●川渡り
「いやいや、埃っぽくてすみませんな」
老境に入った男は恭しく頭を下げながら、柔らかい調子の嗄れ声で言う。お客様の為なら何だってして差し上げたいんですがねぇ、と話すその声には疲れが感じられた。綺麗な身なりの老人は、この建物の主人である。
彼の言う通り、建物――旅籠の内部はそこかしこが黒く汚れ、趣味の良い調度は精彩を失っている。
「この先の川が溢れておりましてな。長雨でもなしにしばらく続いておって、街道が通れんので客足も遠のいて…」
そのため従業員も掃除に身が入らずこのような有様である、というのが主人の言である。客商売の鑑とは言えない発言ではあろう。突然の来客にも対応できるように常に気を配るのは大店ほど気を付けるものだ。そうしてこの老舗の旅籠もそれを蔑ろにしてきたわけではなく。
●煤渡り
「…ッつーオブリビオンの仕業らしい」
グリモア猟兵の我妻・惇(紅穿獣・f04976)が説明をする。それは建物を煤だらけにしてしまう妖怪で、人を襲う習性も持っているそうだ。幸い今の所はまだ人が襲われた様子もない。
「まァ、時間の問題ではあるンだけどな。向こうに行ったら主人がそンな風に言ってくる」
申し訳なさそうにもてなす主人はススワタリの存在を知らないようで、不用意に入った部屋の中で鉢合わせて襲われることになる。その前に猟兵の方で倒してしまえば衛生問題も解決するし事件を未然に防ぐことができる、ということだ。
「これが一つ目な」
人指し指を立てて、惇が言う。そしてさらに親指を立てる。
「もう一つ、川の氾濫もオブリビオンだ。ミタマヒメっつったか」
水珠姫。いつかの昔にどこかの国で荒ぶる水神を鎮める人柱となった姫君、だったもの。もちろんそれはかつて自己犠牲によって民を救ったその人ではなく、その形を借りたオブリビオンである。水怪となりて水を操るそれは、河水を荒れさせて通りを塞ぎ民人に仇を為している。生前の姫君を思ってみても、放置しておくわけにはいかないだろう。
「とにかく、こッちの奴もブッ潰せば、万事解決の万々歳ッてワケだ」
そして、今度は中指も立てる。
「こッからはオマケ…こッからが本題か?」
まぁどっちでも良いや、と言って口の端を吊り上げ、歯を剥いて笑って見せた。
「主要な道が塞がッてると困るヤツは宿場だけじゃねェ、商人も旅人も誰だッて困るわなァ。ンで、それが解決するとなると当然礼をしたいッてェ奴も出てくるモンでな」
仕草で一献、傾ける。要するに、旅籠の方で宴席を設けて、盛大にもてなしてくれるということだ。至れり尽くせりの贅沢を心行くまで楽しんで、謝意に応えるのが良いだろう。
「ま、俺の懐は痛まねェから思う存分呑ンでくれや。溺れンなら川の水より旨い酒ッてか」
まずは一仕事、しっかり動いて胃袋に余地を作る所から始めよう。
相良飛蔓
お世話になります、相良飛蔓です。
ご覧いただきありがとうございます。
今回8本目となりまして、またサムライエンパイアです。旅籠の前に転送され、冒頭の主人によるおもてなしを受けて、部屋に通されてススワタリに遭遇してそのまま戦闘に入る所からのリプレイスタートになります。章ごとの間の移動は場面転換でひとっ飛びとなりますので、特別な登場とかでなければプレイングに盛り込んでいただかなくても大丈夫です。
3章では旅籠での宴会です。お酒に料理に舞妓さんにと、和っぽく豪勢に遊びます。遊びだけ紛れ込んでいただいても構いませんので、お気軽にご参加いただければ幸いです。
なお、例によってお呼びいただければグリモア猟兵も参加します。
それでは、ご検討の程よろしくお願いいたします。
第1章 集団戦
『ススワタリ』
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POW : まっくろくろすけの通り道
【対象が煤だらけになる集団無差別体当たり 】を放ち、自身からレベルm半径内の全員を高威力で無差別攻撃する。
SPD : かつての住処
【ススワタリがかつて住んでいた巨大な屋敷 】の霊を召喚する。これは【扉から射出した大量のミニススワタリ達】や【窓から射出した巨大ススワタリ】で攻撃する能力を持つ。
WIZ : 煤だらけ
【対象に煤が付くフンワリあたっく 】が命中した対象にダメージを与えるが、外れても地形【を煤で黒く塗りつぶし】、その上に立つ自身の戦闘力を高める。
👑11
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ヴィリヤ・カヤラ
フワフワしてて結構可愛いかもしれないけど、
煤って事は汚れるよね?
この宿と自分が汚れるのを防ぐ為にも
手早く倒したいね!
部屋の中は壊さないように気を付けるけど壊れたらゴメンね?
宵闇と刻旋で敵を盾にしつつ戦うね、
数が多いから囲まれないようにも気を付けるよ。
敵の数が集中してそうなら【氷晶】
少ないなら【ジャッジメント・クルセイド】で攻撃していくね。
数を減らす為にもダメージが大きめな敵が
狙えそうなら積極的に狙っていくね。
部屋の中を汚すのはダメだからね!
フンワリしてるのは良いんだけど、
汚れはガッカリするから本当に早めに倒れて欲しい!
軍服の黒も用意しようかな……。
アレンジ・連携歓迎
八田・阿須摩
折角の綺麗な宿なのに勿体無いなぁ
掃除しても直ぐに汚されてしまうと気持ちも萎えてしまうし、仕方ないか
さて、ススワタリは俺に斬れるだろうか
……オブリビオンだし、問題ないかな
向かってきたら即一刀両断を狙って太刀を振るう
召喚されないように休まず斬りかかろう
攻撃されそうになったら瑠璃紺で防御
……あぁ、綺麗な番傘なんだからあんまり汚さないでくれると有り難いんだけど
そんな事、君達には関係ないか
普通の煤なら水で流せば落ちるだろうし、気に病まずにどんどん攻撃しよう
綺麗なものを汚して満足したいんだろうけど、人に迷惑をかけるのは駄目だよ
着物も太刀も煤だらけになってしまったけど、
ま、仕方ないよね
南雲・海莉
……人が大事に、綺麗にしている建物を煤だらけにしたりとか、
ちょっと悪戯にも度が過ぎてるんじゃないかしら?
部屋の乱れは心の乱れ、
少々、『本気で』締め上げさせていただくわ
(刀と剣、両方で敵を指し示し
静かな怒りを示しながら)
UC『氷結付与』で攻撃回数を増やし、
敵の体当たりを見切りつつ
すれ違いざまに氷の属性で凍り付かせ、叩き壊していくわ
伝承のように「人が住まない家」だけに住み着いていたら
可愛げがあったのでしょうけど
オブリビオンになって見境が無くなったようね、残念
塵一つ、後には残させない(きりっ)
(その姿は人によっては
『ハタキ二刀流にして、埃を叩き落としていく掃除の修羅』のようにも見えるかもしれない)
●茜さす
旅籠の主人は旅人たちを自ら部屋へ案内し、手厚くもてなそうと考えた。ただでさえ客は少なく、機を逃せば商売として手痛い。それでなくても大事なお客様、手入れの行き届かないなりに、誠心誠意ご奉仕しなくては。
柔和な物腰、丁寧な所作、疲れが見えること以外には申し分ない。戸を開ける手間すら取らせるまいと、手を掛けた彼を制したのは南雲・海莉(コーリングユウ・f00345)。下がらせ、その戸を勢いよく、しかし乱暴さを感じさせずに開き、言い放つ。
「部屋の乱れは心の乱れ」
響いた声に驚きの表情を向けるのは、真っ黒い空間に浮かぶ無数の目。部屋は壁一面を煤だらけにし、その中に数えきれないほどのススワタリを抱えていた。目を丸くして慌てるそれらに、覗き込んだ主人もまた目を丸くして短く叫んだ。
「人が大事に、綺麗にしている建物を煤だらけにしたりとか、ちょっと悪戯にも度が過ぎてるんじゃないかしら?」
彼女は眼前の烏羽玉たちに茜さす刃を差し向け怒りを見せる。二条の陽光はその闇を鋭く照らし、今より討ち払うを示す。その威に怯えて多くの目玉は部屋の隅へと飛んで逃げ、ぎゅうぎゅうと押し合い圧し合いし始めた。
しかし怒りを燃やして叩きつけるには部屋は少々脆きに過ぎる。もっとも、猟兵や妖怪の遠慮会釈のない闘争に耐え得る強度の客室などそうは存在しないであろうが――とにかく海莉はその怒りを静かなものとし、その寒冷を具現させる。
『汝、冬を司りしもの、刃に宿れ』
間もなく、温暖な時候に割り入るように室内に冬が訪れた。猟兵の手の緋を朱を覆い、可視の冷気が煙り漂う。
「少々、『本気で』締め上げさせていただくわ」
怯えてばかりもいられぬと機先を制して飛び掛かる黒だったが、その判断はなお遅かった。剣士は無数のそれを見切って躱し、避けきれぬものを護拳で受け、広がる煤の黒煙に月光の刻印が照り返す。そうして勢いを殺された妖たちは、見る間に氷に閉じ込められ――
「塵一つ、後には残させない」
続く剣撃によって順に打ち砕かれ、宣言通りに汚れを散らすことなく消え失せた。避けられ通り過ぎていたススワタリたちは、振り返った彼女の視線の強さにたじろいで見せる。差し向けた刃に冷気の帯が靡く。
それはさながら、ハタキのようであった。適所にありし適材は、絶大なる効果を持つ。汚れを生みし妖には、掃う物にて祓うが道理。決して、断じて、変ではない。
●霍公
たじろぐススワタリたちは、部屋の奥から戸口へ向かって飛んできたものだ。戸は開け放されたままで、向かってきたそれらに老人が腰を抜かしているが、幸いにも彼は無事である。妖たちは、自分たちを受け止めたものが何かまでは気に留めてはいないようだ。警戒すべき猟兵からは、まだ目を離せない。
「……あぁ、綺麗な番傘なんだからあんまり汚さないでくれると有り難いんだけど」
掲げられた傘の後ろから顔を出したのは八田・阿須摩(放浪八咫烏・f02534)、攻撃を防ぐ障壁となったのはこの番傘である。持ち主の猟兵はその胴を覗くと、無数の痕跡に眉尻を落とした。仰いだ蒼天に渦巻く藤に黒雲の覆いかぶさるように、煤が花房に影を差す。卯の花曇りなら風情もあるが、雷雨となっては落ち着かぬ。そんな事君達には関係ないんだろうけど、とぼやきながら傘を畳み、その手に抜いた卯の花の太刀を構えると、柔らかい表情のままに纏う気色を変ずる。ハタキの…否、二刀の修羅に気を取られていた妖たちも異変に振り向くが、すでに迫った白刃に成す術もなく両断される。果たして斬れる物かと考えていた阿須摩は、問題なく両断されたその姿と手応えに頷くとさらなる標的へと視線を投げた。
「綺麗なものを汚して満足したいんだろうけど、人に迷惑をかけるのは駄目だよ」
その声もやはり柔らかく、されどその剣閃は鋭く。部屋の奥へと進み入りながら次々と切って捨て、生ける煤をただの煤へと変じさせ、霧のように部屋の中へと吹き散らす。
●夕闇
ヴィリヤ・カヤラ(甘味日和・f02681)もこれに続く。これ以上宿を汚さないためにも、そして自身も汚れないためにも、手早く倒そうと意気込みながら――と、その前に。
「部屋の中は壊さないように気を付けるけど、壊れたらゴメンね?」
座り込んだままの老人に一言断ってから改めて。曖昧な表情と乾いた笑い声を背に、戦場となっている部屋の戸をくぐった。先の猟兵たちが数多くを倒してはいるが、それでも未だ無数と言えるほどのススワタリが部屋の一角に身を寄せて陣取り、質量のある闇を為している。そこに向けて放たれた無数の氷刃は、取り囲み押し潰すように圧倒的な密度で迫り、数多くの妖を刺し貫いた。
しかし敵の密度も個体数もかなりの物であり、その集中砲火を受けてなお健在な妖も数多い。幸いというべきか、幾重にも重なるそれらのお陰で部屋自体には損傷を与えずに済んだようだ――いや、畳に刺さる氷晶の一つが他とは違う業を成したとて強い存在感を放っていた。あっという表情でちらと背後を振り返る。
「構やしません、やっちまってください」
活気のある弾んだ声で、がなるように主人が言う。旅籠の敵をやっつけてくれて文句などあるものか、ということであろう。あるいはやけくそ気味なのかもしれないが。
内心詫びながらも、せめて早めに倒そうと向き直った時には、残ったススワタリたちは散開し一度の掃討を難しくさせていた。壁を伝い、天井を伝い、畳を滑り、じわりとその表面を埋めていく。背後を取ろうとする妖たちへと指を向け、天の光で一体ずつを焼いていくヴィリヤだが、その数は多く遮り切ることはできなかった。そうして振り向き四方の壁より適度の距離を取る中で、別の猟兵の背とぶつかった。
●掃除鬼
背後の軽い衝撃に、阿須摩が振り向きヴィリヤと目が合う。その瞬間に彼女もまた、先ほどの阿須摩と同じように眉尻を落とした。きっと自分の顔は煤だらけなのだろうな、と彼は思う。なぜなら、彼女の顔も煤で汚れているから。
「ま、仕方ないよね」
煤だらけの袖を広げて苦笑して見せると、彼女も応じてぼやいて見せる。
「軍服の黒も用意しようかな……」
見るとなるほど、その真っ白い服は煤で汚れて大変なことになっている。その背後からふわふわと迫ってくるススワタリを視界に捉えた男は、畳んだ番傘を彼女の肩越しに広げて防ぐ。またも派手に汚れる傘にこちらも少ししょんぼりしつつも
「普通の煤なら水で流せば落ちるだろうし、気に病まずに」
それは相手への励ましか、それとも自分に言い聞かせるものか。ともかくそれはしょうがない、気を取り直してヴィリヤも阿須摩の背を守り、向かう妖を刻旋にて受け止める。危ない所で制動を掛けた一番槍のススワタリは、後から迫る仲間たちによってその鋼糸に押し付けられ、すっぱりと両断された。それからも順番に何体か。
それから二人の猟兵は立ち位置を入れ替え正しく対峙し、向かい来る敵を迎え撃つ。ふと傍らに目をやると、もちろん海莉も目に入る。その周りだけ煤はフリーズドライでパッキングされ一粒も散ることはなく、冷たく清浄な空気が流れていた。その装いも、未だ一面の紅である。
「塵一つ、後には残させない」
成功
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木元・杏
まつりん(祭莉(f16554))と
きれいにして川を静めて、
おいしいごはん(ぐっと拳を握り)
まずはおそうじ
割烹着姿で頭に布巾巻いて準備おっけー
うさみみメイドさん(身長30cm弱)も
本領発揮(武器はミニ箒。叩いて殴る)
まつりん、ススワタリまっくろ。
目つきも悪いね?
でも、かわいい……(さわりたくてそわそわ)
扉や窓、屋敷中の煤をお掃除
【鎌鼬】で巨大ススワタリを攻撃
ミニススはメイドさん、お掃除してね
まつりん、煤だいじょ……(まじまじ見て)
おひげ生えてる
まつりんや皆が煤だらけになってたら
早業で素早く拭き取って
黒くなった場所があれば
メイドさんが箒ではきだして
皆と連携していくの
余裕があれば旅籠全部掃除するね
木元・祭莉
アンちゃん(f16565)とー!(連携歓迎!)
わあ、立派なお宿ー。
あのね、おいらたち、猟兵なんだ!(天下自在符を見せて)
おじさんちをキレイにしに来たからね、安心しててね!(アンちゃんの布巾結びながら)
あ、始まってるー。
よっし、「義によって助太刀いたすー!」(大音声)
くろすけを、グラップルで霧散させていくねー。
お部屋が傷んだら、宿屋は困るよね?
ふんわりあたっくは避けずに、カウンター対応。
ひらりひらりと宙を舞いながら、みんなを回復(キュア)。
丁寧にお掃除ー♪
わあ、おいら、まっ黒けだー!(嬉しそう)
ホラ、くろすけよりおいらの方がカワイイでしょ!(対抗心)
え、水浴び? ごはんの前に? えー。(ぶー)
●楽しは強し
「あ、始まってるー」
連れ立って駆け来た二人のうち、木元・祭莉(花咲か遮那王・f16554)が大きな声で言う。その声に旅籠の主人は振り返ると、慌てて制止する。こんな危ない場所に子供を入れるわけにはいかない。
そんな老人に天下自在符を見せて、少年はにかっと笑った。
「あのね、おいらたち、猟兵なんだ!おじさんちをキレイにしに来たからね、安心しててね!」
そしてもう一人の少女、木元・杏(微睡み兎・f16565)は室内を臨み、真剣な表情を向ける。割烹着姿で頭に布巾を巻いて、見るからに闘争よりも清掃に重点を置いた姿をしている。その足元に目をやれば、小さなうさみみメイドさんが、やはり小さな箒を持って意気軒高。武器として構えられたそれは、招かざる客人を叩き出す気満々の逆さ箒である。
少し緩んだ妹の布巾を結び直す兄に向けて、彼女は呼びかけた。
「まつりん、ススワタリまっくろ。目つきも悪いね」
示す方を見ると、確かに真っ黒くて目つきの悪いものがいっぱいいる。他の猟兵と対峙している都合上、怯えていたり怒っていたりする個体も多いので、そのせいで第一印象が悪いのかもしれない。眺めやり同意する祭莉。手にしていた結び目がその指から逃げ、視線を手元に戻してやり直す。
「でも、かわいい……」
そわそわする少女の発言に、兄は少しだけむっとした。
「よっし」
今度こそ杏の布巾を固く結び直すと、祭莉は妹に先んじて部屋に踏み入る。
「義によって助太刀いたすー!」
幼き勇士の大音声は、梁を柱を揺るがして、積もれる煤をぱらぱら散らす。言及された目つきの悪い妖たちも、今はその目をまんまるにしている。困惑するそれらをさておいて、彼はひらりと踊り出す。煤で煙る室内を飛び、淀んだ空気を清めるように、仲間たちの上を間を舞い踊る。受けた被害は癒されて、被った煤も――まあ完全にとは言わないまでも、落としやすくはなったように見える。最後に着地し不敵に笑う少年の表情はなんとも挑発的に映ったようで。数体の黒が襲い掛かった。それらを順番に捌いて勢いを殺し、隙を見ては掴んで潰す。両手は煤で真っ黒になるが、二体目からはそう変わらない。ぶつかって来て飛び散る煤も、掴んで倒して飛び散る煤も、祭莉が忌避する様子はない。あっという間に彼の身体は、そこらじゅうを煤塗れにされてしまった。
「わあ、おいら、真っ黒けだー!」
汚れることを楽しむわんぱく猟兵は、ススワタリ最大の敵と言えたかもしれない。
妖の、堪らず逃れて向かった先に、熱心に掃除する杏の姿。忙しくくるくると動いては、てきぱきと汚れを落としてゆく。窓に襖に畳の目、傘に刀に服に顔、隙を見て素早く丁寧に、次々ときれいに拭いていく。アイデンティティを脅かす敵に、狙いを定めてそれらが向かう。布巾で攻撃は防げまい、お前も真っ黒にしてくれる!
ひと際大きなススワタリが、勝ち誇るように目を細める。あわやの所で杏の手元、布巾の陰から現れる、護り刀にうさ印。
『やっべ』
それが、そう思ったかは分からない。急制動はもう遅く、転身するにはなお遅い。
「逃げないで?」
抜刀を即ち斬撃とする一挙動の斬り上げを受けると、一拍遅れてその身を分かち、煤を残して消滅した。そしてその周りで狼狽する妖たちも、メイドさんによって叩き落とされ、掃き出されていく。刀を納めた杏も、迎撃すべき敵の不在を確認したうえで、戦う力を持たぬ敵を容赦なく掃滅すべく、なおも黒ずむ壁へと向かう。かくしてススワタリたちはその数を見る間に減らし、戦闘が完全に終わるころには部屋の掃除もすっかり終わってしまった。
「ホラ、くろすけよりおいらの方がカワイイでしょ!」
どうやら対抗心を燃やしていたらしい祭莉が、黒くなった顔を見せにくる。その顔をまじまじと見る杏の反応は、残念ながら期待に応えるものではなかった。
「まつりん、おひげ生えてる」
布巾のきれいな所でごしごしとこすられ、煤はすっきり拭き取られてしまった。その様子を眺める者の微笑ましげな様子は、先の少年の質問に対する客観的な回答を示しているが、本人が気付いた様子はないようだ。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
第2章 ボス戦
『水珠姫『みたまひめ』』
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POW : 水は方円の器に随わず、絶えず変化し続ける
自身の肉体を【変幻自在の水の体】に変え、レベルmまで伸びる強い伸縮性と、任意の速度で戻る弾力性を付与する。
SPD : 水泡は無に帰する、されど衣を濡らす
レベル×5体の、小型の戦闘用【の触れた対象を濡らし重くする水泡】を召喚し戦わせる。程々の強さを持つが、一撃で消滅する。
WIZ : 古川に水絶えず、水神様の怒りは収まることを知らず
【自身がかつて鎮めた水害の再現】を放ち、自身からレベルm半径内の全員を高威力で無差別攻撃する。
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴
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●猛きに魚も棲みかねる
旅籠の厚意により湯が用意され、希望の者は身を清め、一部の者は望まざるとも身を清め。旅籠じゅうを掃除しようと意気込む猟兵は青い顔をした従業員たちに寄ってたかって必死で止められ。色々あってとりあえず『中』の問題は解決したようだ。
帰るまでに宴会の用意をしておくという主人の声を背に、猟兵たちは先の川へと向かう。煤の次は泥汚れも、覚悟しておいた方が良いかもしれない。
ヴィリヤ・カヤラ
通りが塞がれるのは皆が困っちゃうから早く何とかしないとね。
あと、汚れるのはもう諦める!
炎を使う時には飛び火に気を付けるね、
飛び火が危なそうなら【四精儀】で雨を降らせたら防げるかな。
様子を見て水を使ってくるなら【燐火】で敵の周囲を攻撃して、
近付けそうなら宵闇で攻撃かな。
もし、水蒸気で視界が少しでも塞げたら
『第六感』にも頼って敵の位置を出来るだけ把握つつ、
宵闇を蛇腹剣にして斬りに行くね。
もし水泡で動きが鈍くなってたら【瞬刻】を使うけど……
うーん、【瞬刻】はあまり長く使いたくないから最短で頑張ってみるよ!
近付けそうになければ【燐火】で攻撃するね。
水害を鎮めた姫の姿で水害を起こすのはダメ過ぎだからね!
八田・阿須摩
煤の次は泥か
…うん、まあ予想通りだしいいんだけども、ね
宴会の前に湯を改めて頂けばいいか
卯ノ花で水泡や伸びる水の体を斬り落とし
または瑠璃紺で受け止め、あるいは弾いて返す
他の猟兵を庇える距離なら瑠璃紺で水泡を受け止めよう
人に迷惑かけるのは駄目だよ
君、昔は人を助けたんだろう?
否
それはオリジナルな水珠姫の方か
君が水神様の名をかたるのは頂けないな
彼女の名誉を守る為にも
早々に退場してもらうよ
首を落とせるなら斬り落とす為に狙う
腕や足へ狙いを途中で変えるのも有りかな
可愛い女の子の姿をしているけど
オブリビオンなので容赦はしないよ
ただ……
濡れた着物はちょっと重いかな
いっそ脱いでしまった方がいいか
後で拾えばいいし
木元・杏
【かんさつにっき】
川の氾濫は泥水ね
割烹着は着たまま川のお掃除の気合い
海莉、旅籠きれいになったね(満足そうに微笑んで)
小太刀、あとで旅籠見てね(掃除がんばった、と少し自慢気に胸を張り
灯る陽光を手に海莉と一緒に前に
……皆の祈りを身に宿した姫さまの姿、返してもらう
第六感と見切りも合わせ【花魂鎮め】で水泡を跳び避け
剣を振り下ろし姫に衝撃波を叩きつける
海莉、小太刀、姫が怯んだ隙狙って?
着地と同時にうさみみメイドさんで残った水泡を殴り消す
皆への攻撃にはオーラの衝撃波を放ち相殺し防御
うん、皆で少しずつ(まつりんの歌にこくり
姫に触れ「姫さま」に届くよう祈りを込めて
……もっと、生きたかった?
ゆっくり、休んで
木元・祭莉
【かんさつにっき】でー。
ぶー。(祭莉はお風呂が苦手)
あ、海莉姉ちゃん♪
うん、アンちゃん、まだお掃除諦めてないみたい。
一緒にお掃除行く?
みたま……たま……たまこ? ←凶暴な飼鶏思い出し
あ、コダちゃん、お姫さま見に来たの?
お姫さまじゃないよ、水たまこ!
すっごくつよいよ、きっとたぶん!!(ぶるぶる)
(相対)
あれ、カワイイ?
(なんかきた)
うわ、やっぱり凶暴だったー!?
(拳からの衝撃波で吹き飛ばす)
うーん。
おいらね、一人だけ頑張って、みんなが幸せになるのは、違うと思う。
みんなで頑張って、みんなで幸せにならなきゃ!
(誰もが誰かを少しずつ守ってる そんな幸せの歌)
水たまこ、強かった。
バイバイ、次は幸せにね!
南雲・海莉
【かんさつにっき】
もう一つの悩み事、解決に行きましょ
これで旅籠の皆さんもゆっくりできるわ、きっと
(杏さんに笑み返し)
え、私も掃除やる気よ?
小太刀さんもよろしくね
前衛に行くわ
例え相手が水に変わっても、魔力の籠めてルーンを刻んだ刀と剣なら効くでしょう?
了解よ
守りと回復は任せる
【トリニティ・エンハンス】で攻撃力上昇
杏さんが作った隙に、小太刀さんと息を合わせて飛び込む
「見切った」攻撃は「武器で受け」、
宿した火の魔力で吹き飛ばすわ
過去の覚悟と哀しみは本物だったと思う
だからこそ今の歪んだ在り方、終わらせましょう?
二度目の死出の旅路、しっかり送り届けてあげる
(優しい歌を背に頷いて)
お疲れ、姫様
後は皆に任せて
鈍・小太刀
【かんさつにっき】
「大変そうね、どうしてもって言うなら手伝わなくもないわよ?」
心配で見に来たなんて言える訳ないけど(ツンデレ
自慢気な杏にほっこり
水たまこ?(首傾げ
片時雨を手に援護するわ
杏が作った隙に海莉と合わせ切り込むよ
攻撃を見切りで躱してカウンター
水が不定形で捉え難ければ
氷の属性攻撃で凍らせ叩き斬る
水害には『海の調べ』を
激しい水音を穏かな波音に変えて傷ついた仲間達を広範囲に癒す
荒ぶる水は害をなすけど水は命の源でもあるから
命育む母なる海の温もりも思い出せるように
川の流れはやがて海に至る
水珠姫の還る場所、骸の海はどんな所だろう
今は倒すべき敵だけど、それでも
彼女の辿り着く先が穏かである事を祈りたい
●旅の道連れ
「…うん、まあ予想通りだしいいんだけども、ね」
煤の次は泥。諦念を口にしつつもやはり残念そうに言う阿須摩。
「汚れるのはもう諦める!」
任務優先、自他ともを強い語気で鼓舞するように言うヴィリヤに、青年も応えて笑う。
「宴会の前に湯を改めて頂けばいいか」
そんな帰結が気に入らないのは、祭莉。
「ぶー。」
と膨れて不満そうな顔でのしのしと歩みを進める。少年はお風呂が苦手である。帰ってもう一度となると今から憂鬱なことだろう、想像して身体を震わせる様は、いかにもずぶ濡れの身体を乾かそうとする動物のようだ。
そんな様子を、側を歩く二人の少女が笑う。
「海莉、旅籠きれいになったね」
「これで旅籠の皆さんもゆっくりできるわ、きっと」
杏と海莉は一仕事を終えた感慨を振り返り、満足げにする。なお旅籠の皆さんは、今頃宴会の準備に館内の掃除に全力稼働で大忙しなのだが、言わぬが花と言う物だろう。
「海莉姉ちゃん、アンちゃんまだお掃除諦めてないみたい。一緒にお掃除行く?」
不機嫌顔もどこへやら、祭莉が話題に混ざって言うと、杏はやはり気合充分に一つ息を鳴らす。海莉は「え?」という表情を祭莉に向けて、一言。
「私も掃除やる気よ?」
聞いていたら、旅籠の主人は青ざめていたことだろう。迅速な解決を目標とする猟兵たちは、もてなす側にとっては恩人であり客人であり、ある意味では難敵とも言えた。
ちなみに、短い旅行きの並び順は歩き出して程なく定まった。祭莉がずんずんと先頭を行き、時々興味を持ったものに目を奪われそうになると
「まつりん?」
杏に声を掛けられて戻ってくる。海莉はその様子を微笑み眺め、背後に異常があるとは思ってもみず。
「…八田さん?」
ヴィリヤに肩をぽんと叩かれ、祭莉と同様に何やらを目で追っていた阿須摩が戻ってくる。そんなわけで大人たちは一番後ろ、未成年組を見渡せるようにとかではなく、マイペースかつ強烈な方向音痴の彼が確実に目的地に辿り着くための方策である。
しばらく歩くと、一人の猟兵の姿があった。両手を腰に付け、鋭い目つきでやってくる一行を見つめる。
「大変そうね、どうしてもって言うなら手伝わなくもないわよ?」
何やら考え込んでいた祭莉、その相手の姿に気付くと表情をまた明るくして元気に声を掛けた。
「あ、コダちゃん、お姫さま見に来たの?」
「お姫さま?そうじゃな…」
「お姫さまじゃないよ、水たまこ!」
考え込んでいたのはどうやらこのことらしい。忘れないように唱え続けていたはずのおつかいの内容が、道中の印象的な別の何かによって改竄されてしまう、という話は時々あるが――少年の身近には、たまこという名の凶暴な飼鶏がいる。どうやら去来したそのイメージに上書きされてしまったのだろう。確かに、鶏は個体差もあるが攻める時は結構怖い。飛べない分脚力があり、跳び上がっての蹴り脚は冗談のように痛く…割愛する。
「すっごくつよいよ、きっとたぶん!!」
今日いち真剣な表情で詰め寄るように言う彼に、気おされながらも首を傾げるのが、鈍・小太刀(ある雨の日の猟兵・f12224)である。当然ついてきてくれると疑わないそんな少年の素直さに、少女のツンデレは呑み込まれた。加わる彼女に杏が得意げに胸を張って見せる。
「小太刀、あとで旅籠見てね」
努力の成果を思い微笑ましく頷く小太刀がふと視線を動かすと、そちらを向いていた海莉と目が合う。
「小太刀さんもよろしくね」
笑って見せる黒い瞳と、少し泳ぐ紫の瞳。短く「ええ」と返された返事に、海莉は少し苦笑気味に笑った。そうこうする間に辿り着く、川に見えるは水珠姫、民を守りて玉の緒を、疾くも散らした水珠姫。その名を名乗るはおこがましくも、換えし名もなきオブリビオン。
「もう一つの悩み事、解決に行きましょ」
その妖は口の端を吊り上げて笑うと、水に溶け消え泥を交え、濁流をもって襲い来た。
●凪より晴嵐へ
「あれ、カワイイ?」
一瞬見えた姫の姿に、既に鶏に置き換わっていた祭莉の描くイメージが混乱を見せる。迫り来る濁流に突如浮き上がる透明な顔が、攻撃的に笑いながら近づいてくる様子を捉えた時に、再びその思考は収斂した。
「うわ、やっぱり凶暴だったー!?」
咄嗟に伸ばした手から放たれた衝撃波が、その顔貌を弾け飛ばす。その形は失われて飛沫となって八方に散り、あるいは水泡となりあるいは水刃となり、猟兵たちに襲い掛かった。
「わぶっ」
収束し包み込む水塊に、少年が呑み込まれた。慌てて飛び出しそうになるのをこらえ、杏が冷静に敵の攻撃を見極める。
「海莉、小太刀、姫が怯んだ隙狙って?」
言うと白銀のオーラを纏った少女は、形なき襲撃者の放つ多様の水礫たちを、花弁を舞わせながら跳び回って避ける。大きく跳躍して藻掻く兄の姿を捉えると、届かぬ剣を大きく振う。その剣撃はまたも花弁を舞わせ――否、舞う中に一閃、疾駆する花弁がある。それは濁りを弾き散らし、流れの注意を上方へと向けさせた。
応えた海莉と小太刀は道なりに走り込む。並び立ち、展開し、方や緋色に燃え立つ刃、方や真白き秋霜三尺。
「例え相手が水に変わっても、魔力を籠めてルーンを刻んだ刀と剣なら効くでしょう?」
宿した炎は水を突き、煙を泡を立ち上らせる。しかし苦しむ様子もなく、そこまでのものと見くびられた。そうして地上に戻された意識は、小太刀の姿をも捉えて迫る。優先された剣豪も、さりとて脅威とは未だみなされず、疎らに迫る水刃は、彼女にもさしたる脅威とはならず。避けて躱して斬り飛ばし、刃を受けることもなく、攻め寄せたるは片時雨。斬りし刃に水を受け、力得たるは片時雨。避けず躱さず刃を受けて、水の化生は嘲笑う。つもりだった。
その斬撃に篭った力は、それの予想を飛び越えた。斬られた部分を動かすことが出来ず、その先の制御が断絶する。再び振り下ろされた刃によって、変質し氷塊となった部位が砕かれ、水は地に吸い込まれていった。
「油断してるんじゃないわよ」
波紋を広げて動揺する流水に、新たな波紋が他方から浮かぶ。そちらにあるは海莉の姿。今だ抜かれぬ紋朱の姿。波紋は細かく大きく広がり、生まれる泡も大きく多く。刃の輝きもいや増して、馬手にも光る呪の一字。
「まったくね」
小太刀に応えたその瞬間に、篭めた炎呪が噴き出した。爆発的な熱量は周囲の水を吹き飛ばし、一円丸く蒸発させる。流れはこの場で押し留められ、近くの水泡たちもヒットマンスタイルのうさみみメイドさんによる精妙な打撃により迅速に叩き割られ、着地した杏によって祭莉も救出された。
「ぷはーっ、苦しかったー!!」
どうやら無事なようである。不満げな表情を見せながら、水珠姫は再びその姿を水上に浮き出させた。
怒れる姫は改めて、無数の攻撃手を生み出した。それらは四人に殺到し、先とは違う気迫を見せる。水泡の多くは斬り裂かれ、叩き潰され、吹き飛ばされる。しかしその攻撃を掻い潜っては自由を奪うものもあり、連携して襲う水刃は切り付け、貫き、責め苛む。死角を補い合って隙なく守るも防ぎきれず、苛烈に押し寄せる攻撃は、少しずつ体力を奪っていく。水難に孤立する者を追い詰めるように、確実に。
●袖を濡らすは
皆に迫る多様の飛沫は、阿須摩とてヴィリヤとて例外ではない。
「可愛い女の子の姿をしているけど」
オブリビオンなのでもちろん容赦はしない。水刃を切り捨て水泡を防ぎ、確実にその歩を進める。白く弾けるその様は、さながら舞い散る卯ノ花のように。そうして前に出れば出るほど攻め手の密度は高くなり、捌き切るのも容易でなくなる。徐々に重くなるその袖に、被る水も徐々に増え。
「早く何とかしないとね」
阿須摩に迫る水刃は、青い炎に相殺された。そのことごとくが蒸発し、蒸気の霧となり視界を塞ぐ。こうなっては彼我を問わず狙いをつけるのは困難であるし、勘で近付くにも――阿須摩にはなんというか、難しいかもしれない。そんな青年の脇を、炎の射手であるヴィリヤが駆け抜けた。吹き抜ける風は霧を貫き、一直線に敵の元へ。通った視界に男も目をやり、敵と窮地の仲間を見つける。続き、駆けだした。
ヴィリヤに気付くまで姫は、四人の猟兵を圧し潰そうと躍起になっていた。そうしてその成就も射程内に入りかけたところで、目に入るは、傘。広げられたそれに水泡は弾け、水刃すらも弾けて行く。阿須摩は傷だらけの少年少女に笑いかけ、巧みに飛沫を防ぎ止める。背後よりの攻撃はその背で受け止め、ますます着物を重くする。美しい意匠の白装束は、見るも無残に汚れていた。
「いっそ脱いでしまった方がいいか」
旅籠の中でも外でも、散々である。残念そうにしながらも、片袖を抜いて持ち替えて、あとは一息にばさっと脱ぎ去る。大きく広がり風を起こす羽織は、側の泡を薙ぎ払った。うまく戦線離脱してくれた服と、側で態勢を立て直す仲間たちにそれぞれ一瞥すると、青年は姫に向き直る。
「人に迷惑かけるのは駄目だよ。君、昔は人を助けたんだろう?」
無反応な水妖に、続けた。
「それはオリジナルな水珠姫の方か」
『水神様の怒りは収まることを知らず』
偽物と呼ばわられ、むっとした様子で言葉を紡いだそれに、阿須摩はもう一つ声を掛けた。今度は少し険のある、白刃を突き付ける冷たさで。
「君が水神様の名をかたるのは頂けないな」
水珠姫は水神を鎮めた。姿を奪い名を騙り、そのうえ業まで否定するなら。
「彼女の名誉を守る為にも、早々に退場してもらうよ」
実際に突き付けられた刃に、その愛らしい姿への躊躇はなかった。
短命に、しかし為すべきを成して死んだ彼女は、満たされていたのだろうか。永らえて、しかし空虚に囚われる者も、されどもその中に得難き刹那を抱く者も。正しきは、望むべきは。分からないが、今確実に言えること。
「水害を鎮めた姫の姿で水害を起こすのはダメ過ぎだからね!」
水珠姫はこんな事を望んでいない。「この」オブリビオンは、倒さなきゃいけないものだ。蛇腹剣・宵闇を展開し、水蒸気の目隠しを抜けたヴィリヤは敵の正面に躍り出た。咄嗟に水上を滑るようにして下がり、水泡を新たに生み出す姫の姿。闇雲気味な攻撃といえど、無数に向かい来るそれらを全て防ぐのは至難の業であり、猟兵はその何発かをまともに喰らうことになった。少し安堵の表情を見せながら、引き続き距離を取ろうと退る相手に、ヴィリヤは逡巡の間を与える。
(あまり長く使いたくないけど…)
しかしそれは非常に短い間。瞬く間であった。広げたはずの距離は加速した猟兵の突撃によってすぐさま失われ、剣先に至ってはその身を貫き追い抜いていた。そのユーベルコードは、瞬刻。爆発的に増大する反応速度とスピードと引き換えに、毎秒寿命を削る。為すべきことを成すために、覚悟の整うその時までに、死ぬは今では、今日ではない。永らえるも駆け抜けるも、その次の問題だ。今はただ、生きねば。今生きるために命を削る。おそらく至極冷静に行われた判断は、結果として逡巡の間しか与えなかった。その力を収めた猟兵は、貫いた敵を見据えて今一度力を行使する。
『炎よ、熱き刃となって』
先ほど敵の放ったように、無数の炎刃を展開し、ガスコンロをひっくり返したような綺麗な逆円錐形の陣形を形作り――
『射抜け』
再び蒸気が空間を埋め尽くした。
●世の情け
「過去の覚悟と哀しみは本物だったと思う。だからこそ今の歪んだ在り方、終わらせましょう?」
救うために戦い、救えなかったことに哀しみ、ついにはそれを成し得た誰か。海莉はそれを歪められることを望まない。その決意は、誰かの手で歪めて良いはずなどない物だ。
「……皆の祈りを身に宿した姫さまの姿、返してもらう」
皆の祈りを形にするよう、皆の悲しみを無くせるよう、一生懸命頑張った誰か。杏はそれを奪われることが許せない。その優しさは、とっても大切な物だから。
「うーん」
一番ダメージを受けているはずの祭莉は、腕を組んで元気にキレ良く首を傾げている。そうして行き着いた結論は。
「おいらね、一人だけ頑張って、みんなが幸せになるのは、違うと思う。みんなで頑張って、みんなで幸せにならなきゃ!」
頑張ったのはすごい、みんなを幸せにしたのはすごい、けど、それでも。死んだら終わり、だから。絶対に悲しむ誰かがいたはずだから。守る誰かは他の誰かに守られている。支えている誰かは他の誰かに。そんな明るい決意を届けるために。悲壮な覚悟へと手を伸べるために。少年は、歌い出した。
歌声に重なるように、優しく包み込むように穏やかな波の音が響く。命を奪う荒ぶる波音ではなく、命を育む母なる海音。自身の周りに集まる猟兵たちを癒すために、小太刀が海の調べを奏でているのだ。自身も決して楽ではない状況において、強い疲労感に負けじと一度に全員を高速で癒す。海莉も杏も、あとうさみみメイドさんも、得物を取り直して確と立ち、歌声に微笑み頷き敵へと向き直る。
「ほら、行きなさいよ!」
軽くなっていく身体に感心する阿須摩に、肩で息をしながらもつっけんどんに言葉を投げつける小太刀。優しい波音を聞かせている主とは思えない語勢は、意地っ張りここに窮まれり、という具合である。ふっと笑って礼を述べ、青年も改めて刀を構える。
「二度目の死出の旅路、しっかり送り届けてあげる」
燐火による蒸気が晴れると、河から切り離された水珠姫の姿があった。焦りの表情は、持久戦の終わりを物語っている。
その焦りから放たれる攻撃は、ヴィリヤによって多くが迎撃される。すり抜けたものも十全な猟兵たちを捉えるに能わず、次々躱して肉薄される。阿須摩がまず、滑り込むように前面に走り、寸分違わぬ狙いでもってその素っ首を引き斬ると、すれ違ってから向き直る。妖のその身は落ちずに水塊となり、再び人型を形成した。それでも被害はあるようで、姫は明らかに彼を警戒する。そのため、続く海莉と杏の攻撃は容易にその身に到達する。紋朱が、その身を貫いた。
「お疲れ、姫様。後は皆に任せて」
気色ばんだ水珠姫の形相が、労いの言葉に毒気を抜かれたように目を丸くした。
「水たまこ、強かったー。バイバイ、次は幸せにね!」
元気な声で、元気な笑顔で。先程殺そうとした相手に手を振られる。水たまこって誰だろう。少し、笑った。
「……もっと、生きたかった?」
灯る陽光に刺し貫かれながら、向かう杏の労しげな表情を見る。そんなことないと言えば嘘だ。生きられたなら…でも、それで守られた笑顔もあったはずだから…難しい問いに、水珠姫は困ったように笑って見せた。
「ゆっくり、休んで」
応じるように、その姿は泡沫と化し、ただの水へと溶け消えた。
大きなため息をついて、小太刀がどっと倒れて見せた。皆の元気の代償に、彼女は疲労困憊である。駆け寄る仲間に強がって、ふらふらしながら立ち上がり、肩を貸そうと寄る少年を、抗い動いて圧し潰し。微笑ましげに笑って見ながら阿須摩は投げた羽織を拾い、仲間に帰路を促す。
「旅籠はこっちだっけ?」
もちろん、反対方向を指さしながら。
成功
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第3章 日常
『街道沿いの旅籠で宴会』
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POW : 酒だ!肉だ!舞妓さんに芸子さんだ!ひゃっほう!
SPD : 舞妓さんや芸子さんから芸事の手ほどきを受けてみよう。優美な気分になれそう。
WIZ : 和風建築やサムライエンパイア流の宴会の催し方に興味津々。本陣の主人にいろいろ聞いてみよう。
👑5
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●敵か味方かタダ飯喰い
旅籠につくと、老主人が元気に出迎えた。初めて出会った数刻前とは別人のように生気に溢れている。まるで十ほども若返ったようである。先ほどまではちらほらとしかいなかった若い従業員たちも忙しそうに動き回り、部屋の支度や配膳を行っている。彼らの手に掃除用具は見当たらず、どうやら一通りの掃除はなんとか間に合ったようだ。よく見れば主人も少し息が荒い。
「ようこそお待ち申し上げておりました、さぁさお湯を使っていただいて、着替えていただいて奥へどうぞ、準備はすっかり整っておりますで!」
準備が調い次第、各自宴会場へ集合。皆揃ったら、否、揃ってなくても始めます!
ヴィリヤ・カヤラ
宴会?パーティーみたいな感じかな?
あ、旅籠の主人さんには床を傷付けちゃったの謝らないとね。
床の傷は大丈夫だった?あと、お湯もありがとう。
惇さんと一緒しても大丈夫かな?
飲むならお酌するよ?
私もお酒は飲むけど、飲む時は何かで割って飲むね。
エンパイアの食事はお箸だよね。
周りのお箸の持ち方を見て確認して……、
前に練習したから少し手がプルプル震えるけど、
慣れたら震えなくなるから大丈夫。
お箸難しいよ、みんな器用だよね。
宴会料理も豪華だしエンパイアの料理は
味付けも違うから色々新鮮だよ。
惇さんはこういう宴会は何回か参加したりしてるの?
っと、もし他の人に呼ばれてたり、
遊んでくるなら行ってきて大丈夫だよ。
八田・阿須摩
旅籠へ戻ったら一風呂頂いて
さっぱりした所で宴会だ
…なんだか従業員の皆疲れているみたいだけど、大丈夫?
旅先での料理はやっぱり良いよね
その土地の名産の料理もあるし、楽しみだな
それに舞妓さんや芸子さんも居るんだ
へえ~贅沢だね
投扇興とか、とらとら?とか一緒にやってみたいな
それから猟兵の皆へ労いを、かな
お酒注いで乾杯
未成年の猟兵にはオレンジジュースを注いで乾杯
お疲れ様
今回は煤や泥と、本当の意味で汚れ仕事だったね
でもこうして困っていた人達が喜ぶ姿を見ると
来て良かったなと思うよ
我妻さんも楽しんでいる?
君が見つけてくれたから、ここに居る皆
こうして笑っていられるよ
けれどもまあ……いつかは君とも共闘したものだ
木元・祭莉
【かんさつにっき】のみんなで!
惇兄ちゃんも来てるかな?
お風呂で会ったら、やほーって挨拶するね。
宴会だーっ!
わぁ、すっごいー!(あちこちをしげしげと)
うわ、おいしいー♪(あれこれをもぎゅもぎゅと)
あ、おいらも舞妓さんしたい!
白い顔で、紅引いてー。キラキラ打掛け重ねてー。
どうですやろ、キレイやろかー?(コダちゃんににぱー)
惇の兄さんも、おひとついかが?(はんなり)
芸子の姉ちゃんの三味線、いい音だねえー。
(いつのまにか懐いてる年増好み)
うん、おいらもやってみたい!
(呑み込みのいいサウンドソルジャー)
それではみなさま。
おいらたちの初演でござるー♪
(演奏と舞)
こっそりサインしとこ♪(墨文字でまつり、と)
木元・杏
【かんさつにっき】
(きっと迷いながら帰ってきた)
……旅籠の人達、息切れしてる?(心配そうに)
舞妓さん?
うん、興味ある。ね、まつりん
小太刀も舞妓さんしよ?(手を繋いで)
宴会
お酒飲めないから
習った作法で皆のお酌する
うさみみメイドさん(舞妓姿)でもお酌
旅籠の人達もどうぞ
今まで大変だったから、くつろいで欲しい(こくこく)
小太刀も回復お疲れ様
お茶お酌して
ね、クロススとの激闘、聞いて?
あのね、海莉がお掃除の鬼で強くて
あと、お兄さんとお姉さんが格好よくて
川の小太刀も海莉も皆格好よかった
わたしもがんばる(ぐ)
舞妓姿のまつりん似合ってる(自慢気に)
三味線に合わせてお琴ひいて
合間にメイドさんも海莉と一緒に舞おうね
南雲・海莉
【かんさつにっき】
掃除終わっちゃってる!
(無念そうに)
と、とにかくお宿の皆さん、お疲れさまです(一礼)
舞妓の方々もいらっしゃってる
……そうだ
(主人に)あの、舞妓さんの体験、させてもらってもいいですか?
後学のために舞や所作を教わりたいんです
興味あります?
ふふ、皆で教わっちゃいましょ(微笑)
変装・ダンス・礼儀作法・学習力を発揮
着付けや化粧もお願い
ふふ、皆とても似合ってる
杏さんと一緒にお酌してくわね
(掃除の鬼、に軽く赤面しつつ、グッと)
やっぱり皆さんが大切な場所は綺麗な方がいいから
最後に小太刀さんやこの場の皆さんに労いをこめて舞を披露
祭莉くんの三味線や杏さんの琴、ウサミミメイドさんと息を合わせるわ
鈍・小太刀
【かんさつにっき】
冷たいお茶をくいっと飲んで
ぷはぁっ!一仕事終えた後のこの一杯が堪らない♪
舞妓さん?杏も海莉も似合いそう
祭莉んも似合いそうなのは果たして良いのかどうなのか
え?私も!?……し、仕方ないな、どうしてもって言うから(ツンデレ
照れつつも興味はあったり
でも芸事はちょっと苦手
見よう見まねで合わせてみるけど
むむ、難しいぞ(汗
杏の話を聞きながら
お茶と料理とお菓子を戴くね
かわいいまっくろさんに
わんぱく祭莉ん
ウサミミメイドさんもメイドさんの面目躍如だね
そしてなるほど、海莉は掃除の鬼
(散らかった自室は見せられないなと目を逸らしつつ
いっぱい頑張った杏達にもお疲れ様のデザートを
宿の人にもお礼言わなきゃね
●点呼
「はー、さっぱりした」
僅かに髪に水気を残した八田・阿須摩が座敷へと現れた時には、先の主人の言葉通りに席はすっかり整っていた。入浴前まで駆け回っていた従業員たちも勢揃いでの出迎えで、感謝の大きさも窺えようというものである。笑顔に汗が浮いていたり、髪が額に張り付いていたり、ほんの少しだけむさ苦しさを感じるものがいないわけでもないが…
「…なんだか疲れているみたいだけど、大丈夫?」
心配そうに声を掛けると、主人は目線を追って部下たちの様子を見てから少し苦い顔をする。
「いやこれはお見苦しい所を…」
手を振って見せ、何人かを退出させた。すれ違いに丁寧に頭を下げながら、角の向こうから緊張の解けた溜め息。少数ずつ順番で休憩に入るよう指示したとのことである。困ったように笑う客に、困って笑う主人であった。
世界も違い習慣も違い、宴会などとも縁遠く生きてきたヴィリヤ・カヤラがまず想像したのは「パーティー」というものである。しかして覗いた部屋には、控えめな調度がいくらかありはするが絢爛豪華な装飾などは多くなく、脚のあるものは人々だけで椅子や机すらない、広い空間が設えられていた。その中に見知った顔、にこにこ笑う主人を見つけ、彼女は少し申し訳なさそうにする。
「床の傷は大丈夫だった?」
いっそうの笑顔で男は応じる。
「ええ、ええ、あのくらい傷のうちにも入りやしません。せいぜい畳一枚、明日っからの稼ぎですーぐですよ」
戻ってくるであろう客足を思って底抜けに機嫌が良い彼が身振りを交えておどけて見せると、ヴィリヤも胸を撫でおろす。
「それなら良かった。あと、お湯もありがとう」
にっこり笑い、促された席に向かった。
実は一行が帰ってくるには、いくらか余剰と言える時間を費やしていた。それというのも戦いの終わり、示された方向に勇ましい足取りでずんずんと進む猟兵の姿があったからである。……略して、勇み足とも言う。
とまれかくまれ無事帰り、お風呂をいただきさっぱりし、さらに四人が到着した。
「宴会だーっ!」
まず木元・祭莉が駆けこんでくる。
「わぁ、すっごいー!」
広い部屋を動き回り、そこら中を眺め回し、忙しそうに楽しそうに跳ね回る。続いて鈍・小太刀が早足で、少年を捕えようと急き歩く。
「掃除終わっちゃってる!」
少し後から歩いてくる、南雲・海莉は廊下を見回し無念そうに渋い顔。隣を歩く木元・杏は、すれ違う従業員の様子を気にした。
「……旅籠の人達、息切れしてる?」
がんばりました。
「お宿の皆さん、お疲れさまです」
ありがとうございます。
ことほどさように、掛かった時間のおかげで程よい頃合いに用意がなされたとも考えることもできよう。程なく次々ご馳走が並びはじめた。
「さあ、本日は存分にお楽しみください、私共の心いっぱい精いっぱいのおもてなしをさせていただきます」
言うや襖が開かれて、芸者さんたちも現れた。
●道程
「ぷはぁっ!一仕事終えた後のこの一杯が堪らない♪」
宴の席に響くのは、小太刀の威勢の良いその声。祭莉をなんとか座らせて、ようやく一息ついたところで一杯きゅーっと一気に呷り、そんな声も出ようというものである。ちなみに飲んでいるのはお茶である。芸者さんたちの上品に笑う様子に、少し照れて小さくなる。もちろん祭莉も隣で笑う。見回せばそれぞれが楽しげに、思い思いに笑っている。いつの間にか紛れていたグリモア猟兵もにやにやと笑っており、その姿に気付いた少年は「やほー」と元気に挨拶し、小さな挙手を受け取った。
「うわ、おいしいー♪」
そしてこの少年は、出揃う前から出てくる端から運ばれる料理を目で追って、誰よりも目で楽しんでいた。整ったなら待ってましたとばかりに食べ始め、これまた忙しそうにそれぞれの料理を口に運んでは至福の表情を浮かべている。
「旅先での料理はやっぱり良いよね」
阿須摩もそれに頷きながら、用意された食事に大いに舌鼓を打っている。元来交通の要衝ということもあり、用意される料理は山海珍味も目白押しで、楽しみにしていた彼を満足させるに足るものである。そんな彼らの手元を見ながら、難しい顔をするヴィリヤ。こともなげに扱われるその食器、二本が対になり様々な用途を成すその食器を。
「お箸難しいよ、みんな器用だよね」
そう?とばかりに少し掲げて簡単そうに動かす猟兵たち。彼女の育った世界において――さらにその中のもっと小さな「世界」においてそれは学ぶべき作法ではなく、練習したのは最近の事である。基本姿勢を震える手で保持し、それでもそれは次第に安定し、じきに危なげなく食べられるようになった。
「エンパイアの料理は味付けも違うから色々新鮮だよ」
努力の甲斐もある。豪華な料理は見た目に違わずとても美味しく、綻びていた笑顔の輪もきっちり修復されたようだ。
●出目
贅を尽くした食事も一息挟んで、阿須摩が腰を上げた。贅沢なのは食事ばかりではない。
「投扇興とか、とらとら?とか一緒にやってみたいな」
その言葉に手早く屏風が用意され、猟兵から隠れるように舞妓さんがその裏へ。言い出した彼には承知のことだが他の皆は疑問符を浮かべながらその様子を眺めていた。と、芸子さんが三味線を弾き、朗々と美しく歌い出し、歌に合わせて手拍子が鳴る。隔てて踊る屏風の薮に、阿須摩は身を下げ虎となる。両の腕を前脚として、音なく歩き獲物を狙う。分けて出でるは――
「あー、やられた」
槍を構えた和藤内。虎狩る者を模した舞妓が悪戯っぽく笑って見せた。そんなわけで用意されたのはとらとら、平たく言えばじゃんけんのようなものである。だからこそ分かりやすく、次は次はとそれぞれが、かわるがわるに遊びに興じていくのだった。
そんな様子を楽しく見ながら、
「……そうだ」
海莉は思いつき、主人へと声を掛ける。
「あの、舞妓さんの体験、させてもらってもいいですか?後学のために舞や所作を教わりたいんです」
「あ、おいらも舞妓さんしたい!」
元気に手を挙げる祭莉に微笑みかける海莉。
「興味あります?」
「うん、興味ある。ね、まつりん」
杏も返し、小太刀も頷く。
「舞妓さん?杏も海莉も似合いそう」
祭莉んも似合いそうなのは果たして良いのかどうなのか…と、いやに親和性のある想像に首を捻る彼女の
「小太刀も舞妓さんしよ?」
杏がその右手を掴む。
「え?私も!?」
「コダちゃんもー!!」
祭莉がその左手を掴む。どうやら強制力のあるお誘いだったようだ。
「……し、仕方ないな、どうしてもって言うから」
小太刀自身もまんざらではないようで、照れ臭そうにしながらもやっぱり楽しそうである。いっそう微笑ましげな表情の海莉に、こちらも笑顔の主人が快く頷いた。早速支度をと四人を促し、揃って立ち上がった。
「ふふ、皆で教わっちゃいましょ」
●配分
「一緒しても大丈夫かな?」
徳利を持ったヴィリヤが、グリモア猟兵・惇に声をかける。手酌でやっていた男は相手を見ると「おォ」と応じ、傾けかけた徳利を戻す。
「飲むならお酌するよ?」
「そォか、毎度悪ィなァ」
言いながらも悪びれる様子もなくずいと杯を差し出し、彼女はそれを満たしてやった。そうするとまた、男も注ごうと容器を差し向けた。制しかけたヴィリヤに、先回るように言う。
「割って飲むンだろ。そンなに入れねェよ」
半ば無理やり少し注いで、こンなンでどうだ、と次に持参したらしい小瓶を取り出した。割り物としてわざわざ持ってきたらしい。ラベルには柑橘の意匠。にぃと笑って指し示す、その方向には阿須摩の姿。
「サムライだ」
剣豪である。
なお、サムライはカクテルの名称として言ったものらしい。突然示された猟兵も自身を指さして首を傾げていた。その彼も、今回においては少数派の成人組の近くに座り、お疲れ様と声を掛ける。
「今回は煤や泥と、本当の意味で汚れ仕事だったね」
思い返して渋い顔のヴィリヤに、呼び出した手前心苦しく鼻を掻く惇。阿須摩も苦笑しながらも周囲を見渡し、忙しいながらも楽しげに動き回る旅籠の皆を眺めやる。
「でもこうして困っていた人達が喜ぶ姿を見ると、来て良かったなと思うよ」
笑う。あるいはにっこりと、あるいはふわりと、あるいはにやりと。充足感は、間違いなくそれぞれの胸にあった。掲げられた器に、それぞれの器が寄せられ、涼しげに音を鳴らした。
「我妻さんも楽しんでいる?」
話しながら消費された杯の中身を見落とさず、阿須摩は酒を注ぎ足す。
「君が見つけてくれたから、ここに居る皆こうして笑っていられるよ」
今度は頭を掻きながら、やりにくそうに目を泳がす。口の中で呻くような、唸るような声を出しながら、どうにも照れ臭いらしい。そんな男も続く言葉に、さっと翻すように表情を変えた。
「けれどもまあ……いつかは君とも共闘したいものだ」
「まァ、ずっと化けモン退治してりゃ、そのうちカチ合うこともあらァな」
歯を剥いて、いかにも好戦的に笑った。
●半玉
白粉つけて紅引いて、綺麗な衣装を身に纏い。幾人かの舞妓さんが座敷にさらに現れた。丁寧に歩むその中にも、元気が滲む満面の笑み。
「どうですやろ、キレイやろかー?」
他の舞妓に向かって笑うのは、美しく装った祭莉である。向けられたのは小太刀。実際目の当たりにしてもやっぱり似合うその姿に少し複雑な気持ちになりながら、慣れない作法に悪戦苦闘している。運足一つにも一苦労である。
「舞妓姿のまつりん似合ってる」
こちらは自慢げな表情の杏。綺麗な兄の姿が単純に嬉しいようである。そしてその面影を写す妹も、当然のように似合うし綺麗なものである。ついでに隣を歩くうさみみメイドさん改めうさみみ舞妓さんも、美しい立ち振る舞いを遺憾なく披露している。
「ふふ、皆とても似合ってる」
そうしてあと一人、海莉の姿にはたどたどしさなど欠片も残らず、座敷に残った芸子さんが驚くほどに板についた所作を見せていた。高い学習能力を発揮し、短時間で教えられることを高速で吸収した結果である。どうやら彼女の集中力は、掃除だけにはとどまらなかったようだ。
そんな具合に登場しました舞妓さんたちのお手並み拝見、まずはお酌の実習です。
海莉が注ぐは阿須摩の器。丁寧に傾け丁寧に戻し、隙なくそつなく美しく。にっこり笑ってお礼を言うと、にっこり笑って涼しく返し。文句のつかない綺麗所である。基準点としては高すぎるきらいがある程に。
杏はヴィリヤの器へと。断り通りに控えめに、加減を聞きつつ程よい所でちょうど収めて一息ついて。顔を見合わせこちらも笑顔に。せっかくなので、格好いいお姉さんにありがとうとお疲れさまも伝えると、やや照れたように、同じように返ってきた。
「むむ、難しいぞ…」
小太刀はというと、お礼かたがた旅籠の主人にお酒を注ごうとしているが、作法やなんやで動きはだいぶぎこちない。うさみみ舞妓さんが支援に回り、終始笑顔の主人の手元で無事に器は満たされた。
「いやいや結構結構、おいしゅうございます」
くっと飲み干し、杯を置き――思い直してその位置を隠すようにずらしたが、遅かった。小太刀の後ろから従業員の半眼が覗く。上司が勤務中に飲酒とあっては…ねえ。
「旅籠の人達もどうぞ」
すかさず杏が振り返り、他の皆もと呼び寄せる。驚きながら主人を見ると、苦笑しながら手招きをした。
「今まで大変だったから、くつろいで欲しい」
そんなわけで、従業員の皆様もいったん仕事は休憩となり、杏と海莉にもてなされることとなった。
「惇の兄さんも、おひとついかが?」
祭莉によって差し出される献を、杯を伸べて受け止める。そうしてまたこの酔っ払い、流れるように自分の徳利を差し出して――
「未成年だからだめ!」
怒られた。言われて眺め「おォ、祭莉じゃねェか」と言ってからからと笑い、整えられた頭を乱暴に撫でようとしてまた怒られた。お座敷遊びにも参加せぬまま虎となったのが、情けないことに最年長の猟兵である。代わって阿須摩がオレンジジュースを差し出して、器を差し出す小さな舞妓さんを労った。
●宴酣
「小太刀も回復お疲れ様」
旅籠の皆さんの突然の休憩時間も終わり、今度は舞妓練習生たちの休憩時間、ノンアルコールの女の子たちがお菓子を食べながら歓談している。その言の通り、皆の回復の代償として極度の疲労を負うことになった少女も、随分と元気を取り戻していた。その湯飲みを満たしながら、杏が話し始める。ちなみにノンアルコールの男の子は、芸子さんになついて三味線を教えてもらっている。どうも素質があるようだ。どちらのか?さて…。
「ね、クロススとの激闘、聞いて?」
途中合流の友人に対し、仲間たちの雄姿をあれこれと語る。まっくろさんが可愛くて、うさみみメイドさんも頑張って、まつりんも元気いっぱいで、一緒に戦ったお兄さんお姉さんも格好よくて…ことさら饒舌という訳でもない少女の数多い言葉に、小太刀は頷きながら微笑ましげに耳を傾ける。
「あのね、海莉がお掃除の鬼で強くて」
突然話題に上った少女は飲みかけたお茶でむせそうになるのをぐっと堪えた。
「や、やっぱり皆さんが大切な場所は綺麗な方がいいから」
言い訳っぽく話しながら顔を赤くする彼女に、なるほどと頷きながら小太刀も目線を泳がせる。
(散らかった自室は見せられないな…)
ふと、新たなお菓子に手を伸ばした杏が、毛色の違うお菓子に気付いた。先ほどまではなかった、いつの間にか増えているいくつかの可愛らしい彩のお菓子と、ほのかな赤みに彩られた少女の顔。杏はふっと笑った。
「ありがとう、いただきます」
もう少し赤くなって、小太刀が顔を逸らしていた。
「それではみなさま、おいらたちの初演でござるー♪」
芸子さんの指導の下に、少し身に余る大きさの三味線を抱いて、少年は元気に口上を述べ、陽気に撥を弾きはじめた。合わせて杏が琴を弾き、海莉が凛と舞い踊る。旅籠の衆も再び集い、手を拝借し盛り上がる。労う思いで楽しげに、うさみみ舞妓も揚々と。音曲が終わると拍手はいやまし、大盛り上がりに盛り上がる。三味線奏者などは師匠に撫でられ、撥に署名など書いている。「かいらしい字ぃやねぇ」とてお互いにこにこと笑い合う。芸の方もひとまずは、座敷を楽しませるに至り、お手並みとしては及第点と言えるだろう。座って楽しむ小太刀の方でも、拍手を送りながら、思う。
水珠姫の還った場所、骸の海はどんな所だろう。彼女の守ろうとした笑顔は、彼女の形の妖によって脅かされ、今は猟兵の手によって守られた。知れば無念であったろう。なれば倒すべき敵だったろう。彼女の採った結末が、猟兵の選んだ決断が、最善か、正解かは分からない。しかしそれでも、救わんとした彼女の決断を讃え、労い、彼女の辿り着く先が穏やかである事を祈りたいと、思う。
とにかく、守られた命は笑顔はかけがえのない、得難いものである。今は精いっぱいにその幸を噛み締めようではないか。まだまだ時間も遅くない。少なくとも、高いびきで寝こけるグリモア猟兵が起きるか起こされるかするまでは、しっかり楽しんでも水神様の罰は当たるまい。
大成功
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最終結果:成功
完成日:2019年05月25日
宿敵
『水珠姫『みたまひめ』』
を撃破!
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