【独白】路文、金釘流
ロカジ・ミナイ 2020年5月9日
いつもみたいに、勘定台の縁に座る。
いつもみたいに、幾枚かの紙を選んで買って、包んでもらって。
ふいになんでだかこぼしたくなったんだよ。
ここで、ここの紙を選ぶ理由をさ。
※ひとり、誰にともなく、つらつらと
※団員さんに限り「聞いていた」ことにしていただいて構いません
もちろん心に留め置くだけでも構いません
そこには縫しかいなかったのかもしれません
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ロカジ・ミナイ 2020年5月9日
地元にね、送ってるのよ。手紙を。
(火のついていない煙管を指の上で器用に回しながら口を開いた。
この男が店に顔を出すのは気紛れで頻度も疎らだが、数ヶ月に一度、決まって季節の柄を写した紙を買っていく。派手な出で立ちには似合わぬような、品のあるものや愛らしいものを、特に好んで)
誰宛かって?ちいちゃい子ども連中と、それの面倒を見てる女がいて。
ロカジ・ミナイ 2020年5月9日
……いや、僕の子じゃなくって。嫁さんでもないよ。
(違う違う、残念ながら、と身振り手振りで否定し、持て余し気味の足を組み替える)
ロカジ・ミナイ 2020年5月9日
僕の実家は医家でね。
当然、目の前で召される者がいりゃ遺される者もいるわけで、必然的に子どもがみなしごになる瞬間にも立ち会うわけさ。
医家が慈善事業じゃねぇとはいえ、みなしごを見捨てるなんて無慈悲な印象が付いて回るのはよろしくない。何せ、狭い里でそれなりに由緒ある医家だもの。だからまぁ、ひっそりとね、そういう子らを育てる孤児院ってのを抱えてたわけよ。経営っていうより出資みたいなカタチで。うん。
……いい話だろう?ねぇ?
ロカジ・ミナイ 2020年5月9日
こう見えて僕も若い頃は色々あってね、医者嫌いに育っちまって。勉強も修行もしないでプラプラしててさ。そんで暇を持て余しちゃ孤児院に行って力仕事を手伝ったり勉強を教えたりしてたのよ。
あの頃はもうちっと地味な格好してたから、万人受けっての?そう、今以上に子どもに懐かれてさ。
ロカジ・ミナイ 2020年5月10日
……。
(目と手の動きが止まる。何かしらを誤魔化すように、煙管の先で後頭部を掻いた)
里を出る時に、そりゃもう泣かれてね。うっかり約束しちまったのよ。離れても続きを教える、なんてことを。
ロカジ・ミナイ 2020年5月10日
何を教えてるかって、初歩的なことよ。文字と、簡単な計算と、食ったらヤバい草花と。僕が教えられることなんてそんなもんだからねぇ。
(ヒョイと長い腕を伸ばし、棚の葉書を一枚取った。和紙の端っこに藤の花弁で形作った鳥が羽を広げている)
……そんでね、ふふふ、ガラでもないんだけど。僕も文通が楽しみでさ。
普段は字なんて丁寧に書かないのに、その時ばかりは下書きまでしてさ。
……まぁ、面倒だと思う時もあるけどね。定期的に紙を選んだり気候を振り返ったりするのは、時の流れを知るのにもうってつけなのさ。
ロカジ・ミナイ 2020年5月10日
(青、紅、黄、緑と手に取れば虹色が出来る。
ひとこと虹色といっても、選ぶ色たちは季節ならではの彩度をみせて)
でね、でね、紙を何枚か余分に同封しといてやると、宿題を出すみたいに返事が届くんだよ。ある子はひとつずつ書ける字が増えてたり、ある子は絵が上手くなってたり、中には自分で研究した事なんかを教えてくれる子もいる。鳳雛ばかりよ。
院を出た子と入った子のことは、女が書いて教えてくれる。
……2〜3年になるかね、そんなことを続けてるんだわ。
ロカジ・ミナイ 2020年5月10日
始めの便箋はね、ただの紙切れだったのよ。けどたまたま、ここに行き着いて。
……なんでだったかな……たぶん配達の帰りに道草食ってたら迷子になったとか、そんな偶然だったはずよ。焦る気持ちを落ち着けるために、わざとこの店を覗いたの。
そしたらまぁ、驚いてね。この世には、こんな宝石みたいな紙あったのかってさ。
ロカジ・ミナイ 2020年5月10日
こりゃ教えてやらなきゃって。狭い世界で生きるしかない子どもらに、この世にはキレイなものややさしいものがたーくさんあるんだってことをさ。
ロカジ・ミナイ 2020年5月10日
正直いって、便箋や紙に興味なんてなかったのよ。
恋文だってまともに書いたことなかったし。田舎じゃ滅多に洒落たものにはお目にかからないから、書くための紙っていったら処方箋か医学書くらいなもんだったし。
だからねぇ、この店の品を見た時にまぁ恥ずかしくなってねぇ、僕はまだまだ世間知らずだってさ。……ふふ。
ロカジ・ミナイ 2020年5月10日
――それ以来、ここに通ってんのよ。
ロカジ・ミナイ 2020年5月10日
……おっと、やれやれすまないね、つまらない話に付き合わせちゃって。
僕も油売ってる場合じゃなかった。そろそろ帰らねーと。
(腰を上げ、手に取った紙類を丁寧に商品棚に戻した)
ちょうどね、縫みたいな妹がいてね。あの子が帰って来たときにひとりにしちゃあかわいそうだからさ。
ロカジ・ミナイ 2020年5月10日
そいじゃあ、これにて失礼。
(出入り口で店内に向け一礼し)
(上げた顔に清々しい笑顔を浮かべて)
ロカジ・ミナイ 2020年5月10日
(夜闇に桃色の狐火がポッと咲いてパッと消えた)