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凪の海との取引

#サイバーザナドゥ #ノベル

鳴宮・匡




●かくして、射手は
 サイバーザナドゥ、ヴァイオレットシティ。
 オブリビオンに侵略された過去を持つこの街、深夜二十六時の廃ビル屋上で、二名の射手が対峙している。
 焦茶色の瞳、藍色の髪。数多の戦場を渡り歩く、“凪の海”と呼ばれる戦場傭兵。あらゆるものを“視る”ことに長ける、常人離れした五感の持ち主。
 装備する自動拳銃とアサルトライフルはよく整備され、彼の仕事において無駄のない機構と機能を有している。銃弾は、放たれるその時を待っている。
「……昔、手合わせ願いたかったとは言ったけどさ。よりにもよって、正純がここにいるのか」
 一人は金色の瞳、金色の髪。自らの知識欲と未来のため動く男。あらゆるものを“知りたい”と願った、常人離れした知識欲の持ち主。
 その男は口元で煙を遊ばせながら、装備する回転式拳銃と狙撃銃を以て目の前の男を見定めていた。すでに引き金に指がかかっている。
「同感だね。しかも互いに実弾だ。……分かってると思うが、それ以上近付くなら撃つぜ」
 二人の動きが同時に静止する。
 互いの視線が交差している。風が少しだけ吹いていた。
「理由は……それか? 似合ってないぜ、その首輪」
「ああ。首輪をつける趣味はねえんだが、しくっちまった」
 ヴァイオレットシティのとある廃ビル。屋上の広いスペース内に、巧妙に隠された壁金庫が存在する。
 その中に入っているのは、オブリビオンを原料にした違法薬物――『流動炎』だ。焦茶色の瞳を持つ男が狙うのは、その薬物の破壊である。
 この世界の真っ当な病院から請け負ったその依頼は、金額以上に誠意がこもっていた。だから、彼は残存する違法薬物の全てを破壊するという依頼を受けた。
「敵対したくないんだけど、何ともならないのか」
「俺もそうだが、首輪から流れる電子ドラッグで体を無理やり動かされてんだ。筋肉痛が怖いね」
「首輪から命令が流れてるってことか? 具体的には」
「『流動炎』を破壊しようとするやつの殺害。それから――悪い、これ以上は言えねえ」
「……分かった。『流動炎』って薬物の利用を狙う奴がいるんだな。そいつらの不利益になるような言動は……」
「――匡ッ!」
「っ」
 金色の瞳の男には、ひどく大きな首輪が付いている。
 匡と呼ばれる男が投げたいくつかの質問に回答する中で、その首輪から警告音のような甲高い音が発せられた。
 それと同時に、金色の瞳の男はぎこちなくも異常な速度で拳銃を構え、目の前の男に向かって容赦のない発砲を行う。
 銃弾は、標的となった男の頬をかすめて飛び去った。
「避けてくれて助かったぜ。推測に対しての答えは言えねえが、まあ……そういうこった」
「首輪の命令に反すると、……どうなる?」
「簡単さ。こいつが爆発して、俺は死ぬ。外部からのハッキングを感知しても同様だ。ヴィクティムには頼れねえ」
「正純、俺はお前を助けたい。どうすればいい? 諦めたまま死にたいってタマじゃないだろ」
「もっと簡単さ。本気でかかってきなよ、鳴宮・匡。この取引、受けて頂けるかな?」
「そんなので良いのか」
「そんなのが良いのさ」
 四つの目が交差して、二人の射手はその瞬間に駆け出した。舞台はここ、たったひとつだけ。
 ダンスの時間だ。拍手はないが、見事なものだろう。12時まではまだ時もある。ステップを慣らして狂うとしよう。
 かくして、二名の射手は互いの腕を存分に発揮して、転がるように踊る。鐘はまだ鳴らず、銃火のみが響き、それを月だけが眺めている。

●終の論理
 匡と正純は互いに接近しながら、構えた拳銃を互いに向けて撃ち放っていく。
 正純が容赦なく果断な発砲を匡の頭部に向かって行うが、放たれた銃弾は全て匡が“視ている”。
 匡は自分に向けられた鉛玉全てに対し、手元の拳銃による射撃を行う。正純の装備する銃口の角度、発砲タイミング、狙い。その全てをよく視ることで、彼は全ての銃弾を自らの発砲によって弾くことに成功していく。
 鳴宮・匡という男の武器はこれだ。
「さすが、やるねえ」
「どうも。狙撃はどうした? 何で出し惜しむんだよ」
 銃もナイフも、武装は彼の持つ手段でしかない。匡の武器とは、その人並み外れた観察能力にこそある。
 相手の呼吸、動きの癖、パターン別の対処法についての確立、思考に対する一定の方向性――その全てを、彼は『良く見て』把握する。
 付き合いが長い人物程、殺しやすくなる類の能力――。
 正純はそれをよく『知っている』。嬉しくなるような気がして、彼は命のやり取りのさなかに不敵な笑みを深くした。
「この距離まで自発的な攻撃をさせないプログラムがイケてねえのさ。つっても……」
「ああ。この距離なら、みすみす狙撃させるような隙は与えないけどな」
「……クク、そういうことだ。隙を見せたら狙い撃つぜ、匡」
「ご忠告どうも」
 反撃とばかりに匡が相手の四肢に向けてばらけさせた射撃を、正純は持ち前の技術によって全て撃ち落としていく。視線だけが異様に素早く動き回っている。
 高速でリロードも済ませる間の牽制射撃も、電子ドラッグによる動作の最適化によってぎこちないながらも障害物なども利用し、全て回避していく有様だ。
 つまり、中距離での射撃戦は埒が明かない――。互いにそう感じた次の瞬間、走り込んでいたのは匡である。
「お前が気絶した時、首輪はどう動くんだ?」
「分かんねえな。楽観的なら動作停止だが、悲観的なら即座に起爆ってセンもある」
 回転式拳銃のリロードを行う正純の僅かな間隙を縫うように、匡はその脚を、体を、水面に滑らせるように巧みに操っていく。
 キルステップ、スウェー、ダッキング。よく視てうまく回避することによって生み出した時間の中で、匡は室外機の留め具を拳銃の一撃で射貫き、体幹によって力を込めた蹴りで室外機を正純に向かって蹴り飛ばす。
 正純はそれを銃撃によって破壊していくが、その時すでに匡はスライディングによって室外機の瓦礫を潜り、正純の至近へと接近を果たしていた。
「ま、そんなところだとは思ってたよ。爆発させない方法は……」
「それは言えねえ、悪ィな。見付けてくれるか?」
 BLAM! BLAM!
 スライディングによって至近距離に至った匡は、正純の利き腕と銃器に向かって一発ずつ射撃を行う。
 瓦礫で同様に銃弾での迎撃を図る正純であったが、発砲の瞬間あることに気付いた。
「しょうがないな……分かった、いいよ。その代わり」
「ああ、怪我しても文句は言わねえさ。お前に任せる。頼むぜ、匡」
 妙だ。瓦礫で視認が遅れたが、匡が放った銃弾は、一つずつではない。放たれた銃弾のすぐ後ろに、隠すようにして銃弾がある。
 銃撃による防御を見越した、高速射撃による二連射である。迎撃のための射撃はもう間に合わない、身を捩って回避するほかない――!
「ッ、上手いモンだな! 俺にはできねェ芸当だ」
「夕立が前に使ってたやつだよ。自動拳銃でも、やりようはある」
「ゲホッ……視て覚えた、ってか? さすがだねッとォ!」
 正純が回避にワンアクション余分に行動を割いた分の時間を使い、匡は近接戦闘を行うために身体を引き起こした。
 そのまま匡は指抜きのグローブを用いて、固く握り込んだ拳を正純の腹部に見舞っていく。
 深く刺さったその打撃はたしかにダメージを与えたはずだ――しかしながら、首輪による自動制御はそのダメージをものともせず正純を動かしていく。
 匡の頸部に向かって、正純のハイキックが勢いよく襲い掛かっていく。首輪による制御の影響か、普段より近接戦闘の切れもいい。
「もうあいつらとも、お前とも、長い付き合いだからさ。使えるものは使うよ」
「ぜひそうしてくれ。気を付けろよッ!」
 左手首で右足の蹴りを受けた匡に対し、正純は左手でいつの間にか握り込んだ、刃渡り約6.5インチのサバイバルナイフを振るっていく。同時に右手で構えた拳銃も匡を捕えようとして動く。
 切れ味の鋭い突きが匡の心臓を、首を狙って突き進む。しかしながら、不意打ち気味に放たれた刃が彼に届くことはない。それはもう、『視えて』いるから。
「物持ちが良いな、ずいぶん」
「貰ってから常日頃から使ってるモンでな。リンゴの皮剥きに戦闘によ」
 心臓に向かっての突きは蹴りを止めた左手首でそのまま上から払いのけ、首に向かっての突きは両の腕で上下から挟み込んで止めていく。
 力勝負での押し合いになったその時、正純が右手の拳銃を匡に向かって構え始めたのをその目で確認するや否や、ナイフを止めていた腕を滑らせながら回転して構え直し、正純の手首を止めようとして左手首で銃口をずらす。
 その最中も、正純の視線は異様な動きをしている――。
「映画アクションさながらだな? 覚えてるか、ほら」
「サメ映画だっけ? 懐かしいな、あの時はどうオチを付けたんだっけか」
 しかし、匡の動きを感知した正純も超反応によってナイフと拳銃を巧みに操る。
 拳銃の向きを匡にずらされたのを確認して、そのままずらされた方向に自ら回転。勢いそのまま回転させた銃口を匡に向けるが、匡は正純の腕下に潜り込むことでそれを回避していく。
 正純は逆手に持ったナイフで匡の頭蓋を割ろうとするも、ナイフの柄に見事に銃弾を当てた射撃によってその攻撃もずらされていく。
 千日手だ。正純の行動は匡の観察眼によって視られ、その全ては有効打とならない。匡は正純を殺そうとしておらず、そのため決め手に欠ける。
「『あらゆるものを視て』、『狙いを定めて』、『決着を付ける』。そういったモンは、俺たちの得意分野だろ。なあ、匡……」
「……わかってる。でも、自信はないよ。お前が俺の腕を買ってくれてるのはわかってるけどさ」
「良いんだ。今のお前を、信じてる。これまでを、ここまでを生きてきた、鳴宮・匡(凪の海・f01612)をな」
 暴風雨のような暴力をまき散らしていた二人は、その瞬間にぴたりと動くのをやめた。匡の前髪が僅かに揺れ、水面のように涼しげな表情がビルの屋上で覗いた。
 嵐のように鮮烈な力を操るのも、この戦いを終わらせるのも、凪の海原のように静かな表情の彼なのだ。
 周囲の人間の影響を受け、前を向いて生きていく、鳴宮・匡という男が――いま、引き金に指をかけた。
「ここに現れたのがお前で良かった。俺も本気を出せるからよ。さァ……」
「ああ、本気で頼む。正純が何を狙ってるのか視えたから……一発勝負だ」
 殺気もなく、敵意もなく。無駄弾は遣わない主義の彼は、その手にただひとつの魔弾を編んでいく。
 全てを研ぎ澄まして『視る』ことで、匡は因果すら見通すチカラをこの場に現す。今までの歩みをその指に込める。殺すためじゃない。それはただ、目の前の相手を生かすため。
 今こそ終の論理を火に焚べよう。月よ、御照覧あれ。異能開闢。幻想執行。魔弾顕現。
「――【魔弾論理】バレットアーツ
「――【終の魔弾】フェイタル・ロジック
 そして、ふたつの魔弾が闇夜で交差した。それはきわめて良い夜のことだった。

●ちょうど良い取り分
「あ~あァ、何とかなって良かったぜ。いってて……おい匡! もっと優しく運んでくれ! 肺も痛えんだ」
「筋肉痛は普段の運動不足も原因だろ。肺はタバコ。禁煙したらどうだ?」
「やれやれ、耳まで痛くなってきちまった。……しかし、よく俺の意図を組んでくれたもんだ」
「推測はしたけど、正純の目線が決め手だよ。『首輪を操ってるやつが遠くで見てる』……気付けて良かった」
「さすがの観察眼だ、意図を組んでくれて助かるねえ。あとは銃撃を防御し合う工程の延長――ってか」
「とはいえ、お互いのUCユーベルコードをぶつけ合って黒幕を狙うだなんて、本当に自信なかったぜ?」
「聞いてみればシンプルな解決策だろ? それに、俺はお前を信じてた。結果オーライ、良い取引だったさ」
「俺は正純を助けられて良かったけど、こっちの取り分少なくないか?」
「おや! 欲を出してくれるのは嬉しいぜ。他にサービスしてもいいぜ。いつも通りメールと郵送で良いか?」
「……腹、減らないか?」
「ヘッ。必要のないときはあまり食べないって認識だったが、良いのかい」
「別に……こういう時くらい、良いだろ」
「いいねえ、美味いモンでも喰いに行こうか。たまにゃ二人でな」
「ああ。それで取り分もちょうど良いさ」

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2024年10月14日


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