Awaken or Awoken
皐月・灯 2020年5月4日
――ある深夜のこと。
「気付いた」ら、体が横になっていた。
ミルクのように白く濁る記憶は、全く以て詳らかにならない。
たとえるなら、さっきまで見ていた夢を忘れてしまった感覚に近い。
夢は脳に蓄積された記憶の断片が、取捨選択の繰り返しの中で絡み合ったものだ。
その内容を忘れてしまっても、どんな夢だったかは覚えていることがあるだろう。
それは、夢として映し出された記憶たちが、自身の経験に基づくからだ。
だが、「私たち」が見る夢は、共通の脳に刻まれた記録。
自身のものでないのなら、何の感慨もない。
それらはただ虚構の渦に溶けるに過ぎず、ゆえに目覚めた後も、手繰り寄せる程の縁をもたない。
――まあ、物理的な証明があれば、話は変わりますが。
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皐月・灯 2020年5月4日
(やけに重たい瞼をこじ開けるようにして開く。全身に残る気怠さと、耐え切れぬほどでもないが無視するには気力を要する痛み。久々に貧乏くじを引いたと思った)
皐月・灯 2020年5月4日
……ここ2~3年、なかったんですがね……(小さく独り言ちた。周囲を見回す。一般家屋の一室のようだ。あの薄汚れて散らかり放題の、半端な魔術工房とは明らかに違う。その部屋のベッドの上に、自身は仰向けに寝ていた)
皐月・灯 2020年5月4日
(――超人類とも呼ばれる、特殊な頭脳を有する多重人格者の肉体。「セクト」の名でそこに顕れてから6年半。「灯」とは延々と主導権を奪い合ってきたが、たまに負傷がひどいとき等、こうして明け渡されることがあった)
皐月・灯 2020年5月4日
私への意趣ではない。負傷の度合い、体力の消耗、それに魔力……「私」でこれほど減っているなら、「彼」程度の魔力量では枯渇していた、か。
(通常のアザレア・プロトコル――幻釈顕理すら使いこなせない欠陥魔術師。どうせあのくだらない融合術式を、後先も考えずに全開で撃ったというところだろう)
……やれやれ。本当に成長の無いことで……ん?
皐月・灯 2020年5月4日
――――右腕、ありませんね。
皐月・灯 2020年5月4日
(額に置こうとした腕は、肩の付け根から綺麗になくなっていた。赤と緑の瞳が映す視界には、血の滲んだ呪符とその上から巻かれた包帯が映っている)
皐月・灯 2020年5月4日
……おやおや。これはさすがに前代未聞ですよ、「灯」。出来損ないもここまで極まれば感心を生むというものですが、さて。(主人格の「少年」と同じ顔、同じ声。しかし声の内の感情は、混じりっ気のない侮蔑で出来ていた)
皐月・灯 2020年5月4日
(それが「全て」だった。片腕の切断という状況を目の当たりにして、二色の瞳の少年の反応は、小さな驚きと大きな侮蔑、ただそれだけだった。ばかりか、不意に口元を笑みの形にして)
皐月・灯 2020年5月4日
灯の無能が招いたこととはいえ……私の腕を落とした存在か。
じっくり解剖してみたかった、ですが……。
皐月・灯 2020年5月4日
(およそ淡々と、ほとんど感情の起伏はない。ぶつぶつと呟く声は、薄闇に溶けて消えていく)
まあこれで当面、灯は今まで通りには「出て」これないでしょうし。
自由時間で良しとしましょう。
……あとは腕の処理ですが……アルダワに行っておいて正解でしたね。
皐月・灯 2020年5月4日
(言葉にするのは、負傷によりとても本調子とは言い難い思考力を整理する為だ。しかし、既に彼の声からは、痛みを堪える様子は跡形もない)
――さて。この場所といい、手当といい……私の知らぬ間に随分と、この顔を知っている方が増えたようですし。
……後々、ご挨拶に回るとしましょうか。
皐月・灯 2020年5月4日
(――どこか愉し気ですらある呟きに続くのは、くすくすという笑い声)