●軽い気持ちで――
それはそれは天秤に乗った己の心臓と羽根は、ドンと皿がテーブルを揺らして冥府の番人も頭を抱えて唸るレベルで羽根に傾く程の軽い気持ちだった。
そう、そんな事をしでかしたのは山理・多貫(吸血猟兵・f02329)という名の一人の猟兵の話。
ぎゅーぐるる、ダークセイバーの薄暗く錆びれた陰気臭い村のド真ん中で腹が鳴る。
(そうい、えばたべてないです、ね)
胃に手を当てながら呟くと、犬のように嗅覚を頼りに錆びれた村を歩く。
己の無意識下で渦巻く“衝動”が忘れた頃に飢えを癒す為に求めた結果――
骨と皮しかない獲物しかおらず、浄化されていない泥水みたいな血をコップ一杯分しか得られなかった。
啜っても、啜っても、自身の唾液が虚しくも喉を通り過ぎるだけ。
己の存在と
底の無い衝動が満足出来ない程の飢えを感じながら身体は衰弱して死を迎えた。
が、再び意識が浮上した時には、無傷という事実よりも実体が無い悪霊だから衝動は無くなったなんて前向きな思考に至った。
そうして多貫は一度死に、悪霊へ至った経緯だ。
残念ながら衝動は残っている事に気付かないまま――
●飽きと望み
「飽きました、ね」
と、多貫はちょっと透けている自分の腕を見て呟いた。
「(そういえ、ば……)」
ダークセイバーの地にあるボロボロの元宿屋だった建物で、スプリングがはみ出ているソファーに寝転んでいた多貫は顔を上げた。
しなくていい、と何度か無意識に言っても目の前の男は掃除をする。
「戻りた、い」
「は?」
多貫の言葉に心底面倒くさそうな表情でロイドが返事をした。
「ほら、神父じゃ、ないです、か」
「服装だけで職業を決めないで下さい」
「だから、ね。いきかえりた、い」
ロイドが眉をひそめ、
口元を吊り上げて笑っている心算の多貫へ冷たい視線を向けた。
「悪霊だろう? 理由はあるんだろうな?」
と、ぺちぺちと多貫の額を御札で叩きながらロイドは問う。
「うーん。しょうじき、ロンくんのがいちばんです、が――」
「……私で妥協、と?」
「約束で、しょ?」
ソファーに座りなおすと多貫は、輸血パックに付いていた手紙をロイドの眼前に突き付ける。
「……仕方がない。保険をかけさせてくれ、その代わりに――」
●
私
べっちーん!
痛い、と文句を言おうとしたものの視界は何かで覆われて闇が広がり、ロイドに手首を掴まれてフラつきながらも足音に合わせて歩く。
まず、馴染のある転移する感覚がして、足の感触で違う世界に来たという事だけは分かる。
「問題はない。何かあれば、対処しよう……」
「お願いします」
唐突に現れた存在に内心小さく驚くが、ロイドと独特なニオイを漂わせている誰かとの会話が聞こえる。
呼吸をする度に独特なニオイは肺に溜まり段々と気持ち悪くなって思わず嗚咽を漏らしそうになる。
「着いた。さて……」
視界が開け、室内灯の眩しさに目が開けられずに私はロイドの服の裾を引っ張った。
「まぶしすぎ、る」
こんなんだったら寝ている間に抱えて連れてくれた方が楽なのに、と思いながら言葉を途中で飲み込んだ。
俺の家でするなら、血なんて気が済むまで吸えば良い――
と、脳内で繰り返しロイドの声が響く。
部屋の中を見回して話のタネにでもしようと思っていたけど、頭の中は衝動で赤く染められてしまう。
口を開け、牙を突き立ててると口内は瞬く間に血で満たされた。
「(つまらな、い)」
ロイドへ視線を向けるが、愛想も色気もなくただ無表情で色っぽい吐息を1つも出さない事に不満が貯まる。
そうだ、皆にロイドの部屋に連れ込まれた、とシクシクしながら言えば楽しい事になりそう。
ふふ、と笑おうと口元を吊り上げると血がもっと美味しく感じた。
「ずるる……ずー」
黒百合を甘い匂いで頭がふわっとし、甘く感じてよく分からないけどおい、しい。
直ぐに冷たくならない。
直ぐに血が枯渇しない。
でも、死ぬかもしれない。
止まらない衝動と微かな喪失感を感じてしまうけど、そんなの気のせい、気のせい……多分?
ガリ、と爪を立てて白い肌にミミズ腫れを凝視する。
満たされようとする胃と心に笑みを浮かべていた。
「そんな
顔も出来るんだな」
と、頭上からロイドの声がした。
頭を優しく撫でられるが、私は彼に褒められ様な事をしたのだろうか?
分からないけど褒められているなら受け入れよう。
恋人とシている様な感覚なのは、男の部屋で男のベッドの上だからとしか思わなかった。
ロイドの鼓動は落ち着いているが、そんなのもうザクロの果肉の様な赤い瞳が金色に妖しく光を灯した事にも気付かないまま――
胃は満たされ、ふわっと体が軽くなるのと同時に私は眠るように意識を手放した。
(ん……)
スッキリとした目覚めで私は起きると――
「こ、こは? ま、だロイドたべおわ、ってないのに……」
涎で濡れた口元を拭いながら私は立ち上がる。
険しい表情の人の様な姿をしているけど、人のニオイはしない。
「ここは死人の魂が来る場所。つまり、お主は魂であって今から――」
夢にしては面白い話。
だけど、何を言っているのかさっぱり分からない。
これもネタになりそうだ、と思いながら質素だが豪華な造りの部屋を見回して気が付いた。
「元の世界へ、の道をおしえ、ていただけませ、んか?」
来れるなら、帰る方法だってある。
「……だ~か~ら~っ!」
何となく偉そうにして、木槌を五月蠅く叩きつけている少年位の見た目をしている存在へ視線を向けた。
美味しそう。
よく見たら美少年、しかもちょっと気が強そうなタイプ。
思わず涎が出そうになると、さっきまで満たされていたハズのお腹がぐぅ~と鳴った。
「おな、かすき、ました……」
優しく微笑むと、少年はキッと睨んできても可愛い。
「裁判を受けたら飯を与えましょう」
「ちが、う」
こんなにも愛らしく微笑んで頼んでいるのに話が通じない。
思わず口をへの字に歪め、首を横に振って欲しいのは“飯”ってヤツじゃない事を伝えた。
「そういえば半吸血鬼でしたね。この感じだと……地獄行きでしょうね」
「よ、くわかり、ませんけど、私がいくのは天国だとおもい、ます」
「「え?」」
言葉がハモる。
「わる、いことしてませ、ん……私は人間、です」
「でも、無差別に吸血行為をしていた、と――」
「お仕事だも、ん……」
食べたのはオブリビオンばっかり、そりゃたまに“お友達”に同意の上で血を貰った事はある。
「ですが――」
「なん、でそん、なこという、んですか?」
難しい話はよくわからないけど、私を悪く言っている“らしい”事は分かる。
少年に手を伸ばそうとするけど、見えない壁に弾かれて痛い、とても……。
「邪魔し、ないでく、ださい。あな、たみた、いな人おいし、くないんです、けどお腹がすい、たので仕方がないです、ね……」
私と少年の間に出てきた小鬼を見て、空腹の限界を感じたのでカチカチの美味しくなさそうな皮膚に牙を立てた。
鮮血が視界を覆い、思ったよりも肉質は柔らかかった。
足りない、血を飲み干しても飢えは満たされないので新鮮な
肉の塊を森で見た狼のように齧りついた。
「……あ、れ……? こ、れはこ、れで……?」
内臓を齧ると口の中に何とも言えない苦味が拡がり、ザラザラだったり、筋張っていたり、と美味しくない。
それに内臓は見た目も気持ち悪いし、食べれる部分じゃないから捨てて、柔らかくて美味しい部分だけを美味しく食べるだけです、よ。
私、グルメなので骨に残っている肉の為にしゃぶ、るなんてはしたない事はしな、いのですよ、ね。
獄卒の小鬼が着ていた着物の切れ端で口元を拭き、デザートが欲しいです、ね。
そう考えていたら――
「出せ! 獄卒を食べた魂なぞ不要です。いえ、まさか……っ!?」
「貧、弱……な小鬼でした、ね。ん? う、るさいです、よ」
食べたものの、小柄の個体だったから内臓や骨を除けば食べられるお肉は少なかった事に不満を伝える。
(あーあ……足り、ない……)
獄卒、という小鬼だったん、ですね――と再び意識が薄れていく視界の隅で少年の声が脳内に反響する。
獄卒から、現世へと帰る力を得たのか――
と。
●
俺
「親父、もしもの事は」
「言うでない。お前はもう幼い子供ではないだろう? だが、息子の頼みあらば断わらん」
と、親父と言葉を交わして自室で俺は、タヌキに血を吸われている。
長い、多い、底がない餓えは俺でも満たせる自身はない。
容赦がないな。
いや、ストッパーが元からないのだろう。
(色気も情調もない、と思っているのだろうな)
吸血程度の痛覚、血が損失していく感覚なんて暗殺者だから慣れてしまった。
これで死んでも損はない――
「やれやれ、こんな中途半端に」
多貫の体は徐々に冷えていくのを感じながらため息を吐いた。
こんな常識もなく、常に夢を現実だと思い込んでいる様なヤツはきっと、閻魔王から死の世界から無理矢理摘まみ出されて帰って来そうだ。
何となく?
否、好奇心が勝ってしまった己自身を殴りたい。
俺は、まだ死にたての多貫の首筋に牙を立てた。
(……あれだ。何でも混ぜた酒みたいな味をしている)
つまり、不味くはないし、美味しくもない。
(俺の舌が肥えているだけ……だろうな)
無理矢理ではあるが、己を納得させながら飲みきれない血を多貫に返すべく唇を寄せる。
どろり、と彼女の血を返している最中に目が開かれた。
「ごほっ……」
「お早いお目覚めで」
冷たかった体に温かさが戻り、多貫のザクロの様に赤い瞳に俺の姿を映していた。
「えっち……寝込み、襲うなんてじ、つはってことです、か?」
「タヌキの血を返却したまでだ」
「えー……味わ、ってくれないのです、か?」
飲んだら飲んだで面倒、全て飲まずに返却したら
コレだ。
どうせ、アレもコレもネタにして
仲間に言うなんて顔に書いてある。
「さて、何か変化はあったか?」
少し貧血気味でクラクラはするが、悪霊でなくなった多貫の話を聞くことにした。
●
魔喰者
「なん、か小鬼食べた、ら戻っていたのです、よ……」
「つまり、あの世の獄卒を食べたら生き返ったワケか」
血を飲んで何かが満たされて成仏した後にあった出来事を聞いたロイドは、顔色一つ変えないどころか喜びの言葉さえもかけてくれない。
「それは魔喰者の力だな」
「
魔喰者?」
「モンスターを食べ、そのモンスターの力を吸収し得てしまう力を持つゴッドゲームオンラインの職業の一つだ。きっと、獄卒として現世へ顕現出来る力で生き返ったのだろうな」
分かっていない様で分かっている様子で多貫は頷く。
でも、何故かお腹は鳴るので多貫はロイドへ視線を向けた。
「……その約束はさっき消化したって事で――」
「ど、ういうこ、とです、か?」
ロイドの言葉をどうせ聞く気もないクセに多貫は問う。
「約束は果たされた、て事だ」
「む~……ケチ……減る物じゃない、し……ね?」
お腹空き過ぎた多貫は返事を待たず再びロイドの首筋に噛み付いた。
(イヤがら、なかったです、ね。そう、だ……勝手に血を飲んだこ、とをネ、タにしましょ、う)
口元を吊り上げてニヤリと笑いながら多貫はロイドの血を遠慮なく啜る。
(コレ、とアレに……)
多貫は思い出せる範囲のネタを指折り数え、安易に吸血する約束を取り付けられるであろう数は両手で数えれなくなって諦めた。
瞳が妖しく金色に輝かせながら、今回の約束分を思う存分に腹を満たすのであった。
翌日、住処へと送った時に他の猟兵と鉢合わせて意味深な笑顔で見られたのは別の話。
そして、ロイドが多貫に対する態度は“まだ”変わらない。
いずれ変わる日は来るのかも?
事実という事実よりも、今を生きる存在として戻って少しダケ
人らしくなった事に喜びを感じた。
翌日、やっぱり血だけでは足りなくて、ダークセイバーの治安の悪い町へと“仕事”しに向かった。
嗚呼、今日も血が美味しい。
そう思いながら多貫は、臓物を無造作に引きずり出して、霜降りとかいう高価な肉なんかよりも美味しい何かのお肉を美味しそうに咀嚼し、嚥下すると口元を小さく綻ばせた。
成功
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