空間でまどろんでいたら、これだ。
トラウマメイカーさえ現れなければ、目覚めた後も水中のホログラムが出迎えてくれるはずだったのに。もしかしたら、ホログラムの魚がつついていたり、くらげのシェードが目の前にあったかもしれないのに。
もしも、を想像すればするほど腹立たしい。
「いい度胸だ、テメェらにトラウマ作ってやるから覚悟しろ」
弾切れ寸前でマガジンをリロードし、楪は無数の弾丸をにやけた顔が張り付いた頭部、その眉間へと正確に打ち込む。
「わあ、あそこに楽しそうな人がいるよ!」
「ガールフレンドとも遊んでくれる?」
「オッチョコチョイだけど、友人とも!」
「はっ! 何が増えようが知ったことかよ、まとめてぶちのめす……!」
倒れ込むように襲い掛かるガールフレンドと友人の動きを見切り、2体の背後へと回り込む。弾丸が撃ち込まれた、という結果しか視認できない速度で二度も撃ち込んだ後は、
「そんなに倒れたいなら、手伝ってやるよ」
ガールフレンドと友人を念動力で軽く浮かせ、顔面を地面へと叩きつけた。その衝撃ゆえか、2体はまるで麻痺したように動かなくなる。
いくら盾を増やそうが火力で上回れば何の問題もない。それに、本体を倒せば2体も消えるとわかっているが、それでは楪の腹の虫が治まらないのだ。
さらに群がって来るトラウマメイカーやガールフレンド、友人たちは、楪の使用するユーベルコードにおいてむしろ好都合だ。
ふっと笑って、楪はゆっくりと瞬きした。
楪とて、ただ怒りに任せて引き金を引いていたわけではない。派手に立ち回れば連中が寄ってくるであろうことくらい、お見通しだ。
「さあ、パーティタイムだ」
とたん、100をゆうに超えるハンドガンに取り囲まれるトラウマメイカーたち。
「ねえねえこれはどういうこと?」
「あたし思うんだけど、もしかしても、もしかしなくてもこの状況って……」
「待って待って、僕たち、ピンチ?」
「気付くのが遅いんだよ。お前ら、せっかくの空間を邪魔しやがって……写真撮り損ねたじゃねーか!」
苛立ちに怒りを滲ませ、楪はトラウマメイカーたちを取り囲んだハンドガンの銃口をすべて正確に、彼らに向ける。
「逃げろ逃げろ!」
「きゃー、あたしを守って!」
「まって、置いていかないで!」
「逃げる? んなの、無理に決まってんだろ」
何せ、今向けられているハンドガンの精度はスナイパー並だ。
「――蜂の巣になってくたばれ、バァカ!」
楪がそう言い終わるが早いか、一斉にハンドガンの銃口が火を噴いた。個体が逃げた先すら予測して、正確に撃ち抜く。
弾丸が地面に落ちる音が聞こえる中、数多のトラウマメイカーたちがぴたりと止まり、倒れてゆく。
残るトラウマメイカーたちは、その状況に明らかな怯えを見せていた。
大成功
🔵🔵🔵
一門・楔
トラウマ作りねェ、いい度胸じゃねェか
トラウマにはトラウマで返してやるか
先にガキンチョ共は逃げとけよ
UC発動ここはみんなのトラウマ、チェーンソーと行くかァ!あ、皮の仮面とかキモイからナシな
ぼろぼろのエプロンにチェーンソーを持ったキラーに憑依
オレがテメェをズタズタにしてやるぜェ!
本人が出てきたら先制攻撃な。足か腕があるなら部位破壊、ないなら真っ二つにしてやる
おうおうなんだァ?トラウマ植え付けるんじゃなかったのかァ!?
地を這ってるのがお似合いだぜェ、おあいにくサマ
連携・アドリブ歓迎
「ガキンチョ共、ここは危ねェから逃げとけよ」
あくびをしつつ、一門・楔は無防備に『トラウマメイカー』たちに取り囲まれる。
にーちゃんも気をつけて、なんて声が聞こえたものだから、口元だけで笑んで手をひらりと振った。
キマイラの子どもたちを見送った後は、さも楽しそうに表情を歪める楔だ。
「……さーて、ゲームの始まりだぜェ!! 今回はちょっくら本気出すから逃げろよォ!」
とたん、楔はキラーへと憑依した。ぼろぼろのエプロンをつけ、チェーンソーを持った姿は、いかにもスプラッタホラーのキラーだ。キモいから、という理由で却下した皮の仮面は装着していないが、それでも充分に――
「こわいねこわいね!」
「でもぼくたちだって、こわいはず!」
「だってトラウマつくるんだから!」
そんなトラウマメイカーたちの声は、チェーンソーのエンジンを始動させる音でかき消えた。
刃が回転する。轟音と振動が心地よい。
「あァ、よく聞こえねェなァ? ま、聞く気も無いけどよォ!」
苛烈に振るわれるチェーンソーの刃は、トラウマメイカーたちを容赦なく餌食にしてゆく。
「トラウマ作りたァ、いい度胸じゃねェか。トラウマにはトラウマで返してやるよ」
まずは縦真っ二つに。
「次はどいつだァ? オレがテメェらをズタズタにしてやるぜェ!」
次は、数体まとめて中ほどの顔面だけを薙ぐように。
手当たり次第にトラウマメイカーを刻んでいけば、エプロンは血で染まってゆく。
致命傷だけを避けた個体は、それでも瀕死だ。トラウマメイカーは、最後の気力でローポリゴンの自身を召喚した。
それを見て、楔は腹を抱えて笑う。
「おうおうなんだァ? トラウマ植え付けるんじゃなかったのかァ!? そんなん記憶にも残んねェぜェ!?」
達磨落としの要領で、下から順に頭部を刻む楔。てっぺんの頭部が地面に到着したら、軽やかに踏み潰して。
「地を這ってるのがお似合いだぜェ、おあいにくサマ」
かくして、トラウマメイカーをあらかた片付けた殺人鬼は語る。
「しっかし……こんなのが往来を闊歩するなんて、おっかねぇ世の中だなァ?」
成功
🔵🔵🔴
第3章 ボス戦
『ギヴ』
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POW : あそんであげる
小さな【メリーゴーランド】に触れた抵抗しない対象を吸い込む。中はユーベルコード製の【遊園地】で、いつでも外に出られる。
SPD : しあわせになあれ
いま戦っている対象に有効な【すてきなプレゼント】(形状は毎回変わる)が召喚される。使い方を理解できれば強い。
WIZ : ……わすれちゃったの?
自身が戦闘で瀕死になると【楽しかった思い出】が召喚される。それは高い戦闘力を持ち、自身と同じ攻撃手段で戦う。
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青白い少女が踊りながら歌う。
らん、らららん、らん、ららん。
オルゴールに似た音楽に重なる、歌声のようなもの。開園したての遊園地、あるいはショーの始まりを告げるような、明るい楽しい音と歌。
ららららら、ららららら、らららららら!
やがて音楽は調子を崩し、不穏な響きを持ち始める。朽ちた遊園地、あるいは不気味なピエロの登場を告げるような、暗く不穏な音と歌。
「すてられるばしょがある、ってきいたから。ちょっときになって、きてみたの」
だからあそんであげると、少女は言う。
そしてしあわせになあれと、少女は歌う。
でもわすれちゃったの、と少女は問う。
「すてたいものに、いらないもの。そんなものでも、おもいでがあるはずなのに。だいじにできないっていうのなら。ぜんぶぜんぶ、わたしがいただくわ」
きらきらした光を纏わせて、少女はくるりと回った。
- - -
【敵行動の補足】
POW/あそんであげる
今にも雨が降りそうな空の下、壊れかけの遊園地へご招待。※抵抗しなかった場合のみ。
SPD/しあわせになあれ
すてきなプレゼントはプレイングにてご指定いただければ、可能な範囲で描写します。特になければ、ステータスシートなどから判断したりこちらで何かしら選択したりします。
WIZ/……わすれちゃったの?
遊園地の遊具を召喚して戦わせます。
ナギツ・イツマイ
まずは彼女のことを知ることからかな。
声を聞こうじゃないか。
雨水と共に全てが流れていきそうな遊園地のベンチに座って。
彼女は、過去に囚われているようだ、そして、過去を愛している。意義として。
確かに大事だね、忘れてはいけないことが沢山だ。
でも、それを自分のものにしてはいけないね。
何故なら、自分の意義ではないからだ。
過去は人の手に渡ると変質してしまうものさ、だから私は、私なりに記憶して留めるんだ、君たちの存在に近いシャーマンズゴーストとして。いつか誰かが思い出そうとした時、助けになるように。
プレゼントは、いらないよ。
楽しい時間をありがとう。
あとは戦争だね。
さようなら、過去に囚われたひと。
今へご招待。
『ギヴ』の小さなメリーゴーランドに触れたナギツ・イツマイは、気付けば曇天の遊園地に佇んでいた。
「……なるほど、ね」
色あせたベンチに座り、ナギツは園内と空を見渡す。
このまま雨が降り始めるようなことがあれば、きっとベンチごと流されてしまうことだろう。
「声を聞こうじゃないか」
目を閉じ、ナギツは耳を澄ませる。
誰もいない遊園地なのだから、人の声が聞こえるわけがない。
けれど、別の音ならば騒がしいほどに聞こえる。
たとえば、メリーゴーランド。回転に合わせて流れる音楽は途切れ途切れに。
たとえば、観覧車。回るたびに軋む音は、ひそやかに。
そのどれもを、彼女の『声』として受け取り、どうやら、とかそけき声でナギツは呟いた。
「彼女は、過去に囚われているようだね」
そして過去を愛している、意義として。
「確かに大事だね。過去には、忘れてはいけないことが沢山あるからね。……でも、それを自分のものにしてはいけないね」
何故なら、とナギツは空を見上げた。相変わらず重苦しい空は、雨ごと雲も落ちてきそうだ。
「自分の意義ではないからだ」
過去は人の手に渡ると変質してしまうものだから。ナギツは、ナギツなりに記憶して止めている。いつか誰かが思い出そうとした時、助けになるように、と。
さて、とナギツはベンチから降りた。彼女の声は、もう充分に聞いた。そして返答も済ませた。
「楽しい時間をありがとう。ああ、プレゼントはいらないよ」
なぜなら、あとは戦うだけだから。ゆっくりと頭を下げたナギツは、降り始めた雨を身体に受ける。
「さようなら、過去に囚われたひと。調和は、天秤の上に」
メリーゴーランドの馬、観覧車の窓硝子。飛来するそれらを、ナギツは双皿秤の詩演で起こした自然現象で押し戻す。
やがてはギヴをも巻き込んで、現実へと引き戻すために。
大成功
🔵🔵🔵
斜城・エフィ
ザジ(f19818)と
思い出、思い出なぁ
お前が喜ぶようなものは聞かせてやれそうにない
大事にする気はないがそれでも、捨てる気もないんだ
いいじゃないか、捨てられないなら
その方が余程、人間らしい
それでお前の集めたものは?
すいと吸われた先は泣き出しそうな空の下
さっきの調子外れな音がする
遊園地、とはこういうものか?
それでも大事なものには変わりないのか
ならば、ザジ
少し遊んでいこう
コートの下から辺りを眺めて
軋むメリーゴーランドを指差した
ああ、ふふ
上手く動かないな、やっぱり
そうまで誰かを楽しませたんだろう
よく頑張ったな
そうか。
楽しい思い出になれたなら良い
最後は、そう
何処か寂しげなギヴ
お前にさよならをひとつ
ザジ・クルーシュチャ
エフィ(f19819)と
君は優しいね、アリス
聞かせてくれようとしただけで
僕は十分嬉しいし
今までを含めて君だろう?
それに嬉しい思い出がないなら
これから作ればいいさ
これは受け売りだけど、ね
…ああ、それに僕もあまり
人のことを言えないや
渡せるものがないもの
捨てられないのも同じだから
降り出したら濡れてしまうからと
アリスを広げたコートの内に庇いつつ
…イエス、マイロード
さぁどれがいい
ふちのかけたコーヒーカップ?
錆びたメリーゴーランド?
どれもきっと
たくさん人を楽しませたんだろうね
最後に送るのがさよならでも
このどこかさみしいこの場所も
君の笑い声ひとつで
きっと思い出す日には
楽しかったねと言える気がするよ
「悪いが、お前が喜ぶようなものは聞かせてやれそうにない」
『ギヴ』の前で、斜城・エフィは続ける。隣に立つザジ・クルーシュチャはギヴの動きに警戒しながらも、エフィの言葉を黙って聞いている。
「大事にする気はないが、それでも捨てる気もないんだ」
「そうなの? どうして?」
いたく無邪気に問いかけるギヴが、また距離を詰める。
ザジはエフィを優しい、と思う。聞かせてくれようとしただけで充分に嬉しいし、何より今までを含めてエフィなのだ。
(「嬉しい思い出がないならこれから作ればいい……というのは受け売りだけど、僕だってあまり人のことを言えないんだった」)
渡せるものがないのも、捨てられないのも、同じだから。ザジが寂しさににた感情を覚えたところで、エフィは凛とした態度でギヴへと語りかける。
「いいじゃないか、捨てられないなら。その方が余程、人間らしい」
それで。エフィが一呼吸する間に、ギヴの小さなメリーゴーランドが二人に触れた。
「それでお前の集めたものは?」
これがこたえ、と言わんばかりに吸い込まれた先の風景は、色で例えるならば灰色だろうか。
今にも泣き出しそうな空の下、ギヴの奏でていた調子外れな音が聞こえてくる。
「降り出したら濡れてしまうよ」
広げたコートの中にエフィを庇うザジは、彼と共に遊園地の様子を観察した。
「遊園地、とはこういうものか?」
首を傾げ、エフィが問う。
「全部が全部、こうではないけれど」
ほんとうに、こんな風に存在している遊園地もなくはない。それでもきっと、ギヴにとって大事なものであることに変わりはないのだろう。
「そうか。ならばザジ、少し遊んで行こう」
「……イエス、マイロード」
壊れかけの遊具たちは無表情に、ただただ己の仕事をこなしている。
ふちのかけたコーヒーカップ。錆びたメリーゴーランド。かつてはどれもがたくさんの人を楽しませたに違いない。
コートの下から辺りを眺めたエフィが指差したのは、軋むメリーゴーランドだった。
塗装が剥げた白馬に跨がったエフィが、困ったように笑う。すぐ隣の黒い馬に乗るザジが、微笑む。
「ふふ、上手く動かないな、やっぱり」
上下にわずかに揺れるだけで、回転もひどく遅い。けれど、それでも誰かを「楽しませたい」のだけは伝わってくる。
「よく頑張ったな」
金色がわずかに残るたてがみを撫で、エフィは少しの間目を閉じた。
そろそろ、さよならの時間だ。
調子の外れた音楽に、この場所に。そしてギヴに。
「良かった。アリスが笑ってくれるのなら……最後に贈るのがさよならでも、このどこか寂しい場所も、思い出す日には『楽しかったね』と言える気がするよ」
「そうか。楽しい思い出になれたなら、良い」
寂しげな音が聞こえる中、エフィは自身の血液を武器に垂らした。
その後は、躊躇無く。形態が変わった武器で地面を切り裂くと、遊園地がぐにゃりと歪む。
風景が、一変した。
夜の色彩が落ちるキマイラの街並みは、静けさを取り戻している。
そこにはもうギヴの姿はない。白塗りの木片がひとつ、落ちているだけ。
夜風に耳を澄ますと、オルゴールじみた音の欠片が聞こえたような気がした。
大成功
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