【1:1】詠月、菊明り
都槻・綾 2019年9月27日
『宵にのみ開くという、手紙屋をご存知?』
秋の日は釣瓶落とし、とはよく言ったもので。
すとんと日暮れを迎えるものだから、
今の時季は少しばかり店主の目覚めが早く、
お陰で暖簾をかけるのが此れまた少しばかり早まるようだ。
※お招きした方と
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都槻・綾 2019年9月27日
(頂きものですけれど、と差し出したのは秋摘みの茶。まろく品の良い緑茶の香りが満ちれば、笑うことの無い娘人形の頬もほんのり綻んだ気がして、其の黒髪を撫でる。)用箋をお求めでしたでしょうか。目当てはおあり? 其れとも、気儘に?
雨糸・咲 2019年9月28日
夜の街も綺麗でしたよ?(柔らかなお茶の香りと縫さんの表情に頬を緩め、一口含んでまた解けるように微笑む。)おいしいですね。それに、色も綺麗。(用向きを尋ねられれば暫し考え、)目当てが無いわけではないのですが。どちらかと言えば気儘に、でしょうか。インスピレーションを得られれば良いなと……あ、いけない。(はっとして、持参した籠から布包みを取り出した。ほんのり温かいそれをどうぞと手渡す。)手土産にグリッシーニを…――えぇと、おやつみたいなパン、ですね。片手で手軽に摘まめるので、読んだり書いたりに没頭しがちな方でも食べやすいかと思いまして。
都槻・綾 2019年9月28日
素敵な閃きがあなたに訪れますように。見繕うことも可能ですけれど、どうぞ自由に棚をご覧くださいね。(渡された品は出来て間もないものなのか、手に取るとほかり、温かい。形状に「ほぅ、」と興味津々に見入る。瞳は好奇心にきらり、耀きだして。)斯様に細身の「ぱん」もあるのですね。いつでしたか、あなたの店の前で出逢った青年とも御一緒に、「ぱん」を味わいましたが、此れはまた違う。様々な種類があって面白いですねぇ。(意図と心遣いに感謝を告げ、読みかけていた書の表紙を一撫でした。)やぁ、嬉し。早速、帳面に記しておいても構いませんか?
雨糸・咲 2019年9月29日
ありがとうございます。(自由に、の言葉に瞳を輝かせ、弾む声音。)では、お茶をいただいたら早速見せてもらいますね。
はい。もっとお菓子みたいな甘いパンもありますし。それは軽食のつもりで作ったのでチーズを入れてありますが、プレーンなものならジャムを付けても美味しいですよ。(小麦粉は魔法の粉なのです、と、にっこり。)えぇ、もちろ――(続く問いにもすんなり頷きかけて、一拍の後。きょとんとしてぱちりと瞬く。)まず最初に記録するのですか?…綾さんって、そういうところちょっと面白いですよね。
都槻・綾 2020年1月4日
(「えぇ、どうぞお気の済む迄、」穏やかな口調でいらえ乍らも、筆はせっせと和綴じの帳面の上を走る。描き終えた後に全体を眺めて、満足気に閉じた。ぱたむ。)……だって、食べてしまった後では、美味しさの方に心が華やいで、記録を忘れてしまうかもしれないでしょう? 「あぁ、あの時食べたあの品は何だったろうか?」と思い返す時にも、ほら――、ばっちり!(得意気に再び開いた頁。『ぐりっしーに』『ぱん』と記された文字は大変几帳面だが、画の方は恐らく本人にしか判別がつかないかもしれない、そんな。)
雨糸・咲 2020年1月4日
……。(お茶を飲んでいた手が止まる。胡桃色の瞳は滑らかに動く手元を食い入るように見つめ、そのまま書き終えた筆が置かれるまでをぴったりと追いかけて。)あ、えぇ。なるほど、おいしい記憶の方が勝ってしまうのですね
。……!?(ばっちり、と見せられた帳面に瞠目する。そこで初めて、描かれていたものに目が行った。ツイストしただけのシンプルな形のグリッシーニが、なぜか前衛芸術のような謎の姿に。)――ちょっと、他の記録も見てみたい気持ちになりました。(少々笑いを堪えつつお茶を飲み干し、「ごちそうさまでした」と茶碗を置いた。)では、少し失礼して。お邪魔しないよう、なるべく静かに見ていますね。(立ち上がって商品の棚へ向かう途中、再度ちらりと筆記具の方を見やり、)あの……その、綾さんが使ってらっしゃる黒いインクは、お店では扱ってらっしゃいませんか?(やはり黙っていられなかった、という風情で遠慮がちに問いかける。)
都槻・綾 2020年1月5日
おやおや、お客様を邪魔と言ってしまったら商いとは何ぞと縫に懇々と叱られます。(瞬き笑んで、遅れて腰をあげた。むしろ着いて回られる方を厭う客も多いのだ。声を掛けられるなら喜んで並ぼうと言うもの。)あぁ、墨ですか? 勿論扱っておりますよ。磨る為の硯も。(御覧になりますか、と続けて筆記具の棚から箱を取り出した。一揃いになったものも、単独のものもあるけれど、何れも主だった特徴は無き黒の品。然れど向ける眼差しは、穏やかに細められて、)
雨糸・咲 2020年1月5日
何か書き物ですとか、ご用事があるのでしたら、と思ったので。ふふ、縫さんはしっかりしてらっしゃるから。(ねぇ、と呼びかけるように少女人形に笑顔を向ける。)すみ……炭?(こてりと首を傾げていたが、出てきた黒い棒状のものに興味がすいっと引き寄せられる。)ありがとうございます、ちょっと失礼を。(手近の一本に顔を近付け、すんすんと鼻を鳴らし、)あ、そう、これ!これですこの香り!(ぱっと顔を上げ、それは嬉しそうに両手を合わせた。)書くのに使うわけではないので、単品で大丈夫かと。それと……手紙を書くのに適した紙はどの辺でしょう?(細かに分かれた棚を前に、きょろきょろしている。)
都槻・綾 2020年1月5日
(ふわりと花が咲いたが如き仕草へ双眸を柔らに細め、)ほぅ、筆記以外ですとどのように用いられるのでしょう。調香のお役に立ちますか?(幽香清廉の墨を示しつ、興味深げに問う。磨るときの香りには心を落ち着かせる作用があるように思うから、「香道に長けたあなたの御眼鏡に適ったのなら重畳」と此方も嬉し気に返した。)
都槻・綾 2020年1月5日
用箋は数多揃えておりますよ。罫線の入ったもの、無地のもの、透かし入りのもの、花入りのもの、手触りも厚さも様々に。贈りたい相手を胸裏に描いて選ぶ楽しさは格別ですよねぇ――…あぁ、其れこそ私、お邪魔なのでは?(ほのか弾んだ口調で棚々を開いて見せていたけれど、思い至って軽く首を傾いだ。傍らにひとの気配あるは見繕うに落ち着かないだろうと独り頷く。)
雨糸・咲 2020年1月5日
(はい、と、弾む調子で頷いて。)綾さんのお手紙や先ほどのメモ用紙からいつも良い香りがしていたので、このインクかしらって思って。(再度、今度は手に取って鼻に近付ける。ひんやりとした感触と、落ち着く香り。)檜と白檀に、ジャスミンやカモミールみたいなお花と、果実……林檎とか。あとは、――(少し考えてから、またひとつ首肯する。)お茶ですね。さっきいただいたみたいな。そのあたりを混ぜたら、とても美しい香りになると思うんです。背筋のしゃんとした、綺麗なお姉さんみたいな。(知った中から思い描いた幾人かの姿。憧憬に目を細める。)
雨糸・咲 2020年1月5日
まぁ、お花が入ったものもあるんですね。(さすがは専門店。わくわくしながら示された棚を覗き込む。)趣向を凝らしたお手紙は、受け取った時に楽しいですよね。一番の贈り物はもちろん、認められた言葉なのですけれど。……あ、いえ。お構いなく。自分用に探しているというだけでもありませんし、専門家のお話が聴けたらありがたいので。(花が漉き込まれた紙を慎重に指先でめくりながら「すごい」と呟いて
。)……、(一枚ずつ端まで辿っていた目線がふと止まる。――春に咲く、薄紅の花。それ以上は見ずに、ぱさり、紙束を元に戻した。)
都槻・綾 2020年1月11日
(閉じられた春の花紙へと視線を向け、次いで傍らの文箱から栞を取り出した。端から繊維がふわふわと零れた、他の品々と比べると些か拙い出来のようにも、)私が漉いた花入りのものです。露草。宜しければ差し上げましょう。――桜はお嫌い?(何気なき会話の末に織った問いは、淡い笑みと共に。)
雨糸・咲 2020年1月11日
わ、可愛いです。(夏になればそこかしこに咲く、鮮やかな青。手ずから漉いたと聞いて目を瞠る。)こういうの、自分でできるものなんですね。ありがとうございます。好きな花です。(指先でそっと撫で、大事にします、と嬉しげに微笑んだ。)
雨糸・咲 2020年1月11日
嫌い、と言うか……(短い問いには逡巡。)以前、家のすぐ外に桜の木があったんです。古い、大きな木が。そこで、――(手の中の栞をじっと見つめ、細く浅く息を吐く。)大切な方が、亡くなりました。(忘れようにも忘れられない。いのちが抜け落ちてモノのようにただぶら下がっていた、あの、)……花が、悪いわけではないと、わかっているのですけど。(肩から滑り落ちた髪が顔を隠してはいるけれど。ぐっと眉間に力を入れた。)
都槻・綾 2020年2月16日
お気に召して何より。露草はあなたの髪色にも似ていますね。宵空のような、深く澄んだ水底のような。…――そう、大切な方、の末期ですか。(花への憂いを紡ぐ声は紗の向こう。頬に掛かる髪へと指先を伸ばす。隠された表情を覗くのは禁忌であるのかもしれないけれど、知らずに居るのは、今は見ない振りをするのと同義に思えて。)其れはあなたの本体の、持ち主殿?
雨糸・咲 2020年2月18日
私には、あれほどおひさまの下は似合いませんけれど。(卑下ではないが。明るい場所、華やかなものはどこか気後れしてしまうのだと。)……っ、(髪に触れる指に驚いて。見上げた胡桃色は露を溢すには至らなかったが、)あなたは、――…いえ。(見ていないふりをするものだと思っていたから、狼狽はしたが。それがかえって良かったかも知れない。)はい、最後の主様。……私には痛い想い出ですが、ご本人の望んだことなので、否定するつもりは無いのです。
都槻・綾 2020年2月19日
(軽く瞠られた双眸は木の実の彩り。日向のようなあたたかな色だと思う。曇ることの無きよう、雨降ることの無きよう、そう願ってしまうのは、見上げてくる眼差しが真っ直ぐで無垢に思えるからか。)主殿は随分悲しい結末を望まれたのですねぇ……、絶望の果ての選択だったとして――、否定はせずとも、止められるものなら引き留めたかったでしょうに。
雨糸・咲 2020年2月20日
(静かに降る涼しい色の瞳と、穏やかな声。己の心に「呑まれる」という感覚とはかけ離れて見えるが、言葉は確かに寄り添うもので。)止めたかった、と言えば確かにそうですけれど。……私は奥様の姿を模したものですが、ご本人には遠く及ばない紛い物です。(髪に挿した白菊に触れる。亡人がどうしてもと望んだ花の、これもまた形を写しただけのもの。)お傍に在っても、かえって落胆させるだけだったかも知れません。それではただの身勝手でしょう?
都槻・綾 2020年2月22日
身勝手と思いつつも姿をうつしたのは、一縷の望みを抱いたからではないのですか。例え今は黯然銷魂に在っても、いつかは、と。其の先の「もしも」は、もはや答えの出ぬものなれど、あなたは御自身を責めてしまわれるのですねぇ。
都槻・綾 2020年2月22日
(指先で引き寄せた箱から、菊の絵が描かれた文香を取り出す。ふわり幽かに漂う花の馨。)「本物」でない限りは、何れも紛い物。此方も然う。「菊に似た芳しさ」で調合されたものです。其れでも、ねぇ、清らかで優しい香りは偽りでは無く、ほぅと胸に明かりの燈るよう。私は此のともしびを大切に思いますよ。
雨糸・咲 2020年2月23日
いえ、――順序が違うのです。その頃は、自分にも何かできると思っていて。でも、後になって考えてみれば、そもそもその発想自体が傲慢だったような気がしてきて。……叶わなかったことへの帳尻合わせでないとは言い切れませんが。(自責なのか、それすら定かではない。周囲は見えず、足元もおぼつかない。そういう感覚だった。)
雨糸・咲 2020年2月23日
(青年の手に在る菊花を見つめる。小さく息を吐き、眉を下げて。)……それは、人を喜ばせる為に作られたもの、ですよね?私は、――…今こうして人の姿をしている私は、本来必要ないものです。それにこちらも、(腕に提げた籠に指先で触れる。)元々は日々の暮らしで使われる実用品ですし、芸術的価値もありません。こんなに古びていますし……大切だと言われることも、もうないでしょう。
都槻・綾 2020年2月23日
傲慢であったのかもまた、答えの出ぬものですから。(もう出せるひとが居ないということ、永遠に落とせぬ自問は堂々巡りにしかならない。いっそ「要らない」と――寄り添いたかった想いごと砕いてくれるものなら、終止符を打てるのだろうか。否、此れもまた「もしも」の物語。)(おや、と首を傾いだ。春陽の如く穏やかに笑みを湛えて、双眸を細める。)たった今、「大切に思う」と告げたばかりですのに。あなたも私にあかりをくれるひとですよ。美味しい「ぱん」もくださる優しい方。――然れどあなたが仰る要不要や価値の有無は、すべて私自身にも当てはまりますねぇ。私はあなたにとって必要のないもの、でしょうか。
雨糸・咲 2020年2月24日
(少し困ったような、戸惑うような。そんな風情で瞬いた。)すみません。「大切に思う」とおっしゃったのは、その包みの香りの――あるいはそういったもののことかと思ったので。
……綾さんは、元々のお姿もじゅうぶん綺麗じゃないですか?(確か、美しい香炉だった。瞳と同じ涼し気な色に精緻な細工。芸術品と言って良い見目をしていたはず。)
(問う声に、ますます困惑した顔になる。)その質問はちょっといじわるな気がします。(小さな溜め息を吐いて。)あなたのさっきの「大切に思う」よりははるかに、必要だと思っていますよ。きっと。
雨糸・咲 2020年4月26日
……それもまた、私には過ぎたことなのでしょうね。(露草の栞を大事に手の中に。それと、先ほど見せてもらった墨を一本手に取って。)私の住む世界には、おいしいパンの買える市場もありますし、あなたに灯りを差し出す手は、他にいくらもありましょう。いずれも、私でなくとも供せるものです。(代金を台の端に置く。不足の無いよう少し多めに。)山葡萄の籠というのはね、(穏やかに微笑んで、)人の手で手入れをするものなのです。触れるほど、色艶を増す。……そのせいで余計に、持ち主の想いに引きずられるものなのかも知れません。撫でてくれる手を失ってしまうと、寂しくてどうしようもないのですよ。(少しだけ黙った後、店主にぺこりと頭を下げる。言葉とは裏腹、弱った顔など露ほども見せず。)どうも、お邪魔してしまいましたね。それでは、――さようなら。
都槻・綾 2020年4月30日
私はね、咲さん。時々思うのです。我々が「物」と言う分を超えて、世にヒトガタとして顕現したのは、一体誰の意思だったのか。私達自らの意志でしょうか。然れど「物」に「心」が、本当に「想い」があるのでしょうか。ひととして身を得てから初めて、「あの時私はこう考えていた」と想いを刷り込んだのかもしれない。主が手にしていた時の掌の温度を、私は正しく思い出せない。声の温度を、思い出せない。誠の「命」であるのなら、こんなことも考えやしなかったかもしれないのに、と――。ですがあなたは、撫でてくださった主殿の手を、しっかり覚えていらっしゃるのですね。そしてあなたに、「寂しい」と感じる心も与えてくださった。ねぇ、其れは確かな「命の明り」では無いですか。
都槻・綾 2020年4月30日
あなたがそんな「命」を持って生まれたこと、歩まれたこと、時に同じ道を歩んでくださったこと、私には其れだけで、幸いを頂く心地です。あなたと出会った此の喜びは、あなたにしか齎せないものでしょう。
――生まれてくださって、ありがとう。
(穏やかな笑みを乗せて、深く深く礼をする。己は虚ろで欠けた器だけれど、集めた「うつくしきもの」達は偽りではない。だから其れ等を「心」と変えて。どうぞあなたに、私の精一杯の誠が届きますように。)
夜道に気を付けてお帰りくださいな。さようなら、咲さん。