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『生きているからこそできる約束』

#カクリヨファンタズム #ノベル #後日譚:『帝都櫻大戰⑭〜魂鎮めの螢提灯』

葛城・時人



神臣・薙人




 ひらひらと薄紅が舞う。幽世の世界に在って幻朧桜の舞うこの地、幻朧桜の丘に神臣・薙人(落花幻夢・f35429)と、葛城・時人(光望護花・f35294)は再び訪れていた。この地での大戰はもう終結していたが、またこの地に来たいと願った薙人の想いあって、ふたりは此処に立っている。

 ――もう幻朧螢がいない事は、分かっているのですけど。

 あの日の儀式が終わり、今は静かに桜が舞うこの地に、魂宿す幻朧螢の姿は、無い。くるりと視線を向けながら、それでもと願った己の言葉に、勿論、と、直ぐ頷いてくれた時人の笑顔が鮮明に思い出される。嬉しかった。裡から零れる素直な喜びが、そのまま薙人の表情を緩ませ綻ばせる。
 
 ――OK、じゃあいこ!

 そう、手を伸ばして促してくれたことも、俺も、もう一度行って見たかったんだよ、と向けてくれた言の葉も、唯々、嬉しくて。胸の裡のあたたかさに、今一度、穏やかな笑みが咲く。
 そうして薙人が思い馳せると同時、時人もまた、己の肯いで常の柔い彼の笑みがより嬉し気に咲いたあの瞬間を想い出しては、胸が温かくなっていた。笑みあい顔を見合わせたふたりが、改めてこの地の景に目を向ける。再びこの地を踏みしめること叶ったのは、自分達をここに送ってくれたグリモア猟兵の少女のお陰でもある、と。彼女への感謝も其々に抱いて、目の前の薄紅に目を細めた。
「相変わらず本当に綺麗だね」

 ――静謐で、でもやっぱり何処か限りなく優しい……。

 胸の奥から湧き上がる感情のまま、そう紡いだ時人の言葉に頷いて、ひらひらと舞う花弁を、じ、と見つめながら薙人もどこが独り言めいて紡ぐ。
「この丘の幻朧桜は、骸の海を通じて漂着したのですよね」
 だからでしょうか。幻朧螢がここに現れたのは。そう続ける薙人の視線は、どこか遠い。

 ――……転生の力も、一緒に流れ着いてくれれば良かったのに。

 言葉にはしなかった。けれども――そう、益体もない事だと分かっていても、どうしても考えてしまう。自分が転生へ導けるのは、影朧だけだということも――それはもう、身に染みてわかっているのに。そんなことを思いながら、幽世の彼方を見つめている薙人。
 その姿を、遠くを見つめる彼の瞳を傍で見ながら、時人は想う。彼の考えていることが正確にわかるわけではない、長き付き合いの友とは言え、全てがわかるなどといってしまうのはある意味傲慢だ。けれど――自分達の世界シルバーレインで死んだ自分薙人がサクラミラージュで蘇れたように、愛しいかのひとも戻れはしないかと。桜の精の自分の手でなら、或いは戻せないものだろうかと……薙人の遠い瞳に、その叶わぬ願いが揺らぐのを、時人は確と感じていた。
 彼の面差しに、諦念の影も漂っているものだから……薙人も解ってはいるんだろうと、時人は思う。それに対して、『諦めないで』とか『手立てを探そう』なんて、おためごかしは言わない、言えない……。だから――そう、だから。あの時と同じく、時人は薙人にただただ、寄り添うのだ。其れが今の自分に出来ることであり、したいこと。そうして寄り添いながら、時人もまた、この世界に思いを馳せ、徐に、薙人に向けていた視線をはらりと舞う薄紅に移した。

 ――此処は幽世。きっと、何処の世界の彼岸にも近い場所。

 そう、心の中で紡ぎながら、時人も想う。それは、亡き兄のこと。今から考えてみれば、兄はあのとき、間違いなくフリッカークラブ、もしくはフリッカースペードとして覚醒していたのだろう、と。だからこそ、『あの状況下』で戦えたのだろう、と。あの……そう、忘れもしないあの有様で……それでいて、最後まで息があったのも。今だからわかる。きっと、兄は戦いの最中、幾度か凌駕をしていたのだと。そんな兄のつけた傷があったからこそ――

 ――俺が、止めを刺せた。

 全ては、兄がいたから。そうして、こうも考えてしまう。
 もしも兄が、あと一度だけでも、肉体を凌駕出来ていたなら。もしも、自分がもっと早く覚醒して、一緒に戦うことが出来ていたなら……そうしたら、せめて、

 ――兄貴だけは、助かったかも知れないのに。

 この想いは、幾度裡を巡っただろう。幾度思い返しても、どれ程の時間が経ったとしても。こうしてふつふつと、湧き上がる慚愧の念が、底をつくことなんて……無いのだ。
 ぐるりぐるりと幾度惑っても進まない考えを、時人は何とか振り払う。其れが出来たのは、自らが隣に添い、すぐ傍にいる友の姿が目に入ったから。その存在を感じるから。――そう、ここに居るのはひとりではない。今、ここには『生きてるダチ』と、来ているのだから。

 それぞれにそれぞれの想い馳せ、暫くの沈黙を破ったのは薙人だった。
「私の所へ来てくれた幻朧螢は、白く光っていました」
 徐に、静かに、けれども隣の友に語り掛けるように紡がれた言の葉は、確かに時人へ届く。白い光。そう、思い至れば、ふわりと薙人はその手を手繰るように動かした。
「ちょっと残花を呼んでみましょう」
 招くような仕草に応え、薙人と時人の前に現れたのは薙人の白燐蟲である残花。ふわりと浮く白き輝きは、常共に在り、確かにいとしいものであるのだけれど。けれど、

 ――……似ているようで、やはり違いますね。

 あの日の白と異なる灯りに、思わず少しだけ眉が下がる。そんな薙人の様を見ながら、目の前の残花に視線を向けて、時人は明るく声を出した。
「あ、残花ちゃん出てきたね。よし、なら俺も」
 に、と、笑った時人が招くのは時人の白燐蟲であるククルカン。ふわりと元気よく浮いた光に、時人と薙人の視線が向く。
「あ、ククルカンさんが、来て下さいました」
「ククルカンは、神臣も残花ちゃんも大好きだからさ」

 ――行っておいで。

 そう、ククルカンに囁けば、いつものように『きゅい!』と、ひと鳴き。跳ねるように飛んでいったククルカンが、残花とじゃれ始めた。
「ククルカンさん、いつも残花と遊んで下さってありがとうございます」
 じゃれ合うククルカンと残花の姿を眺めながら、その微笑ましい姿にふわりと薙人の笑みが咲く。そうして――

 ――……葛城さんも。

 そう紡いだ、薙人の笑みは緩やかに時人へと向けられた。そう、彼がククルカンを呼んだのは、自分のことを思ってのことでもあると気づいていたから。その想いがまたあたたかくて、嬉しくて。皆まで言わずも、感謝を確とその笑みに乗せて伝えゆく。そんな薙人の様を見て、笑みを見て、時人もまた想うのだ。

 ――ん、神臣何時もの顔に戻ったね、良かった。

 と。
 そうして、気づく。どこかもの言いたげな視線が薙人から向けられていることに。その視線に籠められたものは、わかるから。小さく笑って明るく紡ぐ。
「あ、そうそう。あん時、俺はやっぱ兄貴だったよー」
 問いたくも、問えずいたその答えを、彼らしい声音と表情で伝えられ、ひとつだけ瞬いた薙人は柔い笑みを湛え乍ら、語り教えてくれる時人の言葉に耳を傾ける。逃げないよと告げた事も、前の邂逅も細かく説明してくれる時人の話を、穏やかにしかししかと受け止めて。
「バカバカ言われてるけど良いもん。逃げないよーだ!」
 そんな風にわざと少し茶化して語るのも、彼らしくて。そこに籠るものも全てを。だって、自分に聞かせてくれることが、嬉しいから。寄り添っていてくれたことも嬉しかったから、今は、薙人自分の番だ。
「ふふ。お兄さん、本当に葛城さんの事、大切に思ってらっしゃったのですね」
 そうして、柔く穏やかに。いつもの笑顔で話を聞いて、傍にいてくれる薙人の存在に、喜びを感じているのは時人も同じ。

 ――此方側で、神臣も笑ってくれるのが嬉しくて。

 そう、だから。ついつい語ってしまうのだ。ほぼ誰にも言ったコトない、兄貴のお茶目エピなんかも、ね。
「お兄ちゃんが欲しかったので、うらやましいです」
 そう紡いだ薙人の言葉尻が、僅か震えて――

 ――くしゅん。

 とは、いかなかったけれど。其れを我慢しているのは、時人にはお見通し。

 ――あー……押し殺したけどくしゃみ出かけてるじゃん。

 神臣、超絶冷えに弱いしさ。なんて。彼の苦手もよく知ったもの。だから。
「寒いね、良かったらそろそろ帰って、あったかいの飲もうだよ」
 にこやかに、帰ることを促す言葉。直接的に指摘したわけではないけれど、気遣う詞の中に先ほどの我慢がばれていることに薙人もまた気付いている。

 ――あう。くしゃみを我慢しているのに、気付かれてしまいました。

 少しばかりの気恥ずかしさを抱えながらも、返す言葉は彼の紡ぐ其れに合わせたカタチ。
「はい。帰って、あったかいの飲みたいです」
「勿論、甘いのだよー」
 なんて、甘党コメにて追加で背を押す時人の言葉に、ふたりの笑い声が重なった。それじゃあ、と、踵を返す前、今一度、と、舞う花弁に視線を向ける。

「名残は惜しい、」
 けれど、今生きてる自分達のその命を謳歌することも、きっとある意味供養とか散華になると、そう思っているから。時人は一度、目を伏せて、再び明かした青は友を映す。
「けど、また来たいなら、何時でもまた一緒にだよー」
「……そうですね。また、来たくなったらお誘いします」
 そう、生きているからこそできる約束を、かけがえのない友と交わして。柔らかに舞う薄紅に見守られながら、ふたりは共に幽世を後にした。
 思い返したくなるその時に、いつでも『此処』は待っている。交わした約束を胸に、いつでもふたりで訪れることが出来る。だから、そう、自分たちは生きてゆくのだ。――今を、『此の世』で。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2025年01月03日


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