サンタクロースにおねがい!~ちいさなラブソング~
銀の雨が降り続く世界、シルバーレイン。一般の目に留まることは少ないけれど、その雨を視ることができる人々が今も世界の平和を守っている。
そんな彼らから猟兵が生まれることも度々増え、除霊建築士として活動していた劉・久遠もまた、新たな力を手にすることになった。
ゆるやかな笑みを浮かべた人狼のグリモア猟兵は、よろしくね、と彼をとある国へと送り出す。
久遠が足を踏み入れたのは、クリスマスシーズンに雪の降らない発展途上国だった。
「……っと、此処か」
ひどく古びた建物はビルと呼ぶにはいささか低く、煉瓦造りが印象的に思える。青年には、すぐさまその不浄がよく感じ取ることができた。
その扉を叩けば、窓から顔を出したのはまだ年若い少年少女ばかりで、久遠はやんわりと笑をかえす。
「はじめまして、ちょっとお話してってもええかなぁ?」
ストリートチルドレンだった彼らが暮らすことを許された施設は不浄に満ちており、それを祓うのが此度の仕事。可能な限り怖がらせぬよう言葉を尽くせば、こども達は避難を受け入れてくれた。
そうやって、空っぽになった施設内での戦闘は慣れたもの。ゴーストタウンになってしまう前に、普段と同じ所作で浄化をてきぱきと済ませるのだった。
「ん、これで大丈夫やね」
仕事を終えた除霊建築士は、もうええよ、とこども達を促す。けれど、いまだ不安そうな表情を隠さない幼い住民達を、そのまま置いて帰ることもできなかった。
二児の父親であるからか、今日がクリスマスイブだからか。サンタクロース役を買って出るのも悪くないと思い直す。
「皆、ちょっとええ? 見とってな」
軽く手招きした青年を、不思議そうにこども達が囲む。久遠が手にした木材は、みるみるうちに組木細工のおもちゃへと変わっていく。目を丸くして驚く彼らへと笑顔をたやさず、次々にこども達の好みそうな物を生み出す。
あくまできわめて精巧な偽物ではあるものの、消えてしまうこともない。ひとつひとつ、こども達にプレゼントとして手渡していけば、ありがとう、と笑顔を咲かせてくれた。
「どういたしまして。な、皆は歌ってすき?」
そう尋ねれば、あまり詳しくないといった様子で互いの顔を見合わせている。ならちょうどいい、と青年は音楽家としてのもうひとつの顔を見せることにした。
音響効果機能を搭載したドローンがふわりと飛んで、インカムマイクを口元へ。銀の月を思わせるギターを奏でれば、やさしい音のティヴェルティメント。
不思議な音の膜は、こども達をふんわりと包み込む。それがやわらかくあたたかなものであったから、彼らの表情もうれしそうに和らいでいく。
「この曲は知っとるかもしれんね」
続けて演奏するのは、世界でも有名なロックバンドのダンスナンバー。さらに明るい気分へと盛り上げてくれるポップミュージックなど、ご機嫌なメロディが少年少女を楽しませる。
ありがとう、とはしゃぐ彼らを見渡していると、ふと、ひとつ違和を見つけた。
長い髪をポニーテールにした少女は、生者であるこども達に混ざっているものの、猟兵はすぐにそれがオブリビオンだと直感する。
ばいばい、と施設である我が家へ帰っていくこども達に別れを告げた久遠は、同じように帰ろうとする少女を引き留めた。
「なぁ、キミ。名前は?」
首を横にふる過去の残滓からは、久遠への敵意はない。ただ不思議そうにこちらを見つめていて、グリモア猟兵が自分を此処へ寄越したもうひとつの理由も察せられた。
「そっか。なぁ、なんかボクに出来ることはないかな? キミが此処におるのは、なにか願いごとがあるんとちゃうかなって思っとるんやけど」
穏やかに目を細めて尋ねると、少女はおずおずと口をひらく。きゅっと両の手を握りしめて、緑の双眸が久遠を見た。
「……わたし、恋というものを知りたいの」
「ん?」
想定外の言葉に、思わず疑問符が浮かぶ。それから改めて、彼女の教えてくれた願いを噛み砕く。
「ええっと、キミは恋がしてみたいん?」
「わからない。してみたかったのかもしれないし、どんなものか理解したいだけなのかも。母さんが、わたしが知らない父さんの話をしてくれる度に、あなたも恋をすればこの気持ちがわかるわって言っていて」
なるほど、と頷いたのち、恋を知るまで生きられなかった過去を想う。会ったことのない父親への愛を語る母親への思慕も感じられて、親心がじんわりと滲むように訴えてくる。
「お兄さんは、わたしに恋を教えてくれる?」
「あー……」
無理矢理除霊することもできるものの、今の自分はサンタクロース。いたいけな願いを見捨てることはできなくて、こういうんはあんま得意じゃないんやけど、なんて思いつつ。
「うん。ちゃんと教えられるかはわからんけど。お母さんは、お父さんとどんなことをしたとか言ってた?」
「……一緒に、いろんな場所に出かけたって。公園に行ったり、食事をしたり、映画を見たって」
どうやら、自分でも叶えられる範囲だ。久遠は頷いて、そっと少女へ手を差し出す。
「なら、ちょっと出かけてみよか」
公園にたむろす鳩に餌をやり、ちいさな映画館では旧い恋愛映画を見る。キッチンカーで買ったサンドイッチを分け合って食べたなら、デザートに甘いクレープを頬張る。
「もしかして、これがデートなの?」
小首をかしげて尋ねる少女に、なんとも恥ずかしい気持ちにさせられる。妻一筋十四年、愛する人を裏切ることなく寄り添う久遠は、元々恋愛に後ろ向きな鈍感だった。
「まぁ、そういうことになるんかなぁ。実は、ボクもよぉわかっとらんとこがあってね」
「そうなの?」
「うん。でも、ボクにもキミのお母さんみたいに愛する人がおる。やから、キミにおんなじ気持ちを知ってほしいっていうお母さんのことはよぉわかるよ」
愛用のギターをそっと鳴らす。青年の唇から紡がれるのは、なつかしい流行の恋の歌。いつからこの歌をうたえるようになったかは、それこそ愛する妻からの想いを受け入れた時だろうか。
「……すてきな歌」
目を細めて聴き入る少女は、うれしそうに笑む。
「わたし、もしかしたら、母さんともっとお喋りしたかったのかも。こんな風に恋をしたよって、すきな人を紹介して、安心させたかったのかな」
どこかさみしそうに言葉をもらして、少女は笑顔を見せた。
「ありがとう、お兄さん。お兄さんみたいな人と、恋がしたかった」
「できるよ。きっと、生まれ変わったら。ボクよりうんと素敵な人を見つけて、キミは幸せになるって確信しとるから」
幼くもせつない音の彩をした慕情を、久遠は受け止める。すれば、少女の身体はすこしずつ粒子となって融けていく。
「メリークリスマス、ぐっすりおやすみ」
「――メリークリスマス」
最期に朗らかな笑顔を咲かせて、少女は消えた。
少女の容をした過去を見送った青年は、さて、とグリモア猟兵に連絡をとる。
いつまでも彼女の幸せを願いながら、家族のもとへ帰るために。
成功
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