イェーガーヴィネット・Side『ロニ』
●君が作った
無酸素の地獄。
一面を見回しても、いずれもがその赤錆の色に染まっていた。
何もかもをも飲み込む赤錆。
かつて、ここは
超構造体が存在していた。
だが、その面影は見る影もない。
全てが赤錆に覆われ、階層構造都市という文明があったという証すら失われていた。
知る者がいなければ、そこに何かがある、という予感すら感じさせない光景。
「なあ」
そんな映像がプロジェクターからシアタースクリーンに映し出されている光景を暗がりの『五月雨模型店』にて『アイン』と呼ばれる少女が呟いた。
「これ前に見たぜ?」
そう『プラモーション・アクト』――通称『プラクト』と呼ばれる未公式競技の世界大会準決勝にてサッカー・フォーミュラ『エル・ティグレ』が加わったチーム『プラナスリー』との決戦に備えてプラスチックホビーの改造に勤しむ際に、パワーアップには過去回という回想が必要不可欠であるとロニ・グィー(神のバーバリアン・f19016)が彼女たちに見せた映像であった。
涙なしには見られない『バラバラX』の過去。
ショートアニメを作り上げたのは、彼が神性であるところのパワーを乱用したおかげである。
そんなショートアニメを秋の夜長にまた再放送しているのだ。
子供っていうのは基本的に飽きやすいものである。
熱しやすく冷めやすい。
全ての子供がそうであるとは言わないけれど、『アイン』は何事も早く終わらせようとする。
宿題も給食も何もかも。
そういう意味では、彼女は一度見たものをもう一度見るのは、ちょっと気が進まなかったのかもしれない。
「まあ、いいからいいから! もしかしたらちょっと変わっているかもしれないでしょ!」
ロニの言葉に『アイン』はそれはそうかもしれないと思って立ち上がりかけた腰を再び下ろす。
シアタースクリーンの中では、赤錆た金属の山が映し出されている。
確かに荒廃した文明の残滓とは言え、一度は精錬なされた金属が山となっている遺構である。
であるのならば、そこには希少金属といったものも眠り、また同時に鉱脈として考えることもできただろう。
お宝の山。
そう表現するのに相応しいのだ。
だが、そうであるのならば、今の今までこの赤錆平原に埋まる超構造体の遺構が放置されている理由にならない。
無酸素である。
それだけではない。
無数の赤錆の欠片が蠢き、轟き、まるで竜巻のように……いや、大蛇のようにうねりながら暴れまわる巨大な怪物が他者からの干渉を阻んでいたのだ。
「なんだあれ」
あんなのあったっけ? と『アイン』が首を傾げる。
いやなかった、と『ドライ』が頷いている。
ていうか、本当にこれ、自分たちがWBC準決勝戦前に見たやつと同じか? そんな疑問が彼等の中に渦巻いていく。
「まるで鳴き声のようですね」
『ツヴァイ』の言葉通り、その怪物の如き金属片を含む竜巻は、空中で巻き上げられ響き合う金属音が鳴き声のように聞こえたのだ。
金属同士の摩擦によって生まれた静電気が増幅され、稲妻が周囲に満ち溢れている。
何者をも寄せ付けぬような環境。
これらがこの遺構を未だ手つかずのものにしている最大の理由であったのだ。
「そんなところにやってきたのが、このボク!」
ばーん!
いきなり実写!
急に飛び込むロニの顔!
「やっぱりなかったってば! こんなの!」
「いやいや、あるある。あったってば。再放送に向けて別物に差し替えてくるとか、そんな予算があると思う?」
「いやだって!」
「まあいいからいいから」
いいのか?
とてつもなくよくない気がする。
が、そんなまるで何かを乗ろうような声が響く中、同時にロニは呟く。
「でも、この竜巻……救いを求める祈りのようにも感じられる……まるで意思を持っているように、この現象が他者を阻んでいるっていうのなら……そう、つまり群体制御ができるパワーソースもしくは、コアメモリーがあるってことだね!」
ならさ! とロニは己が拳に煌めくユーベルコードの発露を知らせる。
輝く拳。
「あ、これは見た」
「何回も見ました」
「おなじみのやつ」
「ば、ばばバンクってやつですよね」
四人の『五月雨模型店』の『プラクト』アスリートたちは一様に頷いていた。
安定の神撃(ゴッドブロー)である。
炸裂する光。
打ち出される拳。
その一撃は信心というものを持ち得ぬ機械生命体にすら、神の存在を知らしめるようなものであったことだろう。
「ド――ンッ!!」
いつもの流れで赤錆の竜巻を吹き飛ばしたロニは、その霧散していく竜巻の大本に沈む小さなコアを見つける。
手に取ったそれは爪の先ほどの小さなものだった。
「いや、こんなの見た覚えねぇよ!?」
前回見たのは、こんなんじゃなかったはず! と『アイン』は己の記憶違いが起こっているのかと頭を抱える。
『ツヴァイ』はまだ冷静だった。
「リテイクですかね? それともイフ世界線?」
「見てないからわからん! しかし、こういうバックボーンがあるとなかなか興味深いものがある!」
「あ、ば、場面が変わりますよ!」
『フィーア』の言葉にシーンが移り変わる。
「そっかー、キミは守れなかった約束をずーっと守ってたんだね」
爪の先ほどのコア。
それは擦り切れた結果だった。
月日の流れはあらゆるものを摩耗させていく。
それが仕方のないことだというのならば、悲しすぎる。
だからこそ、ロニは「えらい!」とコアを褒めるように撫でる。爪の先ほどしかなかったコアが涙を流すようにきらめいた。
「そうだよね。果たされることのない約束はいつしか呪いになってしまう。けれど、キミはずっとずっと一人で守ってたんだ」
視線を赤錆平原にロニは見やる。
どこにも文明の残滓はない。
訪れるのは、かつての守りたいものたちではなく、遺構を荒さんとするものたちばかり。
侵略者、簒奪者、そうしたものたちから守りたいのではなく、約束を守るという唯一つだけでコアは赤錆を竜巻に代えて、これらを撃退し続けていたのだ。
「――でも、もういいってその子は言ってるよ?」
一つの約束が多くの年月にて縛り付けるものであったことを知らなかったのだろう。
かつて在りし機体。
共に駆け抜けた戦友。
失われてしまったものと、未だ失われないもの。
交わることはないのだろう。
それが叶うのは過去がにじみ出てきた時だけだ。
「だから、もういいんだよ」
ロニはなんかそう呟いてコアを『バラバラX』のコアに据える。
「そんな感じでいい感じになったのが、これ! ボクのプラスチックホビー『バラバラX』くんさ!」
「いや、やっぱ見てなかったよこれ!」
「アハハ! イフの世界線なんかじゃない。これがトルゥールートってやつさ! 再放送に見せかけた新規放送! それがボクのやり方さ!」
「じゃあ、最初から新約とかなんとかつければよかっただろ!」
「それじゃあ、パクリになっちゃうじゃん!」
ロニは笑って自分のプラスチックホビー『バラバラX』のムービーの出来栄えに頷く。
いずれもアニメーションだけではない。
実写も交えているのがミソであるが、実写シーンはCGなしである。
「こんなの実装していいなんて、この競技のレギュレーション、テキトーすぎない?」
テキトーはサイコーでしょ――。
成功
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