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👘白くてかわいいあいつ

作者：ion

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　キクチさん。
　それはUDCアースにてここ最近人気が出つつあるゆるキャラの名である。
　たんぽぽの綿毛やおまんじゅうを彷彿とさせる真っ白まんまるボディ。短いあんよにふわふわの尻尾。そしてなにより、どこか気の抜けたような表情に魅了されてしまう人が急上昇中だ。
　そんなキクチさんの魅力に世間が気づく前から、高岩・凛はキクチさんの大ファンだった。部屋の中はやたらキクチさんグッズやぬいぐるみ（ふわっふわ！）が転がっているし、キーホルダーなんかの持ち運びできるグッズも集めている。
　彼女が可愛らしいキャラグッズを所持していることと、男勝りで硬派な印象とのギャップに好奇の目を向ける人物も少なくない。だが「好きだったら何が悪いんだコラかわいいだろうが」と凛はあくまで堂々としているのだった。
「むしろ凛さんらしいと思うけどな、アタシは」
　プレゼントで貰ったキクチさんキーホルダーを手で持ってぶらぶらさせながら、数宮・多喜はひとりごちた。凛との付き合いは長いほうだ。眼光鋭く、傷痕だらけの身体で恐れなど知らぬように猛然と戦い続けるひとりの戦士が、それだけではない事を多喜は知っている。それはおそらく、同じくらい向こうも多喜の事を知っているという事だろうけれど。
　とにかく凛が大のキクチさんファンなので、自然と多喜もキクチさんに自然と興味を抱くようになった。街でグッズを見かけたらつい手にとってしまうし、Web広告でキクチさんのグッズショップがオープンするという情報を見かけた時も、すぐさまクリックして情報を見に行ったほどだ。
　当然凛も把握済みだと思っていたが、それとなく訊ねてみたところ、ここ最近多忙だったらしい彼女はキクチさんショップの事を知らなかった。教えてあげようかと思ったが、直前に思い直した。
「凛さん、ちょっと付き合って欲しい場所があるんだけど」
「どこ行くんだ？　ツーリング？　戦場か？」
「いや、ただの買い物。ああでも着脱がしやすい服だといいかもな」
「なんだそれ。服でも買うのか？」
　きょとんとする凛に「それは当日のお楽しみ」とはぐらかし、約束を取り付けた。
　ネットで発見したキクチさんショップは、ただのキャラクターグッズショップではちょっと見られないようなとっておきのイベントが開催されていたのだ。

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　暦の上ではとっくに秋だというが、うだるような暑さはここ最近ようやくましになってきたばかりだ。風の涼しさにほんの少しだけ季節の移り変わりを感じながら、凛は指定された待ち合わせ場所に辿り着いた。随分はやく付いてしまったので、とりあえず日陰に佇んでスマホの画面を点灯させる。
　最近忙しかったせいでもっぱら最低限の連絡を取り合うだけの機械と化していたが、この中にだって愛しのキクチさんがたくさんいる。壁紙も当然キクチさんだし、キクチさんのアプリだって持っている。箱庭ゲームというのだろうか、ゲームで遊ぶと得られる通貨でアイテムを買ったりして庭を自分好みに育てていくものだ。キクチさんの可愛いインテリアがたくさんある癒し空間なのだが、ここ最近は本当に御無沙汰だった。
「もうすぐキクチさんの気球が貰えるってとこで止まっちまってたんだよな」
　バルーン部分がキクチさんのプリティフェイスになっている、それはそれはキュートなアイテムである。久々にゲームを起動し、ぽちぽちとコインを回収したりなどしていると――
「お、ハマってんねぇ」
　いつの間にか多喜が来ていて、スマホの画面を覗き込んできた。
「可愛いだろ」
「うん、可愛いな」
　からかってきたりしない距離感が心地よい。視線を上げると、やっぱりこちらも少しだけ汗ばんでいる多喜と目が合った。
「よ。待たせた？」
「大して。つーかまだ待ち合わせ時間までだいぶあるじゃん」
「そーなんだよ。遅れないように気を付けてたら逆に早く来すぎちゃって。なのに凛さんいるから焦ったわー」
「……そりゃあ」
「ん？」
「や、別に」
　久々に多喜に誘われて嬉しかったから、なんて喉元まで出かかった。呑み込んだ。
「ちょっと早く目が醒めちまったってだけ。昨日暑くて寝苦しくてさー」
「わかるわかる。秋ってこんな暑かったっけ？　今日行く場所、外で長時間待ったりする羽目にならなきゃいいけどねぇ」
　多喜の言葉に凛が目をぱちくりとさせた。
「人気店なんだ？　並ぶ店っつーと……ラーメンでも食いに行くのか？」
「それもいいな！　確かこの辺り、話題のラーメン店もあったはずだよ。後でちょっと覗いてみるか」
「？？　って事は目的地は別にあるのか？」
「そうそう。まあ実際に見た方が早いだろうね」
　往こうか、と多喜が歩き出す。不思議に思いながら凛が後をついていった。

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　飲食店やカラオケなどが立ち並ぶ、いかにも駅前の商店街といった風情の通りを、五分ほど歩いた頃だろうか。
「……まさか」
　すれ違った女の子が持っていたショッパーを、凛はまじまじと凝視してしまった。愛してやまない存在がそこには描かれていたのだ。
「そう、そのまさかだよ」
「そんな、夢みたいなものが、この世に存在するのか……！？　マジか！？」
「マジもマジ。大マジだよ。というわけで」
　じゃーん、と芝居めいた動きで手を広げる多喜。彼女が示す先には、白い建物に猫の耳と肉球が描かれたきゅーとなお店。
「ここが今日、アタシが来たかった店」
「き、きくちさんしょっぷ、だと……！！」
　看板に書かれている文字を、まるでひらがなを習いたての子どものようにたどたどしく読み上げる凛であった。
「え？　え？　何？？　俺今まで雑貨屋の一角とかにちょこっと置いてあるキクチさんグッズをちまちま集めてたんだけど。こんなユートピアがあったのかよ？？」
「最近出来たんだってさ、やっぱ混んでんねぇ」
　店の前に並ぶ人だかりを眺める。若い女性や子供連れが多いが、男性客もちらほらと見受けられた。
「と、とりあえず並んどくか……！」
　はやる凛を軽く静止して、「実はな」と多喜は云う。
「ここ限定のグッズがあるんだ」
「じゃあますます早く並ばねえとじゃん」
　最後尾に続いて並ぶ凛。多喜は店頭で案内している店員に声をかけ、スマホの画面を見せていた。それから振り返って凛を呼ぶ。
「並ばなくていいってさ！」
「何で！？」
「アタシが限定グッズ予約してたから。優先的に入場できるんだってさ」
「……何でそこまでしてくれるんだ？」
「前にプレゼントを貰ったお礼とお返しだよ」
　ちょっとしたサプライズってやつ。悪戯っぽくウインクする多喜に、凛は口元がにやけそうになるのをこらえるだけで精いっぱいだった。
「そりゃ、ありがてーな……で、限定グッズってのはどういうやつなんだ？」
「浴衣」
「浴衣？」
「好きなデザインの柄の浴衣を仕立ててくれるんだってさ、もちろんキクチさん柄の」
　キクチさんグッズを集めているとはいえ、外用の服というのは持っていなかった。しかし浴衣なら非日常ということもあって取り入れやすい気もする。
「ちょうど皆が浴衣を披露し出す時期だしねぇ、丁度いいかと思って」
　そんでもって、と多喜は続ける。
「最初は凛さんにだけプレゼントするつもりだったんだけど、アタシもそろそろ浴衣を新調しようかなとも思っていたからさ。お揃いで仕立ててみないか？」
「は、はは、なんだよ。お揃いってさぁ。随分柄でもない事云うじゃん」
「たまにはいーだろ」
「そーだなぁ、たまには」
　気恥ずかしさと、それを上回るさまざまな感情に、凛は今度こそにやけてしまった口元を軽口で誤魔化すのがせいいっぱいだった。

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　ひんやりと心地よい店内で、予約していた旨を告げる。すぐさま担当の店員がやってきて、何種類かの浴衣を持って来た。
「こちらはサンプルのフリーサイズです。もちろんこれをお買い求めいただくことも出来ますが、お値段が変わらないのでお急ぎでなければ採寸してお仕立てするコースをお勧めしますよ」
「せっかくだからそうして貰おうか、凛さん」
「そうだな」
　平常心を装っているっぽく頷く凛だが、実の所だいぶそわついていた。様々な色合いのキクチさん浴衣。浴衣全面にキクチさんをみっちりとデザインした総柄、色合いやモチーフでそれとなくキクチさんであることをアピールした大人っぽいデザインに、背中部分にどどんとキクチさんの愛らしいフェイスをあしらったインパクト抜群なものもある。
「やべえ、最高にかっわいい……」
　噛みしめるように凛が云った。
「喜んでくれて何よりだよ」
「でもまずい。可愛すぎて決めらんねえ」
「云うと思った」
「え！？　多喜って俺の心読めんの！？」
「まさか」
　肩を揺らして多喜は笑う。付き合いの長さ、それに深さというものだと。
「可愛さで決められないならさ、アタシに似合いそうなのって点で選んどくれよ、なんて」
「多喜に似合いそうなのか……」
　頼れる姉御肌といった雰囲気の多喜だが、実は可愛らしい服もよく似合う。せっかくのキクチさん浴衣だし、ここは思いっきりキュートに寄せてもいいんじゃないか。そうして浴衣を選んでいると、とある二種類のデザインがよく似ている事に気がついた。
「この二つなんていいんじゃないか、パッと見オソロだけどよく見るとデザインが違ってて」
「どれどれ？　いいねえ、可愛いじゃないか」
　元気に跳ね回るキクチさんをあしらった薄緑の浴衣と、おすまし顔でちょこんと佇んでいる赤紫の浴衣。どちらも随所にあしらわれたキクチさんの肉球がチャームポイントだ。
　話し合った結果、凛が薄緑、多喜が赤紫を着用することにした。採寸をして貰ったら、次は浴衣に合わせる小物だ。浴衣が目玉商品であるせいか、店内にはキクチさんグッズではない浴衣の関連商品も置かれていた。
　浴衣がインパクト大なので、下駄やかごバッグは二人ともシンプルなものにした。けれどこっそり帯だけお揃い風味。長時間着ても苦しくなりにくい兵児帯は凛が赤紫、多喜が緑。それぞれの色を忍ばせる形だ。
　買った小物たちは後日、仕立てた浴衣と一緒に郵送してくれるらしい。聞けば浴衣の祭典までに充分間に合うようだ。
「……いや、やっぱこれ俺が貰いすぎじゃないか？」
　一式買って貰った凛が頭を捻る。
「そんな事ないだろ、アタシの分もあるし」
「っていってもなぁ」
「じゃあ今度飯でも奢ってくれよ」
　さらっと交わされる未来の約束。
「悪くないな」
　凛もにやりと笑って快諾した。明日も知れぬ戦の日々の合間、こうして当たり前のように日常が増えていくのはいいことだ。
「それにしても、せっかくこんなユートピアに来たのに手ぶらで出るってのもアレだな」
「だよな」
　多喜がまた肩を揺らしてけらけらと笑い声を立てた。
「せっかくだから他のグッズも見て行こう。凛さんほとんど持ってるかもしれないけどさ」
「何云ってんだよ、キクチさんの魅力が俺の部屋に収まるわけないだろ」
「あはは！」
　ころころと笑いあいながらグッズを見る二人。
「凛さん見ろよ、赤ちゃん用のおもちゃだってさ」
「ガキンチョの頃からキクチさんで育つわけだ。英才教育だな……」
　木のおもちゃにプリントされたキクチさんはふわふわのぬいぐるみとはまた違ったあたたかみがあって、正直凛などはちょっと欲しいかもなんて思ってしまったほどだ。
「置いとくだけでもインテリアになりそうだし」
「手持無沙汰な時は遊べるしな」
「誰が遊ぶか！　……いやでも真面目にかわいいな」
「悩んでる悩んでる」
　結局店を出る頃には、凛はそこそこの大きさの袋を下げてほくほく顔なのだった。
「丁度昼飯の時間だな、さっき云ってたラーメン屋行ってみるか？　どんな感じなんだ？」
「そうそう、激辛で有名なラーメン屋でさ。あ、もちろん辛さ控えめも選べるから安心しとくれよ」
「ほんっと辛いの好きだな、凛って……」
　果たしてそのラーメンは、絶望的な辛党である多喜を満足させてくれるのだろうか。
　何にせよ、楽しいお出かけはもうちょっとだけ続くのだった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

最終結果：成功 完成日:2024年11月05日