銀星の魔女、常夜を往く
その世界では、どこまでも夜が続いている。常闇のダークセイヴァーで太陽を求める民草は皆無に等しく、ただいつものように、月明かりだけが彼らの日常を見守っていた。
ふわり、星のひかりを裾でひくように。ひとりの魔女がこの世界に降りてくる。ヴィズ・フレアイデアはふむ、と頷いて、周囲を見渡した。
「この世界は相変わらず暗闇が深いな」
きままな魔女は、様々な世界を知るための散歩を趣味としている。今日も常闇の世界へやってきたのは、なんとなく此処にしようと曖昧に決めたからで、散歩というものは、えてしてそういうものだろう。
青夜のドレスはゆるやかに揺れて、あてもなく歩いてみる。そうして銀星の瞳がとらえたのは、すこし先にある人の灯している明かり。
「村……いや、砦の後か」
近づいてみれば、すっかりぼろぼろになった石垣が崩れた砦から、ランタンの明かりがもれている。人の動きがあるようで、興味を持った魔女はすぐに足を運ぶ。
「じいちゃん、誰か来た!」
「……おや、こんなところに何か用かな」
幼い少年が大声をあげてこちらを指さすと、隣に居た老人がヴィズに気づいて声をかける。魔女はといえば、明るい笑顔でぱっとふたりに挨拶をかえした。
「こんにちは! あたしはヴィズという。気軽にヴィズちゃんと呼んでくれ」
「ふぅん、ヴィズちゃん! ヴィズちゃんはどうしてここに来たの?」
少年が首をかしげて尋ねれば、散歩だ、と魔女は続ける。
「あたしはこの辺りのことを知りたくなったのだ。お前達はここで何をしている?」
見渡せば、老人と少年以外にヒトの居る気配はない。ヒトならぬ者の声は、かなりの数が聴こえているけれど。
「墓の見回りじゃよ。わしらは此処からすこし離れた村で暮らしておるんじゃが、週に一度、こうして掃除や見舞いをしていてな」
元々、ずいぶん昔に村を守るための砦として建てられた場所だったが、あっという間に大勢の人間が死んだのだと、老人は言葉を続ける。
「今では此処に眠っている者を見舞ってやる村人は、殆ど居なくてのう」
「忘れてしまったのか?」
「いいや、皆知らないのさ。残っている者は、わしや数人の大人以外は幼子ばかりじゃったからな」
なるほど、と魔女は頷く。きっと、成人した当時の幼子達の記憶にすら存在してはいないのだろう。
「あたしも掃除と見舞いをやっていいか?」
「ヴィズちゃん、てつだってくれるの?」
きょとんとした様子の少年に、うむ、とヴィズは笑う。
「二人でやるより三人でやるほうが捗るだろう! あたしに任せろ!」
そうして、魔女は老人と少年の手伝いを始める。墓と言っても、それは切り出されただけの石と木片を組み合わせただけの物が等間隔に並んでいるだけで、名前らしきものは記されていない。
それでも、老人はひとつひとつに声をかけていく。
「やぁマイケル。お前の孫は、昨日かわいらしい女の子を産んだよ。名前はルーシーだ」
水をかけ、雑巾で汚れを拭きながら、少年も墓に声をかける。
「こんにちは、ジョシュ! あのね、今日はヴィズちゃんが来てるんだよ!」
「はじめまして、ジョシュ。あたしはヴィズちゃんだ、よろしく頼む」
顔も知らない誰かに呼びかける少年に続いて、ヴィズは挨拶をする。三人が声をかけるたびに、ヴィズの耳には墓に眠る彼らのうれしそうな声が聴こえていた。
「こんなに綺麗なお嬢さんが来てくれているんだ、皆も喜んでいるじゃろうな」
目を細める老人に、魔女は笑顔で頷く。そう――確かに彼らは、喜んでいる。たとえ自分がこの場に居なくても、この二人がいつも来てくれていることを、感謝しながら。
「ねぇ、ヴィズちゃん。ヴィズちゃんはお空に太陽が昇る街にも行ったことがある?」
ふいに、少年がおおきな瞳でヴィズを見上げる。
「この世界は、ずっとお月様しかのぼらないって知ってる。でも、猟兵って人達が、太陽が昇る街から助けてくれたりするのも知ってるよ」
首をかしげて尋ねる少年に、そうか、と魔女は言葉をかえす。それから、そっと彼の頭を撫でて、人差し指を立てた。
「知っておるか。ヒトはこのような言葉を生み出した――『開けぬ夜はない』とな」
いつかきっと、そんな日が来るはずだから。まだよくわかっていない様子の少年の隣、老人がやわらかく目を細める。
「ご老人、ランタンの光をわけてくれるか」
「ああ、構わんよ」
ふわり、やさしい明かりを取り出せば、それはころんとしたふたつの甘い飴に変わる。目を丸くした少年に、魔女はひとつを分け与えた。
「これは甘いぞ、食べてみろ」
「ありがと、ヴィズちゃん!」
もうひとつを自分の用意した瓶に仕舞って、魔女は少年の笑顔に応えた。
成功
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