シイナと香久山の会話
嶺・シイナ 10月11日22時
僕は、怪談からクリーチャーまで、この世のありとあらゆる不思議を追う研究員「香久山・ルイ」に声をかけられ、帝都にある
喫茶店の片隅に座した。
香久山という研究員は若く、背丈こそひょろりと高いが、僕とそう変わらないくらいの年齢に見える面差しをしている。童顔というよりは、女顔だろうか。項でざっくりと髪を一つに結っているのが、尚更そう見せるのかもしれない。
香久山は慣れた様子で
給仕に声をかけ、「コーヒーを一つ」というと、僕に視線を送ってきた。紅茶を頼み、
給仕が去っていくと、香久山は「さて」と手を組み、僕を見る。
(シイナと香久山の専用板です。他者の書き込みはご遠慮ください)
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香久山・ルイ 10月12日09時
「まずは自己紹介をしようか。僕の名前は香久山・ルイ。君と同じ猟兵だ」
僕が名乗ると彼女も倣って「嶺・シイナ」と名前だけ口にする。うんうん、彼女はこういうタイプか。
物静かそうなタイプというか、コミュニケーションに苦手意識があるんだろうな、と思う。僕はアルダワ出身で、当然学園に通っていたから、どんな雰囲気の人間が、大体どういう性格をしているかくらい、ざっくばらんになら見極められる。
シイナを見て、話を続けようと思ったが、面白いくらいに目が合わない。好かれてはいないだろうな、そりゃ。
「出身はアルダワだけど、神隠しでUDCアースに飛ばされてね。UDCメカニックをやっているんだ」
「……神隠し」
お、そこ気にするんだ、と思ったけど、過去に実験体として扱われたのだ。こと研究について、深掘ろうとはしないだろう。
それに僕も、神隠しについての方が語りでがある。
「気になるかい?」
「少し」
口角が吊り上がるのを感じた。
嶺・シイナ 10月13日01時
香久山は研究員らしい陰険さと好奇心を宿した目をしていた。だから少し警戒しつつ、彼の関心について聞くことにした。
そうしたら、どうだろう。弓なりにした唇から、とめどなく言葉が溢れ出る。
「神隠しに遭ったとき、それはそれはもう興奮したよ。神隠しも都市伝説や怪奇現象の一つだからね。様々な説が唱えられ、未だ確固たる解明には至っていない。どうやったら遭えるかわからないものに遭遇したんだ! 嬉しかったよ」
……とても常人ではなかった。
大人しそうな顔をしておきながら、とんだ詐欺である。人は顔で判断してはいけないというのは、あの人から教わったし、身をもって知ってもいるけれど、ここまでの典型例もない。
「どこかもわからない、僕にとっての未開の地で、僕が初めて会ったのは」
「コーヒーと紅茶をお持ち致しました」
そこで
給仕が注文していた品物を運んできた。話を遮られる形となった香久山だが、嫌な顔一つせず受け取る。
香久山・ルイ 10月14日22時
給仕が去るのを見届けてから、僕は続きを紡いだ。
わりとグロテスクな話だからね。
「
UDCと呼ばれるナニカだ」
「……形容の難しい化け物、だっけ」
「そうそう。ものすごく平たく言うとね」
猟兵としてUDCアースにも出向いたことがあるのか、シイナちゃんはすんなり理解を示した。
「見たことある?」
「まあ。あんなのが好きなの?」
あんなのとは言ってくれる。人間の畏怖および恐怖の向かう対象こそ僕の興味関心であり、それは僕の好奇心が「恐怖」という感情に向けられていることを示すのだ。
——なんて言ったら、この子はどんな顔するんだろ。嫌われちゃうかな。
「好きだよ」
「変わってる」
「よく言われる。僕は、変わったものが好きなんだ」
生憎と、開き直ることには慣れている。
だから、単刀直入に明かした。
「サクラミラージュの怪奇人間にも興味があってね。きみの話を聞きたい」
灰色の目が細くなる。
嶺・シイナ 10月19日01時
怪奇人間としての僕の話。
その話題はあまりにも——不快極まりなかった。
そもそも、怪奇人間に対して、知的好奇心を抱いているというのが受け入れがたい。人間は僕たちを何だと思っているのだろう——なんて考えて、嗤った。
わかりきったことじゃあないか。同じ人間だなんて、思われていない。思われていたとして、彼らの人格を否定せずに済む要素はないけれど。
今更、諦めるほどの期待もしていない相手。諦めるなんて、わざわざ選択するまでもないことだ。
信じた自分が馬鹿だった、なんて自嘲に、そもそも信じるなんて思考がまだ残っていたのかと苦笑する。僕はまだ、人というものに可能性を夢見てしまうらしい。自分が尊ばれる未来なんて、ありもしないものを。
「ソウマコジロウを知っている?」
香久山は最近猟兵になったばかりと聞いたから、帝都櫻大戰に参加したかさえ、定かではないのだけれど。
「彼の透明軍神かい? 話だけなら、聞いているよ」
「そう」
香久山・ルイ 10月24日21時
まあ、帝都櫻大戰に僕は参加していないけれど、参加しなかっただけで猟兵ではあったし、何よりソウマコジロウは「最初の怪奇人間」だ。調べるにはうってつけの存在。
そう告げると、シイナちゃんは少し紅茶を飲み込んでから話した。
「僕は彼と同じように、開発されたタイプの怪奇人間。生まれつきでも、事故でもなく、人の手と確固たる意志で、けれど僕自身の意思の介在は一切なく……力を得た」
なるほど。かつては実験体。その過去が僕に向ける目に、隠しきれない嫌悪を宿らせるのだろう。
サクラミラージュはきらきらと眩い世界のように見えるが、眩さに比例するように暗部がある。その摂理に漏れなかったようだ。
彼女はそういう
犠牲。
僕は邪神を崇めるやつの気が知れない。けれど、UDCに興味がある。端から見れば、どちらもいっしょくたに見えるのだ。
シイナちゃんにとって、僕は実験体をいじくり回す研究者でしかない。研究対象が違っても。
嶺・シイナ 10月24日21時
僕の示した不愉快を、香久山は正しく理解しているのだろう。理解していない人間は、ここでほろ苦く笑ったりしない。見た目は
研究員と変わらず狂人めいているのに、ちゃんと「人間」のままのところがあって、歪だ。——尤も、この世に歪じゃない人間など、存在しないのだろうが。
「ソウマコジロウは
幻朧帝までもがお気に入りにするほどの成功例だ。物質のみならず、ユーベルコヲドまで透明化する能力。研究とは、日々進化を求めるものだとか嘯いてた。だから、ソウマコジロウだけで、成功を終わらせるわけにはいかなかった、ってことなんだろうね。僕には意味がわからない。けど、君ならわかるでしょう? 未知への求道者だというUDC職員の、香久山・ルイなら」
少し、声色になげやりな色が滲む。
話すのが嫌で嫌で仕方がなくて、僕は少し、嫌味を言った。これくらいは許されるだろう、と。