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暁月の帰還

#ダークセイヴァー #ノベル

アレクシス・ミラ



セリオス・アリス




 かつて、常夜の世界とされるこのダークセイヴァーにも、人が辛うじて自治を守り、自活していた街がいくつかあったという。
 払暁市街ふつぎょうしがい『ユーリル』もまた、その一つだった。――過去形なのは、今はもう、その街の名残しか残っていない為である。
 この街については、とあるグリモア猟兵がまとめた調査報告書が詳しい。いわく、かつて暗夜の中、それでもいつかその空が晴れると信じたものたちが作った、払暁の名を冠す希望の町――ユーリル。街の長であるミラ家の家長が率いる暁月ぎょうげつ騎士団を擁し、吸血鬼に抗うだけの戦力を持っている街であったとされる。
「……読んだよ。あの報告書もさ。街にいた頃のことを思い出した」
 こつ、こつ、と苔むした石畳をブーツの底が叩く。足音は二人分。空高くに巨大な月の浮くかつてユーリルだった市街を、黒髪の青年と金髪の青年が歩いている。セリオス・アリス(青宵の剣・f09573)――そして彼の盾、アレクシス・ミラ(赤暁の盾・f14882)である。
 彼らにとってこの街は思い出深い場所だ。出会った場所であり、共に育った場所であり――そして、別れた場所でもあるのだから。
「でも、戻ろうとはしなかったよな。俺も、アレス、お前も」
「ああ。……八年ぶりになるかな」
「ははっ。ずいぶん里帰りが遅れちまった。灰色のやつが仕事をくれなかったら、もっと先延ばしにしてたかもな」
 セリオスはからりと笑い飛ばすように言う。けれどもその言葉に、どこか重たく纏わり付く憂いの色を感じて、アレクシスは首を横に振る。
「自然なことさ。僕も、君と一緒じゃなきゃ辛かったと思う。……情けないことだけどね」
「……そうなのか?」
「ここには、思い出が多すぎる。あたたかい愛情も、街の皆との絆も、――それらを失ったという冷たい後悔も。……きっと、僕は怖かったんだと思う。セリオス、君を――そして君のお母様……フローレンスさんを護れなかった。優しかった僕の母様も……街の皆も、護ることが出来なかった。ただ、ただ、未熟で力不足だった、あの頃の自分に出会う気がして」
「そんなことねぇよ。お前は、精一杯戦っただろ」
「……そうかな」
 アレクシスは顎を引くように、微かに頷いた。納得など到底出来ていない、陰りのある表情だ。何を考えているかなどすぐに分かった。
 セリオスは少しだけ眉を寄せる。きっとこの優しい幼馴染みは、あの時に、自分に父親のような力があればと、今も本気で悔いているのだ。拳を握り、少し俯いて、アレクシスは心中を吐露するように呟いた。
「父様達が見たなら、怖じける僕をなんと言うだろうって思うんだ。僕は、まだまだ未熟だ……」
 ――けれどもその弱さを、自分セリオスに見せてくれる。それはある意味、しなやかな強さなのではないかとセリオスは思う。自分に信頼を寄せてくれている。弱さを強いフリで鎧わず、認めて、向き合っているということなのではないかと。
 セリオスはアレクシスの手を取り、強く握った。
 奇しくも幼い二人がかつて手に手を取って走ったあの通りを、もう一度歩く。
「お前も同じような感じか。後悔も、愛情も、何もかもぐちゃぐちゃで、まるで底の見えない濁流みたいなんだ。押し流されちまいそうで……怖くて、無意識のうちに遠ざけてたんだと思う。……でも、へへ。お前も同じような感じなら、なんかちょっと安心したよ」
 セリオスの言葉に虚を衝かれたように、アレクシスは目を瞬く。弱さを見せて安心したと言われるなんて。柔らかい盾など不安に思われるものではないか。そう言いたげにセリオスを見る彼に、セリオスは歯を見せて笑った。
「言っちゃなんだけどよ、俺たちぐらいの猟兵二人がそう思ってるんだぜ。他の誰に当てはめようと、きっと当たり前の事さ。それに――いくら思い出が襲ってきたって、重ねた手がここにある限り、俺たちが互いを見失うことはない。……そうだろ?」
 アレクシスはセリオスの笑みに、眩しそうに目を細めた。十年の長きを吸血鬼に幽閉され、されるがままに生きてきた経験は、決して一口では語り尽くせぬ忸怩たるものであっただろうに。こうして笑い励ます言葉は、まるで太陽かのように明るいのだ。
 それにいったい何度救われてきたことか。
「……ああ。その通りだ」
 アレクシスはセリオスの手を、痛くないように、けれども離れぬほど強く握り締めた。
「――そうだ。まだ言えていなかった。……ただいま。そして、おかえり――セリオス」
「ははっ! おかえり。――ただいま、アレス」


 そうして二人は帰ってきたのだ。
 かつての払暁市街、ユーリルの跡地に。



 出発前、グリモアベース。
『“龍血公”と、“極夜卿”に動きがあったらしい』
 灰髪をした、二人にとってなじみ深いグリモア猟兵の一人からもたらされた情報は、セリオスとアレクシスに尋常ならざる衝撃を与えた。かたやセリオスを攫い、彼の母を殺し、十年の長きに渡り彼を幽閉して弄んだ“極夜卿”、ジル・ド・フラテルニオ。かたやアレクシスの父親を殺し、セリオスの母から声を奪い、ユーリルの人口の半数強を愉悦と共に噛み砕いて殺した“龍血公”、ドラキア・バルトホルト。その名が彼の口から出るとは。
『とはいえ、彼ら本人がどうこう、ということではなく――今動いているのはその「血族クラン」だ。今更語るまでもないことだが、龍血公はアレクシス、きみの父親の力で一度は退けられている。その彼にとって不都合な物が、ユーリルの跡地で発見される……という予知があった。当然、その情報を掴んだ龍血公は、血族のヴァンパイアらを派遣してそれを回収させようとしている。龍血公と友誼のあったらしい極夜卿も、その派兵に手を貸したようだね。ユーリルは極夜卿にとっても、余程の思い入れのある場所だったらしい』
 アレクシスは表情を引き締める。セリオスはきり、と歯を食い縛り、尖った犬歯を微か覗かせた。
『逆に言うのなら、龍血公がそこまで力を入れて探しているものだ。いつかきみ達が龍血公と相対するとき――それが間違いなく役に立つ。確保しておけば、絶対に切り札として運用が出来る――おれの勘がそう言っている』
『……何故、それを僕達に? 誰かが得をする話ではないはずだけれど』
 アレクシスは問いかけた。――これは、特に人を救うことには繋がらない依頼の筈だ。ユーリルに最早生きている人間は一人としていない。彷徨っていたとして死霊が精々。最早救えるものはそこにないはずなのに。
 グリモア猟兵は、昔より少しだけ柔らかくなった表情で、微かな笑みを浮かべた。
『そうかもしれない。けど、きみ達の助け……心の救いにはなる。これは、おれの感傷と感情から生まれた――ごく個人的な依頼だよ』



 吸血鬼達は一定数以上の猟兵を検知すると、撤退して増援を呼ぶか、龍血公の探している作戦目標を確保せず街ごとの破壊に踏み切る可能性があると予知には出ていた。
 故にこの任務には、吸血鬼に打ち勝てる、かつ極力少数の人員で挑む必要がある。
 その条件を聞いたセリオスとアレクシスは、二人きりでユーリルの跡地に踏み入ったのだ。――流石にもう少し手勢を連れるべきではというグリモア猟兵の言葉を二人は固辞した。
 ――これは自分たちの戦いだから、と。
 最早誰も住まうことのない地だとて、これ以上荒らさせはしない。二人の思いは一つだった。故に、覚悟は決まりきっている。握った手から、鼓動が伝わる。鼓動は手から染み込んで、胸に届く。
 ――力が湧いてくる。これは、錯覚などでは決してない。
 歩きに歩いて町外れ、かつて龍血公とアデルバート・ミラが死闘を繰り広げた荒涼の地で、二人はぴたりと立ち止まった。

 空の彼方。ばさり、ばさり、と、暗い空を羽撃く不吉な人影がある。その数三〇。
 ――ぎぃっ!!

 夜空が軋むと共に、血色の光が放たれた。その数一瞬にして約二〇、真っ直ぐにアレクシスとセリオスを狙っている!
 恐らく魔術の一種、その一斉射。常人ならば直撃すれば骨も残らぬ、吸血鬼が放つ魔力の奔流!
 しかしそれが二人に届くことはない。一歩踏み出たアレクシスが盾を翳したためだ。
「蒼天」
 盾の名を呼ぶなり、極光が走った。盾の本体、その縁から光の壁が延び、不可侵の巨大な盾となる――蒼天城塞フォートレス・エア。アレクシスの意念に従い刹那の間に顕現する意思の障壁が、あらゆる害意を堰き止める!
 血色の光が極光の盾に阻まれ、弾き散らされた。
「「「「!!」」」」
 必殺の斉射だったはず。人など骨すら残らないはず――しかしセリオスとアレクシスは全くの無傷! 相対距離三〇〇メートル近くを置いても、敵勢の羽撃きの乱れから、動揺が伝わってくる。
「聞け、吸血鬼共!!」
 大音声が空を裂き――ごおぉッ!!
 覇気と共に、アレクシスの身体から燐光が――否、もはや光の柱めいて、輝きが立ち上る!
 怒り、そして正義感、強き意志。その全てが、彼の操る架空元素イマジナリ・エレメンツとなって漏出しているのだ!
「僕達は帰ってきた。一緒に。――二人なら、二度と負けはしない。……例え、活気が、ひとの輝きが喪われ! それらが二度と戻らぬとしても!! 傷だらけだろうと、もう誰も居なかろうとも!! これ以上、貴様らなどにこの地を踏み躙らせはしない!!」
 しゃ、きンッ!! 星が哭く! 抜剣――暁の刃、双星暁光『赤星』!
「ユーリルの魂と誇り。最後の暁月騎士団ムーン・ドウンの名に懸けて――貴様らをここに屠る!!」
「ははッ!」
 セリオスは笑った。
 そうとも。負けるものか。無二の友が、己が半身が、剣が、今ここにある! この闇の世界に、未だに燃える希望がある!
 しゃ、りィン!! 星が謡う! 抜剣――宵の刃、双星宵闇『青星』!!
「そうさ。これ以上この街で騒ごうってんなら――きっついお仕置きをくれてやんなきゃなんねえよなァ!!」
 セリオスがアレクシスの横に踏み出す。二人は何の合図もなく、同時に剣先を上げ、切ッ先で悪逆のヴァンパイア共を睨んだ。

 かつて、必死にこの昏い世界にしがみつき、息をするだけでやっとだった少年達は、今――
 圧倒的に広がる闇を祓う、強烈無比の反逆者リベリオンとなったのだ!!

「行くよ、セリオス!」
「任せろ、アレス!!」

 極光と群青、二条の煌めきが地から飛び立った。
 ――この世に残ったただひとつがいの、護剣隊ソーディアン詠歌隊ハーモニアが、目にも留まらぬ、凄まじい速度で!

「歌声に応えろ――力を貸せ!!」
 セリオスの艶やかな黒髪が、迸る魔力にうねり踊る! 根源の魔力が渦を巻き、セリオスの身体能力を増幅する。
「アレス! 足場任せた!」 
「ああ!」
 アレクシスは既に架空元素固定式複合アーマーシステム『白夜ビャクヤ』を駆動、竜騎士形態モード・ドラグーンで空を駆け、宙へ駆け飛んだセリオスの横を併走している!
 対するセリオスは魔力を温存、アレクシスが飛び石めいて宙に現出させた極光の障壁――閃壁せんへきを蹴り飛ばし、アレクシスに先んじて加速、加速、加速加速、――加速ッ!!
 二人の速度は、吸血鬼らの想像の埒外だった。相対距離三〇〇メートルなど薄紙に等しい――それを吸血鬼らは、手痛い代償と共に知ることになる。
「お前らは、骨も残さず灼き尽くすッ!!」
 セリオスが手にした宵の刃、青星が、指環から溢れ出る光焔で燃えた。ユーベルコード、青導の燿星ブルーモーメント!! 意念を帯びた刃が煌めき、不意を討たれた先頭の吸血鬼がおののく!
 斬撃三条! 同時に首が三つ飛んだ。セリオスが放った青星の斬閃が、吸血鬼の首を断ち――伝った光焔が、彼らの身体を灼き尽くす!! セリオスはそのままアレクシスが空中に張った閃壁に着地。不敵に笑う!
 威力壮絶、悲鳴すらも許さない。――これ以上、こいつらが生きることに意味を与えまいとでも言うかのように!!
「バカな……」
「な、なんだと――」
「こいつは一体、……ッ!?」
 吸血鬼らが畏れの声を上げたその刹那、――きぃんッ!! 圧縮された空気が爆ぜ奏でる爆音が場を席巻する!
 アレクシスだ! 架空元素の熱膨張力を使い、ブースターから後背に超圧縮排気する事による爆発的加速! その速力はセリオスの速度にも決して劣るまい! セリオスを中心とした衛星軌道から、ジグザグにひっ飛んで瞬く間に上昇!
 超音速の世界を翔けながら、アレクシスは敵、残り二七全てを視界に収める。
 二十七体。その全ての戦闘機動がアレクシスの眼に入力された瞬間、彼の目は、宇宙から見た地球めいて青く輝いた。――蒼穹眼ストラトスフィア! アレクシスの神経シナプスを、敵の動体予測情報が駆け抜ける。
「そこだ!!」
 きしゅっ、きしゅシュシュシュシュッ!! 独特の甲高い発射音を立て、盾の先端にセットされた銃口――赤星の鞘――から、光の弾丸が射出される。機銃並みの連射サイクルを持つ、『閃壁』を固めて射出する飛び道具。『飛龍槍ドラクル・ソーン』だ!
「ぐああっ?!」「ば、バカな、何故ッ」「ぎゃああっ!」
 アレクシスが無造作に放ったかに見える飛龍槍の弾幕は、しかし光速で宙を飛ぶ敵吸血鬼を三体、過たず蜂の巣とした。蒼穹眼による動体予測、それを白夜と連携させ、偏差補正をしての射撃だ。高速で動く敵目がけ、その時点で敵がいる座標・・・・・・・・・・・に弾を撃っても、敵は弾が届く頃にはその遙か先に進んでいる。故に動く敵に銃弾は当たらない。しかし――初めから、弾が届く瞬間に敵がいる座標・・・・・・・・・・・・・に弾を叩き込んだとしたら? ――つまるところ、アレクシスは高性能な火器管制ファイアリング・コントロールシステムとして蒼穹眼を使ったのだ。その効果のほどは、空中で灰になってぶちまけられた三体の吸血鬼が何より強く物語る!
「貴様らァ! 調子に乗るなよ……!!」
 敵のうち一が黒き翼を羽ばたき、手を打ち振った。彼を中心として金属の軋む音が響き、黒き旋風が巻き起こる――輪転する黒い風、その正体は数十の猟銃だ!
過去オブリビオン殺しの猟兵共が。一山いくらの雑魚を狩っていい気になるな!!」
 アレクシスとセリオスは一瞬視線を絡める。両者共にぴたりと認識が合った。――あの吸血鬼がこの一団のリーダーであろう、と。アレクシスは一瞬でセリオスの横に飛び戻る!
 通常の依頼であれば最後に戦う事になるであろう強力なオブリビオン! しかし、二人が退くことはない!
「いつもと同じだ、俺が突っ切る。アレス、守ってくれるよな?」
「当然だとも、僕の剣。――例え弾丸が嵐となろうと、君には一つも通さない!」
「ははっ!」
 セリオスは明るく笑うと、彼は高らかに歌い上げた。願いを叶える祝歌アズ・アイ・ウィッシュ。『根源の魔力』を歌により賦活し、剣に宿す。既に『青導の燿星』により光炎を放ち燃え上がる刃がなお一層輝く。
 まだだ。これだけではまだ足りない。更に練り上げる。セリオスが歌う声は高まり、魔力は際限なく圧縮・凝縮されていく。
「そのような隙を見逃すと思ってかッ!」
 じゃきききききッ! 猟銃が空中に整列しその銃口でセリオスを睨む! BLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAM!! 耳を聾する銃声、文字通りの銃弾の嵐バレットストーム
 吐き出された血色の銃弾は、あらゆる魔力的な防御を侵徹する魔弾だ。セリオスの防御力では到底受けきれない。しかし――ばっ、とセリオスの前にアレクシスが躍り出る。同時に、閃光!
 その光源が何かを吸血鬼達が確認する前に、放たれた血の魔弾は全てが弾かれ明後日の方向に跳弾した。――光が散る、その残滓を払うように輝く赤星を振るはアレクシス。近未来的意匠とクラシカルな騎士鎧のデザインが融合したプレートメイルに六枚の可変式ウイング型スラスターを備えたその形態こそ、『暁騎士形態モード・デイブレイカー』! 
 魔力を練り続けるセリオスを庇うために自ら前に出て不利しばりを作ることで、その身体能力を増幅している。――『天誓の暁星ポースポロス』! アレクシスは閃壁と赤星により、あの銃弾の嵐を全て弾いてのけたのだ!
「何だと……?! おい、貴様ら! 私の露払いをする栄誉をくれてやる――突っ込め、殺せ!」
 猟銃の吸血鬼が下位の吸血鬼達に命じた。命令は絶対と見え、吸血鬼らは不服ながらにセリオスとアレクシスに突っ込んでくる。その速度たるや生半なものではない、数も圧倒的に不利! しかしてセリオスもアレクシスも意気軒昂、ひるみも怯えもしはしない!
「――短期決戦で勝負をつける! セリオス、時間は僕が稼ぐ。君は全てを斬り拓く一撃を!」
「分かってらぁ! 魅せてやるぜ、アレス……一番近くでな!」
 やりとりの間にも突っ込んでくる吸血鬼達。第一陣、八体。アレクシスの上方から三体、左右からそれぞれ二体、下方から一体! 全員が血の突剣を携えて襲いかかるが、しかし!
「無駄だッ!!」
 アレクシスが空中で踊るようにスピンした。次の瞬間、可変ウイング型スラスター――『熾天』から吹き出た高圧の架空元素の奔流が、まるで鞭剣のように延びて殺到した敵を膾切りにする。八体分の肉塊となって、空中で灰と散る吸血鬼らを省みることすらなく、猟銃の吸血鬼が吼えた。
「役立たず共め……!!」
 腕を突き出すと同時、猟銃が自律的に空を飛び、彼の腕をガトリングガンの砲身めいて取り捲く。
「我が猟銃ウルヴズの牙に掛かる光栄に浴せ、劣等種が!!」
 アレクシスとセリオスを完全に下に見た台詞。しかし、収束した魔力はそれまでの比ではない! アレクシスの蒼穹眼がその魔力量と攻撃威力を、数秒の先を見て看破! 蒼天に意念を注ぎ、最大出力で閃壁を生成――
「塵埃と散れぇえええ!!」
 猟銃の吸血鬼の殺意が放たれる。きぃいいいいいイイイイッ、ガガガガガガガガガガガガガガッ!!!
 超高速で輪転する数十の猟銃が、超高サイクルで禍々しい赤紫の銃火を吐き出す!
 それは――かの戦争卿が放った竜鱗魔砲ドラゴニックロアと同等以上の威力だった。何の用意もしていない猟兵など、百殺してあまりある破壊力。アレクシスとセリオスもまた、あの戦いを色濃く覚えている。
 ……しかし。時は経ち、絆はなお強固に。それぞれが新しい力を手に入れた今ならば!
「見定めた。――如何なる害意であろうとも――この蒼穹を穿つにあたわず!!」
 アレクシス、再度の蒼天城塞!! 極光の壁と殺意の弾幕バラージがぶつかり合う! 赤紫の魔力爆発が咲き乱れ、瞬く間に視界を席巻する!!
「ハハハハハハハッ!! 骨も残すまい、粉微塵だァッ!!!」
 猟銃鬼は出力限界一杯まで赤紫の魔弾を注ぎ込み、もうもうと魔力煙立ちこめるその奥を嘲弄の目で覗く。
「さて、落ちていく蚊蜻蛉が二匹見える頃――何ィッ!?」
 しかし、彼が余裕の表情を浮かべていられたのは僅か数秒のことだった。魔力煙が晴れるその前に、煙の中から青白い光を纏った黒歌鳥が飛び出す。その足下、マギテック・ジェット・ブーツ――流星リュウセイが一歩ごとに爆発的な魔力噴炎バックファイアを吹き出し、セリオスは一歩ごとに爆発的に加速!
 今のセリオスは、まさにフル爆装の戦闘機だ。その身に溜め置ける全魔力を剣――青星に突っ込んでいる。これ以上は溜めておけない。だというのに歌もやめぬ。尚も溢れ出て、その身体から漏れ出すばかりの魔力の一部を絶えず流星に供給し、己を加速しているのだ!
「舐めんなよ――カトンボみてぇに落ちるのはお前の方だ!!」
 その声さえ置き去りとなる。
 声が哀れな吸血鬼共に届く前に、セリオスは空中をピンボールのボールめいて翔けた。鋭角軌道の方向転換。あまりに急角度すぎて、吸血鬼らはそれを眼の動きですら追えない。その速度で空を疾りながら、セリオスは手にした剣を踊らせた。空中に檻のような斬光が走り、猟銃鬼以外の全ての吸血鬼が、言葉すらなく両断される。

「なん……だと……?」

 ――ことここに至り、ようやく猟銃鬼は、自らが判断を誤ったのだと気付いた。
 アレクシスの空色の瞳が。セリオスの夜色の瞳が。怖れを知らぬ光を宿し、自分ただ一人を睨んでいる!!

「ば、バカな……こ、このジルベール・ラ・バレッタンドが……貴様らのような、たった二匹の猟兵などに……!!」
「妄言の続きは地獄でやれッ!!!!」

 セリオスの姿が掻き消える。最終加速。
 アレクシスの眼にすら霞んで見えるその剣は――青導の燿星ブルーモーメント願いを叶える祝歌アズ・アイ・ウィッシュで強化された青星の上に、さらに彗星剣メテオールを重ねた究極の一撃!!

 ――――斬ッ!!

 アレクシスの爆星剣ボーライドすらも凌駕するかに思われるその一閃が、ジルベールと名乗った吸血鬼を頭から股下まで、唐竹割りにブチ割った。蒼白の光が断面に満ち、ずるり、とその身体が二分される。
 唇が左右互い違いに戦慄き、立たれた声帯では声すら奏でること叶わない。掠れた息を悲鳴のように漏らして、ジルベールはズレていく自分の身体を必死に左右の手で押しつけ合いつなぎ止めようとし――当然叶うことなく、虫のように死んだ。

 セリオスが魔術を解き、剣を収める。斬られた吸血鬼達は、夜空に溶けるかのように弾け、灰となって爆ぜ散った。
「いっちょ上がり、ってな」
 笑う。そのまま落下軌道に入るセリオスだったが、力を抜いて夜風に身を任せる。心地よい脱力感のまま落下していると、ふわり、と突然何かに受け止められた。
「お疲れ様。僕の剣」
 慣れた声が間近から響く。当然、アレクシスだ。受け止めてくれると知っていた故の落下である。
「あぁ、サンキュー、アレス。――たぶんこれで片付いたんだよな?」
「恐らくは。……けど、彼らが先遣隊だったとすれば、もっと大規模な部隊が来る可能性もある。その前に、僕らが龍血公の弱点となり得るものを探して、ここから持って帰らないと……ん?」
 既に暁騎士形態を解き、竜騎士形態に換装しているアレクシスが、ホバリングしながら街の全景を臨み、訝るような声を上げる。
「どうした? アレス」
「……あそこで、今、なにか……」
 光った。
「あそこって……昔のアレスんじゃねーか?」
「……うん。間違いない」
 アレクシスとセリオスは顔を見合わせて、頷き合った。
 もしかしたら、呼ばれたのかもしれない。微かではあったが、二人の目には確かにそれが見えたのだ。



 かくして、二人はアレクシスの生家、その庭に降り立った。アレクシスは白夜を非アクティブ状態に。装甲が光の粒子となって溶け、常の騎士鎧姿に戻る。
「……こいつは……」
 セリオスが警戒しつつ見上げる。――そこには、見慣れぬ小ぶりな樹があった。
 アレクシスは言葉を喪っている。その樹は、並んだ父と母の墓から生えていたためだ。
 それが何故、いつ芽吹き、このように伸びたのかは分からない。けれども、樹はまるで待っていたとでも言うかのように、荒涼たるダークセイヴァーの風に揺れた。
 揺れた拍子に、たった一つだけ実っていた果実と思しき球がぽとりと落ちる。反射的にアレクシスは地に落ちる前にそれを受け止めた。ピンポン球ほどのサイズ。――およそ樹に実っていたものとは思えぬ、虹色に透いた真球――
「もしかして、さっき光ったのってそれか?」
「……おそらくは。あっ――」
 セリオスにアレクシスが答えた瞬間、樹は役目を終えたかのように枯れ、その葉を散らしていく。いや――或いは、その虹の球に、全ての力を注いだようにも感じられた。
 手にした虹の球は暖かく――不意に、アレクシスは懐かしい気配を感じて、振り返る。
「アレス?」
 ――訝るセリオスの声。当然、後ろには誰もいない。
 けれど……剣を鍛錬しているとき、勉学に励むとき、いつも背に感じていた――あの暖かいまなざしを、今、確かに感じたのだ。
「……何でもない。大丈夫だよ、セリオス」
 ……きっと、これだ。これが、龍血公を倒すための鍵になるものだ。父と母が、死してなお、時を経てここに遺したものだ。
 アレクシスは、夜空に虹の球を透かす。
「そうか? ならいいけどよ。……よく分かんねーけど……綺麗な球だな、それ」
「そうだね。……護れてよかった。君と一緒だから出来たことだよ。ありがとう、セリオス」
「水臭えこと言うなよな。俺だって一人じゃ無理だったさ」
 セリオスは、頭の後ろに手を組んで歩き出す。
「捜し物が見つかったなら……もう少しだけ街を歩いて……帰ろうぜ」
「ああ」
 セリオスを追って、アレクシスもまた歩き出した。
 数歩して、一度だけ振り返る。墓と、枯れ朽ちた樹。
 向き直り、深く頭を下げる。
 
 ――もう一度、行ってきます。いつか、お二人の元に、胸を張って帰ってこれるように。

「アレスー?」
「ごめん、今行くよ!」
 呼ばわる声に返事を返し、アレクシスは今度こそ走り出した。
 もう、振り向かなかった。

 払暁市街ユーリルの安息はそうして守られた。
 この街を吸血鬼共が荒らすことは、最早あるまい。

 ――これは、グリモア猟兵の知己が解析を行った結果明らかとなることだが、アレクシスが樹から得た虹の球には、高密度の賦活魔術が封印されていた。それを使うことで、短時間ではあるが龍血公の死霊魔術を封じることが出来るという。
 龍血公は恐ろしい力を持ち、揮うが、しかしその戦闘力の大半は、骸を使った死霊魔術に根ざすところが大きいはずだ。如何に使うかは、脅威に直面した彼らの判断に依るところだろう。
 セリオスとアレクシスは戦い続ける。――いつか龍血公を、極夜卿を打ち破り、この夜の世界を明るく照らす、その日まで。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2024年12月03日


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