死者満ちる廃病院と、悪戯の夜
「ここか……」
ゴーストタウン現象発生の知らせを受け、鳥羽・白夜(夜に生きる紅い三日月・f37728)はとある廃病院を訪れていた。懐中電灯で照らした看板の字は、既に掠れきって読めない。だが、白夜は知っている。駿河湾を望む街にあるこの廃病院が、かつて多くの能力者が挑んだ、ゴーストタウンと呼ばれる一種のダンジョン――『南十字病院』であることを。
尤も、銀の雨降る時代、白夜はこのゴーストタウンは探索したことがなかった。ゆえに、話には聞いたことがあっても、内部がどうなっているのかは知らない。だが、たとえ当時訪れていたとして、その時の知識と経験が役に立ったかは疑問だ。何せ、一度は浄化された後、再びゴーストタウンと化した場所。当時とは様変わりしていてもおかしくない。ゴクリと緊張に喉を鳴らし、
起動した白夜は、
赤く染まった三日月型の刃を持つ大鎌を構え、ガラスが割れた正面玄関から内部に足を踏み入れた――。
「いらっしゃい」
途端に、暗闇にボウッと血のついた顔が浮かび上がった。
「!? ギャアァァァ!!」
出だしからこれはさすがにビビる。咄嗟に振り回したブラッディサイズを、その人影は猫のようにヒラリ身軽に躱した。
「おっと。……危ないなあ、怖がらないでよ。同業者だから」
肩をすくめる人物を、恐る恐る懐中電灯で照らしてみれば。確かに人間だった。血塗れの医者の格好をした。……うん、人間だよな? 廃病院でそんな格好してると、ゴーストに間違われそうだが。
「……なんでお前はそんな恰好してるんだよ。雰囲気ありすぎるだろ」
ため息混じりにツッコむと、その少年は、
「だって、ハロウィンだし。病院だし」
何がおかしいのかとでも言いたげに小首を傾げた。いやまあ、確かにピッタリな仮装だけど。ピッタリすぎるというか……。こめかみを押さえ、白夜はやれやれと頭を振った。やめよう。今やるべきことは、この南十字病院を探索し、ボスを倒してゴーストタウン現象を解決することだ。懐中電灯で辺りを照らしながら、注意深く歩き出す。と、血塗れドクターの格好をした少年もついてきた。そういえば同業者って言ってたっけ。一緒に戦うことになるだろうし、なら、歩きながらでも自己紹介した方がいいかもしれない。白夜は頭を掻きながら振り向いた。
「あ~……自己紹介が遅れたけど。俺は鳥羽・白夜。元はシルバーレイン世界の能力者で、なんやかんやあって今は猟兵やってる。そっちは?」
「足元、危ないよ」
返ってきたのは自己紹介じゃなかった。へ? と足元を見る前につんのめって転ぶ。イタタ、と起き上がって見ると、包帯がちょうど足に引っ掛かるような位置にピンと張ってあった。
「誰だよこんなくだらない悪戯したの!」
苛立ち交じりに悪態をつく。少年は「さぁ?」とわざとらしくそっぽを向いた。まさかお前……と戦慄する前に、黒髪を揺らして少年がこっちに向き直る。
「自己紹介がまだだったね。僕は榛原・七月。元はサイキックハーツ世界の灼滅者で、今はグリモア猟兵。なんか、似てるね」
話逸らされた気がするが。まあ、言われてみれば確かに似た境遇だ。サイキックハーツの世界も、学生が主体となってダークネスという敵と戦っていたという。ここで出会ったのも、何かの縁かもしれない。そんなことを思いながら、白夜は辺りを見回した。病院らしい無機質な四角い廊下は暗く、どこまでも続くよう。懐中電灯で照らした壁のタイルはところどころ剥がれ落ち、天井の蛍光灯も、いくつか傾いて落ちかけている。床に散乱した様々な医療器具や書類といい、真っ黒な口を開けている各部屋への入り口といい。夜の廃病院にふさわしい、ホラーな雰囲気を醸し出していた。怖がりな方ではない白夜すら思わず身震いするほどだ。
「ここ昔来たことなかったけど……やっぱ夜の病院って不気味だよな……」
ポツリ漏らせば、
「僕は楽しいよ」
上機嫌な返事が返ってきた。スマホを構え、シャッターを切りまくる彼の瞳は、夜の猫のように輝いている。
「廃墟好きだからさ。昔、廃病院で肝試しやったくらい」
「……そうなのか」
物好きもいるもんだと、若干呆れながら相槌を打つ。
「うん。懐かしいなー、このラップ音とか、子供の泣き声とか」
「……え?」
背筋に悪寒が走った。言われてみれば、さっきから微かに不気味な音がどこからか響いている。
「……おい榛原。懐かしいからって、変な悪戯はやめ」
「これ、僕じゃないよ」
「……マジか」
顔が引きつるのが自分でも分かった。さすがはゴーストタウン、何が起きるか分からない。しかし、音がするということはどこかしらに発生源があるはずだ。白夜は耳を澄まして音のする方角を見極め、
「こっちだ!」
と駆け出す。七月も後をついてきた。息を切らして階段を駆け上がり、角を曲がると、果たして。車椅子に乗った紳士が、キィキィ車輪の音を響かせていた。ここが廃病院でなければただの入院患者に見えたであろう、穏やかな顔の紳士はスッとボウガンをこちらに向け、矢継ぎ早に矢を放ってくる。その温顔に騙された者は、何が起こったかも分からぬまま矢に貫かれ、絶命するだろう。しかし白夜も七月も、学生時代より人ならざる者と戦ってきた者達。冷静に大鎌で矢を弾き、続けざまに斬り裂く。穏やかな表情を崩すことのないまま、暗殺紳士の体は崩れ落ちた。白夜はフーッと息を吐いて袖口で額を拭う。
「どうやら、さっきの音の正体はコイツだったみてえだな」
ラップ音はともかく、子供の泣き声については説明できないという事実からは全力で目を逸らしたまま、白夜は呟いた。ともあれ、コイツがボス配下のオブリビオンであることは間違いないだろう。気を引き締めて再び歩き出す白夜の上着の裾を、何者かが引っ張った。
「だから榛原、そういうのはいいって――!?」
振り向いた白夜は目を剥く。引っ張っているのは、七月ではなく、長い腕を備えた小柄な緑の地縛霊だった。つぶらな瞳でこちらを見上げてくる様は、可愛ささえ覚える――非常にベトベトした肌ですがりついてさえこなければ。咄嗟に振るったブラッディサイズが、それを真っ二つに斬り裂く。息をついたのも束の間。不意に聞こえてきた、不気味な濁った咆哮に目を向ければ。肥満と腐敗で不気味に膨れ上がったリビングデッドが、こちら目掛けて疾走してきていた。さらにその後ろからは、水晶球と化した頭部を光らせたリビングデッドが、苦悶の表情を浮かべながら歩いてきている。おまけに、様々な動物の死骸をくっつけた、うごめく濁ったホルマリン液のような姿の妖獣まで走ってきて――。
「ああもう面倒くせぇ!!」
次から次へと襲い掛かってくるオブリビオン達に半ばキレながら、白夜は大鎌を振るう。七月も無数の刃を放って援護してくれた。どうにかこうにか敵を一掃し、今度こそ一息ついた――と思った瞬間に、やにわに転がってくる生首。白夜はひっと首をすくめた。驚きと恐怖と、また戦わないといけないのか……といううんざり感で。と、七月は大事そうにその生首を抱え上げた。
「よしよし、頑張ったねクロ」
「にゃ〜……」
労るように撫でる生首……の首部分から、翼の生えた黒猫がよろよろと這い出してくる。白夜は思わずツッコんだ。
「……って、今度はお前の仕業かよ!!」
その後も、ふと鏡を覗き込んだら背後に映るスケルトンやら、どこかから響く、何かを引きずるような音やら、不意に首筋に感じる冷たい感触やら。オブリビオンのせいなのかそれとも同行者の悪戯なのか分からない怪奇現象は続き、精神的にも肉体的にも疲労が溜まってきた。本音を言えばもう帰りたい。
(「強がりなくせに怖がりの後輩連れて来なくてよかった……」)
と思いつつ、傍らの少年を見れば。彼の目は爛々と輝いて、むしろ肌艶を増しているように見えた。なんでそんなに元気なんだよ、とツッコむ気力さえ沸かない。げんなりしながら見上げた、大きな扉の上部に突如として『手術中』の赤いランプが灯る。反射的に背が伸びた。廃病院に電気が通っているはずもない。これは――七月と目配せして頷き合い、勢いよく扉を開く。途端に、
「私にオペをさせろおぉぉ!」
と血塗れの外科医がメスとノコギリを手に襲い掛かって来た。
「そーゆうのもういいから早く帰らせろ!」
いい加減ブチ切れた白夜が、勢いで12体もの血塗れの猟犬を召喚し、紅の刃を振るう。戦闘力の高い猟犬に囲まれ、白夜と七月の大鎌を喰らった外科医はあっけなく倒れた。瞬間、廃病院に満ちていた濃厚な「死の気配」が払拭され、浄化されていくのを感じる。どうやらコイツが、今回のゴーストタウン現象を引き起こしたボスオブリビオンだったらしい。安堵すると同時に力が抜け、白夜は壁に手を着いた。視界が揺らめく。当然だ。先ほどの技は、自身の血液を代償に血塗れの猟犬を召喚するもの。一気に12体も呼び出せば、そりゃ貧血にもなる。くらくらする頭を押さえながら、白夜はぼやいた。
「あー……なんか今日異様に疲れた……早く帰ってトマトジュース飲みてえ……」
「そう。なら、浴びるほど飲ませてあげるよ」
「……え?」
振り向いた白夜の目に、ぶら下がった紐を引く七月の姿が映る。次の瞬間、白夜の視界は赤く染まった。降り注いだトマトジュースで。……どうやら、トマトジュースをなみなみと注いだバケツを(いつの間にやら)手術室特有のデカいライトの上に設置し、紐を引っ張れば倒れる仕掛けにしてあったらしい。文字通りトマトジュースを浴び、全身を真っ赤に染めた白夜の姿を見て、七月はいえーいと楽しそうにクロの肉球にタッチ(クロの方は若干迷惑そうな顔をしてたが)している。白夜は心に決めた。
(「もうこいつとはゴーストタウン行かないでおこう」)
と。
成功
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