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【1:1】詞海、冬日和

境・花世 2020年1月4日


『宵にのみ開くという、手紙屋をご存知?』

つめたく澄んだ天は白藍、
陽光ばかりが麗らかな冬の日和。
未だ開かぬ店の奥から、何かの雪崩れる音がした。




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境・花世 2020年1月4日
(常より早い時間に訪れたのはちいさなきまぐれ、主が眠りの中ならば少女人形と語らおうかと軒先へ足を踏み入れた刹那のこと)(――さほど重くはない、けれど明らかにぱたぱたと大量のなにかが雪崩れる音がした)
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境・花世 2020年1月4日
……あ、あや……?
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都槻・綾 2020年1月4日
(にょき。雪崩の中から手が生えた。やがて億劫そうに身も現れて、寝起きの様子の店主がぼんやりしたまなこで首筋を抑えている。)――やぁ、よもや家の中で遭難するとは思いませんでした。何があったのでしょう。何があったと思いますか、(傍らに居るだろう少女人形へ声を投げかけ、春の到来に瞳を瞬く。)
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境・花世 2020年1月4日
……これは推理するまでもない事件だよ、綾。(深刻な表情で寝起きまで麗しい犯人の相貌を見つめる)(賢げな少女人形も全くおんなじ様子で、ふたりぶんの眼差しがじぃと注がれる) 観念して、そろそろ書物、片付けよう?
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都槻・綾 2020年1月4日
何と言うことでしょう。昨夜読みかけた本がすっかり生き埋めに……此れはもしや何ものかの奸計――あぁ、其れより先に読み途中で栞を挟んだままだった文庫さんの悋気か、将又積んだまま手付かずの本達の切実な一揆――……そんな懸命に生きる彼らを片付けよと仰る?
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境・花世 2020年1月4日
(おかしな弁明を始める神さまにぷくっと吹き出しかけて、懸命に厳しい顔をしてみせる) あのね、綾はまず一冊ずつと誠実なお付き合いをしたほうがいいと思うんだ。――そこから脱出できる? ほら、(散らばる書物を踏まないようにすこし遠くから、すらりと腕を伸ばす)
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都槻・綾 2020年1月4日
常に数冊と向き合うことは不誠実だったのですね……、(衝撃を受けた顔で、次いで少しばかりしんなりした様子で、差し出された腕を取った。繊い指先は此れまでどんな歩みを記して来たものか、頁を捲ってみたい気持ちに移る。新しい物語、新しい書物、そんな風にひとを見ている。確かに漫ろで、誠実とはとても言えない気がした。)(微かに浮かべた自嘲の笑みは、身を起こす掛け声に紛れ込ませる。)
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境・花世 2020年1月4日
(腕に掛かる重みは刹那のこと、立ち上がる白皙と距離が近付く。青磁の眸は瑕ひとつなく珠のようで――読み解くことのできない、どこか不可思議な彩をしている)(書物から落ちたのか、綿埃のついた髪をそっと撫でた) ……ひとの躰は脆いもの。本だってあんまりたくさん抱えると、ぎっくり腰になってしまうよ。
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都槻・綾 2020年1月4日
其れは困りますねぇ。腰痛を起こしたら暫く寝たきりになって――、本が読み放題に?(撫でられるがまま嘯いた。読書の中途で落ちたのだ、寝間着姿ではないが、ひとを迎えるには余り相応しくないような有様の着衣の襟を申し訳程度に整えて、)おはようございます、かよさん。すっかり目が覚めました。未だ開店前でしたけれど、あなたは散歩の立ち寄り?
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境・花世 2020年1月4日
きみみたいなひとを活字中毒とか書物狂いっていうのかなあ。(撫でていたてのひらを頬へと滑らせる。薄手の衣は身をあたためるのに無頓着な様子で、白い頬は案の定ひやりとつめたい) うん、きみが起きてるかどうかは勝率半分の賭けだったけど、逢えてよかった。おはよう、綾。
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都槻・綾 2020年1月5日
勝ちの報奨に何をお求め?(悪戯な笑みを浮かべてみる。頬に添えられた指は己より少しあたたかいくらいで、大差ない温度に思えた。陽は有れど冷える外気の中をわたって来たのだろう。手に手を重ね、「茶を淹れましょう」と、ぽんと柔らかく叩く。)……少し、いえ、かなり手狭ですけれど。(一先ず座る場所を確保しなければならない。屈んで拾い、時折中を見ては手が止まる、案の定。)
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境・花世 2020年1月5日
? 勝ったら綾に逢えるよ?(かすかな温度を残して離れたてのひらが、ふよふよと空に踊る。ほうっておくとすぐにふれたがるそれを、鎮まれ我が手よ……とばかりにもう片手で抑えつつ)(同じ過ちを重ねようとする犯人の姿を目撃した)
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境・花世 2020年1月5日
――綾、捨てなくていいから一緒に整頓しよう。今からでも遅くない、もう二度とこんな雪崩事件を起こしちゃいけないんだ。
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都槻・綾 2020年1月11日
おや、慾が無い、(さやさや笑って、視線を落としていた書から顔を上げた。さまよう手へと首を傾ぎ、やがて観念したように本を差し出す。)えぇ、あなたが私に活を入れつつ手伝ってくださるなら、きっと直ぐに…夕に…晩までには茶が飲めるでしょう。其れとも取って置きの酒の方が宜しい? 報酬に弾みましょ。
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境・花世 2020年1月12日
うむ、よくぞ言ってくれた。報酬は美酒を所望するぞよ。(神妙な顔で一冊目を受け取る。ひそやかな欲に満ちたてのひらも、今ばかりはちゃんと仕事に励んで) 内容を教えてもらって、分類ごとに整理していこうか。――これはどんな本? きみは何を知りたくて、この本を選んだの。
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都槻・綾 2020年2月16日
蚕糸業の本ですねぇ。UDCの文学を読んで居ましたら養蚕家が出て来ましてね、然れど衰退の一途なのか、一家は貧しくて立ち行かない。時代の他、何処に原因があったのか、巻き返す方法はあるのか、調べてみたくなりました。面白いなと思うのは図書分類法の中に蚕糸の項目がきちんとある。其れほど人類にとって欠かせないものであるのに、――欠けるのです。
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都槻・綾 2020年2月16日
(己もまた別の本を手に取った。語らいながら書へと落とす視線は穏やかで柔らか。慈しむよう古びた表紙を撫でる。幾度となく読み込んだ、童話集。)……盛者でなくとも何れ物事は必ず衰えるのでしょうか。其れが理なら、やはりどんなことも見逃すのは惜しい気がしてしまいますねぇ。(欲張りなものですから、と悪戯な笑みを添えて、手にした児童文学を次々と渡していく。)
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境・花世 2020年2月17日
まるで本から本へ旅するみたいだね。永い時を生きる旅人は、変わってく世界とひとびとを確かめにどこへだっていくんだ。(受け取る古い童話の中にさえ、きっと今はもう失せた営みが眠っている。どこか荘厳さを感じて――ひとつずつ丁寧に重ね並べた) ……だけど、それじゃあ、終わりのない旅になるね。
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都槻・綾 2020年2月21日
終わらずに永劫導いてくれるものなら、生き飽きずに済むでしょうか。其れとも逆に、歩くのさえ面倒になってしまうのでしょうか。――なんて、私は未だ世界を成す智慧の一端にしか触れていないですけれど、旅もいつかは終着駅となりますからね。「あぁ読み終わっていない書物がこんなに沢山あるのに」と嘆きながら去ることもまた幸せのうちなのかもしれません。(重なる本の湿気を払うよう、からりと笑った。)あなたにとっての幸いはどんなこと?
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境・花世 2020年2月23日
書物や新しい世界を目の前にしてもきらきらしない綾……?(ちいさく唸る) もしそんなふうに何もかも飽いて面倒になったら、世界からきみの幸いが失せたなら、そのときは教えてくれるかな。(そう言って空になった手のひらを差し出した。今はまだ、読みたい次の本があるはずだから)
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境・花世 2020年2月23日
ふふ、わたしの幸いなんてささやかなものだよ。陽だまりの縁側でお昼寝したり、ふわふわした毛並みを撫でたり、綾と手をつないだり。
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都槻・綾 2020年2月23日
(「しあわせ」の答えへとあげた笑い声は軽やかに、愉快気に、)あは、其れがあなたの幸いだと思ってくださるのなら、幾らでも差し出しましょ。(伸べられた繊手へ、渡したのは書の代わり、己の掌。ひとの身を得て温度を持った、硬質な冷たさは無いけれど、触れた細指よりはずっと無骨であると思う。柔く重ねて、稚児の遊びのようにゆるく揺らす。)あなたという物語を読ませて頂けるのなら、飽きることは無いですよ。私より永く生きてくださると、約束したでしょう?
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境・花世 2020年2月24日
(あどけなく繋がれたぬくもりに何かが毀れそうになって、きゅっと眉根を寄せた。薄紅に染まる頬ばかりは隠しようもなかったけれど) やくそく、したよ、ちゃんと憶えてるよ。だから、きみが飽いたら壊してあげようと思ったんだけど。(指を絡めた。約束の小指だけではなく、心臓にいちばん近い指も、書物の頁を捲る指も、ぜんぶ) ……それなら、きみがもっと読みたかったって地団駄踏んでくやしがるような物語を見せてあげる。
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都槻・綾 2020年5月4日
(数えるようにひとつずつ握り返し、柔らかな檻を解く。指に止まった蝶を空に放つが如く、ゆったりと。咲き誇る華に、羽搏く翅に、縛られること無き道のりを歩んで欲しい。此の先も、ずっと。)やくそくげんまん、が指一本につき千針なら相当数ですねぇ。えぇ、見せてください。地団駄の練習をしておきますとも。(ふくふく笑って足をとん、と踏み込んで見せた。)(途端にばさばさと音を立て、場が再び詞海に飲まれたものだから――、)(呆然としつつ咄嗟に掴んだ本の表紙に目を遣って、――そうそう、邦題は確か、――「ああ無情」。)
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都槻・綾 2020年5月4日
(僅かの間の無言の後、堪え切れず吹き出す。)あは、先ずは『片付け奮闘記』の完結を目指しましょ。稿料はとっておきの酒に加えて、とびきり美味しい縫の夕餉です。
(――さぁさ、どんな物語も幕引きが必要だ。「歌はお好き?」と、和綴じの書を次から次に渡していく。万葉の歌集を書き写したもの。真っ直ぐに景色をとらえた眼差しや飾らぬ朴訥な歌が多く、其れが却って情景を鮮やかに描いているのだと、よどみなく詠いあげながら。)(書に耽ることは己にとって何よりの楽しみだ。蛍雪の喜びを語る口調は、きっと常よりもっともっと朗らかで。冬日和をあかるく耀かせる光の温度にも、似ていたかもしれない。)
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境・花世 2020年5月9日
(離れていく指先を呼吸を止めてひそやかに見守る)(そのことに虚ろなさみしさを覚える間もなく――崩れ落ちた本の山に、花の眸をまんまるくした) っふふ、あはは、綾ってばしかたないなあ。おいしいものをご褒美にされたら最後まで付き合わないわけにはいかないや。お腹が空く前に頑張って終わらせないと、ね?
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境・花世 2020年5月9日
(きみから受け渡されるうつくしい詞たち。そのどれもを丁寧に重ねては、世界にひとつずつ積み上げていく。凪いだように穏やかな冬のひかりに照らされた今日も、いつか物語の一頁になるにちがいなかった。それはきっと、柔らかで少しせつない水彩を滲ませた色をしている)
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境・花世 2020年5月9日
―了―
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