【1:1】夏染、鳳仙花
都槻・綾 2020年7月24日
風通しに開けた扉から、
夜だというのに鮮やかな夏の香りが漂う。
ちいさなすり鉢を手にした店主が、
花の訪いに笑みを向けた。
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都槻・綾 2020年7月24日
(前掛けに、使い込まれて仄かに茶けたすり鉢、)(せっせと手を動かしたまま「其処へお座りくださいな」と視線で示したのはいつもの小上がり)
(涼やかな玻璃の器に冷茶を満たして、気の利かぬ店主の代わりに、縫がおもてなし)
境・花世 2020年7月24日
(夏らしい風情の漂う宵を味わうように一口、杯を傾けて淡く咲う)
(何やら作業中の端整な横顔をそっと見守って)
――ね、縫、今日の綾は、何を熱心につくってるの?
都槻・綾 2020年7月25日
(こてり、首を傾いだ人形が口を開くより早く、)
やぁ、いらっしゃいませ。お呼び立てしてごめんなさいね。
(ふくふく笑いつ、向かい合わせに正座する)(次いで、誘うように手のひらを差し出した)
境・花世 2020年7月25日
(作業が終わってからでだいじょうぶだよ、とか。きみが呼ぶならいつだって駆けつけるよ、とか。言いかけた言葉はしゃぼん玉みたいに跡形もなく消えて)
(なんの迷いもなしに、己の手のひらをてしっと重ねた)
……わん。
都槻・綾 2020年7月25日
(愛らしい仔犬さんへ破願し、更に手を重ねて包み込む)
――ね、あなたの指先を、私に預けてくださいませんか。
境・花世 2020年7月25日
えっと、はい、うん、どうぞ、
(何を言われたのかもよく分からないままにこくこくと頷いた。だってきみに、こんなに優しくふれられている!)
(おとなしく預けた手のひらと裏腹に、表情は赤くなったり緩んだりと忙しない)
都槻・綾 2020年7月25日
数日お借りしますけれど、次第に薄まって消えるものですから御安心を。其の間は私に独占されていると思って、諦めてくださいな。
(諾のいらえににっこりと、)(ちいさな筆をすちゃりと構えた)
境・花世 2020年7月25日
? もちろん、数日と言わずいくらでもきみに差し出すけど。
(それはそれはうつくしく微笑う神さまをきょとんと見つめる)
(すり鉢の中身、筆、指先に残って消えぬもの。謎かけの答えは、)
都槻・綾 2020年7月25日
(繊い指を丁寧に眺めてから、ひとつ首肯)(すり鉢の中の液体へと筆を浸して、彼女の人差し指の爪に一塗り)(淡い、けれど鮮やかな、紅)
境・花世 2020年7月25日
きれい、……爪紅だ。
(初恋に染まる頬のように、爪先が甘く上気している。それは紅のせいだったけれど、真剣な横顔のせいかもしれなかった)
鳳仙花、このために、摘んできてくれたの。
都槻・綾 2020年7月25日
鳳仙花、つまくれなひの夏に戀ふ。えぇ、庭に咲いているものですけれど。乙女達は斯様に色染めをしたと書で識りまして。素敵だな、と思ったものですから。――ねえ、花世。同時にね、あなたのかんばせが浮かんだの。
境・花世 2020年7月25日
わたしを? そっか、ふふ、なんだろ、くすぐったくてむずむずする。(けれども動いてははみ出てしまうと、緩んだ頬を元に戻しにかかる)(……戻らない)
綾、塗るの、じょうずだねえ。
都槻・綾 2020年7月25日
擽ったいのは筆の所為もあるかしら。私の中で「くれなひ」は、あなたの印象が強いのかもしれませんね。
(一緒にふくふく笑んで、揺れた小筆を「おっと、」と爪から離す)
都槻・綾 2020年7月25日
何せ練習台が、ほら、其処に、
(縫がそっと万歳をして見せた。表情は相変わらず動かぬままだけれど、爪先の彩が頬まで照らしているかのよう。嬉しいのだろうか、嬉しいのだろう。何処か誇らし気)
境・花世 2020年7月25日
縫もよく似合ってる、可憐さが増したみたい。こんな風にきれいに染まれるなら、いつかの乙女たちはきっと懸命にこの花を摘んだろうね。
(なめらかに滑る筆は、特別なその色で爪をひとつ、またひとつと染め上げていく)
境・花世 2020年7月25日
……ね、綾。わたしもきみの"くれなゐ"を独占したいな。ほんの少しの間でいいんだ。
都槻・綾 2020年7月25日
さぁ、出来ましたよ。後は油紙で包んで――、
(細部を染める為に知らず息を詰めていた。ふぅ、とゆったり吐き出して筆を置く)
……はて、私も彩りを持っておりましたか?
境・花世 2020年7月25日
ううん、あのね、きみの眸に映る彩を。
(あどけない紅に染まった爪先を零さないように、そっと掲げて)
この色が消えるまで、わたしの爪は綾のもの。おんなじ間だけ、どんな紅を見ても綾はわたしを想い出して。きみにとってのくれなひという彩を、わたしが独占したいなあ、って、
境・花世 2020年7月25日
……だめ?
都槻・綾 2020年7月25日
可愛らしいお願いですねぇ。此の期だけでなく、あなたがいのちを咲かせている限り、鮮やかに艶やかに、誰の眸も惹き付けていることでしょう。
境・花世 2020年7月26日
さわれもしない“ずっと”や“誰か”より、今、きみにとって鮮やかでいたいよ。たとえ一瞬だけだって。
(嘘も保身もない、抜き身のひかりが眼前のひとを見据える)
都槻・綾 2020年7月26日
今、とても鮮烈にうつくしいですよ。
(真っ直ぐに向けられたひかりへと、笑みを湛えて)
都槻・綾 2020年7月26日
一瞬を焼き付ける為にまなこを差し上げても良いくらいですが、此れからも共に日々が紡げるかもしれない、と――そんな触れられぬ「未来」も、私は楽しみに思います。
境・花世 2020年7月26日
(ああ、そうやって、いつも彼方を遠く優しく見守ろうとする、神さまという存在は!)(爪紅の乾かぬ手では白い頬を挟むことさえ出来やしない)
……未来って、ほんとうはよくわからないもの。
境・花世 2020年7月26日
(指先でふれる代わりに、差し出すといとも簡単に告げられた青磁のかがやきを覗きこむ)
都槻・綾 2020年7月26日
そうですねぇ。きっと誰にも、全く分からないの。だからまるで、初めて手に取る本のようでしょう。
――あぁ、でも、あなたは今、頁を捲れないですねぇ。私に捕まって居ますから、
(交わる視線にふわりと綻んで、次いで悪戯に片目を瞑った)(油紙で一指ずつ先を包む。翌朝には染みて、彩りを灯すだろう)
都槻・綾 2020年7月26日
ねぇ、私未だ、あなたに大切なことを告げて居ないのですよ。此の指先の燈りも、贈り物のつもりでした。
都槻・綾 2020年7月26日
誕生日おめでとうございます、花世。
あなたに出逢えて、私は嬉しい。あなたのお陰で、毎日がとても鮮やかなのですよ。
境・花世 2020年7月27日
(きみを見据える眸がまんまるく開かれて、くれなひが滲むように彩をじわりと濃くする)(塗られた爪紅と、きっとよく似た)
綾は、いっつもそうやって、わたしをよろこばせるから、ずるい。
もう! えい!
境・花世 2020年7月27日
(額をこつんとくっつけて、誰にも聞こえない、きみにだけ届く声で)
捲った今日の頁がこんな風だなんて、ぜんぜん、知らなかったんだ。
……ありがとう、どうしよう、泣いてしまいそう。
都槻・綾 2020年7月27日
(額を合わせたまま、ちいさく笑った。ふかふかの大輪が擽ったい所為もある)
案外と泣き虫でいらっしゃる。うつくしい真珠の涙を高価な売り物にしようと目論む、悪い輩が拐いに来てしまうかもしれませんよ。お気をつけくださいな。
境・花世 2020年7月28日
わたしを泣かせたのは悪い神さまだもん。祈りなんてちっとも届かないくせに、そうやってたくさんやさしくするから、
(むずがる子どもみたいに首を振れば、花が柔く互いをくすぐって――朝露めいて落ちる滴がきららかにひかりを弾いた)
攫われても、あっという間に、きみへ逢いに帰ってきてしまうよ。
都槻・綾 2020年8月5日
(膝に置いた掌で零れる雫を受け止める。温い、彼女の、「ひと」の温度だ)(強がりもあるのだろうか、揺るぎない想いだろうか。其の頼もしき言へ、擽り返すみたいに密やかな笑みを返しつ、)
おや、攫って欲しいとは仰らないのですねぇ、あなた。
境・花世 2020年8月13日
(濡れた眦も拭わないまま、すこしだけ首を傾げる) 綾に早く逢いたいから、わたしはどうしたって駆け出してしまうと思うんだ。きみがもし攫い返しに来てくれても、くれなくても。(ただ、そうしたいからするのだと呟く声音が落ちた。期待も諦めも打算もない、透明な色をして)
都槻・綾 2020年9月4日
其れなら私は動かずに待っていた方が良いかしら。二人で走って行き違いになってしまうのも冒険譚みたいで面白いけれど。でもねぇ、悪徳商人を懲らしめないと私の溜飲が下がらないでしょう?
(腰に片手を当て、もう一方の手の人差し指を立て、しれっと嘯いてみせた)
(ちらり花のひとを見遣り、ふふり吹き出す)
都槻・綾 2020年9月4日
(人形の娘が「やれやれ」と肩を竦め、主の不徳を詫びるように一礼をした)
さて、もう大分遅い。お送りしたいのですが、指先が使えないのは何れ不自由でしょう。今宵は荒ら屋で休んでくださいませ。縫がお世話と護衛に着きますから、安心ですよ。悪漢や私に襲われることも無い。
(「明朝、誰より最初に染まる爪を見たいというのが正直なところなのですけどね」と笑って添えて)
境・花世 2020年9月7日
(楽しげな笑みを向けられた花は、露を振り落としてふうわり咲いた)
あは、それなら、合流したら悪人を一緒にやっつけに行こうか。結末はきみのご期待にお応えしないとだ、素敵な贈り物の御礼に。
境・花世 2020年9月7日
いいの? ありがとう、お言葉にあまえて一晩宿をお借りするね。縫も、お手数おかけするけどよろしくお願いします。
(染まる前の爪先が乱れぬよう、少女人形を手のひらでそっと撫でて)
……綾に襲われてもこわくないけど、爪が滲んだら困るから、ね。
(なんて悪戯っぽく笑って指をくるりと振ってみせた。今はまだどんな深さに染まるかも知れないままで、けれど確かに“くれなひ”の)
都槻・綾 2020年9月8日
(夏夜の湿気を払うが如く、からりからから、)
やぁ、痛快な捕物帳になりそうですねぇ。今夜はきっと冒険活劇的な夢がみられるに違いありません。
――お休みなさい、花世。頼みましたよ、縫。
都槻・綾 2020年9月8日
(爪紅染まるちいさな人形の手が、染まりゆく手を取って立ち上がる。乙女同士の語らいの宵は此れから深まるのかもしれないけれど、一先ずはお開きとして、)
(さぁ、また明日。夏に染まる朝を楽しみに。――どうぞ、佳き夢を!)