【1:1】紅花、夏小町
境・花世 2019年6月30日
霖雨がようやく降り止む半夏生の頃、この国では陽光に似た花が咲く。
そのあざやかな黄の花びらに隠された色彩は、
職人の手を経てそれはうつくしい紅になるのだと云う。
くちびるに刷けばしっとりと華やぎ、
蠱惑的にゆらめく玉虫色の艶。
なかでも江戸で売り出される逸品はたいそう評判がよく、
紅屋は今日も女たちの行列が絶えない。
――あまりの賑わいぶりに足を止めた影が今、また二つ。
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境・花世 2019年6月30日
(宵にのみひらく手紙屋へ向かう道すがら、夕さりに行き会ったのは偶然のこと。折角だからと連れ立ち歩く途上でその店が目にとまったのは――偶然ではなく、女のさがだ)
境・花世 2019年6月30日
詞波、詞波、江戸で今流行の紅だって。――わあ、見て、かわいいお猪口に入ってる。(目をかがやかせる横顔は妙齢の女にしては化粧気がうすい。くちびるにだけ何かを刷いているのか、淡い鴇色の艶を帯びている)
葦野・詞波 2019年7月7日
ふむ。これが流行りか……流石に江戸物というべきか。花世もこういったものは嫌いではないと見える。(表情こそかわらぬものの、興味深深に品物を覗き込み。紅筆を店主よりふたつ借り受けた)花世は髪が艶のある紅だから、口紅もそれに合わせれば大層映えるだろうが……今のものも良いな。私はより鮮烈な赤が好きだが、花世はどうだ。淡いほうが好みか。
境・花世 2019年7月7日
きれいなものを身に着けるのはすきだよ。花はうつくしく咲いてこそ花だから、ね。(紅筆を片方受けとってくるりと回し、どこかあどけなく笑う)どんな色でもいいんだ、今の紅は偶々指先にふれたのがこれだっただけ。詞波がそう言ってくれるなら試してみようかなあ。きみの粧いはとても粋だもの、あやかりたい。
葦野・詞波 2019年7月14日
成程。確かに花世は華がある、花とは言い得て妙だ。であれば、今日はよりうつくしく咲いて貰うべきだろうか。――ふむ、そういわれると何とも誇らしいやら、気恥ずかしいやら。不思議な気分だな。私は花世の粧いこそ見習いたいものだがな。(気まぐれに並べられた猪口の紅の中から、筆でとって自分の手の甲に筆につけた紅は、順に唐紅色、今様色に萩色。一つ一つ見比べてみるが)……悩ましいな。自分の事となれば左程悩まないが、人の事となれば粧いとはこうも難しいものか。今流行りだから、というのは安直だろうかな……、秋ならば萩の色が映えるように思うが、今は何せ夏日だからな。
境・花世 2019年7月22日
ほんとだ、萩色、かわいい。秋まで取っておくほうが粋かなあ……でも、すごく好みだ。(白い膚に引かれた彩をぴょいと覗き込んで唇をほころばせる) お気に入りをいつでも纏うのがいいか、季節に合わせて変えていくがいいかも悩みどころだね。詞波の好みは、自分の粧いを選ぶときの理由はどんなもの? きみの名前を聞いて思い浮かぶのは、あざやかでいて深い紅――のような気がするけど。
葦野・詞波 2019年8月8日
悩ましく難しいことを言う。……私はそうだな、季節に合わせることが少なくないな。その季節で自分に一番映えるように、を心がけてはいるが、そういう技術は学んだことは無い故な、難しいものだ。花世のほうが詳しいかもしれないな。 あとはそう、佳い女に映るかどうかといったところか。(冗談めかしたような、しかし嘘は混ざっておらず)おや、名前から連想するのはその色か。無論好きだとも。何時も纏うようにはしているし――代々継いできた色でもある。花世は――やはり赤が似合うような気はするが。花々のように、いろとりどりでも十分似合うような気はするな。どうだ、試しに、玉虫色を唇にそっと重ねてみるのは。
境・花世 2019年8月17日
うん、詞波はいい女だ。自分に映えるものをよく知ってて、ヒールの踵でも駆けられる、おとなの美女。――きみに継がれたのが紅でよかった、いちばん艶やかな彩だもの。(ほとんど変わらない、けれどすこしだけ高い位置にある眸を見上げて笑う)わたしも、こんな紅を刷いたらいい女になれるかな。