夏の夜、咲いた繋いだ手と心
異国情緒溢れた鮮やかな色が満ちる、常桜の夏の夜。
極彩色の海をゆうらり泳ぐ様に揺れる提灯金魚たちの灯りは、深まってきた夜の闇にいっそう映えて。
訪れた者たちを導くようにたくさん並んで、チャイナタウンを照らしている。
そんな中、自分によく似た黒猫まんも無事に食べ終わって。
アンカー・バールフリット(シュテルンリープハーバー・f43884)と一緒にチャイナタウンを存分に満喫した、浅間・千星(Stern des himmels・f43876)。
いや、観光列車の旅も、彼と廻ったチャイナタウンも楽しかったし、彼の甘いエスコートにいつもみたいにたくさんドキドキしたし。
猟兵としての仕事だってきっちりと成して、事件も無事に解決した。
――だけど。
千星はふと見上げた蠍の灯の瞳にも、提灯金魚の彩を燈し、仄光る桜花びらを舞わせながらも。
心の棘は、抜けてなくて。
極彩色の世界に散る花びらたちを眺めつつ、隣を行く彼へと視線を移せば。
「……アンカーはさ。……普段もステキだけど、戦ってる時もすごくかっこいいね! 近くで見てドキドキしちゃった! さすがわたしの婚約者様!」
明るく饒舌にそう紡ぐのだけれど。
アンカーは、そう切り出された言葉と彼女の姿を見れば、察する。
彼女は皆の前では芝居口調で毅然としているけれど、自分の前では女の子で。
でも耳に届いた明るくつとめているその声は、本当は不安でいっぱいな彼女の心が見え隠れしていると。
そう……右手の傷の告白を受けた数年前の聖夜の、あの時みたいに。
けれど、そんな千星の不安でいっぱいな雰囲気を察しつつも。
贈られた賞賛には、普段通りのテンションでアンカーは返す。
「こんなに可愛い婚約者が一緒なんだもの。やっぱり良いところを見せたいからね。普段より張りきっちゃった」
だが、千星もわかっている。
自分が口にした白々しい言葉に、彼が不審がっていることは。
だから……彼の手を掴んで、千星はこう訊いてみる。
「……わたしは、アンカーが背中を預けたいと思える『星』になれていた……?」
戦場を華麗に駆け回る彼に憧れて、だけど無茶をしがちな彼の『目印』になりたくて。
守られる立場を捨てて力を得たけれど、でも、やはり不安で。
(「一等星や北斗星や、金星じゃなくちゃ……」)
そう――『千の星』のうちのひとつでは、『目印』にもなれない。
彼にとっての『目印』の星に果たしてなれていたのか、凛と在りたいけれど本当は自信もなくて。
俯いてしまってるのは、こんなひどい顔を見られたくないから。
そして向けられたそんな本命であろう質問を聞けば、アンカーは千星の手を強く握って。
正面にしゃがんで同じ高さの目線になれば、顔をしっかりと笑顔で見つめて紡いで返す。
「千星。僕は千星にはとっくに背中を預けているんだから。忘れちゃったの?」
左手に嵌めた、星明りに輝く白金の円環を見せながら。
そして、自分は俯いてしまっているというのに、しゃがみ込まれて微笑まれて。
優しい言葉をいっぱいもらったら――心が、涙腺が緩んでしまうよ、って。
千星は大好きで大切な彼へと、心に灯る想いを言葉にする。
「……忘れてないよ……。わたしもあなたが背負ってるものを少しでも、一緒に持って歩きたいって思った……」
彼の一番の理解者でありたい。なんなら自分が守りたいし、もっと頼ってほしい。
だから、彼の『目印』になる一等星でありたい、って。
そう、彼が見せるものと対の白金の指輪に誓うように思ったのだ。
そして先程、影朧に誑かされていた學生に、千星は告げた。
――きっかけがどうであれ、わたしは自分の意思で『世界を変える力を得ること』を選び取った、と。
千星が、より力を欲し始めたきっかけ。
それは、アンカーと思いを通わせた約二週間後のことだった。
自らが予知した依頼で彼を戦場へと送り出し、そして彼の闇落ちを予知で知ったあの時。
(「……本当は自分があの場所に赴いて、彼の手を取りたかった」)
けれど、いつも彼から手を取ってもらうばかりで。
エクスブレインとして、灼滅者の皆を見送るだけしかできなかった過去。
それから世界は平和になったのだけれど、でもその時のことやその想いは、ずっと千星の中で燻っていて。
故に、復活ダークネスの話を聞いて、選び取ったのだ。猟兵になって戦える力を得ることを。
灼滅者たちを危険に晒してきた罪滅ぼし……そんな想いも、心に抱きながら。
だから、凛と在ろうとしているけれど――優しい言葉や視線を向けられたら。
彼にだけみせる、少し泣き虫な自分になってしまう。
でも、それもアンカーは受け止めてくれる。
今だって、そう――優しく抱きしめて、そっとキスをしてくれて。
今にも泣きだしそうな自分が安心できるようにって、落ち着くまで、そのまま待ってくれて。
――不安にさせてごめん。僕はずっと千星と一緒だから安心して。もう二度と帰ってこないなんてことは二度としないから。
以心伝心スキンシップで、こう心に告げてくれる。
だから千星もぎゅっと、キスをしてくれた彼の背に手を回して。
接触テレパスで伝わってくる「ごめん」には、ふるりと首を振って、そして、後に続く言葉たちにはしっかり頷いてから。
――ありがとう。でももし、またあんなことがあったら。……次はわたしがアンカーの手をとりに行く。
そう同じようにテレパスで伝え返した後、続ける。
――キミの中の闇になんか、キミは渡さない……。
蠍の灯の瞳に再び、強い意志を宿して。
そして、アンカーは知っているから。彼女はどうやらキスが好きなようで、でも、恥ずかしがり屋で。
だからいつも自分からキスをして、きっかけを作ってあげているのだ。
何より、キスしたら照れながら「もう、しょうがないなー」なんて。
自分に言いながらはにかむ笑顔を見るのが楽しくて、そんな彼女がとても愛おしく思うから。
だから――今夜も、同じように。
左手とそして、今はもうパペットが外された右手で、彼の頬を両手で包んで。
届くようにとさりげなく少し屈んでくれたアンカーへと、今度は千星から、お返しのキスを。
「……いつもありがとう。大好きだよ。ずっと一緒にいてね」
彼にしか見せない柔らかな笑顔で、そう伝えて。
そして、そんな自分に向けられた一等星の笑顔に瞳を細めてから。
「もちろん。僕は千星とずっと一緒。あの日の誓いの通り、この手を離さないからね。……僕も大好きだよ」
笑顔でそう告げれば、その言葉の通り、アンカーは千星と手を繋いで。
提灯金魚が燈る桜の景色を、彼女と一緒に歩き出す。
――この手をずっと繋ぎ続ける。絶対に離さないよ。
そう告げたあの時と変わらぬ想いと言葉で、愛を示すように……彼女の右手をそっと、大切に包んで。
成功
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