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月下、華めく秋の日に

#シルバーレイン #ノベル #猟兵達の秋祭り2024

高崎・カント




 点々と煌めく星、まんまるなお月様。夜と呼ぶにはまだ早い時間、太陽に代わって白く輝いていた。
 空を飾るのは、今日はそれだけではなく。そよ風に提灯が揺られ、灯った赤い光も朧に揺れる。深い藍に添えられた賑やかな彩りがだんだんと近づいてきた。
「もきゅきゅ……!」
 籠の隙間から覗く景色に、高崎・カントは心躍らせる。お月様のようなまんまるな身体を包むのは、水玉に縞模様を重ねたマント。組紐を結んだ尻尾をぶんぶん振って、片側に花飾りを付けた耳をぴょこぴょこ。
 通りに跨るように佇む鳥居。その前後ではカラフルな幕で自身を着飾った、屋台の数々が軒を連ねていた。鳥居に近づくにつれ人の数も増え、囁き合う声も増える。
 食材を焼く音やジューシーな匂いも漂ってきて、きゅううとお腹も空いてきた。お腹をさすさす擦り、匂いを辿ろうと上を見る。
 大好きなゆーいっちゃんと目が合った。淡い橙色の浴衣は今日のマントとお揃い。カンカン帽のつばを指で押し上げ、カントに笑いかける。
「カント君もお腹空いた~?」
「もっきゅん!」
 にっこり優しい微笑みに、弾ける笑顔で答えるカント。
 そうと決まればやることは決まり。
「今日はお祭り、楽しもうね~♪」
「きゅぴぴん!」
 ぎゅっと握った拳に小さな手が重なる。
 示し合わせるように頷いて、二人も祭りの人混みに混じっていった。

 少し暑さの残る秋の日。
 カントとゆーいっちゃん——高崎・優一は近所の神社で行われる秋祭りに出向いていた。
 人の多い場所だから抱えては出歩けないと、カントは優一の持つモーラット専用の籠に入ることに。本当はカントも猟兵なので諸々の問題は解消されているのだけど、そもそも優一はカントが猟兵だというところから知らない。
 それでもカントにとって愛する人とのお出かけなのは変わらない。
「もきゅう~……」
 揺れる特別席で一息ついて、縁日が作り出す心地いい騒がしさを眺めていた。

 穏やかに過ごすカントの鼻先を甘い匂いが掠める。
「もきゅもきゅう……!」
 さっきまでの落ち着きはどこへやら。慌てて起き上がり、急いで外を見た。
「きゅぴぴきゅぴー!」
 売られていたのは、ふわふわの特大わたがし。持ち手になる棒の何倍も大きなわたがしが製造機から取り出されては手渡されている。もしかするとカントの身体と同じくらいの大きさだろうか。
 じゅるり、よだれが垂れる。
「もきゅー!」
「どうしたのカント君? ふむふむ、わたがし……わ、本当だ! おっきいね~!」
 優一もわたがしのサイズに驚きつつ、帯に結んだポーチから財布を取った。おおはしゃぎのカントの姿には財布の紐も緩むというもの。棒ごと透明なビニール袋に詰めてもらって、優一は籠を持たない方の腕でわたがしを抱えた。
「きゅぴぴ?」
「せっかくこんなに大きいんだし、あとで分けっこしながら食べたいな~って♪ ……ダメかな?」
「もきゅっぴ! もきゅっ!」
 優一の提案にカントも大賛成。ふわふわわたがしを食べる楽しみに、カントはゆらゆら小さく踊る。それを微笑ましく見つめてから、優一はまた歩き出した。
「きゅい! もきゅきゅう!」
「今度は~……あっ、焼きとうもろこしだ~!」
 焦がした醤油の香りに誘われて屋台の前へ。香ばしい焼き目の付いたとうもろこしの粒は眩しくもあって、これも買わずにはいられない。
 一人一本まるごと貰って、優一もカントに渡す。カントがあーんと口を開けたところで、優一が声をかけた。
「ねぇカント君、ちょっと勝負してみない?」
「もきゅ?」
「とうもろこしの早食い勝負! 俺、割と自信あるんだ~!」
「きゅい!」
 臨むところとカントも意気揚々。
 神社のちょっとした段差に腰を下ろして籠を置く。焼きたてのとうもろこしを構え、戦いの火蓋が切って落とされる。
「よーい……スタート!」
「もきゅーん!」
「はふっ……まだ熱いけど、これなら——」
「もぎゅっぴ!」
「早っ!?」
 粒を頬張る優一の隣でカントが芯を堂々掲げた。優一もまぁまぁなペースで食べ進めていたが、食いしん坊モーラットの本領発揮には太刀打ちできない。口周りの粒まで綺麗に舐め取って、カントは得意気な表情をした。
「きゅいきゅぴぴ!」
「あははっ、やっぱりカント君には敵わないなぁ~!」
 籠の蓋を少し開き、優一はカントの頭を撫でる。伸びる手に合わせるようにカントも頭を差し出す。賑わう祭りの隙間にひととき、二人だけの時間が生まれた。

 二人の屋台巡りは続く。
 焼きそば、イカ焼き、フランクフルト。おいしそうな食べ物を見るたびにカントはもきゅもきゅ鳴いて、次々平らげていった。かき氷で頭がキーンとなったり、しゅわしゅわラムネの弾ける感覚を味わったり、この季節で食べ収めになる味覚も存分に楽しむ。
 もちろん、祭りに並ぶ屋台は食べ物屋さんに限らない。
「見て見てカント君、射的だって!」
「もきゅきゅい!」
「えーっと、景品は……モーラットのぬいぐるみだ~!」
 屋台の奥にはこれまた大きくてふわもこな、モーラットのぬいぐるみが控えていた。最奥の列に設置された一番小さな的、それを撃ち抜けば貰えるらしい。
「もきゅ……!」
 カントは察する。優一の目がキラキラ輝いていることに。ふわふわに目がない優一は早速お金を払い、銃を構えていた。
「よーし、絶対ゲットするぞ~!」
「きゅぴきゅぴもきゅう!」
「大丈夫大丈夫! 一回で決めるから! えいっ!」
 コルクの弾を発射するものの、的が小さいせいで弾は全く命中せず。残弾をあっという間に撃ち尽くし、優一はその場に立ち尽くす。
「も、もう一回……!」
「もきゅー! もきゅっぴ!」
「お願いカント君! これでダメなら諦めるから!」
「も、もきゅん……!」
「わかってる! 今度こそゲットするよ~! ……ああっ!?」
 慎重に狙いを定めて撃つが、またしても弾は外れる。
「きゅぴ……」
 慌てふためく優一を不安のまなざしで眺め、カントは小さく息を吐くのだった。

 そうして屋台巡りを続けるうちに、やがて神社の端に辿り着く。
 屋台は十分楽しんだと、優一はカントを連れて山へと続く階段を昇り始めた。赤や黄に染まった落ち葉に石段は塗られ、木々が覆うように茂る。人気は途絶え、虫の鳴く声が聞こえてきた。
「到着~!」
「もきゅきゅ~!」
 少し開けた広場のような場所に、優一とカントはやってきた。草丈は低く、丸太でできたベンチもある。優一とカントが散歩中に見つけた、神社の裏山にある隠れスポットだ。
 優一が籠を置き、蓋を開く。カントが飛び出して「もぎゅうう……!」と鳴きながら伸びをした。
「ちょっと窮屈だった? ここなら思いっきり動けるからね~♪」
「もきゅきゅ! もっきゅん!」
「それじゃあ、お楽しみのこれ……食べよっか!」
「きゅっぴー!」
 ベンチに腰掛け、並んで座る。棒を掴んで袋から特大わたがしを引っ張り出すと、甘い匂いがふわっと広がった。
「きゅぴぴん! もきゅぴぴぴぃ!」
「うん、本当においしそうだね~! じゃあ俺も、いただきま~す!」
 元気な鳴き声を上げて、カントがわたがしに飛びつく。倒れないように棒をしっかり握り、優一もわたがしを千切って口へ。ふんわりとした食感は口の中で幻のように溶けて消え、甘い風味に変わっていった。
「もぐもぐきゅっぴん!」
「ふーん……はむっ! たしかに、この方がおいしいかも!」
 顔を埋めるように食べ進めるカントを真似て、優一も思いきりわたがしを頬張った。
「きゅい?」
「カント君があんまりおいしそうに食べるから、真似してみたくなったんだ~♪」
「きゅぴぴ! ……もきゅ」
 お揃いの食べ方に喜ぶカント。ふと、優一のほっぺたにわたがしがくっついているのを見つける。ふわり、カントは浮き上がって顔のそばへ。優一が不思議そうに眺める中、ぺろりとそのほっぺたを舐めた。
「もしかして、くっついてた?」
「きゅいきゅい!」
「取ってくれてありがとう、カント君!」
「もきゅーん!」
 笑顔を咲かせて言葉を交わせば、おいしいものはもっとおいしくなる。あんなに大きなわたがしも気付けば食べ終えて、棒だけが二人の間に残った。
 ひとしきり盛り上がったところで、二人はのんびりまったり涼やかな秋の夜に浸る。
 おみやげに買ったりんご飴を一本ずつ取り、カリッと歯を立てた。パリパリした飴を砕けば、じゃくっと柔らかな果肉が現れる。
 系統の違う甘さの融合にカントが舌鼓を打っていると、優一の声がした。
「カント君、今年のお祭りはどうだった?」
「もきゅっきゅう!」
「ふふっ、楽しかったならよかった~!」
「きゅぴぴ、もきゅー?」
「俺? うん、俺も楽しかったよ! ふわもこぬいぐるみもゲットできたし!」
 帯に結んでいたぬいぐるみを優一は手に取る。最初狙っていたぬいぐるみの大きさには程遠い、ストラップサイズのモーラットのぬいぐるみだ。
 何度も射的に挑戦した結果、お小遣いは底を尽きた。そうなる前の最後の一回、撃った弾の一発が偶然このぬいぐるみを撃ち抜いたのだった。
「もきゅう……」
 それでいいのかなと思うカントではあったが、優一はにこにこ笑っている。ならば何も言うまいと、りんご飴をカリカリ食べ続ける。

 そう、笑っているなら構わない。
 いつまでも隣にいたい。この気持ちはきっと通じているから。
「カント君、すっごいよ~!」
「きゅ?」
 無邪気な優一の声に釣られ、カントは振り向く。優一が空を見上げていたので、合わせるように視線を傾けた。
 まんまるなお月様が、木々の隙間に浮かんでいた。灯かりが少ないからか、普段の何倍も大きく輝いて見えた。うっとりと、二人は景色に感じ入る。
「月が綺麗だね〜♪」
「もきゅん!」
 何気ない呟きに頷きを返す。そこに特別な言葉はいらない。
 愛してると言わなくても、気持ちはいつも通じ合う。
 そんな二人を、月は優しく照らすのだった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2024年11月28日


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