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『紺碧のヴォルティチェ』

#サイキックハーツ #ノベル #猟兵達の秋祭り2024 #ダークネス「淫魔」 #紺碧

アズロ・ヴォルティチェ




 核を、心臓を、抱擁するかの如くに、自らを伸ばしていく。広がり、知的生命体を『ひとつ』にするかの如く、サイキックハーツめいて蠢動していく。世界の危機と謂うものは矢鱈と転がっているものだ。何かを忘れているような、何かを失くしているかのような、筆舌に尽くし難い感情が涌いてくる。心の奥底までも暴かれたふうに、発かれたふうに、錯乱していた何者かが震える。
 ――ぼくの事を忘れてもいいから、それだけは覚えていてね。
 オブリビオンの群れ、何かを認識している。これは嘘だと、これは幻覚だと、己に、周囲に、言い聞かせようと試みてはいるが、現実とやらは絶望である。いいや、絶望ではない。むしろ、この世の僥倖の悉くを凝縮したかのような景色だ。巨大で、不定形とした、ぶよぶよの青が無数の腕を伸ばし、ひとつが仮面を揺らしている。人の頭と胸らしき部位があり、そこから、抉り取られたかのような『穴』が迫る。嗚呼、あの綺麗な花の名称は何だったか。オブリビオンの群れは恍惚とし、夢が叶ったかの如くに万歳した。アハハ、アハアハアハ、奇怪な跡、アッハッハ――。
 この世で最も敵の無い色とは何か。その答えを知っている灼滅者、エスパーは多いだろう。それは悪辣でもなく、それは純粋でもなく、只、狂おしいほどに白痴であるが故に凄まじい。かつて世界が暗黒色に抱擁されていた頃、とある存在が、欣喜雀躍として如何様に語ったか。永遠の為に無限に分かれた事こそが強さ。つまり、戦わずして『勝利』する事こそが『赤』の鍵とも謂えよう。それを如何して態々、知性の奴隷と見做してしまったのか。それを如何して態々、カードに押し込めてしまったのか。赤色の『終い』に関しては、成程、歴史として残されている通りなのだろう。概念への侵略に備えたところで、供えられるのは運命だったのか。伽藍洞だ。伽藍洞に、あらゆる意味を、意志を、詰め込んでいく。誰かにとっての無価値だろうと、誰かにとっての価値ならば何だって構わないのではないか。たとえ正気を手放す事になろうとも、狂気の泥濘に身を投げ込む破目になろうとも、嗚呼、まったくが本人にとっての『正体』なのであれば上等なのかもしれない。未曾有、落下してきたシャンデリアも誰かの脳髄には安らぎだ。嗚々、莫迦げているほどの奇跡、いや、奇怪な跡。さて、此処からが本題だ。この世で最も広大な色とは何か……。
 憎悪と嫌悪の狭間、怨嗟めいたものに抱かれていた少年は最早ない。真っ青に、真っ蒼に、顔の色を失う代わりとして『貌の色』を得る事に成功したのか。そう、執着だ。執着こそが闇を、押し殺していたものを前面へと突き出す切っ掛けだったのかもしれない。お互いに、顔を合わせる事もなかったが『人間』が好きだったと謂う感情だけは有せていたのか。幼い儘での芸術的なデビュー。人間の真似をしているかのような錯覚も、いや、現実になってしまえば世界的には在り来たりか。見よ、筆に含ませた色の、紺碧の、宇宙的なまでの膨張を。只の一枚を壁に飾り、そのまま、スワンプマンめいて――消失――魔術師的な御伽噺か。アズロ……ねえ、アズロを知らない? 行方不明となった灼滅者の『末路』は誰にだって判るものだ。まさか、こんなふうに訊ねる輩など……友達など……。宇宙服の少年は実に光り輝いていた。では、画家の少年の奇怪な跡は光によって解るものか……。
 ずるずると、ぬちゃぬちゃと、跫音が反響したかと思えば、一斉に犠牲者どもが喚き出す。とあるシャドウによって普遍的無意識領域ソウルボードを荒らされた、彼等彼女等はカミの力を以てしても正気に戻す事すら出来なかった。いや、勿論、眠らせる事は可能だ。たとえ、可能だとしても完治しなければ何もかもは無意味と謂えよう。お、俺は……俺は……美しい紺碧の絵画を見た。あの絵画こそ、俺が人生で最も欲していた色だ。ええ、ええ、あれは、グロテスクとしか表現しようがないわ。わかるでしょう? そうだ。あの額縁に飾られた静謐……これを以て世界を殺さなくちゃならねぇ。この世はうるさく、醜いものだ。なあ、そう思うでしょう。思うだろうよ。だからこそ、真実の愛にして救済を『顕現』させなくちゃダメなんだ。そ……そ……それ、は……まさ、まさ、さに、奇怪な、あ、跡……。最早、正気の欠片も残されていない。いっそ殺してやるのが慈悲かもしれないが、それも危険だ。殺そうとしたら、より、異常な『奇跡』によって感染する可能性も考えられる。そして、あれが『数日』経った発狂者の最期だ。違う。最期の方がマシなのだろうか。植物のように、絵具のように、穏やかな貌で横たわっている……。
 肉体と魂の関係性について考えた事はあるだろうか。卵と鶏の関係性よりも、よっぽど判り易いのかもしれない。最初にあったのは『魂』の方だ。魂は絵画のカタチをとっており、其処から、ジワジワと紺碧色の絵具が這いずっていく。這いずり、這いまわり、混沌とした先々で『絵具』は肉体の利便性を理解する事だろう。そう、魂はひどくサイキックエナジーを必要とするのだ。埒外性を欲すれば欲するほど『活動している』時間が短くなっていく。そうして辿り着いたのが元の少年のような『人のカタチ』である。この方が良い。この方が僕らしく、わたくしらしく、断然と、よろしい。可愛いを前面に魅せつけて、飾り付けて、何度目かの、何個目かの普遍的無意識ソウルボードへと歩み寄る。今度こそ、自分の善意を、塗り潰す行為を、救済を『仕上げる』為に――神に祝福されたのか、神を祝福しようと試みたのか。何方にしても、このシャドウは――紺碧は無意識の内に『改竄』をしていた。マトリョーシカめいた肉体と魂の有り様に度し難いほどの『名』を与える。
 川のような、海のような、癖のある髪の毛であった。腰まで届くウルフカットの妖艶さはまさしく『絵画』に相応しい。可愛らしい印象を植え付けたかの如くに藍眼、いいところの坊ちゃんか、或いは、偶像のような――パチパチと、はじけるかのように。
 紺碧のヴォルティチェ――灼滅者側が『彼』につけた『名』であった。武蔵坂学園がアサイラムに学生を派遣した時、何もかもは手遅れだったと、そう結論する他にはない。患者も精神科医も、完全に『感染』して終っていたのだ。患者のカルテの最後の方、この殴り書きを『狂気』以外の言の葉で如何様に理解出来るか。紺碧色だ。紺碧色の絵画が、私の網膜に、脳裡にこびりついている。あの絵画こそがこの世で最も尊く、広大なものであり、私は救済されたひとつの人間にすぎない。これを『読んでいる』君も何れは紺碧色の素晴らしさが『わかる』筈だ。如何だ、見えてくるだろう、見えているのだろう。私達が視た『絵画』とは違うかもしれないが、紺碧色の静謐さを……。そして、紺碧のヴォルティチェの真の恐ろしさについては謂ってはならない。派遣された学生も正気を失う事となり、今では、旧校舎の独房にて隔離中である……。直ちに灼滅すべきだとの意見も出たが、しかし、紺碧のヴォルティチェ相手では犠牲者を『抑える』事すらも難しい。此処は『捕縛』の一択とした。幸いにも、彼は『戦闘』に関してはあまり得意とは思えなかったのである。
 静かで穏やかな死の世界、自分の意にそぐわない思考、忌避感情こそを本能と呼ぶならば――気付かない内こそ望外か。
 闇黒一色だった世界も、ダークネスに支配されていた世界も、盛者必衰の理には勝らなかった。かの大戦にて勝利を収めた人類側――エスパーと灼滅者側――は新たなルールを世界に敷いた。その為、生き残りのダークネス達は肩身の狭い思いをする事になったのだが、さて、紺碧のヴォルティチェの場合は如何に。彼の扱いはまるで『UDC』であった。灼滅者側曰く――紺碧のヴォルティチェは基本的に『善意』の元で行動している為、捕縛ではなく『監視』の方向性とする。うん、わかってるよ。絵を描く事が許されるなら、わたくしは『猟兵』としても活動する。沢山の『もの』を塗り潰せるのはわたくしの『ねがい』そのものへと直結するし、一人でも多く幸せにできるから……。きっと灼滅者側は頭を抱えていた事だろう。頭を痛めていた事だろう。最早『禁忌』レベルと謂ってもいい、歓喜の域に達していると謂ってもいい『スペード』を飼い慣らす事なんて、果たして、可能なのか否か。飼い慣らすなんて言の葉は適切ではない。世界に選ばれてしまったのだから、六番目の猟兵としての活躍を期待するべきか。
 全部塗り潰そう。綺麗なで、美しく華やかに――。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2024年10月31日


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